戦姫絶唱シンフォギアー異聞ー (サワグチ)
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#プロローグ 君が愛した世界

 

 

 

――ねぇ、貴方はなぜ戦うの?――

 

彼女は問う。

 

――私は戦う為に創られたからだ――

 

彼は答える。

 

――辛くない? 悲しくはないの?――

 

彼女は問う。

 

――私は兵器であり、獣だ。そもそも感情を知らぬ――

 

彼は答える。

 

――でも、貴方はよく怒ってるじゃない?――

 

彼女は問う。

 

――怒りは我が存在理由(レゾンテートル)。怒りこそ私であり、私こそが怒りだ――

 

彼は答える。

 

――……全然分からない。なら、貴方に好きなものって無いの?――

 

彼女は問う。

 

――……――

 

彼は答えない。

 

――あ、「無い」って言わない。ってことは有るんだ――

 

彼女は笑う。

 

――…………――

 

彼は答えない。

 

――ねぇねぇ、貴方の好きなモノってな~に? なんなの~――

 

戯れるように彼女が問う。

 

――…………言いたくない――

 

彼は苦々しく答える。

 

――ケチ~……まあ、いいや。いつか教えてね。じゃあ――

 

彼女は問う。

 

――貴方はなんで人間を守ってくれるの?――

 

彼女は見つめる。

 

――……――

 

彼は答えない。

 

――貴方は“滅ぼすモノ”でしょう? 何故人間の味方をするの?――

 

――……――

 

彼は答えない。

 

――…………――

 

彼女は答えを待つ。

 

――私は……――

 

彼は答えを―――――

 

 

 

 

それは懐かしい夢であった。

 

それは遠い――遥か昔の記憶。

 

彼女と過ごした短い日々の一幕。

 

ただ戦う為の存在であった自分に語りかけてきた少女。

 

ただ禍いとして生を受けた自分に微笑みを向けた少女。

 

彼女と過ごした日々。穏やかな日々。

 

その中で自分に生まれたモノ。

 

それは安らぎであり、愛であり、自分には最も無縁だったモノ。

 

そして、彼女を失った時に生まれたモノ。

 

それは元々自身の中にあったモノ、当たり前だったモノ。

 

生まれながらに持っていたソレを、自分はその時初めて自覚し、理解した。

 

憤怒というモノを。

 

憎悪というモノを。

 

 

 

 

あれから幾年、幾百、幾千の時が流れたのかは分からない。

 

だが、自分は目覚めた。

 

そして感じている、自身が屠り、切り裂き、噛み砕くべき存在を。

 

彼女の存在は失われた。

 

だが、彼女の想い。彼女の願い。

 

彼女の歌は己の中で息衝いている。

 

ならば、行かなければならない。

 

約束の為に。

 

二度と失わない為に。

 

彼女の愛した世界を守る為に。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』

 

 

 

目覚めの咆哮を上げ、獣――『憤怒の禍獣(ディザスター)』は飛び立つ。

 

 

本能に従うまま敵を求め、力を求め、歌を求め、彼は駆ける。

 

 

その先に待つ少女達の運命を変えることになるとも知らず、獣は叫び、駆ける。

 

 

 

 

 

 

 




勢いで投稿しました。

私の妄想をお粗末な文章で形にしただけなので、頭悪い感じです。

ツッコミ所は多々あるでしょうが、よろしくお願いします。


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#1 始まりの咆哮

『ツヴァイウィング』の『天羽奏』と『風鳴翼』。

 

現在、人気上昇中のツインボーカルユニットの両翼。

 

そんな彼女達のライブ会場で疎外感を感じている少女が一人。

 

 

「うわ―――――っ……」

 

高台に設けられたアリーナとその広大なアリーナを埋め尽くさんばかりの人の数に

 

圧倒されながら『立花響』はあたふたと周りを見渡した。

 

 

「ほぇぇぇぇ……人多すぎだよぉ……」

 

 

迷子のように不安げな視線を彷徨わせる響。

 

本来であれば親友である『小日向未来』と二人で訪れる筈であったが、誘った本人である未来が

 

急用の為、来れなくなってしまい、その結果響1人でよく知りもしないアーティストのライブに

 

来る事になってしまった。

 

 

「はぁ~……私って呪われてるかも……」

 

 

自身の運の無さを嘆く響。

 

ツヴァイウィングのライブに来るのが初めてであれば、これだけの人間が集まる場に来る事も

 

初めての体験である。

 

周囲との熱の違いに疎外感を感じずにはいられない。

 

 

「立花さん?」

「ほぇ?」

 

 

見ず知らずの人間ばかりの空間で自分の名を呼ぶ声に振り返る。

 

そこには見知った顔があった。

 

 

「あぁっ、白波くん!」

「やっぱり立花さん。こんにちは」

 

 

白波龍琉(しらなみたつる)』。響や未来の同級生であり、小学生の頃からの友達。

 

柔和な顔立ちと穏やかな雰囲気で人当たりもよく、剣道部の次期主将で

 

男女問わずに人気者な少年である。

 

人伝に聞いた話だが、女子同士のコミュニティにある彼氏にしたいランキングベスト3だとか。

 

知り合いに会えたことから響の表情が自然と綻ぶ。

 

 

「えへへ、こんにちは。白波くんもツヴァイウィングのファンだったんだ」

 

 

勝手なイメージだが目の前の少年はあまり流行りモノやこういったライブの類には興味が薄そうな

 

印象を持っていた。

 

そんな響の感想を読み取ったように龍琉は苦笑いを浮かべる。

 

 

「僕――というより妹がファンなんだ。ほら、雪菜(せつな)」

 

 

その言葉で彼の背から響より頭一つ分ほど背の低い少女が現れた。

 

活発そうな笑顔でポニーテールがよく似合う少女だ。

 

 

「初めましてっ! 白波雪菜でっす!!」

「初めまして、立花――」

「お姉さんってお兄ちゃんの彼女さんですか?」

「響です――ってえぇぇぇ!?」

 

 

初対面でいきなりの質問。見た目通り、物怖じしない娘のようだ。

 

戸惑う響を知ってか知らずか雪菜は目を輝かせて喋り続ける。

 

 

「いやぁ、お兄ちゃんが女の人に自分から声を掛けるなんて珍しくて!

 ほら、兄って見た目はイイじゃないですか。でもなんてーか性格が枯れてるていうか

 若さが足りないというか――」

「は、はぁ」

「実は女の子に興味が無いんじゃないかと妹としては心配で心配で。14という年齢で部屋にエ――あきゃっ?!」

 

 

余計なことまで口走ろうとする愚妹に龍琉は拳骨を落として黙らせる。

 

 

「ご、ごめんね、立花さんっ。こいつ、遠慮が無いというか図々しいというか――

 ほら、お前もちゃんと謝れっ」

「あぅぅ~、ごめんなさいぃ~」

「い、いいよ、全然気にしてないし。ちょっと驚いたけど。あはは」

 

 

雪菜のテンションに苦笑する響。

 

その態度に胸を撫で下ろすも、「全然気にしない」という言葉は龍琉とって少し残念である。

 

それを顔に出さず会話を続ける。

 

 

「立花さんは1人? 珍しいね、小日向さんと一緒じゃないなんて」

「あぁ~……うん。実は未来と一緒の筈だったんだけど――」

 

 

急用で未来が来れない事。

 

周囲との温度差に疎外感を感じている事。

 

それを伝えると雪菜は再び目を輝かせた。

 

 

「じゃあさじゃあさ! アタシ達と一緒にライブ見ましょうよ! ね、いいでしょ響さん!」

「こら、雪菜! お前また勝手に――」

 

 

響の右手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振る。

 

そんな妹の我が儘を嗜めようとする龍琉だが、響の言葉がそれを遮る。

 

 

「わぁ、それはありがたいよぉ~! 一人じゃ心細かったし」

「ですよねですよね! 任せてください! この雪菜ちゃんがツヴァイウィングのライブの楽しみ方って

 モノを伝授して差し上げます!」

「ははぁ~、お願いします、先生!」

「うむっ、任せたまへ~」

 

 

お互いの手を握り合ってきゃいきゃいとはしゃぐ響と雪菜。

 

あっという間に仲良くなった二人のテンションに一気に置いてきぼりを食う龍琉。

 

 

「ところで響さん。席って何処ですか?」

「あ、そういえばそうだね。え~と――」

 

 

チケットを取り出し、席を確認する響と雪菜。

 

そして番号を確認し、愕然とする。

 

 

「うっわ、見事に反対側ですね……」

「あぅ~、やっぱり私呪われてるかもぉ……」

 

 

上がったテンションが一気に下降する二人。

 

だが、その程度では雪菜は諦めなかった。

 

 

「ダイジョブですっ、響さん! 兄のチケットと交換すれば二人で一緒に――」

「待て待て待て! それはちょっと待て!」

 

 

ナイスアイディアとばかりに声を張る妹を止める。

 

それを体全体で不満を表す雪菜。

 

 

「え~!! なんでよぉ、別にお兄ちゃん一人でも平気でしょ!」

「僕じゃなくてお前だ! お前のお守りを人様に任せられるか! 立花さんにも迷惑だろう!」

「お守りって何よ! アタシもう11だよっ! そこまで子供じゃないもんっ」

「そんな我が儘言っている時点で十分に子供だ。この馬鹿! 

 今日だってお前の我が儘に付き合ってやってるんだぞ!」

 

 

ヒートアップしていく兄妹の口ゲンカを前にオロオロとする響。

 

とりあえず止めなくてはと間に入ろうとするが―――。

 

 

「我が儘っ!? 付き合って!? うぅーーっ! お兄ちゃんのバーカッ! 行こっ、響さん!」

「え、ええぇーーっ」

「あ、待てっ、雪菜!!」

「待たないもんねー、お兄ちゃんの分からず屋ーっ!」

 

 

止める間もなく響の手は雪菜に取られ、龍琉の静止も聞く耳持たずで走り出す。

 

人と人の間をすり抜け、あっという間に龍琉を振り切る二人。

 

引き摺られるようにして走る響だが少々まずいと思い、雪菜に尋ねる。

 

 

「ちょ、えっと、雪菜ちゃん、いいの? 白波くん、怒ってたよ?」

「いいんですっ! お兄ちゃんはいっつもそうなんです! 頑固な上に石頭で

 さらに意地っ張りでアタシの話なんて聞いてくれないんだからっ!」

「そ、そんなことは無いんじゃ――」

「そーなんですっっ!!」

「――はぃ……そうですね……」

 

 

雪菜の剣幕に押し黙る響。

 

私って流され易いかも、と思っていると不意に雪菜が立ち止まる。

 

 

「……今日だって……気分転換になればと思ったのに……」

「あ……」

 

 

その言葉に学校内での龍琉を思い出す。

 

新学期に入り、部活や学校行事などで一年の頃より動き回るようになっていた。

 

元々優等生で生真面目な龍琉は基本的に頼み事を断ることをしない。

 

だからこそ人望もあるのだが、確かに最近は忙しそうで疲れた様子も見える。

 

 

「――そっか、雪菜ちゃんは白波くんを元気付けてあげたかったんだ」

「べ、別にそーいう訳じゃ……」

「ないの?」

「ま、まあ、ちょこっとは……」

 

 

頬を染めてそっぽを向く雪菜をかわいいなぁと思いながら微笑む。

 

そんな響の態度にむず痒さを覚え、雪菜がテンションを上げて吠える。

 

 

「だぁーっ! もうお兄ちゃんのことはどーでもいいですっ!

 今はそう、ツヴァイウィングですっ!!」

 

 

ビシィッ!という効果音でも付きそうな勢いでライブ会場を指差す。

 

 

「響さんもせっかくなんだから全力で楽しみましょう!

 このZW非公式ファンクラブ自称会長の雪菜ちゃんが

 デビュー当時からの逸話や伝説を語り尽くしてあげますっ」

「は、はあ」

 

 

沈んだ様子から一転して興奮気味で語る雪菜。

 

その緩急に付いていけず、つい気の抜けた返しをしてしまう響。

 

 

「なんですか、その気のない返事はっ。これから向かうは戦場(いくさば)ですよ!」

「え、えーと」

 

 

戦場って……と胸中で突っ込みつつ、周りの様子を今一度見渡す。

 

ふと、ツヴァイウィングの二人が並ぶポスターが目に映る。

 

天羽 奏と風鳴 翼。

 

今ここで熱く語る雪菜と未来が好きだと言っていたアーティスト。

 

 

 

「そうだね。せっかく――だもんね!!」

「そう! そうですよ!! よーし、それじゃあまずはサイリウムを買いましょう。

 それから曲の合いの手とか色々!」

「な、なんか大変そうだけど――よろしくお願いします、先生!」

「うむ! では、いざ戦場へ!!」

「おー!!」

 

 

繋いだ掌を掲げながら二人はライブ会場へと向かう。

 

響は少しづつ、だけど確実に周囲との温度差が埋まっていくのを感じた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

誰かの声がする。

 

愛しい人を求めるような声。

 

悲しそうな声。

 

いや、それは声というよりも叫び――

 

 

 

「――なで! 奏!!」

「へ?」

 

 

呆けていた意識が聞き慣れた声により引き戻される。

 

声の主を見ると不安と心配を半々といった表情で見ていた。

 

 

「呼んでるのに全く返事がないんだもの――どうかしたの?」

「あ、いや――悪ぃ悪ぃ。なんだか呆けてた」

「……珍しいね、奏が本番前に呆けるなんて」

「いや、なんか声?が聞こえたような、ん~~――空耳かな、あはは」

 

 

心配そうな顔でこちらを見る『風鳴 翼』に大丈夫という

 

意味を込めて笑いかける『天羽 奏』。

 

 

「こりゃ翼の緊張が伝染ったかな? ガッチガチだったもんなぁ」

「……奏、本当に大丈夫なの? やっぱり櫻井女史に……」

 

 

おどけて見せる奏であるが翼の表情は晴れない。

 

先だって血を吐き倒れている姿を目撃したばかりだ。

 

 

「はぁ、ほんっとーに心配性だなぁ。大丈夫だって。

 あんなのはいつものことだろう?」

「いつものことって……あんなに血を吐いて――!!」

「大丈夫だって。ちょっと眩暈がして吐血して吐き気と頭痛が交互に来てる以外は

 指先が震えて足元が覚束ない程度だよ」

「それは全然大丈夫ではないよ、奏!?」

「あはは、冗談だよじょーだん」

 

 

そう笑ってぽんぽんと翼の頭を叩く奏。

 

その姿に僅かに安堵するも、やはり不安は拭いきれない。

 

だが、これ以上奏の前で頼りない顔を見せることは出来ない。

 

そうでなくても目の前の少女は自分より他人の事を気に掛けるのだ。

 

相棒、片翼――そう呼んでくれるものの翼自身はいつも奏に助けられてばかりと思っている。

 

本当の意味で、自分は奏の相棒とはなりえていない。

 

先ほどもLiNKERを切らし、体調も著しくないにも関わらず翼の緊張を解し、元気付けてくれた。

 

自分は奏の様子に気付けもしなかったのに。

 

だから、これ以上は奏に負担は掛けられない。

 

それに一本気で直情型の彼女は決して引くことはしないだろう。

 

ならばここから先は自分が隣に寄り添おう。

 

つり合いは取れずとも、自分は彼女の片翼なのだから。

 

 

 

「――分かった。でも、無茶はしないでね」

「オッケーオッケー。最高のライブにしてやろうぜ」

「そう思うのならライブ中にぼーっとしないでよね」

「うへ、まだ言ってんのかよ。悪かったって」

 

 

 

きまりが悪そうな顔で頭を掻く奏。

 

しかし、内心では翼の様子に胸を撫で下ろしていた。

 

まだ言いたいことはあるであろうし、奏の身を案じている節もあるが

 

納得はしてくれたようだ。

 

 

(ごめんな、翼。もうちょっとだけ、あたしのワガママに付き合ってくれな)

 

 

今日のライブ――実験で只でさえガチガチに緊張している翼にこれ以上心労を掛けるのは気が引ける。

 

しかし、奏に残された時間は残り僅かなのだ。

 

限界を迎えつつある己の身体。

 

それでも一つでも多くの命を救うと誓った。

 

明日とも知れぬ己の命。

 

それでも己の歌が誰かの心や記憶に残ると信じている。

 

全ては自分で選んだこと、後悔はない。

 

望みがあるとすれば――

 

 

「? どうしたの、人の顔をじろじろと」

「へへっ……べっつにぃ~!」

 

 

最後の時まで自分らしく笑っていたい。

 

片翼である彼女に誇れる自分でいたい。

 

 

「頼りにしてるぜ、相棒!」

「うん!」

 

 

伸ばされた奏の手に翼は自分の手をそっと添える。

 

繋いだ掌から伝わる温もりを分かち合いながら、二人の少女は舞台へと向かう。

 

悲壮なる覚悟を胸に秘める少女と、それを見守るしか出来ない少女。

 

 

「よっしゃっ! 思いっきり歌うぞぉー」

「うん!――あれ?」

 

 

彼女達は知らない。

 

 

「どした? 翼」

「あ、うん。一瞬だけど奏のペンダントが光ったような……気のせいかしら?」

 

 

その先に待つ惨劇を。己の翼に絡みつく陰謀の糸を。

 

 

「へへ、なんだよ、まだ緊張してんの?」

「そ、そんなことないよ。本当に一瞬光ったような――」

「はいはい、ホントに翼は弱虫だなぁ」

「もう、奏ぇ!!」

 

 

彼女達は気付けない。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「わぁ―――」

 

 

眼前に広がる光景に響は思わず声を漏らす。

 

生まれて初めて訪れたライブ。

 

最初こそ周囲との熱量の差に圧倒されたが、雪菜という先達と巡り合えたことにより

 

今となっては周囲と同じようにライブへの期待感でいっぱいであった。

 

 

 

「ふふ~ん。どーですか、この人の密度! 熱量!!

 外で見た時とは一味も二味も違うでしょうっ」

「うん! なんだかドキドキしてきたよっ!」

「そうでしょう、そうでしょうとも」

 

 

響の反応にうんうんと頷く。

 

この短時間で雪菜は持ち得る限りの知識とライブの醍醐味、何より

 

自分が持つツヴァイウィングへの情熱を響へと教え込んだのだ。

 

テンションを上げて貰わなくては困るというものだ。

 

 

「しかぁ~しっ! 本番はこれから! 開始ギリギリまで――」

「雪菜っ!」

「――ひうっ」

 

 

更に響のテンションを高めようと意気込んだ所、

 

背後からの聞き慣れた声――恐らくは怒っているであろう声に雪菜は思わず肩を竦めた。

 

錆び付いた人形のような動作で振り向くと――。

 

 

「……探したぞ、まったく」

「お、おにぃちゃん」

 

 

息を切らせ、此方を睨むように見る兄。

 

その視線から逃げるように響の背に隠れる。

 

 

「ちょ、ちょと、雪菜ちゃん!?」

「助けてください守ってくださいお願いします響お姉ちゃんさん。

 アレはかなり結構少し怒ってる感じです」

「え、えええぇぇ~っ!」

 

 

背後でガタガタと震える雪菜。

 

その姿を哀れと思い、龍琉を宥めようと声を掛ける。

 

 

「あ、あの~……し、白波くん?」

「ごめんね、立花さん。ちょっと待っててくれるかな?」

「――――はひ」

「ちょおおおおぉぉっ! 響さぁぁぁん!?」

 

 

笑顔で謎の重圧を醸し出す龍琉に力無く頷き、横に身をずらす。

 

響という盾を失った雪菜は悲鳴を上げる。

 

その声に心中で謝罪する響。

 

 

「うぅ~、な、何よぉ。アタシは悪くないもんねっ。

 お兄ちゃんが石頭で頑固で分からず屋なのがいけないんだからっ」

 

 

腰が引けながらも悪態をつく雪菜。

 

そんな妹に龍琉は一息吐いて口を開く。

 

 

「そうだな。確かに僕が悪かった」

「そうよ、お兄ちゃんがわる――ほよ?」

 

 

拳骨の一つは落とされるであろうと覚悟した雪菜であったが

 

あっさりと謝る兄の姿に思わず変な声を漏らす。

 

成り行きをハラハラと見守っていた響も龍琉に視線を送る。

 

二人の視線にバツが悪そうに頬を掻きながら口を開く。

 

 

「あ~、その、正直言い過ぎた。最近は何かと忙しくて……いや、それは良い訳か。

 とにかく、お前に八つ当たりしてしまった……だから、何が言いたいかというと……その」

「別に、その……き、気にしてないしっ。ていうかいつものことだし。

 ア、アタシもちょこっと悪かったかもだし……だから、えと」

 

 

お互いに謝罪の言葉を口にしようとするがそれを素直に口に出来ない兄妹。

 

そんな雪菜と龍琉を見ていた響は二人の間に立つ。

 

 

「はいっ! 仲直りの握手っ!」

「「あ」」

 

 

二人の手を取り、互いの手を繋げさせる。

 

響は満面の笑みを浮かべ、兄妹を交互に見る。

 

 

「二人ともおっかしいのぉ~。そこまで言ってるんだからあとは素直に言えばいいのに」

「いや、その、どうも身内だと甘えてしまって……」

 

 

龍琉は照れくさそうに言い、改めて雪菜に向き合う。

 

 

「ごめん、雪菜。僕が悪かった」

「あぅ、アタシも……その、ごめんなさい」

「はいっ! これにて一件落着っ!」

 

 

お互いに謝る兄弟の様子に響は満足そうに頷く。

 

龍琉は照れ臭そうにしながら響にも謝罪の言葉を口にする。

 

 

「立花さんも、ごめんね。兄妹喧嘩なんかに巻き込んで……ほら、雪菜も」

「ぅん……ごめんなさぃ」

「あはは、気にしないでよ。雪菜ちゃんには色々教えてもらったし。

 私、一人っ子だから妹が出来たみたいで楽しかった。

 そ・れ・に白波くんの新しい一面が見れたしねぇ~」

「あ、いや、まいったな」

 

 

学校では大人びている印象だが、身内の前では年相応に感情的になる少年の姿に

 

響は今までより親近感を覚えた。

 

にひひ、と笑う響に龍琉は頬が熱くなるのを感じた。

 

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「ん? どうした?」

 

 

控えめに声を掛けてきた妹に目を向ける。

 

すると雪菜は遠慮がちに言葉を紡ぐ。

 

 

「やっぱり響さんと一緒にライブ見ちゃダメ?」

「…………駄目だ」

 

 

再び頼んでみるものの、兄からの返答はやはり否であった。

 

項垂れる雪菜に意外な兄の言葉が掛けられる。

 

 

「僕もこういうライブは初めてだし、正直独りにされると、その――不安だ」

「ほよ?」

「だから……色々と教えてくれないか? 頼むよ、雪菜」

「……………っふ、くく」

 

 

真剣に困った顔でそんな事を言う龍琉。

 

その姿に雪菜と響も一瞬呆け、次に笑いがこみ上げてきた。

 

 

「あっははっは~っ! もぉ~、しょうがないなぁお兄ちゃんはっ!!」

「うぃひひひ、そうだね~。これはしっかり教えてあげないといけませんなぁ、雪菜先生」

「……むぅ」

 

 

二人に笑われ、呻くしかない龍琉。

 

その様がまた二人の笑いを誘う。

 

 

「おーけーおーけー! 何にも知らないお兄ちゃんの面倒はアタシが見てあげるっ!」

「はいはい、よろしくお願いシマス」

「という訳だから、響さん。すみませんけど一人で大丈夫ですか?」

「うん、コールとか色々教えてもらったし、おかげで全力で楽しめそう」

 

 

サイリウムを片手にむんっと張り切る響。

 

それに雪菜は満足そうに頷く。

 

 

「うんうん、ライブは歌を聴くのも良いけど醍醐味は周りとの一体感ですからね~。

 あ、そーだ、響さん。ライブが終わったらゴハン食べに行きましょうよ、三人で!」

「あぁ~、良いねぇ、うんうん、是非行こうっ」

「おま、雪菜っ。勝手に……!」

 

 

調子を取り戻した雪菜がまた突っ走ろうとするのを嗜めようとする龍琉。

 

しかし、それより早く妹は兄に耳打ちする。

 

 

「いいじゃん、食事くらい。そ・れ・にぃ~響さんとお近づきになるチャンスだよぉ」

「なっ! お、おま、何を……?!」

「へへ~ん、妹を嘗めないでよねぇ。お兄ちゃんの好みぐらい判るよぉ~だ」

「なっ! なあぁ!」

「おほほ~」

 

 

自分の密かな想いを見透かされ取り乱す龍琉。

 

普段は見せない兄の反応にしてやったりと勝ち誇る雪菜。

 

そんな兄妹に響は首を傾げつつ兄妹っていいなぁと思うのであった。

 

 

「じゃあ、響さん! ライブ終わったら連絡しますね。アタシの番号はさっき送りましたよね」

「うん! 大丈夫!」

「よぉ~し、行こ、お兄ちゃん! またね、響さ~ん!」

「おわ、ちょ、引っ張るな、雪菜! そ、それじゃ立花さん、また後でっ!」

 

 

手を取って去っていく兄妹を見送り、一人になる響。

 

最初は疎外感を感じていたが、今では周りと同じようにこの熱気にワクワクしている。

 

これもそれも龍琉と雪菜のおかげである。

 

 

(今度は未来も一緒に四人でこれたらいいなぁ)

 

 

雪菜ちゃんって元気でちょこちょこしてて可愛いし、未来もきっと仲良くなれるだろうし。

 

白波くんともあんな風に話すのは小学校以来だけど、これを機会にもっと仲良くなれたら良いな。

 

きっと楽しんだろうなぁ。

 

 

「ふふふ」

 

 

これからの事とライブへの期待を膨らませつつ、響は会場へと入っていく。

 

 

自分が夢想する未来は、決して訪れないということを知らずに。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「どーでしたか、響さん!! ツヴァイウィングのライブは!! 最高じゃないですか!!」

「最高なんてもんじゃないよ、雪菜ちゃん!! もおおお……超最高っ!!」

「ですよねですよねですよねぇええっ!!」

「奏さんも翼さんも素敵だし、歌もすっごい良かったし!! はぁぁ~、カッコ良かったな~」

 

 

興奮を隠そうともせずに語り合う少女達。

 

その様子に圧されながらも龍琉は注意を促す。

 

 

「雪菜も立花さんも少し声を抑えて。他のお客に迷惑が――」

「なぁに言ってるの、白波くん! この感動を抑えるなんて無理ってもんだよっ!」

「そぉだそぉだ! 言ってやって下さい、響さん!!」

「いや、その、ライブが凄かったのは分かるし。僕も感動したけどさ……」

 

 

注意を呼びかけるものの、やはり無駄であった。

 

改めて店内を見渡す。

 

ライブ会場近くの飲食店だけあって、ライブ帰りの客が多数いる、が。

 

 

「どぉですか、響さん! 今度、いやむしろこれからアタシの家で今までのライブ映像を見るってのは!!」

「おおおぉぉっ! それはナイスアイディアだよ、雪菜ちゃん先生!」

 

 

ここまでテンションの高い客はいない。

 

しかも、なんだかこれから家に来るみたいな話してるし。

 

龍琉は諦めたようにため息を吐いた。

 

 

「ではでは、思い立ったが吉日! 早速我が家にGOです!!」

「お――――っ?」

 

 

雪菜の声に応えようとする響だが、ふと誰かに呼ばれた気がした。

 

 

(―い―死――!―――あ――め――!!)

 

 

断片的に聞こえてくる声。

 

それは力強くて、どこか優しい声。

 

 

「響さん?」

「どうかしたの、立花さん」

 

 

不明瞭にも関わらず、その声は目の前にいる龍琉や雪菜の声よりも響の心に響いた。

 

そして、響は理解した。

 

 

(ああ、そっか)

 

 

これが夢だということに。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「―――い、死ぬな!! 目を開けてくれ!! お願いだっ!!」

 

 

 

自分を呼ぶ声に意識が引き戻される。

 

同時に何が起こったのかを思い出す。

 

 

ツヴァイウィングのライブ。

 

人生で初めてのライブ。

 

胸がドキドキして目が離せない。

 

 

そんな夢見心地の状態から一気に地獄に叩き落された。

 

ノイズ。

 

特異災害と呼ばれる化け物。

目に見える死、人を炭にする厄災。

 

 

突如として発生したソレは瞬く間に会場を阿鼻叫喚の地獄へ変えた。

 

 

逃げ遅れた響はそこで不思議な光景を目の当たりにする。

 

天羽奏と風鳴翼。

 

先ほどまで舞台で歌い踊っていた二人が剣と槍を手にし、ノイズと戦っている姿を。

 

戦うツヴァイウィングの姿に気を取られていると足場が崩れ、響は戦場に放り出されてしまった。

 

ノイズの餌食となるしかない響を救ってくれたのは目奪われていた存在――天羽奏、その人だった。

 

しかし、それは其の場凌ぎにしかならなかった。

 

響を救助しようとした奏だが、動きを止めた彼女はノイズ達にとって絶好の的である。

 

波状攻撃を受けた奏はなんとか防御するものの、その攻撃により砕けた武器の欠片が響の胸へと突き刺さった。

 

そこで自分は気を失った―――いや、死に掛けた。

 

 

「頼む! 死ぬなっ!」

 

 

この声が無ければ自分は微睡みながら命を手放していただろう。

 

必死な呼び声。力強くて、どこか優しさを感じる声。

 

だから―――。

 

 

「生きるのを諦めるなッ!!!」

 

 

もう少し、頑張ろうと思った。

 

 

 

 

 

「―――――ぁ」

 

 

閉じていた目を開き、微かに反応を見せた少女。

 

声が届いた。奏の想いに応えてくれた。

 

死に抗い、生を手放すまいと戦ってくれている。

 

巻き込んでしまった少女。

 

彼女を死なせる訳にはいかない。

 

 

「ごめん……ありがとな……もう少しだけ」

 

 

頑張ってくれ、そう想いを込めて少女を抱き締める。

 

妹が生きていればこの娘くらいだろう、そんな事を思いながら彼女をそっと壁に寄りかからせた。

 

 

「いつか……心と身体、全部空っぽにして……思いっきり歌いたかったんだよな」

 

 

振り返り、ジリジリと詰め寄ってくるノイズを見渡す。

 

何かを決意した奏。

 

分断され離れた場所で戦っていた翼はそんな親友の姿に彼女が何をしようとしているのかを理解した。

 

 

 

「いけないッ! 奏ぇぇぇぇーーーッ!!」

 

 

絶唱。

 

奏や翼が纏うシンフォギアの切り札。

 

その歌は通常時とは比べ物にならないほど高出力のフォニックゲインを得られる。

 

物量で劣る奏達が短期決戦を挑む最良の手。

 

しかし――。

 

 

「歌ってはダメ!! 今の奏の身体じゃ―――ッ!!!」

 

 

その代償として強力な負荷が使用者の身体に襲い掛かる。

 

LiNKERを控え適合係数が著しく下がり、、アームドギアさえ失った状態の奏。

 

そんな状態で絶唱を放てばどうなるか―――待つものは『死』。

 

 

「―――出し惜しみ無しだ。とっておきをくれてやる」

 

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal――

 

 

荒れ果てた地に響き渡る少女の歌。

 

 

――Emustolronzen fine el baral zizzl――

 

 

それは命を燃やす最後の歌。

 

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal――

 

 

翼は叫ぶ。

 

やめて、ダメ、お願い。

 

どれだけ叫ぼうと、その声は届かない。

 

彼女の決意は揺るがない。止まらない。

 

少女の最後の歌が完成し、悲劇が完成する―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それを認めないモノがいた。

 

悲劇を許さぬと、絶望を認めぬと、災いを噛み砕く存在がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

少女の歌を掻き消す咆哮と共に『ソレ』は上空より現れた。

 

奏とノイズの間に降り立った『ソレ』は一言で表すならば異形の獅子。

 

通常の三倍はある体躯。

 

刃のように鋭い爪牙。

 

紅く燃える体毛。

 

黄金に輝く鬣。

 

荘厳な姿の中に何処か畏怖を感じさせる、それが獅子への印象であった。

 

奏と翼が獅子の登場に気を取られてる間もノイズの行動に変化はない。

 

棒立ちする奏と獅子諸共に排除しようと、自らを矢へと変化させ襲い掛かる。

 

 

「――! いけな――!」

 

 

気付いた翼が行動に移るよりも早く、獅子が雄叫びを上げる。

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!』

 

 

地を揺るがす咆哮。

 

それだけで矢へと変化したノイズが炭へと分解されていく。

 

宣戦布告は済ませたと言わんばかりに獅子はノイズへと駆け出す。

 

爪で切り裂き、牙で噛み砕き、燃える体躯から発せられる炎で

 

縦横無尽に戦場を駆け、ノイズを次々と屠っていく。

 

ノイズも応戦するが、獅子の体躯を僅かに削る程度で、殆どの攻撃が通用していない。

 

 

「―――なんなの、アレは―――」

 

 

翼は只々困惑するばかりであった。

 

ノイズは存在を異なる世界に跨らせる位相差障壁によって、通常物理法則化にある物理的破壊力を減退

 

または無効にする特性を持ち、人間側からの攻撃をほぼ受け付けない。

 

現状、ノイズに対抗できるのは位相差障壁を無効化できるシンフォギア・システムだけである。

 

にも関わらず―――。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!』

 

 

 

獅子はノイズの炭素分解を物ともせず、ノイズを軽々しく殲滅していく。

 

何処かの国が異端技術を用いて開発した生体兵器、そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 

様々な憶測が浮かぶが、視界に膝を突く奏の姿を捉え、その全てを思考の外へと追いやる。

 

 

「奏っ!!」

 

 

すぐさま駆け寄り、奏の容態を見る。

 

肩を揺さぶるも反応が見えない。

 

まるで人形のような奏に再び悲痛な声を上げる翼。

 

 

「奏! 返事をして、奏ぇぇッ!!」

「―――ぁー、耳元で怒鳴んないでくれる?」

「! 良かった、無事なんだね!」

「――あんま無事とも言えねぇけど。女の子らしからぬツラしてるしな、今」

 

 

確かに控え室で発見したとき以上の血を吐き、目や鼻からも血が溢れている酷い状態――だが、生きている。

 

しかし、まだ安心は出来なかった。

 

絶唱を放たなかったとはいえ、LiNKERを抑制し、肉体も限界が迫っている。

 

速くこの場から連れ出さなければならない。

 

幸い、ノイズは獅子のほうを優先的に攻撃している。

 

敵か味方か分からないが獅子もノイズを相手取っていて此方に目をくれていない。

 

撤退するならば今が好機。

 

 

「奏、今の内に――」

「ちょい待ち」

 

 

自分を連れ出そうとする翼に待ったをかける。

 

何を、と翼が言うよりも早く、自分の背後を見る。

 

 

「あたしより先にあの子を――」

 

 

その言葉に生存者――響の存在を思い出す翼。

 

ガングニールの欠片に胸を貫かれ、重傷を負った少女。

 

確かに彼女を放って置くことなど出来はしない。

 

しかし―――。

 

 

「……あたしなら大丈夫だって」

「でも……でも―――ッ!!」

 

 

奏も少女も共に重態だ。

 

どちらも処置が遅れれば命取りになりかねない。

 

 

「正直言うと全然動けないんだわ。身体の感覚も曖昧だし。

 そんなあたしとあの子、両方抱えて行くなんて無理だろ?」

「だったら、尚更――!!」

 

 

放っておけない、という声は奏の言葉によって遮られた。

 

 

「あたし達は『防人』――だろ?」

「ッ!?」

「いつおっ死んでも…それは覚悟の上だ。でもさ――あの子は違う」

 

 

きっとあの子は自分達――ツヴァイウィングのライブを楽しみにしててくれたんだ。

 

友達と来たのか、兄妹と来たのか、それは分からない。

 

こんなことが無ければ、きっと両親が待つ当たり前の温かい家庭に帰れていたんだ。

 

なのに、巻き込んでしまった。守れなかった。

 

このまま少女が死んでしまえば、それは自分が死ぬ以上に辛い事だ。

 

何より奏自身、そんな事態を招いた自分を許さない。

 

 

「だからさ、頼むよ――相棒」

「ず、るい――ずるいよ、奏はッ! 意地悪だッ!!」

 

 

涙を流しながら翼は叫ぶ。

 

防人――それを言われては自分は何も言えない。

 

風鳴翼はその身を剣と鍛えた戦士。

 

牙無き人々の明日の為に戦うと誓った。

 

嗚呼、だからとて――。

 

相棒――唯一無二の友を捨て置かねばならない現実。

 

それが翼の心を締め付ける。

 

だが、迷っている猶予は無い。

 

迷えばそれだけ二人の命を危険に晒すことになる。

 

涙を拭い、翼は立ち上がる。

 

 

「すぐに戻るから。だから、奏――死なないで」

「おう――また後でな」

 

 

少女の下に駆け出す翼。

 

遠ざかる気配を背中で感じながら奏は眼前に広がる光景を見渡す。

 

逆光の中で尚輝きながらノイズを打ち倒していく獅子、その姿に奏は見惚れていた。

 

 

「――たく、眩しいなぁ」

 

 

徐々に見えなくなってきた目にさえ輝きを見せ付ける、その存在に奏は何故か懐かしさを覚えた。

 

それは自分自身というよりも、別の誰かの感情のようで―――。

 

 

「―――ああ、そっか。お前だったのか、あたしを呼んでたのは―――」

 

 

今にも消え失せそうな意識の中、奏は漠然と『何か』を理解した。

 

 

 

 

 

少女――響の元に辿り着いた翼は彼女の状態を確認し、安堵する。

 

体温は低く、脈も弱々しいが、生きている。

 

即座に抱き上げ、この場から離脱を図る。

 

その際、奏の安否をもう一度確認しようと目を向け――愕然とする。

 

 

「そ、そんな――――ッ!?」

 

 

奏の眼前、すぐ目の前に獅子の存在があった。

 

見ればノイズは全て灰燼と化していた。

 

あれだけの数のノイズを短時間で殲滅する獅子の戦闘力に戦慄を禁じ得なかった。

 

だが、それよりも――。

 

 

「奏ぇーッ!! 逃げてぇッ!!」

 

 

無理なことは分かっている。

 

それでも叫ばずにはいられない。

 

少女を抱えたまま、奏へ向かって駆け出す。

 

 

「――じょう――よ――ばさ――いつ、悪―奴―――いから」

 

 

風に乗って奏の声が届くが、聞き取れない。

 

何を言ってるかなんてどうでもいい、早く其処から逃げて。

 

 

『■■■■■■■■■■■!!!!!!!』

 

 

そんな翼の願いを掻き消すように、獅子が吼え、その体が爆ぜる。

 

 

「ッ―――くぅッ!!」

 

 

衝撃に吹き飛ばされながらも、無意識に腕の中の少女を庇う。

 

同時に彼女は目撃してしまう。

 

獅子の炎に飲み込まれる友の姿を。

 

炎の中に消えていく天羽奏の姿を。

 

 

「か、なで――奏ッ! かなでええええええええええええええッ!!!!」

 

 

爆風の中、友の名を叫ぶ。

 

壁に叩き付けられ、意識が混濁するが頭を振って気を張る。

 

腕の中の少女の安否もそこそこに周辺を窺う。

 

砂塵が舞っているが、それは一分も経たずに風がさらっていく。

 

視界を遮るものが無くなり、翼の前に現れた光景は――。

 

 

 

「―――ぁ」

 

 

 

何も無かった。

 

 

 

何者も居なかった。

 

 

 

「――ぅあ」

 

 

 

ノイズも。

 

 

 

獅子も。

 

 

 

「―ぁああ」

 

 

 

 

天羽奏の姿も。

 

 

 

 

「ぁ……アア―――アアアアアアアアあああああああああああああ――――――ッ!!!!」

 

 

 

 

瓦礫と化した会場に少女の慟哭が木霊した。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「チッ――厄介なモノまで目覚めたか」

 

 

惨劇の舞台となったライブ会場を睥睨しながら『影』が忌々しそうに呟く。

 

 

「ネフシュタンの鎧の起動に成功したものの――これでは元も子もない」

 

 

ネフシュタンの鎧の起動と強奪。

 

それこそが『影』の目的であり、その為にセーフティに細工を施し、ノイズを嗾けたのだ。

 

確かに目的は達成された。

 

しかし、同時に強大な障害が目覚めてしまった。

 

炎の獅子――『禍獣』の存在である。

 

『過去』ならともかく、現在の獅子が此方に手を貸すことはあり得ない。

 

 

「『滅ぼすモノ』――いや、今では『守りしモノ』か」

 

 

どちらにしても忌々しく、目障りな存在には変わりない。

 

早急に対策を講じなければならない。

 

しかし、手段は限られている。

 

 

「軍を仕向けるにしても通常兵器の類で役に立たないのはノイズと同じ。

 『あの娘』を当てるか――いや、どちらにしても有効打とはなりえないか」

 

 

思案する『影』だが、どれも根本的な解決にはならない。

 

当面は問題を先送りにするしかない。

 

そう結論付けた『影』の視界にあるモノが掠めた。

 

それは人の手であった。

 

瓦礫の隙間から伸びた手。

 

何かを掴もうとして伸ばされた手。

 

その手は微かに動いていた。

 

本来であれば、このような死に損ないに用は無い。

 

だが、『影』は一つの策を思いついた。

 

 

「――ふむ、駄目元で試してみる価値はあるか」

 

 

『影』は笑う。

 

どうせ現状では対策らしい対策など打てないのだ。

 

ならば、試してみよう。

 

上手くいけば、獅子に対抗出来るモノが生まれるかもしれない。

 

 

「『禍獣』は抗する『禍獣』のみ」

 

 

『影』は笑う。

 

己が野望の糧となる道具を経たことに。

 

今もなお、生にしがみ付かんと足掻く掌を見つめながら『影』はせせら笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「な~んか騒がしいな……」

 

 

 

夕暮れ時、人気の無くなった公園で少年――『黒崎吼介(くろさきこうすけ)』は周りの喧騒がふと気になった。

 

先ほどから鳴り響く救急車やパトカーのサイレンの音。

 

何かの事故かと思い、携帯を取り出し、災害情報を調べてみる。

 

見れば此処からそう離れていない場所で特異災害――ノイズが発生したらしい。

 

それだけなら珍しくも無いが、どうやら今回はかなり大規模な被害が出たようだ。

 

人気アーティスト『ツヴァイウィング』のライブ中にノイズが大量発生。

 

現在、分かっているだけで死傷者、重傷者はおよそ三千人。尚も増加中とのこと。

 

事件の概要を追っていると―――。

 

 

「探したぜェ、黒崎ィ!」

 

 

威圧的な声を掛けられ、携帯から顔を上げる。

 

眉毛の無い厳ついヒゲ面でニヤニヤしている男と目が合った。

 

声の主、その見知った顔にため息が漏れる。

 

 

「ハァ~……アンタかよ、宇崎サン」

 

「久しぶりだなァ、おい。この間の借り、返しにきたぜ」

 

「あっそ。んで……今回はお友達もご一緒で」

 

 

吼介は宇崎と向かい合いながら、視線を周りに走らせる。

 

見れば宇崎と似たような顔と格好をした男たちが自分を囲むように立っていた。

 

宇崎を含め、木刀や警棒を手にした人間が六人。

 

 

「骨の一本や二本で済むと思うなや。今日こそブッ殺してやらァ!」

 

 

殺気立つ宇崎と仲間達。

 

だが、吼介は唇を歪めて嗤う。

 

 

「っは……毎度毎度同じコト言ってんなよ」

 

「なめんな、くらアッ!!」

 

 

その言葉と同時に宇崎達が襲い掛かる。

 

向かってくる敵意に吼介は口角を更に吊り上げ、吠える。

 

 

「上等っ!! てめェの足で帰れっと思うなよ、ゴラァ!!」

 

 

 

武器を持った男達を相手に暴れ回る吼介。

 

その頭にライブ会場の事故の事は頭から消え去っていた。

 

本当に気の毒な、不幸な事故と思った。

 

同時に、別世界のことのようにも感じた。

 

黒崎 吼介にとってライブ会場の事故は己には関係ない不幸な事件に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

だが、二年後。

 

 

 

 

自分がこの事件を始まりとする一連の事件に関わること。

 

 

 

 

『憤怒の禍獣』と出会うこと。『御人好しな少女』に出会うこと。

 

 

 

人智を超越した世界に足を踏み入れる事になることを。

 

 

 

 

今は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 



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