大和型戦艦 一番艦 大和 推して参るっ! (しゅーがく)
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prologue  転生?転移?

 戦艦大和。世界最大級の超弩級戦艦で世界最大級46cm三連装砲を装備してる。

大戦中の有名な軍艦と訊いたなら大概の人が『戦艦大和』と答えるだろう(※リアルで個人的に調査済み)。勿論、俺もそうだと思う。だが実際は当時の海軍は極秘にしていた。その姿、その強力な砲、全てが極秘とされていて、当時の人々は軍人でも海軍の人間でなければ知り得ないものだった。

 さて俺が何故こんな話をしているのか……。それは、たった今、その戦艦大和が建造されたからだ。

 

『大和型戦艦、一番艦、大和っ!』

 

「キタアアアァァァァァァァァ!!」

 

 艦隊これくしょん。通称、艦これ。俺はこのゲームにハマっている。

軍艦を美少女に擬人化した"艦娘"を集めて、謎の敵、深海棲艦と戦うブラウザゲームだ。一時期社会現象とはいかないが、爆発的な人気を打ちだし、ゲームがリリースされてから約3年経った今でもサーバーが一杯で新規登録が難しいと言われている。

 話を戻すが、俺は今さっきその大和を建造で手に入れた。建造という資材を使って艦娘を建造する事が出来るのだが、大和はそれ以上に莫大な資材を投入して建造を行う、大型艦建造でしか手に入らない。しかも大和が建造できる確率は極めて低い。そんな低確率を俺は引き当てたのだ。しかも俺が艦これを始めたのはこの大和が実装されたと聞いてからだ。

 幼い頃から軍艦に興味があり、その中でも大和が好きだった。巨大で強い、小さい俺が好きになるのには十分すぎる理由があった。それも俺は未だに持っていて、大和が好きなのだ。そして今日、遂に念願の大和を手に入れた。

 

(早速鍵かけて、レベリングしないとな!!!)

 

 そう考えながら大和の建造時のセリフを聞く。

 

『推して参ります!』

 

 可愛らしくも凛々しいセリフに俺は聞き入る。だがそんな俺は突然、パソコンの画面が光りだし、目を覆わざるを得なくなった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 目を開いたが、何も見えない。どうしてだろうか。

さっきのパソコンの光で目を覆ったが、そのまま気でも失ってしまったのか。俺は周りの状況を把握しようと動くが、真っ暗な為に何も情報を手に入れられずにいた。

というか、パソコンの画面ってあんなに光るものなのか?眩し過ぎるものだったので目を覆って閉じてしまった。

 

(なんだよここ......。何も見えないし、意味が分からない。)

 

 そんな時、目の前にある数字が出た。

 

[08:00:00]

 

 その意味、どういう意味だろうか。表記的には時刻だろう。8時だな。

だが突然そんな数字が出る意味が判らない。何なのだろうか。その数字をぼーっと見ていると変化が起きた。

数字が[07:59:32]を過ぎた辺りで急に小さくなっていくのだ。そしてほんの数秒で[00:00:00]となったのだ。

その刹那、俺はまたもや光に包まれた。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「どっちだろう。私的には大和がいいんだけど。」

 

「それはそうだろう。世界最大、最強の艦だからな。それに我が鎮守府に居ないのは大和だけだ。」

 

 そんな声が俺の目の前でする。まだ光で目が見えないというのに、そんな話し声が聞こえてくるのだ。どちらも女性の声。

そして何だが、鉄と油の臭いがするその場所で俺は遂に光を見た。

 

「まぶしっ!!」

 

 こんな状況になって発した最初の言葉がまぶしいだったが、そんな俺の目には見たことのない、否、見たことのある人が目に飛び込んできた。

当たりは薄暗い場所で、見るからに工場だ。だが、俺の顔を覗き込んでいる2人の女性の片方には見覚えがあった。

 

「これはっ!!???」

 

「む、貴様。」

 

 片方の女性は褐色の肌、白髪、胸にサラシを巻き、特徴的な服装をしている。

見るからに艦これに登場する艦娘、戦艦 武蔵だ。

その武蔵が俺の顔を覗き込んで、そのまま俺の身体を舐め回すように見ると、俺の顔を睨んだ。その武蔵の表情からは素人、凡人の俺からでも判る程の殺気が籠っていた。

 

「何奴っ!!」

 

「はっ?!」

 

 俺は慌てて後ろに仰け反った。どういう事だろうか。

そんな時、ふとある事を思い出した。俺の真っ暗で何も見えないところで見えた数字。[08:00:00]という数字は今の状況から察するに建造時間だったのではないか。そして、[08:00:00]という数字だとしたらそれは大和型戦艦の建造時間だ。

 

「どうして建造ドックから男が出てくるのっ?!」

 

「提督っ!そんなの私が訊きたいっ!それで貴様は何者なんだっ!!」

 

 そう俺は武蔵からは砲を、横の白い学ランの女の人からは軍刀を向けられた。

一体、何がどうなっているのかさっぱり分からない。どういうことなのだろうか。

 

「俺が訊きたいっ!そもそもここはどこなんだ?!」

 

「ここは呉第二一号鎮守府の建造ドックよ。貴方は何者なの?」

 

 白い学ランの女の人はそう言った。

 

「チンジュフ?......ちんじゅふ......鎮守府......。」

 

 俺は顎に手を当てて考える。

鎮守府という単語は俺はよく耳にしてたし、文字も見てきた。俺が間違ってなければ鎮守府とはあの鎮守府だろう。

 

「早く名前を言わぬかっ!」

 

 そう武蔵に怒鳴られ、俺は答えようとしたその時、腰に何かが付けられた。腰に付けたのは多分足元をちょろちょろとうごめく何か。よくよく目を凝らして見てみるとあの艦これに出てくる妖精にそっくりなのだ。

 目の前で起きている事象の辻褄が俺の中で合った。目の前に居る武蔵と白い学ランの女の人、そして足元の妖精......つまり俺はあの光に包まれて艦これの世界に転生?転移?したみたいだ。これがアレだ。よくラノベとかにある転生とか転移モノって奴だな!!

 

「おいっ!」

 

 武蔵にそう言われるが俺は気にせずに腰に付けられたものに手を伸ばして確認をし、キョロキョロと自分の腰に付いたものを肉眼で確認した。

腰を後ろと横を多く程の大きな板の上に15.5cm三連装副砲が2基、12.7cm連装高角砲が左右合わせて6基、その副砲の後ろに巨大な三連装の砲塔があり、背中にもギリギリ見えないが同じものを背負った状態になっている。そしてそれは前に居る武蔵と同じもので、俺が焦がれた存在も背負っていたモノだった。

 

「貴様っ!ここで吹き飛ばしてもいいんだぞっ!?」

 

 そう言った武蔵が46cm三連装砲を動かし、こちらに砲門を向けたその時、俺は答えた。

 

「俺の名前は真木 大和(まき まさかず)。」

 

 そう答えるが2人は訊く耳を持たなかった。俺の背中に付いたものを見ている。

 

「あれって大和型の艤装だよね?」

 

「そうみたいだな。というか何故、男が艦娘にしか扱えないものを......。」

 

「名前を言えって言っておいて無視は酷いな......。」

 

 そう言うとやっと気付いてくれた2人は俺がさっき言った名前をもう一度言った。

 

「何だっけ?」

 

「確か、真木 大和とか言ってたが?」

 

「何でドックから出てきたのがそんな名前を言ってるの?」

 

「私が分かるわけないだろう?」

 

 そんな掛け合いを俺の目の間で繰り広げるが、さっきからずっと『真木 大和』『真木 大和』と言い続けているが半分の確率で『真木 まきかず』になっていた。どうしてか俺は自己紹介をするとそうやって名前を噛まれる。そんなに言いにくいものなのか。

 そしてそんな2人が話し終わるのを待っていると結局、白い学ランの女の人が俺にある事を言ってきた。

 

「ねぇ真木君。」

 

「何ですか?」

 

「その背中の奴、動かせる?というかもう動いてるけど。」

 

 そう言われて俺は背中のを見ようと後ろを見ると、確かに動いていた。さっきは全部砲門を前に向けていたのに今後は後ろを向いている。

 

「俺、触ってませんよ?」

 

「今こっち向いた時、砲もこっち向いたね。うん。」

 

 そう白い学ランの女の人は言った。俺からじゃわからないので、そうなのだろう。

 

「提督、どうするのだ?艦娘ではないが、男が艤装を使うなど聞いた事が無い。」

 

「どうしようね......。まぁ取りあえず身元確認って事で。真木君、これに氏名、年齢、住所を書いて。」

 

「はい。」

 

 俺は白い学ランの女の人、さっきから武蔵は提督と呼んでいるので俺も提督と呼ぼう。その提督が俺に白紙の紙とボールペンを渡してきた。

それを受け取り、俺は名前を書くがどうしてだろう、住所が書けない。というより思い出せない。さっきから書こう書こうとするのだが、全くペンが動かないのだ。

 

「住所は?」

 

「......おかしいな。書けない。」

 

 そう言われたが、提督は俺の書いたものを覗き見た。そして驚く。

 

「真木君、貴方が大和なの?!」

 

「はっ?!大和ぉ?!」

 

 そう言われて俺は苦笑いを返すしかなかった。

俺が生きてきたこの十数年。あだ名は一貫して大和だった。というか、それ以外で呼ばれた事が無い。

 

「大和は......まぁ、その......あだ名的な?」

 

 俺が頬を掻きながら言うと、提督は『そうねー。』と言って書いてる最中の紙を持ってかれた。そして新しいペンを出すと、その場で真木に横線を2本書いた。

 

「何か分からないけど、貴方。これから大和ね。」

 

「「はい?」」

 

 武蔵とシンクロしてしまった。

 

「もう何言っても分からないし、艤装付けれて動かせるならもういいの。」

 

「おい、良いのか、提督っ!」

 

「問題ないよ。そもそも建造ドックから出てきたのなら艦娘だし。ねぇ、大和?」

 

「適当だなぁ......それに俺、艦娘じゃないですよ?」

 

 そう言うと提督は俺にじゃあ何と訊いてきた。そこにこれは答えを言う。

 

「艦娘って女の見た目じゃないですか?俺、どっからどう見ても男だし、アレ付いてますし。」

 

「マジ?」

 

「マジです。」

 

 そういう俺と提督のやりとりをただ訊いていた武蔵は補足した。

 

「提督。しかもこの大和、普通の大和じゃない恰好をしてるだろう?一体袴を着た大和がどこに居るというのだ?」

 

「確かにっ!!」

 

 何だかもう面倒になってきたので流されるままに行こう。それがいい。

 結局、俺は大和という事になり。呉第二一号鎮守府の正式な所属にさせられた。強制。俺が流されるままでいいやって思ったからだけど、俺が何かする訳でもなく、すぐにそういう事になってしまった。

そして自己紹介があった。俺が勝手に心の中で提督と呼んでいた白い学ランの女の人は......

 

『海軍呉第二一号鎮守府艦隊司令部司令官。つまり提督の、山吹 ゆき海軍大佐だよ。よろしくー。』

 

 というらしい。

 斯くして、俺は晴れて呉第二一号鎮守府艦隊司令部所属の戦艦 大和となりましたまる

 




 
 初めまして、しゅーがくと申します。と最初に言いますが、多分初めましてじゃない人もいらっしゃると思います。
 本作はあらすじにも書いてあった通り、『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』の特別編『俺は金剛だ!』の新規独立化したものです。

 不定期更新を予定してますので、独立元の様にほぼ毎日更新は難しいです。良くて週一と考えて下さい。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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第1話  本当の話





 

 俺は建造ドックから連れ出されると、提督の指示で『鎮守府の案内は武蔵に任せるねー。』という事で、俺は武蔵に付いて鎮守府の中を観光していた。

 

「さっき居たのが建造ドック。建造ドックがある建物が工廠だ。工廠には他に、開発局があって私たち艦娘の兵装を開発してくれる。」

 

「ほぉー。」

 

 俺は適当に返事を返しながら武蔵に付いて歩くが、何だか変な雰囲気だ。

通りすがる人間は大体が艦娘なのは建造ドックから出る事になった時点で、覚悟は出来ている。だがその目が変なのだ。何というかその……獲物を見るような目つきなのだ。一言で言ってしまえば『怖い』だ。

 

「……そしてここが普段提督が、って聞いているのか?」

 

「……ん、あぁ。聞いてるよ。勿論。何だっけ?ここが資材倉庫だっけか?」

 

「違う。ここは提督が執務をしている執務室がある棟だ。私たちは本部棟と呼んでいるがな。」

 

「そうかそうか。悪い。」

 

 そう頭を掻きながら謝るが、武蔵は仕方がないなと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「大和は男だけでなく変な個体なのか?上の空だが?」

 

「変な個体って、商品みたいに言うな。上の空というか、周りが気になってな。」

 

「ふむ……確かに妙に視線を感じる。だが、気のせいではないぞ?」

 

「どうしてだ?」

 

 武蔵は腰に手を当てて答える。

何というか男らしいのか、分からない。

 

「大和は男だからな。仕方ないだろう?」

 

「うわっ、適当だな。おい。」

 

 そう答えた武蔵はまた歩き出す。俺の鎮守府観光はまだ続いている様だった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺は鎮守府観光が終わると執務室に来ていた。提督から話があるというか話を訊きたいとの事で来ているんだが、何というか凄い。

提督がいる机の上には辞書並みに積み上げられた書類があるのだ。武蔵曰く『あれは執務で提督が見なければならない書類だ。』だそうだ。見るだけでいいものもあるらしが、サインが必要だったりするらしい。

 

「おー、来たね。じゃあちょっと休憩。」

 

 そう言って立ち上がった提督は俺をソファーに手招きした。

 

「ちょいと座って欲しいな。それと武蔵は外で待ってて。」

 

「分かった。」

 

 提督に言われ、戸惑うことなく俺はソファーに座ると提督は俺の顔をさっきみたいな表情で見た。そして武蔵は執務室から出て行った。

 

「いきなり聞くけど、大和。」

 

「はい、何なりと。」

 

「大和が置かれてる立場、素直に嘘偽りなく言ってくれない?」

 

 そう言ったのだ。その言葉は提督の顔からはうかがえない程の重みがある。

唯の雑談かと思っていた俺は身構えていなかったので、その質問への衝撃にまだ立ち直れていなかった。

 

「嘘、偽りなく……ですか?」

 

「そうだよ。」

 

「はい。……俺は唯の人間です。」

 

 そう言うと提督は頷く。

 

「それで?」

 

「今俺が置かれてる状況は、客観視すれば『異世界転生』若しくは『異世界転移』というものです。」

 

「突拍子もないねー。」

 

「ただ俺はパソコンに向かっていただけで、光に包まれて、見えるようになったと思ったら建造ドックに居ました。」

 

「成る程成る程ー。」

 

 提督の気の抜けた相槌を無視しながら俺は答えた。

今言った事、全て真実で嘘偽りない事だ。言い切れる自信がある。そんな俺の言葉への返答を提督はすぐに答えてくれた。

 

「『異世界転生』、『異世界転移』については超科学で空想の世界のモノだとばかり思っていたけど、現実目の前で起きてしまったから信じざるを得ないね。大和は人間の名乗る様な姓名を名乗ったね。歳もそう。艦娘に歳はないんだよ。だから大和がその異世界から来たという事は信じなきゃね。」

 

「そうですか、ありがとうございます。」

 

 俺は安心した。提督は何にも疑う事無く、信じてくれたのだ。

 

「だけどね、いくら大和に人間の姓名があって年齢があっても建造ドックから人間が出てくる事は無いんだよ。だから大和が人間だったとしてももう人間じゃない。艦娘なんだ。」

 

「娘じゃないですけどね。」

 

「そうだね。だから大和は特異種の艦娘だね。」

 

 そう言って提督は立ち上がる。

 

「つまり、普通の艦娘じゃないんだよ。スペシャルな艦娘だ!」

 

「スペシャルって……。」

 

「だからスペシャルな艦娘の大和は『異世界転生』やら『異世界転移』やらのせいでここに来てしまって、しかも人間ではなくなってしまったという訳だね。建造ドックから出てきてしまったのと、艤装が操れるならもうここに居なよ。建造ドックでは武蔵の前だったからアレだけど、ここにはいない。ここで私は大和、真木 大和にちゃんとした事を伝えるね。」

 

 そう言った提督は少し息を整えると言った。

 

「私はこの事を誰にも言わない。勿論武蔵にも口止めする。だから大和はここでスペシャルな艦娘として生きる事。」

 

「おっ……おう。」

 

「んで、ここで生きるのなら、働かざるもの食うべからずってね。大和にも出撃して貰うから。」

 

「そりゃそうだろうな……。」

 

「勿論。正式に建造報告書は大和で出しておくよ。だけど特異種って事は伏せておく。いいね?」

 

「はい。」

 

 そう言うと提督は外にいる武蔵を呼びに行き、早速口止めをした。俺の名前に付いてだ。

提督は武蔵に俺の名前『真木 大和』を誰にも言わない事を約束させた。武蔵も聞き分けが良く、何も聞かずに約束したが本当に聞き分けが良い。

 

「じゃあ改めてよろしく、大和。」

 

「あぁ。」

 

「よろしくー。」

 

 執務室で俺と提督、武蔵は言い合うと俺はソファーに座った。

何だか疲れたのだ。そんな俺にまた提督が話しかけてくる。

 

「そう言えば大和。」

 

「何ですか?」

 

「また後で時間ちょうだい。執務が終わった後で。」

 

「はい。構いませんよ。」

 

 そんな事を言いながら提督はペンを走らせはじめた。

後で時間が欲しいという事なので俺は執務室に残る事にし、武蔵は一度部屋に戻ると言って出て行ってしまった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 提督は辞書程の高さの書類を終わらせるとソファーに座りに来た。ちなみにまだ武蔵は居ない。

 

「大和。大和のいた世界の政治体制を教えて欲しいんだ。」

 

「はい。えぇっと……。」

 

 俺は政治体制について話した。と言っても高校生が政治経済で習う程度の事だったが、30分ほどかけて要約して伝えると提督は顔を顰めた。

 

「まさかとは思ったけど……そうだったかー。」

 

「何がですか?」

 

 そう訊くと提督は答えてくれた。

 

「私は違和感があったんだよ。大和に。」

 

「どんなでしょうか?」

 

「男女平等って言葉、よく使われてたでしょ?」

 

「そりゃ、国連で決められたことですからね。」

 

 そう俺が答えると提督はとんでもないことを口にした。

 

「この世界では男尊女卑なんだー。でも昭和初期まで根強く続いていたモノとは違う。」

 

「どういう意味ですか?」

 

「この世界には男性が極端に少ないんだよ。そりゃもう男性保護法とか作られるレベルで。」

 

「何ですか、その男性保護法って。」

 

「男性が極端に減ってしまったから、政府が男性を保護してるんだ。男性は政府の保護下に置かれて男性に触れようものなら一発で豚箱行。」

 

 つまり、提督の言う男性保護法というのは、男性が極端に少なくなった事で子孫の存続が危ぶまれた事をきっかけに出来た法律。女性が男性に対する接触を規制したという事らしい。提督の話を訊くと俺の居た世界の日本、男女平等を謳うが世間での女性と男性の扱いを逆にして極端にしたものみたいだ。ザ・男尊女卑という事になる。

 

「大和の振る舞いは男女平等時代の産物だねってこと。今の女性はその大和の振る舞いは小説や漫画の中だけでしかないから、大和の振る舞いを見た瞬間、先ず男を見たという事で気が動転するか興奮する。そして大和の振る舞いを見て『私もそう扱ってもらいたい!!』ってなって取り合い合戦の開始だね。」

 

「取り合い合戦って……。」

 

「醜い争いだよ。私も1度見たことあるけどありゃ見るに堪えないね。男性が不憫でならなかったよ。ちなみに取り合い合戦してた女性、全員豚箱行き。」

 

「うひゃー。」

 

 時々提督は変な言葉を使うが、気にならなかった。まぁそこまで話されたら俺は自重しなくてはならない事は分かるので、提督に言った。

 

「つまり俺はその振る舞いを止めればいいってことですね?」

 

「そうなるねー。あと大和型だから大丈夫だと思うけど、襲われるかもしれないからご注意を。」

 

「襲われるって……。」

 

「勿論、アレなやつだね。」

 

 そう言って提督は『部屋は重要書類を保管するような部屋にしておいたから。』と言われて部屋番号の書かれた紙と鍵を受け取って執務室を追い出されてしまった。

何故追い出されてしまったのだろうか。

 




 
話の順番がおかしい気もしますが、このまま投稿させていただきました。
違和感あればご報告下さい。

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第2話  居た世界とこの世界

 執務室を追い出された俺は、鎮守府の中を歩き回る。

すれ違う艦娘は俺のことを二度見し、艦娘じゃない誰かも二度見をする。視線が刺さる刺さる。

居心地が悪いことこの上なしだ。

俺は視線を気にしながらも、あてなしに歩いていると、資料室の前に来ていた。案内された時に通ったし、少し興味があったので中に入った。

 中は独特な匂いが立ち込め、数人が棚を見ていた。俺もその中に混じり、本を見る。

そんな時、俺から割と近いところで背伸びしている人影が見えた。なんだろうと思って近づいてみると、鳳翔が辞書並みに分厚い本を持ち上げて戻そうとしているのだ。だが、背が届かないのか、収まる様子はない。

見てられなくなったので、俺は手を出した。俺は鳳翔に声をかけたのだ。

 

「届かないなら無理したらダメだ。貸して」

 

「え?」

 

 少し戸惑いながらも鳳翔は、俺に本を手渡す。

それを受け取ると、間が空いているところに本を入れた。

 

「ここで良かった?」

 

「えっ、あ、はい。そこで大丈夫です」

 

 混乱しているのか、変な反応をして見せた鳳翔に俺は声をかける。

 

「誰か分からないよな……。俺は大和」

 

「大和……さん? あの大和型戦艦の?」

 

「そんなところだ」

 

 そう訊いてくる鳳翔に、俺は戦艦の方の名前を名乗った。

さっき提督に言われたのもあるが、人とのしての名前を言うのは控えようと思ったのだ。

 

「艦娘ですよね?」

 

「"娘"かはさておき、大和だ」

 

 目をパチクリさせる鳳翔はどうやら信じられてないのかもしれない。

そんな鳳翔は、俺にある事を訊く。

 

「私には、そのっ……と、殿方にしか見えないのですっが……」

 

 鳳翔は顔を真っ赤にして言う。

 

「殿方?……あぁ、男の事か。俺は男だけど?」

 

 そういった刹那、真っ赤だった鳳翔の顔はさらに赤くなる。手をモジモジとさせ、小さい声で『何故艦娘が殿方に?』と言っているが、その反応は間違っていない。否、普通の反応だろう。多分。

 

「私、そのっ……殿方とお話した事がありませんので、なんと言っていいのやらっ……」

 

 仕方のない事なんだろうが、これはこれでやり辛い。

 

「そうなのか?」

 

「はい。殿方は政府の保護下にありますからね。鉄と油、泥と汗が臭う軍隊なら尚更、お目にかかることなんてありません」

 

 さっきはどもりながら話していたのに、急に流暢になった。

 鉄と油、泥と汗の臭いっていうと、男の力仕事を連想するが、こちらの世界では違うようだ。

それもそうだろう。男性保護法なんて法律が作られるくらいだ。今まで男性が担ってきた仕事を女性がやるのは当然だろう。

 

「そんなものか?」

 

「はい」

 

 そんな会話をしていると、後ろから声がした。

ここは資料室。俺の解釈が間違ってなければ、ここは図書館みたいなものだろう。ここで静かにするのはマナーだ。そんなところで声を出すなんて、必要最低限しかない。

場所から考えると、用事があるのは鳳翔の方だろうな。

 

「鳳翔さん。終わりましたか?……って、どなたですか?」

 

 やはり鳳翔だったみたいだ。それに、俺にも話しかけてきているみたいだから、振り返る。

そこに居たのは、鳳翔同様にすぐに分かる。

 

「俺は大和だが?」

 

 名乗ったのは戦艦の方だ。多分、この世界での自己紹介は大体が戦艦の方になるだろうな。

 

「遂に我が鎮守府にも念願の大和さんがっ……といいたいところですが、私は貴方のような大和さんを見たことがありません。どの護送旅団から逸れたんですか?」

 

 半分くらい理解できなかったが、俺はこの艦娘が誰だか分かる。というか、艦これをやっていたのなら知らない筈がない。艦これをやっていたのなら、艦娘全員の特徴を把握する事は普通のことだ。

俺の目の前で、顔を赤らめながら睨むのは加賀だ。

 

「護送旅団? 何だそれ」

 

「政府の保護下にある男性を、移送する為にあるコンボイですよ」

 

「あぁ……」

 

 ここで、変な風に回答すると嫌な予感しかしないので、適当に話を合わせておく。

そんな俺に、加賀は機関銃の如く質問をしてくる。

 

「護送旅団番号を教えて下さい。すぐに引き取りに来てもらいますから。それと何故、大和を名乗ったか。あと、今の年齢。身長と体重、好きな女性の好み、スリーサイズ……」

 

 みるみる赤かった加賀の顔が、更に赤くなっていく。

それとツッコミをさせてくれ。質問の内容がどんどん私的になっていっていた。歳と身長体重訊いて、好みのタイプを訊くまでは目を瞑ろう。だが、スリーサイズってなんだよ。

男に使うものなのか? というか、何処測るんだよ。胸囲とウエストとヒップってか?

 

「加賀さん? 軍人による男性に対するその行為は、懲罰対象ですよ?」

 

「あっ……も、申し訳ありません」

 

「え? あ、あぁ」

 

 全く状況の飲めない俺に、加賀が深々と頭を下げる。そして顔を上げざまに『スゥー』と音を立てた。

 

「ん?」

 

「こらっ! 加賀さんっ?!」

 

 何だか状況が読めないが、加賀はとんでもない事をしたみたいだ。

いや、本当に全く分からない。

 怒った鳳翔に加賀は捕まり、どこかに行ってしまったので、俺は移動する事にした。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 資料室を一通り見た俺は、鎮守府の本部棟の中を歩いていた。

今から執務室に戻って、提督から話を聴いてもいいのだが、執務をやっているだろうから遠慮しているところだ。

さっき居た資料室では終始視線を感じていたが、廊下に出てみてもそれは変わらない。

何だか後を付けられているような、そんな感じがしているのだ。

思い返せば、この方後ろを見ていない。振り返る事が無かったのだ。

 

(なら、振り返ってみようか)

 

 俺はそう思い、後ろを振り返ってみる。

そうすると、やはり艦娘が俺の後を付けていた。

青葉だ。青葉がメモ帳とペンを持って、俺の後をつけているのだ。そしてその遠くには、艦娘ではないが人影が見える。

俺が後ろを振り返ったのを、待ってましたと言わんばかりに、青葉がこっちに走り寄ってくる。

 

「どもども~。新顔ですよね? 私は青葉です! 取材、いいですか?」

 

「取材?」

 

 そう俺が声を出したら、急に青葉が後ろを向いてしまった。

何ならゴソゴソとし始めたが、何なんだろうと思いつつ待っていると、此方を振り返ったのだ。

ゴソゴソしていたのはどうやら、髪の毛をセットでもしていたんだろう。ショートパンツのポケットから櫛が出ている。

 

「えぇ! そりゃ、新鋭艦が出たら広報して、皆に早く知ってもらうためですからね!」

 

 何だか鼻息の荒いようにも感じるが、まぁ答えよう。早く馴染めるのなら、有り難い。

 

「先ず最初に、貴方? のお名前は?」

 

「大和だ」

 

「大和さんですかー! 遂に司令官の悲願も叶ったという事ですね!」

 

 あの提督、俺を建造することが悲願だった訳ではないと思うんだが。

 

「青葉の見たところ、記憶にある大和さんとは”かなり”異なった容姿をしていらっしゃいますが?」

 

「そうだな。……まぁ、俺は男だしなぁ」

 

 その刹那、青葉の後ろの方に居た人影が、とんでもないスピードで此方に走ってきた。

そして、青葉の腕を掴む。

 

「エッ? 何ですか?!」

 

「うぇっへっへっ……さぁ~青葉ちゃ~ん? “ブタ箱”へ行きましょうねぇ?」

 

 こっちに来て青葉の腕を掴んだのは、どうやら憲兵のようだ。腕にしっかりと腕章が付けられている。

だが、そんな腕章をつけた憲兵がとんでもなくだらしない顔をしている。

黙って静かにしていれば、かなりの美人だと思うんだけど。

 

「えー?! 何でですかっ?! 青葉はまだ保護法に触れるようなことは何も?!」

 

「憲兵が”ブタ箱”行きと言ったら、そうなのよ~。うふふっ」

 

 青葉の腕を抑えながら、憲兵は無線機か何かで誰かと話したかと思うと、目の前に居る憲兵同様にとんでもないスピードで憲兵(以下略)が走ってきたのだ。

しかも、表情はそこの憲兵同様。俺のいた世界では、女性がしてはいけないような表情をしている。

 

「ちょっ?! 大和さーん!! 助けてぇーーー!!!」

 

「「「問答無用っ!!! うらy……保護法違反よー!!」」」

 

 憲兵たちに担がれて、青葉はどこかへ行ってしまった。

その代わりに残ったのは、青葉の後ろを歩いていた憲兵。艦娘なら名前を出せば容易に想像できるだろうが、憲兵はそうはいかないだろう。端的に説明する(唐突のメタ発言)。

一言で言えば、スレンダー。少し茶がかった黒いロングストレート。軍服がとてつもなくミスマッチだが、とても美人だ。

 

「さぁ、大和……だったかしら?」

 

「え? あ、はい」

 

 イマイチ状況を飲み込めていないように振る舞う。

青葉が理不尽に連れて行かれた事は分かっている。

 

「危なかったところを助けてあげたわ! それにあのまま行ってたら、確実に食われてたわよ?」

 

 聞き返したかったが止めておく。俺の本能が止めておけと言ったからだ。

そんな風に考えを巡らせていると、憲兵が話しかけてくる。しかも、段々と近づいてくる。

 

「危なかったわね? でも、もう安心よ! 私が助けてあげたんだからね?!」

 

 ツンデレと何かが混ざった風に言われても、俺は反応に困る。

 

「お礼とか、別にいいわ! 何にも! 当然の事をしただけよ?!」

 

 ジリジリと近づいてくる。

 

「私は憲兵っ! 風紀を乱す者は、私が全て”ブタ箱”に入れてやるわっ!!」

 

「ちょ、近い」

 

 そう言って近づいてくる憲兵に、俺は壁まで追いやられる。

そして遂に、壁ドン状態になってしまった。と言っても、俺の身長よりも結構小さい憲兵は、耳元で手をドンと出来なかったみたいだけど。

 

「さぁ!」

 

「何をして欲しいのかさっぱり分からないんだけど、そんなグイグイ来るとは思ってなかったなぁ」

 

 そのままの体勢で俺は話す。

無理やり引き剥がす事も出来たが、俺の頭ではそれが出来ないでいた。元いた世界での常識が染み付いているからだろう。

 

「なら、強引に押してもいいのよ? 後ろに倒れてしまっても、私は別に構わないわ!」

 

 空いてる手でサムズ・アップする憲兵だが、俺はそれを本能的に断る。

 

「そりゃ出来ないな」

 

「何でっ?! 来てもいいのよ?! もっとグイッと。むしろドンッて押された方が良い。押されたい。否、押して下さいお願いします」

 

 憲兵のキャラがブレ始めたが、俺はそれも気にせず話す。

 

「そんな事出来るわけない。幾ら軍人とはいえ、女性だ……ろ……?」

 

 言いながら俺はある事を思い出したのだ。

提督の言っていた一言だ。この世界の女性は、男尊女卑になる前の男性の女性に対する扱いにかなりの憧れがあるという事を。

だが、気付いた時にはもう遅かった。

 息を乱した憲兵が、さらに接近してきていたのだ。

 

「初めて会った男がこんな人だとは思わなかったわっ……。最っ高よ! やば、涎がっ……」

 

 見てられないと思い視線を廊下に向けると、そこには見覚えのある人が来ていた。

白い学ランを来ている人。そんな人、俺の記憶では1人しかいない。

 

(あ、提督。……てぇ!! なんてもの持ってんだっ!!)

 

 そんな提督は片手に軍刀を握りしめていた。ちなみに抜刀済み。

 

「気付いてるかわかんないけど」

 

「何かしら?」

 

「後ろ」

 

 そう言うと憲兵は後ろを振り返り、我に返る。

抜刀し、構えた提督がいるのだ。

 

「香羽(こうわ)曹長、覚悟は出来ているんだよね?」

 

 鈍く光を放つ軍刀が音を立てる。

それを見た憲兵はとんでもない量の汗を垂らし始めた。

これは俺でも分かる。多分、男性保護法に掛かったんだろう。当の男性は分かってないが。

 

「提、督……。え?! 執務をされていたのではっ?!」

 

「今しがた終わらせたところ。そしたら憲兵が飛び込んできて、ね?」

 

 提督の後ろには合掌している憲兵が居る。

どうやら密告のようだ。

それを見た憲兵は俺から離れ、両手を差し出す。

 

「さぁ、私を逮捕して。蒔ちゃん」

 

 そう言った憲兵に手錠をかけようとした蒔ちゃんとやらの前に、提督は軍刀を振る。

それに驚いた蒔ちゃんとやらは後ろに仰け反った。

 

「それは出来ないね。ここで処断、打首、首切り、ギロチン、斬首、死刑だね。”ブタ箱”通り越して、”ブタ塚”行きね?」

 

 なんという事を言うのだろうか、この提督は。俺が止めようと動き出した時には既に、軍刀は振り上げられていた。そして、振り下ろされる。

 

「あー神様仏様提督―! どうかお許しをー!……って、死んでない?」

 

 振り下ろした軍刀は、首の手前で止まっていた。

それを離して鞘に仕舞った提督は、憲兵の頭を掴んだ。

 

「今回だけだよ? 分かった?」

 

「はいぃぃぃ」

 

「蒔田軍曹が必死に言い訳してくれた事にお礼を忘れずに。それと、2人には反省文の提出を命じる。日を跨ぐまでに私が読み終わる様に提出。原稿用紙30枚ね」

 

「「はいっ!!」」

 

 そう言った提督に敬礼した憲兵2人は、走ってどっかに行ってしまった。多分、反省文を書きに行ったのだろう。

 一息吐いた提督は俺に話しかける。

 

「初日には抜けないだろうけど、なんとかしてね? 私もいちいちこうやって来るのも嫌だから」

 

「分かりました」

 

「あー、それと敬語は無し。普通に話してくれていいよ?」

 

「……分かった」

 

 そう言った提督は笑っていた。

その後は、提督がお茶でもどうだと言って、執務室に行くことになった。今日来たばかりで、ふらふらしているのも落ち着かないので有り難い。

そう思い、俺は即答して付いて行くのであった。

 




 一体、何ヶ月振りの投稿なんでしょうね(白目)
忘れていた訳ではありませんよ? ただ、本編の方に力を入れていまして……(言い訳)

取り合えず、新話は投稿しましたので、問題なしと言うことにしておいてくださいお願いします(ドゲザ)
 そして、内容は金剛君譲りのぶっ飛んだ内容ですはい。本編と雲泥の差がありますね。こっちにはシリアスの欠片もない……気が……する(←憲兵の下りを思い返す)

 ご意見ご感想お待ちしています。 ちなみに、次話は未定です!(オイ)


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第3話  歓迎会は波乱万丈

 提督の部屋でお茶をした時に言われたことだが、今日は歓迎会が開かれるそうだ。

誰の歓迎会かは、言わずとも分かる。俺の歓迎会だ。

主催は提督で、会場は食堂。出席するのは艦娘たちと提督らしい。

聞いている限り、かなり曖昧な気もしなくもないが、別に良いかと俺は気にせずに出席する事を伝えた。

 歓迎会までの間はここにいるといいと、提督が言ってくれたので、グダグダとソファーでだらけながら待つこと数時間。歓迎会の時間になったようなので、俺と提督は食堂に向かう。

ちなみに、武蔵の案内で食堂の場所は分かっているんだが、提督が護衛だと言って聞かないので、こんな風に一緒に向かっている。

それもそうだろう。執務室でだらけるまで、俺は青葉や憲兵に絡まれていたからな。この世界の常識やなんかを考えれば当然のことなのだろう。全くこれっぽっちも理解したくないが。

 そんなこんなで、俺と提督は食堂に着いた。中からは騒がしい声が漏れているが、扉の前で俺は提督に待つように言われた。

 

「いい? 呼ぶまでここで待ってて。絶対、勝手に入ってきたらダメだからね」

 

「分かった……」

 

 正直、不服だが仕方ない。これでも上司というか、なんて言えば良いんだろう。

飼い主? 否、俺は犬じゃない。じゃあなんだろうか……。まぁ、上司でいいか。

ここでの上司の命令は絶対だ。軍隊だからな。

そんな事を心の中では言うが、実感もしてなければ、そんな心構えもない。

姿勢を崩して、頭を掻きながら適当に答えるだけだ。

 

「じゃあ、待っててよ」

 

 そう言って、提督は食堂に入っていく。

入った途端、部屋は静かになり、提督の声が聞こえるようになるのだ。

 

『えー、これから歓迎会を開こう!』

 

『『『ワー!!』』』

 

『数人会っているかもしれないが、今回の新入りは大和だー!!』

 

『『『オー!!』』』

 

『なんとぉ?! 武蔵の姉妹だー!!』

 

 拍手が巻き起こるが、それを武蔵の一言で会場が静寂と化す。

 

『姉妹? 違う、兄妹だろう?』

 

 その言葉で、会場は鎮まりかえる。会場の外に居る俺でさえも、それが伝わるくらいだ。

相当な衝撃だったんだろう。

 

『え? あー、武蔵?』

 

『なんだ?』

 

『私の言ってることって、間違ってはないんだよ?』

 

 そう言った提督は、『大和―!』と叫んだ。

それに答えるかのように、俺は提督が入っていった扉を開いて、提督の横に向かう。

だが、変だ。

俺と同じように、提督に向かってきている艦娘が居るんだ。

目を凝らして見てみると、それは俺が求め続けていた存在だった。ここですぐに駆け寄って声をかけたいところだが、俺は提督の横に立って、大勢の艦娘の方を見る。だが、あの艦娘も俺と同じように提督の横に立って、大勢の艦娘の方を見たのだ。

 一瞬、頭の回転が鈍ったが、提督の声がそれを正してくれた。

 

「さぁー! 今回の新入りはぁ?! なんとー! 大和と大和っ!」

 

「「「「「「はぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」」」」」」

 

 会場に声が木霊したのは言うまでもない。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「えー、落ち着いて。この状況、一番理解してないのは私だから」

 

 そう言いながら、平静に話す提督に白い目を送る。

それに気付いているのか気付いてないのか分からないが、提督は話し始める。

 

「今回のデイリー大型建造1発目で出たのが、こっちの大和ね」

 

 そう言って提督は俺の方に指を指す。

 

「んで、2回目のデイリー建造をだらけながらやって出たのがこっち」

 

 提督は俺の反対側の艦娘に指を指す。

 

「という訳で、我が鎮守府には世界最大最強の戦艦が3隻になった訳だけども、維持できるかどうか分からないし、その辺は潜水艦と遠征組に投げるとしてだね」

 

 『酷いでち! 鬼! 悪魔!』という叫びと、『これで強くなれるのなら問題ないだろうな』とかいう声が聞こえた。前者。さっきの提督の姿を見た後では、擁護出来ないぞ。

首が落ちるだろうな。

 

「いやはや、困ったものねー! 最初は大和建造の報告書を出すだけのつもりだったのに。大和2人になっちゃった」

 

 てへぺろとやる提督に少しイラッときたが、俺は抑える。

 そんな事を気にしてかしてないのか、提督を挟んだ向こう側の艦娘はしきりに俺の方を見ていた。

それに気付かない程、俺は鈍感になった覚えはない。

 

「という訳で自己紹介。はい、マイク」

 

 そう言われて俺は提督から受け取ったマイクを片手に、一歩前に出て自己紹介を始める。

 

「俺は大和型戦艦 1番艦の大和だ。よろしく。あー、なんて言えばいいか分からないんだけど、とりあえずマイクチェックの必要はないからな」

 

 そう言ってマイクを下ろすと、正面の有象無象がガヤガヤとしはじめ、並が壇上のすぐ手前まで押し寄せてきた。

ちなみに目は見てはいけない。一番手前にいる艦娘に見覚えがあるんだが、コイツはダメだ。

 マイクは提督を挟んだ向こう側の艦娘に渡す。そうすると、そっちも自己紹介を始めた。

 

「私は大和型戦艦 1番艦の大和です。よろしくお願いします。って、一緒に進水した艦娘(?)も大和らしいですが、私も大和ですので!」

 

 少し頬を赤く染めながらそう挨拶したのは、俺が求め続けていた大和だった。

俺は思わず、声をかけそうになるが後でもいい。とりあえず、足元に集っている艦娘と憲兵から身を引かないといけない。

少し後ろに下がった俺は、提督との距離を縮める。

どうにかしてくれるかもしれないと、そう考えての行動だ。

その期待に答えてくれるかのように、提督は腰に下がっている長いものに手をかけると、皆、静かになる。なんという影響力。

小柄で可愛らしい雰囲気の提督なんだが、威圧感が出ているのは俺も分かる。さっきもそれは垣間見ているからな。

 

「とりあえず、全員が集まってないと出来ない事を知らせるから聞いててね」

 

 俺と大和の方に向かって、提督は言う。

 

「この呉第ニ一号鎮守府艦隊司令部は艦娘の総括である秘書艦の補佐として、3人の艦娘を指定してるの。水上打撃部隊旗艦、空母機動部隊旗艦、水雷戦隊旗艦って居るから、その艦娘の顔だけは覚えてね」

 

 そう言って下の有象無象から艦娘が3人、出てきた。顔が緩んでいるのが1人。見覚えのあるのが2人だ。

 

「自己紹介して」

 

 そう提督の指示で、順番に自己紹介をする。

 

「水上打撃部隊旗艦の武蔵だ。水上打撃は艦隊戦では常套手段だが、私が出撃する時は、戦線を突破する時くらいだな」

 

 武蔵は笑うが、俺にとっては笑えない。その出撃機会がたったいま1/3に減ったんだ。

 

「空母機動部隊旗艦の鳳翔です。先ほどはありがとうございました。私たちは艦隊を率いて各方面の海域で戦線維持を担う中核です。一緒に艦隊を組むこともあるでしょうが、その時はお任せ下さい」

 

 てっきりこういうのは赤城とかがやると思っていたが、そうではないみたいだ。元一航戦というのかな? これは。

 

「水雷戦隊旗艦の大淀です。私は司令部施設の搭載が可能ですので、旗艦というのは肩書です。ですが、旗艦としての任務は全うできるほどの力があると自負していますので、よろしくお願いします。ちなみに艦隊護衛や支援艦隊として度々見かけることがあると思いますので、お見知り置きを」

 

 自己紹介をするが、俺からしてみれば名前を名乗られなくても誰だか分かる。なので、正直役職とどういう立ち位置かしか聞いてなかった。面倒だからな。

そんな3人に俺は『よろしく』とだけ言って、ふと鳳翔の後ろに目線を向けた。

その先には、資料室で鳳翔に怒られていた加賀の姿がある。

 今は変な風にはなっていないようだが、誰かに引っ張られているみたいだ。しきりに右腕を気にしている。

 

「という訳で語っ苦しい挨拶は終わりね! じゃあ自由に食べて飲んで、親睦を深めようー!」

 

 そんな事を言ってくれるのは有り難いが、俺の目の前に迫りくるなんとも言えない脅威をどうにかして欲しい。

艦娘とその中に混ざっている憲兵が、見せたらいけない表情で迫ってきているのだ。

 

「男、男よね?」

 

「男に見えるデース」

 

「初めてみる男だけど、ちょーイケメンじゃん?」

 

 冷や汗が額を伝う。その刹那、前に出てきていたうちの2人が俺の前に立ちはだかった。

 

「意識を持て馬鹿者共! "ブタ箱"に行きたいのかっ?!」

 

 そう言ったのは武蔵だった。その言葉に怯んだのか、皆の勢いは弱まる。

 

「気持ちは分かりますが、がっついては大和君が怖がってしまいます! 先ずはお友達にならないと!」

 

 やばい。鳳翔の背中に天使の羽が見えた。これからは大天使・鳳翔様って呼ぼうかな。

 

「それから親友、恋人、そして……永遠を誓い合って、寵愛していただいて、それからそれからっ」

 

 前言撤回。その辺の有象無象と同じだ。

 多分、この時の俺は嫌な顔をしていたんだろう。そんな俺に、大和が声をかけてくれた。

 

「大和……君でいいのかしら? よろしくね」

 

「あ、あぁ。よろしく」

 

 武蔵と鳳翔が騒ぎを抑えているその後ろで、そんな会話をする。

 

「どうして男の姿なの?」

 

「ストレートに訊くなぁ……正直な事を言えば、答えられない」

 

「え?」

 

「そう言われているんだ」

 

「そ、そうなの」

 

「あぁ」

 

 俺の言った言葉に少し戸惑う大和は、言葉通りの意味で飲み込んだのか、違う話をしてくる。

 

「こっちは煩いのであちらに行きましょうか。同期ですし、仲良くしましょう」

 

「そうだな」

 

 そんな事を言って、俺と大和は人が引いている、ビュッフェ方式のご飯をお皿に盛って食べ始める。

ちなみに俺の中であることが崩れ落ちた。目の前で食べる大和の皿の上には、山になっているご飯はない。至って普通盛り。というか女性なら相応の量を盛ってきていた。

そんな事に1人、衝撃を受けながらも食べる。ちなみに、俺は食べ盛りなので結構食べれる。何度か皿を取ってきては食べているので、大和に『凄い食べるんですね』と言われてしまった。

 

「ねぇねぇ大和君! 本当に男なの?」

 

「一杯食べるんだねー! 本当に男なんだぁ!」

 

「腕、触ってもいい?」

 

「握手して下さい!」

 

「名前呼んで下さいッ!!」

 

「ねぇ! 私と結婚しない? しよ? ね?」

 

「おっきいよねー。身長どれくらい?」

 

「やばっ、鼻血がっ……」

 

 いつの間にか、俺たちがこっちで食べているのに気付いたのか、こっちに艦娘と憲兵たちが集まってきていた。

俺に触れるか触れないかっていう距離で、押し合いながら話しかけてくる。

俺はそれに答えたかったが、食べている最中なので待って欲しいとだけ言って、皿にあるものを口に放り込んでいく。

皿が綺麗になると、ペーパーナプキンで口の周りを拭いて答えることにした。

といっても、答えれる範囲でだけどな。

 

「男だし、結婚は知らない。身長は最近測ってないから分からない。握手もいいし、腕も触っていいぞ」

 

 そう言うと、目をギラギラさせた艦娘と憲兵が一斉にこちらに飛びかかってきた。

それに驚いた俺は、立ち上がって受け身を取ろうとするが、意味はなく、瞬く間に囲まれてしまった。

 そんな俺をあれやこれやと触ってくる艦娘と憲兵だが、腕やら腹回りやら首やらを触ってくるのは別に良いんだが、触り方がやらしい上に、女の子というか女性もだが凄くいい匂いを発している為、鼻孔がくすぐられている。甘い香りに鼻がやられかけていた。

 

「ちょっと。そんなたかるな! そして誰だ! 頭をすり寄せてくるのは!!」

 

 下が見えない上に、両手も首もホールドされていて、両足も動かせそうにない状態になっていた俺は、そんな叫びを訴えることしか出来ないようになっていた。

それを見ていたであろう大和はというと、辛うじて俺の視界の端に写っているが、どうしていいのか分からないみたいでオロオロとしている。

 そんな過酷な状況で、遂には身体のあちこちに柔らかいものが押し付けられているのが感じた。これは何だと、考えるがすぐに答えは出る。

口には出さないが、俺の正面にいる艦娘。多分戦艦だが、恍惚な表情をしている。

これは不味いと思い、ある人の名前を呼んだ。多分、無意識で助けを呼びたい人の名前を呼んだのであろう。

 

「提督ー! 提督ー!? てーいーとーくー!!」

 

 呼んでも呼んでも来ない。提督なら助けてくれるだろうと思っての、叫びだったんだが現れない。なので、本名で呼ぶ。

 

「山吹提督ー!? ゆき提督?! 山吹 ゆきさーん?!」

 

 最終的には病院の待合室で呼ばれるみたに呼んだんだが、それでも来ない。

この会場内に居ることは確かなんだが、どうして来てくれないんだろうか。

 そうやって叫んでいた俺に、近くまで来ていて武蔵がある事を俺に言った。

 

「普通に名前で呼んでみたらどうだ? 来てくれるかもしれない」

 

「分かった! ゆきさーん!? ゆきー?!」

 

 そう俺が叫ぶと、遠くで『はーい』と返事が聞こえた。やっと聞こえたみたいだが、その遠くの方角がその瞬間、ひと目で分かってしまった。

奥のほうが、明らかにどす黒くなっているのだ。

コレはヤバイと、俺は直感的に感じたのだ。この歓迎会が始まる前、詰め寄られていた憲兵から助けてくれた時の提督が出していたオーラとそっくりなのだ。

言うまでもないが、多分抜刀済み。

 提督が出しているオーラに気付いたのか、後ろの方の艦娘や憲兵が道を開けていく。

そして、それがこちらの視界に入るくらいまでに迫ってきた頃には、一番近くまで来ていた艦娘と憲兵は戦意喪失していた。

俺からはなられないものの、ガタガタと震えている。確かにこの状態の提督は怖いな。

 

「呼んだ?」

 

「呼んだ呼んだ。助かったー」

 

「うん。そっかー……やっぱりこうなるよねー」

 

 そう言った提督は抜刀したまま振り返る。

 

「ここまで来ていた者達。覚悟はいいな?」

 

 一瞬にして場の空気が凍る。

 

「反省文、30枚、今日中、日付変わるまでに私が読み終われるように提出」

 

「「「「「了解っ!」」」」」」

 

 ざっと10人くらいがその反省文対象になった。

この後、武蔵やらが合流して楽しく食べていた。だが、俺への過度な接触を試みようとした者を、懲罰対象とすると宣言したので、皆あまりがっついて来なくなった。普通に話しかけに来るだけになった。

 ちなみに反省文を書く事になった者たちは、大急ぎで部屋に帰っていった。理由としては、反省文を書くため。30枚なんて、単純計算で言えば12000字だ。早く始めないと提出期限に間に合わなくなってしまうんだとか。ちなみに今の時刻は午後7時。読み終わるのに20分かかるとしたら午後11時半には終わってないといけない。その上、対象が2ケタいるので、もっと早くに書いて持ってこないといけないみたいだった。

俺は寮のある方角に向けて合掌をした。

 

 




 (毎回こっちに投稿する文字数が多いような気もしなくもない……)
 最近の暑さにやられている作者です。通学辛すぎるwww
それはおいておいて、今回は前回よりもスパンが短いことは突っ込まないで下さいね。
以前よりも少し余裕が出てきたものですから、調子に乗っているというだけです。
また更新速度が落ちると思います。多分……。

 元ネタから相変わらずの話ですが、ツッコミ所満載だと思いますので楽しんで下さい。
前回ほどではないと思いたいです。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第4話  訓練

 

 歓迎会の次の日の朝。俺はざわざわとする声に目を覚まされた。

何だと思いながら目を開けて扉の前に行くと、そのざわざわの原因が分かった。

艦娘たちと憲兵らが集っているのだ。多分だけど。

そのざわざわから聞き取れた声がある。

 

『大和君っていつ起きるんだろう?』

 

 成る程、そういう訳で部屋の前に集っている訳だ。

成る程とか言っているが、正直なんでかなんて分からない。というかどうでもいい。

安眠を妨害されたので、正直腹が立っている。

 なので扉にチェーンを掛けて、少しだけ扉を開くと、その隙間に手を入れられた。

 

「おはよう! 大和君っ!」

 

「いい朝だね! 元気?」

 

「ねぇねぇ、身体とかおかしいところない?」

 

「髪直してあげようか?」

 

「服にアイロンを当てて差し上げますっ!」

 

 わーわーと騒ぎながら、そんなことを言ってくる。もう何だかなぁ、とか思いながら俺は強引に扉を閉めて身支度を整えるのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 身支度を整えた俺は、今度はチェーンを外して扉を開く。

そうすると、チェーンがかかっていた時と同様に、手を扉の間に入れられた。

だが、別に止まる訳でもなく、普通に開いてしまう。

開いた拍子に、数人の艦娘と憲兵がその場に倒れてしまった。

 

「あ、大丈夫?」

 

 俺は反射的に手を伸ばしてしまう。

ちなみに俺が手を伸ばした相手は、頬を赤くしながら手を俺の手の平に乗せてきた。

そして俺はその手の持ち主の顔を見て絶望したのだ。

 

「あら。……こ、こんなことされるなんてっ、思ってもみなかったわ」

 

 そう、飢えた狼こと足柄だったのだ。だがまだうろたえる時ではない。

二次創作でよくある、男に飢えた狼だったなら、何かしらのアクションがあるはずだ。俺は1人、固唾を呑んでどういう反応をするかを観察する。

だが、別に何かするわけでも無かった。

拍子抜けした俺は、そのまま手を掴んで立ち上がらせる。

 

「よっと。……大丈夫?」

 

「ま、まぁね。へっちゃらよ!」

 

 そんなことを言う足柄だが、俺は気付いていた。

足柄と同じように倒れた艦娘と憲兵が物凄い表情でオーラを滲み出させていることに。

俺の本能が直感的に不味いと思ったのか、すぐに他の倒れた艦娘や憲兵にも手を差し出して立ち上がらせる。

 

「あっ、ありがとう」

 

 そんな風に、顔を真赤にしながら礼を言うものだから少し可笑しかった。

変に笑える訳ではないが、なんというか少し笑みが零れたというべきか。そんな感じだ。

まぁ、はにかんだという表現が一番近いのかもしれない。

 少しおもしろいと思いながら、固まる艦娘や憲兵たちの間を縫いながら食堂へ向かった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 食堂には大和と武蔵以外は居なかった。どうやら艦娘ほぼ全員が、俺の部屋の前に来ていたみたいだった。

 

「おはよう、2人とも」

 

 そんな風に陽気に挨拶をして、俺は武蔵の横に座る。

別に何か考えた座った訳ではない。ただ、歩いてきた方向から近かっただけだ。

そんな風に考えはするが、大和はなんにもリアクションしない。

変だなと思いつつ、俺は食堂の厨房に朝食を頼む。適当に。

俺の声に多分だが、間宮が反応してくれた。間宮って確か艦娘だったよな?

 

「いやぁ、部屋の前にすっごい人がいて困った困った」

 

「そうみたいだな。流石、男なだけある」

 

 そんなことを、武蔵は俺の顔を見ながら言う。

そんな武蔵に俺はある疑問を抱いた。

武蔵は他の艦娘みたいに反応しないのか、と。

思い立ったらすぐに行動するのが俺なので、早速武蔵に訊いてみることにした。

 

「なぁ、武蔵」

 

「何だ?」

 

「武蔵は他の奴らとは違って、過剰に反応しないんだな」

 

 そんなことを軽口のように言ったが、返って来た返答が思いの外重かった。

 

「したくても出来無いんだ。相手は実の兄だ。あいつらに混じって反応しようものなら、私は水上打撃部隊旗艦としても、大和型戦艦2番艦としても何だかなぁ……ってなってしまう」

 

 そう言ったのだ。顔を逸らしながら。

 

「そ、そうだったな。い、いやぁ~。武蔵が妹かぁ~」

 

 そんなことを言ってみる。

そうすると、武蔵が急にこちらに振り返り、言ったのだ。

 

「そうだ。私はおっ、おっ、おっ……」

 

「おっ?」

 

 顔を真赤にしながら、壊れたラジオみたいに言う。

あえて言わないでいる俺に、武蔵は言った。

 

「おっ、あ、兄貴っ! 兄貴の妹だからなッ!」

 

 顔を真赤にしながら言う武蔵のセリフに、俺は自然と笑えてきた。

 

「はははっ。そうだな。……そっかー。武蔵が妹かー」

 

 そんないいながら俺は天井に目線を逸らす。

そんな俺と武蔵の間に、大和が入ってきた。どうやら傍観するのにも飽きたみたいだ。

 

「私の妹でもありますよ! ね、武蔵?」

 

「そうだな。大和」

 

 顔は赤いままだが、武蔵ははにかんで言う。

 

「ちょっとー! 私のことも『姉貴』とか、『姉者』とか、『お姉』とか、『お姉ちゃん』とか呼んでくれてもいいんじゃない?!」

 

「ん? 不服だったか? “大和”?」

 

 頬を赤く染めながら武蔵に怒る大和を眺めながら、俺はいつの間にか笑っていた。

そして大和に言うのだ。

 

「じゃあ俺が呼んであげようか? お姉ちゃん?」

 

 顔を両手で隠しながら、『うぅー』とか唸っている姿を見て楽しむ俺と武蔵であった。

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきの命令で、これから艤装での砲撃訓練をやることになった。

ちなみに、ゆきって呼ぶようになったのは頼まれたからだ。まぁ、提督って呼ぶのも面倒だったから俺的には有り難いけどな。

 そんなこんなで、俺の訓練に武蔵が付いてきてくれるみたいで、ついでに大和も一緒に砲撃訓練をすることになった。

 

「資材はいっぱいあるから気にせずバンバン撃っちゃって」

 

 と、ゆきに言われたので、俺と大和は砲弾を満載して揚々と沖に出た。

 言い忘れていたが、艦娘はどうやら水上スキーみたいに海の上を走る。艦これのアニメみたいに。

 武蔵同伴で、沖まで出てきた俺たちは目標物に向かって砲撃を始めていた。

地響きのような砲撃音に、砲撃した刹那に突き飛ばされるような衝撃が身体に襲いかかる。それを踏ん張りながら、照準と調整してから撃つ。

それの繰り返しだ。主砲の砲身から蒸気が出てくるようになると、俺たちは一旦砲撃を止める。

 

「目で見た方向に砲撃するって、何だか他の方に注意が向かないよな」

 

 そんなことをぼそっと言ってみる。

確かに、向かない、目標物を目で捉えることで、周りの物が何も見えなくなるのだ。

 

「そりゃそうだろうな。だが、勘でどうにかなるだろう」

 

「は?」

 

「勘だ。勘。経験を積むと戦闘時の勘が冴え、視界外からの攻撃なんかに察知しやすくなるんだ」

 

 何だか艦これの回避率の真意が分かった気がする。

 

「そうなんだ」

 

「あぁ。だから高練度艦程、回避率が高い」

 

「だろうな」

 

 俺は主砲の砲身を触りながら応答する。もう加熱は収まったかを確認しているのだ。

 

「うん……砲身も冷えたし、再開しようか」

 

「そうですね」

 

 大和も確認したのか、砲身を撫でながら言う。俺たちは再び構えた、砲撃訓練を再開した。

結局、搭載量の約1/3を砲撃訓練して、帰ることになった。

ちなみに、沖に出てきていたのは俺と大和、武蔵だけだ。どうやら近海の安全は確保出来ているみたいだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 海の上を航行するのは気持ち良いと思っている人が大半だろう。

だが、本当は違う。俺たちが背中に背負っている艤装は、主に機関部だ。言うまでもなく、かなり発熱しているので熱い。

航行すると潮風を切る涼しさと、背中の機関部の発熱で温度が相殺されている。否、むしろ暑い。

航行するだけで暑いのだ。

 そんな状態で鎮守府に戻り、埠頭から陸に上ると、矢矧がタオルと水を持って立っていた。ランニングでもして休憩しているんだろうか、と考えていたが、違ってみたいだ。

俺たちを見つけるなり、こっちに走ってきたのだ。

 

「大和っ!これっ!」

 

 この場に大和は2人居るんだが、どう見ても俺に差し出している。ちなみに、タオルも水も3つずつ持っているので、全員に渡すつもりなんだろうけどな。

 

「ありがとう」

 

 礼を言って、タオルを受け取って水を飲む。

やっぱり他の艦娘も、艤装を背負って航行すると暑い思いをすることは知っていたみたいだ。大和も少し髪が首に貼り付いているので、そうなんだろう。だが、武蔵は平気そうな表情をしている。これは慣れなんだろうか。

 十分に汗を拭き、水を飲んだ頃。俺たちはゆきに報告に行かなければならないので、その場を立ち去ろうとすると、矢矧に止められた。

 

「ちょっと待って下さい。それ、受け取ります」

 

 そう言って、矢矧は俺が肩に掛けているタオルを指差した。

 

「え? どっちも洗って返すんだが?」

 

「い、いや! 大丈夫っ!」

 

 そんな風に矢矧は言うが、やはり使ったものだし洗って返すものだろう。

というかコレ、矢矧の私物だったのか?

 

「いや、誰かが使ったものだし、気持ち悪いだろう?」

 

 そんな風に言うが、矢矧は頑なに譲らなかった。

どうしてだろうか。

結局、俺は渡したが本当に良かったんだろうか。少し気になった。

 

 





 昨日の姉に引き続き、2日連続で投稿させていただきました。
いやはや、なんと言いますか。こっちの作品って完璧口直しですよね。
どう考えても。うん。
まぁ、そのつもりなんでいいんですけどね。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第5話  大和争奪戦 その1

 今日も大量の艦娘と憲兵に揉まれながら起きてから朝食を食べた。

結局、俺と大和、武蔵で食べるようになってしまったのは仕方のないことだと思う。否、思いたい。

 特段やることも無く、適当なところに居たら危険ということなので、俺はゆきが居る執務室に居座っている。ソファーに座りながら本を開く。ここに来て暇を潰せるものなんていったら、これくらいのものしかないのだ。

 だが改めて本を読んでみると面白いものだ。なんとも言えない感覚がある。だがこれだけは言葉で言い表すことができる。文章で描かれた情景が、すぐに自分の頭の中で想像できるのだ。

景色や状況なんかが手に取るように解る。楽しいものだと思いながら読んでいると、誰かが急に執務室の扉を開いた。急だったので俺は本からすぐに目線を扉の方に向ける。

そうすると、そこには武蔵が居た。少し慌てているのだろうか、顔を歪ませている。

 

「提督、緊急だ」

 

「どうしたの?」

 

 普通に執務をしていたゆきは、すぐにペンを止めて武蔵の言葉に聞き返した。

 

「”ヤツ”が来やがった!」

 

「えぇ……。分かった、武蔵。少しココに来るのを足止めしてくれない?」

 

 心底イヤそうな顔をして言うゆきに、武蔵は言葉を発しようとした途端、また扉が開かれた。だがその勢いは凄まじく、武蔵が開けたときよりも大きな音を立てた。

そして、その扉を開いた張本人が執務室に入ってくる。

 

「あら、呉第ニ一号鎮守府の提督は、上官も迎えに来れない程多忙だったかしら?」

 

 厭味ったらしくそういったのは、ゆきと同じ服装をした女性。

と言っても、着ている服はパツパツだ。今にもボタンがはじけ飛びそうなくらいに張っている。そしてその女性の後ろには数名の憲兵が控えていた。

 

「いいえ。何分急でしたので、手が離せませんでした」

 

 ゆきはそう言ってペンを机に置いて立ち上がった。

 

「これはこれは、とんだご無礼を……。申し訳ありません」

 

「ふんっ! 分かればいいのよ!」

 

 鼻にかけたような態度で、ゆきを見下す。身長的にも仕方ないのかもしれない。この女性はハイヒールを履いているのだ。

そんな風に観察している俺に、ゆきはあることを言った。

 

「真木さん。少し退出していただけますか? この御方と少々お話がありますので」

 

 そう丁寧に言った。多分、この女性はゆきの上官なんだろう。

そうだろうなとは思ったが、返事を誤ってしまった。

 

「あぁ。少し出てくる」

 

 ゆきが俺のことを『真木さん』と呼んだことを踏まえずに、普通に返事を返してしまったのだ。

それを聞き逃さなかった女性は、後ろに立っている憲兵に指示を出す。

 

「扉を封鎖しなさい!」

 

 俺が扉に到達するまでに、憲兵が扉の前を固めてしまった。

俺は出るに出れない状態にされてしまったのだ。

そんな俺に、女性は自己紹介をする。

 

「私は横須賀第○九鎮守府艦隊司令部の浅倉よ。貴方、男かしら?」

 

「えっ?……あ、あぁ。男、ですが?」

 

 よく分からないが、やはりゆきの上官だと思われる。態度からしてそうだし、鎮守府の人間だと分かるとそう考えてしまった。

 

「声も低い声ね……ふむ……」

 

 その場で考え始めるが、なんというか嫌な予感しかしない。

 

「そうねぇ……貴方、ウチに来ない?」

 

 そう言ってこちらに近づき始めた。

それに反して、俺は浅倉から離れていく。

 

「いえ、結構です」

 

「あら、遠慮しちゃって。でも、ウチに来たらこんなところよりももっといい思いが出来ると思うのだけど?」

 

 そう言って俺は逃げられないところにまで追い込まれてしまった。

なんだかこの世界に来て、こんなことばかりだ。何で壁際に2日連続で追いやられなければならないんだ。

 

「貴方、真木とか言ったわね? どうしてここに居るのかしら?」

 

 そんなことを訊いてくるが、訊くような態度ではない。

同じようなことを聞かれた経験があるが、あの時もこんな感じだった。そしてこの後は、全然関係ないことを訊いてくるに違いないのだ。

 

「歳はいくつなの?」

 

「身長凄く高いけど、どれくらいなの?」

 

「体重は?」

 

「スリーサイズ教えなさい」

 

 ほらみた。同じようなことを訊いてくる。

経験則で言えば、これはいわゆる保護法違反というやつだ。俺はそんなこの浅倉を逮捕できる権限のあるであろう、憲兵に目を向けるが駄目だ。

目線が変なところに行ってあがる。役立たずも甚だしい。

 そんな憲兵に俺は助けを求めた。

 

「ちょっと憲兵! この人どうにかならないの?!」

 

 そう訴えるも、憲兵は困った表情をして小刻みに横に首を振った。

つまり、無理だということだ。

 

「あら、真木君。あの子たちは私の下僕よ。何言っても私に利のないことはしないわ」

 

 そう言って高らかに笑う。まさに『オホホホ』だ。

その笑いにイラッとしたが、ゆきの上官である可能性がある以上、変な言動は出来ない。

そう考えつつ、断ることしか考えなかった。

 

「私の方に来れば大艦隊の旗艦よ。そして鎮守府の顔! それに私は今後も出世すると思うから、元帥閣下のお付でもうそりゃ……」

 

 途中から聞くのをやめた。聞いたところで何があるというのか。

 

「……てなわけで、山吹」

 

「はい。何でしょうか」

 

「この子、貰っていくわ」

 

 すっごい横暴なことを言っているのは、俺でも分かる。ここの世界がどういうもので、どういう風に成り立っているのか分からないが、とりあえずこの浅倉がジャ○アンみたいだということは分かった。

風貌からしてそうだし。

 だから俺が言った。こんなク○バ○アに付いて行く気なんてないね。ゆきの方が若いし。というか、若すぎるような気もしなくはない。20と言われても納得してしまうレベル。

 

「嫌です。行きません」

 

 俺はそっぽ向く。本当に行く気はない。俺に選択肢が無かったとしてもだ。

そんな俺に、浅倉は理由を訊いてきた。

 

「何故かしら? ここよりも大きいし、戦績もいい。会社で言うと大企業よ」

 

案外、普通なところもあるものだなと思いつつ、俺は息がかかる程の距離まで詰められている浅倉に答える。勿論、そっぽ向いて。

 

「俺、こじんまりしてて、社長とか平社員とかが仲が良い方が良いんですよ。それに急に来いとか無理です。本当に無理です」

 

 拒絶した表情をして浅倉に訴える。

そんな俺の顔をキョトンとした表情で見る浅倉は、数秒間固まった後に俺の腕を掴んで引っ張った。

案外その力は強く、少し身体がふらついたがすぐに引っ張り返して踏ん張った。

 

「何よっ! 良いじゃない! というか、こんなこじんまりとしたちんちくりんで小汚いところが良いなんて、男の貴方が居ていいところじゃないわ!」

 

 ヒステリックに叫ぶ浅倉とは俺は正反対で、かなりヘラヘラしている。

面倒だし。いきなり叫びだして、この人どうしたのって考えていた。

 

「大体、何でこんな所に男が居るのよ! アンタ、何処から拉致ってきたのっ?!」

 

 俺の腕を離したと思ったら、ゆきに矛先が向いてしまった。

これはしまったと思った。理由は分からない。だが、そんな風に感じてしまったのだ。

多分だが、憲兵に言い寄られた時や、歓迎会の時に囲まれた時のゆきを見ていたからだろう。あれが出てくるんじゃないか、そう思って『しまった』なんて思ったんだろう。

だが、よくよく考えてみれば、相手は上官の可能性が高い。そんな相手にゆきが軍刀を抜くのか否か。

 だが、ゆきは何も行動を起こさない。

どうしてだろうか。やはり、上官なのだろうか。それどころか、何も言わないのだ。

 

「そうでもしなけりゃ男がここに居るのはおかしいわ! 上申してアンタを軍法会議にかけてもいいんだからね!」

 

 そう浅倉が言った途端、ゆきは動き出す。

 

「そんな! 不当ですよ!」

 

「じゃあなんて男がいるのよ! しかもこんな国宝級の!」

 

 何が国宝級なのやら。

 

「分かりません! 先日、任務中に出てきました!」

 

 何というか、こんな光景を見ているとやっぱり軍人なんだなとつくずく思う。

映画で見るような感じなのだ。

 

「訳がわからないわ! 男が湧いて出ていたのなら、こんなにも男が不足することなんて無かったのに!! ……まぁいいわ、山吹。この子は連れて行くわね」

 

 そう言って再び俺の腕を掴んだ浅倉に、俺は徹底抗戦する。

引かれたら引き返して、手から離れようと手を振って暴れてみたりなど。

出来る限りはしてみる。だが、やはり俺の元いた世界でのアレが抜けないんだ。どうしても強引に抜け出ようとすることは出来なかったのだ。

 

「暴れないで! ほら! ちょっとっ! 貴女たちも手伝いなさい!!」

 

 数分間の格闘をすると、浅倉は増援を呼んだ。呼んだのは勿論、浅倉に逆らえないであろう憲兵たちだ。

そのままこっちに近づいてきて、俺の背後から脇に腕を通すが身長的に届かず、押さえつけることに失敗。浅倉が掴んでいる手の反対側を掴んだ憲兵も居るが、浅倉と同様に腕を振って振り払おうと俺がするので、それから離れまいと精一杯。

残りの2人も俺の腰を掴んで固めるが、全然動けるので力が弱いみたいだ。

 こうして合体ロボが再び出来上がったのだ。

かなり規則的な動きは出来ないがな。

そんな俺の徹底抗戦に浅倉はヒートアップ。完全に押さえつけて無力化することを、憲兵に命令したのだ。

それを聴いた憲兵は俺から一度離れ、一斉に俺に飛びかかる。体全体を使って両腕と両足をホールドしたのだ。

だがこの憲兵、勢いで行ったのはいいが、この先を考えてなかったみたいだった。

俺の動きを止めはしたが、この先の行動を取れずにいたのだ。

 

「浅倉閣下! 私たちが抑えていますから、拘束をして下さい!!」

 

 そう、俺の右腕を抑えている憲兵が言った。

ちなみに総じて言えることだが、ここにいる憲兵は美人が多い。というか3/4で美人だ。

ちなみに右腕の憲兵は普通といったところだろう。俺がそうやって女性を選別するのもどうかと思うがな。

 

「うふふっ。さぁ、真木君? おとなしくしててね?」

 

 そう言ってワキワキしながら近づいてくる浅倉から逃げようにも、両手足を拘束されていて身動きの取れない俺は顔を背けることしか出来なかった。

 あともう少しで連れて行かれるということろで、突然、ゆきが声をあげたのだ。

それは力強く、凛々しいものだった。

 

「その辺りで止めていただけないですか?」

 

 口調こそ丁寧だが、別の感情が込められているのは一目瞭然だった。

怒っているというか、よく分からない感情。

 

「なに? 佐官の癖に調子乗って口答えする気なの? 落とすわよ?」

 

 この『落とす』という単語の意味は分からないが、ゆきに不利益が生じるのは目に見えていた。

だが、そんな浅倉にゆきは敢然とした態度で話した。

 

「権力を振りかざして落とすとか……恥ずかしくありませんか?」

 

 もうこれは敢然云々ではない。喧嘩腰だ。どう見ても。

勿論、浅倉はその喧嘩を買うみたいだ。だが、殴り合いや何か裏で工作するのではない様だ。

 

「ならば演習で勝負よ。私の最強連合艦隊に勝てるとは思えないけどね」

 

 そう宣言してズカズカと浅倉は憲兵を引き連れて出て行った。

俺はそれと同時に開放されたのだが、服のポケットに紙切れが入っていたことは気にしないでおこう。何やら電話番号とメールアドレスだったみたいだが、そのままゆきに渡した。面倒だし。第一、携帯電話なんて持ってない。元居た世界では携帯は持っていたが、この世界には持ち込めなかったみたいだ。というか、俺の所持品なんてものはない。

精々日用品くらいだ。

 連絡先の書かれていた紙を受け取ったゆきはそのままそれを机に放り込んで座り、俺にあることを言ってきた。

 

「あんのク○バ○アに吠え面かかせて、ついでに色々貰うよ。後でこっちから条件やら色々付けるから」

 

 そう言って目を輝かせたゆきは、あれやこれやと欲しいものをリストアップしていく。各資材や開発資材、バケツ。その他にも何やらよく分からない特権や書類なんかもリストアップしていった。その作業も数分で終わり、やっと俺にあることを言った。

 

「大和、これから短期レベリングやってもらうけどいい?」

 

「レベリング?」

 

「そう。貴方をローリングバレル(※多分浅倉のこと)から白ワインを絞るだけ絞り出すのに使う艦隊の旗艦に貴方を使うのよ」

 

「ほぉ」

 

 俺はゆきの前で立ちながら話を聴く。

 

「でもそうしたら吠え面通り越して、大慌てするだろうなぁ」

 

 凄く嬉しそうな顔をするので、とりあえず理由を訊いてみた。

 

「どうしてだ?」

 

「ん? 一昨日話した男性保護法ってのはね、『いかなる時に於いても、女性は決して男性を外傷及び内傷若しくは心的傷害を犯してはならない』ってあるのよ」

 

 なんだかよく分からないので、詳しいことを折り返して訊いてみた。

 

「つまりどういうことだ?」

 

「そうねぇ……。大和が旗艦をすることで、こちらは無敵艦隊になるってことかな? バルチック艦隊や米海軍太平洋艦隊も驚きの超々弩級の倒せない相手になるってこと。保護法違反したら”ブタ箱”行きだからねぇ」

 

 手をひらひらしながらそんなことを言うゆきが一瞬、俺には悪魔に見えた。

それもただの雑魚悪魔じゃなくて、魔王城とかにいる強い悪魔。

 

「勝利は確実っ! 迷惑なオイルバレル(※多分浅倉のこと)はとっとと”ブタ箱”行きね! やったぁ!!」

 

 大げさに喜んで見せているように見えるが、多分本当のことだろう。

ゆきの説明からすると、本当にこの勝負は勝てる。編成によっては一方的に嬲って終わりな気がしなくもない。

 そんなことを考えていると、俺も笑い始めてしまった。

可笑しくて仕方ないのだ。

 

「ははははっ!! 楽しみだ!!」

 

「でしょー?」

 

 ゆきは少し頬を赤く染めながらそう言う。

なんだか色っぽいが、煩悩は横に置いておく。

 

「でも短期レベリングあるからさ。行ってきなよ」

 

「え”っ?」

 

「練度1で出せる訳ないじゃん」

 

 そう言ってゆきは俺に編成表を渡してきた。

多分、俺のレベリング用に編成した特別艦隊なんだろう。

俺はそれを読みながらソファーに座り、メンバーを見た。するとそこには見覚えのある名前が2つ。というか全部見覚えあるが、直接会った名前が2つあったのだ。

 それを見て、俺は頭を抱える。

 

(先が思いやられる……)

 

 そんなことを人知れず呟いたのだった。

 

 




 お久し振り?です。
まぁ、今回は例外なく続きの投稿なんですが、まぁ……忙しいですよね。
この時期って色々ありますから。テストとかレポートとか親戚の集まりとか……。
嫌じゃないんですけどね。疲れがたまるのと、夏バテでやる気が出ないですね。

 内容に関しては、元作の金剛君と同じ下りですはい。文句は言わんといて下さい(切実)

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第6話  大和争奪戦 その2

 

 ゆきから受け取った編成表を見ながら、言われた場所に向かっていた。

その場所というのは、本部棟にある第一会議室。

司令部などにも使われるそうだが、その辺はよく分からん。なんて言ったって、俺がこの世界に来てまだ3日も経ってないからだ。

 編成表を見ながら、周囲を見ないように歩く。

俺の回りには艦娘や憲兵がウロウロしている。多分、声を掛けるか掛けまいかを悩んでいるんだろう。そう考えると、どっちもチキンだと感じてしまう。最も、俺的には絡まれると面倒事になるので勘弁願いたい。だが一方で、役得ではないかとも感じている。

どういう好意で寄ってくるかは知らないが、艦娘は勿論だが、憲兵も結構美人が多い。というか、大体がそうだ。そうでなくとも、美人ではないが悪くない人しかいないのだ。

つまり、普通に考えれば結構良い環境。何がとは言わない。

 気付いたら第一会議室に着いていたので、そのままノブに手を掛けて扉を開く。

そうすると、その中には見覚えのある艦娘が2人と、ゲームでは知っているが、話したことのない艦娘が3人居た。

 

「こんにちは、大和君」

 

「こんにちは。確認の必要はないけど、同じ艦隊ってことだよな?」

 

「そうですよ」

 

 俺よりも先に全員が集まっていた。

面識のある鳳翔と加賀。他に日向と利根、叢雲がいた。2人は前に会った時よりも落ち着いているが、他の3人はどうなんだろう。

日向は多分、落ち着いているのがデフォルトなんだろうな。利根も然りだ。

叢雲は眉を釣り上げているが、別に気にすることはないだろう。

 

「旗艦、頑張って下さいね。分からないことがあればお答えしますよ」

 

「ありがとう」

 

 鳳翔は俺を見上げながらそう言う。それも仕方のないことだ。身長差が大きい。

終始上目遣いになってしまうので、少し鳳翔のことが心配になる。首を痛めてしまうのではないか、と。

 そんな俺と鳳翔を見る加賀は落ち着いて見えるが、やはり挙動不審だ。

何故挙動不審なのかは今更言っても仕方ない。原因は俺だ。どう考えても。

 挙動不信だと思っていた加賀が、俺と鳳翔の会話が途切れたところで入ってきた。

そして、俺に頭を下げる。突然のことに驚きはするが、どうして頭を下げたのかは分かっているつもりだ。どうせ、あの時のことだろう。

 

「この前はすみませんでした」

 

「……何が?」

 

 だが俺はあえて分からない振りをする。そうした方がおもしろそうだったからな。

 

「し、資料室のことです」

 

 少し吃りながら、顔を赤らめている姿が面白い。だが、何も説明しなかったので、鳳翔が代わりに説明したのだ。

俺的には加賀の口から聞きたかったけど、仕方ない。

 

「あぁ……あれか」

 

 そんな俺は内心楽しみつつ、分からなかった素振りを見せる。そうしないと何言われるか分かったもんじゃない。

それに、あのことは俺も別に気にしていない。だが、もしアレが俺の居た世界で立場が逆だったなら一発で逮捕、連行される。多分、有無も言えずに。非情な世の中だ。

 

「別に気にしてない」

 

「そう……」

 

 加賀が黙って鳳翔の後ろに行ってしまった。なので、俺は他の艦娘にも挨拶をしておこうと思い、他の艦娘の方にも向いた。

 

「お前は……大和だな?」

 

「おう」

 

「私は日向だ。よろしく頼む」

 

 なんだか他の艦娘のせいか、日向の淡白な挨拶が新鮮だった。

こういうのが普通だと思っていたが、ここに来てこれがどれほどいいものかというのが実感できる。素っ気ない気もするが、やっぱりギャーギャー騒がれるよりこっちの方がいい。淡白万歳だ。

 

「それでだな……そのっ……」

 

 なんだか日向が急に吃りだした。なんだか嫌な予感がする。

 

「ず、瑞雲はどうだ? 大和も水上機運用は出来るだろう? 私お手製の瑞雲を……」

 

 袖口に手を入れると、そこから瑞雲を出してきた。

だが、俺の知っている瑞雲とは違っていた。カラーリングから違う。深緑の上面に、下面は白だった筈だ。だが上面背面共に、空飛んでたら絶対目立つ色をしている。

全体的にピンク色をしているのだ。こんなん飛んでたら絶対目立つ。そして、エッジの部分にはラインストーンが入っていて、デカールも入っている。何だよ『LOVE』って。

たった今、淡白だと思っていた日向が普通だと分かってしまった。

 

「コイツは普通の瑞雲ではない。瑞雲一ニ型だぞ!」

 

 日向が顔を赤らめながら、瑞雲の力説を始めた。聞いてるだけならいいものの、『LOVE』のデカールのあるピンク色の瑞雲片手にする話ではない。

 

「あー、分かったから……。というか、俺って瑞雲搭載出来るのか?」

 

 なんだかんだ言って、俺は瑞雲を受け取ってしまう。

渡せたからだろうか、日向は満足気にしている。だが、主に鳳翔の背後から視線を感じるのは気のせいだろう。否、気のせいであって欲しい。

 

「水上機を運用できるだろう? 水偵だって言い張ればいいのでは?」

 

 凄く強引だった。

 

「分かった。……だが、持っていけるか知らないぞ」

 

「あぁ」

 

「とりあえず、ありがとう」

 

 そう言って俺はデコ瑞雲をとりあえず、手に持ったまま他の艦娘にも挨拶をする。

 

「我輩は利根である。大和よ、よろしく頼むぞ」

 

「あぁ。よろしく」

 

 利根は割りと落ち着いているように見える。気のせいの可能性もあるが、見た目は落ち着いて見えるのだ。

 そんな利根は自信あり気に腰に手を当てて言う。

 

「大和よ。吾輩は期待しておるからな」

 

 ムフフンと言いたげにそう言った利根は、俺に手を差し出してきた。

何のことだか分からないが、握手を求めてきているんだろう。こういう初対面での挨拶で、握手を交わすことはこれまで無かったので、俺は何も考えずに利根の手を取った。

 利根の手は女の子ということもあるからだろうか、とても小さかった。俺が握れば、手の平なんてすっぽり収まってしまうほどだ。

そしてすべすべしている。なんだかこんなことを言っていたら変態なような気もするが、下心のない握手だと自分に言い聞かせてパッと手を離した。

 

「大和型とはいえ、俺は普通の艦娘とは違う。もしかしたら弱いかもしれないぞ。だから、あまり期待されても困る」

 

 利根が期待していると言っていたので、一応そういうことを言っておいた。本当に、俺が大和型同等の性能を出せるかなんて分からない。

昨日、ゆきに言われて砲撃演習をしたが、それはただの砲撃演習だ。撃っていただけ。戦闘の経験は皆無だから、実際はどれくらいなのかなんて分からないのだ。

 

「否、違う。大和は吾輩の王子様なのじゃろ? 筑摩がそう言っておったのじゃ」

 

 笑いながらそんなことを言う利根に対して、俺は若干思考が鈍っていた。どうしたらそんな思考に辿り付くのだろうか。

というか、筑摩がそんなことを言って、利根はこうも簡単に信用してしまうのだろうか。馬鹿なのか?

 それは置いておいて、なんだかさっきよりも視線の数が増えているような気がしなくもない。

 

「ど、どうしてだ?」

 

 トンデモ発言が返ってくることは分かっていたが、とりあえず訊いてみることにした。

いきなり王子様だとか言われても困るだけだからな。それに、俺は王子様になった覚えはないし、そんな器でもないと自覚している。

 

「筑摩がお主なら我輩を任せられると。それに、筑摩の王子様でもあるみたいだが……」

 

 うーんとかいいながらそんなことを言っているが、案外お花畑じゃなかっただけマシだ。

これで色々変なことを言われていたら、俺としても困る。この状況も既に困りものだがな。

 

「俺は王子様なのか?」

 

「そうじゃな。白馬には乗っておらぬが、海軍最強の戦艦の艦娘(?)じゃ。それだけで十分であろう?」

 

 間違いではないが、それが王子様になんの繋がりがあるのだろうか。

聞きたいが、面倒事になりそうだったのでそのままスルーしておくことにする。何か起きた時にはゆきに頼ればいいし。あんま頼って迷惑も掛けられないがな。

 次に叢雲に話しかけてた。こっちはデフォルトでツンツンしているキャラのはずだから、どうにかなるだろう。そう、俺は思っていた。

だが、俺の認識は間違っていたのだ。

 

「叢雲、よろしくな」

 

「えっ? えぇ、よろしく。それと、どうして私の名前を?」

 

 今更だが、確かに知らない相手が自分の名前を知っていたら変に思うよな。

 

「なんでだろうなー。分からん」

 

 ここで元居た世界の話をしても仕方ないので、適当に話しておく。言及された時にはどうしようもなくなるが、その時はその時だ。

 

「そう……まぁいいわ」

 

 あまりくどくど言われないので、どうしたのかと思っていると、叢雲は続けた。

 

「貴方もこの数日で相当苦労しているみたいだけど、仕方ないわよね。男だし、軍に居るとなると他よりも反響があっても仕方ないと思うわ」

 

 何だか同情されている気がしなくもないが、そういうことだろう。

それに、軍云々はもう聞き飽きた。男が軍に居るなんておかしいんだ。俺の認識とはやはり逆だが、俺の元居た世界でも確か女性軍人は一定数居た気がする。だが、状況が状況だ。男性保護法なんて作られるくらいに男性が少ないのなら、それ以上に居ることがおかしいんだろう。

こっちの世界での認識だと、男は女に守られるべき存在で、保護されて当然なのだ。戦い、傷つくことが多い軍に男が居ること自体がおかしい状況だということ。

 

「そう……みたいだな」

 

「でも心配はいらないわ。貴方は私が守るもの」

 

 どこぞで聞いたセリフが出てきたが、俺はあえてスルーする。一々突っ込んでいたらキリがなさそうだったからだ。

そしてそれはフラグな気がするのは俺だけではないはずだ。

 

「そうか。ありがとう」

 

 ここで変に反応してしまっても仕方ないので、普通に返しておく。

 こうして、俺のレベリングのための艦隊との挨拶を終えた。

ゆき曰く、『挨拶が終わったら出撃してね』とのことだったので、とりあえずキス島に向かうことになった。

艦隊的には全く不安がないんだが、メンツにかなりの不安があるのは俺だけだはないはずだ。ちなみに、デコ瑞雲は持っていく。使えるかもしれない。

 

 




 お久し振りです。昨日一昨日でやっと試験期間を抜けて夏休みに突入しました。
とはいえ、付き合いというものがありまして……((殴
こちらは少し書いていたので、わりかし早く投稿することが出来ました。
今後のスパンがどうなるかは分かりません。リアルの方は基本的にこういう長期連休に入ると忙しくなりますので……。

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第7話  大和争奪戦 その3

 

 今から海域に出て、俺のレベリングを行う。

艤装を展開して、海に足を乗せて浮く。この感覚は昨日も味わったが、何というか不思議で堪らない。これまでに感じたことのない感覚だったからだろう。

 俺に歩調を合わせて俺中心の輪形陣で港を出て行く。

見送りは居ないが、別に見送って欲しいとも思わない。死にに征く訳でもないからな。

 

(あー、背中の機関部が熱い……)

 

 そんなことを考えながらも、何も考えずに航行する。

別に戦場が怖くない訳でもない。だが、本当に知らない訳だし、これから知るからなんとも反応に困るのだ。ここでビビっても結局は着いてしまう訳だし、戦闘にもなる。勿論、俺が旗艦だから敵の深海棲艦からも狙われるだろう。

そんな曖昧な感情を持ったまま前を向いて航行していると、すぐ横を航行している鳳翔が声を掛けてきた。

 

「始めての戦場……大和君は怖いですか?」

 

 たった今考えてたことを訊かれた。もしかしたら、自分の考えている感情とは違ったものが表情で出ていたのか、と少し考える。そう考えると、多分鳳翔は心配をして声を掛けてきたんだろう。

 

「怖くない、って言えば嘘になるな。だが、実感が沸かないんだ。今から戦場に征くのも、もしかしたら今日死ぬかもしれないのも」

 

 そんな風に話して、俺は鳳翔の顔を見ない。見たら何か読み取られてしまうと思ってしまったからだ。

 

「そうですね……私たち軍人はいつ死ぬか分からないですものね」

 

「あぁ」

 

 生返事を返して前を見る。

そんな俺の視界に突然、ある艦娘が入ってきた。

 

「知ってる? 私たち、貴方と同じ艦隊になったけど、色々面倒なことを踏んでるのよ?」

 

 そう言った叢雲は、指を折りながら数えていく。

 

「誓約書でしょ、公正証書でしょ、念書……」

 

 片手で数えれるだけの書類を書いたと叢雲は言った。

だがそれがどういう意味なのかは、俺には全く分からない。そんな俺に、端折って教えてくれた。

 

「つまり、私たちが作戦行動中、貴方に危険が振りかかるようなら私たちは接触し、強引に大和君の言葉を訊かずに行動できるってこと」

 

「何じゃそりゃ。そんなんあったら男性保護法も意味ないし……」

 

「まぁ、大和くんが深海棲艦に轟沈させられるのと、私たちが接触して強引に逃げるの。どっちの方が、有益なのかしら」

 

「男性保護法があるからこそか」

 

「そういうことね」

 

 叢雲はそう言う。

だが一方で叢雲はというと、必死に隠しているのが丸わかりなくらいに口元が緩んでいる。

喋っている内容はマジメなのに、喋ってる本人がこれじゃあ……と、そんなことを考える。

 

「まぁ。とっとと行こうか」

 

 こんな風に話しながら航行していると、いつの間にか接敵していたのだ。

俺はそれを視界から見逃さなかった。

 

「航空戦を仕掛けます! 加賀さんっ!」

 

 陣形を整え、鳳翔が出します。まぁこれは決まり事なんだろうな。初撃の航空戦のタイミングは。

鳳翔と加賀は弓に矢を携えて立ち、引き放った。矢は風を切りながら飛び、そして艦載機へと変貌したのだ。

発動機が唸りを上げて、艦載機たちは空を登っていく。そんな光景を俺は眺めつつ、ある指示を出した。

 

「艦隊。複縦陣へ陣形変換」

 

 特に意味は無いが、こうやって守られてるのも癪なのだ。

そもそも俺のレベリングだから、俺が積極的に戦わなくてどうするよ。そう俺は自分に言い聞かせて、艤装を撫でる。

 

「歩調は俺に合わせてくれ。最大戦速で突っ込むっ!」

 

 俺は目で深海棲艦を捉えた。その風貌は正しく深海棲艦そのものだ。あのゲームで敵対していた深海棲艦だ。どことなくアニメ版のような雰囲気になっているが仕方ない。

 

「さて……と」

 

 俺が目線を深海棲艦に向けたその刹那、俺を取り囲んでいた輪形陣が散開した。

空母の2人は残っているが。

流石に空母が裸なのはどうかと思うので、俺は前に出ずにそのままの速度を維持する。

 

「あ、行っちゃいましたか……」

 

「何その察したみたいな」

 

 俺が横目に見ながら鳳翔に言った。

呆れたというかなんとも言えない表情をしている。

 

「多分、大和くんがいるから張り切っているんでしょうね。いいところを見せたいんでしょう」

 

 そう言いながら、加賀が弓を引いた。艦載機を発艦するんだろう。

こういう光景を見ていると、アニメの方を思い出す。海上を滑りながら矢を放つ描写が、俺の目の前で起きている。

なんというか、反応しづらい。

 

「そうなのか?」

 

 分かってないように反応をする。

 

「そうですよ。大和くん。皆さん、気を惹こうとしているんでしょうね」

 

 澄まし顔で鳳翔はクスクスと笑うが、一昨日の時点であの辺と同族判定したことを俺は忘れてない。

 

「そうか……。まぁいい。空母も護衛出来ないのなら知らん」

 

「あら。結構薄情なんですね」

 

「なんとでも言え。旗艦は俺だが、空母がいる以上、守らないでどうするんだよ」

 

 俺は深海棲艦に目を向けたまま話すが、俺はあることをし始める。

主砲に徹甲弾を装填し、相手の軽巡目掛けて撃つのだ。

艤装が駆動音を立てながら、砲塔を旋回させる。そして仰角を調整し、砲撃。

とんでもなく大きな音を轟かせる。海面が一瞬凹むと、砲弾が尾を引きながら飛翔し、交戦中の深海棲艦に降り注いだ。

 高い水しぶきを上げ、その中に黒煙が混じっていることから命中したんだろう。

 

「攻撃隊が帰還してきました。どうやら殲滅したようですね」

 

 加賀がそう言う。俺の目にも深海棲艦は写っていない。

俺は全体に号令を掛けた。

 

「全艦転進。鎮守府に帰還する」

 

 そう。俺はレベリングに来ているのだ。場所は北方海域キス島。いわゆる3-2-1だ。

面倒で時間の掛かるレベリングだが、改造までには練度を上げるそうだ。

無論、俺もそのつもり。

 この後、鎮守府に帰還した俺たちは、補給をしてから再出撃。疲労が溜まるまで出撃し続けた。

ゲームではよくやっていたレベリングだが、実際にやってみるとかなりキツいものだ。身を持ってそれを知ることができた。全然嬉しくないが。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 3-2-1周回もとい、北方海域キス島レベリングで俺は改造練度に達した。これまでの出撃で俺は背中の機関部が発する熱にも耐えれるようになり、弾着観測射撃も取得。ついでにあることを覚えた。何というか某モンスターをゲットするゲームみたいな言い方だが、気にしない。

 

「ふーん。直接ねぇ……」

 

「あぁ。何故か知らないけどな」

 

 俺の報告を聞いていたゆきは顔をしかめながら考える。

確かに、普通に考えたら変なことかもしれない。だが、出来ることに悪いことは無いだろう。

 

「でも……46cm砲弾を投擲するって…………しかも、なに? 砲弾が炸裂せずに船を貫通?!」

 

「あぁ。大穴だ」

 

 これでも真面目に答えている。

 

「奇っ怪なワザを取得したんだね。……まぁいいか。薬嚢を使わないんでしょ?」

 

「薬嚢? 何だそれ」

 

「砲弾を撃つ時に使う、麻袋に入れられた火薬のこと」

 

「それは使わないが、何があるのか?」

 

「普通に撃てば砲撃音が聞こえるからね。ぶん投げるんなら、精々大和の掛け声くらいでしょ?」

 

「そりゃもちろん」

 

 ゆきは話していくが、つまり、投げれるのならいいことがあるということだろう。

確かに、砲撃しないから音は出ないだろう。艦砲射撃が始まったことを察知されないことや、初撃だった場合、相手にこちらの位置を知らせずに攻撃できる。

考えれば便利だ。

 

「それで。改造は完了して、装備品の更新は?」

 

「終わってる。46cm三連装砲を2つ。紫雲、九一式徹甲弾を装備してきた」

 

「うん。それでいいよ」

 

 俺はそれを聞き、握り拳を作った。これであのオイルバレル(浅倉海軍大将)に吠え面をかかせてやれる。にやける顔を意識して戻すが、目の前のゆきもにやけていた。

 そういえば聞いてなかったが、ゆきは一体こちらの要求は何にしたんだろう。

 

「そういえば、ゆき」

 

「ん? なに?」

 

「こっちの勝利報酬は何を要求したんだ?」

 

 そう俺が訊くと、どこから出したのか、1枚の紙を広げて淡々と話しだした。

 

「呉第ニ一号鎮守府へ各資材を15万と開発資材を500個、バケツを2000個。母港拡張に関する申請書類を浅倉大将名義で提出することと、母港拡張の資金調達くらいかな」

 

資材の要求は数を聞いただけでも凄いと分かった。それとゲームとは違うのか、資材の行き来が自由みたいだった。

何というか、都合が良いな。

 

「あとね、演習に出るときに双方の艦隊が開始直前に教え合うんだけども、色々しておくよ」

 

「ん? それじゃあ、俺が旗艦だってことバレるんじゃないか?」

 

 そう言うと、ゆきはニヤリと笑った。

悪いことでも考えているんだろう。

 

「演習前に鳳翔たちに言って、女の方の大和と一緒に行動してもらうよ。それを出来るだけ、あのクソババアに見せる。あっちだって、こっちが女の方の大和が来たばっかりだって知ってるから、調子乗ると思うんだ」

 

「そりゃ乗るだろうな。練度が低い訳だし……」

 

「そ。んで、実際に戦ってみるとオドロキッ! 男の方の大和がいるじゃありませんかー」

 

 リアクションをつけながら話すゆきに、俺は笑いながら聞く。

 

「まぁ、驚くだろうな」

 

「もちろんっ! んでねー、コレ」

 

「ん?」

 

 俺はあるモノを受け取った。それは陣形配置や作戦概要が書かれているものだ。明日行われるオイルバレル(浅倉海軍大将)との演習で使うものだ。

俺は適当に流し読みしてゆきの顔を見る。ゆきはニコニコしているが、なんだか嫌な予感がした。

 

「な、なんだよ」

 

「いや~。ちゃんと読んでよ?」

 

「わかってるって」

 

 言われたので、その場でちゃんと紙に目を通した。そうすると、ある記述があった。

 

『陣形は単縦陣。艦隊順序は先頭から大和、日向……』

 

『艦隊順序は先頭から大和……』

 

『先頭…大和……』

 

 その記述を見た瞬間、俺はゆきの顔を見た。

ゆきは満面の笑みを浮かべてサムズアップしている。

 

「つまり、俺が先頭に立つということは……」

 

「相手の発見を早めるんだよ。戦闘開始前には双方の偵察機が艦の位置と陣形を調べるために偵察機を出すでしょ?」

 

 そういうことらしい。別に変な意味ではなかったみたいだ。

 

「でも、戦闘が始まっても陣形変換せずに動くからそのつもりで」

 

「はぁ?! じゃあ俺は……」

 

 ゆきはペロッと舌を出して答えた。

 

「撃ってきた時の弾除け、だよ」

 

「ぬわああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」

 

 つまり演習弾に当たれということらしい。

 

「仕方ないじゃない。大和が一番装甲厚あるし、頑丈だから」

 

「そうだけどな……。まぁいいか」

 

「うん。いいんだ~」

 

 俺は受け取った紙を机に置いて腰を下ろした。

ゆきが多分お茶を持ってきてくれる。少しここで休憩することにした。

 ずっとレベリングで忘れていたが、俺がこの世界に来て2週間が経った頃だ。もう鎮守府にも慣れ、艦娘や憲兵をあしらうことにも慣れてきたころ。

前は必死に逃げまわっていたが、どうにか話術であしらえるのでもう必死に走ることは無くなった。それでも追いかけられるときは、追いかけられるんだけどな。

 





 約1週間振りくらいの投稿になります。最近は姉の方に力を入れていますので、コチラは片手間になってしまっています。
メインは姉の方なんですが、こちらの方が読者様が多いようで、不思議な気分です。
 それは置いておいてですね、今回で時間軸を早めました。
次回が演習の話になります。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第8話  大和争奪戦 その4

 

 遂に、あのオイルバレル(浅倉海軍大将)の艦隊と演習する当日になった。

鎮守府は、俺を賭けたこの演習で空気が張り詰めていた。相手は歴戦の猛者(笑)で、コチラは下っ端の艦隊。実力差は目に見えているらしい。俺は知らないけどな。

 だが、当の演習艦隊はというと、そこまで緊張している様子は見られなかった。ゆきの作戦を聞いているからだろう。

 

「いよいよこの日がやってきたよっ! うひー! 資源がガッポリッ!」

 

 どうやらゆきも、俺たちが負けることを心配してないらしい。

 

「そういえば鳳翔?」

 

「何でしょうか?」

 

「アレ、やっておいた?」

 

「えぇ、勿論です」

 

 悪い笑みをしてニタニタ笑い合っているゆきと鳳翔が何のことを言っているのかというと、今日は俺とではなく、正しい方の大和と行動したか、ということだ。

つまり、あちらに俺が出てこないことと勘違いさせるのだ。

 

「大和さんも協力的でしたよ。『私と同名の家族を姉弟を守るためです。当然協力しますよ』ですって」

 

 あ。今、鳳翔の背中に黒い羽が見えた。これからは堕天使・鳳翔って呼ぼうかな。心の中で。

 

「お主も悪よのぉ~」

 

「いえいえ。提督ほどでは御座いませぬ」

 

 なんだかテンションが上がりまくってるのか知らないが、よく分からないことを言い合っている。鳳翔ってそんなキャラだったか?

 

「小芝居やってるところ悪いが、そろそろじゃないか?」

 

 俺たちがいるところは演習場の近くだ。浅倉も近くにいる。

ゆきのテンションの高さと、出る予定であろう艦娘の余裕の姿に少し苛立っているみたいだ。

こちらにはフェイク要員で数人、余分に艦娘を連れて来ている。勿論、武蔵もいるわけだ。

 

「兄貴」

 

「ん? どうした?」

 

 砲撃訓練の前に話したときから、武蔵は俺のことを『兄貴』と呼んでいる。ちなみに、すぐそこにいる大和は『大和』と呼んでいる。

もう、こう呼ばれる違和感が取れてはいるが、今日呼んできた声の音色には不安が混じっているようだ。

 

「その……本当に大丈夫か? これで負けてしまえば、あの大将のところに移るのだろう?」

 

「そうだな。だが、大丈夫だ」

 

 この自信は絶対だ。むしろ、そこまで心配している武蔵がおかしいくらいだ。

もちろん、武蔵にも作戦の説明は行っている。秘書艦だからだろう。

作戦を知った上で訊いているのなら、それはきっと頭で分かっていても……というやつだろう。

 

「心配するなよ」

 

「あぁ……」

 

 いつも堂々としている武蔵が、今日に限ってはその雰囲気が一切感じられなくなっていた。そこまで不安なのだろう。

ちなみにゆき曰く、『こんな武蔵、初めて見た』だそうだ。

 実際のことを言えば、俺も不安なところがある。と、言っても、1つだけだがな。

その1つというのが、被弾だ。演習が始まると、俺の艦隊内の配置が単従陣先頭なのだ。旗艦であるにも関わらず、そこに配置されている。まぁ、弾除けな訳だ。

それがどうも怖い。

 

「ねぇ、山吹。貴女、”主力艦隊”はレベリングしてきたのかしら? 佐官の鎮守府の艦隊なんて、私の三軍で事足りるわ」

 

 鼻に掛けたようにそう言った浅倉は、はちきれそうな制服なのにさらに胸を張った。腹回りが今にもはちきれそうだ。

 

「大将殿の艦隊相手では、私のような”若手”佐官の艦隊など”雑兵”に等しいですね。今回のも、”負け戦”が目に見えています。ですが、相手をして頂く以上は手を抜く訳にはいきません」

 

「ふふん。精々、私の艦隊と負け戦をして、その代償に大和くんを寄越すが良いわ。……楽しみね」

 

 ニヤニヤながら、俺のことをジロジロと舐め回すように見る浅倉に鳥肌が立つが、変な態度をしても面倒事になりそうなので、普通を装う。

 

「さて、そろそろ演習よ。私は先に指揮所に入るわ」

 

 浅倉はそう言って立ち去った。

ちなみに、演習がどうやって行われているかだが、鎮守府付近の安全海域に演習艦隊が展開して、それぞれの陣営の指揮官がそれぞれの指揮所に入るというものだ。

指揮官は指揮所から自陣の艦隊に指示を送る。この際、敵陣の陣容などは全く分からない状態で始まる。開始の合図と共に、それぞれの艦隊の編成内容だけが双方に伝えられる。といっても、戦艦なら『○○級戦艦 ○番艦 ○○』という具合にしか伝わらない。

 今回の作戦では、この演習体制を利用したものみたいだ。相手には名前しか伝わらない。そこの名前に大和の文字が入ると、何方かを判断するだろう。演習が始まるまでに、自陣では演習艦隊が俺じゃない方の大和と作戦会議らしいものをしている姿を見せてきた。

相手はこれで俺じゃない方の大和が出てくると勘違いする筈だ。その状態で、俺が出撃する。それで相手の演習艦隊は、偵察情報を聞いて大混乱。何故なら相手は、俺じゃない方の大和が出てくるだろうと浅倉から聞いていたからだ。

という流れになっている。

そんなに上手く行くとは思えないが、俺が出る時点で勝利確定だから問題ない。

 

「じゃあ、頼んだよ。大和」

 

「おいとも」

 

「これで楽できるっ!!」

 

 ゆきはよろこびながら指揮所に入って行ったので、俺たちも移動を始める。

武蔵に心配しないように言って、艦隊を引き連れて開始ポイントに移動した。

 ちなみに、観戦するために艦娘や憲兵が沢山集まった。他の鎮守府から来ることは無かったが、両軍の応援が激しい。

コチラ側は黄色い声援で、アチラ側は激しい声援。

言うのを忘れていたが、演習場は呉のを使っている。

 開始ポイントに到着した俺は、指揮所のゆきに到着したことを伝えた。

あちらの艦隊はすでに配置が完了していたみたいで、すぐに演習が始まった。

 

『指揮所より艦隊全艦へ。演習開始。艦隊は単縦陣に展開。突撃せよ』

 

「了解っ!」

 

 無線で皆に指示が入る。返事をして陣形を転換。

そのまま、一番速力の遅い俺の歩調に合わせた最大戦速で航行を始めた。

波しぶきを巻き上げ、後ろでは索敵機が発艦を始めていた。開始前に聞いた話だが、鳳翔と加賀に積んでいる艦載機はどうやら大体が艦戦。一番少ないスロットに艦偵を入れているみたいだ。つまり、これが意味することは、『水上打撃だけで勝て』ということだ。

 

「偵察機が艦隊を捉えました!」

 

 速報が鳳翔から皆に伝わる。

そちらに耳を傾けて、一言一句聞き逃さないように耳を澄ませた。

 

「敵艦隊の編成。長門、陸奥、プリンツ・オイゲン、大淀、大鳳、瑞鶴です! 瑞鶴は装甲空母のようです!」

 

 編成が明らかになった。相手はゴリゴリの攻略艦隊。多分、対潜を軽視した艦隊編成だろう。火力重視で、”あえて”大和型を入れなかったと俺は見た。

 

『指揮所より艦隊全艦。相手に大和の存在がバレた頃よ。今が好機っ! これを逃さないで!』

 

「敵機飛来! 対空戦闘よーい!」

 

 どうやら日向が敵機編隊を確認したみたいだ。全員に勧告がなされ、俺も身構える。

 

「これで相手の動揺は深まるだろう。なにせ、お前がいることがハッキリと確認されたからな。それに、相手の攻撃隊も大和には攻撃できないだろうさ」

 

 そう日向が言った途端に、空から甲高い音が聞こえてきた。

攻撃隊が急降下中なのだろう。きっと、上空に上がっていた艦戦隊が数を減らしているだろうから、そこまで数は多くないはずだ。

 空で急降下中の敵攻撃隊が、急に再上昇を始めた。多分、今ので俺がいることが確信になったのだろう。飛来していた敵艦載機隊はぐるぐると回るだけで、何も手を出してこない。

コレを好機と見た俺は号令を出す。

 

「このまま敵艦隊に突っ込む! 一番槍は俺だっ!」

 

 艤装の主砲口を正面に向け、九一式徹甲弾を装填する。

副砲は装填済だが、届かないために砲撃しない。こちらの射程圏内に入るのと同時に砲撃開始だ。

 

「よし! 砲撃開始っ!」

 

 腹に直接響く砲撃音と共に、発射された砲弾が飛翔する。

そして、俺から見えなくなったくらいで着弾したようだ。

飛ばしていた水偵から連絡が入った。

 

『弾着観測射撃を行います! こちらの指示通りに!』

 

「分かった」

 

 艤装展開時の妖精の声は、なんというか幻聴みたいに聞こえてきている。ヘッドホンやイヤホンをしている訳ではないが、何故か聞こえるし、向こうにも聞こえるみたいだ。

 弾着予測を訊き、修正した後にすぐ砲撃をする。

4度撃ったところで、視界に敵艦隊が入ってきた。ここまで接近しているのに相手は砲撃をしてきていない。ゆきの作戦が通用したみたいだ。俺を先頭に置いた単縦陣。俺への被弾率が上がるので、やたらめったら撃ちこみはできないみたいだ。

 

『指揮所より艦隊全艦。交差する前に陣形変換よ。単縦陣から複縦陣へ』

 

「了解」

 

 すぐそこまで見えてきたときだったので、もとからしてないが、復唱せずに聞いたことだけを伝えた。

俺は目で合図を送る。

 相手の艦隊は混乱していた。偵察情報に大和がいることは分かっていた。だが、それが男の方の大和だと、俺の方だとは思っていなかったのだ。普通ならお構いなしに航空戦の後に、砲雷撃戦に入るのだが、今回は話が別だ。俺がいることで攻撃の何のかもも躊躇している。

 

「何でっ?! 男の大和じゃないっ!?」

 

 相手の声が聞こえる距離にまで接近していた。

俺たちは顔色1つ変えずに攻撃しているが、相手は呆然と、そして『そんなの聞いてない!』と言わんばかりの表情をしていた。

 

「これでは手出しが出来ないっ……」

 

「長門より指揮所! 敵艦隊に大和がいるぞっ! しかも男の方だっ!! これでは手が出せないッ!」

 

 それを狙っていたのだ。長門。

 

「大和より指揮所。アレ、やってもいいか?」

 

『アレ? あー、良いと思う』

 

「はははっ、了解」

 

 俺は直前に言われていた、あることをすることにした。ここまで上手く嵌まるとは思わなかったからだ。

 

「艦隊反転、単縦陣へ移行」

 

 再び、俺が先頭の単縦陣に陣形変換をした。そして、相手の単縦陣を通り越して、正面に出る。

 

「艦隊、両舷停止」

 

 そして、相手の艦隊の先頭。長門の前に立ちはだかった。

こちらは全艦無傷。あちらは、こちらからの一方的な攻撃に遭っているので、長門は小破しているみたいで、後続も損傷しているみたいだ。

 立ちはだかった、俺が何をするのか……。

 

「呉第ニ一号鎮守府の大和だ。すまないな、こんな一方的な攻撃をしてしまって」

 

「は? あ、あぁ。かま、わないっ……」

 

 長門が取り乱している。その後ろもオロオロというか、言葉で表現出来ない状況になっていた。

 

「本当ならば”女性”である、君たちにこんなことはしたくないんだ。”守る”存在だろう?」

 

「えっ?」

 

 俺は艤装の主砲を、定位置に戻す。こうすると、砲口が正面を向かないのだ。

 

「でも仕方のないことなんだよ。これまでの攻撃は全部、嫌々やったんだよ。だからさ……降参してくれないか?」

 

 これが、俺が直前にゆきから聞いていたアレの正体だ。

攻撃のし合いで決着を付けるのではなく、口で懐柔する。俺の抜けきってない、元いた世界での振る舞いを発揮した発言をしていく、というものだ。

どうやら効果は絶大みたいで、長門の後ろに続いている艦娘たちは戦意喪失している。

だが、俺への突撃意欲は増しているみたいだ。

 

「そ、そんなことをすれば……」

 

「どうなるんだ?」

 

 ジリジリと近寄って行く。それに比例して、長門の顔がどんどん赤くなっていく。

 

「い、いや。なんでもない」

 

「じゃあ降参してくれるのか?」

 

 俺は問いかけた。だが、長門は回答してくれない。

葛藤しているみたいだが、俺には関係のないことだ。

 

「長門。貴女……」

 

「あ、あぁ……すまない。陸奥」

 

「長門さん。提督からの無線通信が……」

 

 どうやら無線が入っているみたいだ。

 

「こちら長門。……現在、敵艦隊が我が艦隊正面に両舷停止中で、我々も停止している」

 

 どうやら怒号が飛んでいるようだ。長門が心底嫌そうな表情をしているので、それは分かっていた。

 

「なにっ?! 私たちに”ブタ箱”に行け、とっ……。そういうことなのか?!」

 

 多分、浅倉から攻撃命令が出ているんだろう。

なんとしても、コチラの艦隊を撃破せよ、と。そうしなければ、俺が手に入らない上、多くの資源や名声が失われることになるからだ。

 

「だが、攻撃してしまったら、私たちは”ブタ箱”どころか“ブタ塚”行きだぞ?!」

 

「気にするなって……わ、分かった。こ、攻撃すればいいのだな?」

 

 決着が着いたみたいだ。攻撃することになったらしい。

これは予測外だったが、ゆきはちゃんとこういう時のための策を用意してくれていた。

俺はその場から離れずに主砲を長門に向ける。だが、長門は躊躇しているみたいだ。

俺を撃てばどうなるか分かっているのだろう。相手も、俺の背後にいる艦隊を狙って、陣形を崩さない程度に、少しずつ動いていた。

 

『指揮所より艦隊全艦。……どうせ、アレやったでしょう?』

 

「あぁ」

 

『失敗した?』

 

「あぁ」

 

『じゃあ攻撃開始。勿論、大和だけで』

 

「分かった」

 

 相手にさとられないように返事をして、俺はそのまま主砲を放つ。

目を見開いた長門に砲弾が命中し、大破判定が出た。そしてそのまま後ろの陸奥、プリンツ・オイゲンへと攻撃していき、最後に艦隊最後方に居た瑞鶴に砲を向けた。

 

「提督さんのバカぁ~! やっぱり攻撃出来ないじゃないっ!!」

 

「悪いな、瑞鶴」

 

「ふぇ?」

 

 俺は瑞鶴との距離を縮め、手の届く距離に止まった。

 

「なっ、何? わ、たしは、攻撃出来ない、わよ……。だって、”ブタ箱”にっ……」

 

 半泣きになっている瑞鶴の頭に手を置いた。

自意識過剰かもしれないが、多分嫌がられないだろう。そう目論んでの行動だ。

結果は勿論、嫌がらなかった。そして手を離し、そのまま離れて距離を取ると、砲撃をする。

 その刹那、演習終了した。

結果はこちらの完全勝利。敵艦隊は全滅だ。

 





 大和争奪戦を脱したらどうしようかと悩んでいる今日このごろです。
時間はあるので、やりたい放題できるんですけどね。ネタというか、3つ書いてるのあって、更にやらなければいけないこととかも出てきそうなのでねぇ……。
 とりあえず、昼夜逆転しているので治したいです。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第9話  大和争奪戦 その5

 

 こちらは傷一つない状態で、あちらはペンキだらけで戻ってきた。場所は会議室。

ちなみに演習弾は、被弾するとペンキがべっとりと付く。それで損傷具合を判断している。

 俺たちは意気揚々と陸に上がり、ゆきに報告した。

ゆきは手を上げて跳び跳ねる勢いで喜び、近くで見ていた浅倉は歯ぎしりを立てながら悔しがっている。

ちなみに、演習は公式に記録されているらしい。書面上では、こちらの艦隊が相手を封じ込めで圧勝したことになっている。どうやら『戦意喪失』という文字は書けないらしい。

 

「わっほーい!! やったー!!」

 

「落ち着けって」

 

 ニコニコ笑いながら喜ぶゆきをなだめながら、俺は回りを見る。

浅倉は歯ぎしりを立てているし、アチラの艦隊は顔を伏せている。そんな状況にスカッとしているのは俺だけではないはずだ。

 

「では、浅倉大将。約束通り、お願いしますよ!」

 

 これでもかというくらいの笑みを浅倉に向けて、ゆきはそう言った。

今の浅倉にそれをすると、変に刺激してしまうことになるかもしれない。そう思っていたら、案の定そうだった。

 

「む、無効よ! 演習艦隊に大和くんを入れてくるだなんてっ!」

 

 俺が首をつっこんでも仕方ないようなので静観する。

 

「そうですか? 彼も私の鎮守府の一員です。演習に参加する権利はありますし、私にも命令する権利がありますよ? さきほどの演習に、私が誰をどのように参加させても問題はありません」

 

「分かっててやったんじゃないの?!」

 

「何をですか?」

 

 ゆきはしらばっくれているが、それを狙って編成した艦隊と作戦だ。

気付くのが遅すぎたな。

 

「大和くんを入れるなんて卑怯だわ!」

 

「どうしてですか? さっきも言いましたよね? 私には演習艦隊に大和を加える権利があると。それを使うかどうかなんて私次第ですが?」

 

「それでもよ! しかも貴女、男性保護法のことも知ってて入れてるわねっ?!」

 

「まさか……」

 

 ゆきは軽くあしらって鼻で笑っているが、なんというかこの光景が面白い。

自分よりも年下でいっちゃ悪いが、若輩者のゆきに完全敗北をした浅倉。面目丸つぶれだろうな。

それに、浅倉がこうやってゆきと一方的な口論をしているのを見ると、浅倉がどれだけ無能かが伺える。

 

「無効無効無効―!! 再戦するべきよ! そして貴女の艦隊に大和くんは入れたらいけないわ!」

 

「なぜです?」

 

「平等な演習にならないからよ!」

 

「はぁ? 十分平等だと思いますよ? むしろハンデが欲しいくらいです。練度差、装備の充実度……挙げ句の果てに装甲空母を2人も寄越すなんて。せめて1人にして欲しいものです」

 

「どの口がそんなことをっ!!」

 

「さぁ、どの口でしょうか?」

 

 浅倉がゆきに対して一方的につっかかっているこの状況は、勝手に浅倉がヒートアップしていくだけだ。ゆきは至って冷静。静かに淡々と返している。

 

「じゃあ何がどういう理由でどう平等じゃないのか、今ここでご教授願います。私のような”若輩者”には、どう平等じゃないかなんて”高度”な分析が出来ないものですから」

 

 俺は思った。ゆきはこの状況を楽しんでいる、と。完全に今の発言は煽りだ。

 

「減らず口をっ!!」

 

「ご教授いただけないのですか? ……残念です」

 

 オーバーにゆきはしょんぼりとする。完全に演技だろうが、これも煽っているに違いない。目に見えて浅倉がイライラしているのだ。

 

「貴女だって士官学校を出たんでしょう?! それくらい自分で分析しないさいよ! それに、今回の演習は無効っ! 公式記録にも残さないわっ!」

 

 これは俺でも分かる。横暴だ。いくら階級が大将でも、これは職権濫用だろう。

しかるべきところにバレた場合、しょっぴかれるのは大将である浅倉だ。

 

「それは横暴ですよ?」

 

「ぐぬぬ……」

 

 一進一退(?)の攻防が繰り広げられているが、正直この一方的で下らない口論も面倒になってきていた。というのは建前で、面倒だからとっとと終わらせたいのだ。

 

「面倒だなぁ……」

 

 俺の呟きに反応した浅倉が、コチラに何か言ってきた。

 

「貴方の提督(仮)が面倒なのよ。貴方もこんな演習、無効だと思ってるわよね?」

 

 こいつ馬鹿だと内心呟く。

その演習に参加していたのが俺で、しかもゆきの作戦に乗っていて、その上、手を貸していたことに気付いていないのだ。本当に浅倉は海軍大将なのだろうか、と疑ってしまう程だ。

 

「うーん……」

 

 俺は遊んでやろうと考えるフリをする。もちろん、ゆきは気付いているみたいだ。そもそも、コチラ側の人間だから疑うこともないだろう。

 どう弄ってやるかと考えていると、俺を説得するようなことを言ってくるようになった。

 

「大和くん? 本当のことを言って? この小娘に騙されていたって。私のような”お姉さん”の鎮守府に本当は行きたいって」

 

「うーん……」

 

「本当は護送旅団に居たのに、襲撃されて拉致られたって。本当は艤装なんか使えないって」

 

「うーん……」

 

 必死過ぎて笑いをこらえるのに必死になりながら考える。視界の端に映るゆきも腹を抱えて笑いをこらえていた。

 

「なぁ、浅倉大将」

 

「ん? なに?」

 

 鼻息の荒い浅倉が接近してきた。その距離、手を伸ばせば届く距離だ。

 

「私のところに来る気にもなった?」

 

「アンタの本音を教えてくれ」

 

「そりゃもちろん、軍にいたら男なんて滅多に会えないから」

 

「から?」

 

 得意気に話そうとしはじめた浅倉は、ハッと気付いたようだ。

俺はしめたと思い、追撃する。

 

「から、どうするんだ? 俺を」

 

「えっと……」

 

「正直に言えばそっちの鎮守府に行ってやる」

 

 そう俺が言うと、後ろで慌て始める武蔵の声が聞こえた。

凄いテンパっているようで、『おい大和! 今すぐここであの大将を撃てっ!』と言っている。自分、艤装を身に纏っていることも気付かずに。

 

「……その前に一つ、ゆきに訊きたいことがあるから訊いてもいいか?」

 

「え、えぇ。構わないけど」

 

 俺はすぐに浅倉から視線をずらして、ゆきの方を見る。

 

「ん? どうしたの?」

 

「男性保護法ってのは、誰の証言で違反者を罰するんだ?」

 

 俺はニヤけながら言う。そうすると、これまで空気だった浅倉の連れている憲兵たちの顔が青くなっていった。

どうやら彼女たちは浅倉と違って、理解が早いみたいだ。

 

「そんなの、貴方の言葉に決まってるじゃない」

 

「だけど、俺って国に認知されているのか?」

 

「一応ね。書類だけはちゃんと届いていると思う。あっちはその書類だけで大騒ぎしてるだろうけどね」

 

「そうか、ありがとう」

 

 俺は浅倉の顔を見た後、その後ろで顔が青くなっている憲兵を見た。そこに居た憲兵は全員、ここに乗り込んできた時の憲兵なのだ。

つまり、俺が何をするかというと、あちらのカードを奪うのだ。浅倉に弱みを握られているか知らないが、憲兵という立場を利用されても面倒なことになる。なら、そのカードを使えなくすればいい。それだけのことだ。

 

「そこの憲兵」

 

「は、はいっ!」

 

 いきなり呼ばれてピンと背筋が伸びた憲兵たちに、俺はあることを言った。

 

「この前、俺を無理やり拘束して連れて行こうとしたか?」

 

「?」

 

 どうやら、これでは俺が何をしたいか伝わっていないようだ。

少し考え、俺はゆきにまた訊いた。

 

「なぁ、ゆき」

 

「なに?」

 

「浅倉海軍大将ってさ、なんで嫌がられてるんだ?」

 

「そりゃもちろん、賄賂に着服、略奪、粛清……。クソ汚いことばっかして、自分の気に入らない人間を消したり、気に入ったモノはなんでも奪ったりしているからかな? 私も……ううん。なんでもない」

 

 想像通りだった。こういう嫌われている人間は、こういうことをしているに決っている。それに、この前来たときに、憲兵を『あの子たちは私の下僕よ。何言っても私に利のないことはしないわ』と言っていた。それはつまり、弱みを握られているか、何か抵抗できない原因があるのだろう。

 それに俺は浸けこむ。そして、こんなやつ見たくもないから”ブタ箱”に落ちてもらう。

つばも飛んできたしな。

 

「ゆき」

 

「ん?」

 

「俺を羽交い締めにして無理やり連れて行こうとしてたのは誰?」

 

「そこの醜い肉の塊。あ、違うや。脂肪の塊」

 

 浅倉は凄い形相でゆきを睨んだ。さっきまでのこともそうだろう。見下していた相手が調子に乗っているのなら、機嫌が悪くなることも仕方のないことだ。

 

「あそこの憲兵は?」

 

「どうだったかなぁ?」

 

 どうやらゆきもそのつもりらしい。浅倉に支配されていた憲兵をどうにかするつもりみたいだ。

ならばと思い、俺はあることを武蔵とここにいる大和(女)に言った。

 

「大和。憲兵隊を呼んできてくれないか?」

 

「は、はい」

 

 大和は分かってないみたいだが、浅倉の制止を無視して廊下に出て行った。

これで終わりだ。

 

「さっきの質問だ。俺を捕まえてどうするつもりだった?」

 

「えっと……」

 

「正直言ったら大和を止めてくるぞ?」

 

「……よ」

 

「ん?」

 

「貴方を連れ帰って私の……せ(自主規制)するつもりだったのよっ!」

 

 ゆきがニヤリと嗤った。これで勝ちだ。

だが、俺は浅倉を無視して廊下に出た。

 

「大和ー! 戻ってこいー!」

 

「え? いいんですか?」

 

「いいさ」

 

 大和を連れ戻した俺は、浅倉の前に立った。

 

「忘れてた。……浅倉海軍大将?」

 

「なに……よ」

 

「こちらの演習勝利報酬を受け取ってないんだ。今すぐそっちの鎮守府に連絡して送って貰えるか?」

 

「あーそれに俺は理解しないが、特権やら書類の処理も頼んだ。じゃあそういうことで」

 

 俺はそう言ってゆきのところに歩いて行く。

 

「やったね! これで楽ができるっ!」

 

「そうだなぁ」

 

 という具合の会話をしていると、後ろで歯ぎしりが聞こえてきた。どうやら浅倉はこちらを睨んでいるようだ。

ゆきは恨みを買ったからな。何かされるかもしれない。だが、そんな状況下でも、ゆきは嗤っていた。

 

「ざんね~ん! これ、何か分かる?」

 

 そう言ってゆきはあるものを見せた。

それはボイスレコーダーだ。きっと、ここでの会話を全部録音していたんだ。俺はそれに気付いていた。ポケットに手を入れてゴソゴソしているのも気付いていたし、ゆきがポケットからそれを出して俺に見せていたからだ。

 

「上層部には言わないけど、私に飼われることになるよ!」

 

 キャピ☆彡 と言いたげに決めポーズをするゆきを見て、浅倉は地団駄を踏んだ。

完全敗北。搾取されまくって捨てられるのだ。これまで、あまたの人間にしてきたように。

 多分、浅倉に味方は居ない。自分がやってきたことの積み重ねで、敵しか居ないのだろう。階級と支配していた憲兵を使って好き勝手してきたからだろう。

 

「あ、言い忘れてた」

 

 ゆきは何かを思い出したのか、ボイスレコーダーをポケットに仕舞い、不意にテレビの電源を点けてリモコンを操作した。

そして、そのテレビにあるものが映ったのだ。

浅倉がここに来て、俺を連れて行こうとしたときの映像だ。

 

「逃げられないよ? ○欲まみれの大将さん?」

 

 トドメだったらしい。浅倉はその場に座り込んでしまった。

これで、今回の騒ぎは幕を下ろした。

ちなみに、浅倉の鎮守府からは資源が予定通り届けられ、特権や書類の作成もやってくれたようだ。当たり前だろう。こちらは弱みを握っている。

 





 今回で大和争奪戦は終わりです。内容は金剛くんのときよりも、結構酷くしました。
まぁ、感じ方は人それぞれだと思うんですけどね(汗)

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第10話  勝利報酬の行方 その1

 浅倉との演習の次の日。俺は朝早くに執務室に呼び出されていた。

昨日の夜に言われたんだが、その時はどんな用があるのかも教えてくれなかったので、少し不審に思っている

 

「おはよう、大和」

 

「おはよう。……それで、何の用なんだ?」

 

 俺は間髪入れずに用事を聞き出す。朝早くに呼び出すのなら、それ相応の何かがあるはずだ。

 

「今日はちょっとね、外回りみたいな?」

 

「みたいな?」

 

 営業みたいなものでもあるのかと思ったが、全然違っていた。

 

「大和を連れてトラック旅だよ。結構かかる予定だけどね」

 

「どういうことだ?」

 

「要件はね、今朝横須賀から届いた資源をまた横須賀に持っていくの」

 

 意味が分からない。

 

「返すのか?」

 

「違う違う。あげるの」

 

 更に意味が分からない。

 

「何処にさ」

 

「横須賀第三ニ号鎮守府と第六三号鎮守府にね」

 

「どうしてまた……」

 

 俺が訊くと、ゆきは俺にある資料を渡してきた。

それはつぎはぎ跡が目立つ書類。内容は軍法会議に起訴を求めた書類だ。横須賀第三ニ号鎮守府の提督の訴えで、『浅倉海軍大将の不正及び隠蔽、濡れ衣、冤罪で脅され、各資源15万と開発資材300、バケツ1500個を要求されたこと』について。

横須賀第六三号鎮守府の提督の訴えで、『浅倉海軍大将が自鎮守府より、駆逐艦照月を拉致したこと。交換条件に開発資材200、バケツ500を要求されたこと』について。

 

「それは横須賀艦隊司令部に捨てられていたものよ。”たまたま”私が拾ってきたの」

 

「”たまたま”ね」

 

 俺は顔を歪めた。

きっと、昨日言っていた浅倉のやってきたことの被害者の出した書類だったんだろう。

 

「ま、そういう訳で届けに行くってこと」

 

 俺と手から書類を奪ったゆきは、代わりにあるものを手渡してきた。

それはメモリーカード。何が入ってるかなんて、だいたい想像が付く。

 

「略奪された資源を返しに行くついでに、大本営にそのメモリーカードを出すよ。軍法会議にかけろってね」

 

「……本当はそっちが主目的なんじゃないのか?」

 

「どうだろうね~」

 

 ゆきはそう言ってはぐらかした。何れにせよ、略奪された資源を返しに行くのには変わりないので、良いことをするんだろう。

ゆきの目論見では、その第三ニ号と第六三号は悪いことをしていないんだろうし。

 

「分かった。行くよ」

 

「うんうん。そう言ってくれると思ってた」

 

「だけど、ゆきが居なくてここはいいのか?」

 

「それは問題ないよ。武蔵と大和、鳳翔、加賀に任せてあるから。それと私と貴方の護衛に叢雲を連れて行くわ。面識あるからいいでしょ?」

 

「まぁ……いいか」

 

 俺は適当に返事をして、執務室を出て行った。

どうやらこのまま出掛けるらしい。せめて身支度をさせて欲しいところだが、多分ゆきは済ませてあるんだろうな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 外に出た俺とゆきは、途中で叢雲と合流した。叢雲は両手に大きなカバンを持っていて、その片方を俺に渡してきた。

 

「あ、ありがと。叢雲」

 

「構わないわ」

 

 俺はなんだろうかと思い、鞄のチャックを開けてみると、そこには俺の着替えが何着か畳んで入れてあった。といっても、今着ている服の替え1着と下着、靴下だけだが。

それだけかと思ったが、底には運動靴がビニル袋に入れられて入っていた。

 

「えっと……なんだかごめん」

 

「ん? 何が? 私としては貴方の服が触れた挙句、匂いを嗅げただけでも嬉しいんだけど」

 

 コイツはさも当然のようにとんでもないことを言ったが、スルーした方が良いんだろうか。

 

「そ、そうか。ありがと」

 

 こんな会話をして、俺はゆきと叢雲と一緒に装甲車に乗った。そして出発の号令が出されると、俺たちが乗っている装甲車の他にも数台の装甲車が周りを囲み、その後ろにトラックが何十台と並んで走りだした。

とんでもなく長い蛇が地面を這いだした様子だろう。空から見たら。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 呉から約12時間。陽が落ち、辺りが暗くなったころに横須賀に到着した。

それまでの道中。色々なことがあった。一般道では、ただ長いだけの軍用車の列だなぁ、とだけ思われて済んだ。問題は高速道路だ。

料金所を通過し、高速道路に入ったは良いが、長く続いていた列が次第に四散していくのだ。休憩を挟むが、付いて来ているトラックが1集団ずつ減っていく。半分を越した辺りでは、1/3しか付いてきてなかった。他の集団は途中、急な休憩でサービスエリアに入っていたりだとか。

それをまた集めて出発するのは良いんだが、集まる場所に指定したサービスエリアに入りきらない程のトラックが入り、たちまち出るために大渋滞を起こした。

色々あって、やっとのことで横須賀に着いたということだ。

 

「あぁ……疲れたぁー!!」

 

 12時間も座りっぱなしだったのに、ゆきはすこぶる元気な様子。叢雲もまた然り。俺はというと、そこまで体調は良くなかった。なんというか、酔ってしまったのだ。

装甲車の中はかなり快適で、ゆきが色々なものを持ち込んでいたので暇にはならなかった。ボードゲームやカードゲーム、携帯ゲーム機……。3人だけで遊ぶのはつまらないので、装甲車に一緒に乗ってきていた憲兵2人を巻き込んで5人で遊んでいた。

ちなみに、その憲兵2人にも俺は面識がある。

この世界に来た日、廊下で詰め寄られた香羽曹長とゆきにチクった蒔田軍曹だ。2人ともあの時のことは反省しているみたいで、会うなり俺に謝ってきた。あの時謝ればよかったのだが、とにかくゆきが怖かったらしく、それどころじゃなかったみたいだ。

それで12時間も何をしていたかというと、大富豪、ババ抜き、ジジ抜き、七並べ、ポーカー、ブラックジャック、ダウト。人生ゲーム、将棋、オセロ。スー○ーマ○オ、モ○ハン、メタ○ギ○。人狼ゲームとかTRPG。いろいろやった末、全員が最後は疲れきって何もしていなかったが。

 

「着いたのは良いが、夜だけどどうするんだ?」

 

「ん? 夕食をどっかで食べて、そのまま横須賀第三ニ号鎮守府に行くよ?」

 

「こんな時間に行って迷惑じゃないか?」

 

「アポはちゃんと取ってあるから、行っても問題ないよ」

 

「そう……」

 

 夕食は店に入ると迷惑になるということで、コンビニになった。俺たちの分は憲兵の2人が買ってきてくれた。他のトラックの人たちも横須賀各地のコンビニやパパッと食べれる店に入って食べたみたいだ。

 すぐに食べて、近くまで来ていることを第三ニ鎮守府に連絡を入れると、すぐに移動を始めた。

散り散りになっていたトラックたちも鎮守府に集まれば問題ないということになり、俺たち一団。装甲車5両は動き出した。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 第三ニ号鎮守府の門は開放されており、駐車場に所狭しとトラックが並び終えた頃に、ゆきと同じ格好をしている女性が来た。どうやら第三ニ号鎮守府の提督みたいだ。秘書艦であろう、艦娘も連れている。

 

「この騒ぎはなんだい?」

 

「ん? 言って無かったっけ?」

 

 第三ニ号鎮守府の提督は街灯の光が当たるところに立った。

ゆきは可愛い系の顔だが、第三ニ号鎮守府の提督は綺麗系だ。提督の制服である第二種軍装が映えるスレンダーな体型で、腰くらいまで長い銀髪のロングストレートだ。

 

「それに山吹、君は……何処から拉致ってきたんだ。返してこないとダメだろう?」

 

「酷いっ!?」

 

 銀髪の提督は俺のことを見ながらそう言った。

この反応は浅倉と同じだ。だが、あの時言ったのは、とっさに出た言葉じゃないんだろう。

銀髪の提督はとっさに出た言葉だと思う。

 

「拉致ってきたんじゃないなら説明してよ」

 

 銀髪の提督がゆきに詰め寄る。

ゆきの身長の方が圧倒的に低いので、ゆきが見上げる形になっている。

 

「建造で出たんだよ! 私も武蔵もびっくりっ!!」

 

 俺の背中をバンバンと叩きながらそんなことを言う。多分、ゆき的に今のが説明なんだろう。それは銀髪の提督も分かっているようで、ため息を吐いた。

 

「それで男性を建造したんだね。……運が良すぎなんじゃないか?」

 

「そうでしょ~」

 

 ゆきはニヤニヤしながら言う。

それにムカッと来たのか、銀髪の提督は俺の前に立つと、自己紹介として何かを始めようとした。

 

「自己紹介がまだだったね。私は横須賀第三ニ号鎮守府の提督をしている、白華 透子(しらはな とうこ)。よろしくね」

 

 なんというか、雰囲気がそのまま名前になったみたいな人だ。

 

「俺は大和型戦艦 一番艦 大和。よろしく」

 

「大和……そうなんだぁ」

 

 俺の服装をマジマジと見た白華提督は、再びゆきの方を見た。

 

「それで、ゆき。こんな大所帯でどうしたんだい?」

 

 首を傾げた白華提督は、ゆきに聞いた。

 

「それはねー……」

 

 ゆきはもったいぶる。

 

「何でだと思う?」

 

「……分からないなぁ。ゆきが私に今まで掛けた迷惑料?」

 

「ちっがーう!!」

 

 ゆきは白華提督に迷惑をかけていたのか。

 

「じゃあ、ゆきが滞納している友達料金?」

 

「ちがーう! というか、なにそれ初耳」

 

「冗談だよ。……それで、一体何なんだい?」

 

 素でやっているのだと思っていたが、どうやらただの戯れだったらしい。

白華提督は急に引き締まった表情でゆきの顔を見た。

 

「このトラック全部、透子の」

 

「はい?」

 

 分かっていないような素振りを見せた白華提督は、一番近くに止まっていたトラックの荷台を覗き込んだ。

 

「これは……資源かい? これが私の?」

 

「うん。一体、どうしてコレが透子のかというとね」

 

 ゆきはポケットからつぎはぎだらけの書類を出した。

 

「これを見せたら分かるでしょ?」

 

「それは……私が憲兵経由で大本営に出した起訴書類?」

 

「そう。これが大本営のあるゴミ箱でビリビリに破かれて捨てられてた」

 

 ゆきは白華提督にそれを渡した。

 

「そこに書いてある資源、全部持ってきたから」

 

「どうして?」

 

 白華提督はなんとも言い難い表情でゆきに訊いた。

 

「あんのクソオイルバレルにやってないこと吹っ掛けられて脅されて、冤罪かけられて略奪されたんでしょ?」

 

「どうしてそれを……」

 

「そんなの、その書類見れば分かるもん。それに、あの年増厚化粧が悪事を働いているのなんて有名な話だし」

 

 どうやら白華提督にオイルバレルは通じたみたいだ。

 

「巧妙に隠しているのも有名で、色々脅したりしているのもね」

 

「それでどうして資源を私のところに?」

 

「だからそれは言ったじゃん。透子が盗られた資源だって。それを取り返したの」

 

「どうやって?」

 

「そんなもの、演習でチョチョイのチョイ」

 

 チョチョイのチョイだったが、準備期間がそんな簡単なものじゃなかった気がするが。

 

「曲がりなりにも海軍大将のあの人から?」

 

「モチのロン。まぁ、それもこれも大和のお蔭ってやつ。私たちは完全勝利したし」

 

 かなり驚いたようだが、あまり声とか動作には出ないようだ。白華提督は、書類を畳んでポケットに入れると話を続けた。

 

「ありがとう。泣き寝入りして、脅されながらあの人が退役するのを待つ覚悟をしはじめた時期だったから……」

 

「気にしないよ。友達だし!」

 

 そうゆきはいい笑顔で言い切った。

それに対して、白華提督は不安そうな顔をしていた。

 

「勝ったんだったら恨みを買ったんじゃないかい? その辺は」

 

「心配ないよ。こっちで色々やらかしてくれたから、早くて今日明日で”ブタ箱”行き片道切符だよ」

 

「どんな魔法をっ?!」

 

「演習の前に色々あって、こっちも分かってたから準備してあったのが功を奏しただけ」

 

「一体、何をしたんだい?」

 

「録画録音。言質取って、証言取ってそれをチラつかせて……。まぁ、あっちから色々吹っ掛けて来たからねぇ」

 

 と言って、いきなり俺に振ってきた。

話は聞いていたから分かるので、それに答える。

 

「どういう理由で来たかなんて知らないが、俺を連れて帰るとかどうとかっていう騒ぎになったんだよ」

 

「なるほど」

 

 白華提督は腕を組んで考え始める。組んだ腕の上にあるものがのしかかっているが、俺はそれから目線を外す。

そんなところを見ていた俺とは裏腹に、ゆきと白華提督は話を続けていた。

 

「だから、この資源たちを受け取って欲しいな」

 

「……分かったよ。ありがとう、ゆき」

 

「うん。どういたしまして!」

 

 ニコッと笑ったゆきは俺の背中を叩いた。

 

「大和、貴方もありがとう」

 

「気にするな」

 

 白華提督は腕を解き、俺に手を差し伸べてきた。

 

「これもなんかの縁だ。困った時はぜひ、横須賀第三ニ号鎮守府に連絡を入れてくれ」

 

「あははっ……。多分、困ったことがあったら、全部ゆきが解決するだろうからな」

 

 俺はそう言いながら差し伸べられた手を握った。握手だ。そういう意味で出してきたんだろう。

俺が握ると、白華提督が真っ赤になってしまった。元が白いのですごく分かりやすい。

 

「何赤くしてるの、透子?」

 

「い、いや……男性に触れたのは初めてだからっ……そのっ……」

 

 真っ赤になる白華提督が慌てるのを見て、それをゆきが弄っている。多分、この様子を見ていると、前々からこんな風なんだろう。

客観的にみたら、白華提督がゆきを弄る方だと思うんだけども、多分、そう考えているのは俺だけだろう。

 ゆきが白華提督を弄っていると、話は逸れていった。

多分、ゆきが聞き出すためにわざと誘導したんだろう。浅倉からやられたことを話し始めたのだ。

 

「何ヶ月か前にあった大攻勢の時にあった失態を覚えてる?」

 

「確か……艦隊による反復攻撃に出ていた艦隊の編成に不備があったとかっていうやつ?」

 

「それだよ」

 

「それがどうしたの?」

 

 ゆきは話が完全にそっちに向いた瞬間、引き締まった顔に変えた。

 

「あれをしたのは公表では私になってるでしょ? 本当は浅倉大将がやったの」

 

「そこまでは話をしはじめた時には大体想像付いてた」

 

「うん。だから、ここからはゆきも知らないこと。……あれを擦り付けられる原因になったのが、演習だったんだ。その演習っていうのが、艦隊の練度が低い鎮守府に向けたレベリングの演習だったんだけど」

 

 白華提督は話し始めた。その演習であったこと。

彼女の話を纏めるとこうだ。練度が相対的に高い浅倉の艦隊がわざと負けるはずだったが、攻略用の艦隊を出してきた。その艦隊を白華提督のレベリング艦が旗艦据え置きの艦隊が破ってしまったこと。

これだけだ。

 

「……うわっ、ただの腹いせじゃん」

 

「そうだよ。でもこれだけなら嫌がらせだけで済んだのかもね。その後も何回かそういうことが続いたんだ」

 

「それで?」

 

「それで何ヶ月か前の大攻勢に話が戻るんだけど、その時の作戦初期段階に海域に一番乗りしたのが私たちの艦隊だったんだ」

 

「あー」

 

 話を聞いているだけでは、俺には何がどうなのかなんてさっぱり分からないが、とりあえず白華提督の艦隊は浅倉の気に触れたということらしい。

 

「それで、こんなことをされたの?」

 

「そういうこと。……なんだかしょうもないことだけど、こうも追い込まれてしまうと、人間考えられなくなっちゃうからね」

 

 力の無い笑いが白華提督から漏れた。

多分、今まで溜め込んでいたんだろう。部下にはこんなことを話せないだろうから、友人であるゆきには漏らせたんだろうな。

 

「……うん、大変だったね。でももう大丈夫だよー」

 

「どうして?」

 

「だってあのオイルバレル、”ブタ箱”行くもん」

 

「本当にっ?!」

 

 

「本当だともさ!」

 

 フフンと笑ったゆきはVサインをして白華提督の手を取った。

 

「だから怯えることもないよ。郵送したら途中で止められるかもしれないから、直接出しに行くんだけどね」

 

白華提督は俯いてしまった。

これで彼女は開放されたのだ。身内に怯えることもなく、艦隊の指揮に専念できるようになるのだから。

 

「色々ありがとう」

 

「もういいって」

 

 白華提督は笑って礼を言った。これで何回目だろうか、というくらいに礼を言っている気がする。

そんな白華提督に、ゆきはあることを言った。

 

「このままここに泊まってもいい?」

 

「急だね……まぁいいよ。トラックはこのまま止めておいてくれて構わないから。それで、ゆきたちはどうするんだい?」

 

「どうしよう……私としては装甲車で寝ても良いんだけど……」

 

 そう言いながら、ゆきは俺の顔を見た。

どうやら、俺になにかあるらしい。

 

「俺か? 俺も装甲車でも全然……」

 

「えっ?! 私は全z「良くないっ!!」えぇー」

 

 さっきまでずっと黙っていた香羽曹長が声をあげたのを、ゆきは遮った。

 

「私は自制できるけど、君は無理だろう? 前科があるんだし」

 

「そうですが……」

 

 ゆきと香羽曹長が言い合いみたいなことをしているところに、白華提督が割って入った。

 

「2人ともその辺で。みっともないよ。……大和の寝床はこっちで用意するから」

 

 そう言った白華提督をゆきが睨んだ。

どういう意味で睨んでいるのか俺には分からない。

 

「それは良いけどさ……用意してどうするの? どこで寝させるの?」

 

 ゆきは白華提督を睨んだ。

 

「空き部屋があるんだけど……そんなところで寝てもらうのは申し訳ないから、私の部屋にでも」

 

「はい、アウト!」

 

 ゆきは間髪入れずにツッコミを入れた。

 

「いや、続きを言わせてよ。……私の部屋で寝てもらうけど、私はそこで寝ないよ? 執務室で寝るよ」

 

「それなら……」

 

 それならって言うけど、俺は良くないんだが。俺の良心というか、色々抜け切ってないものに阻害されてしまう。だが、最近は口に出さないようにしていたので、意図的に喋らなければその言葉も出てこない。

 

「大和は?」

 

「……まぁ、いいぞ。俺は」

 

「じゃあ決定だね。荷物とかあったら準備してきなよ」

 

 ゆきは少し不満そうだが、俺がいいと言ったから半ば諦めたのだろう。

俺は白華提督に促されて、着替えの入った鞄を持ってくると、そのまま白華提督の後を付いて行った。

 

 




 かなり期間が空いてしまいましたね。まぁ、理由はあるんですけどね(汗)
ただ、サボっていた訳ではありません。断じて。はい。

 今回の文字数が多いのは気にしないで下さい。それと、前回の話で色々ありました。主に評価欄で。
何がとは言いません。ただ、怒りを通り越して呆れ、嘲笑ってただけですのでw

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第11話  勝利報酬の行方 その2

 横須賀第三ニ号鎮守府は、俺が居るところの鎮守府とは作りが違っていた。

本部棟などの建物は全てレンガ造りでは無く、普通に鉄筋コンクリート製。それ以外にも、色々な施設が隣接しているというか、くっついている。

言うなれば、場所が無い感じだ。窮屈に思える。

それぞれに建物の区別はあるが、全部が屋内で移動できるようになっているみたいだ。

 

「呉とは違うから珍しいだろうね」

 

「全然違うな。確かに」

 

 俺は目の前で揺れる長い銀髪を追いかけていた。

これから寝るためだが、白華提督の好意で寝る場所を確保してもらった。ちなみに、何故だか叢雲も一緒にいる。俺の後ろから鞄を持って付いてきていた。

 

「さて、着いた。入って」

 

 どうやら着いたみたいで、大きな扉を潜った。そこは呉でも見慣れた光景があった。

執務室の内装はどこも同じらしい。大きい机があり、ソファーがあり、所狭しとファイルが入っている本棚がある。

 

「この光景には見慣れているんじゃないかな?」

 

「そうだな」

 

 俺はカバンを邪魔にならないようなところに置き、白華提督に向いた。

 

「ん?」

 

「ありがとう。ゆきの友人って言ってたけど、面倒な俺の寝床の用意まで」

 

「いいさ。それに、ゆきにはいつも助けられてるから。ゆきが困っている時には最大限、私は恩返しのためにするだけだよ」

 

 被っていた帽子を机に置いた白華提督は、そんなことを言った。

さっきまでのとは違う、柔らかい笑顔で言ったのだ。

 

「それで、叢雲」

 

「ん? 何よ」

 

「叢雲は何しに?」

 

 そう。叢雲が付いてきていたのは知っていたが、何のために来ているのか分からなかったのだ。

多分、護衛なんだろう。ゆきの護衛は憲兵で間に合っているのかもしれない。

 

「貴方の護衛よ」

 

「そうなんだ」

 

 だろうとは思っていが、やはりそうだったのでそこまで驚かない。

 

「大和と叢雲は夕食は食べたかい?」

 

 大きな机に着いている白華提督が訊いてきた。

時間は午後8時。そんな心配をするもの最もだろう。

 

「ここに来る前に済ませてある」

 

「そうか……こんな時間では眠くもならないだろうから、くつろいでいてくれていいよ」

 

「ありがとう」

 

 ずっと立ったままだったので、ありがたい。俺はソファーに座った。

ソファーの感じも、呉の執務室と変わらなかった。

座って一息吐くと、白華提督が話しかけてきた。

 

「本当に男性なのか?」

 

「見ての通りだ」

 

「半ば信じれなくて訊いてしまった」

 

「いいさ」

 

机に手を置いて話す白華提督だが、どうやら話がしたいみたいだ。俺も手持ち無沙汰で暇になっただろうからありがたい。

 

「ゆきとは友人って言ってたが、どれくらいの関係なんだ?」

 

「えぇと……同い年で、同じ期に士官学校に入ったんだ。入った時からはもう友人だったよ」

 

「そうか」

 

「うん。それでさ、大和」

 

「ん?」

 

 白華提督は立ち上がり、俺の前に立った。

俺は座っているので、白華提督を見上げることになる。彼女が俺を見下ろす顔が、何処か違和感があった。

 

「ゆきにとても気に入られているみたいだね」

 

「まぁな。念願の大和だったって言ってたし」

 

 俺がそう答えると、白華提督は近くにいた叢雲に声を掛けた。

 

「ちょっと叢雲。廊下に行っててくれないかい?」

 

「何故かしら?」

 

「ちょっと……ね」

 

 少し見つめ合うと、叢雲は執務室から出て行ってしまった。

どういうことなのだろうか。俺にはさっぱり分からない。

 

「叢雲もゆきの艦娘だろう? ちょっと、追い出してしまったけど気にしないで」

 

 そう言った白華提督は、俺の正面に座った。

 

「君がゆきに気に入られているだろうから、さ」

 

「どういうことだ?」

 

「小さくて可愛い癖に、やることなす事が汚かったり顔を歪めたくなるようなことがあっただろう?」

 

 突然、この人は何を言っているんだ、と俺は思った。だが、思い返せばその通りなのだ。

俺よりも遥かに身長は小さく、顔も童顔。見た目は幼く見えてしまうかもしれない。だけど、考えていることは歳相応。否、それ以上かもしれない。

今回の俺の事件だってそうだ。俺も同調してゆきに乗っていたが、客観的に見たら人に褒められたことは何もしていない。

勝負事に反則(俺を出した)を使い、相手の身から出た錆を使って脅し、資源を略奪した。

そう見られても仕方ない。

 

「あぁ……」

 

「ああなってしまったのは、仕方のないことなんだ。許してやってくれないか?」

 

「今回のは、ゆきにとっても色々なことが変わる節目になったのかもしれない。君が来たから……」

 

 そんなことを遠い目をしながら、白華提督は言った。

そして突然、白華提督の目つきが変わった。何というか、疑心暗鬼な感情が篭った目に見えるのだ。

 

「……君は」

 

 俺は黙ってその目を見つめる。

 

「君は、一体誰なんだい?」

 

 そう言った白華提督は、急に立ち上がると本棚の前に立ち、あるファイルを引き抜いて持ってきた。

それを開くと、一枚の写真を俺に見せてきたのだ。

 

「これ、誰だか分かるだろう?」

 

「あぁ。大和だ」

 

「分かっているんだな。これを踏まえてもう一度訊く。君は”誰”なんだ?」

 

 俺の目を捉えた、白華提督のグレーの瞳には力が込められていて、疑心暗鬼な心情であることも伝わる。

 

「私は大和と言われて、真っ先に思いついたのはコレだった。だけど、大和と名乗った君は一体誰なんだ? 艦娘(?)の同名艦が2種類もあるなんて聞いたことが無い」

 

「……」

 

 俺は黙ってしまった。

 どうして、白華提督は分かってしまったのだろう。俺と初めて会ってからまだ1時間経ったくらいなのに。

洞察力があったということだろうか。それとも、何か掴んでいたのか。色々定かではない。

 

「……答えたくないのなら、無理に答えなくていいよ。私は君の上司って訳でもないし、訊く義理だってない。興味で訊いただけだからね」

 

「答えたくない訳ではないんだ」

 

「なら……」

 

「それでも答えられない。いずれ分かるだろうから」

 

「そうかい。……もう時間が時間だし、寝るとしよう。大和、私の寝室で寝てくれて構わないよ」

 

 時計に目を向けると、もうそろそろ10時という頃だった。

別に俺は眠くないのだが、白華提督は眠いようだ。

 

「分かった」

 

 女性の部屋だから、とかって言うと不味いので言わない。これはさんざんゆきに言われてきたことだ。

俺が居た世界とは違う、と。そういう身振りをするのは良くないと言っていたのだ。

だから、頭の中では良くないと思っていても、そう処理せざるを得ない。

 白華提督の後に付いて、執務室の奥の部屋に入った。そこがどうやら、白華提督の寝室らしい。

入って最初の感想は、『鼻がやられそう』だった。臭いということではない。女性特有の甘い匂いで充満している。俺にはというか、男にはこういう匂いは良くない。

というもの、頭がおかしくなりそうなのだ。

 

「ん? どうした?」

 

「い、いいや。なんでもない」

 

 平静な素振りを見せて、俺は寝室に入っていく。

 質素な部屋で、シングルベッドが1つ。キッチンが1つ。ソファー(1人掛け)が1つ。きっちり本が入った本棚が2つ。2人用テーブルが1つ。壁紙は白で、奥を見ると、シャワールームだろうか。それに繋がる扉が開いた状態だった。

 

「ごめんなさい。女の部屋なんて」

 

 そんな風に白華提督は言った。

 

「ここ以外、安全なところが無いのなら仕方ないだろう?」

 

「そうなんだが……」

 

「正直、ソファーで寝ても構わないんだがなぁ……」

 

 そんな風に俺は漏らす。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺は寝室で落ち着きを保てずにいた。

悶々とするという言い方ではアレだが、落ち着けない。ちなみに白華提督は執務室で、叢雲は廊下に居るらしい。

護衛という任なので、寝るわけにはいかないと言って、寝ない宣言をした叢雲は廊下に出て行ってしまったのだ。

白華提督はソファーで寝ると言ってそのまま。

 

「今から言って、変えてもらおう。落ち着かないって」

 

 そう思い、俺は執務室に戻った。

執務室の照明はほとんど消えており、唯一、ソファー前の机にあるライトだけが点いていた。

ソファーには白華提督が身体を揺らしながら寝転がっており、どうやら寝辛いみたいだ。

というか、多分まだ寝ていないんだろう。

 

「ちょっといいか?」

 

「……ん? どうしたんだい?」

 

「やっぱり、俺はこっちでいいよ。寝れないみたいだし」

 

「そういう訳には行かないなぁ……。君は男性で、私は女性。女性がいつも使ってるベッドに寝るのには抵抗あるだろうが、そこなら内側からロックが掛かるし艦娘にも常日頃入らないように言ってるから、艦娘が入ってくることもないんだ」

 

 どうやら白華提督は、俺が気を使ったと思っているようだ。そんなつもりはないんだがな。

 この環境に慣れてきているとはいえ、やはり慣れはあっても抵抗はある。

今後、会う可能性があるにはあるが、顔を出さなければいいと思い、俺は自分のしたいようにすることにした。

 

「そういう扱いをされるのは嫌いなんだ。むしろ、俺はそういう扱いを女性にすることが多かった」

 

「?」

 

 白華提督はどうやら分かっていないようだ。

 

「だからなんて言えば良いんだろう……。こういう風に、保護対象というかそんな感じに扱われるのが嫌なんだ」

 

「よく分からないが、つまり、嫌なのかい?」

 

「そういうことになる」

 

 俺は空いていた1人掛け用のソファーに腰を掛けた。

2人掛け用では、白華提督が横になっているからな。

 

「そもそも俺は白華提督の部下ではないにしろ、扱いは艦娘。そう考えると、この対応は違うと思う」

 

「うーん」

 

 どうやら、分からないようだ。

それなら強引に行こう。

 

「いいから、ほら」

 

「だけども……」

 

 俺は頭を掻く。物分りが悪いというか、頑固というか。白華提督はそういう性格なのだろうか。

仕方がないので、俺はこのままここに居座ることにした。

 どうして良いのか分からないみたいで、白華提督もそのままソファーに留まった。

チラチラと俺の顔を見ては、視線を逸らす。視界の端に映っているから、よく見えるのだ。

気付かれてないとでも思っているのだろうか。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 結局、白華提督とは我慢合戦をした。眠気との戦いだ。

午前2時辺りまでは全然平気だったが、途中から俺がうとうとし始めてしまい、午前3時になった時の記憶が無くなっている。ということは、俺が我慢合戦で負けてしまったのだ。

 身震いをするほどではないが、身体が寒いと感じた。ぼやける視界には見覚えのない景色が映り始めた。身体を起こし、頭を掻いて目を擦る。

視界が徐々に鮮明になり、辺りの状況が把握できるようになってきた。

 

「おや、起きたのかい? おはよう」

 

 何処かから声がしたので探してみると、白華提督が机に向かっていた。

 

「おはよう。……今、何時だ?」

 

「6時前だよ」

 

「ありがとう。ゆきのところに行ってくる」

 

「その必要はないかな」

 

 そう言われてどうしてだろうと思った。だが、白華提督が見る方向を見てみると、そこにはゆきがいた。

 

「おはよう、大和」

 

「おはよう」

 

 俺が寝ていた1人掛けのソファーの横にもう1つ、同じのがあるんだが、そっちにゆきは座っていたのだ。

 

「……装甲車で寝てたんじゃ?」

 

「5時くらいにこっちに来て、透子を叩き起こしたんだよ。『起きたかー』って」

 

「は?」

 

 笑いながらそういうゆきだが、目は笑ってない。一体、何があったというのだろうか。

 

「そしたら透子ってば、大和の膝に頭乗せてた」

 

「は? どういう状況?」

 

「うーん……膝枕みたいになってた?」

 

 どうして疑問形なのか分からないが、とりあえず俺の膝を枕にしていたらしい。

 

「俺が知らなかったのならいいじゃないのか? 流石に不味いのはあるけど、それくらいなら良いような……」

 

「大和は甘いよ……まぁいいか。友達の好で許す! 私が許す!」

 

 眉を吊り上げて、ゆきはそう宣言した。別に、俺が気にしないって言ってるから、良いような気もするけど。

 

「あはは……ありがとう。今朝はどうしていくんだい? ウチで朝食でも」

 

「こっちが連れて来てる憲兵たちもいいの? 優に100人は居るけど?」

 

「構わないよ。今から言えば用意出来るだろうから」

 

「ありがとう、透子」

 

「いいさ」

 

 白華提督は立ち上がり、執務室を出て行ってしまった。多分、俺たちの分も作って欲しいと伝えに行くんだろう。

 俺は浅くソファーに座り、ゆきの方を見た。

ゆきは自分の執務室と違うからか、キョロキョロと見渡していた。流石に友人ではあるが、部屋をジロジロと本人の前で見ることに抵抗があったんだろう。

 

「私のところとはやっぱり違うなぁ。鎮守府自体も構造が違うし」

 

「そうだな。ここは建物が密集してるから、少し閉鎖的に思える」

 

「同感。だけど、こういう作りも悪くないなぁって思う」

 

 キョロキョロするのを止めたゆきはこっちを向いて言った。

 

「とりあえず、寝癖直したら?」

 

「寝癖? あぁ、鏡あるか?」

 

 俺はゆきから鏡を借りて身支度を整えた。寝起きだから寝癖を直したりシャワーを浴びたりした。白華提督が執務室近くのシャワーを抑えてくれていたみたいで、そこを使った。ついでに、服も変えて戻ってきたころには、白華提督が戻ってきていた。

 

「朝食を頼んできたよ。ここに所属している人数分しか屋内はないから、今日も晴れているし、屋外で良かったかい?」

 

「いいよ。ありがとう、透子」

 

 30分後。ゆきと白華提督とで、トラックの集まっている駐車場に来ていた。そこでは、炊事が出来る車両が止まっており、そこでは料理が出来上がっていたみたいだ。周りに連れて来ていた憲兵たちが群がっていたのだ。きちんと列を成しているが。

 

「メニューはカレーライスだ。野菜は調達しやすいからな」

 

「本当にありがとう、透子」

 

「いいよ。じゃあ、出発するときにまた声を掛けてね」

 

 そう言った白華提督は戻っていってしまった。

 俺とゆきも列に加わり、カレーライスを受け取って食べ始める。朝からカレーライスは重いような気がしたが、どうやらその辺りは考慮してくれたみたいだ。野菜中心の野菜カレーになっていた。

 カレーを食べ切った俺たちは、役割分担をして片付けを済ませると、白華提督に礼を言って出発をする。

 

「炊事車と食器は洗って返して置いたから」

 

「ありがとう。どうだった? 横須賀のカレーは」

 

「美味しかったよ。朝に食べても食べやすかったし」

 

「そうか……。このまま次はどこに行くの? まだ資材が載ってるトラックがあるようだけど」

 

「横須賀第六三号鎮守府に」

 

「あぁ……あそこは確か、身代金を要求されていた……」

 

「そこだよ」

 

「私たちの後輩が受け持っているところだから、あまり気にせず行くといいよ」

 

「うん。じゃあ」

 

「じゃあ」

 

 さよならとかまたねとかは言わないらしい。どうしてかは分からないが、俺たちはそのまま第三ニ号鎮守府を出て行った。

荷を下ろしたトラックは呉第ニ一号鎮守府に戻り、残りのトラック数十台を連れて移動を始めたのだ。

 




 おとつい、Twitterで連日投稿と言いましたが、アレは嘘です。
時間がかかりますね、やっぱり。

 後書きに書くネタもそろそろ切れてきましたよ。
内容のことなんて、内容読めばいいですし……。
あ、最近誤字が多いです。感想欄で誤字報告を受けたり、誤字報告の機能で知らせてくれたりと、本当にありがとうございます。あれでも一応、推敲しているんですよね(汗)
もっと、ちゃんとやれって言われそうですが、最終確認はいつもエディターに表示されてるテキストを読むだけですので、見落としとか多いんですよ。
という言い訳でした。ちゃんとやっていても見落としはあるんですよ。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第12話  勝利報酬の行方 その3

 横須賀第三ニ号鎮守府から装甲車で走ること十数分。今日の目的地である、横須賀第六三号鎮守府に到着した。

昨日同様に駐車場に入って点呼を取っていると、白華提督のように現れた人が居た。

 少しおどおどしながら現れたのは、ゆきよりも少し小さいくらいの女の子。ただし、ゆきと同じ第二種軍装だ。少しダボダボな気もするが、仕方ないのかもしれない。

だが、その女の子は艦娘を連れていた。

 

「この騒ぎは何ですか?」

 

 吹雪だ。それ以上もそれ以下もない。

インパクトとかもあまりない。きっと聞いたら悲しむだろうが。

 女の子は吹雪よりも数cm大きいが、色々出るところは出ている。何がとは言わないが。

 

「あ……。ここは後輩ちゃんの鎮守府だったのかぁ」

 

「先輩っ?! どうしてここに?」

 

「いやなんだ……ちょっと野暮用だよ」

 

 トラックの荷台を叩きながらゆきは言う。

色々と端折って言ってるが、その通りなのだ。用事はトラックなのだ。

 

「面倒だから先に言うね。……これ、見覚えあるよね?」

 

 ゆきはそう言って懐から紙を出した。それは大本営で破り捨てられていたものをゆきがつなぎ合わせたものだ。

それを見るなり、ゆきの後輩は顔を歪めた。

 

「それは……」

 

「うん。私がこの前大本営に行った時に”たまたま”見つけたの。それで、この書類に書いてある件だけど、本当?」

 

 ゆきは後輩に言う。真剣な表情だ。

ゆきにそんなことを訊かれている後輩は少しもじもじしていると、見かねた秘書艦(?)の吹雪が言った。

 

「本当です。横須賀第○九号鎮守府の浅倉大将が強引に海域から連れ帰った艦娘を拉致して、身代金代わりに資材を……」

 

 言質は取れたと言わんばかりにゆきは連れてきた憲兵に指示を出した。

 

「荷物を降ろして運び入れて!」

 

「「はい!!」」

 

 憲兵たちは駆け足でトラックへ向かった。

ゆきは俺たちの目の前でポカンとしている後輩と吹雪に、事の顛末を話し出した。

 

「色々あってね。オイルバレルとの賭け演習で完全勝利したからさ、それの報酬。それに身から出た錆も全部回収済みだし、色々自供したものも犯行映像も抑えたから……もう心配ないよ」

 

 そう言ってゆきは後輩の頭を撫でる。きっと、昔からやっていたんだろう。慰めるというか、そんな意味で。

それに後輩は少しだけ撫でられるとすぐに離れて礼を言った。

 

「ありがとうございます……先輩」

 

「いいのー。後輩を虐めるヤツなんて、私が島風も驚く速度で堕としてやっちゃうから。……いや、正確に言えばこれから?」

 

 そんなことを言ってゆきはニコニコと笑う。

 

「堕とすって……どうやってですか? あの人、曲りなりにも海軍大将ですよ?」

 

「さっき言ったじゃん。全部証拠は抑えたって」

 

「そうですけど……憲兵も味方にするような人ですよ?」

 

「その憲兵も全員同じように脅されていたからさ、私との演習を境に付き従う必要も無くなったんだよ」

 

「一体、どんな魔法を……」

 

 そう後輩が訊いた瞬間、ゆきは俺の腕に巻き付いた。その刹那、後輩は顔を真赤にして怒りだしたのだ。

 

「ちょ! 先輩っ!! そんなことしたら!!」

 

「大丈夫大丈夫。私の艦娘(?)だから。それに、あんまり嫌がらないよ?」

 

 そう言って俺の顔を見上げてくる。確かに嫌がらないが、それはゆきが他のとは違うと思っているからだ。他意はない。

 

「どうしてやろうかと考えているところに来てくれたからね、最大限に利用させてもらったよ」

 

「利用って……」

 

「もちろん彼も了承済み。むしろ喜んで協力してくれたよ」

 

 ゆっさゆっさと俺の腕で何かが揺れる。何がとは言わないが。

 

「それにしても今考えたらとんでもない人だよね、あの人」

 

 今度は俺の方を向いて話し出した。

 

「来て2日くらいで現れたからさー。諜報員でも放ってたのかな?」

 

「さぁ……俺には分からない」

 

「だろうね~。私も分からないもん」

 

「とりあえず、ゆきの後輩には説明は終えたし、どうするんだ?」

 

「トラックの荷物を置いてきたらとんぼ返り。やることあるからね」

 

 そう言ったゆきは絡みついていた俺の腕から離れ、腕を組んだ。

 後輩はどうしようかとおどおどしているようだが、その秘書艦が話をし始めたのだ。

 

「司令官がすみません。挨拶が遅れました。私は横須賀第六三号鎮守府の秘書艦、吹雪です。」

 

「見れば分かるよ。私は呉第ニ一号鎮守府の山吹 ゆき。階級は海軍大佐。それでこっちが」

 

「大和型戦艦 一番艦 大和だ。……知っている大和とは違うと思ってるだろうが、よろしく頼む」

 

 挨拶をすると吹雪と後輩は口をポカンと開けて動きを止めてしまった。

どうしてだろうか。別に変なことは言ってないと思うんだけど。

 

「さっきはスルーしましたけど、え? 大和?」

 

「うん。大和」

 

「本当ですか?」

 

「うん」

 

 どうやら信じられない様子の後輩。吹雪は同族(?)の直感かなにかで分かったようだ。

 

「まぁ、その反応が普通だよ」

 

「そうでしょうね。私は艦娘ですからわかりますけど」

 

 そう言った吹雪に後輩は訊いた。

 

「本当に?」

 

「はい、本当ですよ。確かに艤装が使えるみたいですね」

 

「そうなんだぁ……。あ、自己紹介忘れてた。私は横須賀第六三号鎮守府の小鳥 悠(ことり ゆう)。階級は海軍少佐。よろしくね、大和」

 

 自己紹介をしたが、何というかこの人も姓名が人にあらわれているような雰囲気だ。

 

「よろしく」

 

「あぁ」

 

 俺は小鳥提督と挨拶を交わし、ゆきにバトンタッチをする。

 

「積もる話もしたいところだけど時間が押してるから、これで出るね」

 

「そうですか……。ありがとうございました」

 

「いいよ~。じゃあね。また」

 

「はい!」

 

 昨日とは打って変わり、すぐに出ていくようだ。

昨日は散々白華提督に迷惑をかけてしまったから、当然と言えば当然だろう。

俺だって、昨日みたいに変に気を使われるのも嫌だからな。

 

「じゃあ」

 

「またいらして下さいね!」

 

 俺も適当に挨拶をして振り返るが、『またいらして下さいね』ってまた来いってことだろうか。正直、長距離の移動はもう懲り懲りなんだが。

 機会があったらまた来ることになるだろうな。とか考えながら、俺は装甲車に乗り込んだ。中は整理してあり、ボードゲームが散らかっていることもない。

行きからずっと座っている座席に座り込み、足元に置いていたペットボトルから水を飲んで外を眺めた。

 見慣れない景色。そもそも装甲車に乗ること自体、始めてだから内装を観察していたりもしたが、外を見たことはなかった。

街中を走ってもなんとも思わない民間人を変に思いながら、じーっと外を眺める。

 外にはやはり女性しかいない。街往く民間人に男1人も居ない。パンツスーツ姿の女性。セーラー服姿の女の子。小学生くらいの女の子。おばさん。おばあさん。

私服の女性……。ここまで来ると色々と考えさせられることがある。

俺が鎮守府で体験したことを踏まえると、今ここで放り出されたらどうなるかなんて容易に想像出来るものだ。

考えただけでも恐ろしい。いざ、自分にそういうのが降りかかると思うと恐ろしくて堪らない。俺が居た世界の男性諸君。話を聞いたら羨ましがるだろうが、立場が男女入れ替わり、貞操観念も入れ替わり、人数比が顕著に現れたこの世界でそんなことを言えるのだろうか。

 

「大和? なんか悟ったような表情してるけど、どうしたの?」

 

 そんな俺にゆきが話し掛けてきた。

 

「なんでもない」

 

「そう?」

 

 ニコニコとして、ゆきは見ていた方向に向き直った。

俺はさっきに引き続き、外を眺めた。

やはり、外の状況というのは変なものだ。貞操観念が入れ替わってると、こうも変に思ってしまうのだ。

例えば今、コンビニの前を通り過ぎた。丁度、若い女の人が入店したのだ。その若い女の人の格好だ。なんだよ! キャミソールにショートパンツって! せめてTシャツくらい着て欲しいものだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 横須賀第六三号鎮守府を出て1時間も経ってないくらい、装甲車が停止した。

どうやら到着したようだ。

 

「着いたみたいだね」

 

 ゆきはそう言って装甲車から出ていった。俺にはここに残るように伝えたが、俺は装甲車のハッチから少しだけ頭を出した。

装甲車が止まっていたのは、大本営の駐車場らしい。黒塗りの国産高級車だろうか。この辺はあまり俺の居た世界とは変わらないようだ。

懐かしく思えてくるくらいだ。某国際的に有名な自動車メーカーの車も何台も止まっている。

 

「あれ……あそこに居るのって……」

 

 一瞬でも頭を出したのが良くなかったみたいだ。

近くを通りかかった軍服の女性2人組に顔を見られてしまったのだ。

 すぐに頭を引っ込めた俺は装甲車の側面の小さい窓から外を見ると、軍服の女性たちは近づいてきていた。

 

「さっき見たよね?」

 

「うん。装甲車のハッチから」

 

 俺はすぐに上を見上げた。ハッチが開いたままだったので、すぐにハッチを閉めた。

金属がぶつかって鳴る音にびっくりした叢雲が、俺にどうしたのかと尋ねてきた。

 

「どうしたの?」

 

「外を見ていたら、顔を見られた」

 

「本当?」

 

「本当」

 

 そう俺が言うと、叢雲は小さい窓から外を眺めた。

 

「それでこの2人が寄ってる訳ね」

 

「そうだ」

 

 外を睨むように見る叢雲は立ち上がり、ハッチを開けて顔を出した。

 

「何か用かしら?」

 

 叢雲を見てビクッと驚いた2人はそそくさと離れていく。

勘違いだと思ったのだろうか。何にしてもありがたい。

 

「ありがとう、叢雲」

 

「礼には及ばないわ。して当然よ」

 

 ドヤ顔で言ってくるのが、なんだか腹が立つ。だけど、追い払ってくれたことに変わりはなかった。

俺は心の中で礼を言って、ゆきの帰りを装甲車で待った。

 

 




 前話に引き続き、新しい登場人物を出しました。
ゆきの後輩ですけど、吹雪より小さいって……。それはそれでおもしろそうだと思ってやったんですけどね。

 全体的に作品の投稿頻度が落ちていましたが、今後はある程度回復させるつもりです。
あと、色々思うところがありまして、今後は攻撃的な文章を書いてしまって気付かないうちに投稿してしまう可能性があります。ご了承下さい。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第13話  勝利報酬の行方 その4

 装甲車の中で大人しく待っていると、ゆきが帰ってきた。

装甲車に乗り込んできたゆきが俺に話しかけてくる。

 

「大和。ちょっと上司に言われてさ、今から一緒に行こう?」

 

「……連れてこいって?」

 

「そう。連れてきてるって言っちゃったからさ。そうしたら政府に連絡を飛ばして、あっちの人たちも来るって」

 

「はぁ……。分かった」

 

「ありがとう!」

 

 どうせそんなことだろうと思った。連れてきた理由がゆきの気まぐれだったのなら良かったが、多分、このことを想定していたんだろう。それに、口を滑らせたのではなく、意図的に上司を誘導したのではないだろうか。

 

「じゃあさっさと行こう!」

 

 すっごいいい笑顔で言っているが、碌でもないことでも考えているのだろうか。はたまた、呉第ニ一号鎮守府の利になることを起こさせようとしているのか。きっと、何か意図しているに違いない。そう俺は思った。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 装甲車から降りて大本営の建物の中に入るまでは、気分が悪かった。

俺に降り注がれる視線をチクチクと感じていたからだ。憲兵や軍属、配達に来たのだろう郵便局員、宅配業者……。ありとあらゆる職業や年齢の人間からの視線は、どれも好奇の目とは形容し難いものだった。どういうものかは言いたくない。

 建物に入ってもその状況は続き、すれ違う人々の顔を見てはいけないと悟る程に良くなかった。きっと見たら何かとんでもないことが起こるのではないだろうか、と感じてしまう程に。

そんな状況でも叢雲はそういう人間に対して威嚇し、近づいてきたら遠ざけたりしてくれた。礼を言っても『当然のことよ』としか言ってくれない。ちなみに、そういう度に叢雲の顔は赤くなっていった。

 大本営のある一室に到着した俺たちは、ゆきからドアの近くで注意を受けていた。

 

「いい? 今から会う人は大本営の偉い人。いわゆる”上層部”の人間。階級云々というよりも、そういう肩書があってもそういうものから左右されない人。何かあると速攻私の首が飛ぶ可能性があるから注意してね?」

 

 そんな人相手に話の誘導をしたのか、この人は。

 

「分かった」

 

「分かったわ」

 

 俺と叢雲は何も気かずに返事をした。

何を言っても状況は変わらないし、”上層部”の人間であることには変わりはないのだ。

 

「じゃあ、入るね」

 

 そう言って、ゆきはドアを4回ノックした。

返事が帰ってきて、ドアを開いて入っていく。

 内装は鎮守府の執務室と家具の配置や雰囲気は似ているものの、何処か高級感というか高尚な雰囲気が出ていた。その部屋の窓際にある大きな机に向かっている人物。

その人がゆきの云う偉い人なのだろう。

 

「呉第ニ一号鎮守府、山吹入りました」

 

「えぇ。……それで山吹。この前、報告書で送ってきた大和がそれ?」

 

 開口一番がそれだった。まぁ、俺を連れてこいという話だったからそうなのだろう。

 

「はい。経緯は報告書の通りです」

 

「把握しているわ。……大和?」

 

「はい」

 

 俺の方に対象が変わったようだ。

 

「自分の置かれている状況は理解しているかしら?」

 

「十分に。山吹提督から」

 

「ふむ……」

 

 少し考えだした偉い人は、数秒間だけ黙ると口を再び開いた。

 

「貴方の意見を聞かせて欲しいわ。貴方はこのまま呉第ニ一号鎮守府で艦娘として使役するか、男性と同様に政府の管理下に置かれるか」

 

「前者でお願いします」

 

 

 俺は間髪入れずに即答した。考えるまでもないものだったからだ。

ここで政府を選んだらどうなるか分かったものじゃない。何かやらされるに違いないのだが、その”何”が怖い。それなら、ゆきの下に居た方が良いに決っている。

 

「政府の管理下にいれば何かと安全で過ごしやすいと思うけど、それでも良いのね?」

 

「えぇ。慣れてしまいましたし、管理されるのは好きでは無いんですよ」

 

「なるほど……」

 

 偉い人はスッと立ち上がり、俺の前に立った。といっても、1mくらい離れたところに居るが。

 

「ここからは私個人で良いかしら?」

 

「え? えぇ」

 

 そう俺が答えると、偉い人はため息を吐いた。気を張っていたのだろうか。

少し髪を触り、俺にあることを聞いてきた。

 

「艦娘の特異種ってことで良いのよね?」

 

「そうですね。そういう報告を山吹提督が提出していると思いますが」

 

「えぇ。大和建造報告書の後に」

 

 ジャケットがキツかったのか、ボタンを外したみたいだ。

前が開き、中のシャツがあらわになったが、特に何も変ではない。着崩した、といったところだろう。

 俺は気にも止めずに、偉い人の話を聞く。

 

「信じられないわ」

 

「何がでしょうか?」

 

「男が私の目の前に居るってことよ」

 

 何を言っているのか分からないが、どういう意味なのだろうか。

そもそも、男性保護法が出来る程に男性が少ないことは知っている。だが、一度や二度は見たことがあっても変ではないのだろうか。

街でぶらついているかなんて分からないが、街で見かけたことがあるとゆきも言っていたことだし。

 

「そこまで珍しいですか?」

 

「まぁ……日本の男性人口は約795名しかいないから」

 

 衝撃の事実だ。そんなこと、ゆきは俺に教えてくれなかったのだ。

 

「少なっ?!」

 

「それだけ貴重なのよ。そこまでしか居ないからこその男性保護法であって、あれだけ厳しい法律があるの」

 

「確かにそうですね。問答無用で牢屋行きとか、その場で打ち首とか……」

 

「あら、もうそんな事が起きていたのね」

 

 すまし顔で言うが、どうなんだろうか。毎日似たような騒ぎが起きていた気がするが。

 

「まぁ……男性保護法なんて法律が出来るくらいですから、男性がいればそういうことは起きますよ」

 

 俺はそう言って少しだけ姿勢を崩した。

ずっと直立したままだと足の裏がそろそろ痛くなり始めたころだったからだ。

 

「それもそうね。……じゃあ、この後政府の役人が来るわ。それの対応をするけど、どういう風に済ませたい?」

 

 話が唐突に変わった。

どうやらここからは私用ではなく、普通に公務になるみたいだ。偉い人の顔つきも変わった。

 

「どういう風にって、それはこちらで指定出来るということでしょうか?」

 

「そういうことになるわ」

 

「……面倒なのは無しでお願いします」

 

 偉い人も大概だ。ニヤリと笑うと俺に確認を取った。

 

「こちらから大和の最低限の説明をして切り上げる、ってのはどうかしら?」

 

「最善ですね。出来れば会いたくありませんが……」

 

「それはごめんなさいね。……政府の人間にはそう伝えるわ」

 

 偉い人は携帯を取り出し、何処かに電話を掛け始めた。

 

「あ、もしもし。……えぇ、そうです。『大和』の件で……」

 

 俺は話しながらさっきまで座っていた席に座った偉い人の顔を見た。

手で何かを合図してくる。どういう意味だろう。

 

「大和」

 

 俺には全く分からなかったが、どうやらゆきには分かったようだ。

 

「会議室に入るよ。多分、もう着くんだと思う」

 

 そういうゆきは偉い人の方を見ながら話し続けた。

 

「下の階にある第5会議室に行くよ」

 

 喋りながら偉い人が指示を出したのだろう。

 ゆきに付いて、俺は指示に従った。政府の人間に会うってのはなんだか嫌な感じだが、向かってきているものを断るのも良くないことだろう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきに連れられて会議室に入った。数分後には偉い人も入ってきた。

 妙な緊張に支配されていたが、所詮この世界の女性だ。反応の種類は少ない。浅倉か香羽曹長かこの偉い人かゆきか。確認しただけでもこれくらいだ。ちなみにゆきの反応はレアケース。多くの人に会った訳ではないが、ゆきの反応は至って普通だったのだ。

 この会議室には他にも人間が入っており、ゆきと偉い人以外にも秘書っぽいのも居た。こちらをチラチラと見てくるが、そろそろ慣れてきたのでどうと思うこともない。

 十数分待っていると、会議室の扉が開いた。入ってきたのはスーツ姿の女性4人。いかにもっていう雰囲気を醸し出しているのが2人いるので、残りの2人は秘書かなにかだろう。

 俺たちは向かい合うように座った。俺の右側にゆき。護衛で付いてきていた、名目上のゆきの秘書である香羽曹長は俺の左側。ちなみに、政府の人間が入ってくる前に合流した。

偉い人はゆきの右側だ。

香羽曹長も俺に絡むと変な気を起こすのも、そろそろ自制出来るようになってきたらしく、かなり落ち着いている。

ちなみに叢雲は俺の背後で立っている。俺の護衛であり、艦娘であるからだ。理由はそれだけしか聞かされていない。

向こう側も同じような配置。俺とゆきの正面に政府の人間が座っている。その背後に秘書が立っていた。

 

「海軍呉第ニ一号鎮守府 山吹大佐。君が提出した報告書の件で、我々は急行してきた訳だけども……」

 

 俺の顔をジロジロと見た政府の人間は書類に目線を落とし、話をする。

 

「最初に自己紹介を。私は政府より派遣された法務省の人間、とだけ言っておきます。倉田と申します」

 

「同じく佐川です」

 

 この2人。なんだかいけ好かない。俺の第一印象だ。

政府の人間、政治家が汚職をしているだとか、横領しているだとかそういうイメージしか一方的に持っていなかった俺のせいでもあるだろうが、そういう風に見えてしまっているのだ。ちなみにどちらも歳を取っている。40代か50代くらいだろうか。

 

「それでは、大和。貴方に幾つか質問をさせて頂きます」

 

「……」

 

 俺は返事をしない。何故なら、この会議は俺側が一方的に説明をすることになっている。あちらに質問の権限はない。

 返事のない俺に不満が少しあったのか、少し声の音色を変えて質問をしてきた。

 

「貴方は本国の男性保護法に基づき、我々政府の保護対象です。ですが、貴方はそれを認めていない。まずはコレに答えて頂きたい」

 

「……」

 

 そう訊いてきた。だが、俺は答えない。

 

「戦場は世界に溢れかえっている女性だけで十分です。男である貴方が出る必要はありません。そもそも国際条約で男性は……」

 

 そう倉田が言いかけたその時、ゆきが割り込んできた。

 

「国際条約で男性は政府が保護し、管理下に置く。ですか?」

 

「その通りです。ですから、艦娘として建造された特異種である貴方も、例外無く保護するのが政府の役目です」

 

 言ってやったぞ、と言わんばかりに得意気な表情をした倉田は違う書類に持ち替えた。

だが、その書類に関して話す前にゆきが仕掛ける。

 

「あら? その書類は何でしょうか? ……なるほど。男性登録番号の割当と、配属護送旅団の詳細。政府管理下にある施設のパンフレット……。ここにいらっしゃる前に電話口でこちらが今この場で行われている”会議”の内容を指定したはずですが?」

 

 少し身を乗り出したゆきは、多分人数分用意されているであろう書類の束を見て言った。

その書類は俺の目にも入っていた。この人たちは何を訊いてここに来たのだろう。

 

「貴女がたに我々の行為を制限することは出来ません。ですので、無視させて頂きました」

 

 つくづく嫌な女だなぁ、と思いつつ澄まし顔で聞く。

 一方、ゆきの方もかなり落ち着いているようだ。笑顔を振りまきながら、次の言葉を出していた。

 

「会議の内容は大和が指定したものです。これは大和の精神衛生を鑑みたものです。これを無視する行為、どういったものかご理解しているでしょうか? そもそも、この話は耳にしておられると思うのですが?」

 

「確かに伺いました。ですが、我々はそれに従う義務はありません」

 

「なるほど。そうなんですね」

 

 真横に座っているゆきの表情は見えないが、きっと悪い顔をしているだろう。

 

「なるほどなるほど。国家を代表する人間が、自ら法を犯したことを肯定しないんですね」

 

「この場に法は影響を受けません」

 

「受けますよ? 国法で何よりも優先される男性保護法。その対象者が居るんです。その対象者の要請ですし、そもそも貴女がたにそのような法規的措置を受けているようには思えません」

 

 ゆきは調子に乗っているようで乗っていない。次々と言葉を繰り出し、倉田と佐川に投げかけていく。

 その状況をよく思わなかったのだろう。佐川が「軍人風情が何を……」と言った声が聞こえた。多分、ゆきや偉い人にも聞こえていただろう。

 

「なら、貴女がたが此方の要請に応える必要がないとしましょう。話を続けて下さい」

 

「……国際条約に基づいて貴方も政府の保護下に置き、不自由のない生活とこの国の繁栄に尽くして下さい。ですから、こちらの書類に目を通し、サインをいただきたいです」

 

 そう言った倉田は俺に書類を渡してきた。

その書類はゆきがさっき指摘した書類たちだ。

 俺は少し目を通し、ある事をゆきに訊いた。

 

「ゆき、ちょっと良いか?」

 

「うん」

 

「現状、深海棲艦との戦争はどうなっているんだ?」

 

 今、突然気になったことをゆきに訊いてみた。俺は特になんの意味もなく訊いただけだが、俺の言葉を訊いたゆきは嘲笑い、倉田たちは顔を歪めた。何かあるのだろうか。

 

「じゃあ色々端折って説明するよ」

 

「申し訳ありません。今、気になったことですので。お時間を頂きます」

 

 そう言って俺は倉田たちに有無も言わさず、ゆきの話を訊いた。

 

「私たちが深海棲艦と戦争を始めて5年経ったよ。初期は現行兵器で対抗していたけど、段々と戦線を押し上げられて各国海軍は湾外に出れなくなるまで攻められたよ」

 

「それによって我が国は輸入に頼っていた資源が枯渇、産業の低迷、工業化によって諸問題が発生。これによって国営機能を半ば失いつつあった時に艦娘が生まれた」

 

「艦娘は対深海棲艦戦闘に強く、また現行戦闘艦よりも遥かにコストが安く済むことが分かり、国内配備が進んだのが3年前」

 

 俺も知らなかった現代史が聞けている。だが、多分そこから何かがあったんだろう。

 

「艦娘の配備によって資源も枯渇から開放され、諸問題も解決。産業も立て直しが成功。国内情勢は元に戻ったけど」

 

 そう言って詰まったゆきはすぐに話しを再開した。

 

「制海権を取り戻しつつあることに気を抜いた政府がスキャンダルを続々と記事にされたの。汚職・賄賂・闇取引・八百長・横領……。明るみになっただけでも年間問題になる政治家問題が一気に10年分くらい出てきたの」

 

 苦虫を噛み潰したかのような表情をした倉田を尻目に、ゆきは遠慮なく続けた。

そういう風に俺には見えたのだ。

 

「それは置いておいて、戦争に関してだね。戦争は戦線を押して押し返されてを繰り返している。その背景には、政府が軍の作戦に口出しをしていたりするんだけどもさ」

 

「どう考えても足を引っ張っている現状なんだよね。だから、戦線の膠着ってのは政府が何か思惑があるのか。はたまた、戦線が善戦することになにか問題があるのか……。私には分からないよ」

 

 そういう現状なんだ。俺は初めて知ったのと同時に、イラつきが増した。

 足を引っ張る。戦争が利益を生んでいるのかもしれない。だが、人的資源の喪失は良しとしないのではないだろうか。そんな風に思えた。

 

「なるほどね。ありがとう、ゆき」

 

 俺はゆきに礼を言い、倉田に対して回答した。

 

「この話、受けません。法律がどうのって言う前に、自分らの身内を整理して下さい」

 

「な……に……」

 

「政府の保護下に俺を置く、と仰ってましたね? そんな政府の保護に置かれ、管理されるのはまっぴらってことですよ」

 

 俺はそう言って立ち上がった。

不毛だ。政府はおかしい。そんな状況なのにも関わらず、男性保護法は機能しているのだ。絶対何か起きているに違いない。俺はそう思ったのだ。

 俺が立ち上がった刹那、倉田が俺にある事を言ってきたのだが、その言葉はとても衝撃的だった。

 




 今回も投稿が遅れましてすみません。いやぁ、スランプ気味です。
色々あったというより、疲れているだけなんでしょう。それと、違うことを色々考えてしまっていて、たまに手が付かないことがあったんですよ。それとゲーム。
 作者にも色々あるってことですが、エタることはありませんのであしからず。ですけど、強引に完結させる可能性はなきにしもあらず。本編に集中すると言ってやらかす可能性が大な訳ですが、どうもねぇ……。
 色々つらつらと書きましたが、正直考え事が原因でしょうね。
『どうして外伝がこんな風に人気になるのか』っていうこととかですけど。原因なんて色々分かっているんで、考える必要もないんですけどねwww

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第14話  勝利報酬の行方 その5

 

 倉田が発した言葉は衝撃的だった。それは政治家が発してはいけない言葉。この世界はそうだろうと、俺が直感で分かってしまうものだ。

 

「貴方に政府の方針に対する拒否権はないわ。我が国の繁栄のために、政府の管理下に置かれることは絶対なの」

 

 解釈すれば、『お前は国に奉仕しなければならない。よって、お前に自分の身柄の決定権は皆無だ』ということになる。もっと噛み砕けば、『男性に人権はない』だ。

被害妄想もいいところだろうが、俺にはそう聞こえた。

 俺の心境を汲み取ったであろう、ゆきは反論した。

 

「首輪をつけて鎖に繋ぎ、抵抗する男性を脅し、抑えつけ[自主規制]することが?」

 

「は?」

 

 俺には聞こえなかった。ゆきが倉田と佐川に顔を近づけて言ったからだ。

 それを聞いていた倉田と佐川も顔を歪める。ゆきに良くないことを言われたのだろう。俺はそう考えた。

 

「この場に憲兵がいるのはご存知で?」

 

「くっ!!」

 

「男性を保護下に置くことは間違ってません。政府として当然の判断です

ですが大和が指摘した通り、現状の政府にはそんな麻薬みたいなものをおいそれと放り込む訳にはいかないです」

 

 ところどころ比喩されていて分からないが、俺の言ったことに関連付けるとすぐに分かった。

だが、この場ではあえて言わない。

 

「そのような発言をするということは、分かっているのよね?」

 

「……はて? 来月にでも選挙がありそうですね。支持する政党や政治家を考えねば」

 

 倉田も佐川も身を震わせ始めた。寒気からくるものではないことは自明だ。

相当頭に血が上っているらしい。

 ゆきはこのタイミングを見逃さなかった。

 

「まぁ、政府の方針ですので、一国民が何を言おうと従う義務があります。ですが、貴女がたでは話になりません」

 

「……っ?!」

 

「今回は出生時が男の性だった訳でもないんです。特例なんですよ。ですから、普遍的なことを機械的に処理している貴女がたではなく、それ相応の権力と責任のある人物と共にまたお願いします」

 

 そうゆきは言った。これまでの調子ではなく、至って普通の言い方。流石に軍人ならまだしも、政府の人間にああいう対応はしないみたいだ。

 一息吐き、姿勢を崩した。張り詰めた空気が一瞬途切れたからだ。

そんな俺の姿をチラッと見たゆきは一言言った。

 

「今日はもうお引き取り下さい」

 

「……え、えぇ。そうさせてもらうわ」

 

「では、また来ます」

 

 2度と来るな、そう内心で言いつつ、ゆきの方を見る。

 ゆきは少し考える表情をした後、ニコッと笑った。多分、もう大丈夫なんだろう。

 

「ありがとう、ゆき」

 

「構わないよー。それにしてもイライラしちゃった。こんな書類持ってきてさ」

 

 俺の正面においてあった書類を手に取り、眺めながら言う。

ゆきには同感だが、政府が云々は俺には分からないので反応できない。

 

「ありがとうございました。わがままを聞いて頂いて」

 

 名前は知らないが、偉い人にも礼を言う。

連絡したのは偉い人だが、こちら側に付いてくれたこと。そして、黙っていてくれたこと。

 

「別に構わないわ。山吹とも付き合いは長いし、ただの贔屓よ」

 

「そうなんですか?」

 

「山吹の頭の回転の良さとか、大和も色々見てきただろうけど、だいたいの知識は私が叩き込んだものよ」

 

 きっと海軍大将を懲らしめた件のゆきの動きは全部、この人が教えたものだったのだろう。あれが自前だったら、ゆきは相当なものだろうと思う。

ゆきに逆らったことは無いが、今後も逆らわないと決めた瞬間だった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 倉田と佐川を追い返した俺達は、偉い人の部屋に戻っていた。

会議室にはもう用は無いし、そろそろ帰らなければならなかった。

 ずっと偉い人と心の中で読んでいた人だが、名前は御雷(みかづち)というらしい。さっき『忘れてたわ』とか言って自己紹介があったのだ。

 

「確かに受け取ったわ。中を確認して軍法会議に回すわね」

 

 もともと、ここに来た用事を済ませた。

浅倉がやっていた諸々の一部始終を撮ったビデオや書類などのデータをメモリに入れたものだ。

 御雷さんも浅倉に関しては手を焼いていたらしく、証拠が出てきて喜んでいた。

あちこちで被害が出ていて、処理に困っていたらしい。そんなことだろうと思った。

 

「もう呉へ?」

 

「もちろんです。かれこれ2日間も空けていますからね」

 

 そうゆきと御雷さんは挨拶を交わし、俺と叢雲も頭を下げて退出した。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 夕方前に呉第ニ一号鎮守府に到着した。何をしに行っていたか等、もちろん気になっていた艦娘がいた。だが、そんな艦娘へは事後報告はしなかった。ただ、横須賀と大本営に行っていたとだけ伝え、それ以上のことは何も言わない。そういう風にゆきに言われていたからだ。

 鎮守府に着いた後の安心感に浸っていた。なんというか、家に帰ってきたという感じだ。

 夕食は普通に摂り、日を跨ぐ辺りまで執務室に入り浸っていた俺は、ゆきに言われて寝ようとしていた。

 

「もう遅いし大和、寮に戻って寝ちゃいなよ。疲れたでしょ?」

 

 目をしょぼしょぼさせながらゆきは言った。さっきからフラフラしているから、ゆきは相当眠いのだろう。

 

「分かった。おやすみ、ゆき」

 

「うん。おやすみ」

 

 俺は何も言わずに執務室を出て行く。

 執務室に持ってきていたものを持って、真っ暗闇の中にある寮を目指した。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 大本営から戻って1週間が経過していた。

 今日も俺は執務室に入り浸っている。普通に鎮守府内を歩き回ると、結構怖い思いをすることがあるからだ。何気、ゆきの近くが一番安全であるとも言える。

 ゆきが執務を片付けていると、突然俺に話しかけてきたのだ。

 

「ねぇねぇ、大和。ちょっとこっち来てよ」

 

「ん? 分かった」

 

 何か書類を見ながら俺を手招きするので、俺は立ち上がってゆきの横に向かう。

 近くまで来ると、ゆきは俺に見ていた書類を差し出してきた。

内容を見ると、そこにはあることが書かれていた。

 

「ふむふむ……。軍法会議が」

 

「さっすが、御雷さん! 手が早い! そこにしびれる憧れるぅ!!!」

 

 机をダンダンと叩いて喜んでいた。そこまで喜ぶものなのだろうか。

 

「と、冗談はさておきだよ。……ちゃんと読んでね」

 

「え、あぁ」

 

 すぐに切り替わったゆきに言われ、俺は書類を上からなぞるように読んでいくと、書類がどういった内容かが分かった。

端的に言えば、浅倉海軍大将の身の振る舞いに関する軍法会議が開かれて判決が下されたのだ。判決は有罪。軍籍剥奪と無期禁錮刑。

 

「銃殺されないだけマシだね」

 

 ニコッとそう言うが、言っていることはとんでもない言葉だ。

確かに、銃殺じゃないだけマシだろうけど、軍籍剥奪はまだしも、無期禁固刑はちょっと……。

無期禁固刑は政治犯や社会的地位が高い人間に与えられる刑罰だが、独房でずっと正座らしい。ただの噂でしかないが。

とんでもない刑罰だ。俺だったらいっそ銃殺して欲しいけどな。絶対、気が狂う。

 

「あぁ、でも無期禁固刑って最高だよ! ありがとう! 御雷さん!!」

 

「すっごいいい笑顔してとんでもないこと言うんだな」

 

「え? 当然だよ? ブタ箱に行ったら行ったで、”先輩”方にあれやこれややられて追い込まれるのもそれはそれで捨てがたい……」

 

「いや、怖いって……」

 

 この書類を見てから今日はずっと、ゆきは上機嫌で過ごした。すごくいい笑顔で。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきが上機嫌に何処かへ行ってしまったので、俺は大和と武蔵のところに来ていた。

そして、今日のゆきの様子を伝えると、武蔵はため息を吐いたのだ。

 

「武蔵?」

 

「兄貴は知らないのか」

 

「え? 何を?」

 

「上機嫌の提督が何をするのか」

 

 何か不味いことでもするのだろうか。俺は唾を飲み込み、神妙に話を聴く。

 

「上機嫌の提督はやることなすことがとんでもないんだ。例えば開発なんだが、この前上機嫌だった時に開発をしたら、烈風がポンポン出てきたり……」

 

「烈風ってポンポン出るもんじゃないぞ」

 

「三式ソナーもポンポン出てきた」

 

「えー……」

 

「建造した日には、雪風5連続とかあったぞ」

 

「……」

 

 何も言えなくなってしまった。上機嫌のゆきはとんでもないらしい。

 

「つい最近なら、兄貴が建造された時だ。あの日、まだ建造する予定があって、兄貴が建造された後に建造したら大和が出てきた。

 

 そう言って、武蔵は大和の方を見る。俺の方ではない。普通の大和の方だ。

 

「え? 私ですか?」

 

「あぁ」

 

 俺がポカーンとしていると、武蔵はあることを言ったのだ。

 

「提督は容姿が整っている私たちから見ても、かなり容姿が整っている。美人と可愛いの中間だ」

 

 たしかに、と内心つぶやく。

 横須賀第三ニ号鎮守府の白華提督より背丈は小さくて叢雲と並んだらゆきの方が少し大きいくらいだが、出るところは十分出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。そして色白。顔も武蔵の言う通りだ。

髪も日本人の割には黒色が薄いような気もする。茶に近い黒といったところ。ダークブラウンというところだろうか。

 

「あれで頭の回転が速い。IQテストとか受けたら、世界的に歴史の古い某高IQ集団に入れると思うのだ」

 

 それには同感だ。

 

「頭が良いことは良いことなんだが、提督は何を考えているか分からない。やることなす事が下衆いこともある」

 

 激しく同感。

 

「頭のネジが数本外れている気がする。まぁ、普通にしていれば可愛い女だとは思うんだがな」

 

 そう言って武蔵はカラカラと笑った。

 

「ゆきがそういう人間だってことは気付いていたさ。今更って感じだな」

 

「ん? そうなのか? 流石、兄貴だ」

 

 と、武蔵と話していると、大和の様子が変なことに気がついた。

 大和が放心していたのだ。多分、大和は気付いていなかったのだろう。

 

「大和?」

 

「大和の様子が変だな」

 

 そんな風に落ち着いて観察する俺たちも相当変だと思う。

 数十分後、大和は無事にこちら側に戻ってきた。ちなみに、俺と武蔵の会話内容は覚えていた。そこは忘れているところだろうに。

 





 これにて勝利報酬の行方は終わりですね。
今回までで色々分かったと思います。ゆきに関して。
色々見なくていい方の話が多かったですが、今後はそういう系は現状のプロット(シリーズ2つ先)までは無い予定です。
ちなみにシリーズというのは『○○○○ その○』とある話のことです。単独でもシリーズとしていますけどねwww

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第15話  雪風と その1

 やはりどうしても1人になってしまう時はあるものだ。

移動中なんてのも、1人で動いていることがだいたいだ。何故今こんな事を言いだしたのかと言うと……。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 俺の目の前で頬を赤らめた龍鳳が居る。息も絶え絶えとしていて、少し汗ばんでいるんだろう。首筋と頬に髪の毛が張り付いている。

 そんな状況になって、自分で実況するくらいなら逃げれば良いものを、どうしてしないのか。それは、今、馬乗りにされているからだ。

出会い頭に押し倒され、そのまま馬乗りに。

 

「あのー、龍鳳? だよな?」

 

「あぃ……」

 

 呂律が回ってない。色々と不味い。ゆきに見られることも、他の艦娘に見られることも。憲兵に見られることもだ。

なので一刻も早く逃げ出さなければならない。そうするならば、龍鳳に言ってどいてもらうしかないが、それは既に言ってある。言った上でのこの状況なのだ。

無理にどかして走って逃げても良いが、やはり乱暴は出来ない精神が抜け切っていないので、それも出来ずにいた。

となると、不味いと言っていたどれかに発見されるしかない。ゆきには絶対見つかってはいけないが。

 

「うふふっ……ふふふっ……。おっきいですねぇ、あったかいですねぇ」

 

 ゾクゾクと背筋がむず痒くなる。

 龍鳳の指が服越しに俺の胸に刺さり、ツツツっと這う。さらに背筋がゾクゾクとする。

こそばゆいというよりも、もっと他の別のものを感じていた。

 

「殿方とはぁ、こういうものなんですかぁ……」

 

「どいて……くれないか? 龍鳳」

 

 俺の胸を這っていた手を取り、顔を見て言う。

 

「い、や、で、すっ……うふふふっ」

 

 艶のある声でそう言った龍鳳は、俺の腹の上で支えていた手で、同じく俺の胸の上を指差す。

 

「行きたいところがあるんだ。本当に、どいてくれ」

 

 そう言っては見るものの、端から期待などしていない。『嫌です』とか言ってどいてくれないに決まっているからだ。

俺は見える範囲で誰かいないかを探す。ここは廊下だ。もう既にマウントポジションを取られてから10分は経っている。これくらい時間があれば、誰か1人でも通ってもいいものだが、誰1人として通らないのだ。一体、どういうことなんだ。

 

「誰か探しても無駄ですよぉ。この廊下は定時警備はあるものの、それ以外は全く通らない廊下ですからねぇ」

 

「何っ」

 

「執務室への近道として大和くんがここを使っているのは知っていました。だから、私はここに居たんですよぉ」

 

 これまでにここを通った時の記憶を思い返してみた。

確かにここを通る時はいつも、誰も居なかった。

 この廊下を使っていた理由は、近道の他にももう1つ理由がある。

それは、ここを通る艦娘と憲兵が殆ど見られなかったからだ。それが今回は裏目に出てしまっていた、ということだ。

 

「さぁ、覚悟して下さぁい」

 

 何やらジュルリと聞こえたが、気のせいではないだろう。龍鳳から聞こえたのだ。

俺は抵抗してみるものの、もしバランスを崩した龍鳳が怪我をするのを考えて、あまり抵抗が出来なかった。これはさっきから何度も試していることだ。

抵抗はあったが、仕方ないので強引に離れようと動く。

 

「すまん」

 

「え?」

 

 龍鳳の脇腹を掴み、ふにふにとした後、そのまま脇に手を挿し込んで持ち上げる。

この時、上半身は起こしてから持ち上げた。龍鳳の身体を浮かせた後、そのまま立ち上がり、床に下ろす。

 

「すまんな! じゃあ!!」

 

「え? あっ? ……ちょっとぉ~!!」

 

 有無も言う暇を与えず、そのまま俺は廊下を走り抜ける。龍鳳の声が聞こえるが、無視だ。そのまま別の廊下に入り、ある程度離れたところで後ろを振り返った。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 流石に息は少し上がったが、汗は掻いていない。呼吸を整え、そのまま歩きだす。

 今、向かっているところは陽炎型駆逐艦が集まっている部屋だ。どうしてそんなところに用があるのかというと、ある艦娘に会うためだ。

磯風、浜風、雪風。第17駆逐隊の3人だ。

 他の艦娘に比べて、その3人は目の色を変えて接しては来ない。磯風、浜風はそんな気がないように見えるし、雪風なんてじゃれついてくるだけだ。要するに、近所の年下の女の子2組と妹に会いに行くような気分。

実妹(武蔵)がいるが、あれはそういう気分になれない。タメの女友達、みたいな感じだ。兄貴と呼ばれているが。

 

「おーい」

 

 集まっていると聞いた部屋の前に立ち、俺は扉をノックした。突然、扉を開けても困らせるだけだ。それにデリカシーがないだろうに。

だからノックをした。

 中から返事が聞こえ、扉が開かれる。

出てきたのは不知火だ。

 

「あ、大和さんですか。何か?」

 

 不知火も割りと接しやすい艦娘だと俺は思っている。

ぶっきらぼうだが、感情の起伏は激しいんじゃないか。表情が豊かなら尚良いだろう。

 

「あぁ。ちょっと磯風と浜風、雪風にな」

 

「なるほど。呼びますので、少し待っていただけますか?」

 

「分かった」

 

 扉が閉まる時、中が少しだけ見えた。

どうやら、ゲームをして遊んでいるようだった。一角はトランプ。テレビゲーム。携帯ゲーム。数人は読書や昼寝をしているみたいだ。

 

「お待たせしました」

 

「待たせた」

 

 1分も経たないうちに磯風と浜風は出てきた。だが、雪風の姿がない。

 

「雪風でしたら、中でお昼寝していますよ。起こすのも忍びないものですから、そのまま出てきました」

 

 相変わらず前髪で右目が隠れている浜風は、俺が聞く前に雪風のことを教えてくれた。

 この2人に会うのもこれが初めてではない。

前にも短い時間だったが、数回会っている。食堂や廊下などですれ違う程度だが。その度に話をしたりするくらいには仲が良いと思いたい。

 雪風は下心無しにじゃれついてくるので、俺的には全然接しやすい艦娘の1人だ。今日はその雪風に癒されに来た目的も含まれている。

 

「そうか。……まぁいいか。確かに、昼寝しているのを起こすのも悪いな」

 

「だが、大和が来たことを知ると拗ねるぞ」

 

「拗ねるのか……」

 

 頬を膨らませて拗ねている雪風を想像する。なんだか可愛い。

 

「……まぁ、磯風たちにその迷惑を掛ける訳にもいかないな」

 

「確かに拗ねた雪風の対応は面倒だが、別に私は良い」

 

「そうは言うがな……。昼寝している横で話すのくらいは良いだろう?」

 

 そう言うと、少し浜風は困った顔をした。磯風は変わらなかったが、浜風には何か思い当たる節でもあったのだろうか。

 

「……話してはみますが、皆に聞いて回る必要があります」

 

「それはつまり、部屋に入れるように交渉するってことか?」

 

「そういうことになります。私としても、雪風が拗ねた顔は見たくありませんからね。では、行ってきます」

 

 浜風はそのままくるりと回り、出てきた部屋へと戻っていった。

この場に残ったのは磯風と俺だけ。普通ならば警戒するところだが、俺は警戒もしない。磯風は少数派だ。俺に言い方は悪いが、襲いかかってはこない。俺が分かっていないだけで、内心ではそのことを考えているかもしれないがな。

 

「……ここに来るまでに何かあったか?」

 

 浜風が戻ってからすぐ、磯風がそんなことを言い出した。

 

「龍鳳に捕まっていた。だけど脱出してきたから、別に気にしなくてもいい」

 

 磯風が眉をピクリと上げた。

 

「龍鳳……か。後で提督に報告しておこう」

 

 なんだか磯風が怖い顔をしたが、俺は気にしないことにした。

どうしてそんな顔をするのか、なんとなく分かっていたからだ。

 そんなこんなしていると、浜風が戻ってくる。

どうやら許可が取れたらしく、中に入ってきても良いそうだ。俺は遠慮なく、部屋に入っていく。

 中には陽炎型駆逐艦の艦娘がほとんどいるのではないか、というくらいに部屋が艦娘で溢れかえっていた。

 

「大和くんだー」

 

「おー!」

 

「私たちにも春が来たのねっ!」

 

 誰が言っているのか分かるが、彼女らの名誉のために名前は出しておかない。

 広い部屋のあちこちに机が出ており、そこではいろいろなゲームをやっている。そんな机の集団から離れたところにある昼寝スペースの一角に雪風は寝ていた。

そこへ近づき、俺たちは腰を下ろす。他にも艦娘が寝ているが、声を小さくすれば迷惑にはならないだろう。

 

「……良く寝ていますよね」

 

「そうだな」

 

 浜風は雪風の頭を撫でながら、俺にそんなことを小声で言ってきた。

 敷布団はなく、畳に直で寝ていて、腹の上にブランケットがかかっているだけの状態で雪風は寝ているのだ。流石に部屋は暖かいので風邪を引くことはないだろうが、体調を崩してしまうかもしれない。

 俺は自分の来ていた上着を脱ぎ、雪風に掛けてやる。

 改造袴を着ている俺だが、季節が季節なので上着を着ていた。と言っても、改造袴にあう上着を着ている。厚手ではないが、薄くもない。俺にとっては丁度良いサイズの上着なのだ。

 

「……そういえば、今日はどういったご用件で?」

 

 頭を撫で続ける浜風はそんな風に訊いてきた。

 

「暇だったからなぁ……。遊びに来た、じゃ駄目か?」

 

「もちろん、良いですよ。ですが、タイミングが悪かったですね」

 

「そうみたいだな」

 

 そんなことを、浜風と小声で話す。

そんな声を聞いてか知らないが、雪風が目をゆっくりと開いたのだ。

どうやら起こしてしまったみたいだ。

 

「ん……ふぁ~」

 

「あ、起こしてしまったみたいだな」

 

 磯風は悪い笑みを浮かべながら、俺にそんなことを言ってくる。

含みがあるのが気に入らない。

 

「おはようございます……」

 

「おはよう、雪風」

 

 そんな風に言って、俺は雪風の頭を撫でる。

どういう訳か、雪風の頭を撫でるのは癖になってしまっているみたいだ。

雪風も嫌がらないし、別に無理をしてやめることもないしな。

 

「……あれ? どうして大和さんがここに?」

 

「暇だからな。会いに来た」

 

 そんな会話をしているが、周りの視線が気になる。

さっきまでゲームやら読書をしていた艦娘たち全員が、こっちを凝視しているのだ。

テレビゲームなんて、ポーズせずにこっちを見ている。そろそろゲームオーバーになりそうだぞ。

 俺は周りの視線を気にしつつ、雪風に身体を向けた。あぐらかいたままだが、正座は好きじゃない。別にしなくても良いだろう。

 

「そうですかぁ! えへへっ。今日は、何をして遊びますか?」

 

「ん? なんでもいいぞ」

 

 これが俺の最近の日課になりつつある。

 俺は雪風と毎日遊んでいる。

雪風には姉妹が多い上に、人懐っこいので友人は多くいるそうだ。だがそれは皆も同じ。皆の仲が良いので、数十分も遊んでいれば気づけば大所帯になっていることがほとんどらしい。色々な艦娘と遊ぶのは楽しいが、大勢になると遊ぶ内容は決められてくるらしく、だいたいが鬼ごっこやかくれんぼ、カードゲームになってしまうらしい。

それで、どうして俺が雪風と遊ぶようになったか。これまでのことを知っていたが、遊び相手には困ってないだろうと思っていたのだ。だが雪風は困っていた。

雪風の幸運さが裏目に出ており、どの鬼ごっこでは島風以外の相手はだいたい捕まえられるらしい。かくれんぼも『ここに居る』と思ったところに行けば、絶対にそこに隠れている。そしてカードゲームなんてやった時には、絶対雪風が一上り。

雪風はとても優しい。皆が勝てないと良くないと言って、時々遊ばずにいるらしい。

それまでは皆のもとから離れ、別のところで散歩したり、虫を観察したりしていたという。だがそれも遂に飽きてきた頃、俺が建造された。そしてある日、俺は退屈そうにしている雪風と会ったのだ。

それからこういう関係にある。流石に駆逐艦同士ではないため、身体能力やらが関わってくるらしく、鬼ごっことかくれんぼは勝率五分。カードゲームも雪風が手を抜いている可能性もあるが、勝率五分。つまり、俺は雪風が本当に”遊びたい”ことが出来る相手なのだ。俺もそれは初日に感づいていた。だから、こうして俺は毎日雪風のところに来ている。

 

「じゃあ、今日はかくれんぼをしましょう!」

 

「いいぞ! 昨日は鬼ごっこやって、俺が勝ったからな! 勝ち越しだ!!」

 

「そうはいきませんっ!! 今日は雪風が勝ちますよー!!」

 

 フンスと鼻息を力いっぱい噴き出した雪風は立ち上がる。

その様子を見ていた、他の艦娘たちもそれに呼応するように動き始めた。

 

「今日も雪風ちゃんかぁ」

 

「いいよねぇ」

 

 そんな声が聞こえてくる。

彼女たちは、雪風の事情を深くは知らない。黙っている艦娘たちはそれを理解して、動かないのだ。

 

「雪風ちゃん! 私も入れてー」

 

 そう言ってきたのは、雪風の事情を知らない時津風。

時津風も雪風のようにじゃれついては来るが、なんだか裏がありそうな雰囲気がある。初見でそう感じて以来、俺は他の艦娘とまではいかないものの、少し警戒している相手だ。

 

「はい! 時津風ちゃんも一緒にかくれんぼをしましょう!」

 

「やったー! ありがと、雪風ちゃん!」

 

 とまぁ、こんな感じで雪風は優しい。俺が混じれば五分になるからだろうか。

よく分からないが、入りたいと言えば雪風は二つ返事で入れてあげるのだ。

 

「舞風もー!」

 

「ウチも入れてぇな!」

 

 そんな時津風に釣られて、舞風と黒潮も入ってくる。もちろん、雪風は断らない。

 さっきの話に戻るが、雪風がたまに遊ばない理由を知っているのはここにいる浜風と磯風、浦風、陽炎、不知火、黒潮くらいだ。他のこの場にいる陽炎型の艦娘は知らない。

 黒潮は多分、お目付け役的な意味で入ってきたんだろう。黒潮も浜風や磯風みたいに、あまり過剰反応をしない普通の対応をしてくれる艦娘の1人だ。

 

「はいっ! じゃあ、じゃんけんをして負けた人が鬼をしましょう! 隠れれる場所はこの部屋のある階だけです!」

 

 そう雪風は皆に説明する。輪になって雪風の話すルールを吸収していく。そして、じゃんげんを始めるのだ。

 

「最初はグー、じゃんけんぽん!」

 

 じゃんけんが始まる。そしてかくれんぼが始まるのだ。

 鬼になったのは時津風。

2分間待ち、鬼はその間は目を隠して待機。他はそれぞれ隠れるのだ。

 時津風がカウントを始めると、皆散り散りに隠れ始める。俺も動きだす。

 この時、部屋から浜風と磯風は姿を消している。

理由は簡単だ。廊下に出ている。ただそれだけ。目的はというと、俺に何かあった時にすぐに駆けつけられるように。黒潮も多分、俺の近くに隠れるだろう。その理由は浜風たちと同じ理由だ。

 こうしてかくれんぼは始まった。

カウントし終わった時津風は顔を上げ、そのまま数を数えていた部屋の中を探し始める。

押入れや布団の中。他で遊んでいる艦娘の中。色々なところを見て回り、時津風は廊下へと出て行く。

 

「部屋には居なかったなぁ」

 

 そんなことを呟く声が、俺のところに聞こえてきた。

俺が隠れている場所は天井。つまり、天井に張り付いている。鎮守府の廊下の天井は高く作られており、案外見上げても死角があったりする。真下に居る時は天井に張り付き、移動を始めたらそのまま死角に入る。そういう隠れ方をする。

 時津風が動き出す。俺はそれに合わせ、死角へと音を立てずに移動する。

 

「この部屋かなぁ?」

 

 かくれんぼをしている階には部屋が4つある。1つは陽炎型駆逐艦が待機部屋として使っているところ。他は他の艦娘の待機部屋だったり、保管室だったり、空き部屋だったりする。そして後は廊下と階を移動する階段だけだ。

 入った部屋から、時津風はすぐに出てきた。誰を連れている。

 

「どうして分かったの?」

 

「そりゃ、妙に膨らんでいる布団があるからだよー。怪しすぎるって」

 

「そんなぁ」

 

 どうやら早々に見つけたらしい。見つかったのは舞風。

確か舞風は隣の川内型の待機部屋に入っていった。多分、許可を貰って隠れさせてもらっていたんだろう。

時津風の話によるところ、どうやら全員が居る状態で誰かが寝ている布団の中に入っていたということだ。

一緒に寝ている訳でもなく、不自然に膨らんでいる布団が怪しいと思った時津風がそれをめくって確認でもしたんだろう。これは舞風の判断ミスだな。

 

「さぁーて、残りの娘も探すぞぉー!」

 

 そう言って時津風は歩き出そうとするが、舞風の視線が気になったのだろうか。

そっちの方に時津風は視線を動かす。

 自分の背後だ。時津風は振り返って、そのまま何もなかったかのように元の方を向く。

 

「んー?」

 

 だが舞風はそっちの方をちらちらと見ていた。

それがやはり気になる時津風は、バッと勢い良く後ろを振り返った。

そこには黒潮が居た。

 

「あちゃー、見つかってもうたわ。……てぇ! 舞風ぇ! こっち見ないで欲しかったわぁ……」

 

「だって、気になるじゃん? そんなに張り付いてたらさ」

 

「そこは誤魔化してぇな!」

 

 黒潮が見つかってしまった。どうやら開始からずっと、時津風の後ろを息を潜めて付いていっていたのだろう。

 

「じゃあ、残るは雪風ちゃんと大和だねぇ!」

 

「あはは……」

 

 そんな風に話しているところ、俺は見ているんだ。

 

「さぁーて、他の部屋も探すぞぉー! おぉー!!」

 

 時津風は元気よく見つけた2人を連れ、他の部屋へ入っていった。

 ちなみに雪風の隠れ場所はというと……。

 

「えへへ」

 

「本当に、これで良いのですか?」

 

「良いんです!」

 

 浜風の背後だったりする訳だ。

 

 




 皆さん、お久しぶりです。本編も読んでいらっしゃる方はそうではないかもしれませんね。
前回の投稿から約3ヶ月が経っておりますが、遅れた言い訳をさせて下さいッ!
1:ネタがその時点で尽きた(前回の投稿で)
2:本編に本腰を入れていた
3:特別編短編集を同時進行で4つ書いていた
はい。申し訳ありません。
 今回からまた、投稿のスパンは開くと思います。年度が変わるまでには絶対に投稿しますのでよろしくお願いします。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第16話  雪風と その2

 

 かくれんぼが始まってから20分くらい経っている。この階にある部屋は全て探し尽くし、もう一度探しに回っている状況ではあるが、俺は相変わらず天井に張り付いていた。

雪風も浜風の背後に隠れたままだ。

 

「浜風さん! どれくらい経ちました?」

 

「開始してから20分程経っていますね」

 

 雪風は浜風に時間を訊くと、浜風の背後から出た。

隠れ場所を変えるのだろうか。

 かくれんぼのルールというのは色々ある。一度隠れた場所から移動してはいけない、移動してもいい等。明確なルールがない遊びではあるが、俺と雪風が遊んでいるかくれんぼでは、隠れ場所の移動はしてもいいことになっている。というか、初めてやった時からそんな感じだった。

今のかくれんぼにもそれは適応されているので、時津風たちは知らないだろうが、ここは普段俺たちがやっているかくれんぼに入ってきた、ということでそのルールには従ってもらう。

 

「少し移動しますね。ありがとうございました!」

 

「いいえ。楽しんで来て下さいね」

 

 浜風はそんな雪風を笑顔で見送る。そしてそれを見下ろす俺。

雪風はどうやら移動を始めるみたいだが、どこに移動するのだろうか。そんな風に雪風を目で追い、俺もそろそろ移動しようかと画策し始める。こんなところ(天井に張り付く)に隠れていたら、そうそう時津風も見つけられないだろうからな。

 俺は廊下に飛び降り、浜風に声を掛ける。

 

「お疲れ。俺も移動するよ。もちろん、時津風には秘密な」

 

「え、えぇ。分かっていますよ」

 

 何だか急に現れたから驚かれていたみたいだが、まぁ良いだろう。時津風たちが廊下に出てくるのも時間の問題だ。俺は次の隠れる場所を考える。

そしてあることを思いついたのだった。

 陽炎型が待機している部屋におもむろに入り、俺は窓にカーテンが掛かっている事を確認する。

急に入ってきた俺に驚いている艦娘たちを無視し、俺はカーテンを開き、窓を開いた。

そして窓から身を乗り出して、そのままカーテンを閉めて窓を締める。鍵は流石に閉められないのでそのままにしておこう。

俺が隠れた場所は、窓の桟。そこに足を掛けてぶら下がっている状態だ。ちなみに3階である。落ちたら怪我はする程度の高さだ。艦娘(?)はどうなるか知らないが。

 

「……端から観たらヤバイ奴だろうな」

 

 俺の今の状態。多分、別の誰かが見たらただの自殺志願者にしか見えないだろうな。まさかかくれんぼでそこまでやるか、っていうレベルの隠れ場所ではあるからな。

 そんなことはさておき、中の状況が全く分からない。

ここで遊んでいる艦娘たちが、俺たちがかくれんぼをしていることくらい分かっているはずだ。じゃんけんも大きい声でやっていた気がするし、結構ドタドタしていたと思うんだ。

それを考えると、下から声がしてくる。どうやら誰かが歩いているみたいだ。

 

「あと巡回も一周だねぇ」

 

「この後どうする?」

 

 どうやら憲兵2人が歩いているみたいだ。巡回中に私語とか、誰かさんにしょっぴかれるぞ。

 

「そうだなぁ……大和くんでも見に行く?」

 

「え? 見れるの? 行きたい行きたい!!」

 

「おすすめスポットがあるんだよ! 今の時間帯に居るか分からないけど、私室が見えるところがあるの」

 

 え。なにそれ初耳。てか怖い。

 

「本当?! 男の人の部屋が見れるなんて、この人生、結構諦めてたんだけどツイてる! 私っ!!」

 

 おい。輪廻転生してんのか。この憲兵は。

 

「一度で良いから入ってみたいよねぇ。はぁ~良い匂いがするんだろうなぁ~」

 

「はぁ~。想像したらヤバイけど、良いなぁ……」

 

 うわぁ。こいつら(憲兵たち)男子中高生か何かなのか。

まぁ、そういう感情は俺も持っているし、分からんでもない。もちろん、女性の部屋な。だけど、この世界ではそんなことも頭の中では考えられん。

 

「あ、そうそう! 有名な話で、聞いたかもしれないけどさ」

 

「なになに?」

 

「大和くんね、どうやら小説から出てきたみたいな身の振る舞いなんだってさ! 香羽から聞いたんだけど、ありゃレッドリストに乗っているレベルで絶滅危惧種よ。なんなら養殖モノよりも良い、天然モノらしいのよ!!」

 

「ほんと?! 壁ドンとかしてくれるのかなぁ……」

 

「彼、高身長だからやって貰えたら、一撃で轟沈する自信しかないわ。あ、だけどね、香羽が言っていたのは違う。すっごく気を使ってくれるんだってさ!」

 

 うわぁ。なにそれ。身に覚えないなぁ。

 

「キャー!! 紳士じゃない!」

 

 それだけで紳士呼ばわりとは、世の中変わったなぁ。

まぁ、この世界なら普通のことなのか。知らないけど。

 そろそろ腕を辛くなってきた頃合いだし、見つかっても良いかなぁと思っていた時、カーテンが開かれた。

そこには時津風が居る。目を見開いて、俺の顔を見ていた。どうやら見つかってしまったみたいなので、俺は窓を開ける。

 

「あー。見つかったか」

 

「どんなところに隠れてるの! カーテンに陰があったから分かったけどさ」

 

 全然、そのこと考えてなかったな。まぁ良いか。多分最後かその次だし。

そう思い、俺は時津風が連れている艦娘を確認する。

雪風が居た。どうやら俺が最後みたいだな。

 

「やっと終わったー! 2人とも強い!」

 

 そう言ってむくれる時津風に、俺と雪風は笑った。

そりゃそうだろう。俺と雪風はこうやって隠れ方を発展させながら遊んでいるからな。

 

「ゴメンな。ちょーっと本気出した」

 

「雪風もです! ですけど、結構あっさり見つかってしまいました!」

 

 フォローはする。もちろん。駆逐艦相手だしな。

雪風もその辺はちゃんと理解しているみたいだな。

 そう考えつつ、俺は窓の外を見下ろす。

そこにままだ憲兵が居た。どうやら立ち止まって話の続きをしているみたいだ。

 

「それとね、不確定情報なんだけどさ」

 

「何? まだあるの?」

 

「うん。……大和くんって良く執務室に行くじゃない?」

 

「そうだね。山吹提督が呼び出しているみたいだけど」

 

「そうそう。その行く道中で、いつも何処を通っているのかが分かったの」

 

「えぇ! 本当?!」

 

「うん。普段は艦娘が全く通らないところで、憲兵の巡回も一日に数回しかないような通路なんだけどさ」

 

「そこ知ってる!」

 

「うん。そこを通って行っているみたいなんだぁ。そこに曲がっていくのを見た、って言ってるのが居てさ」

 

「今度張ってみようかなぁ……」

 

「これは秘密ね」

 

「うん!」

 

「だけど、教えた情報料は貰うよー。んふふふっ。ビール500mlを6缶だ! もちろん、発泡酒じゃないやつね」

 

「うぐぐ……地味に高い情報料。だけど、それを払えば、私は間近で大和くんが見れるッ!! ひゃ~早く会いたいなぁ」

 

 そんなことを言っているので、俺はからかってやろうかと考える。

普段、憲兵には追い回されて散々な思いをしている。普段は追い回されている俺が、急に目の前に現れて来たらどう反応するのか。

反応次第では、その職務怠慢は黙っておいてやろう。

 思いついたら即行動。だが、俺は誰か連れて行こうと考える。ここから飛び降りたら流石に怪我するかもしれないが、ちゃんと降りれば多分大丈夫だ。

そう考え、俺はまず雪風に声を掛けた。

 

「雪風」

 

「なんですかー?」

 

「ちょっと付き合ってくれ」

 

「良いですよ!」

 

 うん。じゃああともう1人。浜風にしようか。丁度こっちに来たし。

 

「浜風も付き合ってくれ」

 

「え、えぇ。分かりました」

 

「俺はここから降りるから、2人はこの窓の下に来てくれ」

 

 そう言って俺は、窓から飛び降りる。

3階の高さからだが、まぁ、うん。怖いだけ。すぐに地面にたどり着き、俺は着地をする。

思ったほど音は出なかったが、物音に流石に憲兵は気付いたみたいだった。

 俺は降りてきた窓を見上げ、憲兵の方に顔を向ける。

 

「よぉ」

 

「うひっ?! や、大和くん?!」

 

 今、変な声出しただろ。

 

「憲兵。職務中に何しているんだ?」

 

「巡回中ですけど……それより大和くん?」

 

「俺の質問に答えろ。職務中に何をしている」

 

 あ。コレは俺が聞いたところで仕方のないことだ。

そもそも、俺に憲兵たちへ口出ししたりする権利はない。全てはゆきが持っている。だが俺が見たということで、間接的にはいけるはずだ。

憲兵なのにそんな職務態度なのはどうかと思うんだがな。

 

「ひぃ!? や、大和きゅん?」

 

「きゅん?」

 

 『きゅん』って何だ。『くん』って言おうとしたのか。

 

「ほらほら、怒らないから言ってみな」

 

 とか言いながら、俺はジリジリと2人に近づいていく。

俺の雰囲気にそれどころではなくなった2人は、俺が近づくのに呼応してジリジリと後ろに下がっていっていた。

それが結構長いこと続き、壁際まで迫る。もう2人は壁に背中を付けていた。

建物の陰になっていて少し薄暗いこの場所で、俺は憲兵2人相手に何をやっているんだろうか。俺が主観で端から見ると、女性2人に迫っている男にしか見えないだろうが、この世界ではどう見えるんだろうな。

そんなことを考えていると、俺の私室云々という情報をビールで買った憲兵が口を開いた。

 

「これって、もしかして壁ドン?」

 

 背筋がゾクッと震え上がる。これは何か不味い。俺は直感的にそう感じた。

それは間違ってなかったみたいで、壁に追い詰めた2人が俺に色々言い始めた。

さっきまでは黙秘を続けていたというのに。しかも発言内容が自分を貶めるような内容ばかり。意図は分かっているんだが、分からないで身体を動かした方が身のためだろうな。

 

「さっきまで口開かなかったのに、今度は自爆しまくりか?!」

 

「えぇ。私はさっきからずーーーっと、巡回と見せかけてボーッと歩いていたの!!」

 

 それは俺も分かってる。

 

「大和さーん! 来ましたー!!」

 

 どうしたものかと考えていると、背後から声が聞こえてくる。

どうやら雪風たちが来たみたいだ。チラッと後ろを確認する。

 

「ちょっと待って下さい、雪風」

 

 後ろから浜風も小走りで来ている。そんな浜風にも、こんな状況は見えていることだろう。俺は数多といる艦娘の中では、仲良くしている方だと思う。思いたい。浜風がうっとおしがっていたらちょっとショックだ。

 それは置いておいて、俺は憲兵の方に目線を戻す。

身長差もそこそこあるので、俺は2人を見下ろす形になっていた。

 

「しっかり仕事をしてくれ。ゆきにキツイお仕置きされるのは嫌だろ?」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

 流石に俺だけなら、色々とお花畑な発言も出来たんだろうが、艦娘たちが来てしまったら出来ないんだろう。さっきまでの勢いは無くなっていた。

 俺は憲兵2人に『散った散った』と言わんばかりに手を振って、仕事に戻ってもらう。

こうやって俺と話していても十分に職務怠慢になるからな。俺の扱い的にも。

 

「大和さん、今のはなんだったんですか?」

 

「あぁ。職務怠慢の憲兵にお灸を据えていた」

 

「壁際に追いやって、ですか?」

 

「そうだな。気分はさながら、捕食動物に追い込まれた小動物だろうな」

 

 否。俺が小動物なのがこの世界。

そんなことを雪風はツッコムことなく、ニコッと笑う。意味をそのまま取ったんだろう。

 

「しれぇは怒ると怖いです! 大和さんは優しいですね!」

 

「あははー! そうか?」

 

 そんな風に話していると、雪風に置いてかれていた浜風も追い付いた。

少し息を整えた後、浜風は俺に訊いてくる。

 

「……外に何かあったんですか? 私と雪風を呼んで」

 

「あー、それなら終わった」

 

 そう言って俺は近くのベンチに腰を下ろす。さっきまで憲兵2人が座って話していたところだ。

 

「大和さんはしれぇの代わりに憲兵さんを叱っていたんですよ! 怒ったしれぇは怖いですから、しれぇに見つかる前にって」

 

 言ってることが少し変わった気がするが、まぁいいだろう。

いい意味では、そういうことをしていたんだからな。本当はからかってやろうとしただけだが。まぁ、雪風は気付いてないみたいだし良い。

 

「それって、大和さん。からかっただけじゃ?」

 

「失礼な。ちゃんと怒ったぞ」

 

 雪風には分からずとも、浜風には分かったみたいだ。

 この後、どうして俺が窓から飛び降りたのかが気になった、かくれんぼ組や見ていた他の艦娘たちが外に集まってきたので、そのまま鬼ごっこをやることになったりした。

もちろん皆、俺と雪風を捕まえることが出来ない。まぁ、そんなもんだろう。

途中、他の憲兵が混じってきたり、他の艦種の艦娘が混じってきたりして、かなり大人数な鬼ごっこになったのは言うまでもない。

ちなみに、途中参加してきた奴らの大半は俺目当てだったらしい。そんなこと聞きたくなかった。

 





 前回からはそこまで期間が空きませんでしたね(汗)

 今回も引き続き、雪風との話です。ですけど、主軸は憲兵になります。まぁ、こっちの憲兵は使えない憲兵ですから……(メソラシ)
 そんなこんなで、ぐだぐだと更新していきます。
次のスパンはどれくらい開くんでしょうね。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第17話  大和の私室で……

 俺は今、危機的状況にある。いや。いつもそうなんだが……。

それはさておき、どうしてこんなことを言い出したのかというと、今目の前で息を上がらせている同名艦が原因だ。

 

「本当に何考えてんだ……大和」

 

「はぁー、はぁー。……良いじゃないですか」

 

 大和が俺にマウントポジションを取り、腕を抑えられているのだ。

いやいや……。本当に何考えてんの、この娘。

 大和は好きだけど、ここまで来るとさ。うん。怖い。

奥ゆかしく、物静かでまさに大和撫子って感じなのを想像していて、実際にこうやって異世界飛ばされて、目の間でそれを見たところまでは良い。

同名ということで仲良くしようだとか、姉妹艦だから云々ってのも良い。そこまでは俺の”夢”は壊されなかった。

なのになぜ?! 今になって?! つか、怖い!!

 

「同型艦で、しかも同名艦。力の強さも同じくらい、ってところでしょうか?」

 

「知らん!! 俺もそんなに乱暴はしたくない!! ……大和だしな」

 

「え? 今なんと?」

 

「うるさいっ!! 早くどけ!!」

 

 なにこれ。何だか俺がツンデレヒロインみたいになっているんだが……。

ヒロインは俺で、主人公は目の前にいる大和って感じか?

バカじゃねぇの? バカじゃねぇの?

 確かに大和の言う通り、同名艦だから力は同じかもしれない。だが、俺は男で大和は女だ。そこで力の差は歴然。……と思っていた時期が俺にもありました。

 

「んー!! んー!! マジで動かねぇのな!!」

 

「私を見くびってもらっては困りますよー。海軍最大最強の戦艦ですからね」

 

 そんなこと知っている!! というか、それを言うのなら俺も同じだ。

 そう言えば忘れていたが、どうしてこんなことになったのか。

それは、数分前に遡る。

 俺の私室に大和が遊びに来ていたのだ。ちなみに武蔵は秘書艦だから執務室。ゆきは提督だからもちろん、そこで執務をこなしている。

俺が私室に引きこもっていることは知っているので、他の艦娘や憲兵たちみたいに鎮守府内をウロチョロする必要もなく大和や武蔵等の例外の艦娘や、ゆきなどは、俺に用がある時はここに迷わず来るのだ。

 

『大和です』

 

『入っていいぞー』

 

『はーい』

 

 こんな風に入ってくるのが、いつものことになっていた。

 大和が俺の私室に遊びにくるのはいつものことになっていた。演習やレベリング、他の艦娘との約束が無ければ決まってここに来る。自分の部屋にいればいいのにな。

 俺の部屋に来て、大和は何をするのか?

色々ある。最初は話すだけだったが、段々とだらしなくなっていった。ちゃんと、節度は守っているが最初は正座をしていたがすぐに止め、女の子座りをするようになった。まぁ、これは普通だろう。

次は部屋で寝転がるようになり、今では構わず俺の布団に入って寝ていたりする。

俺も同名艦ということで、大和には憧れみたいなものは持ってはいたが、極力気にしないようにしていた。だがそれももう意味を成していない。とりあえず何が言いたいのかというと、美味しかったりそうでなかったり、という感じだ。

 話を戻そう。どうして、俺がマウントポジションを取られて、拘束されているのか。

それは、俺が大和のふとした仕草に目線を反らし、それを問い詰められた結果である。何をみて反らしたかは言わないでおく。恥ずかしいから。

 

「それを言うのなら、俺だって大和だ」

 

「そうですね。ですけど、それと同時に私の弟ですっ」

 

「うぐっ……たしかに」

 

「あれれ? 抵抗しちゃって……。お姉ちゃんの言うこと、聞けないんですか?」

 

 普段は優艶なのに、今だけは何だか色っぽいのだ。

そんな大和を俺は降ろさせようと抵抗する。だが、それも叶わない。この前、龍鳳を身体の上から降ろしたことがあったが、あれは龍鳳が俺に比べてかなり小さかったからだ。

だが大和は違う。俺よりかはもちろん小さい。それでも艦娘の中に放り込んだら、かなり高身長なのだ。長門もうそうだけど。

だから、普通に持ち上げようとしてもそうはいかない。

 抵抗を繰り返す俺に、大和が近づいてくる。ゆっくりと顔を近づけ、手を俺の胸の上を這わせる。

そして俺の顔に長い髪がかかり、大和の身体の温かみが直に伝わってくるような体勢になった。平たく言えば、俺の身体の上に大和が身体を乗せてきた、ということだ。

 

「貴方……」

 

 大和が耳元で囁く。それと同時に、背中がゾワゾワとしてきた。恥ずかしいというか、身体がかなり反応してしまう。

 

「ふふふっ……。かわいいところ、あるんですねぇ」

 

「や、大和?」

 

 マウントポジションから、完全に身体を俺に預けてくる。今なら逃げることが出来るだろう。

だが、どうしても乱暴は出来ない。もし落ちて怪我でもしてしまったら……そんなことを考えてしまう。

 

「……温かいですよ、大和」

 

 そう言った時、俺の胸の上で身体を支えていた腕を俺の頭に伸ばしてきた。それと同時に、大和の身体が完全に俺に覆いかぶさる。

柔らかい。そんなことを考えてしまった。匂いに関しては、気にしないように必死に紛らわせていたが、こればっかりはダメだ。

俺はもう、首を動かして逃げることしか出来ない。

 

「暴れたって駄目です。……暴れれば暴れるだけ、ね?」

 

 俺は動きを止めた。

ちなみに、マウントポジションを取られた時に助けを呼ぶことも考えた。だが、すぐに俺の脳内では棄却されてしまった。

もしこの状態で助けを呼んで、誰かが来てくれたら……。その誰かは助けてくれるかもしれない。だが、それよりもマウントポジションを取っている大和に加勢する可能性の方が高いのだ。それと、俺を助けてくるような艦娘や人は、片手で数えるくらいしか居ない。ゆき、武蔵、雪風、浜風、磯風……。マジで5人じゃん。

 半ば諦めつつ、俺はこの後どうなるんだろうかと考える。

大和に何をされるんだろうか……。それこそ、乱暴されることは無いと思う。だが、それ以外だったら何をするんだろうか。怖いことや痛いことはあり得ない。なら何を?

 

「やっと抵抗を諦めましたね。……おとなしくしていて下さいねぇ~」

 

 俺の顔に髪がかかる。大和の脚が俺の身体に絡みついてきた。

もう本当に逃げられない。

 

「うふふふっ……。お姉ちゃんの身体、温かいですか?」

 

 今度は俺の身体のあちこちに触ってくる。

 

「初めて男の人の身体に触れましたよ、私」

 

 そう大和が言ったその時、私室の扉が開かれる。

大和をこの部屋に入れた時に鍵を締めたので、入ってくる人は限られてくる。

 誰かが入ってきた時、大和も動きを止めた。

 誰かがこちらに歩いてくる。段々近づいてきて、すぐ近くで足を止めた。

誰だ。

 

「……」

 

 声は聞こえないが、その刹那、身体が軽くなる。

大和が浮いたのだ。

 

「おい、何をしている」

 

「あ、あら、武蔵……」

 

 武蔵がそこに居たのだ。

やはりここに入ってこれるようなやつは、それくらいだけだろうな。ゆきは艦娘寮の全室の合鍵を持っているし、武蔵も秘書艦だから持っている。そりゃそうだろうな。

大方、ここに来たのは様子を見に来たんだろう。毎日、『様子を見に来た』といってお茶を飲んでいくからな。

それにしても、大和だって武蔵が来る時にはいつも居たから、それくらいには気付きそうなものだけどな。

 それにしても助かった。このまま大和に……うん。考えるのも野暮だ。

俺は座り、武蔵を見上げる。まだ大和をつまみ上げているからだ。

 

「助かった。ありがとう」

 

「兄貴が危険な目に遭っていれば、ギリギリのところで現れる。それが私だ」

 

「ギリギリに現れんな」

 

 そんな話をしながら、武蔵は座布団の上に大和を降ろした。

そして武蔵も座布団に座る。

 

「それで、一体どうしてこんなことになっていたんだ?」

 

「俺に聞くな。大和に聞いてくれ」

 

 ギロッという効果音が付きそうな勢いで、武蔵が大和を睨んだ。それに一瞬怯んだ大和は、すぐに理由は話し始めた。

俺はてっきり言い訳を始めるのかと思っていたが、そういう訳でもないみたいだ。というか、理由を話のも言い訳の一種か。

 

「これです」

 

 そう言って大和は唐突に本を出した。一体、どこからそんな本を出した。背中から出したよな? 大和ってウエストポーチ的なの付けてたか?

 

「ん? 何なに? ……ってぇ!! これはえ、艶……」

 

「艶?」

 

 俺にはあまり見えなかったが、表紙を見て中をペラペラと捲った武蔵が、俺の顔を見るなりそれを隠したのだ。

というか、途中で呟いた『艶』って何だ? キューティクル的なやつか? ちゃんとお手入れしろよ。

 

「や、大和っ!! こんなものを兄貴の前で出してっ!!」

 

 何だか矛先が大和の方に向いた。ちなみに、未だに大和から『お姉ちゃんって呼んで』と頼まれている武蔵だが、一向にそう呼ぶ気配はない。

というか、その本が一体なんだったんだろうか。俺の前で出したら不味い本なんて……あるのか? そもそもそういうのを持っているのは、男の方だろうに。

……違った。そもそも男が少ないこの世界で……ん? そう考えると、大和が持っていたのは……。

 

「へっ? あっ、きゃーー!!!」

 

 武蔵にツッコミを入れられ、大和は何かに気付いたみたいだった。

顔を真赤にして武蔵の持っていた本をひったくり、隠してしまったのだ。そして大和は俺の方を見ようとしない。さっきまで無茶苦茶アレだったのにな。

 そんな状態になっている大和に、武蔵は追撃を掛けた。

ちなみに、俺はこの時点で何の本だったか気付いている。

 

「ほほぉ~ん。大和はそういう趣味があったんだなぁ~。意外だなぁ~」

 

 大和が俺の視界から隠そうとしていた本の場所が裏目に出て、武蔵に持って行かれたのだ。

そして武蔵はそれを開き、内容を読み取っていく。そしてそれを口にしていくのだ。具体的な言葉は使わず、さっきの様に遠回しな口撃をし始めたのだ。

 

「ふむふむ……ほぉ!! これがしたかったから、あんなことをっ……ほぉほぉ……。なるほどなるほど」

 

 ちなみに武蔵は気付いていない。

兄妹という関係ではあるが、一応兄妹の前でアノ本を読んでいることに。これに気付いているのは俺だけ。大和はさっきから顔を真赤にして、『駄目なお姉ちゃんを許して下さい……』って言ってる。誰に対して言っているんだか……。

 俺はそんな状況を楽しみ始めていた。

本来ならば、俺は大和か武蔵の立ち位置のはずだ。だが俺は今、そのどちらでもない立ち位置にいるッ!! こんな美味しいシチュエーション、滅多にない!!

面白から、ちょっと演技をしてみることにした。

 

「な、なぁ、武蔵?」

 

「ん? なんだ?」

 

 口元を本で隠しているが、背表紙がこっちに思いっきり見えているんだが、この際これも放置しておこう。面白いから。

俺は演技を始めた。

 

「そ、それってさ……その……、女の人がよく買うっていう」

 

 早く気付けよ武蔵。『私の義弟は紳士的 ~私が籠絡しちゃうんだから~』ってのが見えているぞ。つかなんだその題名。意味不明なんだけど。

 ここに来てもまだ、武蔵は気付いていない。大和も『むっつりだって思われた』とか言ってるし。今更遅いぞ。

 

「ちょっと、俺にも見せてくれないか……?」

 

 少し顔を火照らせている武蔵に、そう言う。

まぁ、読んでたらそうなるよな。

 俺に言われ、武蔵は素直に渡してきた。

あ、大和が『酷い……武蔵酷い……』に切り替わったな。

 受け取った俺は、表紙を開いて目で字を追う。

そしてここでまた演技を入れる。ヤバイ、楽しい。

 

「……ふ、ふーん」

 

 俺は必死に自己暗示を掛けていた。『顔赤くなれ顔赤くなれ』、『目を潤ませろ目を潤ませろ』と。まぁ、うん。

そういう表情を作って、黙って返せば面白いだろうから。

 次第に顔が熱くなってくる。本を開いて字を追っているように見せかけているが、実は読んでない。

俺が楽しむのはそこじゃないからだ。そして俺は数ページ捲った後、本を閉じて静かに返す。

 

「……ん。返す」

 

「……」

 

 返し先は大和だ。もうこっちに戻ってきたみたいだからな。

 今、絶賛俺の顔は真っ赤になっており、目が潤んでいるはず。視界もぼやけているから、確認不要だ。

 

「ご、ごめん……。なんか。……それと、さ」

 

 いち早くそれに気付いたのは武蔵だった。いや、大和はずっと顔が真っ赤だったからアレだけど。

 

「そういうの、俺に見せるのはどうなんだ? いや、大和がいいなら良いけど……」

 

 武蔵が正常に機能してない。無茶苦茶混乱している。あたふたしているのだ。

そして大和は本を抱えたまま、俺の布団に隠れてしまった。

 そんな光景を見て、俺は思った。

 

「あぁ、面白いな」

 

 と。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 すぐに正気に戻ったのも武蔵が先だった。

そして、こちらの世界に戻ってくるなり正座に座り直し、そのまま土下座。なぜ土下座。

 

「す、すまない兄貴!!」

 

「あ? あぁ、気にしない。というか忘れてるのか? 俺は……」

 

 ここまでいいかけて、俺は言葉に詰まる。

この先をここで話す訳にはいかないのだ。なぜなら、大和がここにいる。

俺が異世界から来た人間であることや、貞操観念が逆転していることは、ゆきと武蔵しか知らないのだ。それに口外禁止ということになっている。

 

「姉貴も年頃の女なんだ。どうか気にしないでやってくれ」

 

「いやいや武蔵? 思い出せよ。俺」

 

「ん?」

 

 武蔵が思い出すのに、数分が掛かった。その間、俺の私室は束の間の静寂に包まれる。

 

「……あ。そういえばそうだった」

 

「な? だから気にするな」

 

「あぁ。……まぁ、違和感がかなりあるが」

 

「おう」

 

 俺は立ち上がる。お茶を淹れに行くのだ。

武蔵だって、この部屋に来たのは俺の様子を見に来たのだ。一応ゆきから休憩は貰っているだろうから、お茶くらいは淹れてやらないとな。

 いつもの湯呑みにお茶を注ぎ、武蔵に渡す。

一応、大和の分も淹れておいた。

 

「……それにしても」

 

「ん?」

 

 お茶を1口飲んだ武蔵が、唐突に口を開く。

 

「大和、こんな騒ぎ起こした癖に兄貴の布団に入ってるんだな」

 

 この言葉の直後、大和が俺の布団から飛び出してきたのは言うまでもない。

 結局、この騒ぎの後、俺が大和の前に現れるとよそよそしくなるようになった。

これじゃあ、どっちが上の姉弟なのか分からいな。

 

 




 今回、何だか今までのものから脱線したような内容になりました。
まぁ、こういうのもあって良いかと思いまして……。貞操観念逆転してますからね。
お年頃にはあるあるネタですね。今時はないらしいですけど。

 まぁそれは置いておきましょう。
前回の投稿から約1ヶ月のスパンが開きましたが、どうやら自分の艦これ二次シリーズで一線を画するのは本作みたいですね(汗)
 皆さん知ってますか? これ、本編から独立しているスピンオフなんですよ?
ご存知ならば問題ないですはい。

 あ、今回の内容ですが、悪意はありません。
それと大和くんが若干キャラ崩壊っぽいことになってますが、アレで正常です。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第18話  南西方面戦役 その1

 今日は朝からゆきに呼び出されていた。朝食後に執務室に行くと、腕を組んで厳かな様子のゆきが待ち構えていた。

険しい表情。それに何より武蔵が凄い表情をしているのだ。

何時ぞやのオイルバレルが来た時みたいな……。

 

「……大和。待っていたよ」

 

「は?」

 

 腕を組んだまま、ゆきは話を始める。

 

「大和。君に極秘任務がある。口外厳禁であり、もし漏れた場合は厳重な処罰を下さなければならない」

 

 なんでこんな風に話しているんだろうな。そんなことを考えつつ、俺は腰に手を当てる。

 

「拒否権は無い。良いね?」

 

 指をパチンと鳴らしたゆきに呼応し、武蔵が俺に書類を渡してきた。

 書類の内容は、海域掃討作戦。ただの出撃だ。

俺は首を傾げつつ、ゆきにどういうことかと訊いた。

 

「……海域掃討任務。南西諸島ね。俺みたいな資源を大量消費する艦をこんなところの掃討任務に投入してもいいのか?」

 

「うん。問題ない……」

 

 うわっ……。どっかで見たことあるようなセリフを、どっかで見たことあるような格好で言った。

なんだ? ツッコミ待ちなのか? まるで・駄目な・おっさんもとい、まるで・駄目な・お姉さん。略してマダオってか?

 

「分かった。行ってくる。それで、編成は?」

 

 スルーすることにした。相手するのも面倒だしな。

 

「大和を旗艦に据えた艦隊。傘下は伊勢、足柄、夕張、夕立、赤城。じゃあ、第一会議室でブリーフィングがあるから」

 

「へいへい。じゃあ、行ってくるよ」

 

「いってらっしゃーい!」

 

 結局、最後まで持たなかったみたいだな。ま、スルーしていたから別に良いけど。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 第一会議室に付き、俺は何も考えずに部屋に入った。

 

「うぃー……す?」

 

 ま、海域掃討任務だ。気を抜いていこうと思ったのだが、どうも変だ。空気が。

よく考えてみれば、ここに来ている艦娘は足柄以外とは初対面だな。

多分、空気が変なのは足柄以外から感じる緊張感だと思う。

 

「こんにちは、大和くん」

 

「おう」

 

 別に巷で言われているような人でもないし、普通に接しても良いだろうな。というのが、俺の足柄への評価だ。

 他の艦娘はどうだろう。遠目では見ていたかもしれないが、俺は他の4人との話をした記憶がない。

 

「話は訊いてきているわよね?」

 

「もちろん。けど、ゆきが変だったな。変なのはいつものことだけど」

 

 俺の部屋の前に居た時とは、格好が変わっていた。あの時は見慣れた服だったが、今日は違う。

多分、改二になったんだろう。

 

「……碌な説明もしなかったのね、提督は」

 

 俺を少し見て、足柄はそう言った。確かに碌な説明もしてもらえなかったが、どうしてそれが分かったのだろう。

変な観察眼があるんじゃないか、とか疑い始めていたが、足柄が教えてくれた。

 

「たまたま執務室の前を通りかかった時に、聞こえたのよ。……はぁ。私はちゃんと聞いたから教えるわね」

 

 なんだろう。物凄くお姉さんしているな。

ウチの誰か(大和)とは大違いだな。

 

「今回の目的は海域の掃討。輸送船の航路上に出現し始めた深海棲艦の排除よ。通例ならば水雷戦隊編成でやるものだけど、今回はそういう訳にはいかないみたい。南西諸島海域に重巡やら戦艦やらが出てきているみたいなの。未確認だけど空母もいるとか。だから、この掃討任務に出される艦隊がこれだけの編成になっているっていう訳」

 

「なるほどありがとう」

 

「いいえ。じゃあ、初めて顔を合わせる者同士で挨拶くらいはしておきなさいよ」

 

 やっばい。どうして足柄こんなにお姉さんなんだろう。ウチの(大和)と変えて下さい。

 くだらんことはこれくらいにしておいて、初見の艦娘に挨拶をしておく。

俺的には姿も性格もしっている相手だが、あっちは知らないだろう。それに、知らないものだと皆からの認識もある。ここは足柄の言う事を聞いておいた方が良いだろうな。

 俺は手始めに伊勢に話しかけた。

 

「伊勢、で良いんだよな? 俺は大和、よろしく」

 

「うん! 伊勢でいいよー! よろしくねっ!」

 

 やっぱり元気な感じだったか。

 

「ねぇ、ちょっと訊いても良いかな?」

 

 何を話そうか、と考え始めた時に伊勢が話を切り出してきた。

 

「ん?」

 

「日向がさ、ゴッテゴテでチカチカする瑞雲を用意していたんだけど……。あ、日向って私の姉妹艦ね」

 

 何が訊きたいのか分かったから、俺は懐からそのゴッテゴテでチカチカしている瑞雲を出した。

 

「これのことか?」

 

「やっぱり……。受け取らないでねって言おうと思ったんだけど、受け取ってたかぁ~」

 

 アチャーと言いたげな身振りをした伊勢が、俺の手から瑞雲を持っていった。

 あの日から、ゆきに瑞雲のことを聞いてはみたが、搭載を認めないと言われていたから返そうと思っていたのだ。

オブジェとしてもゴッテゴテのチカチカだからな。正直、目が痛い。

 

「ごめんねぇ……」

 

「別に気にしてない。日向だって善意でやったんだろう?」

 

「そうだと思うんだけど、航空戦艦じゃない大和くんに渡したところでどうしようもないじゃない?」

 

「もちろん。持っているだけだからな。俺は紫雲を飛ばしている」

 

 要らないのなら、日向に返しておくと伊勢は言ったが断って置いた。日向の善意も無碍には出来ないからな。

それを言うと、心底伊勢は驚いた表情をする。俺の返答に驚いているんだろうが、今までどんなんだったんだろうか。

 

「ま、まぁ、大和くんが良いならいいよ」

 

「そうか? じゃあ」

 

 そう言って俺は伊勢から離れていく。一通り挨拶をするつもりだからな。

 次は夕張だ。

夕張に関しては、あまり危険は無いと思う。巷であるような性格だったの話だが。

 

「よろしく頼む」

 

「えぇ、よろしく。私は夕張よ」

 

「俺の自己紹介は良いだろう?」

 

「もちろん」

 

 夕張が手を出してきたので、俺は握手だと思って手を取った。

どうやらそのつもりだったみたいだが、ほんのり顔が赤くなっているのは気の所為だろうか。そうだろうな。うん。

 

「私は足が遅いってよく言われるけど、頑張って付いていくから!!」

 

「あー、それ……」

 

 よく言う話だ。夕張の足が遅いというのは、水雷戦隊編成の時に夕張を入れると遅くなるという話だ。

航行速度はそこまで遅い訳じゃない。標準的な速力を出していたと思う。

 

「別に気にしない。俺の方が断然遅いから」

 

「そう? ありがとう!」

 

 なんていい笑顔をするんだろう。夕張の笑顔が眩しい。

この世界に来てからこの方、下心が見えている笑みしか見てこなかった。こういう無垢な笑顔って良いな。最高。

俺まで笑顔になってしまう。

 

「んじゃ」

 

「えぇ!」

 

 次は夕立だ。どうだろうな。見てくれから察するに、改二になっているんだろう。

髪の癖も絶妙に犬耳だ。犬耳だ。重要だから2回言った。

尻尾生やしたらもう犬だな。

 

「よろしく」

 

「うん! 私は夕立。よろしくね!」

 

 うん。犬だ。

犬耳に見える髪がぴょこぴょこ動いている。何だか頭をなでたくなる衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

初対面でいきなり頭撫でとか、嫌われるコース一直線だからな。

 

「……大和、私のこと犬っぽいって思ったっぽい?」

 

「そう思うっぽい?」

 

 感は冴えているみたいだな。それとも、今までの経験則か何かか。

 

「まぁ……そうだな」

 

「そう?」

 

 小首を傾げるその姿は可愛らしいんだが、一応初対面だから警戒しないわけには行かないな。

 

「なんにせよ、よろしくな」

 

「うんっ!!」

 

 あぁ。どうして大和はあんな風になってしまっているのだろう……。武蔵も然りだけど。

 それは置いておいて、次は最後だ。

赤城。これはもう完全に安牌だろ。疑う余地なし、意味なし。

絶対、大丈夫っ!

 

「よろしくな」

 

「私が最後でしたか。……はい、よろしくお願いします。私は航空母艦 赤城です」

 

「あぁ。頼りにしている」

 

 うん。表情が笑顔のままだ。

やっぱり、赤城はまともだったか。こういう人材は嬉しい限りだ。

 

「私も頼りにしていますよ?」

 

「ん? どういうことだ?」

 

 いろんな意味を込めて『頼りにしている』と言ったんだが、赤城はどういう意味で俺を頼りにしているんだろうか。

俺はこの鎮守府でも練度は下の方だし、そこまで強いとは思えない。それを考えると、何を頼られているのか、さっぱり検討が付かないのだ。

 

「戦闘になると、皆さん前に出ていってしまいますからね。大和さんは全体を見て、よく空母護衛に残るとか……。そういったところを、です」

 

「あぁ……。分かっている。空母を守らなけりゃ、自分の頭上だって守れない。当然のことだ」

 

 何だか赤城の顔が真っ赤になった気がするが、この際気にしないでおこう。

それにそろそろ出撃の時間だ。

俺は全員に声を掛け、海に出ていくことにした。

 




 久々の投稿です。前回と同じことを言いますけど、投稿の間隔が約1ヶ月になってます。
これはまぁ、はい。

 ということで題名からも分かるような内容になります。
ちなみに本編みたいなアレではありません。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第19話  南西方面戦役 その2

 海に出ればすぐさま輸送航路に向かい、海域掃討に入る。

近くを通る深海棲艦の艦隊を片っ端から攻撃していく訳だが、これまた面倒なことになっていた。

練度や戦闘経験の関係上、艦隊の旗艦は足柄になっている。それは指して問題じゃない。

ああ見えて足柄、ちゃんと艦隊指揮をしているからだ。巷では戦闘狂やらおばさんやら言われているけど、こんな姿見たら評価が変わるにきまっている。さしずめ『バリバリのキャリアウーマン』だな。年収8桁行きそうで笑えない。

それは置いておいて、だ。問題はそれ以外にあった。夕立が前に出たがり、夕張が予定にない装備を持ってきていたりしたのだ。

 

「えー!! どうして突撃しちゃ駄目なのぉ?」

 

「あったり前でしょ!!! 隊列から外れたら蜂の巣にされるんだからっ!!」

 

 足柄さん。ごもっともです。

 

「そ・れ・に!! 夕張ぃ~!!」

 

「ひぃーっ!! すみませんすみません!! つい、出来心でぇ!!」

 

 ちなみに予定にない装備とはソナーだ。対潜装備を持ってきているのだが、肝心の爆雷は持っていないという始末。意味不明なんだが……。

 

「出来心なら提督に折檻してもらうわ。それが良いわね」

 

「ぎゃー!!!!」

 

 艦隊前衛は出撃してからずっと、こんな様子なのだ。

その一方で俺は赤城と伊勢と共に、艦隊後衛を航行していた。

 

「あいつら、トリオ漫才でもしているんだろうか?」

 

「どうだろうねぇ~。正直に言っちゃえば、私も突撃したいし」

 

 そんなことを伊勢は言いながら、隣を航行する。

ちなみに、今は陣形がほとんどない状態だ。こんな時に接敵でもしたら、とんでもないことになる。と、俺は思っている。

 

「俺は御免こうむる。疲れる」

 

 突撃したらしたで、後々面倒なことになることは経験済みだった。

以前、どっかの海軍大将を〆るためにレベリングしていた時のことだ。その時に艦隊前衛が突撃したことがあったのだ。それに合わせて俺も突撃し、乱戦に入る。

その時、俺に何故かターゲットが集中して、フルボッコにされた挙句、中破で帰還することになったのだ。鎮守府に到着してからがもう大変で大変で……。

ゆきがその名の如く真っ白になるわ、艦隊帰還の知らせで駆けつけた艦娘やら憲兵が顔真っ赤になりながらパニックになるわで、俺としてはもう経験したくない。

 

「あははー。……そういえば、赤城さん」

 

「はい?」

 

 前の経験で少し気分が悪くなっている俺の横で、伊勢と赤城が話し始める。

 

「加賀さんが最近よく鳳翔さんにお説教されているのをよく見るんですけど、どうしてです? 加賀さんって艦娘の中でも真面目で仕事熱心だったような……」

 

「あぁ、それですか。……んまぁ、原因は今ここに居る人なんですよ」

 

 と言った赤城は、俺の方をジッとみた。

話を聞いていてい思ったが、たしかに原因は俺にある。というよりも、俺がこっちに来てからというもの、そんな感じなのだ。俺にどうにかしろと言われても、俺ではどうにも出来ないんだがな。

鳳翔にも頼まれたが、言われてもな……。

 

「あー、大和くんね。……分からないでもないけど、あんまり過激なアプローチは引かれるだけだよねぇ?」

 

「私もそう言ったんですけど、聞き入れてもらえなくて……」

 

 2人同時に溜息を吐いた辺り、どうやら伊勢にも同じような見当があるようだ。

十中八九、日向だろうけど。

 

「……それで、今朝のお説教は何だったんですか?」

 

 あ。面倒くさい方向に話がシフトした。

 

「早朝にチェーンカッターを持って、大和くんの部屋の前に居たらしいです」

 

「……ちょっと笑えない」

 

 俺も同意見。

 

「巡回している憲兵さんに見つかって拘束。そのまま鳳翔さん呼び出しでお説教って流れですね。私も様子を見に行きましたけど……」

 

「けど?」

 

 そして赤城も見ていたのか。面倒だ。今すぐここから逃げたい。絶対、面倒なことになる。

 

「まぁ、アレは……そのっ……大和くん?」

 

 よりにもよって、俺に振るのか。逃げておけばよかった。

 赤城に振られ、伊勢の視線が俺に突き刺さる。

もう話さないといけない雰囲気になっているんだが、嘘を言っても仕方ないので本当のことを口にした。

 

「加賀は鳳翔に説教されていたんだが、もちろん加賀はコンクリの上で正座だったんだ。んで、鳳翔はというと、俺の膝の上」

 

「は?」

 

 まぁ、そうなるよな。誰だってそうなる。

 

「俺も朝っぱらから鳳翔に起こされて、行ってみたらそうなったんだ」

 

 他意はない、つもりだ。

どうしてそんなことになったのかは、俺もよく分からないからだ。寝ているところをとんでもない速さでノックする鳳翔に起こされて、寝ぼけながら付いて行った結果がそれだったからな。

 

「い、いや……サイズ的にはそういう感じになるでしょうけど、え? 鳳翔さんが?」

 

 そう伊勢は取り乱す。これは恐らくというよりも十中八九、伊勢の鳳翔に対するイメージが崩壊したことだろう。

ま、進水早々の歓迎会でもやらかしてくれた鳳翔だし、俺としては今更どうも変わりようがないんだけどな。

 それよりも気になることが1つ。男性保護法についてだ。

触れるなども何やらご法度のように感じていた男性保護法だが、実際のところはどうなんだろうか。それによっては、鳳翔が俺の膝の上に座っていたことがどう転ぶのか分からない。

 

「……大和くんが嫌がってなかったのなら良いんだろうけど」

 

「私も同意見です。ですけど、もし嫌だったのでしたら……」

 

 そう言った伊勢と赤城が俺の顔を見た。

何を訊きたいのかは分かっているので、俺は答えることにする。

 

「嫌では無かったけど、長時間は止めて欲しいな」

 

 とだけ言っておく。どう言っても不利益しか産まないからな。『嫌だった』なんて答えれば、鳳翔はそっこくゆきに通報されて憲兵にドナドナされるからな。確定事項だ。

一方で『俺は全然良いけど?』とか答えたものなら、この出撃から帰ってからは俺の膝の上に常に艦娘が居ることになるかもしれない。

この環境下を鑑みれば、自惚れにもならないだろうけど、実際そういうことになりかねない。それだけは何としても避けて通りたいものだ。

 俺の返答は正解だったみたいだ。伊勢も赤城も『それなら……まぁ』みたいな表情をしている。

 

「……それよりも、加賀さんのアレは流石の私も引きますね」

 

「アレって……チェーンカッターの件か?」

 

「はい。わざわざそんなものを使って大和くんの部屋に入る理由が分からないんですよ。迷惑かかるだけですし、そもそも憲兵さんに連行されてしまいます」

 

 ごもっともである。まぁ、赤城の言う通りなんだけどな。

初見で男性に聞いてはいけないタブーな質問みたいなものをされたりだとか、匂い嗅がれたりだとか……。確かに俺の居た世界では、男性が女性相手にそれやると下手したら痴漢になるし、なんなら逮捕されるからなぁ。こっちではそういう認識で良いんだろう。

 

「真面目で立派な軍人だった加賀さんは一体何処へ……あ、大和くんが悪い訳ではありませんよ?」

 

「ん……分かっている」

 

「ただ、男性が近くに居ることになっただけで変わってしまうものなのかな? と思います。まぁ、私も人並みには……はい」

 

 分かったから、顔を赤くしないで。

変な空気流れるから。

 

「あ、赤城さんの告白はその辺にしておいて、私にも構ってよ~」

 

 赤城が『こ、こ、告白なんてしてませんっ!』って言っているが、まぁ確かに告白に聞こえなくもなかったな。

 その一方で伊勢は、並んで航行していたのを崩して俺の前に出てきた。

手を後ろで組み、少し前かがみになって俺のことを見上げてくる。

 

「ねーね、大和くん。訊きたいことがあるんだけど、良いかな?」

 

「良いぞー」

 

 何か考えていたという訳ではないが、そんな俺にとんでもない質問をしてきた。

 

「ぶっちゃけた話さ、タイプの女の子とか居るの?」

 

 正直に言ってしまえば、とんでもない質問ではないんだ。だが聞いたタイミングがとんでもない。

海上で逃げ場無し。武蔵もゆきも居ないというこの状況では、答えざるを得ないのかもしれない。しかもぶっちゃけた話って切り出している辺り、もうどうしようもない状態にあるんだが……。

 俺は考える。何を答えても面倒なことが起こるのは確定事項だ。なら安牌を取るのが良いんだろうけど、それでもリスクはある。

具体的に『~な感じの人』とか『~な性格』と言ってしまえば、最低限この場に居る艦娘の性格を参照されることは必至。『◯◯のような人』と答えたならば、戦争が起こる気がしてならない。

答えないってのが良いことなんだろうけど……。

 そんなことを考えていると、どんどん伊勢が近づいてくる。

 

「ん? どうしたの? 答えられないの?」

 

 事情聴取でもされているんでしょうか、俺は。

そんなことはさておき、回答をする覚悟を決めた。『秘密』と答えることにしたのだ。

 

「そういう訳じゃない。……そうだなぁ」

 

 と引き伸ばしておく。

というよりも赤城、聞き耳立ててるのが丸わかりなんだが。というよりも、近くを航行しているから嫌でも聞こえてくるんだろうけど。

 

「秘密だなー」

 

 そう。この何となく答えたように言うところがポイント。これで伊勢が諦めてくれれば……。

 

「え~!! 何かないのぉ?!」

 

 どうやら諦めてくれなかったみたいだ。

航行しながら暴れだし、水しぶきは上げるわ飛び跳ねるわで、俺に海水が掛かっている。そしてさっきからチラチラと健康的な太ももが見えているんですけど。あと少しで……。

 

「答えたら答えたで面倒なことになるのは目に見ているからな。それに」

 

 さっき見たことを注意しておこう。一応、伊勢も女の子なんだしな。

 

「さっきから暴れるのは良いが、はしたないぞ」

 

「へ?」

 

 具体的にどうして『はしたない』のかは言わないが、きっと伊勢も分かっただろう。

暴れていたがすぐに動きを止め、スカートを手で抑えたのだ。やっぱり分かっていたんだな。

そして伊勢の顔はみるみる赤くなっていき、口を尖らせてしまった。どうやら拗ねてしまったみたいだ。

 

「ふんっ!! 意地悪する大和くんなんて……き、き……」

 

「き?」

 

「き、きっ……」

 

 なんだ? 猿にでもなったのか? それとも『嫌い』と言いたいんだろうか。

俺は内心ニヤニヤしながらも、その様子を観察する。ちなみに、赤城も黙ったままだ。今の状況を静観しているだけ。

 

「き、嫌い……には、なれないかも……」

 

「……」

 

 ヤバイ。想像のはるか斜め上を行く言葉に、少し黙ってしまった。

多分、意味を深く考えずに言ったんだろう。伊勢の顔は赤いままだが、自信有り気に腰に手を当てて居るのだ。言った言葉は結構恥ずかしい言葉なんだけどな。

 伊勢の言った言葉を言い換えると『意地悪されるのが好き!』ってことだ。

うん。どうして良いのか分からない。

 一方で赤城はというと、必死に笑いを堪えていた。顔を手で覆って、下を向いている。そして肩はプルプルと震えているのだ。

自信満々に言った言葉にツボったのか、それともあまりにも間抜けで笑ったのか……。どちらでも良いが、伊勢のことを笑っているのに変わりはない。

 

「ふっ、ふふっ……っ!!」

 

 遂に赤城が自分の膝を叩き始めた。そんなに面白かったのだろうか?

ちょっと赤城が何を考えているのかが気になる。

 

「ち、ちょっと赤城?! どうして笑っているの?」

 

「ふひっ……ひっ……っ!!」

 

 不満げに赤城に訊く伊勢だが、それが赤城の笑いを増長させてしまったみたいだ。

足がプルプルと震えだしている。そうとう我慢しているんだろう。

 その様子は伊勢も少し不満に思っているみたいで、少し怒りながら理由を訊くが、赤城が回復することはない。

それが1分ほど経った頃、ふと赤城の笑いが止まったのだ。深呼吸をして、少し息を整えた赤城が伊勢を見た後、俺の方を見たのだ。

そして目で何かを訴えてきている。

 

「……」

 

「……」

 

 俺も赤城も5秒ほど黙ったままだ。だがしかし、俺と赤城が一種とフィーリングで会話をしていたのだ。

これは伊勢をからかって楽しむチャンスだと。

 行動はすぐに起こす。最初に赤城が伊勢の真似を始めたのだ。と言っても、動きだけだけど。

スカートが捲れない程度に海水を巻き上げて暴れつつも、俺に言葉を投げかけてくるのだ。

 

「え~!! 何かないのぉ?!」

 

 まるっきり同じセリフを言った赤城に、俺はその時伊勢に返した言葉と同じ言葉を返す。

 

「答えたら答えたで面倒なことになるのは目に見ているからな。それに、さっきから暴れるのは良いが、はしたないぞ」

 

「へっ?」

 

 会話の間に間を開けずに、簡易的な劇をする。

ちなみに伊勢はポカンと見たままだった。

 

「ふんっ!! 意地悪する大和くんなんて……き、き……」

 

「き?」

 

「き、きっ……嫌いになんてなれるわけないじゃない!!」

 

 セリフを変えてきた。やっぱり、赤城は伊勢をからかう気だったんだ。俺も理解した上で乗っかっただけだが、そのまま続ける。

ちなみに伊勢はこの時、かなり慌て始めていた。そして、前衛に居た足柄や夕立、夕張がこっちに戻ってきていて、俺と赤城の小劇場を観ている。にやけながら。

多分、伊勢の暴れていた一部始終を遠目から観ていたんだろう。さしずめ、面白そうなことになっているからと、こっちに来たということろだろうか。

 

「そうなのか?!」

 

「えぇ!! なんて言ったって、私、意地悪されるのが大好きで大好きでっ……ムグッ!!?」

 

 と良いところまでが、途中で伊勢に止められてしまった。

顔を真赤にしながら赤城の口を塞ぎ、額に青筋を立てている。そうとうご立腹な様子。

 

「それ以上言わせないっ!!? それに、なにその曲解と示し合わせたような寸劇はぁ!!!!」

 

 怒る伊勢だが、口を抑えられていた赤城はいつの間にか脱出し、寸劇の続きを再開した。

 

「だから、だからぁ!! も、もっとぉ!! もっと私に意地わ[これ以降自主規制]

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ということをしていた時期もありました。

今はゆきから言われていた輸送船の航路上に出現する深海棲艦の排除する任務を開始しようとしていた。該当海域に到着し、既に陣形を組んで戦闘態勢に入っているのだ。

 さっきまでの打ち砕けた雰囲気とは打って変わり、緊張とどこかリラックスした雰囲気に包まれていた。

陣形は輪形陣。3列で並び、右列は俺。中央は前から夕立、足柄、赤城、夕張。左列は伊勢だ。典型的な輪形陣ではないが、空母を守るという点に置いては、こういう陣形を取るのが普遍的であるだろう。

俺も足柄から、陣形変更の指示を受けてから、全く違和感を持たなかった。

 

「赤城。偵察機は?」

 

「まだ深海棲艦の艦隊は確認できません。私たちと同じように、輸送船航路の掃海作戦に出撃している艦隊はいるみたいですけど……」

 

 なるほど。この海域には、他の鎮守府からも派遣された艦隊が存在しているということか。

となると、接敵した場合は連携を取って作戦遂行することが出来るな。

 

「所属は?」

 

「呉第三九号鎮守府の艦隊と佐世保第四四号鎮守府の艦隊です。どちらも戦艦なしの軽空母主体の空母機動部隊です」

 

 そこまで分かるんだな。俺にはよく分からないけど。

多分だが、何か見分けるところでもあるんだろう。俺にはよく分からないけど。……大事だから2回言った。

 

「私たちが最大火力保有艦隊か……。いいわ。このまま偵察機を飛ばしつつ、航路を辿って叩くわよ!!」

 

 その力強い足柄の言葉に、皆が返事をする。

 だが、俺たちはこの時、気付いていなかったのだ。

この一見普通の航路の安全確保のための作戦が、あんなことになるとは……。

 




 久々の投稿になります。仰々しい題名ではありますけど、内容は……はい。
タグにもありますけど、かなりキャラ崩壊しています。
 今後もっと色々な艦娘との絡みを入れていきますが、得意・不得意がありますので、登場が遅れる艦娘も出てくると思います。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第20話  南西方面戦役 その3

 

 俺たちの艦隊を代表して足柄が、近海を同じ目的で航行中であろう呉第三九号鎮守府と佐世保第四四号鎮守府から派遣されている艦娘との簡易的な混成艦隊を組むことを提案している間、他の俺たちは艦隊の陣形を整えていた。

今までも陣形は乱雑で、そもそも陣形と言って良いのか分からないものだったので、整える必要があったのだ。その間、配置で揉めたりしたけど……。

複縦陣は決定事項だったのだ。問題というのは、俺の横を誰が航行するのか、ということだった。

 揉めているのは伊勢と夕立。

伊勢の意見は『戦艦同士だし、左右で火力の均衡が取りやすいから』。夕立の意見は『護衛対象が近い方が何かとやりやすいから』。

どっちも筋は通った意見ではあるが、それでも夕立の意見は少し力が足りなかった。この時の護衛対象というのは、俺と赤城。

赤城の方が優先度的には高いはずなのに、どうして俺の横を航行する必要があるのか、だ。その意見を出すのなら、赤城の横を航行するのが正しいのだ。

 

「私が大和くんを守るから、年増は大食艦でも守ってろっぽい!!」

 

「赤城さんに対してそれは失礼過ぎるでしょーが!! 戦闘になった場合、私と大和くんが並んでいた方が何かと良いのよ!!」

 

 そしてそんな言い争いに巻き込まれる赤城だった。

 そんなこんなしているといい加減に足柄が怒り出し、伊勢の案を採用することになった。夕立は『ぐぬぬぬ』といいた気な表情をした後、指定されたポジションに着く。

今の航行序列はこうだ。先頭左が夕張。右が足柄。中央左が伊勢。右が俺。後方左が赤城。右が夕立となっている。

これで収まり、陣形を整えた頃には足柄の方でも他の鎮守府から派遣されている艦隊との連携の話も終わったようだった。

 

「さぁーて、さっさと補給路の安全を確保して戻るわよー!!」

 

「「「「おぉーー!!」」」」

 

「おー」

 

 妙に気合の入った艦隊が、南西方面の海域を航行していくのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 一度、周辺を航行している艦隊と合流し、話をすることになった。

どうやら担当海域を決め、散らばることにしたみたいだ。3つの艦隊の旗艦が話をして決めたことなんだろう。

 一応、安全の確認が取れた海域に集まることになった俺たちは、その海域に到着しようとしていた。

既に遠方に艦隊のそれらしき姿が見えており、赤城の飛ばしている偵察機からも艦種の特定は済まされていた。

 

「遅れてごめんなさい。呉第ニ一号鎮守府派遣艦隊の足柄よ」

 

 と爽やかな笑顔で自己紹介をした足柄だったが、残念ながら集まっている艦娘たちはそれどころではないみたいだ。

 

「第一目標を発見したわ」

 

「現海域で必ず撃沈し、回収していくわよ」

 

 なぜなら、どちらの艦隊の旗艦も俺の方しか見ていないからだ。

目が怖いな。うん。

 

「早く担当を決めないの?」

 

「それどころじゃないわ!! あの、私は呉第三九号鎮守府所属の飛鷹っ!! よろしくね!!」

 

「あっ!! ずるいっ!! 私は佐世保第四四号鎮守府所属の祥鳳です!!」

 

 足柄を完全スルーした呉第三九号鎮守府の艦隊の旗艦である飛鷹と、佐世保第四四号鎮守府の艦隊の旗艦である祥鳳は俺に詰め寄ってきた。

男だからってそういう風になるのも分かるが、違和感を持ったらどうなんだろうか。普通は艦娘だなんて思わないだろうに。

それはともかくとして、だ。無茶苦茶近づいてくるんだけど、この2人。それにその連れの艦娘たちもジリジリと俺に近づいてきていた。怖い。普通に怖いから……。

 

「はいはい、近づかないでね~。でないと、私……」

 

 そんなにじり寄ってくる12人の艦娘と俺の間に、伊勢はスッと入ってきた。

無茶苦茶いい笑顔をしているが、その後の行動にかなりのギャップがあったのだ。

 

「貴女たちをここで切り捨てることになるから……さ」

 

 ひょええぇぇぇぇ!! 伊勢こっわ!! 伊勢こっわ!!

今、眼にも止まらぬ速さで艤装の刀を抜いたぞ、この艦娘!! 抜刀術か何かかよ!!

 それはともかくとして、この伊勢の対応はゆきから命令されていることなんだろう。

もしかしたらゆきは、この任務は他の鎮守府からも艦隊を派遣されている可能性があるだろうから、ということを予測していたんだろう。

恐るべし、ゆき提督……。

 

「何よ!! 貴女だって近づいているじゃない!!」

 

「そうですよ!! まさか海の上で男に出会えるなんて奇跡よ!! それなのに、邪魔をしてぇぇ!!」

 

 そんな伊勢の脅しをもろともせずに、飛鷹と祥鳳以下10人の艦娘たちが更ににじり寄ってきた。

そんな艦娘たちから俺を遠ざけるために、伊勢は俺の肩を押したのだ。もっと距離を取れってことだろう。口を開かず、12人を威嚇しながら俺を遠ざけるために。

そして、開いた隙間に足柄たちが入ってきた。4人で壁を作ったのである。

 そんなことをしても尚、12人の勢いはとどまることを知らない。

数で有利ということもあり、更に押してきたのだ。俺との接触を図るために。

 

「あぁぁぁぁ!! 男に触れたわよ!!」

 

「ずるいずるいー!! 私も触りたいっ!!」

 

「「「「そーだ!! そーだ!!」」」」

 

 ちゃくちゃくと俺の防衛戦が構築されていくが、そもそもこうなったのには理由があった。

南西海域の輸送路の安全を確保するためだ。そのために派遣されている艦隊同士なのだから、協力しなければならないだろうに。

 

「……おい、取り敢えず担当を決めないか?」

 

 そう俺が言うと、騒いでいた17人は口を閉ざす。

取っ組み合いに発展しかけていた夕立たちも動きを止め、俺の方に耳を傾けている。

 

「そうね。じゃあ、私たちは輸送路を航行していくから、貴女たちの艦隊はそれぞれ左右に展開して、間を取って同じく輸送路を航行しましょうか」

 

「それが良いな。じゃあ決定ということで、解散っ!!」

 

「「「「「応っ!!」」」」」

 

 俺がそう言ったのに上手く乗った足柄と伊勢たちに合わせて、俺たち呉第ニ一号鎮守府の面々は一斉回頭。直ぐに輸送路へと向かうことになった。

そんな様子を見ていた飛鷹や祥鳳の艦隊も少し遅れて動き出し、足柄が指示した通りの航路へと向かっていった。かなり不満そうな表情をこっちに向けていたが、請け負った任務を果たさずに帰れば、お小言を言われるのが自分自身だってことは分かっていないのだろうか。俺たちはそれを止めたというのに……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 南西海域を南下しつつあるが、さっきから赤城の偵察機が深海棲艦の艦影を確認していた。と言っても、遠方を航行している水雷戦隊程度の深海棲艦の艦隊だが。

そこまで脅威にはならないし、輸送路を維持しているこの海域の泊地の艦娘たちが掃討してくれるだろうから問題無いだろう。

 妙な緊張感の中、俺たちは輸送路を航行していた。

私語はあるがそこまで騒がしくなく、定期的に入る左右に展開している艦隊からの提示連絡を全体に通達する時や、赤城の偵察機の情報を通達する時は静かになるのだ。

 

「……そろそろ例の艦隊が確認された海域よ」

 

 その足柄の言葉に、艦隊は妙な緊張に包まれた。

この辺では出没することが全く無いと言われていた大型艦が主体の艦隊。それがこの辺りで近頃確認されていたのだ。

 緊張がいい具合に俺たちを包み込んだその時、遠方で爆発音が轟いた。

その方向を一斉に確認すると、大きな水柱が立っていた。誤射を誰かがしたのかもしれないが、この海域に展開している艦隊でアレだけの水柱を作ることが出来るのは俺か伊勢の主砲だけ。

そして俺も伊勢も誤射はしていないとなると、あの水柱は誰が作ったのかが明白だった。

 

「目標発見ッ!! 10時方向ッ!!」

 

 伊勢が叫ぶ。それに呼応して、全体に足柄が指示を出す。

 

「これより艦隊戦に入るわッ!! 左翼に展開している佐世保第四四号鎮守府の艦隊と合流し、深海棲艦を撃滅するわよッ!!」

 

「「「「「応ッ!!」」」」」

 

「艦隊回頭、取舵60度ようそろ!! 大和に合わせて最大戦速で向かうわッ!!」

 

 艤装が熱を発し始める。速力を上げて、該当海域へと向かうのだ。

艦隊は回頭を始め、今は数本立っている水柱の方向へと向かう。

 戦闘用意を指示した足柄は、佐世保第四四号鎮守府の祥鳳に連絡を取っていた。

だが足柄の様子を見る限り、状況が分からない。混乱しているのだろうか。

 

「祥鳳!! 状況を教えて!!」

 

 そう叫んでいる。無線機で通信を呼びかけているんだろうが、応答が無いのだろうか。

 

「祥鳳ッ!! ……2番艦の多摩なの? 状況は?」

 

 どうやら佐世保第四四号鎮守府の艦隊の軽巡、多摩が応答したらしい。

足柄は多摩から情報を聞き出していくが、どういう状況なのかは俺には分からない。だが、それはすぐに俺たちに伝えられた。

 

「祥鳳が被弾したみたい。大破して戦闘続行不可能で、他にも小破とかが居るから佐世保の艦隊は撤退を始めているらしいわ」

 

 それは分かった。

重要なのはここからだ。

 

「深海棲艦の艦隊編成を特定してくれていたみたい。……戦艦2、重巡2、駆逐1、空母1よ」

 

「ヘビーな編成だな……」

 

 それが聞きたかった。どうやら本当に大型艦で編成された艦隊だったらしい。駆逐艦は紛れ込んでいるが、それでも5/6が大型艦。

下手したらこっちも無傷ではすまないような相手となると、自然と輸送路を航行していた時の緊張感とはまた違った緊張感を肌で感じざるを得なくなっていた。

肌にビリビリとくる緊張感は、俺が今までに味わったことのない緊張感。艦隊の皆も、自然と顔が強張っていた。伊勢も眉間にシワを寄せて、真剣な表情をしているのだ。

 

「……第一次攻撃隊、発艦開始ッ!!」

 

 後方で赤城が攻撃隊の発艦を始めたみたいだ。もう航空戦に入るというのだろうか……。

俺は背後から赤城の弓矢で発艦していく航空隊を見上げて、少し気を落ち着かせる。

 この世界に来て痛い思いをしたことはなかった。今まではほとんど北方の掃討しかやってこなかった。小型艦の相手ばかりをしていたから、大型艦とやり合うのは初めてなのだ。

そんな初めてを目前に、俺は落ち着いてなど全く居られなかった。

ここに来て、俺は初めて『死ぬ』という言葉に直面していた。

自分よりも遥かに小さい小型艦を相手に負ける気はしないが、自分と同じ大きさであろう深海棲艦が相手となると話は別だ。一撃で艤装に大穴を開ける主砲を持ち、強硬な装甲板を艤装に仕込んでいる大型艦は、幾ら俺の艤装よりも貧弱であったとしても、攻撃の威力は小型艦とは段違いだ。それで『沈む』ということを考えると、俺は底知れぬ経験のない恐怖に、今更ながら怯え始めていたのだ。

 そんな俺の様子にいち早く気付いたのは、真後ろを航行していた夕立だった。

序列を動かずに、俺の背後から声を掛けてきたのだ。最初は俺の様子がおかしいことを聞き出そうとしたのかもしれない。

 

「大和くん、どうしたの?」

 

「い、いや……」

 

「っ?!」

 

 俺の声色を聞いて、すぐに事態を理解したんだろう。

夕立はそのまま俺の背後から声を掛け続けてきたのだ。

 

「そういえば出撃先は北方以外はなかったっぽい?」

 

「……あぁ、そうだ」

 

「レベリングして、結構前に戦った海軍大将との演習以来はずっと鎮守府に居たって聞いたっぽい」

 

 俺は自分の心を喰い潰していく恐怖と戦いながら、夕立に返事をする。

この時、俺の耳はかなり敏感になっていた。巻き上げる潮や切る風の音、自分の鼓動の音が耳の近くで聞こえていたのだ。その中に夕立の声が混じってきていた。

 

「……今から戦う相手は確かに強いかもしれないっぽい。砲撃や航空爆撃を食らって大破するかもしれないし、もしかしたら轟沈するかもしれないっぽい」

 

 ゾクゾクゾクっと、背筋を冷気が逆撫でしたように感じた。

 

「痛い攻撃を何度も何度も食らって、痛みを耐えれそうにない傷を負うことも……。だけどね、大和くん」

 

 刹那、突風が真正面から吹いた。それは海面をゆったりと流れる潮風ではない、別の風。

 

「戦わなくちゃ轟沈するっぽい。痛い目みたくなければ、あっちよりも先に痛い目に遭わせてやるの」

 

「……っ」

 

 今気づいたが、足柄以外の皆が俺の顔を見ていたのだ。夕張も伊勢も赤城も……。

俺のことを見ているその眼は全て、真剣そのものだった。男だからと云って顔を火照らせているような時とは全く違う、まさしく戦場に立つ兵士そのものだった。

 

「……」

 

 俺は何も言えずに黙ってしまった。その間にも刻々と深海棲艦の艦隊との距離は詰まっていっていた。

今すぐに逃げ出したい、そんな風に思ったが動けずに居た。そんな俺に、横を航行している伊勢が声を掛けてきたのだ。

 

「……逃げたくなった?」

 

「っ?!」

 

「……『怖い』って思った?」

 

「……」

 

 心の中を言い当てられて、俺は驚いた。まぁ、状況を見ていればそれくらいは分かるだろう。

だけど、俺にはそんなことも分かるような余裕は無かったのだ。

 

「逃げちゃ駄目だよ」

 

「ど」

 

 『どうして』と理由を聞きそうになるが、伊勢にそれを止められた。

 

「男の子でしょ? それに貴方は大和。世界最大最強の戦艦、大和じゃん」

 

 今まで頭の隅からもすっかりと消えていたことを、俺は思い出した。俺は大和なのだ。

 

「私たちの"いちばん"強い仲間、友だちなんだから……。経験が少なかろうが、大型艦が怖かろうが、大和くんは轟沈させやしないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――私たちが守るから……それに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 一気に今までの本作から雰囲気が外れてしまいましたね。作者の好きな展開ではありますけども、作者の作品を読んでいる方々が想像するような話にはなりません(断言)
この作品はそういう意図を、基本的には含む気はありませんからねー。

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第21話  南西方面戦役 その4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――私の未来の旦那さんなんだからッ!!! 私が守ってみせるッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この直後、全員がコケたのだった。

深海棲艦の艦隊との交戦圏内に入るか入らないかというところで、だ。

 

「ちょっと、何いきなり叫んでるのよ!! それよりも内容がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 最初にツッコミを入れたのは足柄だった。足柄の声に正気を取り戻した面々が次々と不満を言っていくが、今の状況を忘れているのだろうか。

刻一刻と深海棲艦の艦隊が近づいてきているのだ。

 そんな中、俺はさっきまでの恐怖が一瞬にして吹き飛んでしまったような気がした。

1人だったなら、奮闘しても沈められてしまうかもしれない。だが、今は仲間が居る。初対面で今日初めて会った艦娘ばかりだが、それでも同じ呉第ニ一号鎮守府の艦娘だ。

皆がいれば怖くない。そう思ったのだ。

それに俺は大和。世界最大最強の戦艦なのだ。そんなことも忘れていたのか……。

 

「はっはっはっはっ!!!! バカバカしくなってきたー!!」

 

 ギャーギャーとやりあっているところで、俺は大声で叫ぶ。

覚悟を決めて、俺は立ち向かおうと決めたのだ。今まで怯えていたのがバカバカしくなったのだ。

 そんな俺の様子を見て、騒いでいた中から伊勢が出てきた。

そして俺の横に立って、優しく微笑んだのだ。

 

「頑張れっ!! 男の子っ!!」

 

 応援されたが、何だか腑に落ちない。

そう。俺は守られたくはないのだ。練度に差があるのは分かっている。恐らくこの艦隊で一番の低練度は俺だろう。だが、俺はそんなことを無視してでも"勤め"があることには代わりはない。

 

「なぁ、伊勢」

 

「ん、何?」

 

「守ってもらうのは嫌だ」

 

 俺がそう宣言すると、騒いでいた足柄たちも黙った。急に静かになり、遠くで起きている航空戦の音と潮の音だけが耳に入ってくる。

そんな中、俺は言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――俺が守ってやるよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、空気がカーっと暑くなってくる。俺の顔が暑くなっているのかもしれないが、すぐにそれが違うことに気がついた。

明らかにオーバーヒートしそうな勢いで飛び出していった夕立に続き、次々と艦隊が深海棲艦の艦隊目掛けて全速力で突っ込んでいったのだ。

 

「それだけなのかァァァァァァ!! もっと私を轟沈させる気で掛かって来いッ!!」

 

 まさしく狼の様に戦艦相手に次々と攻撃を繰り出す足柄。

 

「まだまだ目を覚ますことは許さないっぽい!! そのまま悪夢に喰われて沈めェェェェェェ!!」

 

 持ち上げた駆逐艦を重巡に投げつけている夕立。

 

「ちょーっと実験台になって貰いますよ……っと。はいはい沈んで下さいねー!!」

 

 駆逐艦をぶつけられてすっ飛んでる重巡じゃない方を、無理やり海に沈めている夕張。実験台とか言ってたから、今回全く役に立ちそうにないソナーの実験台にでもする気なんだろうか。

 

「告白されたプロポーズされたどうしようどうしよう……お金あるかな? 無かったら日向から借りて指輪買わないと、新婚旅行はどうしよう休み取れるかな? あーでもそれよりも大和くんってもう少し細い子の方が好みなのかな? まずダイエットしないと……。でもでもむっちりしている娘が良いって男の人ってよく言うらしいし、適度にお肉落とすだけの方が良いのか? どうしようどうしよう……」

 

 伊勢が何かブツブツ言いながら足柄が相手をしていない戦艦に砲撃したり、刀で切りつけたりしている。

 

「私も加賀さんを見習って攻めた方が良いんでしょうか? 奥手の方が好かれるって前買った本に書いてありましたし……。えぇと……どうしましょうか……」

 

 口走ってる内容は乙女なんだが、やっていることが乙女じゃない赤城。空母相手に上空では航空戦を続け、赤城自身は何故か空母相手にインファイトしている。

 このカオスな戦場で、俺は呆然と立ち尽くしていた。口走った"ひとこと"で、これだけのことが起きてしまうとは思いもしなかった。

それよりも先ほど連絡を受けて到着した、呉第三九号鎮守府の艦隊の皆がドン引きしているんだが……。この状況を俺が説明しなくちゃいけないのか?

というか深海棲艦の面々がむっちゃ涙目なんだけど……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺以外の艦娘たちにフルボッコにされた深海棲艦たちは、泣きながら沈められていったのだった。

それで今はというと、艦隊の単独行動は危険ということになり、即席の連合艦隊にて行動中。合流したのは呉第三九号鎮守府の艦隊。旗艦が飛鷹の軽空母戦隊編成だ。

今回は同鎮守府からの連合艦隊ではないために、近くを航行している。目視範囲内だ。

 さっきの艦隊を撃破したことにより、他に同じような艦隊が存在しないかということを調査するために南下を続けていた。

その道中、遠方を航行している深海棲艦の単独航行などは目撃しているが、今のところの戦闘は1回しか起きていない。

 

「……」

 

 俺は静かにしていた。理由は明白だ。

さっき俺が言った言葉を曲解している約5名が、少々煩いからだ。それはもう今すぐに離れたいレベルで。

 

「大和くんはどんな女性が好みなのかしら?」

 

「艦娘や日本人でも私のような見た目の女の子はいないけど、どうっぽい?」

 

「私、結構男の人が好きそうなもの好きなんですよねー。大和くんって好きなものとか無いんですか?」

 

「新婚旅行どこにいく? 私は北海道に行きたいなぁ」

 

「今度一緒に甘味処行きませんか? 最近美味しい最中が出たんですよ」

 

 とまぁこんな調子だ。戦闘前までの様子とは全然違い、戦列もバラバラ。陣形と言える陣形ではなくなっており、俺の周りをぐるぐると5人が回っている状態。

俺はそんな風にされても、黙って海を見ていた。今はそんな話をしている場合ではない、ということは十分に分かっている。多分5人も分かっているんだろう。

だが俺にはそんなことをしている余裕は無いのだ。そのうち出来るようになるんだろうが、今は出来ない。

 

「だぁぁー!! もう、うるっさい!!」

 

 遂にその騒がしさにも耐えられなくなり、俺は皆にそう訴える。

 

「言い渡された任務の艦隊は倒したけど、まだいるかもしれないからってこうやって居るんだろうが!!」

 

「「「「「そんなこと分かってるけど?」」」」」」

 

「分かってるのかよ……」

 

 ともかく、今は索敵に専念して進んむのが最適だろう。

俺はそう思い、紫雲を飛ばす。

 

「取り敢えず、あんまり俺の前でグルグル回るのは止めてくれないか?」

 

「……仕方ないわね」

 

 そう言って足柄は離れていき、それに続いて他の艦娘たちも離れていった。やっと煩いのからも開放されたかと思ったその時、赤城が叫んだのだ。

 

「2時方向に深海棲艦の艦隊を発見ッ!!」

 

 艦隊内が一気に緊張で包まれる。その連絡は近くの呉第三九号鎮守府の面々にも伝え、共同戦線で撃破していくことになった。

前衛は俺たちで、後衛・援護は呉第三九号鎮守府の艦隊が務めることになる。陣形を複縦陣に整え、真後ろに後衛の艦隊が入ってくる。攻撃準備完了だ。

 赤城の偵察機からの連絡を待ちつつ、赤城と飛鷹は第一次攻撃隊発艦を始めていた。先制攻撃を行い、砲雷撃戦を行う俺たちへの負担を減らすのだ。

そんな時、俺はあることを思い出す。不意に艤装から砲弾を取り、手に持つ。

その光景を見ていた夕張が俺に聞いてきたのだ。

 

「どうしたの? 46cm砲弾なんて持って」

 

「ちょっとやりたいことがあってな。俺も先制攻撃をする」

 

 手に持っているのは零式通常弾。いわゆる榴弾だ。これで何をするのかというと、以前やれることが判明した投擲だった。

俺は戦列から少し脇に出て、振りかぶる。既に目視出来る距離には居るので目標物は見えていた。そして投げた。砲弾は一瞬で消え、遠方で爆炎が上がるのを確認した。

 

「おー当たった当たった」

 

 そんな風に見ていると、皆がざわざわしていた。それもそうだろう。砲弾は砲から撃ち出すものであって、投擲するものではないからな。

それが普通の認識だ。だが俺は違う。投げることも出来るだろうと投げた結果、こういうことが出来ることが分かっていたのだ。

 

「『おー当たった当たった』じゃないよ!! 砲弾投げて、しかも当てちゃうしぃ!!」

 

 少し興奮気味の伊勢にそう言われたが、俺は無視して戦列に戻る。

何を言われようが、俺はこれを止めるつもりはない。

 

「止めても無駄だからな。俺は投げれるのなら投げたい」

 

「……い、いや、止める気は毛頭ないけど……。いきなり攻撃されて驚くだろうから、奇襲にはうってつけの攻撃方法だね」

 

 止める気は無かったんだな。まぁ、良いか。

 それよりも赤城がどうやら深海棲艦の艦隊の編成を掴んだようだった。

それを俺たちに報告してくれる。

 

「相手の艦種は戦艦2、空母3、重巡1ッ!!」

 

 これも本命って思っても良いだろう。編成的にも該当する艦隊だ。大型艦が中心の艦隊。

俺たちの即席連合艦隊が戦闘態勢に入る。既に俺が先制攻撃をしたために、空母が中破しているらしく、航空戦では有利な状況。あとは砲雷撃戦でカタをつけるだけだった。

それに俺も既に鼓舞し、やる気に満ち満ちていた。

 

「反航戦よ!! 一撃で粉砕するわよっ!!」

 

「「「「「応!!」」」」」

 

 俺の最大戦速に合わせて、艦隊を増速させる。そしてそのまま深海棲艦の艦隊と接触。戦闘を始めたのだ。

正面からぶつかり、先ほどの戦闘と同じ程度に奮闘する仲間たちに混じり、俺も砲撃を繰り返し、繰り返し、空母を戦闘不能状態に追い込んでいた。

艦隊編成的には深海棲艦側の方が有利だったが、俺たちはそれ以上にアドバンテージがあった。後衛が対空射撃を行ってくれていたお陰で、相手の航空隊は尽く撃墜し、主戦場はもっぱら水上になっていたのだ。それにその水上には狼と悪夢がいる。そしてさっきから『ソナーの実験』と称して、重巡を沈めようとしている軽巡やら、今度は弓でビシビシと叩いている空母やらが居る。

もう完全にカオスな戦場となっていた。そして、俺はというと……。

 

「あ、あのっ……」

 

「……え? なにこの状況」

 

 目の前に居る女の子は、海の上で正座をしている。そんなことが出来る理由をぜひとも聞き出したいところではあるが、それどころではない。

さっき倒したはずの空母がどうして座っているんだ。しかも話しかけてきているんだ。

状況が飲み込めない。沈んだから水面から消え去るんじゃないのか、俺の今までの経験ではそれが普通だった。だが、目の前の血色の悪い少女はほんのり頬だけを赤くして、上目遣いで言うのだ。

 

「私をどr[自主規制]

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 戦闘は終了し、取り敢えず輸送路を清掃は終わったということで、俺たちは鎮守府に撤退を始めていた。1人増えた状態で。

さっきの戦闘中、どうしてか投降(?)してきた空母の深海棲艦。判別名:空母ヲ級は、拘束して連行中だ。どうやら俺が最初に投擲した砲弾に直撃して、早々に戦闘力を失っていた空母だったらしい。

そして俺との砲雷撃戦のさなか、兵装の全てが脱落。保有する航空隊も全て撃墜されてしまったらしく、実質非武装状態になっているらしい。

それで今の状況だ。

 

「なぁ……」

 

「何かしら?」

 

「どうしてさ」

 

 どうして足柄は……。

 

「たまたま持っていた縄で拘束するのは分かる。分かるんだけどさ」

 

「うん?」

 

「どうして亀甲縛りで、しかも浮いていた廃材で捕獲したイノシシのごとく担いでいる訳?」

 

 今、そのヲ級は足柄に亀甲縛りをされた状態で、海を浮いていた廃材でぶら下げている状態だ。確かに身動きは取れないだろうけど、どうして亀甲縛りをする必要があったんだろうか。

しかも腕も背中で縛っているし、口に何か咥えさせているし……。

そして廃材の両端を担いでいるのは足柄と伊勢。どうして皆、この状況に違和感を持たないのだろうか。

 来た道を戻っているんだが、なんというかシュールだ。

それに例のヲ級はというと……。

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 

「うわぁ……」

 

「ふーっ、ふーっ、ふひっ……」

 

「……」

 

 なんで恍惚としているんですかねぇ……。

そんなヲ級から目を逸らし、俺は前方に向く。

 

「あー、早く帰りたい……」

 




 前話のアレは何だったのか、と言いたげな読者の皆さんの顔が眼に浮かぶようです!!
ふはははははは!!
この作品にシリアス展開があったとしても、完全にそういう方向に持っていく訳ないじゃないですかァ!! 絶対ネタに引き込みますからね!!
 ということで、また期間が開くかもしれませんのでご了承下さい。

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第22話  戦争が始まって以来の捕虜はただの……

 

 俺は南西方面に出撃していた艦隊の旗艦である足柄と共に、あるところに来ていた。

そこはこの呉第ニ一号鎮守府の中でも、憲兵にお世話になる人が入るところである。そう、営倉なのだ。

 何故、俺がこんなところに来ているのかというと、簡単な話だ。

南西方面に輸送路の掃海任務に出ていた俺たちが2回目の戦闘をした時に投降してきた空母ヲ級。それが営倉に入れられているのだ。

深海棲艦だというのにどうして営倉なんかに入れているのかというと、ここに入れられている空母ヲ級は飛行甲板(頭の帽子みたいなやつ)も脱落しており、杖みたいなものも持っていない。非武装状態で戦闘など不可能であると判断されたからである。

 本題に戻ろう。俺がどうしてここに来ているのか。

それはゆきに言われて、一緒に尋問するために来ているのだ。もちろん憲兵も一緒だ。

 

「……ここがどこだか分かるわね?」

 

 営倉のなかの1つ。空母ヲ級が入れられている牢の前に、俺と足柄、憲兵が立つ。ゆきは少し離れたところから観ている。

 足柄がそう切り出した。それにヲ級は答える。

 

「鎮守府でしょ? そんなこと分かってる。……それで、アンタは私を尋問しにきたの?」

 

「えぇ。幾らか吐いてもらうから、その気でいてね」

 

 何だか海上で投降した時の雰囲気とかなり違うようだが、どうしたんだろうか。少し高圧的というか、反抗しているようにも見える。

そんなことを知ってか知らずか、足柄が尋問を始めた。

 

「貴女の所属と階級を言いなさい」

 

 軍のテンプレ通りのことを聞いているんだろうか。

 

「中央総軍南西方面派遣艦隊 海上航空団。階級なんて無いわ」

 

「っ……。良いわ」

 

 何この子あっさりと言っちゃってるの。今さっき反抗的な態度取ってたよね?

ヲ級の態度を分かっていたのか、足柄は眉をひそめていた。やはり反抗的に見えていたんだろう。

 

「投降した意図は?」

 

 この尋問内容から、全てが変わってしまったのだった。

 

「そりゃもちろん!! そこに居る男性から身ぐるみ剥がされて、公衆の面前で恥辱をっ……はーっ、はーっ、はーっ、んぐっ…………そんなことをされたら、もうその男性に投降するしかないじゃない!!」

 

「は?」

 

 あ、これはヤバい奴だ。俺は直感的にそう感じた。さっきまですまし顔をしていたヲ級も、いきなり頬を赤く染めてトランス状態に入っている。

そのうっとりとした表情を俺に向けて、色々と吐きはじめた。

 

「中央に居たのにいきなり遠方に派遣されて嫌だったけど、こんなことになるなんて思ってもみなかったわ。男性なんて死んでもお目にかかることが出来ないのに目の前に現れるし、しかも私のことを攻撃してくれるんだもの!! あぁ、でも私たちでこっち側に投降したのなんて居ないから色々言われているんだろうなー。軍籍剥奪とか色々ありそう……。でもでもこっちに居る方が絶対良いわよね!!!」

 

 俺の顔をガン見するヲ級が所々欲しかった情報を吐いてくれたみたいだ。足柄が憲兵に言ってメモを取っていっている。

そして足柄がヲ級に対して言い放ったのだった。

 

「取り敢えず今日はここまで。じゃあ、帰るわよ」

 

 『今日は』ってことは明日もあるんだろうか。

帰ると言われて、俺は後ろを振り向くが突然ヲ級がわめき出したのだ。

 

「あぁ、行かないでぇぇぇ……。名も知らぬ私のご主人様ぁー!! 私を独りにしないでぇ、ぐすっ……」

 

 セリフが彼氏に棄てられた彼女みたいになっているが、残念ながらそれは出来ない相談だ。何故なら……。

 

「大和ぉー! この後、アイス食べにいこー!!」

 

 ゆきに腕を引かれているからだ。こればっかりは振りほどけ無いな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきに連れられて甘味処に来ているが、そこで聞かれた。

 

「あのヲ級さ、もしかしてさ」

 

「ゆきの想像通りだ。陸でも海でも変わらない」

 

「だよねぇ……。やっぱり大和目当てで軍を棄てたドアホウだったかぁー」

 

 そう。今日の尋問で、それが分かったのだ。あのヲ級は男である俺を見て、軍を捨てる覚悟を数十秒で決めた深海棲艦側の脱走兵なのだ。

しかもかつての味方の情報を明け渡すのに抵抗はないみたいだし……。

 

「しかもド変態と来たもんだ。どうしようね……」

 

 そして皆が甘味を楽しむ空間の中で2人、頭を抱えるのであった。

そう、あのヲ級は変態なのだ。攻撃されて喜ぶ、縛り上げられて喜ぶ、何故か主従関係がヲ級の中で成立している。最後はともかく最初の2つは完全にソレといっても良いだろう。

南西方面から帰ってきた際に足柄が提出した報告書を読んだ結果、ゆきもそういう風に捉えたみたいだった。もちろん、目の前で見ていた俺も然り。

 逆に考えて、ここまで来たら面倒事を全て避けるっていう方法もある。

俺はそのことを思いついたが、どうやらそれはゆきにもあった様で、先に言われてしまう。

 

「あーあ、仕事増やすのも嫌だからなぁー。ヲ級のことも上に報告せずに、このままこっちに引き取ろうかー。あの様子だと大和の言う事には従順だろうし。武装も妖精さんに調べてもらって、もし残っていれば即時武装を解体すれば良いかぁー」

 

「俺としても上に報告は勘弁して欲しい」

 

 俺がどうして上に報告することを避けるのか、その気持ちはゆきにも分かったようだ。

 

「視察とか言って来るんだろうけど、どう考えても大和との接触も狙って来るだろうからね。大和は心労2倍デーになっちゃう」

 

「全くその通りだ。ヲ級の相手よりも、こっちの軍上層部の相手の方が格段に面倒だ」

 

 嫌われたものだな、と思いつつも俺はアイスを食べる。

ここ甘味処 間宮は鎮守府に必ず設置されている、娯楽施設の1つだ。間宮と伊良湖が切り盛りしている店で、甘味が楽しめるということで人気がある。もちろん呉第ニ一号鎮守府でも人気だ。

俺はゆきに誘われて来ているが、今回のお代はゆき持ち。おごりというやつだ。まぁ、こんなみてくれをしているが上司なものだから格好つけさせて欲しいんだとさ。

 

「んー!! 美味しい!!」

 

 本当、こんなみてくれだけど一応上司なんだよな……。たまに中学生か高校生に見えるときがあるが、それは俺だけでは無いだろう……。そうであって欲しい。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 最初に言っておく。仕事が増えた。そもそも仕事をそこまで振られない俺ではあるが、ゆきがおもむろに俺に仕事を与えてきたのだ。

その仕事というのは『拘束したヲ級を手懐け、情報を全て引き出せ』というもの。可愛い顔してえげつないことを仰る、ウチの提督殿は……。

与えられたからにはその仕事を完遂すべく、俺はヲ級が拘束されている牢までやってきた訳だが……。

 

「なぁ」

 

「何ですか、ご主人様?」

 

「その格好は何?」

 

「私に敵意が無いことをご主人様にお伝えしようかと思いまして、このような格好をしています」

 

 今にも『ふひっ』とか言いそうな表情で、俺の顔を見上げているヲ級の格好というのはなんとも見てられないものだった。

取り敢えず地べたに正座している。これはなんとも思わないが、ここからが問題だった。頭を下げている状態、つまり土下座状態なんだが、その隣には身につけていたであろう衣類が畳まれている。

ヲ級をよく見れば、どうやら何も着ていないようだ。

 これは本格的にヤバイと思った。どう考えたって、全裸土下座って問題しか無いだろうに……。

俺はそのことを理解してすぐ、後ろを向く。

 

「取り敢えず服を着てくれないか? その後にここに来た理由を言うから」

 

「着衣がお好みなんですね……マニアックなところもまた」

 

「早く服を着やがれ変態」

 

「は、はひっ!!」

 

 取り敢えず服を着せないことには、話をすることも出来ない。強く言って服を着てもらった。

というかヲ級のあの格好って服だったんだな。からだの模様かと思っていたぞ……。

 すぐに服を着たヲ級に声を掛けられた、俺はヲ級の方を向く。

確かに服は着ているようだ。これなら話をすることが出来る。

 

「ストレートに言うからちゃんと答えること」

 

「はい」

 

「ヲ級が知っている深海棲艦について全て吐け。吐けば俺の上司が何かご褒美くれるそうだ」

 

 そう言っておく。ゆきからは『拘束したヲ級を手懐け、情報を全て引き出せ』という様に言われているが、これは俺が勝手に要約した言葉だ。

本当は『大和が捕まえたヲ級ちゃんがどうやら大和に懐いているみたいだし、好きにしてもいいよー。あ、だけどね逃がすのは無しね~。それと出来れば深海棲艦側の情報を引き出せたらゆきちゃん的にはとっても嬉しいかなぁ~きゃっ』ということだ。

何だかかなりのキャラ崩壊をしているような気がしなくもないが、元からそういう感じだったから気にしないでおこう。

それよりもコイツ(ヲ級)は本当に本心からの行動で、ああいう態度を取っているのだろうか。俺はそれが気になっていた。その後からでも情報は引き出せればいいからな。

 だがここに来て分かったこともあった。疑っていた態度に関してだが、まさか全裸待機&土下座をするとは思ってもみなかった。もし演技でしていたとしたら、そうとう羞恥心があるはずだ。

そこで恥ずかしさを表情に出しても良いんだろうが、このヲ級はそれが一切無かった。

つまりは疑いはまだあるものの、本心から下ってきたということを仮定しても良い段階にあるんだろうということが分かったのだった。

 

「ご褒美っ!? ご褒美ってどんなことですかぁ?!」

 

「どんな『こと』?」

 

「はいっ!! 投降した時みたいに縛り上げてご主人様の前で晒し者にするのか、はたまたご主人様の前で恥ずかしい格好をしてご奉仕するのかぁぁぁ!!」

 

 ヲ級の相手をしていると疲れるな……本当に。どうしてそこまで思考して、しかも恥ずかし気もなくそんなことが言えるのだろうか。

俺はそんなことを思いつつも、冷静に回答をする。

 

「ご主人様はどのような格好がお好みでしょうか? ミニスカメイド? ミニスカナース? リ◯ルートスーツ? スク水? 他でも私は万事オッケー!! どんとこいですよぉぉ!!」

 

「……はぁ」

 

「ん? もしかしてもっと過激なものの方が良いですか? この前みたく亀甲縛りとか、r[自主規制]

 

 ダメだこのヲ級。俺と主従関係を結んでいるつもりであることは分かるんだが、どうしての相手の前でここまで暴走出来るんだろう。

本当に頭が痛い。そんな風に頭を抑えている俺のことはつゆ知らず、既にセリフとしても本文としても掲載するには不味い発言をしているので言わないでおこう(メタ発言)

 

「……で、ご主人様はどのようなプレイがお好みで?」

 

「格好のことを訊いてたんじゃなかったのかよ……」

 

 俺が捕まえた捕虜はとんでもなく変態だったみたいだ。

 

「はっ?! もしかしてやっぱりz[自主規制]

 

 





 いやはや皆さん。大和くんの更新が早いと思っているでしょう? そりゃもちろんです。
最近、こっちの方にスイッチが入っておりまして、結構な速度で書き進めております。
 というのは置いておいて、最近は『[1自主規制]』が増えてきましたが、完全にネタとして振ってますのでご容赦ください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第23話  急襲! どうも政府の者ですが

 

「てな訳で大和っ!! 君には雲隠れしてもらうよっ!!」

 

「分かんないから。重要なところ抜けてて分かんないから」

 

 急にゆきに呼び出されて執務室に来てみれば、こんなことをいきなり言われた。

そんなこと言われたって、俺には何も分からないんだけど……。

 

「ごめんごめん。えぇと、ね……政府の人が大和に話をしに来るってこと」

 

「なるほど理解した」

 

「理解が早くて助かるよ~。大和は政府の保護下に入るつもりはないってこの前言っていたから、話をする必要も無いって言ったんだけどねぇ……」

 

 ゆきの表情から分かる、面倒なことになっているということが。

どう考えてもアレだ。『俺への説得』ってのをゆきに伝えているんだろうが、本心は別にある筈だ。それから逃げるために、俺に雲隠れするようにゆきは言ったんだろう。

一度会ってしまえば、面倒事は避けられない、と。そういう意味だ。

 

「分かったから、いつから隠れれば良いんだ?」

 

「今から」

 

「は?」

 

「今からっ!!」

 

 完全に今後の展開が想像出来る。デジャヴだ。絶対そうに違いない。この部屋には何故かいつもいる武蔵が居ない。

もうすぐ入ってくるだろう。

 

「提督っ!! 来たぞっ!!」

 

 ほらみろ。ってことは……。

 

「お忙しいところ失礼します」

 

 入ってきた。ほら、入ってきた。これ完全にデジャヴなんだよなぁ……。

 そんな俺の心情はつゆ知らず、ゆきは平静を装って椅子に座っている。そして俺はすぐに押し黙り、武蔵の横に行く。

今入ってきた人に声は聞かれていないはずだ。男勝りな艦娘は何人かいる。それと同類と間違えてさえくれれば、この場から逃げ出すことだって容易なはずだ。

 

「政府から派遣された男性保護に」

 

「あー、分かってますから手短にお願いします」

 

 ゆきが敬語になった。大本営の御雷さん以来だな、ゆきの敬語を聞くのは。

 

「海軍呉第ニ一号鎮守府、大型艦建造にて建造された男性型の戦艦大和の件ですが、男性保護法の適応により、政府の方で保護をする趣旨を伝えに参った次第です」

 

「はい。その件でいらっしゃっるということは、事前に聞き及んでおりました。ですが、先方にも以前に本人がお伝えしました通り、これまで通り、海軍にてその能力を振るうという意思があります。それは今も揺るがない、とここには居ませんが言っておりましたが?」

 

 あの時の政府の人間め。内容をちゃんと上に報告していないんだな。もしちゃんとしていたのなら、ここに来ている人は保護云々ということを最初に言わないだろうからな。

こりゃ完全に組織として腐っているな、政府は。

 そんな風に考えていると、隣の武蔵から声を掛けられる。

俺にしか聞こえない程度の声の大きさで話してくれた。

 

「さっさと執務室を出ると良い。そうすれば、今日はもう話になることは無いだろうからな」

 

 頷いて答えると、俺はそのまま扉の方に歩き出す。

その途中、話し声はずっと聞こえてきているのだ。

 

「なるほど……。前回の話では、保護に関して積極的だったという報告を受けていますが?」

 

 そらみろ。正確な報告をしていないんだ。

背中越しに伝わる、明らかにゆきの黒いオーラに気付きつつも、俺は扉に手を掛けた。そしてそのまま何事もなかったかの様に出ていく。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 完全にこのノリだったら、『話が噛み合っていませんね。貴方はどうお考えですか?』みたいなノリで、最初からバレていた感じになると思ったんだがな。

どうやらそんな感じにはならなかったみたいだ。俺は何事もなかったかのように執務室を出て行き、そのまま自分の私室へと直行したのだった。

 道中、すれ違うのは艦娘と憲兵だけ。反応はいつも通りだ。

その反応にも慣れてきた頃で、最近ではあまりに反応しているのを観てしまうとイタズラしたくなる衝動に駆られたりもする。何でだろうな……。

 それはともかくとして、俺は自分の私室に入って鍵を締め、チェーンロックをする。

ここまでするのも、既に習慣化してきたものだ。俺はそのまま寝転がり、まぶたを閉じる。

きっとゆきがあの人をどうにかして追い返してくれるだろう、そう思いながら……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 そんな風に思っていた時期が俺にもありました。

 目を覚まして少しすると、部屋の扉をノックされた。どうやら来ていたのは武蔵だったようで、俺はいつもと同じ風に扉を開ける。

俺はてっきり休憩がてら、俺の部屋にお茶を飲みに来たんだとばかり思っていた。だが、全然違ったのだ。

 

「兄貴」

 

「何だ?」

 

「まだ政府の奴は居て、話をしているところだ。あれこれと言葉巧みに提督の言葉を上手く利用している」

 

 最も考えたくなかったことが起きていたみたいだ。ゆきの話術が通用しないとなると、ここから先は直接俺が面倒事に巻き込まれることになる。

それは嫌だったし、ゆきもそれを避けるために話をしているのだ。なのに、それすらも駄目だというのなら、俺が出ていくしか方法は無くなった。

俺の直接的な言葉で、きっぱりとここに残ることを言わないといけないのだ。

それを言ったとして、恐らく政府の方は食い下がってくるだろう。何故なら、こんな危険なところに男性を置いておく訳にはいかないからだ。

 

「そろそろ面倒になった提督が折れて、招集が掛かるはずだ」

 

「えぇ……面倒だなぁ」

 

「それは政府の奴に言ってくれ……」

 

 座って話をしていたんだが、俺は立ち上がった。この話の流れから察するに、武蔵は俺のことを呼びに来たんだろうからな。

 俺が立ち上がるのと同時に武蔵も立ち上がり、扉の方に歩き出す。

話をするにしても、俺への配慮が何よりも最優先で行われる。ならば、俺はこのままここに残る意思を伝えるだけで良いだろう。それをしたからと言って、あちらは手も足も出せないはずだ。

もし何かするようならば、ブタ箱行きは確実。政府の人間だからといって、例外なんてあり得ない。いかなる法よりも上に位置する男性保護法だからな。

 私室を出て、そのまま執務室へ向かい、中へ入る。

そうすると、まだ中では話をしているみたいだった。だが、俺が入るなりその話はピタリと止む。

 

「提督、連れてきたぞ」

 

「ん、ありがとう。武蔵」

 

 執務室に到着すると、少し疲れた顔をしているゆきと、政府の人が居た。2人ともソファーに腰を降ろしており、お互いの目を睨み合っていた。

武蔵に礼を言ったゆきも、こっちに顔を向けることなく、そのままの姿勢で言ったのだ。

 俺はその2人が睨み合っている間に立ち、ゆきに声を掛ける。

 

「戦艦大和ですね?」

 

「はい」

 

 ゆきが言うよりも早く、政府の人が俺に話しかけてきた。

 

「貴方に来てもらうまで、山吹海軍大佐から話を聞いていました。その内容についてすり合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「構いませんが」

 

 何だか乗せられているような気がする。というか、完全に乗せられているな。

それに気付いた時には既に遅かった。

 

「私の方に来ている前回の報告書によれば、前回大本営にて行われた際には『呉第ニ一号鎮守府所属 大和型戦艦 一番艦 大和(特種)は政府による男性保護法発動において、政府管轄の施設への収容・管理に関して肯定的な発言をしたものの、返事を追って連絡する』ということになっていました。その件に関して山吹海軍大佐は『そのような話はしなかったし、大和は否定し、抵抗をした』と仰っておりました。そこで、真意を訊きたいのです。……貴方は本当に軍に残り、前線に立つことを望んでいるのですか?」

 

 難しい言い方をしているような気がするが、だいたいその通りだ。

 それよりもあの2人。嘘を報告していたんだな。やっぱり。

まぁ、ゆきに色々言われてぐうの音も出ない状況に追い込まれていたからな。仕方ないのかもしれない。

 

「はい。それに前回の件ですが、山吹提督が貴女に仰った通りでした」

 

 ここからは俺が話す番だ。

 

「それにこちらは、会議開始前に内容を指定していました。ですが、そちらが派遣したお2方はこちらの『意思』を歪曲し、強制を強いてきました。どういうことか説明していただけますか? 更に、私自身も既に私自身の意志は伝えてます。どうして今になって貴女がここにいらっしゃる必要があったのでしょうか?」

 

 ふーあっはは!! このまま帰ってもらいたいものだっ!!

前回の会議であったことにふまえ、今回のも俺が望んでいなかったことを伝えた。今までの様子から察するに、今日派遣されてきているこの人は話が出来る人だ。

絶対分かってくれる筈。

 

「なるほど……分かりました。戻り次第、派遣した2名を"形式上"の弾劾裁判に掛けましょう。それと『軍に残る』ということですが、私だけでは判断しかねますので上に報告させていただきます。次、このようにお伺いする時も事前に連絡致しますのでよろしくお願いします」

 

 と言って、執務室から出ていってしまった。そのままゆきと武蔵はその後をついて行き、結局鎮守府から出ていったみたいだ。

帰った、ということだろう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 見送りに行ったゆきは戻ってくるなり、椅子に座ってカタカタと震えでした。

そんな状態が数秒もすると一転し、バンッと机を叩いて立ち上がったのだ。

 

「なんだそりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 いや、こっちのセリフだから。

 

「え? 何あの人?! すっごいあっさり帰っちゃったけどぉ!! 何かもっと食い下がってくるかと思ったんだけどどういうことなのねぇねぇ!!」

 

「揺らすな揺らすなー」

 

「本当にあの2人の上司なのかなぁ!? どう思う大和ぉー!!」

 

 首がガックンガックンなってて苦しんですが……、と言おうにも俺は口が開けなかった。それと同時に意識を失ったからである。

 この後、特に何も起きなかったので、どうにも言う事が出来ないが、大本営に行った時に会った法務省の人間と言った2人は案の定"ブタ箱"に入れられたようだった。

そして、俺が政府の管理下に置かれる云々という話は一時的にはあるが、凍結することになったとさ。あまりにも俺という存在が特殊過ぎるからだとかなんとか。

 





 前回の続きでヲ級のことを書くと思いましたか? 残念でした!!
一応、これにて政府との色々ないざこざは終了です。大本営での2人のことは、今回来た人が中心になって解決されましたので、今後はほとんどこの件には触れることはないと思いますはい。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第24話  下らなくはないけど、そんな戦争理由……みたいなもの

 ゆきの命令を遂行するため、今日も俺は営倉に来ていた。もちろん、あのド変態ヲ級を完全に扱えるようにするためだ。

……まぁ、こんな風に言うのもなんだけど、ほぼほぼ言う事聞くんじゃないですかねぇ。

 

「ご主人様っご主人様っ!!」

 

「はいはい」

 

「怒られるのも好きですけど、ちゃんと服を着ておきましたっ!」

 

「そんなの、見れば分かる」

 

 このヲ級、今俺の目の前でいつものようにほぼ正座(女の子座り)で座っているんだが、今日は普通の格好をしている。

そう。ゲームでよく見た格好だ。もちろん頭に乗ってるアレや、杖みたいなソレは持っていないけどな。ついでに言うならばマントっぽいのもだけど……。

まぁ言うなれば『全身タイツ状態』な訳だけど、どこのアプリケーションで聖杯戦争をするんでしょうかねぇ。某アイルランドの神話に登場するどっかの女王も全身タイツだったような気がしなくもないけどさ……。

 そんなことは置いておいて、だ。

俺は今、営倉と廊下を隔てている廊下にしゃがみこんでいる。椅子を持ってくればよかった、と後悔しているところだ。床に座りたくないからこういう体勢をしている。

今の体勢はよくヤンキーがやっているものだが、別に気にすることは無いだろう。

いいや、気にする。何故かヲ級がガン見しているのだ。今までは俺の顔をガン見していたんだが、急に視線が下にズレた気がする。

 

「なぁ、ヲ級」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 そんなことは気にせずに、俺は任務を遂行することだけを考えることにしよう。

 

「お前が知っている深海棲艦のことについて全部吐けば、ゆきは自由にしてやるって言ってるし褒美もくれるそうだけど」

 

「昨日も言いましたけど、その件は私の知っていることは全てお話していますって。ご主人様も毎日来ていただいていますけど、他の憲兵とかも来ているんですからね!! その度に根掘り葉掘り訊かれるんですからぁ……」

 

 そう。俺と尋問を行っている憲兵や武蔵、足柄(出撃していた艦隊の旗艦だったからという理由で)も毎日来ているんだ。俺のあとらしいけど。

昨日もそうだったが、武蔵が『やはり今日も駄目だった。初日はべらべらと話していたらしいじゃないか。だけど、それっきりパタリと止んでしまった。兄貴の方はどうだ?』と言っていたのだ。

そんな様子だと、本当にアレだけのことしか知らないんだろうな。

中央から来たとか言っていたから、皆かなり期待していたんだろう。末端の兵なんてだいたいそんなモノだろうし、それなら俺たちで言う旗艦とかのレベルにならないとそれ以上のことは話せないだろうからな。あの時の戦闘でも、ヲ級は旗艦の随伴艦の立ち位置だったみたいだし。

 それならば、もうここいらで尋問も終えた方が良いんじゃないだろうか。

あれだけの情報だけでも、今までほとんど分からなかった深海棲艦の話だって分かってきたところもあったんだしな。

例えば『深海棲艦にも戦術ネットワークがある』ということだ。限定的な海域に発生した深海棲艦が、自分たちのテリトリーを守っているというのが今までの認識だったらしいが、それが覆っただけでも大きな収穫だったと思う。そんなことをそこまで言うのなら、そもそも深海棲艦と言語を介してのコミュニケーションを取れていること自体が大きな進展だったりしていたりするだとか。

 

「まぁ、俺もここ最近こうやって話を聞いていてそれは思っていたから、ゆきには言っておく」

 

「あーりがとうございますー! ……今更なんですけど、ご主人様ってここの提督のことを『ゆき』と呼んでいらっしゃるみたいですが、どうしてでしょうか?」

 

「ん? まぁ特に深い意味はない。敬語を止めろって言われた時からこんな感じだ」

 

「そうなんですか? 私はてっきり"おつきあい"しているのかと思いまして」

 

 何だか急にド変態発言をしなくなったな……。まぁ、そっちの方が俺的にもありがたい訳だが。

それはそうとして、それをどうして今訊いたのだろう。

 

「してないぞ。俺とゆきの関係は上司と部下だ。それ以上もそれ以下もない」

 

「そうだったんですかぁ。……私がてっきり提督からご主人様を寝取ったような感じになってしまっていたらどうしようかと思っていましたが、それも早とちりだったみたいですね」

 

「ね、寝取ったって……」

 

 内心で少し関心していたが、それは大違いだったみたいだな。俺の関心を返せよ。

 

「そりゃもちろん、あのまだ成長しそうな感じの身体をしている提督と"つがい"だったご主人様は、実はド変態マゾ奴隷の私みたいなのが好きで、本当はむせび怯える女をしb[自主規制]

 

 とまぁ、いつも通り暴走を始めたが、俺もこのヲ級の暴走にも慣れてきた頃だった。

毎日のように目の前で暴走している光景を見れば、嫌でも慣れてしまう。誰でもそうだろうな。だからきっと、俺の後で尋問しに来ている憲兵やら武蔵や足柄もそうだろうな。

変な風になってなければいいんだけど。

 それはそうと、この暴走もすぐ収まる。

既に収まっているけどな。開始数秒だ。

 

「……はぁぁぁあぁぁぁぁん!!! やっぱり脱いで待っていた方が良かったですかねぇぇぇぇ?!」

 

「要らん」

 

 正直に言ってしまえば、ちょっと……うん。だけど、ここでこんな風に見ても仕方ないしな。相手が相手だし。うん。

 

「そう言えばヲ級」

 

「はぁはぁぁ……何ですか?」

 

「ヲ級みたいな個体は他にも居るのか?」

 

 そう訊くのには理由があった。もしかしたら、ヲ級の様に男が居るからという理由で勝手に武装解除をして投降するような脱走兵候補は居るのか、と思ったのだ。

そうすれば、旗艦やそれ以上の立ち位置に居る深海棲艦を尋問して情報を引き出すことが出来るからな。

 そんな風に考えていた俺とは裏腹に、ヲ級は別の方向で捉えたみたいだった。

 

「何ですかご主人様。私と同じようなド変態マゾ奴隷が欲しいんですか? 欲張りですねぇ、このっ! このっ!」

 

「えぇい、うっとおしい」

 

「ひゃっ、そんな表情しなくても……いい……じゃないですかぁ……」

 

 セリフと表情が全然合ってませんが。何でそんなにうっとりしているんですかねぇ。

 

「それで、どうなんだ? ヲ級。お前以外にも、同じような個体は存在しているのか?」

 

「えぇ、居ますよ」

 

「返答早いなオイ。もっと躊躇しろよ」

 

「隠したって仕方ありませんからね。それに私はご主人様が不利益になるようなことはしたくありません。ご主人様には利益しかもたらさない、都合の良いマゾ奴隷で居たいものですからっ!!」

 

 そのセリフ、もっと別の場面で別の奴から聞きたかった……。特に後半。絶対必要ないだろ……。

 それはともかくとして、だ。他にも俺の目の前に居るヲ級のように、言うなれば『男を見てすぐに裏切るような奴が居る』というのはまたとない有力情報なのかもしれないな。

そう考えると、今までは接近次第艦隊戦に入っていたが、これからは何かワンアクション挟んだら違うかもしれない。ゆきも俺がこのことを報告すれば面白がってやるって言うだろうし、俺も戦闘回数が減るのはありがたい。燃費悪いしな。

最近、遠征に出ている駆逐艦やクルージングしてる潜水艦の艦娘たちの視線が痛かったりするから……。

 

「私と交流のあった味方でも結構数が居ますよ。ぶっちゃけ、この鎮守府に所属している艦娘くらいは居ました」

 

「これまた多いな……」

 

「えぇ。私の考えですけど、私のようなド変態マゾ奴隷候補は普段は猫被ってますから、もし寝返ったとなるともっと多くの仲間がこっち側に来ますよ」

 

 急に真面目な話になったけど、もしヲ級の言う事が本当ならば、深海棲艦との戦争も終結するんじゃないだろうか。

そう考える一方で、この戦争が本当に終結しても良いのだろうか、とも思う。

 俺はこの世界に於いての『艦娘』という存在を完全に理解している訳では無いんだ。よくネットにある二次創作小説のような設定『艦娘は元は一般人だった』とか『艦娘と深海棲艦は元は一緒で、っ艦娘が善で深海棲艦が悪』とか『嘗て沈んだ軍艦の魂が人間が造り出したアンドロイドに宿り云々』とか色々ある。

今まで深く考えたことの無かったこの件に関して、この世界での認識がどうなっているのか知りたい。

知らなければ、ここから先に進めない気がした。

 

「ま、私たちと人間との戦争ってのはそもそも男の取り合いですからねぇー」

 

「な、何じゃそりゃあァァァ!!!」

 

 ついさっき考えていたことが、こういとも簡単に分かってしまうとは……。

ならば、ヲ級は俺が知りたいことをこのまま教えてくれるんじゃないだろうか。そう思った。

 

「そりゃ国連で男性保護条約みたいなものを全世界に結ばせて、地球規模で男性保護が進んでいる世の中ですよ? 私たちはそんな地球で人類と双璧を成す第二の知的炭素系生命体ですからね」

 

 知られざる新事実、発覚。

 

「身体構造もDNAも99.999999%人類と同じですし、斯く云う艦娘に至っては100%人類ですし」

 

 新事実、重なる。

 

「それで、どうして人類と私たちが戦争する必要があったのか、という話です。それは元の話に戻って、人類と同じくして私たちも種の存続のために男性が必要なんですよ。私たちの方には男性は存在しませんからね」

 

 そしてかなり事態は重いものだったらしい。

何だか、今までのアレは何だったんだろうか、って思うな。今のヲ級を見ていると。

 

「それで、人類の男性で種の存続を図る、と?」

 

「そういうことです」

 

 なんともまぁ、反応し辛い話だった。

この世界がそんな風になっていたなんて、思いもしなかった。俺はてっきり『突如地球上の制海権を奪った深海棲艦を殲滅すべく……』みたいなものを想像していたのに……。

なんともまぁ、ロマンの欠片も無い状況にあるのかが分かった。しかも男の取り合いを種の規模で行うって、そうとうな話だ。俺も元の世界に居た時は、女同士でイケメンの男を取り合うようなドロドロの三角関係は見たことがあったが、それ以上に凄い話だったとは思いもしなかった。

 俺はスッと立ち上がる。そろそろ足も痛くなってきたところだったからな。

それに俺の知りたいって思ったことも、その場で解決してしまったからな。ここに居る必要も無くなったし、そろそろ時間だったのだ。

 

「さて、と」

 

「あ、ご、ご主人様?」

 

「そろそろ戻る。じゃあ、この後の尋問、ちゃんと吐いてやれよ」

 

「うおえぇぇぇぇぇぇ!! こ、これがつわりっ?!」

 

「ダァホ!! そっちじゃない!! ヲ級の知っていることを、嘘偽りなく答えれば良いんだ。聞かれた質問にはちゃんと答えてやれ」

 

 そう俺が言うと、ヲ級は俺のことを見上げる。何かあるようだ。

 

「さっきの話でご主人様は何か知りたいことが知れたみたいで良かったです。また明日、お話しましょうね」

 

 何なんだろうな、このヲ級は。ほとんどの時がド変態なのに、たまに真面目になる。ずっと変態でいるのも疲れるんだろうか……。

俺はそのまま営倉を跡にした。

出ていく時、足柄と憲兵と入れ違ったから、これから今日の尋問があるんだろうな。ヲ級がさっきみたいなことをしなければ良いんだけど……。

 

『うおえぇぇぇぇぇ!!』

 

『え? 何いきなり?!』

 

『や、やっぱり出来ちゃったみたい。……ふふっ。"つわり"って、辛いのねっ』

 

『何そのドヤ顔っ!! というか『出来ちゃった』って、どういうことよぉ!!』

 

 あぁ。やっぱりちゃんと話す気は無いんだな。

俺はそう思い、慌てて営倉に戻っていったのであった。

 

「何やってんだ!! このド変態空母!!」

 

「ご褒美れすうぅぅぅ!!」

 

 もうヤダ。付き合ってらんない……。

 

 




 ここ最近、大和の更新が多いと思いましたか? その通りです! 本編の方が完結しまして、こっちに時間を割り当てれるんですよ。

 とまぁ、他作品の話はこれくらいにしておきましょう。
土日だと結構な勢いで書けますから、こういう風に更新頻度が上がるんですよね。
 今後の展開に関してですけど、まぁ、好きなように進めていくつもりです。
あと感想欄にて、ヲ級へのツッコミが多くて嬉しい限りです。
あんまりヲ級との絡みばかりやっていても話が進まないので、次話は少し変わります。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第25話  カオスはヲ級を中心に

 

 俺は今日のヲ級との会話をゆきに報告すると、これまで行われていた尋問が終了することとなった。

知り得なかった情報を手に入れることが出来たからなのか、はたまたもう情報は引き出せないと判断されたのかは分からないけど……。

それはともかくとして、今後のヲ級の処分が下されようとしていた。

 営倉前。ゆきと俺、憲兵2名、武蔵、足柄の6名に囲まれたヲ級は、少しばかり怯えているようにも見えた。

ここに入れられてからすぐにこんなことがあったが、それまではヲ級の目の前に現れたのは2名以下だった。今置かれている状況が一体何なのか、それをヲ級は理解しているのだろう。

その一方で、ゆきはいつもと変わらない様子だったが、武蔵は妙に落ち着きがないようにも見える。そういう風になることがほとんど無かった武蔵だが、こんな姿を見るのは俺も初めてだった。

 

「空母ヲ級」

 

「何?」

 

 一応、俺の前だがかなりぶっきらぼうに受け答えをしている。

最初に話しかけたのはゆきだった。

 

「私たちが欲しかった情報は一応引き出せたから、これで尋問は終わり。なので、処分を言い渡そうと思ってね」

 

「……」

 

 張り詰めた空気が辺りを包み込み、刹那、物音の一つも聞こえなくなった。

 

「君は深海棲艦側の脱走兵で、しかもこちら側が不利益になるような行動はしないと私は見ているんだ」

 

「それはご主人様の不利益にならないってだけで、貴女の不利益にはなるかもしれないけど?」

 

「それでも、だよ。……なので空母ヲ級、君には」

 

 スッと時間が止まったような気がした。今、目の前で1つの命の処遇が決定されようとしているからだ。

 

「君には『大和の従者』をやって貰おうと思ってる」

 

「へ?」

 

「端的に言えば、君が望んでいたことだよ。褒美も兼ねているからね」

 

 俺はその場から立ち去ろうとするが、ゆきに首根っこを掴まれた。逃げられない。

どうしても今、ここから逃げ出したいのにそれが叶わないのだ。

 そんな俺のことはつゆ知らず、俺の背後でヲ級が喜んでいるようだ。

1人で大盛り上がりをしているご様子。俺は全然嬉しく無いんだけど。

 

「それに当って頼みたいことがあるんだ。まずは名前を作ること。そして今着ている服ではなく、普段着としてこれを着て欲しいんだ」

 

 そう言って、ゆきは箱を出した。それには服が入っているんだろうが、中身は分からない。

 

「……分かった。私は『大和の従者』となろう」

 

「うん、なら決まり。姿は敵だけど、もう君は私たちの仲間。空母ヲ級なんていう識別番号みたいな名前は棄てて、私たちと歩んでゆくんだよ?」

 

 ヲ級は頷いた。

そして、俺の意思を完全に無視した公認の『大和の奴隷』が出来てしまったという訳だ。

 

「腑に落ちない……」

 

 そんな状況に納得いかなったのは、この場でただ1人、俺だけだったみたいだな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ということがあったので、俺の私室の隣の部屋が急遽改装された。

そしてそれを待っている間、ヲ級は俺の私室に来ているのである。

もちろん、武蔵と大和も居るけどな。

 

「えっと……。怖いんだけど?」

 

 そんな訳で、武蔵と大和が俺の隣に座っているヲ級を睨みつけているのだ。

肩が触れないくらいのところに座っているので、その表情は俺もほぼ真正面から見えているんだけどな。

 知ってか知らずかは知らないが、武蔵は警戒し、大和は威嚇している。

何というか、どちらも怒っているというか険しい表情をしているんだけど、どう考えたって大和は武蔵とは違っていて、私的なことを考えていることは手に取るように分かるんだよな。

 

「ご、ご主人様。この方は?」

 

 ナニコレ。どうしてヲ級はそんなことを訊いてくるんだ?!

『この女は誰?』みたいに言われている気分だ。だけど怯えていることから、セリフとシチュエーションと客観状況がマッチングしていないんだけどな。

それはともかくとして、紹介はしておこうか。

 

「大和です。よ ろ し く 、お願いしますね」

 

 どうして大和はこんなに敵対心剥き出しなんだろうか。殺意は感じられないから、大丈夫だとは思うけど。

 

「そうですか。私はご 主 人 様 だ け に 従 順 な マゾ奴隷兼護衛を仰せ使われました、空母ヲ級です」

 

 確かにヲ級の言う通りだから、何とも言えないな。とは言っても、いつの間に俺の奴隷になったんだろうな? 俺には全く記憶にないんだが。

というか自己紹介をするのは良いんだけど、本職は後者だろうに……。

 

「うふふふふっ」

 

「ふひひっ」

 

 大和はヲ級を睨んでいるというのに、ヲ級はそれをそっちのけで俺の方を緩みきった顔で見ているんだけど。というか、その『ふひひっ』って素の笑い方なんだろうか。他の人の前で普通の話をしている時は『ふふふっ』って笑うらしいからな。

 そんな2人に挟まれている武蔵は心底居心地悪そうにしているんだよな。ムッツリスケベと自称マゾ奴隷の間にいたらそうもなる。

 

「ま、まぁ仲良くして欲しい。数少ない"こっち側"だからさ」

 

「分かっている、兄貴」

 

「むうっ……仕方ないですね。唯一無二のわ た し の弟のためです」

 

 どうしてそんなに張り合うんだろうか……。

 こんな感じに挨拶を終え、俺はくつろぎ始める。そもそも、さっきまで妙な緊張感に包まれていたこの部屋は俺の私室だからな。

お茶を取りに行き、戻ってきてからは本を開く。

特に何かするという訳でもないからな。部屋から出てもロクなことないから。

そんなことをしていると、ヲ級に話しかけられる。

 

「ご主人様ご主人様」

 

「なんだよ」

 

 結構前からだが、ヲ級は俺に対する『ご主人様』呼びはもう訂正する気にもなれなかった。

別に気にしたって仕方ないからな。

 ヲ級は俺の隣に座り、首を傾げてくる。

 

「今まで触れてきてくれませんでしたけど、山吹大佐から支給された服について、何かありませんか?」

 

 そう言われたので、俺はヲ級の方を見る。

至って普通のスーツで、スカートの下に黒タイツを穿いているみたいだけど、何か感想を言ったほうが良いのだろうか?

 

「似合っているぞ」

 

「あ、あううっ……あ、ありがとうございますっ」

 

 あれ? どうして恥ずかしがっているんだ? 今のを求めていたんじゃないのか?

そして何故か大和がジト目でこっちを見ているんだけど……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 昼ご飯の時間になり、俺たちは私室から出て食堂へと向かう。俺と大和、武蔵だが、そこにヲ級の姿もあった。

まぁ、ゆきから言われている通り、俺の護衛だから仕方ないな。一緒にご飯食べてもなんら問題ない。

そう考える一方で、足柄や他のあの時一緒に出撃していた艦娘たちは納得しないだろう。それに他の艦娘たちだって、ヲ級の服は違えどそれはまごうことなき『空母ヲ級』に見えるだろうからな。

その辺はどうするつもりなんだろうか、ゆきは。

 そんなことを考えていると、食堂に付く。見たところ、武蔵も大和もそこまで気負いしているようには見えない。俺だけがこれだけ心配しているのだろうか。

食堂に入り、今日の昼食が用意されていく中、その場に居た誰もが静まり返ってこちらを見る。それは俺が物珍しいとかそういうことではなく、俺と一緒に居るヲ級を見ていたのだ。

俺の考え過ぎでは無かったのだ。

 

「私の方を見ていますが、何かおかしかったでしょうか?」

 

 人の気も知らずに、ヲ級は俺にそう言ってきたのだ。まさかこの状況が自分の存在そのものが引き起こしたとは考えても無いんだろうな。

 

「俺は特にそうは思わないが、どう考えてもヲ級にしか見えないからな。服装は違うけど」

 

「それなら仕方ないですね。外見だけは私でもどうしようもありませんし、異質なモノが混じれば気付かない訳無いですもんね。服装は違いますけど」

 

 何でこんなに落ち着いているんだろうか。俺にはその心が分からなかった。

接触が無ければ気にしなくてもいいだろう、そう思って席に着く。だが、ある程度空いているところに腰を降ろしたのだった。もし本当に他の艦娘たちがヲ級であることに気付いたとしたら、近くに居るのは不味いからな。

 

「あれー? ヲ級じゃない。どうしたのそんな格好してこんなところで」

 

 そんな風に気さくに話しかけてきた艦娘が1人。伊勢だ。

南西方面に出撃していた艦娘の1人だから、別に気にもしないんだろうな。

そんな伊勢に続いて、同じく南西方面に一緒に出撃していた艦娘たちが集まってくる。

 

「捕虜として営倉に入れられていたけど、本日付でご主人様の正式なマゾ奴隷としておs[自主規制]

 

「あの時から何も変わってないですね、ヲ級さん」

 

「いいえ、変わりましたとも!! なんて言ったって先日強制的に孕ませると言ったご主人様にいr[自主規制]

 

「う、うr……いえ、何でもありません」

 

 おい。人が黙って聞いていれば、何を勝手なことを話しているんだ。そう思い、俺は間に入っていった。

 

「ちょっと待ったぁ!! ヲ級の言った言葉に何一つとして真実無いからな?! 合ってるところは今日営倉から出されて正式な辞令があったことくらいだから!!」

 

 そう俺は南西方面に一緒に出撃した伊勢、夕立、夕張、赤城に説明をする。

ヲ級を捕獲したイノシシみたいに運んだり、営倉にぶち込む手伝いをしていた時からヲ級の発言を真に受けてなかった4人なので、色々と安心するところだ。

……そう思っていた。

 

「えっ……そ、そんなっ……大和くん、私と、私と」

 

 4人中3人。夕立と夕張、赤城は今回のも真に受けなかったみたいだ。だが問題は伊勢だ。

急にうつむいたかと思ったら、鼻声になって何かぽつぽつと言い出したのだ。この状況は俺のよく分からないセンサーが危険だと警報を発している。

 

「私と結婚してくれるって言ったじゃないっ……。あれは嘘だったのぉ……ぐすっ」

 

 伊勢は真に受けてしまったみたいだ。こればっかりは色々と面倒なことがこんがらがっていて、どこから手を付けたら良いのか分からない。それに南西方面組の3人も『え?』みたいな表情をしている。一番その表情をしたいのは俺なんだけど……。

それよりも問題は伊勢だ。俺は何か結婚を示唆するような言葉を伊勢に言ったのだろうか。そう考え、記憶を遡っていく。南西方面に出撃して帰ってきたのも数日前だから、ぶっちゃけそこまで覚えていないのが現実なんだが、今はそんなことは言ってられない。

 

「私とじゃなくて、あっちから男のために味方を棄ててきた女の方が良いって訳なのねぇ~。もうずk[自主規制]

 

 さっきから[自主規制]な言葉が連発されているけど状況はカオスだ。俺と一緒に昼食を食べに来た大和と武蔵、今のカオスの中心にいるヲ級、状況を理解している夕立、夕張、赤城。盛大に勘違いを重ねている伊勢。

なんというカオス。

 

「いやいや、伊勢? あの時言ったのは『俺が守ってやる』ってことで、結婚云々って話ではなかったんだけど……」

 

「嘘よ嘘よ。だって『俺が守ってやる』って言葉はプロポーズなんでしょ?」

 

 『お母さんがそう言ってたんだもん!!』的なやつか? 俺は知らないんだけど……。

というか、どちらかと言うと伊勢も分かっててからかったりするタイプだと思ったんだけど。

 

「告白通り越してプロポーズする奴が居ると思うか? そういうのだったらちゃんと段階踏むから……」

 

 ここでやっと夕立たちのフォローが入ってきた。今までは今の状況を楽しんでいたんだろうな。特に赤城。にやけてるぞ。

そんなこんなで、ヲ級が居るいない話は伊勢が起こした騒ぎによってかき消されたのであった。

……そろそろ本気でヲ級に色々と言いつけないといけないな。人前であんなことを言うなって。いいや、俺だけだったとしても言って欲しくないけど……。

 





 前回の投稿から少し時間が開いていますが、これから書き溜めをしていこうと思います。

 そろそろヲ級の話題から脱出して、違う艦娘との絡みも出していきたいですね。
着々と大和と絡んでいく艦娘が増えていってますが、今後はどうなっていくのやら……(最近大和に対する作中での女性の過剰反応がないなーなんて思ったり)

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第26話  大和のそっくりさんはまとも?

 

 困った。

最近、俺が頭を抱えることが増えてきたとつくづく思う。そもそもの原因はこの世界に何らかの要因で連れてこられたことなんだけどな。

普段はムッツリスケベな大和が何かしらやらかした時や、加賀が何かした時や、憲兵たちが何かした時なんかがそれな訳だけども……。いや、ほとんどが加賀と憲兵たちが原因なんだけどな。

そろそろ通院して胃薬処方してもらおうか、と考え始めているんだ。

それはともかくとして、だ。今俺が何に頭を抱えているのか。それは、目の前の艦娘に理由がある。

こう表現したということは大和でも加賀でもないことは自明だ。ならば誰か?

 

「大和……」

 

「……」

 

 矢矧だ。朝食を摂って戻ってきた後、1時間くらいしたら俺の私室を訪ねてきたのだ。

海上で砲撃訓練をした後に水とタオルを持って現れた時以来、こうやって面と向かって話をしている。

それまではどうやらタイミングが上手くつかめなかったらしい。何でも基本的に俺が私室に篭っていることや、私室に居なくても執務室に居たり、浜風や磯風が近くに居て近づけなかったからだとか。なんだか引っ込み思案な人が良いそうな言い訳をされたが、それは置いておこう。今回の件には全く関係ないからな。

 矢矧がこうして俺の目の前にいる理由、それは『最期まで見届けられなかったから、巡り巡った今この時も最後の最後まで一緒に居るため』だそうだ。

ちなみに今の言葉は俺が要約したというより、人様に内容を聞かれた時に伝わりやすいように変えた文だ。本当は『大和の従者ならば、最期の時を共に海の上で駆けた護衛の旗艦である私がその席に居るべきだ』と言ったのだ。

普通の人が聞けばただの嫉妬にしか聞こえないのがあら不思議、綺麗な言葉に直せば綺麗な言葉になるんだ。

とまぁ、そんな言葉を言われて返事を悩んでいる俺なのであった。

 

「どうして俺なんだ? この鎮守府に"大和"は2人居る。本来の大和ではなく、どうして俺の方にその言葉を言いに来たんだ」

 

「それはっ……」

 

 矢矧が顔を伏せてしまった。

 どうして俺なのか? その質問は少し意地悪だったんだろうか。

彼女なりに心の中で天秤にかけ、悩みに悩んで俺の方に言いに来たんだろう。自分の発言に少し後悔しつつも、矢矧からの返事を待つ。

 もしかしたら、矢矧は『俺が男だから』とかいう理由でその天秤の重さを偽装したのではないか。そのような考えが脳裏をよぎる。

こういった"軍艦だった頃の記憶"という話題は今まで無かったから考えたこともなかったが、真面目な話をしていても大概の根幹には『男』というものが付きまとう。今回もそうなのではないか、と俺は決めつけていた。

だが矢矧はそんなことは毛頭考えていなかったのだ。否。むしろ、考えることもなかったのかもしれない。

 

「それはきっと、貴方がこの鎮守府で最初の大和だからだと思うわ」

 

 確かに、俺はこの鎮守府で最初の大和だ。本来の大和は俺の次に建造されているからな。

 

「私たちの中では"大和"という存在は貴方である、ということが……なんて言えばいいかしら。……何というか小さい子どもに『あなたのお母さんは?』と訊いて、子どもが1人だけを想像するようなことと同じ、だと思う。貴方ともう一人の大和は『同一人物であって、そうでない』ってこと……なんて言えば良いのか分からないけど、そういうことよ」

 

「うーん……。つまり『大和は2人認識しているけど、矢矧たちにとっての大和は俺で、もう1人の本来の大和はもう1人の大和』ってことか?」

 

「そういう感じね。だからほら、雪風も貴方にかなり懐いているわ。人懐っこい子だけど、貴方だけには本当に懐いている感じがするの」

 

「雪風のことは分からないけど、大体分かった。……"記憶"にある大和が俺で、護衛艦として最期まで守れなかったから近くに居たいってことで良いのか?」

 

 そう俺が聞くと矢矧は黙って頷いた。

 話は綺麗なんだけど、この話はもう1人の大和が不憫でならないな。……まぁこればっかりはどうしようも出来ない。

矢矧はこうやって俺のところに来ては居るけど、他の艦娘だって俺じゃない方の大和にも積極的に関わって行っている。仲良くしている姿はよく見るのだ。だけど、こうやって来るような艦娘は居るのか分からないな。

 

「だから大和、私もそばに置いて欲しい。今度こそ、私は貴方を守ってみせるから」

 

 強い意志の篭った眼が、俺の目を見ている。その目はこの世界で見るような『男を見た時のだらしない女の目』ではなく、強い信念みたいなものしか込められていない目だ。

下心は無い、そう言い切っている目。

 俺はその言葉を信じることにした。だが、守られるのは合わない。

大型艦らしく、男らしく俺が守ってやる……そう言いたくなったが、これを言った後で面倒なことになったことを思い出し、口を閉ざす。

頷くだけにしておこう。

 

「……良かった」

 

 胸を撫で下ろした矢矧は少し姿勢を崩し、目を閉じてから再び俺の顔を見る。

 

「言い忘れていたけど、これは私だけの意思では無いわよ?」

 

「ん? どういうこと?」

 

「これは"私たち"の意思。"あの日"まで、沖縄までを一緒に航行した"私たち"の意思。私は他の子を代表して言いに来ただけよ?」

 

「"あの日"、というと……そういうことか」

 

「えぇ。貴方もよく会っている雪風と浜風、磯風。多分近いうちに初霜と霞、朝霜も会いに来ると思うわ」

 

 矢矧が代表して来ている時点で、どういう組み合わせなのかは分かっていた。どうやらその通りだったみたいだけどな。

 

「……ところで大和?」

 

「何だ?」

 

 そんな真面目な話はこれで終わりみたいだ。矢矧が俺に何か聞くみたいだな。

 

「私はどうしてか簡単に入れてもらえたみたいだけど、廊下でうろちょろしている……」

 

「加賀のことか?」

 

「えぇ。加賀ってもっと……軍規や命令に従順なお手本みたいな人だったと思ったんだけど」

 

「キャラ崩壊している原因は俺だ。鳳翔からも理由は訊いている」

 

 今までの話は全て、俺の私室で話されていたことだった。

矢矧は武蔵の仲介で『話したいことがある』ということで、俺の私室に来て入っている。俺もその話というのが下らなくない、ということは分かっていたからこうして入れている訳なんだが、加賀はそうでもない。

私室前に度々出没しては鳳翔に見つかって連行、お説教を食らっている。そんなことがもう15回ほど起きている。

矢矧が何を気にしたのか、ということも鳳翔から小耳に挟んでいるんだけどな。俺としては面倒だから関わりたくない、というのが本音だ。怖いからな。

 

「それにしても、他の艦娘や憲兵もそうだけど、あそこまでしなくても普通に話しかけていけばいいと思うわ」

 

「全く同意だ」

 

 すまし顔でそんなことを言い放つ矢矧ではあるが、それは多分矢矧たちだけだと思うぞ。と俺は心の中で呟いた。

だってそうだろう? 俺と普通に接している連中が"大和と最期まで一緒に居た艦"だと考えれば……。他の艦との関わりは知らないけどな。

 

「そう考えるとアレだな。矢矧とか浜風たちって、あんなに飢えた獣みたいな目で俺のことを見てこないけど……それって女性としてどうなんだ?」

 

 俺は地雷を踏んでしまったのかもしれない。

この言葉を口にした刹那、矢矧は少し頬を赤く染めたのだ。

 

「もちろん、大和はとても魅力的に映るしそういう下卑た考えが無いわけではないのだけど……望みが無いわけでもないし、でもやっはり考えちゃう」

 

「あー……」

 

 完全に踏み抜いた。

 

「でも自制が効くし、ガツガツ行っても引かれるのは分かっていたから、こうやって話をしたり関わっていこうと……」

 

「分かってた、分かってたよ……。男性少ないから仕方ないもんな」

 

 もうどうしようもないな、こればっかりは。もう女性の性なんじゃないですかねぇ……。

そんな風に考えつつも、やはり矢矧も浜風や磯風、雪風と同じだ。俺の目に見える形で反応をしたりはしない。まぁ、普段話す分には全然問題ないし、仲良くしてもらうのは嬉しい限りだ。

ただし知りたくなかった。やっぱり皆同じだったって……。

 

 





 他の艦娘と絡ませてみました。といっても、元々予定していた艦娘ですけど……。

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第27話  雪風と取り締まり!!

 矢矧と話した日の午後。俺は例外なく雪風と一緒に居るわけだ。今日は何をしているのかというと、結構前にあったことだを踏まえて、それを『ゆきの代わりに仕事をする』という意味で雪風と一緒にやってることなのだ。

 かくれんぼをしている時に俺が憲兵の会話を聞いてしまった時のその憲兵たちの会話内容にあったこと。『大和の私室を覗ける場所』とか『大和と接触率の高い廊下の情報を金品で取引』などがあったのだ。

それを俺が見つけて注意した時、雪風も一緒に居たのだが、それを思い出した雪風が俺に言ったのだ。

 

『司令は怒ると怖いです!! 憲兵さんたちはいつも巡回を頑張ってくれているのに、司令に怒られるのはかわいそうですから、私が先に注意します!! "悪いことしちゃ、駄目ですよ!!"って!!』

 

 雪風のその言葉を言った時の顔、写真撮りたかった。

 それは置いておいて、だ。その取締をするために雪風は単身、ゆきにその話をしに行ったそうな。

そしたら……

 

『やっぱりそんなことが起きていたかぁ~!! じゃあ雪風、私の代わりに悪い憲兵さんを叱って来てくれない? お手伝いだよ?』

 

 と言われてしまい、やる気満々。『大和さんと一緒にやってきます!』と言い出してそのまま一緒にやっている次第でありますはい。

 

「じゃあ行きましょう!!」

 

「そうだな。遊びかと思ったら、悪徳憲兵の取締だけど」

 

 そう言う訳で、俺と雪風は鎮守府内を散歩しがてらそんなことをしている訳だ。

ちなみに今日も浜風と磯風も居る。俺たちの後ろを歩いているけどな。

 そうこうしていると、早速俺たちは遭遇することになった。

何かこそこそと話をしている憲兵3人組だ。

 俺たちはバレないように、声が聞こえるところまで接近する。

この時には浜風と磯風は少し離れて、包囲網を作ってくれるのだ。なんという連携プレイ。そして俺と雪風は何をするとは2人に伝えていない。どうして分かったんだろうな。今からやろうとしていること。

 

「ちょ!! それ、どこで手に入れたの?!」

 

「良いでしょ~、これ!!! この前提督と話しているところの近くを通りかかってね、その時に激写した1枚ッ!! この日程インスタントカメラ持っていて良かったって思ったことは無いよ!!」

 

 何やら写真を見ているらしい。

 

「データじゃないからこれ限りだし、1枚しか撮れなかったの。" 大 和 く ん の 笑 顔 写 真 ! ! "」

 

 はいアウト頂きました。

 

「良いなぁ良いなぁ!! 私も欲しいっ!!」

 

「ふっふーん!! ダメダメ!! 自分で撮ってきなよー。本人に頼んだらカメラ目線でバシャっとさせてもらえるかもよ?」

 

 嫌です。

 

「でも、本当に羨ましい」

 

「ねー!! ……他にも写真はないの?」

 

 道端、3人が小さく纏まってきゃっきゃやってたら目立つな、本当に。

それを近くで聞いてる俺たちも俺たちだけどさ。

 

「あるよー!! "大和くんのあくび写真"とか"大和くんの帰還写真"。あくび姿可愛すぎてヤバイし、帰還写真とかもう最高よ!! キリッとした表情をしてて、汗で髪が首筋に張り付いて、しかも艤装を付けてるから『ザ・戦男児』よね!! それに最強の戦艦の名を冠しているだけあってカッコイイ!!」

 

「「ゴクリッ……」」

 

 あー、これもう完全に男子高校生がグラビア雑誌囲んでいるような感じだ……。それよりも『ザ・戦男児』ってなんだ?

 

「これはヤバイ……。何がって、格好良すぎてヤバイ……」

 

「分かる。リアリズムタッチのイラストにも見えるくらい」

 

 そろそろ盗撮のお叱りをしても良い頃だろうな。それと他にも不味い写真を持ってそうだから、それを全て没収しておきたい。あと淡々と喋る憲兵。専門用語は止めとけ。分からないって顔しているぞ。2人が。

 横で見ている雪風に声を掛ける。

 

「正直、金品でやり取りをしていない辺りを鑑みるとグレーだけど、どうする?」

 

「そうですねー……」

 

 少し考えた雪風はニコッと笑って言った。

 

「大和さんは嫌そうな顔をしていました!! ですからお叱りですよ!!」

 

 なんて良い子なんだろう。出来ればそのままで成長して欲しいなんて内心思いながら、俺は頷いた。

そろそろ行動に移すタイミングだろう。

 最初に雪風が憲兵たちに近づいていく。

雪風は憲兵にも積極的に話しかけに行ったりするタイプだ。だから今回も通りかかっただけのように思われるだろう。それを利用して怪しまれずに接近する。

そして雪風は憲兵たちの体と体の隙間から覗き込み、小さい声で話しかけるのだ。

 

「あっ、大和さんの写真ですね!!」

 

「「「っ?!」」」

 

 ビクッと肩を跳ね上げた憲兵3人組は、サッとその声の持ち主の顔を見る。

そして雪風だということが分かると、少し安心したような表情で話しかけたのだ。

 

「ゆ、雪風ちゃん……どうしたの?」

 

「道端で固まってましたから、気になったんですよ!! そしたら大和さんと写真が見えて……。それ、どうしたんですか?」

 

 屈託のない笑顔と共に尋問を始める雪風。実は"そういう娘"なのか? そうなのか?

少し雪風の将来が不安になる。

 

「コイツが撮ってきた写真。通りがかったところでたまたま持ってたインスタントカメラで撮ったみたい」

 

 知ってる、って顔をした雪風が話を続けた。

 

「そうなんですか? それにしてもなんだかアングルが変ですね? 撮らせて貰ったのなら、こんな風に映らないと思うんですけど……」

 

 え? 今の地なのか? 雪風超怖いじゃん。しかも表情はいつもと変わらない笑顔だし、声色もいつも通り。

 

「どうやって撮ったんですか?」

 

 その笑顔、普段なら『眩しい!!』とか云うところなんだけど、どうしようか。

ここまで来ると雪風の演技力とか本物と同域に到達しているし、何なら本物超えてないか?

 それは置いておいて、そのことに気付いていない憲兵たちは少し困った表情をしていた。

雪風に『盗撮』のことを云うか云わまいか、というところは分かる。それ以外にも悩んでいるように見えた。特に撮影した憲兵。思案を巡らせ、なんとかこの場を回避する方法を模索しているようにしか見えない。

そして導き出された答えを云うみたいだ。

 

「ま、まぁ……気にしないで欲しいかな? それよりもさ、これあげるから黙ってて欲しいんだけど」

 

 そう言っておずおずと雪風に差し出したのは、"大和の笑顔写真"だ。俺の笑顔写真な。そんなに悩んだ結果、口止め料を払うことにしたらしい。全く……どうしてここの憲兵は皆揃ってこうなのだろう。俺がよく通る廊下の情報料然り口止め料然り。

 憲兵がプルプル震えながら差し出した写真を雪風は花が咲いたような笑顔で受け取る。

眩しい……眩しすぎる……ッ!! 某大佐が出てきそうですね。ちなみにゆきじゃない。

 

「うーん、何を黙るか分かりませんがありがとうございますっ!! 大切にしますね!!」

 

「う、うんっ……」

 

 なんだろう。あの憲兵、罪悪感に苛まれているような表情をしているなー。そして惜しいものを渡してしまったと言わんばかりの雰囲気。

後悔しているようにしか見えないんだが、そこまでの表情するなら他のを渡しておけば良かっただろうに。

 そんなことを俺が考えている間に、雪風は行動に移した。

写真を持って憲兵たちから離れていったのだ。行き先は俺のところではなく、浜風と磯風がたまたま通りかかったのを装うように動き始めたところだった。

何あの3人。示し合わせているんだろうか。テレパシーかなにかで更新しているのか? 電波系艦娘なのか?

 

「浜風さん! 磯風さん!」

 

「……雪風ですか? どうされました?」

 

「これ、貰っちゃいました!!」

 

 そう言って雪風が浜風にその写真を渡し、渡されたものを磯風とまじまじと見ている。

その様子を見た憲兵3人組は冷や汗をダラダラと流し始めた。そして撮影した本人は、今まで手に持っていた写真をソソクサと軍服のポケットに仕舞いはじめ、無理やり仕事の話を2人に振り始めるのだ。

『さ、最近門の前に不審者がよく居るらしいんだけど、何か知らない?』と2人に訊き始めたのだ。

 その声も動作も見えているであろう浜風と磯風は、憲兵たちの方に向かって歩き出した。その写真を見ながら。

 

「これは、良い物を貰ったんですね」

 

「羨ましいな。私も欲しいぞ」

 

 浜風と磯風に挟まれて歩いている雪風はニコニコしながらその言葉に返答する。

 

「えへへー、これは雪風が貰いました!!」

 

「そうですね。ならばお返ししないと」

 

 浜風は雪風から受け取った写真を返し、そのタイミングであることを口にしたのだ。

まさに狙っていたようなタイミングで。丁度憲兵たちの近くを通り過ぎようとしていた時だったのだ。

 

「ですけど雪風? これはアングル的に"盗撮"した写真ですよ。誰に貰ったんですか?」

 

「"とうさつ"って何ですか? ですけどこの写真はこの憲兵さんに貰いました!!」

 

 そう言って本当に狙っていた様に、雪風が写真の元の持ち主を指差したのだ。

その方向を見た浜風と磯風は、ジーっとその憲兵の顔を見る。そして近づいて行ったのだ。

 

「憲兵さん。私もその"写真"、欲しいです」

 

「私も欲しいぞ。"大和"のことを"盗撮"した写真」

 

 写真を撮った憲兵は完全に慌てていた。そして連れの憲兵2人は、まるで自分たちは関係ないかのような雰囲気を漂わせ始めている。自分らも欲しがっていただろうに。

まぁでも、撮った憲兵よりかは軽いだろうな。そんな風に考えていた。

そろそろ出番だろうか、と動き出そうとしたその時、どこからともなく現れた艦娘たちによって憲兵3人の包囲陣が作られたのだ。

 

「大和の」<矢矧

 

「盗撮と」<初霜

 

「聞いて」<朝霜

 

「即」<霞

 

「「「「参 上 っ ! !」」」」<4人

 

 デデーンと効果音が付きそうな登場をしてみせたのは、今朝話した矢矧と初霜、霞、朝霜だった。

5方面包囲陣。逃げるのなら、身体の小さい初霜と霞が立っているところを強行突破するしか無い。それは見ればすぐに分かることだった。

このよく分からない登場をした矢矧たちが造り出した包囲陣を完全なものにするべく、俺も行動を起こす。初霜と霞の間に立ったのだ。

 

「そしてその大和、参上」

 

 あれ? なんで白けたの?

まぁ良いや。話はここからだ。色々ツッコミたいところはあるけど、それは後からでも良いだろう。

 

「ふふふっ」

 

 そんな風に笑った雪風は浜風と磯風の間から抜け出して、俺のところへと来る。

そして憲兵たちに言い放ったのだ。

 

「言いたいこと、分かりますよね? ここに大和さんが居る理由。そして、どうして艦娘が何人も現れて包囲陣を敷いたのか……」

 

 やっべ。雪風、悪魔顔してるんだけど。いいや……普段の眩しい笑顔なんだけど、どこかそれとはかけ離れた何かに見えてしまっているのだ。

これは俺だけなんだろうか。

 その一方で憲兵たちは、状況を早々に理解したみたいだ。

写真を持っていない憲兵2人は、写真を持っている憲兵の肩をトントンと突く。それは催促を意味していたことはすぐに分かった。やはり残念でも憲兵は憲兵らしい。

もう今にも泣きそうな表情をした、写真を持っている憲兵がポケットを弄って写真を何枚か出した。

それを浜風は受け取り、全てを確認する。そしてそれを持ったまま訊いたのだ。

 

「これで全部ですか?」

 

「は、はい……」

 

「そうですか」

 

 そう言って押し黙った浜風に、どうしようかとビクビクする憲兵。そんな状況下にて、自分の立ち位置が明確になっていない憲兵2人は腰に付いている装備品に手を掛けたのだ。

金属音と共にもう半泣きしている憲兵がガタガタと震えだした。まぁ、普通に考えたら"ブタ箱"行き確定なんだよね。一応、形式的な軍法会議には掛けられるみたいだけど。

だが、俺たちのこの行動はそういうことをするためのものじゃない。そうゆきに云われているのだ。だから雪風は"装備品"が腕に巻かれる前に言った。

 

「憲兵さん」

 

「ひゃい……」

 

「悪いことしたら駄目ですよ? ですけど、今回は良かったです」

 

「ひゃい?」

 

 『ひゃい』しか言ってないぞ、憲兵。しっかりしろ。

 

「雪風たちは司令に見つかる前に、悪いことをした憲兵さんたちを叱って回っているんです!! 皆さん優しい人たちですから、ずっとここに居て欲しいんです!!」

 

 あー、これは本物の笑顔だー。さっきまでの裏のありそうな笑顔とは違っていて、とても眩しい……。ん? これではその時の反応と変わらないな。

それは置いておいて、だ。写真を持っていた憲兵はその場に座り込んでしまった。安心感からだろうか。それとも何かから開放されたからか。俺には分からないが、人前でビービー泣くのは止めておいた方が良いと思うぞ。

 

「あ"り"か"と"う"! ゆ"き"か"せ"ぢゃん!! うええぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

「そんなに泣かないでくださいよ~。憲兵さん!!」

 

「あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁ!! な"ん"て"私"はい人間だったんだぁぁぁぁ!!」

 

 泣きすぎて雪風以外がドン引きしているんだけど……。

 まぁそんなこんなで俺と雪風による取締は、今日の午後だけで4件にも及んだ。

これに関してゆきに報告するつもりはないけど、多分雪風は言いに行っているんだろうな。悪気はないんだろうけど……。

ちなみに取締をした中には艦娘も紛れており、どこぞの航空母艦やらが居たが俺の記憶から抹消したい。

どうしてかって? 何故なら、どうやって持ち出したのか知らないが、俺の服を持っていた鳳翔が[自主規制]

 




 雪風が闇を抱えているんじゃないかって? それはないです(真顔)
それと突然現れた4人組はどうして居たのか……それは秘密です。あとキャラ崩壊の件ですけど、タグにありますので指摘されてもどうしようもないですからね……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第28話  護衛が付くそうです

 今、俺の私室にはかつてないほどの人数の艦娘が来ている。

矢矧に雪風、磯風、浜風、朝霜、初霜、霞だ。雪風たちはよくつるんでいるし、たまに来るけど他は初めて俺の私室に入っている。

 俺の隣には雪風が座り、反対側に浜風と磯風が座っている。正面には矢矧たちが座っているこの状態は、どう説明すればいいのか分からない。

とりあえず、ここに集まった理由を片付けるとしよう。

 

「とりあえず皆、話は矢矧から聞いている」

 

「「「「……」」」」

 

 正座で俺の目をジーッとみている3人(朝霜、初霜、霞)に、確認のためにその話を前振りしておく。

 

「まぁ、その……よろしく頼む」

 

「「「はい!!」」」

 

 あー、今回の集まった理由が終わってしまった。一応、挨拶をしておこうと思ったのだ。

他の有象無象の艦娘だったなら、出撃で同じ艦隊になった時に挨拶を交わせばいいかと思っていた程度だったが、今回のは内容が内容だけにこうしてちゃんと面と向かって話すべきだと思ったのだ。

 それにしても、俺はこれで満足しているんだが、他の皆は満足していない様子。

矢矧も言っていたが、やはりヲ級のことだろうな。それは分かっているから、事前に呼んである。矢矧が俺の私室に来た時も、雪風と取り締まりをしていた時もヲ級は所用で俺の近くから離れていたのだ。ゆきに呼び出されて何かしていたらしい。俺も詳しくは聞いていない。

 ヲ級はすぐに俺の私室に入ってきた。

カギは渡していないが、他の艦娘たちや憲兵たちは俺の私室の前に集まったりする癖に勝手に入ってこないからな。俺が扉を開けるとああなるけど……。

そこら辺はチキンなんだろう。

それはともかくとして、俺としては"あの"ヲ級よりも断然に、矢矧たちの方がいい気がするんだ。

 

「はぁ~い!! 貴方のド変態マゾ奴隷のヲ級ち……貴女たち、誰?」

 

 そういって入ってきたは良いものの、他にも来客があることは分からなかったみたいだ。くるくる回りながら来ていたスーツを脱いでいたが、それも途中で止まっている。

そして俺と浜風の間に割り込んできた。

 

「これは一体何が起きているというんですか、ご主人様っ!! ……もしかして私の後輩?」

 

「お前みたいな特殊性癖持ってる奴、そうそう居ないぞ……」

 

 ……あれ? 数人目を逸らしたんだけど。

 

「ならあれですか? メンツ的に……」

 

「あぁ、あれだ。だからヲ級みたいにふざけている訳でもなく、"純粋"な心で俺のところに来ている」

 

 ……あれ? 雪風以外が目を逸らしたんだけど。

 

「そうなんですか? まぁ、こうやって来たのも分らんでもないですけどね。私は理解しますよ」

 

「結構分かっている上に聞き分けが良いのな」

 

「そりゃもちろんご主人様に"ご褒美"と称してちょ[自主規制]

 

「そんなことしない」

 

 ヲ級の言わんとしていることは分かる。

それにその話なら、前に矢矧から聞いているからな。今日はそれを理解した上で、俺はこうして面と向かって話(それらしいもの)をしていたのだ。

 

「ま、矢矧から説明も受けているし、何をどうするためにこうするのかは分からないがよろしく頼む。俺としても大和や武蔵、ゆき、雪風たち、それと誠に遺憾ながらヲ級くらいしか話の出来る相手がいなくてな。本当ならば俺から行って、俺自身でそういう話し相手や友だちを作っていくものなんだが状況が状況だったんだ。本当にそういう面でもよろしく頼む」

 

 俺はヲ級を後ろにどかし、浜風たちに元のところに座ってもらう。

特にこれから話すこともないが、おそらくこの流れだと自己紹介になるだろうな。俺としては全員の名前と顔は一致しているものだから、必要ないんだけどな。あちらの初霜たちはそれを知らない。

だから自己紹介をしてくるだろう。

 

「私は初春型駆逐艦 4番艦 初霜です!! もう貴方のそばから離れません!!」

 

 恰好を見る限り、どうやら改二になっているみたいだな。

青い鉢巻を頭に巻いているし、生で見たのは初めてだが、小学校高学年くらいには見えるだろう。

 

「あたいは夕雲型駆逐艦 18番艦 朝霜さ。ヘマやらかして置いてかれることはもうしない。ずっと付いていくさ」

 

 気のいい雰囲気だな。こういう人は俺も好ましく思うぞ。少し顔が赤いけどな。

 

「霞よ。朝潮型駆逐艦 9番艦。アンタのことはこれから私が面倒見るわ。敵だってアンタに近づかせないわ」

 

 なんとも頼もしいこと。少し口が悪いが、ゲームの時とは断然に柔らかいな。それに霞も改二乙みたいだな。

自己紹介の後の意気込みがなんだか世話焼きっぽくてアレだったけど……。

 一通り自己紹介を聞いて、俺はふと思った。

今の、進水した艦娘が提督に自己紹介するのと同じじゃないか、と。……深く考えてもどうせ分からず仕舞いだから、まぁ良いだろう。

 

「ま、一通り済んだことだし自由にしようか。あと、ここには自由に来てもらっても良い」

 

 大和や武蔵、ヲ級も来ているからな。矢矧たちもそこまで警戒することもないだろう、と俺は判断したのだ。

 結局この後、かなり長い時間俺の部屋に全員が居座った。じっとしているのも退屈だからと言って、初霜がトランプを持ってきたので、それで大いに盛り上がった。

ちなみに矢矧は何をやらせても弱かった。ババ抜きをやらせればすぐに顔に出るし、大富豪をしようものなら手詰まりで最後まで残っていたからな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「……来たか」

 

「あぁ……」

 

 何やってんの、この2人。

 というのも、俺は今、執務室に来ている。

ゆきに呼び出されて来てみたのは良いものの、入ってみるとこの様だ。室内は薄暗く、座っているゆきと横に立っている武蔵を下から暗いライトが照らしているのだ。

何なの? そんなにエ〇ァネタやりたいの? どうせゆきが途中で地が出るからな。ま、乗っておくか。今日は。

 

「『来い』だけだなんて、一体何を考えているんだよ!! 姉さん!!」

 

 ちなみに『父さん』って呼ぶと性別違うし『母さん』って呼ぶのも歳的にはないので、姉さんと呼ぶことにした。

 

「ふっ……"出撃"」

 

「山吹……他の艦娘は出撃できないぞ……」

 

 あれー? 枠いくつも足りなくないですかね?

 

「さっき到着したじゃないか」

 

「だが、彼は……」

 

 少し間を置いたゆきが口を開く。

 

「……なら、ヲ級を出すんだ」

 

「いいのか?」

 

「死んでいる訳ではない」

 

 いやいや、死んでたら何だったんだよ、あいつ!! というかすっ飛ばしまくってるなおい!!

 

「あーやめだやめ!! それで、呼び出した要件は?」

 

「ぶー!! 途中まで乗ってくれたのに、あきらめるなんて!! ま、いっか!!」

 

 良いのかよ……。

そう言ったゆきは俺にある書類を渡してきた。

内容は『特異種である大和型戦艦 一番艦 大和に対し、常時警備をつけるように』と書いてある。

 少し考えている俺に気付いてないのか、ゆきは自分で色々と口頭で説明を始めた。

 

「それの命令の元は大本営の御雷(みかずち)さん。どうやら上申して、そのまま大本営で質疑、その後海軍上層部から命令書が下りてきたみたい」

 

「へー。それで?」

 

「だから常に大和の警備をする部隊を作って、常に横につけとけってことさぁ~。はぁあ、今の鎮守府の状況、分かってて送って来てるのかなぁ? ねぇ、武蔵」

 

 武蔵は黙ってうなづいた。

ゆきの言わんとしていることは、俺にも十二分に分かる。護衛を付けろと言っても、そういった場合はだいたいが憲兵になるものだ。だがウチの憲兵は揃いも揃ってダメなやつらばかり。取り締まりするどころかされている立場だからな……。

となると、そもそもゆきが指定しているヲ級のことを護衛としても良いんだが、偽名を使えば調べられたら一発でアウトだし、だからと言ってヲ級が護衛をしているなんて報告はできないだろう。

 

「そうだな。ヲ級がやってくれてはいるが、上に報告はできないし……」

 

 2人して頭を抱えているが、残念ながら俺はそんな状況に陥って等いない。

最近そういう関係で俺のところに来ている艦娘たちがいるのだ。自分たちで勝手にやっているものだが、この際公認にしてしまえば身動きも取りやすいだろうな。

俺はそう考え、矢矧たちのことを言うことにした。

 

「そのことだが、俺から提案がある」

 

「ほんと?!」

 

「あぁ。つい最近、矢矧たちが真面目な話で俺のところに来たから話を聞いたんだ。ま、端折って言ってしまえば『近くに置いてくれ。下心的な意味はない』と言って、自ら買って出て俺の近くにいるんだ。矢矧たちをそのまま正式に護衛にしてしまえば、もう決まるんじゃないか?」

 

 護衛というよりも、最期まで守れなかったことや生き残ってしまったことに関することで、こういう風に再会(?)したから、もう近くは離れないと言っているだけなんだがな。

まぁ、やっていることは護衛と変わらないから、そのまま今の悩みの種の解決策にすればいいと思う。

 俺が言った言葉に、すぐにゆきは書類を机に出して記入を始めた。

よく見たら、今日の分の執務は終わっていたんだな。まだ昼前なのに。

 

「それで? たちってことだから、複数人いるよね? 誰なの?」

 

「矢矧、浜風、磯風、雪風、初霜、朝霜、霞だ」

 

「あー……うん、メンツ的に察したよ。仕方ないかもねー」

 

「俺も仕方ないと思ってる」

 

 ゆきは名前を書類に書き込み、そのままハンコを押した。そして書き終えたものを武蔵が持ったのだ。

これから提出するんだろうな。どうしているかは知らないけど。

 武蔵はそのまま執務室を出て行ってしまった。

執務室に残っているのは俺とゆきだけだ。

 

「……雪風とか、大和のこと絶対兄のように思ってるよねぇー」

 

「そうかもしれないな」

 

「あの接し方、甘え方、完全にそれだし……。というか大和も妹と接しているような振る舞いだもんねぇ」

 

「年の離れた妹を持った気分だ」

 

 そうかそうかと言わんばかりに腕を組んでうなづいているゆきに、俺は少し頭を掻きながら答える。

だが、そうでない時もあったりするんだ。主に俺とじゃない、誰かと接している時なんだけどな。というかキャラが変わる。

 

「……時々怖い時あるけどな」

 

「え? 何か言った?」

 

 絶対聞こえていたよな。絶対聞こえていたよな……。

ゆきのことだ。多分分かっているんだろうな、雪風のこと。俺が知らない何かを……。言及して教えてもらっても良いんだろうが、今聞いたところでゆきは多分教えてくれない。

そのまま俺は黙ることにした。言うこともないしな。

 

「ところで大和」

 

「なんだ?」

 

「これで呼び出した理由はなくなったんだけど、どうしよう」

 

 まぁ、そうだろうな。俺に付ける護衛の話をしたいがために、呼び出したんだろうし。

多分ゆきはもっと時間が掛かると目論んでいたんだろうな。

 

「……なら今から上に出す報告書を作ればいいんじゃないか?」

 

「もう名前を入れるだけのところまでやってあるんだよねぇ~」

 

「仕事早いなオイ」

 

 椅子でクルクル回りながら、ゆきはそんなことを気の抜けたように話す。

 

「ま、護衛要員は直筆で書く書類があるからさ。そっちをやってもらおうかな」

 

「そんなものがあるんだな」

 

「うん。とは言っても、人間がなることが想定されているものだから、欄が小さいんだよね」

 

「良いんじゃない? 別に書けりゃいいだろ」

 

「それもそうだねー」

 

 書類をぺらっと机の上に出したゆきは、そのまま俺に頼んできたのだ。

該当する艦娘を至急、ここに呼んで欲しいとのこと。

執務室から出るのが面倒なのも分るけど、どうして武蔵はゆきの横で同じように面倒くさそうな表情をしているんだ。お前の仕事だろうが。

 矢矧たちを一度呼び出す必要があるみたいなので、俺が呼んでくることにした。

と言っても、なんとなくだが俺が行かずとも来そうな気がする。呼んでないが来たことが一度あったからな。

雪風と取り締まりをした時、俺の盗撮写真が云々って時に現れたからな。ということで、少し試してみることにする。

 

「なぁ、武蔵」

 

「なんだ?」

 

「ちょっとこっちに来てくれないか?」

 

「ん? あぁ」

 

 ゆきに来てもらうのも悪いから、ここは武蔵に頼んでみよう。

 

「どうしたんだ、兄貴」

 

「ちょっと、こう、頼めないか?」

 

「何をだ?」

 

 ついでにいつもクールぶってる妹にお仕置きだ。

よく大和がされているからな、不公平だろう。俺はスッと武蔵に近づき、頭に手を乗せる。

急なことに戸惑いはするが、まだ崩れない。ならば何か言うしかないな。

 

「武蔵」

 

「ど、どうしたんだ、兄貴。急に私の頭に手を乗せて」

 

「いつも秘書艦お疲れさま」

 

 そう言って撫でてみる。

……うん。いい具合に混乱しているな。顔が赤くなってるし、少しおろおろしている。

 

「今日はいつも頑張ってる奴らに感謝デーだ。主に俺と交流のある奴らに対してだが」

 

 全くの嘘っぱちだ。

 

「い、いや……。わ、私はそこまで頑張っているつもりは……」

 

「良いんだ」

 

 もし矢矧たちも他の艦娘と同じく、こういうこと(男にしてもらったらどうのってやつ)に興味はあるだろう。

この世界はそういう世界だからな。あんまりやりすぎるとアレだけど。これであと1手で、それが分かる。

 

「たまには良いだろう? こういうのも」

 

「そうだな……」

 

「てことで、先着7名でやry」

 

 と言いかけた刹那、執務室の扉やちょっとよく分からないところから、続々と光の速さで人影が姿を現す。

そして俺の目の前で整列したのだ。

 

「大和の」<矢矧

 

「なでなでと」<浜風

 

「聞いて」<磯風

 

「私たち」<初霜

 

「あらゆるところから」<朝霜

 

「即」<霞

 

「「「「「「 参 上 ! ! 」」」」」」<6人

 

「です!!」<雪風

 

 ほらみろ。すぐに出てきた。

……あれ? どうしてこの7人の中にゆきが混じっているんだ?

 

「……おい」

 

「なぁに?」

 

「執務」

 

「はい」

 

 とりあえず、ここから出ることなく呼び出せたので、一応やることは終わった。

なんだか俺のことを恨めしそうにちらちらとみているゆきが見えなくもないが、さっさと執務を終わらせた方がいいと思う。机の上に山になってる書類があるもんな。

仕方ないんじゃないだろうか。

 

「ひーん!! 大和がいじわるするぅ~!!」

 

「まぁまぁ良いじゃないかぁ~」

 

「武蔵はそのだらしない顔を戻してから言ってよ!! 説得力皆無ッ!! たまに書類の落書きで『おn……むごむご!!」

 

「あーはっはっはっ!! さっさとやらないと、兄貴が戻っていってしまうぞー!!」

 

 防いだつもりだろうが残念だ、武蔵。その件に関してなら、既にゆきから報告を受けているんだ。俺に、直接。どんな内容だったかは武蔵の威厳のために言わないでおこう……。

うん。それがいい。あとそろそろゆきが青い顔しているから開放してやってくれ。

……あ、気を失った。

 




 前回の投稿から結構時間が空いてしまいましたが、気にしないでください(白目)
 そろそろ鎮守府の日常ネタからも脱出する必要がありそうな気がしていますが、出撃したらしたでヲ級のような個体の相手をしなければならないという……。
まぁそれは置いておいて、今後も少し投稿の間隔が空くと思いますので、ご了承ください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第29話  プロパガンダってなんだっけ? その1

 プロパガンダ。良い意味で使うようなことのない言葉だと、俺は勝手に決めつけている。

この際だから、ちゃんとした意味を調べてみよう。

 

『プロパガンダ:、特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った宣伝。通常情報戦、心理戦もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され、しばしば大きな政治的意味を持つ(※注 Wikipedia「プロパガンダ」より抜粋・改稿)』

 

 良い意味……ではないのかもな。俺個人の持つ価値観とかのせいだろう。

 それはともかくとして、だ。

どうして急に『プロパガンダ』を話題に出したのか……。

 

「海軍兵力だけが他の2軍よりも貧弱だから、広告塔に大和を使おうって海軍部長官が直々に命令書を送り付けてきたんだけど」

 

「そうみたいだな」

 

「てな訳で大和ぉー。ちょっと海軍部広報課の取材を受けて雑誌とかポスターに出てくれないかな? こればっかりは反対も何も出来ないからさ」

 

 目の前で拝み倒しているゆきが言った通り、俺を使ってプロパガンダ広告を作る軍の方針に従うべく、命令を受理していたところだった(させられていた)のだ。

扱い的には軍人である俺は上の命令には背けない。職権濫用な内容は拒否権と共に全ての法の上に立つ『男性保護法』の前にはどうすることもできなくなるが、今回の命令は書面上問題ないし仕事でもあるので、俺は抵抗することなく受理するのだ。

 

「つまりは海軍軍人を集めるための広告塔をしろ、ってことだろう?」

 

「端的に且つ簡単に言えばそうだねぇ。いやぁ……理解が速くて助かるよ」

 

「良い。こういう広告のやり方は基本中の基本だ。あまり関係ないとはいえ人員確保のためだ。精一杯やるさ」

 

「ありがとう~!!」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺の了承を得た、ということで早速その話は動き始めた。

俺たちが大本営やら横須賀に向かうのかと思ってたが、どうやらあちらが呉に来てくれるみたいだ。それに加えて、俺の知らないところで色々と決まり事を作ったとのこと。

日程は広報課が決めるみたいだが、大雑把にしか決めておかないらしい。俺の体調とかを気にして、変更をしやすくするためみたいだ。内容はポスター用と雑誌・軍のホームページに添付する写真撮影、インタビューを行うとのこと。出来れば訓練・演習中の写真も欲しいとのこと。その辺はこっちで俺を交えて検討するらしい。

 そんなこんなで時は過ぎていき、遂にその広報課が呉第二一号鎮守府に来る日になった。

昨日、一度ゆきに呼び出されて再度確認を行ったが、この時にこちらはこちらで決めることは決めておいた。

1つ目、護衛(矢矧ら)を常時付けたままにすること。2つ目、インタビューの時にはヲ級を付けること。3つ目、一応憲兵同伴。

最初はまだしも2つ目と3つ目が不安しか感じられないんだがどうだろう。

 という訳で、俺は今初顔合わせをしているところだ。

同席しているのはゆきと護衛の矢矧たち。あとは広報課から派遣されてきた事務官4名だ。ここに俺も合わせて13名だ。会議室での顔合わせ。室外には建前的な意味で憲兵も立っている。

命令が伝達された時にはかなり騒がしかったけどな。『え? 大和くん関係で?! いやっほぉぉぉぉぉぉぉ!!!』とか『超ラッキー!! 今年の運全部使い果たしたかもぉ!!』とか言っていたが、俺は知らない。なんでそんなに喜んでいたのか俺は知らないからな。

 

「わ、我々は大本営海軍部広報課より派遣されました、青谷中尉です。こちらは部下の一ノ瀬、新野(あたの)江樫(えがし)です。よろしくお願いしましゅ」

 

 初っ端から噛んでるぞ、中尉殿。クールぶってるけど、残念ながらもうその仮面も使えないな。

 

「本日から海軍広報活動のために、御足労いただきまして誠にありがとうございます」

 

 御足労いただいたのは自分らだろうが。この人、表情とは打って変わって相当テンパってるな。隣に座っているゆきが笑うの我慢しているし……。

 

「早速なんですが、先日お伝えしました訓練・演習中の写真撮影などはどうしましょう」

 

「別に良いんじゃないですか? 今日の演習には強引に大和を捻じ込みましたから」

 

 何それ聞いてないんだけど……。訓練・演習に編成された艦娘(俺も含む)には前日に通達があるんだよな?! たまにというかだいたい、俺がそういうのに参加する時って事前連絡ないのな!!

散々男性保護法云々ってあったけど、ゆきが一番それに引っかかってるんじゃないんですかねぇ!!

とかなんとか心の中で叫んではいたが、一応は上司。俺は黙って従う。不満なら後でいくらでも言えるからな。御機嫌取りだとか云って、どこかに連れてかれそうでもあるけど。

 

「そ、そうですか……」

 

 ちなみにこれまでの話は全てゆきに向けて話していたものだ。事務官たちは何故だか俺の方を向こうとはしない。

そんなんで仕事はやっていけるのだろうか、と心配している間にも話は進んでいく。

 

「では……コホン」

 

 何か咳払いしたな。それと俺の方を見た。

……うん。顔赤すぎだろ。赤すぎだろ(重要だから2回言った)。

 

「しょれでは、さっしょくしゅらいをはじめさせていたらきまふ」

 

 全然言えてないんだけど……。何が言いたいのかは分かるんだけどさ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 色々聞き出されはしたが、俺が答えたくないものに対しては全く言及してこなかった。そりゃそうだろうな。色々言って俺が不快に思ったりだとかして訴えれば、すぐに牢屋にぶち込まれるもんな。

そういう対応をするのが、この世界での"普通"なんだろう。今まで会ってきた人たちが異常だったんだな、きっと。

 それはともかくとして、終始挙動不審だったところがなんとも言えない。

途中から部下がインタビューするのを変わっていたくらいだからな。部下は部下でどもっていたけど……。

 

「戦線にも参加されているとのことですが、やはり前線で戦うこともあるんでしょうか?」

 

 今では中尉程どもることはないけどな。

 

「たまにありますよ。掃討任務とかですけど」

 

「そうなんですか。……やはり前線に出るとなると、負傷して帰還することもあるでしょうけども、その辺りはどう思われますか?」

 

「何とも思わないと言えば嘘になりますが、戦いに赴くのは怖いことですよ。ですけど、政府の保護下には入らずに残ると決めたんです。覚悟はできています」

 

 俺はそう言い切ったが、何の覚悟が出来ているのだろうか。

"死ぬ"覚悟なんて出来ていないというのにな。

 

「なるほど……」

 

 なんか納得したような感じでメモを取ってるんだけど、一応これって軍人ならテンプレで答えるような内容だよな?

そんな俺のことは知ったこっちゃないと言いたげに、インタビューは進んでいく。

ちなみにさっき、矢矧とゆきは出て行った。その代わりにヲ級が入ってきているんだけどな。一応、ロシア系の名前を自分で付けてそれを名乗っていたが問題ないだろう。

ウェーブの掛かっている髪も、今日はストレートになっていた。アイロンでも掛けたんだろう。

 

「……これでインタビューは終わりです。ありがとうございました」

 

 どうやらインタビューは終わったみたいだな。かれこれ30分くらいだけだったが、雑誌の記事に出来る程度の内容は取れたのだろうか。

 

「体調の方は大丈夫でしょうか?」

 

「え?」

 

 いきなり何を言い出すのだろう。まぁ、気を配っているんだろうな。

 

「平気ですよ。このまま写真撮っちゃってください」

 

「良いんですか?」

 

「えぇ。早く終われば貴女方の仕事も早く済ませることができますよね? それに、すぐあとに演習も控えていますから」

 

 そう言って、俺は派遣されてきた4人にさっさと写真を撮るように言う。

すぐにカメラを取り出し、撮影に入った。あれこれとシチュエーションを指定しての撮影。相手が居ないというのに、さも誰かに話しているような身振りをして写真を撮らせるというのも、なんとも変な感じがする。もちろん立ち姿の写真も撮られた。それだけだった。

 案外あっさりとしているものだ。

インタビューの内容も写真のポーズ指定も何もかも……。もっと根掘り葉掘り聞かれるのかと思っていたし、なんか過激なショットとかの注文もあるのかと思っていた。流石、軍の広報用というだけあるな。そういう下心を全く感じさせない内容だった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺がインタビューを終えたことをゆきに報告すると、そのまま演習へとい入っていく。

ちなみに写真撮影をするために、撮影係の艦娘が演習に同伴することになった。その艦娘はというと……。

 

「広報用の撮影を任されました、青葉ですっ!! お久ぶりですね、大和さん!!」

 

「あ、あぁ……香羽曹長に連行された」

 

「その青葉ですぅ!! あれ以来エンカウントすることがありませんでしたが、今日はよろしくお願いしますね!!」

 

 何て元気な艦娘なんだろうか。雪風までとはいかないが、アレだな。うん。

そんなことをしていると、演習艦隊の面々が集まってきていた。

 今日の演習は横須賀から来ているゆきの同期であり友人、第三二号鎮守府の白華 透子だ。

そこの艦隊との演習。色々と決め事とか手続きを踏んでいる、双方ガチの真剣演習を行うことになっていた。

 

「今日はよろしくね」

 

「あぁ。よろしく」

 

 俺と青葉が話しているところの近くで、ゆきと白華提督が話している。

そこからまた少し向こう側に、演習相手の艦隊が控えていた。見る限りだと、こちらの編成に合わせてきた雰囲気がある。

ガチンコ勝負を望んでいるようだな。編成は旗艦に長門、陸奥、羽黒、木曾、蒼龍、飛龍だ。

ちなみにこちらは旗艦が俺、足柄、古鷹、北上、翔鶴、瑞鶴。

あちらはどうなっているか分からないが、こちらはゆきが好きな戦法で攻めるつもりだ。空母の2人には艦戦ががん積みされている。少しだけ艦爆が積んであるけどな。

航空戦は敵攻撃隊の壊滅を主眼に置いている状況で、艦隊戦のケリは水上打撃で付けるとのこと。別に俺としても面白いから気にしないんだけどな。

 

「じゃあ、そろそろ始めようか」

 

「そうだね」

 

 2人の話も終わったようで、ゆきがこっちに向かってくる。

もう演習を始めるのだろう。俺たちは所定位置に向かい、演習開始の号令を待った。

 




 今回は少し真面目な話をします。とは言っても、こっちの空気で真面目にやるので身構えないでくださいよwww
 
 それと活動報告を更新しましたので、ぜひご覧ください。

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第30話  プロパガンダってなんだっけ? その2

 時々相手してもらっているとはいえ、やはり少し怯んだ様子を見せることが多い。

戦闘開始の号令があってから航空戦を終え、砲雷撃戦に入っている。今回もゆきの狙い通り、航空戦ではこちら側の圧倒的有利な状態で砲雷撃戦に突入していた。

こちらの偵察機は翔鶴・瑞鶴の戦闘機隊の大層な護衛を付けており、相手の迎撃機・対空砲火をもろともしない安定した弾着観測が行えていた。

 

「目標、敵艦隊左列!!」

 

 俺と足柄、古鷹は一列に並び、T字有利の状態だ。

 

「右舷斉射!!」

 

 阿吽の呼吸で主砲斉射を行う。

南西諸島方面への出撃以来、足柄と一緒に出撃することは増えてきているので呼吸が合わせやすい。古鷹は今回が2度目の出撃ではあるが、タイミングをうまい具合に合わせてくれるのでとても戦いやすいのだ。どちらも改二であるのがアレかもしれないけどな……。俺よりはるかに練度は上だからな。

 戦況は拮抗していた。足柄と翔鶴が損害軽微。古鷹が小破していた。俺と大井、瑞鶴は無傷。一方で相手はというと、長門は軽微、羽黒は小破。木曾と蒼龍、飛龍は無傷だった。

大局を見ると若干こちらの方が劣勢だ。

 

「距離を取って再度攻撃を行う!! 離脱!!」

 

 回頭号令を出すと、これを待っていたかと言わんばかりに演習相手が攻勢に出てきた。戦況を見れば、態勢を整えるために一時撤退を選択したかのように見えるだろう。

複縦陣後列の大井と足柄が後方に向かって砲雷撃をしながら離脱を図る。

 

「回頭してもこっちは手負いが多いから速力が出ない!! 追いつかれちゃう!!」

 

 次列の瑞鶴がそう訴えてきた。普通に考えればそう考えるのが正常だ。だが、今の状況を好転させるためには、こうする必要があったのだ。

 

「良いんだ!! 好きにやらせろ!!」

 

「っもう!!」

 

 経験も何もかもがこの艦隊で一番下の俺ではあるが、旗艦であることには変わりはない。判断を下すのは俺で、その判断に従うのが僚艦の務めなのだ。

瑞鶴は渋々といった感じに引き下がったが、左隣を航行している翔鶴が俺に話しかけてきた。

 

「私もここで回頭したことは良い判断とは思えません。あのまま有利状態を維持して持久戦に持ち込むべきだったかと」

 

 それは今更言っても遅いし、その考えは俺にもあったのだ。だがあえてその手を取らなかった。

俺は翔鶴に説明はせず、返事だけをした。

 

「これで良いんだ」

 

 そう言うも、翔鶴は眉をひそめて不満げな表情をする。

 時が来るのはすぐだった。俺は追いかけられているこの状況を、劣勢であることと共に鎧袖する手立てを伝えることにする。

変わらず隣を航行する翔鶴に声を掛けた。

 

「翔鶴」

 

「な、なんですか?」

 

「そのまま瑞鶴らと共に離脱を続けてくれ」

 

「え?」

 

 俺は急速回頭をして戦列から外れる。その行動は艦隊全体に動揺を走らせることになる。

だが足柄は違っていた。俺が何をするために、どうしてこういう行動に出たのかを理解していたのだ。

 

「翔鶴の出せるだけの最大戦速で離脱!! あと後ろを見るんじゃないわよ七面鳥っ!!」

 

 そういって、後ろを見ようとした瑞鶴の頭をはたいた。俺はそのまま艦隊から孤立し、艦隊はそのまま俺が居なくなったことで速力を増して離脱をして行く。

目の前で起きたことに少し戸惑いを見せた演習相手ではあったが、相手が孤立したことに変わりはない。これ以上ない好機と判断するのが自然だろう。

獲ったといわんばかりの目つきで、長門たちがこちらに突っ込んできたのだ。

 

「大和型戦艦を……舐めたら痛い目見るぞ……ッ!!」

 

 艤装を動かし、砲撃戦に入る。

これまでは斉射ばかりをしていたが、斉射を行わずして絶え間なく攻撃を加える方法に変えた。9門ある46cm砲と15.5cm副砲12門。大型艦に対して有効打を出せる砲はこれくらいなものだ。

これを絶え間なく撃ち続けることで、相手に何らかのスキを見せないようにしたのだ。

 単艦での戦闘に代わってから1分、2分と過ぎたころには、俺は被弾をしていた。

左舷に長門の41cm砲の通常弾が夾叉、木曾の14cm砲弾が直撃していた。被害は軽微。戦闘に支障はないが、対空兵装がいくつか吹き飛んでいる判定が出ている。相手の空母が艦載機を出す様子もないから問題ないだろう。

 

「単艦でここまでやるのかッ!!」

 

「いくらなんでも硬すぎるわ!! 大和型の装甲板ってこんなに硬いものだったかしら?!」

 

 そんな弱音が向こう側から聞こえてくる。俺への攻撃が直撃したところで、致命傷と与えるまでには未だに至っていないのだ。

だが着々と蓄積ダメージは溜まってきていた。度重なる夾叉、直撃弾。たとえ大ダメージに繋がらなくとも、徐々に使えなくなった装備が増えてきた。艤装の動きだって鈍ってきている。

 俺がそんな風に交戦している最中、離脱した翔鶴らはきっと態勢を整えて再攻撃を敢行するだろう。そう考えていた。

今回の俺の艦隊離脱は、ある意味今日行われている広報用の撮影のためともいえる。普段ならばこんなことしないが、その意図はきっと足柄が汲んでくれているはずだ。俺が艦隊から離脱した時、動揺を見せた艦隊に言葉を掛けていたからだ。

 

「離脱した艦隊が接近!!」

 

 相手の艦隊、蒼龍がいち早く戦場の様子を伝えた。

だが時はすでに遅い。俺との戦闘で陣形を崩してしまっていたのだ。すぐに俺の攻撃を注意しながら陣形を戻していると、艦隊到着までに離れることなんで出来ない。

これが狙い目だったのだろう。足柄も結構えげつないことを考えるんだな。広報用の撮影のためにわざと離脱した俺の意思をくみ取り、しかもその演習を勝利に導こうだなんてな。流石は『飢えた狼』の異名を持っているだけある。

 

「大和に群がるアマに斉射っ!!」

 

「「応ッ!!」」

 

 ただし、口が悪い。

 

「……ッ?! しまったっ!! 敵編隊の中に艦爆が紛れ込んでッ!!」

 

 咄嗟に気付いた飛龍のその言葉も言った甲斐なく、離脱していた艦隊と共に来た航空隊の中に紛れ込んでいた艦爆に接近を許してしまう。

急降下を始めるこちらの艦爆隊と共に、戦闘機隊も降下を始める。その対応をする相手も、どれを目標にすればいいのか分からずに我武者羅に対空砲火を始めていた。

 いっきに優勢に変わった瞬間だった。

態勢を取り直した艦隊が引き返してきたことにより、相手の陣形では対処しきれなくなったのだ。そして本来ならば支援しなければならない空母も、思いもよらぬ航空爆弾の雨に遭ったために中破してしまったのだ。

 

「しまった!!」

 

「飛行甲板がっ!!」

 

 ここからは早い。

混乱する艦隊に北上が魚雷をたらふく打ち込み、その後足柄と古鷹がインファイト(物理)を仕掛ける。なんか魚雷で木曾が大破判定を食らって呆然と立ち尽くしているわ、インファイトを仕掛けられた陸奥と羽黒は『やめて!!』とか『姉さん!!』とか言ってるけど、あんまりその言葉も功を奏してないしな。

そもそもそっちの羽黒とこっちの足柄はそんな関係でもないだろうに。いや、そういう関係か……。

そして長門はというと……。

 

「……」

 

「……」

 

 風で長門の長い黒髪がたなびき、一抹の静寂に俺は喉を鳴らしていた。

一進一退の攻防戦(ただし動いていない)。決着がつくのは一瞬だ。

 

「……」

 

「……ッ!!」

 

 先に動いたのは長門だった。少し足を滑らせ、こちらに突撃を仕掛けようとしてきたその時……ッ!!

 

「せい、やっ!!!」

 

「ッ!! 何っ?!」

 

 その動きよりも早く、俺は振りかぶる。そして、密かに握っていた九一式徹甲弾から手を放した。

徹甲弾は1秒も立たずに、長門へと吸い込まれていき……。

 

「うぐッ!!?」

 

 着弾した。腹部だ。

 

「……クソっ」

 

「残念だったな……」

 

 長門が抑えていた手を放すと、そこにはべっとりとペンキが付いていた。

そして判定が出たみたいだ。長門は大破したみたいだ。

そりゃそうだろう。46cm砲弾なんて食らったらそうならない方がおかしいからな。

 俺がそんなことを長門としている間に、どうやら足柄たちが残りを片付けてくれたみたいだった。呆然と立ってるあちらの艦隊が目に入る。

皆ペンキだらけ。良い恰好だな。

こうして演習は終了した。こちらの勝利で。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 海岸に戻ってくるなり、俺は面倒なことに巻き込まれていた。

 

「ふっふーん!! 凄いでしょ!! 私の大和っ!!」

 

「ううっ……あれで本当に、参加艦隊で一番練度が低いのかぁ?」

 

「ねー! ねー! 透子ぉ~!!」

 

「なんだい。今私は忙しいんだ」

 

 すっごい笑顔のゆきに、演習で負けた白華提督がうなっているところだ。

一見これが面倒事には見えないだろうが、俺にとっては面倒事以外の何物でもない。

まぁ、見ていれば分かる。

 

「その名の通り最大最強っ!! 自分の主砲以外の攻撃をもろともしない堅牢性っ!! 主砲の攻撃力はそれに勝るものはなく、しかも何故か砲弾を投げちゃう!!」

 

「……」

 

「何といっても男の子!! なにあれイケメンじゃん!! きゃー!! きゃー!!」

 

「……」

 

 むっちゃ喧嘩売ってるんだけど、ウチの提督。

いやほんとごめんなさい、白華提督。貴女の白い顔がイチゴ大福も驚きの赤さになってますけど? ねぇ?

 

「ねぇ大和!! ケッコンしよぉー!! ひゃあぁぁぁ!!」

 

「ピキッ」

 

 ちなみに今のは効果音である。その音源は白華提督。

 

「大和と」<矢矧

 

「ケッコン」<浜風

 

「できると」<磯風

 

「聞いて」<初霜

 

「あたいら」<朝霜

 

「即」<霞

 

「「「「「「「「 参 上 ! ! 」」」」」」」」<6人

 

 そしてこれだ。というか、本当にどこからでも出てくるのな……。今回は雪風が居ないようだけど、どうしたんだろうか。

 この混沌とした状況をどうすればいいのやらと俺が考えている一方で、青葉と中尉が話しているみたいだ。

海上で撮影していた写真を見ているみたいだな。

 

「とりあえず撮り続けましたが、どうですか?」

 

「ふむふむ……良いですね。どのアングルも素晴らしいです!!」

 

「ありがとうございます!! そう言っていただけると、青葉もとてもうれしいですぅ!!」

 

 肩を寄せ合って一眼の小さい液晶をのぞき込んでいる様子……。まぁ仲良さそうにしているよな。

 それは置いておいて、だ。今にも一触即発しそうなゆきと白華提督をどうにかしないと不味い。

一触即発というか、ただ白華提督が一方的に怒り出す可能性がなきにしもあらず、というような状況ではあるけれどな。

 

「と、とりあえずありがとう」

 

「ん? どういたしましてっ!!」

 

「その妙に元気なところを見ると、どうも何か仕出かしそうな気がしてならないよ」

 

「そうかなぁ!!」

 

「それなんだけどね……。まぁ良い。……大和を艦隊に組み込んでの演習で、他の提督とやる時には注意しておいた方がいいよ」

 

 どうやら抜きそうになっていた矛を収めたみたいだな。流石、外見相応の性格をしていらっしゃる。

とても大人びているな。ゆきも見習って欲しいものだ。

 

「どうして?」

 

「まぁ、目の前で特異種である大和の自慢をされたらね……うらやましいって思うんだよ」

 

 そう言った白華提督が俺の方を見た。

 

「私だってうらやましいって思うんだ」

 

「そーう? へっへーん」

 

「そういうのを止めておくんだよ。聞いているこっちは良い気はしないからね」

 

 そりゃごもっともだ。

 

「うー……分かったよぉ。でも、私だって他の提督とやる時には大和はなるべく編成しないようにしているんだからね」

 

 それは俺も知っている。俺が演習に呼ばれる時はたいがいが白華提督のような、俺が直接会ったことのある提督のところとしかしないからだ。

とは言っても、他のところだと横須賀六三号鎮守府の小鳥提督のところくらいだろうか。それ以外のところとの演習では出たことないからな。

 

「尚悪い気がする……。まぁいい、気を付けるんだよ」

 

「分かってるー!!」

 

「……はぁ。本当に分かっているんだろうか」

 

「分かってるってば!!」

 

 白華提督、士官学校時代から知っているって言ってたけど、その銀髪ってゆきのことで悩んでそうなったんじゃないだろうな。

本当は白髪だったってオチは止めて欲しい。本当にゆきが迷惑を掛けているみたいで、それだったら友だち料金徴収してもいいくらいだと思うぞ。

 演習も終わり、俺たちは執務室へと戻ってきていた。

大本営から派遣されている広報課の人たちが、やり残しがないかを確認するためだ。それを終わらせたら帰るみたいだけどな。

あんまり長いしても迷惑が掛かるだけだし、滞在期間は短い方が良いと言われているみたいだな。上の命令にはちゃんと従って、本当に軍人の鑑だよ貴女たち。

どっかの憲兵(ウチの)とは大違いだ。

ちなみに建前で付けられていた憲兵たちは現在、拘束された後に反省文を書いている最中だという。何をしたんだろうな。

どうやら矢矧たちは何か知っているみたいだけど、どうも教えてくれないんだよな……。

 




 今回は戦闘シーンが多かったですが、戦術に関する考察などはまぁ……ほどほどにお願いします。自分、そこまで詳しくないものですから……。
 
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第31話  プロパガンダってなんだっけ? その3

 

 俺は部屋に籠っていた。まぁ、いつものことなんだけどな。

いつものことなんだけど、今日はその『いつものこと』ではなかった。

 この前あったプロパガンダの広告やら雑誌記事のための取材で鎮守府に来た大本営広報課の人たちが、帰ってすぐに仕事をやったみたいだった。

そこまでは良いんだ。そこまでは……。そこからが大問題だったのだ。

記事は雑誌の他にも新聞に掲載されたようで、そこから情報は一気に拡散。新聞が発行されたその日から、町中や電車・バスの広告に貼られていった。

それによって『戦艦 大和』の名前は一気に拡散されていったのだった。

ここまでは予定通りではあるし、誰しもが望んでいたことだったから別に良いのだ。

 

「失敗したぁ~!!」

 

 今日は珍しく、というか初めて俺の私室にゆきが来ていた。

理由としては、俺がこんな状況になってしまったことを流石に責任を感じたらしい。

 

「そうだろうな。……そうだろうな」

 

「本当……男に飢えてるね……」

 

 何があったのか俺も分っているが、ゆきから詳細の説明があったのだ。

まず、海軍の目論見通り、海軍への注目度は一気に上昇。兵員補充の目途も立った。立ったには立った。立ったんだ……。

ただな……。もう少し考えようか……。

 

「だからってここに来て志願書出さなくてもよくない?」

 

 そう。注目度が一気に上がり、軍への志願を考えていた人たちがこぞって海軍に志願したのだ。

だが本来はそれは各都市に設置されている、それの対応をするところに出さなくてはいけない。それをここ呉第二一号鎮守府に出しに来ているのだ。もちろん、ここでの受け取りはしていない。

 

「……で?」

 

「……ゆきの考えている通りだ」

 

「はぁ……」

 

 その志願書受け取り云々っていうのは、最初はゆきや憲兵が対応していた。その間に警備が手薄になった鎮守府内を徘徊している志願者たちに、俺は見つかってしまったのだ。

たまたま雪風を探していた時のことだから、結構注意も散漫になっていたんだろう。

 

『ぬぉ!! あそこにいらっしゃるのはッ!!』<獣の目

 

『大和きゅんっ!!』<目がハート

 

『ひょえぇぇぇぇぇ!!! かっこよすぎ!! ブバハァ!!』<鼻血噴出

 

 というのを見てから、俺は必死に走った。

走って走って走って、やっと撒いて私室に閉じこもっていたのだ。

 

「効果強すぎて一種の麻薬みたいになってるよね……」

 

「目も言動もおかしかったからな」

 

 そんなことがあったから、ゆきはこうして俺の私室に来ている訳だ。

ちなみに武蔵と大和が私室の外の廊下を警備している。矢矧たちも寮内を巡回しているらしい。その外の艦娘たちはというと……。

 

「……多分ね、一生ここから出られないような気がするんだ」

 

「知ってた」

 

 鎮守府の海岸線で防衛線を敷いているところだ。理由はというと、他の呉鎮守府からの艦隊が来ていたり、他のところからも艦娘が派遣されているのだ。理由はまちまちだけど。

一番多いのは『呉第二一号鎮守府の特異種と接触し、友好的な関係を築いていること』だそうだ。下心見え見えなんだけどな。というか、派遣されている艦娘たちから下心しか見えないんだ。

 実質、今までで一番ピンチなんだが、いつになったら落ち着くんだろうな。本当に。

とか思っていたら、何やら外が騒がしくなってきた。

 

『警告する!! 呉第二一号鎮守府に集まる志願者たちよ!!』

 

『大本営発令 第×××××号に基づき、即刻退去に従わない者たちを強制連行する!!』

 

 何か来たんだけど。

 

「あー……多分、呉の各鎮守府に派遣されている憲兵の大本だね。呉憲兵本部とかいろいろ呼び方あるけど、呉憲(くれけん)で良いよ」

 

『呉憲ではないッ!! 犬みたいに呼ぶな!! 海軍呉派遣憲兵師団 第一大隊だっ!!』

 

「地獄耳もおっかないなぁ」

 

 何やら知っているような口ぶりだし、この部屋でゆきが呟いた言葉だったのに、どうして外から聞こえてくる声は反応したんだろうな。

……どうして反応したんだろうな。アレか? 第六感でも使えるようになってるのか? 誰か知らないけど。

 

「でも呉って名前だし……」

 

「……」

 

 とりあえず無反応で行こう。

多分、今外で声を出しているのはゆきの知り合いで、呉っていう苗字なんだろうな。

 とまぁ、ゆき曰く『呉憲』が来たことで事なきを得た訳だ。

呉第二一号鎮守府で散り散りになって俺を血眼で探していた志願者たちは、大人しく本来の志願書が受理される場所に行ったみたいだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 結果だけ先に言っておくと、海軍への志願者の全国総数は今日一日だけで数万人以上いるらしい。

近いうちに健康診断と適性検査を行い、基地で訓練を受けることになるみたいだ。大卒は任意で筆記試験を受験し、士官になるかならないかを決めるみたいだな。

それでも数万人という単位は凄いことで、さっきニュースで見たんだが『局のアナウンサーが辞表を作って、近くの海軍基地に走っていった』そうな……。絶対アナウンサー続けていた方がよかっただろうに。

 夜には広報課からゆき宛に電話が掛かってきたみたいで、色々と大本営での様子を聞いたとのこと。

陸空軍はハンカチを噛み締め、海軍ではお祭り騒ぎだとか。ある将官が秘蔵の酒を持ってきて、その場で海軍将官や士官に配って乾杯までしただとか。そして近いうちにゆきは昇進するみたいだな。

大佐から少将になるんだと。何の功績があっての昇進か分からないが、本人は複雑そうな表情をしていたな。

 そして俺はというと、夕食も終わった時間で静かに私室で過ごしていた。

私室には武蔵が来ており、一緒にお茶を飲んで話をしている。

 

「まさかああなるとは思ってもみなかったな」

 

「全く同感だ」

 

 湯呑を傾けながら、武蔵はゆっくりと話す。

 

「兄貴でプロパガンダ広告して、見るからにプロパガンダだったのに見事に人が釣れたな」

 

「……複雑な気分だけどな」

 

 しっしっしっと笑う武蔵に少しムッとした表情をする。

 

「ま、まぁ、それで提督も昇進が決まったし、何やら報奨が出るらしいじゃないか」

 

 そんな俺の表情を見て、武蔵が慌てて話を変えてきた。

まぁ、俺も特に怒っている訳ではないんだけどな。

 

「昇進の件は聞いた。だけど報奨は知らないな」

 

「あぁ、これはさっき執務室から帰る時に提督から聞いたんだ。どうやら海軍から美味い食い物とか酒とかがどっさりだとか。その他にも何やらここぞという時に使える書類だとか、資源とか……」

 

「お祭り騒ぎになること間違いなしだな」

 

「それと同時に兄貴の心労が増すに増す。限界突破してしまうのではないか?」

 

 武蔵が指摘したところは多いにあり得ることだ。美味しい物や酒が来たというのなら、きっと宴会になるだろう。

そこで見る景色など、想像するのもたやすいことだ。否。想像したくない。俺にとっては惨劇だ。心労マッハだ。

 ゲンナリするようなことばかりで、俺も正直今回の報奨と言ってもらってもうれしくないところが正直な気持ちだ。

 

「……はぁ、私室から出たくない」

 

「色々と知っているから、強くは言えない……」

 

「「はぁ……」」

 

 俺と武蔵の心労は絶えないのであった。

 この日から数日後、呉第二一号鎮守府にトラックの集団が入ってきた。積み荷はもちろん美味しい物、酒、それだけだ。

ゆきや他の艦娘たち、憲兵たちは目を輝かせ、俺はゲンナリしていた訳だ。武蔵は微妙な表情していたけどな。

そんなルンルン気分でいるゆきに対して俺は『宴会にはいかないけど、料理と酒は持ってきて』と言ったらこの世が終わったみたいな表情になってしまったのは言うまでもない。ちなみにそれは他の艦娘たちや憲兵たちも同じであったりもする。

 

『え? 何かしちゃったかな? ご、ごめんね』

 

 とか必死に謝るゆきがなんとも言えなかった。

 

『びえぇぇぇぇぇ!! 大和くんいないんじゃ美味しくないよぉぉぉぉ!! アマ共と飲んだってどうせ仕事の愚痴と話してて悲しくなる男の話になっちゃうよぉぉぉ!!』

 

 視界の隅ではみっともなく泣いてる憲兵とかな、見るに堪えない。

あと加賀が立ったまま気絶してた。あれは面白かった。

 

『楽しみですね、加賀さん……ってあれ? 加賀さん? おーい……ダメですねこれ』

 

 って言ってた赤城のも傑作だった。

 

『総員、第一種迎撃態勢。大和には誰の指も触れさせやしないぞ』

 

『『『『『応っ!』』』』』

 

 矢矧が空回りしていたりだとかもあった。まだ気が早いんだよな。

 

『あ、大和。一緒に飲まない? どうせ、提督とか姉妹としか飲まないんでしょ? 本当は姉妹とか付いてくるって言うかと思ったんだけど、案外チキンでね……大和を見ると頭真っ白になっちゃうんだって』

 

 とか言ってた足柄、ほんとお姉さん。ウチのと(大和)交換してください。

ちなみに艦娘たちや憲兵たちが望んでいたことは起きなかった。

 宴会には結局俺も参加させられたんだが、案外酒に強かったのだ。そして周りは案外弱いんだ、これが。特に憲兵たち。生ビールの大ジョッキ3杯でダウンしていたからな。

ちなみに強かったのは俺とゆき、武蔵、足柄くらいだ。大和はかなり酒に弱かったみたいだしな。

 





 今回は文字数が少ないですが、勘弁してください……。

 とまぁそれだけ言っておきます。あと『プロパガンダってなんだっけ?』の意味ですが、オチであれですよ。プロパガンダとして出したのに、もうプロパガンダそっちのけだったっていう話ですよね。
まぁ、それだけ大和効果があったんですよ(トオイメ)

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第32話  能力と実力 その1

 この前のプロパガンダの件で、起きるだろうなと思っていたことが現実で起きてしまった。

俺はそんなことを考えながら、その現場に居合わせている。

 執務室に来ていたんだが、そこに突然の来客があったのだ。

訪問客は呉第〇二号鎮守府の提督である。都築(つづき)という海軍少将。ゆきの先任だ。少佐から少将までを4年で駆け上がった実力者らしい。

その都築提督が何の用で来たのかというと、平たく言えば『戦艦 大和(俺)を貸してほしい』というものだった。

 

「……」

 

「ぐぬぬっ」

 

 執務室では無言の攻防戦が繰り広げられている。都築提督も要件は全て簡潔に伝えていたために、今はゆきの返答待ちだ。

そのゆきは唸っている。一応、貸出料としてそこそこの資源と都築提督に貸を作ることができるというものがあった。

 都築提督は海軍でも突飛な戦術や遂行不可能と言われていた作戦を悠々とこなすなどの実績があるので、上層部からの期待もかなりある。そして自身も各方面にコネがあるらしく、少し大それたことをやってもみ消せるらしい。それでも軍規や軍法会議、国法に引っかかるようなことはしたことがないのだとか。

 そんな相手に貸を作れるのだ。きっとゆきもそう考えていることだろう。

 考えること3分後、遂にゆきは答えを出したのだった。

 

「分かりました。ただし、彼の了承を得てからですが」

 

 そう言ったゆきは俺の顔を見る。

 

「ん? いいぞ」

 

「即決っ?!もうちょっと悩んでくれても良かったのにぃ……」

 

 そりゃそうだろう。一応、上司のゆきに利があるというのなら。それに相手もどうやら、軍規や法には従順な人みたいだしな。

来ていた都築提督も少し安心したような表情をしていた。本人も断られるとか、そういうことを考えていたのだろうか。

これによって俺は急きょ、呉第〇二号鎮守府への派遣が決定したのだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 都築提督のエスコートで、俺は呉第二一号鎮守府を後にし、すぐ近くにある呉第〇二号鎮守府へと入った。

 ここの鎮守府はとても静かった。良い意味で、だが。

艦娘たちが楽し気に話している声は聞こえてくるものの、ゆきのところのような騒がしさはない。やはり個体で少し性格が違うのだろうか。ほら、ウチの大和だってアレだ。むっつりスケベだし。他のところではそうではない、ってことも十二分にあり得るからな。

 派遣されるにあたっての準備中、俺の私室には俺以外の艦娘が常に居た。

全員が俺の派遣を反対していたのだ。居たメンバーは大和に武蔵、矢矧たち、ヲ級もだ。ずーっとダダ捏ねてる子どものように俺を説得しようとしていた大和とか、整然と理由を並べて説得しようとする武蔵とか、どこの骨とも知れぬ女のところにとか言う矢矧たち、ただ単に心配していたヲ級。なんだよヲ級。一番面倒そうなヲ級が一番大人しかったぞ。まぁ、その理由も既に分かっているんだけどな。

 

「都築少将。こちらの提示した条件の場所と物は用意できましたか?」

 

「えぇ。してあります」

 

 とまぁ、こんな感じで俺に付いてきているのだ。ちなみにゆきの命令らしい。

命令が無くても付いてくるつもりだったらしいけどな。

 今はロシア系の名前を名乗って、大本営が雇った俺専属の護衛ということになっている。都築提督もそれで納得しているみたいだし、俺がとやかく言っても仕方ないだろうと思って黙っている。

というか、ヲ級のことを『本当はヲ級なんです』なんて言ってしまえば、とんでもないことになること間違いなしだった。ならば言うのは止めておこうと考えたのだ。

 

「我々はもし貴女方が超えてはならない一線を越えようとした時、すぐに断罪する用意は出来ています。そのことは念頭に置いてください」

 

「分かっていますよ」

 

 何でこうもヲ級は敵意剥き出しでいられるんだろうか。……そもそも敵だったな、そういえば。

 今回の件で、都築提督が俺を使って何がしたいのかを聞いていた。

何でも、訓練だそうだ。もし今度、俺みたいに急に男が現れたとして、自分の鎮守府は混乱するようなことがあればいけないんだとか。そんなこと、多分無理だと思うんだけどな。

今でも、目の前を歩く都築提督がゆきのように振舞っているのが信じられないくらいだからな。もしかしてゆきと同類の人間なのだろうか、と考えてしまうほどに落ち着いている。

なんにせよ、俺の今回の仕事は『客』としてここに数日間いることだ。都築提督からそう言われている。建前は大本営命令で呉第二一号鎮守府所属の特異種『戦艦 大和』を各鎮守府に派遣し、それぞれの提督との意思の疎通(自らが戦場に出る覚悟をしたこと)を図り、その趣旨を傘下の艦娘にも念頭に置いてもらう、という筋書きになっている。

 鎮守府の門を潜り、施設内を歩いていると、巡回する憲兵たちや散歩をしているのであろう艦娘たちをちらちらと見かけるようになる。

その誰もが都築提督を見て敬礼し、その横を歩くヲ級に不審な目を向けた後にだらしない表情をしているのは言うまでもない。だが、それでもちゃんと最低限度は守れているんじゃないか? ウチのところだと、速攻俺のところに走り寄ってきたりだとかそういうのばかりだ。艦娘も憲兵もそれぞれ、俺たちを見送った後は巡回や散歩に戻っていくのだ。

何と規律がしっかりした鎮守府なのだろうか。そして、どうしてウチの鎮守府はあれほど緩み切っているのだろうか……。いやまぁ、ゆきは怒ると怖いけどもさ。

 

「さて、では執務室に参りましょうか」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 都築提督に執務室に案内される。

鎮守府の建物や寮自体はウチとそう大して変わらないが、執務室に積み上げられている書類の量は幾分か都築提督の方が上みたいだな。ゆきとは違い、軍でもそこそこのポストに居るからだろう。

 それはともかくとして、だ。

執務室では都築提督の秘書艦であろう艦娘、高雄が俺を見るなり呆然としていた。口をポーカンと開けたまま動きを止めている。はしたないし、まぁ見せれたもんじゃない表情ではあるよな。うん。

 

「高雄。こちら呉第二一号鎮守府から派遣された特異種『戦艦 大和』。数日間ここに居るから少し頼むこともある。世話や身辺警護などは頼んだ」

 

「はッ。了解しました」

 

「うん。じゃあ、私は執務をするから高雄は交流すると良い。二一号から護衛も付いてきているから、そこの君に負けず劣らずのナイスバディなレディーから説明を受けておけ」

 

 え。急に口調変わりすぎでしょ……。むっちゃ男っぽい話し方をするんだな。見た目は白華提督の黒髪バージョンみたいな感じだけど……。

それはともかくとして、だ。冗談がアレだ。なんとも言えないな……。

 言われた高雄はこちらに近づいてくる。俺の横に立っているヲ級は右手を後ろに回しているけど、それ、拳銃に手を掛けているんじゃないだろうな。

そう思ったが、ただ手を後ろで組んでいただけみたいだな。

 

「は、初めまして。私は呉第〇二号鎮守府所属 秘書艦を務めています、高雄です」

 

 俺とヲ級の顔を見ながら、そう自己紹介をしてきた。

 

「俺の自己紹介は都築提督にされたし、こっちは」

 

「私はプリーミシャ。よろしく」

 

 プリ―ミシャとはヲ級の偽名だ。ロシア系の名前だそうで、意味は知らない。聞き出そうとしたら、ほぼ確実に話が逸れていくからな。

その名前にするとゆきに報告した時に「何? 洪水?」って言われていたが、アレはどういう意味だったんだろうか。

 

「言いにくかったら『ミーナ』で良い」

 

「そうさせてもらいます」

 

 それは初耳だ。俺も『ミーナ』って呼ぶか。ポロッと『ヲ級』って呼んでしまいそうだしな、うん。

 都築提督が執務をしているのを後目に、俺とヲ級、高雄はソファーに座って机を囲んで話をしていた。

と言っても、高雄があれこれと聞いてくるんだけどな。

 

「海軍の広告と記事、拝見させていただきましたよ。アレを見た時には驚きましたが、まさか本当にいらっしゃるとは思いませんでした」

 

「ん? てっきり政府の方から広告塔として男性を雇って書いたものだとでも思ったのか?」

 

「え、えぇ……。男性というのは、ほとんど表に出てきませんからね。年に一度、政府が保護している男性たちの写真を配布してくれるんですけどね。それ以外では、道端でたまたま偶然お目にかかることを願うくらいしかありませんから」

 

「そうなのか」

 

 とまぁ、ここに来てまた知らなかったことを知ることになった。俺にとっては、あまり関係のないことなのかもしれないけどな。俺は保護されていないし、一応軍人だし。

 

「……とりあえず、お茶を出しましょう。少々お待ちください」

 

 そう言って高雄は離席した。残ったのは俺とヲ級。

 

「ご主人様ご主人様」

 

「ん?」

 

「ウチの高雄よりも大人しい淑女ですよ」

 

「そうだな」

 

 猫被るのは知っていたから、今更なんとも思わない。だが、そんなヲ級の云いたいことはよく分かる。

ウチの高雄は俺の私室前で出待ちしていたり、ことあるごとに絡んでこようとする、そこそこ積極的な感じだからな。やっぱり個体それぞれで少しずつ性格が違うのだろうか。

 

「見習って欲しいものですね、ウチの高雄」

 

「お前の方が見習うべきだな」

 

「そんなっ?! 私のどこに不満があるのです? 言ってくだされば私はいつでも直しますのに……」

 

「ならその被虐的欲求と俺を主人と勘違いしているそれを直してくれ」

 

「それは無理です」

 

 即答されたんだが……。

 

「……ま、都築提督のところの艦娘は総じて大人しい気がするよな」

 

「そうですねぇ。憲兵もそうですけど。……やはり似た者同士が集まるんでしょうね。ですからここは優秀な指揮官を筆頭に優秀な艦娘と忠実な憲兵が集まっているんでしょう」

 

「ウチのゆきは能力は悪くないと思うんだけどなぁ」

 

 そんなことをボヤいていると、高雄がお盆を持って戻ってきた。どうやら入れ終わったみたいで、こっちに戻ってきたみたいだったな。

 

「お待たせしました。では、提督にもお渡ししてきますね」

 

 机に俺とヲ級、自分の分を置いて都築提督のところにもお茶を置きに行った。

……何と気が利くんだ。本当にウチのとは大違いだな。『お召し物にアイロンを当てて差し上げます』とかよく言いに来るんだけど、あの顔は完全に下心出てるもんな。本人気付いてないけど。

 

「すみません。それと……先ほど話していた時の声が聞こえてしまったんですが、どうしてミーナさんは大和さんのことを『ご主人様』と?」

 

 あ、ヤベッ……。そう思った時にはもう遅かった。

今まで隠してきた(たかが数分)が、もうダメだ。隣のヲ級も表情が変わったしな。

うん。これは不味い。非常に不味い。

 俺の方を一瞬見たヲ級の表情を、俺は見逃すことはなかった。いつも俺の私室でしている、あのだらしない表情だ。そのうち『ふひひ』とか言って笑い始める。

そうなっては遅い訳だが、どうやって説明しようものか。そんなことを考えているうちに、ヲ級が話し始めてしまった。

 

「私が呉第二一号鎮守府に居るようになったのは、ご 主 人 様 が居たからだ。色々あるのだよ」

 

 全然しまってねぇ……。高雄もポカーンとしてるしな。

 

「まぁ、あんな風にされてしまえば……私はもうそばにいるしかないからな」

 

 オイ。頬を赤く染めるな、ヲ級。お前はただでさえ肌が白いんだから、余計に分かりやすいだろ。……ほらみろ。高雄が口をパクパクさせているじゃないか!!

というような俺の心の叫びが聞こえるはずもなく、盛大に高雄が勘違いをしている訳だ。

 

「ふひひっ」

 

 おいこら。

 

「そ、そうなんですか……。男性というものは、なんともまぁ……」

 

「盛大に勘違いしているからな? 見ろよ俺の顔。今の話を聞いていた俺は苦笑いしかできてないぞ」

 

 と、タイミングを見計らって誤解を解きに入る。ウチだったら『また適当なこと言って大和を困らせている』とかで済む話なんだが、ここではそうもいかない。ヲ級がどれだけ暴走するのかも、普段はもっと他人に見せられないくらいにフリーダムなのが、知る由もないんだからな。

 

「確かにそうですね。……ミーナさんの言った話は、何か脚色でもあったんですか?」

 

「脚色だらけだよ!! 畜生!! コイツが勝手に俺のことをそう呼んでるだけだし、わざと誤解を招くようなことを言ったが、こいつがヘマしたのを俺がたまたま通りかかっただけだから!!」

 

 これも脚色だったりする。まぁ『戦闘中に攻撃を受けて装備が全て脱落した空母ヲ級が、何故だか投降してきた』だなんて口が裂けても言えないからな。

 

「そうなんですか……。クールそうに見えて、結構お茶目さんなんですね。ミーナさん」

 

「ふふふっ。まぁ、冗談じゃないんだがな」

 

 本当にど突き回すぞコイツ……。あ、そんなことしたら喜ぶんだった……。

 それはともかくとして、だ。レクリエーションになっているが、気付いたら都築提督の机の上に積みあがっていた書類が無くなっていた。

話していたのはほんの数分だぞ。凄いな……。もう人間業じゃないな。

 

「あ、終わりましたか?」

 

「あぁ。提出する方には既に封筒に入れてある。封と提出は頼んだ」

 

「はい」

 

 それに気付いた高雄は、都築提督に駆け寄り話をする。

まぁ、能力が高いところには総じて能力が高く収まるんだろうな。

 そんな風に思いながら見ていたら、都築提督に話しかけられた。

 

「どうされましたか?」

 

「いえ……執務の処理が大変速くて驚きました」

 

「それですが……あの山、だいたいの内容は覚えていますからね。どれが見るだけで良いのか、どれにハンコを押すのかというのは覚えているものです」

 

 やっぱり、凄いなこの人。

 

「ほとんどが見なくて良いものばかりですから、基本的には表紙を見てそのまま流すんですけどね」

 

 いいや。ただ、ウチのゆきがバカだったみたいだ……。

 

 




 色々ありまして、少し文体や書き方が変わっていると思います。

 という前置きだけしておいて、今回は呉は呉でも、別の鎮守府に行く話です。
今回登場する都築という提督は、ゆきの4つ上の先輩ですのであしからず。口調も大和と被っているところがありますし、言葉使いを分けていますので注意してください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第33話  能力と実力 その2

 

 都築提督の指揮する呉第〇二号鎮守府に到着してから数時間が経った頃、昼食の時間になった。その頃には高雄とも打ち解け、都築提督とも楽しく話せるようになってきていた。

ヲ級も少し猫を被っているが、それでも普通に話せている。ウチで色々な艦娘やゆきと話してきた甲斐だろうな。

 都築提督に言われて、俺たちは普段皆で集まって食べている食堂に案内されることになった。それと一緒に俺が来ていることも皆に知らせるのだとか。執務室に向かう途中、数人とすれ違っているから噂くらいにはなっているんじゃないだろうか。そんな風に考えながらも、俺はヲ級と高雄と共に食堂の入口を潜った。都築提督は先に入って、混乱が起きないように先に説明をしているので多分大丈夫だろう。

 

「さぁ、入ってきてください」

 

 その声に呼ばれ、皆の前に姿を見せる。

 鎮守府の作りは同じなので、食堂の雰囲気はどこか見覚えのあるものだった。そして埋め尽くす艦娘たちの顔も見たことのある顔しかいない。ゆきの鎮守府にもいる顔が多くいるので、そこまで抵抗が無かった。だが、それは俺とヲ級だけだ。ここに居る大多数が『俺』という存在を認識して、何かしらのアクションをする。そう思った。

 

「今朝見かけた者もいるだろうが、こちらは呉第二一号鎮守府から招いた特異種『戦艦 大和』。男性で唯一軍籍を持つ艦娘特異種だ。ちなみに艦娘ではあるが、女ではない」

 

 誤解を招かないための説明だろう。必要ないだろうとは思ったんだがな。それでも目の前の艦娘たちは、その場から動かずに都築提督の声を聴いていた。

……凄く言うこと聞いているじゃん。なんなの、本当に。ウチの鎮守府の奴ら。

 

「鎮守府単独作戦ではあまり問題が起きないそうだが、他の鎮守府との連携作戦となると話は別だ。その存在が特殊故に、居るだけで戦場に混乱が起きる。それも既に実際に海上で起きているらしい。だから、こうして派遣されてきている」

 

 俺の方をチラチラ見ているが、それでも都築提督の話を聞いているな。

 

「皆には呉第二一号鎮守府所属の特異種『戦艦 大和』がどういった人物なのか、その目で一度見てもらうことが必要だ。という訳で……」

 

 都築提督が俺の方を見たな。多分そういうことだろう。

俺は都築提督が立っていたところに来て、挨拶を始める。ちなみにヲ級も横からぴったりとくっついていて離れない。それもそうか。ゆきに命令を受けているし、護衛だからな。

 

「俺は大和型戦艦 一番艦 大和だ。少しの間だがよろしく頼む」

 

 やっぱり本質は同じなのかもしれない。目を輝かせてるんだけども……。まぁウチのよりかはマシか。がっついてこっちに押し寄せてこない辺り。

 

「都築少将からも説明があったが、俺は自分の意志でここに居て、軍籍に置いている。そこのところは覚えていて欲しい」

 

 と言って、俺は下がった。特にこれ以上話すことも無いからな。

その入れ替わりで都築提督がまた話し始めた。

 

「ちなみに大和の横に居る女性は専属の護衛だ。ないだろうが、もし何かあれば首が飛ぶ前に額で呼吸することになるから覚えておけ」

 

 何その言い回し、怖いんだけど……。『額で呼吸』って……。いやまぁ、確かにヲ級は拳銃を携帯しているけども……。

 

「以上。食事に戻ってくれていい。質問等は秘書艦を通してすると良いが、基本的に秘書艦も大和のそばから離れない。上手くタイミングを見計らって頼むと良い」

 

 こうして艦娘の皆は俺の方を気にしながらも食事に戻っていった。そして俺たちも昼食を摂ることに。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 昼食を終えて執務室に戻る頃には、秘書艦である高雄のところに早速質問が届いていたみたいだな。メモ帳をパラパラと目の前で広げている高雄が、俺に順々に質問を始めた。

 

「えぇと……『いつまでここに居るんですか?』だそうです。私も提督からは詳しく聞いてませんので、教えていただけるのでしたら教えて欲しいです」

 

「確か4日間だったと思うぞ」

 

「4日間ですね……では次。『本当に戦闘に参加しているの?』ですね」

 

「参加している」

 

「ふむふむ」

 

 なんともまぁ、普通に触れ合ってくれている高雄に感謝しつつも質問に答えていく。片っ端から質問を取っている状態だったらしく、グレーな黒な質問も結構あるみたいだな。

高雄は自分で取捨選択して質問していっているが、俺が見て判断していった方が速い気もする。

 

「なぁ高雄」

 

「……はい?」

 

「そのメモ帳とペンを貸してくれないか?」

 

「えぇ、良いですけど」

 

 貸してくれたので、俺はメモ帳に目を通す。確かにかなりの数の質問が若干殴り書きで書かれているな。それでもちゃんと読める字を書いている辺り、態度から見ても分かるくらいの優秀さだな。素晴らしい。ウチの高雄と変わってください。お願いします。

それは置いておいて、だ。確かにグレーや黒の質問もあるな。例えば『スリーサイズ教えてください!!』とか『今度抱き着いても良いですか?』とか『ケッコンしてください!!』とか……。まぁこれはまだグレーな方だけど黒いのは正直引いた。うん。

あんなに大人しくても、やっぱりアレだわ。

俺はメモ帳に答えれるだけの回答を書いていき、高雄に返した。

 

「ほい。こうすれば手間も省けるだろう?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いいって。さぁて、これからどうするかなぁ」

 

 そんなことを呟いて、ソファーに浅く座る。そんな俺の横でヲ級が小さい声で話しかけてきた。

 

「私みたいな人は居ましたか?」

 

「いない、そんな奴」

 

「ふひひっ。ならまだ私だけがご主人様のドM性奴隷な訳ですねっ」

 

 中々のトロ顔をしているが、残念ながらそれもう見飽きた。だって毎日最低20回はやってるし。そもそも、そんな連発してたってどうしようもないだろうに……。

いやまぁ、俺も男だから反応しちゃうけど……。

とりあえず、それは置いておこう。話が全然関係ない方向に進んでしまう。

 

「……結構色々答えていただきましたけど、話したら不味いこととかなかったですか?」

 

「そういう質問は全て回答しなかったから、別に気にすることもない」

 

 会話が止まってしまった。ヲ級が早々に本性剥き出しになるから、高雄も若干引き気味だし……。

どうしたものかと悩んでいると、机に向かっていた都築提督が話しかけてきたのだ。

 

「ウチはどうですか?」

 

「どう、と言いますと?」

 

「雰囲気ですよ。……まぁ、私でも分かるくらいには違うところもあるんですけど」

 

 何が聞きたいのか分かった。

 

「やはり落ち着きがありますね。艦娘、憲兵共に。ウチのは元気ですし結構しっちゃかめっちゃかしてます。憲兵が憲兵らしくないとか大問題でしょうに」

 

「ふむ……確かにそういうところは見て取れましたね。ウチの憲兵は堅苦しいのが多いですからね。規則規則とね」

 

 確かに、憲兵らしい憲兵のように見えたな。うん。

 

「艦娘の皆も規律には従順で、良くないことはしないですからね」

 

「はい。そのように見えました。……ウチの奴らに垢を煎じて飲ませてやりたいですよ」

 

「あははっ」

 

 苦笑いで返された……。やっぱりウチの鎮守府はちょっとアレなんだな。絶対そうだ。

長がアレだもんな。どうしようもない。

 

「まぁ……あれはあれで面白い奴らですから、毎日飽きないですけどね。どこかしらで騒ぎ声が聞こえてきますし、歩いていれば必ず面白いものに遭遇しますからね」

 

「ほぉ、それはどのようなもので?」

 

「えぇ。例えば巡回経路から外れる憲兵だとか」

 

 一瞬眼光が鋭くなった気がしたが、気のせいだろうか。

 

「他には?」

 

「冤罪で連れて行かれる青葉だとか」

 

「……まぁ、そうみられても仕方ないような」

 

「サボりに来る秘書艦だとか……まぁそれくらいですよ」

 

 いいや。もっと他にもいるぞ。むっつりスケベの最強の戦艦だとか、しょっちゅう怒られてる一航戦だとか、口を開けば卑猥な言葉しか出てこない青白い自称性奴隷とかな……。この辺は言ったら不味そうだし、何よりその例の1つが隣にいるしな……。これ以上羽目を外されると自主的に強制送還されるから嫌だ。もう少し落ち着いているここに居たいんだ。

 とか考えつつ、俺は都築提督の顔を見る。

俺の言った言葉から情景を連想させているのだろうか、少し目が遠くを見ていたがすぐに戻ってきた。

 

「なかなか楽しそうな感じですね。以前訪れた時にはすぐに執務室にお邪魔して、用事が終わった後にはすぐに帰りましたから」

 

 そう言った都築提督は微笑んだ。

 

「……呉第二一号鎮守府の山吹 ゆき少将に関しては、噂はけっこう聞きます。貴方関連の話でなくても」

 

「そうなんですか?」

 

「鎮守府を訪れた海軍大将が突然無期禁固刑になったりだとか」

 

「……」

 

 それ、俺が関係している奴ですね……。

 

「着任からあまり時間が経っていないにも関わらず、艦娘の練度は高く強いです。装備は高性能なものが潤沢にあり、余裕のある戦闘をすると」

 

「確かに……装備の余裕は感じますね。全体に高性能な装備が行き届いていますから」

 

「えぇ。あと山吹少将は何でも引退してしまってますが、とんでもなく強かった鎮守府を指揮していた方の下で教育を受けていただとか……」

 

 何それ初耳なんだが……と思ったが、そうでもない。きっとそれは大本営の御雷(みかづち)さんのことだろうな。

確かにあの人がゆきに色々と仕込んだとは言っていたから、そうなんだろう。あの人、昔は提督をしていたんだな……。そんな風には見えなかった。

 

「多分あれは生まれ持ったものと、特殊な教育を受けた賜物です。"実力"なんですよきっと」

 

 都築提督はそう言って座っていた椅子から腰の位置が落ちていった。

姿勢が崩れていったんだろうな。

 というよりもまず、都築提督がゆきのことをそこまで評価していることに驚きだった。

確かに異例なのかもしれないが、普段がアレだからな。時々怖いけど……。

 





 今回は少しいつもとは雰囲気が違うと思います。内容が内容でしたので……。
それと、次の次くらいから話を切り替えていこうと思います。云うことは特にありません!!

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第34話  能力と実力 その3

 呉第〇二号鎮守府は指揮官である都築提督を筆頭に艦娘、憲兵共に優秀だということは、過ごした3日間で十分に分かった。

都築提督の実力は3日目にあった演習でよく分かったし、指揮下の艦娘たちも指示通りに動き、求められていること以上のことをこなしていた。憲兵たちも職務に従順、ひたむきに鎮守府の治安を守っていた。

それでも話し掛ければしどろもどろしながらも、ちゃんと返答は帰ってくるし、変なことを聞いてこないし……。俺が戦場に立つことへの理解もしてくれた。

これほど理想的な鎮守府はないと思った。思ったんだ。だがどうして……。

 

「都築。そこに控えているのが……」

 

「えぇ。3日前から招いております、呉第二一号鎮守府の大和です」

 

「ふむふむ」

 

 その舐めまわすような視線、かなり不快だ。つま先からねっとりと視線を上げていき、頭のてっぺんまで。横に立ってるヲ級が殺気立ってるしな……。

右側がピリピリするくらいの殺気を出しているのに、目の前にいるこの将官サマはそれに気付かない。

 

「写真で見るのもイイ男だけど、生だと刺激が強すぎるわね」

 

「中将殿、それ以上は……」

 

「あぁ、もう少しだけ」

 

 今日も都築提督の執務室に来た後に、ヲ級と高雄付きで別れの挨拶でもして回ろうかと思っていたのに、どうしてか今日は飛び込みで来客があったのだ。

 この中将サマは陸軍の機甲旅団戦闘団の団長を務めている。都築提督が世話になっていた知り合いらしい。

近くを通りかかったものだから、寄ってみたんだとか。アポなしでも入れたから、ちょっと顔を見に来た云々……。

それにしても、この反応は遠い記憶にある禁固刑になった海軍大将を思い出す。あそこまで傲慢ではないが、それに近い何かを感じる。いやむしろ、こういう反応が普通なのかもしれない。今まで居た環境が慣れ始めた人たちに囲まれていたからだろうか。それに右横に居るのが加わったせいで、それなりの耐性も付いてきているからな。

 

「……ウチにも来てくれないかしら」

 

 そんな言葉に、俺は背筋がゾクゾクと震えあがった。これが肉食動物に狙われる草食動物の感覚なのだろうか……。今までは漠然と感じていただけだったが、これだけ鮮明に感じ取ったことはなかった。

 この状況下で俺の心境を読み取ってか、ヲ級が動き出した。今までは殺気のみだったが、行動を開始した。

何も持っていなかった手を、自分の腰の後ろに回した。そこには拳銃のホルスターがあるといっていた。つまり拳銃を抜こうというのだ。

 

「過度な接触は止めていただこうか」

 

「む? 何だ貴様」

 

「彼の護衛だ」

 

 言葉多くは言わないが、ヲ級が伝えんとしていることは中将にも伝わったみたいだ。俺から少し距離を取ったのだ。

 

「悪かったわね」

 

「そうお思いですか?」

 

「っ……」

 

 少し離れただけではあったが、今度は元居たところまで戻っていった。

 

「……中将殿、彼はここに客人と来ています。戻った際の報告で『何かあった』などと伝えられてしまえば、私の視線が足首辺りまで落ちるかもしれません」

 

「悪かったわ……。私も初めてみたものだから」

 

 そういって中将は都築提督に何やら封筒を渡した。中々の厚さをしている封筒だったが、中身は書類だろうか。

受け取った都築提督も中を確認することはなく、脇に抱えてそのまま話すのだ。

 

「じゃあ顔を見るだけのつもりだったし、そろそろ帰るわ」

 

「えぇ。そこまでお見送りします」

 

 チラッと俺の方を見た中将は、そのまま帰っていった。都築提督が見送りに行ったので、この場に残っているのは俺とヲ級、高雄だけだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 呉第〇二号鎮守府で仲良くなったりした艦娘や憲兵たちに挨拶周りをした俺は、そのまま元の鎮守府に帰ってきた。

門を潜るなり、ギャーギャーうるさい憲兵や艦娘たちに囲まれたりしながら執務室へ向かう。

 

「おー!! おかえりー!!」

 

「ただいま」

 

 ニッコニコしているゆきに出迎えられ、執務室へと入っていく。

 

「護衛ありがとうね」

 

「ふん」

 

 俺以外にはこんな調子で無愛想のヲ級も執務室へと入っていく。

 早速帰還したということで、口頭での報告を始めることにした。

と言っても、特に何かあったという訳ではない。普通に交流をしてきただけだったのだ。

 

「まぁ、特に何かあったという訳ではないから」

 

「ふーん、そうなんだぁ。私はてっきり『襲われそうになった~』とか『あちこちまさぐられた~』とかあるんじゃないかなーって想像してたんだけど」

 

 少し視線を逸らす。

 

「と、特になかったな」

 

「……」

 

 なんだかゆきのいる方からの視線が痛い。

 

「『ケッコン迫られた~』とか『女の子の趣味聞かれた~』とか?」

 

「そ、それも特に……」

 

 なんだか更に視線が痛くなった気がする。

 

「『ウチに来ない? あそこ動物園でしょ?』とか『いつも苦労してるらしいね。ウチ来ない?』とかぁ……?」

 

「うーん……」

 

 視線が痛いのには変わりないんだが、なんだかすする音が聞こえるな。

そう思い、ゆきの方に視線を向けると……

 

「う、うぅぅ……」

 

「え"っ?! ちょ!!」

 

「わ、わたしの、やまとがぁ……やまとがぁ……」

 

「な、なんでぇ?!」

 

 口をハの字に曲げ、目じりに涙を溜めているゆきの姿がそこにあった。

 

「うぇぇ……」

 

 直感で分かる。というか見れば分かる。これはやばい。

もう決壊寸前の状況にまでなったゆきが、手の甲で涙をぬぐい始めたのだ。

 

「とられちゃう……わたしのところがどうぶつえんだからってぇ、とられちゃうぅぅ」

 

「ちょ」

 

「どうぶつえんのたいしょーのわたしなんかのところいやだってぇ……」

 

「あっ」

 

 そして、俺は何も出来ずに……

 

「すてないでぇ」

 

 完全に幼児退行してますやん……。どうするのこれ。

横のヲ級とか完全に引いてるんだけど。『全然前後の関連性が見いだせないんだけど』とか言ってて、確かにその通りだけど。

 

「……ないから、そんなことないから!!」

 

「ぐすっ……ほんとぉ?」

 

「本当!! 本当!!」

 

 なんだこれ……。

 

「わたしのやまとでいてくれる?」

 

「いるから!! 第一、移籍なんてないだろ!!」

 

 そう言うと、袖で涙を拭いたゆきがいつものにこやかの表情に戻り、

 

「それもそうだね!!」

 

 と言い放ったのだ。

 

「ウソ泣き?」

 

「違うよー。マジ泣きだよー」

 

「……いいや、ウソ泣きだろ」

 

「マジ泣きだからねっ!! んもう!!」

 

 とぷりぷり怒って執務していた席に戻って言ってしまった。そして、書類の山に頭を隠してしまう。

……確か都築提督『ほとんどが見なくて良いものばかりですから、基本的には表紙を見てそのまま流すんですけどね』とか言ってたな。やっぱりゆきってバカなのかな?

今も、確か都築提督は流していた書類をゆきは熱心に見ているしな……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 都築提督の呉第〇二号鎮守府に俺が派遣されていたことが軍内部で話題になり、案の定なことが起きていた。

 

「ひーん!! 鳴りやまないよぉ!! 書類多いよぉ!!」

 

「俺は分かってたけどな」

 

「ひどいっ!! 鬼!! 悪魔!! 戦艦っ!!」

 

 現在執務室の固定電話には他の鎮守府からの問い合わせ連絡が鳴りっぱなしで、手元には山のように俺の派遣を促す書類が届いているのだ。今もこうしている間にも届いてきているという、なんという波状攻撃。

それの対応に追われているゆきは泣きながらも処理をしているのだ。

ちなみに俺は、ソファーにもたれながら書類に目を通している。委任印をゆきから受け取って、代わりに内容をチェックしているのだ。流石に1人で処理するのもかわいそうだからな。秘書艦の武蔵はというと、執務室と鎮守府の郵便物受取窓口を行き来しているからここには居ない。

 だらけながら見る催促状には工夫を凝らしているものも多く、酷いものだとその鎮守府の提督の加工しまくった自撮り写真とかが同封されていたりする。そして鎮守府以外の陸軍基地からも来ているから、これまた面倒なんだよな……。

ちなみに、ゆきからは『全て却下で』って言われている。海軍の先任少将やそれ以上のポストのからのものは避けて、それ以外は切り捨てろとのこと。その通りに仕事をしている訳だ。

 この処理は結局、夕食の時間までかかった。電話は鳴りっぱなしのままだったので、3時間くらしてからゆきが電話線を根っこから引っこ抜いて以来かかってきてない。そりゃそうだろうな。鳴る訳ないんだからな。

 




 途中変な風になりましたが、これで『能力と実力』は終わりです。
次回からは、読者の皆さんが気になっているであろうことを書きます。お楽しみに。

 最近は更新頻度が落ち気味ではありますが、1か月とか2か月とか放置はしませんので、ご心配なさらずに。

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第35話  裏切りの艦隊 その1

 

 投降したヲ級の言葉で、『えぇ。私の考えですけど、私のようなド変態マゾ奴隷候補は普段は猫被ってますから、もし寝返ったとなるともっと多くの仲間がこっち側に来ますよ』というものがあった。

"尋問"で引き出した情報の全てはゆきに伝えられているので、もちろんゆきもこのことは知っている。そこでゆきはヲ級の情報を元に、ある行動を始めるのであった。

 

「で、このメンバーって訳?」

 

「そうみたいね」

 

 絶賛足柄がゲンナリした顔で、俺の横に立っている。

 ゆきに呼び出された俺と足柄、夕張、夕立、伊勢、赤城は執務室に来ていた。

要件は超極秘任務の説明。メンツで何があるのかなんて、俺はすぐに見抜いていた。それは足柄も同様で、赤城は何か知っているような素振りを見せている。その他の3人はよく分かっていないようで、「なんだろねー?」とか言っている。お気楽なもんだな、本当に。

 

「面倒事は勘弁願いたいんだが……」

 

「仕方ないわよ。貴方が居ないと何も始まらないんだもの」

 

「そうだなぁ」

 

 呆れ顔をした足柄に諭されながら、ゆきの声に耳を傾ける。

 

「今回君たちに来てもらったのは他でもない……」

 

 何か始まった。今回は面倒だからスルーの方向で良いか。

隣に立っている武蔵も今度ばかりは付き合わないみたいだしな。

 

「うっし、じゃあ行くか」

 

「おー」

 

 任務内容は分かっているようなものだし、わざわざゆきの説明を聞くまでもない。だが形式上は聞く必要があるのが、少し面倒なところでもある。

聞かずに行こうとする素振りを見せると、よく分からない演技を止めてちゃんと本題に入ってくれるゆきは実は良い子なのかもしれない。……かなり腹黒いけど。

 

「こほん。……ヲ級から得た情報より、今回君たちには『深海棲艦と言語的接触の実験』をしてもらいたいんだ。それにはヲ級が投降した場に居合わせた君たちが適任だと思ってね」

 

 ぴらぴらと出撃指令書か編成表かをなびかせながら、ゆきがそんなことを端的に説明してくる。

 やっぱりそのことだったか。と俺は思ったし、隣の足柄もそんなことを言いた気な表情をしている。

伊勢や夕張、夕立はどういう意図か分かったみたいだし、赤城は表情を変えない。やっぱり分かっていたんだな。

 

「これまでになかった試みだけど、皆がその足掛かりになることを念頭に置いておいてね」

 

 真面目な顔つきで云うゆきの言葉に、皆が頷く。

 

「これで失敗したらそれはそれで面倒なことになるから、今度のこともかかっているよ」

 

 静かにその言葉を受け止める。

 

「でも、やり方は皆に任せたっ!!」

 

 おい。

 

「じゃあ、いってらっしゃーい!! 行先は適当で!!」

 

 途中まではよかったのに、最後でぶち壊していったな……。そこまで言ったならば、何かあると思ったのに何もないんだからな。

俺たちが考えろってことで、投げ出されてしまう。本当に詰めが甘かったりするよな。他のところでは完璧だったりするのに……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ということがあり、俺たちはカレー洋を目指していた。一度艦隊が到達し、定期的に深海棲艦の殲滅戦を行っている海域だ。

一度攻略したからといって、その海域の制海権を完全に奪うことまでは出来ないみたいだな。

 それは置いておいて、だ。

カレー洋沖に到達しており、空では赤城の索敵機が全周警戒を行っている最中だ。どうやら今、この海域に他の鎮守府から派遣されている艦隊は1つも居ない模様。俺たちに課せられた任務を遂行するならば、これ以上ないくらいに良い状況だった。

 今日も旗艦を務めている足柄は、赤城からもたらされる索敵情報を整理しながら針路を決めている最中だった。

そんな足柄を知ってか知らずか、俺たち4人は話しながら航行しているのだった。

 

「そういえばこの前、どこかに泊りがけで行ってたみたいだけど、どこ行ってたの?」

 

 思い出したかのように、伊勢が俺に訊いてきた。

多分呉第〇二号鎮守府のことだろうな。別に隠していることでもないし、何か面倒なことに巻き込まれたってこともなかったからな。

 

「呉第〇二号鎮守府に。あれだ。ゆきが執務室から出てこなかった時があっただろう? あれの原因になったやつ」

 

「うーん、なんだっけ? 電話とか手紙がひっきりなしに来ていたやつ?」

 

「そうそれ」

 

 同じ鎮守府であったことだ、伊勢や他の皆が知らないはずがない。特にゆきなんてどこに居たって目に付くからな。恰好的にも言動的にも……。

 それはともかくとして、俺がそれだけの説明をしただけで伊勢は分かったのだろうか。

まぁ、念のために全部説明しておくか。

 

「元は呉第〇二号の都築提督が言い出したことなんだけど、前にもあっただろう? 今回の任務の原因になったヤツ。南西諸島で他の鎮守府の艦隊と遭遇した時に混乱が起こっただろう? そうならないように俺が本当にいることと、戦場に身を置いていること。意思を持ってここに居ることを理解してもらうために行ったんだ」

 

「へぇー」

 

「あとは都築提督に貸を作るためでもあった、かな」

 

「いきなり真面目な話に……」

 

 そんな風に話しながらも、俺たちは全周警戒を緩めることはない。

 

「何にせよ、あっちは静かだった」

 

「そうなの?」

 

「こっちはうるさいからな。艦娘も憲兵も……」

 

 そうつぶやきつつ、俺はゆきの泣いた顔を思い出していた。自分の指揮する鎮守府を『動物園』って比喩していたからな。

呉第〇二号鎮守府から帰ってきて報告をしている時に、泣いてしまったあの時を。ウソ泣きだったかもしれないけどな。計算高いし腹黒いから、ゆきは。

 

「何それ、ひどーい」

 

「毎日毎日飽きないよな。俺の私室前で出待ちとか、食堂で席の争奪戦とか……。もう慣れたけど」

 

「じゃあいいじゃん!!」

 

 ニコッと笑った伊勢に、いつもの様子とは違う何かが一瞬見えた気がした。素の伊勢、何だろうか。だがそれもすぐに消えてしまったから、確かめることもできない。

 最近思ったことだが、こうやって時々一緒になるメンツは慣れてきていた。足柄は元からお姉さんっぽかったし、夕張も純粋に人として接してくれていた。夕立はなんだか幼心とかも残っているが、近所のお兄さんみたいに俺を感じているんだろうし、赤城も顔を赤くすることはあまりなくなった。伊勢もまた暴走することはなくなった。

というか南西諸島以来、武蔵や大和、ゆき以外といるときはこの中の誰かか雪風たちと一緒だったりする。

 そんなことを考えていると、どうやら赤城の哨戒機が敵影を発見したみたいだった。

俺たちにその情報が口頭で伝えられる。

 

「9時方向、方位172。37km海域に深海棲艦の艦隊を発見!! 編成。戦艦1、軽空母1、重巡1、軽巡1、駆逐2!!」

 

 ガラリと空気が変わり、張り詰めてはいるが緊張感のそれなりにある雰囲気に変わる。そんな中で足柄が指示を出した。

 

「戦闘用意ッ!! 赤城は準備出来次第攻撃隊発艦開始!!」

 

「はいッ!」

 

 足柄のハリのある声が海上に木霊する。

 

「今回の目的は"大事な戦友(大和)"があちらに接触して、"ドアホ(投降した空母ヲ級のよう)"であることを願うだけよ!! もし敵対的な意思が見えたらその時は撃って撃って撃ちまくって!!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 伊勢、夕張、夕立が返事をする。どうやら最後に俺への指示が出るみたいだな。

 

「大和は細心の注意を払って接近、投降を呼びかけてね」

 

「応!」

 

 なんだか俺の時だけ言い方が優しかった気がするな。

そんなことを考えている暇は数秒もなく、艦隊は俺基準の最大戦闘速度で突進を開始する。常に赤城の哨戒機から情報は入ってきているが、その情報によれば、あちらもこちらの存在に気付いて向かってきているとのころ。正面から反航戦を仕掛けることになる状況ではあるが、こちらはそんな気は毛頭ない。

 

「艦隊単縦陣!! 先頭は大和!! 会敵の際、頭以外は散開して攻撃された場合は各個に反撃、いいわね!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 気合の入った足柄の声に鼓舞される皆に一層前を見る目に力が入る。

 艦隊の雰囲気はまさに僚艦(戦友)との信頼からくる安心感のみで出来上がっていて、元はゆきの適当に編成した艦隊だったかもしれないが、あの戦い(南西方面戦役)で背中を預けあった仲間であることが見なくても感じ取ることができた。ただ、あの戦いでは俺が一方的に特別な親近感や友愛を感じているだけなのかもしれないけどな。

 そんな俺の考えていることに悠長に時間をくれない深海棲艦たちの艦隊は、俺たちの艦隊目掛けて一直線に向かってきていた。

皆厳戒態勢で、俺もいつ攻撃が来ても良いようにダメージコントロールのことを考えていた。

そして射程圏内に入る。俺の主砲の射程圏内は当の昔に突入しているが、相手の艦隊で一番ロングレンジであろう戦艦の主砲の想定射程圏内に入っていた。だが様子がおかしい。

それには足柄と赤城が真っ先に気付いていた。

 

「……おかしいわね」

 

 序列2番の足柄が俺に聞こえる程度の声量で聞いてきた。ちなみに足柄は俺の水偵を通してその趣旨を言ってきていたのだ。序列最後尾にいるから肉眼では確認できないが、入った途端に撃たないのは引き付けているとも考えられる。だがたいていの場合は射程圏内に入り次第バカスカ撃ってくるのが"普通"らしい。だから、赤城も不信に思ったのだろう。

その不信感はやがて艦隊全員に伝播した。だがそれでも相手は撃ってこない。

 

「でも……まぁ良いわ。私たちはインファイトが得意だもの。本来は砲雷撃戦をする私たちでも、接近して近接格闘戦だってしてやるんだから」

 

 その光景はあの戦いでも見たが、まぁ見るに堪えないものだから勘弁願いたいところではある。

 そうこうしている内に、深海棲艦との艦隊が目視範囲内に入ってきていた。そしてもうすぐそこまで迫ってきている。構成されている艦隊の面々の表情が見える。

戦艦はどうやらタ級。軽空母は言わずもがなヌ級。重巡リ級。軽巡へ級。駆逐イ、ハ級。ばらつきの激しい編成ではあると思うんだが、どういうことだろう。

そんな風に他人事のように解析していたが、遂にその艦隊がもうすぐそこまで迫っていた。

 

「っ!!」

 

 俺は気合を入れて、陣形から離脱。深海棲艦の艦隊正面に立ちふさがった。

そして、声を出す。

 

「と、投降する気は……ないか?」

 

 なんだか通り過ぎて行った艦隊が盛大に滑ったような気がしたが、大丈夫だろうか。配置に付けているのかは、目の端に映っているから問題ないだろう。すぐに起き上がって配置に付いた。

だが問題は目の前にいる深海棲艦の艦隊だった。俺が突如針路上に現れたことから、急停止をした深海棲艦の艦隊の先頭、戦艦タ級は俺の顔を何とも言えない表情で見ていた。

こっちに針路を向けてきて、反航戦だったにも関わらず、攻撃をしてこなかった彼女たちは……。俺には時の進みが極端に遅くなったように感じた。

 





 前回から良い具合に投稿時期を刻んでいっているように感じます。多分そう感じているだけです……。

 今回は題名に勘繰られてしまっている方も少なからずいるのではないでしょうか。何せ作者がアレですからね(ゲスガオ)
まぁ、そんなことも気にせずに楽しんでいって欲しいですはい(本音)
 少し話を進展させようと思いまして、こういう話にさせていただきました。
少々お付き合いください。

 ご意見ご感想お待ちしています。
 


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第36話  裏切りの艦隊 その2

 

 彼女たちからの返答はすぐ帰ってきた。

先頭の戦艦タ級から艤装が脱落したのだ。

 

「……あたしたちは、貴方を探しにここまで来た」

 

 おかしい。そう感じたが、それも一瞬だけだった。

 

「あたしは艤装をここで強制解除することが出来るが、他の者は出来ない。このままで良いのなら、私たちは貴方の下に下ろう」

 

「そうか。……じゃあ、付いてきてくれ。だがその前に、軽空母の彼女には艦載機を全て破棄してもらうけど」

 

 そう俺が言うと、タ級が軽空母ヌ級に言って艦載機の破棄を始める。海にボトボトと異形の艦載機を落としていったのを見届けると、足柄たちが集合した。

 

「終わった?」

 

「あぁ。タ級は艤装を棄てたから、抵抗できないようにして欲しい。他のは艤装がなきゃいけないみたいだから、警戒して鎮守府に帰投しよう」

 

「そうね。……そういうことだから、タ級。手足の自由を奪わせてもらうわ」

 

 タ級はいつぞやのヲ級みたいな状態になり、その他の深海棲艦は周りを囲まれながら鎮守府へと帰投するのであった。

この時までに、俺は気付いていれば良かったのかもしれない。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきに報告するべく、俺と足柄は執務室のゆき前まで来ていた。

足柄はいつもの任務に加え、今回の任務の扱いが特殊任務だったからか、少しやり切った雰囲気を出していた。その一方で、俺は『面倒な尋問が始まるんだろうか』と考えていた。

 

「カレー洋にて深海棲艦をひっ捕まえてきた」

 

「そうみたいだね。さっき憲兵から連絡があって、牢が6つ埋まったって。……詳細を教えて欲しいな」

 

「海域に入った際、赤城の哨戒機が艦隊を補足。こちらには気づいていないようだったから、そのまま針路変更して確認。深海棲艦の艦隊と分かった時点で、交渉開始。すんなり降りてくれたよ」

 

 少し考えたゆきは、間を置いて俺に言葉を掛ける。

 

「うーん……。とりあえずお疲れ様。尋問はいつも通りでやるから、よろしくね」

 

「分かった。俺は時間置いてからタ級に」

 

「頼んだよー」

 

 気の抜けたいつもの会話だったが、何というか……。ゆきの雰囲気が違う。

いつもの天然をわざとかましてる様子は一切ない。だが間延びした語尾になるのはいつものこと。それでも、違うということはすぐに分かった。

何かを感じ取っているのだろうか。そんな風に考えるものの、俺と足柄はその後、艦種を伝えてから執務室を出て行った。

 廊下に出て扉が閉まった瞬間、足柄が話し出した。

 

「今の、変だったわね」

 

 足柄もそれを感じ取っていたみたいだな。

 

「そう思うか?」

 

「えぇ。……何かありそう」

 

 俺もそれは感じていた。何かある、と。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺と付き添い(心配なだけで、件に全く関係のない)の大和が牢の前に来る。

そうすると、中でチョコンと座っていたタ級が俺たちに反応した。

 

「よぉ」

 

「あぁ、早速、なの?」

 

「まぁ、そういうことだ」

 

 鎮守府に来る前に一応、説明してあった。投降して鎮守府に行っても、最初は捕虜扱いであることは。

それでも一定時間が立てば、状況によっては外に出ることができる。鎮守府に溶け込むこともできる、ということはタ級も知っていることだった。

 

「仕方ないね。……記録はそこのブラコンがやるの?」

 

「えっ?! 初対面でっ?!」

 

 大和は違和感に到底気付いている訳がない。俺はこの発言には、少し驚かされた。

ただただタ級の洞察力が高いだけなのかもしれないし、もしかしたら……。

 

「まぁ良い。じゃあタ級、俺の質問に正直に答えてくれ」

 

「……」

 

 タ級は頷いた。

 

「所属は?」

 

「西方方面海域軍第四軍 東南アジア第二〇八艦隊」

 

 は? ヲ級の前情報があるとはいえ、『第二〇八艦隊』ってどういう意味だ……。

俺はその疑問を拭うことなく、続ける。後でまとめて聞けばいい。

 

「投降した意図は?」

 

「西方・北方・南西方面に艦娘に混じって異形の艦娘が存在している情報が飛び交っていたために調査の名目で出撃。目標が案外さっさと見つかってしまって、呆気に取られていた。その時に貴方に"投降"を呼びかけられて、下った方が私や他の仲間的にも良かったから」

 

 ……さらっと新情報を漏らしたな。各海域で俺の目撃情報が深海棲艦側で跋扈していたために、特編された艦隊で調査をしていたってことだろう。と考えると、北方や南西方面にも同じような艦隊が居る可能性があるな。

まぁ、なんにせよ。投降理由はこれまで、簡単に味方を裏切ったことに変わりはない。

 

「うーん……。なんて言えば良いんだ? タ級」

 

「そう言われても、私は質問に返答しただけ」

 

 ぶっきらぼうに答えられ、若干調子が狂っているが、これが正常なのだろうか。横で黙って立っている大和も、ヲ級と比べたのだろう。少し考え事をしているようだ。

 

「まぁ……初日はこれくらいにしておく。あと個人的なことなんだが……」

 

 そう最初に言っておき、俺はあることを訊いた。

 

「その足。……どういうことだ?」

 

 俺が訊いたのは、タ級の足のことだ。本来ならば戦艦タ級の足は腿から足先まで硬そうなもので覆われていたと思うんだが今は違う。

腿から足先までの黒いヤツは、"投降"して鎮守府に連れ帰った時には既になかった。その代わりに素足がある。否。金剛型戦艦のようなニーソックス型ブーツになっているのだろうか。薄底だけど。

そんな風に俺が足をチラッと見て訊くと、タ級は気にも留めることなくただ普通に回答を返してきた。

 

「あの黒いのも艤装。"投降"した時に投棄してきた」

 

「なるほど……」

 

 まぁ、見て考えればそういう考えに一番最初にたどり着くんだけどな。

 こんな風に淡々と、俺のメンタルを何一つとして攻撃してこないタ級の尋問が終わったので、次に移ることにした。

次は駆逐イ、ハ級だ。こいつらは……なんて言えば良いんだろうな。本当に。他の重巡と軽巡、軽空母は足柄が担当しているが、さっきすれ違った時にチラッとみたが、多分俺と同じことを感じているだろう。その時は軽空母ヌ級の尋問をしているみたいだったからな。

 

「……」

 

 俺は檻の向こう側を見る。

 

「寒いね……」

 

「うん……」

 

 なにこの薄幸な少女たち。正確に言えば、ウチにいる駆逐艦の艦娘とそう大して変わらないんだけどな。そうなんだけどな……。

なんでこんなに……。

 

「尋問をするんだが……そんなに寒いか?」

 

 身体を寄せ合って座っている少女たちは、まぁ怪しいのなんの……。薄幸さはかなり出ているから、相当な演技力ではあると思うけどね。

普通、そういって寄り添っているところは壁際か四隅だ。だがこの2人、牢のど真ん中でそんな小芝居をしているのだ。そして『寒いね』とか言ってはいるものの、チラチラと俺の顔を見てくる。これが演技じゃないというのなら何だというのだ。

 

「あの……憲兵さんに言って暖房持ってきましょうか??」

 

 ここにバカが居たっ!! 畜生!!

 

「え、でも悪い……です」

 

「私たち、捕虜……です」

 

 言い忘れていたが、目の前の少女たちが駆逐イ級とハ級だ。あの恰好は実は艤装の中で操縦しているかららしく、本当はこういう姿なんだとか。いや……確かに薄着だけど駆逐艦の艦娘たちと同じくらいだよな……。

 この2人が何をしたいのかなんて、俺には分かっている訳だが……。俺の方をチラチラとみてきている辺りとか。

だがそこはあえて、それを外しに行く。

 

「別に良いだろ。なけりゃ火鉢を近くに持ってきてやるから」

 

 ふっふっふっ……。分かっているからこそできる技。

とは口に出さずに、俺は真顔で訊く。まぁ、2人ともその返答は想像とは違ったみたいな表情をしている辺り、やはりというかなんというか……。

 このままでは尋問が進まないので、大和に暖房を取りに行かせ(自分から取りに行った)て俺がまた尋問艦を引き受けることになる。

質問内容はタ級の時とあまり変わらない。初日は所属だけを聞き出す。そこから分かることもかなり多いのだ。

 

「2人とも、所属を教えてくれないか?」

 

 そういうと、2人はお互いの顔を見合わせる。

戸惑っているのか。それとも何か相談をしているのだろうか。だがそれもすぐに終わり、イ級が答えた。

 

「西方方面海域軍第四軍 東南アジア第二〇七七艦隊。この子も、同じところです」

 

「なるほど……」

 

 どういう意味で顔を見合わせたのかは分からないが、タ級の所属とほぼ同じだと考えても良いことだろう。それにしても『第二〇七七艦隊』って……。さっきは漠然とその艦隊名に感じるものがあったが、今回ではっきりした。

数を使うような時には、個別認識名が与えられていないと考えらる。つまり、タ級は3桁を言った。イ級は4桁を言った。そういうことなのだろう。

同じ艦種か任務を与えられる艦隊毎に分けられていて、それが番号で割り振られている……と考えるのが自然だろうな。そう考えると、深海棲艦の数は数千とかそういうレベルの話ではなくなる。万とか十万単位になってくるだろう。

 急に背筋が震えあがった。恐ろしい数の深海棲艦が存在していることが、不確定だがある可能性が十分に出てきてしまったからだ。これまでも『無尽蔵に湧き出てくる』という認識があるという深海棲艦だが、それ以上に『即刻出撃可能な深海棲艦』が水面を覆いつくすレベルで存在していることになる。

 

「二〇七七の皆のことは……少し心配ですけど」

 

「はい」

 

「私たちが"いなくなったこと"に気付いて、たぶん追ってくるんじゃないでしょうか」

 

 怖くはあるが、これは聞かないといけないことだろう。

『二〇七七』について。どういう意図で編成された艦隊なのか……。

 

「二〇七七について、教えてもらえないか?」

 

 俺がそう訊くと、イ級とハ級は顔を見合わせてから口を開いた。

 

「東南アジア第二〇七七艦隊は……艦娘たちで云うところの駆逐隊を意味しています」

 

「艦種によって数字の桁数が違っていて、それに応じて個体数も変動します」

 

 個体数では驚きはしなかったが、桁数ってことは駆逐隊だけでも極論で一〇〇〇から九九九九まであるということになる。それぞれの隊にどれだけの数居るのか分からないが、それは末恐ろしいことだ。

 

「空母や潜水艦等の特殊艦は中央から派遣されてくるので分かりませんが、戦艦と重巡は3桁。軽巡と駆逐は4桁で識別します」

 

 ということは普通に考えると空母や潜水艦、補給艦は個体数不明で、それ以外は海域によってそれこそ無尽蔵に湧き出てくるということだろう。

恐ろしいを通り越して、笑えてくる。そんな強大な敵を相手に、ゆきや皆、俺は戦争を生存を賭けた戦争をしているというのだからな。こんな戦争、見るまでもなく単純な戦力のぶつけ合いだけで考えれば"負け"る。そうとしか思えない。

 俺はそんな考えを表情に出さずに、話を続けた。

もっと情報を引き出して、ゆきに伝えなければならない。場合によっては面倒なことや、不味いことになるかもしれないが、それすらも許容しなくては解決しないものとしか思えなかったからだ。

 

「東南アジアの艦隊……艦娘の云うところの南西諸島・西方海域はそれくらいの数が居ます。他のところは分かりませんけどね」

 

 そう言い放ったイ級とハ級は、ジッと俺の方を見た。

何だろうか。俺は今、2人から告げられた言葉に衝撃を受けているところだというのに。メモは話をしながら取っていたので問題ない。だが、文面では話されていることをそのまま取っていただけだから良いものの、俺自体が飲み込めていないのだ。

 俺の状態を知ってか知らずか、2人は俺に話しかけてくる。

 

「ここまで話しました。旗艦がどこまで話したか分かりませんが、私たちはここに居ても良いんですか?」

 

「は?」

 

「私たちは"手土産"を持って、ここに来ました」

 

 この2人の言っている意味が分からない。

 

「私たちが海上まで"受けていた"任務は、艦娘特異種の情報収集」

 

 "受けていた"とはどういう意味だ? まぁ深海棲艦でも指揮系統がしっかりとしているからあるんだろうが、その言葉の真意はなんだというのか。

 

「この任務を受けた時から、タ級は"そのつもりだった"みたいですし……私たちにもメリットの方が大きかったので」

 

 いかん。さっぱりこの2人が言っていることが分からない……。

そんな俺のところに、暖房を取りに行った大和が戻ってきて、あることを言った。

 

「つまり、投降するだけでは一生牢生活だから、わざわざ呉第二一号鎮守府に下ってかつての仲間の情報を"手土産"とし、ここで生活したい……あわよくば大和のそばに居たい。そういうことですよ」

 

「なるほど理解……てぇ!! なんだそれ!!」

 

 大和の端的な説明に頷くイ級とハ級。どうやら大和の言ったことが、今の今までの話の意味だったらしい。

つまりはこうだ。ヲ級よりも進化した方法で、わざわざ軍を裏切ってこっちに来た、ということだ。

 

「私たちにはそれだけをする用意は」

 

「してきているんですよ。まだ引き出しは残っていますし、機密文書も私たちの艤装に格納されています」

 

 なんだか意識が遠のいていく気がする。だってあれだ。ヲ級とは違うが、同じ目的で軍を裏切ってきた奴らが6人も居るのだ。自分らの軍の機密まで持ち出して"手土産"にしている辺りまでくると、もうどうかしているとしか思えないな。

 





 シリアスになったなぁ、って思ったそこの貴方!!
残念ながらそうはなりませんよ(真顔) 確かにシリアスになったかと思いますが、だいたいがくだらなかったりしますからね。
まぁでも今回の話に関しては、物語で重要な部分ではありますので……。どうしてもシリアスになってしまうものなんです。

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第37話  裏切りの艦隊 その3

 

 尋問初日で発覚したことを、俺はゆきに報告しに来ている。足柄も同じタイミングで終わらせたみたいで、酷く困った表情をしてゆきの前に立っていた。

ゆきはそのことを知ってか知らずか、報告内容に困っている俺たちのことを無神経に嬉々として訊いているのだ。

 

「それで、どうだったの?」

 

 最初は俺が報告する。足柄の方はまだ戸惑っているみたいだしな。

 

「結果から言ってしまえば、『あいつらもヲ級と同じ』だ」

 

「まぁ、そうだろうねー」

 

「脱走兵なんてもんじゃないぞ。ありゃ敵国への亡命レベルだ」

 

「ふーん」

 

 俺がやれやれと言わんばかりに云う内容を、ゆきは今回牢に入れられている深海棲艦の詳細な情報の書いてある書類に目を落として返事をする。

 

「ま、大和の言い方だと『有益な情報が手に入る』ってことみたいだし、私としては問題ないかな。ただ、ヲ級(変態)みたいではないのは扱い辛いところではあるかな」

 

 何を言っているんだ、と一瞬思った。だがその真意は考えてみればすぐに分かる。

ゆきは出撃前に目的を『深海棲艦と言語的接触の実験』と言った。誰も投降させろだなんて言っていない。だが今回は連れて帰ってきてしまった。それに今から報告するが、"建前"としての任務の目的は完全に遂行できているようなものだ。

こうして俺や足柄が尋問をしたことによる報告をしに来ていること、足柄が戸惑っていること、俺が『あいつらもヲ級と同じ』と言ったこと……。ここからすぐに当初の目的は達成されているようなものだ。それにもし連れ帰ってなかったとしても、俺の様子などから任務の成否はすぐに分かるだろうからな。

 

「なんにせよ、大和の担当はタ級と駆逐艦2人だったね。どうだったの?」

 

「……前例とは違い、過剰な反応は見せなかった。3人とも俺の尋問には抵抗することなく素直に答えていたと思う」

 

「うん。じゃあ、足柄は?」

 

 これだけで伝わったのか? イ級、ハ級に関することをまだ言ってなかったんだが……。

 

「とりあえず、軽空母ヌ級のアレが艤装だったってこと。中に私たちでいうところの艦娘が居たわ……。あとは若干の抵抗と、しきりに大和のことを聞いてくること以外は大和と同じ」

 

「さっきは言い忘れていたが、駆逐艦イ級、ハ級でもそれがあった。中に乗っていたのは、俺たちで云うところの駆逐艦の艦娘と同じくらいの少女だった」

 

 俺は足柄の方を見る。足柄の方ではこれ以上ないのか、という意味を込めてみたんだが……多分伝わっているだろう。

これまでの行動から想像すると、察しが良いので多分……。なので、俺がここから追加で報告する。

 

「なるほど……なるほど、なるほど……なるほどねぇ~」

 

 ペンを回しながらそんな風に言うゆきに、俺は続けて報告を続ける。

 

「……ヲ級の前例があって、"この極秘作戦"だったんだろう?」

 

 俺がそう言うと、ゆきは回していたペンを止めて俺の方を向く。その表情はいつになく真剣だった。

そう。この表情は、普段のゆきからは全く見ることの出来ないもの。おそらくだが、"自分の手の上で駒を転がせれていない"ことを分かっている時の表情だ。

こう考えている俺も、本当にゆきと長いことつるんでいるものだなと感慨深くなるものだが、そうは言ってもたった数か月程度な気もしなくない。きっとこのことは他の艦娘たちの方が分かっているんじゃないだろうか。

 ゆきはスッとペンを置き、少し考える。

そして口を開いた。すぐのことだ。

 

「ふーん」

 

 俺は言葉を選びながら話を進める。言い回しでゆきだけに伝えることも、多分出来るだろう。だが、足柄もその辺りに関しては聡い。

慎重に進める必要がある。足柄の担当した深海棲艦がこぼしていたのなら意味のないことだが、もしかしたら知らないのかもしれないからだ。

 

「目の前のことも大事だが、八方を見ながら進む必要がある」

 

 ゆきの表情が一気に険しくなる。

 

「それは……私が"見かけ通り"ってことで良いのかな?」

 

「あぁ」

 

 察したみたいだな。"見かけ通り"とは、たぶん自分が見た目が割と小柄で小さいことを自虐して言ったんだと思う。ただこれだけでは分からない筈。それを省略して"小動物"だという意味で言っていたとしたら、俺としては正解だ。そして、そこまで読み取れていたとしても、保険で言葉を付け加えておく必要がある。

 

「そして俺は"血"だ」

 

 伝わっただろうか……。不安だ。

 そんなゆきに対して、俺が"血"である意味。それは海の人ならば誰だって分かる。

そんな"血"が海を漂っていたのなら……。

 だがそんな俺の心配なんて必要ないほどに、ゆきは理解したみたいだ。

俺が言いたいことが伝わったことだろう。

 

「分かったよ。……でも肝心なところが分からない」

 

 闇雲に今回の件に手を出しても痛い目見てそれ以上に被害が出る可能性があることにも気づいたのなら、まだ何が欲しいというのだろう。

まぁ、俺もまだ言っていないところがある。そこをどうやって説明するか……。

 

「"ホウ酸団子"が必要になる」

 

「なるほど……」

 

 伝わったみたいだ。

 

「ありがとう、大和」

 

 ゆきの険しい表情は消えていった。どうやら俺が伝えたかったことが理解できたみたいだな。

一方で足柄はというと、どうやら意味が分からなかったみたい。それは俺としても御の字。今すぐに伝える必要のある話ではなかったのかもしれないが、なるべく早くに耳に入っていた方が良かったからな。それにあまり多くの人や艦娘に知られると不味い内容ではあったので、こういう秘書艦の武蔵が何故かいないタイミングくらいでしか話せない。2人だけの時間が早々に作れないのなら、こうするしかなかったのだ。

ゆきにそんな時間が作れないのは、この数か月間でしっかりと分かったことだしな。

 俺が一息吐くと、ゆきはニコッと笑った。

ここで報告は一応終わりだろう。多分。

 

「よーし!!」

 

 パッと立ち上がったゆきは俺に手招きをする。

俺は何だろうかと思い、近づいてくと屈めと言われた。そしてそれに何の疑問も持たずに屈むと……。

 

「お姉さんが代わりに褒めてあげるよっ!! 大和はムッツリスケベブラコンだからね!!」

 

 と言って俺の頭を抱えてなでなでし始めたのだ。急のことでパニックになったが、すぐに俺はされるがままになる。

普通なら飛びのいて距離を取らなければならないことではあるが、ゆきにはそういう行動を取らなければならない下心が見えないからな。ただ、単純に俺を褒めているだけなのかもしれない……。

それにしても小さい癖に(身長:152cm)えらく包容力のあるのな。そして柔らかいしいい匂い……。

そんな風にされながらも、ゆきは俺にしか聞こえない声の大きさで言ったのだ。

 

「答え合わせ。今日の夜、良い?」

 

 俺は何の動きもせずにされるがままにした。拒否する理由がないからだ。どこで答え合わせをするのかは知らないが、多分どっかのタイミングで呼ばれるか来るだろう。

そう俺は考えた。

 少しして離されたが、俺はあることを思い出した。

この部屋には俺とゆき以外にも人がいることを。

 

「な……ななっ、んなあ……」

 

 さっきから『な』しか言っていないそこの重巡の艦娘。俺の中での艦娘の評価が武蔵と同レベルである足柄だ。

これは不味ったな、と直感で感じる。パッとゆきの方を見ると『やらかした』と言わんばかりの表情をしているため、たぶん咄嗟に取った行動だったんだろう。

 ここからは大変だった。

まず俺とゆきへのツッコミ。ゆきへは『提督とあろう人が部下に示しも付かない男性保護法違反をしてどうするのか!!』と。俺には『貴方、男性なら抵抗しなさいよ!! もしあのまま襲われていたらどうするつもりだったの!!』と。

説教モードに入った足柄に5分ほど叱られた俺とゆきは、反省はしなかった。ゆきは『部下だし嫌がってないからいいもん』とか言いそうだし、俺も『別にゆきなら良いんじゃない?』と思っているからだ。それに必要だったからした訳だし、今回は怒られることもなかったように感じているからな。

 プリプリと怒った呉第二一号鎮守府一の常識人:足柄は、そのまま執務室を出て行ってしまった。それと入れ替わりで入ってきた武蔵に、足柄がどうして怒っていたのかを聞かれた時には、どうやって切り抜けようかと悩んだ。

ちなみにゆきが『ヲ級の行動に目も当てられないっていう話をしに来ただけ』と適当な嘘を吐いた。ちなみに嘘じゃなかったりする。本当に、その件は足柄も俺に何度か話しに来ていたからな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 時変わって夜。夕食も終え、俺の私室に入り浸っていた大和や武蔵、矢矧が帰ったころに俺の私室にゆきがやってきた。

だが俺が想像していたのとはちょっと違っていて、ヲ級を連れている。どうやらフェイクでヲ級の部屋に入った後、こっちに来たみたいだな。それに"件"に関しては、ヲ級も無関係ではないからな。

 俺は長話になると思い、お茶を出して座布団の上に座った。ヲ級は珍しく俺の真横には座らない。俺とゆきが向かいあっているところの俺から見て右側に座ったのだ。

 

「さて、報告の件だけど……」

 

 いきなり本題ですか……。

 

「つまり大和はこう言いたかったんだよね?」

 

 そう言ったゆきは呼吸を整えて話し始めた。

 

「深海棲艦には担当海域だけでも含有戦力がこちらの軍よりも多く、"中央総軍"なるものからの派遣艦も無尽蔵。そんなところで今現在、餌をぶら下げてる"おバカさん"がのんきに歩いていると……そういうこと?」

 

「だいたいその通りだ」

 

 かなり伝わっていたみたいだな。

 

「"ホウ酸団子"になるかは、大和次第だと思うんだけどね……。まぁでも、それの意味もちゃんと分かってるから」

 

「それなら良い。だがどうするんだ?」

 

 俺がそう切り出すと、ゆきは首を傾げた。

 

「どうするもこうするも、こっち側が有利な状況で終戦させるしかないじゃない」

 

 その言葉はこれまでのゆきの口からは聞いたこともないような、重苦しい言葉だった。

 

「その相手に私たちは正面から戦っていかなくちゃいけないの」

 

 きっとこれはゆきの本心なのだろうか。普段は出していない部分なのだろうか。

 今目の前にいるゆきは、普段のゆきではない。きっとこれが"軍人としてのゆき"なんだろうか。それとも、"別の面のゆき"なのだろうか。

俺には分からないが、きっとこの言葉も表情もこれまでほとんどの人には見せてきたことはなかったんだろうな。そう俺は、ふと思ったのだ。

 

「蹴散らして、叩き潰して、蹂躙して……それがこの生存戦争で私たちが掴むべき未来の道中にあること。奪いにくるのなら追い返さなくちゃいけないし、ぶっ殺さなくちゃいけない。こっちだって種の存続が賭かってるんだから……」

 

 それ以上、ゆきは何も言わなかった。

だけどさ……。

 

「なぁ」

 

「はい?」

 

「連れて行ってくんない?」

 

「嫌です」

 

 話し終わって、お茶飲んでほっこりした後に寝ちゃうんだろうな。

しかもついてきていたヲ級は連れてどっか行ってくれる様子もないし。なんなら、そのままここで寝るつもりだぞ。コイツ……。

 

「邪魔者がいますけど、ここは心労が重なっているご主人様にご奉仕を……」

 

「てめぇのそれで更に心労が積み重なってくんだが」

 

「いやん、ご主人様ったら」

 

「ねぇ聞いてた? 今の聞いてた?」

 

 真面目な話をした後に、ヲ級のこれは辛すぎる……。

結局、ヲ級も帰ってはくれなかった。俺も諦めて寝たが、翌日俺の私室前に集っていた群衆が俺の私室からゆきとヲ級が出てきたことに盛大に勘違いをして面倒なことになったのはお決まりのパターン。誤解を解くのが面倒なんだけど、今回はただ普通に来て寝ちゃったーっていうレベルじゃないから辛かった。だから後で執務室に行って、悔しい思いをさせてやった。後悔はしていない。『大和の鬼!! 人でなし!! ケッコンして!!』って言ってたけど、もう常套句みたいになりつつあるから流した。

 





 感想の返答にも書きましたが、深海棲艦側の戦力はこちら側とは比較にならないくらいに多いです。えぇ。そりゃ……。
そんな設定ではありますけど、鬱に持っていくことはしませんので。ただ、今回と前回数回はもしかしたらシリアスな内容でもあったと思います。ご了承ください。

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第38話  改革

 俺の心労は日々絶えることなく、俺の気持ちとは正反対に積み重なっていくものだ。

ここのところヲ級のように、深海棲艦側からこちら側に来た艦(タ級ら)の尋問や、飽きることなくそれはもうストーカーの如く、艦娘や憲兵に追い回される日々。

俺の癒しでもある雪風は相も変わらず、時間を見つけては一緒に遊んでいるけどな。最近そこに浜風や磯風も加わるようにもなったけど……。まぁそれに関しては、俺も気にしてはいなかった。

その他の有象無象も、"慣れ"というものは酷く恐ろしいものだ。最近では他ごとしながら、適当にあしらったりしている。時々、ちゃんと対応したりもするけどね。あまりに塩対応だと、それはそれで俺もここに居辛くなるというものだ。適度に付き合って、あしらって、まるでひょいひょいと逃げる餌だ。……自分で言ってて悲しくなってきた。

 それはともかくとして、だ。

今日はゆきの号令で、鎮守府としても大規模な行動を打って出ていた。聞こえは良いが、内容がクソなのはいつものこと。中身のない命令書を担当指揮を行う人にサイドスローで投げるのだ。

 

『大本営から"働け"だってさ!! 笑っちゃう話だけど、あっちは"私"が考えていることなんて微塵も知らないだろうから、仕方なく付き合うことにしたんだぁ』

 

 と予防線を張って、それに呼応して身構える。きっと少し活発に作戦行動を執ることになるんだろうと誰しもが思っていた。

だがそんなことを、ゆきが整然と事を並べて指示することもない。それは皆の持つ共通意識だった。否。ゆきが必要だと考える行動に関しては、俺たちに詳細な指示書や膨大な作戦指令書が出たりすることもあるみたい。最近それがあったのが"俺"進水直後の、それぞれの代表者へ『必読』というデカい印鑑が押された辞書並みの指示書だったらしい。

 だが、そんな俺たちの期待を裏切っていくのがゆきという人物であって、面白いところなのかもしれない。

少なくとも、そう俺は思っていた。

 

『そういう訳で、今日から1週間は"従順な軍人"を示すべく、私は心を入れ替えます!!』

 

 その場でその言葉を聞いていた武蔵や他数名は『おぉ~!!』と感嘆していた。俺もだけど……。普段の姿が定着していたからな。

 

『武蔵っ!! 大本営からの指令書!! 今まで適当な理由付けてやってこなかったけど、中部海域の深海棲艦の漸減作戦。編成表は作ってあるから、該当艦に通達をブリーフィングして』

 

 とまぁ、こんな風に"如何にも"という軍人らしい采配を見せている。

 

『大淀はこっちも編成表あるから、それみて該当艦を召集。数が多いから注意してね。内容は、近海から南西方面海域で情報収集している潜水艦の捜索・排除を』

 

 多分、これも大本営からの命令を適当な理由を付けて別の鎮守府に回していたものなんだろうな。

 

『鳳翔は空母の出番が散発してあるだろうから、皆にその旨伝えておいてね!! 召集艦は勘づくと思うけど、それ以外への連絡よろしく!!』

 

 艦隊の花形である空母の皆には、そういう風の指示を出していた。

そしてその後にも、憲兵たちへの命令も下る。基本的にゆきは憲兵たちに『鎮守府内の風紀を守って欲しい。巡回を徹底して行って、艦娘の皆との交流も忘れずに』なんていう不明瞭な命令を出していたみたいだが、今回は違うみたいだ。

 

『憲兵は今までやってきた"儲け"を私に報告すること。何を餌にどうやって釣ったのか、そこのところ詳しく。あまりに看過できないものだったら速攻処罰だけど、もし隠しでもしたら私は軍刀を研ぐ必要が出てくるからさ』

 

 とまぁ、半ば殺害予告みたいな命令を下していた。

ちなみに憲兵たちの"儲け"というのは、基本的に俺絡みだったりする。俺と雪風が定期的に注意をしたりしていたんだが、一向に減ることはなかったのだ。誰かが辞めれば、誰かが同じようなことを始める。そんな風に、憲兵たちの娯楽は一定して供給されていたのだ。それでうまい具合に稼いで、いいところ取りをしている憲兵もいるそうで、まぁそういう話がゆきの耳にも入ったんだろうな。今までは放任で、自分の提示した命令をこなしてくれて、最低限外に示しがつかないようなことは裁いてきたが、今回は厳しく"憲兵"が"憲兵"らしくある本来の姿に戻ってもらうための命令だったみたいだ。

 俺にはよく分からないが、憲兵たちに関してはかなり口煩く言ったみたいで、青い顔した憲兵が走って戻っていったのはさっきのことだった。

今も武蔵や他の集まっていた艦娘たちはことごとくが執務室から退出しており、残っているのは俺とゆきだけだ。

 

「……なぁ」

 

「なぁに?」

 

「さっき自分で言っていた言葉、思い出せ」

 

 俺はそんな風にゆきに言葉を掛ける。

憲兵にはああ言ったものの、ゆきも何かしら俺絡みで"儲け"とは形容しがたいことをしているのだ。

 

「いい、大和?」

 

 そんな俺に向かって、ゆきは一言。

 

「それはそれ。これはこれ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 画して、呉第二一号鎮守府の真面目週間が始まったのだった。これまで最低限の戦闘しか行っていなかった海域への出撃も、見るからに回数は増えていった。それに伴い、入渠場には損傷艦で溢れていた。各地への遠征や演習もぬかりなく行い、建造・開発も気分ではなく計画的に進める。

そして堕落していた憲兵たちも、ゆきの命令に従って色々と白状していった。"儲け"や"手口"を事細かに報告し、反省文を書いていく。多いものだと3桁くらい書いていた気がするが、それもこれも自己責任だし仕方ない。そんなことで、副産物として色々と確保することが出来ていた。

 

「……ここまで酷いとは思わなかったなぁ」

 

 とゆきはつぶやいているが、俺は言葉を失っていた。

机に広げられているのは俺の写真、写真、写真。写真だった。しかもかなり際どいショットや、もう完全にアウトなものまで多種多様。それがデータ・ネガ・現像済のものがかなり提出されたのだ。

そんな状況で、ゆきは特に何か怒ったり呆れたりすることはない。ただこれで小銭を稼いでいた憲兵が居るということを物語っている。誰にも見せることはなかったが、ゆきの元に集められた封書の中にそういう記述のあるものがあったとのこと。それに名前と所属が書かれていたことから、密告か自己報告みたいだ。様子を見る限り、自分から名乗り出た方が多いみたいだけどな。

 

「ま、これで一度リセットできた訳だし、懲りるだろうから大丈夫でしょ!!」

 

 そんな状況を見ても尚、ゆきはポジティブシンキングな訳だ。本人はそうでも、周りはそうではなかったりする。ゆきは軍規に緩いところしか垣間見えないが、非道やゆき自身良くないと思っていることに対しては容赦ない。それこそ軍刀を抜くレベル。俺が進水したての頃は、あちこちで軍刀を抜いているのを見た気もするけど、今ではこの鎮守府で一番俺に対するボディタッチが多い気がするのは多分俺だけじゃないはずだ。

 それは置いておこう。とりあえず、呉第二一号鎮守府内部の改革(いつの間にかそうなっていた)を進めているが、まさか1週間でここまで変わるとは思ってなかったみたいだ。

絶賛、そこの辺りでゆきが悩んでいたりする。

 

「とは言っても……ここまでその辺の鎮守府と変わりない風になってしまったのは、私としても息苦しい!! どう思う大和ぉ~」

 

 と俺に泣きついてきた。

 

「どう思うって言われてもなぁ……」

 

「こんなかたっ苦しいの嫌だよ!! もっとのほほーんと、へろぉーんとしている方が絶対いいもん!!」

 

「こういう風に変えたのはゆきなんだけどな……」

 

「そうだけどさぁ!! うぅぅぅ!!」

 

 唸りだしてしまった。

 俺としては、これが本来あるべき姿ではあると思うんだけどな……、と頭の片隅で思う。確かに今の鎮守府は少し堅苦しい状況になっているし、艦娘たちは見るからに出撃回数も増えてたまに殺気立っているところもあったりする。何だか空気がピリピリして、たまに気分が悪くなるのもあるにはあることなのだ。

 

「だけどこれも1週間もしたら、前みたいな状態には戻さないものの、それなりにやっていくつもりなんだろ?」

 

「……そうだね。あんまり上に目を付けられるのも嫌だし、大和の件で昇進して先任とかから目を付けられるのもなぁ」

 

 目を付けられるのは既に手遅れだったりする。都築提督の一件で、各地から届いていた俺の派遣願をことごとく却下していたからな。上官からも先任からも、かなり目を付けられていることは間違いない。それをゆきが分かっていないはずがないんだけどな……。

 

「なんにせよ、大和のお陰で昇進したようなものだし、それ相応の活躍はしないとね」

 

 なんだかいきなり前向き且つそれらしいセリフを言ったなぁ。

 

「現状、着実に海域攻撃を進めているからさして問題はないよねぇ。演習での戦績も上々だし、遠征任務もよくやってくれてる……」

 

 更にらしくないことを言い出したな。……本当にゆきなのか?

 

「艦娘たちの練度も上がっていってるし、もう歴戦の艦娘といっても差し支えないところまで来てるね」

 

 執務をやっている自分の机の上に置かれていた書類を見ながら、そんなことを口に出しながら確認をしているみたいだ。

 

「まぁ、大和の練度はあまり上がってないけど……」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 結局、1週間真面目に業務に取り込んだ結果、おちゃらけた適当提督(笑)のゆきはそれなりに力のある提督だと認められたみたいだった。1週間の伸びしろは凄まじいの一言でしか言い表せず、その才を惜しみなく発揮していた。周囲からは『特異種の大和をたまたま手に入れていい気になっていた青二才』と云われていたみたいだが、ことごとくゆきの才の元に膝を付くしかできなかったみたいだった。執務は的確かつ早い。艦隊指揮は誰をも突き放すレベルで高く、それについて行く所属艦娘の練度も唸るほどだと評価を受けていた。その艦娘の云々の中には、俺が砲弾を投擲する攻撃方法も含まれていたりする。

そんなこんなで、ゆきは大本営から文句を言われなくなったので、前よりかは真面目に執務をして、息抜きはゆきらしく抜くようになっていた。

 

「で?」

 

「ん?」

 

 そんな評価を受けていることを知ったのは、つい昨日のこと。大本営からの封書を確認したのと、周囲の鎮守府からの評価を憲兵たちが報告したからだった。

 

「ナニコレ」

 

 俺は執務室に来ているのだが、目の前に広がる光景を見てそう言った。

机の上にはいつも1.5Lのペットボトルと同じくらいの高さがあった書類は、今では文庫本程度の高さになっている。周辺には段ボールに入った書類なども積み上げられていたが、それは1つとして残っていなかった。代わりに小さい机が置かれ、そこにはティーセットが置かれている。もちろんケトルと茶葉、コーヒーの時に飲むのかフィルターと豆らしきものもある。

一言で言い表せば……

 

「ここ……どこ?」

 

「えっ?!」

 

 そう。俺の記憶にある執務室とはかけ離れているのだ。ここの様子は。

そんな俺の発言に驚いたのか、ゆきは椅子から飛び上がってぴょんぴょん跳ねている。すまんが飛び跳ねるのはやめて欲しいんだけどな……。

 

「いかにも仕事に追われている事務系の中間管理職のデスク周りみたいになっていて、発言が完全にセクハラ上司みたいだったゆきは一体どこへ行ったのだぁぁぁ!!!」

 

「綺麗になったでしょ? って、セクハラって何?」

 

 そうか、セクハラって言葉はないのか。……なんて説明すればいいのか。

 

「セクハラっていうのは、主に身体的・性的なことを訊いたりからかったりすることのこと。端的に言えば、だけど」

 

「へぇ……よく分からないなぁ」

 

 ちなみに、俺はその辺分かっているつもりだったりする。

……そうだよな?

 

「とりあえず、仕事頑張ってくれ」

 

 まぁ、長居しても仕方ないから出ていくことにする。そろそろ武蔵が書類を持って戻ってくることだし。

 

「ちょっと!! 待ってよぉ~!!」

 

 そう言って引っ付いてくるゆきを引きずりながら、俺は私室へ帰るのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「大和!! 大和は、練度も申し分なく上がりましたよ!! 攻略艦隊に編成できる程度に……ってあれ?」

 

 俺が私室でくつろいでいると、大和が入ってきた。そんなことを云いながら。

 

「おー、おかえり」

 

 そんな姉(なのかは定かではない)に対し、俺はだらだらとした姿勢で迎える。とは言っても、ここは大和型戦艦の私室ではないんだけどな。俺の私室。

そんなことはお構いなしに、大和も武蔵も入ってくるけど……。

 

「今日は1人なんですね」

 

 入ってきた大和は、俺の近くに腰を下ろした。

 

「まぁな。武蔵も秘書艦で忙しいみたいだし、最近めっきり顔を見せなくなってな」

 

「それで読みふけっているんですね」

 

 最近私室への来客が減ってしまい、俺は本を読んで過ごしていたりしていたのだ。ちなみにタ級たちの尋問はまだ続いていて、毎日決まった時間に行っている。それ以外は、基本的に仕事はないので、こうしているのだ。

ヲ級もタ級関連で仕事が増えてしまい、それに追われていたいなかったり。俺の護衛も一応近くにはいるみたいだが、皆出撃が入っていたりするみたいで、人数は4人程度とのこと。呼べば出てくるんだけどな。と言っても、扉から普通に入ってくるだけ。

 俺の私室に遊びに来た大和は、俺の持っている本をチラチラと見て話しかけてくる。

そういえば最近は、押し倒されるようなことがあって以来は大人しくなったな。なんというか、足柄ほどではないにしろ、落ち着いたような気がする。

 

「これが、本来の鎮守府なんですかね?」

 

「そうだと思う」

 

 こうして時間が過ぎていくのだった……。

 

 




 最近投稿ペースが落ちているのは、これまで色々と切羽詰まってやっていたからです(汗)ほどよく肩の力を抜いて、公開当初のようにぐだぐだとやっていく方向に切り替える予定ではあります。ですので、今後はこのように投稿頻度が落ちると思われます。ご了承ください。

 今回は艦娘が全く出てきませんでしたが、これを節目にしようと思っています。
話を展開させていくに当たって、少し必要でしたので……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第39話  初外出

 

 少し静かな鎮守府。俺は普段とは違う格好でいた。改造袴を脱ぎ捨て、今はジーンズとスキニージーンズの中間のような黒いパンツに上はハイネックのベージュのセーター。

他には財布と、ゆきから『持っててね』と言われた携帯電話、スマホだ。あ、あと鍵。何の鍵かというと、ゆきの自動車の鍵。

そんな格好と持ち物をしている俺が、これから何をするのかというと、昨日まで時間を遡る。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 夕食も終わった頃、ゆきは俺の私室にくつろぎに来ていた。時々来てはゴロゴロしたり俺にちょっかい出したりして、満足したら出ていく。今日もそれだったんだが、ふと言った言葉があった。

 

「ん~……大和って私物あんまり持たないタイプ?」

 

 考えてみれば、確かに俺の私室には私物があまりない。改造袴の換えや寝間着、日用品くらいしかない。インテリアとか嗜好品、本とかは一切置いていないのだ。

インテリアは備え付けのもので事足りるし、嗜好品は……お茶が飲めるがコーヒーも飲みたいところ。だが、執務室に行かなければ飲めないことは分かっていた。本も鎮守府にある図書館や他の武蔵とかから借りれば良いから特に気にしてなかった。

だが言われてしまってからは、かなり気になった。そんな俺を見たゆきが一言。

 

「外に買いに行っても良いんだよ?」

 

 と。この一言によって、俺は今日買い物に行くことになったのだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 そういう経緯で、俺は数少ない私服に身を包んで立ち尽くしていた。

どこに居るのかと云うと、鎮守府の門。立哨が立っているところから少し離れたところ。立ち尽くしているのは人を待っているからだ。

 誰を待っているのかというと、足柄と浜風。

足柄はまぁ……人柄的にもそうだし非番だったから。昨日の夜に頼んだら『分かったわよ。護衛でしょ?』と言われた。浜風も非番だったから。それに近くに居たということもあって、声を掛けたら『行きます』と。

俺には護衛が付いているが、他のは離れたところから監視しているから良いということらしい。

 そうこうしていると足柄と浜風がやってきた。

どちらも私服に身を包んでいる。包んでいるんだが……。

 

「もう来てたのね」

 

「おはようございます」

 

 そんな風に声を掛けてきた2人に、俺はとりあえず『おはよう』と返して気になったことを訊いてみることにした。

 

「……なぁ足柄」

 

「なに?」

 

「どうしてパンツスーツ……。買い物に行くだけなのに」

 

 とまぁ、そういう訳だ。浜風は大人し目の服装をしているが、どうして足柄はパンツスーツで来ているのだろうか。

似合ってない訳ではない。むしろカッコいいんだけどな。元々スレンダーな足柄にはとてもよく映える。カッコいいんだ。本当に。

だけど、護衛とはいえ普通の服装をしてきて欲しかった。何だか違う感じがする。

 

「ん? あぁこれ。……身分偽造」

 

「へー……へ?」

 

 この人すまし顔でとんでもないこと言ったぞ!!

 

「一応、警察から派遣されてるSPってなってるわ。ほら」

 

 そういって内ポケットから手帳を出して、俺に見せてきた。……まぁ確かにそれっぽい手帳だし、写真まで本人。偽名も付いてるしな。

 

「提督に言われたのよ。これなら、まぁ面倒なことになってもある程度のことはできるから」

 

 と言って、唐突にジャケットのボタンを外してバサッと開いて見せた。中は白のブラウスなんだが、普通はないものがある。

ショルダーホルスターだ。多分。もしそうなら、拳銃もあるんだろうな。

 

「ある程度のところまでやらかした相手は射殺できる、ってことになってるの。だから拳銃」

 

「あー……」

 

 もう気にしててもキリがないから、もう気にしないでおこう。それが良い。

手帳やら拳銃やらを見せてこなければ、普通のOLにしか見えないからな。うん。

 ちなみに浜風が落ち着いた格好をしていると言ったが、まぁこっちもこっちでなんか持っているらしい。何を持っているのかは教えてくれなかったけど。

 これで全員集まったので、俺たちは移動を開始した。

鎮守府内にある駐車場を目指して。そこにゆきの私物の自動車が置いてあるらしい。キーを見る限りト〇タみたいだけど、まぁキーだけじゃなんの車種か分からないよな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 足柄も浜風も運転経験がないということで、運転経験のある俺が自動的に運転することになった訳だが……。ゆきの私物の自動車というのは、まぁ社名からしてある程度は絞れていたけどさ……。

 俺は運転席のシートに座り、異様に手前に出ていたシートを後ろに下げた。そしてバックミラーの位置を確認して、ドアミラーも確認。まぁそれくらいで良いだろう。

鍵を渡してくる時に『全然乗ってないから、もしかしたらバッテリー上がってるかも』とか言ってたんだけど、まぁキーを挿して回してみれば分かる。エンジンは掛かるから大丈夫だろう。確かに最近乗っていなかったんだろうな。ダッシュボードに若干ホコリがある。

 

「じゃあ、ナビよろしく」

 

「はいはい。安全にね」

 

「了解」

 

 助手席に座っているのは足柄。後部座席には浜風が座っている。俺はサイドブレーキを下ろして走り出した。ちなみに何故かマニュアルトランスミッション。物好きだな、と思いつつもMTで免許をこっちに来る前に取っていたことを思い出す。

 そのまま門の前に行き、立哨に声を掛けて公道へと乗り出した。

MTの教習車、コンフォートでは聞くことの出来なかった腹に来るエンジン音を感じながら快速で走る。あ、言い忘れてたけどゆきの私用車、ハチ〇クだった。1つ前の世代の。

 足柄のナビで最初に行きたいところに向かっていた。本屋だ。小さいところではなく、大きいところ。何だか大きいところの方がよさそうな気がしたから。

 公道を走ること15分。最初の目的地に到着した。駐車して、俺が降車準備をしている間に足柄と浜風が先に降りる。そして、準備を終えた俺は車外へと出て行った。

グルッと一回り見てみるが、特に俺が違和感を感じるようなものはない。乗用車がぽつぽつと止まっており、店舗の入口を人が行き交う。普通の本屋だ。だがこの世は男性が極端に少ない。それを忘れてはならない。俺はそう言い聞かせ、足柄と浜風に挟まれて店舗へと歩みを進める。

 チラチラと俺の方を見るお客さんや店員はいるものの、まぁ……大丈夫だろうと俺は思っていた。本屋へ向かっている最中の車内で、俺は足柄から『世の中では男勝りな女性が男装をしていることがあるわ。口を開かなければ、多分皆男装と勘違いすると思うから』と言われていた。

なので俺は口を閉じている。あらかじめ、どこのコーナーに行きたいかは言ってあるので問題ない。黙って目当てのコーナーを目指す。

 本棚の前で立ち止まり、俺は本の背表紙を凝視する。題名と著者名、出版社を睨み、目当てのものがないか見る。

今回買い物に来るに当たって、何かリサーチしたりはしていない。行き当たりばったり、直感で買うつもりだ。本もそうだ。というか、どんな本が売っているだとか、よく知らない。俺のいた世界とはきっと違うんだろう、そう思っている訳なんだが……。

まぁその通りだった。例えば……某宇宙人と人類の戦争を描いたSF作品。最後は地球の病原菌に耐性が無かったため、攻め入ってきた宇宙人が死滅するという話。原作者名が『H・J・ウェルズ』となっていた。俺の記憶では違った気がするが、まぁいい。ちなみに正式には『ハーバード・ジェーン・ウェルズ』らしい(足柄談)。世間では『ジャンヌ・ヴェルヌ』と共にSFの母と言われているみたいだ。

そんな名作の俺とこっちのギャップを楽しみつつ、俺は次々と興味の沸いた本を手に取っていく。あらすじを見て決め、ポンポンと欲しい本を積み上げていった。

 

「お待ちのお客様、どうぞこちらへ」

 

 会計の列に並び、俺は順番待ちをしている。ちなみにその列に男性は1人としていない。全員女性。

当たり前なんだけどな。……改めて実感した感じではあるけど。

 そうこうしていると、俺の番が回ってきた。

 

「お待ちのお客様、こちらへ」

 

 俺は声を出さずにカウンターにカゴを置く。車の中で足柄に言われていたのだ。声を出したらバレる、と。

言われなくても分っていたつもりだが、こうやって誰かに言われると別の意味で気を付けるようになるから良い。そもそも静かでレジの店員以外がほとんど口を開かない店内で、無言でカウンターに商品を置くことは普通のことなのだ。

 カゴをカウンターに置いた時、おそらくアルバイトと思われる店員が少し驚いた表情をしたが、すぐに真面目な顔つきに戻っていた。

そして丁寧に会計していき、清算額を俺に伝えてくる。

 

「1万と5524円になります」

 

 俺は財布を取り出し、1万円札1枚と5000円札1枚、1000円札1枚を出す。小銭はあいにく持っていないから、仕方がない。

 すぐに会計を済ませて、俺にレシートとお釣りを渡してくれると思っていたが、何やらおかしい。

商品を袋に入れていないのだ。理由はすぐに気付いた。ここは本屋。本を買うと紙製のブックカバーを付けてくれるのだ。ということは……。

 

「ブックカバーをお付けになりますか?」

 

 不味った。完全にやらかした。しかも今回は俺もだが、足柄も気づいていないみたいだ。あいにく、近くに浜風も足柄もいない。見える範囲には最低限いないのだ。

この状況を乗り切るには……声を出すしかないのか……。

 俺は葛藤する。声を出すにしても、誤魔化す方法はいくらでもある。筆談をする……ペンも紙も持ってないし、近くにない。ガザガザな声で答える……これは地声で話してもそう大して変わらないだろう。ならば……ッ!!

 

「いいえ。そのままでお願いします」

 

 こうなれば、裏声以外方法はない。そう思い立った。声もおそらく、裏声なら分からないだろう……そう思って使ってみたがどうだ?

 

「はい。ではすぐに」

 

 どうやら良かったみたいだ。店員は紙袋に丁寧にハードカバーの本と文庫本を分けて入れてくれたみたいだ。

それを両脇に抱えて、俺は足柄と浜風を探す。

ちなみにどうしていないのかというと、俺がふらふらと本を探していたら見失ったのだ。割と広い本屋のため、探そうと思うとしらみつぶしになる。もう足柄も浜風も始めているだろうから、すぐに見つけることができるだろう。そう思って、俺は本屋の中を早歩きで歩く。通路を見ながら歩いているので、前方不注意になる訳だが、そんなことも言ってられない。ここで孤立してしまうと、もしもの時に非常に不味いことになる。自明だった。

 だが、急ぎ過ぎていたのが運の尽きだった。

正面から来ていた女性に気付かなかったのだ。そのまま俺は女性に体当たりをしてしまい、相手は転んでしまう。

 

「いたたっ」

 

 そう言いながら腰を擦っている姿を見て、俺は「やってしまった」と思い、すぐに駆け寄る。そして……。

 

「連れを探していたもので、すみませんでし……た」

 

 俺は地声で話してしまったのだ……。

 ここからは言うまでもなく、それはそれは酷いことになった。

両脇に抱えていた本を左脇に抱え、空いた右手を差し出した形で声を掛けていた。女性は少し混乱しながらも俺の手を取って起き上がり……俺はその場から身動きが取れなくなってしまったのだ。

ただでさえ静かな店内。そして誰かが転ぶ音。それに反応してそちらを見ない者はいないだろう。そして転んだ方に、恐らく転ばせてしまった方が手を差し出して声を掛けていたのだ。

高い声しか聴いたことのない人たちにとって、特徴のある低い声というのはすぐに"何"と判別する。そしてそれに気付いた時、身体は本能的に動いてしまっているのだ。

 

「そのっ、すみませんでしたッ!! えぇと、軍の方は……えぇと……」

 

 転ばせてしまった相手は一瞬顔を赤らめはしたものの、すぐに顔色反転。辺りをキョロキョロして軍人を探し始めた。まぁ、普通はそうするんだろうか。

滅多に見ることの出来ない男がいるのなら、それを守っている護送旅団がいてもおかしくはない。今回のことに関しては、事によっては俺が転ばせてしまった相手は問答無用で処断されるようなことらしい(後で聞いた)ので、逃げると重くなるからとりあえず軍人を探しているみたいだ。

 その一方で、周囲には俺が身動きができない程の人だかりができていた。そして俺の体をペタペタと触ってくる。

これでもかというほど触ってくる。

 

「ちょ、止めて!!」

 

「「「「「ぐっへへへ~~~」」」」」」

 

 完全に我を失っているな……。どう考えたって、女性がしてはいけない表情をしているし。……まぁいつもヲ級がしている奴だけどな。目は完全にイってるし、ダラダラと唾液が溢れ出ている。そして俺の身体を触るのもエスカレートしてきていた。腕や腹、腿から胸板、尻、[自主規制]にまで……。

必死の抵抗をしているが、それも叶わず、人海戦術に成す術なくされるがままになっていた。そして遂に禁忌に触れr[自主規制]

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 どうやら直ぐに騒ぎを聞いて駆け付けた足柄と浜風によって我を失った客たちは、一時的に何らかの手で意識を失っていった。……一体なにしたの? ちょっと怖いこの人たち。いやまぁ、さっきまで完全にイってた人たちの方がヤバかったけどさ……。

 ちなみに俺のせいで転んでしまった人は、軍人に男性保護法によって処断される恐怖でそれどころではなかったらしい。

目に涙溜めて『まだやりたかったことがあるのに……幸か不幸かに見舞われてぇ』と言っていた。すぐに足柄から説明はあったから別に良かったし、そもそも足柄も脅すために身分詐称をしているので、特に何か言うなんてことはなかった。そのままぶつかってしまった人と別れて、本屋の店長に詫びを入れた後に帰ることになったのだった。

理由は足柄曰く『私たちだけじゃ満足に護衛できないし、近くに居た護衛もすぐには動けなかったみたいだから、ちゃんとした護衛を連れて行った方が良いわね』ということだった。本音は『大和がふらふらするもんだから、目を付けててもどうしようもない』ということらしい。俺が悪いのか……。

 今回の件をゆきに報告することになり、俺と足柄、浜風による報告を受けたゆきは……

 

『そうなるよねぇ~。まぁ、貸切る勢いで行かないといけないんだね』

 

と言われてお仕舞だった。なんて能天気なんだ……。

 





 前回の投稿から少し期間が開いてしまいましたが、察してください(白目)

 閑話ということで、今回はこのような内容を書かせていただきました。
まぁ……そういう世界なんですよ。はい。どうこうなるという訳ではありませんが、とりあえず本当に存在自体が劇物なんですよね。そのままの意味ではありませんよ?
 今後はまた戦闘とかが中心になると思います。
話を進めるにはその手しかありませんからね。

 ご意見ご感想お待ちしています。
 


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第40話  曇雲の海

ザザザザザザザッ……

 

『……ちら、さ……ッ!!』

 

『こ……、……せ……ッ!!』

 

ザザザザザッ……

 

『ほ……こ……う、……か…………』

 

『……き……う………。……しき………き……』

 

ザザザザザザザッ……

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺は執務室に呼び出されていた。俺が呼び出される理由なんて沢山あるが、今回は俺を呼びに来た武蔵も、執務室に入った時の空気もいつもと違っていた。

明らかに重い。そして冷たかった。

 執務室に着いてすぐ、俺はゆきの前に立ってあることを言われていたのだ。

それが……

 

「さっき帰ってきた艦隊が拾った広域緊急救援無線(SOS無線)なんだけど……さ」

 

 今さっき聞いた、ほとんどがスノーノイズ(砂嵐)で聞き取れなかったが、それが間違いなく広域緊急救援無線であることは間違いなかった。それ専用の周波数を使い、他の周波数に同時に繋げているものらしい。よく知らないが。

ともかく、その無線を傍受したこと。それに意味があり、そしてこんな空気になるほどのものだったのだ。

 

「平時、今は戦時だけど……本来はほとんど使うことが無いんだ」

 

 ゆきの説明が始まる。いつもの話し方と同じだが、声色からして真面目な話なのには変わりない。

 

「この無線が飛ぶ時は、基本的に自分たちの位置が掴めない時に発するのがほとんど。だけどね……」

 

 ピシリと、空気が張り詰める。一応、俺もその辺りの知識は覚えさせられた。ゆきに『これ、覚えてね』と言われて渡された薄い教本っぽいものに書かれていた。艦娘の心得、みたいなものだった。

 

「艦隊が壊滅状態にあったり、付近に他の艦隊が居ない時とか、自力で離脱できない時に使う……いわば遺言を残すための無線」

 

 身体が地面に押し付けられるような空気を感じる。

 

「そういう場合には決まって、こんな風にノイズが入って聞き取れなくなるんだ」

 

「……それは分かった」

 

 俺はゆきの話に口を挟んだ。説明は良いから、どうして俺を呼び出したのか……それが聞きたいのだ。

 

「今の無線を傍受した艦隊は、たまたま北方方面に居た3つの艦隊だけ。私のところと、呉第〇二号鎮守府、横須賀第三二号鎮守府」

 

 つまりは……だ。

 

「呉の都築提督が上申、大本営を通して緊急命令が下ってるの。内容は、広域緊急救援無線を傍受した該当鎮守府は艦隊を緊急派遣し、調査に乗り出せ……そういうこと」

 

 あぁ……やっぱりだ。

 

「最近の改革の影響で、出撃できる艦娘の数が少ない現状、どうしても箱入り息子だった大和を出さざるを得ない状況でね……」

 

 それは理解していた。常にドックの前には、艦娘が傷付いた艤装を癒すために順番待ちをしている状況だ。

そんな状況下で、万全な状況で出撃できる艦娘の数なんて、そうとう少ない筈。しかも状況が状況な上に、詳細が分からない状況の事に当たるために、出す艦隊は最大戦力が好ましい。ということは……ほとんど出撃しない俺が艦隊に組み込まれるのは自明だった。経験値云々なんて言ってられないみたいだから、俺を指名したんだろう。

 俺はそういう気持ちを込めて、ゆきの目を見た。

きっと、どういう意図で見ているのかは分かってくれただろう。ゆきは言葉を続ける。

 

「大本営からの緊急命令により、大和以下武蔵、グラーフ・ツェッペリン、大鳳、矢矧、雪風は機動打撃艦隊を編成。準備期間に2日与えられたから、それまでは身体を休めてね」

 

「は? 武蔵も?」

 

「うん。6隻編成にするには武蔵を出す以外、方法はなかったからね。他の子も順番的に損傷してなかったり、訳アリで残っていた子ばかりだから……」

 

 今の鎮守府の状況を鑑みるに、そうなってしまうのは致し方のないことなのかもしれない。俺はそう思った。

なので、今回は何も反論することなく、命令を受理することにしたのだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ブリーフィング室は他の艦隊が使っているらしく、艦隊で集まって待機できるところはなかった。そのため、執務室の横にある倉庫が俺たちの待機部屋になった。

俺と武蔵が訪れる頃には、既に他の艦娘たちも集まっていたみたいだ。

矢矧と雪風は分かるとして、他の2人は顔を合わせたのも初めてだった気がする。自己紹介はしておこう。

 

「俺は大和だ。特異種の方の」

 

 そう言うと、グラーフ・ツェッペリンが反応を返してくれた。

 

「存じている。私はグラーフ・ツェッペリン。このような形で貴方と相見えるのは非常に悲しいことではあるが、そうも言ってられない。よろしく頼む」

 

 何だろうな。……何だろうな。なんとも言えないこの感じ。セリフ自体は特段違和感は持たないが、何というか……その辺の男が言うと歯の浮くようなセリフ……。否。この場合は、その辺の女性が言うと歯の浮くようなセリフ、か。

まぁ、別にグラーフ・ツェッペリンがどうこうって訳では無いんだが、アレだな……。

 

「あ、あぁ。よろしく」

 

 とりあえず、他の初見のメンバーにも挨拶しておかないとな。

 次は大鳳だ。まぁ、こっちは目に見えて緊張しているというか、アワアワしているというか……面白い。

そんな大鳳相手に、俺は普通に挨拶をする。

 

「よろしく頼む。大和だ」

 

「……っ、え、えぇ、よ、よろしくお願いします」

 

「はははっ、そんな風にされるとなんだかなぁ」

 

 と笑いかけてやることにした。まぁ、これまでの経験則だな。男性に免疫のない女性相手に、まぁこんな風にフレンドリーに接しつつもある程度の距離感を保てば、相手も自然に打ち解けてくれる……はずだ。うん。

視界の端で眉間を抑えている武蔵は見えなかった。見てないからな。

 そういう訳で、大鳳と話をする。

適当に話題を作って、少し話せば大丈夫だろう。

 

「中破しても発着艦できるその装甲、期待するよ。頼りにしてる」

 

「……は、はい!! 精一杯頑張ります!!」

 

 こうはいっているが、この大鳳、俺よりも練度は上なんだよな。

 

「わ、私もその……」

 

 大鳳から話を振ってきたな。これはいきなり効果アリなんだろうか。

 

「ん?」

 

「私も、大和さんのこと、頼りにしています!! お噂はかねがね。先走ることはなく、ちゃんと周りを見てくれると聞き及んでいますから」

 

「あー、そのことね」

 

 こう初対面で艦隊を組む時、いつも言われることだな。他では知らないが、だいたいの艦娘が戦闘突入直後に吶喊をする。空母を置いて……。

それを見かねたというか、そもそもそういう考えがあった俺は、空母護衛に残ることをしているのだ。聞いている限り、他の艦隊でもそういう風らしいから、俺は特に何も考えてないんだがな。

 大鳳はこう言ったものの、今回は苦笑いをして同意することもない。何故なら……

 

「今回はその心配はご無用」

 

 そう。今回に限って、そういう心配はしなくても良いのだ。

 

「大鳳とグラーフ・ツェッペリン以外は良く知ってる奴らだし、そういうこともしないだろうから」

 

 ……あれ? 何そのリアクション。大鳳はさっきまで顔を火照らせていたのに急に白くなり始めるし、グラーフ・ツェッペリンに至っては『失敗した……失敗したぁ……』とか言ってて、なんだか幼児退行していないですかね? 気のせいですか? そうですよね?

 とまぁ、そんな地獄絵図になった訳だが、すぐにそれも持ち直してくれたからよかった。

すぐに俺たちは待機室もとい倉庫にある机と椅子を引っ張り出してきて、時間が存分に与えられているということで、戦術面の共有を図り始める。それには皆賛成してくれたし、今回の旗艦である武蔵も『確かに必要だな。より密な連携があれば、損傷艦が出ないかもしれない』という具合に意見に同意してくれたからな。

 

「基本的陣形だが、輪形陣で行こう」

 

 武蔵はそう切り出して、陣形を紙に書き始めた。

 

「中央には大鳳とグラーフ・ツェッペリンを配置。その周囲は4隻で囲む形になるが良いか?」

 

 俺的には異存はない。だが、空母組はあったみたいだ。理由は言わずとも分かっている。

 

「俺が外縁に居るのは、戦術的に常套手段であることと、空母は優先して守るべきだからな。近接戦闘になった場合、特例(何故か赤城は弓で深海棲艦を叩く)を除いて、その戦闘が出来ないからな」

 

 そういうと、グラーフ・ツェッペリンが反論しようとする。それを今度は雪風は遮った。

 

「グラーフ・ツェッペリンさんは確かに対艦戦闘をできるだけの装備を持っていますが、それはほとんど役に立たない可能性があります。雪風も主砲では重巡以上にはあまり攻撃しませんからね」

 

 最もな意見だ。

 

「そうすると左列1、中央4、右列1の編成になるが、まぁ、これは……」

 

 武蔵はそう言いながら、序列を考えていく。が、さっきの提案で作っていたものから切り替えた。

艦隊を密集隊形にするために、配置を少しだけずらしたのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こうすれば、カバーしやすくなるんじゃないか? 空母は左舷か右舷を見せることになるが、1・4・1よりも露出率は減ると思う」

 

 誰も何も言わない。とりあえず、この序列で決定みたいだ。

次は何を決めるか……と考えていると、矢矧が一言。

 

「航空戦を仕掛ける前に、大和による砲弾の投擲を行ってはどうでしょう。先制攻撃としてはうってつけですし、武蔵が出来れば1門から2門になる」

 

 あ、空気が凍った。俺知らないからな。どういう理由でこうなったか分からないが、とりあえず俺は黙っていることにしよう。それが良い。きっと。

 基本戦術を煮詰め切ったのは、出撃日前夜だった。丸1日使って考え切った戦術はこうだ。

基本的に通常航行時は当初決めた序列のまま。戦闘と最後尾の矢矧・雪風は肉眼にて前方警戒。哨戒機も常時飛ばす。戦闘時には臨機応変に変更するが、初戦は輪形陣を崩したような序列を取る。初撃は俺と武蔵による砲弾投擲。最初は九一式徹甲弾。その後に零式通常弾を投擲する。接敵した深海棲艦が戦闘態勢に入るの前に砲弾投擲を中断し、グラーフ・ツェッペリン、大鳳による航空戦に移行。制空権を奪取するのと同時に、相手へ航空爆撃及び雷撃を行う。後に艦隊は纏まって各個撃破されないように動く。場合によっては俺か武蔵が空母の盾になる。

というものに纏まった。

 後は出撃時間を迎えるだけだ。そう皆が意気込んでいた時のこと、ゆきが俺たちの待機部屋に入ってきたのだ。

 

「都築少将から命令が繰り上げられたぁ~!!」

 

 つまり、今から出撃しろということらしい。

俺たちは黙って頷き、ゆきに見送られながら海へと駆り出た。時刻にして、夜の11時前。

 




 物語ですので、いつまでもハーレムしている訳ではないです(真顔)
今回は物語を更に進めるため、今後数回に分けて節目を作ろうと思います。
ということで、こういう手のモノが嫌いな方も、嫌わずに読んでもらわないと先の話が意味不明になると思います(汗)
 この節目を乞えれば、また日常パートに戻りますから……。
それまでの辛抱ですよ。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第41話  北方方面戦役 その1

 

「あっ、あ、あ、あ、あ、あ……」

 

 目の前に壊れたCDプレイヤーもとい、呉第〇二号鎮守府から出撃した艦隊の旗艦、ビスマルクが人に見せれないくらいに狼狽えている。

原因はもちろん、俺。言うまでもないよな。

 

「事前に都築少将から説明を受けているだろう? ……全く」

 

 と、ビスマルクの肩を叩きながら言っているのはビスマルクと同じく派遣されている艦隊所属の長門だ。ウチにも居るのでパッと見じゃ分からないが、艤装に刻まれている所属鎮守府の番号を見れば分かる。目の前に居る長門の艤装に刻まれている番号は『02-02(呉第〇二号鎮守府)』だ。簡単に覚えられる見分け方だから、俺もすぐに覚えた。ちなみに横須賀は『01』、佐世保は『03』、舞鶴は『04』になる。他の泊地になると2桁目が1からスタートするみたいだけど、俺は見たことが無い。

 そんな真面目なことを考えている間にも、早々に合流している俺たち呉第二一号鎮守府派遣艦隊と呉第〇二号鎮守府派遣艦隊は北方海域に向かいながら交流を楽しんでいた。

俺たちは全員と話すつもりだが、いくら都築提督のところの艦娘とはいえ、女性は女性みたいだ。ウチのよりも数億倍大人しくはあるが、ほとんどの会話を俺に振ってくるのだ。

 

「あ、そうそう」

 

 狼狽えていたビスマルクは急に持ち直して、あることを話し始めた。

それは、今回の緊急命令に密接に関係している話だ。

 

「北方海域で消息を絶った艦隊のことだけどね、提督が色々と調べてくれたみたい。それも私たちが出撃する直前に分かったことだから、教えておくわね」

 

 そう切り出して、淡々と情報を口にしていった。

 

「横須賀第〇九号鎮守府所属 旗艦 戦艦榛名以下鳥海、妙高、大井、蒼龍、瑞鳳。燃料弾薬満載して北方海域アリューシャンに哨戒戦闘を目的に出撃。北方海域に到達、突入したと思われる時刻から数時間後に広域緊急救援無線(SOS無線)を恐らくだけど榛名が打診後、消息不明」

 

 11人が急に口を堅く閉じた。

 

「音紋解析の結果、打診中に至近距離で砲雷撃・航空戦を行っていたことと、該当する6名の艦娘以外にも音声を拾っていたことが分かっているわ」

 

 これが何を意味しているのか……。そう考えた時、俺はあることに気付いた。

 

―――『私たちが海上まで"受けていた"任務は、艦娘特異種の情報収集』

 

 カレー洋で投降させたタ級の艦隊のイ・ハ級が言っていた言葉だ。

敵側の多くの情報を手土産に、呉第二一号鎮守府に下ろうとしたことを口にして伝えてきた時、俺に小出ししていた情報の一部。これがキーになりそう、というかこれ以外考えられない。

だが、これを信じてしまうのもいけないことだ。全てを疑ってかからないと……。

 

「異常事態に見舞われていたことは確かみたい。それで戦場が酷く混乱していたことや、錯乱状態にあった艦娘もいたみたいね」

 

 ビスマルクの言葉に、どうやら武蔵が答えるみたいだった。

 

「なるほど……。分かった。ありがとう、ビスマルク」

 

「いいのよ。提督に言われていたことだし」

 

「……しかし、おかしい話ではあるな。通常戦闘ではないことが起きて、混乱、錯乱が起きるとは」

 

 と言って、俺の方を見てきたのだ。武蔵も……俺と同じことを考えているのだろうか。

俺は今回の緊急命令の真相が『横須賀第〇九号鎮守府所属艦隊が接敵した艦隊が、《艦娘特異種の情報収集》という特殊任務を請け負っていた深海棲艦の艦隊との接触だった』と考えていた。

戦場での異常事態は、俺や武蔵にとってこれくらいしか思いつかない。こちらの連れも、一緒に出撃したこともなければ、尋問に立ち会っている訳でもない。そうすると、何か"異常なこと"に巻き込まれてしまったと考えるのが自然だろう。

 

「とにかく、よ。先を急ぐわよ」

 

 そう言って話を切り上げさせたビスマルクは、俺の方をチラッと見ると前を向いた。

ちなみに呉第〇二号鎮守府から派遣されている艦隊の陣形は複縦陣。俺たちの左舷側を並走している形だ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 急いではいるものの、巡航速度で航行している。もう背中に背負っている艤装から排出される熱にも慣れてきたころで、ボーっと海を眺めていた。

特に何か考えていた訳ではない。目視で索敵しているのだ。他意はない。

 現在、左舷を航行していた呉第〇二号鎮守府の艦隊が、今は右舷に来ていた。ということは、俺の視界内にはビスマルクたちが入っている訳だ。

チラチラ見ているのは視界の隅に映っているので確認済み。多分、どうやって話し掛けようか迷っているんだろうな。

 以前派遣された時も、先ではみんなそんな感じだったのだ。だから特に思うところはない。否むしろ、ウチの奴らに見習って欲しいなとかは思ったぞ。

 そんな調子の中、ビスマルクが俺に声を掛けてきた。

 

「そ、そ、そそそ」

 

「そ?」

 

 どもり過ぎでしょ……。見てて面白いな、本当に。

 

「そそそれにしても、やま、やまままま……」

 

 面白いな。本当。ウチにはこういうタイプはいないから、本当に見てて面白い。

 

「やまままとは、その……えぇと……」

 

 両手の人差し指でつんつんしながら、しどろもどろしている姿がなんともまぁ……。

ちなみにビスマルクたちの艦隊の方からは、何やらヤジが聞こえるな。俺には聞こえない。うん。

 

「すっ、すす、きな……女、の……子とか、い、いる、のかなって……」

 

 オイ。俺の知っているビスマルクが空前絶後のキャラ崩壊しているんだが。

俺の知っている限りだと『あ、あんたって好きな人いるの? ……ッ!! 何よ!! 私が聞きたいから聞いているの!! さっさと答えなさい!!』的なテンプレツンデレセリフを吐くと思っていたんだけど……。目の前に居る金髪碧眼美女はもじもじして上目遣いで訊いてきている状況から、もう既に俺の中のビスマルクのイメージが崩壊していく。

……いや待て。既に数名崩壊しているから、今更気にしたって仕方ないな。

 

「うーん。別にいるかって言われても……このご時世というか、世の中というか」

 

 と答えておく。まぁ、納得してくれるだろう。

まだ会って1、2時間しか経っていないが、なんとなくビスマルクの性格は分かっているつもりだ。そもそも俺には前データ(艦これとしてのビスマルクや他の艦娘たちの言動)があるからな。それを加味したら、まぁ分かるもんだ。ただ、個体差があるから何とも言えないけど。

 

「そ、そうなの?」

 

「あぁ。ま、俺もこんなこと言ってたら何されるか分かったもんじゃないけどな」

 

 と言って、ビスマルクの顔を見た後に武蔵の方を見た。……なんだかこっちをジーッと見ている気がするが、まぁ……心配性の武蔵だから仕方ないか。

あんまりにアレだと、武蔵も止めに入るだろうからな。現状、そんな様子は無いから大丈夫だと思う。

 それよりも、だ。今度はもじもじし始めたんだが……。

まぁ……放っておくか。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 北方海域に差し掛かる頃には、横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊とも合流できた。編成は旗艦に陸奥、神通、夕立、秋月、隼鷹、伊-168(イムヤ)だ。ちなみに呉第〇二号鎮守府派遣艦隊は旗艦にビスマルク、長門、プリンツ・オイゲン、綾波、翔鶴、瑞鶴。この3つの艦隊が混成して連合艦隊として成り立っていた。

 武蔵の提言で、北方海域に足を踏み入れる前に確認を取ることになった。

まずは周辺で広域緊急救援無線が発信されていたか、各所属鎮守府に自分たちが到達するまでに消息を絶った艦隊があるか、という2点。

 

「機動打撃艦隊旗艦武蔵より呉第二一号鎮守府」

 

 無線だ。通常無線ではあるが、広範囲に電波が飛んでいるため、北方からでもその無線はキャッチすることができる。それに呉第二一号鎮守府用の周波数を使っている。すぐに応答があるはずだ。

 

「あぁ。確認だ。私たちの出撃から今までの間に、他に消息を絶った艦隊は? …………そうか。私たちはこれより北方海域に入る。以上」

 

 どうやら終わったみたいだ。それに他の旗艦も連絡を入れたみたいで、情報交換がなされる。

そこであることが分かった。都築提督は俺たちが移動している間にも、執務の合間を縫って情報収集をしていたみたいだ。そうすると、どうやらこれまでの間にも北方海域で消息を絶った艦隊があったみたいだ。どこの艦隊かまでは特定できなかったみたいだが、消息を絶っている艦隊があるのは事実だということ。

 それを踏まえて、俺たちは北方海域へと足を踏み入れた。

 

「……定時連絡だ。異常、接敵無し」

 

 北方海域に入ってから1時間が経っていた。突入と同時に、俺たちの連合艦隊は3つに分かれた。捜索範囲を広げるためだ。

海上からじっくりと探しつつ、航空隊によって空からも探す。そんな手を取りつつも、別れた艦隊と相互に定時連絡を交わしていた。それに接敵時にも緊急連絡を入れるように話を付けてある。

 そんな静寂の海が突如、張った線のようになる。波打つ余裕もなしに、一筋のただ何の異物もない緊張に。

そんな雰囲気を感じ取ること、数秒後に全員に緊急無線が飛び込んできた。北方海域に派遣されている艦隊で共有している周波数だ。

 

『こちら横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊、横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊ッ!! 哨戒機が付近の海域に未確認艦隊を発見!! ただし、"艦娘"の艦隊ではない!!』

 

 武蔵がその無線が終わったのを皮切りに、怒号を飛ばす。それは少し緩んでいたかもしれない気を引き締めるためだ。

 

「針路変更、方位048!! 全艦両舷砲雷撃戦用意!! 航空攻撃隊も発艦させろ!!」

 

「「「「「針路変更、方位048ようそろッ!! 全艦両舷砲雷撃戦用意ッ!!」」」」」

 

「「航空隊発艦開始ッ!!」」

 

 休んでいた間に決めたことの一つはこれだ。旗艦が下す命令の復唱だ。……まぁ、確認するのは重要だな。うん。

 

「最大戦速で突っ走る!! 速度は私に合わせてくれ!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 となると、おそらく27ノットまでは出さないだろうから、せいぜい24ノット辺りだろうか。

速度を合わせて、出る限りの最大戦速で現場に向かう。もし相手が、横須賀第〇九号鎮守府所属艦隊が消息不明になった原因だとしたならば、事に当たる時には持ちうる限りの最大戦力で臨むのが望ましいだろう。恐らく呉第〇二号鎮守府派遣艦隊も横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊が居る海域に向かって針路変更をするだろう。

 武蔵が次々と指示を出していく中、逐一陸奥からの報告が無線で届いていた。

最初は未確認艦隊だったのが、深海棲艦で編成された敵性艦隊であることが分かった。そして編成に通常艦の他に、特殊艦が存在していること。アリューシャン諸島付近で同じく哨戒中だった艦載機が、島に何かを発見したこと……等々が報告されていった。俺的には前2つが今のところ重要ではあるが、最後の報告は、戦闘終了後に確認する必要があるだろう。だがそれもこれも前2つでもたらされた情報から、戦闘で勝たなければならない。それも、大破艦が出ないように……。

 

『こちら横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊。未確認艦隊を視認!! 深海棲艦と断定!! 編成は戦艦1、空母2、重巡1、駆逐2。航空戦が劣勢のため、砲雷撃戦に突入!!』

 

 数分後に入った緊急無線に、該当海域に向かっていた俺たちの心臓は跳ね上がった。今向かっているところでは、味方が劣勢になっている。相手の艦隊が通常編成であることは分かっているものの、航空戦で劣勢の横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊が戦線離脱してしまうかもしれない。そう考えると、海域到着を急いでしまう。

俺はまだ見えない遥か向こうの水面を睨むのだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 先に該当海域に到着していた呉第〇二号鎮守府派遣艦隊が支援攻撃を開始してから10分後に到着した俺たちは、少し離れたところから支援砲撃・近接航空支援を行った。その戦闘に参加して数分後に、深海棲艦の艦隊を全て轟沈させたことにより、戦闘終了をした。被害はそこそこあり、横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊で小破が2、中破が1出てしまった。旗艦の陸奥がその中破をしている。

 戦闘終了後に集合した俺たちは、少しばかり会議をしていた。

これからの方針を決めるために。

 

「……原因が分かっていない以上、引き返してもまた同じことが起きるでしょうね」

 

「あぁ。俺たちが戻って、態勢を整えて戻ってくるまでにまた艦隊が行方不明になるかもな」

 

 現在、北方海域の中腹まで来ており、横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊をどうするかについて話していた。

先の戦闘で大破艦はいないものの、戦闘続行をするのにはいささか辛いところではあったのだ。旗艦陸奥の中破や、隼鷹の小破はかなりの痛手。普段でもこの損傷を被ったら、すぐに引き返していたという陸奥たちは、横須賀第三二号鎮守府の白華提督の方針に従い、帰還することを考えていたのだ。

だが現在の海域が海域なだけに、帰還するのも現状を鑑みるとリスクが大きいのだ。ならば、と言って損傷艦のない俺たちや呉第〇二号鎮守府派遣艦隊が護衛しつつ、撤退するのが一番安全だということになったのだ。

結局は、悪循環になってしまうことを恐れて、決定を下すのを渋っていたのだ。全艦隊が帰還するか、横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊だけを帰還させて、残りで任務を続行するのか……。

 

「……悩んでいても仕方がない」

 

 そう切り出した武蔵が、あることを提案したのだ。

 

「現海域には艦隊を1つ残し、それ以外は撤退。任務を続行するのも、損傷艦を安全に海域外に連れ出すのもこれで続けることが出来る」

 

 提案にすぐに反論をしたのは陸奥だった。

 

「ちょっと待って!! そうしたら、この不気味な海域に単艦隊を一定時間残していくことになるわよ!?」

 

―――戻ってこれなくなるかもしれない

そう陸奥は訴えてきたのだ。だがそれも考慮しての提案でもあったし、何より武蔵は全てを言い切っていないみたいだった。

 

「まぁ待て。現海域から離脱させれば、いつも通りだからそこから先は単艦隊でも帰還することができる。付いて行った艦隊はそこから引き返し、こちらに合流すれば良い」

 

「ッ……」

 

 陸奥は苦虫を噛み潰したような表情をした。それは陸奥の艦隊の皆でも言えることではある。

 

「まぁ、言い出しっぺの法則に乗っ取り、私たちが残る。……たかが2時間だ。心配するな」

 

 この後、否定的な意見が多数出るものの、代替案が出てこなかったため、武蔵の案が採用されることになった。

 そして決定が下されてから数分後、ビスマルクたち呉第〇二号鎮守府派遣艦隊の護衛を付けた横須賀第三二号鎮守府派遣艦隊が離脱していった。ちなみに3つのそれぞれの鎮守府には連絡済み。承諾を得ている。

そして艦影が米粒ほど小さくなった頃、武蔵が号令を出した。

 

「これより、捜索を続行する!! 対艦・対空警戒を厳となせッ!!」

 

 単艦隊による、この謎の失踪を遂げた艦隊の捜索を再開するのであった。

ビスマルクらと合流出来るのは、おそらく3時間以上後になるだろう。さっき武蔵が言ったのは虚言で、本当は捜索を続行する気だったのだ。

 




 前回からスパンは短いですが、投稿させていただきました。

 内容のことはまだ……言えませんね。ですけどサブタイトルで察しの良すぎる人はすぐに分かると思います、はい。
ということで、これ以上後書きを書いているとネタバレしてしまいそうなので、これにて。

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第42話  北方方面戦役 その2

 

 少し前はしょっちゅう来ていた海域にも関わらず、妙に不気味に感じていた。さっきまでは存在が確実に確認出来ていた艦隊が2つもあったが、現在は海域の外に逃がすために離れている。

俺たち呉第二一号鎮守府派遣艦隊 機動打撃艦隊はたった6人で北方海域アルフォンシーノ方面を単独航行中だ。

 対応がしやすいということで、基本陣形(※画像

【挿絵表示】

)を取っていた。誰しもがこの静かで寒い海の全方位を睨み付けている。

深海棲艦の艦隊が居ないか。そして、通信途絶した横須賀第〇九号鎮守府の艦隊が居ないかどうか……。というところまでは、全員の共通しているところではあると思う。

その他にも、俺はあることを疑っていた。『深海棲艦による俺の捜査』だ。特異種であるが故、こんな世界だから故だろう。俺にとっての異性に過剰に敏感な大多数を占める人類はとにかく敏感だ。それに、見慣れないなりをしている艦娘を見つけたら調査をするのも当然のことだろう。しかも、1体しか確認できていないのなら猶更だ。

 

「……兄貴」

 

 序列の反対側を航行している武蔵が俺のことを呼んだ。

 

「なんだ?」

 

「……」

 

 俺に話しかけてきたのに、どうしたのだろうか。何か要件があったんじゃないのだろうか。

何故か俺の顔を見たまま、黙りこくってしまった。言うことでも忘れてしまったのだろうか。それとも、何か聞き辛いことでも聞こうとしていたのだろうか。

そんな風に俺が考えていることも知らない武蔵は、ジーッと俺の目を見たまま黙る。

 

「……」

 

「……な、何だよ、武蔵」

 

「……」

 

「……武蔵?」

 

 俺の方から目を外さない。この状況に、艦隊全員が武蔵の方を向いた。周囲警戒をしているにも関わらず、誰もが武蔵の方を……。

その刹那、武蔵は叫んだ。

 

「兄貴」

 

「……だから、なんだよ」

 

「皆もこっちを見ているのなら、そのままで聞いて欲しい」

 

 武蔵から発せられているその雰囲気に呑み込まれ、空気が震えるのを感じていた。この感覚はきっと……そうだ。殺気だ。

武蔵から殺気が放たれている。俺はそのまま武蔵の掛けている眼鏡の向こう側を覗き込む。

 

「……こちら呉第二一号鎮守府所属 機動打撃艦隊旗艦 戦艦武蔵。こちら呉第二一号鎮守府所属 機動打撃艦隊旗艦 戦艦武蔵」

 

 最初、何のことだか分らなかった。だが、それはやがて……。

 

「北方海域アルフォンシーノ方面深部へ緊急命令にて出撃中。全艦健在」

 

 "全く意味の分からない"言葉を発し始めたのだ。

 

「……提督」

 

 それにいち早く気付いたのは雪風だった。だが、首を動かそうとはしない。

 

「……大和」

 

 次に気付いたのは矢矧。

 

「すまないっ……」

 

 そして全員が気付いた時には、既に手遅れだったのだ。

 

「武蔵ッ!! 今のは広域緊急救援無線(SOS無線)ッ!! まさか針路を見失っt」

 

 そう。広域緊急支援無線は、"既に"手遅れの時に使うものだったのだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 頭が痛い……って言いたくなる状況。気付いた時にはもう冷たい北方海域から離れており、何やら暗いところに居る。

匂ってみると、どうやら磯の臭いがすることから、海かもしくは海の近くに居ることは分かる。それに混じってというよりも、それが圧倒的存在感を放っている匂いは嗅ぎなれた匂い。

どこに居ても、何をしていても匂ってくるこの匂いは……。

 

「……目が覚めたみたいだね!!」

 

 女の子特有の匂いだったのだ。

 現在の状況を端的に説明すると……。

 

「あははっ。やっと捕まえた」

 

 俺は……。

 

「さぁ、私とケッコンしよ?」

 

 深海棲艦に捕まってしまったのだ。

 

「嫌だ」

 

「なんでっ?!」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 目の前でプリプリしているの少女には見覚えがある。小柄過ぎる体系に、手にミトンをはめて居る(今は取っているが)その少女はどっからどう見ても、肌の色的に深海棲艦であることは間違いなし。しかもこれまた驚き、北方棲姫じゃないですかー。いわゆる『ほっぽちゃん』ってやつ。

そんな北方棲姫から俺はたった今、求婚された訳だ。もちろん即答で断ったけど。そんなんだから、目の前でプリプリと怒っているのだ。現状説明終了。

 

「なんでよー!!」

 

 体の自由を奪われ、唯一目と口の自由のある俺の目の前をチョロチョロと走り回る北方棲姫は、最初の求婚から既に20分もの間、このような状況になっているのだ。

 

「なんでよーって言われてもなぁ」

 

 敵の捕虜(?)になっても尚、どうして俺がこんな風に反抗的な態度を取っているのか……理由なんて簡単だ。それはヲ級から聞かされていたこと、人類と深海棲艦の戦争理由にあった。深海棲艦の戦争目的は種の存続を図るため、男性を必要としていること。人類はただでさえ少ない男性を守るために戦っている、という大前提があるのだ。

それを知らされていた俺は、捕虜になったとしても俺は拷問された挙句に殺されることは先ず無いだろうと考えていたのだ。どうやらその考えは当たりだったようだがな。

 北方棲姫が無邪気に俺に言葉を投げかけてきたり、一応拘束されている俺の手を取ってみたりとしているみたいだが、それよりも俺は気になることがあった。

北方棲姫という立場上、きっと艦隊の長を任されていることは自明。それがどこまでの立ち位置に居るのかは分からない。だからこういうことになっているのも理解できる。

 

「……」

 

 そう。北方棲姫以外にも深海棲艦はいるのだ。おそらく北方棲姫の護衛だと思われる。というかそれ以外考えられない。艦種と級は分からないが、深海棲艦であることに代わりはない。特異的な肌の色をしているからな。それだけ青白い人間が居たら驚きだ。

 

「……まぁ良いわ」

 

 俺の周りをグルグルしていた北方棲姫が突然足を止め、俺の前に仁王立ちする。

そして冷たい目線と声で話し始めたのだ。……さっきまでの雰囲気はどこに行ったよ。無邪気だったじゃないか……。

 

「呉第二一号鎮守府所属 戦艦 大和……の希少種で、合ってるわよね?」

 

「……」

 

 突然変わった雰囲気から、俺は北方棲姫が切り替えたことはすぐに分かった。多分、仕事の方に移ったのだろう……。それに俺のことを『希少種』と言った。多分俺たちで言うところの『特異種』と同じような意味で使われているのだろう。

 

「沈黙は肯定と摂るわよ?」

 

「……」

 

「いいわ。……大和」

 

「……」

 

 北方棲姫がツカツカと近づいてくる。そして俺の目の前に立ち、顔を近づけてきた。その表情は何ものにも例えようのないものだった。だが、彼女から吐き出される声色が酷く冷たいことは分かる。

 

「精々考えることね。……貴方の言動、行動で"左右"するわ」

 

 そう言った北方棲姫はスッと離れ、近くに立っている艦種不明の深海棲艦に命令を下した。

 

「鍵を締めておきなさい」

 

「はッ!!」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 牢で気付いてから恐らく1日ほど経っている。この間に、何回か北方棲姫が俺の様子を見に来ていた。その度に意味深な発言をしてどっかに行ってしまう。言葉としての意味は分かるんだが、その裏に隠されていることが分からずにいた。おそらく『貴方の言動、行動で"左右"するわ』と言っていた言葉に関係があることは明白だった。

 

「さっぱり分からない……」

 

 それが今の俺の現状だったのだ。割と暗い室内。牢と言ったこの部屋の外には人の気配。おそらく深海棲艦。食事は朝昼晩の3回で、おやつまである。あと言えば飲み物も出してくれるし、トイレにも行かせてくれる。お風呂は昨日、入らされた。というかぶち込まれたというのが正しいのかもしれない。かなり気を使いつつ、乱暴に扱われた。……その辺り、意味わからないんだけど。

 俺がそんな風に考えていると、どうやら北方棲姫が牢に来たみたいだ。

扉が開かれ、俺の前に来る。

 

「ねぇ、大和」

 

 俺は返事をしない。

 

「24」

 

 は?

 

「何の数字だか分かる?」

 

 分からない。というかいきなりなんだ。

 

「1日を時間に換算した数字、そう思う?」

 

 それは一瞬考えた。

 

「縁起のいい数字、とか言われているみたい」

 

 ……それは知らなかった。縁起のいい数字なんだな。

 

「……雑談に付き合って欲しいの」

 

「……」

 

「ふふっ。……最近私たちの内部で妙な動きがあるの」

 

 何の話だ? 深海棲艦の中で、何かあったのだろうか。

 

「簡単よ。私たちは艦娘たちによく撃沈されるけどね、残骸が回収されるからすぐに分かるの。誰が轟沈したのか、って」

 

「……」

 

「そうしたらおかしいのよ。中央総軍から派遣された空母が1人」

 

 ドキンと心臓が跳ね上がる。それと同時に、言葉に違和感を持つ。

だがそんな俺にお構いなしに、北方棲姫は雑談を続ける。

 

「特命で出撃していた一般艦隊が1つ」

 

「……」

 

「轟沈もされずに帰還せずに損傷のない装備だけが見つかって行方不明」

 

「……」

 

 スッと北方棲姫が目を細めて続けた。

 

「……それに同調するかのように命令無視の横行と独断専行、装備の無許可廃棄」

 

「……」

 

「数人減っただけで、私たちは痛くも痒くもないの。だけどその波は広まりつつあるみたい」

 

「……」

 

「最初は東南アジア方面の一部で始まったこの一連の動きが、最近東南アジア方面の全軍に伝播しているわ」

 

 東南アジア方面……南西諸島方面か。その辺りは確か……"ヲ級を捕獲"した海域。そして"タ級たちを武装解除させた"ところ。

この北方棲姫、俺に何を訊こうとしているのか。考えるまでもないだろう。絶対に"そのこと"だろう。

 

「この北太平洋でも、よ」

 

 北太平洋ということは、北方海域でもということになるのか。

そしてヲ級の言っていた言葉の裏をこんな形で取ることになるとは思いもしなかった。おそらくその反抗的態度を取った深海棲艦は皆、ヲ級と同じ(私利私欲のために軍から離反も平気でやる)タイプなのだろう。

少し頭が痛くなる話ではあるが、俺は平静を装い、北方棲姫の言葉を聞く。もし鎮守府に戻ることができたのなら、少しでも良いから情報を持って帰りたいのだ。

 

「さぁ、大和の話を聞かせてもらえないかな?」

 

「……」

 

 尋問らしい尋問はしてこなかったものの、今になって初めてそれらしいことが始まるみたいだ。

正直、鎮守府のことなど話しても仕方ない気もするが、北方棲姫が欲している情報を俺が持っているとは思えない。なので俺はある程度、抵抗する素振りを見せようと思う。俺に乱暴は出来ないはずだしな。

 

「答え次第では……うん。さっきの24の数字の意味、教えてあげる」

 

 そう言った北方棲姫は悪い笑みを俺に向けてきた。

 





 今回からある程度のシリアスが混じってくる話になります。ですが展開等々、平常運転で行くつもりなのでよろしくお願いします。

 詳しい場所等は書きませんでしたが、こちら側で言うところの北方海域、深海側で言う北太平洋のどこかにある深海棲艦の司令部ということになってます。その辺り、ご了承ください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第43話  北方方面戦役 その3

 

「どうして私とケッコンしてくれないのかしら?」

 

 北方棲姫は24の数字の意味を教えることと引き換えに、その質問を俺に投げかけてきた。

俺はてっきり指揮系統のこととか、相手のおおよその戦力とかそういう戦略上必要な情報を求められるのだとばかり思っていた。だが違っていた。北方棲姫は俺がケッコンの申し出を断った理由を聞いてきたのだ。

これに関しては私情だから……まぁ答えても良いだろう。だが、返答次第では……殺されることはないだろうけど覚悟は必要だろう。

 ジーッと北方棲姫の目を見て、俺は答える準備をする。

言葉を慎重に選び、誤解されないような言い回しを。かつ、相手に隙を作らせる。2段で構えていく。それが最善だろう。

 

「それは……」

 

「それは?」

 

 呼吸を整える。

 

「求婚する相手に……これはないだろう」

 

 そう言い切りつつも、俺は北方棲姫から目を離さない。そんな俺の言葉を受け止めた北方棲姫がこれまで見せてきた落ち着きが崩れていくのが見えた。

俺の言葉を聞いて反芻したんだろう。少し間を開けてから自分の言葉で理解し、その意味を頭で考えたんだ。そして目を見開いたのだ。そう、北方棲姫は気付いたのだ。一応、敵ではあるが、求婚した相手の身体の自由を奪って、薄暗い部屋に放り込んだのだ。

もし、本当に求婚をしていたのだとしたら、この行動は相手に最低最悪の印象を植え付けることになる。お見合いだったら破談だ、破談。

 この手が通用したのなら、北方棲姫は何か行動を起こすはず。近くにいるであろう部下を呼び付け、俺の拘束を解くか何か……。

そう考えていると、北方棲姫は後ろを振り返り、部下に声を掛けようとする。それに俺は追い打ちをかけるように、言葉を重ねた。

 

「……客観視してみれば印象は最低最悪だな」

 

 追い打ちだ。それの功あってかは知らないが、北方棲姫は部下に言ったのだ。

 

「拘束を解除よ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺の拘束は全て解除されることとなり、自由に動けるようになった。だが、俺は一度座り直して再び北方棲姫の方を見るのだ。

逃げ出しても良いんだろうが、どこに居るのかも分からない上に艤装がない。運よく外に出られたとしても、逃げる足が無いのなら、事態を察知したゆきの艦隊の捜索で見つかることを祈るしかない。俺はそんなことを考える。

 その一方で、北方棲姫はソワソワしていた。多分、俺から言われた言葉を反芻しているのだろう。

自分は部下に命令して艦隊を強襲。俺を拘束して自由を奪い、牢に居れていた。そして俺が起きるなり求婚。拒否されると周りをチョロチョロとして理由を聞き立て、急に話題を変えて意味深な発言を繰り返して煽った。多分、そんなことを考えていることだろう。

その反芻をした結果、俺の発言に戻る訳だ。

 

『どうして私とケッコンしてくれないのかしら?』

 

『求婚する相手にこれはないだろう。……客観視してみれば印象最低最悪だな』

 

 自分の質問に帰ってきた返答がそれだったのだ。俺がそんなことを考えている間に、北方棲姫はどうやら俺の想定していた通りの思考をしたみたいだな。

今にも泣きそうな……そんな表情をしている。発言等々を聞いていれば、北方棲姫がその体躯とは違って頭がよく回ることは分かっていたからな。

 

「……ま、俺はそっちが危害を加えようとしない限りは何もしないからさ」

 

 そんな北方棲姫を見て、俺はいたたまれない気持ちになった。少なくとも、自分の発言で今にも泣きそうになっているのは間違いない。

俺のフォローで涙を引っ込めた北方棲姫は、俺に近づいてくる。そしてそのまま北方棲姫が手を伸ばせば、俺の頭が触れられるような距離にまで近づいてきて立ち止まり、仏頂面ではなく真面目な表情をした。

 

「そう……なの?」

 

「あぁ」

 

 ……なんで顔を赤くしているんですかねぇ?

オイ。あとそこにいる級不明の深海棲艦。何モジモジしてんだよ。

 

「あー、でも」

 

 俺はあることを思い出し、そう切り出す。今の話の流れならば、もしかしたら北方棲姫は『24』の数字を教えてくれるかもしれない。

俺に結局教えてくれなかった数字だ。今ならば……。

 

「『24』、どういう意味であの時言ったんだ?」

 

 少々不自然ではあるが、聞けば多分教えてくれるだろう。

 

「……私たちが捕縛している艦娘の数」

 

 ほら吐いた。……ん?

 

「つまり?」

 

「24人、艦娘を捕縛しているの。大和を含めてね」

 

「……」

 

 何だそれ。全く意味が分からない。北方海域に向かっている最中に呉第〇二号鎮守府のビスマルクからの情報によれば、消息を絶った艦隊は2つだったはず。

俺がここに来る直前のことを思い出して、自分たちの分を加算しても18。数が合わないのだ。

6。この数字はつまり……。

 

「18じゃなかったのか?」

 

 そう訊くと、北方棲姫は普通に教えてくれた。

 

「大和たちを捕縛したのは予定通り。中央総軍からの最優先命令だったし、私もかなり興味あったから。だけど連れ帰る最中、艦娘たちが奇襲攻撃してきたの」

 

 俺たちを捕縛した状況はよく分かる。奇襲ではなかったが、いつの間にか囲まれていたのだ。旗艦の武蔵が現状を打破できないと判断するほどの状況であったことは確か。

そんな俺たちを捕縛作業中に奇襲。しかも艦隊が消息不明になっていた海域に大抵の艦隊は近寄らないはずだ。そう考えると状況的に考えて……。

 

「ビスマルクたちか」

 

「そうよ。あの金髪碧眼高飛車女」

 

 酷い言われようだ。というか、俺の前ではあんなにしおらしかったのに、他の奴らの前だと俺の知っているビスマルクなんだな。

 

「報告によれば『大和を返せぇぇぇ!!』って鬼のような顔をして奇襲してきたって」

 

 全く想像できないな。その状況。

 

「あっちも手練れだったけど、こっちの捕獲部隊には意味無しよ。すぐに無力化、拘束、連行、牢屋行になったわ」

 

 何それ、現行犯逮捕された現行犯みたい。

 

「さっきも報告があってね、牢で大暴れしているんだって。……その前に尋問した時に、自分の立場も分ってないのかふんぞり返ってたから」

 

「それで高飛車女ってことなんだ」

 

「そうよ」

 

 なんともまぁ……本当に都築提督の艦娘なのか、ビスマルク。

 

「事あるごとに長門に諫められていたから……まぁ、いい仲間を持ったんじゃないかしら?」

 

 すまないが北方棲姫。ビスマルクは旗艦なんだよ。諫められていたんじゃないと思うぞ。

 

「まぁ……そういう訳よ。24の意味、分かった?」

 

「あぁ」

 

 ようやく分かったことでスッキリした。だが根本的な問題解決にはなっていない。俺がここから出られない件について。

だが俺は北方棲姫の発言を反芻する。もちろん、帰った時に情報としてゆきに渡すために覚えている訳だが……。

 

『大和たちを捕縛したのは予定通り。中央総軍からの最優先命令だったし、私もかなり興味あったから。だけど連れ帰る最中、艦娘たちが奇襲攻撃してきたの』

 

『中央総軍からの最優先命令だったし、私もかなり興味があったから』

 

『私もかなり興味があったから』

 

 ……そして、俺が起きるなり言われたことを思い返す。

 

『さぁ、私とケッコンしましょ?』

 

 多分、この時ほど悪い顔はしてなかったと思う。

 俺はこの発言を通して分かったこと、というか別に分かりたくなくても分ってしまったことがある。

北方棲姫は俺に興味があり、あの求婚も嘘ではなかった可能性がある。そしてその後の『中央総軍からの~……』という発言。これは裏付けになるんじゃないか? それに、深海棲艦のやつらは何故か知らんが軍というかその上の存在への忠誠心が低い。低すぎるのだ。簡単なことで離反もするだろうし、軍規違反もするだろう。

ならば、と俺は思い立ち、即行動に移す。と言っても、言うだけではあるんだが。

ここでヲ級の相手をして自然と身に付いた話術で……。

 

「……なぁ」

 

「なに?」

 

 だが、俺が不利になるような情報は出さない。

 

「さっきさ、俺に求婚していただろう?」

 

「え、えぇ……したわね」

 

 少し戸惑っているが、まぁ……おおむね大丈夫だろう。この世界の状況を鑑みれば、そして俺の評価を鑑みれば出来るはずだ。

 

「気が変わった」

 

 これが大事だ。『気が変わった』というこの言葉が、キーとなる。

これまで話していて、俺が元居たところがどんなところか知らない北方棲姫が仲間や上司からどういう風に教えられているか分からないが、良いようには教えられていないはず。それを逆手に取る。と言っても、俺も北方棲姫がどういう俺たち側の教育を受けていたかは知らないけどな。

 俺の発言に首を傾げる北方棲姫だが、次第に表情が緩んでいく。

堕ちたな。俺はそう確信した。

 

「ケッコンは出来ないけど……話してみて分かった。北方棲姫は良い子だ。だから一緒に居たい」

 

「えっ…………えぇぇぇぇ?!!」

 

 少し間を置いてから、北方棲姫は絶叫した。そして急に立ち上がり、駆け回る。今度は無邪気に。そしてすぐに戻ってきて、俺の前に座り込み、見上げてきた。

 

「ほんとっ?!」

 

「あぁ」

 

「ほんっとうにほんとう?」

 

「あぁ……でもな、条件がある」

 

 そう。条件を付ける。恐らく、俺の『気が変わった』『一緒に居たい』耳年増なら、その言葉でまともな思考は鈍っているはずだから、多少変なことを言っても良いだろう。

多分、一緒に居たいを『ケッコンしよう』と勘違いしているはずだからだ。

 

「こんな暗いところは嫌なんだ」

 

「じ、じゃあすぐに外行きましょ!!」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 ここで俺はあることを植え付ける。と言っても、言うだけではあるが……。ここで北方棲姫の深海棲艦としての垣根にあるところを利用するのだ。後は言葉だな。うん。適当なことを言って、丸め込めれば良いだろう。そうしよう。

 

「俺はな……どっちに言っても良いようには扱われないんだ」

 

 そう、ここから話を広げていく。

もちろん、北方棲姫は俺の言葉に耳を傾けている。大丈夫、いけるはずだ。

 

「元居たところでは……俺と一緒に居た奴らがいるだろう?」

 

「……武蔵たちのこと? 今は牢で大人しくしているわよ? 大和のことを心配しているみたいだけど」

 

「あぁ、そいつらだ。……そいつらはな、いつも悪い奴らから俺を守ってくれていたんだ」

 

「それって……そっちの軍の高級将校とか、政治家とかが男性をうんぬんかんぬんってやつ?」

 

「そうだ。いつもいつも守ってくれていた」

 

 本当に情けない話ではあるが、まぁ守ってもらっていたのは事実だしな。

 

「他にも俺のことを守ってくれる人がいるんだよ」

 

「へぇ~」

 

 良い具合に誘導できているな。念には念を、だ。もう少し真実っぽいハッタリっぽい真実を話すか。

 

「その人に無茶苦茶恩がある。でも俺はまだ返し切れていないんだ」

 

「大和がいるだけで十分だと思うけどなぁ」

 

 よし、乗ってきている。もう一押しだ。

 

「だからさ、一緒に行かないか?」

 

「へ?」

 

「その人にまた恩を作ることになるけど、一緒に返していこう」

 

 良し。完全に攻略した。これで、逃げれる。……だが、ケッコンの件はどうしようか。

……まぁ、多分大丈夫だろう。北方棲姫も恐らく、俺たちで言うところの艦娘とそう大して変わらないはずだ。艦娘は結婚できないが、提督とケッコンをして上限解放(リミッター解除)をすることが出来る。ケッコンは艦娘同士ではできない。俺も一応『艦娘特異種』っていう扱いだからできないはず。『出来ないみたい。ごめんな』とか言っておけばどうにでもなるだろ!!

 

「大丈夫だ、俺とお前なら」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 という訳で話はとんとん拍子で進んでいき、俺は牢から出ることとなった。そして23人の艦娘も開放。そのうちの12人は、北方海域で消息を絶っていた艦隊であったことが判明。

北方棲姫の指揮の下、北方棲姫の配下である『北太平洋軍 アリューシャン統合戦闘艦隊』は中央総軍の命令を無視して現作戦行動中の艦隊は作戦中断し緊急帰還。そして北方棲姫の口から、『一緒に大和について行かない?』という提案がなされた。

で、その現場に居るわけだが……。

 

「私はあんな軍を辞めて(離反して)大和の下に行く!! ここで部下である貴女たちにも問うわっ!!」

 

 ざわざわとしている会場……一応、地上ではあるんだけど、これまで驚き……ではないか。北方棲姫は元々陸上型深海棲艦。このことを忘れていた。彼女の艤装が飛行場、というか島になっている。その関係で、艤装の上はとても広大。万人単位で人が居れるレベル。現に北方棲姫が立っている檀上の目下には、よりどりみどりの深海棲艦の少女たちがいるのだ。

 そんな中、北方棲姫は俺の下に行くことを宣言。一層ざわざわする会場で、北方棲姫は負けじと声を張って続ける。

その言葉は騒がしい会場を一瞬で鎮めてしまうほどのものだった。

 

「希望者のみ、同行することを許すことにしたの。大和の鎮守府に行くことにはなるし、上司の対応次第でもあるけれど、頑張ればある程度の人数はいけるみたいなの」

 

 それに、と続ける。

 

「それもこれも、私たちの存在価値次第……だと思う」

 

 そう言った刹那、会場にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、どこかに設置されているであろうスピーカーから声が出てくる。

 

『洋上を高速接近する艦隊群を発見。迎撃艦隊はどこに行ったの?!』

 

 ……何かが起きたみたいだ。その知らせを受けた北方棲姫は壇上から降り、近くに居た深海棲艦に事態を訊いた。

そして冷や汗が首筋へと流れていく。

 

「艦隊よ……艦娘の」

 

 それだけならば、普段と変わらないことだろう。だが、続けた。

 

「もうあれは……人じゃないみたいね」

 

「は?」

 

「他の管区を通ってきたみたいで、担当軍の前線艦隊はことごとくを壊滅させられているみたい」

 

 そういって、おそらく航空写真であろうものを見せられた。

そこに映っていたのは……割と近くで撮られたものであるのは分かる。そこに映っている艦隊が異常だ。まず編成が11人。それが1つの艦隊として機能している。全員が見覚えのある艦娘であることには間違いないのだが……

 

「相手の前衛に四散させられた後、残った艦は惨いことになったみたい……」

 

 北方棲姫は次の写真を手渡してきた。それはかなり近いところで撮られたものみたいだが……おかしい。

艦娘の艦隊戦で身体に血飛沫が付くことなんてない筈だ。だが、全員が身体にそれらしき赤い斑点や大きいシミを付けている。どう考えたって、その斑点やシミは……あれだろう。

そして俺は、最後の最後に気付いてしまったのだ……。

写真に写っていた艦隊の艦娘に見覚えがあり……そして、先頭を航行する彼女は……。

 

「大和……?」

 





 前回の投稿から少し期間が開いてしまいましたね……。少々やることがあって、家を空けることが多かったので(汗)

 今回もサブタイに『戦役』が付いている時点で察しの良い方なら分かっていらっしゃったと思いますが、その通りなんですよね……。そしてどんどん大和が屑になっていっている気がしなくもないです。

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第44話  北方方面戦役 その4

 血だるまになって航行する大和以下、浜風、磯風、朝霜、初霜、霞、足柄、伊勢、夕立、夕張、赤城の艦隊が怒涛の勢いで突き進んでいる状況下、俺は北方棲姫やその部下たちが大慌てしている中、解放されて間もない武蔵と話していた。

 

「なぁ、兄貴よ」

 

「あぁ」

 

「こいつらの怯えた顔ときたら昔は『自業自得。当然のことだ』と思っただろうが、今はそんな風に思えない」

 

「……同感」

 

 武蔵は腕を組んで、やれやれといった感じで話している。

 

「大和をそこまで怖がるとはな……。ただ、アレは多分……敵の手に落ちた兄貴をかっこよく助けたいんだろう。はぁ……」

 

「だからあの不規則な編成の艦隊が出撃している、と?」

 

 冷静に判断していく武蔵に、俺も静かに質問をしたりする。

 

「いいや。あの艦隊は浜風以下護衛は大和に付いて出撃。伊勢や夕立たちは多分キレて出撃。足柄は監視で赤城は多分『航空戦力が居ないとどうしようもないですよ』とか言って付いてきたか、提督に言われて出てきたんだろう」

 

 何それ。ツッコミどころ満載なんですけど。

 それはともかくとして、どうして大和があんな風になっているか。それは武蔵的にはどういう風に捉えているのだろうか。

 

「じゃああの大和は?」

 

「ん? それはだから、兄貴をかっこよく助けるための演出だろう? この前大和の部屋に血のりが置いてあったからな」

 

「……ソウデスカ」

 

 何やってるの、世界最大最強の戦艦……。俺もだけど。

と考えていると、どうやら部屋にあった血のりについて言及した時の大和の真似をしてくれるみたいだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「この血のり、一体何に使うんだ?」

 

「これはですね……いつか使えるかなーって思って通販で買っておいたんですよ。口に入れても大丈夫、服についても簡単に洗い落とせるパーティーグッズってやつです」

 

「それは分かったが……」

 

「本でよくあるじゃないですか。ヒーローのためにヒロインがズタボロになりながら助けに行くってやつ。あれ、よくないですか?」

 

「確かに熱い展開にはなるな」

 

「そうですよ!! でも艦隊戦をしていて出血なんてないですから、これを使うんです。服は戦闘していれば破けてしまいますから、ボロボロになって迎えに行くんですよ!!」

 

「それは良いが……兄貴をか?」

 

「はい!! そうしたら……うぇひひひっ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「という訳だ」

 

 あまり似ていない大和の真似をしてくれたが、想像は簡単に出来た。俺は黙って遠くを見る。というか最後、スルーしておく。そういえば最近武蔵が、大和があの件がばれてからというもの、結構オープンになってしまっている、とかなんとか言っていたっけ……。

 解放された23人の艦娘は状況が理解できず、深海棲艦たちは『何アレ怖い!!』とか『ひいぃぃぃ!! 鬼よ!! 悪魔よ!! 堕天使よ!!』とか言って騒いでいる訳だが……。この事態はどうするんだろうか。

 

「何にせよ、助けに来てくれたのはありがたいんだがな」

 

「そうだな。……ただし」

 

「「下心丸見えだ」」

 

 そんなことを言っていると、矢矧と雪風が話しかけてきた。

 

「大和さんっ!!」

 

「大和!!」

 

 俺は2人のいる方向を見る。

 

「ん?」

 

「状況を見る限り……そのこれは……」

 

 矢矧が不思議そうな表情をしてそう言ってきた。おそらく、アレを想像しているのだろう。ヲ級とかその辺の……。

 

「想像通り。助けも望めなかったから、北方棲姫と交渉した」

 

「そう……ですか」

 

「……どうした?」

 

 想像している通りだとは思うが、口に出して状況を説明する。だが、矢矧は悔しそうな表情をするのだ。せっかく助かったというのに、どうしてそんな表情をするのだろう。

 

「私が不甲斐ないばかりにこのようなことに……。それに大和が助けてくれたのでしょう?」

 

「……そう、なるのか」

 

「……ありがとう」

 

 そういって矢矧は離れていってしまった。残っているのは雪風だけ。

 

「雪風?」

 

 近くに来て顔も上げずに一歩も動かない雪風に、俺は声を掛ける。

 

「どうしたんだ、雪風?」

 

 顔を上げないが、雪風が何かを言おうと口を開いたその時、砲撃音が耳を劈く。それに少し遅れて、状況がスピーカーから知らされる。

 

『艦娘の艦隊が急速接近ッ!!』

 

 どうやら大和たちが来たみたいだ。俺が北方棲姫のところに行こうとすると、雪風が俺の手を取った。そして付いてくるのだ。どうしたのだろうか、と考えつつも俺は北方棲姫のところに向かう。

 北方棲姫は対応に追われているようには見えなかったが、接近中の艦隊のことを知らせることにした。

 

「北方棲姫」

 

「何?」

 

「攻撃しなくても良いぞ」

 

「え? どういうこと?」

 

 俺の発言が理解できるわけもなく、眉間にしわを寄せた北方棲姫から説明を求められた。

 

「あの艦隊は迎えだ」

 

「……そうなの?」

 

「あぁ。多分、俺たちが消えた知らせを受けた鎮守府が出撃させた艦隊だ」

 

「でも、攻撃されているわ」

 

「足柄に声を掛けたら大丈夫だから。俺の名前を出してくれれば多分止まる」

 

「……そう」

 

 どうやら対応を変えるみたいだ。北方棲姫はすぐに知らせを出し、対応艦隊に連絡が行く。そしてすぐに、砲撃音が止んだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 北方棲姫と話をしていると、騒々しい音を立てている足音が多数接近してきた。しかも艤装を身に纏ったままだからうるさいことこの上ない。ガシャンガシャン言いながら近づいてきて、俺の近くで足を止める。

北方棲姫から目を外し、音源の方に目を向けるとそこには……。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 血塗れでボロボロになっている大和や伊勢の姿があった。その後ろにはすまし顔をしている浜風と磯風、あわあわしている初霜と朝霜、顔を赤くして頬を膨らませている霞、特徴的な髪がピコピコ動いている夕立、呆れ顔の足柄と夕張、ニコニコしている赤城が居た。多分この中で一番肝っ玉が据わっているのは赤城だと思う。

そんなことは置いておいて、だ。肩で息をしているこの2人に見下ろされ、状況がよく分からないんだが、俺は一体どうすればいいのだろうか。そう考えていると、大和が俺に話しかけてきた。

 

「お、お怪我はありませんか?」

 

「あぁ、特に」

 

「知らせを聞いて……飛び出してきてしまいました。敵も多かったですが、なんとか……」

 

「見れば分かる」

 

 フェイクだけどな。……視界の端で赤城と武蔵が声を殺して笑っているんだけど、俺もそっちに行きたい。

 

「さ、すぐに帰りましょう。ですがその前に……」

 

 大和の主砲が旋回する。砲門が狙う先は無論北方棲姫だろう。周囲には他の深海棲艦が立っているが、46cm砲の前では紙切れ同然だろうな。そんな状況下、北方棲姫は初めて会った時と同じ態度で口を開いた。

 

「あら?」

 

「ここの飛行場を使えなくしないといけませんね」

 

 うん。セリフは決まっているんだ。だがな、どうも演技臭い。それに見るからに北方棲姫も乗り気じゃないしな。

既に軍から離反している身の上、状況によっては艤装を棄てて付いてくるだろうから、これからは仲良くしないといけないのだ。いくら敵同士だったとはいえ、この北方棲姫が云々かんぬんという訳でもないだろう。ヲ級とかタ級もそうだったしな。

 とまぁ、そんなことを内心考えていた訳だ。それはもちろん武蔵も同じようで、俺の横で苦笑いを浮かべている。

そんな中、大和だけが一触即発の雰囲気を出していた。もう滑稽としか言いようがないな。そろそろ切り上げた方が良いんだろうか。……いいや。もうちょっと観察して行こう。

 

「貴女が周辺海域で艦隊を拉致し、挙句の果てに大和も攫った犯人ですか?」

 

「そうじゃないとしたら、貴女は相当な道化ね。この北太平洋海域を管轄下に置いている私たちでないとしたら、それは"お仲間"ではなくて?」

 

 あれ? 北方棲姫、乗っちゃうんだ。……あぁ、そういうこと。乗った方が面白いって思ったんだろうな。

 

「聞いた私がバカでした」

 

 ほんとバカだよな。

 

「ふふふっ。でもね。……もう大和は私のもの」

 

 スマンが一言良いか? と言い出したいところではあるが、まぁ、観察していた方が良いかもしれないな。

 

「なんですってっ!?」

 

 ちょっと待った。伊勢、何本気にしているんだよ。

今すぐそこの純粋乙女に説明してやれ!! オイ赤城!! 笑ってないで早く!!

 

「いいえ。大和は、私の弟は……私のものですッ!! 誰にも渡しはしませんッ!!」

 

 大和の艤装の主砲が再指向。確実に北方棲姫を捉えている。一方、北方棲姫はというと、自分の艤装がこの飛行場なので何もすることができない。周囲の深海棲艦たちも動けずにいた。自分らが動けば、自分の将が吹き飛ぶことは分かっているのだ。

一触触発の雰囲気で誰も動かない中、最初に行動を起こしたのは北方棲姫だった。俺とはそこまで離れていない距離に居るので、すぐに動けば良い。それに大和の主砲はその威力から脅しであることは分かっていた。実際に砲撃するとは思えない上に、おそらくこの距離なら生身の肉体で格闘戦をした方が早いだろうからな。

 

「っ……」

 

「なっ、……な」

 

 北方棲姫が選択。それは、俺の近くに来て俺の膝の上に座ることだったのだ。それを見た大和は顔を真っ赤にしている。

ちなみに伊勢は白くなったし、赤城とかもう膝叩いて笑ってるしな……。絶対助ける気ないだろ。

 

「私を攻撃してみなさいよ。ほら。貴女の弟を盗ったのはこの私よ」

 

「うぐぐ……っ」

 

「ほらほら~。良いのかしら?」

 

 と、完全に煽りモードに入った北方棲姫は、大和に見せつけるように膝の上で俺の肩を撫でたり、首に腕を回してみたりしている。ちなみに顔が火照らせながらしているから、結構無理しているんだろうな。

そんな北方棲姫の状況も見抜けずに、大和の怒りは最頂点に達していた。顔を俯かせて、握りこぶしはプルプルと震えており、見るからに力んでいるのが見て取れる。そして、バッと顔を上げた大和は言い放ったのだった。

 

「うううっ、う" ら" や" ま" し" い" っ" !」

 

 涙声になりながら、そんなことを言い放ったのであった。もうこの大和、ヲ級の影響受けすぎなんじゃないかなって思う。

 この後、すぐに飽きてきていた武蔵が介入。事の顛末を説明した後、帰還することになったのだった。ちなみに北方棲姫たちはそのまま離反し、北太平洋から脱走を図る。

軽空母ヌ級の艤装に艤装を投棄した深海棲艦たちは乗って、そのまま北方海域から脱出。哨戒線外にある無人島に身を寄せることになったのだった。

 




 今回もオチはそういう風になりました(真顔)

 大和が血濡れだったのは演出でしたので、勘違いのないように……。それと、血濡れだったことの言及は、次の話でしようと思います。

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第45話  報告と恐れ

 

「とまぁ、そんな訳だ」

 

「全っ然、意味が分からないんだけど?!」

 

 ふふふ。意趣返しという奴だ。北方海域から帰還した俺は、ゆきに報告をしている最中だった。ちなみに全体の報告は武蔵が先に済ませていたみたいで、俺の報告案件は北方棲姫についてだけだった。

面と向かって話したのは俺だけであり、今回の失踪から解放、帰還までの全ての流れに俺が関係しているからという理由。

 

「北方海域で艦隊が失踪していた理由は、北方棲姫傘下の北太平洋軍 アリューシャン統合戦闘艦隊が中央総軍の命である艦娘特異種の捜査の一環で捕縛していたみたいだ」

 

「うん。すっごい簡潔。そして想像通り」

 

「捕まっていた艦隊も該当艦隊だったし、欠員無しだった」

 

「分ったよ。……でも私が聴きたいのはそこじゃないんだけどなぁ?」

 

 そう言われ、俺は覚悟を決める。今回、こうして無事に帰ってくるために取った行動を話さなければならない。

……多分、ゆきは腰抜かすか白目剝くかひっくり返るだろうなー、と思いつつも、正直に話す。

 

「大和がカチコミに来ただけでも、普通に出れたかもしれないけどな……」

 

「そうかもねー。何やらとても気合入っていたみたいだったし」

 

「俺が交渉した」

 

「へ?」

 

「俺が交渉した」

 

「……」

 

 あっ。ゆきの目が遠くなっていく。まぁでも、大丈夫だろう。そう信じたい。

すぐにゆきは組んでいた腕を解き、指を組んで某特務機関の司令みたいなポーズを取った。本当にそれ好きだよな。

 

「……交渉の詳細は」

 

「俺が目を覚ました時に求婚されていたことを逆手に、曖昧な言葉で解放に誘導した」

 

 バンッと机を叩いて立ち上がったゆきから一言。

 

「屑だ!! 屑がここに居る!!」

 

「若干自覚はあったけど、面と言われると辛すぎるッ!?」

 

 溜息を吐いたゆきが、俺にあることを訊いてきたが、正直聞く必要なんてないだろうと本人も思っていることだろう。

 

「ちなみに、さ。私が想像通りだと本当に面倒なんだけど」

 

 そらみろ。絶対そのことを確認で訊いてくると思った。

 

「北太平洋軍 アリューシャン統合戦闘艦隊はほとんどが離反、大部分が近くに来てるぞ」

 

 とまぁ、ストレートに言ってしまう訳だ。

あ、ゆきが白目剝いた。まるで灰のようだ……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 いつから私は苦労人になったんだと訴えながら、俺の肩を揺らす揺らす。力が弱いからそこまでシェイクされることはないが、まぁ酔いはするよな。

それが数分間続いた後、ゆきが『罰として、執務は終わっているから膝枕させろ』とのこと。まぁ、逆らっても良いが面倒なので言うことを聞くことに。近くで見ていた武蔵の眉間がヒクついてるが、見なかったことにしておこう。それに万が一、大和が来た時のためにここに居てもらわなければ困る。ということなので……。

 

「武蔵!!」

 

「な、なんだ?」

 

「布団が欲しい!!」

 

「キメ顔で云われても、その格好で言われてもなぁ」

 

 うるさい。文句はゆきに言えよ。

 

「それはそうと、どうして膝枕させて欲しいなんて?」

 

 首を少し回せばゆきの顔はすぐ近くに見える。いつもだと見ないアングルだが、如何せん髪が顔にかかってくすぐったい。

かき上げて欲しいんだが、多分分かってくれないんだろうな。

 

「んー」

 

 少し考える仕草をしたゆきは、ニコッと笑って答えた。

 

「最近、何やら色んな子とイチャイチャしているみたいだね? だから私も」

 

「えっと……」

 

「ん? 何?」

 

 目が笑ってないんですが……。どうして怒っているんですかねぇ……。

 

「いや、何でもない……」

 

「ならよかった」

 

 本当、どうして怒っているんだろうか。布団を持ってきた武蔵も若干膨れっ面しているし、一体全体どういうことなんだろう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 少し前に鎮守府の牢に入っていたタ級たちの尋問が今さっき終わったので、急ぎ処分を言い渡すことになった。どうやら俺はゆきの膝枕で寝てしまったらしく、武蔵と共に先に牢に行ってしまったらしい。置手紙が置いてあったからな。

若干首が痛いのを気にしつつ、布団を畳み、執務室を出ていくこととなった。途中、ヲ級も牢に行くというので一緒に行くことに。

 牢に着いてみると、ゆきと武蔵、足柄、憲兵が2人到着しており、既に処分の言い渡しを行ったみたいだった。

ということは、一足遅かったんだろう。面倒なことになっていなければいいんだけど……。

 

「起きた? ごめんねぇ、置いてきちゃった」

 

「いい。それで、処分の方は?」

 

 俺がそう訊くと、武蔵が答えた。

 

「タ級たちは大和との接触許可を交換条件に提督の私兵になった」

 

「は?」

 

 俺が理解不能の主旨を伝えようとした刹那、ゆきによって遮られてしまった。

 

「だって~、ねぇ? 持っている情報はまだまだあるみたいだし、かと言って面倒見れないからって上申したらそれこそ……」

 

 ゆきが回避してきたことが行われるだろうな。相手は人間じゃない地球上に存在する2つ目の知的炭素生命体。人権なんてものは保証されていないだろうからやりたい放題だろう。

それは確かにゆきが嫌がるのも頷けるし、俺としても嫌だ。それは納得するしかないな……。

とはいえ、私兵って……。一体どんな扱いをする気なんだろうか。ヲ級とは違うんだろうけど……。

 

「傍に置いておいた方が都合が良いし、そもそもこの子たちは大和目当てで離反してきた子だからねぇ~。利用されるのも了承済みって訳」

 

「情報源、か?」

 

「そう。それにまぁ……他にも色々思いつくけど、私の、何より"大和"の不利益になるようなことはしないってさ」

 

 本当に適当だよな。最近真面目になったかと思えば……。もう決めてしまったことなら俺が何を言ってもどうすることもできないだろうし、もし決めてなかったとしても俺が口出ししたところでゆきは辞めなかっただろうな。そんなことを考えつつ、俺はそれ以降口を閉じることにした。

 

「大和」

 

 鉄格子の向こう側、今はタ級たちが一緒に入れられている牢で、タ級が俺に声を掛けてくる。

 

「何だ?」

 

 ある程度、どういう人となりなのかは理解しているが、それでも話した時間が圧倒的に少ないと思う。それでも、俺はそこまで警戒していなかった。

 

「あたしたちは納得している。あちらから背いて来たから、ここを離れると行き場が無い。裏切るなんて、絶対にしない」

 

 それは、既に裏切りをしているタ級の口からは虚言にも聞こえる言葉だった。だが、それに続いた言葉で俺は信じることが出来る。

 

「ここに大和が居る限り」

 

 デスヨネー。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 という訳で、牢から出されたタ級たちはすぐに着替えて会議室に異動することになった。

タ級たちはゆきの命令によって動く私兵となり、給料は大本営からの必要経費をちょろまかして確保。というか、その辺りの話は濁された。拠点を執務室から少し離れたところにある会議室として、そこをタ級たちの寝室とした。それでも満足だというが、本当に良いのだろうか……。

 私室に帰る途中、ヲ級が俺にあることを話し出した。

深海棲艦についてだ。

 

「いつかご主人様に話したと思いますが、アレが私が昔言っていた……」

 

「ヲ級みたいに離反を平気でするっていう?」

 

「少し言い方が違ったと思いますが、大方その通りです。その中にあのタ級たちも居ました」

 

「……そうか」

 

 ヲ級は得意気にそんな話をする。

 

「それと大和が愚痴ってましたよ。先の出撃で北太平洋、北方海域の最大勢力の北方棲姫の艦隊が投降したとか」

 

「そういう形にはなるのか……」

 

「……違うんですか?」

 

 北方棲姫はそういう形では認めないだろうな、と心の中で考える。対等な関係で事を進めるつもりでいるのは、北方海域で捕らえられていた時になんとなくだが感じていた。

ここに来て手のひら返しをされると、きっと怒るだろうな、と。だが本人たち北太平洋軍 アリューシャン統合戦闘艦隊所属艦の大半、およそ1000人の深海棲艦は納得しないだろうな。

 

「よく分からないってのが本音だけど、北方棲姫は譲歩しないと思うぞ。今のところは離反しているだけだし、俺に付いてきたって言うだろうけど」

 

「なるほど……。でも、私と同じド変態マゾ奴隷志願者は多いと思いますよ。いじめたいって人は……多分精肉機に」

 

 途中まではいつものことだったのに、いきなりどうしたんだ? そりゃ確かに、ヲ級みたいに『自称:ド変態マゾ奴隷』っていう人はいるだろうが、そりゃ逆も存在するだろうな。存在するだろうけど、え? 精肉機? 何それ怖い。

それは置いておいて、だ。血を見ることになるのは明らかみたいだな。言っているヲ級は普通みたいだけど……。

 

「ほら、属性ってあるじゃないですか?」

 

「いきなりどうした」

 

 なんとなく、話の流れでそうなるのは分かるけどな。

 

「よく言う属性ですよ。ツンデレとかそういう」

 

「あー」

 

「私の場合は『変態』『マゾ』『奴隷』『性奴r[自主規制] 『Nt[自主規制] 『現t[自主規制] 『押しかけn[自主規制]………………

 

 とりあえず色々あるのは分かった。多すぎる気がするけど……。というかほとんど今作ったやつだろうな。完全にそうだわ。目泳いでるし。目泳いでるし。モジモジしているし……。

 

「それは置いておいて、ですね……そんな属性にあるじゃないですか。危険な属性、とか?」

 

 その一言で全て察した。ここまで引っ張る癖に、重要なところは簡潔に伝えるんだからなぁ、このヲ級は……。

 

「分かった。分かったからそれ以上言うな」

 

「ヤンデレとか、メンヘラとかそういう類ですねー」

 

「てめぇ……」

 

 ちなみに呉第二一号鎮守府にはいないよな? よな? そう思いたい。磯風とかヤバそうだけど、そう思いたい。きっと健全な子なはず!! そう、だよね? 廊下の曲がり角に手と顔の1/3くらい見えているけど、きっと護衛だから!! 護衛だからぁ!!

 





 これでシリアスなところからは抜け出した、と宣言しておきます。それ以降は……通常運転で行きます。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第46話  霞がなんだか構ってくるんだが その1

 

 昨日、タ級たちの処分が下って色々手続きをしたらしい。そんな話を、さっきすれ違ったイ・ハ級に聞いたんだが、どうもスパイをやることになったみたいだな。とは言っても、艤装が無い者は出来ないらしいけど……。

その話は今はどうでも良いんだ。

 

「……」

 

「……」

 

 今俺は私室に居るんだが、どうしてこんな張り詰めた空気になっているんだろうか。今ここに居るのは俺とヲ級、そして霞だ。事を辿ると数分前に遡る。

 いつものように任務も演習も無いので私室でゴロゴロしていると、突然今日の護衛を任されていた内の1人である霞が現れた。……今回はどこから現れたかは省略しておく。

そんな俺の態度を見て現れたようだが、何も言わずに俺の目の前に正座するだけ。ヲ級も急に現れた霞に驚きはしたが、警戒することなく本を読みながらお茶を飲んでいる。一見すると普通の光景かもしれないが、霞から滲み出ている雰囲気はもう別物としか言い表せれない。

 静寂の時が遂に動き出す。

座っていた霞が立ち上がり、俺の前に立った。そして……

 

「だらしないわよ!! シャキッとして!!」

 

 プンスコしているのは見れば分かるんだが、腰に両手を当てて頬を膨らませるその様は何というかその……。世話焼き幼馴染みたいなセリフを吐いてるけど、大丈夫なのか?

 

「私室に居る時はいつもこうなんだからっ!! 全くもう!!」

 

 と言って、俺の前から離れていき、テキパキと片づけを始めてしまう。

近くでお茶を飲んでいたヲ級も何が起きているのか分かってないようでフリーズしているし、俺も動き出せない。少し頬を赤らめながら掃除を始めた霞を目で追うことしかできないのだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 そこまで散らかってなかったんだが、掃除をする前と後では結構違う状況になった。霞は捲っていた袖を元に戻して、目の前に腰を下ろす。俺も今は座っていたので正面になる。ちなみにヲ級は斜め左に座っている。

掃除を終わらせた霞は一息吐くと、俺の目の前にあるものを置いた。メモ用紙だ。いつも持ち歩いているのだろうか? 既に記入されているメモ用紙に目線を落とすと、霞は俺に向かって言った。

 

「掃除していて色々とないことに気付いたから、近いうちに買っておくといいわ。日用品、シャンプーやら石鹸やらはまだあるみたいだけど、洗面所のハンドソープが切れかかってたり、換えのタオルもなかったみたいだし……。それに棚とか、掃除道具とか置いておいた方が良いわよ」

 

「は、はぁ……」

 

「それに布団で寝るのなら衝立くらい用意しておきなさいよ。良い一人部屋貰っているんだから、空いてる部屋を物置にするんじゃなくてそっちを寝室にしちゃうとかあるでしょ?」

 

「……」

 

「大和の給料で寝室を準備することくらいできるだろうし、クズ司令官に言えば経費でも懐からでも落ちると思うけど?」

 

 ダメだ。なんだろうな、この霞は。斜め左のヲ級なんて白目剝いてるし……何があったんだよ一体。

とりあえず、俺は霞への返答をする。

 

「わ、分かったから。とりあえず、一気に言われても最後の方しか覚えてられないから」

 

「そ、そう?」

 

「通販を使っても良いんだけど、直接商品見て買いたいのが俺の性分でねぇ……」

 

「この前買い物に行ってなかったかしら?」

 

「不本意に騒ぎを起こしたから、その日は1か所行って帰ってきたんだ」

 

 少し考え始めた霞がすぐに俺に提案してきた。まぁ、俺の想像通りではあったけどな。

 

「じゃあ買い物に行きましょう。行く店に事前に連絡しておけば『急遽改装するから』とか言って貸し切りに出来るでしょう、開店前だったら大和だけになると思うわ」

 

「……確かに」

 

「じゃあ私の方で手は回しておくから、明日行くわよ。家具屋の他に行きたいところはある?」

 

 あれ? 話が思いもよらぬ方向に進んでいっている気がする。

 

「薬局と雑貨屋くらいだな」

 

「分かったわ。じゃあ、ちょっと手回しに行ってくるわ」

 

 スッと立ち上がった霞はそのまま私室を退出して行ってしまった。この場に残された俺はフリーズしているヲ級を起こして、とりあえずお茶を啜るのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 その日のうちに霞が再び俺の部屋に来て、色々と連絡してきた。なんでも開店前に買い物させてくれるところと、家具屋のベッドコーナーだけ貸し切りにできたらしい。それと足と護衛も既に頼んでしまったとのこと。

その時は霞に色々やってもらったので礼を言って、きっと足柄やその他の艦娘と霞が前回のように俺か、もしかしたら運転手を憲兵に頼んで行くことになるだろうと俺は思っていた。だが現実は違っていたのだ。違っていたのだ(2回目)

 指定された時間に鎮守府の門近くに来ると、既に霞一行は来ていた。霞の恰好はいつもの服ではあるんだが、出歩くにしても良いところの小学校か中学校の制服を着た女生徒にしか見えないんだが、それ以外が大問題だったのだ。

霞の他にも艦娘か誰だか分らなかったが立っていたので、恐らく霞が頼んだ護衛なんだろうけど恰好がヤバすぎる。ヤバすぎて今すぐ帰りたい。具体的に言えば……ありゃマフィアだ。

長身の女性2人とその他にも3人、全員がスーツを着用している。ここまではまぁ良いんだ。前も足柄が身分詐称でSPしていたからな。だがそれだけじゃない。

黒髪ロングで長身の女性はパンツスーツに加え、サングラスをしている。その横に立っている栗色ショートの女性は……ワインレッドのスーツ。黒とかではない色のスーツを着ており、どちらもサングラスをしている。

ヤベェ、この人たちそっち系の人たちだ!! って見た刹那思ってしまったからな。だけど、鎮守府内に居る時点で艦娘か憲兵以外ありえないのでそこまで警戒する必要がないということに、少し経ってから徐々に気付いてく。そして俺を見つけた霞が俺のところに走り寄ってきた。

 

「おはよう!!」

 

「お、おはよう」

 

「じゃあ、足がそろそろ来るからそれで行くわよ」

 

 震え声(この時はまだ艦娘か憲兵以外ありえないことに気付いてない)のまま言葉を交わし、霞に続いて黒ずくめ+1のマフィアっぽいのが近づいてくる。

そんなマフィアたちに警戒していると、自動車が2台、目の前に止まった。止まったんだがなぁ……。どうして黒塗りセダンなんだよ。なんでだよ!!

完全にマフィアじゃないか!!

 

「えーっと、行く前に聞いて良いか?」

 

「ん? 何?」

 

 俺はこれで行ってしまうと聞く機会を逃すと思い、意を決して霞に疑問に思っていることをぶつけてみた。

 

「……この人たちは?」

 

「え? 気付いてなかったの?」

 

 と心底驚いた表情をした霞は、黒髪ロングで長身のパンツスーツ+サングラスの女性に声を掛けた。そうすると、その人はサングラスを取って俺に話しかけてくる。

 

「気付いていると思ったんだがなぁ……。私は呉第〇二号鎮守府所属 戦艦長門だ」

 

「……あれ?」

 

 この人怖すぎでしょ!! ……ということは。他のも……。

 

「私は陸奥よ。長門と同じ所属」

 

 長門と対の派手なスーツの女性は陸奥だったらしい。

 

「私は矢矧だ。呉第二一号のな、忘れてもらっては困るぞ」

 

「磯風だ。同じく」

 

「この前も護衛したのに……足柄よ」

 

 全員がサングラスを外し、俺に自己紹介をする。……いや、全員面識あるんだけどな。特に呉第〇二号の長門とかよく苦労しているところを見るからな。手練れらしく、旗艦の副艦をよくやっている姿を見るからなぁ……。

 

「あはは……。本物のマフィアかと思ったぞ」

 

「まさかな。私と陸奥も今日は丁度オフでやることなくて考えていたところに丁度霞から連絡が来てな、暇つぶしに私たちもついて行くことにしたんだ」

 

 ありがとう、本当。ちなみに呉第〇二号鎮守府の長門と陸奥も、俺に普通に接してくれる艦娘だ。仲良くさせてもらっている、つもりだ。あっちはどうだか知らないけどな。

 ということは、この黒塗りセダンは……。

 

「そのセダンは提督から借りてきた」

 

 長門がそう言った。だろうな、とは思ったよ俺も。ウチの鎮守府にはないからな。ちなみに借りてきたってことは、運転している人がいる訳だが……艦娘は運転経験が無いから運転することはないとして、誰が運転しているのだろうか。

そんなことを考えていると、運転席からエンジンを切って降りてきた人物。

 

「運転手は私でーす!!」

 

 ゆきだった……。ちなみにもう1人の運転手は暇をしていたウチの憲兵らしい。以降省略。

 





 今回から数回は、他の艦娘とは違う感じに構ってくる霞の話です。
何だかアレですよね……。はい(トオイメ)

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第47話  霞がなんだか構ってくるんだが その2

 黒塗りセダンに揺られること数十分。その間、俺は車内を観察していた。先任ではあるけどゆきと同じ階級の都築提督は、どうしてこんな私用車を持っているのだろうか、と思ったからだった。まぁ、理由は聞かなくても舞い込んできた訳だが。一緒に乗っていた霞が話してくれたのだ。

 

「呉第〇二号鎮守府の都築少将はこの車は元々持っていたそうよ。なんでも実家の車で、任官の時に両親から譲り受けたとか」

 

 何それ。じゃああの人、傑人みたいな言われ方している上に実家も大きいところなのか……。凄いな……。そんな風に感心していると、霞は話を続けた。

 

「譲ってもらってから使うのも、私用の時だけだったから綺麗だったんだって。滅多に乗らないから、あっちから来てる長門と陸奥がこっちに来るって話になった時に『貸そうか?』ってなったの」

 

「へぇ……」

 

 そうは言うけどな、霞。今さっき思い出したけど、この自動車……。

 

「それでほいっと貸してくれるのも、都築少将だからなのか?」

 

「さぁ? 私は自動車のことはよく分からないけど、あんまり見ない恰好してるわね」

 

「そりゃ、なぁ」

 

 そりゃそうだ。今俺たちが乗っている都築少将の私用車、国内有数の自動車メーカーが作ってる最高級乗用車だからな。それが2台、走っている状況。

前乗ったゆきの私用車は、また別の意味(カスタマイズが結構してあった)で目立っていた気もするけどな。排気音うるさいし、エアロ付いてるし、ボンネットがカーボン製に付け替えられてカーボンカラーになってたし、タイヤはインチアップしてホイールとブレーキとキャリパーも変えてあったな。どこのDQNカーかとも思ったけど、車高を下げたり、フェンダーからタイヤがはみ出ていたり、車用ウーファーが大量に載ってるとかなかったからなぁ……。否、車高は若干下がってたか。弄り過ぎだろ……。

それに乗っていた時と比べると、まだ歩行者とか他のドライバーからの視線は幾分かマシだと思う。そう思いたい。

 開店前1時間は自由に買い物をしていい、という交渉をしていたらしく、その店、家具屋に到着した。

駐車場から入るのではなく、裏手の業務員用駐車場から入る。空いているところに駐車すると、どうやら店のオーナーと店長が待ち構えていたらしく、乗ってきた車のドア前に並んだ。俺がドアノブに手を掛けようとすると、横に座っていた霞に静止させられる。訳が分からなかったが、どうやら運転手(乗ってきた方は憲兵が運転していた)が降りて開けるらしい。何それ、どこのボンボンだよ。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 

 オーナーらしき人が深々の頭を下げる。扉を開けた瞬間だったし、スモークガラスだから中は見えなかったんだろうな。少し恥ずかしく感じつつ、降りたのを頭の下げたまま確認したのか、顔を上げたオーナーがギョッとした表情をした。

そりゃそうだろうな。どこぞのボンボンが来たかと思ったら、まさかの()だからな。それに、名前も分かるだろう。プロパガンダのアレを見ていたら分からないはずがない。ポスターの端に所属と名前が書いてあったからな。

 俺の顔を見るなり後ろを振り返り、身だしなみを整え始めた。車の横に並んでいた店の人たち全員が、だ。整え終わった人からこっちに振り返り、ニコッと笑う。それが営業スマイルではないことは……まぁ見れば分かる。

 

「ほ、本当に大和?」

 

「うそっ?! 本当だ!! すごっ!!」

 

「え? ヤバッ!! ぬr[自主規制]

 

 聞こえてるぞ。遠目で見ている店員の話し声がここまで聞こえてくる中、俺の乗っていた運転手、俺の順で降りてきて居るが、次は霞が降りてきた。その次はゆきだ。こっちはいつもの恰好ではなく、運転手の恰好をしている。変装のつもりだろうが、ゆきの体系だと背伸びしている女の子にしか見えないからな。だが、この後続々と降りてくる人たちが問題だった。

最初は長門だ。長身黒髪ロング黒いパンツスーツ(着崩し)にサングラス。俺もマフィアだと思ったけど、やっぱり店の人たちもそう思ったみたい。パァーっと笑顔だったのが、一気に白くなっていたしな。長門の次は矢矧、磯風。2人とも長門と同じ格好ではあるが、着崩してはいない。こっちにも若干怖がったみたいだ。そして足柄。足柄にはそこまで反応しなかったが、最後が問題だった。

陸奥。ワインレッドのスーツ(着崩し)にサングラス……他にも色々アクセサリーやらなにやら持っていたが、それがもう完全にマフィアの女幹部のそれだ。とか心の中で解説していたら、遂に店の人たちがフリーズした。

そりゃそうだろうな。男、しかも大和が来店したかと思ったら、降りてくる人々なんだか怖いという。軍人の恰好をしていたのならまだしも、マフィアみたいな恰好をしているからな。しかも長門と陸奥はそれが私服だと言い張る。絶対嘘だろ。陸奥とか楽しんでるだろ。

 

「あ、あの……こちらの方々は?」

 

 恐る恐る訊いてきたオーナーらしき人に、俺は答える。

 

「護衛です。恰好はアレですけど、普段は艦娘です」

 

「そ、そうですか」

 

 心底安心したようは表情をしたオーナーは、一息吐いた後に案内を始めると切り出した。

 

「ど、どうぞ。こちらへ」

 

 欲しい家具、ベッドではあるが、置いてあるブースをグルッと一周回って見る。やはり女性が多い世の中のため、サイズも全体的に小さいものが多い。俺の身体にあったものはそう多くある訳でもない。なので1つしか選べなかった。

 一方で霞たちはというと、それなりにばらけてはいるが、割と纏まって行動している。磯風と矢矧は絶対に離れないしな……。

そんな中で、俺はオーナーに声を掛ける。選ぶもなにもないし、そこまでこだわる訳でもないからな。俺はベッドの在庫を確認してもらい、他の家具も見ることにした。ベッドを買ったのならタンスとかも欲しくなるし、多分空いている部屋に居れることになるから、その荷物を片付けるところが欲しいからな。とは言っても、だいたいが着替えだったりする訳だ。本は積んである。……本棚も買うか。

 オーナーは店員に在庫の確認へ行かせ、そのまま俺はタンスや本棚のコーナーに行く。こちらは色々選べるんだが、こだわることもない。シンプルなものでいいので、目についた華美な装飾が全くないタンスを指定、本棚も同じく。こっちは2つ買っておくことにしよう。

オーナーが他の店員に在庫確認へ行かせ、俺たちはそのまま会計のレジのところに向かった。ふと時刻を確認すると、もう開店20分前だ。そろそろお暇しないと、店側に迷惑が掛かるだろうな。と考えていると、在庫確認に行った店員たちが戻ってくる。どうやら全部残っているとのこと。会計を終わらせたらすぐに運び出し、鎮守府に届けてもらえるように交渉する。組み立ては……武蔵に手伝ってもらうか。それでも足りなかったら矢矧とかに手伝ってもらおう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 財布の中には、俺に払われていた給料全額が現金に換金されている。行きでかなり厚みのあった財布も若干薄くなった気がする。そりゃそうだろうな。合計で6桁くらい飛んでいったから……。家具を買えばそうなるけども。

次はというと雑貨屋。と言っても、家電屋みたいなものだ。こっちの交渉がどうなっているのかというと、霞はどうやら移動しながらブロック毎に緊急閉鎖することになっているみたいだ。既に開店している状態のところに入るため、他のお客さんに迷惑が掛かるが、男性が買い物をするときの宿命みたいなものらしい。かなり悪い気がするが、我慢してその好意に甘えようと思う。

中ではケトルやら暖房器具やら扇風機やら色々と買い、店で鎮守府への郵送手続きをする。何やらポイントカードを作ることになったが、聞いて驚きの5桁超え。ポイントだけで商品が買えるみたいだが、今回は止めておこう。これ以上何か買っても仕方ないしな。

 そして最後の目的地。服屋に到着した。男性用の服は、普通の服屋に入っても買うことができないので、男性用を専門に取り扱っている店に入る必要がある。

店舗自体は良いところに立っているが駐車場が専用のところが地下に用意されている徹底ぶり。しかも店内は外から見ることができない上に、入店してみたら驚き。無駄に広く、多く、そしていかにもって感じの店員がぞろぞろと現れる。

 

「お待ちしておりました」

 

「ちょっと遅れたみたいだけど、ごめんなさいね」

 

「いいえ。では霞様、お連れの方は?」

 

「ん? 後ろにいるでしょ?」

 

 え、なに? 霞……。店員との会話が完全に常連客みたいな口調だったんだけど、交渉している訳だから変ではあるけどそこまでではないか。

ふと思ったがこの店内、今日は家具屋、家電屋、薬局と回ってきたが、どこよりも店員が多い。20人くらい居るからな。なのでおのずと長門や矢矧たちの警戒レベルが上がる。既に輪形陣が組まれており、少し離れたところに陸奥が居る。陸奥は恰好だけで言えば、完全に"そっち系"の人だからな。霞は場違いな格好をしているが、特に違和感を持たれていることもないかもしれない。というかそもそも先方にどうやって伝えているのだろうか。

もし包み隠さずに伝えているのならば、俺に対する情報が多くあってもおかしくはないと思うんだが、そういうところが一片も見えないのだ。となると、交渉だけしてある状態だということになるな。

 とか考えていると、どうやら霞と店側の話は終わったようだ。

霞と店長(胸元にプレートがある)が俺の前にやってきた。

 

「本日、私がご案内致します」

 

「この人が店長。店長に付いて案内してもらいながら、気になったものがあったら手に取って見ても良いって」

 

 なんだ霞、本当何なんだよ……。出来過ぎだろ。視界の端でゆきがぷるぷる震えているしな……。理由は不明。

 店長について歩き、店内に置かれている服をザーッと全部見る。服というかファッションには無頓着な俺だが、そんな俺から見ても良いものが揃っているようにしか見えない。ピンからキリまであるデザインのゴテゴテさからシンプルなものまでさまざまな種類が置いてある。そしてそれぞれに用意されている色も全色、サイズも全種揃っているとのこと。しかも在庫が10個は用意されているみたいだ。本当に凄いな……。

とか考えつつも、俺は気なったものを手に取っていっている。そして俺の後をついて来ている矢矧と磯風は目を光らせ、店員たちは『お似合いですよ』と割と本気な表情で言ってくる。

そんなこんなで服を選んでいくこと30分。俺は5日分くらいの服やパンツ、上着やらなんやらを確保している。ここからは……店内で店員が勝手に始めていたことに巻き込まれていく訳だ。

 

「も、申し訳ありません。お連れの方が」

 

 と店長に言われてそっちを見てみると、そこではゆきが服をあれこれと手にもってマネキンに掛けていっている。その周りには店員が数人集まって『これとか良いんじゃないですか?』とか『これ着て現れたら卒倒しちゃいますよね』とか『カッコよすぎて想像するだけで鼻血が』とか言っている訳だが……。どうやらゆきは俺に着せたい模様。店員もそれに乗せられているような状況だった。

 

「大和ぉー!! これ着てみてよ!!」

 

「良いけど」

 

「じゃあ、試着室へゴー!!」

 

 間髪入れずに俺は試着室に放り込まれ、試着することになった。色々と掛けられていくが、まぁ付き合うことにした。結構良さそうなのを選んでいたからな。

最初に着たのは、少しパリッとした感じにさせられた。スーツみたいな……少しラフな感じ。それを着て外に出たら……

 

「んぶふっ!!」

 

 1人店員が鼻血で倒れた。綺麗な顔が血だらけになった訳だが、それが鼻血だとなんとも情けない様子になる。

店員が他の店員に運ばれていった間に、俺は他のを着て出る。今度はやんちゃな感じ。ダボッとしたもので構成されている。そしてこれも出ていったら……

 

「「「ぶはっ!!」」」

 

 3人鼻血を吹き出して倒れた。

 この後も色々と着てみては、その度に店員が倒れていくという謎のファッションショーが開催された。

そして俺は合計8回着替えを行ったが、どれもよさそうだったので買うことに。サイズも自分のものに合わせて、全て持ってレジを探してキョロキョロしていると店長から話しかけられた。

 

「お客様、どうされました?」

 

「いや、会計はどこですればいいのかな、と思いまして」

 

「会計でしたら既に済まされておりますよ?」

 

 いつの間にしたんだ。というか誰がしたんだ、と思ったら視界に映る影が1つ。

どうやらゆきがやったみたいだ。親指立ててキメ顔している。だがなんとも締まらない。キメ顔ではあるんだが、なんだか締まってないのだ。緩んでいる。そんなゆきに礼を言って、俺は店長にも礼を言う。

 

「どうも、ありがとうございました」

 

「こちらこそ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 と綺麗に終わるかと思ったが、それはない。

店長の後ろで待機していた店員たちが手を振る。ブンブンと手を振る。そして鼻にティッシュを詰めたまま清々しい表情で見送るのだ。本当に締まってないなぁ……。

 この後、ゆきから聞いた話だが、男性用の服は基本的に無料らしい。そもそも男性が少ないので限定生産するものらしく、もし男性が店を訪れて服を"買う"となると、そのまま政府に領収書が行くらしい。そして店内で払う会計は、今回は駐車料金だけになるとのこと。表からは入れないので、車で入店するしかないらしい。

ちなみに駐車料金は大卒初任給程度らしい。高いなオイ。

 




 これで霞が構ってくる話は終わりですけど、戦闘はもう少し先になります。
それまでは日常、ほのぼの(?)を書いていきます。
 
 最近、他作品の貞操観念逆転系を読んでますけど、なんだか本作のが少しテイスト違っていて、違和感を持ってしまいました(汗)
男性(女なんて野蛮な生き物じゃん)女性(男?! うぇっへっへっ!!)みたいなのが多いイメージでしたね。
何にせよ、どうするかは考えるまでもないですね。このままで進んでいくつもりです。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第48話  ストーカー その1

 ぞわぞわと寒気がするのはいつものことだが、今日は一段と背筋がゾワゾワとしていった。これは何かあるな、直感的にそう感じ取ってしまった。

 最近、俺の私室に突撃してくる艦娘や憲兵も自重を覚えたらしい。朝凸はしてこなくなったが、それでも接触して来ようとする者は後を絶たない。既に慣れてきているので、かなり適当にあしらっているが、根が軍人なだけあってかなりの精神力だ。何を言おうとも全然離れていかない。かなりの食いつきで未だに困っているところでもある。

それでも護衛が付いたことによって、かなりそれも楽になってきたというものだ。何かあると担当の護衛がどこからともなく現れるからな。あれは怖い。守られている本人も怖い。

 そんな環境に身を置いている俺ではあるが、交友関係は広まってきたところだった。

最初はゆきと武蔵だけだったが、艦隊を良く組むようになった艦娘とはそれなりに打ち解けてきていると思う。雪風は本当に良い奴だ、うん。

 

「どうしたんですか、大和さん?」

 

「んあ? あぁ、雪風は良い奴だなって思っていただけだ」

 

「えへへっ、そうですか?」

 

「そうだとも」

 

 今日も飽きずに遊んでいる訳だが、こう長いこと遊んでいると、仲間に入ってくる艦娘も俺の交友関係が広がっていくに連れて増えていくわけだ。

集まっているのは6人。俺と雪風、霞、磯風、夕立、夕張。あれ? なんだか駆逐艦が多いな。しかもデカいの(大型艦)は俺だけ? ……まぁいいか。

 その6人で、さっきまではカードゲームをしていたが飽きてきたということで、かくれんぼをすることになった。

この6人はかなりかくれんぼをしてきている猛者たちで、近頃心理戦まで持ち込むようになってきたので、もはやかくれんぼとは違う別の何かになってきているが、それは俺だけが思っている訳ではないだろう。

ともかく、既に鬼は磯風で決まっている。他は隠れる側だ。

 

「じゃあ2分数えたら探し始めるからな」

 

 そういった磯風が目を隠して数を数え始めた。俺たちは散り散りになって隠れ場所を求めて走り出す。

今回のかくれんぼは鎮守府内にある外限定。ルールは発見されるまで、一度隠れた場所から移動することは認められている。隠れないのはダメだ。何度か雪風が鬼の後ろを歩いていたことがあったので、それは流石にダメだということで禁止になった。

俺は広い鎮守府の敷地内、解散したところから走って1分のところに身を隠すことにした。建物と建物の間で、案外見落としやすいところ。普通に歩いていたら、そこに隙間があるなんて気付かないところだ。ここに他の誰かが隠れたこともなければ、俺も隠れたことがない。一度隠れた後に移動するのはリスクがある。特に俺はそうだ。

なので移動しない選択肢を取るのがいつものことになっていた。

 俺は隙間で小さくなりながら考え事をすることにした。

さっき感じた寒気の正体だ。ぶっちゃけ色々思い当たる節があるが、今回ばかりはなんとも言えない寒気だった。身の危険を感じるほどでもあるし、注意するに越したことはないだろう。

そんなことを考えながら、俺は隙間で時間の経過を待った。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 既に開始2分は経っている。否。むしろ6分ほど経っている頃だ。

これくらいになると、そろそろ半数が発見されているころだ。恐らく未だに見つかっていないのは、俺と雪風くらいだろう。夕立はすぐに移動するから見つかるし、夕張はドンくさい。見つけようと思えばすぐに見つけられる相手だ。霞は最近始めたばかりではあるが、かなり上手い方だ。室内でやった時なんて、屋根裏に隠れていたからな。見つけられる訳ないだろうに。

その時鬼をしていた夕張の目が死んでいったのは今でも覚えている。

 磯風の鬼のパターンとしては、近くから探していくタイプだ。しかも視界の広くとれたところから順番に。しらみつぶしはしないが、感でも探さない。推理して探すタイプ。

だとすると、俺の隠れるパターンは読まれている。雪風はほとんど見つからない。こういった広域だった場合は、だ。恐らく2分を超えても移動を続けているだろうから、見つけるには最低30分は必要になる。

となると、磯風が既に夕立と夕張を捕まえていると考えると、狙うは俺か霞。今回も逃げ切りたい。

 かくれんぼのことを考えていた俺は、またもや寒気を感じた。今回は悪寒だ。

しかも、本格的に不味いと思われるもの。その正体を知るのは、ほんの数秒後だった。

 

「……」

 

 今、隙間から変な人が通っていったのが見えた。艦娘でもなければ憲兵でもない。ならば誰だ?

一瞬しか見えなかったが、少し猫背で髪が長くぼさぼさ。服も少しヨレヨレで、袖からは細すぎる腕が見えていた。そして妙に口角の上がった口元も見えた。

アレは異形だ。どうしてそんな人間がここに居る。そんなことを悟った時、既に頭の中にはかくれんぼのことは綺麗さっぱり無くなっていた。

 再び人が通りかかる。今度ははっきりと見えた。

さっき通った人だ。

 

「……」

 

 女性、何かを手に持っている。そして彼女は絶対に鎮守府の人間ではないことが分かった。

そして再びその女性が通る。今度は手に持っているものが分かった。それは……俺のシャツ。と言っても寝間着にしているTシャツだが、それをどうして持っているのだろうか。

俺の体躯的に女性物では絶対に収まらないので、この世界ではかなり大きいサイズになる俺の服は、誰が持っても大きく見える。持ち方次第ではただの布切れに見えるが、今の女性は襟口を持っていたから、風になびいてその全体像が見えたのだ。柄、サイズで俺のものだと判断するしかできなかった。何故それを、今の女性が持っている。

洗濯は何故か鳳翔がしてくれているが、鎮守府の建物の屋上で干しているらしい。そこは憲兵が頻繁に巡回しているし、見張りも居る(俺の私物があるため)。そんなところに忍び込んで盗むことなんてできなければ、そもそも鎮守府にどうやって入ったんだ、という話だ。

 今起きている事態が、どう考えても不味いことはすぐに分かった。だが、今近くでそれが歩いているのが問題だ。ここから出て行ったら何かされるかもしれない。

それに護衛は今日は磯風と雪風以外には居ない。全員出撃中で、ヲ級もゆきのところに居る。なので呼ぶことも出来ない。ここから呼んでも到着には時間が掛かる。ならば息を潜めている他無いだろう。俺は口元を手で押さえた。

 刹那、再び女性が通る。

 

「ふひひっ、じゅるり、大和くぅん……私の、旦那様ぁ」

 

 ゾワゾワゾワッ。

猫撫で声のつもりだろうが、かなり気味悪く聞こえた。しかも確定だ、アレは……。

 そのまま女性は何度も歩いている姿が見えたが、近くに誰か来たのか去っていったみたいだ。

そうすると、聞きなれた声が聞こえてくる。

 

「あとは大和さんだけですか?」

 

「そうだな。他の皆は見つけたが……しっかし、どこに隠れているんだ?」

 

 雪風と磯風だ。それが分かった途端、俺はその場から立ち上がって建物の隙間から飛び出す。

それに驚いた雪風と磯風、他の皆も一緒に居たので俺は一安心した。だが、自分から出てきてしまったので、俺はなんとか言い訳をする。

 

「い、いやぁ、スマン。あんまり息苦しくってな」

 

「いや、良いんだ。じゃあ、これで全員発見だ」

 

 磯風がそう言って、また雪風たちが話し始める。次は何をしようか、どこか探検に行くか、みたいな話をしている中、俺は周りをキョロキョロと見ていた。

さっきの女性が気になったのだ。否。警戒したいのだ。だが、そんな時、目に映る。

遠くの建物の物陰、俺が隠れていたところの近くにあるところからこちらを見ている顔が見えた。それにひらひらと風に舞うTシャツも……。

俺はスッと目を逸らしてしまう。今回は顔をしっかりと見た。覚えた。……しかし怖い。そんなことを磯風にも雪風にも言えず、俺はその後も後を付けられていることを感じながら遊び続けた。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 "あの件"をゆきに相談する気にもなれず、武蔵にも言えない。矢矧にも雪風にも……。唯一言えたのはヲ級だけだった。

そう考えると、いつもあんな風なヲ級も俺の心の中に結構入り込んできているんだな。発言はアレだけど……本当に。

 消灯時間間近の俺の私室、ここに居るのは俺とヲ級だけ。流石に消灯時間以降はヲ級だけでも大丈夫だろうと、ゆきが判断したことだった。

隣に住んでいることだし、何故か察しが良いからな。普段はアレだけど……。

 

「で、私に"おあづけ"させるってことですね?」

 

「どう聞いたらそう聞こえるんだよ……」

 

「え? 違うんですか? つまり、私に今夜はここに居て欲しいってことですよね?」

 

 合っているんだが、おあづけではない。断じて無い。

 

「いつも強気で私に言い聞かせるご主人様も素敵だけど、こう弱々しくなっているところも最ッ高!! あーなんだかこう頭を撫で回してから膝枕してじ[自主規制]

 

「だぁぁぁ!! 違うっての」

 

「えぇ……では、どうして?」

 

 本当は癖っ毛で天然パーマだったのに、アイロンで強引に銀髪ストレートにしているヲ級の髪が揺れる。

本気でああいう事を言っているのか分からないが、何故かこういう時に空気を読まない発言をしてくれるのは嬉しい。気が紛れるからな。

 

「こう、本当に身の危険を感じた。さっき話しただろう?」

 

「不審人物と盗難ですか?」

 

 俺は頷く。

 

「普通に考えれば不審人物は確かに侵入していたかもしれませんが、盗難の件は私含めてご主人様以外の呉第二一号鎮守府に所属している全員が容疑者になりますよ?」

 

「それは言えているが……」

 

 ヲ級は推理を始めた。

 

「ご主人様の汚れ物を何故か選択している鳳翔が第一容疑者候補に浮上しますね。それ以外には、ご主人様の私室を出入りする人物」

 

 となると、武蔵、大和、矢矧、雪風、浜風、磯風、霞、朝霜、初霜、ゆき、ヲ級も容疑者候補に挙がる訳か。

 

「それに何らかの手を使って侵入できる可能性も捨てきれません」

 

 だからここの人間全員が容疑者という訳か。

だが、ヲ級を含めて他の私室に出入りする艦娘やゆきはそんなことしないと思う。大和がやりそうではあるが、それ以外では微塵も窃盗するような人物とは思えない。

 

「……それで、本当にTシャツだけだったんですか? 無くなっていたものは」

 

「他にもシャツが数枚とゴミ箱、下着も無い」

 

 まさかとは思っていたが、これは完全にアレだ。ストーカーとかいうそういう部類の奴だ。

今まで考えてこなかったが、この世界は男女の貞操観念が逆転している。俺の中でも常識であるように、男性が女性の衣類などの私物を盗むようなことが大きく取り上げられる事件だった。だがそれがこの世界では真逆になるということだ。

意識が甘かったのかもしれない。そう俺は感じた。

 ヲ級は俺の本当の正体を知らない。知っているのはゆきと武蔵だけ。

このまま今日はヲ級に頼み、明日から武蔵とゆきに相談する方が良いだろう。俺はそう思い、とりあえずヲ級に頼んだのだ。結構煙たがっては居たが、それでも頼れる奴だ。あれやこれや言うが、弁えている。そう思えたから、ヲ級に相談をした。

 

「そうですか。……さっきは茶化しましたけど、今回は私の職務怠慢とも言えます。今日はここで見張りをしますから、ご主人様は寝てください」

 

「……ごめん、そうさせてもらう」

 

 珍しく真面目な表情でそう言ったヲ級に甘え、俺はとりあえず寝室に向かった。ヲ級は寝室の前に座って夜を明かすとのこと。朝一でゆきのところに行く、と約束して俺はそのまま眠りについた。

 




 今回は若干違う切り口から貞操観念逆転の話を……と思ったんですが、普通でもあるっちゃある話ではありますよね。どうやら、私怨とか復讐のための方が圧倒的に多いらしいですけど……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第49話  ストーカー その2

 

 ヲ級が見張りをしてくれるということで、俺は安心して寝室で眠りこけた。どうしてそんなことを言い出しているのかと言うと、ふと目が覚めてしまったのだ。

まだ外は暗く、起きる時間ではないことがすぐに分かった。変な時間に起きたものだから、催してしまった。なのでベッドから這い出てお手洗いに向かう。その道中、というよりもドアから出たところにヲ級は座っていた。出てきたから何か声を掛けてくるかと思ったんだが、何も反応をしない。正面に回り込んでチラッと覗き込んでみると、どうやら寝てしまっているようだった。さながら授業中に居眠りをしている学生にしか見えないが、これはそっとしておこうと思い、俺はそのままお手洗いへと向かう。

 いつも起きない時間帯。そして、昨日のこともあってか妙に周りを気にしてしまっている。こうして便座に座っている今も、完全に密室だというのに後ろが気になったりだとか……。

そんなことを気にしても仕方ないが、俺はさっさと用を足してベッドに戻りたい。

色々と済ませて便座から立ち上がり、個室から出て行こうとした刹那、俺の第六感的何かが察知したのか急に体が動かなくなった。どうしたのかと考えつつ、何を感じ取ったのかを考える。だが、分かる訳もない。そのままノブをひねって個室から出て行き、寝室へと向かう。

 特に何もないじゃないか。そんな風に考えながら、俺は再びベッドに入り込んだ。

寝ようと思って目を閉じても、やはり変な時間に起きてしまったからだろう。全く寝付けない。どうしようかと考えつつ、俺は天井を見上げる。昨日のことを思い出し始めていた。

 朝起きて、朝食をいつものように騒がれながら食べ、執務室でゆきにちょっかいを出して、雪風と遊んだ。昼は雪風たちと外で食べたな。そこからまた遊んで、夕飯の時に鳳翔に何故か怒られて(恐らく服が汚れていた)ヲ級と話しをした。

だんだん昨日あったことを思い出していく中で、気味の悪い女のことを思い出していた。昼前、雪風たちとかくれんぼをしていた時に見かけた"あの女"。俺の私物を何故か持っており、ずっと俺の方を見ていた。

 変なことを思い出してしまったと後悔しながら、今まで特段気にすることなかった寝室が気になり始めた。

あの女が持っていた服は確かに俺の服だった。そしてどうやって手に入れたのかは分からないが、俺の私室に侵入する以外に手に入れる方法はない。鳳翔が洗濯して干しているものを盗むのは無理だ。だとしたら、俺の私室に侵入する以外に方法はない。

 そう考えだすと、とてつもなく怖くなってきた。さっきお手洗いに行ったときに見たが、ヲ級は眠っていた。つまり、警戒している人間は俺以外ここにはいない。俺もそれまで寝ていたから、物音がしても気付くわけがないのだ。

 

「クソッ」

 

 完全に疑心暗鬼に陥っていた。あれだけ見ただけで、ここまで怖いものだったなんて思いもしなかった。

確かに俺居た世界で、女性は男性ストーカーにかなり怯えていたのを知っている。報道されるのもそっちしかなかったこともあるが、まさかここまで怖いものだとは思わなかった。実際に体験しなければここまでだと、誰も分からないだろう。時々ネットに『女性にストーカーされたい』だとか冗談だろうが発言する輩がいるが、これは冗談でも嫌すぎる。

 布団に丸まり、頭も中に入れて俺は小さくなっていた。

それほどまでに怖いのだ。下手な心霊現象や、死への恐怖とはまた違ったベクトルの怖さだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 目覚ましが鳴り始めたことで、俺は布団の中から恐る恐る這い出た。

そうすると、目の前に白い影が1つ。何事かと見上げると、それはヲ級だった。ジャケットを羽織ってないのと、元から青白いのが相まって怖いものを見てしまったのかと錯覚してしまった。

 少し安心した俺は、ヲ級にそのまま挨拶をする。

 

 

「おはよう」

 

「おはようございます!! って、どうしたんですが? ご主人様。顔色が優れないようですけど」

 

「お前、分かっていて言ってるだろう?」

 

 そう俺が言うと、本当に分かっていないような表情をしていた。

 

「……?」

 

「はぁ……ストーカーの件だよ。今朝、変な時間に起きてから眠れなかったんだ」

 

「そうだったんですね。……私も午前2時までは記憶にあったんですけど、途中でどうやら寝てしまったみたいですし」

 

「全く……おかげで」

 

 そう言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。ここから先を言っても、ヲ級には頼んでいる立場だ。強くは言えない。本人は職務怠慢だとか昨日言っていたが、それでもだ。

俺はそのまま着替えるからとヲ級を追い出し、朝食に向かうことにした。部屋を出てから食堂、私室に戻って来るまでの間は常に艦娘に囲まれていたため、特に気になることはなかった。むしろ、いつもの艦娘たちや憲兵たちの方がマシに思えるほどに、俺はストーカーを怖がっているのだ。

 朝食を終えて私室に戻ると、入口の前に人影を見た。遠目ではあったが、いつも護衛や大和が居たりするので特に気にすることはなかったんだが、どうも違うみたいだ。

それに気付いたヲ級は急に俺の前に立って立ち止まった。

 

「待ってください」

 

「ん?」

 

 その時にはまだ俺は護衛か大和だろうと思っていたが、ヲ級の言葉に俺はその人影を注視していた。

アレは護衛でもなければ大和でもない。いつも俺の部屋の前に溜まっている奴らも、今は朝食を食べていたり仕事をしているから来るはずがないのだ。ならばアレは誰だ?

刹那、俺はピンと来た。あれはストーカーなのかもしれない。昨日見た時と同じ格好、体格、姿勢をしており、手には何か持っている。そこまで一緒となると、俺はヲ級の背中に隠れてしまっていた。

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

「あぁ」

 

 どうやら俺の心情も察してくれたみたいで、ヲ級はゆっくりと携帯が許されていた無線機をオンする。

それはどこに繋がっているかというと、ゆきの持っている無線機だ。ゆきはそれの周波数をヲ級のと合わせているため、コールが鳴った時には何かが起きていることはゆきにも瞬時に伝わるのだ。

ゆきはコールに応じたらしく、声が小さく聞こえてくる。

 

「目視にて危険対象者を発見」

 

『武装は?』

 

「なし」

 

『拳銃の使用を許可しよう。ただし、足を止めるだけね』

 

「了解」

 

『ご褒美は大和からもらってねー』

 

「ぐへへ、了解」

 

 オイ。

 

「さてご主人様。私はこのためにここに居ます。本当ならばただ飯食らいだった方が良かったんですが、この際致し方なしです」

 

 ショルダーホルスターから拳銃を抜いたヲ級は安全装置を解除して発砲準備を行う。

そして手順通りに相手に警告を行い始めた。

 

「そこの者ッ!! 何をしている!!」

 

「ッ!!」

 

 気付いたようで、こっちをバッと見たストーカーらしき女性はあろうことか、俺の私室に飛び込んだのだ。

食堂に行く時に鍵を締めたはずだから、さっきピッキングがマスターキーを入手して解錠したのか。それならば、俺の私物を盗み持っていることも道理になかっている。ヲ級は走り出し、そのまま俺の私室に飛び込んでいった。その数十秒後、どうやらゆきが憲兵に報告して近くを巡回していた憲兵が俺の保護とヲ級の援護に来たのだ。

 

「「「「大和きゅん!!」」」」」

 

 この際、その呼び方は黙っておこう。

 

「「「「変質者はどこっ?!」」」」

 

 目の前にいる。4人ほど。その後ろに更に8人くらい。

 

「あー……俺の私室に入っていった」

 

「「「「シッ!!」」」」

 

 一瞬で消えたな。本当、その能力を他に生かして欲しいところだ。

 

「スーハ―スーハ―……ん~~!!」

 

「ところで変質者は?! 大和きゅんの部屋に居るらしいけど?」

 

「どこだろう? とりあえず片っ端から練り歩くわよ!!」

 

「あっ、見てみてコレ!!」

 

「脱ぎたてパジャマ!!」

 

「「「「ゴクリ」」」」

 

 あ、もしもし、ゆきですか? 変質者が13名になりました。

というか結構離れているはずなのにここまで声が聞こえてくるって、どれだけ大声で騒いでるんだよ。

 

「あれ、ヲ級ちゃん? それは?」

 

「変質者」

 

 どうやら確保も終わったらしく、ヲ級がストーカーらしき(確定)女性の襟口を掴んで持ち上げたままこっちに来た。しかも既に結束バンドで手足の自由を奪ってある。仕事が早いことで。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきが般若みたいになっているけど、その件に関しては誰も突っ込まない。というか怖すぎだろ……。それ笑っているつもりなのか?

どうしてゆきがそんな表情をしているのかというと、さっきヲ級が捕まえたストーカーを目の間にしてこの表情なのだ。まだ何の取調もしていないんだけどな。

 呉第二一号鎮守府の憲兵本部にある拘置所兼取調室には、責任者のゆきと憲兵2名、捕獲したヲ級が居るんだが、それ以外にも大和と武蔵が居た。武蔵はゆきの秘書艦だから居るのは分かるんだが、どうして大和が居るんだ? 完全に部外者だろ。

そんなことを考えていると、どうやら取調が始まったよう。俺はというと、憲兵本部の一室に来ていた。雪風と矢矧その他出撃せずに鎮守府に居た護衛の艦娘たち全員だ。そこで取調をしている部屋から送信されてくる映像と音声をモニタリングしているところだ。

 

「……あの」

 

「……」

 

 全員が押し黙る中、その空気に耐えかねたストーカーから口を開く。どうしてだろうな。普通、ゆきとかが何か質問をしていくものだろうに。

 

「ど、どうして、捕まった、か……分かり、ます。で、でもっ!! 私と、や、大和くんは、こ、ここ」

 

 鶏が居るな。しかも自供してるし。

 

「こ、こここ、婚約して、してるし、あぅ、いっちゃったぁ」

 

 した覚えないし、不味い。この上なく不味い。画面越しでも、部屋の空気感が分かる程に不味い。

しかもこっちもだ。磯風が特に。本当に。ちなみに霞は『本当にこ、婚約したの?』と事実確認してくる辺り、流石だと思う。雪風と同率で良い奴だ。買い物の時はビビるけどな。

 

「そ、それ、それで、3日前から、その、その件に、その件について話に来たん、ですけど……あんまり、その……見かけ、見かけなかったですから……」

 

 本当に大丈夫か? そろそろ大和とか暴走を始めると思うんだが。あれだけ俺が怖がっていた相手ではあるが、この状況下では流石に可哀そうになる。

ちなみに取調室に行きたいが、俺の膝の上に雪風が座っているため動けない。あと霞、どこからその超高そうな茶菓子出したんだよ。え? ゆきの執務室から持ってきた? それなら良いか。

 

「私室に入って、その……お、おお洗濯を……」

 

 なにそれ、大きそう。

 

「で、でもでも、いいです、よね? もうけ、結婚しますし……えへへっ」

 

 遂に取調室で動きが起きようとしていた。ゆき、憲兵2名は腰に手を当て、ヲ級は脇の下に腕を回し、大和と武蔵が何かアクションを起こそうとしていた。

 

「貴女はいつ、大和と出会ったの?」

 

 おい、ゆき。

 

「この前……本屋で」

 

 あぁ、あの時か……。初めて外出した時、本屋で足柄と浜風を探している時にぶつかった人だ。確かに、こうやって見ると見覚えのある人だ。

というか、そんなことを考えている場合ではない。

 

「その時に、遂に私に振り向いてくれた、って思って……軍のポスターを見て、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと、その時から、こ、婚約して」

 

 ヤバ、この人ヤバい。アレだ。熱狂的なファンとか、そういうやつ。ストーカーとか、殺人とか誘拐・監禁とかにまで発展するタイプの妄想が激しい人みたいだ。

 

「おっ……」

 

 ついにゆき以外が口を開いた。今のは大和か武蔵だ。

映像を良く見ていると、どうやら武蔵みたいだな。下を向いてプルプルと震えているのがよく分かる。刹那、武蔵は艤装を身に纏った。砲門がストーカーに向き、そして言い放ったのだ。

 

「お兄ちゃんは私とケッコンする!! 貴様みたいな気持ち悪い奴に渡してたまるかァァァァァ!!」

 

 矢矧の口から超高級そうな茶菓子が飛んでいったのは、俺だけしか見ていなかったはずだ。黙っておいてやろう、うん。というか何言ってるの? この武蔵は。

え? 確か武蔵って俺のことを『兄貴』って呼んでいたような気がするんだが……やっぱりそうだ。俺の事を『兄貴』って呼んでいたと思ったんだが、どうしていきなり『お兄ちゃん』なんて言い出したのこの子。今はこっちの方が怖いんだが。あと、確かに気持ち悪いかもしれないが、本人目の前に言うのは流石に酷いと思う。

 武蔵がキレたことで全員が軍刀やら拳銃やら艤装やらを出し、ストーカーは自分が何を口走ったのかを自覚。

流石にヤバいと思った俺は、雪風にどいてもらって取調室に直行した。

 俺と護衛で取調室に突入した時には酷い有様になっていた。

息を荒げてストーカーに詰め寄る武蔵に、普段なら立場逆だろうとツッコミを入れざるを得ない武蔵を止めに入る大和、武蔵の発言にポカンとするゆきと憲兵2人。そこに入っていった俺たちの中で1人、磯風が呟いた。

 

「ふふふっ……残念ながら大和は私とケッコンする」

 

 そういえば磯風、若干ヤンデレっぽいところがあるのを忘れていた。頼むから横で苦笑いしてないで止めてくれよ? 浜風?

 





 前回から少々時間が空いてしまいました。

 前話で少し真面目っぽい話になると思いました? 残念ながら、それは絶対にないです。どっかでそれは崩されますよ(ニヤリ)
 今回のオチ要因だった武蔵と磯風の件ですが、武蔵に関しては『お兄ちゃん』呼びするフラグは立っていたので問題ないですし、磯風は元から……。
 ストーカーの正体ですが、第39話にて登場しています。当時は面影ありませんでしたが、こっちでは豹変してしまっています。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第50話  準備

 

 ボケーッといつものように私室でお茶を飲みながら本を読んでいた。いつもと変わらない。近くにヲ級が居て、護衛の誰かが居て、外は騒がしい。

そんな日が続くと思っていた。だが、そんなことはあり得ない。何故なら"この世界"は戦争をしていて、今日もどこかで"死人"が出ている。大概は海で果てる者たちばかりだ。

 

「ふぁーぁ」

 

 口を大きく開けてあくびをして、少し背を伸ばす。この時の俺は、あることを忘れていた。完全に忘れていた。

もう綺麗さっぱり。まぁ今までに霞の件やらストーカーのことやらで考えている暇もなかったし、そもそもゆきにその日のうちに報告しなかった俺が悪い訳だが……。

 湯呑の中身が空になったので、そのまま俺は床にゴロンと転がる床と言っても畳なので、頭が着地した瞬間に藺草の香りが鼻にスッと入ってきた。

いつ匂ってもいい匂いだ。どこかの上質な畳なんだろうか。俺がここに入るように言われた時には既にあったから分からない。武蔵やゆきに聞けば分かるだろうか。

 

「完っ全に忘れてたァァァ!!!」

 

「うぉ!? なんだ?!」

 

 瞼がだんだんと重くなっていくのを感じていると、突然俺の私室に武蔵が入ってきた。叫びながら。若干キャラ崩壊している気がしなくもないが、それはいつものことだ。それは置いておいて、何を忘れていたのだろうか。俺のところに来て言うことだから、どうせしょうもないことだろう。俺関連のことだったならば、別に怒ることもないしな。そもそも俺がその件について知らなかったとしても、特に何があるという訳でもあるまい。

 だが、武蔵の様子を見ている限り、そういう感じでもないみたいだ。

ここまで狼狽えているのも初めて見た気がするし、そもそも冷や汗が尋常じゃない。とりあえず俺は武蔵にタオルを渡して一息。座るように促し、俺も寝転がっていたがすぐに起き上がった。

 

「んで? 何を忘れていたんだ?」

 

 そう切り出すと、武蔵は汗で若干眼鏡を曇らせながら神妙な表情で言った。

 

「この前の北方方面での一件を提督には報告しただろう?」

 

「そうだな」

 

 そういえば報告したな。ゆきに『ここに屑がいる!!』とか言われた気がするが……。

 

「それで終わったと思っていたんだ……」

 

 ブワッと冷や汗が出てきた。ヤバい。これは本当にヤバい奴だ。

 

「北方棲姫たちには報告に行ってないぞ」

 

 ヤベー、マジでヤベー。

 一抹の静寂の後、俺と武蔵は顔を見合わせて『どうしよう』と言い合うのであった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 数分間フリーズしていたが、すぐに俺と武蔵は再起動。話を聞いていた護衛の1人、浜風が出てきて武蔵の横に座った。

どうやら話があるみたいだ。

 

「その件に関して、すぐに報告に行くことを提案します」

 

「それは分かっている」

 

 それは分かっているのだ。だがそこからが問題なのだ。北方棲姫に報告に行き、その後はどうする。彼女たちまるっとここに来るつもりでいるのだ。そんなことをすれば、ヲ級やタ級たちを隠すことは出来ても、もう定員オーバーどころの騒ぎじゃなくなる。呉第二一号鎮守府の艦娘よりも明らかに人数が超えてしまう。そればかりか、収まるかも定かではない。

 

「あいつらはそのままここに居座るつもりなんだぞ? 何も準備しないまま行くのは愚行だ」

 

「同意見だ。提督に報告し、対策を考えないどうしようもないところが多すぎる」

 

 俺と武蔵は浜風の案を却下する。考え無しに行動するのは問題なのだ。ならばどうするのか。

もう1人出てきた。今度は霞だ。

 

「上の人間に対策を考えてもらうことに関しては同意するわ。だけど、どうするの? 司令官に話しても、どこまでできるかなんてたかが知れてるわ」

 

 言い草が酷いが、だいたいはその通りなのだ。いくらゆきに言っても、恐らく出来ることに限度があり、それも北方棲姫をどうにかするに至るまでにはならない。

 ……待てよ。ゆきでどうにかならないのなら……。

他に手を俺は思いついた。

 

「一度ゆきに話を持ち掛けた後、別の人のところに行こう」

 

「どういうことだ?」

 

「あの人ならどうにかしてくれるかもしれない」

 

 武蔵と浜風、霞が首を傾げる。誰だか分からないのも無理ない。接点はこの鎮守府の中では、俺とゆきくらいしかないのだ。

 

「都築提督だ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 最初に俺と武蔵はゆきのところに来ていた。武蔵はそもそも秘書艦なんだから戻ってきたという方が正しいが、今それは置いておこう。

 ゆきがそれとなく真面目に執務を片付けるようになって、毎日毎日書類との格闘しかしていなかった執務室も、俺が来た時にはかなり落ち着いていた。どうやら武蔵は、今日までに消印しないと不味い書類を纏めて提出し終わった後で俺の部屋に来たみたいだな。

 定位置で呑気にコーヒーを啜っているゆきに、俺と武蔵は詰め寄っていく。それに驚いたゆきは何かを察したのか、残っていたコーヒーを一気飲みしてカップを置いた。

 

「武蔵と大和が揃って、私のところに来るなんて……何かあったの?」

 

 ニコニコとしているが、恐らく直感的に俺たちが切り出す話のことは察しているかもしれない。

 

「少し前にあった北方海域での件なんだが、俺たちの方では話はまとまっただろう?」

 

「そうだねぇ。確かに報告は受けたけど、どうするのかまでは決めてなかったね~」

 

 気の抜けた話し方で、ゆきは話を進める。

 

「しかも北方棲姫は近くまで来ていて、報告もしていなかったと」

 

「つまりはそういうことだ」

 

 椅子に浅く座り、うーんと唸って考え始めたゆきは目を閉じた。そして数秒後、ゆきは目を開く。

 

「鎮守府に呼び込むと、恐らく上層部にも他の憲兵にも隠せなくなるのは分かるよね?」

 

「勿論」

 

「……仕方ないなぁ。ここは大和が作ってくれた"貸"を使うしかないかもね」

 

 一瞬、ゆきが何を言っているのか分からなかった。だが、それが何を意味しているのかは分かる。さっきまで俺が考えていたことで、武蔵にも唯一の方法として提示したものだったからだ。

 

「とりあえず大和は北方棲姫を探しに行って、報告してきてよ。今日の執務はもう終わってるから、今から私は都築少将に話してみる」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ゆきが冷静な対応をしていたことに驚きつつ、俺は執務室から私室へと戻っていっていた。

 あれから数日は経っているので、恐らく北方棲姫たちの民族大移動張りの深海棲艦大移動は既に完了している可能性が高い。防衛網を掻い潜って四国付近まで接近、無人島に上陸している可能性はおおいにある。それを探すのは骨が折れるが、探さなければ話が進まない。

 私室の扉を開き、先ずは何をするのかを確認する。

ゆきからは『今から探しに行って報告』と言われているので、一言言って艦隊編成をして出撃することは出来るはずだ。とりあえず、俺が出来ることはそれくらいだろう。

 

「おかえりなさいませ」

 

「あぁ。……ヲ級」

 

「はい?」

 

「護衛は今誰が?」

 

 俺の私室に居座っているヲ級に、そんな風に話しかける。今居る護衛は誰か、と。

 

「朝霜が居ます」

 

「他にはいないのか」

 

「はい。雪風さんは今日はまだ来ていませんし、出撃予定もなかったと思いますけど」

 

 少し考え、俺はあることを思いつく。

朝霜は絶対だとして、雪風は後で探して誘えば良い。他の3人をどうするかなんて、もうあの人らの中から選ぶしかないだろうな。俺はニヤッと笑いそうになるのを我慢し、ヲ級に今起きていることの顛末を伝えることにした。

 そもそも武蔵が俺にそのことを伝えた時にも傍にいた上に、事件の全貌は俺から聞いているヲ級からしてみれば今更なものでもあった。

だが、ヲ級は関係者の口から出てくる言葉を聞いて咀嚼して理解をする。

 

「大事のように見えて大事ではない案件だと思いますよ。ですが、その後が大事になりますよね。どこに居てもらうかなんて、貸を使ってもどうにかなるとは思えませんが」

 

「打てる手を打っておく、という意味でゆきも行動を開始している」

 

 いつになく真剣な表情をしているヲ級に、俺は態度は崩さずに話を続けた。

 

「ま、ヲ級には現状を伝えただけだ。それに気になることも、この件で出てきた。そっちの情報はぶっちゃけどうでもいいから後回しにする」

 

 この話をしている最中、俺はあることを思い出していた。それはタ級たちの件だ。確か連行してきてからも、艤装が保管されている個体が居る。イ・ハ級だ。現在は単独で深海棲艦のさらなる情報を集めるべく、深海棲艦のある程度大きな基地に潜入中らしい。詳しくは知らないが、ゆきが報酬に俺を引き合いに出したらすぐに乗ったとのこと。想像通りな上、俺も慣れてきているためか、あまり驚いていない。

 

「てな訳で、すぐに艦隊を編成して北方棲姫を探しに行く。留守番は頼んだ」

 

「え? あ、行ってらっしゃいませ」

 

 俺はすぐに立ち上がり、艦隊編成に入れようと思っている艦娘を探しに私室を出て行くことにした。

出て行ってからすぐに、ヲ級が後から追いかけてきたのは言うまでもないだろう。さっきは武蔵が居たから来なかったが、今は俺だけだ。ヲ級も仕事を思い出して追いかけてきたんだろうな。

 まもなくして、北方棲姫を探しに行くための艦隊編成が完了する。

予定していた初霜は追いかけてきたヲ級と共に合流し、要件を知っているので説明省略すぐに同行することを承認した。雪風も案外すぐに見つかり、話をするとついて行くと言ったので3人は確保。その後、足柄と夕立を強引に加えてから近くを通りかかった加賀に声を掛けて6人編成が完了した。

 出撃は昼になり、ゆきには簡易的に出撃する旨を伝えて即出撃。近海の無人島を回る任務に俺たちは出発するのだった。

 

「はぁ……また面倒ごとに巻き込まれたわ」

 

 そんな足柄のつぶやきが聞こえていた俺は心の中で手を合わせて拝むのだった。

なんだかんだ言って付いて来てくれた足柄に感謝。

 





 前回の投稿から1ヵ月ほど経っていますが、大丈夫です。生きてます。

 ということで、久々に投稿します。
今回を節目に、物語を更に前進させていきますのでご覚悟を!!
とはいうものの、そうでもないのが本作ですよね。シリアスな展開かと思いきや、ギャグオチだったりしますし。というかずっとそんな感じですからね。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第51話  ちいさなお姫様 その1

 思い返せば、海の上に居る時は碌な目に遭ってないような気がする。演習はともかくとして、任務で出撃した時なんてそうだ。

ヲ級、タ級、北方棲姫……。レベリングは抜きにして、ゆきから命じられた任務で碌なことが無かった。自称:変態奴隷のヲ級。艦隊を引き連れて離反したタ級。止む無しに懐柔させて篭絡した北方棲姫。北方棲姫の件は一概にゆきが原因だとは思えなかったが、そもそも俺を編成に入れたところで責任がある。よって、ギルティ。

 溜息を吐きながら、俺は海の上を艦隊を引き連れて航行する。

目指すは太平洋側の四国沖。話をしたかは記憶が定かではないが、北方棲姫が北方海域から離反した艦隊を引き連れて来ていると思われるところを見て回るのが今回の任務だ。大所帯のはずだからすぐに見つかると思うんだが……。

 

「加賀。偵察状況はどうなっている」

 

 通りかかったところを無理やり連れてきた加賀に、俺は振り返らずに尋ねる。今、俺たちがしていることは、軍的には不味いことだ。上層部の意向を無視した独断、深海棲艦の捕縛と共存。深海棲艦の捕縛例はあまりないらしく、情報は上層部も欲しいところらしい。もし深海棲艦を何人も隠していることがばれたら、なんやかんやの罪でゆきは投獄か悪くて銃殺らしい(本人談)。

つまり、俺たちは深海棲艦の襲撃に備えながらも、呉第二一号鎮守府所属以外の艦娘にも警戒する必要があるのだ。

 

「付近に艦影はないです」

 

「そうか」

 

「貴方に接近している艦影が1つ」

 

 出撃してからずっと、加賀はこんな調子である。最初こそ戸惑ったものの、今では適当にあしらっている状態だ。

加賀と言えば、時々俺の私室の前をどうやって侵入しようかとうろついていることのある艦娘だ。毎回のように捕まっては説教をこってりされても、めげずに俺の私室の前に来ている。普通に会って話がしたいらしいことを、加賀と仲の良い赤城が言っていた。それなら普通にこればいいものの、そういう風にして来るものだから怒られるのだ。

そうは云うものの、こうして話せる状況にあってもこれだから救いようがない。隙あらばにじり寄ってくる加賀は、頬を赤らめてモジモジとしつつも寄ってくる。表情と行動が噛み合っていないのだ。

 

「索敵に集中してくれよ……」

 

「えぇ。貴方の素敵なところを索敵中」

 

「ダメだコイツ……」

 

 頭のネジが数本外れているどころの騒ぎではない。話が全く通じないのだ。もう相手にするのを押し付けよう。それが良いな。

丁度良いところに足柄が居るので、足柄に声を掛ける。

 

「足柄ぁ~」

 

「なぁに?」

 

「ちょっとコイツどうにかして」

 

 こっちを振り向いて微笑んでいた足柄が数秒フリーズした後、表情を真顔に変えて言った。

 

「それは無理」

 

 こんな時に限って……。いつもの姉御肌どこいきあがった!!

 足柄が定位置から移動し、俺の横で並走を始めると、遠いところを見て語り始めるのだ。

 

「どうかしちゃってるんだから……今更何をしてもどうしようもないわよ」

 

 清々しいほどに加賀を貶している訳だが、否定は出来ない。否定は出来ない!!

 周りから聞く、俺が来る前の加賀の印象と、今の印象が全く噛み合わないのだ。

昔は、ザ・軍人というような人だったとか。規則正しい生活、真面目に訓練を取り組む、向上心を持って勉学に励む、へたれるゆきにグチグチ言いながらも手伝ってあげる……。最後のは優しい一面だが、大体の艦娘はそういう風に思っているらしい。

だが今は、ザ・変態。大和の私室前を徘徊し、俺を眺めては涎を垂らし、上の空になったかと思うと『大和くんと夜s[自主規制]』と唐突に呟いたりするんだとか。それ以外にもいろいろとあるらしいが、今まで築いてきた印象は一瞬にして崩れ去ったとのこと。

それが先ほどの足柄の台詞に回帰しているのだ。皆は口をそろえて『加賀はどうかしてしまった』という。いやいやいや、言ってるキミたちも十分どうかしていると思うから。犯罪スレスレや、完全に犯罪を犯しているんだからな。忘れたとは言わせねぇぞ!!

 

「……そう言われても足柄を頼っちゃう」

 

「うっ」

 

「まぁでも、確かに手の施しようがないのは見れば分かることだからな」

 

 加賀をチラッと見て、俺はそう零す。

俺からしたら、普段からヲ級のことをあれやこれや言っていたが、今考えるとアレはアレで自制してくれていたんだと思う。初対面の時から考えると、だけど。だが加賀は違う。完全に危ない人なのだ。『お菓子あげるから、おじさんといいことしない?』と道端で女子小学生に声を掛ける事案と同じレベルと言い切れる。

 

「はぁ~いいわぁ。カッコいいし良い匂い。ひゃあぁぁぁぁぁ!! 良い匂ぉぉひぃ!! 噴いちゃうわっ!!」

 

 どうしてこいつを連れてきちゃったんだろう……。

流石の護衛の初霜と雪風も苦笑いしているからな!! ……雪風が苦笑いするって相当だと思うぞ。

というか加賀、何を吹き出すんだよ……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 警戒レベルがヲ級以上に高くなった加賀を初霜に抑えてもらいながら、俺たちは北方棲姫が上陸していると思われる無人島を発見した。

昔、島民が本州に移民してしまったために放棄された島だ。今では廃墟が広がっており、放棄された後に軍の補給基地にもなったがこれまた放棄されたところだ。コンクリートで出来た補給基地時代の建物がまだ立っており、掃除すれば不便はあるだろうが住めるかもしれないように見えた。

 それは置いておいて、だ。俺たちは海から島に上陸をする。

艤装を背負ったままでも陸上での活動は可能なので、俺たちはそれぞれ砲門の仰角を水平に保って歩みを進めていた。

 

「廃墟みたいですね!!」

 

「雪風、廃墟みたいじゃなくて廃墟なんだよ」

 

「そうですね!! 確かに廃墟です!!」

 

 物珍しそうに、雪風は辺りをキョロキョロと見渡しながら歩みを進めている。出撃以外でほとんど鎮守府から出ることのない艦娘たちからしてみれば、このような環境は初めて目の当たりにするものなのだろう。

 一応、空には加賀の艦載機が飛んで偵察をしているが、地上でしか確認できないところも多い。そう言ったところを警戒しながら進まなければならないから、俺たちはこうして島の奥へと進んでいるのだ。

この島に上陸してからというもの、廃墟ばかりで生物のようなものはあまり見かけない。昔飼われていた犬が野犬化したりだとか、猫が野良猫になっているだとかその程度なら見かけるのだが……。

 

「……ん?」

 

 一番前を歩いていた夕立が何かを見つけた様子。歩みを止めたので、俺たちも足を止めて警戒態勢に入る。目は多方向、夕立の声に耳を傾けている状態だ。

一抹の静寂の後、夕立から報告が入ってきた。夕立のみ、その場から動いて数秒後のこと。

 

「開封されて間もない缶詰を見つけたっぽい」

 

 そう言って、夕立は詳細を報告する。開封されて間もない缶詰。缶詰なんて開けれる生物、普通に考えて人間や艦娘くらいだろう。猿なら教育すればできなくもないかもしれないが、そんな猿がこんなところにいる訳もないだろうに。

そして、重大な情報を夕立が口にする。

 

「少し中身が残っているけど、まだ腐ってすらないから本当に時間が経ってないぽいよ!!」

 

 一気に艦隊に緊張が走る。上陸した島は無人島の筈。なのに開封されてすぐの空いた缶詰を見つけた。普通に考えれば誰かが居ると考えるのが正しい。

海には民間人が出て来れないように法律が整備されているので、民間人は絶対に考えられない。残留していた島民の可能性も零に等しいだろう。と考えるならば、民間人や艦娘以外の何者かがここに居ることになる。しかも、さっきまでここで飯を食っていたのだ。

 俺は思考を巡らせるが、途中で考えることを止めた。

状況を整理していけば簡単なことだったのだ。民間人はいない、無人島に上陸するような艦娘も俺たちを除けば居ない、近くに北方棲姫が来ている。つまり、この島には北方棲姫の軍が居るということになるのだ。簡単なことだったのだ。

 

「あー止めだ止め!! 全員警戒態勢を解いて聞いてくれ」

 

 俺は主砲の仰角を通常状態に戻し、全員の顔を見る。

 

「恐らく、ここに北方棲姫が居る。部下たちも一緒だろう」

 

 そう言うと、全員が遅れて考え始めて、俺と同じところまで行き着いたようだ。

 

「こっちから出向かなくとも、多分迎えに来てくれるだろう。俺たちが来たんだからな」

 

 俺はそう言って、近くにあった縁石に腰を下ろす。艤装が地面に当たって座れないだろう? そんな訳あるか。座れるんだよな、これが。そういう風に出来ているのだ。

 

「『俺たちが』じゃなくて『俺が』でしょ?」

 

「そうとも云う。実際そうだしな」

 

 自然な流れで、隣に足柄が座ってきた。それを見ていた雪風たちもすぐに行動を開始する。初霜は足柄の反対側に早々に席を取り、雪風は定位置(膝の上)に落ち着いた。夕立は加わるつもりはあまりないらしく、初霜を挟んだ反対側に腰を下ろしている。残るは加賀だが……その加賀が問題だ。そのものも問題ではあるけれども……。

出遅れたことを察知した加賀は、この後どういう行動を取ろうかと悩んでいる最中らしい。足柄は俺が信頼しているため、普通に隣に座っていても文句を言われないこと。初霜は護衛という大義名分を掲げているため問題なし。夕立はそもそも問題外。雪風は俺が可愛がっていることを皆が知っている上に、雪風自身も下卑た考えでこうしている訳ではないことも皆が知っていることだ。

ともすれば、加賀はどう行動するのか……。

 

「さぁ大和くん。私の胸に飛び込んできなさい」

 

「意味分からねぇから」

 

 ムッとした表情から、加賀はそんなことを口走る。手を広げ、おいでのポーズをするが俺はそれを白い目で見る。

ぶっちゃけ美味しい話でもある訳だが、色々と問題だらけだ。まず、加賀がヲ級レベル以上に警戒する必要があるということ。仮に素直に行ったとしても、その後に何をされるかなんて想像もしたくない。何故ならアレだ。公然の場で『大和と[自主規制]戦したい』とか云うような奴だ。それにさっきの言動からも、問題以外の何物も感じられない。

 

「どうすれば、私の胸に飛び込んできてくれるのですか?」

 

「何をしてもやらない」

 

「むぅ……」

 

「膨れてもだめだ」

 

 そんな押し問答を、俺たちは無人島の廃墟のど真ん中で繰り広げていたのだった。

 




 題名と内容があってないですって? そのうち合うんですから良いんですよ!!
この頃更新頻度が上がってきたような気がするのも気のせいですし、そもそも余裕が出来たのも気のせいです。……気のせいって便利な言葉ですね。

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第52話  ちいさなお姫様 その2

 座って駄弁っていると、まぁ想像通りというか何というかだ。廃墟の道端、座り込んで話している集団に話しかけてくる相手等、その場に住まう怪異の類か俺が想像する相手くらいだ。

俺の目の前に白い影は立つ。背丈は小さく、肌も人間とは思えない程に青白い。ヲ級やタ級の肌と同じ色。ということは……。俺が顔を上げると、そこには俺が探していた人物が立っていた。

 

「久しぶりね」

 

「あぁ。元気してたか?」

 

 ここに居る艦娘たちのほとんどが面識のある相手だが、加賀は初めてだろう。かなり警戒した表情だ。俺たちの陣営でも立っているのは加賀だけということもあり、警戒した口調で北方棲姫に話しかける。

 

「貴方が大和くんの探していた……」

 

 その通りだ。俺のリアクションと北方棲姫の発言を鑑みれば分かることではあるが、改めて確認する必要もないだろうに。

 北方棲姫が連れ歩いていた仲間たちも、面識はあるので双方警戒することはない。夕立や雪風、足柄は特に警戒することなく挨拶を交わしているくらいだからな。

まぁ、その辺り、深海棲艦との新しい付き合い方に関して慣れてきている証拠だろう。初霜はまだ戸惑いがあるが、雪風が紹介しているから、そこまで悪いようにはされないだろうな。

 相手が相手ということもあるため、加賀が暴走することはないだろう。そう考えていたが、俺の考えは甘かった。甘すぎた。

北方棲姫をマジマジと観察する加賀が、ぽつりと呟いたのだ。

 

「こういう子どもみたいな女の子が好みなのね。私は……成長しすぎかしら」

 

 なぁ、そんなことを俺に真顔で訊いてこないでくれるか? 恐らくだが、北方棲姫は自分のことを……。

 

「……そうね。貴女みたいな"おばさん"にはない若々しさだわ。ねぇ、大和?」

 

「俺に振るなよ。しかも違うからな。小さい子が好きというのは否定しないが、それは性のt[自主規制]

 

 おおっと不味った。ついうっかり……。ゴホン。

 剣呑な空気を醸し出す2人の間に割って入り、落ち着かせる。まぁ、北方棲姫はからかって乗っただけだろうからその必要はないだろうが……。

想像通りだった訳で、北方棲姫はからかっただけ。加賀は乗せられた、という感じだろうな。加賀を落ち着かせ、ついでに誤解を解いて話をする。とりあえずは俺が北方棲姫に謝ることからだろうな。

 雪風は既に俺の膝から降りているため、すぐに立ち上がって北方棲姫に詫びを入れる。

相手は立っているんだ。謝る立場の俺が座っているなんて、ちゃんちゃらおかしい。

 

「まずは北方棲姫」

 

「何?」

 

「遅れてすまなかった。言い訳はしない」

 

 目を細めて俺の顔を覗き見る北方棲姫の目を、俺はずっと捉えたままだった。いくら脱走兵とは言え、相手は指揮官クラス。それに言い方は悪いが、ハニトラまがいのことをした相手だ。責任を取らないのはハニトラを仕掛けた奴の常套手段だが、そんな屑みたいなことはしたくない。……既に屑呼ばわりされているが。

 

「迎えに来た。北方棲姫」

 

 まぁ、ここで良い思いをさせておく方が良いだろう。かなり恥ずかしいが、仕方がない。俺は片膝を付き、北方棲姫の前でさながら王の前にかしずく騎士のような姿勢を取る。服装や艤装も相まって、そういう風に見えるかもしれない。だが、これでチャラにしてもらおう。北方棲姫。名前にも『姫』が付いているしな。

 

「うん!! どこへでも、私を連れて行ってっ!!」

 

「あぁ」

 

 差し出した手の平に、北方棲姫の小さな手が乗せられる。顔を下げていたが、手が乗った時に俺は顔を上げていた。視界に移るは、満開の笑顔をしている北方棲姫。と、その後ろで顔を真っ赤にしている北方棲姫の連れ。背後では雪風たちが談笑しているはずなんだが、どうして静かになっているんだ? ちょっとその辺り詳しく。

 俺はそのまま手を取って立ち上がり、海へと向かう。北方棲姫と連れが後ろを歩き、夕立たちがまばらに散って周囲警戒をしながら歩く。

そんな俺に話しかけてくるのは足柄だ。その表情はなんとも言えず、複雑そうな様子だ。

 

「大和くん? 知らないわよ」

 

「は?」

 

「こんの分からず屋」

 

「はぁ?」

 

 何が知らないっていうんだよ。足柄も呆れた表情に変わって、少し離れたところを歩き始める始末。近くを歩くのは雪風だけ。あぁ、雪風は優しいな。

 

「大和さん」

 

「何だ?」

 

「すけこまし、って知ってますか?」

 

「あぁ。女の人と誑し込む人のことを云う」

 

「……雪風は何があっても大和さんの味方ですっ!!」

 

 何だよ。雪風まで……。だけどまぁ、雪風が何があっても俺の味方で居てくれるなら良いか。皆色々アレだが、雪風だけは違うから。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「という顛末で北方棲姫とその元部下一団を保護。後は帰路で追いかけてきていた艦隊と合流して手筈通りに」

 

「ふぅ~ん」

 

「……なぁ」

 

 俺たちはその後、無人島を出発。移動用に残していたという軽空母ヌ級の艤装に艤装を棄てていた深海棲艦が分乗。大艦隊を組んで帰路に着いた時、呉第二一号鎮守府所属の艦隊と合流し、そのままゆきからの無線に出てから、指定されたルートを通って鎮守府に帰還してきた訳だ。現在北方棲姫一団は憲兵と一緒に身体・健康検査を受けているところだ。それに異動してきた深海棲艦の人型ではない方の艤装には、深海棲艦側の軍機密文書。しかもかなりレベルの高いものを手土産として持ち込んでいた為に、それの整理に追われているらしい。

それで俺はというと、艦隊旗艦だったために報告にゆきのところに出向ている訳だが……どうしてかゆきの機嫌が超悪い。頬杖を突いて、俺を睨んでいる。

 

「なぁ、どうして俺のことを睨んでいるんだ?」

 

「理由、知りたい? ねぇ、知りたい?」

 

 机を叩く指の音が次第に大きくなり、ゆきの表情も徐々に険しく怒気に満ちていく。

そして最後、バンッと机を叩いて立ち上がった。

 

「この場に私と大和しか居ないから言うけどさ」

 

「お、おう」

 

 ギロッと俺のことを睨んだゆきは、怒りを隠しながらなのか声に平静を保たせようとしているのが分かるくらいに声が震えていた。

 

「確かにこの世界、私にとっては普通の世界だよ? 深海棲艦と男の取り合いしてさ、真面目な生存競争をしている訳」

 

「そうだな」

 

「でも大和からしてみれば、意味の分からないことだと思う。だって男は辺りを見渡せばいっぱいいたんでしょ?」

 

「あぁ」

 

「だから男に免疫のない私たちが大和を見て色々とアレになるのは分かるし、大和もなんとか避けようとしていたのも分かる。だけどさ」

 

 バンバンバンッ!! ゆきが机を叩く。

 

「だけどさぁ!!」

 

「そ、そろそろ手が」

 

「うるさい!!」

 

 ど、どうしたんだよ。いきなり……。いつものゆきなら適当に流して笑っているのに……。

 

「……男ってそういう生き物なの?」

 

「は?」

 

 ストンと座り、そのまま机に突っ伏せてしまったゆきが、籠り声でそんなことを聞いてきた。

 

「はぁ……私って」

 

 その続きは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 さっきのゆきはどこかへ行ってしまったのだろう。どこ吹く風、という調子で話を再開している。

 

「都築少将には話を付けておいたよ。もし目撃、情報漏洩した場合の特別措置は任せてあるから」

 

「……分かった」

 

「ま、代わりに色々とまた要求されちゃったけどねぇ~」

 

 そう言って、ゆきは椅子でクルクル回りながら、要求内容を羅列し始めた。

 

「深海棲艦の拿捕による獲得した情報の一部提供、1回の尋問の立ち合い、交流もしてみたいってさ」

 

「それなら……別に要求しなくても、頼めば」

 

 俺がそう切り出すと、ゆきは首を横に振った。

 

「情報の提供は、私たちだけが知っている情報の提供。情報の質が違うんだよ。尋問も私たちがやっているところをずっと見ていることになる。内容も聞かれちゃう。交流なんて、尋問をするようなものじゃん」

 

 その後にゆきは『情報は私たちだけの中で留めておきたかったのに』と一言添えて、これからのことを口にする。

 

「情報の鮮度っていうのはね、どれだけの人が知っているか、というところだよ。幸いにして尋問には数名の信頼のおける艦娘と憲兵がやっている。この時点では10人未満だね。でも深海棲艦がここに居ることを知っているのは、鎮守府に常駐している憲兵全員と艦娘たち。人数は3桁だ」

 

 クルクル回り続けながら、ゆきは説明を続ける。

 

「それが一気に倍になる。深海棲艦の機密情報なんて、それ以上の人間、艦娘に知れ渡るかもしれない。そうなったら厄介だし」

 

 回ることを止めたゆきの目からは、さっきの怒気とは全く違うものを感じる。

もしかしたら、これがゆきの本質なのかもしれない。

 

「私たちの"優位"がなくなる」

 

 シーンと静まり返る執務室に、一抹の冷めた空気が流れるが、それもすぐにどこかへ行ってしまう。

 

「深海棲艦との戦争も拮抗状態が長いんだ。政府が裏で工作していたりすることもあるけども……ってこれは大和も知っていることだね」

 

 指を空でクルクルとし始めたゆきは、目を閉じて淡々と話す。

 

こちら側(人類側)は既に長期戦を続けられる程、物的・人的資源がないんだよ。そもそも男が少ないからね。死んでいっちゃう兵士の供給、国内物資の生産・運搬のサイクル……その周りが悪くなっているんだ。一方深海棲艦はどうだろう。話を聞く限り、虚言である可能性を除けば、十分に長期戦をするだけの人員は居る筈。物資も潤沢。後方は分からないけどね」

 

 空で回していた指を止め、ゆきは俺に指さした。

 

「倒しても倒しても湧き出る深海棲艦。後がない人類が取る手段は、今も昔も変わらないよ」

 

「……道徳を無視するのか」

 

「うん」

 

 そう言ってゆきは茶封筒を2つ、机の上に置いた。

 

「片方は御雷さんから届いたもの。内容は……言いたくないな。でも、見て欲しくもない」

 

 そこにあるだけ、とゆきは言った。

 

「片方は……私が考えている大規模作戦の計画書」

 

「……」

 

「準備は始めているけど、まだまだ時間は掛かるかな」

 

「大規模、作戦?」

 

 そうつぶやいた俺に、ゆきは頷いた。

 

「人類と深海棲艦の戦争を、すぐに終わらせるための、ね」

 

「そんな……」

 

「それもこれも……」

 

 ゆきの表情が崩れた。柔らかい表情になり、ニコッと笑う。

 

「大和、大和のお陰っ」

 

 そう言い放ったゆきは、立ち上がって俺の背中を押し始める。どうやら出て行け、とのこと。

俺はされるがまま、執務室から押し出されてしまう。

 ゆきからもたらされたさまざまな情報、それをどうして今俺に言う必要があったのか……俺にはまだ分からない。

だが最後に言った言葉『大規模作戦』『人類と深海棲艦の戦争の終結』は、どうしても俺の頭の中に残ってしまった。

 




 北方棲姫の話も前半だけですが、後半の方が重要だということは話を読まれたなら分かることと思います。
まぁ、話の重要な基点ですよ。必要でしたから、このようなシリアスな場面を入れ込みました。

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第53話  行動の疑問

 

 昨日、ゆきが言っていたことが頭から離れないで居た。今朝も起きてすぐは忘れていたが、ゆきの顔を執務室で見た瞬間に思い出した。

 ゆきは一体何をしようとしているのか、端的ではあるが教えてくれた。

大本営は大規模作戦を立案中であるということ。それが道徳に反する内容であること。ゆきはそれに納得していないこと。ゆきも独自に大規模作戦を立案していること……。俺の周りで何かが起ころうとしていることは確実だった。

 だが一方で、俺は目先のことを考える必要がある。

目の前には白い人もとい深海棲艦もとい脱走兵たち。……どれも間違っていないんだがな。全員基本的に白い服か黒しか着てないし肌は白いし、深海棲艦であることに間違いはないし、脱走兵だし……。本当にカオスだ。

 

「で? 俺に何をしろと」

 

「ち・ょ・う・き・y[自主規制]」

 

「真面目に言ってくれないか?」

 

「だからぁ~、調k[自主規制]」

 

「ついにゆきまでもヲ級化してしまったか……」

 

「あんな変態と一緒にしないで欲しいなぁ。でも、言っていることは本当。大真面目に言ってるの」

 

 目下に集められている深海棲艦たち。北方棲姫の指揮下に居た深海棲艦約1000人を見たゆきはそんなことを口零す。ただ、普段の言動行動がその言葉に信頼を持たせられないんだよな。ほら、今も立ってはいるが右手に持っているサイダーのペットボトルを置いてからの方が良いと思うんだ。威厳が微塵も感じられない。

 

「目的は?」

 

「簡単だよ?」

 

 そういったゆきは空になったサイダーのペットボトルを後ろに放り投げ、腰に手を当てて胸を張って云うのだ。

 

「めんどくさいからッ!!」

 

「帰っていいか?」

 

 さっき後ろに放り投げたペットボトル、どうするんだよ……。それよりも、ゆきの魂胆が見えない。

どうして北方棲姫以下深海棲艦らを手懐け? なくちゃいけないんだよ。というか、ゆきが面倒なだけじゃね?

 ゆきと押し問答をしていると、目下に集まっている深海棲艦たちがざわざわし始める。

北方棲姫は静かにしているものの、周りに注意はすることはない。この場には俺とゆき以外にこちらの陣営の人間はおらず、それぞれ任務や仕事があったようだ。護衛は勿論いるが、それは人数にカウントしても良いのだろうか。

 

「まあ面倒だけが理由じゃないんだけどね」

 

「ほう」

 

 チョイチョイと手招きして呼び寄せたのは、集められた場所の隅で立っている女性もとい変態。ヲ級だ。走っては来ないものの、俺がチラッと見るととんでもない速度で走りよって来る。何あれ怖い。

 

「この集団の中である声が挙がってね」

 

「そうらしいんですよ」

 

 あれ? ヲ級ってあまりゆきに干渉しなかったことないか? というか、俺以外の人間や艦娘には結構辛く当たっていたような気がするんだが……。

いつの間にか仲良くなったのだろうか。それは良いことだな。うん。

 

「なんでも、やはり私みたいな者が多くおりまして、ここの約8割の深海棲艦がご主人様の性d[自主規制]

 

「は?」

 

「いやだから、ご主人様のs[自主規制]

 

 アカン。頭痛くなってきた。ここに居る約8割って、だいたい数百人なんだが。人数の関係上、呉第二一号鎮守府に収容しきれなかった深海棲艦も居るというのに。それを含めた8割だとすれば、相当な人数になるんだけど。

 それはともかくとして、ヲ級の言う"それ"は護衛のことを指しているのだろうか。まぁ、確かに護衛は多いに越したことはないだろうな。この世界の男性、基本的に軍が旅団を編成して護衛するほどだし。男性1人に対して。

可笑しいよな。人数で考えれば数千人だし。地上をその兵力で移動するって迷惑極まりないと思うんだが、どうもそれは大丈夫らしい。ゆき曰く『護衛旅団の半数以上は男性が通過する付近の駐屯地までヘリで飛んで移動するし、だいたいの男性の移動ってヘリだったりするもんだよ?』とのこと。んなもん知らんし。

 それはともかくとして、ヲ級曰く北方棲姫の部下だった深海棲艦の殆どが護衛に志願しているとのこと。ゆきもそれは承認する……のか。適当に決めすぎな気がしなくもないが、上司の言うことだし素直に従っておこうか。どうなるかはさておき、文句は言いたい放題言うつもりだけど。

 

「……手懐ければ良いんだろ? 要は」

 

「そういうことになるねぇ~。そうしてくれた方が、私としても扱いやすいからさ」

 

「そういうなら分かった」

 

 こうしてゆきに言われ、俺の護衛の数が一気に数百倍になってしまったのだった。ちなみに対応はヲ級と同様で、服装と固有名詞を持つこと。服装はゆきから支給、名前は自分で考えろということだ。それに武器も支給されることとなったが、ヲ級1人なら問題なかったものの一気に数千丁という拳銃と弾丸を調達するのは無理だということで、ある程度の数で保留にすることになった。これに並行して色々と行うことが出来たとのことで、護衛に編成された深海棲艦でも特技等で部隊を分けることとなり、ゆきに数十人引き抜かれて編成完了。

それでも数千人という大部隊が完成してしまったのだった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 護衛が幾ら増えようが、俺の生活は変わることはなかった。隣には相変わらずヲ級が住んでおり、俺の部屋には武蔵と大和の出入りはあるし、艦娘の方の護衛も頻繁に出入りする。矢矧らにはやはりいい顔されなかったが、ゆきの命令ということで認めざるを得なかった。その中でも霞は妙に落ち着いていたような気がしたが、それよりも長である矢矧が鼻息荒く反対していたのは何故だろう。理由不明。下らない理由の可能性しか無いが、聞き出したところでうんざりすること間違い無しだ。うん。触れなければ祟られないとかいうしな。

 そんなこんなで、今日の俺は仕事がある。

 

「補給艦の護衛任務、か」

 

「えぇ?! 確かに、今日の任務は可笑しいですけど、嫌でしたか?」

 

「嫌では無いんだが……嫌では無いんだ。うん」

 

 今日は補給艦 速吸を護衛しての回航。目的地は呉第○二号鎮守府。目的はゆきが『機密に付き教えてあ~げない!!』と云ったので、非常に殴りたいのを我慢して受領してきた。

まぁ、それでも艦隊の中では色々と聞いている方ではあると思う。先ず、今回はコンテナを受け取るという任務であること。引き換えに渡す物はなく、俺が証明証の代わりで速吸への積み込みをするとのこと。もし都築提督から伝言か手紙があれば、俺が受け取って俺がゆきに渡すこと。これだけだ。

俺以外の艦娘には、ただただ荷物を受け取るだけだということしか知らされていない。それがどういうものなのか、どういう要件であるのかも知らないのだ。それを受け取るのが、何故か都築提督からであることを不審に思うかもしれないが、それはそうだろうな、と。

 隣を航行する速吸を筆頭に、この艦隊は本意を知らない。俺もだけどね。ただ、気心の知れているメンツしかいないことは確かだ。

護衛要員である矢矧、浜風、朝霜と、たまたま暇をしていた足柄が付いてきている。ぶつくさ文句を最初言っていたが、今では真面目に任務を遂行している。

 

「本来ならば水雷戦隊を付けるような護送任務なんですけど、どうしてこのような重編成なんでしょうか?」

 

「さぁなー。俺が知りたいところだ」

 

 知っているが、真意は知らない。

 

「速吸は今日も輸送任務だと思っていたんですけど、どうも空気が違うように感じます」

 

「編成が重いからじゃない?」

 

「そうかも知れませんが……」

 

「普通、水雷戦隊を護衛に付けるのが普通なのよ。今回の輸送はそれだけ機密性が高いのかしら?」

 

「そのようなことがあれば、話を提督さんから聞いているんですけどねぇ」

 

「聞いてないんでしょ?」

 

 傍ら、速吸と足柄がそんな風に話しながら航行する。俺たちの呉第二一号鎮守府と都築提督の呉第○二号鎮守府まで、海を使って行くと1時間ほど掛かるところにある。まぁ、ここからして、どうして陸路を使わないんだと思っただろうが、それに関しては誰も突っ込まない。海運の方が良いときもあるというからな。

 そうこうしていると、すぐ近くにある呉第○二号鎮守府に到着する。

接岸して上陸すると、そこには高雄が待ち構えていた。

 

「お久し振りですね」

 

「そうだな」

 

 あれ? どうして全員首を傾げているのだろうか?

 なるほど。どうして外部の鎮守府の奴と顔見知りなのか、という疑問か。別に外部の艦娘と交友があっても良いじゃん。

 形式上、どこからどういう目的で来ているのかを伝える。

 

「呉第二一号鎮守府から輸送目的で来た。呉第二一号鎮守府所属の大和だ」

 

「ようこそ!! 私も提督から伺っていますので、すぐに作業を始めますね」

 

 そういった高雄は周りに集まっていた妖精に声を掛けて、作業を始めた。どこかの倉庫から箱が運ばれてくる間に俺は束の間の雑談タイムに入る。

 

「高雄、変わりないみたいだな」

 

「えぇ。それよりも大和さんは北方で大変だったようですね。提督から話は」

 

 ゲッ。耳に入っているのかよ。

まぁ、それもそうか。あの後、都築提督には援助要請をしているからな。今、俺たちの鎮守府に何が起きているのかもだいたいは把握しているだろうし。

 『聞いています』と言いかけたのだろう。高雄がそう言いかけた刹那、俺たちが居るところに艦娘がやってきた。高雄と同じく、仲良くしてもらっている長門と陸奥がやってきた。どうやら今日は、いつもの服みたいだな。それにビスマルクも混じっている。

 

「港に艦隊が来たと聞いて見に来てみれば、呉第二一号鎮守府からだったか」

 

「久しぶりねぇ、大和」

 

「こ、ここここここ、こ、こんにちゅわ!!」

 

 オイ。噛んでるぞ、ビスマルク。

 

「久しぶり。まぁなんだ。これ積み込んだらトンボ返りだ」

 

「そうか。しっかし、おかしな任務だな。輸送のように見えるが、護衛が厳重過ぎる」

 

 腕を組んだ長門はおかしい点を挙げていく。普通、短距離輸送ならば護衛は駆逐艦1人が2人らしい。それなのに、今回は人数が多すぎる上にメンツもかなり重めだ。次に積み込み荷が重要書類でもなければ、量が多い訳でもないこと。何故、木箱1つだけなのか。

俺も疑問には思っているが、恐らく高雄は俺よりも知っていることは多いかもしれない。

 

「え? 私もあまり聞かされていませんよ? 呉第二一号から来た輸送隊に大和さんが居た時に渡して欲しいと言われた物があるだけで」

 

 と言って丁度速吸に載せている荷物に目を向ける。それは木箱1つ。

 

「ですが、これだけだとは聞いてもないですね。と言うか、これが目的?」

 

「そうみたいだが……。何にせよ、ここで開封するのは不味い。取り敢えず、積み終わったみたいだし帰る」

 

「分かりました。提督には報告しておきます。山吹提督によろしくお伝えください」

 

「分かった。じゃあ出航」

 

 少々会話を交わし、俺たちは呉第○二号鎮守府を後にした。

 改めて思ったんだが、やはり呉第○二号鎮守府の艦娘は落ち着きがあって接しやすいな。うん。いや、こっちのはこっちので足柄や雪風たちが接しやすいんだが、絶対数が違い過ぎる。

ウチの奴らは色々と素直過ぎるんだよ……。

 





 お久しぶりです。しゅーがくです。エタった風な雰囲気を出していましたが、ただただ書けなかっただけです。そう。ネタが思いつかなかった!!(ドォン)
プロットはありますが、大筋しかないです。一話一話の詳細なプロットはないので、こういうことになるんですよね。えぇ。仕方ないです(強引)

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第54話  平静な予定

 という訳で帰ってきました、呉第二一号鎮守府。やはり騒がしいの一言に尽きる。相も変わらず、艦娘憲兵双方が。聞き飽きただろう、割愛するわ(メタ発言)

 呉第○二号鎮守府で受け取った荷物は、速水が事前にゆきから聞いていた保管場所に移動させておくという伝言を受けている。速水は後でゆきに書類と共に提出するみたいだ。

 

「失礼されます」

 

 執務室は何時ぞやから変わらず、綺麗に整頓されている。書類で溢れかえっていたこの部屋も、随分と歩きやすくなったものだ。

それはそうと、俺は速水からの伝言と共に口頭報告をする。

呉第○二号鎮守府にて、荷物の受取に向かったこと。荷物が木箱であり、詳細を知る速水も確認したこと。

報告を聞いたゆきは表情を変えることはなかったが、くるくると椅子を回しながら返事をする。

 

「任務ご苦労、おつかれぇ~。今日は終わりね」

 

「おう」

 

 流しからコーヒーカップを取り、コーヒーマシンに置いてボタンを押す。紅茶はちゃんと茶葉を使う癖に、コーヒーはこうしてマシンを使っている。ゆき曰く『ミルで挽いた奴の方が美味しいのは分かるよ? でも、後片付けが無茶苦茶面倒だもん。だからマシンでいいの。豆はいいもの使ってるんだから』とのこと。確かに美味しいがが、マシンはマシンでまめに掃除をしないと汚いことを知っているのだろうか。

 

「というか入ってくる時に『失礼されます』って言ったよね? どういうこと?」

 

「言わないと分からないのか?」

 

「私が大和に失礼しちゃうんだ?!」

 

 そういうことだ。

 淹れたコーヒーの片方をゆきの正面に置き、俺はソファーに腰掛けた。雰囲気からして、多分報告の後にも話があることは分かっていた。

 ゆきがカップを口につけて少し飲むと、長くなるであろう話が始まった。

 

「こほん……報告をして早々に出ていくかと思っていたけど、すごく察しがよくて助かるよ」

 

「それで、話があるんだろう?」

 

「うん。……今日のような輸送任務は、これから何度か不定期であると思って欲しいんだ。毎回大和に護衛を頼むことにはならないと思うけど、"この手"の輸送任務に従くってことは理解して欲しい。ちなみに、この輸送任務は軍上層部との取り決めって訳じゃないからね」

 

「運んだ荷物は小さかったが……個人的なものなのか?」

 

「まぁね。今回は小さかったけど、今後は大きくなったりしていくと思うから。特殊輸送任務、ってこと」

 

「へいへい……」

 

「それと、大和も今後は忙しくなることを覚悟して欲しいな」

 

「それはまたどうして?」

 

「どうしても。練度は上げておいて損はないし、大和だって呉第二一号鎮守府に所属する"艦娘"だ。深海棲艦との戦闘に矢面に立たない、なんてことはありえないことだよ? 海上戦闘訓練にも参加してもらうし、武蔵からは体術とかも習ってね」

 

「えぇ……」

 

 なんだか急に忙しくなるようなことを言われた。ゆきが何かに焦っている訳にも見えないが、単純に全員が"俺"という存在に慣れ始めたから、普通に艦娘のように扱うってことなのかもしれない。

 

「身構えることもないよ。ただ、普通に練度を上げていけばいいってだけ。資源のことも気にしないでいいからね」

 

「……分かった」

 

裏がありそうな話し方をされたが、何も分からない以上は従っておく。

 

「それと北方海域から来た深海棲艦のことなんだけどさ」

 

「……」

 

「ちょっとちょっと!! 急に立ち上がって逃げようとしないでよっ!! うわーん!!」

 

 止めろ袖を掴むな引っ張るな!! 俺の練度上げの話をしている間から、少し違和感があったんだ。まさか、後出しで深海棲艦のことを話すのかよ……。

 

「あれ、大和が連れてきたんだからね……。それで、彼女たちをこっちの暮らしに慣れさせるまではヲ級が講師として就くことになったの」

 

「へぇ……」

 

「興味なさそうにしないのっ!! 急ピッチで地下に彼女たちの寮が建設されているのとか、色々と鎮守府に収容する手立ては進んでいるからさ、その把握をして欲しかったってだけ」

 

「寮が地下にねぇ……まぁ、分かったよ。ヲ級が講師をしていることに不安しか感じることが出来ないが、最悪なことにはならないだろうし」

 

 まさか収容が決まってそれほど時間が経ってないのに、そこまで進めていただなんて知らなかった。それほど頻繁にゆきと会っている訳でもなければ、秘書艦の武蔵ともこういった話をすることもない。俺が知らなくて当然だろう。

それはともかくとして、何故彼女たちの講師をヲ級が務めることになったのだろうか。普通、この場合はもっと別の人選をするだろうに。

 

「それで、北方棲姫たちの講師にヲ級を選んだ理由は? 足柄とかいただろう?」

 

「あー、うん。足柄にも頼んだよ??」

 

 なんでそこで目を泳がせるんですかね……。

 

「頼んだんだけど、断られちゃった。ヤダって言われた」

 

 グデーっと両腕を机に投げ飛ばし、身体を前のめりに倒れさせたゆきは、ブツブツと足柄が講師に就かなかった理由は呟き始める。

ただでさえ、放漫な艦娘が多いのと、秘書艦の補佐をすることもある足柄。以外と忙しい艦娘であり、デスクワークと現場を行ったり来たりしているんだとか。その上、度々問題を起こす憲兵の折檻をすることもあり、これ以上負担を増やすのなら……。と、脅されたらしい。

忙しそうにしていることは知っていたが、かなりハードに働いていることなんて知らなかった。今度労おう。

 足柄と深海棲艦の尋問に立ち会っていた時のことを思い出した。牢から戻ってくる度に、疲れ果てた表情をしていたのが印象的だった。

 

『なんなの……つ、疲れる……』

 

と、これでもかというくらい大きなため息と共に言っていた。

ゆきってもしかして、これまで秘書艦の武蔵と補佐の足柄に助けられて鎮守府を運営していた?? あれ?? ゆき要らなくて……? となりかけたが、ゆきは戦術立案や戦闘指揮や責任を取ること等で忙しいので、意外とそうでもなかった。

 

「あっ、今大和、私に対して嫌なこと考えたなぁ~~」

 

「うん?」

 

「むーっ!!!! いいもん!! 北方のみんなに特別講師で大和が行くことを伝えるもんね!!!」

 

「おま!! ヤメローーーー!!!」

 

「うるさいやーい!! 大和が私を甘やかしてくれないし、甘えてくれないからいけないんだもんっ!!」

 

 なんなんだ、本当に……。溜息を吐き、残っていたコーヒーを一気飲みした。

 あの後、ゆきは本当に北方棲姫たちに通達したらしく、寝て起きたらヲ級に準備させられて、彼女たちが待つ講義室(収容人数数百人)に特別講師として連れて行かれた。本当、絶対許さねぇ……。

 




 お久しぶりです。しゅーがくです。
 やめた訳ではなく、書く気にならなかっただけです。次もどれほど期間が開くか分かりませんが、投稿はしていくつもりですのでよろしくお願いします。


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第55話  低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑) その1

 ゆきからの指令が下った翌日。早々に俺は出立の準備をしていた。改革以来、出撃頻度が高くなっている我が呉第二一号鎮守府は、近頃は比較的騒がしさを取り戻していた。深海棲艦との鎬合いも優勢になりつつあり、前線をゆきの後輩に当る鎮守府に任せているのだ。もっぱらの任務は後方支援や補給路の保守、近海警備等々。損傷して帰ってくる艦娘も減ったのだ。

俺は特別に編成された艦隊に配属され、これから消費資材を無視した枯渇ギリギリまで北方海域キス島周辺海域外縁部を目指す。つまるところレベリングだ。

レベリングのために編成された艦隊は、レベル上げを行う艦を旗艦に置いており、指揮・戦闘を行いながら熟練艦からの指導を受けるというもの。いつぞやも急遽レベリングした記憶があるが、あの時は改装出来るところまでは上げた。しかしそれまでだったのだ。

 キス島周回艦隊は2つ用意されている。メインは俺が旗艦を務める『第一艦隊(旧:私の彼は最強戦艦 ※強い反対により削除)』。傘下に重雷装巡洋艦 北上、重巡洋艦 摩耶、戦艦 伊勢、軽空母 瑞鳳、正規空母 加賀。基本的に鎮守府内でも高練度の艦娘が選ばれており、さらにゆきによる厳正な審査を通過した艦娘が割り当てられていた。基準が全くもって分からないが、言及したところで分かる訳がないので黙っておく。

『第二艦隊』にはつい最近仲間になったコロラドが旗艦を務めている。曰く、『日本のビッグセブンが前線で大活躍ですって?! ステイツを代表するこの私に出来ないことはないわ!!』と騒ぎ立てた為、黙らせる意味も込めてレベリングに編成されたんだとか。とっとと改装させて、すぐさま後方支援と補給路確保に当たらせる気らしい。

 

「で?」

 

「で、って言われてもねぇ~」

 

 北方に向かいながらの航海。十二分に搭載した燃料・弾薬で、旗艦限界と少し余分に残るまで延々と外縁部に居座り続ける気ではある。しかしながら、やはりこの編成はいけない。何せ混ぜるな危険でお馴染みの加賀がいる。その他は無難だったかもしれない。北上や摩耶、伊勢、瑞鳳。特段男だからと比較的過剰反応しなかった艦娘たちだ。北上は何時も通りで、摩耶と伊勢、瑞鳳は緊張した様子を見せることもあるが、特段変態行動を起こしたりはしない。全員が全員、部屋に凸って来るような艦娘でないことは分かっていたが、実はこれほどいたとは思わなかった。これから普通に仲良くなっていければいい、そう思っていた。思っていたのだが……。

 

「北上、摩耶、伊勢、瑞鳳……助けてくれ……」

 

「私だけでは満足しませんか?? 海に立つことでドーパミンでも出てきたんですか?? ここで致すんですか??」

 

「何言っちゃってんの、この空母」

 

「いいえ、まだイってません。これから貴方がイかしてくれるんですよね??」

 

「……」

 

「貴方と……イきたい……っ!!」

 

 北方海域に到着する前に、加賀の暴走で俺が轟沈しそうだ。

 

「とりあえず黙っててくれ」

 

「私の口を何で塞ぐんですか??」

 

「……」

 

 自分で唇を噤んでくれ、と言うのも億劫になる。ひとまず加賀は無視して、先を急ぐとしよう。

 

※※※

 

 終始暴走している加賀に纏わり付かれながらも、北方海域キス島外縁部に到着した俺たちは、早速発生している深海棲艦の掃討を開始した。特別なことは何もしていない。瑞鳳、加賀が偵察機を飛ばしながら、俺のデフォルトで搭載されている電探を使用している。精度も性能はあまり期待出来ないが、ないよりかはマシだろう。

 

「偵察機が敵艦隊を捕捉。方位040、予測進路260、速力12ノット。編成。軽巡1、駆逐4」

 

 加賀が先程と変わらぬ淡々とした口調で報告をする。それにすぐさま応え、指示を出した。

 

「全艦戦闘態勢。北上は先制雷撃、片舷一斉射。瑞鳳、加賀は第一次攻撃隊を発艦させろ」

 

「「「了解」」」

 

「俺は先制砲撃。加賀、詳細」

 

「はい。方位038、進路変わらず。速力12ノット。距離23000。複縦陣」

 

瑞鳳、加賀の偵察機から遅れて、俺の水上観測機が発艦していた。艦隊を発見した加賀の偵察機から遅れて、水上観測機も捕捉していた。送られてくる詳細な位置を聞きながら準備を始める。

 艤装から砲弾を取り出す。46cm通常弾だ。信管の安全装置は解除済み。後は何かに弾頭が接触すると、信管が作動し炸裂する。戦列から少し外れ、右腕を振り被って投弾。最近はやっていなかったが、これも慣れっ子だ。観測はこっちでも行っているし、偵察情報と照らし合わせてほぼ正確な位置は把握している。ずれることはあっても、夾叉はするはずだ。

 

「弾着観測の報告。先制砲撃、命中。駆逐艦が爆沈」

 

「ば、爆沈??」

 

「偵察機も捉えています。どうやらバイタルパートに当たったみたいですね。船体側面に刺さり、内部で炸裂したのではないかと」

 

「なんともまぁ……」

 

「彼が規格外なだけです」

 

「そう、よね……」

 

 伊勢から何とも表現し難い視線を送られているが、それにはもう慣れている。というか見たのは二回目だろうか。それに、確かに変かもしれないが、出来るのならば有効活用する他ない。

既に敵艦隊は警戒態勢に入っており、偵察機は捕捉されている頃だ。既に瑞鳳、加賀の攻撃隊が攻撃に向かっている。これと同時に北上が雷撃を行っており、もうすることは決まっていた。

 

「単縦陣で一気に攻め落とす!!」

 

「切り込みは任せろッ!!」

 

「却下する。摩耶は瑞鳳、加賀の護衛。先鋒は伊勢だ。準に俺、北上。後列は付いてくるだけで良い」

 

「……分かった。だが支援はさせてくれ」

 

「頼んだ」

 

 隊形を単縦陣に変更し、指示通りの配置へと変わる。俺の目の前は伊勢が航行し、背後に北上、瑞鳳、加賀、摩耶の順番だ。

敵艦隊が視認距離に入り、電探と見張り妖精からも報告が入る。俺の目にもそれは確認出来ていた。艦隊は4隻に減少しており、丁度攻撃隊が攻撃を開始する頃だった。

遥か遠くに水柱が上がり、黒煙と閃光が連続して発生する。瑞鳳からの報告では、攻撃隊で撃沈出来たのは2隻。残りは軽巡と駆逐だけだ。それらにも、既に北上の先制雷撃が接近しつつあった。

 

「駆逐艦に被雷、轟沈。残るは軽巡だけだよ!!」

 

 既に目前に残るは軽巡ホ級のみ。攻撃をするのは……。

 

「あたしがやるよ。……大和には良いところ見せないと」

 

 そして腰を低くして構えた伊勢は、単縦陣の先頭から増速して進んでいく。一体何をしようと言うのだろうか。俺はいつでも支援が出来るように主砲を軽巡の方向に向けながら、伊勢の背中に視線を向ける。

 伊勢の接近に気付いた軽巡ホ級は、攻撃を繰り返しながら同じく接近していく。伊勢はというと、攻撃を回避していた。伊勢自身も砲撃をすればいいのに、一向に攻撃を繰り出すようなことはしない。

 

「お、おい、伊勢!!」

 

「だいじょーぶだよ!! 心配しないで見ててねっ!!」

 

 右へ左へ避けながら前進、前進。そしてもう手が触れるという距離に近付いた刹那、伊勢は右手を腰の左側へとあてる。

 

「すぅ……」

 

「……うん??」

 

「……っ!! せいッ!!」

 

「うんっ??!!」

 

 軽巡ホ級の船体が真っ二つに割れた。中身が半泣きになってるんだけど……。

 

※※※

 

 北方海域キス島に向かった俺たちは、燃料弾薬ギリギリまで戦闘を行った。終始先制攻撃で、ほとんどの敵を蹴散らした後に残った深海棲艦を甚振ってから倒していたような気がするのは気の所為ではない筈だ。

レベリングなんてそんなものだが、着実と経験値を得ていくことが出来ていた。

 遭遇した敵艦隊は6つ。全て先制攻撃と集中砲火で撃破した。もう弾薬が最低限しか残っていないので、このまま鎮守府に帰還報告を入れて戻ることにした。既に鎮守府から入れ替わりの第二艦隊が出撃している、というのは5回目の戦闘終了後に聞いているため、第二艦隊と合流次第バトンタッチをする。

 全くと言っていい程に損傷を受けていない俺たちは、艤装の調子を見ながら帰路に付いた。

既に目前まで第二艦隊が来ているからだ。

 

「こちら02-21(呉第二一号鎮守府所属) 第一艦隊 旗艦 大和。当艦隊に接近しつつある所属不明艦隊は所属を明らかにせよ」

 

『02-21 第二艦隊 旗艦 コロラドより、02-21 第一艦隊 旗艦 ヤマト。確認』

 

「確認了解」

 

 遠くに点でしか見えなかったコロラドたちが接近し、俺たちの近くまでやってくる。旋回して速度を落としながら並走する形になった。

 

「はじめまして、かしら??」

 

「おう、はじめまして。俺は大和型戦艦 一番艦 大和だ」

 

 うーん……、何だろう。この感覚は。目の前で壮厳に仁王立ちをしており、腰には両手を当てて胸を張っている。ドヤ顔というかそんな表情を向けてくる。これでもコロラド級戦艦の一番艦だ。なんだが……。

 

「ふーん。本当にいたとはね……。そういえば、アドミラルに付いていた秘書艦も大和型だったわね。なるほど、あっちはムサシって訳」

 

「そうなるな」

 

「だけどね、私はビッグ7なのよ。ちょっと船体(身長)が大きくて、攻守ともに優れていたとしても関係ないわ。デカイだけが取り柄の貴方に、後れを取る気なんてサラサラないから」

 

「……」

 

 これまでにはなかった、ツッケンドンな性格をしているみたいだ。しかし、どうだコロラドの奴。俺の目の前で立ち塞がってはいるものの……。

 

「ちっさ……」

 

「あ"ぁ"ん?!」

 

「あ、うん。確かに俺はビッグ7じゃないからな。じゃ、俺たちは撤退するから、存分に暴れてくださいな」

 

「そうするわ」

 

 コロラドたちを見送り、彼女の背中を追いかける第二艦隊の連中が苦笑いしていたのを見届けた俺たちは帰路に就いたのだった。

 

※※※

 

 あの日以来、俺は事ある毎に揉め事に巻き込まれていた。ある日は食堂で、ある日は廊下で、ある日は資料室で、ある日は散歩中に、ある日は雪風と遊んでいる時。事ある毎にあの低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(コロラド)が突っ掛かってくるようになったのだ。彼女に対して何かした覚えもなければ、そもそも北方海域で会ったのが初めてだった。身に覚えがなさすぎて笑える。

しかし、こう毎日毎日続くと疲れて来ていた。出歩けば必ずコロラドがいるのだ。レベリング自体、同じタイミングでやるもんだからオフも被っているというのもある。今回の件はゆきの耳にも入っているようだが、曰く『別にいいんじゃない??』とのこと。一蹴されたと武蔵が言っていた。というか不思議なのが、武蔵には普通に

接しているところだ。なんというか、俺を目の敵にしているような気がする。

 そんな毎日を送っていたんだが、ついに俺は部屋から出なくなった。だって、出先であれだけ騒ぎ立てられたら困るし、巻き添えもなんだかんだ言ってあったからな。雪風とか雪風とか雪風とか。嫌がらせされる癒やしのために、雪風のところに言っても結局コロラドが待ち構えているんだからだ。

 

『ふふん。貴方、よくこの駆逐艦と遊んでいるようじゃない?? なんだか犯罪のニオイがするわね。正義の名の下に裁きを受けるがいいわ!!』

 

と一発砲撃を食らった。当たらなかったけども。そんなこんなで、俺は絶賛引きこもり中である。もうなんなのあの娘。仲間になったんだから、それなりの関係は築きたいのに取り付く島もないんじゃなぁ……。

 




 これからまた数ヶ月開くと思いきや、ネタを思いついたので書きました。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第56話  低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑) その2

 出撃以外で外出をしなくなった俺のことを心配した矢矧らが俺の私室を訪れた。事の顛末全ては知らないものの、割と近くにいることの多かった彼女たちは、ある程度事情を知っている。

並んで座る矢矧たちは、お茶を用意して戻って来た俺を見てもなかなか口を開こうとはしなかった。

 

「どうしたんだよ、雁首揃えて」

 

「あ、いや……その……」

 

「そういえば全員揃ってるみたいだけど、出撃とかないのか??」

 

「……たまたまなかったの。軽巡も駆逐艦も人数いるからね」

 

「そっか」

 

 無言が数秒続くと、正座から立ち膝になって机を挟んで反対側にいた霞が身を乗り出してきた。その表情はいつものような勝ち気で自信気なものではなく、どこか心が下向きになっていような。

 

「大和、貴方……あんな戦艦(コロラド)にされてる事、気にしてるんじゃないでしょうね??」

 

「霞……俺は別に気にしてないぞ」

 

 気にしてないは嘘になるが、出先で巻き込まれる奴のことを考えて出てないだけなのだ。来てはないが、雪風だってここ最近遊んでないし会ってすらない。砲撃されて以来、絶対巻き込まれると思って距離を置いているのだ。それは浜風と磯風にも伝えてあるし、本人にも言ってある。しかしそれが堪えないかと聞かれれば、そんな訳がないだろうと。

そもそもコロラドがあそこまで攻撃的になっている理由が分からないのだ。この世界の異常性に慣れた気はするのだが、それ以上にコロラドの攻撃性に疑問を持つ。

 

「……全く。彼女に理由を聞き出そうにも、欧米艦とつるんでなければ居場所が分からないから、私たちも接触し辛いのよ。大和が何かしたとは思えないけど……。そういえば、この前埠頭であった事故って」

 

 当時のことを俺は思い出す。

 

※※※

 

 埠頭で起きた事故。北方海域から帰って来てすぐ、雪風と岸壁で釣りをしている時に起きたものだ。ボケーっと俺と雪風、浜風で釣りをしていると、北方海域でレベリングをしていたコロラドら第二艦隊が帰還。丁度、埠頭の横を通る時に起こったのだ。

それまでの間にも度々襲撃は受けていたので、雪風もコロラドのことは認知していた。新入りであり、レベリング中であることは知っていた。その上、俺が度々襲撃を受けているのも目前で目撃することもあった。しかし、雪風自身はコロラドと話したこともあり、普通の艦娘だということは分かっていたらしい。

 

『ヤマトじゃない。こんなところで黄昏れて、駆逐艦に付き添われるなんて滑稽ね』

 

『黄昏れてるように見えるか?? どう見ても釣りしてるだろうが』

 

『ま、そんなことはどうでもいいんだけどね。そろそろ私のビッグ7としての力に畏敬し、震えるといいわ』

 

『あーはいはいすごいすごい』

 

『貴方ねぇ……』

 

 適当にあしらうことを覚えた俺は、コロラドのつっかかりも受け流していたんだが、この時に事件は起こった。

 

『ふ、ふふん。貴方、よくこの駆逐艦と遊んでいるようじゃない』

 

『それがどうかしたか??』

 

 第二艦隊の連中がコロラドを引き止めようとするが、上手く行くことはなかった。小さい躰で器用に伸ばされた手を交わし、言葉は無視していた。

 

『なんだか犯罪のニオイがするわね。古今東西、今も昔も女性が多かったから表面に出てこなかっただけで、男性による犯罪もあったわ。あら、ここに艦娘限定の小児性愛者がいるわね』

 

 うん?? 何言ってるの、この戦艦。隣で釣りをしている雪風も目が点になっている。というか、コロラドの言っていることが分かるのだろうか。というか知っているのか?? リアクション見る限り知らないようだな。

 

『何言ってんだ……』

 

『言い逃れは出来ないわよ。正義の名の下に裁きを受けるがいいわ!!』

 

『ちょ、おまッ?!?!』

 

 突然駆動し始めたコロラドの艤装は、主砲が俺を目標に指向し始めた。しかしどうだ。コロラドの様子がおかしい。

 

『え? ちょ、待って!! 何で?!?!』

 

『待て待て待て待てッ!!』

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!』

 

 砲撃が繰り出され、座っていた近くの岸壁に着弾。砂煙が晴れる頃には、鎮守府内での爆発ということもあってか、近くの艦娘や憲兵がやってきた。しかし、どう見ても事故だ。それは撃たれた俺からしてもそうだし、近くにいた第二艦隊の連中も証言した。

 この事故の調査は当事者と目撃者のみの事情聴取と、コロラドの艤装検査等が行われることとなった。

当事者は俺とコロラド、雪風。目撃者は当時の第二艦隊所属の艦娘たち。トントンと処理が進み、第二艦隊とコロラド、俺の証言で事故であると処理されるのかと思われた。

事情聴取で雪風があることを言った。それはコロラドの発言だった。

北方海域からの帰還中、岸壁で釣りをしていた俺と雪風を発見したコロラドはそのまま接触を図った。俺と雪風は岸壁に座り、コロラドは艤装によって海上に浮いている状況だ。その状況下でコロラドが俺に対する攻撃的な発言をしていたことを指摘した。それが本人がどのような意図で言ったにしろ、俺とコロラドでしか分からないやり取りを聞いていた雪風は、コロラドが俺に対して攻撃の意思とも取れることを口にしていた、と証言したのだ。

雪風の証言によって事故で処理されそうになっていたものが、一度事件としての捜査も始められたのだ。

 これらのことがあり、周囲の艦娘や憲兵が過剰反応を起こした。日頃から何かしらの難癖を聞かされている俺と、俺を見ればすぐにそのような発言を繰り返すコロラド。俺たちを引き離さんとする動きが、すぐに始まった。大和と武蔵は顕著で、出歩く際にはどちらが付くようになってしまった。しかめっ面でいるもんだから、怖がる艦娘たちが続出。憲兵たちの警備が強化され、巡回のペースが早くなったり等も起きた。

周りがうるさくなったことで、俺は次第に部屋から出ていかなくなってしまった、という訳だった。

 

※※※

 

 このような状況でも、軍上層部から任を受けて護衛に就いている矢矧たちの視点だと、少し違って見えていたのかもしれない。こうして、俺の目の前に全員が揃ってコロラドを非難するようなことを言わないことからしてもそうだ。

俺は少し考え、矢矧たちに説明を始めた。

 

「あれは事故だ」

 

「提督や事件担当者は事件の可能性がある、って」

 

「事故だ」

 

 聞き返してきた矢矧に、俺は繰り返して伝える。

 

「確かにコロラドは、俺の顔を見るなり悪口を吐きまくる奴だ。それは皆も覚えがあるだろう」

 

「そうね。ここに集まっている護衛の皆は、誰しもが見聞きしてるわ」

 

「あぁ。確かに皆にとって、コロラドの行動は異常だろう」

 

 コロラドの行動は異常なのだ。俺からすれば、異常ではないと思える。流石に顔を合わす度に悪口を言うような人はいなかったが。それでも、"この世界"のことを加味したら異常の一言に尽きる。

男性が極端に少ない世界。深海棲艦との戦争理由は男性の取り合い。種の生存闘争の真っ只中。政府の保護下に置かれ、その上人数も国家人口の数%以下とも言われている相手に対し、"この世界"の住民ならばそのような対応をすることが異常も異常なのだ。しかし、俺も小さい世界に生きているため、もしかしたらもっと普通に接するような女性もいるかもしれないし、男性は不要だと訴える女性もまたいるかもしれない。

艦娘という集団からみれば、その例外すらもいる可能性がある。そもそも艦娘ってどうやって建造されているのか、俺には分かっていないからな。しかし、この世界の道徳と常識が刷り込まれているというのなら、まずないのかもしれない。

 

「だが、あの事故の時、俺は見ていた」

 

「……見ていた??」

 

「そうだ。いつものように得意気に俺のことを貶しているコロラドは、殺意なんて放ってなかった。確かに雪風が証言したような、攻撃的な発言はしていた。その場で攻撃を連想するような発言もしていた」

 

「ならどうして??」

 

「あの時、コロラドの艤装は待機状態だった。そりゃそうだ。深海棲艦が接近している訳でも、敵性艦隊と接触している訳でも、演習中でもない。ただの帰還途中だった。敵もいない穏やかな海だ。そんな中、今にも攻撃が開始できるような安全装置が解除された艤装で、非武装の味方に接触するなんて、まるで近海で戦闘が起きていなければ起こりえない状況」

 

 そう。あの時、近付いて何時ものように煽ってきたコロラドの艤装は待機状態だったのだ。おそらく提督や捜査関係者からも知らされていない情報を聞いた皆に、少し動揺が走る。そして、磯風が呟くように言った。

 

「ならば、コロラドの艤装が誤作動を起こした、と?」

 

「当時、突如戦闘状態に入った艤装と安全装置が解除されたことに気付いたコロラドが、大慌てで艤装を止めようとしていた。そして誤射直後に、コロラドは抵抗することなく第二艦隊に取り押さえられた」

 

 浜風は細くしなやかな人差し指を顎に当て、これまでのことを踏まえて雪風の証言について口に出した。

 

「では雪風の証言は……」

 

「いつもの暴言。きっと雪風は、その時あったことを包み隠さず言っただけに過ぎない筈だ。それにきっと雪風も報告していると思うぞ。俺と同じように、コロラドに殺意はなく、艤装の誤作動が原因だったのではないか、と」

 

 コロラドと俺が中心にある事故で起きたことは、俺が話したことで以上なのだ。しかし、鎮守府内には根も葉もない噂が飛び交っている。

 コロラドが俺と顔を合わせる度に暴言を吐き、貶していたことは周知の事実だったのだ。それに、関係者にしか分からないことを公表していない現状、コロラドへの風当たりが強くなってきている。

こうやって引き篭もる原因の第一に、コロラドの風当たりがあったのだ。俺が出歩いてコロラドと接触した場合、確実に彼女は憎まれ口を叩く。それを俺は適当に流す。当人たちはそれだけなのだ。しかし、周囲はどうだろう。誤射の件がはっきり公表されていない以上、憶測が飛び交うのは当然。深くを知らない当事者や関係者以外は、コロラドを非難するのだ。それは俺も目の前で見ているし、止めもした。

 

「浜風の考え通りだ。雪風も同様の証言をしている。しかし、艤装の検査が済むまでは保留なんだよ。事件性の有無は、それからでなくてはハッキリしない。俺たちが事件だと言い張っても、周囲がそれを許さなかったんだ」

 

「……」

 

 皆が俯いてしまった。俺は少し長く息を吐き、立ち上がった。そのまま冷蔵庫に向かい、皆の分の飲み物を出しに向かった。

 この時、俺は知らなかった。コロラドへの風当たりが強くなるのを恐れて引き籠もってはいるが、それが逆効果を生んでいることに。

 




 この話を終わらせるまでは、数ヶ月やらのスパンを空けるつもりはありません。なので、それまではお付き合いください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第57話  低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑) その3

 俺の部屋に集合している全員にジュースやお茶を行き渡らせ、俺も定位置に戻ってくる。護衛の矢矧たちも、知りたかったことは十二分に知ることができた筈だ。

しかしながら、こうして俺が引き篭もりはじめて4日が経過していた。毎日あるレベリングには出ているものの、それ以外は全くと言っていい程出ていない。ゆきと武蔵、大和には説明をしてある。だから彼女たちが何かしらのアクションを起こすことはほとんどないと考えてよかった。しかし、それ以外の艦娘や憲兵たちのことを考えることを忘れていたのだ。

 少し真面目な話をしたからか、皆の前でおどけてみようかと考えた矢先のことだった。俺の私室に飛び込んできた艦娘がいた。

無論、合鍵を持っている人物でなければ入ってこられない。それはゆきか武蔵。大和はいたずらする可能性があったので、最初は渡していたが武蔵が取り上げた。

褐色に白髪、メガネをかけた艦娘が、息を上げて俺のいるところまで突入してきたのだ。

 

「兄貴っ!!」

 

「うおっ?!?!?! って、武蔵か。どうした??」

 

「呑気に茶を飲んでる場合じゃない!! 調査が完了したから、その報告を今日すると伝えたよな??」

 

「あー……」

 

 完全に忘れてた。

 

「……忘れてたな?」

 

「うん」

 

「全く……。今から行くぞ。護衛の皆も来い」

 

 強引に立たされた俺は、武蔵に引き摺られながら執務室へと連れてかれた(連行された)

 

※※※

 

 強引に連れて行かれた執務室。ここには今入ってきた俺と武蔵、護衛の矢矧たちの他にもいた。部屋の主であるゆきと、当事者であるコロラド。当時コロラドに随伴していた第二艦隊。捜査を行った憲兵ら等だった。

定員オーバーな気がしたが、ゆきはそのような素振りも見せることなく、話を始めた。

 

「皆集まったね。じゃあ、鎮守府で一番ホットな話題についての調査報告ね」

 

 いつものようにおどけることもなく、平静に自分の椅子から立ち上がることはなかった。

ゆきの言葉に呼応し、憲兵たちが前に歩み出て説明を始める。鎮守府に派遣されている憲兵でも、かなり階級の高い者たちばかりだ。普段は巡回などをせずに、基本的にデスクワークを行っている。そんな彼女たちの姿を見るのは、俺からしても久しぶりだった。

 全員の顔を一景し、手元に持っていた資料に視線を落とした。

 

「一週間前に発生した件に関してですが、まずは状況の整理を行います」

 

 そこからは淡々としていた。コロラドが建造された日付と、北方海域へのレベリングが決まるまでの行動・言動調査。速やかに練度を上げて、長門や陸奥らに本当のビッグ7が何たるかを教えてやりたいと、口々に言って回っていたこと。見かねたゆきがレベリングに組み込むことを決断し、同時期にレベリングを行う俺と組ませる事になったこと。主にレベリングをさせるのは俺であり、あくまでコロラドは時間を有意義に使うための第二艦隊(時間合わせ)だったこと。コロラドは俺に対していい心象を持っていなかったこと(※これに関しては伏せられた)。岸壁で釣りをしていた俺につっかかったのは、鎮守府内で繰り広げられる悪口の延長線であり、決して攻撃する意思がなかったこと。このことに対して、砲撃を受けた俺や、近くにいた雪風、目撃者の第二艦隊も認めていること。取り押さえられたコロラドから回収された艤装から、致命的な不具合が見つかったこと。これが誤射に繋がったのではないか、とのこと。

つまるところ、コロラドは俺に対する殺意はなく、砲撃自体も誤射だったことが証明されたのだった。

 

「以上のことから、コロラドによる大和撃沈未遂の容疑は晴れました。そもそも、当時の彼女の精神状態や詳細な報告からも、誤射である可能性は十二分にありました。しかしながら、絶対だとは言えなかった。そのため、本当に大和撃沈の意思があったのか、事件性を調べる必要がありました」

 

「うん……そっか。ありがとう」

 

 皆はそれを静かに聞き、ゆきも報告をした憲兵に礼を言うと立ち上がった。

 

「さぁーて、ということでコロラドの容疑は晴れた訳だし、誤射であったと処理されることになったよ!! 色々災難だったね、としか言いようがないけど、このことは水に流そう。終わったことなんだよ、諸君!!!」

 

 いつもの調子に戻ったゆきは、タタタっと俺に走り寄って来たかと思うと、そのまま俺の左腕を掴んだ。

 

「という訳で解散っ!! 通常の業務に戻ってね!! 第二艦隊だった皆も、各々自由にするといいよ。武蔵は執務の続き、工廠でコロラドの艤装調査終了の命令と点検・修理・整備の指示を出しておいてね。大和の護衛は廊下で待機」

 

 手短に指示を出したゆきは、追い立てるように皆を執務室から追い出した。

残った俺は、ソファーに腰を下ろす。何か理由があって俺を残したんだろう。やがてゆきは黙って俺の正面に座り、足を組んだ。

 

「残された理由は分かる??」

 

「んぁ?? 分からないが、どうせ今回の騒ぎに関係のあることだろ」

 

「ごめいさつぅー」

 

 空で人差し指をくるくる回したゆきは、そのままその指を俺に向けた。

 

「どーしてか、この数日間は大和の姿を見なかった。それに関して私は言及したーーいっ!!」

 

 事故調査報告での態度から反転したゆきに俺は呆れる。しかし、ゆきに俺がどう思って行動したのかを説明しなければ、一向に開放されないことは目に見えていた。なので諦めて説明をすることにした。

 

「コロラドが攻撃されるのを防ぐためだった」

 

「……??」

 

 コイツ……全然伝わってないぞ。

 

「俺に対してだけ当たりが強いのは、ゆきも報告を受けていることだろう??」

 

「まぁね」

 

「そんな状況の最中、起こったのがあの事故だった。事故前にも既にコロラドの鎮守府内での印象は悪い方だったと思うんだが、どうだろう」

 

「確かにね。大和に対するあの態度。男性女性抜きにしたって、コロラドの大和への言動は褒められるものではなかったよね」

 

「あぁ。印象は悪い方から最悪へと変わりつつあった。そんな状況下であるにも関わらず、能天気に出歩いている野郎とコロラドが接触したらどうなるか……言うに及ばないだろう。きっとコロラドはまた憎まれ口を叩く筈だ」

 

「その分析は正しいね。実際、事故後にコロラドと意図せず接触した大和は、その場で罵倒されているもんね」

 

 何故知っている……。

 

「だから距離を取った。火のないところに煙は立たない。火を消すなら火種から、火種に引火させたくないなら可燃物の排除する」

 

「そうだね。でも、そう上手くいかなかった。大和は部屋から出てこなくなって、鎮守府内がどうなったから把握できなかったと思う。何せ、部屋に来るのは私か武蔵、大和、護衛、ヲ級くらいだもん。しかも、皆そんな話を大和の前ではしたがらない筈。私はそうだったからね」

 

「まさか」

 

「うん。大和の思い通りにはならなかった。既に煙は立っていたし、火元は燃え上がっていた。燃料は勝手に焚べられるし、それらも湿気っている訳じゃない。燃え続ける可燃物を取り除いたとしても、火の粉は舞い、また別のものに乗り移る」

 

 ゆきは語った。俺が私室に籠もるようになってから、より一層コロラドの立場が危うくなっていたということを。事故前にもあれだけ口撃しているところが目撃され、事故後も変わらず口撃している姿が散見されていた。このことから、一見誤射も実は事故ではなかったのではないか、と。度の過ぎたコミュニケーションだったのかとも言われていたみたいだが、表面上あれだけ攻撃的になるのにも理由があるのではないかと探りが入った。しかし、そのようなことは一片も出てくることはなかった。ならばもう私怨に近い何かかもしれない。虐めて楽しんでいるのかもしれない。そういう考えが先行し始めると、止まることはなかったという。

海外艦は数が少ないため、ひとまとめにされることが多い。その中でもコロラドは同艦種であり欧州艦であるアイオワしか、最初から親しくはなかったという。そのアイオワと比較されたこともあり、コロラドはすぐに攻撃を受けるようになったという。事故前は少なかったものも、今では相当数だという。

とは言っても、そこまで陰湿なものはないようだ。面と向かって抗議されることや、詰問、俺にしていたことをそのままやられていただけのようだ。更に、本来ならば第二艦隊も旗艦以外はローテーションを組まれていたらしいが、それらに名前が挙がっても拒否する艦娘が続出したという。理由は至極簡単で『誤射されたらたまったもんじゃない』からだ。

これらを纏めて、コロラドの鎮守府内での評価は酷いの一言に尽きるという。レベリングでの艦隊行動に関する報告では、まだまだ練度不足であるということ以外は問題が見られないというが、鎮守府内での生活では惨状だという。

 ゆきに伝えられたことを咀嚼し、俺は考える。手を打つ方法を間違えたのだ。それがコロラド孤立を増長させていたのかもしれない。

 

「調査結果は早々に鎮守府全体に知れるように手配はしてあるから、時間の問題だとは思うよ」

 

 そうは言うが、最初に植え付けられた印象が変化することはほとんどないという。それをゆきに言うまいか悩んだが、結局言えなかった。

 ゆきからの話はこれで終わり、静かに俺は執務室から出て行った。向かうのは私室。廊下で護衛と合流し、黙って歩いていると、通りを歩く艦娘や憲兵の話し声が聞こえてくる。

 

「コロラドが男性保護法違反だって」

 

「えー?? それって大和くんを撃ったって奴??」

 

「そうじゃない?? それ以外にも、違反項目はいっぱいあったって。さっき正門に外から来た憲兵がたくさん来てたよ」

 

 その話を聞き、踵を返して執務室に飛び込む。ゆきはボケーッと外を見ていたようで、大きな音を立てて入ってきた俺に心底驚いたようだ。躰が浮き上がっていたからな。

 

「ど、どどどどどうしたの?!?!」

 

「今回のコロラドの件、事故として処理したんだよな?!」

 

「えぅ、うん。報告は今朝の内に憲兵には知らせてあったし、もう報告はさっきも言ったけど艦娘たちにも告知は」

 

「正門前に外から憲兵が来てる!! 目的はコロラドの逮捕だ!!」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

 ゆきにそう言い残し、俺はすぐさま正門に向かった。

 

※※※

 

 突然執務室に戻った俺を待っていた護衛の矢矧たちも置いてきぼりにし、全力疾走で正門まで向かうとそこには人集りができていた。

艦娘、憲兵、艦娘、憲兵と押しのけていく。全員が呉第二一号鎮守府所属だ。やっと掻き分けて行った先には、見慣れない憲兵たちと両腕を手錠で繋がれて拘束されたコロラドがいた。

 

「ぁ……、ヤマト」

 

「コロ、ラド……ッ!!」

 

「あははっ。あれって事故、だったわよね??」

 

 ポロポロと涙を零しながら、コロラドは俺に尋ねる。

 

「事故だ。調査だってそう結論付けられた筈だ」

 

 そう。あれはどう見ても事故だった。コロラドの意思を持った犯行でなければ、誰かの悪意が介在したものでもなかった。偶然が折り重なって起きた事故だったのだ。

 

「……最後まで、素直になれなかったなぁ」

 

 そう言い残し、コロラドは憲兵たちに連行されていった。この場には、呉第二一号鎮守府の艦娘と憲兵たちがいるが、この状況に誰も理解が追い付いていなかった。

"俺"が建造されてから初となる、鎮守府内からの逮捕者。呆然とその場に立ち尽くした俺は、後から追いついた霞ら護衛に引きづられて正門を後にしたのだった。

 




 前回に引き続きお送りしています。オチは決まっているので、それまではお付き合いください。

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第58話  低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑) その4

 場所は戻って執務室。ここには多くの艦娘や憲兵たちが集まっていた。ゆきは勿論のこと、俺と護衛の皆。秘書艦の武蔵。何故か大和。そして、海外艦を束ねているビスマルクと、アイオワ。憲兵も巡回をするような者から、基本デスクワークをする階級の高い者まで。

彼女らの中心で、ゆきは今回起きたことを整理し始めた。

 

「なんだか、さっきと同じような状況だね。じゃあ、簡潔に説明するよ。……コロラドが逮捕された、以上」

 

「簡潔過ぎるッ!!」

 

 もっと伝えるべき情報は沢山あるだろうが!!

 コロラドが連行される直前、何かを呟いていた気がする。気の所為かもしれないが、確か……

 

「『最後まで素直になれなかった』」

 

そんなことを呟いていたような気がする。

 

※※※

 

 コロラドは何故俺に辛く当たっていたのか。誤射の時、彼女に攻撃の意思はなかった。得意気に俺の目の前まで来ては、好き放題言い放題。しかし、改めて思い返してみると、どうだろう。何故、あそこまで毎日毎日何回もエンカウントしていたのか。

確かに俺も彼女もレベリングに編成されていたし、直接関係のあるタイムテーブル上にいた。同じ時間を過ごしていたと考えると、他の艦娘よりも会うことが多いのは必然だろう。

 分からない。俺には分からない。だが、分かっていることがある。コロラドが俺に問いかけた後、呟いた言葉に嘘はなかった。アレが誰に対する言葉だったのかは分からない。それがもし、他の艦娘とは普通に接することが出来ていて、俺だけに辛辣な態度を取っていたことに関するものだったなら。

コロラドは俺に対して最後まで素直になれなかった。そう解釈してもいい、ということなのだろうか。

 

「ウチの憲兵を通して、どこの誰が連行したのかを調べてもらってるけど、状況はどうなってるの??」

 

「は。既に第一報、二報は入っています。他の鎮守府所属憲兵でないことを確認し、現在、呉憲兵本部に連絡を取っているところです」

 

「ありがとう、大尉。……さて、あらぬ嫌疑が掛けられていたものの、既にその疑惑は晴れていたコロラドをどうやって奪還するか……誰か意見ある人ー」

 

 俺が考え事をしている間にも、ゆきを主導に連絡と今後の動きに関して会議が進められていた。

コロラドが連行された理由は自明だが、どのような手段で連れ帰るかの議論は白熱する。呉第二一号鎮守府から呉憲兵本部へ連絡を取り、コロラドを解放・返還することを呼び掛けるといった一般的な手段から、深海棲艦による襲撃に見せかけて連れ去るという強硬手段まで。ありとあらゆる手が出されていく中、鎮守府の責任者であるゆきは、これと言ってピンと来ていないようだ。

全員がありとあらゆる手段を思いつく限り上げていく中、ずっと考え込んでいたことを俺は口に出す。

 

「え? 何なに、なんて言ったの?? 大和?」

 

「あ? いや……連れ去られるコロラドが、『最後まで素直になれなかった』って呟いていた気がするんだが……」

 

 ゆきが俺の顔を見上げ、聞き返してきたのだ。コロラドはたしかにそう言っていた。そして、それを聞いたゆきの瞳に光が灯り、いたずらっ子のような表情へと変わると、白熱していた執務室全体に聞こえる程大きな声を出した。

 

「はいっ!! はいはーい!! 私、思いついた!!!」

 

「何だ、提督。提督が最初に提案した、私が乗り込んで強引に奪還する作戦は満場一致で否決されただろう」

 

 全員が静かになり、武蔵が諭すようにゆきに言う。確かに、最初の方でゆきが提案していたが、武蔵が『出来なくはないが、後々面倒なことになるぞ』と却下していた。その他にも強硬策は上がったものの、一番は『今回の件、我々所属憲兵の内部に誰かが潜り込んでいたという報告が入っています。山吹提督の手を煩わせる訳には参りません。我々の落ち度であります故、責任を持ってコロラドを連れ帰って見せましょう』というのが一番実行しやすいのかもしれないとのことだった。普段の振る舞いから、他の鎮守府とは隔絶されている呉第二一号鎮守府憲兵隊は、本部や大本営でもときより話題に上がる程なのだ。であれば、彼女らがコロラド奪還のために呉憲兵本部に乗り込んだところで『あぁ、いつものところか』で済むだろうとのこと。いやいや、済むわけないだろ。

しかし、ゆきは武蔵を乗り込ませることとは全く違うことを思いついたようなのだ。

 

「武蔵が乗り込むのが反対なら、大和でいいよっ!! いや、むしろ大和の方がいいっ!!! 私ったら超☆天☆才!! てな訳で、作戦立案いってみよー!!! 無論、こっちの大和()ね」

 

「「「「「「「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ????????」」」」」」」」」」

 

「なんでやねん!!!!!!」

 

 軍という組織であれば、上の階級の命令は遂行しなければならない。もう決定だと言い張るゆきを、全員が『それだけはアカン』と説得を試みるものの、ゆきは『大丈夫大丈夫。大和だから』と理由にならない理由を言って、作戦を強行することになった。

作戦立案はゆき。準備帰還は数時間。ゆきの思いつきで、コロラド奪還作戦が始まろうとしていた。

ちなみに、俺だけで乗り込ませる訳にはいかないため、結局呉第二一号鎮守府憲兵隊もおよそ半数が同行することになった。

 

※※※

 

 呉第二一号鎮守府から、装甲車が七台出発する。その中に俺は搭乗していた。しかも今回は艤装を身に纏った状態だ。一台は俺の運搬で兵員室を占拠しているため、後続の6台に完全武装(模擬弾と実弾少々の装備)した憲兵一個小隊が搭乗しており、彼女たちは俺の指示を聞くように命令を受けていた。

 

「……大和くん、呉憲兵本部まであと五分よ」

 

「り、了解」

 

「なになに? 声強張ってるけど、どうしたの??」

 

 運転席側ではなく、その隣の助手席側から話しかけてきたのは連れてきた憲兵一個小隊の指揮官だ。面識はあるものの、ちゃんと話したことはない。鮮やかな金髪はゴムで結うをはせずに、だらしなく伸ばしっぱなしで座っている座席に毛先がつくほど長い。エメラルドの瞳をしており、肌も以上に白いが健康的な白さである。艦娘ではなく一般人でありながら、日本人からかけ離れた容姿をしている彼女も鎮守府で発生する諸事件に深く関与していることが多いが、流石にこってり絞られて反省したのか落ち着きを見せている。

 

「何故磐戸(いわと)中尉が気楽に話しかけれるのか気になるんだが。そもそも、何も疑問に思わなかったのか?? この作戦」

 

「ん?? べっつに~」

 

 腐っても呉第二一号鎮守府憲兵隊に所属しているだけのことはあるのか。このお気楽加減といい、いい加減さといい。

少し着崩したBDUの腕を捲りながら、磐戸はこちらを向いてニヘラと笑う。

 

「山吹少将が何を考えて命令したのかなんてさっぱり分からないからね~」

 

「いい加減だな、オイ」

 

「結局、監視目的で配置されている憲兵だって、場所によってはどのように扱われるかなんて違ってくるでしょ。呉第二一号鎮守府は山吹少将のような海軍将官でも異色の人物だから、同じく憲兵でも同じ性質の人が集まるのは当然だよ」

 

「急に真面目に話し出したかと思えば、結構ゆきに対して酷評だな」

 

「事実でしょ?? だから、基本的に私達呉第二一号鎮守府憲兵隊は海軍憲兵の中でも、憲兵の模範とは少し外れた人物が多いの。斯く言う私も同類ぃー」

 

 磐戸はそう言いながら、小銃と拳銃の弾倉と薬室内を確認する。そのまま運転手の肩を叩いた。

 

「七号車より後続の各車。呉憲兵本部に残り一分で到着予定。各自突入準備されたし」

 

「という訳で大和くんも準備おっけー??」

 

 磐戸はチェシャ猫のように嗤い、再度俺の方を見る。弾倉が挿し戻された小銃の槓桿(コッキングレバー)を引いた。そのまま安全装置を確認し、俺に向かって合図を出す。

 

「ほらほら行くよー」

 

 気の抜けた合図を聞き、俺は装甲車の後部ハッチから勢いよく飛び出す。そのまま続々と降りてくる憲兵を引き連れ、呉憲兵本部へと押し入って行った。

 

※※※

 

 突然、呉第二一号鎮守府憲兵隊の装甲車が乗り付けたかと思うと、ゲートを突破して中に入ってきたならば完全武装した歩兵が一個小隊降りてくる。そんな状況に、呉憲兵本部はすぐさま態勢を整えた。

俺たちは強引に地上施設へ押し入り、手当り次第の部屋を開けて確認していく。

 

「き、貴様ら!! このような行為、許されると思っているのかッ!!」

 

「へっへ~ん。許す許されるなんて、自分たちで判断したら?? ほい、どっかーん」

 

 磐戸が施錠された部屋の扉を、ショットガンで錠ごと吹き飛ばして侵入する。中には拳銃を抜いた憲兵数名が物陰からこちらを見ている。拳銃は構えているものの、こちらを発砲するようなことはしない。何故なら、入ってくるのは俺だからだ。

中を見回し、そこにコロラドがいないことを確認する。というか今入った場所、廊下にプレートが貼ってあったから分かるだろう。中を見ても会議室だったじゃないか。磐戸は入ると言って聞かず、誰も俺の意見には賛同しなかったのだ。

 

「いないな」

 

「じゃあ次行こー」

 

「あ……お、おい待て!!」

 

 地上階から虱潰しに部屋を調べていく。流石にネームプレートを確認しながら、なんとか憲兵隊をコントロールしてコロラドを探していく。しかし、一向に見つかることはない。一度、隊を分けて探す話が隊内から浮上したが、俺がいないことで制圧されてしまう可能性があったため、磐戸含む隊長格が軒並み反対した。結局、隊を分けることなく、フロア毎に制圧が完了しているところに散る程度に収まったのだった。

 

※※※

 

 地上階から虱潰しに部屋を調べていくが、やはりコロラドは見つからない。そのまま地下へと向かおうとした時、俺たちの行く手を阻んだ者がいた。

 

「貴様ら!! 呉憲兵本部を突如襲撃した憲兵がいると通報があり飛んで来てみれば、あの呉第二一号鎮守府憲兵隊じゃないか!! 少将共々アホとバカしかいないのか!! さっさと鎮守府へ帰れッ!! 今なら修繕費だけで勘弁してやる!!」

 

 憲兵だ。拳銃を抜いて銃口は上へ向け、正帽をしっかりと被る女性。健康的に焼けた小麦色の肌、肩よりも長い艶のある黒髪で、縁の黒い眼鏡の奥には燃え上がるような赤い瞳が覗いていた。見覚えはないが、声には聞き覚えがある。鎮守府に一度来ていただろうか。確か名前は……

 

呉憲(くれけん)??」

 

「どぅあれが呉憲だッ!!!! アタシは呉 憲子(くれ のりこ)だッ!! 全っく、山吹 ゆきは部下に碌な事を教えないな」

 

 食い気味に否定されたが、合っていたようだ。というか、ゆきの知り合いのような言い方をしている。

 

「アタシが来たからには、海軍憲兵が誇る海軍呉派遣憲兵師団 第一大隊が、暴走する呉第二一号鎮守府憲兵隊を脱走・反逆・謀反で逮捕するッ!! 神妙にお縄に付け愚か者共!!」

 

「「「「「……」」」」」

 

 装備品であると思われる手錠を取り出し、ヌンチャクのように振り回して錠が出来るようにした呉は得意気にドヤ顔をした。しかしながら彼女は気付いていない。あれだけ啖呵を切ったのに、彼女の後ろには例の第一大隊は動くことはない。

俺たちは無視することにした。

 

「ハーッハッハーッ!! 己が犯した罪を認め、アタシが逮捕……あれ?? え?? ちょ、ちょっと?? なんで? なんで??! ま、待ちなさいよ!! ねぇ、ちょっと!?!? し、神妙にお縄に付き……付き……な、さい!!! ねぇ、待って!! 待ってよー!! ねえってばーっ!!!!!!」

 




 前回から少しスパンは短いですが、投稿させていただきました。

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第59話  低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑) その5

 階段を降るとそこは牢屋だった。降りきってすぐのところにある分厚く重い鉄の扉を開いた先には、向こう側が見えない程真っ直ぐに伸びた廊下に、両壁には数え切れない数の鋼鉄製の独房が並んでいた。

一つひとつ手前から確認していくが、どれも中には誰もいない。綺麗に清掃がされており衛生的だった。時々、入れられている者はいたが、当たり前だが全員見慣れない顔ばかり。こちらから覗き込んだことは、中に入れられている者には見えないようになっているようだ。ボーッと壁を見つめていたり、床に座って瞑想をしている。

独房を確認し始めて数十分が経った頃。階段から呉が憲兵を連れて降りてきたので適当なことを言って追い返そうとしたが、上手く行くはずもなかった。

 

『特異種の戦艦 大和もだが、貴様らは全員軍籍を持つ軍人だ。アタシが見逃したとしても、他の憲兵が黙ってなどいない!!』

 

と口煩かった。なので『男性保護法』とだけ口ずさむと、強がる姿勢を見せてきたので、少し強引な手段を取った。磐戸らを捉えようと包囲をし始めていた包囲網の中に、俺も含まれていた。それを利用することで回避した。

 

『け、憲兵さん……俺、何か悪いことしました??』

 

『あ、いや、その……わ、悪いことはしたぞ。うん。呉憲兵本部への襲撃、主犯格だろう??』

 

『ただ俺は……濡れ衣を着せられた友人を助けに来ただけです。本当なんです!! なんで何もしていない善良な艦娘を、拉致同然な方法で拘束・後送したんですか!!』

 

『そ、それは……アタシには……』

 

『ま、まさか……俺のことも同じように冤罪吹っ掛けて、あることないこと罪を着せた上に、拘束してどこへ連れて行くつもりなんですか?!?!』

 

『ち……違っ、アタシはただ……』

 

『ち、近寄るなッ!! 憲兵の皮を被って、権力を振りかざしてどうするつもりなんですか?!?! く、屈しないっ!! 俺は、そんな卑劣な手に屈しない!! お前らなんかに穢されずに、俺は、仲間たちのところ(呉第二一号鎮守府)に友人と帰るんだっ!!』

 

という具合に、勘違いをした上で状況的にもあり得ることを怯えながら叫んだら撤退した。そして今に至る。

 呉憲を追い払ってからも、ずっとコロラド捜索を続けた。地下にある独房のどこかに収容されていると思ったんだが、全くと言っていい程見つからない。既に手分けして探しているような状況ではあるのだが、そもそも収容されている人物も少ない上に艦娘なんて居やしないのだ。

全ての独房を確認するのに一時間を使い、手分けしていた憲兵を集めて報告を聞いてみると、やはりコロラドの姿はなかったという。しかし、一人だけ別の報告をした者がいた。

 

「そういえば、廊下の突き当り、扉になってたっすよ」

 

「ただの壁じゃなかったのか??」

 

「はいっす。自分も最初は壁かと思ったんっすけど、試しに叩いてみたら奥が空洞になっているようだったっす」

 

 地下は全てコンクリートで出来ているのは見て分かるのだが、突き当りがそのような構造になっているなんて思いもしなかった。もしかしたら、呉憲兵本部の武器庫である可能性も十二分に考えられるのだが、独房フロアに隣接させる理由が分からない。となると、高級士官の執務室である可能性も捨てきれない。しかしながら、それは地上階の捜索の時点で明らかになっている。地上階の全ては呉憲兵本部運営に関わらず全ての部門が収められている。それは高級士官の執務室から宿直室までだ。

廊下の奥を目指して歩き始め、突き当りに直面する。確かに確認した憲兵の言う通り、普通の壁のようにも見える。だが、彼女が試したように壁をノックしてみると、軽い音と共に反響音も聞こえてきた。確かにこの壁の向こう側は空洞だ。

 

「確かに空洞のようだな」

 

「どうするの、大和くん」

 

「んなもん、ここまで来たんだ。やることはただ一つ!!」

 

 艤装を装着している状態ならば、身体能力は非装着時よりも飛躍的に向上する。それこそ主機出力に比例して。

力を溜めずに奮った拳は、壁に触れてめり込み、壁だと思われたコンクリート製の扉は粉々に砕け散った。そしてその奥はまだまだ続いていたのだ。

 

「わぁお……。ちょっとお姉さんびっくりしたなぁ」

 

「わざわざ殴って穴あけなくても、隠し扉だったみたいだけどな」

 

 磐戸が笑いながら壊れた扉を潜り、それに続くかのように残りの憲兵たちも入ってくる。一個分隊を独房フロアの廊下に残し、俺たちは手前の独房よりも重厚に作られた牢を眼下に捉える。

人を収容するにしては頑丈過ぎる造り、コンクリート製ではなく完全に鋼鉄製へと変化した独房。小さい覗き窓から中を覗いてみると、そこには艦種多様な艦娘が収容されていた。

 

「どうやらここみたいだね」

 

 磐戸は人用の独房よりも数の少ない、艦娘用独房を覗き見ながら呟く。そして、幸いなことに、ここの独房には扉に所属鎮守府が書かれていたのだ。これならば、中を見ずともコロラドを見つけることが出来る。

手前から順に名札を見ながら進んでいくと、五つ目の独房に『呉第二一号鎮守府 コロラド』と書かれた札を見つける。小窓から覗き込んでみると、六畳ほどの部屋の隅に布団が寄せられており、廊下の反対側には小さく仕切られた水場が設けられていた。彼女は中におり、布団の隣で体操座りをしていた。

 

「いた?」

 

「いたけど」

 

 戦艦でも小さい体躯であり、下手すれば軽巡洋艦の艦娘と同じくらいの背しかない彼女は、器用に抱えた膝の間に頭を入れんばかりに首を下に下げていた。俺たちが廊下に来ていることには勿論気付かないが、あのような姿でいるとなると少し変な感じになる。俺は小窓から視線を外すと、次に磐戸や他の憲兵たちが中を確認していく。

そして全員が確認し終わると、磐戸が俺に提案してきた。

 

「なんだか様子が面白いから、少し観察してみない??」

 

「外道め!!」

 

※※※

 

 長い時間体操座りをしていたコロラドは、ふと顔を上げたかと思うと今度はキョロキョロし始めた。ここに収容されてから然程時間は経っていないだろうが、落ち着きがまるでない。

 

「題して、コロラド観察日記ぃ~!!」

 

「かわいそうだから解放しようぜ。というか俺たちの目的って、コロラドを救出することじゃなかったか?? ねぇ聞いてる?? ねぇ??」

 

 俺の意見は無視され、磐戸と悪ノリした憲兵たちがナレーションをしながらコロラドを観察する。

 少しウェーブのかかった髪をくるくる指で弄りながら、相変わらずコロラドは体操座りをしたままだった。くるくる、くるくる、くるくる。左をくるくるしたら、次は右をくるくる。くるくる、くるくる、くるくる。ヒョイっといじっていた髪をつまみ、毛先を目を凝らしてみる。枝毛でも探しているのだろうか。髪の手入れには抜かりがないようで、結局枝毛は見つからなかったようだ。

 

「コロラドってさ、私と引けを取らない程に髪綺麗だよねぇ」

 

「自分で言うな。いやまぁ、磐戸中尉も綺麗な金髪だけど」

 

「えっ……?」

 

「俺、変なこと言ったか??」

 

 次は着ている服をさわさわと触り始める。拘束されてから着替えているのかは定かではないが、自分の着ている衣服を気にしていることには変わりない。上から下まで確認し、ついでに着崩れた箇所も直していく。タイツの状態も確認。破けや伝線がないことを確認すると、ずれ落ちていたのか、足首やふくらはぎの辺りから上へと引き上げて整えていく。しかし体操座りのままのため、スカートだけは気にすることが出来なかったみたいだ。

 

「身嗜みを気にしているようだね。彼女たちは特徴的な服を着ていることもあれば、セーラー服を着ていることも多いね。男装はないの??」

 

「中尉の横にいるの、一応艦娘で男装に当てはまるんだが??」

 

「艦"娘"なのに男で、男性用の衣服を纏ってるというのもなんか変な感じだね」

 

「正規の大和のような服装は俺には無理だ」

 

「あれを着てくれだなんて、誰もそんなこと言ってないよ??」

 

 スッと立ち上がったコロラドは、お尻をパンパンと払う。ツカツカと独房内を歩き、一通り代わり映えのない鋼鉄の壁を観察する。指でつんつん触ってみる。さわさわと手のひらで撫でてみる。コンコンとノックしてみる。壁に耳を当ててみる。一通り試した後、少し溜息を吐く。

壁から離れると天井を見上げてみる。壁と同じ素材で出来ているが、煌々と室内を照らす蛍光灯と換気口しかない。その換気口も穴は小さいようだ。蛍光灯に触れようと手を伸ばしてみるものの、天井まで手が届くことはない。精一杯伸ばしたところで、まだ指先から50cm以上は高い。ピョンと跳ねてみるものの、手も届かない。何度も試す。

ぴょん、ぷるん、ぴょん、ぽよん。ぴょん、ぷるん、ぴょん、ぽよん。飛び跳ねる度に胸部装甲が激しく揺れている。両脇が大きく開いたブラウスから、その豊かに実った果実がポロンと何度も零れそうになる。

自分の身長が小さいことを恨めしく思いながら、今度は床へと視線を落としてみた。

膝を抱えるような体勢でお尻を付けずに床を眺める。つつつっ、と床を撫でてみる。素材は壁や天井と同じ鋼鉄製。つんつん触ってみても、コンコン叩いてみても同じだ。次に床へ耳を当てようとしたその時……。

ズテッ。

バランスを崩し、派手に転んでしまった。前のめりに倒れたため、顔面を強打し鼻の頭が赤くなっている。鼻血が出ていないのを確認しながら立ち上がったコロラドは、丁度目の前にある扉が目に入る。

入れられた時には確認したのか、もう一度開けられるかの確認をしてみる。ドアノブなんてものはないので、扉の出っ張りを取っ掛かりにして横に引くが開かない

。今度は押してみるも開かない。どうしたものかと考え、ふと扉のあるところに気付いた。小さいながらも窓がある。天井ほど高さもなければ、コロラド自身の身長でも十分に届きそうな高さである。頑張ってつま先立ちをしながら、その窓に手を掛けて覗き込んでみると……。

 

「『あ、』」

 

 目があった。先程まで確認していた磐戸が、俺に覗き込むように言ったのだ。部屋の中を観察しているのだとばかり思っていたが、俺が覗き込んだ瞬間、にゅっと窓の下からコロラドが現れた。ドアップで目の間に、大きな青色の瞳が見える。透き通るように白く、きめ細やかな肌。パチパチと数度まばたきをしたコロラドは、ズテンと後ろに転んだ。

 いい加減観察も諦めろ、と俺は磐戸たちに言って扉を開く。地下に入る直前、牢の鍵の束は入手していたのだ。地下に着いてから、コロラド観察日記が憲兵たちによって行われている間に、該当する部屋の鍵を束の中から探していた。時々、俺もコロラドの様子を見ていたが、つい先程鍵を見つけたのだ。

鍵穴に鍵を差し込んで、左向きに回すと解錠される音が聞こえた。そのまま重い扉を押し開けると、中にはコロラドが尻もちをついて呆然と俺のことを見上げていた。

 

「よう、コロラド」

 

「や、ヤマト……」

 

「助けにきたぞ」

 

「なんで……?」

 

 表情は見えないが、言いたいことは分かる。コロラドがどう思っていようが、俺はコロラドと仲良くなりたいと思っている。最初に取った策は下策中の下策だった。だから、今回は間違えない。

いや、こうやって助けに来る作戦自体が間違いか間違いじゃないかと聞かれたら、どう答えていいか分からないんだけどな。

ひとまず、微動だにしないコロラドを連れて脱出することが先決だ。右手首を掴み、強引に牢から引き摺り出した。

 

※※※

 

 牢からコロラドを出してきたはいいが、ずっと下を向いたままだったので、とりあえず俺たちは脱出することにした。憲兵一個分隊を先行させ、残りはぞろぞろと地下フロアから出てくる。悠々と呉憲兵本部から出てくると、外には応援を読んでいたのか憲兵やその他大勢の部隊が集結していたようだ。土嚢を積み上げ、こちらに機関銃や小銃の銃口が向いている。俺が出てきたのが見えたのか、咄嗟に銃口を上に逸したが、武器から手を離すことはない。艦娘も混じっているようで、艤装を纏った駆逐艦や軽巡洋艦の艦娘の集団がいくつかいる。

そんな彼女たちの指揮官はというと……。

 

「おや、呉第二一号鎮守府の大和じゃないですか」

 

「都築少将……」

 

 都築少将、呉第○二号鎮守府の提督をしている人だ。ということは、周辺に集まっているのは都築提督のところの憲兵か?

 

「なるほど。貴方が呉憲兵本部を襲撃した犯人でしたか」

 

「ここからの救援要請には、襲撃犯が誰である等の情報はなかったのですか??」

 

「ありませんでしたね。呉第二一号鎮守府の憲兵が襲撃してきた、というものでしたので。して、貴方が手を引いているのは……コロラド、でしたか??」

 

「そうです。山吹 ゆき少将からの作戦命令、当鎮守府所属 戦艦 コロラドの奪還作戦。呉第二一号鎮守府に侵入した呉憲兵本部の者と思われる武装した憲兵によって、コロラドは拘束・拉致されました。鎮守府内で発生したある問題を早とちりしたものかと思われますが、こちらの要請に全く応じなかったために強硬策を採らせてもらいました」

 

「……」

 

 都築提督の鋭い視線が俺に突き刺さる。しかし数秒もしない内に、フッと笑った彼女は号令を出す。

 

「呉第○二号鎮守府派遣された憲兵および艦娘は撤退を開始する!! 全部隊即時反転、鎮守府に帰還するッ!!」

 

 この場に残ったのは、俺たちが建物から出てきた時に見たおよそ七割といった時の規模。これでも多いというべきか。戦力は艦娘は三個艦隊、憲兵や歩兵合わせて二個大隊といったところだろうか。都築提督は一個艦隊と二個中隊を連れてきていたのだろう。

 目前の部隊から、指揮官と思わえる人物が歩いて出てくる。

その姿に見覚えはなく、しかし、どこか威圧的な態度を出しているようにも見えた。

 

(わたしく)は海軍呉派遣憲兵師団 第二大隊長、蜂ヶ崎ですわ。暑苦しく勢いだけが取り柄の第一大隊は撤退したようですが、我々第二・第三大隊は海軍が誇る憲兵ですわ」

 

 つかつかと隊列から出てきた蜂ヶ崎と名乗る憲兵士官は、長い黒髪を揺らしながらこちらに歩み出てくる。俺たちから数十歩離れたところで立ち止まり、長い髪を掻き上げて靡かせ、両手を腰にあてながら言うのだ。

 

「この度の襲撃、呉第二一号鎮守府に於いて発生した艦娘特異種に対する作為的な砲撃事件の容疑者の脱走が目的、ということで間違いありませんわね??」

 

 "艦娘特異種に対する作為的な砲撃事件"とはつまり、俺とコロラドが関わる艤装の誤射事故のことだろう。言い方が妙に引っかかるというか、そもそも該当鎮守府で"事故"として処理したものを、何故外部の者が"事件"だとするのか。調査資料と証拠等は纏めて、後に憲兵を通じて大本営に報告が行くということはゆきから聞いている。

 

「それにこの事件の容疑者と被害者、日常的に被害者は容疑者から精神的苦痛を与えるほどの暴言を吐いていた、間違いないわね??」

 

 全て繋がった。鎮守府に派遣されている憲兵というのは、原隊から独立した部隊として作られているという。そんな各鎮守府憲兵隊に、部外者である憲兵を潜り込ませて報収集を行っていたという裏が取れた。この蜂ヶ崎という憲兵、誰かを貶める為に行ったか、もしくはその誰かに操られている。

ならば、俺たちは蜂ヶ崎らに付き合う必要はない。

 

「間違いだらけだ。それに、何故呉第二一号鎮守府の情報をそこまで知っている。部外者の憲兵が」

 

「っ!!」

 

「あと、俺たちは撤退する。さっき都築少将に俺が言った言葉、覚えているよな?? "不当な理由で拘束・連行された友人を助けに来た"だけ。俺たちの鎮守府に侵入した上に、仲間を拉致した。俺たちは正規の手順で訴えた。返事はないし無視される。この行動は当然の結果だ」

 

「しかし、後者の件で彼女は守るべき法律に違反しているのよ……!?」

 

 ずっと俺の後ろに居たコロラドに掴み掛かろうとした憲兵と他の艦娘の間に、俺は割って入る。背中にコロラドを守るようにし、蜂ヶ崎に艤装の砲門を向ける。

 

「俺は言った筈だ。"友人を助けに来た"んだと。コロラドに刑罰を科すよりも、まず先に貴女方に刑罰が下される。軍法違反であり法律違反だ。許可のない所属外の軍事基地への無断侵入、情報盗難、所属する戦闘員の拘束・拉致」

 

 すぐ近くに控えていた磐戸に目配せをし、彼女たちには散ってもらう。事前に決めていたことだ。このまま混乱に乗じて、彼女たちには乗り付けた装甲車を取りに行ってもらい、俺はこの場で時間稼ぎだ。

 

「それと……俺の友人(戦友)に武器を向けたな、アンタらはァ……!!!!」

 

「「「「「「ッ?!?!?」」」」」」

 

 この場に聞こえるように、わざと大きな音を出して艤装の安全装置を解除する。その音が何であるかは、艦娘たちはすぐに分かったようで、距離を置き始める。理由の分からない憲兵たちに向かって、艦娘たちは説明をし始めた。第一線で戦う程のレベルではないにしても、大和の艦娘の中でも強い、と。

真実を言えば、俺が強い訳ではないのだ。俺には砲弾投擲が出来るが、それ以外はレベル通りの強さなのだ。問題はそこではなく、味方を鼓舞すると士気が上がって戦意高揚状態になり、一時的に味方の限界突破を促すのだ。これまで海域出撃した時の経験からして、おそらくそうであろうと思われる。

しかしながら、この場に味方はいるにはいるが非武装のコロラドだけ。こちら側の憲兵たちは装甲車を取りに行っているため、この場にはいない。

俺は艤装の出力を大げさに上げながら、腰を低く落としたのだった。

 




 秋に差し掛かろうという季節に台風発生することはよくありますね。関東在住の方々は大事なかったでしょうか??

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第60話  低身長欧米金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑) その6

 

 対峙するのは艦娘二個艦隊(12名)と海軍呉派遣憲兵師団第二・第三大隊(戦闘員約250名)。一方こちらは、非武装のコロラド。こちらの憲兵は別行動中だ。

艤装を構えつつ、大げさな動きを見せながら威嚇をする。いくら敵対している相手が男であろうと、警戒を緩めることはない蜂ヶ崎ら。沈黙がどれほど続いただろうか、前方の人波の後ろから轟音が鳴り響き、憲兵たちの隊列に突っ込んできたのは装甲車だった。

 

「ごめーん、待った?」

 

 気の抜けた言葉を発するのは磐戸。装甲車の後部ハッチが開き、俺とコロラドが飛び乗ると急発進をする。タイヤをスリップさせながら、乱暴な運転でも障害物には一切接触せずに呉憲兵本部から撤退することが出来たのだった。

 しかし、それだけでは終わらなかった。俺たちが敷地内から飛び出して数分もしない内に、後ろから追跡する軍用車があった。装輪機動車だ。ドライバーは分からないが、天井ハッチから身を乗り出してメガホンで叫んでいるのは蜂ヶ崎だった。

 

『前方を暴走する装甲車!! お止まりなさいッ!!』

 

「へっへーん。止まる訳ないじゃーん」

 

 暴走しているとは言われているものの、ちゃんと交通ルールを守って走行している。呉憲兵本部から公道に出てからは、交通の妨げにならない程度の速度で走っていた。信号で停車する度に降車し、装甲車の後部ハッチをガンガン叩いている方が、余程か交通を乱しているように思えてならない。

そんなことを繰り返しながら、俺たちは呉第二一号鎮守府に帰還した。

俺たちを乗せた装甲車が門をくぐるなり、門で待ち構えていた憲兵たちが重い門を閉めて、蜂ヶ崎らを締め出す。中に向かって叫んでいるが、俺たちは駐車場までノンストップで走り抜けた。

 すぐに装甲車から降り、俺はコロラドを引き連れてゆきがいるであろう執務室を目指す。

ここまで、俺とコロラドは言葉を交わすことはなかった。俺は外を気にする必要があったし、コロラドに精神的余裕がるのか分からなかったからだ。身に纏った艤装を片付けることもなく、俺は執務室へと飛び込む。

中にはゆきの他に、秘書艦の武蔵がいただけだった。鎮守府を出発する前までいた皆は、各々課せられた任務や仕事に向かったのだろう。

 出迎えたゆきは、部屋の隅に艤装を置いてもいいと言ったので、その通りに置いてソファーに腰掛けた。コロラドも武蔵に言われるがまま、俺の隣のソファーに腰を下ろしている。正面にはゆきが座り、武蔵はお茶を淹れてくると席を離れていた。

 

「大丈夫だった? 向こうで酷いことされなかった??」

 

「あ、うん……特に何もされてないわ。数日もいなかったけど、あっちの憲兵曰く『軍法会議の申請をしているところ』だったみたい」

 

「ふーん、軍法会議ねぇ」

 

「ねぇアドミラル……私の件って」

 

「コロラドがどう思うか分からないけど、コロラドが中心にいる一件は内部で処理されるものだったよ。現に連れて行かれる前に、私はここでそう言った。大本営に報告は既にしてあるけど、それも艤装の不調が招いた誤射の件だけ。日常生活での行いに関しては、二人に折り合いを付けさせるつもりだったから」

 

「……そう」

 

 いつにもなく真面目な雰囲気で、ゆきはコロラドに一連のことを説明する。コロラドが連行(?)されてから、今に至るまでの一件。どうしてコロラドが連れて行かれたのか、何故強行手段を取って連れ戻したのか、今後の予測はどうなっているのか。

 俺がコロラド奪還に向かっている間にも、ゆきは憲兵らと共に情報収集を行っていたようだ。はじまりは、俺が建造されてから一部の海軍憲兵が独断で動き出したことだという。タイミングを見計らって鎮守府にスパイを送り込み、情報を持ち帰らせていたという。しかし、そのスパイも常駐していたということはないみたいだ。鎮守府に所属する憲兵隊は人数が多いが、管理が徹底して行われていたため、身元不明の人物が混じっているとすぐに気付かれるとのこと。そのため、潜り込んでいたスパイも、基本的には数時間程度の情報収集で撤退していたという。

そのスパイによって持ち帰られていた情報の主だったものが、(艦娘特異種)についてだった。どのような理由での情報収集かは不明だが、俺の身辺で起きていることの情報を集めていたことに変わりはない。しかし、専門家でもなければスパイとして訓練された人材を使っていないが故にぞんざいで表面的なものしか集められていなかったという。精々、俺に護衛が着いたということと、コロラドの一件くらいだという。表立って動いていたことや、機密性の高い情報(ヲ級や北方棲姫ら)は感知されなかったという。不幸中の幸いだ。

 

「今回の件、門前まで追っかけてきていたのは……海軍呉派遣憲兵師団だったね。呉憲も所属する呉に派遣されている憲兵たち。呉憲らの原隊は大本営の海軍中国憲兵司令部。呉憲兵本部の上層組織直属の部隊だよ。任務は本来の軍事警察と特別捜査。この場合は中国憲兵司令官の命令を受け、超法規的な特捜任務を秘密裏に行っていたと思われる。そんな彼女たちが部隊を率いて大々的に動いた、ということはそれほどまでに重要性の高いものだったのかもしれないね」

 

 ゆきはそのまま視線を流し、俺の顔を捉える。

 

「艦娘特異種 戦艦 大和に関わる調査だったり、とか」

 

 それは最初に言っていたな。鎮守府に侵入して得ていた情報のほとんどが俺の情報であった、ということを既にゆきは憲兵隊から得ることが出来ていた。そもそも秘密裏に行っていた特捜情報をどうやって得たんだよ。

 

「だから今回のコロラドの一件と海軍呉派遣憲兵師団の因果関係はあまりにも希薄だったと思うよ」

 

「……俺の情報を収集した際に得た副次的なもの、だったということか」

 

「うん、大和の言う通り。おそらく中国憲兵司令部へ特捜任務で得た情報を提出したものの中から、本来の目的であった大和に関する情報を抜き取り、呉憲兵本部もしくはその他司令部隷下本部への捜査情報として開示された可能性が高いよね。そう考えると、今回の騒ぎの処理方法は検討が付くよ」

 

 ゆきは足を組み、軍装の内ポケットから紙を出して見る。それを確認すると、すぐに俺たちの方に視線を戻した。

 

「こちらのコロラド拉致についても、おそらくあちら側が有利な状況で世間に知らせる可能性が高いなぁ」

 

「呉憲兵本部から撤退して、ここまでの道中に関する説明か」

 

「そうだね。だけど関係ない。確かにコロラドは事故を起こしたし、事件性を含めて呉第二一号鎮守府憲兵隊が捜査したよ。この報告は大本営に上げたんだ。受け取りは御雷(みかづち)さんだ。そのまま鎮守府内で発生した艤装の不具合が引き起こした事故として処理・公表されると思う。中国憲兵司令部の思惑通りの情報操作を行うことは、まず無理じゃないかな」

 

 既に情報戦が始まっている、と言いた気な口ぶりでゆきはソファーから立ち上がった。そのまま自分の机まで向かい、置いてあったバインダーを手に取る。

そのままソファーのところまで戻り、俺の目の前にバインダーを置いた。

 

「最初の情報戦は私たちの負け。二回目は勝ち。三回目は勝ち。さぁ、次はどうするのかな??」

 

 机から拾い上げたバインダーに視線を落とす。挟まれていた資料を読みながら、ゆきの出すオーラを感じ取っていた。いつもとは全然違うオーラ。ふざけている訳でも、何かを心配している訳でも、喜怒哀楽でもない。

 最初の情報戦。各鎮守府に侵入している、中国憲兵司令部呉派遣憲兵師団の防諜。ゆきたちは気付いていなかったのだ。二回目の情報戦。呉第二一号鎮守府に来た浅倉海軍大将の一件。より詳細な情報を得るため、艦娘特異種を手に入れるための作戦。予想以上に呉第二一号鎮守府の山吹 ゆき海軍大佐が優秀であったことと、鎮守府所属艦娘の練度が高かったことを考慮出来なかったのだ。三回目の情報戦。離反した空母ヲ級や制圧した北方棲姫らに関する防諜。幾度となく侵入を許しているものの、彼女たちが持ち帰っていた情報を選びすぎていた。この情報もかなり重要性・機密性が高く、今後の戦局の趨勢を決するものであると言っても過言ではない。この情報を用いて、俺に関する情報や俺そのものを手に入れることも出来たはずだ。次あるであろう四回目の情報戦。それは……

 

「呉第二一号鎮守府、独自の防諜プログラム作成??」

 

情報を完全に遮断し、侵入する者の徹底的な排除だった。

 ゆきが渡したバインダーの中身を確認したが、どうも違和感がある。書類形式については、正式文書でないためなんとも言えない。しかし、書き方や整理の方法に見覚えがなかった。最後まで確認した後、ゆきに視線を向ける。するとゆきは、バインダーを俺の手からすり取ってコロラドに手渡した。

 

「コロラドも関わってしまったのだから、知っておいてもいいと思うんよ。どうかな??」

 

「は、はぁ……。私が生まれる前の話が多いみたいだけど……ほとんど分からないわよ」

 

「コロラドの知らないことも多いから仕方ないよ。特に空母ヲ級と北方棲姫に関することは、情報は完全に一部の関係者しか知らないことだからね」

 

「えぇ?! た、確かに、アイオワたちから聞いてはいるけど、本当のことなの?? 私、姿を見たことがないわ」

 

 そんなことを言っているが、コロラドはヲ級を見たことがある筈だ。しかし今は黙っておこう。

 

「これまでの話を聞いていて分かったと思うけど、私たちは軍の知らないことをやってるの。最初は大和の存在に関すること。彼が引き金となって起きたこと。そして……長きに渡る戦争への終止符を」

 

※※※

 

 帰還早々に飛び込んだ執務室で、ゆきから今回の顛末と裏で起きていたことの説明を受けた。ほとんどはコロラドへの状況説明ばかりであったが、中には俺も知らないことが幾つか紛れ込んでいた。しかしながら、コロラドの一件は氷山の一角に過ぎないのだとゆきは宣う。元々の要因は別であるにしろ、結局大きな力に利用されたことは確かなのである。

一通りの説明をなんとか咀嚼したコロラドは、自分の行いが想定以上に周囲へ影響を及ぼしていたことを知ったみたいだ。

 

「そ、そう……私は」

 

「ゆっくりでいいからね」

 

 膝の上の握り拳を爪が肉に食い込むほど握りしめ、俺の方に視線を向ける。俺は静かにコロラドの方を向いた。

 

「わ、私はっ……!!」

 

「……」

 

「私はッ……貴方と、」

 

 プルプルと震える拳を必死に膝の上に抑えつけながら、一度目をぎゅっと閉じてから俺の目を捉えた。

 

「貴方とな、仲良く、したいっ!! 素直に、なれなくって……っ!! 北方海域の海上でも本当は別のことを言いたかった」

 

「そうか……」

 

 俯いていて表情は見えないが、声色の強さから気持ちは伝わってくる。俺は静かに返事を返し、コロラドの言いたいことを全て言った後に返事をしようと決めた。

 

「鎮守府ですれ違う時も、もっと別のことを話したかった。海上で入れ替わる時も労いの言葉をかけたかった。皆と同じように自然と話したかった。今更後悔ばかりで、呉憲兵本部に連行されそうになった時も、貴方はその場に駆けつけてくれた。あれだけ酷い言葉を言うことでした私のことを、貴方は青い顔をして来てくれた。そんな資格がないって分かってたのに、どれだけ貴方の心を傷付けたかなんて分かっているのに、許されることを周りが段々と許さなくなっていくのに。日に日に増していく危機感を払拭することに葛藤しながら、積み重なっていく罪悪感から目を逸らしながら、徐々に遠のいていく足に活を入れることも怖くなって……」

 

「……」

 

「鎮守府で貴方を見かけることも段々と少なくなって、空いた時間は貴方を探して、今でも仲良くしてくれるアイオワの力を借りたりもしたけど、それでも私は……」

 

「……」

 

「言い訳だって分かってる。貴方を前にして素直になれなくて、悪口ばかり吐いて嫌われ、それを知った他の皆が私に止めるように言ってくることもあった。私も心の中では貴方とちゃんと話したいと思っていたの……!! 今更言えることじゃないけど、今までごめんなさい!!」

 

 一言で済ませるつもりはなかったのだろう。しかしながら、コロラドも仲良くしないと思ってくれていた、その言葉を聞けただけでも俺は嬉しかった。これまでの暴言の数々は、確かに謂れのないことばかりで少々傷付いた。だが、こうして逃げずに話してくれた。俺が行った行動が結局コロラドにとって悪手だったが、それを俺は反省しながら彼女の気持ちに応える。

 

「俺も……コロラドとも仲良くしたいと思ってた。それと、俺も悪かった」

 

「え……??」

 

「さっき俺と話すために探してたって言ったろ?? 最初はその悪口も聞いていたが、それがコロラドの周囲のためにならないと思って部屋から出ないようにしてたんだ。それが悪手だった。俺を見かけなくなってから、色々あっただろ?」

 

「え、えぇ……あまり話したことのない娘たちが少し。それに、憲兵たちも来たことがあったわ」

 

「……本当に悪かった。本当に仲良くしたかったのなら、ああいうことはするべきではなかったんだ」

 

「別にいいわよ。全ては私が悪いんだし……」

 

「あぁ。俺も気にしない。だから、これからよろしくな」

 

「こちらこそよろしく」

 

 ようやく、コロラド建造から始まった騒ぎは幕を閉じた。この場にゆきがいたことを忘れていた訳ではないが、ゆきは何故か娘や息子を見るような目でコロラドを見ていた。後で聞いたことだが、どうやらコロラドが度々相談しに来ていたからだという。

 執務室を後にした俺は、廊下で待ちぼうけを食らっていた護衛の皆を連れて一度私室に戻ることにした。その道中にコロラドとの一件を説明したのだが、やはり理解はしても納得はしてくれなかった。

霞数人は直接話してみるとは言っていたが、集団で押しかけることはしなようにと言い含める。しかしながら、浜風と磯風は俺の話を聞いても、そこまで気にしている様子はなかった。俺がコロラド救出に向かっている最中、雪風と長いこと話していたという。その際に事故の件の詳細を聞き、雪風自身の見解と俺やゆきの判断についても耳にしていたという。結局、雪風の又聞きで詳細を知っていたということだった。確かにコロラドの態度は同性でも鼻につくが、顛末や態度の真相を聞けば許すつもりになったのだ、と磯風は笑いながら言っていた。

話を聞く前とでは態度が違いすぎるが、それを本人に聞くのは野暮だろう。俺は黙って私室を目指した。

 

※※※

 

 コロラド奪還作戦から一週間経った。鎮守府内での混乱は見る影もない程に落ち着き、コロラドは他の艦娘とも話している姿をよく見かけるようになった。やはり皆、コロラドの行為が理解出来ずに直接話しに行っていただけであって、本人を嫌っていたという訳ではなかったということだ。

また、呉憲兵本部や海軍呉派遣憲兵師団への対応もスムーズに進んだ。前者はそもそも情報に踊らされ、味方に対する工作活動を大本営に咎められたために大人しくなった。しかし後者は一枚岩ではなかった。呉第二一号鎮守府への侵入等の諜報活動の件は、海軍呉派遣憲兵師団の上層組織への糾弾があったものの、反省する素振りはなかったとのこと。しかし海軍を取り纏めているところからの言葉となると、話は別だったようだ。味方が目の前の敵に集中できなくなることや、そもそも何故そのような部隊が設立されているのかについて、師団の母体が言及に対して応えることが出来なかったのだ。御雷さん曰く『恐らく、政府の息がかかった部隊』ということだった。それならば、納得出来る点もある。結局今回の件で、師団の母体に監査が入ることになり、各派遣先に駐屯している憲兵師団は現地の憲兵本部に吸収されることとなったのだ。

 斯くして、鎮守府に再び平和が訪れたのであった。いつもの日常に戻った俺たちは、いつの間にか止まっていたレベリングも再開することになり、毎日北方海域に出撃している。勿論、俺に宛てがわれた第一艦隊の面々は『レベリングの日々が戻ってきたね』と口を揃えて言った。飽きてきているのかもしれないが、長期休暇を挟んだから別にいいだろうに。

しかし、一連の事件で唯一変わったことがあるとすれば……

 

「ヤマト!! 肩車しなさい!!」

 

「えー」

 

「あのジャガイモ戦艦(ビスマルク)がまた私に向かって『おチビ戦艦』とか言うのよ!! 尊敬と畏敬の念が足りないわ!!」

 

「いや事実……」

 

「違うわよ!! 私はビッグ7なの!! ビッグなのよ!!」

 

 といった具合に、ここ最近は別の意味で騒々しいのだ。こればかりは矢矧たちも苦笑いし、武蔵は特に触れてくることもない。強いて言えば大和が『私たちは新生ビッグ7ですよ?!』と変な対抗意識を燃やしていたりするくらいだ。

 呉第二一号鎮守府に所属するビスマルクというのは、ハッキリ言ってしまえば一人前のレディー(大きい暁)である。やはり所属する鎮守府の長によって、艦娘もそれぞれ性格が変わってくるのだ。ウチのビスマルクは顕著ではあるんだがな。

そのビスマルクと事ある毎にキャットファイトしてくるのがコロラドなのである。大概が今回のようにビッグ7絡みでもあるのだが、基本ビスマルクが無駄なことを言ってコロラドが怒るといったところだろう。もう仲介役を毎日のようにやっている気がする。

 

「はいはい分かったから、コロラドもヤマトのところに言ってもしょーがないでしょ」

 

 アイオワが慣れたようにコロラドを俺から引き剥がす。俺の記憶が正しければ、アイオワってもっとハイテンションというかポジティブで明るいイメージがあるんだが、どうしてかこの鎮守府のアイオワはそのようなことはない。足柄みたいな感じなのだ。もしかしたら、本来の性格はこういうもので、俺の持っていたイメージが尾ひれの付いたものだったのかもしれない。

 

「むー!!」

 

「アイオワが保護者してると、本当に親子みたいだな」

 

「貴方だって、ムサシに腕引っ張られながら歩いていると、ムサシの方が姉に見えるわよ」

 

「うっせ、コロ助」

 

「そこに、かがみ、なさい!!」

 

 目の前でブンブンと振り回される腕が届くはずもなく、片手でコロラドを抑えながらアイオワに話しかける。

 

「それで、今回の件は??」

 

「あ、えぇ。いつもの奴よ。ビスマルクがコロラドに余計なことを言ったんだけど、最初はコロラドも耐えたの。流石に何度もヤマトやアドミラルに怒られれば懲りてたみたい。だけど、何度も言われると我慢出来なかったみたいね」

 

「まぁ、コンプレックスみたいだしな」

 

「そうねぇ。やっぱりナガトやムツと比べられることが多いからじゃない??」

 

 うーん、とアイオワと唸っていると、視線の下方で暴れる影が動きを止めた。

 

「どうした、コロ助」

 

「コロ助じゃない……、落ち着いただけ」

 

「そうか。で、ビスマルクのところに行くのか??」

 

「行かないわよ、あんなポークソーセージのところ」

 

「そんなこと言ってると、またビスが癇癪起こすぞ」

 

「いいわよ別に。それで、そのコロ助ってのやめて」

 

「えぇ……じゃあコロちゃん??」

 

「何故、"ちゃん"付けになったの……」

 

「なんとなく」

 

 そう。なんとなくなのだ。コロラド呼びは、仲良くなれなかった頃と分けるためにやめた。少し不機嫌そうにも見えるコロラドの頬が少し赤くなっているのを見て、俺はその場を離れる。見つけたのは話題の人物だった。

 

「おーいビス!! コロちゃんが、お前のこと」

 

「わー!! わー!!」

 

 色々あったが、最終的には仲良くなれてよかったと思う。艦娘も憲兵も、仲良くなっていくのは難しいところ(男性保護法的に)もあるが、こうやって着々と友人を増やしていくのは楽しいことだ。

しかし、何か忘れているような気がするんだが、一体なんだっただろうか。忘れるくらいだから、そこまで重要なことではないだろうが、そのうち思い出すだろう。

 





 今回で金髪碧眼童顔ロリっ子ビッグ7(笑)は終わりです。感想欄で皆さんの感想を拝見しながら書いていましたが、一年以上も放置していたのに意外と読まれていて嬉しかったです。
これからも、以前までの頻度とはいかないものの、完結までなんとか持っていこうかと思っております。
よろしくお願いします。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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