GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ (護衛艦レシピ)
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遭遇編
エピソード1:未知との遭遇


      

 20XX年 8月 東京 銀座

 

 その日も東京は、湿度の高い東洋ならではの不快な暑さに包み込まれていた。それにもかかわらず大勢の人間が街を忙しなく動き回り、車が列をなし排気ガスを吐き出しながら進む。

 

 ごくごく普通の、有り触れた夏の光景―――しかし、この日だけは少し様子が違った。

 

 

「蛮族どもに告ぐッッ!! 皇帝モルト・ソル・アウグスタスの名において、帝国はこの地の領有を宣言するッ!!」

 

 

 突如として響いた異世界の言語を合図に、銀座は惨劇の舞台となった。

 

 

 ――いわゆる、「銀座事件」である。

 

 

 突然現れた巨大“な門”から、まるでファンタジー世界のような軍隊が出現する。人々は何事かといぶかしがったが、その答えが出たときには既に手遅れとなっていた。

 

 伝説上のドラゴンを彷彿とさせる生物が人々を喰らい、醜悪なバケモノが人々を斬り殺していく。逃げ惑う人々には、空から雨あられと矢が降り注いだ。

 

 一時間もたたないうちに屍山血河となり果てた銀座を闊歩する、古代ローマ帝国風の歩兵たち。その中の一人が、うず高く積まれた死体の山に旗を突き立てた。そして帝国の進撃は止まることなく進んでいく……。

 

 

 

 ―――はずだった。

 

 

 

「……今、何と言ったのだ?」

 

 皇帝モルト・ソル・アウグスタスと第3皇女ピニャ・コ・ラーダがその報告を聞いたのは、午前の政務を終えて昼食をとろうとした矢先の事だった。

 

 

 ――――遠征軍 全滅。

 

 

 突如もたらされたその報を聞いた時、始めピニャは信じることができなかった。これまで帝国は諸国を武力を持って平定し、逆らうものは悉く滅ぼしてきた。その武威は天下に響き渡り、外国も迂闊に手を出すことが出来ないほどである。

 

 そんな帝国の精兵たちが壊滅?しかも、『門』を抜けたとの報告が入ってから数日と経っていないのである。信じられるはずがなかった。

 

「……その言葉、嘘偽りは無いだろうな?ゴダセン議員」

 

 戦場からそのまま来たのだろう。ゴダセンと呼ばれた男は、血と泥にまみれた鎧を着たまま、憔悴しきった表情で頷いた。つい数日前までは整えていたであろう髪と髭は、乞食と見まがうほど乱れている。背後にいる彼の従者たちも同様で、眼孔は落ち込み、唇はガサガサでひび割れていた。

 

 

「……当初、作戦は何の問題もなく進んでおりました。我々が『門』を抜けると、そこには蛮族どもがアホ面を並べてこちらをぼんやりと見ておりました。」

 

 彼は疲れた顔を上げると、訥々と話し出した。

 

「我々は一気呵成に奴らに突撃しました。私も槍を手に取り、戦場を駆けておりました。初めの内は、奴等はただ逃げ惑い、我らの敵ではありませんでした。しかし……」

 

 当時の様子を思い出したのか、ゴダセンはそこで言いよどむ。唇は震え、徐々に血の気が引いていく。

 

「半日も経とうかという頃になって、敵の反撃が始まったのです……私が率いていた600人ほどの歩兵大隊はその時、敵の城を包囲している最中でした……」

 

 その態度にピニャはよっぽどの大軍であるとあたりを付けた。だが、彼の言葉はピニャの予想を遥かに超越したものだった。

 

「我々に向かってきた敵は20人ほどの小部隊。戦い始めて1時間も経たない内に、逃げ出したのは我々の方でした……」

 

 

 あの時の衝撃を、ゴダセンが忘れる事は一生無いだろう。

 

 

 隊列を組んだ敵兵が彼らの武器らしき鉄の棒を構えると、甲高い破裂音が連続して響いた。とっさに盾を構えて凌いだものの、周囲には部下の死体が折り重なるようにして倒れていたのだ。

 

「ワイバーン隊が敵の注意を引き付けてくれたおかげで、なんとか数で押し切ることは出来ました。しかしそのために部下の4割を失い、ワイバーン一個小隊は全滅です。そのあと我々は、ゲートを抜けて逃げるしかありませんでした……」

 

「馬鹿を言うな!」

 

 ピニャは椅子を蹴るほど勢いよく立ち上がると、机を思いっきり叩いた。

 

 

 己が耳を疑わずにはいられない―――この男は、今何と言ったのだ?

 

 

「20人? 精強なる帝国兵が、たった6分の1の敵兵にやられたというのかっ!」

 

「……左様でございます」

 

「嘘を言うなっ! 帝国軍はその数百倍はいたのだぞ。それなのにたった、たった百人にやられたというのかっ!!」

 

「落ち着くのだ、ピニャ」

 

 激昂したピニャが口泡を飛ばしながら問い詰めんとした時、皇帝が口を開いた。

 

「敵の数は問題ではない。もし仮に少数の敵に翻弄されたのではなく、多数の敵に飲み込まれたのだとしても、本質的には同じこと」

 

 遠征軍の質と量は、これまでの遠征と比べても遜色の無いものだった。しかしここまで一方的に敗北した遠征は、未だかつて帝国の歴史に無い。

 

 

「“門”の先に我らを超える軍事力が存在する――真の問題はそこなのだ」

 

 

 『帝国』の強さは、厳格な軍記や他部族より先進的な武器・編成・官僚システム、そして何より膨大な人的資源にもとめられる。帝国の保有兵力は30万、そして動員可能兵力は50万、同盟国から提供される戦力を合わせれば80万にも達した。諸王国の中で最大とされるエルベ藩王国の総兵力の数倍である。

 

 一対一ならばフォルマート大陸のいかなる国家をも蹂躙しうるこの巨大な「蒸気ローラー」の動力源は、膨大な数の人口にあったのだ。

 

 

 思えば、帝国はこれまでの勝利に慢心し過ぎていたのかもしれない。ロクに事前調査もしないまま、“門”の先にある勢力を自分たちより劣る蛮族と決めつけ、軍隊を送って武力制圧を試みた。

 

 

 その結果、帝国は歴史に残る大敗北を喫した。“門”の先にあったのは、自国をはるかに凌駕する技術を持った勢力だったのだ。

 

「帝国は 鷲獅子 ( グリフォン ) の尾を踏んでしまったのかもしれん……」

 

 皇帝の脳裏に、最悪の可能性が思い浮かぶ。

 

 

 ――“門”の先にある勢力は、先制攻撃をした帝国を許しはしないだろう。必ずや報復に出て、村を焼き払い、娘を犯そうとするに違いない。

 

 

 あるいは復讐心ではなく、打算から帝国を滅ぼそうとするかもしれない。先の遠征の結果、軍事力の差が圧倒的であることが判明してしまった。進んだ文明が劣った文明に仕掛ける侵略ほど、楽に儲けられる戦争は無い。帝国の豊かな穀倉地帯や鉱山は、真っ先にその標的となるだろう。

 

「しかし! 挙国一致で団結し、帝国の総力を結集すれば――」

 

「そんなお伽話が、実現するとでも?」

 

 あくまで帝国の優位を信じるピニャに、皇帝は皮肉っぽく返す。

 

「狼を前にした羊は、互いに助け合ったりなどしない。我が身可愛さから一目散に逃げた後は、食い殺される仲間を遠巻きに見つめるだけだ」

 

「周辺の諸王国が、帝国を見捨てると……?」

 

「見捨てる、か。それだけなら、まだ可愛げがある」

 

 皇帝が何より恐れているのは、帝国の苦戦に付け込んだ諸王国が反乱・独立を企てることだ。最悪、寝返る可能性すらある。ヒト至上主義の帝国で虐げられてきた亜人種たちが、これをきっかけに暴徒化するかも知れない。

 

「ですが、帝国にはまだ兵がいるではありませんか!?」

 

 ピニャの言う通り、帝国軍は全滅した訳では無い。遠征で総戦力の6割を喪失したとはいえ、残りの4割は無傷のまま温存されている。

 

「だからこそ、だ。帝国は残りの兵を、無闇に動かすわけにはいかん」

 

 いつになく険しい表情で皇帝は言う。残りの軍は各地に駐屯し、治安維持と反乱防止のために存あるのだと。敗戦で国内が動揺している今、軍という箍を外せば帝国は内側から崩壊する。

 

「よいか、ピニャ。今の帝国は、丸裸も同然なのだ。慎重に動かなければならぬ。敵はあと一撃で、我らを葬り去れるのだから」

 

「そんな……」

 

 ここに来て、やっとピニャも事態の深刻さを悟ったらしい。これまで武力で周辺国を蹂躙してきた帝国が、今度は蹂躙される立場になるかも知れないのだ。

 

 

「陛下、恐れながら……ここは和平を結ぶべきかと」

 

「ゴダセン議員!」

 

 それまで黙っていたゴダセン議員が、絞り出すようにして口を開いた。思わずピニャが叱咤するも、ゴダセン議員は頭を下げて懇願する。

 

「乞食のように慈悲を乞う事が、どれほど屈辱的で耐え難いかは存じております!しかし、いま戦えば帝国は滅びます!ここを涙を呑んで和睦を結び、失った国力の回復に力を注ぐべきです!」

 

 悪くない提案のように思われた。一時的な講和によって時間を稼ぎ、富国強兵に努めて雪辱を晴らした例は歴史上にも多々ある。

 

「議員、話は分かった……。余とて、講和が叶えばどれだけ有り難いかと思っておる。……だがな」

 

「陛下……?」

 

 疑問の声を漏らすゴダセン議員に、皇帝は疲れたように応えた。

 

 

「―—連中が、和平などに応じるものか」

 

 

 先の戦いで歴史的大敗を被った帝国は、国民の不満と反乱に日々怯える有様だ。まともな国家なら、こんな好機を逃すはずがない。

 

 ゆえに、皇帝は決断せねばならない。異世界の軍勢から、彼の治める国を守るために……。

 

 

「ゴダセン議員、徴兵の準備を進めろ」

 

 皇帝はよく通る声でそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「それから余は、少し帝都を離れる」

 

「ど、どちらに向かわれるので?」

 

「秘密だ。余が帝都を離れている事も、無駄な混乱を起こさぬよう他言は無用。――よいな?」

 

 ピニャはまだ何か言いたげだったが、皇帝はそれを無視して、決然とした足取りで庭を後にする。

 

 

 ――少し、会ってみたい者があるのでな。

 

 

 そう言い残して。

 

 




 ゲート2期もそろそろ最終話。いやぁ、長いようで短かった・・・・・。

 放送前に自分が予想してたストーリーを投稿してみました。


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エピソード2:嵐を待ちながら

    

「当然の事ですが、その土地は地図に載ってはいない。“門”の向こう側はどうなっているのか?何があるのか?それについては一切不明です。

 

 今回の事件では多くの犯人を逮捕しました。現在、彼らは法を犯した犯罪者、もしくはテロリストに過ぎないのであります。

 

 “門”を破壊しても事態は解決しません。また日本国内のどこかに、門が現れるという不安を抱えることになります。

 

 

 ならば、門の向こう、特別地域を日本国内と考える事にしました。

 

 

 そしてわれわれは向こう側を知り、そこにいる勢力を交渉のテーブルに着かせるために、赴く必要があると判断したのです。たとえ危険を覚悟してでもです。

 

 我が日本国政府は特別地域の調査と銀座事件の犯人の逮捕、補償獲得の強制執行のために、門の向こうに自衛隊を派遣することに決定いたしました」

 

 

    ―――銀座事件直後、当時の首相・北条重則の演説より

 

 

 ◇

 

 

 門の内側に繋がる世界、『特別地域』略称"特地"からの侵略を退け門を占拠する事に成功した自衛隊は特地での実態調査及び事件の再発防止を兼ねて門へと進出した。

 

 これに対してアメリカ及びEUは協力を惜しまないと表明。一方でロシアや中国等は門は国際的な管理下にと表明するも、首相はこれを黙殺。

 

 最終的に幹部、三曹以上を中心に編成された3個師団、およそ2万人もの大部隊が派遣される事になる。

その中には『二重橋の英雄』こと、伊丹耀司の姿もあった。

 

 彼は多くの一般市民を皇居へと避難させてその命を救い、銀座事件終結への糸口を切り開いた立役者でもある。

 

 こうして紆余曲折を経て、特地派遣部隊―—通称:特派はゲートに入ったのであった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 場所は変わって帝都『ウラ・ビアンカ』――フォルマート大陸にある超大国・通称『帝国』の首都であり、アルヌスの丘より東に約600km離れた場所に位置する。

 

 その中央に位置する帝国元老院議場では、この超大国を統べる有力者たちが異世界からの侵略者への対応を話し合っていた。

 

 

「率直に言って、今度の遠征は大失態でしたな。帝国の保有する総戦力の約6割が喪失。皇帝陛下は如何なる対策をご講じられますかな?」

 

 元老院の中央では、元老議員の一人・カーゼル侯爵が演説を振っていた。その批判の矛先は、目の前にいる人物――現皇帝モルトだ。

 

 皇帝モルト・ソル・アウグスタス……若き頃は自ら騎士団を率いて敵を退け、領土の拡大と支配の強化に成功した。文武の両面で辣腕を揮い、帝国史上最大の版図をを作り上げた英傑。今は前線から退いているものの、その威厳はいっこうに衰えを知らない。

 

「カーゼル侯爵、卿の心中は察する。外国や諸侯達が一斉に反旗を翻し、一斉に帝都に攻め込んでくるのではないかと不安なのであろう?」

 

 帝国始まって以来の大事件なのだが、皇帝の顔に悲壮感は見られない。むしろ余裕しゃくしゃくといった表情である。

 

「しかし我らが帝国は危機のたび皇帝、元老院、そして民衆が一つとなって切り抜けてきたではないか。250年前のアクテク戦役のように」

 

 信じてもいない台詞が、皇帝の口からすらすらと流れるように飛び出す。

 

「如何なる精強な軍勢であろうと百戦百勝は存在せん。故に此度の敗北の責任は問わぬ。だが、まさか他国の軍勢が帝都を包囲するまで“裁判ごっこ”に明け暮れようとする者はおらぬな?」

 

 皇帝が言い放つと、周りの議員からどっと笑い声が起きる。

 

 してやられたカーゼル侯爵は苦々し気な表情になるも、それ以上の追及は諦めた。変に問題を大きくすれば、多くの議員を敵に回しかねないからだ。

 皇帝は失敗の責任うやむやにする事で、何人かの議員に恩を売りつつ自分の責任をも不問にしたのだった。

 

 

「ですが陛下、敵は見たことも無い魔術を使う模様。遠くで音がしたかと思えば、次の瞬間には兵がなぎ倒されている……儂も長年魔導師をしておりますが、あんな魔術は見たこともございません」

 

 カーゼル侯爵の隣にいた、ゴダセン議員が恐怖を顔に滲ませながら発言する。彼が1週間前に行われた“門”防衛戦で僅か2日足らずの内に潰走し、命からがら帝都に帰還したのは記憶に新しい。

 

 

「何を弱気なことを! 我らには戦いあるのみ!兵が足りぬなら属国の兵を根こそぎかき集めればよいッ!!」

 

 がっしりとした体格のポタワン議員が、ゴダセン議員の弱気な発言を遮る。

 

「窮地だからこそ、こちらから攻めこむのだ!先手必勝という言葉もある!」

 

 威勢のいいポタワン議員の発言を受けて、賛成・反対の意見が共に方々から沸き上がった。

 

 

「然り!敵が我らの領土を侵略しているのですぞ!?座して国土が蹂躙されるのを見ているおつもりか!」

 

「しかし我らは二度も敗走しているのだ。兵力も不足しているし、財政的な余裕も……」

 

「ここは防御を固めて持久戦に持ち込み、しかる後に反転攻勢をかけるべきだ。兵站の利は我らにある」

 

「敵は異世界の軍だけではない。遠征の失敗を聞いて、各地の不満分子が勢いづいている。奴らに連合の機会を与えぬためにも、短期決戦に持ち込むべきだ」

 

 

 正論と野次の飛びあいが玉座に響き渡る中、それを制するように皇帝が立ち上がる。

 

「余はこのまま座視する事を望まぬ。なぜなら民を侵略者の手から守る事もまた、帝国の義務だからだ。諸国に使節を派遣し、援軍を求めよ」

 

 議員たちから「おおっ」とどよめきの声が漏れる中、皇帝は両手をあげて高らかに宣言した。

 

 

 

「我等は連合諸王国軍(コドゥ・リノ・グワバン)を糾合し、アルヌスの丘を奪還するッ!!」

 

 

 

 議会は拍手と歓声に包まれ、主戦論が大勢を占める。カーゼル侯爵に出来たことは、せいぜい「アルヌスの丘は人馬の骸で埋まりましょうぞ」と吐き捨てるぐらいだった。

 

「陛下!」

 

 そしてもう一人の反対派、ゴダセン議員も血相を変えて叫ぶ。

 

「おやめくださいッ! 彼らと戦えば、帝国は破滅しますッ!!」

 

 

「――何を言うか」

 

 

 皇帝はゴダセン議員を睨み付け、威厳のある声でハッキリと告げた。

 

 

 

「逆だ。 ――いま戦わねば、帝国は滅ぶのだ」

 

 

 

 **

 

 

 やがて議員たちが退出していき、広い会議場には皇帝だけが残された。

 

 

「……」

 

 会議が終わってから、皇帝はずっと無言のままだった。その額には、深い皺が刻まれている。

 

 

(ついに来たか……)

 

 3か月――決して早くは無いが、充分な戦力を揃えた上での侵攻ならば遅くは無い。

 

(欲を言えばあと1週間……いや、せめて5日間だけでもあれば)

 

 帝国は安泰だったというのに――少しばかり悔しそうに、皇帝は唇を噛む。

 

 

 自衛隊がそうであったように、帝国もまた3か月という時間を利用して様々な対策を打っていた。

失った兵数を埋めるための徴兵、その軍資金を集めるための特別税、諸王国への根回しと懐柔工作……その甲斐あってか、なんとか現時点で諸王国が離反するという最悪の事態は免れた。

 

 そして何より――。

 

 

「……陛下」

 

 

 静寂を破るように、澄んだ声が会議場に響いた。まだ女性というには若い、少女の声。

 

 皇帝が振り返ると、そこには青髪を短く切った少女が立っていた。ややもすれば無表情になりがちな顔が特徴で、足まであるローブを羽織っている。

 

 

「師匠がお呼びです」

 

「そなたは確か……カトー老師の弟子、だったか?」

 

 皇帝の問いに少女――レレイ・ラ・レレーナはこくんと頷く。

 

 3か月前、コダ村で魔法を学んでいた彼女と師匠であるカト―老師宛てに、一通の封筒が届けられた。やたら豪華な装飾が施された封筒を興味津々で開けると、中には皇帝の名義で「帝都まで来てほしい」との旨が書かれた手紙が入っていた。 

 

 

 そして突然の事に面喰らいながら帝都まで来た2人の子弟に、皇帝は「ある計画」を持ち掛けたのだった――。

  

   




帝国サイドで登場するレレイさん。
なんせ帝国始まって以来の危機ですからね。お国のために尽くすのが(ry


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エピソード3:諸王国連合軍、アルヌスに立つ!

      

その日、アルヌスの丘付近には帝国の召集に応じた、連合諸王国軍が勢揃いしていた。約二十ヵ国の連合軍で、兵力を合算すれば約30万近くに達する大軍勢だ。

 

 中世あたりの文明レベルであるフォルマート大陸において、10万を超す大軍が組織される事はめったにない。ほとんど一国を滅ぼしうる大軍に対して、敵はたったの2,3万足らず。

 

ゆえに多くの諸侯は、戦いの行く末を楽観視していた。

 

 

「デュラン殿、此度の戦だが、我らはいかように攻めるべきか?」

 

 エルベ藩王デュランに声をかけたのは、リィグゥ公国のリィグゥ公だ。

 

「帝国によれば異世界の兵は穴や溝を掘り、アルヌスにて野戦陣地を造っている模様。もっとも、これほどの大軍の前では悪足掻きに過ぎぬでだろうが」

 

「たしかに。兵力では我らが圧倒的に上回っておる」

 

 リィグゥ公の発言を認め、頷くデュラン王。敵の野戦陣地は厄介だが、それを補って余りある兵力差だ。

 

(それだけに腑に落ちん……帝国はなぜ、わざわざ我らを招集してまで大部隊を集結させたのだろうか)

 

 この戦いに勝利すれば、帝国は功績に応じた報酬を各諸侯に与えなければならない。というより、諸侯の大部分はそれを目当てに集まっている。

 

(この程度の敵ならば、帝国軍だけでも打ち破れるだろうに……)

 

「ではデュラン王、また後で会いましょうぞ! 敵は多く見積もっても3万、されど我らにはその3倍の兵士がいる。すぐに勝敗は決しましょう」

 

 「ハハハハハ」と上機嫌に笑った後、去って行くリィグゥ公。自信に満ち溢れたその顔が真っ青になったのは、それから3時間後のことであった―—。

 

 

 **

 

 

 昼が過ぎた頃になって、連合諸王国軍は全軍がアルヌスの丘に向かって進軍を開始する。

 

デュラン王もまた馬上の人となり、他の諸侯に後れを取るまいと兵を前へ進めていた。

 

「状況を報告せよ」

 

「はッ! アルグナ王国軍、モゥドワン王国軍、リィグゥ公国軍、共にアルヌスへの前進を開始。我らよりわずかに先行しているようです」

 

「うむ。それで帝国軍はどうなっている?」

 

 デュラン王が問うと、伝令は困った表情をした。

 

「それが……先ほどから陣地を一歩も動こうとしないのです」

 

「……何?」

 

 デュランがまず最初に考えたのは、帝国軍が自分たちを弾除けに使おうとしている、という事だった。

 

(しかし敵はたったの2万、押しつぶせぬ数ではない。むしろ一番槍の名誉や、諸侯の反発を買う事による不利益の方が大きいのではないか……?)

 

 デュラン王の頭に浮かんだ疑問が解けるまで、そう長い時間はかからなかった。

 甲高い飛翔音が聞こえてきたかと思うと、いきなり地面が爆発したのである。

 

「な、何事だッ!? アルヌスが噴火したのかッ!?」

 

 何が起きたのか全く分からず、デュランはただ叫ぶ事しか出来なかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 帝国軍が突撃すると、自衛隊は猛然と反撃してきた。信号弾を確認すると同時に、一斉に砲撃を開始。あらかじめ設定された砲撃区域に、ありったけの砲弾を叩き込む。

 

 一瞬のち、土嚢が崩れ、帝国兵が吹き飛ばされた。抗う術のない暴力、中には反撃しようと弓矢を放つ者もいるが効果はゼロに等しい。

 

 

 200発以上の榴弾があちこちに穴をうがった後、さらに接近してくる帝国軍に対し迫撃砲の一斉射撃が始まった。大気をたたき割る様な砲声が連鎖する。

 

 まもなく弾着が生じ、大量の土砂が吹き上げられた。続々と爆発が生じ、兵士が吹き飛ばされていく。

なにもかも、全てが吹き飛ばされていくような感覚。至近弾を食らったが最後、帝国兵の身体はぐしゃぐしゃの肉塊へと変貌した。

 

 

 砲撃はさらに勢いを増し、アルヌス基地の周辺はまるで無数の煙と炎で燻されているようだった。

運の良い者は砲撃で抉られた穴に退避することで、鼠のように震えてひたすら砲撃が終わるのを待つしかなかった。

 

 

「どうしたッ!! 敵の魔法攻撃か!?」

 

 混乱は前衛を務めていたリィグゥ公国軍でも起こっていた。生まれて初めて体験する砲撃に、公国軍は恐慌状態に陥る。

 

「敵はどこにいるんだ!? こんな攻撃魔法は見たことないぞ!?」

 

 慌てふためく兵士たちの前で、リィグゥ公が檄を飛ばす。

 

「全部隊、亀甲隊形に移れッ!!」

 

 『亀甲隊形』とはその名の通り、盾を掲げた歩兵が重なり合って亀のような外観になった密集隊形の事を指す。矢などの飛び道具に対して絶大な防御力を発揮し、主に攻城戦での突撃に用いられている。

 

(とにかく、少しでも防御力を上げて敵の攻撃を凌げば……)

 

 そんなリィグゥ公の甘い期待を打ち破るように、再び爆発が起きた。今度は至近距離で砲弾が炸裂し、その衝撃でリィグゥ公もで吹き飛ばされる。

 

「うぅ……」

 

 傷だらけで立ち上がったリィグゥ公が見たのものは、自軍の兵士達が為す術もなく吹き飛ばされていく様子であった。

アルヌスの丘は砲弾が爆ぜる音と諸王国連合軍の断末魔の合唱が響く、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

「……これは戦ではないッ!! こんなものが……こんなものが戦であってたまるかッ!!」

 

 それが、リィグゥ公の最後の言葉となった。彼の真横に砲弾が直撃し、リィグゥ公は帰らぬ人となった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 『それは戦争と呼べるようなものではなく、ジエイタイによる一方的な虐殺であったーー』

 

 後に刊行された、帝国年代記の最初に一説にはこのような記述がある。恐るべきはそれが歴史書にありがちな誇張でもなんでもなく、事実だという事にあった。

 

 0対10万――ギネス新記録を樹立した、自衛隊と諸王国連合軍のキルレシオが打ち立てられたのもこの日である。

これには当の防衛省ですら初めは信じられず、わざわざ外部から調査団を派遣という逸話が残るほど圧倒的な戦果であった。

 

 最初の一日でアルグナ国王、モゥドワン国王、リィグゥ公王の3人は行方が知れず、辛うじてリィグゥ公王の兜のみが破損した状態で発見された。

 

30万を超えた諸王国連合軍は3日もしない内に10万を超える死者を出し、それと同数の傷病者を抱えることになるーー。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「今夜、敵に夜襲をしかける」

 

 次の日の夜、デュラン王は家臣たちを集めてそう告げた。

 

「敵がどんな魔法を使っているかわからぬが、飛び道具である以上は視界の確保できぬ夜戦には弱いはず。我らは夜戦に勝機を見出す他あるまい」

 

 曲がりなりにも軍としての体裁を維持しているのは、今やエルベ藩王国のみ。そこデュラン王は残り少ない兵力をかき集め、一縷の望みをかけて全軍を夜戦に投入する事にした。

 

 

 

「このまま敵が気付いていなければよいが………」

 

 祈るようにひとりごちるデュラン王。昼間の地獄が嘘であるかのように、夜のアルヌスは静まり返っていた。

 

「今回の敵は強大だが、我らとて負けるわけにはいかん。アルグナ王にモゥドワン王、リィグゥ侯……彼らの死を無駄にはせんぞ」

 

 その決意を示すように、デュラン王は拳を握りしめる。

 

「それはさておき……」

 

 デュランが振り返る。彼の背後には、帝国の軍装をした兵士の一団が付いてきていた。

 

「今度こそ昼間のような失態は犯してくれるな。我らの忠義を仇で返すような真似をすれば、帝国は末代まで恥をさらすことになろう」

 

 デュラン王が帝国の百人隊長を睨み付けると、相手は実に申し訳なさそうな顔をした。

 

「昼間のご無礼はお許しください。今後は二度とそのような事がないよう……」

 

 果たしてこの百人隊長の言葉が本音から来るものなのか、それとも場を誤魔化すための出まかせなのか、ついぞデュラン王は知る事が出来なかった。

 

 なぜなら次の瞬間、誰もが驚愕するような異常事態が発生したからだ。

 

(光……だと!?)

 

 月明かりのない闇夜が、突如として昼間の如く照らされる。デュラン達が空を見上げると、複数の眩い光を放つ球体が空に浮かんでいた。

 

「いかん!ーー全軍、敵に向かって突撃せよ!」

 

 デュラン王がそう命じた直後、アルヌスから飛翔物が高速で飛んでくる。

それが地上に落ちると、昼間の地獄が再現された。

 

「「「オオォォォ―—ッ!!!」」」

 

 昼間の死体を踏み越えて前進を続ける諸王国連合軍。

 

「足を止めてはならぬ! 生き延びたくば、前に向かって走り続けよ!」

 

 デュランは自ら先頭に立ち、兵士を鼓舞して走り続けた。今の彼には、そうするしか手がなかったのだ。




帝国軍、死亡フラグ乱立問題


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エピソード4:遠すぎた丘

   

「来るぞ!伏せろ!」

 

 気休めに過ぎないと知りながら、吠える百人隊長たち。その場にいる誰もが泥と煤煙で黒く汚れていた。

 

 弾着はだんだんと迫っており、爆風で巻き上がる砂で目が痛む。左右で砲弾が炸裂する、とてつもない音量が耳を麻痺させていく。

 

薄い鉄板を槌で叩いた音を何倍にも増幅したような爆音――帝国兵の中には、気圧の変化で鼓膜や肺をやられてしまう者もいた。

 

 

 すぐ側で爆音が連続するも、無力な彼らに出来る事は何もない。今はただ、ひたすら耐えるしかないのだ。

 

砲撃が2時間を超えたあたりから、徐々に精神に異常をきたすものが現れ始めた。砲弾神経症(シェルショック)――至近での爆発がもたらす異常なストレスによって、神経系が破壊されてしまったのだ。

彼らは突然立ち上がって喚きだしたり、自らの信じる神の名を叫んで走り出して吹き飛ばされていった。

 

 

 しかし多くの者は膝を抱えてうずくまり、ただ怯えつつ耐え続ける。殆ど呆然自失してるといえ、彼らの勇気は称えられるべきであろう。

 

 アルヌス全体が黒煙に包まれ、何もかもが破壊されたようになった後、砲撃はようやく終わった。弾数制限――強大無比な砲兵の持つ、数少ない弱点であった。

 

 この地獄のような戦場で、残った諸王国連合軍の実に7割が耐えきったのは殆ど奇跡に等しい。

ただし、その表情に生き残った喜びは無く、困惑と恐怖が大部分を占めている。今更ながら、改めて異世界から来た軍のすさまじさを思い知らされたからであった。

 

 

 百人隊長はのろのろと立ち上がる。耳が鳴り、鼻水やら涙やらを抑えることが出来ない。

 

だがしかし。それでも、彼は前へ歩み出した。

 

1歩そしてまた1歩ーー。

 

 やや遅れて隊長に続くように、部下たちがふらふらと歩き始める。

 

 

 端から見ればまるで亡者の群れのように見える帝国兵の足取り。しかしそれも、徐々に兵士のそれへと変わっていった。

 

 

**

 

 

 そこからやや離れた場所には、エルベ藩王国軍の騎兵部隊が展開していた。精強を以てなる騎士である。総員は5000騎。

 

 縮こまり、手綱をしっかりと握りしめ、彼らは“その瞬間”を待っていた。

 

 青ざめている者、空元気で談笑する者、神にじっと祈りを捧げる者……いつ死ぬとも知れぬ恐怖。それは誰にでも平等であった。

 

 敵の砲撃が止んだーー従者たちが塹壕の縁から顔を出す。状況を確認し、突撃開始を示す青い旗を振る。

 それを見た隊長は剣を抜き、敵陣をきっと睨んで大声を発した。

 

「突撃ぃいいッ!」

 

 5000の騎兵が一斉に動き出す。奇怪な叫び声をあげながら、アルヌスの平野を全力疾走。

 もはや陣形など必要ない。速度を最優先して、しゃにむに敵陣へと突進した。

 

 その隣では、すでに別の軽歩兵部隊が地面から出現し、突撃を始めていた。

 

 デュラン王も自ら剣を抜き放ち、兵を鼓舞すべく騎乗突撃を開始。アルヌス目掛けて馬を駆っていた。

 

「殿下!前に何かあります!」

 

「っ―—!?」

 

 家臣の一人が慌てて注意するも間に合わず―—―—有刺鉄線に騎馬で突っ込んだデュランは投げ出された。

慌てて兵士たちがデュランの周りに集まり、主君を護るように盾を構える。

 

「ぐわぁッ!」

「ひぃっ!?」

 

 しかし悲しいかな、フォルマート大陸で使われている盾は機動性を優先した木製ないし革製のもの。

自衛隊で使われている突撃銃の掃射を防げるはずもない。

 

 7.62mmNATO弾のフルオート射撃は、容赦なく帝国兵の身体を貫き、頭蓋骨を粉砕し、筋肉を切り裂き、傷口から大量の血をまき散らしていく。

 

「バカな……そんな馬鹿なことがあるか……ッ!」

 

 無慈悲に薙ぎ倒されていく兵士たちを、デュランは唇を噛んで見つめることしかできなかった。

 

 身を挺して自分を庇おうとしてくれた忠臣たちが、まるで箒で塵を掃くようにいとも簡単に死んでゆく―—―—それは「戦い」などではなく、「虐殺」としか形容のできないものであった。

 

 

「おのれ異世界人め……よくも、よくも私の部下をッ!!」

 

 

 デュランは足元に落ちた弓を手にし、怒りと悲しみに身を任せて射る。無駄な努力と分かっていても、そうせざるを得なかった。

 

 辺りで爆発が連続する中、デュランもまた爆発に巻き込まれて意識を失った……………。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦闘が終結して6時間後、夜が明けてたころにはアルヌスは平和を取り戻していた。諸王国軍は文字通り消滅し、自衛隊はアルヌスを完全に手中に収めていた。

 

「酷い有様だな、こりゃ……」

 

 64式小銃を構えながら辺りを見渡した伊丹が呟く。

 

「うぅ……隊長、すみません俺―—―」

 

 最後まで言い終わらない内に、倉田は地面に膝をついて嘔吐した。今朝食べたばかりの焼き鮭と豚汁、そして五目御飯のミックスが勢いよくぶちまけられる。

 

「だから朝食は食うなって言ったのに……この辺はまだ焼けた肉やら血の匂いが充満してるんだ。腹の中にものがあったら誰だってそうなるっての」

 

 そう言う伊丹もまた、死体に群がるハゲタカが眼球を引っ張り出すのを見て口を押える。見渡す限り、どこも似たような光景が広がっていた。

 

「帝国軍の死者が10万越えって噂も、あながち間違っちゃいないみたいだな……」

 

 あたり一面に広がる死体の山を見て、伊丹は憂鬱な気分になる。10万といえばちょっとした地方都市ぐらいのレベルだ。

 

それだけの人間が一夜にして死ぬ―—―—いくら特地がファンタジー世界とはいえ、あまりに現実離れした数字に実感が追いつかない。

 

(対して俺たちの方はというと、死者はゼロと来たもんだ……もっとも、備蓄してた弾薬の3割は昨日で吹っ飛んだがな)

 

 議会と兵站科の連中は悲鳴を上げるだろうが、大量の弾薬と引き換えに部下の命を救えるなら安いものである。

「死んだ帝国兵の価値は鉄砲玉と同じなのか?」という人道上の疑問も沸いてくるが、そこは哲学者と社会学者に任せることにした。

 

 一兵卒の仕事は考えることではなく、命令に従うこと。

 

言われた通りに仕事をして、働いた分の給料をもらい、それを生活と趣味に充てる―—―『身の程を弁える』という単語の意味を、伊丹はよく理解していた。

 

 

「倉田、そろそろ行くぞ。これも仕事だ。いつまでも吐いてるわけには………ん?」

 

 近くで倒れていた一人の死体に目が留まった。

 

「おい、倉田。この兵士、なんか手紙みたいなのを握ってるぞ」

 

「敵の報告書、ですかね?」

 

 だとしたら持ち帰る価値はあるな、と伊丹は返事をして死体に近づいた。

念のため息がないことを確かめた後、恐る恐る手紙を開いてゆく。死体の指は、思った以上に冷たく強張っていた。

 

「―—―っ」

 

 手紙を開いた瞬間、伊丹は激しく後悔した。兵士が握っていた羊皮紙は、報告書などではなかった。

 

 ―—そこに書かれていたのは、2人の人間の絵だった。

 

(たぶん奥さんと、娘さんの絵だ……)

 

 美人ではないが優しそうな妙齢の女性と、顔いっぱいに笑顔を浮かべている少女。この兵士が死ぬ間際に思い浮かべたものは、もう二度と会えぬ彼女たちの笑顔だったのだろうか。

 

 伊丹の脳裏で、銀座事件の追悼式の様子がフラッシュバックする。母親に連れられ、亡くなった父親に向けて献花していた少女―—―—あの悲劇が、今度は立場を変えて繰り返されている。

 

(でもな、これは戦争なんだ……こうなるのはお互い分かっていたはずだろ……)

 

 動揺する心を抑えるように、自分にそう言い聞かせる。伊丹は目をつぶって軽く黙とうすると、倉田を引き連れて足早に立ち去って行った。

 

 




遠すぎたんだ...


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エピソード5:焦土作戦

  

 太陽はすでに沈みかけ、謁見の間に影が落ちた。赤い夕陽を受けて血のように染まった皇帝は、額にしわを寄せていた。

 

「皇帝陛下。諸王国連合軍の損害は死者、行方不明者合わせて10万人に達する見込みです。敗残兵は統率を失い、帰途についた模様」

 

 マルクス内務相の報告に、皇帝はふっと緊張を解く。

 

「計画通りだ。これで近隣諸国が帝国を脅かす事もあるまい」

 

 皇帝は満足そうに頷き、次の命令を下す。 

 

「アルヌスから帝都に至る、全ての村を焼き払え。井戸には毒を入れ、食糧と家畜は全て運び出すように命じよ」

 

「御意、仰せのままに」

 

 マルクス内務相が下がろうとしたところで、一人の女性の声が響いた。

 

「――お待ちください、陛下!」

 

 玉座の間に現れたのは、第3皇女ピニャ・コ・ラーダ。その顔にはあからさまな嫌悪感が浮かんでいる。

 

「ピニャか、どうした」

 

 皇帝の鋭い目線にも物おじせず、つかつかと詰め寄るピニャ。

 

「アルヌス付近で焦土作戦をするという話は本当ですか?」

 

 

「敵は我らより遥かに強大だ。それが遠征の失敗と、此度の敗戦でハッキリした。ならば敵の補給を断って封じ込めるしかあるまい。幸いにして、我が帝国にはそれが出来るだけの広大な領土がある」

 

「しかし……!」

 

「忘れるなピニャ、今の我々……帝国は“弱者”なのだ。己自身を冷静に見つめ、その弱さを受け入れずして勝利は掴めぬ」

 

 皇帝の言葉を素直に受け入れることが出来ず、ピニャの顔が強張る。

 

「我々が……弱者っ……?」

 

 無理もない。彼女が生まれた時から帝国は覇権国家であり、つい3か月前までそれが崩れるなど予想だにしなかったのだから。

 

 憮然とするピニャに皇帝は威厳に満ちた声で宣言する。 

 

「よいか、帝国兵の強さは大陸随一だ。にもかかわらず、あの屈強な兵士たちは全滅した。それはつまり、敵が遥かに強大であることに他ならん」

 

 今でこそ戦場に立つことは無くなったが、皇帝も若い頃は自ら前線で剣を振るっていた経験がある。だからこそ、分かるのだ。

 

「このフォルマート大陸に限定すれば、帝国軍に敵う相手など存在しない。最良の装備と最高の訓練を積んだ余の兵は、最強の兵士“だった”」

 

 過去形――最強と信じて疑わなかった帝国軍が一方的に敗北したという事実は、皇帝に現実を受け入れさせるには充分過ぎる判断材料だった。

 

 

「戦には犠牲を恐れぬ覚悟も必要だ。死んだ子は産めばまた増えるし、焼けた田畑も再び耕せばよい」

 

「それは……そうですが」

 

 冷静に反論され、ピニャは悔しそうに唇を噛む。冷酷なようだが、皇帝の意見は正しい。

 

(どれほど強大な軍であれ、補給の呪縛は付きまとう……異世界の軍とて、腹がすいては戦はできぬはず)

 

 

 

 事実、自衛隊が諸王国連合軍相手に大勝利をおさめられたのも、戦場が比較的補給の容易な“門”周辺であった事が大きかった。

 

 現代の軍隊が戦闘状態で使用する物資の量は、一日当たり1個師団1万5000人で1500トン程だとされている。

 

 しかもこれはあくまで最低限の数字。様々なリスクを考慮すれば予備の物資も必要となるし、単純な重量だけではなく容積の問題も考えなければならない。

 何より特地での輸送手段が車両輸送に限られている以上、どうしても行動範囲が限定されてしまうのが現状であった。

 

 

 もちろん自衛隊の持つテクノロジーは帝国の遥か先を行っており、皇帝の望んだほどの戦果は得られないだろう。

 

 が、焦土作戦は自衛隊が冒険的な行動を控えるに足る、充分な判断材料にはなり得る。

 

 仮に圧倒的な武力で勝利したとして、戦後の占領政策でつまずけば統治は泥沼化し、そのツケは財政赤字となって日本社会への大きな負担となるからだ。

 

 

 

「それより、だ。ピニャ、そなたの騎士団と共にイタリカへ出向け。護送して欲しい人物がいる」

 

「護送、ですか……?」

 

 皇帝の唐突な命令に、ピニャは面喰ってしまう。そんな彼女の反応も予想通りといった風情で、皇帝は威厳たっぷりに命じた。

 

「然り。此度の任務は、帝国の命運を左右するほど重要なものだ。帝国の未来が、そなたの活躍にかかっておる」

 

 まるで何かを確信しているかのような、皇帝の口調。ピニャとマルクスは困惑しつつ、互いに顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 では帝国が決戦に向けて着々と準備を進めていた頃、“門”を超えた自衛隊は何をしていたのだろうか?

 

 結論からいえば、「橋頭堡の構築に勤しんでいた」というのが正しい。

 

 諸王国連合軍を破った勢いに乗って戦線拡大――といった威勢のよい「ありがち」な失敗を犯さず、実に慎重に行動していた。

 

 

『日本は何をしているのだね?『門』の周りを亀の子みたいに立て籠っている。あの先は宝の山だというのに』

 

 

 アルヌスで陣地構築にいそしむ自衛隊を揶揄した、時のアメリカ大統領・ディレルの発言である。

 

 いかにもアメリカらしい、というよりアメリカにしか出来ない発言……世界中に基地を持ち、何度も大部隊を海外へ派遣した経験の豊富なアメリカだからこそ、こんなセリフが言えるのだ。

 

 アメリカ以外の国家指導者なら、間違いなく口を揃えてこう言うだろう。

 

 

  ――動けるワケないだろ、と。

 

 

 そう、自衛隊はゲートの先へ進まないのではなく、“進めない”のだった。

 

 

 戦争というのは、膨大な物資を必要とする。実際、自衛隊が未だ“門”付近に留まっている理由の大部分は兵站にあった。

 

 

 特地に派遣された自衛隊の数は3個師団、およそ2万人の兵力である。それほど多くないように見える数だが、それを動かすのに必要な数字は果たして如何ほどのものだろうか。

 

 

 兵士一日当たりの水・食糧の消費はおよそ20㎏ほどと言われている。これを基準に考えれば、2万の自衛隊が存在するだけで一日当たり400トンもの物資が吹っ飛んでいく計算になる。

 

 しかも自衛隊員は数字ではなく生身の人間……ということは、「一日の消費量20㎏」にも数字では表せない様々な要素が加わることになる。

 

 たとえば食料の「成分」だ。

 

 士気・健康維持のためには「味」や「栄養」も考える必要がある。保存のきかない野菜や嵩張る果物、輸送に不便な卵やら魚なんかも届けなければならない。

 

 残念なことに数字だけ見て、水とハードビスケットをひたすら食べさせ続けるわけにはいかないのだ。 

 

 

 更にこうした「モノ」は立方体だ。縦・横・高さがある上に、場合によっては温度や湿度も管理しなければならない。

 

 

 そして「輸送手段」。インフラが整っている日本国内ならともかく、中世レベルの特地のインフラはハッキリ言って使い物にならない。

 

 何より、特地は陸続きである。これはすなわち、大規模貨物輸送手段の中で最も低コストな船舶輸送が使えないことを意味する。

 

 また、“門”が銀座のど真ん中にあることも輸送の困難さに拍車をかけていた。物流や経済に悪影響を与えないよう、緻密な計画と様々な配慮が必要になるからだ。

 

 

 これだけでも大変なのに、残念ながら今までの話は全て「理論上の数字」である。

 

 書類上の数字と現場の状況が乖離するというのはどの組織でも経験することで、適切なマネジメントを行わなければある物資は在庫の山、別の物資では不足、なんて事になりかねない。

 

 こうしたリスクを考えて、軍隊ではおよそ1割のバッファを用意するのが常識だ。

 

 

 これだけで、特地に自衛隊を派遣するのがどれだけ大変な作業か分かるだろう。コストもバカにならない。そして上記の莫大なコストは税金によって賄われる。

 

 裏を返せば、国民に「特地で自衛隊が行っている活動は、自分たちが税金を納めるに値する」と納得してもらわなければならないのだ。

 

 これがどこぞの独裁国家ならば、検閲やら情報操作やらで煩いマスコミと左翼を黙らせることが出来るが、あいにくと日本は民主主義国家である。

 

 政府の話を聞かない国民を説得して合意形成まで持ち込まなければいけないし、政府活動には情報開示による透明性の維持が求められるのだ。

 

 

 “門”の周囲に留まっている限りは「安全保障の為」という事で理解を得られるが、それ以上先に進出するには「自衛隊の派遣コスト<特地の調査で得られるメリット」という事を定量的に数値データで示さなければならない。

 油田を得るための戦争で、埋蔵量以上の石油を消費しては本末転倒というものなのだ。

 

 

 そのため自衛隊は圧倒的な戦力を保有しながらも、アルヌスでひたすら陣地構築に追われる羽目になる。

 

 ようやくアルヌスの先へ調査する許可が防衛省から下りた頃には、特地派遣から一ヶ月が経っていた。

 

        




 後半ほとんど兵站の話になってしまった……。
 
 見たところアルヌス近辺に穀倉地帯や大都市があるわけでもなさそうですし、本国から輸送する物資も多いんじゃないかと。

 最近、イラク戦争や湾岸戦争におけるアメリカ軍の兵站について書かれた本を読んだのですが、現代でもやっぱり大変なんですね……。
 


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接触編
エピソード6:コダ村にて


  

 アルヌス攻防戦から5日後……。

 

 

 この日、「二条橋の英雄」こと伊丹は隊長に昇進、部下を引き連れて高機動車に乗っていた。

 

 彼らに与えられた任務は、地域住民との交流だ。もちろん、ただの交流ではなく、特地の情報収集を兼ねた現地調査の任務もこれに含まれている。

 

 

「――今後のためにも、我々にはこの地の調査が必要だ。向こうの住民と接触、可能ならば友好的な関係を結んできたまえ」

 

 との隊長のありがたいお言葉である。

 

 軍を効果的に運用するためには、地域住民との関係も欠かせない。

 

近年のCOIN(対反乱作戦)などで重視される作戦のつとして「民事作戦」と呼ばれる、現地住民が自軍に有利な行動をとるよう働きかける作戦がある。

 

友好的であれば必要な資源や情報の提供、作戦行動への協力などが期待できるが、敵対的であれば治安維持や補給ルートの防衛のために多大な戦力を削がれる事となるからだ。

 

 

 分かりやすい例として、旧枢軸国に対するアメリカ軍とソ連軍の振る舞いの違いが挙げられる。

 

 前者はジープに乗った兵士が日本の子供たちにチョコやガムを与えたり、ベルリン封鎖によって生活必需品の不足したベルリン市民に大量の物資を空輸するなどした結果、占領軍へのイメージを改善することに成功した。

 

 対して後者は上記のような努力を怠ったばかりか(災害救助などの例外はあるが)、工場や技術者を接収するなどした結果、むしろマイナスイメージを増長させることになってしまった。

 

 なお、その後継国家であるロシア連邦は当時の反省を踏まえ、クリ○アでは人心の掌握に力を注いだ結果、「礼儀正しい人」と比較的高評価を得るに至っている――との評価もある。

 

 

「お、あっちの方に人が……ーーって、えぇ!?」

 

 突然、車を運転していた倉田が素っ頓狂な声を上げる。

 

「人多すぎでしょ!!」

 

 伊丹たちの前方には、小さな集落らしき家々が見えていた。問題は、そこにいる人間の数だ。建物の数の割に、圧倒的に人が多い。

 

 一体どういうことなのか、伊丹たちはそれを調べるために車を降りて集落に近づいていく。

 

(いったい何が起こっているんだ?)

 

 中心部まで来たところで、やや身なりの良い中年男性が不機嫌そうに近づいてきて、何やら大声で怒鳴り始めた。

 

「……俺たち、ひょっとして怒られてる?」

 

「みたいっすね。身振り的に、出てけって言ってる感じです」

 

 悪いことをした覚えはないのだが、ひょっとして外国人や余所者を嫌う排他的な集落なのだろうかーーそんな風にも解釈できるが、それにしては村の雰囲気が悪すぎる。

 

排他的な組織や社会は得てして身内同士の団結が固いのだが、この村ではそんな様子は見られなかった。

 

それどころか村人同士、対立すらしているように見える。

 

(あるいは、難民でも流れて来たか…?)

 

自衛隊が特地に来た事で、アルヌス付近の農民が疎開して来たのかもしれない。

 

「さて、どこから話をつけたものか……」

 

 伊丹が途方に暮れていると、今度は小さな子供が近づいてきた。

 

「アウレ・ワーテ?」

 

 やはり、何を言っているのか理解できない。

 

「ははは……」

 

 仕方が無いので伊丹が曖昧に笑顔を浮かべると、少女ははちきれんばかりの笑顔を返し、そして――。

 

「ラテル・ガ――!」

 

 大声で何かを叫んだ。

 

(……なんだ?)

 

 やはり意味は全く分からない。伊丹が首を傾げていると、少女に声をかけられた人々――先ほどの中年男性とは違い、浮浪者のようにボロボロの身なりをしている――は顔を輝かせ、一気に伊丹たちに殺到した。

 

「これは―――どういう事だ?」

 

 予想外の出来事に、富田が驚愕に目を見開く。

 

「こいつら、高機動車の倉庫に……!」

 

 何人もの男女が高機動車に群がり、手当たり次第に備品を引き剥がそうとしている。

 

「隊長、ひょっとしてさっき女の子が聞いていたのって……」

 

「あー、うん。“おじさん、この変なもの頂戴”とかそーいう意味だったんだろうな……」

 

 倉田の質問に、顔を引きつらせながら答える伊丹。

 

ハリウッドのアクション映画に出てくる「アフリカじゃよくある話」みたいな光景が、目の前で繰り広げられているのに茫然とするしかない。

 

「隊長が曖昧に返事するから!」

 

 同僚の栗林が頬を膨らませるも、今となっては後の祭りだ。伊丹の笑顔をイエスと解釈したらしい人々は、高機動車を分解しかねない勢いだ。呆れるほかない。

 

「ラテル・ファル!エレスタ・アレク・エイーダ!」

 

 先ほどの笑顔の少女はすっかり伊丹に懐いたようで、しきりにスキンシップをとってくる。何を言っているか全く理解できないが、状況から考えるに「ありがとう」を示すこちらの世界の言葉なのだろう。

 

 もちろん、状況が状況なだけに嬉しくとも何ともない。感謝と笑顔があろうと何事にも限度というものはある。

 

「とりあえず、もう一度改めて意思疎通を図ってみます?」

 

「ダメだ。また変に解釈されちゃ堪らない。とりあえず、急いでここを離れよう」

 

 これ以上、高機動車の備品を盗まれないよう、伊丹は勢いよくクラクションを鳴らした。突如として響いた爆音に、群衆が驚き手を放す。

 

「今だ! 発進!」

 

 一瞬の隙をついて、伊丹は一気にアクセルを踏み込む。

 

「はい!危ないからどいて!どいて!」

 

 群衆を引き離すために、伊丹はクラクションを鳴らし続ける。

 

「……なんか俺たち暴走族みたいっすね、隊長」

 

「うっさいわ!」

 

 半ば逃げ出すようにして、伊丹たちはコダ村を脱出した。

 

 そしてこの判断が、後に彼らの運命を大きく変えることになるーー。

 

 

 

**

 

 

 コダ村から脱出して四時間後、伊丹たちは森の中を進んでいた。

 

「――隊長、前に何か見えます!」

 

 

 道をまっすぐに走っていると、倉田の呼びかけが聞こえる。伊丹は前に視線を向け、そして声にならない感嘆の声を上げた。

 

「ん?……おぉぉおッ!」

 

 “それ”は突如として目の前に現れた。森の中の街道を進み、左右の深い木々が開けたと思うと、眼前には驚きの光景が広がっていた。

 

「む、村だ……」

 

 土を踏み固めただけの簡素な大通りを中心に、左右に巨大な樹木が乱雑かつ不規則に立ち並ぶ。驚くべきは、その樹木の上だ。

 

 ーーなんと樹木の上に、いくつもの家が建っているのだ。家は木の枝や革、茅に動物の毛皮など全て自然のもので出来ている。しかも所々には広場や集会場らしき建物も見え、それぞれが道やはしごで樹木が生い茂り圧迫感はまるで無くまさに自然の中の大集落である。

 

「ん?人……いや、あれは……ッ!」

 

 倉田が何かを見つけ、驚愕に目を見開いた。

 

「エルフだッ!エルフがいますっ、隊長ぉ!」

 

「なにぃ!?」

 

 興奮したような倉田の叫びに反応し、伊丹も座席から身を乗り出すようにして前方の人影を確認する。一見すると人のようだが、よくよく見るとやや大きめの耳が尖っている。

 

「……エルフ」

 

 知識としては知っている。特徴的な長い耳を持つ、とても美しく若々しい外見を持った妖精の種族。

 

「本当にいたんだな…」

 

 森の清涼な風に頬を撫でられながら、伊丹は棒のように突っ立って驚愕に目を見開いていた。




異文化交流は難しい。どっちかに悪気があるとかじゃなくて、単純に常識が違かったりするからしゃーない


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エピソード7:エルフの村

 

 

 

「マジかよ……怖いぐらいに、俺たちのイメージするエルフそのものだ」

 

 イメージと現実のギャップというのはよくある事だが、伊丹らの発見したその種族は、見事なまでに日本人のイメージする「エルフ」そのものの格好だった。

 

 外見は金髪のロングヘア、透き通った青い瞳に、すらりとしたモデル体型。特徴的な長い尖った耳をしている以外は、ヒト科ヒト属ヒト種の10代後半の少女にしか見えない。

 

「はぁ……本当にいたんですね、エルフ」

 

「ああ。流石はファンタジー、現実世界に出来ない事をサラッとやってのける」

 

 エルフを見つけた感動で放心していた伊丹たちだったが、しばらく経つと向こうとこちらの様子に気づいたようだった。

 

「ソウイ・ネイエ、シエーッド・バチス!」

 

 何やら大声を上げると、手に持っていた籠――食用あるいは薬用植物が入っていた――を落とし、背を向けて一目散に走りだす。

 

「ちょ、待ってくれ!」

 

 遠ざかるエルフを追いかけようとした伊丹たちだったが、エルフの娘は服の中から笛のようなものを取り出すと、大きく息を吸い込んで口元にあてた。

 

「ピィ―――――――――ッ!!」

 

 途端に甲高い高音が響き渡り、驚いた鳥たちが一斉に翼を羽ばたかせて飛び立つ。非常警報のようなものだろうか、森のそこかしこで焦りの滲んだ声が聞こえてくる。

 

「エウク・トルカ、テダ、エンフィ!」

 

 エルフ少女の悲鳴と笛の音を聞きつけたのか、そこかしこから別のエルフたちが次々に顔を出す。皆、初めて見る自動車に驚いているのか、悲鳴とも驚きとも分からぬ声を上げていた。

 

「エーキ・テスタ!」

 

 常識外れの事態にあっけにとられたのは、エルフも同じだったらしい。なにせ巨大な鉄の塊が猛スピードで移動している――馬ではありえない芸当だ。

 

 当然、未知のものを前にした最初の反応は警戒――しばらくすると、武装したエルフたちが次々に弓に矢をつがえて現れる。

 

数は30人ほど、距離にして100mといったところか。中にはより強力な鎧に身を包んだ者もあらわれ、おののく住人たちにとって代わった。

 

「―――ッ!」

 

 周囲の状況に気づき、伊丹はたたらを踏む。数分も経たないうちに、伊丹たちは見事に半包囲される格好となっていた。

 

数え切れないほどの矢じりが取り囲み、こちらを睨み付けている。

 

(流石はエルフ、素早さは人間以上って訳か……っ!)

 

 伊丹たちの前には、弓や手斧で武装したエルフ戦士たちが立ち塞がっていた。皆、非常事態にも対処できるよう訓練された屈強な男たちだ。

 

「ファル・ストルロー(いたぞっ、あそこだ!)」

 

 言葉の意味は分からないが、強い威嚇の調子が込められているのは分かった。手に武器を構える彼らの顔には恐怖と、それ以上の敵意が浮かんでいる。

 

「撃ち方、用意!」

 

 富田が号令をかけると、第3偵察隊のメンバーも一斉に統率の取れた動きで銃を構えた。後は伊丹の命令が下れば、いつでもエルフ達を蜂の巣に出来る。

 これで戦況は互角――いや、戦力では自衛隊側の圧倒的優位だろう。

 

「撃つな!――まずは対話を試みる」

 

 伊丹はそう言うと、自分の持っていた銃を地面に降ろし、両手を挙げて敵意の無い事をアピールした。

ともかく任務は現地住民との友好関係の構築であり、敵対的戦闘ではない。

 

「隊長!」

 

 富田が叫ぶも、伊丹はそれを無視して丸腰のまま、エルフたちの元へと近づいていこうとする。

 

「リッツ・エインガウ(それ以上近づくな!)」

 

 エルフたちが色めき立って喚く。伊丹は雰囲気でそれを察すると、停止してかあらたどたどしく語りかけた。

 

「やめロ。攻ゲキ、攻撃」

 

 

「しゃ、しゃべったぞ!帝国語だ!」

 

「遠い国の人間か!?この村に何の用だ!」

 

 唐突に発せられた言葉に、エルフたちが再びざわめく。

 

「望む。治メる、武器を。お願いデアル。敵意は存在しない、否定」

 

 たどたどしいが、目の前の奇妙な男は帝国語で会話を試みているようだ。

 

「ッーー」

 

 おののくエルフたちの中から、ひとりの男性エルフが意を決して進み出た。

 

「コアンの森の代表、ホドリューだ。何者か、名乗れ」

 

「伊丹。ヨウジ、イタミ。二ホン、第三偵察隊、ジエイタイの」

 

 ホドリューは眉根を寄せた。言葉は通じているらしいのだが、意図が通じない。

 

(偵察隊……? 何の偵察に来た?我らの森を攻める下準備か?)

 

 物々しさを感じさせずにはいられない語句に、ホドリューは表情を歪めた。背後にハンドサインを送ると、率いてた弓兵隊がすかさず弦を絞る。

 

 ホドリューは険しい目つきのまま叫ぶ。

 

「武器を捨てろ!」

 

 不穏な空気に慌てた伊丹は後ろに目をやり、全員に武器を捨てるよう合図した。

 

「否定、敵意。攻撃、を止メロ」

 

「よし。では私も武器を下ろそう」

 

 ホドリューはそう言うと、持っていた弓を地面に置く。背後で娘のテュカが息を飲む音がした。

 

「それで……先ほど自分たちを偵察部隊だと言っていたな? どこの国の軍隊だ?」

 

 ホドリューの問いに対し、伊丹も返事をした。

 

「軍隊、違う。ジブンたち、自衛隊」

 

(???……どう違うんだ?)

 

 こうして始まった異邦人たちのセカンド・コンタクトは、「困惑」の二文字で幕を開けたーー。

   

 

 

 ◇◆◇

 

 

エルフの里は、一言でいえば樹上の村だった。古い広葉樹の幹から幹へと樹の枝が渡され、その上に精巧に枝が組まれて家の骨格を作っている。

 

そのためか樹を痛めつけないよう、細心の注意が払われているようだった。たとえば釘や鎹の類は決して使わない。

 

 

 

太陽が地平線に沈むにつれて森は薄暗くなり、それぞれの家でぽつぽつと松明が灯り始める。まるで沢山の蛍が木にとまっているようだ。

 

 

「ジエイ…タイ」

 

 不思議な響きだ……テュカは初めて耳にした単語を口の中で確かめる。

 

「――テュカ、聞いているのか?」 

 

 不意に横から話しかけられる。振り返ると、父親であるホドリューが珍しく真面目な顔をしていた

 

この場には他にも何人かのエルフたちが集められているが、皆おしなべて真剣な表情だ。

 

 

 テュカたちが集まっているのは、エルフの村にある大樹の上の部分。枝分かれしている部分にお椀を乗せるようにして、20人ぐらいが集まれるテラスを作っているのだ。

 

 

 ここからだと問題の「ジエイタイ」が良く見えた。森の入り口付近に、緑色の人たちと大きな動く金属の塊が、身じろぎもせずに留まっている。

 

 武装した男たちが交代で監視しているが、見た限り様子に変化はないようだ。にらみ合いはもうすぐ半日になろうとしている。

 

「テュカは、あの人たちをどう思う?」

 

「うぅ~ん」

 

 首を捻るテュカ。

 

「えっと……異世界から来たみたい?」

 

「はぁ?」

 

 ずるっとホドリューが呆れた。他の者も同じように意表を突かれたように顔をしている。

 

 テュカは慌てて、手を振りながら付け足す。

 

「いや、だって、なんか普通じゃないんだもの。ここ何処、どうしよー、みたいな? 言葉も通じないし、前に何度か来た難民たちとは何か雰囲気が違うっていうか」

 

 テュカは続ける。

 

「やけに堂々としてるっていうか……お父さんと睨み合ってた人たち、明らかに何人も人を殺した事のある目をしていたわ。規律も整ってて、まるで帝国の正規兵みたい」

 

「だが、彼らは帝国軍じゃない」

 

「だから異世界から迷い込んだみたいって、言ってるじゃない」

 

 初聞では荒唐無稽に思われたテュカの言葉だが、言われて見ればあながち見当違いとも言い切れない。

いずれにせよ、彼らの存在を常識の範囲内で語る事は難しそうだ。

 

「素性は分からぬが、少なくとも連中はヒト種だ。我らエルフと違ってヒト種は信用できん」

 

「騙し打ちにして、大樹の養分にしてしまえ!」

 

「待て待て、他にも仲間がいた場合の事を考えろ。連中が戻らなければ、後に報復に来るやもしれん」

 

 ひと間の後、皆が口々に言始める。自衛隊については難民や帝国軍と違い、ほとんど素性が分からないだけに慎重を期せねばならない。

 

とはいえ20人が一斉に口を開くものだから、やがて誰が何を言っているのか分からなくなり、がやがやと煩いだけの会議になってしまう。

 

「あっちは話したいって言ってるのに……」

 

 大人たちの騒ぎからテュカは取り残されたような気分になった。

 

(たしかに顔は平たいし。勝手に動く鉄の馬車とか、変なもの持っているし。服装も全身緑色でお揃いにするとか、センス疑っちゃうけど……)

 

 それでも。

 

 ――あの人たち、平地に出た鹿のような目をしていた。

 

 落ち着いているような顔をしてるけど、ひょっとしたら緊張しているのかもしれない。

 

 ――わたしたちと同じように。

 

 何かにつけて驚いてるようだったし、時々不安そうに元来た道の方を見ていたような気もする。

 

 

(………だったら、やっぱり)

 

「――うん!」

 

 自分の思い付きに頷くと、大人たちが自分の声に驚いてこっちを振り向く。

 

テュカは大きく息を吸って高鳴る鼓動を落ち着けると、覚悟を決めたように口を開いた。

「私、ちょっと話してくる!」

 




自衛隊は軍隊じゃないんやで(ニッコリ)


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エピソード8:最初の接触

 

 翌日――。

 

 

 伊丹たちは高機動車の中で椅子にもたれながら、じっと時間が過ぎるに任せていた。

 

 眼前に広がる村と、広く広がる森林。時折、森のそよ風が伊丹の頬を撫でた。森の香りが空気を浄化しているためか、深呼吸すると幾ばくかリラックスしたような気分になる。

 

(コダ村と違って、随分と平和な村だな……)

 

 見上げる空は青く、気温と湿度が理想的な状態で存在し、太陽の空はやや強いものの、日陰に入れば十分に涼しい。森からは先ほどから鳥や小動物の鳴き声が絶えず、時折いくつもの群れが木から木へと移動している。その数と頻度を考え合わせると、森にはそれを支えるに足る充分な資源が存在するのだろう。

 

 村の周囲の森林はよく手入れされており、日中でも適度な日差しが明るく照らしてくれる。が、奥に深入りするにしたがって、鬱蒼と茂った森林が昼間なお暗い『黒い森』と化す。

 

 

 伊丹はじっくりと周囲を眺めまわす。車の中から見えるものを観察するだけでも、かなり多くのことが分かる。

 

 まず、エルフの村は森の中に存在し、かなり原始的な生活スタイル――貨幣経済によって分業の行われていない、自給自足社会に近いこと。その生活基盤は豊かな森の恵みに支えられており、狩猟と採集によって成り立っている。

 

 一方で社会構造としては原始共産制に近く、伊丹の観察した限りでは権力者や階級支配は存在していないように見える。リーダーらしき人物はいるものの、行動に移る前にしきりに合意形成をしていたことから、他のメンバーへの強制力は弱いような印象を受けた。

 

 

「――隊長、いつまで今の状態を続けるつもりですか?」

 

 だらだらと時間だけが過ぎていく現状に、栗林が疑問を呈した。

 

「焦るなって。今はこれが最善」

 

 缶詰の中に入った「とりめし」の戦闘糧食(レーション)を頬張りながら、伊丹は気の無い調子で答えた。不満そうな顔の栗林に、“対話”による交渉の重要性を説く。

 

「情報収集だけが目的なら、銃で脅して無理やり言う事を聞かせるのが一番てっとり早い。武力なら、俺たちが圧倒的に優位だ」

 

「それは、そうですけど……」

 

「だが、それじゃ問題は解決しないんだ。攻撃も譲歩もわざわざ俺たちから仕掛けてやることは無い」

 

 

 伊丹たち自衛隊は相変わらず、膠着状態のまま待機していた。伊丹は椅子に深くもたれかかり、行儀悪く足をハンドルの上で組んでいる。他の隊員はもう少し警戒しているものの、いつまで続くともしれぬ睨み合いに退屈し始めていた。

 

 

「隊長……この水、飲めますかね?」

 

 気晴らしに井戸を調べていた倉田が、桶の中を指さす。現在、伊丹らが使っている水はすべて本国から搬送されたものであり、もし特地の水が飲めることが分かれば大手柄だ。

 

 なにせ水の場合、炊事・洗濯・風呂なども含めると日本人は一日当たり300Lもの水を消費している。さすがに特地にいる2万の兵士は節水を心掛けているが、それでも兵器のメンテナンスなど作業用に使う水を考えれば100Lは下らない。

 水だけで一日当たり2000トン、2000立方メートルを搬送しなければならないのだ。特地の水が使えれば、どれほど負担が減るかは言うに及ばずだ。

 

「まぁ、お前なら大丈夫だろ。………未知の病原菌とか入ってても」

 

「ボソッと怖いこと言わないで下さいよ!?」

 

 繰り返すが、ここは特地。異世界だ。水にしろ食糧にしろ、どんな細菌リスクが潜んでいるか全く不明。特地の物質を口にした自衛官が正体不明の疫病を発症しようものなら、すぐさまゲートは再封鎖される。

 

 事実、ゲートと東京を行き来する補給部隊は、厳しい疫病検査とメディカルチェックに放射線検査と、過剰なまでの安全対策を受けた上で任務に送り出されている。

 

 何せゲートを潜り抜ければ、すぐに首都の中心地・銀座なのだ。最悪の場合、東京発のバイオハザードになる。異世界の軍隊なんかより、疫病の方がよっぽど恐ろしい。

 

「冗談だ。アルヌスでひたすら塹壕掘ってた1ヵ月の間に、特地の水の安全性は本国の研究所で保障済みだよ。検査は国民を安心させるためのパフォーマンスだ。科学的な“安全”と心理的な“安心”は別物だからな」

 

 伊丹が苦笑いで答える。

 

「需品科に行った知り合いが愚痴ってたよ。『無知な一部の国民を安心させるためだけに、血税使って本国から水を運ぶなんて勿体ない』って」

 

「隊長はどう思っているんですが?」

 

「さぁな。俺は所詮しがない一兵卒だし、上の指示に従うだけさ」

 

 伊丹がロープが括り付けられた桶を井戸へ投げ落とした――その時。

 

 

「――隊長、相手に動きが」

 

 

 唐突に富田が声を発する。伊丹はすかさず姿勢を正すと、足元の突撃銃を握りしめる。

 窓から慎重に様子を伺うと、昨日のエルフ少女が近づいてくるのが見えた。

 

「富田、どう思う?」

 

「気を付けてください、何かの罠かも」

 

「ふむ……それも一理あるな」

 

 相手が少女とはいえ、何を企んでいるかわかったものではない。伊丹はおもむろに腰を上げ、探るような視線で少女を見つめる。

 

 最初に見つけた金髪の少女だ。肩から大きな革のバッグを斜めにかけ、真昼の空のように澄んだ瞳でじっとこちらを見据えている。

 

(見たとこ、丸腰のようだ。武器らしいものも見えないし、特使かなんかか……?)

 

 少し考えて、伊丹は指示を出した。

 

「倉田、エンジンをかけてくれ」

 

「逃げるんですか?」

 

「念には念を入れて、だ」

 

 伊丹はそう言うと、胸ポケットから無線機を取り出して口を開く。

 

「みんな聞いてくれ! こちらに近づいてくる相手は丸腰だ。迎撃の必要はないが、妙な動きを見せたら援護してくれ――対応は俺がやる」

 

「「「了解」」」

 

 突撃銃を再び足元に置くと、伊丹はドアを開けて車から出た。

 

 

 **

 

 

 テュカはハッと顔を強張らせた。足がすくんだが、大丈夫と自分に言い聞かせてさらに歩みを進める。

 

(う……何なの、この臭い?)

 

 異臭が鼻をつき、思わず手で鼻をつまむ。油と硫黄が混じったような臭いが僅かに漂う上に、空気そのものが煙っぽい。

 

 顔をしかめ、あらためて異臭の発生源を探すテュカ。

 

 くんくんと鼻を動かして臭いの発生源を探ると、小刻みに震える鉄の馬車に辿り着く。アイドリング状態の高機動車――異臭の発生源はそれが原因のようだ。

 

 

 もともとエルフの五感は人間より遥かに鋭い。およそ排気ガスとは無縁の生活を送ってきたテュカにとって、初めて嗅ぐ車のガス臭は鼻にねっとりと絡みつくようだった。

 

 

 それでも、テュカは怖じげず更に一歩足を踏み出す。上りゆく月の薄明かりと沈みかかる太陽の残光を浴びて、向かい合う両者。

 

 相手から目を逸らさないようにしながら、テュカはそぉっとバッグの中を探る。そして目的のモノを見つけると、警戒の色を薄めず見つめる伊丹の目の前に“ソレ”を突き出した。

 

 

「へ……?」

 

 エルフ少女のとった予想外の行動に、伊丹は思わず面食らう。

 

(剥きエビ……?)

 

 剥き身のエビのようなものが数匹、エルフ少女の手の平に置かれている。油で揚げたのか、表面はきつね色をしていて微かに香ばしい臭いがした。

 

 が――。

 

(待てよ、ここは森だぞ。森にエビ……だと?)

 

 ふと違和感を覚える伊丹。河エビなら獲れそうだが、それにしては大き過ぎる。

 改めてよくよく目の前のエビ(仮)を眺めてみると、ある異変に気づいた。

 

 ――なんか先っぽに、堅そうな黒い塊が付いてる。

 

 どことなく見覚えのあるシルエット。まるで小学校の頃、学校の傍にあった雑木林でとったカブトムシの幼虫のような……。

 

「んなァっ!?」

 

 衝撃に顔を歪め、あられもない恐怖の声をあげる伊丹。

 

(幼虫だコレ!絶対コレ幼虫だ!)

 

 なぜ幼虫が!?どうしてエルフが虫の幼虫なんか持ってるんだ!?しかも何故か油で揚げて調理済み!

 様々な疑問が頭を回ってどうしたものか分からず、伊丹は少女と幼虫を交互に見る。

 

「ん!!」

 

 狼狽える伊丹に、少女――テュカは挑むような視線を向けたまま口をあぁんと開けると、幼虫のひとつを頭からばくばくと食い始めた。

 

「あむっ、もぐもぐ。むぐもしゃ。ごくん」

 

「い……」

 

 ものすごい速さでフライド幼虫――カミキリムシ幼体の素揚げ――を噛み砕いて飲み込むエルフの少女。

 

 ファンタジー世界に抱いていた幻想を粉々に打ち砕くその光景に、伊丹はただただあっけにとられるしかない。謎めいた迫力に圧され、思わず一歩後ずさる。

 

「ん!」

 

 ところが少女はさらに虫の幼虫をバッグから取り出すと、再びグイと伊丹の前に突きつけて来た。

 

「……お、お嬢さん?俺にどうしろと?」

 

「クレオ・ダス、セルバ(貴女も食べてみて)」

 

「まさか食えってんじゃ……」

 

「アメ、ヴィ・ハス・ケンジャ(仲良くなる第一歩だと思うの)」

 

「だって幼虫だよ!?ムリ、無理だから!」

 

「レイ、シャ―ミ・チャ、ショー(栄養たっぷりで、ご馳走なんだ)」

 

 幼虫は依然としてグロテスクで、少女の視線はあくまで真剣だ。

 

 一歩間違えれば、何が起こるか分からない緊張感――伊丹は覚悟を決めた。

 

「っ……よし――!」

 

 ごくりと唾を飲み下し、幼虫を受け取る。恐る恐る指で摘むと、思い切って口を開けた。

 

「はむっ……っ!」

 

 そしてエルフ少女がやったように頭からかぶりつき、もぐもぐと噛み砕く。

 

 異様な味と食感が口の中に広がる――囓ると中から凝固したタンパク質の旨みが広がり、思ったよりマシな味であることに少しばかり驚く。

 

 揚げてあるからか風味は香ばしく、味は炒めたばかりの落花生に動物性の旨味を足した感じ。皮と頭はパリパリとさっくりした感じになっており、身はしっかり固まって豆腐よりやや堅めの食感。

 

「……!」

 

 少女が青い目を見開き、ぐいと身を乗り出した。固唾を呑んで見守る住人たちからも「おお」と声が上がる。テュカのすぐ後ろにいるホドリューも「食った……」とエルフ語で小さく叫ぶ。

 

 そうしている間にも、伊丹は目を白黒させながら口を動かして何とか幼虫を飲み下した。

 

「シン・ティク、オーン、ション・セー(やった!食べてくれたんだ!ありがとう!)」

 

 テュカは思わず笑みをこぼした。

 

 ――大事なのは、一歩踏み出す勇気。それが出来れば、後はどうにかなるのだ。

 




 もしかしたら気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の話は「彗星のガルガンティア」2話のオマージュです。

 だって同じ異文化交流だし、ヒロインのCV金元さんだし……。

 あと虫は貴重なタンパク源。


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エピソード9:炎龍の襲撃

 

 エルフの村と接触できた事は幸運なのかもしれない――伊丹は村人とコミュニケーションを図る部下たちを眺めながら、伊丹耀司二等陸尉はそんな事を考えていた。

 

(あいかわらず警戒の矢じりには狙われてるし、テュカって娘の考えは分からんが、あのコダ村よりかはマシだ)

 

 とりあえず、コミュニケーションが取れている。何よりそれが重要だった。

 

 どれだけ優れたテクノロジーを有していようと、特地の地理について自分たちは赤子も同然なのだ。現地住民の協力は、喉から手が出るほど欲しい存在だった。

 

(ある程度の情報が手に入ったら、基地に戻って報告でもしとくか)

 

 そんな事を呑気に考えていた時だった。

 

「――ッ! アス・デレク、シャク、タヤンっ!」

 

 甲高い笛の音が空気を裂き、エルフの村全体に響き渡った。

 

「なんだ!? どうしたんだ?」

 

 伊丹が叫んだ次の瞬間、目も眩むような閃光が大樹を覆う――樹上にあった家々が吹き飛ばされ、村のシンボルであった大樹は一瞬のうちに炎に包まれた。轟轟と沸き起こる炎の熱風に、木々の葉が揺れる。

 

「オコン、エルマ、ヴライ!?」

「クンヤ、トゥス、ネンクル!」

 

 エルフたちが悲鳴を上げて逃げようとするも、すぐに炎に焼かれて跡形も無く蒸散する。

 

「イタミ!」

 

 血相を変えて走って来たテュカが、明らかに動転した表情で伊丹にすがりつく。

 

「テュカ!無事……ダイジョブ、か!?」

 

 伊丹が帝国標準語で話しかけると、テュカはこくんと頷いた。

 

「炎龍が……村が炎龍に襲われているの!?」

 

 テュカの言葉を手製の辞書で調べた伊丹は驚愕した。

 

(炎龍……ドラゴンの事か? この世界のドラゴンはヒトを、いやエルフを襲うのかよ!?)

 

 その時、頭上に影が覆いかぶさった。見上げれば巨大な影が照り付ける太陽を覆い隠している。

 

 それは余りにも巨大で、なおかつ余りにも恐ろしい存在――。

 

 見ているとその巨大な顎から、凄まじい熱量を誇る火炎放射が放たれていく。運悪く炎の直撃を食らったものは何が起こったのかも分からない内に全身に大やけどを負い、動けなくなったところを炎龍の餌として喰らわれていった。

 

「お願い、助けて!村を助けるのに、力を貸して!」

 

 テュカの必死の訴えに、伊丹は。

 

「分かった」

 

 笑顔でテュカに頷くと、伊丹は無線機に口を近づけて全員に命令を飛ばす。

 

「――第三偵察隊に告ぐ。隊長の伊丹だ。我々はこれより現地住民の保護を開始する。障害となる特定外来危険生物・炎龍については自衛のため発砲を許可する。以上、各員行動に移れ!」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「くそっ、くそぉッ!」

 

 栗林たちは車窓から64式小銃を出して、炎龍に向けて発砲を続けていた。しかし奮戦虚しく、7.62mm弾では炎龍の分厚い鱗を貫通できなかったらしい。炎龍は何食わぬ顔で、相変わらず村人を襲い続けている。

 

「おいおい、全っ然効いてないじゃないか!?」

 

「倉田うるさい!効果なくても撃ち続けてれば、ドラゴンの気を引くぐらいはできるでしょ!」

 

 栗林は諦めずに銃を撃ち続けるも、まるで豆鉄砲のごとく弾かれていく。軽装甲機動車の上では富田が12.7mm弾も撃っているが、同じく効果があるようには見えなかった。

 

『――気を付けろ!火炎放射、来るぞ!!』

 

 無線越しに伊丹から叫び声。直後、高機動車の真後ろにブレスが着弾する。

 

「どこか弱点はないの!?」

 

 栗林はスコープを覗いて、炎龍の弱点になりそうな箇所を探す。

 

『――隊長、どっかにドラゴンの弱点とか無いんですか?』

 

 栗林の無線を聞いて、伊丹はテュカの方を見やる。日本語の分からないテュカであるが、何となく雰囲気で言いたい事を察したらしい。自分の目を指さしながら、大声で叫んだ。

 

「オー・ノー、オー・ノー(目を狙って)!」

 

『――目だ! みんな目を狙え!!』

 

『――了解!』

 

 伊丹の指示を受け、一斉に炎龍の目に向け発砲を開始する隊員たち。大量の銃弾がばら撒かれ、その殆どが鱗で弾かれるも、弱点である目への被弾を恐れて炎龍は顔を腕で庇おうとする。

 

 それこそが、伊丹の狙っていた“隙”だった。

 

(眼に銃弾を当てるのは無理になったが、向こうもこれで視界が大きく遮られる……!)

 

『――今だ勝本! ドラゴンの死角からアレをぶっぱなせ!』

 

『――了解!』

 

 伊丹の命令に、勝本三等陸曹が勢いよく返事する。その手には、110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト3)が握られていた。

 

「後方安全確認よーし、てぇっ!」

 

 勝本の声と共に、対戦車弾が放たれ―――数秒と経たず、炎龍の左腕に命中する。

 

「グオオオオ――――ォンッ!」

 

 さすがの炎龍もたまらず悲鳴をあげ、これ以上は危険と判断したのか忌々しげに翼を翻して別方向へと飛び去って行った。

 

「隊長、ドラゴンが逃げていきます!」

 

 富田が喜びの声をあげ、他の隊員たちも続くように勝利の雄たけびを上げる。

 

「やったんだ!俺たちは勝ったんだ!」

 

「部位破壊、やったぞ!」

 

 

 **

 

 

 

 爆発の衝撃は、逃げ惑うエルフたちにも達していた。

 

「い、今のは……」

 

 何が起こったのかわからない。鋼鉄の馬車から何かが発射されたかと思うと、眩い閃光が煌めき、続いて轟音が響いた。

 

「なんなの……これ……」

 

 思わず閉じてしまった目を開けとき、テュカは恐るべき光景に愕然とした。

 

 あちこちに炎が燃え盛って尋常な被害ではなく、うめく負傷者を仲間たちが手当てしている。

 だが、最早この場に『炎龍』の姿は無い。それは、つまり――。

 

 あの緑色の服を着た人たちが、炎龍を追い払ったのだ。

 

「そんな……炎龍を、一撃で……」

 

 信じかねるように呟く。周囲にいる仲間のエルフたちも、余りの事に言葉も出ない。数百年を生き た父のホドリューでさえ、蒼ざめた顔でそれを見つめていた。

 

 大変なことになった……未だに目の前の光景が現実のものと思えぬ自分がいる。炎龍を生身の人間が追い払う、それが何を意味するのか彼らには分かっていないに違いない。

 

 どうしよう、という言葉が頭の中を駆け巡る。

 

 炎龍を一撃で倒し、村を守った英雄であるはずの自衛隊……そんな彼らにテュカは感謝するより先に恐怖を覚えた。

 

 それほど、彼女たちにとって炎龍は恐ろしく強大な存在で――。

 

 それをあっさりと倒した自衛隊は更に恐ろしい存在に違いないだろうから。

 

  




今回は炎龍戦でした。

にしても、アニメ2期は「炎龍編」と銘打ってるのに、炎龍の出番が少なくて(ry


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エピソード10:信用は行動から

      

「おい、どういう事だ……」

 

 エルフの村は異様な空気に包まれていた。村が炎龍に襲われ、至る所からもうもうと黒煙があがっている事に、では無い。

 

 先日あらわれた不思議な人々が細長い筒を構えた途端、それが次々と火を噴き、炎龍を撃退したのだ。それはゆゆしき問題であった。

 

「あんなことが出来んのか!」

 

「とんでもねぇぞ、炎龍が悲鳴をあげてたぞ!」

 

「俺たち、あんな連中に弓向けてたのかよ……」

 

 

 伊丹達を監視していたエルフたちは、自分たちがどんな連中を相手にしていたのかを今更知って恐怖に震えだす。

 

「あいつら、自分の方が強いと分かったら、俺たちを奴隷にする気じゃないだろうな」

 

「冗談じゃねぇ、あんな連中の近くになんかいられっかよ!」

 

「お、俺だって!」

 

 

 そんな中、慌てふためく彼らの元に高機動車に乗った伊丹たちが意気揚々と戻ってくる。馬もいない鋼鉄の馬車が、低いエンジン音を鳴らしながら停車した。

 

「ひ……っ」

 

 伊丹が姿を現すと、エルフたちは恐れをなして後ずさりした。何人かは勇気を振り絞って弓を向けるも、すっかり怯え切っている。

 

「何だこりゃ……?」

 

 銃を下ろして一息ついた伊丹は、周囲の妙な雰囲気に不審を覚えて眉根を寄せた。

 

「ドラゴンから助けたんだから、歓迎があってもいいようなものだが……」

 

 村を襲った凶暴な炎龍を追い払った。エルフの村の被害は最小限に抑えられたはずだ。なのに、エルフたちは以前より警戒心を剥きだしにしているように見えた。

 

「どういう事だ……?」

 

 

 わからない。エルフの、いや特地の不文律に反してしまったのか?

 

 

 何がどうなっているのか、伊丹にはまるで理解できなかった。

 

 

「――フォス・リン、リーゲル(ちょっとアナタ)!」

 

 困惑する伊丹の元へ、テュカが血相を変えて駆け込んでくる。

 

「イタミ!」

 

 真っ青な顔で叫ぶテュカ。気が動転して、思わずエルフ語でまくしたててしまう。

 

「エ・フス、クンネ・キウルン、ルク・パーチ!?」

 

 伊丹が首を傾げたのを見て、テュカは慌てて帝国語に切り替えた。

 

「あ、あなた達は炎龍と戦ったことが……?」

 

「違う。初めて。戦っ、た」

 

 ――やっぱり。

 

 すっと血の気が引く感覚があった。恐れていた通りのことが起きてしまったのだ。

 

(ひょっとして私は、とんでもない人たちを連れてきちゃったのかも知れない……)

 

 大きな恐怖と後悔がこみあげてきて、テュカは思わずよろけた。

 

 

 **

 

 

 翌日―—。

 

 

 見張りの人員は増やされ、警戒の武器もより強力なものに替えられた。誰もが鎧を着込んだ戦闘用のフル装備でこちらに武器を向け、周囲には杭で作ったものものしいバリケードまで組みあげられた。

 

 だが監視するエルフたちの顔は、どれも前とは比べ物にならないほどの不安に覆われている。炎龍を撃退して以来、ずっとこうだ。

 

「……なんか嫌われたみたいだな」

 

 脅威である炎龍を排除した自分たちに対して、さらに警戒を強化するエルフたちの対応は、伊丹には理解できなかった。

 

「交渉の糸口になるかと思ったんだが……」

 

 口調に苛立ちが混じる。

 

 同胞の危機を救ったんだから、それなりに遇してくれてもいいはずだ。なのに警戒は強まるばかり。エルフたちの行動は一貫性を欠いているようにしか思えない。

 

 助けろと言っておいて、その通りにすればこの扱いだ。

 

 では、一体どうすればよかったのか。

 

 

「――隊長」

 

 警戒を続けていた栗林が、前方を指す。彼女の銃口の先には、見知った金髪の少女の姿があった。

 

「あれは……」

 

 アサルトライフルを構えた栗林も、こちらに向かってくる少女――テュカに気づいて目を細める。

 

 テュカは丸腰であることをアピールしながら、真っ直ぐな青い瞳で伊丹を見た。最初に出会った時と同じように硬い表情だ。

 

 

「ひとつ、確認させて欲しいことがあるの」

 

「了解、する」

 

 伊丹が答えると、テュカは慎重に言葉を選びつつ口を開く。

 

「その、イタミたちなら……炎龍を倒したように、私たちも全滅させられるんじゃないの?」

 

 テュカにとってそれは、かなり際どい質問と言ってよかった。まかり間違えれば、怒り狂った伊丹たちから一方的に虐殺されてもおかしくない。それほど圧倒的な戦力差がある相手との、瀬戸際交渉なのだ。

 

 伊丹たちの方もやや押し黙る。翻訳の時間だけではない、ためらうような間……やがて慎重に選ばれたであろう答えが返って来た。

 

「肯定する。俺たち、可能。この村、全滅、可能」

 

 一同がぎくりとする。

 

「じゃあどうしてイタミ達は、そんな弱い私達を助けたの?」

 

 エルフの住む森、自然界は弱肉強食で成り立っている。弱いものは基本的に、強いものの餌でしかない。人間などの社会性動物はもう少し複雑だが、それでも根本的なところは一緒のはず。

 

「理由、所持。取引、望む」

 

「取引……?」

 

「俺タチ、強い。とても、強い。でも、知らない。この世界。知りたい、理由、それ」

 

「要するに、この世界について私たちに教えて欲しいってこと?」

 

 テュカが要約すると、伊丹が顔を上下に振る。首を上下に振る行為が何なのかテュカには理解できなかったが、反論が無いことから肯定のジェスチャーなのだと推測した。

 

 一応、筋は通っているように聞こえる。しかし油断は禁物。『人間には気を許すな』というのがテュカたちエルフの常識だ。

 

(長い時間を生きるエルフは、長期的な信頼関係が一番得だと知っている。でも寿命が短い人間は一時の利益のために相手を騙すこともある……)

 

 この交渉がエルフの村全体の将来を左右するかもしれない――それゆえテュカは念には念を入れて確認した。

 

「言いたいことは分かったわ。でも、情報を手に入れたら、その後は……?」

 

 情報の価値はすぐに劣化するもので、その優位は技術と違って長くは続かない。5年も経てば伊丹たちとて、最低限必要な情報ぐらいは手に入れているはず。

 

 そうなった時、交渉材料の無くなったテュカたちはどうなるのだろうか。用済みと見なされて、奴隷にでもされるのだろうか。

 

 

 

(へぇ……流石はエルフ、伊達に長生きしてるわけじゃないって事か)

 

 見た目は10代のお嬢ちゃんなのに随分と思慮深いもんだ、と伊丹は感心する。

 

 たしかに、信じてもらえる材料は無い。自分たちは侵略者じゃない、なんて口で言っても信用されるわけがない。それで信用するような奴はよっぽどのお人よしか、何か裏がある場合だけだ。

 

 信用は、行動によって生み出すしかないのだ。

 

「ちょっと、仲間と相談してくる」

 

 伊丹はテュカにそう告げると、仲間たちを呼び集めて今後の方針について聞かせることにした。

 

「どうやら炎龍を撃退したことで、かえって警戒されたらしい。だから、まずは彼らの警戒を解いて信用してもらうところから始めようと思う」

 

 だから、と伊丹は続ける。

 

「今回の炎龍による襲撃で家を失った者には、俺たちが無償で支援をする。アルヌスまで来てくれ」

 

「隊長!?」

 

 思いもよらぬ伊丹の提案に、第3偵察隊のメンバーは動揺する。

 

「難民申請でもするんですか?言っときますけど倍率450倍の超難関ですよ。こないだニュースで言ってました」

 

 一等陸曹の仁科が難色を示す。

 

「でもさぁ、一応“門”の先は日本国扱いとするとか首相が言ってなかった?」

 

「隊長、戸籍も無いのに国民として保護されるわけないでしょ。不法滞在扱いされたら余計に面倒です」

 

 仁科、笹川の2人に問題点を次々に指摘され、伊丹は頭を抱える。

 

「だけど俺たちにはそのぐらいしか、信じてもらえる方法が無いんだよぁ……う~ん、弱ったなぁ……」

 

 すると黒川が助け舟を出す。

 

「難民認定には申請期間があって、その期間中はグレーゾーンなんですよ」

 

「それって不法滞在の温床なんじゃ……」

 

「じゃあ交渉は諦めますか?」

 

 改めてそう言われて、ぐっと言葉に詰まる伊丹。

 

「はぁ~、分かったよ。利用できるもんは何でも利用させてもらう。テュカたちに信用してもらうには、それしか無いからな」

 

 

 **

 

 

 伊丹が提案をテュカたち村人たちに伝えると、反応は様々だった。

 

「騙されるな!きっと甘い言葉で俺たちを騙して、奴隷にする気にきまってる!」

 

「でもよぉ、もし連中がその気なら、なんで騙すなんて回りくどいマネするんだ?炎龍を倒した、あの鉄の棒使って脅せばいいだけだろ」

 

 ちらほらと物騒な意見も聞こえているが、大半は半信半疑といった様子だった。しかし家を失った者たちの多くは他に行くアテも無いため、彼らが中心となって伊丹の提案に乗り気のようだった。

 

「俺は行くぜ。家も財産も炎龍に燃やされたんだ。イチかバチか賭けてみる」

 

「帝国に避難したところで、どうせ俺たちみたいなエルフはロクな仕事にありつけないし」

 

「それに見たところ、身体能力自体はヒト族と変わらないみたいだしな。いざとなれば、俺たちが先手を打って……」

 

 穏健なものから物騒な意見まで、あらゆる意見が口をついて出る。議論は延々と続き、半日以上にわたって討議が行われた。

 

 結果が出たのは翌日で、結局、家を失った住民の半分程度が伊丹たちに付いていくことになった。

 

 それぞれ思う事はあるようだが、「他に行くアテもないから」というのが大部分の本音のようだ。そして彼らの中には、テュカとその父・ホドリューも含まれていた。

     




 ご感想、ご指摘、お待ちしております!


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エピソード11:難民受け入れ

   

 アルヌス 陸上自衛隊特地方面師団駐屯地にて――

 

 

 

「誰が連れて来ていいと言ったァ!?」

 

 案の定、基地に帰投した伊丹二尉を待っていたのは檜垣三佐の殺人的な眼光だった。

 

「あ、連れて来ちゃマズかったですかね?」

 

「マズくないわけがないだろう……」

 

 とっさにすっ呆けてみると、檜垣中佐は顔を手で覆って溜め息を吐いた。怒声も、愚痴も、嫌味すら出てこないようだった。

 

「えーっと……どうしましょう?」

 

「こっちが聞きたいよ!」

 

 檜垣三佐は八つ当たり気味に叫ぶも、連れてきてしまった以上はどうしようもない。部下の不始末も上司の仕事である。

 

「……陸将の判断を仰ぐ。事が事なだけに、私の一存ではきめられないからな。伊丹、お前は報告書をまとめるんだ」

 

 

 ―—それって要は上に丸投げってことですよね?

 

 喉まで出かかった言葉を飲み込み、伊丹は敬礼をしたのであった。

 

 

 **

 

 

 一時間後、伊丹は同僚の柳田に連れられて小休憩を取っていた。周囲に人影はおらず、内緒話をするにはもってこいの場所である。

 「疲れた」とばやく伊丹に向かって、柳田は思っていた事を聞くことにした。

 

「お前、わざとだろ。定時連絡だけは欠かさなかったお前が、ドラゴンとの戦い以降に突然の通信不良……どうせ避難民を放りだせと言われると思ったんだろう?』

 

 眼鏡の奥からのぞく柳田の鋭い視線に、伊丹はひきつった愛想笑いを浮かべた。

 

「いやぁ、ソンナコトハ……こっちは異世界だし、磁気嵐とかのせいじゃ…」

 

「誤魔化しやがって…」

 

 強引すぎだ、と柳田は溜息を吐く。

 

 もっとも、伊丹にはそうするしか方法がなかった事もまた理解はできた。

 

 日本国において難民受け入れは移民管理局の管轄であり、その審査は世界でも屈指の厳しさをほこる。まともに申請書を出せば受け入れがいつになるか分からないし、そもそも審査が通らない可能性のほうが高い。

 

(しかし伊丹の報告が真実だとすれば、のんびり移民管理局と議論している時間は無い……)

 

 伊丹の報告書にあった難民受け入れ理由―—そのひとつには、「帝国領に送還すれば徴兵される恐れがある」というものがあった。

 

(中将もうまい言い訳を考えたもんだ。この状況で難民を送り返そうものなら、利敵行為も同然。移民管理局も文句は言えない)

 

 加えて伊丹の報告は、政治的にも充分使い物になる。

 

 難民受け入れは自衛隊派遣に反対していた左翼を黙らす絶好の「人道的理由」であるし、難民受け入れに否定的な右翼も「軍事的必要性」には逆らえない。

 

「だが伊丹、徴兵の話は本当なんだろうな? もし嘘だったら、後々面倒な事になるぞ」

 

 柳田が問うと、伊丹は頭を掻きながら「う~ん」と答える。

 

「いやまぁ、直接この目で見たわけじゃ無いから断言はできないけど……テュカたちがそう言っているだから、本当じゃないの?」

 

「テュカ、ねぇ……随分と親しげだな、伊丹二尉」

 

 よくある事とはいえ、一応戦地における現地女性とのアレコレは禁じられている。柳田がからかうと、伊丹は「うるせぇ」と返す。

 

 だが、と柳田は続けた。

 

「そう何度も通用すると思うなよ。お前が意外と情に厚いのは知っているが、あまり深入りし過ぎると後で後悔するぞ」

 

「……忠告、ありがたく受け取っておくよ」

 

 伊丹がそう答えると、柳田は表情を緩めて立ち去って行った。後ろ姿のまま、「じゃあな」と手を振る様子が妙に様になっていた。

 

「あいつめ、カッコつけやがって……」

 

 これだからイケメンは、と伊丹は小さな嫉妬の炎を燃やすのだった。

 

 

 ―—しかしそれから一週間も経たない内に、アルヌス駐屯地は新たな試練に直面する。

 

 

 その原因は、帝国領で本格化した焦土作戦にあった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 細い街道を、ボロをまとった難民の群れが歩いている。神話に出てくる大地を飲み込む大蛇のごとく、地平線の彼方まで続いく長い長い列。

 

「食い物……どこかに食い物は……」

 

 帝国軍に家を焼き払われた難民たちは、かれこれ1週間にわたってアルヌスへと行進を続けていた。もっとも、行進などという秩序だったものではない。難破した船が波に煽られるように、ふらふらと頼りない足取りだ。

 

 難民たちの移動は困難を極めた。雨が降れば体温を奪われ、太陽が照り付ければ水分を奪われる。水も食料も無い中、それでも彼らは歩き続けた。酷使された体は悲鳴を上げ、栄養失調から病気にかかる者も珍しくない。

 

 時には盗賊やオークなどに襲われる事もあり、運の悪い集団は炎龍に丸ごと焼き払われた。

 

「アルヌス……アルヌスにさえ辿り着ければ……」

 

 難民たちの頭にあるのはその一言だけである。全員が、飢えと疲労に耐え凌ぎながらアルヌスへと突き進んでいる。

 脱落した難民の死体はそこら中に転がり、カラスがそれをついばむ。まだ体力のある者は、カラスを捕まえて食おうと狙っていた。

 

 わずかに残った食糧を奪い合い、殺し合いになることも珍しくはない。特に力のない子供と老人、そして女性の順に多くの者が倒れていった。

 

(アルヌス方面へ行けば、食い物にありつける……!)

 

 不安定な希望に残った気力のすべてを託し、彼等は前へと足を動かす。途中、何人もの知り合いが脱落していったが、それを振り返る余裕するら無かった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「難民、難民、また難民―—いったい、帝国に何があったんだ」

 

 伊丹がテュカたちを保護してから一か月も立たないうちに、アルヌスには万単位の難民が押し寄せていた。その数は減るどころか、洪水のように次から次へと押し寄せてくる。

 

「信じられない。帝国は自分で自分の国を破壊しているのか!」

 

 難民たちの話を聞くと、さらに衝撃の事実が発覚した。どうやら彼らは帝国軍によって家や農地を破壊され、アルヌス方面へ追いやられたらしいのだ。

 

 ――アルヌスの丘には、一夜にして建造された巨大な集落があるらしい。

 

 ――丘にある“門”を抜ければ、見たこともないほど豊かな大地が広がっているって噂だ。

 

 家を焼かれたあと、途方に暮れる彼らに帝国兵はそう告げたらしい。全てを失った難民たちには、その言葉に縋ってアルヌスへ向かうしかなかった。

 

 

 どれも偶然にしては出来過ぎている。

 

 

 であれば、帝国軍の策略と考えるのが妥当であった。帝国軍は明確な目的をもって、難民をアルヌスへ誘導しているのだ。

 

 攻城戦の歴史を紐解けば、このような方法は別に珍しいやり口ではない。

 

 守備側の籠城期間は水と食料などの備蓄量によって決まるので、付近の住民を城内へ追い込んで兵糧攻めにする方法は有効な手段の一つであった。食料不足のほかに、難民流入による人心の動揺、居住環境の悪化といった要因も攻撃側に有利に働いた。

 

 

 もっとも、単純に今の帝国に難民を受け入れる余裕が無い、というのも大きな理由だろう。

 

 焦土作戦が忌み嫌われるのは、なにも自国を破壊するという観念的な理由だけではない。大量に発生する難民の受け入れという、ひどく煩雑な作業が存在するからだ。

 

 実際、難民全員の寝床と食事を終戦まで提供できるだけの財力は帝国に存在しない。かといって放置しておけば、飢えた難民が不満を募らせて暴動を起こすのは必至。

 

 

 ――であれば、どうするか?

 

 

 帝国の出した解答はシンプルだった。

 

 

 ――難民を、帝国に入れなければいい。

 

 

 難民を、いまや「敵地」となったアルヌスに送り込む。アルヌス会戦で10万の諸王国軍を殲滅したように、異世界の軍隊が難民を皆殺しにしてくれるはず。

 

 あわよくば、死にもの狂いになった難民が彼らに一矢報いてくれるかもしれない。

 

 

 あるいは――もし自衛隊が難民を人道的に受け入れたらどうなるか。

 

 

 それが、今まさに伊丹達の目の前で起こっている問題だった。

   




 タイムリーな話題。アニメではだいぶ理想化されてましたけど、現実はもっとドロドロしてる模様。
 
 自衛隊も難しい立場。受け入れた場合は管理が面倒だし、受け入れなければ現地住民の支持が得られず戦線が泥沼化する可能性。


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エピソード12:新たな出会い

   

 

 難民の第一波が“門”に到着してから、5日が経とうという頃。アルヌス駐屯地付近には避難民が急増していた。

 

 

「うへぇ……中佐が言っていたのは“コレ”の事だったのか」

 

 『ドン引き』という単語を絶妙に表現した顔で、伊丹が眼下の光景についての感想を述べる。

 

 

 

 現在、伊丹がいる場所は『門』の空堀を見下ろす櫓の上である。本来なら運の悪い敵だけが落ちるべき空堀には、大勢の避難民が溢れていた。

 

 まるでゾンビ映画ように掘の中で蠢く、何百という人間―—その全員が避難民である。ほとんどの者が着の身着のまま、手荷物を持っている者は少ない。怪我を負っている者、力尽きて行き倒れる者も少なくなかった。

 

 

 虚ろな表情でその光景を眺める彼等の目に、一筋の煙が映った。目を凝らして注視すると、仮設の炊事所から白い煙が上がっているのが見える。自衛隊による、炊き出しの時間だ。

 

「あれは……食事の煙か?」

 

「食料だ!飯が食えるぞぉ!」

 

 避難民は吸い寄せられるように、最後の力を振り絞って足を速める。炊事所の前では銃を持った自衛隊員が、暴徒と対峙するかのように仁王立ちになっていた。

 

「走らないで下さい! あと押さないでッ!」

 

「一人つづ順番に並んでくださーい!」

 

 炊事所の前では難民がゾンビのごとく群がり、暴動寸前の大混乱が発生している。何日も飢えを我慢し続けた事もあってか、一部の難民たちは食料を前にしてタガの外れたようになっていた。

 

「エス・タブル、デル! クカ・ルーア(どうしてもっとくれないんだ!俺たちに飢え死にしろってのか)!」

 

「メル・エオ、ガスト! ダーラ!(邪魔だどけ!それは俺の分だぞ)!」

 

「アルバ・トロ、アスコ(お願いです、この子だけでも)……!」

 

 やっと食事にありつける―—―その興奮が却って自制心を失わせる結果となって、これまで抑え込んできた欲望を解き放ってしまったのだ。

 

 自衛隊側は必死に列に並ぶよう誘導するも、努力むなしく無数の難民の声にかき消されてしまう。こうした避難民の振る舞いに、自衛隊員は閉口しているようだった。

 

「おい、そこのお前! 抜け駆けは禁止だってつってんだろ!」

 

「コ・アウ、ゼーエーン! ヴィー・ミルタ、ロナ!」

 

「あー、外国語は分からん! つべこべ言わずに並べ!」

 

「先輩、それじゃ俺たちが悪役みたいですよ……」

 

 加えて混乱に拍車をかけたのが、通訳の不足だ。習慣や風習が異なるグループ同士の接触において、コミュニケーションほど重要な物は無い。自衛隊は急いで通訳の増員に努めているが、まだまだ足りないのが現状だ。

 

  

 互いの接触が増えれば、習慣や価値観の違いによるトラブルも増える。しかし互いに言葉が通じない状況では、生じた溝を埋める術が無い。そうして生まれた不信感は、やがて大きな衝突を生み出す原因となっていく―—。

 

 伊丹がそのことを身をもって体験するのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 **

 

 

 物資の補給、避難民の移動、避難先の振り分け等、事態の進展につれて発生する事務作業もまた膨大となった。

 

「基地の外に難民の居留地を設置する、本国に資材の発注を」

 

「病気の者には、速やかに治療を行う必要があるな。優先すべきは老人と子供だ」

 

「食糧の配給も必要だろう。それから仮設住宅も」

 

 

 最初の難民受け入れから一か月後のその日。駐屯地でテュカたちから陳情を受けていた伊丹の元に、栗林が駆け込んできた。

 

 

「大変です! 難民たちと第4補給大隊が……!」

 

 聞けばアルヌス駐屯地・通称『六稜郭』の正門で、難民と自衛隊が衝突しているという。事態は一刻を争う状況だ。

 

「ったく、なんでこうなっちゃうのかなぁ!?」

 

 伊丹が総司令部を飛び出し、その後をテュカ達が追いかけた。

 

 

 ◇

 

 

 伊丹たちが辿り着いた頃には、門の周りに大勢の難民が詰めかけていた。

 

 人数はざっと見て千人以上で、口々に不満と要求を叫んでいる。

 

 自衛隊が難民に静止を命じるが、市民はそれに反発して前進しようとする。それが何度か繰り返されているうちに、激しい揉み合いとなった。

 

 自衛隊・難民双方に応援や野次馬が集まって人数は増える一方であり、揉み合いも激しくなる一方だった。

 

 

「アサーイ、エン・クルマ(食料の配給をもっと増やせ)!」

 

「シン・ギーズ、シャ―ア! ナバ・シス! (もう一月以上水浴びをしてないの!いいかげん身体を洗わせて!)」

 

「サイ・グリ、サル、マンード! シル・ヴァーラ、サル(お前達だけいい家に住みやがって! 俺達はずっとあばらや暮らしだ)!」

 

「エオ・ソール、ミア・ボーロ! エラ、デンセオ・ファラ(追加の宿舎なんか来ないじゃないか! 適当なことを言いやがって!)」

 

 要求には支離滅裂な発言が目立つ。組織されたデモ行動というよりは、単に募った不満のはけ口を求めているだけのようだ。

 

「万が一に備えて、警戒態勢を取らせた方がいいかも知れん。いつ暴動が起こってもおかしくないぞ」

 

 同僚の柳田が最悪の事態を想定して言うが、伊丹はそれを止めた。

 

 自衛隊に八つ当たりされる筋合いは無いとはいえ、難民たちの置かれた劣悪な環境を思えば不満が吹き出すのも当然だった。

 

「物騒なこと言うなって。俺たち、国民に愛される自衛隊だよ?」

 

「連中は国民じゃないんだが……」

 

「特地派兵の口実は『特地を日本国の領土と見なす』だろ? ならそこにいる住民も日本国民と見なすべきなんじゃないか? ―—とにかく事態がこれ以上こじれないよう、物騒な話は無し。オーケー?」

 

 伊丹の提案に、柳田も渋々頷いた。

 

 

 伊丹は正門にある櫓の上に昇ると、大声で声を張り上げる。

 

「聞いてくれ! 君たちの言いたい事は分かった!」

 

「ドレド、ネーデ! エス・ラッハ・アリ!」

 

 隣にいたティカが現地語に通訳すると、難民たちの動きが止まった。伊丹は拡声器をティカに渡すと、続けて通訳してくれるよう頼んだ。

 

「だが、一人一人の事情を聴くのは物理的に不可能だ! 交渉を円滑に進めるために、代表者を何名か選んでもらいたい!」

 

「タンガ・フル、ラス、ルンアーラ、ムリ・ギレゴ!」

 

 難民たちの大部分は、伊丹の説得を受けて納得したようだった。騒ぎ声も徐々に小さくなり、なんとかなりそうだと伊丹がほっと一息ついた、その時―—。

 

「ラス・サカス(食い物をよこせ)!」

 

「ロンド・ルエ(騙されるな)!」

 

 一部の過激な難民が投石を始め、伊丹のヘルメットに命中する。

 

「―—イタミ!」

 

「―—隊長!」

 

 慌ててティカと黒川が駆けつけ、2人でケガが無いか調べる。

 

「よかった……この丸い帽子のおかげで、ケガは無いみたい」

 

 ティカが安堵したように呟く。

 

 だが、危険が去った訳ではない。

 

 

 倉田などは不安そうな顔をしたまま、落ち着きなく周囲を見回している。

 

「隊長、もしこのまま暴動になったらどうするんですかね? 正当防衛とはいえ、難民の中には子供や老人もいますし……」

 

 言いかけて、倉田は途中で口をつぐむ。

 

 驚いたように見開かれた彼の視線の先には―—。

 

 

 一人の、少女がいた。

 

 

 特地の服装に照らし合わせても、異様な風体の少女である。

 切り揃えた漆黒の長髪、赤い瞳、デカリボン。本人の身長を軽く上回る巨大ハルバード。なぜか周囲にまとわりつくカラスの集団。

 

 そしてなにより―—。

 

 

 

「ゴスロリ少女!?」

 

 

 

「マジかよ!?」

 

 ゴスロリにしか見えない、フリルだらけの黒い神官服。

 

「あ、あれって……ロゥリィ・マーキュリー!?」

 

「ティカさん、お知り合いですなんですか!? ちょっと僕にも紹介してください!」

 

 絶叫する倉田に、ティカは困惑しながら答える。

 

「知り合いというほどじゃ……あの人は、その、神様みたいな方なんです」

 

 

「「神様ぁ!?」」

 

 

 ティカの説明によると、死と狂気と戦争と断罪の神「エムロイ」に仕える亜神なのだという。

 

「た、隊長!あっあれ!あれを見て下さい!!」

 

「どうした倉田、俺も神様を見たのは初めてだが此処は特地だ少し落ち着け………って、えぇっ!?」

 

 見ていると、件のゴスロリ少女はハルバードを軽々と振り回し、投石していた暴徒の一団を瞬く間に制圧してしまった。

 

「すげぇ、流石は神さま…………隊長、スマホで撮ってもいいですかね?」

 

「本人の確認を得ない写真撮影は肖像権の侵害だぞ。本人に聞いてからに……」

 

 言いかけたところで、伊丹は背後でタンッと何かが降り立つ音を聞いた。同時に、周囲にいた倉田たちが息を呑む。

 

 

「こんにちわぁ。ちょっとお邪魔してもいいかしらぁ?」

 

 振り返ると、件のゴスロリ少女がいた。

 

「私はロゥリィ・マーキュリー、暗黒の神エムロイの使徒よ」

 

 またしても伊丹は、厄介な出来事に巻き込まれる運命のようだった。

 




 ロウリィさん登場!やった、これで勝つる!


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イタリカ編
エピソード13:イタリカへ


     

 難民数の増加に危機感を抱いたのは、伊丹ら自衛隊だけでは無かった。

 

 

 夜も更けた頃、ホドリューやテュカ、コダ村の村長といった面々は駐屯地近くに作られた仮設住宅に集まっていた。

 

「さて、始めるとするか……」

 

 最初に口を開いたのは、ホドリューだった。現在、アルヌスにいる難民たちは彼とコダ村の村長がまとめ役となって取り仕切っている。一応は『アルヌス協同生活組合』という名前もついており、事実上の自治組織として機能していた。

 

 

 この日は彼の要請で、難民たちの中でもリーダー的な立ち位置にいる者たちが集められていた。

 

「夜遅くに済まない。今回みんなに集まってもらった理由は、他でもない――俺たち難民数の増加の件についてだ」

 

 今のところ、自衛隊と難民の間では目立って大きなトラブルは起こっていない。自衛隊側はなんとか本国に請け合って食糧などの配給を続けてくれているし、ホドリューら組合幹部も難民同士の諍いを仲裁したり、様々な不満に対して対策を打っている。

 

 

「テュカの話では、『緑の人』たちの受け入れ能力もそろそろ限界らしい。これ以上難民の数が増えれば、今まで通りの配給を受けることは難しくなる」

 

「しかしホドリューよ、我々もギリギリのところまで切り詰めているのだ。この上さらに生活環境が悪化すれば、住民の不満は爆発するぞ?」

 

 主な問題は、食糧と住居の2つだ。

 

 現在、アルヌス生活協同組合で面倒を見ている難民の数は1,000人ほど。しかし自衛隊から配給される食料と仮設住宅で養える数は、せいぜいその半分程度でしかない。

 

 つまるところ、明らかに配給される量が足りていないのだ。

 

 

 だが、これに対して自衛隊を責めるのは筋違いというものだろう。

 

 そもそも「アルヌス付近はほぼ無人」との調査結果を受けていた自衛隊では難民の保護を想定しておらず、むしろ一ヶ月も経たない内に膨れ上がった難民に対して「よく500人分も揃えられたものだ」という状況だったのだ。

 

 

 しかし難民たちからしてみれば、堪ったものではない。食事は一日2回(おまけに少量)、しかも慣れない米食は小麦文化の特地住民にストレスを与えていた。ベッドも病人や怪我人に優先されるため、多くの難民はぎゅうぎゅう詰めにされた状態で床に雑魚寝といった有様だ。

 

「ホドリュー、お前さんもここ数日だけで治安が悪くなっているのは知っているじゃろう? このままでは、いずれワシらだけでは、抑えきれくなる」

 

 堪った不満は、治安の悪化となって表れる。食料や睡眠スペースを巡る争いはまだ可愛いほうで、盗みやレイプ、果ては殺人未遂にまで発展することもあるのだ。

 

 ホドリューたちも対策として自警団を結成してはいるが、後手に回っているのが現状。このまま事情が悪化すれば、最悪、自警団員が悪事に手を染める恐れもある。

 

「でも、これ以上『緑の人』たちに頼むわけには……」

 

 ティカの言葉に、コダ村の村長も苦悩の表情を浮かべて頷いた。

 

 組合の受けている配給は、いわば圧倒的な強者である自衛隊からの施しなのだ。自衛隊の機嫌を損ねて見捨てられたが最後、難民たちはアルヌスで飢え死にするしかない。

 

「荒れ地を耕して畑の開墾もやってはいるが、まだ時間がかかりそうだしな。どうしたものか」

 

「せめて緑の人たちから仕事でも貰えればいいんだが、『関係者以外立ち入り禁止』だかで基地の中には入れてもらえないし……」

 

「戦場跡に放置されてる、龍の死骸なんかはどうだ? たしか龍の鱗や牙は高く売れるはず……」

 

「それなら前にも試したが、どうした訳か『緑の人』は全く興味を示さないんだ」

 

 他のリーダーたちも、八方ふさがりの状況に嘆息する。漂う重苦しい空気に呑まれ、ティカも重苦しい表情のままポツリと呟いた。

 

「丘の兵隊に身売りするしかないかも……」

 

 次の瞬間、ホドリューの顔から血の気が引いた。

 

「ダメだ! お父さんは許さんぞ!」

 

 両目をバッテンにして、嫌だ駄目だ反対だと繰り返す。絵にすると物凄く間抜けである。

 

「でもお父さん、他に方法が……」

 

 娘の言葉に、ホドリューはぐっと詰まった。パパにとって、娘の貞操は命の次ぐらいに大事なのだ。振り上げた拳が力なく項垂れ、通夜状態の沈んだ顔になる。

 

 

「……待てよ」

 

 

 その時、コダ村の村長が何かを閃いたようだった。

 

「お主、先ほど自衛隊に竜の牙を売ろうとして失敗した、と言っておったな?」

 

「あ、ああ。射撃の的にしかならんと言われて門前払いされたよ」

 

「つまり、ワシらが竜の死骸をどう扱おうと文句は無い訳じゃな?」

 

 村長の言葉に、他のメンバーもハッとしたように顔を上げる。

 

 

「そうか……! 竜の牙が『緑の人』たちに売れないのなら、売れるところまで持っていけばいいのか!」

 

 

「それなら、イタリカに俺の知り合いがいるぞ。あそこなら人も多いし、帝国軍の新しい駐屯地ができたって話も聞くから無事だろう」

 

「そうと決まれば、明日の朝にでも皆に知らせねば。これから忙しくなるぞ」

 

 こうして話はトントン拍子で進み、今後の方針が定まった。

 

 

 まずは皆で戦場跡から、金になりそうなものを採取する。それをイタリカまで運んで売りさばき、売り上げを食料や日用品などの不足分に充てるのだ。

 

 うまくいけば農機具や織機など、今後の町づくりに役立ちそうな機器の購入費用も捻出できるかもしれない。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 イタリカ――テッサリア街道とアッピア街道の交点に発展した帝国有数の交易都市である。

 

 

 この領地は代々フォルマル伯爵家が収めていたのだが、前当主とその妻が事故で急死したために残された三姉妹の間で後継者争いが発生。

 

 泥沼化すると思われたお家騒動だったが、最終的にこれを制したのは当時まだ11歳であった三女・ミュイであった。

 

 

「結局のところ、やはり最後にモノをいうのは力だな。そう思わないか、ハミルトン」

 

 

 イタリカ南門にある城壁にもたれるようながら、第三皇女ピニャ・コ・ラーダは己の侍従武官に問いかける。

 

「帝国が三女ミュイに味方すると宣言した途端、長女も次女も兵を引っ込めた。帝国という力が、この街に平和をもたらしたのだ」

 

「まぁ、タダじゃないんですけどね」

 

 ハミルトン・ウノ・ローは書類を片手に、苦笑しつつ頷いた。

 

 現在、イタリカにはピニャの薔薇騎士団を含む5000の帝国兵が睨みをきかせている。三女ミュイの要請を受けて「治安維持」のために駐屯している、というのが表向きの理由だった。

 

 

 表向き、というのは帝国には別の思惑があったからだ。

 

 帝国はミュイの擁立と引き換えに、イタリカに新しい駐屯地を建設することを要求。ミュイがこれを認めたためイタリカの北門付近を増築する形で、帝国軍駐屯地が急ピッチで建造されている。

 

 

 ピニャたちが派遣されてた理由も、イタリカ駐屯地建造の監督と現当主の警護の両方を兼ねての事だった。

 

「しかし陛下は何故、今この時期に駐屯地を造ろうとなさったのでしょうか。たしかにアルヌスに異世界の軍が現れてからというもの、この地域の治安は極度に悪化していますが……」

 

 原因は、アルヌスで敗北した諸王国軍の元兵士たちにある。敗戦によって周辺諸国は兵士たちに払う金が無くなり、生きるために盗賊に身をやつす他なくなった敗残兵たちが、手当たり次第に略奪するようになっていたからだ。

 

 かくいうイタリカも一度は盗賊団の襲撃を受けている。しかし一個軍団もの帝国兵に勝てるはずも無く、あっさりと返り討ちにあって追い散らされていたのだが。

 

 

 しばらくピニャがハミルトンの報告を聞いていると、不意に鋭い声が飛んできた。

 

 

「――姫様! 物見櫓へ来てください!」

 

 

 声の主はグレイ・コ・アルド。スキンヘッドの男性侍従武官で、実戦でたたき上げたベテランの騎士でもある。

 

「グレイ、どうした! 敵襲か!?」

 

「いえ。 ですが、正体不明の集団がこちらに近づいてきています!」

 

 グレイの報告を受けて、ピニャはハミルトンと共に急いで南門の櫓へと向かう。既に櫓で待機していたグレイの指さす方向を見ると、たしかに見慣れない集団が接近してくるのが見えた。

 

「見慣れない集団だな。それにエルフだと? 急いで腕のいい弓手を……」

 

 言いかけたところで、ピニャの顔が驚愕に染まった。

 

 

「あ、あれは……ロゥリィ・マーキュリー!?」

 

 

「えぇ!?」

 

「ほぉ、あれが噂の死神ロゥリィですか」

 

 ピニャの驚愕の絶叫にハミルトンも驚愕し、グレイは冷静にロゥリィを観察している。

 

「ピ、ピピっ、ピニャ殿下! あれ、あれです!あれを見て下さい!!」

 

「落ち着けハミルトン。気持ちは分かるが………っ!?」

 

 ハミルトンの取り乱した様子にピニャは諫めようとするがロゥリィの背後から現れた存在に息を呑み、グレイも戦場で見せた気を張り詰めた表情となった。

 

 『馬無し馬車』――ガソリン自動車のことなど知る由もないピニャたちは、高機動車のことをそう呼んでいた。いや、より正確には「そう聞いていた」というのが正しい。

 

「姫様、あれが噂の……」

 

「ああ。私もこの目で見るのは初めてだが、アルヌスの生き残りから聞いた証言にあった特徴とよく似ている。間違いない、あれが噂の――」

 

 

 

 異世界の軍隊だ。

 

 

 

 ぞくり、と寒気がした。噂に聞く、異世界の軍。遠征に出かけた帝国軍を壊滅させ、諸王国軍10万でも敵わなかった強大な敵。

 それが今、目の前にいるのだ。

 

「ひ、姫さま!ど、どうしましょう!?」

 

 

「――総員、戦闘配置につけ」

 

 

 ピニャが低い声で命じると、全員に緊張が走る。

 

「戦うおつもりで?」

 

 グレイが尋ねると、ピニャは首を横に振った。

 

「陛下からは、機が熟すまで戦闘は避けろと厳命されている。向こうに総攻撃の意思がなければこの場は穏便にやり過ごす」

 

 ただし念のため油断はするな―—ピニャはそう言うと、ハミルトンに近くに来るよう手招きする。顔を近づけ、小声で要件を告げた。

 

「急いでフォルマル家の者を呼べ。それから、彼らにはこう伝えろ」

 

 それを聞いたハミルトンの表情が変わる。彼女はコクコクと頷くと、弾けるように走り去っていった。

 




 ここら辺はほぼ原作準拠です。ただしイタリカにいる帝国軍は増強されている模様。

 帝国軍ですが、兵士の付けている鎧がロリカ・セグメンタタ(板札鎧)であることから、帝政ローマ初期の軍団をモデルとし、1個軍団5000名ほどとしました。


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エピソード14:帝国からの逃亡者

    

 何台もの馬車で構成された車列が、物々しい警護の帝国兵に守られながら進んでいる。巻き上がる膨大な土煙は、舗装されていない道路を何台もの馬車が通ったために、表面の土が削り取られたからだ。

 

 

 車列の中には、レレイと彼女の師匠が乗る馬車もあった。帝都で行われていた研究は最終段階に入り、後はいよいよ成果を試すだけ、と言うところまで進んでいる。

 

 

 レレイの師匠・カト-老師が窮屈な馬車でこわばった体をほぐしながら言う。

 

「しかしイタリカか……また微妙な場所を。年寄りに長旅はキツイわい」

 

「仕方ない。あの研究の完成には巨大な設備も必要だし、帝都からだと遠すぎて魔力の減衰が大きい」

 

 

 

 彼女たちの目指す都市イタリカは、そこそこ大きい地方都市といった位置づけだ。この街を治めるフォルマル伯爵家では、幼い当主が後を継いだばかりという事情もあって、帝国による保護を二つ返事で受け入れていた。

 

(あれは……)

 

 馬車から外を覗いていたレレイは、思いもよらぬ情景に息を飲む。

 

 イタリカへ続く道の至る所に、破壊された家屋や倉庫が放置されている。家財道具が一部残されたままになっているのは、持ち出せるほどの余裕が無かったからなのだろう。

 

 農村地帯はほとんど廃墟と化しており、畑からは多数の黒煙が揺らめき、完全に焼け野原へと変貌していた。イタリカが豊かな穀倉地帯として名をはせていた頃の面影は何処にもない。

 

 

 

 イタリカの街に入ると、大通りには避難民の群れがごったがえしていた。人々の表情は皆一様に硬く、馬車や露店の数は激減している。帝国政府が有事に際して食糧統制を始めたからだ。

 

「師匠、これは一体……」

 

「焦土作戦じゃ……」

 

 カト-老師のしわがれた声が、レレイの疑問に答えた。

 

「アルヌスで『門』が開いている事は知っておるじゃろう? 帝国軍と諸王国軍は、その先にいた相手によって壊滅させられた。

 

 カトー老師の表情が、まるで苦虫を噛み潰したかのように歪む。

 

「帝国は焦っておる。自らが先に手を出して、こっぴどく返り討ちになったのじゃからな。怒り狂った異世界の軍が、報復にくれば帝国は終わりだと」

 

 だからこその、焦土作戦。レレイは軍事に明るい方ではないが、それでも補給抜きではどんなに強力な軍隊でも機能しないという事ぐらいは知っている。

 

「それだけではない。巷ではもう知れ渡っている事じゃが――炎龍がアルヌス付近で目覚めたらしい」

 

 師匠の言葉に、レレイの瞳が見開かれる。自分がずっと宮廷の研究室に籠っていた間に、そんな大事件が起こっていたとは。

 

「炎龍を倒す事は不可能じゃ。だから帝国は自ら街を焼くことで、帝都とアルヌス周辺に人口空白地帯を作り出し、出来るだけ帝都から遠ざけようとしている」

 

 街や村のような人口密集地帯は、人を餌とする炎龍にとって絶好の狩り場だ。しかもその生態はイナゴにも似ていて、人を根こそぎ食い荒らすと次の餌場を求めて移動していくというもの。

 

 

 ――裏を返せば、餌場さえ無ければ炎龍は近づかない。

 

 

 帝国はアルヌスから帝都までの村や町を焦土にすることで、炎龍の進行方向を逆に向けようとしているのだ。

 

 しかし、それでもレレイには疑問点が一つ残っていた。

 

 街を焦土化すれば、当然ながらそこに住んでいた人たちは難民化する。だが、帝都からイタリカに来るまで、その類は全く目に入らなかった。帝都でも、避難民が殺到したというような話は聞かない。 

 

 

 ――だとしたら、難民たちは一体どこへ?

 

 

 つい2月前まで住んでいた、コダ村の住人たちはどうなったのだろうか。

 

「師匠、その……家を無くした人たちは……」

 

 レレイが問うと、カト-はフーッと大きく息を吐いて、観念したようにかぶりを振った。

 

 

「アルヌスじゃ。帝国は難民たちに、アルヌスへ向かえば食べ物と家が手に入ると吹聴しておる」

 

 

 事前に情報を集めていたらしく、カトー老師の声に淀みは無かった。

 

「アルヌスに避難民が集まれば、そこが新たな炎龍の餌場となる。あわよくば異世界の軍もろとも食らい尽くしてもらおう、という魂胆なのじゃろう」

 

 容赦のない現実に、レレイの視界が暗転し始めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 イタリカの夜は暗い。戦時中ということもあって夜間外出禁止令が敷かれている事が原因だ。時折、帝国兵が巡回しており、違反者は容赦なく処罰される。

 

 

「急いで……急いで皆に知らせないと……」

 

 

 イタリカにある帝国軍駐屯地から逃げ出したレレイは、監視の目をすり抜けながら夜のイタリカを走っていた。

 

 目的地はただ一つ、アルヌスである。一刻も早く辿り着いて、集結しつつある難民たちをアルヌスから遠ざけなければならない。

 もしかすると今この瞬間にも、人の匂いを嗅ぎつけた炎龍はアルヌスに向かっているのかもしれないのだから。

 

(馬鹿だ……私は)

 

 自らの人生を振り返り自嘲する。生まれたその時点から魔法の他には関心がなく、ひたすら研究に打ち込む人生。生まれて初めてコダ村を離れ、帝都に向かう時も寂しさなどは感じなかった。

 

 でもそれはきっと、心のどこかで「自分には帰る場所がある」と信じ切っていたからなのだろう。

 

 知らない間に故郷が無くなったと聞かされ、そこにいる人たちが命の危機に晒されていると知って、レレイは初めて感じた。誰かを助けたい、という思いを。

 

 

 だからこその自嘲だった。失って、失いかけて。初めてその事への恐怖を自覚したのだから。これを嗤わずに何と言えばいいのだろうか。

 

 

 たとえ帝国と敵対する事になっても構わなかった。もし生き残っている人がいるというのなら、何としてでも助け出さなければならない。

 

 

「レレイ」

 

 

 こっそり抜け出そうとしていると、不意に背後から声をかけられた。

 

「師匠……」

 

「助けに行くつもりか? 村の者たちを」

 

 レレイが頷くと、カト-はやれやれ、と言わんばかりに首を振った。

 これでも長い付き合いだ。彼女の思惑など、とうにお見通しだったらしい。

 

「よく考えるのじゃ、レレイ。今ここで村人たちを助けるという事は、即ち帝国を敵に回すという事じゃ」

 

 カト-老師の言葉に、レレイはわずかに逡巡した。いま逃げ出せば、もう帝国に住むことは出来ない。家族にも会えなくなるかもしれない。それはきっと辛くて、厳しい道のりになるに違いない。

 

「今ならまだ、引き返せるぞ?」

 

「……いま見て見ぬ振りをしたら……きっと一生後悔する」

 

 一言づつ、絞り出すように告げた。カト-老師は弟子の決断を黙って聞いた後、おもむろにローブの中から小さな包みを取り出した。

 

「師匠、それは……!」

 

 レレイの目が見開かれる。包みの中から現れたのは、小さな装飾用の短剣だった。

 

 アゾット剣――学都ロンデルで厳重に保管されている、古代の貴重な魔術礼装だ。その剣には特殊な性質を持つ魔力が宿っている。

 

「レレイよ、これを持ってゆくがいい。いつか役に立つ時が来るやもしれん」

 

 師匠から渡されたアゾット剣を、恐る恐る掴む。思っていたより重くて、ひんやりと冷たい。しっかり掴んでいないと、どこかへ落としてしまいそうだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「――魔術師が逃げ出したぞ!何としても捕まえるんだ!」

 

「――絶対に逃がすな!捕えた者には褒美を弾むぞ!」

 

 帝国軍もレレイが逃げた事に気づいたのか、捜索隊が叫ぶ声が響く。距離はそれほど近くないが、向こうにはピニャ皇女率いる騎士団がいる。油断は禁物だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 どこまで来ただろうか。路地の一角で足を止める。

 

 レレイは筋金入りの魔術師であり、激しい運動とは無縁の生活を送ってきた。こうして懸命に走るのは生まれて始めての経験といえる。当然直ぐに息が切れ始めた。

 

 それでも、無理やり筋肉を動かして足を踏み出す。自分の命への執着もあるが、こっそり自分を逃がしてくれた、カトー老師の覚悟を無意味なものとしたくないという思いが背中を押していた。

 

 だが、想いだけでどうにかなるほど現実は甘くなかった。

 

 ずっとコダ村に住んでいたレレイには土地勘が無い。一体どうすればアルヌスへ辿り着けるのか、どこに隠れて帝国兵をやり過ごせばいいのか。それが分からなくなってしまった。

 

「あっ」

 

 ぐらりと視界が暗転する。石に躓いたのだ。レレイの体は走った勢いのままに地面に叩きつけ――られなかった。

 

 

「おっと……大丈夫か」

 

 

 転びそうになる彼女を支えたのは、緑色の服を着込んだヒト種の男性。どこか頼りなさげだが、優しそうな顔の男を見て、レレイは思わず驚きの声を漏らす。

 

 

「平たい……顔」

 

 

 悲しいかな、東洋人の宿命である。異世界に来て何度目かになる感想に、「うるせぇ!」と伊丹は返したのだった。

 




 平たい顔族……だってモンゴロイドだもん(ただし阿部寛は除く)。

 帝国はどうもコーカソイド系らしいので、初めてモンゴロイドの日本人を見た反応はこうなるかなぁと。


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エピソード15:大脱出!!

 特地に派遣されてから日数が経ち、そろそろ伊丹たちも帝国語を覚えてきただろうという事で、イタリカ編以降は翻訳せずに会話します。ご了承ください。


   

               

「なんて奴らだ、許せねぇ!」

 

 

「落ち着け倉田、声がデカい。バレるぞ」

 

 憤慨する倉田を、隊長の伊丹が諌める。とはいえ一個人としては伊丹も倉田と同じ思いだった。

 

 

(焦土作戦だと!? いくら戦争に勝つためとはいえ、普通そこまでするもんなのか?)

 

 

 救出した少女――レレイから事情を聞いた一同は、帝国が焦土作戦を計画している事を知って激しく驚愕する。猛勉強の末になんとか帝国語で会話がとれるようになった伊丹たちであったが、最初の会話がこんな物騒なものになるとは予想も出来なかった。

 

「ど、どうしよう……伊丹……」

 

「おいテュカ、しっかりしろ」

 

 炎龍がエルフの村を焼き払った記憶は、テュカのトラウマになっているようだ。伊丹は彼女を宥めつつも、アルヌス駐屯地が炎龍の襲撃を受けるかもしれないという事態に内心では動揺していた。

 

「とにかく、急いで基地に知らせないと。黒川ちゃん、基地に通信繋がった?」

 

「隊長、それが……さっきから通信が繋がらないんです。何度も試みているんですが……」

 

 黒川が困ったように返してくる。伊丹も自分の無線機を回してみるが、ジャミングにでもあったかのようにノイズが酷くて何も聞き取れない。他のメンバーも同じようだった。

 

「う~ん、電波状態が悪いのかも。どこか見晴らしのいい所に出るか」

 

「隊長、それじゃ敵にバレます」

 

 あっさりと栗林ににダメ出しされる。どうしたものかと悩んでいると、塀の向こうを騎兵隊の兜が横切るのが見えた。

 

「ヤバい、こっちに近づいてきてる。 逃げるぞ」

 

 了解、と頷く仲間たち。

 

「特にテュカ。噂に聞くエルフの耳の力、頼りにしてるからな」

 

 伊丹に「頼りにしてる」と言われ、テュカの頬が少しばかり赤く染まる。

 

「任せて!私の耳は、バッタの足音ひとつ逃がさないんだから!」

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 そう言うが早いか、伊丹はレレイの手を掴む。そのまま走り出そうとすると、レレイが「あっ」と小さな声を上げた。

 

「助けて……くれるの?」

 

「当たり前だ!人命救助と人道的支援が任務だからな! さぁ、走るぞ」

 

 敵に見つからないよう、物陰に隠れながら走って逃げる伊丹たち。

 

「栗林、先行し過ぎるな! てか、本当にその道で合ってるんだろうな!?」

 

「大丈夫です!たぶん!」

 

「適当かッ!?」

 

 煉瓦造りの建物の間を縫うように走っていると、運の悪いことに裏路地でこっそり捜索をサボっていた帝国兵に出くわしてしまった。

 

「お、おい!あれって……例の魔法使いじゃないか? なんか他にも変な連中がいるが……」

 

 伊丹たちに気づいた帝国兵が剣を抜く様子を見て、伊丹はテュカの耳元でそっと囁いた。

 

「……エルフの耳はバッタの足音も逃さないんじゃないのか?」

 

「に、任務サボってる兵隊さんは例外なの……」

 

 ガバガバじゃねーか、エルフの耳。伊丹が内心でツッコミを入れていると、帝国兵の一人が大声で叫んだ。

 

「貴様ら止まれ!」

 

 そう叫ぶリーダー格の兵士の隣では、別の兵士が懐から小さな塊を取り出していた。動物の骨で作った笛だ。

 

 

 ピ――――――ッと甲高い音が鳴り響き、それを聞いた大勢の兵士が集まってくる。

 

 

「ヤバいぞ、逃げろぉおおッ――!」

 

 裏路地をめちゃくちゃに逃げる伊丹たち。

 

(こりゃあ、たぶん追い込まれてるな)

 

 嫌な予感が頭をよぎる。どこかで相手の包囲を抜けないと、待ち構えていた罠に自ら飛び込みかねない。

 

(こうなったらイチかバチだ―—!)

 

 伊丹は反転し、あえて帝国兵のいる路地へと突撃した。想定外の事態に面食らった相手が、慌てて武器を構える。

 

「と、止ま――—―」

 

 言い終わらないうちに、伊丹は64式小銃を容赦なく撃ち込んだ。ダンッ、ダンッ―—と鋭い音がこだまし、撃たれた帝国兵たちが地面に倒れこむ。

 

「死にたくない奴は引き返せ!」

 

 7.62mm弾の威力は圧倒的だった。至近距離とはいえ、鎧の最も厚い部分でさえ易々と貫通する。問題はスペアの弾倉に限りがある事で、アルヌス防衛戦のように火力でゴリ押しする事は難しい。

 

「逃げる兵士の背中は撃つな!」

 

 これで敵がビビッて逃げてくれると楽なんだけどな、と伊丹は小声で呟いた。誰だって自分の命は惜しいはず―—。

 

 そんな思いが通じたかどうかは分からないが、敵は徐々に後退を始めた。重装歩兵の盾に隠れるようにして、じりじりと後ずさる。

 

(よし、この調子なら……!)

 

 逃げ出せるかもしれない、と希望を抱いた瞬間のことだった。

 

 

 ヒュンッと風を切る音が幾つも聞こえた。

 

 

「隊長、上ですッ!」

 

 後ろで黒川の悲鳴が上がった。

 

「富田さんッ!大丈夫ですかっ!?」

 

 続く栗林の叫びに、伊丹の心臓が跳ね上がる。振り返ると、富田の膝に一本の矢が突き刺さっていた。顔が青ざめ、肩が震えている。

 

「くそっ! 奴ら塀の向こう側から撃ってきやがった!」

 

 弓矢には鉄砲ほどの威力は無いが、放物線を描くような曲射弾道によって上空から攻撃することが出来る。帝国軍はそれを利用して、安全な塀の向こう側から間接射撃を仕掛けてきたのだ。

 

 続いて第2射――。

 

 伏せろ、と伊丹は叫んでとっさにレレイをかばった。次の瞬間、ヘルメットに衝撃を受ける。

 

「ッ……!」

 

 一瞬、意識が遠のいていく。それが本当に一瞬だったのか長い時間だったのかはわからない。伊丹が目を開けると、地面に伏した2人の隊員の姿が目に入った。

 

「戸津さんッ!東さんッ!」

 

 黒川が叫ぶも、倒れた隊員たちは身動き一つしない。

 

「な、なにが……!?」

 

「……まさか、し、死んじゃった……の……?」

 

 栗林と倉田の声が震えていた。

 

「落ち着け!戦場で人が死ぬのは当然だ!アルヌス戦で何度も見ただろう!」

 

 ベテラン自衛官の桑原が叱咤するも、あの時とは状況が違う。アルヌス防衛戦で死んだのは殆ど、というより全てが諸王国連合軍の兵士だった。

 

 しかし今回は仲間の死。命を奪う覚悟も奪われる覚悟も出来ているとはいえ、動揺しないはずがなかった。

 

「ちくしょぉおおッ―—!」

 

 栗林が怒りに任せてアサルトライフルを乱射し、10人近くの帝国兵が血を噴いて倒れる。

 

「くそぉッ、カルロがやられた!」

 

「全員、隊列を維持しろ!絶対に持ち場を離れるな!」

 

「悪魔の武器を使う異世界人め!」

 

 だが、帝国軍は包囲を解こうとはしなかった。敵前逃亡する兵は一人もおらず、顔を強張らせつつも必死に留まっている。

 

(コイツらは本気だ……本気で俺たちを殺しにかかって、勝つつもりでいる……ッ!)

 

 日本側は銀座事件で、数千人の死者が出している。一方で帝国は銀座事件、アルヌス防衛戦で合計20万もの死傷者を出している。

  

 

 必勝にかける帝国の覚悟、あるいは執念というべきか。その時はじめて伊丹は、背筋にゾクリと寒気が走るのを感じた。 

 

 

 とにかく、予想以上に敵が強い。目の前の帝国軍はあらゆる手を尽くして、圧倒的な武器の差を埋めようとしていた。ただバカにみたいに突っ込んでくるだけだった諸王国軍とはそこが違う。きっと、敵もまた必死なのだ。

 

 正直な話、慢心していなかったと言えば嘘になる。心のどこかで、無意識のうちに帝国軍を侮っていたのかもしれない。

 

 

 

 伊丹は手りゅう弾を手に取り、無線で全員に話しかけた。

 

「全員、手りゅう弾を投げる準備をしてくれ。爆発で隙ができるはずだから、そこから突破口を切り開く」

 

 「了解」と返事が聞こえ、伊丹自身も手りゅう弾を手に取った。訓練の時より、ずっしりとした重みがあるように感じる。

 

「3,2,1―—投擲!」

 

 次の瞬間、轟音と共に前にいた帝国兵の集団が吹き飛んだ。文字通り木っ端微塵になった兵士の、血やら耳やら腕やらが飛んでくる。

 

 これには流石の帝国兵も怯み、包囲網の一角が崩れる。伊丹は叫んだ。

 

「逃げろぉおおおお―—ッ!」

 

 一斉に走り出す第三偵察隊。逃げる間も残った手りゅう弾を投げ、撃ちまくりながら退路を切り開いてゆく。

 伊丹はレレイを腕で庇いつつ手りゅう弾を投げていたが、不意に足に激痛が走った。

 

「ッ!?」

 

 どうやら敵の矢が運悪く当たってしまったらしい。そのままバランスを崩して転倒する伊丹。

 

「イタミ……!」

 

「レレイ、走れ!早く!」

 

「でも……!」

 

 レレイが逡巡する。伊丹の傷はかなり深く、一人では歩く事もできないはずだ。それはつまり、「自分を見捨てて逃げろ」という意味に他ならない。

 

「大丈夫、帝国にとっても貴重な捕虜だ。すぐには殺されないって」

 

 伊丹で引きつりそうになる顔の筋肉を総動員し、伊丹は無理やり笑顔を作った。駆け寄ってきたテュカとロウリィにレレイを託す。

 

「イタミ……」

 

「テュカ、悪いがレレイを頼む。彼女をアルヌスまで届けてくれ。基地のみんなに、危険が迫ってることを伝えるんだ」

 

 テュカの顔が苦しげに歪む。だが、それも一瞬のこと。彼女は「絶対に助けに来るから」と言い残すと、レレイの手をとって走り出した。

 

 

 彼女たちの後ろ姿を横目に見届けて、伊丹は銃を構え直す。敵兵が迫ってくるのが見えた。

 

(死亡フラグとか……らしくないな)

 

 伊丹は自嘲するように苦笑したあと、引き金にかけた指に力を込めた。

 

 カチッ――と乾いた音が響く。

 

(くそっ、よりによって弾切れかよ……)

  

 数秒後、伊丹は近づいてきた帝国兵に殴打されて気を失った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

(……知らない天井だ)

 

 

 伊丹が目を覚ました時、まず目に入ったのは石だった。視界全部に広がる、敷き詰められた石、石、石。

 

(此処は一体……?)

 

 ようやく体が動かせるようになった伊丹は、少し体制を傾けてみた。今度は鉄格子が目に入る。

 

 

 間違いない。此処は―――地下牢だ。

 

 

 痛む筋肉に無理やり力を入れ、伊丹は体を起こす。前景をざっと眺めると、案の定、いかにも映画やゲームで見たまんまの地下牢に閉じ込められていた。

 

 部屋は暗いが、やや離れた所にある警備兵の詰所だけは明りが灯っている。そこには警備兵の他にも、明らかに重要人物と分かる豪華な鎧を着た人影もあった。

 

 

 ぼーっとその様子を眺めていると、向こうもこちらに気づいたらしい。彼ら指揮官と思しき、金髪を刈りこんだ初老の男性がゆっくりとした足取りでこちらへ向かってきた。

 

「ようこそ、異世界の者よ。知っての通り、我々は君たちを歓迎して“いない”」

 

 開口一番、初老の男性はにこやかに皮肉を口にした。

 

 そっちから攻め込んだくせに何言ってやがる――そう言いたいのを堪えて、伊丹は沈黙を貫く。相手に少しでも情報を与えないためだ。

 

 だんまりを決め込む伊丹に、相手は気分を害するどころか却って興味をそそられたそうだ。両手を後ろで組みながら、面白そうに語りかける。

 

「ふむ、言葉が通じなかったのかな?では君にも分かるように言い換えよう―――コンニチハ、だったか?」

 

 愕然とする伊丹――老人の口から飛び出したのは、紛れもない日本語だ。

 

 では、どうやって学んだのか? 決まっている。拉致された日本人からだ。

 

「この野郎……!」

 

「ほう、やはり帝国語を理解していたか。しかも俗語を口に出来るなら、今後の会話も弾みそうだ」

 

 馬鹿にするような老人の表情。伊丹はその顔を見て、ふと違和感を覚えた。この老人に見覚えがあるように思えたのだ。

 

「怪我人を地下牢に押し込めるような連中と話すことなんて何もないね」

 

 伊丹がそう返すと、老人は一歩前に進んだ。微笑みながら悠然と見下ろしてくる。

 

「ふむ、異世界の人間はどうやら貴人に対する礼儀を知らぬらしい」

 

 伊丹ははっとした。目の真にいる老人の顔を、どこで見たか思い出したからだ。アルヌスで難民たちがいつも使っていた、硬貨の彫られていた顔。

 

 つまり、この老人は……。

 

 

「言葉を慎みたまえ――――君は『帝国』皇帝の前にいるのだ」

      

   




 言葉を慎みたまえ。君はらぴゅ……

 つい悪ノリしてしまった……実は帝都が浮遊できる空中都市だったとかいう伏線ではありません。


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エピソード16:地獄の黙示録

  

 第3偵察隊からの緊急要請を受け、アルヌス基地は慌ただしくなっていた。

 

 

 航空滑走路にはAH-1コブラおよびUH-1ヒューイなど、数機のヘリコプターが離陸準備をしている。その前に並ぶ部下たちに、狭間陸将は声を張り上げた。

 

「全員、傾聴! つい先ほど、第三偵察隊から救援要請がはいった! 同小隊はイタリカ市にて帝国軍と交戦、隊長の伊丹耀司が敵の捕虜になっているらしい!」

 

 狭間陸将の言葉に、手を上げて質問したのは第1戦闘団隊長の加茂一等陸佐だ。

 

「原因は何でありましょうか?」

 

「いい質問だ。報告によれば第3偵察隊はイタリカにて、現地住民を保護しようとして戦闘になったらしい」

 

 顔を見合わせる部下たちに、狭間陸将はやれやれといった様子で首を振る。

 

「どうやら他国民といえども、困った人間を見捨てられない馬鹿が我々の中にいたようだ」

 

「馬鹿とはいえ、日本国民です。見殺しにはできませんね」

 

 陸将の言葉に、最初に反応したのは久里浜二等空佐だ。他の面々も、うんうんと頷いている。

 

 実に頼もしい部下たちだ。狭間陸将は満足そうに頷いて口を開いた。

 

 

「その通りだ諸君、馬鹿を死なせるな!」

 

 

 **

 

 

 救出任務を真っ先に志願したのは、健軍一等陸佐だった。

 

 

「地面をチンタラ移動していたら時間がかかりすぎる! ぜひ私の第4戦闘団を!」

 

 特地派遣部隊には第1(混成連隊)、第4(空中機動)、第5(陣地防衛)の3戦闘団が編成されているが、この時点で実戦を行っているのは第5戦闘団のみ。まだ戦闘経験の無い第4戦闘団はその鬱憤を晴らしたくてウズウズしているようだった。

 

「大音量スピーカーとコンポとワーグナーのCDを用意してあります!」

 

「パーフェクトだ用賀二佐!」

 

(こいつら…キルゴア中佐の霊に取り憑かれたのか?)

 

 何はともあれ、士気が高いのは悪い事ではない。

 

「よろしい。先鋒は第4戦闘団に任せる! 速やかに任務を完遂せよ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 ゴーサインを受けて、ヘリに乗り込む第4戦闘団の隊員達。

 

(………この後の展開が予想できるな……)

 

 狭間陸将らが見守る中、ヘリが次々と離陸していく。

 

 目的地はアルヌスから北西、イタリカ――決戦の地へと急行する彼らの姿は、戦乙女(ワルキューレ)さながらだったという……。

 

 

 **

 

 

 アルヌス基地から離陸した第4空中強襲戦闘団は、進路を北西に向けて飛行していた。時刻は早朝――奇襲を仕掛けるにはもってこいの時間だ。

 

「ワルキューレ1から全機へ! 我々は太陽を背にして突入する!」

 

 用賀の指示で全ての機体が一斉に10時方向に機首を向けて、太陽を背にしながら速度を高めていく。

 

「第1戦闘団の連中は、我々より半日遅れて到着するそうだ。連中が来るまでに終わらせるぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 敵は銃も持っていない蛮族である。こちらの勝利は間違いないだろう。第4戦闘団の興味はむしろ、どれだけのタイムで作戦を終わらせられるかにあった。

 

「到着まであと5分だ!――音楽を鳴らせ!」

 

 音楽を鳴らせという指示で用賀2佐がコンポの電源を入れ、挿入していたCDを再生し始める。そこから連動して全ての機体に搭載されている大音量スピーカーでも流され、穀倉地帯上空にかつてのベトナム戦争を象徴するかのような曲が響き渡る。

 

 

 ウィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー作曲「ニーベルング指環第2幕“ワルキューレの騎行”」

 

 

 戦場で死を運ぶ戦乙女(ワルキューレ)――それが誰を指すものなのか、まもなく帝国軍は知ることになる……。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 イタリカに到着した第4戦闘団のヘリ部隊は、堂々と正門から一斉に襲い掛かった。小細工など弄する必要はない。それが全員の共通認識であり、揺るがぬ事実であった。

 

「――アルファ1より各機へ通達。敵の攻撃に備えよ。ただし敵から攻撃があるまで発砲は控えよ」

 

「――了解」

 

 隊列を組み、威圧するようにその威容を見せつける第4戦闘団。眼下では、帝国軍が慌てふためいているのが見える。

 

「まだだ。まだ撃つな」

 

 帝国軍が城壁に弓兵を並べても、健軍は発砲を許可しない。帝国軍は弓に矢をつがえようとしており、このまま待っていれば射られるのは時間の問題だ。

 

 だが、それこそが健軍の望んでいる状況だった。

 

 

 向こうが先に撃ってくれれば、こっちは何の負い目もなく反撃できるのだから――。

 

 

 **

 

 

「弓兵!構え!」

 

 初めて見る飛行物体に動揺しつつも、急いで各々の持ち場につく帝国兵。日頃の訓練を思い出しながら、流れるような所作で弓に矢をつがえる。

 

 反復訓練によって骨の髄まで染み着いた動作は、たとえ相手が何者であっても帝国兵に一定の戦闘能力を保障していた。

 

「放て!」

 

 号令が下りた瞬間、帝国兵は一斉に限界まで引き絞られた弦を離す。数百本の矢が黒い雨のようにヘリコプターへと飛んでいく――。

 

「休むな!第二射、急げ!」

 

 帝国がフォルマート大陸随一の覇権国家になれた理由の一つには、こうした軍事教練の存在がある。体力・筋力では決して亜人に勝っているとはいえないヒト種だが、指揮統制の優位によって敵を圧倒することが出来たのだ。

 

 だがしかし、今回は少しばかり相手が悪かった。

 

 血反吐を吐くような猛訓練、愛国心や忠誠心からくる高い士気、武人や騎士の誇り……そんなものでは覆しようのない、「最先端のテクノロジー」が彼らの前に立ちはだかっていた。

 

 

 

「――敵の攻撃を確認!我々は攻撃を受けています!」

 

「――よぅし!ここから先は正当防衛だ!思う存分撃ちまくれ!」

 

 轟音――機首に備え付けられた機銃が唸り声をあげると同時に、帝国兵がバタバタと倒れていく。

 

 運よく初撃を免れた者はしゃがんで壁を盾にしようとするも、陸自のヘリは彼らをあざ笑うかのようにロケット弾を放つ。弓矢に対しては絶大な防御力を誇る石の城壁も、HE弾と多目的成形炸薬弾の前には紙きれ同然だった。

 

「――撃て!撃ちまくれ!それだけで敵は崩れる!」

 

 健軍隊長の読みは正しかった。1時間も立たないうちに、彼は自らの発言の正しさを証明することになる。帝国軍は陸自の攻撃ヘリによって、なすすべなく蹂躙される運命にあった。

 

 

 **

 

 

 ピニャたちのいる帝国軍駐屯地は絶望に染まっていた。

 

「敵は空も飛べるのか……!」

 

 絞り出すように吐き出されたグレイの声はまさに戦慄そのもの。

 

「あの様子だと、城門に配置したコルネリウス隊とマリウス隊は……」

 

 ハミルトンが愕然としながら呟いた。

 

 イタリカ南門で繰り広げられている殺戮の様子は、遠く駐屯地からも確認できた。敵が破壊を続けていることから、まだ一部の味方が抗戦を続けていると分かるが、所詮は焼け石に水だ。

 

「殿下……このままでは我が軍は壊滅します! 今からでも退却ラッパを!」

 

 ハミルトンが懇願するも、ピニャはじっと城門を見据えたまま。もはや戦線が維持できないであろう事は明白だった。ならば今、自分が為すべきことは――。

 

 

「火を放て」

 

 

「え?」

 

 ハミルトンは一瞬、主が何を言ったか理解できずに聞き返す。

 

「――火を放てと言ったのだ。街に混乱を引き起こして、敵の意図を妨害する」

 

 ピニャはあくまで冷静だった。戦の勝敗は損害の多寡ではなく、目標を達成できたか否かで決まる。そして今回の場合、自衛隊の目標は伊丹ら「第3偵察隊の救助」だ。

 

「残った部隊に告げろ。各自で街に火を放ち、混乱に紛れて脱出しろとな」

 

 

 結論からいえば、ピニャのとった戦術は軍事的には正解だったと言えよう。火災の中でヘリボーンを行うのはあまりに危険すぎる。そのため第3偵察隊の救出は大幅に遅れ、第4戦闘団は自分たちで設定した目標を達成することが出来なかった。

 

 こうした事態を受け、健軍三佐は地上部隊による支援が必要と判断。第1戦闘団の到着を待って、慎重に拠点を一つ一つ制圧していくことになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 第1戦闘団の到着後、やっとのことで第3偵察隊の面々は彼らに保護され、安全な正門付近に移動していた。

 

(イタミはどこに……?)

 

 途方に暮れるレレイ。もし帝国が自衛隊の救出作戦を予期していたのならば、見つからないよう相応の対策を練っているはずだ。異世界から来た自衛隊員は勿論のこと、土地勘のないレレイにはどこに伊丹が囚われているのか見当もつかない。

 

 がっくりと肩を落とした、その時の事だった。レレイの宝石が眩い光を放つ――――師匠であるカトー老師が通信を入れたのだ。

 

「レレイ、無事か?」

 

「お、お師匠様……?」

 

 レレイの声を聴くと、カトー老師は安心したようだった。

 

「おお、その様子だと帝国軍からはうまく逃げられたようじゃな。そのまま、出来るだけ遠くに逃げるんじゃ。今、街はかの異世界軍に攻められて大変な事になっておる」

 

 どうやらカトー老師はレレイが自力で脱出したと思っているらしい。

 

「お師匠様は? 危ない目にあってたりしない?」

 

「儂か? 儂なら他の魔導士と一緒に避難しておるよ。場所はモンフェラート商会じゃ」

 

『モンフェラート商会』商館は、イタリカ市街で3番目に大きな建物だった。やや小高い丘の上に立てられ、最上階からは市街地を一望することが出来る。

 

 場所は市街地の南西――つまり主戦場となっているフォルマル屋敷や帝国軍駐屯地とは逆方向。そこなら安全だと、レレイはほっと溜息をつく。

 

「よかった……お師匠様たちも逃げられたんだ……」

 

 しかし返って来たのは、カト-の乾いた返事だった。

 

「なーにを言っとるか。逃げられたのは儂をはじめ、ごく一部の者だけじゃ。帝国め、屋敷とそれを守る兵士を囮にして、帝国にとって必要な者だけを避難させたんじゃ」

 

 レレイの目が驚愕に見開かれる。振り向くと、他のメンバーと目が合った。

 

 帝国にとって必要な者。それはつまり――。

 

「レレイ?おい、レレイ」

 

 もう話を聞いている場合ではない。

 迷っている時間もない。

 

「レレイ、聞こえてるなら返事を……」

 

 彼女と第3偵察隊は走り出した――。

 




 ピニャ「焼き払え!」
 帝国兵「すげぇ…イタリカが燃えちまうわけだぜ…」


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エピソード17:悪夢

  

 

 イタリカの至る所で爆音が鳴り響いているが、モンフェラート商館周辺は静かなものだった。それもそのはず、フォルマル家の屋敷とは正反対の場所にあるからだ。

 

 

 商会の地下室では、伊丹が皇帝と共にいた。かつては金庫として使われていた部屋であり、すぐ隣には秘密の脱出用地下通路まである。

 

「ほう……ピニャの奴が」

 

 部下からの報告を受け、皇帝は面白そうに呟く。

 

 当初こそ無双していた自衛隊だったが、街で発生した火災によって作戦が大幅に遅れているという。そしてその火災というのが、他ならぬピニャによって引き起こされた人為的な放火であった。

 

(正面決戦では勝ち目がないと踏むや、すぐに遅滞と離脱に切り替えたか……あやつめ、一皮むけたな)

 

 純粋に我が子の成長を喜ぶ父としての顔と、厳正に後継者を値踏みする皇帝としての顔――その二つが入り混じった表情で、皇帝は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 そんな皇帝の姿に伊丹は困惑と怒りを禁じえない。

 

「貴方たちは……! 一般人を巻き添えにして、それが帝国のやり方ですか!?」

 

 

「その通りだ。付け加えるなら、近隣住民ごと我が兵士を撃ち殺し、伏兵のいる建物を住民ごと焼き払うのが、君たちジエイタイのやり方だ」

 

 

 皇帝の切り返しに、伊丹は舌打ちする。言い方に語弊はあるものの、根拠のない話でも無いからだ。

 

 そもそも戦闘において誤射がゼロなどというのは幻想である。

 

 

 多少の民間人誤射はいわゆるコラテラルダメージという物に過ぎない。軍事目的のための致し方ない犠牲だ。

 

 

 もちろん攻撃側も被害を減らすべく努力はしている。だがユーゴ空爆にしろ、シリア空爆にしろ、その努力が報われてるとは言い難いのが現状だ。

 

「別に、その事で君たちを責めはしない。だが私も詫びもしない。君たちも、我々も、それぞれの立場において正しい事をしているだけなのだから。軍で重視されるべきは、人命ではなく勝利――それが戦争だ」

 

「これ程の犠牲者を出して、それでも戦うと?」

 

「諦めろ、とでも言いたいのかね? よいか小僧、軍隊は見世物ではない。戦うために存在する。貴様らのような侵略者を打倒し、祖国の覇権を取り戻す――帝国軍の存在意義はそこにある」

 

 

 勝利か、死か―—どうやらモルト皇帝の頭の中には、講和という選択肢は端から存在しないらしい。まるで第2次ポエニ戦争時の共和制ローマであるかのような思考回路である。

 

 

 近代以前の人間というのは皆こうなのだろうか……あくまで戦う事を大前提としている相手の考えが、どうしても伊丹には理解できなかった。

 

 

「日本政府は対話を望んでいる……そちらが攻撃してこなければ、友好的な関係を築きたいと考えている人間がほとんどだ」

 

 伊丹が信じられないというように呟くと、皇帝は失笑を漏らす。

 

 

「良好な関係?なんだそれは?」

 

 

 皇帝の目が、ぎらりと刃のような光を放った。

 

「全ての国家は自らが生き延び、繁栄することを唯一無二の目的として存在している。共存など所詮は一時の共闘に過ぎぬ。共通の敵を倒すか、どちらかに利用価値がなくなれば再び敵同士となるだろう」

 

 伊丹の質問に、淡々と皇帝は自らの考えを語る。

 

 そこにあるのは自国以外の全てを潜在的な敵と見なす、政治学で言う『現実主義』の思想だ。

 

「我が帝国にも多くの属国や同盟国が存在するが、万が一の裏切りや離反・反乱に備えて常に警戒している。当然、属国や同盟国の方も隙あらば帝国を弱体化させようと、隙を虎視眈々と狙っておるよ」

 

 皇帝はにやりと笑う。何度見ても、背筋がうそ寒くなるような笑顔だった。

 

「であれば、我らをはるかに上回る技術・軍事力を持った貴様ら二ホンの存在が帝国にとってどれだけ脅威かは容易に想像がつくであろう。仮に双方の和平派によって一時の平和が保たれたとして、将来いつ風向きが変わるかは想像もつかん」

 

「俺たちにそんなつもりは……!」

 

「仮に今、この時点で、そこにいる貴様には帝国を害する気など無いのかもしれん。だが問題はそこではない。問題なのは、実際に我らを滅ぼしうる『力』を貴様らが持っているという事なのだ」

 

 その『力』を「いつ」、「どこで」、「どのように」振るうか………その選択権は全て日本にあり、帝国には無い。

 

 日本の気前がいい内はそれでもいいかもしれないが、それとていつ変わるか分からない。かくいう伊丹だって、日本存亡の危機に立たされれば、帝国を生贄として差し出すことを良しとするだろう。

 

 

 結局のところ、モルト皇帝は至って常識的な統治者だった。とりたてて好戦的なわけでも、日本嫌いなわけでもない。

 

 

 ――ただ、日本の善意を信じて国家の命運を預けられるほど、楽観的では無かっただけなのだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「さて、少し長話をし過ぎたようだ。そろそろ……頃合いのはずなのだが」

 

 

 皇帝が言い終わると同時に、巨大な振動が地下室を震わせた。

 

 

「ぐっ……!」

 

 爆発の音―—耳を凝らすと、銃声やら叫び声やらも聞こえてくる。

 

(味方か……?)

 

 伊丹が安堵の表情を浮かべたさらに一瞬後、爆発音と共に地下室のドアが吹き飛んだ。鋼鉄製の扉の残骸を超えて人影が侵入してくる。銃を構えた栗林を先頭に、テュカ、レレイが続いた。

 

「――隊長!」

 

「イタミ!?」

 

 駆け寄ろうとする3人だったが、その前に兵士たちが立ちはだかる。銃を構え直す栗林たちに、皇帝は悠然と告げた。

 

 

「ふむ――予定より遅かったな。捕虜ならここだ」

 

                     

 警戒心をあらわにする3人に、皇帝はにこやかに語りかけた。

 

 

「心配せずともよい。“この”捕虜は返してやる」

   

 

 “この”という部分を、わざわざ強調する皇帝。その意味を理解できないほど、伊丹は馬鹿ではない。

 

 

「……それはつまり、他にも捕虜がいると?」

 

 考えられるのは、銀座事件のことだ。あの事件では多くの犠牲者が出たが、まだ行方不明のままの者も多くいる。

 

 大部分は死体の欠損状況が酷くて個人の特定が出来ないだけだろうが、その中に帝国側に拉致された者がいたとしても不思議はない……うすら笑いを浮かべている皇帝の表情から、伊丹の疑念は確信へと変わった。

 

「頭のいい小僧は嫌いじゃない」

 

 皇帝はそう言うと、手を挙げて部下に「ノリコを連れてこい」と命令した。

 

 

 **

 

 

 案の定、別室から連れてこられたのは、粗末な服を纏い、鎖に繋がれた女性だった。黒髪黒目で明らかに黄色人種と分かる低い鼻――日本人だ。

 

 

 女性の方もまた、伊丹と第三偵察隊の面々を見て驚愕に目を見開いた。

 

「あなた……ひょっとして自衛隊の方ですか?」

 

 彼女の口から出てきたのは紛れもない日本語――やはり、彼女は拉致にあった日本人なのだ。

 

「てめぇ……っ!?」

 

 カッとなる伊丹。鉄格子が無ければ、そのまま皇帝を殴っていたであろう。そのぐらい、伊丹耀司は怒っていた。栗林ら第三偵察隊の面々の顔にも怒気が浮かび、今にも皇帝を撃ち殺さんばかりだ。

 

「どういう事か、説明してもらおうか……!?」

 

「分からんか? 門の向こうからさらってきた連中の生き残りの一人だ。我が愚息が奴隷としていたのだが、国の有事とあって儂が譲り受けた。二ホンの事も、日本語も彼女から聞いた」

 

 伊丹の顔が憤怒に歪む。本音を言えば、今すぐにでも栗林に命令を出して皇帝を撃ち殺したかった。

 

 辛うじて彼にそれを思いとどまらせたのは、皇帝の発言の中にあった「生き残りの一人」という言葉。

 

「今、生き残りの一人って言ったな? つまり拉致被害者はまだ他にもいるんだな?」

 

 やっと、伊丹は皇帝がわざわざ自分に会いに来た理由が分かった気がした。

 

(皇帝は人質というカードを使って、日本政府を恫喝する気だ)

 

 ノリコを出してきたのは、拉致被害者がいるという証拠を出して信用してもらうため。人質をとられてしまえば、圧倒的に優位な自衛隊いえども行動に制限がかかる。

 

 あるいは圧倒的に優位であるがゆえに、なまじ見殺しには出来ない。国家存亡の危機なら捕虜の一人や二人を見殺しにしても文句は言われないだろうが、戦力差が圧倒的で救出の余地があるだけに交渉の余地があるのだ。

 

 軍事的合理性を考えれば、ここで皇帝を撃ち殺すべきだ―—伊丹の理性はそう告げている。だが、別の理性はこうも言っている。

 

 人の口に戸は立てられない。万が一、交渉もせずに拉致被害者を見殺しにした事が国民の耳に入ればどうなるか。

 

(いや、そうじゃない。そもそも一人の自衛官として、俺は何の罪もない日本国民を見殺しにしていいのか? そんな事をすれば、目の前にいる帝国と同類になっちまう……)

 

 守るべき国民の命を助けるべきか、倒すべき敵の命を奪うべきか……伊丹は究極の選択を迫られていた。

 

(くそっ……こんなん俺の一存で決められる訳ないだろ!)

 

 

 そんな彼の内心を見透かしたかのように、皇帝は簡潔に告げた。

 

「すぐに決めろとはいわん。アルヌスに帰って貴様の主君に告げよ」

 

 恐らく、皇帝は最初からこうなる事を予期していたのだろう。まるで計画通りと言わんばかりの声で、皇帝は悠然と言い放つ。

 

 

「お前たちには捕虜になっている日本人を救うため、アルヌスから撤退するという賢明な決断を迫る猶予が三日間ある」

 

 

 猶予は三日。さもなくば……。

   

  




 分かる人には分かる、皇帝の言葉の続き。ヒントはタイトル。

 


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炎龍編
エピソード18:炎龍、再び


 勝利のために手段を選ばぬ帝国のやり口に、嫌悪感を抱いたのは伊丹だけではなかった。

 

「ふざ……けるなッ!」

 

 狭い地下牢に響く怒りの声。だが、それを発したのは伊丹ではない。

 

「栗林!?」

 

 栗林志乃は突撃銃を構え、その銃口を目の前にいる老人――すなわちモルト皇帝に向ける。

 

「――陛下!」

 

 相手が武器を持ち出したのを見て、地下牢にいた親衛隊兵士が皇帝をかばうように立ちふさがる。中にはすっぽりとフードを被った者もおり、魔術師ではないかと思われた。

 

「ほう、なかなか度胸のある小娘ではないか。命の重さの違いをよく弁えている」

 

 ここで皇帝を撃ち殺せば、捕虜になっている日本人は間違いなく報復に殺されるだろう。だが皇帝にはそれだけの価値があるし、捕虜にはその程度の価値しかない。

 

 さらに言葉を続けるべく皇帝は口を開こうとするが、すでに栗林の自制心は限界を超えていた。

 

「だったら……アンタの両手足を撃ち抜いて、捕虜にするだけよ!」

 

 細い指が銃の引き金を引く。

 

 耳をつんざくような発砲音と共に銃口から飛び出す、鉛の塊。

 

 

 しかしそれが皇帝に直撃する寸前――キィインッと甲高い金属音が響いた。

 

 

 **

 

 

「なっ……!」

 

 驚愕の声をあげたのは、栗林だけではない。伊丹にテュカ、そしてレレイまでもが目を見開いている

 

 

 目の前には、異様な風貌の亜人が立っていた。ボロボロの服をまとう、青い龍人族の少女。

 

 

 銃弾が皇帝を貫く寸前、突如としてフードを着けていた護衛の一人がそれを弾き飛ばしたのだ。その人物こそが、いま目の前にいる龍人の少女。

 

 

「……ジゼル」

 

 

 ロゥリィが苦々しげに呟いた。

 

「どうして、貴方が帝国の人間と一緒にいるのかしら?」

 

「お姉さまこそ、どうしてエルフや魔法使い、それにヘンテコなオッサンと一緒にいるのですか?」

 

 逆に聞き返すジゼル。

 

「主上さんの奥様になろうって人が、汚らわしいヒト種なんかの肌に触れさせるとは不調法が過ぎませんか?」

 

「誰がハーディの嫁なんかになるもんですか」

 

 とても友好的とは言いがたい空気で向き合う両者。伊丹が「どういう関係か説明してくれ」と言わんばかりの視線を向けると、ロゥリィはため息を吐いた。

 

「この子はジゼル――冥王ハーディの使徒よ。ハーディの命令で、私を狙ってるの」

 

 使徒といえば亜神に等しいか、それに近い能力を持っている。どういう理由で帝国側についているのかはまだ不明だが、皇帝はとんでもない隠し玉を用意していたようだ。

 

「でも、変ね……」

 

 ロゥリィの赤いの瞳が深みを増して、ジゼルの方を睨む。

 

(ジゼルはたしかに強い。けど、私に敵わない。それは本人も知ってるはず……)

 

 だとしたら、答えは一つだ。

 

 

 ――ジゼルは何か別の、自分に対抗できる手段を持っている。

 

 

 その推測が正しかったと分かるまで、長い時間はかからなかった。

 

 

 **

 

 

 イタリカの上空を、8機の攻撃ヘリが進んでいく。あと数分も飛行すれば、後退する帝国軍の分隊の真上に到着できるはずだろう。

 万が一に備えてヘリは高高度――敵の弓矢が届かない場所から攻撃を行うよう指示されている。

 

「――ターゲット捕捉。敵は200人ほどの小部隊、機銃掃射を開始します」

 

 ヘリ部隊は標的をロックオン。膨大な数の銃弾が帝国軍残党の頭上に降り注ごうとした――次の瞬間。

 

「――隊長、10時方向から何かが接近しています!レーダーには反応ありません!」

 

(レーダーに反応なし? 帝国のワイバーン隊か?)

 

 自衛隊の保有するレーダー装備は基本的にミサイルや戦車、航空機などの現代兵器を迎え撃つためのものであり、人間を感知するミリ波レーダーなどは基本的に装備されていない。

 

 自衛隊側の武器・兵器として、特地派遣部隊には万一の事態に備えて放棄しても惜しくない廃棄・退役予定の、あるいは書類上は廃棄済みだが手続きの遅れにより保管されていた兵器類が優先的に装備されている。

 

 これら旧型装備が特地で重宝される理由として、使い捨てにできる、敵対勢力にレーダーなどのエレクトロニクス技術が存在しない、自衛隊側も人工衛星がないためにGPSネットワークやデータリンクシステムが一切使えず、最新装備はデッドウェイトにしかならない、という理由もあった。

 

 

 爆音が響く空。その彼方、太陽から何かがこちらに接近している――。

 

(まさか、あれは……!)

 

 驚愕と共にそれを凝視する。噂に聞く、特地最強のモンスター。

 

 特地の言い伝えでは、その姿が上空に瞬いた時、世界は終焉を迎えるとも言われてきた。今、それが自分たちの頭上に出現している――。

 

 

 

「あれが――――炎龍か!!」

 

 

 **

 

 

 炎龍の最初の標的になったのは、編隊飛行をしていたヘリコプター部隊であった。

 

「――隊長! 左40度方向に何か、ドラゴンのようなものが……!」

 

 言い終わらない内に、上空から轟音――やや遅れて副官の絶叫が響く。炎龍の口から放たれる高音のブレスが、ヘリに搭載されていた弾薬と燃料に引火したのだ。

 

「――2号機が……!」

 

「――くそっ!撃て、撃てぇ!」

 

 隊長の号令と共に、各機が機銃の照準を炎龍に合わせて集中射撃を開始する。

 

 だが、炎龍の鱗は頑強で致命傷となるようなダメージを与える事はできなかった。

 

「化けものめぇ……」

 

 指揮官が呻くように呟いた。悔しさに奥歯を噛みしめる。

 

「――隊長、再びブレス来ます!」

 

「散開しろ!最大出力だ!急げぇぇッ!」

 

 ヘリ部隊は炎龍から逃れるべく、方向を転換しようとした。

 

「なっ」

 

 直後、強烈な衝撃が彼らに襲い掛かった。直撃は避けられたが、機体のバランスが崩れる――咄嗟の操縦で姿勢を立て直そうとするも、一機がバランスを失って隣にいた僚機に激突した。

 

(まずい……下手をすれば全滅する)

 

 隊長は己の死を覚悟する。だが、炎龍が彼らに与えた試練はそれより遥かに過酷なものだった。

 

「隊長、炎龍が……市街地へ向かっています!」

 

「しまったっ……!」

 

 地上部隊は分隊単位に分かれて掃討作戦、住民の避難、消防、そして捕虜の監視にあたっている。こうした小部隊での活動は複数のタスクを同時に処理できる反面、まとまった火力の発揮は困難だ。

 

 もちろん帝国軍の敗残兵程度なら何の問題もないが、炎龍となれば話は別である。

 

 空飛ぶ戦車と喩えられる防御力を支える鱗はモース硬度9に相当する硬さを持ち、速力はF-4と同等以上で機動力はハリアーか戦闘ヘリ並、加えて電波の反射率がステルス並みに低くレーダーに映りにくいというインチキ仕様。おまけに初見でパンツァーファウストを回避しようとする知性を持っており、そんな化け物に奇襲を受ければどうなかは、火を見るより明らかであった。

 

「炎龍が来るぞぉ!」

 

「逃げろぉ!」

 

 炎龍がブレスを吐く。自らに抵抗する、鬱陶しい存在を排除するためだ。大きく開けられた口から、禍々しい輝きを伴った炎が伸びる。

 

 まず標的となったのは、最初に炎龍に抵抗した87式自走高射機関砲とM42ダスター自走高射機関砲であった。

 

「ひぃ……ッ」

 

 何百万円もする税金の塊が、一瞬にして爆散した。まるで出来の悪い花火が炸裂でもするように、自衛隊の最新装備がそれを操る隊員の命と共に爆ぜていく。爆散、爆散、また爆散。

 

 だが、炎龍の活動はそれで終わらない。逃げまどう市民たちにも牙を剥いた。逃げる人畜を焼き払い、イタリカの家を燃やしていく。

 

「ぎゃああああああっ……!」

 

 避けることも出来ず、炎と倒壊した櫓によって押し潰されるイタリカの住民たち。血と内臓が飛び散り、地面に濁った染みが出来てゆく。

 

 続いて炎龍のブレスが粉ひき所に引火。炎が噴き上がり、あちこちで誘爆を繰り返す。運悪く横転した車から漏れたガソリンに引火したものまであり、炎は瞬く間に燃え広がった。

 

 炎と絶叫の中、なおも炎龍は活動を止めようとはしない。辺り一面を紅蓮の業火で包み込み、目につく全てのものを次々に破壊する。

 

 

 まさしく地獄絵図であった。

 

 帝国有数の穀倉地帯が、火炎の地によって飲み込まれていく。

 

「おお、神よ……」

 

 轟く爆音と地鳴りの中、神に祈りを捧げる者もいた。燃え盛る炎と煙が、さらにイタリカを破壊しつくしていく。多くの者は無力に逃げまどい、ただ無言でそれを見守る事しかできなかった。

 




皇帝が勝負を仕掛けてきた! 

皇帝「いけ、炎龍! 君に決めた!」

皇帝は炎龍をくりだした!


伊丹はどうする?

▶たたかう
部下
バッグ
にげる


 ジゼルが皇帝と一緒にいる理由はまた今度


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エピソード19:炎龍との戦い

 

 暗闇に慣れた視界に光が差し込む。トンネルを潜り抜けると、その先には馬と親衛隊が待機していた。

 

「陛下! ご無事でしたか!」

 

「いや、正直なところ死にかけたな。亜神と関わるのはこれっきりにしよう」

 

 ジゼルとロゥリィがはじめた戦闘のドサクサに紛れ、モルト皇帝はモンフェラート商会を脱出していた。地下牢として使っていた部屋はもともと商会の金庫室であり、非常時に宝物を運び出すための抜け道があった。皇帝が使ったのはその道である。

 

 

 視線の先には、炎龍に破壊されるイタリカの姿があった。炎龍と、その子供である2頭の新生龍が街を燃やしている。

 

(さしずめ、感動の再開とでも言うべきか)

 

 新生龍を育てて駒にしようとしていたジゼルに、帝国は取引を持ちかけた。すなわち、餌の提供である。牛や豚といった家畜、そして時には人肉として死刑囚すらも提供していたのだ。

 

 生まれてたての新生龍を飼い慣らしてロゥリィに対抗しようというジゼルの発想は悪くなかったが、その育て方に関しては素人同然だった。

 

(もしあの亜神だけで育ててたら、一月もしないうちに死んでいたであろうな……)

 

 幸い、帝国には戦闘用に使うワイバーンの繁殖実績がある。生まれたばかりの龍は非常に繊細で、親と同じ温度で育てなければならないとか、消化をよくするために肉を細かく砕いたり、小骨や卵でカルシウムを摂取させなければいなけいとか、けっこう面倒なのだ。

 

 当初は「炎龍なんだし、何とかなるだろ」と余裕だったジゼルも、皮膚病で一匹の新生龍を死なせてからは考えを変え、帝国はなんとか取引成立まで持ち込めたのだった。

 

 

 **

 

 

 

 **

 

 

 地上へ出てきた伊丹たちはハッと顔をあげ、耳を澄ませた。数秒後、表情を凍りつかせる。

 

 機関銃の射撃音に交じり、兵士たちの絶叫が、微かに聞こえてくる。対空機銃の特徴的な甲高い音も、次第に少なくなりつつある。炎と煙の中、炎龍の攻撃によって一両、また一両と失われているのだった。

 

(せめてロゥリィがいれば……)

 

 ちらり、と横身を見やと、そこではロゥリィがジゼルと2頭の新生龍と戦っている姿が映った。

 

 恐らく、これが皇帝の狙いだったのだろう。とても助けにきてもらえる状況ではない。

 

「っ――」

 

 テュカの、何かを必死に耐えるような息遣い。耳のきくエルフである彼女には、今まさに死にゆく兵士たちの断末魔がきこえているのだろう。

 

(くそ、戦車隊の連中は何をやっている……!)

 

 口に出しかけて、伊丹はその理由に気付いた。特地派遣部隊の保有する74式戦車は車高が低く、仰角・俯角があまりとれないのだ。角度が足らず、砲弾は全て炎龍の下をすり抜けてゆく。

 

 対して炎龍は空を飛べるというアドバンテージを最大限に生かし、あっさりと戦車の背後に回り込んで火炎放射で74式を焼き払った。

 

 まるで怪獣映画のように燃やされ、爆散していく74式戦車。舞い上がる黒煙と炎から逃れようと、ハッチから半焦げの兵士が転げ落ちていく。

 

「――落ち着け、敵はたった一匹だ! 数ではこちらが上回っている!火力を集中しろ!」

 

 今度はヘリコプター部隊が炎龍へ射撃を開始した。火力を集中して、少しでもダメージを与えようとしているのだ。

 

「やめろ!応戦するな!奴は――」

 

 伊丹の言葉が終わらないうちに、悲劇が再現された。

 

 突然、炎龍が地面に向けて急降下したのだ。地面スレスレの高度を低空飛行しながらへリの真下に急接近する炎龍。

 ヘリ部隊はそのまま機体を下に傾けて射撃を続けようとするも――。

 

「うわあああっ!」

 

「発砲停止! 下には友軍が……!」

 

 同士討ちを防ごうと射撃を止めた直後、炎龍の口から炎が放たれ――攻撃ヘリAH-1が一瞬にして爆散した。さらにその破片は周囲にいた僚機に降り注ぎ、被弾した運の悪い何機かはバランスを失う。

 

「――こちらダガー3、機体制御不能!墜落する!!」

 

 まるで竹トンボのようにクルクルと回転しながら、高度を下げてゆくAH-1。地上に叩きつけられると同時に、爆発していく。舞い上がる黒煙と炎。

 

 

 そして、その地獄絵図の中を悠然と飛翔する炎龍。数はたった一匹。だが、その威容はいかなる生物をも上回る。 

 

 

 地獄のような光景は、モンフェラート商会の周辺にも迫ってきていた。

 

「――隊長、対空小隊が、機械化歩兵まで――っ!?」

 

 無線から聞こえる、まだ若い兵士の悲鳴のような報告。

 

「はっきり報告しろ!」

 

「対空部隊が燃えています!みんな、必死に無線で救援を――」

 

「くそッ、こんなのどうすればいいんだよ!聞いてないぞ!」

 

 想定外の事態に、上も下も完全にパニックを起こしていた。もともと上層部の想定では、炎龍のような飛翔生物は航空自衛隊が仕留める事になっていたからだ。

 

 しかし今回、空自の出動はない。イタリカ程度なら攻撃ヘリで十分という判断からだった。

 

「あ、う……」

 

 絶え絶えの息を吐きながら、伊丹の心に絶望がよぎる。ヘリの撃墜、撃破される戦車――最悪の事態がひたひたと忍び寄りつつある。

 

 

「ッ………うぉぉぉぉぉッ!」

 

 

 伊丹64式小銃の引き金に指をかけ、絶叫に近い雄叫びと共に突進した。

 

「伊丹!?」

 

 彼が何をしようとしているのか一瞬で察したテュカが叫ぶ。

 

「やめて!そんな事に何の意味が……」

 

「今、炎龍を倒さなきゃ俺たちは全滅する!どうせ、こんな開けた平野に逃げ場なんて無い!」

 

 引き金を引き、残弾を無視して乱射する伊丹。

 

「隊長、俺たちも忘れないで下さいよ!」

 

 声のした方を見やり、伊丹は凄絶な笑みを浮かべる。まったく、自分にはもったいないぐらい良く出来た部下たちだ。

 

「倉田さん、それに栗林さんまで……!」

 

 残されたのはテュカとレレイだけだった。

 

「栗林、ロウリィに続いて近距離から手りゅう弾をぶち込んでやれ! 近接戦闘でお前に勝てる奴はいない!援護は俺と倉田でする!」

 

「「了解!」」

 

「む、無茶よ!」

 

 テュカの勝機を疑うような声――『ヒトは炎龍には敵わない』が常識となってる特地組は、未だ目を見開いたまま固まっている。

 

「これまで何人もの勇者や大魔導士が炎龍に挑んだけど、みんな負けて死んだのよ!私たちに出来るワケないじゃない!」

 

「出来るかどうかじゃない、――やるんだ!」

 

 ブラック企業か、とセルフ突っ込みを入れながら伊丹はテュカたちを鼓舞する。

 

「怖気つくなテュカ、俺たちが最初の炎龍討伐者になればいいだけだろ!? こっちには銃も魔法も亜神もいるんだ、何とかなる!」

 

「わ、わかった!」

 

 もうどうにでもなれ、とテュカは半ばヤケクソ気味で覚悟を決める。隣にいるレレイも杖を構えた。

 

「とりあえず二人は思いつく限り最強最大の魔法を準備してくれ!それまでの時間稼ぎはこっちでする!」

 

 この場に限り、あの二人が最大瞬間火力投射量を誇る。状況を挽回するにはそれの賭けるしかない。

 

(だからこそ、それまで何とか持たせるんだ……!)

 

「隊長、右にブレス!」

 

 焦った栗林の声――次の瞬間、伊丹の右前方に止めてあった高機動車が爆散した。

 

「うぉッ!?」

 

 伊丹はとっさに頭をかばい、飛び散る爆片から顔を背ける。被弾面積を減らすべく、横向きに飛んで地面に伏せた。

 

「ぬぉおッ!?」

 

「倉田!?」

 

 悲鳴を聞いて側面を確認すると、倉田が地面に突っ込むように転倒していた。伊丹と同じように急に伏せようとして、足首を捻挫したらしい。急いで傍に寄って状態をチェック――酷い怪我ではないが、かといって数分で治る様な怪我でもない。もう、まともな戦闘はできないだろう。

 

「俺に構わないで下さい!」

 

 声を張り上げる倉田。落とした64式小銃を拾い、弾倉を交換する。

 

「炎龍に弾を打ち込む事ぐらいは出来ますよ!」

 

「馬鹿を言うな!そんな所で撃ってたらいい的だ!」

 

 出来ればどこかに避難させたい。だが、このタイミングで負傷者を背負って移動すれば、間違いなく炎龍から狙われる。

 

「――隊長、30秒後です!30秒後に避難してください!」

 

 突如、無線で達する富田の声――伊丹の表情が驚愕に染まる。

 

「富田、無事だったのか!? てか、30秒って何だ!」

 

「――110mm個人携帯対戦車弾の援護射撃。文明の力、ファンタジーに教えてやりましょう」

 

「この声、勝本!? どういう意味……』

 

 全てを言い終わらない内に、聞こえてくる「後方確認、よーし」の声。

 

 もう時間が無い――急いで倉田を抱えた直後、頭上に4つの煙を引く飛翔体。うち2発は外れたが、残りの2発は炎龍の脇腹と左腿に命中した。

 炎龍が悲鳴のような咆哮をあげる。

 

「よし、炎龍の動きが鈍った! テュカ、レレイ――今だ!」

 

「いっけぇぇぇぇッ!」

 

 ゴウッという轟音と共に、伊丹の瞳孔が窄められる。同時にレレイの周囲から大量の木材や車が多連装ロケットの如く放たれ、数秒と経たずテュカの電撃が炸裂――吹き飛ばされた車の燃料に引火して巨大な爆発が発生した。

  




 動物の赤ちゃんの飼育って大変ですよね。温度とか湿度とか食べ物とか環境とか、本当に細かいところまで気を使わないとすぐ死んじゃったり。


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エピソード20:炎龍との戦い2

 

 

 目も眩むような閃光と轟音――伊丹はとっさに地面に伏せることで爆風から身を守る。

 

「やったか……?」

 

 初めてとは思えないテュカとレレイの連携攻撃。それは確かに炎龍に命中した。

 

 どうか死んでいてくれ……両手を合わせて相手の不幸を祈る伊丹。

 

 やがて戦場の霧が晴れるとそこには――。

 

 

 

 炎龍の顔があった。

 

 

 

 片腕を失い、怒り心頭の炎龍と目が合ってしまう。

 

(こっち見んな……!)

 

 伊丹は慌てて炎龍に背を向け、後ろ向きに全力で走り出す。そのまま壊れた車両の脇をすり抜け、それを盾にすべく隠れようと――。

 

「あ、やば……」

 

 直後、呼吸すら困難になるほどの強烈な火炎放射が閃光と轟音を伴って襲い掛かる。盾にしていた車両の残骸が吹き飛び、地面に叩きつけられる。

 

(ぐ……これが炎龍の威力……!)

 

 肌が焼けるような激痛に表情を歪める。直撃は回避したものの、火炎放射によって周囲の温度は急上昇――伊丹は歯を食いしばりながら必死に息を止めた。もし今、息を吸おうとすれば肺が焼けてしまうだろう。

 

 もう少し第3偵察隊の援護射撃が遅ければ、恐らく伊丹は肺をやられていただろう。桑原の撃ったライフルグレネードが運よく炎龍に命中し、炎龍は体勢を立て直すべく飛翔する。

 

「ど、どうしようイタミ! 効いてないみたい!」

 

 背後から焦ったようなテュカの声が聞こえる。伊丹はゴホゴホとせき込みながら、無線で答えた。

 

「落ち着けテュカ! 今の攻撃、だいぶ効いてると思うぞ! 死ぬほどじゃないみたいだけど!」

 

 背後から「フォローになってない」と栗林の厳しいツッコミが入るも敢えて気にしないことにする。

 

「ああ、くそ! テュカ、レレイ――もう一回やるぞ!」

 

 失敗したものは仕方がない。気持ちを切り替え、炎龍を倒すべく再び伊丹は武器を取った。

 

「ここで諦めるわけにはいかない!次は絶対に成功させる!」

 

 頷く二人を後目に、伊丹は炎龍めがけて発砲を開始。

 

「第3偵察隊は右手の住宅街を壁にしつつ、援護射撃を展開する!そこならブレスから隠れられる場所も多い!」

 

「「了解!」」

 

 応答と同時に、発砲しながら移動を開始する隊員たち。伊丹も後退しながら、ちらりと横目でロゥリィが戦っている方角を一瞥する。

 

(頑張れってくれ、ロゥリィ……)

 

 単純な実力ではロゥリィの方が上だが、流石にジゼルに新生龍2匹では分が悪いのか苦戦しているようだった。ロゥリィはハルバードを振りかざして突進するも、3匹は紙一重で回避しつつ、後方や側面に回り込もうとする。

 

 それでも彼女は回避の隙に生じる一瞬の隙を狙ってハルバードを叩きつけようとするが、3匹は強引な方向転換でそれを回避――宙を切ったハルバードの刃が地面に叩きつけられ、土砂を吹き飛ばす。

 

 3匹は翼が生えているのをいいことに、機動力を生かして空中戦に徹する構えのようだ。

 

 

 **

 

 

「隊長に、近づくなぁっッ!」

 

 栗林の雄たけび――振り返ると、こちらに爆走してくる二台の高機動車が見えた。誰かが車両を見つけて支援に駆けつけてくれたのだ。同時に銃声が連続し、炎龍は翼を翻して通り過ぎていく。

 

「よくやった!全員、射撃準備!目標は炎龍、眼を狙うぞ!――撃てぇっ!」

 

 伊丹の号令と共に高機動車はその場で停止、精密射撃を開始する。しかし彼らの努力をあざ笑うかのように、7.62mm弾は炎龍の鱗にあっさりと弾き返しされてしまう。

 

(やっぱり駄目か……さっき避けたのは、ただ単に驚いただけ……)

 

 やはり、火力が足りない。もっと強力な火力が欲しい。

 

「隊長、乗って下さい!」

 

 キィーッと車輪がドリフトする高い音が響き、伊丹の目の前に高機動車が停車する。黒川が開けたドアから伊丹が乗り込むと、高機動車はそのままアクセル全開で走り出した。

 

「伊丹……?」

 

 レレイが不安そうに尋ねた。伊丹は大きく息を吸うと、無線で早口に告げた。

 

「――みんな聞いてくれ。俺にいい考えがある」

 

 

 **

 

 

 伊丹が考えた作戦は単純なものだった。

 

 

 ――とにかく、ありったけの火力を新生龍に叩き込む。

 

 

 

 しかし大型の重火器で、飛翔する目標である炎龍を捉える事は容易ではない。

 

 そこで伊丹はあらかじめ決めた地域に重火器を配置し、待ち伏せを行う事にした。双眼鏡で周囲を見回し、待ち伏せに適した場所を探す。

 

「あっちの方に教会みたいな建物がある。そこへ行って、ありったけの対戦車ロケット弾を準備してくれ」

 

 キルゾーンまでの誘導には、二台の高機動車を使う。二台を囮とするのは、どちらかが撃破されても作戦を継続できるようにするためだ。

 

「運転手は俺と黒川、射手は栗林と富田だ。残りの皆は桑原のおやっさんの指示に従って、待ち伏せの準備をしてくれ」

 

 伊丹の提案に、第三偵察隊のメンバーは視線を交わした。確かにそれなら、炎龍に打撃を与えられるかもしれない。

 全員の合意を確認した後、伊丹は号令を放った。

 

「よし、作戦開始だ!」

 

 アクセルを全開に踏み込み、最大出力で走り出す二台の高機動車。後方では待ち伏せ班がキルゾーンの設置準備に動く。

 

「富田、栗林、敵を引き付けるぞ――撃てぇ!」

 

 伊丹の命令で二人が発砲――命中弾を食らった新生龍が自分たちに視線を合わせた。直後、新生龍の開いた口元に輝きが生じる。

 

 それでも伊丹たちは焦らず、事前の打ち合わせ通り即座に距離を確保。敵が攻撃して来れば逃げ、敵が退けば再び攻撃――ヒット&アウェイを繰り返すことで、徐々に炎龍を目的の場所へと誘導してゆく。

 

 だが、新生龍の方もそう都合よくは動いてくれなかった。もう少し、という所で方向転換をして離れていってしまう。

 

(野生の勘って奴か……それとも)

 

 単なる偶然か。いずれにせよ、このままじゃ埒が明かない。

 

(あとひとつ、角を曲がるだけだってのに……!)

 

「こっちを向けぇぇぇ!」

 

 もどかしさに悶々としていると、栗林の怒号と突撃銃の銃声が聞こえてきた。直後に放たれるブレスをぎりぎりのタイミングで避け、炎龍の注意を再び引き付ける。

 

 

「――作戦変更!栗林はそのままドラゴンを牽制しろ!待ち伏せ班は左手の尖塔の基部に射撃を集中!」

 

 

「――隊長、何を言って……?」

 

 待ち伏せ班のリーダー・桑原は最初こそ戸惑ったものの、伊丹の指定した鐘塔を視界にすると即座に了解した。

 

 「鐘塔」とは文字通り鐘を設置してある塔のことであり、教会が祈りの時刻などを信者に伝達するためにある。こうした建築物は街のシンボルとしての意味合いもあり、豪華に作られる傾向があった。

 イタリカも例外ではなく、その高さは軽く30mを凌駕している。

 

 

「――隊長、もう限界です!」

 

 栗林の焦った声が無線から聞こえる。

 

「あと少しだ栗林! ――桑原、準備できたら撃ちまくれぇッ!」

 

 了解です、と桑原の答える声が聞こえた直後、機銃を連射する甲高い音とロケット弾の命中する爆発音が連続する。

 

「――笹川 、装填急げ!」

 

 無線越しに、発射準備を命じる桑原の怒声が聞こえる。

 

「てぇッ!」

 

  発射された対戦車ロケット弾は、直線状の軌跡を描きつつ尖塔に突き進み、狙い通り基礎部分に命中――爆発を発生させる。

 

 大量の鉄とコンクリートの破片が四散し、度重なる打撃に耐えかねたように櫓の基礎部分が粉砕――炎龍へと伸し掛かるように倒壊し始める。

 

 

 崩落と共に想像を絶する衝撃と地鳴りが響き、炎龍の悲鳴がそれに混じった。膨大な量の粉塵が舞い上がり、それが晴れると半ば瓦礫に埋もれるようにして動きを止めた炎龍の姿が見えた。

 

 

「撃てぇぇぇぇッ!」

 

 

 伊丹の号令と共に、再び発砲を開始する第三偵察隊。炎龍は瓦礫の中から退避しようとするも、折れた翼が思うように動かず、文字通り集中砲火を食らってしまう。

 

 やがて辛うじて形を保っていた建物も崩壊。炎龍は絶叫しながら逃げ出そうともがくも、奮戦むなしく崩れ落ちる瓦礫に飲み込まれていく――。

 

 

 **

 

 

(やった……のか……?)

 

 車を止め、銃口を瓦礫の山に向けて警戒態勢をとる伊丹。遠くではロゥリィとジゼル、そして残り一匹の新生龍が戦っているのか、時折、連続した爆発音が聞こえてくる。

 

(念のため、手りゅう弾でも投げてみるか……?)

 

 伊丹が殺気を感じたのは次の瞬間だった。瓦礫の山が爆発したように吹き飛び、反射的に腕で顔をかばう。

 

 再び目を開けると、そこには再び炎龍が現出していた。翼は折れ、尻尾を失っているが、その怒り狂った瞳から闘志が全く衰えていない事が感じられた。

 

  




伊丹「私にいい考えがある」

なお


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エピソード21:炎龍との戦い3

    

「炎龍……なんで、まだ動けるの……?」

 

 黒川の声音には絶望がにじんでいた。必死の思いで炎龍を誘導して作戦を成功させたにもかかわらず、敵はまだ継戦能力の一部しか失っていないという事実。伊丹も茫然と目の前で復活した炎龍を見つめていた。

 

 すでに予備プランは無く、部隊の全員がわずかな弾薬と武器しか持っていない。

 

(ここまで……なのか……?)

 

 万策尽きた――伊丹がそう思った直後。

 

『―――戦うのを諦めるな!』

 

 突然のように鼓膜を叩く野太い声。さらに一瞬後、背後から多数のトラックと装甲車が姿を現す。数は120人ほど、一個中隊といったところだ。

 

(この声……第1戦闘団の加茂一等陸佐!?)

 

『――炎龍は現在、その機動力を大きく喪失している!第3偵察隊および第9中隊はその場で射撃を継続し、砲撃準備が終わるまでの時間を稼げ!』

 

「「了解!」」

 

 伊丹は目の前で行動に移る第9中隊を凝視――激戦を潜り抜けてきた精兵たちなのだろう。炎龍を目の当たりにしても動きは衰えず、技量が際立っていることは一瞬で見て取れた。

 

「イタミ、あれを――」

 

 テュカがこれまでになく焦燥を浮かべながら叫んだ。促されるまま空に視線を向ける――ロゥリィと戦闘していたはずのジゼルが、砲兵のいる方角へ高速で飛翔している。どうやら砲兵射撃を脅威と認識したらしい。

 

 反射的に彼女を追おうとするロゥリィに、伊丹は大声で叫ぶ。

 

「ロゥリィ、追うな!」

 

「伊丹?何を言って……」

 

 振り返ったロゥリィは、大きく傷ついた炎龍を見て伊丹の真意を察した。

 

 ――敵が分散した今こそ、各個撃破する絶好の機会だ。

 

「ロゥリィは先に新生龍を殺れ! 炎龍は俺たちで何とかする! ジゼルは……」

 

 砲兵隊が時間を稼いでくれる………それは同時に、彼らを死の危険にさらす事を意味する。

 

 だが、追いかけたからといって救えるかは不明だ。たとえロゥリィが全力で追いかけようとも、翼を持たぬ彼女では間に合わない。

 

 

「――いい作戦だわぁ。採用よ」

 

 

 だがしかし、彼女はロゥリィ・マーキュリー。『死と狂気と戦争と断罪』を司る亜神だ。それが意味のある死ならば、一切の迷いなく肯定する。

 

「運の悪い何人かはジゼルに殺されるでしょう。でもその死は無駄ではない。彼らは死して英雄となる」

 

 砲兵がジゼルに壊滅させられている間に、ロゥリィはまず新生龍を、そして炎龍を倒す。そして最後に、残ったジゼルを始末する。一対一の戦闘なら、ロゥリィは相手を確実に仕留められる自信があった。

 

「――じゃあ、まずはアナタから」

 

 ロゥリィはそう呟くと、地面を力強く蹴り、飛行中の新生龍に急接近。新生龍は迫る彼女を追い払おうと口を開くも――。

 

「――はぁぁぁぁっ!」

 

 ロゥリィは絶叫と共にハルバードを振り上げ、新生龍の顎を砕いた。新生龍の口元から赤黒い血液が吹き出し、地面にえぐれた顎が墜落する。

 

「次っ!」

 

 ロゥリィは地面に着地し、再び得物を大上段に掲げて跳躍する。

 

 しかし今度は新生龍もただやられるばかりではなかった。ロゥリィの攻撃に対し、急旋回して彼女の側面から尻尾を叩きつけたのだ。

 

「ぐぅぅッ!」

 

 勢いよく弾き返されるロゥリィ。しかし彼女は弾き返された衝撃を活かして、今度はハルバードをブーメラン状に投げつけた。狙いは新生龍の翼――そこにダメージを受ければ、敵は大きく機動力を損なう。

 ロウリィの読み通り、翼にダメージを受けた新生龍はバランスを崩して錐もみ状に墜落を始めた。

 

 一方、ロゥリィはゴスロリ神官服を大きく広げ、空気抵抗を増やして落下速度を落とす。そして新生龍に並ぶと、その肩に深々と刺さっていたハルバードを両手で掴んだ。

 

「これで、終わりよ!」

 

 腕に力をこめてハルバードを大きく捻り、傷口を抉っていくように広げる。炎龍が凄まじい悲鳴をあげ、苦しみにもがく。対照的に、ロゥリィは楽しそうに笑い声すらあげていた。

 

「ふふっ、もしかして痛いのは初めて? なら、もぉーっと痛ぁくしてあげる!」

 

 ハルバードを引き抜き、得物の突起部分を炎龍の首元に横合いから突き立てる。ハルバードが食い込むにしたがって大量の血と絶叫が吹き出し、ロゥリィの服に赤い染みを作ってゆく。

 

「突き刺すだけじゃ、足りないようね?」

 

 愉しそうに笑うロゥリィ。ハルバードを器用に逆手に持ち替え、血液が迸る傷口に今度は槍の部分を勢いよく突き立てた。

 

 

 **

 

 

 一方そのころ、砲撃を準備していた戦車部隊は少なくない混乱をきたしていた。

 

「敵対的未確認生物、こちらに急速接近しています!このままでは我々が蹂躙される恐れが……!」

 

「作戦に変更はない。予定通り砲撃を急がせろ」

 

 兵士の一人が額に血管を浮かせながら叫ぶも、加茂一等陸佐は決然と首を振った。

 

「件の未確認生物がこちらに向かったおかげで、あのロゥリィとかいう亜神を名乗る少女はドラゴン共を圧倒している。我々は自らを囮とし、友軍が敵を各個撃破するまでの時間を稼ぐのだ」

 

「しかしそれでは、我々は全滅……」

 

「それで残りの友軍が生き残れるならそれでいい!」

 

 加茂の言葉に、周囲は瞬間的に静まり返った。

 

「敵は愚かにも戦力分散の愚を犯した! この機会を今活かさずしてどうする!? 常に選択すべきは多数の命だ!」

 

 青ざめる兵士たち。だが、加茂の言葉は真実だ。他に代替手段もない。

 

「――加茂一等陸佐へ報告!砲撃準備、完了しました!」

 

「……やるぞ」

 

 重い声で加茂が呟く。そして――。

 

「撃てぇッ!」

 

 74式戦車の持つ最大最強の武器……51口径105mmライフル砲が火を噴いた。

 

「そのまま撃ちまくれェっ!怪獣退治は自衛隊の役目だってことを、特地の連中に教えてやれ!」

 

 連続する発射音――全車両ともに、搭載されていた全ての砲弾を連続発射していく。何十もの砲弾が白煙を引きながら炎龍に向かっていく。

 

 気付いた炎龍は必死にブレスで応戦する。

 

 だが、炎龍のブレスがいかに強力とはいえ、高速で飛翔してくる砲弾すべてを撃ち落とすことは不可能だった。砲弾は着弾と同時に炎龍の鱗を粉砕、続く第二、第三射で次々に内側の筋繊維を吹き飛ばされてゆく――。

 

 

 伊丹にとっても、それは想像を絶する光景だった。炎龍と砲兵隊が正面から撃ち合っている。炎龍は最初の何発かをブレスで撃ち落とすことに成功したものの、自衛隊の飽和攻撃によって、10秒と経たないうちに爆発と煙に包まれた。

 

 数分後、ほとんどの砲弾が撃ち尽くされ、集中砲火を食らった炎龍はついに沈黙した。全身の4割が失われ、グロテスクな肉塊へと変貌している。

 

「やった、のか……?」

 

 茫然とした伊丹が呟く。ロゥリィは「確かめてみる」と言って炎龍の残骸へと近づき、勢いよくハルバードを突き立てる。

 

 反応はない。それが意味することは、一つだ。

 

「ついに……死んだんだな」

 

 伊丹がそう言うと、振り返ったロゥリィはゆっくりと頷いた。

 そして――。

 

「「うぉぉぉおおおおおおお――ッ!」」

 

 直後、歓声が無線から響き渡った。自衛隊は、ついに炎龍を倒したのだ。

           




中ボス、炎龍を撃破。


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壊滅編
エピソード22:嵐を待ちながら


                  

 炎龍の撃破の後、伊丹たちは何とかアルヌス駐屯地まで帰還した。すぐに尋問が行われ、レレイと伊丹には取り調べが行われた。

 

 

「“門”への遠征が失敗した後、帝国は大急ぎで大陸中の魔術師をかき集めた。“門”の先から攫ってきた人を尋問して情報を集めて、魔術師と技術者にその対策を研究させた。私と師匠も、そのために帝都まで呼び出された」

 

 

 レレイの証言は、上層部に驚きをもって受け止められた。

 

 もし彼女の話が事実ならば、早急に手を打たねばならない。

 

 

 伊丹もまた、怪我の治らぬうちに事情聴取がなされ、そこで拉致被害者の存在を報告した。実際にノリコという証人がいたこともあって、上層部は伊丹の報告を重く受け止めたらしい。

 

 その後ノリコは病院に搬送され、治療のため(あるいはマスコミに嗅ぎ付けられると面倒なので)しばらく療養生活を送ることになった。

 

 

 **

 

 

「今回の作戦で、帝国上層部に和平の意思が無いことはハッキリした。彼らは周到に戦争の準備をしている」

 

 柳田が悔しそうに唇を噛む。勝利したとはいえ、イタリカ攻防戦は自衛隊にとって屈辱的な結果として受け止められていた。

 

「優秀な隊員をたくさん殺された……それもはるかに文明レベルの劣った土人国家にだ!」

 

「……すまない。俺の指揮がマズかったせいだ」

 

 俯く伊丹に、柳田は慌てたように「お前を責めているんじゃない」と付け加える。

 

「菅原さんの方はどうだったんですか?」

 

 慌てて話題を変えようと、柳田は外務官僚の菅原の方を見やる。

 

 強硬な態度を崩さない帝国に見切りをつけた日本政府は、代わりに属国にアプローチをかけることで反帝国同盟を結ぼうとしていた。

 

 

「うん。ちょっと予想外の結果でね」

 

 菅原の表情は冴えない。

 

「全滅だよ。どの国も適当にはぐらかすだけで、態度が煮え切らない。この状況でそんな態度をとるって事は、帝国側に付くと決めたも同然だ」

 

 苦々しげにつぶやく菅原の言葉に、伊丹は絶句した。とても信じられない。属国の大半は、あのアルヌス攻防戦に参加していた。そこで自衛隊と自分たちの圧倒的な戦力差を嫌というほど思い知らされたはず。

 

 そもそも、あの戦自体が帝国の陰謀だという噂もある。だとすれば被害者であるはずの属国が、どうして帝国への忠誠を貫いているのだろうか……。

 

(やつら、帝国が自衛隊に勝つとでも思ってるのか? 馬鹿な、技術レベルが500年は違うんだぞ……)

 

 そこで、伊丹は唐突に思い出した。銀座事件のあと、被害者のために建てられた慰霊碑の前で、写真を持っていた親子のことを。アルヌス攻防戦の跡地で、家族の絵を握りしめながら死んでいた兵のことを。

 

 こんな事例もある。とある警官が人質ごと犯人を射殺した時、人質の遺族が真っ先に恨むのは犯人ではなく、その警官だという。

 

(どんな理由であれ、直接手を下した相手は許せないって訳か……)

 

 日本でも、銀座事件の後に設立された「銀座事件被害者の会」は、帝国への復讐を訴える最強硬派となっている。であれば、特地においても同じような事態が発生していてもおかしくは無い。

 

 

「ですが、例のレレイって娘の話が本当なら状況は変わってきます」

 

 声のトーンを落とす菅原。

 

「あの後、彼女の発言を裏付ける証拠が次々に見つかっています。帝国の至る所で魔術師が行方不明になったり、何らかの理由で帝都に招かれている。それも、銀座事件の後に――」

 

 これが全て偶然だと思うほど、菅原も伊丹たちも楽観的ではなかった。

 

 

「間違いありません。帝国は魔術を使った、何らかの大量破壊兵器を有している可能性がある」

 

 

 菅原の言葉に、伊丹はゴクリと唾を呑む。もし彼の言葉が真実であるなら、戦争反対派とて沈黙せざるを得ないだろう。

 

「このまま帝国を放置することで却って被害が増すのなら、我々も毅然とした対応をとらなければなりません」

 

「帝国と戦争するって事か」

 

 柳田が捕捉すると、菅原は意地の悪い笑顔を浮かべる。

 

「いえ、政府は特地を『日本国』と見なしております。であれば特地における自衛隊の活動はすべて『国内における活動』と解釈でき、国会の承認が無くとも内閣総理大臣の命令さえあれば治安出動および国民保護派遣が可能になるのです」

 

 つまり外国との戦争ではなく、あくまで国内における治安維持活動。そして嘉納大臣らは、すでにその方向で動いている――伊丹たちにそう告げた菅原の表情は、何かを確信しているようだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦争が始まる――そう思うと黒川の気持ちはまったく晴れなかった。

 

 なにせ多くの自衛隊員が犠牲になったのだ。その中には知っている顔もある。

 

 

 部屋に閉じこもっていても憂鬱になるだけだったので、伊丹はレレイを誘ってボロボロになった彼女の服を新調しに行くことにした。

 

 しかし娘ほど年の離れた女の子、それも文化の違う相手の好みの服にはちょっと自信がない。そこでテュカとロウリィも呼んで、一緒にアルヌスの商店街に繰り出すことにした。

 

 

 

 久しぶりに街に出かけた黒川は、その変わりように驚嘆した。

 

 

 前に足を踏み入れた時はまさに「難民キャンプ」といった感じで、人々は少ない仮設住宅にぎゅうぎゅうに押しこめられ、排水溝が無いため排泄物やゴミがそこら中にまき散らされていた。

 

 もしこれをマスコミが見れば、すぐに「強制収容所」だなんだと騒ぎ立てるに違いない。実際、そう揶揄されても仕方ないほど不衛生な環境だった。

 

 

 だが、今では徐々に状況が改善されつつある。仮設住宅の数も増え、排水溝やゴミ焼却炉に水道などの社会インフラもだいぶマシになった。

 

 それだけではない。道行く人々の雰囲気もがらりと変わった。

 

 もはや食い詰めた難民の群れではなく、ごく普通の民衆といった程度には表情が明るくなっている。栄養も行き届いたのか顔色も悪くない。

 ざっと見た限り、アルヌスは順調に発展しているようだった。

 

 

「いらっしゃいませ。本日はどういった用事で?」

 

 仕立て屋に向かうと、気立てのよい中年の主人が愛想よく挨拶をしてきた。作業台で熱心に手を動かしており、鮮やかなブルーの織物が目を引く。どうやらローブを縫っているらしい。

 

「……服を作りたいから、見繕って欲しい」

 

 要件を告げたレレイを頭から足先まで眺め、仕立て屋は苦笑しながら言った。

 

「こりゃまた、随分と元気な娘さんで」

 

 もともと魔法使いの服はあまり丈夫でないものが多い。イタリカでの逃避行で、レレイの服はところどころ破れたり擦り切れたりして酷い有様になっていた。

 

「それじゃあ、採寸から始めます。その後で生地を選んでください」

 

 仕立て屋の勧めで、ローブは保湿性と保温性が高い羊毛にし、肌着は柔らかく通気性のいい綿を選択した。

 

「今日中に終わりますか?」

 

 黒川の質問に、仕立て屋は渋い顔になった。

 

「先約が3つほど入ってましてね。その後にお作りすることになるので、どれだけ早くても明日の夕方ですね」

 

 それから表情を緩ませ、先を続けた。

 

「もし明後日の昼までお待ちいただけるのでしたら、腕によりをかけて上等な新品をお作り致しますよ」

 

 黒川がレレイの方を見ると、彼女はこくんと小さく頷いた。

 

「分かった。明後日まで待つ」

 

 礼を言って仕立て屋を後にし、町の中心部にさしかかると広場のようなものが出来ていた。

 難民たちの憩いの場となっているらしく、木に寝そべったり屋台で食事をしている人々の姿が目についた。

 

 

「私たちも何か食べましょう」

 

 レレイも頷き、二人は近くの屋台に座る。店の奥には石で作った小さな竈があり、そこで串に刺した鳥を焼いていた。脂が焼ける香ばしい匂いに、いてもたってもいられなくなる。

 

「鳥の串焼き2つと、茹でたジャガイモを3つお願いします」

 

「あいよ!」

 

 屋台はなかなか繁盛しているらしく、亜人の店主の顔もどこか生き生きとしている。伊丹は店主から串焼きを受け取り、こんがりと焼かれた鳥肉に食らいついた。

 

(熱いっ……! でも塩気がいい感じに効いて、やっぱり美味しい)

 

 すぐに食べてしまうと、店主は「いい食いっぷりだがね!若いの!」と大声で笑う。

 

「店主さん、やっぱり繁盛してるんですか?」

 

 黒川が聞くと、店主は嬉しそうに笑い声をあげた。

 

「そりゃそうよ!なんせ俺の腕がいいからなぁ!」

 

 すると隣の席に座っていた客の一団がヤジを飛ばす。

 

「なーに言ってんだか。繁盛してるのはどこも一緒じゃねぇか。アルヌス中がちょっとした好景気、みたいな」

 

 店主は「うるせぇ」と返すも、その表情はほころんでいた。

 

「最初はエライ目にあったと思ったんだが、慣れてくりゃ案外悪くないもんだよ、ここの暮らしも。帝国都市みたいに変な規制がないから、オレみたいな亜人でも安心して商売できるのがいい。アルヌスは本当にいい街だ」

 

 そう言われ、黒川も満更でもなかった。

 

 

 やはり、街に出てよかった。

 

 

 ここは今、平穏な空気に包まれている。こうした住民とのささやかな交流で、アルヌスの街の温かさを改めて感じていた。

 

 

 最近ではやっと国会の予算審議で特地への追加支援が認められ、物資も充実してきている。

 

 ホドリューたち生活協同組合の頑張りも大きい。支援物資を公平に分配し、自警団を作って治安の向上に努めたことで、アルヌスは豊かで安心して暮らせる街になった。

 

 人々の顔には笑顔と活気が溢れ、互いに余裕が生まれた事で徐々に自衛隊員との交流も増え始めている。

 

 いい流れだと思うと同時に、彼らの安全と生活を守ることも自分の役割だと黒川は再認識した。

  




 皇帝「全国の魔術師集めて帝国版マンハッタン計画や(適当)!」

 戦時中に科学者と技術者を総動員するのは基本。たまにレレイみたく良心の呵責に耐えられず止める人もいるけど、そういう連中は非国民扱いされる。
 なお、戦後には手のひらを返した政府と民衆によって英雄に祭り上げられる模様。


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エピソード23:異変

         

 特地での作戦行動を巡り、国会は紛糾した。

 

 しかし「特地は日本国内」という政府見解に基づき、最終的に自衛隊は、『特地における治安出動』に出ることにした。

 

 

 狭間陸将の演説と共に、全軍が帝都に向けて出発したのはつい二日前の事だ。

 

「――帝国は過酷な支配体制を敷いて一般市民を抑圧するばかりか、交渉に向かった我が国の特使を監禁・暴行するに至った。これは明らかな国際法違反であり、人道的にも許される行為ではない。我が国は飽くまで平和的妥結の努力を続けてきたが、帝国は何ら反省の色を示さず今日に至っている!」

 

 狭間陸将の演説には帝国がいかに悪辣な国であるか、そして日本の平和的解決への努力がいかに踏みにじられたか、今回の作戦が自由と平和を守るためにやむを得ない措置であること、―—等々が分かりやすく述べられていた。

 

「我々は我々自身を危険から守り、そして特地の人々を帝国の圧制から解放する。我々の目的はその2つのみであり、目標達成後には速やかに帰還することを約束する。今こそ帝国の脅威を打ち払い、特地に恒久的な平和をもたらす時が来た! 我々は『勝利』の二文字と共に、それを達成するであろう!」

 

 中世風の建物が続く路上は、張りつめた空気に包まれていた。

 

 人影が無い訳ではない。しかし人々は家の中に引きこもって、見たことも無い鋼鉄の馬車――戦車や装甲兵員輸送車といった招かざる客人たちが、石造りの道路をキャタピラで破壊しながら走破するのをじっと眺めている。

 自衛隊の車列を見つめる瞳には、純粋な驚きや戸惑い、そして恐怖と不信の色があった。

 

「歓迎は……されなくて当然だよな」

 

 高機動車の窓から外を見つめる伊丹は、ため息は吐きながら呟いた。

 

(やっぱこうなるよな……)

 

 作戦を開始してからというもの、自衛隊の地上部隊は当初の予想を上回るペースで快進撃を続けている。

 

 帝都に向けて複数の主要道路から進軍しているが、どの部隊も敵からの反撃があったという報告を届いていない。このペースで作戦が進めば、夕刻までには帝都郊外に達し、夜明けと共に帝都攻略を果たせるはずだ。

 

 今回の作戦では、伊丹は敢えてレレイとテュカ、ロウリィを同行させない事にした。

 

 本人たちは「自分は帝国人ではないから大丈夫」と強がっているが、それでも帝国人の知り合いぐらいはいるだろう。もしかすると太平洋戦争を戦った日系アメリカ人兵士のように、少なからず思うところがあるかもしれない。

 

 帝都を見つめる伊丹に、無線で連絡があったのはその直後だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 それから22時間後、伊丹は耳が壊れるんじゃないかと本気で危惧していた。耳につけたインカムからは断続的に受信される無線交信が響き、彼方からの砲声が鼓膜を震わす。

 

『――自走砲部隊は砲撃を継続。戦車は前進する際、味方の砲撃に巻き込まれないよう注意せよ』

 

『――第7偵察小隊、目標地点に到達!橋頭堡を確保しつつ、敵残存部隊の掃討を開始!』

 

『――こちら帝都南門、帝国軍守備隊が市街地に向けて敗走中。攻撃ヘリによる追撃を要請する!』

 

 目の前では炎と煙が立ち込め、砲撃と爆撃が瀟洒な帝都の街並みを瓦礫へと変えていく。隣の戦区でもロケット弾を装備した攻撃ヘリ中隊が、イタリカでの鬱憤を晴らすかのように火の海を作り出してる。

 

 

 現在、自衛隊の帝都攻略作戦は第一段階を終了していた。砲兵と航空自衛隊の火力支援を受けつつ、帝都の周りに築かれた急ごしらえの陣地を破壊。3つの方向から、戦車部隊と機械化歩兵部隊が突入を開始しつつある。

 

『――大隊指揮官より各員!前方に敵部隊を発見の報告があった!支援砲撃完了と同時に突撃を行う!』

 

「こちらアベンジャー、了解した」

 

 所属する大隊からの命令に、第3偵察小隊隊長・伊丹耀司は抑揚のない声で応えた。

 

「みんな、今から砲兵の火力支援がある!着弾を確認したら進撃開始だ!」

 

 他の先進国と同様に、自衛隊もデータリンクシステムによる諸兵科連合と協調作戦を重視している。伊丹が叫ぶと同時に、後方から自走砲部隊の放つ大量の榴弾が飛来――甲高い飛翔音と共に着弾、前方の帝国軍を吹き飛ばしていく。

 

 数秒後に自走砲による面制圧が停止した時、そこには瓦礫と多数の帝国兵の死体が転がっていた。避難誘導を済ませていないせいか、民間人と思われる死者も少なからず存在する。

 

 少なからず動揺が走るも、今は心を鬼にしなければならない……汗ばむ指先で引き金を握りしめながら、伊丹は自分に言い聞かせた。

 

 続いて彼方から砲声が連続し、直後に自分たちの頭上を多数のロケット弾が白煙を引きつつ飛んでいく。

 

 

「――第3偵察隊は、突入する第11大隊の側面を警戒しつつ、必要に応じて支援せよ」

 

「了解」

 

 上官からの指令を受け、伊丹が行動に映ろうとした――その時だった。

 

 

(なんだ……この揺れは……?)

 

 

 伊丹が小刻みな振動を感じた次の瞬間、“それ”は生じた。

 

 

 インカムから聞こえる甲高い警告音――足元の微かな振動が徐々に大きくなっていく。

 

「何?何が起こったの!?」

 

 栗林が叫ぶ。伊丹はとっさに落ち着かせようとするも、司令部から入った緊急入電に耳を疑った。

 

 

『――こちらアルヌス駐屯地。司令部より各部隊の隊長に連絡する』

 

 

 声は狭間陸将のものだった。努めて冷静な声音を保っているが、それが却って不安を煽る。

 

 

『――先ほど、基地にて緊急事態が発生。全ての部隊は作戦を中止し、速やかに基地へ帰投せよ』

 

 

(……んなっ!?)

 

 状況が分からず、思考がフリーズする。

 

(撤退?この有利な状態で?)

 

 ますます意味が分からない。国連安保理あたりから、停戦勧告でも受けたのだろうか。

 

 しかし続く狭間陸将の言葉は、伊丹の安易な予想を大きく裏切るものだった。

 

 

『――3分前、ゲート周辺にて原因不明の爆発が発生。直後、ゲートは消失した』

 

(おい待てよ、今なんて言った……!?)

 

 

 

 ゲートが、消失……?

 

 

 

『――繰り返す、ゲートの消失を確認した。基地の被害は甚大。現在、日本に戻る手立てを模索しているが、依然として消失の原因は不明であり………』

 

 

 それは特地におけるパワーバランスを根本から揺るがす、破滅の色彩を帯びた言葉だった――。

 

 

(ウソ、だろ……)

 

 自分たちが置かれた状況を理解するまで、伊丹はたっぷり3分もの時間を要した。

 

(ゲートが………消滅っ!?)

 

 未だに信じられない。だが、事の真偽を確認する前に伊丹は隊長として部下に命令を下さねばならない。

 

 

 

 大きく息を吸った後、伊丹は全員に聞こえるよう大声で叫んだ。

 

「皆、聞いたか!? 攻撃は中止、中止だ!」

 

 近くにいる部下たちを見る――栗林と倉田は言葉を失っているようだ。富田は険しい表情のまま、周囲を警戒している。

 

「先ほどの命令は聞こえたな! 基地からは撤退命令が出た! 具体的なタイミングについての指示があるまで、命令とおり警戒態勢のまま待機する!」

 

 反論はない。というより、現実感がなくて言葉が出ない、と評した方が正しかった。ゲート消失の衝撃が大き過ぎて、何を口にすればいいのか分からなくなっている。

 

(帝国軍の連中、いったい何をしやがったんだ……!?)

 

 伊丹の脳裏に、地下牢で会ったモルト皇帝の姿が浮かび上がる。あの時に見せた自信は、虚勢などでは無かった。まともな軍人は賭けなどしない。

 

 つまり帝国は「勝てる」と踏んだからこそ、自衛隊に対して徹底抗戦を決めた……。

 

(ゲート消失が本当なら、俺たちは追加の補給物資を受けられなくなる。そうなれば自衛隊の持つ軍事的優位も絶対ではなくなる……)

 

 弾を撃てない銃は剣に劣り、燃料の無い戦車は馬に劣る。弾と燃料がある内はまだいいが、それが無くなった時を想うと身の竦む思いだった。

 

(今はとにかく、アルヌスに戻らないと……)

 

 一刻も早く帝都から離れて、司令部に正確な情報を伝える――それだけを考えて、伊丹は高機動車に乗りんだ。

    




ゲート「本日は閉店です。またのご利用お待ちしております」

自衛隊「ファッ!?」

皇帝「計画通り」


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エピソード24:大災厄

  

『――中隊各機、目標まで距離4000だ!爆弾投下準備、目標座標合わせ!』

 

 伊丹達の遥か上空、快晴の青空を疾駆するF-4ファントム中隊にとって、それは実に食欲をそそる光景だった。獲物から自分たちを遮るものは何もなく、獲物は自分たちに無防備な背中を向けている。

 

『――各機、我々はこれより目標である帝国議会に対し、JM117誘導爆弾を投下する!帝国が我々のメッセージを正しく受け取ってくれる事を期待しよう!』

 

 4機のF-4は帝国議会の真上から、一斉に誘導爆弾を投下する。高度15000フィートから放たれた誘導爆弾が、雲を切り裂きながら帝国議会へと吸い込まれてゆく――。

 

 ◇

 

 爆発の衝撃は、宮殿にいるピニャと元老院議員たちの元にも達していた。目も眩むような閃光の一瞬後に対気がおののくように震え、わずかに遅れて轟音が部屋を震わせる。

 

 どうやってそれが起こったのかは分からない。だが、何が起こったのかは明白だった。

 

「そんな……元老院が一瞬で……」

 

 信じかねるようにピニャが呻く。側近のマルクス侯爵も、あまりの事に言葉が出ない。強気なゾルザル皇子でさえ、蒼ざめた顔で冷や汗が出るのを隠せなかった。

 

「これが、ジエイタイ……彼らの持つ最先端の技術の力か……」

 

 驚愕と感嘆と恐怖――様々な感情が駆け巡り、心の動揺を抑えられない。元老院議員たちは、初めて目にする火力戦に完全に気圧されていた。

 

 だが、それは同時に彼らの中でひとつの共通認識を作り出していた。

 

(この戦い、絶対に負けるわけにはいかぬ……奴らの増援が“門”から到着すれば、我らの命運は尽きたも同然。何としてもその前に、決着をつけねば!)

 

 

 ―—こうして。

 

 

 帝国議会は満場一致で、“ある議案”を可決させる事になる。 

 

 

 **

 

 

「――わかりました」

 

 知らせを聞いて、彼女はわずかに瞳の色を揺らめかせた。

 

 しかし、たったそれだけだ。拒絶など微塵も見せず、彼女は静かに立ち上がる。

 横から心配そうな視線を送る老婦人には、小さい笑顔で返した。

 

「ミモザ、ありがとうね」

 

 彼女はテントから静々と歩み出ると、幾人もの衛兵がそれに続く。

 

「こちらに」

 

 兵士たちに言われるままに、彼女は地下へと続く階段を下る。やがて重厚な鉄扉に突き当たり、さらに一歩奥へと足を踏み入れる。

 

 静まり返ったその場所が、彼女の晴れ舞台。

 

「準備の方をよろしくおねがいします―—導師アルペジオ・エル・レレーナ」

 

「はい」

 

 魔方陣に立った彼女は俯くようにして頷く。

 

 部屋には彼女の他にも、大勢の魔法使いたちがいた。不安そうな顔、期待に胸を躍らせる顔、厳つい顔……中には見知った顔もある。皆、導師クラスの大魔法使いばかりだ。

 

「では、始めようか」

 

 そう言ったのは、レレイの師匠であるカトー老師だった。

 

 アルペジオは知っている。彼が最後まで、魔法を戦争に使う事に反対していたことを。

 

 険しく心配そうな視線を向けるカトーにも、彼女は淋しげに微笑んでみせた。

 

 カトー老師は頷くと、歌うように詠唱を並べはじめた――。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 最初に異変に気付いたのはテュカだった。

 

「え……?」

 

 弾かれたように、ハッと目を見開く。キィン、と甲高い耳鳴りに襲われて、吐き気を覚える。体中の五感の全てが違和感を訴え、恐怖に震える。

 

「―――なに?」

 

 おもしろいくらいに声が震えるのを感じて、テュカは自らの体を抱くようにする。心臓をわし掴みにされたように身の毛がよだち、寒気による不快感がその全てを支配していた。

 

「―――なに、これ……」

 

 もう一度テュカは消え入りそうな声で、誰にともなく尋ねていた。

 

 がたがたと肩が震えている。空気はこんなにも冷たく重いものだったろうか?

 

 呼吸すらままならないほどに大気が張り詰めている。足の裏から凍りつくような嫌な予感が、背筋を這い上がる――。

 

「……何か、おかしいわ」

 

 ロウリィも同じことを感じていたらしい。強気な彼女にしてはめずらしく、何かに怯えているのか、肩を抱くようにして震えている。

 

「なんだろう……空気の流れが、なんか変だよ」

 

 その時、司令室の電話が鳴った。狭間陸将が受話器を取ったが、徐々にその表情が険しくなっていく。

 

「なに……? 難民の間で原因不明の頭痛が多発している……!?」

 

 ゴトリ、と何かが地面に落ちる音がした。音のした方角に全員の視線が向く。

 

「――うそ」

 

 ぽつり、と呟いたのはレレイだった。地面には愛用の杖が落ちている。

 

「そんな……アルペジオが、どうして……」

 

「……レレイさん?」

 

 柳田が異変に気付いたその瞬間、彼女はわめくようにして叫んでいた。

 

 

「逃げてっ!!」

 

 

「――っ?」

 

 突然のレレイの剣幕に、全員が目を瞬かせる。

 

「此処から離れて!出来るだけ遠くに逃げないと!」

 

 何かに怯えるその様は、事態が尋常でないことを全員に悟らせたようだ。

 

 

 真っ先に動いたのはロゥリィだった。

 

 彼女は弾けるように走り出すと、ドアを開けて跳躍―—建物の上に着地する。厳しく細められた視線は、ある一点を見据えていた。

 

 野戦病院―—いつでも患者を本国に搬送できるよう、“門”にほど近い位置にある。昼間だというのに、その窓からは毒々しい閃光が漏れていた。

 

 そして、その光の中心部には―—。

 

(ノリコ……だったかしら)

 

 伊丹がイタリカから保護してきた拉致被害者の女性。光の発生源は彼女のいる病室だ。その事実は、ロゥリィの頭に浮かんでいた最悪の予想を確信させた。

 

(帝国軍に何か仕込まれたわね……)

 

 恐らく、彼女だけでは無いだろう。

 

狭間陸将の言葉が本当ならば、複数の人間が自覚のあるなしに関わらず、帝国によってなんらかの工作をされている可能性がある。

 

(っ……!)

 

 次の瞬間には、体が勝手に動いていた。

 

 何としても、アレを止めなければならない。さもなければ、とんでもない事が起こる。

 

 ほとんど衝動に近い感情に突き動かされるようにして、ロゥリィは一直線に外に飛び出した。そのまま閃光が走るかのごとく、空へと飛び上がる。

 

 どうか、間に合って欲しい―—―—この日、彼女は生まれて初めて、本心から神に祈った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ふわり、と足元から風が生まれた。

 

 亜麻色の髪が舞い上がり、詠唱を続けるアルペジオを中心に天井へと昇華していく。瑞々しい唇を震わせるだけで、大地をも揺るがせるほどの力が紡がれる。

 

 その手が、わずかに動く。それだけで彼女の周囲に光が満ち、部屋全体を満たしていく。髪の一筋一筋に宿った煌きは、彼女を天使のように彩る。

 

 それは他の魔術師も同じ――生じた光は目を焼き尽くさんばかりに輝き、あたかも太陽が誕生したかのよう。

 

 やがて長い詠唱のあと、全員の手がゆっくりと振り下ろされる――。

 

 

 **

 

 

「――来た」

 

 目の前に突然闇が広がったかと思った次の瞬間、レレイは“それ”を見た。

 

 

 目も眩むような、禍々しい光の渦――。

 

 

 突如として生じた光の渦は、まるで竜巻のように唸りをあげて周囲にあるものを次々に飲み込んでいく。

 

 だが、呑み込まれているのは塵や葉などではない。時空そのものだ。

 

 レレイはとっさに近くにあった樹木につかまり、吸い込まれまいと全力で掴まる。全身の骨が悲鳴を上げて、きしむ。

 

 彼の放った光の膜にその塊が触れると、そこから幾重にも折り重なった光の筋が放出される。

 

 激しい力のぶつかり合いに、世界中の空気が轟音をあげて震えた。荒ぶる風が容赦なく叩き付け、体を引き裂かんばかりの引力が四方から襲い掛かる――!

 

「――くぅっ…!」

 

 四肢が引きちぎれるような激痛を感じる。ほんの少しでも気を抜いたら最後、意識を失いかねない。。

 

 

「………っ……う?」

 

 

 やがてそれは、始まった時と同様、唐突に終わりを告げた。

 

「終わっ……た?」

 

 視界が、ゆっくりと戻っていく。

 

 体中に激痛を覚えながらも、レレイは周囲を確認した。狭間中将に菅原、テュカ、ロウリィ――全員、息はあるようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「……もう大丈夫、みんな起き――」

 

 仲間に声をかけようとしたレレイの言葉は――途中で、途切れしまう。

 

「あ………」

 

 言葉を失う。紺碧の瞳はレンズのように引き絞られてたまま、ある一点を見つめていた。

 

 アルヌス駐屯地、その中央部には“門”がある。しかし今、そこにあるのは……。

 

 

 ――虚無。

 

 

 完全なる『無』がそこに広がっていた。

 

 

 ほんの数分前には、『基地の半分があった』場所に。外壁とその周辺施設の一部だけを残して、まるでごっそりと抜き取られたように、基地の中央部が消え去っていた。

 

 

「………なに……これ」

 

 起き上がったテュカたちも同じ光景を捉えていた。虚無、すなわち基地が跡形もなく消え去った後に残されたクレーターを。

        

        




 皇帝「ゲートって帝国の魔法使いが魔術で固定したんだよね?だったら魔術で解除すればよくね?」

 なお、正規の手順ではなく無理やり封じたから時空のゆがみが生じた模様。

 ゲートを固定している魔法を「解除」したというより「ぶっ壊した」に近いです。


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エピソード25:失われたもの

“門”の先で遠征軍が壊滅してからというもの、帝国はその原因解明と敵の調査に心血を注いでいた。

 

 まず最初に行ったのは、徹底的な情報収集だ。己を知り、敵を知れば百戦危うからず――異世界の偉人の言葉だが、皇帝モルトもまた経験的にその事をよく理解していた。

 

 遠征の敗残兵、異世界で得た敵の捕虜と武器、その他諸々の情報を集めて皇帝の出した答えは「異世界の軍には勝てない」という身も蓋もない結論だった。

 

 

 しかしモルト皇帝は諦めない。次善の策として「負けない」方法を模索する。

 

 

 そして学都ロンデルで徹底的に調べさせたところ、“門”が出来た経緯についての記述を発見した。

 

 それによれば“門”は殆ど偶然に等しい産物で、かつて開かれた“門”は固定されず一定の期間で自然に閉じていたらしい。それが現在のようにアルヌスの神殿に固定されたのは、古の帝国魔導士が特殊な固定化の魔法を使ってからだという。

 

 であれば、ここに一つの仮説が成立する。

 

 

 ――古の帝国魔導士がかけた固定の魔法さえ解除すれば、不安定化した“門”は使用不能になるのではないか?

 

 

 学都ロンデルの賢者たちに分析させたところ、その可能性は充分にあるとの事だった。

 

 そうと決まれば動きは早い。合議制にはないスピード感は、専制政治の得意とする所である。さっそく皇帝は固定魔法の解除を指示した。

 

 しかし問題がひとつある。それはアルヌスは自衛隊の手の内にあり、ノコノコ現場まで出向くわけにもいかないという事だ。

 

 

 何日にもわたる協議の末、魔術師たちは別の方法を考え出した。すなわち、もっと強力な魔法による破壊である。敵に河を渡らせたくなければ、橋を塞ぐより橋ごと壊してしまえという理屈だ。

 

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、アルペジオの研究していた鉱物魔法である。鉱物魔法は本来、鉱物を触媒にすることで魔法の発動に関する時間やコストを下げることを目的としていた。

 

 これを応用して鉱物に膨大な魔力を込め、それを持った工作員を難民に紛れてアルヌスに送り込ませた後、魔術を使った遠隔操作で一気に起動させるのだ。いわば魔法を使ったリモコン爆弾。

 

 放たれた膨大な魔力は“門”を固定している魔法と衝突し、化学変化よろしく状態変化を引き起こす。そうなれば『門』は再び不安定な状態になり、存在はしていても通行は出来なくなる――。

 

 

 かくして、帝国は“門”を封鎖した。自衛隊という“異物”をとりこんだ歪みの原因は排除され、特地はかつての秩序を取り戻しつつある……。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 昼下がりの午後、伊丹はハッとして目を開けた。連日の疲れが溜まったせいか、休憩中についウトウトしたまま眠ってしまったらしい。

 

 そうというのも、基地が復興作業に追われているからだ。帝都から命からがら逃げれてホッと一息ついたのも束の間、すぐに瓦礫の撤去やら死者の埋葬やらの仕事が待っていた。

 

(人手が足りないってのは分かるが、それにしても働かせ過ぎだろ……)

 

 広場の方を見ると、まばらに人々が集まっているのが見える。

 

 

 困難な時期なだけに、もはや人種や宗教、階級などにこだわっている場合ではない。皆で苦楽を共にし、同じ目標に向かって一致団結――。

 

 

 

 などという、心温まるエピソードは此処にはない。

 

 

 代わって、アルヌスを支配していたのは不信感と猜疑心である。避難民を利用した帝国のテロ行為は、爆発と共に「信頼」という概念をも消し去っていた。

 

 今や誰が帝国の工作員か分からない。本人の意志とは無関係に利用されている可能性だってある。避難民はもとより、自衛隊員の中にだって裏切り者がいるかもしれない。

 

 理由ならいくらでも思い付く。捕虜にされている間に洗脳された、部下を人質にとられた、工作員のハニートラップに引っかかっている、金で買収された、同僚は全滅したのに不思議と一人だけ生き残ってる……など様々だ。

 

 

 こうした事態に対処すべく、狭間陸将は警務科による監視の強化を決定。その業務を円滑に進めるために様々な「特例」が認められ、かつての特高警察さながらの大活躍を見せていた。

 

 

 **

 

 

「――はい、どうぞ」

 

 不意に背後から声を掛けられ、伊丹が振り返ると獣人の女の子が立っていた。手には配給所で配っているであろう、豆のスープが2皿ある。

 

「もう昼ご飯の時間ですよ。これは貴方のぶん」

 

「ど、どうも」

 

 彼女が立ち去るのをぼーっと見送った後、伊丹は手元の皿に目を向ける。なんだか昨日より色が薄くなったような気がするが、敢えて気にしないことにした。

 

(せっかくの昼食なんだ。戦場での数少ない娯楽ぐらい、無理してでも楽しまなきゃな)

 

 隣でスープを啜っていた戦車兵が突然お腹を抱えて倒れるまで、伊丹は何の危機感も感じていなかった。

 

「おいっ!大丈夫か!?」

 

 伊丹は息を飲み、慌てて駆け寄った。さっきまで泡を吹いて苦しんでいたが、すでに動きは止まっている。

 

「死んでる……まさか毒をもられたんじゃ」

 

 嫌な予感はすぐに的中した。改めて男性の口元とスープの匂いを嗅ぐと、毒物・劇物取り扱い研修で嗅いだことのある異臭が漂う。

 

「どうしたんだ?」

 

「おい、これ死んでるんじゃ……」

 

 騒ぎを聞きつけた人たちがわらわらと集まってくる。死因が毒によるものであると判明すると、瞬く間に恐怖は群集に伝染していった。

 

「誰かが毒を配給食に盛ったんだ! 工作員がいるぞ!」

 

「怪しい奴を見つけたら片っ端から捕まえるんだ!じゃないと皆殺される!」

 

 これが帝国の作戦だとすれば、大成功だったと言うべきだろう。パニックに襲われた人々は我を忘れ、鼠の群れを思わせる暴走を始めていた。

 

「いった誰が毒を盛ったんだ?」

 

「避難民に決まってる! あいつらの中の工作員がいるに違いない!」

 

「だが、配給食を作ってるのは補給科の自衛官だぞ?」

 

「自衛隊の中にも裏切り者がいるのか……?」

 

「ありえない話じゃないな。買収、脅迫、ハニートラップ……ひょっとしたら帝都攻略時あたりで捕虜になった自衛官が洗脳されて送り込まれているのかも」

 

 

 まるで中世の魔女狩りさながらの光景を見て、伊丹は不味いと感じていた。

 

(このまま相互不信が増大していけば、帝国が手を下さずとも俺たちは自滅する……)

 

 今回の事件が引き起こした物理的損害は対して問題ではない。死んだ戦車兵には申し訳ないが、所詮は一人の人間が死んだだけである。明日には再発防止の対策が打たれ、いずれ犯人も逮捕されるはず。

 

 問題は、それが引き起こす際限のない猜疑心の方だ。

 

 恐怖という名のウィルスは、人々の心を媒介として驚くべき速度でアルヌス中に感染していくだろう。今やアルヌス中が病に侵されつつある。相互不信病を発症したアルヌス基地は機能不全に陥り、最後には死に至るかも知れない。

 

 すでに危うい兆候は見え始めている。

 

 狭間陸将は警務科を秘密警察のごとく扱い、アルヌス基地では監視と密告が奨励されつつあった。そうした極度の緊張状態が行き着く先には破滅が待っている。

 

 かつて内戦で疲弊し、諸外国から孤立し、「外国の工作員」に怯えて大規模な粛清を行った国があった。

 

 今の伊丹たちの状況はそれと酷似している。帝国の策略によって基地は壊滅し、周囲をすべて敵に囲まれ、工作員の恐怖が全員を相互不信に陥れている。 

 

(陳腐な言い方だが、今の俺たちには希望が必要だ……)

 

 絶望的な状況は、人を悲観的にする。『門』を封鎖されたことで、自衛隊は一気に不利な状況になってしまった。

 

(何とかして『門』を開く方法が見つかれば……)

 

 自衛隊はかつての自信を取り戻す。この負のサイクルから脱する事も出来るだろう。

 

 

 伊丹の視線は自然とクレーターへと向けられた。そこでは、レレイが不眠不休で『門』封鎖の原因を解明しているはず。

 

 彼女が原因を解き明かせるかどうかで、今後の命運が決まる。伊丹に出来る事といえば、レレイが一刻も早く原因を突きとめられるよう祈る事ぐらいだった。

   




ゾルザル「オプリーチニキーwww」

狭間陸将「おっ、うちでもやるか」




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エピソード26:帝国の逆襲

   

 ゲート封鎖から3週間後……。

 

 

 帝国第3皇女ピニャ・コ・ラーダは再び馬上の人となっていた。場所はアルヌスから200kmの地点――隷下の士気を上げるために、彼女はあえて前線まで自身の足で進んでいた。

 

「申し上げます! 現在、我が軍は7つの方向からアルヌスへ進軍中!」

 

 報告するのは、軍団長へと昇格したハミルトン。イタリカ、帝都の2つの攻防戦をくぐり抜けた彼女も主君同様、もはやかつてのような未熟さは残っていない。

 

「敵の動きは?」

 

「ありません。恐らく敵は戦力分散の愚を避け、アルヌスで我が軍を食い止めるつもりでしょう」

 

 ハミルトンが誇らしげに報告する。自衛隊に対する帝国の反撃――つい2週間前までは、考えられなかった状況だ。

 

 これも全て魔術師たちのおかげだ、とピニャが考えていた。

 

「欲を言えば、もう一発か二発やって欲しかったものだが」

 

 現在、カトーやアルペジオをはじめとする魔術師たちのほとんどは帝都で療養している。あの一撃でかなりの魔力を使い果たしており、しばらくは絶対安静とのことだった。

 

「今回の一件で、廃れつつあった魔法に再び脚光が浴びせられています。今後は魔術師が戦を左右するようになるかも知れません」

 

「我らが手も足もでなかった自衛隊を、一瞬で壊滅させた力だ。父上でなくとも、手元に置きたがるだろう」

 

 魔術師の価値はそれだけではない。一旦は『門』を封鎖したとはいえ、まだまだ『門』には未知の部分が多い。今は閉じているというだけで、ふとしたきっかけで再び開いてもおかしくない

 

 

 だからこそ、帝国は『門』が閉じている内に決着をつけるつもりであった。

 

 

 また、自衛隊の持つ技術や兵器が拡散するのも避けたかった。万が一にでも帝国に反感を持つ部族に渡ったり、生き残りの自衛隊員が反帝国的な属国に傭兵として雇われたら最悪だ。

 

 

「しかし依然、アルヌスには自衛隊が立て籠もっています。防御機能は大きく損なわれたものの、それでも攻略で大きな損害が出る事は避けられないでしょう」

 

 厳しい表情で告げるハミルトン。かつて10万もの諸王国連合軍が一夜にして壊滅した経験を顧みれば、3倍の兵でも少なすぎるぐらいだ。

 

「問題はこれから、という事か」

 

 ピニャは作戦図を広げて呟いた。

 

「はい。現在、我が軍は3方向からアルヌスを包囲するように進軍しております。エルベ方面からは第2皇子ディアボ殿下と諸藩王率いる南部軍方面11万、海路からはゾルザル殿下の中央方面軍8万が、そしてイタリカ方面からは我ら6万の北部方面軍が進撃しています。また、帝都では陛下が3万の帝都警備隊と共に守りを固めています」

 

 長きにわたる帝国の歴史をもってしても、これほどの大軍が動員されたのは初めての事だろう。もし再び自衛隊に負けるような事があれば、帝国は二度と再起できまい。それだけの決意と覚悟を示す数字であった。

 

 

「ひとまずは、この大軍が“進軍できている”事を神に感謝しよう」

 

 帝国はこの史上最大の作戦を開始するにあたって、兵役の割り当てや動員・兵糧の輸送などの綿密な計画を立てた。

 

 焦土作戦によって時間を稼いでいる間、帝都にある工房では鍛冶職人が24時間体制で武器を量産。さらに貴族の称号や官位と引き換えに帝国中の商会から軍事費を調達をするという、財政面でも万全の態勢で臨んだ。

 

「ハミルトン、部隊の規律はどうなっている?」

 

 しかし大軍には大軍の悩みがある。その1つが軍紀であり、数が多ければそれだけ軍紀違反も増える傾向にあった。

 

「はっ、今のところ問題はありません。稀に脱走や略奪を働く者もおりますが、そういった者は『オプリーチニキ』によって厳しく処罰されています」

 

 ハミルトンの返事に、ピニャは満足そうに頷いた。

 

 『オプリーチニキ』とは、皇太子ゾルザルによって新設された警察機関の通称で、正式名を『帝権擁護委員部』という。いわば憲兵と政治警察を足したようなもので、軍紀と秩序の維持に大きな役割を果たしていた。

 

 彼女は軍紀をことのほか厳しくしている。

 

 ベテラン兵士ならば一定の自由を与える事で戦術の柔軟性が増す効果があるが、徴用されたばかりの素人兵に自由は禁物だ。兵士は敵よりも自らの指揮官を恐れなければならない。

 

 ピニャは勝手な振る舞いに及んだ者、命令を無視した者などは見せしめに容赦なく処刑するよう命じていた。

 

「よし。くれぐれも抜かるなよ。古参兵はともかくとして、主力の新兵は難民か徴募兵がほとんどだからな」

 

 ゲートへの遠征で正規軍の6割を喪失した帝国軍だったが、その直後から速やかに再軍備は進められていた。

 

 古参兵の補充には時間がかかることから、足りない「質」は「量」で補うとされ、難民や農民が兵士として急きょ集められた。

 

 一方で古参の兵士を下士官に昇格させ、その下に徴兵でかき集めた新兵を振り分けた事で、短期間の内に帝国は30万を超す大軍を統率することが出来たのだ。

 

 

 だが、それだけの大部隊をもってしてもピニャの内心には不安が残っていた。あと10万は欲しいというのが本音である。

 

「父上はかつて妾に、こう言われた。攻勢時には敵の兵力の2倍か3倍、城攻めの時は5倍から6倍の兵力を集め、包囲網を完成させたのち、四方から昼夜問わず攻め立てて殲滅すべし、と。また、準備を整え、勝てるという確信を持つまで作戦を始めてはならない、とも」

 

 

 ――やつらには、我々には想像もつかないような最新兵器がある。こちらの数倍の火力と機動力がある。我々が唯一勝っているのは、兵数だけだ。

 対抗手段が人命を代価とする人海戦術だけというのは何と情けない話だろうか。

 

 

 

 加えて、補給も頭の痛い問題だった。

 

 準備は充分だが、万全には程遠い。ピニャたちは兵士に食料をできるだけ持たせ、短期決戦でアルヌスを落とすつもりであった。それが得意なのではなく、そうせざるを得なかったのだ。

 

 ピニャは食事中の兵士を見やる。彼らが食べているのは、食料は麦とトウモロコシを煎って粉にしたもの。これを熱湯に溶いて粥状にしたものを啜って食べる。ほかに小瓶一本の大豆油、ひとつまみの塩。

 

 これは帝国の補給体制が万全から程遠いことを意味する。大軍の動員こそ達成できたものの、それを長期間維持できる兵站を作る時間までは無かった。

 

 帝国もまた、自衛隊と同様に限られた手札でやりくりするしかない。

 

 

「陛下は此度の決戦に、帝国の命運を賭けておられる。たとえ相手がどれほど強大であろうと、打ち破る他に我らが生き残る術は無い」

 

 運命は残酷だ。時として誰にも想像できぬ試練を突如として与える。永遠だと思われた帝国の覇権は、一夜にして砂上の楼閣となった。

 

 だが、帝国にも意地と矜持がある。戦わずして衰退を受け入れるなど、そんな選択肢は端から無い。

 

 帝国には幾つもの歪みがあるが、少なくとも臆病者ではない。その点だけは他国に誇れる、帝国の美点だとピニャは思っていた。

 

「我らに敗北は許されない。不退転の決意と、必勝の信念をもってかかれ!」

 

 いざ、祖国のために。叫び、抗い、そして戦おう。心臓がその鼓動を止めるまで――。

 

 

「帝国の興廃は、この一戦にあり!!!」

 

 




 ピニャ「戦は数だよ兄貴!」
 ゾルザル「お、おう……」


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エピソード27:アルヌス軍

          

 狭間陸将が各部隊長に召集を命じたのは、午後3時だった。

 

 

「諸君も知っての通り、帝国の大部隊がこのアルヌス駐屯地へ向かっている。早ければ明後日にも敵の先遣隊が到着する見込みだ」

 

 

 帝国軍、という言葉を聞いた瞬間、ざわめきが小波のように生じる。

 

(やっぱり、そう来るよな……)

 

 伊丹は半ば驚愕、半ば予想通りといった表情で頷いた。

 

(『門』の封鎖で俺たちは戦力の半数以上を喪失……帝国軍から見ればこれ以上ないほど絶好のチャンスだ)

 

 

 続いて狭間陸将は地図を広げ、帝国軍の戦力についての説明に移った。

 

「各地から召集された帝国軍だが、複数の方向から我々を包囲するように進んでいる。恐らく30万は下らないだろう。敵は更に後方から予備兵力を動員することも可能と予測されている」

 

 「恐らく」とか「だろう」といった頼りない言葉が、現在の自衛隊の苦境を如実に表していた。『門』は消失する際に航空基地をごっそりと飲み込んでおり、今の自衛隊は航空戦力を完全に喪失している。

 

 辛うじてヘリコプターが残っているのが不幸中の幸いともいえるが、帝国軍は念には念を入れて可能な限り分散しながら夜間に森林・山間部を進軍している。残り少ない燃料と弾薬のことを考慮すれば、迂闊な威力偵察はできなかった。

 

「対して、我々の戦力は連日の戦闘で激減している。『門』の消失で当初の戦力の半数を失い、基地機能もほぼ壊滅。加えて“門”の閉鎖に伴い、燃料と弾薬もかなりが不足している。もちろん追加の補給はない」

 

 

 狭間陸将の話では、深刻なのは兵員よりも補給の方なのだという。

 

 もともとアルヌス基地の備蓄は多くない。銀座事件からさほど時間を置かず電撃的に乗り込んだ手腕は流石というべきだが、防衛予算はそう簡単に拡大できるものではない。

 

 結果、最低限必要な量だけをアルヌスに備蓄し、残りは必要に応じて本国から搬送する「ジャスト・イン・タイム」方式が採用された。日本を代表する大企業で採用された効率的な方法で、懸念されたリスクも「中世レベルの敵軍など恐れるに足らず」との楽観論に押し切られた。

 

(まぁ、初期の戦闘でノーダメージのまま10万もの敵を一方的に殲滅できれば、慢心するのも仕方ないといえば仕方ないんだが……)

 

 今となっては後の祭りである。慢心ダメ、絶対。

 

 

「それから、現状で我々が使用可能な装備は以下の通りだ」

 

 

ヘリコプター

 AH-1S対戦車ヘリコプター×2

 UH-60JA多用途ヘリコプター×3

 CH-47JA大型輸送ヘリコプター×2

 UH-1J多用途ヘリ×2

 OH-1観測ヘリコプター ×2

 

戦闘車両および重火器

 74式戦車×3

 60式装甲車×1

 73式装甲車×1

 96式装輪装甲車×3

 89式装甲戦闘車×2

 75式自走155mm榴弾砲×1

 M42自走高射機関砲×1

 高機動車+120mm迫撃砲 RT×1

 60mm迫撃砲M2×3

 

支援車両

 78式戦車回収車×1

 87式偵察警戒車×2

 96式装輪装甲車改(内部を医療用に改造しており車体後部に赤十字マーク)×1

 軽装甲機動車×2

 82式指揮通信車×1

 高機動車×4

 偵察用オートバイ×3

 73式大型トラック 4台

 73式中型トラック 4台

 73式小型トラック 6台

 

 それなり、という程度には充足した戦力だった。補給の見込みがない以上、追加の装備があっても邪魔になるだけだし、戦車やヘリなどは操縦できる人間が限られている。

 

(普通に考えれば、戦力が少ない俺たちは防御に徹するのがセオリーだ。でも、ただ守ってるだけじゃジリ貧にしかならない……)

 

 やはり、追加の補給が受けられない事が最大のネックとなっていた。

 

 弾と燃料が限られているため、どうしても節約しながら戦わなければならない。それは戦術上の自由度を狭めることにもなるし、持久戦になればなるほど不利になる。

 

 

 だが、狭間陸将が伝えた作戦は伊丹の予想を上回るものだった。

 

「作戦を伝える――我々は保有する全てのヘリコプター、および車両の半数を帝都に投入し、“一撃”で勝負を決める。残存部隊はその間、ここアルヌス駐屯地で防御に徹する」

 

 一瞬、その場にいた全員の思考が停止した。

 

(は……?)

 

 ただ一度の決戦に全てを賭けるなど、愚策以外の何物でもない。思わず数人の将官が反論しようとするが、狭間陸将は片手でそれを制した。

 

「勝算はある。いや、むしろ我々が勝つにはこうするしかないのだ」

 

 まだ困惑の表情を浮かべる部下をぐるりと見回した後、陸将は指をパチンと鳴らした。それが合図だったのか、扉をノックする音と共に一人の少女が入室してくる。

 

 青い髪と杖を持った少女――その日本人離れした容姿から、特地の難民であることは間違いない。「お前らのせいで」と思わず何人かが八つ当たりしかけるが、警務官に抑えられる。

 

 狭間陸将は彼女に檀上に立つよう促し、全員に説明した。

 

 

「彼女の名はレレイ。――かつて帝国軍に協力し、この“門”閉鎖の研究をしていた一人だ」

 

 

 なっ、と衝撃を受ける隊員たち。対してレレイは落ち着き払った状態で、淡々と説明を始めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 はじめは不審の目で彼女を見ていた自衛官たちも、説明が進むにつれて徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

 『門』は冥王ハーディが作ったものであること、異世界同士をつなぐ『点』でしかない『門』は魔法によってアルヌスに固定されていたこと、帝国はその固定を解除して“門”を不安定な状態にしたこと――。

 

「……じゃあ、『門』自体は残ってるって事か?」

 

 どうやら話を聞く限り、『門』は「消えた」のではなく、「使用不能」になっているだけらしい。『門』というトンネルが、魔法という一時的な土砂崩れによって通行止めになっているようなものだという。

 

「待てよ、その説明だと、また魔法で『門』を固定すれば元通りなんじゃ……」

 

 こくん、と頷くレレイ。

 

 

「それなりの魔法使いを何人か集めれば、また『門』を固定することができる」

 

 

 レレイがそう言うと、周囲の自衛官から「おお」とどよめきの声が漏れた。日本に戻れる方法があることに、安堵したようだった。

 

「方法そのものは難しくない。高位の魔法使いをアルヌスに集めて、もう一度固定化の魔法をかければいい」

 

「でも魔法使いたちは、皆……」

 

 言いかけて、伊丹ははっとした。狭間陸将は頷き、全員の方を向く。

 

 

「その通りだ。魔術師たちは皆、帝都に集められている。我々の任務は彼らを救出し、再び門を開かせることだ」

 

 

 だからこその攻勢なのだ、と狭間陸将は厳かに告げた。

 

(そういう事か……)

 

 それなら先ほどの無茶な作戦にも納得がいく。魔術師たちさえ確保すれば、後は拷問でも何でもして無理やりにでも協力させる。『門』が開きさえすれば、増援部隊がやってくるはずだ。

 

(とはいえ、これってギャンブルだよな……)

 

 懸念が胸に渦巻く。ただでさえ少ない戦力で、戦略上の愚策とされる二正面作戦を行うのだ。

 

 だが、陸将の作戦が間違っているとも思えなかった。『門』を再び開かなければ、いずれは帝国軍によって殲滅されてしまうだろう。

 

「でも、これっぽっちの戦力で本当に足りるのか……?」

 

 ぽつり、と伊丹が呟く。

 

 しまった、と慌てて口を押えた時には既に時遅し――全員の表情が曇っていた。狭間陸将でさえ例外ではない。彼も本心では、この作戦が成功するか半信半疑なのだろう。

 

「俺たちには守るべき民がいる」

 

 無言のままの柳田と、表情をこわばらせる檜垣と、そして視線を伏せたままの菅原――だが、レレイだけは表情が違った。

 

 強い意志を秘めた瞳で伊丹を見つめ、レレイは決然と言い放った。

 

 

「守るべき民など、いない」

 

 

 さらに一瞬後、扉が勢いよく開かれる。自衛官たちが止める間もなかった。

 

 入ってきたのは、ロゥリィにホドリュー、コダ村の村長に、他にも見知った顔、顔、顔――。

 

 

「みんな……どうして此処に!?」

 

 戸惑う伊丹に、真っ先に声をかけたのはテュカだった。

 

 

「私たちも戦う!」

 

 

 勇ましいテュカの発言に、他の人々も「そうだそうだ」と続く。

 

 

「自衛隊にはこれまで助けてもらったんだ。ここらで恩返ししないとな」

 

「もうアルヌスは俺の家も同然だ。他人が攻め込んでくるようなら俺は死んでも守るぞ」

 

「どっちにしろ帝国は許せねぇ。ぶっ殺してやる!」

 

 

 口々に騒ぎ立てる難民たち。どうやら本気で言っているらしい。

 

 

「正気か? 君たちは民間人だぞ?」

 

「昨日までは。でも、今日からは違う」

 

 

 そう言い返されると、もう反論のしようがなかった。

 

 伊丹が狭間陸将の方を振り返ると、陸将も「好きにさせとけ」といった形で肩をすくめる。もっとも、心なしかその頬が緩んではいたが。

 

 

 もっとも、問題がないわけではない。

 

 そう、彼らには武器がない。戦おうという意思だけでは、精神論では勝てないのだ。もっと物理的な武器が必要だ。

 

 そんな伊丹の内心を悟ったかのように、ロゥリィがにやりと笑う。

 

「あら、武器なら沢山あるわよぉ」

 

 そういってロゥリィの見つめた方角には――。

 

「っ……そういう事か!」

 

 駐屯地からやや外れた場所にある、ゴミ捨て場……その一角にある『不燃ゴミ』の廃棄場には、アルヌス攻防戦の時に放棄された諸王国連合軍の武器が山と積まれていた――。

 




伊丹「正気か? 君たちは民間人だぞ?」

テュカ「昨日までは」


この辺のベタ展開は頭を空っぽにして読むことを推奨します。


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反撃編
エピソード28:アルヌス攻防戦


  

平野を埋め尽くす6万の軍勢は、まさに壮観の一言だった。

 

 古代ローマを彷彿とさせる板金鎧(ロリカ・セグメンタタ)は照りつける陽光を反射し、金属同士がぶつかり合う音は聞く者を圧倒する。大軍勢を誇張するように打ち鳴らされる太鼓の音は、鬨の声と重なって大気をびりびりと震わせていた。

 

 その前に立ちふさがるは、難攻不落のアルヌス要塞――。

 

 

 いや、要塞というには多少の語弊があるだろう。かつてアルヌスで威容を誇っていた駐屯地、通称:六稜郭はその大半が瓦礫の山へと変化している。

 

 しかし難民たちの協力によって、かろうじて陣地と呼べるまでは回復していた。

 

 不眠不休で野戦陣地構築に勤しみ、強靭な防衛線が同心円状に配置されている。塹壕や瓦礫を積み上げた堡塁、偽装された蛸壺……それらがアルヌスの防衛で果たした役割は小さくなかった事を、まもなく帝国軍は思い知ることになる――。

 

 

「第8軍団、前進!」

 

 

 ぎらぎらと照り付ける太陽の光を浴びながら、蟻の大軍にも見えるほど大勢の兵士たちが攻撃準備に取り掛かった。前面に盾を構え、隊列を揃えたまま要塞に向かって進み始める。

 

 

 彼らの後ろではオナゲル、カタパルト、マンゴネル、トレビュシェットといった攻城兵器が、一斉に支援砲撃を開始していた。600を超す投石器から放たれた鉄球は、アルヌスへと吸い込まれていく。

 

 射程は最大で300メートルほどと短いが、こちらも林や丘陵地の窪地に隠れて間接射撃を打ち込むことで可能な限り接近している。

 

「修正急げ! 敵の弱点に投石を集中せよ!」

 

 自衛隊からの反撃は無い。帝国軍をそれをいいことに、目標の中でもっとも弱体であると判断した堡塁へ集中砲火を打ち込む。

 投石の命中と共に土煙が舞い、空に補強用の板やら鉄板やらが放り上げられる。慌てて退避する自衛官や難民兵の姿も確認できた。

 

「よぉーし! 軍団兵、前進ッ!」

 

 軍団長はその結果に満足し、投石を継続すると共に彼の率いる全ての歩兵に移動を命じた。

 

 現代風に言えば、移動弾幕射撃だ。投石によって敵の反撃を抑え込みながら、味方歩兵を安全に前進させるための戦術。

 

 帝国重装歩兵の隊列は前進を続け、要塞との距離はみるみるうちに詰まっていく。筆頭百人隊長は隊列の戦闘に立ち、下位の百人隊長たちは陣形を維持するために兵士を叱咤激励し続ける。

 

 相変わらず要塞からの反撃は無い。帝国軍はこれ幸いとばかりに、100メートルほどの地点で雄叫びをあげ、一斉に突撃を開始した。

 

 

 これまで沈黙していた敵が、反撃を開始したのはその瞬間だった。

 

 

 塹壕内部に設置された迫撃砲が唸り、歩兵の肩に据えられたロケット弾が高速で飛翔する。それは帝国軍の最前列にたどり着くと、一瞬のうちに数百名が命を金属片と共に飛び散らせた。

 

「怯むな! 退けば末代までの恥と思え!」

 

 しかし帝国軍は引かない。彼らは出撃前に興奮作用のある麻薬を服用しており、痛みと恐怖の感覚を鈍らせている。砲弾を浴びつつも、彼らは目標に向かって突進した。

 

(下手に引くと、敵に背中を見せることになる。そちらの方がかえって危険だ……)

 

 帝国軍は蛮族との戦闘から、経験的に「前方へ撤退」することが結果的にもっとも安全だと知っていた。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 

 次の瞬間――突撃銃、分隊支援火器から重機関銃に至るすべての火器が一斉に火を噴いた。彼らは、自衛隊の設置したキルゾーンへ知らず知らずのうちに足を踏み入れてしまった。

 

 殺戮地帯(キルゾーン)はその名に恥じぬよう、誰一人活かして返さぬよう命を奪っていく。避けることの出来ない鉄の嵐が突進した帝国兵へと叩きつけられ、無数の人生が連続して途切れていった。

 

「あ……ぁ………」

 

 嵐の後に残されたのは、呻き声と血の香り。、地面には、打ち砕かれた盾、折れた槍に、砕けた剣。華麗な鎧はガラクタとなり、かつて生物であった肉体は畜生の餌となっている。

 

「ひぃ……ッ」

 

 負け戦になると、人間の本性が現れる。新規に徴募された兵士が武器を捨てて逃げ出す一方で、歴戦の熟練兵は突撃を継続する。

 

 彼らは目の前に迫った自分の死を知りつつも、決して退こうとはしなかった。長きにわたる苛烈な訓練の日、その中で作り上げられた連帯感という狂気が兵士たちを包む。

 

 一人は皆のために、皆は一人のために。彼らは誰一人として見捨てず、誰一人として見捨てられることを許されず、死に向かって突撃していく――。

 

 

 ** 

 

 

「被害は」

 

 無数の阻止砲火によって事実上壊滅し、壊走同然の醜態を晒して退却する自軍の様子を、ピニャは苦々しい表情で見つめていた。

 

「3000人ほどかと。得られた結果は、敵が未だ侮りがたい火力を有しているという情報のみです」

 

 部下のハミルトンが応じると、ピニャは「はぁ」と大きくため息を吐いた。疲労の色が濃い顔をしかめる。日焼けした顔にしわが刻まれ、心なしか増えたかのようだ。

 

 イタリカでの戦闘を経た結果、ピニャは自衛隊の戦い方について最も詳しい帝国軍人の一人となっていた。

 

 

 曰く、自衛隊は機械の軍隊であり、その技術力は想像を絶するものであること。

 

 機動力は抜群であり、辺境の騎馬民族をも凌駕する速度と輸送能力を有すること。

 

 火力は絶大で、ひとたび集中運用されれば帝国軍のいかなる部隊をもってしても到底阻止できないこと。

 

 そしてピニャはこの日、さらに新しい教訓を得た。自衛隊の火力は、衰えたとはいえ使いようによっては帝国軍を打ち破れる力を残している。

 

(手も足も出ない、とはよく言ったものだ。敵の圧倒的な力を前に、我々は肉弾で応ずるしかない……なんと情けない話だろうか)

 

 これまでの戦闘に比べて、二桁も戦死者が多い。もちろん勝利の判定は人的損失ではなく目的達成の如何であるから、死者の数それ自体が問題視される事はないだろう。

 

(だが、対して役に立たぬ兵であろうと妻子がいるのだ……)

 

 ピニャは膨大な数の戦死者を脳裏から追い出すことが出来ず、心中で彼らの家族に詫びる。もっとも、だからといって戦いを止めるという選択肢はない。

 

 死者に報いるためには、更なる死者を出そうとも勝利するしかないのだ。

 

 

 ◇

 

 

「ハミルトン、生還した兵を集めろ。見舞いを行う」

 

 ピニャの発言に、ハミルトンは顔をしかめた。医者でもない人間が見舞いに行ったところで、何かの役に立つわけではない。

 

「そんな顔をするな。異世界の軍ならいざ知らず、帝国がある限り我ら皇族は必ず陣頭に立つ。兵士の背中に隠れて安全な御殿から戦いを指揮することはないのだ」

 

 

 もっとも、ピニャの発言は勇ましいヒロイズム、ノブレス・オブリージュから来るものだけではない。彼女はそうすることが、軍事的に有効であることを熟知していた。

 

 伝統に支えられた皇族への敬意は、まったく不合理だがそれゆえに使い方次第では強力な武器となる。かくいう伊丹たちだって、もし今この場で天皇陛下から直々に労ってもらうようなことがあれば、瞬く間に士気も回復するに違いなかった。

 

「それに、私だって兵士に薄めたアヘンを呑ませるぐらいの事はできる」

 

 現代人からつれば物騒な台詞だが、ピニャは皇族であって麻薬の売人ではない。古代の様々な王朝と同じく、帝国でもアヘンは薬として扱われていた。

 

 

 もともと、徴募兵が数の上で主力を占める帝国軍の士気は低い。その上、自衛隊の銃が作る銃創は刀や槍の切り傷より治りづらいと来れば、士気の低下は免れないはず。

 

 だからこそ、怪我をしても味方が見捨てることはないというアピールが重要になる。軍の一体感を維持し、指揮統制をより強靭なものにするには不可欠なのだ。

 

 そのため、ピニャの軍団は怪我をした兵士に治療を施すことを義務づけていた。

 

「殿下みずからですか? それは危険です」

 

 ハミルトンが反射的に応じる。

 

「心配ない。今の戦いでもう一つ、分かった事がある」

 

 ピニャは指を一本立てた。

 

「敵は我らの兵をギリギリまで引き付けてから、確実に命中する距離でしか発砲しなかった。つまり敵は弾薬の消耗を恐れている。無駄弾は使わないはずだ」

 

「そこまでおっしゃるのでしたら」

 

 ハミルトンの慧眼に、ハミルトンは一礼した。

 

 その顔には、純粋な敬意が現れていた。

 

  ……姫様は成長なされた。あれだけの戦いで、そこまで見抜くとは。

 

 

 冷静な判断力と、兵への気遣いに、危険をいとわぬ勇敢さ。

 

 ――やはり、この国には皇族が必要だ。

 

 帝国という長く続いた歴史が生み出す、伝統が必要なのだ。

    




コロシアエ―


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エピソード29:24時間戦えますか?

  

 深夜、帝国軍の攻撃は再開された。要塞東部に対して夜襲をかけたのである。

 

 闇の中に太鼓の音が不気味に轟き、万を超える兵士があげる鬨の声が合図だった。

 だが、その目的は奇襲ではない。いわゆる陽動であり、要塞西部への攻撃のための布石であった。

 

 

 自衛隊は要塞を複数の区画に再編成しており、“門”が閉じた時に大きく被害を受けた場所を自衛隊が、それほど被害が大きくない場所を難民兵が担当している。

 

 あえて編成を別にしたのは、指揮統制の観点からだ。戦い方の違う自衛隊と難民兵が一緒に戦っても、却って混乱を大きくするだけだと狭間陸将は考えていた。

 

 

 夜襲の標的となった要塞西部は比較的被害が軽微で、難民兵が主に担当している。“主に”というのは弾薬が足りずに銃ではなく槍や刀で戦う事を強いられた自衛隊員も配置されているからであった。

 

 

「ついてない……どうしてよりによって、こんな時に!」

 

 流れるような動作で弓矢を放ちながら、ヤオ・ハー・デュッシは己の不幸を嘆いていた。

 

 故郷が炎龍に燃やされ、助けを求めるためにアルヌスに着いたのが7日前。しかし聞けば炎龍はイタリカで討ち取られ、「何のために来たんだ……」と肩を落としながら帰郷しようと思った矢先に“門”が閉じて基地は壊滅。

 

 アルヌスに来て日が浅いこともあり、「見ない顔だな。怪しい」と自衛隊の工作員狩りにあって身の潔白が晴れるまで尋問・拘留生活を強いられ、やっとのことで解放されたと思いきや攻城戦に巻き込まれて無理やり徴兵され、現在まで至る……。

 

(なんか泣けてきた……)

 

 そして今回の夜襲である。「ダークエルフなんだから夜目が効くだろ」という理屈で深夜直にされ、見事に空気を読んだ?帝国軍の攻撃を受けているのだ。

 

(きっとこれはハーディ様が私に与えた試練なんだ……うん、きっとそうに違いない)

 

 というより、そう思いたい。じゃなきゃやってられない。

 

 そんなヤオの切なる願いを聞き届けたのか、彼女には更なる試練が与えられる。帝国軍が新手を繰り出してきたのだ。

 

「ちっ! 今度はクロスボウ兵か……みんな伏せろ!」

 

 帝国も芸のない波状攻撃を繰り返すだけではない。射程と命中率に優れるクロスボウ兵を所々に配置し、アルヌス軍の指揮官を狙撃させていた。

 

 いつどこで狙われているとも知れぬ恐怖は、義勇兵たちの士気を確実に奪っていく。元より戦の経験などない義勇兵の戦意はたちどころに失われ、あやうく突破されそうになる場面がいくつもあった。

 

 

 **

 

 

 アルヌスを包囲した帝国軍の作戦は至極簡単だった。

 

 

 ――休まず波状攻撃をかけて敵を疲弊させよ

 

 

 アルヌスは自衛隊の手によって徹底的に要塞化されており、その防御力は10万を誇った諸王国連合軍が一方的に撃破されたことで実証済みだ。その数を大きく減らしたとはいえ、最新装備に身を固めた一騎当千の自衛官たちも未だ多くいる。

 

 正面決戦でアルヌスを陥落させるのは容易ではない事を、ピニャは身をもって理解していた。しかし、それでも彼女は攻撃を強行した。もちろん理由あってのことだ。

 

「我らの目標は敵を疲弊させること。我らにはまだ兄上たちの率いる増援部隊がいるが、敵に増援はない。つまり長く戦い続ければそれだけ、敵は弱体化していく」

 

 

 大軍であることの最大の利点は、休まず戦えること……それをピニャはよく理解していた。

 

 

「確かにジエイタイの装備には恐るべきものがある。だが、結局のところ戦争とは人間と人間との戦いだ」

 

 恐るべきテクノロジーを有しているとはいえ、自衛官もまた人間である。一騎当千の猛者といえども、腹は減るし疲れも溜まる。そこでピニャは彼らを摩耗させるべく、徹底的に『休ませない』作戦に出た。

 

「各軍団は三交代制を組んで、順番に攻撃に当たらせろ。狙いは敵の疲労だ。無理に突破する必要はない。被害を最小限に抑えるよう心がけよ」

 

 

 倒されても倒されても、顔色一つ変えずにピニャは新手を投入した。いくら殺しても湧いて出てくる帝国兵は、あたかも無限の兵力を保有しているかのよう。

 

 終わりの見えない防衛戦が3日も続くと、アルヌスの守備兵はすっかり嫌気がさしてしまった。

 

 ストレスと睡眠不足は表裏一体の関係にある。戦場という究極のストレス環境下に置かれた人間に、追い打ちをかけるように睡眠を妨害すればどうなるか。

 

 

 まず睡眠不足が続くと、脳と体を休めることができない――つまり更にストレスが溜まる状態になってしまう。そうなると今度はストレスが原因で余計に眠れず、さらに睡眠不足に陥ってしまう。

 

 これが慢性的に繰り返されるとなれば、悪循環以外の何物でもない。

 

 こうした症状は目につきにくいが、たとえ相手が素人の義勇兵だろうとベテラン自衛官であろうと平等に発症する。それは静かに体の内部へ浸透し、ゆっくりと、だが確実に心身を蝕んでいく……。

 

 

 **

 

 

 その後2日間にかけて行われた帝国軍の攻撃は執拗、かつ強大であった。アルヌス側の兵力はじわじわと削り取られ、防衛線は至る所で縮小している。

 

 睡魔が全員を襲い始めた早朝、待ちかねたかのように帝国軍が再び突撃してきた。

 

「あいつら、トロルを十何匹もつれているぞ」

 

 目を凝らすと、トロルやオークを先頭に、無数の軍団兵が続くのが見えた。

 

 だが、この頃になると既にアルヌス側は体力を大幅に減じ、抵抗は散発的なものになっている。特に素人を集めただけの義勇兵ではそれが顕著だ。

 

 必然、自衛隊の出番が多くなってくる。

 

「ここが正念場だ! 敵が一歩踏み出したら一発撃て。二歩なら二発、三歩なら三発だ」

 

 自衛隊のあらゆる火器が火を吹いた。連射で息をつく暇もなく、最大限に発揮された火力はアルヌスを轟音と閃光の交差で満たす。機銃が弾幕を張り、装甲車の機関砲がトロルを肉塊へと変える。歩兵は手りゅう弾で敵の動きを止め、アサルトライフルで敵をなぎ倒した。

 

 だが、帝国軍は一歩も引かない。次々に新手を繰り出し、5時間にもわたって延々と波状攻撃を繰り返した。対して自衛隊は機銃による弾幕、地雷、手りゅう弾、装甲車を駆使して敵の攻撃を真正面から粉砕した。

 

 やがて退却ラッパが帝国軍陣地から鳴るころには、帝国兵の累々たる死屍と馬やトロルなどの肉片がアルヌス中に散らばっていた。

 

(ひとまずは勝利だが……なんと消耗の多いことか)

 

 ホドリューの率いる義勇兵は自衛隊が組んだ戦列の左右に布陣している。もし自分たちが敗れれば、自衛隊は両翼包囲されかねない。逆に自衛隊の戦列が崩壊でもしたら、中央突破の形となって今度は自分たちが逆包囲の憂き目に合う。

 

(兵士は疲れ切っている……!)

 

 攻撃は毎日のように繰り返され、多い時には1日で7回もの攻撃を受ける時もあった。敵国軍が力攻めをすればするほど、貴重な弾薬が消費されていく。

 

 特に厄介なのが、トロルやオーガを前線に押し出してきた場合だ。神経の鈍い大型動物は痛みに鈍感で、かなりの銃弾や矢を受けても構わず突進してくる。最終的に止められたとしても弾薬の消耗が激しく、続く無数の帝国軍を撃ち漏らすことが多々あった。

 

 そして一たび接敵して混戦になった場合、義勇兵はおろか自衛隊ですら突破される事も珍しくない。恐怖という感情はすぐに伝播する。押し寄せる無数の敵に誰かがパニックを起こし、それが全体に波及して敗走を始めるのだ。

 

 

 今のところ、自衛隊がカバーすることで何とか凌いでいる。が、裏を返せば自衛隊の負担は増大しているという事だ。

 そして自衛隊とて人間である。この状態が続けばどうなるか、以降の展開は容易に想像できる。

 

 

 だからこそ、ホドリューは兵士を励まし、戦い続けた。

 

(それに、テュカたちも頑張っている……)

 

 こうしている間にも、アルヌス軍の別働隊が帝都に向かっているはず。彼らの存在が切り札だ。すべては、再び“門”を開けるかどうかに掛かっている――。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 アルヌスで攻城戦が行われている間、伊丹たち第3偵察中隊をはじめとする急襲部隊は残った全てのヘリを総動員して帝都へ向かっていた。

 

 帝国軍による索敵を潜り抜け、かつ最速で帝都まで辿り着く――そのためにアルヌスと帝都の間にある山脈を低高度で飛んでいる。

 

 

「――おい、左を見ろ!」

 

 順調に飛行していると思われたさなか、誰かが叫ぶ。言われるがままに視線を左に向けると、山の至る所から何本もの煙が立ち上っていた。

 

「狼煙か……!」

 

 周到に用意された帝国の警戒網に伊丹は舌を巻く。少なくとも、これで帝都の守備隊を奇襲することはできなくなってしまった。

 

 せめてもの救いは、帝国がアルヌスに大軍を向かわせたことで、今さら帝都守備隊の数が増えるわけでもないという事だ。だが、自分たちは敵が待ち伏せしている所に飛び込んでしまう。

 

「なんだか嫌な予感がしてきたよ……」

 

 特地に来て何度目かになる愚痴を、伊丹は言わずにはいられなかった。

    




 おまけ:もし“例のあの人”が特派の司令官だったら……?


柳田「敵の波状攻撃で兵士が疲弊しています!これ以上の長時間戦闘は無理です!」

M.W「無理というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」

柳田「?」

M.W「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」

柳田「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』ですよね?」

M.W「いえ、途中で止めてしまうから無理になるんです」

柳田「?」

M.W「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、 とにかく24時間全力で戦わせる」

柳田「24時間……」

M.W「そうすればその兵士はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」

村上「……んん??」

M.W「無理じゃなかったって事です。実際に24時間戦ったのだから、無理という言葉は嘘だった。その後はもう無理なんて言葉は言わせません」

  
 最終兵器『精神論』、これがあれば24時間365日死ぬまで戦えるぞ!もう人海戦術なんて怖くない!


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エピソード30:『紅き翼』作戦

   

 その報告は、帝国軍にとっては可能性の一つとして既に考えられていたものであり、同時に元老院を凍りつかせるに十分な衝撃をもっていた。」

 

 

「10匹もの飛行機械が帝都に向かっている……!?」

 

 

 護民官の息を飲むような声。警備隊長が緊迫した表情で告げる。

 

「間違いありません。西から狼煙が上がっているのを、この目で確認しました。」

 

 宮殿に衝撃が広がっていく。敵は本拠地であるアルヌスが攻められているという状況で、なおも攻撃をしかけてきたのだ。

 

 

「帝都防衛隊に臨戦態勢を発令。飛竜騎士隊も半数を使って、全力で迎撃するよう命じろ」

 

 

 皇帝は迷いなく命じた。瞳には強い意志が宿っている。

 

「追いつめられた兎は狼を蹴る――我々とて、この状況を想定しなかったわけではない。対策はとってある」

 

 

 皇帝の言葉とおり、帝国軍は自衛隊の一部が機械化部隊による反撃を行うリスクを想定した上で遠征軍を出していた。

 

 帝国軍は自衛隊と違って機動力に乏しく、また原始的な通信手段しかもたない事から部隊間の連携が難しい。であれば大軍をもってアルヌスに攻撃をしかける事で、敵を陣地に縛り付けたほうが各個撃破のリスクを減らせる――それが皇帝の判断だった。

 

 仮に逆襲があったとしても、敵も本拠地の守りをおろそかには出来ないため、それは最小限となるだろう。小人数であれば市街戦に持ち込むことで反撃のチャンスが生まれる。

 

 

(狙うは“門”の復活か……)

 

 いかつい表情で命令を下しながら、皇帝は内心で自衛隊の大胆さに驚きを覚えていた。

 

 並みの指揮官なら、貴重な機械化部隊を防衛線から引き抜いてでも攻撃に回すことにためらいを覚えるだろう。その火力と機動力をもって、まずは目の前の脅威――遠征部隊に打撃を与えてからにするのが常識だ。

 

(だが、これは逆に好機でもある……)

 

 敵が機械化部隊の主力を帝都に向かわせたということは、アルヌスの防御力は低下しているはずだからだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「70mmロケット弾発射筒発射用意――目標は敵側防塔!」

 

 AH-1S対戦車ヘリコプター、愛称コブラのほこる最大火力が、帝都外壁につくられた側防塔に向けられる。

 

 側防塔とは、城壁カーテンウォールから外側に突出した塔状の防衛拠点である。壁面に取り付く敵を狙い撃ちにしたり、高い塔から監視を行ったりと用途は広い。

 

 帝国の側防塔はさらに改良されており、屋上に360度回転可能なバリスタや投石器を備え付けているものさえあった。

 

 しかし、コブラの最高速度は200㎞をゆうに超える。軽々と敵の攻撃を躱しつつ、操縦士はトリガーに指をかけた。

 

「発射!」

 

 一斉に放たれたロケット弾が城壁の各所に着弾し、盛大に爆発が起こった。搭載されていたのは対人・対物用のHE弾頭命中した榴弾は城壁を粉砕するだけでなく、その爆風と破片によって更に被害を増大させる。

 

 炸薬の爆轟によって生じる爆風、つまり衝撃波は時として近くにいる人間を切り裂くことすらあると言われているほど。

 更に炸薬の爆轟によって生じる高圧力は弾殻が破裂させ、その断片を散弾のように周囲へ四散させる。これが人体に命中したときの効果は言うまでもないだろう。

 

 

 対して、帝国軍の反撃は散発的なものとなった。

 

 というより、反撃しようにも射程と威力に差があり過ぎて不可能という状況にある。城塞の各所に雨あられと砲弾が降り注ぐ現状では、下手に反撃するより市街地に逃げて兵力を温存した方がマシ、と判断する守将さえいた。

 

「うろたえるな!秩序を保って後退せよ!」

 

 帝都東門を守るキケロ卿も、早い段階で対空防御を諦めた者の一人であった。先の帝都攻防戦にも参加していた彼は自衛隊の持つ武器の威力を目の当たりにしており、帝国が勝つには市街戦に持ち込むしかないと結論付けていた。

 

(帝都に攻撃を仕掛けてきたという事から考えるに、敵の狙いが陛下と魔術師たちにあろうことは間違いない……)

 

 議会の重鎮でもあるキケロは、皇帝の計画の全貌を知る数少ない一人でもあった。それだけに自分のなすべき事をよく理解している。

 

「皆の者!敵に余力なし!帝都さえ守り切れば我らの勝ちだ。何としても守り抜け!」

 

 

 **

 

 

 『紅き翼』作戦と名付けられた、自衛隊の空中機動作戦ではヘリボーン部隊は2組に分かれて行動することになっていた。

 

 

 1:まずOH-1観測ヘリコプターで帝都の防衛状況を確認し、その情報をもとにAH-1S対戦車ヘリコプターが敵の迎撃部隊を排除する。

 

 2:次にCH-47JA大型輸送ヘリコプター2機、およびUH-1J多用途ヘリ2機からなる「レイヴン」小隊が宮殿の四隅に上陸、占拠し目標周辺の安全を確保する。

 

 3:続いてUH-60JA多用途ヘリコプター3機からなる「イーグル」小隊がヘリから宮殿中庭に迅速に降下し、生きたまま対象人物を捕らえる。

 

 4:目標を達成したら、AH-1S対戦車ヘリコプターの支援を受けつつ、全員がヘリに収容・脱出する手はずになっていた。

 

 

 

『――見えたぞ。あれが上陸地点だ』

 

 予定の通り、最初に敵の本格的な反撃を受けたのは帝都中庭に降下した部隊だった。攻撃ヘリで宮殿ごと破壊しないのは、捕虜になっている魔術師たちの身を案じての事だ。

 

『――到着まで残り60秒! 準備はいいな!』

 

 帝都市街の中心は北側で、城門から伸びる大通りの左右に、古代ローマ風の街並みが広がっている。目標とする皇宮、その道沿いにあった。古代ローマを彷彿とさせる重厚な石造りの宮殿だ。

 

 それから30秒と経たずして、ヘリコプター部隊「イーグル」は全機が中庭の四方でホバリング――屋敷を完全に包囲した。

 

 

『――イーグル1、降下する!』

 

 

 先陣を切ったのは、自衛隊最精鋭と名高い特殊作戦群。帝都街路の上空20メートルでホバリングするヘリコプターから、流れるような動作で兵士が下りてくる。相変わらず、帝国軍による迎撃の兆候は無い。

 

 

 一方、機体の下および屋敷の周辺では突然のヘリの出現によって大混乱が生じていた。路上や屋敷にいた使用人や衛兵が逃げまどい、悲鳴を上げながら屋内や大通りに退避している。

 

『――全機、路上と屋敷周辺を封鎖しろ!敵は恐らく屋内に潜んでいる!怪しい人影を見たら迷わず撃ち殺せ!』

 

 複数のローター音が唸りをあげ、突入部隊を乗せた「レイヴン」隊が地面に近づいていく。開かれたキャビンから垂らされた足が地に着くと同時に、勢いよくフル装備の自衛隊員が飛び出していく。

 

 

 

「次は俺たちだ。ロープを下ろす用意をしろ」

 

 地面を見下ろしていた栗林に、機長が指示する。彼女の乗るイーグル2は地上からかなりの高さにいたが、ローターブレードに撒かれた風によって砂埃が入り込んできた。

 

「ロープを下ろせ!」

 

 機長が合図すると、陸曹長の桑原がドアのそばに置いてあるロープを蹴り落とした。このヘリでは伊丹の代理として、彼が指揮官を務めている。

 

 

「降下、降下ッ!」

 

 

 桑原が叫ぶと同時に、富田を先頭に隊員がいっせいに降り始める。

 

 

 栗林も降下しようとゴーグルを掛け、ドアから身を乗り出した、その時だった。

 

 

(ッ! あれは……!)

 

 

 半壊し、露出した塔の内部に巨大なバリスタがあるのが見えた。帝国兵が大きな槍をセットし、別の兵士がこちらに狙いを定めている。

 

 

「10時の方向に敵バリスタ!!」

 

 

 栗林が瞬時に叫ぶ。最悪だ、とも思った。

 

 

 現在、イーグル2では勝本3等陸曹が降下している。

 

(だけど動かないと、あのバリスタにやられる……!)

 

 いくら相手が古代兵器のバリスタとはいえ、ホバリング状態の最新兵器――ブラックホークに当てるのは容易いはず。

 

 これを千載一遇のチャンスと考えたのは帝国兵も一緒だったらしい。機長の「掴まれ!」という叫び声と、バリスタのボルトが発射されるタイミングは同時であった。

 

「くっ……!」

 

 ガクン、と機体が持ち上がり、体重の軽い栗林は思わず振り落とされそうになる。いや、事前の警告を受けて備え付けのパイプ椅子を掴んでいなければ、間違いなく振り落とされていたに違いない。

 

 しかしその甲斐あってか、バリスタから放たれたボルトは機首スレスレのところを通過、向かいの建物に当たった。

 

『――あそこです! 向かいのステンドグラスのある塔に、バリスタがあります!』

 

 栗林は指で敵の居場所を指し示しつつ、無線に向かって叫んだ。大丈夫、再装填にはまだ時間がある。

 

「聞いたな!? 撃て! 撃ち殺せ!」

 

 先に降下していた富田の合図で、地上に展開していた隊員たちが発砲を開始する。帝国兵が倒れ、力を失った身体がボロ人形のように落ちてくる。

 

「急げ! さっさと降りろ!」

 

 伏兵の排除を確認すると、ゴーグルをかけ直した栗林はロープをしっかり握って飛び降りた。

 

 

 **

 

 

 彼女が降下を終えると、一足先に降りていた富田がしゃがみ込んでいた。彼の前には、顔面蒼白になってオア向けに倒れている勝本3等陸曹の姿がある。何が起こったのかは、一目瞭然だった。

 

「栗林!衛生兵を呼べ! さっきの機動で振り落とされたんだ!早く衛生兵を!」

 

 すぅ、と栗林の顔から血の気が引いていく。

 

 あの時、ブラックホークは上昇してボルトを回避していた。であれば、勝本は相当な高さから振り落とされた事になる。脳震盪に全身打撲ないし骨折、打ち所が悪ければ死に至ることもあり得た。

 

『――こちらイーグル2、応答願います! 繰り返します、こちらイーグル2……』

 

 慌てて無線に連絡をとる栗林の頬を、帝国兵の放った矢が掠めた。ますます銃撃と矢の雨は激しくなっている。

 

 

 まもなく、この場所にも敵兵が殺到してくるだろう。栗林の見立てでは、それはそう遠くないはずだった。

    

   




作戦名がネタバレ


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エピソード31:墜ちた黒鷹

 やられた――栗林は唇を噛む。

 

 

 やはり、罠だった。主力をアルヌスに向けることで、帝国が自ら作り出した隙。それに自衛隊は見事突っ込んでいったのだ。

 

(こいつら、強い――!)

 

 少数だが精鋭を集めたのだろう。栗林がイタリカで遭遇した帝国兵に比べると、帝都に残っている守備隊は明らかに練度が高い。小部隊に分散しても、各々の部隊長が独自の判断を下せるほどに。

 

 

 もっとも、自衛隊もただやられるがままでいた訳ではない。護衛の攻撃ヘリ1機が空中から機銃掃射を行い、見つけ次第バリスタを破壊していく。

 

 

 だが、帝国軍もバリスタを分散配置していたため、掃射に手間取っていた。おまけに藁や布で巧みに偽装しているため、気付かず撃ち漏らしてしまう事も多い。

 

 

 指揮官クラスならここで戦況分析と対策立案に追われるであろうタイミング。しかし悲しいかな、兵卒でしかない栗林志乃にそんな贅沢は許されなかった。

 

 

『――イーグル3の降下を支援せよ」

 

 

 無線を通じて新たな命令を告げられ、栗林は舌打ちした。

 

(こっちだって怪我人が出てるのに……!)

 

 だが命令は命令だ。地図でイーグル3の降下ポイントを確認し、次に降下地点をよく狙えるような射撃ポイントまで移動する。

 

 

「攻撃ヘリの連中は何やってんだ? 目でも悪いのか?」

 

 

 後ろからついてきている、倉田3等陸曹が愚痴をこぼした。

 

 

 ――降下部隊だって数はそう多くない。わざわざ分割して支援させるより、攻撃ヘリを向かわせた方が効率的ではないのか。

 

 

 倉田の問いに対する答えが出たのは、辿り着いた射撃ポイントから皇宮を見下ろした時だった。

 

 

 自分たちが降下する時には無かった、大量の煙幕が空に向かって焚き出されている。あれが攻撃ヘリの目を塞いでいるのだ。

 

 

 もちろん帝国軍も視界が限られてしまうが、屋上で身動きの取れなくなっているホバリング中の機体に全ての砲撃を集中し、確率で当てればいいという考えのようだ。

 

 これなら、煙幕を焚く前に屋敷の屋上に狙いをつけておけば、後は視界が塞がれていてもさほど問題にはならない。

 

 

『――こちらAH-1S、聞こえるか?』

 

 

 不意に攻撃ヘリから通信が届く。

 

『――状況は見ての通りだ。煙で見えないのはもちろん、ほとんど宮殿に火を放っているも同然の状態では、頼みの赤外線画像監視装置の効果も半減だ』

 

 だからアンタたちには「撃ち漏らし」を潰して欲しい、コブラのパイロットはそう言うと掃射のために機体を傾けた。

 

『――これより掃射を開始する』

 

 間もなく機首に備え付けられた20mmガトリング砲が唸り声をあげながら旋回する。空薬莢の雨が降り注ぎ、帝国兵がバタバタとなぎ倒されていく。

 

 このまま無限に撃ち続ければそれだけで全滅させられただろうが、そうするには弾が不足していた。だからこその、歩兵による精密射撃が必要となる。

 

 

 

 機銃掃射が終わって栗林が顔を上げると、弾丸の荒らしが過ぎ去った建物で運よく生き残った兵士たちが反撃の準備をしているのが見えた。

 

 ほとんどの者は弩や弓、投げ槍をヘリ向かって投げるという自殺行為をしているだけだが、それに紛れて注意深く狙撃のタイミングを狙っている者もいた。

 

 一部の囮部隊がこちらの注意を引きつけている間に、残りが降下中のブラックホークを狙うという算段なのだろう。

 

 

「倉田!5時の方向にバリスタ!」

 

 

 栗林は迫りくる帝国兵を射殺しながら、同僚に向かって声を張り上げた。

 

 「おう」という返事と共に倉田は建物の屋上でバリスタを構える敵兵に銃口を向けて発砲。敵兵のうち一人が後方へ大きく仰け反る。

 

 だが、兵力は帝国が優越していた。殺しても殺しても、次から次へと湧いてくる。とてもじゃないが、殺し切れない。

 

「ッ……数が多すぎる!」

 

 

 その時、誰かが大声で叫んだ。

 

 

『――イーグル3!9時方向に敵バリスタ!』

 

 

 それは一瞬の事だった。

 

 時をおかず、1mを超すボルトが高速でブラックホークに向かって飛んでいった。直後、ブラックホークが炎に包まれ、黒煙が機内を覆い尽くす――。

 

 ヘリとバリスタとの距離は直線にして約40メートル程で、本来ならなんら問題ないような距離。

 

 だが、今は状況が違う。ホバリング中なのだ。

 

 ヘリが狙われている間に栗林たちが敵兵を始末していったが、あまりに敵の数が多すぎた。

 

 

『――こちらイーグル3、被弾した!繰り返す、こちらイーグル3被弾した!』

 

 

 続けて、さらにもう一発が命中。機内に燃え盛るアルコールがぶちまけられ、操縦士の一人がゲホゲホとせき込む。

 

 

「おいッ! 火が移った!早く消火器を!」

 

「今探してる! クソッ!煙で何も見えない!」

 

 

 ヘリは尚も前進していたが、やがて機体を震わせてきりもみ状に回転を始めた。最初はゆっくり、そして次第に速く。

 

 

「おい……ブラックホークが墜落するぞ」

 

 

 後ろを守っていた倉田が栗林の肩を叩き、きりもみを始めたイーグル3を指差す。

 

 

『――イーグル3聞こえるか!このままだと墜落するぞ!』

 

『――ダメだ! 制御を戻せない!』

 

 

 バランスを失ったイーグル3は、クルクルと回転しながら宮殿の外にある広場に墜落。爆発こそしなかったが、多くの兵士が宙に投げ出され、機内にいた兵士も墜落の衝撃で無事では済まないだろう。

 

 

 

『――ブラックホークの撃墜を確認、ブラックホークの墜落を確認』

 

 

 

 この無慈悲な通信を、栗林2等陸曹は信じられない思いで聞いていた。最新装備に身を固めた自衛隊が、古代兵器にしてやられたのだ。

 

 

「嘘でしょ……?」

 

「ブラックホークダウンってか? ……ふざけんな!」

 

 怒れる倉田の声が、虚しく宙に響き渡る。この時、誰もが共通の現実を叩きつけられた。

 

 

 ――すでに主導権は失われた。今やそれは、敵の手の中にある、と。

  




前回に引き続き、タイトルの圧倒的ネタバレ感

「レッドウィング作戦」と「モガデシュの戦闘」について詳しく知りたい方は映画「ローン・サバイバー」と「ブラックホーク・ダウン」を観よう! どちらもおススメです。


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エピソード32:墜ちた黒鷹2

 

 闇の中、ごうごうと水音が響き渡る。その中で揺れ動く、小さな光があった。

 

 光源は伊丹たち――闇の中を進む、第3偵察隊の持つ軍用ライトの灯りだった。

 

 

 隊長である伊丹は部下たちの先頭に立って、慎重に歩を進めていた。

 

 足元の道幅は数十センチで、左手には壁が、右手には激しく水が流れる水路がある。道は天井から滴り落ちる水で滑っており、少しでも足元が揺らげば水路に転落しかねない。

 

(倉田たち、大丈夫かな……)

 

 伊丹達が歩いているのは、帝都の地下に張り巡らされた下水溝だった。今回の作戦において、伊丹達は最も重要な任務を与えられていた。ある意味では真の切り札といってもいい。

 

(ヘリボーン隊が敵をひきつけ、市街地に敵主力を誘導。その間に俺たちが地下通路を通って宮殿まで行って、皇帝を“殺す”……)

 

 『紅き翼』作戦に先立って、伊丹たち決死隊は帝都近郊まで輸送ヘリで移動した後、難民に紛れて密かにスラム街から帝都へ侵入したのだった。

 

 しかし流石の帝国もバカではないのか、帝都中心部へ通じる門は全て封鎖されていた。そのためレレイの提案で、やむを得ず下水溝から侵入することにしたのだった。

 

(しっかし、こんな地下水路が帝都の下にあるなんてな……)

 

「この地下水路は、帝国の拡大に伴う帝都の拡大に合わせて作られた」

 

 伊丹の気持ちを察したのか、少し後ろを歩いていたレレイが呟く。

 

「当時は急拡大する帝都と人口の増加に、公共設備がついていけず、疫病や都市衛生環境の悪化などの問題が頻発していた。そこで今の先々代の皇帝・アルバトロス4世が行った『帝都大改造』の結果、帝都は今の状態に生まれ変わった」

 

「……この世界の皇帝一族は優秀なんだな」

 

「そうとも限らない。第一皇子みたいにどうしようもない愚か者もいる。だけど元老院の存在が、そうした無能を篩にかける。だから最も優秀な皇族が、結局は皇帝に選ばれる。それが今日までの帝国の繁栄と存続を支えた」

 

「なるほどな……」

 

 どうやら、能力と関係なく血筋だけで偉くなれるといった世襲制への偏見を修正しなければならないようだ。

 

 たしかに冷静になって考えてみれば、これだけ広大な領土と多数の人民を従える「帝国」を率いるエリートが無能なはずがない。

 

 こうやってレレイの口から説明されると、帝国は帝国なりに今までこの世界でうまくやっていたんだな、と改めて思う。

 

 

 だが、今や共存の道は絶たれた。自分たちは、自分たちが生き残るために、帝国を今から滅ぼしに行くのだ……。

 

(つい先週まで『共存』とか能天気な事を言ってた自分が恥ずかしくなって来た……)

 

 思えば、あの時の自分たちは圧倒的な力を背景に驕っていた。強者の口にする「共存」など、所詮は「支配」をオブラートに覆い隠すための言葉遊びに過ぎない。

 

 食うか食われるか――政治においても弱肉強食という自然界の大前提は適応されるのだ。帝国と自衛隊にはそれぞれの正義があり、だがしかし両立はしない。

 

 

 片方が生きている限り、もう片方は滅ぶしかないのだ。

 

    

 

 ◇◆◇

 

 

 

 その頃、ヘリの墜落を受けて意気消沈する自衛隊とは反対に、帝国では将兵が一丸となって歓声をあげていた。

 

「うぉおおおおーーッ!」

 

「やったぞ! 連中の飛行機械を落としたんだ!」

 

「帝国万歳!」

 

 

 兵の士気は上がっている。ならば、今が好機。そう判断したカーゼル侯爵は塵下の全部隊に総攻撃を命じる。

 

 

「機は熟したり! 蛮族どもを血祭りに上げよ!!」

 

 

 

 時をおかず、帝国の反撃が始まった。もはや出し惜しみはせず、残った部隊を大盤振る舞いで投入してきている。

 

 

『―-ワイバーンだ!! 11時方向に敵影!』

 

 栗林が振り返ると、4体編成の飛龍(ワイバーン)騎士隊がホバリング中のブラックホークに向かっていくのが見えた。

 

(なっ……! アイツらどこから――!?)

 

 敵の航空部隊に先制攻撃をしかけて制空権を確保する戦術――いわゆる航空撃滅戦は現代戦の基本である。それだけに、作戦の序盤で敵のワイバーンは攻撃ヘリが集中的に叩いていた。その殆どは営巣から飛び立つ間もなく殲滅された――はずだった。

 

(まさか、市街地に一部の部隊を隠して……)

 

 つまり、序盤に殲滅されたワイバーン隊は囮。自衛隊に制空権を確保させたと誤認させ、無防備になるホバリングのタイミングを狙って温存していた部隊を投入してきた……。

 

(っ……!)

 

 下手をすれば、制空権を奪われかねない状況だった。無論、戦場全体を見渡せば自衛隊の優位は揺らがない。それほどまでに、AH-1Sの攻撃力は絶大だ。

  

 しかし煙幕で制限が加えられている上に、数が少ない。加えて残弾数と燃料も気にしなければならないとなると、局地的には航空優勢を失う可能性は十分にある。

 

 

 

 栗林は自分の無線から聞こえてくる、緊急連絡を銃撃の中で聞いていた。

 

 

『――防御を残し墜落地点まで徒歩で移動しろ!生存者を調べ、周辺を確保しろ!』

 

 

「了解、クソ!」

 

 こちらに向かってきた帝国兵に向け、引き金を引く指に力をこめる。銃弾は敵兵の胴体に命中し、噴水の様に血が吹き出した。

 

 

「倉田、黒川! 行くわよ」

 

 

 それぞれの所を守っていた隊員を集合させるべく、銃声に負けない大声を張り上げた。

 

 

「みんな聞いて! ブラックホークが墜落した。今から救出に向かう倉田は私と一緒に来て。黒川はここに残って角を確保、いいわね!?」

 

 

 散開してしばらくすると、群衆が進んでいるのが見えた。その中に紛れて、武器を持った帝国兵が潜んでいる。

 

「あいつら、民間人を盾にしてる……」

 

「どうするんです?」

 

「とりあえず回避する。……弾が勿体ないから」

 

 今さら民間人を撃つことに躊躇いはない。さもなければ自分が、仲間が死ぬ。

 

 既に墜落したヘリの周囲には無数の人々が群がっている。栗林にはそれが、まるで腐肉にたかるハエのように見えた。

 

 

 ――そうだ、あいつらはハエ。人間じゃない。ハエが人間に害をなすというなら、プチプチと殺して何が悪いのか。

    




自衛隊に朗報! ちゃんと自衛隊も対策してたんだ!

伊丹さんは絶賛スニーキング・ミッション中


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エピソード33:墜ちた黒鷹3

  

 墜落したヘリの救助に向かう栗林たちを取り囲む状況は、現場に近づくにつれて悪くなる一方だった。

 

 

 血気盛んな帝国兵は角材や砂の詰まった袋を積み上げてバリケードをつくり、松明を燃やして増援を呼んでいる。道路は数え切れないほどの兵士や暴徒と化した民衆によって埋め尽くされ、地上に降りた招かれざる客達を迎え撃とうとしていた。

 

「あいつら、年端のいかない子供まで……!」

 

 後ろでは降下部隊がが必死に応戦を続けているも、だんだんと近接戦闘が増えてきた。帝国軍の増援が集まってきた証拠だ。

 

「壁に寄って」

 

 先頭の栗林が押さえつけるようなハンドアクションを示した。続いて彼女は拳を握り、右肩の上の辺りまで上げた。止まれの合図だ。

 

「ちょっと様子を見てくる」

 

 栗林が建物の壁に背をつけたまま、そっと角の向こうを覗く。

 

 ヒュン、と音がした。慌てて首をひっこめる栗林。

 

 続けて、何本もの矢が先ほどまで彼女の頭があった場所を通過した。

 

「こっちはダメ!」

 

 慌てて退却する栗林たちを追って、帝国軍がわらわらと群がってくる。

 

 

 中でもひときわ目を引いたのが、戦闘馬車(バトルワゴン)とよばれる新兵器であった。

 

 

 構造は単純で、2~4頭の馬が曳く馬車の荷台にバリスタを乗せただけの急造兵器だ。

 

 多少凝ったものになると、バリスタは上下左右に可動する旋回砲架を有し、砲尾に操作用の支持架まで持つ。荷台にはバネを利用したサスペンションが備え付けられ、帝国はこの兵器を現代でいうテクニカルの用途で使っていた。

 

 

 戦闘馬車の最大のメリットは、威力は大きいが鈍重なバリスタを機動的に運用できるという点である。

 

戦場間の移動が速くなるのはもちろん、状況に応じて攻撃目標を柔軟に変更したり、好機にバリスタを集結させて集中攻撃を行う、というようなそれまでは夢であった指揮官の考えを実現可能のものにした。

 

 市街戦用という事もあってか、矢のほかに石や金属の弾、複数の小型の矢、火炎瓶なども使われている。特に効果があったのは、筒状の壺に大量の散弾を詰めこんだ中世版キャニスター弾ともいうべきもので、貴重な火力支援として重宝されていた。

 

 

 一方で連射が効かないという欠点もあり、通常のバリスタと同じくそこが弱点だ。

 

 しかし帝国軍は運用を変えることで対応し、「観察」「決定」「攻撃」「離脱」という4段階戦闘法を徹底した。

 

 

 バトルワゴンは斥候を務める軽騎兵とセットで行動し、敵を見つけた斥候が不意討ちが可能と判断した敵のみを攻撃して直ちに離脱。加えて攻撃と離脱の前後には、わざわざ歩兵の支援をつけるという手の入れようだ。

 

 

 

 しかも敵は帝国兵ばかりではない。暴徒と化した民間人の抵抗もまた、それ以上に激しいのだ。

 

 

「なんだってどの家も包丁やら洗濯竿やらを振り回して襲ってくるんだ!?」

 

「知らないわよ! 前の帝都攻略戦の事でも根に持ってるんじゃない!?」

 

  

 何から何まで最悪の展開だ、と倉田に叫びながら栗林は悪態をつく。

 

 こんな事ならゲートが閉じた時、無理やりにでも帝都攻略を続けるべきだった。

 

 帝都を破壊すれば、そこに住むの民衆は自衛隊を憎むのは当然だ。その上で中途半端な形で撤退ともなれば、帝国はそれを自らの「勝利」として宣伝することは容易に想像がつく。

 

 結果からすれば、「自衛隊は帝国共通の敵で強大だが、勝てない相手ではない」という自衛隊にとってもっとも都合の悪い認識を与えてしまったのだ。

 

 

 もちろんゲートの消失などという前代未聞の状況で作戦を続けていれば、とifを語るのは結果論でしかない。帝国の奥の手が他にもある可能性を考えれば、撤退はやむを得なかった。

 

 

 実際、なんとか体制は立て直した。生存者を把握し、武器弾薬の再配置を終え、部隊を再編制した。

 

 しかし敵もまた、こちらと同じように準備をしていたのだ。

 

 

 国民軍、とまでは呼べないが、自衛隊への義憤によってまとまった民兵・自警団が大規模に動員されているようだった。帝都攻略戦の際に自衛隊によって家を破壊された住民に簡素な武器を与え、正規軍の補助として使っている。

 

 栗林らには知る由もないが、もともと帝国軍は正規軍(レギオー)と補助軍(アウクシリア)の2本立てで編成されている。後者は主に異民族で構成され、簡素な武器を使って正規軍同士が激突する前の前哨戦において敵兵を削るのが任務だ。

 

 帝国の統治が安定するにつれて補助軍は徐々に正規軍化していったが、ここに来て帝国は帝都における戦争難民を主体とする補助軍を復活させた。しかも旧来のそれとは違って、ゲリラ的な運用をすることで自衛隊を苦しめている。

 

 ひとつひとつは小さな改良に過ぎないが、それが積み重なれば次第に大きな戦果へと変わっていく。自衛隊という存在に感化された帝国軍は、一つの大きなパラダイムを迎えようとしていた。

 

 

 **

 

 

「手榴弾!」

 

 らちが明かないと判断した栗林は、一時的にでも敵の動きを止める事にした。彼女の指示に応じた倉田が自分のハーネスから手榴弾を外し、ピンを抜く。

 

「死ねッ!」

 

 投げた手榴弾は惜しくも戦闘馬車の少し手前に落ち、爆発した。だが、爆発の轟音と衝撃は馬を驚かせ動きを止める。

 

「よし、逃げるわよ!全力転進!」

 

 栗林の号令で、隊員全員が走り出す。墜落地点までの距離は、まだまだ長い――。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 地上部隊の苦戦は、断続的に入る無線から伊丹たちの耳にも届いていた。

 

「さすが、武力で何百年も支配を続けてきた軍事国家なだけある。敵が新兵器を使えば、すぐに対策をとれる柔軟性が奴らの強みか」

 

 すでに地上部隊は至る所で分断され、数と地の利で勝る帝国軍に翻弄されつつある。最新兵器をもってしても、建物一つ、部屋一つを奪い合う市街戦は自衛隊に大きな消耗を強いていた。

 

 帝国兵は頑強に抵抗し、建物を完全に占拠しても地下道や屋根伝いにを逆襲をかけてくる。対策として自衛隊も負傷兵や避難民ごと手りゅう弾で破壊しているが、後方の建物や窪地、瓦礫の中にまで帝国の兵士や民兵がいつの間にか入り込んでくる始末だ。

 

 

 今のところ、帝国側が尋常ではない被害を受けている。しかし自衛隊の人員と弾薬が有限であるのに対して、数十万の人口を誇る帝都からは無限に戦闘員が湧いて出てくるようであった。

 

 現状、キルレシオは1:20は下らないだろう。もし弾を一発も無駄にせず、一撃で相手を仕留めればマガジン一つで20人は殺せる計算だ。だが、裏を返せば弾を外したり、1人を殺すのに数発の弾薬を消費すれば瞬く間に弾は尽きる。

 帝都突入チームには多めに予備弾倉が配られているが、それでも重量を考えれば一人6個程度が限界だ。

 

 

 地下道を進む伊丹たちは運よく、今のところ接敵はしていない。だが、いつどこに伏兵が隠れているともわからない緊張感が漂う。それなりに十分な武装はしているつもりだが、もし帝都警備隊やオプリーチニキに見つかった場合、いずれは数に圧されて捕縛されてしまう。

 

 随分と分の悪い賭けではあったが、敵の目を掻い潜って帝都に向かう手段がこれしかない以上、他にやりようは無かった。

 

 

(まさか、こんな事になるなんてな……)

 

 3か月前、銀座事件の事を思い出す。突然“ゲート”が開いたことで、コミケ当日に帝国兵と丸腰で戦う嵌めになった。あの時は本気で死を覚悟したが、今と比べれば遊びのようなものだ。

 

 多くの同僚が殺され、仲間の安否すら分からない。今や自分には祖国に帰る手立ても残されていないのだ。

 

 

 ゲートは消失し、戦力の半数以上が失われ、帝国との力関係は逆転しつつある。そして帝国の意図がこちらの殲滅である以上、交渉の糸口は何一つ残されていない。

 

(それでも、諦めちゃダメだ――)

 

 今は試練の時だ。将来の希望がないときこそ、どこまで踏ん張れるかで本当の強さか試される。

 

 ――失敗する訳にはいかない。自分が背負っているのは、まだ生き残っている者全員の命なのだから。

 

 そう思う事だけが、伊丹の心の支えになっていた。




 ロマン兵器:戦闘馬車(バトルワゴン)

 モデルは「バリスタ・クアドリロティス」というものです。

 これは東ローマ帝国で使われていた(らしい)台車に360度回転する台を付けその上にバリスタを載せ馬に引かせた兵器で、騎馬砲兵の要領で使われていたとか。

 本作での運用は騎馬砲兵というより、中東やアフリカの内戦でよく見かけるテクニカル(ピックアップトラックの荷台に重火器を乗せた急造兵器。世界のTOYOTAが大人気だぞ!)のそれに近いものをイメージしてもらえれば。


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攻城編
エピソード34:増援到着


 

          

 帝都での戦況が大きく変わろうとしていた頃、アルヌスでもパワーバランスが変化しようとしていた。

 

 

 その日の午後にゾルザル皇子率いる軍団が到着し、帝国軍は大幅に増強されたからである。

 

「帝国の勇者たちよ! この私が来たからにはもう恐れることは何もないッ! 帝国第一皇子の名にかけて、蛮族を打ち滅ぼすことをここに誓おう!」

 

 増援の数は8万。それも、無傷の部隊である。加えてゾルザルがこの決戦のために準備した、新兵器がいくつも用意されていた。

 

 ゾルザルの軍団はピニャの隣、アルヌス要塞東部に陣取った。まもなくピニャ軍団と交代するように総攻撃が開始され、ピニャ軍団が5日の戦闘で開けていた穴――東門に主力を集中した。

 

「機は熟したり! 今のアルヌスは腐った納屋に過ぎん! ドアを蹴飛ばせば一撃で崩れ落ちるだろう!」

 

 しかしこの総攻撃も、アルヌス要塞の守りを破ることはできなかった。正確に言えば、ゾルザルの作戦ミスに助けられた。

 

 この日は5万の兵がアルヌスの防衛線に殺到したが、それだけの大軍が突破するには東門の穴は小さすぎた。このために帝国兵は自由を失い、味方同士でもみ合っている帝国兵を守備側は思う存分撃ち殺していった。

 

 それでも帝国兵は味方の死体を乗り越え、鬼のような形相で立ち向かってきた。彼らの背後には、抜刀したオプリーチニキが督戦している。だから後に退くことはできない。

 

 ゾルザルはピニャと違って、慕われるより怖れられることで戦力を高めていた。

 

 

 **

 

 

 攻囲戦から、十日が経過しようとしていた。しかし未だアルヌスの壁を越えた帝国兵はおらず、要塞はなんとか持ちこたえている。その壁は厚く、空前の大軍を前にも小揺るぎもしないかに見えた。

 

 要塞司令部作戦室では、狭間陸将ほか10名ほどが集まって状況の推移に対応している。

 

 

「弾薬の消費量が滅茶苦茶です」

 

 

 第4戦闘団隊長の健軍が電卓を放り投げながら言った。

 

「すでに手持ちの砲弾のうち、4割以上を撃ち尽くしました。この調子なら日没までにはもう1割、つまり明後日には弾切れですな」

 

 帝国軍の手の平で踊らされているのではないか、というのが全員に共通する思いであった。

 

 帝国軍の狙いは飽和攻撃による、弾薬および燃料の枯渇。いかに自衛隊が最新鋭の武器を持ち込もうと、その2つがなくなれば後は銃剣突撃でもやるしかない。

 

 

 実際、帝国軍はそのように行動していた。それが最も確実で合理的であるというのもあるし、厳しい言い方をすれば「それしかできない」という理由もある。

 ベテラン兵士の多くを銀座事件で失った帝国軍は数こそ徴用兵で埋め合わせたものの、質の低下には目を覆うものがあった。

 

 そのため第3皇女ピニャをはじめとする帝国軍指揮官は、部下に自主的な判断や臨機応変な対応などは望まなかった。彼女らが出した命令は実質的に「突撃」、そして「退却」の2つだけであった。

 

 

「第11軍団が再編成を完了しました」

 

 帝国軍の陣地では、苦りきった顔のハミルトンが第3皇女ピニャに報告をしていた。

 

「南角に投入するのがよろしいかと。代わりに戦闘中の第12軍団を下がらせて、休息と再編成を行うべきです」

 

「11軍団の投入は許可する。が、12軍団の後退は認めない。何としても今日中にあの陣地を落とすのだ」

 

「しかし、それでは12軍団が……!」

 

「今日一日で磨り潰しても構わぬ。敵にも被害は出ているのだ」

 

 この無慈悲な命令は、ピニャの残酷さというより焦りから出ていた。

 

 当然と言えば当然である。なにせ4日間、不眠不休でローテーションを組みながら波状攻撃を繰り返しているというのに、未だ戦果を挙げられずにいるのだから。

 

 すでにピニャ配下の部隊は大損害を受けている。

 

 この日、先陣を切った第24軍団はわずか2時間で1000人を超す戦死者とその3倍の負傷者を出して敗走。引きついた第12軍団もじりじりと被害を増大させていき、士気崩壊の可能性すら危惧されていた。

 

 

 だが、今更になって作戦方針の変更もできない。となれば消耗戦を継続するよりほかはなく、その代価は人命で支払う事となる。

 

「橋頭堡は今日のうちに確保する。攻城戦は、一番外の壁さえ破壊してしまえば戦術目的は達成される」

  

 戦争における勝利とは、人命の多寡をもって決まるのではない。目標を達成したか否かで決まるのだ。

 

 

 その意味では、ピニャはこの戦いを目的を正しく理解してた。

 

 

 **

 

     

 同じころ、帝国軍本営にいる第1皇子ゾルザルの元にも続々と報告が届けられていた。

 

 空気は重いどころの話ではない。なにせ既に2つの騎兵部隊が敗走し、4つの軍団が戦闘能力を喪失しているのだ。損害は戦死・負傷を合わせて1万5000を超えている。

 

 衝撃は大きく、将軍たちの間では自衛隊に対する恐怖が再燃し始めていた。それはゾルザルとて例外ではない。

 

 しかし恐怖は必ずしも敗北主義とは結びつかない。むしろ逆であった。

 

 臆病者は時として、恐怖ゆえにそれから逃れようと死にもの狂いになる。根が小心者であるゾルザルも改めて自衛隊の強さを実感することで、却って今のうちに潰してしまわねばと強く決意していた。

 

 

 あるいは、単純に“慣れた”というのもある。銀座事件、諸王国連合軍による第1次アルヌス攻防戦の悲惨な結果をみれば、むしろ「少ない方」とまで言い切ってしまえるほど、帝国軍上層部は人的被害に対して寛容になっていた。

 

「第9軍団は何をしている!?」

 

 ゾルザルは怒気を隠そうともしない。攻撃が順調に進んでいるとは言えなかったからだ。

 

 彼の配下である第9軍団は比較的ベテラン兵の充足度の高い部隊で、ゾルザルも大きに期待していた。

 

 すでに数度、アルヌスへと突撃している第9軍団はそのたびに敵の防護射撃を受けて押し戻されている。朗報といえば、ベテラン部隊らしく被害が少ない事ぐらい。

 

 もっとも負け戦において被害が少ないという事は、必ずしも手放しで喜べないのだが……。

 

「つまり、やる気が無いという訳か?」

 

 やる気のある部隊ならば、すでに大損害が出ているはずなのだ。

 

「先ほど、『10分の1』刑をガイウス隊とアントニウス隊、そしてアポロニウス隊にて執行しました。罪状はいずれも敵前逃亡です」

 

 ゾルザルの前でヘルム子爵が淡々と報告する。帝国軍に敗北はあれど、逃亡は許されない。

 

 『10分の1』刑とは、罰則対象者の中から抽選で10人に1人を選び、その1人を他が棍棒で処刑するという極刑である。いくら見せしめとはいえ、単純計算で戦力の1割が減ってしまうため余程の事が無ければ執行されることは無い。

 

 逆に言えば、ゾルザルら帝国軍もそれだけ切羽詰っているという事だ。アルヌスの堅い守りを前に、兵の戦意が衰えている――しかしゾルザルが作戦中止を命じることは無かった。

 

「……ヘルム」

 

 ゾルザルは顔色を青ざめさせたまま、鋭い眼光でヘルムを見据えた。

 

「第13軍団に支援をさせろ」

 

 ゾルザルの言葉に、ヘルムはハッと顔を上げた。

 

 第13軍団は、様々な新兵器を有するいわば実験部隊である。本来ならば切り札として扱われるべき軍団であり、ヘルムにはいささか時期尚早に見えた。

 

「急げ。二度も言わせるなよ」

 

 が、そんな懸念も有無を言わさぬゾルザルの視線の前に四散する。ここで怒れる主君に反論する勇気をヘルムは持っておらず、その判断は往々にして正しかった。

 

    




帝国兵A「もう着いたのか!」
帝国兵B「早い!」
帝国兵C「ゾルザル来た!」
帝国兵D「これで勝つる!」


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エピソード35:ゾルザルの新編成軍(ニューモデル・アーミー)

                

 

「おい、帝国軍が退いていくぞ!」

 

 柳田は目の前の帝国軍が退却にかかっていくのを軽い驚きとともに見つめていた。押されていたとはいえ、第9軍団はまだ余力を残していたはずであり、組織的な退却が許されるとも思えなかったのだ。

 

(だとしたら何かあるな、こりゃ…………)

 

 ここ数週間の経験的に、戦場で不可解な出来事が起こると決まって状況は悪くなる。そして「今度こそ外れてくれ」との願いも虚しく、嫌な予感は的中した。

 

 第9軍団と入れ替わるように、別の部隊が姿を表す。他の帝国軍のいかなる部隊とも異なる彼らを目にした瞬間、柳田の目は驚愕に大きく見開かれた。

 

(おい、嘘……だろ……?)

 

 柳田は決して臆病者ではない。無数の帝国兵を目の当たりにしても怖じげづく事はなかった。

 

 だが、今の彼を支配している感情は紛れもない恐怖だ。気付けば冷や汗が吹き出し、全身が震えていた。

 

 

 柳田の目の前に現れた部隊とは、盾と槍で武装した『日本人捕虜部隊』だったのである。

 

 

 **

 

 

 人質を取った上で捕虜を尖兵とする方法は、歴史的に見て珍しいものではない。この狡猾な戦法を大規模かつもっとも効果的につかったのがモンゴル帝国だ。

 

 かつての同胞を敵として撃たねばならぬという心理的負担は、守備側の動揺を誘う。もし失敗したとしても、マンパワーの供給源が捕虜であれば、実質的な人的被害は無きに等しい。

 

 

 そして今回のケースでは、銀座事件の際に連れ帰った一般市民、そして帝都攻防戦の最中で“門”消失の混乱からの逃げそびれた部隊などが捕虜兵として投入されていた。

 

 もちろん寝返ったり集団投降しないよう、しっかりと同じ隊の仲間を人質にとるなど対策もとっている。さらに部隊の比率は日本人1人に対して帝国兵3人――これなら帝国兵だけをピンポイント狙撃することも出来ない。

 

 

 柳田たちの前に現れた捕虜部隊の総数は、せいぜい400人ほど。数にすれば2個中隊程度の小部隊であり、武器も中世の兵士と同レベル。一斉射撃をすれば、1分と経たないうちに皆殺しに出来る程度の戦力でしかない。

 

 だが、しかし――。

 

 

(同じ日本人を、手にかけていいのか……?)

 

 

 背中に冷たい汗が流れるのを、柳田は唇を噛みしめながら感じていた。

 

 共通の言語、共通の文化を持つ日本人を前にして、自衛官たちはなかなか引き金を引くことが出来ない。彼らを殺すのは容易いが、それを実行してしまえば、自らの中にある「国民を守る」という誇りをも殺してしまうからだ。

 

 

「我々がやります」

 

 

 柳田の隣に、弓を構えたホドリューが立った。

 

「同胞を手にかけるのは辛いでしょう。ここは代わりに……」

 

 

「――いや」

 

 

 ここで種族や民族を理由に区別してしまえば、必ずや将来に禍根を残す。穢れ仕事を彼らだけに押し付けるわけにはいかない。今は、アルヌスに残った全員が一丸となって戦うべき時なのだ。

 

「命令は変わらない! 城壁に近づく者は全て敵だと思って撃て!」

 

 柳田の叱咤が走る。

 

 だが、それでも発砲音は聞こえない。皆、顔を見合わせてどうするべきが決めかねているようだった。

 

 

「どんな理由であろうと、帝国というテロ国家に協力するような者を保護する理由はない!」

 

 

 言い終わると同時に、柳田は64式小銃の引き金を引いた。放たれた7.62㎜弾は、かつての同胞の額へと吸い込まれていく。

 

 命中、そして貫通。7.62mmNATO弾のヘッドショットを受けた元自衛官の頭が、潰れたイチジクのように破裂した。

 

「これは天誅である! 敵と共謀した売国奴には死あるのみ!」

 

 上官の怒気に、迷っていた自衛官たちも圧倒された。一人、また一人と引き金を指をかけていく。

 

「情けは無用だ! 撃て! 殺せ! 皆殺しにするんだ!」

 

 柳田の号令と共に、激しい一斉射撃が開始された――。

 

 

 **

 

 

「捕虜部隊、壊滅した模様です!」

 

 報告を受けたゾルザルはつまらなそうに「そうか」と頷いただけだった。もともと大した期待はしてない。

 

(所詮は蛮族。やはり使い物にならぬか)

 

 それに、彼は良くも悪くも決断の速い武将であった。最初の一手が失敗したと悟るや否や、すぐに別の駒を投入する。

 

 

「第4実験兵団の強化兵共を送れ」

 

 

 ゾルザルの次の一手は、薬物漬けにした兵士からなる部隊であった。

 

 アヘンや大麻などを特別な配合で混ぜた麻薬を投与された兵士は、興奮状態になって好戦的になる一方で恐怖感や痛覚は麻痺する。人間ばかりではなく、オークやゴブリン、トロルの兵士までおり、それらが目をギラギラさせながら奇声をあげる様は、「異様」としか言いようがない。

 

「おおおおおぉぉぉぉっッ―――!!」

 

 1万ほどの強化兵からなる軍団が、捕虜兵の死体を乗り越えて城壁に殺到する。彼らは銃や弓矢による一斉射を受けても足を止めるどころか、かえって興奮の度合いを高めているようであった。

 

「っ―――!」

 

 これには柳田も唖然とする他ない。銃を使った一斉射撃の恐怖は、訓練された部隊といえども御しきれるものではないはず。それどころか帝国兵の中には、ゾンビか何かのように全身が矢が刺さったまま歩いてくる者すらいた。

 

「畜生!なんなんだよお前ら!」

 

 いくつもの銃弾に貫かれながら、なおも前進をやめない帝国軍。ピニャの軍団に見られるような、教本通りの四角形の隊列もなく、やみくもに突撃していく姿はさながら飢えた屍人のよう。

 自衛隊の銃火にも怯む様子はなく、倒れた兵までもを平気で弾除けに使ってくる。その異様な姿に本能的な恐怖を感じ、恐慌状態に陥る自衛官もいた。

 

「頭だ!頭を狙え!ゾンビ映画の鉄則だ!」

 

 柳田の必死の指揮も一度起きた混乱を収集するにはいたらない。

 

(まずい、このままじゃ突破される――!)

 

 退却だ……そう叫ぼうとした時、大気を震わす轟音がした。

 

 

 大砲の発射音――その一瞬後、目の前の帝国兵が10人ほど吹き飛び、柳田の顔にも温かい肉片が張り付く。

 

 

 振り向くと、通りを下ってくる74式戦車が見えた。砲塔からあがる煙が霧に混じる。そのハッチから車長が大声で指示を出している。機銃が火を噴き、通りの帝国兵を引きちぎっていく。

 

 

 応援が到着したのだ――城壁と門の前から歓声が上がる。隊長は無線のマイクに向かって叫んだ。

 

 

「戦車に連絡しろ!門の前に横付けにしろ!」

 

 再び、戦車が発砲する。今度の弾は榴弾で、馬車の残骸と燃えている納屋の間の通りを大きく掘り返した。そこにいた帝国兵の千切れた手足が空中から落ちてきて、自衛官たちの歓声が大きくなった。

 

 

 戦車部隊の機動は選び抜かれた精鋭の名に恥じぬものだった。一糸乱れぬ統率を保ちながら、強化兵軍団に向けて主砲を向ける。

 

 アサルトライフルの100倍もある口径は、痛みで敵をひるませるのではない。文字通り、物理的に敵を粉砕するためにある。

 

 いかに薬物で強化した兵士といえど、生物の限界は超えられない。それを遥に超える物理パワーを連続的に叩きつけられれば、肉塊となるのが定めというものだろう。

 

「いいぞ!撃て、撃て!帝国のクソ野郎どもをブッ殺せ!」

 

 続いて戦車の後ろから、奇妙な車両が進み出る。唯一残った87式自走高射機関砲であった。万が一を想定して、地上支援にも応用できるよう改造していたのが功をなしたのだ。

 

「ぶっぱなせっ!!」

 

 機銃から放たれた巨大な鉛弾がもたらした破壊はおそるべきものであった。胴体を直撃した弾はその巨体にふさわしい運動エネルギーにより、およそ三十センチ近い破口を開け、内臓を後方へと撒き散らす。下半身に当たれば足がもげ、上半身に当たれば内臓が破裂した風船のように舞った。

 

「やっぱ文明の利器ってスゲー。まさに無双って感じ?」

 

 戦意を回復した部下がジョークを飛ばすのを聞いて、柳田はにやっと笑った。やがて他の装甲車も続々と到着し、機関砲が唸り始めると強化兵たちは瞬く間に殲滅されていた。

                     




 原作でもジャイアント・オーガを改良した生物兵器をつくったり、人間に擬態するモンスターを使ったゲリラ戦を展開したりと、意外と目の付け所がいいゾルザルさん。

 ゲートが開くまで中世レベルの常識に囲まれていたことを考えると、あの短期間でこれだけ柔軟な発想ができるあたり実は有能なんじゃ?と思ってみたり。


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エピソード36:デュラン王、再び

 攻城戦において、城壁の突破は防御側の敗北と密接に関係している。ひとたび敵を中に入れてしまえば、そこから浸透した敵部隊によって、残りの守備兵は背後を疲れてしまうからだ。

 

 もっとも効果的な対処法は第1次世界大戦の塹壕に見られるように、防衛線に縦深をもたせることである。しかしアルヌスでは人員・資源・時間の3つを欠いていおり、やむを得ず次善の策――機動防御で対処することになった。

 

 それは今の所うまく行っており、自衛隊は残った機械化部隊を集中させて機動打撃を与えることに成功している。火力を集中させた自衛隊に側面攻撃され、第9軍団は完全に虚を突かれる形となって敗走した。

 

 

 しかし帝国にも明るいニュースはあった。

 

 ゾルザルに続き、第2皇子・ディアボ率いる南部方面軍が到着したのだ。

 

 その兵力は約11万。ディアボ率いる帝国軍に加え、エルベ藩王国やアルグナ王国、リィグゥ公国、トュマレン国にヤルン・ヴィエット王国など多数の属国の軍隊が参加している。

 

 先に到着していたピニャの北部方面軍6万、ゾルザルの中央方面軍8万と合わせて、実に25万もの大兵力を帝国はアルヌスの地に集結させた事になる。

 

 

「これで敗北するような事があれば、帝国は2度と立ち直れまい」

 

 

 第3皇女ピニャがそう評した事からも、今度の作戦に対する帝国の期待が推し量れよう。自衛隊だけでなく、帝国にとっても乾坤一擲の一大作戦であった。

 

 

 **

 

 

 一方で帝国軍の作戦構想は、相変わらず単調なものであった。

 

 

 すなわち単純な消耗戦―――徴用兵が大半を占める帝国軍に、もとより高度な機動性は望むべくもない。対してアルヌス軍の頼みは火力の優位にあり、それが失われれば兵数の差は絶対的な意味を持つ。

 

 ならば、アルヌス軍の火力を消耗させることが出来れば問題の解決は容易いのではないか。

 

 あるいは、大軍ゆえに機動力と統制に難があるという問題もある。諸王国の兵士まで動員した連合軍であれば猶更だった。

 

 

 そこで最後に到着した第2皇子・ディアボは自軍を四つの兵団に分け、ローテーションをさせながら攻城の指揮とらせていた。

 

 部隊を分ければ一度に攻撃できる兵力こそ減るものの、膨大な人員を活かして昼夜問わない人海戦術が可能となる。数の少ないアルヌス側を疲労困憊させ、士気が下がったところで突撃する算段であった。

 

 

 

「全くとんだ貧乏くじよのう………」

 

 不幸にもこの時、攻勢を担当していたのはエルベ藩王国のデュラン王率いる兵2万である。まずはアルヌスの消耗を引きだすのがデュランの役目であった。

 

 軍議のなかで、先鋒に与えられていた熾烈な任務をデュランは知っている。すなわち総攻撃までにアルヌスの火力を消耗させることが求められていたのであった。

 

 もちろん火力を失わせるものは兵員と弾薬の損耗であり、アルヌス兵の漸減が図れない場合、その命を盾に弾薬を消耗させなければならない。

 

 

 だが、デュランとて一国の王である。いかにエルベ藩王国が属国といえど、帝国にいいように使いつぶされるつもりは毛頭ない。

 

 そこでデュランはゾルザルのオプリーチニキを真似て、独自に督戦隊を編成していた。主に職業軍人たる「騎士」階級の者からなる、藩王の猟犬だ。

 

 彼らを後詰とし、前衛には徴用した農民兵をあてる。農民兵を弾除けと割り切って突撃させ、膨大な人命をもってアルヌス軍の漸減を図るのだ。

 その非情な戦術を運用するための切り札が、督戦隊たる騎士団の存在であった。

 

 帝国は配下の兵が、敵よりも味方に恐怖を抱くように訓練している。騎士団は堀の傍で抜刀し、恐怖に駆られて引き換えてしてくる兵を脅し、それも聞かなければ迷わず切り殺すのだ。

 

「突撃ぃいいいッ!」

 

 デュラン王率いる4万の兵団は健軍の統率する戦列に対し、正面から突撃を開始した。戦意の有無にかかわらず、彼らには前進する以外に道はなかったのである。

 

「我らが忠勇なる兵士たちよ!ここで敵に勝利を収めれば恩賞は思いのままぞ!」

 

 ――命惜しさに退けば、督戦隊に殺される。突撃すれば死ぬかもしれないが、運が良ければ功績を立てることが出来るかもしれない。

 

 この決戦が天王山であるという事は、下級の兵士にも分かる。であれば、手柄を立てることが出来れば一兵卒でも栄達への道が開ける可能性がある……そんな一縷の望みをかけて兵士たちは自衛隊に襲い掛かった。

 

 

 ◇

 

 

「発射ッ!」

 

 戦列の後方から、陸上自衛隊の誇る迫撃砲が火を噴く。炸裂音が響き雑兵たちの突進に一瞬の硬直が生まれた。

 

(今だ……!)

 

 その一瞬の硬直を見逃す健山ではない。続く一斉射撃によってバタバタと倒れる兵士が更に続出、その死体が障害となって渋滞が引き起こされる。エルベ藩王国兵の動きが鈍くなったその時、装甲車と砲兵による火力支援が開始された。

 

「撃てぇぇ!!」

 

 巨大な火力が、エルベ藩王国の歩兵たちに死神の鎌を振り落としていった。さらに中には爆発とともに破片を振り撒く榴弾があり、兵士たちが身体をミンチにしてゆく。

 

 両翼から迫る軽騎兵部隊もまた、停滞を余儀なくされていた。

 

 側面に回りこもうとした騎兵の正面に、装甲車が現れたためであった。数が少ないためそこまで損害を出すことはできなかったが、無茶苦茶に動き回る装甲車は騎兵部隊の陣形尾を滅茶苦茶に崩し、大量の機関砲による火勢は戦闘正面を極限することに成功していた。

 

 自衛隊の圧倒的な火力は、ただでさえ低い徴用兵の士気を谷底へ突き落してゆく。悲鳴と怒号の中、下級の兵士たちが逃げ出そうとした、次の瞬間。

 

「戦え! 逃げる者は斬り捨てる!そして撃つ!」

 

 自軍陣地を振り返った彼らが見たものは、まさに自分たちに照準を合わせた味方の矢じりであった。更にその後には督戦隊が待ち構えており、切れ味の鋭い刃をこちらに向けていた。

 

「クソッ、くそぉッ!」

 

 あまりに理不尽な運命を与えた神を呪いつつ、兵士たちは再び自衛隊へと猛進した。

 

「撃ちまくれ! あと少しだ!」

 

 エルベ藩王国兵の捨て身の突撃は、かえって彼らも窮地に追い込まれているのだという健山の確信を強めた。そして彼の読みどおり、ヤケクソの突進は自衛隊を一時的に押し戻すことに成功したものの、やがて火力という覆しようのない格差によって沈静化していく。

 

 エルベ藩王国軍は第一回諸王国連合軍の時と同じく、無数の屍をアルヌスに晒すことになった……。

 

  

 **

 

 

(おのれ、一度ならず二度までも……!)

 

 最初の一撃が失敗した後、デュラン王は野営地で屈辱に顔を歪めていた。圧倒的な装備の差がある以上、ある程度の被害は作戦の中に織り込んでいたはず。だというのに――。

 

「何なのだ?この数は?」

 

 たった1日の戦いで、エルベ藩王国軍は総兵力の実に3割を失っていた。一般的に言って、3割の被害は組織的抵抗が不可能になるレベルの損害であり、再編成が完了するまで戦闘不能と考えられるため「全滅」と評される。

 

 ――桁をひとつ、間違っているのではないか? 

 

 歴戦の勇者をもって知られるデュラン王をして、低レベルの質問を口にさせるほどの一方的な展開。それほど自衛隊の戦列は堅く、数にものを言わせた雑兵の突撃はいまだ大きな効果を挙げられずにいたのである。

 

 

(……だが、結局のところ戦いを左右する最大要素が数であるという真実は変わらぬ)

 

 

 被害は甚大だったが、先ほどから大砲の炸裂音がないことにデュランは気づいていた。敵の火力は、まもなく尽きようとしている。

 

 戦術レベルでは大きく負けたが、作戦レベルでは当初の計画通りに進んでいる。順調と言ってもいいぐらいだ。

 

(ならば続けるしかあるまい。儂にはそのぐらいしか、出来ることが無いのだからな)

 

 デュランは無理やりにでも自分を納得させ、兵士を次々に死地へと送り込んでいく――。

 

 

 **

 

 

 案の定、と言うべきか。諸王国連合軍の突撃は、攻撃側に多大な損害を出す結果となった。

 

 もっとも、そのこと自体はあらかじめ予期されていた展開だ。兵士の装備は劣悪な上、士気も高くない。大損害を被るのは当然だ。

 

 第1回諸王国連合軍が無残な失敗に終わり、主な帝国の属国は主力となる軍団を失っていた。代わりに投入されたのは、装備も武器も不統一、槍か棒か梯子をもっただけの雑多な寄せ集めを「兵」と評しているのである。

 

 

 だが、第2皇子ディアボはこのような欠点を知り尽くした上で作戦を立てていた。波状攻撃によって防御側に一息入れる暇を与えず疲れさせる他、「使い捨てられる」という特徴を最大限に生かす事にしたのだ。

 

 

 **

 

 

 最初に異変に気付いたのは、ダークエルフのヤオだった。

 

「風がおかしい」

 

 報告を受けて半信半疑、現場に向かった赤井弓人三等陸尉は仰天した。

 

「この匂い……まさか!」

 

「どうした?」

 

 赤井は真っ青な顔で、現場を仕切っていた柳田に大声で叫んだ。

 

「毒ガスです!」

 

 異臭が漂い出したのは、まさにその瞬間だった。目が痛くなるような刺激臭――硫黄の匂いだ。

 

(馬鹿な……味方ごと巻き添えにする気か!)

 

 卵が腐ったような異臭から察するに、どこかの火山から硫黄の塊でも採取して製造したのだろう。帝国軍は石と粘土を作って即席の炉を作り、硫黄を燃焼させることで有毒の硫化水素ないし二酸化硫黄を発生させたのだと考えられる。

 

 あるいは、自分たちの知らない物質や魔法なんかも使っている可能性もある。もしそうだったとしたら最悪だ。

 

 ガスマスクは足りない。薬もない。ましてや傷病者を看病したりする余裕などあるはずもない。

 

何より、毒ガスのあたえる心理効果は絶大だ。パニックに陥ってしまえば、戦線を突破されてしまう恐れもある。柳田の決断は早かった。

 

「退却しろ!この陣地は放棄する!」

 

 毒ガスが本格的に達する前に、柳田は撤退を決意した。

 

(クソッ、クソッ――!)

 

 あらためて、帝国軍の用意周到さに鳥肌が立つ。おそらく常に二段構え、三段構えの計画を練っているのだろう。奇襲作戦が最後まで成功しないことなど、最初から計算済みだったに違いない。

 

 

 時々、柳田は不思議に思う事がある。

 

なぜこの世界で帝国は、他の種族を差し置いて超大国になれたのかと。もちろん人口が多い、というのも一つの理由だろう。

 

 だが、こうも思うことがある。この驚異的な進化スピード、学習能力こそが彼らの力の源泉なのかもしれない。

 

 ――すなわち、自分たちと同じ「人間」である事が真の理由なのではないか、と。

 

                




 復活のデュラン王!

 原作と違って帝国から離反するという展開ではなく、むしろ「諸王国連合軍」で仲間を失った恨みから帝国サイドに立つ展開に。


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エピソード37:矢尽き刀折れるまで

    

「おのれ帝国軍め! 次から次へと卑怯な小細工を!」

 

 嫌らがせとも思える(実際そうだったのかもしれないが)帝国軍の戦法を受け続けたアルヌス守備隊は、時間が経つにつれて明らかに精彩を欠き始めていた。

 

 日を経るごとにアルヌス守備隊の疲労は増していくばかり。対して帝国軍はその大量の兵数をいかして軍団をローテーションさせ、ほとんど二十四時間連続の戦闘行動を継続させていた。

 

 ここで帝国軍の戦法を、「兵員数にモノを言わせた損害度外視の力押し」という一言のもとで切って捨てるは容易い。

 

 だが、ここまで兵数差が開いている場合、そうした「力押し」はむしろ「取り得る戦術の中で最善策」となる。

 

 今やアルヌスの守備兵は仮眠すらもままならず、肉体と精神の限界に達しつつあった。「兵の交替によって疲労を抑える事ができない」という寡兵の弱点は、長期戦においてボディブローのようにじわじわと効いている。

 

 

 腹が減っては戦はできぬと言うが、寝不足でも、物資不足でも戦はできぬ。これには歴戦の戦士であるヤオや狭間中将が悲鳴をあげるのも無理からぬことであった。

 

 

 **

 

 

 以前に比べて、アルヌス守備隊の反応が悪くなっている――その事実は、ここ数日で帝国軍将兵の全員が感じていた。

 

「あと一息だ……もうすぐアルヌスは墜ちる」

 

 ここに来て慎重派のピニャも自軍の優位を確信し、総仕上げの布石に取り掛かろうとしていた。

 

 

 ―-先ずは敵の士気を下げる。どこに隠れようと、我らの剣からは逃れられぬという事を連中に教えてやるのだ。

 

 

(待ちに待った出撃だ……!)

 

 百人隊長の一人、ワルド子爵は久々の出撃命令に心を躍らせていた。

 

 血気逸る己の翼龍に跨り、自分の帯革と鞍を金具で留める。鞍は飛龍の首の付け根あたりにつけられており、そこから長い手綱が轡まで伸びている。

 

「さて、開発部の新兵器とやらの効果を見せてもらおうか」

 

 ワルドが軽く鐙で叩くと、彼の飛龍は短い両手を使って地上に置かれた球状の物体を掴む。

 

「みんな、準備はいいか!」

 

 周囲を見渡し、安全と部下たちの様子を確認――問題はなさそうだ。ワルドは右手を高く上げ、三度大きく振る。

 

「異世界の連中から、俺たちの空を取り戻しに行くぞ!」

 

 手綱を強く引くと、飛龍は高い声で啼き大きな翼を広げた。強い後脚で助走するように駆け出した後、強く地面を蹴って地上を離れた。

 

 ワルドは空気抵抗を減らす為、飛龍に体を密着させるようにして上半身をかがめる。飛龍はしばらく必死に翼を動かしていたが、やがて風に乗って高度をあげてゆく。

 

 

 彼の部隊を先頭に、それに続くように何頭もの飛龍が空に舞い上がる。帝国全土からかき集められた、空の英雄たち――合計で900羽もの飛龍が続々と飛び立つ様子は、まさに圧巻の一言であった。

 

 事実、これは帝国の保有する、稼働状態のほぼ全ての飛龍の数に等しい(ちなみに稼働率は3割ほどで、残りのほとんどは調教中の若い飛龍か妊娠中の母親である)のだ。

 

 

 月明かりだけが頼りの夜だが、運よく迷子になった者は皆無だった。目標であるアルヌス駐屯地がそれだけ目立つ目標であることが幸いしたのだろう。

 

「行くぞ! 夜を照らせ!」

 

 ワルドは首にかけていた笛を摘むと、一瞬だけ体を後方に向けて突撃の音を鳴らした。それに応じるように何羽もの飛龍が鳴き声をあげ、次々と連鎖した鳴き声は夜空を不気味な喧騒で満たす。

 

 ワルドは手綱を引き、乗龍に降下を命じた。笛の音を耳にした部下たちもそれに続き、目標へと近づいていく。

 

(………見えた!)

 

 目標は斜め上に向けて設置されている鉄筒――大砲と自走砲だ。

 

 急降下に入ったワルドは地上までの間合いを計算し、敵兵の輪郭がはっきりしたところで強く手綱を引く。上昇の合図だ。

 

 飛龍は降下を止め、翼を羽ばたかせて再び上昇姿勢に入った。そして訓練しさとおりに、地面に腹を向けた瞬間、両手に持っていた物体を離す。

 ワルドの飛龍が落とした物体は地上に落下し、地面に激突すると一気に炎上した。

 

 

 これこそが帝国軍の新兵器――『モルト・カクテル』であった。

 

 

 この新兵器の構造は至って単純で、壺の中に度数の高い酒や鯨油などの可燃性物質が混合してある。表面には燐を膠で張り付けてあり、地面に激突した衝撃と摩擦で発火、それが可燃性混合物に引火して炎上するというものだ。

 

 構造が構造なだけに命中率・発火率もそう高くは無いものの、うまく燃え上がった炎が不発に終わったものに引火したり、難民の使っている簡易木造住宅や布製テントに燃え移る事で、瞬く間に火災が発生していった。

 

 

 **

 

 

(なんだ、今の音は!?)

 

 物音で目覚めたヤオが物見櫓に登ると、要塞のあちこちで黒煙が立ち上っているのが見えた。宿舎からも火の手があがり、診療所までもが真っ赤な炎に包まれていた。

 

 あれほど平和だった町が……ヤオは拳をぎゅっと握りしめた。火災が起きている建物には、大勢の人々がいる。彼らは無事なのだろうか。

 

「っ……!」

 

 風が鳴る奇妙な音が耳に入り、とっさに身をかがめるヤオ。その直後、突風が耳を掠めたかと思うと、背後で衝撃音が轟いた。肩越しに見ると城壁の一部が崩壊している。

 

(投石器!? いつの間にあんなものまで……!)

 

 敵からの投石はひっきりなしに行われていることから、相当な数を持ち込んだのだろう。自衛隊も残った数少ない迫撃砲と自走砲で反撃するも、大量の煙が視界を覆ってうまく視認できない。

 

(連中、自分で煙を焚いて目くらましを……)

 

 これでは帝国も見えないはずなのだが、投石機の数が多く、かつ城壁のように目立つ目標にあてる分にはさほど問題はないのだろう。

 

 実にしぶとい相手だ、とヤオは思った。

 

 帝国軍の掘る塹壕は深いし、土木工事技術も優れている。しかも合理性が通用しない。兵員の損失を無視して執拗に攻め込むのだ。負け戦ならいたずらに損害を出すだけだが、勝ち戦で非合理に攻め込む積極性は、時として予想外の打撃を自衛隊に与えていた。

 

 街路を進む彼の視界に飛び込んで切るのは、悲惨な町の様子ばかりだ。見渡す限り、瓦礫と死体の山ではないか。家屋が燃え盛る乾いた炎の音と負傷者の低いうめき声。充満する煙と血の匂い。

 

「ママ!どこにいるの?ママ!」

 

 親からはぐれた男の子が泣きながらさまよい、その隣ではある家の主人が家族に叫ぶ。 

 

「急いで荷物を纏めろ!ここから逃げるんだ!」

 

「ああ、足が!」

 

 道端にうずくまる老人は血だらけだ。燃え盛る家の前で男が茫然と立ち尽くし、「誰か水を!このままじゃ全部焼けちまう!」と叫んでいる。

 

 (くそっ……!)

 

 仕立て屋の横を通過した時、店主が骸となって転がっているのを見つけ、ヤオは衝撃を受けた。腕によりをかけていいものを作りますよ、と笑っていたのはつい先週のことだ。彼に採寸を依頼することはもうない。

 

 業火に包まれた屋台の前で茫然とする亜人の店主の姿も視界に飛び込んできた。目の前で財産が焼き尽くされたことに衝撃を受けているのだろう。平和は打ち破られ、人々は狼狽し、絶望の淵に追いやられている。

 

 

 いますぐ助けを求める民衆一人一人に答えたいが、敵の侵入を止めるのが先だ。一刻も早く応戦し、進行を阻止せねばならない。民衆の悲痛な叫びを耳にこびりつかせたまま、ヤオはやりきれない思いでひたすら走り続けた。

           




 モルト・カクテル

概要
 モルトとは当時の帝国皇帝であったモルト・ソル・アウグストスのことで、彼はアルヌス攻防戦での守備隊に対する最初の空爆行為に関し、「自衛隊に搾取されている帝国の労働者への援助のため、パンを投下した」などと発言した。
 これを皮肉って、実際に投下された小型火炎瓶のことを「モルト(に捧げる特別製の)カクテル」という皮肉のこもった通称で呼びはじめたという。


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エピソード38:最期の時

 

 戦況はあきらかに帝国軍が優勢だった。

 

 

 城壁には突撃用の攻城櫓がいくつも組み立てられており、帝国兵の大軍がどんどん壁を越えていくのが見える。

 

 城壁の上では熾烈な戦いが繰り広げられており、指揮官自らが先頭にたって剣を振り上げていた。勇猛な帝国の将軍は、殺戮の真っただ中に身を置くことを恐れてはいないようだ。

 

 

 一方の義勇軍とて、みすみす敵の侵入を許すわけがない。

 

 壁上で帝国軍を待ちかまえ、接近する敵兵に松脂と油をまぜたものを敵の頭上に注いで火をつけていく。それでも火だるまになって次々と落ちていく仲間を尻目に、帝国兵は勇敢に梯子を伝い登って行った。

 すさまじい熱気と火炎に包まれ、たちまち戦場は灼熱の地獄と化していく。

 

 

 だが、帝国軍は多方向から同時攻撃をかけており、その全てを防ぎきることは不可能だった。何百人という兵士が防御の穴を縫って浸透しており、アルヌスは陥落寸前の体を見せていた。

         

「報告!第9軍団が傾斜路を確保!」

 

 オプリーチニキを使って強引に突撃させたのが功をなし、昼になってやっとゾルザルの部隊は傾斜路を確保。代償として第9軍団は戦闘能力を喪失した。

 これは戦意の問題ではなく、物理的に軍団を名乗れぬ単位まで戦闘員が減少してしまったのだ。

 

「よし!第9軍団を下がらせろ!代わりに第5軍団を投入する!」

 

 しかし、待望の報告にゾルザルは戦機が熟したことを悟った。損害を省みず総攻撃をかければ、今度こそ勝利は目前であろう。

 

 

 ――やはり、自分の計算に狂いはなかった。損害も許容の範囲内であり、敵を叩き潰すべき戦力は十分である。全てはただ、順番が変わっただけのことに過ぎない。

 

 ゾルザルが下した判断は明快なものであった。

 

「ついに、異世界の軍を撃滅する時が来たのだ」

 

 もとより異世界の軍を討ち取るために練られたのが今回の作戦である。すでに“門”は封鎖しており、敵の増援は現れない。

 

 ならば、この期に及んで作戦を変更する理由は何もない。たとえどれだけの被害が出ようと敵を殲滅し、帝国千年の安泰を勝ち取るのだ。

 

 

「………全軍に総攻撃を命じよ。決戦の時は来た!」

 

 

 ゾルザルは躊躇なく総攻撃を命じた。予備隊にも躊躇なく投入する。ゾルザルの中央方面軍は第9軍団が抑えた傾斜路を抜け、ついに要塞外壁から内部へと突入した。

 

 

 **

 

 

 柳田はマガジンの残っているアサルトライフルを持つ数少ない兵士であったが、期待に反してその射撃は目覚ましい効果を上げてはいなかった

 

(駄目だ……頭痛が酷くて集中できない……!)

 

 連日の戦闘によるストレス、睡眠不足、肉体の酷使による疲労、そして栄養不足などが重なり、柳田の身体は限界を迎えていた。体が、脳が、そして心が「休ませてくれ」と悲鳴をあげている。

 

 それは彼に限ったことではなく、守備隊の兵士が多かれ少なかれ抱えている問題であった。帝国軍の後方で突撃ラッパが鳴って新手の増援が到着すると、義勇兵は総崩れになって監視塔の方へと退却していった。

 

「これ以上、敵を接近させるな! 応戦しろ!」

 

 監視塔にいる守備隊は弓や弩で応戦するも、帝国軍は大胆にもバリスタやオナガ―といった小型の攻城兵器まで持ち出してきた。ライフルを持つ柳田はともかく、他の義勇兵では対抗のしようもない。

 

「いったん、後方の区画まで後退しましょう。あそこなら城壁がある」

 

 さっきの義勇兵から提案され、柳田は了解した。後方陣地まで退却し、体勢を立て直す時間を稼ぐのだ。

 

「退却!退却しろ!」

 

 柳田は城壁に上ると、少しだけ顔を出して眼下の戦場を見渡した。大勢の兵たちが怒号をあげて激突する様は凄絶だった。義勇兵も必死に抵抗しているが、帝国軍の統制された動きに苦戦しているようだった。

 

 激しい戦闘は、何時間も続いた。兵士たちは汗で手が滑って武器を落とし、ぬかるんだ地面に倒れ込んでも戦いをやめない。

 終わりの見えない、泥だらけの肉弾戦がそこかしこ繰り広げられていた。彼らはくんずほぐれつの大乱闘を続け、徐々に収拾がつかなくっている。

 

(指揮官を殺せば、指揮系統を失った敵は崩壊するはず……!)

 

 柳田は目を凝らして、帝国軍の指揮官を探した。そして端の方に他の兵士と少し違った兜をかぶり、大声で叫んでいる兵士を発見した。

 

 柳田はアサルトライフルで狙撃する。初弾は外したが、2発目は命中、3発目で留めを刺した。帝国軍が混乱し、その隙をついて義勇軍が突撃していく。

 

 だがその直後、燃え盛る石が放物弾道を描いて義勇軍に命中した。

 

 直撃した兵士の四肢が吹き飛び、ちぎれた腕が柳田の視界に映った。石は地面に命中すると花火のように炎をまき散らし、それが義勇兵の服に燃え移る。

 

 恐らくは石に油を塗り、その後で火をつけたのだろう。あたりから焼けた肉の異様な匂いが漂い、義勇兵は戦意を喪失して茫然と立ち尽くした。

 

「門を閉めろ!敵の侵入を許すな!」

 

 帝国軍の攻城兵器が次々に投擲を開始し、着弾の衝撃で壁が振動する。敵は増援を受けたらしく、熾烈極まりない砲撃を受けた味方はやっとのことで防衛している状況だ。

 敵は正面突破を目論んでいるようで、正面に狙いを定めて執拗に突撃を加えてくる。

 

「さっさと門を閉鎖しろ!」

 

 ヤオの怒声が響き、ダークエルフたちが全速力で門にかけていく。だが、あと少しで門が閉じるというとき、門番2人が長弓兵の狙撃を受けて倒れ込んだ。

 

 僅かな隙間から帝国軍がなだれ込み、壮絶な攻防戦が展開された。敵の大部隊にダークエルフたちは必死に応戦するものの、門はどんどんこじ開けられていく。柳田の目にも自軍の劣勢は明らかだった。

 

「おのれ帝国軍め!よくも同胞たちを!」

 

 業を煮やしたヤオは剣を引き抜くと、雄叫びをあげて仲間たちに加勢すべく走り出す。

 

 剣を振り回し、帝国兵を圧倒的な剣術で切り倒していく。軽快に立ち回り、鋭利な刃の先端で正確に敵の弱点を切り裂いていく。

 思わぬ反撃にあった帝国兵はたじろぐも、後方から続々と投入される新手が止まることは無かった。

  





 柳田&ヤオ「最近、ずっと頭が痛いんです。体も痛い。夜もよく眠れません食事をしても、吐いてしまう事も多いです。毎朝、目が覚めてから仕事の事を考えると、気分が重くなります」


 医者「過労ですね」


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エピソード39:落日のアルヌス

 

 ついに“その時”が来たという予感は、ピニャたちの北部方面軍でも確信へと変わっていた。このときピニャもまた、ほとんど自軍の勝利を疑っていなかった。

 

「ボーゼス、敵の反応は?」

 

 ピニャが尋ねると、ボーゼスは逸る気持ちを抑えきれずにまくしたてた。

 

「目に見えて勢いが失われております。姫様、今が好機です!」

 

 ヴィフィータやシャンディ―といった、他の薔薇騎士団員も次々と口を開く。

 

「敵の魔法攻撃は明らかに衰えています。おかげで被害も以前に比べれば減少し、兵の士気は上がっています!」

 

「同意見です。おそらく連日の長時間労働による酷使で、敵の魔術師も過労で倒れたのでしょう」

 

 誰もかれもが、敵の士気が下がっていること、そして味方は意気軒昂であることを報告する。

やがて部下たちの言葉が尽きた頃合を見計らって、ピニャは小さく笑みを浮かべた。

 

「皆、ここまでよく耐えてくれた。だが、それも今日までだ! 今までのうっ憤を、連中に存分に叩きつけてやれ!」

 

 それは明確な言葉ではなかったが、「総攻撃の許可」以外の何物でもない。

 

 

 ついに待ちに待った、戦功を立てる時が来た。もはや遠慮はいらぬ。己が武勇を頼りに、首級をあげよ――。

 

 

「アルヌスの魔法は尽き、鋼鉄の塊はもはや動かぬ! 機は熟したのだ! 」

 

 

 帝国兵は大きな歓呼とともにピニャに応えた。歓喜の声だった。

 

 

「全軍、アルヌスに向かって突撃せよ! その手で栄光を掴みとれ! 名誉と褒美は諸君らを待っている!」

 

 

 雷のような大歓声と共に、薔薇騎士団が先陣を切って勢いよく走り出す。決壊寸前までたまったフラストレーションを晴らすかのように、帝国軍は怒涛の勢いで自衛隊へと襲い掛かった。

 

「おおおおおおおおお〜〜〜〜〜っ!!!」

 

 先陣を切ったのは、薔薇騎士団随一の武闘派として知られる、ボーゼス・コ・パレスティー。彼女の猛獣の咆哮の如き雄叫びは、アルヌス側の兵士たちが思わず足をすくませるほどであった。

その後ろに、彼女が率いる黄薔薇騎士団の騎士や従者たちが続く。

 

 

 突然の猛攻に驚いたアルヌス義勇兵たちだったが、すぐに自分たちの所が激戦区になったと考え、いつものように他所からの援軍を要請した。

 

 だが返ってきた言葉は『帝国軍の猛攻を受けており、当方に援軍を送る余裕なし』だった。

他の部署も余裕はない。示し合わせたように、ゾルザル、ディアボの軍団も総攻撃をかけているのだ。

 

「遠慮はいらん! 今までの鬱憤を連中に叩きつけろ!」

 

「他の部隊に遅れをとるな! 目の前の敵を斬って斬って斬りまくれ!」

 

 ボーゼスたちの檄に呼応して、帝国軍の士気が爆発的に上昇する。その熱量はアルヌスを覆い尽くさんばかりだった。

 

 末端の兵士すら、今回ばかりは血眼になって手柄を立てようと血気逸っている。なにせ、これほどの大戦なのだ。戦功をたてれば、農民から貴族に叙される事も夢ではない。

 

 

 そんな彼らの様子を見て、アルヌスの義勇兵たちはようやく理解する――ついに帝国軍は、全力全開の総攻撃を仕掛けてきたのだと。

 

 やんぬるかな、アルヌス義勇兵は効果的に反撃することが出来なかった。

 

 昼夜問わず繰り返される波状攻撃は、素人の寄せ集めに過ぎない義勇軍兵士を心身ともに大きく疲弊させている。

数の少ないアルヌス側は帝国軍のように3交替シフトを組むことが出来ず、長時間勤務と睡眠不足は集中力・記憶力・情緒・反応速度を目に見える形で低下させていた。

 

 

 そこに帝国軍の総攻撃である。しかも先陣を切っているのは、ボーゼスら『騎士』である。

 

 帝国軍の中でも選りすぐりのエリート兵士である『騎士』の戦闘能力は、帝国一般兵を遥に凌ぐ。

自衛隊風にいえば特殊作戦群とヒラ隊員ぐらいの差があるのだ。

 

 そんな人間が甲冑を着込んで完全武装の上、剣を振りかざしながら騎乗突撃してくるのだから堪ったものではない。

騎兵という自分より巨大な物体が高速で突っ込んでくるという恐怖に、義勇兵たちは完全に瓦解してしまった。

 

 

 **

 

 

 

 第3皇女ピニャ・コ・ラーダはもはや後方の本陣で観戦などしていなかった。自ら馬を駆り、眼前を通過していく騎士団や軍団兵に向かって叱咤激励を始めたのだ。

 

「アルヌスは、もはや我々のものだ!」

 

 帝国兵の様子が一変した。全員が一丸となって城壁に突撃する。

 

もう撃退はされなかった。バリケードを越えた者は、休む間もなく奥へと突っ込んでいく。

 

ここに至り、守備側はついに敗走を始めた。逃げ出す義勇兵や自衛官の背中を、帝国兵の投槍が貫いていった。

 

 

 破壊された箇所から侵入する帝国兵は、もはや押し戻すには不可能な勢いになっていた。

総崩れになっている。大量の帝国兵がなだれ込み、形成は完全に絶望的だった。

 

 それでも戦っていた自衛官は、櫓の上に立っていた日の丸が落とされ、代わりにドラゴンの翼が描かれた帝国旗が翻ったのを見て、ついに打つ手が尽きたのを悟るしかなかった。

     




最後のシーンは硫黄島かベルリンのイメージで


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決戦編
エピソード40:暗闇の中で


                              

 

 アルヌスが陥落するより少し前、帝都にて――。

 

 

 宮殿がそびえる丘のふもとに、巨大な石造建築物がある。円形闘技場(コロセウム)と呼ばれるそれは、剣闘士競技などの見世物が行われる巨大な娯楽施設だった。

 

 当然ながら戦時中の現在ではほとんど使われておらず、代わりに巨大な収容能力を活かした牢獄として利用されていた。

 通常の犯罪者もいるが、帝権擁護委員部「オプリーチニキ」が捕えた政治犯や奴隷などの多くも収容されている。

 

「それは、素晴らしい提案です。貴女にその気がおありでしたら、我々は全力で支援いたしますわ」

 

 闘技場の地下にある一室には、一人の女性がいた。ただの女性では無い。表面的にはよく似ているが、ウサギに似た耳や尻尾を持つ姿は帝国で迫害されている亜人のもの。

 

「ご心配なさらず。我らヴォ―リアバニーは約束を破りません」

 

 警戒をあらわにする相手の様子を見て、女はふっと頬を緩めて見せた。美しいが、どこか寒気を覚えるような微笑。

 

 ヴォーリアバニーといえば、非常に戦闘能力に長けた狩猟種族だ。それゆえ危険視した帝国に攻め込まれ、ほとんどが殺されるか奴隷として各地に売られたという過去を持つ。

 

「不満を持っている者は大勢います。我々は長い時間をかけて彼らを一人づつ説得し、仲間に引き入れ準備を進めてきました」

 

 彼女は極め穏やかに口すさぶ。有名女優といっても通じるような端正な顔立ち。肌は色白で、その切れ長の瞳は多くの男性を虜にしてきたに違いない。

 

「もちろん事が事なだけに、慎重になられるのも無理はありません。ですが……これならいかがでしょうか?」

 

 じゃらり、と金属同士が擦れる音。ヴォ―リアバニーの女が懐から出したそれは、鎖で繋がれた黄金の紋章――その表面に刻まれていたのは。

 

 十数本の棒を巻いた斧……示すは権力の象徴としての斧と、その周囲に団結する人々。帝権の象徴とされ、それをかたどったシンボルを持つことは皇帝直属の機関にしか許されていない。

 

 相手の表情がさっと変わった。

 

「ゾルザル殿下に近づいて正解でしたわ。そのおかげで、今やオプリーチニキは私のもの」

 

 ふわっと優しげに笑って、ヴォ―リアバニーの女……テューレは胸に右手をあてて紡いだ。

 

 

「女王の名にかけて誓いましょう。すべては、勝利のために」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 既に日は暮れ、帝国の首都『ウラ・ビアンカ』は夜の闇に包まれようとしていた。

 

 市街地では自衛隊と帝都警備隊の攻防が続いており、一般人のほとんどは家の扉に鍵をかけてこの嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

 

 

 物陰に隠れていた倉田の耳に、金属同士が触れ合うガシャンガシャンという音が響く。帝国兵だ。

 

「こっちに近づいてくるわ……」

 

 息を飲む音が耳元で聞こえてくる。隣にいる黒川二等陸曹のものだ。

 

「ホント、しつこいんだから。もう勘弁してよ……」

 

 栗林二等陸曹が苛立ったように呻く。元気が取り柄の栗林でさえ、顔には隠しきれない疲れがにじんでいた。

 

 

「確認します」

 

 慎重に顔だけ出して確認する倉田。思った以上に数が多い、2,30人はいるだろう。密集隊形を組んで、大盾――スクトゥムを掲げながら慎重に進んでくる。

 

「おい、あれは……!」

 

 倉田が息をのむ。帝国兵の前方には、一人の自衛官がいたからだ。別の部隊に所属していた隊員で、顔に見覚えはある。

 

「――くそぉッ!死ねっ、死ねぇッ!」

 

 どこかのタイミングで隊からはぐれたらしく、そこを帝国兵に囲まれたようだった。既に小銃は無くしたか弾が切れたらしく、拳銃を乱射している。

 

「じゅ、銃弾が効かない――!?」

 

 戸惑うような声が、彼の最期の言葉となった。

 

 9mm拳銃に装填されている9発の弾を全て撃ち尽くしたタイミングで、帝国軍は密集隊形を解除――何本もの投槍が彼の全身を貫いた。

 

 

「おい、嘘だろ……前は簡単に貫通したのに」

 

 動揺する倉田の隣で、黒川は悔しそうに唇を噛む。

 

「たぶん、帝国は盾にも全面的な改修を施したのよ……」

 

 

 結論からいうと、黒川の推測は正しかった。

 

 

 本来のスクトゥムは子牛の革や木材で作られ、縁を鉄の補強した程度の簡易な構造だった。

 

 しかし帝国はこれを完全な金属製に改良し、防弾性能の増加を図ったのだ。さらに盾を湾曲させることで、角度によっては弾丸を左右に逸らす事も可能となっている。

 

 

「じゃあ、――これならどう!」

 

 栗林が叫んだ次の瞬間、ちょうど後方にいた兵士たちの足元で耳をつんざく轟音が響く。栗林が手りゅう弾を投げたのだ。

 

「くたばれ!」

 

 栗林はそう吐き捨てると、持っていた突撃銃を乱射する。地面に倒れたまま苦しみもがく帝国兵が、次々に動かぬ躯へと変わっていった。20人以上の兵士たちが物言わぬ肉の塊になるまで、3分とかからない。

 

「この、このおッ!」

 

 興奮した栗林は、死肉と化した帝国兵にも執拗に銃弾を撃ち込んでいく。まだ熱い血渋きが上がり、骨が砕ける音がした。

 

「落ち着いて!もう死んでるわ!」

 

 黒川が叫ぶと、栗林もようやく頭が冷えたようだった。荒い息を吐く彼女に倉田が近づき、そっと耳打ちした。

 

 

「今の銃声で気付かれたみたいだ。もっと来るぞ」

   




裏ヒロイン・テューレさん登場。

ゾルザルの性奴隷だったはずが、気付けばオプリーチニキを仕切って人。アニメでも回が進むごとにいい服に着替えていたのが何とも。


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エピソード41:侵入者

 栗林ら地上部隊の苦戦は、断続的に入る無線から伊丹たちの耳にも届いていた。

 

 

「さすが、武力で何百年も支配を続けてきた軍事国家なだけはある。敵が新兵器を使えば、すぐに対策をとれる柔軟性が奴らの強みか」

 

 帝国兵は頑強に抵抗し、建物を完全に占拠しても地下道や下水道を使って逆襲をかけている。地下壕は発見されるや、負傷兵や避難民ごと手りゅう弾で破壊されたが、後方の建物や窪地、瓦礫の中には帝国の弓兵がいつの間にか入り込んでくるという始末だ。

 

 すでに地上部隊は至る所で分断され、数と地の利で勝る帝国軍に翻弄されつつある。最新兵器をもってしても、建物一つ、部屋一つを奪い合う市街戦は自衛隊に大きな消耗を強いていた。

 

 

「――でも、ちょっとばかり足元への警戒を怠ったようね」

 

 

 ロウリィがにやりと笑う。暗い通路に、わずかに光と風が漏れ始めていた。

 

 

「亜神の力、じっくりと見せてあげるわ」

 

 

 目的地まであと少し……ロウリィはある地点でハルバードを握りしめると、一気に跳躍した。

 

 

「はああああああっ」

 

 

 ハルバードを地下通路の天井に向けて振りかぶり、それを力任せに天井へ叩きつけるロゥロィ。瓦礫が吹き飛び、通路の一部が崩落する。

 

 彼女はそれを何度も繰り返す。徐々に穴は大きくなり、やがて人が2人ぐらいなら十分に通れる大きさになった。

 

「よし、幅はこのぐらいでいいだろう。後は、このまま地上まで穴をあけるぞ」

 

 

 これが、伊丹たちの策――いや、策と呼べるのかすら怪しい腕力勝負だった。

 

 

(俺たちが地下通路を利用してくることは、恐らく帝国軍も想定しているはず……)

 

 実際、外に通じる通路という通路は帝国軍によって埋め立てられていた。爆薬は量が足りず、かといって重機を持ち込むなど論外。だが――。

 

 

 

 だったら、神様に穴を掘らせればいい。

 

 

(重機がなくたって、俺たちには神様がいるんだ……!)

 

 

 掘削から20分後、ついに視界を支配していた闇の世界が終わりを迎える。再び跳躍して地上に出たロウリィの目の前には、宮殿厨房のゴミ処理施設があった。

 

「行くぞ」

 

 そう口に出してから、伊丹はロゥリィにテュカ、そしてレレイの方を見やる。3人とも覚悟は出来ているようだ。

 

「目的は囚われている魔術師たちの解放………そして暗殺」

 

 

 標的は口に出すまでもなかった。帝国の第一市民にして至高の存在、皇帝モルト・ソル・アウグストスその人に他ならない。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 伊丹達の侵入を受けて、宮殿にある玉座の間は恐慌状態になっていた。食事を用意していた料理人の一人が、ゴミ処理施設の付近に大穴を発見したのだ。

 

 状況が状況なだけに、偶然ではない。何者かが、意図をもって宮殿に潜入したのだ。

 

「バカな!宮殿に敵の侵入を許しただと!」

 

 マルクス内務相が信じかねるように叫ぶ。市街地の敵はこちらの消耗戦に引きずられて身動きが取れない状態にある。それなのに、なぜ――。

 

「警備担当者は何をやっていたのだ! どうして今まで気付かなかった!」

 

「それ見たことか。だから私は全ての通路を塞げといったんだ」

 

「それは結果論に過ぎんだろ!」

 

 突如として現出した敵に誰もが愕然とする中、皇帝は低い声で答えた。

 

「敵も我々と同じことを考えていた――それだけだ」

 

 可能性として一番高いのは、帝都中に張り巡らされている地下通路だろう。敵が地下通路を利用してくるという可能性は、事前の作戦会議においても議論されていた。

 

 そのため帝国軍は地下通路に繋がる全ての侵入経路――井戸、ゴミ処理施設、下水溝を埋め立てていた。

 

 だが、さすがの帝国軍も自衛隊が亜神を使ってくるとは想像もしなかった。亜神の人間離れした腕力によって、自衛隊は文字通り「力づく」で穴をぶち開けたのだ。

 

 

「陛下!脱出を……」

 

「馬鹿を申すな。我らが役目は、一秒でも長く時間を稼ぐこと」

 

 たしかに宮殿に侵入されはしたが、まだ“門”の封鎖が解けたわけではない。先に遠征軍がアルヌスを制圧できれば、こちらの勝利は確定する。

 魔術を使って封鎖するなどという小細工ではなく、“門”を維持しているアルヌス神殿ごと物理的に破壊する手はずになっているからだ。

 

 

「マルクス内務相」

 

 皇帝はすっくと立ち上がった。片手をあげ、家臣と衛兵についてくるよう指示する。

 

「陛下、どちらへ?」

 

「魔術師たちのところへ向かう。――皆殺しだ」

 

 敵に狙いがあるとすれば、おそらく魔術師たちの確保であろう。

 

 彼らさえ押さえれば、“門”の開閉は思うが儘。スパイが情報を漏らしたか、分析の結果かは知らないが、自衛隊はどうにかしてこちらのカラクリを理解したらしい。

 

 であれば、殺すしかなかった。敵に奪われるぐらいなら、魔術師を皆殺しにして開閉する術を永遠に封印する。

 

 

(万が一に備えて、魔術師たちの杖を取り上げて正解だった)

 

 部屋の前に立ったモルト皇帝は剣を抜き放ち、顎で部下に突入の指示を出す。一人が扉を蹴破り、一斉に衛兵があ突入する。

 

 

 中には、誰もいなかった。

                         




 大軍で敵を引き付けて、その間にこっそり敵地に侵入しちゃえばいいじゃない。古典でいえば「指輪物語」あたりからの由緒正しき方法。


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エピソード42:宮廷動乱

                         

 皇族墓地――宮殿の裏庭から少し北へ向かった場所にある小高い丘には、歴代皇帝の遺体が安置されている。場所が場所なだけあって、めったに人が近寄らない場所だ。

 

(ここなら警備兵も少ないはず……)

 

 墓石の林の中を、伊丹たちは足早に進んでいた。

 

 レレイの説明によると、帝都に集められていた魔術師たちは地下にある宮廷図書館で寝泊まりしていたという。図書館は湿気対策として地下に造られていたのだが、非常時には出口を塞ぐだけで即席の地下牢にもなる。

 

「……止まって!」

 

 その時、テュカの長い耳がぴくりと動いた。片手をさっと上げ、周囲に警戒態勢を促す。

 

「どうした?」

 

「叫び声が聞こえる……。大勢で戦っているみたい」

 

 緊張した面持ちでテュカが告げる。寝耳に水だった。

 

「いったい何が起こっているんだ……?」

 

 伊丹が首をかしげる。だんだんと音は大きくなり、伊丹たちにも聞こえるようになった。

 

 一人や二人の騒ぎではない。そのうち何かが爆発する音まで聞こえ、明らかに喧嘩や混乱の叛意を超えている。

 

 

「とりあえず、進むしかない」

 

 伊丹はそう判断して先へ進む。帝国兵を警戒しつつ、慎重にだ。

 

 あの抜け目ない皇帝の事だ。今頃は自衛隊が侵入していることぐらい気付いているはず。

 

 だとすれば普通、見張りは怠らないだろう。それすらいないとなると……。

 

「反乱でも起こったか?」

 

 なんとはなしに呟いた言葉。伊丹は冗談のつもりだったが、それを聞いたレレイはハッと顔を上げた。

 

「……ありえる」

 

 帝国は一枚岩ではない。利害の異なる様々な集団を、帝国軍という重しが押さえつけることで「帝国」は保たれている。だが、その重しとなる帝国軍が遠征でいなくなったとすれば……。

 

 

 しばらく進むにつれ、レレイたちの疑念は確信へと変化した。

 

 廊下に、いくつもの死体が転がっている。だが、死に方が普通ではない。全身が焼けただれたように焦げていた。

 

 それもロケット弾や手りゅう弾によるものではない。まるで体内から発火でもしたように、人間だけが焼き尽くされている。そんな芸当ができるのは、それこそ「魔法」ぐらいのものだ。

 

「やっぱり、反乱みたいだな」

 

 状況から、ある程度の推測はつく。ヘリボーンの混乱に乗じて魔術師が逃げ出そうとしたか、自衛隊の作戦を見破った帝国が“リスク処理”に動いたか。あるいはその両方だ。

 

 その間にも、宮殿からは爆音が聞こえてくる。続いて、悲鳴と金属がぶつかる音。魔術師たちが魔法を放ち、帝国兵が突撃しているのだろう。

 

 

「――テュエリ卿、そちらに一人逃げたぞ!」

 

 再び爆音が轟き、悲鳴があがった。

 

 今の声には聞き覚えがある。忘れるはずもない――それは皇帝モルト・ソル・アウグスタスのものだった。

 

 

 **

 

 

 モルト皇帝は大勢の衛兵を引き連れ、反乱を起こした魔術師たちと対峙していた。

 

 目の前では剣を抜いた近衛兵と、杖を手にした魔術師が二手に分かれて戦い続けている。追いつめられた魔術師たちが手当り次第に城を吹き飛ばしているため、どちらが勝っているのか分からない。

 

 

 魔術師たちの反乱がこうも上手くいったのは、帝国軍内部に手引きをした者がいたからだ。

 

 

 帝権擁護委員部「オプリーチニキ」……ゾルザルの設立した秘密警察で、帝都では絶大な権力をほこっている。ゾルザルが戦地へ出向いた今では、奴隷兼秘書のテューレというヴォ―リアバニーが代理で指揮をとっていた。

 

 

 そのテューレが、クーデターを起こしたのだ。

 

 

 彼女は皇位継承権を持つ皇弟ランドール公爵の娘レディ・フレ・ランドールを旗頭に担ぎ上げ、軍拡と集権化を強めるモルト皇帝を「独裁者」と弾劾。共和派の議員や現状に不満をもつ役人、戦時下で重い税をかけられた貴族に虐げられていた少数民族に奴隷といった勢力がこれに呼応した。

 

 しかも本来これを取り締まるはずのオプリーチニキは、テューレが主な指揮官クラスを買収していたため鎮圧に回るどころか反乱軍に加勢、次々に奴隷たちを解放して武器をもたせている。監視対象であるはずの魔術師を脱獄させたのも彼らだ。

 

 

 反乱の首謀者・テューレはかなり以前から計画を慎重に練っていたらしく、不意を突かれたモルト皇帝は苦戦していた。忠実な近衛軍団だけが頼りだが、主席百人隊長ボルホス率いる部隊の大半は市街地で自衛隊と戦っている。

 

(迂闊であったか………儂も老いたかも知れん)

 

 混乱に乗じてクーデターが起こる可能性を考えなかった訳ではない。

 

 しかし皇帝にはやることが多すぎ、とても一人の人間で処理できる量ではなかった。たった一人の指導者に全ての国家運営をゆだねる、帝国という国家そのものの弱点ともいえよう。

 

 

 

「陛下!」

 

 

「今度は何だ!」

 

 振り返ると、兵士の一人が廊下の向こうからやってくるところだった。顔の半分は血に塗れ、鎧も血に染まっている。

 

「奴隷たちが……!」

 

 その一言で、皇帝は何が起こったか悟った。見れば、奴隷たちが大勢押し寄せてくるではないか。

 

「――皇帝はそこよ!よく狙って!」

 

 長身の女性が、彼らを扇動している。顔には見覚えがあった。この反乱の首謀者――ウォーリアバニーのテューレだ。

 

「おのれ、奴隷どもめ!」

 

 親衛隊長が憎々しげに吐き捨てる。

 

「陛下、ここは危険です!お下がりください!」

 

 モルト皇帝は口を開きかけたが、次の瞬間、すさまじい音と白煙が廊下を覆い尽くした。魔法使いの一団がいっせいに魔法を放ったからだ。兵士が4、5人まとめて吹き飛ばされる。

 

「早く、早く外へ!」

 

 皇帝は部下に庇われるようにして、ひとかたまりになって別室へと向かった。

 

 

 **

 

 

「何してるの? 早く進まなきゃ」

 

 茫然としていた伊丹たちに、ロゥリィが呆れたように声をかける。

 

「こうなった以上、魔術師たちに加勢して一緒に脱出するしかないわぁ」

 

 ロゥリィの言うとおりだ。帝国の増援が到着したら、ますます不利だ。想定外の状況だが、使えるものは何でも利用するしかない。

 

「いくぞ!」

 

 伊丹は銃を構え、ひとかたまりになって戦場へ加勢した。

 

「はああぁぁぁぁ――ッ!」

 

 伊丹の横を、弾丸のような速さでロゥリィが駆けてゆく。向こうも気付いたのか、一瞬おどろいたような表情が浮かぶ。

 が、すぐに事態を把握し反撃してきた。

 

「敵の新手だ! 一度にやられないよう、散開するんだ!」

 

 とっさに叫んだのは、テュエリ卿と呼ばれていた30代前半ぐらいの貴族だ。彼が、この場の指揮官らしい。

 

 ざっと見たところ、帝国兵は20人以上はいるだろう。対して反乱軍は、魔術師が3人と武器をもった奴隷が10人ほど。

 

 

 見渡していると、ウサギのような耳をもった亜人の女性と目が合う。切れ長の瞳が印象的な、整った顔の美人だ。

 

 とっさに帝国兵に向かって銃を撃ち、味方であることをアピールする。向こうも理解したらしく、小さく頷くのが見えた。

 

「イタミ! 敵が来る!」

 

 テュカが叫んだ。

 

 時をおかず、帝国兵が剣を振りかざし、死体を飛び越えて一斉に突っ込んできた。数の優位があるうちに、一気に攻め潰そうというのだろう。

 

「こっちも一気に行くわよ! ついて来なさい!」

 

 ウサギ耳の亜人女性――テューレの声だ。すぐに「おう!」と奴隷たちが立ち上がり、それぞれの武器を振り回しながら突進していく。

 

 斬り合いの中に駆け込むのロゥリィを見て伊丹も加勢しかけたが、ふと思い出してポーチの中を探る。

 

(あった!)

 

 取り出した手りゅう弾を握りしめ、伊丹は帝国兵の背後にそれを投げつけた。狙い通り帝国兵の大半が吹き飛ばされ、指揮をしていたテュエリ卿の姿も見えなくなる。

 

 手りゅう弾の効果は大きく、陣営を崩した帝国兵は瞬く間に制圧されていった。最後の一人の首をテューレが撥ねると、彼女は伊丹たちの方に振り向いた。

 

「どうも。助かったわ」

 

 あっさりとした感謝の言葉は、まるで伊丹たちが来て当然とでも言わんばかりだった。

 

 実際、そうなのだろう。皇帝同様、彼女たちのような帝国内の抵抗勢力もまた自衛隊による帝都急襲を予想していた。そして実際にヘリボーンが始まると、それにタイミングを合わせて反乱を起こしたのだ。

 

「他の魔術師たちは?」

 

 レレイが質問すると、テューレはかぶりを振った。

 

「戦闘の余波で、宮殿の1区画が崩れたの。その後はみんな散り散りよ」

 

 彼女によれば、押し寄せる帝国兵を倒そうと必死になり過ぎた若い女魔術師がやらかしたらしい。話を聞いたレレイの顔が引きつる。表情から察するに、彼女の知り合いなのだろう。姉かも知れない。

 

「グズグズしてる暇はないわ。皇帝を殺しましょう」

 

 有無を言わせぬテューレの声。魔術師の救出が先だと伊丹が主張するも、テューレは「同じことよ」とそっけなく言う。

 

「皇帝さえ殺せば帝国軍の士気は崩れる。この広い宮殿で魔術師を一人一人探すより、そっちの方が効率的よ」

 

  




 ピニャたちが敵になる→敵の敵は味方→ならテューレさんは伊丹たちの味方だよね!

 伊丹たち自衛隊が近衛兵を引きつけてくれたおかげで、警備の目が薄くなった結果、テューレがクーデターを起こしました。

 タイムリーな話題、いま流行りのクーデター。どこの国とはいいません。


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エピソード43:最後の戦い

 

 宮殿が燃えている。

 

 

 大陸に覇を唱える首都『ウラ・ビアンカ』、その中心に位置する皇宮は落城寸前の体をなしていた。

 

 城が陥落寸前となれば、その主もただでは済むまい。皇帝モルト・ソル・アウグストスは初陣以来初めて傷を負い、その体は血に塗れていた。手にした槍は刃こぼれし、多くの出血は大将みずからが先頭に立って戦ったことを示している。

 

 老齢に差し掛かった皇帝にとって戦が、どれだけの負担を強いるかは言うまでもない。精悍な顔は青ざめ、乱れた息は荒い。

 

 よろめきながら、それでも皇帝は進むのを止めなかった。

 

 

 ――彼には義務があった。帝国を統べる唯一絶対の皇帝として、守らねばならぬ伝統があった。

 

 

 だから進んだ。祖先より受け継がれし国体を護持するためには、なんとしても生き延びねばならぬ。

 

 

 そしてついに馬車の待つホールへ辿り着いた時、皇帝は喜びより先に違和感を感じた。

 

(ッ……!)

 

 幾度の暗殺を潜り抜けた長年の勘が、生命の危機を知らせている。無意識に体を反らしたのは殆ど条件反射だった。

 

 それが皇帝の命運を分けた。次の瞬間、連続する銃声が響き、周囲にいた衛兵が悲鳴と共に倒れる。その銃弾が、本来ならば皇帝の胸元めがけて放たれたものであるのは明らかだ。

 

 奇襲が失敗したと悟るや、暗殺者は即座に標的を切り替えた。再び銃弾が連続して放たれ、馬車の御者と馬の眉間に穴が空く。これで遠くへは逃げられなくなった。

 

「動くな!」

 

 柱の合間から、緑色の迷彩服を来た男が半身を見せる。

 

 

「あの時の兵士か……」

 

 

 いつか再びまみえる様な、そんな気はしていた。だから驚くでもなく、怖気づくわけでもなく。

 

 皇帝モルト・ソル・アウグストスは侵入者を見つめ、淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「礼儀を知らぬ異世界人よ。謁見を許した覚えはない。かくなる上は、余みずからの手で誅罰を下そう」

 

 

それが、戦闘の合図となった。

 

 

 **

 

 

 荘厳なはずの宮殿を、けたたましい銃声と悲鳴が汚していく。

 

 伊丹の放つ銃弾は、精確に親衛隊兵士の心臓を撃ち抜いていた。隣にいるテュカとレレイも、流れるような動作で弓と魔法を操っている。

 

 しかし帝国側の反応も速い。最初こそ虚をつかれたものの、すぐに体勢を立て直すと連携をとりながらじわじわと包囲網を狭めてくる。

 

その洗練された動きは、武力で大陸に覇を唱えた軍事大国の血が衰えていないことを示すのに十分なものだった。

 

 

(チッ、やっぱりロゥリィが居ないのが痛いな……)

 

 最大戦力たるロゥリィは、街の外から宮殿に駆けつける近衛軍団の足止めに向かっている。おかげで敵の増援こそ見えないが、楽勝という訳にもいかなそうだ。

 

 現に、徐々に追いつめられているのは伊丹たちの方であった。

帝国兵はしゃにむに突撃するより、建物の陰に隠れて接近しつつ、無駄弾を使わせるよう強要した。

 

 苦戦する伊丹たちを見て、皇帝は微かに笑った。

 

「暗殺者ごときに帝国は滅ぼせん。あまり帝国を舐めるなよ」

 

 皇帝は木々や柱の合間をぬって巧みに銃弾を回避し、馬車に近づいていく。

 

 逃げるためではない。戦うための武器が、そこにあるからだ。

 

「まだ試作段階だが、その大胆さに免じて見せてやろう。見よ、我が帝国の最高技術を!」

 

 皇帝が馬車にかけられていた布をとると、中から見たこともないような兵器が姿を現す。

 

見たところ小型のバリスタのようだが、チェーンや巻き上げ機のようなものが付随している。

 

 

「ポリボロス――連発機械弓だ。量産の暁には、帝国の敵は一掃されるであろう」

 

 

 巻き上げ機を回すと、接続されたチェーンが回転して矢が次々に放たれた。どうやらチェーン駆動によって弦を張り、同時に弾倉の中の矢を再装填する仕組みのようだ。 

 

「あんなん反則だろ!」

 

 次々に放たれる太矢を、伊丹はすれすれのところでかわす。

 

しかし皇帝の新兵器は重機関銃のごとき威力をほこっていた。機械のような素早さで弾詰めを終えて、再び鼓膜を突き抜けるような音。

 

 飛び込むようにしてがれきの影に身を隠すと、盾になったがれきがハチの巣になって砕けた。

 

 

 ――だが、伊丹とてレンジャーの一員である。反応は早かった。散らばるがれきの一つを蹴って、その反動で横に飛ぶ。銃の盾になるものならいくらでもある。

 

 伊丹の狙いは単純だった。帝国側と同じ戦術――つまり、弾が切れるまで躱し続ける。

 

 もちろん、そこまでたどり着くのは容易なことではない。それまで冗談のように放たれ続ける数多の攻撃をしのいでいなくてはならないのだから。

 

 

 びしっ、と膝に衝撃が走り、鮮血が溢れる。太矢が掠めたのだ。

 

 

(勘弁してくれ。自衛官が騎士に火力で負けてたまるか!)

 

 

 ――どれほど撃っただろうか、彼が攻撃をやめたときには建物の中は穴だらけになっていた。気休めに腰からナイフを引き抜いて放つ。

 

 それは皇帝を狙ったものではない。広大な広間を照らすために天井からぶら下がっているシャンデリア――その蝋燭を交換するための昇降用ロープを切断したのだ。

 

 支えを失ったシャンデリアは、重力に引かれて地面へと墜落する

 

 

 すなわち、皇帝の頭上へと――。

 

 

 だが、皇帝の反応もまた早い。とっさに新兵器を放棄して脱出した。

 

崩壊によって巻き上がる砂煙の中、剣を抜いた皇帝がすっくと立ち上がる。

 

「やはり――こちらの方が性に合う」

 

 その一瞬後、金属同士の甲高い音が張り詰めた神殿に響き渡る。

 

 伊丹はナイフを。皇帝は剣を。

 

「……この程度かね」

 

 皇帝の剣は速い。大振りの剣を片手で軽々と使いこなし、あらゆる相手の隙を伺って容赦なく振るう。繰り出される銀の線を全て払い、伊丹の懐に斬り込んでくる。

 

「――っ、」

 

 閃光のような切っ先が走った。がぃん、と鋭く振るわれた剣をぎりぎりのところで止める。すぐさま払われて、再び逆方向から。

 

 先ほどとは比べ物にならない速さだ。弾む呼吸を落ち着けて、一度横に跳ぶ。

 

 ――だが、思ってもみないほどに皇帝も速かった。一度勝負を仕切りなおすことなど許さない。再び横に薙がれた剣を、大地を蹴って後退することでどうにか防ぐ。

 

 再び、火花が飛び散る。受け止めた剣の力もまた覇者のもの。そこらの者とは比べものにならない。

 

「仮に儂を殺したとして、その後はどうするつもりだ? 言っておくが、“門”は二度と戻らんぞ?」

 

 ぼそり、と皇帝は呟き――光速で剣を斜めに振り下ろす。

 

 判断が一瞬、遅れた。とっさに再びかわそうと跳ぶが、その切っ先が腕をかすめる。伊丹が体勢を立て直す暇すらない。

 

 思わず息が詰まった。皇族は暗殺対策の為に武術を学んでいるとレレイから聞いていたが、これほどのものだったとは思わなかったのだ。

 

 何度も振り下ろされる剣を受け止めるが、すぐさま払われて再び叩き込まれる。

 対して皇帝は息を切らせるわけでもなかった。ただ次から次へと剣を繰り出す。

 

 

「魔術師共の口封じには失敗したが、あの“門”を固定する術を記した魔術書はすべて焼き払った。もはや“門”を開ける者はこの世界のどこにもおらん」

 

 

 チッ、と次に切っ先がかすめたのは伊丹の首筋だった。運良く傷は浅かったが、ぼたぼたと鮮血が闇に染まって滴り落ちる。

 

 構わず剣を振ろうとして、刹那―—その暗さも手伝って伊丹は一瞬、皇帝の姿を見失った。

 

 

 ――次の瞬間、振りあがった足が腹に食い込む。皇帝は突然その身を落として、屈みこむようにしたのだ。

 

 

 金属製の鎧がついた足だ。視界が白に染まるほどの衝撃――次の瞬間には後ろに飛んで、地に叩きつけられる。

 

 跳ねる体が土を削った。ナイフだけを手放さないように掴んでいるので精一杯だった。

 

 

「ぐ……っ」

 

 一体どれだけ吹き飛ばされたのだろうか。だが、やっと体が止まったところで力が入るわけでもなかった。

呼吸ができない。どうにか剣を突き立てて、立ち上がろうとするが、再び平衡感覚が失せていく。

 

「話をするだけ無駄か……ならば、ここで死ぬがいい。異世界の兵士よ」

 

 振り上げられる剣。

 

 ガツン、と嫌な音が聞こえた。肉を切り裂き、骨が折れる音だ。

 

「――っ」

 

 だが、それは皇帝にとって想定外の音。驚愕の色を浮かべる。

 

「馬鹿な……! 自分の腕で――」

 

 肉を切らせて骨を切る……その諺そのままに、伊丹は皇帝の斬撃をあえて左腕で受け止めていた。肉を切り裂き、骨に食い込んだ剣はひたすらの重い。だが、振り上げられぬほどのものでもない――!

 

 

「うおおおおぉぉぉぉぉ―—っ!」

 

 

 気絶しそうになるほどの痛みを堪えて、左肩の筋肉を強引に動かす。

 

「――っ!?」

 

 皇帝もとっさに拳に力を込めるが、骨に食い込んだ剣のせいでバランスを失ってしまう。

 

 どこにそんな力が残っていたのかと目を見張る皇帝へ、伊丹はナイフの切っ先を突き付ける。

 

 誰よりも強い力を、その一振りに込めて――。

 

 

 

 最期の力を振り絞った一撃は、――その心臓を穿った。

 

      




皇帝「ポリボロス量産の暁には、自衛隊などあっとういう間に叩いてみせるわ!」


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エピソード44:歴史の証人たち

                    

 その年の秋、二つの事件が起きた。

 

 

 

 

 ――アルヌスが陥落し、同じ日に皇帝が暗殺されたのだ。

 

 

 

 

 事件は一夜のうちに、町から町へと噂が一気に広まっていゆく。

 

 

 

「最強の者が帝国を継げ」

 

 

 

 一説によれば、それが最期の言葉だったという……。

 

 

 

 瞬く間に大陸全土の人間が知ることになった噂は、生き残った人々の野心に火をつけた。

 

 

 そして世界はこの日を境に、再び動き出す。皇帝が後継者を指名していなかった事で、帝国は事実上分裂――大陸は混沌の中へと没していく……。

 

 

 帝国はアルヌスの門と共に地上から消滅し、代わって血と争いの時代が到来したのだった。

 

                                       

                          ――『帝国衰亡史・3巻』

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 しばしば歴史は、ある事件をきっかけにその人物に対する評価を180度変換させることがある。

 

 

 アルヌス要塞の陥落は、粗野なばかりで無能だとばかり思われていたゾルザル・エル・カエサルを稀代の英雄に変えてしまった。

 

 

 『アルヌスの戦い』に勝利した彼は帝都には戻らず、そのまま軍を率いて学都ロンデルを制圧。皇位継承を宣言すると共に、帝位継承レースの最有力候補として瞬く間に頭角を現した。

 

 一連の戦いを通して魔術の重要性に気付いた彼は軍事改革を行い、魔術師を中核とする編成に改めた。大規模な魔術の運用によって軍隊は火力を大幅に増し、各勢力は競ってこの新技術に力を入れるようになる。

 

 

 為政者としてのゾルザルは独裁制を志向し、軍事力を背景に強権的な中央集権化を推し進めた。一度決めた方針を迷わず貫き通す意志の強さは、時として失敗することもあったものの、変化の大きい激動の時代においては必要な能力であった。

 ゾルザルは専制政治の利点を最大限に生かし、大胆な改革を矢継ぎ早に行った事で歴史家の中には『帝国中興の祖』と呼ぶ者さえいるほどだ。

 

 

 独裁者としてのイメージが強いゾルザルだが、個人としてのゾルザルは良くも悪くも身内に甘い人物であったらしい。敵対者を残酷な方法で皆殺しにする一方、自らの役に立つ者・忠誠を誓う者に対しては身分や種族に関係なく取り立てた。

 

 有名なエピソードとしては、フルタという元自衛官の料理をいたく気に入り、「陛下に使えるより自分の店を持ちたい」と言い放った彼を高く評価したという。

 

 こうしてゾルザルの陣営には多くのオーガやコボルト、ヴォーリアバニーといった亜人が仕える事になり、将軍クラスまで出世する者もいた事が記録されている。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一方でゾルザルの最大の敵として立ちはだかったのが、その人格と能力から帝位継承レースの本命と見られていた第3皇女ピニャ・コ・ラーダである。

 

 

 皇帝暗殺の報を聞いたピニャは素早く帝都に帰還し、キケロ伯爵、マルクス内務相、カーゼル侯爵などが中心となって反ゾルザル同盟を結成する。人望の高かった彼女の元には多くの人物が集まり、貴族、官僚、軍人、商人と豊富でバランスのとれた家臣団も強みの一つであった。

 

 

 こうして閣僚と元老院議員の大半を味方に付けたピニャは帝都の行政機構を完全に掌握、「古い革袋に新しい酒」をスローガンに漸進的な改革を進めていった。

 

 独裁政権を築いた兄ゾルザルとは異なり、もともと権力への渇望が薄かったピニャは元老院の擁護者として貴族たちと良好な関係を築いた。

 

 そのため急進的なゾルザル政権に比べれて改革のスピードは緩やかであったものの、元老院を通じて社会のあらゆる階層に配慮したピニャの統治は非常に安定したものであり、順調に社会資本が整備されていった。

 

 

 名君と呼ばれたピニャだったが、激務がたたって体を壊し、即位後15年で志半ばにして病死する。生涯誰とも結婚する事はなく、「妾は国家と結婚した」と独身を貫いたため、その死後には彼女の遺言に従って共和制が復活した。

 

 『帝国』は『共和国』と名前を変え、後世に「鉄血宰相」の異名をとる女傑シェリー・テュエリが跡を継ぐ。シェリーはピニャの路線を引き継いで富国強兵を推し進め、のちに共和国は平和と繁栄の時代を迎えることになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 地味であまり目立たなかった第2皇子ディアボも、戦後の覇権をめぐって争った有力候補の一人だった。

 

 

 「帝国再統一」を目指した2人の兄妹と異なり、ディアボは自分の領国を帝国から独立させようと画策していたらしい。そのため第3勢力として振る舞い、どちらか片方が強大化すれば対抗する弱者を常に支援した。

 

 

 一方でゾルザルのような軍事力も、ピニャのような人望と政治手腕も持たなかったディアボは、その権威を活かつつ徹底的に地方領主たちの懐柔に努めた。

 

 エルベ藩王国やアルグナ王国、リィグゥ公国、トュマレン国などが中心となってディアボを支え、ディアボ本人は彼らの「盟主」として複雑な利害関係を調整することで連立政権をまとめあげた。

 

 

 ディアボの構築した支配体制は、基本的に地方領主との共生を念頭においた集団指導体制であり、良くも悪くも保守的な封建国家であったとされる。

 

 この方針は無数の中小領主たちの支持を得るには最適であった反面、地方勢力の高い独立性によって国家としての一体性を欠き、軍事や意思決定面での脆さをも内包した。

 

 

 そのため晩年には強大化する地方領主の制御に失敗し、エルベ藩王国のデュラン王にその地位を譲って退位した。

 退位後は神官になり、回想録を執筆するなど悠々自適に過ごしたという。没年はよくわかっておらず、デュラン王に暗殺されたという説もある。

 

 なお、ディアボの執筆した「帝国衰亡史」は歴史書の古典として当時を知る貴重な資料となっている。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 人間の統一国家であった「帝国」の分裂は、亜人たちのような少数部族には有利に働いたようである。中でもとりわけ数奇な運命を辿った女性といえば、テューレであろう。

 

 テューレは元々ヴォーリアバニーの女王であったが、帝国との戦いに敗れて一旦は奴隷となった。しかしゲート開閉による一連の騒乱の中で、帝都の混乱に紛れて奴隷反乱を引き起こし、その指導者として頭角を現した。

 

 

 モルト皇帝の死後、テューレは皇族の一人であったレディ・フレ・ランドールを擁立し、彼女を傀儡として後に『奴隷王朝』と呼ばれる政権を打ち立てる。

 

 『奴隷王朝』は奴隷や亜人のほか、悪所と呼ばれたスラム街の住民、宮殿から脱走した高名な魔術師たち、行き場を失った自衛隊のヘリボーン部隊(第3偵察隊など)を吸収したことで、瞬く間に数万の軍勢に膨れ上がった。「戦乙女」と呼ばれて恐れられたシノ・クリバヤシら多くの勇者を抱え、最盛期には帝都にすら迫る勢いだったという。

 

 しかしテューレ達が勢力を拡大するにつれ、その存在は第3皇女ピニャに警戒されるようになる。テューレは巧みなゲリラ戦でピニャの軍団を苦しめたものの、「ロー河の戦い」で決定的な敗北を喫し、テューレやクリバヤシをはじめとする主な指揮官たちも戦死した。

 

 ピニャたち帝国軍の報復は苛烈を極め、見せしめとして殆どが殺されるか奴隷にされたという。辛うじて生き残った者はアルペジオ・エル・レレーナに率いられて北へ脱出、皮肉にも魔術師を欲していたゾルザルによって保護される事になった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 帝国の残党と敵対した奴隷王朝と異なり、ホドリュー率いる「アルヌス共同組合」は平和的な方法で生き残りを画策した。

 

 

 距離的に近いこともあり、アルヌス陥落時に生き延びた組合員たちの多くはイタリカに流れ着いた。当時のイタリカは炎龍の襲撃で焼け野原と化していたが、それゆえピニャやゾルザルも攻め込む価値を見出せず、放置された事が結果的には幸いした。

 

 

 難民たちは戦争や既存の権力者、古いしきたりや因習から解放され、何者にも縛られることなく自由に活動することが出来た。

 

 伝統も文化もバラバラな人々が集まって建国した「難民の国」イタリカでは、身分や人種・性別で差別されることは無い。一人の「自立した個人」として、それぞれの持てる知識や技術を生かして時に助け合い、時に競争をすることで建国まもない新国家を支えた。

 

 

 こうして古い因習を捨て去った難民たちは、一から自分たちで新しいルールで作り上げていった。法の下では全ての市民が平等であるとされ、自由と法の支配が徹底されてゆく。

 

 

 イタリカは厳しい競争社会である反面、身分や種族にとらわれず努力と能力次第で誰でも成功を勝ち取れる流動性の高い社会であり、貧しい移民が一代で巨万の富を得る者も珍しくは無かった。このような自由で活力のある社会は「イタリカン・ドリーム」として、今でもイタリカ人の精神に強く根付いている。

 

 

 ちなみに初期の「建国の父」リストには日本人の名前も多く記述されており、傭兵や外交官、技術者に医者と幅広く活躍したようである。

 

    




群雄割拠の始まりじゃー!


作者の抱いている、それぞれの勢力のイメージ

ゾルザル・・・強いリーダーシップと強力な軍隊。上杉家とか

ピニャ・・・バランスのとれた経済と官僚制。北条家とか

ディアボ・・・伝統と地方領主の支持による安定。毛利家とか。

テューレ・・・奴隷や食い詰め者の大軍。加賀一向衆とか。

イタリカ・・・・経済特化の都市国家。堺とか


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エピソード45:とある自衛官の回想録

         

 

 伊丹の同僚だった柳田 明は、『アルヌスの戦い』を奇跡的に生き延びた自衛官の一人である。

 

 ホドリューらと共にイタリカへ移った柳田は、同都市の『再建(レコンストラクション)』期に財を為し、後に『建国の父』の一人にまで数えられるほどになった。

 

 晩年に彼が執筆した回想録は、当時の状況を自衛隊の側からを記述した貴重な資料となっている。

 

 

 **

 

 

 回想録の中で、柳田は次のように記している。

 

 

「 ――かつて我々は、難民を受け入れる側だった。

 

 

 ゲートが開いていた頃の自衛隊はまるで神のような存在で、あまりの強大さゆえに我々は自身が強大になったと錯覚していた。

 

 私自身、その一人だったのだと思う。

 

 

 

 ゲートが永遠に閉じられ、アルヌスが陥落したその日、我々は一つの事実を認識した。

 

 

 ――守るべき国も、国民も、家族も、その一切が消え失せてしまったのだと。

 

 

 日本、そして地球という靭帯が引き離された時、私も一人の難民になったのだと強く自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 一人の難民となった私はあまりに無力だった。アルヌスから命からがら逃げだした私の手には弾切れになった拳銃が握られているだけで、ポケットには湿気たタバコが1ケース、腰にはナイフが差してあるだけだった。

 

 

 一時は絶望し、自殺も考えた。アルヌス陥落時にピストル自殺した狭間陸将のように、思い切って死んでしまえば楽になるのかもしれない。

 

 

 だが、そんな私に一人の話かけてくる者がいた。美しい女性のヴォ―リアバニーで、聞けば「合戦場に行かないか」という誘いだった。

 

 参戦するのか、それとも物見見物でもするつもりか。そう問いかけた自分に彼女――デリラは笑って答えた。

 

 

「死体を漁るのさ。身ぐるみ剥いで、使えそうなものを得る。運が良ければ、貴族さまの死体が金貨をぶら下げてるかもしれない」

 

 

 

 あっけらかんと笑う彼女に、私は亡霊を見た。

 

 

 自衛隊の圧倒的な戦力を前にしても諦めなかった、皇帝モルト・ソル・アウグストスの亡霊を。

 

 

 

 

 そして翌日の夜、私は初めて死体漁りをした。

 

 中には日本人もいたし、瀕死の自衛隊員に自分が留めをさした事もあった。戦利品はタバコが2ケース、拳銃の弾倉、眼鏡、上物の時計だった。

 

 それら商人に売って得たパンの味は、今でもはっきりと思い出せる。ライ麦や雑穀が混じった粗悪なパンだったが、どうしようもなく美味しかった。

 

 

 多分その日に、私の中にあった最後の日本的な部分は死んだのだろう。

 

 故郷を無くすと同時に私は日本人で無くなり、一人の畜生にも劣る難民となった。

 

 

 ――それでも私はもう、二度と立ち止まろうとはしなかった。

 

 

 

 

 それから30年が経つ。難民は夜盗になり、さらに闇商人から高利貸しへと転職、最後にはイタリカ商人ギルドの副会長にまで出世した。

 

 

 結果的には、それでよかったのだと思う。

 

 

 新しい生活に不満はない。デリラとは後に結ばれ、子宝にも恵まれた。

 

 

 何より、今の私には故郷がある。イタリカという、第2の故郷が。

 

 

 

 

 それでも時々、“あの日”が近づくと考えざるを得ないのだ。

 

 

 モルト皇帝と、アルヌス駐屯地の命日。

 

 

 

 ……そして、一人の変わった友人の命日でもある。

 

 

 死んだという話を聞いたわけではないが、彼とはそれから一度も会っていない。

 

 唯一の手がかりは、数十年前にホドリューさんのところに届いた一通の手紙だけだ。ホドリューさんの娘・テュカのもので、「ゲート」の謎を探しに旅に出るとだけ書かれていたらしい。

 

 エルフの少女と、人間の魔法使いと、ゴスロリの亜神と、……オタクの自衛官。

 

 

 もし手紙の内容が本当なら、彼らも一緒に旅立ったのだろう。まるで、それが当たり前であるかのように。

 

 

 そこで彼らが何を見つけ、何を考えたのかまでは分からない。どんな光景を目の当たりにしたのか、何に巻き込まれたのか。あるいは新たな仲間を加えて、別の冒険にでも出かけたのか……今となっては想像するしかない。

 

 

 

 あれから数十年たった今でも、想像は尽きることが無い。

 

 

 

 もしゲートが開いたままであったら、どうなっていたであろうか。

 

 

 ミサイルを積んだ攻撃機が帝都上空まで進出し、全ての軍事目標を精密爆撃していたら。あるいは空挺部隊が帝都に降下し、特殊部隊が宮殿を制圧していたら。

 

 ゲートは、歴史の勝者と敗者を変えていただろうか。共存できたのか、あるいは侵略者となったのだろうか。その後の歴史はどうなっていたであろうか。

 

 

 そうやって“あの日”は一人で酒を飲みながら、思い出に浸る事にしている。当時の部下や上司、時には敵にも思いを馳せることがある。

 

 

 それが歴史の生き証人たる自分に唯一出来る、彼らへの供養だと思うからだ  」

   




モルト皇帝「儂の屍を超えてゆけええぇぇぇ!!」

柳田「ローマ軍団で自衛隊に立ち向かう無理ゲーに比べりゃ、異世界生活なんてヌルゲーや。ゲートなんか開かなくてもかまへんで」


 柳田さん、メンタル面もすっかり逞しくなられて……。

 彗星のガルガンティア的な「元いた世界には帰れなかったけど、何とか適応してそれなりにうまくやってます」みたいなイメージをしていただければ。




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エピローグ

蛇足かも知れませんが、伊丹たちがどうなったのかを少しだけ。


                        

  ――そして、“彼ら”は。

 

 

 視線の先には、どこまでも続く草原。テュカ、レレイ、ロゥリィ、そして伊丹は広大な草原を歩いていた。徒歩で歩く長旅は、やはり体に堪えるものだ。

 

「疲れた………もうだめぽ」

 

「イタミぃ? 動かすのは口じゃなくて足だと言ったでしょう?」

 

 このままじゃ日が暮れるわよ、とロゥロィは情けない顔をする伊丹に溜息を吐く。

 

「いや、だって一人おぶってるんですよ? もう少し配慮ってもんを……」

 

 バックパックの代わりに伊丹に背負われているのは、杖をもった青髪の少女。

 

「……快適」

 

「いいなぁ~、私もイタミに背負ってもらいたいなぁ」

 

 ドヤ顔でサムズアップするレレイを、テュカが羨ましそうに見つめている。彼女たちもまた、父ホドリューや姉アルペジオと分かれ、違う道を歩むことを選んだ。

 

 

 ――皇帝を倒した後、伊丹たちは誰とも合流せずに旅へ出る事になった。

 

 

 あの後に帝都で起きた大混乱を考えれば、人知れず脱出する事はそう難しい事ではない。世間では自分たちも混乱の中で行方不明になったとされている。

 

 

 自分たちはこれから、“ゲート”の謎を探しに向かう。ロゥリィの話では、冥王ハーディのいるベルナーゴ神殿に行けば、その謎が解けるかもしれないとの事だった。

 

 

「……イタミぃ?」

 

 ふと声に面を上げれば、目の前にはロゥリィの顔がある。長い黒髪を揺らし、覗き込むようにこちらを見ている。

 

「あ、いや……何でもないんだ。気にしないでくれ」

 

 伊丹はそう言って、止めていた足を再び動かす。大地を踏みしめる感触と、背中にいるレレイの重みを感じながら。

 

(……軽いな)

 

 自衛隊時代につかっていた、手りゅう弾や弾層の入ったバックパックはもう無い。愛用していた64式小銃もだ。ゲートが閉じた今となっては、もはや無用の長物でしかないからだ。

 

(だが……コイツがある)

 

 その存在を確かめるように、伊丹は胸ポケットのナイフを軽く指で弾く。皇帝モルト・ソル・アウグストスに留めを刺したナイフだ。

 

 そしてもう一つ。腰に下げているのは、あの時モルト皇帝が使っていた剣だった。

 

 

 そこらの軍団兵と変わらない、「スパタ」と呼ばれる長剣。現実主義者のモルト皇帝らしい、ごく普通の質素な剣だ。

 

 しかし伊丹はこの剣に、どこか特別なものを感じずにはいられない。皇帝を倒してその剣を手に取った時、同時に皇帝の意志のようなものも受け継いだ気がしたからだ。

 

 最新鋭の銃が無くとも、剣が一本でもあれば人は戦える……銃を持たなかった、モルト皇帝はそれを成し遂げた。

 

 ならば銃を失った自分にも、きっと出来るはず。どんな武器を持とうとも、最後にそれを扱うのは生身の人間なのだから……。

 

 

 結局のところ、皇帝も、特地の人々も、自衛隊も。身ぐるみ剥がされれば一人の人間でしかない。

 

 誰もが生きるために、何かを犠牲にして何かを得る。思い通りにならない世界に対して、人はあがき続ける。

 

 

 ――皇帝モルトがゲートの開いた世界に対して、必死に抵抗を続けたように。

 

 

 今度は、自分たちが。

 

 ゲートの閉じた世界に対して、抗い続ける番だ。

 

 

 

 

「ほらほら!みんな早くー!」

 

 とっくに先へ進んでいたテュカが、大きく手を振って呼びかける。あれこれ考えている内に、引き離されてしまったようだ。

 

 

 ――自分も、また。取り残されないように、歩いて行こう。

 

 

 これからの世界がどうなるは分からない。ただ1つ分かる事は、誰もが今までと同じではいられないという事だ。

 例えこの先ゲートが再び開くようなことがあっても、完全に元の自分に戻ることは無いだろう。

 

 

 世界が変わっていくように、人もまた変わっていく。いや、変わらねばならないのだ。

 

 

「――さてと、難しい考えはこの辺までにして」

 

 伊丹は小さく呟いて、再び顔を上げた。

 

 視線の先には、何処までも続く緑の地平線――空は澄み渡り、鳥のさえずりが響いている。日本では見たこともない世界が、目の前には広がっている。

 

 少し先には、じぃーと不満げに目を細めるロゥリィ。

 隣にいるエルフの娘は、ちょこんと首をかしげて不思議そうな顔をしている。

 そして自分の背中には、いつの間にか寝息を立て始めた魔法使いの少女。

 

 

 伊丹の胸に、どこか温かいものが染みる。この情景を大切にしたい、と強く思う。

 

 

 

 たとえ多くのものを失ったとしても。

 

 

 ――得られたものも、確かにあるのだと。

 

 

 そしていつの日か、「これで良かったのだ」と思える時も来るだろう。

 

 

 

 

 

「行くとしますか。この先へ――」

 

 

 

 

 伊丹は後ろを振り返ることなく、彼女たちの後を追って走り出した――。

 

                    




                      
伊丹「生きねば」


「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドを強引に良い話風にまとようとする作者の意図が透けて見えるエピローグ。
 どうなったのか触れられなかった人物も多いかと思いますが、読者の皆様の想像にお任せするという事で。



 さて、アニメ2期放送後から執筆を続けてきた本作ですが、今回のエピローグをもって完結とさせていただきます。

 ここまで読んでくださった読者の皆様に、感謝の言葉を申し上げたいと思います。

 途中で長らく中断したりとご迷惑をおかけすることも多かったと思いますが、読者の皆様の応援やコメントもあって、こうして完結させる事ができました。

 本当にありがとうございました。


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