転生・太陽の子 (白黒yu-ki)
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転生! 太陽の子!!

「はい、こんにちは」

 

ボクの目の前に立つお爺さんが、淡々と説明を始める。お爺さんは神様であると自己紹介すると、ボクを転生させるという。

 

「ボク…死んじゃったんですか? 何も覚えていないのですが…」

 

「記憶がないのは、次の世界に影響がないようにする配慮じゃ。それで、お主に転生してもらう世界はワシの創り上げた世界での、そこの住人になってもらいたい。かといって何か使命を与えるわけでもない。好きに生きりゃええよ」

 

続いて神様は手帳を開く。

 

「お主は生前善行をかなり積んでおるのぉ。それならお主には特典をつけておこう。何か次の世界で身につけておきたいもの、欲しいものなどはあるかの?」

 

いきなり聞かれても悩んでしまう。善行を積んだから特典と言われても、生前の記憶が無いのだから他人の賞を渡されるような居心地悪さがある。それを伝えると「どんだけ善人なんじゃ」と神様は苦笑する。

 

「本当は生前の事を話すのはマナー違反なのじゃが、お主の死因は人を助けようとしたものによる。しかし力が足らなかった為、お主は人生に幕を降ろすことになってしまったのじゃ。その様子だとまた同じことを繰り返しそうじゃし、強い人間への転生を適当に見繕っておくよ」

 

「えっと…ありがとうございます?」

 

そしてボクの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

再び意識を取り戻すと、そこは公園のベンチの上だった。ボクは確か…神様から転生させてもらったはず。てっきり赤ん坊から始まると思っていたのだが、自分の体を見るに、成人男性のようだ。生前の自分が何歳なのかも覚えていないが、今は自分の名前を知ることの方が先決だ。

 

体をあちこち探り、財布を見つけた。所持金はとても心許ない。というより、見覚えのない紙幣や硬貨が入っている。ここは日本じゃないのかな。免許証は…あ、あったあった。

って、ヘリコプターの免許もあるのか。一般常識の知識は覚えていたが、普通は持っていない免許だ。いや、そんなことより今は名前を確認しないと。

 

 

 

 

 

『南光太郎』

 

それがこの世界での自分の名前だった。

 

 

 

 

 

光太郎として生き、一週間が経った。

名前からして日本人なのだが、なぜ外国にいるのか、ビザは大丈夫なのかという疑問はあったが、酒場で聞いたところ、どうやら自分は掃除屋というものらしいことが分かった。掃除屋といっても清掃員のことではなく、犯罪者を捕らえることを目的とした職業であり、犯罪者をゴミに喩えれば掃除屋というネームも的を射ている。この掃除屋免許(スイーパーライセンス)があればビザの心配はいらないようだ。

 

神様から転生させてもらう時に言われていた特典だが、この体は確かに強いものだった。動体視力や身体能力も、並の犯罪者程度であれば余裕をもって捕らえることができていた。

 

食い逃げ常連の犯罪者程度であったが、捕らえたことによる報酬を受け取った光太郎は日常の足として利用しているバイク、スズキRGV250Γに身を預け、寝床として厄介になっているいつもの公園に到着した。

 

 

掃除屋としての報酬はもらっているが、正直光太郎はそこまでお金に執着がなかった。生来の性格もあるのだろうが、食べていけるだけの分と、バイクの維持費があればいい。その為に余った報酬はそこらに寄付しているのだ。

 

公園ではいくつかの家族連れが楽しそうにしている光景が見られた。そんな光景を見て、今の自分に家族はいるのかが気になった。中身は全く違う人間なのだが、いつまでも連絡をとらないといらぬ心配をかけてしまいそうだ。そちらもそのうち調べていくとしよう。

 

そんなことを考えていると、不意に視界に入ってきた女の子がいた。10歳くらいの子だろうか。周りの家族連れの楽しそうな雰囲気とは異なり、一人ぼっちで立ち尽くしている。

 

光太郎は思わずその女の子に声をかけた。

 

「キミ、一人かい? お父さんとお母さんは一緒じゃないのかい?」

 

「…おとうさんと…おかあさんって…なに…?」

 

光太郎と視線を合わせる女の子は無表情でそう聞いてきた。どの世界でも親を失った子供は存在する。この子もそういった子なのかと光太郎は涙で目を潤ませた。

 

「お父さんとお母さんがいなくても、幸せを掴むことはできる! 不幸な境遇に負けるんじゃないぞ!」

 

「……?」

 

励まし力付けようとする光太郎だが、女の子は理解できない様子で暗い瞳を向け続けている。

 

女の子は近くを走り抜けていった子どもに視線を移した。子どもは親から渡されたお金で、屋台でアイスクリームを購入していた。子どもは美味しそうにアイスを舐めている。

 

女の子はそれから目を離さない。

 

「キミもアイスが食べたいのかい?」

 

「…あいす?」

 

「まさか、アイスも食べたことがない…? くっ、待っててくれ!」

 

アイスクリームの存在も知らないという女の子に、光太郎は急いでアイスクリームを2つ購入し、片方を女の子に手渡した。

 

「食べてみなよ。美味しいぞ!」

 

光太郎が食べている様子を見て、女の子はゆっくりとアイスを舐める。そしてすこしだけ目を見開いた。

 

「つめたい…おいしい…」

 

「それは良かった! 立ったまま食べるのもなんだし、そこのベンチに座って食べようか」

 

そう促される女の子は抵抗する素振りもなく、素直に従う。

 

「美味しいだろう? 世界にはもっと美味しいものがたくさんあるんだ! キミもいつかいろんな場所にいって、もっと美味しいものを食べに行くといいよ!」

 

光太郎は熱弁する。それを聞いている女の子は寂しげな表情を浮かべたのを、光太郎は見逃さなかった。

 

「…わたしは…できない…わたしにできるのは……おにごっこのおにだけだから…」

 

「それってどういうー」

 

どういう意味かと尋ねようとしたところ、スーツを着込んだ男が数人走ってこちらにやってきた。

 

「イヴ、 見つかって良かった! さぁ、トルネオ様がお待ちだ。すぐに戻るぞ!」

 

「あ…」

 

知り合いと思われる男たちに手を引かれたイヴと呼ばれた女の子は、思わずアイスから手を離してしまった。アイスは地面に落ち、クリームが飛び散る。それを見たイヴはより一層悲しそうな表情を浮かべ、高級そうな車に乗せられたのだった。

 

 

 

トルネオ。

光太郎にも聞き覚えのある名前だ。5000万イェンの賞金首で武器密輸の組織のボスがトルネオ・ルドマンという名前だったはずだ。

 

トルネオとイヴがどのような関係かは知らないが、両親もおらず、アイスクリームも知らないような女の子の境遇に犯罪者が関わっているとなると、次第に背景が見えてくる。大方、両親に手をかけたのもトルネオで、残されたイヴを奴隷のように扱っているのだろう。

 

「おのれ…トルネオ…許さん…!!」

 

光太郎は拳を握りしめ、バイクに跨って先ほどの男たちの車を追いかける。

 

光太郎の、トルネオがイヴをあのような表情にさせているという直感は当たっていた。光太郎はイヴを救うことができるのか!?




トルネオ・ルドマンの屋敷に忍び込んだ光太郎。
そして知る、イヴの正体を!

イヴの刃と無数の弾丸に曝される光太郎。
そのときふしぎな事が起こった!

光太郎よ、悲しみの少女をトルネオの元から解き放てるか!?

次回 『変身・仮面ライダーBlackRX!』
ぶっちぎるぜ!!


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変身・仮面ライダーBlackRX!

トルネオの屋敷。

そこではトルネオの指示で、失態を犯した部下の命を奪うイヴの姿があった。

 

「おにごっこ…わたしが…おに…」

 

「そう、お前が鬼だ。鬼は人間を狩らねばならん。分かるな?」

 

怯える部下の前で、イヴは静かにそう呟く。トルネオは食事を摂りながら、命乞いをする部下の言葉に耳も貸さず「やれ!」と命令する。

 

そんな場所に、一人の掃除屋が様子を見に来ていた。彼の名はトレイン=ハートネット。

 

(トルネオと…女の子(ガキ)?)

 

トルネオの命令でイヴの右腕が巨大な刃物へ変化する。そしてその腕をゆっくりと振り上げた。

 

(やべぇ、あのままじゃ…)

 

トレインはとっさに持っていた銃に手を伸ばす。しかしその瞬間、トレインの横を勢いよく抜けて行った影があった。

 

「やめろ!」

 

その影、もとい南光太郎はそう叫んだ。イヴの手が止まり、全員が光太郎に注目する。

トルネオの部下たちはすぐさま銃口を光太郎に向けた。

 

「何者だ、貴様!?」

 

「オレは掃除屋、南光太郎! その子を助けにきた!」

 

光太郎は更に叫ぶ。

 

「その子の手は人殺しをする手ではない! こんな幼い少女に人殺しを強要するなど、絶対に許せん!」

 

「おにい…さん…」

 

感情のなかったイヴであったが、光太郎と出逢い、徐々にそれが芽生えてきた。イヴは驚いたように目を見開く。

 

しかしトルネオの方はバカな掃除屋が死地に飛び込んできた程度の認識しかしていなかった。見たところ、武器も何も持っていない。本当に掃除屋なのかも怪しい光太郎に、トルネオは笑う。

 

「大方、わしの報酬に目がくらんだハイエナといったところか。構わん、イヴ、殺れ」

 

「…!」

 

イヴは初めて抱いた感情に戸惑う。

 

いつも通り、狩ればいいのに。

 

わたしは鬼なのに。

 

この人を、狩りたくない・・・、と。

 

その感情が彼女のトランス能力に歯止めをかける。思ったように刃を作り出すことができなかった。その様子を見て、トルネオは苛立ちを覚える。

 

「ちっ、生体兵器の分際で主の指示にも応えられんか。お前たち、とりあえず逃げれないように両足を撃ち抜け」

 

「はっ!」

 

トルネオの指示を受けた部下たちがイヴの前に躍り出て、光太郎に向けて一斉に発砲した。

 

「だ…だめ…!」

 

イヴが小さな声で制止するが、銃弾は止まらない。

しかし、銃弾が光太郎に当たることはなかった。無数の銃弾は、別の銃弾によって弾き落とされていたのだ。そのような神業的な芸当を見せた掃除屋はため息をつきながら物影から出てきた。

 

「はぁ、今日は様子見だけのはずだったんだけどなぁ」

 

「仲間がいたか」

 

物陰から出てきた顔の知らない男に、トルネオはそう一人ごちる。しかし状況は何も変わっていない。たかが掃除屋二人に対し、こちらは銃を持った部下が30人以上いるのだ。

 

「キミは?」

 

「お前と同じ掃除屋だよ。無茶なことするよな。オレが助けなかったら今頃蜂の巣だぜ?」

 

トレインは光太郎の隣に立つ。

ここまできたら様子見では済まないだろうし、トレインの目的であるトルネオ拿捕は今を逃すと後々面倒なことになりそうだ。相棒のスヴェンには悪いが、先走らせてもらおう。

 

「すまない、感謝する」

 

「ガキの方は頼んだぜ。残りの悪党は任せな」

 

トレインはそう言うが早いか、飛び出していた。部下たちは慌てて発砲するも、トレインはその銃弾を全て見切り、紙一重でかわしている。そして懐にもぐりこみ、愛銃を振りかぶる。

 

黒爪(ブラッククロウ)

 

硬度の優れた愛銃を叩きつけ、部下たちは吹き飛ぶ。

一度に数人がやられた現状に、トルネオに嫌な予感がよぎる。食事を中断し、数人の部下とイヴを連れ、その場を離れようとしたが、いつの間にか接近していた光太郎に阻まれた。

 

「トルネオ、貴様は絶対に逃がさん!」

 

「ちっ、イヴ! 貴様には多額の開発資金を使っているのだ。ここで役に立たないでどうする! 奴を殺さんか、この役立たずが!」

 

トルネオの叱咤で体をビクつかせるイヴ。

イヴは自分の感情を押し殺し、刃に変えた右腕を光太郎の体に突き刺した。

 

「そう、それでいいのだ!」

 

邪魔な掃除屋を排除したイヴに、トルネオはご満悦だ。

しかしイヴの表情はそれとは逆に辛さを滲ませ、涙を流している。

 

「・・・これは・・・なに・・・?」

 

そんなイヴに、光太郎は腹に穴が開いた状態でそっと抱きしめる。

 

「くっ・・・これは悲しみの涙だ。キミは兵器なんかじゃない、れっきとした人間だ。こんな場所に、トルネオなんて男の場所にキミはいてはいけない! オレがキミを自由にしてやる。約束だ!」

 

「じゆう・・・じゆうがなんなのかわからないけど・・・もうひとをきずつけなくても・・・いいの?」

 

「そうだ!」

 

「それなら・・・わたし・・・じゆうがいい・・・」

 

イヴに感情が生まれた。自我をもつ兵器など、トルネオにしてみれば失敗作だ。イヴを光太郎に近づけてはいけない。そう直感し、部下にすぐにも引き離すように指示を出す。

 

駆け寄る部下たちに、光太郎はイヴを抱きとめたまま右手を突き出し、彼らを止める。すでにイヴの腕に刃はない。光太郎を抱き返すように、両手を光太郎の背中に回している。

 

「貴様らに、この子は渡さん!」

 

「くっ、下手に撃つとイヴに当たる。みんな、奴の頭を狙え!」

 

部下たちは一斉に光太郎の頭部に発砲する。

 

 

 

 

 

 

 

そのときふしぎな事が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

光太郎の体が光り輝き、辺りをまばゆく照らす。

20人以上の部下を返り討ちにしていたトレインも、思わず目を細める。

 

「な、なんだ?」

 

そしてトレインは見た。

そこに立っていた男の姿は、見たこともない特殊スーツのような物に身を包んでいた。

 

光太郎は変身していた。

昆虫、それもバッタのような顔の仮面をつけ、イヴにつけられた傷も完全に治癒されていた。

 

「き、貴様、何者だ!?」

 

目の前で姿を変えた光太郎に、トルネオが腰を抜かして問い叫ぶ。

光太郎は脳裏に蘇る記憶の名を叫んだ。

 

「オレは太陽の子、仮面ライダーBlack、アール、エックス!」

 

RXはイヴを抱きしめたまま、軽くジャンプする。あくまでも軽くであったが、楽に屋敷の屋根に着地したRXはイヴをそっと降ろす。

 

「すぐにキミを自由にしてあげる。だから少しの間だけ、ここで待っているんだ」

 

「・・・うん」

 

約束を交わし、再びトルネオの眼前に降り立つRX。

部下が発砲するも、RXの体に傷ひとつつけることはできない。その姿は昆虫に酷似しているが、トルネオにとっては死神にも等しい存在になり変わっていた。

 

思わず失禁してしまっているトルネオは、RXに背を向けて駆け出し、隠していたロケットランチャーを取り出してRXに向ける。

 

「ふ、ふはははは! いくら貴様が頑丈なスーツに身を包んでいても、これには耐えられまい!」

 

勝ち誇るトルネオだが、RXに怯える素振りはない。それどころか少しずつ近づいている。

 

「やってみるがいい。オレは悪の力には屈しない! 正義に燃える心がある限り!」

 

「くっ・・・うあああああ!」

 

打ち出される巨大な弾丸。そして周囲に広がる熱と轟音。

その光景にイヴは思わず身を乗り出す。

 

「おにい・・・さん・・・」

 

心配そうな表情を浮かべるイヴ。しかしすぐにその表情は明るいものとなった。

 

「おにいさん・・・!」

 

一陣の風が煙を吹き飛ばす。床などは衝撃で吹き飛んでしまっているが、中心に立っていたRXには何のダメージもなく、歩みを続けていた。

 

そしてトルネオの眼前で拳を握り締め、横たわるトルネオの真横の床を叩きつけた。拳を叩きつけた、ただそれだけであるのに、周囲の床はひび割れ、衝撃波が辺りを襲う。

その衝撃波を間近に受けたトルネオは、外傷はないものの気を失っていた。

 

しばしの静寂の後、イヴは屋根を駆け、RXに向かって飛び降りた。

RXの腕の中に収まるイヴの表情は、年相応の笑顔が宿って見えた。

 

 

 

 

 

そんなRXの姿を見て、トレインは「かっけー」と目を輝かせていた。




悲しみの少女・イヴを救い出し、自由を与えることができた光太郎。

そんな少女の望みは光太郎と一緒にいることだった。

しかし自分の転生元の体の正体を思い出し、余計な不幸を味合わせたくないと渋る光太郎。

少女の望みは叶うのか!?

次回 『少女に自由と幸せを』
ぶっちぎるぜ!!


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少女に自由と幸せを

トルネオ戦、光太郎のスペックなら変身しなくても余裕だったんですけどね(笑)

RX時の能力
パンチ力70t
キック力120t
ジャンプ力60m
走力315km

こんなステータスBlackcat世界ではチートですわ。
この作品のヒロインはイヴ。
アクロバッターさん激おこです。



RXは変身を解き、光太郎の姿に戻った。

 

激情に駆られ、ついやり過ぎてしまったかもしれない。光太郎は辺りを見渡してそう反省した。床はヒビ割れ、窓ガラスは全て割れている。しかし光太郎はどうしても許せなかったのだ。イヴの心を鎖で縛り付けるようなトルネオの行動が。それを思うと今でも怒りが込み上げてくる。

 

これはきっと、転生元となった本来の光太郎の性格に影響されているのかもしれない。しかしイヴを助けたいと思ったのは今の自分の本心だ。

 

自分の腕の中にいるイヴに視線を落とすと、イヴはじっとこちらの顔を見上げていた。

 

「・・・恐いかい?」

 

「ううん・・・おにいさんは・・・こわくない」

 

先程の人間離れした自分を見ても、イヴはそう言ってくれる。その言葉は単純に嬉しかった。

 

 

 

「ちょっと、どうなってるのよ! トレイン、あんた何しでかしてくれてんのよ!」

 

不意にヒステリックな女性の声が耳に届いた。そちらに目をやると、美人なタイプだが恐そうな女性と、白スーツに身を包んだ眼帯の紳士がトレインに近づいている。女性に詰め寄られたトレインは全く動じておらず「(わり)い、やっちった♪」と逆にあっけらかんとしている。

 

「トレイン、説明はしてもらうぞ? ここで何があったのか。そして・・・そいつらは何者なのかを、な」

 

眼帯紳士の鋭い目が光太郎たちを射抜く。ただの通りすがりで誤魔化されてくれる相手ではなさそうだ。どう説明したものかと光太郎は考え込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は女性ことリンスレット・ウォーカーがトルネオが進めていた生体兵器の研究資料を発見するも、全て焼却処分したらしい。そしてトレインの相棒スヴェンはトルネオを捕らえるチャンスであったが光太郎に説得され、トルネオは放置されることとなった。イヴに警察の手が伸びるのを防ぐためだ。RXの攻撃の余波はトルネオの屋敷に留まらず、付近にも影響が出てしまっており、すぐ近くに警察がやってきていたからである。あの場はイヴを連れて退散するしか、イヴを守る手段はなかったのだ。

 

5000万イェンを逃したスヴェンは最後まで肩を落としていたが・・・。

 

 

 

 

 

 

翌日、トルネオは武器密輸など他にも多くの余罪があり、あの後駆けつけた警察によって逮捕されたらしい。危惧していた生体兵器やイヴに関しては全く報道されず、とりあえずはホッとした。

現在はカフェで俺、トレイン、スヴェンの3人で顔を合わせていた。ちなみにイヴはリンスと一緒に買い物中である。

 

「・・・お前が同じ掃除屋っつーことは分かった。まぁ、あの子のことを考えれば、今回の決断は正しかったんだろうな」

 

スヴェンはコーヒーを一口飲み、そう語る。

 

最初に会った時は分かり合えるか不安であったが、こうして話してみるとなかなかの優しさをもつ人物で助かった。しかしスヴェンは厳しい表情を崩さない。

 

「それで、お前はあの子をこれからどうする気だ? 作られた存在であるあの子には身よりもなければ帰る場所もない。帰る場所はお前が奪ってしまったからな。掃除屋なんて危ない仕事をしている身で、あんな子供を連れて歩く気か?」

 

 

スヴェンは本当に優しい人だ。イヴを生体兵器としてではなく、ひとりの女の子として扱ってくれている。それが嬉しかった。もちろん、自分もスヴェンの言う通り、わざわざあの子を危険な目に合わせるつもりはない。この世界にも日本(外国からはジパングという呼び名らしい)が存在していた。危険な銃が蔓延っている国々よりは、日本の方が安全と思えるのは自分が日本人だからだろうか。光太郎としての記憶の中に残る人々。それがこの世界の人であるのか分からないが、優しい人たちがいる。喫茶店キャピトラのマスターや佐原夫妻のように・・・。そのような人に預けることができれば、イヴも幸せに暮らせるのではないかと考えている。

 

だがトレインの考えは違うらしい。

 

「別に一緒に連れていきゃーいいじゃねぇか」

 

「しかし俺はあの子に幸せになってもらいたいんだ。それに俺と一緒にいたいなんて思う訳ないさ。子供は子供らしく、安全な場所にいるのが一番さ」

 

「それもあのお姫さまがどうしたいか、だな。光太郎はあのお姫さまを『自由』にしてやった。それを選ぶのも自由になったお姫さま次第だぜ?」

 

トレインがそう言うと、ちょうど買い物を終えた二人が帰ってきた。

 

「た、ただいま…」

 

イヴはそう言って俺の元に駆け寄ってきた。そのイヴの姿は午前中の黒一色の服とは違い、年相応の可愛らしいおしゃれな服に変わっていた。

 

「おー、可愛いじゃないか! とっても似合っているよ。その服どうしたんだい?」

 

「リンスが…かってくれた」

 

イヴは僅かながら嬉しそうな表情を浮かべている。

うんうん、やっぱり女の子はこういうおしゃれができると嬉しいものなんだ。

 

「リンスさん、ありがとうございます。代金、いくらくらいですか? 支払いますよ」

 

「別に構わないわ。トルネオの屋敷からしっかりくすねてきたもの♡」

 

そう言って胸元を開けるリンス。そこには大量の紙幣が入っていた。俺は思わず目を伏せるが、トレインとスヴェンは「ずるい」と文句を言っていた。

 

「イヴ、これから俺はキミの家族になってくれる人を探そうと思ってるんだ。俺はジパングで探すつもりだったけど、イヴが住んでみたい場所とかあるかい?」

 

「ちょ、ちょっとあんたー」

 

俺がイヴにそう尋ねていると、突然リンスが割って入ってきた。

 

急に何事かと思ったが、イヴの表情が崩れているのに気付いた。

 

「い、イヴ、お腹でも痛いのかい? り、り、り、リンスさん、早く病院に連れて行かないと!」

 

「落ち着きなさい! イヴちゃんは普通の病院じゃダメ…って、そうじゃない!」

 

そうだ、リンスさんの言う通り。こういう時こそ落ち着かなければならない。

 

「イヴ、どこか痛いところはあるかい?」

 

「…ここ」

 

イヴはそう言って胸を抑える。

 

「心臓か! リンスさん、やっぱり病院にー」

 

「わたしは…こうたろうと一緒がいい…」

 

慌てる俺の傍でイヴがそうぽつりと呟く。その小さな声が聞こえ、俺はイヴをじっと見つめる。

 

「こうたろうは…わたしと一緒はいや?」

 

「そんなことないよ。ただ、俺と一緒だと苦労させてしまうだろうし、楽しいことも少ないと思うんだ。もっと幸せな家族の元なら、美味しい物も食べれるし、おしゃれもできる。学校に行けば同年代の友達だってできるんだぞ?」

 

しかしイヴは首を振ってそれを拒否する。

 

「それよりこうたろうと一緒にいたい」

 

「で、でも…」

 

「いや。こうたろうはわたしを自由にするっていった。わたし…すきなことしたい」

 

イヴは全く引く姿勢を見せない。その姿勢に俺は思わず返す言葉が無くなってしまった。その俺たちのやり取りに、リンスさんは「イヴちゃんその調子! 押しの一手よ」と妙なアドバイスをしているし、トレインはやけに嬉しそうな表情でミルクを飲み干していた。スヴェンだけがやや諦めた体でタバコを吹かしている。

 

結局、俺にイヴの決意を諦めさせることはできず、同行を許可せざるを得なかった。俺がそう認めた瞬間、イヴは嬉しそうに抱きついてきた。

 

 

 

 

リンスさんはトレインたちとはトルネオの件のみの同盟だったらしく、新しい仕事がある、と去っていった。

 

「いいこと? イヴちゃんを悲しませないこと! あと分かってるとは思うけど、手を出すんじゃないわよ?」

 

最後にそう言い残していたが、どういう意味だろうか。要領を得ず、手を出してイヴの頭にポンッと乗せてみる。…何だか違う気がする。

 

トレインとスヴェンは今回仕事にならなかったため、新しい仕事を探すらしい。またいつか会えるといいな。

 

 

 

 

俺は現在イヴを後ろに乗せ、バイクで次の街に向かっているところだ。いつかは日本にも行ってみたいが、今はイヴにいろいろな物を見せてやりたい。生まれてきて良かったと、思ってもらいたいのだ。

 

「きもちいいね」

 

「だろ? 俺の自慢の愛車さ」

 

体を切る風が心地よく吹いていた。




イヴと共に行くことを決めた光太郎。

その決断は吉と出るか凶と出るか!?


次回 『閑散とした街ルーベックシティー』
ぶっちぎるぜ!!


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閑散とした街ルーベックシティー

今頃トレインはクリードと相対してると思います。


バシッ

 

少年は女性に強く頬を叩かれた。

 

「私が帰る前に家事は全部終わらせろって言っただろうが、このノロマ!」

 

女性はアルコールの臭いをさせ、足元も覚束ない様子だが、鋭い目つきで少年を睨みつけている。叩かれた少年はまだ小さく、7、8歳といったところだろう。しかし癇癪を起こすでもなく、泣くこともせず、無表情で「ごめんなさい」と一言だけ話し、洗濯物を畳んでいる。女性は少年のその態度が気に入らなかったのか、少年の髪を無造作に掴み、外に引っ張り出した。

 

「あんたは外で寝な! 言われたことも碌にできないで、家で寝れると思うんじゃないよ!」

 

そう言われ、少年は寒空の中、薄着で放り出されてしまった。しかし表情は相変わらず無表情だ。

 

 

 

「…!」

 

光太郎は飛び上がるようにして起き上がった。動悸が早く、冷や汗もかいている。

 

…夢、か。

やけに現実感のある夢だった。カーテン越しの窓の外はまだ薄暗い。時間を確認すると未だ日の出前だった。隣のベッドで眠るイヴはまだ夢の中のようで、すやすやと眠っている。

 

光太郎とイヴは現在小さな町の宿泊施設を利用している。今日中にはそれなりの大きさの街であるルーベックシティーに着くだろう。

 

それにしても妙な時間に目が覚めてしまったものだ。二度寝する気分でもないし、少し運動でもするかな。

 

光太郎は身支度し、イヴが心配しないように「その辺りを走ってくるよ」と書置きを残して静かに部屋を出た。

 

外の空気はひんやりとして気持ちよかった。そんな空気の中、光太郎は軽く準備運動をしてランニングを開始した。ちなみに光太郎は変身せずとも人並み外れた身体能力を身につけている。軽く走っているつもりでいたが、ついつい70キロ先の隣町まで行ってしまい、慌てて戻ってきた頃にはランニングを開始して3時間が経ってしまっていた。空は既に明るくなっている。

 

光太郎は特に気にしていなかったが、この記録は化け物である。片道70キロ、つまり往復で140キロメートルである。それを走り切る体力もすごいが、その距離を3時間で走り切るには常に時速40キロ後半のスピードを維持しないといけない計算になる。1秒で光太郎は12、3メートルも走ることがてきるのだ。RXのスペックなら25分程度で往復できてしまうのだが…。

 

その距離を走り切った光太郎も、流石に疲れていた。汗をかき、少し息を切らせている。

 

朝食前にシャワーでも浴びるかな。

 

光太郎はそう考え、部屋に入った。すると部屋の奥からイヴがすごい勢いで光太郎の体目掛けて飛び込んできた。

 

「うわっ!?」

 

いきなりの行動に状況を理解できていない光太郎。それよりも自分の汗の臭いが気になってしまう。

 

「イヴ、少し離れてくれないかな? 早朝ランニングしてきたから汗臭いだろう?」

 

「………………った」

 

「え?」

 

「おいて…いかれたとおもった…」

 

イヴはそう言って抱きついてきた。そんなイヴを見て、光太郎は優しく頭を撫でてやった。

 

「俺がイヴをひとりぼっちにさせるもんか。ほら、手を離して。俺の目を見てみなよ」

 

「…ん」

 

2人は顔を見合わせる。

イヴの目は少し赤くなっていた。置いていかれたと思い、泣いてしまっていたのだろう。

 

「俺はイヴを不幸にしない、絶対だ! 約束するよ!」

 

光太郎はそう言って右手の小指を差し出した。

 

「なに…?」

 

「これは俺の国での約束の儀式みたいなものさ。ほら、イヴも右手を出して」

 

イヴは光太郎に言われるまま右手を差し出す。そして絡む小指。

 

「俺はイヴを置いていかない。不幸にしない。嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

 

そうして離れる小指。

イヴは自分の小指をじっと見つめている。そして突然ハッと顔を上げた。

 

「はり…そんなにたくさんのんじゃうの?」

 

「嘘ついたらな!」

 

「…おなか…こわすよ…?」

 

「嘘をつかないから大丈夫だ!」

 

光太郎は爽やかな笑顔でそう言い切る。その笑顔にイヴも安心感を得たのか、ペタリと座り込んだ。そんなイヴに光太郎は微笑ましく頭を撫でてやる。

 

ふふ、やっぱりイヴは普通の子どもと変わりない。

親の代わりのような俺が少しいないだけで、こんなに寂しがっている。この子は今からでも普通の子として生きていけるんだ。そう思うと、とても嬉しくなってきた。子どもの幸せを願う親はこんな気持ちなのかな。

 

「それにしても、書置き残しておいたけど見なかったのかい?」

 

「…もじ…よめない…」

 

「…あ」

 

光太郎はうっかりしていた。トルネオの元ではまともな教育はされていなかったろうし、文字が読めないことは予め予想できたはずだ。このことは完全に光太郎の落ち度だった。

 

「ごめんよ、イヴ。今度から文字の勉強も一緒にしようか」

 

「…うん!」

 

嬉しそうに頷くイヴ。そんなイヴを見て安心した光太郎は、改めてシャワーを浴びようと準備をする。

 

「ごめんな、汗臭かっただろ? すぐにさっぱりしてくるよ」

 

「こうたろうのあせのにおい…きらいじゃないよ?」

 

「俺が気にするんだよ」

 

光太郎は苦笑してバスルームに飛び込んだ。

部屋に1人残ったイヴは自分の服のにおいを嗅いだ。先ほど抱きついた時についた光太郎のにおいが残っている。そのにおいを嗅いで、イヴはそっと目を閉じた。

 

「こうたろうのにおい…すき…」

 

 

 

 

 

 

 

男は更なる快楽を求め、女子供を手にかける。

この強靭な力で細い手足を掴み、少し力を込めるだけで簡単に小枝のように折れる感触は味わい深かった。涙を流しながらの悲鳴を聴くと、体がゾクゾクするようにそれが快感に変わる。

今日も遊びを堪能した犯罪者、ギャンザ=レジックは盛り上がった肉体を震わせながら下卑た笑みを浮かべる。

 

そしておもちゃの細い首を掴み、最後に一握りする。おもちゃはもう泣くことも叫ぶこともなかった。

 

ルーベックシティーの人通りの少ない場所では、殺人鬼に狙われるとして勧告されていた。ギャンザは既に何人もの女子供をその手にかけている。そして未だ逮捕されていない犯人のせいで、この街の住人は昼でも家に閉じこもってしまい、街は閑散としていた。無論、この街の市長も無抵抗でいた訳でもない。警官のパトロールを強化し、市民の安全を図った。しかしそれでも被害は収まらず、警官の死傷者も出始めた。その場に立ち会った警官によると、犯人の体は銃弾を弾き、力も強いため取り押えることもできないという。

 

「これ以上…犠牲者は出せんな。あいつに助けを求めるか…」

 

市長はそう決断した。

 

 

 

 

市長がそう行動していた頃、光太郎とイヴはこの街に辿り着いていた。しかし光太郎は人通りの無さに驚いている。店も殆ど閉まっているし、街全体の活気が全く感じられなかったのだ。

 

「ひと…いないね」

 

「そうだな。何か嫌な予感がする。そこの酒場で話を聞いてみるとしよう」

 

運良く酒場は開かれていた。2人は酒場に入り、マスターらしきヒゲを蓄えた老齢の男と目が合った。店内には客は誰もいない。

 

「コーヒー1つ、オレンジジュース1つ下さい」

 

「わたしはこうたろうとおなじのでいい」

 

「コーヒーだよ? イヴに飲めるかい?」

 

「へいきだよ」

 

「う〜ん、まぁいいか。コーヒー2つ下さい」

 

「あいよ」

 

マスターは手慣れた動きでコーヒーを淹れ始めた。

光太郎とイヴはカウンター席に腰を下ろす。

 

「マスター、この街っていつもこんなに人が少ないんですか?」

 

「あんたら、旅行者かい?」

 

「え、ええ。そうです」

 

「だったら、すぐにこの街を出るこったな。命が惜しくなきゃ話は別だがよ」

 

マスターはそう言ってコーヒーを光太郎とイヴの前に出した。光太郎は普通にコーヒーに口をつけて飲んでいるが、イヴは一口飲んで固まってしまっている。そんなイヴを見て、マスターは何も言わずオレンジジュースを出してくれた。

 

マスターの言葉に光太郎の表情が真剣なものとなる。

 

「教えてください。この街に何があるんですか?」

 

「…女子供を狙う殺人鬼がいやがるんだよ。この店の常連客の娘さんも被害に遭っている。いい子だったのによ…!」

 

眉をひそめ歯を食い縛るマスターを見て、光太郎は思わず悲しい表情になった。

 

「警官が束になっても捕まえられねぇときた。俺らのような力の無い市民はただ堪えるしかねぇんだよ。だからあんたらはすぐに街を出な。この街は今は子連れで楽しめる場所じゃねえ」

 

マスターは深いため息をついて「今日は奢りにしておいてやる」と目を閉じた。

 

 

ここで素直に街を出る光太郎ではない。

光太郎はコーヒーを2杯飲み干し、すっと立ち上がった。

 

「美味しいコーヒー、ごちそうさまでした。次回はちゃんと代金を払いますよ」

 

「おじいさん、ごちそうさまでした」

 

2人はそう言って店を出て行った。

 

 

 

 

殺人鬼ギャンザ=レジックは、太陽の子を怒らせた!




光太郎の怒りに触れたギャンザ=レジック!

どうした力自慢! お前の力はその程度か!?

RXの怒りが今、静かに爆発する!!

次回 『殺された人々の痛みを知れ! 必殺のライダーパンチ!!』
ぶっちぎるぜ!!


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殺された人々の痛みを知れ! 必殺のライダーパンチ!!

没ネタ

ギャンザ「よくかわしたな」
光太郎「殺人鬼とは聞いていたがまさか人間ではなく怪人だったか!」
ギャンザ「あん?」
光太郎「他の人は誤魔化せても俺はそうはいかんぞ!」
光太郎「ブロッコリー怪人め!!」

ギャグ挟む雰囲気でなかっので見送りました(笑)




予想よりも長くなってしまいました…反省します。


ルーベックシティー。

光太郎は現在この街の宿の窓から閑散としている街の様子を見下ろしていた。この街に潜伏しているという殺人鬼は、昼も夜も関係なくその手を血で汚しているそうだ。本来ならばこれ以上の犠牲者を出さない為にも、夜中であるこの時間であっても捕まえに行きたいというのが本音だった。しかし、俺が探しに出ると言うと、イヴも絶対について行くと言って聞かないのだ。夜中で視界が狭まり、危険性も増す。みすみすイヴを危険に晒す訳にはいかない。街の住人が夜に出歩かないことを祈るばかりだ。

 

そしてこの時間に動かないのは別の理由もあった。

それは俺の力の弊害が関係する。俺が変身した姿、RXは確かに強力な能力を秘めている。

 

俺の体の中に眠る太陽のキングストーンは、それ単体でも大きな力を発揮する。しかしクライシス帝国に敗れ、宇宙へ放り出された俺の体を太陽光線による日食の光が包んだ。そしてその影響でキングストーンは進化を遂げ、仮面ライダーBlackから仮面ライダーBlackRXへの変身を可能としたのだ。

 

あの後生身で大気圏から落ちたけど、よく無事だったよな…。

 

光太郎はその時のことを思い返す。今となっては光太郎の記憶と転生者である自分の意識が完全に同化してしまっていた。自分は光太郎であって、神様によってこの世界に転生させられた人間でもあるのだ。

 

キングストーンは進化したが、逆に太陽の元でなければその力が発揮されないという欠点も同時に加わった。このような不完全な状態では万が一の時に隣で座る少女を守れないかもしれない。それだけは避けなければならない。

 

隣で椅子に座り、難しそうな本を読んでいるイヴに視線を移す。

その本はタイトルからして、光太郎でも頭が痛くなりそうな本だった。

先日のこともあって、イヴには文字を教えた。ゆっくり覚えていけばいいさ、と伝えたが、イヴは光太郎の予想よりも遥かに早く知識を吸収していった。たった半日で光太郎も知らないような知識をイヴは身につけていた。これが天才というものか、と光太郎は苦笑する。

 

そして自分の左手首に巻かれているイヴの美しい金髪に目をやった。

 

「イヴ、これ解いてもいいかな?」

 

俺はイヴによく見えるように左手首を見せて尋ねた。このままじゃ碌に動くこともできないし、何とかしてほしい。

 

「駄目、だよ。光太郎のことだから、私が寝たら1人で殺人鬼を探しに行くよね? これは抑制のためだよ」

 

半日前よりも言葉の語彙が増えてきているイヴは、情けをかけてくれることもなく読書に勤しんでいる。

 

「だけどさ、このままじゃイヴも困るだろ? シャワーは浴びた後だからいいけど、トイレとかどうするんだ? コレじゃ行けないぞ?」

 

「そんなの、一緒に入ればいいよ」

 

「…知識も大事だけど羞恥心とか一般常識も身につけて欲しい…」

 

俺は思わず肩を落とした。イヴは今まで抑圧された環境にあった。だからこそ自由に考え、自由に行動できている今の状態は俺自身が願ったものであるし、それを後悔することはない。

 

しかし一定以上のワガママは、保護者として咎めなければならない。

 

光太郎はイヴが持っていた本を取り上げ、それを机に置いた。急に目の前の文字が消えたイヴは悲しい表情になり、光太郎を見上げる。

 

「イヴ、俺はお前の願いはできる限り叶えたいと思っているよ。だけど人には時に我慢することも必要なんだ。自分の大切な人に嫌な思いをさせたくないだろ?」

 

イヴは静かに頷く。

 

「ありがとう、イヴ。大丈夫、今日は俺も大人しく休むことにするよ。だからこれを解いてくれるかい?」

 

光太郎は表面上は優しい笑顔を浮かべ、平静を装っていたが、そろそろ限界だった。

 

…トイレに行きたい。

 

しかしイヴは渋る。光太郎の言うことは分かってもらえているのだが、イヴにも何か考えがあるらしかった。

 

「…トレインとスヴェン、パートナーなんだよね?」

 

「そ、そうだよ」

 

「私も…光太郎のパートナーになりたいの」

 

イヴは真剣な表情で詰め寄ってきた。それとこの拘束を外すのを渋るとどう関係があるのだろうか。光太郎がそれを考えているとイヴは続けて爆弾発言を投下してきた。

 

「だから私と一緒にトイレに行って!」

 

「はぁ!?」

 

前後の会話の脈絡の無さに思わず素っ頓狂な声をあげる光太郎。イヴの相棒(パートナー)になりたいという願いと、トイレに一緒に行くことの繋がりは一体どこにあるというのだろうか。

 

そしてイヴは混乱する光太郎にその答えを出してくれた。

 

「トイレに一緒に行くと臭い仲になるんだよね? 臭い仲ってパートナーってことなんでしょ?」

 

光太郎は思わずズッコケそうになった。

 

 

 

 

 

その後イヴにその言葉の本来の意味を伝えることで、光太郎は1人でのリラックスルームを確保することができたのだった。「言葉って難しい」とイヴは独り言ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、光太郎とイヴは身支度を済ませて宿を出た。宿の外は相変わらず人気がない。「決して離れないように」とイヴに伝え、とりあえず街を適当に歩くことにした。道中、光太郎は全神経を研ぎ澄ます。

 

しかし殺人鬼どころか住民ひとりとして遭遇することはなかった。

 

「光太郎、犯人見つからー」

 

イヴがそう言いかかったところを光太郎が自分の口元に人差し指をピッと突き立て、それ以上の言葉を防ぐ。どこで聞き耳を立てているのかも分からないのだ。イヴを決して傷付けさせない。その覚悟が光太郎を慎重にさせていた。

 

 

 

それから更に歩く。

そして足元に気付く。通路の端にある黒い跡。

 

「血の臭い…」

 

イヴは悲しみで眼を細める。酒場のマスターが言うように、確かに被害者が出ているようだ。か弱い女性や子どもをこのような目に遭わせるなど、とても許せるものじゃない。

 

光太郎が知る過去の敵、ゴルゴムやクライシス帝国に勝るとも劣らぬ残忍さだ。

 

「絶対に許せん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度その時分、殺人鬼ギャンザ=レジックは今日の獲物を探していた。

それはまるで野生の肉食獣のように。野生の獣と違うのは生きる為ではなく、あくまでも快楽の為の行動である。

 

そしてついに、自分のこの欲望の飢えの渇きを潤してくれる獲物が見つかった。ギャンザはじっと獲物を観察する。男がひとりと子どもがひとり。金髪の子供の姿を見た瞬間、ギャンザは喜びで体が震えた。子どもの柔らかな体を弄ぶのは最高に昂ぶるのだ。しかし最近ではどこの子どもも家の中に引きこもってしまい、その最高の玩具が手元にやってくるのは久し振りだった。最近は警察しか手にかけれていなかった。この期を逃すつもりはない。男の方はさっさと終わらせ、あの人形で遊んでやろう。

 

そしてギャンザは獲物に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気配がすぐそこに来ている! くっ…!」

 

肌に刺さる殺気を瞬時に感じ取った光太郎は、イヴを抱えてその場を飛び退いた。そしてその直後に爆発する地面。後方に着地した光太郎はイヴの前に立ち、地面から這い出てきた男の姿を視界に収めた。

 

筋肉隆々の下卑た笑みを浮かべる男。この男が件の殺人鬼であると光太郎は理解した。

 

「へぇ、よくかわしたな。どうやら今までの獲物とは違うようだ」

 

そしてギャンザはイヴの姿を見て舌なめずりをする。瞬間、イヴは背筋が冷たくなった。

 

「ガキで遊ぶのは久し振りなんだ。その玩具を置いていきな。そうすればお前は見逃してやるよ! ヒャハハハハ!!」

 

「貴様…子どもを…人の命を何だと思っている!」

 

光太郎の叫びに、ギャンザは指の関節をパキパキと鳴らしながら考えている。そしてニヤリと笑って「俺を楽しませる道具だ」と答えた。その答えに光太郎は激昂する。

 

「その邪悪な心、貴様は最早人間ではない!」

 

子どもとは大人にとって守るべきものの存在であるはずだ。それなのに目の前の外道はそれを玩具と、己の欲望を満たす為の道具と言い放った。それが光太郎の怒りに火をつけた。

 

光太郎は素早くギャンザの懐に入り、鳩尾に拳を叩き込む。

普通の人間相手であればこの時点で勝負は終わっていた。しかしこの殺人鬼は普通ではなかった。かなりの衝撃はあったものの、ギャンザは吹き飛ぶこともなく、ダメージも無いようであった。

 

「なにっ!?」

 

「へー、やるじゃねえか。俺のこの筋肉は銃弾をも弾き返す。お前の拳はそれよりも響いてきたぜ。だがな…」

 

ギャンザは光太郎の手首を取り、己の能力を使って振り回した。光太郎の体をコンクリートに叩きつけ、または壁に叩きつけていく。

 

(タオ)の能力を身につけた俺は無敵なんだよー!!」

 

そして最後に渾身の力を込めてコンクリートに叩きつける。地面は陥没し、光太郎はその中に沈んでいった。

 

「…光太郎!」

 

「ヒャハハ、あいつはトマトみたいに潰れたんじゃねえかな?

さぁて、お嬢ちゃんよ。今度はお前の番だ。あいつみたいにアッサリと終わらせはしない。たっぷりゆっくり遊んでやるぜ」

 

光太郎に襲いかかった悲惨な光景を見て、イヴは思わず叫ぶ。そしてギャンザは更なる快楽の為に目の前の獲物に左手を伸ばす。しかしそれは隣から伸びてきた黒い手に止められた。

 

ギャンザは驚いてそれを邪魔した相手を睨む。そこには黒いアーマーのような物を着込んだ仮面の何者かが立っていた。折角目の前の獲物で遊ぼうかと思っていたのに、それを邪魔されたギャンザの苛立ちは最高潮に達した。

 

「誰だか知らないが俺の邪魔をするんじゃねえ!」

 

すぐさま相手を絞め殺す為、掴まれた手を振りほどこうとしたが、左腕は全く微動だにしなかった。

 

「バ、バカな! 俺の筋肉(マッスル)の能力は最強のはずだ!こんな細腕に劣るはずが無い!!」

 

「貴様のような己の邪悪な心に取り込まれて得た力などに、俺は負けん!」

 

「その声は…さっきのヤロウか! 妙な格好しやがって…」

 

「これ以上、貴様に傷付けられる人々を増やす訳にはいかない!」

 

そしてイヴを護るように2人の間に立った。

 

「イヴ、離れていろ」

 

「…うん。光太郎、気を付けて」

 

背を向けたままイヴの退避を促し、イヴが離れた事を気配で察する。

 

そしてギャンザに向かって名乗りを挙げる。

 

「俺は太陽の子、仮面ライダーBlack、アール、エックス!」

 

「ふざけた格好しやがって。さっきのはマグレだ! 今度は俺様の本気を見せてやるぜ!!」

 

ギャンザは力み、体内の気を凝縮させる。RXがつかんでいた手首も倍程に膨れ上がる。その瞬間にギャンザはRXの縛めを解き、(タオ)の力を限界まで高めた。

 

 

「すべての力を上半身に回した! これでさっきの倍以上の力が出せる。これなら殴った瞬間貴様はコナゴナだぜっ!」

 

自信に溢れた表情になるギャンザ。今ならどんな相手であろうと、負ける事は無いと自負している。だが目の前のRXは微動だにしない。

それどころか「殴ってみろ」と言い出したのだ。

 

血管を浮かび上がらせ、振り上げる腕。

ギャンザの渾身の力を込めた拳が、RXを襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした力自慢、その程度か」

 

「バ、バカなぁ…!」

 

全力を込めたギャンザの拳。それはRXにダメージを与えるには至らなかった。しかし現実を直視できていないギャンザはそれでも納得できず、何発も何発も能力を込めた拳を叩き込んでいる。

 

拳とRXのボディとの衝突で発生する衝撃音だけが響く。

 

「こんなはずはない! 俺は選ばれた(タオ)使いなんだ! こんなヤツに…こんなヤツに俺はああああぁぁぁぁ!!」

 

その瞬間RXは跳躍する。

ただ一跳びしただけであるが、ルーベックシティー全体を見渡せる程の上空にまで到達していた。そして遥か眼下にいるギャンザを見据え、右拳に力を込める。

 

 

「貴様に殺された人々の痛みを知れ! ライダーァァパァァンチ!!」

 

 

ドォン!!!

 

 

RXは上空にいる状態で光る拳を突き出した。ライダーパンチの拳圧は空気の壁を抜け、ソニックブームを発生させて周囲の雲を飛散させる。

 

 

 

 

そして…見えない弾丸が眼下のギャンザに打ち落とされた。




光太郎とイヴの前に現れた星の使徒を名乗る2人組。

ギャンザが得た能力も、星の使徒によってもたらされたことを知った光太郎は彼らを敵視する。

しかし使徒は手を差し伸べる。

「一緒にクロノスを滅ぼしませんか?」と。

次回 『差し出される星と時の手を』
ぶっちぎるぜ!


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差し出される星と時の手を

いつかは未来からたくさんのRXが助けにくる話を盛り込みたい。

感想ありがとうございます!


RXは建物の屋根に着地して、ギャンザがいたであろう場所を見下ろす。そこには5メートル程の巨大な穴がぽっかりと開いていた。RXが繰り出したライダーパンチ。その拳圧のみでこれだけの破壊力である。

 

「光太郎!」

 

その場に退避していたイヴが駆けてきた。

RXはイヴを見つめ、コクリと頷く。そしてイヴの元に降り立ち、変身を解く。

 

「もう大丈夫だ。イヴ、怪我はないかい?」

 

「うん…。私、震えて何もできなかった…。光太郎のパートナーなのに…」

 

イヴはシュンと俯き、落ち込んでいる。それを光太郎は苦笑して頭を撫でてやった。

 

「焦らなくてもいいさ。人間は誰も完璧な人なんていないんだ。俺にできることは俺に任せてくれればいい。だからイヴはイヴにできそうなことをしてくれれば、俺はそれで充分だよ」

 

そう励ましてくれるが、その言葉は逆にイヴを悩ませてしまう。自分にできて光太郎にできないもの。「光太郎にできないもの」が全くイメージできなかったのだ。目の前の優しい人は何でもできてしまう超人、というのがイヴのイメージだ。

 

光太郎の聴覚が小さな物音を捉えた。

すぐに身を翻すと、巨大なクレーターとなった穴からボロボロの手が伸びてきた。ギャンザだ。

 

ギャンザは辛うじてあの凄まじい拳圧から生き延びていた。しかしもう戦う力は残っていないようだ。這い上がってきたものの、既に立ち上がれるほどの体力も残っておらず、地に伏せている。

 

「誰だ!」

 

光太郎は後方に向かって叫ぶ。突然の行動にイヴは驚いて光太郎の後ろに隠れ、光太郎の上着の端を掴んでいる。

 

2人の前に、シルクハットの男と女子高生が現れた。

どう見ても普通の人間だったが、光太郎の中に蓄積されている戦闘経験がただの人間ではないと直感していた。

 

シルクハットの男は光太郎とイヴを一瞥し、次に倒れ込んでいるギャンザに視線を移した。

 

「そう睨まないでください。あなたと敵対するつもりはこちらにはありませんので」

 

そう言って女子高生と一緒に光太郎とイヴの横を通り過ぎる。そしてギャンザの目の前で足を止めた。

 

「ギャンザさん、(タオ)の力に目覚めたら我らの同志になるという約束、忘れた訳ではありまセンよね?」

 

「う…うるせ…。なにが道だ…! こん…な使えない力掴ませ…やがって…!」

 

「今まで散々その使えない力とやらを使い、市民を襲っていたアナタに言われたくはありまセンね」

 

「ホントっスよねー。おかげでこの街のお店、どこもお休みでショッピングもできなかったっスよー」

 

女子高生が愚痴る。

しかしそんなことは今のギャンザには関係ない。今ギャンザが渇望しているのは、自分をこんな目に遭わせたあの男を殺すことしか頭になかった。

 

「もっとだ! もっと…強力な力を寄越せ…! 今度こそ…あの野郎をブチ殺す!!」

 

その言葉に光太郎は身構えるが、シルクハットの男は淡々と告げる。

 

「…残念ですが、あなたに次はありまセンよ」

 

「なんだと…?」

 

ドクン

 

その直後、ギャンザの体に異変が起きた。

常人の倍以上あった筋肉がみるみる縮んでいく。

 

「な、なんだ…お、俺の体が…俺の筋肉が…」

 

「力を過信しすぎましたネ。我らの話も碌に聞かず力を酷使し過ぎた結果デス」

 

「ふふ、力を使い過ぎたおじさんに待つのは(お わ か れ)♡」

 

「う…うぎゃあああああぁぁぁ…!!」

 

ギャンザは断末魔の叫びを残し、瞳の光を消失させて命を散らせた。

 

シルクハットと女子高生は、地に伏す殺人鬼から既に興味を失っていた。振り返り、光太郎の姿をじっと凝視している。

 

「どういうことだ! その男と貴様たちの関係はなんだ!?」

 

「この男の力は我々が与えた。ただそれだけデスよ」

 

光太郎の疑問にシルクハットの男が答える。

 

「なにっ!」

 

「しかしアナタには感謝しているのデスよ? この男は大切な力を己の欲望の為に暴走させていた。そんな男を同志に加えても、いずれは足を引っ張る存在になっていたでしょう」

 

「そうなんですよー。だから代わりに倒してくれたお兄さんにはお礼をしなくちゃですねー」

 

そう言って女子高生はトコトコと無造作に光太郎に近寄ってきた。警戒を緩めない光太郎だったが、女子高生が起こしたアクションは全くの想定外なものだった。

 

唇を近づけて「お礼に熱いチューを」と目を閉じて迫ってきたのである。

 

慌てて女子高生の顔を掴んでこれ以上の接近を防ぐ光太郎に、「駄目!」と光太郎の体を引っ張るイヴ。

 

そんな修羅場にシルクハットの男は溜息をついた。

 

「キョーコさん、それくらいにしておきなさい」

 

「ハーイ。お兄さん、また次の機会にね♡」

 

「絶対駄目!」

 

シルクハットに諭されて、離れていく女子高生に断固拒否するイヴであったが、光太郎は未だ顔を赤くして動揺していた。ギャンザの拳よりも強力であったかもしれない。

 

「自己紹介がまだでしたネ。私の名はシャルデン=フランベルク。星の使徒の一員デス」

 

「私はキリサキ=キョーコ。同じく星の使徒っスよー」

 

シャルデンとキョーコはそう名を明かした。しかし聞き覚えのない言葉があった。光太郎は警戒を緩めず疑問を口にする。

 

「星の使徒とは何だ?」

 

光太郎の問いにシャルデンは丸形サングラスを光らせた。

 

「世界を創り変えるもの、デスよ。この世界はクロノスが管理支配していることをアナタはご存知デスか?」

 

「クロノスだと?」

 

「秘密結社クロノス…。それがこの世界を裏で支配している存在なのデス。我々星の使徒は、そのクロノスを壊滅させ、新しい世界を創り上げるのを目的としていマス」

 

秘密結社クロノス。その単語を聞いて、光太郎の脳裏には暗黒結社ゴルゴムの存在が浮かび上がる。

 

そしてシャルデンは右手を光太郎に差し出した。

 

「アナタの力は申し分ナイ。我々の同志となり、一緒にクロノスを討ち滅ぼしましょう!」

 

光太郎は差し出されたシャルデンの手を見やる。クロノスという組織は初耳であったため、ゴルゴムと同じような響きはあるものの悪であると断ずることはできない。それに、目の前の2人の目は、目的の為なら人の命を奪うことも躊躇しないであろう闇が垣間見えた。

 

光太郎はシャルデンの手を払う。

 

「俺の正義は俺が決める!」

 

「そう…デスか。いずれまたお会いすることもあるでしょう。その時には良い答えが頂けることを願っていマスよ」

 

そう言い残し、シャルデンは去っていく。キョーコも光太郎達に手を振りながら後をついていき、この場には屍となった殺人鬼と光太郎達。そして先程までの戦闘の激しさがウソだったかのような静寂だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街で噂になっていた殺人鬼が死んだ。

その事実は一晩で街中に広がり、翌日には今までの閑散さとは比べ物にならないくらいに人が溢れている街並みがあった。それを窓から見下ろすイヴは目を丸くしていた。今までこんな大勢の人を見る機会がなかったのだろう。

 

そんなイヴを見て、この街の市長は「これも君たちのおかげだ」と礼を述べた。

 

光太郎達は現在、ここルーベックシティーの市長の元に呼ばれていた。あの後警官が駆けつけ、ギャンザの屍を引き渡した。その報はすぐに市長であるカール=ウォーケンに伝えられ、市長として是非礼を、と宿にまで迎えを寄越したのだ。

 

そしてこの場にはトレインとスヴェンも来ていた。カールの話によると、トレインとは昔馴染みらしく、警察では歯が立たない今回の事件解決に頼み込んだらしい。しかしせっかく飛んできたにも関わらず、いざ到着したら全てが終わってましたよ、という有様だった。

 

「わざわざ来てくれたのに、済まなかったな。トレイン」

 

カールが謝罪する。しかしトレインは全く気にする素振りを見せない。

 

「気にすんなって。事件が解決してんなら良いことじゃねえか。俺はこの上等なミルクだけでも満足だぜ?」

 

ニカッと笑うトレイン。その姿を見て、カールは「変わったな」と微笑した。

 

そしてカールは改めて光太郎に向き合う。

 

「君には事件解決の報酬を個人的に支払いたいと思う。1500万イェンを用意した。受け取ってもらえるかな?」

 

「1500万イェン!?」

 

背後でスヴェンが目玉を飛び出させそうな勢いで叫ぶ。後で話を聞いたが、スヴェンとトレインには多額の借金があるらしく、掃除屋としての報酬もほぼ借金の返済に充てられるという。

 

しかしそんなもののない光太郎に、この金額は不必要であった。光太郎は少し考え、そして言葉を返す。

 

「それなら、100万イェンを当分の生活費に充てるため、頂きたいと思います。残りはこの街のために使って下さい」

 

この街は殺人鬼ギャンザの影響が広がっていた。今は街を行き交う多くの人たちの中にも、心に傷を負ってしまった者も多くいるはずだ。こういった人々の心のケアを光太郎は願う。

 

そしてRX時の攻撃の余波が道路に巨大な穴を開けてしまったり、近くの窓が割れたりするなどの影響も出てしまっていた。その償いの意味も含まれていたが…。

 

その光太郎の言葉を聞き、カールは驚いた表情を見せたが、爽やかに言い放つ光太郎に頭を下げた。

 

「ありがとう。この街の人間を代表し、感謝する」

 

そんな嬉しそうな表情の育ての親を見て、トレインは「ありがとよ」と光太郎に向かって小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秘密結社クロノス。

その本部の場所を知る者はほとんどいない。そこに跪くひとりの女性がいた。女性の名はセフィリア=アークス。クロノス特殊部隊のリーダーであり、ナンバーズの<I(ワン) >の位を与えられている。

 

前方に映し出されたクロノスの長老からセフィリアに新たな指示が出される。

 

「クリードの手先、星の使徒の足取りが掴めたようだな」

 

「ハッ! 現在ベルゼーが星の使徒の2人を追い、今頃接触していると思われます」

 

「…道の力か。道の力は世界平和の障害となる。必ず世界から抹消せよ。そしてそれを破った男、南光太郎という掃除屋をクロノスの力とするのだ!」

 

「分かりました。全ては、クロノスのために…!」

 

セフィリアは立ち上がり、ターゲットの元へ向かう。

 

 

 

時の番人(クロノ・ナンバーズ)に目をつけられた、光太郎の運命や如何に!?

 




光太郎をスカウトするべくやってきた秘密結社クロノスの時の番人のトップ、セフィリア。

「私はあなた(の力)が欲しい」

光太郎とイヴに誤解を与えてしまいながらも、自身の使命を語り出す。

次回 『セフィリアの覚悟。RX vs 時の番人<Ⅰ>!!』
ぶっちぎるぜ!


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セフィリアの覚悟。RX vs 時の番人<Ⅰ>!!

思ったよりも長くなってしまった…。


そろそろ光の杖登場かな?


光太郎たちはカールと別れ、この街のとある酒場に出向いていた。

昨日の約束を守る為だ。そしてこの場には光太郎とイヴ以外にもトレインとスヴェンも一緒だった。

 

「本当にいいのか?」

 

「気にしないでくれ、スヴェン。このお金は本当ならそちらが受け取っていた物なんだ。食事代や飲み代くらい出させてくれよ」

 

「いや、そう言ってもらえると助かる。実は懐がカツカツでな…」

 

光太郎の提案に、スヴェンは神の助けを得た思いだった。スヴェンの目には光太郎に後光が差して見えている。しかしそんなスヴェンとは対照的な相棒がいた。

 

「やったな、スヴェン! 食い溜めしておこうぜ!」

 

「トレインって意地汚いよね」

 

「…姫っち、性格悪くなった?」

 

奢りならばたっぷり食べてしまおうというトレインに、イヴがしれっと毒舌を吐く。そんなイヴにトレインは思わず苦笑してしまった。

 

店に入ると、先日のマスターの顔があった。まだ昼間であるが、街から危険が去ったという朗報に酒を飲み交わしている面々もおり、先日と比べてとても繁盛していた。

 

「マスター、約束通り、今日はちゃんと支払いますからね」

 

光太郎はそう言ってカウンター席に座った。

 

「おお、昨日の兄ちゃんじゃねえか。まだこの街にいたのかよ。でも朗報だ! 殺人鬼のヤロウ、捕まったらしいじゃねえか。これで堂々と街の外を歩けるぜ」

 

マスターの表情も昨日とは打って変わって明るい表情だ。4人は飲み物と食事を注文し、店内の客の様子を眺めている。4人の中で一番興味深そうに眺めていたのがイヴだった。

 

「…光太郎」

 

「なんだい?」

 

「掃除屋って…良いお仕事だね」

 

イヴは客の顔を眺めながらそう話す。そのセリフは光太郎だけでなく、トレインとスヴェンにとっても誇らしくなるものだった。

 

 

注文した食事と飲み物が自分たちの前に置かれ、しばらくは他愛もない雑談を交わす。そこで光太郎は先日の2人組のことを思い出した。

 

「そうだ、2人に教えてもらいたいことがあるんだ。いいかな?」

 

「おう、俺たちが答えれることなら何でもいいぜ。お前には奢ってもらってるんだからな。おい、トレイン、それはイヴが頼んだメシだ」

 

スヴェンは快く了承している。そんな傍らには食事の取り合いをしているトレインとイヴがいた。光太郎もそんな2人を見て思わず苦笑する。

 

「ありがとう。2人はクロノスって知ってるか?」

 

秘密結社クロノス。

この世界を支配管理している組織。シルクハット男、シャルデンが言ったこの言葉は真実なのかどうか、光太郎は知りたかった。一般人に認知されているかは不明だが、数週間この世界で過ごしてきて、光太郎の耳にその組織の名前は入ってきていなかったのだ。「秘密」と名が付いていることから知らない可能性の方が高かったが、トレインとスヴェンの表情の強張りを見て、その考えを撤回した。

 

その後はスヴェンの提案で、話の続きは彼らが泊まっている宿にてすることとなった。

 

 

 

 

 

宿に移動した4人。

そこで光太郎は先日の殺人鬼が(タオ)という力を星の使徒という組織から与えられていたこと、星の使徒が秘密結社クロノスを滅ぼそうとしていることを話した。イヴは気付かなかったが、星の使徒の名前を出した時にトレインの雰囲気が一瞬だけだが豹変したのを光太郎は感じ取っていた。もっとも、その理由を推し量ることなどできなかったが…。

 

「俺は先日初めて秘密結社クロノスという組織の名前を知ったんだ。その様子だと2人とも知っているようだけど、教えてもらえないか?」

 

光太郎の問いにスヴェンはトレインの顔を見やる。トレインはため息をついて立ち上がり、冷蔵庫からミルクを取り出し一口飲んで言った。

 

「俺の…前の職場だよ」

 

「…!」

 

クロノスの組織を知っているかを聞きたかったのだが、トレインの言葉はそれ以上のものだった。知っているどころではない。内情すら把握していると思われる。光太郎は立ち上がってトレインに問いかける。

 

「教えてくれ! クロノスはどういう組織なんだ? 星の使徒の男はまるで悪の組織のような物言いだった。その実体はどうなんだ!?」

 

「悪の組織…ね」

 

トレインは独りごちる。光太郎は秘密結社クロノスの正体を知ることに必死であったが、イヴはトレインの雰囲気の変化に驚いて、読んでいた本から目を離してしまっていた。あの飄々とした子どもじみた性格のトレインの姿に、陰のようなものが見えていたからだ。

 

「正義と悪、そう割り切れるもんじゃねえよ。クロノスはこの世界の土台みたいなもんだ。クロノスが滅んだら、間違いなくこの世界は混乱する。だからと言って、正義の組織と言う気もねえ。世界の安定を維持するために、反クロノスを掲げる連中の暗殺もする組織だからな」

 

「…暗殺…だと!?」

 

「そして俺はそこの特殊部隊、時の番人(クロノ・ナンバーズ)と呼ばれた元・殺し屋さ」

 

トレインのその言葉が、光太郎とイヴをより一層驚かせた。あの明るいトレインにそんな過去があったのだ。

 

ミルクを飲み終えたトレインが窓の外を見下ろす。

 

「軽蔑してもいいぜ?」

 

しかし光太郎は首を振る。

 

「軽蔑なんてしない! 過去は過去だ、今更変えることはできない。今のトレインは掃除屋だ。犯罪者を捕らえ、弱き人達を助けている。それは誇らしい事だと俺は思う!」

 

「…ははっ、意外というか、光太郎らしいというか。まぁ、ありがとよ」

 

スヴェンも光太郎の答えに苦笑する。とても熱く、どこまでもお人好し。それがトレインとスヴェンの抱く光太郎のイメージであった。

 

「トレインも…自由になったんだね…」

 

イヴは立ち上がって光太郎の手を取る。いつか自分がこの人にしてもらったように、トレインも自由を手に入れたのだろう。トレインの普段の姿がそれを表している気がした。

 

「おう、自由に生きるのが一番だぜ!」

 

トレインはニカッと笑う。しかしその表情もすぐに驚きのものとなった。トレインは窓の外をその表情で見下ろしている。残りの3人は何事かとトレインを見やった。

 

「…クロノ・ナンバーズのトップがやってきたぜ」

 

あまりの突然の来訪者に、皆唖然としてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

時の番人(クロノ・ナンバーズ)のトップ、セフィリア・アークス。

特殊部隊のリーダーと聞いていたが、こうして目の前にその人物が現れた時にはその正体にトレイン以外全員が驚いていた。とても美しい細身の女性だったからだ。その瞳は心の中まで見透かされそうな程だ。

 

セフィリアはスヴェンから出された紅茶を受け取り、トレインの顔をジッと見ている。当のトレインは気まずそうに苦笑いを浮かべていた。どことなく怯えているようにも見えた。

 

「久しいですね、ハートネット」

 

「そ、そうだな!セフィ姐も元気そうでなによりだ、うん!」

 

突然声をかけられたトレインは、明後日の方向を見ながらそう言って笑う。その笑顔は引き攣っていた。

 

「あなたが…トレインの昔の上司なの?」

 

「ええ。そうですよ、お姫様」

 

イヴの質問にそう返し、にこりと笑顔を見せる。その笑顔は普通の男性なら誰でも胸をときめかせる程の破壊力を秘めていた。イヴすらも思わず顔を紅くしてしまう。しかしこの場にいる男性陣はそうではなかった。昔馴染みのトレインはともかく、スヴェンは常にセフィリアの動きを警戒しているし、光太郎も秘密結社クロノスの特殊部隊のリーダーを前にして、気を抜くほど愚かでもない。トレインから暗殺も行う組織と聞いているのだから尚更だ。

 

「それで、あんたはトレインに会いに来たのか?」

 

「いいえ、スヴェン=ボルフィード。確かにハートネットには言いたい事は多々ありますが…」

 

トレインの体がビクッと跳ねる。

 

「ハートネットに会ったのは偶然です。今日の目的は南光太郎、あなたなのですよ」

 

「俺に…?」

 

「ええ、南光太郎。私はあなたが欲しい」

 

爆弾発言が投下された。

トレインは目を丸くし、スヴェンは開いた口が塞がらない。イヴは光太郎の前に立って必死にガードしている。当の光太郎は思考が停止していた。まるきり想定していなかった言葉は投げかけられたのだ。それも無理ないだろう。

 

セフィリアは4人の胸中を知ってか知らずか、気にすることなくファイルを机の上に出した。そこにはギャンザと戦っているRXの写真が何枚も貼られていた。

 

「何だこりゃ」

 

スヴェンは光太郎がRXに変身しているところを見ていない。目の前に出された写真を見せられても、子ども向けの特撮かと思ったくらいだ。

 

「南光太郎。あなたがギャンザ=レジックとの戦いでこの姿になり勝利を収めたこと、その後星の使徒と接触し、勧誘を受けた事も調査済みです」

 

ギャンザとの戦いは先日である。僅か1日足らずでこれだけ調べ上げる情報網に光太郎は恐怖を感じた。どこに組織の目があるかわからない。思っていたよりも厄介な組織のようだ。

 

「クロノスのことはハートネットから聞いているかもしれませんが、平和安定のため、クロノスの力となって欲しいのです」

 

「それって…光太郎に人殺しをさせるってこと?」

 

セフィリアの頼みにイヴが一番に言い返す。イヴはセフィリアから守るように光太郎の前に立っている。その後のセフィリアの言葉次第でイヴは跳びかからんばかりの雰囲気だった。それを察したのか光太郎はイヴの両肩に手を置いて落ち着かせる。しかしセフィリアは淡々とイヴのその疑問を返した。

 

「命令があればそうなります」

 

「帰って!」

 

イヴは瞬時に右腕を刃に変え、その切っ先をセフィリアに向ける。その行動に驚いてトレインは必死にイヴを宥めるが、イヴも引こうとはしない。

 

「イヴ、やめるんだ」

 

「光太郎の頼みでも、これだけは聞けない。

 

私、ずっと考えてた。

 

私に何ができるかを。

 

何がしたいかを。

 

 

 

私は…光太郎を守りたい!

 

光太郎にイヤなことさせようとするあなたは…私の敵です」

 

「そうですか…仕方ありませんね」

 

セフィリアは悲しい表情を浮かべる。目の前の少女は南光太郎のことを真摯に想っている。それは微笑ましいことだが、こちらにも任務がある。

 

「南光太郎。私と賭けをしませんか?」

 

「…賭け?」

 

「そうです。私と試合してください。私が勝てばあなたはクロノスに入る。あなたが勝てば、私は今後2度とあなたを勧誘しないと誓います。そして勝負の結果に関わらず、あなたには3000万イェンを差し上げましょう。どうですか?」

 

そう言ってセフィリアは立ち上がる。光太郎はハッキリ言って戦う理由がない。お金には興味がないし、クロノスには元より入るつもりはない。試合をしなくても拒否し続ければいいのだ。

 

光太郎はトレインに抑えられているイヴを見やる。

 

「離して、トレイン! 私がやる。女にはやらなきゃならない時があるんだよ」

 

「どこで覚えたんだよ、そんな言葉! 姫っちの気持ちは分かるけど無茶なんだって!」

 

先程のイヴの言葉は光太郎を勇気付けてくれた。こんな自分でも、あんな状態にあった少女の力になれたのだ。自分は…光太郎は今まで傍にいた人をいつも不幸にしていた。中には命を奪われた人たちもいる。そんな記憶があり、人を遠ざけようとする気持ちと、寂しさと心細さから人を求める気持ちが葛藤していた。

 

光太郎は正面の女性に視線を向ける。

この女性も何かに囚われているような気がした。戦ってみれば、それが何なのか感じ取れるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「イヴ!」

 

「光太郎…なに?」

 

「俺を信じろ! セフィリア=アークス。その試合、受けよう!」

 

驚くスヴェンとイヴ。トレインは「マジかよ」と呆れていた。




セフィリアの提案を受け入れた南光太郎!

時の番人最強の剣がRXを襲う!!

果たしてセフィリアに勝機はあるのか!?

次回 『セフィリアを縛るもの』
ぶっちぎるぜ!!


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セフィリアを縛るもの

感想有難うございます。なるべく返信するようにしていきますね。

ライダーのように勧善懲悪でない部分があるので、悩みます。世界の平和の為にはクロノスは必要なのか…。でも長老会の人々は好きになれません(笑)

次回はオリジナルの息抜き回です。


謎の古城。

その一室で集った星の使徒は、シキという道士(タオシー)による能力で、とある戦いの一部始終を映し出していた。圧倒的な力による黒き死神の断罪。(タオ)に目覚めていたギャンザを下した映像は、星の使徒の一部を驚かせていた。

 

「何だこりゃ。俺たちのような道の力とは違うよな」

 

「ちょースゴかったっスよー。まるで私の国でやってる子ども向けのヒーローみたいな感じですかねー」

 

相撲取りのような体型のマロは眉を(しか)めて観察する。それにキョーコは自国でのジパング特撮ヒーローの話を挙げた。しかしそれは所謂創作であり、ヒーローなんてものは実際には存在しない。

 

「星の使徒へお誘いしたのデスが、断られてしまいました。クリード、どうします? この男は放っておきマスか?」

 

シャルデンは星の使徒のリーダーであるクリードに問いかける。クリードは映像を見ながらも、子どものような無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「いいよ、実にいい! 彼には何か感じるものがある。是非とも、これから創り上げる世界の立役者の1人となってもらいたい人材だ!」

 

クリードはそう語る。クリードの脳裏には、自分のパートナーであった頃の殺し屋トレインと、クロノスの長老会の連中を破壊する黒き死神の姿が並び立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーベックシティーより離れた平原。そこにクロノスの車により連れて来られた4人は辺りを見渡す。人気は全く無く、民家も見当たらない。先に車を降り、先頭を歩くセフィリアは「ここでなら迷惑はかかりません」と告げる。

 

「おい、トレイン。光太郎に何かアドバイス的なものはないのか? かなり強いんだろ、あの姐さん」

 

「あー、ハッキリ言って敵対したくない奴ナンバーワンだな。クロノスを抜ける時に一度戦ったんだが…剣圧だけで銃弾を消滅させられた」

 

「マジか…クロノスってとこはビックリ人間の集まりだな」

 

光太郎の後ろでスヴェンとトレインがそんな会話を続けていると、セフィリアの足が止まった。

 

「この辺りでいいでしょう。南光太郎、もう一度確認します。私が勝ったら、あなたはクロノスに入るのですね?」

 

「ああ! だけど俺が勝ったら…」

 

「今後一切あなたを誘うことはしません。これでよろしいですか?」

 

「それでいい」

 

2人は互いに了承し、距離を取る。

 

「光太郎…」

 

「イヴ、心配するな」

 

イヴは未だ光太郎が勝負を受ける事に納得してはいない。しかしそれでも、光太郎は頑なに自分の言うことを聞いてくれないだろう。それならばもうそれでもいい。

 

「私は…光太郎のパートナーだから。どんな結果になっても、一緒だよ」

 

そう言ってトレインたちと離れていくイヴ。イヴを再び窮屈な世界に押し込める訳にはいかない。光太郎はセフィリアと向き合う。セフィリアは腰にかけていた長剣を鞘から抜く。未だどのような戦い方をするのか不明だが、油断はできない。

 

 

そして片手を天に掲げ、アクションを取る。

 

「変 身!!」

 

光太郎の体が光り輝き、RXとなった。トレインとイヴは光太郎のこの姿を見たことはあるが、初見であったスヴェンは「どういう原理だ」と空いた口が塞がらない様子だ。もっとも、トレインとイヴも分かっていないが…。

 

 

「俺は太陽の子! 仮面ライダーBlack、アール、エックス!!」

 

「それでは…始めましょう」

 

 

 

 

そして始まった。

最強対最強の戦いが!

 

 

 

剣を構えたセフィリアが動く。

それはまるで幽霊のように音も無く不規則な動線を描く。

 

桜舞(おうぶ)

 

達人でも会得するのに10年はかかるという無音移動術。それをセフィリアは完璧に使いこなしていた。

 

RXは驚くものの、その直後に放たれた幾度もの剣閃を両腕でガードする。あまりの剣速に、RXのガードした両腕から火花が散った。ガードを解いて構える頃には、セフィリアは遠くに離れている。RXの力を警戒してか、徹底したヒットアンドアウェイ戦法か。RXも近付いて掴みかかろうとするも、セフィリアの予測不可能な動きが捉えられない。

 

RXの目から見たセフィリアの動きは捉えられないスピードではない。しかし緩急、不規則な動きが何の気配も無く行われるその移動術は厄介であった。

 

その時、RXの両の赤目が光る。

 

 

「マクロアイ!」

 

セフィリアの動きを、幾度もの剣閃をガードしながら観察する。

そして捉える。セフィリアの使用する移動術の弱点を!

 

RXが拳を握ったのを確認し、セフィリアはすぐさま距離を置いた。

 

「ライダーパァァンチ!!」

 

しかし狙うはセフィリアでなく大地。

RXは真下に向けてライダーパンチを放つ。その衝撃は70t以上。大地は地震のように揺れた。その瞬間、セフィリアの完璧であった移動術に綻びが見えた。セフィリアの高速移動術。それを可能としているのは当然下半身からなる。しかしそれは平坦な場所に限られてしまう。つまり(かなめ)は大地。足元が激しく振動を起こせば動きにも支障を来す。だが流石はセフィリアといったところか、すぐに建て直しを図るが、その隙を見逃すRXではない。

 

跳躍し、一緒のうちに距離を潰してセフィリアの両腕を掴んで押し倒そうとする。が、合気のような流れでRXの体は大地に叩きつけられた。そしてセフィリアはすぐさま距離を取る。

 

その程度ではダメージのないRXはすぐに立ち上がる。

 

「流石ですね…」

 

「貴女のその強さ…並大抵のことで身につくものではない。そして貴女が好んで戦う人でない事が、戦ってみて分かった。そんな貴女がなぜクロノスに尽くす!?」

 

「貴方には関係のない話です…!」

 

 

 

 

遠くで戦いを見守っていた面々は驚きと呆れ顔を浮かべていた。

 

「すげえ、セフィ姐の桜舞を簡単に破りやがった…」

 

「おい、あいつ地震起こしたぞ! 戦略兵器か!?」

 

「でも、まだ終わってない」

 

 

 

イヴの言う通り、まだ戦いは続く。

桜舞を破られてもセフィリアのアークス流剣術は未だ健在である。

 

 

セフィリアは破られた桜舞を使いながらも、近距離で剣閃を放っていた。目に見えない幾つもの剣をRXはガードし、払い、ダメージを最小限に抑えている。

 

「クロノスは間違っている! 世界の平和を管理するのは良い。しかしその為に人を暗殺するなど、殺すなど! あってはいけないことだ!」

 

RXの脳裏にかつての親友の姿が浮かぶ。

戦いたくなかった。死なせたくなかった。最善の方法は、命を取ることではないはずなのだ。

 

しかしRXのそんな過去や思いを知る由もないセフィリアは、その言葉に激昂する。

 

「クロノスを悪く言う者は許しません!」

 

「何度でも言う! クロノスは間違っている!」

 

「クロノスがいなければ私は生きていなかった! クロノスは私の全てです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そのとき、ふしぎな事が起こった!

 

 

 

 

 

RXの脳裏にセフィリアの過去の映像が流れ込む。

産まれてすぐにクロノスに育てられ、クロノスのために生きることを教育された。セフィリアにとって、クロノスは絶対の存在となってしまっていた。

 

「クロノスは私に生きる術と生きる場所を与えてくれました!」

 

「違う! クロノスが貴女に与えたのは呪いだ! 死ぬまでクロノスの駒となる呪いだ!!」

 

普段物静かなセフィリアが表情を険しくし、大きな声で叫ぶ。昔馴染みのトレインでも初めて見る姿だろう。

 

「貴女は育ての親が人を殺せと言ったら殺すのか!?」

 

「従います、それがクロノスの望みならば。クロノス最強の剣として!」

 

「ならば…俺はその剣を折る!」

 

RXは腰のベルト、サンライザーに手を伸ばす。

 

「リボルケイン!」

 

その呼びかけにより、サンライザーから光の杖が現れた。

 

RXと相対しているセフィリアの剣には、もはや殺気が込められている。それは当然だ。RXはクロノスを否定した。そして危険な力をも持っている。クロノスの障害となる人物となっているのだ。クロノス側にとっては暗殺対象にも含まれる。

 

「あなたは危険です。クロノスのためにも、あなたを全力で排除します」

 

 

 

 

そして、両者の姿が消えた。

 

 

 

アークス流剣術最終奥義「滅界」!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲に衝撃が響き渡った。

 

この奥義を受けた者は肉片ひとつ残らずこの世から消滅する。セフィリアは自分の勝利を確信していた。

 

 

 

 

 

しかし、消滅したのは自身の愛刀「クライスト」の方だった。RXは滅界のスピードを見切り、一合目をリボルケインで受け止めた。その瞬間、無限ともいえる程のエネルギーが注ぎ込まれ、クライストは折れるでもなく消滅した。地上最強といわれるオリハルコンで作られた剣が、である。

 

セフィリアはその事実に理解が追いつかず、空となった自分の掌を茫然自失と見下ろしていた。

 

 

「クロノスを全否定する訳じゃない」

 

背後で背を向けているRXがセフィリアに語る。

 

「世界の平和を維持する事は素晴らしい。だがその為に暗殺など、人の命を奪うという安易な手段に逃げて欲しくない」

 

「し、しかしそれが一番最善の場合もあるのです!」

 

我に返り、セフィリアは振り返ってRXに反論する。

 

「命を取る必要はない。捕らえるだけでもいいさ」

 

RXは変身を解いてセフィリアに向き合う。光太郎も、人間が全員善人だと言うつもりはない。中にはどうしようもない悪人もいるだろう。

 

だが仮面ライダーもいる。

 

「俺が悪人の手から弱き人々を守る! だから貴女たちは人の命を取る以外での平和維持を頼むよ!」

 

「しかし私は…この生き方しか知らないのです…」

 

「これから覚えていけばいいじゃねえか」

 

戦いが終わり、トレインたちが側までやってきていた。

 

「ハートネット…」

 

「俺だって殺し屋なんて生き方しか知らなかったけど、この生活も結構楽しいぜ? セフィ姐も探してみろよ。別にクロノスを抜けろとは言わないからよ」

 

「しかしクロノスの指令が…」

 

「光太郎の勧誘か? それなら光太郎にずっとついていけばいいんじゃねえか? クロノスに何か言われても『任務続行中です』とでも言っとけよ」

 

トレインのその提案を聞き、イヴがトレインのスネを蹴り上げた。勝負の意味がない、と怒っている。イヴとしては光太郎との2人旅に、目の前の気に入らない女性がついてくるのは嬉しくない。イヴは光太郎に「断って!」と無言の視線を向ける。光太郎もイヴのその視線に気づいたのか、微笑んで頷いた。やっぱり光太郎はトレインと違って優しい。「セフィリアさん、残念でした」と心の中で喜ぶイヴ。

 

「俺なら構わないよ」

 

しかし現実は残酷である。光太郎はイヴの気持ちをちっとも読みとっていなかった。

 

「こ、光太郎…!」

 

「分かってるよイヴ。セフィリアさんのためになるなら構わないって言うんだろ? イヴは優しいからな!」

 

「う、うぅ…」

 

光太郎はそうイヴに笑いかける。自分の言いたいことを理解してくれなかった寂しさと、優しいと言って褒めてくれた嬉しさを同時に与えられ、感情が混乱してしまう。

 

「しかし賭けは? あなたが勝ったら2度と勧誘しないという約束です。私は約束は守ります」

 

「セフィリアさんは負けを認めるんですか?」

 

「クライストも無くなってしまいましたし…認めざるを得ません」

 

「それじゃ、俺も降参します」

 

「…え?」

 

光太郎はわざとらしく倒れこんだ。

 

「実はあなたの一撃でもうボロボロだったんですよー。なので両者降参で引き分けですね。いやー、参りました」

 

どこからどう見てもダメージは無いように見える。光太郎は役者にはなれないなと苦笑し、スヴェンはタバコを吹かした。

 

「それじゃ、勝者なしで先程の賭けは不成立。証人である俺が見届けたぜ」

 

スヴェンの判定で勝者無しとなった勝負が終わった。

セフィリアの心の中では未だクロノスへの忠誠心が根付いているが、トレインの生き方を変えたものに触れるのも、良いかもしれないと思い始めていた。

 

 

 

 

 

RXの地震攻撃によってルーベックシティーの街に怪我人は無かったものの、微細な被害が出たのは別の話である。




光太郎と共に行くこととなったセフィリア。

トレインたちと別れ、イヴに初めての海を見せに来た光太郎。

輝くビーチ、白い砂浜、そして両隣には…。

次回 『初めての海』
ぶっちぎるぜ!!


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初めての海

挿絵に挑戦してみたけど失敗しました。
うまく描けません…。

練習してみよっと。


「ハートネットは一緒に行かないのですか?」

 

宿にてセフィリアがトレインにそう尋ねる。一同は現在宿に戻ってきていた。戻るや否や、すぐに身支度を済ませて宿を先に出ようとするトレインとスヴェンの姿をセフィリアに見られてしまったのだ。セフィリアは5人で行動するものだと思っていたのだ。

 

「セフィ姐と一緒にいるとクロノスの目に入りやすくなっちまうだろ? 追っ手差し向けられると面倒だからさ」

 

「そうですか、てっきり私を避けているものだと思っていましたよ?」

 

「そ、そんな訳ねえだろー」

 

「ふふ、どこを向いているのですか、ハートネット。私はこちらですよ?」

 

笑顔のセフィリアだったが、トレインにはそれが逆に恐ろしく見えてしまっていた。「クライストを失った私はか弱い女に過ぎません」というセフィリアだが、か弱い女がこのような威圧感は出せないだろう。

 

そこに光太郎が戻ってきた。

 

「部屋をもう1つ取ってきましたよ。流石にセフィリアさんと同室にする訳にはいかないので、俺は1人で寝るからイヴはセフィリアさんと同じ部屋で休んでくれ」

 

「え…?」

 

双方修羅場になっている光景を見て、ただひとり何の被害も被っていないスヴェンは胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

トレインたちがルーベックシティーを出てから、3人は同じ部屋に集まっていた。しかし光太郎がイヴの懇願に負けて同室になった訳ではない。セフィリアが一度クロノス上層部に連絡を取ると言ってきたのだ。勧誘のための任務継続の許可を得たいというセフィリアは、未だクロノスに縛られている。しかしこの状況から多少の綻びは見られているのだろう。いつか「クロノスのため」ではなく「自分自身のため」に生きてくれるよう光太郎は願うばかりだ。

 

上層部への連絡を了承した光太郎は、てっきり電話をかけるものと思っていた。しかしその予想に反してセフィリアはノートパソコンを取り出した。

 

「何ですか、これ」

 

「ノートパソコンですが…」

 

「のーと…パソコン? これがパソコンなんですか!?」

 

驚いた光太郎はセフィリアが出したノートパソコンを触る。薄く、光太郎の知っているパソコンに比べてやたら軽い。転生前はどうなのか覚えていないが、光太郎の記憶の中にあるパソコンはもっと大きく、持ち運びには適さない物だった。確かにあの世界にもノートパソコンはあった気がする。

 

『DynaBook J-3100SS』というのが記憶の中にある一番新しいパソコンだった。どうやらこちらの世界の方がコンピュータは一手先をいっているようだ。

 

パソコンを立ち上げたセフィリア。デスクトップ画面にも色がついていることに感動している光太郎に、イヴは思わず微笑んでしまった。まるで子どもみたいだったのだ。

 

「光太郎は、パソコンあまり見たことないみたいだね」

 

「あ、ああ。世の中はこんなに進んでいたんだな」

 

2人がそんな会話を続けていると、セフィリアが人差し指を静かに口元に当てがった。それを見て2人は口を閉じる。

 

そしてパソコンから声が流れる。

 

「…どうしたナンバーズI(ワン)。任務は完了したのか?」

 

「クロノスへの入隊は断られました。クロノスの行う暗部が受け入れてもらえなかったようです」

 

「クロノスを否定するか。ならばいずれ我らに牙を剥くこともあろう。ならば今のうちに消せ」

 

「…私は彼に敗れました」

 

「…………なに?」

 

クロノス上層部の人物であるが、声に驚きがこもっていた。

 

「クライストも彼の持つ武器には一合も耐えれず消滅してしまいました」

 

「な、バカな。クライストはオリハルコンでできた最高の武器なのだぞ!」

 

「事実です。それ以上の武器を持たない時の番人(クロノ・ナンバーズ)では残念ですが全員で立ち向かっても同じことでしょう。ですので敵対は避け、徐々にクロノスを分かってもらえるように説得をしたいと思います。その為に、しばらく南光太郎を追うことにしたいのですが、その許可を頂きたいのです」

 

画面の奥の相手は誰かと相談している様子だ。そして答えが纏まったのか許可が出た。

 

「いいだろう。南光太郎を必ず懐柔せよ」

 

「はっ」

 

「そしてクライストを失ったお前を、いつまでも時の番人に据え置く訳にはいかん。一時的ではあるがI(ワン)の席から外れてもらう」

 

「……分かりました」

 

そして通信が切れた。

パソコンがここまで進化していることに驚く光太郎と、セフィリアの報告に疑いを抱くイヴ。

 

「セフィリアさん、光太郎の説得をまだ諦めてないの?」

 

セフィリアを睨むイヴ。しかし柳に風といった様子でセフィリアは「どうでしょうね」と微笑んだ。背景に稲妻が走る。しかし当の光太郎は2人のそんな雰囲気に気付かず、パソコンを興味津々に触っていた。

 

「光太郎さん、よろしければパソコンをプレゼントしましょうか?」

 

「え、良いのかい?」

 

「セ、セフィリアさん! 先にシャワー行ってください。光太郎も部屋に戻って。光太郎はパソコン使えないから、もらっても意味ないよ」

 

「え、いや、使えないことはないと思うけど」

 

「…意味ないよね?」

 

笑顔であるが有無を言わせない姿勢だ。しかしイヴの思惑が伝わらない光太郎は「そんな不器用に思われてるのか…」と落ち込んで部屋に戻っていった。

 

そして部屋にはイヴとセフィリアだけになる。

 

「かわいそうなことをしましたね。落ち込んでしまっていましたよ?」

 

「言いましたよね? 光太郎にイヤなことさせるなら、あなたは私の敵です。クロノスなんて入れさせません」

 

「光太郎さんにそのようなことはしませんよ。それより、シャワーを浴びるのでしたね。一緒に入りましょうか」

 

「い、イヤです」

 

拒否するイヴだが、セフィリアにバスルームに連れ込まれてしまう。そして30分後…。

 

「…やっぱりあなたは私の敵です」

 

自身の胸もとを見つめるイヴは、圧倒的な戦力差の違いに打ちのめされていたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

翌日、朝食を終えた3人はこれからの交通手段を考えていた。流石に光太郎のバイクで3人乗りは出来ない。セフィリアがクロノスの車を使用しましょうと提案したが、最終的には列車を利用することにした。バイクも申請することで貨物列車に載せることができた。

 

そういえばアクロバッターたちは元気にしているだろうか。何だか無性に彼らを整備してやりたくなってきた。しかし流石にこちらの世界に駆けつけるのは不可能だろう。神様と連絡ができれば良いのだが…。

 

光太郎は売店で買い物をし、先に席に座っていたイヴとセフィリアの元に走った。何やらピリピリした空気であったが気のせいだろう。

 

「ほら、冷凍みかん買ってきた。みんなで食べよう」

 

光太郎は2人にそれぞれ手渡す。こういう旅には冷凍みかんだよな、と光太郎はやけに拘っている。イヴもセフィリアも初めて食べたようだが、気に入ってもらえたらしい。

 

「イヴ、私が皮を剥いてあげますよ」

 

「あ、ありがと…」

 

セフィリアに対して礼を言うのに何か抵抗があるのか、不服そうに礼を述べるイヴ。しかし光太郎はそれに気付かず、微笑ましくさえ思っていた。2人ともこういった和やかな旅は初めてだろう。イヴだけでなく、セフィリアにも様々なものに触れさせてやりたいと光太郎は心に決めた。

 

そこを老夫婦が通りかかり…

 

「あらあら、親子でお出かけですか? お嬢ちゃん、優しいパパとママで良かったわね」

 

3人にとって爆弾となる発言をかました。

 

イヴは即座に否定し、セフィリアは「…ああ、光太郎さんが旦那さんですか」と言葉の意味を理解し、それに少し遅れて理解した光太郎は、顔を紅くして老夫婦に説明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

列車で長いこと揺られ、目的地が見えてきた。

ウトウトしていたイヴを起こし、光太郎は外を見るように促す。そこには水平線が見えていた。

 

「あれが…海?」

 

「海を見るのは初めてだろう? 今日、明日と海水浴でもして楽しもう!」

 

太陽の光が海面に反射し、キラキラと光り輝いている。そんな海を見つめ、イヴは年相応の子どものように喜んでいるように見えた。

 

列車を降り、バイクを降ろして今日の宿を取る。荷物を置いて海岸に向かった。海水浴シーズンであった為、海水客は多い。ルーベックシティーで見たよりも多くの人々に、イヴは興奮で顔を紅潮させている。

 

「セフィリアさんは海に来たことあるかい?」

 

「海に来たことはありますが、泳いだことはありません」

 

クロノスの戦士となるよう産まれながら育てられてきた彼女には、娯楽の経験がほぼ無いのだろうと光太郎は感じた。戦闘経験や知識以外は普通の子ども以上に初めて触れるものばかりなのだろう。

 

「ということは泳ぎ方から教えた方がいいかな? 別に泳げなくても楽しめるとは思うけど」

 

「いえ、せっかくなので覚えてみます」

 

「こ、光太郎、私も!」

 

「そうだな。それじゃ、まずは水着を買って泳ぎの練習。その後昼食にしよう」

 

海の家でイヴとセフィリアは水着を眺めるが、どれが良いのか判断できない。光太郎に選んでもらおうとしたのだが、光太郎は顔を紅くして慌てて自分の海パンを買い、更衣室に飛び込んでしまったのだ。

 

「イヴ、あなたにはこのすくーる水着、というのが似合いそうですよ。子ども向けのようですし」

 

「…セフィリアさんならこの花柄でどうですか。おばあさんみたいでお似合いです」

 

「………」

 

「………」

 

「お連れさん、助けて!」

 

2人の険悪な雰囲気に、思わず店員さんが助けを求めたのだった。

 

 

 

その後、店員のオススメでイヴはワンピースタイプの水着を、セフィリアはスタイルが良いということでビキニタイプの水着を購入することになった。

 

それぞれ着替え終え、イヴは光太郎に水着姿を披露した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「光太郎、どうかな?」

 

「ああ、似合ってる。とても可愛らしいぞ!」

 

「良かった。光太郎もカッコいいよ」

 

「光太郎さん、店員に言われた水着を購入したのですが、これで良いのでしょうか?」

 

光太郎の背後から着替えを終えたセフィリアがやってきた。光太郎が振り向くとそこにはビキニ姿のセフィリアが立っていた。胸元を強調するビキニに目を奪われる光太郎。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「水着って下着みたいですよね。これで人前に出るなど、他の人は恥ずかしくないのでしょうか」

 

「そ、そうですね」

 

光太郎は必死に視線を外すが、意識してしまうとなかなかその姿が頭から消えない。そんな光太郎にムッとしてイヴが光太郎の手を引っ張った。

 

「光太郎、早く泳ぎを教えて。あの人より早く覚えるから」

 

「お、おい、イヴ。そんな引っ張るなよ」

 

セフィリアのビキニ姿に、ビーチの男たちも光太郎と同じように目を奪われていたのは、男として仕方なかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

そんな3人を、遠くで少年がじっと見ていた。

 

 

◆◇◇◆

 

その頃とある世界のとある倉庫で…。

 

「ライダーガヨンデイルキガスル」

 

と何かの目が赤く点滅していた。




海水浴を楽しむ3人であったが、光太郎はそこで1人の少年と出会う!

そして天候が崩れ嵐がやってきた。そしてその影響で近くの研究所から逃げ出した恐竜がビーチを襲う!

果たして少年の正体は!?
光太郎たちは恐竜を止めることができるのか!?

次回 『お前のいるべき時代へ帰れ!』
ぶっちぎるぜ!!


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お前のいるべき時代へ帰れ!

光太郎はイヴとセフィリアを連れて海水浴に来ていた。不自由であった2人にいろいろなことをさせてやりたいという、光太郎の狙いでもあった。イヴはトルネオに人体兵器として教育され、セフィリアはクロノスの戦士となるべく育てられてきた。境遇は違えど、2人は似通っている。そしてイヴがセフィリアにとって、クロノスの呪縛に影響を与えてくれることを願う。

 

そんなことを考えながら、光太郎は煩悩を追い払う努力をしていた。

海に入る前にセフィリアが「日焼け止めを塗って下さい」と言ってきたのだ。海水浴初心者がこんな専門用語(?)を使ってくるとは予想だにしていなかった。日陰に入り、水着と一緒に購入したであろう日焼け止めクリームを渡される。

 

「前は自分で塗ることができますが、他の方を見ると背中は塗ってもらっているようです。お願いできますか?」

 

セフィリアはそう言って寝そべった。艶やかな肌が眩しい。光太郎がクリームを出そうとすると、隣にいたイヴに取り上げられた。

 

「セフィリアさん、私が塗ってあげます」

 

「子どもは子どもらしく、海ではしゃいでいていいんですよ?」

 

2人の間にはバチバチという擬音が聴こえた気がした。その後は光太郎が戦略的撤退をした事により、イヴが日焼け止めクリームを塗る事になった。

 

準備運動を終えた3人はまずは浅瀬で軽く海水に浸かっている。

 

「しっかりと泳げるようになっても、遠くには行かないように。潮の流れは早いですから」

 

「大丈夫ですよ、光太郎さん。私は泳げなくても水上を走ることくらいはできますから」

 

どこの超人だ、と思いながら光太郎は苦笑する。光太郎も試したことはないが、変身すれば水の上を走ることはできるのだろうか。

セフィリアは腰の位置まで海水に浸かり、イヴは光太郎にしがみついている。

 

泳ぎの専門的な知識はないが、まずは2人に力を抜いて浮くことを覚えさせる。その後は2人とも流石というべきか、すぐに泳ぎをマスターした。時折海中でイヴの足が尾びれに見えた気もするが、気のせいだろう。

 

ここで何処ぞの漫画の主人公ならハプニングで不埒な行為に発展するのだろうが、光太郎にそんな能力はない。何事もなく昼を迎えた。3人は昼食を取るべく海から上がる。そこで光太郎は異変に気付いた。

 

 

 

 

音が消えた。

世界が静止している。波しぶきも空中で停止して、人々の動きも止まっていた。

 

イヴとセフィリアも人形のように身動きひとつしない。

 

「やっぱり、その体だと時間停止も影響を受けないんだね」

 

背後を振り返ると、そこにはイヴと同い年くらいの少年が立っていた。

 

「キミは誰だ? 時間停止とはどういう事なんだ?」

 

「あなたをこの世界に転生させたお方の関係者と言えば、分かりますか?」

 

「あの人の…」

 

光太郎はすぐにその姿を思い浮かべた。自らを神と名乗った老人だ。だが意外だった。もう二度とコンタクトは取れないものと思っていたのだ。それがなぜ、今…。

 

少年は光太郎の疑問を読み取ったのか、それに答える。

 

「あの方はあなたを強靭な肉体をもつ人間に転生…いや、憑依という方が正しいか。兎に角、あなたはその体をもつに至った。そこまではいい。しかしその力の影響か、この世界の理が崩れようとしているのですよ」

 

「どういう事だ!?」

 

「ゴルゴムやクライシス…」

 

「…!」

 

少年の言葉に耳を疑った。過去の自分にとって最悪な組織の名だ。

 

「仮面ライダーBlackはゴルゴムと戦う運命にあり、RXはクライシスと戦う運命にある。その体の主が以前いた世界ならば既に終わった事だが、この世界では未だ起きていない事なんだ。この世界もその決められた運命を辿ろうとしている」

 

「…冗談じゃないぜ! またヤツらと戦わなければならないのか…」

 

「あの方もその体の主がそこまで重要な人物であるとは深く調査しなかったらしい。しかしこの世界に神が直接手を出す事は禁じられている。だから、あなたに直接伝えることにした」

 

少年の言葉に思わず光太郎の表情が曇る。

この世界にゴルゴムの手が…クライシスの手が伸びてきている。また大切な人の命を奪われてしまうのだろうか…。

 

「…あなたには申し訳なく思う」

 

「俺がいるから…ヤツらがやってくるのか」

 

「……はい」

 

少年は無慈悲に、しかし正直に答えた。

光太郎はただ黙って、少年に背を向けて歩き出す。そして少年は姿を消し、世界は再び動き始めた。

 

「光太郎、お昼は何を食べるの?」

 

振り返って光太郎に訊ねるイヴだったが、すぐに光太郎の様子がおかしかったことに気付いた。顔色は青く、今にも倒れてしまいそうだったのだ。イヴは慌てて光太郎に駆け寄った。

 

「…光太郎、大丈夫!?」

 

「あ、ああ」

 

「全然大丈夫そうじゃないよ。日射病…? すぐに休まないと…」

 

「大丈夫だって。でも俺、少し休んでくるよ。イヴはセフィリアさんと一緒にまだ遊んでいていいからさ」

 

光太郎は表面上だけでもと、笑顔で取り繕う。しかしいつも光太郎を見続けてきたこの少女は、そんな偽物の表情に誤魔化されることはない。イヴは光太郎の手をしっかりと握り、首を振った。

 

「一緒に宿に戻る。光太郎に何があったのか知らないけど、心配で遊んでなんていられないよ」

 

「そうですよ、光太郎さん。海水浴なんて、またいつでも来る事ができます。今はあなたの看病を優先させて下さい」

 

「…イヴ…セフィリアさん…」

 

光太郎はどう動くべきか、未だ答えを出せない。2人に連れ添われ、宿へと戻る事となった。

 

 

俺がいるから、ゴルゴムがやってくる。

俺がいるから、クライシスがやってくる。

 

…俺がいなければ………?

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

俺に剣を向ける男がいた。

親友だった男。

 

「覚悟しろ、ブラックサン!」

 

「止めろ、止めるんだ信彦!」

 

俺の言葉は親友には届かない。

親友の持つサタンサーベルが無慈悲に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

「…!」

 

光太郎は勢い良く飛び起きた。

そして親友に斬られた場所を手で撫でる。

 

「…夢…か」

 

…いや、夢ではない。過去にも同じ場所を斬りつけられたことがあった。ゴルゴムとクライシスがやってくるということは、あの男も現れるのだろうか。再び戦わなければならないのだろうか。だが俺はもう二度と親友の命を奪いたくはない。

 

「光太郎、まだ寝ていた方がいいよ?」

 

光太郎が横になっていた隣で、イヴが座っていた。イヴの話によると、自分は部屋に戻ると急に意識を失ったらしい。イヴとセフィリアは直ぐにベッドに運び、今までずっと傍にいてくれたようだ。

 

光太郎はイヴを心配させないよう素直に横になる。そして静かに目を閉じる。ゴルゴムやクライシスがやってくる前に、RXはこの世界から消えなければならない。光太郎はそう考える。過去の自分は幾度もの奇跡を起こし、脅威を撃退してきたが、今回もそう上手くいくとは限らない。それならば、この世界の人々が被害を被らないように自身が消えるのが一番確実だ。その為には…この2人から直ぐにでも離れなければならない。

 

「光太郎、そのままでいいから聞いて」

 

イヴが語りかける。光太郎は言われる通り、目を閉じたまま耳を傾けた。

 

「私、光太郎が心配だったから、私の治療用ナノマシンで光太郎を治そうとしたの。そうしたら光太郎の考えてる事が伝わってきた。ごるごむ…くらいしす…『俺が早く消えなければ』って、何?」

 

「…!」

 

驚いて光太郎は目を見開き、イヴに視線を向ける。

イヴは今まで光太郎に見せた事のない怒りの表情を浮かべていた。

 

「光太郎、約束したよね」

 

イヴは小指を差し出す。その手は僅かに震えていた。

 

「私、光太郎がいないと不幸になるよ? それなのに私を置いて消えちゃうの…?」

 

「…イヴ」

 

「…私は…イヤ…イヤだよ…光太郎…」

 

そして耐える事ができずイヴは大粒の涙を溢した。隣に座るセフィリアが優しくイヴの肩を撫でる。

 

「光太郎さん。私はあなたの記憶を見た訳でもありませんし、イヴから詳しく聞いた訳でもありません。しかしあなたがそうまで思ってしまう事が起こってしまう。それだけは理解しました。詳しい事情を、話しては頂けませんか?」

 

光太郎は天井を見上げる。正直に話すべきか…。しかしそれを話したら2人は絶対に止めに入るだろう。2人が優しいのは光太郎もよく知っている。しかしイヴにどの程度までか分からないが、知られてしまった。これ以上隠してはおけないだろう。

 

「…分かった」

 

光太郎は観念して語り出した。

自分がこの世界の人間でないことを。

自身が転生者であること。

南光太郎の過去を…。

 

 

 

 

 

その夜、天候が急に崩れ、外は大雨となっていた。

雨が窓を叩く音がやけにうるさく聞こえている。

 

光太郎の腕には目元を赤く腫らしたイヴが抱き付いていた。こうでもしないと光太郎が消えてしまいそうで、怖いと震えてしまうのだ。部屋は二部屋予約していたが、全員この部屋に集まっていた。

 

「…光太郎さん」

 

不意にセフィリアに呼びかけられる。

 

「少し混乱はしてしまいましたが、あなたの言う事を信じましょう。その上で言います。自ら命を絶つ行為を絶対になさらないで下さい。もしもあなたがそれを選択すれば、私も、おそらくイヴも生きてはいないでしょう」

 

セフィリアの言葉に、腕に抱き付くイヴの力が強くなった。

 

「本当なら、私たちの命を盾にしたくはありません。あなたにもこの世界を何の束縛もなく自由に生きて欲しいと思っています。そうなるとあなたにとってクロノスは単なる足枷でしかないことは残念ではありますが、あなたが自身からこの世界で生きていく事を望んでくれるよう願います」

 

「…セフィリアさん…」

 

その瞬間、雷が走った。

巨大な雷鳴が耳を打つ。

 

光太郎は思わず窓の外を見た。

 

「…かなり近い所に落ちたみたいだ」

 

セフィリアも窓に近付き、辺りを窺う。そして海岸沿いのある建物を指差した。

 

「あそこに落ちたようですね。火の手が上がっています。あそこは…何の施設でしょうか。調べてみます」

 

パソコンを取り出し、素早く打ち込んでいく。

しかしその前に光太郎の目が、建物の壁を壊して出てくる生物を捕らえた。大雨と暗闇で確信はもてないが、あのフォルムは…。

 

「…恐竜!?」

 

「クロノスの情報網にヒットしました。あそこはとある富豪が多額の投資をしている研究所のようです。研究内容はDNAからの再生。その恐竜も、この研究によって生み出されたものでしょう」

 

「…恐竜を復活だって? 冗談じゃないぜ」

 

その時、光太郎の腕から離れた少女が窓を開けて飛び立った。背中には翼が生えていた。

 

「イヴ!?」

 

「あの子も私と同じ、無理矢理作られた存在。私が止めてみせる。光太郎、私はいつまでも弱い子どもじゃないよ!」

 

イヴはそう言って翼を広げ、羽ばたいていった。そしてセフィリアも窓の手すりに捕まり、飛び出す。

 

「光太郎さん、あなたは優しい人です。この世界の為に命を犠牲にしようとするのも、あなたが優しいからでしょう。ですが、イヴも私も、あなたが思っているよりは強い女なんですよ? それはこの世界の人々も同じです。この世界を信じてあげて下さい」

 

セフィリアはそう言い残して素早い跳躍でイヴを追いかけた。

 

 

「…俺は………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海岸に出た恐竜を前に、イヴは上空から見下ろす。この天気と夜であったおかげで海岸に人はいない。けれども市街地に入られては被害に遭う人々が出てきてしまう。この場で大人しくさせるしかない。

 

そこにセフィリアが追い付いてきた。

セフィリアは恐竜の前に立ち塞がる。

 

「イヴ、無茶なことをしますね」

 

「セフィリアさんだって…。その恐竜はT-レックス。図鑑で見た事ある。セフィリアさん、剣もないのにどうするつもり?」

 

セフィリアはイヴに微笑みかけ、体を揺らす。

 

 

 

 

桜舞

 

セフィリアが得意とする無音移動術。

RX相手にはすぐに破られたこの技だが、知能の低い目の前の動物ならば効果は絶大だ。レックスは噛み付いてくるが、その程度のスピードではセフィリアは捉えれない。

 

「こうして囮くらいならできます」

 

「…腐っても時の番人の隊長だね」

 

「腐ってません!」

 

セフィリアを狙って動きが止まっているレックスに、イヴは右腕を掲げて狙いをつける。

 

羽根の弾丸(フェザー・ブレッド)

 

鳥の羽根を模したナノマシンの残骸がレックスの皮膚に突き刺さる。

しかしレックスの固い皮膚には通用しなかった。

 

「イヴ、この生物の皮膚は硬く、効果が薄いようです! 防御が薄い目か神経が密集している爪の付け根を狙いなさい!」

 

幾度もの攻撃避けるセフィリア。そのセフィリアからのアドバイスを受け、イヴは狙いをつける。狙うは足の爪の付け根。

 

「…あなたは怖かったんだよね。こうして知らない場所に連れてこられて…だけど、今はゆっくり休んでください」

 

イヴの腕から幾度もの羽根が放たれる。それは一寸の狂いもなくレックスの足の付け根に刺さり、レックスは大きな鳴き声を上げて倒れこんだ。

 

それを見て安心してしまったのか、イヴの天使の羽が消える。落下するイヴを見て慌てて受け止めようとするセフィリアだったが、それを受け止めた男がいた。誰でもない、南光太郎だ。

 

「…光太郎?」

 

「イヴ、強くなったな…」

 

「うん…光太郎のパートナーだから…ね」

 

そこにセフィリアが駆けてきた。

 

「イヴを褒めてやってくださいね」

 

「ああ…。2人とも、俺がこの隙に姿を消すとは思わなかったのか?」

 

「私もイヴも、光太郎さんを信じていましたから」

 

「…うん、光太郎なら絶対来てくれるって思ってた」

 

イヴもセフィリアもそう言って笑う。

こうまで信頼されていては、もう逃げる事なんて出来そうにない。光太郎はそう観念して苦笑した。

 

「それで、あの恐竜さんはどうしましょうか」

 

「また…連れ戻されちゃうのかな…」

 

光太郎は少し考え、イヴの身をセフィリアに預ける。

 

「俺に任せてくれ!」

 

光太郎はそう言ってレックスに向かって歩を進める。

そして眼前で光り輝き、RXへと変身した。

 

「この時代はお前が生きる世界ではない。元の世界に帰るんだ」

 

キングストーンが更なる光を放つ。そしてRXとレックスは光に包まれて消えた。

 

 

イヴはセフィリアの腕から降り、辺りを見渡す。

 

いつの間にか雨は止んでいた。

 

そして朝日が射す。

 

イヴが「光太郎」と小さく呟くと、天から光が降りてきて海に落ちる。

 

そこには南光太郎が立っていた。

 

少女は力一杯駆け出し、海の中で光太郎に抱きついた。

 

 

 

 

 

 

空には虹が、かかっていた。




いずれやってくるゴルゴム、クライシスと戦うことを決めた南光太郎。

そんな時、サンゼルスシティのサミットがクリードら星の使徒が襲われたという報が届く!

世界は再び混乱の渦に巻き込まれるのか!?

次回 『RX&I&IIvs狂気のガンマン=同情』
ぶっちぎるぜ!!


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RX&I&IIvs狂気のガンマン=同情

感想や指摘など更新の力となります!
いつもありがとうごさいます♪

サブタイは正確ではありません。

「RX vs ○○」の時点で相手に同情するのが正しい答えです。
これ、期末テストに出ますから覚えておきましょうね?(ウソ


T‐レックスをキングストーンという物の力で2億年程前の時代に送り届けたと言われた時には、流石にイヴもセフィリアも目を丸くした。目の前の人はできないことは本当に何も無いと思わされる。しかしそれでも彼もひとりの人間だ。どんなに強くても、どんなに万能でも、恐怖や罪悪感に独りでは耐えられない。耐えられたとしてもそれは心が死んでいるのだ。光太郎をそんな目に遭わせはしない。

 

「ね、光太郎」

 

「・・・? なんだい、イヴ?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

正午、海岸の日陰で休んでいた光太郎にイヴはそう言って笑った。

早朝に恐竜が暴れたビーチであるが、時間も早かったおかげもあって目撃者はいなかった。だからこそ大々的に取り上げられず、こうして何事もなく海水浴を楽しめている。問題は海岸近くにあるあそこの施設だろう。

 

そこの研究者は流石に知らず存ぜずでは済まないだろうし、危険なT‐レックスの姿が消えてしまったのだ。いつ被害が出るか研究者は戦々恐々としていることだろう。その辺りはセフィリアが「任せてください」と言ってどこかに行ってしまった。そんなセフィリアが先日のビキニ水着を着て、光太郎とイヴに飲み物を持ってきた。

 

「遺伝子の研究は解体させました」

 

光太郎とイヴは飲み物を受け取ってセフィリアからの報告を聞く。セフィリアの話によると、その研究に多額の投資をしていた富豪、マダム=フレシアという婦人を危険な研究を行っていたということで拘束したそうだ。T‐レックスに関しては光太郎が過去に送り届けてしまったため物的証拠が無いが、そこは状況証拠とクロノスの根回しによる圧力で解決した。クロノス上層部への報告には「南光太郎が2億年前に送り届けました」と正直に伝えた。クロノス上層部は白目を剥いていたらしい。

 

セフィリアは光太郎の隣に座る。そして飲み物を一口飲み、光太郎を見つめる。

 

「光太郎さん、私を鍛えてもらえませんか?」

 

「え・・・」

 

「光太郎さんが言う組織の怪人という相手は、とてもお強いのでしょう? 私も光太郎さんの力になりたいのです」

 

「光太郎、私も鍛えて欲しい」

 

セフィリアとイヴは真剣な瞳をこちらに向けている。ゴルゴムやクライシスの恐ろしさを知る光太郎としては、なるべく戦線に出て欲しくないというのが本音だが、万が一のこともある。少しでも力を底上げできていれば、自衛の力となるかもしれない。そう考えた光太郎は了承した。

 

そして青空を見上げる。

いずれやってくるであろうゴルゴムやクライシス帝国。そして・・・なぜだろうか。それらと別の何かが合わさり、もっと強大な何かになって襲いかかってくるような、そんな危機感が拭えずにいた。

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

その頃、サミットが行われているサンゼルスシティではあちらこちらから爆発音が響いていた。

警官隊や軍隊も物ともせず、殺戮を行う星の使途。(タオ)の力を使う彼らに、普通の人間では太刀打ちできない。拳銃も、戦車も圧倒的な数も彼らの前では無力だった。

 

そしてサミットを行っていたサンゼルスシティの大統領にしてクロノスの幹部であるエリックの前に、こんな大それたことをしでかした首謀者が現れた。トレインの元相棒にしてクロノスに追われる男、クリード=ディスケンス。クリードはエリックの命乞いを聞く耳ももたず「醜い」と見えない刀で額を一突きした。

 

そして地獄絵図となっているサンゼルスシティを見下ろし、高笑いする。

 

さあ 始めよう 諸君

 

無能な秘密結社の老人たちに思い知らせてやるんだ

 

この先の世界を導くのはあなた達ではない

 

我々だという事を…

 

手始めにこの街を血に染める…

 

革命戦争の始まりだ…!!

 

 

 

 

 

星の使徒がサンゼルスシティを襲った報はすぐにセフィリアの元にも届いた。

 

「世界政府はクリードに30億イェンの懸賞金をかけるそうです。これに対しクロノスはクリードの抹殺に向け、本腰を入れることになりました」

 

宿に戻ったセフィリアは上層部より受けた報告を光太郎とイヴに伝えた。それを聞いて光太郎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。今は人間同士で争っている場合ではないと言うのに・・・。そんな表情の光太郎を見ながら、セフィリアはやや逡巡しながらも次の言葉を続ける。

 

「このことをハートネットに伝えたいと思います」

 

「・・・トレインに?」

 

イヴは首を傾げる。

 

「ええ。クリードはクロノスにいた頃のハートネットのパートナーだったのです。そして・・・ハートネットに自由を教えた女性の仇です」

 

光太郎とイヴは驚いた。トレインが元殺し屋であることは聞いている。しかしそのような辛い事があったとは信じられなかった。いつも飄々としているあのトレインの心の奥底では、憎しみの火が今も消えず燻っているのだろうか。それとも隠しているだけで燃え盛っているのか・・・。大切な人を失う辛さと憎しみを経験した光太郎だからこそ、簡単に消えるものでないと理解できるのだ。仇を討つために相手の命を奪う。それを光太郎は正しいとも間違っているとも言えなかった。

 

 

直後、光太郎は身構えた。

光太郎の突然の動きに驚いたイヴは、光太郎の視線の先にいた人物がいつの間にか部屋に入ってきていたのに気付いた。

 

「何者だ!」

 

「ふっ…完璧に気配を消していたというのにコレか」

 

「…光太郎さん、心配は入りません。時の番人(クロノ・ナンバーズ)のナンバーII(ツー)、ベルゼー=ロシュフォールです。ハートネットへの居場所を調べてもらい、送迎の為の車を用意してもらったんですよ」

 

「…ベルゼーだ。南光太郎、お前のことはクロノスでも話題になっている。上層部も南光太郎(アンタッチャブル)には近付くなと恐れる者がいる程だ」

 

ベルゼーはそう言ってセフィリアに新しい剣を渡す。

 

「オリハルコン製ではないが、武器も無しでは動き辛かろう。オリハルコン製の武器を除けば最上の刀を持参した」

 

「ありがとうございます、ベルゼー」

 

そう言って微笑むセフィリアにベルゼーは苦笑する。

 

「…暫く見ぬうちに変わったな」

 

「そうでしょうか…」

 

セフィリアはそう言って手を口元につけて考え込む。それはきっと光太郎やイヴと接してきたからであろう。ベルゼーはそう判断し、戦士としてはさて置き、女性としては良い変化なのだろうと目を閉じた。

 

そして再び目を開けたベルゼーはイヴと目が合った。自分を見る目は何処となく怯えているようにも見える。ベルゼーはポケットに手を入れるが、その動作が余計にイヴを怖がらせた。しかしベルゼーがポケットから取り出したのは飴だった。それをイヴに差し出す。

 

「…舐めるか?」

 

「い、いらない…」

 

「……そうか」

 

拒否されたベルゼーは内心ショックであったが、それを表面に出さず飴を仕舞い込んだ。それを見てセフィリアは笑う。

 

「大丈夫ですよ、イヴ。ベルゼーはこう見えてとても優しいのですから」

 

セフィリアはフォローするが、ベルゼーはそれ以上喋ることなく、部屋を出て行った。相当ショックだったのだろうか。それとも元々無口な人なのか、光太郎には判断つかなかったが、どちらにせよ、今はトレインの元に行くのを急がなければならない。そしてトレインは仇に対してどのような答えを出すのだろうか。

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

噂のトレインは現在アジトのベッドの上でゴロゴロしていた。それを見かねて、スヴェンはパソコンで次の賞金首を探しながらため息をついた。

 

「…トレイン、いい加減起きて情報収集でもしてきたらどうだ?」

 

「いいじゃねーか。昨日仕事で爆弾魔も捕まえたんだし、仕事の次の日くらいのんびりしてもよー」

 

「まだ俺たちには1500万イェンの借金があるんだぞ。時は金なりって言うだろ。時間が惜しい、働け」

 

「ちぇー」

 

トレインはブーブーとブーイングを言いながらも立ち上がる。そしてスヴェンから20万イェンを渡された。

 

「とりあえず、アネットに借金を返してきてくれ。俺の方は弾が心許なくなってきたから、補充してくるぜ」

 

「あいよー」

 

トレインはスヴェンに背を向けて右手をひらひらさせてアジトを出て行った。世間ではサンゼルスシティの襲撃事件で報道を騒がせているというのに、相変わらずマイペースな奴だ。スヴェンは「それもトレインの奴の長所か」と苦笑してアジトを後にした。

 

 

 

 

 

 

光太郎たちは一晩かけてトレインたちがいるというアジトにやってきた。しかしそのアジトには人の気配もなく、どうやらすれ違いになってしまったらしい。だがベルゼーには次の心当たりがあるようだ。ベルゼーによると、カフェ「ケット.シー」という店をトレイン達は懇意にしているらしく、そこにいる可能性も、とのことだった。

 

どちらにせよ、他に手掛かりのない自分たちはそこに行くしかない。また車に乗り込んで件のカフェへと向かった。

 

カフェ「ケット.シー」。

元・掃除屋であった女性が引退と同時に始めた店で、今では情報屋に転向しているというのがクロノスが調べ上げた資料に載っていた。

 

クロノスのその情報網には感心すると同時に恐怖を覚える。何せ、自分たちのプライバシーが筒抜けなのだ。今こうしている間にも見張られているのかもしれない。そう思って右隣に座る女性を見ると、案の定ずっとこちらを見続けている。

 

「あの…」

 

「光太郎さん、何か?」

 

セフィリアはそう微笑む。

 

「俺の顔、何かついてます?」

 

「いえ、何もついていませんよ」

 

「そ、そうですか」

 

ならばなぜ、じっとこちらを凝視しているのだろうか。光太郎は居た堪れなくなり、肩を竦めた。

 

カフェ「キャット.シー」に到着した頃には光太郎は憔悴していた。「ずるい」とイヴまでが加わってきたからだ。両側から常に視線を送られるなんてどんな罰ゲームなのか。

 

カフェの戸には「現在準備中」の札が掛けられている。しかしベルゼーはそれを気にもせず、光太郎が止める間もなく戸を開けて入って行った。光太郎も慌てて後に続く。

 

店内にいたのは女性が一人だけであった。40歳くらいだろうか。女性は営業時間前に店内に入ってきた非常識な客に不機嫌な表情だ。

 

「なんだい、表の札見なかったのかい? まだ準備中だよ」

 

「あの、俺たちトレインとスヴェンに会いに来たんです。でも留守で会えなくて…。だからもしかしてこちらに来ていないかなと思ったんですが…」

 

女店主は光太郎の姿を上から下までじっくり観察する。

そして開店時間前の客をカウンター席に促した。

 

「トレインたちの居場所は分からないが、こちらにツケで食べにくるか、そのうち帰ってくるだろう。せっかく店に来たんだ。少しくらい何か食べていきな」

 

女店主にそう言われ一同は顔を見合わせたものの、素直に従うことにした。そしてメニューを見て注文しようとしたところ、カフェの入り口の戸が勢い良く開け放たれた。

 

もしやトレインたちかと光太郎は期待したが、そこにいたのは荒野のガンマン風スタイルの少し変わったマスクをつけている男だった。

 

「また営業時間前に来た客かい」

 

店主はそう言うが、男はただ一言「黒猫(ブラック・キャット)の居場所を教えな」と言ってきた。その瞬間、ベルゼーの姿が消えた。

 

 

 

「貴様は何者だ」

 

瞬時にマスクの男の背後に回り込み、持っていた槍を構えていた。

 

男は背後にいるベルゼーの声に驚いて振り返ろうとした直後、首元に冷たい物が触れた。

 

「動かないでください」

 

セフィリアのその淡々とした言葉に、男は顔は動かさず視線で首元に触れている物を確認する。そこにはセフィリアの持っていた剣の刀身が添えられていた。

 

「な…貴様等何者(なにもん)だ?」

 

「質問をしているのはこちら側だ」

 

「あなたに質問する権利はありません。正直に答えなさい。あなたは何者で、なぜトレイン=ハートネットの居場所を探るのですか?」

 

セフィリアはそう問いかけるが男は答えない。そして男はセフィリアの額に刻まれたI(ワン)の刻印に気付いた。

 

「そうか…お前が時の番人(クロノ・ナンバーズ)のトップか。クリードから聞いてはいたがこんな細面な女がそうだとはな」

 

「…! あなたは星の使徒ということですか」

 

「…くくっ、どうだろうな」

 

男にとっては絶望的な状況のはずだ。しかしあの余裕はなんだ。セフィリアさんもベルゼーも男が武器を取り出さないように、下手な動きをしないように警戒している。この状況下にあって打開する策があるというのだろうか。光太郎はイヴに女店主を守って欲しいと小さな声で伝え、イヴもすぐに頷いてくれた。

 

 

男はため息をつく。

 

「はぁ、流石の俺もこんな状況じゃどうしようもできねえな、クックックッ」

 

その時、男のマスクが上下に開閉した。セフィリアはそこにある物にすぐ気付いた。マスクの中に隠れていた物。あれは銃だった。マスクが開閉して1秒にも満たない時間。セフィリアの優れた動体視力が銃口に光が灯ったのを確認する。銃弾ではない何かが放たれようとしていた。

 

だが自分の体が誰かに抱き寄せられ、光り輝いている手がマスクの銃口を押さえつけていた。

 

 

 

 

 

 

直後爆音が響く。

衝撃はあったがセフィリアの体にどこも痛みはない。顔を見上げるとそこにはRXの顔があった。そして今、自分はRXに抱きとめられている姿勢であることに気付く。

 

「あ、あの…ありがとうございます」

 

RXに礼を述べて離れるセフィリア。遠くではイヴがジト目で睨んできているが、今は気付いていないフリをした。先ほどの衝撃で気を失い、倒れている男に視線を落とす。

 

「暴発…したということですか?」

 

RXはその手で銃口を塞ぎ、銃弾ではない何かが発射口を通ることができずに暴発したようだ。クロノスの調査によると星の使徒は全員が(タオ)使いとのことであり、先程の光はこの男の能力であったのかもしれない。今となってはどうでもいいことだが…。

 

 

一部始終を見ていた女店主アネット=ピアスはトレインやスヴェンからある程度の話は聞いている。時の番人や鋼の男。そして星の使徒のことも…。しかしそれでもマスクの男は「運のない男だね」と同情したくなる程の間の悪さだった。世界でも最強級の戦士が3人もいる所に単独で乗り込んでしまったのだから…。




クロノスに捕らわれたマスクの男、デュラム=グラスター!

しかし彼の出番は本編では名前も出ることなくこれで終了となる!!

トレイン達と再会した光太郎はクリードについて話し合うが、トレインは親友の仇をどうするつもりなのか!?

次回 『クリードは俺が捕らえる。殺し屋でなく掃除屋として!』
ぶっちぎるぜ!!


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クリードは俺が捕らえる。殺し屋でなく掃除屋として!

ただ頻繁に更新してるだけで大した文章も書けてないのに恐縮です。

それでもそんなお話でも、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!


トレインがのんびりカフェ「ケット.シー」にやってきた時、気絶したマスクの男はクロノスの工作員によって運び出されるところだった。その事にも驚いたが、カフェ内にこんな場所に不釣り合いな人物もいて、そちらにも驚かされた。

 

「まさか時の番人(クロノ・ナンバーズ)のトップが2人も揃ってるなんて、何かあるのかよ。まさかあんたまで光太郎に同行してるのか?」

 

「…私は案内人に過ぎん。南光太郎に興味はあったがな」

 

ベルゼーは明後日の方を向いて目を閉じたままそう答える。

時の番人がわざわざカフェへの案内人を受ける訳はないだろう。となると目的は自分か、とトレインはため息をついた。

 

「よう、アネット! 何か食わせてくれ!」

 

そしてカウンター席に座り食事を催促する。

 

「…はぁ、あんたはまたタダ飯食らいに来たのかい」

 

「チッチッ、アネット、これを見な」

 

トレインは懐から大金を取り出した。

 

「スヴェンがこれでツケを払えってよ」

 

「そうかい、毎度あり。でも全額にはまだ足りないよ」

 

「うぐっ…まぁ追々ってことで、今日も飯を頼むぜ!」

 

そんな会話を聞いてトレインの隣の席にセフィリアが座る。トレインの体はビクッと跳ね、緊張しているのが誰の目にも分かった。

 

「ハートネット、そのような生活をしているのですね…。私が立て替えましょうか?」

 

セフィリアの温情にトレインは顔を合わせないまま顔に冷や汗を浮かべたまま丁寧に断っていた。このままクリードの話をするかと思っていた光太郎だったが、意外とその話題は上らなかった。場所を配慮しているのかもしれない。食事中はたわい無い話を交わしながら時間を過ごした。ベルゼーだけは食事を取らず、腕を組んで壁にもたれ掛かっていたが…お腹は減らないのだろうか?

 

「姫っちも元気してたか?」

 

「トレインは相変わらず能天気で安心したよ」

 

「お、おおう…姫っちの毒舌は相変わらずだな…」

 

光太郎はそんな2人の掛け合いを聞きながら苦笑する。イヴは自分に対してあんな態度はとらない。イヴがあんな態度を示すのはトレインだけなのだ。トレインに兄妹のような親愛を抱いているのだろうか。自分はイヴにとってちゃんとした親代りができているだろうか、と光太郎は考える。しかし何度も泣かせてしまっていたことを思い出し、軽くショックを受けた。

 

「お、おい光太郎。なんでそんなに落ち込んでるんだ?」

 

「いや、俺は良いパパになれないかもしれないと思って…」

 

「…は?」

 

その後はイヴが必死になって「そんなことないよ!」と慰めてくれるが、子どもにフォローされる親の姿を連想させ、それが余計に光太郎を落ち込ませた。

 

食事を終えた一同はトレインのアジトに戻る。その頃には相棒のスヴェンも戻って来ていた。トレインに追随する面々に驚いて、口に咥えていたタバコを落としてしまっていたが…。

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

サンゼルスシティで行われた大事件。

その首謀者がクリード=ディスケンスであること。そして星の使徒の面々が関わっていることをセフィリアから伝えられたトレインとスヴェンは真剣な表情を浮かべていた。トレインからはピリピリした空気が感じられる。

 

「大統領が殺られたことは知っていたが…まさかクリードの連中の仕業だったとはな…」

 

スヴェンはタバコの煙を吐いて視線を相棒のトレインに向ける。トレインは彼にしては珍しく無表情であったが、相棒であるスヴェンには分かる。「クリード」の名が出た瞬間に雰囲気が変わっていた。

 

「世界各国の政府はクリードに30億イェンの懸賞金をかけました」

 

「さ…30億!? 過去TOP3に入る高額賞金じゃねえか!」

 

「世界はそれだけクリードを危険視しているのです。ハートネット、あなたは…あなたにこのような話をするのは心苦しい。以前の私なら淡々と伝えたのでしょうが…」

 

セフィリアはそう言って俯く。過去の自分であれば目的の為に使えるモノは何でも利用したろう。それがクロノスの為であるならば。しかし最近の自分はそのように冷たい氷のような意志で動くことができないでいた。これでは時の番人のリーダーは務まらない。これも光太郎に出会った影響なのだろう。だからといって彼を恨むつもりは毛頭ない。

 

「…変わったな、セフィ姐」

 

「ベルゼーにも言われました」

 

「…そっか」

 

トレインはソファーに身を預け、天井を見上げた。そんなトレインにセフィリアは意を決して伝える。

 

「ハートネット。私は時の番人を一時的にですが外されています。他のナンバーズへ指示を出すことはできませんが、恐らくクロノス上層部はクリード含む星の使徒の抹殺の命令を下すでしょう。あなたにとってクリードは大切な方の仇であることも承知しています。あなたは…クリードをどうしたいと思っているのですか?」

 

セフィリアの問いかけに、トレインは暫く答えず静寂が部屋を支配する。

 

 

「……他の奴には取らせねえ」

 

そしてトレインは小さく呟く。

 

「クリードはサヤの仇だ。だがサヤなら…どんな犯罪者でも殺すことは選ばないだろう。どんな犯罪者でもやり直そうとする気があるならいつでも平和な世界に戻れるって考える奴だった。そんなところは光太郎、お前に似てるぜ」

 

「トレイン…」

 

苦笑してそう言うトレインに、光太郎はトレインのいう今は亡き会ったこともないサヤという人物に思いを馳せた。

 

「俺はサヤの仇を討つ! ただしサヤのやり方でだ」

 

「ハートネット、それは…」

 

「俺は…今は掃除屋だ。掃除屋として、クリードを捕まえてやるぜ!」

 

トレインは大切な人の仇に対して、そう答えを出した。

…強いな、誰も彼も。光太郎はそう心中で呟く。そしてソファーから立ち上がり、トレインの前に歩み寄る。

 

「同じ掃除屋として俺もトレインに協力するよ! 絶対にクリードを捕まえ、これ以上の被害者が出ないようにしよう!」

 

「…遠慮しても無理矢理手を貸してくるんだろ? 光太郎が意外と頑固だっていうのは分かってるつもりだし、断るのは諦めてるぜ」

 

トレインはそう苦笑して光太郎から差し出された手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、本題なんだが」

 

「今のが本題じゃねえの!?」

 

話を続ける光太郎にトレインは思わずツッコむ。

 

光太郎は鈍いのだろう。どこかおかしな部分があったかと首を傾げているが、見当がつかなかったらしい。仕方なくトレインは光太郎の話を促した。

 

「イヴとセフィリアさんにはもう伝えているんだが、俺はこの世界の人間ではないんだ」

 

「「…は?」」

 

突然の光太郎の告白に素っ頓狂な声を出すトレインとスヴェン。

壁に身を預けているベルゼーでさえ思わず顔を上げた程だ。

 

そして光太郎はトレイン達が混乱から回復する前に自分ことについて全て話した。自分が別の世界から来た転生者であること。この体の主も別世界のもので、それに憑依転生したこと。光太郎がその世界で悪の組織と戦ったことや、自分がこの世界に来たことで、その悪の組織がこの世界にも生まれようとしていることも。

 

しかしこの話にスヴェンはついていけず笑う。

 

「おいおい、光太郎。SFの映画や小説じゃあるまいし、そんなの信じられる訳ないだろう?」

 

「でもよ、スヴェン、光太郎の変身した姿と力をどう説明するんだ? その話を丸々信じると、妙に納得できちまうんだけど…」

 

「い、いや、まぁ確かにあんな技術聞いたこともないが…」

 

「それに、光太郎がそんなウソをつくと思うか?」

 

トレインとスヴェンは光太郎の顔を凝視する。そしてスヴェンもすぐに納得した。光太郎は純粋過ぎる。そして純粋さ故に良くも悪くも顔に出る。ウソをつけないタイプというやつだ。そんな光太郎の顔を見るが、真剣な表情をそのもので、いずれやって来るであろう組織というモノに気を張っているのが分かった。

 

「分かった、信じるぜ」

 

スヴェンは話の腰を折って悪かったと謝罪し、光太郎の話の続きを促した。

 

光太郎は話を続ける。今は人間同士で争っている場合ではない。ゴルゴム・クライシスに備えることは勿論だが、その為には星の使徒の悪行を止める必要があるとのことだった。その為にもまずは星の使徒のアジトを探さなければらならなかった。そこで今まで黙っていたベルゼーが口を開く。

 

「クロノスは星の使徒のアジトにある程度の見当はつけている。クリードの懸賞金が発表されて以降、何人かの掃除屋が姿を消しているエリアがある。おそらくその周辺にアジトのようなものがあるのだろう」

 

「…クロノスはもう掴んでいたという訳ですか。そうなると正確な場所が分かり次第『ケルベロス』が送り込まれることになりそうですね」

 

セフィリアはベルゼーの話を聞いて、上層部が下すであろう指令を読んだ。

 

「ケルベロス…?」

 

きょとんしているイヴ。それにトレインが苦笑して説明する。

 

「姫っちは分かんねえよな。ケルベロスっていうのは空想上の生物で地獄の番犬って言われてんだ。でもクロノスではナンバーズの奇襲暗殺チーム名になってる。大仰な名前つけてやがるよな」

 

「………」

 

「どうした姫っち、怖くなったか?」

 

「…トレインに教えられるなんて…なんていうんだろう、この気持ち。そうだ、屈辱だ」

 

「…ひどくね?」

 

2人がそんなやり取りをしている間、光太郎はケルベロスについて考えていた。クロノスの暗殺の実行部隊。そういうクロノスの暗部は光太郎にとって納得できないものだった。トレインは掃除屋としてクリードを捕らえることを決めた。自分もそうしたいと思っている。クロノスが居場所を掴む前に星の使徒のアジトを探し出し、先に捕らえなければならない。

 

クロノスにそんな敵対心を抱いている光太郎に、セフィリアは悲しい表情を浮かべた。クライシスを失くした自分はもうナンバーズでもなく、クロノスの為の剣であることもできない。しかしそうありたいと思うのは確かだ。しかしこの人の剣でもありたいと考えてしまう。クロノスと光太郎。セフィリアの中で、その2つが揺れていた。

 

 

そんな時、ベルゼーが部屋を出て行こうとしているのにセフィリアは気付いた。

 

「…ベルゼー?」

 

「星の使徒がいるであろうエリアは先に渡した資料の中に記されている。クロノスのケルベロスより先に掃除屋として捕まえたいのだろう? ならば私は部外者だ。退散させてもらおう」

 

「ベルゼー、いろいろお世話になりました。ありごとうございます」

 

「…フッ」

 

セフィリアはそう礼を述べると、ベルゼーは僅かに微笑んで去っていった。

 

ベルゼーを見送った面々。そこでスヴェンが立ち上がった。そして旅の身支度を始める。

 

「そんじゃ、ま、掃除屋としての仕事に取り掛かるとするか。30億イェンもありゃ借金を全部返してもお釣りがくるぜ!」

 

「セフィ姐と一緒に動くのはクロノスでの任務でも一度も無かったな。宜しく頼むぜ」

 

「ええ、よろしくお願いしますね、ハートネット」

 

そこでトレインは以前からあった自分に対するセフィリアのプレッシャーが薄れていたのに気付いた。そしてそれが光太郎に注がれている。今も隙をみては光太郎を目で追っていた。

 

「…光太郎」

 

「トレイン、どうした?」

 

オレ(黒猫)は知らないうちにお前に不吉を届けちまったらしい。悪りぃな…」

 

「…?」

 

言葉の意味を理解できていない光太郎に、トレインは軽く肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

その頃星の使徒のアジトである古城では…。

 

「…クリード。デュラム=グラスターが先走り、クロノスに捕らえられたようデスよ」

 

「デュラム…? それ、誰だったかなぁ」

 

「………」

 

哀れデュラム!!




星の使徒の元へ向かう光太郎。

そしてついに相対する!

光太郎とトレインを仲間に加えようと誘うクリードに、2人の言葉が飛ぶ。

次回 『掃除屋』
ぶっちぎるぜ!!


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掃除屋

最近夢の中にシャドームーンが出てくるんです…。
やめてくれ信彦…。


これは…夢か。

俺は何もない真っ白な空間に立ち尽くしていた。夢の中にあっても夢と分かる瞬間がある。あまりにも現実離れしていたりするとたまにそう感じる。以前イヴが言っていたが、夢の中で新聞を手に取るとハッキリするそうだ。夢の中は自分の記憶が創り出したもの。なので新聞に載っている情報は自分の知っていることのみか、空白になってしまうという。

しかし今の状態はあり得なかったことが起きていたからこそ、夢だと判断した。その真っ白な空間に浮かぶ黄金の柄と血のように真っ赤な刀身。光となって消滅したはずの剣がそこにあったのだ。

俺はゆっくりとその剣に手を伸ばしたところで、一度意識が途切れる。再び意識を取り戻すと、そこはスヴェンが運転する車の中だった。

 

「おはよ、光太郎。居眠りなんて珍しいね」

 

右隣に座るイヴはそう言って手に持っていた本を下ろした。

どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。何か夢を見ていた気がするが、思い出せなかった。

 

俺たちは今、スヴェンの車で星の使徒がいるであろう街に向かっている。確証はないが、少しでも可能性があるのなら調査しなければならない。これ以上の犠牲者を出さない為にも…。

 

「すまない、いつの間にか寝てしまった」

 

「トレインなんて最初から寝てやがるんだ。気にすんな」

 

俺は長い時間運転をしているスヴェンに謝ると、スヴェンは隣でアイマスクをしながら寝ているトレインをチラ見してそう言った。アイマスクをしていることから、初めから寝る気だったようだ。

 

「スヴェン、あとどれくらいで着きそうかな?」

 

俺はスヴェンにそう尋ねる。それにスヴェンは「後2時間くらいか」と答えてくれた。

 

「それにしても、本当にその街にクリードの連中はいるのかね」

 

「スヴェンさん、その事なんですが、私に策があります」

 

スヴェンの言葉に、俺の左隣に座っていたセフィリアさんがその策というのを教えてくれた。クリードはトレインに執着しているし、俺も以前に星の使徒に勧誘を受けた。なのでセフィリアさん以外の面々が街を歩いていれば、本当にその街を根城にしているのなら向こうから接触してくるのでは、とのことだった。確かに現状ではそれが一番効果的と思われる。

 

「私は星の使徒に気付かれないように後をつけるつもりです」

 

「…そうだな、それが一番良さそうだ」

 

スヴェンはセフィリアさんの策を受け入れ、タバコを吹かした。タバコの煙は開けた窓から散っていった。

 

 

 

 

 

 

「あ〜、よく寝たぜ!」

 

街の手前に到着し、全身を使って背伸びをするトレイン。

それとは対照的に長時間の運転で疲れの見えるスヴェンの姿を見て、俺は少し休憩を取るよう提案した。星の使徒が本当にいるのなら、戦いになる可能性ある。少しでも本調子に戻さなければその疲れに足元を掬われるかもしれない。みんなも納得し、それを聞いたトレインはまたアイマスクをつけて「そんじゃ、行くときは起こしてくれ」と寝ようとしたところをスヴェンに止められる。

 

「お前はたっぷり寝ただろうが。戦いの前に銃のチェックでもしてろ」

 

「ちぇっ、へいへい」

 

トレインは諦めて銃を取り出してチェックを始める。トルネオ邸でも見たが、こうして改めて見ると普通の銃よりも大きく、装飾も凝っている。セフィリアさんから以前聞いたが、時の番人(クロノ・ナンバーズ)はクロノスからオリハルコンという特殊で希少な金属を使い、専用の武器が与えられるという。トレインの銃もそうなのだろう。そこで俺は特殊で希少な金属を使った専用の剣を、以前消滅させたことを思い出してしまった。セフィリアさんにとっては大事な剣だったに違いない。セフィリアさんを見ると、彼女はベルゼーから受け取ったオリハルコンより劣る材質の剣を構えていた。それを一振りする。セフィリアさんの表情は曇っていた。

 

「…セフィリアさん、大丈夫かい?」

 

「ええ。ただクライストと比べると頼りなさを感じてしまいます。速さにも剣戟にもある程度力を抑えなければならないかもしれません」

 

そう言ってセフィリアさんは刀身を見つめる。その姿を見て俺は申し訳なくなってしまった。

 

「ごめん、俺がセフィリアさんの大切な剣を…」

 

「あ、いえ、それは………その、光太郎さん?」

 

「はい?」

 

俺が申し訳なく視線を落としていると、セフィリアさんは何かを思いついたように近寄ってきた。

 

「それなら今度、私の言うことを1つ聞いてもらえませんか? あ、心配しなくても、クロノスに入って下さいとは言いませんよ?」

 

「…まぁ、俺にできることなら」

 

「ありがとうございます」

 

それでセフィリアさんが納得してくれるのなら何でもしよう。内容がこわい気もしたが…。

 

少し離れた所でトレインがイヴに怒られていた。

「トレインがセフィリアさんを受けとめてあげないから」と聞こえたが何の話だろうか。そのことを2人に尋ねると「光太郎には絶対に教えないよ」とイヴ。俺は何を仕出かしたのだろうか…。

 

 

 

◆◇◇◆

 

星の使徒のアジトの古城。

 

そこのリーダーであるクリードは目を閉じて昔のトレインの姿を思い浮かべていた。魔女に毒された今のトレインとは違う、自分以外のこの世の全てを憎んでいるかのようなあの冷たい眼光。邪魔となる者は冷酷に銃弾を撃ち込むその姿は、正に自分の理想像だった。強く美しく、そして正しく…。トレインを毒した魔女は退治したものの、トレインに打ち込まれた毒が消えることはなかった。

 

以前久しぶりに再会したトレインは冷たい眼光こそ戻りつつあったが、それでもまだ以前の君には遠く及ばない。次に会った時こそ、今の君を下し、僕が正しかった事を証明してあげなければならない。その時こそあの忌まわしき魔女の呪いが解かれるのだ!

 

そう考えていたクリードの部屋に、同志シキが入ってきた。

 

「何だい? 今はトレインのことを考えているんだ。それを邪魔しようとするならいくら君でも許さないよ」

 

「それはちょうど良かった。その本人がこの街にやって来ているぞ」

 

「何だって!?」

 

クリードは驚いて立ち上がる。

あぁ…ついに僕の元にやってくる決意をしてくれたんだね、トレイン! この時をどれ程待ち焦がれたことか…さぁ、トレイン! 一緒に世界を創り変えようよ!!

 

クリードはすぐに迎えを送ろうとするが、シキに止められる。

 

「待て、クリード。まずはこれを見てほしい」

 

そしてその場に映像を映す。

そこにはトレイン、スヴェン、南光太郎、イヴの姿があった。

 

「…余計なのもいるが、この男は南光太郎だったね。この男も同時にやってきてくれるなんて今日は何て素晴らしい日なんだ!」

 

「クリード、喜びに震えるのはいいが、この者たちがこの街にやってきた理由を考えろ」

 

「え、僕の同志になるためじゃないのかい?」

 

「お前の頭はハッピーセットか。黒猫も南光太郎も掃除屋だ。そして今のお前は懸賞金30億イェンをかけられた犯罪者だ。そちらの方が可能性が高いだろう」

 

シキの言葉にクリードは笑う。

 

「それでも同じことさ。今日こそ弱体してしまったトレインを下し、僕の傍で呪いを解くとしよう。それとも何かい? 君の自慢の(タオ)は掃除屋風情に遅れを取るほど弱いものなのかい?」

 

「…! 良いだろう。道の力こそ史上最強であることをこの場で教えてやろう! この力の前では時の番人とて敵ではない!」

 

「ふふ…期待しているよ」

 

シキは身を翻して部屋を出て行った。

 

部屋に1人残ったクリードは口角を上げる。

今日は君の呪いが解かれる素晴らしい記念日だ!!

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

光太郎たちは街をのんびりと歩いていた。

 

「本当にこの街にいるのかね。もうかれこれ1時間は歩いてるぞ」

 

「ボヤくなよスヴェン。あ、あれ見ろよ!」

 

「…ついに来たか!」

 

「この街限定の濃厚ミルクアイスだってよ。食ってみようぜ!」

 

トレインはアイス屋の屋台を見つけて騒ぎ出す。咄嗟に戦闘モードに引き上げようとしたスヴェンは思わず「真面目にやれ」とトレインの頭を叩く。この流れだとイヴから一言ツッコミが入るんだろうなと思ってイヴの方を見た光太郎だったが、イヴはトレインの方を全く気にせず、屋台の方を見てはソワソワしていた。

 

「…イヴ?」

 

「な、なに、光太郎!」

 

「屋台が気になるのかい?」

 

「トレインみたいに子どもじゃないし…気に…してないよ?」

 

そう言うイヴだが、明らかに気にしているのは誰の目にも分かった。光太郎はスヴェンに無言で視線を合わせると、スヴェンはため息をついて「トレインのせいで気が抜けた。好きにしな」と許可が降りた。

 

「なぁ、イヴ」

 

「何?」

 

「俺、小腹空いてきたんだけど、一緒にアイスでも食べないか?」

 

「!」

 

「あ、でも子どもじゃないし、ダメかな?」

 

「だ、ダメじゃないよ!」

 

イヴは必死になって否定する。そしてアイスを4つ購入し、それぞれを手渡した。

 

「流石光太郎だぜ! 何も言わなくても俺の分まで買ってきてくれるなんてよ」

 

「何でいい歳したおっさんが昼間からアイス食ってるんだろうな…」

 

「美味しいかい、イヴ?」

 

「光太郎と一緒にアイス食べるの…久しぶり。美味しい」

 

4人は近くのベンチに腰を下ろす。

そしてその場にシルクハット男のシャルデンと女子高生キョーコがやってきた。

 

「お久しぶりデスね。南光太郎。そしてそちらは…黒猫さんでしたか?」

 

「お前はシャルデン=フランベルクか。ルーベックシティー以来になるか…」

 

「私の名を覚えてもらえていたようで光栄デス。実は我々のリーダー、クリードがあなた方に会いたがっているのデスが、お越し頂けマスか?」

 

「断る!」

 

シャルデンの誘いをトレインが一蹴した。

光太郎たちの狙いはアジトを探ることであるのに、トレインの発言は作戦を全てを台無しにするものだった。思わずトレイン以外のメンバーは発言者を見やる。

 

「…理由を聞いても構いませんか?」

 

「今はアイスを食っているからだ!」

 

「…………は?」

 

トレイン以外の全員が固まる。しかしその後すぐにキョーコが近寄ってきた。

 

そして光太郎の持っていたアイスをじーと眺める。

 

「イイっスねー。キョーコもアイス買ってきちゃうので一緒に食べましょう! シャルデンさんの分も買ってきますね!」

 

「いえ、私は結構デスので…」

 

「でもみんな食べてるのにシャルデンさんだけのけ者じゃカワイソーじゃないスか。キョーコが奢っちゃうので気にしなくてもイイッスよー」

 

シャルデンは本当に断っていたつもりだったのだが、キョーコの妙な優しさで全員でアイスを食べることになった。トレインとキョーコだけは気にせず食べているが、その他全員が居心地悪く「なんだこの状況」と心中でツッコミを入れていた。

 

 

 

 

 

アイスを食べ終え、全員は星の使徒のアジトである古城にやってきていた。通路を少し歩き、少し開けた場所に出る。そこに星の使徒と思われる6人が立っていた。そしてシャルデンとキョーコもその場に進み、こちらを見下ろした。

 

既にこちらは全員がいつでも戦闘態勢に移れるようになっている。そんな光太郎たちの前に、真ん中に立っていた金髪の男が一歩進む。

 

「やぁ、トレイン。久しぶりだね。この街に来たのは偶然かい? それとも運命かな?」

 

「…へっ! 偶然でも運命でもねえさ。俺は掃除屋だからな。犯罪者の前に掃除屋が現れるって言ったら、理由は1つしかねえだろ?」

 

男はトレインの言葉に残念そうに頭を振るう。

 

「やっぱりまだ魔女の毒が抜けていないんだね。悲しいよ、トレイン。こうなったら無理にでも呪いを解くしかなさそうだ。そしてトレインの隣にいる君。君は南光太郎だね? 僕はクリード=ディスケンス。初めまして」

 

やはりあの男がクリードだったようだ。クリードは大量殺人者とは思えないにこやかな表情を浮かべて自己紹介した。

 

「実は君の情報はある程度仕入れてはいたんだ。君にも星の使徒に加わってもらいたかったんだが、なかなか迎えに行けなくて悪かったね。南光太郎、クロノスが支配しているこの世界を、僕たちと一緒に創り変えてみないかい!?」

 

クリードはそう誘う。

確かにクロノスのやり方は間違っている。だからと言って星の使徒のやり方が正しいとも思わない。そのような組織に南光太郎は属さない。

 

「クリード=ディスケンス! 俺たちは掃除屋だ。だがその前に、1人の人間として、これ以上お前の悪行を目逃す訳にはいかない。俺はお前を止めてみせる!」

 

「そういうこった。俺はお前の隣には立たない。お前を捕らえるぜ、クリード!」

 

2人の叫びがその場に響き渡る。

 

そして、クリードは目を細めた。

そして口をゆっくりと開く。

 

 

 

「呪いを解くために…君を倒すよ、トレイン」

 

 

 

そして遂に、星の使徒との戦いの火蓋が切られた!!




ついに始まった星の使徒との戦い!

トレインvsクリード
スヴェンvsエキドナ
イヴvsリオン
RX vs 残り全員

次回 『復活! 赤き剣‼︎』
ぶっちぎるぜ!!


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復活! 赤き剣‼︎

星の使徒の面々が戦闘態勢に入る。光太郎はそれぞれの敵を確認した。

 

「トレイン、クリードの相手は任せる。だが無茶はしないでくれ!」

 

「ああ」

 

光太郎の指示を受けて飛び出すトレイン。それを確認してクリードは見えない刀を抜いた。あれも(タオ)の力なのだろう。

 

「スヴェン、あの女性を頼む。女性とはいえ星の使徒のメンバーだ。油断はしないでくれ! 無力化したらイヴやトレインの援護を頼む!」

 

「紳士として女性にはあまり手は出したくないんだが、そうも言ってられる状況じゃなさそうだな」

 

タバコの火を消し、スヴェンはエキドナと相対する。

 

「星の使徒にも子どもがいるのか…。イヴ、悪いがあの子を無力化してくれ。だが危なくなったらすぐに引いてほしい」

 

「心配しないで、光太郎」

 

イヴはボードに乗ったリオンへ向かった。

 

そして今、光太郎の前には5人の星の使徒が立っていた。

だがここで時間をかける訳にはいかない。すぐに仲間の助けに向かわなければならないのだ。

 

光太郎は天に手を掲げる。

 

「変 身!」

 

光太郎の体は光り輝き、RXへと変化する。

だがその瞬間天から強烈な重圧が襲った。

 

「むっ!」

 

その重圧は凄まじく、大地は見る間にヒビ割れ陥没していく。相手を見やると、日本の古い衣装のようなものに身を纏った体格のよい男がこちらに手を向けていた。どうやらあの男の仕業らしい。

 

「ほう、俺の『重力』を受けても立っていられるか。それならもっと強くしてやるよ!」

 

その男の宣言通り、重圧は更に3倍、4倍へと強くなる。だがRXは姿勢を崩さないでいた。その姿に、重力を操っていた男、マロは背中に冷たい汗を感じた。既に10t以上の重力をかけているというのになぜ膝をつかないのか。目の前にいる男は本当に実在している人間なのかと疑う程だった。

 

「マロさん、そのままでお願いしマス」

 

シャルデンが手袋を外し、手から血の人形シャルデンが形成された。

 

血の雨(ブラッディレイン)

 

コンクリートをも砕く血の弾丸がマロの重力を得て天空からRXに振り注ぐ。それが全てRXに命中した。

 

「キョーコさん!」

 

「はーい」

 

キョーコは思い切り息を吸い込む。そして…

 

超熱熱息(ちょーアツアツブレス)

 

キョーコの体内で1000度近くまで上げられた灼熱の息がRXに襲いかかった。高温の大気が城の壁を焦がし、溶かしていく。これを受けたらどんな人間でも炭化して終わりだ。

 

しかし…彼らの前に立つはただの人間ではない。

赤い目を光らせ、その体はダメージらしきものも感じられなかった。

 

「マジかよ」

 

マロは驚く。今かいている冷や汗は間違いではなかった。目の前の男は只者じゃない。そこへ、シキが呪符を取り出す。

 

「マロ、そのままヤツの動きを止めておけ」

 

魔妖蛾

 

呪符が光り、ムカデと蛾が融合したような巨大な怪物が現れた。怪物はRXの真上から大きな口を開けて襲いかかる。が、RXは右拳を振り上げ、その衝撃で怪物は粉砕された。

 

10tの重力ががかって尚、それをモノともせず動くRX。こうなってしまっては重圧なんて効果はない。

 

その時、RXは何かの存在を感じていた。

 

「この力の波動は…」

 

その様子をドクターはじっくりと観察していた。

 

ふむ、キョーコ君の高温の息を防いだという事は、あの体には1000度以上の耐熱効果があるのか。全く焦げ付いていないことから1200度近くまでは防がれそうだ。そしてマロの重力にも耐えている。耐熱・耐圧に優れた体…今すぐにでも解剖して調べてみたいじゃないか!

 

ドクターがそんなことを考えていると、重力をかけられたRXが一歩踏み出した。解剖はしてみたい。だがこの相手をどうやって無力化する? 近付けばあの力によって先ほどの蟲のようにやられてしまう。だがこちらの攻撃では火力が足りない。そして自分の能力は今の状況では使用することができない。ならば、別の手を使うまでだ。

 

「そのままその男を止めておくんだ! 僕はあの娘を使ってそいつを無力化してやる!」

 

リオンが相手にしているイヴという少女を盾にするのが一番確実だ。

ドクターはその考えに至り、イヴを捕らえようと戦線から背を向けた。そして目の前の壁にぶつかり思わず尻餅をついた。ズレた眼鏡をかけ直し、目の前の壁を見上げる。

 

…いや、それは壁ではなかった。10tの重圧をかけられ、自由に動く事が出来なかったはずのRXが、そこにいたのだ。

 

「ひぃ…ひぃぃ…」

 

ドクターは思わず尻餅をついた状態で後ずさった。RXの両の目が光る。そしてドクターはRXに胸倉を掴まれて無理矢理立たせられた。

 

「イヴを…どうするつもりだったんだ…?」

 

「あ…あの…」

 

だがそこに仲間が駆けつける。マロの重力張り手が背を向けているRXに何度も叩き込まれた。

 

 

「隙を見せたな! 敵に背中を向けるからだ、このバカめが! であぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

「うるさい」

 

 

ペシッ

 

RXの下方向からの手刀を受けたマロはその勢いのまま吹き飛び、古城の壁を突き抜け、空高く舞い上がり、そのうち見えなくなってしまった。

 

 

「「「……………」」」

 

 

 

シキ、シャルデン、キョーコはマロが壊した穴から見える青空を見上げながら呆然としていた。今一体何が起きたのか、それすらも彼らは理解できていない。

 

RXに掴まれてしまって逃げることのできないドクターだけは、飛んでいった同志よりも自分の命の心配をしている。必死にRXの手を解こうとしているが、まるで工具がなにかで固定されているかのように微塵も動かすことができなかった。

 

「…イヴを…子どもを利用するつもりだったのか…!」

 

グググッと胸倉を掴むRXの手に更なる力が加わる。

 

「あ、あの…たしゅけ……」

 

「貴様のような非道、許す訳にはいかん!!」

 

「ひぃぃぃ…!」

 

だがその瞬間、黒い刃がドクターの服を切り裂いた。そのおかげでドクターはRXから解放されるも、あまりの恐怖の為失禁し、失神してしまっている。

 

先ほどの黒い刃はシャルデンの血で作られたものだったようだ。シャルデンは血でドクターを掴み、自分たちの元に引き寄せた。

 

「この様子では…ドクターはこの戦いの最中に戦線復帰は難しそうデスね」

 

「あー、ドクターさん、お漏らししちゃってますねー」

 

シャルデンは冷静にRXと自分たちの力量を測る。こちらの攻撃パターンは自分の血での斬撃、刺突、怪我を負わせればそこからの吸血。しかしRXは未だ無傷であり、自分の斬撃などが通用するとも思えない。キョーコの1000度近い高熱も効果はない。エキドナが持っている武器も通用しないだろうし、クリードの剣も通用するかどうかだ。あとはリオンの能力を使った真空状態に追い込むかだが、この男を素通りして行くことは不可能だろう。後はシキの多種に渡る呪符に頼るしか手は無くなっていた。

 

「シキさん、まだ手はありマスか?」

 

「無論だ。私の最高の力で奴を葬ってみせよう!」

 

シキは呪符を取り出す。

 

「これは私の操る魔蟲の中でも最高の術! いくら貴様でもこの魔蟲には敵うまい! 戦闘魔蟲・刹鬼!!」

 

 

 

シキが持っていた呪符が光輝く。

 

そこには人型の怪物が立っていた。そして怪物は目を光らせる。

 

「主、ご命令を」

 

「刹鬼、あの男を殺せ!」

 

シキはRXを指差し、そう告げる。命令を下された刹鬼はRXを見やり「御意」と一言残し、姿を消した。

 

しかし消えたのではなかった。

刹鬼は瞬時にRXの背後に回り、その首を切り落とそうと動いていたのだ。だがそれも瞬時に身を翻したRXによって防がれる。

 

「貴様…我の動きが見えたのか…!」

 

「こいつは…人間ではないのか。ならば…!」

 

RXは蹴りを放ち、刹鬼を遠くに吹き飛ばす。そしてその隙にサンライザーに手を翳す。

 

 

「リボルケイン!」

 

光の杖がRXの手に収められた。

蹴りを受けた刹鬼は腹を押さえて悔しがる。

 

「主の前でこんな醜態を…許さん、貴様、絶対に許さんぞ!」

 

刹鬼の口の中が光る。

 

「これは我の最強の技! 収束された超音波、人間の貴様には防げまい!」

 

哭鳴閃

 

刹鬼の口から見えない何かが放出された。

 

「はぁっ!」

 

しかしRXはその見えない何かをリボルケインで叩き斬った。その衝撃で気絶していたドクターが宙を舞う。

 

自分の最高の技が、超音波が斬られた。その信じられない現実に、理解が追い付こうとした直後に、RXが自分の懐に潜り込んでいたのに気付いた。そして光の杖が自分の腹部に突き出される。

 

「ぐ…ぐあああああ…!」

 

得体の知れない何かが自分の体に注ぎ込まれていく。

 

 

 

 

止めろ、やめてくれ!

 

 

 

 

それ以上我にその力を……。

 

 

 

 

 

そして我は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

刹鬼から距離を取り、リボルケインを振るRX。そして背後で刹鬼が倒れ、大爆発を起こした。

 

RXが振り返ると、その場にはシャルデンとキョーコの姿しか見えなかった。覆面のシキという男の気配を探るが、今の爆発の隙に逃げ出したようだ。

 

RXは2人に歩み寄る。シャルデンは既に勝機は無いものと諦めており、キョーコは腰を抜かして座り込んでしまっていた。せめてキョーコだけでも逃がしたいと考えるシャルデンだったが、目の前の男相手にはそれも難しいことは察していた。

 

「我々の負けデス。私の命は奪われてもいい。しかしキョーコさんの命は助けてくださいまセンか?」

 

「…シャ、シャルデンさん!」

 

「良いのデス。クロノスとの戦いで命を落とす覚悟はできていました。その前にこうなるとは思っていませんでしたが…」

 

シャルデンの前で変身を解く南光太郎。

それに驚いているシャルデンに、光太郎は微笑んだ。

 

「俺は君たちの命を取るつもりなんて元からない。ただ、悪いことをやめて、できれば俺の力になって欲しいんだ。キョーコちゃん…だったかな? キミも怖がらせて悪かったね」

 

光太郎はそう言ってキョーコを抱きかかえる。

 

「あ、あの、ちょっと…」

 

「今後無意味に人を傷つけない、それを守ってくれれば俺は君たちにこれ以上何もしないさ」

 

そう微笑む光太郎に、シャルデンは太陽のようなものを見た。自分にとっては眩しい存在の太陽に。

 

「話だけは聞きマス。協力してするかどうかは、内容次第デス」

 

シャルデンはそう光太郎に返し、光太郎もシャルデンに対し頷いた。

だがこの時光太郎は気付いていなかった。

 

自分が抱きかかえていた女子高生が、自分を見て顔を紅潮させていた事に。そして心中で「カッコイイ!」と叫んでいた事に。

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

時間は少し遡る。

光太郎が戦っていた場より少し離れた所で、戦っている2つの影があった。それは決してありえないバトルフィールド。

 

城の上空でボードに乗って飛んでいる星の使徒の少年リオンと、天使の翼を背に生やしたイヴが空中で戦いを繰り広げていた。

 

だが戦況はリオン有利のようである。イヴは息を切らしながら肩で呼吸をしていた。

 

「思ったよりはやるようだけど、その程度の動きじゃ空中で俺に勝つなんて10年早いぜ?」

 

自らの勝ちを宣言するリオンだが、イヴは諦めの表情など浮かべてはいない。まだイヴの目には力が宿っている。

 

「私は最後まで諦めない。だって南光太郎のパートナーだから!」

 

「へー、そんな大層な奴なんだな。その南光太郎っていう奴は」

 

「…覚えておくとイイよ? 南光太郎は世界で一番強くて優しい…掃除屋なんだよ!」

 

 

 

 

イヴがリオンと戦っていた眼下でトレインとクリードも戦闘を続けていた。剣士と戦うときはその間合いに気を配るが、クリードは道能力によって剣を透明化することができ、更には気の込め方1つで刀身の収縮も可能としたのだ。その為、トレインはなかなか踏み込めずにいた。トレインの早撃ちも、クリードは難なくその剣で切り落としていく。

 

「あはははは! どうしたトレイン、その程度かい!?」

 

「ちっ、戦闘中にお喋りしてると舌噛むぜ」

 

トレインはクリードの斬撃を避けながら銃弾の補充を行う。クリードの見えない剣、伸びる剣は厄介だが、そろそろ見慣れてきていた。後は動きの隙にこいつをぶち込むだけだ。トレインは愛銃ハーディスに込められた相棒が作った特殊弾を撃ち込む隙を探る。

 

「どうしたトレイン! そうやって逃げているだけなんて君らしくないじゃないか!」

 

「そろそろその手品も見飽きてきたぜ。道能力っていうのも大したことないんだな!」

 

トレインのその言葉にクリードの斬撃が止まる。攻撃の隙かと思ったが、今撃ち込んでも切り落とされてしまうだろう。

 

「トレイン、どうやら君は僕の能力がこの程度だと本当に思っているのかい?」

 

「…なに?」

 

「見せてあげるよ、トレイン。僕の幻想虎徹(イマジンブレード)の…LV.2をね!」

 

クリードの持つ剣が光り、その瞬間、体がざわめいてトレインは思わず飛び退いた。そして今自分がいた場所を何かの生物が鋭い速さで通り抜けて行ったのをトレインの優れた動体視力は捉えていた。それがなんだったのか、正面に立つクリードを見てハッキリした。

クリードの持つ透明の剣だった物が、まるで生き物のようにこちらを見て、大口を開けて笑っている。

 

「これが僕の力だ。昔の君に戻ればこれ以上の力を手に入れることが出来るんだ! 今すぐにでも僕の元においでよ!」

 

「言ったろ? 俺は掃除屋だ、サヤと同じ掃除屋だ。お前のような犯罪者の誘惑には負けねえんだぜ?」

 

クリードの額に青筋が浮かぶ。

 

サヤ…? あの魔女の名前を僕に聞かせないでおくれよ。

あの魔女がトレインをおかしくしてしまった。弱くしてしまった。

 

「あの魔女がああぁぁぁぁぁ!!!」

 

クリードが咆哮していた背後に、飛び込んでいた者がいた。

 

「クリード、すぐ熱くなるその性格は変わっていないようですね」

 

背後から現れたセフィリアは持っていた剣でクリードを一閃した。

 

 

 

 

…かのように見えた。

セフィリアはすぐに気付く。自分の持っていた剣の刀身が何者かに折られていた。そしてその主は大口を開けてこちらを襲ってきた。

 

「…くっ!」

 

跳躍。そしてトレインの隣に降り立った。

そんなセフィリアの姿を見て、クリードは苦笑する。

 

「おやぁ、誰かと思えば時の番人のセフィリア=アークスじゃないか。余りにも脆い剣だったので、君とは思わなかったよ。愛刀のクライストはどうしたんだい?」

 

やはりあの剣では強度が足りなかったようだ。確かにクライストならあの程度で折れることなどなかったのだが…。しかしクリードにしてみれば絶好の機会というやつだ。自分の敵、クロノス。その最強戦力である剣士が、今や剣を失って目の前にいるのだから。

 

「トレイン、少し待っててくれ。この女を殺し、すぐに先ほどの戦いを再開しようじゃないか」

 

「…! クリード、待て!」

 

「あはは、さようなら、セフィリア=アークス!!」

 

目の前に迫る生きた剣。

 

その剣が大口を開けて自分の眼前にまで届いていた。

 

 

剣を失った私に防ぐ術はなかった。

 

しかし私はこんなところで死ぬ訳にはいかない。

 

私は…私は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人の剣になりたい!

 

 

そう強く願った瞬間、目の前に強烈な赤い光がその場を、古城を、街を、大陸を走った。

 

セフィリアの目に入ったのは剣の柄。セフィリアは思わずその柄を手に取り、迫ってきていた剣を払った。

 

 

セフィリアが手していたのは黄金の柄に赤き刀身の剣。

 

RXの体内にあるキングストーンと同等の力を秘め、創世王の証とされる剣。

 

そして、光となって消滅したはずの剣。

 

その剣、サタンサーベルが今、セフィリアの手の内に確かに復活していたのだった。




RXのための剣としてセフィリアの前に現れたサタンサーベル。

サタンサーベルの強大な力を振るうセフィリア。

そんなセフィリアを見て、負けじとイヴは新たなるトランスを行う!!

次回 『光太郎とひとつになって得た力』
ぶっちぎるぜ!!


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光太郎とひとつになって得た力

星の使徒の古城。

そこで眼帯紳士スヴェンはエキドナを相手にし、なかなか自分の射程距離に近付けずにいた。

 

エキドナの能力はGATE()

その能力で空間を越えて離れた場所に刃物を持った腕や爆弾、銃弾などを出現させてくる。しかもそのどれもが死角から行われるのだ。並の人間ではそれに気づく前に御陀仏だ。

しかしスヴェンも光太郎程ではないにしろ、並の人間ではない。今のスヴェンは眼帯を外し、両の目でバトルフィールド全体を注視していた。

 

全ての攻撃がかわされているエキドナは唇を噛んだ。

 

「どうやら偶然じゃないみたいだね。何だい、その目は」

 

「こいつは俺の親友からの貰いもんさ」

 

スヴェンの右目は普段眼帯の下にあり、滅多に使用しない。

この右目はかつて捜査官時代の相棒であり、親友でもあったロイドの忘れ形見だ。ロイドはこの目の特殊能力『予見眼(ヴィジョンアイ)』を使い、数々の危機を脱してきた。対象の人物の数秒先の未来を映し出すこの眼のおかげで、スヴェンはエキドナの数々の死角からの攻撃を避けることができていたのだ。

しかしそんな情報をわざわざ敵に教えてやるスヴェンではない。この能力は欠点もあるのだ。この能力は体への疲労が半端ではない。普段眼帯をしているのもその為だ。その為にこの戦いも長引かせる訳にはいかない。

 

「女に銃を向けるのは性分じゃねえが…」

 

スヴェンは銃を手にエキドナに向かって駆け出した。

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

セフィリアの手の中で淡い光を放つサタンサーベル。

剣士としての技量から、この剣が凄まじいポテンシャルを秘めていると感じ取っていた。それは過去に自分が愛刀としていたクライストよりも遥かに上の力。あの人が以前私との戦いで使ったあの光の杖に勝るとも劣らぬ力だ。

 

そしてセフィリアは確信する。

 

「クリード、大人しく降伏しなさい。この剣は…痛いですよ?」

 

しかしそんな忠告を聞き入れるクリードではない。

 

「どんな能力を使ったのかは知らないが、その剣がどんなに硬かろうが、僕の幻想虎徹(イマジンブレード)は精神の剣だ。僕の心が折れぬ限り決して折れる事はない! そんな剣で僕の幻想虎徹に勝てると思うか!!」

 

クリードの生きた剣は、剣とは思えぬ軌跡を描いて切っ先がこちらに迫る。セフィリアはサタンサーベルを足元に振るった。

 

 

 

その風圧でクリードの足元の大地が割かれる。体勢を崩したクリードは剣をセフィリアに突き刺すことも叶わず、片膝をついた。

 

「すっげえ…」

 

トレインは目を丸くしていた。あの剣が何なのかは知らないが、あの剣を持ったセフィリアとは決して敵対したくないと苦笑する。だがその恐ろしい剣を前にしても、クリードの眼に絶望はない。

 

「幻想虎徹…LV3…」

 

小さくそう呟く。クリードの剣は光り輝き、立ち上がるその姿はまた異形であった。剣と右腕が一体化しており、先程よりも強烈な威圧感を放っていた。

 

「…セフィリア…君は殺すよ」

 

「クリード、あなたを無力化します」

 

瞬間、二人の姿は消える。その高速の動きはトレインであっても完全には捉えきれていなかった。セフィリアはともかく、クリードはあの状態になって更に動きが速くなっている。

 

そしてその上空で、リオンの一撃を受けて城の屋根に叩きつけられたイヴの姿があった。

 

「…くっ」

 

「やっぱりお前じゃ俺には勝てねえよ。諦めたらどうだ? 今なら俺がクリードさんに言って、お前だけでも見逃してもらうよう伝えてやるぜ?」

 

ボードに乗ってイヴを見下すリオン。確かにイヴでは翼を使ってもリオンのような旋回能力には敵わない。しかし光太郎の為にも、この戦いは負けられない。光太郎が初めて、自分を頼ってくれたのだから。

 

「私は…諦めない…!」

 

「…へー、あっそ」

 

リオンは手刀を振るう。リオンの能力は『AIR(空気)』。その能力で真空の波を発生させる。その真空波がイヴを襲うも、間一髪でイヴは自らの体を鋼鉄化させることで防ぐことができた。

イヴは自らの弱点を把握している。自身のトランスは長時間扱うことができない。現在の連続使用は1分弱という制限がある。それ以上のトランスは体が保たず、強制解除されてしまうのだ。その為、リオンのようにずっと空中にいることはできない。羽根の弾丸を撃ち込んでも軽く避けられてしまう。

 

そんな手詰まりな状態のイヴを見て、リオンは自らの勝ちを確信する。だがあの女は妙にムカつく。自分の最強の技で終わらせてやると、風を操り、自身に纏わせた。

 

「…これは俺の最強の必殺技だ。命中すれば岩盤だろうが粉々だ。お前のそのチンケな体じゃ耐えれないぜ?」

 

リオンは最後に、と降参を勧めるが、イヴはそれを拒否した。

しかもその表情は笑みすら浮かべている。その余裕のある表情にリオンはイラつきを覚えた。

 

「ちっ、とっとと消えろぉぉぉぉ!!」

 

自身を台風にして突っ込んでくるリオンにイヴは全身の力を抜いて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヴのトランス能力って便利だな」

 

特訓中、光太郎は私にそう言ってくれた。

光太郎に褒めてもらうのは嬉しい。

 

私のトランスはあれから色んな本を読んで、幅が広がってはいる。しかしそれでも試合で光太郎やセフィリアさんに一度も勝つことができなかった。(セフィリアさんも変身した光太郎には一度も勝てていなかったけど)

 

それを思って落ち込んでいる私に、光太郎は何か考え事をしていた。

 

「光太郎、どうしたの?」

 

「ん? いや、俺のアレもトランスに近いのかなって思ってさ」

 

「…RXへの変身?」

 

「いや、それとは違うんだ。そういえばこの世界に来てからなったことなかったな」

 

光太郎はそう言ってRXに変身した。この姿は何度か見ている。しかし光太郎が言うには他の姿にもなれるらしい。

 

そして光太郎はその姿を私だけに見せてくれた。

いつもの黒い姿でなく、青い仮面。

 

「これが、バイオライダーだ」

 

どうやら名前も変わるらしい。RXという名前のままじゃいけないのか疑問を投げかけてみると、どうやら光太郎本人もよく分かっていないみたいだったけど、そういうものと納得しているらしい。

 

 

そして「見ていてくれ」と言ったバイオライダーは見る間に体を溶かしていく。溶かしていくという表現が正しいのか自信はなかったけれど、ゲル状の何かに変わってしまった。そしてまた元の状態に戻る。

 

「こういうトランスもできるかい?」

 

「…分からない」

 

今までも体の一部を鋼鉄化したり、天使の羽を生やしたりはしていた。でもそれは物質変化の領域の範囲であって、液体のようなモノにトランスできるとは思えなかった。光太郎の期待に応えれないと思い、俯いてしまっていると、バイオライダーの手が自分の手を包んだ。

 

「光太郎?」

 

「無理に覚えてもらおうとは思っていないよ。ただ、万が一のためにこれができるようになれば、イヴが怪我する危険が少しでも減るんじゃないかなと思ってさ」

 

バイオライダーの手がゲル状化する。私は目を閉じてバイオライダーを感じ取る。私はいつも無意識にトランスの能力を使っていた。それが当たり前であると、何気なく体を変化させていた。でもそうじゃない。私の中のナノマシンが体の構造を変化させているんだ。いつもは意識していないけれど、意識的に私の中のナノマシンに命令を送るとどうなるか。

まずは自分の手が水になるイメージを浮かべる。

分子を変化させ、結合させ、その1つ1つを網目状にトランスさせる。目を開けると、私の手はバイオライダーと同じように透明化していた。

 

「その調子だ」

 

バイオライダーの暖かな声が響く。

そして、私の体をバイオライダーの体がゆっくりと包む。

 

「俺からもサポートするよ。だからゆっくりと覚えていこう」

 

「…うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

台風がイヴの立っていた場所に直撃し、採掘機のように抉れる。

 

しかしそこにイヴの姿はなかった。「避けられた?」と周りを見渡すも人影はない。だが、そこでリオンは見てしまった。足元に絡む液体を。

 

その液体が自分の体を一気に包み込んできた。

 

「な、何だよコレ!」

 

リオンは咄嗟にボードを浮かせようとするが液体は空中へ避難した自分に纏わりついて離さない。

 

その液体は自分の体を全部覆い尽くし、呼吸すらできなくなる。そのショックで能力のコントロールが上手くいかず、リオンは落下した。

 

リオンに纏わりつくもの。それは液体といってもゲル状な物質に近かった。

 

「降参して」

 

イヴの声がリオンの耳に届く。

 

まさか、これはさっきの女が変化した姿なのかよ!

 

「そうだよ。これが光太郎が私と1つになって教えてくれた力。あなたの攻撃は…もう私には通用しない」

 

ふ、ふっざけんな!!

 

リオンは精一杯の力を込める。リオンを中心に発生した風がゲル状のイヴを引き剥がした。ゲル状のイヴはリオンから少し離れた場所に落ち、元の姿に戻る。

 

息を切らすリオン。リオンにとって目の前のか弱そうな少女はとても恐ろしいモノに映っていた。人の形をした何か…。そうとしか思えない存在に、リオンは立ち上がるも膝が震えていた。

 

「…化け物め」

 

「…それでもいい。光太郎と一緒にいられるなら、それでもいいよ」

 

イヴはリオンに向けて駆け出す。リオンは恐怖からボードに乗って空中へ避難する。この空は自分の領域だ。この場所にいれば、自分は最強なんだ!

 

大空へ辿り着いたリオンは安心感からホッとして、イヴがいるであろう大地を見下ろす。しかし失念していた。あの女も飛べたのだ。

 

トランス・天使

 

翼を広げて一直線にこちらに飛びかかるイヴに、リオンは悲鳴をあげて真空波を放つ。

 

トランス・ゲル化

 

一瞬で体を変化させるイヴ。その状態のイヴに真空波が当たるも、何のダメージも見えずに通り抜けてしまった。

 

「ウソだろ!?」

 

驚くリオンの真上で止まるイヴ。

 

トランス・鋼鉄化

 

体を鋼に変え、リオンを抱えて地上に落下する。いかに自身を浮かせることのできるリオンでも、重たい鋼を持って浮上することは困難だった。地上に落下したリオンはそのショックで気を失った。

 

 

イヴのゲル化はバイオライダーのように万能ではない。連続使用は1分しか保たないし、打撃や銃弾の類は通じないが、炎や電撃などにはダメージも負ってしまう。バイオライダーのゲル化分子はイヴのナノマシンでは再現不可能であった。でもいつかは、私も光太郎と同じくらいの強さを身につけたい。

 

あの人に並び立つ為に…。

 

 

イヴがそう決意して空を見上げると、ちょうどそこには城の壁を突き抜けてきた大男が空の彼方へ飛ばされるところだった。大男の姿は次第に見えなくなる。心なしか泣いていたように見えた。あんなことができるのは世界中を探しても光太郎しかいないだろう。

 

しかし星の使徒のメンバーは捕まえる予定のはずだったのだが、お星様にして良かったのだろうか。またどこかで悪さをしないだろうかとイヴは心配していたが、空の旅に出ていたマロは「南光太郎こわいRXこわいゴメンナサイもうしません」とブツブツ呟いていたので、恐らく問題ないであろう。




見事リオンに勝利したイヴ!

セフィリアもサタンサーベルを駆使してクリードを追い詰めていく。

そしてセフィリアの剣がクリードを捉えた瞬間、謎の男がそれを阻む!!

次回 『現れた謎の男ダロム!』
ぶっちぎるぜ!!


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現れた謎の男ダロム!

死角から伸びたエキドナの腕を、予見眼(ヴィジョンアイ)を使用していたスヴェンが掴んだ事で二人の攻防が止まった。

 

エキドナは理解した。

スヴェンの先読みするかのような回避や動き。それが示すものは…。

 

「未来予知ってことかい」

 

「ご明察だな。だが今更わかっても遅い」

 

スヴェンはエキドナの持っていた銃を奪い、自作の麻酔弾をセットしてエキドナの腕に銃口を向ける。だがその時、スヴェン目掛けて呪符が飛んできた。咄嗟のことであったのでエキドナの腕を離して回避するスヴェン。その呪符は床に当たって爆発を起こした。

 

「チッ」

 

スヴェンが敵を目視すると、エキドナの隣には覆面の男シキが立っていた。

 

「あんたは南光太郎の相手をしていたんじゃなかったのかい?」

 

「………引くぞ」

 

「ま、その方が良さそうだね」

 

エキドナはそう言ってGATEを作り、シキと一緒に消えてしまった。再び攻撃されるかと警戒したが、どうやら本当に逃げたようだ。スヴェンは右目を眼帯で封じ、そしてやってきた強烈な睡魔に耐える。まだ戦いが終わった訳ではない。こんな場所で呑気に寝ている場合ではないのだ。

 

 

スヴェンとエキドナの戦いがこうして終わった頃、別の場所では激しい剣戟が行われていた。セフィリアとクリードの戦いである。力はクリードに分があるが、剣の性能と速さ、剣技はセフィリアに軍配が上がる。自身の幻想虎徹(イマジンブレード)をLV3に引き上げたクリードだったが、徐々に追い詰められていった。その中でもサタンサーベルの影響が大きかった。セフィリアがサタンサーベルを振るう度に凄まじい剣圧が襲ってくる。自分の右腕と化しているこの刀でも全てを防ぎきることができていない。

 

クリードは不本意ながら一度距離を置いた。

自分の伸縮自在なこの右腕なら、距離は関係ない。こうして距離を置き、一方的に切り刻んでくれる。クリードがそう考えていると、セフィリアはサタンサーベルを掲げた。

 

「この剣の声が聴こえます。この剣にはこのような力もあるようですよ?」

 

「…なに?」

 

サタンサーベルの刀身が光る。そしてその閃光がクリードに襲いかかった。クリードは目を見開いて避ける。クリードがいた場所は巨大な穴がぽっかりと空いていた。直撃したらただでは済まない、クリードはそう歯嚙みした。

 

クリードが飛び退いたその場所には銃弾が迫ってきていた。今の状態では避けることもできず、クリードは咄嗟に剣と一体化している右腕を盾に銃弾を受け止める。そしてその先にいるトレインを視界に入れた。

 

「…トレイン!」

 

「旗色が悪そうだな、クリード。諦めた方がいいんじゃねえか?」

 

「君を呪いから解放するまでは諦める訳にはいかないんだよ、トレイン」

 

確かにクリードも今の状態では分が悪いことは理解できている。しかしここで捕らえられる訳にもいかない。

 

「セフィリア=アークス、君は必ず殺す。そしてトレイン、君は僕の元に来るんだ!」

 

「クリード、1つのことに執着すると周りが見えなくなるようだな。そんなこと言ってられる状況じゃないみたいだぜ?」

 

「なに…?」

 

そう言われ、周囲の気配を探るクリード。

そして背後からやってきた人物を見やった。

 

そこにいたのはクロノスの奇襲暗殺チームのケルベロスのメンバーだった。

ナンバー(ファイブ)のナイザー=ブラッカイマー。

ナンバー(セブン)のジェノス=ハザード。

ナンバー(イレブン)のベルーガ=J=ハード。

 

正面のトレインの隣にはスヴェンとイヴ。

そして今、城の奥から南光太郎とシャルデン、キョーコがやって来た。

 

「…やぁ、君たち。その場にいる理由を聞かせてもらおうか」

 

「クリード…南光太郎から話を聞きました。今はどうやらクロノスと争っている場合ではないようデス」

 

「シャルデン…どうやら君も呪いにかけられてしまったようだね。悲しいことだ」

 

「クリード、私はそんなものにかけられていない。私自身が考え、決めた事なのデス!」

 

「呪いにかけられて辛いだろう? 僕が一思いに殺してあげよう。この周りの邪魔者と一緒にね!」

 

シャルデンの言葉はクリードには届かない。シャルデンは悲しい表情を浮かべるも、手袋を外して能力を発現させる。

 

「…仕方ありません。私はこんなところで殺される訳にはいかない。私を殺すと言うのなら、クリード、あなたといえども戦うしかない」

 

如何にクリードとはいえど、周りにいる10人の相手をして勝てる可能性は低い。どう切り抜けようか思考を巡らせていると、城の奥から飛び出してきた生物がいた。

 

その人とは言えない異形に、誰もが目を疑う。

2mを超える人狼だった。こんな生物が存在するとは誰もが想像していなかったのだ。光太郎を除いてだが…。

 

そしてクリードの傍にGATEが形成される。

中から現れたのはエキドナとシキ、気を失っていたはずのドクターだった。

 

「ふふ、その男は元掃除屋だ。クリードを狙ってきたのだが、折角なので僕の実験のモルモットになってもらったのさ」

 

ドクターは自慢気に語る。

 

「人間を自己満足の為に実験のモルモットだと…貴様!」

 

人を人とも思わない行為に怒りを覚える光太郎。そんな光太郎の顔を見たドクターは思わずエキドナの影に隠れる。

 

「い、い、い、いくら君でもこのモンスターは倒すのは困難だよ。やってみれば分かるさ」

 

ドクターがそう言った直後、トンファーを持ったスキンヘッドの男が人狼に並び立っていた。そしてトンファーを回して一閃。人狼の頭は弾け飛んだ。正に一瞬だった。

 

「狼なんぞに遅れをとるケルベロスじゃないんだぜ、旦那」

 

そう言ってドクターを睨むナイザー。しかしドクターはまだ余裕の表情を浮かべている。そしてナイザーも他の面々も気付く。人狼の頭が再生されたことに。人狼は何事もなかったかのようにナイザーを見下して舌舐めずりをしている。

 

「再生した…だと?」

 

「ふふふ、その男には特殊なナノマシンを注入してある。どんな損傷だろうと、瞬時に治癒してしまうのさ」

 

「へっ、そうかよ」

 

ならば再生が追いつかないスピードで粉々に粉砕するだけだ。

ナイザーがそう答えを出し、トンファーを回そうとした瞬間、ナイザーの肩に手を置く男がいた。南光太郎が変身したRXだ。

 

「この男に罪はない。殺す事はない。俺に任せてくれ」

 

「…あんたが南光太郎か。どうするんだ? この犬っころを元に戻す手立てでもあるっていうのか?」

 

「できるかどうか分からないが…やってみる」

 

RXのその言葉にナイザーは場を任せて、後ろに下がる。

そしてRXはその姿を青い仮面のフォームに変えた。

 

「バイオッ、ライダッ! とうっ!」

 

イヴ以外の全員が驚く中、バイオライダーは体をゲル化し、人狼の内部に入り込む。そしてドクターが言っていたナノマシンを次々と破壊していった。バイオライダーが人狼の体に入り込んで数秒、人狼から飛び出したバイオライダーはすぐさまRXへと姿を戻した。

 

今何が起こったのか、周りにいる者たちは理解していない。しかしそれでも人狼が苦しみ出し、どんどん体が縮んでいくという現象から、バイオライダーが何かを起こしたということは理解した。そして全員がそう理解した頃には、人狼は人間に戻り横たわっていた。

 

しかしドクターはもはや驚かない。再生するという実験の成功はこの目で確認できたのだ。もはやこの場にいる必要もなくなった。

 

「クリード、一度引こう。これなら君の望んでいたナノマシンの完成に一歩近付いた。こんなところで捕まる訳にはいかないからね」

 

「…そうだね」

 

クリードたちが引く姿勢を見せた瞬間、セフィリアがサタンサーベルを構え飛び込んだ。そしてそこで光太郎はセフィリアがサタンサーベルを持っていたことに初めて気が付いた。

 

「クリード、このまま逃すと思っているのですか!」

 

その神速の動きに、エキドナもシキもドクターも反応できていない。クリードが応戦しようと右腕を掲げた直後、激しい光が彼らを襲った。あまりの光に皆目を細める。

 

そして光が治まった時、そこにクリードたちの姿はなかった。

 

「あそこ!」

 

イヴが上空を指差した。そこには光の球に包まれたクリードたちがいた。だがそれを発生させたのは恐らくクリードたちではない。それを行なったのはその手前で浮遊しているフードの男であった。

 

皆が「何者だ?」と見上げる中、RXだけは別の意味で驚いていた。

 

「貴様は…ゴルゴムの神官ダロム!」

 

「…その声、覚えているぞ。この世界とは異なる場所で我らの悲願を邪魔したブラックサン、いや、仮面ライダーBlackか! よもやこの世界でも我らの邪魔をしに来るとはな」

 

「なに! どういうことだ!?」

 

「どういう訳か貴様は我ら知っている仮面ライダーBlackの頃よりもパワーアップしておるようだ。ならばこの場で戦うようなマネはせんよ」

 

そして光の球と共に姿を消していく。

 

「この人間どもは我らの思想に近い。ゴルゴムがもらってゆく。南光太郎よ、貴様はいずれ必ず! 我らが打ち倒してくれようぞ!!」

 

 

 

ダロムの声が辺りに響き渡り、そして完全に姿を消した。

 

いつかやってくるであろうと危惧していたゴルゴムの襲来。それが今、星の使徒殲滅を待たずしてやってきてしまった。

 

ゴルゴムの狙いは世界の支配。

この世界でもそれを狙っているに違いない。

だが、俺がいる限り貴様らの思い通りにはさせん!

 

「おのれ…ゴルゴム!」

 

RXは静かに拳を握った。

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

星の使徒であるリオンはクロノスの監視下に置かれ、空の彼方に飛んでいったマロは現在調査中とのことだった。「余計な手間をかけさせてくれるね〜」とジェノスに言われ、光太郎は肩を落としていた。

シャルデンとキョーコの処遇はクロノスと揉めたが、光太郎は既に二人を仲間と認めている。

 

「俺の仲間に手出しはさせん!」

 

の一言に、クロノス上層部も口を紡ぐ他なかった。

セフィリアの報告により、南光太郎はクロノスの戦力では到底太刀打ちできないものと判断していた。そして今は別の危険な組織が現れたことにより、南光太郎の力が何よりも必要になったのだ。

シャルデンとキョーコは光太郎の元に置くことになり、それを監視するという大義名分を得て、セフィリアは改めて光太郎と共にすることとなった。

 

 

そして嵐の様だった1日が終わり、宿で目を覚ました光太郎はこれからのことを考えていた。

 

星の使徒は半壊。そして残りのメンバーもゴルゴムに連れ去られた。クライシス帝国がいつ襲来してくるかは分からないが、今はゴルゴムに集中しよう。ゴルゴムが次に打ってくる手は一体なんだ? しかし考えてもなかなか考えが浮かばなかった。

 

「くそっ」

 

光太郎はため息をついて寝返りを打つ。

 

そしてそこに招かれざる客がいたのにようやく気付いた。

自分の隣に黒髪の女性がすーすーと寝息を立てて眠っていたのだ。

 

「うわあああっ!?」

 

光太郎は思わず飛び上がってベッドから転落する。

その物音で目を覚ましたキョーコは未だ眠気の残る目を擦りながら「光さま、おはようございますぅ」と挨拶した。

 

「あ、ああ、おはよう…じゃない! なんでキョーコちゃんが俺の部屋に!?」

 

「えー、だってシャルデンさんが言ってましたよ。『光太郎の傍が一番安心デス。なるべく彼と一緒に行動するようにして下さい』って」

 

「いや、だからって同じベッドに寝るのは勘弁してくれ!」

 

光太郎がそう説得していると、物音を聞きつけた仲間が駆けつけてきた。

 

「光太郎、どうしたの?」

 

「光太郎さん、敵襲ですか!?」

 

勢い良く部屋に飛び込んでくるイヴとセフィリアを先頭に、その後ろをスヴェンとシャルデンがやってくる。トレインは恐らく気にせず寝ているのだろう。

 

そして光太郎のベッドの上で寝巻きを着たキョーコの姿を見て、イヴとセフィリアは固まる。

 

「光太郎、なんでこの人が光太郎のベッドにいるの?」

 

「光太郎さん、この宿にはイヴもいるのですよ? どのような考えでこのような下賎な行為に及んだのか、しっかりと私が納得いくまで説明して下さいね」

 

「あ、シャルデンさん。言われた通り一緒に行動するようにしましたよー」

 

修羅場である。

イヴとセフィリアに正座させられ弁明もさせてもらえずに叱られている光太郎に、「私が言いたいのはそうではなく」とシャルデンに改めて説明を受けているキョーコ。そんな状況をただ一人冷静に眺めるスヴェンは「アホらし」とため息をついて寝室へ戻っていった。

 

光太郎にとって、この時ばかりはゴルゴムより女性陣の方が恐かったという…。




セフィリアのサタンサーベルからクリードたちを救ったのはまさかのダロムだった!

星の使徒を連れ去ったゴルゴムの狙いは一体何なのか!?

そして、リンスから一枚の写真が送られてきた。

次回 『イヴに似た女性は』
ぶっちぎるぜ!!


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イヴに似た女性は

セフィリアって三十六も技があるのに2つしか披露されてないですよね。今回一つオリジナル技入れましたけど、残り三十三…。

自分も考えてはいるけどなかなかアイデアが出てこなくて、名前とどういう技かっていうのを募集したら考えてもらえそうですかね(笑)


正午。

街外れの草原で光太郎達の試合を観ながら、トレインはミルクを飲んでいた。光太郎が言うにはイヴもセフィリアもすごく強くなっているらしい。光太郎も素のままでは勝つことができないという。今はRXの状態の光太郎に、イヴとセフィリアが攻撃を仕掛けていた。イヴの追尾型の羽根の弾丸(フェザー・ブレッド)を避けながらもセフィリアのサタンサーベルの見えない程の剣速の攻撃を防いでいた。

 

トランス・ゲル化

 

イヴはゲル状に変化し、RXの足元に這った。

 

そこでセフィリアの姿が揺れる。セフィリアがもつ三十六手の技のひとつ、金剛夜叉(こんごうやしゃ)

 

RXの前後に十文字の剣閃が描かれた。足元が不安定になり、RXはそれを防ぐ為にリボルケインを抜かざるをえなかった。剣閃は1秒にも満たない内に打ち払われてしまったが、ついにRXにリボルケインを抜かせることができたのだ。2人にとって、これは大きな進歩と言える。

 

「やりましたね、イヴ!」

 

「うん!」

 

2人は嬉しそうだ。光太郎は変身を解き、「凄いじゃないか」と褒める。イヴはトランス能力のおかげで攻撃や防御のスタイルに幅が広がっている。イヴの体から離れた羽根はナノマシンの残骸なのだが、意識的に標的を追うようにプログラムさせているらしい。体から離れた以降は新たにプログラムすることはできないが、これは今後も応用次第で強力な力となりそうだ。

セフィリアはサタンサーベルをどんどんと使いこなしてきている。サタンサーベルを持ったセフィリアの攻撃はいくらRXと言えど軽視出来るものではない。サタンサーベル自体が桁外れの切れ味を発揮するのだ。セフィリアの攻撃力に関してはRXに近いレベルにまで達していると言える。

 

「うん、これも光太郎のおかげだよ」

 

「そうですね。少しでも光太郎さんの力になれるよう、力をつけていきたいと思います」

 

3人は観戦者のいる日陰に戻り、水分を補給した。

 

「さぁすがコウ様! カッコいいっスね〜♡」

 

キョーコが飛びついてくるも、イヴがトランス・シールドでそれを阻む。しかしキョーコはそれすらも飛び越え、光太郎に水筒を手渡した。

 

「コウ様が強いのは知ってましたけど、カッコ良くて優しくて、どこの王子様だって話っスよ! どこの王子様? それはキョーコの王子様? あ、そうだコウ様プリクラって知ってます? 今度一緒に撮りに行きませんかー? 色んな種類あるので何百回でも撮れちゃいますよ! ちなみに私、ジパング出身なんですけどジパング料理って食べたことあります? コウ様ってジパング風の名前ですけど、もしかして私と出身同じなんですか? やっぱり私とコウ様はお似合いですよねー」

 

「キョ、キョーコちゃん、少し落ち着いて…」

 

「あ、ゴメンナサイ。ゴメンナサイと言えば朝はとても悪いことしちゃったみたいっスね! キョーコ反省しました。反省しましたよー! あ、キョーコポッキー買ってきました。口移しで食べるゲームやりましょう! コウ様、はい、あ〜ん!」

 

キョーコの怒涛な攻めにたじろぐ光太郎。そんな光景を見て、トレインは苦笑した。その横でシャルデンが「キョーコさんも悪い子ではないんデスよ」とフォローした。

 

「ま、誰もがあんなキョーコを見て悪人だとは思わないだろうな」

 

キョーコの相手をしている光太郎には悪いが、何故かホッと胸を撫で下ろしている自分がいた。もし今と違う状態で違う運命を辿っていたら、あの猪突猛進娘の標的がこちらに向いていたのかもしれないのだ。光太郎には悪いが、人身御供として頑張ってもらうとしよう。

 

 

◆◇◇◆

 

 

暗黒結社ゴルゴム。

その組織は人類が生まれるはるか昔から存在していたとされている。

彼らは人類の文明や文化を破壊し、優れた人間のみを怪人に改造し、その組織の戦力としてきた。

 

その思想に、クリードは共感を覚えていた。

この世は腐っている。クロノスの長老会などという爺連中が世界を裏から管理支配し、クロノスが全てを決定付けていく。自らの欲望に堕ちていく人間。強者にプライドもなく媚びへつらう弱者。そしてそんな醜い人間を生み出してしまったこの世界を、クリードは創り直したかったのだ。

 

クリードはエキドナやシキ、ドクターと共にゴルゴムの支配を援護することを三神官に約束した。ゴルゴムの神官や怪人からすれば、クリードと言えども所詮人間である。戦力的に期待はしていない。しかし彼らが身につけている(タオ)の能力はなかなかに利用できそうではあった。

 

ダロムは言う。

 

「貴様たちがこの場にいる事を許可してやろう。この世界を今現在支配しているのがそのクロノスという組織ならば、好きに暴れるがいい。その為の力ならば与えてくれよう!」

 

「ふははは、感謝するよ神官! クロノスを一掃し、ナンバーズも1人残らず幻想虎徹(イマジンブレード)の元に下してみせるよ! そしてトレイン…! まずは君を縛っている呪縛を解いてあげなくちゃね」

 

クリードはそう言って神官たちに背を向け歩き出した。

その場に残った三神官は星の使徒を値踏みしていた。

 

「人間など矮小な存在だ。奴らの力など、児戯にも劣るわ!」

 

「落ち着けバラオム。奴らは勝手にクロノスという存在を潰してくれると言うのだ。手間が省けて助かろう? それに我らゴルゴムの怪人が残した力を僅かであっても継承し、道という力として残してきた努力というものは褒めてやらねばな」

 

「ふふふ、そういうことかダロム。もしあの人間たちがクロノスを壊滅させることができたなら、怪人として我らの同志に加えるのも考えておきましょうか」

 

「そうだビシュム。そしてもしも奴らが敗れても人間同士の争いよ。我らゴルゴムは何の損害も被らん。謂わば、奴らは唯の捨て駒よ」

 

三神官の笑いが静かに響き渡った。

 

 

 

 

だが、クリードも三神官の予想通りに動く男ではない。

 

「ドクター、君の力でゴルゴムの怪人とやらを捕らえ、奴らの力を解明させてくれるかい?」

 

「もちろんだ。今から研究意欲が湧くよ。人とは違う存在の怪人…じっくり調べ尽くしてあげたいものだね」

 

ドクターはゴルゴムから与えられたスペースに能力で部屋を創り出した。

 

「エキドナ、シキ、君たちはドクターを援護してやってくれ。ドクターの能力なら必要ないとは思うが、万が一の為にね。怪人というのは厄介なものらしいからね」

 

「クリード、あんたはどうするんだい?」

 

エキドナの問いに、クリードは目を細めた。

トレインは呪われている。それは魔女を殺しても解けない呪いだった。そして先程も君は低俗な掃除屋として僕の前に現れた。そんなんじゃない。君はもっと冷たく、冷酷で、この世の全てを敵に回しても構わないとあの頃のトレインの眼は語っていたじゃないか! そして今、君を掃除屋として縛っている憎き人物。

 

スヴェン=ボルフィード。

ヤツをトレインの前から消してあげるよ。

そして君は僕に感謝するだろう。呪縛を解き放ってくれて、ありがとう、と。

 

クリードの殺意が、静かに向けられていた。

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

夕刻。

一行はスヴェンたちのアジトに戻って来ていた。スヴェンが夕食を作ろうとしていた時に、電話が鳴った。

 

『あ、私よ私』

 

「生憎だがそんな名前の奴は知らねえ。そんじゃな、リンス」

『ちょっと、ちゃんと分かってるじゃない! 電話切ろうとするんじゃないわよ!』

 

「ボリュームがデケエよ。お前は俺の耳を壊すためにわざわざ電話掛けてきたのか?」

 

『そんな訳ないでしょ。そんなことより、スヴェンって南光太郎と連絡取れる?』

 

「連絡取るもなにも、目の前にいるよ」

 

『何だ、一緒に行動してたの。光太郎に伝えたいことがあるのよ』

 

リンスはそう言って光太郎に電話に出るように促した。スヴェンは携帯を光太郎に渡し、夕食作りに取り掛かる。既に台所にはシャルデンとイヴ、セフィリアがエプロンをして下準備をしていた。

 

『光太郎、久しぶりね。イヴちゃんに手は出してないでしょうね!』

 

「リ、リンスさんお久しぶりです」

 

『…なんでちょっとビビってるのよ。まぁ、いいわ。実はトルネオの研究チームについて調べてたんだけどね、そのメンバーの写真を入手したのよ。そこにFAXあるかしら。その写真送るわ。イヴちゃんには見られないようにね』

 

一体何事かと思ったが、光太郎は言われるままスヴェンにFAX使用の許可をもらい、リンスから送られてきた写真を覗き込んだ。そして知る。リンスが言わんとしていたことを。

 

写真の中に、イヴにそっくりな女性が写っていた。それはまるで、イヴが成長したような姿だった。

 

『その女性の名前はティアーユ=ルナティーク。元トルネオお抱えの研究者だったらしいけど、今は田舎で隠居暮らししてるみたい。写真の下に住所書いておいたけど、どうするかはイヴちゃんの保護者であるあんたに任せるわ』

 

写真の女性はイヴの母親にしては若すぎる。しかしそれでもイヴの関係者であることは間違いなかった。もしも親族であるなら…何故この人はイヴを残して去ってしまったのか。家族であるなら、愛情があるなら一緒にいるべきなのだ。

 

この女性の真意が知りたかった。

 

「俺、この人に会いに行こうと思います」

 

『そう、わかった。それじゃ私も行くわ。向こうで会いましょう』

 

「…はい」

 

電話を切り、写真をポケットの中に隠す。

そしてエプロン姿のスヴェンに携帯を返した。

 

「リンス、何だって? また面倒な依頼じゃないだろうな?」

 

「いや、そんなんじゃないよ」

 

光太郎は苦笑して否定する。そこにエプロン姿のイヴがお皿にハンバーグを乗せてちょこちょこと歩いてきた。

 

「光太郎、私、スヴェンに教えてもらってハンバーグ作ったの。上手に出来たよ」

 

「おお、凄いじゃないか。スヴェンって料理できたんだな」

 

「…むぅ」

 

頬を膨らませるイヴ。それを見てスヴェンは光太郎に「俺じゃなくてイヴを褒めてやれ」と耳打ちした。

 

「イ、イヴ!」

 

「ん…?」

 

「こんなに美味しそうなハンバーグを作れるなんて凄いじゃないか! 俺はこんな食欲をそそるハンバーグは今まで見たことないぞ? イヴは料理の腕も最高なんだな! 将来の旦那さんはすごい幸せ者だと思うぞ!」

 

光太郎は焦って思い浮かぶ言葉でイヴを褒めた。

「やり過ぎだ」と頭を抱えるスヴェンをよそに、喜ぶイヴ。そしてその言葉を聞いた一同が自慢の料理コンテストを行う事になり、テーブルには多くのメニューが並ぶ事になった。そして『第一回料理自慢お嫁さんにしたいコンテスト』の結果、シャルデンが優勝を飾った。

再び料理の腕を上げて第二回のコンテストに燃える面々だったが、この日の食費は通常の4倍に膨れ上がり、スヴェンから開催中止を余儀なくされてしまった。

 

 

 

 

 

「なんだ、どっか行くのか?」

 

バイクを出してきた光太郎にトレインがそう聞いてきた。その声を聞きつけ、イヴ、セフィリア、キョーコがやってきた。その3人がやってきたのを見て、トレインは「いつも聞き耳たててそうでこええよ」と身震いする。

 

「ああ、ちょっと頼まれたことあってさ。少しだけ行ってくるよ」

 

「光太郎、私も行く」

 

「コウ様、私も行きますよー。シャルデンさんの言う通りいつも傍に!」

 

「キョーコさんが行くのなら監視役の私もご一緒しないといけませんね」

 

3人はそう言うが、光太郎は困った表情を浮かべてしまう。ティアーユの真意を問いただしに行くのだ。それが最悪なものだった場合、できればイヴにはこのまま何も知らせずにいたい。

 

「みんなには悪いけど、今日だけはひとりで行きたいんだ。頼むよ」

 

光太郎は3人にそう告げる。

 

「危険は無いのですか?」

 

「ああ」

 

「分かりました。キョーコさん、私が行けないのであなたもダメです。監視下外に行かれては困りますからね」

 

「えっ、ちょっとそれは横暴っスよー!」

 

一番最年長のセフィリアが光太郎の気持ちを汲んでくれた。そして未だ未練の残っているキョーコを引きずって家の中に入っていく。

 

イヴは動こうとしなかった。これからどうなるのだろうとトレインは場を見守っている。そしてイヴが口を開く。

 

「私がいると…邪魔……?」

 

「違うんだ、そうじゃない。俺はイヴをそんな風に思ったことなんてない。いつだって大切に思っているよ。それに約束したろ? 俺はイヴを置いてどこかに消えたりしない。イヴの元に、ちゃんと帰ってくるよ!」

 

過去にした約束を思い出すように、光太郎は小指を差し出した。イヴも自分の小指を見つめる。そしてコクリと頷く。

 

「分かったよ、光太郎。私…光太郎の帰ってくる場所をちゃんと守っておくよ」

 

「ああ、頼もしいな」

 

そう光太郎は笑う。

 

イヴは光太郎に背を向けて家の中に向かう。

 

「私…何となくだけど、光太郎は女の人に会いに行くんじゃないかって思ったの」

 

「………」

 

「これも何となくだけど、金髪のお姉さんで、おっとりとしたタイプの美人な女の人に会いに行くような気がした…」

 

「………」

 

冷や汗を流す光太郎。

ギギギギと硬直しながらバイクに跨る。

 

「それじゃ、行ってくる!」

 

光太郎はエンジンを吹かして逃げるように走って行ってしまった。

 

その場にイヴと共に残されたトレイン。イヴは未だに家の中に戻ろうとしない。心中は何を考えてるのか、それを探るのも怖い。

 

「な、なぁ姫っち。さっきやけに具体的だったけど、女の勘ってやつか?」

 

トレインにそう聞かれ、イヴは懐から写真を取り出した。それはリンスが光太郎に送ったあの写真である。

 

「光太郎のズボンのポケットに入ってた。昨日リンスからわざわざ連絡があって、FAXも使ってた。何かあったんじゃないかと思って探してみたの。多分、光太郎はこの人に会いに行ったんだと思う。私にそっくりなこの女の人のところに」

 

「姫っち、マジこわいぜ…」

 

イヴはくるりと身を翻し、光太郎が走り去っていった方向を見つめた。トレインは嫌な予感がしている。

 

「あの…姫っち? 光太郎とも約束したし、中で俺と一緒に大人しくしてようぜ?」

 

「トレイン、よく思い出して。光太郎は私の元に帰るって言った。別にそれはこの家じゃないよね? それに私、追いかけないとは一言も言ってないよ」

 

イヴはそう言って背中を光らせた。

 

トランス・天使(エンジェル)

 

イヴの背中に天使の羽が生える。

そして勢いよく飛翔していってしまった。

 

 

 

暫く青空を見上げていたトレインだったが、今更どうしようもないと開き直ってスヴェンたちを説明する。すると「なぜ止めなかったのですか、ハートネット」と久方ぶりにセフィリアのプレッシャーをぶつけられたのだった…。




ティアーユの元に向かう光太郎。

そして知る。ティアーユとイヴの関係を。

そんな時、スヴェンから連絡が入った!

次回 『私が生まれた意味』
ぶっちぎるぜ!!


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私が生まれた意味

小説投稿していると色々あるけれど、少しでもこの作品を読んでくれる人がいるなら更新頑張っちゃいます! 他の人の小説読んで語彙を増やしていこうかな。

他の人のRXの小説も読みたいけどなかなか無いの…。
面白そうなのは更新が止まってたり…。


原作ではここにリンスはいなかった?

ヘドロネタのためです(笑)



イヴ絵描きました

【挿絵表示】




暗黒結社ゴルゴム。

怪人とごく僅かな人間で構成されている組織である。人間も含まれるといってもその人間とは科学者や医学者が数人いるだけである。いくら怪人が人間とは比べ物にならない数万年の時を生き、優れた力を発揮しようとも人材不足である感は否めなかった。

 

その怪人も中には科学者と一緒にマグロの密漁をするなど、自分の斜め上か下かも分からない作戦をとっている者もいた。

 

ドクターは今、自身の能力で作った手術室の中に怪人を引き込む事に成功した。人型の大きなワシの姿をした怪人だ。ドクターの(タオ)能力はWARP WORLD(歪世界)。気の力で作り出した手術室に入った者を、空想の世界に落とす事ができる。そこではドクターが創造主でどんな事も思い通りになる世界。そして入った者の記憶の中にある人物も呼び出す事ができる。

 

オオワシ怪人の前には憎き男が立っていた。ドクターは知る由もないが、男の名は仮面ライダーBLACK。RXへとパワーアップする前の以前の姿だ。オオワシ怪人にとっては一度敗れた相手である。オオワシ怪人は突然のBLACK出現に驚き戸惑うも、すぐに攻撃に転じた。しかしここはドクターの世界である。オオワシ怪人の攻撃は無力化され、目の前のBLACKのライダーパンチを受けて大きなダメージを受けて倒れた。

 

 

「さぁ、解剖を始めようか」

 

ドクターの笑みが零れた。

 

◆◇◇◆

 

 

空気の澄んだ田舎町。

そこにバイクに乗った光太郎は到着した。そこにはリンスが既に先に到着していた。

 

「久しぶりね、光太郎。それで、イヴちゃんにはバレずに来れたでしょうね?」

 

「え、あ、ああ! 勿論さ!」

 

「…心なしか目が泳いでいるように見えるんだけど?」

 

「………」

 

「まぁ、いいわ。ティアーユ博士はこの田舎の中でも町外れに住んでいるそうよ。そこまで私も乗せて行ってもらうわよ」

 

リンスが無理矢理そう決定付けた為、光太郎は予備のヘルメットを渡して再びバイクを走らせた。暫く走ると湖が見え、その畔にあった建物が視界に入った。あそこにティアーユ=ルナティークがいるのだろう。光太郎は玄関前にバイクを停め、チャイムを鳴らした。しかし、誰かが出てくる気配はない。リンスの顔を見やると「この家に間違いないはずよ」と焦っている。

 

リンスはそう言ってドアノブを回すと、鍵は掛かっておらず、戸は簡単に開け放たれた。そして2人は直後に異臭を感じ取る。

 

「臭っ! 何の臭いよコレ!」

 

リンスは思わず鼻を摘む。ティアーユは科学者だ。何かの実験をしているのかもしれない。だがそれでもこの臭いは異常だ。光太郎が意を決して中の様子を探ろうとすると、中から女性が現れた。エプロン姿で片手にはフライパンを持っている。そのフライパンの上には実験材料か分からないが黒いヘドロのような物が熱を発していた。フライパンを実験に使用するというのは斬新ではある。

 

だがそれ以上に光太郎を驚かせたのは彼女の顔だ。大人の姿で眼鏡を掛けてはいるが、やはりイヴに瓜二つであったのだ。

 

「実験中に訪問してしまってすいません。実は俺たち、あなたに聞きたい事が…」

 

「…実験? 私は今料理をしていたところなんですけど…」

 

ティアーユはそう言う。信じられないことだがあのフライパンの上にはある黒いヘドロは彼女曰くスクランブルエッグらしい。焦げついたというレベルではないその変異した物体に思わず光太郎も思考が混乱する。そんな光太郎の思考をリンスが代弁してくれた。

 

「はぁ? それって食べ物なの?」

 

「ええ、なんならご一緒に食べて行かれますか?」

 

そしてティアーユがこちらに一歩足を踏み出した瞬間、平坦な床であったにも関わらず躓いた。その勢いで黒いヘドロが飛んでくるも、光太郎は間一髪でそれを避け、倒れようとしていたティアーユを抱き止めた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え、ええ、ごめんなさい。私、よく転ぶんですよ」

 

こうして間近で見ると、本当にイヴが傍にいるような不思議な感じがする。親族といってもここまで似るものだろうか。だがティアーユの視線が光太郎ではなく別の人物に向けられていた事に気付き、光太郎はその人物に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

リンスの顔に、黒いヘドロがへばりついていた。

 

 

 

 

 

 

「キィィヤァァァァァァァァ!!」

 

 

田舎町にリンスの絶叫が木霊した。

 

 

 

 

 

食器などの場所をティアーユから聞き、光太郎は3人分のコーヒーを淹れた。光太郎、ティアーユ、ミイラ女もとい、ティアーユによって顔に包帯を巻かれたリンスはテーブルを囲んでいた。

 

「私の美しい顔が…」

 

「ごめんなさいごめんなさい…」

 

平謝りするティアーユ。外見はイヴがそのまま成長した姿に見えるが、こうして見るとイヴに比べて少しドジっぽいところがあるのかもしれない。

 

リンスには申し訳ないが、ヘドロ事件は置いて光太郎は自分たちが訪問した理由を告げた。

 

「ティアーユ博士、俺は南光太郎と言います。実はあなたがトルネオ・ルドマンの元お抱え科学者であった事を知り、聞きたいことがあってやってきました」

 

その瞬間、ティアーユの目に後悔の色が浮かんで見えた。光太郎は続ける。

 

「トルネオは警察に逮捕されました。それはいい。俺があなたに聞きたいのは、イヴの事です」

 

「…! イヴは…イヴのことを知っているのですか? あの子は今どこに…?」

 

その瞬間、ティアーユは弾けたように立ち上がった。

 

「イヴは今、俺の仲間たちと一緒にいます。イヴと貴女を合わせるかどうかは、まだ決めかねています。俺は貴女の顔を見て驚きました。イヴと本当にそっくりでしたからね。それで貴女がイヴとの関係者であると思い、なぜイヴの元を去ったのかを聞きに来たのです」

 

光太郎の言葉を真摯に受け止め、ティアーユは再び腰を下ろした。しかし表情には安堵のようなものが見える。ティアーユは「よかった」と呟いた。

 

「トルネオ…彼が警察に捕らえられたことは知っています。でもニュースではイヴのことは何も伝えてくれなかった。でもイヴは生きているんですね?」

 

「ええ。俺が保護者として預からせてもらっています」

 

イヴとしては掃除屋としての相棒のつもりでいるのだが、光太郎にとってはまだまだそういう対象と見られていた。イヴはまだ少女。それも仕方のないことであった。

 

「…それを聞いて安心しました。光太郎さん、あなたは先ほど私をイヴの関係者と言われました。確かにイヴは私にとって科学者としての関係だけではありません」

 

「やはりあなたはイヴの…お姉さん?」

 

イヴの母親にしてはティアーユは少し若すぎるように見える。少し歳の離れた姉が妥当か、と光太郎は予想していた。しかしティアーユは首を振る。

 

「科学者としてイヴを作り出したという意味では母親にあたるかもしれませんが…私とイヴは血縁上の親子でも姉妹でもありません」

 

「え…それじゃイヴとは本当に似ているだけなんですか?」

 

「…似ていて当然です。あの子は私そのもの。私のクローンですから」

 

クローンとは即ちコピーである。イヴの場合は生体クローンに分類され、ティアーユの未受精卵を使用した核移植でのクローニングによって生み出された。その手法で生み出されたイヴの遺伝情報は元であるティアーユと全く同質の物となる。2人が似ているのも当然と言えた。しかしイヴの場合はトルネオの指針により、ナノマシンを利用した兵器へと生み出されてしまったが…。

 

「私は…研究者としてイヴを生み出してしまいました。しかしすぐに後悔しました。これは命を弄ぶ行為だったのだと…。私は自分が犯してしまった行為が怖くなり、トルネオの元を去りました。一科学者がイヴを連れて逃げることなどできず、ただ1人で…。それでもイヴの事を忘れたことは1日だってありません」

 

ティアーユは俯き、両手で顔を覆ってそう言った。最後の方は声が震えていた。この人は、自分が犯してしまった過ちを毎日贖罪の思いで過ごしてきたのだろうと光太郎は思った。

 

だが、イヴにとってのこの人はどのように映るのだろうか。自分を作り出した人。自分の元となった人。イヴは最も近しいこの人を前にした時、何を感じるのか。

 

光太郎がそう考えていると、チャイムが鳴った。

 

「お客さんですか?」

 

「いえ、普段はこんな町外れにやってくる人はいません。町の人も私とは距離を置いていますから…。1日に2組の方がみえるなんて、珍しいこともあるんですね」

 

ティアーユはそう言って来訪者の対応をしようと立ち上がる。

 

「あ…」

 

そして躓く。まるでテンプレであるかのように。

 

ティアーユはよろめいて光太郎に覆いかぶさった。その勢いでコーヒーカップが落下して砕け散る。ガチャンと大きな音を響かせ、リンスは思わず目を瞑った。そしてゆっくりと目の前の現状を視界に入れた。

 

「いたた…ごめんなさい、光太郎さん…」

 

謝るティアーユ。だが当の被害者はティアーユの胸の中にいた。倒れこんできたティアーユを受け止めようと手を差し出そうとしたが、それより前に胸を押し付けられ、光太郎は硬直してしまっていたのだ。

 

そしてそれをジト目で見つめるイヴの姿があった。

 

「イヴちゃん!?」

 

一番早くリンスが気付く。

その声に反応してティアーユがそのままの状態で振り向き「イヴ…?」と驚きの表情を見せた。光太郎はまだ硬直している。

 

 

「…光太郎?」

 

ジト目のままイヴは光太郎に近付く。ティアーユはそこでようやく今の自分の体勢に気付き、光太郎から離れた。再起動を果たした光太郎が見たものは、自分の正面に立つイヴの姿だった。

 

「あれ…ティアーユさん、縮みました?」

 

「私ならこちらですよ?」

 

光太郎の視界の外にいたティアーユがそう言う。そちらを振り向くと確かに自分の記憶にある大人のティアーユがそちらにいた。そしてもう一度イヴを見る。そしてまたティアーユを見て、再度イヴを見ることを繰り返した光太郎はそこでようやく状況の把握をした。

 

「イヴ…? なんでここに!?」

 

「…光太郎、この人と何してたの?」

 

「え? いや、少し話をしてただけさ」

 

「私にはそうは見えなかったよ? あれが光太郎の言う『お話し』なの?」

 

「あ、いや、さっきのは事故だよ! ティアーユさんが倒れ込んできて、それでああいうことに…」

 

光太郎は必死で弁明する。事実なのだが、こういう時のイヴは厄介であると今までの経験から光太郎は察している。光太郎にそう説明されたイヴは隣に立つティアーユを見る。

 

「あなたは…光太郎のなに?」

 

自分そっくりのティアーユを見て、「私のなに?」ではなく「光太郎のなに?」という疑問をぶつけてきた。本来なら前者の疑問が先に浮かぶであろう。そんなイヴを見て、リンスは苦笑した。

 

 

「まるで浮気現場を突き止めた恋人みたいよ、イヴちゃん…」

 

 

と、リンスはぼそりと呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

イヴへ状況の説明を終え、光太郎はやや憔悴していた。

 

「私が…あなたのクローン?」

 

ティアーユはイヴに包み隠さず全てを語った。光太郎も、こうなってしまっては隠し事はできないであろうと理解していた為、その話をティアーユに促したのだ。ティアーユはイヴに申し訳なさそうに伝える。

 

イヴには幼い頃の記憶はなかった。記憶の最初にあるのは、顔が朧げな科学者に囲まれている自分。そしてトルネオに連れられ、命を奪う為の教育をされた事だった。その当時、自分は無感情で何を思う事もなかったので気にも留めていなかったが、その時の科学者の中にティアーユらしき人物がいたような気もする。

 

「私たち科学者が生み出してしまったあなたには…両親もいなければ家族もいない。私たちの夢であったナノマシンも、トルネオにとっては兵器としてしか映らなかったのでしょうね。あなたにはとても寂しい思いをさせてしまったと思います。私はずっとあなたに謝りたかった。イヴ、本当に…ごめんなさい」

 

そう言って頭を下げるティアーユに、イヴは「頭を上げてください」と言って続けた。

 

「私も…あなたに言いたい事がありました」

 

ティアーユは覚悟を決める。「自分は科学者の知的欲求の為に生み出されたのか」「なぜ自分を残して去ったのか」そんなイヴの言葉を予想して、手に力が入った。

 

「私を生んでくれて…ありがとう」

 

予想に反した言葉をイヴが告げ、ティアーユは思わずイヴの顔を見る。イヴは微笑んでいた。

 

「私が作られた目的は科学の向上のためかもしれません。育てられた目的は生体兵器のためかもしれません。それでもあなたが私を生んでくれたから、私は光太郎に会う事ができました。そして今ではいろんな場所に行って、いろんなものを見て、いろんなものを食べて…。私は今、幸せだと思います」

 

その言葉にティアーユは目を細め、光太郎は微笑ましい表情を浮かべる。

 

「私には光太郎がいる。セフィリアさんやトレインやスヴェン。キョーコさんにシャルデンさん。私には今これだけの仲間がいます。だから寂しくなんてありません。それに私は…あなたとも仲良くなりたいとも思っています」

 

「イヴ…ありがとう」

 

ティアーユはイヴの手を取り、そう微笑んだ。その目には涙で滲んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 

不意に、リンスの携帯が鳴る。

 

リンスが電話に出ると、電話の相手はスヴェンのようだった。

そしてリンスは叫ぶ。

 

「はぁ? トレインが子どもになった!?」




スヴェンを庇い、クリードから特殊なナノマシンが混入された弾丸を受けたトレイン。それはかつて、ある掃除屋を人狼に創り変えた弾丸だった!

しかしトレインの変化は人狼に変わるのではなく、体が縮んでしまう事だった。

スヴェンたちはトレインを連れて、光太郎たちがいるティアーユの元へ向かう。

次回 『コピー猿エーテス』
ぶっちぎるぜ!!


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コピー猿エーテス

いつも感想有難うございます!
おかげで更新がんばれてます♪


話を聞くと、スヴェンが買い出しに出たところ(昨夜で食材を使い切ってしまったらしい)、クリードが人目も気にすることなく銃口を向けて発砲したという。剣士であるクリードが発砲と聞いて、違和感を覚えた。だがそれも続くスヴェンの説明で理解した。クリードが撃った弾は、星の使徒の古城に現れた人狼に変化させたナノマシンが混入された弾だという。それをスヴェンが受ける直前にトレインが庇った。弾丸そのものは極小で、小さな痛みしか感じなかったらしいが、その弾丸を受けた事が問題だった。流石のクリードも、執着していたトレインが人狼のような化け物に変わるのは耐えられないと、すぐに姿を消してしまったらしい。

 

そしてアジトで様子を見ていたところ、急に体が縮んでしまったという。人狼の時と同じナノマシンであれば、バイオライダーでナノマシンを破壊し、治すことは可能だ。当のトレインは「別にこのままでもいいんじゃね」と言うが、とりあえずはこちらに向かうことになったようだ。

 

「ティアーユさん、すみません。これから大勢押しかけてしまうことになりそうです」

 

「いえ、それは別に構いませんが…」

 

急に仲間がやってくることになり、家主であるティアーユに詫びる光太郎。しかしティアーユはそれを了承したにも関わらず、何か考え事をしていた。そして意を決したのか顔を上げた。

 

「光太郎さんは今、星の使徒と言われましたよね?」

 

「ええ」

 

「私は星の使徒に勧誘を受けています」

 

ティアーユは衝撃的な発言をした。光太郎もイヴもリンスも驚いている。しかしリンスの調べた情報が確かなら、ティアーユはナノマシンの権威。星の使徒がナノマシンを扱っているのなら、それに関するスペシャリストを加えようとするのは当然の流れではあった。

 

「でも…ティアーユは星の使徒じゃないんだよね?」

 

「その通りですよ、イヴ。私は命を弄ぶ行為に二度と手は貸さないと誓いました。その方たちにはお引き取り願いましたよ」

 

「でも、彼らがそう簡単に引き下がるとは思えない」

 

光太郎はクリードのトレインに対する執念深さを思い出す。それは決して諦めず、どんなことをしても手に入れるという呪いにも似た狂気に取り憑かれている。光太郎が心配事を口にすると、ティアーユは思い出したように平然と語る。

 

「あ…そういえばまた日を改めて来られるそうです。回答は明日と言っていました。『命が惜しければよく考えろ』と言われましたけど、殺されちゃうんでしょうか?」

 

自らの命の危機だというのに、首を傾げてクエスチョンマークを浮かべるティアーユに光太郎は頭を掻いた。だがティアーユの話が真実であれば、その場で星の使徒を抑えることができるかもしれない。全員で向かってくるとは思えないが、今は少しでも戦力を削いでいかなくてはならない。

 

「俺が、あなたを守ります。いや、俺だけじゃない。イヴや他の仲間たちも、あなたを絶対死なせやしませんよ」

 

「え…イヴ、あなたも戦うの?」

 

「大丈夫だよ、ティアーユ。私、これでも強くなったんだよ?」

 

「イヴ…」

 

「ティアーユさん、イヴを信頼してやって下さい。イヴは本当に強くなっています。それに俺の仲間たちも頼りになりますからね」

 

光太郎はそう笑う。

そう言ってもらえて、イヴは内心どころか嬉しさが顔に出てしまっている。自分は光太郎に信頼されている。そう思うだけでもっと強くなれる気がした。

 

「まずは俺の仲間のトレインに撃ち込まれたナノマシンを破壊して、元の姿に戻さないといけません。これはなんとかできるので、星の使徒のことを考えましょう」

 

「え、あの…ナノマシンを破壊するって、どのようにですか?」

 

ティアーユの疑問も尤もだ。ナノマシンとは100nmサイズの機械である。それは細胞や細菌よりも小さく、簡単に破壊できるものではない。理論的には可能ではあるが、宿主の体にも大きなダメージを与えることになってしまう。そんなティアーユの疑問に、光太郎はどう答えるべきか悩んでしまった。だが隣に座るイヴが「ティアーユなら大丈夫。光太郎を怖がることはしないよ」と袖を引っ張って言った。光太郎は苦笑し、ティアーユに全てを話すことを決め、その場でバイオライダーに変身した。

 

「これが、バイオライダーです」

 

もちろん、いきなり姿の変わった光太郎にティアーユは驚く。しかし怖がって距離を置くようなことはせず、立ち上がってバイオライダーに近寄り、体をペタペタと触りだした。

 

「これは…ナノマシンによるトランスですか?」

 

「いえ、キングストーンの力です」

 

「キングストーン?」

 

バイオライダーは自分の過去を語る。ゴルゴムにキングストーンを埋め込まれ、同じキングストーンを埋め込まれた親友と戦わされたこと。多くの怪人を倒してきたこと。そして怪魔界からやってきた組織とも戦ったことを…。バイオライダーが語った話はティアーユにとっては現実感が全く感じられないものである。しかし、不思議と信じられた。それは光太郎という男の人間性によるものか。

 

「それで…ナノマシンはどうやって破壊を?」

 

ティアーユは先の疑問を投げかける。バイオライダーは頷き、体をゲル化させた。ティアーユはこれにも驚き、ゲル化したバイオライダーをペタペタ触る。それはまるでオモチャを与えられた子どものようであった。ゲル化を解くバイオライダー。

 

「先ほどの状態で対象に取り付き、細胞融合をさせて同化します。そうすれば体の中のナノマシンも感じ取ることができました。あとはこの力でナノマシンを除去できます。自分の体を小さくしてナノマシンを破壊する方法もありますが…」

 

「細胞融合…体の縮小…他には? 他には何ができるんですか?」

 

「えっと…毒などの抗体をこの体で作り出すとか…かな?」

 

そこでバイオライダーは気付く。目の前の女性の眼がキラキラ輝いていることに。それもそのはず、ティアーユはバイオ科学の権威でもある。そんなバイオそのものと言えるバイオライダーが目の前にいるのだ。ティアーユはバイオライダーの手を握った。

 

「光太郎さん、こちらに来てください。縮小ってどれくらいのサイズになれるんですか?」

 

ティアーユはバイオライダーを立たせ、別の部屋に連れ込む。イヴとリンスも急変したティアーユに戸惑いながらも後を追う。その部屋は小さいながらも研究室であった。これにはバイオライダーもビックリである。バイオライダーは科学者なら誰でも口から手が出るほど欲しい逸材だ。

 

逃げ出したくなったバイオライダーだったが、ティアーユ曰く能力の正確な把握をしたいとのことだった。実験される訳ではないので、と、ティアーユの気迫に負けてそれに付き合うことになった。

 

 

検査の結果、ナノマシンは0.000 000 001メートルであるのに対し、バイオライダーの縮小限界は0.000000000000000000000001メートルとなった。単位の値はヨクトメートル。これも以前に比べて縮小限界が伸びてきている。このままいけばそのうちに10のマイナス35乗という宇宙最小単位とされている値までいくのかもしれない。細胞融合に関しても対象者には副作用もなく、バイオライダーの力であれば毒などの症状も抗体を作れて治療も可能。そしてこの世界には抗体がない為に、正常な働きをしていない為に難病にかかり命を落とす人々がいる。そんな難病を抱えている人たちに、バイオライダーの力は光となるものだった。誇張し過ぎかもしれないが、バイオライダーは全ての病気の治療法となる可能性を秘めていた。検査でそれが判明し、バイオライダーは光太郎の姿に戻る。そんな光太郎にティアーユが手を取った。

 

「光太郎さん、私はあなたが欲しいです」

 

その言葉を聞いてイヴが間に割って入り、必死になって拒否していたのはもはやテンプレであった。

 

 

 

その頃スヴェンの車の中。

 

「ハッ、光太郎さんの身に危険が迫ってきている気がします!」

 

「キョーコも感じました! ドロボウ猫の予感です!」

 

セフィリアとキョーコが更にスピードを上げるようにスヴェンに言いつけていた。

 

 

◆◇◇◆

 

 

その日の夜には全員が揃った。

こちらにやってきた後半組はイヴとティアーユの顔を見てあまりにそっくりで驚いていたが、前半組からすれば子ども姿のトレインに驚かされた。すぐにも元の姿に戻そうとしたが、トレイン曰くもう少し子ども姿で楽しみたいと言う。「電車も映画も子供料金でいけるぜ」と喜んでいる始末だ。そんなトレインに、相棒のスヴェンもため息を零す。まぁ、滅多になれる経験ではない。暫く楽しみたいという気持ちは分からないでもない。しかし翌日には星の使徒がティアーユを狙ってやってくるのだ。しかも時間を指定していない。日付が変わった瞬間に攻めてくることもあり得る。トレインが今の状況を楽しむのは少し後になりそうだ。

 

大勢の客を持て成そうとティアーユが台所に立とうとしたが、それはリンスによって阻止された。ティアーユ曰く「結構美味しい」らしいのだが、あの黒いヘドロのようなものを食す勇気は流石の光太郎もない。この日の夕食は光太郎がシャルデンに頼み、作ってもらうことになった。

 

深夜、星の使徒の襲撃に備えて光太郎は建物の外で警戒をしていた。建物の屋上にはセフィリア。ティアーユの傍はスヴェンに任せてある。襲撃してくる時間が分からない為、流石に丸一日寝ずに備えるわけにもいかない。睡眠不足は戦闘にも支障を来す。光太郎やセフィリア、トレインたちはその程度ならば問題にもしないが、他の者はそうはいかない。その為、交代で見張ることなった。イヴ、キョーコ、シャルデン、リンスには先に休んでもらっている。トレインだけは湖近くで何やら瞑想をしていた。ティアーユによるとトレインに撃ち込まれた弾丸は、勧誘の指標として渡された星の使徒からの資料に記されていたらしく、イヴと同じく自らの意思で操作可能なものだと言う。操作のコツをイヴに聞いた後、1人でそちらに向かったのだ。

イヴは生まれついてナノマシンを有していた。ナノマシンを使用したトランスの操作、それは呼吸をするのと同じくらいに容易であったろう。他人に「どうやって呼吸をするか」を尋ねられ説明するようなものだ。トレインにとってのナノマシンの操作は時間がかかりそうだ。

 

 

光太郎は腕時計を見る。

 

深夜0時になった。星の使徒が言っていた回答の日になった。突如建物内の気配が増えた。瞬間響く銃声。光太郎とセフィリアはそれに気付き、すぐに駆け込んだ。

 

「ティアーユさん!」

 

光太郎が駆け込むと、そこには妙な仮面とアーマーを着込んだ集団がティアーユとスヴェンを囲んでいた。光太郎とセフィリアもすぐにそちらに合流する。

 

「スヴェン、大丈夫か?」

 

「…今のところはな。だが気をつけろ。奴らの体は銃も効かない。何か特殊なアーマーを着込んでやがる」

 

そういうスヴェンの手には拳銃が握られていた。先ほどの銃声はスヴェンのものだったようだ。

 

 

「そいつらが着込んでるのはタクティカル・アーマーだよ。下手な攻撃なら簡単に跳ね返す代物さ」

 

仮面の集団の後ろからGATEが開かれる。この能力を使う星の使徒は1人しかいない。現れたのは光太郎の予想通り、エキドナであった。

 

「そいつらは皆、クリードを崇拝している流星隊。クリードの為なら命を捨てることも厭わない連中だよ」

 

エキドナが現れた瞬間、頭上から雨が降る。

 

血の雨(ブラッディレイン)

 

だがその雨も、アーマーを着込んだ兵隊がエキドナの盾になった事で防がれた。

 

二階からシャルデン、キョーコ、イヴ、リンスが飛び込んできた。

 

「お久しぶりデス、エキドナさん」

 

シャルデンは開口一番にかつての仲間に挨拶をする。しかし2人は既に相容れないことはシャルデン自身理解していた。

 

「シャルデンにキョーコか。あんたたち、星の使徒を抜けただけじゃ飽き足らず、クリードの敵に回るつもりかい?」

 

「私はクリードの敵に回ったつもりはありません。クロノスは今でも私の敵デス。しかしゴルゴムという組織の狙いはクロノスよりも凄惨なものデス。人類を抹消しかねません。そのような行為、見過ごす訳にはいかないのデスよ」

 

「キョーコはよく分かんないんですけど、光様のお手伝いするって決めちゃいましたから! クリードさんとは戦いたくないけど、ゴルゴムは燃やしちゃうことに決めました!」

 

「そうかい、残念だよ。だがまずはティアーユ博士。先日の答えを教えてもらおうか。星の使徒に入り、完璧なナノマシンを完成させる気はないかい?」

 

エキドナの問いにティアーユは首を振る。

 

「…その話は先日も申し上げたようにお受けするつもりはありません。あなた方は人の命を弄ぶ存在です。そのような方に、私は二度と手を貸さないと決めているのです」

 

ティアーユは気丈な態度でキッパリと断った。そしてそれはこの場での闘いの合図を意味する。エキドナは苦笑し、背後にいた仲間を呼び寄せた。

 

「やりな、エーテス」

 

エキドナの背後から現れた子ども位の大きさの星の使徒。フードが外れ見えた顔は人間のものでなかった。エーテスと呼ばれ、前線に出てきたものは猿だった。シャルデンやキョーコも知らないメンバーらしい。よってその能力は不明。エーテスはニヤリと笑うと体からオーラを発し、それをティアーユ目掛けてぶつけようとしてきた。だがそれを簡単にさせる光太郎ではない。光太郎はティアーユを庇うようにそのオーラを受けた。

 

そしてオーラが消える。光太郎は自身の体に何の変化もダメージもないことが気掛かりだった。今のは一体何のつもりだったのか。そんな光太郎の疑問に答えるように、エキドナは語る。

 

「教えてやろうか。エーテスの能力はCOPY。相手をまるまるコピーする事ができるんだよ。相手の姿、頭脳、力もね!」

 

エキドナがそう伝えた時にはエーテスの姿は変異していた。

目の前には布一枚の裸の光太郎が立っていたのだ。




光太郎の前に現れた光太郎!

エーテスの恐るべき能力に皆は驚くが、そんな能力に怖気付く光太郎ではない。

そして襲い来る流星隊。

次回 『流星隊フルボッコ』
ぶっちぎるぜ!!


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流星隊フルボッコ

やべえ、ありゃチートだった。




「こいつはすげえ」

 

布一枚でほぼ裸姿のエーテスは手足の感触を確かめる。布の切れ目から生脚が見え隠れする度に、女性陣は目を逸らし、男性陣は思わず光太郎を睨む。決して光太郎が悪い訳ではないのだが…。光太郎の姿をしたエーテスは思い切り床を殴ると大きな音と共に床は軽く陥没した。

 

「今ならプロレスラーでも簡単に殺せそうだぜ!」

 

星の使徒にとって当初の目的はティアーユの知識であったが、南光太郎の力を手に入れる事ができるとは嬉しい誤算だった。南光太郎の力が相手に渡った。それは同時に光太郎以外のメンバーの絶望をも意味する。味方であればこれ以上ない力であるが、敵に回った場合は対抗策が全くない。だが光太郎はそんな事で絶望をしない。今までにもこれ以上の試練を乗り越えて来たのだ。

 

光太郎は天に手を掲げる。

 

「俺は絶対に負けん…変…身…!!」

 

光太郎の体が輝く。そしてRXがポージングをする。

 

「俺は太陽の子、仮面ライダーBLACK! アール、エックス!! 星の使徒よ! 貴様らがどんな手を使おうと、俺がその野望を打ち砕く!」

 

「言ってな! 貴様自身の力、たっぷり味わいな!」

 

エーテスも光太郎と同じように天に手を掲げる。

 

「変…身…!」

 

 

 

 

 

 

 

しかしエーテスの姿には何の変化もなかった。

流石の(タオ)の能力でも、光太郎の姿や頭脳はコピーできてもキングストーンを生み出すことは不可能であった。だが星の使徒側はキングストーンという存在すら知らない。光太郎と全く同じ条件になったと息巻いていたエーテスだが、この状況に急に弱腰になっていた。

 

「な、何故だ! くっ、お前たち、やってしまえ!」

 

RXの前に流星隊が立ちはだかる。

 

「我々のアーマーは強化アーマーだ。貴様らのどんな攻撃でもビクともしなー「RXパンチ!」」

 

 

バキッ

 

 

 

先頭で余裕ぶっていた男はアーマーを粉々にされ、建物の壁を突き破って飛んでいった。他の流星隊も思わず絶句する。

 

「どうやら自慢のアーマーも大した事ないようですね」

 

セフィリアがサタンサーベルを振るう。自慢であったはずのアーマーはまるで豆腐のように切断されていく。その戦闘を見て、イヴは自らの髪を刀のように尖らせた。より細く、より鋭く意識して。

 

「ナノブレード…」

 

分子レベルで鋭利にされたその刃は、如何に強固なアーマーといえども耐える事ができない。サタンサーベルには劣るも、アーマーを切り裂いていった。

 

スヴェン銃で、シャルデンは血でアーマーの関節部を狙った攻撃を行っている。

 

 

 

 

 

 

そして流星隊の半数がRXによって流星にされた頃、エキドナはエーテスを連れてGATEを開いた。

 

「くっ、この化け物どもが。だが覚えてなっ! クリードは更なる力を得てあんたたちを殺すよ! 今のうちに勝利の余韻を楽しんでおくんだね!」

 

エキドナ、エーテスは流星隊を置き去りにし、GATEに飛び込み姿を消す。

 

「くっ、逃がすか! セフィリアさん、イヴ、みんな、ここは任せる! 俺は2人を追う!」

 

「行ってください、光太郎さん。私達なら問題ありません」

 

「うん、光太郎に任されるのは、嬉しいの」

 

セフィリアとイヴがそう言って流星隊に対峙する。他のメンバーも自分を快く送り出してくれる。今までは1人で戦う事が多かった。ゴルゴムの時も、クライシス帝国の時も…。仲間がいるというのはこんなにも心強いのかと、RXは仮面の下で微笑んだ。

 

バイオライダーにチェンジする。そしてゲル化し、超高速でGATEの行く先を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物から少し離れた場所、そこにエキドナ達は身を潜めていた。

 

「こうなってしまってはティアーユを狙うのは諦めるしかないね。それにしても…奴らはどんどん強くなってる。奴らに勝つにはドクターの研究に期待するしかないようだね」

 

当面の危機は脱したと思い、安堵していた2人。しかし、相手が悪い。

 

 

「見つけたぞ!」

 

バイオライダーが2人の前に現れる。

 

「くっ、しつこいね!」

 

護符を使用して能力を強化したGATEを開き、すぐに2人は飛び込む。

 

 

 

 

 

 

 

2人は距離を置いて待機させておいた飛行船の中にいた。先ほどの場所から10キロ程は離れている。ここまで逃げれば流石の奴も諦めるだろう。

 

「おい、本当に大丈夫かよ。なんか獣の本能っていうか、防衛本能っていうか…危険信号発してるんだけどよ…」

 

「ここまで逃げれば奴も追ってこないだろう?」

 

エーテスは見えない影に怯えている。エキドナは考え過ぎだと苦笑したが、その表情もすぐに凍りついた。エーテスの背後にバイオライダーが立っているのだ。

 

「おい、エキドナ? なに固まってるんだよ。何か喋れよ、こえーじゃねえか」

 

エキドナは何も言わずにGATEを開き、1人で消えてしまった。1人残されたエーテスは何事かと不意に振り向く。そして目の前の男を眼前に迎え、大口を開けて腰を抜かした。

 

「な、な、な、なんでっ!?」

 

 

 

 

 

 

飛行船から少し離れた場所。

 

森の中でエキドナは空を飛んでいる飛行船を見上げる。

思わずエーテスを置いて1人で逃げてしまった。だが心中は「逃げなければ」としか考えられなかったのだ。アレは相手にしてはいけない存在だ。こんな場所じゃダメだ。もっと奴から離れないと…。

 

エキドナが再度GATEを開こうとした瞬間、飛行船が爆発した。真夜中の空が昼間のように一瞬明るくなった。残骸が火を灯って落下していく。だが何者かがその火を一瞬にして消していく。誰があんな大それたことを、と考えるまでもなかった。エキドナの頭の中には「アイツがやったんだ」と答えを出していた。

 

残してきたエーテスが気になるが、一刻も早く離れよう。

 

GATEを開いて中に入ろうとすると、背後から「待てっ!」という声が聞こえ、エキドナは悲鳴と共にワープした。ワープした先は先ほどより5キロ離れた場所。今度は護符を使用してもっと遠くに逃げようと考えるが、焦って震える手はなかなか護符を取り出せないでいた。

 

こわい こわい こわい こわい こわい

 

心中はそれを繰り返している。

 

そしてエキドナの予想通り、目の前にゲル状の物が降り立ち、バイオライダーに姿を変える。

 

「逃がすものか!」

 

「くっ、しつこい男は嫌われるよ!」

 

構えるバイオライダーだったが、2人の間に何者かが現れる。

バイオライダーは見覚えがあった。ゴルゴムの怪人、ヒョウ怪人とサボテン怪人だ。

 

「所詮は人間よ。逃げるしか能がない」

 

「南光太郎よ、蘇った我らの力、思い知るがいい!」

 

人間とは違う異形。

これがゴルゴムの怪人なのだ。

ヒョウ怪人はバイオライダーに向かって凄まじいスピードで突進する。

 

ヒョウ怪人は強靭な脚力をもつ。これを生かした突進はビルの壁をも容易に突き破る。しかしバイオライダーはビルではない。ヒョウ怪人の突進はバイオライダーをすり抜けてしまう。

 

「は?」

 

「バイオブレード!」

 

振り向いたヒョウ怪人の目の前には、剣を振り上げているバイオライダーの姿を月光が照らしていた。そして一刀の元に両断されるヒョウ怪人。

 

爆発を背に、次の怪人を屠ろうとサボテン怪人に相対するバイオライダー。だがサボテン怪人も大人しく殺されるのを待つばかりではない。

 

「溶けてなくなれ!」

 

身体中からサボテン針をバイオライダーに向けて発射する。

この針には溶解作用があり、どんな鋼鉄でも溶かしてしまうのだ。しかしそんな無数の針はバイオライダーの体をすり抜けていく。

 

「針が全部奴の体をすり抜けてしまうぞ!?」

 

そしてそれがサボテン怪人の最後の言葉となる。

 

「スパークカッター!」

 

バイオブレードを縦一文字に斬り上げ、サボテン怪人は分断された。

 

 

倒れているサボテン怪人の骸を見下ろすバイオライダー。そしてその目がエキドナに向いた。

 

 

 

 

 

エキドナは咄嗟に護符を取り出し、GATEを潜る。

今度は先ほどより30キロ以上離れた街の中にいる。これならもう流石に逃げ切れたろうと、エキドナは安堵から腰が抜けてしまった。

 

「…こわかった…」

 

エキドナは思わず呟く。

 

エキドナはこんな性格ではないが、あまりの恐怖で思わず幼児退行をしてしまっているのかもしれない。

 

恐怖で涙が滲んでしまっている。それを拭おうと右手を顔に運ぼうとした時、何者かにその腕を掴まれた。エキドナは過呼吸になりながらも、ゆっくりとその手に視線を移す。暗闇を月明かりが照らす。青い手だった。そしてその手から腕、腕から顔に視線を上げていく。赤い大きな目がこちらを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

バイオライダーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に逃さん!!!」

 

 

 

「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

夜の街に大きな悲鳴が響き渡る。

そしてエキドナは泡を吹いて失神してしまった。

 

 

◆◇◇◆

 

朝陽が昇る。

建物の外には、アーマーを無残に切り刻まれ裸にされた流星隊のメンバーと、恐怖で顔を引きつらせながら失神しているエーテスとエキドナがロープで捕縛されていた。

 

エキドナとエーテスはどんな酷い目にあったのかと気になったスヴェンは光太郎に尋ねるが「ただ後を追っただけ」だと言う。その程度でいい大人が、それも星の使徒ともあろう者がここまで精神を砕かれるかと疑問に感じたが、その後の説明で合点がいった。数キロ離れた場所にワープするも(ことごと)く追いつかれれば、精神も磨耗するだろう。しかも光太郎の力の恐ろしさをよく知っていれば尚更だ。

 

そして光太郎は皆に途中でゴルゴムの怪人に襲われたことを伝えた。軽く一蹴していたために襲われたという表現が正しいかはさて置き、今後も怪人が襲ってくる可能性を皆に示唆した。

 

「ゴルゴム…ですか。そんな組織があったんですね」

 

ティアーユが呟く。その呟くに光太郎は暗い表情を浮かべてしまう。自分の存在がゴルゴムを、そしていずれはクライシス帝国を引き寄せてしまったかもしれないのだ。光太郎は自身のこの世界への贖罪に全てを伝える。自分の存在が脅威となる組織を引き寄せてしまったということを。イヴやセフィリアはそれを聞いて、光太郎に非はないと寄り添ってくれた。そして目の前のティアーユも小さく頷く。

 

「あなたの責任ではありませんよ」

 

「しかし、俺がこの世界に来なければ、ゴルゴムもクライシス帝国も来なかったはずなんだ」

 

「この世界の神様…科学者としては信じられませんが、もしも本当にそのような存在の人がそう言ったとしても、それを証明などできません。あなたがこの世界に来なくても、その組織がこちらの世界に現れないという保証はありますか?

あなたが本当にその組織と戦う運命にあるのなら、その組織があなたを引き寄せたという可能性も出てきます。どちらが正解なのか、因果性のジレンマというものですが、これの答えを導き出すには時間を要します。ですが、私は信じます。あなたはこの世界を守る為にやってきたのだと…」

 

「そうだよ、光太郎。光太郎のおかげで今の私がいる。光太郎はみんなに光を…希望をくれる人。だから私は信じるよ。光太郎はきっとみんなを守りにきたんだって」

 

「光太郎さん、それ以上自分を責めるのはやめて下さい。光太郎さんの話だとゴルゴムというのは別の世界で世界を裏で管理支配していたと聞きました。こちらでもクロノスの調査で、クロノスと競うように世界を裏で管理している組織の影が存在しているのが分かっています。この組織ならば数年前から存在しています。もう少し時間をかければ全てを明るみに出せるでしょう」

 

イヴとセフィリアが光太郎の手を取り、そう微笑む。そんな3人の言葉を聞き、光太郎は青空を見上げ、目を閉じる。

 

「ありがとう」

 

光太郎はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

その光景を見て、話を聞いていたシャルデン。

 

「我らの勇者は大変な立ち位置にいるようデスね。ゴルゴム…クライシス…両者と対立することでこの世界が良い方に向けば良いのデスが…。キョーコさん、どうかしましたか?」

 

シャルデンの隣でぽーっと光太郎の顔を見つめているキョーコ。

 

「陰のある光様もか〜っくいいっスね〜♡」

 

マイペースなキョーコにシャルデンは思わず苦笑した。

 

その後、湖の畔で居眠りをしているトレインを見つけ、スヴェンやリンスから小言が飛ぶ。

 

しかし「様子見てたけど、俺の出る幕なさそうだった。それに何だか相手が憐れに思えてきちまってよ」と言うトレインに、スヴェンやリンスも顔を見合わせて納得してしまっていた。




エキドナ、エーテス、そしてその他を捕らえた光太郎たち。

そして星の使徒がティアーユを狙っているという事情を知り、ティアーユも光太郎たちと行動を共にする。

星の使徒やゴルゴムの情報が全く入ってこない一同は、警戒しつつも休日を過ごす。そんな折、目の前の空間に亀裂が入った。

次回 『現れた相棒』
ぶっちぎるぜ!!


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番外編・セフィリアが子どもに!?

読者様の希望もあり、自分も興味あったので勢いでやってしまいました。


光太郎とイヴの前に、少女がちょこんと座っていた。その小さな手には不釣り合いの剣、サタンサーベルが握られている。

 

さて、まずはどうしてこうなったかを説明せねばなるまい。

 

クリードはスヴェンに向かって拳銃を発砲した。しかしそれはただの銃弾ではなく、ナノマシンを混入した銃弾。かつて星の使徒のアジトで現れた人狼にそこらの掃除屋を変化させたように、人の体を作り変えてしまうナノマシンが混入されていた。

 

 

だが間一髪のところ、スヴェンはその銃弾を受けずに済んだ。スヴェンの目の前で、別の人物がその銃弾の盾になっていたのだ。そこにいたのは自分の相棒ではなく、その元上司。

 

セフィリア=アークスであった。

 

咄嗟のことで剣を抜く暇もなかったのだろう。銃弾を受けた腕は僅かに血が滲んでいた。

 

「…思っていたよりも小口径だったようですね。これなら戦闘に何の支障もありません」

 

「セフィリア=アークス…! いつもいつも僕の邪魔を…だがまぁいい。トレインを縛る鎖を退場させるつもりだったが、その対象があんたに変わったのも一興だ。その弾にはナノマシンが混入されている。あの人狼のような化け物にあんたが変わっていくのが楽しみだよ、あははははは!」

 

「…なっ…!?」

 

自分が受けた弾丸は自分の体を作り変えてしまう弾丸だった。セフィリアは思わず自分の手を見る。だがその隙にクリードは傍にいたエキドナと共にGATEで去って行ってしまった。

 

立ち尽くすセフィリア。

そこに助けられたスヴェンが立ち上がって声をかける。

 

「すまねえ、俺のせいだ。すぐに光太郎の元へ行こう! あいつならどんな姿になっても戻せるはずだ!」

 

スヴェンはそう言うが、セフィリアは今まで感じた事のない底知れぬ感情を抱いていた。以前の人狼は野生の狼そのもののように理性すら失っていた。自分も化け物になり、光太郎や他の仲間たちに牙を向けるのではという不安、そして恐怖。今までならその感情はクロノスに捨てられてしまったらという環境でしか抱かなかった感情だろう。しかし今のセフィリアは違う。光太郎に会い、イヴと親密になり、かつての部下トレインと同じ環境に身を置いている。以前のセフィリアとは違うのだ。

 

呆然としてしまっているセフィリアをアジトに連れ、スヴェンはトレインたちに説明をしてすぐに光太郎の元へ向かうよう動く。光太郎の行方は、トレインがイヴの言っていた話を思い出して「リンスなら知ってるはずだぜ」の一言でリンスに連絡をとり、光太郎がいる場所を聞き出そうとする。

 

 

その瞬間、セフィリアが苦しみ出して座り込んでしまう。

そしてセフィリアの体が輝いた。

 

 

 

 

 

 

そして回想が終わる。

 

光太郎とイヴの前に座る少女。

この少女こそが、ナノマシンによって体を作り変えられてしまったセフィリアだったのだ。光太郎が見た感じ、イヴよりも幼く見える。

 

「…光太郎さん、この姿ではあなたの剣であることはできそうにありません。お許しください…」

 

セフィリアはそう言って涙ぐむ。涙腺も子供のものになって緩くなっているのかもしれない。その潤む瞳を見て光太郎は慌てる。

 

「だ、大丈夫ですよ。それにしてもセフィリアさんの子どもの頃はこんな姿だったんですね。とても可愛らしいと思いますよ」

 

小さな体にウェーブかがった長い髪。

そして人形のように可愛らしい顔のセフィリアを見て、光太郎はそう慰める。

 

「わ、私が…かわいい…?」

 

セフィリアはその言葉に顔を上げ、目を見開く。心なしか頰が紅い。

 

「そうさ、まるで人形みたいだぜ? こんな妹がいたら、俺も可愛がったんだろうな」

 

そして光太郎はかつての親友を思い出す。あいつも妹を可愛がっていた。そして光太郎もそんな妹に「お兄ちゃん」と呼ばれていたことがある。そう呼ばれて慕ってくれるのはやはり嬉しいものだ。

 

「光太郎…今まで聞いたことなかったけど、兄弟いるの?」

 

隣に座るイヴが尋ねる。

 

「義理の妹ならいた。もう長いこと会っていない。元気でやっていてくれるといいな…」

 

会いたい。しかしそれは現実不可能であった。この世界はあの世界とは違うのだ。光太郎はただ、幸せな生活を送れるよう祈るしかない。光太郎はその妹の姿を思い浮かべ、目を細める。

 

そんな様子を見ていたセフィリアは小さな胸を手で押さえる。

 

「それなら…私が暫くの間、光太郎さんの妹になります!」

 

セフィリアはそう言って立ち上がり、光太郎の手を握った。

 

 

「…え?」

 

光太郎は混乱している!

 

 

◆◇◇◆

 

光太郎と少女セフィリアは手を繋ぎ、街中を散歩していた。

 

「光太郎が望むなら私が妹になる!」

 

とイヴも宣言したが、それはトレインによって阻まれる。かつての威圧感たっぷりだった元上司が、こんな覇気も感じられないか弱い少女になったのだ。どんな面白い展開になるのかとワクワクしていた。話を聞いたキョーコもシャルデンに同じように止められていたが、シャルデンの場合はこれ以上事態を厄介にしないでほしいという保身からであったろうが…。

 

街中を歩く光太郎とセフィリアの遥か後ろを、イヴ、トレイン、キョーコ、シャルデンが尾行していた。心なしかシャルデンは肩を落としていた。

 

「セフィ姐のどんな表情が見れるか、楽しみだな」

 

「トレイン、下衆だね」

 

そんな会話が優れた聴力をもつ光太郎の耳にも届く。光太郎は今の状況に苦笑するしかなかった。

 

「セフィリアさん、どこか行きたいところはありますか?」

 

「あの…妹にさん付けはおかしいと思うのです。呼び捨てで構いませんよ? 後、敬語も結構です」

 

「あ、わ、分かりました。いや、分かった。それじゃ、どこか行きたいところはあるかい、セフィリア」

 

「はうっ!」

 

セフィリアは思わず胸を押さえる。体に電流を流し込まれた感覚だった。しかしセフィリアは原因を理解していない。生まれてきて今までクロノスの剣として育てられ、一般の女性がもつであろう感情を与えられずに生きてきた。胸をときめかせるのも、初めての経験だった。

 

「あ、あの…少しお腹が空きませんか?」

 

「そうだな。流石にティアーユさんのあの料理をセフィリアに食べさせる訳にはいかないし…軽くそこらで食べていくか」

 

「はい、そうしましょう。お、お、おにいちゃん…」

 

「お兄ちゃん」という単語を発するだけで顔が火照り、胸の鼓動が速まってしまう。私はクロノスの剣として育てられ、今は光太郎さんの剣として力を尽くすことを誓ったというのに何という体たらくだ、と深呼吸をして自身を鎮める。だがその深呼吸も無駄に終わる。光太郎がセフィリアを抱え上げたのだ。

 

「確かティアーユさんの家に行く前に街の入り口辺りに食事亭があったんだ。そこに行こう。ちょっと走るからしっかり掴まっていてくれよ」

 

光太郎はそう告げてスピードを上げた。

 

背後では「やべえ、逃げられる!」「…絶対逃さない」「ちょっと、かなり羨ましいんですけど!」「…帰りたいデス…」という尾行者の声が聞こえた。

 

 

 

 

尾行者を撒いた光太郎は食事亭に入る。

 

「急に走って悪かったね、セフィリア…あ」

 

光太郎は子どもを抱きかかえて走ったつもりであったが、よく考えたら腕の中にいるのはあのセフィリアだった。本人から「妹になります」とは言われたが、流石にこれは失礼だと思った光太郎は顔を伏せていたセフィリアを降ろし、「すいませんでした」と謝った。

 

セフィリアは俯いたまま首を振る。

 

「わ、私は気にしてませんよ、お、お、おにいちゃん…。だからしっかりとおにいちゃんして下さいね」

 

「あ、ああ…」

 

セフィリアはそう言って光太郎の手を取り、椅子に腰掛ける。

 

楽しい

 

もっと一緒にいたい

 

それがセフィリアが抱いていた感情だった。

 

もしも出会いが違っていれば、自分の生まれるのがもっと遅ければ、そして子どもの頃に光太郎と出会っていれば、このように触れ合えていたのだろうか。

 

「おにいちゃん、私はとても満足していますよ」

 

「そ、そうかい? それならよかった…ってそうじゃない。セフィリアが俺の為にしてくれていることだから、俺がセフィリアにお礼を言うべきなんだよな」

 

「ふふ、細かい事は気にしないでください」

 

「セフィリアにそれを言われるとは思わなかったな…」

 

2人は軽い食事を済ませ、近くの川へ行って水遊びをした後にティアーユ邸に戻り、湖の畔で夕日を見上げる。

 

「…これが、普通の子どもが送っている生活なのですね」

 

セフィリアはそう独りごちる。

 

「私はクロノスのために育てられてきました。それ以外の生き方を知りませんでした。ですがあなたに会えて、いろいろなものが私の中の世界を広げてくれています。戸惑うこともありますが、イヤな気分ではありません」

 

「それは良かった…」

 

「あなたの妹というのも悪くはありませんが、やはり私はあなたの隣に並び立ちたい。あなたの剣として、あなたの力となりたい。いつまでも私を傍に置いてください」

 

セフィリアの顔は夕陽を浴びて赤みがかっている。

 

 

光太郎は知らない。そう伝えたセフィリアの手が震えていたことに。

 

 

 

光太郎は知らない。セフィリアがその言葉を精一杯の勇気をもって伝えたことを…。

 

 

 

 

 

光太郎はそんなセフィリアの小さな頭を優しく撫でた。

 

 

 

「俺なんかの傍にいて、セフィリアが幸せになれるのかは分からないけど…セフィリアがそれを望むなら、俺は傍にいるよ。でも俺なんかより幸せになれる場所が見つかったら、俺に遠慮することないからな?」

 

「大丈夫ですよ」

 

セフィリアは光太郎の手を取る。

 

 

 

 

あなたの隣以上に、幸福を感じる場所はありません。

 

 

 

 

 

セフィリアはそう呟いて満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

窓から入る夕陽を浴びて、光太郎は目を覚ました。

 

何か夢を見ていた気がする。

 

しかしどんな夢だったのか思い出せなかった。

 

ベッドから起き上がり、周りを見渡す。

 

そして思い出す。

昨夜は星の使徒の襲来があった為に休む事ができず、昼から仮眠をとっていたのだった。思いのほか、寝過ぎてしまったようだ。

 

光太郎は起き上がって背伸びをする。

そして与えられた個室の戸を開けるとそこにはセフィリアが立っていた。

 

「セフィリア…さん、おはようごさいます」

 

「おはようございます、光太郎さん。と言っても、もうこんな時間でしたけどね」

 

セフィリアはそう苦笑する。皆の出発の準備ができたので起こしに来たのだという。

 

「俺だけ寝坊したんですね…申し訳ない…」

 

「いえ、私もさっきまで休ませてもらっていたんですよ。だから気にしないでください」

 

光太郎の隣を歩くセフィリアも、やや寝坊したようだ。時の番人(クロノ・ナンバーズ)のトップとしてそれもどうかと思ったが、クロノスの呪縛が緩んでいる良い傾向なのかもしれない。

 

「ハートネットは子ども姿を暫く堪能するそうです。スヴェンさんが頭を抱えていました」

 

「トレインは相変わらず自由だな…」

 

そう会話をしていると、視線を感じた。隣を見るとセフィリアがじっとこちらを見つめている。

 

「…セフィリアさん、どうかしました? 寝癖でもついてますか?」

 

 

 

 

 

 

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、やっぱりあなたの隣はいいなと思っただけです」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

「なんでもありませんよ、おにいちゃん」

 

 

 

 

セフィリアはそう言って笑った。

 

 

 

 

それはただの偶然か。

 

それともキングストーンがみせた夢だったのか。

 

光太郎の剣は、これからも常に寄り添っていく……。




一種の夢オチになりましたが、ご満足頂けましたでしょうか?



【挿絵表示】

チビセフィリア練習絵


次回こそ相棒を登場させます!


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現れた相棒

仮面ライダーBLACK RX

‐基本スペック‐
身長 198.8cm
体重 88㌔
パンチ力 70t
キック力 120t
ジャンプ力 60m
走力 時速315キロ
水中活動時間 30分

これに勝てる人間がいると思いますか?


ティアーユ邸を出発したのは夕刻となった。

星の使途の面々は、光太郎が仮眠をとっている間にクロノスのベルゼーが引取りに来たらしい。その頃にはエキドナやエーテスも気絶から目を覚ましていたが、現在の星の使途の居場所やゴルゴムのアジトを聞き出すことはできなかった。エーテスは昨夜のショックで言葉を忘れた猿に戻ってしまっており、エキドナも恐怖で精神を病んでしまい、幼児化していた。その原因が光太郎であることをトレイン達から聞かされたベルゼーは「程ほどにするように伝えておけ」と言われたそうだ。それを聞かされた光太郎は自身がそんな精神を追い詰める程追い詰めたつもりはないと首を傾げていたが・・・。この一件を報告されたクロノスの上層部は更に光太郎への恐怖を強め、中には「太陽の化身だ」と神格化する者も現れるが、それは別の話である。

 

光太郎が外に出るとスヴェンの車とは別に高級車が一台停められていた。

こちらのメンバーが増えたことを知り、ベルゼーが「好きに使え」と残していったそうだ。

中は高級車だけあって座り心地も良い。次の街への道中はこの2台で向かうことになり、片方がスヴェン、トレイン、キョーコ、シャルデンが乗り、光太郎が運転する高級車にはイヴ、セフィリア、リンスにティアーユが乗る。女性ばかりで窮屈に感じてしまう光太郎はトレインかシャルデンを誘ったが、開口一番拒否されてしまった。二人を責めてはいけない。誰が好き好んで修羅場に飛び込むものか。だが自ら置かれている状況に気づいていない光太郎は、二人に何か嫌われることをしてしまったのかな、と検討違いの事で悩んでいた。そして光太郎のバイクはティアーユの許可を得てティアーユ邸で預かってもらうことになった。

 

「次はどこの街に行くの?」

 

助手席に座るイヴが訊ねる。

 

「スヴェンと話し合ったんだが、北の港街で夏祭りが行われるらしい。今のところ星の使途やゴルゴムの情報もない。その情報を仕入れる為にも色んな街に行った方が収集もしやすいだろうってさ。とりあえず、そこの街なら人も大勢集まるだろうし、情報も集まるかもしれないから、そこに向かうことになってるよ」

 

光太郎は前方に見えるスヴェンの車に追従しながら、港街の情報が載ったパンフレットをイヴに手渡した。そのパンフレットには夜の夜空に咲く大きな花火の写真が写し出されていた。

 

「・・・花火・・・?」

「イヴは花火見たことないのかな。それならびっくりするだろうな」

「へー、露店もたくさん出るのね。私も何か買っていこうかしら。光太郎、荷物持ち頼むわよ」

 

光太郎がイヴと会話していると、後ろからリンスがパンフを覗き込み、そう割って入った。

 

「ト、トレインに頼みましょう」

「何よ、こんな美しいレディの荷物持ちができるって光栄なことなのよ?」

「リンス、光太郎をいじめちゃだめ」

「イヴちゃんはホント優しいし可愛いし、光太郎にはもったいないくらいよ。それにしてもティアーユさん? 星の使途に狙われてるせいで、あなたも苦労するわね。狙われていなければあの場でゆっくりできたのに」

「いいんですよ、リンスさん」

 

リンスは隣に座るティアーユにそう声をかける。だがティアーユはその事自体は気にしていないようだ。

 

「私もできるなら・・・イヴともう少し一緒にいたかったですし・・・」

「ティアーユ・・・」

「そこの街では一緒にお店を見て回りましょうね、イヴ」

「・・・うん!」

 

イヴはそう頷いて微笑んだ。

 

「・・・それに、光太郎さんのカラダにも興味ありますし・・・」

 

ティアーユのその小さな呟きが聞こえ、運転する光太郎は背中に冷たい汗をかいたのだった。

 

 

 

◆◇◇◆

 

ゴルゴム本拠地。

三神官ダロム・バラオム・ビシュムの三人は先日のRXと怪人との戦いのデータをとっていた。ゴルゴムの怪人、ヒョウ怪人とサボテン怪人はRXがフォームチェンジしたバイオライダーに文字通り手も足も出せず、一刀の元に倒されていた。

 

「・・・データでは仮面ライダーBLACKの時よりも3倍近い数値が出ている」

 

ダロムはデータ解析された資料に目を通す。

 

「あのバイオブレードという代物がサタンサーベル並の切れ味であるというなら、一刀でやられるのはまだ分かる。納得はいかんがな! だが攻撃が通用しないとはどういうことだ!?」

「落ち着きなさい、バラオム。それを判明させるためにデータを集めているのです」

「ビシュムよ、これが落ち着いていられるか! このままでは我らの同胞が無駄死によ!」

 

興奮を抑えきれないバラオムはそう吠える。

 

「・・・ヒョウ怪人が体当たりを仕掛けた瞬間、僅かであるが、ゲル状に変化させている。おそらくその状態でないと攻撃の無効化はできないのだろう。ならばそれ以外の時を狙うしかあるまい」

「ほぉ・・・弱点さえ分かれば我らの敵ではない! 要はそれをさせない状況に追い込めば良いのだな?」

「まぁ、待て。まだヤツのデータは不足している。万全を期すのだ。またあの時のような辛酸を舐めたいのか?」

 

ダロムはいきり立つバラオムをその言葉で抑える。彼らは皆、別世界での記憶が残されている。仮面ライダーBLACKに倒された記憶が鮮明に残っているのだ。

 

 

「いずれ・・・いずれシャドームーン様が復活なされる。その時までに南光太郎の全てのデータを集め、無力化する策を練る。今度こそ、奴を確実に仕留めるのだ」

 

ダロムはバラオムとビシュムにそう告げる。

自らが死すとも、世紀王シャドームーンの礎として・・・。

 

 

 

その光景を、小さな蟲が観察していた。

そしてその蟲が見た映像は、主に届けられる。別の空間を創り出し、そこでこの映像を見ているのは残された星の使途のメンバーだった。ほとんどのメンバーが離反し、捕らえられたため、現在はリーダーのクリードとシキ、ドクターの3人しか残されていなかった。

 

「南光太郎・・・恐ろしい男だ。ゴルゴムとヤツをぶつけるのが一番の良策ではないか?」

「クリード、シキの言う通りだ。あの男がいなければ、星の使途もここまで崩れることはなかったと思うよ? 人外には人外をぶつけるのが一番さ」

「・・・そうだね、ドクター。僕らはまだ、人を捨てきれていない。この世界を創り変え、その頂点に立つにはこの身はあまりにも脆弱だ。だから捨てなければならない。何百年、何千年、何万年という時間をも制し、醜い人間を屠る力と体をボクの物に! 南光太郎、あの体こそがボクの理想だ! あの男こそが人類を支配するのに相応しいよ、あはははははは!!」

 

クリードは映像に映る南光太郎の姿に手を伸ばし、拳を握る。

その姿を見て、ドクターも笑う。

 

 

「怪人の持つ遺伝子は解明した。これで僕らのもつナノマシンを併用すれば、数万年を生きる体に瞬間再生の生命力をもった生物が作り出せる。あとはゴルゴムとの戦いで疲弊した南光太郎を倒し、件のキングストーンというものを奪えば・・・クリード、キミはこの星の最後の支配者となることができる。ふふふ、その瞬間が楽しみだよ」

「それでクリード。これからどうする? 南光太郎とトレイン=ハートネットはしばらく静観するのか?」

「・・・そうだね。あの男が傍にいる以上、トレインにもスヴェン=ボルフィードにも近づくことはできないだろう。ならば最初の目的通り、クロノスを殲滅する。シキ、君はゴルゴムの動向を監視していてくれないかな。そしてもし南光太郎を倒せそうな機会があれば、彼らより先にキングストーンを奪ってもらいたい」

「・・・了解だ」

 

ゴルゴムと星の使途。

二つの組織は表面上は協力関係にあれど、その内側は相容れないものだった。

果たして、ゴルゴムはただの人間である星の使途を捨て駒へと利用できるのか。それとも星の使徒が獅子身中の虫としてゴルゴムという組織を食い破るのか。光太郎たちの考えの及ばないところで、見えない戦いが始まっていた・・・。

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

 

ティアーユを救う戦いから3日後、光太郎たちは港街に辿り着いていた。

今日は一日中祭りを楽しめるらしく、到着したのが9時過ぎであるというのに、多くの観光客で賑わっていた。

 

「光太郎、お店がいっぱい! あ、あっちにはアイス屋さんもあるよ」

 

目を輝かせるイヴ。そんな子どもらしいイヴは、光太郎を和ませた。ゴルゴムの事を考えると、戦いのことしか頭にない自分がいる。でもそうじゃない。自分が戦うのは、目の前ではしゃぐイヴたちのような子どもたちのため。そして平和に暮らす人々のためなんだ。彼らや彼女らの笑顔を見るだけで、力を与えてもらえる気がした。そう考えていた光太郎の腰を、トレインが軽く叩いた。

 

「しけたツラしてんなよ。せっかくの祭りなんだ、楽しもうぜ」

「トレイン・・・」

「無愛想なツラしてると、気分まで病んでくるぜ? ほら、姫っちをエスコートしてやれよ」

「あ、ああ」

 

光太郎はトレインに促されてイヴに声をかけ、近くのアイスクリームを一緒に買いに向かった。それを見て微笑むトレインに、リンスが口笛を吹いて冷やかした。

 

「何よ、トレイン。結構かっこいいじゃない」

「だろ? あいつにとっちゃゴルゴムってやつはよっぽどの存在らしいな。そいつが現れてから、光太郎は悪い未来ばかりを考えてやがる。顔見りゃ分かるぜ。あいつには余裕が必要なんだよ」

「まぁ、お前がそう言うから、光太郎に尤もな理由を話してこの街に来たんだけどな」

 

トレインの隣でスヴェンがタバコに火をつけてそう言う。

 

「ありがとよ、スヴェン」

「気にすんな、光太郎にはオレも世話になってるしな」

「姫っちやキョーコの笑顔を傍で見りゃ、光太郎もしけたツラも消えるだろうぜ。なんせ、笑顔っていうのは感染するみたいだからな」

「へー、あんたがそこまで考えてたなんて意外ね。それでトレイン? そこに私の名前が入ってないのはどうしてかしら?」

「お前の笑顔は裏がありそうで怖いんだよ」

「なんですって!」

 

トレインがリンスによってシバかれる光景を横目に、耳の良いセフィリアは先程の話に自分が含まれていないことに軽くショックを受けていた。自分の笑顔はあまり良くないものなのだろうか。セフィリアは周りを見渡し、誰にも見られないように壁に向かって口角を上げて笑顔の練習を始めた。だが、それを見てしまった人物がいた。セフィリアはギギギギと首を動かし、その人物を睨む。

 

「・・・見ましたね?」

「いえ・・・気のせいデス」

「私の目を見て答えなさい、シャルデン。どうなのです?」

 

セフィリアは笑顔を浮かべてシャルデンに近付く。その笑顔は先程話に上がっていたリンスのもの以上に怖いものだった。

 

今日もシャルデンの胃は大ダメージだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎たちが街中を散策していると、広い場所に出た。そこでは多くのエンジン音が聴こえている。傍にいた人に訊ねると、今日は一年に一度のバイクレースも行われるという話だ。そして賞金は300万イェン。飛び入りの選手も募集しているということで、選手たちは各々マシンのチェックをしている様子だった。

 

「光太郎も、バイク持ってきてれば出れたのにね」

「こればかりは仕方ないさ。運が無かったってことだな」

 

イヴにそう言われるが、興味はあった。傍のバイク店を見ると、飛び入りの客のためにバイクを貸出していたり、安く売っているようだ。賞金額を聞いてスヴェンが悩んでいる。賞金は魅力だが、スヴェンはバイクが得意ではないらしい。スヴェンはなけなしの財布の中身を確認し、光太郎が出場するならバイクをレンタルするという。しかし急にレンタルして出場することにしてもバイクのクセもメンテ具合も分からない。スヴェンの為に賞金をとってやりたい気持ちはあるが、こればかりは難しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・アクロバッターがいれば、良かったんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎が以前の世界に残された相棒を思い、呟いた。

 

すると目の前の空間が歪み、亀裂が入る。

 

そして亀裂が割れ、飛び出してきた影があった。

 

 

 

赤い目に青と黄色のフォルム。

 

「ライダーライダーライダー」

 

突然現れたそれは光太郎に擦り寄り、そう音声を発した。

 

 

 

 

 

 

それは光太郎をゴルゴムやクライス帝国といった激しい戦いを支えてくれた相棒。

 

アクロバッターという名のバイクであった。




久しぶりの再会を果たす光太郎とアクロバッター!

果たしてバイクレースの結果は!?

そしてアクロバッターの出現はイヴたちに何をもたらすのか!

次回 『やりすぎた』
ぶっちぎるぜ!!


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やりすぎた

今回はいつもと毛並みの違う話となったかもしれません。

でも楽しんで頂けたら幸いです。

感想いつもありがとうございます!
いつも喜んで見させて頂いています♪


光太郎に擦り寄る無人のバイク。

目の前の空間が割れていきなり出現したそれに、イヴたちだけでなく周りの一般客すらも驚き固まってしまっている。だがその驚きの波が落ち着きを取り戻した頃、騒ぎになりかけてしまう。しかしそれを一人の男が鎮めるべく動き出していた。

 

「お集まりのみなさま、オートバイ出現のイリュージョン、如何でしたでしょうか。私たちは旅のマジシャン。少しでもみなさまに神秘と驚きをお届けできていたら光栄デス」

 

シャルデンはそう言ってシルクハットを取り、公衆に向かって頭を下げた。そして傍にいたイヴに小声で「簡単なトランスをお願いします」と囁いた。バイク出現から混乱していたイヴだが、訳のわからないままに言われた通りトランスを行う。イヴの服が輝き、肩出しルックスから薄手の麻生地の服へ、そしてコットントップスへと次々と服装を変えていく。

 

それを見ていた観衆は、感嘆の声を漏らしながら拍手を送ってくれた。そして彼らの意識を完全に「手品」として認識させた頃、イヴを制してシャルデンが再度頭を下げる。

 

「これにて私たちの神秘は幕引きとさせて頂きマス。今後も私たち『South BLACK』の興行をお見かけしましたら、是非ともお立ち寄り下さい」

 

そして一際大きな拍手が巻き起こる。

ほとぼりが冷めた頃、シャルデンは隅に移動して脱力した。そんなシャルデンにスヴェンが声をかける。

 

「ナ、ナイスフォローだったな、シャルデン」

「…私はもう…疲れました…」

 

シャルデンは両手で顔を覆ってしまう。

 

「シャルデンさんってマジシャンだったんですね! 今度シャルデンさんのマジック見せてくださいよー!」

 

キョーコがシャルデンの苦悩を微塵も察する事なく無邪気な笑顔でシャルデンにそう言って寄り添った。

 

「…キョーコさん、たまにあなたの能天気さが羨ましくなりマス」

「ほえっ?」

「何でもありません…そんな事より南光太郎から話を聞いてきて下さい。あのバイクは何なのか。彼の反応からして危険は無さそうデスが…」

 

そして一同は再度、突如現れたバイクに視線を移す。光太郎に擦り寄るバイク。それは主人と出会った飼い犬を彷彿させた。イヴたちは光太郎に近寄り、そのバイクを見る。個性的なフォルムだ。時折意思があるようにヘッドライトが点滅する。

 

「光太郎、そのバイクはなに?」

「ああ、イヴ、みんな、紹介するよ! こいつはアクロバッター。前の世界でゴルゴム、クライシス帝国といった相手から俺を支えてくれた頼りになる相棒なんだ! それにしてもアクロバッター、久しぶりだな!」

「…相棒?」

 

その言葉にイヴが反応する。

 

《楽しそうだな、ライダー。私は散々お前を探したのだぞ》

「あー、いろいろあってさ。まさかまたお前に会えるとは思ってなかったよ。次元の壁も越えれるようになったのか?」

《それは私にも分からない。ライダーに呼ばれた気がした。居場所は掴めなかったが、ライダーのことを考えていたらココに辿り着いたのだ》

「そうか! よく分からないが今後もよろしく頼むよ!」

《任されよう》

 

そう対話している一人と一台の周りで、トレインが苦笑いを浮かべる。なにせ、バイクが人語を話しているのだ。それに興味をもったのか、ティアーユが目を輝かせてアクロバッターに触れていた。

 

「アクロバッターっていうんだね。はじめまして、私はイヴ。今の光太郎の相棒だよ」

《……子どもにライダーのパートナーは無理だ。諦めるが良い》

「…そうかな? でもあなたにも無理だと思う。今まで光太郎を助けにも来なかった相棒なんて、意味ないんじゃないかな」

《………》

 

天気は快晴。

しかしこの一人と一台の背景では稲妻が走っていた。その場をセフィリアが止める。

 

「落ち着きなさい、イヴ。私はセフィリア=アークスと申します。光太郎さんの剣として、互いに光太郎さんを助けていきましょう」

《了解した。…この反応は例の剣か。ライダーに認められた者という事か》

「どうされました?」

《…なんでもない》

 

「光様! すっごいですよねー! キョーコ、喋るバイクなんて初めて見ましたよ」

 

キョーコは光太郎に抱きつきながらアクロバッターを見下ろす。慌てて引き離そうとする光太郎だが、背後から抱きつかれており、なかなか引き離す事ができなかった。

 

「ちょ…ちょっと、キョーコちゃん!」

「キョーコはキョーコっていいます! バイクデートも楽しそうですよね〜。今度一緒に乗せてくださいね?」

《…………》

「あれ? アクロバッターさん? アーちゃん? もしも〜し」

《…………………》

 

無反応になってしまったアクロバッターに、光太郎が心配して手で触れる。

 

「どうした、アクロバッター。気分でも悪いのか?」

《この娘と話していると回路に異常が生じそうなのだ》

 

そんなやり取りをしてる間、スヴェンはずっと考えていた。

光太郎を今まで激しい戦いの中で支えてきたバイク。そして目の前の300万イェンの賞金が用意されたバイクレース。これはもう、今まで辛い思いをしてきた自分たちへの神の慈悲に違いないと感謝していた。スヴェンはアクロバッターに駆け寄る。

 

 

 

 

「アクロバッター、頼みがある! 光太郎と一緒にバイクレースに出場してくれ!」

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

この街が誇る夏のバイクレースが始まる。

公道を利用したロードレース。全長60㎞のコースを多くの猛者が走るのだ。しかもこのレースの凄いところは、特にルールは設けられていないところだ。600ccクラスのバイクも走れば1000ccのバイクも同時に出場する。出場者の殆どが記念出場のようなものなので、普段目にしているバイクとスーパーバイクの差を明確に実感できるのもこのレースの醍醐味であった。

 

選手たちはスタートラインにつく。その中にはアクロバッターに跨った光太郎の姿もあった。光太郎としてもこのレースに興味はあった。そして久しぶりに会ったアクロバッターに乗りたいという気持ちもあった。しかしこういった場でアクロバッターを使用するのは他のライダーに対して申し訳ないという罪悪感もこみ上げる。

 

「アクロバッター、頼むから軽く流すだけにしておいてくれよ?」

《分かっているライダー。私とて他のマシンとの性能の差くらいは把握している》

 

光太郎とアクロバッターがそう小さな声で対話していると、観客席にいたイヴが手を振っているのが見えた。

 

「光太郎、頑張ってね」

「あ、ああ」

「でも、そんなバイクじゃ無理かもしれないね。私の方が光太郎の相棒(パートナー)をしっかりやれると思うよ?」

《・・・・・・・・・・・・》

 

イヴとアクロバッター。出会ったばかりだというのになぜこんな険悪なのだ、と光太郎は頭を抱える。

 

「頑張れよ、光太郎! 俺たちはコースが見渡せるホテル屋上から応援してるからな!」

 

スヴェンはそう言ってみんなを引き連れてホテルに入っていった。元から優勝するつもりはないと、正直に言ったらどういう反応をしただろうか。スヴェンには悪いが、今は久しぶりのアクロバッターの走りを楽しむとしよう。

 

「楽しもうな、アクロバッター」

《ライダーよ・・・先に謝っておく。すまない》

「・・・?」

 

スタートランプが点灯する。

各選手のエンジンが一斉に鳴り響く。そして、今スタートした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番最前列に位置していたのはこのバイクレースの8年連続チャンピオンを誇るオリマ。そして次点が8年連続準チャンピオンのジルイーだ。2人は兄弟であり、互いにスーパーマシンを操る天才ライダーと呼ばれていた。

 

「ジルイー、今年も俺たちのワンツーフィニッシュを目指そうぜ!」

「OK、兄さん。今日もエンジンの調子は絶好調さ!」

 

2人のバイクのスピードメーターは既に300キロを超えている。ミラーで確認するが、後続は当然のことながらついてきていない。

 

「行くぜ、弟! 俺たちは今年も風だ、風になるんだ!」

「任せてよ兄さん! 僕たち兄弟は世界最速さ!」

 

だがその2人のマシンの横を一瞬で追い抜いたバイクがあった。あまりのスピードにマシンの残像だけが2人の網膜に焼きついていた。

 

「・・・兄さん、今のなんだい?」

「・・・・・・マンマミーア・・・」

 

過去のチャンピオンと準チャンピオンを置き去りにしたバイク。

その姿は個性的で、世界に二つとないであろうフォルムで太陽の光を映す。当然といえば当然なのだが、アクロバッターであった。それを駆る光太郎の顔は青ざめている。

 

「アクロバッター? 軽く流すはずじゃ・・・」

《すまないライダー。私にも分からないのだが、先程の子どもの宣言通りにはしたくないのだ》

「さっきのってイヴのことか!? そんなことよりスピードを落としてくれ! これじゃ目立って仕方ないぜ!」

《・・・すまないライダー》

「お、おいアクロバッター! ウェイトウェイト!!」

 

光太郎の叫びも虚しく、アクロバッターは無人のコースを独走していた。

 

 

 

 

 

 

 

ホテル屋上でそれを観戦していたトレインたちは驚いていた。トレインたちだけではない。それを観戦している全ての人々は、空いた口が塞がらないという表現と正に同じように口をあんぐりと開けている。実況するはずの人間もスピードメーターと映像を何度も交互に見返している。

 

「な、な、なんと! これはすごい! 320番、8年連続チャンピオンのオリマ兄弟を圧倒的なスピードで抜き去りました! 今スピードが確認されましたのでご報告致します! な、な、な・・・700キロです! 700キロが記録されました!!」

 

その実況を聞いて観客は大盛り上りだ。「天才ライダー」「超モンスターバイクの誕生」と新聞社各社は目まぐるしく動き出した。それを見ていたトレインは枯れた笑い声を出した。

 

「おい、スヴェン。これどう責任とるんだ?」

「・・・・・・・・・俺のせいか?」

「光太郎を出場させたのはスヴェンだろ」

「そ、それはそうだが・・・こんな桁外れとは普通思わないだろ!」

「予想できたと思うぜ? 光太郎をゴルゴム・クライシス帝国っていうのからサポートしてたらしいバイクだぜ? まぁ、俺も信じられないけどよ」

「くっ・・・今から何とか誤魔化せないものか・・・」

 

スヴェンは苦虫を噛み潰した表情で頭を抱える。そして隣で立っている男をチラリと見やる。

 

「・・・なぜ私の顔を見るのデスか?」

「頼む、シャルデン」

「無理デス」

「お前ならできる」

「勘弁して下さい」

 

なぜこの一行はシャルデンに苦労のしわ寄せが行くのか、それは誰にも分からない。ただそういう星の元に生まれたのだと、思うしかないのだろう。

 

レースの行方を見守るセフィリア、ティアーユ、キョーコの面々。

そして光太郎の、アクロバッターの尋常でない光景を見てリンスは呆れ顔を浮かべている。

 

「全く、とんでもないわね。光太郎って掃除屋じゃなくてレーサーとして生活できるんじゃないかしら」

「・・・・・・・・・残念」

 

リンスの隣で納得いっていない様子のイヴがそう呟く。

 

「・・・イヴちゃん? もしかして光太郎を取られて妬いちゃってるのかしら?」

「・・・光太郎の相棒(パートナー)は・・・私だもん・・・」

 

そう俯くイヴを見て、リンスは胸をときめかせた。そしてイヴに「可愛い!」と抱きつく。

 

「でもね、イヴちゃん。あいつにとってはあのバイクも大切な仲間なのよ。それは分かってあげてね?」

「・・・むぅ」

「ふふ、今はそれでもいいわ」

 

リンスはイヴを抱きとめたままレースを見守る。自分の目にはもう光太郎の姿をはっきりと確認はできないが・・・。光太郎がトルネオから助け出した少女は立派に女の子になっていた。トルネオから教育されたものから抜け出して、今は自分の大好きな人の隣に立てるように望んでいる。それは普通の女の子が抱く感情そのものだ。周りを見るとライバルも多いようだが、自分はこの子の一番の味方であろうとリンスは微笑んだ。

 

「光太郎が優勝したら、とってもいい笑顔で迎えてあげましょうね」

「・・・・・・うん!」

 

 

 

 

 

 

レースの結果は、当然のことながら光太郎の優勝となった。

アクロバッターがゴールを通過し、チェッカーフラッグが振られる。そして本来はその場で係員が誘導して表彰式の準備を行うのだが、光太郎はそこでエンジンを止めることなく、走り去っていってしまった。係員も記者たちも呆然である。

 

そして異例の優勝者のいない表彰式が始まる。過去のレコードを全て塗り替えて消えていった幻のライダーと超モンスターマシン。その存在は今後伝説として語り継がれていくこととなる。『ライダーの神様』として・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

港街の外れで光太郎はため息をついてアクロバッターを降りた。

何とかあの場から逃げ出せたから良かったが、あのまま居残っていたらとんでもないことになっていたかもしれない。隣にいるアクロバッターを見ると、気のせいか気落ちしているように見えた。

 

「アクロバッター、何か言いたいことはあるか?」

《・・・すまなかった、ライダー》

 

ヘッドライトを点滅させて謝るアクロバッター。そんな彼を見て光太郎は苦笑した。

 

「ま、済んだことは仕方ないさ。俺もそれなりに楽しかったからさ」

《ライダー・・・》

「お前にはまだ伝えてなかったけど、この世界にもゴルゴムがいる。そしていずれはクライシス帝国もやってくるだろう。アクロバッター、お前の力を俺に貸してくれるかい?」

《・・・当然だ。私はお前のためのマシンなのだからな》

「ありがとう、アクロバッター」

 

光太郎はそう礼を述べてこちらにやってくる仲間たちに気付き、彼らに手を振った。

 

 

 

 

光太郎の元に、多くの仲間が集う。

 

それは生物が太陽の光に惹かれるように。

 

 

 

南光太郎にとって心強い仲間が、今またやってきた。

 

南光太郎という太陽の元に・・・。




ついに再会した光太郎とアクロバッター。


そんな二人を見つめるイヴは何を思うのか。


花火が打ち上げられる数刻前にイヴは光太郎を連れ出し、夜空を見上げる。


次回『誓いの花』
ぶっちぎるぜ!!


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誓いの花

恥ずかしい。

ただただ恥ずかしい。
徹夜明けの頭で考えた話は後で読むと後悔するということを改めて痛感しました。


「違う意味で賑わってやがるな」

 

トレインはミルクを飲みながらそう独りごちる。それを聞いていたスヴェンが何かを悟ったような表情でタバコを吹かした。

 

「トレイン、もう俺は光太郎の能力の限界に関しては推し量れねぇ」

「俺は逆に『光太郎だから』で納得できるようになってるぜ?」

 

昼食を終えたトレインとスヴェンの視界には、バイクレースに出場した謎の男を探し出そうとする係員や新聞記者が騒いでいる。幸い、ヘルメットで光太郎の素顔は見られていない。だがアクロバッターはそうはいかず、今はバイクカバーをかけてスヴェンの車たちと留守番中だ。

 

「いや、でも流石に人間だから空を飛んだり大気圏突入とかはできないだろ?」

「光太郎だぞ?」

「・・・ありえそうでこわいな」

 

気になった2人は光太郎に聞いてみる。どうやらバイオライダー状態なら飛行も可能らしい。そしてクライシス帝国が初めてやってきた時に宇宙に放置され、生身で大気圏を突入して地球に戻ってきたということも言っていた。その言葉にはトレインとスヴェンだけでなく他のメンバーも絶句である。ティアーユだけが光太郎の体の神秘に興味を強めていたが・・・。

 

光太郎はそんな皆の心情に気付かず「これからどうする?」と聞いた。

 

「そうだな。姫っちたちに花火を見せてやりたいし、まだ数時間あるけど場所取りとかするか?」

「・・・それなら私が一人で行っておきましょう。皆さんはゆっくりなさっていていいデスよ」

「おお、ありがとな、シャルデン」

「いえ・・・その役目が一番安全な気がするのデス」

「・・・?」

 

まだ一度も花火というものを見たことのないイヴのために、いい場所を確保しておかねばならない。それを提案したトレインに、シャルデンが手を挙げた。苦労人シャルデンも、いつまでも流れに乗せられて流れ弾の犠牲になる訳にはいかない。正に素早い立候補だった。

 

「えー、シャルデンさんお祭り一緒に回らないんですか? それじゃシャルデンさんかわいそーだし、キョーコもそっちのお手伝いしようかな」

「い、いえ、キョーコさんは皆さんとご一緒に楽しんでいて下さい。私の連絡先はキョーコさんが知っていマス。場所はその時刻になったら連絡して頂ければ伝えますので、私はこれで失礼します」

「あ、シャルデンさ-」

 

キョーコが声をかける暇もなくシャルデンは身を翻して会場に向かって行ってしまった。シャルデンの後ろ姿を見てトレインとスヴェンが目を細める。

 

「・・・ということは、何かが起きたら俺たちがワリを食わされる訳か?」

「頼んだぜ、スヴェン」

相棒(パートナー)を見捨てて逃げようなんて見下げ果てたヤツだな」

「いや、俺、子どもだし、そういうのは大人の役目ってやつだろ?」

「光太郎、こいつの中にあるナノマシン破壊して元の姿に戻してやってくれ」

「いっ!? 待てよスヴェン。俺はまだこの姿を楽しむんだ!」

 

この一行の中で一番重要なポジション。それは戦力でも統率力でも癒しでもない。どうやら生贄のようだ。まさか自分がそれを必要とする存在であるとは思いもしない光太郎は、話を聞いていても内容を理解できていない。首を傾げるばかりだ。

 

そんな男性陣を見てリンスはため息をつく。

 

「はいはい、あんたたちの言い分は分かったわよ。それじゃスヴェン、あんたは時間まで情報収集。元々そのつもりだったんでしょ?」

「あ、ああ!」

「トレインは私の買い物の荷物持ちね」

「断る!」

「あっそ。それじゃ何か起きた時はあんたが全部責任とるのね?」

「・・・じゃんじゃん買い物してくれ!」

 

トレインは満面の笑みでサムズアップする。

 

「あと・・・キョーコ、あんたも来なさい。ここ、ジパングの服とかも売ってるみたいなのよ。オススメとか教えてもらえるかしら」

「あ、そうなんですね。いいですよ! 浴衣とかあるとキョーコ嬉しいかもです!」

「ありがとう。後は・・・セフィリアさん? あなたもいつもそんな暑苦しい格好してないで、もっとオシャレしなさいよ。スタイルいいんだし、美人がオシャレしないなんて罪よ?」

「そ、そうですか?」

 

リンスにそう言われてセフィリアは自分の服装を眺める。クロノスから支給されたスーツなのだが、自分は私服というものを持っていない。同じスーツが何着かあるだけだ。

 

「し、しかし私は光太郎の剣としてそういうものに現を抜かす訳には・・・」

「オシャレしたら光太郎も喜ぶわよ?」

 

セフィリアの耳元でリンスは小さくそう囁く。

 

「・・・分かりました」

「残りは光太郎とイヴちゃん、ティアーユさんね。イヴちゃんとティアーユさんは一緒にお店を見て回りたいって言ってから、一緒に行ってきなさい。2人だけじゃ心配だから光太郎、あんたは2人のボディーガード。いいわね?」

「は、はい」

「それじゃ、2時間後にまた会いましょう」

 

リンスはそう言って解散を促す。

スヴェンは直様スイーパーズ・カフェへ向かい、リンスたちもその場を離れる。離れる前にリンスはイヴに向かってウィンクした。その反応を見て、リンスが自分のためにグループを作ってくれたのだとイヴは気付いた。

 

「ありがと・・・リンス」

 

イヴは微笑んで感謝の言葉をかける。

 

「さぁ、それじゃ行こうか。この国にはどんな出店が出てるのかな」

 

光太郎が子どもっぽい素顔を見せて辺りを見渡す。そんな光太郎を見てイヴは苦笑してしまった。自分が読んだ本に「男はいつまで経っても子ども」という一文があったのを思い出す。本当にそうなんだ、といつもは頼りになるこの人を見て納得してしまった。

 

「私・・・お祭って子どもの時以来なんです」

 

ティアーユも辺りを見渡してそう言う。

 

「それじゃ、まずは祭りの定番、カキ氷でも買いましょうか」

 

光太郎はイヴの手を取る。急に手を握られたイヴは驚いたが、イヤではなかった。キュッと光太郎の手を握り返す。そしてイヴは空いたもう片方の手をティアーユに差し出した。

 

「ティアーユも、一緒に行こう?」

「・・・ええ、そうですね、イヴ」

 

差し出された手を取り、賑やかな露店の中へと3人は消えていった。

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

花火の場所取りにきていたシャルデン。

彼はその場に見知った顔を見つけていた。この場に不釣り合いなその姿は、とても観光客とは思えないだろう。周りの人たちもその人物を遠巻きに眺めていた。

 

「・・・お久しぶりデスね、マロさん」

「え、あ、シャルデンじゃねぇか・・・元気してたか・・・?」

 

かつての同志、マロだった。アジトであった古城でRXに飛ばされ星にされて以来か。しかし久しぶりに会った同志の顔は以前と違い全く覇気が感じられなかった。何かに怯えるかのようにビクビクとしている。原因はなんとなく察するが・・・。

 

「ところで、今クリードたちってどこにいるんだ? 連絡もつかなくてよ・・・」

「・・・そうデスね。マロさんには話しておいた方がいいでしょう」

 

そしてシャルデンはマロが飛ばされてから今までのことを説明した。

 

「クリードは今ゴルゴムという組織の元にいます。ゴルゴムの目的は怪人による人間たちの支配デス。とても容認できるものではありません」

「・・・・・・南光太郎もこの街に来てるのかよ」

「また、敵対しマスか?」

 

シャルデンのその言葉にマロは残像が見えるくらい首を振った。

 

「絶対ごめんだ! 頼まれたって敵に回るもんかよ!」

「・・・それを聞いて安心しました。それであなたはどうしマス? クロノスのナンバーズがあなたを追っているはずです。このような目立つような場所にいるとすぐに見つかりマスよ?」

「・・・シャルデンやキョーコは平気なのか?」

「光太郎さんとは協力関係にありマスので、一時的でしょうが見逃してもらえているようデスね。私はできればマロさんとは敵対したくないと思っていマス。あなたがクリードの元に戻るのは自由デスが、どうしマスか?」

 

マロは目を閉じて考える。

シャルデンの言う通り、ゴルゴムに屈するのはゴメンだ。だからといってかつての同郷の仲間シキを裏切るのも(はばか)られる。そして絶対にしたくないのが南光太郎と再び敵対することだ。渡り鳥の群れと共に空を飛ぶ体験なんてもう二度としてたまるものか。そして答えを出す。

 

「星の使途マロはあの時に死んだ。ここにいるオレは全く別の人間だ。その人間としてゴルゴムの怪人ってヤツと戦ってやるよ」

 

マロはシャルデンにそう言って笑った。

 

 

 

 

そして数時間後、光太郎たちと合流した彼はマスクをかぶり、「ジパングマン」と自己紹介をしながら膝を震わせていた。

 

◆◇◇◆

 

 

花火の時間まではまだ余裕があったが、全員はシャルデンがとっているであろう場所へ向かった。キョーコがシャルデンに連絡を取り、その場に向かったのだが、そこには見覚えのある巨漢がいた。確か星の使途の男だったはずだ。しかし彼は妙なマスクをかぶっており、自身を「初めまして、ジパングマンと申します」と自己紹介を始めた。シャルデンから事情を聞いたらしく、ゴルゴムを倒すために共に戦ってくれるという。何かの罠かと一同は考えたが、ジパングマンの震えた膝を見たら、そう疑う気も失せた。この男の災難(光太郎が起こしたこと)の話は聞いていた。完全に信用するには時間がかかるかもしれないが、今はゴルゴムに対抗する新たな仲間が増えたと喜ぶことにした。

 

「み、南光太郎さん、肩こってないっすかね!?」

「いや、大丈夫だよ」

「あ、それじゃ喉渇いてないっすか? すぐ買ってきますよ!」

「どうしたんだ? 前会った時とえらく態度違わないか?」

「な、な、何言ってんですか、俺と南光太郎さんは初対面ですよ、初対面!」

 

ジパングマンは光太郎に対し、驚く程低姿勢だ。手を擦るその姿勢はまるでハエを思わせる。ジパングマンに接待されている光太郎を見て、イヴは思わず光太郎の手を引いた。

 

「光太郎、ちょっと向こうに行こう?」

「あ、ああ」

 

光太郎は皆に離れることを伝え、イヴに引かれるまま従った。

 

2人は会場から少し離れた静かな場所に来ていた。そこは会場を見下ろせる場所だった。辺りには人気もない。こんな場所に何の用があるのか光太郎は気になったが、それを聞かずにイヴが要件を切り出すのを待つことにした。

 

 

 

 

 

空は既に暗くなっている。

 

 

イヴは光太郎の手を握ったまま夜空を見上げる。

 

「星が・・・よく見えるね」

 

そしてそうポツリと呟いた。

 

「そうだな」

 

光太郎も見上げて肯く。

 

「お祭で食べたカキ氷、美味しかったね」

「ああ」

「光太郎とティアーユと一緒に見て回れて楽しかったよ」

「俺もだよ」

 

イヴはそっと光太郎の顔を見上げる。光太郎は未だ夜空を見上げていた。

 

「光太郎は私にいろんなモノを見せてくれるんだね。光太郎は私に自由を見せてくれた。冷たいアイスの味を、一緒に乗ったバイクからの景色を、たくさんの人があつまる街を、大きな海を・・・そして今日はお祭りも・・・」

 

イヴは光太郎の顔を見つめ続ける。

 

「・・・なんで私にそこまでしてくれるの? 私が子どもだから・・・? 作られた人間だから・・・?」

「違うよ」

 

光太郎はイヴと視線を合わせる。

 

「イヴがイヴだからだよ。子どもだからとか、作られた人間だからとかそんなのは関係なく、俺がイヴにいろんなモノを見せてやりたいと思ったんだ。迷惑だったかい?」

「ううん、そんなことない・・・!」

「そっか、それなら良かった!」

 

光太郎はそう笑う。

 

優しい人。

 

暖かい人。

 

そして誰よりも強い人。

 

自分はこの人に相応しい相手になりたい。

 

「光太郎」

「なんだい?」

「私は、光太郎の相棒(パートナー)って自分では言ってるけど、トレインたちみたいにうまくできない。でも、いつかなるから。光太郎に相応しい相棒に」

「・・・イヴはオレなんかには勿体無いくらいだと思うぜ?」

「ううん、私がそう思ってるの。私が納得したいの。いつかは、私が光太郎を助けてあげる。だから、待ってて欲しい」

 

イヴはそう告げる。

 

そして直後、夜空に大輪の花が咲く。

大きな音が胸を叩く。

色とりどりの花が夜空を彩る。

 

イヴはそれを見て想像する。

大きく成長した自分が光太郎の隣に並び立つ姿を。

 

 

光太郎は打ち上がる花火を見上げている。

 

イヴはそんな光太郎を見つめゆっくりと口を動かす。

その言葉は音の波に消されてしまったが、イヴは満足そうな表情を浮かべていた。




自らの誓いをたてたイヴ。

そしてジパングマンという新たな(?)キャラが増えた一行。

だがそんな頃、クロノスに星の使途の刃が向けられていた!

次回『囚えられた番人』
ぶっちぎるぜ!!


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囚えられた番人

今回は繋ぎのような回なので面白みには欠けるかも・・・。
次回はその分頑張ります。


夏の夜。

大きな建物が勢いよく炎上していた。だがそれを消火している人の姿はない。その建物にいた職員のほぼ全員が横たわり、冷たい屍と化していた。人の身であれば焼け爛れてしまう燃え盛る炎の中にありながら、下手人は悠然と歩を進めている。

 

今や星の使徒の駒となったオオワシ怪人である。

怪人の身体能力は人間と一線を画す。その体は拳銃など通用せず、ハンドグレネードも効果が見られなかった。そしてそんなオオワシ怪人と戦闘を繰り広げている人影があった。

 

「ちっ! ゴルゴムの怪人って奴がこんなやりづらいとは思わなかったぜ」

 

男は手に装着したグローブから伸びる極小の糸を操りオオワシ怪人の体を捕らえる。男が操る糸はオリハルコンの鋼線。生身の肉体であれば簡単に刺身にしてしまう鋭さを誇る。しかし目の前の怪人には足止めにもならなかった。多少体に食い込む程度で、力負けして引きづられてしまう。

 

男の名はジェノス=ハザード。

時の番人(クロノ・ナンバーズ)No.VII。奇襲暗殺チーム「ケルベロス」に与する実力者だが、怪人相手には分が悪かった。だがジェノスも個人で勝負しようとは考えてはいない。引きづられる体を仲間であるベルーガが抑え、オオワシ怪人の動きを止める。そして動きを止めた隙にナイザーがオリハルコン製トンファー「ディオスクロイ」を叩き込む。

 

「くっ、(かて)えっ!」

 

コンクリートの壁すらも容易く打ち砕く破壊力であるが、オオワシ怪人の体を少々仰け反らせるだけに終わった。そして体を起こすオオワシ怪人の目が怪しく光る。その腕を標的目掛け振り抜いてきた。ナイザーはトンファーを盾にするも、怪人の怪力に負けて10m程吹き飛ばされるも何とか着地をする。事前に自分で後ろに跳んだから良かったものの、普通に受けていたらオリハルコン製の武器といえども無事では済まなかった。

 

「・・・ならば、一点に攻撃を集中させる」

 

オオワシ怪人の体の一番肉の薄い脇に巨大な槍、「グングニル」が飛ぶ。ベルゼーの放つ協力な一突きはそこでようやく怪人にダメージを負わせることに成功した。グングニルが怪人の体内に突き刺さる。

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

だがオオワシ怪人もグングニルをその身に受けながらもその槍を掴み、ジェノスの糸もろとも振り回した。ジェノス、ベルーガ、ベルゼーの体が宙を舞う。オオワシ怪人は自身の羽を放ち、3人の体を撃ち抜いた。

 

「ぐあっ!」

「・・・くっ」

 

3人は四肢を撃ち抜かれながらも闘志は失われていない。横たわりながらも敵を睨みつける。こちらの被害は甚大。だがようやく一太刀ダメージを負わせることができたのだ。しかし彼らの絶望はここから始まる。オオワシ怪人の体の傷が瞬時に治り、再生していったのだ。

 

「・・・マジかよ」

 

ジェノスは唖然とする。そしてこの現象は以前見たことがあった。星の使途の古城で現れた超再生能力をもつ人狼。再生能力は同じだが、身体能力は天と地程の開きがある。光太郎というナノマシンを破壊できる人材がいない現状、目の前の怪人を倒す手立ては見つからなかった。

 

だがここで諦める訳にはいかない。彼らはそれでも必死で打開策を考える。己の命を犠牲にすることも厭わない。目の前の敵を排除する為の方法を必死に模索した。しかしそんな彼らの思考をあざ笑うかのように笑い声が響いた。

 

「あははははは、無様な格好をしているね、諸君」

 

シキの護符で空間を割いて星の使途が現れたのだ。先頭に立つのはリーダーのクリード。その横には道士のシキがいる。クリードの姿を視界に収めたナイザーは額に青筋をたてた。

 

「クリードォォ! こいつを差し向けたのは手前(てめえ)か!?」

「やぁ、ナイザー。どうやら苦戦しているようだね。どうかな、ゴルゴムの怪人と僕らのナノマシンの融合した新しい力は!? 気に入ってもらえたら光栄だよ!!」

 

そう高らかに笑うクリードにナイザーのディオスクロイが迫る。しかしそれも一瞬で目の前に現れたオオワシ怪人の体に阻まれてしまった。渾身の一撃を込めたがその肉体を僅かに削るだけに留まる。そして攻撃の直後を狙われたナイザーにオオワシ怪人の攻撃をいなす術はない。腹部にめり込む拳。骨が砕ける音が響き、ナイザーは苦痛の表情を浮かべて鮮血を吐いた。

 

「ぐはぁ!」

 

そして吹き飛ぶナイザーは意識と戦意はあれど、もう立ち上がることはできなかった。敵のいなくなった周囲を見渡すクリード。

 

「ナンバーズが4人か。新たなモルモットにはちょうどいいかな。シキ、彼らをドクターの元に。そしてついでだ。ここに捕われているエキドナやエーテスも連れ帰ろう」

「了解だ」

 

倒れたナンバーズに歩み寄るクリード。だが彼らにもナンバーズとしての矜持がある。敵に囚われ、モルモット扱いされるなど死よりも苦痛だ。何かに利用されるくらいなら、彼らは死を選択する。ナンバーズは互いに顔を見合わせ、同じ覚悟を抱いていると確信した。舌を噛み切ろうとした瞬間、クリードの持つ拳銃の銃弾を撃ち込まれてしまった。瞬間、彼らの動きは停止する。彼らの視界に映るクリードは新しい玩具を与えられた子どものような笑顔を浮かべていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

星の使徒は今、怪人の因子と究極のナノマシンを組み込む為の優れた体をもった実験体を手に入れたのだ。

 

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

クロノス支部へのゴルゴムの怪人の襲撃。

その報は翌日の早朝にはセフィリアの元にも届けられた。その報を受けた一同の表情は一様に驚きと苦痛に塗り潰されていた。その場にいた人間300人近くの死傷者が出、更にその場に駆けつけたナンバーズの4人「ベルゼー、ナイザー、ジェノス、ベルーガ」の4人は生死不明と締められていた。

 

「おのれゴルゴム・・・!」

 

光太郎はゴルゴムを思い虚空を睨む。そしてその隣に立つイヴも何度か顔を合わせているベルゼーを思い出す。恐い雰囲気をもつ人だったけれど、自分に飴をくれようとしたり優しさを見せてくれた人。そんな人がもしかしたらもうこの世にいないのかもしれないという事実に、ゴルゴムの恐ろしさに現実味を帯びさせた。

 

「・・・捕らえていた星の使徒のメンバー、エキドナ=パラスとエーテスは連れ去られていたそうです。あの状態の2人が独自に逃げ出すことはないでしょう。光太郎さんの話を聞くに、ゴルゴムが捕らえられた人間をわざわざ助けるとは考えにくい。星の使途が絡んでいる可能性も高いでしょう」

 

セフィリアがそう冷静に分析する。しかしそれは表面上のものであり、内心は部下の安否を懸念している。しかし彼らは動くことができない。ゴルゴムや星の使途がどこにいるかの情報もない彼らは、果たしてどこに向かえば良いのか。

 

「何でもいい! 奴らの居場所を探る方法を・・・」

 

拳に込める力を強める光太郎。どんな方法でも良いのだ。そこでセフィリアが携帯電話に視線を落としているのを見て、閃いた。

 

「セフィリアさん!」

「は、はい?」

「ベルゼーさんと連絡は取れますか?」

「・・・いえ。電源が入れられていないのか、こちらから連絡を取ることはできません。無事であると良いのですが・・・」

 

光太郎はセフィリアが持っていた携帯を受け取る。

できるかどうかは分からない。しかしやってみるしかない。

 

「・・・光太郎?」

「ベルゼーさんたちは生きている。まずはその居所を調べよう」

「ベルゼーさんのいる場所、分かるの?」

 

イヴは光太郎の手の中にある携帯電話を見やる。しかし電源も入れられておらず、連絡を取る術もない。一体どうするつもりなのか、皆は光太郎の動きに注目していた。

 

光太郎は体を輝かせた瞬間、変身していた。

しかしその姿はこの場にいる誰も見たことのない姿だった。RXでもない。エキドナやエーテスを恐怖のドン底に叩き落としたバイオライダーでもない。その姿は前述の2つの姿よりも機械的で、赤い瞳から血の涙を流しているようにも見える。

 

 

 

 

ロボライダー。

光太郎が変身するRXがもつフォームのもう一つの姿である。

 

ロボライダーはセフィリアの携帯電話にアクセスする。そして携帯電話から全世界に広がるネット空間に意識を飛ばす。ロボライダーの脳裏には様々な画像・動画・情報が流れ込んでいた。どんなプロテクトがかけられていてもロボライダーの意識はそれを容易く突破する。そしてネットの海の更に奥へと潜っていった。

 

 

 

 

 

 

そして同時刻。

 

ドクターは自らの研究の向上に興奮を覚えていた。なにせ、人としては最強の部類に入るナンバーズを実験体にでき、更には怪人として強化することができるのだ。人の限界を超えた生物の創造。それはもはや神の領域といっても過言ではない。自らが創り上げたこの生物は、ゴルゴムの怪人に勝るとも劣らぬ存在だ。ゴルゴムの他の怪人も、あの神官共とていずれは自分たちの駒に組み込んでやろうとほくそ笑む。いつかはあの化物、南光太郎とて足元に跪かせてやろう。

 

だが直後、呼び出し音が鳴る。

ドクターが音のする方に顔を向けると、そこはモルモットが所持していた衣服だ。発信機の類も存在なかったし、携帯電話も破壊した。もう用はないと適当に捨てていたが、そちらから聴こえていたのだ。ドクターが近づきそれを探る。ボロボロになった携帯電話が力なく「ピ・・・ピピ・・・ピ」と途切れ途切れに音を鳴らしていた。

 

「・・・ん? 電源も落としてから壊したはずだが、まだ動いていたのか」

 

ドクターはそれを踏みつけ、今度こそ完全に破壊した。

 

「ふふ、改造の続きを楽しもうか」

 

そして身を翻してデスクに向かう。だがその時、デスクに置いていたコンピュータが自動で点滅し始めた。誤作動かと思い駆け寄るドクターだが、まるで操作が効かない。

 

そしてコンピュータが勝手に文字を弾き出す。

 

 

 

 

 

『ミツケタ』

 

 

 

「・・・みつけた?」

 

ドクターが画面に表示された文字を読む。

 

 

 

『オマエハドクターダナ』

「・・・また勝手に文字が・・・どうなってる」

『キサマラノヒドウ・ゼッタイニユルサン』

「・・・・・・・・・まさか」

 

このフレーズに、ドクターは心当たりがあった。自分にトラウマを植えつけ、「許さん!」と迫ってきたあの男。だが今自分は異空間にいる。いくら奴が化物といっても、そんな場所にあるコンピュータにアクセスなどできるはずがない。・・・できないはずだ。・・・できないでいてくれ。

 

ドクターがそう願って歯をガチガチ鳴らせていると、傍にあったいくつかのコンピュータが爆発を起こした。

 

「ひぃ!」

 

恐怖心を抱いたドクターはいきなりの爆発音に驚き、腰を抜かす。画面には更に文字が打ち込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『ゼッタイニニガサン』

 

 

 

 

 

 

 

『オレハ・キサマタチヲ・ゼッタイニユルサン』

 

 

 

 

 

『イマスグイク』

 

 

「来んなっ!」

 

 

『イク』

 

 

ドクターの叫びも虚しく、相手はすぐにでもこちらに来ると言う。ドクターの脳裏に何時かのトラウマが蘇る。逃げなければ・・・すぐにでも逃げなければ・・・と腰を抜かした状態で床を這う。そんなドクターの様子に何かを察したのか、クリードたちが助け出したエキドナとエーテスが震えだした。

 

 

 

 

 

「イヤアアアアァァァァァ、コワイィィィィィ!!!」

 

「ウキィィウキィィィウキィィィィ!!」

 

 

 

 

阿鼻叫喚である。

 

そんな状況の場にシキがやってくる。

 

「ドクター、何事だ」

「奴が! 奴が来る!!」

「・・・この地獄絵図、南光太郎か」

「そうだ! 早く逃げなければいけない!」

「落ち着け。いくらヤツでもお前の能力の中であれば危険はないだろう。それにこちらには5人の怪人がいるのだ。いくらヤツとて敵うまい」

 

シキはそう言って液体に漬けられている4人のナンバーズを見上げた。ゴルゴムの怪人よりも強力な存在となった星の使徒の新たな力として生まれ変わった彼らを・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変身を解いた光太郎は地図を広げ、小さな孤島を指差した。

 

「ベルゼーさんが持っていた携帯は異空間にあったけど何とか繋がることができた。そこの異空間と繋がりが近いのはこの島だ!」

 

皆は光太郎が今何をしたのか理解していない。元・星の使途のメンバー以外は異空間という存在に疑問をもったが、光太郎が言うのなら本当にあるのだろうと無理矢理納得させた。それを発見した方法についても「光太郎ならできるんだろう」という謎の説得力が彼らの中にはあった。

 

 

 

星の使徒の居所を掴んだ光太郎。

 

だが彼らはまだ知らない。

 

自分たちの前に立ちはだかるであろう相手の正体を・・・。




囚われたナンバーズは無事なのか!?

そして再び衝突する星の使徒と光太郎たち!

だがそんな光太郎たちの前にオリハルコンの武器を使う怪人たちが現れる。

血の涙を流す彼らに光太郎は何を思うのか!?



次回『悲しみの涙・炎の王子』
ぶっちぎるぜ!!


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悲しみの涙・炎の王子


【挿絵表示】


今回の表紙絵

光太郎が1人で行けば全て済む気がしますけど、それは無しの方向で(笑)


星の使途の居所は判明した。

しかし距離が距離だ。この港街から星の使徒がいるであろう島までは3000キロ以上離れている。まともに行っても2日はかかる計算だ。

 

光太郎は単独で先に向かおうとするも、それはイヴやセフィリアによって止められた。光太郎一人かもうひとりくらいであればアクロバッターのケタ外れのスピードで数時間で到着することができる。光太郎もイヴたちが自分を心配してくれているのは理解しているつもりだ。

 

「分かった。だが全員で向かうことは避けよう。リンスさんとティアーユさんはこの場に残ってください。スヴェン、シャルデン、キョーコちゃん、えっと・・・ジパングマンさんはこの場に残ってティアーユさんの守りを」

「ってことは、向かうのはオレと姫っちとセフィ姐、そして光太郎ってことか」

 

光太郎の案にトレインが肯く。確かに戦いの場となるであろう島に、戦闘要員ではないリンス・ティアーユの両名を連れて行くことは危険だろう。そしてティアーユは星の使徒に狙われている。光太郎たちが島を攻めている間にそちらを狙わないとも限らない。もし星の使途がやってきてもシャルデンやキョーコはもうその組織に与することはないであろうし(ジパングマンは分からないが)、万が一としてスヴェンも残る。

 

「少数精鋭だが良いと思うぜ」

「光太郎さんが調べてくれた島までは距離があります。すぐにでも向かいましょう」

 

セフィリアはすぐに愛剣サタンサーベルを手にし、部下を救うため、そしてクロノスの、光太郎の敵である星の使途を討伐するために動き始める。居残り組は「気をつけて」と声をかけるが、内心は「光太郎なら大丈夫だろう」という安心感があった。しかし当の光太郎は敵を過小評価しない。非道を尽くす者は例え人間であろうと全力を尽くす覚悟だ。

 

外に出た光太郎たち、そこで待機していたアクロバッターが近寄る。

 

《行くのか、ライダー》

「ああ。急いで星の使途のいる島に行かないといけないんだ」

《ならば乗れ、ライダー。すぐにでも向かおう》

 

ヘッドライトを点滅させるアクロバッターにトレインが声をかける。

 

(わり)いアクロバッター。俺たちもそこに一緒に行きたいんだけどよ、どうにかならないか?」

《・・・さすがに4人は無理だ。諦めろ》

「ライドロンがいれば・・・」

 

光太郎は手を顎につけて考え込み、かつて共にあった光の車を思い浮かべる。今までは必要に応じて呼ぶことはなかったが、以前の世界と同じように自分が呼べば駆けつけてくれるのだろうか。

 

「どう思う? アクロバッター」

《・・・その問いに回答を出したくはない》

「光太郎、ライドロンって?」

 

返答を黙秘するアクロバッター。そして今まで光太郎から聞いたことのない言葉を気にし、訊ねるイヴに光太郎は説明した。

ライドロン。通称光の車。アクロバッターと同じく意思をもち、かつて共に戦ってくれた仲間。以前の世界では自分が呼べば、アクロバッター同様にすぐに駆けつけてくれたと話した。

 

そう説明する姿の光太郎を見て、その脇に止まるアクロバッターは心なしか小さく見える。落ち込んでいるのだろうか。

 

だがモノは試しと光太郎は目を閉じ、心中でライドロンの名を呼ぶ。今こそお前が必要なのだと、呼びかけた。すると見覚えのある現象が起きた。目の前の空間に亀裂が入る。そしてそれはガラスのように割れ、異空間から赤い車が飛び出してそれは光太郎の前で停止する。

 

「来てくれたか、ライドロン!」

 

光太郎は嬉しそうだ。思わずその車体に駆け寄った。

ライドロンであればイヴやセフィリア、トレインも乗り込むことができる。これで人数の問題は解決した。皆はすぐにライドロンに乗り、光太郎はアクロバッターにもしも星の使途やゴルゴムの怪人が襲ってきた場合の守護をお願いした。

 

「頼むよ、アクロバッター」

《・・・それがライダーの望みなら任せよ。全てが終わったらライドロンとは長い話しをせねばならないだろう》

 

アクロバッターの言葉には「やむを得ず」了承した節が感じ取れたトレインだったが、鈍感な光太郎はそんなものに気づくはずもない。純粋に願いを聞き入れてくれたアクロバッターに「ありがとう!」と感謝していた。状況的に不謹慎かもしれないが、そんな鈍感な光太郎を想う奴らは苦労するだろうなとトレインは苦笑した。主に車内にいる自分以外の人物だが・・・。

 

そしてライドロンはエンジンをかける。そして瞬間、トレインたちが見ていた外の景色が流れた。一瞬で街を抜け、そしてなぜか正面に海を迎える。

 

「お、おい光太郎! 前、前見ろって!」

 

トレインがそう焦って呼びかけるが、光太郎は聞こえているはずだが方向転換しようともしない。

 

「ハートネット、光太郎さんのことです。信じなさい」

「そうだよトレイン」

 

セフィリアとイヴは動じていない。そして2人が信じていた通り、ライドロンは何事もなく走行していた。トレインの心配を余所に、海上を走っているのだ。それもものすごいスピードで。

 

「陸路を行くと障害物があって余計に時間がかかる。こちらから行った方が早く到着するはずだ」

 

光太郎はハンドルを操作して目的地を目指す。海上を走行できるのなら、確かにその方が遥かに距離を短縮できるだろう。このスピードなら尚更だ。一体どのくらいのスピードが出ているのかとトレインはスピードメーターを覗き込む。現在は1400キロという数字が表示されていた。先日のバイクレースでアクロバッターは700キロで走っていた。最高時速は750キロらしいが、ほぼその倍だ。そしてメーターには1500キロまで記されていたため、海上でなければそこまでのスピードが出せるということだろう。このスピードであれば3000kmの距離もたった2時間程で到着できる。

 

 

ライドロンは光の矢の如く、一線の影を残して消えていった。

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

 

その頃、ゴルゴムアジトでは・・・。

南光太郎がこちらに向かっているという情報を得てはいたが、今はそれどころではなかったのだ。3神官の前には複数の怪人がこちらに向かって敵意を放っていた。

 

「やってくれるではないか、人間」

 

バラオムが怒りの表情を顕にする。自分たちと相対している怪人たちの背後で、星の使途クリード=ディスケンスは楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「やぁ、神官ども。キミ達のおかげで僕の計画は成った。感謝しているよ。だがこの世界を管理するのはキミ達ではない。君たちには品性が感じられないからね。だからここで退場してもらうことにした」

 

クリードの駒となった怪人たちがダロムたちを取り囲む。だがダロムは冷静に状況を観察していた。いくらゴルゴムの怪人が敵に回ったとはいえ、自分たちが本来の姿を出せば大した脅威ではない。だが今ここには南光太郎が向かっているのだ。いくらクリードたちを潰したとて、疲弊した後に光太郎とぶつかるのは得策ではない。ならば星の使途と光太郎が潰し合い、残った方を最後に手を下す方が遥かに効率的だ。人間相手に後手に回るのは恥辱であるが、ダロムは撤退を考えていた。そしてそう決断してからのダロムの動きは早かった。襲いかかる怪人の手が伸びる前にバラオムとビシュムを連れ、時空に穴をあけて飛び込み姿を消す。

 

神官に逃げられたが、クリードに焦りはない。今となってはあの3人とて脅威ではないのだ。クリードが認める脅威・・・それはすぐにやってくるだろう。クリードは笑いながらゴルゴムの玉座へと腰を下ろした。

 

 

 

 

 

場を脱した3神官。

現在はアジトであった島の目前の海上で浮遊していた。

バラオムは憤慨している。人間程度に遅れをとったこともそうだが、そんな相手に逃げを選択したダロムに対してもだ。

 

「ダロム、なぜ逃げた!」

「分かっていよう。あのまま戦ってもクリードには勝てよう。しかし我らも消耗する。そんな状態でパワーアップを果たしている仮面ライダーBLACKと戦うつもりか」

「・・・くっ、おのれ」

「………」

「ビシュム、どうした」

「いや、バラオム…予知の一種か分かりませんが、その場は危険な気がするのです」

「ははは、何を言っている、ビシュー」

 

そこまで言ってバラオムは体をくの字に曲げ、ダロムとビシュムの2人の前から一瞬で姿を消した。

 

ダロムは上空を見た。バラオムが人形のように力なく舞い上げられていた。彼らには何が起こったのかを見る事ができなかった。そしてバラオムは身動きせず海水に沈む。混乱から回復してはいなかったが、ダロムは自身の念動力でバラオムを海中から引き上げた。

 

「…バラオム、無事か?」

「ガハッ…な、何が起きた!?」

「それが…我らにも分からぬ」

 

人間よりも遥かに優れた耐久力をもつ体であるというのに、バラオムは大きなダメージを負ってしまっていた。半死半生だ。

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

光太郎たちは海上を猛スピードなんて生易しいものでない速度で走行していた。そしてその島をすぐ目の前まで迫っていた。戦闘態勢に移ろうとするトレインだったが、車内に軽い衝撃が伝わった。何事かとトレインはイヴたちと顔を見合わせる。彼らには一瞬の事で何が起きたのか分からなかったのだ。トレインの隣で運転する光太郎だけが青い顔をしていた。

 

「光太郎、どうかしたのか?」

「…海の上に浮いていた人を轢いたかもしれない」

「は? 何で人が海上に浮いてるんだよ。怪人じゃないのか?」

 

トレイン大正解。

光太郎が運転するライドロンが轢いたのはバラオムだった。トレインに言われてみれば、光太郎も轢いてしまう直前に見た姿はゴルゴムの神官だったような気もした。

 

「確かに…あの顔は3神官の一人だった」

「だろ? 敵の数を減らしたんだ。良かったじゃねえか」

 

期せずして、光太郎はバラオムにライドロンでのライディングアローを行っていたのだ。

 

既に島に到着していたライドロンは停車し、彼らは自分たちが通って来た海上に視線を向ける。だが彼らに敵の心配をしていられる程余裕はなかった。ライドロンの前から多くの怪人が迫ってきたのだ。

 

「やるか?」

 

トレインが愛銃ハーディスを手にする。それをセフィリアが制した。

 

「ハートネット、あの数の怪人を相手にするには時間も体力も消耗します。あの者たちを無視して中央に攻めるのも良いですが、挟み討ちは戦略的にも危険です。ここは私が引き受けますから、あなた達はこのままクリードの元へ進んでください」

「セフィリアさん…大丈夫だよね?」

 

彼らの視界に入っている怪人は既に10体を超える。彼らは知る由もなかったが、ベルゼーとケルベロスの四人がかりで一体でも太刀打ちできなかった相手がそれだけいるのだ。しかしセフィリアにはそれすらも屠る事ができる剣がある。だが戦いに危険は付き物だ。イヴは心配して車外に出たセフィリアに声をかける。

 

「大丈夫ですよ、イヴ。あの者達は私がこの場で抑えます。あなたは光太郎さんの傍で、光太郎さんの力になってあげてくださいね」

「…うん!」

 

光太郎もセフィリアの実力は知っている。怪人相手というのが心配を外せないファクターなのだが、セフィリアは光太郎を真っ直ぐ見つめてきた。

 

「光太郎さん、あなたは優しい人です。それは美徳なのでしょう。ですがあなたの力として…剣として戦場に立つ私の身を案じて、先に進むのを拒むのは私にとって悲壮の思いです。私を信じてください」

 

「セフィリアさん…。分かった! ですが絶対に無理はしないでください」

 

光太郎の言葉に微笑んで肯くセフィリア。

ライドロンは数人の怪人を撥ねながら中央へと消えていった。

 

残された怪人が不気味な瞳でセフィリアを標的に定める。

そんな多くの敵意を受けながらも、セフィリアは臆することなく剣を抜いた。

 

「大切なあの方に信頼される。これ以上の喜びはありません。さぁ、かかってきなさい。南光太郎の剣の力、その身をもって知りなさい!」

 

セフィリアの体が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アジトの壁に穴を開け、侵入を果たした3人。

屋内ではこれ以上ライドロンで進むのはできそうになかった。光太郎はライドロンに礼を言い、イヴとトレインと共に狭い通路を走る。そして目の前の不思議な扉が行く手を遮っていた。

 

「…手術室?」

 

イヴは目の前の扉を見て呟く。光太郎は改造手術をする場を想像した。当時のことを思い出したくはないが、今はそんな事を言っている場合ではない。光太郎たちはその部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎の目の前には見渡す限りの砂漠が広がっていた。

 

「な、なんだここは!?」

 

そして気付く。今まで自分の隣にいた筈のイヴとトレインの姿が無いことに…。2人の名を呼ぶが、声は返ってこなかった。

 

光太郎の前に蜃気楼のように現れた人物たちがいた。光太郎を見知った顔だ。

 

ケルベロスのナイザーとベルーガだ。

しかし光太郎は構えをとり、目の前の2人を警戒する。目は虚ろで妖気すら放っていた。

 

「うゔゔううう…」

 

歯を剥き出して唸る2人。

突如、ベルーガが持っていた巨大バズーカを振り上げて一足飛びで光太郎に向かってきた。そして振り下ろされるオリハルコン製のバズーカ。間一髪かわした光太郎だが、光太郎がいたであろう場所は巨大なクレーターができていた。人間の力ではない。

 

その攻撃をかわした光太郎だったが、その身を背後からナイザーに羽交締めされてしまう。振り解こうとするも、怪力のためか身動きすらとれなかった。

 

「やめろ! 俺は2人と戦うつもりはない!」

「うゔゔうううあああああ!!」

 

ナイザーは吠えて光太郎の腕を取り、そのまま床に叩きつける。

 

 

 

しかし叩きつけられる瞬間、光太郎の姿はRXへと変化していた。RXは体を捻って着地し、反対にナイザーの体を遠くへ投げ飛ばす。

 

だが尋常な様子でない。

一体2人に何が起きたのか逡巡するRXに、別の声が響いてきた。

 

「や、やぁ、南光太郎。僕が用意した兵器は楽しんでもらえているかな?」

「この声は…ドクターか!」

「ひぃ…、ふ、ふふふ、ナンバーズのその2人にはゴルゴムの怪人の因子を組み込んである。更には超再生能力も加わっている。何時ぞや君が戦ったゴルゴムの怪人よりも、遥かに強力になっていると考えてもらっても構わないよ? 今度は…今度こそはお前が僕に跪く番だ!」

 

ドクターの声は笑い声と共に消えていった。それと同時にナイザー、ベルーガ両名の体が膨れ上がり、まるで獣人のような様相に変化した。

 

ナイザーはRXの目の前に飛び、持っていたトンファーを回す。一瞬で何撃もの攻撃を受けたRXの体には火花が散った。

 

「くっ…!」

 

膝をつくRX。その場を跳躍したナイザーの影から、バズーカを構えるベルーガの姿があった。発射される巨大な弾丸。RXはその弾丸を片手で受け止める。ひしゃげる弾丸は火を吹き、辺りを爆炎が包んだ。

 

その光景を見て、ナイザーとベルーガは更に唸る。

 

「「うゔゔう…コロセ…コロセ…」」

 

爆炎の中で影が動く。

 

「「コロセ…コロセ…オレたちを…コロセ……!」」

 

ナイザーとベルーガは獣の表情になりながらも涙を流す。

 

血の涙を…。

 

 

 

 

 

 

燃え盛る炎の中から手が伸びる。

だがそれはRXのものではない。

 

 

 

「体を改造され…自らの意思とは無関係に操られるその無念と悲しみ! 全てこの身で受け止めよう!」

 

ロボットのようなフォルムの体が、炎の中で輝いている。

 

 

「…アールエックス! ロボライダー!」

 

炎が全てロボライダーの体に取り込まれ、体の輝きが消える。

その場に立っていたのは炎の王子だった。




ナンバーズの悲しみを受け、変化したロボライダー。

だがロボライダーの前に改造されたナンバーズがいるように、イヴとトレインの前にも脅威が立ちはだかっていた!

ナンバーズの槍がイヴを襲う!!

次回『あの人に並び立つ為に』
ぶっちぎるぜ!!


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あの人に並び立つ為に

最初のうちは一ヶ月皆勤投稿を目指していたのですが、やはり難しいですよね・・・。やる気の維持というか・・・。読者様の毎日の暇つぶしになるように頑張りたいです。


イヴのオリジナルトランスの「ゲル化」名称変更します。
やりたい放題やりすぎたかな・・・。ごめんなさい。


ドクターは見た。

炎の中から現れた男を。そこにいたのは仮面ライダーBLACK RXという男ではなく、以前自分たちが確認したバイオライダーでもなかった。この男は一体どれだけの力を隠し持っているというのか、それを見る度にドクターの胃はキリキリと痛んだ。

 

ベルーガが何度もバズーカを撃ち込むがそれをモノともしない。確かに直撃を受けているはずなのに倒れもせず、仰け反りもせず歩を進める。

 

 

「ガアアアアア!」

 

ナイザーは吠え、超スピードでロボライダーの懐に入り込んだ。そしてオリハルコン製のトンファーを振るう。しかしロボライダーはそれを避ける。圧倒的な防御力をもつロボライダーであるが、決して鈍重という訳ではない。

 

ロボライダーはナイザーの腕を取り、投げ飛ばす。だがそこに弾丸が切れたベルーガがバズーカを振り上げて跳躍していた。振り下ろされるオリハルコン製のバズーカ。その時、ロボライダーの拳が光った。

 

「アアアアアっ!」

「・・・ロボパンチ!!」

 

ぶつかり合うバズーカと拳。周囲に轟音と衝撃波が走る。

 

 

 

 

 

打ち勝ったのは・・・ロボライダーであった。オリハルコン製のバズーカ「ウルスラグナ」はロボパンチの前に粉々に砕け散ったのである。ロボパンチを直接受けた訳でないベルーガの体もその衝撃から巨躯に多くの傷を負うが、瞬時に再生されていく。

 

 

「・・・ナノマシンか。ならば!」

 

ロボライダーはベルーカの体を掴む。暴れるベルーガだが、ロボライダーの力には児戯にも等しい。ロボライダーの目が光る。

 

「ハイパーリンク!」

 

彼らの不死の秘密。それは体内に撃ち込まれたナノマシンにある。以前人狼と相対した時にバイオライダーであればそれを破壊することは可能だった。しかし今の彼らはそれにゴルゴムの怪人の因子が組み込まれてしまっている。破壊ではダメなのだ。彼らは人の姿を取り戻すことができなくなる。

 

ロボライダーの行うハイパーリンクは、触れただけであらゆる機械をコントロールできる。ナノマシンを操作し、人の姿を取り戻すようプログラムを行う。ベルーガの細胞がナノマシンによって組み替えられていく。不死を打ち消し怪人の遺伝子を殺し、ただ人に戻るように、体内を駆け巡る。

 

ロボライダーの手が離れ、彼はもうひとりの犠牲者ナイザーに向き合う。その場に倒れている獣人であったベルーガは、戦意も失い、人の姿に戻り気を失っていた。その表情は心なしか穏やかであった。

 

「な、な、何をしたあぁぁぁ!?」

 

砂漠の空間にドクターの声が響く。

自身が手を加えて改造を施した作業が灰燼に帰したのだ。かつての人狼とは訳が違う。バイオライダーになり、ナノマシンを破壊されて不死を消されるのならまだ分かる。しかし今の彼らは怪人なのだ。遺伝子レベルで怪人なのだ。それを人の姿に戻すなど、自分の技術では到底行うことができない。ドクターはただただ驚愕していた。

 

・・・ナノマシン。それは無限の可能性を秘めている。本来のナノマシンの能力であれば遺伝子レベルの操作はできなかったろう。しかしロボライダーはそれを完全に操り、強化し、不可能を可能としたのだ。そして最後に自滅するプログラムへ書き換え、ナイザーの体内からナノマシンは完全に消滅した。

 

 

 

ロボライダーはナイザーに手を伸ばす。

 

 

◆◇◇◆

 

 

その頃、トレインはジェノスと対峙していた。

ステージは街の中である。しかしこの場には2人の姿しかなかった。

オリハルコンの鋼線を避けながら発砲するが、直前に切断されるか、命中しても怪人と化した体には効果が見られなかった。そして今のトレインの体は子どもの姿である。銃弾をひとつ撃つ事に反動で手首を痛めてしまう。

 

「やっぱりこの姿じゃきついか・・・」

 

この姿を堪能するためにいつまでも元に戻ろうとしていなかったトレインだったが、事戦闘となるとこの体は不便であった。本来の感覚に体がついていかず、こうして愛銃も満足に使用することができない。

 

トレインはジェノスと距離をとり、意識を集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎が砂漠の空間に立たされていたように、トレインが街の中にいたように、イヴも別空間にいた。

イヴは辺りを見渡す。大小様々なぬいぐるみが置かれ、屋内にいたはずであるのにピンクの空には色とりどりな風船が飛んでいた。

 

「・・・ここ、どこ?」

 

一緒にいたはずの光太郎とトレインもいない。光太郎の名を呼ぼうとした瞬間、イヴの体を冷たい感覚が支配する。イヴは咄嗟にその場を飛び退いた。

 

その場に巨大な槍が天空から落下した。衝撃波が周囲のぬいぐるみを切り刻む。

 

「うっ・・・」

 

体を硬質化させたイヴだったが、あまりにも急であったため全てを防ぐことはできなかった。イヴの柔肌に赤い線が刻まれる。だが自らを傷つけたその槍よりも、驚くことが目の前に存在していた。

 

「ベルゼー・・・さん・・・」

 

巨大な槍の影から見知った男が現れたのだ。しかしその瞳は光を失い、虚ろだ。イヴは本能的に「危険だ」と感じた。肌がピリピリと痛む。ベルゼーが自分に巨大な殺気を放っているのだ。あの優しかったベルゼーが、である。

 

ベルゼーは槍を手に持ち、振るう。

それだけで大地に傷跡を残す。イヴはどうするべきか思考を巡らせた。今のベルゼーはまともではない。しかしあの優しい人が、自分にこれほどの殺気を向けるとは思えなかった。正気を失っている。いや、失わされていると言った方が正しい。星の使徒によって・・・。一体どうやって? 催眠? それとも・・・。

 

槍の先端がこちらに向いた瞬間、イヴはハッとして飛び上がった。

 

 

 

トランス・エンジェル

 

 

 

 

背に羽根を生やし、縦横無尽に飛ぶことで狙いを定めさせない。イヴがベルゼーの背後の上空に位置すると、ベルゼーの姿が一瞬で消えた。空中にいたイヴの真上に飛び上がっており、オリハルコン製の槍「グングニル」を構えていたのである。イヴは咄嗟に腕を振り、防御する。

 

 

 

トランス・シールド

 

 

 

しかしベルゼーの刺突は強力で、イヴのシールドを容易く粉砕した。そして勢いよく大地に叩きつけられる。

 

「・・・うっ」

 

「・・・・・・・・・」

 

倒れ、傷ついた腕を抑えるイヴ。ベルゼーはそんな隙だらけのイヴに対し、見下ろしているだけで攻撃を加えようとしなかった。そんなベルゼーに声がかけられる。

 

「何してる、早くそいつを捕らえるんだ! そいつが南光太郎へ勝利する為の鍵なんだぞ! さっさとしろ!!」

 

この声はイヴにも聞き覚えがあった。星の使途のドクターの声だ。その声を聞き、ベルゼーは顔を歪ませる。ゆっくりと腕を上げ、その手をイヴに伸ばした。

 

「ドクター・・・あなたがベルゼーさんを・・・?」

「そうだ! 怪人の因子と超再生のナノマシンを組み込んだ時の番人、いや、今は星の番人のそいつに貴様が勝てる可能性はゼロだ! とっとと諦めて捕まるんだな!」

「・・・何を、焦ってるの?」

「・・・う、ボクは何も焦ってなどいない!」

 

ドクターはそう答えるが、口調、声の大きさ等で丸分かりである。

 

「そっか・・・光太郎があなたを追い詰めてるんだね」

 

その答えはイヴもすぐ下すことができた。光太郎は、今自分がこうしている間も戦ってるんだ。そしてそれはトレインも一緒。自分だけがこうしていつまでも倒れている訳にはいかない。

 

イヴは傷ついた体で立ち上がり、ベルゼーに相対する。

 

「・・・私はいつまでも弱い子どもじゃない。光太郎の弱点じゃない。私が目指すのは・・・光太郎の力。ドクター、私はあなたの思い通りにはならない」

 

 

まだ戦意のあるイヴを前に、ベルゼーは伸ばす手を止め、再び槍を構えた。そして体を膨張させる。体毛を生やし、牙を伸ばし、獣人と化すベルゼー。そんなベルゼーに、イヴは悲しい表情を浮かべる。

 

「・・・ベルゼーさん、少しだけ待っていてください。この悪夢は・・・すぐに終わりますから」

 

ベルゼーは刺突を繰り出す。だがその瞬間、イヴの体が輝いた。

 

 

 

 

トランス・ウンディーネ

 

 

 

イヴの体が透明な水へとトランスを遂げた。

突き出された槍も、その体には無意味であった。掴み取ろうとするベルゼーだが、何人も水を掴むことなどできはしない。

 

 

水の鞭(アクアウィップ)

 

 

イヴの体の一部が鞭のようにしなり、ベルゼーの足元を崩した。そしてベルゼーの体を水が覆う。その水は見る間に凍りついていった。

 

 

氷の棺桶(アイスコフィン)

 

 

そして完全に凍りつく。だが凍てつく氷の中にいようと、今のベルゼーは怪人の怪力とタフさを身につけている。常人であればこの場で終わっていたが、ベルゼーを囲う檻は亀裂が入り、粉砕された。しかしイヴは次の行動に移っていた。

 

腕の一部を鋭い刃に変え、ベルゼーの槍を持っている凍りついていた右腕を切り落とす。

 

 

トランス・ナノスライサー

 

 

通常の怪人の肉体であればいくら分子レベルに鋭くされたイヴのナノスライサーであっても傷つくことはあっても切断まではできなかったろう。しかし事前に凍傷レベルにまで凍らせたことで、それを可能にした。ベルゼーは腕を再生させるが、彼を武器と切り離すことには成功したのだ。

 

 

そんなベルゼーの不甲斐なさにドクターは憤慨する。

 

「何をしてるこの役たたずが! そんなガキ一匹にいつまでも時間をかけているんじゃない! このクズが!!」

「ベルゼーさんは役たたずじゃない! そんなに言うのなら、あなたが私の前に出てきてください。自分は安全な場所から出てこようともせず、自分の欲望のために人の痛みや苦しみも理解しようともしない。あなたこそが本当のクズです!」

「だ、黙れガキがあああぁぁぁぁ!!」

 

自分の半分にも満たない歳の子どもにこうまで言われたのである。怒り狂うのも当然といえよう。しかし、正論である。イヴは既にドクターを見下げ果てていた。だが今は目の前の男を止めなければならない。時の番人として人類としては最高クラスの実力をもっていた男。そして今は怪人の因子と再生のナノマシンを組み込まれ、怪人の中でも上位の実力をもつ男を。でもきっと、光太郎ならば勝ててしまうのだろう。あの人は・・・どんなことも乗り越えてしまう人だから。そんな光太郎の相棒(パートナー)として、それに近いことはしないといけない。私は光太郎と違ってできないことがたくさんある。乗り越えられないこともあるかもしれない。それでも目の前の人を助ける為に、諦めはしない。

 

イヴの水の体が輝く。

ベルゼーを止める為に、新たなトランスを。

 

 

 

イヴの体からいくつもの蔓が伸び、ベルゼーを拘束する。そしてその無数の蔓の先端はナノスライサーのように鋭利になり、ベルゼーの皮膚を貫く。

 

 

トランス・フラワー

 

 

イヴは絹のような衣を纏い、足元は植物のような葉や花で覆われていた。そしてベルゼーの体に蔓を通してナノマシンを注入する。神経を麻痺させるようにプログラムされたナノマシンと再生を打ち消すナノマシンを。再生能力を消去されてしまえば、如何に怪人といえども神経を麻痺されては動くこともできなくなる。しかもそれはナノマシンという機械での麻痺だ。成長したイヴのプログラム能力は体から離れたナノマシンであっても死滅することなく暫くの間は稼働し続ける。

 

 

「ベルゼーさん、私では・・・あなたの体を治すことまではできない・・・。ごめんなさい」

 

元の姿に戻ったイヴは倒れているベルゼーにそう呟く。その呟きに「気にすることはない」と返事が返ってきた。イヴも驚いて顔を上げる。ベルゼーは倒れながらも、正気に戻っていたのだ。

 

「・・・すまなかったな。私はお前に刃を向けていたようだ」

「ううん。ベルゼーさんのせいじゃありません」

「・・・・・・・・・流石は、南光太郎の相棒(パートナー)だな。初めて会った時に比べ、ずっと大きく見える」

 

ベルゼーは思い出す。イヴと初めて会った光景を。

自分の顔を見て怖がり、光太郎の影に隠れていたのは今思うと笑えてしまう。自分はそんなに子どもに好かれない出で立ちかと思うのと同時に、あの自分に怯えていた子どもが、今では正気でなかったとはいえ自分を打ち負かす程に成長していることにある種の感動を覚える。

 

「誇るがいい、イヴ。お前はもう、立派に光太郎の力となっている・・・!」

 

ベルゼーはそう言って、気を失った。ベルゼーの手にイヴは自身の手を重ね「ありがとうございます」と呟いて立ち上がった。

 

そして虚空を睨む。

 

この優しい人をこんな目に遭わせた男を。




ベルゼーを下す程に成長したイヴ。

そして遂に光太郎たちの前にドクターが姿を現す!

だがドクターは震えながらも光太郎の弱点を告げる。
光太郎の前に現れた女性。その女性は一体何者なのか!?

次回『消えた記憶』
ぶっちぎるぜ!!


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消えた記憶

やはりオリジナル設定を組み込むと好き嫌いが出てきてしまいますよね・・・。


今までの弾丸ではない。

怪人と化したジェノスの体に撃ち込まれたその弾丸は、怪人の目からしても弾の軌跡の残像を僅かに残す程の弾速であった。ジェノスは胸を抑えて膝をつく。

 

「へっ、なかなか強烈だな」

 

トレインは何度か跳躍し、自身の体の復調具合を確かめる。トレインは完全に元の姿に戻っていた。自身で体内にあったナノマシンをコントロールすることに成功したのだ。そしてその時に生じた細胞の変化で、彼は特殊な生体現象を起こせるようになっていた。

 

愛銃ハーディスがバチバチと音を鳴らす。そして更にもう一発、右大腿部を貫く。先ほどと同じように、ジェノスは銃弾を見切れなかった。

 

「ガアアアアァァァ!」

 

怪人と化した彼らには痛覚がないようだ。脚を貫いたというのに、それをモノともせず立ち上がってくる。そしてそれもすぐに再生を始めた。それを見てトレインはため息をつく。

 

「キリがねぇな」

 

トレインがそう吐き捨ててハーディスを構えると、殺気を放っていたジェノスの肩付近の空間に亀裂が走った。それが割ると同時に黒い手が伸び、ジェノスの顔を掴む。その瞬間に手は黒と黄色の2色の腕に変化し、ジェノスは元の姿になって倒れ込んだ。完全に空間が割れ、そこにトレインの知る最強の男が現れる。南光太郎の変化した姿だ。

 

ロボライダーはRXへと姿を変え、トレインに駆け寄る。

 

「トレイン、元の姿に戻ったのか!」

「お、おお。何やったのか知らないけど、お前何でもアリだな」

 

空間に穴を開けたこともそうだが、怪人となってしまったジェノスをどうやって元の姿に戻したのか。光太郎のすることであるなら「なるほど」と納得してしまう。「どうやったのか」という疑問が「光太郎だから」と、本来ならあるはずの過程を飛ばして答えが出てしまうのだ。

 

そしてその割れた空間からイヴが飛び込んできた。イヴはその場にいたRXたちに気付き、笑顔で飛びついてきた。

 

「イヴ、無事だったか!」

「うん。光太郎、向こうでベルゼーさんが倒れてるの。私には元の姿に戻すことまではできないから・・・」

「分かった、俺に任せろ!」

「・・・うん!」

 

イヴに促され、RXとトレインはその空間に飛び込み、倒れていたベルゼーを発見する。RXはロボライダーに変化し、ベルゼーの体内のナノマシンを操って元の姿に戻した。

 

「これでいい・・・、後は」

 

ロボライダーは立ち上がる。

 

「出てこい、ドクター!」

 

彼ら時の番人(クロノ・ナンバーズ)を苦しめた下手人であるドクターを捕らえるのみだ。三人は虚空を睨む。そして観念したのか、空間を左右に割ってドクターが現れた。

 

「大人しく降参しろ!」

 

ロボライダーはそう促すが、ドクターは未だ「クククッ」と笑っている。そして眼鏡の位置を直してロボライダーを見やる。

 

「まさか、彼らを下すとは思ってもいなかったよ。さすがは南光太郎だ。その強さ、かつて親友を手にかけただけのことはある」

「・・・!」

「ゴルゴムからの情報はある程度仕入れている。シャドームーンという男、君の親友だったのだろう? 愚直な正義を貫く男かと思っていたが、人間臭いところもあるじゃないか。是非聞きたいね。その時の気分はどうだったかな?」

「・・・貴様!」

 

ロボライダーが拳に力を込めると、彼より前に黒猫がドクターに向けて発砲していた。銃弾はドクターの右脚を狙ったのだが、すり抜けて地面に弾丸が埋まる。

 

「・・・立体映像? それとも幻の類か?」

 

トレインはハーディスを構えたままドクターに狙いをつけている。イヴはある程度予想していたようで、「だから光太郎の前に出てきたんだね」とドクターに投げる。あれ程まで光太郎に怯えていた彼が、何の策もなしに現れるなんてありえない。彼が強気でいられる理由、それは彼が本体でないからだ。

 

「ふふ、いくら君でもこの世界はボクが神だ。全てが僕の思い通りになる。こんなことだってね!」

 

ドクターはそう叫んで目の前の大地に手をかざす。大地は人型に盛り上がり、そしてそれは次第に形を成す。なんてことない青年男性。イヴやトレインの眼にはそう見えた。しかしロボライダーは変身を解き、南光太郎へと戻る。その表情は驚きと戸惑いが浮かんでいた。

 

「・・・信彦・・・!」

 

そこにいたのは、かつての友。幼馴染にして親友であった秋月信彦であった。光太郎は思わず手を伸ばす。

 

「驚いたかい? 僕はこの空間にいる人間の記憶を覗き、記憶の中にいる人物すら呼び出すことができるんだよ!」

「・・・外道が!」

 

光太郎は瞬時に体を輝かせ、現れた信彦目掛けてRXパンチを放つ。信彦は吹き飛び、土に還った。

 

「な、何の躊躇いもなく攻撃をしただと!?」

「信彦は・・・死んだ。アレは信彦の形をしたただの物だ。信彦じゃない! そして・・・俺の親友の死を弄んだ貴様を、俺は許さん!」

「ひぃ・・・あ、大丈夫か。ふふ、強がりを・・・。どうやら南光太郎にはこれは効果がないようだ」

 

RXの気迫に、自身が幻であることを一瞬忘れ怖気づくドクターだったが、それを思い出してすぐに強気に戻る。

 

「調べはついているよ。確かに南光太郎は強い。だが君の中にはもうひとりいるみたいじゃないか。南光太郎のような強さをもたず、何もできなかった弱いもうひとりの男がね!」

 

RXは静かに俯く。確かにドクターの言う通り、光太郎の体の中には転生者であるもうひとりの自分がいる。しかし過去の記憶は全てなく、今では南光太郎としての記憶が勝る。記憶も経験もなかった自分が、南光太郎という男が経てきた数々の経験が塗りつぶしたのだ。それは小さな波が大きな波にかき消されるように・・・。

 

「君は記憶が無いんだったね。だがそれは違う。君は記憶を忘れているだけで、過去は確かに存在していたんだ。君の記憶を覗かせてもらって驚いたよ。あの神のような強さをもった君の中に、社会の弱者ともいえる存在がいたのだからね!」

 

ドクターは再度手を大地にかざす。次に現れたのは信彦ではない。イヴとトレインも見たことのない女性。そしてそれはRXも知らない女性のはずであった。しかしRXの胸の動悸が一段と早くなる。

 

 

 

 

知らないはずの女性。

 

 

だがRXは自然とその女性を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・かあさん・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

 

 

 

アジトの外ではセフィリアが最後の怪人を愛剣で屠っていた。

ゴルゴムの怪人の優れた肉体とはいえ、サタンサーベルの切れ味とセフィリアの剣技の前では優位性は掻き消える。

 

「・・・終わりましたか。いえ、まだです。光太郎さんたちの元へ急がなければ!」

 

サタンサーベルを鞘に収めようとした瞬間、殺気が飛ぶ。セフィリアは咄嗟に剣をそちらに向けた。

 

 

甲高い剣戟の音が響いた。

 

 

まだ怪人が残っていたのか、セフィリアは目の前の男を前にそう考える。目の前の男は今までの怪人に比べ、いくらか人間的な雰囲気であるが、この妖気はゴルゴムの怪人に違いないだろう。剣と盾を持つゴルゴムの剣士。今まで自分が見てきた怪人とは違う。

 

セフィリアは数合打ち合い、目の前の男の剣技が自分に勝るとも劣らぬものだと感じ取っていた。

 

強い。セフィリアは素直にそう感じた。今まで自分が対峙してきたゴルゴムの怪人は、人より優れた力とタフさ、そして脚力による謂わば身体能力にモノをいわせた戦法が多かった。しかしこの男は違う。確かな技量を持ち合わせているのだ。RXには届かないまでも、時の番人たちよりも強く、ゴルゴムの怪人たちよりも強い。サタンサーベルがこの手に無ければ、自分も数合で圧されてしまっていたろう。

 

「なかなかやるな、人間」

 

桃色の鎧を着たその男はそう言って笑う。

 

「だがその剣は貴様のような人間には過ぎた代物だ。俺こそが持つに相応しい。屍と化した貴様から奪ってやろう」

「・・・そう簡単にいかせません」

 

男はセフィリアを囲うように分身してゆく。

 

「デモントリック!」

 

無数の姿がセフィリアを襲う。しかしこれをセフィリアも桜舞で対応する。無数の剣と流れる剣が交差し、衝撃が2人の体を刻んでいく。男は鎧で武装しているのに対し、セフィリアはいつもの黒スーツだ。どちらがその衝撃のダメージを負ってしまうか、単純な計算だ。剣戟が増すごとにセフィリアの勝機は削られていく。自らの勝利を確信したのか、男は強烈な一撃を放つ。

 

男の持つ剣から強烈な突風が吹く。セフィリアは留まろうとするも、風速200mにはなろうかという突風には耐えることができなかった。体は宙を舞い、体勢は不安定になる。そして空中で姿勢を取り戻そうとするセフィリアに対し、男は跳躍して剣を振り上げる。

 

「我は剣聖ビルゲニア。そのサタンサーベルの真なる持ち主よ!」

 

ビルゲニアの持つビルセイバーが、セフィリアに振り下ろされた。

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

 

寒い夜だった。

母親に家を追い出された僕は、暖を求めて街を彷徨っていた。次第に雪がぽつりぽつりと降り出し、露出する肌は感覚を失う。そんな折、暗闇の中で僕は見たのだ。

 

人のようだが人でない。人が決してできないであろう速度で、跳躍力で、何者かが戦っていたのを・・・。

 

大きくジャンプしたその人影はもうひとりの影に蹴りを放ち、その影は明るい閃光を撒き散らして爆散した。そしてそれを成し遂げた者の顔を見たのだ。

 

その者は緑の仮面をし、赤いマフラーをなびかせていた。

 

そして僕はそこで一度意識を失う。

次に目が覚めると、僕は男の人の腕の中にいた。暖かかった。僕は思わずその人の胸に擦り寄った。男の人は言う。

 

「寒かったろう? 今温かい飲み物をいれてもらうよ」

 

スナック、という場所に連れて行ってくれた。男の人はそこのマスターに話をし、夜中であったのに僕の前に温かいスープを出してくれた。美味しかった。久しぶりに温かいものを食べた気がする。そしてマスターは食べ物も作ってくれた。

 

お腹がいっぱいになると、男の人は僕の家を聞いた。バイクで送っていってくれるという。男の人は僕に上着を着せてくれた。大きくてぶかぶかだったけど、やっぱり暖かかった。僕も、こんな暖かい人になりたいと思った。

 

家に着いて、男の人とかあさんは口論をしていたが、僕は母さんに無理矢理家に入れられ、男の人とはもう会うことはなかった。

 

そして次の日、かあさんは知らない男の人を連れてきた。その男の人は2人の子どもをつれている。かあさんは言った。

 

「あんたはこの人のところにいくんだよ」

 

そう言ったかあさんは、僕が連れられていく時には嬉しそうな顔をしてお金を数えていた。

 

 

 

 

 

男の人は僕と2人の子を連れてよくわからないところに連れて行く。

強烈な臭いに、思わず鼻を抑える。生ゴミが腐ったような、そんな臭いがした。

 

僕たちが連れてこられたのは死神と呼ばれた人の前だった。

 

「いくらヤツでも子どもが相手であれば油断するだろう」

 

死神は言った。僕たちは爆弾になるという。

 

僕と2人の子は何もない部屋に閉じ込められた。寒くなって暖かいスープを思い出す。暖かい上着を思い出す。暖かいあの男の人の胸の中を思い出す。一緒にいた子達は震えている。寒さで震えてるんじゃない。怖くて震えていることは僕にも分かった。

 

「大丈夫だよ」

 

僕はそう2人を励ます。

 

そして次の日に爆弾を埋められる前に2人を連れて逃げ出した。恐い大人たちが追いかけてくる。僕は2人を外に出すことはできた。2人はいつか見た緑の仮面に赤いマフラーをした人に助けられていた。そんな光景を、僕は横たわりながら見ていた。けんじゅうというもので撃たれてしまった。痛くはない。

 

僕は・・・あの人みたいに暖かい人に・・・なれたかな。

 

・・・そんな事を思って目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

光太郎はゆっくりと目を開ける。

 

光太郎の記憶と、転生者の過去の記憶が混ざり合う。転生者にとって、目の前の女性は確かに母親であった。名前もろくに呼ばれず、自身も名を覚えていない。いつも「おい」「お前」「ガキ」と呼ばれていた。自分にとって、母親は恐怖の対象であった。そのせいか、こうして面と向かうとその時の感情が蘇ってしまう。

 

「おい、母親に逆らおうっていうのかい!?」

 

その恐怖の対象が自分に恐怖を呼び起こす声で問いかける。

無意識に足が後ろに下がる。しかし、怯えの表情を浮かべる自分の手に触れるものがあった。

 

イヴの手だった。

イヴは自分の手を優しく握る。

 

「大丈夫だよ、怖くない。私が一緒にいるよ」

 

そう言って僕の顔を見て微笑む。

 

そしてトレインが僕の前に立ってかあさんに銃を向ける。

 

「お前が言ったろ? アレはお前の母親の形をしただけの人形だ。惑わされんな」

 

「・・・でも僕は・・・」

 

南光太郎だったら、こんな恐怖は振り切っていたのだろう。でも僕は違うんだ。僕はこの恐怖に打ち克つことは・・・。

 

 

 

 

 

 

「俺は君と同じように弱さをもっているよ」

 

 

不意に声が響く。僕は顔を上げると、そこには南光太郎が立っていた。周りを見ると、イヴやトレイン、ドクターの動きが静止していた。

 

 

 

 

 

「俺は君と一体になっているから分かる。君が取り戻した記憶は、俺の中にも流れてきた。確かに君は弱さをもっている。そしてそれは俺も同じだ。弱さのない人間なんていやしない。だからこそ逆に、強くなれるんだ」

 

 

 

 

「・・・僕も・・・強くなれる?」

 

 

 

 

「ああ、俺もまだまだ弱い。だから一緒に強くなっていこう!」

 

 

 

「・・・うん、そうだね」

 

 

 

「そうだ。ゴルゴムやクライシス帝国から人々を守るために」

 

 

 

 

 

 

「僕たちは強くなろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちは守っていこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「仮面ライダーBLACK RXとして!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が動き出す。

光太郎は顔を上げ、太陽の子へと変身を遂げる。

 

 

 

ドクターはそれを見て慌てる。

 

 

 

「き、貴様! この女に恐怖はないのか!」

 

 

 

「俺の中の迷いは晴れた! 恐怖はある。しかし、それ以上の怒りが俺を動かす!」

 

 

RXのベルトが閃光を発し、ドクターの創った異空間を消し飛ばす。その現象にドクターは驚き、藁も縋る思いで霧散していく空間に手を伸ばす。そして洞窟内で頭上に手を伸ばす実体のドクターが目の前にいる。

 

「ドクター、俺は貴様程の外道を未だかつて見たことがない。俺は絶対に貴様を許さん!」

 

「ひぃっ」

 

近付くRXに怯え、近くにあった液体の入ったビンを手に取るドクター。そしてそれを一気に飲み干した。

 

ドクンとドクターの体が跳ねる。

 

「じ、自分の体を怪人化するのは気が引けたが、こうなっては仕方ない! 僕が最強の怪人になり、貴様を殺す!」

 

ドクターの体から体毛が伸び、体が怪人のそれへと変化していく。筋肉も膨張し、人であった姿とはまるで似つきもしない姿となった。

 

「す、すごい! なんてパワーだ! 今なら人間なんて軽くひねり潰せそうだ! このパワーならいくらお前だって!!」

 

ドクターは倍増した力に興奮し、その腕をRXに振るう。だがRXは難なくその攻撃をかわした。そしてカウンターを叩き込む。

 

「ロボパンチっ!!」

 

「ぐばろあへぁぁぁぁ!?」

 

いつの間にかフォームチェンジしていたロボライダーのパンチを受けたドクターは洞窟の岩盤をブチ抜き、屋外へとたたき出された。

 

「逃がさんっ!!」

 

RXは後を追う。

 

 

 

 

 

 

ドクターは血反吐を吐き、横たわっていた。

 

「う・・・ううぅ・・・!」

 

腹部にはロボパンチの衝撃で大きな孔ができていた。ナノマシンのおかげで再生を始めるが、ドクターは完全に戦意を喪失してしまっていた。

 

「な、なぜだ! これだけのパワーをもってしても、あの男には勝てないというのか!?」

 

立ち上がったドクターの前に、洞穴から出てきたRXが現れる。

 

「く、く、くっそおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

ドクターは跳躍し、鋭い爪でRXに襲いかかった。だがその瞬間、RXはバイオライダーとなり、ゲル化して背後に回る。そしてゲル化を解いてサンライザーに手をかざす。

 

「リボルケインっ!」

 

光の杖、リボルケインを手に取ったRXは振り返ったドクターの腹部にそれを突き刺した。

 

「はぁぁぁん!?」

 

ドクターは自身の置かれている状況を見下ろす。体内から得体のしれないモノがどんどんと膨れ上がっていく。そして確信する。自分のすぐ傍までやってきてしまっているのだ。確実な死が-。

 

「い、いやだ・・・僕はまだ・・・究極のナノマシンを・・・」

 

RXはリボルケインを引き抜き、ドクターに背を向ける。リボルケインはRの軌跡を描き、振るわれた。

 

 

ドクターは天に手を伸ばし、自ら理想としたナノマシン完成への無念を残し、倒れ、爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「ドクターよ、お前の居場所はここではない! 地獄こそが外道に相応しい!」

 

 

 

 

RXは散ったドクターの影にそう告げ、見守っていたイヴとトレインの元へ戻っていった。




ドクターを破った光太郎。

残る星の使徒は限られてきた。

だがクリードの元に向かう光太郎たちの前に、剣聖が立ちはだかる。

その手には、セフィリアが持っていたはずのサタンサーベルが!?

次回『剣聖の復活! RX VS ビルゲニア』
ぶっちぎるぜ!!








-作者追伸-

色々賛否両論あると思います。
前回のトランスは反省する点もありましたが、転生者の過去は初めからライダー関係で考えていましたので、当初の予定通り貫きます。

ドクターに関しては最初はクラッシュするつもりはなかったけど、彼が今までやってきたことを考えたら仕方ないかなと思いました。人に戻す術はあったけど・・・こんな形になってしまいました。複雑・原作改変(今更)は多々あるかと思いますが、次回も宜しくお願いします。


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剣聖の復活! RX VS ビルゲニア


【挿絵表示】

前回のイヴのトランス・ウンディーネ。水色半透明な感じでイメージしています。
エロい目で見ちゃダメ。

-剣聖ビルゲニア-
パンチ力4t RXより66t劣る
キック力9t RXより111t劣る
ジャンプ力30m RXより30m劣る

あ・・・(察し)

昨日投稿できなかった・・・。
スランプか・・・。


「ドクターがやられたようだ」

 

蟲が届けている映像を見て、シキはクリードにそう伝えた。仲間であるドクターが命を落としたというのに、クリードは「そうか」としか答えなかった。その表情には悲しみもない。クリードにとってはドクターもただの駒でしかなかったということか。それは自分にもいえることだ。自分もクリードにとっては駒のひとつでしかないのだろう。だがそれでもいい。クロノスよりも自分の扱うこの力が上であることを証明できれば、自分はそれでいいのだ。

 

 

「それでどうする? 南光太郎、仮面ライダーBLACK RX。状況に応じて異なる能力をもったロボライダーやバイオライダーにも変化するヤツを前に、勝てる自信でもあるのか?」

 

シキはクリードに最大の疑問を投げる。正直言って、自分はあの男に勝つビジョンが見えない。最強と信じていた(タオ)の力をもってしても、あの男は更に上をゆくだろう。その問いにクリードはようやく表情を崩し、「ないよ」と笑った。

 

「はっきり言うのだな」

「相手の力量くらいは測れるつもりさ。彼は僕よりも、そしてゴルゴムの三神官よりもずっと上の実力をもっているんだろう。仮面ライダーBLACK RX、怪人の因子とナノマシンのプログラムで身体能力が上昇し、不老不死となったこの体でも、恐らく彼の足元にも及ばない。だが、面白い物を見つけたのさ」

「面白い物だと?」

 

クリードは正面に映し出される映像を眺める。そこには桃色の鎧を着込んだ男がサタンサーベルを手に、アジト内を闊歩していた。セフィリアを下した剣聖ビルゲニア。ゴルゴム内に残されていた資料によると、彼は南光太郎、そしてその親友であった秋月信彦と同じく3万年前の皆既日食の日に生まれたものの、世紀王になれなかった男。その実力は過去の南光太郎を上回り、何度も苦しめたほどの剣士である。ビルゲニアはこちらを睨む。そしてその瞬間映像が乱れ、映らなくなってしまった。シキが操っていた蟲が破壊されたのだろう。

 

「あの男か。確かにゴルゴムの怪人よりは上の実力をもっているだろうが、南光太郎に勝てるか?」

「さぁね、僕はあの男の事はどうでもいいよ。それよりも興味があるのは彼がもっていた剣だ。サタンサーベル、と言ったかな? 僕の虎徹はこれ以上強化できない。ならば僕の能力であの剣と一体になったらどれほどの強さになるか、興味深いじゃないか」

 

クリードの道の能力は「SWORD」。今現在愛用している刀はかつて、トレインを惑わした魔女によって刀身を折られてしまった。これはそんな刀の柄をベースにして生み出した刀だ。だがあのサタンサーベルをベースに能力を使う。サタンサーベルに意思を与える。サタンサーベルと融合する。考えれば考えるほど体がゾクゾクとした。だがそのためには、この場で敗れるわけにはいかない。

 

「シキ、今日南光太郎と戦うのは得策ではないね。今はこの場を離れ、南光太郎と彼の戦いを見守ろうじゃないか」

「分かった。それでエキドナたちはどうする」

「連れて行こう。あの2人の能力はなかなか貴重だ。元の状態に戻る保証もないが、これは保険だよ」

 

クリードはそう言い、シキが符術で開けた空間から姿を消した。シキはエキドナとエーテス、そして10数人の怪人を引き連れ、この場を去っていった。

 

 

◆◇◇◆

 

ドクターを倒した光太郎はイヴとトレインの元に戻る。

 

「すまなかった、二人共」

「大丈夫だよ、光太郎」

「おう、全く問題なかったぜ」

 

イヴとトレインは笑顔を浮かべる。申し訳ない思いの光太郎だったが、逆にイヴは「あんな弱気な光太郎も新鮮だった」と別の一面が見られて嬉しそうだった。それにはトレインも同意しする。

 

「貴重な光太郎だったよな。スヴェンやシャルデンに教えてやったら驚くぞ」

「トレイン、光太郎をいじめないで。そんなことしたらトレインの朝食は1ヶ月かつお節にしてもらうから」

「いっ!? 長すぎね? せめて3日に・・・いや、その前にかつお節単体は食事で食べるもんじゃねえよ」

「猫ってかつお節好きだよね?」

「俺が好きなのは野良猫のような生き方であって、食の好みまで合わせてるつもりはねえ」

 

2人はそんな言い争いを始めた。こんな状況であるというのに、光太郎は思わず微笑んでしまった。

 

「二人共、仲がいいのは分かったから先を急ごうか。クリードを捕らえ、星の使途の非道をここで終わりにするんだ」

 

イヴとトレインは肯く。

 

 

 

「どうやらこの先にお前が望む相手はいないようだぞ」

 

 

洞穴から声が響いた。3人は瞬時に戦闘態勢に移す。日の光が洞穴から出てきた男の姿を晒す。桃色の鎧と兜を身に付け、盾とサタンサーベルをもつ剣士。光太郎はその剣士を知っていた。

 

「お前は・・・剣聖ビルゲニア!?」

「久しい、というべきか、仮面ライダーBLACK」

「貴様までこの世界に・・・」

 

ゴルゴムがこの世界に現れていたのだ。この剣士がいても不思議ではない。しかしそれ以上に光太郎が驚いていたのは、目の前のビルゲニアがサタンサーベルをその手にしていたことだ。

 

「なぜ貴様がその剣を! それはセフィリアさんが・・・」

「・・・ああ、あの女か。人間風情がこの剣を扱おうなど、身の程知らずな。この剣に相応しい者の手に渡った。それだけよ」

 

サタンサーベルを構えるビルゲニア。その圧力はセフィリア以上であるとイヴやトレインも感じ取っていた。しかしイヴはその圧力に屈することなく、前に出た。

 

「セフィリアさんは・・・?」

「あの女ならば、既にこの世にはいない」

「・・・!」

 

ビルゲニアが告げる衝撃にイヴは思わず目を見開いて膝をついてしまう。

 

「・・・セフィリア・・・さん・・・」

「ビルゲニア・・・貴様・・・!」

 

光太郎は座り込んでしまったイヴを抱き寄せ、正面に立つビルゲニアを睨む。

 

「変身するがいい、南光太郎! 世紀王として真に相応しいのはブラックサンでもシャドームーンでもない、この私なのだ!!」

 

「いいだろう・・・」

 

光太郎はトレインにイヴの体を預ける。トレインはイヴを連れてその場を離れるが、セフィリアの事がショックだったのだろう。あの気丈なイヴが涙を流してしまっているのだ。光太郎もその涙に気付いていた。静かに拳を握る。

 

ゆっくりと立ち上がる光太郎。その手を天に翳す。

 

「変 身!」

 

光太郎は叫び、姿を変化させる。

 

「俺は太陽の子! 仮面ライダーBLACK、アール、エックス!!」

「アールエックス・・・だと?」

「剣聖ビルゲニアよ! セフィリアさんをその手にかけ、イヴを泣かせた貴様を俺は許しはしない!!」

 

ビルゲニアは知らない。目の前の男は彼の知るかつての南光太郎、仮面ライダーBLACKではないのだ。ゴルゴムを壊滅させ、そして更に上の力をもつクライシス帝国をも打倒した最強の戦士に成長した男だと知らないのだ。

 

最強の男とセフィリアを下した剣士が対峙する。それを見守るトレインの頬に一筋の汗が流れた。汗が肌を伝い、大地に落ちる。その瞬間にビルゲニアの姿が何人も増えた。

 

「デモントリック!!」

 

無数の分身を生み出したビルゲニアはサタンサーベルを振るう。だがサタンサーベルがRXの体に届く前にサンライザーが輝く。

 

「ぬっ!?」

 

強烈な閃光が周囲を照らす。だが目晦ましが目的でない。ビルゲニアの視力が回復した時には自ら生み出した幾つもの分身が消滅していたのだ。しかしその程度で戦意を失うほど臆病な性格をビルゲニアは有していない。自らを火球へと変え、空中へ舞い音速でRXへ体当たりを行う。その攻撃はRXの体を何度か削っていった。

 

「死ねい、アールエックス!!」

 

「俺は、死ぬ訳にはいかない!!」

 

火球の体当たりをフォームチェンジしたロボライダーの手が止める。巨大な大岩すらも溶かし崩す程の威力を、ロボライダーは片手で止めたのだ。それどころかビルゲニアが纏う炎は見る間にロボライダーに吸い込まれていく。自らの力を吸収されていると判断したビルゲニアは姿を戻す。

 

「ロボパンチッ!」

 

「うぐっ!?」

 

ビルゲニアはロボライダーの攻撃をビルテクターで防ぐも、一発で粉砕されてしまう。かつてのライダーキックではヒビを入れられるだけに終わったが、これだけでもどれだけ強くなっているのか推し量ることができる。認めたくない。前回の世界でも仮面ライダーBLACKはどんどんと強さを増していき、自身の力に差し迫ってきた。自分がシャドームーンに敗れて以降も様々な経験を積んで成長してしまったのだろう。だがここまで力の差が拡がってしまっていると知り、ビルゲニアは大地に膝をついたままサタンサーベルを握る手に力を込めた。

 

「・・・認めぬ! 認めぬ認めぬ認めぬ! 俺の力はこんなものではない!!」

 

立ち上がるビルゲニアは妖気を纏い、その妖気は雷となって周囲の木々を灯していく。RXは強い。しかし剣聖としての誇りが後退を認めなかった。生半可な攻撃では退けることはできない。RXはサンライザーに手を翳す。

 

「リボルケインッ!」

 

光の杖を持ち、襲いかかるビルゲニアと幾度もの剣戟を打ち交わす。リボルケインとサタンサーベル、ビルセイバーの一合々々(いちごういちごう)の衝撃が島全体に広がり、頭上には暗雲が立ち込める。2人の戦士に雷が落ちるも、彼らは怯むこともなく戦い続けていた。RXとビルゲニアの自力は圧倒的な差があった。しかしビルゲニアは怒りと誇りで、自身の力を上昇させていた。

 

「死ねい、アールエックス!!」

 

・・・だが、いくら強くなっても越えられぬ壁がある。

ビルゲニアがサタンサーベルを振り上げた瞬間、RXは左手を翳した。

 

「来いっ! サタンサーベル!!」

 

ビルゲニアはサタンサーベルを振り下ろそうとしたが、その手の中に圧倒的な力を誇る剣はどこにもなかった。ビルゲニアはゴルゴムの怪人と比較しても圧倒的な強さを身につけている。確かに彼は強い。この戦いでも自身のレベルを上げていたことだろう。しかし、それでも彼は世紀王ではないのだ。聖剣は持ち主を選ぶ。真の持ち主は世紀王なのだ。そして今、聖剣はビルゲニアよりRXを選んだ。

 

ビルゲニアは驚きの余り、その手からビルセイバーが大地に落ちる。

 

RXは右手にリボルケイン。

 

左手にはサタンサーベルを持ち、自らの剣を消失させて隙をつくったビルゲニアに止めを差すべく、飛びかかる。リボルケインとサタンサーベルがビルゲニアを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・しかし、RXはその剣を寸前で止めていた。

 

「・・・そんな・・・」

 

RXは剣を引き、目の前の人物から後退する。トレインとイヴもその人物に気付き、息を飲んだ。ビルゲニアを庇うようにしてRXの前に立つ人物。

 

セフィリア=アークス。

 

ビルゲニアは「この世にいない」と言っていたが、その人物が目の前にいたのだ。いつもの黒スーツはところどころ破れてはいるが、体自体に大きな傷は見当たらない。セフィリアは足元に落ちていたビルセイバーを手にする。

 

「セフィリアさん・・・!」

 

イヴは涙ぐみながら、思わず駆け寄った。そしてその手に触れる。

 

「良かった・・・無事だったんだ・・・」

 

そう声をかけるイヴだが、セフィリアはイヴの顔を見ようともしない。目も、どこか虚ろだ。

 

「やれいっ!」

 

頭上から命令が飛んだ。

 

その瞬間セフィリアの目に殺気が宿り、ビルセイバーで目の前の少女を両断する。

 

「姫っち!」

 

トレインが叫ぶ。慌てて飛び出そうとしたトレインだが、両断されたのは残影であった。姿を変えたバイオライダーが瞬時にイヴを救出していたのだ。トレインは思わず息を吐く。

 

「セフィリア・・・さん・・・?」

「イヴ、セフィリアさんは正気を失っている。貴様らがやったのか、ゴルゴムの神官!」

 

バイオライダーは空中で浮遊している3神官を見上げた。ダロムは立ち上がったバイオライダーを警戒しつつ、ビルゲニアに視線を移した。

 

「剣聖ビルゲニアよ。貴様から貰い受けた女、完全に記憶を抹消した。今ではゴルゴムの犬よ。今の仮面ライダーBLACK・・・いや、RXには我々の力では届かぬ。搦手を使わぬとな」

 

ビルゲニアの発言であった「セフィリアはこの世にいない」。それの意味することは、彼女の精神・人格が完全に消されてしまったことにあった。ダロムの目が怪しく光る。そしてそれと連動するかのようにセフィリアは動き出す。焦点の合わぬ眼で・・・。それはまるで、人形であった。高速で振るわれるビルセイバーを、バイオライダーはイヴから守るようにその身に受ける。

 

「うぐっ!」

 

ギィンと甲高い音と共にバイオライダーの体に火花が散った。それは人間の力ではなかった。バイオライダーは傷つけられた胸に手を当てる。

 

「ふふふ、人間と侮らん方がいいぞ、RXよ。その女は遺伝子操作で姿は変わっておらぬが怪人並の力を得ておる」

 

バラオムが口角を上げて笑う。

3神官が見抜いたRXの弱点。それはその愚かな優しさにある。以前の世界でも親友である秋月信彦を説得するために、受けなくても済んだ多くの傷を刻まれている。そして今、仲間であったセフィリアの手でRXを追い詰める。

 

「やめてくれ、セフィリアさん!」

 

バイオライダーは高速で繰り出す見えない剣を避けながらそう訴える。しかしバイオライダーの声は彼女には届かない。多くの剣線は少しずつバイオライダーを刻む。

 

「俺は・・・信彦を助けることができなかった。もう二度とあんな思いはゴメンだ!!」

 

バイオライダーは叫ぶ。そして体をゲル状に変化させ、セフィリアを包んだ。3神官も「何をするつもりだ!」と凝視する。

 

「貴様らは何度俺を怒らせれば気が済むのだ・・・!」

 

セフィリアは跳躍し、地上から20m以上離れていたはずの神官たちの頭上でビルセイバーを構えていた。そしてその剣を一閃する。3神官まとめて横薙に切りつけたセフィリア。神官は予想外の展開に大きな傷を負うも、致命傷には至らなかった。

 

「覚えておれ!」

 

その言葉を残し、空間を割って消えていった。

 

 

 

 

 

 

着地するセフィリア。

いつの間にかビルゲニアの姿もない。この島に、既に敵は残っていなかった。

 

残されたのは、人形と化した自我のないセフィリアだけである。

 

バイオライダーは細胞の同一化を解く。

 

「セフィリアさん・・・」

 

 

 

 

 

変身を解いた光太郎は、その呼びかけに何の反応も示さないセフィリアの両肩を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

「セフィリア・・・さん・・・」

 

 

 

 

 

 

光太郎は何度も彼女の名を呼んでいた・・・。




囚われていた時の番人を救出し、ドクターを倒した光太郎たち。


一区切りの戦いは終わった。しかしその傷跡も大きかった。


記憶と自我を完全に失ったセフィリアを前に、自らの無力を噛み締める光太郎。


次回『消えた光太郎』
ぶっちぎるぜ!!


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消えた光太郎

だいぶ遅刻しました・・・。


スヴェンたちの元にその情報が入ったのは、全てが終わった翌日であった。

クロノスの時の番人(クロノ・ナンバーズ)(テン)〉を名乗る男がそれを知らせに来たのである。光太郎たちの向かった島から最も近い港町に到着したのが3日後。既に救出されたナンバーズはクロノスの息がかかった治療施設に運ばれており、光太郎たちもそこにいた。

 

施設の外で空を見上げていたトレインに再会し、スヴェンは見舞い品を片手に歩み寄る。

 

「大変だったみてえだな」

「・・・まあな」

 

トレインは空を見上げながら答える。空模様は曇天だった。湿った空気が肌に触れる。そこでトレインはやっと視線を戻した。ここに駆けつけてきた仲間たちは一様に表情が暗い。治療施設の建物を見やっていたシャルデンが「セフィリア=アークスの様子は?」と訊ねてきた。

 

「医者の見解じゃ原因不明だってよ。自分で呼吸もできる。だけど何の反応も示さない。一緒にいると、まるで人形みたいに思えちまうくらいだ」

 

そこでトレインは島で遭った一部始終を説明した。セフィリアに怪人の相手を任せたこと。ドクターを倒したこと。そして剣聖と呼ばれるゴルゴムの剣士がセフィリアを下し、神官が意識を消して操り人形にしたことを・・・。

 

セフィリアの身に降りかかった悲劇を案じる一同だったが、元星の使徒の面々はかつての同志である男を思う。それに気付いたスヴェンは彼らに向き直って「お前たちにとっては仲間だった奴なんだよな」と複雑な気持ちを抱きつつ声をかけた。

 

「…ドクター。同志としては対等な立場でしたが、人を人とも思わぬ発言や行動が見られました。因果応報だったのかもしれません。その事で光太郎を責めるつもりはないデス」

「私はドクターさん、好きでも嫌いでもなかったんですけど、ちょっと可哀想かなって。でもそんな強い光様も素敵です!」

 

恋する乙女感情のフィルターがかかってしまっている彼女には、光太郎が行う全てのことがそう写ってしまうのだろう。しかしそのキョーコの想いに反感をもった女性がいた。

 

「あんたに光太郎の隣に立つ資格ないわね」

「な、何でリンスさんにそんなこと言われないといけないんですかぁ!」

「あんたがガキだからよ」

 

2人が険悪な雰囲気になりかけたところをシャルデンとスヴェンが止める。それで収まる2人でもなかったが、その言い争いが止んだのはイヴが建物から出てきたからだ。リンスはイヴの姿を見てすぐに駆け寄った。

 

 

「イヴ、光太郎は?」

「・・・まだ、セフィリアさんと一緒にいるよ」

 

そう答えるイヴの目元は赤く、泣き腫らした様子が窺えた。リンスは思わずイヴを抱き寄せる。何かを言う訳でもない。ただ抱き寄せて頭を撫でてやった。イヴにとって大切な人というのは、普通の人に比べて少ない。それは生まれの環境もあるが、そんなイヴにとってセフィリアという人間は同じ想い人をもち、姉のように思える存在だ。そして自分の中の大きなウェイトを占める人間がこのような目に遭ってしまったのだ。この姿も無理ないといえる。

 

リンスは光太郎がいるであろう建物を見上げた。

 

 

 

 

「あんたは今・・・どんな顔してるのかしら」

 

 

 

◆◇◇◆

 

・・・守ってやれなかった。

光太郎は朧げな瞳を天井に向けるセフィリアを見つめ、後悔の念を抱く。あの時あの場所をセフィリア一人に任せなかったら、彼女をこのような悲運な目に遭わせなかったかもしれない。なぜ自分はあの場に彼女をひとりに任せてしまったのか。セフィリアの決意を尊重し、この人なら大丈夫だろうと思ってしまった。サタンサーベルを手にした彼女は強い。ゴルゴムの怪人相手でも大丈夫だと思ってしまった。それは光太郎がセフィリアの強さを信頼していたからだ。だからこそあの場にも同行してもらう助力を願った。

 

光太郎は部屋の隅に視線を向ける。

 

「・・・もう、体は大丈夫なんですか?」

「問題ない」

 

光太郎の視線の先にはベルゼーが腕を組んで立っていた。気配は消して病室に入ってきたようだが、光太郎は気付いていた。ベルゼーはすっと目を開け、セフィリアの姿を改める。

 

「それに、今は寝ていられる状況でもないのでな」

 

ベルゼーはそう漏らす。その理由は光太郎も聞いてはいる。クロノスのトップである長老会の要人が暗殺されてしまったのだ。残されていた映像から犯人はクリード=ディスケンスであると判明。多くの怪人を従えていたらしい。これによってクロノス組織は混乱の最中なのだ。今はまだ世界の経済に影響を与えてはいないが、それも時間の問題であろう。

 

「・・・私は行く。勝てる見込みは薄いが、これも時の番人(クロノ・ナンバーズ)に与えられた宿命だ。お前には助けてもらい感謝している。イヴにもそう伝えてくれ」

「行かないでください。また同じことを繰り返すつもりですか?」

「・・・私ではゴルゴムの怪人に敵わぬ。それは承知している。通用するのはお前の力くらいだろう。だが私でもクリード等の居場所を探ることくらいはクロノスの諜報員よりは行えるつもりだ。その後は任せるしかないというのが癪だがな」

 

そう吐いて病室の戸に手を伸ばす。そして「セフィリアが元に戻った時にはそんな顔は見せてやるな」という言葉を残して出て行った。今自分はどんな顔をしているのか、光太郎は自身の顔を両手で覆う。きっとヒドイ顔を浮かべていたのだろう。

 

 

光太郎は立ち上がり願う。

 

 

「セフィリアさんを信彦と同じ不幸にはさせない! 頼む、キングストーン! 奇跡でもなんでもいい! 俺にセフィリアさんを救う力をくれ!!」

 

天を仰ぎ吠える光太郎。

それに共鳴したかのように、体内の太陽のキングストーンが光輝き出した。その光は病室を走り、外にいたイヴたちの元にも届く。イヴはその光に気付いて振り向いた。自分が何度も感じたことのある暖かい光。太陽のような光。その光に光太郎を感じていた。

 

「・・・光太郎・・・?」

 

イヴは小さな声でそう呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎は不思議な空間にいた。

先程まで自分がいた病室ではない。完全に真っ白な空間だ。上も下もなく、自分が立っているのかも分からないような空間。光太郎は辺りを見渡すが、何も発見することができなかった。

 

「ここは一体・・・」

 

《救ってみせよ》

 

頭の中に声が響く。過去のクライシス帝国との戦いで何度か覚える声。いや、声というより意思に近い。キングストーンの意思だ。

 

《ここはセフィリアの精神世界。南光太郎、仮面ライダーBLACK RXよ。この世界でこの女を探し出してみせよ》

 

 

キングストーンの意思はそう残し、自分の頭の中から消えていった。

 

「・・・ここが今のセフィリアさんの世界。本当に何も無くなってしまっている」

 

この世界が今のセフィリアの精神状態ということなのだろう。意識を完全に消失され、まるで人形のようにされてしまった彼女は何も考えず、何も感じない。まさにこの空間のようだ。だが光太郎は諦めない。大切な仲間を取り戻すために、全力を尽くす。

 

「変 身!」

 

RXへと姿を変え、遮二無二(しゃにむに)その空間を突き進む。

しかしどこまで進んでも壁などなく、空間は無限に続いていた。真っ白な無限空間。この世界のどこかに本当にセフィリアの意思が残されているのか、それは定かではない。だが今はそれに賭けるしかない。光太郎はセフィリアを想い、ただ愚直に突き進む。

 

「セフィリアさん! 俺は必ずあなたを見つけ出す! 絶対に諦めるものか!!」

 

咆哮。その声は無限空間全てに響き渡る程のものだった。RXの、光太郎の想いが極限にまで高まり、その体が暖かな光を纏う。そして目の前の空間を歪め、RXはその中に飛び込んだ。

 

小さな部屋であった。先程の無限空間とは対極で、小さな小さな部屋。その部屋では家具等は何も置かれておらず、中央に小さな子どもが膝を抱えて座っていた。RXはその子どもに駆け寄る。ウェーブのかかった長いブロンド色の髪。体が幼くても彼はすぐに理解した。この子どもこそがセフィリアなのだと。しかし顔を確認したRXは驚く。幼いセフィリアの顔や体には無数のヒビが生じていたのだ。

 

「セフィリアさん!」

 

RXは声をかけるが、セフィリアは何も答えない。それどころか少しずつ亀裂が増してきてしまう。まるで陶器のように脆くなっている少女を前に、RXはそっと手に触れる。そこでセフィリアに反応があった。

 

「・・・暖かい」

「・・・! セフィリアさん、しっかりしてくれ! 俺が分かるか!?」

「・・・・・・・・・わからない・・・・・・・・・」

 

少女は虚空を見上げる。その動作一つひとつで体が崩れかねない。RXは思わず息を飲んだ。

 

「・・・俺を忘れてしまっていても構わない。思い出して欲しい。あなたの名前はセフィリア=アークスだ」

「セ・・・フィリ・・・ア・・・」

「そうだ。そしてクロノスという組織の時の番人だった。そして俺と出会い、戦ったんだ」

 

RXは昔語りを始めた。自分をクロノスに勧誘しようとしたこと。そして勝負をしたことや、イヴと共に海に行ったことを。そして共に色んな街々を見て渡ったことを・・・。

 

「俺なんかの力になると言ってくれたあなたの言葉は・・・嬉しかった。でも、もういいんだ。俺なんかに付き合うことはない。これからは自分のために生きて欲しい。そのためにも、ここから抜け出そう!」

 

RXの仮面に小さな手が触れる。セフィリアはじっとRXの顔を見つめていた。

 

「・・・かなしいの?」

 

セフィリアの言葉にRXは心中を覗かれたような気がした。表情は見えていないはずなのに、セフィリアはRXの心情を見抜いたのだ。

 

「あなたは・・・わたしをとおざけようとしてる・・・」

「・・・それがセフィリアさんのためだ」

「でも・・・あなたはそれをこわがってる」

「・・・!」

 

RXの顔を小さな掌が包む。

彼は自分のせいで自分の周りの人が危険な目に遭ってしまうのなら、その人の前から姿を消すことを選択する。しかし心の奥底ではそれを恐れている自分がいた。ゴルゴムによって人でなくなり、親友を失った。その喪失感を誰よりも恐れ、孤独になることを怯えているのだ。だがそれを表に出さない強さを光太郎はもっている。しかし目の前の少女はそんな彼の心の奥底に隠された感情を見つけていたのだ。

 

 

 

RXが戸惑いながらも何か答えようとした瞬間、小さな部屋が崩壊を始めた。崩れる瓦礫は音もなく消滅を始める。RXはセフィリアを抱え、崩壊に巻き込まれまいと出口を探す。しかしそんなものはどこにも見当たらなかった。RXはセフィリアに呼びかける。

 

「ここはセフィリアさんの心の中だ! あなたが心の底から出ようと思わなければ、このまま本当に消えてしまうんだ! この世界を切り開くんだ、セフィリアさん!」

 

RXはその手にサタンサーベルを呼び出し、その柄を小さな手に預ける。セフィリアはそれを受け取り、無意識に構えをとった。RXの目には大人のセフィリアの姿が重なって映る。

 

セフィリアはRXの姿を横目に見て、微笑んで剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が割れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RXは気がつくと暖かな太陽の陽の下にいた。真上には青い空が広がっている。

 

「ありがとう」

 

自分の足元から声が届く。見下ろすとそこには肌から亀裂を消した幼いセフィリアがRXの手を握っていた。

 

「・・・わたし・・・まだあなたのことおもいだせないけど・・・いつかおもいだすから・・・」

 

変身を解いた光太郎は屈んで小さな少女を抱き寄せた。

 

彼女の心の崩壊は止まった。

 

彼女はもう人形なんかじゃない。

 

 

「俺のことはいいんだ。ゴルゴムや星の使途、クライシス帝国は全て俺に任せてくれていいんだ。だから・・・あなたはゆっくり休んでいてくれ」

 

 

光太郎は立ち上がり、歩き出す。

セフィリアが持っていたサタンサーベルが暖かく淡い光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物から発光現象が起こり、すぐさまイヴたちはその現象を起こした光太郎がいるであろう病室へ飛び込んだ。

 

「光太郎!」

 

イヴはその名を叫ぶ。しかしその人物はその部屋にはいなかった。残されているのはベッドに横になっていたセフィリアだけである。その光景にイヴは嫌な予感が過ぎった。いつかの光太郎がいなくなってしまった焦燥感と似たような感覚を抱く。

 

「・・・こ・・・う・・・たろ・・・う・・・?」

 

小さな、本当に小さな声がイヴの耳に届いた。空耳でも幻聴でもない。意思を完全に消されてしまったセフィリアの口が僅かに動いたのだ。ベッドに駆け寄り、イヴはセフィリアの手を握る。

 

「セフィリアさん!」

「こうた・・・ろう・・・わたし・・・おもい・・・だす・・・から・・・」

 

イヴは確信した。

光太郎だ。光太郎がセフィリアさんを呼び戻してくれたんだと。

 

そして同時に光太郎の考えを予想する。光太郎の性格なら、私たちをもうこんな目に遭わせないようにするために距離を置くだろう。そしてたった一人で戦い続ける。南光太郎はそんな男だ。

 

トレインたちが病室に駆けつけた時には、記憶を失いながらも意識を取り戻したセフィリアと、「嘘つき」とベッドへ泣き崩れるイヴの姿があった。

 

 

「・・・あんのバカっ!」

 

その光景を見て状況をいち早く察したリンスは壁を叩き、沈痛な表情を浮かべる。

 

 

光太郎はこうして彼らの前から姿を消した―。




仲間が傷つくのを何よりも恐れる光太郎。

そんな行動を選択した光太郎に怒れるリンス。

光太郎に置いていかれたことで塞ぎ込むイヴにリンスが問う。

イヴはどうしたいのか、と。

そしてゴルゴムの前に現れた怒りの戦士仮面ライダーBLACK RX!!

次回『それぞれの想いを』
ぶっちぎるぜ!


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それぞれの想いを

更新遅くなってしまいました。
ちょっとスランプです…。


光太郎がいなくなったその夜、施設近くに置かれていたはずのアクロバッターとライドロンも消えていた。トレインやスヴェンは光太郎の足取りを追おうとするも、完全に手がかりが途切れてしまったのである。

 

夏の終わりか、冷たい秋の風がトレインの頬を撫でた。

 

「リンスの言う通り、本当に消えちまったみてえだな」

 

スヴェンがタバコを吹かす。あの後、泣くイヴから事情を聞くことはできず、リンスの推察ではあるが光太郎がとった行動を仮定した。セフィリアを守ることができなかった己の弱さを責め、二度とこのようなことがないように大切な仲間を自ら切り離した。例え己が孤独になろうとも・・・。だがそれは光太郎の独りよがりな決断だ。悪いのは光太郎ではない。セフィリアに降りかかった不幸の責任を咎めるのであれば、それは光太郎だけでなく、あの場に共にいた自分にも責はある。しかし誰も彼らを責めることなどできない。真の悪はゴルゴムなのだから・・・。

 

「・・・なんでもかんでも、一人で背負い込んじまってよ」

 

トレインはそう独りごちる。そしてスヴェンと共にセフィリアの元へ戻った。あの場で泣き崩れていた少女の身が気がかりだ。愛慕の情を寄せていた少女は、その相手が自分を置いて行ってしまったことに対する喪失感は幾ばかりか。

 

病室に入ったトレインとスヴェンは顔を合わせるなり、リンスに睨まれた。

 

「・・・その様子だとアクロバッターやライドロンも消えていたみたいね」

「ああ、俺とスヴェンで見に行ってきたが、リンスの予想通りだったな」

 

リンスはため息をつき、目の前に座る少女に向き直った。

目の前に座る少女、イヴはようやく落ち着きを取り戻していた。そんなイヴにリンスは問う。

 

「イヴ、あんな無責任男、あんたには不釣り合いよ。早く忘れた方があんたの為よ?」

「お、おいリンス・・・」

「トレインたちは黙ってなさい。今は女同士の話をしてるのよ」

 

いきなりのリンスの忠告に驚いたトレインはそれを窘めようとするが、逆にリンスに口を噤まされる。リンスの表情は有無を言わせぬ迫力があった。

 

「イヴはこんなに可愛いんだから、もっともっと優しくていい男が現れるわ。あんな男なんて忘れちゃいなさい」

「・・・・・・・・・いや・・・」

「あんたを置いていかない、不幸にしないって約束してたみたいじゃない。それを破ってあんたを置いていったの。そんな嘘つき男なのよ?」

 

リンスはそう言い詰めるが、イヴは小さな頭を振る。そしてリンスの顔をまっすぐ見つめた。

 

「・・・それでも、私は光太郎を忘れたくないよ」

 

目の前の少女は心を痛めていた。心の底から泣いた。それでも手を伸ばす。あの人に向けて。太陽を思わせる人に向けて・・・。

 

そんなイヴを見てリンスは思わず嬉しくなるも、表情を変えずに更に問う。

 

「私の忠告を無視してでも、あの唐変木男を諦めないのね?」

「・・・うん」

「それで、どうするつもり? 待ってるだけじゃ男は捕まえられないわよ?」

「・・・追いかけるよ、どこまでも」

「・・・それでいいのね?」

「うん・・・!」

 

光太郎に置いていかれたことは本当にショックだった。悲しみで体から力が抜け、立つこともできなかった。しかしそんな悲しみを全部飲み込んでも、光太郎に会いたい思いが勝る。イヴは大切な場所を取り戻すために真っ直ぐリンスの瞳を見つめた。

 

その2人の姿を見て、キョーコは暗い表情を浮かべて病室を出て行ってしまった。トレインやスヴェンがその後ろ姿を見るが、シャルデンが「私に任せてください」と後を追っていった。

 

「でもよ、リンス。どうやって光太郎を追いかけるんだ? クロノスの情報網にでも頼るのか?」

「ふふ、そんなものに頼らなくてもいいわよ」

 

トレインの疑問にリンスはいやらしい考えを漂わせる。リンスは雲間から覗く星空を天窓から見上げていた。

 

 

◆◇◇◆

 

 

彼らがそう話をしていた頃、件の人物は山中をアクロバッターで駆け抜けていた。悲しみと怒りの感情を顕にして、見えぬ敵を睨む。見上げる夜空に誰を重ねているのか、光太郎は唇を噛んだ。

 

《ライダーよ、あれでよかったのか?》

 

そんな主を心配してアクロバッターが訊ねる。

 

「・・・俺は、最低なヤツだと思うか?」

《人間の思考は私には分からない部分が多い。だが私と同じライダーの相棒を自負する小さき者の思考は分かるような気がする》

「イヴのことか」

《私があの者の立場であれば、私の存在意義を否定されるに等しい。私はライダーの為に作られた。であればあの者はライダーの為に在ろうとしていたのだろう」

「俺はイヴを否定した訳じゃない。・・・でも、そう思われても仕方ないことしてるよな」

 

自分は嫌われてもいい。一生恨まれても構わない。イヴが、かつての仲間たちが平和に暮らしていてくれればこれ以上望むものはない。しかし光太郎は気付いていなかった。自分がどれだけ仲間たちから必要とされているのかを・・・。

 

「俺はこれ以上ゴルゴムに傷つけられる仲間たちを見たくないんだ。クライシス帝国にもだ。もう二度と、同じ過ちは繰り返さん!」

《・・・・・・そうか》

 

アクロバッターは口を紡ぐ。ライダーの力となり、ライダーの為に生きるのが己の生き様だ。本来ならばこの時に伝えねばならない言葉を、何故かアクロバッターは伝えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

「はぁ!? アクロバッターに発信機を埋め込んだ!?」

「ええ、そうよ」

 

驚くスヴェンに、リンスは平然と答える。

 

「あのバカの事だから、こんなバカな行動に出るかもと予想はしてたわよ? でもまさか本当にイヴを悲しませてまでして1人で行動するなんて、思わなかったけどね」

 

予想はしていたが、その行動をとった光太郎に対しての怒りが収まった訳ではない。一発や二発殴った位では気持ちの採算が合わないだろう。リンスはそう考えながらパソコンで発信機の場所を探る。アクロバッターを示す赤い点が画面に表示された。リンスたちがいる場所から東方を示している。まだ動いていることから、まだ先に向かっているのだろう。

 

「この方向…ジパングかしら」

「光太郎、言ってた。自分が前いた世界では日本っていう国にいたって。そこの日本とこっちのジパングは似てるみたい」

「それよ、イヴ! あのバカはきっとそこに向かってるんだわ!」

「ジパング…セフィリアさんも好きな国」

 

イヴは静かに寝息をたてている女性の寝顔を覗き込む。「セフィリアさんも連れて行く」というイヴの願いは至極当然のものだ。それを止める者はいない。セフィリアは記憶を失っているだけで、体そのものは健康体だ。自身が好きなものに触れることで記憶を取り戻すキッカケを与えることもできるかもしれない。

 

方向性は決まった。

彼らは光太郎を追うことに決めた。イヴはセフィリアと同じ病室で休むことにしているが、トレインとスヴェンは宿へと戻ることにした。街灯が彼らの行く道を照らす。夜も更けていたため、行き交う人もいない。

 

「本当にこれで良かったのか」

「なんだよ、スヴェンは光太郎を追うことに反対か?」

「・・・どちらかといえばな。今回の事はあいつがイヴや俺たちを傷つけないようにと考えてとった行動だろう。俺たちが弱者と見られているのは癪だが、イヴを巻き込みたくないという思いは分かる。あいつはまだ子どもだ。危険なことが目の前にあることが分かっていて、それでも本人の気持ちを優先して傷つけさせる。これが正しいとは思わん」

「ま、光太郎を追いかけてもゴルゴムやクライシス、星の使途がいる限りは同じことの繰り返しになるかもな。だったらよ、もっと強くなりゃあいいじゃねえか。そう考えると姫っちの伸び幅は俺たち以上かもだぜ?」

「俺はお前と違って楽観してねえんだよ。だが、ま、光太郎とイヴの間に俺が口出しできる立場じゃねえか」

 

スヴェンはそう笑う。自分が口を出してもイヴは行動を改めることもしないだろうし、光太郎に関することは情炎の如く一途だ。

 

「それにしても、今回のリンスには驚かされたな。アクロバッターに発信機を仕込むなんて先に手を打ってるなんてよ」

「あー、あんたにも言っておこうと思ってたの忘れてたぜ。俺も発信機や盗聴器つけられたぜ? すぐ気付いて外したけどな」

「なに!? つけられたのは光太郎側だけじゃないのか?」

「あんたにもついてるんじゃないか?」

 

トレインは可笑しそうに進言する。それを受けてスヴェンは体を探ると、襟元から小さな機械が出てきた。恐らく盗聴器の類だろう。

 

「・・・まじか」

「な?」

「俺は今、ゴルゴムよりあの女の方が怖くなってきたぜ」

 

スヴェンは複雑な思いで顔を引きつらせている。そんなスヴェンの視界の端にキョーコとシャルデンの姿が見えて立ち止まったが、トレインに「あいつの事はシャルデンに任せておけよ」と言われ、歩みを続けることにした。

 

 

 

 

 

 

キョーコは歩き続け、人影もない海岸で足を止めた。

そしてその場で座り込む。

 

「…いつまでついてくるんですかぁ?」

 

振り向きもせず、背後にいるシャルデンに訊ねた。

 

「キョーコさんの後を追っている訳ではありません。私が行く先にあなたがいるだけのことデスよ」

「…よ、よく言いますね」

「それで、キョーコさんは光太郎の事を諦めましたか?」

「………」

 

無言が続く。2人に会話はなく、小々波の音だけが響いていた。キョーコにとって光太郎は「カッコイイ人」だった。最初は強さを見せられ、その直後、優しさに魅せられた。そして光太郎は二枚目といって良いほど顔立ちも整っている。だからこそキョーコは光太郎が好きになり、今まで彼について来た。しかしリンスに言われた一言が耳から離れず、今も彼女を悩ませていた。

 

「キョーコって、光様の隣に立つ資格ないんですかね?」

「リンスに言われた事を気にしているのデスか。色恋沙汰に関して私はアドバイスできる程の経験は積んでいませんが、キョーコさんはどう思っているのデスか?」

「そんなこと言われたって、キョーコにも分かんないですよ。誰かを好きになるのに理由なんているんですか?」

「…リンスが言いたいのは、光太郎のことを理解しろ、という事なのでしょう」

「光様のことを?」

 

キョーコはシャルデンの言葉を聞き、思い人の姿を思い浮かべる。

 

「光太郎の強さは、いろいろなモノを犠牲にした結果だと私は思うのデス。それも望んだ犠牲ではない。キョーコさんは光太郎の強さにばかり目がいっていましたが、強さは彼にとって誇れるファクターでないのではないでしょうか」

「………」

「そしてリンスが真に問いたいのは、キョーコさんが光太郎に何ができるか、デスよ」

「…何でもできますよ」

「何でもとは?」

「光様と一緒にいられるのならどんな敵とも戦います。光様が今まで犠牲にしてきたものがあるというのなら、キョーコが代わりでも何でもします。それだけじゃ、光様の隣に立つ資格ありませんかぁ?」

「…いえ、良いと思いマスよ」

 

キョーコは座り込みながら隣に立っていたシャルデンの顔を見上げる。黒いサングラスでその奥は見えなかったが、優しい瞳をしている気がした。

 

「ふふっ、シャルデンさんってお兄さんみたいですね〜」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

「失礼ですね、ちゃんと褒めてるんですよ〜?」

「そうデスか。それならば妹の恋路が上手くいくように祈っていマスよ」

「イヴイヴにセフィリアさんにティアーユさんにバイクちゃん、ライバル多いですけど、キョーコは負けませんよ! 今度、光様に会えたらこの体で誘惑しちゃうのも良いかもですね!」

「…やめなさい」

 

その爆弾発言にシャルデンは思わず頭痛を抱える。慌てて逃げ出す光太郎の姿が容易く想像できてしまう。そんな反応のシャルデンを見て、キョーコは久しぶりに心の底から笑った気がした。

 

 

◆◇◇◆

 

ジパング近くの小さな孤島。

そこに光太郎は辿り着いていた。この近海のマグロが密漁されているという情報を偶然にも入手したのだ。過去にもそれに似た事件に遭遇した事が光太郎にはあった。「ゴルゴムの仕業か」と光太郎はアタリをつけて向かうと、そこにはエキスを手に入れるためにマグロを大量に盗み出す怪人を発見した。光太郎は怪人の行く手を阻む。

 

「き、貴様は仮面ライダーBLACK!?」

「ゴルゴム…貴様らは絶対に許さん…! 地の果てまでも追ってやる!」

 

孤独に戦い続ける戦士、仮面ライダーBLACK RXの姿がそこにはあったー。




それぞれの想いを胸にジパングに向かうことになったイヴ一同。

そして孤独に戦い続ける光太郎。

両者は再び交わることができるのか!?

次回 『ジパングの紅葉』
ぶっちぎるぜ!!


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ジパングの紅葉

日出(ひいず)る国ジパング。

島国である為に他国からの侵略を受けにくく、数百年前まで独自の文化を築いていたと云われている。また他国と違い、銃の徹底した排除と国民のモラルの高さから犯罪率も低く、ジパングに腰を据える掃除屋(スイーパー)も少ない。

 犯罪に巻き込まれる確率も低い為、観光に訪れる人は多い。ジパングを訪れる理由のひとつに四季が挙げられる。他国にも季節はあるが、ジパング程顕著に季節を感じられる国は少ない。彼らは観光客に混じり、京の都と呼ばれる「キョート」で視界いっぱいの真っ赤な風景を目の前にしていた。

トレインはその風景を見ながら、親友を思い出す。

 

「来たぜ、お前の生まれた国によ」

 

親友の名はサヤ=ミナツキ。自分に自由な生き方を教えてくれた女。そのサヤが生まれた国がここ、ジパングなのだ。いつかは来てみようと思っていたが、随分と時間がかかってしまった。サヤが生まれた国であると考えると、さすがのトレインも感慨深い思いだ。隣に立つイヴの顔を見ると、紅葉に照らされたのか頬が赤く見える。「光太郎と一緒に見たいな」という小さな呟きを聞き、トレインは天を仰いだ。今頃あの男はどこで何をしているのだろうか。アクロバッターにつけられた発信機から、ジパングにいることは間違いない。キョートにいることも判明しているのだがそれ以上の縮尺は難しく、後は地道な捜索を続ける他ない。

 

「・・・きれい・・・ですね」

 

イヴと手を繋ぐセフィリアが目の前の紅葉を見て、感極まって声を漏らす。イヴもそれに同調し頷いた。

 

「セフィリアさんがジパング好きな気持ち、分かる気がする」

「・・・そうだったんですね。まだ思い出せませんが、この雰囲気は好みです」

「今度は光太郎と一緒に見に来ようね?」

「・・・光太郎・・・さん・・・ですか・・・」

 

語尾を濁し頭を抱える。セフィリアが意識を取り戻した時、記憶を失っていた。全てを忘れていたのだ。クロノスのことも、自分たちのことも、そして光太郎のことも・・・。だが心の奥では「思い出したい」という気持ちが残っているらしく、こうして時々何かを思い出そうとしていた。だがその思いが実を結ぶことは難しく、ただ頭を痛めるだけで終わってしまう。そんなセフィリアにトレインは「ゆっくり思い出せばいいさ」と声をかける。

 

「それより、腹減っちまったよ。何か食おうぜ? ここなら美味いものたくさんあるんだろ?」

「それがな、トレイン・・・」

 

周りに見える店を見て、トレインは腹の虫を鳴らす。こうしている間にも良い匂いが立ち込めていたのだ。そう催促するトレインに、スヴェンが寂しい財布の中身を晒す。

 

「ここまでの旅費ですっからかんだ」

「・・・なにっ! それじゃ飯は!?」

「我慢しろ。それか犯罪者を捕らえて小銭を稼ぐかだな」

「おいおい、この国って手配された犯罪者はほとんどいないんだろ? 無理じゃね?」

 

光太郎を見つける前に金策を見つける必要が出てきてしまった。トレインは傍にいたキョーコやシャルデン、ジパングマンにも訊ねるが持ち合わせはないらしい。そこでリンスとティアーユの姿がないことに気付いた。辺りを見渡すと一角にあった店から出てくる2人の姿を見つける。その手にはキョートの菓子があった。

 

「なに変な顔してんのよ、トレイン」

「リンス、くれ!」

「なに? このキョー菓子が欲しいの? ははーん、あんたらお金ないのね。貧乏ってイヤね」

 

リンスは意を得たりと笑みを浮かべる。だが購入したキョー菓子はトレインには譲らず、イヴとセフィリアに分けた。

 

「どうぞ、イヴ。セフィリアも食べなさいよ。なかなか美味しいわよ、これ」

「ありがと、リンス」

「ありがとうございます、リンスさん」

 

そしてトレインの目の前でキョー菓子をチラつかせる。

 

「美味しいわー、でもお金無くて食べれないなんて可哀想ねー」

「・・・イヤなヤツだな、お前」

「別にあげないなんて言ってないわよ?」

「いいヤツだな、リンス!」

「その代わり、貸しにしとくからね」

 

トレインの手にキョー菓子を渡し、リンスは他の面々にも配り始めた。シャルデンたちにも「貸しにしとくわ」と一言添えながら・・・。早く金策を探らないとリンスにいくつ借りを作ることになってしまうのか、彼らの背後からは破産の音が聴こえてくるようだった。ちなみに彼らはこの時食べたキョー菓子の味を全く味わえなかったという。

 

◆◇◇◆

 

午後を回り、ホテルはリンスが宿泊費を融通してくれることとなった。その分利子は加算されるようで、スヴェンたちの肩は重い。リンスとティアーユはホテルへ向かい、他のメンバーは手分けして光太郎と金策を探すことにした。平和な国ジパングで需要は少ないながらもスイーパーズカフェは存在する。スヴェンはひとりでそこを目指し、トレインは野良猫よろしく姿を消して自由行動に移ってしまう。キョーコ、シャルデン、ジパングマンも方々へ散っていった。

イヴもひとりで光太郎を探そうとするが、流石に子どもがひとりで行動すると危うい。イヴの実力から犯罪に巻き込まれる可能性は薄いが、迷子と勘違いされる可能性は大いにあるのだ。そういった理由からイヴとセフィリアはペアで行動をしていた。

キョート駅周辺は凄まじい人が出入りしており、この中に光太郎がいたとしても見つけるのは困難を極める。空を飛んで捜索しても良いが、それは目立ってしまう。

ふたりはこの場での捜索を諦め、駅から少し離れた場所を歩いていた。行き交う人々を目で追うが、そこに見知った人物はいない。そんな調子で進んでいると目の前に大きな建物が見えてきた。耳を澄ますと子どもの声が聴こえている。

 

「学校のようですね」

 

セフィリアがイヴの視線の先の建物に気付いてそう答えた。

 

「・・・学校?」

「ええ。私も詳しくは覚えていませんが、同年代の子どもたちが通う勉学の場だったと思います」

 

校門からグランドを覗く。そこには昼休みに友人たちと遊び回る子どもたちの姿が大勢目に映った。イヴにとって、これだけの人数の同じ年頃の子どもを見るのは初めてだった。もしもあの時に光太郎と共にいることを選ばなければ、あの中に自分もいたのかもしれない。目の前の環境が羨ましくも思えたが、それでも自分は光太郎を選ぶ。

 

「行こう、セフィリアさん」

「・・・はい」

 

次に向かった先は山であった。この街を一望できる程の高さを誇るその場に、ふたりは容易く辿り着く。イヴは同年代の子と比べ物にならない程の体力を身につけ始めているし、セフィリアにしても記憶を失ったとはいえナンバーズなのだ。山頂に着いた時にも息は乱れていなかった。

ふたりは山頂からキョートの街を眺める。小さく映る多くの人々が行き交い、その光景を紅葉が彩る。この平和な街を眺めていると、ゴルゴムという組織が本当に存在するのかと疑いたくなるほどだ。ゴルゴムだけではない。クロノスの最高幹部が消えたこの世界で、星の使途がどんな行動を起こそうとしているのかも気にかかる。光太郎を追うということは、そのふたつの組織を追うということと同義だ。光太郎がジパングに向かったということは、暗にそのどちらかがこの近辺にいることを示す。

平和に見えるこの光景も、人々が気付いていないだけで非日常なモノに侵食され始めているのかもしれない。

 

「イヴ、焦らないでください」

 

そんな不安を抱えていると、隣に立つセフィリアがイヴの頭を撫でてそう言う。

 

「セフィリアさん?」

「焦りは行動力を生むでしょう。しかし同時に失敗も招きます。仲間を信じてください。・・・あの日病院で目覚めてからの記憶しかありませんが、それでもあなたが私にとって大切な人であることはこの胸が教えてくれます」

 

視線をイヴに合わせるように屈むセフィリアは、イヴの手を自らの胸に当てる。イヴは自分の手に暖かな温もりと、穏やかな胸の鼓動が感じられた。

 

「・・・うん、正直焦ってたよ。もしかしたら余計な心配かもしれないけど、私の知らない場所で光太郎が傷ついて倒れちゃったらって考えると胸が苦しいの」

「・・・ええ」

「光太郎は私たちのことを考えてひとりで戦うことを選んだんだと思う。でも、光太郎が傷つくなら、私も同じように傷つきたい。光太郎が苦しんでいるのなら、私も一緒に苦しみます。相棒(パートナー)ってそういうものだと思いますから」

 

自分の目の前の少女はここまで強い想いを抱いている。自分の記憶の中にはいない南光太郎という人物はとても果報者だ。ここまで言い切ってくれる相手など、そういるものではない。この少女にここまで言わせるとは、どんな人物なのか、セフィリアは尚更思い出したくなった。

 

 

 

 

瞬間、ふたりの体に寒気が走った。

それと同時に野鳥たちが一斉に騒ぎ、飛び立っていく。

イヴは直感する。これは殺気であると。その気配を探ると先程通ってきた学校の屋上に黒い影が見えた。人とは違う異形な存在。

 

「ゴルゴムの怪人!」

 

イヴは反射的に身を乗り出してそう叫んだ。子どもたちを襲おうとしているのか、怪人の殺気はそちらに向いている。防ごうにもここからでは距離が離れすぎていた。これから怪人が起こすであろう悲惨な光景を想像し、イヴは動悸を早める。人の目も気にせずに翼を生やそうとした直後、無数の光の筋が怪人を貫いた。

 

「・・・え?」

 

光の筋は止まることなく撃ち続けられている。光の出処に視線を向けると、20キロは離れているであろう別の山から放たれていた。そしてイヴたちの耳に爆発音が届く。視線を戻すと怪人がいた場所が炎上していた。子どもたちは慌てており、教師が避難させ始めているが、被害はないようだ。

 

「どうやら、最悪の自体は免れたようですね」

「今のはゴルゴムの怪人だった。それを倒せる人なんて、この世界に何人もいないよ・・・」

「・・・イヴ?」

 

イヴは光が撃たれていた山に体を向ける。トレインも電磁銃(レールガン)という銃弾を撃つことができると聞いている。しかしそれでも連射は不可能だ。トレインでもなく、当然他の仲間たちでもない。そうなるとあれを行える人物はひとりしかいない。

 

「光太郎だ・・・!」

「・・・!」

 

そう答えを下したイヴは周りの目も気にかけず、翼を生やしてその山に向かって飛び立ってしまった。セフィリアが呼び止めるも、イヴの目にはもう光太郎がいるであろう場所しか映っておらず、セフィリアの制止も虚しく響く。イヴの天使の姿に周りがざわめく中、セフィリアもイヴを追いかけた。しかし当然空など飛べず、ナンバーズの経験も忘れた彼女は体の動かし方も満足に理解していない。以前のセフィリアであれば空を飛べないまでも家々の屋根を飛び移る程度の技量はあったが、今は体力はあれど普通の人のように走ることしかできなかった。

 

山を下り、イヴが向かったであろう方角へ走る。この時点で完全にイヴの姿を見失っていた。そして多くの人が行き交うこの街で、真っ直ぐ走ることは困難だ。人々の間を縫うように急ぐもサラリーマン風の男とぶつかり、セフィリアは倒れ込んでしまう。男はセフィリアに詫びを入れ手を差し出すも、セフィリアは逆に自らの非礼に立ち上がって頭を下げる。男は再三頭を下げて立ち去ったが、セフィリアは近くにあったベンチに腰を下ろすことにした。軽く膝を打ったらしく、痛みが残っている。

 

「私では、イヴも、南光太郎さんも追いかけることができないんですね・・・」

 

自分の無力が恨めしく思える。自分の過去がどうだったかはともかく、今の自分は普通の女性と何ら変わらない。ふと視線を落とすと手の甲も擦りむいてしまっていた。

 

記憶を失って目を覚ました自分の前には仲間たちがいた。

 

優しい仲間たちが。

 

そして今までは常に仲間たちがいた。

 

しかし今の自分の傍には誰もいない。

 

それを思うと途端に寂しくなってきてしまった。

自分にはあの人たちしか頼れる者がいないのだ。周りの雑踏の音も自らの孤独に拍車をかけ、セフィリアは両手で顔を覆ってしまった。

 

そしてどれだけの時間そうしていただろうか。

 

セフィリアの世界は優しい声で再び開かれる。

 

「大丈夫ですか?」という優しい声が届き、セフィリアは顔を上げた。

 

そこには優しそうな男性が立っていた。




確実に光太郎に近づいているイヴたち。

セフィリアの前に現れた男は一体何者なのか!?

そしてゴルゴムではついにあの男が目を覚ます!

次回『銀の戦士』
ぶっちぎるぜ!!


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銀の戦士

いえーい、スランプでしたよっと。
2週間も空いてしまいました。未完は絶対したくないので完結だけはしておきたいですね。
50話構成で、マイペースながらも進めていきます。


男が意識を取り戻したのは、奇しくもこの世界に光太郎がやってきた時と同時期であった。

 

山奥でひとり起き上がった男は、悪夢を見ていたように気分を害していた。親友と命の奪い合いをした記憶が脳裏に鮮明に蘇る。あれが夢であれば、悪夢であればどれだけ良かったか。そう願うがそれが現実であったとこの体が、手が親友を傷つけた感触を覚えている。

 

「・・・俺はシャドームーン・・・? いや、俺は秋月信彦だ・・・」

 

混合する記憶の中で、思考を巡らす。親友である南光太郎を倒すことを是とするシャドームーンの記憶と、それを恐ろしく後悔する人としての記憶。そしてシャドームーンとしての記憶の中で、自分は確かに命を落としている。なぜ自分が再び現世に蘇っているのか天を見上げて考えていると、暗雲から聞き覚えのある声が響いてきた。

 

【・・・蘇ったかシャドームーンよ】

 

「この声は・・・創世王!?」

 

【そう、我が創世王だ。世紀王シャドームーンよ。我がゴルゴムはキングストーンをもつお前が蘇るのを、長い時間待ち望んでいたのだ】

 

「なにっ、どういうことだ!?」

 

【我がゴルゴムは平行世界での記憶が宿っている。その世界では我らがどういう結末を迎えたのかも知っておる。だがそちらの世界とこちらの世界では決定的に違う点があったのだ。それがブラックサンとシャドームーンよ。この世界ではキングストーンは5万年前を最後に消失してしまっておる。その為、新たな創世王を生み出すのは不可能であった。そこで私は思いついたのだ。平行世界の因果を曲げ、キングストーンを持つ者を呼び寄せれば良いとな】

 

「創世王よ! 貴様はまた俺と光太郎を戦わせるつもりか!?」

 

【ふふふ、当然よ。それがキングストーンを宿す世紀王の宿命なのだ!】

 

信彦はその宿命を振りほどくように激しく首を振った。

 

「俺はもう戦いたくない!」

 

【無駄よ無駄よ。ブラックサンと違い、貴様は改造を完全に終えておる。今は蘇ったばかりで人としての記憶が強まっているようだが、次第に立派な世紀王となるであろう。その時、貴様は再びブラックサンと戦う運命にあるのだ!】

 

脳まで響く創世王の声から逃れるように、信彦は山を駆けた。だがどれだけ走っても創世王の言葉が脳裏に刻まれる。そこから信彦の自分が自分でなくなってしまうかもしれない恐怖との戦いが始まることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数ヶ月が経った頃、信彦は未だシャドームーンの意識に取り込まれず生活を送っていた。自分が変わってしまう恐怖を抱きながら、日雇いの仕事でその日暮しを続けていたある夕刻、信彦は駅前で今にも泣きそうになっていた女性を見かけた。両手で顔を覆い、その手の甲は擦りむいているように見えた。正直、信彦は自分のことで精一杯であった。この数ヶ月、仕事上の付き合いしかもっておらず、それ以上の関係を自ら壁を作って拒んできた。そんな信彦だったが、気がつくとその女性に声をかけていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

信彦の声に女性は顔を上げる。涙は流していない。しかし、その内では悲しみが読み取れた。信彦は相手を怯えさせないように笑顔を浮かべ、隣に腰掛ける。女性はじっとこちらの顔を見て「大丈夫です」と答える。見たところ、手の甲の傷は大したことないようだ。問題は心の方である。そちらの方はやや強がっているように感じた。大丈夫と答える女性の表情は未だ陰が残っている。

 

「あの、どこかでお会いしましたか?」

「・・・いえ、初対面だと思いますよ」

 

女性に問われ、信彦は答える。美しい女性だ。こんな女性と出会っていれば、記憶に残っているだろうが、自分の記憶の中に彼女はいない。それに自分は元々この世界の人間ではないのだ。友人はいないし、知人と呼べる人間も数える程しかいない。

 

・・・いや、親友がただひとりいるのか。

創世王の言葉から推測するに、光太郎もこの世界にやってきているのだろう。光太郎に会いたい。だがどんな顔をしてあの親友に会えば良いのだ。それにいずれは再びシャドームーンとして意思を奪われてしまうかもしれないのだ。その時にあいつを悲しませたくない。

 

「失礼しました。私はセフィリア=アークスと申します。あの、お名前を伺っても宜しいでしょうか」

「あ・・・俺は秋月信彦です」

 

信彦の名を聞き、セフィリアが「やはり違うのですね」と呟いたのが聞こえた。

 

「何か違いましたか?」

「あ、申し訳ありません。実は私は記憶喪失で過去のことを覚えていないのです。ですがあなたにはどこか懐かしいような暖かさを感じていたので、もしや探し人ではないかと早計してしまっていたのです」

「そうでしたか・・・。しかし本当に俺はあなたとは初対面です。探し人とは、あなたの恋人ですか?」

「え・・・」

 

セフィリアはきょとんとした表情を浮かべる。思ってもみなかった言葉を投げかけてしまったらしい。

 

「あ、すいません! 記憶がなかったんですよね」

「いえ、大丈夫です。しかしそういう関係ではなかったと聞いています。私たちにとって、南光太郎は大切な仲間だと聞かされています」

「・・・・・・え?」

 

その名を聞いて、信彦は思わず硬直してしまった。聞き間違いではない。確かにセフィリアは『南光太郎』の名を出した。同姓同名の可能性もあった。しかし信彦の思考は直感で、セフィリアが探しているであろう人物が自分の親友であるあの光太郎であると辿り着いていた。その名を聞いて胸の鼓動が早まる。

 

「・・・その・・・人は・・・今どこに・・・?」

「・・・? この街にいるのは確かなようです。しかしこの大きな街から人ひとり探すのは時間がかかってしまいそうですね」

 

信彦の変化に気付いたセフィリアは訝しげながらもそう答える。そう聞いた信彦は駅前を行き来する人達の顔を、誰かを探すように目で追い始めていた。

 

「アキヅキさん?」

「・・・セフィリアさんは、なぜその人を探してるんですか?」

「・・・私には記憶がないので仲間から聞かされた内容でしか話せませんが、光太郎さんは私たちをある組織から巻き込ませないように一人で姿を消してしまったようなのです。ですが仲間たちはそれに納得していません。だから追いかけているのです」

 

信彦は目を閉じ、光太郎の姿を思い出す。

あいつはそういうヤツだ。セフィリアの言う組織というのは、十中八九ゴルゴムだろう。ゴルゴムの怪人や神官、創世王相手では普通の人間は到底太刀打ちできない。自分を大切に思ってくれる仲間であっても、そんな仲間が傷つかないように自ら距離を置くのは光太郎らしいと思ってしまった。アイツは・・・変わってないんだな。

 

だが、そんな優しい光太郎だからこそ、心配なんだ。

いずれ自分が・・・シャドームーンが光太郎の前に立った時、迷わず倒してくれるだろうか。自分は何度か死んだ身だ。シャドームーンとなり、世紀王としての戦いが避けられないのであれば、親友である光太郎に倒されるそれは、本望というものだ。

 

「セフィリアさん」

「はい?」

 

信彦は意を決して立ち上がり、セフィリアに伝える。

 

「もしも光太郎に会えたら、伝えて欲しい。『シャドームーンがもしも再びお前の前に現れたら、躊躇うことなく倒してくれ。それが俺の願いだ』・・・と」

「え・・・あなたは・・・一体・・・?」

 

セフィリアの疑問に答えることなく、信彦は彼女に背を向け歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

自分がこの世界で目覚めた場所。

山奥のその場所で信彦は空を見上げる。そこには3神官のダロム、ビシュム、バラオムが宙に浮いていた。

 

「お待ちしておりました、シャドームーン様」

 

3神官は大地へ降り立ち、頭を垂れる。しかし信彦は首を振る。

 

「俺は秋月信彦だ。シャドームーンなんかじゃない!」

 

自身を否定する信彦を前に、ダロムは立ち上がる。

 

「期は熟したのです。今夜の満月の力をもって、あなた様の中に眠るシャドームーン様の力が目覚めるのです!」

 

「なに!?」

 

信彦を囲み、3神官が自身の力の石を掲げた。

 

 

 

 

ダロムは天の石を。

 

 

 

ビシュムは地の石を。

 

 

 

バラオムは海の石を。

 

 

 

そして同時に満月の光が信彦に降り注ぐ。

 

 

 

「ぐっ・・・うぅ・・・うううぅぅぅ・・・!!」

 

 

焼けるような体の痛みを抱え、信彦は倒れこむ。

しかし体の痛み以上に、自分の意思が消えていく事の方が恐ろしかった。

 

 

「こ、光太郎・・・・・・、すまない、俺はまたお前を・・・・・・!!」

 

 

信彦は最後に大きく叫ぶ。

天から雷鳴が振り注ぎ、辺りを明るく照らす。

 

光が収まり、そこに立っていたのは本来の姿を取り戻した3神官。

 

そして仮面ライダーBLACK RX最大の強敵、シャドームーンが緑の目を光らせていた。

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

時は少し遡る。

 

光太郎はアクロバッターと共に記憶の中にあったゴルゴムのアジトに向かっていた。自分の記憶の中にある日本と、今自分がいる世界のジパングという違いはあったが、可能性のひとつとして潰しておくべきではあった。そして日本で言うところの京都の山頂に登頂した瞬間、背後から殺気を感じた。そちらを見やると、遠く離れた校舎の屋上にゴルゴムの怪人の姿があった。その眼下には何も知らず遊んでいる子どもたちがいる。

 

「そうはさせん!」

 

光太郎は咄嗟にロボライダーに変身し、ボルティックシューターで20キロ以上離れている怪人に向けて連射する。光の矢は怪人の体を何度も貫き、怪人は倒れ爆発を起こした。子どもたちに被害が及ばなかったことに安堵した光太郎は変身を解き、そちらに背を向けようとした。だが、視界にそれが映ってしまったのだ。天使の姿が・・・。

 

思わず二度見した光太郎は目を擦り、こちらに向かっているであろう天使の姿を凝視した。

 

「・・・イヴ!?」

 

15キロ以上離れているが、間違いない。あれはイヴだ。

 

「なぜイヴがここに・・・」

 

《・・・・・・・・・》

 

イヴたちがジパング、そしてここキョートに辿り着いているのは、アクロバッターの車体に発信機がつけられてしまっているからなのだが、それを知らない光太郎は驚きの余り固まってしまった。全てを知り、敢えて伝えなかったアクロバッターは「知~らない」とでも言うかのように顔を背けている。

 

だがイヴがこちらに向かっているのならば、すぐにこの場を離れた方が良さそうだ。これでは何のために皆の前から消えたのか、分かったものではない。そう考えて身を翻そうとしていると、目の前に何かが投げつけられた。

 

「・・・!」

 

光太郎は咄嗟にそれを受け止める。何の攻撃かと警戒したが、自分の手の中に収まるそれはミルクの入った瓶であった。

 

 

 

 

「・・・・・・ミルク?」

 

 

 

 

「少しはのんびりしろよ」

 

 

 

 

正面に、木に背を預けてミルクを飲んでいるトレインの姿があった。トレインは「ぷはぁ」とまるで酒を飲み干したように満足そうにミルクを飲んでいた。

 

 

 

 

「・・・トレイン、なぜジパングにいるんだ?」

 

 

 

 

「おっかねえ女がアクロバッターに発信機つけてたみたいだぜ?」

 

 

 

 

「リンスさんが? アクロバッター、そうなのか?」

 

 

 

 

《・・・・・・シラナイ》

 

 

 

 

「・・・アクロバッター?」

 

 

 

 

《・・・つけられたような気もする》

 

 

 

 

なぜそれを最初に伝えないのか、光太郎は思わずため息をつく。光太郎はアクロバッターの車体をくまなく探り、件の発信機を見つけてトレインに投げつけた。

 

 

 

「返しておいてくれ」

 

 

 

 

「・・・光太郎、お前の気持ちは分かる。巻き込ませたくないって気持ちもありがたいとは思うぜ? だけどよ、俺たち・・・まぁ、特に女性陣連中だな。納得してねえんだよ」

 

 

 

 

「トレイン、お前だって分かってるはずだ。ゴルゴムの恐ろしさを! 奴らは人を傷つけるのを何とも思っちゃいない。現にセフィリアさんだってあんな目に遭ってしまった! 今度は命を失うかもしれない。だから、ゴルゴムやクライシスの戦いは全て俺ひとりが引き受ける。みんなは今まで通りの日常を送っていてくれていいんだ!」

 

 

 

 

「・・・俺やスヴェンにとっての日常っていうのは、貧乏な掃除屋暮らしだな。リンスの奴は盗賊請負人だし、セフィ姐は記憶失ってっけどクロノスに戻ることになるんかな? ティアーユはまた隠居暮らしだろうし、キョーコはジパングで学生か。シャルデンやジパングマンは分かんねえな。で、姫っちの日常っていうのはどんなんなんだ?」

 

 

 

 

 

 

「・・・イヴにとっての日常は・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私にとっての日常は、隣に光太郎がいることだよ」

 

 

 

 

 

 

光太郎の背後からそう答えが届く。

 

そちらを振り向くと、そこには息を切らしたイヴが立っていた。

 

「・・・イヴ」

 

「光太郎、歯を食いしばって」

 

「え?」

 

シュルシュルとイヴの髪が拳を作り、その拳で思い切り光太郎の頬を殴った。突然のイヴの攻撃に光太郎は思わず無防備で受けてしまい、その場で倒れ込んでしまった。倒れた光太郎にイヴが馬乗りになる。

 

「光太郎の嘘つき」

 

「・・・ああ。軽蔑してくれていいさ」

 

イヴの髪が拳を解き、光太郎の腕に巻き付く。

 

「もう、光太郎の言葉は信じない。私は、私が考えたように動く。私は光太郎とずっと一緒にいる。光太郎に拒否する権利はないから。それが私に嘘をついた罰」

 

「・・・ダメだ、イヴ。ゴルゴムやクライシスとの戦いが終わったら好きにしてくれていい。だからそれまでの間は俺ひとりで戦わせてくれ」

 

光太郎とイヴ、どちらも引こうとしないその現状に、トレインはため息をついた。

 

「光太郎よ、姫っちのことだから、お前の目の届かないところで絶対無茶するぜ? それだったらお前の目の届くところで、いざとなったらお前が守ってやった方が安全なんじゃないか? 俺たちが光太郎の仲間だってことは、もうゴルゴムには知られてるんだ。こちらを狙ってくるのは有り得ないことじゃねえ」

 

「・・・だけど」

 

 

光太郎がトレインに反論しようとするが、それに続く言葉が出てこない。確かにゴルゴムの動きとしては有り得る話だ。こちらが派手に動けばこちらだけを狙うかとも思うが、前回の戦いの時にダロムが「搦手」を使うのを是としていた。

 

仲間を巻き込みたくないという自分の願いは、初めから不可能だったのだ。光太郎がそう後悔していると、それを察したのかイヴが怒りながらも「私は巻き込まれた訳じゃないよ」と言った。

 

「これは光太郎とゴルゴムの戦いじゃないよ。人と、ゴルゴムの戦い。私たちは巻き込まれたんじゃない。当人なんだよ。当人が戦うのは当然」

 

イヴの主張は理屈なのか、屁理屈なのか、光太郎には覆す言葉がなかった。だがここでいくら言葉遊びをしてもイヴが諦めないというのは認めるしかない。

 

 

 

光太郎がそう折れようかとしてる時、遠くの山に雷が落ちた。

そして直後に感じる威圧感。それをトレインとイヴも感じたのか、思わずそちらに顔を向ける。

 

「これは・・・!?」

 

既視感のある威圧感。

光太郎は起き上がり、そこにかつての強敵の姿を思い浮かべていた。




ついに誕生したシャドームーン!

果たして信彦の心は残されていないのか。

そして再び親友同士の戦いが始まってしまうのか。

光太郎の叫びが戦場に響く!!

次回『相対する太陽と月』
ぶっちぎるぜ!!


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相対する太陽と月

長いこと離れていました。
まだ勘が取り戻せておらず、文字数少なめで申し訳ないです。



光太郎にとって最高の親友にして、最凶の敵。

「月」を象徴するその銀の体の可動を確認するかのように、シャドームーンは無言で手足を動かしていた。そしてついに復活を遂げた世紀王を前に、大怪人となったダロム、バラオム、ビシュムは跪く。

 

「・・・力はRXと最後に戦った状態、といったところか」

 

シャドームーンは静かに佇む。

辺りは静寂ではあるが、眼に見えない圧力に包まれている。人よりも敏感な野生動物たちはそれを本能で察し、その空間から離脱していた。それぞれの石の力を失い、大怪人となったダロムたちにとっても怯む程の圧なのだ。もしこの場に鈍感な人間がいたとしても、即刻腰を抜かして気を失うであろう。それに耐えられる者は多くはない。

 

 

そして…この男もまた、それに耐えるどころかシャドームーンと同等の圧力を放っている。

 

空高くから飛翔してきた黒き影。彼等の前に現れたのはシャドームーンと対をなす存在である仮面ライダーBLACK RXだ。

 

RXは親友の姿を見て、沈思黙考する。親友との再会に嬉しさがこみ上げたがすぐにそれを抑え、戦闘態勢をとった。シャドームーンから、突き刺すような敵意を感じたからだ。しかし心の奥底では「信彦はこの世界では元に戻っているのでは」と儚い期待を抱いてしまっている。

 

「信彦…俺だ! 光太郎だ! 分からないのか!?」

 

「…分かっている。そして仮面ライダーBRACK RX、俺の倒すべき相手だろう」

 

「くっ…ダメなのか!? また再び戦わなければならないというのか!?」

 

対峙するシャドームーンにとって、自分は変わらず敵。認めたくはないが、この状況を考えなかった訳ではない。戦うしか…ないのだ。

 

翼竜の大怪人となったビシュムがRXの背後から疾走してくる二つの影に視線を向ける。そこにはトレインとイヴの姿があった。

 

「へへっ、このスピードについてくるなんてやるじゃねえか姫っち」

 

「でもダメ…光太郎、速すぎる」

 

2人はRXの前に立つ異形からの圧力を感じとり、ゴルゴムの怪人であるとアタリをつけた。そんなトレインとイヴを見て、脅威を感じる大怪人ではない。ビシュムは微笑み、一歩前に出る。

 

「お仲間ですか。いえ、どちらかといえばお荷物と言った方が正確でしょうか。これからの戦いに、人間のような矮小な存在が立ち入る隙など無に等しい。あなた方に分かりやすく例えるならば、蚊や蟻に抵抗されるもの…。それらに敗北すると思いますか?」

 

「恐竜っぽい見た目になってオツムまで退化しちまったか? 俺たちは人間だ。それほどの力の差があったとしても、攻め方を考える事ができる。どれだけ力の強い奴相手でも、やり方次第だと思うぜ」

 

「…そう、例えからして間違ってる。トレインはバカだけど、力に力で対抗するほどバカじゃない」

 

「…姫っち、俺の心を傷付けないといけないノルマでもあんのか!?」

 

「それじゃ….単細胞ならいい?」

 

「バカにされてるのは変わらねえっ!?」

 

2人のやりとりを傍観していたシャドームーンがRXに視線を向ける。

 

「RX、貴様はそれでいいのだな? 力の無い者を傍に置き、再びあの時のように巻き込むか。弱き人の心を残しているばかりに、自らの心を痛める。惨めだな」

 

「信彦…いや、シャドームーンよ! 確かに俺は弱い。危険に晒させないために仲間を遠ざけても、心が絆を求めてしまう。こんな俺を追いかけてくれたイヴたちを前にした時、心が暖かさを感じた。俺はこの弱き心を恥じはしない。

…一緒に戦ってくれ、イヴ、トレイン」

 

「…うん、私は光太郎がそう言ってくれるのをずっと待ってたよ」

 

「そういうこった。いくら怪人だからって人間を甘く見てるとヤケドするぜ」

 

「人間風情が…!」

 

ビシュムが青筋を浮かべ殺意を膨らませた直後、RXたちとは別方向から放たれた銃弾がビシュムの額を弾いた。ビシュムの肌で潰れた弾丸は力無くその場に落下する。銃弾が放たれた場には光太郎の仲間が駆けつけていた。

 

「やはり普通の弾じゃ通用しないな」

 

「あー! コウ様みっけましたよ!! あ、キョーコ分かっちゃいました。アレがコウ様の敵ですね!!」

 

「キョーコさん、隙を見せないようにしてくだサイ。彼らは強敵のようデスからね」

 

「光太郎さん、このジパングマンが加勢しま…………はっ! 意識が飛びかけた。何だこれ」

 

スヴェン、キョーコ、シャルデン、そしてジパングマンがそこにいた。ジパングマンだけ大怪人やシャドームーンの圧に意識を飛ばされそうになっていたが、何とか持ち直している。

 

新たな救援者がやって来たのを見て、サーベルタイガーの大怪人となったバラオムも戦闘態勢をとった。

 

「ゴミが! 一掃してくれるわ!!」

 

バラオムの咆哮が戦闘の開始を告げた。




ついに出遭ってしまったRXとシャドームーン。
イヴたちは大怪人を相手にどう立ち向かうのか!?
そしてRXとシャドームーンの戦いの行方は如何に!?


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大怪人と対峙して

パソコンぶっ壊れて最初から作り直してました。
お待たせして申し訳ありません。


戦士たちは飛び出していた。

光太郎と違い普通の人間である自分たちが怪人と戦う時、それも幹部である神官と戦う時に後手に回ってはそのまま押し切られてしまう。それ程人間と怪人の身体能力には差があるのだ。

 

目の前の神官は既に怪人の様相だ。

その中でもイヴは翼を持つ大怪人に向かっていた。仲間たちの中で紛いなりにも空中戦が可能なのは自分だけなのだ。そんなイヴの覚悟を受け止めたのか、翼竜の大怪人となったビシュムは空中という生身の人間では不可能なバトルステージへ飛翔した。

 

トランス・天使

 

イヴの背中に天使の羽が光り輝いて出現する。そして空中に飛翔したビシュムを追って天空に昇る。光太郎を追っている間、自分の無力さを痛感したイヴは何もしていなかった訳ではない。トランス能力を常に磨いていたのだ。そしてイヴはその真価をこの戦いで発現させる。

 

「そこっ!」

 

空中で羽ばたくイヴはビシュムに対し、その美しい金髪をトランスさせたナノスライサーで先制攻撃を仕掛ける。分子レベルまで細分化され、超振動された極薄の刃。その刃がビシュムの体を僅かであるが裂いた。

 

『強くなりたい』

 

その思いからたくさんの本を読んだ。どうすれば自分はもっと強くなれるのか。どうすれば光太郎と一緒に戦う事ができるのか。そしてイヴの中の知識とナノマシンが噛み合い、ナノスライサーの切れ味を更に向上させたのだ。ナノスライサーに超振動を加える事で大怪人の肉体すらも容易く切り裂く。

 

「小娘が!」

 

矮小と侮っていた人間に肉体に傷をつけられたこと、それは自らのプライドを傷つけられたと同意。ビシュムの両目が光り、灼熱光線が放たれる。

 

「…くっ」

 

それを間一髪避けるイヴだが、灼熱光線は消えることなく大地を焼き、山が炎に包まれる。眼下で戦いを繰り広げているであろう仲間たちを案じ、刹那の時間、イヴはビシュムから目を離してしまった。だがビシュムはそのほんの僅かな隙を見逃さない。自らの体を回転させ、竜巻を起こしてイヴを襲ったのだ。その規模と威力は、同じ竜巻を扱うリオンのそれと比べても雲泥の差だ。その広範囲の竜巻から逃れる術はなく、イヴが気付いた時にはもう遅い。竜巻に体を裂かれ、大地に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

灼熱の炎が周りの空気を焼く。

その中でキョーコとシャルデン、ジパングマンはサーベルジャガーの大怪人となったバラオムと対峙していた。何度か攻撃を仕掛けているが、キョーコたちの攻撃がバラオムにダメージを与えることはなかった。キョーコの炎も、シャルデンの血も、ジパングマンの重力も、そのどれもがバラオムにとって蟻がつつくような痒みを与えるだけであった。

 

「どうした、その程度か! その程度の力でゴルゴムに刃向かうとは身の程知らずが。その罪、万死に値する!」

 

バラオムは確信している。目の前の塵のような存在の人間に、自身を倒す術はない。これは傲慢でも油断でもなく、歴然とした事実である。ゆっくりと痛ぶり、そしてゴルゴムへ刃向かったことを後悔させながら死なせてくれよう。そんな笑みを零し、一歩、また一歩キョーコ達に近付く。

 

「シャルデン、何か策はないのかよ!?」

 

「身体能力に差があり過ぎマス。私たちの攻撃力では怪人の肉体を傷つける事ができません」

 

「おいおい、それじゃこのまま殺されるのを待てってか? 冗談じゃないぜ」

 

「キョーコは諦めません! それでも攻撃をし続けます!」

 

「…私が迎え討ちマス。お二人には援護をお願い致しマス」

 

シャルデンはそう告げて前に出る。それを見たジパングマンは慌ててシャルデンの肩を掴む。

 

「待てよ、シャルデン! 策も無しにどうするつもりだ! 下手に向かっても殺されるだけだぜ?」

 

「シャルデンさん…変な事を考えてませんよね?」

 

「………」

 

キョーコにそう問い詰められるシャルデンはその答えを返せなかった。それを言ってしまえば、キョーコならきっと止めるだろう。だから、シャルデンは答える事ができなかったのだ。ポケットに手を入れ、それを握る。

 

 

 

 

 

光太郎が去ってから、シャルデンは宿敵であったベルゼーと、科学者のティアーユに相談を持ちかけていた。

 

「我々では怪人に立ち向かうことはできません。その為に、必要な事なのデス」

 

三人の前にあるテーブルの上に置かれている資料。それはゴルゴムのアジトでかつての同志ドクターが残した研究資料だ。それには怪人の因子に関する記録も記載されていた。

 

「ティアーユさん、貴女ならこの記録から怪人になる為の薬を作る事ができるのではありまセンか?」

 

「…結論から言います。それは可能です。ナノマシンに遺伝子を書き換えるプログラムを施し、それを身体に取り込めば身体に変化を起こすでしょう。ですが…ベルゼーさんの前では言い辛いのですが…」

 

ティアーユがその続きを言い淀んでいると、ベルゼーは表情を変えず「我らは既にそれを知り、受け止めている」と告げた。それを聞いたティアーユは悲しそうな表情を浮かべるも、話を続けた。

 

「この資料によると、怪人になってしまうと、思考も変化してしまいます。より強くあろうとする為に、攻撃性が増します。それは貴方の傍にいる人をも傷つける事になるかもしれません」

 

「…………」

 

「そして人という弱い肉体から怪人という強靭な肉体に変化をする際、激しい痛みが生じます。その時の苦痛で怪人になる前に命を落とす者もいたようです。時の番人の方々はその苦痛を乗り越えて怪人化を果たしたようですが、助かる保証もないのです。そして…怪人から人の姿に戻る際に大きな負担を強いられるのです。光太郎さんなら怪人から人へ戻す事もできますが、その行為は命を削る事になるでしょう。ベルゼーさんたちは寿命を縮めて人の姿を取り戻す事が出来たと言い替えても構いません」

 

「…シャルデン=フランベルクよ。私も怪人と対峙してその圧倒的能力差に打ちのめされた。我らがどのような敵を相手にしているのかも理解している。対等に戦うにはこの方法しかないのもな。だが…お前の体で怪人化に耐えれると思えぬ。既に体を病んでいるのだろう?」

 

「……お見通しデスか」

 

シャルデンは苦笑する。自分の命は永くはない。だからこそ、この命を意味あるものにしたいのだ。過去の自分はクロノスを倒す為であれば命も捨てる事ができた。だが今の自分は…。

 

「キョーコさんや南光太郎たちを守る事が、今の私の行動理念デス。その為にも、どうか協力して頂きたい」

 

ベルゼーとティアーユに対し、頭を下げるシャルデン。そのシャルデンの覚悟を受け止めたのか、ベルゼーは身を翻す。「研究の為の費用と設備は与えてやる」と告げ、ティアーユに視線を移す。その視線を受けたティアーユはひとつ大きな溜息をついた。

 

「…分かりました。二度と命を弄ぶ研究に携わらないと誓った私ですが、シャルデンさんがそこまで仰るのでしたら作りましょう。ですが、命は粗末にしないで下さいね。貴方が死んでしまってはキョーコさんも…光太郎さんも…私たちも悲しむ事になってしまいますから…」

 

 

ティアーユはそう言って眼下の資料に視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

その怪人化を可能とするナノマシンが入ったカプセルを、シャルデンは握っていた。キョーコやジパングマンの制止を無視し、シャルデンは注射器にカプセルを挿入し、それを自身に打つ。

 

そして脈動する。

 

心臓が張り裂けるかのような血圧。ティアーユの言った通り、今まで味わったことのない激痛が全身を走る。ドクン、ドクンと全身が波打っている感覚。そして思わず膝をついてしまった。その衝撃でサングラスが地面に落ち、割れる。

 

「シャ…シャルデンさん……?」

 

キョーコがシャルデンの急な異変に戸惑い、声をかける。そこにいたのは今まで自分が知っているシャルデンではない。黒い蝙蝠のような翼を生やし、妖気を感じさせる程の圧を発する怪人であった。

 

新しい怪人はゆっくりと立ち上がる。

 

「だ、大丈夫ですか、シャルデンさん!? 何したんですか!?」

 

「…離れていて下さい、キョーコさん、マロさん。そしてできれば、これからの私の姿を見ないで頂きたい」

 

シャルデンはそう言い残し、バラオムへ向かって飛ぶ。

体内の遺伝子は間違いなく怪人のそれへと変化していた。力も、能力も、人であった時と比べ物にならない。だが理性は変わらず、人で居続ける事ができていた。シャルデンの道の力は血を操る事である。怪人の因子が理性を侵食する前に、血を操る事でそれを防いだのだ。

 

もう元に戻られないかもしれない。戻ったとしてもその場で命を落とすかもしれない。けれどもそれも構わない。

 

「ゴルゴムの神官よ。この世界の為に、貴方には死んで頂きマス」

 

「脆弱な人間が怪人になったとて、敵ではないわ!」

 

二人がぶつかり合う衝撃が、辺りの炎を散らす。キョーコとジパングマンはその激しい攻防にただ息を呑むことしかできなかった。怪人と化したシャルデンを見やり、キョーコは胸の前で手を握る。

 

「キョーコは…シャルデンさんがどんな姿になってもシャルデンさんの味方です。だから、ちゃんと勝って帰ってきて下さい!」

 

人を超えた戦いに、道の力を得たとしても太刀打ちできないこの戦いに、キョーコはただシャルデンの無事を祈った。

 

 

 

 

 

そして同じ頃、トレインとスヴェンは三葉虫の大怪人となったダロムを相手にしていた。ダロムの触覚から破壊光線が放たれるが、スヴェンの予見眼で先読みし、二人は破壊光線の軌道から逃れる。だがそれでもこちらの銃弾は当然通用せず、防戦一方だ。人と怪人とでは体力も違う。今は避ける事ができているが、いずれ体力を消耗し、ダロムの攻撃を受けてしまうだろう。

 

電磁銃を試すトレインだが、それもダロムの放つ破壊光線に簡単に相殺されてしまう。

 

「スヴェン、このままじゃDeathるな!」

 

「サムズアップしてる場合か! それにしてもゴルゴムの怪人って奴は本当にやり辛いぜ。銃弾も電気も通用しない。どうすりゃいいんだ」

 

ダロムが手を振るう未来が見えたスヴェンは思わず煙幕を張る。ダロムが行おうとしていたのは念動力。それを防ぐためにスヴェンは相手の視界を奪ったのだ。

 

その直後、真横から飛んでくる物体をトレインは察知して受け止める。

 

「これは…光太郎が使ってた銃か?」

 

先程の学校での怪人を退治する際、トレインは光太郎がロボライダーになってこの銃で倒すところを目撃していた。20キロ以上離れていた怪人の体を楽々貫いた銃だ。この銃と自分の銃技があれば、勝機はある。トレインはダロムがいるであろう方向へと銃口を向ける。ダロムに限らないが、怪人たちはその能力を過信し、人間相手に気配を消すことはしない。むしろ常に圧力を放っているのだ。視界に映らなくても、トレインレベルの強者であれば居場所くらい簡単に掴める。

 

トレインは銃弾に制限の無いボルティックシューターを目には止まらぬ速さで連射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

RXと対峙するは最大のライバルであるシャドームーン。

殺気、佇まい、それらの全てがRXの記憶の中にあるシャドームーンそのものだ。

 

「人間に銃を与えたか。そうでもしなければ神官共にすぐ殺されてしまうだろうからな。だが結果は変わらぬ。RXよ、貴様に関わった事で、あの人間たちは命を落とすことになるのだ。そして、お前も私の剣の前に散れ」

 

シャドームーンは双剣シャドーセイバーを構える。

 

「信彦…いや、シャドームーンよ! 俺はお前を倒し、仲間たちも救ってみせる! 行くぞ!」

 

RXは跳躍し、瞬時にサンライザーからリボルケインを取り出し、シャドームーンと剣戟を交わす。

 

その応酬は既に人の目では見切れぬ速さだ。互いにそれを防ぎきれず、幾度か火花が走る。実力は完全に互角。ここでRXに迷いが生じてしまえば一気に形勢が傾いてしまう。RXには守るべきものがあるのだ。その為にも、親友と言えど敗れる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

そしてそんな戦いを、遠くから見守る影があった。

 

記憶を失ったセフィリアが、RXの戦いを見つめていた。

 

 

「…光…太郎…さん…?」

 

セフィリアのその呟きは、激しい剣戟の波にかき消され、誰の耳に届くこともなかった。




まだ以前に比べて文字数が少ない気がしますが、ご容赦下さい。
それでも、やっと投稿できてホッとしてきます。

パソコンは使えなくなってますが、ケータイの方で頑張ります。


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シャルデンvsバラオム

少し短くなりました。


イヴとビシュムが。

 

シャルデンとバラオムが。

 

トレイン、スヴェンとダロムが。

 

その戦いの中で戦況が一番変化したのはシャルデンとバラオムの戦いだった。今までは決定的な攻撃力に欠けていた元・星の使徒のメンバー達だったが、シャルデンが怪人化したことによりバラオムの体に無数の傷をつけるまでの攻撃力を得た。シャルデンは怪人でありながら、同時に道の力をも身につけている。その力は怪人の因子の影響か、更に強力なものに変化していた。

 

シャルデンの目が怪しく光ると、体内の血が体外に放出され、それは人の形を成す。そしてシャルデンと全く同じ姿に変え、バラオムへ襲いかかる。

 

「貴様程度の力では!」

 

如何に人間が怪人の肉体を得ようと、バラオムは神官として選び抜かれた際に更に改造を施され、大怪人となっているのだ。地力からして違う。サーベルジャガーの大怪人となった今となっては怪人すらも矮小だ。だがシャルデンはバカではない。最初は人間時との能力差に興奮を覚えた。この力があればどんな敵でも屠る事ができるのでは、と。しかし上には上がいる事をシャルデンは知っている。今の自分でもRXには到底敵わないだろう。自分はその程度の存在なのだ。だからこそ、突然大きな力を身につけたとしてもシャルデンに慢心はない。

 

シャルデンは血の分身体と共に手を天空に伸ばす。すると瞬時にドス黒い血が武器に形成され始める。それは正に死神の鎌を思わせる不気味な鎌。

 

 

命の切断鎌(ブラッドデスサイズ)

 

 

二つの鎌が振られ、衝撃が大地を走る。

周囲の燃え盛る木々諸共大地を裂く。そのカマイタチ的な衝撃を前にバラオムは目を見開き、咄嗟に咆哮する。ただの咆哮ではない。空気を震わせ、眼前のカマイタチすら散らすエネルギーの伴った咆哮だ。人間の生み出すことのできる高火力より更に高威力の攻撃を凌いだバラオムを見やり、シャルデンの目は更に鋭さを増す。

 

「さすがはゴルゴムの幹部…といったところでしょうか。今の攻撃には僅かに期待してしまいましたが、やはり簡単にはいきませんね」

 

「なかなか面白いことをする! ゴルゴムに忠誠を誓えばそれなりの地位を与えてやるものを!」

 

「有難い申し出ですがお断り致しマス」

 

「戯言だ。こちらとしても先の無い貴様を取り込むメリットなどない。戦っていて分かるぞ。拳を交わす度に貴様の命の灯火が弱まっていくのを! 数万年を生きる怪人の体とは思えぬ脆弱性。貴様は所詮怪人の失敗作だ!!」

 

「…窮鼠猫を噛む。あまり甘く見ない方がいいデスよ?」

 

「なに!?」

 

バラオムが眉間に皺を寄せた瞬間、大地から無数の刃が伸び、それらがバラオムの体を貫いた。予想だにしない攻撃に、バラオムは避ける事も出来ず口から血を流し、充血した目を大地に向ける。そこにはドス黒い血が点々と大地に落ちており、そこから血の刃が伸びていた。

 

「ぐっ、これは貴様の能力か!?」

 

「…先程の攻撃、アレは貴方を倒す目的ではありません。あの程度で倒せる相手でない事は重々に理解しているのデス。あの攻撃はいわばカモフラージュ。本当の目的は貴方の周りに私の血を撒くことだったのデスよ」

 

シャルデンの道の力は血を操ること。怪人となった今となってもその力は消え失せず、逆に強まっていた。自身から切り離された血であってもそのコントロールは失われず、脳波を送ることで自在に操る事が可能だ。そしてその血の刃は貫いたバラオムの体内から血を吸収し、刃はどんどんと太くなってゆく。

 

「くっ、そう簡単にいくと思うな!」

 

バラオムは体の力を硬直させ、傷口を無理やり筋肉で塞ぐ。これ以上の吸血はできないと察したシャルデンは全ての血を自身に戻した。

 

「……人間。貴様の名前を聞かせてもらおうか」

 

大地に膝をついていたバラオムは立ち上がり、目の前のシャルデンを睨みつけながら訊ねる。

 

「…シャルデン=フランベルク」

 

「俺はサーベルジャガーの大怪人、バラオムだ。俺の体を傷つけた褒美だ。貴様の名前は永遠に覚えておいてやろう。…シャルデン! 貴様は俺の手で死ね!」

 

「…私はまだ死ねません。南光太郎の言うクライシスを打ち倒すまでとはいかずとも、せめてあなた方ゴルゴムの最後を見届けるまでは!」

 

シャルデンは鎌を振るうが、バラオムの体がブレてすり抜ける。バラオムが超高速移動したことによる残像だ。直後シャルデンの体をバラオムの爪が引き裂く。しかしその攻撃は一度で終わらず、何百という爪撃がシャルデンの体を裂き、シャルデンは力なく倒れ込んでしまう。それを好機と見たか、バラオムは超高速でシャルデンに突進し、自慢の爪を振り下ろす。

 

「死ねい、シャルデン!」

 

「…失念しましたね」

 

大地に伏せるシャルデンの口元は緩やかだ。それに気付かないバラオムはシャルデンの策すら見抜けなかったろう。バラオムの超高速移動は怪人と化したシャルデンの動体視力でさえ見切れない。動きを追ってもそれ以上の速さで動けないシャルデンは無駄に体力を消耗するだけだ。だからこそシャルデンはエサを撒いた。自分の命というエサを…。そして直後に反応する。バラオムの爪に付着していたシャルデンの血が刃となり、バラオムの脳天を貫いた、

 

 

「…ぐっ!? な…な…なんだと…?」

 

バラオムはぐらりと体勢を崩し、膝をつく。脳天を貫かれて即死せず、まだ命あるバラオムの生命力は流石というべきか。だがシャルデンも満身創痍の体となっている。

 

「こ、ここまで先読みしていたのか…大した男よシャルデン。だが、この程度で俺はやれぬ。俺の勝ちだ! せめて最後は苦しまぬよう一撃でトドメをさしてくれる!」

 

「…あ、ありがた迷惑デスよ」

 

「……!?」

 

直後、バラオムの脳天に刺さっていた血の刃が弾けた。それはまるで炸裂弾のように、細かな血の刃がバラオムの脳内を破壊する。これには流石のバラオムも無傷ではいられない。如何に強固な肉体を得ていても、脳そのものの防御力は鍛え上げることができないのだ。生物としての一番重要な器官を破壊されてしまったバラオムは、振り上げた爪は力無く大地に落ちる。そしてバラオムの口元が僅かに動く。

 

「…シャドームーン…様」

 

そしてバラオムの体は閃光のように爆発を起こす。間近にいたシャルデンもその爆風を重体の身に浴び、吹き飛ばされる。燃え盛る木に叩きつけられ、シャルデンはその場に倒れてしまった。目の前に巨木が倒れ込んでくる。シャルデンが目を閉じようとした瞬間に、その巨木が炭になった。薄れる視界の中で、仲間が駆け寄ってくる。

 

「シャルデンさん! 大丈夫ッスか!?」

 

「げっ!? 両脚とかほぼ皮一枚で繋がってるだけじゃねえか! ドクターがいれば治癒もできたかもしれないんだが…。死ぬんじゃねえぞ、シャルデン!」

 

「…キョーコ…さん…マロ…さん?」

 

シャルデンはキョーコに抱き上げられ、目の前の仲間たちに声をかけられる。だが体に力が全く入らないのだ。死の足音が近寄ってきている気がした。そんなシャルデンを見てキョーコは唇を噛み、右腕を差し出す。

 

「シャルデンさん! キョーコの血ならいくらでも吸っていいっスよ。だから元気取り戻してください!」

 

「おう、シャルデン。俺の血も遠慮なく吸え! 好物なんだろう!?」

 

「…ふっ…別に好きで血を吸っている訳ではないのデスが…」

 

能力の仕様上、そうなってしまっているに過ぎない。それにここで仲間の血を吸ってしまえば、完全に怪人となってしまうような気がした。シャルデンは「お気持ちだけ頂きマス」と話し、未だ戦っているであろう仲間たちに視線を向ける。

 

シャルデンは二人に光太郎の戦いを見届けたいと伝えた。すぐにでも治療して休んだ方がいいと言って良い顔はしなかったが、最後は二人が折れてくれた。

 

キョーコとジパングマンの肩を借り、シャルデンは立ち上がる。そこでシャルデンは「そういえば」と自身の体を見やる。

 

「…お二人とも、私の姿は恐ろしくないですか?」

 

だがキョーコは「全然平気です!」と即答し、ジパングマンは「光太郎さんの方がこえー」と肩を震わせていた。

 

 

三人はまだ気づいていなかった。

シャルデンの背中から伸びる羽が、ヒビ割れ始めていたのを…。



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絆の剣

三葉虫の大怪人となったダロムは予想だにしていなかった事態に直面していた。今まで相対する人間の攻撃は拳銃が主だった。普通の弾丸が大怪人の肉体に通用するはずもなく、それらは全て強固な肉体が弾いてくれていた。それらの銃弾よりもやや強力そうな攻撃、以前部下の怪人に調べさせたところ電磁銃(レールガン)というらしいが、その攻撃も特に力を込めていない破壊光線で充分相殺できるものだった。

 

だが、今自分の体を貫いた攻撃はそのようなレヴェルのものではない。どのような武器を用いたのか煙幕によって視覚が奪われている為判別できないが、かなりの高威力を誇る武器のようだ。

 

「…気に入らんな」

 

自分が今対峙しているのはRXではない。ただの人間なのだ。ダロムにとって、如何にトレインがかつてのクロノスのイレイザーだったとしても、人間としてかなりの上位者としての能力を有していても、やはり所詮は人間なのだ。例えるならば、蟻が人に対して大きな傷を負わせる武器を持ち、敵意をもってそれを用いたようなもの。蟻がそのような武器を持っていなければ人は無関心でいられるだろう。だが人の命に大きな危害を加えるとなればそうはいかない。駆除ではなく殲滅の対象となり得る。正に相対するトレインやスヴェンはダロムにとってそのような相手として昇格を果たしたのだ。

 

ダロムは片手を振るう。

それまで煩わしかった煙幕が吹き飛び、殲滅対象の人間の姿が露わになる。

 

「やばい! トレイン、後ろに跳べ!」

 

スヴェンはそう叫ぶ。トレインとスヴェンが同時に跳躍した瞬間に足元の大地が隆起して持ち上がった。その塊はダロムの念動力によって空中で静止している。二人は背中に冷たい汗を感じていた。今までのダロムは怪人としての圧力を発してはいたが、今目の前にいる大怪人は強烈な殺意をも放っていたのだ。それは本能的なものなのか、思わず体が竦んでしまう。

 

「死ねい、人間どもが!」

 

ダロムがそう叫んで手をかざすと、空中で静止していた大地の塊が数百という数に割れ、刃のように鋭利な先端がトレインたちに向けられる。その絶望的な状況を前にしてもトレインやスヴェンの目に諦めの色は見られない。スヴェンは前に躍り出て無数の刃に立ち塞がる。

 

「トレイン! 俺が奴の的になる! 頼んだぜ!」

 

「…ちっ、全部は撃ち落とせねえからな!」

 

「まずは貴様から死ぬか。良かろう。蜂の巣になるがいい!」

 

無数の刃がスヴェンに明確な殺意をもって襲いかかる。トレインがボルティックシューターでの高速射撃を行うが、如何にトレインといえども刹那に数百という刃は撃ち落とせない。撃ち漏らしている刃がスヴェンへ迫っていた瞬間、スヴェンの新しい能力が発動した。

 

それは予見眼(ヴィジョンアイ)のように数秒先の未来を見るものではない。高い能力をもつ怪人を相手にするには、僅かな未来が見えるだけでは足りないのだ。未来の映像が分かっていても、怪人のスピードから逃れる事は困難なのだ。だからこそ、光太郎がいなくなってからスヴェンは予見眼以上の能力を得る為に特訓を重ねていたのだ。そして身につけたのがこの力。予見眼を上回る支配眼(グラスパーアイ)だ。

 

その効果は視覚で捉えたものを最大5秒間スローにするというもの。そして同時に自身はその中で通常通りに動く事ができるのだ。周りから見れば異常な速度で可動させることになる。よって肉体への負荷は大きいが、怪人との戦いでそんな事を言っていられない。幾多もの限界を超えなければ太刀打ちできない相手なのだ。

 

弾丸以上のスピードで襲いかかる刃を避けるのは、支配眼の能力の元にあっても容易ではない。それだけで体力と精神を擦り減らされる。そして視覚外にある刃は支配眼の対象にはならず、絶えず周囲に気を配らなければならない。背後の刃はトレインが幾つか撃ち落としてくれているが、それでも全てを撃ち落とせている訳ではない。

 

状況は防戦一方。

どこかで攻勢に移らなければ、このままジリジリと体力を消耗させられるだけだ。だからこそトレインは浮遊する刃の数が減った瞬間の機を見逃さなかった。ダロムが新たに刃を形成させようとしているのを見て、瞬時にボルティックシューターで狙いを定める。今度の狙いは刃でなくダロム。

 

「いっけー!」

 

ボルティックシューターを使用してみて分かった事だが、発砲の際の衝撃というものがまるでなかった。反動がまるでない為、子供でも容易く扱えるであろうその銃を片手で構えつつ、もう片方の手の中にある愛銃ハーディスの銃口から銃弾が飛び出した。それらは刃に当たることなくダロムに直進していく。そしてそこでトレインはボルティックシューターを放った。

 

ダロムの目の前まで放たれていた銃弾、炸裂弾はボルティックシューターの光子の直撃を受けて大きな爆発を起こした。

 

「むっ!?」

 

間近で爆風を受けるダロムだが、そんなもので傷付く肉体ではない。爆煙を念動力で搔き消し、標的に刃を向ける。

 

…しかしその場にトレインとスヴェンの姿はなかった。逃げ出したと考えたダロムだったが、遠くから放たれた光子がその考えを否定した。光子がダロムの体を貫く。光子が放たれた方角に目を向けるが、燃え盛る木々があるだけで敵の姿はない。だがトレインの銃技はそんな環境にあっても変わる事がなかったのだ。木々のほんの僅かな隙間を縫って、視認できる限界の距離からの超遠距離射撃。恐ろしい念動力や破壊光線を放つダロムだが、それらが届かない距離まで離れれば脅威はないのだ。そしてその距離からの射撃をトレインの視力は可能にし、ボルティックシューターは無限の射程をもってその戦法に応えてくれる。だが一方向から射撃が続けば相手にも見切られる恐れもあるため、トレインは常に高速で動き回っていた。

 

「…このクソ暑いってーのに参るぜ。光太郎にはミルクでも奢ってもらうとするか!」

 

愚痴を零すトレインに、傍を走るスヴェンの視界に見知った人物が映った。思わずトレインを引き止め、そちらを見やる。

 

「セフィリア!?」

 

「セフィ姐!? 何でこんな所に!」

 

セフィリアはふらふらと燃え盛る山の中を歩いており、足元も覚束ない様子だ。セフィリアが歩く方角にはダロムがいる。トレインは慌ててセフィリアに駆け寄る。

 

「セフィ姐! 今のセフィ姐に怪人の相手は無理だ。早く山を降りた方がいいぜ」

 

「トレ…イン…?」

 

「…セフィ姐、泣いてんのか?」

 

セフィリアの瞳は虚ろだった。頰には涙が伝っている。

 

「…分かりません…あの人の姿を見ていたら…」

 

あの人とは誰の事なのか。ハッキリ言われた訳ではないが、トレインとスヴェンはそれが光太郎を差すものだと察していた。セフィリアはただじっと正面を見据えている。セフィリアの視力であれば遠く離れているダロムの姿も映っているのだろう。

 

そしてセフィリアは呟く。

 

「…私の中に…あの人との思い出はない。ですが、体が覚えています。あの人の為に戦いたい。あの人の…剣として…!」

 

セフィリアの姿がブレる。トレインたちの目の前に残るのはセフィリアの残像。トレインの目をもってしても追いきれぬ速さでセフィリアはダロムに向かって駆け出していた。記憶を失っていても、肉体は人間の限界値をとうに超えているのだ。記憶を消滅させた際、ダロムが遺伝子操作でセフィリアに怪人と同等の能力を与えていた。それが発揮されているのだ。だがそれを平然と見送る程トレインたちは呑気な性格を持ち合わせていない。すぐにセフィリアを援護できるように駆け出していた。

 

 

 

ダロムの正面にセフィリアが飛び出した。先程までいなかった人間が目の前にいる事に多少の驚きはあったが、その容姿にダロムは見覚えがあった。

 

「…女、まさか我らの支配下から逃れ、こうして五体満足で現れるとは驚いたぞ」

 

「…あなたは…敵ですか?」

 

「…なに?」

 

「…あなたはあの人の…敵ですか?」

 

「世迷い言か。まぁ良い。再び我らの傀儡とさせてやろう」

 

ダロムが手をかざすと、無数の刃がセフィリアを襲う。だがその刃はセフィリアに届く前に消滅していった。目の前の光景にダロムは目を見開く。セフィリアの体から、赤い妖気が立ち昇っていた。

 

「…あなたは…あの人の…敵!」

 

赤い妖気が形を成し、それがセフィリアの右手に集束されていく。

 

 

セフィリアの右手に形成されたのは、かつて世紀王が持つと言われていた魔剣。

 

そして自身の心の中でRXに手渡された絆の剣。

 

その剣はセフィリアの手の中で神々と光り輝いている。

 

 

「そ、それはサタンサーベル!?」

 

「あの人の敵は…私が倒します!」

 

 

 

 

一閃。

 

 

巨大な赤い真空波が雷雲を割った。雷雲の放電がセフィリアたちのいる山に降り注ぐ。その閃光の中で、セフィリアとダロムは高速で戦いを繰り広げていた。セフィリアの最初の一手で右腕を消滅させられたダロムは不利な戦況に陥っていた。如何に大怪人の肉体といえど、サタンサーベルに耐えうる強度はない。片手のダロムは徐々にセフィリアの攻撃を防ぎきれなくなっていた。

 

「くっ、なぜだ! 遺伝子操作で強化したとはいえ、大怪人へと戻ったワシをここまで追い詰めるなど!?」

 

怪人…それは人とは別次元の強さをもっている。謂わば、怪人は強さを求める者の理想像と言い換えても良いだろう。だからこそ、そこで強さの限界を迎えてしまう。だがセフィリアは違う。相手がどのような相手でも、あの人の為に、強くありたいと考えている。その想いが、セフィリアの強さの限界を取り払っていたのだ。それは心まで怪人になってしまったゴルゴムの怪人達にはできぬ芸当だ。人であるからこそ、更に上を目指していけるのだ。

 

「だが、このまま倒されるワシではない!」

 

ダロムはセフィリアから距離をとり、触角に莫大なエネルギーを集束させ始めた。

 

「ワシの力の全てを込めた破壊光線だ! この燃え盛る山ごと消してくれるわ!」

 

そのダロムの覚悟を受け、セフィリアもサタンサーベルを構える。

 

「ここにはあの人が…そして大切な仲間達がいます。そんなことはさせません」

 

セフィリアの想いに呼応して、サタンサーベルが脈動する。雷雲からの放電全てをサタンサーベルが取り込んでいく。

 

「死ねい!!」

 

ダロムの触角がセフィリアに向いた瞬間、真横から伸びてきた光子が触角を消滅させていった。思わぬ攻撃に、ダロムは光子が伸びてきた方角に忌々しく視線を向ける。その刹那、飛び込んだセフィリアはサタンサーベルをダロムの体に突き刺した。それは図らずも、RXのリボルクラッシュと同じ姿となっていた。

 

「ぐっ!? が、がはっ!」

 

サタンサーベルの巨大なエネルギーがダロムの体内から放出され、身体中がヒビ割れ、崩壊を始めていく。

 

「ま、まさか人間に敗れようとは…お、お許しください、シャドームーン…様…!」

 

サタンサーベルを引き抜き、距離を置くセフィリア。そしてダロムの体が爆散した直後、背後にいた敵を睨む。そこに立っていたのはピンクの鎧を着込むゴルゴムの剣士。剣聖ビルゲニア。セフィリアにかつての記憶はないが、自身が敗れた相手である。

 

「…ほう、まさか大神官を打ち倒すとは予想外だったな。やはりその魔剣は素晴らしい。やはりその剣の真の持ち主はシャドームーンでもRXでも貴様でもない。このビルゲニアだ!」

 

剣聖の妖気が辺りを包む。

 

「…あなたも…あの人の敵…」

 

セフィリアの意思を宿し、サタンサーベルの輝きは更に増していた。



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想いの勝者

イヴは燃え盛る木々の中を縦横無尽に飛翔し、後方から追ってくるビシュムの攻撃を紙一重で躱していた。如何にイヴが肌を鋼鉄に変えようと、ビシュムが放つ灼熱光線を幾度も耐えることはできない。そしてここまでの攻防で火力、スピードに関しては翼竜の大怪人となったビシュムに軍配が上がる。ビシュムが放つ灼熱光線は木々や岩、川などは障害物にもならず、瞬時に炭化し水分は蒸発を始めていく。だがそんな状況にあってイヴは戦意を失っていなかった。光太郎の隣に並び立つ為にはこのような相手に弱音を吐くわけにはいかない。

 

「小娘、ちょこまかと!」

 

回避に徹しているイヴになかなか攻撃を当てることのできないビシュムは徐々に焦りを表す。ビシュムは気付いていなかったが、イヴは全ての攻撃を躱し切れている訳ではない。ナノマシンのトランス能力を総動員させ、それを相手に感づかれぬように振舞っていた。体内にダメージは蓄積されているが、表面上だけでも治癒させているのだ。格上の敵相手に真正面からぶつかっても勝ち目は薄い。光太郎なら、RXであればどのような相手でも何とかしてくれる期待感があるが、自分はそこまで万能ではないのだ。相手を普段通りに戦わせず、焦りや怒りの隙をつく必要がある。

 

雷雲の元、イヴは再び上空に飛び上がる。

直後、赤い閃光が地平線に伸びる雷雲を真っ二つに割いた。その光景にイヴやビシュムも思わず割けた雷雲を見上げる。

 

「・・・こ、これは!?」

 

「あの赤い光・・・見たことある。もしかして・・・」

 

イヴは真下に視線を落とすと、そこには強大な圧力を放つサタンサーベルを構えるセフィリアの姿があった。その正面には大怪人のダロムが相対していた。

 

「セフィリアさん!?」

 

記憶を失っていた人物がこの戦場に立っているのに気付き、イヴは思わず意識を奪われてしまった。その瞬間を見逃すビシュムではなく、翼を羽ばたかせる。台風並みの突風が吹き荒れ、イヴの天使の翼は飛翔を保てず強風に流されて湖に叩きつけられ沈んでしまった。湖の水上でビシュムは静止し、眼下の水面を見つめる。

 

「・・・普通の人間であれば既に何度か命を落としていますが、この程度であなたはやられはしないのでしょう?」

 

「・・・そうだね」

 

ビシュムの背後で水上から這い上がったイヴは、肩を大きく上下させながら呼吸している。ビシュムは振り向いて傷だらけの少女を視界に収める。

 

「なぜそこまでして戦うのですか? あなたのその戦意は一体どこからくるのでしょう?」

 

そのビシュムの問いに、イヴは胸の前に手を置く。

 

「・・・ここが、熱くなるの。それはきっと私の中のナノマシンとは関係ない。光太郎の為に、誰かの為にって考えるとココがとっても熱くなる。だから私はもっと強くなれる」

 

戦場に現れたセフィリアが果たして戦えるのか、それも相手は大怪人だ。セフィリアの身を考えるとすぐにでも駆け付けたいが、戦況を確認しないでもサタンサーベルの放つ脈動がセフィリアの覚悟を教えてくれた。記憶が戻っているのか定かではないが、今のセフィリアは自分と同じ。誰かの為に、今以上に強くなっている。だからこそ今は目の前の相手に全力を注ぐ。それを聞き、ビシュムは一瞬慈愛の表情を浮かべた。

 

「・・・誰かの為、ですか」

 

その表情の変化に、イヴは気付く。そして知る。ビシュムにもそのような相手がいるのだと。

 

「あなたにもいるんですね」

 

「・・・一緒にしないで頂きましょうか。人の謳う愛や美など、そんなもの怪人には必要ありません!」

 

ほんの僅か目を閉じて顔を伏せていたビシュムだが、目を見開いて大怪人としての圧力を更に増し、攻撃を再開させる。だが圧力を感じた時点でイヴは攻撃を察し、次の行動に移していた。

 

ビシュムの両目から灼熱光線が放たれ、それは眼下の湖の水分を蒸発させていく。イヴは既に回避行動に移っており、灼熱光線はイヴのいた水面を沸騰させた。そして水温は急上昇し、広範囲に渡って蒸発した水蒸気が立ち込める。互いに視界を奪われてしまうが、ビシュムは体を回転させて竜巻を発生させ、水蒸気をすべて取り払う。

 

上空に逃れたイヴは理解していた。ビシュムは口では否定していたが、誰かの為に戦っている。以前光太郎から聞いていた創世王から命じられているのかもしれない。だけどその中にあって心は誰かを想って戦っているのかもしれない。そんな相手であっても、イヴはワザと負けてしまう訳にはいかない。自分もビシュムに負けないくらい大切にしている想いがあるのだ。イヴは雷雲に飛び込み、更に上空へ、更に天空へと昇っていく。そして雷雲を抜けると、眼下には雷雲が絨毯のように伸びていた。見上げるとそこにはあるのは太陽だ。思えばここまで間近で見たのは初めてかもしれない。太陽の光は、光太郎と同じ暖かさを感じさせてくれた。

 

ボシュッと雷雲を抜けてきた影があった。その影はイヴの前で止まり、両目を光らせる。

 

「私は・・・光太郎の為にあなたに勝ちます」

 

「・・・いいでしょう。ならば私は、シャドームーン様の為に全ての敵を抹殺します」

 

そして高速での戦いが再開され、天使と翼竜が幾度もぶつかり合って鮮血が散る。イヴのナノブレードは大怪人の肉体をも容易く割き、ビシュムの力は防ぐ部位を鋼鉄化しようとも体の芯に響く。だが地力が上のビシュムが徐々に押し始める。

 

「そろそろ限界が近そうですね。大人しく死を受け入れなさい!」

 

「・・・イヤ!」

 

 

羽根の弾丸(フェザー・ブレッド)

 

イヴは一本の天使の羽を撃ち出し、ビシュムの体に当てる。しかしそれは大怪人の肉体にダメージを与えることはなく、力なく大地へ落ちてゆく。最後の反撃と思えるそれに、ビシュムはこの戦いの決着が近いことを理解する。

 

打倒RXを掲げた瞬間から、ゴルゴムは周囲の人間たちを調べ上げていた。目の前の少女は人によって生み出された生体兵器。体を自在に変化させることが可能な極小の機械が体内にあり、治癒力も人並み以上であることも報告にあった。そしてこの変化は長い時間持続できないことも・・・。このまま自分が手を下さずとも、少女のトランスは強制的に解け、大地に叩きつけられるだろう。

 

「ですが、あなたは私のこの手で葬りましょう。あなたの想いと共に、消えなさい!」

 

「・・・・・・」

 

俯くイヴに、ビシュムが今までで一番巨大な台風を発生させた。眼下の雷雲はその強風で吹き飛び、大地が露わになる。だがその台風はイヴに向かうことなく、そのまま消滅していった。体を回転させていたビシュムは目を見開き、両腕を震わせている。

 

「こ、これは・・・体の自由が効かない!? なぜ!!」

 

ビシュムに余力は充分にあった。目の前の少女を屠る映像が脳裏にしっかりと描かれていた。自身の力の限界を見誤る訳などない。ならばこの不調の原因は決まっている。

 

「何を・・・何をしたのですか!?」

 

「・・・もっと早く効果が出ると思ってたけど、予想よりも遅かった」

 

視線を合わせるイヴは強き光を目に宿し、そう告げた。

 

「私は最初からあなたを簡単に倒せるとは思ってない。だから常にあなたの体内から攻めるように動いていた」

 

イヴに言われ、ビシュムは自分の傷だらけになっている体を見下ろす。注意深く凝視すると、傷口のあちこちに光が見える。

 

「これは・・・まさか!?」

 

「それは私のナノマシン。ナノブレードで切り裂いた時に、気付かれないように傷口に付着させていた。私がそのナノマシンに命じていたのは体内の神経の破壊。さっきの羽根の弾丸でようやく充分なナノマシンがあなたの体内で効果を発揮した」

 

普通の犯罪者であれば数秒で効果が現れただろう。ここまで効果が出るまで時間がかかったのは、怪人としての肉体故か。

 

イヴは目の前の動けぬ大怪人を前に、一瞬目を閉じる。

自分と同じように、誰かの為に戦うビシュムの最後を前に、イヴは何を思うのか。静かに手を掲げ、ナノスライサーを形成する。

 

「・・・さようなら」

 

飛翔し、一瞬でビシュムの両翼を切断する。大地へ向かって落下していくビシュムに対し、イヴは太陽を背にトランスした。イヴが新たに形成したのは巨大なレンズ。レンズは太陽の光を吸収し、その光はレンズによって一点に収束される。その太陽の力は落下中のビシュムの肉体を焼いていく。

 

 

地上付近まで落下していたビシュムは最後に見た。

 

天空に映る巨大な天使の影を・・・。

 

それは陽の光を浴び、ブロッケン現象となって神秘的に映る。

 

その姿を脳裏に焼き付け、ビシュムの肉体は地上付近で爆散した。

 

 

 

 

 

誰かの為に、その想いはどちらが強かったのか。あるいはその感情に勝者などいなかったのかもしれない。ただその想いを踏みにじっても、自分は光太郎の為に戦うと決めたのだ。

 

 

天使は悲しみを背負い、静かに大地へ降りてゆく。

まだ、戦いが終わった訳ではないのだから・・・。



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剣士の決着

キョートの街は騒ぎになっていた。

気象情報に全く無かった分厚い雷雲が突如として発生し、数百に近い雷鳴が降り注いでいたのだ。それらの雷鳴はキョートの街に降り注ぐことはなかったが、街の人間は鬼が現れたのでは、と口々に話す。リンスとティアーユが眺めている燃え盛る山には伝説が残されており、過去に史上最強の鬼が現れたという謂れがあるらしい。

 

「鬼…ね。鬼の方がまだ幾分かマシだったかもね」

 

リンスはそう呟いて唇を噛む。スヴェンたちと連絡が取れない現状、あの場所でゴルゴムとの戦いが行われていると思った方が良い。この異常な雷雲現象もゴルゴムの仕業なのだろう。リンスと共にそれを感じ取っていたティアーユは不安そうな表情を浮かべて戦士たちの無事を祈る。

 

「シャルデンさん…無理をしていなければ良いのですが…」

 

彼女にとっての気掛かりは怪人としての力を得ようとしていたシャルデンだ。怪人の遺伝子に書き換えるナノマシンは完成した。それがあれば人の身であっても瞬時に怪人化を果たす事ができるだろう。だが人の身がその変化に耐えれるかどうかが懸念された。ゴルゴムの怪人と戦うために人の力では足りないのは分かっているが、それでもできればその手段を選択して欲しくない。最後の手段であってほしいのだ。しかしここまで凄まじい戦闘になっているのであれば、その願いも届かないのだろう。ティアーユはただ、どのような姿でも皆が生きて帰って来てくれるようにと、目を閉じて祈った。

 

 

◆◇◇◆

 

 

対峙するはセフィリアとビルゲニア。

どちらも剣士としての技量は地上最強と言っても良いだろう。それに関してはクリードも数歩劣る。

 

以前の戦いではビルゲニアの勝利に終わったが、戦況は拮抗していた。肉体的な強さで怪人と変わらぬ力を得たセフィリア。以前と同じである訳がない。ビルゲニアの剣技を見切り、ビルセイバーでの強風『ダークストーム』ですら踏みとどまっていた。前回の戦いでは耐えれなかった技を、だ。

 

「チッ、大神官め、余計な事をしてくれたものだ」

 

余計な労をさせられ、ビルゲニアは思わずぼやく。剣戟を止め、相対するセフィリアを睨む。対するセフィリアもサタンサーベルを構えて静止した。

 

「…人間如きが聖剣を手にするなど、烏滸(おこ)がましいにも程がある! 貴様の屍から聖剣を取り戻し、RXに貴様の亡骸を見せつけてくれるわ!」

 

「…RX…」

 

セフィリアはおうむ返しにその名を呟く。それに呼応するようにサタンサーベルが脈動する。セフィリアはサタンサーベルを掲げた。

 

「…あなたも…あの方の為に戦いたいのですね」

 

ドクン、と返事が聞こえた気がした。セフィリアはゆっくりとサタンサーベルを構え、体に染み付いている動作に準じた。足運び、重心の運び、剣捌き、どれも物心つく前から繰り返し体に染み込ませていったものなのだろう。だが、まだ足りない。普通の人間相手であれば既に片がついている。ただの怪人であればとうに屠っている。だが相対するは同技量を持ったゴルゴムの剣士なのだ。確かな剣術と剣技を繰り出さなければ、勝機は見出せない。

 

「…今こそ、過去の私を超える時!」

 

セフィリアはサタンサーベルを一振りする。それはビルゲニアに向けられたものではない。赤いエネルギーのベールがセフィリアとビルゲニアを包んでいた。援護しようと機を窺っていたトレインも、思わずボルティックシューターの銃口を外す。

 

「トレイン! あの現象は何が起こってるんだ!?」

 

「…俺にも分かんねー。ただ、セフィ姐の狙いは何となく分かるぜ。『手出し無用』だとよ」

 

天空にまで伸びる赤いベールは、セフィリアとビルゲニアの姿を完全に覆い隠していた。スヴェンに疑問をぶつけられたトレインは、どういった原理でその現象が生まれるのかという答えは返せない。皆が知る彼が起こした現象であれば、考えるのを放棄して納得する。セフィリアの持つサタンサーベルはそれに近い影響をトレインに与えていた。その力を推し量ることはできないのだ。しかし、セフィリアの狙い、覚悟は察する事ができる。

 

 

 

 

 

 

一騎打ちでの戦いを望んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

サタンサーベルが創り出した赤いベールの中は、まるで異空間であった。外界の情報は完全に遮断され、外の気配も、物音も何も感じ取れない。そんな2人だけの空間の中、ビルゲニアは可笑しくて笑みが零れる。

 

「自ら死地を招く…か。愚かな選択をしたものよ。矮小な人間風情、仲間の助けを借りても俺と釣り合わぬ。それでも俺に勝利できる僅かな可能性すら捨てたお前に、助かる術はない」

 

「…ふふ、そんな矮小と侮る私の命をいつまでも奪えないのは、どこのどなたでしょうか」

 

「何っ!」

 

セフィリアの挑発にビルゲニアは怒気を放ち、ビルセイバーの切っ先をセフィリアに向ける。

 

「誰も彼も、俺を見下しおって! RXもシャドームーンも、そして貴様もこの手で打ち倒し、俺こそが真の世紀王であると創世王様に認めて頂くのだ! 俺の踏み台として、無残に散れ!」

 

無数のビルゲニアの分身が出現する。ビルゲニアのデモントリックである。分身体はセフィリアを囲み、一斉に襲いかかってきた。普通の人間であれば、その襲撃のスピードを見切ることなどできない。トレイン級の見切りを体得していても、無数の分身体の中から本体を見つけ出すことは不可能だ。しかし、それでもこの襲撃を乗り切らねばならない。セフィリアは窮地にありながらも静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

セフィリアの目の前には花畑が浮かんでいた。

正面には、小さな女の子がこちらに笑顔を向けている。

 

「こんにちは、今の私」

 

少女は満面の笑みを浮かべ、セフィリアに駆け寄ってそう挨拶した。

 

「…あなたは、私なのですね」

 

禅問答のような会話だ。しかしセフィリアは理解している。セフィリアは現在、二対に別れてしまっている。記憶を失った現在の自分と、その前の自分。目の前の少女が、記憶を失う前の自分なのだろう。

 

「私も、一度は全ての感情が消失しました。それでも彼が、私を救ってくれた。崩壊し、消失しようとする私の心の中に現れ、この美しい世界に導いてくれた。そして私は全てを取り戻しました」

 

「…私は、あなたの抜け殻ですね。ですが、この胸にある気持ちは本物です」

 

セフィリアは少女と掌を合わせる。

 

「例え全てを忘れても、私はあの人の傍にいたい。あの人の力になりたい」

 

「過去の私は、クロノスの剣でした。でも今は、光太郎さんの剣であり続けたい。」

 

「あの人の為に」

 

「光太郎さんの為に」

 

「「彼を守る剣として!!」」

 

 

セフィリアと少女の手がすり抜け、両者の体が重なる。

 

 

 

 

分身体の攻撃は全て空を切った。

セフィリアの体が陽炎のように揺れたのだ。

 

それはセフィリアが身につけていたアークス流剣術。過去の自分とひとつとなったことで、全ての記憶をセフィリアは取り戻していた。そしてそれは自らの剣技を取り戻したのと同義だ。

 

桜舞

 

セフィリアの会得している無音移動術。

それは過去に使っていたモノとは別物であった。過去以上に筋力を得ている今のセフィリアの桜舞は、より精錬された技術となっている。

 

「その技は既に見切っておるわ!」

 

分身体の攻撃を躱すセフィリアに、ビルゲニアはビルセイバーを構え、ダークストームを発動させる。RXとの最初の戦いでも見抜かれた欠点。それは足元が要となる点だ。大地が激しく振動していたり、強風があっては桜舞の足運びは行えない。だがセフィリアの強力となった筋力は、ダークストームの強風すらモノともしない。それを見たビルゲニアは歯噛みして数による暴力に徹した。分身体でセフィリアの動線を阻み、逃げ場を失くす。

 

「もう逃げ場はないぞ! 無駄な足掻きだったな!」

 

「…私が逃げているように見えましたか?」

 

四方から襲いかかるビルゲニアに、セフィリアはそう告げて跳躍する。サタンサーベルの赤きエネルギーがセフィリアを覆った瞬間、セフィリアは空中を蹴った。そしてサタンサーベルを眼下にいるビルゲニア達に向ける。

 

アークス流剣術第十三手 雷霆(らいてい)

 

本来であれば室内で跳躍し、天井を足場にして敵の真上から突きを繰り出す技。だがサタンサーベルのオーラで強化されたセフィリアの肉体は、空中での跳躍をも可能とした。その攻撃はセフィリアに迫っていた分身体を一瞬で切断し、その余波で全ての分身体をかき消した。

 

「何だと!?」

 

驚くビルゲニアの視界には、大地に降り立ったセフィリアの姿が霞んで見えた。それを瞬時に残像と気付いたのは流石であろう。影の残滓を追い、セフィリアの姿を捉えた。自分の眼前でサタンサーベルを構えていたのだ。

 

「おのれ!」

 

ビルテクターで防御の構えを見せるビルゲニアに、セフィリアは構わずその剣を振り下ろす。だが掲げたビルテクターは、サタンサーベルの攻撃を防ぐ事が出来ず両断された。同時にビルゲニアにも致命傷を与えて…。

 

 

「…がはっ…ば、バカな!? RXやシャドームーンのみならず、人間にまでビルテクターか破壊されるとは!」

 

「…今の私は、あの人の、光太郎さんの剣です。光太郎さんの剣として、光太郎さんに害する者相手にはどこまでも強くなりましょう。どこまでも鋭くなりましょう。それを可能とするのが人間の心です。あなたはその人間の心に破れるのです」

 

「黙れ黙れ黙れ! 認めぬ! そんな力など!」

 

半死半生の体を立ち上がらせ、ビルゲニアは震える腕でビルセイバーを構えた。まさに執念、怨念とでもいうべき力が彼を動かしていた。だがそれに呑まれるほどセフィリアは容易くない。それらの怨嗟を受けてでも、光太郎の為に勝利を掴む。その意識に同調したサタンサーベルが、更なる力をセフィリアに与える。サタンサーベルから流れるオーラがセフィリアの体を包み、その可視化されたオーラが彼女の体を浮遊させる。剣気はダークストームに及ばないも、強烈な突風を生み出していた。

 

だが、勝負は一瞬であった。互いの姿が消え、高速でぶつかり合う。その剣戟は常人の目には映らぬ速度となっていた。そして、セフィリアは奥義を繰り出した。アークス流剣術終の第三十六手、滅界。過去のセフィリアのこの技は、秒間数百発といわれる超高速の突きを繰り出す技であった。だが今のセフィリアはそれを超える身体能力を有している。刹那、ビルゲニアの目には数千のサタンサーベルの残滓が映されていた。その光の突きは触れんとしていたビルセイバーを消滅させ、ビルゲニアの胴体をも消し去った。その衝撃で2人を覆っていた赤いベールをも吹き飛ばす。

 

空中で舞うビルゲニアの生首。その視線は自らを倒した剣士の右手に注がれていた。こことは違う世界で自分を殺した剣。そして今また、自分の命を絶たんとしている剣。アレは聖剣などではない。

 

「…呪いの…魔剣…!」

 

ビルゲニアは最後にそう呟き、その生首は魔剣を目に焼き付け、蒼き炎に包まれてこの世から消滅した。その光景をセフィリアは真っ直ぐな瞳で受け止めていた。

 

聖剣でも魔剣でも構わない。

どう呼ばれようと、どう映ろうとも後悔の念はない。

光太郎の力となれるのならば、セフィリアは振り返らない。ゴルゴムの天才剣士の上をいったセフィリアは、今後も敵を屠っていく。

 

 

「セフィ姐、無事か!」

 

木々を抜けてトレインとスヴェンが駆け寄って来た。

 

「セフィリアさん!」

 

空中からイヴが降り立つ。

 

「…どうやら、残る敵は限られているようデスね…」

 

怪人の様相となっていた傷だらけのシャルデンが、キョーコとジパングマンに肩を借りながらやって来る。そのシャルデンの姿に皆は驚いたが、シャルデンは「後で説明しますよ」と伝え、今は一刻も早く光太郎の元へ向かうべきだと述べた。

 

ゴルゴムの怪人たちは、彼らを矮小と罵った。

しかしこの戦場で彼らは立派に生き残り、勝利を掴んでいるのだ。人は、ゴルゴムの怪人たちが侮るほど弱くはないのだ。

 

「皆さん、光太郎さんの戦いを見届けに行きましょう」

 

そう促してセフィリアは遠くの戦場に目を向ける。山ひとつ離れたバトルステージで、太陽と月が交差していた。



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かつての親友

こうして拳を交えるのは何度目であろうか。

親友である信彦に、敵意を剥き出しに襲い来るシャドームーンを相手に、RXは自らの心を痛めながらも戦いを続けていた。この世界に限らず、RXの基本性能は他の追随を許さぬ程群を抜いている。グリード率いる星の使徒や、クロノスに属する時の番人(クロノ・ナンバーズ)の強さを以ってしても、その差には大きな隔たりが存在する。一般の人間の強さを凌駕する能力を持つ星の使徒や時の番人よりも、更に上のレベルをゆくゴルゴムの怪人。そしてそんな怪人よりも更に天上の強さに到達しているのがRXなのだ。そんな同等の強さを持った存在が、RXの前に立っていた。

 

「…流石はRX…と言ったところか。戦う度にその強さが増していくのを感じる。だがそうでなくては倒し甲斐というものがない」

 

「シャドームーン、お前の狙いは何だ!? やはり創世王になることなのか!?」

 

シャドームーンは二刀のシャドーセイバーを構え、徐々に間合いを詰めていく。RXは隙を見せぬ構えのまま、かつての親友に問いかける。

 

「………」

 

「俺は覚えている! クライシス帝国との戦いで人質にされてしまった子供達を助けてくれた。お前の中には信彦の心が残っているはずだ!」

 

「…フッ、それは奴らの思い通りになるのが気に入らなかったまでよ。いずれクライシス帝国も現れよう。その時にはあの時の借りを返してくれる。だがその前に、ここで貴様と決着をつけねばな!」

 

サタンサーベルと酷似する赤き剣閃。RXはそれをバイオライダーとなることで回避する。水晶の体となり、素早く距離を置く。

 

「そこだ!」

 

バイオライダーの体が形成されるほんの僅かな隙をシャドームーンは見逃さなかった。キングストーンのエネルギーが掌に圧縮され、緑の稲妻となってバイオライダー諸共大地を大爆発させた。バイオライダーは衝撃で中空を舞い、大地に叩きつけられた。

 

「ぐはっ!」

 

バイオライダーの体のあちらこちらにシャドービームの傷跡が刻まれている。無敵と同義とされるバイオライダーの体であるが、バイオライダーの体を貫く高出力のエネルギーを放ち、刹那程の隙をつけるのが可能なのはシャドームーンくらいのものであろう。バイオライダーはRXへと姿を戻し、片膝をついたまま顔を上げる。

 

「くっ…やはり強い! 手を抜けばやられるのはこちらの方だ!」

 

心に迷いがあれば、動きにも一瞬の躊躇いが現れてしまう。この戦いに勝つにはその迷いを振り切らなければならない。RXは立ち上がり、拳に力を込める。

 

「俺はやられる訳にはいかない! 俺が敗れてしまうと、仲間を…平和に暮らしている人々を守る事ができなくなる。シャドームーン、そして創世王よ! お前達の野望は俺が砕く!」

 

RXの決意が、キングストーンを通じてその身を光り輝かせた。RXの体から瞬時に傷が癒え、再びシャドームーンと向き合う。それと同時に、二人の頭上の空に暗雲が立ち込めた。

 

【…フハハハハ、会いたかったぞブラックサン、いや、仮面ライダーBLACK RXよ】

 

「この声は創世王か!? やはりお前もこちらの世界で蘇っていたか!」

 

【前の世界で言ったであろう。人間の心に悪がある限り、我は蘇ると。この世界の悪意は我を蘇らせるには充分なものであった。それは人の根源が悪であるからだ】

 

「違う! 確かに人間の中にはそんな心に負ける人間もいる。だがそれよりも多くの人間達は慈愛の優しさを持っている!」

 

【優しさなど、弱さの言い訳に過ぎぬ。その答えはすぐに出ることになる。弱さを消し去った世紀王シャドームーン、そしてその弱さに囚われている世紀王の貴様。この戦いの勝者がそのまま答えとなる。そしてその瞬間に新たな創世王が誕生する】

 

創世王の圧力が更に増し、大地が震える。寿命が尽きようとしている創世王であるが、それでも星ひとつ破壊できる位の力を秘めている。

 

【この世界には他の仮面ライダーはおらぬ。貴様は一人孤独に戦い、そして敗れるのだ。シャドームーンよ、今こそRXのキングストーンを奪い、世紀王同士の戦いに終止符を打つのだ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

「光太郎は孤独なんかじゃないよ」

 

RXの背後から、穏やかな声が届いた。

 

そこにはイヴたちが揃ってやって来ていた。彼等全員が揃っているのを見て、シャドームーンは大怪人たちが破れたのだと理解した。

 

「みんな、無事だったか!」

 

RXはこの場に駆けつけてくれた仲間たちの姿を一瞥する。トレインとスヴェン、キョーコやジパングマンは傷らしきものは見当たらないが、シャルデンは怪人のような姿になり、肩を貸してもらわねば立つ事も難しい程に傷ついていた。イヴの柔らかな肌も多くの傷が刻まれており、体内のナノマシンが治療を施しているのか傷口に光が纏って見えた。大怪人との戦いは一筋縄ではいかなかったことを物語っている。そして、RXを一番驚かせたのはセフィリアの存在だった。

 

「セ…セフィリアさん…やはりあなたが…」

 

この戦いでRXは初めてセフィリアの姿を見た。しかしその存在は感じていたのだ。この戦場で、サタンサーベルの鼓動を感じ取っていた。あの時、セフィリアの心の中で託したはずの聖剣の鼓動を…。サタンサーベルは持ち主を選ぶと言われている。世紀王であるRXか、シャドームーン以外には呼び寄せる事は出来ない。相対しているシャドームーンがそれを手にしていない以上、顕現させたのは彼女以外に考えられなかったのだ。

 

「光太郎さん、私が不甲斐ないせいであなたには苦痛の選択をさせてしまい、申し訳無く思います」

 

RXの仮面を真っ直ぐ見据え、セフィリアは自身の責任を詫びた。

 

「あなたがイヴたちの前から姿を消すという選択を招いたのは、私の弱さに起因します。だからこそ、今ここであなたに誓いたい。私はもっともっと強くなります。ですからいつまでも、あなたの隣にいさせて下さい」

 

そう告げるセフィリアの瞳には、決意と不安が見てとれた。自身の決意は確たるものだ。目標とする強さは目の前の戦士。それと同程度の強さを身につけなければ、今後も現れるであろう強敵との戦いでも弱点(ウイークポイント)となり、彼を危険に晒すこととなってしまう。

 

私は南光太郎の剣。

 

南光太郎やイヴたちを守り抜く剣。

 

その為に…強くなりたい。

 

 

 

 

そしてもう一方で、光太郎に拒絶されまいかと不安も抱えていた。だがそんな不安は、彼の優しい言葉でかき消えた。

 

「…セフィリアさんのせいじゃない。全てはゴルゴムの仕業だ」

 

RXはイヴに視線を移す。イヴは「私もセフィリアさんと同じ気持ちだよ」と告げた。

 

もう、これ以上の言葉は必要なかった。この場に駆けつけてくれた仲間、そして遠くで無事を祈ってくれているであろう仲間…その存在が、彼を更に強くする。

 

RXはシャドームーンに向き合い、構える。

 

だがただ一言、仲間たちに伝えたい言葉があった。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

そう言い残し、RXは宿敵シャドームーンに向かって跳躍していた。空中で回転し、赤き光を浴びた両の足。

 

常人では一筋の影しか捉えれないであろうその攻撃を、シャドームーンは二刀のシャドーセイバーで防いでいた。その余波が周囲にソニックブームを発生させ、両者の立つ大地を陥没させた。その余波は仲間たちをも襲ったが、目には見えない波をセフィリアがサタンサーベルの一振りで消滅させていた。

 

 

「ぬっ!? 先程の攻撃よりも重い! これが今の貴様の本当の力か!」

 

二刀のシャドーサーベルでもRXキックは完全には防ぎきれず、シャドームーンは10メートル近く弾き飛ばされた。そしてシャドームーンは見抜いた。RXのパワーが先程よりも上昇しているのを…。

 

シャドームーンは瞬時に反撃に転じ、接近してシャドーセイバーを横薙ぎに払う。だがRXは体を液状に変え、攻撃を回避すると同時にその液状のボディをもってバイオアタックを仕掛けた。

 

「ぐっ…スピードも上がったか!」

 

シャドームーンの体から無数の火花が散る。バイオライダーは液状のまま空中で姿を変え、その肉薄した近距離から拳を繰り出した。

 

「ダブルパンチ!」

 

「ぐはっ!?」

 

ロボライダーとして姿を変えたRXはシャドームーンのボディに両のパンチを叩き込み、更にシャドームーンを吹き飛ばす。シャドームーンは後方の木々に衝突し、それらを薙ぎ倒しながらも止まることなく飛ばされ、最後に巨岩を木っ端微塵にして雷雲を見上げる形で横たわった。

 

「ぐっ…流石はRXよ。更に強さを増す奴の力に、目覚めたばかりのこの体では到底勝てぬ」

 

片膝をついて立ち上がろうとするシャドームーン。目の前には、リボルケインを手にしたRXが既に身構えていた。

 

「…どうしたRX。俺を殺す好機のはずだ。なぜ動かぬ」

 

「…俺はお前を殺すつもりはない。全力をもって、倒してみせる!」

 

「甘いな。その甘さが…周りの人間たちを危険に晒すという事がまだ分からぬか」

 

シャドームーンはクックッと笑みをこぼし、立ち上がった。

 

「今トドメを刺さなかったこと、後悔するがいい」

 

 

二人が再び対峙したその瞬間、天井から光が注ぎ、シャドームーンを包んだ。その直後、シャドームーンの力が数倍に膨れ上がった。

 

【RXの力がここまでとは驚かされる。だが今、シャドームーンに我の力を与えた。貴様の命もここまでだ】

 

創世王によってシャドームーンは更なる力を手にした。その圧力はRXの肉体をもってしてもプレッシャーが重くのしかかっていた。あの時も、シャドームーンは創世王よりエネルギーを与えられてパワーアップを果たした。しかし尚、それでもBLACKには敗北を喫したのだ。創世王はそう告げたが、シャドームーンはこのパワーアップで有頂天になる程愚かではない。

 

 

二刀のシャドーセイバーとリボルケインの衝突で雷雲が割れ、その巨大エネルギーが対峙する二人の戦士の体を火花を散らして刻んでいく。その場にイヴやセフィリアたちが辿り着いた頃には、それだけで大きなダメージを負っていた。

 

「…ダメだ、二人の動き、俺には見えねえ」

 

目を細めて戦況の把握をしようとするトレインだが、トレインの眼でさえ強大なエネルギーがぶつかっているであろう事実しか認識できていなかったのである。スヴェンは「余波が凄まじ過ぎて目も開けていられんぞ」とぼやき、ジパングマンは立ったまま気絶している始末だ。この戦いを辛うじて把握できているのはセフィリアだけであった。人間を超えた怪人の肉体を得たシャルデンすら、目で追うことは不可能。それだけRXとシャドームーンの戦いは異常なのだ。その戦いを見守る彼等だが、シャルデンだけが天空を見上げていた。

 

「シャルデンさん、どーしたんスか? 」

 

それに気付いたキョーコがシャルデンに声をかける。

 

「…ソコに、南光太郎の倒す敵、『創世王』がいるのデスね」

 

天空に何かの姿はない。けれど、ソコで二人の戦いを見ている何者かの存在は感じるのだ。それをシャルデンだけが警戒していた。

 

 

 

 

何度目かの衝突の末、RXとシャドームーンは再び弾かれ横たわる。ダメージの積み重ねで二人の動きも徐々に衰え始めてきた。二人の戦いは常に一進一退。この時点で力の差は無きに等しかった。

 

【…このままでは勝てぬか、シャドームーンよ】

 

創世王は痺れを切らしたのか、その呟きが二人の戦士の耳に届く。瞬間、刻が止まった。天空から放たれた無慈悲な一筋の稲妻。それがRXに向かって伸びていたのだ。それは回避不能な一撃。RXがダメージを覚悟した直後、目の前の影がそれを防いだ。

 

轟音と閃光が周囲を走る。

 

RXとシャドームーンはそこに立っている人物を見た。吸血鬼のような羽を広げ、RXの前で仁王立ちしているシャルデンの姿を…。

 

「ぐっ…この戦い…手を出すは野暮というものデスよ、創世王」

 

シャルデンはそう呟いて吐血する。ただでさえ半死半生のダメージを負っていた肉体に、創世王の一撃を受けたのだ。シャルデンの体はボロボロと崩れ始めていった。

 

「シャルデン!?」

 

倒れこむシャルデンをRXはその腕で受け止めた。他の仲間たちも慌てて駆け寄って来る。

 

「シャルデン…何て無茶を…」

 

「…南光太郎、あなたとあの戦士の関係は以前聞き及んでいマス。この戦いに邪魔があってはいけないのデス。デスが…天空からのエネルギーが徐々に増大するのに私だけが気付いた。その瞬間、体が勝手に動いてしまいました」

 

右腕を力無く掲げるシャルデン。だがボロボロと砂のように崩れ落ちてしまう。

 

「どのみち…私の命は残り僅かでした…。最後の力を振り絞り、あなたを守れた…上出来デスね…」

 

シャルデンは消滅しようとしている自身の傍で、涙を流している少女に目を傾ける。

 

「シャ…シャルデンさん…」

 

「キョーコさん…ティアーユ博士に伝えてもらえませんか? あなたのおかげで南光太郎の盾になれた。感謝しています…と」

 

「い、嫌です! 自分の口から伝えて下さいよ! 死んじゃダメですよ!」

 

「………」

 

シャルデンは答えない。自身の命の火が消えゆくのを、間近に感じているのだ。死ぬことに対して恐怖はある。だがそれは以前から分かっていたことなのだ。この怪人の肉体を得た時から…星の使徒として道に目覚める前から…病が自身の体を蝕んでいたのだ。

 

シャルデンは目を開ける。そこには心配そうに自分を見下ろす仲間たちの顔があった。キョーコは涙をポロポロと流している。ジパングマンはマスクを外し、必死に呼びかけてくれている。自分が死ぬ時には、一人孤独に世を去るのだと思っていた。だがこうして仲間たちに看取られながら逝ける。

 

「み…なみ…こうた…ろう…」

 

風が吹き、シャルデンの崩れ落ちた体は灰となって散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

あなたなら、どんな強敵であろうとも必ずや勝利を……。

 

 

 

 

 

 

 

小さい、本当に小さなシャルデンの最後の声が、そう聴こえた気がした。

 

 

 

「シャルデン…」

 

RXは掌に残った灰をそっと握る。

 

【如何に怪人の体を得たとしても所詮は紛い物。我の邪魔をするとは愚かな人間よ】

 

人の心を持ち合わさない創世王にとって、シャルデンの死はそこらの虫けらの死となんら変わらないものであった。それがRXの怒りに火をつけた。

 

RXは立ち上がり、シャドームーンを見据える。

 

「………」

 

敵にとって、今は攻めるに絶好の機会であったはずである。しかしシャドームーンはその隙をつかず、RXが再び戦闘態勢に移るまで立ち尽くしていた。

 

「…余計な邪魔を」

 

シャドームーンは小さくポツリと呟く。シャドームーンとて、創世王の一撃は望まぬ手助けであった。今となっては創世王の座などどうでも良く、ただひたすらにRXとの戦いに身を燃やし、シャドーセイバーの切っ先をRXに向けて殺気を飛ばす。

 

「RXよ…その男への弔いだ。貴様の魂も共にあの世へ送ってやろう」

 

「おのれゴルゴム…! 俺はシャルデンの魂に誓う。必ずやお前たちを倒してみせる!」

 

「創世王よ! これからの我等の戦いに手出しは無用! RX、貴様の最高の技を繰り出して来い!」

 

シャドームーンは一足飛びでRXに肉薄し、シャドーセイバーを振り下ろす。だがRXはリボルケインでそれを受け止め、その衝撃が足元の大地を陥没させた。

 

「どうしたRX! 俺を殺す気でやらぬと、次に死ぬのは貴様の脆弱な仲間たちだぞ!」

 

「!」

 

RXの両目が赤く輝く。リボルケインを振るい、シャドームーンを弾き飛ばす。

 

「そんなことは絶対に許さん!」

 

シャドームーンが大地に足をつけるのと同時に、跳躍したRXはリボルケインの切っ先をシャドームーンに向けた。それを見切っていたシャドームーンだが、自らの意思でシャドーセイバーをリボルケインから離す。

 

「ぐっ!?」

 

シャドームーンの体をリボルケインが貫く。無限の力がリボルケインからシャドームーンの体内に注ぎ込まれる。

 

 

「…ぐっ…RXよ…この一撃で先ほどの借りは返したぞ!」

 

「何っ!? シャドームーン…わざと俺の攻撃を…!?」

 

シャドームーンは自身の体を貫くリボルケインを引き抜き、跳躍して距離を置く。RXの必殺技の代名詞とも言われるリボルクラッシュ、それを受けて生き抜いた怪人は限られている。だが肉体に刻まれたダメージは大きく、片膝をつきシャドーセイバーを大地に刺して倒れこむのを防いでいた。

 

リボルケインのエネルギーは無限と言っても過言ではない。そのエネルギーはかのオリハルコンを材質としたセフィリアの武器、『クライスト』すら一合で消滅させた程だ。その一撃に耐え肉体をそのままに留めているシャドームーンの強さは、計り知れないものがあるとセフィリアは危惧していた。

 

片時も目が離せない戦況であったが、彼等は背後の気配を察知して不意にそちらを振り向いた。シャルデンの遺灰を手に、キョーコの全身がどんどんと熱を帯びていたのだ。キョーコの体を取り巻くそれは殺意。

 

「…キョーコ、キレちゃいました。敵は、みんなぶっ殺します」

 

今にも飛びかからんとするキョーコの全身は、既に1000度近くの高温を纏っている。簡単に止めることなど出来はしない。皆が止める間も無く、キョーコは飛び出していた。

 

RXの頭上を飛び越え、シャドームーンに向かって掌に溜めた炎弾をぶつける。

 

「キョーコちゃん!?」

 

RXが呼びかけるも、キョーコは攻撃の手を休めない。

 

「よくもシャルデンさんを…! よくも…よくもぉぉぉぉ…!」

 

「…………」

 

キョーコの怒りを、悲しみを、シャドームーンは防ぐ事もせず、反撃するでもなく静観していた。キョーコの能力はゴルゴムの怪人よりも数歩劣る。大怪人には通用せず、それより格上のシャドームーンに対し、怒りで多少リミッターが外れていたとしてもダメージを負わせるには至らない。キョーコの攻撃の合間に反撃するのは、シャドームーンにとって容易いはずなのだ。

 

だが次第にキョーコの炎が弱まっていく。道の力といえど有限である。道の気が減少してしまったキョーコの力は、普通の女子高生と何ら変わりはない。それでもシャドームーンの体を叩き続けていた。

 

「…シャルデンさんは私にとってお兄さんみたいに優しくて…いつも私を心配してくれて…シャルデンさんを…返してくださいよ…!」

 

「………」

 

シャドームーンはキョーコのパンチを片手で受け止める。そしてキョーコの涙をもう片方の手で拭った。

 

「……兄…か」

 

力を出し切り座り込むキョーコを前に、シャドームーンは何を考えているのか。再び顔を上げたシャドームーンは立ち上がり、ゆっくりと歩を進める。RXの眼前までやってきたシャドームーンは、一言「勝負は預ける」とだけ告げ、横を通り過ぎていった。シャドームーンが足を止めたのはシャルデンの遺灰の前。周囲にいるセフィリアやイヴ達には目もくれず、遺灰を見下ろしていた。

 

 

シャドームーンの体内に潜在する力を、キングストーンが掌に収縮させてゆく。掌に浮かぶは輝く3つの石。それはゆっくりと浮遊して灰の上に落ちる。直後、風が舞い、灰が集まって形を成してゆく。僅か数秒後には無傷のシャルデンがそこに横たわっていたのだ。それを見たキョーコは最早力など残されていなかったにも関わらず、最後の力を振り絞ってシャルデンに歩み寄る。

 

「シャルデン…さん?」

 

キョーコの呼び掛けにシャルデンの眉が動く。

 

生きているのだ。それも怪人の肉体ではなく、人の姿として。キョーコは嬉しさのあまり涙を零した。皆がシャルデンに駆け寄る中、シャドームーンはRXに背を向けて叫ぶ。

 

「敵に塩を送るのはこれが最後だ! 次に会った時には…必ずや貴様を倒してみせる!」

 

そしてシャドームーンは天空を見上げる。

 

「もはや次期創世王など眼中にない。RXとの戦いを邪魔するのであれば、創世王、あなたといえど叩き斬る。覚えておくがいい!」

 

そう言い残し、キングストーンの光と共に周囲を照らし、光が収まった頃にはそこにシャドームーンの姿はなかった。RX、南光太郎は、宿敵の中にかつての親友の姿を見た気がした。



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創世王との対峙

前話からかなり経ってしまいました。
ここまでやってしまうと完全にオリジナルストーリーになってしまい、話をどのように進めていこうか悩みどころです。

でも久しぶりに読み返してみると、自分の作り上げた二次小説としてはなかなか面白くて(自画自賛)時間ある時にまた投稿を始めたいと思います。


シャドームーンは戦場から姿を消した。

彼が最後に言い残した言葉、それは創世王からの離反。RXへの敵対心が次期創世王への野望を上回った結果なのか。それとも僅かに人の心を取り戻せたからか。今のRX達には知る由も無い。ただ理解できるのは、この場からシャドームーンが去り、創世王との戦いが今まさに始まらんとしていることのみだ。

 

【シャドームーンめ…まだ人の心を…甘さを残しておったか。この時代の世紀王はどちらも失敗作のようだ。我が直接手を下さねばならぬか】

 

突如RXたちの視界が歪み、異次元空間に吸い込まれる。そして再び元の空間に戻ると、周囲の景色がまるで違っていた。

 

「…ここは洞窟の中?」

 

イヴは周囲を見渡し、そう結論づける。数秒前は京都の山中にいたにも関わらず、この人数を瞬時に移動させる力は流石創世王といったところだろう。皆が混乱から回復していない中、RXのみが過去の記憶を蘇らせていた。

 

「ここは俺がかつて別の世界で、創世王と最後に戦った場所に似ている」

 

「それでは、この通路を進めば光太郎さんの敵が…ゴルゴム最後の敵がいるのですね」

 

サタンサーベルを手に、セフィリアは視界の先の気配を手繰る。この場にいる彼等は人間レベルを遥かに超えた者たちである。だが生物としての根源的な恐怖が、RX以外の者たちの足を竦ませていた。ゴルゴムの怪人にすら立ち向かった彼等だが、こうして間近に迫る事で本能が感じ取っていた。

 

 

 

 

…次元が違う、と。

 

 

 

「みんなはシャルデンの傍で守ってやってくれ。創世王は…俺が必ず倒してみせる!」

 

未だ意識を取り戻さないシャルデンを戦場に連れて行くことは出来ない。そしてここから先は、生半可なレベルの者では無駄に命を落とす戦いとなるであろう。この先にいるであろう創世王の恐怖を乗り越え、対峙する事の出来る人間は存在しない。トレインもスヴェンも、自身の一歩先の大地がまるで底無しの崖のように錯覚させられた程だ。だがそこに一歩を踏み出した者がいた。

 

「私も一緒に行く。光太郎の相棒(パートナー)だから」

 

イヴはRXの隣に並び立ち、通路の先を見据えている。

光太郎と出逢い、トルネオの元から救い出され、自由を与えられたイヴ。そしてこの時を夢見ていたのだ。守られる対象ではなく、いつか隣で一緒に戦えるように…と。その光太郎への想いは創世王からの恐怖を容易く上回るものであった。だが想いの強さによって盲目となっている訳ではない。創世王との戦いに際し、秘策もあるとイヴはRXに伝えた。

 

「貴方は確かに強い。ですがそのようにひとりで戦おうとしないで下さい。私も貴方と共に戦います。私は貴方のための剣なのですから」

 

セフィリアも、RXの隣に立っていた。

かつてはクロノスの剣として、そして時の番人として幾多もの敵を屠ってきた。クロノスの為に生き、クロノスの為に死ぬ事しか知らなかった。部下のトレインがクロノスを抜け、掃除屋として生きていると知った時も、彼女はその生き方が羨ましいと感じつつもクロノスの呪縛からは逃れ得ず生きていた。だがRXとの戦いでそれは砕かれ、共に旅をする中で芽生えた感情が彼女を更に強くした。何かから与えられた命令でなく、自身がそう願ったのだ。彼の剣で在りたいと。

 

自分の両隣に立つ二人を見て、RXは二人の意志を無下には出来なかった。

 

「分かった。共に創世王を倒そう!」

 

強敵に挑む3人を前に、トレインはため息をひとつ零す。

 

「ここまで来たらお前を信じるしかなさそうだな。ま、俺たちは光太郎、お前がどれだけ強いか知ってる。出口を探して勝利の凱旋を待っててやるぜ」

 

「確かにトレインの言う通り、光太郎で敵わなけりゃ人類が逆立ちしたって勝てんだろうな。俺やトレインにはまだまだ借金が山ほど残ってるんだ。それを踏み倒して終焉を迎えるのは紳士道に反する」

 

「アンタもこんな時まで借金の事考えて、大変だな。いつかハゲるぜ?」

 

「トレイン! 何でお前はそんな他人事なんだ!」

 

トレインとスヴェンがいつものやり取りをしていると、「光太郎は私が相棒で良かったね」とイヴが2人に聴こえる声量で耳打ちしてきた。RXは決戦直前だというのに思わず苦笑してしまった。そしてそれは本人も気づかないうちに、体に入っていた余計な力を抜く事に繋がっていた。かつての強敵と再び対峙しようというのだ。知らず識らず体が固くなっていたのだ。「良い仲間たちと出逢えた」と胸中で呟く。

 

 

 

トレインたちが出口を求めて反対側の通路を進み、姿が見えなくなる。それを見送ったRXはイヴとセフィリアに「行こう」と声掛け、強大な気配を放つ戦場へと向かって行った。

 

 

 

 

洞窟の最深部、RXにとっては見覚えのある場所である。そこはかつて自身が仮面ライダーBLACKであった時、創世王と戦った場所。既に創世王にその身は無く、かつては巨大な心臓のみでBLACKを圧倒した。その状態であっても地球をも破壊できる程のエネルギーを要していたという。

 

だがこの戦場でRX達を迎えたのは心臓のみの創世王では無かった。玉座に腰を降ろすは紅き鋼の王。姿はシャドームーンに酷似しているが、気配はまるで別物である。

 

「…創世王…なのか?」

 

相対するRXの戸惑いに、紅き王はゆっくりと立ち上がる。

 

「…かつて心の臓のみで貴様と戦い、私は敗れた。私は考えた。同じ轍を踏まぬ為にどうすれば良いかを」

 

緑の目が妖しく光る。

 

「万が一、貴様とこうして戦う事となった時、その身として作り上げたのがこの体よ。本来のキングストーンには及ばぬが、私のエネルギーが込められた擬似キングストーン。以前の私と思わぬ事だ」

 

創世王がそう言い終えた直後、RXは岩盤に埋まっていた。創世王の掌底により、吹き飛ばされていたのだ。イヴとセフィリアは創世王の動きすら見えていなかった。一瞬遅れた意識が目の前の創世王を捉え、身構える。優れた動体視力を有する二人にも見えぬ速度。それはもはや人間には感知できぬ次元なのかもしれない。凄まじい圧力をその身に受けていた二人だが、すぐに行動に移していた。セフィリアはサタンサーベルで、イヴはナノスライサーで創世王に斬りかかっていたのだ。しかしそんな二人の斬撃も創世王にとっては児戯にも映る。親指と人差し指でサタンサーベルの刃を掴み、ナノスライサーはその身で受け止めていた。超振動を発生させているナノスライサーと創世王の体の間で火花が散るが、創世王に傷一つ負わせることは出来ない。

 

「…人間が我に剣を向けるか。愚かな」

 

二人は決して弱くない。ゴルゴムの怪人どころか、それよりも上の肉体、強さをもつ大怪人やビルゲニアをも屠ったのだ。この世界では5指に入る強者なのは間違いない。だが創世王、RX、シャドームーンが3指に入り、その差は決して小さくない。創世王が敵意を二人に向けると、セフィリアとイヴは同時に笑みを浮かべた。創世王が二人を攻撃しようとした為、一瞬であってもRXから意識を外してしまったのだ。再びRXが吹き飛んだ岩盤に視線を向けるが、そこには誰もいない。創世王の速度に匹敵するバイオライダーとなったRXは、既に創世王の背後に回り込んでいたのだ。バイオブレードが横薙ぎに創世王の背中を刻む。

 

「ぐっ!?」

 

創世王は思わずサタンサーベルから指が離れた。この機を逃すセフィリアではない。

 

「サタンサーベル!」

 

赤いオーラを放つサタンサーベル。セフィリアの叫びに呼応して数百の残滓を残し、創世王に斬撃の雨を降らす。創世王が攻撃に転じようとした瞬間、創世王の目の前に謎の球体があった。それは突如強烈な光を放ち、創世王の視力を一時喪失させた。この中で閃光弾など持ち合わせていた者はいない。だが創り出した者はいたのだ。ナノマシンを体に宿した少女。ナノマシンに強烈な光を放つプログラムを施して作り上げたのだ。その隙をついて、彼女らはRXを中心に両翼の位置で構える。かなりのパワーアップを果たしている創世王を相手に、RXたちは引けをとってはいなかった。

 

「イヴ、目眩し助かりました」

 

「光太郎、セフィリアさん、私のナノスライサーじゃ創世王に通用しないみたい」

 

「気にすることはない。イヴはイヴに出来ること、イヴにしか出来ない事をすれば良い。だけど二人とも、決して無理だけはしないでくれ」

 

初手の攻防としては10:9でこちらが主導権をとれた。だがこれで慢心する程彼等は楽観的ではない。現に、創世王から感じる圧力は弱くなるどころか更に増しているのだから…。

 

目に見えぬ圧力は周囲を崩壊させていく。洞窟中の岩壁はヒビ割れ、地割れが起きる。その圧力の余波はこの場に留まらなかった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

洞窟内から脱出することに成功したトレイン達。外に出たと同時に地震が起き、洞窟の入り口は崩落により閉ざされてしまう。崩壊していく洞窟の奥から感じる圧力の正体は彼等も察している。

 

「これが創世王…か。想像以上だぜ」

 

トレインは思わず独りごちる。これだけ距離があるにも関わらず、根源的な恐怖からか無意識に脚が震えていた。何かに恐怖するのは幼少時にまで遡る事になるが、その比ではない。

 

「おい…何が起きてるんだ? 空を見てみろよ」

 

スヴェンが空を指差す。オーロラが流れ、かと思えば雷が轟き、その直後には竜巻が其処彼処に発生する。猛吹雪が起きたかと思えばそれは雹に変わり、いきなり猛暑のような太陽熱が降り注ぐ。創世王の凄まじい圧力は周囲だけではなく、地球全体にまで影響を及ぼしていた。地球が狂ってしまっていたのだ。

 

地割れが起きる中、慎重に街に戻ったトレイン達だが、街はそれ以上に大混乱に瀕していた。信号機が目まぐるしく変わり、それに伴って交通事故が多発。川は重力に逆らって逆流を起こし、上流で氾濫して大惨事となっていた。

 

「こりゃいかんな。トレイン、俺は救助活動の手伝いをする。この状態だとリンスはともかく、ティアーユが心配だ。そちらで先に合流してくれ」

 

そう指示するスヴェンだったが、間が悪かった。偶然にも、件の人物がそこにいたのだ。スヴェンは耳を引っ張られ、痛みを訴える。

 

「ちょっと『リンスはともかく』ってどういう意味よ!」

 

「リ、リンス、いたのか。無事で何よりだ」

 

リンスはスヴェンを解放し、面々を見つめる。皆傷だらけだが、無事に戻ってきた事に胸を撫で下ろす。そんな中、ジパングマンに背負われる気を失ったシャルデンを見つけ、ティアーユが駆け寄った。

 

「シャルデンさん!」

 

ジパングマンはシャルデンをゆっくりと下ろし横に寝かせた。

 

「生きてる…無事で良かった…」

 

安心して思わず腰を抜かすティアーユ。ずっと気に掛けていたらしく、張り詰めていたものが切れてしまったのだろう。だがまだ全てが終わったわけではない。

 

「人数が足りないわね。それにこの状況、どうなってるか教えてもらえるかしら?」

 

「…ゴルゴムの幹部連中は倒した。でも最後の大ボスが残ってる。光太郎、セフィ姐、姫っちはまだそこで戦ってる」

 

リンスの疑問に答えた後、トレインは戦場の方角へ顔を向ける。鈍い地鳴りが続く。その表情には悔しさが滲んでいた。創世王と自分との力の差は圧倒的で、自分の力の無さが恨めしかった。そんなトレインの顔を見て、リンスは「そう」とだけ呟いた。ここまでの影響を地球に及ぼす存在など、リンスには推し量る事など出来ないのだ。逃げ惑う人々の中には「地球最後の日だ」と恐れる者さえいる。

 

「俺たちは俺たちに出来る事をしよう。俺とトレインは救助活動、キョウコは道の力を使い切っちまってるから、シャルデンの傍についてやってくれ。ジパングマン、お前はこっちを手伝え」

 

「おお、ゴルゴムとの戦いでは対して役に立てなかったからな。任しとけ」

 

スヴェンの指示を受け、三人は方々に散った。

皆の胸中では光太郎達の安否が気に掛かっていたが、自分達の無力を嘆いて茫然自失と立ち止まっている時ではないのだ。

 

◆◇◆◇

 

初めは捉えられなかった創世王の動きに、セフィリアとイヴはついていき始めていた。セフィリアは長年の戦闘経験によって創世王の態勢から初動を察し、事前予測で対応。イヴは微細なナノマシンを周囲に散らせてセンサーの役割をさせ、僅かにでも反応があればその直進方向から避けて応じていた。二人はこの戦いで確実に強くなっている。

 

「創世王ー!」

 

RXキックを仁王立ちで受け止めた創世王。周囲は余波によって崩壊する。大怪人レベルであれば破壊可能な威力であるが、創世王は僅かに体を仰け反らせるだけに終わる。RXは創世王と距離をとって態勢を整えた。RXは勝負を急いでいた。その理由はセフィリアとイヴにある。二人の表情に疲れが見えていたのだ。普通の人間であれば対峙するだけで創世王の圧を受け、廃人になりかねない。そんな中で戦い続けている二人の体力の消耗はゴルゴムの幹部との戦いの比ではない。今は創世王の攻撃を防いでいるが、長期戦となればいずれねじ伏せられてしまうだろう。それを理解してしまっているからこそ、二人の身を案じて少しでも早い決着を、と攻撃が単調化してしまっているのを本人は気付いていなかった。

 

「…RXばかりか、下等な人間がここまで我に食い下がるか。認識を改めねばなるまいな」

 

創世王にとって人間とは脆弱で淘汰されるべき古き人類であった。この世界を統べる存在となる創世王は自然の摂理に従って滅ぼすつもりでいた。しかしそんな脆弱な存在がゴルゴムの幹部に打ち倒し、こうして全力を注いでいないにしても自分の攻めを防いでいるのだ。

 

「人間の中にはこういう稀有な個体もいる…か」

 

突如、創世王が意識的に体から放出されていた圧を収めた。何のつもりかと身構える三人に、創世王は淡々と「RXよ、我と取り引きせよ」と告げた。

 

「…取り引き…だと?」

 

「そうだ。我は圧倒的なこの肉体を有したが、寿命はすぐそこまできておる。お前がその肉体を我に捧げるならば、その二人の命は保証しようではないか。そして優れた人間であれば怪人へと手術をせぬまま生かしてやってもよい。悪い話ではあるまい? 今後襲いくるクライシス帝国とやらも、お前の肉体を得た我であれば敵ではない。この世界を守ってやろうというのだ」

 

この戦いで二人をどう守っていこうか思案していたRXは、思わず創世王のその提案に思いが揺れる。創世王は言葉を続けた。

 

「だが断れば、我は確実にその者らを殺す。さぁ選ぶが良い。己の命か、その二人の命か。人間という生物は他者を重んじるのであったな。この天秤にかけられた命、お前であればどちらを取るか考える事もあるまい」

 

自分の命か二人の命、どちらを一方を救うという選択であれば、RXは自身の命を捨てる覚悟はあった。己の命は惜しくない。RXは答えを出していた。

 

「創世王、確かにお前の力があればクライシス帝国すらも滅ぼすのは容易いだろう。だがその後はゴルゴムによる圧政が始まる。人々は苦しめられ、怪人の為の世が作られていく。俺はそんな世界を認める訳にはいかない!」

 

「…その二人を殺すという選択をするのだな?」

 

創世王が再び圧力を放ち始める。その問いにRXが答える前に両翼にいた二人が前に躍り出た。

 

「光太郎さん、私はあなたの剣です。最後まで一緒に戦わせてください」

 

「私もセフィリアさんと同じ気持ちだよ。光太郎を犠牲にして生き残っても、私はちっとも嬉しくない。まだ私は光太郎と色んな景色を見てみたいから…」

 

その言葉はRXにとって何よりも有り難かった。二人はこんな自分に命を預けてくれる。これ程の頼もしさは、以前の世界に存在した先達仮面ライダー達に匹敵する。

 

「二人とも、ありがとう。創世王を倒し、絶対に生きて帰ろう!」

 

構えをとる三人を前に、創世王は自身の中で結論づけた。この戦いにおいて、殲滅以外に決着の方法は無いのだと…。創世王から流れる赤いオーラが右手に集束される。徐々にサタンサーベルに酷似した剣が形成され、創世王はその身を浮遊させる。

 

「ならば…滅びるが良い」

 

創世王が振るった斬撃は大地を割る。洞窟は完全に崩壊し、崩落する。セフィリアは頭上から降り注ぐ大岩を避けながら、地上に向かって跳躍する。今のセフィリアの身体能力であればそれも容易かった。空中へ飛び出したセフィリアの視界には、天使の羽を生やしたイヴとRXの姿がある。洞窟があった場所は土煙によって何も見えないが、巨大な気配から創世王がそこにいるのが分かった。

 

刹那、地上から無数の赤い稲妻が走った。疑うべくもなく、創世王の攻撃だ。三人は空中で懸命に躱すが、数が多すぎる。セフィリアは相殺しようとサタンサーベルを輝かせ、数百の剣戟を落とす。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

両者の武器の性能は互角、しかし肉体の力は創世王が遥かに上だ。すぐに圧され始め、セフィリアの持つサタンサーベルが弾かれた。

 

「…サタンサーベルは本来世紀王、そして我の為に存在する。貴様のような者が手にして良いものでない」

 

眼下に注意を向けていたセフィリアのすぐ背後に不気味な声が響く。そこにいた創世王は剣を振り上げ、今にもその凶刃を振り下ろそうとしていたのだ。

 

「セフィリアさーん!!」

 

空中を自在に舞う事のできるイヴが飛び込み、セフィリアを抱えて創世王の剣線から離脱する。振り下ろされた凶刃は赤い刃を生み出し、大地に落ちた瞬間に大爆発を発生させた。三人が地上へ降り立った時には、そこにあった筈の山がひとつ消えていた。

 

 

 

天空で静止する創世王。

圧倒的な力の前に、RX達に勝機はあるのか。

 

最後の攻防が今、始まろうとしていた…。




創世王のイメージはアナザーシャドームーンです。この作品ではオリジナルの擬似キングストーンを使用し、それ自体はRXのキングストーンに劣りますが、創世王は原作のあの状態でも「星ひとつ破壊できる力」があるようなので、かなり強めの設定になりました。


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少女の起こした奇跡

剣の一振りでひとつの山を消滅させた。

人間が優れた科学と莫大な資金を費やさねば成らない破壊力を、創世王は容易く行えるのだ。そんな破壊力も、創世王にとっての全力には程遠い。

 

創世王は眼下の大地で構えるRXらを見下した態勢で、指を天空に向けた。雷鳴が轟き、数百もの赤き雷が大地に降り注ぐ。普通の人間には雷の軌道など見切る事は出来ない。秒速150kmともいわれる速度から落ちる雷は、感知も出来まい。だがこの場にいた三人は直撃を避けていた。セフィリアは迫ってきていた雷をサタンサーベルで受け止めてそのエネルギーを吸収し、イヴは切り離したナノマシンの集合体の材質を変化させ、避雷針の働きをもたせて直撃を防いでいる。RXは単純に見切って躱していた。だがここでイヴが片膝をついた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

イヴの頰に汗が伝う。

大怪人と創世王との連戦でナノマシンのトランスを多用していたイヴ。だがその変化も有限であり、リミットは存在する。イヴの思考とは無関係に、ナノマシンのトランススピードが明らかに減速した。それに気付いたRXとセフィリアは直ぐにイヴの元に駆けつけ、イヴに迫っていた赤き雷を弾く。三人が同じ場所に固まった事で、創世王の攻撃も一点に集中する。

 

「ふはははは、これで終わりかRXよ! まさか今更その人間たちの命を乞うような真似はせぬだろうな。だがもう遅いのだ! 我に歯向かったのだからな。その罪深さを悔やみ死んでゆくがよい!」

 

創世王が剣を天に掲げる。それに呼応するかのように大地が鳴動し、そして凶刃の襲来。山をひとつ消滅させた赤き刃が三人の頭上に襲いくる。

 

「絶対に死なせはしない!」

 

赤き刃へ向かって跳躍するRX。イヴとセフィリアから凶刃を守ろうとその身をもって盾としたのだ。空中で轟音が響き、RXは両の手で刃を押さえ込んでいた。しかし漏れ出たエネルギーが周囲の大地を焼き、溶かし、消滅させていく。

 

「ぐっ…うおぉぉぉ!」

 

耐えるRX。だがその間にもその身は削られ、大きなダメージを負っていた。渾身の力を込めて刃をかき消したRXだが、その眼前に創世王が迫っていた。創世王はRXの腰にあるサンライザーへ手を伸ばしていた。それは光の速度に等しく、RX自身もその動きを目で捉える事は出来たが、大きな力を出した直後であったために僅かな硬直時間を狙われたのだ。創世王の魔の手がサンライザーのキングストーンに伸びる。

 

 

 

 

 

 

 

そして…創世王の腕がRXの体を貫いた。

光輝くキングストーンを手中にして…。

 

 

 

 

キングストーンを失ったRXは変身が解け、創世王の手から解放されて大地へ落ちる。意識を完全に消失しているのか、それとも創世王の一撃でその命を奪われたのか、身動きすらしない光太郎の体を、トランスの限界にきていたイヴであったが涙を浮かべて天使の羽を生やし、光太郎をその胸で抱きとめた。

 

「光太郎! 光太郎! 目を覚まして光太郎!!」

 

大地へ降りて何度もイヴは呼び掛ける。

しかし…光太郎に反応はない。呼吸が止まり、心臓の鼓動さえも停止していたのだ。それでもイヴは声をかけ続けた。

 

自分の腕の中で目を閉じている大事な人。

この人はもう動くことも、喋ることもないなど、信じたくなかった。

涙を流して光太郎の胸に顔を押し付け、声を殺して泣くイヴを見て、セフィリアは自身の無力さを呪う。しかしそれ以上に、怒りが沸き起こる。その怒りは天空にいる創世王に向けられた。

 

 

「フハハハハ、世紀王であってもキングストーンを失っては怪人以下に成り下がる。その傷ではもう動けまい。復活できまい。後はその身にごと塵にしてくれるわ!」

 

創世王はキングストーンを自分の体内に収める。

それと同時に体から放出されていた圧力が数倍に跳ね上がった。創世王を中心に暴風が巻き起こり、地割れを起こした大地の地中から灼熱のマグマが噴き上がる。

 

「…後は裏切り者のシャドームーンを洗脳し、肉体を奪えば我の悲願は達成される。我は再び創世王としてこの星の支配者となるのだ。だがその前に、人間どもに絶望を植え付けるか」

 

創世王は緑の目を不気味に輝かせ、その力を地球全土へ行き渡らせた。そして今この瞬間、地球にいる全ての人間がこの光景を瞼に焼き付けていた。

 

「視えるか、人間ども。聴こえているか古き種よ。我こそは創世王…この星を統べる者である」

 

◆◇◆◇

 

街で救助活動を行なっていたトレインは思わず硬直した。

動きを止めたのはトレインだけではない。周囲にいる人々が突然聞こえた声に、見えた光景に驚いて硬直していたのだ。

 

「こいつが…創世王…」

 

赤き雷が轟き、灼熱のマグマを眼下に置くその姿に恐怖を覚える人々。トレインですら恐ろしさを感じていた。

 

《我は宣言する。今この時をもって、地球は我のモノとなり、ゴルゴムの支配下となるのだ。歯向かうことは許さぬ。貴様らに我の力の一端を見せてくれよう》

 

映像は創世王から離れた大地を映す。

そこには腹部に風穴を開けた光太郎が横たわっていた。光太郎の体に顔を埋めるイヴと、創世王を睨むセフィリアの姿。その光景を見せられ、トレインは唇を噛む。

 

「…光太郎…!」

 

トレインは光太郎の勝利を信じていた。

どんな相手であっても光太郎ならば勝って帰ってくると。しかし創世王は光太郎でさえ敵わなかった。こうなっては、人類はゴルゴムに打ち勝つ事は出来ないだろう。

 

創世王が雷を落とし、それをセフィリアがサタンサーベルで弾く。創世王の攻撃に耐えているだけでも賞賛ものだ。だが現実は非情であった。一発弾くだけでも凄まじい体力を消耗し、セフィリアの表情がどんどんと曇る。しかし戦場から遠く離れてしまっているトレインにはどうする事もできないのだ。

 

◆◇◆◇

 

雷を弾き、セフィリアは膝をつく。サタンサーベルを大地に刺して倒れ込むのを防いでいるが体力の消耗は激しく、あと数合も保たないだろう。ならば守りではなく、残りの体力は全て攻撃に回す。

 

「イヴ!」

 

セフィリアの叫びにイヴの体がビクッと揺れる。

 

「いつまでそうしているつもりですか!?」

 

「だって…光太郎が…セフィリアさんは悲しくないの!?」

 

イヴは目を赤くして顔を上げる。だが自分の前に立つ女性は闘志を浮かべつつも、頰を濡らしていた。

 

「…悲しいに決まっています。しかし、ここで諦めて命を落とす事が光太郎さんの為になりますか? 勝てないまでも、最後まで足掻いてみせます。光太郎さんのパートナーとして、戦ってみせます!」

 

セフィリアの覚悟を聞き、イヴは自身が悲しくなった。この人は自分と同じくらい悲しんでいる。それでも前を向いて戦おうとしているのだ。そんな人に、自分は最低な言葉を投げてしまった。イヴは涙を拭き、立ち上がる。

 

「…ごめんなさい、セフィリアさん。私も戦います」

 

「…あなたの光太郎さんへの気持ちを考えたら、戦う気力をなくしていても責められない。それでも私は戦う事を強要している。酷い女ですね」

 

「ううん。私こそ、セフィリアさんに酷いこと言いました」

 

イヴは光太郎の顔を見つめる。そして覚悟を決めたのか、創世王へ視線を移した。二人は最後の力を振り絞り、天空へと跳ぶ。雷を天使の羽を生やして躱し、そしてサタンサーベルで弾きながら創世王に迫る二人の戦士。創世王とセフィリアの剣戟で発生するエネルギーが天空を走り、遠く離れた海へ落ちて海水を蒸発させる。

 

「サタンサーベル、私はこの一撃で果てても良い。私に力を!!」

 

サタンサーベルが脈動する。天空にいるセフィリアの体を赤きオーラが包み、創世王の右腕を斬り落とした。しかしその一撃で全ての力を注いでいたセフィリアに直後の創世王の攻撃を防ぐ術はない。創世王は残された腕でセフィリアを掴み、巨大なエネルギーの塊を放った。その直前、セフィリアは笑みを浮かべる。エネルギーの衝突で大地を削りながら吹き飛ぶセフィリアに意識を奪われ、創世王は背後にいた天使に一瞬気付くのが遅れた。

 

その姿は天使のように神々しくない。既に全身がボロボロで、衣服もトランス状態が保たない程だ。だがそんな限界状態にあっても、立ち向かう姿はそれを視る人々に美しく映る。イヴは髪の毛を創世王の腰にあるキングストーンへと伸ばし接触した。

 

それがイヴにできる最後の足掻きだった。それを果たしたイヴは創世王の追撃を受けるまでもなく、意識を消失させて大地へ堕ちていった。そして、刻が止まる。

 

 

イヴの意識はキングストーンの中にあった。最後の力を振り絞り、自身の意識をナノマシンに宿してキングストーンに送り込んでいたのだ。イヴの目の前に無形の存在が漂っていた。

 

《お前は南光太郎と共にいた人間か。いや、私の意思に触れるとは、ただの人間ではないのだな》

 

「…あなたは…?」

 

《私はキングストーン。王位継承者である世紀王の証。そして当代の世紀王、南光太郎に宿る力…。しかし南光太郎が敗れた今、私は創世王の為の力となる》

 

キングストーンに善悪の区別はない。それを宿した者の力となるだけなのだ。それがキングストーンの大昔からの役目である。

 

「光太郎から何度も聞いていました。キングストーンには意思があるって。そして、何度も助けられてきたって。お願いします。光太郎を助けてあげてください!」

 

イヴと叫びに、キングストーンは何かを考えて口を紡ぐ。そして周囲に多くの人々の姿を映した。そこにはトレイン、スヴェン、リンスにティアーユ、キョーコやジパングマン。クロノスのベルゼーやケルベロス部隊の時の番人たちの姿もあった。彼らは一様に光太郎やイヴ達の無事を願っている。

 

《何代もの世紀王に宿ったが、ここまで他者に思われる世紀王は後にも先にも南光太郎以外にいない。人の子よ、お前は南光太郎の助けを望むか》

 

「…はい」

 

《…本来ならばその身から離れた時点で世紀王とは干渉せぬ。しかし、もう少しあの者と共にあるのも良いだろう。人の子よ、お前の願い、聞き届けよう》

 

キングストーンは激しく光輝き、イヴの意識を弾き出した。

 

 

 

 

 

 

 

その時、ふしぎな事が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

大地に叩きつけられようとしていたイヴの体を、何者かが抱きとめた。イヴは薄れゆく意識の中で、その人物を捉える。

 

「イヴ、よく…頑張ったな」

 

優しくて暖かな声。

自分が大好きな人の声。

薄れゆく視界でも私には分かる。

 

「光太郎…創世王に…勝って…」

 

抱きとめられたイヴは全てを託し、安心して意識を手放した。

 

 

 

 

光太郎はイヴを寝かせ、創世王を見上げる。

 

「創世王、お前は俺の大切な者達を傷付けた! 決して許しはしない!」

 

「南光太郎だと…バカな!?」

 

創世王が驚くのも無理はない。そことは別の場所で、光太郎の亡骸があったのだ。南光太郎が…2人存在していた。

 

光太郎が両の拳に力を込め、RX時とは違う構えをとる。

 

「変…身!」

 

腰のベルトが輝く。しかしそれはRX時のサンライザーではなく、それよりも過去に存在したベルト。

 

「仮面ライダー…BLACK!」

 

そこに立っていたのは仮面ライダーBLACK。光太郎がRXへと進化を遂げる前の変身姿だ。その光景を、その戦場から少し離れて横たわるセフィリアも視ていた。創世王の攻撃でもう指一本すら動かせないが、その奇跡の光景を見つめていた。

 

「イヴ…奇跡を起こせたのですね」

 

セフィリアの呟きに、「セフィリアさんのおかげでもあります」と傍で声が響く。セフィリアの目の前に、南光太郎が立っていた。光太郎はセフィリアに微笑み、戦場へ向かっていく。その姿をロボライダーに変えて…。そのロボライダーの存在に、創世王も気付く。

 

 

「南光太郎が3人だと? 一体何が起こっているのだ!?」

 

焦りを露わにする創世王に、背後から一太刀入れる者がいた。

 

「俺たちは別の時間軸に存在する南光太郎だ。キングストーンの力で、今、同じ場所に集った!」

 

創世王が背後を振り返るとそこにはバイオライダーがバイオブレードを手に迫っていた。バイオライダーは大地に立つBLACKの横に立つ。そして同じくしてロボライダーもそこに参上していた。創世王の目にあり得ない奇跡が映し出されていた。自分の知る過去のキングストーンではこのような現象を起こすのは不可能である。キングストーンは継承される度に更に強化されるのは知識として把握はしていた。それでもこの現象は決してあり得ぬ。

 

 

混乱から回復せぬ創世王だが、更に追い討ちをかけるように奇跡は続く。その身に宿していたキングストーンが輝きながら自身から離れたのだ。そしてそれは創世王が伸ばす手をすり抜け、大地に横たわる光太郎の亡骸へと戻っていく。体内に入り込んだと同時に傷が癒え、周囲を明るく照らす。太陽の如き輝きを放ち、その肉体は心臓の鼓動を取り戻す。光が収まると、そこにはRXが立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

4人の仮面ライダーが揃った。

 

決してあり得ない事だった。そんな奇跡を、ひとりの少女が成したのだ。自分の意思をキングストーンに送り込み、奇跡のきっかけを作った。創世王の言うように、人間は矮小ではない。創世王すら恐れる奇跡をこうして成し得たのだ。

 

「「「「創世王、俺は貴様を絶対に許さん!」」」」

 

4人の仮面ライダーの声が重なる。

そんな奇跡を前にして、創世王は全ての力を解き放つ。

 

「奇跡など認めぬ! 纏めて叩き潰してくれるわ!」

 

創世王がライダーに突貫し、その衝撃で大地が割れる。傍にいたイヴは既にバイオライダーがそのスピードで安全な場所に避難させていた。

 

創世王はセフィリアの一撃を受けて隻腕となっており、片腕一本で4人のライダーの攻撃を全て防ぐのは不可能であった。ロボライダーがボルティクシューターで遠距離攻撃を、バイオライダーが近距離からのバイオアタックを、BLACKとRXが中距離から攻撃を仕掛けており、力の差は数で完全に埋まっていた。

 

「ライダーパンチッ!」

 

BLACKが跳躍して右拳を創世王の顔面に放つ。創世王がよろけた隙にバイオライダーがスパークカッターで斬り上げる。しかし創世王の装甲は堅く、僅かに傷跡が残るのみ。ならば、とバイオライダーは自らの体を縮小させ、創世王の体内へ入り込んで内側から斬りつけていった。流石の創世王も体内からの攻撃までは防げず、見るからに動きが鈍る。

 

「くっ、おのれ…!」

 

ロボライダーが創世王の体を掴み、「バイオライダー、俺に任せろ!」と叫ぶ。直後に創世王の体内から脱出したバイオライダーを確認し、ロボライダーはその力をもって創世王を自ら諸共マグマの中に飛び込んだ。

 

「ぐ…ぐおぉぉ!」

 

灼熱のマグマをその身に浴び、創世王は大きなダメージを重ねていく。しかしロボライダーにダメージは見えず、マグマの海を潜りながら創世王に攻撃を続けていた。

 

「ロボパンチ!」

 

ロボライダーのパンチで更に深層に沈められていく創世王。しかし力を振り絞り、自らの周囲にシールドを張る。マグマと切り離された鋼の体はあちこちが崩れ、溶け落ちていた。

 

「邪魔だ!」

 

追撃しようとしていたロボライダーを剣で弾き飛ばし、地上へ離脱を果たす。

 

「ライダーキック!」

「RXキック!」

 

空中へ飛び出した創世王の正面に、2人のライダーが既に次の攻撃に移っていた。ダブルライダーキックを受けた創世王の胸部の装甲は完全に破損し、内部の機械が露わになる。

 

「おのれ…もうこの星がどうなっても構わぬ。諸共消し去ってくれるわ!」

 

圧倒的不利な状況を前に、創世王は手加減をやめた。これまでの戦いでは全力を出していなかった。全力を注ぐ、それは地球の破壊にも繋がるのだ。だが創世王は目の前の強敵を屠る為、地球を犠牲にする覚悟を得た。創世王の体から天空に伸びる巨大な赤き剣。全てを注いだそのエネルギーは地球をも容易く寸断するであろう。創世王の最後の一刀を前に、RXはサンライザーに手を置いた。

 

「リボルケイン!」

 

光の杖がRXの手に移る。

 

「消えよ、南光太郎! 仮面ライダーBLACK RXよ!」

 

「俺は負けない! この地球にいる人々を守る為に! 奇跡を起こしてくれたイヴとセフィリアさんの為にも、俺は絶対に勝ってみせる!」

 

創世王の最後の一撃が振り下ろされる。それをリボルケインで受け止めるRX。衝撃でRXの足元が陥没していく。RXの体がどんどんと大地に埋まっていく。

 

「フハハハハ、我の勝ちだ!」

 

勝利を確信した創世王は笑いを零す。だがその時、無数の光がRXに降り注いだ。仮面ライダーBLACK、ロボライダー、バイオライダーの体が光輝き、その光がRXに注がれていたのだ。

 

BLACKの体が、ロボライダーの体が、バイオライダーの体がRXに重なっていく。4人のキングストーンフラッシュが創世王の剣をかき消した。

 

全てを注いだ剣を消滅させられた創世王に、次に迫るRXの攻撃を防ぐ術はない。RXの持つリボルケインが創世王の体を貫いた。

 

 

 

 

 

「ば…バカな…我と貴様の力の差は明らかであったはずだ。何故我が敗れる!?」

 

「…お前の敗因は人間を矮小と侮った事だ。お前は人間のもつ想いの力に敗れたのだ!」

 

「…想いの…力…だと? そんなものに我の悲願が阻まれようとは…」

 

リボルケインから無限の力が注がれ、創世王の体は崩壊を始める。RXがリボルケインを引き抜き背を向けると、創世王の体は巨大な炎に包まれて爆散していった。炎の中で最後に創世王の魂が霧散していくのをRXは見届けた。

 

 

 

 

RXは正面に並び立つBLACK、ロボライダー、バイオライダーと向き合う。言葉はなくとも理解している。BLACKらはコクリと頷くと、霧のように消えていった。その場に残ったRXは変身を解き、創世王が散った場所を見つめ、その場を後にした。

 

 

 

 

彼には、帰る場所があるのだから…。




『転生・太陽の子』を投稿した時からやりたかった事のひとつ。4人ライダー大集合がやっと叶いました…。何年越しになったんだ…?


これで長かったゴルゴムとの戦いも終わりました。
次はクライシス帝国か…? いや、でも星の使徒も残ってるし、エピローグまでは先が長そうです…。のんびりお待ちください。


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次なる戦いへの序曲

創世王を打ち倒し、一ヶ月の月日が経とうとしていた。

創世王が残した地球への爪痕は大きく、一部の地域は未だ立入禁止区域となっている。数日は都市の機能も麻痺していたが、今では日々の日常を取り戻しつつあった。

 

今朝の朝刊にも、創世王事件の記事が記載されている。

テレビをつけても大学の教授や評論家達がたわいも無い酷評をしていた。そんなニュースに飽きたリンスはテレビの電源を落とす。

 

「なーにが『幻覚作用をもったウイルスの集団感染』よ。地球人全員が同じ幻覚を見る訳ないでしょうが!」

 

そう吐き捨てるリンスだが、信じられない人々の気持ちも分からなくはない。僅かな映像ではあったが、あまりにも非現実的な光景であったのだ。個人が暴風を起こし、大地を割り、地球全土を狂わせる…それは創作小説やアニメでしかあり得ない能力だ。リンスはトレインの神業とも思える銃技を見た事があるが、それとは天と地以上の開きがある。

 

「…でも、本当に倒せたのね」

 

人類にとっては神にも等しい力を有していた創世王。それを相手に数人で打ち倒したのだ。本来ならば英雄視され、全世界から賞賛されるべきである。しかしその英雄たちは未だ深い眠りについていた。

 

リンス達が現在腰を据えている場所はクロノスのジパング支部。地球上の全ての人々が光太郎やイヴ、セフィリアの姿を見てしまっており、衆目に晒して混乱させてしまうのを避ける処置としてこの場に身を隠していた。リンスは不意に寝転がると、扉の前で立っていたシャルデンと目が合う。

 

「ひっ…ちょっと! ビックリするじゃない! 幽霊みたいに入って来るんじゃないわよ!」

 

「…申し訳ありまセン。しかし驚かすつもりは無いのデスが」

 

淡々と謝るシャルデン。

 

「まぁ、いいわ。アンタも大変だったわね。ティアーユさんとの検査はもう終わったのかしら?」

 

「…検査結果は異常だらけデスよ」

 

ティアーユから渡された検査報告書を取り出し目を通す。ティアーユから受け取った薬を摂取して怪人化を果たしたシャルデン。その時点からDNAレベルで人間と異なる生命体となっていた。死した後、シャドームーンが何らかの方法で自分を復活させたと聞いた。方法は兎も角として、今の自分の姿は人間そのものであっても、それは仮初めなのかもしれない。DNA、筋組織、細胞、血液…それら全てが人と異なる造りとなっていた。

 

「しかし、私が自ら選択した事デス。後悔はしていまセンよ」

 

検査の結果をみてティアーユには何度も頭を下げられたが、悪いのは彼女ではない。自身で決断した事なのだ。人の身を捨てる覚悟はあの時から既にあった。これはその結果に過ぎない。

 

「ところで、光太郎達はどうしてマスか?」

 

シャルデンの問いに、リンスは深い溜息をついて「まだ治療室よ」と答えた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

未だに眠り続けるイヴとセフィリア。

あの戦いで蓄積されたダメージは激しく、治療用の計器の音のみが室内に響く。光太郎は暫し彼女たちの寝顔を見つめ、治療室を後にする。

 

「まだ眠り姫は起きねえか」

 

「トレイン…」

 

「リンスのやつから頼まれて…いや、脅されてお前の見張りだ。面倒くせー」

 

「何だ、弱味でも握られてるのか?」

 

「元はと言えばお前のせいだよ」

 

「え」

 

光太郎が姿を消し、それを追いかける為にトレイン達はジパングのキョートへやって来た。しかしその旅費だけで貯金を使い果たし、食費やら何やらを悪魔から借りるしかなかったのだ。あれから事あるごとに借金を理由に脅しを入れてくる。あの悪徳業者め。

 

理由を聞いた光太郎は苦笑しつつも詫びを入れる。

 

「それは悪い事をしたな。トレイン達の借金は俺からリンスさんに返しておくよ」

 

「マジか!? 助かるぜ!」

 

悪魔の契約から解放されると知ってトレインはガッツポーズをとる。

 

「ところで、スヴェンはどうしたんだ?」

 

「ああ、スヴェンなら賞金首のリストを取りに行ってる。こういった大きな災害の後は犯罪に走る奴って結構いるらしいからな。火事場泥棒ってやつか。まぁ、そういう奴でもとっ捕まえりゃ数日は食い繋げるからな」

 

それから他愛も無い話を続け、キョートの街を一望できる屋上へ出る。遠くに見える山々は大火災で焼けてしまっており痛々しい。光太郎はそれを悲しそうな表情で見つめていた。

 

「また、姫っちたちの前から姿を消すか?」

 

「…いや、俺はもう決めた。イヴやセフィリアさんが俺の隣に立つ事を、もう拒絶したりはしない」

 

「…そっか」

 

光太郎のその言葉を聞き、トレインは笑みが零れる。この言葉をあの2人が聞いたら、どれだけ喜ぶ事だろう。

 

冷たい風が肌に触れる。

冬がすぐそこまでやってきていた。

 

「光太郎、ここは冷える。戻ろうぜ」

 

「ああ…そうだな」

 

2人は建物内に入り、再び治療室へ戻る。

そこでは眠り姫のひとりが目を覚ましていた。

 

「光太郎さん、ハートネット、お早うございます」

 

セフィリアが上半身だけを起こし、2人に微笑みかける。

 

「…良かった。目を覚ましてくれて本当に良かった」

 

光太郎はホッと胸を撫で下ろす。そしてセフィリアに駆け寄って痛みの有無を確認している。そんな光景を見てトレインは苦笑し、邪魔な虫にならぬよう静かに治療室から出ていった。

 

「まだ体のあちこちが痛みます。しかしこの痛みも、あの戦いの勝利の代償と思えば誇らしく思えますよ」

 

「…今はまだもう少し休んでいてください。飲み物でも持ってきましょうか?」

 

「いえ…傍にいて頂ければ充分です」

 

セフィリアは微笑み、体を倒す。

少しして、セフィリアの表情が曇る。

 

『シャドームーンがもしも再びお前の前に現れたら、躊躇うことなく倒してくれ。それが俺の願いだ』

 

脳裏に蘇るのは駅前で秋月信彦から告げられた言葉。

あの時はまだ秋月信彦の意思があった。秋月信彦は光太郎に倒される事を望んでいた。しかしこの言葉を伝える事で光太郎の戦意が薄れる事はあれど強固にはなるまい。光太郎は…優しすぎるのだ。

 

浮かない表情のセフィリアを見て、光太郎は心配そうに顔を覗き込む。それに気付いたセフィリアは慌てて笑顔を取り繕った。

 

「どうかしましたか?」

 

「やっぱりまだ辛いんじゃないですか? ほらほら、今は横になって体を休めて下さい」

 

「…そうさせて頂きますね」

 

セフィリアは横になって目を閉じる。

秋月信彦との…いや、シャドームーンとの戦いは決して避ける事は出来ないだろう。だからといって代わりに戦う事もできない。あの時の時点ではシャドームーンの実力は自分の遥か上だったのだ。光太郎の手を親友の血で汚させない為にも、自分はもっと強くならねばならない。セフィリアは覚悟を強め、体を癒す為に眠りに落ちた。

 

セフィリアが眠ったのを確認し、光太郎は部屋の隅に立っていたベルゼーに向き合った。

 

「ベルゼーさんはいつも静かに入ってくるんですね」

 

「…ふ、気を利かせたのだ」

 

ベルゼーは懐から資料を取り出し、光太郎に手渡す。

 

「こちらを届けに来ただけだ。クロノスの諜報部が入手したクリードの情報をな。病人のいる場所で長々と話をするつもりはない。後で目を通してもらいたい」

 

淡々と告げるベルゼーだが、退室する直前にセフィリアとイヴの寝顔に視線を向けていた。2人の容態が気になっていたのだろう。心配なら心配と素直に言えば良いものを…。

 

光太郎は治療室から出て近場の空き部屋のイスに腰を下ろす。ベルゼーが届けてくれた資料を広げると、クリードの動向が記されていた。衛星写真に写る人物はゴルゴムの怪人達を率いるクリードとシキにエキドナ。そしてその中にいるはずのない人物が写っており、光太郎は思わず立ち上がっていた。

 

「そんなバカな!? 俺がこの手で確かに…」

 

そこにいたのは星の使徒の『ドクター』。

RXのリボルクラッシュにより、この世から消え去ったはずのマッドサイエンティストだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

刻は少し遡る。

創世王がRXにより打ち倒され、地球から創世王の影響がかき消えた。それを感じ取ったシャドームーンは傷付いた体を引きづりながら洞穴に身を潜めていた。

 

「…流石はRX、といったところか。あれほど桁外れな力をもっていた創世王を打ち倒すとは、やはり流石よ」

 

遠く離れていても感じる創世王の力は、ゴルゴムの怪人や大怪人の比ではない。それこそ、自分やRXよりも更に上の次元であった。だがその創世王ですらRXには敗北を喫した。

 

「RXを倒すのは…この俺をおいて他にない」

 

そう呟いたシャドームーンだったが、背後を振り返ってシャドーセイバーを構えた。目の前には何もいない。しかし直後、空間が歪み多数のゴルゴムの怪人が出現した。

 

ゴルゴム側からの追っ手?

しかし創世王が消えた今、それも意味を成さない。だが降りかかる火の粉は振り払わねばとシャドーセイバーを持つ手に力を込める。RXとの戦いで傷付き本来の力の二分も発揮できまいが、ゴルゴムの雑兵程度であれば問題ない。

 

ゴルゴムの怪人が動き出すと同時にシャドームーンは踏み込み、怪人の体を両断する。

 

「いくら傷付いていても、貴様ら程度に遅れをとる俺ではないわ」

 

ドサリと音を立てて崩れる怪人。だが傷口から大量の泡が吹き出し、失った部位を再生し始めた。

 

「なにっ!?」

 

上半身のみとなった怪人は下半身を再生させ、下半身のみであった体は更に上半身を再生させる。同一の怪人が二体に増えたのだ。再生した怪人は理性の失った瞳で敵を射抜く。

 

「…小癪な。ならば再生できぬまでに細切れにしてくれる!」

 

再びシャドーセイバーを掲げるシャドームーンに、多数の怪人が雪崩のように襲いくる。10分…20分…無限に再生を行う怪人を相手に、遂にシャドームーンは膝をついた。

 

「その体でよくここまで保ったものだ」

 

怪人達の背後から声が響く。怪人は主が歩み行く道を開け、平伏した。

 

「…人間…だと?」

 

「初めまして、シャドームーン。僕はクリード=ディスケンス。この堕落した世界を救済する為の支配者となる者だ」

 

クリードは力尽きんとするシャドームーンを見下してそう告げる。

 

「子供の戯言か。ゴルゴムの兵を手中にして自分の力を過大評価しているに過ぎん。その程度の戦力では、俺はおろかRXにすら敵わぬ」

 

「…それは認めよう。悔しいが、あの創世王とやらの実力は僕の想像以上だった。それを倒したRXもね。だがその力を与える宝玉を君たちは持っている。『キングストーン』と言ったかな? それさえあれば、僕もいずれは創世王のように巨大な力を持って全世界を支配する事ができる。あの映像を見て気付いたんだよ。あの創世王の力こそが、僕が求めていたものだとね」

 

クリードから放たれる見えない刃がシャドームーンを刻む。暗闇の洞穴に火花が散り、シャドームーンは壁を背に倒れ込んだ。

 

「僕の力でも、今の君であれば倒すことは不可能ではないようだ」

 

クリードの魔の手がシャドームーンのキングストーンに伸びる。だがそれをさせまいとシャドームーンは最後の力を振り絞る。キングストーンは光り輝き、そのエネルギーの放出を受けて洞穴は崩れ落ちた。クリードやゴルゴムの怪人をも生き埋めにして…。

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、岩盤を吹き飛ばして脱出する黒い影。

崩壊した洞穴から抜け出したクリードは身体中に小さな傷はあるも、直ぐに再生を始めていた。

 

「彼はどうだい?」

 

クリードは新たにGATEで現れたエキドナに声をかける。

 

「問題ないよ」

 

エキドナは足元で気を失っているシャドームーンに視線を落とし、口角を上げた。洞穴の崩壊の瞬間、エキドナの能力でシャドームーンを外へ転送させたのだ。死んではいまいが、RXとの戦いで半死半生のダメージを負っており、暫くは目覚めないだろう。

 

クリードはシャドームーンに歩み寄り、その体にイマジンブレードの刃を突き立てた。ビクッとシャドームーンの体が跳ねたが、再び力なく動かなくなった。そして、今シャドームーンのキングストーンがクリードの手中にあった。

 

「これさえあれば僕は神に等しい力を手にする事ができる…エーテスはいるかい?」

 

コピー猿エーテスはエキドナの背後から現れ、その姿をドクターに変えた。

 

「ドクターから頂いていた知識があれば、クリードさんにそのキングストーンとやらを移植するのは簡単さ。その力をもってあの悪魔を是非とも倒して頂きたい」

 

かつての戦いでエキドナとエーテスはトラウマを植え付けられていた。RXの非常識な猛追によって精神崩壊した2人であったが、シキの介護によって再び戦力へと復活したのである。

 

「幼児退行したエキドナはなかなか可愛かったぞ」

 

その場に現れたシキは過去を思い出し「クックック」と笑う。それを聞かされたエキドナは顔を紅潮させて「直ぐに忘れな!」と叫んだ。

 

「なんだ、もう『シキお兄ちゃん』とは呼ばないのか?」

 

「黙りな!」

 

「怖い夢を見たときはよく手を繋いでやったな」

 

「…それ以上言うといくらアタシでもキレるからね?」

 

もうとっくにキレてるんじゃ…と野生の勘が告げていたエーテスだったが、敢えて突っ込まなかった。藪蛇をつついてわざわざ矛先をこちらに向けさせる事もない。

 

話を本題に戻すべくエキドナはクリードに問い掛ける。

 

「それで、これからどうするんだい?」

 

「キングストーンを僕の肉体に埋め込む。それが馴染むまでは、僕らの組織の戦力増強に努めよう。彼らには…創世王を消してくれた礼だ。暫くの休息を与えてやろう」

 

そう言い残し、彼等はゴルゴムの怪人達を引き連れてGATEで姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星の使徒が姿を消して数分後、シャドームーンの指がピクリと動く。銀の装甲が剥がれ落ち、人間の姿となった彼は傷付いた体を引き摺って森の中へと消えていった…。




評価下がってモチベが低下するも、お気に入りは増えていくので頑張って投稿するよ!

クリードをどうやってRX並み、もしくはそれ以上の力を与えるにはどうすればいいか考えた結果こうなりました。この世界もインフレが起きて戦力外になりそうな人たちが出てきちゃうな…。

ブラックキャット界のヤムチャとなるのは誰だ!?


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力を求めて

キョート。

この都はジパングの現代にあっても過去の街並みをを残している。古い寺を見つめながら、トレインはホルスターに入れてある愛銃(ハーディス)に手を当てた。仲間内では陽気で知られるトレインだが、今の彼の表情は陽気とかけ離れたものだった。今の彼の胸中にあるのは不甲斐なさ。光太郎が、イヴが、セフィリアが創世王の元へと向かった時、自分は共に行く事が出来なかった。ゴルゴムの幹部である大怪人との戦いでも、ロボライダー から受け取ったボルティックシューターが無ければ有効打を与える事は出来ず、それよりも格上の創世王相手には完全に無力であったろう。

 

トレインの力では星の使徒の尖兵となっているゴルゴムの怪人、そしていずれ現れるクライシス帝国を相手にするには力不足なのだ。

 

「強さを求める…か。ガキの頃以来かな」

 

幼き頃、生きる為に強さを求めた。強くなければ、命を落とすからだ。トレインに世界を救う為などという崇高な言葉を掲げるつもりはない。しかし気の良いあいつ等を死なせない為には、今後襲いくる敵に対抗する力が必要だ。だがどうやればその力を手に入れられる? 単純な筋トレをしたところで怪人との実力が埋まるとは思えない。そして地球上で一番強固な金属、オリハルコンを素材とされた愛銃以上の銃は存在しない事がトレインの悩みに拍車をかけていた。

 

 

ゴルゴムの大怪人の体に致命傷を与えることができたのは、怪人の力を植え付けられ、それに加えて強力なサタンサーベルを操るセフィリア。元から史上最強の剣士の技量もあり、その2つが加わった事で大怪人以上の強さを見せた。

 

もう1人はイヴ。

まだ子供だがその強さはどんどんと増している。それはイヴの体内に存在するナノマシンに起因する。臨機応変のトランスを行えるナノマシンは科学の最先端技術だ。そしてそれを反映させる知識量も彼女の力だろう。

 

最後は特殊だが、シャルデンだ。

事情は戦いが終わった後に知ったが、今は亡き星の使徒ドクターが残した怪人因子の利用。それによってシャルデンはゴルゴムの怪人と同じレベルの肉体にまで引き上げられた。しかし…それは諸刃の剣。怪人の因子が脳にまで達すると、かつてのベルゼー達のように意識を奪われ、思考までも怪人のそれとなる。だがシャルデンは元から会得していた(タオ)の力でそれを防いでいたのだ。

 

 

…道…の力…か。

 

トレインは光明が見えた気がした。

 

 

◆◇◆◇

 

 

最後の眠り姫が目を覚ます。

イヴが目覚めると白い天井が視界に入った。未覚醒の頭が徐々に現状を把握していく。

 

生きている。

 

それはつまり、創世王との戦いに勝利した事を意味する。光太郎が勝ったんだ。そこでイヴはハッとして起き上がる。光太郎の勝利は信じていたが、あれだけの強さを誇った創世王との戦いだ。大怪我を負っているのではと懸念したが、自分の右手に触れていた暖かな温もりがそれをかき消した。

 

光太郎が自分の手を握りながら眠りに落ちていたのだ。長い眠りについていた体に倦怠感はあったが、イヴは思わず光太郎の胸に飛び込んでいた。

 

「んがっ!?」

 

突然の衝撃に目を覚ます光太郎だが、自分の懐に収まるイヴを認識して思わず笑みが零れる。

 

「イヴ! 目が覚めたんだな、良かった! どこか痛いところはないか? あ、そうだ。医者を呼んで来た方がいいか」

 

「…大丈夫」

 

慌てる光太郎に、イヴは心配させまいと笑顔を浮かべた。

 

「私、信じてた。光太郎なら絶対創世王を倒してくれるって」

 

「…創世王を倒せたのはイヴたちのおかげさ。俺ひとりだったらどうなってたか分からない」

 

セフィリアが片腕を切り落とした事で創世王がパワーダウンしたのは事実であり、そしてイヴのキングストーンへの呼び掛けがなければ光太郎の復活もなかった。幾ばくかの奇跡も手伝ったろうが、これらは彼女たちの尽力によるものだ。

 

光太郎はイヴの体に異常がない事を確認して、部屋の窓を開けて新鮮な空気を取り入れた。

 

「…涼しくなってきたね」

 

「寒いかい?」

 

「ううん、気持ちいい」

 

冬を感じさせる風がイヴの長い金髪をなびかせる。

ひとつの戦いが終わった。でもまだ全てが終わった訳ではない。まだ倒さなければならない相手がいる。星の使徒、そしてクライシス帝国…。特にクライシス帝国はゴルゴムの怪人よりも遥かに強い『怪魔戦士』がいる。以前光太郎から聞いたクライシス帝国の話では幹部に四大隊長がおり、『怪魔獣人』『怪魔妖族』『怪魔ロボット』『怪魔異生獣』を束ね、その上にジャーク将軍、そしてクライシス皇帝がいたという。自分はもっと強くならなければならない。私の隣にいる、この人を守る為に…。

 

 

 

 

 

イヴが目覚めた事は直ぐに皆にも伝えられた。

そして夕刻には小さいながらも祝いの席が設けられ、豪華な食事が並ぶ立食パーティが行われた。病み上がりのイヴを心配して光太郎は傍に付き添っているが、普段と変わらない様子のイヴを見ると余計な心配だったようだ。

 

「イヴ、辛くなったら直ぐに言うのですよ?」

 

「大丈夫です」

 

ドレス姿のセフィリアがイヴを気遣う。セフィリアのドレス姿を初めて見た光太郎は思わず見惚れてしまっていた。じっと見つめていた光太郎の視線に気付いたセフィリアは僅かに頰を染める。

 

「リンスさんにコーディネートして頂きましたが、どこか変でしょうか…? お恥ずかしながら、このような格好は初めてなので…」

 

「変だなんてとんでもない! とっても似合ってますよ」

 

光太郎の素直な感想に、セフィリアの頰が緩む。

 

「それにしても、数時間でよくここまで準備できましたね。セフィリアさんが計画したんですか?」

 

「ふふっ、私じゃありませんよ」

 

クロノスの建物で会場と食事の準備ができるのは組織の人間しかいない。恐らくセフィリアではとアタリをつけていたのだが、彼女は否定して「実はベルゼーが行ってくれました」と笑った。その言葉にイヴは驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべる。この会場に残念ながらベルゼーは参加しておらず、今度会った時には礼を述べなければな。

 

「でも本当、美味しいです。トレインならきっと卑しく食べ貯めようとしてそうです」

 

イヴがそう辛辣な事を言った為、光太郎は無意識にトレインの姿を探した。しかしイヴの予想に反して、食事をそこそこにシャルデンやキョーコ、ジパングマンことマロと会話をしていた。いつものおちゃらけたトレインの顔ではなく、とても真剣なものだった。

 

一通りの話が済んだのか、トレインは静かに会場を出て行った。彼が豪華な食事を堪能せずに退出する事に違和感はあったが、無理に追うことはしない。だが気掛かりではあり、光太郎はそれまで彼と話をしていた3人に声をかけた。

 

「やぁ、今トレインがいたけど、少し様子おかしくなかったか?」

 

彼らは互いの顔を見合わせ、「実は…」と答える。

 

「黒猫さん、道の力の事を聞いてきたのデスよ」

 

「道の力?」

 

「ええ。どうやって身につけたかという疑問を抱いたようデス」

 

その辺りは光太郎も詳しくは聞いていない。前の世界では生まれつき超常の能力を宿した少女もいたが、それと似たようなものだと考えていた。星の使徒とはそういった能力をもった人間が集められた集団ではあるが、思い返してみると初めてシャルデンやキョーコに出会った時に言っていた。ルーベックシティでギャンザとの戦いが終わった時「彼に力を与えたのは我々」と言っていたのを思い出す。道の力とは習得させる事が可能なのか。

 

「私とシャルデンさんはシキさんが作った神氣湯を飲んで能力を手に入れました」

 

「神氣湯?」

 

キョーコの話に出た聞き慣れない物に思わず光太郎はおうむ返しに聞き返した。それをマロが補足する。

 

「神氣湯とは道の力を強制的に発現させる事のできる薬湯ッス。シキの奴は趣味でそういった薬湯を作ってたんで…」

 

「…そうか、それで星の使徒を増やしていたのか。手強い能力者を簡単に増やす手法があるのは厄介だな」

 

「いえ、それ程便利ではありまセンよ」

 

「どういう事だ?」

 

「神氣湯を飲むと、能力を身につける事ができマス。しかし、必ずしも全員が習得できる訳でもないのデス。能力を得る為の潜在能力を有していない場合肉体は滅びる…つまり死んでしまうのデスよ」

 

「…今まで生き残った割合は?」

 

「多く見積もって2割程でしょうか。殆どの者は命を落としてしまいました」

 

恐ろしい薬だ。

だが光太郎の前に立つ3人もそれを服用したという事になる。ひとつ間違えば、誰かが欠けていたかもしれないのだ。

 

「そんな危険な物を…君たちは飲んだのか」

 

悲しい表情の光太郎を見て、3人は困った顔を見合わせる。

 

「…そう…デスね。私はクロノスを倒す為ならば命を捨てても構わないと考えていました。だからこそ、そんな恐ろしい薬湯を受け入れてしまったのでしょう」

 

「キョーコは…毎日が退屈でした。だから死んでもどーでも良いって思ってたし、もしも生き残って面白い力が手に入るなら飲んでもいいかなって…」

 

シャルデンとキョーコは神氣湯を飲んで覚醒した一般人だ。しかしマロは違う。道を操るという民族の出であり、2人よりも深い知識があるはずだ。

 

「俺も道の力についてシキ程詳しい訳じゃないんだが…遥か昔から道士が身につけていた力とされている。2世紀から3世紀の頃にジパングには邪馬台国という国があった。初めはそれを攻め滅ぼす為の力だったはずだ。使い手は多くはなかったみたいだがな。書物に書かれている道のルーツはそこが最古のはずだ」

 

「当時も神氣湯という薬があったのか?」

 

「そこまでは分からないっすけど、当時の道士は薬を服用せずに独力で力を発現させていた節がある。そもそも道の力の源が何なのか、頭の悪い俺じゃ理解しようとも思ってなかったんで…」

 

マロはそう言って頭を下げる。

 

「私の推測ですが、黒猫さん…前回の戦いで力不足を感じてしまったのではないでしょうか?」

 

「トレインが?」

 

「ええ。私もそう感じてしまいましたから、気持ちは分かるつもりデス。ゴルゴムの怪人相手に、現状の道の力では五分にも持ち込めない。能力次第デスが、私の『BLOOD』の殺傷力では怪人の肉体に通用しまセン。だからこそティアーユ博士に頼んで怪人因子の薬を作って頂いたのデス。そんな私ですから黒猫さんの無力感も理解できますが、死の危険がある以上、神氣湯を彼に渡す訳にはいかないのデスよ」

 

「神氣湯を今持っている、という事か?」

 

「クリードから有能な能力者をスカウトする為にと、幾つかは頂いていました。しかしもう必要ないと考え、かつてのアジトであった古城に置いたままデス。未だクロノスによって立ち入り禁止区域となっているはずデスので、クロノスの手に渡ったか、シキさんが回収しているかもしれまセン」

 

シャルデンはそう言うが、その話の最中にマロが懐から小瓶を取り出した。

 

「…俺はまだ手元にある。けどよ、俺にももう必要がないから、光太郎さんが持っててくれよ」

 

シャルデンとキョーコがもう所持していない以上、これがこちら側の最後の神氣湯となる。しかしこれを誰かに飲ませるつもりは光太郎にもない。光太郎は既に立ち去ったトレインの姿を思い、無茶をやらかさなければいいが…と憂いた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

光太郎の心配を他所に、トレインは屋上で月を見上げていた。

シャルデン達から道の力の事は教えてもらえたが、そのキッカケを与えてくれる薬の受け渡しは拒否されてしまった。力の習得か、死か。クリードを捕らえるまで死ぬつもりはないが、今の自分のままじゃダメなのだ。ゴルゴムの怪人を率いるクリードにも敵わず、それよりも上の強さをもつというクライシス帝国には無力に等しいだろう。戦いとは力が全てではないが、1匹の蟻がどれだけ工夫しても大きな恐竜には敵わない。最低限の力は必要なのだ。

 

しかし今の自分にできるのは体内に巡るナノマシンによる微量な放電のみ。しかもそれは静電気程の弱さの為、オリハルコンの銃身に帯電させた電磁銃の利用法しかない。しかも放電にも限度があり、1日に数回しか使えない。

 

愛銃の銃口を月に向け、トレインは意識を高める。全身から微弱な電気が走り、それらがオリハルコンの愛銃に帯電されてゆく。バチッ、バチッと音が弾け、静かな夜の空気を一変させる。

 

…まだだ。

この程度じゃ大怪人の肉体には通用しない。

 

 

『無駄だよ。魔女の毒によって堕落してしまった君では、それ以上強くはなれない』

 

 

トレインの視界の端に立つ幻がそう囁く。

 

 

『思い出すんだ、かつての君を! 全てを否定し、全てを憎んでいたあの頃を! あの憎しみがあれば、君はもっと強くなれる!』

 

 

「…ッ、うるせーよ!」

 

確かにあの頃より弱くなっているかもしれない。しかし当時の自分に戻るつもりもない。俺はサヤが導いてくれたこの道を選んだ。この道で、掃除屋としてお前も捕らえ、そしてクライシス帝国にも不吉を届けてみせる。それが俺の生き方だ!

 

トレインがそう決意した瞬間、幻影は消え去り、体から走る電気がハーディスを包んだ。形状が変わった愛銃は銃口を輝かせ、直後、光弾が放たれた。電磁銃よりも速い光弾が空気を裂き、光の粒子を散らしていくのをトレインは薄れる意識の中で見ていた…。



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心具と楽園

食事を終えて部屋で一休みしていた光太郎は大きな力を感じて身構えた。イヴも感じたらしく、2人は頭上を警戒している。

 

「光太郎、今のって…」

 

「分からない。急に力が膨れあがったのは確かだと思うが、妙な事にそれが一瞬にして遠ざかっていった…」

 

光太郎とイヴは警戒しながらも屋上へ向かう。屋上の扉を開けると、そこにはセフィリアが立っていた。その足元にはトレインが横になっている。

 

「セフィリアさん! 先に来ていたんですね。何があったんですか?」

 

セフィリアの元に駆け寄り、状況を訊ねる。

 

「私も先程駆けつけたばかりなのですが、既にハートネットが倒れていました。気を失っているだけのようですが…それよりハートネットの手元を見てください」

 

「手元?」

 

言われたようにトレインの左手に握られている銃に視線を落とした。その手の中にあったのはトレインのいつもの愛銃ではない。銃ではあるだろうが、形状が全く異なるのだ。銃身は大きく左手首にまで伸び、まるで手甲のような物までついている。これは一体何なのか、光太郎は不思議に思って触れようとすると、謎の銃は光の粒子となってトレインの胸に吸い込まれていった。トレインの左手に残ったのは見慣れたハーディスのみだった。

 

「今のは一体…」

 

疑問は尽きないが、今こうしていても仕方がない。光太郎は気を失ったトレインを背負い、階下へと戻った。

 

 

 

 

 

 

トレインをベッドに寝かせ、光太郎は状況を他の皆に説明した。

 

「銃の形が変わる…ねぇ。こいつもついにビックリ人間の仲間入りを果たしたのか?」

 

呆れた表情のスヴェンは呑気に眠るトレインを見て溜息をついた。

 

「セフィリアさん、オリハルコンにはそんな特性があるんですか?」

 

「いいえ。オリハルコンはこの地上で一番強固な金属であるだけで、そのような変異はしません。それに光がハートネットの体に吸い込まれていったのも気になります。あれはどちらかというと、道の力に近しいものを感じます」

 

光太郎の問いにセフィリアはそう答えた。トレインの口から説明されない限り、答えは出ないだろう。もしかするとトレイン自身理解していない可能性もある。そんな彼等を制し、ティアーユが小さく手を挙げた。

 

「…宜しいですか?」

 

皆の目がティアーユに注がれる。彼女は一歩前に出て一拍置いて話し始めた。

 

「トレインさんの銃の現象に繋がるかは分かりませんが…道の力について、少しですが判明した事があります」

 

その言葉に道の力を身につけている面々も顔を上げる。

 

「…ジパングマンさん、道士というのは3世紀前後から存在するのは確かですか?」

 

「あ、ああ…俺はそう伝え聞いている」

 

「実はベルゼーさん達がゴルゴムのアジト跡を探って様々な資料を集めてくれたのです。その中には時代の移り変わりを記した書もありました」

 

ゴルゴムの怪人は数万年を生きる。3世紀辺りはまだ身を潜めていたみたいだが、世界で起こっていた事柄は把握していたらしい。当時、ジパングは複数の国に分かれていた。それを1つにまとめようとしていたのが邪馬台国である。だが邪馬台国も含む複数の国崩しを行うために暗躍する巨大組織も存在した。その名は『陰陽連』。方術師…現代でいう道士は「氣」を操り、物を動かしたり幻を見せたり重量をコントロールするという現象を起こす事が可能であった。

 

だがその中に優れた方術師が現れ出した。彼等は「氣」で武器の物質化を可能とし、それは『心具』と呼ばれ高位の方術師の証とされた。

 

「そもそも、このような超常の力は当時よりも遥か過去に、ゴルゴムの使者が人間に与えたものだとされています。その書の内容が真実であれば、トレインさんのその時の銃は『心具』ではないでしょうか?」

 

ティアーユからそう説明されるが、過半数の人間はそれを受け入れられていない。ティアーユの話は真実であり、ゴルゴムアジトから見つかった書も、恐らくは正しいのかもしれない。しかし部屋の隅で呑気に眠るトレインの寝顔を見て、高位な方術師にはとても見えない。

 

特に現代の道士であるマロは方術について何も学んだ事のない素人がいきなり自分よりも格上と説明されたのだ。納得など出来まい。

 

「ぜってー認めねえ! 方術のほの字も知らない奴がいきなり武器の具現化? そんな天才がいてたまるかよ」

 

マロの嘆きにイヴが「トレインって天才?」という疑問をスヴェンに投げかける。バカと天才は紙一重というが、スヴェンは「バカだ」と即答した。

 

「バカだからこそ、小難しい論理もすっ飛ばす。あいつはきっと頭で考えちゃいない。野生の動物と同じ、直感で乗り越えちまうんだろうな」

 

「ふむ…トレインって深く考えるの苦手そうだもんね」

 

「そうなんだよ…そのせいで俺がどんだけ苦労を被った事か…」

 

マロとスヴェン、2人の悩みは兎も角として実際に当時の『心具』を見た事もない自分たちにこの疑問は晴らせそうもない。まだ納得いかない様子のマロの腹にリンスが肘でつく。

 

「大きい声出すんじゃないの! ティアーユさんがビックリしちゃってるじゃない!」

 

「で、でもよ…!」

 

「デカイ図体して器の小さい男ね。納得いかないならアンタもその…よく分かんないけど具現化すれば良いじゃない」

 

「う…俺にはまだ無理っす…」

 

「それならもっと努力なさい。それからティアーユさんに怒鳴った事も謝りなさい」

 

「いや、別に俺は博士に怒鳴ったつもりは…」

 

「言い訳無用!」

 

「は、はい…怒鳴って申し訳ありませんでした…」

 

あちらは…まぁ丸く収まったようだ。リンスに怒られて小さくなったマロがティアーユに「私なら大丈夫ですから」と慰められていた。その光景を見ていた光太郎はリンスなら力の上下関係なしにクライシス帝国の面々も手玉に取るのでは…と苦笑してしまった。いつの時代も、女性は恐いものだ。

 

この件は問題なしと解散し、光太郎は自室に戻った。

少しして部屋の扉が叩かれる。

 

 

「入りやすぜ」

 

来客は時の番人(クロノ・ナンバーズ)のⅦ、ジェノス=ハザードであった。光太郎とは接点が少なく、星の使徒アジトの古城とゴルゴムアジトで出会っただけに過ぎない。特に会話らしい会話もしていないが、何用だろうか。

 

「あー、俺はジェノス=ハザードってんだ。こうして話すのは初めてだよな?」

 

「確かケルベロスのメンバーだったかい? 星の使徒に怪人にされてしまったが…その後、体は平気か?」

 

「あちゃー、そういう覚え方されちまってるか」

 

ジェノスは苦笑する。

 

「遅くなったが、その事であんたに礼を言っときたくてね。人の姿を取り戻せたのは南光太郎、あんたのおかげだ。同じケルベロスのナイザーとベルーガは任務で出払ってるが、ケルベロスを代表して礼を言う。感謝する」

 

「気にしなくてもいいさ。それより体は大事にしてやってくれよ」

 

「器もデカイねー。それよりジパング支部のこの施設には温泉つーものがあるんだ。ここの人間に聞いたがまだアンタ達利用してないみたいだから、知らないんだと思ってな。どうだい、一緒に行かねーか? 背中くらいは流すぜ?」

 

「温泉か、それは嬉しいな」

 

日本人の光太郎にとって温泉はとても興味を惹かれる。ジパング外の宿泊施設にはシャワーばかりの所が多く、湯船に浸かりたいと常々思ってたところだ。光太郎は乗り気で準備をし始めた。

 

準備を終えた光太郎はジェノスに先導されて施設内を進む。

途中シャルデンに出会い、極楽の道連れに彼も温泉に誘った。

 

ジェノスに連れてこられた温泉は夜空を眺める事のできる露天風呂だ。体を洗い終えた光太郎達は湯に浸かり、全身を脱力させる。

 

「あー、こいつはいいぜ。俺は普段シャワーだけなんだが、この風呂っていうのも良いもんだな。そうだ、光太郎さんよ。温泉には熱燗が美味いらしいぜ。持って来させようか?」

 

「いや、この夜空だけでお腹一杯さ」

 

テンションの高いジェノスを見て、光太郎は苦笑する。

 

隣で夜空を見上げるシャルデンは少しして「南光太郎」と声を掛けてきた。

 

「貴方は…キョーコさんの事をどう思っていマスか?」

 

「キョーコちゃん?」

 

「なんだい、恋バナか? 俺っちも混ぜてくれよ。アンタ達のメンバーの女性陣では俺は断然リンスちゃんだな。物静かなティアーユちゃんも良いが、1番はリンスちゃんだ!」

 

先程マロのような大男をショボくれさせたリンスの姿を思い浮かべる。彼女には光太郎も強く出る事が出来ない。恐怖感にも似た感情を抱いてしまっている。強気の女性、というのは転生前の母親を連想させてしまうからか、はたまた光太郎自身が苦手なのか分からなかったが、女性陣の中でリンスを選択する勇気は光太郎にはなかった。

 

「ジェノス、すごいな。俺はリンスさんは恐くて苦手かもしれない」

 

「何言ってんだよ、そこが良いんじゃないか。強気な女性が俺に惚れて従順になる瞬間…燃えるぜ!」

 

「あはは…」

 

ジェノスは特殊なタイプのようだ。

取り敢えず、シャルデンに問われたキョーコちゃんに対する感情を模索する。猪突猛進な面もあるが、素直な良い子だ。星の使徒に入ってしまうまでの過程は分からないが、更生の余地は充分にある。

 

「素直な良い子だと思うよ。ちょっと勢いが強すぎるところもあるけどさ」

 

「恋愛感情としてはどうでしょうか?」

 

「恋愛…んー、そもそも最近はそういうのを考えてなかったな。ゴルゴムやクライシス帝国の事で頭が一杯だった」

 

「…フッ、貴方らしいデスね」

 

シャルデンに笑われてしまった光太郎は頭を掻く。

恋愛…か。全てが終わった後、俺にもそんな人ができるのだろうか。こんな俺を選んでくれる人がいるのだろうか。イヴとセフィリアさんは自分を相棒と考えてくれている。いわば戦友だ。キョーコちゃんはまだ子どもだし、ティアーユさんは自分をバイオの研究対象と見ているような気がする。リンスさんは恐い。

 

「そういえばキョーコちゃん、シャルデンが一度命を落としてしまった時、凄く怒ってたよ。シャドームーン相手に全く怯まず向かっていった。シャルデンはキョーコちゃんにとても大切に思われてるみたいだな」

 

「キョーコさんがそんな事を? …全く無茶ばかりしマスね」

 

「キョーコちゃんの為にも、そして俺たちの為にも、もう絶対に死なないでくれよ」

 

「…約束はできまセン…が、努力はしましょう」

 

新たな決意を胸に、2人は夜空仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話をしていると、脱衣室の方が賑やかになってきた。

この施設にはクロノス関係者しかいない。スタッフの誰かが入ってきたのだろうか。邪魔にならないようにと、光太郎達は隅に移動している最中、恐ろしい声が耳に届いた。

 

「へー、これが温泉なのね。いい所じゃない。もっと早く知っとくべきだったわ」

 

リンスの声である。

幸い光太郎達は直前に死角に隠れることができたが、脱衣室から1番距離のある場所となってしまっている。リンスに続いてイヴ、セフィリア、キョーコ、ティアーユが次々とやって来た。

 

「ジェ…ジェノスさん、ここって男湯じゃないんですか?」

 

小声で震えながら話す光太郎にジェノスは暫し口を紡ぐ。そして少しして「男女で風呂が分かれていたのは盲点だったぜ」と独白した。要は風呂の場所しか調べていなかったらしい。

 

「南光太郎、それよりも事情を説明して本来の男湯へ行くべきではないでしょうか?」

 

「そ、それもそうだな」

 

シャルデンに言われ、光太郎が声をかけようとした瞬間、ジェノスに口を押さえられた。

 

「ちょっ…何しようとしてんだ。光太郎さん、よく考えて下さい。ここでアンタが声をかけたらどうなると思います?」

 

「こ、この状況から解放される…」

 

「違う、彼女達に恥をかかせることになるんすよ。でもこのまま見つからず隠れ通す事ができたら、女性陣たちは何も知らず温泉を堪能、俺たちは眼福。win-winなんすよ」

 

覗き魔の理論…いや、暴論だ。

 

「俺たちはこの光景を目に焼き付け、同志に伝える義務がある。さぁ、光太郎さんもアンタも天国を目に焼き付けるんだ」

 

光太郎とシャルデンは拒否する中、ジェノスは優れた視力で裸体を拝む。

 

リンスちゃんの温泉で火照った柔肌がほんのりと朱を帯びて眩しく光る。「ふぅ」と髪を搔き上げる様は女性的で艶々しい。スラリとした体は思わず抱きしめたくなる。

 

ティアーユちゃんの豊満な胸にも注目だ。見ろよ、湯船に浮かんでやがるぜ。キョーコちゃんやイヴちゃんは今後に期待だな。セフィリアの姐さんの体も拝んでおくか…。

 

岩の陰から気配を殺して露天風呂全体を見渡すが、セフィリアの姿はない。間違いなく脱衣室から出てきたのを確認している。何処かにいるはずなのだが…サウナ室にでも入っているのだろうか。

 

周囲を探るジェノスは背後にいた者に肩を叩かれる。

 

「何すか、今セフィリアの姐さんを探してんだから邪魔しないて下さいよ」

 

「…貴方が探している人物はここにいますよ?」

 

「へ?」

 

ジェノスが振り向くと、そこにはサタンサーベルを手にしてにこやかに笑うセフィリアの姿があった。

 

「あ、あ、姐さん、これには深い訳があるんス! ほら光太郎さん達も何か言ってやって下さいよ」

 

ジェノスは表情を引攣らせて隣にいたはずの同志に声をかける。しかしその場には誰もいなかった。

 

「え、いつの間に!?」

 

「最初からジェノス、貴方しかいませんでしたよ」

 

「なにそれこわい」

 

セフィリアの異常な気配に気付き、他の女性陣達もやって来てしまう。

 

「ちょ…何よコイツ、覗き!?」

 

「皆さん、申し訳ありません。この者はクロノスの人間です。軽薄な行動をとった最低な人間の上司として謝罪致します」

 

リンスの怒鳴りにセフィリアが頭を下げる。

 

「最低っすね、女の敵っすよ」

 

ゴミを見るような目のキョーコ。

 

「光太郎を言い訳に使った。ナノマシンを送り込んで一週間麻痺の刑」

 

ナノマシンを活性化させるイヴ。

 

「あらあら、どうしましょう…」

 

マイペースなティアーユ。

 

裸の女性陣に囲まれ、ジェノスは最後に辞世の句を詠んだ。

 

『男の楽園は女湯にこそ存在した』

 

良い表情を浮かべてサムズアップするジェノスの頭部にサタンサーベルが振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎とシャルデンは岩陰の先にあったボイラー室から脱出を成功させていた。シャルデンの能力で翼を生やして飛翔し、非常階段辺りに避難。そしてバイオライダーとなった光太郎はそのスピードをもって脱衣室に置かれてた自分とシャルデンの服を回収して難を逃れた。この共同作業を行った事で光太郎とシャルデンの絆が深まったのは間違いない。

 

 

 

 

翌日、サタンサーベルの峰打ちを受け、全身麻痺の状態で涙を流すジェノスの姿があった。



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年齢詐称ナノマシン

ジェノスの覗き魔事件の翌日、光太郎はトレインに心具の事を訊ねるが案の定、本人も理解していなかった。その後も心具の精製を試みるが、その日は一度も成功しなかった。まだコントロールできないようだ。

 

「光太郎、私(けが)れちゃった」

 

深刻な表情のイヴに声をかけると、イヴの口からとんでもない言葉が飛び出した。

 

「光太郎以外の男の人に裸を見られた…」

 

先日の件だろう。

直ぐにあの場を立ち去った光太郎だが、若干の罪悪感はある。光太郎はイヴを慰める為に頭を撫でてやった。

 

「イヴ、辛かったな。ついでに言っておくが、俺なら見せていいって言い方は間違ってるからな?」

 

2人がそんな会話をしていると、部屋のドアがノックされた。イヴがドアを開けるとそこにはスヴェンが立っていた。

 

「スヴェン、どうかしたのか?」

 

「いや、実はお前に相談があってな」

 

「取り敢えず、中に入りなよ」

 

光太郎はスヴェンを招き入れてソファーに座らせる。

 

「実は…ジパングって国は犯罪件数が他国に比べて少なくてな…それは良いことなんだが、掃除屋としては生活し辛い。そこで、イヴも目が覚めた事だし他の国に移らないか?」

 

スヴェンやトレインの懐事情を思えば、収入が無いのは大きな問題だ。光太郎としてもあまりこの施設に長居するつもりはなかった。そろそろ潮時だろう。

 

「そうだな、そろそろ他へ移るとするか」

 

「…ふぅ、助かるぜ」

 

スヴェンは苦笑して頭を下げた。

本来ならばトレインとスヴェンは自由気ままに掃除屋暮らしをしていただろう。だがゴルゴムの魔の手が光太郎の関係者、つまりはトレインたちに伸びるのを防ぐ為に行動を共にしていた。ゴルゴムが滅んだ今、脅威は薄れたがクリードの問題もある。クリードはトレインを仲間に引き入れようと狙っており、クリードの配下にはゴルゴムの怪人も含まれている。安全の為にはまだ傍にいた方がいいだろう。

 

スヴェンと相談し、翌日にはジパングを発つ事になった。

 

 

 

その頃、ティアーユは研究室の一室を借りてナノマシンの更なる機能向上を目指していた。ナノマシンの強化はそのままイヴの生存に繋がる。創世王は倒されたが、今後も強敵が現れる。自分に出来ることはこのくらいしかないのだ。

 

しかしその研究は遅々として進まなかった。イヴに頼んで摂取したナノマシンは何故か独自の進化を遂げており、現在のナノマシン科学を遥かに超えるマシンとなっていたのだ。確証はないが光太郎に起因すると思われる。話を聞いただけであるが、バイオライダーとなった光太郎がイヴを液状となって包んだ事があるらしい。その時、バイオライダーに触れたナノマシンが何らかの変化を与えられたのではないだろうか。

 

「彼に関わると、些細な事でも進化するのでしょうか」

 

昨夜のトレイン=ハートネットの心具騒ぎもそれに当てはまる。

トレインは大怪人との戦いでロボライダーのボルティクシューターを借り受けたという。その時の経験が彼の中の何かを引き出した可能性も否めない。

 

結論として、ティアーユはイヴの体内に存在するナノマシン以上の物は作れずにいた。

 

「この短時間で完成した物は…24時間程幼くなるナノマシンと、24時間程大人になるナノマシン」

 

いつかのトレインが幼くなった時に得たデータを元に、身体の巻き戻りや成長するナノマシンは容易く作る事が出来た。しかしこれが何の役に立つというのか…。

 

「実験用のマウスでは成功しましたが…人間の体でも同じ変化が現れるでしょうか? 他人に試すわけにはいかないので、自分の体で試してみましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光太郎は翌日にジパングを発つ旨をティアーユに伝える為、研究室のドアを開けた。

 

「ティアーユさん、こちらにいますか?」

 

部屋の電気はついている。

どうやらこちらにいるのは間違いないようだが、返事がなかった。

 

「ん?」

 

光太郎は足元に落ちている物に気付いた。

それを拾い上げるとティアーユの私服一式であった。何故か下着まで含まれている。

 

「わ、わああああ!?」

 

顔を赤らめた光太郎はそれらを手放した。

 

「あら…?」

 

部屋の奥からシャツを1枚だけ着込んだ子供が顔を覗かせた。最初はイヴかと思ったが、雰囲気が違う。眼鏡をかけたイヴと瓜二つの女の子はトテトテと光太郎の前までやってきて脱ぎ散らかされたティアーユの服を拾い上げた。

 

「申し訳ありません。この姿になってサイズが合わなくてなってしまい、慌てて着替えを探していたもので…お見苦しい物をお見せしてしまいましたね」

 

女の子はペコリと頭を下げるが、その勢いでバランスを崩して光太郎に向かって倒れこんできた。このままでは顔面を床にぶつけてしまう為、光太郎は女の子の体を抱き止めた。

 

「大丈夫かい?」

 

ドジな子なんだなと心中で苦笑するが、その瞬間に何かの既視感を覚えた。この感覚は以前にもどこかで…。

 

「あ、ありがとございます。体が小さくなってしまってバランスも変わってしまったみたいですね。胸が小さくなってとても軽く感じます」

 

「え、もしかしてティアーユさんなんですか?」

 

「はい、新しく作ったナノマシンの実験をしていました」

 

幼くなったティアーユは光太郎の姿を見上げる。

 

…これが、あの子の視界。

自分を全て受け入れてくれるような暖かさを感じる。あなたが光太郎さんの傍にいたいと思う気持ちが分かるような気がします。私とイヴは同じDNAをもっている。根源的なモノは全て同一。もしも私もイヴと同じ境遇であったら、同じようにこの人に惹かれていたのでしょうね…。

 

光太郎は苦笑しながらティアーユの体を解放する。

 

「小さくなると、本当にイヴと瓜二つですね。一瞬イヴかと思いましたよ」

 

「そんな事を言ってはイヴが悲しみますよ? あなただけはちゃんとあの子を見てあげてください」

 

「は、はい。あの、ところで元の姿には戻れるんですか?」

 

「大丈夫です。トレインさんのようにナノマシンをコントロールする必要はありませんから。時間経過で元に戻りますよ」

 

研究道具を片しながらティアーユはそう答える。小さな体では重い道具の片付けは大変そうであった為、光太郎も手伝う事にした。

 

 

 

 

 

 

ティアーユの体については混乱を防ぐ為に直ぐに皆に伝えた。

最初は皆驚いていたが、直ぐに慣れた。皆曰く「光太郎と一緒にいたら驚くのに慣れた。直ぐに切り替えないと身体がもたない」らしい。そこまで常識はずれな事をしているつもりはないのだが…。

 

「ティアーユ、子供の姿になるナノマシンをくれ!」

 

「あー…ティアーユ、このバカの言う事は無視していいぞ。前回子供の姿の時に映画やら電車に子供料金で体験できなかったから未練がましく言ってるだけだ」

 

新しく作ったナノマシンの説明をすると、トレインが同じものを欲しがってきた。しかしその理由はスヴェンが説明した通りの動機だろう。光太郎も「あげる必要はないと思うな」と苦笑した。

 

「それにしても、こうやって並ぶと双子みたいね」

 

イヴと小さくなったティアーユが並び立つ光景を見て、リンスは覗き込むようにして2人の顔を見比べた。クローンであれば姿も似るのは当たり前なのだが、そもそもクローンの人間を見る機会などない。リンスのその言葉を聞いたティアーユは「それじゃ私がお姉さんですね」と笑った。

 

「ティアーユってすげえな、こんな面白いもん作れるなんてよ。せっかくだし皆子供になって遊ぼうぜ! スヴェン、アンタは保父役な!」

 

「誰がそんな役やるか!」

 

「まぁ、聞けよ。姫っちは同年代の子と遊ぶ機会なんてないだろ? 少しくらいそんな思い出与えてやるのも、紳士の務めだとは思わないか?」

 

「む…」

 

部屋の隅ではスヴェンがトレインに言いくるめられそうになっているが、騙されるな。トレインの言い分も理解できるが「面白そう」というのが本心だろう。

 

「ジパング発つのは明日だし良いじゃねえか」

 

トレインの言葉に光太郎はチラリとイヴの様子を窺った。今までイヴの周りで子供の友人ができた事はない。掃除屋である光太郎と行動を共にしている為、子供と関わることが極端に少ないのだ。心の底では寂しさを抱いていたのかもしれない。小さくなったティアーユと並び立つイヴは少しだけ嬉しそうに見えたのだ。

 

「…ティアーユさん、そのナノマシンってまだありますか?」

 

今日一日だけでもイヴに子供らしい思い出を作ることができるなら、それは大切にしたい。光太郎は溜息をついてナノマシンのストックをティアーユに訊ねた。

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

数時間後、光太郎達はキョートの水族館にやって来ていた。

光太郎とスヴェンはナノマシンを使用せず、保護者としてこのツアーに参加している。光太郎も小さくなるナノマシンを試したのだが、体内にあるキングストーンがそのナノマシンを打ち消してしまうのか、効果が現れなかった。しかしイヴが「光太郎はそのままが良い」と言ってくれたので、子供姿になるのは他の者に任せる事にした。

 

「ほら、シャルデン君もキョーコと一緒に行きましょー!」

 

「…キョーコさん、そんなに走らなくても魚は逃げセンよ」

 

幼くなったシャルデンが、同じように幼くなったキョーコに手を引かれて奥の水槽に駆けていく。シャルデンの危機察知能力は優れており、ナノマシンを使用する事になった瞬間にあの部屋から離脱を図ろうとした。しかしその行動を先読みしていたキョーコに取り押さえられ、懇願されてあの姿となった。キョーコの頼みとなるとシャルデンは何故か甘くなるようで、渋々ながらも了承していた。

 

「イヴはどこに行ったかな…」

 

「あっちだ」

 

光太郎がイヴの姿を探していると、スヴェンが親指で方向を差す。

そちらではペンギンが水中を泳ぐ姿を見る事ができる大きな水槽があった。イヴとティアーユ、セフィリア、リンスの子供集団がペンギンの優雅な泳ぎに熱中していた。光太郎もそちらへ向かい、疲れた表情のスヴェンも後を追う。

 

「子供の視界って何でも大きく見えて新鮮ね。光太郎は小さくなれなくて残念だったわね。キングストーンだっけ? それがあるのも良い事ばかりじゃないのね」

 

子供リンスはそう言って笑う。

 

「なぁ姫っち…手を繋がなくても迷子なんてならねぇよ」

 

「ダメ、今のトレインは私よりも小さいから言う事を聞くの」

 

子供とはいえ、女性陣に囲まれているトレインはとても居心地が悪そうだ。何とかして脱出をねらうトレインは別方向に指を差した。

 

「姫っち、あれを見ろ!」

 

「?」

 

「スゲー長い魚のウ◯コだ!」

 

皆の視線がそちらに向いた瞬間、トレインはイヴの手を振り解いて瞬足で離脱を図る。脱出成功…と気を抜いた直後、足元が何かに捕らわれた。態勢を崩したトレインは前のめりに床に叩きつけられた。

 

「いでっ!?」

 

トレインの足首にはイヴの足から伸びたロープが絡み付いていた。

 

「ロープ? こんな物いつのまに!?」

 

「トレインの考えてる事なんてお見通し。本当、幼稚。やっぱりお子様なんだよね」

 

「言い過ぎじゃね?」

 

「イヴ、ここは私に任せてください。さぁ、ハートネット。ここからは私と手を繋いで行きましょう。どんな小細工しても無駄ですよ?」

 

子供姿で可愛らしいはずのセフィリアから闘気が溢れ出す。その闘気を敏感に察知した魚達が思わず逃げ惑っているのに気付いた光太郎は、慌ててセフィリアに声をかける。

 

「セフィリアさん、魚が怯えてます」

 

「あ…失礼しました。ハートネット、他の生き物に迷惑をかけないようにしましょうね」

 

「う…わ、分かった」

 

表情を引攣らせたトレインはセフィリアの優しい言葉(脅し)を受けて素直に従う事にした。そんなトレインの姿を見て、スヴェンは良い気味だと小さく笑っていた。

 

 

 

 

ペンギンに餌をやったり、海獣ショーを見たり、イルカに触れたりと全ての事がイヴにとって初めての体験だ。いつものイヴは難しい専門書を読み、光太郎の力となるべく遊びに時間を割くなどしていなかった。普通の子供が経験しているはずの何気ない日常、いつかはそんな毎日をイヴに送らせてやりたいと光太郎は思った。

 

 

 

その為にもクリードの野望を打ち砕き、クライシス帝国を退ける必要がある。前の世界でゴルゴムの創世王を倒した後、クライシス帝国はどの時期に現れただろうか。正確には覚えていないが、恐らく半年前後だろう。ゴルゴムの創世王や神官たちは以前の記憶を残していた。ならばクライシス帝国の面々もそうである可能性が高い。こちらの力をよく理解しているはずだ。対策も講じているだろうし、前以上の苦戦を強いられるのは想像だに難しくない。

 

 

帰り道、イヴが「先に戻っていて下さい」と伝えて光太郎以外の者を帰らせた。夕暮れ道に光太郎とイヴだけが残る。

 

「光太郎、さっきから呼んでたんだけど上の空だったね」

 

「そ、そうだったのか。悪かった、考え事をしていたんだ」

 

2人で遠回りをしながらゆっくりと歩く。

足元に伸びる自分たちの影を見ながら、イヴは光太郎の手を握った。

 

「イヴ?」

 

「今日は…楽しかった」

 

「そうか、それは良かった」

 

「でも光太郎は楽しんでなかったね。別の事を考えてたんだ。クリードや…クライシス帝国の事?」

 

「…そうだな。特にクライシスの怪魔戦士の強さは肌身に染みている。ゴルゴム以上の強敵なのは間違いないんだ」

 

光太郎は思わずそう言ってしまったが、無駄に不安がらせる必要はないと気付き、慌てて笑顔を取り繕う。

 

「でも大丈夫さ。俺が…」

 

「俺が?」

 

俺が何とかしてみせる。

そう答えようとした光太郎だが、言いかけてやめた。自分は1人ではない。心強い仲間がいるのだ。目の前の少女も、圧倒的な力を誇った創世王に立ち向かった戦士だ。

 

「いや、俺には頼りになる仲間がたくさんいる。クリードや、クライシス帝国がどんな策を講じてきても、必ず乗り越えられるさ」

 

「うん!」

 

光太郎のその言葉に、イヴは嬉しそうに頷いた。

 



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掃除屋再開

工場内で銃撃が行われていた。

ここは表向きは世界でも有数の薬剤会社となっていたが、その正体は麻薬組織『エスト』の麻薬製造工場であった。

 

物陰に隠れて銃弾の雨を防ぐひとりの掃除屋。

ケビン=マクドガルは四方から飛び交う銃弾を避けつつも、愛銃て確実に相手に命中させて戦意喪失させている。

 

ケビンは再び物陰に身を隠す。

 

「あちゃー、下調べしていたデータよりも人数が多いぞ。どうにか戦況を変えないと返り討ちだ」

 

この状況下においても冷静であるが、戦況は凄まじい速さで変わっていく。僅か数秒の間に周囲を囲まれ始めていたのだ。その直後、ケビンの正面の壁に一筋の線が走ったかと思うと、無数の瓦礫となって崩れ落ちた。

 

「え?」

 

そこから現れたのは新たな敵かと身構えたケビンだったが、その姿を見て直ぐに銃口を外す。先頭を切って歩いてきたのは金髪の少女。どうみても麻薬組織の一員ではない。少女はケビンを確認して後ろからやって来ていた女性に声をかける。

 

「セフィリアさん、この人は?」

 

「…データによるとこの方も掃除屋さんですよ。確か最近麻薬のシンジケートを潰していた方だったはずです。私達よりも先に潜入していたみたいですね」

 

無数の銃声が響く中、恐怖など微塵も感じていない様子で周囲を確認している。突然の状況に呆気にとられていたケビンだったが、慌てて彼女たちに身を隠すように伝える。

 

「な、何しに来たんだ!? ここは危ない。直ぐに引き返すんだ!」

 

「大丈夫だよ」

 

ケビンの進言は聞き入れられず、2人は銃弾の雨の中その姿を晒した。相手側に掃除屋と無関係な人間だと分かるはずもない。2人に凶弾が放たれる。せめて彼女たちの盾になろうと飛び出したケビンだったが、それよりも先に彼女たちが動いた。少女は髪を無数の剣のように変質させ、女性は一瞬にして赤き剣をその手にした。そしてケビンは信じられない光景を目にした。

 

四方から降り注ぐ銃弾が、彼女たちの前で悉く消滅していたのだ。何が起きているのか、ケビンには理解出来ていなかった。2人はナノスライサーとサタンサーベルで銃弾を切り落とし、または消滅させていたのだが、あまりのスピードにそれが常人のケビンには捉えきれていなかったのだ。彼女たちは日常のストリート街を散歩しているかのように、平然と歩いていた。

 

組織員もその光景に寒気を感じたのか、より一層銃撃が激しくなった。しかしその銃撃も突然パタリと止んだ。

 

奥から黒い装飾銃を手にした男が歩いてきた。

 

「よっ! その辺りの奴等はみんな昼寝させて来たぜ」

 

「トレイン、遅い」

 

「…姫っち、厳しいぜ」

 

どうやら仲間のようだ。

トレインと呼ばれた男がケビンに気付いたが、殺気がなかった為組織員ではないと判断したのだろう。

 

「アンタも掃除屋か? でももう役目は残ってねーと思うぞ」

 

「な、何を言っているんだ! この組織の構成員はこんなものじゃない。僕の調査によると、この工場には広大な地下施設がある。そこには1000人に近い武装集団が警護しているはずなんだ。ここからが正念場だよ!」

 

「ん〜、でもなぁ…もう光太郎達がその地下とやらに先行しちまってるからなぁ」

 

「そ、そうなのか。僕の知らないところでそんな大きな規模の掃除屋達が攻めていたんだね。どれくらいの人数が集まったんだい?」

 

「光太郎とシャルデンの2人だな。他にもいるんだけどよ、そいつらはお昼寝した奴らを外に運び出してるぜ」

 

「少ないよ!」

 

ケビンは凄腕の掃除屋が100人単位で攻めているのかと思ったが、しかしそれでも少ない方だ。だが現実はそれよりも更に下回っていた。

 

「たった2人? そんなのただ死にに行くようなものじゃないか!」

 

「アンタだってひとりで潜入してるじゃねえか」

 

「ぼ、僕は安全なルートを通ってボスだけを捕らえるつもりだったんだ。でも急に武装した構成員が飛び出して来て…」

 

それを聞いてトレインは察した。恐らくだが、この男が潜入するよりも早く光太郎が強行突破した為に、予定外の遭遇を引き起こしたのではないか。苦笑するトレインだったが、その事は自分の胸の内に留まることにした。

 

「トレイン、私達は先に行くよ。この組織が終わった事を一応見届けたいから」

 

「…へいへい。それじゃアンタも付いて来いよ。2人で充分だったって分かるからよ」

 

ケビンは疑心に満ちた目をトレインに向け、3人の後から付いていった。地上の工場に配備されていた構成員は皆気絶させられていた。トレイン曰く「半日は目覚めねぇよ」との事だった。構成員に撃たれた後は無い。当て身で気絶させたのだろうか。それを訊ねると「弾が勿体ねえ」とぼやいていた。

 

少し進むと、壁に巨大な穴が空いていた。何か巨大なモノが突っ込んだのか、無数の破片が床に散乱している。そしてその真下にも穴が空いており、そこから地下の通路が見てとれた。

 

「どうやら光太郎たちはここから潜入したようですね」

 

セフィリアと呼ばれた女性がそう言ってから地下へ降り、姫と呼ばれた少女とトレインも後に続く。

 

「これが潜入? 強引過ぎるだろ…」

 

ケビンは頰を引攣らせて地下へ降りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

武装集団は数百の銃弾を目の前の優男に浴びせていた。

しかし優男は倒れる事も、苦痛の表情を浮かべる事もなく歩みを止めない。確かに銃弾は体に撃ち込まれているのだ。俺たちは幻を見ているのか、彼らの中にはそのように思い始める者もいた。

 

優男、もといシャルデンは右腕を前に突き出す。拳に力を込め、そして手を開く。そこからは無数の弾丸が現れ、音を立てて床に落ちていった。

 

「こんな物では、私は殺せまセンよ」

 

シャルデンの影が武装集団の足元まで伸びる。そして直後に黒い影から刃が伸び彼等の足を貫いた。足を痛めた彼等は苦痛を帯びた悲鳴をあげて横たわり、戦意を喪失させていった。まるで剣山のような戦場を悠々と歩むシャルデンを見て、その場にいた他の構成員たちも逃走を始めた。相手がいなくなったシャルデンは懐中時計を取り出す。

 

「光太郎が潜入して1分。もうそろそろ制圧が終わる頃でしょう」

 

シャルデンがそう呟くのと同時に、奥から爆音が響いた。

 

最深部の広く開けた空間。

そこでは地下でありながら装甲車が銃砲をひとりの侵入者に向けていた。

 

「な、なんなんだ、あいつは!?」

 

エストのボスは先程までの地獄絵図を思い出す。部下たちの放つ銃弾、バズーカ、その他諸々を受けても無傷であり、脱出用のエレベーターも奴が何かをした瞬間に動かなくなった。それどころか施設のコンピュータが全てクラッキングされたのだ。逃げ場もなく、追い込まれたボスは巨大装甲車に逃げ込み、息を荒くして装甲車を走らせた。

 

「ひ、ひひひ、こ、ここまできてしまっては俺は破産だ! それもこれも全てお前のせいだ!」

 

銃砲から榴弾が放たれる。砲弾は侵入者に命中し、轟音を響かせた。これで自分を破産に追いやった侵入者に報いを与えてやれた。そう思うと僅かばかりに溜飲が下がるボスだが、視界の端に映る影に気付き脂汗を滲ませる。

 

「…砲弾…当たりませんでしたか?」

 

装甲車内にいる自分の隣に、黒いアーマーを着込んだ侵入者が立っていた。

 

「当たったな」

 

「……どうやってこの中に?」

 

「バイオライダーとなって僅かな隙間から入り込んだのだ」

 

「…なんじゃそりゃー!」

 

全く理解できないボスは白目を向いて装甲車内から逃げ出そうとするが、万力以上の力を持つRXに捕らえられては逃れる術など存在しない。

 

巨大麻薬組織エストは僅か数分で壊滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

掃除屋としての報酬を受け取ったスヴェンは上機嫌で皆に分配していた。光太郎、イヴ、セフィリア組に、シャルデン、キョーコ、マロ組に、情報を手に入れてきたリンスに、そして自分とトレインの組に分ける。それだけ分けても充分な資金が其々に残されたのだ。資金難に苦しんでるスヴェンには嬉しい収入だろう。

 

 

最深部でエストのボスを縛り上げていた黒いアーマーを着込んだ男、その姿を見てようやくケビンも思い出した。三ヶ月前、あの規格外の生物であった創世王に立ち向かった救世主。世間では幻覚などという吹聴もあるが、事実、ケビン自身もあり得ない映像であると信じてはいなかった。しかし直接その凄まじさを目の当たりにしてしまった。あれは真実であったのだ。

 

RXと呼ばれる姿は変身する南光太郎。

 

幼い姿からは想像もつかない強さの少女イヴ。

 

魔剣を操る地上最強の剣士セフィリア。

 

映像では登場しなかったが、他の仲間たちも並外れた強さであることを痛感させられた。

 

 

「は、はは…、君たちを見てしまうと自分が如何に無力か思い知らされるよ」

 

「あー、それは俺も思う。光太郎見てたらそう思っちまうよな」

 

「いや、トレイン君。君も大概だからね!?」

 

銃弾の雨を愛銃で弾き落とすって何さ!?

発砲された銃弾を銃弾で撃ち落とすってどんな動体視力してんのさ!?

 

しかしトレインは光太郎を見ながら遠い目をしている。ケビンにとってはトレインの身体能力や銃技も充分遥か高みにある。だが信じ難いことにトレインから見ればそれよりも大きな隔たりが南光太郎との間にあるという。それを聞いたケビンは全身を脱力させてしまった。

 

「サラリーマンを辞めて昔からの夢だった掃除屋を始めたけど…こんな人たちが大勢いるこの業界じゃ、とてもじゃないけどやってく自信ないよ…。南の街じゃ伝説の『黒猫』も掃除屋をしてるらしいし」

 

「へ?」

 

ケビンの独り言を聞いていたトレインが素っ頓狂な声をあげる。

 

「だから伝説の殺し屋だった『黒猫』だよ。君たちも噂くらいは聞いた事あるだろう? 13の刺青をその身に刻んだ恐ろしい殺し屋さ。でも今は掃除屋をしているって情報を仕入れたんだ」

 

皆は顔を見合わせる。

伝説の殺し屋『黒猫』の正体はこの場で苦笑いを浮かべているトレイン本人だ。ケビンは南の街と言っていたが、行動を共にし始めてからその街にはまだ立ち寄った事がない。つまりは『黒猫』の名を騙る者がいるという事だ。刺青の事を話していたケビンは目の前にいたトレインの左鎖骨部位にある英数字の13の刺青に気付いた。

 

「…あ…あれ? トレイン君にもその刺青があるね。は、流行ってるのかい?」

 

ケビンは混乱しながら訊ねてくるが、トレインは本当の事を話さずにそうだ!」とサムズアップをした。

 

 

 

 

 

 

 

ケビンと別れた後、スヴェンは「偽物を捕まえるぞ」と進言した。

 

「放っときゃ良いじゃねぇか」

 

「トレイン、お前は分かってるはずだ。その名前が引き寄せるものを」

 

他人が自分を騙っていると知ってもトレインはいつも通りだった。低ランクの犯罪者であれば、その名を聞いただけで戦意喪失するだろう。掃除屋としては楽に仕事を進める事もあるだろうが、その伝説を倒して箔をつけようとする犯罪者もいる。もしも偽物が実力もない素人同然の人間であれば降り掛かる火の粉も振り払えないだろう。それを説明された光太郎は南の街へ向かう事を決めた。命を狙われる事態になる前に、偽物へ忠告をして辞めさせる必要がある。自ら騙っている訳だから自業自得という見方もあるが、それでも見捨てるのに良い気分はしない。

 

 

日が沈み空に星が見え始めた頃、素泊まりしている宿で光太郎は考え事をしていた。トレインの偽物も気にかかるが、それ以上に信彦の事が光太郎の脳裏の大半を占めていた。以前の世界では一時であってもクライシス帝国と共にいた彼だが、今の彼ならばクライシス帝国と共に行動する事はないだろう。できる事ならば撃退する為に力を合わせて欲しいところではあるが、その望みは薄い。

 

今は恐らく…傷を癒しながら自分との再戦の時を待っているだろう。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「それじゃーダメっすよ!」

 

女性陣たちの部屋では熾烈な猛特訓が行われていた。キョーコがイヴの仕草にダメ出しをする。

 

「そんなんじゃ、光様は落とせないっすよ。もっと色っぽい仕草を考えましょー!」

 

「むぅ」

 

何の特訓かと思えば、光太郎を惚れさせる仕草の研究らしい。キョーコはイヴの仕草に赤点を出す。リンスが率先して色気のイロハを他の女性陣たちに説いていた。

 

「相手に主導権を握らせない、これが大事よ。特に光太郎みたいな鈍感男にはこちらがリードしてあげるのが良いわ」

 

「こ、こうでしょうか? 『私、酔ってしまったみたい…少し休憩していきませんか?』」

 

「セフィリアさん、上手いわ。そう、上目遣いで少し無防備に胸元を見せる感じよ!」

 

女性陣のトレーニングの相手として部屋に呼びつけられたシャルデンは暫し立ち尽くしていたが、小さく溜息をついた。

 

「…自分の部屋に戻ってもいいデスか?」

 

「ダメよ」

 

シャルデンの願いはリンスに一蹴されてしまう。

 

 

 

彼の苦労人体質は受難を引き寄せるのか、まだまだ休めそうになかった…。



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ブラックキャットを名乗る男

久し振り過ぎてこの話を考えるだけでもとても時間かかってしまいました…。


「ブルム=プルマン…だな?」

 

男が店で食事をしていると、見知らぬ小太りの男が正面に立って名を聞いてきた。ブルムは横領犯であり賞金首にもなっている。目の前の男は警察には見えない為、掃除屋とアタリをつけたブルムは懐に入れてあった銃に手を伸ばす。

 

「おっと、やめておいた方がいい。この刺青を知らない訳じゃないだろう?」

 

小太りの男はそう言って腕を見せた。その腕を見た瞬間ブルムに戦慄が走る。その身に刻まれた数字、それは伝説の殺し屋『時の番人(クロノ・ナンバーズ)』に与えられる刻印。そんな伝説が掃除屋をやっている…そんな噂はブルムの耳にも入っている。

 

「ま…まさか…アンタがあの伝説の…」

 

「そう、俺様があの『黒猫(ブラックキャット )』だ!」

 

 

伝説の殺し屋を前にして、ブルムはどう足掻こうかではなく、どうすれば命が助かるかを脳内で目まぐるしく思考を巡らせていた。辿り着いた答えは抵抗せずに捕まる事であった…。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

南の街にあったスイーパーズ・カフェへ到着したスヴェンは早速情報を仕入れてきた。

 

「間違いないな。勾留されている賞金首に確認したが、『黒猫』に捕まったと供述している。案の定、抵抗もせずに捕まったそうだ」

 

「そうか…この世界では余程その名は恐れられているという事か」

 

光太郎はテーブルについて勝手に料理を注文しているトレインの姿に視線を移した。まるで子供のような振る舞いのトレインだが、やはり殺し屋としての過去を消し去る事はできないのだ。

 

「…トレイン、頼むなら600イェンまでにしてくれ」

 

「えー、何だよ。麻薬組織潰した賞金もらったじゃねぇか」

 

「お前なぁ…俺たちにどれだけ借金あると思ったんだ! あれだけじゃ完済には全然足りねえんだよ!」

 

「まぁ、何とかなるって。それよりも今は飯を食おうぜ!」

 

暖簾に腕倒し、トレインに懐事情を説いても効果はなく、スヴェンは肩を落とす。

 

「大変ねー、お金なら貸すわよ?」

 

そんな様子を見てリンスが胸元から札束を出すが、スヴェンは断固として拒否した。ジパングでリンスに借りた借金が知らぬ間に膨れ上がっていたらしく、麻薬組織の賞金は全てそちらに充てられたそうだ。

 

「もうお前からは借りん!」

 

「…そんな酷い…私は2人の為を思って言ってるのに…トレインは分かってくれるわよね…?」

 

「いぃっ!?」

 

スヴェンからトレインにターゲットを変えたリンスは目を潤ませて体を寄せる。

 

「トレイン…私の気持ち…受け取ってもらえるかしら…?」

 

慌てふためいているトレインと攻めるリンス、そしてスヴェンを余所目に光太郎は別の賞金首リストを眺めていた。100万以下の賞金首が大勢いるが、中には1000万を超える賞金首も存在する。現在の最高懸賞額はクリードの30億イェンのはずだ。しかしリストをどれだけ探してもクリードの項目は見つからなかった。不審に思った光太郎は受付嬢に訊ねた。

 

「すいません、以前は30億イェンの賞金首が載っていたはずなんですが、印刷ミスか何かでしょうか?」

 

「はい、そちらでしたら数日前に取り下げられておりますよ」

 

「取り下げられた?」

 

どういう事だ? 無駄な犠牲を出さない為にクロノスが手を回したのだろうか。それを聞いていたセフィリアの反応を窺うが、彼女も初耳だったらしい。スイーパーズ・カフェで個室を用意してもらい、セフィリアはベルゼーに連絡を取った。

 

《…やはりもう手が回っていたか》

 

事情を聞いたベルゼーは暫し黙り込んだが、開口しそう零した。この反応からしてクロノス側は予想していたと思われる。

 

《お前たちも知っての通り、クロノスのトップである長老会の要人が星の使徒に暗殺された。この事でクロノスの力は半分以下に落ち込んだと言っても過言ではない。クリードの懸賞金が取り下げられたという事は、星の使徒がクロノスの手の及ばぬところで世界の情勢に関与し始めているのかもしれぬ》

 

それがベルゼーの見解だった。

だがおおよそ正解のような気もする。星の使徒が遂に動きを見せた、それは次の戦いが間近に迫っている事を意味する。

 

「ありがとうごさいます。調査を続けるとは思いますが、無理はしないで下さい」

 

《同じ失態はせん》

 

光太郎の言葉を聞いてベルゼーは苦笑し、通信を終えた。

クリードの動向は気がかりだが、現状その情報を得る手段はない。情報網の大きいクロノスに頼る他ない。そのクロノスも星の使途によって弱体化させられてしまっているが、それでも組織の力は大きい。ベルゼーからの続報を待つしかない。

 

「今は当初の目的通り、トレインのニセモノを見つけよう」

 

光太郎の提案を皆が了承し、スイーパーズ・カフェを後にした。

トレインのニセモノがまだこの街に留まっている可能性も高く、そしてこの街はそれほど大きくない。彼らは手分けして捜索にあたることになった。

 

そして現在、イヴとリンスは西はずれの宿の近くまでやって来ていた。

 

「賞金首を捕まえた報酬を受け取っているのなら、街の中でもそれなりの宿に泊まっている可能性が高いわ」

 

リンスの推測でここまでやってきたが、2人は宿の前で出入りする人間を監視する事しかできなかった。それだけでは誰がブラックキャットを騙っているのかは分からない。宿の人間に直接訪ねようとリンスが考えていると、イヴは「私に任せて」と宿に向かって歩き出した。するとイヴの体が徐々に透明化していき、リンスは思わず目を擦る。改めて見返す頃には完全にイヴの姿が消えていた。

 

「イヴちゃん…あなたはもう立派な光太郎のパートナーよ。常人離れしてるわ」

 

リンスは思わず苦笑した。

 

イヴは体内のナノマシンを活性化させ、皮膚の色を変化させていた。周囲の景色を肌に投影させ、透明人間のように姿を消していた。気配を消す技術もセフィリアから学んでおり、余程の達人でもなければイヴの存在に気付かないだろう。

 

一般客に紛れて宿内に入り、周囲を見渡す。何組かの宿泊客の姿はあったが、その時点での収穫はなかった。イヴは上の階へ向かって体をウンディーネへとトランスさせる。体がゲル状のように溶け、扉の僅かな隙間から部屋に侵入をした。そうして幾つかの部屋を捜索し、最後の部屋へやってきた。人の姿はないが、荷物は残されていることから空き部屋ではなさそうだ。一応荷物を検めさせてもらおうとイヴが探っていると、扉がガチャリと開いた。そこはシャワー室であり、小太りの中年男が当然といえば当然なのだが、裸で出てきた。

 

透明化しているイヴに気付かない中年男は不運にもその状態でイヴに近付いてしまった。

 

「…変態!」

 

「へ?」

 

髪をハンマーにトランスさせ、中年男の脳天を一撃。彼にとっては何が起きたのか理解もできていないだろう。憐れとしかいいようのない不幸な男はその一撃で気絶し横たわっている。

 

「…あ、やっちゃった」

 

思わず攻撃してしまったが、冷静を取り戻したイヴは自分の行いを悔いた。この人は何も悪いことはしていない。悪いのは不法侵入をしている自分なのだが、突然醜いものを見せられてついやってしまった。どうするべきか悩んでいると、イヴは男の腕に書かれているそれに気付いた。腕に数字の「13」と書かれているのだ。トレインやセフィリアのようなタトゥーではなく、油性マジックで書かれたそれを見てイヴは思わず呆れてしまった。

 

「…この人が、トレインのニセモノ?」

 

 

 

 

 

 

 

イヴから事情を聴いたリンスが皆を呼び集め、シャルデンが部屋から男を攫って街の路地裏へと場所を移した。勿論、服は着せた。

 

「やり過ぎなんじゃねえか?」

 

未だ目を覚まさない男を見下ろしてトレインはイヴを見やる。

 

「う…だって…」

 

「イヴちゃんは悪くないわ。悪いのはイヴちゃんに変な物を見せたコイツよ」

 

言い淀むイヴを庇うようにリンスはトレインに言い返す。

状況を考えると同情するが、リンスを敵に回す橋は渡れない。トレインはそれ以上何も追求しない事にした。

 

「う…う〜ん」

 

男の顔が歪んだ。

 

「お目覚めのようデスよ」

 

シャルデンがそう言った直後、男は大欠伸をしながら背伸びをして起き上がった。その場にいる光太郎達を見渡したが、頭が完全に覚醒していないのか呆然としている。

 

「あれ、俺何してたんだ?」

 

シャワーを浴びた直後に気絶させられている。状況がこれだけ転がってしまっていてはその疑問が出るのは当然だ。スヴェンが溜息をついてブラックキャットについて話をしようとすると「成る程!」と男が立ち上がって勝手に納得を始めた。

 

「何故か気を失ってしまった俺様を君らが介抱してくれたんだな! 礼を言うぜ!」

 

光太郎達は何も言っていないが、勝手に解釈されているようだ。

スヴェンが本来の目的であるブラックキャットを騙る事への危険性を説明しようとすると男は立ち上がって「礼に夕飯を奢ろう」と言い出したのだ。

 

◆◇◆◇

 

光太郎達がそのような事をしていた同時刻、街の入り口近くではマフィアの男達がある人物を捜索していた。そこにいたのは左目の上に十字傷を刻んだ殺し屋スタンパー=ウィルソンであった。スタンパーは組織の金を盗んだブルム=プルマンを追っていたのだが、その人物も掃除屋に捕まったと聞いて苛立っていた。

 

「ちっ! 何しにこんな田舎までやってきたと思ってやがる、クソが!」

 

「ス、スタンパーさん、それがブルム=プルマンの奴を捕らえたっていう掃除屋…例のブラックキャットらしいですぜ」

 

部下からその情報を聞き、スタンパーは思わず口角を上げる。

 

「ブラックキャット…例の伝説の殺し屋か。これは良い。その掃除屋を殺し、この俺こそが最高の殺し屋である事をこの業界に知らしめる良い機会だ。テメェら、今すぐにそのブラックキャットを探して来い!」

 

「は、はい!」

 

部下達がスタンパーに気圧されて慌てて街へ向かおうとした直後、部下のひとりの体が切断された。血飛沫がスタンパーの顔を汚し、2つに分かれた亡骸は大地は落ちる。

 

そこにいたのは黒猫のような姿をした獣人。かつての世界で剣聖ビルゲニアが光太郎への捨て石としたゴルゴムのクロネコ怪人であった。突然現れた怪人に部下達は恐怖し、拳銃を発砲する。しかし怪人の肉体には通用せず、鉛玉は皮膚に弾かれて足元に転がっていった。

 

部下達は涙目になりながら逃走を始めようとするが、クロネコ怪人の脚から逃れる事は出来ず、鋭い爪の餌食となってその命を奪われていった。

 

「な、なんだアイツは…!?」

 

スタンパーも状況を把握できていなかったが、部下達を惨殺していく化け物が自分の手に負えない相手である事は長い殺し屋経験から理解していた。直ぐに車に乗り込み、アクセルを踏み込む。一気にトップギアに入れた車は猛スピードでその場を離れていく。

 

「は、ははは! 逃げ延びたか、何だったんだあの化け物は…」

 

戦場を離脱した事でスタンパーは安堵の溜息をつき、先程のクロネコ怪人の姿を思い出す。以前ゴルゴムの創生王を名乗る者が全世界で騒ぎを起こした事件があった。スタンパー自身、創作のようなものと決めつけていたが、自分の理解の範疇を超える存在を目の当たりにした今、真実であったのではと思い始めていた。

 

ドスン、とフロントガラスに黒い影が落ちてきた。スタンパーは思わず目を見開いて息を止めた。先程部下達を惨殺していた化け物が目の前にいたのだ。不気味な口元を開け、自分を標的としていた。

 

「や、やめて…く」

 

スタンパーが命乞いをしようと表情を曇らせた直後、クロネコ怪人の目が輝いて青い破壊光線が放たれた。

 

 

車は大爆発を起こし、スタンパーはそれから先の言葉を発する事なく炭化し崩れていった。

 

 

◆◇◆◇

 

「聞こえたか?」

 

ブラックキャットを名乗るウドニーの後を歩く光太郎達だったが、遠くからの銃声が聞こえて足を止めていた。

 

「なんだなんだ、事件か。仕方ない、このブラックキャットに任せておきな!」

 

ウドニーは大股で銃声が聞こえた方角へ歩き出すが、スヴェンは心配そうな表情を浮かべる。

 

「光太郎、あいつ大丈夫そうか?」

 

「…ハッタリが通用する相手ならな」

 

街の外へ出ると、そこには無残な死体が転がっていた。

異常な光景だ。彼らは直ぐ様警戒態勢をとり、周囲の気配を探っていた。ただウドニーだけが膝を震わせて顔を引きつらせていた。

 

「な…ここで一体何があったっていうんだよ」

 

「ウドニーさん、リンスさん、ティアーユさんと一緒に街へ戻るんだ! シャルデンとキョーコちゃん、ジパングマンはその護衛を頼む!」

 

「分かりました。皆さん、こちらへ!」

 

シャルデンが先導するがウドニーは体を震わせながらもその場から離れようとしない。

 

「お、俺様を誰だと思ってやがる。あの伝説のブラックキャットよ。こんな大それた事をしでかした奴は俺様が懲らしめてやるぜ」

 

この期に及んで未だ虚勢を張るウドニーにスヴェンは呆れ返る。

 

だがもう街に逃げ込む時間は残されていなかった。跳躍していたクロネコ怪人が彼らの前に降り立ったのだ。

 

虚勢を張っていたウドニーだったが、腰を抜かしてしまった。怪人の様相に恐怖心を植え付けられてしまったのだろう。爪から滴る鮮血が恐ろしさをより濃いものにさせる。

 

「ゴルゴムの怪人!?」

 

ウドニー以外の者達は目の前の化け物がゴルゴムの怪人であると理解していた。

 

「光太郎さん、私が相手をします」

 

「ううん、私がやるよ」

 

普通の人間であれば相対するだけで恐怖する容姿である怪人も、セフィリアやイヴには気圧されることのない相手だ。これまでもゴルゴムの怪人と戦い、大怪人をも打ち倒し、創生王と戦ったこともある2人にとってはスケールの小さな相手だろう。無論、それでも油断する事は無いだろうが、化け物相手にそのような態度の女性や子供を見てウドニーは混乱していた。

 

セフィリアとイヴがクロネコ怪人の前に立って構えようとすると、後方から銃弾が走った。銃声はクロネコ怪人の目に命中。クロネコ怪人は怒りで咆哮するが、傷は直ぐに再生を始めていた。

 

下手人は愛銃を手に溜息をつく。

 

「やっぱりコイツも再生すんのか。光太郎、ちょっち俺にやらせてもらうぜ」

 

トレインはクロネコ怪人の前に立つ。クロネコ怪人は目にも留まらぬスピードで爪撃を繰り出すが、トレインはそれらを紙一重で躱していた。

 

トレインは元より人間という規格内であれば最上級の強さに位置する。しかし光太郎と出逢い、大怪人との戦いを経てその枠を打ち破ろうとしていた。普段の特訓から光太郎やセフィリアの超人的なスピードを目にしている。2人のスピードにはまだ対応できないが、それに比べれば目の前の怪人のスピードは間違いなく格下だ。

 

トレインの強さはゴルゴムの怪人に充分通用している。それもただの怪人ではなく、恐らく星の使徒によって強化されている怪人である。だが再生持ちということはトレインにとって有効打となるものがないという事だ。トレインは一体どうするつもりなのだろうか。

 

クロネコ怪人は躱し続ける標的に苛立ち、跳躍して距離をとった。

その瞳が怪しく光り、破壊光線が放たれる。

 

『危ない』

 

光太郎がそう叫ぼうとした直前、トレインは愛銃の銃口をクロネコ怪人に向けた。トレインの体がボンヤリと灯り、ハーディスの形状が変化していく。心具形態となったハーディスから巨大な光弾が擊ち出され、破壊光線諸共クロネコ怪人を飲み込んだ。光弾は怪人を完全に消し去り天空へと昇っていった。

 

 

「ハートネットの新しい技、あれが心具というものですか。途轍もないエネルギーでしたね」

 

「…ああ。トレインの奴、まだまだ強くなりそうだな」

 

セフィリアと光太郎がそんな会話をしていると、トレインは大きく息を吐いた。

 

「いやー、ぶっつけ本番で試してみたけどうまくいったぜー」

 

身を翻して戻ってくるトレインを見て、イヴは不満顔だ。

 

「トレイン、今度は早い者勝ちだよ」

 

「姫っち、そう怒んなよ」

 

今の戦いを見ていたウドニーはトレインの胸元にタトゥーが刻まれているのに気付いた。

 

「黒い装飾銃…胸のタトゥー…それにあの強さ…もしかしてブラックキャットって…」

 

ウドニーはボソボソと何か呟いていたが、緊張の糸が切れたのか「きゅう」と意識を手放して倒れ込んでしまった。




今後、ちょくちょくと進めていきたいと思います。


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動き出す敵意

ブラックキャットの名を騙っていたウドニーだったが、気絶から目覚めた彼は本物を目の当たりにして土下座して謝罪した。もともと情報屋であったらしく、ある時「ブラックキャットが生きていて掃除屋をしている」という情報を入手してこの案を思いついたらしい。当人であるトレインは名を騙られた事自体は気に留めていなかったが、強者を引き寄せることもあるというスヴェンの忠告を聞いてウドニーは二度としないと誓った。

 

「是非ともアニキのお役にたちたいっス」

 

贖罪の思いからか、共についてこようとしていたがそれは断った。星の使途との衝突がいつ始まるともしれない現在、素人を巻き込みかねない。ならばと昔取った杵柄で役にたちそうな情報を得たら連絡をする、という結論で納得してもらった。

 

 

 

 

光太郎たちは北の観光地へと場所を移していた。

ウドニーから謎の事件があるらしい、と聞いたからだ。スキーやスノーボードなどの雪上スポーツ施設があるにも関わらず、観光客は多くない。視界のあちらこちらに警官の姿も見える。

 

「光太郎、やっぱりこの街で事件が起きてるみたいだね」

 

イヴは異様な雰囲気を感じ取っていた。かつてギャンザ=レジックが暴虐を尽くしていたルーベックシティーのような既視感があった。

 

「ウドニーさんの情報によると、この街では女性観光客の行方不明事件が多発しているらしい。スヴェン、どう思う?」

 

「信頼できる情報か怪しかったが、この分だと十中八九ビンゴだろうな」

 

光太郎はスヴェンに問う。情報の発信元がウドニーというだけあって無駄足かもしれないと不安ではあったが、自分たちが来た意味はありそうだ。

 

リンスとティアーユは宿泊先の確保に向かい、護衛としてシャルデンとキョーコがついた。残りのメンバーで更なる情報を得るためにこの街のスイーパーズ・カフェへ向かおうとしたが、ジパングマンことマロだけは別行動をする事になった。雪山で少しの間だけでも修行を行いたいそうだ。彼も思うところがあるのだろう。

 

 

 

 

「行方不明者は女性のみ。スキー場の利用者ばかり…か」

 

スヴェンは入手した資料を読み返して光太郎へ手渡した。

 

「…またギャンザ=レジックのような犯罪者が影に潜んでいるかもしれない。早く解決しよう!」

 

「光太郎、私が囮役やる?」

 

「いえ、イヴ。ここは私に任せてください。何者かの仕業かは存じませんが、私が仕留めて見せましょう」

 

「…セフィリアさん、仕留めちゃダメですよ」

 

セフィリアの発言に光太郎は苦笑する。

 

ゴルゴムの怪人以上の存在ではない限り、囮となっても彼女たちに危険は少ない。油断は大敵だが、それだけの強さをその身に宿している。

 

「…取り敢えず、スキー場は閑散としているようだが営業はしているようだ。俺たちもスキー客を装って様子を見る事にしよう」

 

光太郎の提案に、一同はスキー場へと向かい、ウェアなどの一式をレンタルする事になった。掃除屋として事件解決の為に動いているのだが、光太郎と一緒に初めてのスキー体験という状況はイヴの心を弾ませている。

 

「ダメ…事件を解決するのが目的なのに…」

 

少女はその感情に気付いて自己嫌悪に陥ってしまっていた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

スキー場のコースから離れた雪山のとある場所ではマロが普段着の薄着で瞑想をしていた。道士として一流であると自負していた彼だったが、何の知識もなかったトレインが心具を身に付けた事に対して苛立ちと焦りを覚えてしまっていた。

 

同時に、無力感にも苛まれていた。

道士としてシキと共に星の使徒へ参加したが、自分の能力はクロノスに劣らぬものだと理解していた。自分は強い、そのつもりでいたが光太郎と戦って格上の存在を思い知らされ、ゴルゴムの怪人や大怪人のような相手にも自分は無力であった。

 

「ちっ…! 苛々するぜ」

 

マロがそう呟いた直後、上空の気配を察知した。

 

「…久しいな、マロ」

 

そこには飛行蟲に乗った同郷の仲間であるシキが立っていた。シキは蟲を消してマロの前に降り立った。

 

「シキ、何でお前がここに…? クリードの奴もこの近くにいるのか?」

 

「いや、奴はアジトから動かぬ。私は道の力を身につけた同志を迎えに来ただけだ。そんな場所にお前…そして南光太郎やブラックキャットがいるのはこれもまた因縁めいたものを感じるな」

 

シキは小型の偵察蟲によって既に光太郎達の存在に気付いていた。しかしシキはまだ事を荒立てるつもりはなかった。手先としたゴルゴムの怪人も有限であり、捨て駒にするには惜しい。

 

「…マロ、戻って来い」

 

「……」

 

「何を迷う必要がある。既にクロノスは我らの手によって弱体化した。納得いってはおらぬが、ドクターの残した知識と技術、そしてゴルゴムの怪人の遺伝子すら手にし、クロノスを完全に滅するという悲願はそこまでやってきているのだ!」

 

しかしマロは何も答えず俯いていた。

 

「…南光太郎か?」

 

「…!」

 

「お前は南光太郎への恐怖に縛られてしまっているのだな」

 

「そ、そんなんじゃ…」

 

否定しようとしたが、それ以上の言葉は出てこなかった。本人のプライドもあり、繕おうとしたがシキか言った言葉は紛れも無い事実であった。かつての古城アジトで南光太郎と戦い、あまりに次元の違う強さにトラウマすら植えつけられてしまっていた。

 

「…お前の言う通りだ。俺は…あの人が恐い。以前の俺はこの力さえあれば何でもできると思っていた。だけどよ、あの人の前ではまるで通用しなかった。それに…これまで一緒にいて思ったんだ。あの人に勝てる奴なんている訳ないってよ」

 

「それは奴の力の源、キングストーンの恩恵だ。しかし我らの手にも同様のキングストーンが存在する」

 

シキの言葉にマロは絶句した。

以前光太郎から聞いていた話では、キングストーンとは世紀王の証。つまりこの世界において南光太郎とシャドームーンしか持ち得ない物だ。それを手中にしているという事は…。

 

「まさか…シャドームーンって奴を倒したのか?」

 

「…そうだ。そしてクリードの奴はキングストーン、怪人因子、再生能力、道の力をもって更なる強さへと到達しようとしている。お前が恐れている南光太郎も、その力の前には屍を晒すだけよ」

 

「…けど…けどよ…」

 

未だ踏ん切りのつかないマロにシキは溜息をついた。マロのトラウマは分からなくもないが、余程根が深いらしい。

 

「ならばその恐怖、取り除こう」

 

シキは呪符でゲートを開き、その奥から一体の怪人を呼び寄せた。巨大なノミのような姿をした怪人を…。

 

 

マロとシキが再会を果たしていた頃、光太郎達はリンスやティアーユたちとも合流し、全員が目の届く範囲で警戒は怠らずともスキーやスノーボードを楽しんでしまっていた。

 

スヴェンとシャルデン、ティアーユは参加せず、近くのカフェでその光景を眺めていた。

 

「アイツらはもはやプロだな。どこからどう見ても楽しんでる一般客だ」

 

「…そうデスね。しかし私にはわかりマスよ。南光太郎、イヴ、セフィリア=アークス、トレイン=ハートネットは警戒を怠っておりません。周囲に広がった蜘蛛の巣のような警戒網…楽しんでいるように見えてしっかりと仕事はこなしていマス」

 

「…俺にはよく分からんが…ティアーユは参加しなくて良かったのか?」

 

コーヒーで唇を濡らすティアーユはそう問われたが、「私は運動音痴ですので」と肩を落としていた。

 

 

「ひゃっほーい!」

 

ジャンプ台で超ジャンプを披露したトレインは空中で何回転もして雪上に着地した。

 

「何よ、トレイン。アンタこういうのやった事あるのかしら?」

 

「いーや、初めてだぜ?」

 

リンスの問いにトレインは笑って答える。トレインの身体能力ならコツさえ掴めば容易いことなのだろう。それを見ていたイヴは対抗しようとジャンプ台へと向かおうとしたが、すぐ横をキョーコが走り抜けていった。

 

「あわわ、止まらないですー!」

 

「危ない!」

 

キョーコを正面から受け止めた光太郎は無理に留まらず、ゆっくりとブレーキをかけながらスピードを殺していった。

 

「大丈夫かい? キョーコちゃん、こういうの大丈夫そうなイメージがあったんだけど意外だな」

 

「あ、ありがとうございます…光様…」

 

キョーコは光太郎の胸に顔を埋めて頰を朱に染めた。それを見ていたイヴとセフィリアの背後で衝撃な電気が流れた気がした。

 

「…イヴ、あなたの考えている事はお見通しですよ」

 

「セフィリアさんこそ、狙ってますね?」

 

「…私達の目的を思い出しなさい。ここには事件解決の為にやって来ているのです」

 

「忘れてなんかいません。これも弱い子供を演じて敵を誘き寄せる策です。雪上で自由に身動きできない姿を見たら相手側から近寄ってくると思いますから」

 

「…良い策です。私も実行しましょう」

 

「早い者勝ち。私がその任を引き受けます」

 

「光様、キョーコやっぱり滑れないかもです。教えて下さい!」

 

「よーし、俺に任せてくれ!」

 

2人の会話を地獄耳で捉えたイヴとセフィリアの表情が凍った。早い者勝ちだというのなら、最初の時点でキョーコに軍配が上がってしまっている。2人は膝を折り、自分たちの行動の遅さを後悔した。

 

「イヴ、こうなったら勝負しましょう。私もイヴもこのスポーツは初めてですが、お互い既にコツは掴んでおります。上級コースへ向かい、どちらが先にゴールできるか競いましょう」

 

「分かりました。光太郎のパートナーとして、相応しい滑りを見せてあげます」

 

「お、おいおい、2人とも落ち着けよ。楽しくやれよ、な?」

 

「トレインは黙ってて。女同士の戦いは、もう始まってるんだよ」

 

雰囲気に気付いて仲裁に入ったトレインだったが、イヴに一蹴されてしまった。原因の光太郎はキョーコ相手にレッスンを始めてしまっているし、どうしようもない。2人はリフトへ乗って山頂近くのコースへ向かってしまった。

 

山頂では普通の人ならば足元が竦んでしまうような急勾配な坂であった。しかし2人に恐怖を与える程ではない。レースをスタートしようとしていると、2人の背後からひとりの人物が近寄ってきていた。

 

「やぁ、このコースにやってくるなんて随分と良い度胸をしているんだね」

 

イヴとセフィリア、両者は面には出していないが既に臨戦体制を整えていた。目の前の男はスキー客などではなかった。ウェアーは着込んでいるが、スキー板もスノーボードすらも所持していない。明らかに不審人物であった。

 

「僕好みの女性だ。大切に『保存』させてもらおうかな」

 

男が手を2人に向けた瞬間、足元から氷の礫が飛び出した。礫は2人の体をすり抜けて後方へと飛翔していった。

 

「…え?」

 

確かに氷の礫は2人を狙った。この距離で外す事も考えられず、男の目にはすり抜けたようにしか映らなかった。

 

「セフィリアさん、勝負は預けます。まずは行方不明事件の重要参考人を捕えましょう」

 

「そうですね、イヴ。事件が解決すれば、光太郎さんも喜ぶ事でしょう」

 

イヴは天使の翼を生やして飛翔し、セフィリアはサタンサーベルを体内から呼び寄せた。その姿を見て、目の前の男、ディーク=スラスキーはある事件の映像を思い出していた。かつて創生王が観せた絶望への光景。異次元の強さをもっていた破壊神に立ち向かっていた戦士の姿を思い出していた。1人は創生王を滅した仮面の男、そして赤い剣を振るう美しい剣士、そして可愛らしい天使の翼をもった金髪の少女。映像越しに見ていた戦士たちが目の前にいたのだ。

 

「は、ははは…超レア物じゃねぇか。2人とも冷凍保存して、毎日可愛がってやるよ」

 

ディークの掌に冷気が集中する。これが彼の道の力、FREEZE(凍結)。この冷気に触れた者は瞬時に体が凍り、その身を永久凍結させられてしまう。そしてこの雪山というステージは彼の力をより巨大なものにさせてしまっていた。周囲の雪が瞬時に凍りつき、イヴとセフィリアの足元に迫る。一瞬のうちに眼前に迫っていたが、2人の表情に焦燥も恐怖もなかった。

 

何故ならば、単純にスピード不足だったからだ。2人は容易く攻撃を跳躍して回避した。その動きさえも、ディークの眼は捉えきれていない。

 

空中へ脱したセフィリアは眼下の敵に剣気を叩きつけた。体から発せられる気の放出。それのみでディークを中心とした大地が圧迫されクレーターが形成された。突然の出来事にディークは無意識に氷のオーラを身体中に張り巡らせたが、そんなものは彼女たちにとって障害となり得ない。発砲された銃弾さえ瞬時に凍結させてしまう氷のオーラであったが、イヴが撃ち出した羽根の弾丸はそんなオーラなど存在さなかったかのようにディークの体に撃ち込まれた。そして1秒にも満たない僅かに時間の間にディークの意識は遠のいていった。

 

「…麻痺と昏睡のナノマシンですか?」

 

「はい、これで暫くは目覚めないと思います」

 

雪上に着地した2人はディークを捕え、光太郎達の元へ降りていった。

 

 

 

その光景を偵察蟲を通してシキとマロは離れた場所から見ていた。

 

「氷を操る道使い…残念ながら相手が悪かったようだな。いくらその身に道の力を宿しても、レベルが違いすぎた」

 

「…あいつらはあの創生王とも戦ったんだ。人間レベルを少し超えた程度の実力じゃ太刀打ちできねぇよ」

 

「まだ奴らが恐ろしいか?」

 

マロは映像に映されていた光太郎達の姿を見上げた。不思議と恐怖はない。先ほどノミ怪人よって与えられた「血液エキス」は恐怖心を取り除くという不思議なものであり、自身が抱えていたトラウマをも払拭させた。

 

「お前が南光太郎と共に行動していたのは『敵に回すまい』とする恐怖心からだった。その恐怖を取り除いた今なら迷うまい。マロ、我らの元に戻って来い」

 

「…そうだな。南光太郎にはデケエ借りがある。そいつを返してやらなきゃな…」

 

シキとマロ、ノミ怪人はシキが創り出したゲートによってその場から姿を消した。その様子を上空から一匹の蝙蝠が飛翔していた。その蝙蝠は直後に血の塊へと変化し、宿主の元へ帰っていった。ひとり山頂を見上げるシャルデンは戻ってきた血を回収し、見聞きした情報を頭の中で反芻していた。

 

「クリードはキングストーンを手中に収め、マロさんは星の使徒へ戻っていってしまった。…さて、どう皆さんに伝えたものデスかね」

 

先程まで好天であったにも関わらず、雲行きがどんよりと怪しいものへ変わってきてしまっていた…。



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クリスマス・イヴ

シキの呪符によって星の使徒の新しいアジトへやってきたマロは周囲を見渡していた。外からの光が確認できず、ここは世界のどの位置にあたる場所なのかも判断ができなかった。

 

「ジパング近くの海底洞窟だ。湿っぽいのは我慢しろ」

 

先を歩くシキはそう説明した。

マロはシキの後を追って洞窟の先へ向かう。

 

1番奥に位置するであろう場所、そこには玉座が置かれ、クリードが腰を据えていた。前髪が垂れて表情は把握できないが、自分が知っていた頃のクリードでないとマロは肌で感じ取っていた。ゴルゴムの怪人以上に恐ろしく、強いて言えば南光太郎並みに底が見えない。背中に嫌な汗が流れたのを感じた。

 

「やあ、おかえり。久し振りだね、マロ」

 

「…クリード…」

 

「そんな怯えた顔をしてどうしたんだい? …ああ、彼等側についていた事に関しては気にしていないよ。よって君を処罰するつもりもない。安心したまえ」

 

君の事など、どうでもいい。マロにはそう言っているように聞こえた。かつての同志といえど、キングストーンを手に入れたクリードはシャドームーンや南光太郎に並ぶ力を手中に収めていると考えた方が良い。あれ程の力を手にすれば、自分程度の小物が何しても気にならないという訳なのだろう。

 

「マロ、これから世界を導く為に、再び君の力も貸して欲しい。…シキ、このアジトを彼に案内してやるといい」

 

「ああ。マロ、行くぞ」

 

シキとマロは玉座の間を後にした。

2人の姿が見えなくなった頃、クリードは顔を上げた。

 

「エキドナ、いるかい?」

 

「…何だい?」

 

クリードの呼び掛けに玉座の横からゲートが開き、エキドナが現れる。クリードは笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「…どうでも良い事だが、彼の動向を見張っておいてもらえるかい? 南光太郎と行動を共にしていた事で以前の彼とは少し違うようだからね」

 

「…同志を、疑ってるのかい?」

 

「先に言ったろう? 『どうでも良い』と。彼の心が未だあちら側にあるのならそれはそれで良い。僕はこの状況を愉しんでいるんだ。世界を牛耳っていたクロノスさえ今では形骸化し、掌握するのは容易い。今の僕はトレインや南光太郎、そして尖兵を送り込み始めたあの組織にしか興味がないのさ」

 

エキドナは暫し目を伏せ、「分かったよ」とだけ呟いて再びゲートによって姿を消した。ひとり玉座の間に残ったクリードは何を思うのか、不気味な笑みを零していた…。

 

◆◇◆◇

 

マロがシキによって星の使徒へ離反した事はシャルデンから皆に伝えられた。

 

「申し訳ありまセン。私がしっかりと見ておくべきでした」

 

「アンタのせいじゃないわよ。悪いのはアイツの方よ。今度会ったら私がぶん殴ってやろうかしら」

 

「リンスさん落ち着いて…それとシャルデンも気に病まなくていい。俺も彼の事は気にしていたが、対応ができなかった俺にも責はある。彼は同じ星の使徒を抜けたシャルデンやキョーコちゃんと違って、仲間に加わった経緯が特殊だ。こうなってしまう事は予想できたはずなんだ。俺が甘えていたのかもしれない。いつか彼もゴルゴムの怪人やクライシス帝国に立ち向かう為の戦士になってくれるんだって」

 

皆の場の雰囲気が暗いものになっていたが光太郎は笑顔を浮かべていた。

 

「でも俺は彼を信じてるよ。彼は星の使徒へいた頃の以前の彼じゃない。きっと、無関係な人を傷付けるような事はしないだろう」

 

「…甘い…とは思いますが、私は光太郎さんの意思を尊重します」

 

セフィリアは光太郎の話に同調を示す。光太郎の甘さも、本人の優しさからくるものだ。それは好ましいが、時には非情にならざるを得ない時もある。

 

もしも彼の信頼を裏切るような状況になれば、その時は私が…と、セフィリアは決意していた。

 

「光太郎、ありがとうございマス」

 

シャルデンが礼を述べ、この話はここで終了となった。まだ各々納得出来ていなかったり気に病んではいたりと心を引き摺っていたが、いつまでも立ち止まってはいられない。スヴェンが場の雰囲気を変えようとテレビの電源を入れると、華やかなニュースが流れていた。

 

「そうか、世間ではもうクリスマスシーズンなんだな」

 

テレビに映る街並みはイルミネーションがとても鮮やかに灯り、家族や恋人達がそれを眺めていた。聞き慣れない単語にイヴはテレビの映像に目を奪われる。

 

「光太郎、くりすます…って何?」

 

「んー、どう説明したらいいんだろうな…。いい子にしていたらサンタクロースがプレゼントをくれる日だ!」

 

「ちょっと、光太郎、そうじゃないでしょ!」

 

光太郎の説明にリンスが割って入る。

 

「イヴちゃん、クリスマスっていうのはね、大切な人と一緒に過ごす特別な日なのよ? 大切な家族や大好きな恋人、そんな人と一緒に過ごす聖なる夜なの」

 

「…大切な人と過ごす…聖なる夜…」

 

イヴの目がキラキラと輝いて見えた。

 

「…なるほど」

 

「光様との聖なる夜…」

 

その後ろではセフィリアとキョーコも笑みを浮かべていた。それを見ていたトレインは頰を引きつらせて被害に遭うであろう人物に同情していた。

 

 

 

 

数日後、クリスマス・イヴの日がやって来ていた。

この日は朝食は皆でとり、その後は各々好きな時間を過ごす事になった。しかしその時間が彼女たちには重要である。

 

「それじゃ、恨みっこなしですよ!」

 

その場にはイヴ、セフィリア、キョーコ、ティアーユが座ってクジを引いていた。光太郎と共に過ごす順番を決めるクジらしい。

 

「キョーコが1番です!」

 

「あら…私が2番目ですね」

 

「3番…ということはイヴが最後ですか」

 

「むぅ」

 

キョーコ、ティアーユ、セフィリア、そしてイヴという順番で光太郎と過ごす事になったようだ。それを眺めていたリンスとトレインは真逆の表情を浮かべている。リンスは微笑ましいものを見るように、トレインは気の毒なものを見るように、同じ光景を見ていながらもこうまでも見え方が異なるのだろうか。

 

「私も光太郎に買い物付き合ってもらおうかと考えてたけど、あの子達の時間を奪っちゃうのは可哀想だし、辞退しておいたわ」

 

「光太郎は命拾いしたな!」

 

「ちょっと、それどういう意味よ!」

 

トレインはサムズアップして光太郎が1番の難を逃れた事を喜んだが、リンスに怒鳴られていた。

 

「まぁ、いいわ。トレイン、代わりにアンタが買い物に付き合いなさいよ。ディナーくらいだったら奢ってあげるわよ?」

 

「いぃっ!?」

 

「何よ、予定でもあるのかしら?」

 

「寝みーし、寝る!」

 

「却下。さ、行くわよトレイン。まずは洋服よ!」

 

「ちょ…スヴェン、助けてくれ!」

 

「食費が浮くのは助かる。リンスからの変な依頼を安請け合いしなければ、俺は何も言わん」

 

「大丈夫よ。それじゃ、トレインを借りてくわねー」

 

「鬼、悪魔、リンス!」

 

トレインはリンスに引き摺られて行ってしまった。それを見送ったスヴェンとシャルデンは食事の仕込みを始めた。

 

「シャルデン、悪いな。手伝ってもらって」

 

「…いえ、体を動かしていた方が気が紛れマスから。それに、クリード達やクライシス帝国が攻めてきたらこんな時間はとれそうにありまセンからね。息抜きは出来る時にするべきデス」

 

シャルデンはそう言って、光太郎と一緒に出て行ったキョーコに目をやった。

 

 

 

 

一番手のキョーコは光太郎を連れて遊園地へとやって来ていた。

 

「時間は限られてます! 早速乗り物に乗りましょー!」

 

「そ、それは構わないが、俺と2人で良かったのかい? どうせなら皆一緒の方が…」

 

「光様、今日を何だと思ってるんですか!」

 

「ク、クリスマス…イヴ?」

 

「そうです! 恋人同士がイチャイチャする日ですよ!」

 

「こ、恋人って…俺とキョーコちゃんは別に…」

 

「恋人一歩手前でも問題ありません! さ、行きましょう!」

 

光太郎はキョーコの勢いに飲まれ、手を引かれて行ってしまった。その2人を離れた場所から監視する影があった。

 

「…光太郎と遊園地…楽しそう」

 

「イヴ、行きますよ。見失ってしまいます」

 

「あの…もしかしてこのまま2人の後をつけて回るのですか?」

 

「ええ、当然ですよティアーユ。あの子は元・星の使徒。私にはあの子を監視する任もあるのです」

 

公私混同であるような気はするのだが、ティアーユはあえてその先を言わなかった。もしかしたら次の自分の時もこうして追跡されるのだろうか。

 

 

 

たくさんの乗り物に付き合わされ、光太郎は一息ついてベンチに腰を下ろした。出会った頃からずっと振り回されているが、それも彼女の良いところなのだろう。ゴルゴムとの戦いの際、シャルデンが命を散らせた時に見せた殺気、そして涙した彼女を気に掛けていたが、やはり以前の彼女とは少し違っているように見受けられる。

 

「光様、疲れちゃいましたか? キョーコ、ドリンク買ってきました!」

 

「あ、ありがとう、キョーコちゃん」

 

ニコニコと笑って隣に座るキョーコだが、光太郎には無理して笑っているように見えた。光太郎はキョーコから受け取ったドリンクを一口飲んで喉を潤し、少し逡巡しつつも訊いた。

 

「…何か、悩みがあるんだろう?」

 

「…え?」

 

光太郎と突然の言葉にキョーコは驚いていたが、直ぐに笑顔で取り繕った。

 

「何言ってるんですかー? キョーコはいつも元気ですよ! 強いて言うなら『どうやったら光様とお付き合いできるか』って考えてるくらいっすよー!」

 

あっけらかんと話すキョーコだが、真剣な表情で見つめる光太郎を見て顔を伏せてしまった。

 

「…キョーコ、そんなに分かりやすいですか?」

 

「いや…俺には女性全般が何を考えてるのか分からないよ。とても難しいと思ってる。でもキョーコちゃん、1人でいる時、たまに悲しい顔してるよ」

 

「……」

 

「いや、言いたくなければそれでも良い。だけど一人で抱え込みすぎないようにしてほしいな」

 

光太郎はそう言って笑いかけたが、その直後にキョーコが立ち上がって光太郎の手をとった。

 

「もうすぐキョーコの時間は終わっちゃいます。最後に一緒に観覧車に乗りましょう!」

 

「あ、ああ」

 

キョーコに手を引かれて観覧車の中に乗り込んだ光太郎はゆっくりと上がっていくゴンドラの中で外の景色を見下ろしていた。

 

「キョーコ、弱いですよね」

 

光太郎の正面に座るキョーコは話し始めた。

いつものような笑顔ではなく、真剣な表情だ。

 

「ゴルゴムとの戦いで、キョーコ思ったんです。キョーコはセフィリアさんみたいに強くないし、イヴイヴみたいに何でもできる訳じゃない。黒猫さんは心具というのを手に入れて、シャルデンさんは…どんどんと強くなってます。キョーコだけが、成長してません」

 

キョーコは続ける。

 

「ゴルゴムの大怪人って人たちとの戦いでは何も出来ませんでした。シャルデンさんが死んじゃった時も、キョーコは何も出来ませんでした。キョーコは皆んなと一緒にいる資格なんてないんです」

 

「それは違う! 強さだけが繋がりなんて星の使徒やゴルゴムと同じだ。仲間が一緒にいるのに資格なんて必要ないんだ。それにキョーコちゃんは弱くなんてない」

 

光太郎はキョーコがシャドームーンに立ち向かった姿を思い浮かべていた。

 

「信彦…シャドームーンはシャルデンに対するキョーコちゃんの気持ちを受けて心動かされたんだと思う。そうでなければ繋がりのないシャルデンをシャドームーンが助けるなんて事はあり得なかったんだ。それはキョーコちゃんの『心』が強かったからだ」

 

あの時、シャドームーンはシャルデンの死に涙するキョーコに妹の秋月杏子の姿を見たのかもしれない。

 

キョーコは光太郎の言葉を聞いて僅かに硬直したが、笑顔を浮かべて観覧車の頂上の景色を見つめていた。

 

「キョーコはまだ弱いです。弱いキョーコでも光様は傍に置いてくれるんでしょうけど、キョーコは光様の1番になりたいです。なのでこれからもっと強くなってみせます!」

 

語尾を震わせながら、キョーコはそう告げて立ち上がった。その勢いでゴンドラが揺れ、足場がふらついてキョーコは光太郎にもたれかかる。キョーコの吐息を肌で感じる距離。光太郎は慌てて体を離そうとしたが、キョーコはそれを阻止していた。

 

「…少しだけ、勇気、もらいますね」

 

光太郎の頰に、柔らかいものが触れた。

それは一瞬だったが、余韻が頰に残っている。

 

「キョーコ…ちゃん? 今のって…」

 

「キョーコ、キス魔です。でも、今のは違いますからね」

 

動揺する光太郎を他所にキョーコは正面に座り直し、遠くの景色を見つめた。

 

「観覧車って、退屈であまり好きじゃありませんでした。でも、好きな人と一緒だと、全然退屈に感じません。こんなに良いものだったんスねー」

 

キョーコは遠くでこちらを見上げていたイヴやセフィリアたちを見つけ、小さく手を振った。距離があったのでティアーユは認識出来ていないようだが、イヴとセフィリアはキョーコが今何をしたのか理解しているらしく、恐い表情を浮かべていた。

 

「…!? 殺気? ゴルゴムの残党? それともクライシス帝国か!?」

 

前に座る光太郎は何かを感じ取って警戒しているが、キョーコは心の中で『まだ、諦めないっスよ』と決意していた。




思ってたよりも文字数が膨らんでしまったので、この日の話は区切って投稿する事にしました。

…物語が進まない…!?


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クリスマス・イヴの裏側で

スズキRGV250Γのバイクに乗って、光太郎とティアーユはトレイン等のアジトから少し離れた街にやって来ていた。この街にはクロノスの研究所があるらしく、ここにやって来るのをティアーユが希望した。建物は一見小さな製薬会社に見えるが、地下には広大なクロノスの研究所が隠されているのだそうだ。ティアーユは守衛に懐から取り出したカードを見せると、守衛は光太郎達を建物内に招き入れた。

 

「それは?」

 

「以前ベルゼーさんから頂いたパスカードです」

 

ティアーユの話によるとこうしたクロノスの施設は表向きは製薬会社等の一般の会社に偽装されてはいるが、世界に数多く点在する。ティアーユはそこでシャルデンの体を怪人のそれへと変化させた薬を作ったのだ。クロノスの最長老たちが暗殺された今、別の人間がクロノスをまとめ始めており、その人物によって施設の使用を許可されたのだ。

 

2人はエレベーターに乗り、地下へと降りていく。

下降が止まり、扉が開いたその先には真っ白な研究施設が広がっていた。

 

先を歩くティアーユに遅れないように光太郎は周囲を見渡しながら歩く。

 

「クロノスの研究員はとても優秀のようですね。ゴルゴムの怪人因子を調べ上げ、更なる強敵へ立ち向かう為の糧としようとしているそうです。…頼もしいですが、同時に恐ろしくもありますね」

 

ティアーユは語尾を弱めてそう呟いた。

ゴルゴムの怪人因子、それは人類にとって遥か古代に失われたはずの遺伝子だ。現存する現代兵器と比べても数段階も上の代物だ。星の使徒やクライシス帝国と戦うためにそれを用いるのは確かに心強いが、人間がもつ兵器としては重すぎる。

 

クロノスの組織の中で光太郎が知っている人間は数少ない。ベルゼーは信頼に値する人物であると考えているが、他の者の腹の底は知れない。間違った方向にその力を行使しないとも限らないのだ。

 

「確かに…別の争いの火種になるかもしれない。でも俺は信じる! 人間は時に間違うかもしれないが、正す事もできるんだ。クロノスが間違いを犯してしまったら、誰かが教えてやればいい」

 

「…そうですね」

 

ティアーユは光太郎の真っ直ぐな言葉に苦笑してしまった。

自分が迷い悩んでいた問題を彼はあっさりと解決してしまったのだ。

 

彼の言葉には力がある。

 

クロノスが間違った時、それを正す事のできる人物は限られている。彼がいれば、世界は間違わないのだろうとさえ思ってしまった。

 

ティアーユは1番奥にあった研究室の扉を開け、光太郎を招き入れた。

 

「…ここは以前、トルネオが所有していた研究所でした。トルネオが捕まり、クロノスの組織が接収したのだそうです。そしてこの部屋は私の研究室でもありました」

 

「トルネオの…つまりは…ここが…」

 

「…はい。イヴが生まれた場所でもあります。私が辞職した後の事になりますが、研究資料は全て破棄され、研究員も全員行方不明となったとベルゼーさんは仰っていました。恐らく、星の使徒の仕業なのでしょう。ここにあの子がいたという痕跡は何一つ残されていませんが、あの子は確かにここで生まれたのです」

 

イヴは生体兵器としてトルネオに造られた。

機械の子宮から生まれ育ち、兵器となるように教育されていた。光太郎は出逢ったばかりの頃のイヴを思い出す。もしもあの時、あの場所でイヴに出逢えていなかったら、どうなっていたのだろうか。自分の代わりに他の誰かがイヴをあの場所から救い出していたかもしれない。しかし感情なき兵器として、今も幼い手を汚していたかもしれないと考えると旨が痛んだ。

 

不意に扉をノックする音が聞こえた。

 

「失礼します。ティアーユ博士、資料をご用意致しました」

 

男性研究員と思わしき人物が扉を開けてやって来た。研究員はティアーユに資料を手渡す。研究員は用事を済ませると直ぐに立ち去ろうとする。

 

「……」

 

「光太郎さん?」

 

光太郎は部屋から出て行く研究員の背中をじっと凝視していた。それを疑問に思ったティアーユだったが、光太郎は「何でもありません」と答えながらも、既に出て行った人物に対して意識を外せなかった。

 

「今の人、只者じゃありませんね」

 

「…そうなのですか?」

 

「ええ、気配を消す技術はトレイン並でした。ノックされる直前まで気配を殺していましたよ。敵意は感じませんでしたが、一朝一夕で身につくものではないと思います」

 

 

 

 

 

 

 

研究員はエレベーターで地上へと上がり、正面玄関前に立つ人物の前で足を止めた。

 

「これはこれは|時の番人(クロノ・ナンバーズ)のジェノス=ハザード様。こんな場所に来られるとは…どうされたのですか?」

 

「とぼけんな。『こんな場所にいる一研究員』が俺っちの顔なんて知るかよ。南光太郎に近付いたのはどんな理由だ?」

 

「…いえ、ただの戯れですよ。クライスト消滅事件から興味はありましたが、創生王との戦いを見て、是非とも直接彼を見てみたくなったんですよ」

 

研究員は顔の前で手をかざす。僅か一瞬の動作であったが、研究員の顔は全くの別人へと変化していた。間近で見ていたジェノスもいつ変装を解いたのか分からない速度であった。

 

研究員に変装していた優男はジェノスと同じく時の番人『リン=シャオリー』、Xの数字を与えられており、その高速変装術から通称魔術師(マジシャン)とも呼ばれている。

 

「で、あの人を直接見た感想はどうなんだ?」

 

「あの人は凄いですね。僕はますますファンになってしまいましたよ。ですがファンは僕だけではないでしょう。創生王との戦いを見て何かを感じ取った一般市民もいると思います。そんな人間を集め、星の番人や更に別の強敵を迎え撃つ為の戦闘集団の育成、という上層部の案は悪くないと思います」

 

リンの言う通り、クロノス内では早急な戦力の向上を目指す動きがある。しかしジェノスはそんな戦力が通用するとはとても思えなかった。悔しいが、ナンバーズの自分さえ今挙げられた敵組織には無力だったのだ。もし仮に希望があるのだとすると、それはこの研究所だ。南光太郎のバイオの力、そしてゴルゴムの怪人因子、ナノマシン、これらを研究し、高める事で人類にも強敵に対抗できる術を得る事ができるかもしれない。微かな希望に過ぎないかもしれないが…。

 

 

 

 

光太郎とティアーユは数時間この研究所で過ごし、光太郎だけが街に戻る事になった。ティアーユ曰く「私にしかできないことをしたい」との事だった。後日迎えにくる旨を伝え、街に戻った光太郎はセフィリアと連絡をとった。何故個別に出掛ける必要があるのか未だに理解出来ていない光太郎だが、女性陣の主張に意を唱える愚行は犯さない。

 

セフィリアとはジパング料理の高級料亭で落ち合った。

 

「ティ…ティアーユとはどんな話をされたのですか?」

 

料理が運ばれてから一口二口味わった後、セフィリアはそう訊いた。

 

「イヴやバイオの話ばかりだよ。普通の人でも星の使徒やクライシス帝国に対抗する為にはどうするべきか、なんて話もしたかな」

 

「そうなのですね」

 

セフィリアはニコニコと笑顔を浮かべながら質問を続ける。

 

「それでは、観覧車でキョーコとはどんな話を?」

 

「え…えっと…」

 

「直ぐに答えれないようなお話を?」

 

ニコニコと笑顔を浮かべ続けているセフィリアなのだが、圧は凄かった。光太郎が手にしていた箸が縦に裂け、光太郎は思わず苦笑する。

 

「セフィリアさん? 何か怒ってます?」

 

「私が? 光太郎さんに? なぜ?」

 

光太郎は観覧車の中でキョーコにキスされた時の光景を思い出した。恐らくあれが見られていたのだろう。未成年に手を出したとでも思われているのだろうか。勘弁してほしい。

 

「いや…あの…キョーコちゃんにはアドバイスを…。先のゴルゴムとの戦いで何もできなかったと自分を責めていたので…」

 

「そうですか。それでお礼にキスされて鼻の下を伸ばしていたという事なのですね」

 

「ち、違いますよ! キ、キスといっても頰ですし、鼻の下を伸ばしてもいませんって! そ、それより料理を頂きましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」

 

光太郎は頰を引きつらせて裂けた箸で料理を摘む。そんな光太郎を見てセフィリアは圧を減少させた。

 

「…いいでしょう。でも自覚してくださいね。光太郎さんは戦闘以外では案外隙が多いのです。だからキョーコに…あ、あんな事を許してしまうのです。大人として毅然とした態度を心掛けてくださいね」

 

「は、はい、肝に命じます」

 

やっと許しが貰え、光太郎はホッとしてようやく料理を味わえた。先程まで緊張で何の味もしなかったのだ。安心して料理を頬張る光太郎の姿を見て、セフィリアは「羨ましい」と小さく呟いた。

 

 

食事を終えて一息つき、2人は近くの自然公園へとやって来た。

食事をしている間に雪が降っていたらしく、一面銀世界となっている。吐く息は白く、日が傾くにつれて気温の低下を感じさせる。自然公園では恋人同士や家族連れの人たちがそれぞれの時間を過ごしていたが、光太郎はそこに立っていた1人の人物に気付いた。この世にいるはずのない人物を…。

 

「ドクター!?」

 

リボルクラッシュによってこの世から消え去ったはずの星の使徒のドクター、その彼が光太郎達の視界の中にいたのだ。驚き警戒していた光太郎とセフィリアだが、ドクターは身を翻して人混みの中に消えてしまった。2人は直ぐに駆け出してドクターの行方を探したが、人通りの多い場所だった事もあり、この中からドクターを発見する事は出来なかった。

 

「光太郎さん、今のは…」

 

「今のは間違いなく、星の使徒のドクターだった…。しかし彼は俺がこの手で…」

 

夢でも幻でもない。そんな彼が自分たちの前に姿を現した目的とはいったい何なのか。そんな時、光太郎の携帯電話が鳴った。画面にはスヴェンの名が表示さされていた。

 

「…スヴェン? どうかしたのか?」

 

『シャルデンの奴が嫌な予感がするからお前に連絡をとれって言うんだが、何のことかサッパリだ』

 

「どういうことだ?」

 

『なんでもさっき帰ってきたお前に違和感があったらしい。光太郎に連絡を、とだけ言ってシャルデンの奴も飛び出して行っちまったが、どういう事か分かるか?』

 

「…俺が…帰ってきた?」

 

光太郎は思わずその部分を反芻した。自分はキョーコと最初に出掛けてから、次にティアーユと、その後はセフィリアと合流している。朝出てから一度も戻ってはいないはずなのだ。

 

『…違うのか? さっき戻ったお前はイヴを連れて出て行ったんだが、つまりは…くそっ! そういう事か…』

 

光太郎は絶句した。

自分の姿をした者がイヴを連れ出し、そしてどこかへ出て行った。そして自分たちの前に現れたドクターに、星の使徒、道の能力、それらの情報は自ずと答えを導き出す。

 

「…俺やドクターのコピー、あのエーテスという猿か」

 

◆◇◆◇

 

料理の料亭で光太郎がセフィリアに胃を責められていた頃、アジトからイヴを連れ出した光太郎、もといエーテスはある場所に向かっていた。

 

「光太郎、セフィリアさんはもう良かったの? 随分と早かったね」

 

「あ、ああ。セフィリアさんとはまた別の機会にたっぷりと時間取る事になったんだ」

 

エーテスの道能力、コピーはその人物の姿形や記憶さえも写し取る事ができる。イヴの隣にいたエーテスは光太郎そのものだった。

 

「あそこに倉庫があるだろ? あそこにイヴに渡したい物を隠してあるんだ」

 

エーテスはそう言って人気のない工場の倉庫の扉を開けた。エーテスに促されて中に入るイヴだが、薄暗くてよく見えない。

 

「光太郎? 本当にここにー」

 

イヴは後ろにいるはずの光太郎に確認をとろうと振り返るが、直後、腕に小さな痛みを覚えた。蜂のような虫がそこにいた。イヴは直ぐに髪をトランスさせて虫を追い払おうとしたが、体が硬直して動くことすら出来ない。

 

「い、今の…は?」

 

「強力な麻痺毒をもった虫を創り出した、私の能力だ」

 

エーテスの背後からシキとエキドナが姿を現した。その顔ぶれを見てイヴは自分の置かれた状況をようやく理解した。

 

「…ニセモノ」

 

「キキキッ、本人じゃなくて残念だったな!」

 

エーテスは変身を解いていやらしい笑みを浮かべる。

 

「光太郎に化けるなんて…許せない」

 

反撃に転じようとするが、麻痺毒が体に回ってしまい自由が効かない。体内のナノマシンによって解毒を試みるが、瞬時に打ち消す事は出来なかった。少なくとも解毒まで数分はかかる。

 

「単純な麻痺毒ではない。数種類もの複雑な毒を調合している。そう簡単に解毒できるものではないが…南光太郎の動向が気にかかる。すぐにでも場所を移した方が良いだろう」

 

イヴの体がぼんやりと光っているのを見て、解毒の最中だと察したシキは数体の蟲の兵隊を創り出してイヴを抱えるように命じる。

 

「キキッ、南光太郎は確かに強敵さ。だが俺様の能力があれば奴らのパーティーを混乱させるのは容易い。そこを突けば南光太郎攻略の糸口は見えてくるんじゃねえか? そんなに焦る事はねぇぜ」

 

「エーテス、調子に乗るんじゃないよ。私とアンタはノミ怪人って奴の血液エキスで南光太郎の恐怖から解放されたが、甘く考えていい相手じゃない。早くこのお姫さんを連れて帰るよ」

 

血液エキスの効果で躁状態に近いエーテスだが、エキドナによって窘められた。エーテスは不満そうな表情を浮かべながらも指示に従い、一同はエキドナの創り出したゲートでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

その僅か数秒後、倉庫の扉を壊して入ってきた影があった。

 

特徴的なフォルムの無人のバイク。

エキドナが創り出したゲートは既に閉じられていたが、能力の残滓は残されていた。

 

『…油断したな。小さき者よ』

 

 

 

連れ去られたイヴ。

そしてこの場にたどり着いた無人のバイクとは?

 

光太郎はイヴを取り戻す事ができるのだろうか⁉︎



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平穏の終わり

湿っぽい洞窟のような空間。

周囲の岩壁には機械的な装置が設置されている。

 

星の使徒によって攫われたイヴは手足を鋼鉄の錠で拘束されてこの牢獄に囚われていた。シキの創り出した蟲の麻痺毒は体内から消えているが、イヴは拘束も破れずにいた。本来のイヴであればこの程度の拘束を外すのは容易い。しかし体内のナノマシンのトランスを試みようとするも、周囲の機械が特殊な電磁波を流しているらしく、ナノマシンの使用を阻害されていた。

 

だが幸いにも星の使徒は近くにおらず、見張りの怪人が牢の前に立っているだけだ。ナノマシンさえ使用可能になればこの牢から抜け出すのは容易い。

 

「……」

 

イヴは周囲を見渡す。

何か使えるものはないか、思考を巡らせていると見張りの怪人が振り向いた。そして小さな声で話しかけてきた。

 

「……お嬢ちゃん、今は大人しくしていて欲しい。隙見て自分が逃してあげるよ」

 

何と、怪人からそんな優しい言葉が出てきたのだ。イヴは一瞬戸惑ったが、罠の可能性もある。警戒を怠らないまま真意を探る。

 

「…何が狙いなの? 私を油断させるための口実?」

 

「…驚いた…まだ小さいのにしっかりしてるんだな。信用して欲しいと言っても難しいと思う…自分はお嬢ちゃんを助けたい」

 

「どうして? 私はあなたたちの敵のはずです」

 

「……人間は海を汚す。そのせいで海で暮らす生物はどんどん減っている。そんな人間、許す事はできない。だけど、優しい人間がいるの、自分は知ってる」

 

目の前の怪人はイヴが抱いていたゴルゴムの怪人のイメージとはだいぶかけ離れていた。ゴルゴムの怪人はその身体能力の高さから、脆弱な人間を卑下する者が多い。しかしこの怪人は人間の『優しさ』を口にした。他の怪人とはまるで違うのだ。

 

「お嬢ちゃんが…ライダーの仲間というのは聞いてる…ライダーなら…絶対助けにきてくれる」

 

「あなた…光太郎の事、知ってるの?」

 

怪人の穏やかな雰囲気に、イヴも気付けば警戒心を解いていた。イヴの問いに怪人はコクリと頷くと、頭上を見上げた。怪人は口を動かして人の耳には聴き取れない音波を放つ。

 

直後、洞窟内に激しい揺れが生じた。

 

「…来た…お嬢ちゃんを助けに…ライダーがやって来た」

 

 

 

 

 

 

数分前、アクロバッターから信号を受信した光太郎は倉庫に辿り着いていた。

 

「アクロバッター、イヴはここか!?」

 

『小さき者は先程までここにいた。しかし連れ去られてしまったようだ』

 

「なんて事だ! …恐らくエキドナの能力で逃げたはずだ。もう近くにはいないだろう。…イヴ…直ぐに助けにいくぞ!」

 

どこにいても必ず助け出す。光太郎は直ぐに行動を移そうしたが、光太郎の優れた聴覚が何者かの声を捉えた。しかし声というには超音波に近く、並みの人間には何も聞こえないだろう。

 

光太郎は声が聴こえてくる場所を探した。

倉庫内の何も無い空間、そこから僅かに音が漏れていた。そこで光太郎は空間に浮かぶ一本の金髪を見つけた。

 

「…これはイヴの? これがあったからゲートが完全に閉じられなかったのか。アクロバッター、この先の空間を破るぞ!」

 

光太郎はアクロバッターに跨り、エンジンを吹かして目の前の空間に飛び込んだ。

 

 

◆◇◆◇

 

怪人は牢を開錠し、イヴの手足に付けられていた鋼鉄の錠を外した。

 

「このアジトにいる他の怪人、侵入したライダーに向かってる。逃げ出すのは、今しかない」

 

「…ここにはクリード達、星の使徒もいるはずです。私も光太郎と一緒に戦います」

 

拘束から解放されたイヴは立ち上がって戦意を示した。しかし怪人は首を振る。

 

「…クリード達、もうここにはいない。クリードの目的はお嬢ちゃんを攫ってライダーを誘き寄せ、『アレ』の戦闘力を測ること」

 

「…『アレ』?」

 

イヴと怪人がそんな会話をしていると近くの岸壁が破られ、その奥からRXが飛び込んできた。

 

「イヴ! 良かった、怪我はないか?」

 

「光太郎…心配かけてごめんなさい」

 

イヴはRXに駆け寄って再び怪人に向き合い「あの怪人さんが助けてくれた」と伝えた。その怪人の姿を見て、RXは驚いた。かつて別の世界での命の恩人。ゴルゴムの怪人に殺されてしまった心優しき怪人、『クジラ怪人』。その怪人とこうして再び出会えたのだ。

 

「…クジラ怪人…」

 

「姿は変わってしまったが分かる…ライダー、元気そうだな」

 

「俺をここに呼んでいたのは、クジラ怪人、お前だったのか」

 

RXは人には聴き取れない声を辿ってこの場にやって来ていた。クジラ怪人はずっと叫んでいたのだ。『探し人はここにいる』と。

 

しかし呑気に再会を喜んでいる状況ではない。

先程よりも大きな爆発が起こったのだ。亀裂が入った岸壁から海水が浸水する。

 

「…このアジトは間もなく崩壊する…ライダー、地上へ脱出するぞ」

 

「分かった。イヴ、泳げるか?」

 

「大丈夫だよ、足手まといにはならない」

 

3人は崩壊に巻き込まれる前にその場を脱し、海中を移動する。クジラ怪人が先頭を行き、マーメイドにトランスしたイヴがRXの手を引いて泳いでいく。地上の光が見えてきたところでクジラ怪人が超音波で注意を促してきた。

 

『この先に自分たちとは別次元の怪人が待ち構えている。気を付けろ、ライダー』

 

「ありがとう、クジラ怪人。その怪人は俺に任せてくれ!」

 

RXとイヴは海中から飛び出して海岸に着地する。直後、2人を目掛けてミサイルが撃ち込まれていた。

 

「RXパンチッ‼︎」

 

即座に放ったRXのパンチの拳圧でミサイルの信管が潰れ、2人に届く前に空中で大爆発を起こした。爆炎の向こうに佇む怪人、その姿にRXは覚えがあった。今まで戦っていたゴルゴムの怪人ではない。ついにあの帝国が地球侵略に乗り出したのだ。クライシス帝国怪魔ロボット大隊最強の戦士の一体『ガンガディン』。脚部が4輪という特徴的な姿だが、高火力のミサイルやビームを放ち、当時の自分すらも敵わない怪力の持ち主だ。

 

その周囲をクライシス帝国の雑兵であるチャップ達がマシンガンやバズーカを手にしてこちらに狙いを定めていた。

 

「…イヴ、俺はあの怪魔ロボットと戦う。他の相手は任せる!」

 

「…うん!」

 

イヴはRXに戦場を任された。

天使の羽を生やし、高速で飛翔するイヴ。チャップ達は慌てて空中に狙いを移すが、縦横無尽に飛翔するイヴを捉えることはできなかった。

 

「遅いっ!」

 

遠距離では羽根の弾丸(フェザー・ブレッド)、近距離では髪の毛を操りナノスライサーなどで次々とチャップ達を制圧していく。チャップ達も我武者羅に発砲するが、イヴの姿を捉えることすら困難だ。

 

イヴは本当に強くなった。ゴルゴムの怪人よりも上の次元の強さをもつ大怪人にすら勝利を収めたイヴにとって、チャップ達のような雑兵では相手にならないだろう。RXは安心してその戦場をイヴに託す事ができた。

 

「俺は太陽の子…仮面ライダーBLACK RX! クライシス帝国、お前達が何度地球を狙おうと、この俺がいる限り思い通りにはさせない!」

 

RXは跳躍してガンガディンに飛び込む。

しかし高火力のミサイルの雨が撃ち込まれ、直撃は避けても爆風によって接近出来ずにいた。ミサイルの威力で地形が変わっていく。

 

「くっ、やはり直撃すればタダでは済まない! ならば!」

 

腰のサンライザーが輝き、その身を炎の王子へと変化させる。ガンガディンにとっては初めて見るRXのフォームチェンジだ。

 

「ボルティックシューター!」

 

ロボライダーの左手に銃が顕現し、百発百中の腕で全てのミサイルを撃ち落とす。同時に爆発の際に生じ爆炎をその身に吸収し、己の力へとプラスしていく。ガンガディンは怯まずにミサイルやビームを撃ち込むが、ボルティックシューターの光子によって無効化される。ロボライダーは一歩、また一歩と確実に距離を詰めていき、遂に拳の届く距離まで肉薄した。

 

「忘れたか! お前の力では俺に敵わないのを!」

 

ガンガディンは右手のアームを振り上げ、ロボライダーに叩きつける。以前のRXであれば衝撃で大地に叩きつけられていただろう。しかしロボライダーは左手一本でガンガディンの怪力を受け止めていた。衝撃で足元にクレーターが形成されたが、ロボライダーの体勢を崩すには至らない。懐のロボライダーの右手が輝き、ガンガディンに向けて放たれる。

 

「ロボパンチッ!」

 

ロボパンチの衝撃でガンガディンの腹部は抉れ、その身はその場に留まることを許さず吹き飛ばされた。岩壁に叩きつけられて身動きができなくなったその瞬間、ロボライダーはRXへと姿を変え、跳躍しながらサンライザーに手を添えていた。

 

「リボルケイン…!」

 

最強の光の杖がRXの手に収まる。

そして着地と同時にRXはリボルケインをガンガディンの体に突き刺した。

 

「ぐ、ぐあああああっ!」

 

無限のエネルギーを注入されて体内から崩壊が始まる。

RXはリボルケインを引き抜いてガンガディンに背を向けた。

 

直後の爆発。

ガンガディンは体を爆散させてこの世から消滅した。

 

 

 

◆◇◆◇

 

RXとガンガディンとの戦い。

モニターに映し出されていたその戦いを、彼らは見上げていた。

 

「…これが今のRXの実力か。以前よりも性能値は増しているが、想像の域を出ぬな」

 

諜報参謀マリバロン。

 

「侮るな、マリバロン。奴は強大な力を誇るクライシス皇帝すらも破った戦士なのだ」

 

クライシス帝国の四幹部の奥より金の仮面と鎧を纏った男が現れ、モニター前で足を止めた。

 

『ジャーク将軍』

 

この男こそ、クライシス帝国の最高司令官である。

ジャーク将軍の脳裏にはRXとの最後の戦いの記憶が蘇る。クライシス皇帝の強さは自分よりも遥か高みにある。次元そのものが違うと言っても良いだろう。そのクライシス皇帝を運良くにしても倒した過去をもつRXを侮る訳にはいかない。

 

「RXを倒すためには万策をもって当たらねばならぬ。その策のうちの一つがお主らよ」

 

ジャーク将軍は身を翻し、そこに立っていた者達に手を翳す。

 

「巨大な戦力を誇るクライシス帝国、そしてその組織の最高司令官であるジャーク将軍に認められるなんて光栄だよ」

 

そこに立っていたのは星の使徒たち。

先頭に立つクリードはそう言いながらも値踏みしながら四幹部達を眺めていた。それが気に障ったのか、怪魔獣人大隊を率いる海兵隊長『ボスガン』が彼らを威圧する。

 

「調子に乗るなよ、地球人。貴様らはクライシス皇帝の慈悲によって戦列に加わったに過ぎん。立場をわきまえろ」

 

「おやおや…こちらの世界では『弱い犬程よく吠える』という言葉がある。誰が、とは言わないが、覚えておいた方がいい」

 

「なんだと…貴様っ!」

 

「やめよ、ボスガン」

 

飛びかかりそうであったボスガンを制し、ジャーク将軍は改めてクリードと向き合う。

 

「…RXに近い力を宿しておるな。その力をクライシス帝国の為に使え。RX打倒の暁には、クライシス皇帝の命により地球の支配権を与えよう」

 

「…ふふふ、期待しているよ」

 

クリードは口角を上げて笑みを浮かべる。

互いに理解している。本当に信頼している訳ではない。RXを打倒した後には敵対する事になるであろうことは薄々感じ取っていた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「本当に一緒に来ないのか?」

 

「この姿では人間達怯える。自分はこれからも海を守っていく」

 

変身を解いた光太郎は海辺でクジラ怪人を仲間へと誘っていた。しかしクジラ怪人は自分の姿が人間社会で溶け込むのは難しいと誘いを断った。光太郎達の迷惑にもなると思ったのだろう。

 

一緒に戦えないのは残念だが、かつての世界と違い、クジラ怪人は生きている。会おうと思えばいつでも会える。

 

「元気でな、クジラ怪人!」

 

「ライダーも、な」

 

クジラ怪人は再び海へと潜ってその身を消した。

 

 

日が傾き始めた空からは雪が滔々と降り始めていた。

海中から上がってきたアクロバッターと共に、光太郎とイヴは雪の降る中、仲間たちが待っている街へとテールランプを光らせて走ってく。

 

「…光太郎、心配かけてごめんなさい」

 

「ああ、本当に心配した。エーテスのコピー能力は厄介だな。今度みんなと対策を練らないといけないな」

 

遠くの街からクリスマスソングが聴こえる。

しかし光太郎には新たなる戦いの序曲のように聴こえていた。



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