夜兎語 (JOKER off )
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雨の降る夜

〇全ての始まり〇

 

 何もないと言っても過言ではない空間に青年は佇んでいた。

光もなく、音もなく、生者の気配すらない暗闇の空間にたった一人で……

何時間、いや何日経過したのだろう? 青年は時間の感覚すら失いつつあった。

 

『答えは出ましたか?』

 

 ふと、青年の頭の中に不思議な声が響いた。

その声の正体を知る青年は、臆することなく不思議な声に応える。

 

『答えは変わらない。俺は転生する』

『……アナタには他の道があるのですよ?』

『いいんだ……』

 

 不思議な声に対して静かに首を横に振る青年。

 

『こんな機会を逃したら、俺は後悔するよ』

 

 青年の口元がニヤつく。

これから自分が貰える特別な力のことを思うと笑いが止まらない。

あの〝ドラゴンボール〟のサイヤ人の能力を手に入れられるのだから。

 

『分かりました。では、特典の内容を教えてください』

『あの! 戦闘民族の能力をください!!』

 

 青年は興奮を抑えきれずに大声で希望を叫ぶ。

 

『せ、戦闘民族……?』

 

 青年の希望がピン!と来ず、戸惑う不思議な声の主。

 

『嫌だなぁ…… 本当は分かってるクセに♪』

『えぇっと……』(どうしよう……全然分からない……)

 

 内心では困ってる不思議な声の主。

自分が焦らされていると勝手に思い込んでる青年。

この微妙な擦れ違いが青年の運命を決定付けることになろうとは……

 

『え? まさか本当に分かんない?』

『そ、そんなことはないですよ!』

『よかった~。じゃ、お願いします!!』

 

 自分の長年の夢が叶う瞬間を待つ青年。

そんな青年に対して見栄を張ってしまった自分を呪う不思議な声の主。

不思議な声の主は、戦闘民族というヒントを頼りにするしかなかった。

 

(戦闘民族…戦闘民族…戦闘民族……はっ!)

 

 戦闘民族という唯一のヒントで、不思議な声の主が出した答えは……

 

『あの戦闘民族(夜兎)ですね! 了解しました!』

 

 〝銀魂〟の夜兎だった。

 

 

〇1ヶ月後〇

 

 朝の海鳴市の住宅街に朝陽が照らし始める。

忙しく新聞配達に勤しむ人、ランニングする人、朝早く通勤する人。

いつもの海鳴市の朝の光景がそこにはある。

 

「んぅ……?」

 

 時刻は朝の5時52分。

とある家の寝室に二人の子供の姿があった。

 

「お兄ちゃん、朝だよ~♪」

 

 と、先に起きた金髪のロングの可愛らしい少女が優しく少年の耳元で囁く。

しかし、少女の優しい目覚ましコールは少年には一切届かず、少年は熟睡していた。

 

「…………お兄ちゃーん!!」

「ぶへっ!?」

 

 いつまでも起きてくれない少年に痺れを切らした少女。

布団に隠れている少年の胴辺りに狙いを定め、少女はイタズラ顔で思いきりダイブする。

少女のダイブを胴に思いきり喰らった少年は、肺から息を全て吐き出し、気持ちの良い?朝を無事に迎える事が出来たのだ。

 

「そ、その起こし方はやめてくれって言ったじゃねぇか……」

「起きてくれないお兄ちゃんが悪いんだもん!」

 

 ジト目で頬をぷぅ…と膨らませる少女を軽く叱る少年。

そんな少年のパジャマの袖を掴み、少女は少年を立たせようと頑張る。

 

「早く朝御飯作ってよ~……」

「分かった……だから、朝のテレビの占いでも見ながら待っててくれ」 

「分かったー!」

 

 年相応の元気な笑顔で少年の部屋から出ていく少女

少年はその後ろ姿を軽く閉じてる目蓋を右手で軽く擦りながら見送った。

 

「今日もふりかけご飯でいっか……」

 

 少年と少女が出会ったのは、ほんの1週間前の雨の降る夜のこと。

少年「東雲 秀樹」と少女「アリシア」の運命は、あの夜から始まったのだ。

 

 

〇1週間前・昼〇

 

「ハァ………」

 

 とても小学生が放つとは思えない溜め息を秀樹は吐いていた。 

太陽がサンサンと輝く海鳴市の歩道をフード付きの青いパーカーを着て歩く。

自分の体質上、秀樹は直に太陽の陽射しを浴びる訳にはいかず、まだ春先とはいえ、クソ暑い日中を我慢して厚着している。

 

(もう少しだ。もう少しでスーパーの涼しい風に当たれる)

 

 そんなことを思いながら歩く。

パーカーのポケットにある特売のチラシと財布を握りながら……

端から見れば、親におつかいを頼まれた良い子に見られるだろう。

しかし、当の本人には生活がかかっているのだ。

 

「ありゃ?」

 

 ふと、秀樹は気になってしまう光景を目にした。

たまたま通りかかった公園に数人の子供達が遊んでいる。

それだけだと微笑ましい平和な日常で片付けてしまうことが出来るのだが………

 

(あの子、イジメらてんのか?)

 

 秀樹が気になったのは、一人の金髪の少女だった。

公園のベンチにポツンと座り、遊んでる他の子達を眺めているだけ。

端から見れば、ハブられているのは明らかだった。

 

(ま、俺には関係ねぇけどな……)

 

 自分に出来ることはないと素通りしようとした。

実際、知らない無関係な奴がシャシャリ出て何になるというんだ?

あと数歩歩いてしまえば、金髪の少女は完全に秀樹の視界から外れてしまう。

 

 そんなときだ。金髪の少女と不意に目が合った気がしたのは。

 

「卵が……貴重なタンパク源が……」

 

 数分後、秀樹は人目を気にせずにチラシを握り絞め、スーパーの床に蹲っていた。

自分がほんの少し早くスーパーに辿りつけていれば卵は売り切れなかったのに……と。

わざわざ太陽が照り輝く道を我慢して歩いてきたというのに………

 

「なぁ、この卵の特売は昨日やで?」

「………………」

 

 車椅子に乗った茶髪の女の子の指摘で、秀樹はさらに嘆いたのは言うまでもない。

 

 

〇1週間前・夜〇

 

「何もあそこまで笑うことはねぇだろうが……」

 

 秀樹は昼間にスーパーであったことを思い出していた。

 

『自分、寝癖が兎ちゃんみたいやなぁ♪ ぷぷっ♪』

 

 今朝、寝癖の手入れをしなかったのが仇になった。

フードで隠せば問題ないと思い、寝癖の手入れを怠ったのが敗因だ。

太陽の陽射しがスーパーの中にまで届かないからフードを外してしまった。

身嗜みに気を使わなかった自分が悪いのだが、車椅子の女の子に釣られるように、周りにいたオバハン達にまで笑われたのが歯痒かったのだ。

 

「当分、あそこには顔を出せねぇな……」

 

 と、呟いて時計を見る。

時刻は夜の9時を少し過ぎていた。

 

「腹減ったな。でも……」

 

 秀樹は見たくもない現実を直視した。

冷蔵庫の中身は空、炊飯器に米は無し、ついでに調味料もない。

完全に追い詰められている状態に陥っていた。

 

「ハァ……今日もコンビニ弁当か……」

 

 背に腹は変えられない。

財布の中身を確認し、秀樹は外に出掛ける準備を整えた。

いつの間にか雨が降っていたため、傘を忘れずに外に出る。

夜兎の傘は目立つため、普通の市販の傘を右手に持って。

 

「今日で転生して23日か」

 

 雨の降る歩道を歩きながら、転生してからのことを軽く振り返ってみる。

転生した初日、自分がサイヤ人になったと思い込んでいたのは黒歴史というヤツだ。

延々とかめはめ波と魔貫光殺砲の練習してたのが恥ずかしい。

 

「ん?」

 

 はやく黒歴史のことは忘れようと誓っていたとき、秀樹の目に信じられない光景が飛び込んできた。昼間に通りかかった公園に金髪の少女が寒さに震えながらベンチに座っていたからだ。

 

「ちっ!」

 

 何してんだバカ野郎!と叫ぶのを堪え、秀樹は上着を脱ぐ。

雨が止む気配もないというのに、ただただ公園のベンチの上で雨に当たる金髪の少女の気が知れなかった。

 

「これを羽織ってろ!」

「誰?」

「誰でもいい! こんな雨の夜に一人で何してんだ!?」

 

 優しく声をかけてやればいいのだろうが、秀樹にそんな余裕なんてなかった。

寧ろ、沸々と怒りが込み上げてきているである。この子の親は一体何をしている?

それを考えると、口調が少々強くなってしまったのだ。そのせいか……

 

「うぅ………」

 

 金髪の少女は目尻にいっぱいの涙を溜め込んだのである。

 

「な、泣くなって。お兄ちゃんが悪かったよ。怒鳴ってごめんな?」

「ひっく うぅ……」

 

 やってしまった……と、秀樹は絶賛後悔している。

この子に何があったかは知らないが、この子が全て悪いということないだろうに。

 

「嬢ちゃん、名前は?」

「名前?」

「そうだ。俺は秀樹、東雲秀樹って名前だ」

 

 とりあえず自分から先に自己紹介する。

その後、近くの交番に預けてしまえば万事解決だと軽く考えていた。

 

「アリシア」

「アリシアちゃんか、お父さんかお母さんは?」

「分かんない」

「? 何処にいるか分からんってこと?」

「分かんないの。お父さんとお母さん……」

「え?」

「私は……」

 

 秀樹は、自分の嫌な予感が的中しませんようにと全力で天に祈る。

〝記憶喪失〟とか滅多なことなんて起こり得るはずなんかないんだ。

 

「私、何をしてたんだっけ?」

「じ、自分の家の場所とか分かるよね?」

「分かんない。私の家は何処?」

 

 よし。あとは交番の人にバトンタッチしてしまおう。

秀樹は自分の手に負えない案件だと察し、交番に行くことを決意する。

しかし、自分の今の状況を考えるとそうもいかなかった。

 

(こんな夜中に子供二人で交番に出向いたら厄介なことになるわ)

 

 そう、今の自分の姿が大人なら話は別だった。

青年が少女を交番に送り届け、事情聴取を受けるだけで済む。

しかし、今の自分の姿が子供なら話はややこしいことになるのだ。

警察に頼れないことを悟った秀樹は、アリシアと向き合う。

   

「とりあえず俺の家に来い。お風呂準備してやるから」

 

 道はひとつだけだった。

こんな寒い雨の中に女の子一人で震えさせる訳にはいかない。

不本意だが、秀樹は自宅にアリシアを招くことにするのだった。



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ロリコンじゃないフェミニストです

「今、タオル持ってくるから待ってな」

「うん」

 

 アリシアを自宅に連れてきた秀樹は、アリシアの濡れた身体を拭くためにタオルを用意した。帰り道にパトロールの警官に見つからなかったことに安堵しながら、白いタオルでアリシアの髪を丁寧に拭いていく。

 

「歳いくつ?」

「5歳」

「へぇ、お兄ちゃんは9歳な」(精神年齢は22だけどな……)

 

 そう秀樹は思いながら、タンスから黒ジャージを取り出した。

 

「少しデカイと思うけど、それで我慢してくれ」

 

 アリシアの着ていた服がずぶ濡れになっているため、自分の黒いジャージを貸し出す。

 

「大きい……」

 

 黒ジャージを受け取ったアリシアは、秀樹の身体のサイズと自分の身体のサイズを見比べながら戸惑っていた。

 

「さっさと着替えてくれ。それじゃ風邪引くぞ」

 

 そうアリシアに背を向けながら毛布の準備をする。

アリシアは、言われた通りに服を脱いで黒ジャージを着てみる。

しかし、下のジャージがブカブカ過ぎて、穿いてもズレていってしまう。

 

「脱げちゃう」

「あちゃー、まぁ上だけで下も隠れてるから大丈夫か」

「……寒い」

「この毛布にくるまってろ。あと数分で風呂が………」

 

 秀樹は、何故かモジモジしてるアリシアに不審を抱いた。

 

「どした?」

「なんか下がスゥスゥするの……」

「………………」(そりゃあ……ノーパンだもの………)

 

 と、秀樹は無言のまま心の中で呟いた。

 

 

「海鳴デラックスピザ MサイズとLLサイズよろしくお願いします」【ダミ声】

『はい。住所はどちらになりますか?』

「はい、海鳴市の………」【ダミ声】

 

 風呂が沸いたあと、秀樹はピザを出前で注文することにした。

予定外な出費になってしまったけれど、コンビニの弁当よりかは数倍マシ。

親(空想)が頼んだように演出するため、十分怪しいがダミ声で乗り切った。

 

「さて……ん?」

 

 あとはアリシアが風呂から上がった後に自分も入ろうかと思っていた。

でも、肝心のアリシアは風呂に入ってはおらず、ずっと秀樹の方を見ていた。

 

「風呂の場所教えたろ?」

「一緒に入って」

「そうか、そうか。一緒に………ん?」

 

 つい自然な流れで納得しかけてしまった秀樹。

今、アリシアがなんと言ったのかを脳内でリピートした。

聞き間違えではなければ、間違いなく「一緒に入って」と確かに言った。

 

「お兄ちゃんも一緒に入って」

「一人じゃ無理か?」

「うん……」

「仕方ねぇなぁ……」

 

 もうどうにでもなれという心境に秀樹は陥る。

コンビニ弁当を買いに家を出たはずなのに、人生というのは分からない。

たった数分で殆ど互いのことを知らない少女と風呂に入ることになろうとは……

 

(俺はロリコンじゃない。今回だけフェミニストだ)

 

 と、秀樹は自分に言い聞かせる。

目の前でちょこんと椅子に座るアリシアのために、右手にシャンプーを垂らす。

そして、両手に馴染ませるようにシャンプーを伸ばしていく。

 

「んじゃ、頭洗うからな。目を瞑れよ? 目に入っても知らねぇからな」

「分かった」

 

 この機会に自分の名前以外に何か覚えてないか聞いてみることにした。

 

「お母さんの名前とか覚えてないか?」

「んー…… 分かんない」

「じゃあ、アリシアはアメリカの人?」

「アメリカって何?」

「……マジ?」

 

 アメリカを知らないアリシアに秀樹は戸惑いを隠せなかった。

気を取り直し、アリシアの好きなものか嫌いなものを聞くことにする。

 

「それじゃあ、アリシアは何が好きなんだ?」

「好き?」

「えっと、例えば好きな食べ物とか」

「オムライス!」

「そっか。好きな動物は?」

「猫だよ」

(好きなもんとかは覚えてるんだな)

 

 こうして他愛もないことを聞いている間、秀樹は考えていた。

これからどうすればいいのだろうか?と。アリシアは複雑な事情を抱えているだろう。

5歳の女の子が記憶喪失で夜中の公園で雨に射たれる状況はあり得ない。

本当は警察に任せてしまえばいいのだが、自分の身の上が邪魔して素直に頼れなかった。

せめて、自分の姿が大人であれば手段も増えるのだが子供では行動に制限がどうしてもある。

 

 そんなことを難しい顔をして悩んでいると、アリシアが秀樹の顔を覗き込んでいた。

 

「お兄ちゃんは?」

「え?」

 

 このとき、秀樹はやっと我に返る。

 

「お兄ちゃんは何が好きなの?」

「そうだな……俺もオムライス好きだな」

「じゃ、私と一緒だね♪」

「明日の昼にでも食べに行こうか?」

「本当!?」

「うげっ!?」

 

 秀樹の提案にアリシアは嬉しくなり、バッ!と椅子から立ち上がる。

その際、秀樹はアリシアの頭を洗うためにアリシアの旋毛を覗き込む体勢だったため、思いきり頭突きを喰らう羽目になってしまった。

 

「ごめんなさい」

「ふぇいき、ふぇいき。だいひょうふ」【平気、平気。大丈夫】

 

 もう少しアリシアの頭突きが強ければ、鼻血が確定していたのは明らかだった。

じーん…とくる鼻の痛みに耐えながら、秀樹はアリシアの身体を洗い終えていく。

 

「さて、次は俺か」

「じゃ、私がお兄ちゃんを洗ってあげる♪」

 

 秀樹の一言を聞いたアリシアが秀樹の背へと移動を始める。

 

「いいよ。湯に浸かってな」

「嫌だ。今度はアリシアが洗う番だもん」

 

 アリシアの手にはシャンプーとリンスが握られている。

もう秀樹が何を言おうとも、アリシアは秀樹を洗う気満々なのだ。

それを悟った秀樹は、素直に背中を預けることにした。

 

「よろしくお願いしまーす」

「じゃ、洗うよ~♪」

 

 なんでこんなことになってるんだっけ?と秀樹は思う。

アリシアには警戒心というヤツが存在しないのでは?と少し心配になった。

泣かれるよりも親しくしてくれるのはありがたいが、もう少し相手を疑ってというか……

 

(なんで娘を持った父親みたいなことを考えてるんだろ?)

 

 と、つい自分に心の中でツッコミを入れてしまった。

 

「お兄ちゃんの肌って、白くていいなー♪」

「そうか?」

「うん、女の子みたいだよ」

「複雑だなぁ…」{小声}

 

 自分の髪を洗うアリシアからの素直な感想に複雑な思いになる。

本来なら秀樹は夜兎の能力じゃなくサイヤ人の能力を特典として貰うはずだった。

しかし、神様との会話の擦れ違いで夜兎の能力になってしまい、日常生活で苦労を強いられている。日々の太陽対策を万全にしなければ、秀樹は昼間に歩くことなんて出来ないのだ。

春の陽射しで頭がクラクラするくらいなのに、夏になるとどうなるか……

いずれくる地獄の季節のことを考えると盛大に億劫になってしまうのだ。

 

「ハァ………」

「どうしたの?」

「なんでもない。アリシアは洗うのが上手だな」

「エヘヘ♪」

 

 このとき、秀樹はアリシアの無邪気な笑顔に救われたような気がしたという。

 

 

〇1時間後〇

 

「すぅすぅ……」

「たくっ、布団を先に用意しとけばよかった」 

 

 秀樹はそう呟き、ソファーで眠るアリシアのために敷布団をせっせと用意していた。

これから来るピザを待つために秀樹と二人でソファーに座っていたのだが、眠気が限界に達したらしく、隣に座っていた秀樹の肩にもたれ掛かるように眠ってしまったのだ。

 

「さて、これからどうするかね……」

 

 アリシアをソファーから自分が敷いた布団へと移動させた後、秀樹はソファーに座り、天井を見上げながら、これからのことを真剣に考えていた。アリシアを家で保護したのには全然後悔なんてしていないが、アリシアの両親または保護者が懸命にアリシアのことを今頃捜しているのかもしれない。でも、子供一人いなくなっているのだ。なにかしら近所で騒ぎになっているはず。窓から外の様子を見てみるが、そのような様子は一切見られない。自分の考え過ぎかもしれないが、アリシアが虐待を受けていた可能性だってある。グルグル頭の中であらゆる可能性が浮かぶが、どれも決定打に欠けている…… 今の状況は、所謂八方塞がりというヤツだった。

 

「まぁ明日は街で買い物だよな」

 

 秀樹は、答えの出ない考えを一旦止め、眠るアリシアの顔を見る。

今の家には女の子が着れる服なんて皆無だ。アリシアが最初着ていた服は洗濯機で回っているが、それ以外アリシアの衣服なんてない。明日街に出向き、アリシアの衣服を調達する予定だ。勿論、アリシアの両親または保護者も捜してみる。もし見つかれば万事解決だけど、見つかなければ、アリシアを暫く家に泊める必要がある。幸い、アリシアを保護したのは近所の公園だ。聞き込みをすれば、すぐにアリシアの家を見つけられるかもしれない。

 

「この辺で美味しいオムライスがある店なんてあるのか?」

 

 いつの間にか、秀樹はアリシアとの約束について考えていた。

〝明日の昼に美味しいオムライスを一緒に食べよう〟という約束。

その約束を果たすため、秀樹はノートパソコンを開き、インターネットで調べる。

海鳴市のグルメで調べていると、有名な喫茶店の名前がヒットした。

 

「〝翠屋〟か…… 人気の喫茶店みたいだし、近いからここでいいだろ……」

 

 口コミの様子から女子に人気の喫茶店だと嫌でも分かる。

きっとここならアリシアも満足するだろうと思い、一安心する。

明日の昼食の憂いがなくなり、秀樹はノートパソコンの電源を落とした。

 

 そして、ここ数分間で目を背けていた現実に向き合う

 

「……ピザ……遅くね?」

 

 このとき、秀樹は気付いていなかった。

自分がダミ声で伝えた住所が間違っているということに。

そのことに気付いたのは、深夜の1時頃だったという……

 



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兎ちゃん(渾名命名 八神はやて)

 翌日の10時20分頃、歩道をトボトボと歩く秀樹とアリシアの姿があった。

 

「アリシア、期待させてごめんな?」

「うぅん。大丈夫だよ」

 

 落ち込むアリシアに秀樹は謝罪することしか出来ない。

何故なら、昨日の晩に約束したばかりなのに、その約束が守れなくなったからだ。

 

「まさか貸し切りになってるとはね……」

 

 人気の喫茶店「翠屋」が少年サッカーチームに貸し切りにされていた。

どういうことか店の美人な人に話を聞くと、店長がそのサッカーチームの監督をしているらしく、祝勝会という名目で子供達に料理を振る舞いたいとのこと。

 

 日が悪かったと諦めるしかなく、別の日に翠屋を訪れることにした。

 

「ハァ……食べたかったな……」

「まぁ仕方ないさ」

 

 残念がるアリシアを納得させる料理が何かないかと考える秀樹。

コンビニ弁当が真っ先に浮かぶのだが、それはそれとしてどうかと思うのだ。

しかし、料理が全く出来ない秀樹に料理をしろとは酷な話である。

 

(金がドンドン減るな。食費で……)

 

 転生した際、秀樹の手元には30万円の金があった。

しかし、夜兎の体質による空腹がマイナスに働き、現在5万円前後しかない。

青年の姿ならバイトする手があるのだが、今の秀樹は小学生の姿。

何処も雇ってくれるはずもなく、来月の振り込み(神から)まで待たなくてはならない。

ちなみに振り込みは秀樹が大人になるまでである。

 

「あーーー、ストレス発散でもするか」

「ストレス発散?」

「あぁ、帰ったら一緒にやるか?」

 

 気分を変えるため、秀樹は自己流のストレス発散法をやる決意をした。

 

 

〇八神家〇

 

 海鳴市のとある一軒家に一人暮らしをしている車椅子の少女「八神はやて」

はやては、原因不明の病で足が自由には動かず、車椅子の生活を強いられていた。

両親は既に他界しており、とある親戚の〝おじさん〟と名乗るが財産管理と資金援助を行い、はやての生活面を全面的サポートしている。その他にもはやてを支える人は少なからずおり、寂しくないと言えば嘘になるが、酷く寂しいと思うことはあまりなかった。

 

「なんか面白いことないんかな……」

 

 空の天気が曇りの日、二階の自室を軽く掃除していた。

小学校に通えない現状で、変わり映えのない生活を淡々と過ごす日々が続いている。

はやく足が治り、自分の足で歩けるようになれば状況が一変するんだろう。

しかし、そう上手くいく話が現実にあるはずもなく、手慣れた掃除はすぐに終わる。

次は今日の昼食にでも食べようと考えていたオムライスの下準備のために一階に下りようと自室から出ると、外から妙な声が聞こえてきた。

 

「か、……波!」

「? なんや?」

 

 やたら気合いが入った少年の声が、はやての耳に届いた。

外から聞こえてくるのは確かであり、はやては近くの二階の窓を開いて声の出所を探る。

そして、その声の主は案外はやく見つけられた。

 

「かぁ、めぇ、はぁ、めぇ………波ーーーーーーー!!」

 

 隣の家の庭に、真剣な顔で何かを叫んでる昨日の兎ちゃん(はやて命名)がいた。

 

「なにしとんのや……」

 

 はやては、面白半分呆れ半分で、お隣の庭にいる兎ちゃんを観察する。

曇り空の下で兎ちゃんは深呼吸し、何かを両の掌から放つ動作を真剣に本気で繰り返す。

新手の体操なのかもしれないが、兎ちゃんの様子からして体操などというチャチなもんじゃないだろう。

 

「! あの子、お人形さんみたいで可愛いわ♪」

 

 はやては、兎ちゃんから少し離れた所に金髪の可愛い女の子を発見した。

女の子は、兎ちゃんの動作をやる気いっぱいの顔で見ている。

 

 そして、

 

「かめかめはーー!」

 

 と、可愛く兎ちゃんの真似をした。

 

(な、なんやの! メッチャ可愛いやん!!)

 

 元気いっぱいに兎ちゃんの真似をした女の子。

その様子に、はやては一発で心をK.O.されたのである。

 

 しかし……

 

「違うって! このときの手の位置はここだって!!

あと……かめ〝か〟め波じゃなくて、かめ〝は〟め波だから!!」

 

 女の子の可愛い一面を堪能していた矢先に、兎ちゃんが無粋なこだわりを見せたため、はやては割りと本気で兎ちゃんに殺意を覚えた。

 

 だから!

 

「そんなんどうでもええやろ!!」

 

 自分がこっそり見ていたことを忘れ、はやてはツッコミを入れてしまった。

 

「「ア」」

 

 兎ちゃんとはやての声が重なる。

ここ一連の恥ずかしい様子を見られていたと悟った兎ちゃんは、顔を赤くした。

人にはそれぞれ秘密というものがある。そのことを分かっているつもりだったはやては、このことは自分の胸の内に仕舞っておこうと考えていたが気付かれてしまったため、苦笑いで赤面している兎ちゃんに手を振った。

 

「き、昨日ぶりやね……」

 

 静まり返る場の雰囲気に頑張って声を出したはやて。

こんな気まずい雰囲気になるとは夢にも思っていなかったのだ。

兎ちゃん「秀樹」は、ギギギと油を注してない機械のような動きで両手で顔を隠し、その場に伏せる。

 

「お姉ちゃん、こんにちは!!」

 

 女の子「アリシア」は、そんなこと御構い無しにはやてに元気よく挨拶した。

 

「こんにちは。そや! 1時間前にクッキー焼いたんやけど食べる?」

「食べる!」

「待って!? そっちに行ったらダメだ、アリシアーーーーー!!」

 

 アリシアがクッキーという言葉に誘われたため、秀樹は八神宅にお邪魔することになった。

 

〇数分後〇

 

「どうかさっきのことは忘れてくださいませ」

「無理や。堪忍してや」

 

 自分の恥ずかしい様子を見られた秀樹は、はやての目の前で土下座をして頼んでいた。

さっきの一連の羞恥は忘れてほしいと願って。しかし、はやても記憶なんてすぐに消すことは出来ないから〝無理〟と一蹴した。

 

「まさかお隣さんやったとはねぇ……」

「このおかし美味しいね♪」

「アリシアちゃん、いくらでも食べてえぇで!!」

「はやてお姉ちゃん、ありがとう♪」

 

 はやては、アリシアのために焼いておいたクッキーを振る舞っている。

土下座している少年とクッキーを頬張る金髪の少女と金髪の少女に向けてビシッとサムズアップする車椅子の少女という奇妙な画が八神家のリビングにあった。

 

「兎ちゃ………自分も頭をええ加減上げてくれる?」

「兎ちゃんって言おうとした? 兎ちゃんって可愛い渾名付けてたの?」

 

 はやてがつい秀樹のことを兎ちゃんと呼びそうになる。

その直後、秀樹はやっと重い頭を上げ、はやてをジト目で見た。

 

「しょうがないやん。昨日の寝癖が忘れられんくて……」

「お前が兎ちゃんみたいって言うからオバハン達に笑われたんだぞ!」

「メッチャ笑ってたなぁ。可愛いもん見る目しとったよ」

「納得出来ねぇ……」

 

 昨日の一件で言及した秀樹だったが、はやては特に反省はしてない。

すると、クッキーを堪能していたアリシアが疑問をはやてにぶつける。

 

「兎ちゃん?」

「気にしなくていいぞ。あとで買い物に行こうな?」

「…………そや!」

 

 秀樹がアリシアに気にしなくていいと言う最中、はやては動いた。

未だに床に手を着けている秀樹の体勢が車椅子に座るはやてにとっては丁度よかった。

 

「アリシアちゃん、こうすると兎ちゃんみたいやろ?」

「本当だー♪」

 

 はやては、昨日の寝癖を再現するために秀樹の髪の毛を掴む。

はやてによって再現された兎ヘアーは、アリシアの納得するクオリティーだった。

 

「何してんだよ」

「兎ちゃんの髪の毛ってサラサラしとるんやな」

「誰も感想求めてないんですが!?」

「でも、髪の毛が伸びすぎとちゃう? お母さんは心配やで?」

「誰がお母さん!?」

 

 はやての軽いボケにちゃんとツッコむ秀樹。

そんな中、アリシアは顔を伏せながら何かを考え込んでいた。

 

『アリシアも髪の毛が伸びてきたわね』

『お母さんみたいに長く伸ばすの』

『そう。なら将来はお揃いね?』

『うん!』

 

 顔は思い出せないが、笑っている女の人が浮かんだ。

自分がその人の膝枕で眠り、その人が優しく自分の頭を撫でてくれる。

そんな幸せな時間をアリシアは少し思い出していた。

 

「アリシア?」

 

 アリシアは、秀樹の心配そうな声に我に返った。

心配するのは秀樹だけではなく、はやても同様にアリシアを心配する。

 

「どうしたんや?」

「な、なんでもないよ!」

 

 と、アリシア自身も戸惑いながらも誤魔化した。

誤魔化すアリシアを案じるはやては、全てを知ってるであろう兎の右耳を強く掴む。

 

「イタタタタ!!?」

「アリシアちゃん、お姉ちゃんはちょーっと兎ちゃんと話があるから!」

「う、うん……」

 

 痛がる秀樹を無視し、はやてはリビングから廊下へと移動する。

目的地に到着したはやては、アリシアが突然落ち込んだ原因を秀樹から聞こうとする。

勿論、リビングにいるアリシアに聞こえないように小声で。

 

 

{アリシアちゃんの今の様子はなんやねん}

{分かるワケねぇだろ! 俺だって……アリシアとは昨日の夜に会ったばっかだぞ} 

{どういうことや?}

{あっ}

{あっ……じゃないで! 一から全部説明せんかい!}

 

 はやて(8歳)の剣幕に圧される秀樹(精神年齢22歳)

秀樹は、昨日の……アリシアとの出会いから今までを包み隠さずに話した。

 

{そうなんか。アリシアちゃん、記憶喪失なんやね}

{お手上げ状態だよ。午前中に近所に聞き込みしてみたけど、有力な情報はなかった}

 

 秀樹がかめはめ波の練習を行う前、秀樹はアリシアを連れて聞き込みをしていた。

昨日の公園で遊んでいたガキ共や交番の警官にそれとなく聞いてみたり………

しかし、アリシアのことを知る人間は何処にもいなかった。

 

{で?}

{は?}

{は?じゃないやん! これからどうするんや?}

{………アリシアの両親を見つけ出すさ。必ずな}

{口では何とでも言えるで}

 

 そう口では何とでも言える。

口から言ったことを実行し、成功させることに意味があるのだ。

はやてに痛いところを突かれた秀樹は後頭部を右手で少し掻く。

 

{ハァ……じゃ、買い物行く準備しよか?}

{え?}

{え?じゃないやん。さっき買い物に行こうって言ったやんか}

{言ったけどよ……}

{有言実行や。一緒に買い物しよ?}

{だから、なんでお前も一緒に行く感じになってんだよ!?}

{ええやん、別に}

{軽っ!?}

{自分、アリシアちゃんの服とかちゃんと選べる?}

{うっ……}

 

 またまた痛いところを突かれた秀樹は、困り果てる。

確かに自分には女の子が着る服のセンスがイマイチ分からない。

そもそもファッションの流行には疎い部分があるから困るのだ。

 

「アリシアちゃーん! 今から買い物に行くでーー!」

「お姉ちゃんも行くの?」

「せやで。私がアリシアちゃんの服をチョイスしてみるわ」

「本当?」

「ごっつ可愛い服を一緒に選ぼうな?」

「うん!」

 

 と、女子二人が盛り上がる一方、男一人の秀樹は……

 

(食費にあんな金をかけるんじゃなかった)

 

 現在の食生活による食費の圧迫を絶賛嘆いていた。



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登場!? 白い魔法少女!!

今更だけど、オリ主の容姿とその他諸々

 東雲 秀樹(しののめ ひでき) 年齢 9歳(享年22歳)
 
 身長135cm
 体重 34kg
 頭髪 黒
  瞳 青

 好きな物 美味い飯、ドラゴンボール
 嫌いな物 ……………太陽……………
 
 まぁ小さい頃の神威くんを想像してもらえればいいです。


「もう勘弁してください………」

「まだや! 次はコレとソレとアレや!!」

 

 アリシアの当面の衣服と生活用品を揃えるため、海鳴市のデパートに足を運んだ秀樹。

しかし、秀樹は試着室の中で鏡に映る自分の姿に悶えて縮こまっていた。

 

(なんでこんなことに………)

 

 自分の居る服屋(女性専門)の試着室の中で数分前までのことを振り返る。

ここに来る前に気付くべきだったのだ。

 

 〝八神はやて〟という少女が自分の〝天敵〟になる〝子狸〟であるということを……

 

 

〇約2時間前〇

 

「うわぁ♪」

「おい、あんまり走るなよ」

「せやで。はぐれると大変や」

 

 秀樹は、はやてが座る車椅子を押しながら、走るアリシアを軽く注意した。

自分達が居るのは、多くの人が行き交う海鳴デパートのショッピングモール。

精神的に落ち着いている秀樹とはやてに対して、アリシアは年相応にはしゃいでいる。

既に〝アリシア迷子フラグ〟が建築されたも同然だった。

 

「凄いね! ここ!! 色んな物がたくさんだよ!!」

「はいはい。まずは用事を済ませよう。その後に色々と見て回ろう、な?」

 

 秀樹は、自分に寄ってきたアリシアの頭を優しく撫でた。

 

「アリシアちゃん、迷子になったら大変やから、お姉ちゃんと手を繋ご?」

「はーい♪」

 

 ここで秀樹はとりあえず胸を撫で下ろす。

はやてがアリシアを迷子にさせないために手を繋いでくれたからだ。

 

「さて、服から買いに行くか?」

「待ちや。まずはご飯が先やろ?」

「あー……そうだよな。もう1時をとっくに過ぎてるもんな」

 

 はやく買い物を済ませようとした秀樹に対し、はやてが待ったをかけた。

デパートに買い物しに行くと決めた直後に出発したため、3人は昼食を摂ってない。

自分はともかく、アリシアを空腹にさせるのは如何なものか……?

 

「アリシア、ご飯何がいい?」

「好きな物を言いや?」

 

 まるでお父さんとお母さんのように、優しくアリシアの希望を二人が聞いた。

 

「お兄ちゃん、あっちでクルクル回ってるのは?」

「クルクル?」

「あぁ! 回転寿司やね」

 

 アリシアが指を指した方向に顔を向けてみると、回転寿司を発見した。

どうやら、アリシアは回転寿司を見たことがないらしく、純粋に好奇心を擽られたようだ。

秀樹とはやては、互いに顔を見合わせて異論がないことを確認する。

 

「アリシアちゃん、生のお魚大丈夫やろか?」

「何事も経験だって、な?」

「なー♪」

 

 秀樹とアリシアが調子よく笑うのを、はやては微笑ましく見守る。

そして、回転寿司屋の女性店員に話しかけ、店の奥のテーブル席を用意してもらった。

車椅子のはやては、秀樹に手を貸してもらい、アリシアの隣に座る。

秀樹は、二人の向かいの席に座り、二人にドリンクの希望を聞く。

 

「アリシアはオレンジジュースでいいか?」

「いいよ」

「はやては?」

「私はウーロン茶や」

「ウーロン茶ね。じゃ、俺はビー……じゃなかった。コーラで!!」

「「?」」

 

 秀樹は、危うくビールと言いかけた自分と目の前で首を傾げる二人に焦りを感じた。

 

「お寿司なんてホンマに久しぶりや♪」

「美味しいの?」

「美味いよ。まぁアリシアはエビとかタマゴとかから食べた方がいいかもな?」

「アリシアちゃん、お刺身食べれる?」

「お刺身?」

 

 そこからか…と秀樹とはやての二人は顔を見合わせる。

 

「アリシア、こういう生のお魚が刺身って言うんだぞ」

 

 丁度通りかかったサーモンの握りを取って、秀樹は自分なりに説明する。

お手本を見せるため、小皿に醤油を垂らし、サーモンに醤油を少し付ける。

そして、秀樹は大きく口を開けてサーモンの握りを口へと運んだ。

 

「ふぁってに?」(やってみ?)

「うん……」

「アリシアちゃん、まずはエビからチャレンジや。

あとあんな風に食べながら話したらいけんよ?」

 

 はやては、秀樹の真似をしないようにアリシアに注意し、アリシアのために回ってきたエビをテーブルに置いた。アリシアは、目の前に置かれたエビをジッと眺めたあと、ゆっくりとエビに手を伸ばし、小皿の醤油にエビをゆっくりと付けた。

 

「っ!」

 

 アリシアは、自分にとっては未知の体験であるエビを自分の口に入れた。

たった一貫を食べる些細なことでも、秀樹とはやては固唾を飲んで見守る。

 

 もぐもぐ……もぐもぐ……

 

 アリシアは、ただ黙ったまま、俯きながらエビを噛んでいる。

 

(も、もしかして……)

(く、口に合わんかったんやろか?)

 

 顔を上げてくれないアリシアに、秀樹とはやては心配になる。

やはり、無理に食べさせるべきではなかったのか?と少しばかり後悔した。

 

 しかし…………

 

「美味しいーーー!」

 

 それは杞憂に終わった。

エビの味を覚えたアリシアは、回ってくるエビに早速狙いを定めている。

秀樹とはやては、苦笑いしながら店員にエビを追加注文するのだった。

 

(寿司で2000円前後失うと仮定して、アリシアの服とその他諸々……)

 

 秀樹は、買い物し終わった後の残金を軽く考えてみる。

どう考えても今回の買い物で今月の残金は致命的な出費になるだろう。

そして、明日からアリシアのための飯代とその他諸々を考えれば………

 

(ハァ……)

 

 心の中で溜め息を吐いてしまう秀樹だった。

はやては、何処か浮かない顔をしている秀樹を不審に思う。

 

「どうしたんや?」

「別に?」

「別にじゃないやん。悩みあるんやろ?」

「そんな気にすることじゃないさ」

「それが〝お金〟のことでも?」

 

 はやてが言った〝お金〟という現在のNGワードに秀樹は眉をピクリと動かした。

 

「なんのことかな?」

「惚けん方がえぇよ。兎ちゃんが隠し事を出来ん子やと分かったわ」

「………なんで分かったんだよ?」

「女の勘やで!」

 

 はやては、ドヤ顔で胸を張る。

 

「……正解だよ。今月厳しいんだ」

「兎ちゃん、一人暮らしなんか?」

「そうだよ。親は……海外で働いてる」

 

 この世界に両親がいない事実を、秀樹は軽い気持ちの嘘で誤魔化した。

 

「兎ちゃんも一人暮らしなんやな……」

「? そういえば、はやての親は?」

「おらんよ。私が物心つく前に……」

「悪い……嫌なことを………ゴメン……」

 

 そう一言謝罪する。

秀樹は、自分が軽い気持ちで両親のことを聞いたことを後悔した。

 

「気にせんでえぇよ。今、めっちゃ楽しいんやから」

「?」

「私な、昨日までは想像もしとらんかったんよ。

今みたいに妹みたいな娘と優しい男の子と楽しい時間を過ごせるなんて……」

「優しい? 俺が?」

 

 優しいと言われ、秀樹は照れ隠しに右頬を軽く掻いた。

 

「優しいと思うで。普通、記憶喪失の女の子を匿う男の子はおらんよ」

「返す言葉がねぇな……」

 

 親の話題で秀樹は直視しようとしなかった現実と向き合う。

今、侵略イカ娘の如くエビを食べるアリシアの現状についてだ。

この娘の親はどうしてるんだろう? こうしてる今、不安に心を押し潰されているのか?

それとも……この娘がいなくなって清々しているのか?

 

「?」

「なんでもない。しっかりよく噛むんだぞ?」

 

 秀樹が無意識にアリシアの顔を見ていると、アリシアは視線で「なに?」と聞く。

秀樹は「何も気にしなくていい」という意味合いを込め、優しく笑顔を返した。

 

「なぁ、本当は警察に任せるべきなんとちゃうん?」

「分かってるさ。そのときはちゃんと……」

「そのときっていつや? こういうことは早めに……」

 

 早めに警察に相談するべきだ。

そうはやてに諭される自分に、秀樹は若干嫌な気持ちになる。

今の自分が気軽に警察に相談出来る立場なら、どれだけ心が楽になるだろう。

転生し、両親なんて存在しない秀樹は天涯孤独の身の上だ。

しかも、学校にも通わずにフラフラとのんびり毎日を過ごしていただけ。

きっと警察に相談してしまえば、自分の想像を遥かに越えて面倒になるのは明らかだ。

個人的な問題なのは分かってはいるのだが、警察に相談するというのは気が進まない。

だが、いつかはアリシアのためにも相談しなければならないのも事実で……… 

 

「どうしたんや? 急に黙り込んで……」

「なんでもない。大丈夫」

「本人がそう言うんならえぇけど、気軽に私に相談してや? 力になるよ」

「……ありがとな」

 

 秀樹は、はやては芯がしっかりしてるんだなと素直に感心した。

見たところ、まだ小学校低学年のはずなのに、大人顔負けの心意気というか……

きっと将来はまっすぐで強い良い女になるんだろうか?と秀樹は呑気に考えた。

 

「なんの話?」

「アリシアが良い娘だって話」

 

 なにか誤魔化されたような気がしたアリシアは、ぷぅとリスみたいに頬を膨らませる。

 

「さて、そろそろ出ようか?」

「じゃ、私が払うわ」

 

 そろそろ回転寿司を後にしようとした矢先、秀樹は男の面子に関わることを聞いた。

 

「待って。え? 今……なんて?」

「じゃ、私が払うわ」

「ダメに決まってるだろ!!」

「なんでやねん!?」

「アホか! 俺を女に飯代を払わせる情けねぇ男にさせる気かよ!?」

「出たわ~……男のそういうつまらん意地が……」

「な、なんだと……」

「提案や。お互いの財布の中身を見せ合いっこしよ?」

「フッ……俺の財布には諭吉さんが4人いるんだぜ!!」

 

 そう自分の(情けない)勝利を確信した秀樹は、勢いよく財布の中を披露する。

しかし、はやての財布の中身を見た途端、秀樹は絶句した。

 

 はやて:財布 108283円  秀樹:財布 46301円

 

「うわぁあああああああん!!?」

「お兄ちゃんが壊れた!?」

 

 経済的に、精神年齢22歳は8歳の少女に完敗していた。

 

「バ、バカな…… 貴様、どうやってそこまでの戦闘力(金)を………」

「言うてへんかった? 実は親戚のおじさんに生活資金を援助してもろうとるんよ。

せやけど、毎月ありえへん額を口座に振り込んでくるから困ってて………」

「クッ!? これが格差社会というヤツか!!」

 

 人目を気にせずに両手を床に着ける秀樹。

その眼には、格差社会を思い知った男の涙があった。

 

「今月厳しいんやろ? ここは私に任せたらどうや?」

「い、いや! やっぱり払わせるのはどうかと……」

「兎ちゃん、お隣さん同士助け合わんといけんやろ」

「はやて……」

「大丈夫や。私のお願いを一つ聞いてくれるだけでえぇ」

「お願い?」

「無理難題やないよ。それで私は満足するから……」

「分かった。絶対に借りは返すよ」

 

 このとき秀樹は瞬きをしてしまって見逃していた。

はやての口元が玩具を見つけた子供のように不気味にニタァ……♪笑ったことに。

目の前のチャンスを無駄にしないためか、はやては演じたのだ。

自分が秀樹の味方だと油断させるため、聖母の微笑みで秀樹を騙す。

 

「じゃ、行こか?」

 

 はやてにとっては天国。秀樹にとっては地獄の場所に………

 

 

〇現在〇

 

「似合っとるよ♪」

「お兄………お姉ちゃん、可愛いよ♪」

「違うんだアリシア。頼むから今の俺を見ないで……」

 

 そして、現在に話は戻る。

試着室のカーテンが開かれ、出てきたのはゴスロリ服を来た兎ちゃんだった。

恥ずかしがる兎ちゃんの様子を、はやては満足そうに眺めて携帯のシャッターを連打する。

アリシアは、変わり果てた秀樹……もとい兎ちゃんの様子に笑いを堪えている。

 

「もういいだろ!!」

「駄目や! まだ巫女さん、婦警さん、メイドさんが残っとるんやで!?」

「もう制服、ナース、キャビンアテンダント、スーツを着たのに!?」

 

 今にも泣きそうな顔で反論する兎ちゃん。

アリシアの服を買いに店に入り、アリシアの服を選び終えたところまでは何も疑ってはいなかった。しかし、アリシアのファッションショーから途中で雲行きが怪しくなったのである。

 

『はい、これを着てな?』

『えっ?』

 

 突然に、はやてから女子生徒の制服を手渡されたのである。

 

『ボク、はやく着てみて!!』

『えっ? えっ!?』

 

 テンション高い女性店員に背中を押され、秀樹は逃げ場を失い……

 

『兎ちゃんに女装してもらう。それが私のお願いや!!』

『はぁぁああああああ!!?』

 

 はやての真の狙いに気付けなかった秀樹は、黒歴史に新たな伝説を残すことになった。

 

「もう嫌だ……」

「何を言うとるん? 女の子やろ?」

「普通は男の子でしょって言う場面だよな!?」

「男の娘?」

「なんかニュアンス違う!?」

 

 もう兎ちゃんが何を叫ぼうと全てが無駄だった。

 

「ねぇねぇ♪ 次はお化粧してみない?」

「アンタもズイズイくるな!?」

 

 女性店員もノリノリで、兎ちゃんの美への追求にこだわりを見せる。

他の女性店員達も此方を楽しそうにチラチラ覗き、完全に黙認していた。

というか、何故コスプレがあるのかを問い正さねばならないのだが、聞いてしまえば後悔しそうなので、兎ちゃんはスルーすることに決めている。

 

「もういいだろ! もう着ないからな!」

「えぇ? なんでもお願い聞いてくれる言うたやんか?」

「限度ってもんがあるわ!!」

「…………アリシアちゃんの服代………」

「うっ!?」

 

 試着室の中でゴスロリ服を強引に脱ごうとした兎ちゃん。

しかし、はやてに痛いところ突かれたせいか、動きがピタッと止まる。

 

「私にこれだけお金を使わせておいて………」

「分かったよ! でも、次で最後にしてくれ!!」

「聞き分けの良い男の娘は好きやで」

「だからニュアンス違うよね!?」

 

 などと終わらない漫才を繰り返す兎ちゃんとはやて。

そんなとき突然大きな地震がデパートを襲った。

 

「!? なんだ!?」

「お客様、落ち着いてください!」

 

 さっきまでの楽しい雰囲気が嘘のように慌ただしくなる。

 

「平気か!? 二人とも!!」

「私は大丈夫や」

「アリシアは!?」

「平気や! アリシアちゃんは無事やで!」

 

 秀樹は、自分の今の姿を忘れ、二人の安否を確認するために試着室から飛び出た。

 

「嫌だ……」

 

 はやてから自分達は無事だと聞かされたことに一安心した秀樹だったが、アリシアの様子が何処かおかしかった。

 

「アリシア?」

「怖い……」

「大丈夫。お兄ちゃんとお姉ちゃんが……」

 

 自分とはやてが傍に居るよと励まそうとした矢先だった。

デパートの窓ガラスを大きな影が覆い込んだのだ。

 

「アレって……樹の根か?」

 

 その場に居合わせた客の誰かがそう呟いた。

巨大な樹の根がデパートのビルに張りつき、徐々に根を伸ばしていっていた。

僅かな窓の隙間から町の様子を覗いてみると、巨大な樹木に町が侵食されていた。

当然パニックになる人々。秀樹は、絶対にアリシアとはやてとはぐれないように、二人の手を強く掴む。

 

「落ち着いて避難してください。安全な場所に誘導します!」

 

 さっきまで秀樹の女装姿を楽しんでいた店員達は、お客様を安全に避難させるために動く。

 

「君達も!」

「分かりました。アリシア、はやて、行こう」

「アリシアちゃん、逃げるで!」

 

 自分達も避難する人々の跡に続こうとする秀樹とはやて。

しかし、アリシアが何かに怯えているのか、その場に塞ぎ込んで動こうとしなかった。

 

「アリシア?」

「怖い………」

 

 このままじゃ避難出来ないと判断した秀樹は、アリシアをお姫様抱っこする。

 

「逃げるよ。お兄ちゃんにしっかり掴まって、な?」

「うん……」

 

 秀樹がアリシアを抱き抱えている間、女性店員がはやての車椅子を掴んでいた。

 

「はやく避難しましょ。さぁ私についてきて!」

「はい!」

 

 女性店員が車椅子を押して歩き出し、秀樹もその跡に続こうとした。

しかし、また地震……否、巨大な樹木が動き出し、秀樹の前を塞いで壁になってしまった。

 

「しまった!?」

「大丈夫!? 無事なの!?」

 

 巨大な根の壁の向こう側で女性店員が心配の声を上げる。

 

「平気です! そちらは大丈夫ですか!?」

「無事や! そっちも無事なんやな!?」

「無事だ! でも………」

 

 逃げ道……退路が完全に絶たれてしまっている。

 

「どないしたらええんや……」

 

 此方側にはアリシアと自分だけ。

幸いにも他の人達は全員避難し終えているようだった。

 

「………店員さん、はやてを連れて先に避難してください」

「なっ!? バカなことを言わないの!! 君もはやく……」

「大丈夫です。レスキューの人達が来るのを待ちますから」

「そうじゃないやろ! 兎ちゃん達を残して行ける訳ないやんか!!」

「バカ! はやて達まで避難出来なくなってからじゃ遅いんだぞ!!」

 

 そう強い口調で秀樹が言った言葉に女性店員はハッとなる。

 

「せやけど……」

「分かったわ」

「店員さん!?」

「はやてちゃんを逃がしたら君達を必ず助けに行くからね?」

「………ありがとうございます」

 

 苦渋の判断だった。

女性店員は「止まって! お願いやから!!」と繰り返すはやての声を無視し、避難していく。

秀樹は、遠くなるはやての声に耳をすませながら避難してくれたことに安堵した。

 

「どうしたもんかね………」

 

 さっきまで騒然としていたのが嘘のように静寂になった。

今ここにいるのはアリシアと秀樹の二人だけ。

 

(俺がしっかりしないとな……)

 

 自分の胸に顔を埋めて震えるアリシアを強く抱き締めながら、助けが来るのを待つ。

自分がパニックに陥れば、アリシアを助けられないんだと、秀樹は何度も言い聞かせた。

 

「Zzz……Zzz……」

「あんなに怯えてたのが嘘みたいだな……」

 

 いつの間にか、アリシアは秀樹の胸に顔を埋めたまま眠ってしまった。

 

(ハァ……サイヤ人だったら舞空術で一発だったのに……)

 

 そんなことを思い、秀樹はアリシアの頭を撫でながら割れている窓から外を眺める。

自分があのときにハッキリとサイヤ人という単語を口にしていれば、この状況は一変する。

しかし、無いものねだりをするだけ無駄であり、アリシアの頭を優しく撫で続けた。

 

「……………ん? あの娘、いったい彼処で何してんだ?」

 

 しばらく割れた窓から空を眺めていると、近くのビルの屋上にフェレットを肩に乗せた茶髪の女の子がいるのを発見してしまった。様子を観察してみると、フェレットと何かを話しているようにも見える。そして何かを決意したのか、首から提げていた赤い宝石が付いたネックレスを取り出した。

 

「レイジングハート、セーットアーップ!!」

「へ?」

 

 赤い宝石が付いたネックレスを天高く掲げたと思った次の瞬間、女の子の体をピンク色の目映い光が包む。秀樹は何がなにやらサッパリで、黙って見守ることしかできない。ピンク色の目映い光が晴れると女の子が私服から白い制服のような姿に変身していた。まるで漫画やアニメのような魔法少女のように……

 

「探して! 災厄の根源を!!」

【エリアサーチ】

 

 今度は女の子を中心に魔方陣?が展開された。

 

「見つけた!」

「なのは、ここからじゃ……」

「大丈夫。ね? レイジングハート?」

【シューティングモード】

 

 秀樹が理解するのよりも先に女の子が行動を起こす。

レイジングハートと呼ばれた赤い宝石が変化した杖は、ガシャコン!と銃を連想させる形態になり、その銃口は一際大きい巨大な樹木へと向けられる。

 

「ディバィイイン………バスターーーーーーーー!!」

 

 女の子は使命感に燃えた瞳で、躊躇いなく引き金を引く。

すると、レイジングハートからピンクの砲撃が放たれ、一際大きい巨大な樹木に直撃した。

秀樹は口をあんぐりと開け、その一部始終を不本意だが目撃してしまった。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!」

 

 女の子のターンはまだ終わらない。

銃形態になったレイジングハートが元の杖の状態に戻ると、赤い宝石の部分からピンク色の帯が何本も伸びていき、砲撃が直撃した部分に集中していく。そして秀樹が何も理解出来ないまま女の子の使命は終わり、町を侵食していた巨大な樹木は完全に姿を消したのだった。

 

「やったね、なのは!」

「うん、でも……私があのとき気付いていれば……」

「なのはのせいじゃないよ! ボクが君に代わりを頼まなけ……れ……ば……」

「ユーノくん?」

 

 「ユーノ」と呼ばれたフェレットの顔を「なのは」と呼ばれた女の子が覗き込む。

ユーノは、とある方向に視線が釘付けになっており、ガクガクと震える小さい指でとある方向を指す。

 

「……………………こ、こんにちは?」

 

 ようやくここで秀樹とアリシアの存在に気付いたなのは。

自分の今やったことを見られた!?というショックで固まってしまった。

 

「こ、このことは他言しないんで……それじゃ!!」

 

 秀樹はアリシアをお姫様抱っこしたまま、通れるようになった逃げ道へ全力で走る。

ああいう類いに関わったら駄目なんだと秀樹の理性と本能が全力で叫んでいた。

 

 ろくなことにならないと…………

 

「にゃあああああああ!!? ど、どうしよう!? ユーノくん!!?」

 

 と、背中からなのはの声が聞こえるが、秀樹は完全に無視して走る。

階段を全力で駆け抜け、あっという間に避難し終えていたはやてに合流した。

 

「よかった! 無事やっ…………」

「帰ろう!? すぐに帰ろう!?」

「ど、どうしたんや?」

 

 秀樹とアリシアが無事なのを心の底から喜んだはやて。

しかし、秀樹の明らかな挙動不審さに戸惑いしかなかった。

 

「さぁはやく!!!」

「ちょっ!?」

 

 眠るアリシアをはやての太ももの上に移動させ、秀樹ははやての車椅子を押して走る。

自分の今の姿が女の子ということを忘れるくらいの衝撃が、秀樹から冷静さを奪っていた。

 

「ど、どどどどどどどどうしよう!? ユーノくん!?」

「なのは、落ち着いて!? あの娘のことよりも今日は身体を休めるんだーーー!!」

 

 こちらもこちらで、秀樹と同様に冷静じゃなかった………



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お墓に供えてある饅頭は食べちゃダメ

「はやて……この世界に魔法少女っているのか……?」
「魔法少女? 次の女装は魔法少女がいいという遠回しな意味なん?」
「……もういいです……」

 秀樹の真剣な悩み相談はこんな感じであっけなく終わった。

 


(また夢だ……)

 

 アリシアは、自分が夢を見ていると自覚して、夢を見ている。

自分の思い出なのは間違いないとは思うのだが、全てを思い出すには至らない。

記憶の欠片がちぐはぐに繋ぎ合わさり、いつのことなのかがハッキリしない。

そんな状態でアリシアは夢を見ていた。

 

『………リニス、アレの調子はどう?』

『素晴らしいですよ、―――――。流石、貴女の娘だと……』

『そんなことはどうでもいいの。あとどれくらいかかるの?』

 

 酷いノイズが走り、白衣を着た女性の顔と名前が分からない。

この人の名前を知ってるはずなのに、この人の顔をよく知ってるはずなのに。

何かが邪魔をするように、白衣を着た女性の素顔を見ることが出来ない。

 

『あと3年もあれば、あの娘はきっと超一流の魔導師に……』

『遅いわ! もっと急ぎなさい!!』

『で、ですが………』

『以上よ。はやく出ていきなさい………』

 

(あの娘って誰……?)

 

 憂い顔で部屋から退出するリニスの必死な想いが伝わってきた。

もっと〝あの娘〟を褒めてほしい。もっと〝あの娘〟との時間を作ってほしい。

しかし、その想いは白衣を着た女性には届くことなく、会話が終了した。

 

『ごめんね、私にはバルディッシュを遺してあげることしか出来ないみたい』

 

(バルディッシュ?)

 

 切なそうな表情のまま、女性は作業に勤しむ。

その後ろ姿を最後に、アリシアの意識は夢の世界から薄れていった。

 

 

〇朝〇

 

 巨大な樹木の事件から3日が過ぎていた。

町には巨大な樹木が残した痛々しい爪痕が残っているが、死傷者が出たという情報はない。

しかし、あの日からアリシアは不思議な夢をよく見るようになった。

 

「あの人が私のお母さんなのかな……」

 

 そう呟くのと同時に、アリシアは自分が寝る敷き布団から上半身だけを起こす。

あの夢を見た後、アリシアの胸の中には何故か虚しさと悲しさがどうしても残った。

 

 どうしてこんな気持ちになるのだろう?

 あの白衣の人は自分の母親?

 リニスは自分にとって何者なんだろう?

 バルディッシュってなんのこと?

 

 …………いったい私は誰なんだろう………

 

 その答えを誰かに教えてほしくてたまらない。

なんであの公園のベンチに独りぼっちで座ってたんだろう?

秀樹と出会った後のことはなんでも覚えているのに……

 

「ねぇ、お兄………」

「もう食べられねぇって………Zzz Zzz Zzz…………」

「……………………」

 

 自分の隣の布団で幸せそうに寝てる秀樹にアリシアは何も言えなくなった。

ただ自分の悩みを聞いてほしくて声をかけようとしただけなのに。

 

(お兄ちゃんのバカ)

 

 そう心の中で呟き、幸せそうに寝てる秀樹に対してアリシアはそっぽを向く。

自分がこんなに悩んでいるのに、なんで秀樹が幸せそうな顔で腹を出して寝ているのか。

寝相も相当酷いもので、きっと一緒の布団で寝てしまうと後悔してしまうに違いない。

 

(少し懲らしめてあげよ♪)

 

 アリシアは、慌てて起きる秀樹の様子を想像する。

特に恨みはないのだけれど、少し困らせてやろうと考えた。

音を立てぬように静かに立ち上がり、寝てる秀樹から距離を取る。

寝てる秀樹の胸に思いきりダイブし、自分の相手を存分にしてもらうつもりだ。

 

(せーのっ!)

 

 タイミングを見計らい、アリシアは思いきり跳んだ。

あとコンマ数秒でアリシアは秀樹にダイブするだろう。

だが、秀樹が寝相で少し股を開く体勢に変わってしまった。

それを特に気にすることなく、アリシアは秀樹の胸に着地する。

 

 …………秀樹の股間にアリシアの右膝がゴールインする形で……………

 

「朝だよ! お兄……」

「〇$%&@☆★▽△◆!!?」

 

 アリシアは秀樹の絶望的な悲鳴に言葉を失った………

 

『こぉら! そんな起こし方をしたらいけませーん!』

『ごめんなさーい♪』

 

 という流れになるのを想像していたのに、秀樹は過呼吸で股間を押さえながら蹲っている。

 

「ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉ俺のボッスンとサスケがァア………」

 

 ボッスンとサスケについてはピンとこないアリシア。

でも、自分が秀樹に対して大変なことをしてしまったことだけは分かった。

 

「アリシア、男の弱点に膝蹴りするんじゃない」

「そ、そんなつもりは………」

「そんなつもりはなかったことくらい分かってる………

でもね? 男にとって、股間に膝蹴りは致命的ダメージなんだよ………」

 

 悲愴感漂う表情で秀樹はアリシアに訴えかける。

アリシアを目の前に正座させ、自分はガニ股で仁王立ちしながら注意する。

もう2度とこんな過ちを繰り返させないため……と秀樹は真剣に語りかける。

なんとか生き残ってくれたボッスンとサスケの無事を静かに喜びながら………

 

「ごめんなさい………」

 

 反省して俯くアリシアの顔を見て、秀樹はチラッと時計を確認する。

 

「………顔を洗ってきな?」

「………許してくれるの?」

「バカだな。そんなに怒ってないっつーの」

 

 そう、股間に残る苦痛を笑って誤魔化し、秀樹はガニ股のまま笑顔を見せた。

 

 

〇八神宅〇

 

「今日も来たぞー」

「はやてお姉ちゃーん♪」

 

 朝食を済ませた秀樹とアリシアは、八神宅のインターホンを押す。

二人は、はやての家に遊びに行くのが日課になりつつあった。

 

「いらっしゃい♪ 待ってたで♪」

「今日は何か手伝うことあるか?」

「特にないよ。兎ちゃん、気を使ってくれてありがとうね」

「別に。昼飯と晩飯をタダで食わせてもらってるからな」

「兎ちゃん、案外律儀なんやな」

「はやて。俺はな………3借りたら7返すタイプなんだよ」

 

 秀樹は、ドヤ顔で自分の前髪を七三に揃えて笑う。

しかし、はやては無言でアリシア〝だけ〟を玄関の内に招き入れ、そっと扉を閉めた。

 

「アリシアちゃん、絵本読んであげるわ」

「はやてお姉ちゃんが読む絵本ならなんでもいいよ♪」

「ふふ♪ ホンマに嬉しいことを言うてくれるわぁ♪」

「ちょっと待ってぇええええええええ!!?」

 

 アリシアとはやてのほのぼのとした雰囲気を秀樹が情けない面でブチ壊す。

 

「なんやの! 大声で叫んだら近所迷惑や!!」

「あ、すんません。そうじゃなくて、俺も入れろやボケ!!」

 

 ごく自然な形で八神宅に入れなかった秀樹は怒った。

 

「なんで!? 昨日までは普通に入れてくれたじゃん!?」

「いや、ついノリで閉めてもうたんよ。堪忍してや?」

「ノリって何!? けっこう傷つくからね!?」

「お兄ちゃん、近所迷惑だよ?」

「………………………ごめん」

 

 アリシアの一言で大人しくなった秀樹は、ようやく家の中に入れてもらえた。

 

「兎ちゃん、今日は……」

「分かってる。今日は病院で検査なんだろ?」

 

 3人はテレビゲームやボードゲームを楽しんだ後、午後の予定についての話題になる。

 

「そうなんやけど、その前にお墓参りしたいんよ」

「お墓参り?」

「私のお母さんとお父さんに二人を紹介しようかなー……なんて」

 

 自分の右頬を少し掻きながら言うはやてに、秀樹とアリシアは顔を見合わせた。

 

「なんで急に?」

「ちょっと安心させてあげようかなぁって思ったんよ。

もう私が一人やないってところを見せてあげたくて……」

 

 照れくさいのか、はやては少し顔を逸らしながら秀樹の顔を窺う。

 

「はやて」

「………一緒に来てくれるん?」

「いや、それ死亡フラグになってないか?」

「なんの心配しとんねん。このバカ兎」

 

 はやての照れくさそうな表情がゴミを見る冷たい表情へと一気に変わった。

 

 

〇墓地近辺〇

 

「機嫌直してくださいよぉ。冗談だったんだって」

「アリシアちゃん、この道は暗いから気を付けて歩こうね」

「はーい」

 

 はやての家を離れて数分後、秀樹は二人から3歩後ろに下がって歩いていた。

アリシアは、はやての乗る車椅子を頑張って押して歩き、はやてと楽しく談笑している。

はやては………秀樹を完全無視していた。

 

「アリシアちゃん、疲れたやろ?」

「ううん! 私、もっともっと頑張れるもん!」

「エエ子やな。お姉ちゃんは幸せ者やで……」

 

 アリシアの頑張る姿に心を撃たれるはやて。

 

「無理するな。後は俺が押していくから」

「触んな、ゴミくず」

「なんで俺だけそんな感じ!?」

 

 今日一日は秀樹を許さないと決めているはやて。

あの手この手で自分の機嫌を直そうとしてくる秀樹を軽くあしらい続けた。

 

「ここで一旦休憩にしよ?」

「はーい」

「はやて様、そこの自販機でジュースを買って参りました」

「殊勝な心がけや、ご苦労様。アリシアちゃん、あっちで一緒にジュース飲もうや♪」

「う、うん……」

 

 秀樹から缶ジュースを受け取ったはやては、アリシアを連れ、秀樹から離れた場所で缶ジュースを開ける。アリシアは、暗い顔で地面をジー……と見つめる秀樹のことを心配した。

 

{はやてお姉ちゃん……}

{?}

{お兄ちゃんを許してあげないの?}

 

 アリシアは、小声ではやてに秀樹を許してもらおうと試みる。

 

{………大丈夫やで。もうとっくに許しとるよ?} 

{えっ?}

{ただ……もう少し反省してもらいたいだけやねん。不謹慎なことを言った代償は重いで}

{不謹慎?}

{ほら? さっき死亡フラグとか言うたやん、あのバカ}

{うん}

{乙女が真面目に頼んだのに、死亡フラグやで? 乙女心が傷付いたわ……}

{ハハハ……}

 

 沈んだ表情を見せるはやてに、アリシアは苦笑いする。

そんなとき、アリシアは遠くの茂みからガサガサという物音を聞いた。

 

(あれって?)

 

 はやてと秀樹は気付いてないようだが、アリシアは気付いた。

茂みの奥を小さい影と少し大きい影が走り抜けていくのを。

少し大きい影に小さい影が追われているのは明らかだった。

 

「ハァ……私も意地張るのやめよ。アリシアちゃん、一緒に………あれ?」

 

 はやてが少し目を離した隙に、アリシアの姿が見えなくなっていた。

 

 

〇墓地〇

 

「ハァハァ……確か此方に……」

 

 アリシアは、小さい影のことがどうしても気になり、息を切らしながら走っていた。

あの小さい影と少し大きい影が駆け抜けた雑草が生い茂る粗末な道を掻き分けながら。

しばらくその道を走っていると、はやてが目的地とした墓地へと辿り着いてしまった。

 

「……………………………」

「カァ! カァ!」

「ひゃう!?」

 

 見渡す限りの墓石と静寂な墓地の雰囲気が、アリシアから明るさを奪う。

この薄暗くて怖い雰囲気の場所に一人だけという事実に気付いたアリシアは言葉を失う。

そこへ烏が嘲笑うかのように鳴いたから、アリシアは変な声を上げてしまった。

 

「…………どうしよう」

 

 アリシアは後悔した。

こんな怖い雰囲気な場所に来てしまったこともそうだが、勝手にいなくなった自分を秀樹とはやてが探してるはずだ。きっと怒られてしまうだろう。そう考えると、自然と両目から涙が流れそうになる。あと少しで声を上げて泣いてしまう。

 

 そんなとき、一人の少年がアリシアの背後から声をかけた。

 

「嬢ちゃん、こんな所に一人で何してんだ?」

「ひぅ!?」

 

 突然知らない人に背後から声をかけられたアリシアは、心臓が止まりそうになった。

慌てて振り返ると、学ランを着た男子中学生がアリシアのことを見下ろしていた。

 

「うぇ……」

「な、泣くなって! 驚かせちまって悪かったよ!!」

 

 アリシアの涙のダムが決壊寸前のところで、男子中学生は懸命に謝罪した。

 

「嬢ちゃんは迷子なのか? それとも誰かの墓参りか?」

「お姉ちゃんのお母さんとお父さんの……」

 

 少し落ち着いてくれたアリシアに男子中学生はホッとした後、アリシアから事情を聞いていた。お姉ちゃんとお兄ちゃんの3人で墓参りに来たが、自分が迷子になってしまったと、アリシアは話した。アリシアの事情を把握した男子中学生は、しばらくアリシアの傍にいることにした。

 

「そっか……俺も墓参りなんだ」

「お兄さんも?」

「あぁ……」

 

 アリシアは、寂しい目で空を見上げる男子中学生の顔を見つめる。

 

「お兄さんは誰に会いにきたの?」

「先生に会いにな」

 

 男子中学生は、花と饅頭が供えてある墓石に視線を移した。

そこには『八神家』と文字が彫ってあったが、アリシアには漢字が読めない。

アリシアは、自分が一足早く目的地へと辿り着いていたとは夢にも思わなかった。

 

「どんな先生だっ……………」

「に゙ゃあああああ!!?」

 

 アリシアが言葉を言い終える前に、何かの悲鳴が墓地に轟いた。

 

「…………猫の喧嘩か? 穏やかじゃねぇな……」

「何処!?」

「嬢ちゃん! 何処行くんだ!?」

 

 アリシアは悲鳴の轟いた場所へと走る。

男子中学生は、アリシアの行動力に戸惑いながらも跡を追った。

 

「あ!?」

 

 走ってから数秒後、アリシアはようやく小さい影と大きい影の正体が分かった。

小さい影の正体は傷付き血を流して横たわる仔猫。大きい影の正体は体格の良い大型犬だった。

 

「ひでぇな……あの仔猫は、あの犬に何したんだ?」

「た、助けないと!」

「待ちな」

 

 犬と仔猫の間に割って入ろうとしたアリシアを男子中学生が制止する。

 

「君が行っても仕方ないと思うぞ」

「どうして!?」

「あの犬が優しい性格なら話は別だ。

しかし、あの仔猫をあそこまで痛めつけてる様子だと、どうやらかなりの性悪らしい。

それに君と犬の体格差を考えると、絶対に行かせる訳にはいかないよ」

 

 それは、誰が見ても一目瞭然というヤツだった。

犬の体格から考えると、体重は50kgを軽く越えているだろう。

5歳児の女の子が、もしそんな大型犬に襲われると考えるとゾッとするくらいだ。

万が一のため、男子中学生はアリシアの身の安全を常に確保する義務がある。

 

「でもぉ……」

 

 アリシアは悔しくて涙が溢れてきた。

このまま仔猫を見殺しにしてしまうことに我慢なんて出来ないからだ。

そんなアリシアの悔し涙を見せられた男子中学生は、スッと学ランを脱ぎ始めた。

 

 そして、綺麗に畳んだ学ランをアリシアに預ける。。

 

「汚したくないから持っていてくれ」

「え?」

 

 そう言い残し、男子中学生は猫と犬の間に割って入った。

 

「ヴゥゥゥゥゥウウ!」

「首輪が付いてやがるな。お前の飼い主の面を拝んでみたいもんだよ」

 

 牙を剥き出しにして唸る大型犬に対し、男子中学生は恐れなど全く抱いていなかった。

 

「警告するぜ。今すぐ飼い主のところに帰りな、尤も犬に言葉が通じれば苦労しねぇが……」

「ウォオン!! ウォン!! ウォン!!」

「…………やる気なら仕方ないよな?」

 

 男子中学生は呆れて目を瞑り、深呼吸をして右手を握り拳にする。。

大型犬は、男子中学生の腕にでも噛みつくつもりなのか、牙を剥き出しで男子中学生に襲いかかろうと向かっていく。

 

「コォオオオオオ……ドラッ!」

「キャンッ!?」

 

 大型犬は、自分の身に何が起こったのか理解出来なかった。

相手の拳が自分の顔を完璧に捉え、自分を宙にブッ飛ばしていた。

だが、理解出来ないのはそこではない。

 

 殴り飛ばされる前の自分と相手の距離を考えれば、絶対に拳なんて届くはずは……

 

(今、この人の右腕が伸びた?)

 

 アリシアは自分が見たことに半信半疑になる。

第3者からの視点で見たことをありのままに話せば、男子中学生の右腕が伸びた。

まるで己の関節を自由自在に外し、無理矢理パンチの射程距離を稼いだかのような……

 

「失せな。今度はグレートに凄ェ1発を叩き込むぜ」

 

 殴り飛ばされ地面に無様に這いつくばる大型犬。

男子中学生の鋭い眼差しが「次は無ェぞ?」と語っていた。

 

 大型犬は敵わないと悟り、遠くへと走っていった。

男子中学生は、その背中を黙って見つめ、面倒が終わったと安堵した。

 

「猫ちゃん、しっかりして……」

「おっと……肝心なことが終わってなかったな……」

 

 アリシアの声に、男子中学生は自分のするべき大切な用件を思い出す。

泣きそうな顔で仔猫を抱き締めるアリシアの頭を男子中学生は優しく撫でた。

 

「嬢ちゃん、俺に任せてくれねぇか?」

「…………………」

「俺なら助けられる。その仔猫の怪我を治してやれる」

「本当!?」

 

 仔猫を助けられると宣言した男子中学生に、アリシアは詰め寄った。

それと同時に、男子中学生の背後から〝何か〟が出現し、怪我をした仔猫をそっと触れた。

 

 その間、僅か0.5秒。アリシアは最後まで〝何か〟に気付くことはなかった。

 

「あ、あれ?」

「にぃ?」

「もう大丈夫みたいだな」

 

 アリシアは何が起こったのか理解出来なかった。

傷付き、下手をすれば死んでいたかもしれない仔猫が回復した。

ありえなかった。ほんの数秒前まで大怪我を負っていた仔猫の傷がなかった。

 

 まるで、「最初から怪我なんてしてませんでしたよ?」と言ってるみたいに。

 

 アリシアが目の前で起こった不可思議な奇跡に固まっている間、仔猫はアリシアの腕から脱出しようともがく。呆気に取られていたアリシアは、すぐに仔猫を腕から離してしまった。自由になった仔猫は、アリシアと男子中学生の顔を交互に見た後、大型犬が走り去った逆の方向へと走っていってしまった。

 

「あ、待って!? リニスーーーー!!」

「リニス? 嬢ちゃん、もう名前なんて付けてたのか?」

「え?」

 

 男子中学生にそう聞かれ、アリシアは我に返った。

 

(なんで……リニスって呼んじゃったんだろう……?)

 

 無意識に呼んでしまった名前にアリシアは混乱した。

夢で見たリニスは人間だ。決して猫には見えない。

それなのに、自分は当たり前のように〝リニス〟と確かに叫んでいた。

 

「嬢ちゃん?」

「あっ……こ、これ!」

 

 男子中学生の声で、アリシアは再び我に返る。

そして、自分を見下ろす男子中学生に向き直り、学ランを差し出した。

 

「ありがとな?」

 

 アリシアに預けていた学ランを笑顔で受け取り、男子中学生は再び学ランを羽織った。

 

「アリシアーーーーー!? 何処行ったんだーーーーーー!?」

「!? お兄ちゃんだ!」

 

 遠くから自分を探す秀樹の声に、アリシアは笑顔になる。

それを見た男子中学生は、もう自分のやるべきことはないと悟る。

 

「嬢ちゃん、お別れだな」

「え?」

「はやく本当のお兄ちゃんのところに行ってやりなよ」

「ううん、本当のお兄ちゃんじゃないよ?」

「え゙っ!?」

 

 男子中学生は、最後の最後にアリシアの言った事実に不覚にも虚を突かれた。

 

「でもね、お兄さんみたいに凄く優しいんだ♪」

「……そっか!」

 

 それを聞いた男子中学生は、もう何も気にすることはないと思った。

家庭が少しばかり複雑なのだろうが、この娘の笑顔に不幸の影は見えない。

安心だ。はやくその優しいお兄ちゃんに再会してほしいと心から思う。

 

「じゃあな。元気でな?」

「うん!」

 

 元気な返事でアリシアは自分を探してる秀樹の元へと合流しにいく。

男子中学生は、その背中を見送った後、静かに振り向いて歩き始める。

 

「アリシアーーー!! 何処行ってたの!?」

 

 少し遠くからお兄ちゃんとやらの大きな声が聞こえる。

どうやら無事に再会出来たようで一安心だった。

 

(ちゃんと妹を可愛がってやれよ。お兄ちゃ……)

 

 と、男子中学生は呑気にそんなことを思ってアリシア達の居る方へ振り向いてみる。

しかし、この温かい気持ちが一発で消し飛ぶくらいの衝撃が男子中学生の眼に映る。

 

「旨いな。この饅頭」

 

 少し遠くで何かを口に頬張り、八神家の墓に手を合わせる少年を見つけた。

くっちゃくっちゃと口を動かし、あっという間に何かを飲み込む姿が見える。

 

 つまり、何が言いたいのかと言うと………

 

 喰いやがった。自分が墓に供えた………〝饅頭〟………を………

 

「こんのクソガキがァアアアア!!」

「へ?」

 

 饅頭を呑気に頬張っていた少年の顔がキョトンとなる。

自分より一回り大きい男子中学生が鬼の顔で走ってきたからだ。

 

「俺が供えた饅頭を勝手に喰ってんじゃねぇぞォ!!」

 

 その怒号が終わるのと同時に、男子中学生の背後から奇妙な巨人が顕れた。

歯を食い縛り、眼を鋭く光らせ、男子中学生の怒りに呼応し、絶賛ブチキレた状態で。

 

「え? スタン………」

『ドラァア!!』

 

 饅頭を喰った少年(秀樹)は、強烈なアッパーを避けることが出来ずに宙を舞う。

 

「お、お兄ちゃーーーーーん!?」

 

 秀樹は、アリシアの戸惑う声をマトモに聞くことなく、気を失ったのだった。




 
遅ればせながら、
     
    ジョジョの奇妙な冒険 Part.4 ダイヤモンドは砕けない

                        アニメ化おめでとうございます。


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奇妙な出会いと強烈な再会

「ん……」

 

 秀樹は、顎に鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと目を開ける。

辺りをなんとなく見渡してみると、そこは見知らぬ病室の中だった。

窓から射し込む夕日を軽く不快に思いながらも、秀樹はベッドから上半身を起こす。

 

「俺は……」

 

 記憶が曖昧だった。

何故、自分が見知らぬ病室の中で眠っているのか?

何故、顎に鈍い痛みを感じているのか?

何故、毎日死ぬ気で練習してるのに、かめはめ波を撃てないのか?

 

 額を右手で押さえながら考えるが、納得のいく答えは出せない。

とりあえず、自分が眠る直前のことをひとつずつ思い出してみるしかなかった。

 

(確か……アリシアが迷子になって……)

 

 

〇墓地周辺〇

 

「兎ちゃん! アリシアちゃんが居らんようなってもうたぁ!!」

「ふーん。…………え゙!?」

 

 はやてからの【アリシア行方不明】という報せを受け、秀樹は慌てた。

 

「ど、どうしよう……アリシアちゃんにもしものことが……」

「あ、ああああああ安心しろ!

と、ととととりあえずタイムマシン探して、アリシアがいなくなる前の時間に……」

「どういうことや!? 私よりも挙動不審ってどういうことや!?」

 

 今頃、アリシアが悪い奴(変態)に捕まり、あーんなことやそーんなことを……

そんな被害妄想が、秀樹から冷静さを一瞬で奪ってしまったのだ。

 

「しっかりしなさい! お兄ちゃんやろ!!』

「ぶへらっ!?」

 

 はやては、秀樹を正気にさせるために本気のビンタを放った。

 

「あ、ありがとう。おかげで頭の中身が最高にCOOLになったわ」

「鼻血垂れ流しながら正気に戻らんでよ……」

 

 鼻血を垂れ流し、はやてに大丈夫とアピールする秀樹。

はやては呆れながら、ポケットティッシュを秀樹に渡した。

 

「アリシアが戻ってくるかもしれねぇから、ここで待っててくれ」

「大丈夫なん? 兎ちゃんまで迷子にならん?」

「すぐにアリシアを見つけるさ。そんな心配すんな」

 

 秀樹は、ついはやての頭を撫でてしまった。

 

「き、急に撫でるなや!」(は、恥ずかしいやん……このアホ!)

「わ、悪かったって?」(なんで急に顔を赤くしてんだ、この子狸?)

 

 それを最後にはやてと一旦別れた秀樹。

とりあえず一時間経過すれば、はやての所に一旦戻るつもりだった。

 

(はやてが言うには、アリシアは此方の方向に行ったと思うんだが……)

 

 はやてがアリシアを見失う前の状況を詳しく聞いてある。

その話をまとめると、アリシアは茂みの奥に消えていったかもしれなかった。

秀樹も茂みへと踏み入り、アリシアの名前を大声で呼びながら探す。

 

(これは……足跡か?)

 

 粗末な道に生い茂る雑草を払いながら、やっと見つけた有力な手掛かりだった。

湿っているためか、地面が少しぬかるみ、アリシアの物と思われる足跡を見つけた。

 

 やはり探す方向は間違っていなかったと安心したが、秀樹の表情が曇る。

 

「猫の足跡と……犬……か? こっちはかなりデカイんじゃねぇか?」

 

 嫌なものを発見してしまったと我ながら思った。

大きさをハッキリとは想像できないが、明らかに小型犬の足跡ではない。

 

 もし、アリシアが狂犬に襲われてるとしたら……

 

(アリシア……!)

 

 秀樹は、嫌なイメージを頭から追い出す一心で駆け出した。

妹みたいな可愛い女の子が狂犬に襲われて大怪我とか洒落にはならない。

そのときは、まだ幼い夜兎の拳を動物相手に叩き込むことになってしまうだろう。

 

「一体何処に……」

「君、こんな場所に一人で何してるの?」

「あひゅう!?」

 

 突然、後ろから誰かに声をかけられた。

 

「あひゅう!?……だって。くくっ♪」

「ッ!?」

 

 一言文句を言ってやろうと思い、秀樹はバッと振り返る。

そこには帽子を被ったスーツの男が笑いを堪える姿があった。

 

「え、えっと……?」

「笑っちゃってゴメンね? でも……くははは♪」

「思い出し笑いすんなーーーーー!!」

 

 素顔をハッキリと見ることはできなかった。

男の立つ場所と被ってる帽子のせいもあるのだろうが、上手く素顔を確認出来ない。

しかも、笑いを堪えるために口を抑えてるため、まともに見れなかった。

 

「ごめんね? 君みたいな面白い子は久し振りだから」

「あ、謝ってくれるなら別にいいっス……」

 

 秀樹は、はやく男の前から立ち去りたかった。

恥ずかしい声を聞かれたのもあるが、なんというか……傍にいたくなかったのだ。

この男は優しそうな声を出してはいるが、そこがさらに怪しいというか……

 

 自分の足が無意識に後ずさっていることに、秀樹は気付なかった。

 

「…………ごめんね。怖がらせちゃった……かな?」

「え? 気を悪くしたのなら謝ります!」

「いいんだよ。他人と話すのは久し振りだからね。舞い上がっちゃったのさ」

 

 ハハハ♪と能天気に笑う男。

それに合わせるように、困った表情で秀樹も笑う。

 

 秀樹の笑いは、所謂〝愛想笑い〟というヤツだった。

 

「クゥン……」

 

 この男と出会って何分過ぎたのだろう?

10分? いや、あるいは1分も経っていないのかもしれない。

時間の感覚が狂い始めていたとき、秀樹の傍に一匹の犬が近寄ってきた。

 

「ちょっ……どうしたんだ、お前?」

 

 犬は秀樹にすり寄り、男から逃れるように秀樹の後ろに隠れた。

 

「君に懐いたのかな? ソレはボクの犬なんだけど……」

「え? ほら! 御主人様だろ?」

 

 秀樹は男の前に犬を移動させようとする。

しかし、犬は中々男の前に動こうとはしなかった。

 

「困ったね……」

「俺、時間がないのに……」

「ん? 君は急いでいたのかな?」

「えぇ。その……妹が迷子になりまして……」

 

 秀樹は顔を俯かせながら、そう答えた。

 

「もしかして、さっきの金髪の女の子かな……?」

「!? 見たんですか!?」

「この先へ走っていったよ。この先は墓地だから、きっと心細いんじゃないかな」

「ありがとうございます! 俺、行ってきます!!」

「行っておいで。こんなボクのために時間を取らせ………もう行っちゃったか」

 

 はやくアリシアと合流したい一心で、ダッシュで墓地に向かう秀樹。

そんな秀樹の背中を、男は眩しい光を見るような目で………眺めていた。

 

 

〇墓地〇

 

「見つけた!」

 

 男の言う通り、アリシアは自分達より一足早く墓地に来ていた。

 

「アリシア!」

「! お兄ちゃん!」

 

 秀樹がアリシアの名を呼ぶと、アリシアが秀樹に気付く。

秀樹はアリシアの傍に行くと、両肩を掴んで揺すった。

 

「アリシアーーー!! 何処に行ってたの!?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 怒られる!と思ったアリシアは、固く両目を瞑る。

それを見た途端、秀樹は説教の言葉を失ってしまった。

 

「はやてお姉ちゃんを一緒に迎えに行こう?」

「怒らないの?」

「無事ならそれでいい。はやてお姉ちゃんの方は知らねぇけどな?」

 

 きっとお母さんポジションからアリシアを怒るんだろう。

きっとお母さんポジションからアリシアを優しく抱き締めるんだろう。

 

 そういう温かな近い将来を秀樹は軽く想像した。

 

「さぁ行くぞ?」

「待って! あそこのお兄さんが助けてくれたんだよ」

「……お兄さん?」

 

 アリシアの見る先には学ランを着た少年?が歩いていた。

 

「あのお兄さんが助けてくれたのか?」 

「うん、猫ちゃんをあっという間に治してくれたんだよ」

「ね、猫ちゃんをあっという間に治した?」

「うん!」

 

 アリシアの言った言葉に半信半疑になる。

そもそも「どういう状況だったんだよ!」と、追求するべきか?

でも、アリシアの満面の笑みを壊したくないのが正直なところ。

 

 ハッピーエンドならハッピーエンドでえぇじゃないか。

 

「ん? この墓……八神家?」

「どうしたの?」

 

 ほんの数秒、男子中学生の背中を眺めていると、気になる名字を見かけた。

目の前の墓石には、間違いなく『八神家』としっかりと彫られていた。

 

「そっか……ここがアイツの……」

 

 黙ったまま、秀樹は八神家の墓を眺める。

そして、墓に眠るはやての両親に対して両手を合わせて冥福を祈った。

 

「お兄ちゃん?」

「アリシア、日本じゃこうやってやるんだ。やってみ?」

「うん」 

 

 アリシアにも、はやての両親に対して冥福を祈ってもらう。

今、はやてにお世話になりっぱなしだから、その感謝も勿論籠めて……

 

(よし、後でまた………あれって……) 

 

 はやてと合流し、また墓前に来ようと思ったときだった。

誰かが八神家の墓に綺麗な花と饅頭を供えてあるのを、秀樹は発見してしまった。

 

 このとき、秀樹の脳裏にしょうもない考えが浮かんだ。

 

(これって、銀さんの真似が出来るんじゃね?)

 

 秀樹が思い浮かべたしょうもないこと。

それは銀魂の主人公〝銀さん〟が初めて〝お登勢〟と出逢った話。

お登勢が死んだ旦那のために供えた饅頭を、銀さんが食べちゃった名シーン。  

 

 死んだ旦那さんに代わり、自分がお登勢を護ると誓った名シーン。

 

「アリシア、はやてには秘密な?」

「え? えっ!? 何してるの、お兄ちゃん!?」

 

 アリシアの戸惑う声を無視し、秀樹は饅頭を口に入れようとした。

 

「え?」

「え?……じゃないよ! いいの!?」

「悪いに決まってるだろ?」

「分かってて、なんでやるの!?」

 

 そりゃ悪ーいことだと承知した上での行動だった。

アリシアの言うことが胸に突き刺さるものの、饅頭を掴んでしまったら引き返せない。

 

「アリシア、俺は〝男の約束〟ってヤツをしたいんだよ」

「男の……約束?」

 

 真剣な顔を見せる秀樹に、アリシアは言葉を失った。

 

「あーん!…………あ、美味しい♪」

「食べちゃった!?」

 

 アリシアは何か良いエピソードがあるものと思い、黙ったのだが、その隙に秀樹は饅頭を一口で食べてしまった。しかも、味が好みだったのか、饅頭に対して感想を述べたのである。

 

「ありひあもたべう?」(アリシアも食べる?)

「食べないよ! お兄ちゃんのバカバカバカァ!!」

 

 特に反省せず、2個目の饅頭まで食べる気満々の秀樹。

アリシアにもお裾分けしたかったのか、満面の笑みで饅頭を勧めてきた。

共犯になりたくないアリシアは、その勧めを一刀両断し、秀樹の背中をポカポカ叩く。

 

「これでいいんだよ」

「何が!? お兄ちゃん泥棒したんだよ!?」

「あぁ。世間を基準に判断したらな。でも、饅頭食べたから約束破れなくなったよ」

「え?」

 

 アリシアは、秀樹の言った言葉の意味が分からず、首を傾げた。

 

「な、何を約束したの?」

「……………………………秘密♪」

 

 秀樹のやったことは自己満足でしかない。

でも、どうしてもやっておきたかった。少しでも強く誓っておきたかったから。

 

〝アナタ達夫婦の代わりにはやての傍に出来る限り居る。楽しくさせてみせる〟と。

 

 1度、はやては見せるときがあったのだ。

秀樹とアリシアがはやての家から帰るとき、寂しそうな顔を一瞬だけ見せたことがある。  

普段はエラく明るい顔を見せるのに、そのときだけ一瞬顔に出してしまっていた。

 

 それがどうしても忘れられなかった。

 

「はやてには黙ってろよ!」

「絶対に言うもん!」

 

 秀樹の隣で、はやてに言いつけると誓うアリシア。

 

(また怒られるわ……まぁ俺らしいよな……)

 

 はやてと合流したときのことを考える秀樹。

アリシアが報告し、はやての頭に二本角が生え、自分を叱るパターン。

でも、それでいいと思った。そんな感じでいいんだ、と。

 

 そんな呑気なことを秀樹は思っていた。

 

「こんのクソガキがァアアアア!!」

「へ?」

 

 饅頭を呑気に頬張っていた秀樹の顔がキョトンとなる。

不意を突かれたのだ。さっきのお兄さんとやらが、鬼の形相で走ってきていた。

 

「俺が供えた饅頭を勝手に喰ってんじゃねぇぞォ!!」

 

 その怒号が終わるのと同時に、お兄さんの背後から奇妙な巨人が顕れた。

歯を食い縛り、眼を鋭く光らせ、お兄さんの怒りに呼応し、絶賛ブチキレた状態で。

 

 秀樹は、これは間違いであってほしいと直感で思った。

 

「え? スタン………」

『ドラァア!!』 

 

 事態を把握するのもままならず、秀樹は顎に強烈な一撃を貰っていたのだ。

 

 

〇病室〇

 

「思い出せるのは、ここまで……だな……」

 

 静寂が支配する病室で、秀樹は思い出すんじゃなかったと思った。

殴られたもの。とてつもないクレイジーなヤツに強烈なアッパーもらったもの。

前世でもあんな体格差がデカイ化物に殴られた経験なんてないもの。

 

 秀樹の額からタラリと冷や汗が垂れる。

 

(俺……俺……よく生きてるよな)

 

 常人の小学3年生なら即死モンだ。

どういうことになれば、クレイジー・ダイヤモンドからアッパーを貰えるのか。

 

 それはピッコロモドキの魔貫光殺砲に貫かれて死ぬ確率以上にあり得ないはず。

 

(俺、もしかして死んで……)

「お兄ちゃん?」

「わひゃう!?」

 

 逆転の発想で、自分はまた死んだと考えそうになった秀樹。

そのタイミングで、アリシアが心配そうな顔で秀樹の病室に入ってきた。

 

「大丈夫?」

「だ、だだだ大丈夫ダゼ!」(わひゃう!?って言っちゃったよ……)

「げ、元気そうだね……?」(ウソ? 今、わひゃう!?って言った?)

 

 自分が秀樹のわひゃう!?に対してツッコむのは優しさじゃないと察した。

さっきまで気絶していた秀樹に対し、黙ってスルーするのが優しさだと悟った。

 

「兎ちゃん、わひゃう!?ってなんや?」

「くそぅ! 一番聞かれちゃいけないヤツに聞かれてた!!」

 

 1歩遅れてやってきたはやてには、そんな優しさは微塵もなかった。

 

「言うてみぃ? ほれほれ? わひゃう!?って言うてみぃ?」

「悪代官かお前は!?」

 

 秀樹の弱味を握ることに成功したはやて。

はやてに弱味を握りしめられた哀れな秀樹。

 

 この差を覆す力は、哀れな秀樹にあるはずはなかった。

 

「よかったわ~。兎ちゃん元気そうで何よりや」

「人を弄り倒して吐く台詞じゃねぇ……」

「まぁこんな可愛い乙女を一人で待機させた罰やと思いなさい」

 

 はやてには口で勝つことは困難。  

ずっとはやてのターン状態のため、打開策を見出ださねば、もっと弄られる。

とりあえず真面目な会話へと路線変更し、ターンエンドに持ち込む必要がある。

 

「あ、あのさ……?」

「すまない。少し邪魔させてもらうぜ」

 

 秀樹が真面目な会話へと路線変更しようとした矢先、何者かに出鼻を挫かれた。

 

「すみません。ちょっと遠慮してほしいんで………す………が………」

 

 自分の話の邪魔をした何者かに不満を抱き、少し機嫌を悪くした秀樹。

しかし、いざ病室の扉の方向に視線を移すと、とんでもない客が訪れてきていた。

 

 〝クレイジー・ダイヤモンド〟を顕現させたお兄さんとやらが。

このとき秀樹は直感的に覚悟した。〝きっと今度こそ殺される〟と……



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