自分にしかない選択肢 (ツリ目)
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大本営からのお知らせ

もしもこんなことが本当に起こったら
想像しながら読んでもらえたら幸いです。


 

 

数週間後、サービスが完全に終了します。

 

 

艦娘を一人だけ選んでください、その一人だけは現実世界であなたのもとに来てくれます。

 

 

ただし、選ばれなかった艦娘とは一切の口利きは出来ず、接触は出来ません。(二次創作はその限りではないものとする)

 

 

*サービス終了までに選択されなかった場合、艦娘はデータとして削除されますのでご注意を。

 

*艦娘にこの情報は伝わっていませんが、伝えるかどうかは各々の判断にお任せします。

 

*低練度(90未満)の艦娘は選択できません。

 

 

 

 

 

 

 大本営から近々サービスが終了するという通知が来た。本来なら終わってしまえばそれまで、しかしこのゲームに関してはそうもいかない。

 

 このゲーム、どのようなシステムなのか艦娘と会話をすることが出来る。こちらの会話に艦娘が対応できるのだ。実際に動き、画面越しとはいえお互いにお互いを(顔や声を含め)認識できているようだ。もちろん母港画面で話せるのは秘書官のみではあるもののグラフィックが画面に出ている艦娘は常に話せる。

 

 そんなシステムがあるおかげでヒキニートも在宅勤務の人もコミュ障対策をしている、かもしれない。ともかく会話が成立しているので提督の人柄によっては艦娘の性格が大いに変化する。事務的過ぎて金剛ですらドライになっていたり、山城が萩風以上の提督LOVE勢になっていたりと、文字通り提督の数だけ鎮守府がある。

 

 

 さて、通知は提督にしか伝わっていない。任務娘、アイテム屋さんにも伝わっていない。つまり提督の意思次第で何も知らないまま消すことも出来るということだ。仮に艦娘に伝えたならLOVE勢だけでなく現実世界へ憧れを抱いている艦娘は必死になるだろう。それだけでなく姉妹間のギクシャクも生まれる。

 

 要約すると、提督がこの話を艦娘にするメリットはない。

 

 

 

 

「……マジかよ」

 

大学生で提督やってる男は通知を見て眉をひそめる。

 

「課金で消えた金はいいが、艦娘がリアルに来るって信じらんねえ。……艦娘に伝えてないって性質悪くねえか」

 

伝えず何も知らないまま消す、これが最良であることは彼にもわかる。伝えてもメリットはないし一人も選ばないほうが経済的にも幸せだ。

 

 だがしかし、古参と言わないまでもそれなりの期間やって来たゲームだ。実際に触れあうということはもちろんないけど普通に会話したりお互いの世界でしか見えない景色について語ったりと非常に思い入れがある。選べるものなら全員選んでハーレムしたいのが本音だ。

 

「仮に全員選べても問題山積み、一人選ぶとしたら普通は嫁だ(単婚提督並感)。しかし……」

 

生活費についてはまだなんとかなる。問題はその艦娘と一緒に生活する場合を考えた時だ。

 

「……あいつらはどうする気だろ」

 

LINEを開いてリア友提督のグループに書き込む。

 

 

1:運営のあれ見たか?一人だけ選べるって奴 お前らどうする?

 

 

返事はすぐに帰ってきた。

 

 

2:俺はエンジョイ勢だからまだ艦娘に伝えてない。カッコカリしてたら嫁だけど結局迷ったまましてなかったからなあ、まだ決めてない

 

3:ここんところログインもしてないし無視 人間一人増えたら邪魔だろ

 

3:通知無視してサービス終了すんの待つわ、動くだけ無駄無駄

 

 

「3は相変わらずドライだな、MMOの経理が忙しいのかねえ」

 

やはり迷っている提督は多いようだ。もともと他人に相談するような内容でもないので聞くだけ無駄なのだが。

 

 通知が来てからサービス終了するまでに選択肢はある。

 

 

 

 

 

1:艦娘には伝えないまま一人を選ばずサービス終了を待つ。

 

2:艦娘には伝えないまま一人を選んでサービス終了を待つ。

 

3:艦娘には伝えて一人を選ぶ。

 

4:艦娘には伝えて一人を選ばない。

 

 

「……どれも選びにくいなあ」

 

 

1はデータの海に消える艦娘に対して未練やら後悔やらなんやらでメンタルが死ぬ、時間を置けば治るだろうけど治るまでが苦しい。

 

 

2は選んだ艦娘が本気の罵倒をしてくる可能性がある。姉妹でもぼっちでも他の艦娘を気にしないような鎮守府ではないしそうなるような扱いはしていない。どの艦娘からでも本気で罵倒されたら本気で死にたくなる。

 

 

3が提督にとっては無難だろうけど必ず鎮守府内でいざこざが起こる。深海棲艦との戦闘以外で死ぬ要素はほぼないにしても艦娘内でギクシャクが生まれた挙句、実は提督嫌いだけどリアルに行きたくてアピールするなんてのが来たら目も当てられない。雷ママが悪い男にだまされるやつの逆パターンなんて嫌すぎる。

 

 

4が最も平和な選択肢だ。最初のうちにサービス終了して一人選べるけど選ばないって言えばみんな平等で明らかに態度が急変する艦娘が出るなんてことは起こりえないはずだ。唯一の欠点は、せっかく艦娘とリアルで一緒でいられる権利をもらえたのにそれを破棄することがあまりにもったいないという提督の意見だ。

 

 

「……どれもやりにくいなあ」

 

この提督が最後に選ぶのは、いったいどれになるのだろう

 

 




1「ゲームの中に入れたらいいのに」
2「入ってどうするの?」
1「働かずだらだらしたい」
2「今と同じじゃん」
1「・・・・・・」


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明石の相談

頭痛くしながら描いてます
嘘ですノリノリで書いてます
普通に書いてて楽しいです

運営の通知の真意に頭を悩ませる主人公をお楽しみください


 大本営から二つの通知が来た。

 

 

1:数週間後にサービスが終了する。

 

 

2:選んだ艦娘が一人だけ提督のもとへやってくる。

 

 

一つ目はいずれ来るものだからと諦めがつくしそれ以上に掘り下げることはない。しかし二つ目はそうもいかない。

 

 もともとこのゲームは他のゲームとは違い、艦娘と会話をすることが出来る。お互いの声や顔を認識できるのだ。だから提督の人柄が鎮守府の状態にほぼ直結する。

 

雷より提督LOVEな大井からスーパードライな榛名までいろいろと鎮守府によって異なる。

 

ゲーム内はどうやらMMDの鎮守府のように艦娘の姉妹ごとに部屋が割り振られているらしい。さらに艦娘は他の艦娘の部屋に移動することができるので時雨にセクハラしたら山城に伝わることもある。

 

画面越しということを除けばほぼリアルの人間と同じようなものだ。決まったキャラで決まったセリフしか言わない、ではなく決まったキャラが自分に向けた言葉を発する。だから多くの提督が強い思い入れを持っている。

 

 さて、艦娘を選んで一人が提督のもとへ来ると通知されたがいったいどういう意味だろうか。そのままの意味でとらえるなら「艦娘が肉体を持って提督のもとへやってくる」ということになる。

 

しかしそれはあまりに現実的ではない。リアルの人間と同じような対話が出来るとはいえデータはデータ、肉体錬成は冒険もののRPGだけの話だ。では、いったいどういう意味なのだろうか?

 

 

 

 

 一人の男子大学生提督は頭を抱えていた。ゲームが終わることは仕方ないと諦めているけど、一人だけ残るとかゲーム終了とかの話を艦娘は誰も知らないらしい。

 

それを伝えるべきなのか伝えるとして誰を選ぶべきなのか、とにかく困っていた。

 

「どうしよどうしよどうしよどうしよ……マジでどうしよおおおお!!!」

 

『おいうるせえぞ!』

 

隣の部屋から壁ドンと怒号が飛んできた。

 

「ひっ、すんませんっ……!」

 

大学生提督(以下、へたれ)は大学近くのアパートに住んでいる。実家から大学までは遠いので近くのアパートに住むことになったのだ。

 

「んー……一人くらいなら増えても大丈夫そうだけど……」

 

このへたれは二年目までの学費、四年目までの家賃を親に払ってもらうことになっている。夜勤のコンビニバイトをしているので出費はほとんどなく、貯金もそこそこある。

 

多少の食費ならばなんとかなる。「多少の」食費ならば。

 

 もしも一航戦を選んだ場合、大学生程度のそこそこある貯金は食費であっという間に消える可能性がある。大食いのイメージは二次創作とか初期の印象とかによる後付が多いけどそれをリアルでされるとあってはなかなか選べない。

 

 逆に駆逐艦を選んだ場合、それはそれでマズイ。大学生のうちからロリコン扱いされて社会的に苦しい立場になるのは大変よろしくない。へたれはロリに対して父性こそあるもののそういう趣味はない。

 

そういう護身を抜きにしても(下手をすれば)小学生くらいの少女にずっと留守番を任せるのは心配だ。大学の講義、夜のアルバイトが毎日のようにあるのでアパートにいる時間は少ない。現在は春休みなのでいいけど終わったらそうもいかない。

 

少女をほぼ丸一日安アパートに留守番させるのはその艦娘に危険が及ぶかもしれない。本物のロリコンに襲われたら大変だ。

 

 燃費が食事量に直結するなら潜水艦が一番かもしれない、スク水も服を買って着せれば一番無難だろうか。オリョクルもバシクルもカレクルも疲労マークか中破以上したらやめる程度にはホワイト鎮守府なので恨まれていることはないと信じたい。

 

「……って伊山手、普通に考えて艦娘が画面超えてリアルに来るとかありえないだろ」

 

ここまで現実世界に艦娘がやってくるという前提で色々考えていたけど、そんなことは有り得ない。肉体錬成とかハガレンくらいしかありえない。

 

じゃあどういうことなんだ?「艦娘が一人だけ提督のもとへやって来る」、この言葉から考えられる可能性はどんなものがある?

 

 一つ、艦娘が画面から出てきて現実世界にやってくる

 

 一つ、……一つ……他の考え方は……

 

「だーめだ、全然分からん」

 

こういう時は友人に聞いてみよう、頭の悪いへたれよりは現実味のある意見を出してくれるだろう。

 

 

 

1:なあなあ、艦娘が一人提督のもとへってどういうことだ?よく分からんのだが

 

2:俺だってよくわかんないけど、たぶんボイスとかグラとかがパソコンに自動で転送されるんじゃないかな gifとかmp4とか

 

3:おおかた艦娘のデータがまるまるパソコンに移動するんだろ 今の時点で会話したり認識したりができるじゃん?

 

3:ゲーム終わるから移せるようにした、一人だけにしたのは容量の問題じゃねえの

 

2:なるほど、それなら有り得そうだな 練度90以上って設定はむやみに移動させて容量圧迫するのを避けるためか

 

 

さすがは3だ、MMOで一日に数千万(ゲーム内金銭)を動かせて一時期サーバー全体を落とした男だ。へたれにはない発想をする。

 

2が言う練度については「誰でも選べるのは何かマズイんだろう」くらいの認識だった。

 

「提督のところに来るっていうのはこういうことだったんだな。でもなあ……」

 

これを艦娘に伝えるかどうかっていう問題がある。ゲームが終わることはみんな平等に消えるから仕方ないと思えるかもしれないけど、最後の最後でメンタル壊れたら嫌すぎる。

 

でも何も知らないまま消えていくのは…………。

 

「艦娘の誰かに相談してみようかな」

 

誰に相談しようか、育ててなくてあまり話したりもしない艦娘したら適当な助言されそうだな。もしくは姉妹の誰かを推薦するかもしれない。

 

逆に特別仲が良い艦娘だと思い入れが強くなって贔屓にしてしまうかもしれない。

 

 

『それで私に相談しにきたんですか?正直そんなことを相談されても困るんですけど……』

 

アイテム屋さんにいる明石さんに相談したら案の定困惑された。

 

「いやまあそうだろうけどさ、相談するとしたら明石さんが適任なんだ。第三者視点っていうか、公平な意見を出してくれそうな気がするから」

 

『いきなりそんなこと言われても。そもそも運営からのお知らせっていうその二つは今初めて聞きましたし』

 

艦娘には伝わっていないというのは本当らしい。運営がそこで嘘を言う必要はないから疑うのはおかしいんだけども。

 

「ゲームが終わることは伝えようと思うんだけど、一人は俺のとこに残るって言うのは伝えるべきなのか迷ってるんだ」

 

『私に言われても……。そうですね、このゲームが終わることは伝えても問題ないと思います。さすがに驚くとは思いますけどいずれ終わることはみんなどこかで分かっていましたから。でも提督が危惧しているように一人を選ぶという話は考えたほうが良いと思います』

 

「だよなあ……」

 

『でも提督?最後に決めるのはあなたです、私の意見に流されて決めるんじゃなくて「みんなの提督」であるあなたが決めるんですよ』

 

「……うん、そうだよな、俺がちゃんと決めないとな。選択肢を与えられたのは俺だけだもんな」

 

 明石に相談した後、へたれは全艦娘にゲーム終了することだけを通知した。やはりほとんどの艦娘は動揺していた。特に駆逐艦の潮のような気の弱い艦娘は7駆の部屋にこもりきってしまったと朧が報告してくれた。

 

 羽黒は意外にも落ち着いたものだった。

 

『始まりがあれば終わりがある、この鎮守府にいられる時間もいつか終わりが来るって扶桑さんがおっしゃっていたことがあるんです。だから悔いがないように生きてきたって。それを聞いてからワタシもいつ終わっても構わないようにしていました、だから私は大丈夫です』

 

慰めようと思っていたら逆にこっちを元気づけてくれた。やはり羽黒は天使だ。後になって曙が「羽黒さんが駆逐艦のみんなを慰めに来てくれた」と報告してくれた天使すぎやしないか。

 

 

 

 

 大本営からの通知が来た翌朝、いつものようにデイリーを消化しようとログインした。欠伸をしている嫁艦の川内をしり目に任務欄へ行こうとすると、最後のアプデで追加された「艦隊メニュー」が点滅していることに気付く。

 

艦隊メニューは最後のアプデで追加されたもので、友軍があった位置に追加されている。友軍は消えた。そこには鎮守府放送という艦娘全員へまとめて連絡をすることが出来る校内放送のような項目、提督から艦娘or艦娘から提督にメッセージを送る掲示板という項目がある。

 

この掲示板に何かしらの変化(艦娘の連絡)があったときにメニューのところが点滅する。

 

「んーあー、そういう」

 

出撃希望者というタイトルの下には艦娘の名前がずらりと載っていた。

 

ゲームが終わるとしても出撃したいという艦娘が名前を書いたのだろう。

 

「こういうのがなかったらデイリーしか消化しなかっただろうし、ありがたいな」

 

そこにはやはり川内の名前もあった。

 

「んじゃ、デイリー消化したらどっかの海域に行くか」

 

へたれの言葉を聞いた川内は寝ぼけ顔から一気に覚醒してこちら側に手をつく。こちらというか、ガラスに両手を押し付けている。

 

『ホント!?じゃあ絶対絶対夜戦できるとこにしてよね、絶対よ!!』

 

「はいはい、分かってるよ」

 

適当に返事をして川内の手を戻させようと画面に自分の手を押し付ける。押し付けると言っても画面の汚れを取るくらいの力加減だから壊れるなんてことはない。壊れることはなかったけど

 

「…………え?」

 

へたれの手が”パソコンの中に入った”。何か柔らかいものに触った瞬間慌てて手を引っ込める。

 

「……?!……??!」

 

自分の手とパソコン、川内を交互に何度も見る。川内も驚いたような顔でこっちを見ている。

 

パソコンの画面や横を見たり持ち上げて下を確認したりしてみたけど特に変なところはない。

 

『ね、ねえ提督、今何が起こったの?』

 

川内の困惑した声が聞こえて再びパソコンの画面を見る。表情も同じく困惑している。

 

「お、俺も分からないけど……とりあえずもっかい」

 

再び手を画面に突っ込む、手が画面の中に入った。

 

「うっそだろおい……」

 

川内が画面の中に入った自分の手に触れる、感触はある。つまり

 

 

「こ、こっちとあっちが繋がってるのか……?」

 

 




最初の設定と締めだけ考えてるけどそれ以外は何も考えないで書いてます。


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へたれ、頭を使う

総合スペック中の下な主人公のへたれが頭を頑張って使ってる話です


 運営からサービス終了通知と艦娘選べ通知が来た翌日、大学生提督(以下・へたれ)はとにかく驚いていた。

 

何気なく嫁艦の川内が画面側に押し付けてきた手を、自分の手で押し返す素振りをしようとしたら自分の手がパソコンの中に入ったからだ。

 

自分の手がパソコンの画面の中に入り、川内の手に触ることが出来たからだ。

 

「艦娘を一人だけ選んでください、その一人だけは現実世界であなたのもとに来てくれます。」という通知、自分の手がパソコンの中に入る現象、へたれはとにかく混乱した。

 

 

 

 

 画面の中に手が入った。画面に映っている川内に触ることが出来た。

 

「……どゆこと?」

 

恐る恐る手を深く突っ込んでいく。簡単に入っていくので怖かったけど肘の手前から先は入らなくなった。

 

「…………ふぅ」

 

少しだけ息を吐いてゆっくりと腕を引き抜く。水から手を引き上げるときのような感覚がある、画面は液体みたいな波紋が生まれた。

 

腕を完全に抜ききってしばらくすると波紋はすぐに収まった。試しに人差し指だけ突き刺してみるとやっぱり画面の中に入る。画面いっぱいに大きな丸を描くみたいにぐるぐる回しても引っかかりはない。

 

「なあ川内、お前の方からは画面の外に手を出せるか?」

 

『ん、やってみる』

 

川内が画面に向かって手を伸ばす。ガラスに手を押し付けた時の状態になって、そのまま川内が手に力をこめたら

 

人の手が画面から出てきた。

 

(ホントに繋がってる……!)

 

ゲームの世界とリアルの世界が繋がっている、こちらからもあちらからも相手の世界に干渉できる。

 

「す、すげえ……ははっ、どうなってんだこれ……」

 

川内が興奮した顔で腕を伸ばしていく。へたれもその手を掴もうとする。

 

「!?」

 

画面から飛び出した手が指先から角ばって、小さな立方体の集まりに変化してどんどん消えていく。

 

「手を引っ込めろ川内!」

 

『え?』

 

「早く!」

 

川内に痛みや違和感はなかったみたいだけど、へたれの鬼気迫る言い方に圧倒されたのかすぐに引っ込めた。

 

さっきと同じ波紋、その先にいる川内は自分の手を確認している。

 

「川内、痛みとか変な感じとかそういうのないか?手に異常はないか?」

 

『えっと……大丈夫みたいよ。どうしたの?』

 

やっぱりさっきの現象に気付いていないみたいだ。

 

 

 

 

「もしかして……」

 

こちら側にきた体積か、留まる時間か、もしくはその両方か分からないけど一定以上に達したら消えてしまうのか?

 

データをリアルの世界に連れ出そうとしたからか?なら逆にこっちがゲームの中へ入っても大丈夫だったのはどうして?

 

三次元から二次元への干渉が可能になっている時に、二次元から三次元への干渉を完全に切ることができないということだろうか。

 

「……いや違う」

 

たぶんそうじゃない、逆なんだ。

 

大本営は「艦娘が現実世界のあなたのもとへ」と言っていた。友人はデータがまるまる手持ちのPCに移されると推測していた、へたれはそれを聞いて携帯などにも移せて持ち歩いたりできるからそういう言い方をしたのだろうと思った。

 

でもそうじゃない。このゲームは「本当に」データを現実世界に移行させるんだ。

 

川内の手が消え始めたのはおそらく今がその時ではないからじゃないだろうか。艦娘を現実世界に連れ出す実験の期間、完全に実施するわけにはいかないから途中で消え始めた。

 

期限が来る前に連れ出されたら困るのか技術的にまだ無理なのか分からないけど、たぶん今はまだこっちに連れ出すことは出来ないと思う。

 

こっちが干渉出来るのは実験の弊害か何かじゃないか。

 

「…………・」

 

考えれば推測はいくらでも出来る、でも分からない。どれもこれも根拠がない。

 

「ごめん川内、ちょっと明石と入れ替えるよ」

 

 

 

 

「ということが起こったんだ」

 

念のために第一艦隊旗艦の明石のみにした。この状態で明石に説明したら呆れた顔で

 

『提督~、その冗談はあんまりですよ?』

 

と言われた。完全に信じてない。

 

「いやホントなんだって!俺も川内も信じられなかったけどさ、ホントにホントなんだって!」

 

『へえ~、じゃあこっちに手を突っ込んでみてくださいよ』

 

やれるもんならやってみろって顔で煽ってきた。

 

(存分にビビりやがれ)と思いながら手を画面に押し付ける。

 

押し付ける。

 

……押し付ける。

 

「……あれ?」

 

手はパソコンの中に入らず画面で止まったままだ。

 

『ほ~らやっぱり嘘じゃないですか』

 

「いやでもさっき川内にやった時は……!」

 

 

*低練度(90未満)の艦娘は選択できません。

 

 

大本営の通知であった注意書きの一つ、それを思い出した。

 

川内のレベルは128、明石のレベルは35と改造してから育てていない。

 

(もしかして……)

 

『もー、そんな冗談でムキにならなくていいですよ』

 

「ごめん数分くらい待ってて」

 

編成画面でレベルソートを確認、レベル89のイタリアとレベル90の長門がいた。

 

 

 確認してみたら長門が母港にいるときは手が突っ込めたけどイタリアには突っ込めなかった。

 

「やっぱりそうなんだ」

 

他にも理由があるのかもしれないけど、たぶん90以上のレベルじゃないと手を突っ込んだり向こうがこちらに手を伸ばすことはできないみたいだ。

 

どういう理屈なのかは分からないけど。

 

「そうだ、他の人はどうなんだ?」

 

友人の提督に質問を飛ばしてみた。

 

 

1(へたれ):なあ、レベル90以上の艦娘を秘書艦にして画面に触ってみたりした?

 

 

朝だからだろう、返信はすぐにはなかった。

 

「っと、それよりもおーぷん行ったほうが早いか」

 

2ちゃんねるの艦これスレを覗いてみる。

 

 

72:名無しさん@おーぷん:20XX/3/10(?)05:33:04 ID:XYZ

 

 高雄型はやっぱり柔らかかったよーん!摩耶ちゃんってばホント元気で俺ちゃんこまっちゃ~う

 

75:名無しさん@おーぷん:20XX/3/10(?)05:33:45 ID:imY

 

 >>72

 

 お前絶対冴羽だろID的にも発言的にも

 

 

やっぱりおーぷんは平常運転だった。

 

 

 

 




皆さんならどんな選択をします?


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おーぷんはいつでも通常運転

ようやくへたれがマトモに考え始めます。
あれが怖いこれがヤバいと逃げていてもいずれ来る終わりには逃げられませんからね。


 最初に目についた書き込みがアレだったので期待した自分が馬鹿だったかと思ったけど、さすがはおーぷんと謎の安堵をした。

 

89:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:39:23 ID:dnk

 結局引っ張り出せる条件はレベルだけってことでFA?

 

92:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:39:48 ID:HDD

 >>89

 イエス

 どの艦種でも問題なさそう

 

105:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:40:21 ID:WAO

 必要なのはレベルだけみたいだな

 美人選んでリア充になるのが楽になるわw

 気を付けないとヤンデレに刺されないか心配だなww

 お前らも気を付けろよ

 考えて選ばないとヤバいからな

 す

 

106:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:40:29 ID:Ank

 >>105

 そうか

 しね

 

109:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:41:50 ID:XYZ

 無理やり引っ張り出したやついる?なんかデータになって消えるみたいな感じになって本当に消えたら怖いからやってないんだけど

 

118:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:43:38 ID:NHK

 >>109

 検証組とニコ生がやったっぽい

 一気に引っ張って腰辺りから消え始めたらしい、ゆっくりやっても胸部くらいまで引っ張ると完全に消える

 秘書官が消えるとレベルソートで次に高い奴が代わりに出てくるっぽい

 

120:名無しさん@おーぷん:20XX/03/10(?)05:43:50 ID:osi

 >>109

 無理やりやっても胸くらいまでならすぐ押し戻せば大丈夫みたい

 あと艦娘に画面側へ寄ってもらってこっちが手を突っ込んだら揉めるぞ

 

さすがはおーぷん、いつもはポケモンとか遊戯王とか政治とかバイクとか下ネタとかの話しかしてないのに艦これで新情報が出ると真面目だ。誰もが疑問に思うことを聞けばすぐに返答が来る。

「……んー」

過去スレや前後の書き込みを見たけど、どうしてこんなことができるのかは分からないみたいだ。

正直原因が分かってもへたれとしてはどうしようもない。専門は経済だし機械に特別強いわけでもないから全然分からない。

 

 

 どうしたものかとまた悩みながらバイトへ行く準備をする。バイト先に提督はいないので相談は出来ない。

「選ぶとしたら……俺が選ぶとしたら……」

一人だけ思い浮かんだ艦娘がいる。相談にも候補にもなる艦娘が、気の置けない友人みたいな艦娘がいた。

パソコンを開いてその艦娘のみ第一艦隊に配置し、母港画面に移動する。

「話があるんだけど、いいかな」

『何かしら、新しい装備でも開発するの?』

川内を除けば1番レベルの高い軽巡、夕張が返事をする。

へたれは一人を選ぶことが出来、現実世界に来ることが出来ると言う話をした。

それを聞いた夕張はやはり驚いたようだ。

『…………』

反応もできないくらいに驚いたみたいだ。

「えっと、大丈夫?」

『……だ』

「だ?」

『大丈夫なわけないでしょー!?』

音量低めにしていたはずなのに鼓膜がビリビリするくらいの大声で怒鳴られた。ヘッドフォンじゃなかったら隣から壁ドンがきていた。

『な、何なのよそれ、いきなり言われても意味分かんないわよ!』

どうやら艦娘と提督がお互いの世界に干渉できることは疑っていないみたいだ。たぶん他の艦娘から聞いたんだろう。

頭を抱えたまま「ああ……」だの「うぅ……」だのと変なうめき声をあげている。まるで緊張している時のへたれだ。

「えっとな、それでさ、選ぶか選ばないかを迷ってるんだ。お前の意見を聞かせてほしい」

自分で決めないといけないのは分かってる、でもやっぱり決められない。その時が来てしまったら、こうやって話している夕張や、嫁の川内や、相談に乗ってくれた明石とはお別れしなくちゃいけない。三次元で凹んでいる時の癒しになってくれた駆逐艦も、イベントの時のメイン火力で頑張ってくれた戦艦や空母ともさよならだ。

『だからそれを私に相談されても困るってば……。でもね、もし選ぶんだったら』

 

『あなたには私を選んでほしい』

 

真摯な目で彼女は言った。真面目な顔でへたれに言った。

へたれは、すぐに言葉を返せなかった。マヌケ面で画面の向こうで頬を赤らめている彼女を見つめることしかできなかった。

『あなたがどう考えてるか分からないけどね、あなたを想ってる娘はたくさんいるわ。私だってそう、外に行きたい気持ちがないとは言わないけどちゃんとあなたを慕ってるわ』

「……夕張」

『ま、ちゃんと考えなさいね』

言うと同時に画面が暗くなった。スリープモードになったみたいだ。

スリープモードになってもへたれはしばらく動かなかった。動けなかった、頭の中で夕張の言葉が何度も繰り返されてまともに思考できなかった。

「『私を選んでほしい』……か……」

へたれのつぶやきは彼自身にしか届かなかった。

「……やっぱり選ばないって選択肢は選べないなあ」




あと何話か何十話かしたら終わりますのでよろしく。


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理想「何とかなる」 現実「お金って大切」

春休みも明け、作中のへたれも春休みが終わりかけ、現実では運営が春イベント()のおおよその時期と期間を告知しました。
この作品、長引かせたら絶対ぐだると思いつつ書いてます。


 ヘタレは自分のパソコンでエクセルとGoogle先生を使っていた。

エクセルは自分のバイトなどによる一月当たりのざっくりとした収入と、食費や娯楽や趣味に使っている出費の平均を割り出した。

 

「月八万、出費は……約二万五千……」

 

Google先生には女性の服の金額、おおよその食費を質問させてもらった。女性の一式そろえる場合にかかる値段と多く食べる場合の食費を聞いて合計してみる。

 

「食費は多くて二万から三万、服装は……ユニク〇とかしま〇らはまずいかな、まとめてセットでなら何とか」

 

自分のタンスに視線を向けて重大なことを思い出した。そもそもこれがあるから最初の一年は頭を悩ませまくってたんだった。

生徒から学生になったことで制服じゃなくて私服になったから自分で服装を考える必要が出てきて、毎日同じ服だと同じ学部のやつらが変な目で見ることが想定できたから何着も似たようで全然違う服を買ったんだ。

 

「一セットだけじゃダメじゃん……」

 

ループさせるとして三セット、一セット当たりは3万と仮定して9万円としよう。

「最初の月はとりあえず合計12万円、そこからは食費と……艦娘の趣味だから出費が倍だとして五万円くらい?俺が抑えて四万円にすると一月当たりの残額は四万円くらいか」

学費を払うのは来年度からで、貯金と年間辺りに残る48万円で学費を払うことになる。

奨学金は月三万だから預金額を増やすには年に六万円以上が必要になる。

「ってことは月に五千円以上増やすだけでいいのか、思ったよりもきつくなさそうだな」

貸与制なので借りる奨学金は少ないことに越したことはない。

 

バイト代   ¥80000

食費    -¥14000

娯楽    -¥11000

艦娘    -¥25000

――――――――――――――――――――――

残額     ¥40000

 

 

学費    ー¥900000

収入     ¥480000

奨学金    ¥360000

―――――――――――――――――――――――

残額    ー¥ 60000

 

 

金額だけ見るならあまり厳しくはない。家賃を親に払ってもらっていなかったら危なかったかもしれない。

「でも今以上にバイトするとしたって食費が大幅に増えたらやばいのは変わらない、か」

 

 

 

現時点で艦娘を選ぶことは決定している。

 

候補の艦娘も何人か絞ってある。でもまだ誰にするかは決めていない。

 

やっぱりどの艦娘にも思い入れがあって決めることが出来ない。それにまだサービス終了の具体的な日付が告知されていない。

 

時間のある限りじっくりと考えよう。

 

『あの、司令官、どうしたのです?』

同時進行で開いていた艦これで秘書官兼初期艦の電が難しい顔をしているヘタレを案じる。

『ここのところずっと難しい顔をしているのです、悩みがあるなら電に相談してほしいのです』

「ううん、大丈夫だよ。大学でどの講義にするか考えてるだけだから」

『あんまり大変なら頼ってほしいのです、電は司令官の初期艦だから力になりたいのです』

「……ありがとう、本当に大丈夫だから」

本気で心配そうな顔をする少女に出来るだけ安心させるような微笑みを見せた、つもりだ。

 年端もいかないような少女に心配させてしまうほど難しい顔をしていたらしい。

(自分の中で決心したはずなんだけどなあ)

 ゲームでも真面目になる、って決めたはずなのに。

 こういう優しさを目の当たりにすると全部を話してしまいたくなる。

 目の前にいる少女を選びたくなる。

 メリットもデメリットも関係なく頼りたくなる。

 やさしさに甘えてしまいたい。でも

「講義の登録ってややこしいんだぜ?年に一回しかやらないからなかなか覚えられなくてさあ」

傷つけないために言わないって決めたんだ、だから頼らない。

だからこれ以上弱みを見せない。最後に選ぶとしても、今は絶対に傷つけず強い自分を見せて行こう。

 

 

 通知から一週間、現実世界に来るという話は夕張と明石しか知らない。

川内には話していないけど何かを察しているみたいだ。

他にも何隻かはへたれの態度から何かを感じている様子だった。

レベル99の利根が半べそかいて画面に顔をくっつけてきて現実世界に飛び出した時は驚いたけど。

「だいたい一週間たったけど、やっぱり何も分からないくさいなあ」

サイトや2ちゃんねるなどを見ても進展はないようだ。

攻略サイトは条件と現象をまとめているだけだし、艦これスレは性癖とか遊戯王とかバイクとかポケモンとかの雑談しかしていないし。

 

2:お前らは艦これのあれ結局どうするか決めた?

 

2からLINEが来た。

 

4:始めたばっかだからレベル90とか無理です

3:お前はな 俺はぶっちゃけログインしてねえ

 

久々に4が参加してきた。4は着任が一番遅く、変に運が良いやつだ。加賀がいないのに大型で大鳳狙ってツモるやつだ。

 

1:何人かには全部話した んで、一人選ぶつもり

2:4よ、運営が具体的な通知してないんだから何隻かはたぶん間に合うぞ

  今のところはレベリング一名、選ばないやつ一名、選ぶやつ一名か

1&3&4:2は?

2:わしは選びたいけど実家暮らしだから迂闊に決められん

 

2はへたれ同様に迷っていて意見を求めたようだ。

 

4:艦娘に触れるとかパソコンに手突っ込めるとかってどんな感じなの?

1:水に手を突っ込んでる感じ 奥に突っ込むときに若干抵抗を感じるな

 

正直これくらいしか説明できない。2と3も同意を示し、4はやったことがないからか釈然としない様子だった。

なんにしても

「終わってほしくないなあ」



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雨の中で考え事

 ゲームがいつ終わるのかは分からないけど、通知で「数週間」と言われてから一週間経過したからざっくり二週間強ってところじゃないだろうか。

 

 それにしてもよく続けてきたもんだ。明確な終わりがないゲームとはいえポケモンもモンハンもスマブラも半年くらいで放置していたのに、艦これは二年以上もやっている。そりゃあ最も熱を持っていた時と比べたら惰性でやっている感じがあるけど未だに楽しんでいる。

 

パズドラと違ってログインだけってこともない。まあログインボーナスの有無とデイリーっていう違いがあるから比べるのは少し無理があるかもしれないけど。

 

 ともあれこれだけの期間やってきたゲーム、終わると分かってしばらく経つと「仕方ないよな」という思いがある。

参加できるイベントには全部参加して、15夏は初めて全甲を目指して、EOクリアで手に入る勲章溶かして、補給すらできなくなったから寄せ集めで艦隊を組んで出撃して、結局ボス前撤退したりとか。

 

 次からのイベントは15夏ほどの苦戦とは程遠くて拍子抜けしていた、札があったから色んな艦娘を使うことが出来たなあ。

 

でもそれももう終わりか、なんだかあっけないな。

 

 

『……は大丈夫です』

 

 

 何かが聞こえる。聞き覚えのある声とセリフだ。

 

『今度は衝突しないって』『ハラショー』

 

 冗談交じりの言葉や口癖だ、何回聞いたか分からないセリフだ。

 

『俺に勝負を挑むバカはどいつだ?』『艦載機の整備を手伝って』『勝利が私を呼んでいるわ!』『魚雷、撃ちますよ』『司令官、ご命令を!』『僕に興味があるのかい?』『伊号潜水艦の力、見ててよね』『いっちばーん!』『データ以上の方ですね』『ヒャッハー!』『なんだ・・・提督か』『歴戦の空母なんよ』

 

 右も左も分からなかった時期から世話になって、今もなお世話にならないと何もできないくらい頼りにしている艦娘たちの声が聞こえる。

どいつもこいつも思い出と思い入れとこだわりと、自分の艦これを語るうえで外せないやつらばっかりだ。

 そんな奴らとの別れがこんな形で、これで終ってしまって本当にいいのか?

 ゲームが終わるんだからそこに出ている人物とお別れなのは仕方ない、でも本当にどうしようもないのか?

 

『さては私と夜戦したいんだなあ?』

 

唯一指輪を渡した艦の声が聞こえた。

 

『『『『『艦これ、始まります』』』』』

 

同じセリフ、違う声がたくさん聞こえる。

『――――――――――』

彼女の声が、言葉が聞こえた。声の主が近くにいる気がしてそっちに手を伸ばす。

「――――――」

何かを言って彼女に触れた気がした。

 

 

 

 

「…………」

 自分の部屋の天井が目に写った。右を見ても左を見ても起き上がっても自分の部屋でしかない。

「なんつーか、ずいぶんな夢を見たなあ」

伸ばした手を見ても変なところはない。握って、開いて、また握って、また開いた。

夢で触れた感触を思い出して感じるように繰り返すけど何も感じない。

 

自分の手を静かに見ていると今の自分について考えてしまう。時計の針が動く音と雨の音が部屋で反響している気がする。

 

 あと二年もしたら就職しなければいけないのにどんな企業に就きたいのかも決まっていない。なりたい編集者は出身大学的に無謀で、卒業してからのイメージが全く湧かない。

「何してんだろ俺……」

唐突に現実を見つめなおして凹んでしまった。

「就活とか嫌だぁ・・・生活できるならバイトだけでいいよぉ・・・」

さっきまで艦これのことを考えていたのに就活についてよぎっただけでテンションがダダ下がりになった。

 

現実問題として就職したら当然家賃やら光熱費やらガス代・水道代などは自分で払うことになる。

というか大学卒業したら就職するしない関係なくしないといけない。食費だって例外じゃない。

そうなると就職しないのは無謀だ。

「久々に散歩するか」

雨もドシャ降りってわけでもないし気分転換にはなると思う。

 

 

 

 都会と呼ぶには程遠い町を目的もなく歩いた。音楽を聞く気にもならず、雨が傘に弾かれる音をBGMにして歩きつづける。

(どうしたもんかな)

中学受験以降は幼馴染との遭遇が全然なくなってすれ違っても忘れられていることがあった。

前に学校帰りのバスで小学校の時の同級生2人に「よお」って声かけたら一緒になって「あいつ誰?」とか聞こえる声量で相談していたな。

(俺も名前は憶えてねえけど顔くらいは何となく覚えてるのに・・・)

おかげで外出して遭遇しても声をかけるのが怖い。

 指先が冷えてきた気がして、パーカーのポケットに傘を持っていない左手を突っ込む。

「…………ん」

向かいから一組の親子が歩いてきた。20代半ばくらいの母親と思われる女性と・・・たぶん10歳くらいの娘さんと思われる少女だ。

 

 親子はとても似ていて「かわいい」というよりも「美人」というほうが適切な気がする。すらりとした体つきで華奢、ガラス細工のような儚さを感じる。

肩の辺りでそろえられた黒髪は相合傘している白い傘が際立たせている。

 二人ともビニール袋を持っているからたぶんスーパーとかで買い物した帰りなんだろうか。

(朝潮と加賀さんがリアルにいたらあんな感じの雰囲気なのかな)

リアルと二次元を当てはめて「何を考えてるんだおれはー」とか心の中でぼやく。

あんまりガン見して通報されたら嫌だから視線を真正面に移す。

 水たまりをわざわざ踏んだりしないでだらだらと目的もなく歩く。

年度末の夕方、天候は雨、人とはほとんどすれ違わない。

たまにおっさんとか運動部のランニングとすれ違ったけどそれくらいだった。

気分転換に散歩してみたけどやっぱり何も変わらないし何も決まらない。

気まぐれに手を傘の外に出して小雨だなと色んなものから逃避した思考ばかり頭をめぐる。

「……帰るか」

思った以上に何にもならなくて失望すらなかった。

 

 家に帰って課題があるのを確認したけど提出が最初の授業だから見なかったことにした。部屋の本棚に入っている小説をざっと見てみたけどぶっちゃけどれも見る気にならない。結局いつものようにパソコンを開いてしまう。

「ただいま」

『おかえりなさい』

 そしてやっぱり艦これを開いてしまう。しょっちゅうログインして外出してなんてのを繰り返してるから明石も慣れた感じで返す。

 デイリーをこなすべく出撃希望者一覧を見てどこの海域に行くか考える。

『結局どうするか決まったんですか?』

「へ?」

頬杖をついていた手がずれて顎を打ちかける。

「き、決まったって何が?」

びっくりして声が若干上ずった。昔遊んでて顎を切ったことがあるから少し怖い。

『艦娘を一人選ぶかどうかって話ですよ。提督の台所事情は知らないですけど、決めるのは簡単じゃないでしょう?』

「あー」

そっち方面のことは何とかならなくはない。でもずっと養えるかというと、ずっと一緒にいられるかというと、どうにも踏ん切りがつかない。

「選ぶことは決めたんだ、でも誰を選ぶかまでは決まってない」

『さいですか』

聞いておいて気の抜けた返事だ。気まぐれに振っただけの話題らしい。

(おーぷんとデイリー済ませながらSSの続きでも書こうかな)

別タブを開いて渋や笛を開こうとする。

 

『選ぶならちゃんと腹をくくってくださいね』

 

 真摯な目と顔で明石が言った。

『あなたの選択次第で人間一人がどうなるか確定してしまうんです。選ぶことで人として生きることになるんです、あなたの選択肢は人間を生かすことに直結しているんです。一人の人生を背負う覚悟、半端なままでは許されませんよ』

 話す内容はめちゃくちゃ重かった。「艦娘の一人と一緒にいられる」くらいの気持ちでいたヘタレには大学の単位よりも重い現実を突きつけられた感じだった。生計くらいは真剣に考えていたけど「人の人生を背負う」なんて大それた考えは少しも頭をかすめなかった。

「……肝に銘じておくよ」

SSを書く気が失せて開いた別タブを閉じる。いつものようにおーぷんを開きながら艦これのデイリー任務をこなして思う。

(俺は……舐めているんだな、人間一人の人生を決める重さを。現実離れしているとしても軽くとらえていい問題じゃない)

前に作成した生活費についてまとめてあるエクセルを一瞥して考える。

(俺は考えないといけない問題を間違えてるのかもしれないな)



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逃走と回答

他のシリーズのうち二つはTRPGなもんでダイス振るのがめんどくさいのと
完全オリジナルは単純に文章が思い浮かばないのとで

ぶっちゃけこの「自分にしかない選択肢」しかモチベーションも書く気も起きてないデス。


「あ、はい、分かりました。ありがとうございます」

 電話越しに何度もお辞儀をしながら店長にお礼を言う。怖い人ではないけれど目上の人と直接話す時は焦って舌が空回りする気がして電話にした。シフトの相談だから直接言うまでもないという思いももちろんあった。

「たぶんこれで月に10万くらいかな」

バイトを増やしたのは収入を増やして艦娘が来ても問題ないように貯金するためというのが一つだ。

そしてもう一つ

「……後回しにしてるだけなんだけどさ」

 

”考える時間をなくす”ようにバイトの時間を増やした。

 

 彼はここにきてまで目を逸らそうとしているのだ。

 

  運営から告知され

   友人と話し合って

    夕張から選んでほしいと言われ

     明石に覚悟をしろと忠告されて

 

そのうえでまだ逃げようとしているのだ。選択肢は自分にしかないと分かってなお先延ばしにしようとしている。

具体的な時期を告知されていないので実際時間はある。

「でもどうしたらいいんだよ……」

 

 何度も自問自答はした。

 自分は選ぶべきなのか、選んだとして誰を選ぶのか、その後をどうするのか、そのために何をするべきなのか、同じようなことを何度も頭の中で繰り返した。

艦これも艦これスレも3DSも開かずにずっと考えた。

それでも具体的な行動は何も思いつかなかった。出来ることはせいぜいバイトの量を増やすくらい。

 結局のところ、艦娘を選ぶと決めたくせに艦娘の人生を背負う覚悟が未だに固まっていないのだ。

「覚悟ったって、何すりゃいいんだ……」

何度も口にした愚痴をため息とともにこぼす。

 

 

 

「ちょっと相談事がしたいんだけど、いい?」

『なんでありましょうか提督殿』

ゲーム内のキャラなんだから区別がされてるとは思わないけど、陸軍出身扱いの「あきつ丸」なら何か閃くような発言をしてくれるかもしれない。という浅はかな期待を胸に質問する。

 

「例え話なんだけどさ、仲のいい異性の友達が複雑な事情によって家がなくなったとするじゃん?んで、それを助けたい俺は一応一人を賄うくらいの余裕はある。俺はその友達を助けたいと思っている場合、どうするのが一番かな」

 

『どうと申されましても提督殿の家に泊めて差し上げればよいのでは?何か問題が起こった場合はその都度話し合えばいいでしょうし』

 

「うん、まあ、そうね……。じゃ、じゃあさ、引き受けるとその友達のことは全部自分が何とかしないといけないとしたら?趣味とか服とか……同棲って言う形を取るならどうするべきかな」

 

『これはまた随分な例え話でありますな。まるで[結婚しようと思っているものの結婚するべきなのか分からない]とでも言われているようであります』

「そ、そうか?」

 

あきつ丸の当たらずとも遠からずな例えに動揺してしまう。しかし彼女は彼の様子を気にした風もなく考え込む。

『うーん、そうでありますなあ。結婚したいのなら覚悟を決めるべき、と自分は思うであります。』

「……その覚悟について説明お願い」

『いや説明と申されましても……。自分はこの者と共に生涯を共にする!という気合と言いましょうか、自分から相手の全てを背負う意思を持つことでありましょうか』

今のセリフの後半に何かが閃きかける。

 

「自分から相手の全てを背負う……」

『ええ。背負わされるとか背負わないといけないとかそんな消極的な気持ちではなく、自分の意思で、自分から背負ってやるという気持ちでなければ引き受けたとしても長くは続かないでありましょう』

 

 あきつ丸の言うことは精神論だったけれど、ヘタレが認識を改めるには十分な精神論だった。

 何の認識かと聞かれれば、自分が向き合うべき問題への認識だ。

 

『どのような真意を持っているのかは皆目見当もつきませんが、尻込みしているようでは大事な決断をするときに後悔するであります。多分』

あきつ丸の言葉を聞いて、頭の中で何度か反復して、かみ砕いて、あきつ丸を見る。

 

「ありがとう、答えがなんとなく見えた気がするよ」

『それは良かったのであります』

 ヘタレのお礼を聞いてあきつ丸はニッコリとほほ笑んだ。未改造の時からは考えられないほど血色の良い肌と、思わず見とれてしまう綺麗な笑顔はあまり練度を上げていない(レベル50)ことを後悔するほどだった。

(おかずにはしてたんだけどな……)

下世話な感想こそ内に秘めたけど、感謝の念は本心だった。

 

 

「やー、これは参ったな」

おーぷんでとある質問を投げかけた。

へたれが何とかできるギリギリの、誰もが幸せになれるかもしれない手段の可能性の話だ。

返ってきた回答は実に単純明快で

『不可能ではないが諦めろ』

『よほどの技術がなければ無理』

というものだった。色々と難しい説明をたくさんしてもらえたけど全然理解出来なかった。

しかし見えた。あきつ丸の助言が全部とは言わないけど、おかげで目標が見えた。

「たぶん、これが俺の目指せる一番高い理想なんだろうな」

 これ以上はないって思えるような満足感と、もっと何かしてあげればっていう力のなさからくる無力感が押し寄せる。

 到達しうるはずのゴール、自分にしかない選択肢から選ぶことができる最適解

 届く気がしないくらいに遠い理想までの現実という大きな壁

 誰かだけじゃなくて誰もが諦めろという親切な助言をした可能性を

 ヘタレは選ぶことにした。

「ありがとうあきつ丸、お前のおかげで」

 

「俺は答えを得た」

 



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閑話休題

イベント期間はやめておこうかと思っていたのですが
E-5まで甲でクリアした時点で資材の一部がどうしようもない状態になったので再度備蓄に入ります。
そして出来た時間でこれ書きます


ヘタレ:艦これ関係の思い出とか語らない?

ヘタレはLINEの提督グループ(少人数)で質問を投げかけた。

 

 そのメンツの名前を以下のようにする

 2はヘタレの友人の常識人、学力はメンツの中で一番高く良識もあり人間的に一番出来ている。

外見的特徴から以下より「ムックル」と表記する。

 3はヘタレの腐れ縁悪友、狡猾さと一種のドライさは良い笑顔してろくでもないことをする。

性格的特徴から以下より「ニンジャ」と表記する。

 4はヘタレの後に艦これを始めた友人、遠征に出さなければいけないわけではないのに戦艦を突っ込むうっかり。

言動的特徴から以下より某水上機母艦をもじって「アッシー」と表記する。

 

ニンジャ:思い出っつーけどどんなんよ?

 

ヘタレ:艦これやっていて印象深い出来事とか

    終わる前に語り合おうかなってさ

 

ムックル:終わる前にって言うには前すぎる気もするな

 

アッシー:俺が印象に残ってるって言ったらヘタレが最初のほうに疲労度を計算しながら通常海域をクリアしようとしてたのが

 

ムックル:疲労度について質問されたときに「そこまで行くと廃人だ」って言ってやったのが懐かしいな

 

ヘタレ:お前にそう言われきゃ頭痛くしながら疲労度計算してただろうな

 

ニンジャ:なんだそれwそんな話聞いてねえぞwww

 

ヘタレ:だって言ってねえし

 

ムックル:初めて一週間くらいだったからなあ

     一ヵ月で2-4クリアしたときは驚いたが

 

ニンジャ;半年くらいで通常海域抜かれた勢いはむかついた

 

ヘタレ:せやかて工藤 俺はただゴリ押ししてただけだぞ

 

ムックル:無駄な運の良さは俺もむかつく あと勢いも理解できるわ

     「司令部レベル100超えたらきつくなる海域あるから調整してると思ってた」

     って俺とニンジャのレベル聞いていった台詞はまだ記憶に新しい

 

アッシー:俺イベント自体あんまりやってないからいろいろよく分からん

 

ニンジャ:お前の運の良さもちょっと腹立つわ なんで加賀いなくて大鳳ツモるんだよ

 

ヘタレ:しかもボーキない時だったんだろ?

 

ムックル:あまりによく分からないことしてたからニンジャが一時期アッシーのアカを代わりに進めてやってたんだっけ?

 

ニンジャ:ちょくちょく直してやってるのに気が付いたら遠征メンバーに戦艦入ってて失敗してるのは頭抱えたわ

 

ヘタレ:俺はいいからお前らの話を聞かせろよ

 

ニンジャ:トリプルダイソン

 

ヘタレ:あー

 

ニンジャ:をお前にぶつけたい

 

ヘタレ:NO

 

ムックル:隼鷹キラキラ問題

     毎回毎回MVP掻っ攫って出撃しても出撃してもキラがはがれなかったことだな

 

アッシー:お前にそういうこと聞くと必ず出るよなその話

 

ムックル:おかげでずっとうちの主力だわ

     あとはイオナ神 というかアルペジオイベ

 

アッシー:あのチート潜水艦ですか

 

ヘタレ:色んな人があれで5-3ヌルゲー化したらしいな

 

ニンジャ:あれで全ての艦娘が加古になったと言っても過言ではない

     あとはレーザーとクラインフィールドだな

 

ムックル:全員加古になるのか

 

ヘタレ:改二かそうじゃないかでだいぶ違うな

 

ニンジャ:変換ミスだ無駄に突っ込むな

 

アッシー:最初はかなり弱かったらしいな

 

ニンジャ:弱いどころじゃなく最弱だった

     全部のステータスが駆逐艦並 現最弱重巡の青葉と比べて運さえも平均値

 

ムックル:前に夕立改二と比較した画像があったな

 

ヘタレ:重巡のくせに装甲さえ負けてなかったか確か

 

アッシー:嘘だろおい……

 

ニンジャ:ところがどっこい!これが現実!

 

ムックル:アッシーくらいだと五十鈴牧場とか利根チェッカーとか知らなそうだな

 

ヘタレ:14秋着任の俺の時点で五十鈴牧場は分かったけど、チェッカーは艦これスレ

まとめで初めて見たな

 

ムックル:あとはほっぽちゃんから菱餅を取り上げるイベントだな

 

ヘタレ:そーいえばあったなそんなん

    取り上げるものによってほっぽちゃんのグラが変わってたのに忘れてたわ

 

アッシー:それならちょっと知ってるわ

 

ニンジャ:秋刀魚集めが懐かしいな

     限定グラの種類はもしかすると最多数かもな

 

ヘタレ:つまり一部の艦娘よりも人気の可能性が微レ存……?

 

ムックル:やめたげーや

 

ニンジャ:やったねたえちゃん!グラが増えるよ!

 

ムックル:おいバカやめろ

 

ヘタレ:あとは……やっぱり15夏イベントだな 俺の初夏イベントだから印象深いわ

    ついでに言うと初めて勲章を資材に変えた

 

ニンジャ:大学の先輩もあのときは頭抱えたらしいな

     歴代イベントでも始まって三日くらい全クリア者がいない+装甲333のボスは提督の誰もが絶望しただろう

 

ヘタレ:あの時は艦これスレもお通夜ムードだったらしいな

 

ムックル:次の二回のイベントは大したことなかったけど、その次の春イベントはヤバかったな

     敵が全部姫なんて昔の冗談が実際に起こると誰が予想できただろう

 

ニンジャ:俺は参加してなかったから詳しく知らないんだが、ビッグセブンの半数が諦めたんだったか?

 

ヘタレ:エロサイトの人は初日に7面あったうちの6を抜けることが出来ずふて寝

    一人は初日の突破を断念

    ニコ生最速RTAの人はゴリ押しして何とかクリアしたが7をやろうとして録画トラブルがあった

    こんな感じだったはずだ

 

ニンジャ:あの廃人たちも無理だったのか

 

ムックル:あくまで初日の話だけどな

 

ヘタレ:それでも早すぎるけどな?

 

アッシー:海域6個もクリアなんて無理ゲー……

 

ヘタレ:↑これが一般人の意見です

 

ムックル:全海域クリアも一般人からしたら廃人の域だぞ

     お前に言ってるんだよヘタレ

 

ヘタレ:え~?俺はただのエンジョイ勢だよ?

 

ムックル:全甲クリアするエンジョイ勢がいるかッ!

 

アッシー:なにそれこわい 廃人怖い(゜_゜)

 

ヘタレ:俺は廃人じゃない!艦これスレで聞いたらガチ勢は「必要なとこだけ難易度上げるやつらのこと」って言ってたもん!

 

ニンジャ:艦これスレを基準にするな

     あそこは色んな意味で普通じゃないから(お前含む)

 

ヘタレ:俺みたいな常識人を普通じゃないとか意味が分からん

 

ニンジャ:え?

 

ムックル:え?

 

ヘタレ:え?

 

アッシー:どうした廃人

 

ヘタレ:えぇ……

 

 

 

 いったいどれほど話し込んだだろうか、ヘタレが放ったたった一つの質問から始まったトークは何時間も続いた。ただ思い出を語るだけなのに話題が尽きる気配はなかった。

 

 勉強やその他のゲームでマンネリ気味の「ムックル」は一人ひとりの話に応えた。四人の中で最も長く艦これというゲームをしている彼、気持ちの高ぶりが書き込みから零れているようだ。

 

 最近はログインもしていないと言っていた「ニンジャ」はナチュラルな毒舌を吐いて、それでも自分の当時の心境を詳細に話した。ムックルとほぼ同時期に始めた彼は離れていたとは思えないくらい話題についていき、他の三人以上の分析をしてみせた。

 

 まだまだゲームのシステムをやり込む過程にあっただろう「アッシー」は一人ひとりの思い出に大袈裟とも思えるくらいの反応をしてみせた。自分が実際に体験したイベントも話にしか聞いたことがないイベントも全てが彼にとって新鮮だったらしい。先駆者の体験談を聞くことが楽しいようだ。

「……やっぱ、やめたくないよな」

 つぶやきを書き込みこそしなかったけど、たぶん他の奴らの意見は予想できた。手に取るように分かったし、自分のことのように感じられた。

 続けられるものならこのまま続けたいだろう、艦娘との繋がりを消したくないだろう。選ぼうにも自身の台所事情などで少なくともこのメンツはヘタレしか選べない。

 

 

 くだらない質問をした少し前、彼は一人の艦娘にいくつかの確認をしていた。

「お前らの知識ってどのくらいあるの?」

『―――――――――?』

「ああごめん、質問の仕方が悪かった。えっと、艦娘のキャラに見合った知識をどのくらい持ってるの?陸軍やドイツ艦は陸軍のことやドイツのことに詳しいとか」

『―――――—、――――――――――――――――――――』

「そっか。じゃあさ、その持っているであろう能力は引き継げそうか?明石の改修みたいに工学系統は強いとか」

『――、―――――――?』

「お前に助けてほしいんだ、手伝ってほしい。というか俺に手伝わせてほしいことがあるんだ」

 

 

「  」



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自分が選んだ選択肢

イベントはE-6までは甲でクリアし、E-7も甲で挑んだのですが
ラスダンまで行って倒しきれませんでしたわ
バケツはともかく資材が尽きました。



「お前に助けてほしいんだ、手伝ってほしい。というか俺に手伝わせてほしいことがあるんだ」

 

 ヘタレの言葉は具体性に欠けていて、言われた彼女は困惑していた。だから彼女は問いかけた。

『もう少しちゃんとした説明をしてもらっていいかしら』

彼女—『夕張』は確認するように問いかけた。

「うん。最初に言っておくけど、これは俺にとっての理想に一番近い・・・なんていうんだろ、方法みたいなもんなんだ」

そう前置きをしてヘタレは考えながら言葉を紡ぐ。

 

 

「どっから話そうかな……。結論から言うとさ、艦娘の性格と記憶をパソコンに住むAIにしようと考えてるんだ。

 

「もし選べるのが一人じゃなかったとしても、現実問題として生活していけるかというと俺の台所事情じゃ一人が限界だ。

 

「でも他のみんなとの縁が完全に切れてしまうのは嫌だし、みんなとはずっと一緒にいたい。

 

「で、俺が考えた落としどころが『データとして留まるAI』なんだ。

 

「正確に言うとデータとしての艦娘をそのままパソコンに移したいんだ。

 

「そのためにプログラムとかを作ろうって思ったんだ。

 

「だったらその方面に強い誰かがいたほうが良いだろうと判断して。」

 

 

『……私にそのプログラムを作れってことですか?』

夕張の言葉にヘタレは頷く。明石も候補に入れていたが、レベルとは別に明石は開発よりも改造するタイプだから合わないだろうという判断があった。個人的なイメージではあるが、公式でもそういう区分はあったようなので夕張に設定が反映されてもおかしくないと思ったのだ。

『あなたは私を選ぶってこと?』

夕張の言葉にヘタレは首を縦に振る。

 即座に頷いたヘタレの様子を見て何故だか夕張は悲しそうな顔をした。ヘタレに背中を向けてギリギリ聞こえるくらいの声量で言った。

『それはプログラムを作るため、だけ?』

不安そうな声色で、頼りなさげな雰囲気さえ漂わせている。

(あ、そういうことか)

夕張が悲しそうな理由をヘタレは察した。

「違う違う。確かにお前には作ってほしいって気持ちはあるけど、それだけじゃないんだ」

慎重に言葉を選ぶ。自分がその役割のためだけでしか必要とされていないのではないかと不安がっている彼女のために

 間違えないように

  傷つけないように

   正しくあるために頭を使う。

 

「そういうのを抜きにして俺はお前がいいんだ。夕張と一緒が良いんだ」

ヘタレなりの真面目さで真剣に告げた。表情の見えない相手に想いが間違って伝わったりしないように自分の気持ちを、感情を伝える。

『……川内っていう唯一のお嫁さんがいるのにそんなこといっていいのかしら?』

意図的に感情を殺しているのか、淡々とした口調で質問する。それが責められているのか叱られているのか分からないが、やや弁解気味に言った。

「えっと……内緒にしてほしいんだけどさ」

単婚のヘタレは声を潜めて、それこそ内緒話をするようなトーンでこっそりと告げる。

「初期にグラが気に入って勢いでケッコンして思い入れがあるけど、そういうのでは川内は特別高くないんだわ」

『あっ、この提督酷いこと言ってる』

後ろめたそうに告げるヘタレが悪戯を見つかった子供みたいだからか、夕張は振り返って笑いかける。

「内緒だかんな?別に何か不利益なことがあるってわけじゃないけど内緒だかんな?」

『はいはい、青葉さんにも伝えないようにしておくわよ』

冗談めかして返事をする夕張に先ほどの悲しげな雰囲気は霧散していた。

呆れているのだろうか、腰に手を付けてため息交じりに言った。

『仕方ないわね、私にしか出来ないっていうなら手伝ってあげるわよ』

「ああ、お前にしか頼めないんだから仕方ない」

ヘタレは画面に手を押し付け、押し込む。夕張は手を伸ばし触れる。

指を絡め、決して離れることがないように強く握り合う。

 

「よろしく頼む、夕張」

 

『よろしく頼まれたわ、提督』

 

 

「さて、どこまでいけるのかな……」

夕張に相談してからもヘタレは自身が考えたものが現在あるのかを調べた。一応は自動で返答してくれるAIはあるらしいというのは分かった。パターンの設定をすることでSiriのように答えてくれるようだ。それは現在の艦これにおける艦娘とのコミュニケーションではある。

 どこかの国が作った似たようなAIは「ヒトラーは正しかった」と言うようになったり、日本の場合は腐女子になったという話もあるのは興味深かった。

「でも……」

結局のところ、今のままではヘタレにとって一番大事な問題は解決できないままだった。




皆さんイベントはどうでしたか?勲章にこだわるのは結構ですが、英断のタイミングを間違えないようにしましょうね。

さて、艦娘で出番を増やしてほしい艦娘が居ましたらコメント等していただけますと可能な限り対応させていただきますので
コメントの方をお願い申し上げます。


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理想と現実 見えない距離

 続きが遅くなってしまい大変申し訳ない。
 待っていた方はお待たせしました、そうでない方はどうもどうも。
 大学生活をエンジョイしたりバイトが人手不足で忙しかったりと創作が後手後手になってしまいました。

 恐らく期間が空きすぎてどんな話だったのか忘れている方がほとんどだと思うので、また最初から見直してみたら有難いです。
 前の話とそれまでの話見てみると描写:発言の比が酷いんですよね。どっちも同じくらいなんですよ、だからどんな風に話しているとかが作者の中で自己完結してしまっている節があるわけで
 まあ要するに「うわ、これひどすぎ……?」と思ったから全体的に書き直したいなと思っただけですはい。では本編どうぞ。


 私こと夕張は考える。データの中で海で、「何か」が作った私と言う情報体は思考を巡らせる。

 彼の要求に応えるには何をしないといけないのか。私が持っている知識は運営が設定した分と、提督が与えてくれる情報しかない。

「この手持ちでどこまで届くのかしら」

 艦娘の性格を組み込ませたAI、プログラムを作ることがどのくらい難しいのか分からない。パターンを設定してカメラとマイク認識を出来るようにしたら「しゃべる艦娘AI」は作れると思う。

 でもそれは彼の求めるものじゃない。

 

『俺の鎮守府にいる艦娘を全てAIに落とし込んでパソコンに留めたいんだ』

 

「俺の鎮守府にいる艦娘」は「しゃべる艦娘AI」とは別物だ。

前者は今までのイベントを一緒にクリアしたり雑談したりした思い出を持った艦娘で

後者は『本家が返すであろう返答』しかしない作られる以前がない艦娘だ。

「今のところ考えないといけないのは、どうやって艦娘の記憶を持ったデータをAIに落とし込むかなのよね。こうして『考える』ことができるのと、感覚があるっていうこと、これは限りなく人間に近い、なのかな」

でも、今はまだデータでしかない以上は現実の人間との差異は想像の域を出ない。

 

 意識がある、記憶がある、感情がある、感覚がある、はっきりとした違いは身体があっちにあるかこっちにあるかくらいかしら。

 

 

 

 夕張に自分の考えを伝えてヘタレは思考する。自分が出来ることは何なのか?

繰り返し考えて、その結果として行動した。

 通知を受けて相談し、忠告を受けた上で問いかけた。求めて助言を聞いて見つけた。得た答えは自分にとって最上級のものだった。

 だから夕張を選んだ。

 でもそれを実現させることを考えた時、いくら夕張が有能だったとしても無茶な壁があることはヘタレにも分かっていた。

 

 つまるところ「人格」をデータに変換することが可能なのかどうかだ。人格や性格、それというのは人間の最も情報量の多い部分だ。肉体をデータに変換することは確かに神業もいいところだが、人格や心をデータに変換することだって十分に神がかった偉業だ。クトゥルフのミゴよろしく脳みそを特殊な容器に入れてパソコンに繋げて変換する、なんていう絵空事ですら人間の脳みそが必要になる。

 

 そもそもの話、運営がどうやってこのゲームの設定を作りこんでいるのかが分かれば解決したも同然だ。サービス終了の通知が出る前にこれまで色んな人が質問を投げかけてきた。しかし、それに関する答えが返ってきたことは一度もない。それ以外のバグや簡易な質問には答えてくれてもそれについては答えてくれなかった。

 

 自分よりもよっぽど有能な人たちが必死になって調べたのに、ヘタレ程度が分かるとは思えない。実際調べてみても分からないことばかりだった。

 

 無理に理論を挙げてみるならば、艦娘は運営が完全に管理しているAIで元になるデータが全てあちら側である、というのが有り得るかもしれない。もしもそうだったら運営の管理下からデータを抜き取るとかをしないと『答え』は机上の空論に終わる。

 

 仮に運営へのハッキングをして抜き取ろうとしたとしよう、これまで頑なに秘密としてきた情報が抜き取られるときの対策をしていないとは考えにくい。データが抜き取られるとき、もしくはハッキングを感知した段階で全艦娘のデータ削除なんてトラップがあったら目も当てられない。

 

 そもそもの話、バイト戦士の大学生に出来ることなんてたかが知れている。

「……腹くくりますか。最終手段、というか最悪夕張に特殊能力があることを期待するしかないかな」

 これ以上の思考は不安を募らせるだけだ。艦娘のAI化、膨大な量のデータを効率よく保存する方法、そっち方面の情報を集めて夕張が動きやすくするのが関の山だ。

 出産のときに旦那は何もできないことに対する無力感がすさまじいと聞くが、こんな感じなのかもしれない。

 

『「弱ったなあ……」』

 

どこぞのメロンも頭を抱えているらしい。変にシンクロしているものだ。



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やってきた期日

 話はこれで一段落、というのをどこかで書いた気がしますがそれはそれとして。
 作品の更新に期間が空いてしまい申し訳ありません。作者である私の頭ではほぼほぼ作品の最後は決まっていまして、それを序盤のペースで更新していくとあっという間に終わってしまい、書いている私自身が「長く書いていきたいなあ」と思っているのも相まってつまらないと思ったんです。めんどくさがっているのは否定しませんが。
 さておき、今後の更新はなるだけ読み応えのあるよう内容も文章量も盛りだくさんにする努力をしていきますのでお楽しみいただけると幸いです。
 それでは本編どうぞ。


 とうとうその日がやってきた。サービス終了は二週間先だけど、艦娘を現実世界に連れていくことは出来るようになった、らしい。まだ試していないから分からないけど、運営からの電文によれば今回のメンテナンスで可能になったとのことだ。

 サービス終了に時間があるのは予定が詰まっている人のためだろうと通知を見た提督の多くが察した。しかしヘタレには関係なかった。大学の履修登録が完了して講義も始まっているものの、例にもれず今回のメンテナンスが完了したのは夕方だからだ。そのため日付が変わる前にパソコンの前でスタンバイ出来た。

 

「この日がとうとう、来ちゃったな……」

パソコンの前で碇ゲンドウのポーズでヘタレは難しい顔をしていた。

『何よ、今から考え直します?』

「そうしようかな……」

『ちょっと!?』

思った以上に頼りない返答に夕張は悲鳴のような声をあげた。

『ここにきてそんな反応はホントやめてよね!?』

 夕張からしてもかなり覚悟を決めていたし、それ以上にヘタレは決意を固めていると踏んでいた。なのに根本から考え直すような素振りをされて焦ってしまう。

「俺だってここまで来て迷いたくねえよ……。だから聞かないでくれ、考え直したくなっちまうから」

迷いたくない、考え直したくなる、名前通りのヘタレみたいな言葉ばかりが口に出る。そんな態度を見てさすがの夕張も文句を言おうとする。

『…………』

 しかし飲み込んだ。弱気な発言とは裏腹に彼の眼は強い意思を示していた。決定したことを変更する気なんてなさそうだ。

『(考え直したくなる、とはよく言ったものね)』

 緊張していることは間違いないだろう。真剣そのもので混じり気がない、余裕すらうかがえない。

アニメキャラの眼にあるようなハイライト、光は刃物のように鋭い。視線の先にあるのはパソコンで、見つめているのは夕張だ。

 その両目を閉じて息を吸い、静かに吐いた。

「覚悟完了。準備はいいか、夕張」

 先ほどと同じ面持ちでヘタレは問いかけた。今度は言葉も先ほどとは真逆だ。

『準備も覚悟もとっくに決まってます』

微笑むという優しい表情ではない、緊張でいっぱいいっぱいという感じでもない。安い挑発に乗ってやるとか、上等だとかそんな雰囲気だ。

「んじゃ、始めようか」

 

 俺は夕張に、夕張は俺に手を伸ばす。互いの手がパソコンの画面に触れ、手に力を込める。電子世界と現実世界にそれぞれの手が交差し、決して手が離れないように指を強く絡めた。

「行くぞ!」

 立ち上がる勢いで一気に引っ張り出そうと試みる。

「『!?』」

肘まで引っ張りだした途端、急激に重くなった。さっきまではほとんど何も感じなかったのに’人間一人分の重さ’を持ち上げているみたいだ。それだけじゃない、パソコンの画面が強い光を放っている。プラグは挿したままだからバッテリーが切れることはないはずだけど、明らかに何かが起こっている。

(これは……放電か!?)

バチバチという音と共に棘みたいな光の糸が暴れまわる。テレビやドラマはおろか、最近はアニメですら見ない光景に思わず一瞬だけ動きが止まりかけた。

 だがしかし、ここが踏ん張りどころだ。

「ぐぬおぉお!!」

 夕張の手を両手で掴んで、足の土踏まずも地面に付くくらいその場に踏ん張る。高校の部活を引退してからまるで運動もしなかったインドア野郎の腕は悲鳴をあげる。それでも背筋を伸ばして、胸を張って、出せるだけの力を振り絞る。

『う、うぅう!!』

顔を真っ赤にしている俺の手を、夕張もまた顔を真っ赤にしながら両手で掴む。彼女の華奢な身体のどこにこんな力があるのかというくらいの力強さだ。

 2人がお互いをしっかりと捕まえていたためか離れることはない。夕張の身体がどんどん現実世界(こちら側)へと出てくる。頭が完全に出て、首、肩、胸と順調に出てくる。

(いい加減腕力が持たねえ……、くそったれが!)

 後退することで無理やり夕張の身体をこちら側に引っ張った。

『き、きっつい……!』

夕張の腕も限界が近いのか、思わず弱音が口をつく。しかし腰まで引っ張ることができ、残りは半分くらいだろうか。

「ちょっと我慢してくれよお!」

『え!?』

両腕を夕張の腰に回して胴の部分にしっかりと固定する。パソコンに背を向けた形で、全身の力で引き抜くんだ。

 つま先に全体重を乗せ、ふくらはぎの筋肉を浮き上がらせ、膝で支えて太ももに力を込める。

 少しでも前に進むため

  目指す未来に向かうため

   見つけた答えに届くために

がむしゃらに先へ行く。

『「いっけええ!!」』

クラウチングスタートの陸上選手がスタートダッシュをするがごとく、一気に膝を伸ばして前方に力強く跳んだ。着地する途中で抱えている重さが消えたのを感じた。

 

 夕張を完全に現実世界へ連れ出した直後、俺は家の壁に顔面強打した。狭い部屋で全力ジャンプをしたのだから当然の結果だ。そのため『艦娘が現実世界にやってくる』という奇跡に対して痛みに悶えるというかっこ悪いことになっている。

「~~~~っ!」

良い感じに入ってしまって痛みがじんじん響く。うずくまって額を抑える様はなんとも情けないものだ。

小学生以来感じていないタイプの痛みで、誰かに見られていたらあまりに恥ずかしい。

「あ”!」

ここまで思考が進んで自分の部屋を見渡す。そこには

「痛い……どこか打ったかしら……」

 そこには一人の美少女がいた。

 琥珀色の瞳は神秘的で、思わず引き込まれるその美しさは呼吸を忘れさせる。

 髪は銀に少し緑が混じったような色で、後ろ髪は胸元よりも少し上のあたりまである。

 その胸は慎ましいもので大きすぎず小さすぎず、ちょうど手にすっぽり収まるくらいの大きさだ。華奢な身体だが決して不健康な様子はない。

 うなじから背中にかけてのラインが非常に綺麗で、全体的なスタイルも相まって芸術品を思わせた。触ったら壊れてしまいそうな儚さは近づくことすら躊躇わせる。

 彼女のいるところだけが、彼女の存在だけが異世界から来たものだと言われても信じてしまいそうな現実離れした光景は、まともな思考をすることを許さない。

「提督……?」

夕張が声をかけてくれなければ永遠に眺めていたのではないか、本気でそう思った。

「……夕張……だよな?」

 立ち上がって確認をする。目の前にいるのはまさしく彼女、『夕張』だった。画面の中にいたときの姿がそっくりそのまま存在していた。二次元のキャラが三次元に現れたというのにどうしてだか違和感がない。「夕張が現実世界にいたら」という仮定の話が現実となっている。

「その声と顔、提督で間違いなさそうね」

安堵したような声色と表情で夕張が言った。

 鼓膜を震わせる音はまさしく彼女の声で、頬がにやけるくらい酔いしれてしまう音は実に良い。ずっと聞いていたくなると思わせる感動が体中で暴れまわる。彼女の口が発する言葉に溺死することが出来たらそれすらも至上の喜びとしてしまうのではないだろうか。自分が発する言葉で彼女の声を遮ることがおこがましいとさえ思ってしまう、さながら天使のようだと言っても過言ではないだろう。

「あ」

視線を夕張の首から下に移してまともな思考を取り戻した。一瞬だけ停止こそしたもののすぐに活動を再開して部屋にあるタンスからめぼしい服を探す。

「え、あの、どうしたのよていと……」

気配からして俺に近づこうとしたのだろう、でも声が途切れたことからして気付いたんだ。

 

 自分が服どころか髪留めのリボンすら身に着けていないことに。

 

「な、な……」

「叫ばないでくれよ夕張、隣の人短気だから壁ドンされちゃうから」

昇天する寸前から正気に戻ったからかこれ以上ないくらい冷静に注意する。

 

 適当に女性でも問題なさそうな服を選んで着てもらった。普通のシャツと短パンで大事なところは隠してもらった。リボンは持ち合わせていなかったので髪留めで代用してもらっている。何よりも全裸でいられたら俺のほうが持たない。

 普通の服を着たことによって人間臭さが出たからか、少し慣れてきたからか今は通常の精神状態になった。

「艦娘を現実へ連れてくるのがこんなに大変だとは思わなかったけど、何とか成功したみたいだな」

腕を軽く動かしてみても特に問題なさそうだ。今の感じからして明日の朝には筋肉痛になってそうだけど。

「迂闊だったわ……、こっちに来るとき服までデータから変換されない可能性考えてなかった……」

服を着るだけの時間があったことで夕張も落ち着いたようだ。夕張が小柄なためか服は少しぶかぶかだ。短パンが紐で絞るタイプなのでずり落ちることはない。

 一段落して改めて向かい合った。

「改めまして。俺が、えっと、鎮守府の提督でヘタレだ」

わざわざ改まったものの何を言うべきか分からずコミュ障を発動してしまった。緊張した様子の俺を見て夕張は笑った。

「なーに緊張してるんですか。私は兵装実験軽巡、夕張です」

 彼女は目の前にいる。夢でも幻でもない、確かに触れる距離に存在しているんだ。自分の手を彼女の頬に添え、頭を撫で、全身を嘗め回すように観察する。

(どう見ても人間としか思えない)

確かに感じる体温、柔らかい肌、サラサラの髪、どう観察しても人間の美少女だった。

「ちょっと、くすぐったいんですけどっ」

触り放題のところへさすがにストップが入った。

「悪い悪い、本当にデータから人間になったんだなって実感してさ」

言い訳みたいに弁解する。が、夕張はすでに俺を見ていなかった。

 使っていたパソコンだ。つられて俺もパソコンを見てみると、画面は真っ黒になっていた。

「!?」

適当にキーを打ち込んでみてもマウスを動かしてみても反応がない。

(さっきので壊れたのか!?)

あまり気は進まないが電源ボタンを押してみる。

「つきましたね」

 数秒後には起動したことを確認して安堵した。プラグのほうを確認してみたけどちゃんと刺さっている。

さっきの放電のせいだろうか。とにかく艦これにログインしてみる。すると

「……バグ、じゃないよな」

いつもの執務室、出撃や編成などのメニュー、変わり映えしない家具、これといっておかしな点はない。

ただ一つ

「秘書官がいない……」

艦娘が誰も表示されていないことを除いて、だ。

 編成画面に行ってみると、夕張だけにしていたからか第一艦隊は誰もいなかった。他の艦隊を見てみると遠征中であるものの残っている。

 どうやら夕張だけが俺の鎮守府からいなくなったらしい。どのソートで確認しても夕張の名前は見当たらない。

 

 艦娘が現実世界にやってきた。ヘタレ個人が調べてみたところ夕張は完全に人間であり、データであったことそのものが信じられない。

 お互いに疲れて夕張は布団で眠り、ヘタレはパソコンで情報をひたすらに集めていた。自分以外にどれだけの人が現実世界へ艦娘を呼んだのか、呼んだときはどんな状態だったのか、などなど。それというのも夕張を引っ張り出すときのことで気になったことがあるのだ。

(もし連れ出すときに必ずああなるのか?だとすると、俺以上にパワーがない人はどうなる?)

 インドア派とはいえ男子大学生、しかも元運動部だ。運動不足の社会人よりは筋力がある。そんな彼が全力を出してようやくなのだから、なかなかのパワーを要することは想像に難くない。『提督にヘタレよりも筋力がなく、艦娘に夕張よりもパワーがなかったら』ということを考えるとおかしなことになる。

(一部の提督は連れ出したくても連れ出せないことになる。そんなシステムを運営が導入するのか?)

 艦これ運営はそういうタイプではない。ではどういうことなのか、ということを考えて条件のことを思い出す。

 『艦娘のレベルが90以上』、つまり90以上であれば何とかなると言うことなんだろうか。

(どちらにしても、これから調べて使えそうな情報集めないとどうにもならないか)

ぐっすりと眠っている夕張の髪を撫でながら思う。指先から感じる彼女の体温と肌の柔らかさが現実であることを噛み締めて、再びパソコンに向き直った。少しでも有益な何かを得るために。




 あんなこといいな、出来たらいいな、とこの作中で起きてほしい事象などありましたらコメントお願いしますなんでも島風。


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