オルコット家が破産して貧乏になったけどどてらを着てセシリアが頑張る話 (雲色の銀)
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オルコット家が破産して貧乏になったけどどてらを着てセシリアが頑張る話

 IS学園。孤島に位置するこの場所では、新入生を迎える桜が満開に咲き誇っている。

 

 そんな新入生の花道を歩く、一人の女子生徒。

 フリルの付いたロングスカートは、一目見ただけで改造した制服だということが分かる。純白の裾と同じように、ロールの巻かれた金髪がフワッと薫風に乗って揺れる。

 背筋を伸ばして歩く姿はどこぞの女優のように華やかで、かつ貴族のように気品さを欠かさない。また、制服の上からでも分かるスタイルの良さは、人種の違いを差し引いても敵わないだろう。

 完璧。彼女を見た庶民育ちの学生達はそんな感想を抱いたという。

 

 

 

(ああ、遂にこの時が来たのですわ……三食寝床付きの日々が!)

 

 

 

 そんな印象とは大きくかけ離れた思考をこの少女――セシリア・オルコットはしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 数年前のその日、セシリアの日常が音を立てて崩れ落ちた。

 両親が死亡してから、ずっとセシリアはオルコット家を支えてきた。ある時は寝る間を惜しんで勉強に励み、またある時は専属メイドのチェルシーに相談しながら会社を切り盛りした。

 だが、現実はどこまでも非情である。

 オルコット社は経営不振により破産。家の財産も全て押さえられる結果となった。

 

「そ、そんな……こんなの、何かの間違いですわ……!」

 

 目の前の現実を受け入れられず、膝から崩れ落ちる。

 憐れな娘を差し置いて、あれよあれよという間に家財道具の差し押さえは完了。雇われていた使用人たちも次々と去っていき、じきに彼女もオルコット邸から追い出されることになるだろう。

 セシリアに残されたものと言えば、必要最低限の洋服と両親の写真のみ。

 これから先、どうやって生きていくのか。

 

「ああ、そういえばお嬢様。政府からこんな通知が」

 

 唯一、未だ傍に残っていたチェルシーが手紙を渡す。もっとも、セシリアの今後を見届けてから実家に帰る手筈なのだが。

 涙で頬を濡らしながら、震える指で封筒を開ける。中の手紙は、どうやらオルコット家の財産管理に関するものではないようだ。

 

「……IS適性で、A+判定……?」

 

 それは勉強の一環で受けたインフィニット・ストラトス、通称ISの適性検査の結果だった。

 セシリアの適性はA+とかなり高い判定が出たようだ。が、それも後の祭り。家を守る為の勉強だったのに、今はもう守る家すらない。

 

「それがどうしたっていうんですの……? これじゃあ、天国のお母様に申し訳が」

「けど、ISのテストパイロットを務めれば賃金は国から貰えます。それに、IS学園へ進学すれば寮生活で当分の間は住むところに困らないかと」

「なりますわ! ISのパイロットに!」

 

 それはまさに天からの救いだった。地獄に伸びてきた一本の糸にセシリアは縋るしかなかった。

 この先、どんな過酷な試練が待ち受けているかも知らずに……。

 

 

◇◆◇

 

 

 破産し、全てを失ってからセシリアは死に物狂いでISの操縦技術をものにした。今後の自分の生活を繋ぐ唯一のものだ、大事にしないはずもない。

 例えプレハブのような寝床での生活に身を落とそうが、ISだけは手離そうとしなかった。

 過酷な環境でのストレスや飢えにも耐え、雨漏りや強風による壁の揺れにも負けず、両親の写真と共にただ一つの希望を守り抜いたのだ。

 そんな地獄の日々から解放され、セシリアはこのIS学園へやってきた。当然、交通費は国家持ちである。

 

(ああ……何年ぶりかの温かいベッド。しっかりした屋根のある部屋。朝昼晩と食べられる食事……ここはまさに天国ですわ!)

 

 一瞬たりとも崩さぬ優雅な風貌からはとても想像できないであろう、細やかな喜びをセシリアは噛みしめていた。

 これも全てISのおかげ。左耳のカフスがきらりと光る。

 

(ですがわたくしはセシリア・オルコット。ここでは令嬢として振る舞わなければ)

 

 セシリアに残された数少ない物の一つが、このプライドだった。

 今や制服以外の服はジャージにどてらのセシリアだが、元は生まれも育ちもお嬢様。女尊男卑の世が出る前から強かった母の教えから、その高貴な心を忘れたことは片時もなかった。

 いずれはオルコット家を再興させる為にも、ここで弱みを見せてはいけない。だからこそ、セシリアは今も姿勢正しく校舎への道を歩いているのだ。

 もし、ここでどてらを着てるお嬢様、と鼻で笑われるようなことがあればセシリアのガラスのハートは砕け散るだろう。

 

(もう少し、もう少しで夢の生活を……!)

 

 温かいベッドで眠る自分を妄想しながら、セシリアは新たな生活を歩み出す。

 日の当たる教室。談笑するクラスメート。上品に笑う自分。

 少しでも未来が違っていたら、きっと彼女は育ちで劣る他人を見下していただろう。

 

(そういえば、ここは孤島ですが一番近くのスーパーは何処なのかしら? 大安売りをしてるといいのだけれど)

 

 が、いくら環境が良くなろうとも雑草魂は抜けないセシリアであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 セシリアのクラスではちょっとした騒ぎがあった。

 なんでも、世界で唯一の男性操縦者――織斑一夏がクラスメートとして所属していたのだ。

 ISは本来、女性しか動かせない代物。それを男性が動かしたともあればニュースにもなる。

 

(学生の食堂メニューにしては少しお高くありません?)

 

 が、世界の情勢どころか明日の生活すら危ういセシリアにとってはどうでもよく、代わりに気になっているものと言えばIS学園の食堂の料金だった。

 三食食べるつもりでいたのだが、日々のやりくりには上限がある。セシリアは帳簿に書かれた残金と料金表を見比べては細い眉を顰めていた。

 

(とりあえず、ディナーはコンビニを利用しましょう)

 

 周囲がたった一人の男子生徒に夢中になっている中で、セシリアはコンビニ弁当に夢中になる。

 そうしている内にチャイムが鳴り、担任の織斑千冬が教壇に立った。

 

「さて、授業の前に再来週行われるクラス対抗戦の代表者を決める。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 

(クラスの代表者。それになれば、国も私の優秀さを分かるかもしれませんわね。もしかして、仕送りの額も増えるかも!)

 

 セシリアの生活を支える資金はイギリスが出している。

 これは国の代表候補生かつISのテストパイロットを務めているから出ているものだが、没落したセシリアへの対応は厳しく、毎月雀の涙ほどしか出ていなかったりする。

 なので、ここで優秀な成績を残して国を見返し、支給額を増やすこともセシリアにとっては重要な目的だった。

 

「織斑君がいいと思います!」

「私も!」

 

 ところが、セシリアが手を上げる前に次々と一夏を推薦する声が上がっていく。

 このままでは、自分の活躍の場がなくなってしまう!

 

「待ってください!」

 

 クラスの視線が一気にセシリアに集まる。

 さて、勢いよく立ち上がっては見たものの、上手い言い訳が思い付かない。

 ここで、「生活がひもじく、国から仕送りを増やしたいので代表をやりたいです」なんて言えば、一気に彼女を見る目が憐れみへと変わるだろう。

 それを彼女の身体に流れるオルコット家の遺伝子が許すはずもなく。

 

「お、男が代表なんて認められません! ここは、わたくしのような代表候補生が務めるべきですわ!」

 

 とっさに考えたにしてはいささか酷い言い方になってしまうセシリア。今の世間では男は女より下と見られているので、こういえば周囲も納得するかもしれない。

 キツい言い方をしたことは、後で彼に謝ろう。

 そう思っていると、周囲は何故かむしろ期待しているかのように彼女を見ていた。

 

(えぇ……こ、こうなったらヤケですわ!)

 

 ここで辞めれば、周囲は自分を無視してまた彼を祭り上げるだろう。

 良心が痛むが、セシリアは続ける。

 

「え、えーと、いいですか? 代表者は実力のある人間がなるべき。物珍しいからといって、クラスの代表として祭り上げるのは疑問があります!」

 

 マイルドに、マイルドに。

 かつて、オルコット家が栄えていた時には揺るがぬプライドからか、他人を見下しがちだった。

 だが、今や落ちるところまで落ちてからは誰が上で下かなんてバカバカしく思えた。そんなことで言い争うよりも、市場でリンゴの値下げ交渉でもした方が有益だと思う程、セシリアの価値観は変わっていた。

 今喋っているのは、価値観が変わる前の浅はかな自分。内心では謝りながらも、セシリアは口を止めない。

 

「大体、このような島国で暮らすこと自体、わたくしにとっては耐えがたく」

「イギリスだって、大したお国自慢ないだろ。料理なんてマズいし」

「マズかろうと食べられるだけマシですわ! パンなんてカビが生えてても、貴重な栄養に変わりないんですのよ!?」

 

 思わぬところからの反撃に、セシリアは本気で答えてしまう。

 気付いた時にはもう遅く、周囲からはざわざわと自分の発言について議論を交わしていた。

 

「カビ……?」

「オルコットさん、カビの生えたパンを食べてるの……?」

「もしかして、オルコットさんって貧ぼ」

 

「決闘ですわ! このカビの生えたパン! わたくしを辱めたことを後悔させてあげます!」

 

 もうなにがなんだか。

 目を回しながら、セシリアは遂に一夏をカビパン呼ばわりすることで発言をなかったことにしようとした。

 

「いいぜ。四の五の言うより早い」

「では、勝負は来週の月曜に行う。それでいいな?」

 

 目を回しながらパニックを起こすセシリアをさておき、クラスではセシリアと一夏によるクラス代表決定戦を行う方向で決まってしまった。

 

(わ、わたくしは人をカビパン呼ばわりするなんて……天国のお母様に顔向けできませんわ!)

 

 後悔、先に立たず。

 とにかく、ことが済んだら彼に真相がバレないようにしながら謝っておこう。そう心に誓うセシリアなのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 教室では失敗したが、今日からは待ちに待った寮での暮らし。

 そんな彼女のウキウキとした雰囲気が消え去ってしまったのが放課後である。

 

「どどど、どういうことですの!?」

 

 血相を変えてセシリアが訴えている相手は、副担任の山田真耶である。

 押しに弱いおっとり系な真耶はおどおどしながらも、持っていた書類を見せる。

 

「ですから、オルコットさんの部屋は急遽、使用出来なくなってしまったんです……なので、当日までに代わりの寮を見つけるよう、お知らせしたはずですが……」

「そんなの聞いてません!」

 

 真耶の持つ書類によると、部屋割り変更の旨を知らせる通知が送られたのは、丁度セシリアが祖国を発った時である。

 今のセシリアには携帯電話などはなく、通知を日本に送り返しても時間が掛かる。

 

「わ、わたくしはどうすれば……」

 

 夢の生活が一瞬で霧散し、セシリアはへなへなと崩れ落ちる。

 因みに、セシリアのだった部屋にはあの唯一の男子生徒、織斑一夏がいるので相部屋を頼むのは不可能とのこと。他の部屋も既に埋まっており、セシリアには行き場がなかった。

 

「新しい部屋を用意できますけど、最低一ヶ月はかかるかと……」

「一ヶ月……」

 

 一ヶ月もの間、宿無しの生活を送る。これなら、ある程度は雨風を凌げたプレハブの方がまだマシであった。

 もし昔の彼女ならば、ここで帰国する決意を固めただろう。だが、ここで挫けるセシリアではなかった。

 

「その間だけ耐えればよろしいのですね?」

「え、えぇ……」

「ならば、この敷地内でテント暮らしをしますわ!」

 

 セシリアは小さめのボストンバッグから、簡易式のテント用具を取り出したのだ。

 これは、プレハブ小屋が崩れ落ちた時のために大安売りの日に買っておいた代物だ。まさか、こんなところで役に立つとは。

 

「問題ないですわね!?」

「は、はいぃ!」

 

 本来の住処を追われたセシリアの覇気に、真耶は敗北して頷いてしまった。

 こうして、セシリアの一ヶ月間のテント暮らしが始まったのだ。

 

 星空の下。部屋部屋の明るい光が点々と輝く学生寮の隣、張られた青いテントでセシリアは今日の夕食を食べていた。

 

「日本のカップ麺……安いのに美味しいですわ!」

 

 コンビニで売られていたカップ麺にお湯を注いで、舌鼓を打つセシリア。地面にはISの参考書とノートが広げられ、こんな環境においても復習を忘れない彼女の勤勉さが伺える。

 ただし、節約の為にノート自体は使い古しだが。

 

「しかし、住めば都。ちょっと寒いですが、全然平気ですわ。古着屋で買えた"どてら"という部屋着も暖かい……」

 

 青いどてらを身に包む彼女に、最早お嬢様だったころの面影は見えない。

 その分、今出来る努力を最大限に熟す彼女に、恐れるものなど何もなかった。

 

 

 

「ん? あんなところにテント?」

 

 一方、寮の窓からテントらしきものを見つける一夏。

 参考書は間違えて捨ててしまったので復習すらしていない。

 

「まぁ、こんなところに泥棒が入るわけないか」

 

 見間違えだと思った一夏はカーテンを閉め、ふかふかのベッドで寝床に付いた。

 そのすぐ傍で寝袋すら持たず、どてらを毛布代わりにして眠る女子がいることを彼は知らない。




多分続く


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カビパンと戦うことになったけどどてらを着たセシリアが空腹とも戦う話

 朝食と言えば、何を想像するだろうか?

 パンを食べる人もいれば、ご飯を食べる人もいる。中にはシリアルフレークが好物の人もいるだろう。

 学校や会社に遅刻しそうな人ならば、何も食べないという選択を取る人だっている。

 

 

「うぅ……お腹がすきましたわ……」

 

 

 だが、彼女はどの例にも当てはまらなかった。

 明るくなるとテント生活がバレてしまうので早急にテントを畳み、敷地内をうろつくセシリア。彼女は、朝食を食べるお金がないので食べられないのだ。

 "時は金なり"とはよく言うが、時間はあってもお金がない少女がここにいるとは、昔の人も思っていなかっただろう。

 

「せめて、パン一つ……いえ! ここを耐えれば来週からは三食食べられる! 我慢ですわ!」

 

 昨晩、帳簿と睨めっこしながら出した計算を思い出し、セシリアは奮起する。

 因みに今日は水曜日。来週まであと五日である。

 

「……あら? そういえば来週別の何かがあったような……まぁ、いいですわ!」

 

 来週はクラス代表決定戦をやるのだが、セシリアにとっては空腹と戦うことの方が重要なのだ。

 白いスカートを翻す彼女を見つめるのは、天に輝く朝日のみであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「織斑、お前の専用機だが準備に時間がかかる。クラス代表決定戦までには出来るらしいから待つように」

 

(ああ、そういえばそんなことがありましたわね)

 

 セシリアが代表決定戦のことを思い出したのは、SHRにて千冬が専用機のことを言った時であった。

 

(あの織斑い……カビパン? さんにも専用機が渡されるのですわね)

 

 すっかり一夏のことをカビパンで覚えているセシリアであった。

 それはさておき、専用機を渡されることはかなりの好待遇である。本来ならば、専用機を持つのは国家代表候補生かISを開発する企業に所属している場合のみである。

 何処にも所属していない一夏が専用機を貰えるのも、男性の操縦者という特別な事情からなのだろう、と周囲は噂し出している。

 

「専用機ってそんなにすごいのか?」

「すごいなんてものではない。貴様、そんなことも分からないのか」

 

 が、何処までもISに無頓着な一夏は幼馴染の篠ノ之箒に話を振って呆れられていた。

 ISは世界で467機しかなく、その内の1つを個人が持てること自体が大きなアドバンテージになる。世界的には常識なのである。

 

「へぇ、じゃあその専用機って売ったらいくらになるんだ?」

 

(……!? そうですわ、その手があったというのに! ISを売れば、押さえられた家を取り戻せるかもしれません!)

 

 何故今まで思いつかなかったのか。

 今、セシリアが耳に付けているISをサクっと売ってしまえば、こんな貧しい生活から脱却出来るじゃないか。

 

「馬鹿者。ISは国家機密にも等しいのだぞ。条約でも個人的な売買取引は禁止されている」

 

 デスヨネー。

 セシリアは青いイヤーカフスからそっと手を離した。

 極貧生活から脱するにはISの操縦者を続けるしかないのだ。その為の一歩として、あのカビパンマンに勝たなくては。

 

「だよなぁ。さて、飯食いに行こうぜ」

 

「…………」

 

「オ、オルコットさん?」

「どうしたの? そんな親の仇を見つけたみたいな顔して」

 

 一夏と箒は食堂で昼食を取りながらクラス代表決定戦のことを話しあうらしい。

 その一方で、今日もセシリアは昼飯抜きのまま射撃訓練で空腹を紛らわせるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなこんなで、月曜日。

 アリーナでは一足先にセシリアがチャレンジャーである一夏を待っていた。

 普段から気品溢れるセシリアだが、現在は蒼いIS"ブルー・ティアーズ"を身にまとっており、落ち着いた色合いや冷たい機械の曲線美によって一層優雅さが増していた。

 客席に集まった生徒も、セシリアと専用機の姿に見惚れてしまうほどだ。

 

「待たせたな」

 

 そこへ、ピットから白い機影が飛んでくる。

 ブルー・ティアーズとは対照的に、そのISは無骨なデザインだった。右手に握られたブレードや、その佇まいは日本の鎧武者を連想させる。

 "白式"という名のISは、先ほど一夏の元に届けられた専用機だった。

 初心者ながら、やる気満々の一夏。

 一方、セシリアは――。

 

 

(今日は17時から駅前のスーパーでタイムセール……時間をかけてはいられませんわ!)

 

 

 スーパーマーケットの半額セールを気にしていた。

 彼女にとっては重大な戦いだ。この勝敗次第では、夕飯の有無にすら関わるのだから。

 一夏との戦いはその前哨戦でしかなかった。

 

「逃げずに来ただけことは褒めて差し上げますわ」

 

 ぶっちゃけ、逃げて欲しかったのだが。

 バトルそのものがなくなれば、スーパーにスタンバることができるのに。

 そんなセシリアの密かな願いも一夏には届かない。

 

「逃げるわけないだろ」

「そう。では、最後のチャンスをあげましょう。ここで降参してくださるのなら、見逃してさしあげてもよくてよ」

 

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。

 別に責める気もないし、むしろ後で謝るから。

 エネルギーの無駄遣いすら嫌うセシリアは表情を微塵も変えることなく訴える。もちろん、普段から鈍感野郎の烙印を押されている一夏には通じるはずもない。

 

「断る!」

「では、お別れですわ!」

 

 一夏は強く答え、その身を特攻させる。

 

 ここで、セシリアとブルー・ティアーズについて説明しておこう。

 "ブルー・ティアーズ"という名は本来、機体ではなく自立機動兵器につけられたものである。それらBT兵器を装備した実戦投入一号機ということで、IS本体にも同じ名前がつけられたのだ。

 その自立機動兵器というのが、射撃型のレーザービット4基と弾道型ミサイルビット2基で構成されている。

 

(通常なら、レーザービットで翻弄しながら削りつつ、隙を見せたところにミサイルビットを撃ち込むのがセオリー)

 

 そう開発側も言っていたことをセシリアは思い出す。

 しかし、彼女は実は一度たりともミサイルビットを撃ったことがなかった。

 

(そんな無駄遣い、わたくしが許すと思って!?)

 

 弾道型とは、打ち込めばそれっきりの武装。次に使う時には新しく補充しなければならない。

 が、節約魂を燃やすセシリアはいくら国側が金を出すとはいえ、一発でかなりの金額が吹っ飛ぶミサイルを使う気にはとてもなれなかった。

 さらに、一夏を追い詰めるセシリアは手に持ったライフル"スターライトmkⅢ"の引き金も全く引こうとしなかった。

 

(一対一なら、ビットのエネルギーだけで十分ですわ!)

 

 ビュンビュン飛び回るビットに意識を集中させ、近接装備しか持たない一夏を翻弄する。

 こちらに来ようものならレーザーの雨が降り注ぎ、ビットを破壊しようとすれば即座に回避する。

 セシリアは極貧生活の中での文字通り死に物狂いの訓練をこなした結果、まるで手足のようにビットを扱えるようになっていた。

 

「チッ! けど、まだ」

 

 まだやれる。俺は白式(コイツ)の力を引き出してない。一夏はそんな気がしていた。

 しかし、そんなことセシリアは知ったこっちゃない。さっさと終わらせて次の戦場(スーパー)に行きたいのだ。

 

「フィナーレですわ!」

 

 次の瞬間。

 別々の方向を向いていたビットから放たれた、レーザー4本が全て軌道を曲げ、一夏の背中を捕えた。

 

「な、何が……!?」

 

 ISのセンサーでビットの動きを見ていた一夏は、何が起きたのか分からぬまま曲がって来るレーザーの雨に撃たれ続ける。

 実はBT兵器の大きな特徴の一つして、高稼働時に可能な偏向射撃(フレキシブル)というものがある。

 文字通り、撃ったビームを偏向させて相手を狙撃する高等テクニックなのだが、セシリアはそれすら自分のものにしていたのだ。

 

 

(レーザーのエネルギー、その一欠片すら無駄にしないためにも!)

 

 

 というたくましすぎる雑草魂からではあるが。

 

 偏向射撃により、一夏とパーソナライズすら完了していない白式は成す術もなく撃墜されていった。

 

『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』

 

 

◇◆◇

 

 

 一夏との試合を終えた後で、セシリアは敗者に目もくれず一目散にある場所を目指した。

 

「半額のお弁当! 今日のディナーですわっ!」

 

 自動ドアの外から入って来るお嬢様に、周囲の主婦達は思わず目を丸くする。

 日も暮れ時のスーパー、しかも総菜売り場にツカツカと歩いてくる、金髪ドリルのお嬢様。ミスマッチにもほどがある。

 そんな周囲からの奇異の視線すら気にすることなく、セシリアはお弁当コーナーをじっと見つめる。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 しかし、現実はどこまでも残酷。非情。

 半額シールの貼られたお弁当はもうどこにもない。定額のはまだあるが、セシリアが見たかった"半額"の文字が書かれたシールはどこにも見当たらなかった。

 時計を見れば、半額シールの貼られる時間を10分は過ぎている。

 

「そんなの、あんまりですわ……」

 

 あまりのショックに、項垂れるセシリア。

 ああ、もっと早く織斑一夏を偏向射撃で瞬殺していれば。

 試合に勝ったが勝負に負けたセシリアは、今日もむなしくテントで2割引きのあんパンを頬張るのであった。



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