この素晴らしい過負荷に祝福を! (いたまえ)
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一話 この過負荷に転生を!

球磨川好きもあり、笑いあり涙ありの異世界へ行ってみてもらうことにしました。ゆったり更新していきますので、まったり楽しんでもらえれば幸いです。


  やあ、球磨川君。またまた懲りずに死んでしまったようだね。まったく君という奴はつくづく命を軽く扱ってくれるぜ。それが自分の命だろうと、他人の命だろうとおかまいなしに。

  え?僕は別に死にたくて死んだ訳でもないのだし、球磨川君と同類にしないで欲しいものだ。輪ゴムで真っ二つとは、我ながら情けないがね。

 

  さて、積もる話もあるにはあるが、語り明かすのはまた次の機会にしようか。

  ん?それなら早く生き返らせてくれないかだって?ははは。自殺したも同然のくせに随分と勝手だな。おいおい、無視するなよ。この教室から出ようとしても無駄だぜ。ここで一つ、残念なお知らせだよ。君はもう生き返ることが出来ないんだ。おっと、いつものニヤけが引っ込んでしまったね。スキルを使っても無駄だぜ。正確には、君は別世界に転生することになってしまったようでね。うん、こればかりは僕ごときでは如何ともしがたい。何せ神のご登場と来たもんだ。本来であれば君は死んだ瞬間、女神の待つ転生の間にいくはずだったんだが。ホラ、今生の別れなんだし、お別れくらいは言わせてくれよ。どうにか君をこの教室に呼ぶことが出来たんだ、いわばサービスだよこれは。

 

  次に君は女神の待つ転生の間に行く。そこから先はファンタジーな異世界で大冒険のはじまりだ。ふむ。せっかくこうして会えたんだし、サービスに更にサービスしてもバチは当たらないだろう。君のスキルをそっくりそのまま異世界に持っていけるようにしてあげたよ。

大嘘憑き(オールフィクション)』。このスキルは君にこそ相応しい。さあ、流石の僕も女神の目を盗んでい続けるのは難しい。行きたまえ、球磨川君。

 

  再び会える日が来ることを祈ってるぜ!

 

 …………

 ………

 

  女神の待つ、転生の間。先ほど安心院さんから聞かされた話はにわかには信じ難いものだったが、転生する本人、球磨川禊にとってその程度の非常識は日常茶飯事だ。

 

「迷える子羊よ、よくぞ参りました。」

  周囲を見渡しても、椅子が二つ向かい合わせに置いてあるだけの何もない空間。半径10メートル程度は視認可能だが、それより先は暗闇にのまれている。

『えっと、どちら様?あ!もしかして君が女神様ってやつ?凄い!女神なんて初めて見たよ!』

  球磨川に語りかけてきたのは、水色に輝く長い髪を持つ乙女。透き通るような声と、慈愛に満ちた微笑み。開幕直後からハイテンションな球磨川に、若干笑みが引きつったのは気のせいだろうか。

「え、えー、コホン。汝、球磨川禊。落ち着いて聞いて下さい。貴方は残念ながら死んでしまいました。」

『みたいだね。それで、転生するんでしょ?ファンタジーな異世界だっけ?ドラ○エとか、そんな感じ?わー、楽しみだなー!!エルフとかいる?金髪で耳が尖ってるような。そういえばエルフってどんなパンツをはいているのかな?興味津々で、たまらないよ!女神様、早く転生してはくれないかな。』

「ちょっとヤバい人が来ちゃったんですけど…!日本における死因もよくわからないし、既に何故かスキルも持っちゃってるし…。まあいいわ!貴方の言う通りよ。異世界に行って、魔王を倒すのが貴方の役目。せいぜい頑張ってちょうだい!私が転生した人材が魔王を倒せたら、結構評価上がるし!」

 

  球磨川の態度につられてか、女神も素に戻っている。球磨川としてはどちらでも関係ないのだが。

「ホントは転生時にチートな能力や武器を特典にあげるんだけど、なんでか既にスキルを持ってるようね。じゃあ、そのスキルで頑張ってちょうだい。よくわからないけど、結構強力なスキルみたいだし。」

『おいおい、スキルを持ってるからって、元々くれるはずの特典はくれないのかい?女神って意外とケチなんだね』

「な、なんですって!?高貴なこの私を、事もあろうにケチ呼ばわりとは、信じられない程愚かねあんた!」

『ま、いいさ。そういった扱いには慣れっこだ。』

 

  女神が右手を球磨川に向けて突き出すと、球磨川の足元に転移の魔法陣が現れた。

「もう、ペース乱されまくってテンション下がってきちゃったんですけど!いい?魔王を倒せば特別な恩恵を受けられるわ。せいぜい頑張りなさい!魔王討伐のあかつきには、女神アクア様への感謝を忘れないこと!」

  人差し指を立てて、アクアなる女神が念押ししてくる。

『わかった!女神アクア様。君のことは、忘れるまで忘れないよ!』

「ちょっと!それ結局忘れてるんですけど!?」

  女神が声を荒げる様を尻目に、球磨川の視界は魔法陣から出る光によって包み込まれた。

  球磨川の姿が完全に消えた後、空間に残されたアクアは次なる転生者を迎える。

「なんだか意味不明な奴の次は、ヒキニートとはね。あーあ、女神様も楽じゃないわー。」



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二話 大嘘憑き

死にやすいってレベルじゃない!


 魔法陣を抜けると、異世界だった。

 球磨川が目覚めたのは、ゲームの中に入ったようなファンタジー感満載の世界。ビルや車も存在しない、中世ヨーロッパの街並みに似た美しい世界。

 

 球磨川が転生前から着用していた学ランによって、かなり周囲から浮いている。

 

『ここが異世界か。ふぅん、安心院さんを倒し得るスキルホルダーとかいないものかな。』

 

  輪ゴムで真っ二つになった安心院さんとはいえ、安心院さんが依然として球磨川の目標であり続けるのには、それなりの理由がある。

  魔王に支配された世界。球磨川のいる町は、駆け出しの冒険者が集まるアクセル。普通はギルドで冒険者になる手続きを踏まなければならないが、そんな決まりを球磨川が知る筈もなく。

 

  街中で情報収集するべく、あてもなく歩き出した。

 

 ……………

 ……

 …

「あのー、貴方はさっき日本から転生したばかりの方ですよね?」

『そうだけど、そう言う君はどこの誰?初対面なら、まずは自分から名乗るのが筋だって、何かの漫画でも言ってたぜ?』

 

  球磨川の言葉でハッとした表情を浮かべた女性は、一旦姿勢を正してから名乗る。

 

「申し遅れました。私はエリス。この世界で女神をしております。」

『そう。よろしくね、エリスちゃん。ところでここは?なんだか転生した時と似たような空間だけど。』

  普通は球磨川も自己紹介する場面だが、エリスは特に気にしてはいない。

「そう、ここも転生の間ですよ。日本から新たな転生者が来ると聞いて、少し様子を見させてもらったのですが…」

  エリスは言葉を詰まらせ、しばし逡巡するも、やがて小さく呟く。

 

「まさか街の中にある川で溺死するなんて…。」

 

  アクセルの街には大きい川が、街を分断するように流れている。まずは探索しようと大きな橋を渡る最中に、球磨川は足を滑らせ川へ落ちてしまった。カナヅチだったことも手伝い、無事に命を落としたらしい。

 

『驚いたよ。まさか橋に対侵入者用の罠か何かが仕掛けられているなんて。僕が足をとられ、溺れ死んでも仕方がないって奴さ!』

「あの橋はなんの変哲もありません!!普通の橋ですっ!」

『なん…だと…!?』

「転生者が命を落としてしまうことは多々ありますが、貴方は新記録です。」

  ガックリと肩を落とすエリス。魔王を討伐するかもしれない転生者。まさか魔物一匹倒すことなく死んでくるとは、女神といえど予想していなかっただろう。

『さてと。客にお茶も出さないような気の利かない女神に付き合ってる暇も無いし、そろそろおいとまするよ。』

「えっ!?すいません気がきかず…。…じゃなくて!貴方は、もうあの世界へ帰れないんです!一度生き返ったものは、天界規定によって…」

『僕のことならお構いなく。自分で帰れるから。』

「貴方はさっきから何を言っているんですかっ!あまり女神を困らせる発言は慎んでください!私が、また日本に転生させてあげますから!そこそこ幸せな暮らしが出来るように」

 話の途中でスッと椅子から立ち上がる球磨川を慌てて追いかけるエリス。エリスが転生させない限り球磨川はどこにもいけないのだから、わざわざ追いかけなくてもいいのだが。女神の勘というやつか、妙な胸騒ぎがした。

 

『そこそこ【幸せ】?お前バカじゃねーの?』

「!?」

  転生してから今まで、ずっとにこやかだった男が、突然信じられないほどの殺気を放つ。到底人間とは思えない負の感情が込められた視線。

  森羅万象、あらゆるものを慈しむ女神エリス。一介の人間である筈の男は、彼女にさえ嫌悪感を覚えさせる。

(なに…?これは恐怖?いえ、違う。なにか、気持ちが、悪い?)

『よりにもよって、幸せだの何だの。僕にそんなセリフを言うだなんて。まぁ、今日のところは不問にしておくよ。女神の顔も三度までって言うじゃない?』

  エリスが思わず身構えるが、次の瞬間には、元どおりの雰囲気になった球磨川。

「あ、貴方は…何者なの?」

『球磨川禊。どこにでもいる、平凡な男子高校生さ。禊ちゃんって呼んでくれていいよ。』

 あくまでのほほんと言い放つ。エリスは握りしめていたままの拳に気がつき、ゆっくりとほどく。

『じゃあ、また明日とか!』

「ちょっと、待って…!」

 

  転生の間から出るには、女神が出口を作らなければならない。筈なのだが。球磨川はマイペースに、コンビニに向かうかのような足取りで暗闇へ消えていった。

 

「うそ…!?」

 

  少しして、この空間から球磨川の存在が消える。エリスは驚愕を隠しきれなかった。

 …………

 ……

 

『女神様ってことは、彼女は端くれとはいえ神なんだよね。なーんかイメージと違ったかも。あの水色の髪をした最初の女神様よりは、おしとやかで女神っぽかったけど。』

 

  気を取り直しアクセルの散策を再開して、既に小一時間経過していた。

  まだ魔王について決定的な情報は得られていないものの、この世界が魔王軍にかなり追い詰められていることはわかった。何せ王都にまで定期的に魔王軍が攻め込んでいるらしく。

『どっちかっていうと、僕は正義の味方だし、やはり魔王軍は許せない存在だ!と、おや?なんだか立派な建物だね。』

  球磨川の眼前に、他の民家よりも大きい建造物があらわれた。

  看板には冒険者ギルドの文字。

  建物に出入りする人間は、殆どが鎧と武器を装備して、いかにも強そうだ。

『成る程。ここはル○ーダの酒場的なところなのかな。だったら、遊び人の女の子とパーティを組めるってことじゃないか!』

  一大事!球磨川は一刻も早くパーティ編成すべく駈け出す。

 

「ようこそ!こちらでは、冒険者登録を行っております。登録するには、手数料がかかるのですが…」

  冒険者登録受付のお姉さんが、無一物の球磨川にお金を要求する。

『手数料?魔王を倒す為に冒険者登録する若者から、お金を巻き上げようというのかい?』

「それは…」

『お国の為。いや、世界の為!命をかける人間にお金を要求するだなんて。僕には理解出来ないね。』

 

  受付のお姉さんを困らせるだけ困らせ、球磨川は一応自分の学ランに財布がないか探る。

『おや?』

  クシャっとした手触りをポケット内に覚え取り出すと、メモ用紙と硬貨が偲んでいた。

 メモ紙には、【球磨川くんへ。僕からの最後の餞別だよ。なじみより】と、印刷よりも綺麗な文字が並んでいた。

「申し訳ありません。貴方の言うこともわかりますが、これは規則ですので…」

『二言目には規則規則、日本のお役所とあまり変わり映えは無いんだね。仕方ない。お金はこれで足りるかい?』

  カウンターに、ポケット内の硬貨全てを置く。

  「ありがとうございます。」

  やっとお金を受け取れて、安堵するお姉さん。

「では、こちらのカードをお手に取って下さい。これからは貴方の身分証明書代わりとなりますので、取り扱いにはくれぐれもお気をつけ下さい。」

  免許証のようなカード。名前や職業の欄があるが、まだ何も記載されていない。

「では、そのカードをテーブルに置いて、すぐ上の球体に手を置いて下さい。」

『? これでいいの?』

 

  球磨川が装飾の施された球体に触れると、突然球体が発光した。ビームのようなものがカードに向けて照射され、未記入だったカードに文字が刻み込まれてゆく。

 

「それで、貴方のステータスがわかります。冒険者としての素質をはかるための装置ですね。」

『ふうん?』

 

  レーザー照射が終了し、お姉さんがカードを手に取って確認する。

『どんな具合かな?僕のステータスは。』

「これは…!どういうこと?」

 

  ほぼ全てのステータスが最低ランク。たまにギルドの職員がおふざけで赤ちゃんにステータスを計らせたりして遊ぶことがある。赤ちゃんのステータスは至極当然低く、まあそうだよねと笑い話になったものだが、この男はそんな赤ちゃんのステータスをも下回った。幸運は0。以前、新しいもの好きのオジさんに、【空気抵抗よりも無抵抗】と言わせしめた裸エプロン先輩の弱さは折り紙付き。異世界くんだりまで来ても、彼と弱さは切っても切り離せなかったようだ。

「よ、弱すぎだろ…。」

「なんだあの男は…?」

  ザワザワ。球磨川がギルド創設以来最低のステータスを計測したことで、ギルド内はちょっとした騒ぎまで起こす。

『おおう。僕の弱さに人が驚くのは久しぶりだぜ。』

  注目を集めて照れくさいのか、ポリポリ頬をかく球磨川。

  ステータスの弱さだけでもお腹いっぱいなのに、更に見過ごせないものがある。

「このスキル、一体なんなんですか!?」

  カードのスキル欄には解析不能の文字が3つほど。

「ありえません!機器の故障かしら…」

『いいのいいの!気にしないで。僕のスキルは少しばかり特別なんだ。それよりも、このステータスはいいの?悪いの?』

「悪いに決まってるじゃ無いですか!!!どこを見て良い可能性を感じたんですか!!幸運なんて0ですよ0!!」

 幸運0。受付のお姉さんがステータスで0を見たのは、長い受付嬢生活でも初めてだ。日常生活にも影響を及ぼすのではと、不安になる。

『幸運かぁ。ま、マイナスじゃないだけ良しとしよう。』

  顎に手をあてて、やや困り顔で頷く球磨川。余談だが、カードがマイナスの値に対応していないだけに過ぎず、球磨川の幸運値はマイナスにカンストしている。

  めだか達と過ごした経験が、彼の不幸体質をいくらか改善していた。それを踏まえた上でもマイナスなのだ。

 

「あ、えっと。何も魔王討伐が冒険者に強制されるわけではなくて、近隣の害獣駆除とかだけでも十分立派な冒険者ですから!」

  受付嬢が悲惨なステータスを叩き出した球磨川をフォローするも、あまりフォローになっていない。

『あーあ。予想はしてたよ。だがこのショボさこそ僕のステータス。』

 

  冒険者ギルドは、レストランのように食事可能で、球磨川はフラフラと美味しそうな香りに吸い寄せられる。

  カードを手で弄びながらテーブルに並べられている料理を眺めつつ歩くと、目立つ容姿をした冒険者を発見した。

  二人組みの女性冒険者。一人は背が高く、金髪をポニーテールにした凛々しい女性。そしてもう一人は…

 

『あーっ!エリスちゃん!また会えたね。髪切ったんだ。いいね、サッパリして。ん?胸はどこかに忘れてきたのかな?』

「わーーーーーーっ!!!!何を言ってるんだい!!あたしはクリス!あたしのこと、忘れちゃったのかい!!?」

  クリスと自称する少女は、叫びながら球磨川の口を手で塞ぐ。

  盗賊の職業につくクリスは軽装で、球磨川が会った女神エリスとは別人に見える容姿。

「(なんでっ!?なんで私の正体がバレているの!貴方のスキルって正体を見破るものなんですか!?)」

  球磨川の耳元で、周りに聞こえないような声量でまくしたてるエリス。

『モゴモゴ…モゴ…』

  口を押さえつけられたままの球磨川は、何かを一生懸命喋っているが、聞き取れない。

 

「…?どうした、クリス。その少年は知り合いなのか?」

  エリスの隣にいた金髪の女性が、突然発狂したクリスに、訝しげな視線を送る。

「あははー。まぁね!ちょっとした知人なんだけど、敬虔なエリス教徒で、誰彼構わず女性にエリスってあだ名をつけちゃう困った人なんだー!」

  無理がありすぎる。空気の読まない球磨川でさえ呆れた。女神だけあって嘘をつくことに慣れていないのか。

『(さりげなく信者にされた!?)』

 

「そうか。同じエリス教徒として、よしなに。私はダクネス。クルセイダーだ。」

  エリス…もとい、クリスから解放された球磨川は、乱れた学ランを整えながらダクネスに向き直る。

『ダクネスちゃんね。よろしく!僕はクマガワ ミソギ。ミソギでいいよ!』

「うむ。ところで、クリスとミソギはどういった仲なのだ?随分と親しそうだが…」

『僕が命を落とした時に、変な空間に無理やりつれていかれ…モゴモゴ』

「もうミソギくんったらー!いい加減その虚言癖、直したほうがいいんじゃないかなーっ!?」

  エリスとの馴れ初めを話しかけたところで、再びクリスが球磨川の口を塞いだ。

「(お願いします!ここでは、私はいち冒険者のクリスってことにしておいて下さい!)」

『(女神さまもいろいろ大変だね!)』

「(今まさに、貴方が原因で大変なんですよっ!?)」

 

  エリスにとっては先輩の女神アクアを、今日ほど憎らしく思ったことはない。先輩め、素性の知れない人を無責任に転生しやがって!と。

 

 



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三話 魔王討伐阻止

「ミソギくん!」

『はい。』

 

  現在球磨川とクリスはとある喫茶店にいる。先ほどまで一緒にいたダクネスには、ちょっと込み入った話だからと説明し、二人きりにしてもらった。

 

「まず一番に聞きたいのは、君がどうやってあたしの正体を見破ったのかってこと。」

『おいおい。髪を短くして胸パッドをとっただけで、僕の目はごまかせないぜ?』

「うん。君はデリカシーって言葉、知ってるかな?」

 

  胸については触れないでほしい。物理的にではなく。物理的にもだが。これは女神も女性である限り当然だ。

  無論、エリスの変装は単なる変装ではない。女神としての特性を捨てて、転生に近い形でこの世界に舞い降りている。女神としての力も使えない代わりに、女神特有の、存在しているだけでアンデットを引き寄せるようなことも起きない。まして一般人にその正体を見破られるだなんてことは万が一にもあり得ないのだ。

 

『でも気にしないで!僕は、髪の長いエリスちゃんも、髪の短いクリスちゃんも、どっちも大好きだから!』

「いや、誰もそんなことは気にしてないよ!?」

 

  クリスは無駄にいいセリフをドヤ顔で言い放った球磨川を、ジト目で睨む。

  冒険者ギルドにて、親友であり、信者でもあるダクネスの眼前でいきなり正体をバラされかけたのは、かなりのピンチだったのだ。話の腰を折る球磨川を睨んでしまうのもしょうがないことなんだと、エリスが自分に言い聞かせた。

 

  この世界にいる冒険者が魔王を倒す為には、決して誰にも正体を悟られてはならない。クリスにとって規格外な球磨川は、ある意味で人の深いところしか見ていない。表面上性格を変えたりした程度では意味をなさない。水槽学園時代の須木奈佐木咲が初対面時に猫をかぶって球磨川と接していたが、本性をあらわした後も球磨川は須木奈佐木に対し一切接し方を変えなかった。女神特性を捨てても、球磨川は騙せないようだ。

 

「はぁ。アクア先輩のいい加減さにはうんざりです…。」

 

  こんなにも厄介な存在を転生させてくるだなんて。この世界をゴミ箱か何かだと勘違いしてはいないだろうか。先輩風を吹かせ雑用を押し付けてくる、憎たらしくも愛すべき女神仲間の顔を思い浮かべていると…

 

『アクア?誰だいそれ。』

  まさかの、球磨川によるアクア知らない発言。

「ええ!?日本から君を転生させた女神だよ!覚えてないの…?」

『さぁ。初めて聞く名だね。』

 

  日本からの転生者は、概ね女神アクアの言葉を信じて魔王討伐を目指す。死後の世界に会う神々しい女神のお言葉を胸に刻んだ冒険者達は、転生後も自己研鑽を積んで己を鍛え上げ、魔王軍と戦い続ける。

  通常であれば女神の存在はそれ位影響力がある。…のだが。

 

(先輩…。もう既に記憶から消えさっちゃってますよ…。)

  アクアに聞かせたら、目に涙を浮かべてしまうだろう。先輩思いのエリスは、この事実をそっと自分の胸にしまい込むことにした。

 

「コホン。もう一つ聞きたいんだけど。」

『転校生活が長かった僕は、質問責めにも慣れてる。だからいいよ、何でも聞いてくれ。』

  パァっと笑顔になったクリスは、いよいよ核心に触れた。

「君の、謎に包まれたスキルについて。特に、転生の間から勝手に出て行っちゃったアレ。アレがどんなスキルなのか教えてよ!」

『だが断る。』

「どうしてさっ!!??」

『何でも聞いてとは言ったけれど、答えるとは言ってないからね。僕としては有名なパロディが出来たからまんざらでもない。使い方が違うのも最早様式美だよね!』

  会話してて、これほど疲労したのはいつ以来だろう。クリスは目の間を指でもみほぐす。結局、スキルの正体は闇の中。球磨川は謎のスキルを3つも所有しているイレギュラー。そして、転生の間で感じた不快感…。このまま彼を野放しにしておいて大丈夫だろうか?

  クリスとして存在している今は、女神だった時に感じた不快感を感じなくなった。それでも、何やらモヤモヤしたものを球磨川は放ってる気がする。

 

『質問に答えなかっただけじゃないか。そんな不機嫌にならないでくれよ。僕は悪くない。』

「…君という人は。もういいや。人前ではクリスと呼んで。それ以上は望まないよ。」

  本当は魔王討伐に協力して欲しいとか、頼みたいことが沢山あった。けれど球磨川と話す内に、もう必要最低限でいいやと心が折れてしまった。

 

『そんなことより!今!僕は大変な事実に気づいてしまった!』

「そんなこと!?」

 

  自分の頼みをそんなこと呼ばわりされ、クリスが目を潤ませる。この男、次は何を言い始めるのか。

 

『この世界に、ジャンプある?』

「…?。ジャンプならあるよ。」

 

  これこそ、そんなことか。クリスはホッと胸をなでおろす。でも、どうして球磨川はジャンプの存在なんて気にかけるのか。スキルによって跳躍力をアップさせる、基本的な移動スキル。

「君はまだスキルポイントが無いけど、冒険者ならすぐ覚えられるよ。」

『……わかった。会話が噛み合ってない。スキルのジャンプではなくて。この世界には、漫画雑誌の少年ジャンプはあるかって聞いてるの。」

 

  どれだけジャンプを愛しているのか。括弧が外れかかった球磨川は、転生後、初めて真剣な表情になっている。口調も若干違う。

「ああ。日本の…。ないね。」

『よし、魔王の存在を無かったことにしようかな。』

 

  懐からペットボトルぐらいの大きさをしたネジを取り出し、喫茶店の床に突き刺す。突き刺そうとした。球磨川が腕を振り下ろそうとしたところを、クリスが抱きつく形で止めた。

「ちょ、ちょっと。お店を壊しちゃダメだよ!どこからネジ出したの!」

『離してくれる?僕、わりと本気出そうとしてるんだけど。』

「君があたしの正体隠すのを約束してくれたら、内緒でジャンプ仕入れてあげるから!だからお店は壊さないで!」

 

  あくまでクリスは、球磨川がジャンプが読めない腹いせに、お店を壊そうとしているんだと思ったようだ。魔王を消し去ろうとしていただなんて、誰が予想出来よう。

 

『人が悪いんだから、クリスちゃん!そういう大事なことは早く言ってくれなくちゃダメじゃない。』

  ジャンプが手に入るなら、魔王なんてどうだっていい。球磨川的にはジャンプ>魔王なのだ。魔王討伐よりジャンプをとることは、すなわちジャンプ>世界にも等しいのだが…

 

  エリスが止めなければ世界が救われていたんだよ。と、エリスに教えてあげられるのは安心院さんくらいだろう。球磨川のお店破壊を阻止できて嬉しそうにする、優しい女神様に。

 

 



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四話 ふりだし

ダクネスのドM発言って、改めて変態だと感じました。


 翌日。クリスの発案で、球磨川に冒険者のいろはを学んでもらう機会が設けられる。まずは冒険者の基本、クエストを受けてお金を稼ぐ。覚えるには、体験するのが一番。実際に任務を受けてみようと、クリスが球磨川宅まで迎えに来ていた。

 

  無一文の球磨川が宿屋なんかに泊まれるはずはなく、クリスに雀の涙ほどお金を借り、馬小屋で疲れを癒していた。

「ミソギくーん!朝だよー!」

『…なに?』

  安眠を妨害され、不機嫌な球磨川。

「なにって、昨日話してたじゃない。ギルドでクエストを受けてみようって。」

『そう。頑張ってね。クリスちゃんの冒険に、女神エリスの加護があらんことを。』

  まるで他人事な球磨川の態度。ひょっとして朝に弱い?ともかく、彼があらゆる点で一筋縄でいかないことは、クリスも承知しはじめている。

 

「【バインド】!!」

 

  盗賊用スキル。縄が相手を拘束する、捕獲に使える技。

  前置きもなく、スキルによる実力行使。

『うわっ!?』

  藁の上で寝転んでいた球磨川は、抵抗虚しく拘束されてしまった。

「誰のことを思って、あたしが行動してるかわかってる?」

『わーお。近頃の神様は手荒だぜ。』

  Tシャツの襟をつかまれ、ズルズルとひきづられて、球磨川はギルドに到着した。言葉による説得を早々に無駄と判断したエリスは、やはり有能なのかもしれない。

 

『自分が勉強しようとした時に、親に勉強しろって言われたことある?クリスちゃん。』

  寝癖全開で気だるそうな球磨川は、ギルドの中でようやく拘束を解いてもらえた。

「また訳のわからないこと言って。今日は君にとっても重要な、クエストの受け方を教えてあげようって日なんだからね?少しは感謝してくれても良いぐらいなんだから。」

『神は人の言うことがわからない。』

「む!ミソギくん!悪い子にはジャンプ貰ってきてあげないよ?」

 

  バサッ!

 どこからか取り出した学ランを羽織り、櫛で寝癖を整えはじめた球磨川に、クリスは当分ジャンプをエサにしようと思った。

 

「おはよう、クリス、ミソギ。良い朝だな。」

  二人がクエストの貼ってある掲示板前へ行くと、既にダクネスが待機していた。

「おっはよー!今日は手伝ってくれてありがとう、ダクネス!」

「ふふ、構わんさ。ミソギは冒険者に成り立てで、今日が初クエストなのだろう?一緒にクエストを受けるくらい礼には及ばない。」

  先輩冒険者が新米冒険者を助ける。駆け出し冒険者が集まるアクセルでは、なにも珍しいことではない。友人のクリスから頼まれては、ダクネスが断る理由もなく。

『心強いね、クルセイダーって上級職なんでしょ?盗賊よりは余程頼りになる。』

  盗賊のクリスをサラリとバカにしつつ、球磨川はダクネスに礼を述べた。皮肉を言わなければ、素直なところもあるのだが…(クリスの感想です)

「ふーんだ。盗賊にだっていいところはあるんだよ。冒険者にしかなれなかったミソギくんに言われても悔しくないからね!」

「ま、まあまあ。二人とも落ち着いてくれ。今日は小手調べに、簡単な討伐クエストでもどうだろうか?」

  険悪な二人をなだめつつ、ダクネスは一枚の依頼書を差し出す。

 

 〈グレート・チキン討伐〉

  この季節に山から下りてくるグレート・チキン。繁殖期でエサが足りなくなると、人里へ赴き被害を出す。討伐数は特に指定が無く、討伐数に応じて報酬が出る。

 

『チキンか。任せてよ。クリスマスとかには、よく討伐したものさ!』

「…ダクネス。君はホントにもう。」

  球磨川のボケをスルーして、クリスがダクネスの手から依頼書を奪い取った。

「ああっ!?何をするクリス。」

「グレート・チキンの強さ、知ってるよね?」

  グレート・チキン。名前に反し、非常に好戦的なモンスター。常に数匹で群れを作り、獲物の退路を断って袋叩きにすることで有名。鋭く硬いクチバシは、半端な鎧であれば軽々つき破る。大きさは軽自動車程度。デカイ。

  ダクネスが壁役になっても、火力不足なクリスと球磨川では仕留められない。

「私が必ず二人を守るから!一度、大量のグレート・チキンに袋叩きにされてみたいと思っていたんだ。鋭いクチバシに、鎧はどんどん傷つき、蓄積されてゆくダメージに焦り、逃げようとするも退路は断たれているだなんて…。やっぱり受けよう!すぐ受けよう!」

 

  自分がやられる場面を妄想して顔を赤らめるクルセイダー。クリスはなんとか反論したかったが、幸せそうなダクネスに何も言えない。

 

『類は友を呼ぶ。僕の国のことわざだけど、知ってる?』

  チラリ。球磨川がクリスに視線をやる。

「あたしは違うからっ!!ダクネスがちょっとアレなだけだからぁ!!」

 ………………

 ……

 

  アクセルから遠く離れた、広大な平野。三人はグレート・チキンの目撃情報があったポイントまで到達した。

 

「うむ。この周辺にはいないようだな。」

「気をつけてね、ダクネス。」

  壁役のダクネスが先導し、クリスらが後ろを歩く。グレート・チキンは山の方向から来るはずだ。幸い平野で視界は良い。

  あんまりにもダクネスがごねたものだから、クリスが根負けしてしまった。結局グレート・チキン討伐を受けはしたが、クリスが撤退と言ったらちゃんと従う条件付き。

 

『ねえ、まだ敵はいないの?』

「いや!お出ましだ…!」

 

  球磨川がダクネスに問いかけたとほぼ同時。砂埃をあげながら、グレート・チキン達が一直線に近づいてくる。その数4羽。

 

  ダクネス達との距離が100メートルくらいになり、チキンらがバラバラに動く。2羽がまっすぐ突っ込み、残り2羽が左右から挟み込むつもりらしい。エサが確保出来ず、気が立っている様子。

 

「マズイね。想像より俊敏だ。」

「いや、私がスキルで敵を全て引き受ける!」

 

  ダクネスがスキルを発動すると、左右に散った2羽もルート変更し、ダクネスに襲いかかる!

 

「ぐああぁぁああっ!」

  4羽のチキンに突かれまくり、ダクネスの鎧がズタボロになっていく。何故か顔を赤らめているのはこの際どうでもいい。

「くっ!これでどうだ!!」

  クリスがナイフを投擲しても、チキンは怯みもしない。

「やっぱり無理か…!!」

『…ねえ!どうしてダクネスちゃんは自分で反撃しないの?』

 

  観察していると、ダクネスは無抵抗でされるがまま。手に持った剣は、一切振るわない。

「それは…。ダクネスは攻撃を当てることが出来ないからだよ。」

『そうなんだ。確かに、多勢に無勢。アレでは防御で手いっぱいだ。』

「いや、ダクネスは静止した標的にさえ攻撃を当てられないんだ。」

『……わけがわからないよ。』

 

  バキッ!ベキッ!!

 

  グレート・チキン達の容赦ない攻撃は続いている。ダクネスが無抵抗で、一身に受け止め続け…

 

「ミソギくん!なんか手段はない?」

 

  クリスは内心撤退を決意したものの、その前に聞くだけ聞いてみる。

  攻撃を受け続けているダクネスは、徐々に苦悶の表情を浮かべ出した。

  苦悶の中にふと覗かせる興奮がなければ素晴らしいのだが。

 

『一応、僕の為に頑張ってくれてる訳だしね。クリスちゃん。僕のスキルを一つ見せてあげるよ。』

「えっ!」

 

  スッ…

 

  右手を突き出し、ボソッと呟く。

 

『【大嘘憑き(オールフィクション)】』

 

  音も無く。ダクネスを囲んでいたチキン達が、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った。

 

「え…?なにが、おこったの…」

  残ったのは静寂だけ。攻撃の嵐から解放されたダクネスも、事態が飲み込めていない。

 

『グレート・チキンを無かったことにした。』

「なかったことに…?」

『そう。全てを無かったことにする。それが僕のスキル、【大嘘憑き(オールフィクション)】。名前だけでも覚えて帰ってね。』

 

  全てを無かったことにするスキルなんて、エリスは知らない。が、事実グレート・チキンは姿を消した。チキン達が存在したことを証明出来るのは、ダクネスの鎧に刻まれた傷だけだ。

 

  まさか。

「転生の間から居なくなったのも?」

『そう。僕の死を無かったことにした。』

 

  めちゃくちゃ過ぎる。そんな規格外の能力、存在してはならない。自分の死を捻じ曲げられる人間なんて、いていいはずがないのだ。

『随分な言い草だね。でも、クリスちゃんは勘違いしている。』

  青ざめた顔のクリスに、球磨川が微笑みかけた。

『僕のスキルが、そんな良いものの訳が無いじゃない。』

「えっ…それは、どういうこと?」

『……そうだ。このスキルは人に内緒にしといてよ。ジャンプは仕入れなくてもいいからさ、僕が君の正体を明かさない条件として。』

「……え。」

 

  言い残し、今度はダクネスの元へと駆け寄る球磨川。彼が傷だらけの鎧に触れると、たちまち傷が消えて無くなる。

「おお…!ありがとう、ミソギ。これはお前のスキルなのか?」

『まあね。ダクネスちゃんこそ、今回はありがとうね!』

 

  遠巻きに二人のやり取りを眺めるクリスは、球磨川の存在が更に不気味に思えて仕方が無かった。

 

 ………………

 ………

 

  ともあれ。グレート・チキンを討伐し、無事クエストはクリア。球磨川の冒険者カードには、知らぬ間にグレート・チキン討伐数4と記入された。

 

『へぇ。こいつは便利だね。』

「それを受け付けに見せると、報酬が貰えるんだ。」ダクネスに連れられ、報酬を受け取る。三人で山分けにし、早速みんなで食事に使う。

 

「初陣にしては落ち着いていたな、ミソギ。」

『ダクネスちゃんこそ、囮役してくれて助かったよ。僕だけだったらあっという間に死んでたし。』

「それは気にしなくてもいいだろう。単独でクエストに挑める冒険者はそうはいない。」

「…………」

 

  一人、うつむいたままのクリス。

 球磨川はともかく、ダクネスは不思議そうにクリスを見ている。

「クリス。気分でも優れないのか?」

 

  ダクネスに気遣われ、クリスは自分の態度がおかしかったことに気づく。

「あ、ううん!大丈夫!ちょっと考え事しちゃってた!」

「そうか。いや、クリスも疲れただろう。ほら、料理がおいしいぞ。」

 

  ダクネスの手前、どうにか平静を装ってはいるが、思考の大半は球磨川のことで占められている。悩んでいても解決しない。クリスは食事を終えたら一度天界へ帰り、情報を集めることに。

 

「ではな、クリス、ミソギ。またクエストを受けるときは呼んでくれ!」

 

  満腹になったダクネスは、クエストクリアが嬉しかったのだろう。上機嫌でギルドを後にした。

 

『クリスちゃん、そんなに僕が気になるの?モテる男はつらいぜ。』

「確かに君のことを考えてはいたけどさ!絶対、あたしがどうして悩んでるかわかってるよね!?」

『わかるわけないじゃないか!人の思考を読めていたら、僕はとっくにハーレム主人公になってるよ。』

「その例えはどうなのさ。と、ともかく。あたしはしばらく街を離れるとするよ。」

  クリスは自分の支払い分をテーブルに置いて、立ち去ろうとした。

『うん、今日はありがとね!また一緒にクエスト受けよう。』

「………もちろん!」

  自分の杞憂かもしれない。球磨川を危険視するなんて。言動のところどころに不穏なものは感じるが、モンスターを退治したり、ダクネスを癒したり。実際はいい人なのかも。エリスは天界へ帰るのを中断しかけた。

『ちなみに、天界とやらでも僕のスキルは内緒ね。バラしたら君はもうダクネスちゃんと友達じゃいられなくなっちゃうかもね。』

 

  …前言撤回。危険度の評価は保留だが、人としては最悪だ。

 

 ……………

 ………

 

『やれやれ。また一人になっちゃった。』

  残された球磨川が余った料理でお腹を膨らませていると…

 

「そ、そこの人。料理を注文し過ぎてしまったのでしたら、私に分けてはもらえませんか…?もう何日もご飯を食べていないのです…。」

  マントを羽織り、赤い瞳をした女の子が、お腹を鳴らして頼み込んできた。




紅魔族随一の魔法使い参上!


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五話 爆裂冥利につきる。

めぐみん逃げて。超逃げて!


  いかにも私は魔法使いといった風情の少女。マントにハット。杖まで持っちゃってる。年齢は球磨川よりも下くらいか。腹からギュルルと音をたて、許可する前に球磨川の正面にある椅子へ腰をかけてしまった。

 

『えっと、どちら様?』

「!!」

  球磨川が少女の名前を聞こうとした瞬間、赤い瞳をクワッと見開き、不敵に微笑む少女。

「よくぞ聞いてくれました…!」

 まるで、名乗れることそれ自体が嬉しいかのように、手を伸ばしたり無駄に一回転したりしつつ、椅子から立ち上がった。

「我が名はめぐみん!!紅魔族随一の魔法使いにして、爆裂魔法の使い手!!」

  ビシッ!!

  決めポーズまでついた自己紹介を終え、少女はやりきったとばかりに髪をかき上げる。

『…かっこいい!素晴らしい自己紹介だったよ、めぐみんちゃん!!』

「!!!!」

  球磨川の反応は、めぐみんの望んだものだった。

  アクセルに来てから、今のような自己紹介を何回かしてきためぐみん。だが、いずれも相手が名前をバカにしてきたり、オーバーアクションに若干引いたりと、紅魔族のプライドを傷つけるものばかりだった…。

  目の前の男はどうだ?名前についてもツッコまず。感動のあまり涙すら流しているではないかっ!

「おお…。まさか、貴方のような人に出会えるとは…。感激です!失礼でなければ、貴方の名前もお聞きしたいのですが。」

『いいよ!僕はクマガワ ミソギ。あーあ、こんなことなら僕もかっこいい自己紹介、身につけておくべきだったぜ。』

  残念そうに口を尖らせる球磨川。

 めぐみんは、そんな球磨川の肩に手を置いて、ゆっくりと首を振る。

「ミソギ。今からでも遅くはありません。私と共に、かっこいい自己紹介を考えようではありませんか!」

『め、めぐみんちゃん…!!』

 

  変なところで波長が合ったようだ。

『こんな、こんな僕に…!なんて優しいんだ。ありがとう、めぐみんちゃん。ささ、遠慮なんていらない。好きなものを食べて!』

「こちらこそ、ありがとうございます!見ず知らずの人間に、嫌な顔一つせずご飯を食べさせてくれるとは…。ミソギ、貴方の慈悲に感謝します。」

 

  初めて会ったとは思えないほど、フレンドリーな食事風景だったと、見ていた人は語る。

 

「…そうですか。ミソギは今、パーティーメンバーがいないんですね。」

 

  テーブルの上にある料理を残さず平らげて、めぐみんは上機嫌でお腹をさする。

『んー。実は今日初めてクエスト受けたりもしてね。不慣れで難儀してたんだ。』

「成る程、成る程。それは大変でしたね。ですが、もう不安がる必要もありません!この爆裂魔法の申し子と言われた私が、貴方とパーティーを組むのですからっ!」

  またも椅子から立ち上がっためぐみんが、自分の薄い胸を叩く。

 球磨川はめぐみんの後ろに〔ドン!〕というオノマトペが見えるくらい、迫力あるセリフだ。

 

『僕、こんなに感動したのは生まれて初めてだ。きっと、僕はめぐみんちゃんとパーティーを組むために生まれて来たんだね!』

「お、大袈裟ですよミソギ。」

 

  実はこのめぐみん。とある事情で他のパーティーから厄介払いされている。たまたまフリーな球磨川とパーティーを組めることは彼女にとってもラッキーに近く、これほど喜ばれるとやや後ろめたい。

 

  爆裂魔法をこよなく愛するめぐみんは、1日1回は爆裂魔法を放たなければ気がすまない。非常に強力な魔法ゆえ街中で放つことは叶わず、かといって一人で街の外へいくことも、ある理由で不可能だった。パーティーメンバーを得ためぐみんは、まさに水を得た魚。

「ミソギ!私の魔法をお見せします。一緒に街の外へ来て下さい!」

『それくらい、お安い御用さ!』

 

 …………

 ……

 

  街の外まで来た二人。だいぶ離れたここでなら、めぐみんは魔法を放てると言う。

『ここまで離れなきゃ危ないだなんて。よほど強力なんだね。』

「ええ。その目に焼き付けて下さい。 これが…!これこそが!我が最強の爆裂魔法!!」

  めぐみんの持つ杖に、凄まじい魔力が込められ、練られてゆく。

「全てを無に帰す聖なる一撃…!!

【エクスプロージョン】!!!!」

 

  木々が揺れ、鳥が逃げ出す。

 前方に巨大な魔方陣が生成されたかと思いきや、直後地響きを伴う大爆発が起こった…!!絶大な威力は、全てを無に帰すといっためぐみんの口上に恥じない一撃だ。

 

  巨大なクレーターが出来、草木や岩のあった空間には、何一つ残らない。

 

『………』

 

  これほどまでの魔法を間近で見ても、球磨川はあまり嬉しそうではない。

 

『なんて素晴らしい威力だ。あまりにもプラスな魔法だよ。こんなんじゃ…』

 期待外れだ。

  続ける前に、球磨川がふと術者が倒れているのを見つけた。

『めぐみんちゃん?大丈夫??』

  めぐみんはグッタリとして、うつ伏せで横になっている。

 

「爆裂魔法は、あまりに強力な為1日に1回しか撃てないのです…。今の私では、1回撃つとこのように自力で歩くことはおろか、立ち上がることすら出来ません。」

 

  この言葉を聞いたのが球磨川以外の人間だったならば、使い勝手の悪さに頭を抱えた事だろう。何もかも、他人とは違う球磨川くんは、むしろ歓喜に打ち震えていた。

 

『なんて素晴らしいんだっ!めぐみんちゃん!君は素晴らしい。まさかそんな欠点があっただなんて…!むしろ、この欠点があるからこそ、今の一撃には価値がある。そうは思わないかい?』

「まったくその通り!!ミソギ、貴方話がわかりますね!貴方ならば、爆裂批評家として食べていけるでしょう!」

 

  プルプル震え、ブワッと涙を溢れさせた球磨川に、めぐみんも理解者がついに現れたと喜ぶ。

  アクセルまでは、球磨川がめぐみんをおんぶして連れ帰った。

 

『紅魔族随一の魔法使いとパーティー組めるなんて、幸先がいい。きっと、女神エリス様が敬虔な信者と言えなくもない僕に慈悲をくれたんだ!!』

 

  再びギルド内にあるレストランで、二人はドリンクと軽食だけ頼み、めぐみんの回復を待つ。

「ミソギはエリス教徒だったのですか。全くもってその通りかと。爆裂魔法を操るアークウィザードがどれ程貴重な存在か。ミソギ、あなたの幸運はかなりの高さだとお見受けしました。」

『それほどでもないんだぜ!でもこれでクエストをこなせる気がしてきたよ。めぐみんちゃんがぶっ倒れて足を引っ張るくらい、僕からしたらむしろ喜ばしいよ。』幸運は実際それほどでもない。無さすぎる。めぐみんは、しかし謙遜と受け取ったらしい。

「そう言って貰えると、私も爆裂冥利につきます。」

『爆裂冥利ってなんだよ』

 

  時折球磨川にさえツッコミを入れさせるめぐみん。彼女のヘッポコさは紅魔族随一だ。間違いない。

 

 しばし歓談し、めぐみんがようやく立ち上がれるようになった頃。

 

「あー!ちょうどいいとこにいてくれたわ!」

  二人のテーブルに、一人の女性が喧しく駆け寄ってきた。

「あなた、鬼怒川だかいったわね!喜びなさい。今からアクシズ教の名誉会員を名乗る事を許してあげる。だから、…二人分の冒険者登録手数料を貸してください。」

『誰だい?君。』




名誉「会員」なんだ。年会費とか安くなりそうですね。


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六話 球磨川ファイナンス

めぐみん好きな友達がいて、僕がいかにアイリスが可愛いか説明しても、最終的に友達は「やっぱめぐみんじゃね?」しか言わなくなってしまうのです。


  球磨川の一言で、喧しかった女性はピタッと止まる。

  馴れ馴れしく近寄ってきたものだから、めぐみんはてっきり球磨川の知り合いかと考えたが、違うみたいだ。

 

「わ、私は、水の女神アクアよ。冗談…よね?私を忘れてるフリをしてるだけよね??」

『僕は冗談なんて、冗談でも言わないよ。水の女神アクアって名前に覚えがない以上、君の勘違いなんじゃない?誰かと勘違いしてない?』

「う、嘘よおぉ!!私、私だってばぁぁあ!日本からあなたを導いた、美しい女神様よっ!?」

 

  球磨川の両肩を掴み、グワングワンと前後に揺さぶる美しい女神。

『めぐみんちゃん。この痛い人に見覚えあったりする?』

  依然として激しく揺さぶられつつも、球磨川はめぐみんに水を向ける。

「い、いえ。私もこの女性を見るのは初めてです。ミソギの知り合いではないのですか?」

  めぐみんは初の理解者である球磨川を揺らすアクアを見て、少しだけつまらなそうにした。

『んー。』

 

  せっかくエリスが胸にしまった事実も、アクアと球磨川が邂逅しては意味がない。たった1日で記憶から抹消された事実に、アクアはエリスの想像通り泣きわめいてしまった。

 

「びえぇえん!こんなのあんまりよぉおお。」

  球磨川から手を離したアクアは、両手で顔を覆いしゃがみ込んでしまった。周囲の客も何事かと注目し始め、めぐみんは居心地の悪さを覚える。

「お、おい…アクア。周りの人に迷惑だから、泣きやめよ。」

  アクアのパーティーとおぼしき少年が、後ろから歩いてきた。中肉中背のどこにでもいそうな少年。この世界に似つかわしくないジャージ姿。もしかして、彼も転生者なのか。

 

「あんたら、アクアに何を言ったんだ?てゆーか、学ラン??」

 

  少年は呆れ半分の表情で球磨川、めぐみんを見る。やはり転生してきたのだろう。学ランを、この世界の人間が知るはずない。

『初めまして、僕はクマガワ ミソギ。多分、君と同じ国の出身さ!』

「あ、おれはサトウ カズマ。そっか、やっぱりあんたも日本から送られてきたんだな。」

『うん。で、こっちは紅魔族随一の魔法使いであり、爆裂魔法の使い手でもある、アークウィザードを生業としためぐみんちゃんだよ。』

「なぁっ!?私の見せ場を潰さないで欲しいのです!」

 

  今か今かと自己紹介の順番を待っていためぐみんは、ズコッと机に突っ伏した。よっぽど自己紹介したかったらしく、球磨川を睨む。

『ごっめーん!ほら、今のめぐみんちゃんは決めポーズをとれないでしょ?半端な完成度の自己紹介はプライドが許さないと思って、助け舟を出したつもりだったんだ!』

  事実、爆裂魔法を放ったことで、めぐみんはカッコいいポーズをとれない。球磨川の言は一理ある。

「むぅ。ちゃんとした理由があるのなら、いいのです。気遣い、ありがとうございます。」

  めぐみんが渋々礼を述べる。

 

「へえー、爆裂魔法か!凄く強そうだな。えーと、で、すまん。名前をもっかい聞いてもいいかな?」

  カズマはまだ見ぬ爆裂魔法を想像し、目を輝かせる。

「ぐっ…。」

  カズマはしっかり球磨川の紹介を聞いていたが、聞き慣れない名前だった為、球磨川が噛んだものと考えたようだ。もう雰囲気だけで察したのか、めぐみんが唸る。

「………めぐみん。」

「え?ゴメン、もう一回…」

「我が名は!めぐみん!!紅魔族随一の魔法使いめぐみんだ!!文句あんのかコラーー!!!」

 

  球磨川が代弁したのは徒労に終わり、しっかりとめぐみんはギルド内に響く声量で自己紹介を行った。

 

 ……………

 ………

『ところでといえばさらにところで!なんで僕に特典をくれなかった、ケチな女神様がここにいんの?』

  ようやく泣き止んだアクアにお水を飲ませ、やっと落ち着いた話し合いが出来ると思った矢先。良くも悪くも、事態を台無しにすることで定評のある球磨川がアクアに追い打ちをかけた。

「しっかり覚えてるじゃない!!」

 

  すっかり目を腫らした美しい女神が、勢いよく球磨川を指差す。ギリギリと歯を鳴らし、再度掴みかかる。

「なんで2連続でろくでもない転生者がくるのよ!私は女神!あなた達は!私を甘やかしてくれればそれでいいの!!」

 

  アクアが球磨川の首を掴むことで、順調に絞殺への道を歩む球磨川。この女神、筋力ステータスはどれ程なのか、球磨川ではとても振り払えない。

 

「ちょっと!ミソギが死んでしまいます!その手を離してください!!」

「そ、そうだぞアクア!シャレにならん!!」

 

 ………………

 ………

『だいぶ話が逸れちゃったけど、お金がいるんだっけ?』

  改めて四人はテーブルにて、話を再開。カズマとアクアはさっき異世界へ来たばかりで、お金が無く冒険者登録も出来ずにいたとのこと。話が逸れたのは主に球磨川のせいだろう。カズマは心の中で悪態つく。

『仕方がない。僕は弱いものの味方だからね。特別に貸してあげよう。』

「本当か!?助かるよ!」

「うう…女神なのに、迷える子羊にお金を恵んでもらうだなんて。」

『僕はエリス教徒らしいから、困った人に手を差し伸べるのは息をするくらい当然の行いみたいなんだぜ』

「しかも後輩女神の信者だったわ!」

 

  球磨川はグレート・チキンを討伐した報酬から、きっちり二人分の登録料を手渡す。

「これが通貨ってわけだな。ありがとうございます。」

 カズマがしっかり受け取る。

  通貨の単位は女神の名にちなんで、エリス。1エリスおよそ1円くらいの価値。計算しやすそうでなにより。

 

『出世払いで構わないからさ。それよりもホラ!さっそく、冒険者カード作りにいこう!』

  球磨川がグイグイと、二人の背を押す。お金を貸してあげたのだし、ステータスを見るくらいの権利はあって然るべき。

「み、ミソギ!まだ歩くのはキツイので、私も連れてってください。」

 

  …受付までやってきて、まずカズマからステータスを調べる。手順は球磨川の時と同様。球体に手を置くと、見る見るカードに文字が書き込まれる。

 

「これが俺の冒険者カードか。どうですか?このステータス。」

 

  受付のお姉さんに手渡し、ステータスの良し悪しを教えてもらうことに。

 

「…拝見します。えーと、知力が多少高いくらいで…。あとは普通ですね。」

「バカな…!もっとこう、一点突出していたり、謎のスキルを所有していたりは…?」

「ございません。」

 

  なんということでしょう!元々、幸運だけは高かったカズマさんですが、球磨川くんと同時期に転生した事実によって幸運ステータスがガクリと落ちてしまいました!

 

「くそぅ…。まあいいや、ここまではキャラクリみたいなものだしな。レベルを上げれば俺だって…!」

 

  球磨川と転生したから幸運が下がった。ただ、そんな因果関係を知るものはいない。元々カズマの幸運が普通だっただけとしか受け止められず。カズマ本人も例外ではない。

 

  続くアクアは、女神の名に相応しい高ステータスを叩き出し、ギルド内に喝采が沸き起こった。

 

「ふふん!まあ?女神としてはこのくらい朝飯前なわけよ!」

  誇らしげにカードを見せびらかしてきたアクア様。めぐみんも「おお!」と尊敬の眼差し。なお、まだ球磨川におんぶされたまんまだ。アクア様。これ以上カズマの心を抉るのは止めて差し上げてはいかがか。

 

  最高クラスのステータスを叩き出し調子に乗ったアクアは、カズマを引き連れてクエストを受ける。球磨川とめぐみんは、めぐみんが動けないため誘いを断らざるをえなかった。

 

『アクアちゃん達、大丈夫かなぁ。』

「アクアは、職業にアークプリーストを選択していました。ジャイアントトード相手ならば、なんとか勝てると思います。」

 

  めぐみんも回復したことで、明日の集合時刻だけ決めた球磨川とめぐみんは帰宅。入れ違いで、全身を粘液まみれにした女神とニートが戻ってきた。

 

 ……………

 ………

 

  夜。めぐみんをおんぶしたり、めぐみんにご飯を奢ったり大忙しな一日を終えた球磨川。

  馬小屋だろうと物置だろうと、彼からしたら高級ホテルとそこまで違わない。お風呂屋さんから安らげる馬小屋に帰ってくると、異臭を放つ女神とカズマがどんよりと項垂れているのを発見。お風呂屋に行くお金を稼げず、かといって汚れたまま寝床に入るのは抵抗があるようで…

 

『…はあ。今日の僕は紳士的だ。これでお風呂に入って来なよ。』

 

「「球磨川様っ!」」

 

  粘液まみれで抱きつこうとする二人を避け、流れるように自室?へ滑り込んだ。弱い者と愚か者にはとことん優しい、裸エプロン先輩の在り方は異世界だろうと変わらない。

 

 




この世界、弱い者と愚か者が大半を占めてる…!?


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七話 ドMホイホイ

あれ?タグにR-15とか入れるべきなんですかね?これ。


  翌日。球磨川は目覚め、めぐみんと待ち合わせたギルドに足を運ぶ。時刻を遅めの朝10時に設定しておいたことで、朝が弱い球磨川も寝坊せず済んだ。

  ギルドへの道すがら。街並みや住人を眺めるほど、ここが日本じゃないのだと実感する。

『人並み以上に悲惨な人生を送って来た僕でも、異世界に飛ばされちゃうとは想像もしてなかった。でも、悪くないもんだね。住めば都ってやつ?』

  誰に聞かせているわけではない。あるいは、密かに聞いてるかもしれない安心院さんに。ここ異世界で過ごす事で球磨川は愛読書、ジャンプの中へ入り込めた気分になり、彼にしては珍しく純粋に楽しんでいる。

 

  そんな球磨川の待ち合わせ相手、めぐみんについて。今のところは、めぐみんの事を守るべきパーティーメンバーと位置づけしているものの、彼はめぐみんの爆裂魔法が抱える欠点を愛している節がある。今後レベルアップを重ね、彼女が欠点を補った場合。二人の関係性はどうなってしまうのか。さて…

 

 ー冒険者ギルドー

 

「あ!おはようございます、ミソギ!」

「おっはよー!ミソギくん!」

「おはよう。」

 

『なんか多くね?』

 

  率直な感想。めぐみんとの待ち合わせに指定したテーブルには、めぐみんはもちろん、ダクネスとクリスも相席している。

『コホン。おはよう。めぐみんちゃん、ダクネスちゃん。今日も今日とて良い朝だね。』

「あれあれー?一人忘れているよ?」

 

  クリスが自分の顔を指差し、引きつった笑みでアピール。

『おっと!めんごめんごクリスちゃん。』

「なんであたしだけ無視したのかな?」

  クリスが眉をひくひくさせ、球磨川に詰め寄った。

『もー。出会ってから二日も経ったんだし、もうそろそろ以心伝心してくれてもいい頃合いじゃない?僕は最初から君の存在には気づいていたのだけれど、昨日のクエストでチキンにすらダメージを通せなかったことを気にして落ち込んでいるかと思いそっとしておくという大人な対応をしてあげたんだよ。でも、僕の気遣いを自分から台無しにしてくれるなんて、君は実に庇いがいがないね。もう少し空気を読む練習しておかないと、社会に出たらきっと苦労する羽目になるぜ。』

 

  ペラペラと。めぐみん、ダクネス、クリスの三者が口を挟む隙も無い。

「いきなりのミソギくん節だねー。でも場の空気を一切読まない君にだけは言われたくないかな。」

  球磨川に早くも慣れ始めたクリスはあえてムキに反論しない。

『僕はちゃんとチキンにダメージを与えられたけど?ナイフ投げてもダメージが通らず、すぐさま撤退を考えた誰かとは違うんだから。』

「あたしも、ちょっとは反省したんだよ?やっぱり、遠距離攻撃のスキルも鍛えておこうかなぁー…。」

『おっと、別に僕はダメージを通せなかったことを責めてるつもりはないよ。その決定力の無さは、君の立派な個性じゃないか!気にする必要なんてないさ。盗賊は盗賊らしく、別のところで稼げばいいんだよ。』

「うう…。自分で貶しといて自分でフォローするんだね。」

 

  クリスが、言い返す気力もないと降参のジェスチャーをする。

 

  ことの成り行きを複雑そうな顔で見守っていたダクネスが

「ミソギ。クリスをあまりからかわないでやってくれ。彼女は冗談を本気にしてしまうからな。」

『みたいだね。』

 

  あっけらかんとした球磨川。

(絶対冗談じゃありませんでしたよ!!この人はもう!!)

  とぼける転生者に心の中でのみ威勢良く反論するエリス様は、早くも球磨川を近くで観察する役目を降りたくなってきた。尚、こうやってクリスになってる間は別の女神がピンチヒッターとして死者を案内してくれている。あまり頼み過ぎると怒られそうなので、可能なら球磨川が問題を起こしそうな時を見計らって現界したいが、この男は常時問題を起こしかねない。

(それでも。私の担当する世界に来てしまったからには、私が彼を見守らないでどうします!)

  まだまだ女神エリスの受難はスタートしたばかりだ。

 …………

 ………

 

「ミソギ、今日は私の爆裂魔法がモンスターを仕留めるとこをお見せしましょう!昨日のは前哨戦に過ぎません!空撃ちでしたし。」

  ずずい。上半身ごと球磨川に顔を近づけためぐみんが、必要以上の声量で提案してくる。このへっぽこ魔法使いは爆裂魔法しか頭にないのか?…ないのか。

『爆裂批評家としては是非とも拝見させてもらうけど、その前に。ダクネスちゃんとクリスちゃんがここにいる理由を聞いてもいいかな?』

 

「それは、だな。…あのー。」

  ダクネスは隣のクリスをチラチラ見ながら要領を得ない発言を繰り返し、

「すまない、クリス。私から言うのはちょっと。」

  「しょーがないねー、ダクネスは。」

  親友の頼みにクリスは任せて!と応える。

「昨日一緒にクエストをやったミソギくんはわかってると思うけど。ダクネスは、どうにも相手に攻撃を当てられなくてね。中々他のパーティーに入れてもらえなくて困ってるのさ。」

『ふむふむ。つまり他のパーティーの人にダクネスちゃんがいかに役立つか、売り込めば良いんでしょ?任せてよ!』

「違うと思いますよ!ミソギ。」

『ぐえっ!』

  勝手に一人で結論を出した球磨川が、善は急げと走り出す。学ランの襟首をつかんでめぐみんが椅子に引き戻した。

「つまるところダクネスは、私とミソギのパーティーに入りたいと。そう言いたいのですか?」

「…!その通りだ!!壁役は立派に務める!だから、どうかお願いだ。」

 

  グレート・チキンの討伐に成功したことは、久しくクエストクリアから遠ざかっていたダクネスにやる気とプライドを取り戻させた。駆け出しでパーティーメンバーも集まっていない球磨川なら受け入れてくれるのではと、朝からお願いにきた次第。

 

『いいよ。』

「タダでとは言わない…。報酬も、二人の取り分を多くしても構わないから…。て、ええっ?今なんて!?」

  攻撃を当てられないクルセイダーなど、それだけで価値が下がる。今まで色々なパーティーから断られてきたダクネスは、今回も断られる気がした。なので、条件を提示して食い下がる予定でいたが…

  ダクネスが食い下がるよりも早く。球磨川は承諾した。

 

『だから、いいよって』

「なな!いいのか!?本当にいいのか!?」

『いいって言ってるじゃない。あ!もしかしてアレかな?芸人がよくやってる、【フリ】とかなんとか。実は断り待ちだった的な』

「いや!そうではない。…受け入れてもらえたことがすぐには信じられなくて。」

「ミソギ。一応私のパーティーでもあるんですから、一言くらい相談があってもいいじゃないですか。」

 

  ダクネスをパーティーに入れることに反対する気はさらさら無さそうなめぐみんも、相談すらされないのは寂しかったようだ。

『めぐみんちゃんなら、絶対ダクネスちゃんを受け入れてくれるって信じてたからね。』

「…!」

  めぐみんは何も言わず、ハットで顔を隠すように深くかぶり直す。

「つ、次からは相談してくださいよ!」

  紅魔族ならではのカッコつけか、はたまた照れ隠しか。

 

『さてさて!見事に内定が出たことだし、ダクネスちゃん。』

「なんだ?」

『…本音は?』

 

  球磨川は見透かした。ダクネスが、球磨川のパーティーに入りたがる真の理由を!

「くっ…!ミソギに隠し事は出来ないな。」

  「本当の理由とは、一体なんなのですか?」

  めぐみんは頭上に疑問符を浮かべ、

 クリスが一足遅れて球磨川の意図を把握し、溜め息をつく。

 

『ほーら、ダクネスちゃん。みんなの前で言ってごらん?』

「…んっ…!き、昨日の…。…」

『昨日の??』

  三点リーダーを続け、中々声を出さないダクネスに、球磨川は先を促す。

「昨日の、グレート・チキンの袋叩きが気持ちよかったのぉお!!」

 超絶ど変態発言!

『そう。で?』

「このパーティーなら、また似たような目にあえると思ったからっ!!!」

 

  …息を乱しほんのり変な汗をかいたダクネスに、めぐみんは口をパクパクさせるのが精一杯。クリスはダメな我が子を見守る親の如く、暖かい無言。

 

『やっぱパーティーに入れるのやめよっかな。ちょっとキモいし。』

「…賢明な判断かと。」

「んぁあっ!そんなこと言わにゃいでぇええ!!」

 

  攻撃を当てられない【欠点】を持ってるだけで余裕の採用だが、痛みや羞恥を愛する性癖が加わり、ダクネスって過負荷寄りだよなと球磨川を喜ばせた。



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八話 招かざる客

  ダクネスの引き取り先がめでたく決定した後、クリスはこれから数日間に渡り野暮用があるとだけ告げて帰った。

  テーブルから離れる前に、球磨川の耳元で優しく囁く。

「球磨川さん。貴方のスキルは、滅多な事では使用しないって約束してください。」

【大嘘憑き】。現状、微塵も解析が進んでいないが、使い方次第ではとてつもない被害を出すスキル。釘を刺しても球磨川が思惑通り動いてくれないのは承知の上。釘を刺しても刺さなくても変わらないなら、念のため刺した方がいい。

『滅多な事って例えば?』

「そうですねぇ。…例えば。大切な人を複数人、守りきらないといけない場面とかなら許します。」

  人差し指を立ててウィンクするクリスは、変装でも隠しきれない女神オーラを放つ。惚れやすい球磨川が八割くらい好きになる程、破壊力を秘めていた。

  ギルドの出入り口付近で一度立ち止まって、律儀に一礼してから去っていくエリスを見送ってから

『…まったく面倒な縛りだぜ。表蓮華じゃあるまいし。』

 

 ……………

 ………

「さあ!二人とも!こっちです。さあ早く!!」

  赤い瞳の爆裂ロリ娘がハイテンションで球磨川とダクネスを急かす。

  今日はめぐみんが爆裂魔法によるモンスター撃破を披露する大切な日。

  二人を50メートル程置き去りにし、華麗なスキップで移動する。

  モンスターのいる地点はおおよそ見当をつけてきためぐみんは、後はカッコいい口上とともに魔法を放つだけ。

  冒険者の球磨川は爆裂魔法に魅了されて、めぐみんと一緒に爆裂道を極めんと燃えるに違いない。

 

  妄想に忙しいめぐみんの意識は遥か彼方。ゆえに、球磨川とダクネスの注意を促す声は届いていない。

「めぐみん!左だ、左!!」

  ダクネスが叫びながら、全力でめぐみんの救出を急ぐ。

『まずい。ここからでは、螺子を投げようにも射程外だ…!』

  球磨川も一生懸命走ってはいても、ダクネスより遥かに遅く。

 

 ……………

 ………

 遡ること数時間。

「今日のクエスト、私が選んでも良いでしょうか」

  クリスと別れ、三人はクエスト掲示板の前に移動した。各々今日張り出されたクエストの内容を隅々チェックしていると、めぐみんが1番に立候補。

『僕は構わないよ。何せ、今日は爆裂記念日だし。』

「今日は爆裂記念日だったのか。なら仕方ないな。めぐみんが決めてくれ。」

 

  鼻息を荒くするめぐみんは軽くガッツポーズして喜び、かと思えばスッと真顔で球磨川とダクネスを見た。

「二人とも、今日は爆裂記念日と言いましたね?」

『言ったね。』

  めぐみんが喜ぶと思って。

「甘いのです!!」

  ちっちっち。人差し指を左右に振っためぐみんが

「確かに、今日は爆裂記念日です。がっ!昨日も、そして明日も!これからは毎日が爆裂記念日なのですっ!間違えないでいただきたい。」

 

「す、すまなかった。以後気をつけよう。」

  パーティーに入れてもらった立場のダクネスは「めんどくさい」とか正直に言える筈なく、とりあえず謝ってみた。

『サラダ記念日に代わって教科書に載っててもおかしくない、最高の記念日が生まれてしまった…!めぐみんちゃん、君のめんどくさいところも僕は好きだよ。』

「教科書…!」

  その発想は無かったと、めぐみんが目を見開く。マントをバサっと手で靡かせて、おなじみカッコいいポーズに移行した。

「今日は私の人生で最高の爆裂魔法を撃つと宣言します!教科書に載る、子々孫々語り継がれるであろう瞬間に立ち会える幸福。我が爆裂を、とくと堪能して下さい!なんなら友人枠でインタビューとかを受けさせてあげても良いですよ。」

『爆裂記念日って祝日になる?祝日なら嬉しいな。でもでも、合併号になるからその点は改善が必要だ。祝日が毎日増えるなんて、集○社もまだ対策してないと思うし。』

 

「…私はもしや、進んでハズレくじを引いたのではないだろうか。」

  ちょっとしたおふざけで、パーティーメンバー3分の2が妄想の殻に閉じこもった。ダクネスはパーティーに入ったその日のうちにやらかしたのではと不安に苛まれた。

 

「今日はジャイアントトードを倒しに行きましょう!」

  ピラッとクエスト掲示板から紙を剥がし、そのままカウンターまで持って行ってしまっためぐみん。

 

『ジャイアントトード?』

「ここら辺ではメジャーなモンスターだな。牛より大きいくらいのカエルだ。グレート・チキンを倒した私達なら、問題ないだろう。」

  めぐみんが受付作業を終えるまでの間、球磨川はダクネスにジャイアントトードの姿形から戦い方まで教わった。

『昨日、カズマちゃんとアクアちゃんが返り討ちにされたモンスターじゃなかったかな。』

「ミソギの知り合いか?」

『うん。夜遅く、ヌルヌルになった二人を発見したんだけどね。アレはカエルにやられちゃったんだ。』

「ぬ、ヌルヌルかぁ。」

 

 ……………

 ……

  上記のやり取りがあり、めぐみんを先頭にモンスター観測地点を目指していた一行は、予測地点の大分手前でジャイアントトードと鉢合わせた。

 

  上機嫌なめぐみんは球磨川達より先を一人で歩いていた。しかもジャイアントトードに気づいてない。

 

『ダクネスちゃん!』

「承知した!」

 

  クルセイダーは防御が自慢の職業で、ダクネスもかなり重量がある鎧を身につけている。頑張っても、鎧を着込んだ状態だと速度が生まれない。

 

(間に…合わないっ!)

 

  ジャイアントトードは羊を丸呑みにする。めぐみんが丸呑みにされそうになって、二人は諦めた。こうなったら、呑み込まれためぐみんを迅速に助け出そうと。

 

「……………」

 

  もうめぐみんが呑まれる前提で剣を引き抜いたり螺子を取り出したりしたダクネスと球磨川。

 

「…………」

  ジャイアントトードが、なんのアクションも起こさない。

 

『あれれ?おかしいぞ。』

「どうしたんだ。」

 

  ジャイアントトードはいつまでたっても動かない。

 

『あれ見て!ダクネスちゃん。』

  球磨川はジャイアントトードの口元を指す。

「どれだ?」

  球磨川の指先を視線で追うダクネス。

「…あ。」

 

  ジャイアントトードの口からは、人の足が二本はみ出ているのが見えた。

 

「わあああん!カズマさん、カズマさんがあぁあ!!」

 

  ジャイアントトードの背中側で、半泣きの女神が懸命に杖でカエルを殴り続けてている。杖での殴り方を知らないようで、ただベチベチ振り下ろす。アレではカエルはびくともしない。

 

  「いつのまに隣に!?」

 

  今更になってめぐみんがトードを認識し、大焦りで爆裂魔法の詠唱を開始。

「まて!めぐみん。あれの口にはカズマとやらがいるらしい。」

「なんですって!?どうしたら…!」

  ダクネスがめぐみんを間一髪制止。

 

『いや!そのまんま爆裂魔法を使うんだ、めぐみん!』

  ダクネスに追いつき、追い越す球磨川。ジャイアントトードとの距離をぐんぐん縮める。

「待ってくださいミソギ!どうするつもりですか!?」

  言われた通り発動準備は進めるが、球磨川は何を考えているのだろう。

『いいから!僕に任せて。いっちょ最強の爆裂魔法を頼むぜ!』

 

  球磨川はジャイアントトードの元までたどり着いた。

「…わかりました。ミソギを信じます。」

  めぐみんの瞳が赤く光る。周囲には一筋の閃光が走り、魔力が凝縮されて空間が歪曲する。

「我が最強の魔法よ。ここに具現せよ!!【エクスプロージョン】ッ!!」

  超大規模な爆裂。

  ジャイアントトードは消し炭と化し。ジャイアントトードに呑まれていたカズマも同様に、瞬時に塵へ姿を変えた。

 

 …………………

 ………

  「はっ!?」

 

 カズマが目を開ける。アクアと懲りもせずジャイアントトードにリベンジを挑んでいたはずの彼は、いつの間にやら別の空間にいた。

  ここはどこだろう。見覚えのない、でもなんとなく居心地の良い不思議な場所。そうだ。日本で死んだ時。アクアと出会った空間に似ている。

 

「初めまして。サトウカズマさん。」

「!あんた…誰だ??」

「私はエリス。女神として、この世界を担当させてもらっています。」

  穏やかな声。柔らかな微笑み。カズマの前に現れたのは、異世界で通貨の単位になるほど信仰されている、女神エリスだった。

「め、女神様…!本物の女神様だ。」

  アクアと違う。お淑やかで清楚で。

 エリスのような存在こそ、女神なのだ。

  まことの女神に出会えた感動。カズマはせっかくだからエリスに質問でもしてみようか考えた矢先…

『やあ、カズマちゃん。ここは死後の世界。君と僕は、仲良くお陀仏したみたいだ。』

  今まで何も無かった空間に、前触れもなく球磨川が出現。

「うわあっ!?く、球磨川!?」

  カズマとエリスのみが存在する空間に、もう一人見知った珍客が登場した…

『やあ、エリスちゃん。僕だよ。…来ちゃった☆』

 

 

 



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九話 教室にいこう

注! ちょい球磨川くんのマイナス成分が強くなります。
エリス教徒の方は、読み飛ばしても大丈夫です。


  「球磨川さん!?あなた、また死んだんですか!」

 

 女の子が男の家にアポ無しで遊びにきたようなセリフと共に、過負荷の代表球磨川くんがやってきた。呼びもしないのにやってきてしまった。

 

「なんで球磨川までここに?もしかして、あんたも死んだのか?」

  エリスと二人きりの状況に何かを期待していたカズマ。突然の乱入者に無愛想な対応をしてしまうのは、男の性か。

『おやおや、僕も嫌われたものだ。エリスちゃんとのフラグでも期待してた?カズマちゃんてばやらしー!』

  キャッ!と手を口に当て恥ずかしがる裸エプロン先輩。

「べべ、別にぃー?相手は神様だしぃ?そんな不埒な考えはもってないしぃ?」

「そうですそうです!私とカズマさんは、やましいことをしてた訳じゃありませんから!」

「あ、やっぱりそうですよね…」

  ニートと女神は手をパタパタさせつつ早口で弁明する。エリスの必死さに何故かカズマは傷ついた。そこまで本気で否定しなくてもいいんじゃないかと。

『ならよかった!それじゃ、少しエリスちゃん借りるよ。』

「え?球磨川さん??」

「エリス様を借りる!?ちょ、どういう意味だ。詳しく…!」

  カズマが球磨川へ、借りるとはどういう意味かを聞こうと近寄る…

 

  刹那。

 

 ズガガガガッ。

 

  球磨川は、女神の華奢な身体に無数の螺子を捻じ込んだ。

 

「…ぅ…。…ぁ」

  無残にも全身から螺子を生やす女神エリス。一本一本、長さが数メートル程ある螺子から、赤く暖かい液体が大量に滴っている。

 

  あまりに突然おこった悲劇。

 

「…は?」

 

  カズマの目の前で容易く行われた虐殺行為。理解が後からやってくる。

 ドサリと、糸の切れた操り人形のように、エリスが倒れた。血で床を赤く染めるエリスを見て、心配よりも恐怖が勝る。

「…どう…し…て?」

  まだ息がある。口から、言葉なのか吐息なのかもわからないかすれ声を漏らすエリス。

 自分の存在が消える悲壮感や絶望感よりもなによりも、球磨川の行動原理。それだけが知りたいようだ。必死に意識を保ち、球磨川の言葉を聞き逃すまいと歯をくいしばる。

 

『どうして?』

『あ!エリスちゃんを刺した理由?』

『んー…待って。今日中に考えてメールするから!』

「…………」

 

  自分のしたことの重大性を理解しようとすらせず。いつもと変わらない口調で球磨川はとぼけてみせる。ろくな返答もしてもらえないまま、エリスは事切れた。

 

「おい…!おいテメェッ!!!何してんだコラァッ!!!!」

  鬼の形相で、瞬く間に球磨川を組み伏せたカズマ。目は瞳孔が開き、呼吸は荒く。見慣れない人の死を前にして吐き気を必死に堪え、嗚咽を漏らす。

『血相変えてどうしたのさ?いきなり人に暴力を振るうだなんて。人として最低だよっ!』

「うるせえっ!!」

 

  短い日本での人生で、ここまで頭に血が上ったことはない。人を殺し、ヘラヘラする球磨川が憎くて、そして怖くてたまらない。

 

「よくもっ!よくもっ!!」

  一発、二発。マウントポジションで球磨川の顔面へ拳を振り下ろすカズマ。

「人の命を!何だと思ってやがる!」

 更にもう一発!

  合計三発殴られた球磨川。カズマが恐怖し、混乱し、怒り、嘆く表情を見つめ、鼻で笑った。

『…ひょっとしてお前。主人公ぶってれば、自分は助かるとでも思ってる?』

「なに!?」

 

  カズマの組み伏せ方はまるきり素人のそれで、軽く力を入れれば楽に抜けられる。その弱点や力のかけ方を見つける能力だけは高い球磨川。

  容易に拘束を解き、今度は球磨川のターン。お留守の足元を払い、バランスを崩したカズマの額へ螺子をブチ込む。

 

「ぐぁっ…」

 

  何かが割れたような安っぽい音が反響して、カズマも動かなくなる。

 

『甘えよ。』

 

  女神が不在の、女神の間。二つの死骸を満足げに眺めてから、球磨川は更にもう一本螺子を取り出した。

 

『こんなもんか。二人とも、こんな楽しそうに死んじゃってズルいんだから。僕も混ぜろよ。』

 

  やおら自分の頭を螺子で破壊。神聖な筈の女神の間は、三つの死体が並ぶ異様な光景となっていた。

 ……………

 ………

  おーい、球磨川くん。まだ君と今生の別れをしてから2日しか経っていないわけだが、もう僕が恋しくなっちゃったのかな?ホームシックならぬ安心院さんシックだね。いや、球磨川くんは死んで僕に会いにきたのだし、【今生】は終わったものと考えてもいいのかな。僕のような人外や、君のような反則級のスキル持ちは、生命を慈しまなくて困る。…ときに、素直に会いたいと言えば、僕だって君をここに呼ぶのはやぶさかじゃない。しかしアレだね。君も随分変わったものだ。女神エリスちゃん、だっけ?彼女にさては本気で惚れちゃったとか言うなよ?

  なんだよ、その顔は。でも、ラブかライクかはあまりに瑣末なことだったね。君が好きでも無い奴を【ここ】に連れてくるわけが無い。

 

 …………………………

 ………

  異世界では、死んだら死後の魂は女神の元へ向かう。人外の安心院さんでも女神の元へ向かう魂をかすめ取るのは骨が折れる。だったら、死後の世界から死んでみてはどうだろう。球磨川の実験に付き合わされた2人には同情を禁じ得ないが、どうだ。

 

  教卓に我が物顔で腰を掛ける安心院さん。そして生徒用の机には、制服のカズマ、セーラー服のエリス、普段同様学ランを着た球磨川が着席させられていた。

 

「いらっしゃい。球磨川くん以外の2人は、はじめましてだね。女神エリスちゃんと、サトウ カズマくん。僕は安心院なじみ。親しみを込めて、安心院さんと呼んでくれ。」




少し短め。物語初期の球磨川寄り。
エリス様、ごめんなさい。あと、カズマさんも。


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十話 譲渡




  1クラス分の椅子と机が置かれた教室も、生徒役がたった3人では補修や居残り授業を連想してしまう。

  今しがた殺されたばかりのエリスとカズマは、冷や汗をかきながら必死に教室内を見渡している。

「ここはどこなんですか?天界でも、下界でも無いみたい…。」

「エリス様!無事でよかった…!ホントによかった…!セーラー服、かわいいですね。」

  怒りで我を忘れるほどだったカズマは、エリスがひとまず生きていることで平静を取り戻した。

「か、カズマさん!今は他に気にすべきことがありますよ!」

  頬を染め、嬉しいことは嬉しかったらしいエリスは、意味もなくセーラー服の一部を弄る。

 

「そうだ。エリス様が無事だったのはいい。それはいいんだが…。なんで平然と球磨川が一緒にいんだよっ!?」

 

  机に肘をついて、エリスとカズマをニヤニヤ観察してた球磨川に、カズマが全身全霊ツッコミを入れる。

 

『2人に。何はともあれ謝っておかなくっちゃね。さっきはごめーん!てへぺろ!』

 

  自分の頭にポコっと拳を当てて、舌をペロリと出す。これが、球磨川の精一杯の謝罪。

 

「ごめーん!…で、済むわけねーだろー!!」

  たまらずカズマは教室一杯に声を轟かせた!球磨川の襟元を掴み上げて、唾を盛大に飛ばし球磨川の行いが如何に非道かを語った。

「結果生きてるからって、痛みや恐怖は感じるんだぞ!!何か理由があったとしても許せんっ!」

「ま、まぁまぁ、カズマさん。球磨川さんがしたことは確かに間違いです。けれど、何かしら理由がありそうでもありますし…」

 

『さっき僕が2人を攻撃したのは、どうしてもこの教室に来たかったからなんだ。わかりやすく言えば、この教室は死後の死後の世界にあたるんだよ。』

「死後の死後の世界…だと?」

 

  あんな真似までしてカズマ達を連れてきたのは何故か。球磨川に裁きを下すのは、話を聞いてからでも遅くは無い。

 

「あのう。安心院さんは、球磨川さんとどういったご関係で…?」 エリスが聞く。

  教室の主、安心院さん。謎のベールに包まれたこの美少女はなんなんだ。

「僕と球磨川くんの関係?語ると長くなるが、女神のご要望とあらば説明しないわけには…」

  安心院さんが自分の出自あたりから語り始めようとしたのを察知して、球磨川が質問でどうにか遮る。

『安心院さん。カズマちゃんってさ、実は幸運ステータス高かったりしたんじゃない?』

  球磨川は問う。

「気がついたかい?君の言う通り、そこのカズマくんは本来素晴らしい幸運の持ち主だった。君と転生の日が被っちゃったのは、その高い幸運でも避けられなかったんだね。」

『やっぱりそうか。』

 

  合点がいった。球磨川は以前ほどではなくなったが、周囲の人にも不幸を撒き散らす性質の持ち主。球磨川と同時に転生しても幸運が普通なのは、つまり元が高かった可能性が考えられた。

 

「そういわれても…。いや、俺も昔から運だけは良かったけど」

 

  唯一あった長所を球磨川は意図せず奪った形になってしまった。カズマを安心院さんのいる教室に連れてきたのも、それが理由。

 

「カズマくんは極め付けに、本来はチートな武器や防具を貰うはずが、普段はなんの役にもたたない水の女神様を選んじゃってるわけだ。」

『あー。だからアクアちゃんがこの世界にいるんだ。』

  宴会芸に秀でる水の女神。死後の死後の空間で悪口を言われてることはつゆしらず。当人が知れば、また泣いてしまいかねない。

「球磨川…、あんた何企んでんの?」

『企む、だなんて。人聞きが悪い。要するに僕は僕らしくもなく、エリスちゃんの世界を守りたくなってきちゃったんだ。そこで君には、安心院さんから特別にスキルを受け取って貰いたい!今のまんまじゃ役立たずもいいとこだ。』

  エリスの世界を守りたくなった。球磨川の言葉に、エリスは多少球磨川を信頼してもいい気分になる。

  …勇者候補は日本から他にも送られてきてるはず。それでも、魔王討伐に向かう有能な勇者が増えて困るなんてことはないだろう。

「言いにくいことをハッキリと…。にしても、スキルをくれるだって?そんなことが可能なのかよ!」

  信じられないと、カズマが。

「可能に決まってる。この僕をどなたと心得る。1京のスキルを持つ、安心院さんだぜっ☆」

 

  …1京のスキルを持っている…?

  安心院さんの発言は突飛も突飛。どれ程の高みにいる冒険者も、1京のスキルを習得できるようなポイントは得られない。

 

「ありえませんっ!世界ひろしといえど、1京のスキルを持つような人間はいません!」

  『だってさ?安心院さん。』

「ふーむ困ったね。女神様に頭ごなしに否定されちゃったぜ。まあ僕が人間を超越した存在だって事で信じては貰えないだろうか。」

「人間じゃないんですか!?」

 

  次から次にツッコミ所が出てきまくり、一つ一つ聞く気力もなくなった。

 

『会ったその日に安心院さんの全てを知るのは無理難題だよ。今日のとこは、カズマちゃんにスキルを渡したらおひらきにしよう。』

「つれないなー、球磨川くんは。そっか。それだけ紅魔族のロリっ娘の元へ早く帰りたいってことかな。」

『ドキッ!』

 

 混沌よりも這い寄る過負荷は、密かなロリコン疑惑を持たれている。めぐみんに優しい対応なのは、魔法の欠点の有る無しに関わらず。純粋な好意だったのか。

 

「俺はなんのスキルを貰えるんだ?」

 

 …チョイチョイ。

  安心院さんが無言で、カズマに近くへ寄るよう手で合図を出す。

 

「…?」

 

  ガシッ!!

 

  合図に従い安心院さんに近寄ったカズマ。手を伸ばせば届く距離までいくと、強引に抱き寄せられた。

 

「…ん…」

「…むぅっ…!?」

 

  安心院さんが、カズマの唇を奪う。

  唇と唇が重ね合わせられる。

 

「ひゃー!?」

  エリスは慌てて手で目を覆う。目はしっかり開き、指の隙間が随分ある。

 

『……………………』

 球磨川は球磨川で目から血の涙を流し、2人のキスシーンが終わるのをただ待ち続けた。

 

「…ふふっ。初めて会ったばかりの男の子にチューしちゃった!」

「結婚して下さい。」

 

  安心院さんはキスの余韻を楽しむかのように、人差し指で唇をなぞる。

  カズマさんに至っては美少女とのキスで頭の中真っ白に。

 

  今のキスは安心院さんのスキルの一つ。【口写し(リップサービス)】。既にカズマはスキルを受け取った状態なのだ。

 

「き、キスがスキル…?は、ハレンチですぅ!」

『エリスちゃん。もうちょっとツンデレ委員長っぽく、今の台詞をもっかい言ってはくれないかい?』

 

「あ、スキルがなんか増えてる。」

  冒険者カードのスキル欄に文字が増えた。【大嘘憑き】同様、表示は【解析不能】。

「い、いったい、俺は何を覚えさせられたんだ…」

 ………………

 ………

「球磨川くん。これで君の用事は済んだんだろう?カズマくんは、立派なスキルホルダーになったわけだし。魔王討伐にグッと近づいたよ!やったね!」

  『…渡すスキルの選択権は君に譲ったけど、ちゃんと役に立つんだろうね?』

「その点については何も心配いらないよ。さあ、もう行きたまえ。」

 

  エリスは女神の間に。カズマは球磨川と同時に下界へ戻れるよう安心院さんの能力で既に待機中。教室内は再度安心院さんと球磨川の2人だけ。

 

「そうそう。エリスちゃんに、次会う時でいいから伝言を頼まれてくれるかな。」

『なんだい?僕で役に立てるなら喜んで。』

「僕が死んだ際に転生してくれたら、魔王なんて一瞬で滅せるんだぜっ!て、伝えておいてよ。異世界とやら、存外楽しそうだからさ。」

『…うん!任せて。…それ聞いて、一個聞きたいな。安心院さんが死んだ時、女神の元へはいかなかったの?』

「…。転生する対象は、若くして死んだもの。らしい。」

『そっか!!ババアはお呼びじゃなかったんだ!』

「球磨川くん。今ここは、死後の死後の世界なわけだけれど。死後の死後の、そのまた死後の世界にでも行ってみるかい?」

 

  額に青筋を浮かべ、光の無い目をした安心院さん。流石の球磨川も、今度ばかりは完膚なきまでに死んだかと思った。

 

 ……………

 ………

 

 

 

 

 

 




エリス様のセーラー服姿見たいですな。
そして、カズマさんがスキルホルダーに!?


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十一話 帰還そして収穫

「ミソギ!!?それにカズマも!?凄いです。私の魔法に耐えうるなんて!…正直少しショックもありますが。」

 

  安心院さんの教室から出ると、球磨川とカズマはめぐみんの作り出したクレーターのど真ん中に立ちつくしていた。

「おかしいです…爆裂魔法は最強なのです…ブツブツ…。」

  球磨川が見事カズマを救った結果は喜ばしい。それでも、爆裂魔法に耐えられた事実を受け止めきれないめぐみん。

  球磨川らが生き返った時刻は、めぐみんが爆裂魔法を放った数秒後。ジャイアントトードはカズマと球磨川ごと爆散。

  めぐみん、ダクネス、アクア視点だと、爆裂魔法に巻き込まれたはずの2人は、一切ダメージも負わずに平然と煙から現れたように見えた。カズマはカエルに食べられていたので、駆け寄った球磨川が何かをしたと思われる。

 

  防御に秀でたクルセイダーダクネスでさえも、爆裂魔法に巻き込まれては無事が保証出来ない。果敢に飛び込んだ球磨川の勇敢さ、蛮勇さにはかなり驚かされた。

「カズマぁああ!あんまり心配させるんじゃないわよおぉ!!」

  アクアがカズマの手を取って、上下にブンブン振り回す。

  下界に戻ってきたばかりで、戸惑うカズマ。

 

「アクア…。すまなかったな。でもね?お前にも責任あるからね?」

 

  カズマがそもそもとしてジャイアントトードに捕食されたのは、必死でジャイアントトードを惹きつけたカズマを「カズマさん超必死!やばいコレちょーウケるんですけど!プークスクス!」といった具合にあざ笑っていたアクアさんによる。

  昨日カズマさんに囮役をやらされたことを根に持つ女神のつまらない意趣返しで、カズマは死後の死後の世界を彷徨った。

 

「うぐっ!…おほほ。そうだったかしら?カズマさんてば、顔が怖いわよ?」

「………………」

  カズマはアクアと握手した状態の手に渾身の力を加え、拘束しつつ激痛をプレゼント。

「痛、痛いからっ!カズマさんせめて無言はやめて!マジで怒ってるみたいだからやめてちょうだい!あああああっ!!」

「俺が受けた苦痛はこんなもんじゃないぞおおお!!」

 

 じゃれあう2人を尻目に、球磨川とめぐみん、ダクネスも無事を分かち合う。

「ミソギは全く困った奴だ。どのような手段を用いたかはわからないが、爆裂魔法をモロに喰らうなんて危険が過ぎるぞ。」

  ダクネスはご立腹。球磨川の奇行によっぽど驚いたみたいだ。

「ダクネスの言うとおりなのです。我が爆裂魔法は例え味方であっても、魔法の範囲内に入った物体すべてを塵にする威力なんですよ!」

 

  プクッと頬を膨らませためぐみんはあと少しで球磨川を自らの手で殺してしまっていた可能性もある。怒り心頭に発するのも仕方ない。

  だからこそ球磨川が爆裂魔法で一回バッチリ死んだのは内緒にしなければ。

 

『カズマちゃんを救ったら、ジャイアントトードはエサを横取りされたと、逆上して暴れるでしょ?だから、めぐみんちゃんには僕がカズマちゃんを助け出した直後に爆裂ってもらうことが必須だったわけ。でもギリッギリ爆裂魔法を躱すのは成功したから心配いらないぜ。』

 

  球磨川達がジャイアントトードと遭遇した時点では、カズマがどれだけの時間捕らわれていたのかはアクアしか把握していなかった。手遅れになる前に救うとしたら、めぐみん、ダクネスに作戦を伝える時間すら惜しかったのだ。と球磨川は語る。

 

「そうでしたか!爆裂魔法は直撃してなかったと。そうでしょう、そうでしょうとも!!最強で最高な我が爆裂魔法をその身に受けてピンピンしていられる道理はありませんから!」

 

  ふっはっは。めぐみんが肩でワザとらしく笑う。

 

 めぐみんさん安心して下さい。爆裂魔法を喰らった球磨川とカズマはちゃんと木っ端微塵になりましたので。

 

「私はクルセイダー。パーティの壁役くらいにはなれる。次からは私を頼ってくれていいからな。もう無茶はしないでくれ。」

  ダクネスが球磨川の目を真っ直ぐ見た。

『…カッコいいこと言ってるけどさぁ、ダクネスちゃん。爆裂魔法を受けたいだけなんじゃねーの??』

「しょ、しょんなことは…ないぞ?」

『もうお前、ダークネスに改名したら?』

 

 …………

 ……

 数日後。

  グレート・チキン討伐とジャイアントトード討伐の報酬だけでは食べるのも辛くなってき始めた。しかもジャイアントトード討伐に至っては数も中途半端で端数のようなお金しか入らず。

『空腹程度どってことない。僕1人ならいくらでも何とかなる。』

  グギュルルルル。

「み、ミソギ…なんでもしますから、ご飯を…ご飯を食べさせて下さい。」

  球磨川が金欠ならばめぐみんも同じく金欠。

『…僕1人なら、ね。』

  とりあえず何でもいいからクエストをクリアして報酬を得なければ。それにはまず最初にめぐみんの空腹を解消してやる必要がある。球磨川がめぐみんの空腹感をなかったことにしようか逡巡していると。

「む、腹が減っては戦が出来んぞ。めぐみん、ミソギ。一食くらいなら奢ってやるから、食べたらまたクエストで稼ごう。」

  ダクネスだけ別の収入源があるようで、なんと気前よくご飯を奢ってくれた。

『やったぜ!奢りでも僕は遠慮なんかしない。メニューの右端から全部持ってこーい!』

「あ!ズルい、ズルいのです!じゃあ私は左端から全部でお願いします。」

「ああもうっ!この2人は!!本当にもうっ!!」

  頭にコブを作った球磨川とめぐみん。ダクネスの払いで定食をかきこむ。ダクネスが待ち時間でクエスト掲示板を見ながら内容を吟味していると…

 

「緊急クエスト!緊急クエスト!街の中にいる冒険者各員は、至急冒険者ギルドへ集まって下さい!」

 

  ギルド内、また、街の何処にいても聞こえるほど大きな音量で、アナウンスが流れた。

「これは…クエストを選ぶ手間が省けたな。」

  ダクネスがニヤリとし、球磨川とめぐみんを置いてきたテーブルに帰る。

 

『…なに?何の騒ぎ??』

  球磨川は放送中も食事の手を止めることなく、アナウンスが流れてから急に活気が溢れたギルド内を不思議そうに眺め、めぐみんに問いかけた。

「もう収穫の時期ですか。ミソギ!今晩はキャベツ炒めですよ!!」

  今たらふく食べたばかりのめぐみんが、いきなり今晩の献立を言い放つ。

『質問の答えになってなくない?』

 

  この世界で割と楽しみにしてる人が多い、キャベツの収穫時期が今年もやってきた。

 

『キャベツって、あのキャベツ?ロールとか千切りとかにする。』

「そのキャベツです。」

『緊急クエストってどういうこと?みんなで畑にでもいくのかな?』

「何を言ってるんですか。キャベツの収穫ですよ??街中でやるに決まってます。」

 

  めぐみんとの会話は違和感がある。街中でキャベツを収穫すると言ったが、ビニールハウス的なものは見た記憶がなく。

 

「ミソギ、めぐみん。食べ終わったか?」

  掲示板のほうからは、ダクネスが剣の柄に手をかけながら歩いてくる。

 

「みなさーん!突然のお呼びだて、申し訳ありません!お気付きの方もいらっしゃるでしょうが、今年もキャベツの収穫時期がやってきました!!今年は出来がよく、一玉毎に一万エリスの報酬となりまーす!住人の方には既に家に避難してもらってますので、存分に収穫しちゃってくださーい!!」

 

  またもアナウンスが流れ、緊急クエストの概要が述べられた。一玉一万エリス。たかがキャベツを収穫するだけで。

 

『なんだかイマイチわからないけど、要はキャベツを少しでも多く収穫すればいいんでしょ?』

「…だな。私達も、外へ行くとしよう!」

 

 ……………

 ………

『これが、キャベツ?』

 ギルドの外。美しい風景の中には、高速で飛び回るキャベツの姿が。

「ミソギ!伏せてください!!」

 

 ガスッ!

『…ぐはっ!?』

 

  高速で飛来したキャベツが顔面に直撃した球磨川は、キャベツにまで殺されかけた。




原作でのこういうちょっとしたエピソードとかも、出来たら書いていきたいです。間延びしない程度にですが。


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十二話 主役を張れるって証明したい




  めぐみんの宣言通り、その日の晩餐はキャベツで彩られた。キャベツを追いかけて街までやってきた他のモンスターをめぐみんが爆裂魔法でキャベツごと一網打尽にしたり、ほとんどのキャベツが前方にしか飛ばない性質を持っていることに気がついた球磨川が螺子を投擲して意外にも次々仕留めていった。

 

  ダクネスは持ち前の固さでキャベツの攻撃を受け止め続けていたので、自慢のプレートは所々凹みが見られる。

 

『…すごく美味しいよ。空飛ぶキャベツ、僕の国にはなかった存在だ。』

「空飛ぶキャベツが無いだと?お前は一体どこの国出身なんだ。」

 

  ダクネスもキャベツの味に満足げで、笑顔でクリムゾンビアを豪快に流し込んでいる。

 

『僕は日本って国から来たんだよ。』

「にほん、ですか?授業でも聞いたことありませんね。凄く遠いんでしょうか。」

  めぐみんは紅魔の里にて学校へ通っていて地理も学んではいたものの、日本など聞いたことがない。

 

『そりゃそうだ。だって異世界なんだから。』

 

「はい?」

「……ん?」

 

  球磨川の出身国日本を二人が知らないのは当たり前だと球磨川は続ける。

 

『そもそも、この世界の地図には記載されてるわけがないんだから。僕は生前、こことは違う世界からやってきたんだよ。女神に転生させられて、ね。』

 

  あくまで雑談のつもりで話す球磨川とは裏腹に、めぐみんらは内心穏やかではいられない。異世界からやってきたと語る球磨川。冗談でしょ?と一笑にふすべき内容なのに、球磨川の服装は言われてみれば随分と変わってる。

  それから、空飛ぶキャベツも知らなかったこと。判断材料としては不十分だが、引っかかりにはなる。

 

「お前のそのヘンテコな格好、珍しいものだとは感じていたんだが…。いやいや、それでも!嘘だろう??」

  ダクネスが学ランに目をやりながらも、嘘であって欲しいと期待を込めて念押しした。

『やめてくれよダクネスちゃん。僕は生まれてこのかた、嘘をついたことなんて無いし、嘘をつくような奴は嫌いなんだからさ!』

「でもでも、ミソギの話をはいそうですかと受け止められるはず無いのです。異世界だなんて急に言われましても…」

「めぐみんに同じ。女神によって転生しただと?それは、女神エリス様のことなのか?」

 

  エリス教のダクネスには重要なポイント。球磨川の発言が事実ならば女神エリスと会ったことになる。嘘であれば、女神エリスの名を冗談に使用することを注意したい。

 

『エリスちゃんじゃない。僕を転生したのは、水の女神アクアさ!』

 

  水の女神アクア。【あの】アクシズ教徒に祀られている女神だ。そんな水の女神アクアなら、転生とかやってても不思議ではないと思えてしまう。アクアは悪く無いが、もうちょっと信者をどうにかしないと外聞は悪化の一途を辿る。

 

「ミソギの言葉が本当だとしたら、あなたは何の為にこの世界へ転生させられたのでしょう?」

  球磨川はどうにも、嘘をついてる感じがしない。鵜呑みにするわけでもないが…。水の女神が異世界からこの世界に人を転生させる意味とは。

 

  球磨川がテーブルに箸を置く。

 コップの中身を飲み干し喉を潤してから、目を細める。もったいぶられ、めぐみんはゴクリとのどを鳴らした。

 

  やがて球磨川が口を開け。

 

『…魔王討伐。これが、僕の最終目標だよ。めぐみんちゃん、ダクネスちゃん、だから魔王と戦う覚悟が無いのなら、僕には関わるべきじゃない。』

 

  魔王と戦う。大勢の冒険者を殺し、罪の無い人々を殺め、今も王都へ侵攻を繰り返す魔王軍。その頂点と戦うと。

  剣の一つも持たない男が、しかし目だけは本気で告げた。

 

「魔王ですか。大きく出ましたね。」

『そう?僕的には女神に言われて仕方なくって感じだよ。面倒で億劫でたまらない。でもさ、みんな魔王に困ってるでしょ?誰かが、やらなくちゃいけないんじゃないかな。』

 

  日本がどんな国かは想像も出来ないが、若くして命を落としたというのに、死後の安息は得られず。わざわざ異世界に転生させられて魔王討伐に向かわされるとは。あまりにも酷だ。

 

『僕は必ず目標を達成する。僕が例えやられ役でも。嫌われ者でも。魔王を倒せば、主役を張れるって証明になるでしょ?』

 

  …めぐみんは考えた。

  道のりは遥か遠く、険しい。

  一度肉体は滅び、精神は異世界を渡った。その先でもまた命をかけることが、果たして自分には可能なのか。

  わからない。仮定がそもそもぶっ飛んでるのだから。

  とはいえ。この少年は、命をかけた。女神など関係無い、己の意思で。女神に言われて仕方なくと言ったが、そんな人間に命をかけられるはずがないのだ。

 

「わかりました。私も付き合いましょう。我を差し置いて最強を名乗りしもの魔王。前々から気に入らなかったのです!」

  めぐみんが立ち上がり、いつものようにマントを翻した。どれだけの覚悟で決断したのか、脚は小刻みに震えている。

『めぐみんちゃん…』

「おっと、礼にはおよびません。私は私の為に魔王を倒すと決めたんですから。」

 

  ニヤリ。めぐみんの不敵な笑みは球磨川にさえ頼もしさを感じさせた。

 

『いや、キャベツ倒すのに爆裂魔法使ったでしょ?脚は大丈夫?』

「そうでした。」

  ベチャッと椅子に崩れ落ちた。

 

  「ミソギ。私もお前についていくぞ。魔王に辱めを受けるのは、女騎士の務めだからなっ!」

  ダクネスのブレないドM発言。球磨川に気を遣わせないよう敢えて狙ったらしく、ダクネスの額にひとすじの汗が垂れる。到底辱めを期待してるだけとは思えない。

 

『ダクネスちゃん…ありがとね。危なくなったら、僕の後ろにいればいいから。』

「馬鹿を言えっ!クルセイダーの私が隠れる真似出来るか!」

 

  ヘッポコでもドMでも、上級職につく二人だ。

『…頼もしいぜ。』

 

  カッコよくなくたって。強く正しくあれなくたって。不幸なままで魔王を倒したい。…球磨川の魔王討伐は、ここからがスタートだ。




括弧はついたままですが、球磨川くんは魔王討伐にやる気を出したようです。


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十三話 グッドルーザーめぐみん?

お前、カズマさんなのか…?


  例のキャベツクエストの報酬が支払われた事で、めぐみんは新しいマナタイトなる希少な素材で出来た杖を購入。ダクネスも凹んだ鎧に変わるおニューのメイルを仕立てご満悦。

  一方で、球磨川が仕留めたキャベツは何の因果かあまり高い値打ちがつかず。二人と比較すると収入が少なかった。

 

『ついてないなー。どうして僕のキャベツだけ微妙な買取金額だったんだろ。』

  魔王討伐も、具体的に何から手をつければいいのかわからなかったお三方。どの道現時点では力量も足りないのだし、だったら取り敢えずクエストをこなせばレベルも上がり、ひいてはいずれ魔王にも辿り着くのではと、問題を未来へ羽ばたき先送りしていた。

 

「そればかりは不運としか。ミソギの活躍は目を見張るものがありましたから。どうしたらあそこまで的確に弱点をつけるのか知りたいです。」

  杖に頬ずりして幸福の真っ只中にいるめぐみんが、適当に球磨川を励ます。

『不運か。なら仕方ないね。めぐみんちゃんが杖を買えただけでも僕は本望だぜ。』

「期待してて下さい!この杖があれば鬼に金棒。更なる爆裂の境地へ至って見せましょう!」

『そりゃ楽しみだ。んじゃ、今日のクエストでも選びに行こっか!』

  よしよしと、めぐみんの頭を撫でる。

 

「待ってくれ!私の新調した鎧については触れないのか!?」

 

  ダクネスの鎧は、前のと比べて装飾が施されており確かに立派なことは立派だ。球磨川が横目でチラリと一瞥すると

『似合ってる似合ってる。』

「なんか私の扱いが雑じゃないか!?防御力がアップしたんだぞ!」

『まー、ダクネスちゃんの長所だけを伸ばし短所からは目をそらす姿勢は大好きなんだけどね。』

  球磨川禊としては短所を補わないダクネスを抱きしめてやりたい程だ。

  そうはいっても。人生に目標なんて無いと言い続けてきた男が、魔王を倒すことを目標にしたのだ。過負荷としての贔屓目だけでは、もう評価してやれない。一応めぐみんは爆裂魔法の威力を高め、決定力を上げた。引き換えダクネスは既に十二分な防御力を上げただけで、戦力そのものには変化は無し。

「うう…。たまには私だって褒めてもらいたい。」

  頭を垂れるダクネス。

『なら実戦で証明してくれよ。それまでお預けさ。』

  ダクネスの肩を、二回ほど叩く球磨川。その動作に勢いよく顔を上げたダクネスは

「わかった。お前が絶対私を褒めたくなるくらい、必死で頑張ろう。」

『ん!がんばれ。』

 

  めぐみんを甘やかす球磨川に不満があるらしいダクネスは、いつに無くやる気に満ち満ちていた。

 

 ………………

 ………

  ところがぎっちょん。ダクネスのやる気が空回りに終わる事態が発生した。

「おやおや?今日のクエスト掲示板は、なんだかいつもと違うのです。」

  掲示板の前で首をかしげるめぐみん。ジャイアントトードやグレート・チキンをはじめ弱めの魔物討伐依頼が無くなっていたからだ。

「なにがおこっているんだ?」

  めぐみんの頭上から掲示板を覗いたダクネスも、顎に手を当て思案した。ある依頼はブラックファングやマッドドラゴンの討伐、捕獲。名前からして強そうなモンスターの羅列に、ダクネスだけはホクホクして球磨川に期待の眼差し。

『いやいやナイナイ。それはナイ。』

  いくら上級職が二人いても、手にあまる。負け戦なら百戦錬磨の球磨川も、初めから勝ち目がない戦いは好まない。【大嘘憑き】でなかったことにすれば勝利と呼んでもいいが、今必要な経験値がそれでは手に入らない。

 モンスターを『なかったこと』にするのだから、経験値もまた『なかったこと』になる。カードの処理は討伐達成扱いなのでお金は手に入るが、受注の魅力は半減だ。

 

『つーか、どうしてこんなことに?ダクネスちゃんがキャベツ収穫祭の時見た掲示板には、普通に雑魚モンスター討伐依頼がわんさかあったわけだろ?』

「ああ。」

  ダクネスは収穫祭の日に記憶を遡る。

 

「それな。魔王の幹部が街の近くに住み着いたから、らしいぜ。」

『ん?』

 

  声の主はたびたび見かける少年、カズマだ。球磨川達の背後から、話を聞いて割り込んできた。

 

「おはようございます、カズマ。」

「お、おはよう。めぐみん…だったか?」

「いかにも。めぐみんですが?」

 

 例えめぐみんの名前が花子でも梅子でも、出会って数日しか経っていない相手の名前を呼ぶのに疑問符がつくことは誰しもある。

 だがそこは名前を弄られまくっためぐみん。自分の名前がカズマの疑問を招いたのでは?と疑心暗鬼状態。

 

「別に名前が変だとかは思ってねーから!」

「本当でしょうか?では何故、私が何を聞くまでも無く名前について弁明したのですか??」

  カズマにグイグイ近づき、買ったばかりの杖をチラつかせる。

  めぐみんが対面早々フラストレーションを溜めつつあるのを敏感に察知したカズマが、球磨川に助けを求めた。

 

「く、球磨川ぁ〜。」

  球磨川が危険人物なのはカズマもわかってる。しかしながら、蓋を開ければ無償でスキルを一つ貰った事実は、カズマの球磨川への評価をそこそこ上げた。こうして助けを期待するくらいには。

『それでカズマちゃん。今の話をもう少し聞かせてくれるかな?』

 

 ササッ。

  球磨川が会話に混ざった途端、めぐみんは素早く球磨川の側へと戻った。

(このロリ娘…!!)

 

「ああ、いいよ。どうやらここ最近、魔王の幹部とやらが街の北の外れにある、古城に住み着いたらしい。」

  口を歪ませつつも、カズマは衝撃的な情報を教えてくれた。

 

「なんだと!?カズマ、お前はどこでそれを?」

  魔王の幹部。そんな化け物が駆け出しの街付近に存在してるだなんて。街の治安を守るべきダクネスには、頭痛の種だ。

「いや!俺も又聞きなんだけどさ。てなもんで、弱いモンスターは隠れたり逃げたりしたってわけ。」

『なるほどね。』

 

  討伐依頼が少ないのは、必要がないから。魔王軍幹部がどのような思考でアクセル近辺に来たのだろう。よしんば攻められでもしたら、駆け出し冒険者しかいないアクセルなどひとたまりもない。

 

『ありがとね、カズマちゃん。』

「うん。しばらくは遠出しないほうがいいぞ、球磨川。」

『なんで?僕はこれから、その幹部さんに会いに行こうとしてたのに。』

 

  せっかくしたカズマの忠告は球磨川の耳を右から左に抜けた。

「はひ?ミソギ、いまなんと。」

  めぐみんは、アレだけ大事そうに抱えていた杖を床に落としてしまった。

 

『なにめぐみんちゃん。もしかして耳掃除サボってない?僕は、これから、魔王軍幹部に、会いにいく。』

「なんでですかっ!!?それはそれとして耳掃除はしてます。」

『魔王を倒すんだし、幹部如きに手こずってるわけにいかないでしょ?』

「…っ!でも無謀というか…」

  いい返しが浮かばず、めぐみんが黙る。お前からも言ってやれとダクネスに目をやるが、

「私はミソギと同意見だ。避けては通れない道だしな。」

  球磨川に賛同してしまった。

 

「本気か?球磨川。」

  同じ時期に転生してきたカズマと球磨川に、能力の違いは幾分もない。はず。

『愚問だね。魔王軍幹部が向こうから来てくれたんだ。探す手間が省けたというもんさ。』

 

「いかに我が爆裂魔法でも、魔王軍幹部を相手取るのは厳しいと思うのです。もう少し鍛えてからでも…」

  めぐみんは意見を変えない。聡明な彼女であるからこそ。

  加えて、彼女は恐怖で全身を震わせている。まだ14歳の女の子だ。死ぬことの恐怖を克服出来るほうが異常とも言える。

『なら、めぐみんちゃんはここで待っててよ。いこう、ダクネスちゃん。』

「わかった。」

 

  拒むものを無理矢理連れて行く考えは持ち合わせてないようで、球磨川はダクネスと二人だけでも向かう。

「あ…。待って…」

『確かに幹部ともなれば強いんだろうね。けど僕は勝てる見込みが無い戦はしない。それとめぐみんちゃん。これだけは教えておくよ。』

  めぐみんは置いていかれそうになったことで、やはり付いて行こうと考え直していた。しかし、球磨川は意図してそれを遮る。

『戦いから逃げてる限り、【負け犬】にすらなれない。まずは負けてもいいから戦うこと。賢く無い行動だと貶されようと、【部外者】の言うことなんてほおっておけばいい。』

  スタートラインにすら立たず、指を咥えて見てるだけで満足か?球磨川は幼い魔法使いの少女に問うた。魔王討伐に付き合うと決めた、君の覚悟はそんなものかと。

 

「…いきますよ。いきますとも。パーティーメンバー2人がいくんです。私が行かねば始まりませんっ!」

  正論に詭弁で返され、口車に乗せられた。そんなこと、めぐみんも重々承知の上。不思議と、球磨川の言葉を聞いていくうちに全身の震えは治まった。ここまで言われて逃げてしまえば、二度と紅魔族随一の魔法の使い手は名乗れまい。プライドが許さない。

 

「お前ら…いいパーティーだな。」

  球磨川達の言い合いを見守ってたカズマは、どこか呆然としている。

『でしょ?なんせ僕の仲間だからね。』

「よし。俺も、アクアと合流してお前達を追いかけるよ。」

『え?おい!カズマちゃん!!』

  熱気に当てられたカズマは、一方的に喋り終えると同時、アクアを探しにギルドを飛び出していった。

 

「カズマ、あれもまた熱血漢なようだな。」

  微笑ましげに見送るダクネス。

  魔王軍と戦うなら、女神は大きな戦力になる。

 

『ようし。いい感じにメンバーも揃ったし、僕らは先に出発しよう。』

「はい。さしずめ今日は幹部爆裂記念日となりましょう!」

「魔王の辱めがどの程度か。幹部を物差しにして見極めてやる!」

 

  三人はギルドを出て、街の門からフィールドに。そこからは北の方角を徒歩で目指す。

 

『…教えてやるよ、魔王軍幹部。始まりの街付近にきた以上、君は冒険者の門出を祝うかませ犬になるのが関の山だ。てね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カズマさんが熱い男に…。
全開パーカー先輩もちょっと熱いですな。
デュラハンの人逃げて!


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十四話 バーサス門番

え?アクア様ってヒロインなんですか!
知らなかったです。(大嘘


「見えましたよ!古城!」

 

 アクセルの街より北へ。丘の上には長い間放置されていたであろう古城が確かに存在した。

  寂れてすすけて、今は使われていないのが一目瞭然。廃城とでも呼ぶべきか。リフォームの匠に頼みでもしないと、人は住めない。

「あそこに、魔王軍の幹部が住み着いたのだな。元はそこそこ立派な城だったことだろう。」

  丁度眉のあたりに手をかざしたダクネスが、ふむふむ唸る。

『城ってゆーか最早廃屋だね。ホグワーツかと思ったよ。』

「ミソギが何を言ってるのかは、普段通りイマイチわかりませんが…。魔王軍の幹部っぽくはありますね。」

  三者三様、城の第一印象を語る。

  ツタやコケが外壁を覆い、空飛ぶ島にも見えなくない。

 

『家賃も払わず住み着いてるってことは…。魔王軍幹部はホームレスってことだ!ビックリだよ。』

 

  日本人視点で物事を捉える球磨川くん。これが幹部の耳に入っていたらとゾッとしない。要所要所で相手をイラつかせる能力は、いっそスキルとして捨てられればいいのだが。

 

「ミソギ。ここから私が爆裂魔法を放つというのはどうでしょう?」

  今いる場所から廃城は、もう魔法の射程内らしく。めぐみんが球磨川の学ランを摘んだ。新調した杖がキラリと太陽を反射する。

 

『ダメダメ。こんな遠くから撃っても幹部は仕留められないよ。城の中で魔法を使えるかはまだわからないけれど。せめてもう少し近づこうぜ。』

「わかりました。改めて、ミソギは本気で幹部を倒すつもりなのですね。」

『うん。だから、ここで爆裂ってリタイアしようなんて許さないよ。』

「………ちっ。よまれてましたか。」

 

  気を取り直し、三人は城門までやってきた。まずは付近の茂みに隠れて様子を見る。

『誰あれ?カッコいー!』

  城門には見張りの魔物が槍を装備して仁王立ちしていた!

  二本足で立ち、背中には羽根。身長は2メートルから3メートルはありそうだ。頭部は骨だけで形成されていて、非常に不気味。

「まずいな…。アレはデーモン。人間を遥かに超える素早さと豪腕で、上級冒険者ですら容易く屠るって噂だ。何よりも、練達した槍さばきは達人を凌ぐ。」

 

  流石、魔王軍幹部。城門から最強クラスの魔物を配置するとは。

「まさかあれクラスの魔物がゴロゴロいるなんて。お腹痛いので帰ってもいいですか?」

 

『こうでなくちゃ。』

 

  仮病を発症しためぐみんとは裏腹に、ダクネスの説明を聞いていたのかいなかったのか、球磨川は笑顔のままデーモンの目前までいく。

 

「「なっー!?!?」」

  茂みに隠れたまま、女子2人は球磨川の突撃に目を見開くくらいしかリアクション出来ず。小さくなる背中を呆然と見送った。

 

『はじめまして。魔王軍幹部さんのいるお城ってここであってる?ほら、この世界って日本ほど住所とかハッキリしてないじゃない?これじゃあ、郵便屋さんが困っちゃうよね。』

 

  ステータス的に冒険者の中でも下の下にカテゴライズされる球磨川は、デーモンの目に取るに足らない存在に映る。

「…ニンゲン。ここを魔王軍幹部の城と知っての狼藉か?」

 

  デーモンは外見通り、重厚なハスキーボイス。身体の芯まで響く声音は人の恐怖を煽るプレッシャーを放っている。骨だけなのにどこから声を出してるのかは謎です。

『魔王軍幹部の城?違うでしょ?人間がたまたま住んでない城を、勝手に占拠してるだけじゃん。』

  ただ、球磨川をすくみ上がらせるにはこれの10倍はプレッシャーが必要だ。

「…ニンゲン。魔王軍幹部ベルディア様への侮辱。死をもって償うがよい。」

『怒った?怒るってことは、図星だったんだね。』

「………」

  問答無用らしい。

 

  ゆったりした動作で、4メートル程の槍を構えたデーモン。長身から穿たれる長槍が、不自然な軌道で球磨川へ迫る。

 

『ぐっ!』

  球磨川が右肩を貫かれた。

 デーモンは槍を持つ位置を巧みにズラし、距離感及び間合いを自在に操る。

  目測を誤った球磨川だが、なんとか胴体への直撃は免れた。

  右腕は感覚すら無い。残った無事な左手で、自分の右肩ごと槍を押し退ける。

  ブチブチ音をたてて肉が抉り取られるも、傷は一瞬で元どおり修復した。

 

「キサマ、治癒の使い手か?」

『随分と長い槍だ。』

 

  続く二撃目、三撃目を螺子で防ぐ。あまりの威力に螺子は砕け散り、それを持っていた手の骨も折れる。

 

  悪くはない身のこなしを見せた球磨川に、デーモンは嬉しそうな顔を見せた。骨だけなのに表情とか(略)

「なかなかどうして、いい動きをする。キサマを低く見積もったのは誤ちだったな。【死なない為の技術】が高いようだ。」

『お褒めにあずかり光栄だね。お褒めついでにご褒美として、幹部のとこまで通してくれない?』

  会話の最中に発動した【大嘘憑き】で、両手の骨も完治させた。

「ふっ…。通りたくば、腕づくでまかり通れ!」

 

  デーモンにとって、ここまでの攻撃は様子見。次の一撃の為に数歩距離をとる。渾身の力を込めて今にも槍を振るおうとするデーモン。

『これだけ長い槍だとさぁ…。』

 球磨川は瞬時に、デーモンの懐へ入り込む。…長すぎる槍は小回りがきかない。

「なんだとっ!?」

 まるで、球磨川がテレポートしたように感じた。

 

『僕の【移動時間】を、なかったことにした。』

  それはつまり。瞬間移動よりも速い移動を可能とする。

『…如何に懐に潜らせないかが大切だったんでしょ?懐は、こんなに弱点だらけなんだからさ!!』

「ちぃっ!」

 

  デーモンが槍を捨て、素手で構えるが遅すぎる。否。素早く構えようが、時間をなかったことにする球磨川が相手では意味がない。両手に持った螺子が、瞬く間にデーモンを剣山にした。

『遅いってば。』

 

「ぬぅ…ぅ。」

『まーだ生きてるの?しつこい男は嫌われるぜ?』

  あらゆる箇所に螺子を打ち込まれ螺子伏せられても、その目から闘志は消えず。もう満足に指一つ動かせないのに。

「ぬぅああ!!」

『お?』

  気合いで羽根を広げ、球磨川を切り裂く。

(『あ、これは死んだかも。』)

 

「こらっ!ミソギ!」

 黒い羽根は、だが球磨川にはたどり着かず、ペタリと力なく伏した。

「独断先行はやめろと言ってるじゃないか。」

  金髪の騎士ダクネスが、剣を使って羽根を防いだのだ。

  螺子でかなり弱っていたので、ダクネスでもなんとか防御出来た。もしデーモンが万全だったならば剣ごと二つに別れていただろう。実際、ガードした剣には刃こぼれが生じている。

「ていっ!」

  最後の力を振り絞った門番は、めぐみんの杖で頭部を殴られ動かなくなる。

「油断…したか。申し訳ありません、我が主人よ…」

 力を使い果たしたデーモンの肉体が、闇の粒子になって空気中へ溶けてゆく。

 

  『グッジョブ!2人とも!』

  右手の親指を立て、ウィンク付きで2人を労う。

「ふ、ふんっ!ミソギが先走らなければ、私が盾役をしっかりこなしたものを。貫かれた右肩は大事ないか?」

『まあね。』

  右腕を大きく回転させて、無事をアピール。

「私、肉弾戦もいける気がしました。杖での格闘と爆裂魔法の二刀流が。」

  弱りに弱ったデーモンにとどめをさしただけのめぐみんは、結構調子に乗り始めていた。

 

『美味しいところはめぐみんちゃんに持って行かれちゃった。なんで僕はこうも勝てないんだ。』

 

  ダクネスが救援に来なかったら、エリスと再会していたところだ。とはいえ箱庭学園での敗北の数々は、球磨川の戦闘力を僅かながら底上げしてくれたらしく、デーモンとも【大嘘憑き】の応用次第では戦える。それが分かった今の戦闘の意味は大きい。

 

 ……………

 ………

 ー城内ー

 

  めでたく門番を倒し、堂々と城内に。

 

「なんだか不気味なところです。背筋がぞわぞわします…。」

 

  城内は蝙蝠が羽ばたき、床を気色悪い昆虫らしき物体が這う。絢爛豪華だったであろうカーペットやシャンデリア、ステンドグラスも今となっては汚らしいガラクタ。

  恐る恐る、めぐみんはダクネスの背中にピッタリついて歩く。本能的に1番頼れるのはダクネスだと判断したようだ。

「めぐみん、そんなにくっつかれると歩きにくいのだが…。」

  頼られて悪い気はしないダクネス。

『趣味が悪い城だ。酔狂だね、幹部ちゃんも。』

「しかし、敵の姿がありませんね。」

 

  てっきり魔物達がうじゃうじゃ待ち構えているものと警戒してた三人は、ちょっぴり拍子抜けする。

  だだっ広い城のロビーには、小型の魔物すらいない。

『さっきの門番の話だと、幹部ベルディアちゃんがどっかにいるみたいなんだけど…』

  幹部はこの城の主。恐らく謁見の間らしき部屋にいるはず。

『バカと煙と権力者は高いところを好むらしいし、まずは上を目指してみるとしよう。』

「どうせ目星もないし、いいんじゃないか?」ダクネスも賛成する。

  球磨川がエントランスの正面から伸びる大きな階段の踏面に足をかけた。

  カツン。階段と球磨川のローファーが奏でる音が、フロアに反響する。

 

 その時。

 

「ようこそ、我が城へ。」

 

  三人のものではない、野太い声が靴音をかき消した。

 

  上から聞こえてきた声に視線をあげる。そこでは、廃城の主ベルディアが高みから三人を見下ろし、黒光りした剣を構えていた。

 

「歓迎しよう。勇敢なる冒険者達。」

 

  一段、また一段と階段を下るベルディア。

  そこらの魔物とは桁違いな殺気を身に纏う、流石は魔王軍幹部。一段分距離が縮む毎に、それが強くなっていく。

  見た目は完全にデュラハン。自らの頭部を左手に持ち、右手では両手剣を軽々持ち運ぶ。

 

「デーモンの奴を倒したんだ。他の雑魚共では話にならんだろう。アレで奴はこの城のNO.2だからな。」

 

  「あ…あぁ…!」

 明確な死を前に。めぐみんが顔中に汗と涙を滴らせ、精一杯踏ん張りながら爆裂魔法の用意を始める。ベルディアの殺気は、めぐみんが屋内で魔法を使用する危険性を忘れるほど。

「大丈夫だ、めぐみん!私の背中にいる限り、アイツには指一本触れさせない!」

  セリフは勇敢だが、ダクネスも魔王軍幹部と相対したことで足に力が入らない。

  戦う前から気持ちで負けている。

  ダクネスとめぐみんの2人パーティーだったなら、即座に壊滅していただろう。

 

『…』

「先ほどは見事だったぞ、小僧。…どうした。まさか恐怖しているのか?」

 

  ベルディアとの距離が約2メートルまで縮んだ球磨川は、一切空気を読んだり、感じたりすることなく。後先も考えず。無駄にムカつくセリフを笑顔で述べる。

 

  ビシッとベルディアの左手に収まる頭部へ人差し指を突きつけて。

 

『お前…四天王でいえば、三番目くらいに出てきそうな風格があるよな(笑)』




球磨川、あとちょいで普通に勝てるじゃん!レベルアップでステータス上がるか知らないですが。むしろ下がりそうな。


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十五話 バーサスデュラハン

ベルディアさんって、「この剣を使われよ」とか言いつつラグネル投げるの似合いそうですよね。


「少年、今なんと?」

  カタカタ震え、ベルディアが声を絞り出す。震えの原因が怒りなのか苛立ちなのか、判断はつかない。

  こいつも難聴系なのかと球磨川が嘆息した。ああいう、相手を苛立たせるセリフはリピートするものでもない。言えば言うだけ効果も下がる。

  それでも聞こえなかったのであればしょうがない。お望み通りもう一度だけ言ってやろう。

 

『お前、四天王でいえば三番目くらいに出てきそうな風格があるよな(笑)』

  さっきより声量をあげて、さらに笑いを堪えるように。

 

「うむむむ…!!」

  ベルディアは全身を漆黒の鎧で包んでいる分、震えられるとカチャカチャうるさいのだが…

  知らぬは本人ばかり。階段の真後ろ、城の入り口付近では、ベルディアがいつキレるのか女子2人が深刻そうに見守っている。

 

「少年!もう一回言ってくれたまえ」

『なんだこいつ…。』

  球磨川の親愛なる後輩、蝶ヶ崎蛾ヶ丸ばりの激昂を期待していたが、ベルディアは一向に怒らない。

「ほら!なにみたい?ほら!?」

『…』

  球磨川をもってして後ずさりたくなるベルディアの言動に、狂喜や感動の類が含まれているのを感じる。

『四天王でいえば…』

「そう!四天王!!この俺が四天王!くぅ〜!」

 

  四天王の単語に食い気味で反応し、なんだか一人で感極まってるデュラハンさん。これはどうやら喜んでしまってる様子。

『面白い人だね。』

  同時に、変人だ。

 

「いやー!こんなに嬉しい事言われたのはいつ振りだろう?少年。お前見込みあるぞ。」

  すっかりハイテンション状態。

「…あんな言葉で殺気がひっこむなんて。」

 めぐみんは、怯えていた自分が情けないとばかりに肩を落とす。恐怖の次は惨めさで涙が出てくる。

「あいつ、本当に魔王軍幹部なのだろうか。」

  決死の覚悟でめぐみんを庇っていたダクネスもベルディアの態度で緊張の糸を切らしてしまった。

 

「お!?そこな女子達よ。なんだったら、お前らも俺に今のセリフを言ってもいいんだぞ?」

  階段の中間あたりから、入り口付近の二人に手を振る。

  言うわけがない。どうして魔王軍のご機嫌なんか取らなきゃならないのか。二人はプイッとそっぽを向く。

 

「はぅっ!焦らすとはこれまたいやらしい。」

  断じて焦らしてるつもりは無い。ひょっとしてひょっとしなくても、このデュラハンもダメな系だ。

「そういやお前ら、何しにきたんだったか?」

  ひとしきりモジモジし終わったベルディアが、思い出したように剣を構えた。

「てかデーモン倒した侵入者じゃん!やっべ、狡猾な罠じゃねーか。」

『こんなに(別の意味で)効くとは、夢にも思わなかったけどね。』

「この卑怯もんがぁぁあ!」

 

  階段の上から、地の利をいかして球磨川に剣を縦に振るう。体重を乗せた重い一撃。無理に受けようとはせず、一歩横にズレるだけで躱す球磨川。

「ほう?」

  剣を振り終え隙が生じたベルディアを、今度は球磨川が螺子で攻める。狙いは左腕の中にある頭部。だが…

 

  ベルディアは即座に頭を空中へ放り投げた。これにより球磨川の攻撃は焦点が定まらなくなり、手甲だけで防がれてしまう。

  空中に浮かんだ頭部に螺子を投擲する前に、持った螺子を剣で抑え込まれる。

「狙いはいい。が、素直過ぎる。」

『ふっ、戦闘中に助言とは随分なめてくれるね。』

「残念だが、お前らと俺の実力差はそれくらいでちょうどいいんだよ。…そらっ!」

 

  螺子を剣撃で床に抑え込まれた球磨川は、デュラハンのハイキックに対応できなかった。最小限の動作で力を伝えるモーションからは、洗練された歴戦の騎士の姿を連想させられる。

 

『ぐはっ!』

 

  顔面からは血を噴き出し、白目でロビーの床に倒れこんでしまった球磨川。

 

「安心しろ、殺しはしない。お前達にはアクセルの街へ戻り、今後この城に冒険者が来ることがないよう、俺の強さを語ってもらわないとな。」

  自由落下してきた自分の頭を丁寧にキャッチして、ベルディアは球磨川のそばに歩み寄ってくる。

  と。厳かに剣を振りかぶった。

 

「もっとも。その役目は、一人で事足りるだろう?」

「やめろっ!!」

 

  辛うじて、球磨川に振り下ろされた剣を受け止めたダクネス。

  ミシミシ両腕が悲鳴をあげ、少しでも力を抜けば持っていかれそうだ。

  ベルディアが片手なのに対し、ダクネスは両手。

「くっ…。ここまで筋力に開きがあるとは。いや、お見それしたぞ、幹部殿。」

  先のデーモン戦で刃こぼれした剣が悲鳴をあげ、ダクネスは全力で剣をかちあげた。

  均衡を破った後、ベルディアの胴体目掛けて横薙ぎ一閃。難なくそれはバックステップで回避されたものの、球磨川から遠ざけることは出来た。

 

「クルセイダーよ、そう死に急ぐな。無駄に抵抗を続けても、死ぬ順番が変わるだけだぞ?」

「かもしれんな。だが仲間を見捨てて逃げるくらいなら、先に殺されたほうがマシだよ。」

「…ふははは!攻撃も当てられないクルセイダー如きがぬかす。今の攻撃、俺がバックステップせずとも当たっておらんわ。駆け出し冒険者の集まる街と聞いていたから捨て置いたが。中々小粒が揃っているではないか!よかろう!お望み通り殺してくれる。」

 

  ベルディアは一足一刀の間合いから一歩踏み込んで、突きを繰り出す。

  照準はダクネスの首。

  ダクネスは臆することなく、かがみながらベルディアに近づいて突きをよけ、低い体勢から剣を振り上げた。

  「馬鹿め!」

 下からの剣撃は受けやすい。なにせ剣を構えていれば相手から受けられに来るのだから。

  難なくダクネスの剣を受け、器用に滑らせそのまま弾く。ベルディアの類い希な技術と圧倒的パワー。

  遥か前方に突き刺さるダクネスの剣。

 

「まだだ…!」

「武器をなくしても、まだ立ちふさがるか。」

 

  丸腰になっても、球磨川を守るように立ち塞がるダクネス。クルセイダーの矜持か。

  ベルディアはダクネスのあり方に敬意を表し、加減せず袈裟斬りにした。

 

「敵ながらあっぱれ。安らかに逝け。」

 

  自慢のプレートも紙細工の如く、傷口からは鮮血が止めどなく噴き出す。

  ダクネスが力なく倒れ、目から光が失われる。

 

「だ、ダクネスーっ!!」

 

  いかにベルディアの殺気が凄かろうと、仲間を殺されて黙っていられるめぐみんではない。

 

「よくも…!よくもやってくれましたねっ!!この…クソ野郎が!!!」

 

  紅蓮に瞳を輝かせ、紅魔族随一の魔法の使い手が、本気で魔力を練り始めた。里で天才とまで謳われた、めぐみんの全力全開。

  屋内だろうが魔力が尽きようが、そのようなものは些事に過ぎない。

 

 ー黒より黒く闇より暗き漆黒にー

 ー我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれりー

 

  めぐみんの詠唱。

(…む。)

 ベルディアは以前聞いた覚えがある。

 

(この詠唱…よもやこの娘…)

  かつて、ベルディアの幹部仲間だったリッチー。名をウィズと名乗る女性も、こんな詠唱をしていた。最高峰の攻撃魔法。あの歳で、まさかその頂に辿り着いているのか。

 

(この城の中で…!爆裂魔法を使用するつもりか…!!?)

 

 ー黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!ー

 

( させない。させてたまるか!!)

 

  ベルディアがめぐみんを殺すべく入り口を目指す。

  だが、足が動かなかった。いや、足を掴まれて動かせなかった。

 

「なっ!?」

『まあ落ち着けよベルディアちゃん』

 

  蹴りで失神あるいは死んだはずの球磨川禊は、床に伏したままベルディアの足を掴んでいた。

 

「小僧…!離せ!キサマも道連れになるぞ!こんな城の中で爆裂魔法なんて…!」

 

『城…?ベルディアちゃん、周りを見てみなよ。』

 

「…あ?周りだ?」

 

  巨大で、不気味さ漂う外観と城内は魔王軍に相応しい雰囲気があり、実はお気に入りだったベルディアの城。

  部下達と喜びながら、しばし活動の拠点にしていた古城が…

 

【跡形も無く消え去っている】

 

「これは!?」

 

  ベルディアが手出しを禁止した為、近くの部屋から戦闘を見守っていた部下達もろとも。

 

  結果、球磨川達はひらけた丘の上にいた。目に映るのは雲一つない青空。

  そこに城なんて、最初からなかったかのように。

 

「あり得ない…!何が、何が起こったんだ!?」

『これで、屋外になったよ。もう建物の崩壊に巻き込まれる心配もない。』

 

 ー踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。ー

 

  発動を間近に、めぐみんが練り上げた魔力が空間を歪曲させる。

 

「くっ。バカ者どもが!俺様は魔王軍幹部だぞ!爆裂魔法の一発や二発。耐えられないとでも思ったか!?」

 

  突如、古城と部下がなくなったショックは残るものの、あくまで冷静に。ベルディアは爆裂魔法に備える。呪文を唱え、ただでさえ高い魔法防御を更に強化。

 

『耐えられるだろうね。』

 

  めぐみんに集中し、球磨川から気をそらしたほんのコンマ数秒。

 

『だからそこは、僕が補う。』

 

  デュラハンになったことによる弊害。死角の多さを利用して、球磨川は一本の螺子をベルディアへ突き刺す。

 

「なっー!?」

 

  刺された痛みは無い。無いが、強化したばかりの魔法防御のみならず、筋力や素早さ、体力までもが、初期レベルに下がったとばかりに低下した。

 

「なんだこの螺子は…。小僧、キサマ何をしたぁっ!?」

『説明する程、大したもんじゃないけど。ま、冥土の土産に聞いておけ。この螺子に貫かれたものは、誰であれ僕と同じになるんだ。この世界では、ステータスも僕とお揃いになるようだね。』

 

  あまりにもデタラメなスキル。長く生きたベルディアですら、聞いたことがない。

  全身に重りを括り付けられ、深海に沈められたように身体が重い。

 

 ー万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!ー

 

『【却本作り(ブックメーカー)】。このスキルの名前だよ。死んでも忘れないでくれると嬉しいな。ちなみに、そんなショボいステータスじゃ、もう爆裂魔法の範囲外に逃げるのは間に合わないぜ。もちろん、爆裂魔法に耐えることも100パーセント不可能さ。』

 

  言い残して、球磨川は【大嘘憑き】で時間を短縮し、ダクネスを抱え消えてしまった。

 

「ま、待て!話せばわかる!!」

 

「これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法、【エクスプロージョン】ッ!!!!」

 

  元々古城があった丘には、何一つとして残らなかった。

 

 

 

 

 

 



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十六話 主役は遅れてやってくる

  魔王軍幹部ベルディア。その称号に恥じない強さを見せつけた首無し騎士は、【却本作り】と爆裂魔法のコンビネーションによってこの世から消え去った。肉体は朽ち果て、魔力によってどうにか現界していたのか、爆裂魔法で生じた黒煙の中に黒い粒子が溶けていく。デーモンが力尽きた際にも同様の現象を目にしたことから、彼も恐らくそうだったのだろう。

 

「ダクネス!…しっかりしてくださいダクネス!こんなお別れなんて、許しませんよ。」

 

  此度の功労者めぐみんが、球磨川の肩に担がれたままぐったりしているダクネスに涙ながら呼びかける。傷口は右肩から左足の付け根まであり、とっくに血は流れ尽くした。顔から生気は感じられず、もう手遅れなんだと無理矢理に理解させられてしまう。

『ダクネスちゃん。僕なんかを守ってくれて、本当にありがとう。』

  球磨川が優しく丁寧に、ダクネスを地面に寝かせ、死してなお美しい顔をゆっくりと撫でた。

「ミソギ…どうにかならないのですか?ダクネスはもう、私達に笑いかけたり、叱ったりしてくれないの…?」

  もっと早くに爆裂魔法を使用していたらダクネスが命を落とすことは無かったかもしれない。屋内での戦闘だったことを加味して、魔法は使えずともせめて囮役になったりは出来たはずだ。溢れ出る自責の念に精神的に不安定なめぐみん。無意識に敬語も取れ、悲しみで嗚咽を漏らす。

『泣くことはない。僕のスキルなら、ダクネスちゃんを治せるから。』

  心の中では、もうダクネスの生存を諦めきっていためぐみん。なので球磨川が治せると告げたことをすぐには理解出来ない。誰の目から見ても、もうダクネスは死んでるのだから。

「それは本気で言ってますか?」

  ひょっとすると慰めてくれているのだろうか。死者を蘇らせるスキルを使える冒険者など見た事も聞いた事もない。いたずらに期待を煽る発言は、いかに慰めでもやめて欲しかった。

『モチのロンさ。こと回復や蘇生に関しては、僕が世界一だと思うよ。何せ因果を操るんだから。せっかくエリスちゃんには口止めをお願いしたんだけれど…。つくづく僕も甘くなったもんだ。後で言及されるのが容易に想像できるってもんだぜ。』

 

  球磨川がダクネスの額に右手を置く。それだけで、ダクネスの身体が修復された。呪文を唱えたり、魔力を練ることもなく。およそ予備動作と呼べるものは存在せず、ダクネスが回復した結果だけがそこにあった。

 

「信じ…られません!!」

『君が信じようが信じまいが、これでもう大丈夫。ちょっとしたら目覚めるよ。』

「奇跡です…!」

 

 肉体の損傷も、鎧の傷も、流れ出た血の跡も。全てにおいて、ベルディアと戦う前のダクネスの姿に戻った。顔の血色も良くなって、これならいつ目覚めてもおかしくない。

  確実に命を終えていたダクネスを蘇らせたのだ。もう、治癒や蘇生魔法の域を余裕で超えている。これを奇跡と言わず何と言う。

 

「ん…。ここは?」

  太陽の光が眩しいようで、ダクネスは目を半分程度開いた。上体を起こし、眠そうに自分の居場所を確認する。

「ダクネスうううぅ!よくも心配かけさせてくれましたね!よかった…!よかったよぉ…!」

「わわっ!めぐみん!?どうしたというんだ。」

 

  めぐみんがダクネスに抱きついて泣き噦り、ダクネスはよくわからないままめぐみんを慰める。

「もう二度と会えないかと思って…私、私…!」

  すっかり鼻声なめぐみんは、普段大人びている分余計に幼く見えた。

「そうだ!私はあのデュラハンに斬られたんだ!」

 倒れた球磨川を庇い、ベルディアに斬殺されたことを思い出した。丸腰の状態で情け容赦無く袈裟斬りにされ、守るべき仲間を守れなかったところまで記憶が蘇る。

「ん?傷が無い?」

  鎧や身体を触ってみても、斬られた痕跡は見当たらない。

「ミソギが全部治してくれたんです!ダクネスの傷も、鎧の亀裂も!」

 

  前にグレート・チキンをクリスと三人で討伐しに行った日も、球磨川がスキルで鎧を修理してくれた。あのスキルが人体にも有効だったのか、また別のスキルを使用したのか。どちらにしても命を救ってもらったことにかわりはない。

 

「世話をかけたな、ミソギ。こうして二人が無事ということは。デュラハンは…」

『倒したよ。めぐみんちゃんの爆裂魔法でね。僕はサポートしただけさ。』

「それは良かった…。私は、役目を果たしたのだな。」

 

  変態でも、ドMでも、残念系でも。

 

  武装してなくとも、ベルディアから仲間を守り通そうとした勇姿は、まさに騎士の鑑。

 

「最高にカッコ良かったぜ、ダクネス。」

 

  格好つけず、括弧つけず。自分達を守る為に命をかけた高潔な騎士を褒めた言葉は、果たして誰のものか。

 

 ……………

 ………

『これにて一件落着!さ、二人とも。家に帰るまでがクエストだからね。我らが故郷に帰ろうじゃないかっ!』

  めぐみんが落ち着くのを待って、球磨川が腰を上げた。地べたに座ったことで付着したお尻の砂をパンパンと手で払う。

「ミソギには感謝とか、そんなレベルにはとどまらないぐらい感謝してますよ。しかし、それはそれ。…ずっと気になっていたあなたのスキル、教えてもらう訳にはいきませんか?」

  ガシッと球磨川の手を掴んだめぐみんは、もう爆裂魔法による疲労が回復し、立ち上がることは出来たようだ。このまま良い話風にしめて有耶無耶にしてしまおうという球磨川の目論見は阻止された。

 

  ダクネスが殺されたあの時。めぐみんは頭に血が上って、半ば自分でも気づかないうちに爆裂魔法を詠唱し始めていた。憤怒の中にほんの数ミクロ残った自制心が屋内であることを思い出させ、詠唱を中断しかけた時に。床に寝たままの球磨川がハンドシグナルでオッケーサインを出したのを捉えた。

  だからこそ詠唱は継続したのだが、城を消すことで危険を取り除くとは。今度は驚愕のあまり詠唱が途切れかけたくらい信じられない光景だ。

  あの城がデュラハンの作り出した幻影の類と説明されたほうがまだ理解出きる。まあ、デュラハンも城が消えたことに驚いていたので、その可能性は低いだろう。

 

『だよねー。予想はしてたさ。僕が異世界から来たってことも話したんだし、スキルの説明くらいはしてもいいか。』

 

(何のことだかよくわからんが、ここは神妙な顔つきで聞いておこう。)

  性癖はさておき顔はとびきり美人なダクネスが真面目な顔をすれば、とりあえず話の腰を折ることはない。

 

『…【大嘘憑き】。あらゆるものを、なかったことにする。それが僕のスキルだよ!』

 

「「へ?」」

 

  ざくっとした説明。球磨川的にはちゃんと説明しているものの、めぐみん達には言葉が足りないらしい。

 

『因果に干渉して、ありとあらゆる【現実】を【虚構】にする力。それが僕の【過負荷(スキル)】さ。ダクネスちゃんの死も。鎧の傷も。ベルディアちゃんのお城も。みんなみーんな、なかったことにした。』

 

「……はぁ?」

 

  球磨川が言葉を足したところで女子二人の反応は変わらなかった。

 

『ダメだこりゃ☆まー慌てて理解しなくてもいいから。傷を癒せる。物を直せる。物体を消失させる。そんなスキルってこと。それだけを頭に入れて置いてくれれば充分だ。』

「「?」」

『や、うん。もういいや。今度説明書でも作ってあげるから、今日のとこは帰ろうってば。』

 

  首をかしげ、キョトンとしたままのめぐみんをおんぶして、球磨川はアクセル方面に歩き出す。その後をダクネスが神妙な顔つきのまま追いかけた。

 

 …ところで。

 

「あれぇー!?球磨川じゃん!無事だったか!…間に合った??いやホラ、アクアがさ、魔王軍幹部となんて戦わないってダダをこねたもんだから。」

「カズマこそ!どうして急にやる気になったのよっ!それに、球磨川さん、見てこれ。」

 

  遅れに遅れてやってきた、カズマとアクア。アクアは自分の首元を指差して

「高貴なこの私に首輪をつけて強引に連れてきたのよっ!?ひどいでしょ?ひどいわよね!?」

 

  泣きながら首輪をガチャガチャ外そうと頑張る水の女神。球磨川はらしくなく不機嫌そうにアクアを見て、かと思えば一気に表情を綻ばせ

『わーっ!凄くパンクなチョーカーだねっ。カズマちゃんがせっかくくれたプレゼントなんだから、本人の前でケチつけるのは最低だぞ、人として!大丈夫。あつらえたように似合ってて可愛いよ!』

「そんなわけないでしょ!!どうしてアンタら転生者は私を崇め、敬ってくれないのっ!深く傷ついたわ。謝って!今なら不問にしてあげるから謝って!!」

 

「どうやら、間に合わなかったみたいだな。ゴメン球磨川。」

 

  アクセルまでそのまま引き返すこととなったカズマ達。道中、アクアの首輪が外れることは無かった。

 

 ーアクセル近郊ー

 

『ふぅ。戦闘の後のおんぶは結構くるね。めぐみんちゃん太った?』

「なんとっ!?今、乙女に言ってはならないことを言いましたね!?太ったのではなく、成長したのです!」

 

  体重が増えたことを否定はしなかっためぐみん。

  おぶられながら、球磨川の背中をポカポカ殴って抗議する。

 

「ははは。ミソギはデリカシーがないな。どれ、私がかわってやろう。」

『そ?じゃあお願い。』

 

  球磨川より間違いなく筋力ステータスが高いダクネスに、ここは任せることにした。

 

「あ、だったら球磨川。アクアのコレ持っててくれ。ちょっとトイレ行ってくるから!」

『わかった。ここで待ってるよ。』

 

  アクアの首輪から伸びるリードらしきものを、球磨川に手渡すカズマ。我慢してたようで、ダッシュで茂みの中へ消えていった。

「ゴメンなさいね?うちのカズマは緊張感がなくて困るわ。」

  なんでかマダムっぽい口調でため息をつくアクア。いや、リードの番は必要ないとか主張すべきことがあると思いますが…

 

  不運といえば球磨川。球磨川といえば不運。カズマからリードを受け取って、トイレ待ち休憩をしてた一同に、三人の冒険者が近寄ってきた。

  アクセルからクエストに向かう途中だろうか。男一人に女二人。みんな顔が整った華やかなパーティーだ。

  中でも男はかなりイケメンの部類で、装備してる鎧もなんだか高そう。

 

  球磨川達をスルーして道を抜けようとしていた男は、ふとアクアに視線をむけ、目を全開に見開いた。

 

  挨拶の一つでもしようかと球磨川が考えていると、先頭を歩く男が正面までやってきて。

 

「お前っ!!!女神様になにしているんだ!!?」

『ん!?』

 

  イケメンはリードを球磨川の手から奪い取り、華麗な動作で破壊した。

 

 

 

 

 

 

 




勘違いナルシスト、ミツルギ見参!!

無駄な努力さえすることなく、特典によって地位と名声を得たミツルギに、球磨川くんはどのような対応をするのだろう。ミツルギくんの運命やいかに!?

次回『ミツルギ死す』
よろしくお願いします!!


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十七話 仲直り

さすがに題名をミツルギ死すには出来ませんでしたw


  アクアを女神様と呼んだ。いきなり不躾に絡んできたこのイケメンも、なるほど転生者のようだ。彼の腰にこれでもかと存在感を放ちながらぶら下がる剣は、もしかすると転生の特典か。あるいは一見高級そうな鎧の方だろうか。

 

  どちらにしても、彼は苦労も努力もしないまま、与えられた特典と立場にあぐらをかいて生きてきたわけだ。

 

『…とんだ勝ち組じゃないか』

  このイケメンのような唾棄すべきエリート達が、格差を生む。球磨川が求める理想の世界を実現させるには不要な塵芥。

 

  そんなイケメンの手によって首輪から解放されたのに、アクアはそこまで喜ばず、不思議そうにイケメンを見つめていた。

  その視線に照れて、イケメンが口を開く。

「ご無沙汰しております、女神アクア様。不肖、御剣響夜。貴女を助けに馳せ参じました」

  片膝ついて、深々と頭を垂れるイケメン。そんなミツルギを見ても、アクアは何かピンと来てない。もしかして忘れてる?アクアがミツルギをこの世界に転生させたのは事実なのだが。

 

「助けに?どういう意味?」

  顎に指をあててたずねる。ミツルギは立ち上がり、

  「どうもこうも、そのままの意味です!そこの男に首輪をつけられ、強引に連れて行かれそうになってたではありませんかっ!」

「え?私がっ!?」

 

  球磨川を睨みつけ、ついでに舌打ちまでするミツルギくん。

『誤解をしてるようだから教えてあげるよ。アクアちゃんは…』

「キサマは黙っていろ!…すぐに相手してやる」

『えー?』

 

  愛しの女神様を誘拐するような奴の言葉は聞く耳持たないと、ミツルギは怒声で弁明をシャットアウト。

  ロクな事実確認もせず球磨川を誘拐犯と決めつけた。こんな理不尽な目にあっても、球磨川は楽しげに笑っている。

 

「学ラン…?そうか。キサマもしや、転生者だな?なら話が早い。誘拐でないのなら、どうしてアクア様がここにいる」

 

  ようやく球磨川の制服に気づき、ミツルギはつまらなそうに吐き捨てた。

『…』

「答えろっ!!」

『やーれやれ。黙っていろと言ったかと思えば、今度は答えろときた。気が長い僕はその程度じゃ怒らないけど』

  球磨川の、肩をすくめて首を横に振る仕草。これもミツルギをイラつかせる。

『いかにも僕は転生者。名前は球磨川 禊だよ。で、君も何か特典を貰って転生したくちだろ?君が武器やらなんやらを選んだのに対して。アクアちゃんを特典として選んでこの世界に連れてきたってだけのことさ。故に彼女はここにいる』

  連れてきたのはカズマだが。

「そんな手があったか…!」

  一生の不覚とばかりにミツルギが歯ぎしりし、彼のパーティーらしき女性二人が慌ててそれを宥める。やがて、ワナワナと肩を震わせて

「球磨川とやら!アクア様をかけて勝負しろ!!このお方は、僕たちのパーティーにこそ相応しい」

『勝負、ねえ』

「僕が勝てば、アクア様をこちらに引き渡してもらう!」

  子供か。好きな女の子をとりあう幼稚園児か。アクアの気持ちなんかは考えないミツルギの幼児性と傍若無人ぶりが垣間見え、女子一同がドン引きする。ミツルギの取り巻きは何故かはわからないが勝ち誇った顔で球磨川をあざ笑う。

「キョウヤなら絶対勝てるわよね!あの生意気そうなもやし、コテンパンにしちゃって!!」

  あざ笑っていた片方が、ニヤニヤしながらミツルギに耳打ちした。

「ああ。僕は負けない。もしあいつが何かしてきても、君達のことは必ず守る」

「キョウヤ…!」

  発泡スチロールよりもカッスカスで中身のない言葉であっても、取り巻き女子達は顔を赤らめてキャーキャーわめき出す。球磨川はよく、人生に意味なんてないと語るが、この女子達に限ってはミツルギをよいしょする為に生まれてきたのかもしれない。

 

  アクアの意思が介在しない賭け事を持ちかけてきたものの、球磨川が勝った時の条件は出さなかった。最初から負ける事など想定していないのだ。

  であれば、球磨川が条件をつけても文句はあるまい。

『いいよ。それじゃあ、僕が勝ったあかつきにはミツルギくんから何かひとつ貰うことにするよ』

「なんだと!?」

『君の一番大切なものは何かな?』

「ぬ…!」

  球磨川が提示した条件は、すぐには承諾出来ない内容だった。

  ミツルギがこの異世界において今日まで生き残れたのは、ひとえに魔剣グラムがあったからだ。アクアから転生の特典で貰ったそれを手放せと?もしもそんな事になってしまえば、ミツルギの冒険はそこで終わる。魔王討伐は夢のまた夢。

  レベルは37とそこそこ高いから、中級モンスターくらいなら倒せるかもしれないが…。もし桁外れに強いモンスターが犇めくようになってしまったら。

 

(いや、ようは負けなければいいんだ。そうだ!僕が負けるはずないじゃないか。)

  頭の中で魔剣グラムを失ったその後をシュミレートするミツルギ。

  こんな異世界で日雇いの仕事をこなしながら暮らしていくなんて、想像もできない。実際にはそうやって生活している人も大勢いるのに(カズマとかアクアとか)、楽に楽に生きてきたことで変にプライドが高くなってしまったようだ。

 

『随分と悩むね。そりゃそうだ。二人もいるんだから、どっちにするかなんて決められないよね?』

「え、…なにが?二人??」

  素っ頓狂なミツルギの声。

  言うまでも無いことだが、魔剣グラムはこの世界にただ一本。『二人』などと。数もおかしければ単位もおかしい。何を言ってるんだと、ミツルギが訝しむ。

『君が負けた時に僕に差し出す、君の一番大切なものの話だけど。僕、変なこと言ってる?』

「…ぁ」

 

  ようやく理解したミツルギが、反射的に仲間の二人を振り返る。よいしょ女子達は不安そうに眉を寄せていた。

  危なかった。ミツルギは冷や汗を拭う。この女子達を差し置いて魔剣グラムの名を出していたら、二人はおろか、アクアにさえ幻滅されていたかもしれない。所詮ミツルギは魔剣がなによりも大事なんだ。魔剣の為なら苦楽を共にした仲間を平気で切り捨てる可能性がある男なのだと。

 

  勝負に勝って何一つ失わなかったとしても、彼女らと溝が出来るのは痛い。

 

『あれあれ?もしかしてもしかすると、ミツルギくん、全然違うものでもあげようとしてた?今まで懸命に献身的に君を支えてきてくれた、こんなに可愛い女の子達よりも!…大切なものがあるのかい?』

「ば、馬鹿を言え!二人のうちどちらにするか、迷っていたに決まってるだろう」

『安心したよ。ここでその大事そうな剣とか言われたらどうしようかとヒヤヒヤしたぜ。今の君の発言も、それはそれで終わってる気がしなくもないけどね。女の子を天秤にかけるなんて、失礼だと思わない?魔剣ありきのハリボテ勇者はそんなに偉いわけ?』

「くっ!」

  言い返せない。図星をつかれて心を読まれている気がしてくる。

『黙ってちゃわからないよ。話が進まないのも嫌だし、ミツルギくんが一番大切なのは、そこの女の子達ってことにしておこうか。選ばれなかったほうが可哀想だしね』

(た、助かった…!)

  率直にいって、ミツルギは喜んだ。どちらかを選んでいたら、もう一人との関係は終わる。そして、魔剣から球磨川の気をそらせたのは大きい。仲間二人をかけるのは確かに辛い。異世界で出会って、これまで一緒に過ごしてきたかけがえのない存在だから。でも、魔剣を失うことと比較すれば…被害は軽すぎる。あらゆる面で。

「…ああ。賭けの条件として、万が一キサマが僕に勝てば、非常に不本意だが、この二人にはキサマのパーティーに…」

  入ってもらう。と、ミツルギが言い終わる前に

『いやいや、よしてくれよミツルギくん。僕はそこまで非道い人間じゃない。人の一番大切なものを奪うだなんて、心が痛む』

「き、キサマがそう言ったんじゃないか!」

『ん?僕はただ、君からものを貰うって言っただけさ。参考ついでに、一番大切なものを聞いてみただけだよ』

『情け深い僕は、君が一番取られたくないものは取らない。誤解から始まった喧嘩とはいえ、この後ちゃんと仲直りできるようにね。そうだなぁ…。なら消去法でその剣でいいや。どうせあんま大切じゃないんでしょ?』

「ふ、ふざけやがって…!」

 

  ミツルギは魔剣を引き抜いた。話し合いはもう終わり。後は剣を交えるのみだと。

『ちょっと。僕は今からその剣をモチベーションに戦うんだぜ?もしこの戦いで壊れたらどうするんだよ。それに見てよ。僕は丸腰だし』

「次から次へと…!いいだろう!キサマ程度、素手で倒してやる!」

 

  魔剣を鞘に納めて地面に置く。

  ミツルギは拳を握り、小声で「シュッ!…シュッ!」と呟きながら軽くシャドーを開始しだした。ボクサーがやれば様になってカッコいい仕草も、鎧に身を包んだ優男が素人感満載で形だけ真似ても滑稽だ。

 

「おいミソギ。相手はレベルだけならお前の遥か上だ。気をつけろよ」

  いつの間にか遠くまで離れていた女性陣達の中から、ダクネスが激をとばしてきた。

『こっちはベルディアちゃんと戦ってクタクタでね。悪いけど、バトルを長引かせるつもりは無いから』

「ベルディア?誰だそれは。ともあれ、俺も同意見だ。いくぞ!」

  アウトボクシングスタイルなのか。リズムに合わせて身体を揺するイケメン。武器を持たないのは球磨川も同じ。反撃に備えられるよう、球磨川の拳と足に神経を集中させて接近したイケメン!

 

 ズズズズズズ…!

「ごぉあっ!?」

 

 …そのイケメンを、地面から大量に突き出してきた螺子が貫く。

  腹、太もも、腕、etc、etc。

  全体的に螺子で突き破られ、3メートルくらいミツルギの身体が持ち上がる。鎧は全然防具として機能しない。

  螺子をつたう真っ赤な血。螺子が生えてきたポイントにはすぐに血だまりが出来た。

 

「なん…だ…。これ…」

 

『螺子だよ。見たことない?』

 

  ミツルギは出血により、意識を手放した。

 …………

 ……

 ー数分後ー

 

「どうか、許して下さい」

  世界を救うはずだった勇者様はみんなに囲まれる中、球磨川に土下座している。全身の傷は球磨川が治療済み。

  鞘に収まった状態の魔剣グラムを足蹴にしながら、満足そうにミツルギを見下す裸エプロン先輩。

『過負荷相手に、まともにルールも定めず戦いを挑んだのは愚か極まりない行為だよ。僕が手ぶらだから殴り合いになるとか甘く考えちゃった?やーだー、ミツルギくんってば。あ、でもあれがボクシングだったなら、僕の反則負けだね』

 

「このとおりです…どうか…!!」

  地面に額まで擦り付ける。そんなに労働は嫌なのかミツルギくん。

 

「俺がクソしてる間に一体なにがあったんだ…?」蚊帳の外だったカズマは全くもって状況がわからない。

「カズマさんてば、大きいほうだったの?だから言ったじゃない。朝ご飯は腹八分にしておいてって」

  アクアが、この状況を招いた経緯をカズマに語る。ミツルギがいかにアクアに心酔しているか。又、どれだけアクアが敬われるべき存在か。そのへんに重きを置いてるのはご愛嬌。

 

「ミソギ、そろそろ返してあげてはどうですか?謝っていることですし」

 歩けるまでに回復していためぐみんが。

『めぐみんちゃん…!』

 

「君は…!アークウィザードだね?ありがとう、味方してくれて」

「私はただ、早く街に帰りたいだけです」

 ミツルギ渾身の爽やかスマイルは、めぐみんには効果がないようだ…

 

「私からもお願いします!キョウヤを許してあげてっ!」

「私も!お願いっ!」

  モブ女らの懇願。

  過負荷としては。無抵抗な姿で謝罪されるのが一番心にくる。いくら球磨川でも、ここまでされたら許しても良い気になってきた。

『わかった。許すよ』

「本当かっ!?」

  ミツルギはガバッと顔を上げる。

『うん。君は悪くない』

 

  アクア欲しさに、自分から球磨川に喧嘩を仕掛けたのは間違いだった。一方的に喧嘩をふっかけられたのに、それでも許してくれるとは。意外に器の大きい男なのかもと、ミツルギが改めて球磨川の顔を見る。

「ーっ!」

  見ると、球磨川の目からは大粒の涙がポタポタ流れ落ちていた。

『同じ転生者同士、これからは仲良く協力していかないとね!』

「球磨川…。いや、球磨川くん…!」

 

  ガシッ。二人は熱い握手をかわした。

 

『ほら、魔剣グラムを返すよ。やっぱりミツルギくんが持ってるのが一番だ』

「ありがとう。…これからは、この剣で君たちを守ることを約束する」

 

  今までずっと、当たり前に手中にあった魔剣グラム。この騒動で、唐突に【当たり前】は当たり前じゃなくなることもあるとわかった。

  急に日本で暮らしていた頃の記憶がフラッシュバックし、ミツルギは目頭を熱くする。

 

『今回は誰が悪かったわけでもない。強いて言えば、その魔剣グラムが原因かもだけど』

「…あくまで僕のせいにはしないんだな」

『だって悪いのは、その剣だから!』

 

  球磨川は勢いよく魔剣を指差す。

「はは。そう、だな」

『こうして仲良しになれたんだし、僕はもう二度とミツルギくんと仲違いしたくないなぁ』

「…僕もだ。」

 

『だから、二度と喧嘩が起きないようにしないとね。ミツルギくんにとってグラムは思い出の品だろうから…』

「…だろうから??」

 

 

 

『…そうだね。鞘に入った姿形は残してあげるとして。魔剣グラムの能力や危険性。これさえなければ、悲しいいさかいも起こらないよね』

「はあ?」

  ふと、前よりグラムが軽く感じる。丁度、刀身分の重量がなくなったような…

 

「………まさかっ!??」

 

  ミツルギがグラムを抜刀!本来あるはずの、輝く刀身は跡形も無く。

 

『魔剣グラムの刀身を、なかったことにした!』

 

「んほはああぁぁぁ!!?」

 

  アクセルの街に、新たな労働力が加わった!

 

 




仲直りできた!よかったと思います。(粉みかん)


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十八話 その領主、油ギッシュにつき

ちょっとした幕間です。

お待たせしました、油ギッシュファンの皆様。


 ーアクセルー

  長い長い1日だった。魔王軍幹部のベルディアとの死闘に続き、勘違いナルシストの相手までさせられるとは。【大嘘憑き】でも、このなんとも表現し辛い曖昧な疲労感だけは如何ともしがたい。

「最後の一仕事ですよ、ミソギ」

『僕もう眠いんだけど』

  アクア、カズマとは街の入り口で別れ、今は球磨川、ダクネス、めぐみんの3人しかいない。段々歩くペースが落ちてきた球磨川を、めぐみんが引っ張り、ダクネスが背中を押す。目的地は冒険者ギルド。そう、魔王軍幹部ベルディア討伐の報告をする為に。

  ギルドは時間帯が夜だからか、お酒の入った荒くれ冒険者達でかなりの喧騒だ。

「あら、めぐみんさん。今日はどうされました?」

  受付のお姉さんが営業スマイルを携え、用件を聞き出す。

「いまこの街付近に魔王軍幹部が住み着いていることはご存知ですよね?」

「はい」

「…その魔王軍幹部、デュラハンのベルディアを、私たちが討伐してきました!」

 

  めぐみんが魔王軍幹部と口にした時点で目ざとい、ならぬ耳ざとい冒険者の何人かが、会話を盗み聞きし始めていた。そこでめぐみんの幹部討伐の報告が重なり、盗聴者全員が驚いた。中には椅子が倒れるくらいの勢いで立ち上がったものもいる。

  直に報告を受けたお姉さんでさえ、反応に困ってしまう。

  球磨川達のパーティーは出来たばかりで実績も皆無、すぐに信じてもらえるとは思っていなかった。であるならば、確たる証拠。冒険者カードをお姉さんに見てもらう他、方法はないだろう。懐からカードを取り出し、カウンターに載せるめぐみん。お姉さんが「失礼します」とことわって、手に取った。

 

「!!魔王軍…幹部ベルディア。確かに記載されています…!」

 

 ざわ…ざわ…

 

  お酒の効果で盛り上がっていたギルド内に、新たな燃料が加わる。無名の3人が魔王軍幹部を倒す。これはビギナーズラックとか、たまたま相性が良かったとか、そんなものでは済まされない話だ。なにせアクセルにはベルディアに対抗出来る冒険者がおらず、王都から騎士団が応援に駆けつけるのを待つしか無かったくらいなのだから。偉業を成し遂げた球磨川達には、王様からなんらかの特別報酬や位を与えられる可能性もある。

 

『君達の驚いた顔なんてどーでもいいからさ、早いとこ報酬頂戴よ』

「も、申し訳ありません!幹部討伐には莫大な報酬が設けられていまして、今すぐには用意出来ないんです」

『莫大な報酬って?』

  そこはめぐみん、ダクネスも気になるところ。球磨川の両隣から鼻息を荒くしてお姉さんの返答を待つ。

「金額にして、4億エリスです」

 

  4億。1エリス=1円だとすれば、まあそういうことだ。

  3人で割っても、当分は働かなくても生きていける額。今この場で用意出来ないのも頷ける。

 

『ははは…それは凄いね』

  汗がダラダラ球磨川の顔を流れ落ち、隣ではめぐみんは目を爛々と輝かせながら「4億…4億!?4億…」と延々呟くようになってしまった。

  唯一ダクネスだけは冷静な顔。

 

「3日後のお昼までには、なんとか用意致しますので。また足を運んで下さい」

『用意されても運べるかわからないけれど、ま、いいよ。ダクネスちゃん、めぐみんちゃん。また3日後こよっか!』

「わかりました!…4億…4億」

「ああ、ではまた昼くらいに集まるとしよう」

 

  ギルド内の冒険者全員が奇異と好奇の視線を寄せてくるのも気にせずに、球磨川はさっさと外へ出て行く。

『いつもの馬小屋へ向かう前に、まずはお風呂屋さんで疲れを癒そう』

  月明かりが照らす細い道を進むと、1人少女が待ち構えていた。

「やっ!ミソギくん」

  盗賊風の衣装に身を包んだ短髪の女の子は、ご存知クリス。ニコニコしながら球磨川に近づいてきた。

『奇遇だね、エクリスちゃん。僕が螺子突き刺した報復に来たの?』

「ちょ、名前が混じってるよ!別にあの件はもう怒ってないし。」

『駄目?神コロ様みたいで良いかなって思ったんだけど』

「もう!君と話すと心臓に悪いんだから。人に聞かれたらどうするの?」

 

  球磨川は【大嘘憑き】の秘匿を条件にクリスの正体を隠していた。だが、めぐみん、ダクネスは【大嘘憑き】のことを既に知っているので、今後その約束を守り続ける理由は無い。さりげなくそうした意味を込めて名前を混ぜてみたが、クリスには伝わらなかった。次の条件に少年ジャンプの差し入れを要求するつもりだった球磨川は、遠回し過ぎたかと反省。

「せっかく幹部討伐を褒めてあげにきたのにさぁ。でも、よくやったね!ダクネスがピンチの時は流石に焦ったよー」

  肘で球磨川の胸あたりを小突いてくるクリスは、間違いなく上機嫌だ。ダクネスはピンチというかアウトだった気もする。

『それだけど。4億も手に入ったから魔王討伐はやめたいって言ったら…どうする?』

  顎に手をあてて球磨川がからかうように聞く。

「ふっふっふ。実は君のやる気を出す為に会いに来たんだよ。この世界の平和には、魔王討伐が必要不可欠だからね」

  そう言うと思ったと、クリスがニヤッと白い歯を見せる。

「実は僕のところに安心院さんが遊びに来たりしてね。ミソギくんの弱点を教えてもらったのさ。それと、転生の間でミソギくんがあたし達を串刺しにした理由も」

『ふーん?』

  あの人外、そんなことしてたのか。球磨川はクリスが何を吹き込まれたのかちょっぴり不安を覚えた。てゆーかエリスに会いに行けるのであれば、球磨川に伝言など頼まなくてもいいだろうに。安心院さんも人が悪い。

「もしも、もしもミソギくんが魔王を倒せたなら…。裸エプロン、手ブラジーンズ、全開パーカー、全部やってあげるよ!!!」

  目を閉じて、恥ずかしさを最小限に抑えた上で、クリスは叫んだ。

『なにっ!?』

「あははー、効果覿面!かな。安心院さんが言うからもしやと思い、試した甲斐があったよ」

  球磨川の声で目を開き、狼狽する球磨川なんてレアなものを見れたことでクリスは拳を握った。

『いや、実際、すごくやる気が出たよ。いいぜ、クリスちゃん。僕は絶対に君をあられもない姿にしてみせよう』

  「自分で言っといてアレだけど、ひょっとして取り返しのつかないことをしちゃったかな?」

『この僕の感情をここまで揺さぶられる人物はそう多くない。流石は神。恐れ入ったぜ』

『そこまでサービスしてくれなくても魔王は倒そうとは思ってたんだけど、より本格的に取り組むしかないようだね』

 

  上機嫌の球磨川は軽くクリスに手を振り、お風呂屋さんを目指した。

「あ!ミソギくーん!機会があったら王都に行ってみてよ!!あたしからの数少ないヒントだよ!これ。」

 ……………

 ………

 

 ー3日後ー

  ギルド内には前よりも多くの冒険者が集まっていた。球磨川らが幹部を討伐した話は瞬く間に町中に広がり、一般市民までもが野次馬に駆けつけている。

「私達のリーダーは一応ミソギってことにしておこう。代表して報酬を受け取ってきてくれ。」と、ダクネスが。

  どうやら壇上で感謝状も読み上げられるらしく、無駄に衆目に晒されたくないらしい。

  めぐみんを見ると、無言で親指を立てた。ようは面倒くさい役目を球磨川に押し付けてきたわけだ。

『仕方ないね。サクッと終わらせよう。』

  球磨川が壇に向かうと、周囲から拍手がわき起こる。

  壇上にはギルド職員の他に、なにやら小太りの油ギッシュなオジさんが立っていた。

  オジさんは下卑た視線で球磨川のつま先から頭まで一通り見やると、

「ふんっ…。魔王軍幹部を討伐した猛者がいると聞いてわざわざ出向いてやったというのに。鼻水垂れそうな小童とはな」

  功労者に向かって失礼な口を利くこのオジさんは誰だろう。目には目を。喧嘩腰には喧嘩腰で。特にオジさんの偉そうな態度が球磨川のカンに障った。

『僕はオジさんに褒められても、微塵も嬉しくないし、そもそも褒められたくもない。ハリーアップ。とっととお金だけよこせ』

「こ、このガキ…!?」

 

  オジさんは油ギッシュな顔を球磨川に近づけて、唾を飛ばしながら懸命にまくしたてる。

「ワシはこの辺り一帯の領主、アルダープ!お前のような小童、ワシの一言で一家路頭に迷わせてやることも出来るのだぞ!口には気をつけよ!!」

『…』

 

  なおも球磨川が無礼を働く前に。人垣からダクネスがダッシュで壇上に上がり、球磨川の頭を掴んで強引に下げさせた。

「申し訳ありません、アルダープ様。この男は私のパーティーメンバーなのですが、異国から来たばかりで言葉が不自由なのです」

「ほっ!?まさかこんなむさ苦しいところで貴女にお会いするとは。成る程、貴女がいたのならば幹部討伐も納得です」

 

  ダクネスを見た途端、コロッと態度を変えたアルダープ。ダクネスの肢体を舐め回すような視線を、球磨川は見逃さなかった。とはいえここはダクネスに免じて面倒事は控えるよう努める。

  4億だとかさばるので、特別に小切手で用意され、球磨川に手渡された。これなら事前に小切手を作っておくくらいの気は利かせてほしいものだ。おかげで知り合いたくもなかった領主と面識を持ってしまったのだから。

  その後は長々とアルダープから感謝状の内容を述べられ、最後に握手でイベントが終わる。はずだった。

 

「今後益々の活躍をお祈りしておりますぞ」

  アルダープの形式的な言葉。視線はダクネスをロックオンしたまま。

  差し出された右手をとりあえずは握り返そうと、球磨川も手を伸ばした。

 

 刹那。

 

「むおっ!!?」

 

  アルダープが手を引っ込めた。

  球磨川の手から逃げるように。

 

『…なにか?』

 

  アルダープが大領主になったのはちょっとしたネタがあるものの、とはいえ彼自身の人の本質を見る目はそこそこ。球磨川の『本質』を僅かに感じ取った。

 

「なん、なな、ななな」

『どうしました、アルダープさん』

  球磨川の放つ圧倒的な負のオーラに、領主は後ずさり顔を真っ青にする。

「こ、この男を捕らえよ!捕らえよー!!!」

  アルダープは負の想念にあてられ、それから逃れる為に部下へ球磨川の捕獲を命令した。

「ミソギ!お前、アルダープ様に何をしたんだっ!?」

  ダクネスもまた、真っ青にした顔で球磨川を見やる。

『そんなの僕が知りたいよ!!マジで』

  数名の部下らしき人物が球磨川を捕らえた。彼らの目にも、球磨川は特に罪を犯したりしていないのは明らかで、困惑している。

 

「なにこれ…?」

  人垣に埋もれていためぐみんは、ただただ目を点にするばかりだった。

 

 

 

 

 

 




アルダープ?キモいよね。
序盤中盤終盤、隙がないと思うよ。
だけど、オイラ負けないよ。


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十九話 みんなトラブルメーカー

円盤1巻の特典ゲームをやってたら、昨日の休みは終わってました。
なんということだっ!今日もやりますが!!


「アルダープ様!?クマガワさんが何かしたんでしょうか??」

  ギルド職員の1人、細身の男性がアルダープに詰め寄る。救国の英雄候補の球磨川に突然の武力行使。いかに大領主様の行いでも、正当な理由が無ければギルドとしても球磨川を守らなくては。

  アルダープはまだ球磨川を警戒しており、ギルド職員の声が届いてない。

「よし!いいぞお前たち。その者を放してはならんぞ。決してワシに近寄らせるでない」

  球磨川の上にはアルダープのボディーガードが3人のしかかっている。いずれも屈強なゴリマッチョだ。

『ふうん。アルダープさんってば、鼻水垂れそうな小童に怯えちゃってるの?案外かわいーね。エリートではなく、愚か者のほうに入れといてあげよう』

  床に押さえ付けられた際口を切ったようで、血を流しつつ微笑みかける。

  人間、権力者に突然暴力を振るわれた場合、ここまで飄々としていられるのか。【普通】は出来ない。

  アルダープには球磨川が正体不明のおぞましい物体に見え、すぐさま逃げ出したくなる。ダクネスの手前実行はしないものの、精神的な疲労が一気に溜まった。

「クマガワ…だったか。何者なのだ?お前は」

  アルダープの掠れた声。この気持ちの悪さを、彼は何処かで感じた覚えがある。アルダープが大領主にまで上り詰めるに至った上で欠かせない存在と近いものを。

『さあ。最弱職の冒険者にして、魔王軍幹部を討伐した勇者ってことじゃ駄目かな?』

「ちぃっ。お前が幹部討伐の功労者でなければ、このまま難癖付けて屋敷の牢にぶち込んでやる者を…!」

 

  悔しそうに歯軋りするアルダープの言は球磨川が少なくとも今牢屋に入れられるような事はしていない証明になった。以前からアルダープは自分に刃向かったり従わない人間を強引に罪人として裁いたりしていた。球磨川もターゲットにされたのだと、ギルド職員がアイコンタクトで意思を疎通して武器を構える。

 

「非礼をお詫び致します、アルダープ様。ですが我々にも無実の罪で不条理な目に会う冒険者を助ける使命がございます。」

  最初にアルダープへ詰め寄った細身の男性は、レイピアをアルダープの部下へ突き付けた。部下はアルダープから、「球磨川を離すな」と命を受けており困った顔で主人を振り返る。

「ぬぅ…!?たかだかギルド職員風情がこのワシにたてつくとは!不敬な」

  信じられないと、アルダープ。

「お言葉ですが私達ギルドの総本山は王都にございますゆえ、いかな領主様といえど正式な手続き無くしてその行動を阻害することは出来ません。」

  可能な限りギルド側も領主と問題を起こしたくはなかった。

 

  大領主様は武器を向けられた部下などおかまいなしに自分だけギルド職員から遠ざかる。部下の代わりはいくらでもいる。

  職員が球磨川についたことを好機と見て、ダクネスがアルダープのそばまで行き、優しく微笑む。

「私からもお願い致しますわ、アルダープ様。クマガワ殿は私の大切なパーティーメンバーです。これ以上手荒な真似をされては、いくら私とアルダープ様の間柄でも、父に報告しなくてはなりません。」

  いつになく真剣な面持ちのダクネスは、平生とは違う言葉遣い。気品のあるもの言いには凄みがある。ダクネスが長身で美人なことも一役買っていた。

  アルダープとて球磨川が『直接的』に罰するべきことをしていないのは理解している。ギルドやダクネスの父と関係性を悪化してまで球磨川を連行するのは、少し割に合わない。

  あと、ダクネスが自分とただならぬ関係にあるとも受け取れる発言をしてくれて嬉しくなったらしい。

 

「わかりました。貴女がそこまでおっしゃるのなら。ええ、これは戯れです。魔王軍幹部討伐を成し遂げた冒険者の、お手並み拝見をしたかっただけなのです」

  手で部下に合図すると、球磨川がやっと解放された。やれやれと立ち上がり学ランを払う。

「さようでしたか。しかし次からはこの様に唐突ではなく、正式な手順を踏んでからにして下さいね?」

  狙って、ダクネスが腕を組みながら頬を膨らませる。さながら恋人の悪戯に拗ねた女の子のように。反吐がでる思いだが、アルダープにはこれが効果的なのだ。目上の人に腕組みで話すのは反感を買うこともあるが、領主的にはオッケー。

「ん、んむ。すみませんでした。貴女の頼みであればもう致しません」

  アルダープはゲヒゲヒ笑って、可愛すぎるダクネスから目を離せなくなっていた。なんとか場は収まったと、ギルド職員らも汗を拭い武器をしまう。命令されてやりたくもないことをやらされた領主の部下達は、観客達の視線に耐え難い。

「では私はこれにて。おい!いくぞお前達」

 アルダープが部下を連れてギルドを後にした。

 

『僕の強さ(弱さ)を知りたかったの?最初から言ってくれればいいのに。』

 

「おいミソギ、待て!待つんだ!!気持ちはわかるが待ってくれええ!!」

 

  声で振り返る。聞き取れはしなかったが、ダクネスが大声を出すのは珍しい。突然球磨川に抱きついていたダクネスに、アルダープがギョッとした。

  球磨川がアルダープらの背後から螺子をブチ込もうとしたのを、どうにか未然に防げたダクネス。が、領主視点ではパーティーメンバーの無事に歓喜しダクネスが抱きついたともとれる。

 

「ら、ララティーナ…!!」

 

  ワシというものがありながら。何処の馬の骨とも知らない小僧に抱きつくなんて。球磨川への憎悪は殺意に成り替わる。切って捨てたい衝動にかられるが、後々ダクネスの父が厄介だ。

 

(覚えておれ、小童。まず邪魔な奴を排除して、お前はそれからだ。ワシのララティーナをよくも…!)

 

  よからぬことを企てていたアルダープは、企てを実行に移すことを決めたらしい。

 ………………

 ………

 

「ミソギは毎回毎回、問題を起こさなくては気が済まないんですか?」

 

  ずっと蚊帳の外にいためぐみん。

 

  3人はあの後、ギルドから離れた喫茶店に来ていた。いつか球磨川とクリスが利用したのと同じ店だ。大金も入り、ゴージャスなスイーツを頼んだめぐみんは、口を尖らせる。

 

『あはは。気が済むとか済まないとか、関係無いよ。アルダープさんから売られた喧嘩を買っただけさ僕は。だから、僕は悪くない』

 

「はあ。私たちパーティーメンバーに迷惑がかかることも知っておいて下さいね?ミソギがいなくなったら、誰が私をおんぶするんですか。もうどこのパーティーも私を入れてくれないんですよ?」

 

  モソモソと、クリームやフルーツがたっぷりのったパンケーキを頬張るめぐみんは、球磨川のトラブルメーカーぶりを弁えてきた。ダクネスも同様に。あの場で球磨川を止められたのは経験があったからだ。

『ときにダクネスちゃん。アルダープさんとは知り合いだったわけ?あんなに仲よさそうにしちゃって』

「ぶっ!?」

  コーヒーを飲んでいたダクネスが間一髪で吹き出すのをこらえる。

「ちがーうっ!!いや。知り合いは知り合いなのだが、仲が良いわけではないぞ!!」

  「そうなんですか?にしても、あのアルダープとかいう領主の目つき…。女性の敵な気がします。ダクネスを見る目、かなり不愉快です。」

『確かにね。めぐみんちゃんもわかったんだ。僕達の大切なダクネスちゃんに、あんな目を向けるだなんて。とてもじゃないけど許せないよ』

 

  球磨川とめぐみん、2人の視線にどう返したものかダクネスが考える。

「奴は…私を嫁にしたがっているんだ。昔から私の父親に縁談を持ちかけてきててな」

『ああ、それであんな視線を。どうやらあの領主とは近い内に会う運命にありそうだね。今日受けた痛みの借りはその時にでも返すとするよ』

  螺子を懐から取り出して、怪しげに目を細める球磨川。

「頼むからあの男の機嫌は損ねないでくれっ!お願い致しますうぅ…!」

  テーブルにゴンと額をぶつけお願いするダクネス。

 

  ダクネスがアルダープに惚れられていたおかげで球磨川は牢に入らずすんだ。事態をややこしくしないでくれというダクネスの頼みを聞きたいのは山々だ。でも、個人的にはやられた分はやりかえさないと気が収まらない。

『やられてなくてもやり返す。身に覚えのない奴にもやり返す。誰彼かまわず、八つ当たりさっ!』

「ミソギいいい!お前はもうっ!本当にもうっ!!」

 

  ダクネスが領主に目をつけられているのは嫌だが、今すぐに解決するものでもない。めぐみんは話題を変えることに。

 

「ところでなんですが、2人とも。お金も入ったことですし、みんなで家でも建てませんか?部屋を人数分作ればプライバシーも確保出来ますし、同じ家のほうがパーティー的に都合も良いと思うのです」

  なにせ4億エリスも手に入った。一等地に豪邸も建てられる。

「良いアイディアだと思うぞ、めぐみん!なら明日早速、不動産屋に行ってみよう」

『不動産屋、ねえ』

 

  アルダープがこの街を含む一帯の領主であるならば、なんとなく不動産業に絡んできても不思議はない。女子2人も大概トラブルあるところに自分から突っ込んでいくきらいがあると、球磨川は思った。

 

 




球磨川にマイホームとか。ダンボールでも涙を流して喜びそうですが


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二十話 ポストミツルギ

ごめんよ。プロットだと和やかな初対面だったはずなんだ。でも、喧嘩売る相手を間違えた人が悪いくない?


  ベルディア討伐の報酬を受け取った翌日、球磨川はダクネス、めぐみんと一緒に夢のマイホーム購入に向けて、不動産屋に行ってみることに。

  待ち合わせは毎度おなじみギルドの一角。少し待ち合わせ時間より早めに到着した球磨川のまわりに、名前も知らない冒険者達が集まってきた。

 

「よう、アクセルを救った英雄さん!」

「急にすまないな。アクセルに住んでいる冒険者としては、ぜひ一度お礼を言っておきたくてな。俺の名はテイラー。職業はクルセイダーだ。一応、リーダーをやってる」

 

  恐らくはパーティーを組んでるであろう男女数人。内訳は男が3人に紅一点。全員若く、球磨川とも同年代だろう。初対面でも気さくに話しかけてくる人当たりの良さに、球磨川は感極まった。

 

『初対面でこれだけ気さくに話しかけてもらえたのは人生で初めてだよ。嬉しいなぁ…!英雄だなんて止めてくれよ、たまたま運が良かっただけなんだから。僕の事はミソギって呼んで!』

  話をするまで球磨川の人物像がわからなかった若者達は、想像していたよりフレンドリーな反応で安心した様子。知らない男の子と話すのに緊張していた女の子が、空気が和やかになったことで口を開く。

「ミソギくん、だね。あたしはリーン。昨日は災難だったね。」

  髪をくくった活発そうな女の子。アルダープとのいざこざを見ていたようで、苦笑いで球磨川を慰める。

『恥ずかしいとこを見られちゃったみたいだな。アレにはまいったよ』

「あのアルダープって奴は、有名な悪徳領主なんだ。ミソギ以外にも嫌な目にあわされた奴は多いぜ。おっと、俺はキースってんだ。」

  最初に語りかけてきた軽薄そうな男が言う。背中に弓矢を装備しているので、職業はアーチャーだろう。

「……」

  4人パーティーの中で、一言も発さず仏頂面を崩さない男がいる。

  「おいダスト。お前も自己紹介しないか」

  テイラーがダストと呼ばれた仏頂面男の肩に手を置く。ダストは面倒臭そうに

「…ダストだ。俺はアンタみたいな奴が大嫌いだぜ。」

「コラっ!ミソギくんに失礼でしょ!?」

  ここ数日、街中ではベルディアの討伐を上級職の女が2人、あとは下級職の男が1人。計たった3人のパーティーで成し遂げたと、事実に相違ない噂が流れた。おばちゃん達の井戸端会議もなかなかどうして、捨てたものでもないらしい。…ダストがこれを耳にした時、下級職の男に強く苛立ち、同時に嫉妬した。よりにもよって男が女の足を引っ張り、あげく幹部討伐の報酬はちゃっかり受け取ったのだから。昨日の報酬と感謝状の授与式でアルダープが球磨川を床に押さえつけた際に、内心溜飲を下げたほど。

 

  つっけんどんな態度なのは、そういった彼の醜い心が現れた結果だ。

  リーンが慌ててダストに謝罪を促すが、てんで聞かない。

『…君が僕を嫌っても僕にはなんの不都合も無いし、嫌われるのには慣れてる。リーンちゃん、この程度で怒るほどカルシウムは不足してないよ』

  心底気にしてない風な球磨川。

「すまないな、ミソギくん。仲間の非礼、リーダーとして謝るよ」

  深々と頭を下げるテイラー。

『テイラーくん、君も苦労人だね』

  ダスト以外のメンバーが明らかに安堵した。正直、他の面々も幹部討伐は上級職の女達がメインで行ったのだと勘違いしている。とはいえ、球磨川も立派な功労者。機嫌を損ねるのはマズい。

「けっ。腰抜け野郎かよ。」

  球磨川が喧嘩を買わなかったのが気にくわないダストが、追い討ちのように悪態つく。テイラーやリーンのせっかくのフォローが台無しになる。

『…そうだね、君は口の利き方に気をつけたほうがいいかもね』

「アンタがそうなら、アンタの仲間も言うほど大したことないんじゃね?」

『…』

 

(((ダストーー!!??)))

  パーティーメンバー達の声にならない声、心の叫び。普段からダストは配慮が無く思慮に欠けた行動をとったりする事はあるものの、今日は一段と酷い。いくらなんでも、球磨川のみならずパーティーメンバー2人も貶すのはやり過ぎだ。ギルド内には球磨川達に尊敬や憧れを抱く人達だっているのだから。

 

『僕をいくら貶したところで一向にそれは構わない。でもね、ダストくん。ぬるい友情をモットーに掲げる僕は、仲間を馬鹿にされて黙っていられるほど【幸せ者(プラス)】じゃあ無いんだぜ?だけど。今ならまだ、謝ったら許してあげるよ』

 

  椅子に座っていた球磨川が、ユラユラと立ち上がる。

 

「はっ、チキン野郎に下げる頭は持ってないんでね」

『そか。口は災いの元っていうのは、よく言ったもんだね。そんなことばかり喋っちゃ駄目だって。無用な争いを招いちゃうからね』

「だったらなんだよ!関係ねーだろうが」

  徐々に球磨川への態度が悪化していくダスト。

『ついでに。僕に頭を下げてくれだなんて言ってないじゃない。君が貶した、僕の仲間に』

「同じだろう?アンタも、お仲間も」

『この街の人は喧嘩腰にならないと挨拶ひとつ満足に出来ないわけ?あー、ミツルギくんは日本人だからノーカンだっけ?』

  独り言をはじめた球磨川にダストが一瞬戸惑うものの、自分が口喧嘩を制したのだと都合よく解釈してしまう。だが。

『ダストくん。君が何を考えて僕にわかりやすく喧嘩を売ってきたのかはこの際どうでもよくなった。僕が今一番心配なのは君の将来だよ。今回は僕相手だからセーフだったけど、いつもいつも相手が温厚とは限らないでしょ?』

 

  球磨川が右手を差し出す。

 

「!」

  テイラーが咄嗟にダストを庇うよう間に入る。だが球磨川は特に攻撃をするでも無く手を下げた。

 

『沈黙は金。これも、よく言ったものだ。つくづく先人達には学ばされるよ。昔の漫画が時代を超えても面白いのと同じだね。さてと、君の口から人の悪口が二度と聞けないのは寂しいけど、君の為を思ってのことだから。存分に感謝してくれていいよ』

 

「ーーッ!!ー!?」

  ダストは何やら自分の首元を触り、愕然としている。

「どうした、ダスト?」

 

「ーッ!…!!」

 

  口をパクパク動かすのみで、ダストは返事をしない。

「ダスト!ふざけてないで何か言えよ」

  キースがダストを揺さぶる。

  泣きそうな顔で、キースに助けを求めるダスト。悲しいことに、キースはダストの考えを読み取れなかった。

 

『どうかしたのかい?ダストくん。』

「ー!ーー!!」

『あれあれ?今さらになって謝る気になったとか?』

「ーー!!!」

 

  ダストが首を何度も、何度も縦に振る。

 

『ごめん、聞こえないや』

 

 

 ……………

 ………

 

  一日一善。朝早くから良いことをした球磨川は財布の紐を緩め、ネロイドを飲みながらめぐみんらを待つ。

  因みに、ネロイドとは炭酸ではないのにシャワシャワした、飲み心地がクセになるジュース(?)である。

 

「もしかして待たせてしまったか?」

「珍しく早いですね」

 

  ダクネスとめぐみんはギルドの前で鉢合わせ、2人一緒にやってきた。

 

『おっはー。2人とも朝ごはんは?』

「今日は冒険にいくわけじゃないから、食べなくても平気だ」

「私はもう食べてきちゃいました」

 

  ダクネスはいつもの鎧を着ておらず。剣すら装備していない。

 

『んじゃ、いく?』

「いきましょう!どーんと立派な家を建てて、救国の英雄に相応しい暮らしをするのです。そしたら私の名乗りに『アクセルに豪邸を建てし者』と加わることでしょう!!」

『紅魔族の名乗りはカッコいいけど、その一言は違うと思うよ!』

 

  マイホームが手に入ることでハイテンションなめぐみんは、へっぽこぶりに拍車をかけていた。

 

 ー不動産屋ー

 

  古風な外観の建物。壁には貸し出している物件や部屋の間取りが描かれた紙が。

 

「ここだな。ミソギ、めぐみん。自分の要望はハッキリと伝えるんだぞ。いいな?後から言っても、叶わないこともある」

『4億も資金があれば、多少の無理くらいなら押し通せるでしょ』

「それはそうだが。相手の都合も考えてやるのがマナーだろう」

 

  そう言って、ダクネスが張り切って先陣を切る。

 

  カウンターにいた受付嬢にマイホームを建てたいと告げると、担当の者を呼ぶと言って奥に消えた。

  応接室に通され、座り心地の良いソファでくつろぐこと数分。

 

「どうもー!大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。ようこそいらっしゃいまし…た?」

 

  明るくハキハキ応接室に入ってきた男は、球磨川達を見て言葉を尻すぼみにする。

 

『カズマちゃん?』

「まさか、対応客の第1号が球磨川達だとは思わなかったわ!!」

 

  転生して暫く、アクアとカズマは日雇いの土木作業員をやって暮らしてきたのだが、アクアはともかくカズマに肉体労働の適性がそれ程無かった。

  親方にステータスを見られ、コネのある不動産屋の営業を紹介されたのだ。今日が記念すべき配属初日。アクセルで、ひょっとすると一番厄介な客が来てしまったのかもしれない。

 

「カズマが担当とは幸先がいいですね!私の希望はただ一つ。屋内でも爆裂魔法が放てるよう、広大なスペースが欲しいのです!!」

 

「私はめぐみんと比べると全然大したものではないのだが…。防音、防振がしっかりとした自室が欲しいな…」

 

『カズマちゃん、社員割引とか使ってくれないかな?あ、それと僕の希望は家そのものじゃなくて、裸エプロンで傅いてくれるようなメイドさんが欲しいかなー。一家に一台はいないとね。でもでも、ジャンプが創刊号から揃ってるジャンプ部屋も捨てがたいなー!』

 

(拝啓、アクア様。配属初日、とんでもない客にあたってしまいました。もう、ゴールしてもいいよね?)

  片や土木作業で汗を流してるだろう相棒をおもうカズマ。

 

「お客様ぁぁあ!まずは土地から決めるとしましょおお!!」

 




書き直すうちにプロットすら無視しちゃうダストさんサイドに責任があるはずなんだなぁ…


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二十一話 職人の街へ

原作のバニルさん最高っすなー!


  日本でも異世界でも、常識はそうそう変わらないようだ。家を新たに建てる際の順序も。

 

『へー!家を建てる時ってまず土地から決めるんだ。まてよ、だとしたら後々になって、土地より大きい家が欲しくなってきた場合どうなっちゃうの?』

「いや、土地も無いのにどこに家を広げるつもりだよ!」

『隣の家の人にどいてもらうしかないか。幸いお金はあるしね』

「地上げ屋かよ!横暴すぎるだろ!」

 

  球磨川達は現時点で土地を持っていないわけで。カズマはマニュアルに従ってアクセル内の空き地がピックアップされている書類と地図を机に広げた。

 

「オッホン!えーと、ですねお客様。こちらはウチの会社が持っている土地でごさいまして、初めにどこに家を持ちたいのかを選択して頂きます」

  ダクネスが選んだこの不動産屋はアクセルでも大手で、卓上の書類には膨大な情報が記されている。土地の値段、場所、引渡条件、最適用途、周囲の施設、等々…

 

「なんなんですか!これっ!」

『どしたのさ、めぐみんちゃん。大きい声を出して。もう目星つけちゃった?』

「カズマっ!!資料を、他の資料を見せてはくれませんか!」

  めぐみんが資料をバラバラと捲り、カズマに更に多くの情報を求める。

「まさか、もう全部に目を通したってのか!?俺が徹夜した大量の土地情報を一瞬で!?」

  「私にとっては造作もないです。そんなことよりも!信じられません!この中には、爆裂魔法に耐えうる特別ルームを作れるような広さの土地が一つもないのです…!」

  絶望に染まりきった表情。

  めぐみん唯一の希望、自宅でお手軽に爆裂魔法を放つ夢、実現ならず。

 

「これ以外で売りに出してる土地なんかないよ。街の外ならともかく」

  カズマがどうしたものか頭を掻き毟り、同じく頭を掻き毟るめぐみんを眺め

「そうだ!このへんの領主なら、もっと自分だけの土地みたいなのを持ってるんじゃないか?我ながら冴えてるな。球磨川、ちょっと領主に事情を説明してさ、」

「却下だ!却下。絶対ありえない!」

「お、おう…?」

  にべもなく、ダクネスにより却下。昨日の今日で再びアルダープに会い、あまつさえ頭を下げることは耐え難い。

『少し理由があってね。今は領主様に会ったりしたくないんだよ。カズマちゃん、この中でオススメの土地はある?』

「オススメかー。俺だって名ばかりの研修を受けたばかりで、あんまり詳しくは…。だけど、街外れの閑静な場所はやっぱ人気あるし高いかも」

 

  素人にうぶ毛が生えた程度のカズマは、恥じることなく球磨川達と仲良く資料をあさりだす。

  みんなで協力して調べても、やはりめぐみんの言ったように広大な土地はなかった。

 

『…ふー。でも結局、広大な土地があったところでね。爆裂魔法の衝撃をものともせず、防音も完璧な建築物なんか造れない気はするよ。日本ならともかく。日本でも4億とかじゃキツイかな』

  資料の山から顔をあげた球磨川。

 

  球磨川の方針がめぐみんを説得する方向になりかけた。

  気落ちしてるめぐみんに、どう声をかけたものか迷っていると

 

「よおカズマ!中々面白そうな話をしてるじゃねーか!」

「お、親方!?なんでここに?」

 

  応接間に、カズマを不動産屋に紹介した張本人。土木作業の親方があらわれた。褐色の肌に金髪ヒゲ面は、結構な存在感。親方は鍛え抜いたたくましい腕で、カズマの頭を揺する。

「ハッハッハ!オレの紹介で入ったお前がしっかりやってるか、気になっちまってよ。受付の辺りでコッソリ話を聞かせてもらってたんだが…。屋内で爆裂魔法を放ちたいとか、とんでもねー希望を出す女の子がいたもんだ!」

 

  親方の豪快な笑い声は店内に響き渡る。一見怖そうな外見をしているものの、性格は良さそうだ。

 

「はは…。困ってたんですよ。いくら親方でも、そんな家は造れないですよね?」

  頭を揺すられすぎて若干平衡感覚を失ったカズマが、焦点の定まらない目をして聞く。

「それなんだがな…」

  親方は球磨川の隣にどかっと座り、思わせぶりに微笑む。

「オレの出身地に、ある建築家がいるんだ。【エンドゥ・タディオ】って名前の、巨匠がな。知ってるか?」

 

「エンドゥ・タディオ…。その名前、聞き覚えがある。確か稀代の建築家にして、【空間の魔術師】と呼ばれた、冒険者としても名高い人物だな」

  親方の正面に座るダクネスが。幼い頃に父親から聞かされた人物が、確かそのような名前だった。冒険者として名を馳せていたが、ある日急に引退し、以降は建築家として様々な功績を残している。

 

「よく知ってるじゃねーかお嬢ちゃん!ポイントはそこ。【空間の魔術師】って呼ばれた男が建築家になったらどうなるか」

『また、大層な二つ名だこと。どうなるわけ?』

「…オレがまだガキだったときに、一度だけタディオさんが空間を広げたところを見させてもらってな。拡張工事かなんかをしてたようだが、平凡な家の一室を、杖を振っただけで広げちまってよ。あの時は驚きを通り越したぜ。壁や床も、天井も。空間の大きさに従って増えちまったんだから」

 

「なんすかそれ!?色々おかしいですよ、親方!」

 

「カズマがすぐ信じられないのは当然だ。この目で見たオレだって夢かと思ったんだからな。けど、アレは現実に起こったことだ」

  親方は目の当たりにした奇跡を思い返す。子供の時分に見た衝撃的な光景は、今でも色あせず。

「突拍子もない話ではありますが、なるほど、その人ならば爆裂魔法を放てる広大な部屋を造れると親方は言いたいのですね」

 

  ほんの少し光明が見え始めたことで、めぐみんはテンションを戻した。

  球磨川が親方の話を聞き、疑問に感じた事を尋ねる。

『でもさ、やはり拡張には拡張分の土地を要するんでしょ?根本的な解決にはなってないよね』

「まあ話は最後まで聞くもんだ、坊主!」

  ガハハと笑い、親方は球磨川の肩に手を回した。硬くて立派な親方の胸筋に顔を押し付けられた球磨川はどうにか逃れようとしたが、ビクともしない。

「タディオさんの空間を広げる能力は、ある神器に依存しているようでな。【魔杖モーデュロル】の力が、不可能を可能にすると、彼の弟子は語っている」

『神器、【魔杖モーデュロル】か。ふうん?』

 

  神器。親方がその単語を口にした瞬間、球磨川とカズマが目を合わせる。

  確証は無いが、確かめなくてはならないだろう。

  魔杖モーデュロルと、持ち主の正体を。この世界の人には不可能なことでも、神から特典を貰った人間ならば…

 

「一説によると。半畳の物置を、タディオさんが杖を振って100倍の面積にしたこともあるって話だ。もっと不思議なのが、外観は半畳の物置のまま、中に入ると50畳になってたそうな。これは人から聞いただけだから、真偽はわからんがな」

『未来の世界の猫型ロボットかな?』

 

「そんなことが出来るのであれば、限られた土地でも、めぐみんの希望を叶えられるな」

  エンドゥ・タディオ。まだ見ぬ建築家に、ダクネスも会ってみたくなってきた。

 

「親方、情報感謝しますっ!さあ、ミソギ、ダクネス!エンドゥ氏を捜しに行きましょう!!今すぐに」

  マントを翻しためぐみんは、もう誰にも止められまい。彼女は自宅で爆裂魔法が撃てる家を持つまで、決してあきらめないだろう。

 

「エンドゥ氏は、職人の街【ブレンダン】にいるはずだ。オレの故郷でもある。アクセルの南から、ブレンダン行きの馬車が出てるぜ」

「かさねがさね、お世話になりました。親方には今度お礼に私の爆裂魔法を見せて差し上げましょう!!」

「ひゅうっ!そいつは楽しみだ」

  めぐみんはダクネスの腕を引っ張って、お店から飛び出していく。

「ミソギ!南門で待っていて下さい!ダクネスがこの通り休日スタイルなので、剣と防具を用意させてから行きますから!」

「ぼ、冒険に行くとは思ってなかったんだ。仕方がないだろう」

『え、これ行く感じ??ブレンダン?家造るだけなのに、冒険しなきゃいけないの?ええー…』

 

  親方が球磨川の背中をバシッと叩いて励ました。

「カズマ!テメーもついてってやんな。アクアちゃんと一緒にな!」

「はい!?」

「店長には、オレから話しておくからよ。お客様に付き添うのも、立派な不動産屋の務めだろーが!」

「…はぁ」

 

  やる気なさげな男2人は親方に叩き出されるようにして、アクセルの南門へと向かう。余談だが、カズマの装備はお店の更衣室に置いてあったようだ。

 

『ドラクエでもこういうイベントあるよね、カズマちゃん』

「まあな。命の危険が無ければまだ良いんだがなあ…」

『魔杖モーデュロル、実に興味深い。クリスちゃんは王都がどうのとか言ってたけど、少しの寄り道なら問題ないはずだよね!』

 

  自分達の先駆者がいるかもしれない。先駆者だったとしたら、魔王討伐に協力してはもらえないか。男子2人はめぐみんの夢をオマケくらいにしか思わなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと、マイホーム編入っちゃいました…
三話くらいで終わるので、おヒマな方はお付き合い下さい

忙しい方も、出来たらお付き合い下さい


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二十二話 満員馬車

エンドゥタディオとか
モーデュロルとか、そのまんま過ぎましたかね。
名前。


 ーアクセル南門ー

  カズマの働く不動産屋から三十分ほど歩いた南門のある広場には、飲食店や雑貨屋が多く、住人達が家族連れで食事やショッピングを楽しむ姿が見られる。噴水の横に設置されたベンチでめぐみん達がやって来るのを待つ中、球磨川が幸せそうな家族を遠い目で眺める。世界が違えど、幸せは斯くあるべきだと見せつけられているようで気に入らない。

『カズマちゃん、僕帰ってもいい?怠くなってきちゃった』

「駄目だろ。アンタの住む家を建てる為に遠出するんだからな?俺も巻き込んで」

  カズマは母親と手を繋いではしゃぐ幼女を目で追いながら、球磨川に生返事を返した。弛みきった顔は事案レベルで危険だ。

『…ブレンダン行きの馬車は二種類あるみたいだけど、どっちに乗る?』

  先ほど広場に着いて、とりあえず馬車の金額やシステムを馭者に教えてもらった二人。

  原則、馬車は二台か三台同時に走らせる。乗り方は二種類存在し、一つは普通の乗客としてお金を支払い、一番良い馬車に乗るもの。

  もう一つは別の馬車に半額又は無料で乗れるが、モンスター出現時には全馬車を守り戦う必要があるもの。いわゆる用心棒的役割と引き換えに料金割引してもらえるのだ。ブレンダンまでは距離こそ近いが道は悪く、普通に乗ると一人片道1万エリスはかかる。

 

「そりゃ…普通の乗客として乗るに決まってるさ。迷う必要もない」

『気が合うねぇ。選択の余地が無い選択肢だ。僕らが用心棒になっても、たかが知れてるし』

 

  球磨川とカズマ。最弱職の冒険者達は身の安全を優先すべく、高い料金を支払うつもりでいる。

  実際問題、道中毎回モンスターに襲われる事はなく。中にはどうせ襲われ無いだろうとたかをくくり、用心棒として無料の移動を行う一般人もいる。であれば、逆に冒険者だろうと、お金を払うのだし安全な旅をしても良いはずだ。

 

『…パーティメンバーではないカズマちゃんとアクアちゃんの料金は、僕は払わないけどね』

「じぇ!?」

  カズマの財布には8千エリスが入ってるかどうか。とても、アクアと二人分の料金は払えない。不動産屋を出発前に、親方が現場に戻りアクアに声をかけると言ってたが…突然旅行に行くと言われたアクアは、果たしてお金の補充をしてくるだろうか。

「してこないだろうなぁ…。俺の分は経費で落とせっかな…」

『あとさ、急かすわけじゃないんだけど。君たち二人の冒険者登録料と入浴料、早めに返してね。利子はトイチだぜ!』

「くれたんじゃないのかよアレ!エリス教徒として施してくれたんじゃなかったか!?」

『あはは、冗談、冗談!』

 

 …………

 ……

 

「急に親方が、旅行にでも行ってリフレッシュしろって言ってきたんだけど、どういうこと?」

 

  南門に最初に来たのはアクアだった。大きめの手提げ鞄だけ持って、大急ぎで来た風だ。

  軽く息を切らしてるのは、ここまで走ってきたのか。

「よおアクア。突然で悪かったな」

  手を振るカズマ。

「全くだわ。今度から事前に相談してよね!…あら?球磨川さんも行くの?」

  カズマがベンチから退いて、アクアに勧める。感謝の言葉もなく腰を落ち着けたアクアは、球磨川が気になっているみたいだ。

『うん。ついでに、ダクネスちゃんとめぐみんちゃんも来るよ。実は僕達、新しくマイホームを建てるんだけど。それの関係でちょっとブレンダンまで行くことになったんだ』

「そうなんだよ。で、俺は不動産屋として付き添うわけ。球磨川達が第1号のお客さんでさ」

  補足するカズマ。

「そうだったの。私てっきりカズマさんが初日でクビになって、傷心旅行かと思っちゃったわよ」

「失礼だ!お前マジで失礼!ベンチ返せや!」

「にしてもマイホームかぁ。羨ましいなぁ。住んでみたいなぁ」

  チラ…チラ。球磨川へ、駄女神の意味深な視線攻撃!

『僕の顔に何かついてるかい?』

 こうかはいまひとつのようだ。

  とぼけてみても、球磨川にはアクアの思惑が手に取るようにわかる。あわよくばマイホームに転がり込むつもりだろう。未だに馬小屋で寝起きする生活から脱していないのだから。

 

「どうして球磨川さん達はマイホームを建てられる資金があるの?カズマさんの一人分前に転生してきたばかりよね?」

『こないだの、幹部討伐の報酬でね』

「…あー、アレね。それで、たかが幹部一匹の報酬はおいくら万円だったわけ?」

『4億エリスだよ』

「…4億!?」

 

  幹部討伐。先日珍しくカズマがやる気を出して、アクアに首輪まで付けた一件は記憶に新しい。アクアがごねずに球磨川達と協力していれば、報酬の山分けに与れていた。自分の所為で大金を逃したことが判明し、アクアはカズマの腹に頭突きを繰り返しだす。

 

「うわぁーん!あの時カズマさんがもっと早くに私のやる気を出してくれていれば!いれば!!」

「やめろ駄女神!痛い、痛いから!そしてお前は最後までやる気を出してはいなかったぞ!」

『カズマちゃん。君たちも良いパーティーじゃないか』

 

  めぐみんが武装したダクネスを引き連れて到着したのは、更に十五分程経ってからだった。

 

 ー馬車のりばー

 

「ツケで!ツケでなんとかなりませんか?会社に請求書を送って貰えれば…」

「すまんがの、ワシらは小難しい制度を設けてはおらんのだわ。現金一括これ一本。お金がないなら、用心棒枠で乗るしかないのう。じゃあの」

 

  すげなく、馭者のおじいさんに振りはらわれるカズマさん。おじいさんがいた空間に差し出されたままの、会社名や住所の書いた名刺を持つ手が哀愁漂う。

「カズマさん?私たち、普通のお客さんとしては乗れないの…?」

「アクア。お前さ、その鞄を準備した時にお金も多めに持ってきてたりしないか?」

 

  カズマがアクアの持つ鞄を凝視する。最後の頼みだ。

「いつもの財布だけよ、お金は。一応1万エリスはあるけど」

「でかした!!アクア、それだけあればチケットが買える。お前は先に馭者からチケット買ってろ!」

 

  一人分の料金は揃った。これにあと2千エリス。球磨川に2千エリスだけ借りれば…。背に腹は変えられない。

  カズマが全力ダッシュで、馬車に乗り込みかけていた球磨川の所へ。

『カズマちゃん、何かな』

「2千エリス貸してください」

  流麗なDOGEZAが炸裂。

  馬車の入り口から一旦降りてきた球磨川が、カズマの上半身を丁寧に起こす。

『カズマちゃん…君は常に極貧だね。大丈夫。僕は貧しいものの味方でもあるんだから。』

  弱い者を見る時の球磨川の表情はとても穏やかで、見る者を安心させる笑みだ。この笑みで何人の人間を駄目にしてきたことか。カズマにも、球磨川の微笑みは教会の神父を彷彿とさせた。

「ごめん、ごめんよ…。この借りは返すから」

『うん、楽しみにしてるよ』

  球磨川から大切な2千エリスを受け取って、馭者の元へ。手持ちと合わせて1万エリス、チケットの金額にも手が届いた。

 

「おじいさん!これでチケットを!」

 

「んお。さっきの青い髪のお嬢ちゃんで満席になっちゃったわい」

 

  球磨川はカズマが乗ってくることなく出発した馬車を不思議に思いながらも、新鮮な体験に心を躍らせた。

  心地いい揺れとリズミカルな音。人生初の馬車。車窓に流れて行く大自然は日本ではお目にかかれないスケールだ。

「車窓の景色は面白いか?ミソギ」

『まあね!僕、馬車とか乗ったことないから。結構楽しいもんだね!』

 

  はしゃぐ球磨川。ダクネスはそんな球磨川が面白いらしく、しばらく見つめたままだった。

 

「カズマさん、結局チケット買えたのかしら?もう気にしても遅いけど」

  アクアは持参したオヤツを開けて、早くもくつろいでいる。

「カズマならきっと、後ろの馬車に乗ってるはずですよ。お金がない冒険者の常套手段、用心棒枠ってヤツですね」

  アクアのオヤツをめぐみんが横から摘む。

「買えなかったってことね。まあいいわ、ブレンダンで会えるでしょ!」

 

  馬車の後方には、ついてくるもう一台の馬車。

 

『あ。』

 

  後方の用心棒馬車は、真横からぶつかってきたグレート・チキンの群れによって横転してしまった!

「お客様!後ろの馬車がモンスターに襲われたようじゃ。少しとばして逃げますぞ!しっかり捕まっててくだされ!」

  馭者の真剣な声が響き、二頭の馬に鞭が叩き込まれた。

 

『カズマちゃん、運が悪いなー』

 

  あっという間に小さくなった後方の馬車がその後どうなったのかは、カズマのみぞ知る。

 

 

 




三話で終わると思った時期が私にもありました。
出発でまさか一話使うとは。
プロット直します。
読むのしんどいかもですが、次話から2、3倍の文字数にするかもです。


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二十三話 過負荷流、情報収集

 ー職人の街ブレンダンー

  昔から石や砂、木材といった建築に適した材料が豊富にとれることで発展してきた街。男性は子供の頃から親や親戚の大工仕事を手伝い、建築系のスキルを身につける。やがて他の街へ仕事を求め出て行く者も多く、カズマの親方もその内の一人だ。親方は今、アクセルで働きながら日々後進にブレンダンの技術を教えている。

「すっごーい!見なさい皆。アクセルよりも高い建物が多いわ!」

  馬車からいの一番に飛び出したアクアが、高い建造物を見上げる。続くめぐみんも感嘆の声を漏らす。

「私、ブレンダンは来たことありませんでしたが、さすがは職人の街。技術力は世界一ですね」

  アクセルでは木材をメインに使用した家屋が多いが、ここブレンダンではコンクリートで造られた家もある。4階くらいの家をコンクリートで造るのは、この世界だと建築スキルを覚えた職人が必要だ。

『職人技が光るってやつ?家が凄いのは認めるよ。けどここは早いとこタディオさんの捜索を始めないと』

  球磨川は手近な民家の外壁を叩いたりしつつ、アクアらに先を促す。馬車で相当時間をくったので、間も無く日没といった時刻。

「ノーヒントで捜すのは非効率だ。ブレンダンはアクセルと比較すると狭いが、あてもなく捜索してもタディオ氏は見つからないぞ」

  一番最後に馬車から降り立ったダクネスは、建築物には目もくれず。一度訪れた経験があるような反応。ベルディア討伐の報酬額を耳にした際も、あまり驚かなかったダクネス。どこか一般人とは感性が違うようだ。

「どいたどいた!」

『おっと』

  角材を運ぶ職人達が続々と道を通り、球磨川一行は邪魔にならないよう隅に避ける。石畳は日本と同様、馬車が通る車道と、歩道に分けられていた。

『アクセルの冒険者も荒くれ者ってイメージだけど、ここの職人さん方も別のタイプの荒くれ者のようだね』

「タディオ氏は、業界だとかなりの有名人なんですよね?なら、そのへんの人にでも聞いてみましょう」

 

  アクセルより人口も少なければ、街を出歩いてる人の年齢層も幾分高い。

  子供達がどんどん他の街に出て行ってしまう為、若者が減少傾向にある。せっかくの技術力だ。後継者を育てていかねば、まさに世界の損失。技術者じゃなければブレンダン在住でもない球磨川が心配しても、どうにもならないが。

「あの人なんかいいですね」

『ん、頼んだよ』

  街の入り口で警備を行うおじさんに、タディオ氏の居場所を聞いてみるめぐみん。

「すみません、少しお聞きしたいのですが」

「おう、どうしたんだい。観光かな?お嬢さん」

  安っぽい鎧と兜が印象的な、どこにでもいそうな中年だ。

「この街に、エンドゥ・タディオ氏がいると聞いたんですが、今どちらにいるかご存知ですか?」

「…なんだと?」

 

  にこやかだった警備のおじさんは、タディオの名前で途端に不機嫌そうな顔をした。めぐみん達が馬車から降りてきたところを見ていたので、部外者と推測する

「お前達、タディオの野郎を捜しに来たわけか。あの裏切り者を…!」

「う、裏切り者?」

「名前を聞くだけで(はらわた)が煮えくりかえるぜ。失せな!!さもないと承知しねーぞ」

「ひっ!」

「めぐみん。こっちへ来るんだ」

 

  穏やかじゃない空気に、ダクネスがめぐみんを抱き寄せて守り、球磨川がかわりにおじさんと相対する。

『裏切り者とはどういう意味ですか?名前も聞きたくないほど恨みに思うなんて、尋常じゃないですよね?』

「聞こえなかったか?この街から消えろって言ったんだよ。アイツの関係者は出入り禁止しろって命令されてんだ」

『命令ですか。けど、たっかーい交通費をかけて来たからね。はいそうですか、とはいかないよ。理由くらいは教えて貰わなきゃ』

「ちっ、最近のガキは…」

  おじさんが腰の剣に手をかけた。

  何がそこまでおじさんを駆り立てるのか。そのような命令を下した人物はどこの誰なのだろう。

「ね、ねえ球磨川さん…。周りの人達もタディオさんの名前が出てから、こっちを睨んできてるんですけど。ちょっと怖いんですけど!どうしよう!」

  学ランの裾を引っ張るアクアは、周囲の視線で青ざめている。

 

『どうにも、言葉が通じないみたいだね。技術はあるのに知能は低い。そう、物語に出てくるドワーフみたいな人達なのかもしれないね』

「痛い目みないとわかんねーか!!」

  おじさんが剣の柄を握る。

『おやおや。僕の発言が正しいから怒ったの?的外れだったなら、そんなに怒らないはずだ。加えて、暴力でしか物事を解決出来ないから自慢の剣で脅そうと思ったわけ?頭の悪さを自ら露呈するだなんて、お茶目なおじさんだ』

「なっ…!」

  普通の観光客ならこの段階で逃げ帰る。現にこれまでは剣の脅しで沢山の部外者を追い返してきた。…剣で斬られる可能性も考えずに挑発してきた人間は、球磨川が初。とんだ命知らずがいたものだ。

  おじさんはどう球磨川を追い返したものか、次なる手を考える。

『あは!なーに吃驚してんのさ。剣をちらつかせただけで怖がるとでも?善良な旅行客に武器を突きつけて追い返す仕事なんだね、おじさんの職業は。タディオさんって有名人なんでしょ?僕達以外にも訪ねてくる人はいたと思うんだけど、全員追い返してるんだ!ご苦労様。』

「…!ち、ちがう…。そんなことは」

  お互いの吐息がかかる距離まで顔を接近させた球磨川に、まともに返答出来ない。球磨川の過負荷(ボイス)は耳にするだけで心を抉られる。

 

『違わないよ。』

『ちっとも違わない。お前がやってることは野蛮極まる、愚かで劣悪な行為だよ。剣で斬っていいのは、斬られる覚悟があるものだけだって。…何のセリフだったっけ。』

 

「ちが、俺は命令されただけで…」

 

『何、人のせいにするの?お前の脳みそは何のためにあるんだよ。…タディオって単語を聞くと腸が煮えくりかえるって言ったよね。実際に煮えくりかえってるかどうか、いっそその臓物(ハラワタ)をブチ撒けてみる?』

「う…う。」

  謎の正義感に突き動かされていたおじさんに、球磨川の容赦ない口撃がクリティカルヒット。

『タディオさんは…まあ街の人達に嫌われるなんらかの理由があるのかもしれない。けど、タディオさんを訪ねに来た人たちはどうだい?全員が全員、悪人だと断定できたの?旅行先で唐突に剣で脅された人が人間不審にならないことを願うばかりだよ、僕は』

「あ…!」

  家族ぐるみの観光客には小さな少年少女もいた。生まれて初めてだったかもしれない旅行で殺されかけた恐怖はどれだけの衝撃か。

「あああ…!」

  このままだと、おじさんは精神に異常をきたしそうだ。膝をガクガク震わせ立っているのもやっと。人生で初めて遭遇した【過負荷】はおじさんの心にトラウマを何重にも植え付けた。

「俺は…なんてことを…」

  遠路はるばるブレンダンの観光に訪れた人々を、剣で怯えさせてしまった過去は変えられない。

『でも良かったね!不幸になった人間達のことなんて頭の片隅にすら残さず、さながら街を外敵から守る英雄を気取れていたわけだろ?おじさんが幸せそうで何よりじゃない!』

「ちが、ちがう、ちがう…」

  心が死んだ中年が、膝から地面に落ちた。

 

「それくらいにしておけ、ミソギ」

  ダクネスに背中を小突かれ、球磨川から放たれていた恐ろしい雰囲気は霧散する。もっと早く止めてやれよと、ダクネスを責める人はいない。例え身内であっても、過負荷を抑えるつもりがない球磨川の言葉は、精神を削り、破壊しそうなくらい性質が悪かった。

  むしろ声をかけられただけで大金星なのだ。

『あちゃー』

  振り向いた球磨川は、ダクネス、めぐみんが不安げに自分を見ていたことに気がついた。

『…てへっ!僕としたことが、ついつい暴走しちゃったよ。警備のおじさん、ごめんなさーい』

  いつもと同じひょうきんな球磨川に戻って、女性陣がホッと息を吐く。

「ダクネス、ミソギってたまに怖くなりませんか…?優しく爆裂魔法を褒めてくれるミソギとは全然違う人格が現れるかのように」

「そうだな。もしもあんな風に罵声を浴びされたらと思うと…。…くっ!たまらん…!」

「あ、聞く相手を間違えました」

「そんなに怖かったかしら?私は逆にスカッとしちゃったんだけど、ダメ?」

 

  球磨川とおじさんのやり取りを見物していた住民達は、おじさんよりはダメージが少なくて済む。それでも、過去観光客達にどれだけ可哀想なことをしてしまったのか、多かれ少なかれ心は抉られた。皆バツが悪そうにそれぞれ散って行く。

  人垣があった付近には、一人の少年が残る。

 

「パパがひどいことして、ごめんなさい!でも、パパもやりたくないっていってたんです!」

 

  5歳前後の少年は警備のおじさんと球磨川の間に割って入る。

「パパ?この子、おじさんの息子さんでしょうか?」

『そのようだね。君のパパはやりたくないって言ってたの?坊や』

  球磨川はかがんで、男の子と目が会う位置まで顔を下げた。

「うん…。【りょうしゅさまのめいれい】っていってたよ!」

「領主様の命令!?」

  驚きはダクネスのもの。最近随分と話題になる脂ギッシュな領主。もう関わりたくもない。後生だから。

『…つまりアルダープさんが、タディオさんに会いたがる人をブレンダンに入れないように命令した、と。』

「タディオ氏とアルダープ氏の間に何があったのでしょう?」

  球磨川とめぐみんは二人して腕を組む。タディオがアルダープの機嫌を損ねたのは間違いない。が、直接本人に事情を伺わないと真相はわからないまま。やはりタディオの所在が鍵となる。

『仮にも子持ちなら、我が子を愛する親の気持ちとやらがわかるはずなのに。観光客を追い返していたんだねぇ。もう笑えるよ、ここまでアホだと』

『おじさん、起きて!』

  【大嘘憑き】を使用して、おじさんの精神崩壊を無かったことに。

「はっ!?俺は…?頭が…!」

「パパー!」

  少年が駆け寄る。

「レイ!?どうしたんだい、パパの仕事場まできて」

  仕事場に突然現れた息子。ひとまず抱き留めて視線を移すと、

「…!!!」

『おかえり。早速だけど、改めてタディオさんの所在を教えてもらえる?』

  おじさんの頭上から、親子の抱擁を見下ろす球磨川。さっきまでの記憶がいっぺんに蘇った。

 

「ひぃっ!教えますから、何卒!」

 

  精神崩壊を無くそうとも、トラウマは消えないらしい。

 

 




めぐみん、ダクネスとかには過負荷を極力抑えてるみたいですね、裸エプロンさんは。原作で中学生相手に手加減したようなもんですかね。

臓物をブチ撒けろ!


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二十四話 神への訴え

アクア様…


  親切心から過ちを教えてあげただけで精神が弱ってしまったおじさん。目を合わせようともせず、正気を保つ一環で息子を力強く抱きしめている。球磨川は首をかしげながらも、知りたいことを一つ一つ確認していく。

『最初に、おじさんの名前を教えてくれるかい?』

  いつまでも『おじさん』呼びでは締まらない。

「お、俺はランサンだ。もうわかってると思うが、ブレンダンで警備の仕事をやらせてもらっている」

  ランサンは自慢の剣も薄い兜も地面に置いて、敵意がない事を知らせている。

『よろしくね、ランサンさん。僕はミソギ。そっちの女の子らは順番にアクアちゃん、ダクネスちゃん、めぐみんちゃんだよ』

  球磨川が手で指し示し、女の子らを紹介。名前を呼ばれ一礼する女性陣に、ランサンも頭を下げた。

 

『改めて、本題。一番知りたいのは、タディオさんが何故嫌われているのか、だね』

「私も気になってました。親方の話を聞いた限り、冒険者としても建築家としても一流なんですよね?タディオさんは。街の人たちから尊敬されこそすれ、ここまで嫌われるとは思えません」

 

  街に到着してすぐ、タディオの所在を質問してきためぐみんを邪険にした事を引きずっているらしく、めぐみんからも目をそらし続けるランサン。

「あ、ああ。まず、皆は領主アルダープ様を知っているか?」

  恐る恐る。ランサンがアクア、ダクネスの顔色を伺う。

「誰よソレ。私が知るわけないじゃない。その人がどうかしたの?」

「はあ、どうにも、タディオの奴がアルダープ様の顰蹙を買ったようで…。タディオが住むこの街に、先ほどのような決まり事が生まれたんだ。街にタディオの客人を入れてはならないってやつだな」

  おじさんは噛みそうになりつつ説明を続行した

「実は数ヶ月ほど前、アルダープ様がこの街にきたんだ。で、タディオに屋敷の改装を依頼したそうなんだよ。タディオも領主から直々に頼まれて悪い気はしなかったのか、その日すぐにアルダープ様と共にお屋敷へと向かって旅立ったらしい」

  【空間の魔術師】の異名は国全体に広まっており、各地から依頼が来ていたそうだ。建築関連の仕事はもちろん、未だ、冒険者としてのタディオに依頼が来ることも。

『そうなんだ。で、可能性としては、屋敷でタディオさんが何かしらやらかしたと』

「確証はないけど、まあそんなところかと。そうじゃなかったら領主様があんな命令するわけないからな」

『りょうかーい。経緯はわかったよ。アルダープさんがタディオさんを嫌う理由は想像がついた。じゃあ、街の人がタディオさんを嫌う理由を教えて』

「それは…。」

『ん?』

「…あれ?」

 

  ランサンは自分の頭を抱えたまま黙りこくってしまった。

  額にジワリと汗を滲ませ、懸命に思い出そうとしている。

「…わからない。」

 

「わからない?ランサンさん、それはつまり、理由も無く人を嫌っていたってことかしら?」

  唇を尖らせたアクアは、そんなはずないでしょと付け加えた。

「人が人を嫌うには、理由があるはずだわ」

  ランサンにしてみても、アクアの言う通り。自分は何故、タディオを訪ねてきた客人を門前払いするほどに、彼を嫌っていたのか。考えても考えても、脳は何も返答しない。

「ばかな!」

「や、そのセリフは我々のものなんだが」

  ただランサンを見ていただけのダクネス。が、ランサンは敵意のこもった視線と受け取り、軽いパニックを引き起こす。

「俺がタディオを意味も無く嫌うはずがないっ!…ないんだ。領主様が先日来る前までは、街の皆がタディオを誇りに感じていたんだから!まるで…タディオを嫌うように脳が【コントロール】されている感じがする…」

  こんなの、説明になっていない。皆も納得しないはず。もっと他の言い方はないのか、焦れば焦るほど思考は滞る。

「うまく言葉には出来ないがっ!気づいた時には、タディオを嫌っていたんだよ!」

  結局うまく説明出来ず。だが。それでも、球磨川は納得する。

『いやいや、ランサンさん。それでぼんやり分かってきたよ。』

「えっ?」

『アルダープさんは、人心掌握のスキルでも持っているのかも。領主としての素質も、僕の本質を見抜く程度にはあったわけだし、結構やるじゃない。街の住人が全員マインドコントロールされていると仮定して、かなりのスキルだよこれは』

 

  感謝状の一件で床に押さえつけられた恨みは、近いうちにアルダープ本人へ返せるかもしれない。人の心を操る術がなんであれ、かつての学友。須木奈佐木咲のスキルを上回る確率は低い。アレは一種の完成系だった。むしろアルダープが彼女のスキルを上回ってくれていたのなら…何も不都合は無い。球磨川にとっては僥倖だ。

 

「アルダープ氏のお屋敷へ行ったきり、タディオ氏の行方はわからないんですか?」

  顔を背け続けるランサンを杖で小突きたくなる衝動を抑えた、めぐみんの念押し。

「そうだ。あれっきり、ブレンダンには帰ってきてないな」

 ブレンダンまでようやくやってきたのに、目的の人物はアルダープの屋敷にいる。

 

「いや、まいった!アルダープ様のお屋敷には簡単には入れないぞ。相手は大領主であり貴族。私達、下々の人間はアルダープ様に謁見するのもおこがましい。諦めるしかないな。諦めよう。諦めるよな?諦めると言ってくれ」

  ならアルダープの屋敷にいこう。なんて無謀なことを球磨川が言い出す前にダクネスが説得を開始。それほどアルダープとは会いたくないらしく。

 

『行くだけ行くでしょ!…今日はもう遅いからブレンダンで一泊してさ。明日また行ってみようよ』

「行くのか!?門前払いが関の山だぞ!いいのかそれで!本当にいいのか!?」

『なんか、ダクネスちゃんがいれば屋敷に入れてくれそうな気がするんだ』

「待って、待ってくれ!やだぞ。私は嫌だぞ!!」

  いつになく必死なダクネス。

  球磨川は縋り付いてくるダクネスの頭を、子供をあやすようにポンポンと叩く。それから、呆れた顔のめぐみんに向き直り、

『めぐみんちゃん。ダクネスちゃんと協力して、今晩の宿を予約してきてもらえる?僕、ちょこっとアクアちゃんと話したいことがあるんだ』

「…わかりました。宿は任せて下さい。行きましょうダクネス。明日に備え、今日は英気を養うのです。ええ。それには良い宿が必要ですから!」

「うう…。行きたくないよぉ…」

 

  気が利くめぐみんに引きずられて、ダクネスは街の中心部方面に消えていく。ランサンとその息子にも、もう帰って良いと告げた。

 

「はい、じゃあ、我々もこれで」

  そそくさと帰路につくランサン。

 

 街の入り口で二人きりになった球磨川とアクア。

「なーに?話って」

 キョトンとする女神様。もしかしてマイホームへのお誘いかと、ソワソワと落ち着かない。

『…さっきアクアちゃんが美しい言葉を言ってたね。人が人を嫌うには理由がある、だっけ』

「言ったわ。人が人を好きになるのは理由がいらないけど、逆は無いわよね?」

  マイホームの誘いではなくてわずかに気を落とした。

『僕はそうは思わない。寧ろ真逆だとさえ考えるよ。タディオさんの一件は、アルダープさんの仕業である可能性が濃厚だけれど。本来。人が人を嫌うのに、理由なんて無い』

「そうかしら。女神としては、そんなことないと思うけど」

  アクアにだってプライドはある。日本担当だった頃、漫画やゲームの片手間に人間観察も行っていたのだから。

『いやー、人間って神様が考えてるほど高尚じゃないのかもね』

『なんとなくムカつく。』

『なんかわからないけど嫌い。』

『とりあえず殴りたい。』

『生まれた時から憎かった。』

『ゲーム感覚で殺してみたかった。』

『天気がいい。だから殺す。』

『…こんな思考を持った人間を、僕は何人も知ってるよ。』

  アクアはおし黙る。否定するのは簡単だ。が、球磨川のセリフには謎の説得力が備わっていた。

「…人類が70億人いたら、一人か二人はいるのかもしれないわね」

『いいや。そういうことじゃないんだ。生まれながら思考回路が変な奴なんてごまんといるさ。僕が言いたいのは…存在するだけで、人の悪感情を呼び覚ましてしまう存在がいるってことなんだ。聖人君子でさえ、怒らせてしまうような』

「んー、球磨川さんの話、結構難しいわね。何が言いたいの?もっとわかりやすく説明して。大切なとこだけ説明して!」

『ごめんごめん。僕はアクアちゃんに、知っておいて欲しかったのさ。ただ、それだけ』

 

『君のような神様に、僕たち過負荷の存在を。価値が無く。なんとなくで迫害される。社会から疎まれる。理由も無

 く人から嫌われる。そんな存在を。』

 

「…よくわからないけど、わかったわ!今度から、人が理由も無く人を嫌うはずがない。とは言わないようにするから。お腹が空いたし、私たちもめぐみんのとこに行きましょう!」

 

  アクアは見慣れぬブレンダンの風景を楽しみながら、小走りでめぐみん達を追いかけていった。

『ふっ。よくわからない、か。…まあいいや。』

  どうせ、今の会話はエリスも聞いていたはずだ。ならば良い。

『待ってよアクアちゃーん!』

  神へ直接訴えられる機会なんて、異世界に来なければ得られなかった。今のところは、これで充分だ。

 

 




『天気がいい。だから殺す。』
これは違う思うのです


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二十五話 シングルベッド

ラブコメの波動を感じる!


  めぐみん、ダクネスの両名は比較的街の入り口近くの宿屋を選んでおり、球磨川とアクアもすぐに見つけられた。

  それなりに大きな宿屋で、他の客も多く。

  コンクリートがむき出しの外観はやや寂しさを感じさせるが、はめ殺しの窓からは内部の灯りが漏れ、中々幻想的だ。敷地内には沢山の緑が植えられていて、 良くも悪くも街の景観にマッチした建物である。

 

「立派な宿屋ね。ひょっとしてお高いんじゃないかしら。見て見て、球磨川さん!あの絵とか絶対高いわよ」

  ロビー内では先に予約に来ていた二人が、これまた高級そうなソファに座って待機していた。

  アクアがロビーに飾られた壺や絵画を見ながら貧乏人と思われてしまいそうな言葉を述べる。

 

「ミソギ!アクア!こっちだ。どうにか当日で部屋を確保出来たぞ」

 

  ガラスのテーブルに、サービスで提供されたコーヒーが4つほど湯気をたたせている。あらかじめ頼んでおいてくれたのだろう。

『ありがとね、二人共。にしても職人の街にこれだけ立派な宿屋があるとは意外だよ』

「ふふん。この私が疲れを癒すに相応しいじゃないの!…あの、つかぬことを聞きますが、私の料金的なものはどうなるんでしょうか?」

  球磨川とアクアも二人と向き合う形でソファにお尻を沈め、コーヒーに口をつける。

『ははは。そんなこと気にしないでよ。アクアちゃんの料金は、ちゃんとカズマちゃんに請求しておくから!』

「デスヨネー。わかってたわ…」

 

  目のハイライトをなくした女神様は浄化されたコーヒー(お湯)を数口のんで、今晩の宿が何日分の労働で賄えるかを計算し、心でカズマに謝罪。

  そもそもカズマの安否は気にならないのか。…頭がキレ、やる時はやる男なカズマさんなら大丈夫だと、アクアは考えていた。

「ひとつ!重大なことがあります」

 

 カチャッ。

 

  甲高い音を奏でコーヒーカップを置いためぐみんが。

  ダクネスはコーヒーの中で渦巻くクリームに視線を落としたまま微動だにしない。

 

『なに?改まって』

「部屋はとれました。」

『聞いたよ』

「…とれましたが、二部屋しかとれなかったのです」

 

  ここの宿屋は基本的に一人部屋か、二人部屋しか用意していない。予約に来たのが遅く、既に空いている部屋が少なくなっていた。人数分の部屋をとれなくても、まあ仕方あるまい。

 

「ふーん。そゆこと」

『そんなに重大なことかい?確かに、誰かが僕と相部屋なのは同情するけどさ、ベッドだって人数分あるんだろ?』

  アクアと球磨川が、大したことじゃないじゃんとコーヒーを飲み干した。

 

「いえ。とれた部屋は、両方一人部屋です。つまり!…そういうことかと」

『!』

  球磨川の顔をチョイチョイ見るめぐみんの顔が、ほんのり赤い。

  一人部屋にはベッドが一つ。球磨川は、『(これはドキドキイベントを発生させたのでは?)』と、心躍らせる。

 

『なにーっ!?それはそれは、非常によろしくないね!若い(約一名除外)男女が同じ布団で、だなんて。ひと昔前の少年ジャンプなら規制されかねない由々しき事態じゃないか!』

  ソファから立ち上がって手と足をワタワタ動かし、わざとらしく慌てる。

「さりげなく、私が除外されたような気がするんだけど!私も若いんだけど!」

  球磨川の括弧に括弧を重ねた本音を女神パワーで感じ取ったアクアが喚く。

「どうする、ミソギ。お前が構わないなら、私が相部屋になっても良いぞ。お前には命を救われたわけだし。まさかめぐみんやアクアに可哀想な事をさせられないだろう。…これは!仕方なく言ってるだけだぞ!勘違いするなよ」

『…可哀想?』

  ダクネスは焙煎前のコーヒー豆くらい真っ赤な顔を上げた。言ってることは仲間を思ってカッコいいものの…。下心が透けて見える。肝心の球磨川にはバレていないようだが。

「なっ!?待って欲しいのです。時折世間知らずな一面を見せるダクネスには、まだ早いと思います。ここは同じ爆裂を愛する者として!私が犠牲になるべきかと!」

  予想外のダクネスの発言に慌てためぐみんは、立ち上がって自分の胸元に手を当てた。

『可哀想…。犠牲…。』

  球磨川があまりの言われように傷つき、ヨロヨロとソファに腰を戻す。

  女子二人は照れ隠しで思わずキツい言い方になってしまったことに気がつき、焦った表情になる。

「そんなに嫌なら、私が球磨川さんと相部屋でいいわよ?宿代も出してもらうわけだし」

「「それはダメ!!」」

「な、なんでよー!」

  せっかく、アクアが空気を読んだつもりで出した案を、口を揃えて却下する二人。

  可愛い女の子三人の内、誰と相部屋になるか悩んでいる。他の利用客は球磨川をとんだリア充野郎だと認識して、怨念や怨嗟の込もった視線を送る。

『…アクアちゃん。一緒の部屋でもいいかい?』

  自慢じゃないが、球磨川さんは女の子にモテたことは無い。どこかの難聴系な男子高校生と違い、好意を寄せてくる女の子への対応には慣れていないし、女の子が自分なんかを好きになる筈がない。そうした大前提が彼の中には存在している。めぐみんとダクネスの発言が照れ隠しだと完璧には見抜けなかった球磨川は、女神と相部屋になるのが無難だと判断した。

  これからの冒険を経てプラスになるにつれ、自己評価の低さを改善していくのも大切だ。プラスになれるのかは甚だ疑わしいが。

 

  更に言うなら。言葉の上で、アクアだけが球磨川との相部屋に好意的な発言をしてくれた。

  自己犠牲的な発言をした女子二人よりは、相部屋を頼みやすかったのだ。

 

「いいわよ。さ、部屋決めも終わったし、ご飯にしましょう!」

『ありがとう、アクアちゃん』

  宿屋には宿泊客以外でも利用出来るレストランが入っている。

「「くっ…」」

  球磨川をアクアに取られ面白くない二人が、悔しそうに後に続いた。この嫉妬が恋愛感情からなのかは、本人達にもよくわかってはいない。

 

 ……………

 ………

 

  レストランで空腹を満たし、その後大浴場で疲れを癒した球磨川。

  めぐみんから受け取った部屋のキーを片手に、階段を上る。部屋の前では髪を湿らせたアクアが既に待っていた。

『あれ?アクアちゃんのほうが早かったんだ。僕って長風呂なのかな』

「ううん、私もさっきあがったばかりだから気にしないで。それより、今日の部屋を早く見たいわ!球磨川さん、鍵をあけてちょうだい!」

『はいはーい』

 

  ドアの鍵をあけて、中に入る。

  部屋の床にはカーペットが敷かれ、ふかふかのベッドと、デスクがポツンと置いてある。日本のビジネスホテルと比べるのは酷というもの。普通に一夜を明かすだけなら申し分ない。

「ベッド!ベッドだわ!藁じゃないのって、こんなに素晴らしいのねっ!」

  シングルベッドにルパンダイブを決め込んだ女神様は、枕に顔を埋めてご満悦。

『いやいや、案外良い部屋じゃないか。これなら僕は床でもいいや』

「え、いいの?身体痛くなっちゃうわよ?ベッド、半分使ってもいいのに」

『男子高校生を、あまり挑発するものじゃないよ。いいから、アクアちゃんはベッドで寝てよ。』

  女神のありがたい申し出ではあったが、カズマのことを考えると添い寝であっても遠慮しておくべきだ。エリスや安心院さんが逐一監視してるとは限らないが、自重するのも大事である。

 

  自分の学ランを丸めて枕にし、球磨川は眠りに落ちていく。

  馬車での移動は楽しい反面、乗り心地は悪く。身体に疲れが残っていたらしい。五分もせずに意識を手放せた。

 

 ー数分後ー

 

「な、なな!何をやっているんだお前たちは!!」

 

『…ん!?』

 

  眠りについた直後。部屋のドアからダクネスとめぐみんが乱入してきた。そしてなんでか怒っている。

 

「ミソギには幻滅しました」

  パジャマに着替えためぐみんは、眉をヒクヒクさせて球磨川を見下す。

 

『あれー?』

「ぐー…。ぐー…」

 

  二人が怒っている理由はすぐにわかった。ベッドに寝てたはずのアクアが、寝相の悪さで上から落ち、球磨川に軽く被さるような体勢で寝ていたからだ。どれだけ眠りが深いのか。

 

「だから私がミソギと相部屋になると言ったんだ!」

「ぶっちゃけ、状況は把握しましたが。…それでも許せませんね。私達ではなくてアクアを選んだところが特に」

 

『これ、噂に聞くラッキーなんとか?なんにしても。めぐみんちゃん、ダクネスちゃんにこれだけは言っとくよ』

 

「なんでしょう。辞世の句ですか?」

 

『僕は悪くない!!!』

 

  本当に、悪くない。が、無情にもめぐみんとダクネスに憂さ晴らしされるのは避けられなかった。

  布団を被せられ、その上から何度も軽く叩かれたりくすぐられたり、余計に疲れる結果になってしまった。

 




『え?なんだって?』


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二十六話 豚に真珠

クマーとパーティ組むのって、心臓に悪いですね


 ー翌朝ー

  球磨川&アクアペアは、揃って寝起きが悪い。アラームもセットせずに寝たことで、起こしに来たのは出発する準備を万端に整えたダクネスとめぐみんだった。

「何故まだ夢の中なんだ。だらしないぞ二人とも!」

  アクアを揺すって起こすダクネス。

「んんー!…くぅ。あら?」

  寝ぼけ眼で身体を伸ばすアクア。いつもと違う天井に数瞬戸惑う。部屋の中を見渡すことで、ここがブレンダンだと思い出す。

「おはよう」

「お、おはようダクネス。どうしたの?怖い顔しちゃって」

  鎧と剣で武装したダクネスは凄みのある笑顔をアクアに向けた。

「そうかそうか。私は怖い顔をしているのか。もしそうなのだとしたら、理由は一つ。時刻はもう【おはよう】から【こんにちは】になりつつあるからだな」

  昨日は折角の移動虚しく、タディオに会うことが叶わなかった。タディオの最後の行き先が、アクセルにある行きたくもないアルダープ邸とのことで、また馬車に揺られる必要がある。であれば、ちょっとでも早くアクセルに到着すべく起床時間も早めるのが普通だ。アクア達を部屋で待ち続けていた時間が惜しい。

「ほらほら。ミソギも早く起きてくださーい!置いてっちゃいますよ!」

  自慢の杖で球磨川をつつくめぐみん。足から腰、肩を順番に突いていく。あまりに起きないので痺れを切らし、軽いビンタの要領で頬を叩く。

 

「しかたないですね。起きないのが悪いんですから」

 

 ペチッ。

 

 球磨川の頬に触れた途端、感じる違和感。

 

「……ひっ!?」

 

  球磨川の体温が不自然に低くて、思わず手を離してしまう。死後、人間の体温は下がる。さながら、球磨川の体温は死人のそれと変わらない。たまらず尻もちをつくめぐみん。

「どうしたんだ?」

「み、みみ。ミソギが…!」

  不審に感じたダクネスも球磨川に触れてみる。

「…!これは」

  異変と見て即座に脈をはかる。

「なによ、どうしたの?」

  ベッドの上のアクアが、まだ眠そうに聞く。

  ダクネスは中々脈を発見できない。なにせもう、球磨川の脈は止まっているのだから。

「…死んでる」

「えっ」

 

 ………………

 ………

 

  同時刻。アクセルにあるアルダープの屋敷。その地下では、アルダープがある存在と二人きりで対面していた。

 

 ヒュー…、ヒュー…、

 

  冷たい地下室の中には、喘息のような息づかいが途切れ途切れに響く。屋敷の主アルダープは嫌そうに、音の元凶へ言葉を投げかける。

「マクス!首尾はどうだ」

  マクスと呼ばれた、一見整った容姿の青年は、虚ろな目でアルダープを見つめる。

「ヒュー…、ヒュー…、アルダープ、アルダープ!おはようアルダープ!」

「呑気に挨拶などするなっ!」

 

  アルダープはマクスなる青年を二度、三度蹴り飛ばす。手の中に丸い石を持ったアルダープが、へたり込むマクスに怒鳴りつけた。

「昨晩命令したことは出来たのか!」

「ヒュー…。ヒュー…。昨晩。昨晩?何か昨晩言ったかい?アルダープ」

「ちっ!やはりゴミ以下の悪魔だな貴様は!」

 

  悪魔。アルダープはマクスを悪魔と呼んだ。比喩でもなんでもない。眼前の喘息男は、手に持つ丸い石…神器を使用してアルダープが呼び出した、正真正銘の悪魔なのだ。記憶力が皆無なハズレ悪魔。使いようによっては役に立つこともあるので、こうしてアルダープが地下で秘密裏に使役してやっている。

 

「ええい、クマガワ ミソギと名乗る不気味な小僧と、忌々しいダスティネス卿の奴を呪えと命じたではないかっ!」

  未だ横たわったままのマクスにストンピングをしながら、オマケに唾まで吐き掛ける。

「ヒュー…、聞いてよアルダープ!ちゃんと呪いはかけたよアルダープ!近くに邪魔な光があったけど、頑張ったんだよ!…それでねアルダープ」

「なんだ!?」

  名前を何度も呼ばれただけで苛立ったらしいアルダープは、もう一つ蹴りを放った。

「ゴブッ!…ヒュー、クマガワっていう男の子。呪いをかけたら一瞬で死んじゃったんだよアルダープ!」

「…なに?」

「ごめん、ごめんねアルダープ!あんなに弱いなんて思わなくて!ヒュー…、ヒュー…、」

 

  クマガワミソギ。魔王軍幹部を討伐したことで莫大な報酬を得た男。アルダープが嫁にしたくて堪らない、ダクネスの抱擁を受けていた憎たらしい小僧。

  あの場で殺してしまいたかったが、グッと堪えて。マクスに呪いをかけさせジワジワと死に至らしめるつもりでいた。…それがこんなにも早くこの世を去るとは。

 

「ふ。ははは、はーはっはっは!マクス!!貴様、ようやくまともに役に立ったではないか!ふはは!ざまあみろ、クソ生意気な小僧めが。ワシのララティーナにちょっかいかけるからだ!」

  醜く肥え太った全身をプルプル震わせながら、腹を抱えて笑い声を地下にこだまさせる領主。

  「ヒュー…、ヒュー…、アルダープ!君は今日も素晴らしい感情を放っているねアルダープ!でもその感情は僕好みじゃないよ」

「マクス!その調子で次はダスティネス卿を呪うのだ!良いな?呪って呪って、殺してしまえ!」

「ヒュー…、ヒュー…、わかったよアルダープ。頑張るねアルダープ!」

 

  球磨川の死でスッキリした領主様は、最後に一発マクスを蹴り、鼻歌交じりで地下室を後にした。

 

 ……………

 ………

 

  『…おや』

 白い空間。宿屋で目覚めるはずの球磨川が目を開けると、エリスの間にいた。女神エリスが、深刻な顔で球磨川を覗き込んでいる。

「よかった。やっと起きたんですね、球磨川さん!」

  ニコッと微笑む女神様は今日も今日とて可愛らしい。

『エリスちゃん。てことは、僕は死んだんだ。もしかして、ダクネスちゃん達に布団の上から殴られたからかな』

  上半身を起こす。昨夜の出来事を遡っても、死に至りそうな原因はそれくらいしかない。

「それは違いますよ」

『違う?』

「はい。貴方は、とある呪いによって命を落としました。とてもとても強力な呪いで、です」

『の、呪いってエリスちゃん。今は21世紀だぜ?何を非科学的な。あ、ここは異世界だから不思議は無いのか』

  エリスは答えず球磨川の頬に手を添える。

 自分の世界を救うと決意して、不運にもまた、命を落とした少年を尊ぶように。

「…地獄の公爵。つまり最強クラスの悪魔から、球磨川さんは呪いを受けたわけです。ブレンダンにも、アクセルにも、このクラスの呪いをとけるプリーストはいないくらいの強力なヤツを。呪いだとすら認識出来ずに、病と勘違いしてしまう人も少なくありません」

『地獄の公爵?なんでそんな中ボスっぽいのが僕なんかを呪うんだい?』

「中ボスどころか、裏ボスなんですけどね。公爵級の悪魔は私たち神々と、世界の終末をかけて戦う程の存在です。」

『へえ、そいつは凄いや。僕も、呪い殺されたのは初めての経験だぜ』

「…球磨川さんを呪った理由は、ダクネス達とアクセルに戻ったらわかります」

 

  球磨川から離れ、何もない空間にゲートを開くエリス。死者が生き返る為の出口だ。

 

「どうせ貴方はゲートを開かなくても、勝手に生き返っちゃうんでしょ?たまには、正規のルートで生き返って下さいね」

  ジト目で球磨川を見る。球磨川が不正に生き返る度に、エリスは後処理に奔走する羽目になっていたこともあり、今回こそはゲートから生き返ってもらいたい。

『君も僕をわかってきたじゃないか。けど。天界の決まりを守るか破るかは、僕が決めることだ。もっとも、エリスちゃんがわざわざゲートを作ってくれたんだし、今日のところは素直に従ってあげよう』

 

  ゲートの中に入っていく球磨川を見送るエリスは、思い出したように

「あ!球磨川さん、私の出したヒントを覚えてますか?」

『ヒント?さて、なんだったかな』

「…はぁ。やっぱり覚えてなかったんですね。もういいです。今なら、アクセルで事が済みそうですから」

 

  不機嫌そうに、プイッとそっぽを向く白髪の女神。それでも、実際機嫌は悪く無い。此度は球磨川がしっかりゲートを使ってくれたので、上の人から多少の注意はされても、始末書までは書かなくても良いのだ。ヒントに纏わる一件は、下界でまたクリスとして球磨川を導けば済む話。

 

『そ?あんまり言ってる意味がわからないけれど、…まあいっか。それよりも、僕考えたんだ。人の厚意に甘えてばかりなのはやっぱり良くないよね。てことで、今回も【大嘘憑き(自分の力)】で帰ることにするよ。お疲れちゃん!またねー』

  ゲートの奥までは進まず、その場で姿を消した球磨川。

「えええ!?逆に、始末書を書かなきゃいけなくなっちゃうので困ります!球磨川さんゲートから!ゲートからお願いします!!」

 

  女神エリスの言葉は、誰の耳にも届かなかった。ちょっとして、エリスよりも上の存在にあたる女神が不正な生き返りを咎めにやってくる。大量に、白紙の始末書を持参して。

 

 ……………

 ………

 

『ふわぁあ。』

  体感的には本日二度目の目覚め。今度こそ、ちゃんと宿屋の一室だ。

  大きな欠伸をすると、ダクネスが悲鳴をあげた。

 

「うわああ!生き返った!?」

  脈をはかるために握っていた手を慌てて離す。すぐ側のアクアも相当驚いて、球磨川をまじまじと観察する。

「嘘、まだリザレクションもかけていないのに…。どうなってるわけ?球磨川さんたら、不死身だとでもいうの?」

『やあ、皆さんお揃いで』

「…この間説明してくれたスキル。今ならすんなり信じられそうです。しかしミソギはどうして死んだのですか?そもそもとして」

 

  めぐみんは【大嘘憑き】を扱える球磨川なら生き返れると判断して、そこまで慌てはしなかった。それでも、実際に起きたところを見ると安心する。出鱈目なスキル持ちの少年は、一体何故死んでいたのだろう。…それとは別に、自分の中の死に対する考え方が変化してきたのは、ちょっと嫌だ。

 

『理由は僕にもわからない。誰かの仕業ってことだけは確かだよ。解明するには、とりあえずアクセルに帰らなきゃいけないみたいだね』

 

  立ち上がって、枕にしていた学ランを広げて羽織り、ついでに寝癖も櫛で梳かして直す。ようやく球磨川が生き返った衝撃から立ち直ったダクネスが問う。

 

「誰かの仕業なのか?それはどうやってわかったんだ」

『細かいことは気にするなよ。遅かれ早かれわかるからさ』

 

  呪い殺されるという貴重な体験をさせてくれた、まだ見ぬ悪魔にお礼を言うべく球磨川は歩き出す。エリスの言い方だと、アクセルに戻れば悪魔へたどり着くはず。もしくは、手掛かりを得られる。

  ダクネスは釈然としていないものの、球磨川が歩けばついて行くしかなかった。

 




私、気づきました!マクスウェルさんがいれば文字数が稼げてしまうことに!次回はマクスウェルさんの一人語りにしてみます!(嘘

ようやく球磨川を死なせられてホッとしました。


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二十七話 ヒヒイロカネ

どうなってしまうのか!


  骨折り損のくたびれもうけ。昨日を言い表すのにはこの一言が適切だ。アクセルから安くない料金でブレンダンまで来て空振りでは、肩すかしもいいところである。メンバーの中には命を落とす者もいる始末。

  街の警備ランサンによると、タディオはアクセルにいるらしい。

  結果的にはブレンダンまで来る必要はなかったのだから、やるせない。

 

「ねえ!ブレンダンまで来たんだし、少しだけ市場を見ていきましょう?このまま帰るのも味気ないわ!」

  宿屋から出てすぐに、アクアから提案があった。

「ブレンダンは、家の材料が豊富に採れる土地にあり建設業が盛んですが、ついでにパワーストーンでも有名な街ですからね。石の採掘量に比例して、パワーストーンも見つかるようです。かくいう私も、お土産屋さんを覗いてみたいです!」

「それはいいな!ブレンダンに来る馬車とは違い、アクセル行きの馬車は日に何本も出ているのだし。時間はある」

  豊富な種類と効果を備えたパワーストーンは、紅魔族の琴線にふれるらしく、めぐみんもアクアに同調した。

  ダクネス的には、アルダープの家へ行くのが先延ばしになるのなら何だって構わない。いっそ先延ばしにして、訪問イベントが忘れ去られることを期待する。

 

『パワーストーンか。物見遊山で来たわけじゃないけれど。ま、アクアちゃんの意見には賛同するよ。記念に何か買っていくのも悪くない』

 

  こうしてパーティはブレンダンの中心街にやって来た。

「こんなに大きな市場があったんですか…。アクセルと違った種類の店が多いです」

  大きな通りの左右に沢山のお店が展開する、商店街のような市場。

  魚介や精肉などの食材を扱う店はアクセルに劣るが、木材・石材等の資材や工具、家具を扱う店の繁盛ぶりは半端ではない。

  この街のみならず、遠方から買い求めに来ている客も多く。家具に関しては【ブレンダン製に間違いなし】というフレーズが世界中に轟いているらしい。お店とお店の隙間に、そう書いた旗が大量に設置されていた。

 

「アクセルでは、家具屋や工具店が少ないしな。品質にも違いがあって、貴族らもブレンダンで作られた物を取り寄せたりするみたいだ。安価なものでも、他と一線を画するな。案外、ブレンダン製の安い家具を好む貴族も多いぞ」

  何故か貴族情報に精通するダクネスさん。皆、そこは突っ込まずに、素直に雑学として頭に入れておく。

「あそこにお目当てのパワーストーン屋さんがあるわ。見に行きましょ!」

  アクアの背中を目に、球磨川は思案する。水の女神はやっぱりサファイアが好きなのだろうか。お店では、宝石の類も陳列されている。

 水=サファイアなんて等式が頭に過ぎってしまうのは、ゲームをやったことがある人ならしょうがない。しょうがないのだ。

「綺麗なサファイアね!私のイメージカラーにも合ってるし、文句のつけどころがないわ」

  ガラスのケースに入ったサファイア。アクアはケースにおデコと両手を付けるくらい、サファイアに夢中だ。

『この世界でもサファイアって採れるものなんだ。それにしてもアクアちゃんは僕の予想を裏切らないよね』

「なにが?予想??」

  手はケースにつけたまま、顔だけ球磨川に向けるアクア。

『ううん、こっちの話。』

「ミソギ、こっちのストーン達もかなりの効力がありそうですよ!」

「こちらの石も、結構な一品だな」

 

  女性陣は初めてデパートのおもちゃ売り場に来た子供の如くはしゃぎだしている。各ストーンの入った箱の上には店員が書いた石の説明が貼られており、確かに眺めているだけで楽しい。

『適当に、僕も見回ろう』

 

  まともに観光もしてないし、テンションが上がるのもわかる。せめてこのショッピングが彼女らに安らぎを与えてくれることを願う。

 

  少し経って。

 

『…おおっ!?』

  なんとなくで女子達の買い物に付き合った球磨川が、ある石の説明文に驚き、声をあげた。

 

【ラピスラズリ】

 ー効果ー

 ・最強の幸運をもたらす。

 

『すいませーん。これ、ください』

「まいどー!」

 

  店員さんをすぐさま召喚して、ラピスラズリを獲得。

『やったぜ…!』

 最強の幸運、なんと素晴らしい響きなのか。自分だけ石の購入を終えた球磨川はベンチに座り、ラピスラズリを見つめ恍惚の表情を浮かべた。

 

「あーっ、ずるいですよ!一人だけ早々にストーンを買っちゃって…。まあ!いいですけど」

  相談も無く、さっさと石を購入した球磨川を言葉だけで咎めるめぐみんだったが、球磨川が無駄に良い表情をしていたので許すことにした。

『ごめーん。だって、最強の幸運だぜ?全世界で僕が最も必要としている自負があるよ』

「私も!球磨川さん、私もこれが欲しいの。頑張るから!カズマさんと一緒に返済頑張るから!」

  好みのストーンを決定し、指をさすアクア。ひそかに巻き込まれたカズマさんだが、アクアの保護者なので泣いてもらおう。

 

『どれにしたの?サファイア?』

「おっしーい!けど、ブッブーよ!サファイアも捨てがたいんだけど、コレ。私はコレに決めたの!」

  指でさされたのは、サファイアの隣に並んでいたストーン。

『…アクアマリンか。なるほど、名前が同じだからだね?』

「ピンポーン!大当たり。女神と一緒の名前をつけてもらえるだなんて、この石は有史以来最高に幸運な石だわ!」

 

  アクアマリンを握りしめ、にへらと笑う女神様。代金をカズマと共にちゃんと返済するのならば、買うことに異論はない。

 

「アクア、たまには私が立て替えてやろう。ここずっと、ミソギばかりがお金を貸しているからな」

「いいの?ありがとうね、ダクネス!」

  財布からアクアマリン分の金額を手渡すダクネスは、気遣うように球磨川を見つめた。お金を手にしたアクアが、スキップで店員を呼びに行く。

『…ん。億単位のお金が入ったんだし、石の一個や二個、別に平気だよ』

「甘い!ミソギ、その考えは非常に危険なんだぞ。それと、女がお金を出すと言ったら、出させれば良いんだ」

『そうなの?』

「そうなのっ!…いや、そうなんだ。ともかく、お金は大切にしてくれ。友人間の貸借りであってもだ。散財して快感を得るような人間は、あの人だけで十分だから」

  ダクネスが思い浮かべたのは、湯水のようにお金を使っても、どういうわけか破産しない貴族。使えば使うだけ、帳尻を合わせるように資産が増えていく、悪徳領主。球磨川には、彼のようにはなって欲しくない。

『肝に銘じとくよ。それはそうと、ダクネスちゃんも早いとこ石を選んできな。種類豊富で、選ぶのが大変なんだしさ』

「わ、わかった!少しだけ店をまわってくることにしよう」

 

  入店してすぐに買いたい石を決めていたダクネスは、一直線に売り場まで向かい石を手に取る。

『…』

  ピッタリと後をついていった球磨川は、背後からダクネスが選んだ石をくすねた。

「なにをする!?」

  ついてこられていたことに驚いたダクネスを球磨川は片手で制して、次にめぐみんの元へ行き、同様に石を取り上げる。めぐみんの選んだストーンは、小さな箱に入っており、なんだか高級そうだ。

「わっ!?どうしました?ミソギ、それはパワーストーンの中でも随一の効果を秘めた、至高の品ですよ。返して下さい。手荒に扱っちゃダメですよ」

  めぐみんの瞳と同じく、真っ赤に輝く石。二人が選んだ石を持ったまま、球磨川はレジに並んだ。

『この石は僕からのプレゼントってことにさせてよ。こんな僕とパーティを組んでくれてる二人への、ささやかな恩返しさ。おっと、男がお金を出したがった時こそ、黙って奢られるのが一番だよ』

「いま、私から散財するなと言われたばかりじゃないか!お前の心遣いは嬉しいが…」

「なんと太っ腹なんでしょう!お言葉に甘えますよ?遠慮しませんよ?」

 

  球磨川の意図が判明して、二人とも得心がいったようで。各々、感謝されたことに若干照れくさくなる。めぐみん達だってパーティに入れてもらえなかった身だ。彼女達も、球磨川に感謝を告げたいくらいである。

 

  ダクネスが選んだ石は、オニキス(ブレンダンver)。これには悪魔などを寄せ付けない力が備わっており、持ち主の防御力もあげる代物。ここでもダクネスは防御アップを優先した。

  めぐみんが選択したのは、ヒヒイロカネ。正確には金属。世界中でもブレンダンでしか購入出来ないほど、貴重なもの。伝説扱いされていて、一説によると魔法の威力を2倍から3倍くらいに上げるとのこと。ヒヒイロカネから魔力を吸い取り使用する。お値段は格安の八桁。因みに、八桁くらい格安な品だと、使い捨てになる。何度でも使用可能なクラスとなると、九桁に届くことも。

 

『なにかおかしい…!こんなの絶対おかしいよ!』

  カウンターで提示された金額は、当たり前のように八桁。凍りつき、冷や汗を流す球磨川。

「やっぱり!良い品には、それだけの価値がつくものですね。こればっかりは、私のお金で買いますよ。いえ、そもそも買うかを迷ってた段階だったんですけどね」

  球磨川の肩に手を置いて、諭すめぐみん。

「この【ヒヒイロカネ】は、私が幼い時から抱いていた夢の一つなのです。家が貧乏な為、早々に諦めていましたが」

『…この、クソ高い石が夢だったの?』

  箱の中で素敵に輝く石ころを、細い目で観察する球磨川。

「クソ高いことは否定しませんが、随分な言いようですね。ヒヒイロカネがあれば、私の爆裂道は次の段階に進むんですよ!爆裂魔法の威力を倍増させる効果を持つのですから!!」

  とびきりの笑顔で言い放つ。

 

 …めぐみんは、紅魔の里で暮らしていた頃に、爆裂魔法について学ぶ中、史実に基づいた一つの物語を読んだがある。ヒヒイロカネで魔法を強化して、大陸を救った大英雄の話を。

  かつて世界は、一体の怪物に滅ぼされかけていた。人類最後の手段、爆裂魔法ですら殺せなかった化け物。それを。ある若者が過大強化した爆裂魔法で、一撃のもとに滅ぼしたという。よく聞くおとぎ話のようなもの。

 

『へえ。凄いじゃないの。でもでも、現状では爆裂魔法ってもう威力を上げなくても良い気がするよ。少なくとも、大金を使うほどではないんじゃないかな』

「すまないが、私もミソギと同じ考えだな。いくらなんでも使い捨てで八桁は高過ぎる」

  夢を否定することは心苦しい。ダクネスが申し訳なさそうに、優しく説得した。

  パーティ二人からの反対を受けてなお、めぐみんは後ろ髪ひかれる思い。

 

「ヒヒイロカネを購入すれば、マイホームにも影響しますからね…。ええ、わかってます。わかってますよ。私は分別弁えた大人ですし」

  ギリギリ歯を鳴らして、瞳孔を開かせヒヒイロカネを離さないめぐみん。あんまり分別弁えた大人には見えない。

 

  全然諦められそうにないめぐみんに、歳上組が顔を見合わせ、どちらからともなく頷く。

 

「マイホームは、アクセルならば2億程度で豪邸を建てられる。爆裂ルームは…タディオ氏の手腕に期待しよう。今後、めぐみんの過大強化した爆裂魔法が必要になる場面があるかもしれないしな」

『夢とか理想とか、僕は今ひとつ理解は出来ない。それでも、欲望に忠実で留まることを知らない君の行動は、刹那的でダメ人間ぽくて素敵だし…いいんじゃん?買っちゃえば』

 

「い、いいんですか?」

『うん。そのかわり、最高の爆裂を見せてくれよ!』

「……やったぁー!!」

  拳を天高く上げてガッツポーズする。

 

  めぐみんを甘やかす年長二人が、ダメな人なのは今更説明するまでもない。

  羞恥など気にせず、抑えられない喜びから叫んだめぐみんは、普段大人びている分余計に幼い印象を与える。球磨川とダクネスがそんなめぐみんを見て微笑ましい気持ちになるのは必然だろう。

 

  その後。買い物を終え上機嫌で馬車乗り場に現れた一向が、全員満たされたようにニヤニヤしていて不気味だと、警備員ランサンは感じることとなった。




今回で、めぐみんは過大強化爆裂魔法を一回ポッキリ放てることになりました。莫大なお金と引き換えに。

「早速、過大強化された爆裂魔法をお見せしましょう!」とか言って何もない空間に放ったら面白いですね。
使いどころは一応、決めてあります。

裸エプロン先輩の幸運が…!−999から−998に上がった!気がするようなしないような


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二十八話 人違い

ヤバい。強すぎて


 ーアクセル南門ー

「ふー。こう立て続けの移動は疲れますね。これは1日1爆裂をしに行かないと駄目です。ミソギ、付き合ってくれますか?」

  行きと同様、馬車で駆け出しの街へと戻ってきた一行。長旅で凝り固まった身体を、軽く捻ったりしつつほぐすめぐみん。

 

『めぐみんちゃん的にはタディオさんは二の次なワケね。手がかりを掴むのに、この後はギルドとかで情報を集めたいなー。いきなりアルダープさんの屋敷に行っても、ダクネスちゃんはともかく、僕らは門前払いかもだし』

 

  腐っても大領主。ちょっとした作戦の一つも立てていかねば、タディオまで辿り着ける気がしない。

 

『あ、爆裂るなら、アクアちゃんはどう?パートナーに』

 

  要するに、爆裂っためぐみんをおんぶして街まで連れ帰れば良いわけで。付き添いは別にアクアでも、ダクネスでも構わないはず。

 

「私?ごめん、カズマさんが気になるから、私はパーティーから離脱するわね。今度、改めて馬車代とストーンのお金を払いに来るから!」

 

  駆け足で遠ざかっていく女神は、おんぶを避けたようにも思えたが…行きにグレート・チキンの群れに襲われたカズマの安否は球磨川達も気にかけていたので、確認する役目はアクアに任せておく。

 

『じゃあ、ダクネスちゃんは?』

 

  となると次の候補。ダクネスにも水を向ける。

 

「うむ。すまんが他をあたってくれ。」

「おや?何か予定でもあるんですか?ダクネスにはあまり爆裂を披露出来てないので、ちょっぴり残念です…」

 

  首を横に振ったダクネスが「大したことではないんだ」と前置きしてから

 

「今さっき、ミソギ達が馭者に礼を述べている間に知り合いがやってきてな。私の父親が、少しだけ体調を崩しているみたいなんだ」

『なんだってー!そいつは大変だ!』

「や、そこまで大事じゃない。ただ、症状の確認も含めて家に帰ろうかと」

「そうでしたか。それでは、私はミソギと爆裂しに行きます。夜にでもギルドで集まりましょう。お父上の様子もその時に教えてください」

「ああ、了解だ!」

『僕には拒否権ないんだ…』

 

  普段よりも顔を引き締めたダクネスが、父親の容体を知らせに来たらしい女性と共に馬車乗り場を後にした。女性の服装がメイド服だったのが非常に気になる。メイドさんとダクネスはどのような間柄なのか。夜、また聞けば良いと結論づけ、球磨川とめぐみんはこのまま街の外に行って爆裂魔法を撃つことにする。

 

 ーアクセル南西ー

 

  ブレンダンへ続く街道から、やや逸れた辺りに平野がある。爆裂魔法の騒音も街まで届かないくらいの距離を歩いた二人。

  さあ、爆裂だ!と球磨川がめぐみんの肩に手を置いて、魔法を促すと…

 

「ふーむ、なんだかつまりませんね。この何もない平野に爆裂魔法を放ったところで…。何か、こう、燃えないといいますか」

『面倒くさいことを言い出した!?割とどうでもいいし!チョチョイのチョイで撃てばいいじゃん!』

「なっ!面倒くさいとはなんですか!極めて重要なことですよ!爆裂魔法には相当な神経を使うのですから、モチベーションを上げることは大切なんです」

 

  おんぶで連れて帰るだけでも面倒なのに、モチベーションも上げろとは。

  めぐみんの爆裂魔法を初見で褒めてしまったが故の貧乏くじ。こうなれば、そこらに生える木でもいいんじゃないか。球磨川が平野を端から見ていくと…

 

『あら?小屋かな』

 

  端っこに、孤立した小屋を発見。

 

「ほう!小屋ですか。おや?…あの小屋は!」

『あの小屋がどうかした?もしかして、アレに爆裂魔法を放つなんて言わないよね』

「…ふっふっふ。我が爆裂魔法を使用するにはいささかショボい感が否めませんが…贅沢は言いません。この際我慢しましょう!」

 

  ウキウキで杖を構えて。糸を紡ぐように、丁寧に、詠唱で魔力の制御を行う。

 

『人がいるとか考えないんだね!』

「大丈夫です」

『なにが!?』

「ほら、ドアに黄色い張り紙がしてありますよね。アレは空き家の証明書。現在、人が住んでいない証です!」

 

  言われてみれば。ドアには四角い黄色の紙が貼ってある。もっとも、売り出し中だからって人がいないとは限らないが。

 

「さらに、あの小屋はカズマの不動産屋が管理しているのです。一覧で物件情報を見た時に載ってましたから。しかも、老朽化で今週末には取り壊しが決定してるとも」

『す、凄い記憶力だね。うん、まあいいか』

 

  窓際の天才刑事を彷彿とさせるめぐみん。詠唱は、そろそろ佳境。

  よしんば人がいても【大嘘憑き】でどうにでもなる、球磨川にしか出来ないスケールの横着だ。…余談だが、爆裂魔法だと人間は木っ端微塵になってしまう。どうやって人が居たのかを判断するつもりなのか。恐らくそこまで考えてはいない。

 

「【エクスプロージョン】ッ!!」

 

  ベルディアを倒してレベルアップした爆裂魔法が、轟音と共に小屋を粉砕!解体業者を呼ぶ必要が一切無くなった!小屋だけに留まらず、周辺の草木も巻き込み、付近はまさに焼け野原。

  前のめりに倒れかけためぐみんを支えてやり、再度小屋のあった地を眺め

 

『うん、ザ・爆裂!って感じだったね。今日のは一段と凄かったよ!レベルが上がったからかい?』

「そうでしょう、そうでしょう!爆裂ソムリエのミソギお墨付きとは。今日の感覚を覚えて、次に活かします。ささ、おんぶして下さい。他のモンスターが来る前に帰るのです!」

 

  これで、やっとアクセルでの情報収集に取りかかれる。一つため息をしてから、めぐみんをおんぶする球磨川。人一人を街まで運ぶのは重労働で、内心置いていこうか悩んでいると…

 

「な、なんですってぇえ!?」

 

  酔いしれるように小屋のあった場所を振り返っためぐみんが、突然大声をあげた。

 

『え!?なに、どうしたの??』

「ひ、人が…いました!」

『どこに?』

「さっき魔法を放った場所です!!」

 

  めぐみんの言葉を疑うつもりはないが、それでもまずは自分の目で確かめなくては。

  …世の中、たまに信じられない出来事があるもので。爆裂ですっかり真っ黒になった土地に、確かに、人影があった。

 

『あらー。マジでいたんだ。てゆーか、なんで無事なんだろ』

 

  人影はゆらりと立ち上がると、球磨川達を真っ直ぐ見据えて、笑った。

 

  不気味に微笑む影は長身で、ガッシリとした体格は男性のもの。顔を仮面で隠しているのが特徴的。

  口元だけは隠れていないので、表情はそこからどうにか読み取れる。

  黒いタキシードを着こなし、髪をオールバックにしてバッチリ決めた男性が、めぐみんを指差す。

 

「ふむ。そこの、いつもは頼りなさげだが、こと戦闘となると多少は逞しく見える少年に背負われて、満更でもなさそうな娘よ。先ほどの爆裂魔法、お見事であった!!」

「…!!?」

 

  よく通る声は、かなり距離があっても問題なく聞き取れる。

 

「なに言ってるんですか!!?デタラメなこと言ってると撃ちますよ!?カッコ良い仮面をしてるからって、調子に乗らないでください!」

 

  めぐみんが球磨川の背中で叫び、思う。おんぶされていて助かった。きっと、今自分は顔が赤くなっているから。顔を赤らめるようなことを言われてはいないのだが、どうしてか赤くなってしまった。球磨川に見られたら変に誤解されてしまう。

  それと、男の仮面は紅魔族的にくるものがあるようだ。

 

  仮面の男は、せっかく賞賛したのに怒られ、理不尽さに気を悪くする。…ことはなく。

 

「ふははははっ!良いっ、中々の悪感情である!我輩、人間の放つそうした感情が大好物なのだ!」

 

  心の底から愉快そうに高笑いする男。笑いつつ、球磨川達の近くまで歩み寄ってきた。

  叫ばなくても声の届く距離になり、感じる。仮面の男はどうやら若い。20代から30代くらいか。

 

『人の悪感情が好き?どゆこと?』

「どゆこともなにも、言葉通り。我輩悪魔であるからして、人間共の悪感情を好むのは道理」

「悪魔!?あなた、悪魔なんですか」

 

  クワッと目を見開くめぐみんの殺気を感じ取って、男が高らかに名乗りを上げた。

 

「いかにも!我輩は魔王軍幹部にして、悪魔達を率いる地獄の公爵!この世全てを見通す大悪魔、バニルである!」

 

  ここで、球磨川はエリスの言葉を思い出す。呪ったのは、地獄の公爵だと。

 

『地獄の公爵…!そうか。君が僕を呪い殺してくれたんだねっ!それなりに痛くて苦しかったけど、新鮮だったよ』

「呪い…?」

 

  バニルを知ってる風な球磨川だが、バニルは球磨川を知らないし、心当たりもない。地獄の公爵は「ふむ」と考え込んで、合点がいったのか手を叩く。

 

「そうか、そういうことか!焦るな、遥か遠い地からやってきた少年よ!貴様は人違いをしている。悪魔違いと言うべきか」

『…なに言ってるのさ。人違い?』

「地獄の公爵は複数存在してな。貴様を呪ったのは我輩とは別の公爵ということだ。つまり、『我輩は悪くない!』」

 

  バニルの説明を聞いた球磨川は半信半疑なまま。背中から、めぐみんの声が聞こえてくる。

 

「ミソギ!地獄の公爵はマズいですよ。いくらなんでも…。相手に敵意は無いように見えます!退きましょう」

『めぐみんちゃん…』

 

  さっき爆裂魔法を撃ってしまっためぐみんの戦闘力は皆無。実質、球磨川とバニルの一騎打ち。地獄の公爵は神々と終末をかけて戦う程の存在だとエリスは言っていた。…荷が重い。

 

「初めて一緒に行った旅行で、他の女に少年をとられ嫉妬するものの、その嫉妬の出どころがわからずモヤモヤする娘の言う通り。我輩に敵意は無い。人間は我輩の食料である悪感情をくれる大切な存在なのでな。それを傷つける等ナンセンス!」

 

  大袈裟に、両手を広げるバニル。

 

「ち、違わいっ!モヤモヤとかしてませんからっ!」

「おっと、これまた美味な悪感情!」

 

  どんなに否定されても、バニルの口元はずっと微笑んだまま。

 

『それじゃあ聞くけど。君はアクセルで何をしてるんだい?魔王軍とか言ってたけれど』

「…少し、魔王の奴に頼まれてな。なんでも中年騎士ベルディアが倒されたそうではないか。奴を倒した存在を調べにやってきたわけだ。アクセルには我輩の古き友人がいる為、友人と会うついでに調査しにきたのである」

 

  まあまあな機密事項を口にしたことで、バニルのポーズが腕組みに変遷。格好だけで、特に秘密を漏洩したことは気にしてない様子。

 

「…なるほど。バニルがアクセルに来た理由はわかりました。で、そこの小屋でなにを?」

「持ち主もいない様なので休憩させてもらっていた。うむ。見通す悪魔の我輩も、まさか空き家にいきなり爆裂魔法を撃つ馬鹿者がいるとは予想外だったぞ」

「…くっ!」

 

  なんだか、眼前の仮面悪魔と喋れば喋るほどドツボにハマる錯覚に陥る。

  見通す悪魔。まさに、球磨川達をすぐそばで観察していたかのような発言の数々。ここで倒しておいたほうが、有益ではないだろうか。

 

「おおっと!我輩を倒そうなどと考えるでない。【魔王よりも強いかもしれないバニルさん】と評判の我輩は、貴様達を殺さずに加減して戦うのが困難でな。人間を殺さない主義である以上、戦いはしない。貴様らも大人しく街へ逃げ帰るが吉。…そうか。我輩と目的地が同じなのだから、一緒に仲良く帰るが吉と、訂正させてもらおう」

 

  もう話すことはないと、バニルはアクセルを目指し歩き出す。

  バニルと仲良くアクセルに帰れば、ひとまず命の危険はない。

  めぐみんが漸く安堵し、緊張を解く。魔王軍幹部が話の通じる者で助かった。

  球磨川も命拾いしたことを理解する。地獄の公爵を相手取るにはまだ早い。今回は大人しくしておこうと誓った。

 

『誓ったけど。やっぱ気が変わった!』

 

  球磨川が右足で地面を踏み込むー

 

 ズズズズズズッ!!!

 

  バニルの無防備な背中を目掛け、地面から突き出した無数の螺子が襲いかかり、貫いた。

 

「むぅ…!?」

 

  死角からの強烈な攻撃は、いかに魔王軍幹部でも耐えられない。

  致命傷を負ったバニルはこの世から消え去りそうに、身体を徐々に溶かしていく。

 

『結構痛いでしょ?君ではない公爵から受けた呪いの痛み、君にも八つ当たりで返させてもらうぜ。恨むなら、友達を恨んでよ。僕は悪くない』

「ぐ…むう…」

『敵キャラだったのに、いつの間にか味方面してる奴が許せないタイプだからさ、僕』

「…ふっ。よもやこの我輩を倒すとは!駆け出しの街と侮ったこと、謝罪しよう。不意打ちでも、勝ちは勝ち。中々勝てないことを人生の課題としてきた少年よ。誇るが良い、紛れもなく貴様の勝ちだ…!」

 

  全身を穴だらけにしても、バニルは笑顔を絶やさなかった。地獄の公爵が消え去り、地面に残ったのは仮面のみ。

 

『僕の…勝ち?』

「うう、ドキドキさせないでくださいよ!ミソギがバニルを攻撃した時、終わったかと!」

 

  バシバシ肩を叩きながらの抗議。

 

『…ごめんね。けど、勝った…!勝ったよ!めぐみん!!』

「…勝ちましたね。おめでとうございます!」

 

  嬉し涙を流してはしゃぐ球磨川。やはりまだ勝利には程遠い彼だからこその喜びよう。めぐみんが続けようとした説教を中断せざるを得ないくらい、屈託のない笑顔。魔王軍幹部を二人も討伐した球磨川の名は、今より広く知れ渡ることだろう。

 

 …………………

 ……………

 

 

 

  …アクセルの南門まで、足に乳酸を溜めながら辿り着くと、バニルが笑顔で出迎えてくれた。

 

「『やっと勝てた』、とでも思ったか?残念!無傷でした!!…ぬう?これはこれは!果てしない悪感情、大変美味!いやこれは、悪感情にとどまらない。差し詰め負感情であるな!ふははははっ!!人の身にあまりし負を背負った少年よ、貴様かなりのレアであるぞ!!」

 

『初めてだよ。僕をここまでコケにしてくれたお馬鹿さんは』

 

 南門ではしばらく、螺子を持った過負荷と仮面の悪魔が鬼ごっこを繰り広げたという。

 




次回!突撃隣のダスティネス家。
バニルも出るよ!(出るとは言ってない)

バニルさん、強いんだなコレが。
てか、某駄女神がいないとマジ平和ですね。
でも、アクセル帰ると絶対顔を合わせちゃうでしょうね。


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二十九話 ポンコツ店主と再会を!

 ーダスティネス邸ー

 

「失礼します。ララティーナ、ただ今帰りました」

「おお、おかえり…」

 

  アクセル中心街に存在するダクネスの家。その主の部屋に、ダクネスはいた。横たわる父の姿は普段より明らかに力無い。

 南門でメイドから父親の体調が悪いと聞いたときは焦ったものの、それほど深刻ではなさそうとのことで安心していたが、これでは話が違う。

 

「お父様の具合が悪いと聞き、ララティーナは心配しましたわ」

 

  ダクネスは父親の枕元に顔を近づけ、ゆっくりした動作で手を握った。

 

「すまなかったな。明日は念の為、医者に来てもらうことにした。最近、忙しくて無理していたのが原因だろう。寝ていれば治るさ」

「良かった…!お父様に元気が無いと、私も心配で仕方ありませんから」

 

  ダクネスの励ましに父親は顔を綻ばせ、感触を忘れないように手を握り返す。力が、入る内に。

 

  兼ねてより、ダスティネス家には抱えている問題がある。いきなり身体の調子が悪くなったのは、問題を先送りにしないよう女神様が警鐘を鳴らしてくれたのかもしれない。…良い機会だ。

 

「ララティーナ、例の一件だが。そろそろ本腰を入れてはもらえないだろうか。お前にとっても、避けては通れない問題だ」

 

  先ほどから、父親の声は掠れ。呼吸も乱れて目の焦点も定まらない。ダクネスには、父は重症としか思えない。ドアの前で静かに待機するメイドに視線をやると、青い顔で首を振る。自分は、嘘は言ってないと。要するに、父はメイドが屋敷を出てから、悪化したのだ。急激な体調不良が聡明な父を焦らせるのか、前から断り続けていた見合いの話を持ちかけてきた。

 

「また、ですか。私にその気は無いと何度も申し上げてるではありませんか」

「…わかっておる。しかし。こうやって体調を崩して、ふと思うのだ。残されたお前の姿を」

 

  目を細めれば鮮明に蘇る。幼い頃の、屋敷内で大泣きして父を捜す愛娘が。幾つ年齢を重ねても、ダクネスが娘である事実は変わらない。

 

「弱気になってはいけませんわ!お父様は、誓ってくださったではありませんか。昔、屋敷の中でお父様を捜し泣いていたララティーナに、『私はどこにもいかないよ。お前と、ずっと一緒にいるからな』と!」

 

  奇しくも親子で同じ場面を回想をしたらしく。

 

「我ながら…」

  なんて無責任な事を。当時、年端もいかない我が子を泣き止ませる為に言ったことを覚えられていたとは。あの時、深く考えずに発言した自分が恨めしい。

 

「…お父様、ララティーナなら大丈夫ですわ。もう子供ではないのですから、自分の事は自分で出来ます」

「そうだな。…わかった。今の話は忘れてくれ。いつものように、先方へは私から話をしよう」

「ありがとうございます、お父様!」

 

  球磨川らとの約束がある夜までは、まだまだ時間がある。せめて今日くらいは、父と一緒に過ごそう。ダクネスは父親の手を握りしめながら、浅い眠りの世界へ誘われた…

 

 …………………

 ……………

 ……

 

  一方その頃。

  地獄の公爵と超高校級の過負荷は、肩を並べて街の中を歩いていた。回復しためぐみんも一緒に。

  バニルがアクセルに来たのは、旧友に会う為だと言う。

 

『善良な冒険者として、魔王軍幹部の友人が街に住んでいるなんて見過ごせないし聞き流せない、由々しき事態なんだぜ』

「ぬかせ。…幼馴染の女の子と仲良くなりたいが為、嫌がらせをして気を引こうとしたものの、そのまま仲違いした少年よ。言動の端々から、好奇心が見え隠れしておるわ!」

 

  仮面やタキシードを叩いたり引っ張ったりしてくる球磨川の手を押さえるバニル。めだかちゃんとの過去を持ち出され、球磨川も僅かに苛立った。だが、仮面の悪魔が悪感情を好むとわかった以上、そう易々と敵意は向けてやらない。

 

「む?必死で悪感情を垂れ流すまいと抵抗しておるのか。そんなマネが可能なのは、貴様くらいのものだ。されど小僧。貴様は存在しているだけで負の感情を撒き散らしてるから、ぶっちゃけ意味無いぞ。隣にいるだけで我輩、満足!」

『くっ…!僕と悪魔って、相性悪いかもしんない!憂さ晴らしに、バニルちゃんの友人でも拝まないとやってられないよ』

「バニルの友人って、やっぱり悪魔なんでしょうか?人間と悪魔の間には友情なんて芽生えない気がします」

 

  杖で身体を支えることで、どうにか男二人にペースを合わせ歩くめぐみん。一般人が地獄の公爵と対等な友人関係を築けるとは思えない。バニルが食料たる人間を一方的に友達認定しているなら話は別だが。

 

「待つのだ爆裂娘。我輩をかような寂しい存在だと思わないでもらおう。彼女はれっきとした、対等な友人である。…人間ではないが」

「誰が爆裂娘だ、誰が。…まあ許してあげましょう。バニルに悪感情を食されるのは癪ですから」

「たんに爆裂娘って語感を気に入っただけではないか」

 

  仮面越しでも、バニルがめぐみんを呆れた目で見ているのがわかる。

  小僧と小娘についてこられる羽目になったのも、あの小屋で休憩なんかしたからだ。見通す力を使用していれば、ここまでの展開も読めたというのに。

 

『どんまい!不法侵入をしてくつろいだ過去の自分を恨んでね!』

「あれだけ爆裂に適した物件にいては、巻き込まれても文句言えませんよ」

『爆裂に適した物件とやらは、この世界中どこにも存在しないんじゃないかなぁ…。文句が言えないってとこは概ね賛同するけど』

「ミソギが爆裂を否定した!?」

『爆裂は否定してないよ、爆裂は』

 

  「なんにせよ、中にいたのが悪魔で良かったです」とは、爆裂娘がボソリと付け加えた一言。もしもバニルが人間だったら、裁判の後牢屋コースだったかもしれない。

  バニルだけでなく、球磨川からも胡乱気な視線を向けられ、若干めぐみんがたじろぐ。

 

「貴様らと話してると、これから会う旧友を彷彿とさせる残念さを感じるわ!」

「失敬な。それで?友達の家はあとどれくらいなんです」

「…我輩の見通す力だとこの辺にあるはずである。…む!」

 

  バニルは店の前で足を止めた。お店の看板には《ウィズ魔道具店》と書かれている。外から中を覗くも、お客らしき人影は皆無。

 

『魔道具店、ねぇ。ウィズって、店主の名前かい?』

「いかにも。入るぞ」

 

  ドアを開けると同時、備え付けの鐘が鳴り、来客を告げた。

  レジにいるおっとりした女性が入口に目を向け、口元を両手でおさえる。

  まじまじとバニルを見つめ

 

「お久しぶりです、バニルさん」

「ウィズ。我々悪魔にとって、この程度の期間は一朝一夕だがな。ともかく、息災でなにより」

「私は一応悪魔じゃないんですけど…あら?後ろの可愛い人達はどなたですか?」

 

  ウィズはバニルの背後に球磨川らを発見し、人当たりの良い笑顔を向けた。年上のお姉さんに可愛いと評されれば、めぐみんも照れてしまう。

 

『やあ初めましてお姉さん!僕はバニルっちとは2歳の頃から仲良くしてもらってる幼馴染、球磨川禊です!バニルっちとウィズさんが友達なら、僕達も既に友達だと断じても良いんじゃないかな』

「まぁ!バニルさんに、こんなに可愛い幼馴染がいたなんて知りませんでした!私ともよろしくお願いしますね、球磨川さん」

 

  ウィズは球磨川をしげしげと嬉しそうに眺める。

 

「バニルっちとは我輩のことか?貴様のような無礼千万な幼馴染はおらん!ウィズは見てわかるようにポンコツでな。冗談が通じないのでからかうのは控えるが吉」

『うん、どうやらみたいだな』

「冗談なんですか!?初対面の名乗りで嘘をつかれても、見抜けないと思うんですけど!」

 

  ズコッとこけそうになる店主。球磨川の右隣では、名乗るの大好き紅魔族が武者震いをしていた。ウィズが立ち直ったタイミングで、マントを全力でなびかせる。

 

「そちらのお嬢さんは?」

 

  ウィズからのナイスアシスト!

  杖を無駄にくるくる回転させて気持ちを高め。

 

「「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!」」

 

  会心の名乗り。仮面の悪魔がハモらなければ、生まれてこの方最高の出来だったのに。生きがいを台無しにされ、めぐみんは膝から崩れ落ちた。

 

「ぐぅ…!バニルがハモってくるとは!」

「ハーッハッハッハッ!!爆裂娘よ、最高の悪感情、ゴチである!」

 

  見通す力を使用してまでハモるなど大人気ない。食事に関しては妥協をしないのは流石だ。

 

「えーっと。球磨川さんに、めぐみんさんですね。私はウィズ。ご覧の通り、アクセルでは魔道具店を営んでいます」

『よろしくー!』

 

  ギュッ。

 

『…!?』

 

  球磨川が差し出した手を躊躇いなく握り返してきたウィズ。蛇籠生徒会長とアルダープに避けられた前例から、ウィズにも避けられると予想してたから意外だ。

  真顔で号泣してしまう程度には、嬉しい事態。年上お姉さんの醸し出す、優しく包み込むような雰囲気に過負荷はノックアウト。

 

  球磨川はフラフラとウィズから離れ、店の端でしゃがみこんでしまった。

 

「あ!球磨川さん、そこらへんの商品は触れると爆発しますので気をつけて!」

 

  店主の警告もどこ吹く風。

 アイドルの握手会へ行った後のファンよろしく、握手した手を凝視したまま。

 

「世話のかかる奴だ。…ほら、危ないぞ。我輩の幼馴染を名乗る少年よ」

 

 ギュムッ!

 

  即座にバニルがその手を両手で握り、ウィズの感触を、ゴツい男性らしい手の感触で上書きした。

  その状態から引っ張り、球磨川を立ち上がらせる。

 

『う…』

「礼には及ばん。幼馴染を助けるのは必然である」

『…あははっ!あははははっ!!!』

 

  球磨川は猟奇的な笑顔で、陳列された爆発ポーションを次々とバニルに投げつけまくった。

 

「美味!美味である!!我輩の幼馴染を自称するだけのことはあるぞ!負感情、まことに味わい深い!」

 

  爆発ポーションで全身を爆散させながらもバニルさんはハイテンション。

 

「おおお!ミソギ、ポーションとはいえナイス爆裂(爆発)です!爆裂魔法じゃないので35点!」

「ああっ!私の店がああぁ!」

 

 ………………………

 ………………

 ……

  店のフロアが爆発で黒ずんだり、余波で窓が割れたり。ウィズ魔道具店は営業中止に追い込まれ、ポンコツ店主は店の奥に引っ込んで出てこなくなった。

 

「あーあ。女性を泣かせるなんて最低!最低ですよ!」

  名乗りを邪魔されためぐみんも又、虫の居所が悪そうで。

 

『僕が最低なのは今に始まった事ではないし』

「我輩も悪いことしたとは思わない。営業することで赤字になるこの魔道具店は、営業中止すれば業績の悪化を防げるのだからな!」

「こいつら…。私はウィズを慰めてきます!二人はできるだけ、店を元どおりにしておいて下さい!」

「『えー?』」

 

  めぐみんも奥に消え、フロアには男達のみ。しぶしぶ、バニルが作業に取り掛かる。

 

『案外素直だね、バニルちゃん』

 

  それにつられ、球磨川も雑巾で床を拭きだす。

 

「我輩の野望には、この店が必要だからな。我輩はここで売り上げに貢献し資金を集め、自分のダンジョンを作るのが夢なのだ」

『…それが目的で、ウィズさんに会いに来たんだ。いかにも、敵キャラっぽい夢だこと。話を聞いといてなんだけど…ウィズさんの為で、バニルちゃんの為じゃないんだからね!勘違いしないでよ!』

「どうした急に、気色悪い。…む?」

 

  球磨川がテンプレツンデレ発言をした途端。店は元どおりの状態に復旧し、爆発ポーションまでもが定位置に復活している。

 

「…こんな便利な能力があるのなら、とっとと使えば良いものを」

『そこまで驚かないんだね、見通す悪魔』

「ふっ。貴様がさっき小屋を直したのも、見ていたからな。ともあれありがとう、我輩の城を直してくれて。代価に、見通す悪魔がお役立ち情報を教えてやろう!」

 

  仮面の奥で、バニルの瞳が赤く赤く光る。紅魔族の目とは違う、身の毛もよだつ真紅。

 

『なんだい?』

「貴様らのパーティーメンバー、金髪鎧娘について。あの娘…」

 

  言葉を切り、もったいぶる。

 

『…ダクネスがどうしたのさ』

 

  バニルは球磨川の胸ぐらを掴んで引き寄せ、真紅の瞳で射抜く

 

「今すぐ助けに行かなければ、二度と会うことが叶わなくなるぞ」

『…なに?』

「ほれ、鎧娘宅の地図もくれてやる。我輩、貴様の負感情は末長く味わいたいのでな。恩を売っておこうと打算したまで」

『…見通す悪魔バニル。これも嘘で僕から悪感情を貰おうとしてるなら、容赦はしないよ!』

 

  球磨川は乱暴に地図を受け取って、店から出て行く。

 

「それも、楽しそうだが…。小僧、貴様がダスティネス邸に向かった方が我輩にも有益そうだからな。せいぜい、我輩を楽しませるが良い」

  見通す悪魔はじきに食べられる悪感情を思い、唇を舌で軽く湿らせた。

 

 

 

 




クマー、ウィズにメロメロですな。年上にも弱いのかしら。因みに、ダクネスは年上キャラではありませんので。クマーとタメですから!


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三十話 死刑宣告

『今すぐにダクネスちゃんの家に行かなきゃ、二度と会えなくなるだなんて。バニルちゃんも大袈裟な』

 

  球磨川は、バニルが手渡してきたダクネス邸までの地図を片手に全力で街を駆ける。アクセル中心街まではスタミナが保たないので、合間合間にスキルを使用し、どうにか速度をキープ。

  高級な家が集まる区画に到達した頃には、息も絶え絶えだ。

 

『地図だと、多分アレかな。随分立派なお家だ。ダクネスちゃん、悪いことしてないだろうね』

 

  ダクネスの家らしき建物は、高級住宅地でも目立つワンランク上の邸宅。大貴族が住んでいるようなお屋敷だ。

  あと一回【大嘘憑き】で体調を整えてから、敷地に続く門へ。

  門の左右には武装した男性が配置されている。

  球磨川の姿を確認し、片割れが誰何してきた。

 

「君。何か用事かい?」

 

  爽やかさの裏で、内心球磨川を不審がる門番。口元の安っぽい笑みは常人相手なら通用するだろうが…。対応は一人に任せて、もう片方は油断なく戦闘準備をしてるのが嫌らしい。

 

『僕、ダクネスちゃんに会いに来たんです。彼女とは、一緒にパーティー組んで冒険させてもらってるんだけど』

「あー。君がお嬢様の…。悪いが、これから来客があるのだ。少し時間をおいて出直して貰えるかい?」

 

  球磨川の肩に手を置く、申し訳なさそうな顔の門番。

 

『ええー?遠路はるばるお越しした僕を門前払いしちゃうの。ダクネスちゃんに後で言いつけちゃおっかなー』

「ははっ。脅してるつもりかな?何も意地悪で通さない訳じゃないんだよ?謝るから、どっかで時間つぶしてきてね」

『…ふむ』

 

  ダクネスのパーティーメンバーだと告げると、門番の警戒が解けた。それでも、タイミング悪く来客がある所為で取り次いではくれない。出直せと言われても、事は一刻を争うらしいので引き下がる訳にもいかず。

 

『まーいっか!後でこようっと』

 

  諦めて帰る演技をして、門周辺を監視可能なポイントを探る。ちょうど良さそうな木で身を隠し、来客とやらの正体を確かめる算段だ。

 

(『主人の具合が悪いのに来客があるだなんて。どうにも臭うよね』)

 

  バニルのアドバイスによるとタイムリミットがあるそうなので、待って10分。それだけ待機して来客がまだ来なかったら、裏口でも探そうと決める。もっとも。これから来客と言っていたので、何時間も後ではない筈。

 

  果たして。体感で5分程度経過し、一台の馬車が門前で停車した。

 

『おお。来客が来るってのは本当だったんだ』

 

  馬車の運転を担っていた初老の男は、地面に降りて扉を開けた。運転手に深々と頭を下げられつつ降りてきた男は、最近よく見かける人物。肥え太った身体はまず間違えまい。

 

「あー、門番の君。話は聞いてるな?」

「はっ!只今お取り次ぎします!」

 

  門番の一人はアルダープに敬礼してから、屋敷の中に戻っていった。

 

『…よく現れるおじさんだ。まさか、僕はアルダープルートにでも入ったんだろうか?』

 

 来客がアルダープだとは。予想の範囲内といえば範囲内だが…彼のダクネスへの執着心は侮れない。顔も名前も知らない客人だったら放っておいても問題は無かった。あのアルダープが、ダスティネス卿が床に伏した状況で訪問してきたのは、どうにも嫌な予感がする。

 

『どうあれ、ここで木と同化してても意味が無い。アルダープさんかダクネスちゃん。どっちかの行動は把握出来る場所に移動しなきゃ』

 

  門番に足止めをくらっては堪らないので、球磨川は裏ルートで侵入を試みる。

 

(『うん。裏口にも門番はいるよね。そりゃあね』)

 

  先ほどの門とは真逆の位置に裏口は存在したものの、当然こっちにも門番がいる。こちらの配置人数はたった一人。しかし、球磨川はダスティネス家と喧嘩をしに来たわけではないので、戦闘行為は避けたい。

 

『だったら、こうするしかないね』

 

  茂みから手頃な石を塀に投擲して、門番の注意を逸らす。

 

「なんだ…?」

 

  異音の原因を確認する門番。完全に背後をとった。すかさず塀に螺子を撃ち込んで足場とし、乗り越える。

 

「…!こっちか!?」

 

  螺子の音に振り向くも、門番は微塵も球磨川の気配には気づいていない。何故ならば…

 

『僕の気配をなかったことにした!』

 

  門番が定位置に復帰した頃にはもう、足場代わりの螺子も塀の傷ごと消え去っていた。

  それから球磨川は建物の窓を一箇所なかったことにして、屋敷内への侵入も難なく成功させた。

 

  自分の気配をスキルで消したのは何時ぶりか。だいぶ昔、人吉親子と対決した時にも、似たようなことをした覚えがある。

  あの時は、瞳先生が気配を無くしてしまう重大性に顔を青くさせていたけれど。どうして悲観したのか、未だ球磨川には理解出来無い。

 

 ーダスティネス邸 内部ー

 

『なにこのお家、超広ーい!僕、ダクネスちゃんのお宅に居候させてもらおうかな。メイドさんとかいそうだし。一生に一度はメイドさんを裸エプロンにさせて使役したいよね、男の子なら!』

 

  絵皿、絵画、壺、宝剣。いかにもなアイテムで彩られた廊下。球磨川は正門のある方向へ歩きながら、至高の品々を値踏みした。良し悪しは正直わからなかったが。これだけの家に住んでいるのに、マイホームまで欲しがるのだからダクネスも欲張りだ。

 

  見回りの人達は来客で駆り出されているのか、すんなり正面玄関近くまで到達できた。

  エントランスで、赤いカーペットを我が物顔で踏みつけるアルダープを発見。

 

「ようこそお越しくださいました。歓迎致しますわ。僭越ながら、本日は病床の父に代わり、私がお相手させて頂きます」

 

『…あれ?』

 

  応対は病気の父の代理で、ダクネスが行っている。普段の鎧は装備しておらず、仕立ての良いドレスで着飾っていた。いつも括っている髪もおろし、深窓の令嬢といった風情。ドレス姿のダクネスなんてレアもレア。球磨川ですら美しいと感じるのだから、アルダープに至っては興奮を隠しきれないようで、鼻息が荒い。

 

「いえいえ、こちらこそお父上が大変な時に無理を言ってしまい、申し訳ありません。ですが、どうしても御目通りしたかったもので」

「と、おっしゃいますと?」

「それはですな…」

 

  アルダープがニタリと口を歪め、思わず漏れかけた涎を啜る。

 

「…単刀直入に言いましょう。お父上の病気を即座に治せる医者を、ご紹介出来るかもしれません」

「なんですって!?」

「当家専属の医者ですが腕は確か。かつては王宮付きだったほどの人物でございます。彼ならば、或いは」

「是非とも、紹介しては頂けないでしょうか!」

 

  目を丸くするダクネス。明日、父は医者を呼ぶと言ってたが、町医者と元王宮付きでは、後者に診察して欲しいのが本音。

  頭を下げるダクネスを見て、アルダープは勝利を確信した。

 

「ララティーナ様。実は今日、その医者と一緒に参ったのです」

「なんと…!」

 

  手際がいい。ダクネスはアルダープが大領主になった手腕の片鱗を見た気がした。

 

「ご都合さえ良ければ、今からでも診察は可能です。…おい!」

 

  呼びかけると、扉から白衣の壮年が姿を現す。

 

「失礼。お初にお目にかかります。医者のレイヴァンと申します。突然の訪問になってしまい、すみませんね」

 

  メガネをかけた髭面の壮年はダクネスに一礼してから、アルダープの背後までやって来た。医師免許を提示し、身分を証明するレイヴァン。

 

「初めまして。ダスティネス・フォード・ララティーナでございます。レイヴァン様、何卒宜しくお願いします」

「はい、お任せください。精一杯やらせていただきます」

 

  眼鏡越しの目は、ダクネスに対する親愛の感情がこもっている。

  柔和な表情で、これまでの患者も安心させてきたのだろう。もう大丈夫。ダクネスは診察も前に根拠のない安堵を覚えた。

 

 …………………………

 …………

 ……

  ダクネスが、父の寝ている寝室まで二人を案内する。

 

「お父様、ララティーナです。失礼します」

「どうしたララティーナ。おや?」

 

  ベッドに横たわったまま、ダスティネス卿がアルダープとレイヴァンを視界に捉えた。

 

「これはこれは…。このような格好で、恐縮です」

 

  主人の寝室にまで踏み込むとは無礼も甚だしいが、ダクネスが引き連れてきたからには理由があるはず。経緯がハッキリするまでは咎めまい。

  アルダープが一歩出て。

 

「ダスティネス卿。こちらこそ、無礼をお詫びします。お身体の具合が悪いと聞き、勝手ながら腕利きの医者を連れて参りました」

「ほう、そうでしたか。ご厚情、感謝の言葉もありません。丁度、医者を手配しようとしていたので、非常に助かります」

 

  わざわざアルダープに医者を呼んでもらわなくとも良かったが、ダクネスがあまりに嬉しそうなので毒気も抜かれてしまった。さしずめアルダープが凄腕の医者だの言って、愛娘を懐柔したのだろう。凄腕なのは疑う余地もないが。ダスティネス卿は壮年の医者に微笑みかけ

 

「お久しぶりです。レイヴァン殿」

「…ダスティネス卿、覚えて下さっていたのですね。随分、時が経ったものです。貴方とは、かれこれ15年前に会ったきりだというのに」

 

  ダスティネス卿は昔、レイヴァンが王宮付きだった頃に診てもらったことがある。二人は顔見知りなのだ。だからこそ、レイヴァンはアルダープの頼みを聞いたわけで。二人が知り合いだったことに、ダクネスと、アルダープまでもが驚く。

 

  レイヴァンが早速手持ちの鞄から聴診器を取り出し、触診を開始した。

 

「まだ現役でいらしたのですね。レイヴァン先生には、お世話になってばかりだ」

  15年前の、セピア色の記憶が蘇る。レイヴァンもまた、当時を懐かしむ。

「この老いぼれが、ダスティネス家当主の診察をさせて貰えるなんて。こちらこそ、感謝しております」

  眼球や喉の奥、果ては魔道具らしきものを使用して何かを計測。15分程の診察が終了し、レイヴァンは重い溜息をつく。

 

「せ、先生…!どうでしたか?」

 

  ダクネスは固唾を飲んでレイヴァンに尋ねる。聴診器等の診察器具を鞄に入れて、レイヴァンはダスティネス卿に向き直った。冷たい汗を垂らし、手を震えさせながら

 

「…ダスティネス卿。これは、大変申し上げにくいのですが…」

 

  うつむき、唇を噛む仕草でダスティネス卿が全部察し、笑う。

 

「レイヴァン殿。娘には、別室で伝えてはもらえませんか?私なら、大丈夫ですから」

「は、かしこまりました…」

 

  弱々しい表情のダスティネス卿。それでも目の光は未だ強く。診察の結果も全てわかった上で、レイヴァンに頼んだ。結果を聞けば、娘は悲しむ。残り少ない時間は、少しでも娘の笑顔を多く目にしたいものだ。

 

 ダクネスとレイヴァンが部屋を後にし、アルダープのみが部屋に残り、ダスティネス卿へ深く一礼する。

 

「…ダスティネス卿。お力になれず申し訳ありません」

「レイヴァン殿を連れてきてもらっただけで、十分です。こんな時だからこそ、お願いがあるのですが…」

「はっ、なんでしょうか?」

 

  両腕にありったけの力を入れ、ようやく上体を起こし、真剣な眼差しで悪徳領主を見つめる。

 

「娘には、手を出さないでもらおう」

 

「………は?」

 

「今まで、ララティーナに執着してきた貴方だ。私亡き後も、絶対に娘にちょっかいをかけるでしょ?」

 

  キョトンとしたアルダープが、数秒おいてダスティネス卿の発言を理解した。

 

「…ふっふっふ。何を言うかと思ったら。死に損ないが、笑わせてくれる!邪魔者のアンタが死ねば、ララティーナ如き言い包めるのは容易。娘が嬲られる様を、あの世で指を咥え見てるがいいわ!」

 

  遅かれ早かれ死ぬ相手となって、いよいよ本性を剥き出しにしたアルダープに、ダスティネス卿は楽しげな笑顔を作った。

 

 …………………………

 ……………

 …….

 

  別室にて、レイヴァンがダクネスに告げた結果は最悪のものだった。

  口元を押さえて涙するダクネスが、藁にもすがる思いでレイヴァンに問う。

 

「もう、どうしようもないのですか…?」

「…延命ならば、出来なくは」

 

  レイヴァンの拳は、握りすぎて血が滲む。病死はこの世界において寿命と同義。延命でさえ、神の定めた天寿に抗う行為。結局、ダクネスが選べる道は、父に残された時間を慈しむ事だけだ。

 

「延命するにしても、特殊な材料を要します…」

「材料?」

「はい。とても希少なもので、この街で所持しているのはアルダープ様くらいのものです。名を、『妖精の草』といいます」

 

  延命。捉え方は人それぞれでも、ダクネスとしては父に長く生きていてもらいたい。アルダープが材料を持っているなら、頼むだけ頼んでみようと思うくらいに。

 

「ララティーナ様。私の連絡先を知らせておきます。普段はアルダープ様の専属となってますが、ダスティネス卿の為ならば何処へでも伺います。アルダープ様から材料を貰えたあかつきには、また呼んでください」

 

  ダクネスに住所だけ知らせ、レイヴァンは部屋から出て行った。

  入れ替わるように、遅れて別室に入ってきたアルダープ。ダクネスは早速、頼んでみることに。

 

「アルダープ様!」

「…ララティーナ様。不甲斐ない私を、どうかお許しください」

 

  形式的な謝罪。心など、塵程もこもっていない。

 

「謝らないでください。あの、アルダープ様、少々お聞きしたいのですが…」

「なんでしょう?」

 

  なんとなく緩んだ表情のアルダープに、ダクネスが懇願した。

 

「アルダープ様が持っているという『妖精の草』を、譲ってもらえないでしょうか?」

「ほ?」

 

  妖精の草。以前、万が一に備えマクスに命じ手に入れた希少な薬草。ダクネスはどうやら父親の延命を望んだらしい。余計な知恵を吹き込んだレイヴァンには仕置をしなくては。だが、この展開は悪くない。どうせ、最終的にはマクスに呪いを解かせるようなことを言い、引き換えにダクネスには身体で支払ってもらうつもりだったのだから。無論、呪いを解く気はないが。

 

「ああ、妖精の草ですか。構いませんよ。ええ、構いません」

「アルダープ様…!」

 

  ダクネスは無意識でアルダープの手を握ってしまっていた。今日のアルダープはまるで別人のよう。いつもなら渋ったり、交換条件を出してくるので。

 

「あ…。失礼しました」

 

 気がついて手を離そうとし、逆にアルダープに握り返された。

 

「なにも失礼ではありませんよ。妖精の草、差し上げるのは構いませんが…。代価、代償はいただきたく存じます…!!」

 

  アルダープはやはりアルダープだった!

  ダクネスの手を握りしめたまま、二の腕までスライドしてさすってくる。

 

「あ、アルダープ様!?」

 

  気持ち悪さにダクネスの全身に鳥肌がたつ。

 

「天下のダスティネス家の令嬢が、貴重品を無償で巻き上げるつもりではないでしょう?もっとも、季節が一巡りするのを待てば、採取可能ですがね」

「ひ、一巡り…?」

 

  そんなに長い期間、父は生きていられない。あの進行具合では。

 

「そう。非常に残念だが、ダスティネス卿がそんなに生きながらえることは不可能です。だが、たった一晩。貴女が一晩だけワシと床を共にすれば、もっと生きていられるかもしれませんぞ」

「なっ…!」

 

  アルダープの言葉と一緒に、生ぬるい息がダクネスの頬にかかる。

 

  妖精の草を使用すれば、ダスティネス卿が延命してしまう。ダクネスを手に入れるのも、同様に先延ばしされる。であれば、悪徳領主としては妖精の草をエサにここでダクネスを抱いておきたい、焦りも生じる。

 

(私が我慢すれば、お父様はまだ生きていられる。でも、私がアルダープを拒めば…!お父様は…)

 

  ダクネスは覚悟を決めた。嫌でも、苦しくても。愛する父親を想えば、自分はどうなっても構わない。自己犠牲こそ、ダクネスの根幹にある考え方。

 

  アルダープを受け入れるように身体から力を抜き、目を瞑る。

 

「おお…!ララティーナ!ララティーナ!!」

 

  ガバッとダクネスの背中に両手をまわして抱き寄せたアルダープ。

  手汗に塗れた右手は、背中をつたい徐々に上昇。そのまま後頭部に手をおいて、逃げられないようダクネスの頭をロックした。

 

「愛してるぞ!ララティーナ!!」

「………ぅ…」

 

 満を持して。ダクネスの可憐な唇に吸い付く。

 

  …吸い付こうと、試みた。

 

 

『僕らのダクネスちゃんに、触るんじゃないっ!』

 

  突如。

 

  一本の螺子がアルダープの横っ腹に食い込み、太った身体を壁にまで叩きつけ、縫い付ける。

 

「ミソギ…!?」

『やあ。迎えに来たよ、ダクネスちゃん』

 

  めぐみんと爆裂魔法を撃ちに行った少年の登場に、ダクネスは開いた口が塞がらない。

 

「…ぬぅ…!き、キサマ!?キサマは呪いで死んだはず…!何故だ!」

 

  壁に全身を強打したアルダープは、肺に異常をきたし、うまく喋れない。

  夢見たダクネスとの情事を中断され、親の仇を見る目を球磨川に向けた。

 

『どうも、アルダープちゃん。元気?あはっ!元気じゃなさそうだね。身体に螺子を刺すなんて、ひどい奴もいたもんだ。僕が生きてる理由は…webで!』

「ぐぬぬ…!ララティーナの父親がどうなってもいいのか!妖精の草がなければ、奴はすぐに死ぬぞ!」

 

  ダスティネス卿を呪ったのは、アルダープが使役しているマクスウェル。病気じゃなく呪いなのだから、いかなる医療でも治すことは不可能。

 

『死んじゃうの?ダクネスパパ』

 

  アルダープの言を受け、球磨川は困ったような顔で問いかける。ドアの向こうにいる男に。…誰かいるのか。ダクネスとアルダープが注視する中、入室してきたのは

 

「さて。呪いがなかったことにされた以上、今しばらくは生きなくてはな」

「お父様!?」

 

  弱々しかった姿が嘘みたいに、完治したダスティネス卿。仰天の連続にオーバーヒートしかけてる娘に、茶目っ気たっぷりなウィンクをするパパ。

 

「ありえない!ありえない!!マクスは何をしている!?あのハズレ悪魔が!!」

 

  発狂するアルダープに、ダクネスパパは目もくれず。腰を抜かす愛娘の手をとって抱き寄せた。

 

「お、お父様…?」

「ララティーナ。お前の気持ちは嬉しいよ。でも、少し優しすぎるな。娘が傷ついて喜ぶ親はいないよ。いたとしても、それはもう、親ではない」

「申し訳ありません、お父様…!」

 

「ありえん…!なんだこれは!!」

 

  親子の抱擁を前にしても発狂を続けるアルダープ。ダクネスパパの復活により、バニルの教えてくれた災難は去った。であっても、球磨川が領主を許すかは別の問題になる。

 

『いやー!親子愛はかくも美しい!ね?アルダープちゃん!僕からしたら、ダクネスちゃんには相談してもらいたかったんだけれども!医者の診断でパニクって、僕のスキルまでは思いつかなかったのかな』

 

「くっ!ワシは悪くない!ワシは悪くない!!」

 

『嫌いじゃない見苦しさだねぇ。残念ながら、ゲームオーバーだよ君。しかも、僕が呪い殺されたことを、何故君が知ってるんだい?』

「そ、それは…!」

 

  ダクネスを逃したことで気が動転し、口が滑った。今更取り繕えない。

 

『あと、エンドゥ・タディオの行方も君が把握しているんだよね?とんだキーパーソンだぜ』

「…!」

 

  ブレンダンの職人の名前が、なんで今出てくるのか。が、彼を捜されるのはよろしくない。

 

「いや…知らん…」

『それと!!ギルドでは、床に押さえつけてくれてありがとう。君にはモロモロちゃんと恩返ししたいからさ…』

『よければこの後…』

 

  実質。アルダープにとっての死刑宣告となるセリフが球磨川の口から飛び出した。

 

『アルダープちゃんちいこうぜ!』

『あ!』

『友達に噂とかされると恥ずかしいし。なんて断る権利はないよ!強制イベントってやつだね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







知り合いに、
「いたまえ(仮名)さん、ぐらんぶる知ってる?」
とか聞かれたので。
「ああ、千紗ちゃん可愛いですよね!」
と答えました。
相手が疑問符を浮かべたので、私は愛ちゃんって答えるべきだったか悩んでいると、アプリのゲームのほうでした。

ファンタジーまでつけて下さい。これじゃあ、私がオタクみたいじゃないですか。恥ずかしくてもげそうだった

※実話


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三十一話 家宅捜査

もう一話だけください。
長くなってしまいました。


  球磨川とダクネスの両名は、数人のダスティネス家の護衛を引き連れて、アルダープ邸までやって来た。

  ダスティネスのお屋敷と比較すれば規模が小さいけれど、一般家庭の家とは別次元に豪華。腐っても大領主といったところか。

 

『到着してから再度掘り返すのは子供っぽいから自粛しようかとも考えたワケだけれど。ここは敢えて聞かせてもらうよ。なんでダクネスちゃんまで付いて来ちゃったわけ?アルダープちゃんの狙いが君だって事はわかってるよね?』

 

 ダスティネス邸を出発する際。

  球磨川が、アルダープに螺子をぶち込んだままの状態で屋敷まで連れて行くよう脅し、馬車に乗り込む寸前。先にギルドでめぐみんと落ち合うよう頼んだダクネスが追いついて来た。

  反対しても、騎士の誇りがどうこう語って止まらず。そんなダクネスさんの主張が、こうだ。

 

「ふふふ。私は女騎士だぞ?」

『…うん。女騎士だね』

 

  何を、わかりきったことを。

  ダクネスはホクホク顔で続けた。

 

「女騎士が悪徳領主の屋敷に監禁される展開、燃えないかっ!?鎧や剣を剥がれ、牢屋に閉じ込められる。数日間放置され、抵抗する気力や体力が無くなってきた頃合いに、領主は言うんだ。『解放して欲しくば身体を使って誠意を見せろ』と」

『…自分から監禁されに行くスタイル!?梟博士もビックリだぜ。ダスティネス邸で襲われていた君を助けたのは、間違いだったかも。監禁や軟禁で喜ぶのは君とピーチ姫くらいのものさ』

 

  シッシッ。球磨川は手を払い、お嬢様に帰宅を促した。への字口になったダクネスが、しばし間をおいてから、名案とばかりに球磨川に擦り寄る。

 

「そう邪険にするな。クリスから聞いたが、ミソギは裸エプロンが好きなんだって?私の同行を許可さえすれば…その、やってもいいぞ?」

 

  したり顔を近寄せるダクネス。

  冗談めいた口調からは、後で約束を破るつもりでいるのが見え見え。

  …が、球磨川はまず、トレンドを間違えられたのが許せないらしく。

 

『裸エプロンも魅力的だけれど…僕の最新トレンドは、【スカートつまみ】だ!』

 

  今の好みをレクチャーしてあげた。

 

「スカートつまみだと!?スカートめくりではなく?」

 

  球磨川はそこが重要なのだと前置きして。

 

『そう!風の強い日とかに女の子が、めくれないようスカートの裾をちょんとつまんで歩いてるのが素敵!押さえてるんじゃなくて、つまんでタイトに絞ってるとこがポイントね!足のラインが出て、腰がくの字に折れて超可愛い!』

「…お、おう。そうなのか」

 

  熱弁。ダクネスを圧倒するに至ったのは、一重に球磨川のスカートつまみ愛があればこそ。気持ち悪いからではないよ。

 

「…ん。逆にラッキーかもしれんな」

 

  裸エプロンよりも抵抗がむしろ少なくなったので、ダクネスは同行後に実行してやろうと軽くオッケーした。

 

 …………………

 …………

 ……

 

  そんなこんなで現在、アルダープの屋敷前では武装済みのダクネスがやる気に満ち満ちている。あくまで、球磨川がアルダープに無礼を働かないようにするお目付役の立場で。実際は、タディオ氏の行方調査と、球磨川の安全確保を行う為。それから、女騎士としての夢が適量。

 

  敷地内に入ったところで、領主様が球磨川に命じる。

 

「ほら…もう良いだろう!?到着したんだから、はやくこの螺子を抜くのだっ!」

 

  アルダープの腹部に刺さりっぱなしの螺子。血は流れ出ず、激痛のみをコンスタントに与えてくる。

 

『だーめっ!屋敷の中に早く入れてちょーだい』

「ぐ…クソガキが!!覚えてろよ」

 

  腹部の激痛で、気をぬくと意識が途切れそうになる。アルダープは苦虫を噛み潰した様な表情で屋敷の扉を開けた。ロビーに足を踏み入れる主人のあられもない姿に、屋敷内の衛兵やメイドが度肝を抜かれ、状況の把握を急ぐ。

 

「旦那様!?どうされたのですか!」

「お前たち、この少年を殺せ!早く!」

 

  衛兵が来た途端、強気になったアルダープが球磨川を指差す。命じられた衛兵が抜刀して、主人を助けるべく斬りかかった。

  ダスティネス家の護衛がそれを防ごうと剣を抜くが、球磨川が手のみでストップをかける。それから、アルダープの部下を迎撃すべく、両手に螺子を握った。

 

『アルダープちゃんちの衛兵さん。止まらないと死んじゃうぜ?』

「脅しならば通用しない…!覚悟!」

 

  思わせぶりな笑みで忠告してあげた球磨川を完全無視し、衛兵は球磨川の上半身を一閃。たかだか衛兵が装備してる剣も、そこそこの業物。心臓まで剣が届き、大量出血を伴い崩れ落ちた球磨川。

 

『ね?死んじゃうでしょ?…僕が!』

 

  いい笑顔で床の染みと化した裸エプロン先輩。剣が身体を通る時、全く抵抗を感じなかった衛兵は訝しむ。これでは空気でも斬ったかの様だ。呆気ない。

 

「ミソギ!?何故ウチの護衛を制止したんだ!」

 

  ダクネスが床の染みに駆け寄る。

  ダスティネス家の方々も戸惑いや焦燥感を覚え、挙動不審になってしまう。制止を振り切ってでも、球磨川を守るべきだったと。

 

「よくやった!褒めてつかわす」

 

  すっかりお腹の螺子がアクセサリーになってきた領主は、達成感を得てハイテンションに。

  笑顔で衛兵の背中をバンバン叩き、次の命令を下した。

 

「次はダスティネスの護衛共を殺すんだ。ララティーナがわざわざワシの家に来てくれたのだから、逃す手はあるまいて」

「よろしいのですか!?ダスティネス家と敵対するのは得策ではないかと」

 

  今度は命令に躊躇した衛兵。

 

「小僧を殺した時点で同じこと、構うものか。それに奴らは、帰りの馬車で盗賊に襲われ命を落としたという筋書きだ」

 

  アルダープは辻褄合わせの悪魔マクスウェルを使えば、多少の無茶なら通せる。球磨川の、家に来る発言には肝を冷やしたが…それも結果オーライ。ダクネスがアルダープの家にいる展開は願ってもないこと。護衛さえ殺せば、今度こそダクネスが手に入る。

 

  先のダクネスを抱き寄せた感触を思い出しつつ、アルダープは涎を抑えきれなくなる。

  ダクネスと護衛たちは、アルダープの企みを察知して戦闘態勢をとった。

 

「ぐふふっ!ララティーナ、今夜はたっぷり可愛がってやるからな」

「…外道め」

 

  今晩、どのようにダクネスで楽しもうか妄想逞しい領主。

 

 …しかし、幸せいっぱいの妄想からは、激痛で一気に現実に戻されることとなった。何故なら。

 

「……ぬぅ!?」

 

  キュィィィィン!!

 

  領主様のアクセサリー、腹部の螺子が自動で高速回転を始めたからだ。

  ドリルを想起させる巨大な螺子がアルダープの肉や脂肪をかき混ぜては、一定のダメージで傷口を自動再生させる。痛みと癒しの連続が、精神的苦痛だけを領主に残した。

 

「ぎゃあぁぁぁあ!なんだこれは!?痛い!痛いぃぃい!!」

 

  前触れも無く勝手に動き出した螺子に、領主様は大混乱。

  大の男が、思わず床にのたうちまわる。駄々をこねる子供のように。

 

「旦那様!今お助けします!!…ぐぅっ!?」

 

  アルダープの衛兵が慌てて螺子を抜こうとしたが、高速回転する螺子をまともに掴んだ瞬間、指を持っていかれた。

 

『あーあ。素手で触っちゃ駄目だよ』

 

  螺子が生み出す甲高い音が反響する中、ユラユラと球磨川が復活する。

 

『僕を殺せたくらいでいい気にならないでちょうだい。この世には、殺しても死なない奴なんて少なくないんだから』

 

 軟体動物みたいに全身をぐねらせながら立ち上がる姿は、とても気持ち悪い。

  アルダープは螺子を突き刺した張本人、球磨川に叫ぶ。衛兵の安否や、球磨川がどうして無事なのかは気にならない。今は一刻も早く螺子を止めたい。

 

「こ、小僧!早くこの螺子を止めろ!抜け!早く…早く!!!」

『どうして?』

「どうしてだと!?痛いからに決まっとるじゃないか!」

 

  心底、楽しそうに球磨川は微笑む。

 

『あのさ、なんでアルダープちゃんが被害者面してるわけ?君は僕を二度も殺し、ダクネスちゃんにも不快な思いをさせている』

「わかったから!謝る!だから早く助けてくれえぇぇ!!」

『僕を殺すよう促した奴を、なんだって助けるのさ。自分を棚にあげるようになったらおしまいだぜ?むしろ、僕が被害者だ!』

「勘弁してくれっ!死ぬ、死ぬぅぅ!」

 

  涙と鼻水と涎と汗。体内から溢れ出す水分で顔中ベチャベチャのアルダープ。

 

『…』

「ワシが、ワシが悪かった…!」

『うん、そうだね。君が悪く、そして、僕は悪くない!…だから、許さない』

 

「〜〜ッ!?」

 

  数分後、アルダープが意識を失ってようやく、螺子は回転を止める。

 

『わざと死んで、相手をぬか喜びさせるバニルちゃんの気持ち。ちょっとわかったかも』

「少し、やり過ぎではないか?」

 

  失禁し、白目をむいた領主の姿。ダクネスは眉をひそめ、球磨川に苦言を呈す。アルダープの受けた痛みは想像を絶する。

 

『そう?ダクネスちゃんを襲ったにしては、生温いほうじゃないかな。そんなことよりも、家宅捜査と洒落込もうよ!』

「…うむ。ミソギだけは敵にまわしたくないものだ。情け容赦なさ過ぎるな、お前は」

 

  残酷過ぎる球磨川に、やや引いてるダクネス。

 

 …というのが女性らしい理想の反応なのだが。現実は、息を荒げて嬉しそうに身をよじらせている変態女子が一名。

  アルダープにした仕打ちを自分も受けたいと言い出しかねないドエムの騎士に、球磨川の方が逃げるように屋敷を捜索しに向かった。

 

「ああっ!待つんだミソギ。私にも今のをやってくれないだろうかっ!?」

 

 ………………

 …………

 ……

 

  小一時間経過して。

 

  屋敷内で、自発的にダスティネス家と刃を交えようなどと考える輩はいなかった。甲斐あってスムーズに調査は進んだものの…地上階を粗方探し終えても、目的のタディオも悪魔も見つからず。

 

「あと捜してないのは、ここだな」

 

  アルダープの私室に近い収納庫。その最奥に、木箱でカモフラージュされた木製のドアが。

 

『へぇ?いかにもな隠し扉だね』

「このドアは、確かに見つけるのも一苦労だな。まあ、だからこそ怪しいんだが」

 

  ダクネスが分厚い木のドアを押すと、地下への階段が隠されていた。石の階段はヒヤリと冷たく、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされている。太陽の光も届かないので、かなり不気味な雰囲気。頼りない灯りはロウソクのもの。

 

  ダスティネスの護衛は漏れがないか、地上階でローラー作戦を実行中。球磨川のスキルとダスティネス家の威光が護衛の必要性を低下させてしまったので、地下にいるのは過負荷とドMだけ。

 

『うええ、気持ちわりー』

 

  埃っぽい石畳は靴底にペタペタとくっついてくる。

  地下室さんサイドも、球磨川君にだけは言われたくないことだろう。

 

「おい、アレは…!」

 

  お嬢様にしては不潔な場所に耐性を持つのか、先頭を突き進んでたダクネス。彼女は薄暗い地下の最深部に鉄格子を見つけた。

 

『牢屋かな?牢屋だね。誰かいるっぽいよ』

「アルダープめ、まさかタディオ氏を監禁してるのか!?」

 

  牢屋の前まで行けば、収容者の顔もなんとなくわかる。無精髭とボサボサの髪が邪魔で、表情は伺えない。

  牢屋の住人は球磨川を凝視し、眠そうに言葉を発した。

 

「…オメーら、どっからきた。アルダープの手下ではなさそうだが…」

 

  目脂を服の袖で拭う男。球磨川らが地下に降りてきた音で目覚めたらしい。地下室にいる人間は彼だけなので、タディオか悪魔かの候補も又、彼だけ。

 

『もしかして、君がタディオさん?』

「…誰だソイツ?」

 

  表情こそわからないが、語気から牢屋男の憤りを感じる。

 

『あれ違った?んじゃあ、悪魔?』

「ちげーよ!オメー、初めて会ったヤツを悪魔呼ばわりするのか。てか、オレが悪魔に見えるってこと?ねえ、そうなの??」

 

  牢屋の男が大きな欠伸をし、首をゆっくり回す。球磨川の不躾さは、あんまり気にならないようだ。

  声からして、そんなに若くもなさそう。

 

『悪魔でもないの?なら、君は誰なのさ』

「はぁ…。一回だけ、言うぞ。聞き間違えるなよ?」

 

  男は咳払いをして、聞き取りやすいように発音を意識しながら名乗った。

 

「タダオ。オレはエンドウ タダオだ。二度と『タディオ』なんて間抜けな名で呼ぶんじゃねーぞ。ったく、この世界の奴らは…メリケンかよ」

 

  エンドウ タダオ。名乗られたのは、平凡な日本人らしい名前。『タダオ』を『タディオ』と誤って認識されるのが我慢ならないようで。

 

『日本人?てことは、なんにせよ君がタディオなんじゃん!知らないフリなんかしちゃって、ズルいんだから!』

「だーかーらー。タダオだって言ってんだろーがっ!」

 

  鉄格子がなかったら球磨川に飛びかかっていそうなタダオさん。

  ダクネスが膝に手を置いて、中腰でタダオの顔を覗く。

 

「貴方が、かの有名なタダオさんか。私はダクネス。ダスティネス家の者だ」

 

  鎧娘がダスティネスの家名を口にしても、タダオは特別態度を変えない。

 

「ほーん。偉い偉いダスティネスさんが、養豚場に何か用事でもあったんすか?…あー。クソダープの太り具合からして、そろそろドナドナされる時期になったか?」

 

  鉄格子から離れて、牢に敷かれてる薄い絨毯の上を転がるタダオ。耳を小指でほじくり、くつろぎ始めた。

 

「ど、どなどな…?」

『僕やタダオさんの母国語だよ。特に気にしなくてもいい』

 

  ダクネスだけ置いてけぼりをくらう。

 

「へっ。オメーも日本人か」

『まあね。タダオさん、何故アルダープちゃんに捕まったんだい?君だって神器を持ってるはずでしょ?【魔杖モーデュロル】だっけ』

 

  球磨川が顎に手を当てる。探偵が好んでよくやるポーズだ。

  タダオはボサボサ頭を掻き毟り、嫌そうに答えた。

 

「そりゃ、アレだ。アルダープも神器を持ってたからな」

『な、なんだってー!?』

「…もういい」

 

  茶化す球磨川にタダオが言葉を途切らせ、ふて寝しそうになったので慌てて謝る。いい歳したオジさんがいじけるのも、どうかと思うが。

 

『ごめーん!もう金輪際茶化さないから、続けて。アルダープちゃんも転生者ってこと?』

「それは違うな。ヤツは…持ち主がいなくなった神器を回収したに過ぎん。本来の持ち主でなければ十全の効果は発揮出来ないが、1割程度の力でも脅威なのが神器ってモノだ」

 

  アルダープはブレンダンで働くタダオに、客として声をかけた。

  首尾よく屋敷まで連れてきて、神器の力で牢に閉じ込めたそうな。

 

「ヤツの回収した神器は、人の心を入れ替える効果でな。本来の持ち主以外が使えば、時間制限があるが…それにしたって強力だぜ」

「そんな芸当が可能なのか…。とんでもないな、神器というのは」

 

  ダクネスは神器に馴染みが無い分、説明されても理解が追いつかない。

  タダオは構わず話を進める。

 

「別荘を建てるって領主が言い出して、その打ち合わせの最中。手付け金代わりに、高級そうなネックレスを手渡してきたんだ」

『ネックレス…。もしや、そのネックレスが神器?』

 

  タダオが首を縦に振り、肯定する。

 

「察しが良いな。ネックレスを身につけた人が対象のようだ。ヤツは唐突に自分自身の手足をロープで縛り、オレと精神を入れ替えやがったのさ。オレの身体に入ったアイツは、牢屋の中で神器の効果が切れるのを待てば監禁完了ってこった。アルダープに乗り移ったコッチは身動きも取れねーし。ネックレスを回収するのに、時間内でオレの身体まで縛って。…やられたって感じだ」

『…面白いね、ギニュー隊長や心転身の術みたいで。僕って優しいから、タダオさんが油断し過ぎってとこには触れないでおくよ』

 

  触れてるも同然な球磨川の優しさは、しかしタダオの心をズタズタにした。

 

「タダオさん。私たちは貴方を牢屋から出したい。鍵の在り処を知らないか?」

 

  ふてくされ、鉄格子に背を向ける形で横になったタダオが、ケツを掻いてた手で地下の一箇所を示す。

 

「そこらへんに、杖が置かれた祭壇があるだろ?オレの杖なんだが、それを取ってくれれば鍵なんざいらんよ」

 

  鉄格子からさほど遠くない辺りに、祭壇はあった。寝かせてある杖こそがモーデュロルなのだろう。

 

『タダオさん、代わりと言ってはアレだけれど、お礼に僕らのマイホームを建ててくれないかな?予算はあるから!』

 

  モーデュロルを鉄格子の間から差し出す球磨川。タダオは起き上がって、愛杖を握りしめる。

 

「どうせ、お前らが来なきゃ殺されてただろうしな。日本人のよしみだ。構わんぞ」

「やったな、ミソギ!」

 

  言質は得た。球磨川とダクネスは見つめ合い、手をグッドの形にした。

 

「そいじゃあ、クソダープにお礼参りしてから帰りますか」

 

  タダオはモーデュロルを鉄格子に向ける。青白い光が地下を余さず照らすと、鉄格子の隙間は人が通れるくらいにまで広がった。

 

『おおーう、猛烈ゥー!』

「これが神器か…!空間がねじ曲がったようだな」

「ちょ、まだモーデュロルの全力では無いからな!もっと凄いから!」

 

  タダオが牢から脱出すると同時。

 

「タダオ!?何故牢から出ておる!クマガワとやらも、この地下を見られたからには、生きて返さんぞ…!」

『ありゃ、アルダープちゃん』

 

  性懲りも無くアルダープちゃんが登場。素直に死んだフリでもしておけば助かったものを。

 




アルダープへのお仕置きはまた次回に。
次話、球磨川の過負荷が酷くなります。

それはさておき。クマーのトレンド、段々露出が減ってるとのことですが。
裸エプロン、手ブラジーンズ、全開パーカー。スカートつまみ。

スカートつまみより露出減るなら、もう着込むしかないじゃん…。



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三十二話 真実の愛

なんか、真田丸を見てたら。
いつ、金融庁検査で疎開資料が見つかるかハラハラしますね!


  薄暗い地下に、お呼びでない領主様がやってくる。タダオが口角上げて歓迎した。

 

「領主様じゃないですかー!のこのこと、ようこそお越しくださいました」

「タダオ…!」

 

  アルダープが地下に来た際、既にタダオは檻の外。脱出の経緯は不明でも、ともあれ魔杖モーデュロルだけは渡してはならない。【空間の魔術師】の異名はアルダープも知るところ。

  ただ、時すでに遅く。領主がタダオに取り合わず祭壇を確認するも、モーデュロルは消失していた。

 

「…なにっ!?」

 

  平生のアルダープだったなら、ねじ曲がった鉄格子をヒントに、祭壇を確認せずとも魔杖の在り処を察せたはず。

  どうにも、脳があまり機能してないようだ。螺子で腹を抉られ、精神が疲弊しているからか。

 

『何かお探し?あ!モーデュロルなら僕が元の持ち主に返しておいてあげたんだぜ。落し物を保管しておくだなんて、アルダープちゃんもいいとこあるね!』

「!?」

 

  球磨川の声に、アルダープは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚え、ようやく思考がクリアになる。

 

  …ぎこちなく振り向くと、神器を取り戻したかつての勇者がそこにいた。

 

「アルダープ。覚悟はいいか?」

「……!!」

 

  タダオの殺気たるや、ダクネスですら興奮するよりも先に逃走したくなるレベル。

 

「ま、待つのだ!」

 

  一人相撲を演じたアルダープは、最早道化師にしか見えず。

 

「アルダープ様、どうやって当家の見張りをかいくぐったんですか?」

 

  ダクネスが球磨川と地下に入る前。地上階を今一度見て回るよう護衛に頼み、内1名はアルダープの監視にあてた。領主が地下に来るには、その監視をどうにかする必要があるわけで。

 

「ワシとて貴族。剣の心得くらいはある!見張りが雑魚一人などと、舐め腐りおって!」

 

  目が薄闇に慣れ、ぼんやり見え始めた領主の右手が、白銀に輝くレイピアを握っていた。…先端には、赤黒い液体。察するに、護衛のそれだろう。

 

「…そうですか。ダスティネス家と敵対する、と」

 

 鬼の形相で、腰の剣に手を伸ばすダクネス。球磨川はそんなダクネスの腕に手を添える。

 

『護衛の人はやられてしまった風だ。けど安心してくれダクネスちゃん。僕が元どおりにしてあげるから』

「ミソギ…」

『アルダープちゃん。僕を生かしては返さないって?』

 

  過負荷の中の過負荷、球磨川君は領主を試しているかのような視線を向けた。

  レイピア片手に自慢気な表情のアルダープが、腹部の螺子を意識しつつ。

 

「ああ。この部屋を見られては、致し方ないのう。せいぜい、自分自身を恨み、死んでいけ」

 

  カッコよくレイピアで球磨川を突き殺そうと、構える。腹部の螺子を回転される前に殺してしまえば問題ない。

  無抵抗で無防備。初撃を避けないことに定評がある球磨川が、両手を広げレイピアを受け入れる。

 

  またか!と、ダクネスは思う。ことにつけ死にたがる仲間に嘆息し、クルセイダーは庇うよう身を投げ出した。爆裂魔法にも耐え得る防御力だ。レイピア如き、鎧で受ければ致命傷にはならない。

 

「ララティーナッ!?」

 

  愛しのララティーナが割って入るのは予想外で、アルダープは反射的に剣を引き戻す。ーだが、引き戻す行為そのものは結果、必要がなかった。いや、必要がなくなったと言うべきか。

 

  アルダープの立ち位置が変わったのだ。目前だったダクネスとの間合いは、今は距離にして50メートル程。

  床が青白くフラッシュしたかと思えば、次の瞬間にはそれだけの距離が開いていた。

 

  ダクネスに剣先が触れることはなく。空を切った剣に、まずはダクネスが無事で安堵する領主。

 

  床ごとアルダープを移動させたのはタダオの仕業だろう。正規の持ち主だけあり、魔杖の能力は反則そのもの。ここは先に、タダオを始末したいところ。モーデュロルを手にした英雄をどう処理すべきか考える。

  地上階へ戻って応援を呼びに行くのが現実的か。幸い金さえ与えれば、ダスティネスに逆らう者も少なくない。

 

  ただ、歴戦の勇者エンドウ・タダオが、アルダープの好き勝手な振る舞いを許す訳なく。

 

「悠長に作戦会議してる余裕は無いぞ、アルダープ」

 

  再びタダオのターン。モーデュロルで床をつつくと、十分に確保された50メートルの間合いが、急激に詰まってゆく。

 

「むおっ!?」

 

  イメージとしては、空港にあるムービング・ウォーク。歩かずとも床が自動でアルダープを運ぶ。バランスを崩したアルダープが四つん這いになっても、移動は終わらない。

  タダオはモーデュロルの先をアルダープの頭が来る位置に調整し、刺さりに来るのを待ち構えるだけで良い。…領主の眼孔に杖が刺さる寸前。

 

 カキンッ!

 

  レイピアでかろうじてモーデュロルを跳ね除けたアルダープ。

 

「…意地を見せたな、クソダープ」

「…ハァッ、…ハァッ…。クソが…!ワシが、こんなクズ共に…!!」

 

 まさに間一髪。命を落とす一歩手前。とてつもない疲労感に、肩で息をし始める。自慢のレイピアは、魔杖に触れただけで砕け散った。

 

『勝負あったね。男と男の戦い…、手に汗握る最高の果し合いだったよ!』

 

  パチパチパチ。

 

  球磨川が二人の健闘に涙し、惜しみない拍手をおくる。

 

「まだ終わりじゃないぞ。終わりがあるとすれば、それはクソダープが死んだ時だ」

『そうなの?』

「お前らが来なければ、クソ領主はオレを殺していた。だったら、オレもクソ領主を殺してよくね?」

 

  タダオがアルダープを見下す。

  未だに四つん這いのままの領主が口にしたのは、命乞いでも謝罪でもなく。

 

「…もう出し惜しみは出来んか。キサマ達、覚悟しろ!」

 

  アルダープが、自身の額に突きつけられていたモーデュロルに触れた。

 

「うわ、また豚の指紋がついた!てゆーか触んじゃねーよ!」

 

  顔面に蹴りを入れて、アルダープを愛杖から引き剥がすタダオ。

 

『…え?』

 

  モーデュロルを握ったりして、何が狙いだったのか。球磨川達がそんな疑問を浮かべるよりも先に。地下室内の壁が一部消え、更なる地下に続く階段が出現した。

 

「ひゃはははっ!キサマらはもう死ぬ!謝っても遅いからな!」

 

  領主は捨台詞と共に、醜い脂肪を揺らしながら階段を下っていく。

 

「…あのブタがオレのモーデュロルを欲しがってたのは、からくり屋敷を作りたかったからなのか?」

 

  隠し階段があるポイントは、タダオが閉じ込められた牢屋の死角。

  監禁中、何度かモーデュロルを手に何処かへ行ってたのは目撃していたが…想像よりもショボい使い道に、いささか拍子抜け。

 

『それだけ、他の人には見られたくないものがあるのかもしれないねえ。気になるし、行ってみよう!』

「タダオ殿。このまま、壁を作り直してはどうだろうか?」

 

  球磨川みたいな事を言い出したダクネスさん。妙案は少しだけ言うタイミングが遅く、耳に届く前に男性陣が駆け下りていってしまったので、実現しなかった。

 

 …………………

 …………

 ……

 

「マクス!マクスはいるか!」

「ヒュー…、ヒュー…。あ、アルダープ!今日も来てくれたんだね、アルダープ!」

 

  エリス様の言によれば、地獄の公爵らしい悪魔、マクスウェル。相も変わらず不気味な呼吸音を轟かせる青年を、まずは領主が蹴り飛ばす。

 

「…痛い!痛いよ…!」

「黙れっ!いいか?非常にマズイことになった。すぐに男二人と女一人がここに来る。マクス、キサマは男を二人を殺すのだ!!」

「…男、二人??」

「そうだ!女は殺すな!いいな!?」

「わかったよ、アルダープ!」

 

  アルダープはマクスウェルを大したことない悪魔だと思い込んでいる。それでも、悪魔。端くれだろうが悪魔なのだから、人間二人程度、どうとでもなるはずだと考える。

 

『こんなところに、また新キャラがいるとは!』

「…なんか汚いヤローだな」

 

  早くも、球磨川達が到着。

 

『もしかして、それが悪魔?』

 

  アルダープに足蹴にされる、タキシードを着た汚らしい青年。

  相対するだけで悪寒がする。

  球磨川禊をもってして、どこか不気味なものを感じ取らせるマクスウェル。

 

「こいつらだ!殺せ!!」

「あれ…君は…?」

 

  アルダープの命令に応じず、マクスウェルは球磨川を凝視して固まる。

 

「なんだか、ずっと昔に殺した気がするよ…?ヒュー…、ヒュー…」

『【ずっと昔】とは、寂しいじゃない。つい最近だろ?君が、僕を呪い殺してくれたのは』

 

  確信した。そこの、みすぼらしい青年こそが、地獄の公爵だと。

 

「ワシの恋路を邪魔する、虫ケラだ。情けはいらんぞ、マクス!!」

 

『…恋、ねえ』

 

「…あ?」

 

  アルダープの発言に、球磨川が食いつく。わざとらしいため息をついて。

 

『アルダープちゃんさぁ、ダクネスちゃんが好きなんだよね?』

「無論だ」

 

  一回、二回。

 球磨川が大袈裟に頷く。領主の言葉を反芻し、口角を上げた。

 

『本当に?君さぁ、本当に恋なんかしてるのかな?』

「ど、どういう意味だ!」

『いやね、ダクネスちゃんって超がつく美人でしょ?ゆえに君は、彼女の外見が好きなんじゃないかと思ってさ。例えば、ダクネスちゃんが不細工でも愛せる?』

「は、馬鹿なことを。ワシの想いがそのように、安っぽいはずあるか。この想いは、揺るがないわ!」

 

  一笑に付す。というより、球磨川の仮定がまずあり得ないので考慮に値しない。

 

『流石だね、素晴らしい!でもでも、心の奥底では、不安なんじゃない?』

「くどい。ワシの気持ちは変わらん!」

 

  アルダープが球磨川の質問に辟易しだした頃、意中の女性が上から降りてきた。マクスが男性陣を処分した暁には、今度こそ手中に収められる。

  ダスティネス邸ではあと一歩で邪魔が入った分、ダクネスが手に入る喜びも増すというもの。

 

『僕もダクネスちゃんが好きなんだよ、実は!』

「「「は?」」」

 

  マクスウェル以外の全員が、唐突な球磨川の告白に声を揃えた。ダクネスはあまりの不意打ちに、目を白黒させつつ、両手を左右にパタパタと動かす。

 

「おかしい!おかしいからっ!ミソギは何を言ってるんだ!こんな、可愛げのない私なんか…」

 

  顔が熱いのか、手で顔を扇ぐダクネス。球磨川はパーソナルスペースなどお構いなく、顔をグイッと近づけ

 

『おかしくなんかないよ。けれど。そうだねえ…この僕の気持ちも又、ダクネスちゃんの外見ありきかもしれないわけだ。だって、こんなにも可愛いんだからっ!』

「〜っ!?」

 

  頭の中は常にピンクなダクネスも、まだ乙女。同年代の異性に迫られて、心拍数が上がる。唇同士が触れそうな距離に異性の顔がある。それだけで、思考回路はショート寸前。

 

  目を潤ませ、ダクネスは球磨川の瞳を見つめ返す。悪徳領主を追い詰めてる場面でいきなり口説き出した真意を聞き出したいが、言葉が出ない。

 

  ダクネスの頬に触れる球磨川。

 

  慌てた領主が、マクスウェルに「はやく殺せ!」と叫ぶ中。

 

『こんなにも可愛いからこそ…。僕はダクネスちゃんの顔面を剥ぎ取ってみたいなぁ!』

 

  ロマンチックな言葉を紡げば、口づけしてもおかしくない雰囲気にも関わらず。球磨川禊はどこまでもマイペースな発言をした。

 

「み、ミソギ…?」

『少し痛いけど我慢してね。これも、僕の愛を確かめる為なんだ!』

 

  ダクネスを押し倒し、螺子で床に固定させた球磨川。

 

「こ、小僧!ララティーナに何をする!?やめろ、やめろ…!顔面を剥ぐなんて、キサマ正気か!?そんなことせずとも、ワシはララティーナを愛してると言っとるだろう!!」

 

  アルダープの悲痛な叫び。

  マクスウェルは依然として行動を起こさず。

 

『わかってないなぁ…全然、わかってないよ。…君の恋なんか、既にどうでもいいのさ。僕は今、自身の愛を確認するべく、行動しているんだ!』

 

  球磨川がダクネスの顔に爪をたて、段々と力を込めて行く。

 

「ほ、本気なのか?ミソギ。私達は仲間だよな…?」

  いかに痛みが好きだろうと、顔面を剥がれるなんて耐えられない。

  螺子で押さえつけられたダクネスは、どうにか言葉で球磨川を止めようとする。

 

  タダオは壁にもたれかかり、傍観。

  球磨川の行動によっては、アルダープ側につく考えだ。日本で生まれ育ったはずの少年がサイコパスじみており、結構な衝撃を受けた。

 

「マクス!小僧を殺せば代価を払ってやる!だから早く殺せぇぇえ!」

「代価!?わかった。わかったよアルダープ!あの子を殺したら、代価をくれるんだね!?」

 

  現金なもので。どうしてか命令しても動かなかったマクスも、【代価を払う】と口にした瞬間、素早く立ち上がった。

 

『…おや?』

 

  ダクネスに跨っていた球磨川。マクスウェルは視認不可能な速さでもって、その首を跳ね飛ばした。

 

  静寂。

 

  球磨川の首は部屋の隅へと転がり、司令部を失った胴体は、力なく倒れた。

 

「ヒュー…、ヒュー…。どうだい?アルダープ!殺したよ、殺したよ!」

 

  いつも無表情のマクスウェルが、にわかに微笑みアルダープを見る。

 

「あ、ああ…。よくやった。後で、代価はやろう」

 

  球磨川が死んだ。こともあろうに、ララティーナの美しい顔を剥ごうとしたのだから、死んで当然。

  領主は肝心の、ダクネスの安否を確認する。だが…

 

「馬鹿な…!?」

 

  アルダープが恋い焦がれた少女。社交界の華、ダスティネス・フォード・ララティーナの顔面は、皮膚と肉を剥がれ、見る影も無い。

 

  隣に転がる球磨川(胴体のみ)の手には、ダクネスの皮膚。マクスウェルに殺される直前、球磨川はダクネスの顔面を剥ぎ取ったようだ。

 

「あ、ああ…!ララティーナが。ワシのララティーナがぁ…!」

 

  フロアの中心には、無残に顔を剥ぎ取られた死体。

 

  ララティーナは、アルダープが長年かけて狙っていた獲物。顔を剥がされては台無しだ。彼女の整った顔立ちと、女性らしさが強調された身体つき、それらを堪能する為に領主は苦労を重ねてきたのだから。

 

「これでは…!これでは無価値じゃないか…!くそ、くそっ!!」

 

  悔しげに床を殴打。拳が痛もうと、砕けようと。ララティーナを失ったショックから立ち直るには足りない。

 

  どれくらい泣いたか。目元を腫らし、眼球から水分が出なくなってきた。ララティーナが死んだのは、マクスがさっさと命令に従わなかったから。今頃になり腹が立ってきた領主が振り向き、マクスを叱ろうとすると…。

 

『うん。こうなっても、ダクネスちゃんは可愛いね!僕の愛は本物だ!』

「!!??」

 

  背後に、殺したばかりの少年が五体満足で立っていた。

 

「…手品か?首ちょんぱだったろ」

 

  置き物状態を貫いていたタダオが、我慢できず聞く。

 

『正解!…こんなのは手品だ。説明する程のもんじゃない。なんにせよ、僕の愛が証明されたのは喜ばしい!』

 

  ダクネスの皮膚を大切そうに扱う球磨川は、落胆する領主を睨む。

 

『…それと、アルダープちゃんの愛は偽物だったってこと。何を嘆く必要があるのか、僕にはさっぱりだ。顔があろうと無かろうと。どっちもダクネスちゃんでしょ?』

「…!」

 

  ーーー狂ってる。

 

  眼前の少年は、人ではないのかもしれない。顔を剥がれた死体を、生前同様愛するなんて。…振り返れば、ギルドでの初対面。アルダープは球磨川の気持ち悪さを感じ取った。そう、まるでマクスウェルと同じような悍ましさを。

 

(ワシは…何に手を出してしまったんだ…?この少年は、一体…)

 

「ヒュー…、ヒュー…!アルダープ。代価を払ってくれるって言ったよね!?嬉しい、嬉しいよ!!」

 

  使えない悪魔の分際で、ちゃっかりと報酬だけはねだってくるマクス。

 

「無能め…!」

 

  苛立たしいが、怒る気力も湧かず。

  残った球磨川とタダオに意識を集中していると。

 

  ボキッ。

 

  アルダープの両腕が、可動域を越えて折れ曲がった。

 

「ぐあああっ!?まくす!!?何をやってる!!」

「ああっ…。いい!最高にいいよ、アルダープの叫び。代価を支払ってくれて、僕は本当に嬉しいんだ!」

 

  辻褄合わせのマクスウェル。好むのは、人間が痛みを感じた際に放つ悪感情。下僕として使ってやってたハズレ悪魔が、主の腕をへし折った。裏切られたアルダープは理解が追いつかない。

 

  足は丁寧に、指の一本一本を順に折るマクスウェル。アルダープが都度最高の感情を放つ。

 

「ヒューッ!ヒューッ!アルダープは最高だよぉ!こんなに凄い感情をはなてるんだからっ!」

 

  夢中でアルダープを痛めつけるマクス。悪魔に代価を払うとは、こういうこと。

 

『いいなー、楽しそうだなー』

 

  球磨川は喜劇を見てる気分になり、一人静かにテンションを上げ、眺める。

  10本全部、足の指を折られた時点で、アルダープは意識を失った。

 

  マクスウェルがアルダープを起こすべく往復ビンタを開始する。中々領主が目覚めずマクスが悲しむと、顔を剥がれたダクネスが、螺子の拘束を解いて立ち上がった。

 

「マクスウェル。後は地獄に帰ってからやればよかろう」

 

  唇も無いのに、問題なく発音するダクネス。

 

『ダクネスちゃん?』

 

  球磨川の問いで、ダクネスは肩を震わせる。表情が無いからわかりづらいけれど、どうも笑っているみたいだ。

 

「フハハハハッ!まだ気がつかないか、人の内面を愛する少年よ」

 

  ダクネス(?)が、見る見る姿を変化させた。身長も高くなり、身体もゴツく、筋肉質に。

 

『こ、この声は』

 

  球磨川の嫌な予感は、変身後の姿で確信となる。

 

  人の悪感情をこよなく愛する仮面の悪魔。全てを見通す地獄の公爵バニルが、ダクネスに化けていた。

 

「少年。我輩の顔面を剥いでまで、我輩への愛を証明するとは。性別の無い悪魔であっても照れるではないか!」

『本当、君だけはいつか過負荷コンボくらわしてあげるよ』

「うむ、うむ。悪感情及び負感情、まことに美味である!」

 

  バニルはいつから、化けていたのか。球磨川が問う。

 

『えっと、どのタイミングですり替わってたんだい?』

「む?地下二階に降りる時からだな。あの、割れた腹筋を気にする鎧娘ならば、牢屋に閉じ込めてやったわ。悪感情どころか、歓喜してたのが我輩的にショックであったが。至高の悪感情を味わうのなら、特等席に限るのでな!」

 

  …気づかなかった。バニルの変身は完璧で、悪魔特有のオーラすら変身で消されていたのだから。

 

「小僧が顔面を剥いだ時に領主が放った悪感情。アレは極上だったぞ。我輩、あのまま死んでも良いくらいに」

 

  悪感情にも良し悪しが存在するようで。長年執着してきたダクネスが、二度と手に入らなくなったアルダープの絶望たるや。仮面の悪魔を満足させるレベルだったそう。

 

『アルダープちゃんの悪感情が、至高のメニューだろうが究極のメニューだろうが、どうでもいいよ。で、バニルっちは彼とお知り合い?そういえば二人とも地獄の公爵だよね。そういう繋がり?』

「左様。久しいな、マクスウェル」

 

  アルダープを器用に跨いで、バニルがマクスウェルのそばに寄る。

 

「あれ?知らないはずなのに、なんだか懐かしい顔だぁ」

 

  汚らしい青年は、キョトンとしてバニルを観察する。

 

「フハハハハ!毎回、初対面の挨拶をしているな。では、今回も初めましてだ、マクスウェル。我輩は、この世全てを見通す悪魔、バニル!人間風情に使役されていたお主を迎えに来たぞ」

 

  マクスの手を掴み、引き寄せるバニル。

 

「バニル?バニル!なんだかとても懐かしいよ!」

 

  マクスウェルも同胞に会えて嬉しそうにする。

 

「と、いうわけだ。我輩はこやつを地獄に連れ戻すが、構わんな?」

 

  バニルが球磨川に確認を取る。球磨川が拒まない事など、既にお見通しのはずだ。

 

『アルダープちゃんも?』

「ああ。この悪徳領主は随分とマクスウェルをこき使ったようでな。恐らく一生かけても代価は払いきれぬであろう」

 

  小さな悪事や大きな悪事。何かにつけて揉消す時は、いつもマクスウェルの能力を頼っていたらしい。

 

「僕はアルダープが大好きなんだ!アルダープは、誘拐した女の子を嬲ってはすぐに捨ててたけど、僕はそんなことしないよ!アルダープが壊れないよう、しっかりするから!ヒュー!ヒュー!」

『ラブラブじゃないの!アルダープちゃんも、隅に置けないなぁ』

 

  心底、幸せそうなマクスウェル。

  呪われる、なんて貴重な体験もさせてくれたことだし、軽いお礼でもと。

  球磨川は気絶したアルダープに手をかざし。

 

『【大嘘憑き】。アルダープちゃんの寿命をなかったことにした!これで、一生かけても払えない代価とやらも払えるんじゃないかな?』

「ほお!よかったではないか、マクスウェル!アルダープは、何時までもお前と共にあるぞ!」

 

  裸エプロン先輩の粋な計らいにより、アルダープは未来永劫、マクスウェルにご奉仕出来るようになった。

 

「ヒューッ、ヒューッ。ありがとう、ありがとう!僕は君を殺したのに、なんて優しいんだ!」

『そんな、感謝されるだなんてこそばゆいよ!』

 

  照れ隠しに、後頭部を掻く球磨川。

 

「因みに、マクスが地獄に帰れば、辻褄合わせの能力も消える。…つまり、アルダープの不祥事は公になる。喜べ少年。不正なアルダープの金はダスティネス家や国に返還される。せいぜい、立派なマイホームを建てることだ。おっと、喧しい水の女神が居候を頼み込んできたら、追い返すが吉。では、また会おう!」

 

  空中に展開された、黒いゲート。悪魔とアルダープが潜ると、一瞬で消え去った。

 

「やべぇー、展開についていけねー。まあ、生き残ったからいっか」

 

  タダオがしゃがみ込み、頭を掻き毟る。まあ、無理もない。

 

  地獄へ帰る前に、バニルが有益なアドバイスを残してくれた。アクアについては、アドバイスに従う方向で。

  人の助言に従うのが蛇蝎の如く嫌いな球磨川も、見通す悪魔に言われればやぶさかではない。

 

『いやー、どっと疲れたね。疲れついでにタダオちゃん。ギルドで一杯どうだい?僕のパーティーメンバーが、マイホームで是非とも欲しい施設があるらしいんだ!』

「へえ?オーナーの要望は極力叶えてやりたいし、構わないぜ。ブレンダンには、手紙で連絡しときゃいいだろ」

 

  球磨川は今日だけで何回死にかけたことか。アルダープは消え、タダオにも会えた。これでやっと家づくりを始められる。さしあたって、牢屋に放置されたまま興奮してるであろう金髪娘を解放する為、タダオと一緒に階段を上り始めた。

 

 




アルダープフォーエバー!

アルダープ、書いてても不快でしたねぇ。ダクネス以外にも、いろんな女の子を嬲ったりしてるのがもう。

ボラーレ・ヴィーア!


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三十三話 マイホーム実現に向けて

今回はマイホームの相談回です。
動きはナッシングでございますので、何卒…

次回は、例の、夢のお店が出てきますから…!


  地獄の公爵マクスウェルの帰還は、アルダープがひた隠しにしてきた不祥事の数々を、白日の下にさらけ出した。

  アルダープが不正に入手した金銭、財宝。女性を誘拐した際の証拠の隠滅及び女性の記憶改竄。元老院への賄賂、思想の操作。…挙げればきりがない。それでも、これらは長年に渡り領主が情報操作してきた事象の、ほんの一部に過ぎない。今まで叩いてもホコリさえ出てこなかったのは、マクスウェルの桁外れな事象改変力があったからだ。

 

『ほんっとに、やりたいことやってんなぁ…て感じだね!』

「悪徳領主アルダープ。前々から良い噂は聞きませんでしたが、ここまでだったとは驚きです」

 

  アルダープ追悼より数時間。

  すっかり夜の帳が降りたアクセル。酒豪達が活発な活動を始める時分に、球磨川達はギルドで遅い夕飯を摂っていた。

 

  メンバーは球磨川、めぐみん、ダクネス。ついでに、ゲスト出演のタダオさん。

 

  球磨川に続いためぐみんは、ネロイドで喉を潤してから

 

「それはそうと、我が物顔で私たちと相席しているこのオジさんは何方なのですか?」

 

  正体不明の不審人物。球磨川らのパーティーに紛れ込み、数日ぶりのシャワシャワを流し込んで上気する、無精髭の男を指差した。

 

  指をさされたタダオは、めぐみんの風貌から紅魔族と見極めて、尊大で壮大な自己紹介を実行することに。

 

「…コホン。我が名はエンドウ・タダオ!ブレンダン随一の建築家にして、空間を操りし者!」

 

  魔杖モーデュロルで青白い光を放ち、一層派手になるよう演出。

  これには紅魔族も度肝を抜かれた。

  冴えないおっさんが、英雄タディオだったこと。なによりも、素晴らしい自己紹介。神々しい輝きに包まれながらの名乗りは、嫉妬の炎で焼き尽くされそうなくらいに、カッコ良かった。ギルド内の冒険者各位は何事かと身構えたものの、球磨川らのテーブルが発信源だと知り、談笑に戻る。

 

「か、カッコいい…!」

 

  呆然と言葉を漏らしためぐみんの口からシャワシャワが一筋漏れ出るも、当人は気づいておらず。隣のダクネスが「やれやれ」とハンカチで拭いてあげた。

 

「カッコいいだろ?…アレは今から10年とか20年前だったかな。紅魔の里に短期滞在していたことがあるんだ、オレ。その時に会得した名乗りだよ、コレは」

 

  タダオの、殴りたくなる笑顔。勝ち誇ってシャワシャワの入ったグラスを空にさせ、ウェイトレスさんにおかわりを催促した。

 

「ほう?どうりで、中々の名乗りなわけです。本場仕込みでしたか」

「魔杖を使ってまでカッコつける必要はあるのだろうか?」

 

  名乗りに本場も何もあったものではないが。ダクネスはそんなことよりも神器の無駄使いが気にかかる様子。神々に与えられた品を、カッコいい演出に使うとは。減るもんじゃないとはいえ、いいのだろうか。

 

『タダオちゃんの隠された過去は、正直どうだっていいよ。君はこれから僕たちの出す条件を満たしたお家を建ててくれれば、それでオッケーさ!』

 

  グレート・チキンの照り焼きを頬張る球磨川。食事の手を止めることはしない臨時隣人を、タダオは半目で捉える。

 

「歯に衣着せねーな、オメーは。…でも、そういうこった。特別にオレ様が手ずから家を建ててやるんだ。遠慮なく希望を言ってくれ」

 

  冒険者としても建築家としても、【空間の魔術師】の二つ名をもつタダオに依頼すると、普通は何年か待ち。最悪、断られることもある。

  今回球磨川達がすんなりタダオに頼めたのは、何も日本人のよしみだけではない。

  タダオ監禁の際、マクスウェルがブレンダンの住民の記憶を操ったことで、どうしてか裏切り者扱いとなっていたタダオ。そのせいか、おかげか、タダオへの依頼は全てキャンセルがかかっていたのだ。

  久しぶりにアクセルへ来たタダオが、せっかくだしとアクセルの職人達へ挨拶しに行き、発覚した事実。

  タダオもショックを受けたが、マクスの力から解放された依頼主達も、我に返って猛省している頃合いだろう。

 

「うむ。私は自室を防音室にしてもらいたい。防振もあると嬉しいな。希望としてはそれだけだ」

 

  ダクネスからの提示。

 

「…お安い御用だ。オレの習得したスキルに、素材自体に防音機能を付け加えることが可能なやつがある。チョチョイのチョイだ」

『お、便利なスキルだ』

「そうだな。ベニヤ板でもトタンでも、なんでもござれよ」

 

  なんで防音室にしたいのか。そんな野暮なことを聞くほど、ここにいるメンバーは馬鹿じゃない。ダクネスと初対面に等しいタダオでも、アルダープ邸の牢屋で興奮しきっていた姿を見せられては把握するしかなく。

  理由を教えられても気まずくなるだけだと判断し、スルーしたのだが…

 

『んで、ダクネスちゃんはどうして防音室にしたいの?』

 

  【空気を読めない選手権】なんてものがあったならば、ダントツで優勝するだろう球磨川君は、知識欲を満たしたいが為、ズバッと切り込んだ。

 

「え!?そ、それはその。アレだ!女の子には色々あるんだ!」

 

  ボッ。と、ライターで着火されたかと思うくらい一瞬で顔を紅潮させたダクネス。防音にしたい理由など、ダクネスの性癖から考えれば予想できそうなもの。あえて答えさせようとした球磨川は、果たして天然なのか意地悪なのか。これにはめぐみんも同情して、フォローする。

 

「そう、そうなのです!色々あるんですよ女の子にはっ!ミソギには、もっと紳士になってもらいたいものです」

 

『そうなんだ。それならそうと、先に言ってくれよ!でないと、僕みたいな知りたがりは、失礼に当たるとはわからずに、ついつい失礼な質問をしちゃうんだから』

 

  先に説明しなかったダクネスに非があるような言い方。悪びれない球磨川に、めぐみんが謝罪の一つもさせようとしたところで。

 

『待てよ…?そうなると、めぐみんちゃんの部屋も防音にすべきじゃない?ボーイッシュとはいえ女の子にカテゴライズされるわけだし。防音室にする理由の、【色々ある】の【色々】がなんなのかはイマイチわからなかったけれど、めぐみんちゃんも【色々】とやらを防音室でやるんでしょ?女の子なんだからさっ』

「なっ!?」

 

  ダクネスを助けたことで、とばっちりを受けためぐみん。このままだとダクネス同様、防音室でしか出来ない【色々】をやっていることにされてしまう。球磨川が肝心の内容を察してない以上、気にしなければいいだけなのだが…どうにも受け入れ難い。

 

『女の子がする、防音室でしか出来ないことってなんなんだろう?やれやれ、気になって夜も眠れなさそうだ』

 

「普通に、楽器とか言えばいいのに…」

「「あー…」」

 

  タダオの助言は目から鱗。無難な答えでも、パニクると案外浮かばないもので。それでも、初手でダクネスが不用意な発言をしなければ、めぐみんなら思いついていたはずだ。

 

『そっかそっか。楽器なら防音が必須だね。ふーん、へぇー』

「そうなのだ!日中忙しければ、夜でも練習したいからな。ほら、同じ屋根の下で暮らすんだ。うるさくして、二人に迷惑はかけられないだろう?」

 

  楽器は、成る程お嬢様ならば嗜みかもしれない。球磨川はそれで納得してくれた。

 

『優しいな、ダクネスちゃんは。にしても、楽器やってたんだね。よければ、今度聞かせてちょうだい!』

「…ああ、もちろんだ!」

 

  なんとか誤魔化せた。機会があれば、幼い頃から習っている弦楽器でも聞かせてやればいい。

  ダクネスが安堵すると…

 

『…ん?あらら?』

「なんだ、まだなにかあるのか?」

『んーとさ、楽器の練習なら、何も防振まではいらないんじゃないかな?なーんて!』

 

  球磨川の追撃が。油断しきっていたダクネスは、考えもせずとっさに答えてしまう。

 

「えー…そうだ。楽器は楽器でも、打楽器だからなっ!!?……うん、打楽器だ!!」

『打楽器なんだ!?』

 

  自分の首を絞める結果となったダクネスさん。来たる演奏お披露目に備えて、これから少しずつ打楽器の練習をしていかなければ。めぐみんとタダオの生暖かい視線がとどめとなり、ダクネスは机に突っ伏してしまった。

 

「ふっふっふ。満を持して、我のターンですね」

 

  ダクネスの自爆劇場が終了すると、今度はめぐみんが希望を述べる。

 

「マイホームに求めるのは、ただ一つ。…屋内で爆裂魔法を放てるスペース、それだけですっ!!」

「ぶっ!?」

 

  クワッと目を開く爆裂娘。斜め上の条件に、タダオがネロイドを吹き出す。

 

『いやーん!タダオちゃん汚〜い!』

「だって!この、紅魔の子がっ!」

 

  家に求める条件ではない。

  せめて、庭だろう。屋内で放つ必要性が、タダオにはわからなかった。

 

「むう?我が望みを叶えられないと?金ならありますよ…?」

 

  右手でハットを摘んで、目が隠れるくらいまで下げためぐみんは、ゲスな笑顔を浮かべた。

 

「いやいや、金の問題っつーか…」

『めぐみんちゃんのお金、ヒヒイロカネで結構消し飛んだと思ったんだけども!』

「ミソギ!?どうしてバラしてしまうのです!ここは、タディオ氏を共に説得してくれるところですよ!?」

 

  微妙に涙を溜めるめぐみん。

  紅魔族にも縁があるタダオは、めぐみんに情がわいたらしい。

 

「しゃーない…お嬢ちゃん、任せときな。なにせ、オレ様は世界一の建築家だからな。どんな家でも建ててやんよ」

 

  世界中に名を馳せた、冒険者の愛杖。まごうことなくチートな装備を掲げたオジさんは、とても頼もしく見える。

 

「や、やりました…!これで、いつでも爆裂出来ます…!」

『うん、やったね!めぐみんちゃん』

 

  今しがためぐみんが涙目だったのは、望みが叶わないかもしれなかったから。決して、ネロイドのグラスに付着した水滴を、目元につけたからではない。…と願う。

 

『残るは僕だけだね』

 

  照り焼きグレート・チキンを完食し、ナプキンで上品に口を拭く風先輩。

  その途中、タダオが嫌そうな顔になったのに気づいた。

 

『あははっ、不安がらないでくれよ。何も、変な要求をするつもりは無いんだから』

「…ほんとかよ」

『もとより、僕に御大層な夢や希望なんてあるわけがないんだしさぁ。…まあ、仮に変な要求だったとしても、【どんな家でも建ててやんよ】と豪語したタダオちゃんなら大丈夫でしょ』

 

  …確かに、モーデュロルがあれば、そうなのだが。とはいえ、球磨川のサイコな一面を知るタダオは、えも言われぬ不安を感じた。めぐみん以上にぶっ飛んだ条件はそうそう無いはずでも。

 

『家は目立つに限る。これが僕の持論でね。ほら、特徴が無い家だと、友達とか招待した時に迷わせちゃうかもしれないでしょ?』

「あー、まあ外観も重要だよな」

『この街の景観にマッチして、かつオリジナリティ溢れる目立つ家がいいね』

 

  予想外にまとも。今日日、家を建てるのに外観を気にしない人はいない。外観にも拘りたいのは、むしろタダオの方。球磨川から話を開始してくれて、逆に助かった。

 

「どうする。いっそ、和風にしてみるか?日本ならともかく、アクセルだと目立つだろ?景観にはマッチしないが」

 

  瓦屋根の平屋建てとか、異世界では目立ち過ぎる。

 

『あー、それもいいっちゃいいけど。ここだけの話、僕の琴線にふれた家があってさ。丸パクリしたい程に』

「へえ?実際、そういうお客様も多いよ。オシャレな外観を真似たいって感じの。特徴を教えてくれたら、イメージ図を何パターンか描いてみるぞ?」

『平気平気!タダオちゃんも知ってるはずだぜ!えー…なんだっけ。かなり有名なヤツ。えーと…』

 

  タダオも知るはず。となると、やはり日本の建物か?

  もしかしたら、転生以来初めての和風家屋になるかもしれない。

  そう思い、タダオが気持ちを高ぶらせて球磨川の言葉に耳を傾けた。

 

『あ!思い出した!』

 

「おお!なんて名前だ?…大阪城とか、そういうのは流石に…」

 

  土壇場で球磨川が良いそうなセリフを思いつき、先手をうつタダオ。けれど、大阪城はかすりもしなかった。

 

『サグラダなんちゃら…。そう!サグラダファ◯リアだ!』

 

「…ん?」

 

『聞こえなかった?サグラダの、ファミリア的なヤツだよ!超、カッコいいよねアレ!!是非、住んでみたいなぁ…』

 

  ヴェルサイユ宮殿に憧れる少女の如く。球磨川が腰をクネクネさせて、サグラダファミ◯アに住む自分を想像する。転生前から夢見ていたお家で生活出来たなら、きっと毎日が楽しくなるはず。

 

「……えー、うん」

『…あれ?なんか、ダメかい??』

 

  タダオの返事が芳しくない。

 

『あー、まだちょっと地味かな?』

 

  恐る恐る、球磨川が尋ねる。タダオは、これでもまだ、友達が迷う可能性があると言いたいのだろうか。ただ、これ以上派手にしろと言われても、球磨川には良い案が思いつかない。どうしたものかと考え込んでみる。

 

  …しかし。驚くことに、タダオが気にしていたのはそこじゃなかった。

 

「…派手か地味か以前にさ」

 

『以前に?』

 

「…それ。【家】じゃねーからっ!!!」

 

  タダオの雄叫び。

 

『なにーっ!?』

 

  結論。タダオが外観を数パターン考えて、そこから選ぶこととなりました。

 




そりゃ、打楽器ですよね。
常識的に考えて。普通は。

私はノイシュヴァンシュタイン城で!


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三十四話 消えた主人公 前編

更新遅れ、申し訳ありません。

このすば円盤3巻の、オーディオコメンタリーが素晴らしいの一言でしたね!
エクスプロージョンの決め台詞をとられた、めぐみんの反応が可愛すぎでした…


  サトウ カズマの墓。

 

「わあぁぁぁあっ!カズマさん!カズマさんがぁぁぁ!」

「くっ…!なんてことだ。我々がブレンダンにいる間に、カズマが死んでしまうなんて」

「彼とはあまり話せませんでしたが、こうなるとやはり寂しいものですね…」

 

  青、黄、赤。信号機を連想させるイメージカラーの女子達が、カズマの墓前で合掌。アクアが一番思い出も多い分、他の二人よりも悲しみが深いらしく、生半可なアンデットならば浄化しかねない涙を延々と溢れさせる。正真正銘の女神であっても、死体が墓の中では蘇生も不可能。

 

『なんという出オチ。ときに君たち、カズマちゃんが死んだからどうしたっていうの?なにも、二度と会えないわけでもあるまいし!』

 

  あの安心院さんでさえ、死者を蘇らせるスキルは所持していない。とはいえ、【死】そのものを【なかったことにする】スキルはある。だから実際、【大嘘憑き】の使い手たる球磨川は、そこまで焦ってはいなかった。彼の前では、生者と死者は等しい。

 

  ブレンダンへの旅行後、長らくスルーしていたカズマのその後。球磨川達がようやくカズマの死を知ったのは、墓前で皆が悲しみにうちひしがれる現在より、数時間前。早朝、球磨川が寝床の馬小屋を出発した頃まで遡る。

 

 …………………

 ……………

 ………

 

  魔王軍幹部討伐、クソ領主討伐(?)、タダオ救出。これまでの功績からすると、球磨川さんにしては順調な異世界ライフだ。が、人生良いことばかりとはいかないもので。…いや、球磨川に言わせればむしろ人生谷あり谷あり。

 

  先日、球磨川達がブレンダンへ向かう道すがら、用心棒が乗る馬車がグレート・チキンに襲われてしまう事件があった。不運なことに、なんとそれにはカズマさんが乗っていたのだ。ブレンダンからアクセルに帰ってきたアクアは、カズマの安否を確認しに向かった。対して球磨川達だが、ブレンダンからの帰還直後といえば、アルダープがダクネスにちょっかいをかけてくる事案が発生する等、対処に奔走する羽目に。カズマの安否を自ら確認できない自責の念に堪えつつ、パーティーメンバーでもあるアクアに一任することに。

 

  アルダープ討伐後。夢のマイホーム相談では、家の外観をタダオのデザイン案から一つ選び終え、なんとか設計へこぎつけた。

 タダオによると、球磨川らの家が出来るまではそこそこ時間を要するとのこと。

  打ち合わせを終えたタダオは、家づくりの準備をする為、解散後ブレンダンへと一時戻った。家を建てるおおよその費用は見当がついたけれど、作業途中で更にお金がかかる可能性もある。「貯金を極力使わないように、生活費を確保する程度にはクエストをこなそう」とは、ダクネスの言。

 

  そんなわけで、いつものようにギルドで依頼を受け、その日暮らしをしようと馬小屋を発つ球磨川は…馬小屋から出て数秒。水の女神様と鉢合わせた。

 

『あれー?アクアちゃん。おはよー』

「球磨川さん!今日もいい朝ね!」

 

  自前の、神聖な物であろう杖を物干し竿代わりに洗濯物を干すアクア。

 

「ほんとはね、今日の洗濯係はカズマさんだったの。けど、いないんじゃしょうがないわよねってことで、私が洗濯してあげてるわけ!係をサボタージュしちゃうだなんて、カズマさんは、これで今後3回は私の分の当番を代わる義務があるわね」

 

  カズマのシャツを叩き、丁寧にシワ伸ばしする姿は、そこはかとなく哀愁を感じる。

 

『…ブレンダンから戻ってすぐ、アクアちゃんはカズマちゃんの捜索をしたんだよね?昨日一日じゃ見つからなかったのかな。…ううん、というよりも今日もまだ見つかっていないようだね。その言い方だと』

 

  アクアは洗濯の手を止めて

 

「そうなの。ブレンダンから帰ってきて、私はまず手始めにギルドで馬車の乗組員の安否について尋ねたのよ。そしたら、『死亡者は確認されておりません』なんて言うのね」

 

『…死亡者が確認されてないって、ようするにカズマちゃんはどうあれ生きてたわけだ。グレート・チキンに袋にされて生きてるなんて、やるじゃない』

 

  曲がりなりにも護衛を名乗り出た者達が乗った馬車。カズマ以外にも数人の乗員がおり、はじまりの街付近に住み着くモンスターであればどうにかなったようだ。

 

「死んでなくても、怪我くらいはしてるんじゃないかって考えて、一応病院にだって足を運んだんだけどね。そんな名前の患者はいないって言われて…」

『へえ?』

「そういうことだから、いずれ帰ってくると思って、おうちで待っていたの。それが…」

『…帰って来なかったと』

 

  アクアの手から、スルリと洗濯物が落ちた。カズマの行方不明に、何か思うところがあるみたいだ。アクアよりも先にしゃがみこんだ球磨川が洗濯物を取ってあげ、それを手渡す。

 

『なるほど…ね!大体わかったよ』

「えっ?」

『カズマちゃんを見つけてきてあげよう。この、【高校生探偵】と呼ばれてみたい願望を持つ僕がね!』

 

  胸を拳で軽く叩き、不敵に微笑む球磨川さん。

 

『僕が捜索に行ってる間、ひょっこりここに帰ってくるかもだし、アクアちゃんは待っててよ』

「…うん!わかったわ。ありがとうね、球磨川さん!」

 

 こうして。高校生探偵と呼ばれてみたいらしい少年球磨川の、カズマ捜しがスタートした。

 

 …………………………

 ……………

 ……

 

『カズマちゃん、どこ行っちゃったんだろうねー』

 

  カズマの性格上、無事なら無事とアクアへ連絡を入れるはず。

  死んでおらず、怪我もしていない。ギルドに行っても手がかりなし。始まったばかりの捜査は早くも難航を極めた。高校生探偵と呼ばれるまでの道のりは長そうだ。

 

『んー、万策尽きた感があるよ。大体、僕のような一般人に捜索をしてくれなんて、アクアちゃんも無茶振りし過ぎなんだぜ』

 

  万策尽きるのが早いとか、アクアに罪をなすりつけないであげて欲しいとか、そんなものを聞き入れる球磨川さんではない。

 

「おはようございます、ミソギ。今日の天気は快晴ですよ、絶好の爆裂デーですよ!!」

『めぐみんちゃんだ』

 

  球磨川がギルドでの情報収集を空振りしたところで、爆裂ロリータが近寄ってきた。

 

『なにしてるの?』

「いやいや!なにしてるの?ではありませんよ!タダオ氏が我々の家を完成させるまでは、クエストでお金を稼ごうと決めたじゃないですか」

『そんなこと…言ってたような言ってなかったような』

「言ってました。というか、だからミソギもギルドに来たのでは?」

 

  すっとぼける球磨川をめぐみんは杖で軽く小突く。

 

『それがさぁ、僕ときたら、カズマちゃんを見つけなくっちゃいけなくなったようでね』

「カズマ?そう言われれば、アクアが捜していたようですが…まさかまだ見つかってないのですか?」

『そのまさかだよ。命に別状は無いらしいけれど、アクアちゃんのところへは戻ってないみたいでね』

「そうでしたか…。アクアも不安でしょうね」

 

  爆裂しか頭に無いようで、その実仲間想いのめぐみん。カズマが行方不明となり、残されたアクアの気持ちを想像すると、何か力にはなれないかと考えてしまう。

 

「今日はクエストを休みましょう。一人より、二人。二人よりも三人。ここは広い街ですし、ミソギ一人で捜すよりも効率が上がります」

『なるほどねっ!確かに、そっちの方がいい気がしなくもないけど』

『…なくなくなくなくないけど!』

「ふっふっふ。紅魔の里にて神童と謳われたこの私が、快刀乱麻を断ってみせましょう」

 

  やる気まんまんのめぐみんさん。今日のご飯代から、いきなり貯金を切り崩すかもと球磨川が懸念する。

 

『どーせ、僕一人でいいと説得しても無駄なんだろうね!』

 

  ガシガシ。球磨川が頭を掻く。

 

「探偵ごっこなんて面白…ではなく、大変なことをミソギ一人にやらせるのはしのびないのです!」

『今!今「面白い」って言いかけた!』

「…イッテナイデス」

 

  顔を背けためぐみんを球磨川が細い目で見つめ続けると、観念したのか大きく息を吐く。

 

「ふーっ。アクアからしたら、笑い事ではないかもしれませんね。ちょっと不適切な発言だったことは謝罪します」

『その通りだよ!唯一無二の存在であるカズマちゃんを、アクアちゃんがどんな想いで待っているのか…考えただけで僕のガラス細工並みに繊細な心は砕けてしまいそうだ…!』

 

  今度はめぐみんが白い目を向ける番。女の子に見つめられ恥じらう素振りの球磨川に、めぐみんが苛立ちを覚えたところで。

 

「入り口まで聞こえる声量で騒ぐような、迷惑な奴らもいたものだと思えば…まさか自分のパーティーメンバーだったとはな」

 

  ダクネスが姿を見せた。

 

『ダクネスちゃん!悪いが、今日のクエストは中止だよ』

「クエストを中止…だと?それは、まあ構わないが。どうしたというんだ?」

 

  今日はどんなモンスターに蹂躙されてしまうのだろう—とか考えつつギルドまでやって来たダクネス。楽しみがキャンセルになったその理由は教えて貰いたい。

 

「結構、大変な事態でして。我々がブレンダンへタダオ氏を捜索しに行ってる間、カズマが行方不明になってしまったそうなのです。アクアはアクセルに戻ってから、一回もカズマと会ってないらしく」

『そう!だから今日はカズマちゃん捜しの日としたわけ。クエストを受けられないのは至極残念さ。でもでも、友達が困っていたら助けるのが僕だよ』

 

  二人からの説明を受けて、ダクネスは半ば納得。けれど、とても重大な情報を彼女は持っていた。

 

「いや、カズマなら昨晩、街で私と偶然会っているんだが…」

『…はい?』

 

  カズマ捜索が、一気に進んだ瞬間だった。

 

 

 続




長いので分割しました。

まさかの、めだかボックスコンビ復活とは。
無いとはわかりつつ、ページをめくるたびに球磨川か安心院さんが出るのではと期待しちゃった私は重症ですね。

小説版グッドルーザー球磨川を漫画にしてもらいたいですねぇ…


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三十五話 消えた主人公 中編

うーん…。高校に入学したと思ったら、無人島に閉じ込められました。しかも、同級生と殺し合いをさせられるなんて。

白髪の同級生が、球磨川くんに見えて仕方ないのです


「カズマと偶然会ったと?それは昨日の夜で間違いないのですか?」

 

  登場するや、球磨川達のゴール地点であるカズマの行方をネタバレしたララティーナさん。

  しかし、めぐみんが問うたように、ダクネスがカズマと会った時間が昨日の夜であるなら、それ以降の行方がポイントだ。

 

「昨日の夜だな、間違いなく」

 

  マイホームの話し合いを終えてからの帰宅途中に遭遇した記憶が、ダクネスにはしっかりと残っている。

 

『おかしいよね?それだとさ。あ!僕が言いたいのはダクネスちゃんの記憶の信憑性ではなくて、夜から今朝までのカズマちゃんの行動ね』

「ふむ…謎ですね。カズマとダクネスが昨夜会っているのなら、どうしてカズマは馬小屋へ帰っていないのでしょう?ダクネスと会うすなわち、アクアの帰宅を意味するというのに。連絡の一つも取るのが普通かと」

 

  球磨川とめぐみんが揃って首を傾げた。今の今までカズマと出くわしたことを気にもしていなかったダクネスは、再度じっくりと昨夜の記憶を遡ってみることに。

 

「よくよく思い出すと…あの時の奴は、いつもとはどこか様子が違ったような…」

『様子が?具体的には?』

「う、うむ…なんだか慌てているような。私を見て焦ったような感じに見えたな」

『慌てている、ねえ。…それで、カズマちゃんと遭遇したのはどの辺だったんだい?』

 

  球磨川はポケットから一枚の紙切れを取り出し、テーブルに広げる。それはギルドで無料配布される、アクセルの地図だった。

 

  ダクネスとめぐみんは各々地図を覗き込み。

 

「ギルドからの帰り道で、しばらく歩いたくらいだったからな…。大体この辺だったと思うが」

 

  ダクネスが示したのは、ギルドとダスティネス邸の途中。

 

「ここは宿屋前ではありませんか。料金が激安、サービスも値段相応の」

 

  前に利用したことがあるのか、めぐみんが若干眉毛をつりあげた。その宿屋に、良い印象を持っていなさそうな態度。

 

『宿屋前か。…にしても変だよ。ここ、ギルドから馬小屋へ行くのとは真逆だ!カズマちゃん、何がしたかったのかな』

「さあ…。挨拶もそこそこに、カズマから会話を切り上げてしまったんだ。私も、ゆうべはカズマが行方不明になるなんてわからなかったから、あんまり気にしなかったしな」

 

  ダクネスが唸り、沈黙へ移行した。持っている情報は言い終えた意思表示だろうか。

 

「じゃあ、そこの宿屋に行ってみましょうか?案外、アクアのいない隙に、馬小屋よりは快適な宿屋を満喫していただけかもしれないですから」

『だね。足で稼ぐ。捜査の基本だぜ』

 

  現段階で有力な手がかりはなく、ダメ元で球磨川達は宿屋に聞き込みに向かった。

 

 …このように、カズマ探しをちょっとしたゲーム気分で行う彼らを、衝撃という名の稲妻が貫いたのは、宿屋の一室についてからのこと。

 

  宿屋では、まず受付が球磨川を引き止めてきた。

 

「いらっしゃいませー!3名様ですか?ご宿泊の日数と、部屋数はいかがなさいますか?」

 

  手もみし、貼り付けたような笑顔のオバさん。頭にはバンダナ、腰にはエプロン。元気の良さとふくよかな体型は、昭和の下町でみんなのお母さんを自称していそう。

 

  ニコニコとしたオバさんの視線の先にはダクネスが。アクセルで商売をする中で、ダクネスの素性を知ったのか、オバさんの態度は超お得意様用のそれだ。

  かのダスティネス・フォード・ララティーナが利用したとなれば、宣伝にもなる。ただ一つオバさんの誤算は、ダクネスが客として来たわけではないこと。

 

『待ってよ。僕たちは泊まりに来たんじゃないんだ』

「泊まりに来たのではないんですか?それじゃあ…ご休憩でしょうか?」

「「なっ!?」」

 

  とんでもないことを口にするオバさんに、ダクネスとめぐみんが息のあった異議を唱えようとすると…

 

『そう言えなくもないかな!』

 

  どうしようもなく見栄を張りたくなった球磨川さんが肯定してしまった。

  ダクネスが、顔面崩壊するほどの鋭い目つきで、球磨川を後方にぶん投げた。

 

『ぐえっ!…ジョークだよジョーク。ミソギジョークだってば!』

「お前に任せた私が愚かだった…!」

 

  宿屋では閑古鳥が鳴いていた為、投げられた球磨川が他の客にぶつかることもなく。もっとも、そこはダクネスも確認済みだ。

 

「失礼。我々は現在、人探しの最中なのですが…」

「あらまぁ、そうでしたか!人探しまでするなんて、ダスティネス家のご令嬢も大変ですねぇ」

 

  カズマ探しにダスティネスはまるで関係ないが、オバさんの勘違いはあえてそのままに。そのほうが、何かと都合が良さそうだからだ。

 

「昨夜から、サトウ カズマという男性が宿泊しておりませんか?」

「あらあら…弱りましたねぇ。お客様の個人情報ですので、いくらダスティネス家の方でも…」

 

  安い宿屋にも、安い宿屋なりのプライドがある。オバさんのプロ意識に、球磨川は感心した。だからといって引き下がるわけにもいかず。

 

『おばさん…いや!お姉さん。僕は、王都から極秘に派遣された調査員なんだ。ここだけの話、サトウ カズマには誘拐の容疑がかけられているのさ』

「あらまぁっ!?大変だわ!」

『そう、それも…年端もいかない少女を狙った悪質なものなんだ』

「それは一大事だわ!」

 

  パッと両手で口を隠したオバさん。球磨川の学ランは、オバさんには王都の密偵が着る制服に見えたようで。

 

「…王都の密偵。だから、ダスティネス家のご令嬢と、アークウィザードと行動してるのね!」

 

  勝手に一人で納得してくれた。

 

『貴方が個人情報を漏らしても、我々だけの秘密だよ!ま、ご立派なプロ意識で口を閉ざすのなら、それも良いでしょう…』

「………」

 

  王都の密偵からの調査協力。普通だったら、力になるのが市民の務め。けれど、求められているのはお客様の個人情報。オバさんが迷うのも当然だ。煮え切らない態度に、球磨川が追い詰めるように付け足す。

 

『ただし!黙秘した時点で、君は凶悪犯を匿ったことになる可能性が出てくるのをお忘れなく!』

「……!」

 

  凶悪犯を匿った宿屋。オバさんの脳裏に浮かんだのは、サトウ カズマが犯罪者だったパターンの未来。宿屋として正しい対応をしても、正義を語りたがる大衆はお構いなく口撃してくるはずだ…。

 

『迷うことないよ。調査協力なんだし、正義は我にあり!でしょ?』

 

  頭のバンダナを外し、覚悟を決めた目で球磨川を見据えるオバさん。

 

「……サトウ カズマって人なら、昨夜から宿泊しているわ。2階の3号室にね」

『3号室だね!わかったよ』

 

  長い宿屋人生で一番緊張したオバさんだったが、正直拍子抜け。情報を漏らした瞬間、客を売った宿屋として裁かれる可能性も考慮していからだ。しかし現実では、答えを聞いた途端に球磨川(密偵?)は階段を昇っていってしまった。

 

「3号室は角部屋か。それにしても、カズマに罪をきせるのはどうなんだ?」

「アレで、カズマはもうこの宿屋を使用出来なくなりましたね…」

 

  部屋の前についたはいいが、入室前に、女子二人によるお咎めが。

 

『心配ないって!客の情報を漏らした時点で、あのオバさんは仁義無き宿屋に成り下がったワケだし。客を選ぶなんて偉そうな真似が許される立場じゃなくなったんだから、犯罪者だろうと容疑者だろうと、泊まらせてくれるよ』

「成り下がったのは、ミソギの嘘が原因ですけどね…」

『僕は悪くないよ?何故なら、僕は悪くないからね』

 

  球磨川は、自分の非を認めるとか認めないとか、そんな次元じゃない。悪いことをした自覚がないのだ。善悪の区別をつけられるなら、彼は【過負荷】になどなってはいない。

 

『カズマちゃん捜しも、割とあっさり終わったなぁ…。ゲームをやっても、ラスボス前で飽きる僕には丁度良い長さだったかもだけど…』

 

『ね!』

 

  球磨川は3号室のドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開け放った。

  薄い木製のドアが軋み音をあげると、部屋の全貌が明らかに。

 

「…カズマ!?」

『おやおや』

 

  少しだけ埃っぽい、手狭な一人用の部屋。カズマの姿は窓辺にあった。

  ただし、元気な姿なんかではなく、気を失った状態で。それも、ターバンで顔を隠した、細身の人物に【抱きかかえられて】。

 

  めぐみんが第一声をあげ、球磨川も目を丸くして口を尖らせる。

 

  抱きかかえられたカズマはぐったりとし、不自然に白い顔は、まるで死体のよう。

 

「誰だお前は?カズマに何をしている…?」

 

  最後尾にいたダクネスだが、剣の柄を握りつつ部屋の中央まで進み、ターバンの人物に誰何する。

 

「…!」

 

  ターバンの人物からの返答はなく。ターバンの人は蹴りで窓を開けるや否や、カズマごと窓から飛び降りた。

  あまりにも唐突に、球磨川達の眼前で誘拐が行われてしまった。

 

『逃すと思う?』

 

  窓に駆け寄り、飛び降りた誘拐犯に螺子を投擲しようと試みた球磨川。

  だが…

 

『…!』

 

  本来、地面に着地でもするはずだった誘拐犯は、あろうことか背中に羽を生やして飛び去った。

 

「カズマが!カズマが誘拐されましたよ!どうしましょう!?」

 

  オロオロとするめぐみん。てっきりカズマ捜しが解決したと油断していた分、衝撃が大きかった。

 

「あの羽…。あれは【サキュバス】のものだと思う」

「見たことあるんですか?ダクネス」

「昔、うちの書庫で資料を読んだんだ」

 

  ダクネスは剣から手を離し、両手を腰にあてる。

 

『サキュバス…?ふーん。で、なんだってカズマちゃんが攫われるのさ』

「それはわからない…。ただ、サキュバスは男性の精気を食べて生きると聞く。運悪く、カズマが餌にされたのかもしれん…」

『…はぁ。これでゲームクリアだと思ったのに』

 

  ラスボスを倒したと思ったら、第二形態に移行したり、実は更に裏ボスがいたり。球磨川は今まさにそんなゲームをやらされている気分だった。

 

  テトリスで例えるならば、テトリスバーで一気に断片を消すことに心を奪われるらしい球磨川くん。

  また、カズマの行方がわからなくなったことでやる気が減少したのも事実。

 

「も、もしややめるとか言いませんよね?…ね?」

 

  まだオドオドしたままのめぐみん。それでも、カズマ捜しをやめるつもりは微塵もない。

 

『…手がかりもなくなったし、アレだね。サキュバスとは悪魔繋がりの、彼に聞き込みしに行ってみようか。あそこに行けば会えるかもしれないし』

 

  また調査パートに戻った一向が向かった先は、使えない魔道具ばかりが売られているお店に決まった。



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三十六話 消えた主人公 後編

動くゆんゆんが見られるなんて、私は果報者ですね。
次巻、アイリス来そうで…もう…たまりません。


  ロクに使い道が無いうえに、値段も高い。そうしたネタに等しい道具ばかりが陳列されたポンコツ魔道具店の前まで、球磨川達はやってきた。

 

「この店に、カズマの行方を知る人物がいるのか?見たところ普通の魔道具店のようだが」

 

  中腰の姿勢で、店内をガラス越しに覗くダクネス。職業柄、魔道具店そのものに馴染みがなく、瞳を輝かせている。

 

『ダクネスちゃんはこの店来てなかったんだっけ?…正直、目当ての人物がいるかはわからないけれど。まあどっちみちカズマちゃんへの手がかりは無くなったんだし、僅かな可能性にかけるのもいいんじゃないかな』

 

 ここの店主と仮面の悪魔は旧知の間柄。初対面時、仮面の男は自分だけのダンジョンを作る資金を得る為、ここで働きたいと語っていた。ことごとく球磨川の上をいった、見通す悪魔を名乗るバニルならば、カズマの行方も簡単にわかるはずだ。球磨川らはカズマ捜しの次なるヒントを得るべく店に入ることに。

 

  ドアに備え付けのベルが鳴り、来店を告げる。

 

『ウィズさん!あなたの、あなただけの球磨川がやってきましたよ!嬉しい?僕は嬉しいな』

 

  バニルを探しに来たはずの球磨川は、入店して一目散にレジへ。

  おっとりした雰囲気のお姉さん、ウィズの手を両手で握った。

 

「あら、球磨川さん。また来てくれたんですね。ようこそ、ウィズ魔導具店へ!」

 

  今日も今日とて美しくも可愛らしいポンコツ店主は、嫌な顔一つせず手を握り返してくれる。店の窓から射す太陽光による演出で、ウィズは女神に見えなくもない、アンデットにあるまじき神々しさを放つ。どこぞの宴会女神は頑として認めないだろうが。

 

「なあめぐみん、誰なんだ?あの女性は」

 

  デレデレする球磨川がなんとなくお気に召さないダクネスさんは、ヒソヒソとめぐみんに聞いた。

  めぐみんも、球磨川の態度に舌打ちしかけたが、なんとか抑えて。

 

「あの女性はウィズ。ここアクセルで魔道具店を営む、元凄腕冒険者です。ダクネスも噂くらいは知ってるんじゃないですか?」

「おお、確かに聞き覚えがあるな。そうか、彼女があの…。それにしても、なんだかミソギが鼻の下を伸ばしてるように見えるのだが…私の見間違いだろうか?」

「いえ決して。ですが、まあ無理もないでしょう。男なんて、大きいおっぱいには弱い生き物なんですから」

 

  ハットを右手で下げ、目元を覆っためぐみん。帽子の影で睨む目線の先は、ウィズかと思いきや、すぐ隣のダクネス。それも、ウィズに負けず自己主張の激しい胸元に。

 

「ちっ。牛か何かですかこの二人は」

 

  真っ平らとはいかないまでも主張の少ない自身の胸部に、ついつい嘆息する。

 

『おっと、こんなことをしてる場合じゃないや。僕はバニルっちを探しに来たんだよそういえば!』

 

  ウィズの手を離すのは名残惜しいが、意を決してレジから遠のく。

 

「どうやらバニルは留守みたいですよ。あのイカした仮面を、私が見落とすはずありませんから」

 

  しかし、常時薄ら笑いを浮かべる嫌味な悪魔の姿は店内になかった。球磨川がデレデレしてる間に、めぐみんは店内を見渡していたようだ。

 

『まさか、また僕から悪感情を得ようと、ウィズさんに化けてるんじゃないだろうね?』

 

  ウィズにネジの先を向けて、化けていたあかつきには刺してやろうと身構えた球磨川。

 

「バニルさんならやりかねませんが…今は、たんに留守なだけですよ。私が商品を仕入れに行こうとしたら、率先して代わってくれたんです」

 

  案外優しいところがある。人間をおちょくり、騙し、悪感情を食べまくるバニルでも、やはり同族には態度が違うのだろうか。

 

  …無論そんなことはなく。ウィズに仕入れを任せると、平気で単位を間違えたりするので、仕方なくバニルが行っているにすぎない。

 

『そうかい。バニルちゃんは結局ここで働き始めたわけだ。…働き始めたマイ・レヴォリューションってわけだ』

「ま、まいれぼ??なんだそれは」

 

  いちいち球磨川の戯言を相手にしてはキリが無いと、そろそろダクネスも学ぶべき頃合いなのだが。とはいえ、目の前で言われてはスルーも存外難しいもので。加えて聞き慣れない単語となれば、どうしたって意味を知りたくなってしまう。

 

『…うん。それで、商品の仕入先ってどの辺?僕達はまずバニルちゃんに会わないことには始まらないし、終わらないんだよね』

 

  刹那。コンマ数秒だけ。球磨川がダクネスに視線をやったのは、たったそれだけの時間。プイと視線をそらした後は、何事も無かったかのようにウィズへの質問を続行した。せっかく取るに足らない発言に反応してくれたダクネスさんを、球磨川はスルーしたのだ。

 

「む、無視…!?」

 

  ダクネスは自分が空気にでもなってしまったような錯覚を覚える。また、何気にスルーされたショックも大きく、肩を落とした。

 

「ええと…バニルさんから、実は球磨川さん達に手紙を預かっているんです。もしも来店したら、渡すようにって」

 

  言いながら、ウィズはレジ裏から手紙を取り出し、カウンターの上に。気落ちするダクネスにあえて触れなかったのは、ウィズの優しさ故か。

 

「ほう?私達がくることを予見していたってことですかね。さすが、あの仮面は伊達ではありませんね」

『物事の判断基準が厨二か否かなのは、めぐみんちゃんのいいところ(欠点)だ。紅魔族はみんなそうなのかな』

 

  カウンター上の手紙を持ち、ペリペリと音を立て封筒を破るめぐみん。

 

「褒めても何も出ませんよ?…爆裂魔法くらいしか!」

『褒めたつもりはないけれど…。そして、実にめぐみんちゃんらしい回答だ。よし、なら爆裂を出してもらおうか!君の人生を捧げた爆裂の輝きを、ウィズさんにも見せてあげなよ!』

「あ、あの…!お店の中では、出来ればやめて欲しいんですけど…!」

 

  そんなに広くはないウィズ魔道具店で爆裂魔法を使用すれば、建物はおろか術者のめぐみんも無事では済まない。だのに、微塵も躊躇う素振りがない紅魔族の娘に、ウィズがどうやって踏みとどまらせようか思案していると…

 

「お前達…。ウィズさんが困っているから、悪ふざけもそのくらいにしておけ」

 

  健気にも、無視されたダメージから立ち直ったダクネスが、悪ガキ二人の肩を叩いて諌める。今にも泣きそうだったウィズを見ては、誰だろうと球磨川らを止めずにはいられなかったはずだ。

 

「ありがとうございます!えっと、ダクネスさんでしたか?」

「ああ。礼には及ばない。私は、このパーティーのリーダーとして当然のことをしたに過ぎないからな」

 

  ガッシリと、歓喜するウィズに握手されたララティーナさん。いつの間にリーダーになっていたのかは疑問だが…。そうした役職や肩書きにうるさそうなめぐみんが、バニルの置き手紙に集中していたのが幸いした。ダクネスがリーダーを名乗ったことは、特につっこまれずに済んだ。何もダクネスだって本気で自身をリーダーだとは考えていないだろうが。

 

「うーん。バニルの手紙ですが、これはどこですかね?」

 

  めぐみんが開封した封筒の中身。それは一枚の便箋。均等に折られた紙を広げると、とある場所の住所だけが書かれていた。挨拶も差出人の名前も書かれておらず、なんとも事務的な印象を受ける。

 

『バニルちゃん、わかってるね。住所だけを書き…無用なネタバレをしないことで、僕のやる気を削がないように工夫するとは』

 

  めぐみんから便箋を受け取った球磨川は、なんともご満悦。

  彼は、ゲームの攻略本にしても、最終章の攻略は載っていないパターンが好きなのかもしれない。

【ここから先は、君自身の手で確かめろ!】という、痒いところに手が届かないヤツが。

 

「あの、さっきから思っていたんですが、ミソギはカズマ捜しに基本消極的ですよね?」

 

  アクセルに来てしばらく、パーティーメンバーに恵まれなかっためぐみんは、以前よりも仲間想いになった。もしも球磨川かダクネスが此度のカズマと同じ状況になれば、やる気最大限にして捜索する。だから、球磨川のやる気なさげな態度がひっかかるのだ。

 

『そんなことないってば。この僕に、半日を費やすほど捜索させるくらいだからね。カズマちゃんは大したもんだ。真に消極的であれば、僕はそもそも馬小屋から出てないよ』

「…ミソギはやる気が出てる状態でそれってことですか」

『【それ】呼ばわり!…いいさ、わかったよ。ここの住所に行って、カズマちゃんを連れて帰る。それなら文句ないでしょ?』

「そこにいくんですね?なら私たちも…」

『あ、ちょっと待って』

 

  球磨川は扉を開け、後に続こうとしためぐみん、ダクネスを慌てて制止する。

 

「な、何か…?」

『僕一人でいく。でないと、カズマちゃんを見つけても僕の手柄にはならないからね。君たちはここで待っててよ』

「ええ?ミソギ一人に任せるのか?それはそれで不安なんだが…」

 

  ダクネス達はまだ喚いていたものの、扉を閉めれば付いてくることはなかった。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

『一体、どんなヤバいところかと思ったら…。普通の喫茶店じゃないか』

 

  バニルからの手紙に書かれた住所(といっても大まかなものだが)まで足を運んでみると、裏路地にひっそりと佇む一軒のお店が。

 

「いらっしゃいませ。初めてのお客様でしょうか?」

 

  ふらふらっと店先まで行くと、扇情的な格好をしたお姉さんがお出迎えしてくれた。

 

『うわーお、凄くいやらしい格好だねお姉さん。メイド喫茶…ではなさそうだ』

 

  ダクネスやウィズと同等…いや、それ以上に整ったプロポーションの店員さん。エロおやじばりの球磨川の発言に機嫌を損ねたりもせず。

 

「ここでは何ですから、とりあえず中へどうぞ!」

 

  ランウェイでも歩いてるかのような足取りで、店内へ消えていくお姉さん。この世全ての男性を魅了する歩き姿に、球磨川は脊髄反射でついて行った。

 

  綺麗な店内には、シンプルなテーブルとイスが配置されており、どうしてか客は男性ばかり。それも、皆一様になんらかの用紙を文字で埋めている、喫茶店らしからぬ光景。店員さんといえば女性オンリーで、球磨川を案内してくれたお姉さんと遜色ない美人揃い。これはもう、店長が容姿重視で採用しているとしか思えない。

 

『喫茶店なのに、誰も食事してないんだけれど。学校のテスト中みたいに、全員が一心不乱に何かのアンケートを書き込んでるのは、どういうことなんだろう…』

「お客様、ここがどういうお店なのかをご説明致しましょうか?」

 

  イスに座った球磨川の背後から、熱っぽい吐息をかけつつ囁く店員さん。喋り方を表すならば、【ねっとり】といった表現が相応しい。

 

『お願いしようかな。出来るなら、みんなが書いてるアンケートについても』

「かしこまりました。…ここはお客様に極上の快楽を味わって頂くお店です。私たちサキュバスの力で、お客様好みの夢を作り出し、極楽浄土へとご案内します」

『!…サキュバス』

「ええ、私たちはサキュバス。この町にお店を構えさせていただき、皆様への快楽と引き替えに精気を受け取って生きている者。決してお客様の身体へダメージを与えたりはしませんので、ご安心を」

 

  お姉さんは説明の合間合間に、右手の指先で球磨川の首筋をなぞる。ウブな男子高校生には強すぎる刺激。

  だが、球磨川はお姉さんの手を強く掴み、自由を奪った。これ以上、触れられるのが不快だとでも言わんばかりに。

 

『ダメージを与えないって…本当に?』

「…え?」

 

  急に、声のトーンが低くなった球磨川。聞くだけで心臓を鷲掴みにされる錯覚を覚える。全身に鳥肌がたち、精神を崩壊させそうな程のおぞましいボイス。お姉さんは、今の今まで触れていた少年が【得体の知れない物体】に見えた。

 

『サトウ カズマ。この名前に覚えはない?』

「…!」

『その反応は、心当たりがあるみたいだね。男から精気を吸い取る悪魔さんが、まさか街中に店を持ち、住人と共存しているだなんて。宿でカズマを抱えて逃げたのは、君たちのお仲間ってわけだ』

 

  サトウ カズマと口にした途端、店員さんの目つきが鋭く、冷ややかに。

 

「その人物については、分かりかねます」

『そうなの?それじゃあ、しょうがないね。今の発言はなかったことにしてよ。んで?あのアンケートは何?』

 

  【分かりかねます】などと。そんなはずがない。球磨川らは宿屋にて、サキュバスがカズマを攫ったシーンを目の当たりにしている。嘘をつかれたのは明らかなのに、球磨川は納得し、話題を変えてしまった。

 

「ええっと…」

 

  もっとカズマについて問い詰められると予想したお姉さんは、鳩が88ミリ砲(アハトアハト)を喰らったみたいな顔で固まった。球磨川が二重人格ばりに豹変したのだから、当然だ。

 

『なになに?僕、おかしなこと言った?』

「い、いいえ!あのアンケートは、お客様が見たい夢の内容を決めてもらう為のものです」

 

  お姉さんがたどたどしく白紙のアンケートをテーブルに置く。

 

「夢の内容は、全てお客様の希望通りになります。年齢、性別、自分の容姿や相手の容姿、シチュエーションや好感度、関係性。【すべて自由】でございます」

『凄くない?それ』

「アクセルの男性住民から支持を得続けるだけのことはあると、自負しておりますわ」

 

  人間の三大欲求の一つ。それを夢で合理的に発散出来るとなれば、このお店が長続きするのも頷ける。

 

『…すべて自由、か』

「なんでも可能ですからね?…なんでも」

 

  意地悪っぽく微笑むサキュバスのお姉さん。球磨川はゴクリと唾を飲み込んで。

 

『た、例えばなんだけどさ』

「なんでしょうか?」

『いちごパンツの女の子二人と、同時にラブラブになれたりする?』

「可能です」

『じゃあさじゃあさ、10年前にザクシャインラブを誓った女の子達と同時に恋人になれたりは!?』

「10年…?ええ、なんであれ可能ですわ。だって、貴方の夢ですから」

 

『素晴らしい!素晴らしいよお姉さん。当初の目的がどうでもよくなるぐらいに、素晴らしいよ!!』

「お気に召したようで、何よりです」

 

  球磨川がにわかに放った負のオーラは彼方へと消えた。お姉さんはカズマの名に身構えこそしたが、球磨川がアンケートに夢中となったことで警戒を解いた。

 

「では、こちらの内容で。代金は5千エリスです」

『はーい!』

 

  数分で用紙を埋め尽くし、代金も支払った。これで準備完了。後は、今晩眠っていれば、お姉さんが夢を見させに来てくれるらしい。

 

『バニルっち、とても良い店を教えてくれてありがとう…。今度、悪感情でも負感情でも、好きなだけあげるよ』

 

  店から出た球磨川は、スキップで馬小屋へと帰っていった。生まれて18年で、最高に心躍る帰路だった。

 

  馬小屋にて、球磨川はいつもより藁を丁寧に整え、軽めのストレッチで身体を適度に疲労させてから、まったりと眠りについた。

 

 ………………………

 ……………

 ……

 

 ー女神の間ー

 

『…お?』

 

  夢の世界。にしては、リクエストと違う。

 

『僕は宇宙からきたピンク髪の女の子達とイチャイチャしたいって書いたんだけれど…なんだってエリスちゃんがいるわけ?』

 

「こっちのセリフ過ぎます。球磨川禊さん?なんで貴方まで…」

 

  球磨川は、何もないところで転んでは、女の子のパンツや胸元に顔を埋める予定だったのに。そして、黒髪ロングの委員長に、「ハレンチなっ!」とでも罵ってもらうつもりだったのに。

 

『ははぁ、さてはサキュバスのお姉さんってば、間違えたな?ま。この際、エリスちゃんでもいいか!』

「よくありませんっ!!ここは現実ですから!球磨川さんの夢じゃありませんから!」

『なーんだ。…て、僕死んだっ!?』

 

  エリスの間にいるすなわち、それしかない。ないが…

 

『風が吹いただけで時折ダメージをくらう僕でも、今回ばかりは死んだ理由がわからないよ!』

「でしょうね…」

 

  エリスの、可哀想な人を見る目。

 

「球磨川。あんたもか…」

『あっれぇ?カズマちゃん??』

 

  エリスの間には先客がいた。今回のゴールこと、佐藤和真さんが。

 

『こんなところにいられたら、そりゃ見つからないよ。ズルいなぁ』

「べ、別に俺だって好きでこんなところにいるわけじゃねーよ!」

「ふ、二人して【こんなところ】って言わないで下さい…」

 

  カズマと球磨川が横並びで椅子に腰掛け、エリスが向かいに座る。学校の三者面談のような陣形だ。

 

「いいですか?転生者のお二人。こんなにホイホイと死なれては、私の負担が増すばかりなんですからね?」

「『はーい」』

「そもそもここは、神聖な女神の間。決して転生者の溜まり場じゃないんですよ?わかってますか?」

「『はーい」』

「ほんとにわかってるんですかっ!」

 

  ダンッ!

 

  エリスが椅子の肘掛を殴った音が響く。

 

「カズマさん。貴方に至っては、ほぼアウトですからね?もう火葬されて土の中なんですよ?先輩のリザレクションだって効かないんですからっ!」

「そ、それを言われると…」

「球磨川さんがいたから、特別にここで留めてあげてましたが、本来ならアウツ…!即、転生だよっ!」

『ちょ、キャラが変わってるから!エリスちゃん、どうどう…』

 

  ギロリ。今度は球磨川を睨むエリス。いつもは温厚なだけに、かなりの迫力がある。球磨川も、思わず目を背けた。

 

「貴方も貴方です!カズマさんを捜してたはずなのに、なんで普通にお店を利用してるんですかっ!しかも、魔道具店で貴方の帰りを待ってた二人を忘れてましたよね!?」

『あ!いっけね』

「もうっ!…ダクネスは放置されて逆に喜んじゃってましたが、めぐみんさんは目も当てられないぐらい怒ってましたよ!球磨川さん、幼い女の子に酷いことしないでください!」

 

  こんなに激昂した女神様が過去にいただろうか。エリス教徒も、鞍替えを悩むレベルでキレる女神。

  二人の、しょうもない死因が火に油だった。以前、【狭き門】行橋未造に「感情が無い」と言われた球磨川ですら、土下座して許しを乞いたくなってきた。

 

「いやらしいお店を利用して死ぬ転生者とか、私の世界を舐めてませんか?」

 

『か、カズマちゃん。どうして君は死んだのさ。せっかくグレート・チキンからは逃げ果せたのに』

「いや、それは…」

 

  目線を床にやったまま、カズマは口を閉ざす。

 

『…』

 

 きっと、話しづらい死因なのだ。 球磨川は珍しくカズマに同情して、彼が語り出すのを待つ構えでいた。しかし、女神様がそうはさせなかった。

 

「カズマさん!貴方が話さないなら、私の口から言いますよ!?良いですね!?」

「…待って!一人で、出来るから!」

 

  女神エリスも女の子。恥ずかしい死因を女性から話されるとどうにかなりそうだと判断したカズマは、やっとの思いで語る。

 

「アクアがいない日とか、凄いレアだろ?気晴らしに、小耳に挟んだあのお店を利用したんだ。ちゃんとした宿も予約してな」

『うんうん。それで?』

「俺の担当が、新米だったらしくて。精気の吸収をやり過ぎたんだ。グレート・チキンとの戦いで、少なからず疲弊してたのが運の尽きさ。ダブルパンチで、呆気なく俺はここに来たわけ」

 

  早口。圧倒的早口で話し終えたカズマ。語る時間を短縮して、羞恥から早く解放されたい思いで一杯だったのだ。

 

『は、恥ずかしい死因ナンバー5にはランクインするよ、それ』

「そう…。で、サキュバスさん達は死後も名誉を守る為、アクアらが帰ってくる前に俺の死体を埋葬してくれたりしちゃったんだな」

 

  …死後にハードディスクを消去してくれるサービスに近い。そんなサービスは現実に無いけれど。

 

『それで、お店でカズマちゃんのことを聞いたらあんな顔されたんだ』

「球磨川さん。アンタは多分、意図的に精気を多く吸われたんじゃないかな」

『はい?どうして僕が…?』

「…死人に口無し。宿屋と喫茶店の両方を調べ、俺がお店を利用したって気づいたのはアンタだけ。要するに、知りすぎたんだよ、アンタ」

 

  心底くだらなく、かっこ悪い事柄をカッコつけて話すカズマ。

 

『じゃあ何さ。カズマちゃんの死後、その名誉を守る為だけに僕は殺されたと?』

「ああ。すまなかった」

 

  爽やかに歯を光らせたカズマは、ぶん殴りたくなる笑顔で球磨川の肩を掴んできた。

 

『先に僕だけ生き返って、ギルドの拡声器でカズマちゃんの行いを報せてから蘇生してあげよう!』

「調子こきました。ごめんなさい」

 

  カズマのDOGEZAは、それはそれは美しく見事であった。

 

 ……………………………

 …………………

 ………

 

  ザシュッ。ザシュッ。

 

  ザシュッ。ザシュッ。

 

  一定の間隔で鳴る音。同時に、球磨川の身体に何かがかけられる。

 

『土…?』

 

「む、やっと帰ってきたか」

 

  球磨川は仰向けに、人一人が横になれる程度の穴に収まっていた。場所は、アクセルの外れの草木生い茂る一角。頭上では、バニルがシャベルでせっせと球磨川に土を被せている最中だ。

 

『バニルちゃん…』

「ふむ。あと小一時間で埋葬出来ていたものを」

『いや、なんで君が僕を埋葬してるんだい?』

 

  バニルがシャベルを付近に突き刺し、口元に手を当て答える。

 

「今回は、我輩の不注意が原因であるからして。親友を自称する貴様を、手ずから埋葬してやろうとな」

『手違い…?』

「うむ。本来、貴様は死ぬ予定では無かったのだ。先に誤解を解いておくが、別にあの店の連中に、貴様を殺すつもりはなかった。いわば、事故であるな、コレは」

 

  さっぱりわからない。そう言いたげな球磨川を見るだけで、見通す悪魔には十分。

 

「サトウとやらを捜しに、お前があの店を訪れる。すると、店のシステムを説明されたお前は絶対興味を持ち、サービスを受けるはずだと判断した。此処までは読めたのだが…」

 

『…』

 

「お前の体力では、サキュバスが代金代わりにする精気すら吸い取れないのだよ、そもそもとして。サトウといいお前といい、ついてないな。お前のところにも新米が派遣され、体力の低さに気付かぬまま致死量を吸われたのである。悪魔繋がりで、彼女らは我輩の部下みたいなものでもあるから、代わりに詫びておこう」

 

『そういうことだったの。別にカズマちゃんの誘拐を目撃したのは関係無かったんだ』

 

「当初は、サービスを受けられないと知ったお前から悪感情を得ようとしていのだが…不発に終わってしまったな」

 

  学ランやワイシャツ、いたるところに砂が入り込んでいる。球磨川は立ち上がって学ランを脱ぎ、大きく振って砂を落とす。

 

『そいつは残念だったね』

「うむ…。仕方ないので、当店でお前を待ち続けていた二人に、お前がサトウの捜索を打ち切って如何わしい店で遊んでいると伝えておいてやったわ」

『この悪魔っ!!』

 

  まだ靴に土が入ったままだが、球磨川はめぐみんらに弁解するべく走っていった。

 

「そう、我輩は悪魔である」

 

  金輪際、あの喫茶店でサービスを受けられないと知った球磨川の悪感情。それと、パーティーメンバーに夜遊びをバラされたと知った際の負感情。どちらも、サキュバスの夢で得られる数倍の快楽を、見通す悪魔にもたらした。

  数日して、クリスに発破をかけられるまでカズマの蘇生が遅れたのは、サービスを受けられたカズマへの八つ当たりだったのかもしれない。

 




夢って。絶対あの1京スキル持ってる人が邪魔しにくるよね。クマーの場合。

今回、文字量が他の話の2倍になっちゃいました。
前編、中編、後編ってのがよく無かったですね。
今度からナンバリングにしますね


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三十七話 機動要塞接近

 

 

『ホントにカズマちゃんのお墓が出来てる!そういえばエリスちゃんが、カズマちゃんは火葬されたとか言ってたっけ。にしても、中々いいお墓じゃないの!これは、【大嘘憑き】で生き返らせるのが勿体無いよ。お墓職人の仕事を無駄にするだなんて、僕には出来そうもないや』

 

  自分だけ生き返って少々。球磨川は自身がバニルの手によって埋葬されかかっていた周辺に、カズマの墓を発見した。大きな黒い石を削って作られた墓石は、職人の技なのか魔法なのか、周囲の景色が映る程に研磨されている。

  サキュバスのサービスを一人だけ受けられたカズマを多少なりとも羨ましく思った球磨川は、すぐに復活させるのも面白くないと感じた。

 

『よくよく考えたら、カズマちゃんは僕が一生受けられないようなサービスを受けられたんだし、この世に未練なんてないよね!…腹いせに、もうちょいエリスちゃんのとこにいてもらおっか』

 

  ひとまずギルドにでも行ってアクア達に事情を説明しておこうとした矢先、【偶然】出くわしたクリスからカズマの蘇生を急かされてしまった。

 

「ちょっとちょっと!!」

『あれぇ?クリスちゃんだ。さっきぶり!』

「ミソギくーん?君はアレかな、自分だけ生き返れば良いとか思ってる?」

『クリスちゃん、よほどカズマちゃんとあの空間で二人きりなのが嫌なんだね!こんなにも早くせっつきにくるだなんて』

 

  顎に手をあて、上の空の球磨川。大事な仲間の蘇生を後回しにしておきながら、惚けた態度までとる。

  ふざけた態度の球磨川を前にしたクリスの顔に血管が浮かび上がり…

 

「選ばせてあげるよ。お墓まで、自分の足で戻るか。それとも…」

 

  懐からロープを取り出したクリスは、球磨川に向けてロープを突き出す。初のグレート・チキン討伐の朝、寝ぼけ眼の球磨川をギルドまで引きずった時と同じ手法を使おうということか。

 

『選択肢を与えてくれるだなんて、流石は女神様だ。でもね、どの道お墓まで戻るのは確定なら、君の選択肢は【いいえ】を選んでも先に進まない、某ロープレのそれとなんら変わらないんじゃないかい?君は僕に選択権を与えているようで、与えていないのさ。半強制ってやつだね』

 

「いやいや、人の意思を尊重するのがあたしのモットーでね。今、お墓までUターンする羽目になったのは、君が【カズマ君を生き返らせない】って選択肢を選んだ結果なのさ。過去の君が、現在の君の選択肢を減らしたんだよ」

 

『何を言っているのかわかりづらいし、そもそもカズマちゃんの蘇生を前提にしてる君とは、話し合いにならないね…』

「え?」

『まあ、いいよ。火葬されたカズマちゃんを呼び戻せるのは世界で僕一人だけなんだし。気が晴れたらどうせ生き返らせるつもりだったから』

「…ほんと?」

『ほんとだとも。女の子が困っていれば、命をかけて救ってみせるよ』

 

  思い返せば、出会いから胡散臭さ全開だった球磨川。良い台詞を吐くも、どこか信用出来ない。…とはいえカズマの件では球磨川が最後の砦。気が変わらない内にスキルを使用してもらわなければ。最悪、カズマを再度転生させなくてはならなくなってしまう。

 

『どうせなら、アクアちゃん達も誘っていい?せっかくギルドのそばまで帰ってきたし。みんな心配してると思うんだ』

 

「いいけど…君がいやらしいサービスに夢中にならなければ、皆余計な心配せずに済んでたんだけどね。そもそもね」

 

『ほら。そうやって、すぐ僕のせいにするんだから。小学校の頃、螢川(ほたるがわ) さんの給食費が消えた時にも、クラスメイト、教師がみーんな僕のせいにしたし。中学の頃なんか、安心院さんの上靴が無くなっただけで、犯人探しすらせずに僕が半殺しにされたし。昔から疑われる人生だったなぁ…』

 

「…給食費はともかく、安心院さんの上靴が無くなったのは、普通に君が怪しいのだけれど」

 

  呆れ顔のクリス。

 

『で、クリスちゃんも一緒にいく?』

 

「そうだ。女神の間にカズマくんを放置しっぱなしだから、あたしは帰るね!必ずカズマくんを生き返らせておくれよ!」

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

  街中まで戻ってきていたこともあり、ついでにアクアらを引き連れてお墓にUターンしようと、ギルドへ。 挨拶の一つも交わす前に、昨日球磨川の帰りを待ち続けていためぐみんからお説教をくらった。

 

「…ふっふっふ。ミソギときたら、よくもノコノコと顔を出せましたね!昨日私達がどれだけ不安だったか、わかっているのですか!?連絡もしないで!」

 

  目を紅蓮に光らせるめぐみん。球磨川に駆け寄りながら怒鳴るあたり、かなり鬱憤が溜まっていそうだ。

 

『怒ると美容によくないよ?』

「だったら、怒らせないで下さい!」

 

  めぐみんの頭越しに、凍てつく視線をおくっていたダクネスも口を開く。

 

「お前は毎回毎回、どうしてそうなるんだ。そんなに私達が頼りないか?手柄の横取りなんてしないから、次は絶対一緒についていくからなっ!」

 

  ビシッ!

 

  黒色の手ぶくろで保護された人差し指を、球磨川の鼻頭へ突き刺す。

  思わずダクネスの指を見つめた球磨川が、やや寄り目になりながら

 

『めんごめんご!やっぱし報告、連絡、相談は大事だよねっ!失念していたよ。にしても、流石は異世界。連絡については不便極まりないよね、今時LI○Eも使えないんだから』

 

  携帯電話を全機種持つ男としては、どうしたって不満があるようで。

  この世界にも、もしかすると連絡出来たり意思疎通を図れる道具やスキルが存在しているのかもしれないが、いずれも使用出来ない球磨川からすれば無いに等しい。

 

「なんですか、【らいん】って。わけのわからない単語を並べれば許されるとか思っちゃっていないでしょうね?いいですか!ミソギは暫くの間、クエストでの荷物持ちとなってもらいますよ」

「それは名案だな。我々に与えた心労を考慮すれば、そのぐらいの罰は罰にならない」

 

  めぐみんが球磨川への処罰を決め、ダクネスが賛同。

 

『ん?荷物持ちで許してくれるの?』

 

  誰かに荷物を押し付けられるのは、過負荷であれば極々当たり前。罰ゲームにすらならない荷物持ちで溜飲を下げてくれるとは、なんて度量が大きいのかと、球磨川は女性二人に感服した。

 

「球磨川さん」

 

  おずおずと、水の女神がダクネスの肩付近から顔をのぞかせる。

 

『アクアちゃんもいたんだ。馬小屋まで呼びに行く手間が省けたよ』

 

  アクアはパチクリと瞬きして、自分の顔を指差す。

 

「…私に用事だったの?私としては、昨日の成果を早く教えて欲しいんですけど」

 

『慌てないで。僕の用事はまさしくそれなんだから。そう!カズマちゃんのことさっ!』

 

「カズマはどうなったの!?」

 

  めぐみんとダクネスが最後に見たのは、宿屋からサキュバスに連れ去られたカズマ。それが昨日のこと。男の精力を食料とするサキュバスに攫われて一晩。賢い個体であれば、食料源が死なないように調整することもあるが、若いサキュバスだと勢いあまって殺してしまうケースもある。

 

『ま、百聞は一見に如かずだし、ちょっとついてきてもらえる?』

 

  一番気になるところは語らずに、球磨川はギルドから出て行こうとする。

  アクア達としては後を追わざるを得ない。

 

  カズマの場合、人に散々心配させておいて、ヘラヘラと笑って出迎えてくれるのではないか。などと楽観的な考えを捨てきれない面々。現実が予想通りになるなんて、そうはない。

 

  プロの技が光る墓石が、一同を出迎えてくれた。

 

 …………………

 ……………

 ………

 

「すまなかったな、カズマ。あの宿屋でお前を取り戻せていれば、こんなことにはなっていなかった」

「ええ。サキュバスに狙われたのは運がなかったにせよ、私達にはカズマを救うチャンスがあったわけですからね」

「カズマさん、ほんっと世話がかかるんだから。やっぱりこの私が傍にいないと駄目ねっ!」

 

  カズマの墓前で手をあわせる女性陣。常識はずれな球磨川君と行動するうちに、段々と死を軽く考えてしまうようになってきためぐみんとダクネス。死んだ事実はそこそこの悲しみをもたらすけれど、絶望には至らず。

 

「さあ、ミソギ。状況は本人からゆっくり聞くとしよう。カズマを生き返らせてやってくれ」

 

  気軽に気楽に、【死者の蘇生】をちょっとした雑用みたいに頼むダクネス。

 

『しょーがないなぁ…』

「【リザレクション】!さぁ、とっとと起きなさいカズマ!」

 

  球磨川に先んじて、お墓に向かって蘇生魔法を発動させたアクアは、カズマが土から這い出てくるのを待ち構える。

 

  しかし、待てど暮らせどカズマが土から出てくることはなく。なんなら、土の中で生き返った気配もない。

 

「嘘!?…私のリザレクションで反応が無いってことは、死体の損傷が激しいのね」

『よしんばリザレクションで蘇生可能だとしても、普通は土から掘り起こしてから蘇生させない?』

 

  生き返っても土の中では、又死にかねない。

 

「待って。リザレクションで生き返せないなら…カズマさんは…!」

 

  二度と戻らない。

  死体に著しい損傷があれば、再び魂を呼び戻すなど不可能だ。

 

「う、うぅ…!カズマさんが!嫌、嫌よそんなの!」

 

  二人きりで異世界暮らしをスタートしたアクアとカズマは一蓮托生。信頼できるパートナーにまで関係を深めていた。その相方が死んだことで、アクアは足に力を入れられなくなる。

  尻もちをつく形で座り込んでしまった。

 

「大丈夫です、アクア。ミソギがいますから」

「…球磨川さん?」

「ええ。ほら、やっちゃってください」

 

  アクアを落ち着かせるように、後ろからそっと抱きしめるめぐみん。

  肩にまわされためぐみんの腕に鼻水を垂らし、不思議そうに球磨川の顔を見るアクア。

 

『やっちゃって、か。僕が僧侶ポジションになってるのは今更って感じなのかな。いいけどね。でも、その内「でぇじょうぶだ!大嘘憑きで生き返れる」なんて言いださないでよ?』

 

  いつもの、スキル使用時にする球磨川のポーズ。対象に右手を突き出すような、一種の格好つけ。それから、球磨川は自身の代名詞でもあるスキル名を言い放った。

 

『【大嘘憑き】』

 

『サトウ カズマの死をなかったことにした!』

 

  死を無かったことにする。すなわち埋葬も無かったことに。次の瞬間には五体満足のカズマが現れる。

 

  はずだった。

 

『…!?』

 

  結果として、カズマが生き返ることはなかった。

 

「どうした?カズマは生き返ったのか?」

 

  ダクネスが聞いた。球磨川は右手を突き出したポーズのまま。

 

「いま、スキルを発動しましたよね?なら、カズマは??」

 

『…どういうことだ?生き返らないだと?今は【劣化大嘘憑き】ではないのだけれど』

 

「球磨川さん、とてつもなく怖い顔をしてるわよ?女神である私でさえ生き返らせることが出来なかったから、誰も怒ったりしないわ!」

 

『…』

 

  球磨川は依然として険しい表情のまま。異世界では初の、感情を剥き出しにした状態。

  アクアは別として、そこそこの付き合いになってきたダクネスとめぐみんすら見たことが無い顔。

 

  どうにも、カズマの蘇生は失敗したらしい。語らずとも、球磨川の表情から察するのは容易だった。

 

「ミソギ、アクアの言う通りですよ。カズマを蘇生出来なくても、誰も貴方を責めたりはしません。だから、いつもの笑顔が似合う貴方に戻って下さい」

 

  ミスを気にする部下を窘める上司のように、めぐみんが球磨川を慰めた。彼女にだってカズマ蘇生など出来ないのだから、球磨川に腹をたてる道理もない。

 

『同郷のよしみも救えない僕を、許してくれるんだね。僕にしてはあり得ないレベルでパーティーに恵まれているよ』

 

  アクアには気の毒だが、これ以上はどうしようもない。一向はお墓を清めた後に合掌してから、帰路に着いた。

 

 ……………………

 ……………

 ………

 

「なあ、みんな。街のほうが騒がしくないか?」

 

  道半ばで、街の異変を察知したダクネスは歩みを止める。それに習い、他のメンバーも一度停止した。

 

  人の声や馬車の走る音が郊外まで聞こえてくる。どうにも、ただごとではなさそうだ。

 

「確かに、何やら賑やかですね」

「なになに?お祭りかしら?残念だけど、今日の私はとても盛り上がれる気分じゃないの。カズマさんの一周忌が終わったくらいが良いわね」

 

  人間、ついてない時はとことんついてない。偶然か必然か。はたまた神の悪戯か。一同を絶望のどん底へ突き落とす事態が、続けざまに起こってしまった。

 

「お祭り…そうした騒ぎではなさそうだが」

『うん。そんなお気楽なもんじゃなさそうだね。事件かな』

 

  喧騒の正体を見極めようとするメンバーの耳に、答え合わせの如くアナウンスが聞こえてきた。

 

 《デストロイヤー警報、デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーがこの街に接近中です!冒険者各位、装備を揃えて至急ギルドまでお集まり下さい!!》

 















『今さらと言えば今さらだけれど』

「なんだ唐突に」

『ダクネスちゃんの声がさぁ、もがなの声にソックリなんだよね!』

「…誰だそれは?そのような名前には心当たりがないぞ」

『そう?僕の知り合いなんだけれど、とりあえず、僕のことを「禊ちゃん」って呼んでみてくれる?』

「な、何故だ。いきなり恥ずかしいじゃないか!」

『恥ずかしい?なんだ、ダクネスちゃんにはご褒美じゃないか』

「た、確かに」

『納得した!?』

「では。…い、いくぞ?」

『ばっちこい!』

「み、禊ちゃん…?」

『…………』

「どうだ…?」

『うん。満足しました。今後とも禊ちゃんと呼んでくれ!』

「な、なんという羞恥プレイだそれは!」


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三十八話 バックアタック

なんか、「アクア」って入力を試みると、間違えて「芥(あくた)」になることがしばしばあります。ええ。すみませんアクア様。


  ギルドのある方角から、アクセル全域に轟いたアナウンス。ギルドの建物に設置された、巨大なスピーカーが発信源か。

  【デストロイヤー警報】と繰り返された以上は、デストロイヤーなるものに対しての注意喚起なのだろう。

 

『機動要塞デストロイヤー?物騒に物騒を足して物騒で割ったような名前だね』

 

  カズマの死で、マリアナ海溝よりも深い傷を心に負った球磨川。だが気持ちの切り替えは既に終えたらしく、デストロイヤー警報に興味を示した。

 

  球磨川の言は、悲しいことに誰も取り合ってくれず。アナウンスが流れた途端にオロオロし始めたアクアが怒鳴る。

 

「球磨川さん、おふざけ言ってる場合じゃないの!デストロイヤーよ?…どうしよう皆。私、どうしたらいいっ!?」

 

「なんということでしょう。アクセルはもうおしまいですね。デストロイヤーの通り道になるだなんて、全く運が無いとしか」

 

  一行はアクセルに向かって歩いていたが、警報を聞き終えためぐみんは、自然な足取りで180度方向転換した。

  カズマの墓へ戻るつもりなのか。

 

『めぐみんちゃん、一体どうしたのさ。そっちは今来た道だよ?』

「ふっ。そうでしたね。ミソギは遠い地からやって来たので知らないのでしょう。…デストロイヤーについて」

 

  トレース紙よりも薄い薄ら笑いのめぐみんが、やれやれと首を振った。

  一見舐めた態度にとれなくもないが、彼女の額から伝う大量の汗が球磨川の目に止まる。

 

『汗びしょびしょだね』

「そんな些事はどうでもいいのです!今は早く逃げるに限ります。半信半疑でしたが、ミソギはほんとにデストロイヤーを知らないんですね」

 

  些事と言ってはみても、めぐみんとて女の子。服の袖で軽く汗を拭き取った。

 

『不知火の里にいる、不可逆のデストロイヤーを思い出すよ。冒険者をギルドに呼び出すくらいだし、緊急事態なんだろうけれど。…よもや言彦その人じゃないよね?』

「【不可逆のデストロイヤー】とやらが何かは存じませんが、少なくともそれでないことは間違いありません。機動要塞デストロイヤーはその名の通り、動く要塞です。暴走状態にあり、通りかかった街をことごとく壊滅させる最悪の兵器」

『暴走した兵器か。厄介そうだ』

「…まあ、天災に近いものと考えて下さい」

『おっけー!』

 

  ザックリとした説明。今は1分1秒も無駄に出来ない状況。事細かに、懇切丁寧に説明している間にタイムオーバーでは目も当てられない。幸い球磨川の理解も早く、めぐみんには僥倖だ。

 

「デストロイヤーのヤバさは伝わりましたね?アクセルはもう駄目です。それでは逃げましょう。張り切って逃げましょうっ!」

『なんで?』

「…はい?」

 

  暴走状態の機動要塞。これだけでも関わりたくない上に、街を幾つも更地にしてきた実績もある。冒険者…それも、駆け出しの街のひよっこ達が束になっても止められないのはやる前からわかる。

  逃げない理由がない。

  だというのに、学ランの少年はかけらも逃げようとせず。

 

「球磨川さん!めぐみんの言う通り、ここは逃げるが勝ちよ!女神の私が言うんだから間違いないわっ」

 

  こちらも三十六計逃げるに如かずな女神様が、根を生やしたような球磨川に逃走を促す。

 

『冒険者はギルドに集合って言われたでしょ?言われたことは守らなきゃ』

「さんざん自分勝手だったミソギが、急に真面目に!?…ですが、それだけは承諾できませんね。デストロイヤーには、我が爆裂魔法をもってしても敵いません。噂では、人知を超えた対魔法結界が張られているとか。いたずらに命を落とすだけです」

『結界…』

「はい。なので、もう逃げる他道はありません」

 

  球磨川はギルドに行きたがってる風だが、めぐみん達が逃げれば後を追ってくるだろう。そう考え、めぐみんが構わず逃走を再開。

 

『うーん。それって変だよね?』

「へん…とは、どうしてでしょう」

 

『よーく考えてみて。死ぬのが怖い、だから逃げるの?逃げた先にもデストロイヤーが来たら?ここでデストロイヤーを倒しておかなきゃ、一生影に怯える生活だよ?そうなると、今死ぬか後で死ぬかの違いしかないわけじゃん』

「それは…」

 

  意図せず、球磨川の言葉で足が止まる。その通り。ここで逃げても、その先でもまた逃走の繰り返しかもしれない。機動要塞がいつ来るかもわからない恐怖が、常に付き纏う。これから先、心から安らげるとすれば。それは、ここでデストロイヤーを破壊するしかない。言うは易しだが。

 

『それにさ。逃げたくても逃げられない人だっているんだぜ』

「…え」

 

  球磨川の視線が、ここまでだんまりだったダクネスに向けられた。

  ずっと、球磨川ら三人のやり取りを聞く中で閉じていた目を、ゆっくり見ひらく。

 

「我が名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家に名を連ねる者として、ミソギの言う通り、逃げる訳にはいかん。例え、街に残るのが私一人になったとしてもな」

 

  それが領主の務め。それこそが、領主の責任。父は絶対に逃げ出さない。であれば、娘としても逃げることはできない。

  いつもの残念さは彼方へと消え。目の前にいるのは、清澄な闘気のみを纏った高潔な女騎士。これまで、自分の身を犠牲にしながら仲間を庇ってきたダクネスは、此度も同様に街を守り抜こうとするはずだ。

 

  たった一本剣を持ち、鎧を身につけただけの身体一つで。

 

  目には一切の迷いが無く。

  球磨川達がなんと言おうと、デストロイヤーに立ち向かうことをやめたりはするまい。

 

「ダクネス…」

 

  我先にと逃げ出しためぐみんだが、仲間の勇敢さを見せつけられては、それ以上の逃走を躊躇するというもの。

  また、ダクネスを置き去りにしてまで逃げ果せようなどといった考えは、そもそも持ち合わせていない。彼女が逃げないと言うのなら…

 

「…デストロイヤーと戦うとなれば、遊びじゃすみませんよ?そんじょそこらのクエストとは違います。私達含めたアクセルの冒険者全員で戦っても、勝ち目は薄いかと」

『ティッシュよりもね!』

 

  ダクネスの決意は変わらないと理解しながらも、めぐみんが事の困難さを再確認する。これは説得ではない。めぐみんが自らにも語りかけている。自分よりも年下の女の子が、言葉を紡ぎながら覚悟を決めようとする姿に、ダクネスは口元を緩ませて

 

「お前達を巻き込むつもりはない。逃げるのは悪いことじゃないぞ。仮にデストロイヤーの破壊を阻止出来なかったとしても、この世界にお前達が生きてさえいてくれれば、私は安心出来る。心置き無く戦えるよ」

 

  めぐみん達が生き残っているという希望を胸に、逝けるのだ。絶望の中死ぬよりも遥かに上等。球磨川達にはむしろ一緒に戦ってもらうよりも、ここで逃げてもらったほうが良い。

  ダクネスが逃走を促すための言葉を選んでいると。

 

「そんなセリフは聞きたくありません。私達が生きていれば?ふざけないでくださいっ!!」

「なっ!?」

 

  悟ったようなダクネスの胸ぐらを、めぐみんは鬼の形相で締め上げた。

  予想外のことで目をパチクリさせたのは、めぐみん以外の全員だ。

 

「ダクネスがいない世界で、私達だけのうのうと生きろと言うんですか?馬鹿にしないでもらいたい。そんな生に魅力なんかありませんよ。仲間の犠牲の上に得た安息なんか、こっちからお断りです。くそくらえです」

 

  ダクネスを締め上げていた手が緩む。帽子のつばで隠れためぐみんの顔は、今どんな感情に支配されているのだろう。

 

「めぐみん。頭の良いお前ならわかるだろう?あまり私を困らせないでくれ」

「…私達も残ります」

「何を言って…!」

 

  紅魔族随一の魔法の使い手は、帽子をとって、爽やかな笑顔で宣言した。

 

「我が爆裂魔法で、チープなガラクタごとき吹き飛ばしてさしあげましょう!パーティーを組んだその日から、我々は運命共同体となったのです」

「…まったく。困った奴だな」

 

  微笑を堪えきれないダクネス。

 

「ふっふっふ。デストロイヤー討伐の名誉は、私がもらいますよ!」

「戦うとなった途端、強気じゃないか」

 

  一緒に戦ってくれるのは、ダクネスだって嬉しくないわけがない。もう、言葉はいらず。ダクネスとめぐみんは見つめ合い、ただ一度、首を縦に振った。

 

『さっきは爆裂魔法じゃ倒せないって言ってたのに。結界があるとか言ってたのに。おっかしーな』

「球磨川さん、しーっ!ダメよそんなこと言っちゃ。せっかくめぐみんが覚悟を決めたんだから!」

 

『そうだね。それと僕も、決意したよ。例えどれだけの戦力差だろうと、勝ち目がなかろうと、負けイベントでも。それでも、ヘラヘラ笑いながら闘うのが【過負荷(ぼく)】だし』

 

「はぁ….。いまさら、逃げられる雰囲気じゃないわね」

 

  アクアは右手を頬にあてて、憂鬱そうにため息をひとつ。

 

「思ったんだけど、神聖な私を追い詰めるなんて。たかだかからくり仕掛け風情が、生意気なのよねー。しょーがないから、お灸をすえてあげようじゃない!」

 

  自然に巻き込まれた球磨川とアクア。しかし文句を述べることなく、ダクネスらに続く形でギルドへ向かった。球磨川とアクアに確認をとることなく、先に歩き出した少女二人。球磨川達なら言うまでもなく、必ずついてきてくれると信じているからか。

 

『全くもって、度し難い。僕のようなゴミクズ以下の存在を信頼するとは。命取りもいいところだよ』

 

  風にかき消され、誰の耳にも届かなかった言の葉。人より劣り、人生に価値を見出せなかった自分が、まさか信頼される日が来るだなんて。過負荷な学ラン少年も、案外戸惑っているのかもしれない。信頼されたくらいで暴走兵器と戦おうとは、箱庭学園転入直後の彼だったならば、思わなかったはずだ。

 

 …………………

 ……………

 ……

 

  方針…というか、展開としては。

 

  これからギルドに行き、集まった面々と作戦を練り、一致団結してデストロイヤーを迎え撃つ。というのが理想だったのだが。

 

【『相手が強くなるのを、敵が黙って見過ごす筈が無い』】

 

  某生徒会選挙で、球磨川がめだかちゃん達に行った非道。

  意志のない兵器が、狙ったとは思い難いけれど。現実として、機動要塞デストロイヤーは、球磨川と同じことを実行した。

 

「ねえ!アレって…!」

 

  最初に感づいたのは、意外にもアクア。そこから、ダクネス、めぐみんと続けて気づく。

 

『なになに?どうしたの?』

 

  険しい顔の女性陣に、一人おいてけぼりの球磨川が尋ねる。

 

  ダクネスはやおら抜刀し、切っ先で球磨川の視線を誘導した。

 

『ワオッ。…警報、遅すぎないかな。とても逃げるのなんて間に合わないよ』

 

  通りがかった街を、悉く地図から消してきた兵器。

  機動要塞デストロイヤーが、球磨川達の背後からやってきていた。蜘蛛を想起させる外見。超がつく巨大なボディで山の一角を削りながら、馬を超える速度でアクセル方向へと進んでくる。

 

『作戦会議もさせてくれないなんて、なんて卑劣な…!僕が一番許せないタイプだ!』

 

  バックアタック。球磨川達は戦闘準備もままならない状態で、迎撃を余儀なくされた。

 




やっぱりルチアは可愛いなぁ。


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三十九話 反撃の狼煙

女神様はせっかち


 ーウィズ魔導具店ー

 

  棚に商品を陳列しながら、社交界から飛び出してきたような、タキシードの男が声を出す。

 

「どこへいく?性懲りも無く、売れる見込みの無い、商品とは名ばかりの産廃を仕入れに向かうのではあるまいな?」

 

  怪しい仮面がトレードマークの公爵バニルは、店の勝手口から飛び出して行かんばかりの店主に問う。

 

「仕入れって…バニルさんてば!今の放送を聞いていなかったんですか?機動要塞デストロイヤーが、ついにこの街までやってきてしまいました!」

 

  バニルは手にしていた商品入りの箱を、優しく床に置いて。

 

「の、ようであるな」

 

「じゃあどうして落ち着いていられるんですかっ!」

 

  反論するウィズの顔は赤く。

 

「今日この時、デストロイヤー警報があることは既知だったからな。我輩を誰だと思っている?」

 

  見通す悪魔。

  ウィズは冒険者時代に、バニルの奇怪な能力によって数え切れない辛酸を舐めさせられた。デストロイヤーの接近程度、その気があれば予知するのも容易いだろう。問題があるならば

 

「だとしたら、なんでデストロイヤーが来ることを周知しなかったんですか!バニルさんが情報を広めていれば、今頃街の人達は避難済みだったかもしれないのに」

 

「たわけっ!」

 

  ピシッ!

 

  バニルの華麗なデコピンが炸裂。

 

「いたっ!?…な、なんで私がデコピンされなくちゃいけないんです??」

 

  小豆サイズの赤い痕を額に作ったウィズが、手で患部をさすりながらバニルを睨んだ。

 

「今から、デストロイヤーに恐怖しながら愚民共が逃げ惑う。その際には、我輩の大好物であるところの【アレ】が大量発生すること間違いなしではないか」

 

  アレ。すなわち悪感情。自身の欲求を満たす為ならば、住人全員を危険に晒すことも辞さない。バニルとは、そういう奴なのだ。

 

「バニルさん、相変わらずですね。欲望に忠実といいますか…」

「わかりきったことを。そしてウィズ、貴様もな。大方ギルドへ出向き、デストロイヤー討伐に一役買う腹なのだろう?せいぜい、気張るが良い」

 

  ウィズは呆気にとられた顔をし、数秒おいて吹き出した。

 

「ふふっ」

「何がおかしい?」

「いえ、私がデストロイヤー討伐に行くのを止めないあたり、バニルさんもなんだかんだお人好しですよね」

 

  クスクスと、ウィズが眼を細める。

 

「ぬかせ。貴様がデストロイヤーを討伐すれば、謝礼金なりが受け取れる可能性があるではないか」

「結局お金ですかっ!?もうっ」

「我輩は茶でも啜りながら、吉報を待つとしよう」

「…わかってました。手伝ってくれないのは、わかってました…」

 

  プリプリと怒りをあらわにしつつ、ポンコツ店主はギルドへと旅立った。

 

「我輩がマイダンジョンを持つには、とにかく金である。商売人としてのウィズは今ひとつだが、冒険者としては光るものがある。期待しているぞ」

 

  店内では、嫌味な見通す悪魔のみが椅子に腰掛けくつろいでいる。避難勧告に従って逃げ惑う、まさに阿鼻叫喚といった人間達から、桁外れな悪感情を得ながら。

 

  「ふむ。デストロイヤー、か。これ程の悪感情が生産可能だとは、存外利用価値があるくず鉄である。ただ、我輩の食料庫に土足で侵入とはいただけない。魔王のやつは捨て置けと言っておったが、このまま街を破壊されるのもつまらん」

 

  淹れたばかりの紅茶は湯気をたたせ、バニルは貴族顔負けの洗練された仕草でそれを口に運ぶ。一口、二口。ほどよく均整のとれた苦味と甘みは、喉を潤すには可も無く不可も無く。

 

「不良債権店主はギルドへ行ったが、その前に一波乱ありそうだ。負感情少年と愉快な仲間たちが、どれだけ持ち堪えるか見ものである」

 

  バニルには、球磨川らがデストロイヤーに急接近された場面が見えた。

  油断していた所へ強襲。

  球磨川のスキルならば全滅しないとは思うが…。

 

  野球観戦に来た客よろしくドッシリと構えて遠視していたバニルだが、意味ありげな微笑は、既に結果がわかっているかのよう。

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

 言うまでもないことだが、球磨川達の中でデストロイヤーを目撃した過去を持つ者はいない。つまり今が初対面。

 

「で、でで、でかぁー!冗談じゃない、冗談じゃないわ!あんなに大きいなんて聞いてないんですけど!勝てるわけないんですけどっ!!」

 

  アワアワと、女神様が両手を空に掲げて降参した。ちゃっかりと球磨川の背中に隠れながら。

 

  元は要塞なのだから、デカいのは当然だ。

  めぐみんも、そしてダクネスも。実際にデストロイヤーと対峙すれば悟るしかない。

 

  人間が敵う道理はない。

 

  威勢の良さは、眼前に迫った【死】への恐怖で消し飛んだ。長時間正座した後のように両足は震え、氷点下に晒されたように口が痙攣。抑えようとしても止まらない。身体が言うことをきかないことで、更に不安が増す。

 

  元々要塞だった建造物が、8本の脚を持ち、馬より速く迫ってくる恐怖。

 

「わ、私はダクティネスララティーナ!デストロイヤーよ、いざ尋常に勝負っ!」

 

  ダクネスの剣が、釣りたての魚かと思うくらい躍動する。正確には、剣を持つ彼女の手が揺れている。呼応するように、彼女の身を包む鎧も、金属音でリズムを刻む。ダクネスだけ地震に見舞われていると錯覚してしまうほど。

 

『落ち着いて、ほら深呼吸、深呼吸。自分の名前も言えないくらい動揺してたら、勝てるものも勝てないよ』

 

  そんな二人を見かねて、球磨川が肩に手を置いた。

 

「ミソギ…」

 

  球磨川を振り返る二人は、今にも泣き出してしまいそうな目をしていた。

  二人を安心させようと、球磨川は柔らかな笑顔で語りかける。

 

『負けたっていいんだから。誰も君達を責めたりしないし、僕がさせない。僕が偉そうにアドバイス出来ることなんて、そう多くはない。でもこれだけは確信してる。命をかけて戦った奴は、それだけで【勝ち馬】さ。仮に死んでしまっても、未来の人々は君達を勇敢な冒険者として語り継ぐだろうってね』

 

「「結局死んでる!?」」

 

  球磨川の励ましは、予想とはかなり違う方向性だった。命を落とすことに恐怖した二人には、死後の名誉なんて心底どうだっていい。デストロイヤー戦の作戦でも伝えてくれた方が嬉しかった。だのに。

 

「ふふ、ミソギはこんな時でもミソギなんだな」

「…ええ、いつもいつも斜め上なんですから、この人は」

 

  不思議と、身体の震えは治まった。

  刻一刻と迫るデストロイヤー。

 

『緊張はとけた?んじゃ、そろそろ作戦タイムといこっか!といっても、決定打の候補は決まってるけどね』

「そうだな。私達がデストロイヤーにダメージを通せる可能性は、めぐみんだけだ」

 

  爆裂魔法。時にネタ扱いすらされるキワモノでも、威力に関してはぶっちぎりのナンバー1。要塞を破壊する手段はこれしかない。

 

「私にも、手がないことはないけど。やっぱり頼れるのはめぐみんね。私、今日ほどめぐみんが居てくれて良かったと思った日は無いわ!ちゃちゃっと爆裂魔法で破壊しちゃいましょう!」

 

『と、行きたいところだけど。…ことは、そう簡単じゃない。アレには、対魔法結界が張ってあるって話だったよね?』

 

  チラリと、ダクネスを見る。

 

「そうだ。当然、デストロイヤーに魔法を当てた経験が無いから推測の域を出ないがな。それが爆裂魔法に耐えうる代物なのかもわからない。だが、結界が弱まっていると楽観するよりは、ある前提で挑むべきだ」

「結界?まためんどいものが張ってるわね」

 

  最悪のパターンを想定しておけば、土壇場で慌てることも少ない。

 

『さ、めぐみん。爆裂魔法をより効果的に使うにはどうしたら良い?』

 

「…こんなにも早く、使う日が来るとは思いませんでした」

 

  めぐみんは胸元から、一つの宝石を取り出した。

 

「あら?それって…」

 

  アクアの呟き。宝石には、見覚えがあった。

 

  ヒヒイロカネ。

 

  職人が集う街、ブレンダンで大金を払い購入したもの。使用すれば、爆裂魔法の威力を向上させられる。

 

『これがあれば、何とかなるんじゃない?』

「そう…ですね。ですが、いくらなんでも結界の上から破壊するには不安が残ります」

 

  一同、思考の海へと潜る。なんにせよ、結界をどうにかしなくては活路も生まれない。

 

「ミソギのスキルならばどうだ?」

 

  未だ解明されていない球磨川の能力。

  ダクネスは過去、実際に死をなかったことにしてもらったり、負傷や鎧の傷を治してもらったりしている。

  神のような力だとさえ思う。

 

『えっとぉ、残念賞ってとこかな』

 

  なんとも無邪気に笑う。

 

『僕のスキルはね、僕自身が対象を認識出来ないと発動しないんだ。デストロイヤーまではそれなりの距離が依然あるし、肝心の結界、それが張られているのか否か、僕には判断がつかないんだ。どういった形状で、どういった仕組みか。これがわからないとちょっとね。期待に添えなくて歯痒いよ』

「そうか…。アクアはどうだ?何か打開策を思いついたりは」

「私?そうね。爆裂魔法が難しいのなら、ゴッドブローでもしてみようかしら。張られているのは【対魔法】だから、物理攻撃なら効くかもしれないでしょう?」

 

  準備運動のつもりか、アクアは右腕をぐるぐると回転させる。

  名前は強そうだが、イマイチ効果がわからない。

 

『ゴッドブローって強いの?』

「強いわよ!当たれば即死なんだからっ!…まあ、カエルには効かないけどね」

「カエルとは、ジャイアントトードのことでしょうか?確かにあのカエルは物理耐性を持っていると聞いたことがありますが…それを差し引いても、ジャイアントトードに防がれた攻撃がデストロイヤーを破壊し得るとはとても…」

 

  めぐみんでなくとも、客観的に考えれば無理だとわかる。

 

「な、なによ三人とも!信じられないって顔ね!いいわ。すぐに考えを改めさせてあげるんだから!!」

「待て、アクア!無謀すぎる!!」

「止めても無駄よ。数分後、アンタ達は私を崇め奉ることになるんだから!」

 

  オンユアマーク。制止を振り切ったアクアはクラウチングスタートを決め、デストロイヤーとの距離をあっという間に詰めていく。

 

『速い…!アクアちゃん、相当にステータスが高いみたいだね』

「感心してどうするんですか!アクアが死んじゃいますよ!?」

『といってもね。アクアちゃんがデストロイヤーの近くにいっちゃったら、爆裂魔法も撃てないし。かといって僕じゃあ追いつけないからさ』

 

  いかに爆裂魔法を撃ち込むかといった話し合いだったのに。謎の自信があったアクアは暴走してしまった。

  諦めモードの球磨川に、ダクネスが懇願する。

 

「頼むミソギ!アクアを助けてやってくれ。最悪でも、アクアをすぐに生き返らせるようにしないと…!」

 

  ダクネスもめぐみんも、仲間想いが過ぎる。そして彼も。箱庭学園を訪れてから、時々感じてしまう。自身の【性質】が変わり始めていることを。

 

『やれやれ、せっかちな女神様だ。何か良い事でもあったのかな?』

 

  気怠げに後頭部を掻いていた球磨川が、次の瞬間、姿を消す。

 

  スキルを使って、アクアに追いつくまでにかかる「時間」を、なかったことにした。

 

『先走りは死亡フラグだぜ、アクアちゃん』

 

「球磨川さん…!」

 

  前触れなく眼前に現れた球磨川。

  アクアは靴底を減らしながらブレーキをかけ、ギリギリで止まる。

  全力疾走からの停止は、足にかなりの負担をかけた。

 

『っ!…アクアちゃん!!』

「きゃっ!?」

 

  唐突に。「急に現れたら危ないでしょ」みたいな事を球磨川に注意しかけたアクアを、球磨川は押し倒した。

 

  本屋でいやらしい本を買う際、好きな人に「ご一緒しませんか?」と誘うくらいだから、球磨川も一般的な男子高校生。たまにはそうした気分にもなる。とはいえTPOは弁えるべきだし、今は微塵もそのようなことをする状況ではない。

 

  アクアは球磨川に真意を聞き、事と次第で彼にゴッドブローを放とうと決めた。

 

「く、球磨川さん。とりあえず降りて頂戴!」

 

  丁度アクアの腹部に球磨川の頭がある。アクアは両手で球磨川の肩を優しく掴み、上体を起こしてやる。

 

「球磨川さん、案外体重軽いのね」

 

  ムードもヘッタクレもない球磨川の押し倒し。何故このようなことを?アクアが聞き出す前に。

 

「…て、球磨川さん!?どうしたのよこれ!!」

 

  体重が軽いのは当然。球磨川の身体が、元の半分になったのだから。

  アクアの上にあったのは、上半身のみ。

 

 彼の腰から下が抉り取られていたことで、アクアはようやく理解する。

 

  機動要塞デストロイヤーが足でアクアをなぎ払おうとし、咄嗟に球磨川が庇ってくれたことを。

 

「そんな…」

 

『気にするなよアクアちゃん!』

 

「!?」

 

  閉ざされた球磨川の瞳が、パチッと開く。腰から下がない状態で、何事もないように明るい声をかけてきた球磨川。

  これにはアクアも取り乱しかけた。

 

「大丈夫なの!?」

『あはは、面白い冗談だ。女神ジョークってヤツ?大丈夫なワケがないだろう。君を守るのと引き換えに、身体半分が吹き飛んだんだから』

 

  そう。大丈夫なワケがない。それでも、軽快な口調で話されては危機を感じにくくなるのが道理。

  アクアが言葉を見つけられずにいると。

 

『結界のせいかは定かじゃないけれど、デストロイヤーには僕のスキルが効きにくいみたいなんだ。でも、直に肌で触れてれば別みたいでね』

「なに言ってるの…?」

 

  球磨川は口から大量に血を吹き出しつつも、笑顔でデストロイヤーを指差す。

 

「あ…」

 

  デストロイヤーは、8本の内一本。球磨川を抉った際に使用した足を失っている。足をなくされ、いささかバランスを取りづらそうに佇む。

 

『機動要塞デストロイヤーの足を、なかったことにした!さ。反撃開始だよアクアちゃん!』

 

  ニュルンと下半身を生やした球磨川(…これも無論スキルを使用してる)は、アクアを担ぎ、行きと同じ方法で、ダクネス達の元まで戦線を下げた。




アクア様を押し倒すなんて。役得も良いところですねクマーは。まあ、下半身無くすだけでアクア様に触れられるなら安いものですね。…ですね。


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四十話 残機ゼロ

遅くなりました。すみません。


「ミソギ、アクア!無事かっ?」

 

  ダクネスとめぐみんの前に、アクアを抱えた球磨川が【大嘘憑き】の使用によって出現した。

  デストロイヤーが、アクアのいた地点を薙ぎ払ったように見えたものの、一目怪我も無さそうでダクネス達は安堵した。

 

  それだけではない。デストロイヤーの足が、一本消え去ったのは非常に喜ばしい。難攻不落と評される機動要塞に、僅かな突破口が開けたのだ。

 

「素晴らしいです。アクアのゴッドブローが炸裂したのですか?デストロイヤーの足を破壊するなんて凄すぎますよっ!」

 

  正直なめてましたと、めぐみんが頭を垂れる。球磨川の成果ゆえ、アクアが威張れた事ではない。ないが、かといって否定するほど、元来プライドの高い女神様が謙虚になれるはずもなく。破壊したというよりかは、元よりなかったことにしたのだが。

 

「おほほ…。どっちかと言えば、私のおかげと言えないこともないかしらね。…うん。細かいことはいいのよ。大事なのはね?デストロイヤーにダメージを通したってところなの!」

 

『下半身を消し飛ばされてまでアクアちゃんを助けた、命の恩人の手柄をも横取るなんて。君ならきっと、裏切りだらけの乱世も生き延びられるだろうぜ』

 

  手柄を取られるなんて、球磨川からすれば極自然なこと。目くじらをたてて怒ったりはせず、ただアクアの図太さを称賛した。球磨川は現状、デストロイヤーに吹き飛ばされたはずの下半身を取り戻している。アクアは再確認するように球磨川の足をペタペタ触りつつ

 

「ていうか、冗談抜きで球磨川さんの下半身が戻ってる…」

 

  数秒、じっくりと観察してみても、元の下半身と毛ほども変わらない。

  このような奇跡が起こって良いものだろうか。女神は、世界のルールをも覆しかねない球磨川の能力を真剣に考察する。

 

「再生といえば、ブレンダンの時もそう。私がリザレクションをかける前に生き返ったわよね」

 

  過去に、球磨川はマクスウェルの呪いによって命を落としたことがある。同室だったアクアが蘇生させようとした直後に、球磨川は自力で復活してみせたのだ。

 

  デストロイヤーに薙ぎ払われた際、アクアは球磨川の上体を起こそうとして、異様な軽さに驚いた記憶があるので、消し飛ばされた光景は幻の類ではないだろう。

  何かしらの回復スキルを使ったと見るべきか。自然治癒という線は無理がある。下半身が生えるとしたら、それはもうナメック星の出身になってしまう。

 

『僕を案じての発言なら、涙でもすべきかもしれない。…けどそうじゃなさそうだ。露骨に話題を変えられたようにも感じるし、オマケに、君は僕の安否よりもスキルにお熱のようだ』

 

  いつまでも足を触られているのは耐えられないようで、球磨川はそっとアクアの手を掴んで剥がした。

  手を離しても、まだアクアの感触が足に残っているような錯覚。

 

「す、スキルについてはそりゃ知りたくないと言ったら嘘になっちゃうけど、球磨川さんを心配しなかったわけではないの!」

 

  取り繕う女神様。

 

『そこまで知りたいものかね。説明する程のもんじゃないんだけれど。もっとも、もったいぶる程のもんでもない。しかし…』

 

  この世界にきて、既に幾度か【大嘘憑き】について説明したこともあり、もう一回くらい説明するのは苦痛ではない。が、今日この時に限って言えば、そんな猶予はなかった。

 

『見てごらん、やっこさんを。説明してるだけの時間はくれないようだ』

 

  球磨川に脚を1本減らされても、速度はそこまで落ちてはおらず。機動要塞は順調に迫ってきていた。

  いたるところから蒸気を排出しながら接近してくる光景は、ゲームや映画に登場する近未来兵器そのものである。

 

「どうしましょうか。そもそも、結界はあったんですか?」

 

  球磨川によって緊張から解放されためぐみんは、杖の先をデストロイヤーに向けつつ判断を仰ぐ。采配を委ねられた球磨川はこともなげに

 

『物は試しだ。めぐみんちゃん!爆裂魔法を放ってみてよ!結界があるかないか、それで判明するし。あ!ヒヒイロカネは温存しておいてね』

 

  爆裂魔法のGOサインを出した。

 

「え?撃って良いのですか??それは、撃つのは構いませんが。むしろばっちこいなのですが…でも」

『デモもストもあるもんか。後顧の憂い無く、存分にやっちゃって!』

 

  爆裂魔法を放てば、めぐみんは魔力を使いきり、自立すら不可能になる。球磨川はヒヒイロカネを温存するようにと指示したものの、一発撃ってしまえば、最早使う機会は訪れまい。

 

「ちょ、球磨川さん!」

 

  そばで成り行きを見守っていたアクアが、ガッシリと球磨川の肩を鷲掴む。

 

『なんだいなんだいアクアちゃん。僕の決定に文句があるのなら、後日文書でだね…』

 

「いいのかしら?めぐみんは切り札なのよ?き・り・ふ・だ!使いどころはよーく考えないと駄目なんだからっ」

 

『何を言い出すかと思えば、決まりきったことを。めぐみんちゃんの爆裂魔法が重要なのは重々承知しているよ。ただ、結界が万が一張られていなければ、それで完了じゃん?張られていたら、プランBに移行するだけだし』

「ぷ、プランB?…うーん」

 

  何か策がありそうだと判断したのか、アクアは言葉を紡ぎかけた口にチャック。しかし、目だけは球磨川を胡散臭そうに捉えたまま。

 

「アクア。この男は人の話を聞くつもりがないんだ。言いたいことはあるだろうが、好きにやらせてみようじゃないか」

「みたいね。最近の若者は人の言うことを聞かないって、アレ本当だったのねー。困ったものだわ」

『…うん。君たちの罵りは、僕にとってはそよ風のように心地良いよ』

 

  ダクネスは球磨川の後押しをしているようで、たんに罵っているだけのような手助け(?)をした。不承不承、水の女神が納得した。

 

「爆裂魔法って中々見る機会ないのよねー。めぐみん!綺麗なのをお願いね!」

 

  花火大会か何かだと勘違いしているアクア様に、めぐみんは応答しない。

  もう彼女は、ちょっとやそっとでは意識を「外」に向けない。

 

  誰の耳にも入らないことを確認してから、球磨川は楽しげに呟く。

 

『本当は、デストロイヤーそのものを【なかったこと】にしたはずなんだけれど…』

 

  球磨川がデストロイヤーに下半身を持って行かれた際、球磨川もまた、デストロイヤーを消し去るべくスキルを行使した。が、なかったことに出来たのは足一本のみ。どうにもスキルの使用感が変化しつつある。長年共に過ごした、自身の代名詞ともされる【過負荷】。その効果が、弱まりつつある。

 

『ま、なんとかなるっしょ!』

 

  チートと評されるスキルが使えなくなるかもしれない一大事に、なんの危機感も持たない球磨川。のほほんとお気楽な台詞で締めると、めぐみんの詠唱が始まった。

 

 ー紅き黒炎、万界の王。天地の法を敷衍すれど、我は万象ショウウンの理。崩壊破壊の別名なり。ー

 

  爆裂魔法を唱えればもう、ある種スイッチが入ったように集中力が増す。脳から大量のアドレナリンが分泌されるのがわかる。爆裂魔法は高難易度で知られ、繊細な魔力のコントロールが要求される。めぐみんでさえ油断は出来ない。

 

 ー永劫の鉄槌は我がもとに下れ!ー

 

  詠唱が進むごとに、周囲の空間は捻れていく。デストロイヤーの姿が、蜃気楼のように歪んで見える。

  最後の一節を唱え終えれば、後は高々と技名を叫ぶのみ。

 

  人類に許された、最強の攻撃魔法の名を。

 

「【エクスプロージョン】!!」

 

  めぐみんの眼前に、規則性のある紋様、魔方陣と呼ばれるものが出現し、その中心からは業火が放出された。

  周囲の温度は瞬く間に上昇し、球磨川達も油断すれば皮膚が焼かれそうな程。

  デストロイヤーまで接近した業火は、しかし直前で届かず。目に見えない斥力に弾き返されるように焔は停滞。

 

「やはり無理ですか…!」

 

  苦虫を噛み潰したような表情で、人生を捧げた己が魔法がはじかれる様子を見つめるめぐみん。ありったけの魔力は投じた。

 

  「あれが結界か。くっ!あと少しだというのに…!」

 

  ダクネスが、掌から血が滲むくらい強く、強く剣を握りしめる。対魔法結界を前に何も出来ない自分に憤りを隠せない。

  めぐみんの爆裂魔法はヒヒイロカネを未使用だとはいえ、過去最高の威力を感じさせる。

  これでも無理なら、魔法を放つタイミングが早すぎたのだ。

 

『いいや、これでいいんだよ。作戦通り、プランBといきますか!』

 

  爆裂魔法を受けても健在なデストロイヤーの姿。

  誰しもが爆裂魔法の使用を後悔する中、球磨川だけは作戦通りといった顔でデストロイヤーに走り寄る。

 

  焔のはじかれ方は実に特徴的。デストロイヤーを透明なドームが覆っているように焔を遠ざけている。

 

『アンコントローラブルな【大嘘憑き】でも、これだけ結界の姿を捉えられれば関係無いぜ…!』

 

「球磨川さん!アンタ何をやっているのよ!それ以上近づいたら、爆裂魔法に巻き込まれるわよ!?」

 

  アクアの忠告は風にかき消され、球磨川の耳には届かない。学ランの少年は躊躇なく爆炎の中に飛び込んだ。

 

「馬鹿者!戻ってくるんだ!!」

 

  球磨川の奇行にギョッとしたダクネスも呼びかけるが、遅かった。

 

 デストロイヤーにたどり着くまで、本気で豪炎の中を走り抜ける球磨川。

 

『ぐぅ…っ』

 

  まず、最初にやられたのは喉だった。爆炎の中での呼吸で、喉と鼻が焼かれる。続いて眼球の水分が蒸発し、えもいわれぬ痛みが全身を駆け巡る。激痛の中、気がつけば皮膚は破れており、焔は骨ごと肉を焼き尽くす。

 

  常人ならば、とっくにショック死している。

 

『…』

 

  安心院さんに「不死身」の称号を頂いた球磨川禊であっても、所詮は人間だ。水に潜れば死ぬし、首と胴体が切り離されても死ぬ。何なら、絵の具を塗られただけでも死ぬ。無論、このような爆炎に巻き込まれて平気なはずがない。それでも、彼の口元には微笑が浮かんでいた。

 

  目は溶け、何も見えない。ただただ、暗闇だけが無限に広がっている。肺が焼かれ、ろくに酸素も取り入れない。

  耳はまだ存在するのだろうか?先ほどから、球磨川は一切の音が聞こえなくなった。

 

  それでも。前に進めば、デストロイヤーはいる。

 

  ただれた右腕を突き出し、親愛なるパーティーメンバーが作り出してくれたチャンスをモノにするべく「力場」を探る。

 

『…みつけた』

 

  声は出ていないかもしれないが、彼は気にしない。ここが目的地だ。

 

  ある地点で、右腕が爆炎から逃れたのを感じる。右腕の先は既に、魔法を通さない「聖域」へ到達したらしい。

  ならば、いま球磨川の肩が触れているあたりが「対魔法結界」そのものだ。不可視の結界をようやく捉えられた。

 

『…自己犠牲って、いまいち理解出来てないけれど。爆発寸前のセルと一緒に瞬間移動した孫悟空は、きっとこんな気持ちだったのかな?』

 

  どこまでもジャンプを愛する球磨川は、死の瀬戸際でも漫画のキャラと自分を重ねる。いくらなんでも、身体が燃え尽きてしまえばスキルも使えなくなる。

 

  魔法と結界がせめぎ合う辺りに手を添え、準備は完了。異世界に来てからもお世話になりっぱなしなスキルを、いつものように使用する。

 

『【大嘘憑き】。対魔法結界を、なかったことにした』

 

  どうやら無事に発動したらしいスキル。確かな手応えを感じた。

 

  結界で守られていたデストロイヤー本体にまで爆裂魔法が到達し、球磨川は微かに残っていた骨まで焼き尽くされる。結界で防がれていた時間が長く、一発の爆裂魔法ではデストロイヤーを破壊しきれなさそうだ。

 

  あと一回だけでいいから、死後に【大嘘憑き】が発動してくれる可能性を信じて。しぶとさに定評のある球磨川は、ようやく息絶えた。

 

 ………………

 …………

 ……

 

  グスコーブドリか、君は。自己犠牲なんて汗臭いものは、僕たちからは酷く程遠い存在の筈だと思っていたけれど。いや、僕にそんな事を言う権利も君を責める権利もありはしないんだがね。「ここは任せて先に行け」を現実にやってしまった僕もまた、グスコーブドリって訳だね。

 

  しかしだ。それはそれとして。由々しき事態と言えるんじゃないかな?うん。君が一番良くわかっているだろう?

  ほら、スキルだよスキル。

  転生するにあたって、僕が大サービスでくれてやった【大嘘憑き】を、君は失いかけているわけだ。

  本来なら自然に生き返るのに、今回の君はこの教室から出て行くことができない。デストロイヤーの足を消したとき、こうなることは予想していたんだよね?それでも、みんなの為に対魔法結界を捨て身で突破した君を…誰が【過負荷】だと言い切れよう。

 

  まあ、気にする必要はあまりないさ。あの黒神めだかでさえ…他のスキルホルダーにしても、20歳を目処にスキルが使えなくなるのだから。いつまでも君だけが使えるのもおかしな話だろう?

  なんとかも、ハタチ過ぎればただの人。

 

  こうしてエリスちゃんより先にきみを呼び出したのはそれが理由だよ。今、スキルが不安定な君は、エリスちゃんの転生に抗えないからね。

 

 で、どうする?

 まだあの世界に未練があるのかな?

 生き返りたいのかな?

 

  当然、僕たちの世界に帰すことだって、僕には出来るけれど。え?1話と言ってる事が違う?はは。安心院さんに出来ないことがあると、心の底から思ったのかい?だとしたら愉快極まりないぜ。そんなことも出来ないヤツが、【出来ないこと探し】なんかやるわけがないだろう。

 

  …これは僕の個人的意見だから、聞き流してくれ。

  【大嘘憑き】を失った君が、あの世界で生きていけるとは到底思えないね。微塵も、欠片も、一片たりとも思えないよ。

 

  …うん。答えは聞くまでもなかったね。まさに愚問だ。

 

  生き返らせてあげるとしよう。

 

  特別に。親心、いや、姉心で。悪平等も今日だけはお休みだ。

 

  ただ、次死んだらもう終わりだよ。これだけは言っておく。

  君にはこれから残機0で冒険してもらうからね。最後のコンティニューだ。

 

  それが嫌なら、とっとと【大嘘憑き】の為に【失う】ことだ。何を、とは言わないけれど。いや、いっそ【得る】のも良いかもしれないね。まあそこはお任せするさ。なにせ君の人生なんだから。

 

  自分の命を湯水の如く使って敵を攻略してきた君の、これからの戦い。興味深く見させてもらうよ。

 

  あー、そうそう。愚かなグスコーブドリくんの為に、最後の助言だ。デストロイヤーなんだけれど、君程度が命をかけずとも、結界くらい実は楽に壊せたとだけ教えておいてあげよう。

 

  お?目の色が変わったね。

 

  そう。僕たちみたいな人間には不可能なことでも、神なら可能にしてしまうこともある。

  もっとも、「結界を壊せる」とアクアちゃんから言い出さなかった時点で君に同情するけどね。あの娘のことだから、単に気づいてなかったのかもしれないが。

 

  長話が過ぎたようだ。

  さしあたって、デストロイヤーの完全破壊を頑張ってくれ。

  グッドラックだよ球磨川くん!




最近、君の名は。を見てきました。新海誠さんの作品は秒速と言の葉と雲のむこうしか見ていませんが。
ラストが秒速と同じだったらとヒヤヒヤしました。


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四十一話 安心院さんのありがたいお言葉

友人とこのすばの話をしていた。どうにも会話が噛み合わないと思ったら、私はずっと「このすば」を「すばせか」と言い間違えていました。それじゃ、渋谷での生き返りゲームですね


  球磨川の言う【プランB】が単なる特攻だったことについては、一同呆れるしかなく(ご大層にプランだの名付けるのは今後控えて頂きたい)。一人で突っ走るのをやめるように幾度となく注意してきたダクネスは、今回もまた繰り返された球磨川の独断先行に対して軽い殺意すら覚えるほど。

  そのおかげで、デストロイヤーは足の機能を失ったのだが。

 

  爆裂魔法の余波だけでも、8本の内4本を破壊出来たのだ。デストロイヤーは身体の左右に4本ずつ足を持ち、片側の4本を失ったことで、自立すら今は出来ない。

 

  もっとも。終わり良ければすべて良しな考え方を、彼女達はしない。

 

『ふう、やれやれ。学ランが焦げ付いちゃうぜ』

 

「ミーソーギー…」

 

  球磨川は爆裂魔法から平然と再登場したが、もう慣れたもの。皆【またスキルで生き返ったのだ】としか思わなかった。

 

  のほほんと帰ってきた球磨川を笑顔で出迎えたダクネス。彼女が抜刀してさえいなければ、死地へ赴いた仲間との感動的再開シーンだったかもしれない。

 

『やあやあダクネスちゃん、さっき振りじゃん!どうしたのさ、剣を僕に振りかぶったりして』

 

「口で言っても無駄だと、ようやく悟ったのだ。無鉄砲なお前には。お前の奇行を矯正するには、身体に直接教え込まないといけないらしい」

 

『いきなり何!?命をかけて…いや、命を一回捨ててデストロイヤーに致命傷を与えてきた仲間を斬り殺すつもり!?』

 

  クネクネと、人をイラつかせる動作でダクネスから逃れようと試みる球磨川。

  二人の様子を、もう一人のパーティーメンバーであるめぐみんは、地面に這いつくばって見守っている。

 

「ダクネスー!動けない私の分も、しっかりお願いしますねー!」

 

『めぐみんちゃんまで僕の敵なの!?』

 

  仲間を思いやるめぐみんなら、当然ダクネスを宥めると、球磨川はふんだわけだが…こうも取り付く島がないとは。

 

「斬り殺すなんて物騒だなぁ。安心しろ、峰打ちにしてやるさ」

『ダクネスちゃんの剣、峰とかあるの?ないよね!?流浪人じゃあるまいし』

「案ずるな。仮に死んでも、スキルがあるのだろう?」

 

  とりあえず。サラリーマンが居酒屋でビールを頼むくらいに気楽に。ダクネスはゴチャゴチャと弁解する球磨川に、振りかぶっていた剣を下ろす!

 

『あーそうそう。僕、もう【大嘘憑き】は使えなくなっちゃったから。しくよろー!』

 

「なーっ!?」

 

  初めから、本当に攻撃するつもりは毛ほども無かった。加えて、もともとノーコン(?)のダクネスが斬撃を当てられる筈もないのだが…球磨川から聞かされた衝撃の事実は、当たらない攻撃をするのも躊躇わせた。

 

  空中で行き場を失った剣は、ただフラフラとさまよう。

 

  「球磨川さん…スキルを失ったのかしら?その言い方だと」

 

  アクアは「ふむ」と唸る。

 

『うん。失った…いや、この場合は【得た】って言うべきなんだけれど。やっぱり、わかりやすくは【失った】で合ってるかな』

 

  球磨川が日本から転生する時に、つまり生前から既に所持していた正体不明のスキル【大嘘憑き】。天界の評価では、転生特典に匹敵するレベルには強力なもの。

 

  球磨川は【大嘘憑き】を所有しているが故に、転生特典はもらえなかった。

  それを失ったのなら、すなわち…

 

「つまり。今の球磨川さんを言い表すとしたら、魔剣グラムを失ったマツルギみたいなものね!」

『その例えは、思った以上に心外だ!!』

 

  ビシッとアクアに指差され、球磨川は両腕で頭を抱え込む。

  魔剣グラムを失ったマツルギ=四次元ポケットを失ったドラ○もん。

 人それを役立たずと呼ぶ。

 

「トンデモないスキルだったが…命も救ってもらい、頼った場面も多かった。アレが無いとなると、やや心許ないな…」

 

  事実。ダクネスは一回、魔王軍幹部のベルディアに殺されており、球磨川のおかげで今再び現世に存在できている。

 

「とはいえ、失ってしまったのならしょうがない。ミソギ、お前はもうめぐみんと一緒に退がっていろ」

『ほう?ま、退がるのも逃げるのも僕の得意分野だけれど…まずはアレをご覧よ』

「ん?」

 

  球磨川が【大嘘憑き】を使えなくなった衝撃は、ダクネスも目玉が飛び出る思いだったが…いつまでも驚いてもいられない。足が機能しなくなったデストロイヤーから、何やら巨大な石が数個落ちてきた。

 

「なによ、アレ…!」

 

  着地したそれらは、ゆっくりと姿を変えてみせる。腕が生え、足が生え。最後に頭部が生えて完成。石造りのゴーレムとなって先頭のダクネス目掛けて突進を開始した。

 

『あんなものまで備わっているとはね。用意周到なことで』

 

  元々は侵入者撃退用の戦闘ゴーレム。デストロイヤーが移動不可となり、外敵排除へと用途が変更されたのだ。数は5体。全長約2メートルはある。材質が石なので、ダクネスの剣もダメージを通せまい。

 

「全てを蹂躙する、巨大なデストロイヤー。そして、細かい動きも可能なゴーレム。弱点を補って、隙がないですね。さあミソギ!早くおんぶして逃げて下さい!さあ!」

 

  依然として地面に溶け込んだままのめぐみんが、最後の力で全身をピクピクと動かしアピールしてくる。

  釣り上げられた魚のように見えなくもない。

 

『弱点がない、という点だけは聞き流せないけれど、それでも、どのみち倒れためぐみんちゃんを放置してはおけないか。ダクネスちゃん、アクアちゃん。しばらくの間、時間をかせいでおいてくれ!すぐに戻るからさ』

 

  言うや、球磨川はめぐみんを担いで街の方へと避難を開始した。

  いつもながら、小柄なめぐみんの体重は軽い。

 

「ああ、任された」

 

  ゴーレム達にめぐみんを狙われては堪らない。

  ダクネスは剣を構え直し、壁役におあつらえ向きのスキルを発動する。

 

「【デコイ】!ゴーレム共、お前らの相手はこの私だ!」

 

  5体のゴーレムの中には球磨川を狙う個体もいたが、スキルによってダクネスに引きつけられる。

 

  簡単に引き受けた役割だが、多勢に無勢。防御に秀でたクルセイダーでも、ゴーレム5体を相手にすれば数分ともたない。

  しかし、ダクネスが傷ついたなら、アクアが癒す。球磨川はスキルを失った。ここにきてようやく、回復がアクアの専売特許となったのだ。

 

「ついに、私の出番が来たってわけね!ダクネス、じゃんじゃん傷ついていいわよ。この私がついてるんだからっ!」

「ありがたい!」

 

  ダクネスの新調したばかりのプレートが、ゴーレムの鉄拳をはじき返す。顔面を狙った一撃は、剣でいなすか回避に徹する。数の不利は確かにあるが、一度に5体全てが攻撃出来るわけがない。せいぜい3体まで。ダクネスは残り2体を意識外に置き、隣接する3体からの攻撃のみに集中した。防御に限っては、ダクネスの右に出る冒険者はそういない。

  身体が軽い。アクセル、すなわち領地を守る為の戦いが、こうも自分を高みに誘うとは。3分くらいはゴーレム達を軽快にあしらっただろうか。不意に…

 

「ちょっと…2体こっちにきたんですけど!ダクネスのスキルが効いてないんですけど!!」

 

  回復してくれていた頼もしい存在、アクアが背後で声を荒げる。ダクネスは疲労が取り除かれなくなり、異変に気がついた。

  敵を惹きつけるはずのスキルが、ゴーレムには効いていない。手持ち無沙汰だった2体のゴーレムが、アクアを取り囲んでいた。

 

「理由はわからないが…デストロイヤーは対魔法結界を備えていた。このゴーレム達も、なんらかの耐性を持っていても不思議はないな」

 

「えええ!?そんなの反則よ!球磨川さんは?球磨川さんはまだ戻ってこないのかしら?私に2体もゴーレムを相手しろなんて、無理無理無理!無理だからぁあ」

 

  一応は杖で威嚇しても、ゴーレム達は怯みもしない。兵器は兵器らしく。ただ、目の前の対象を駆逐するだけの存在。

  ジリジリとアクアへ距離を詰めていく。

 

「くっ。私も3体で手がいっぱいだな。…アクア、どうにか逃げるんだ!」

 

  パンチを掻い潜っても、2体目が体当たりをしかけてくる。2体目の体当たりをいなせば、3体目が蹴りを放ってくる。精一杯アクアの元へ向かっても、阻まれてしまう。

 

  球磨川の助けを期待してはいるものの、スキルの無い彼がそれほど頼りになるものだろうか…。ダクネスは疲労で機能しなくなってきた脳をフルで回転させ、先の展開を読む。

  ゴーレムだけでも厳しいのに、デストロイヤーもまだ完全には停止しておらず。

  兎にも角にも、まずはこの防衛戦に活路を見出さなくてはお話にならない。

 

「!…しまっ」

 

  しまった。思考の海に溺れていたダクネスが、ゴーレムがこの戦闘中初めて行った変則攻撃を認識したのは、回避が間に合わないタイミングになってからだった。たった4文字を口にすることも許されず、鞭のようにしなるゴーレムの振り払いによって宙を舞う。

 

「…!」

 

  剣だけは離さなかったものの、無様に地面に叩きつけられる。意図せず肺の中の空気が吐き出され、視界は暗く点滅する。

  口の端が生暖かく感じるのは、血が漏れ出しているからだろうか。

 

「ダクネス!大丈夫!?返事をしてちょうだい!」

 

  ステータスの高さで、なんとかゴーレム2体を相手にしながらアクアが呼びかけるも、返答は無い。

  無慈悲にも、ゴーレムは動かなくなったダクネスの、それも頭部を踏みつける。

 

「なにあのゴーレム!?容赦なさ過ぎるわ!ダクネス、ダクネスー!寝てたら死んじゃうわよ!起きなさい!」

 

  ゴーレムの踏みつけは次第に力を増し、ダクネスの頭蓋骨に致命的なダメージを与え続けていく。

 

  アクアも一方で必死に応戦しながら回復魔法をかけようと詠唱するが、寸前で防御に意識をとられ中断してしまう。

 

「この、邪魔しないで!」

 

  ゴーレムが攻撃に移る前に生じる僅かな隙。アクアは渾身の力で杖を突き刺す。ゴーレムの関節部に深々と侵入し、かろうじて1体は仕留めた。

  運良く活動に必要な回路か何かを切断出来たらしい。

 

  それでも。ダクネスまでの道のりは険しい。

 

  ダクネスについていた3体の内2体は、アクアにターゲットを変更してきたのだ。

  今仕留めたのを差し引いても残り3体。最初よりもむしろ増えている。

  残りの1体は、変わらずダクネスの頭部破壊を試みている。

 

  楽観視していた。

  アクアは素直に思った。

 

  起動要塞デストロイヤーが相手とはいえ、自分は女神。仲間には上級職が二人もいる。

  通常、ギルドに登録した冒険者が総出で戦うべき相手でも、自分たちならどうにか出来るといった根拠ない自信。

 

  何が「お灸をすえてあげよう」だ。

  戦闘前の自分を殴りたい。

  デストロイヤーに応戦するよう球磨川やダクネスに丸め込まれてしまったけれど、逆だった。

  アクアが二人に逃走を納得させなければならなかったのだ。

 

「甘かったわ…ごめんね、ダクネス」

 

  エリス教徒の聖騎士ならば、死後の安息は約束されている。

  魔王討伐後、あるいはこの戦いの直後か。アクアもダクネスの後を追う。天界で巡り会えたなら、ちゃんと目を見て謝罪しようと決めた。

 

『甘いね。過負荷の言葉に踊らされたアクアちゃんは、確実に甘い。』

 

「球磨川さん…!」

 

  仲間が殺される瞬間は見たくない。アクアがダクネスから目を背けると、学ランの少年が戻ってきていた。

 

『が、その甘さ、嫌いじゃないぜ』

 

  球磨川はダクネスの頭部を踏んでいたゴーレムに手を差し出す。すると。ゴーレムの軸足が置かれている地面は、一瞬で螺子の山に変化した。地中から、大量の螺子が突き出してきたのだ。

  地面から生えてきた螺子で軸足をすくわれたゴーレムは、バランスがとれず転倒。巨躯は重力の赴くまま、背中から螺子に八つ裂きにされた。

 

  球磨川の登場で、ゴーレム達の戦況判断が変更されたようで、新たに1体がダクネスに向かう。

  しかし…

 

  空から無数の螺子が降り注ぎ、狙い澄ましたようにゴーレムの関節部を破壊していく。

 

  もしも関節部でさえなかったら、螺子はゴーレムの頑丈な皮膚に弾かれていただろう。

 

「強い…!球磨川さん、こんなに強かったっけ??」

『僕が強い?おいおい、寝言は寝てから頼むよアクアちゃん。僕は弱いさ。そんな僕に倒されてしまうってことは…』

 

  球磨川が腕を上げて振り下ろすと。

  再度螺子が降りかかり、残るゴーレム達を全滅させるに至った。

 

『こいつらが弱点を晒したってだけさ』

 

  壊れたゴーレムを、細めた目で一瞥し、球磨川はまっすぐダクネスの元へ。

 

『だけど、ダクネスちゃんが引きつけてくれたから、めぐみんちゃんを安全な場所に連れて行けたんだ。めぐみんちゃんを守りながらは流石に闘えないし。ゴーレムの弱点も、アクアちゃんが杖を突き刺してくれから判明したわけだしね。僕一人だったら、ごく自然に負けていたさ。これは、みんなで得た勝利だよ』

 

  球磨川の言はどこまでが真実か。最初からゴーレムの弱点がわかっていたなら、好き好んでこんなピンチを演出したことになる。言葉通り、アクアのおかげで弱点がわかったのだろう。そうであって欲しい。

 

「【ヒール】!…これでダクネスは大丈夫。目を覚ますまでは安静にしないとだけどね」

 

  アクアの回復魔法で、ダクネスの苦悶の表情が幾らか和らいだ。

 

『そう、よかった。そんじゃあ、ダクネスちゃんが起きたら帰りますか』

「帰るって…え?デストロイヤーは放置するのかしら?」

『うん、しかたないよ。めぐみんちゃんの爆裂魔法は最早使用不可能だし。逆に考えてもみてくれよ。4人だけでデストロイヤーを移動不可能にしたのは充分過ぎる働きだよね』

 

  学ランを脱ぎ、焦げた部分をパンパンとはたきつつ。

  アクアは納得していない。

 

「いいのかしら、これで…」

『いいんだよ、これで。街のアナウンスで、僕ら以外の冒険者も集まってると思うし。後は彼らに任せようよ』

 

  せっかくだから、めぐみんを非難させたポイントまで行こうと、球磨川はダクネスをおんぶして歩き出した。

 

  納得はあまりいってないが、そう言われてしまえば球磨川の後をアクアも付いていくしかなかった。

 

 …

 

  球磨川達が立ち去った後で。

  歩行機能を失い、熱排出が出来なくなったデストロイヤーから不穏なアナウンスが流れ始めた。

 

  機体の冷却が滞ったデストロイヤーは、遅れて駆けつけた冒険者達を巻き込む形で盛大に自爆することになる。

  アクセルの街までは被害が及ばなかったものの、死者も多数出る痛ましい事件が起きてしまった。

 

 ……………………

 ……………

 ………

 

 

 数日が経ち。

 

 朝から雨模様のアクセル。戦死者を街中で追悼する雰囲気の中、球磨川の寝泊まりする馬小屋に、一通の便りが届いた。

 

『なんだろ、この手紙は』

 

  無造作に手にとって裏面を確認。

  封蝋とは。現代日本ではすっかり珍しくなった代物に、いっそ新鮮味すら感じながら中身を拝見。

 

『ん〜、成る程ね。これはまた、素晴らしい言いがかりだ。理不尽で不条理極まる』

 

  どんな理不尽でも不条理でも、それらを恋人のように愛するのが球磨川禊。まるで恋文を読むように、愛しそうな表情を浮かべる。

 

  真実が必ずしも正しく伝わるとは限らない。あろうことか。デストロイヤーを巧みに操り、爆破テロを企てた容疑で、球磨川は裁判所から出頭命令を受けてしまった。言いがかりにもほどがある。

 

  デストロイヤーの結界を破る過程で安心院さんに会った球磨川。あの時、確かに伝えられた言葉を思い返す。

「デストロイヤーの【完全破壊】を頑張ってくれ」と。

  中途半端に破壊した結果を見越して、悪平等らしくなくアドバイスをくれていたわけだ。

  …もしも次があるとすれば、安心院さんのありがたい言葉をもっとしっかり聞こうと思う球磨川だった。




『それは違うよ…(ネットリ』


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四十二話 冤罪体質

  デストロイヤーを移動不可能にした一行は、その日は解散する運びとなった。

  ただでさえ大変な1日だったので、皆疲労困憊。ギルドで打ち上げを開くこともなく、各々寝床へ帰って行った。

 

  球磨川とアクアは同じ馬小屋で生活しているので、道中二人きりとなる。

  馬小屋までの寂れた小道、肩を並べて歩いていると。

 

「あー疲れたー。球磨川さん、私疲れちゃったわー」

 

  自分の肩を拳骨でリズムよく叩きながら、何かしらの意図がこもった視線を球磨川に送る女神。口角をあげた、「ほら、わかるでしょ?」みたいな表情は正直頭に来る。俗に言うドヤ顔という奴かと球磨川は思った。

 

『さっきも言ったけど、明日は完全フリーだからね。僕はもう寝るよ。おやすみ!』

「ちょっ、この美しい女神さまが肩を揉ませてあげてもよくってよ?と言ってるんですけど!思春期の男の子なら、もっと喜びに打ち震えなさいよ!そして涙ながら私の肩こりを改善するべきなの」

 

  アクアの、腕を露出させた衣装は、確かにそれなりに目線が行きがちかもしれない。アクアの内面を知らない男子高校生なら二つ返事で引き受けていただろう。が。

 

『肩こり、ねぇ。アクアちゃん、もう若くないんだから無理は禁物だぜ?』

 

  球磨川としては、後期高齢者が肩を揉むよう進言してきたと感じたらしく。

 

  若くないと評されたアクア様は、たっぷり5秒間球磨川の言葉を反芻して

 

「はぁぁ!?若いから!若いわよ!?そりゃ、あんたら人間よりは長く存在しているけれど、若いの!」

『【若い】って…なんなんだろう。うん、とりあえず帰るね!』

 

  そっけない球磨川は、本当に肩を揉むことなく行ってしまった。

  デストロイヤー戦で気を張りすぎていた球磨川を、僅かでもリフレッシュさせてあげたい一心だった冗談(?)も通じず。

 

  カズマがいなくなって広く感じるようになった馬小屋で、藁を整えながらアクアはひとりごちる。

 

「なんか調子くるうわねー。とっとと顔見せなさいよ、ヒキニート…」

 

  どこかへ消えた相棒を思い、気がつけば夢の世界に旅立っていた。

 

 ………………………

 ……………

 ……

 

  違和感。球磨川は、確信は無いけれど、いつもと違う街の雰囲気を敏感に感じ取る。

 

  デストロイヤー戦翌日。クエストも受けない取り決めをしたので、たまにはショッピングでもと出かけてみたのだが、なんとなく街全体が暗い。

 

『なんだろ…これ。今日はお祭りでもやるのかな?』

 

  路地裏にはすすり泣く老夫婦の姿。お酒を売る屋台の周辺には、朝から泥酔した壮年の姿がチラホラ。

  やんちゃな子供を叱る母親の声も、なんだかヒステリックに聞こえる。

 

  皆が皆、深い悲しみにとらわれているようで。

  どこをどう見れば「お祭り」だと思うのかはさておき。

 

  球磨川がなんとなくいつもと違う街の様子を不思議に思っていると、背後からめぐみんが駆け寄ってきた。

 

「ミソギ!おはようございます」

『おっはー!奇遇だね、こんなところで会うなんて』

「ええ。ミソギもお買い物ですか?」

『まぁね。そろそろ毛布の一つも欲しくなってきてさ』

 

  北風小僧が着実に街まで近づいて来ているのを実感するこの頃。馬小屋の藁だけだと、本格的な冬の寒さは凌げそうにない。又、直接藁に寝転ぶよりも、敷布団を敷いた方が身体にも優しい。

 

「なるほど、なるほど。そういうことでしたら、私がミソギにピッタリの布団を選んであげましょう」

『いいのかい?なんとなく、色は赤になりそうな予感はするけれど…。助かるよ』

「…でも、どうしてまた馬小屋で寝ているんですか?ベルディアの賞金で、宿屋に泊まる…いえ、宿屋を買うことだって出来るのに」

『あー、それ。馬小屋で寝泊まりしていたほうが、タダオさんの作るマイホームへの感動が増すでしょ?』

「そういうことでしたか。いえ、納得しました。…それじゃあ、布団を見に行きましょうか!」

 

  めぐみんは球磨川の手をとって、布団屋に引っ張る。仲の良い兄妹が買い物を満喫するホリデー的な絵面だが、街の人達の目がどことなく冷たいことに、球磨川とめぐみんは気づいた。

 

  だからこそ。布団屋で門前払いを受けた時にも、意外と平常心でいられた。

 

『すいませーん!夏はひんやり、冬はあったかなお布団のお取り扱いはしてますか?あとあと、王様の枕なみにふんわりした枕もあれば文句ないんですけど。無ければそばがら枕も可!』

「この人が早口でまくしたてるのは、もう癖なんですね…。すみません、ご主人。普通に布団を買いに来たのですが…」

 

  古ぼけた建物。軋みをあげる建て具を開け放ち、マシンガントークと共に球磨川は入店した。

 

  布団屋の主人は球磨川の学ランを見た途端、温厚そうな瞳を吊り上げた。

 

「いらっしゃ…。…あんた達は!」

 

  もうすぐ還暦だろうか。顔に刻まれたシワは、長い間生きてきた苦労の証。球磨川達の来店で顔を引きつらせたことで、一層そのシワが深くなる。

 

「あの、なにか…?」

 

  店主の態度を不審に思い、めぐみんが尋ねる。

  店主はいささかばつが悪そうにしてから、深くため息をつき

 

「…あんた達には何も売れん。帰ってくれ」

「え。私達がなにかしましたか?売れないとは、どういうことですか!」

 

  身に覚えがないのに、いきなりの門前払い。めぐみんは店主にくいかかるが、球磨川はニヤニヤと笑っている。

 

『どうやらこの店には、ろくな商品が無いみたいだね。他をあたろう、めぐみんちゃん』

 

  めぐみんの背中をポンと叩いて、店のドアを開く。

  そんな球磨川の態度に、店主は今度こそ腹を立て

 

「なんだと、クソガキ…」

 

  ゆらぁ…と立ち上がった。元々は冒険者なのだろうか?えらくガタイが良い。

 

『だってそうでしょ。布団も枕も売れないのなら、こんな店たたんだほうが良いと思うぜ。布団だけに!』

「…そういう態度なら、オレたちも遠慮しなくていいってもんだ。覚えておけ」

『!…【オレたち】…』

 

  なにやら意味深な捨て台詞を残した店主ではあるが、特に気にもせずに店から出る二人。

  めぐみんはご立腹のようで、頬に空気を含ませる。

 

「なんなんですか!あの店は!」

 

  ダン!ダン!

 

  地団駄を踏み、街路のタイルが音を鳴らす。

 

「曲がりなりにも、我々はお客さんですよ?あんな態度じゃ閑古鳥が鳴きまくります!」

『…曲がりなりにもって。けどまぁ、なんだかこの街の妙な雰囲気と関係がありそうだな』

「やはり!ミソギも気がついてましたか。今朝から街の様子が変なんですよね」

『僕的にはてっきりお祭だと思っていたんだけれど、どうにも違うみたいだね。なんだか居心地悪いし、ギルドにでも行ってみようか?あそこなら、住人の目も無いし』

「…こんなどんよりした空間の、どこにお祭要素があるというのですか…。」

『お祭っぽくないの?』

「ぽくないっ!」

 

  球磨川の斜め上にずれた感性に辟易しながら、やっとの思いで話を戻す。

 

「…オホン。それはさておき、ここでボンヤリしていても仕方ないですし、ギルドに行くのは賛成します。今の状況を知りたいですから」

『まったく。完全な休日だったはずなのになー』

 

  ぶつくさ文句をたれつつも、いつもの場所とでも言うべきギルドへと向かう。お通夜ムードの街は、ここはアクセルではないんじゃないかと思うほど違和感だらけ。

 

  途中、印象的なことも起きた。

  もう少しでギルドの建物が見えてくる付近で、道端で座り込んでいた女の子が球磨川に石を投げつけてきたのだ。

  身に纏う服はほつれが見られ、キューティクルの痛んだ髪は貧困を如実に物語っている。

 

『あいてて…』

「ミソギ!?」

『いや、大丈夫大丈夫』

 

  微笑むだけの余裕を見せた球磨川に、胸をなでおろす。

 

「石なんか投げたら、危ないでしょう!」

 

  安否を確認し終えためぐみんは、石を投げつけてきた少女を睨みつけた。球磨川の頭部に命中した石は、皮膚を切り裂いたようで。頭ということもあり、ダメージに合わないくらい多くの血を流す。

 

  周囲の住人達はこんな様子を見ても、止めに入ったりしない。中にはクスクスと笑っている者もいる。

 

  めぐみんに睨まれ怯んだ少女。まだ物心をついたばかりくらいに幼い。同じくらいの年齢の、故郷の妹を思い出しためぐみんは、一瞬戸惑いの色もみせたが、悪いことは悪いと教えなければと、義務感も感じる。

  少女は自分が行ったことの善悪すらわかっていなさそうで。ズボンを握りしめ、瞳を潤ませながら言いたいことだけを叫ぶ。

 

「おにいちゃんをかえせ!どろぼー!」

 

  叫びながら、もう一個石を掴んで投擲してくる。石を投げれば【お兄ちゃん】とやらが帰ってくるものだと信じて疑わず。

  当然、球磨川達にはなにがなにやら。この少女には兄がいて、どこかに行ったらしいということだけしかわからない。自分達に非がないのは断言できるが。

 

  少女の第二撃はめぐみんに当たる軌道。仲間を傷つけられることだけは許容しがたい球磨川がめぐみんの前に立ち、代わりに攻撃を受ける。

 

「…!」

 

  自分を庇った球磨川への申し訳なさ。思考停止して石を投げ続ける少女への憤り。複雑な感情に支配されながら、やはり今日の街が異常であるとめぐみんは確信した。

 

『ふっ…。少女に罵られながら石をぶつけてもらえるだなんて。僕にしては珍しくラッキーだ』

「しまった。街だけじゃなく、パーティーメンバーも異常でした!」

『異常?過負荷の間違いじゃない?』

 

  球磨川らの言葉の大半を理解出来なかった少女からすれば、憎き仇が楽しげに談笑し始めたように見え。

 

「むしするな!」

 

  少女はパッと目につく中で一番大きな石を見繕い、掴む。もちろん、二人に投げつけるつもりで。

  ただ、いい加減面倒臭くなってきた球磨川は少女の腕を握って阻止した。

 

『いくらお人好しで名高い僕でも、子供の癇癪に付き合う趣味はない。このへんでカーテンコールといこう』

 

  球磨川はキメ顔でそう言った。

 

「さっきは嬉しそうにラッキーとか言ってたくせに!?」

『言ったっけ?そんなこと。どうでもいいけど』

 

  球磨川に握られたままの腕をブンブンと振り回す少女。

 

「はなしてっ!はなしてっ!」

『ねえ。どうして僕たちに石を投げるの?』

 

  小さい子への喋り方を心得て、ゆっくりと喋りかける。流石はロリに弱い球磨川さん。

 

「おにいちゃんをとった!」

『お兄ちゃんをとったのかー。そっかそっか。で?それは、誰が言ってたんだい?』

「…おかーさん!」

 

  女の子は指をさした。指先を追ってみると、若い主婦達の井戸端会議が行われている。先ほど血を流す球磨川を見て笑っていた人達。彼女らのどれかが母親なのだろう。

 

  球磨川と目があった集団は揃って目を背け、母親らしき人物が手招きして少女を呼び戻した。

 

  親のやることに素直に従い、少女は母親の元へ戻っていった。

  疑うことも知らない少女の背中に、球磨川は少し声を張って伝える。

 

『なにがあったかは知らないけれど。君のお兄ちゃんね、君が良い子にしてたらそのうち戻ってくるよ』

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

 ーギルド前ー

 

  見慣れた建物までようやく辿り着いた。

  信じがたい光景というものがあるが。そういったものは大抵「信じたくない」ものでもある。

 

「これは…これはなんですか?」

 

  ほぼ毎日通ったギルド。しかし、決定的に違う部分がある。

 

『知らないのかい?めぐみんちゃん。どっからどう見てもお葬式じゃないか!』

 

  入り口前に並べたテーブルに、ズラッと置かれた遺影の数々。一緒に花束や菓子折りも供えられている。

 

  地味な服を着て、遺影の前で涙してるのは家族達か。

 

「お葬式は知ってます!私が言いたいのは、どうしてこれだけ大規模なお葬式が行われているかってことです!」

『わからないね。ちっともわからない』

 

  知る限り、昨日までこんなイベントは行われていなかった。だとするならば、この葬式が行われた原因は昨日ないし今日にある。

  まず最初に考えられるのは、起動要塞デストロイヤーによる被害。

 

『けど妙だ。デストロイヤーの被害者と呼べるのは僕たちだけだし。こんな大人数が亡くなってるなんて…むしろ、なんで死んでんの?って感じ』

「失礼ですよ、死者に対して」

 

  ともかく、誰かに事情でも聞こうと近寄ってみると。

 

「お前ら!よくも…よくも顔を見せられたもんだな!この、テロリストどもが!!」

 

  遺影の前でしんみりしていた中年の男が、額に血管を浮かばせて怒鳴ってきたのだった。




アクア様に肩揉めって言われたら、お礼を言っちゃいそうですね


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四十三話 父の仇

『テロリスト?え、ちょっとやだ。めぐみんちゃん、テロリストだったの?うそー!』

 

  急なテロリスト呼ばわりにも、動揺の欠片も見せずに、球磨川は隣に位置取るめぐみんに全てをなすりつけようとした。ビクッと背中を伸ばした爆裂娘は、慌てて言葉を紡ぐ。

 

「ちょ、待って下さい!この人は我々二人に対して言ったんだと思います!現にテロリスト【どもが】って語尾についてましたし。何私一人に押し付けようとしているんですか!?」

 

  よくわからない内に罪を被せられそうになっためぐみんは、健気にも球磨川へ異を唱える。小声で、「いきなりなにを言い出すんですか」と付け加えて。

  球磨川はポリポリと指で頬をかきながら

 

『いやいや、こうは考えられないかな。このおじさんの語尾が【どもが】に設定されてるとか、もしくは【どうも】って挨拶してくれたのを、僕たちが聞き間違えたか。僕としては前者のパターンが有力だと考えるね』

 

「語尾が【どもが】のおっさんなんかいるはずないでしょう!【どもが】って何語ですか。しかも設定ってなんですか!」

 

  真っ赤な顔で全否定された。

 

『ははは。冗談はさて置き。…ねえおじさん。僕たちのどこがテロリストなんだい?僕ほど、見た瞬間に善人だとわかる人間はそういないぜ。それと、このお葬式は何なのかも、合わせて教えて欲しいんだけれど』

 

  嫌な汗をかいたのか、ハンカチで顔を拭くめぐみんを尻目に、球磨川は本題に入る。挨拶代わりにテロリスト呼ばわりしてきたおじさんに向き直り、事情の説明を促した。

 

  おじさんの表情はまさしく鬼。親の仇、もとい。子の仇と言わんばかりに球磨川を睨み、今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。おじさんはどうにか自分を抑えつつ、その分怒りを込めて言い放つ。

 

「デストロイヤーを操って、自爆に冒険者達を巻き込んだんだろ!?テメーらが最初にデストロイヤーと接触したのは、監視係の門番が証言してんだ。その時に、何かしらの細工を施したんじゃないかともな。…この人殺しどもが!」

 

  おじさんの額に浮き出た血管がはち切れんばかりに変色しているのを視界に捉え、とりあえずは言い分を聞き届けようとしていた球磨川だが…出来心で口を挟んでしまう。

 

『ちょっと意味不明過ぎない?暴走状態のデストロイヤーを操れる筈が無いし…デストロイヤーは歩行すら出来なくなっていたんだよ?そうしたのは、勿論僕達だ。加えて、冒険者をデストロイヤーの自爆に巻き込ませるメリットもわからない。何言ってるのさ』

 

  球磨川とてギルドに登録した立派な冒険者。ベルディア討伐後、冒険者達は少なからず球磨川らを認めてくれたりもしていたわけで。そんな彼らを好き好んで殺すなど、あり得ない。

  だが、おじさんは引き下がらず。

 

「デストロイヤーの討伐は、冒険者総出で行われる緊急クエストだ。手柄を独り占めにすれば、本来山分けされる筈の賞金だって独り占めに出来る。金如きでこんなテロに及ぶとはな。魔王軍幹部を討伐してくれた英雄様も、俗物だったってわけだ!」

 

『ちょっとちょっと。なんなのさ、いきなり説明口調になっちゃって。お金目的で本当にそんなことをすると思われたならショックだなー。ベルディアちゃん討伐の賞金だって余ってるし。なんなら、靴を探すのにお金を燃やしても良いぐらいだよ』

 

  心底呆れた球磨川は、軽い頭痛に眉を寄せる。どうすれば、このおじさんに真実をわかってもらえるだろう。脳内で案を練っていると。

 

「!…ミソギ、周りを見てください」

 

  めぐみんが学ランの裾をグイグイと引っ張ってきた。

 

『なんだいめぐみんちゃん?…て、これは何が起こってるの??』

 

  球磨川達の口論は声のボリュームが大きく、他の参列者をも引き寄せる。気がつけば、ちょっとした握手会並みに人が集まってきていた。

  悲しみの中、皆瞳を充血させ、明らかな敵意を抱いている。

  球磨川とめぐみんを集団でリンチしてもおかしくない、異様な空気。

  今朝方から街に漂う変な空気と酷似していた。

 

『ふむ?つまるところ、僕たちへの敵意が、街の異常の正体だったわけか。お祭りじゃなかったんだ』

「まだお祭りを引っ張りますか。そんなことより、これはマズいですね…濡れ衣ですが、身内を亡くした彼らは冷静ではありません。このままでは…」

 

  敵意に敏感な球磨川でさえ。いや。敏感だからこそ、気づくのが遅れた。元いた世界では当たり前のこと過ぎて。

 

  一触即発な状況だが、スキルも不安定な今、ホイホイと死ぬことは出来ない。

 

「殺してやる…。お前らをあの子と同じ目にあわせねーと、俺はあの世でどんな顔で会えば良いかわからねー…」

 

  集団から一人、言いがかりをつけてきたおじさんとは別の男が近寄ってくる。よく聞き取れない声量で何事か呟やき、手には黒く、形も歪な剣らしき物体を持つ。爆発にて死んだ冒険者の遺物だろうか。目は完全にいってしまっている。

  皮切りに、他にも数人が球磨川とめぐみんに歩み寄ってきた。これぞ四面楚歌とばかりに、あっという間に囲まれてしまった。

 

『…とりあえずこのお葬式は、デストロイヤー戦で犠牲になった冒険者らのもので間違いなさそうだ。で、彼ら遺族は僕たちを殺すことで犠牲者への手向けにすると』

 

  冷静に分析する球磨川。

 

「何をのんきな!私たち、殺されてもおかしくありませんよ!?それだけの雰囲気です」

『どうしよっか?とりあえず、爆裂魔法で蹴ちらす?』

「真面目に考えてください!」

 

  失礼な。球磨川はそう言いかけ、ふと気づいた。

  集団の奥に、何やら身なりの良い優男がいることに。

  球磨川と目が合ったことに向こう側も気がついた様子。にこやかに、ゆっくりと球磨川の正面までやって来た。

 

「バルター様…!」

「おお…バルター様…!!」

 

  男の登場は、ヒートアップした群衆を鎮めた。バルターというのが、男の名前なのだろう。整った顔立ちに、引き締まった肉体。どうやら、単なる優男ではなさそうだ。

  バルターは大袈裟に両手をひろげてみせると、綺麗な通る声をギルド前広場に轟かせた。

 

「皆さん、少し落ち着いて下さい。我々の目的は、彼らを殺すことではありません。今回彼らが犯した罪を、しっかりと生きて償ってもらう。それが最終目的です」

 

  笑みを携え、演説よろしく集団に聴かせるバルター。暴走寸前だった男達も、すっかりおとなしくなった。

 

『凄い…!あの怒り狂った有象無象を一瞬で落ち着かせるだなんて』

「ええ。何処のどなたかは存じませんが、助かりました」

 

  ひとまず、この場でリンチされて死ぬ運命だけは回避したようだ。球磨川、めぐみんの順にバルターへ礼を述べる。が、受けるバルターの表情は暗い。今しがた演説もどきを行った笑顔は何処かに消えていた。

 

「…住人の方々を有象無象呼ばわりですか。流石、英雄殿は位が高くていらっしゃる」

 

  ゴミ屑を見る目で球磨川を見据え、バルターはいささか声のトーンを落とした。

  露骨な態度の変化は気になるものの、もっと気になることがある。バルターもまた、球磨川達がテロを行ったと誤解している様子。一刻も早く、真実を知ってもらわなければ。

 

『実はですね、バルターさん。僕たちは、デストロイヤーを利用したテロを行っていないって説があるんだけどね?バルターさん的には、僕らの容疑は確定しちゃってるのかな』

 

  対抗したわけではないが、球磨川もいつもより声のトーンを低くしてバルターに問うた。ゆっくり落ち着いた声で話したほうが、より言葉を理解してもらいやすいからだ。

  そもそも。説もなにも、球磨川たちはテロになんか及んでいない。住人に敬われていそうな目の前の男ならば、球磨川たちの無罪を勝ち取れる可能性がある。そうした目論見で話しかけてみたのだが…

 

「ふっ。そのような戯言は、ここでは聞けません。出るとこに出てから、改めてお聞かせください」

 

  にべもない。バルターは黒い微笑を携えて、クルリと180度回転。球磨川に背を向けて、遠ざかろうとする。改めて聞かせろと、バルターは言った。ならば再度どこかで顔を合わせるのかもしれない。それでも、今ここでハッキリとさせたい事があった。球磨川は離れていく背中に発する。

 

『バルターさん、君の目的はなんだろう?』

 

「…もう話は終わりです」

 

  振り向きもせずに、手をヒラヒラと降るバルター。球磨川も構わず、質問を続ける。

 

『住人達に、たったの1日で僕らを悪者だって認識させたのは君でしょ?じゃないと、昨日の今日でこうも街全体から敵意を感じるわけがないからね。カリスマ性を持つ【何者】かが糸を引いていると思ったよ。君の登場で、それは確信に変わった』

 

  ピタリと、バルターの歩みが止まる。上半身だけ向き直った表情には、驚きと喜びが見え隠れしている。

 

「よく、分かりましたね」

 

『まぁね。人の噂って予想以上に拡まるのが速いけれど、今回は速すぎた。それと、住人が全員、僕らがテロを企てたのだと共通認識していたのも不自然過ぎたからさ』

 

「…何者かがそうなるように仕向けたのは明白、ということですか」

 

 先ほどから一転、バルターは興味深そうに球磨川を見据える。

 

『自爆した際、デストロイヤーは歩行機能を失っていたよね?普通、テロを起こすのに歩行機能を失くす必要は無いでしょ。冒険者達が突っ込んでくれないと巻き込めないだなんて、杜撰にも程がある。普通に考えれば、アクセルの住人だってわかるはずだよ。巻き込まれたのは、冒険者が危険を確かめもせずに突っ込んだからだって。足の機能を奪う手間を考慮すれば、デストロイヤーにそのまま街を襲わせたほうが安上がりだし』

 

  球磨川の説明を隣で聞いていためぐみんは、驚きに目を見開く。とはいえ、元々頭脳明晰な彼女は、すぐに得心がいったらしい。

 

「…私たちを悪者に仕立て上げたのがバルターさんだとすると。バルターさんには、そうするメリットないし理由があるのですね?」

『普通はそうだよ。街全体の情報操作って、結構な労力だと思うんだ。何か企みがあってのことだろうね。概ね、仕立てた悪者を成敗して名声を得たいか…』

 

  球磨川は意味深な視線を、一回めぐみんに送って。

 

『僕たちに恨みがあるとか』

「…な!?」

 

  ほぼ反射的に。めぐみんは視線をバルターに向ける。爽やかな笑顔で拍手をし、バルターは高らかに名乗りを上げた。

 

「流石ですね…。私の名は、アレクセイ・バーネス・バルター。クマガワさん、貴方に父親を殺された者で御座います」

 

『アルダープちゃんの息子!?』




会社の自販機が季節の変わり目に品揃えが変わりました。ネクターが消えていて、目が点になりもうした。


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四十四話 ダスティネス邸にて

あー…アイリスかわえ、かわえ


  アレクセイ・バーネス・バルター。ギルド前広場にて邂逅した謎の優男。アクセルの街で情報操作をし、球磨川達に罪を被せた憎たらしい男の正体は、紛れもなくあの脂ギッシュな元領主、アルダープの息子。

 

「悔しい、悔しいのです!どうしてデストロイヤーを倒した私たちが、コソコソと逃げなければいけなかったのですかっ!」

 

  怒りに身を任せた紅魔の娘めぐみんが、一目で高級品とわかるクッションを杖で殴りつけていた。

  現在、球磨川とめぐみんはアクセルでも随一のお屋敷、ダスティネス邸を訪れている。残るパーティーメンバーのダクネスを案じ、ギルド前から真っ直ぐやって来たのだ。心配は杞憂。元気なダクネスの姿を拝むことが出来た。一旦ダクネスの部屋まで案内して貰ったところで、唐突にめぐみんが奇行に走ったのだ。

 

「やめろめぐみん!それは限定カラーで人気のあるクッションなんだ。私が3時間行列に並んでようやく手に入れた、究極のフカフカクッションなんだぞ!」

 

  ダクネスはハラハラしてめぐみんを宥める。有数の貴族でもあるダクネスならば、そのクッション以上の品も簡単に手に入る。ただ、絶賛ストレスの捌け口となっているクッションは、家名を使うことなく、ダクネスがお小遣いで苦労して買った思い入れのある品だった。

 

  ビビィッ!

 

 

「あっ…」

『あーあ』

 

  クッションは断末魔をあげ、中身を盛大にぶちまけてしまう。ここまでやるつもりは、めぐみんにもなく。ギギギと、油を切らした機械のようにぎこちなく首を可動させてダクネスに向き直る。物に当たるだなんて、らしくなかったと猛省しながら。すると。

 

「…んんっ!目の前で宝物を壊されるだなんて…!く、屈辱だ」

 

  どうしたことか。そこはかとなく嬉しそうにしているダクネスがいた。償いとして、財布の中身を手渡そうと考えていためぐみんは、無言で財布をポケットに戻すのだった。

 

  …ひとしきりダクネスが身悶えるのを待ってから。球磨川はメイドさんが用意してくれた紅茶を口に含んで、喉を潤し。

 

『…頃合いかな。ダクネスちゃん、僕らは何も休日だから遊びに来た訳じゃないんだ』

 

  真面目なトーンの球磨川に、ダクネスの興奮は瞬時に影を潜める。

 

「わかっている。街での異様な雰囲気について、だろう?」

『おやおや、知ってたの』

「うむ。あの悪徳領主、アルダープは覚えているな?かの領主には息子がいてな。そいつが、昨日から熱心にミソギ達をテロリストだと言いふらしていたのだ」

 

  ダクネスは真剣な面持ちで球磨川の対面にあるソファーへお尻を沈めてから、貴族らしい優雅な仕草にてティーカップを持ち上げる。

  友人の大切なクッションを壊しためぐみんは、結構大きなショックを受けたものの、どうにかダクネスの隣に腰を落ち着かせた。

 

「ええっと…。確か、バルターでしたか?その傍迷惑な息子の名前は」

 

  めぐみんにとって、バルターの名前を聞いたのはついさっきの出来事。忘れるにはまだ早い。

 

「お前達…どこでそれを?」

 

『なーに。本人が名乗ってくれたのさ。ギルド前の広場で、得意げにね』

 

  今度はダクネスが驚く番。ダスティネスの密偵が今し方掴んだ情報を、一般人の球磨川達がほぼ同時に得ているなんて、と。

  しかし、本人と面識があるならそれも納得。おおかた、街の異変に気がついた二人は情報収集にギルドを訪れ、バルターと出くわしたのだろう。

 

  ダクネスが睨んだ通りの報告が、球磨川からもされる。

 

『んで?どうしてダクネスちゃんは容疑者に含まれていないのさ』

 

  ダクネスが球磨川のパーティーメンバーに属しているのは、アクセル住民なら誰しも知るところ。ならば、今回のテロ騒動の中心人物とされてもおかしくはない。だが、バルターによってもたらされた情報に、ダクネスの悪報は含まれておらず。球磨川はそれが引っかかっていた。

 

「なんでも、噂の中での私は、ダスティネス家に名を連ねる者として、テロを企てたお前達を止めようと試みたようだ。その甲斐無く、お前達は犯行に及んだと。まぁ、そういう筋書きってことだな」

 

『バルターさんも、ダスティネス家と事を構える勇気は無かったようだね。アルダープの一件も、ダクネスちゃんは何もしていないし、恨みも薄いのかな』

 

「それともう一つ。バルター殿は誤報を広める際、情報の出所をダスティネス家にしていた。忌々しいが、我が家のお墨付きということで、人々はバルター殿の偽情報を簡単に信じ込んでしまっている」

 

  聞けば、バルターはダスティネスの名前を騙り、民衆へ偽りの情報を流していたとのこと。大貴族の名を出せば、嘘も容易に信じ込ませることが可能。ダクネスが球磨川らを制止したとすれば、更に信憑性も増すというもの。バルターがダクネスを容疑者にしなかったのは、それも理由の一つなのだろう。球磨川が主犯で、めぐみんは爆裂魔法でデストロイヤーの動きを操った実行犯。実行犯にされていると聞いためぐみんは、心臓を握りつぶされているような痛みを感じた。

 

「冗談じゃありません!私は、私は断じてそんなつもりじゃ…」

 

  めぐみんがギリリと歯を鳴らした。

  死に物狂いでデストロイヤーと相対したのに、こんな理不尽な目にあわされるなどと。バルターとやらを、到底許す訳にはいくまい。

 

『めぐみんちゃんは完全にとばっちりみたいだな。それでも、僕が主犯ってあたりにバルターさんの最後の良心を感じるよ』

 

  球磨川は卓上の鳩型クッキーをおもむろに手に取る。朝ごはんを食べていないので、小腹でも空いたのかと女性陣が考えていると。紅茶のソーサーにそれを載せたかと思えば、スプーンで一息に粉砕した。

 

「「なっ!?」」

 

  愛らしい鳩さんは食される事無く、首のあたりを貫かれてしまった。

 

『許せない、許せないよね。めぐみんちゃんの怒りは当然さ。何を隠そう。僕はね、ああいう卑怯な輩が大嫌いなのさ。…吐き気がするほど!』

 

 ガッ!…ガッ!

 

  粉々になった鳩型クッキーを、更に笑顔でザクザクと抉る。

 

『不運にも家族を失った犠牲者遺族達は、怒りの矛先を探したんだろうね。本来恨むべきデストロイヤーは自爆してしまっていたから、代わりが必要だったんだ』

 

  狂気に満ちた球磨川に、おそるおそるダクネスが聞く。

 

「その代わりが、ミソギとめぐみんってことか」

 

『うん。バルターさんによる誘導も手伝って、住民のヘイトは見事僕らに集まったんだと思う』

 

  満遍なくサブレを砕き終え、球磨川はそのままソーサーに口をつけ、ザラザラと流し込んだ。

 

「…バルターの目的を、ミソギへの恨みと決めつけて良いのでしょうか。そこまで躍起になる程、アルダープは父親として素晴らしかったのですか?」

 

『さぁね。アルダープちゃんは少なくとも、人間としては過負荷()と同類だったようだけれど。案外、僕たちを排除して、ダクネスちゃんを籠絡する腹だったり?ホラ。血は争えないって言うじゃん』

 

  アルダープ同様、バルターもダクネスを手中に収めたいと思っていて、そうするには球磨川達が邪魔だった。となると、デストロイヤーを用いたテロの主謀者にしてしまうのは良いシナリオだ。

 

  ただ、ダクネスの表情は僅かに暗い。

 

「バルターという男は、元々そんな悪どい性格ではないんだ。アルダープとは違って、正義感があり、剣の腕も良く、頭も器量も顔も良い。絵に描いたような完璧な男。とてもじゃないが、今回みたいな非道な手を使うとは思えない。ましてや、私が目的なんてこともな」

 

  貴族と貴族。昔から交流もあったのだろう。ダクネスの語るバルター像は、非の打ち所がない。

  球磨川を恨んだとしても、もっと正々堂々と向かってくるはずで、搦め手になんか頼る事はない。と、ダクネスは付け加えた。

 

『ふーん。だから?』

「…え?だから、とは?」

 

  球磨川の反応に虚をつかれ、ダクネスは鸚鵡返しが精一杯。球磨川は『ダクネスちゃんは素直なんだから』と、若干呆れたように前置きしてから。

 

『だから、今までのバルターさんが全部偽りだった可能性もあるってことだよ。性悪でも、ダクネスちゃんの前で素の自分を出すはずないでしょ?案外、親が死んで本性を剥き出しにしただけかもしれないぜ?』

 

「なんだと…。これが奴の本性だということか?」

 

  球磨川の言うことも、完全に否定は出来ない。ならば、バルターはこれまでの十数年、ずっとダクネス達を騙していたことになる。ゾクっと、ダクネスは背中に寒気を感じた。

 

『さもなくば!病気の妹でも人質にとられて、泣く泣く僕とめぐみんちゃんを罪人にしなきゃいけなかったとか!うん。これは中々に萌えるストーリーだ。もうテロリストでいいや、って気分になるぜ』

 

  一人で頷く球磨川。

  そんな能天気な過負荷を見つめ、めぐみんがついに痺れを切らした。

 

「あーーっもうっ!なんで私がこんな目にあうのですっ!」

 

  バリバリバリ!

 

  めぐみんは金田一ばりに頭を掻きむしるやいなや、勢いよくソファから立ち上がった。

 

「ダクネスっ!」

「な、なんだ…?」

「バルターが勝手にダスティネス家の威光を利用したのなら、今からでも訂正は出来ませんか?」

 

  バルターの情報操作に、ダスティネスは関与していない。勝手に名前だけ使われたとダクネスが主張すれば、アクセル住民に誤報だと認識させられる。

 

「いや…そう簡単な話ではないな」

 

  が、ダクネスからはあまりよくない返答。

 

『どうして?』

「アルダープがいなくなった後、子息であるバルターがアレクセイ家の正式な跡継ぎとなったんだが…。そのまま父親の罪滅ぼしとして、ダスティネス家の下で元々のアレクセイ領の管理を手伝ってくれていたんだ」

 

  器量も良いバルターは、ダスティネスにとっても貴重な人材だったようだ。予想以上の手腕に、ダクネスパパが家に仕えてほしいと考えることもあったらしい。

 

『…自然な流れかもね。にしても、アルダープちゃんがアレだけの悪事をしたのに、バルターさんは罪に問われなかったんだ』

 

「それは…バルター殿がアルダープの悪事に関与していた証拠もなかったからな」

 

『ふうん?まぁいいや。続けて?』

 

「ああ。仕事を手伝ってもらう中、どうしてもダスティネス家の署名が必要な場面が多々出てきてな。本来、重要なものは当然、認可に関しては全て私か父上に話を通す決まりなんだが…。バルター殿には、簡易的な書類や取り決めについてはダスティネスの名を使用できる許可が下りてしまっているんだよ。娘である私と、同程度の権限を持っていたことになるな」

 

  名前を使用する許可が下りるなど、通常はあり得ない。いくらそれが簡単な取り決めのみに限定されていても、だ。つまり相当、バルターはダスティネス家の信頼を得ていたという証明になる。

 

『…なんてことを。それはアレかい?バルターさんは、ある程度ならダスティネス家の名前を語れるってこと?』

 

「そうだ。あくまで、後ろ盾としてだが。そして今回、ダスティネス家の名の下に、ミソギ達をテロリストの容疑者だとふれ回ってしまった。家名を使う許可を出している以上、やや厄介でな。父が現在準備中ではあるものの、撤回するにはもう少し時間が必要だろう。でも、残念ながらその前に…」

 

  ダクネスが言葉に詰まる。

  なんだか嫌な予感がした。これ以上、悪い話はいらない。

 

『ちょ、待っ…』

 

  右手を伸ばし、ダクネスを止めようとした球磨川。

 

「二人には、裁判所から召集がかかってしまうかもしれない」

『…わーお。言っちゃったよ』

 

  聞きたくなかった。だからこそ、球磨川はダクネスの言葉を遮ろうと試みたのだが、僅かに遅かった。

 

  裁判所。この世界にも司法制度があるのだなと、球磨川は他人事のようにボンヤリ考えて。

 

  バルターの、「出るとこに出て話そう」という言葉の意味を理解した。

 

「バルターは裁判でミソギ達を徹底的に潰すつもりでいる。今、ウチの兵士が救助に向かってるアクアも含めてな」

 

  この場にはいないけれど、言われてみればアクアだってデストロイヤー戦に加わっていた。球磨川達と同じく、酷い扱いを受けていてもおかしくない。

 

『裁判、ねぇ。とにもかくにも、今のままじゃ分が悪い。バルターさんの身辺調査でもさせて貰わないとね』

 

「待て!今屋敷を出るのは得策ではないぞ。ウチの兵士や密偵にやらせればいいじゃないか」

 

『でも、バルターさんがダスティネスの名前を語った以上、ダクネスちゃんも表立って僕らを擁護出来ないんじゃないかい?』

 

「…それは」

 

  ダクネス的には球磨川達を全力で助けたい。しかし、バルターは時間制限こそつくが、未だダスティネス家の協力者。おおっぴらに従属する貴族を切り捨てると、他の貴族達に悪印象を与えてしまう。

 

『だから、僕が自分でいくよ。これは、バルターさんが僕に売った喧嘩だ。なーに、逆◯裁判を全部プレイ済みの僕に、隙はないよ!』

 

  弁護士を雇うことは考えず。

 ぬるくなった紅茶を一息に飲み干すと、球磨川はダスティネス邸を飛び出していった。

 

「…めぐみん。逆転◯判ってなんなんだ?」

「いや、私にもわかりません。ミソギの言動を理解出来ないのは、いつものことですよ…」




『卑怯な奴が嫌い』って…。クマーさん…


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四十五話 裸エプロン先輩

  ダスティネス邸を出発した球磨川が目指した先は、バルターの住むアレクセイ邸。一度訪れた事もあり、場所も迷わずにたどり着けた。ダクネスの家には劣るが、人が住むには広すぎる大邸宅。

 

『やっぱり、バルターさんの情報を集めるのなら、直接訪問したほうが手っ取り早いよね。…でもまぁ、思ったとおり見張りがいるか』

 

  アレクセイ邸には至る所に衛兵がいて、侵入は容易ではなさそうだが、道中球磨川はある人物に協力を仰いでいた。

 

  潜入するのにうってつけの、神器持ちに。

 

『サクッとやってくれる?タダオさん!』

 

  球磨川の背後に控えたタダオは、憮然とした態度で神器を掲げた。空間を操る程度の能力を持つ、魔杖モーデュロルを。

 

「んー。オレはお前の家を建てるのに忙しいんだが…なんで豚小屋に侵入する手伝いをしているんだろうな?」

 

  球磨川と同じく、日本から転生してきたエンドウタダオ。建築主である球磨川が突然訪ねてきたかと思えば、半ば強引にここまで連れてこられた。有無を言わさず、命の恩人という立場を利用されて。タダオは、アルダープに騙されてアレクセイ邸に監禁された過去もある為、この建物を見るだけでも虫酸が走る様子。

 

『しょうがないよ。今、アクセルには僕に協力してくれる人なんかいないし』

 

「…何がしょうがないだ。こちとら、爆裂ルームを作るのに四苦八苦してるっていうのに。にしても、ブレンダンから戻るなりオメーらの悪評が広まっていて、何事かと思ったぜ」

 

『いやー、何もしていないのに町中から嫌われるなんて。これぞ球磨川禊だね!』

 

  モーデュロルが青白い光を帯びると、球磨川達の侵入を阻んでいた塀にポッカリと穴が空いた。丁度、大人がしゃがんで潜れる大きさだ。

 

「うしっ。いっちょあがりだ」

『…これさ、女湯とかでも可能?』

「可能だけど…意味あるか?それ」

 

  球磨川は穴を潜りながら、自らの欲望にも利用出来ないか尋ねる。

  タダオも後に続き、二人は難なくアレクセイ邸の敷地内に侵入した。

 

『僕が裁判で勝つ条件は幾つかあってね。…いや、僕程度のゴミが【勝つ】だなんておこがましいから、ここは【負けない】と訂正しよう』

 

  タダオは塀にもう一度モーデュロルをかざし、元の状態に戻す。侵入の痕跡は綺麗さっぱりと消えた。

 

「どっちでも構わんが…オメーが負けない為にはどうすりゃいい?」

 

『簡単なのは、バルターさんが流した情報が偽だって証拠かな。アクセル全域の情報操作をするのに、当然部下に命令しているはずだよね。その際の指示書みたいなものが有れば…』

 

「そんなもの、媒体に残すヘマをするか?バルターっていやぁ、結構切れ者らしいぜ?」

 

『…んー。とにかく、部屋とかあさってみようか。タダオさん。そこの壁とかお願い!』

 

「…はいよ」

 

  壁に穴あけ、扉に穴あけ。球磨川達は間取りなんかおかまいなしに、最短ルートでバルターの私室を目指していった。

 

  その途中で。

 

「うわっ!?侵入者か!!それにお前は…クマガワじゃないか!?」

 

  衛兵の一人に発見されてしまったのだった。衛兵は素早く剣を抜いて、一直線に距離を詰めてきた。

  厳密には、詰めようと頑張った。

 

「すまんが、こっちこないでくれ」

「なにっ…!?」

 

  タダオによって空間を引き伸ばされた衛兵は、走れど走れど1ミリも球磨川達に近づけず。鎧や剣を装備して走ったせいか、しばらくすると、息切れして動けなくなってしまった。

 

「バカな…!なぜ、距離が縮まらん!?屋敷が伸びているとしか思えん…!」

 

  ご明察。屋敷が伸びているのだ。

 

『流石!空間の魔術師(笑)の異名は伊達じゃないね!魔杖モーデュロルの能力はチートそのものだ』

 

「なんかバカにされてる気がするし、オメーのスキルには敵わないぞ。それに衛兵まで相手にするとか…。マジで、命の恩人でなきゃ絶対に協力してないわー」

 

  仕上げとばかりに、衛兵を首から上だけ残して床に沈めてから、探索を再開する。衛兵の口にはロープをかませたので、助けを呼ばれることもあるまい。 なんとなく上の階を目指していくと、バルターの私室と書かれた扉を発見するに至った。というか、以前までアルダープが使用していた領主用の部屋だ。一番広く、代々領主が使用してきたのだろう。

 

『バルターさんはギルド前にいたからね。屋敷にはまだ戻って来てないでしょう。今のうちにササっと済ませちゃおう!』

 

「うん。オレも犯罪者として訴えられたくないしな。帰りに、さっきの衛兵の記憶はお前のスキルで消してけよな」

 

『…ウン、ソウスルヨ!』

 

「何故カタコトなのか!オレまで住居侵入とかになっちまうから、真面目に頼むぞ!」

 

『わかったよ。わかりましたとも。心配性だなぁ、タダオさんは』

 

「…ったく。調子くるうなー」

 

  球磨川の返事に安心して、タダオも引き出しやら棚を無造作に調べ出した。一応は命の恩人である球磨川を、偽りの罪で裁こうとする人間に、遠慮する気も起きなかったのだ。

 

  貴族の、それも領主の部屋だけあって中々広く。一通り調べるにも、二人がかりでさえ結構な時間を要する。

 

『タダオさん、なんか見つかった?』

 

「いいや。クソつまらん仕事の書類ばかりだな」

 

  部屋に入ってから、もう数十分は経過しただろうか。

  先ほどの見張りも、下手したら他の衛兵やメイドに発見される可能性がある。何より、バルター本人が屋敷に戻ってくる危険性も。

 

『くっ、マズイね。これだけ調べて有益な情報が得られなかったとは。一旦、出直そうか?』

「…いや、まて!」

 

  そろそろ撤退も視野に入れ始めた球磨川を、タダオが制した。

 

『ん?』

「机の引き出し、2段目が隠し棚になってやがった」

 

  一見空っぽの引き出し。しかし、よく見ると、一枚の板で本来の収納スペースが隠されていた。フェイクの板を持ち上げると、一冊のノートが隠されているのを発見。

 

『でかしたタダオさん!…バルターさんめ、デスノートの隠し場所みたいなことしちゃって』

「それはちょっと思った。だが、デスノート並みに重要なノートなんじゃないか?ここまで厳重に隠してるんだから」

 

  日記だろうか。何も書かれていない表紙をめくって、タダオがパラパラとノートに目を通す。

 

「ふむ、簡単な日記だな。ここ最近の出来事が書かれている」

 

『なーんだ。それなら、あまり重要じゃなさそうだね。…ね?タダオさん』

 

「……んー…」

 

『…タダオさん??』

 

「…なんじゃ、これは…!」

 

  球磨川との会話が疎かになるほど、タダオは日記に夢中になった。それも致し方がないというもの。何故ならば、そこには。目を疑うような文章が記載されていたのだから。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

 ◯月△日

 

  最近、アクセル周辺に魔王軍の幹部が住み着いたようだ。なんでも、誰も住まなくなった廃城が放置されていたらしい。

 

  すぐに解体しないから、このような事態を招くのだ。ウチのクソ親父には、廃屋などはすぐ壊させるようにしなくては。

 

  魔王軍幹部と聞くだけで恐ろしい。

 

  王都の騎士団が早急に手配されることを願う。

 

 ◯月□日

 

  とてもめでたい。驚いたことに、アクセルの冒険者が魔王軍幹部を討伐したらしい。

  廃城も何処かへ消えたようだが、ある意味では良かったのではないか。解体の手間も省けただろうし。

  パーティーには、あのララティーナもいるようだ。今度詳しく、話しを聞いてみよう。

 

 ◯月◇日

 

  本日はギルドで、クソ親父が魔王軍幹部を討伐した冒険者を讃える式典が行われる。俺様に恥だけはかかせるなと言いたい。昨日、あいつがセリフを練習しているのを発見した。とちったら許さない。本気で。

 

 ◯月◇日その2

 

  やりやがった。クソ親父め。よりにもよって、俺様好みの男の子に乱暴しやがって。みんなの前で床に抑えつけるなんて、酷いことをする。せっかくの可愛らしい顔に傷でもついたらどうするんだ。男の子は、クマガワくんと言うらしい。

 

  にしても、ララティーナが羨ましい。あんな可愛い男の子とパーティーを組めるなんて。

  今度紹介してもらおう。

 

 ◯月▲日

 

  やった、やった!クソ親父が消え去った!聞けば、クマガワくんがやってくれたとのこと。

 

  なんて良い子なんだ、クマガワくん。抱きしめたい。

 

  しかし。やっぱり許せないぞ、ララティーナめ。本当に憎たらしい。建築家のタディオに家を造らせ、クマガワくんと同居するつもりだとか。それは許せない。絶対に。

  どうにかして、クマガワくんを俺のものにしなくては。どうすればいい。時間はあまり残されていない。

 

 ▲月◯日

 

  クマガワくんが、今度はデストロイヤーまで倒してしまった。なんて凄いんだ。さすがは、俺の惚れた男。

  ただ、残念ながら馬鹿な冒険者共が巻き込まれて死にやがった。

 

  クマガワくんの頑張りを無駄にしたカスどもめ。死んで詫びろ。って、もう死んでるのか。

 

  …しかし、これでいい。これは使える。いっそ、クマガワくんを犯罪者にしてしまうのも良いかもしれない。

  ララティーナの名前を使えば、アホな住人を騙すくらい簡単だからな。

 クマガワくんが犯罪者となれば、変な女も寄り付かないだろう。

 

  クマガワくんを追い詰めるだけ追い詰めて、最後に救いの手を差し伸べるのもありだ。俺が天使にみえて、きっとクマガワくんは俺に惚れるはず。

 

  一番良いのは、ウチのクソ親父が作っていた、地下の牢屋。どうにかして、あそこにクマガワくんを入れられれば、キミは一生俺のものだ。素晴らしい。

 犯罪者を責任持って収容するといえば、間抜けなダスティネスも丸め込める。

 

  可愛いクマガワくん。

 

  絶対に、逃がさない。逃がすもんか。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

『え。何これは?誰の日記?え?』

 

「普通に考えて…バルターの日記だな。恐らく」

 

『ちょ、ええ…?予想してなかった事態が起こったな。この展開は勘弁してもらいたいかも…』

 

  異性の友達の部屋で、いかがわしい本を発見したような心境の日本人二人。タダオは対岸の火事状態なのでそこまでダメージを受けていないが、張本人はそうもいかず。

 

  球磨川は生まれて初めて絶望しかけた。

 

『…とりあえず、これは貰っていこうか?裁判のネタになるかもだし』

 

  ガックリと肩を落とし、球磨川はため息まじりに聞く。

 

「いや…それをオメーが持ってたら、この部屋に不法侵入したってバレるんじゃないか?」

 

『あー…そっか。ごめん。なんだか頭が働かないや』

 

「いいけど。どうせなら、オメーが裸エプロンでも着て、バルターとやらに許しを請うほうが期待できるんじゃないか?」

 

『うん、タダオちゃん。いっぺん死んでみる?』

 

  タダオは過負荷をからかった代償として、飛んでくるネジを躱す作業を余儀なくされた。




裸エプロン先輩の裸エプロン。萌えポイントはおさえてそうですね。ちょっと見たい。

てか、バルターさん?ヤンデレだし腹黒いし、ホ◯だし…どうしてこうなったんだ!?
…と思ったけど、プロット考えてたときから決まってたみたいです。


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四十六話 町娘Aと幸薄少女

3年くらい前、「俺、ラノベ作家になるわ」と私に告げて会社を去った先輩、達者でやってるだろうか。

連絡とれないし、下手したら異世界に行っちゃったかもしれませんね


「これは、思わぬ弱みを握れたんじゃないか?球磨川ぁ」

 

  少年のように無邪気に笑うタダオ。余程楽しいのか、適度な力加減で球磨川の背中をバシバシと叩く。

 

  好青年で知られるバルターが男好きだったなんて、驚きなんてもんじゃない。世間体は良いバルターなので、女性から求婚されることも多いのだが……男好きだという事実が広まれば、求婚した女性は卒倒してしまうのではないだろうか。もっとも、それは一部の恋する乙女に限定される。貴族の地位に惹かれて結婚を申し込むような女性であれば、悪態をつき、バルターを非難するだけだろう。

  つまり、バルターが男好きでも困る人はあまりいない訳だ。……球磨川禊を除けば。

 

  球磨川は、叩かれた背中をさすりながら

 

『……おおう。出会ってから一番良い笑顔だね、タダオさん。君に笑いを提供出来たのなら、僕の不運も捨てたものじゃない』

 

  好かれることそのものが【不運】呼ばわりされてしまったバルター。それも、好きな人の口から出た言葉となると、ショックもより一層だ。もしもバルターが今の発言を耳にしていたら、首を括っていたかもしれない。

 

「さてと。アレクセイ当主の性癖を収穫といっていいかはわからないが、ここいらで撤退といくか」

 

  最後の最後で得た情報が、裁判で役にたつのかどうか。いまいち判然としないところだが、この部屋で得られる情報はもう残っていない。

 

  二人は、荒らした部屋をテキパキと復元していく。

 

『はぁ……。これなら、サキュバスの店にバルターさんが入り浸っていないか調査したほうが、いくらか有意義だったよ』

 

  住民からの支持が多いのなら、悪評を流して評価を下げてやれば良い。丁度、此度のバルターが使った手法と同じだ。一例として、バルターがサキュバスの店を利用していると噂を流せば、瞬く間に彼の立場は危うくなる。女性の支持者は激減することうけあい。もっとも、そんなに都合良くいくかは、球磨川の手腕次第だが。

 

「いやいやいや。個人情報を、あの店がバラすだろうか?しかも、女(男?)に不自由しないお貴族様が、ああいう店を利用するはずないだろ」

 

『おや。当たり前のようにサキュバスのお店を知ってるね、タダオさん。僕も知ってる手前、別に文句は言わないけれど!そして、お店が個人情報を漏らすかは、それ程重要ではないよ』

 

  バルターの好感度ダウン作戦を行うのに、流す噂が事実かどうかは関係ない。【そうかもしれない】と、聞くものに思い込ませられれば、それだけでかなりの効果が期待できる。

 

「……ハッタリか。確かに、僅かでも裁判を有利にするなら、打てる手は打つべきだな」

 

『その通り!わかってるじゃないか、タダオさん。手札が無いなら、相手の手札も利用する。これが僕のやり方だよ』

 

  球磨川が自慢気に胸を張る。

  清々しくすらある卑怯者を、しかしタダオは否定しなかった。どころか、少し見直したくらいだ。どれだけ窮地に立たされても、球磨川は自分を常に持ち続けている。凡人であれば、住民の多数が敵になった時点で諦めてしまっても無理はない。が、諦めたら試合終了なのは言わずもがな。いつだって、起死回生を起こしうるのは最後まで諦めなかった者なのだ。

 

「一つだけ言っとく。関係ないけど。サキュバスの店については、アクセル近辺に住む男ならみんな知ってると思う!」

 

  だから、責められるいわれはないと、タダオが。

 

『あ、そう。そんなことより、早く帰ろっか』

 

  軽くスルーした球磨川は、ドアがある方向へ向き直る。

 

「無視かよ!?」

 

  バルターの部屋捜索を振り返って、球磨川としては釣果に満足いっていない様子。あからさまに肩を落として、ダラダラと部屋のドアまで近寄ると。

 

 ガチャ。

 

『ーえっ』

 

  タイミングを窺っていたのかと思うほど。球磨川がノブを掴むのと同時にバルターが部屋に入ってきた。

 

  球磨川は考えるよりも早く、部屋の奥へ戻る。だが、いくらなんでも一瞬で身を隠すのは不可能だ。

 

「……ん?」

 

  部屋の中に気配を感じたバルターが、キョロキョロと視線を配った。

 

  どうせ見つかってしまうのなら、いっそ開き直って、裁判の前哨戦でもしてやろうかと球磨川が諦めかけたところで。身体を青白い光が包み込み、バルターの視界に入る前に身を隠すに至った。

 

「今……クマガワくんの匂いがしたような」

 

  ギルド前で嗅いだ、最愛の人の香り。ほんの微かに香ったように思えたが、彼がここにいるはずがない。きっと、脳が錯覚したのだ。

 

「……気のせいか……」

 

 バルターは自嘲気味に笑い、いそいそと秘密の日記にペンを走らせた。

 

  今日は初めて球磨川とバルターが言葉を交わした、記念すべき日。感動的な初対面について、筆がのったことだろう。

 

 ーアレクセイ邸廊下ー

 

『間一髪過ぎて参っちゃうぜ。バルターさん、まさか狙ってたんじゃないだろうね』

 

  魔杖の力で、日本人二人は階下へと瞬間移動し事無きを得る。目を凝らせば、不法侵入時に生首にした兵士が辛うじて見える場所に。

  球磨川は学ランからハンカチを取り出すと、かいてもいない汗を拭うパフォーマンスを見せた。

 

  「なあ、もう早く帰ろうぜ!メイドや兵士に発見されたら事だ」

『メイド……?言われてみると、意外と今日はメイドさんに出くわしていないね。知ってるかい?ロングスカートをミニスカートの丈程まで捲ると、ミニスカート以上に魅力的だということをっ!』

 

  何が【意外と】なのか。そんな知識は一切聞くつもりじゃなかったし、ミニスカートだろうが捲ったロングスカートだろうが、魅力的かどうかは見る人の好みだ。タダオはそうツッコミかけ、思い留まる。現在、最も優先すべきは脱出すること。断じて球磨川のおふざけに付き合うことではない。いたずらに時間を浪費するべきではないと、タダオが首だけになった兵士に駆け寄っていく。

 

『おいおい、つれないじゃないか。興味なさそうってことは、タダオさん、メイド萌えではなかったんだね。気がつかなくてごめーん!』

 

  息を切らせて球磨川も追いつくと

 

「おい。早くオメーのスキルで兵士の記憶を消せ。目撃者はこいつだけだからな」

 

『それね。やるだけやっては見るけれど。もしかしたら……』

 

  首から下を床に埋められて身動きがとれない兵士。彼に残された自由は、球磨川らを睨みつけることぐらい。

  猿ぐつわをなんとか外そうと頑張る兵士に、球磨川が手を添えた。

 

『……あー。うん、思った通りに効かないね』

 

  記憶の抹消を早々に諦めて腕を組む球磨川。もうそれっきり、スキルを行使する素振りも見せなくなる。

  いい加減、苛立ちを抑えきれなくなったタダオが、語気を強めて

 

「効かない?オメーのスキルがか!?」

 

  頼みの綱、【大嘘憑き】。あのデタラメなスキルが効かない事があるとは。驚きと焦りが、タダオの心を支配した。記憶を消せないとなれば、タダオも裁判に出頭する可能性が出てくる。

 

『まあね。つまるところこの兵士さんは、心からアレクセイ家に忠誠を誓っているみたいだ。今の僕では、強い意志まではなかったことに出来ないんだよ、心苦しいことに』

 

「忠誠?んなもん、なんだってんだ。前にオメーがマクスウェルに首を刎ねられた時も、あっさり復活して見せたじゃねーか。アレだけの事が可能なのに、意志如きに阻害されるようなショボいスキルだったわけか?」

 

『そこまでズケズケと言われちゃ、言い訳の一つもさせてもらわないとね。……ぶっちゃけ、今の僕は【大嘘憑き】が使えないんだ。諸事情でスキルが劣化しちゃってさ。兵士さんに行使したのは、差し詰め【劣化大嘘憑き】ってところかな。劣化した分、強い想いが込められた事象はなかったことに出来ないようだ』

 

  それなりに大事なのだが、張本人の球磨川は飄々と説明した。箱庭学園での生徒会選挙後、一旦同じ状況を体験済みだったので、もう慣れたものだと付け加えて。

 

「……あのさ、オメーのスキルが劣化しようが、ハッキリ言って今はどうでもいいんだよ、すまんが。真にまずいのは、この兵士の記憶が消せないってところだ。最悪、コイツには虚無の彼方で人生を終えてもらう必要がある」

 

  言うや、モーデュロルに光が灯った。首から下を埋め込まれた恐怖で、兵士の口元がカチカチと震え始める。

  額から大粒の汗が流れ、今まで球磨川らを睨みつけていた瞳には、これまた大粒の涙。汗と涙が猿ぐつわまで垂れて、吸収されていく様を眺め、一通り堪能してから。球磨川は兵士を庇う形で割って入った。

 

『ストップだぜ、タダオさん!彼は殺しちゃいけないよ。なにせ、貴重な手駒なんだから』

 

  球磨川が間に入ると、モーデュロルの発光は収まった。代わりに、不機嫌になったタダオが疑問を投げかける。

 

「手駒だ?」

『そうだね、手駒だよ。ホラ、裁判に負けないには幾つか手段があると話したじゃない?彼は、その内の一つってわけだ』

「いや、意味がわからないが……」

 

  アレクセイ家に忠誠を誓っているならば、球磨川側につくとは考えにくい。手駒にするなら、他にも楽な人選があるんじゃなかろうか。

 

『単純な話さ。彼の意志が固いなら、僕と同レベルにまで弱くすれば良いだけだよ。意志もやわやわな僕のような軟弱者は、少し揺さぶれば即裏切るんだからっ!』

 

「……まて、混乱させてくれるな」

 

  追加で説明を受けても、いまひとつ話が見えてこない。というか、追加説明だけ聞くと、単に球磨川がダメな奴だという情報しか含まれていない気もする。そもそも、どうやったら意志などという曖昧なモノをコントロールできるというのだろう。

 

『まぁ、見ててよ。一瞬で済むから』

 

  球磨川はふっと顔を綻ばせると、一本の巨大な螺子を取り出す。

  そのまま、タダオに用途を問われるより早く、一息に兵士を貫いたのだった。

 

  勿論、突き刺したのは普通の螺子ではない。あるはずがなく。兵士の肉体を貫いても、一切血を滴らせないその不思議な螺子の正体は、球磨川の【禁断の過負荷】に他ならなかった。

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

  球磨川が情報収集をする一方で、 ダスティネスのお屋敷に残されためぐみん。

  住民らが精神不安定な今、街を歩くべきではないと頭では理解している。それでも、出歩かずにはいられない。何故ならば、もう一人のデストロイヤー討伐の貢献者、アクアが見つかっていないからだ。

 

  ダスティネス家の者が捜索しているが、まだ発見には至っていない。もしかしたら。めぐみん達がやられたように、誰かに石でも投げつけられているかもしれない。或いは、それ以上の仕打ちも。

 

  ここアクセルは魔王の城から一番遠い街だけあり、血の気の多い冒険者は少なく、住む人々は温厚な性格の持ち主が多い。だからこそ、石を投げてくるなどめぐみんには予想出来なかった。

 

  無論、アクアにだって予想できまい。

 

  根は優しいアクセル住民だろうと、同じ思想の人間が集えば、残酷な行いですら正しいことだと錯覚してしまう。自分一人だけなら胸の内に秘めるしかない悪意も、共感者が沢山存在すれば、いとも簡単に表に出す。

 

  人間とは、多数派に靡きやすい性質を持つものなのである。容疑者に石を投げつける行為だって、皆が賛同するなら正義なのだ。

 

「こうしてはいられません!自分だけ安全圏にいるのは、私の自尊心が許さないのです。アクアを早く助けてあげなくては」

 

  ガバッと立ち上がり、めぐみんはマントを羽織った。

 ハットを深く被った奥で、双眸は紅の光を放つ。

 

「こらこら、外出してはならないと言ってるだろう。何回同じ事を言わせるつもりなんだ」

 

  めぐみんが外出すれば、また住民に攻撃される危険がある。アクアを助けたい気持ちはダクネスも理解出来るが、それでは本末転倒だ。

  ガシッとめぐみんの腕を掴んだダクネス。筋肉質な彼女から逃れるのは難しく、めぐみんは言葉で応じる。

 

「放してください。私はなにも、ダスティネスに仕える人達を信用していないわけではありません。ただ、一人より二人。二人より三人。捜す人数が多ければ、それだけ効率もアップします」

 

「あまり困らせないでくれ。ここでめぐみんを見送って怪我でもされたら、私は自分を許せない」

 

「……わかりました。では、これならどうでしょう」

 

  ダクネスに掴まれていないほうの手で、めぐみんはマントと帽子を器用に外した。

  眼帯も取り、格好は単なる女の子に。これでも、ギルドでたびたび顔をあわせる冒険者達ならめぐみんだと見抜けるだろう。が、住民には、紅魔族ならではの目立つ衣装でめぐみんを認識している者が多い。

  ただ服装を変えただけでも、かなり効果的なのだ。

 

「めぐみん、お前が本気なのは伝わった。もう少し地味な服を貸してやるから、そっちに着替えるんだ」

 

「!……ありがとうございます!」

 

  ダクネスの手から力が抜ける。どうにも頑固なめぐみんを説得するのを諦め、ならばと協力することにしたようだ。

 

「やれやれ。ミソギといい、私のパーティーは頑固者ばかりだな」

 

「今更ですね。それに、ダクネスだってあまり人のこと言えませんよ」

 

  ニヤリと、めぐみんが口角を上げた。

 

  ダクネスが用意したのは、茶色をメインとした普段着。メイドさんの私服を借りたとのことで、そこに貴族らしい派手さは一切ない。もうめぐみんは、完璧な【町娘A】と化した。

 

「さてと。では、行ってきます。ダクネスはついてきちゃダメですからね?せっかくの変装も、ダクネスと一緒にいては意味を成しませんから」

「なっ……!先に、釘を刺された!?」

「というか、ダクネスには他にやる事があるでしょう?」

 

  腰に手を当てて、ダクネスを真っ直ぐ見据える村娘A。

 

「貴女には、ダスティネス家の中にバルターの内通者がいないか調べて欲しいのです。これはダクネスにしか出来ませんから」

「……なるほどな。わかった。私は私で、色々探ってみるとしよう。くれぐれも気をつけるんだぞ!」

「わかってますよ。アクアを見つけたら、すぐに戻ってきますから!」

 

  手を振って、めぐみんは屋敷を出発した。

 

「……おい。誰か、行ってくれ」

「かしこまりました。ララティーナ様」

 

  その後ろから、密やかにダスティネスの護衛が付いて行ったのは、ダクネスの精神を安定させる為には欠かせない事だった。

 

「まったく。本当に、誇らしいパーティーメンバーに恵まれたな、私は……」

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

  ダスティネス邸を出て、めぐみんが足を向けたのは馬小屋だ。まず真っ先に調べられているだろうが、それでも、何か手がかりがあるかもしれない。

 

  馬小屋まで、あと数百メートルのあたりで。

 

「いた、痛い!ちょっと、何するの!?」

 

  めぐみんはボールを投げつけられている人物を発見した。

 

  やんちゃそうな子供達が、数人で女性にボールをぶつけている。ゴムのような材質で出来たボールで、しかも子供の力だから、ダメージは皆無。

 

  今すぐ止めなければならない必要がなさそうなので、めぐみんは女性の姿を観察することから始めた。

 

  被害を受けている女性の髪色は黒なので、一目でアクアではないとわかる。では、誰なのか。

 

  黒いマントに、赤い瞳。特徴だけならばめぐみんと共通するその女性は、めぐみんがよく知る人物。相手も又、めぐみんを知っているらしく、助けを求めてきた。

 

「めぐみん!?た、助けてー!」

 

  涙目で訴える少女は優しい性格なのか、子供達に反撃したりはしない。ただひたすらに堪え続ける。

  めぐみんはキョトンとした顔で。

 

「なんだ、ゆんゆんですか。楽しそうですね、私も混ぜてくれませんか?」

 

  恐らく。服装の特徴から、めぐみんと間違えられて被害を被ったゆんゆんなる少女。

  幸薄そうな彼女は、めぐみんの元クラスメイトで、同郷の出身。めぐみんが少年たち側に加担しそうな雰囲気を察知して、ゆんゆんは叫ぶ。

 

「めぐみんっ!街中でテロリスト呼ばわりされているけど、今度は何をしたの!?」

 

  悲痛な叫びは、狭い路地裏に反響したのだった。




クーリスマスが今年もやってくるー(無慈悲)


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四十七話 王国検察官、到来

『お前なんだか、40ヤード走4.2秒で走りそうな名前だよな(笑)』


  めぐみんに助けを求めてきたゆんゆんは、無実の罪で子供達に攻撃されたことで精神的なダメージを負ってしまった。ただ、そんなダメージすらも吹き飛ぶほどの噂を聞いてしまったので、めぐみんが追い払ってくれた性悪な子供らの事など、既に頭から消え去っている。

  子供達に憤るというよりは、此度も又厄介ごとを持ち込んできためぐみんに物申したい様子。

 

  余談だが、めぐみんが子供らを追い払った際のセリフはこうだ。

 

「あなた達。一応、そこのゆんゆんは私の知り合いなのです。その辺にしておかないと、あなた達も我が爆裂のサビにしますよ?」

 

  ようやく年齢が二桁になりそうな子供達は、初めこそ抵抗する素振りを見せたものの、めぐみんが詠唱した途端一目散に逃げて行った。

 

  ギルド前に安置された戦死者の中には、子供達の家族だった者も存在する。一日一回、アクセル付近で爆裂魔法を放つめぐみんの存在を、生前聞かされていたのかもしれない。時に【頭のおかしな娘】と評されるめぐみんなら、本当にこの場で爆裂魔法を撃ちかねないと判断出来た子供らを、むしろ褒めるべきか。

  逃げ時の見極めは、冒険者にとって欠かせない技術でもある。

 

  【爆裂のサビ】とやらが何なのかはめぐみんのみぞ知る。

 

「まったく。この街の子供達は教育がなっていませんね。まさか、私とゆんゆんの見分けもつかないだなんて」

 

「そこ?気にするところはそこなの?ボールを人にぶつけたことを怒るべきでしょ、普通!」

 

  地べたにへたり込んだままのゆんゆんが、怒るポイントがズレているめぐみんに呆れる。

 

「なぜ成績トップの私が、ゆんゆんと同列にされなくてはならないのでしょう。甚だしく心外です」

 

  やれやれと、巻き込まれ型主人公のように首を横に振るめぐみん。

 

「うぐっ……。それはコッチの台詞よ!めぐみんに間違われたせいで、私はあの子達にボールをぶつけられたんだから。逆に、めぐみんには感謝してもらいたいくらいよ!」

 

「それについては、まあ。流石の私も、そこはかとなく申し訳ないとは思っていますが……。事の発端は偽りの情報を流したバルターなので、やはり『私は悪くない』って感じなのです。心境的に」

 

  球磨川何某の決め台詞を引用するめぐみん。ゆんゆんは微妙にだが、めぐみんが言わなそうな台詞に首をかしげる。かしげた後、忘れかけていた本題を思い出したようで。

 

「それはそうと、テロリストってどういうことなの。まさか本当に悪いことしたんじゃないでしょうね?」

 

「それこそ、まさかですね。この私が、私利私欲でテロリズムに及ぶと思いますか?」

 

  ゆんゆんは少しだけ複雑そうな表情で。

 

  「……思うわ」

 

「思っちゃうんですかっ!?」

 

  紅魔族として。里にいた頃からめぐみんを身近で見てきたゆんゆん。めぐみんのトラブルメーカーぶりは今に始まったことではない。

 

「冗談よ。めぐみんが好き好んでテロを起こした訳ではないのはわかってる。……けど。又どうせ、誤解を招いたりしたんじゃないの?」

 

  ゆんゆんが片目を閉じ、ピッと人差し指を立てた。

  侮りがたし。長年の付き合いは伊達ではないようで。ゆんゆんの推理力に感嘆しながらも、めぐみんは自分の役目を全うするべく別れを告げる。

 

「お見事。流石はゆんゆんですね。そんなこんなで、私は今取り込み中なのです。すみませんが、急ぎますので」

 

「あ、うん」

 

  ペコリと一礼してから、ゆんゆんの元を去るめぐみん。あまりにもアッサリした別れだったので、つい咄嗟で返してしまったゆんゆんだが。

 

 …… 少し間を置いて、全力疾走で後ろから追いかけてきた。

 

「そうじゃなくて!せっかく再会出来たんだから、約束を果たしてもらうわ!今日こそ私がめぐみんに勝って、紅魔族一の座を手にするの!」

 

  ゆんゆんは、紅魔族現族長の娘。いずれは後を継ぐことになっている。その時、族長よりも腕が立つ人物がいてはなんともバツが悪い。周囲からのいま現在の評価も、【家柄だけの娘】といった感じなのだ。

  後を継ぐ日までにめぐみんとの勝負に勝ち、実力を知らしめる必要がゆんゆんにはあった。

 

「私はめぐみんとの約束を果たし、上級魔法を覚えたわ。いざ尋常に、勝負してっ!」

 

「やれやれ。空気を読んで欲しいですね。上級魔法を覚えたとはいえ、ゆんゆんはゆんゆんですか」

 

「どういう意味よ。それより……アレ?めぐみん、杖はどうしたの?」

 

  お気付きの通り。めぐみんは杖をダスティネスの屋敷に置きっぱなしなので、魔法での決闘は行えるはずがない。

  魔法対決する気満々のゆんゆんに、めぐみんは高らかに勝負の内容を告げる。

 

「では、先にアクアを見つけた方の勝ちとしましょう」

 

「な、なによ急に。魔法対決じゃないの?ていうか、アクアって何。アクシズ教団のご神体??」

 

「水色の髪を持つ、外見だけは美しい女性です。アクセルの何処かにいるはずなので、捜してここに連れてくればオッケーとします。制限時間は2時間です。発見出来なくても、2時間経ったら一度ここで落ち合いましょう。よーいどん!」

 

  早口でルール説明を一方的に終えためぐみんは、走り出しながら始まりの合図を出す。いまだに理解が追いついていないゆんゆんは

 

「………もう始まったの!?」

 

  事態を飲み込んだ瞬間、目を丸く見開いてワタワタと足踏みし始めた。

 

「ふっふっふ。装備も無く身軽な私が圧倒的に有利……!この勝負、もらいましたっ」

 

  慌てふためくゆんゆんにお尻ぺんぺんを見せつけながら、めぐみんが軽快に快足をとばす。アクアを一度も見たことがないゆんゆんのハンデキャップたるや、無視できる重さではない。

 

  ないのだが。

 

「水色の髪をした人なら、さっき見かけたような……」

 

「なんですって!?」

 

  聞き捨てならないゆんゆんの言葉。駆け出していためぐみんはいそいそとスタート地点まで戻ってきた。そのまんま、ゆんゆんの両肩をガッチリホールドすると

 

「ズルはいけませんよ、ズルは!恥ずかしいとは思いませんか?ゆんゆん。貴女はそこまでして、紅魔族一の称号を手に入れたいのですかっ?だとするなら、私は貴女という人を軽蔑せざるを得なくなってしまいます」

 

「ふぇえ!?ズルなんかしてないわよ!めぐみんが自分勝手に勝負の内容を決めたのが悪いんじゃないっ!」

 

  いきなりズルだの言われて驚き、しかしめぐみんに両肩を掴まれた事が少し嬉しかったりもする、複雑な乙女心のゆんゆん。

  めぐみんは反論を聞いて、後ろめたくなったのか顔を伏せた。

  肩から手を離してそっぽを向くと

 

「で?アクアを見かけたのはどこなんですか。早く案内してください」

「変わり身速すぎない!?」

 

  二人の紅魔族は、アクアを目撃した付近を目指して歩き出す。アクアを見かけたのは街の中央区。それも、警察署付近だというゆんゆん。

  もしもめぐみん一人で捜索していたならば、後回しにしていたであろう地域。ゆんゆんと偶然遭遇したのは僥倖だったと言えよう。

 

「そういえば、この勝負の行方はどうなるの?アクア……さん?の居場所を知ってた私の勝ち?」

 

  ほっぺを若干赤くさせつつ、ソワソワした様子で尋ねてくるゆんゆん。

  めぐみんはため息をひとつ。

 

「何を言っているのでしょう、この小娘は。ズルをしたのですから無効試合に決まっています!そもそも、搦め手で勝って嬉しいのですか?ゆんゆんも紅魔族なのであれば、魔法対決で正々堂々と私を倒してみせなさい!」

 

「なぁっ……!」

 

「全く。ゆんゆんは狡いですね。私の知ってるゆんゆんは、もっと正義感溢れる優等生キャラだったはずなのですが……」

 

「私は最初から、魔法対決が良かったのにっ!良かったのに……!!」

 

 …………………………

 …………………

 …………

 

  アクセル中央区。

 

  球磨川らが休日としたこの日。クエストにも出かけられないアクアは昼まで惰眠を貪った後、行方不明者となったカズマを捜していた。

 

「カズマさんてば、全く手がかかるんだから。この私に心配かけるだなんて、本来なら打ち首ものよ」

 

  台詞とは裏腹に、一切怒っている感じは無い。

  出来の悪い弟を世話する姉のような心境で街を歩くアクア。カズマがこの世にいるものと信じての行動は、少し痛ましくもある。

  手がかりも無い状態なので、捜索範囲は勘に頼っている部分が多い。

 

「にしても、今日は何かあったのかしら」

 

  なんとなく暗い街の雰囲気。

  デストロイヤーがいなくなったのにお通夜ムードな現状に、アクアが首を傾げていると。

 

「失礼。恐れ入りますが、貴女がアクアさんでしょうか?」

 

「そうだけど。何よアンタ」

 

  アクアに近寄ってきた、細身の女性。黒い髪を伸ばし、かけたメガネは知的な印象を与えさせる。

  女性の背後には、二人の屈強な兵士が控えている。

  一回、かちゃりとメガネのポジションを整えてから。女性は冷たい口調で

 

「申し遅れました。私は王国検察官のセナと申します」

「……検察?」

 

  なんだって、そんなものが。

  訝しむアクア。セナは一歩アクアに近寄る。カツンと、セナの履くヒールが音を立てた。

 

「貴女には、テロの容疑が掛けられています。正確には、貴女と、貴女のパーティーメンバーにですが」

 

「……はい?」

 

「つきましては、貴女の身柄を確保させて頂きます。ああ、裁判が終わるまでは、最低限の人権は保護されますのでご安心下さい」

 

「ちょちょ、ちょい待ち!アンタは何を言っちゃってるワケ?この私が容疑者とか、笑えないんですけどっ!ちっとも面白くないんですけど!!」

 

  アクアは、自身を拘束しようと試みた兵士の腕をはね退けて、一定の距離をとった。

  並みの冒険者では、高レベルな兵士から逃れることはできない。

  ステータスの高さを証明したアクアに、セナは「ほう……」と呟く。

 

「アクアさん。なるほど記録に相違ないステータスの高さですね。ですが、我々から逃げるという行為は、貴女の立場を悪くするだけですよ?」

 

「だーかーらー、私はテロリストなんかじゃないの。わかる?」

 

「納得出来ない気持ちは理解できますが……少なくとも、貴女は容疑者なのです。裁判で無罪となるまでは、誰も貴女が犯罪者ではないという証明が出来ないのです」

 

  セナの口調は実に淡々としていて、アクアも段々と「これ、逃げられないヤツだ」とわかり始めてきた。

  それにしたって、突然過ぎる。

  アクアにはまるで心当たりがない。

 

「幸い、警察署はすぐそこです。応援も呼べますし、暴れたければ止めはしませんよ。ただし、罪を重くするのは賢いとは言えませんが」

 

「なんで、なんでよぉ……。私、本当に悪くないのに……」

 

  泣きながら、兵士に両隣から拘束されたアクア。ふり払えなくはないが、拘束を解いたところで得もない。

  しかし、犯罪者に間違われるとは。これではカズマ捜索や魔王討伐どころじゃなくなってくる。

 

「私…女神なのに」

 

  後輩女神が管轄する世界で、容疑者として捕らえられるなんて。

 

  情けなくて涙が抑えられない。

 

  ポロポロと涙を溢すアクアを引きずるようにして、警察署へ連れて行く兵士達。

 

「全く。最初から大人しくすれば良いものを」

 

  セナがようやく仕事を全うできたと安堵していると。

 

「待ちなさいっ!私の友人に、無礼な真似はさせませんよ!」

 

  瞳を紅く光らせためぐみんが、行く手を遮った。

 

「め、めぐみん!?助けて……早く私を助けてよぉお……!」

 

  見知った顔に、アクアはさっきよりも大粒の涙を流す。理不尽に警察署へ連れて行かれかけていたところに現れためぐみんは、まさに救いの神。

 

「さぁ、早くうす汚い手を離すのです!さもなければ、私の爆裂が…」

 

「貴女、めぐみんさんなんですか?」

 

  決めゼリフの途中、セナがめぐみんに問う。滅多にないカッコいい場面で水をさされ、めぐみんは不貞腐れた。

 が、名乗りの機会を得たので、まぁ良しとする。

 

「…いかにも。我が名はめぐみん。紅魔族随一の…」

 

「捕らえなさい」

 

  事務的に。兵士の片割れがめぐみんをアッサリと捕まえた。カッコいい場面も、名乗りすらも中断させられてしまっためぐみん。

 

「なっー!?何をするんですか、離して、離し…離せぇぇえ!」

 

  流石に、めぐみんに振り解かれる程、兵士は弱くなかった。どれだけ暴れてみても、ビクともしない。

 

「めぐみんさん。貴女にも、アクアさん同様の容疑が掛けられています。共に出頭して頂きましょう」

 

「めぐみん、なんで捕まっちゃうの?めぐみんまで捕まったら、誰が私を助けるのよ!?」

「申し訳ありません、アクア。まさか我が至高の名乗りが、このような形で不利を招くとは」

 

  めぐみんの乱入は予想していなかったとはいえ、あくまで冷酷なセナ。

  ミイラ取りがミイラになる。こうして、アクアとめぐみんは仲良くお縄になったのだった。

 

「後は、あの人物だけですね」

 

  セナは眼鏡の奥で瞳を光らせた。

 残るメンバー、球磨川禊。彼には出頭命令を手紙で送っている。

  まともな人物ならば、間違いなく呼び出しに応じる筈だが…果たして。

 

 …………………………

 …………………

 …………

 

「はわわわ…めぐみんが捕まっちゃった!?」

 

  人ごみに紛れながら、めぐみんが捕まるまでの一部始終を見守っていたゆんゆん。二人がアクアを発見したのは、丁度兵士に拘束される現場だった。ゆんゆんは状況を把握しようと提案したのだが、めぐみんが堪えきれずに飛び出してしまった。

 

『いやいや。あそこで飛び出していなければ、僕はめぐみんちゃんを見損なっていたかもしれない。君もそうだろう?』

 

  いつの間にやら、ゆんゆんの隣という素晴らしいポジションに収まっていた球磨川。

  ゆんゆんは独り言に返事が返ってくるとは思っておらず。勢いよく声の主に向き直った。

 

「だ、誰ですか!?」

 

『誰でも良いじゃないか。知らない人には名前を教えちゃいけないって、母親から言われていてね。君に名乗ることは出来ないんだよ、ゆんゆんちゃん 』

 

「私の事は知ってるんですね!?」

 

『さてと。僕の仲間を無理矢理拘束したおとしまえ。そして、このラブレター……。どうしてくれようか、セナちゃんめ』

 

  球磨川の手には、一通の出頭命令が握られていた。



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四十八話 寝逃げでリセット

めぐみんのお話は下の方にあるので、他は読み飛ばしても大丈夫です。

大丈夫です。


  ダスティネス家に、約10年仕える三十路兵士。名はジャンという。彼は、ダクネスの命令でめぐみんを見守っていた。アクアを探す最中に、住民からの理不尽な暴行などがあった際には、間に入って仲裁する役割だったのだが。よもや警察や王国検察官が登場するとは夢にも思っていなかった。目の前で警察署に連行されてゆくめぐみんを、ただ指を咥えて見ていることしか出来ず。なんなら、めぐみんと共に連れて行かれた水色髪の少女は、捜索対象のアクアではないかとも思う。護衛対象と捜索対象をダブルで守れなかったのはとんだ大失態だ。

 

「やっべぇ……。こりゃ、ララティーナ様に急いで知らせないと」

 

  あまりの事態に、ジャンは一人ごちる。

 

  のこのこ自分が出しゃばりダスティネス家の名前を語ったところで、説得力は無く。王国検察官を退かせることは叶うまい。それを望むなら、最低でもダクネス本人がこの場にいなくては。

 

  ジャンは止まらない冷や汗を拭い、ひとまず屋敷に帰ろうと来た道を戻る。こうなった以上、速やかに情報を持ち帰るのがダスティネス家衛兵の鉄則。まぁ、報告後ダクネスに叱責されるかと思うとかなり憂鬱だが。減給か、最悪解雇まであり得る。靴に鉛でも仕込まれているかのように、足が重い。

 

  めぐみんの仲間を思いやる気持ちが仇となったとか言えば、ダクネスも納得するだろうか。或いは、ダスティネス家としての介入を踏みとどまった事の正当性を主張すべきか。

  そんな具合に脳内で言い訳をシミュレートしていたものだから、背後に知った顔がいることにも気がつかなかったのだろう。

 

  屋敷への帰路を数歩進んだ辺りで、視界の隅に見覚えのある学ランがあったように感じた。ジャンが慌てて振り返ると。

 

「あなたは……」

 

  すぐそこには球磨川が佇んでいた。

 

『こんにちはっ!確か、ダクネスちゃんとこの兵士さんだよね?こんな所で会うなんて、奇遇だね。ダスティネスのお屋敷で顔をあわせただけだし、僕って昔から影が薄いじゃない?気づかれないかもってヒヤヒヤしたぜ』

 

  影が薄いのは、自業自得でもある。球磨川は、ダクネスがアルダープにつけ狙われた一件で、自分の気配をなかったことにしているのだから。

 

「クマガワさん…でしたか。お人が悪い。声をかけてくだされば良かったのに」

 

  球磨川は、此度の護衛対象のめぐみん、そして、ダスティネス家次期当主のダクネスとパーティーを組んでいる重要人物。急いでいるものの、ここでぞんざいに扱える訳がなかった。ジャンは内心で面倒だなとは思いつつ、一切表には出さず。

 

  球磨川は腕を組み、数秒だけ考えたフリをしてから

 

『それは……ホラ。僕としても、君が本当にダスティネスの兵士に相違ないのか半信半疑だったわけだから。あ!ここで誤解をして欲しくないんだけれど、断じて、めぐみんちゃんの護衛だったであろう君の任務が失敗したのを楽しく拝見していたわけではないんだよ?』

 

「……はあ。そうですか」

 

  あ、この人とは親しくなれないな。

 

  球磨川とはこれが初の会話であるが、過負荷性溢るる発言は、ジャンにそう悟らせるには充分過ぎた。

 

『それはそうと、一部始終を見てて気になったんだけれど。君、めぐみんちゃんが捕まった時に、微塵も助けようとしなかったよね?……なんでかな?』

 

「……それは」

 

  違う。……と否定しかけたものの、結果だけ見ればその通りだ。救うべきか迷いはしたが、結局は踏み切れなかった。

  後ろめたさもあり、口を噤むしかないジャン。球磨川はそんな彼の肩に手を置いて

 

『……でも大丈夫。責めたりなんかしないから!護衛対象が捕らえられて尚微動だにせず、そそくさと屋敷に帰ろうとした君を誰が責められよう!何せ相手は王国検察官だ。ダクネスちゃんちから貰ってる給料以上の働きはしたくないという、君の熱意がひしひしと伝わってきたよ。動かざること山の如しって感じな態度に、僕はむしろ感服したぐらいなんだ!』

 

  絶対に楽しんで見ていたに違いない。ニヤニヤと口を歪ませている少年を、腰に携えた剣で真っ二つに出来たらどれだけ爽快な事か。無意識に剣の柄に伸びかけていた手を、意図的に戻す。

 

  斬られかけていたなんてつゆ知らず。球磨川は能天気な顔のまま提案してくる。

 

『それで?これから、ダクネスちゃんに顛末を報告しに行くんだろ?不安だろうから、僕もついて行ってあげるよ』

 

「え。それはどういう……」

 

  意味でしょうか。と、ジャンが続けるよりも早く。球磨川によって補足がなされる。

 

『何かと、ダクネスちゃんのパーティーメンバーでもある僕がいた方が良いんじゃない?』

 

  言われてみれば、確かに球磨川がいた方がフォローしてくれるかもしれない。藁にもすがる思いで、ジャンは球磨川を連れて屋敷に帰ることに。

 

「そういうことでしたら、助かります」

『いいっていいって!僕は弱い者の味方なんだ。君が如何に働き者か、ダクネスちゃんにしっかり事細かく説明してあげるからさ』

 

  とびきり良い笑顔を見せる球磨川に、何故だろう。

 

(本当に大丈夫か?コイツ……)

 

  ジャンは胸の奥で一抹の不安を感じてしまった。

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

 ーダスティネス邸ー

 

  重要な報告と前置きしたからか、屋敷について落ち着く間も無く。

  ダクネスの前で、ジャンと球磨川が並んで事情を説明する場が設けられた。めぐみんを置いてジャンだけが戻って来た時点で、ダクネスは何やら嫌な予感を感じていたのだが。

 

『……てなわけで、この兵士さんはウジウジと何もせず、めぐみんちゃん達が署に消えていくのを黙って見守っていたのでしたっ!』

「クマガワさんっ!?」

 

  フォローどころか、ダクネスに猛烈な悪印象を与えてくれた球磨川さん。ジャンは微かでも球磨川に期待した数分前の自分を、八つ裂きにしてしまいたい衝動に駆られる。結果的に、球磨川を屋敷に連れてきたのは大失敗だったと言えよう。

 

「……そうか」

 

  ダクネスが重く息を吐いたのを見て、球磨川が焦ったように付け加えた。

 

『あぁっと!別に彼を悪く言うつもりじゃ、全然無いよ?長い物には巻かれろっていうし。自分で判断を下せる逸材だって事を伝えたかったんだ。そこらへん、誤解しないでね?』

 

  もう、生きた心地がしなかった。これ以上ダクネスに悪印象を与えられる前に、いっそ球磨川を力ずくで黙らせてしまおうかと考えるまでに、ジャンが追い詰められたところで。頭痛に顔を顰めたダクネスが、ゆっくり口を動かした。

 

「ミソギ……お前はつくづく報告に向かん奴だな」

 

『心外だなぁ。僕の説明の、何処に問題があったんだろう』

 

  球磨川は首をかしげ、自分の説明におかしな点が無かったかを振り返る。だが。球磨川としては、完璧な説明だったとしか思えなかった。

  ダクネスは構わず続ける。

 

「今回は、突如検察が登場したと言ってたな?そういう場合ダスティネス家の兵士ならば、下手に動かず情報の伝達を第一にするべきなんだ。ゆえに、ジャン殿のとった行動は正しい」

 

  ダクネスは言い終え、優しい瞳で兵士を労った。それだけで、ジャンは力が抜けてへたり込んでしまう。球磨川の偏った説明で、随分とまあ不安を煽られたものだ。処分だとか解雇だとか、そんなものはハナから杞憂だったというのに。

 

『そうなの?ていうか、ダスティネス家のマニュアルなんかには興味ないんだけれど……。しかし、めぐみんちゃんを敵に渡すという大失態を犯したのに、どうあれダクネスちゃんは怒ってないようだ!これもひとえに、僕の弁護のお陰だね』

 

  片目でパチっとウインクして、右手の親指をグッと立てる球磨川。ダクネスがジャンを叱らなかったのは、自分が弁護したからだと本気で思っているのだろうか……。この発言で、とうとうジャンの堪忍袋の尾は切れた。

 

「クマガワさん。アンタはたんに邪魔しただけじゃないですか!言っときますけど、何一つ弁護になってませんでしたからね!」

 

  クワッと目を見開き、球磨川に怒鳴り散らす。ダクネスから何かしらの処分を受けるかもと覚悟していた男の気迫は、中々の物だ。

 

『…なん…だと!?』

 

  球磨川をして、気圧されるくらいに。

 

「アンタなんか、裁判で負けてしまえっ!……ララティーナ様、私はこれにて失礼します!」

 

  最後の最後で、ついに球磨川への罵倒を抑えきれなくなったジャン。彼の捨て台詞と取れなくもない言葉が、球磨川のか弱い心に甚大なダメージを与える。礼儀としてダクネスに頭を下げるのを忘れずに、部屋から出て行った。

 

  二人きりとなった球磨川とダクネス。居心地が悪い、険悪なムードを作って退室したジャンを恨めしく思いながらも、ダクネスはどうにか球磨川に話しかけた。

 

「どうしてお前はいつもいつも、やらない方が良いような行動をしてしまうのか。彼があんな大声を出したことは、今迄一度もないぞ。……私とて、わかってはいる。お前が良かれと思いやっているのだということは。ただな、もうちょっとどうにかならないか?」

 

  振り返れば、球磨川とダクネスもそこそこの付き合いになってきた。この辺りで球磨川がまっとうな人間性を身につけてくれないと、ダクネスは早晩円形脱毛症になってしまう。

 

  既にお馴染みになってきた球磨川への説教も、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるな精神で繰り返してみる。今回こそ、球磨川に届けと淡い期待を込めて。

 

『それはさて置いて』

「さて置くのかっ!?」

 

  銃口から発射される事すら許されないダクネスの思いが届く日は、果たして来るのだろうか。……否。恐らく、未来永劫来ない。

 

『えー、閑話休題。めぐみんちゃんとアクアちゃんが捕まったのは説明した通りなんだぜ』

 

「……ああ。非常にマズい事態だ。めぐみんの外出をやめさせておけば、今しばらくはかくまえていたものを」

 

  シレッと本題に戻った球磨川先輩。ダクネスはあえてつっこまず、乗ることに。これ以上話がそれ続けるのは勘弁願いたかった。

 

『過ぎたことを言っても仕方ないよ。で、実は僕にも出頭命令が出ててさ。とりあえずは警察署に赴こうかなって考えてるんだ。……呼び出しには応じておかないと、裁判所のヤツらに付け入る隙を与えてしまうからね。あえて隙を見せて罠を仕掛けるのも面白いけれど』

 

「うむ。面白いとかではなく、応じないと自動的に有罪になってしまうのだが」

 

  何やら裁判所と駆け引きしてるつもりになっている裸エプロン先輩。頭脳戦漫画の主人公を真似てシリアスぶってみたが、ダクネスが即座にツッコミを入れて台無しにしてしまう。紅魔族が名乗りを邪魔された際の気持ちを、球磨川は今理解出来たような気がした。

 

『有罪になるんだ……。いや、知らなかったよ。だって僕、犯罪を犯した事なんて今迄一度もない訳だしね。てか、むしろダクネスちゃんは何でそんな事まで知ってるんだい?もしかして、もしかしなくても犯罪歴があったりする?』

 

「や、これくらいは常識だ」

 

『あ、そう……』

 

  ようやく、予てからの憧れでもあった頭脳バトルを楽しめるかと期待したのに。デスノートやら、プラチナエンドやら。【計画通り】なんかは、球磨川でなくともジャンプ読者なら一度は口にしてみたのではないだろうか。球磨川はムスッと頬を膨らませ、卓上のお茶を手に取った。

 

『それならしょーがない。僕は大人しく裁判に出るよ。その間、ダクネスちゃんには引き続き、バルターさんが情報操作を行った証拠を探して欲しい』

 

「……わかった。タイムリミットは結審前までだな。現状、バルター殿相手に無罪を勝ち取るのは厳しいだろう。奴は依然、貴族としてのアドバンテージを有したままだからな。何とか、無罪が認められるだけの材料を集めよう」

 

『うん。頼んだよダクネスちゃん!』

 

  改めてダクネスに調査を依頼した球磨川は、紅茶で喉を潤してから大きく背を伸ばす。

 

『んー。じゃあそろそろ、気乗りしないけど行くとするかな。セナちゃんに会いに!』

 

「なんというか、自分からこれ以上面倒を背負い込むのはやめるんだぞ。いいな?」

 

  ダクネスさんはちゃっかりフラグを立てつつ、部屋から出て行く球磨川を見送ったのだった。

 

 ………………………

 …………………

 …………

 

  場所は再び、アクセル中央区の警察署。球磨川は【招待状】を片手に意気揚々とやって来た。

  手紙の送り主、セナに会いに。

 

『やっほー。セナちゃんいるー?』

 

  警察署の入り口に配置された署員は、球磨川を見た途端警戒の色を見せる。何故ならば。ふざけた態度からは想像出来ない武勇伝を、球磨川は持っているからだ。

 

  魔王軍幹部ベルディアの討伐。

  悪徳領主アルダープの成敗。

 

  加えて、これは一警察官に過ぎない男がしてはいけない想像だが。恐らく、起動要塞デストロイヤーも……

 

  自然、球磨川に対する態度が硬化してしまう。

 

「セナ検察官に用か。ついて来い」

 

  署員が球磨川を連れて行った先には、一つの牢屋が。仲良く体育座りをしているめぐみんとアクアの姿もそこにある。

 

「ミソギ!?……貴方も捕まったのですか」

 

  球磨川の姿に気がついためぐみんは、嬉しそうな顔も束の間。明らかにテンションを下げた。きっと、助けを期待したに違いない。

 

『捕まったって言うと語弊があるけど』

「……いいから、さっさと牢に入りなさい!」

 

  署員が牢屋の扉を開け、球磨川を中に押し込んだ。ダイヤル式の錠をしっかりとかけて、低い声で告げる。

 

「明日、セナ検察官による取り調べが行われる。それまでは、ここで大人しくしているのだな」

 

  そっけない口調で坦々と告げ、署員は背を向ける。

 

『おやおや。女の子達と同じ部屋で一晩かい?警察がこんなことしていいのかよ』

 

  球磨川の軽口にも、署員は取り合わない。裁判を前に犯罪者だと決めつけているのか、或いは。下手に刺激して、ベルディアを討伐する程の戦闘力で刃向われるのを恐れたか。

 

  結局、署員はそのまま階段を上がっていってしまった。

 

『つれないねー』

 

  牢屋の中には、使い古されたような毛布が数枚。とはいえ球磨川からすれば毛布がある時点で恵まれすぎている。

  早速一枚見繕い、身体に巻いて横になった。

 

「いきなりくつろぎ始めた!?」

 

  てっきり、球磨川が牢屋に連れてこられるまでの経緯を説明してくれるものだと思っていためぐみん。

  我が家同然にリラックスする球磨川を、両手で揺さぶる。

 

「何を呑気に寝てるんですか!我々、このままでは裁判で負けちゃいますよ!?せめて、明日の聴取で口裏を合わせるとか、やれる事はあるでしょう!」

 

『えー?でもでも、アクアちゃんだって寝てるじゃないか』

 

「……なっ!?」

 

  球磨川が指さした先では、女神様が涎を垂らして夢の世界に旅立っていた。それも、器用に体育座りしながら。余りにもアクアらしい。めぐみんは自分一人焦っていることが恥ずかしく思えたものの、間違ってるのは絶対球磨川達だ。

 

「とにかく!無罪の為にも、出来ることはやるべきです」

 

『ま、僕らに出来るとしたら、裁判を長引かせることくらいだろうね。ダクネスちゃんが、バルターさんの工作を証明する証拠を見つけてくれるまでの辛抱だ』

 

「なるほど、そういうことでしたか。外部にダクネスがいるのは心強いですね。……わかりました、何としても時間を稼ぎましょう。私達の無実が証明できる事を信じて」

 

『うん。そして、バルターさんの家でも貴重な材料を手に入れられたしね。裁判でも、あっけなく負けてあげるつもりはないんだぜ。……とりあえず今日は休もうよ。で、明日の取り調べでは、つまらない言葉尻を取られないようにしよう!』

 

「……はい!」

 

  球磨川は牢屋に来る前、ダクネスと打ち合わせをして来たのだ。それから、アレクセイ家での情報収集も上手くいったらしい。やはり、やる時はやる男。めぐみんは球磨川の評価を斜め上に修正し、明日に備えて眠る事にした。

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

 その夜。

 

  太陽が完全に沈み、牢屋には月明かりが届く程度。僅かな光源を頼りに、めぐみんは起き上がる。

 

(うう……どうしてこの街の警察署には、牢屋が一つなのでしょう?)

 

  アクアと同じ牢屋なのは、まだいい。同性なのだから。問題は、後からやって来た球磨川だ。どうして彼とも同じ牢なのか。

 

  めぐみんは今、強烈な尿意に襲われていた。睡眠すら妨害するレベルの物に。これを解消出来るのは、牢屋内に一つある小さいトイレのみ。歩いて数秒の距離なので、間に合わないなんてことは考えられない。

 

(しかし!問題はそこじゃないのです)

 

  そう。問題視すべきは、もう一つの事項。すなわち、【音】だ。防音もクソも無いトイレでは、どうしたって音が丸聞こえ。球磨川は寝ているが、もしも途中で目を覚ましでもしたら……めぐみんは自分を中心に爆裂るしかない。

 

(こんなことなら、アクアと二人だった時に恥ずかしがらずトイレに行くべきでしたね……)

 

  めぐみんは鉄格子に近いところで寝ていた為、球磨川とアクアを避けつつトイレを目指さねばならず。切迫した状態だと、これが中々面倒だ。

 

  一歩、また一歩と踏み出す度に、膀胱が刺激されるようだ。都度、タイムリミットまでもが、縮んでいる。

 

『………………』

 

  球磨川を跨ぐ際に、ちゃんと寝ているかを確かめてから、トイレに急ぐ。

 

(くっ。このくらいでは、まだ大丈夫……!まだいけます……!!)

 

  めぐみんは執念でトイレまで到着。どうにか間に合った。球磨川がいるだけで、無駄にスリリングなトイレになってしまったものだ。めぐみんはダクネスに対して、牢屋を増やすよう提案することを決意しながら、花を摘もうとした。

 

  尿意を我慢する為に強張らせていた身体から、力を抜いた瞬間。

 

『んん……ムニャムニャ……』

 

  よりにもよって。唯一の男性である球磨川が、寝言を言い出すイレギュラーが発生。

 

(まさか!?起きた……!?)

 

  めぐみんが用を足すのに、既に牢屋には水音が鳴り響いている。

  このまま続けては、完全に起きてしまう。

 

  渾身の力を込めて。めぐみんは尿意に打ち勝ち、一度中断することに成功した。しかし、この中断は長くは保たない。

 

  球磨川が眠っているかだけを確認して、後は速攻で出し終えるしかない。そう結論付けて、めぐみんは再びすり足で球磨川の様子をうかがいに戻る。

 

(さすがに、起きてはいませんよね?)

 

  牢屋に入れられたり、住民に石を投げられたり。めぐみんにとって、今日はまぎれもないアンラッキーデー。

 

  この日最後の不幸が、今この瞬間降りかかってしまうとは。こればかりは、めぐみんに同情せざるを得ない。

 

  球磨川のところへ行くのに、まずはアクアを跨ぐ必要がある。

  めぐみんが跨ごうと足を上げた途端、アクアの寝相が火を吹いた!

 

 ガシッ!

 

(えっ…!?)

「ようやく…見つけたわよ…かずゅま……ムニャ」

 

  アクアはめぐみんの軸足を掴んだ。

 本来、踏み出さなければいけない筈の足が、掴まれてしまった。

 

  後はもう。精々が両手で受け身を取るくらいしか出来ないめぐみん。

 

  ドシンッ!!

 

「あぅっ!」

 

  めぐみんは重力によって、床に倒れ込んだ。今の彼女にとって、転倒の衝撃はまさしく致命的。

 

「ぅ…、うぅぁ……」

 

  生暖かい液体が、ズボンに浸透していくのがわかる。単なる布に吸水性など望めるはずもなく。ズボンに吸い取られなかった液体は、そのままめぐみんの下半身付近にいたアクア様へ垂れ流されていく。

 

  恥ずかしさと、気持ち悪さと、申し訳無さ。様々な感情がめぐみんの中でせめぎ合う。ただ、逆にここまでくれば開き直れるというもの。

 

  プツリと、思考が停止する。

  睡魔によって、元々覚醒しきっていなかった脳は限界を迎えた。

 

(もう、いいや……)

 

  晴れやかな顔をしためぐみんは、濡れたズボンを脱ぎ払い、代わりに余った毛布を巻いて、再び深い深い眠りに逃げてしまうことに。

 

  眠りに落ちる直前。彼女は、今日の出来事を墓場まで持っていく決意を固めたのだった。

 

 ー未明ー

 

  球磨川は、鉄格子から入り込む朝日で目を覚ます。見慣れない天井で、そういえば牢屋で寝たのだと思い出した。ただ、昨日とは明らかに違う点がチラホラ。

 

『アレは……』

 

  牢屋の隅には何やら脱ぎ散らかっためぐみんのズボン。そして、「真水」で湿りながらも爆睡するアクアの姿が。

 

『これはどうしたことだ。めぐみんちゃんはお尻丸出しで、アクアちゃんは何故か湿っている……』

 

  ひょっとすると、重大な事件かもしれない……。うら若き乙女が、異性のいる状況でお尻丸出しになるなんてあり得るだろうか?

 

『イマイチ、理解が追いつかないけれど……床に捨ててあるということは、もうあのパンツはめぐみんちゃんの所有物では無くなったってことで良いんだよね?』

 

  一番異彩を放っている、めぐみんのズボンとパンツ。調べるとすれば、まずはそれらから。スキルによって気配を悟らせなくなっている球磨川は、スルスルとパンツの元へ。

  ここは冷静に、ズボンに埋まるパンツをゆっくりと取り出した。

 

『黒い……こんないやらしくも美しいパンツを、めぐみんちゃんが身につけていたとはね。見破れなかった僕の洞察眼は、向上の余地ありと見た』

 

  紅魔族だから黒を好むだとか、単にめぐみんが黒好きだとか。真実はどうだって構わない。めぐみんがこれを身につけていた事実だけは、誰にも変えられないのだから。

 

『それにしても。このパンツ、なんだか湿っているような気がするのだけれど』

 

  パンツだけにとどまらず、ズボンまで湿り気を帯びていた。

  ここに至り、一つの仮説が彼の中で持ち上がる。

 

『まさか、めぐみんちゃん……』

 

  14歳になってまで、お漏らししたのでは。そう考えると、この状況にも納得がいく。

 

  球磨川は30分だけ、めぐみんのパンツやらを脳裏に焼き付けると。

 

『しょーがないなぁ……。パンツを見せてもらえたことだし、少しくらいは庇ってあげるとしよう』

 

  パンツは身につけられてこそ、光り輝くもの。裸エプロン先輩は、このパンツを再びめぐみんが使用してくれる為の手助けをしてあげた。具体的に言うなら、彼のスキルでなかったことにしたのだ。

 

『めぐみんちゃんにも困ったもんだぜ。変な時間に起きちゃった僕に、ここまでサービスしてくれるだなんて。おかげで、朝までゆっくり寝られるよ』

 

  やれるだけのことはやった。

  球磨川は自分の毛布まで戻ると、大人しく眠りにつく。

 

  まだ起床には早すぎる時刻。ここで二度寝すると決めた球磨川の判断は、珍しく正解だったと言える。特に、めぐみんより早く目覚めていた事実が彼女に知れれば……この狭い牢屋が、爆裂魔法によって建物ごと消失していたのは言うまでもない。

 




めぐみんのおしっこは浄化されたのか…
それとも、元々真水だったのか。

難しいです

球磨川さんが丸出しのめぐみんに興味を抱かなかったのは、寝起きだったのもあるし、パンツをはいてなかったからだと思います。


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四十九話 セナのパーフェクト取調室

ダクネスの「くっころ!」……好き

てか、まんま過ぎですよね笑



  昨夜のことは乙女として絶対に、他人に知られてはならない。球磨川とアクアより先に起床する事は、秘密を守る上で必要不可欠だった。眠い目を擦りつつアクア達を窺うめぐみん。二人は未だ夢の中にいる様子。

 

「どうにか二人より先に起きられたようですね。衣服も、ちゃんと乾いてます」

 

  問題のパンツとズボンも乾いている。衛生面で不安が残るけれど、牢屋の中では洗濯なんか出来ないので、めぐみんは仕方なくそれらを身につけてゆく。冒険者は数日かけてクエストに挑む事もある為、これくらいの汚れであれば我慢出来ないこともない。

  もっとも、彼女の知らないところで染みたおしっこ自体なかったことにされた為、実は衛生面でも問題はないのだが。

 

  なんにせよ。自分が一番乗りで目覚めたつもりのめぐみんは、尊厳を守ることに成功したのだ。少なくとも、彼女の中では。

 

「ブレンダンの時も思いましたが、この二人は朝に弱いですね」

 

  ぐーぐーと寝息をたてる女神様達。ブレンダンにタダオを捜索しに行った際、球磨川とアクアが中々起きてこなかったのを思い出す。……オマケにその前の夜、アクアが球磨川に覆いかぶさっていた姿も。

 

  思い出さなくても良い記憶まで蘇っためぐみんは、心の中で舌打ちする。

 

「アクアには淑女として、振る舞いには気をつけて欲しいものですね。全く」

 

  度々言われているが、アクアは外見だけなら文句なしに美少女の類。球磨川やカズマとの距離感が近過ぎるのは彼らの精神衛生上よろしくないはず。

  アクアに自分が美少女だと認識させたら、多少は異性との付き合い方も変化するだろうか。めぐみんは無事裁判が終わった際には、その辺りからアクアに教えていこうと思った。

 

「……警察が来た時眠っていては、心象を悪くしますかね」

 

  今日は検察官セナによる事情聴取が行われるとか。

  いつ警察が迎えに来ても良いように、そろそろ二人とも起こしておくべきだろう。

  めぐみんは、まず手近な球磨川から起こすことに。

 

「ほらミソギ、お早うございます。朝です。起床時間ですよ!」

 

『むぅ……ん。めぐみんちゃんか』

 

  ユサユサと身体を揺すってやると、球磨川はまだ眠いようで、不機嫌そうに上体を起こした。今回は球磨川が死んでいなくて一安心。いつぞやはマクスウェルによる呪いのせいで、随分と焦らされたものだ。

 

「改めて。おはようございます、ミソギ」

『うん、おはよう。今日も良い日和だね。ギャグマンガ日和だ。セナちゃんと前哨戦を行うにはうってつけだよ』

「ぎゃぐまんが……??」

『よし、アクアちゃんも起きてー!』

 

  まだ血圧が上がりきっていないのか、意味不明な単語を交えつつ朝の挨拶を終えた球磨川は、隣で寝るアク アの頬を優しく叩く。

 

  ピチャッ

 

『ん?』

  手のひらに水のような感触を覚えたが、これは涎か。

 

「ぐぅ…ぐごごごご……」

 

  およそ少女が出してはいけないイビキを奏でるアクア様。この様子だと、まだまだ起きそうにない。世の中には枕が変わっただけで寝られない繊細な人間もいるというのに、硬い石の床でここまで爆睡出来る女神様は賞賛に値する。

 

  手に付いた涎をアクアの衣類で拭って、球磨川は立ち上がる。

 

『アクアちゃんは一度放置しておくとして。身だしなみでも整えたいとこだけれど……なんてことだ。この狭い牢屋には、洗面所すらないようだね。これでは顔も洗えないよ!』

 

「全くです。トイレだって、あんなバケツみたいな物が一つだけとか。ふざけてますよ!……まあ、紅魔族はトイレなんか行かないので関係ありませんが」

 

  ここであえてトイレの話題を出して、自分はお漏らしなんかしないという印象を球磨川に持たせようとするめぐみん。

  漏らした事実が知られていないのは当然として。トイレに行かない宣言をしておけば、お漏らしを感づかれる確率は更に低くなる筈。と、このように予防線を張ってみるも、球磨川はめぐみんが漏らしたのを既に知っている訳で。

 

『……トイレに行かず漏らすくらいなら、大人しく行っておいて欲しいものだね』

 

  必死に隠蔽工作するめぐみんを見て、球磨川はついつい口を滑らせてしまった。

 

「なっー!?いま、なんと!?私がまるで漏らしたみたいな言い方はやめてもらおうか!」

 

  漏らした時間帯に爆睡していた球磨川の口から、どうして漏らすなんて単語が出るのか。めぐみんは電撃を喰らったように全身をビクッと震わせた。お漏らしがバレているのか、はたまたいつもの適当発言なのか。

 

  お漏らしバレについては、100歩譲ってまだ耐えられる。だが。めぐみんが今朝目覚めた時、下半身を隠していた布団は捲れてしまっていた。球磨川がめぐみんよりも先に起きていたのなら……丸出しの下半身も見られた事になってしまう。

 

  もしそうなら。最早、恥ずかしいとかいうレベルの問題ではなくなってくる。

 

  その辺りをハッキリさせるべく、めぐみんが質問をしようと試みたところで。

 

「クマガワ ミソギ。取り調べの時間だ。牢から出ろ」

 

  いつの間にか、鉄格子のすぐそばまでやって来ていた警察官からお声がかかかった。これから、取調室まで連れて行かれるようだ。

 

『いよいよだね。めぐみんちゃん、一足先に行ってるよ。次は法廷でねっ!』

 

  警察は慣れた手つきでダイヤルを回し、扉を開け放つ。球磨川だけを牢から出すと、すぐさま施錠。

  お尻を見られたのかどうかを何が何でも問い詰めたかっためぐみんは、気がつけば鉄格子を渾身の力で握りしめていた。

 

「あっ、ちょっと!待ってぇぇえ!」

 

  球磨川にお漏らしがバレているかはわからずじまい。

  めぐみんが制止する声は、虚しく辺りにこだまするだけであった。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

 -取調室-

 

  刑事ドラマなんかでもお馴染み、簡素な取調室に、球磨川は通される。椅子とテーブルだけの、面白みの欠片もない部屋だ。

 

『ふぅん?異世界でも、取調室は変わり映えしないんだなぁ』

 

  中ではセナと、記録係が待機していた。球磨川は促されるまま、セナの正面の椅子に腰をかける。

 

  一見なんの抵抗もなく着席した球磨川に、セナは満足そうに一つ頷き

 

「おはようございます。早速、取り調べに入らせて頂きます」

『はいはい。お手柔らかに』

 

  特徴的なメガネのポジションを、人差し指で軽く直すセナさん。何やら手元の書類をチェックしてから、質問をスタートさせた。

 

「クマガワ ミソギ、年齢は…18歳ですか。ギルドによると、正体不明のスキルを所持しているらしいですね。まず手始めに、そのスキルについて説明してもらいましょうか」

 

  敬語を使ってはいるが、その実セナは敬意なんて微塵も感じさせない。球磨川をテロリストだと決めつけているような目。検察官というのは、こうも偉そうなモノなのか。

 

「貴方達がテロを企てたのは明白ですが、何か弁明があるのならこの場でハッキリとしたほうが身のためですよ。無罪は厳しくても、刑は軽くなるかもしれませんから」

 

  【なんだか気にくわない奴】。たったそれだけの理由で充分過ぎた。球磨川が、態度を悪化させるには。セナも検察官ならば、分類的にはエリートなのだろう。そう、球磨川が嫌いで嫌いでたまらない、エリートなのだ。

 

『スキルを教えて欲しければ、頭の一つも下げたら?』

 

「……は?」

 

  眼前の容疑者は、何を言っているのか。

 

  セナは一瞬、目上の相手とでも対談していたのかと疑ってしまった。それだけ、球磨川の返しは想定外だった。少なくとも、犯罪者が検察官に対する態度ではない。

 

『聞こえなかった?スキルの概要が知りたいのなら、土下座しろって言ったんだよ。セナさん、君の耳は何の為についてるのかな。まさか、メガネ置きってわけでも無いだろう?』

 

  硬直していたセナに、更に球磨川は高圧的に続ける。

  ここでやっと、球磨川を牢から案内してきた警察官が行動を起こした。腰の剣を抜き、球磨川の首筋にピタリと刃を添える。

 

「キサマ!検察官に何という態度を。大人しく取り調べに応じろ!」

 

  直に触れていなくても、剣からはボンヤリと金属特有の冷気が感じられる。それでも。球磨川を脅すには迫力が足りなすぎる。

 

『……セナちゃんってば、今までずっとこういう風に脅して取り調べを行っていたのかい?こんなんじゃ、気の弱い人なら無実でも自供してしまうよ』

 

「あ、いえ、私はそのようなことは…」

 

  セナが戸惑いながら、球磨川に剣を突きつけている警察官と視線を交わす。剣をしまえと、目で促して。

 

「検察官殿の寛大さに救われたな」

 

  警察官は不承不承、剣を鞘に収め、部屋の端まで移動して目を閉じた。

 この先は傍観を決め込むつもりらしい。

 

  球磨川の発言を、記録係がわざとらしく音を立てながら書き留めていく。カリカリと耳障りな音は、取り調べを受ける側にとってプレッシャーともなり得るが、当然球磨川は気にもしない。

 

『今まで何人の、罪も無い人間が犯罪者に仕立て上げられたことか。脅して得た証言が採用されたら、そこに公正さなんか存在しないよね。やっぱり、検察官ってそういう奴らなんだ』

 

「そんな非道な事はしません!我々はしっかりと、この目で犯罪者か否か見定めています!」

 

  ガタッと立ち上がったセナが、侮辱だと声を荒げる。

 

『僕のスキルは【大嘘憑き】。簡単に言えば、あらゆる事象をなかった事にする力だよ』

 

「なんですって…?」

 

  セナが立ち上がろうが御構い無しに。球磨川はワンテンポ遅れて、セナの質問に答えてみせた。

  会話がひとつ戻ったので、噛み合ってない感じはしたものの、一応スキルについて説明はされたのでセナはどうにか頭を切り替える。

 

  しかし。内容は子供騙しにしてもお粗末な、あり得ない説明。あらゆる事象をなかった事にするスキルなんて、見たことも聞いたこともない。こんな嘘が通用すると思われているとは、検察も舐められたものだ。

 

  無論、セナは一笑に付そうとしたが、ある点に気がつく。

 

「……どういうことだ」

 

  卓上に鎮座する嘘発見器が、全く反応を示していなかったのだ。

  室内に張り巡らせた魔力を使い、容疑者が嘘をついていないか見抜く魔道具の一つ。それが反応しないとなると……球磨川の発言は真実だということに。

 

「馬鹿な、そのようなスキルがある筈がない」

 

  魔道具に視線を送りっぱなしのセナを訝しんだ球磨川は、手を伸ばして魔道具に触れてみた。

 

『このベルみたいなの、何?セナちゃん、さっきから凝視しているようだけれど』

 

「それは……嘘を見抜く魔道具です」

 

『へぇ?つまり、僕の正当性を証明出来るってわけか。これは便利な道具だね』

 

  物珍しそうに、何度も魔道具をつつく球磨川。元々、犯罪者を素直にさせる意味でも重宝していた魔道具だったが、球磨川は自分に有利な道具だと判断した。セナは気を取り直して、質問を再開する。

 

「で、ではクマガワさん。デストロイヤーが襲来した当日、ギルドの呼び出しよりも早く対応出来たのは何故ですか?貴方達のパーティーが最初にデストロイヤーと相対したとのことですが」

 

  アクセルの外門に配置された門番からの、確かな情報だ。検察は、球磨川達が事前にテロを計画していたからこそ、誰よりも早くデストロイヤーのもとへ行けたという見方をしている。

 

『あの辺に、カズマちゃんのお墓があったからね。墓参りの帰りに僕らは運悪くデストロイヤーと遭遇したって感じだよ』

 

  球磨川の主張。これも、ベルは鳴らず。つまり、彼らは偶然にもデストロイヤーと遭遇したと。

 

『そもそもがさ、おかしいじゃない?』

 

  ベルが鳴らずに困惑するセナが質問を続行する前に、球磨川が逆に聞く。

 

「おかしい、とは?」

 

『僕らがテロを企てたと仮定する。その場合、デストロイヤーを放置してアクセルを襲わせた方が手っ取り早いじゃないか。自分達の手を汚すことなく街が滅びる。こんなに楽な事は無いよね?』

 

  そう、球磨川達はわざわざデストロイヤーと戦った。その点に疑問を抱く者も存在したが…

 

「それは。貴方達のターゲットが、ギルドの冒険者達だったからじゃないんですか?」

 

  検察官同士の会議で出た結論を、セナは述べた。対する球磨川は、目に被った前髪を弾きながら。

 

『意味がわからないね。冒険者だけを狙ったとして、それによるメリットは何なんだい?』

 

「アクセルの冒険者が減れば、貴方達への依頼が相対的に増えますよね?報酬も得られやすくなるのでは」

 

  駆け出し冒険者の街だけあって、依頼は競争になることもしばしば。球磨川達より実力が上のパーティーは、今回の犠牲者の中にも存在していた。

 

『……それだけの為に、街を幾つも滅ぼしてきたデストロイヤーと戦うって?割に合わないにも程がある』

 

  馬鹿にしているのかと。球磨川は珍しく怒りを顕にした。

 

  だが、検察には裏でアレクセイ家からの圧力がかかっている。多少強引でも、球磨川を裁判にかけるように。

 

  つまりこれは、最初から球磨川を裁判に出すための取り調べなのだ。

  因みに、セナは正義感の強さを利用され、バルターによって球磨川達がテロリストだと思い込まされている。検察をもコントロールするバルターの手腕は見事と言ったところか。

 

『おかしな点は色々あると思うけれど、それでも御構い無しに僕らを逮捕したってことは。……どうしても僕らに罪をなすりつけたい誰かがいるってことかな?』

 

「クマガワさん、先ほどから勝手な発言ばかりされては困ります。貴方は聞かれたことにだけ返答して頂ければ結構ですので」

 

『待てよ』

 

  不意に。球磨川は視線を机に固定して、何かを考え始めた。

 

『これだけの犠牲者が出たんだ。家族を失った遺族達が恨むとしたら、まずギルドなんじゃない……?デストロイヤーの討伐を強制させたのは、ギルドなんだし。賠償するにも、犠牲者は大勢いるから莫大なお金がいるはず。下手すれば責任者の首も飛びかねない』

 

「クマガワさんっ!いい加減にして下さい。その態度、後で後悔しますよ?」

 

『ちょっと黙って。今いいとこだから』

 

「なっ……!」

 

  もう、この空間にはセナ達なんかいないものとして、球磨川は一人でコツコツと情報を整理していく。

 

『ギルドの責任者は、保身の為に身がわりが必要だったのかな。僕たちは、かなり都合が良い身がわりに見えただろうね。……成る程、何となく見えてきたかもしれない。惜しむらくは。塀の中に入る前にこの仮説を立てたかったよ』

 

  一つの可能性を見出した球磨川。

 

  今回の騒動で本来困る筈だったのは、球磨川達ではなくギルドだ。死んだ者達は、冒険者をやっていたなら、いつかはデストロイヤー討伐に強制参加させられることだって承知済みだっただろう。実際、中には逃げようと試みる者がいるかもしれないが、殆どは戦いに参加した。

 

  しかし、その遺族までもがそんな簡単に割り切れるものなのか。

 

  デストロイヤーが来れば、敵わぬと知りつつも愛する家族を送り出す。これは、実質見殺しにするのと同義だ。何故なら今まで、誰一人デストロイヤーを止められなかったのだから。まともな人間なら、送り出す事を必ず躊躇する。もしかしたら討伐に成功するかもしれないという淡い期待の元、泣く泣く送り出した家族達。が、此度も例外ではなく。無情にも多数の犠牲者が出た。

 

  家族と同時に稼ぎも失った遺族達は、ギルドの対応やあり方を猛烈に非難するのが自然だ。人の心は、そうでもしないと壊れてしまう程に弱い。球磨川はそれを良く理解している。

 

『バルターちゃん、ギルド長を速攻で味方につけたのかな。街全体に僕らがテロリストだと広めたスピードは、いくら何でも速すぎたし』

 

  塀の中の取調室まで来た段階で、もう一つの敵に感づいた球磨川。けれど、いささか遅すぎた。ダクネスに、ギルド長とバルターの癒着を探らせていればと、後悔する。

 

「これ以上取調の邪魔をするなら、残念ですがそれ相応の処置をとるしかありませんね」

 

  セナは細くした目で球磨川を見据える。この男は、自分の首を絞めている事に気がついていない。取り調べに応じない場合、検面調書には、球磨川に質問すら出来なかった事項を全て【肯定した】と書くことが可能だからだ。

 

  球磨川がダストの声を出せなくしたり、不動産屋が管理する空き倉庫を爆破したり、ミツルギの剣を破壊したりした事実。そして最も重要な、テロ行為を行ったかどうか。これら全部を球磨川は肯定したとして、裁判所に調書を提出出来る。

 

「もう、貴方の未来は決まりました。残念ですが、恨むならご自身を……」

 

  恨んでください。そう告げて、この取り調べを締めようとしたセナさん。

  だが、球磨川は最後の最後で快く取り調べに応じるのだった。

 

『待って!要は、この魔道具に判断させれば良いんでしょ?』

「何を今更!貴方は……」

『いいから、見てて!』

 

  セナを嘲笑うように、球磨川は咳払いを一つしてから。高らかに宣言した。

 

『僕はテロ行為なんかしてないよ。故意に冒険者達を殺そうとも思ってなかったし。デストロイヤーを倒したのは、大切な仲間を守るためさ。……これで満足かい?』

 

  セナも、記録係も。核心に触れた球磨川を驚いた表情で見る。

  ……その宣言から数分が経過しても。魔道具が嘘を検知することは、一切なかった。

 

「……クマガワさん、貴方はどうやら無実のようですね。数々の無礼、ここでお詫び致します」

 

  セナの声は、明らかに先ほどよりも高くなっている。球磨川がテロリストではないとわかったので、わかりやすく対応を変えたらしい。

 

『あははっ、わかってくれれば良いよ間違いは誰にでもあるものさ』

 

  球磨川にセナを責めるつもりはなく。笑顔で、気にしていないことを伝えた。

 

「私の目は曇っていたようですね。貴方のような、人間が出来た方にテロ行

 為など行えるはずがありません」

 

  すっかりリラックスしたセナさんは、メガネを外して清掃を始める。

  一度球磨川に剣を突きつけてきた警察に至っては、居心地悪そうにして部屋から出て行く始末。

 

『確かに、テロとは大それているね。僕如きにできる犯罪なんて、精々女の子を無理やり下着姿にしたり、女の子の顔面を剥がしたり、女の子を背後から刺すくらいだからね』

 

「……はい?」

 

『あとは、初対面の女の子のおっぱいを一方的に揉んだり』

 

  セナの表情が、段々と曇っていく。取り調べで容疑が晴れたのに、眼前の男は何をペラペラとしゃべり出しているのかと。

  不安を煽るだけ煽り、球磨川は『テヘッ』と片目を瞑る。

 

『なーんて、冗談だよ冗談!セナちゃんがお疲れみたいだったから、僕なりに和ませようと思って!いやん!』

 

「なんだ、冗談だったんですか!もう、焦らせないでくださいよ!」

 

  セナが心底安堵した風に胸をなで下ろす。球磨川の目論見は成功。取調室は、実に和やかな雰囲気に包まれていた。

 

  一時はどうなることかと思ったが、これで球磨川も無罪放免。この後、めぐみんとアクアの取り調べも行なうようなので、警察署のロビーで暇を潰そうと立ち上がる。

 

『じゃあセナちゃん、お疲れー!』

 

  長年付き合いのある友人に別れを告げるように、球磨川はサクッと片手を上げて部屋を出た。

 

  出た直後。

 

  笑顔を携えた警察数名が、取り調べ室の出入り口を取り囲んでいることに気がついた。

 

『あれ?皆さんどうしたの?』

 

  ニコニコと、親しみやすい笑顔で。警察官達は球磨川を取調室に再度押し込む。

 

『ちょ、セナちゃんとの話は終わったって』

 

  あたかも迷惑しているように球磨川が抵抗するも、屈強な警察達からは逃れられない。

  助けを求め、部屋の中にいるセナを振り返ると。

 

『……セナ……ちゃん?』

 

「クマガワさん。先ほどの、貴方の冗談ですが……魔道具が反応しなかったのは何故でしょうか。詳しくお聞かせください」

 

  数秒前、球磨川の冗談発言に表情を緩めていたセナはもういない。

  鉄仮面と呼ぶべき、検察官モードのセナだけがそこにはいた。

 

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

  -裁判開始直前-

 

  球磨川禊、めぐみん、アクアの三人は仲良く横一列に並んでいる。効率重視なのか、この裁判は三人同時に行うようだ。

 

  この場にいるのだから、どうやらめぐみんとアクアも、取調では容疑を晴らせなかったらしい。

 

「あのセナとかいう検察官、ハナから私が有罪だと決めつけにきてました。私が何を言っても聞く耳持たず、こちらの発言を曲解して検面調書を作成するなんて。悪魔です、悪魔!」

 

  杖に眼帯、ハット、ローブといった、魔法使い要素を一切身につけていないめぐみんは、まだまだ幼さを残す少女でしかなく。14歳の女の子を絞首台に近づけるのが、検察官として正しいのか。

  球磨川はめぐみんの背中を優しくさすって、心を落ち着ける手伝いをした。

 

  もう一人の容疑者アクアは、頭を掻き毟り、白い歯をギリギリと鳴らす。

 

「めぐみんも、あのクソメガネ女にやられちゃったのね!私も、よくわからないうちに取調が終わっちゃったのよ。カズマさんのパーティーメンバーな私が球磨川さん達とお墓参りに行ったのは、テロに加担する行為だとかなんとか!」

 

  取調にて。アクアはセナから、「アクアと一緒にカズマの墓参りに行く事で、球磨川達はデストロイヤーの出現ポイントに無理なく近づけたのでは?最初から共犯だったのですか?」と、聞かれたようだ。

 

「私は女神よ?そんな事するわけないじゃないって、言ってやったの。そしたら、何故かあの変な魔道具が反応したのよ。アレ、任意のタイミングで鳴らせる仕組みに違いないわね……」

 

  ぐぬぬ。アクアは裁判場にも置かれている嘘発見器を恨めしそうに睨みつける。というか、裁判所でまで嘘発見器を使用する事に、球磨川は引っかかった。

 

『え、まさか裁判でもあの魔道具を使うのかい?おいおい、だったら検察も判事もいらないじゃない……』

 

  日本も将来、AIが判決を下すようになるかもしれないが、ここアクセルでは既に道具が人間よりも重視されているみたいだ。

  取調でも、魔道具の反応次第でセナの態度がコロコロ変わった事からも、どれだけ魔道具が信頼されているかがわかる。

 

  球磨川はふと、裁判場の一角に視線を移した。先日、ギルド前で見た顔がいたのだ。

  アレクセイ・バーネス・バルター。

  今回の騒動を引き起こしてくれた、はた迷惑なお貴族様。先ほどから球磨川に熱視線を送る優男に、球磨川は意味深に微笑む。

 

『今のうちに勝ち誇っていればいい。僕がワザと容疑を晴らさなかったのは、君をこの場で潰す為だからね』

 

  聞き取られないくらいに声量を抑えて、球磨川は告げる。

  バルターは球磨川と目があって嬉しそうにしているが……まさか自分が、この世で最も喧嘩を売ってはいけない相手、過負荷の中の過負荷を敵にまわした現状を、理解出来てはいないだろう。

 

  そのうち裁判長も登場し、決まった位置に収まる。

  開廷が近い。球磨川は両サイドの女性陣に優しく語りかけた。

 

『めぐみんちゃん、アクアちゃん。安心してよ。絶対に、君たちを有罪になんかしないからさ!』

 

  よくも悪くも、アクセル住民が、球磨川パーティーの存在を忘れられなくなるきっかけとなった裁判が、今幕をあける。

 



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五十話 裁判 前編

裁判、凄く長くなりそう。区切っていきます。

このすばかっぽれ!の、アニメ第3話は首ちょんぱフラグ。アレはめちゃくちゃ笑いました。

首ちょんぱになったのは、一体何フィナーレさんなんだ…


  裁判場は独特な空気に包まれており、傍聴人席は犠牲者遺族で埋め尽くされていた。子に先立たれた老夫婦に、夫を失った未亡人。父親がいなくなった子供等。裁判長へのアピールなのか、皆犠牲者の遺影(肖像画)等を抱き抱え、中にはすすり泣く者も。

  すんすんと耳障りな声は、中年裁判長の一声でピタリと鳴り止む。

 

「静粛に。只今から、クマガワ ミソギ、アクア、めぐみんの裁判を行います。いささかケースが特殊という事もあり、異例ではありますが三人同時に執り行います」

 

  裁判長は検察側のセナ、告発人バルター、それから球磨川達の順で一通り視線を配った。

  放置しておけば、つつがなく裁判が始まりそうだったので、球磨川は慌てた素振りで手を挙げる。

 

『裁判長さん!僕らの弁護人であるところのダクネスちゃんがまだ来てないのだけれど』

 

  裁判始まる5秒前になっても、弁護人席は空席のまま。

 

「そのようですな。裁判所としては、弁護人の遅刻は、計画的な審理を停滞させるものと判断します。到着次第参加は認めますので」

『あ、そういう系?言われてみれば、遅刻してるダクネスちゃんが悪いのかもね。』

 

  裁判長は、球磨川達の弁護人がいないのをさして気にすることもなく。スムーズな審理を目指して早速冒頭陳述を促した。

 

「では検察側より、冒頭陳述を」

「はい」

 

  セナが返事と共に立ち上がる。

  裁判長が、特に球磨川達に言い聞かせるように注意事項を述べた。

 

「冒頭陳述でも、嘘が含まれていた場合は魔道具が反応します。双方発言には注意して下さい」

 

  裁判場のど真ん中に設置された、見覚えのある白黒魔道具。取調室でも使用されていた、例の嘘発見器である。

 

『ここでもやっぱり魔道具頼みか。法の代わりってとこ?』

 

  楽しげに。裁判そのものをゲームに近い感覚で捉えている球磨川さん。

  今の発言が裁判長への侮辱だ何だと言われては面倒なので、めぐみんとアクアにだけ聞こえるように話す。

 

「球磨川さん。これ、ガチでヤバい奴よ。デストロイヤーの爆発で死んだ人が沢山いるのは事実だから、最悪死刑だってあり得るの!」

 

  珍しく焦った様子のアクア様。

  球磨川の学ランをぐいぐい引っ張りながら、上目遣いで見据えてくる。

  守ってあげたくなるのは、小動物的可愛さというものか。

 

『死刑って、つまりは勝訴だろう?アクアちゃんてば、何をそんなに焦っているのさ』

 

  死刑イコール勝訴。デタラメな、裁判の存在意義を無くする認識は、球磨川ならではのもの。【大嘘憑き】で死をなかった事に出来る以上、さして死刑に恐怖を抱けないのだ。アクアの言葉には、むしろ隣にいためぐみんの方が焦っていた。

 

「ミソギは反則みたいなスキルのせいで、麻痺しているのです!わかっていないようなので言いますが、犯罪者になったら冒険家業も終わりますからね?ギルドや街の住人からの信頼が得られないと、ろくに仕事も来ませんよ」

 

  球磨川さんにとって死刑程度、今更屁でも無い。であっても、有罪判決そのものは今後の冒険者生活に致命的なダメージだと、めぐみんは言う。

 

『まあ、そうかもね。前科者だから依頼したくないっていう気持ちは、僕にはわからないけれど。めぐみんちゃんが言うなら、100歩譲ってひとまずはそういうことにしておこう』

 

 前科者に進んで依頼する物好きは多くないだろう。

  これからも冒険者としてやっていくのなら、バルターを完膚なきまでに潰し、疑惑を晴らす必要がある。

 

「それとミソギ。セナの発言でおかしいところがあれば、すかさず異議を唱えるんですよ?沈黙は肯定ととられますからね」

 

  めぐみんは真剣だ。爆裂魔法を強化する際、威力と発動速度のどちらから上げるかを迷っている時みたいに。生死がかかっていては、誰だろうと本気になるしかない。

 

『おかしなところって……。僕から言わせれば、セナちゃんの取調は全部が言いがかりだったんだけど』

 

  それはもう、セナの全ての発言に反論がヒットしそうなくらいには。まあ、バルターによる情報操作があってようやく成り立った冤罪だ。整合性なんかとれているわけが無い。

  球磨川達は一つ一つ確実に、矛盾をついていけばそれで良い。

 

  セナは裁判場に響かせるようにして、冒頭陳述を開始した。

 

「被告人達は今回のデストロイヤー出現を利用して、大勢の冒険者を殺害しました。被告は、ギルドのデストロイヤー警報が出るよりも早く、デストロイヤーと交戦していました。これは事前にテロを企て、それに伴い周辺を調査したから可能だったのではないでしょうか。つまり、彼らはデストロイヤーの出現を知っていたのです」

 

  セナは裁判長に、既に提出していた書類を見るように勧める。そこには、アクセルの見張りを務めていた兵士による一部始終の報告が記載されていた。球磨川達が真っ先にデストロイヤーと接触した事実と、足だけ破壊した後、デストロイヤーを放置して何処かへ立ち去ったとの文字が。

 

「ふむ、本来ならギルドへ報告に行くはずですな。デストロイヤーの後処理をするようにと」

 

  裁判長は首をゆっくりと横に振り、球磨川達が冒険者としての義務を果たさなかった事を指摘した。

  確かに討伐任務なんかでは、ギルドにモンスターの死体回収を頼む仕組みになっている。

  裁判長の反応はまずまず。セナはにわかに目を細めて続ける。

 

「裁判長。彼らがギルドへ報告していたら、今回のような事態にはならなかったでしょう」

 

「確かに。ギルドが情報を得ていたならば、対策は出来たということですな」

 

「ええ」

 

  満足気に、セナさんが頷く。

 

「では、何故彼らはあえて報告しなかったのか。その理由は何かと考えた場合。……最初から冒険者達をデストロイヤーの自爆に巻き込ませようとしていた以外に、考えられません。テロを起こそうとしていたなら、報告しなかったのも頷けます」

 

  セナはペラペラとよくまわる舌をもって、着々と球磨川達の印象を悪くしていく。裁判長も「うーむ……」と唸り、改めて資料を読み込む。

  球磨川達がテロリストだという前提があれば、セナの言うことは一理ある。これに対して、球磨川達に弁明はあるかと裁判長が水を向けようとしたところで。

 

「裁判長!!」

 

 原告。アレクセイ・バーネス・バルターが椅子から立ち上がった。

 

「ど、どうされました?」

 

「どうか、……どうか彼らに寛大な処置を。確かにテロは悪です。許されるものではなく、罰せられなければいけません。しかし、彼らには魔王軍幹部討伐といった功績もある。その辺りを考慮して頂きたい」

 

  バルターは真ん中分けにした髪をかきあげ、うやうやしく裁判長に一礼。貴族のお辞儀はこうするものだと、教本に載せても良い程綺麗な動作。裁判長が、勝手な発言を注意する機を逸するくらいには、洗練されていた。

 

  打ち合わせにないバルターの発言。セナも虚をつかれたものの、これを利用しない手はないと頭を切り替える。

 セナはバルターの気持ちを汲みたそうな顔をしつつ

 

「バルター殿、貴方は慈悲深いお方だ。ですが、此度は犠牲者の数があまりにも多すぎます。周辺の街から冒険者を集めてこなければ、最低限の安全も確保出来ない程に。ゆえに、彼らには極刑が相応しいと検察側は判断します」

 

  告発人と検察でやり取りする光景は、意外にも裁判長を刺激した。それも、原告側に良い印象を持つように。

  オホンと、裁判長は咳払いをする。

 

「検察、並びに告発人。勝手な発言は慎むように。判決は我々が決めるものであり、貴方方が口を出す事ではございません」

 

「はっ、失礼いたしました」

 

  セナ達に対してお決まりの注意はしてみたものの、確実に心を揺らされた裁判長。バルターの善良さは折り紙付きで、大量殺人を行ったであろうテロリストにさえ情けをかけるとは。こんなにも慈悲深い人間が他にいるだろうか。加えて、バルターには何度か裁判の経験もある。いずれも、凶悪犯を死刑や無期懲役にする素晴らしい功績だった。対するセナの発言も、犠牲者遺族の心傷を思えば当然のもの。此度の判決、貴族と検察、どちらをたてるべきか。裁判長の中では、どうやら原告側に有利な判決を下す方向らしい。セナとバルターは、それだけ裁判所に信頼されているようだ。

 

「では続きまして、被告人。冒頭陳述を行って下さい」

 

  死刑か、否か。 考えをまとめる時間が欲しかった。裁判長は球磨川らの発言中、頭を整理しようと試みる。また、一応は公平に被告の主張も聴く義務もある。だが……

 

『はいはーい!冒頭陳述しちゃいまーす。うわー、緊張するなぁ。ホラ、僕って裁判とか初めてな訳だし、なんなら人前で話すこと自体苦手じゃない?しかも、この冒頭陳述はかなり重要だっていうから、実はさっきから喉が渇いちゃって』

 

  場にそぐわない明るい声で、思考は強制的にストップさせられた。

 

「被告人!貴方の裁判歴は聞いておりません。必要な事だけを述べるように」

 

  セナとバルター、人間が出来ている(ように見える)二人の会話があったからこそ、続く球磨川の陳述に裁判長は苛立ちに似た何かを感じてしまったのだ。

 

『あ、そう?えーとね。バカにもわかるように結論から言うけど、僕はテロなんかやってないよ。むしろデストロイヤーと正面から戦ったヒーローだ!』

 

  ザワッ。

 

  真っ向からの否定。自分はテロリストではないと。傍聴人はどよめき、裁判長も言葉を失う。

 

「テロリストではないと?では、何故ギルドへの報告に行かなかったのですか。貴方の怠慢が、結果として多数の死者を出してしまったのですよ?」

 

  球磨川の発言に、魔道具は反応しない。その結果をふまえて、裁判長が気になる点をたずねていく。

 

『ギルドに行かなかった理由かぁ。あー、なんだろ。理由なんて、考えたこともなかったなぁ……』

 

 まあ。やはりというか、 球磨川にまともな返答を期待するだけ無駄だったが。

 

「なんですと!ギルドへの報告は、冒険者の責務ではないのですか!?」

 

『責務って……デストロイヤーを行動不能にしただけでも十分じゃない?デストロイヤーが自爆するのは予想出来なかったし。冒険者達が爆発に巻き込まれたのは残念で仕方ないけれど、それこそ結果論じゃないかな?』

 

「な、なるほど。デストロイヤーが自爆すると把握出来ていたなら、ギルドへ報告していたということですね?」

 

『そう、大正解。ミソギポイントをプレゼント!』

 

  よくわからないポイントが、裁判長に加点された。

 

『にしたって裁判長さんさぁ、被告側の冒頭陳述を聞く前に原告側の主張を認めかけるとか……裁判長失格じゃない?ミソギポイントマイナス!』

 

 そして、よくわからないポイントが減点された。

 一体、どういうポイントだったのだろう。

 

「むぅっ……!」

 

  裁判長は茹でられでもしたみたいに顔を赤くし、小刻みに震える。

  故意ではないにしろ、球磨川の行動で死者が多数出た今回の一件。しかし球磨川からは自責の念など一切感じられず、貼り付けたような笑顔が一層裁判長を苛立たせた。

 

「球磨川さん、なんで裁判長を煽るわけ?とても怒ってるように見えるんですけど。私の気のせいよね?」

 

  恐る恐る、アクアが裁判長をチラ見しながら球磨川を小突く。めぐみんも複雑そうな顔をして

 

「いえ、アレは絶対怒ってますね。ですが、ミソギの発言に魔道具が反応しなかった以上、真実だとわかってもらえたはずです」

 

『僕だって怒らせたくはなかったけれど、しょうがないよ。裁判長がバルターさん達にすっかりお熱みたいだったし、悪態の一つもつきたくなるのが球磨川禊だぜ。僕は悪くない』

 

  冒頭陳述は終わった。裁判長の怒りをかったのは球磨川の自業自得として。

  嘘発見器自体は、球磨川達を優位に立たせている。これは、実際球磨川達は無実なのだから当たり前だ。被告の発言が全て真実だと思われては流石に勝てない。いち早くそれを察したバルターは音もなく立ち上がり、八方美人スマイルで裁判長に提案する。

 

「裁判長。その魔道具はとても曖昧な物です。発言者が真実だと思い込んでいる事象は検知しないケースも確認されております。クマガワ被告が自身はテロリストではないと思い込んでいるならば、魔道具が反応を示さないのも頷けるのです」

 

  よく通る声で、優しく諭すよう魔道具の欠点を述べるバルター。

  改良の余地ありと裁判所や警察でも課題になっていた嘘発見器も、法整備されていないこの世界では大切な基準だ。だから、今回も採用されてはいたのだが…

 

「バルター殿、貴方のおっしゃることはもっともだ。過去にも何度か貴方が告発人となった裁判がありましたが、魔道具に惑わされた事も少なくありませんでしたね。しかし、魔道具無しでの判決というのも……」

 

  流石に、一切魔道具に頼らないのは裁判長も自信がないようで。球磨川に失格と言われたのが、若干効いている様子。

 

「迷う必要はありませんよ、裁判長。最終的な決定権は貴方にある。我々の主張を取捨選択した上で下された結論ならば、誰も文句など言いません」

 

  ニコッと笑いかけられ、裁判長は決心した。

 

「……わかりました。元々、三人同時の異例な裁判です。今回は、この私が責任をもって判決を下すとしましょう」

 

  どこからか黒服の男が現れて、よくわからない内に魔道具が片付けられていく。その様子を、めぐみんとアクアはポカーンと見ていることしか出来ずにいた。

 

  裁判を客観視する為の重要な道具を、こんなにアッサリ片してしまうとは。

  以前から面識はあるらしいバルターと裁判長だが、仮にも告発人の言葉に素直に従う裁判長なんて、ロクなものじゃない。

 

  魔道具を片付ける係の人が居なくなったところで、めぐみんは魔道具無しのヤバさを認識。隣のアクアを抱きしめた。

 

「まずい、まずいですコレは。どうしましょうアクア!なんで裁判長はバルターの言うことをホイホイ聞くのですか!おかしいじゃないですか!!」

 

「私も同感よ、めぐみん!……でもね?あの魔道具については、無くなってもいいかなって思ってるの」

 

  意外にも、アクアは魔道具を必要ないと言った。めぐみん達被告側のライフラインを、だ。

 

「何故です!?」

 

  堪らずめぐみんが理由を聞くと、 アクアは取り調べを思い出しながら述べる。

 

「だってあの魔道具ったら、私が女神だと名乗っても嘘扱いする不良品なんだもの。邪魔なのよ、あんなベル!」

 

「いや、それは思いっきり嘘じゃないですか……」

 

「う、嘘じゃないわよっ!?」

 

  めぐみんに嘘つき認定され、アクアは思わず涙ぐむ。

 

『あーあ、こうなっちゃうんだ。個人の考えで判決を下していいのは、世界中でも異世界でも、長者原君ただ一人なんだけどなぁ』

 

  舵を失った裁判の先が思いやられる。

  球磨川はかつての選挙管理委員を懐かしく感じるのだった。




『マミさんは死んでも、僕達の心の中で生き続けているんだ!』

裁判長、これサイバンチョじゃない?バルター寄りすぎぃ!

そして。裁判が進むと、球磨川さんの過負荷度が強くなっていくので、ちょっと胸糞悪くなるかもしれません。

現実から切り離してみてね!


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五十一話 裁判 中編

なんか、裁判長がホモみたいに皆さん言いますが、そんな事は無いと思いたい(願望


 日本程法律が整っておらず、嘘を見抜く魔道具もバルターの一声でご退場。球磨川達の命運を決める裁判は、半ば無法地帯と化して再開された。

 

「では、改めまして。クマガワ被告にお聞きします。貴方はどうしてデストロイヤーの出現ポイントにいたのでしょうか。テロを企てていなかったのなら、出現を知り得なかったはずです」

 

  セナからの質問。取調べでも同じ質問をされた球磨川は、これまた取調べと同じ答えを返した。

 

『だから、カズマちゃんのお墓参りに行ってただけだよ。その帰りに、デストロイヤーと出くわしたんだ』

 

  有りの侭を、脚色なく。嘘発見器が無いのが惜しい。ベルが鳴らなければ、それだけで無罪が近づいていただろう。魔道具の排除というバルターのうった手は、実に効果的だ。あまりに撤去までがスムーズだったので、口を挟めなかったのが痛い。今から喚いてみても、裁判長の印象を悪くするだけだ。

 

「それは何時くらいのことです?」

 

『えっと……時間までは覚えていないかな。急なことだったからね』

 

  続けて、デストロイヤーとの戦闘が開始された時刻を確認する。が、球磨川からは明確な答えが返ってこなかった。それを受けて、セナがニヤリと白い歯を見せる。

 

「そうですか。時間も覚えていないのでは、貴方の記憶は曖昧だと判断せざるを得ませんね。本当にサトウ カズマの墓参りをしていたのかも疑わしい」

 

『待って。そんなことは、一部始終を見ていた門番とやらに聞いて把握しているでしょ?』

 

  問題の日、球磨川達の行動を見てたという外門の監視役。検察に情報を提供したそうなので、時刻も報告済みのはず。

 

「ええ、そうですね。今のは、あくまでクマガワさんの記憶力が曖昧だという証明をしたに過ぎませんので」

 

『うわっ!セナちゃん性格悪っ!』

「なんとでも言ってください」

 

  球磨川に性格の悪さを指摘されたくはないが。はなで笑ってから、次にセナはめぐみんを視線で刺した。

 

「続きまして、めぐみんさん」

 

「!……なんでしょう」

 

  頭が良く、年齢の割に大人びてはいても、ここ一番で緊張してしまう性質のめぐみんは、厳格な雰囲気にのまれてしまっていた。気を緩めると、今にも腰が抜けてしまいそう。

  いつもなら杖で体重を支えられるのに、今日はそれがない。セナに気取られないよう振る舞うのが精一杯だ。

 

「貴女は爆裂魔法でデストロイヤーの足を破壊した。これは事実ですね?」

 

「……はい、デストロイヤーの足は我が爆裂魔法によって粉砕されました」

 

  球磨川の捨て身のスキル発動があってこそではあるが。

 

「では。爆裂魔法を放ったのは、貴女の意思でしょうか?」

 

「……すみません、質問の意図がわからないのですが」

 

「……聞き方を変えましょう。例えば、クマガワ被告に爆裂魔法を撃つよう命じられたりはしませんでしたか?」

 

「まぁ、ミソギが爆裂魔法を撃つように指示して来たのは事実ですが」

 

  だからどうした。球磨川はパーティーのリーダーとして、成功率の高い作成を指示しただけだ。この質問になんの意味があるというのか。

  セナの真意を、めぐみんは測りかねる。だが、セナは我が意を得たりと裁判長に向き直って。

 

「お聞きになりましたか、裁判長。此度のテロ行為において、クマガワ被告が主犯だそうです。めぐみん被告は単なる実行犯に過ぎないと」

 

「なあっ!?」

 

  めぐみんの、実に間抜けな声が裁判場に轟く。

  セナの意図を遅れて理解した。普段の、緊張していないめぐみんだったら、セナの思惑を読み取れたはず。

  質問にポンポンと答えたことで、球磨川の罪を重くする形になってしまった。代わりにめぐみんの罪は多少軽くなったとしても、それは彼女の望むところではない。

 

「ご、ごめんなさいミソギ。私のせいで、ミソギが主犯扱いに……」

 

  ギュッと、悔しさのあまり服の裾を握り込むめぐみん。裾だけでは足りないのか、唇も噛み締める。このまま力が加わって、せっかくの可憐な唇が傷つくなんてあってはならず。球磨川は普段通り微笑みかけた。

 

『めぐみんちゃんのせいじゃないよ。君はただ、事実を伝えただけだ』

 

  球磨川さんが、これまで数多くの人間を落としてきた、…いや、堕としてきた笑顔。

  めぐみんを安心させようと作った表情は、彼女のこわばった身体をほぐすに至った。

 

「裁判長。被告達をテロリストだとする根拠が、我々にはまだあります。過去に彼らがしてきた行いの中には、犯罪に近いものも幾つか存在していたのです。それらを証明する為、証人尋問を行いたいのですが」

 

 原告側と被告側。双方の冒頭陳述を終え、軽い質問からスタートしたセナは、次に証人尋問を開始したい旨を伝える。メガネの奥で光る目には、球磨川を必ず有罪にしてやるといった、セナの熱い闘志が宿っている。

 

「被告達が、以前から犯罪まがいの行いをしていると?……よろしい。証人尋問を許可します」

 

  球磨川が過去にも罪を犯しているとすれば、テロ行為に走っても不思議ではない人間性の持ち主ということになる。球磨川の人物像を知る為なら、証人尋問も許可する他ない。

 

  裁判長は、すんなり要求を受け入れた。

 

「……ありがとうございます。では、証人はお入りください」

 

  セナは裁判場の外へ、大きめの声で呼びかける。

 

 ガチャッ。

 

  原告側の背後、重厚な木製扉が開け放たれる。外部に音が漏れないよう、ドアにはかなりの厚みが持たされており、ギギィ…と、油が切れた機械のような音が裁判場に広がる。軋み音を入場曲にして、第一の証人が登場した。めぐみんはどこの誰が来るのかと警戒したが、現れたのは球磨川達とも面識がある男。ダルそうに、ポケットに手を入れながら歩を進めるのは、アクセルでも悪名高いろくでなしのチンピラだった。

 

「ったく。なんでこんな辛気臭い場所に来なきゃなんねーんだよ」

 

  初対面で球磨川に声をなかった事にされた、見た目も中身もチャラいダスト君である。

  素行が悪く、女性を見ればセクハラばかりするダメ男。セナとしても、この男を証人にするべきか逡巡したのだが……球磨川を追い詰める為ならば、贅沢も言ってられない。

 

  街の不良は、率直に言って浮いていた。裁判所の厳かな雰囲気と、チンピラ。まるで、裁判所の風景にダストだけを後から合成したようだ。当人もそれは承知していて、裁判長や傍聴人をチラチラ見ながら証言台に立った。

 

「て、被告はクマガワか!?」

 

  キョドキョドと視線を右へ左へやっていけば、その内被告人席も視界に入る。球磨川を見るや、ダストはギョッとした。それから条件反射的に、自分の喉を守るように手で覆い隠す。

 

『や、ダストちゃん。もう扁桃腺は良いのかい?』

 

  サクッと手をあげ、ダストに応える球磨川。

 

「ちょ、待てよ。アレは扁桃腺が腫れたとか、そういうレベルじゃないんだが」

 

  球磨川が、自身がダストにした仕打ちを扁桃腺で済ませようとしてきたので、ここはキッチリと否定しておく。

 

『そうだったの?ダストちゃんてば、初対面で突っかかってきた割には、突然借りてきた猫みたくなったんだもん。あの時は焦ったよ』

 

  過負荷はケタケタと笑う。

 

  確かに、ダストとの出会いは友好的なモノではなかった。些細なイザコザもあったかもしれない。行き違いが生んだ誤解のせいで、敵対に近い関係にもなった気もする。

 

『けれど!だからこそ!!……僕とダストちゃんは親友になれたんだよね。昨日の敵は今日の友だっ』

「何の話だ!?俺はお前と親友になった覚えはねーぞ!?つか、会うのもこれで2回目じゃねーかっ!」

 

  知らぬ間に親友にされそうだったダストは、心から叫んだ。一時的にとはいえ、球磨川がダストの声を奪ったのは事実。恨みこそあれ、親しみの感情など欠片もありはしない。

 

『あっれー?おかしいなぁ。少年漫画だと、夕日をバックに河原で殴り合えば、みんな仲良くなるものなのに。僕らもそれに近いことはやったから、てっきり友情が芽生えたものだと思ってたよ』

「芽生えるわけないだろ!どうやったかは知らねーが、人様の声を奪うような相手に!」

『……声を奪った?ちょっと何言ってるのか理解しかねるよ』

 

  証人としてやってきたダストだが、球磨川のにやけ顔を目にしたら抑えも効かなくなる。これまで、言いたくても言う機会がなかった文句が溢れ出て、尽きないこと尽きないこと。

 

  球磨川がダストの声を奪った。アクセル随一の不良をわざわざ呼んだのも、それを裁判長に伝えるのが目的だった。セナが尋問するまでもなく証言してくれたので、手間も省けたというもの。

  セナは勝ち誇った顔で、更にダストの証言を煮詰めていく。

 

「えー、オホン。証人に伺います。今おっしゃったように、貴方はクマガワ被告に声を奪われたのですか?」

 

「あ?……あぁ、そうだよ」

 

「その時の状況を、話してください」

 

「……俺はギルドでクマガワと出会ったんだがな。何をトチ狂ったか、ソイツはいきなり俺の声を奪いやがった。俺に向かって手を差し出したりしてたから、多分スキルだな、ありゃあ」

 

  ダストは今も違和感が残るのか、首の辺りを右手でさする。

 

「なんとっ!突然、意味もなく声を奪われたのですね!?……さぞお辛かったことでしょう」

 

  セナはオーバーリアクションで、ダストが受けたダメージの深刻さを表現した。証言を頼んできた時は無駄に高圧的だったのに、裁判になった途端同情しだした検察官を、ダストは胡散臭そうに見つめて。

 

「いや、まぁ……ビビリはしたけどよ。【3分】で元に戻ったから、そんな深刻でもなかったぜ」

 

  球磨川と出会ったその日。ギルドで声が出せなくなり、ダストは今後の生活を想像して涙を溢してしまったのだが……球磨川と別れた後、3分経つと、特に治療する事もなく元どおり発声出来るようになった。まるで、声をなかった事にされた事をなかった事にされたように。あの時の感覚は、言葉で説明するのが難しい。

 

  ダストが、それ程精神的苦痛は受けなかったと告げたのを良いことに、球磨川は屈託無い笑顔で肩をすくめる。

 

『なーんだ!たったの3分で元に戻ったんだ!心配して損しちゃったぜ』

 

「……あ?」

 

『待てよ。だとすると、そもそもそれ、本当に僕の所為だったのかな?よしんば声を奪うスキルがあったとして、3分後に元に戻すなんて都合のいい事が可能なんだろうか。ダストちゃんの声が戻ったのは、僕と別れてからだったんだし。……て、何処かの誰かさんが嘘発見器を片付けたお陰で、ダストちゃんの発言が真実かは証明出来ないんだったね』

 

  「なんだとっ!俺が嘘をついてるとでも言いてーのか?」

 

  憎き球磨川が非を認めなかった。それどころか、被害者のダストが思い違いをしてるんじゃないかとまで言ってのけた。これでは、ダストが不機嫌になるのも無理はない。

  この場で球磨川にキツい一撃をくらわせてやりたかったが、辛うじて思い留まる。実は、ダストは球磨川と入れ替わりで牢屋に入れられていた。なんてことはない、何時ものセクハラや喧嘩が原因だ。セナに協力したのは牢から早く出る為だったからで、罪を重ねては本末転倒なのだ。

 

「セナさんよ、これくらいでいいだろう?俺はクマガワに声を出せなくされた。それは間違いない。俺のパーティーメンバーもその場に居合わせたから、嘘だと思うなら聞けばいい」

 

「ええ。貴重な証言、ありがとうございました。証人はお下がりください」

 

  検察側からして、一人目の証人ダスト。彼は問題なく役目を果たした。球磨川が行った非道を裁判長は重く捉えるはず。このまま二人目の証人を呼んで、ダメ押しといきたい。

 

  セナに退廷を促されたダストは、つまらなそうに出入り口まで戻っていく。面倒な証言だったが、これで牢から早めに出られるなら安い。厄介な仕事が片付いた実感がジワジワと追いついてきて、ダストの足取りも徐々に軽くなっていく。

 

  その途中。

 

『待ってよ、ダストちゃん!』

 

  裸エプロン先輩から、呼び止められたのだった。

 

「……なんだよ?」

 

  首だけで球磨川を捉えるダスト。気持ちはもう、シャバでの娯楽に向いていた。しかし、呼び止められただけで、先ほどまでの苛立ちが蘇る。

 

『まだ被告側の反対尋問が行われてないよ。裁判長、被告側の尋問を省略しようとした原告代理人は問題だと思うんだけれど』

 

  都合の良い証人を呼び、都合の良い証言をさせる。何か不利な事を言い出す前に退廷させてしまうのが、セナの常套手段だったわけだが……

 そうは問屋が卸さない。

  嘘発見器を使用しないのなら、尚更真実をハッキリさせるべきだ。

 

『原告が魔道具を片付けた事については、何も言わないよ。ならせめて、反対尋問くらいはさせてくれよ』

 

  異世界のルールは、正直わからない。が、反対尋問という制度そのものは、誰から見ても公平のはずだ。今まで導入されていなかったのが不思議な程に。

 

  多くの死人が出た事件の裁判故に、誰もが納得する形で収めなければならない。

  裁判長も、自分が判決を下すプレッシャーを感じていた。球磨川の口から出た反対尋問は、裁判長に情報をもたらしてくれる良き制度に思える。

 

「それは、要するにクマガワ被告達も証人に尋問すると?」

 

『そゆこと。平等でしょ?なじみんも笑顔になるってもんさ!』

 

  なじみん。かの者をそんな呼び方した球磨川さんは、果たして何億のスキルでお仕置きされてしまうのか。

  響きがめぐみんに近いので、いっそ改名して、紅魔の里にでも住んでみてはいかがか。

 

  「成る程……よろしいでしょう。証人に、被告側からも質問する権利を与えます!」

 

  ここでようやく、裁判長がそれらしさを見せ始めた。裁判長が球磨川の提案にのったことで、バルターはにわかに冷や汗を流す。原告寄りだったはずが、五分五分くらいまで天秤が戻ったような気がしたからだ。

  しかも、尋問される対象はあのダスト。どんな余計なコトを言ってくれるかわかったものじゃない。

 

「裁判長!ダスト殿は原告側が用意した証人です。被告に尋問をする権利などありません」

 

  バルターの焦りを認めたセナも、裁判長に苦言を呈する。

  これまで裁判では反対尋問なんか行っていなかったのだから、これからもする必要はないと。仮に制度を取り入れるにしても、こんな土壇場じゃなく会議を開いてからにするべきた。

 

『だからこそだよ。原告側が用意したからこそ、被告の尋問に意義があるんじゃないか。ダストちゃんが裏で金を積まれて、原告に有利な証言しかしない可能性だってあるんだから、さ』

 

  「球磨川さん、良いこと言うわね。私も賛成するわ!女神的に、物事はいろんな観点から見た方が良いと思うの。裁判長も、いいわね?」

 

  そよ風程度ではあるが、被告側に追い風が吹き始めたかもしれない。

 アクアも便乗する形で、球磨川をフォロー。

 

「はい。被告のおっしゃることは一理あります。元々、この裁判は特殊なケースですからね」

「くっ……そんな……」

 

  裁判長のお墨付きを頂いた。セナさんが悔しそうに呻く。

 

  なんとかして、このまま勢いに乗りたいところ。

  ぶつくさ文句を垂れ流しながら証言台に戻ったダストに、早速球磨川が質問を開始する。

 

『さっき、君はスキルによって声を奪われてたとか言ったよね?』

 

「言ったな。本当のことだろ」

 

  一刻も早く尋問を終わらせたい。今のダストが望むのは、ただそれだけ。

  簡潔に応答していけば、解放までの時間も短くなるはず。

 

『でも僕は、ダストちゃんの声云々は病気説を推すよ。君は実は、自覚がないだけで、突発的に声が出なくなる難病でも患っているんじゃない?』

 

「は?」

 

  が、球磨川によって事態はややこしくされていく。話を拗れさせる能力では、裸エプロン先輩に優る人間などいはしない。

 

『きっと、生活する上では大量の薬を飲んだりしなくちゃいけないんじゃないだろうか。ダストちゃん、一度お医者さんに行ってみるのも悪くないと思うぜ?』

 

  ダストの声云々は、スキルではなく病気が原因だと主張した。

 

  馬鹿馬鹿しい。裁判だからと言って、真面目に付き合うこともない。嘘をつくにしても、もっとマシな方法があるだろう。球磨川の発言は当然一蹴されるべきもので、ダストもそうする。

  そう、しようと試みた。けれど…

 

「……………!」

 

  トラウマ発動。悪夢の再来。

  絶妙なタイミングで、球磨川のいう難病が発症してしまったのだ。

 

「っ……。……!!」

 

  ダストは何かを頑張って言葉にしようとするが、口からは空気だけが漏れる。

 

『なっ…なんということだっ!ダストちゃん、まさか病気が今まさに君を襲っているのかい!?』

 

  口に手を添え、驚愕のあまり目を見開く球磨川。発症は唐突。球磨川が予備動作をしたりもしなかったので、どうやら本当に病気のようだ。と、裁判長は思った。仮にダストにスキルをかけたならば、発光したり、音がしたり。何らかの現象が起こるだろう。

 

「むぅ……これはいけません!人命第一ですからな。命を脅かす病気の恐れもあります。証人を速やかに医療機関へ!」

 

  裁判長命令により、黒服達が丁重にダストを連れて行った。扉に消えていくまでの間、まさに無言の圧力といった感じで球磨川を睨みつけていたダスト。球磨川はそんなダストを心配するように、不安げな表情で見送った。

  もっとも、今回も3分すれば直る気がしなくもない。

 

「……バカな。なんなんですか、コレは……!!」

 

  ギリッ。セナが怒りの形相で歯をくいしばる。自分の思い通りの結果を得られず、つい態度に出てしまった。

 

「どうやら、被告側の主張が正しかったみたいですね。ダスト殿が声を出せなくなった際、スキルが使用された兆候はありませんでした。原告代理人。ダスト殿に虚偽の証言をさせてはいませんね?」

 

  裁判長は低い声でセナに問う。

 

「あ、あり得ません。女神エリスに誓って!……ダスト殿の証言が嘘だと見抜けなかったのは不徳の致すところではありますが」

「そうですか。ならば、不問とします。原告代理人は、証人の選定には注意して下さい」

「はいっ……」

 

  もしも魔道具が撤去されていなければ、セナさんは完全にアウトだった。

 涼しげなベルの音が鳴っていたに違いない。

 

  裁判長の心証は、緩やかに被告寄りになっている。

  作り笑いでなんとか誤魔化せたセナさんの苦悩は、ここからが本番だ。

 

「失礼します」

 

 ダストが出て行った原告側の扉と向かい合う形で、被告側にも扉が存在する。重厚な木製のドアが開け放たれ、

 ようやく、球磨川さん達の弁護人。ダクネスが裁判場に姿を見せた。

 

「遅れて申し訳ありません。……証人の確保に時間がかかってしまいまして。ダスティネス・フォード・ララティーナ、これより被告代理人として、参加致します」

 

  スーツに身を包んだダクネス。スタイルが良いので、とても似合っている。見た目だけならば、凄腕の弁護人だ。

 

「ダスティネス家の……!」

 

  ダクネスの名乗りで、裁判長の目は点になる。

  球磨川の策で裁判長の印象が良くなったのと、頼れるパーティーメンバーの登場で、めぐみんは一気にテンションを上げた。

 

「遅いですよ!ダクネス」

 

「すまなかった。だが、安心してくれ。私が来たからには、もう大丈夫だ」

 

『期待していいかな?ダクネスちゃん』

「ふっ、任せておけ」

 

  これだけ時間をかけたのだから、きっと有力な情報を得てきたに違いない。球磨川は若干力を抜いて、呼吸を整えてから。心労によって5歳は老け込んで見えるセナへ右手をビシッと突き出して、高らかに宣言する。

 

『ここからは僕らのターン!』

 

  球磨川の決め台詞アンド決めポーズ。

 

「な、なんですかそれ!?カッコいい、カッコいいのですっ!ミソギ、中々腕を上げましたね!」

 

  紅魔族の琴線にふれたようで。めぐみんは真似して、何度か右手を突き出したりしてから、ふむふむと頷いた。

 

「次から次へと……!」

 セナは不愉快そうに眉を寄せ、

 

(クマガワくん……君は、決めポーズまでもが愛らしい)

 バルターは密かに目をハートにしたのでした。




バルターさん、これで今晩はアレだな。

ダストさんにそんな難病が……!
てか、球磨川さんのスキルは一体何フィクションなんだ…

アクア様の影が薄いですって?下書きでは普通にアクア様に喋らせてたのですが、その所為で普通に裁判に負けそうになったので……多少はね?


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五十二話 裁判 後編

このすばを更新できない間、後学の為に球磨川さん一人称の小説を書いてみました。過負荷の思考をトレースするのはやめましょう、具合悪くなります。

脳が……脳が震えるぅぅぅっ!!


  最初は半ば出来レースの様相を呈していた裁判も、ここに来て球磨川達に追い風が吹き始めた。

  セナは基本的に優秀な部類に入り、悪手と呼べる手はまずうたない。徐々に徐々に球磨川達に追い上げられてしまった原因はセナ本人ではないのだ。

 

  雲行きが怪しくなったのはダストの証人尋問からだが、けれど人選をミスしたわけでもなく。ダストの証言は、もしも相手が真っ当な人間だったのなら、九分九厘打撃を与えられただろう。通用しなかったのは、球磨川禊がおよそ普通とはかけ離れた性質を持っていたからに他ならず。

 

  有り体に言って。

  相手が悪かったのだ。

 

  それでも今更引くことは許されない。

 

「申し訳ありません、バルター殿。予想よりも被告側に粘られてしまっています」

 

  数えるほどではあるが、セナとバルターがタッグを組んだ裁判は常勝。相手に抵抗さえ許さず、犯罪者達の人生を終わらせてきた。民衆の支持は勝利を重ねていく度に増していき、輝かしい無敗記録は今日でまた一つ伸びる予定だった。アクセルの未来を左右しかねない、大規模テロというやや難しいケースとはいえ、準備は怠らず。冷静沈着に事を運べば十分勝利をもぎ取れる筈だと。

  裁判が始まる前、そう判断してしまった過去の自分を止められるとしたら、止めたかもしれない。

 

  ただ。今のセナの言葉に諦観はなく。彼女にとって球磨川の反撃は、たんなる足掻きでしかないとでも言うように。

  バルターとセナが手を組めば、球磨川ですら相手にならないと考えているのだろうか。

 

「ダスト氏が証人として役立つと判断してしまったのは早計でした。被告側にプラスとなる要素が皆無な人材を、丁寧に選定しておけば……」

 

  ダクネスが弁護人席に移動する短い間、セナはバルターに不甲斐ない現状を詫びた。本質的には、謝罪の意味よりかは助けが必要だというセナからのSOSだが。

 

(すみません、バルター殿。手を貸して下さい…)

 

  しかし……

 

「そんなことは、言われなくてもわかります。それで、貴女の仕事は私に詫びる事なのですか?」

 

「え?ば、バルター殿…??」

 

  原告、さわやか風イケメンの顔は曇り気味。セナの提案をスルーした。

 

「違うでしょう。ただ、勝つこと。弱音を吐いている余裕があるのなら、勝利に繋がる道を模索して下さい」

 

「そ、そんな…!」

 

  返ってきた言葉はなんとも冷たいもの。他の裁判にて、バルターとは二人三脚で被告を追い詰めた過去もある。実際、先ほども助け船を出してくれたというのに。どうやら、今日のバルターはあまり協力的ではなさそうだ。

 

(いえ…バルター殿に助けを求めたくなる時点で、既に状況は芳しくないという事ですか)

 

  セナは深く呼吸をして、全身に酸素を行き渡らせた。

 

(認めましょう、球磨川さん。貴方は素人にしては弁が立つようです。ならば……こちらとしても、遠慮はいらないというもの)

 

  逃げ道を塞いでからトドメをさす。そんなポリシーを曲げてまで、セナは一撃で球磨川を潰す方法をとる。

 

  セナがバルターから原告代理人を依頼された際、バルターは切り札となる証人を用意したと告げてきた。正直、この証人がいるかいないかで、セナが仕事を引き受けるか否かも変わっていた。

  バルター曰く。球磨川達のテロ計画を細部まで知る人物だそうだ。

 

  1ターン目から繰り出せるエクゾディア…みたいな証人を使う決意をし終えれば、丁度ダクネスが弁護人席で裁判長に頭を垂れていた。

 

「審理を停滞させた無礼、お詫び申し上げます。弁護側、準備完了しました」

 

「結構。それでは、再開致しましょう」

 

  裁判長の号令で、裁判が再開した。

 そこそこの時間を経てきたものの、傍聴人の中に、退屈や疲労を感じているものはいない。確かに、球磨川達を悪者にしようと躍起になる思考停止した愚か者は、街全体にはチラホラ存在する。が、傍聴までしにくる人間達は皆一様に、真実を明らかにしたいと願っている。愛する家族や恋人は、どうして命を終えなければならなかったのか。自分の怒りや悲しみは、誰に、何に向ければ良いのか。今はただ、それだけが知りたいと。

 

「バルター殿。」

 

  セナは決めておいたポーズでバルターの許可を得ようとする。ただ眼鏡を外すだけではあるが、それが切り札を使用する合図。

 

「……いいでしょう。幕引きですね」

 

  待ってましたと、バルターも即答。

  セナのポリシーは出来る限り尊重するスタンスのバルターだが、今日この時だけは出し惜しみをして欲しくはなかった。なにせ長引けば長引くほど真実が浮き彫りになり、球磨川達が無罪へと近づいていくのたから。聴衆が、球磨川達は無罪なのではと気づき始めている。

 

(だがしかし、ギリギリ間に合ったか)

 

  一人静かに、バルターは息を吐く。

 

  変にセナに入れ知恵したことで、彼女に絶対的な安心感を抱かせてしまった。心の片隅でそれは慢心となり、球磨川に隙を見せたのだ。

 

(今度セナを利用する時は、適度な緊張感を与えてやらねーとな。あそこで助けなければ切り札に縋ると予想したが、ズバリ的中したぜ)

 

  優等生な仮面の裏で。バルターは失敗を自分の糧とする。将棋やチェスでコマの動きを覚える程度の感覚で、今後のセナの利用法を学んだのだ。

 

「裁判長、第二の証人を呼び、尋問を行いたいのですが」

「ほう、次の証人ですか……」

 

  満を持して。セナが切り札投入を試みる。

 

「ちょっと。マズイんじゃないかしら。セナとかいうメガネ女が、また証人尋問しようと企んでるわよ!」

 

  アクアは慌てて仲間達を見やる。

  まあ、相手が呼ぶ証人なのだから、それはもう相手が有利になる発言しかしないことは、水の女神様にも理解出来たらしい。

 

「アクアの言う通りですよ。さっきのダストはうまく利用出来ましたが、運が良かったと捉えるべきかと。あちらもそうそう反撃を許してはくれないでしょう」

 

  めぐみんもアクアに同調し、何か手をうつよう球磨川とダクネスに求めた。だが、いつもそこそこに頼り甲斐がある裸エプロン先輩も、ここではお手上げの状態。

 

『あいにく、僕ももう手札がないよ。手札が無ければハッタリすらかませないし、ここはもうダクネスちゃんを頼るしか方法はないだろうね』

 

  ということで、三人から期待の眼差しを受けることとなった弁護人。普段の冒険では、壁役としてならともかく。攻撃役としては微塵も期待されないダクネスさん。

  それが今、ある種攻撃役として大きな期待を抱かれている。

 

「わ、私が……こんなにも期待されるなんてな」

 

  ドエムの騎士でも、どうやら辱めを受ける以外で昂りを覚える事もあるらしい。プルプルと小刻みに震えてから、ダクネスさんはキリッとした表情をどうにか作り上げて。

 

「お待ちください裁判長。原告代理人は証人を呼ぼうとしているようですが、次に証人を選ぶ権利は被告側にあるのではないかと」

 

  連続で証人を呼び続ける事が許されれば、誰だって裁判に勝てるだろう。

  反対尋問を認めてくれた柔軟な裁判長は、当然ダクネスに理があると判断してくれる。

 

「被告側も証人を用意していたのですね。よろしいでしょう、原告代理人の前に、被告の証人尋問を許可します」

「……ありがとうございます」

 

  ダスティネス家の威光に裁判長が屈したからかは定かじゃないが、すんなりとダクネスの提案が通る。

  必殺の一撃を出し損ねたセナとしては焦せらざるを得ず。

 

「くっ……」

 

  悔しげに拳を机に落とし、歯を強く強く嚙みしめる。

  反撃の機会を先延ばしにされた。喪失感に似た何かは、セナの聴力に異常をもたらす。ダクネスの凛々しい声が、なんとも遠くに聞こえてきた。

 

「では、証人はお入り下さい」

 

(…ララティーナ嬢。一体どのような証人を用意したのでしょう)

 

  こうなったら、被告側の証人を利用してやればいい。意気込み、セナは重厚な木扉を見据えた。

  球磨川、めぐみん、アクアの期待を一身に背負ったダクネスが選んだ証人だ。一筋縄ではいかないはず。だが、逆のパターンで球磨川はやってのけた。裁判さえ初めての素人に出来て、自分に出来ないわけがない。

 

  ギギィ……と、本日3度目の扉が軋む音。

 

  証人の一挙手一投足を注意深く観察してやろうと意気込んでいると。

 

「……なんだ、これは。あり得ん。何がどうなっている。」

 

  セナの隣。何事にも動じないバルターが、突然情けない声を出したのだ。かすれて、途切れ途切れの肉声。聞くものすべてに、自分は不安だと宣言しているも同然の。

 

「バルター殿、これは一体…」

 

  証人の登場で、急に狼狽え出したバルター。慌て様は素直に、【バルターらしくない】反応。そして、セナも同様に驚きを隠せていない。

 

『あらら、どうしたんだい?原告のお二人さん。顔中に脂汗かいてるよ、汚いなぁ、ハンカチいる?』

 

  球磨川に言われて我にかえる。

  バルターもセナも、あまりの事態に我を忘れていた。

  落ち着きを取り戻し、バルターは努めて冷静な口調で証人に問う。

 

「エルク。どうして、貴方が被告側の証人になっているんです…!」

 

  バルターとセナが動揺するのも当然。

  ダクネスの呼びかけに応えて現れた証人。エルクと呼ばれたその男こそが、バルター達が切り札と呼んでいた人物だったのだ。

 

  球磨川達を一撃で葬るはずの証人が、自分達の敵として現れた。

 

  エルクは胸を巨大な螺子で貫かれ、髪も白く染まっている。普段と同一人物とは思えないほど変わり果てた姿。

  それでも、バルターにはわかる。

  何故なら、彼は此度のテロ計画を最初から最後まで支えてくれた、腹心の部下だからだ。

 

「バルター殿、申し訳ありません。今の私に、ダスティネス家に逆らう気力はないのです」

 

  髪だけに留まらず、全身からぼんやりと負のオーラを放つエルク。態度や言葉からは、微塵もやる気を感じない。

  この様子だと、バルターと打ち合わせて矛盾なく仕上げた嘘の証言も言えないのではないか。

 

「気力がない……?第一、その胸の螺子はなんですかっ!?」

「あ、これですか?……説明するのも面倒なので、しなくても良いですか?」

「……んだと?おい、お前本当におかしくなったんじゃないのか?」

 

  怠惰。エルクの胸に突き刺さった巨大な螺子から、強烈な怠惰の感情が流れ込んでくる。遠くにいるバルターの精神にさえ働きかけてくるあの螺子は、一体なんなのか。また、アレに貫かれているエルクの心は、確実に無事ではあるまい。

 

『あはは。バルターちゃん、焦るあまり敬語キャラじゃなくなってるって!それから、その螺子にシンパシーを感じてくれたみたいで嬉しいよ』

 

「く、球磨川君……!あの螺子を知っているのですか?エルクの、私の配下の身に何が起きたのです」

 

  バルターは、螺子から流れ込む感情を【怠惰】と認識した。それは、彼の辞書に【過負荷】の文字がなかったからであり、いわば暫定的なものだ。

  ならば、説明しよう。

 

『何が起きたか、ねぇ。簡単な事だ。エルクちゃんは、【過負荷】になったのさ。僕とお揃いのね』

 

「まいなす……?」

 

『そ、過負荷。以上で説明は終わりにして。エルクちゃん、証言しちゃってよ!』

 

  親指をグッとたて、ウィンクする球磨川先輩。過負荷に対する説明は圧倒的に足りないが、状態異常に近いものだろうかと、バルターは考える。

 

  「まさか。」

 

  怠惰に支配されようと、過負荷に飲み込まれようと。バルターを裏切るようなエルクではない。

  幼少の頃から共に剣と勉学に励み、父、アルダープが消え去った後も、一切態度を変えずにつかえてくれた。

  親よりも、兄弟よりも信頼に足る男。単純に、裏切りを認めたくなかったという心の弱さも邪魔をして。

 バルターはエルクの証言を止められず。会心の一撃は、痛恨の一撃となって返ってきた。

 

「告発人、アレクセイ・バーネス・バルターは、アクセルのギルド長と協力し、無実の球磨川被告をテロの首謀者に仕立て上げました。」

「……。エルク、キサマ血迷ったか!!」

 

  限界まで目を見開いたバルターは、エルクに飛びかかった。裏切りが確定すれば、生かす価値もない。

  余計な証言をする口をふさぐため、喉を握り潰そうと試みる。非常に高いレベルを誇るバルターの跳躍。一度瞬きすれば、二度と視界に捉えられない程のスピード。だが。

 

「バルター殿、今原告の発言は許されませんぞ。」

 

  裁判長が木槌を振ると、バルターとエルクの間を引き裂くように稲妻が走った。思わず足も止まる。少しでもかすれば、根こそぎHPを持っていかれそうな、高位の雷魔法。

 

「くそ……!」

 

  バルターの暴走は、呆気なく阻まれた。

 

「加えて。バルターは、戦死した冒険者達の指揮をとり、デストロイヤーの自爆に巻き込ませた大罪人でもあります」

「なんですと!?」

 

  自分が殺されかけても歯牙にもかけず、エルクは淡々と証言を終えた。命ごとき、どうでもいいらしい。

  いよいよ、裁判所、傍聴人の認識が書き換えられる。正義がどちらにあるのかを。

  バルターがなりふり構わずエルクを口止めしたのが全てだ。

 

「ま、まて!みなさん、これは何かの間違いです。エルクの発言は、全て戯言、聞き流して下さい。……ね?」

 

  バルターは小学生レベルの抵抗をするが、ただ見苦しい。裁判長も、傍聴人も、そして球磨川達も。皆冷めた視線だけを注ぐ。

 

「裁判長。これら26点の書類を、新たな証拠書類として提出致します」

 

  止めに、ダクネスがエルクから預かった証拠書類を裁判所に提出。テロの計画から、アクセル全体の情報操作に関するものまで。エルクが球磨川達から隠し通した書類が、白日の下に晒されたのだった。

 

「これは。どうやら、決定的な証拠になりそうですな。バルター殿、一時的に貴方を拘束させて頂きます」

 

「うそだ、この俺様が……!」

 

  マッチョ共に押さえ込まれ口を切ったバルターは、血と共に呻き声を床に投げつけた。

 

 ……………………

 ……………

 ………

 

  球磨川は言った。タダオと共にアレクセイ邸を探索していた折。

 

『裁判に負けない方法が、いくつかある』と。

  禁断の過負荷、【却本作り】をエルクに撃ち込んだのは、その直後。

 

  タダオのモーデュロルによって、首から下を床に埋め込まれた男。バルターの留守中、屋敷を守っていたあの兵士こそが、エルクだったのだ。

 

「う…。なんだ、これ………」

 

  螺子に貫かれたが最後。

  髪は染まり、顔からも生気が消え失せて行く。

 

『なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け!君の身体に刺さったそれは、【螺子】というんだぜ!』

 

「…これで、この兵士は裁判でお前有利な証言をするのか?」

 

  螺子の効果を信用していないタダオが、球磨川に聞く。

 

『んー、いけると思ったり思わなかったり。微妙に運の要素もあるけれど、過負荷になった兵士さんが、エリートの最たるバルターさんに忠誠を誓い続けるのは難しいと思うよ』

 

  少なくとも、自分はエリートに尽くさないね。と、球磨川が付け足す。

 

  レベルも、知能も、体力も。

  一切合切球磨川と同じになれば、もうそれはエルクと呼べない。

 

  バルターとの友情。剣に誓った忠誠。エルクの全てであるそれらを簡単に消し去ってしまう理不尽なスキル。

 

  球磨川が言う、裁判に負けない為の策。これがなかったら、ダクネスは証拠を探しきれず、裁判所に到達すらしていなかったはずだ。

 

  屋敷を捜索中、バルターの戻りが気がかりで【却本作り】を使用するだけに留まってしまい、情報収集はどうしてもダクネス頼みになってしまったが……見事、ララティーナは期待に応えてみせた。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

  裁判所が、数時間かけて書類の確認を行う。探しても探しても見つからなかった、紙媒体の証拠達。

  中にはバルターの筆跡と一致する記述も存在した。

  審査するほど、今回バルターが企てたおぞましい計画の全貌が明らかに。

 

  セナは既に膝から崩れ落ちており、空中の一点を見つめ続けている。

 自分が極悪人を助ける為に頑張っていたのだと知ったショックは、いささか大きすぎた。

  バルターはエルクに襲いかかったことで、屈強な男達に腕を掴まれ身動きがとれずにいる。審査が終わるまでという条件つきだが、恐らくこのまま牢屋に連れていかれるだろう。

 

「やりました、もうこれは勝ちですね。我が爆裂魔法を使うまでもなく勝利です!」

 

  ぴょんぴょんと飛び跳ね、体全体で喜びを表現するめぐみん。

 

「まあ、私のおかげね。マンガンロンパをやり込んだ甲斐があったわ!」

 

  冤罪の容疑は晴れた。

  傍聴人達の目も変化し、球磨川達を英雄だと讃える。

  起動要塞デストロイヤーを1パーティーが戦闘不能にさせた前例はない。

  球磨川達の名は未来永劫、英雄として教科書に載るだろう。

 

  厳格な審査は終了した。

  裁判長が、判決を下す。

 

「主文。起動要塞デストロイヤーに纏わるテロ騒動において、被告は無罪とする。少人数のパーティーで起動要塞デストロイヤーの足を破壊した功績は大きく、テロを行った証明となる証拠の殆どは捏造。テロリストだと断ずる根拠はあまりに薄弱です。言葉巧みに冒険者を操り、自爆寸前のデストロイヤーに特攻させ、功労者たる被告に罪を被せた原告、アレクセイ・バーネス・バルターの罪は重く。バルター殿の裁判を別日に執り行ないます!!」

 

  完全勝利。傍聴人席から拍手が起き、球磨川達の勝利を彩る。バルターは結局拘束が解かれぬまま、警察署までしょっぴかれることが決定。

 

「認めん……認めんぞ!俺は絶対に球磨川君のお尻を可愛がる……!!それまでは、絶対に死なんからなっ!」

『……お断るよ、バルターさん』

 

  ガチムチ達に手取り足取り、丁寧に牢屋へと連行されたバルターさん。

  ガチムチタイプより、中性的な男の子が好みのようだ。

  球磨川に寒気を感じさせる程、バルターの執念は凄まじかった。

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 

  真犯人がいなくなった法廷で、裁判長は球磨川達に歩み寄ってきた。

 

「球磨川さん、めぐみんさん、アクアさん。此度は多大なご迷惑をおかけし、本当に申し訳ない」

 

「いいのよ、謝らなくても。私、一度裁判ってヤツをやってみたかったの!サイバンチョも良く頑張ったと思うわ。でも、私達の第一声で無罪だってわかるようにならないとダメよ?」

 

「は、はぁ。精進します」

 

  アクア様はサイバンチョの肩をパシパシ叩く。とびっきりの笑顔で。

 

「こらアクア!この街の碩学である裁判長になんて態度をとるんだ!すみません、裁判長」

「いえ、気にしてませんよ」

 

  今回は良い働きをしてくれたダクネスさんがアクアを引き剥がし。

 

「……それで、どのようなご用件ですか?裁判長が直々に声をかけに来るなんて」

 

  わざわざ健闘を讃えにきた、というわけでもなさそうだ。ダクネスは裁判長に本題を促した。

 

「どういうことです?裁判長は、我々に何か伝えに来たのですか?」

 

『かもね。めぐみんちゃんの疑問に答えてもらえるかな、裁判長さん』

 

  ダクネスは一目で裁判長の狙いに気づいた。裁判での勝訴を祝う流れから、ある依頼をする予定がいきなり崩れてしまう。なるほど、デストロイヤーを追い詰めたのは伊達じゃない。

 

「では。既にご存知の通り、このアクセルの被害は甚大です。自由に動ける凄腕冒険者となれば、貴方達しかいません」

 

『だろうね。凄腕ともなると、僕達しかいないかもね。それでそれで?』

 

「はい。そこで一つ依頼したいのです。」

 

「依頼……」

 

  なんだか嫌な流れになってきた。

 聡いめぐみんは眉をひそめ、裁判長の言葉を待つ。

 

「先ほどエルク殿の証言にあった、この街のギルド長が、昨日から王都へと出張している事がわかりました。もしもバルターと手を組んでいたならば、彼も罪を償わなくてはなりません。貴方達に、ギルド長の捜索をお願いしたい」

 

 王都にて、ギルド長を捜す。

  疲弊しきったアクセルとしては、球磨川達に頼るしかない。王都の冒険者にも頼む予定だが、体裁的にアクセルからも冒険者を出した方が何かと好都合なのだ。

 

『王都か。そういや、クリスも言ってたな。王都になんかのヒントがあるとか』

 

  前にクリスから頂いたアドバイスを思い出した裸エプロン先輩。

  王都に行けば、魔王討伐に近づくかもしれない。

 

「どうする、ミソギ」

 

『勿論、行くに決まってるさ!困っている人を助けるのが冒険者の務めだしね!!』

 

  神妙な顔で問いかけてくるダクネスに、球磨川はドヤ顔ダブルピースで答えてみせた。

 

 




裁判場の扉と書きたいのに、予測変換で
裁判長の扉ってなっちゃう。意味深。

てか、却本作りで髪染まるの、白髪でいいのかな。
わからん。
球磨川くんが大嘘憑きで冒険者を生き返らせるご都合展開も考えたけれど……劣化してるからなぁ


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五十三話 『僕とのディナー』

更新、遅れました。
失礼致しました。


  裁判長からの依頼は至ってシンプル。王都へ赴きギルド長を捜す。それだけだ。

 

  アクセルのギルド長を務める男が、容疑者として王都に姿を眩ました。裁判後に取り調べが行われ、バルターの証言により今回の騒動でギルド長が一枚噛んでいた事実が判明。悪事に気づかず身柄を逃してしまったのは、ギルドとしても警察としても不本意であり、またその捜索を王都の冒険者たちに手伝って貰うなど恥の上塗りも良いところ。

  ならばせめてと、アクセルの冒険者である球磨川達を向かわせておけば、何もしないよりは体裁を保てるというもの。魔王軍幹部を討伐し、アルダープの悪事を暴き、デストロイヤーから街を救った英雄。たった三人だけのパーティーはやや頼りない感もあるが、人手の不足したアクセルでは贅沢も望めない。

 

「もう!ミソギはまったくもうっ!裁判長の頼みを二つ返事で引き受けるだなんて。早計だったのでは?」

 

 夕方。裁判で心身疲れきった球磨川達は、バルターから支払われるであろう大金を考慮して、少し高級な料亭で食事を摂っていた。

  たった何食かだが、拘置所にいる間のメシはどれもパサパサとして味気なく、とてもお腹一杯に食べたいとは思えない代物だった。基本的に、栄養を十分に与えて容疑者を元気にするのはリスクも高い。不味く少ない食事で疲弊させたほうが安全なのは、人権的な考えを排除すれば合理的なのだ。冒険者を捕まえるだけあって、ちゃんと脱獄対策なんかも練られてはいるみたいだ。それゆえに、裁判中も空腹と戦っていた一同。裁判で勝訴をもぎ取って気分も向上していた為、たまの贅沢をするに至ったのだ。

 

『そうかい?うん。仮に百歩譲って早計だったとしたら、頼まれれば断れない、僕の素晴らしい人柄が原因だな。こればかりは、僕を真面目キャラに躾けた親に文句を言ってくれよ。とはいえめぐみんちゃん。チキンを咀嚼しながら喋るのは、レディーにあるまじきマナー違反じゃないかな?』

「……だってこんなに美味しいお肉、食べたことありませんし」

 

  球磨川が熟考せずに依頼を受けてしまったことを糾弾しながらも、ホカホカのフライドチキンを貪るめぐみん。

  ジューシーで上質な脂が溢れ出る鳥を両手に装備した紅魔の娘は、いつもの、お馴染みの赤い衣装に戻っている。裁判が終了し容疑が晴れたことで、もう石を投げつけられる心配もなくなったのである。

  住民たちのあんまりといえばあんまりな手のひら返しに、憤りを覚えなかったといえば嘘になるが。それも時間が経てば許せる日がやって来るはずだ。住民たちもバルターに騙された被害者と言えなくもないと、どうにか自分に言い聞かせるのは中々骨だけれど。

 

『ま、僕は石を投げてきた奴らの顔はしっかりと覚えているし、死んでも許さないけどね!第二、第三のデストロイヤーが来ようが、そいつらだけはもう二度と、未来永劫助けない事を誓うぜ!』

「…うん。ミソギは少しブレな過ぎじゃないか?街の人も、身近な人の死で精神を病んでいたのだろう。ほどほどに許してやったらどうだ?」

『許さないよ?許すものか。例えダクネスちゃんのお願いでもそれはムリだ。今すぐ殺さないだけ、僕も甘くなったくらいだよ。カルピスの原液並みに甘いぜ』

「そ、そうか」

 

  ひまわりが咲いたような笑顔。石をぶつけてきた住人へ復讐……はしないまでも、何かしらの危機に瀕したとしても、見殺しにする決意をした球磨川さん。ダクネスが優しく、正しい方へ導こうとしてみたが、普通に通じなかった。まあ、通じるわけがない。

 

「なんとなくですが、今のアクセルは居心地が悪いです。裁判長、ひょっとして気を使ってくれたんですかね?」

 

  めぐみんは、チキンの骨にこびりついた肉を前歯でこそぎ落とす作業に移行している。

 

  『あの裁判長がそんな事まで考慮しているとは思えないけど、時間をおくのは僕らにとって悪い事じゃないかもだな』

 

  悲しみに囚われた雰囲気も、王都から帰る頃には改善しているだろうか。

 

「もぐもぐ……そぇで、おふとへはいふいふのかひら?……もぐもぐ」

 

  アクアはシャワシャワと泡だつ液体で、豪快に焼き鳥を流し込む。濃いめのタレが自慢の焼き鳥と、少しほろ苦く、コクのあるお酒。それらを飲み込んだ後の口に残る余韻。あとを引く美味さとはまさにこの事。休む事無くアクアが次々と焼き鳥を手に取るのも納得な味。

  高めの料金設定は正しく、ギルドに併設された食事処とは一線を画している。余談だが、ここの焼き鳥は一本一本丁寧に炭火で焼かれており、串の先端と根元では味付けの濃さも違う。時間の経過による温度の変化と味覚の変化を計算した、紛う方なき職人技。球磨川が皆でシェアして食べられるようにと、肉を串から抜こうとした際の店主の目は、ちょっとした威嚇スキルに匹敵する程、鋭かった。

 

「ちょ、アクア落ち着いてください。焼き鳥を頬張り過ぎて、言葉になっていませんから!飲み込んでから喋ってください」

 

  めぐみんが軽くアクアの持つジョッキを引っ張るも、微塵も動かない。どころか、アクアはめぐみんが握ったままのジョッキを腕力で強引に口元までもっていく。

 

「ぷわっはー!!この為に生きてるわぁ!!……で、王都へはいつ行くのって聞いてるんですけど!予定とか空けなきゃだし、早めに教えてくれないと困るんですけど!」

 

  唇に泡をつけながらも、アクアはビシッと球磨川に指をさした。

 

『アクアちゃん、いつの間に僕らの仲間ヅラしているのさ。ベジータじゃないんだから。君は君でカズマちゃんを捜したり見つけたり、忙しいんじゃないのかな?』

 

「ぐっ……!それは、そうだけど!」

 

  これでも、神の端くれなアクア様。冗談でもカズマの存在を忘れるなどあり得ない。

 …あり得ないので、今の発言は決して球磨川達と一緒に行動すれば独り身にならずに済むとか打算したわけではない。

 

「だからこそよ!王都にカズマ捜しも兼ねて同行したいのよ。球磨川さん達にとっても悪くはない提案でしょ?凄腕のアークプリーストが一緒なのよ!」

 

  よくもまあ自分を【凄腕】などと言えるものだと、球磨川はある意味感心する。今のアクアがあまりにも必死なので、自画自賛を指摘しようとしていためぐみんは出かかった声を飲み込んだ。ただ、自画自賛云々については、めぐみんもアクアを悪く言えたものではないが。

 

『カズマちゃん……か。そろそろ、本腰を入れて捜すのも悪くないかもだ。

 安心院さんが彼にあげたスキルも気になるとこだし』

 

  ここのところ、ずっと先延ばしにしていたカズマさん行方不明事件。これに終止符を打つ時がやってきたのかもしれない。

  デストロイヤーと接敵する要因にもなったこの問題、解決はそう簡単でもなさそうだが。

 

「一応確認しておくが、行き先は王都でいいんだな?この、ベルゼルグの」

『ベルゼルグ?ダクネスちゃんってば、なぁに突然マンガの話なんかしちゃってるわけ?やぁーだぁ』

「……え?いや、待つんだ。私はただ、国名を言っただけなんだが」

『国名だったんだ!てっきり僕は、デカい剣を持ったおじさんの話かと思っちゃったぜ。』

「お前との会話が進まな過ぎて、新手のプレイかと最近は思うようになってきたぞ。というか、ミソギはこの国の名前も知らなかったんだな」

 

  ダクネスは会話が進まない苛立ちよりも、なんだか焦らされていることで得られる快感に支配されだしていた。球磨川と率先して会話したがる手合いなどそうはいないが、ドMはその限りではなさそうだ。

  ほのかに汗ばんだことで、前髪をおでこに張り付かせるダクネスさん。

  吐息も妙に色っぽくなりだしたところで、これは駄目だとめぐみんが判断した。

 

「で!王都へはいつ旅立つんですか?言っておきますが、ブレンダンよりは遠い位置にあります。道中、モンスターに襲われる危険も多いかと」

「そうよ。今ってアクセルの冒険者がいないわけだから、護衛したいって輩も少ないんじゃないかしら。」

 

  自分の身は自分で守れということだ。こんな時には空路が選べない文明に嫌気がさす。飛行船くらいはあってもいいんじゃないかと。

 

『あーあ。J◯LやAN◯があればなぁ』

 

  ここで愚痴るのみで、やっぱり王都へ行くのはやめようとか言いださないあたり、球磨川さんも前進していると言えなくもない。進む速度はかたつむりに匹敵するレベルだが。

 

『それで、日程だったよね。無論、明日だぜ!』

 

「「「明日!?」」」

 

  女性陣の声が綺麗にハモる。

  毎度毎度、思い切りだけはいい裸エプロン先輩。裁判の疲れを癒す間もなく、王都への出発日を翌日に決定。

 

『準備ったって、これといってないし。ここら辺はほら、さくさく進んだ方がテンポがいいでしょ?』

 

  各々料理に舌鼓をうって満足した後。球磨川は慈悲か同情か、はたまた優しさなのか。アクアの分も含めた王都行きの馬車を予約しに向かったのだった。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

「ミソギくん、ようやく王都へ行ってくれるんだね!」

『ん?』

 

  チケットを買い求め、その帰り道。若い女の、親しげで透き通るような声が耳へ届く。顔を見るまでもなく声の主に思い当たったが、それでも球磨川は一応相手に視線を移した。なんとなく月夜にばかり会う気がする女性は、短髪軽装の女盗賊。

 

『クリスちゃん。君はいつも僕を待ち伏せているね。さては好きなの?この僕が』

「あはっ!そんなわけないでしょ。キミがやっとアドバイスに従ってくれそうで安心しただけだよ」

『そうかい。別に今回の王都行きは、クリスちゃんのアドバイスに従ったわけでもないけれど。なんなら、アドバイスされた事実を今思い出したくらいだし』

 

  以前。魔王討伐に繋がる手助けとして、クリスがヒントをくれた。

  ただ「行くといいよ」だけの、中身が何もないアドバイスだったけれど、結構な時間を経てやっと聞き入れる形になった。裁判長に依頼されたから行くだけで、魔王討伐を意識してはいないものの

 

『ま。ついでにクリスちゃんイベントを消化しておくとしよう!』

「ついで!?あたし、そんな扱い!?」




クエスト一覧には、ずっと【クリスのヒント】みたいに残っていたのでしょうかね。
私は期限が無いイベントは後回しにしちゃうタイプです。
メメントスも後回しです。


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五十四話 王都

アクア様、別にヒロインにする気はないんだからね!


  ギルド長(と、ついでにカズマちゃん)を捜しに、王都までぶらり旅を強いられた球磨川一行。移動手段はブレンダンの時と同様に馬車だったが、特に何の苦難も待ち受けず、拍子抜けするくらいあっさりと王都までたどり着けた。馬車での移動は依然として快適とは言いがたく、お尻に若干のダメージを負ったメンバー。回復を待つため、まずは商店街でもぶらつきながら気分転換し、本格的な捜索を始めることとなった。

  王都に来た各々の反応もそれぞれで、ダクネスは何度か訪れた経験があるようで、落ち着いた様子。一方、他のメンバーは大きな建造物に目を輝かせるのに忙しい。

 

  建築家の総本山である、ブレンダンの建物も劣らず立派だが、差が出たのは予算の違いか。

  絢爛豪華な建物群は、色や形が景観へ与える影響まで計算されている。

 

  城下町は、街全体が一つの作品と呼べる程に、美しかった。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

  やあ、僕だよ。

 

  ようやく王都へと到着して、これからギルド長を捜すって時に腰を折るようで恐縮ではあるけれど。

 

  ここで僕から質問。

 

 あ、身構えなくてもいいよ。別に、殺されるならナイフとピストルどちらで殺されたい?って感じの物騒な奴じゃないから、安心して。スピードラーニングでも聞き流す程度の気持ちでいてくれればオッケーさ。それはそれとして、殺されるなら勿論、ナイフだよね。例えだとしても、愚問だったな。

 

  ナイフの良い点は、必ず人の手が必要ってところかな。殺されながらも、自分の肉を抉る感覚を相手に実感してもらえるならお得だし、一石二鳥じゃない。命と引き換えに。肉を貫き、切り裂く感触を相手のトラウマに出来たなら、それはWINWINだ。…もとい。球磨川禊として言えば、LOSELOSEか。いずれにしても、加害者サイドだって、引き金を引くだけよりは得るものが多いと思う。せっかく尊い命を摘むのなら、何かしらの教訓は得ないと。死ぬ側も、与えないとね!

 

  おっと。

  つい話が逸れちゃうのは、僕の悪い癖。てことで、本題。皆に聞きたいのはズバリ!東京についてだよ。

 

  東京って聞くとさ、大抵の、一般ピープルであるところの皆はどういうイメージを持つ?

  東京タワーやスカイツリーみたいな、日本の技術力の高さを世界に知らしめる、いわゆるシンボルを真っ先に思い浮かべる人が多いかな。例えば、僕は転校が多くて色々な土地に住んでいたのだけれど。地方で生まれて育った少年少女達は、雑誌や新聞でスカイツリーの紹介記事なんかを読んで、いつかは東京に住んでみたい、行ってみたいと夢見ながら学生時代を過ごしていたものさ。

 

  わかりやすい、憧れの対象なのかもね。地元民でも旅行客でも、カップルや仲睦まじい夫婦が多く利用しているだろうし、ベランダから東京タワーが見える物件は、時代を選ばず家賃が高いでしょ。

 

  テレビ番組を見ても、紹介されるのは東京で有名なラーメンやスイーツだったりで、ただ憧れるしか出来ない事が多々あったりもする。

  遠すぎて、行けもしないお店の開店時間をテロップで出すくらいなら、テスト範囲の英単語でも載せてほしいものだって、僕個人は感じていたぜ。映画やドラマの舞台だって、大体は東京だしさ。有名な歌にもあったよね?オラこんな村嫌だ、東京さ出るだ、みたいな……孫悟空を連想させる一人称の歌が。ま、悟空の場合は筋斗雲か武空術で、都までひとっ飛びだけれど。

  ……その歌がヒットしたのだって、共感する田舎住まいの人々が多かったからに他ならない。

 

  魅力たっぷりな我らが首都の人気は当然国内にとどまらず。一時期【爆買い】で連日ニュースになった観光客の多さ、及び多様な国籍。外人の皆さんがお国から長い時間をかけてでも東京に来てみたいようだから、海外での人気のほどが窺える。

 

  修学旅行の計画中、行き先の候補があり過ぎて決められなかった経験を持つ僕から言わせれば、どこに行っても観光スポットになるような見所満載の街ってイメージだよね、東京は。で。現代っ子真っ盛りでもある僕は、テレビドラマやマンガの影響で、東京と言えば皇居に国会議事堂、警視庁や警察庁なんかを思い浮かべてしまう。これらの施設が建てられた場所を考えて貰えれば、日本が皇居を中心に作られているのがよくわかる。つまり、観光面にしろ政治面にしろ、どこをとっても国の中枢らしく、正に日本の心臓とも言える大都市。それが東京だと言えそうだね。

 

  以上が球磨川禊の、東京観。

 

  それならば。異世界。

  ……僕が転生した摩訶不思議なこの世界はどうなのだろう?

 

  王都とは。

 

  まだ大学に合格していない僕でも、王都がこの国、つまりはベルゼルグの首都だっていうのは理解出来るさ。日本にとっての東京みたいなものだろうね。

 

 王都といえば、いわゆるロールプレイングゲームで言うところの【冒険】が始まる地なわけだけれど。王様が魔王討伐を果たす勇者を選定してみたり、支度金だとか言って100ゴールドくらいのはした金を恵んでくれるようなイベントが起きる場所だね。100ゴールドで命をかけろだなんて、王様ってば欲張りさんなんだから。

 

  上記の流れは一種のお約束。すなわち既定路線。これをしないとゲームがスタートしない、的な。決まりごとっていうか、暗黙の了解な旅立ちイベントに過ぎないものの……冷静に考えてみれば、そんなお約束イベントすら行わないこの国の王様は、随分と虫が良いんじゃないかな?

 

  勇者候補、要するに全ての冒険者達に100ゴールドをくれる訳でも無く、ただ漠然と魔王を倒してくれる勇者の登場を待つだけだなんて。考え方があまちゃんそのものだ。能年ちゃんでなくても、じぇじぇっ!って気分だぜ。証拠に、僕は現状自発的に魔王を討伐しようと行動しているけれど、王様からはビタ一文貰っていない。つまり、ベルゼルグの王様は、ドラクエの王様以下だってことが証明出来たね。

 

  でも。

  「自分から行動しないと幸せは掴めないっ!(凛!)」みたいな決め台詞は、めだかちゃんなら言いそうなカッコいい文句だけれど。果報は寝て待てスタイルな王様は、意外と僕に近い性質なのかもしれないな。仲良くなれるかもしれないぞ!

 

『城に篭りっぱなしな上、冒険者に報酬も出さないあたり、王様って楽な商売だなぁ。来世では是非、王様になりたいね』

 

  なんて、つい口をつく。

  独り言のつもりでも、声ってヤツは以外と響くらしく。

 

「いえいえ、それは違うのです。」

 

  やや斜め下から、めぐみんちゃんの声が耳に届く。

 

『……何か言った?』

 

「王様は今、魔王軍との戦いが激しい最前線にいるらしいですから。お金を払いたくても払えないのでしょう」

 

  勝手に怠惰な王様に親近感を覚えていた僕の妄想は、しかしめぐみんちゃんの言葉で霧散してしまう。

  のみならず、一国のトップが命がけで戦争しているという、聞き流せない情報まで得てしまった!

 

『な、なんだってー!?王様自ら戦線に向かうだなんて、敗北一歩手前じゃないか!!』

 

  王様。てっきり王城の中にある玉座でふんぞり返っているだけの楽な仕事だと思っていたのになぁ。よりによって戦いに出ちゃってるとか。トップが現場で指揮するのをカッコいいとか思っちゃうタイプなのかな。王様が出陣って、負けてる時じゃない?普通はさ。

 

「いや、そういうわけでも無いでしょう。剣の扱いで言えば、王族は英才教育を受け、達人並みの腕前を持つそうですから。純粋に戦力として重宝されているのかと。そもそも。王様が不在とかそうした理由から、冒険者への謝礼等は全てギルドが請け負っているのだと思うのですが」

 

  ふーん?王族って、偉いし金持ちだし強いんだ。へー。わかりやすく言えば、エリートの権化ってことね。

  忘れないうちに、僕の抹殺リストに加えておこっと!

 

  あと、これはどうだって構わないのだけれど……

  ギルド=下請けだったのか。

  あの、アクセルのギルドにいる、おっぱいの大きい受付嬢さんも苦労しているんだなぁ。

 

『あ、そう。それにしても、ギルドからだって100円の支度金さえ貰えず、なんなら冒険者登録するのにお金を支払ってるレベルだけれど。これはつまり、結局は王様から適切な代価を貰ってないってことだよね?もらう権利が、僕らにはあるはずじゃない?クエストの達成報酬は当然の権利だから別として、さ!』

 

「それは……そうですが」

 

  やはり、この紅魔の娘もひっかかってはいたのだろうか。ちょっと言葉に詰まる様を見せてきた。

 

  しかし。折角王都くんだりまで来たのに、王様には会えないとか。

 

  ボードゲームの将棋ですら、王様が直々に戦いに参加する事はあまりない。後ろに下がれる駒が少ない点から、逃げ易いって意味では王様が敵陣に入る場合もあるにはあるけれど。

 

  これは現実の話。魔王軍がまさかカニさんみたいに横歩きしか出来なかったり、猪のように突進しか頭にないような間抜けなハズないでしょ。

  あるいは、王様が魔王軍に亡命しようとしているのかも?

  ともかく、無駄に争いに参加しているくらいなら、僕たちみたいな恵まれない冒険者にお金を支払えと言いたいな。

 

「おい、王様を悪く言うと不敬だなんだと言われてしまうぞ。ここには王族に近しい方々もいる。いつも以上にミソギは発言に注意してくれ!」

 

  僕の言葉でダクネスちゃんがビクビクと、周りを伺う。そのなんとも健気な姿に、さらなる揶揄いをしてみたくなっちゃうのは僕がサディストだからか。否、僕はむしろMだと自負しているよ。

 

『そんな事よりも!本題はギルド長を捜すことじゃないのかい??ダクネスちゃん、話を逸らさないでくれよ』

 

「あれ?私、いつの間にか話を逸らしていたのか?あれぇ?」

 

  口に手を当て、今のやり取りを振り返って、自分に非が無い事を必死に確認するダクネスちゃん。

  可愛い。からかい甲斐があるとも言う。

 

『油断すると、すぐにコレだ。ダクネスちゃん、論点をズラす事において君の右に出るものはいないぜ』

 

「うぅ……、何故責められているのか はまるでわからないが。正直、良い!特に!この理不尽さが堪らん!!」

 

  ハァハァと。ダクネスちゃんは自分の肩を抱いて、呼吸を荒げた。うん、今日も安定しているな。この気持ち悪さは、さてはダクネスちゃんも過負荷なのかも。

 

「ダクネス……。もう引き返せないところまで行っちゃってますね。頭が」

 

  めぐみんちゃんの冷ややかな眼差しが更にダクネスちゃんを刺激して。

 

「め、めぐみんまで私を罵るのかっ!?……ん、ふぅ……」

 

  何やら気持ち悪い感じの吐息を漏らすと、そのまま力なく手近なベンチへ崩れ落ちてしまった。

  おいおい。そんな調子でギルド長を捜せるのかい?

 

「あー、ミソギ。私がダクネスを見ていますから、ミソギは軽く情報収集して来てもらえますか?」

 

  と、めぐみんちゃんが。

  仕方ないなぁ。すっかり腰が砕けてしまった貴族令嬢はめぐみんちゃんに任せるとして。

  僕はアクアちゃんと一緒に街でも歩こうか。

 

『わかったよ。アクアちゃーん!』

 

  僕は、王都についてから、何やらずっと露店を見て周っていたアクアちゃんを大声で呼び戻す。

 

「なによー?」

 

  呼びかけに気づいたアクアちゃんはテテテっと、此方に走り寄ってきた。

 

「なになに?話し合いは終わったの?」

 

『まぁね。ほら、行こう!』

 

「ちょ、球磨川さんっ!?」

 

  ギュッと、アクアちゃんの手を握った僕は、そのまま王城めがけて歩き始める。アクアちゃんがビックリしたのは、めぐみんちゃん達を置いてったからか。はたまた、僕ごときに手を握られたからかな。

 

「女の子に急に触るだなんて!球磨川さん、アレだわ。イリーガルなんちゃら…」

 

『イリーガルユースオブハンズ!なんて言わないでくれよ?』

 

  そもそも、君は女の子でさえ無いだろうに。

 

「もうっ!女神の手を握るなんて罰当たりなのよ?後でお金を請求するわね」

 

  とか言いつつ、アクアちゃんは手を離そうとはしない。どころか、僕の歩幅に頑張って合わせてさえくれる。

 

『あはは。面白いジョークだ。』

 

  誤解しないでほしい。手を繋いだのは、こうでもしないと、アクアちゃんはすぐに何処かへ行ってしまいそうだからなんだぜ。

 

「子供じゃないってば…」

 

  アクアちゃんは視線を斜め下に落とす。よし、これで行き先の主導権は僕が握れたみたいだな。

  実はずっと、行きたかった場所があったんだ。

 

  一瞬、僕らを見送るめぐみんちゃんが目を細めたようにも思えたけれど、見えなかったことにしよっと!

 

「く、球磨川さんってば!どこに行くのかだけは教えてちょうだい!」

 

  アクアちゃんが黒目(青目?)を右往左往させつつ問いかけてくる。

  ふるふると、肩を震わせているのは不安の現れか。仕方ない。僕は白い歯を見せながら答えることにした。

 

『勿論、王城に決まってるじゃんか!』

「王城!?」

 

  それは。千葉にある夢の国でも真っ先にキャッスルの写真を撮りに行く僕から言わせれば、当然の選択だと言えた。ギルド長がいるのは、王都のギルドか王城だろうからね。観光も兼ねて、まずは王城に行くべきでしょ。アポ?無論、そんなものは無いよ。でもでも、デストロイヤー破壊や魔王軍幹部討伐……その他諸々の功績をあげた僕たちを、無下に出来るとも思えない。あながち、門前払いはされないんじゃない?

 

「だったら、せめてダクネスは連れて来た方が良かったんじゃないかしらっ!ほら、あの子、貴族だしっ」

 

『おいおい。アクアちゃん、冗談はやめてくれよ。公衆の面前で、僕にダスティネス家の名を傷つけろって言うのかい?』

 

  いくら僕でも、それはちょっと気がひける。

 

「球磨川さんっ、何をやらかす気なのよ!?やっぱり帰る、帰して!私、カズマさんを捜さなきゃいけなかったわ!」

 

  ここまで来てぐずりだすアクアちゃん。全く、臆病なんだから。

 

『そんな様子じゃ、天国のエリスちゃんに笑われちゃうよ?』

「うぐっ……。エリスにバカにされるのは確かにシャクだけど」

 

  エリスちゃん。君の名前はアクアちゃんにとても良く効くね。クリティカルヒットだ。

 

『よし、じゃあ行こっか』

「もう、好きにして……」

 

  そんなわけで。お言葉に甘えて。渋々ついてくるアクアちゃんを尻目に歩くこと数分、僕は王城の前に到達したのだった。




この王都編で!
みんなの妹が登場予定!

思えば、彼女を出すためだけにこの作品を書いたと言っても過言ではないのです。

アイリスファンの方々には、この気持ち、わかってもらえるでしょうか。

次回もよろしくお願いします


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五十五話 影

 

  球磨川とアクアが王城に向かう際、腰砕けたダクネスのお守りを強いられておいてけぼりにされためぐみん。

  二人は、いまだ商店街付近のベンチで休息を取っている。

 

  アクセルとは段違いの活気に囲まれて戸惑いもあるが、デストロイヤーの自爆で沈み込んだ始まりの街の雰囲気と比べれば、まだ心地よい。人々が活発に行き交う光景は、温かみも感じさせるほど。

 

「はふぅ……。ミソギとのパーティーはコレだからやめられない。なぁ?めぐみんもそうは思わないか?」

 

  色っぽい……とは、また少し違った吐息を漏らす娘は、これでも、紛れもなく貴族としての教育を受けたレディーだ。レディーなのである。彼女ほど、喋らなければ絵になる人物はそうそういない。

 

「はぁ。申し訳ないのですが、私にはダクネスのような趣味はありませんよ。肉体にダメージを負ったり、言葉責めされて悦ぶとか」

 

「そうか。まあ、めぐみんも後3年ほど歳を重ねればわかるだろう。苦痛が快感に変わるのがっ!」

 

  大人になれば、ビールが美味しく感じるようになる。みたいなノリで言われても、容認は出来ず。乙女としては、そこは認めてはいけない感じがした。

 

「わかりたくもありません……」

 

「つれないな。だが、そんな素っ気ない態度すら快楽となるっ!どうだ?これ(Mっ気)は、人類が進歩して獲得すべき性質なのではないだろうか」

 

「……へへっ」

 

  ついには、マゾを人類進化の形だとさえ言い始めたララティーナさん。

  例え精神的に消耗しなくなろうが、腰を抜かし、このように動けなくなるのでは進化とも呼べない。

  これには、めぐみんを持ってして愛想笑いするしかなく。

  暫時ダクネスが身悶え終わるのを待つのだった。

 

  容姿端麗なダクネスが、艶めかしく自身の身体を抱き抱えている様に、通りかかる男性達が気まずそうに目線を逸らす。彼女もしくは奥さん連れの男性達は真に気の毒で、ちょっとでもダクネスに視線をやれば、愛する人から無言の肘鉄を喰らうのだ。

 

  全くもって、罪なクルセイダーである。

 

「あ、あの。お嬢ちゃん。良かったらオレっちとお茶しねーかい?」

 

  通行する男性が多い以上、中にはチャレンジャーもいるもので。茶髪の軽そうなギャル男が話しかけてきた。

 

「む?すまんが、他をあたってくれ。あいにく、私は誰にでもホイホイついて行く安い女ではないんだ」

 

  ダクネスは今まで赤らめていた顔を瞬時に冷まし、男を拒否する。

 

「そうかぃ。お茶の後は……もちろん、お礼にたっぷり遊んであげたのにな」

 

  しかし、ここで引いてはナンパ失格というように。チャラ男は、自分の服を少しだけ捲る。すると、そこには

 

「そ、そのムチは……!」

 

  チラリと。男は懐からムチを覗かせる。このムチは、決してそのようないやらしい用途に合わせて作られた訳ではなく。普通に対モンスター用の装備なのだが。それも、独特の編み方で知られる、ムチ作りのプロが手がけた一級品のレア装備。

  が、ダクネスくらい高レベルなクルセイダーともなると、それがまた丁度いい塩梅(ダメージ)となる。

  お茶だけならばとキッパリ断りを入れたが、ムチ云々を考慮すれば話は変わってくる。

 

  冷ましたばかりの頭は、またもや沸騰してしまったようだ。

 

「よし、何杯でも飲んでやろう!!」

 

「ちょ!ダクネス!?」

 

  イジメてくれるなら誰でも良いのだ。ここはキャラ設定的に譲れないポイントなのか。危うくついて行きかけるダクネスを、ギュッとめぐみんが掴み、引き寄せる。

 

「止めるなめぐみん!案ずるな、ただお茶を飲むだけだ」

「ならせめて、ヨダレを垂らすのだけはやめてください!」

 

  軽薄そうな男はそんなめぐみんを視界に捉えるや。

 

  「お?そっちのお嬢ちゃんも可愛いじゃんか。どうだい、一緒に。」

 

  こちらも、外見だけならば平均以上に整っためぐみんさん。男のメガネに叶うのは当然の結果で、あわよくばとめぐみんにも声をかけてくる。

 

「……王都にいる男は、こんなチャラチャラした連中ばかりなんですか?」

 

  球磨川がいない今、めぐみんがしっかりしなくては。チャラ男を何処かへ逃走させるべく、地面に寝かせていた杖を手に。いつもの、爆裂魔法の口上でビビらせてやろうとして。

 

  めぐみんは、予想外のピンチに陥る。

 

  シュバッ!と。

  目にも留まらぬ速さで、男の手が杖に伸びてきて。

 

「えっ……?」

 

「ひゅーっ!君、ウィザードなの?かっくいいねぇ。でも残念。」

 

  チャラ男が、杖を取り上げてしまった。

 

「なぁっ!?」

 

  ナンパ男を撃退するだけ。この油断がよろしくなかった。形だけ杖を構えようとしたものだから、ロクに握力も加えておらず。あっさりと武器は敵の手中に収まった。

 

「これがなきゃ、魔力操作に支障をきたすだろ?」

 

  以前。空飛ぶキャベツを狩ることで手に入れた、マナタイトの杖。

  あれから今まで苦楽を共にしてきた、まさに相棒と呼べるくらいに愛着ある杖を、あろう事かこんなチャラ男に取られるとは。

 

「ぐぬぬ……!」

 

  めぐみんは何とも情けない感情に飲み込まれていた。

  ただのナンパ男に向けていた敵意は、殺意に移行しつつある。

 

「ほぉーら。オレっちとお茶しばいてくれたら、この杖ちゃんも返すからさぁ。行こうってばぁ」

 

  沸々と怒りが湧いてくるが、チャラ男は中々の高級装備に身を包んでいる。迂闊には飛びかかれない。

  だからと言って、お茶に付き合うなど真っ平御免。

  杖なしで、どう行動すべきか。めぐみんが脳内でシュミレートしていると。

 

「おい、杖を盗るのは頂けないな。いくらドMな私でも、犯罪者のムチなんか興味は無いぞ。めぐみんに、返して貰おうか」

 

  いつ復活したのか。

  またもやキリッとモードに切り替わったダクネスが、ベンチから立ち上がっていた。

 

「あ、ああ。ゴメンゴメン。悪気は無かったんだよぉ」

 

  すっかり貴族の威厳を取り戻したダクネスに圧倒されたチャラ男。

  はにかみながら、めぐみんに杖を差し出す。

  ナンパするにしても、女の子の機嫌を損ねては、上手くいくものもいかない。

 

  めぐみんは相棒がすんなり戻り、安堵する。

 

「ほんと、悪気は無かったんっすよぉ。お詫びに、ご飯くらいは奢らせてくれ!」

 

  顔の前で合掌したチャラ男からは、さっきまでの軟派なオーラも消えていた。

  杖を取られてヒヤヒヤしたのは事実だし、何より、ご飯を奢ってくれるときた。

  これを断る理由がどこにあろう。

 

  学生時代、ゆんゆんのご飯をあらゆる手段で横取りしてきためぐみん。

  むしろ、お茶では無く、最初から食べ物でつられていれば、ナンパに引っかかっていたかもしれない。

 

「仕方ありませんね。ご飯なら、いいでしょう。奢られてあげます。ただし、貴方が料金だけ置いて帰るなら、ですけど」

 

「おっ!?マジぃ?それでいいよ。許してもらえるなんて、ラッキーラッキー!」

 

  堅物そうに見えためぐみんの許しを得られたチャラ男は、どうやらテンションが上昇した様子。

 

「ここからちょっと歩いたくらいに、美味しいをシチューを食わせるレストランがあるんだよっ。行こうぜ!」

 

「シチューですか。受けて立ちましょう!」

 

  シチューと聞き、あっさり胃袋を支配されためぐみん。他人の金で食うシチューほど美味しものは無いので、仕方ない。

 

「いやー。オレっち、ガチ反省してっから。その気持ちよ」

 

「ああ。今度からは、ナンパする為でも窃盗は控えてくれ」

 

「うぃーっす……」

 

  真面目なキャラに変貌したダクネスの、再三にわたる注意。委員長とかが苦手そうなチャラ男は、もうすっかり懲りたようだった。

 

 ……………………

 ……………

 ………

 

「球磨川さん、少し歩くのが早く無いかしら?」

 

  王城への道すがら。急にペースを上げた球磨川に、アクア様が苦言を呈した。

  講義も虚しく、球磨川は歩く速度を緩めず。逆にアクアへ質問してきた。

 

『……アクアちゃん、感じないかい?王城に近づくほど、どうやら僕たちを監視してるであろう視線が増えていることを』

「ええっ!?」

 

  王都の警備は、基本的に騎士団が行っている。王城周辺となればまさに鉄壁の守り。魔王軍の動向も把握しなくてはならないため、街の住人に紛れた兵士も大勢存在する。諜報員を含めれば、数え切れないほど。家族にすら自分が諜報員だと知られては行けない決まりまであったりする。

 

「私たちが監視されてるの?」

『いや……監視対象が僕達に限られているのかはわからないけれど、見られている事自体は確かだね。』

「なんなのよ、一体。言われてみれば、なんか空気がピリピリしてる気がするわ!」

 

  魔王軍と交戦していれば、兵士達が警備を強めるのも無理からぬこと。

 

『だけど、見るからに魔王軍とは関わりの無い僕らに、こうも多くの視線が集まるのはどうしてだろうね。』

「私が知るわけ無いじゃない。あー、なんかそういう話聞いちゃったら、疲れてきたんですけど!少しだけ、休んでもいいかしら?」

『んー……』

「はーい、きゅーけー!」

 

  いいか、悪いか。

  球磨川が答えるのも待たず。アクアはしゃがみ込んだ。球磨川よりも遥かに体力がある筈の女神様が先に根をあげるとは。球磨川としては、奇妙な視線から早く解放されたかったけれど、仕方がない。

 

『もう、5分だけだぜ?』

「うん!球磨川さん、話がわかって助かるわぁ」

 

  ニコニコと、嬉しそうに笑うアクアを見れば、もう抗議をする気持ちも失せてしまう。

  王城もだいぶ近くなってきた。視線の主がスリや強盗の類であっても、こんな白昼堂々襲ってきたりはしないはずだ。球磨川はそう結論付けて。一旦、多くの視線は意識の外へと追いやることにした。

 

 ……………………

 ……………

 ………

 

  めぐみんとダクネス。美少女二人を一応は先導するチャラ男に、周りの男達から羨望と嫉妬の眼差しが降り注ぐ。チャラ男も、自分の手柄では無いが鼻が高い。

 

「お二人さん、もうちょいで着く系なんで!」

 

  美味しいシチューのお店を目指して、中々入り組んだ路地に差し掛かった。

 

「ふむ、結構複雑な道になってきたな。隠れ家的名店というやつか?」

 

  前を歩くチャラ男に、ダクネスが問いかける。

 

「そっす!王都はレストランの数も桁違いなんすけど、表通りの目立つところは観光客向けの店が多いんすよ。けど、超絶うまい店は、こういった裏路地に多いんす!」

 

「そこまで美味しいのですか。ちなみに、タッパーでシチューを持ち帰る事は出来るのでしょうか?」

 

  「いやぁ……そりゃ、ちょっち恥ずい系かもっすねぇ」

 

  めぐみんの貧乏性な発言を受け流しつつ、チャラ男は一つの店の前で止まる。

 

  レストラン《トゥーガ》

 

  店先の地面はタイル張りになっており、扉の横の、木でできた看板に手書きでトゥーガと書いてある。

  開店して、数十年は経過しているだろうか。外壁には自然な汚れがあるものの、一つの味わいと化している。

 

「ここか!シチューは。」

「むぅ、確かにタッパーは恥ずかしいかもしれませんね」

 

  一見さんをお断るレベルには到達していないが、そこそこ高級そうなレストラン。敷居も高そうで。少なくとも、めぐみん一人での利用は気圧されてしまいそうな。

  そこに、チャラ男は我が家のように足を踏み入れて行った。

 

「チィーッス!来ましたよ、トゥーガさん!」

 

  軽い挨拶に、カウンターの店主が手を挙げて返す。

 

「おぅ、レオルか。今日もチャラいな。」

 

  レストランは、初老の男性がどうやら一人で切り盛りしている様子。

  店内は、カウンターが4席と、2人用のテーブル席が2つ。

  古さはあるが、アンティーク感を醸し出すオシャレな店内となっていた。

 

「そっすかぁ?これでも、まだ純情系でコーデってるんすけどね」

 

  チャラ男とマスターは気心が知れているのか、気兼ねなく世間話を始めた。そのお陰で、堅苦しい雰囲気よりかは、ダクネス達も入りやすくなった。

 

「んで、そっちのかわい子ちゃん達はなんだあ?まさか、二股じゃねーだろうな?」

 

  マスターはダクネス達を順番に見て、チャラ男ことレオルの肩を掴んだ。

 

「違いますよぉ。この二人には、マスターのシチューをおごる約束をしたんす。2人が両方オレっちの恋人であれば、最高なんすけどね」

  「…あ?そうなのか。まぁいいや、シチューな。お嬢さん方、好きな席に座って待っててくれや!」

 

  マスターは手際よくシチューを盛り付ける準備をしながら、ダクネスらに着席を促す。

 

「では、失礼します!もう、匂いが美味しそうですね」

「ああ。めぐみん、考え方によっては、ラッキーだったかもしれんぞ。こういったお店を知る機会は、現地民じゃないとあまり無いからな」

「はい。次はミソギとアクアも連れて来ましょう!」

 

  隠れ家的名店のシチューを目前に。二人はエプロンを付けて、準備を整えた。

 

「現地民じゃないとって、……お嬢さん達、どっから来たんだい?観光?」

 

  シチューを温め終えたマスターは、元々温めてあったお皿にシチューを盛り付けていく。

 

「私たちは、アクセルから来ました。王都に来たのは、別に観光とかでは無いのですが……」

 

  注がれるシチューに目を奪わるめぐみん。大きめに切られた肉と、ゴロッとしたまま煮込まれた野菜。

  さっきまで空腹を感じていなかったが、この店に入った途端腹の虫が鳴り出した。

 

「アクセルだって?例の、デストロイヤーの??」

 

「はい。ですから、ある意味では傷心旅行でもありますね」

 

「そうかい……それは、辛かったね」

 

  店主は優しい心の持ち主なのだろう。大勢の人が亡くなったニュースは、既に王都でも回っている。

 

「お肉、少し多めに入れておくよ」

 

  仕上げに優しさがトッピングされたシチューは、それはもう絶品だった。

  家では宮廷料理もかくやという料理ばかりを食べてきたダクネスも、思わず舌鼓をうってしまう。

 

「この肉……歯がなくても噛み切れる。お酒で、かなり長時間煮込まれているな……!」

 

  興奮気味に語るダクネスに、マスターはカウンターから身を乗り出した。

 

「おっ!わかるかい?おかわりもたっぷりあるから、ジャンジャン食ってくれ!おかわり分は、代金もサービスだ!」

 

「おかわり!」

 

  マスターの言葉と、めぐみんが空のお皿を指しだしたのは、ほとんど同時だった。

 

 ……………………

 ……………

 ………

 

「よう。遅かったな」

 

  店の前。それも、少し曲がった暗い路地で、カウンターに2人分の代金だけ置いて出てきたチャラ男ことレオルは、黒いローブに身を包んだ男と会話をしていた。

 

「お前の言う通りにしたぞ。ダクネス、めぐみんはトゥーガの中でシチューを食べている。これでいいんだな?」

 

  チャラい口調はなりを潜め。

  レオルはローブの男に状況を報告する。ナンパしていた男とは別人としか思えないくらい、表情には真剣さを帯びていた。

 

「……あぁ。アクセルのギルド長は、間違いなく口封じに来るだろう。ここなら見つかりにくいし、お前が護衛してくれるなら盤石だ。レオル、非番の日にすまないな。お陰で助かった」

 

  ローブにはフードも付いており、顔までしっかり隠れている。が、ローブの男は声色から笑っている事がわかる。

 

「いいって事よ。で?お前がここまで来ちまって、クマガワとアクアって奴らは大丈夫なのか」

 

「大丈夫だ。あの2人なら、王城の付近まで到達したからな。夜ならともかく、今はギルド長も手出しは出来ない。ダクネスのせいで別行動していなければ、俺一人でも良かったんだが」

 

「ふんっ、お前には色々助けられたからな。これぐらい安いもんだ。……けど。ダクネスって、あのララティーナ様だろ?本当に変態だったんだな……お前から情報を得た時は、嘘かと思ったぜ」

 

「……ああ。けど、そのお陰で接触し易かっただろ?」

 

「まぁな。」

 

  チラッとムチを見せただけで目を血走らせたダクネスを思い出し、レオルは少しだけ口角を上げた。

  自分の暗殺道具をSMプレイに使うように見せかけたのは、若干くるものがあったが。

 

「ともかく、レオルには引き続きトゥーガでめぐみん達を護衛しててくれ。俺はまた球磨川達の所へ戻る」

 

「わかった。やっぱ、正体は明かせないのか?」

「……俺は、この世界にはいない筈の人間だ。」

「……そうか」

 

  レオルは、ローブの男の深い部分に踏み込んでしまった自責の念から、暫し沈黙して。

 

「気を抜くなよ」

 

  見送りの言葉をかけた。

 

「ああ、わかっている」

 

  レオルの言葉に短く返答だけすると。

 カズマは路地の闇へと帰って行った。




久々に現れた!と思えば、なんか厨二っぽい!
カズマさん、XIII機関だったのか


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五十六話 あったかもしれないもの



※閲覧注意!

心の弱い人は、読まないで下さい。残酷な描写がございます。

スキル名は、これでも半年くらい寝ながら考えたので、ダサくても許して下さい笑

更新遅れ、申し訳ありません。


  どこか懐かしいような、真っ白な空間。音も無く、ただただ無限の広がりを見せていた。精神と時の部屋が実際にあるなら、こんな感じなのかな。俺は重力に縛られず、空中にフワフワと浮かんでいる。ここは一体どこなのだろう。

  記憶を遡っても、思い出せない。

  それなら、なんで懐かしく感じるのか。……わからない。

  懐かしく感じるから、懐かしいのだ。なんてトートロジーで済ませるしか出来ない。

 

  エリス様の所にいて、球磨川が先に生き返ったような気はするけど。

 

「俺は一体……」

 

  声は出る。風呂場で声を発したように、何もない筈の空間に反響した。

 

  ユラユラと漂う事の心地よさは、時間の流れを忘れさせる。どれ位の間、ここにいたのか。

 

  自分以外存在しないこの空間では、疑問を解消する術もない。

 

  【もういいんじゃないか。】

 

  内なる自分が、耳元で囁く。なんだ。一人だと思いきや、自分自身がいたのか。どこまでも終わりが見えない不思議な世界において、例え他人では無かったとしても、会話相手がいた事に安堵する。

 

「 何がもういいんだ?」

 

  自分と話す、なんて不思議な現象に戸惑いながらも、俺は聞き返した。

 

  【魔王討伐だ。元々俺はあの世界の人間ではないのだから。ゲームの世界で魔王が悪さしようと、プレイヤーの実生活には微塵も影響が無い。そもそも。今、あの世界から解放された俺には、もうどうすることも出来ない。そうだろう?】

 

  確かにな。いよいよ、アクアが言ってた天国へ行くしかないか。

  なんだかフワフワして心地の良い場所だって前評判通りなら、そんなに悪くも無さそうだしな。

  えっちぃ事が出来ないと言うデメリットのみ、未だに性的な交渉を経験していない俺には、今生への未練となってしまいそうではあるが。

 

【未練か、なるほど。その言葉が聞けたのは大きい。】

 

 はあ?何がだよ。……もともと、ボーナスステージみたいな物だったんだろ?あの世界は。エリス様の間から追い出されて、安心院さんにも、他の女神にも会えなかったって事は、もうあの世界には帰れないって話じゃないのかよ。

 

【……さて、どうだろうな】

 

  なぜに、お前が要領をえないんだよ。わけわかんないけどさ、お前はもう一人の俺なんだろ?すべてお見通しみたいな、そういう立ち位置じゃないのかよ!

 

【……ふっ。見抜いたのか。存外、鋭いじゃないか】

 

  まあ、展開的には?

  俺は消去法で天国に行くんだろ?

 

  でも、死ぬ前に、ゲームの世界に入れたような体験が出来て良かったよ。

  球磨川に、めぐみん、ダクネス。

  日本で平和な生活を全うしていたら出会えていないような連中とも絡めたわけだし、この思い出を胸に新たな旅立ちってのもオツじゃないか。

  あ、球磨川は元々日本人だったっけか。

 

【そうだな。……で、だ。お前をこの空間に誘った直接的な原因は、その球磨川にある。】

 

  球磨川に……?どういうことだ。

 

【そろそろネタばらしといくか。】

 

  は?なんだよ、ネタって。

 

【誤解があるようだから言っておくが……俺は天国には行けない。あるのは、繰り返しだけだ】

 

「なに?」

 

  前に、アクアは言った。異世界に行くか、天国に行くかを選べと。異世界に戻れない以上、次は残る天国に行くのでは無いのか?もしかして、地獄とか言うんじゃないだろうな。

 

【お前は、球磨川の手によって二度死に、とあるスキルを手に入れたはずだ。それは、あらゆる世界へと渡る架け橋となる。これからお前は、永遠に異世界を渡り歩くんだ。お前の大好きな、小説やゲームでたまにあるだろ?死に戻りってヤツに近い能力……いや、スキルが今のお前には宿っている】

 

  ちょ、ちょっと待ってくれ!

  ついていけないんだが。てか、お前もあんまり説明する気が無くね?

  俺なら、もっと理路整然とだな。

 

【サキュバスの手違いによって奇しくも命を落としたお前は、通常なら、生き返る筈だったんだ。球磨川のスキルでな。けど残念な事に、時間が経過し過ぎたみたいでな。先に、安心院さんから貰ったスキルがオートで発動してしまったのさ。】

 

  さっきから、ペラペラと。

  ゲームでも、長いだけで役にたたない説明、読み飛ばしちゃうタイプなんだよ?俺。

  いいのか?早く本題に入ってくれないと、寝ちゃうぞコラ。

 

  生き返れないし、天国にも行けない。それなら俺はどうすれば良い?さっき死に戻りって単語が出たけど、言葉通りなら俺はサキュバスの店にて、死ぬ前に戻ってやり直せるんじゃないのか?

 

【ふふ。そう捉えたか。きっと、それはお前が過去に読んだ小説やアニメから得たイメージなんだろうが。……安心院さんがくれたのは、もっとネジがぶっ飛んでいたんだよ。】

 

  ネジが……?まさかとは思うが、生まれる前や、転生した直後からやり直しとか言わないよな??

 

【あーっ……】

 

  なんだそのリアクション!

  なんか不安になるだろうがっ!!

 

【いやいや、半分正解だからな】

 

  まじでか。でも、半分って??

 

【…お前はこれから。あらゆる世界線へ飛び立つ。日本で死んで、アクアと出会った所から分岐する、無限の世界へとな】

 

  ……え?

  無限の世界?……それ、どこのオカリンだよ。つーか、それのどの辺りが死に戻りなんだっつーの!

  どっちかといえば、リーディングシュタイナーと言うべきだろ

 

【そうかもしれんね。ぶっちゃけ、転生する際にアクアからチートな能力を貰って旅立つお前や、魔王軍に寝返るお前。モンスターが怖いからと、アクセルで大工として一生を終えるお前などなど……。

 数え切れないほど、お前の世界は可能性に満ち溢れているってこった。】

 

【そうした無限の世界での人生を、これから追体験するはめになる。安心院さんから貰ったスキル……

 

異世界転生者(リンカーネーション)

 

  に、よってな。】

 

  異世界転生者……?

 

  ま、本当、一回タイムで。

  無限の人生の追体験?いいよ、仮にんな事をやるとして。やるの自体はいいんだけどさ!

 

  全ての可能性って。それ、どんくらい時間がかかるんだよ!

 

【おかしな事を。俺は暗に、終わりが無いと告げているんだが?】

 

  え、なんだって。終わりが無い?

  冗談……だよな?

 

【全て。森羅万象。俺自身のありとあらゆる可能性をその目で観測して、理解する。

 

 飽きようが、

 

 疲れようが、

 

 頭がパンクしようが、

 

 耳が千切れようが、

 

 目が潰れようが。

 

  ……精神が壊れようが。

 

  この追体験は終わらない。一つの物語の終わりは、新たな物語の始まりにすぎない。

 

  中には、ベルゼルグの王女と駆け落ちして、田舎で子供を作り幸せに暮らす人生もあり。

 

  また中には、めぐみんとゆんゆん、紅魔族の二人の美少女に迫られながらも、どっちつかずで肉体関係だけをダラダラ続けるお前だっている。

 

 どうだ?よっほど、天国よりも素晴らしいとは思わないか?はははっ。】

 

  ま、待てよ……!勝手言ってんな!

 

【それと。

 

 ある世界では、お前の外見を気に入った同性愛者のサイコパスに捕まり、死ぬまで延々と辱められたり。

 

  またある世界では、モンスターを討伐したものの、悪人による情報操作で言われもない罪に問われ、街中の人間が見る中で死刑に処されたり。

 

  そしてある世界では。めぐみんやダクネスともパーティーを組んだりしたが、ある日暴漢に襲われ、目の前で大切な女の子を犯され、殺される人生なんかもある。

 

  ワクワクしてきたか?

  人生、楽ありゃ苦もあるって黄門様も言ってたろ?】

 

  嫌だ……。なんだよそんなの、救いが無いじゃないかよ。

 

  話が違うぞ。

 

  嫌だっ。

 

 ……嫌だ!!!お断りだっ!!

  やめろよ?絶対にやめろっ!!

 

【………ここにきて、ワガママか?所詮お前は、引きこもりニートがお似合いの根性無しって事か】

 

  ふざけるなよ…!!

 

  お前、おかしな事ばっかほざいてんじゃねぇ。

  俺は、俺は絶対に!

  そんなのは、嫌だっっ!

  もう一人の俺なら、わかるだろ!?

 

【拒否権は無い。あるのは。お前の人生だけだ】

 

 ……………………………

 ………………………

 …………………

 

  白い世界は、終わった。

 

  理不尽に、おわりをつげた。

 

  代わりに、俺の人生が残った。

 

  これから、幾星霜。

  俺は、自身の可能性を見るのだろう。感じるのだろう。

 

「これが、俺がおくっていたかもしれない人生…だと?」

 

  一つ目、二つ目。可能性を見終えた。

 

  一つ目から、人生は過酷だった。アクアからチートな武器を貰ったにも関わらず、元々引きこもりだったせいでコミュニケーションを取れず、街で燻る間にチート武器を盗賊に盗まれ。あとは、単なる一般人として普通に暮らしたり。

 

「なんで。……どうしてっ!あの剣で、無双出来たんじゃないのかよ!」

 

  二つ目なんて、食事や生活レベルに適応出来ずに身体を壊し、それが大きな病を呼び起こして街から出られない生活を余儀なくされるものだった。

 

  苦しく辛い闘病生活を続けて。

  必死で痛みと戦った。

 

  にも関わらず。

 

  異世界に単身来たのだから知り合いもおらず、見舞いになんて誰一人として来ない。

 

  孤独な病床での暮らしに光明も、救いも存在せず。

  疲れはてて、最後には力なく息を引き取った。

 

  こんな人生を、俺もおくる可能性があったのだ。いや、追体験したのだから、これらも最早俺の人生そのものか。

 

「あ……!あぁ……!!

 

  いやだ。もう、嫌だよ!

 

  父さん、母さん……!俺もう嫌だ……!!」

 

  安心院さん。安心院さん。なんで、どうして俺にこんなスキルを渡したんだよ……!!

  こんな……!!」

 

  休む暇は、与えてもらえない。

  強制的に、次の可能性を見せられる。

 

 三つ目の人生。

 

  ようやく、めぐみんと偶然に出会い、パーティーメンバーになれた。

  若い男女二人きりだったのもあり、しばらくはそれなりに楽しく、甘酸っぱい時間が流れた。

 

  だがしかし、回復役もいない二人だけのパーティーだ。

 

  金に目がくらみ、やや実力以上の任務を受けた日だった。

 

  複数の強力なモンスターに囲まれ、爆裂魔法で蹴散らすまでは良かったのだが。

  撃ち漏らしたモンスターの攻撃を受けためぐみんは、魔力切れもあって即死してしまった。

 

  俺だけでどうにか凌ぐも、いきなり親しい人の死を目の前で見せられた元ニートが、そんな簡単に気持ちを切り替えられる筈がなく。

 

 肉体の疲れが限界を超えた時。

 

  武器は自然と手から落ちて。

  俺は直ぐにめぐみんの後を追った。

 

「……ぁう、ぁ、あぁぁぁ……」

 

  四つ目の人生。

 

  初クエストだと、意気揚々とモンスターを討伐しに行った俺。

  魔法のチートスキルを手にしていたから、油断もあった。背後から音もなく接近してきたジャイアントトードに喰われて、あっさり命を落とした。

  コミュ力も無く、パーティーなんかも組めていなかったから、ソロだったのが仇となった。

 

  酸素も無く、全身を少しずつ、少しずつ溶かされていく痛みと恐怖が延々と、心を支配し。当然、救い無くそのまま死んだ。

 

「うっぐぅ……おぇ、……っ!」

 

  なんだ、なんだ、なんだ。こんなの。苦しいだけだ。意味が無い。

 

  なのに、これでも、100年。まだ、たった、100年しか……

 

  もう、限界だった。

  俺が俺でいられたのは、ここらが最後だっただろう。

 

「あ…ぅあ……」

 

  心が停止してしまった。

  俺は、もう、壊れてしまったのだ。

 

 …………………………

 ……………………

 ……………

 

  心が死んで。

 

  認識を超えた時が流れた。

 

  それでも未だ、俺の可能性は上映され続ける。

 

  終わりが無い。瞬きの回数が一回違うだけで、全く別の人生になるようだ。

  同じような人生でさえ、無数にある。こんなの、耐えられる方がおかしいんだ。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

  何百年振りに。イタズラに、サトウカズマとしての人格を捉えられた。

 

  俺はまだ、いた。どうやら、いるようだ。

 

  いつ、どこにかまではわからないけど。

 

  ふと、可能性に意識を向けると。

 ある人生。これは中々、救いのある人生だった。

 

  「ぁ……くぁ…」

 

  転生特典に、チートな武器や能力を選ばず。女神であるアクアを選んだのだ。

 

  その後、めぐみん、ダクネスとパーティーを組んだ。

 

  運良く魔王軍幹部を討伐しちゃったりして。

  自分たちだけの豪邸も手に入れて。

  面白おかしく、ハチャメチャな日々を過ごしていた。

 

  本来なら接点すらない、ベルゼルグの王女とお近づきになったり。

 

  アクアを崇める水の都や、めぐみんの出身地にも行った。

 

  ある時はダクネスのお見合いをぶち壊したり、ついでに結婚式もぶち壊したり。

 

  隣の国とのイザコザを解決したり。

  魔王軍幹部と仲良く商売の話をしたり。

 

  飽きない日々。失いたく無い時間。

 

  ……こんな可能性が。こんな日常が、俺には残っていたんだ。

 

  この世界が、もしも、俺の本当の人生だったらと、思わせてくれる可能性に、出会えた。

 

「あくあ……!めぐみ…ん!だ…くねす……!!」

 

  忘れては、ならない。

  魂に、刻む、大切な人の名前。

 

  恐らく、また俺は壊れる。

 

  それでも。絶対に、思い出してみせる……!!

 

 また数千年、数億年と。

  時間の暴力は俺を襲った。

 

  でも、大丈夫だ。

 

  身体は消え、心は死に。存在が終わりを迎えても。

 

  彼女達の事は。

 

  俺の、魂に。

 

 ……………………………

 ………………………

 …………………

 

  今までも。これからも。

 

  茫漠とした時間が、俺を翻弄し続けた。

 

  そろそろ。

 

 せっかく魂に刻み込んだ何かさえ、消えてしまいそうになった頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

『【大嘘憑き(オールフィクション)】』

 

 

『サトウ カズマの死をなかったことにした!』

 

 

 

 

  頭上から。一筋の光が、差し込んだのだった。







カズマさんはオカリンだった!?

いや、エミヤ……!?ハザマ??否!!

スバルきゅん!?咲夜??まさかコタロー!?

安心院さんって最早ドSってレベルにないね。
グロ描写はわたし自身あまり好きじゃ無いので、マイルドにしちゃいました。


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番外編 【リンカーネーション】

カズマさん無双、はっじまーるよー!

※番外編です。本編に影響は無いので、升が嫌な人は読むのをお控えください。



  かつて。何度目の追体験だったかはあやふやだけれど、転生先がアクアの不手際によってズレた世界があった。

 

  一つの人生しか知らない当時は、アクセルに飛ばされるのが正規ルートだなんて知る由も無く、何の疑いも持たずに日々を過ごしたから、関係無いと言えば無いけど。今となっては、ポンコツ女神が転生をしくじったのだとわかる。

 

  その俺は、ベルゼルグの隣国に飛ばされて、神剣を特典として貰い魔王討伐を目指していた。

  高難度のクエストを、神剣に頼ってソロでこなしていく毎日。あまりにも順調な冒険者人生を過ごす中で。噂を聞き付けたお城の大臣から、王宮の兵士にスカウトされるまでに至る。

  騎士団に所属する王道の展開に心を揺らした俺は、二つ返事で了承し、厳しい異世界での修行にもどうにか耐えられていた。

 

  モチベーションは大事だね。

  ゲームのような体験は、引きこもりの俺を熱血な体育会系に変貌させてしまうくらい素晴らしく。転生して数年。ひたすらに鍛え上げた肉体は、転生特典を加味すると、王国でもトップクラスになるまで上り詰めていた。

 

  騎士として、王族や貴族の為に剣を振るう生活。【神剣の勇者カズマ】の名は他国にまで轟き、それなりの資産も手に入った。【この俺】の異世界生活は成功の部類だったと自負している。

 

  もうそろそろ、魔王討伐も視野に入れ始めたとある夏。

 

「あー、あっちぃ……」

 

  ジメジメとした暑さだけが印象に残った日。水分も補給せずに戦闘訓練に明け暮れ、身も心も疲労しきった夕暮れに。 俺は兵舎から200メートル程度離れた池のほとりで、一人涼んでいた。

  日が落ちかければ風も冷たく、チャプチャプと戯れる水の音が、耳からも体温を下げてくれる。風鈴で涼をとっていた日本時代が懐かしい。

 

「いくらチートな武器を持ってるからって、これだけに頼るのは死亡フラグだよなぁ。魔王軍幹部とか、中には【スティール】を使うヤツだっていても不思議じゃないし」

 

  水の女神アクアから貰った神剣、【ラグネル】を鞘から取り出して眺める。金色の刀身は長く、斬らずとも相手を叩き潰せそうなほどに重い。転生当初なら、自分の専用武器って補正が無ければ持ち上げるのも一苦労であったはずの重量。

  が、騎士として数年間訓練に明け暮れた恩恵で、補正が無くとも腕力で振り回せるようにはなった。

  でも、だからこそ。

 

「……他の武器も、扱えればなぁ」

 

  剣は基本装備だ。転生特典に恥じない完全チートな性能を誇るから、よっぽどじゃない限り俺はこのラグネルで戦闘をこなす。とはいえ、扱える武器が増えれば戦略の幅も広がるし、何より異世界まで来たんだから、色々な武器を使ってみたいってのもある。

  剣を取られて、肉弾戦ではクズ同然になっちゃうのは格好悪いしな。

  神剣にあぐらをかいて無双するのは確かに心地よいけど、個人的にはプレイヤースキルや駆け引きで敵と渡り合うのも嫌いじゃ無いんだよね。

 

  スキルポイントには幾分余裕を残している為、新たな武器を使用するのは難しい事でも無い。

 

  弓に槍。斧にメイス。

  ゲーマーとしては、非常に悩ましい。そんな折。

 

「お困りのようだな!」

 

  背後から、妙に明るい声がした。

  振り返れば、くすんだ金髪が目に入る。

 

「おっと、ラインか。急に話しかけるなよ、びっくりするだろう」

「わりーわりー。いや、カズマが一人で黄昏てるからよ、あまりの似合わなさについ、な。邪魔したくなっちまった」

「失礼なっ!俺だってたまにはセンチメンタルになったりもするわ!」

 

  いきなり。不粋にも俺のハードボイルドタイムを台無しにしてきたのは、同じ騎士団に所属だけしている、ラインだった。【所属だけしている】とあえて表現したのには理由があって、このラインは元々下級貴族なのだが。

  生まれつきドラゴンに愛される体質を持つ【ドラゴンナイト】であり、また槍使いとしても王国一の実力な為、今はこの国の姫を護衛する任についているのだ。

 

  騎士団に所属していない人物がそんな大事なポストにいるってのは、王宮的にちょっと情けない。てことで、目の前のライン君はなんちゃって騎士団にされたってはなし。

  大人の都合ってヤツだな。

 

「んで?邪魔だけしに来たってのか?」

  俺はラインにうろんな目を向けて抗議する。

「いやー、最初はそうだったんだが……。カズマ、なんか面白いこと呟いてたじゃねーの」

「面白いこと?」

「おうよっ!なんか、新たに武器を使いたいんだろ?」

「あ、それか。まぁね、使えるにこした事はないとは思うよ」

 

  ラインはニッと笑うと、自身の背中に括り付けていた槍を構えて

 

「だったら槍はどうだ!王国一の槍使い、ライン=シェイカー様が、今なら無料で特訓してやるぜ!」

「槍……か。」

 

  どちらかというと、ラインは面倒臭がりな性格だったはずだ。一体、どういう風の吹き回しだろう?

  しかも無料でなんて言われちゃった日には、これは新手の詐欺かと疑っちゃうよね。

 

「これは新手の詐欺か?」

 

  なんて考えていたもんだから。

 言葉に出てしまった。うっかり。

 

「詐欺じゃねーよっ!?おいカズマ。いくらなんでも失礼だろ」

「つーか、いきなりどうしたんだよ、ライン。お前、進んで人に稽古をつけるヤツだった?」

「まー、こっちにも事情があんだよ」

「ふーん……?」

 

  怪しい。すいてる電車でわざわざ女子高生の後ろを陣取るおじさん並みに怪しいぞ。でも、ラインから槍を習えるってのはそれ以上に魅力的だ。

  性格はアレでも、腕は確かだからなー……

 

「んー。それなら、お願い出来るか?ラインさんよ」

 

  どうせだからと、頼んでみた。

 

「ああ、いいとも!これからは、カズマが王国を守るんだしな」

「はぁ?お姫様の護衛役が、何言ってるんだよ。お前こそ、最たるもんじゃないか」

「……ああ、それもそうだ。今のは気にしないでくれ」

 

  おかしなやつ。

 

  この時はいつもの戯言だと思い気にもしてなかったが。この日から数ヶ月後。俺が基本的な槍捌きを身につけたところで。

 

  ……ラインは衝撃的な事件を起こして、国を追われる事になったのだった。

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

  おーい。

 

  いつまで追体験なんてどうでもいい事をしてるんだよ。そろそろ現実に生きてみる気はないのかな。

 

  ああ、そうか。

 

  かわいそうに。精神が壊れかけてしまっているみたいだね。それなら、起きられないのも納得だ。

  スキルを渡した手前、君が廃人になった責任は僕にあるようだ。一応、数多の世界を追体験する程度の所業は、このスキルを使う為の前提条件に過ぎないわけだが。

 一般人にはちょっと厳しかったみたいだね、ごめんね!ついつい、僕の物差しで判断してしまったよ。

  僕から言わせて貰えば、無限に近い追体験であっても僅か数瞬の出来事だからさ。別段、問題だとは思えなかったんだ。別の世界の自分をトレースするんだから、まぁ、あの程度の地獄はしょうがないと思ってくれ。

 

  それにしたって、廃人になってしまうとは予想外だったよ。

 せっかく、球磨川くんと共に魔王を討伐して貰おうと思ったのに。

  これでは僕のキスが無駄になってしまうじゃないか。あれでも、女の子としては結構な勇気を出したんだぜ?

 

  カズマくん、勝手言うようだけれど。魔王を無事討伐する為にも、君には異世界転生者としての活躍をしてもらわなくちゃいけないのさ。ホラ、球磨川くん達だけだと命が幾らあっても足りないだろ?

  【大嘘憑き】さえ完全……いや、負完全なら心配無いのだがね。

 

  いずれにしても、君は生きててくれた方が都合が良い。

  壊れかけた精神は、僕が特別に治してあげるよ。なぁに、礼には及ばない。僕は主人公って奴には一目おくようにしているんだ。厳密には今の君は主役と呼べないけれど。

 

  まあ、出来る範囲で頑張るといい。

  居場所を取られて尚、主人公補正とやらが働くのかどうか……

 

  せいぜい、楽しみに見させてもらうよ。

  それじゃあ、グッドラックとでも言っておこうかな。幸運が下がった君には嫌味かもしれないが。いや、スキルによって変化可能な君にはもう、嫌味でも何でもないんだったね。

 

  それでは。しばらくの間バイバイだ、カズマくん!

 

  そうそう。ひょっとしたら、近々僕もそっちに遊びに行くかもしれないから、その時は宜しく頼むぜ。

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

  俺はいつの間にか、王都にいた。しかも、ベルゼルグの。

 

「……ん?」

 

  今は、いつだろう?

 

  タイムトラベラーにお馴染みのセリフを脳内で呟く。

  ここはどこで、私は誰?なんて。

  おっと、これだとタイムトラベラーというよりかは記憶喪失した人みたいだな。

 

  ここはベルゼルグの王都。

  俺は佐藤和真。

  ……よし、大丈夫だ。なんとか、自己を忘れたりはしていないらしい。

 

  唯一わからないのは、今この世界にいる俺が、転生してどの位なのかって事だな。

 

  道行く街の人が、なにやら慌ただしい。俺は手近な主婦っぽいおばさんにたずねた。

 

「あの、何かあったんですか?みなさん急いでるみたいですけど」

「何かあったなんてもんじゃないよ!駆け出し冒険者の街、アクセル付近で機動要塞デストロイヤーが出現したんだとさ!」

「デストロイヤー……か」

「あたしゃ、息子がアクセルにいるんだよ!避難して来るだろうから、近くまでは迎えに行くようにするつもりさ」

「そうなんですか。お話を聞かせてくれて、ありがとうございました」

 

  おばさんは、「あんたもアクセルには近づくんじゃないよ!」なんて言いながら先を急いだ。

  デストロイヤーが現れたのなら、まだ転生して間も無い時期ってわけだ。

 

「でも、場所が悪いな」

 

  どうして俺は王都なんかに?

  ここからじゃ、デストロイヤーを倒しにむかっても手遅れだ。

 

「待て。待てよ……?」

 

  なんとなく、引っかかった。

  引っかかりの正体について、ゆっくりと振り返る。

 

  俺は今。

 

【自分の意思】で動いたか?

 

  これまで無限に繰り返してきた追体験。枝分かれした世界での人生は、どんなにリアルであっても、最終的にはその世界の俺が選んだ道を進むだけだったのだ。

 

  例えば、追体験中に恐ろしいモンスターと対峙しても、俺は逃げたいのにその世界の俺が勝手に戦ってしまう……といったように。明晰夢でうまく動けない、的な感覚に陥った事がしばしば。

 

  加えて、今の俺は自分が転生してからの経過時間を確認する為の質問をした。もしもこれが追体験なら、この世界の俺がそんな大事な事を忘れる筈はない。

 

  俺は自分の右手を見つめて、意味もなく拳を広げ、握る。

 

「やっぱ、動く……」

 

  ……自分の思い通り、身体が動く?

 

「ここは、まさか……!!!」

 

  この俺、佐藤和真が最初に転生した世界だというのか!?

 

「……戻って……来た?」

 

  転生してから、何度人生を繰り返したのだろうか。終わりが見えず、果てしない道のりをただ歩くだけの時間。

  自分の意思とは無関係に進んでいく物語を傍観するような、拷問にも似た何かが。

 

  やっと。やっと終わりを告げた。

 

  俺は、俺自身のスタート地点に帰ってきたらしい。

 

「う……、うおおおおおぉぉぉ!!?来た!ついに、終わったんだ!!」

 

  次の瞬間は、人目も気にせず歓喜に打ち震えた。

  顔が紅潮し、達成感が全身を駆け巡る。このまま、3日間は喜びの舞を演じられそうではあったけど、悠長に構えていられる程の時間は無さそうだった。

 

「ふぅ…。さてと、どうしたもんかね」

 

  機動要塞デストロイヤー。

  もしも、ここが俺のいた世界なら。アクアがアクセルにいる。

 直接関わりは無いけど、めぐみんとダクネスだっているはずだ。

 

「間に合うか……?」

 

  王都にいても、彼女達は護れない。

 

  かつての、追体験した世界の俺であれば。肉体を、鍛えに鍛えぬいたサトウカズマだったら。もしかしたら、ギリギリ討伐に間に合うかもしれない。

 

  幾つかの世界では、実際に王都からアクセルまで走った経験もある。

 

「なら、行くだろ。行くしかねぇ!!」

 

  今の俺にはもう。大切な人達を護るだけしか、生きる希望が無いのだから。彼女らを、デストロイヤー如きに殺させて堪るか!

 

  ただ、このままでは厳しい。

  単なる冒険者なこの身体では、その辺のモンスターに殺されて終わるだろうさ。

 

  だったら!

 

「【リンカーネーション】!!」

 

  俺は息をするように、安心院さんがくれたスキルを行使していた。

 

  違う世界の自分を、力を。

  呼び起こす為に……!

 

  スキル名を告げ、数秒待ってから。

 

「…ぅぉ!?」

 

  心臓が、ギュッと強く締め付けられる。

 

  どうやらこのスキルは、何の代償も払わずに使えるタイプではなさそうだ。

 

「…ぐぅっ……!がはっ…」

 

  鼻から、口から、大量の血が漏れた。

  血液がビチャビチャと、不快な音を奏でつつ地面に溢れ落ちる。口の中が鉄の味で満たされ、思わず手で口元を拭う。

 

「そういう、ことかよ……」

 

  繰り返しになるけど、今の俺は低レベルの冒険者に過ぎない。別の世界で、ベルゼルグでもトップクラスのスピードを誇っていた自身とは、別人並みに乖離している。

  いくら本人とは言え、かけ離れた二つの存在を一時的にでも融合させようとすれば。

  世界が、そうはさせまいと修正力をかけてくる。容赦なく、俺の華奢な身体に。

 

  安心院さん曰く。このスキルは、世界に抗い、無理矢理違う世界の自分とリンクするモノのようだ。あの辛い追体験は、いわばその下準備だったみたいだな。

 

「安心院さん、それならそうと早くに言ってくれれば」

 

  もうちょい頑張れたのに。(多分だけど)

 

  俺はてっきり、単なる虐めかと思ってしまった。……いや。おそらく、虐めも兼ねてたのかもしれないが。

 

  おもむろに剣を抜き、一度、二度振るう。

  血を流して、頭はけっこうグラグラするものの、肉体はあの頃の俺に限りなく近づいていた。

 

「よし、これなら行ける……!」

 

  そこから更に【速度強化】をかけて、俺は王都の城門を勢いよく飛び出した。

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

  速い。身体が軽い。

  馬車なんて止まって見える。

  同じ肉体でも、ステータスでここまで変化するのか。

 

  街道をただ真っ直ぐに突き進む。

  対抗して、避難民が王都を目指して歩いてくるが、それらを巧みに掻い潜って走り抜ける。

 

「なんだアイツ……!速すぎるだろ」

「え。今の、人間なのか??」

 

  通行人達は振り返って、驚愕に口を開く。うん。俺も結構驚いてるよ。

  ボルトもガトリンも目じゃない。

  人間の限界を遥かに超えた、超人的身体能力に。

 

  ひたすらに走り続けても、息がキレる気がしない。

  橋が壊れていても、軽い跳躍で飛び越えられる。紛れもなく、今の俺は最強だった。(当社比)

 

  身体能力だけじゃない。聴力や視力などもトレース出来ているようだ。

  でもなければ、自分のスピードに目や反射神経がついてこられないしね。

 

「気持ちいい……!」

 

  気が昂る。心が踊る。

  以前、バニルから仮面を貰った際に、月夜に感じた高揚が蘇った。

 

  何時間と、走った頃。

 

  アクセルも目と鼻の先にまで迫り、そろそろラストスパートをかけようかと考えだしたあたりで。

 

「ようし、バルター殿への義理は果たした。私はしばらく地下に潜る」

 

「ん…?」

  気になる話し声が、アクセル近くの森付近から聞こえてきた。

「誰だ……?」

 

  バルター?アレクセイ家の好青年…….だったか。確か、ダクネスとお見合いしたりもしていたな。

  何だって、こんなところで彼の名前が出るんだ?

 

  俺は足を止め。手頃な大木に張り付くと、潜伏スキルで気配を隠す。

【千里眼】を併用すれば、声の主を捉えられた。

 

「随分と高級な馬車だ」

 

  見れば、二人の男たちが装飾の施された馬車を囲み、何かを話し合っているようだ。中でも、高級な生地で仕立てられたスーツに身を包んだ壮年の男は、馬車に乗り込もうとする態勢。

 

「後の差配は一任するぞ」

 

「お任せ下さい、ギルド長。デストロイヤーがアクセルに来たのは誤算でしたが、街は壊滅せずに済みましたし……あとは、バルター様との筋書き通りに。あの冒険者達に罪を償ってもらうとします」

 

「うむ、万が一追っ手が王都に来る事態となれば、私の方で処理しよう」

 

  ギルド長と呼ばれた男は、ローブ姿の不気味な老人に指示を出すと、馬車に乗り込んで王都方面へ移動を始めた。

  話の流れだと、デストロイヤーは既に討伐されたのだろう。街も壊滅しなかったとも言っていたな。

 

  俺はひとまず、安堵した。

  アクセルが無事なら、アクア達が生き残っている可能性は跳ね上がる。

 

  ギルド長達の会話はどこか意味深に聞こえたけど、現状、アクア達の安否が最優先だ。

 

  俺が潜伏スキルを解除して、アクセルへ急ぐと。

 

「フェッフェッ。どうやらネズミが覗いておったようじゃ。どれ、姿を拝ませて貰おうかのう……」

 

「なっ!?」

 

  ローブのジジイはこちらの気配を察知していた。潜伏と千里眼で、完璧に息を潜めていたんだが。

  それに、今の俺は高レベルな冒険者と同等のステータス。ならば、ローブ男の実力は相当なのだろう。にしても、笑い方がキモい。

 

「フェッフェッ、小手調といこうぞ。【カースド・ライトニング】!!!」

 

  ローブの男はいとも容易く上級魔法を繰り出した。黒い稲妻は、木々を破壊しながら一直線に俺を目指す。

 

「あぶねっ!」

 

  距離は十分離れていたので、跳躍のみで回避できた。

  放たれた黒い稲妻は木々に当たっても止まらず、数瞬前まで俺がいたポイントを黒焦げにして、霧散した。

【リンカーネーション】を未使用だったら、俺の冒険は一つの区切りを迎えていたな。

 

「ほぉ!速いな、まさにネズミじゃ」

 

  何故か嬉しそうなローブの男。

  俺は避ける動作、跳躍と同時に弓を構え

 

「【狙撃】っ!!」

 

  ローブ目掛けて矢を放つ!

  だが……

 

「甘いわっ!【インフェルノ】!!」

「また、上級魔法かっ」

 

  相手は業火を発生させると、矢を炎で防ぎつつ、攻撃に転身してきた。攻撃は最大の防御というが、こんな森で、よりによって炎の魔法を使うかね?普通。

  上級魔法をポンポン使ったり、俺の存在に気がついたり。このジイさん、何者だ?

 

  近場に巨大な岩があったので、そこに身を隠してどうにか炎をやり過ごした。最高位の炎魔法だけあり、近くにいるだけで結構なダメージを喰らったが、戦闘に支障はない。ただ、こんなエゲツない魔法が直撃すれば、二度と立ち上がれなさそうだ。

 

「ふむ、身のこなしは悪く無い。アクセルの冒険者とはとても思えんのぅ……」

 

  あんたこそ、アクセルのギルド職員にしては強すぎないか?

  そもそも、こんなローブの男、見覚えが無いんだが。

  もしかして、容姿を偽っているとか……

 

【インフェルノ】の余波が消えたタイミングで、俺は岩陰から飛び出して相手との距離を詰めた。これだけの魔法を操る手練れだ。

  遠距離ではこちらが不利。

  近接戦に持ち込んで勝機を見つけないと、ズルズルと負けてしまう。

 

「むっ!こやつ……」

 

  ジジイは、俺の接近が予想より早くて驚愕し、咄嗟に杖を構えるが……

 

「遅い!」

「ぬぅ、杖が!?」

 

  剣で杖を真っ二つにしてやった。その影響で、ジジイの唱えていた魔法はキャンセルされる。

  そして……!

 

「【ドレインタッチ】っ!!」

「ぐ、ぐがぁぁぁぁあ…!!」

 

  ありったけの魔力を奪いとる!

  ジジイは必死に抵抗を試みるも、力では俺が遥か上をいく。

 

「こんな小僧に……!ギルド長…どうかお気をつけ…下さい」

 

  今際の際みたいなセリフとともに、ジジイは倒れ伏す。

  にしても、桁外れな魔力量だった。先に杖を封じてなければ、ドレインタッチで吸い取る前に、反撃されていたかもしれん。

 

「死なないよう手加減した。安心するんだな」

「敵に…情けとは……青いのぅ」

 

  ギルド長がどんな企てをしたのかを聞き出したかったけど、隙を見せればこちらがやられていたかもしれない。

  コイツのような老獪な輩が、一番厄介って相場は決まってる。

  念の為、ジジイに【バインド】をかけてから、俺はアクセルに入った。

 

 

 …………………

 ……………

 ………

 

「あー、疲れた。思わぬ邪魔がはいっちゃったなぁ」

 

  命の危機に瀕しつつ、やっとこさたどり着いたアクセルでは。

 

「ん、これは……?」

 

  俺の探している人物達。

  めぐみん、アクアの指名手配ポスターが、掲示板に張り出されていたのだった。

 

「何やったんだアイツら!!?」




カズマさんの心労は絶えない……


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五十七話 トロイの木馬

プリヤの映画見てきました。相変わらず、あちらの世界はギャグが乏しい。エミヤが流れた時はもう!
ポップコーンを食べる手も止まる格好良さでした。

マエケン体操?なんのことでしょう


  天高く聳えるベルゼルグの王城。財力の象徴とも言える壮大な建造物、その中の一室。普段は貴族達をもてなす際に使用されるサロンには、一人の少女が佇んでいた。

  散る様さえ美しい花の様に、見る者から現実感を奪ってしまう程可憐な姿は、どこか儚げで、切ない。少女は流れるような金髪と、吸い込まれそうになる碧眼が印象的で、年齢はめぐみんより幼いくらいだろうか。

  装飾の施された室内は、バロック建築から後期バロック建築(ロココ建築)へ移り変わる狭間を行く、芸術の域に達した空間に仕上がっている。

  17、18世紀の建物に近いのは、この世界が出来て丁度それくらいだからか。あるいは、中世騎士や、かの有名なヴェルサイユ宮殿に憧れて、ノイシュヴァンシュタイン城を建てた、ドイツのルートヴィヒ2世のような思考の日本人が転生して、その時代の建築様式を広めたからか。

 

  どちらにせよ、王城は権力の象徴にしては行き過ぎているほど、絢爛豪華。庶民が一生涯近寄る事も出来ない、特別な場所。

  そんな、立ち入ることすら恐れ多い聖域に、年端もいかない女の子が馴染むのは、彼女もまた、途方途轍もない美貌の持ち主である証明だ。

 

  少女の名は、アイリス。正真正銘、王の血をひいた王女様。ベルゼルグの王家に生まれ落ちた時点で、彼女の運命は確定した。

 

「……はぁ」

 

  薄紅色の唇からは、小鳥の囀りではなく、ため息がひとつ。

 

  王族は皆、大昔に存在した伝説の勇者から血を受け継ぐ、選ばれし存在。魔王に対抗できる、数少ない血族だ。貴族や王族に名を連ねる人間は、遺伝によって元来ステータスも高い。ポイントの振り方が残念なせいで目立たないが、ポンコツなダクネスでさえ、実はエリートと呼んでも差し支えない。

 

  才能はあっても、努力をしなければ成功しないのは世の常だが、アイリスは違う。王族として、日々最高の教育を受けられるのだ。剣の腕が、人類の壁にまで到達するのは必定と言える。

  来る闘いに備えて、今は王族の責務を全うするのが役目。幼いながらも賢明な彼女には、自分の立場が理解出来ていた。……残酷なまでに。

 

「アイリス様、こちらでしたか」

 

  無人のサロンでつかの間の安息を得ていたアイリスを、一人の女騎士が迎えにきた。女騎士は、珍しい白のスーツを着こなす、切れ長の瞳の持ち主。男装の麗人という言葉がピッタリと合う、宝塚でも通用するだろう容姿。腰に剣を携えていて、常にアイリスを守る立場にある女性だ。

  剣の教育係も担っており、職務を抜きにアイリスを慕う貴族の一人でもある。

 

「クレア、もう時間ですか」

「はい。引き続き、鍛錬を」

「では、修練場へ戻りましょう」

 

  また、剣の稽古が再開されるのだ。

  アイリスにとって、毎日の自己研鑽は既に己の一部。泣き言を言ったり、逃げ出したりはしない。しかし、世の中では自分と同年代の少年少女たちが、手に汗握る冒険の旅をしているらしい。恋い焦がれた相手のように、叶いもしない幻想を想うのは致し方あるまい。

 

  模擬刀を手に取りサロンを後にした、修練場への道すがら。

 

「外が……何やら騒々しいですわ」

 

  天井まで届きそうな、ベランダへの扉。換気の関係で僅かに開放されていた隙間から、普段は聞こえないような声が届く。今日は城下で祭りでもやるのだろうか。アイリスは好奇心を抑え、ポツリともらす。

  剣の稽古をサボりたいだとか、不純な動機は持ち合わせていない。

  珍しい事態に、つい口をついただけの事。

 

  王女の言葉を聞いたクレアが、アイリスに

 

「その事ですが、兵が城の付近で怪しい二人組を捕らえたそうです」

「怪しい、二人?」

 

  女騎士、クレアの補足は穏やかじゃない。お城の付近まで不審者が近づくなど、あってはならない。

 

「もしかすると、アクセルのギルドから要望があった件が関わっているのかもしれませんね。この街のギルドへは、これから捜索要請を出す手筈となっておりますが……。アイリス様、如何なさいましょう?」

 

  アイリスは警備を強化する必要を認めながら、譜第の臣であるクレアへ命ずる。

 

「クレア。至急、事態の把握と解決を」

「……御意。では、代わりにレインをこちらに」

「ええ」

 

  アイリスの親である王様と、日頃頼りにしている兄は、現在魔王軍と交戦中につき、城を離れている。ここを護るのは残ったアイリスの使命だ。

  小さい手のひらには、王都に、王国に住まう人々の数え切れない命が握られている。

 

「先刻、諜報部から伝わったアクセルでの出来事といい、国内の平定もままならないのですね」

 

  魔王軍では無いにせよ、犯罪者を野放しにしてはおけない。

  アイリスは一人、基本の型を幾つかなぞって身体を作る。しばし繰り返して、程よく温まると。

  クレアと入れ替わりで、レインなる女の子が部屋へやってきた。

 

「アイリス様、本日は私が稽古相手を務めさせて頂きます」

 

  ペコリと、レインは頭をさげる。

  それから、アイリスの浮かない表情を発見して

 

「アイリス様?お顔の色が優れないようですが……」

「…….魔王軍幹部ベルディア討伐や、アレクセイ公の不祥事を白日の元に晒した、あのお方みたいな冒険者が増えてくだされば良いのに」

「今、何かおっしゃいましたか?」

「いいえ。さあ、始めましょう。」

 

  レインが聞き取れないくらいの、小さな、小さな声で呟いたアイリス。

 

  ここ最近、華々しい功績を残したとある男。アクセルの街を拠点とし、ダスティネス・フォード・ララティーナとパーティーを組む冒険者。いずれは、彼の冒険譚を聞いてみたいと思ったりもするが、こんな望みは、中々叶うものではない。

 

  クレアが場を収めてくれるだろうとふんだ王女様は、代わりにやって来たレインと一緒に剣の鍛錬で汗を流した。

 

 ……………………………

 ……………………

 ……………

 

「ねえ、ねえってば!球磨川さん、もうそろそろ行きましょう?ギルド長が隠れちゃうわよ?夜になったら、捜すのだって一苦労だわ」

 

  王城の付近では、地面に寝転がる球磨川を、両手で揺さぶる女神様の姿が。

  硬い石の床だというのに、球磨川は心底リラックスした様子で天を仰いでいる。アクアにガンガン揺らされても、全く起きようとせず

 

『アクアちゃんが先に言ったんだぜ?休もうって。僕としては反対したかったのだけれど、成る程。こうしていざ横になると、全部が全部どうでも良くなってくるね。アクアちゃんは、これを僕に伝えたかったんだね?安らかで穏やかな、仏のような心を。否、女神のような心を!……魔王も、世界も、この大空に比べたらチンケなもんだって!』

「違うわよっ!?……いいかしら、魔王なんて、存在しているだけで迷惑なんだから、倒さなきゃいけないに決まってるの。これは、生物が呼吸をするくらい普通な事なの。そもそも、魔王を倒さないと私も天界に帰れないんですけど!」

 

  最後の。自分が天界に帰る云々を強調したアクア。人々への迷惑よりも、そちらの方がプライオリティ高めのようだ。

 

『天界に帰れない?あはは、心配しなくてもいいって。安心院さんがどうにかしてくれるよ』

「あ、あんしんいんさんって、誰なの?デタラメ言ってるんじゃないでしょうね?」

『さてと。背中も痛くなってきたし、じゃあ王城を発破しに行くとしよっか!』

 

  球磨川はゆっくりと上体を起こし、巨大な城を見上げた。

  エリートの巣窟を、どのように破壊するか。もしも王城に身を隠したギルド長がいて、ついでに始末できれば一石二鳥だ。

 

「まって、ちょっと待ちなさい球磨川さん。いつの間にかお城を壊す事になってるけど、どうして?」

『ん?そんなの、決まってるじゃない。王族なんて偉そうな連中は、魔王軍よりも有害だからだよ』

「どうしよう、さっきから球磨川さんの言ってる事がまるでわからないわ!」

 

  あれだけ巨大な建造物を破壊するとなると、めぐみんの爆裂魔法を撃つより他にない。

  けれど、ただ闇雲に爆破したところで全壊は難しい。一度潜入して、構造上必要不可欠な柱なりを突き止め、そこにピンポイントで魔法をぶつければ、どうにか倒壊まで漕ぎ着けられるか。

 

「いい?王族ってのはエリートなのよ?剣の腕だって凄いし、言っちゃ悪いけど球磨川さんより遥かに強いわ。攻守の要と言える、まさにベルゼルグの切り札ってわけ。そんな連中を倒しちゃったら、魔王討伐どころか、逆に魔王軍に国を滅ぼされかねないの。ここはひとつ、城の人たちを私の宴会スキルで楽しませて、ギルド長探しに協力を……」

『王族の凄さは、さっきめぐみんちゃんも同じような話をしてきたから知ってるよ。エリート。そう、王族はエリートなんだよアクアちゃん。君にとっての魔王が殺すべき相手であるように……』

 

  雲にも届きそうに、球磨川を見下すように高い城の頂は、遠すぎて霞み、微かにしか見えないけれど。

  それでも球磨川は目を細めて、目標を眺め続ける。

 

『僕にとっては、エリートが殺すべき相手なんだよ!エリート倒すべし!』

「なんでそうなるのよ!!?」

 

  言葉が通じていない。

  アクアが小声で「この人やばいわ」と繰り返す。そんな、アクアの精神力がゴリゴリ削られている中で

 

「おいっ!お前達、先ほどから物騒な発言をしているなっ!なんのつもりだ」

『お出ましだね』

 

  城の兵士が、いつの間にやら球磨川達の傍までやって来ていた。

  一連の会話を聞かれていたらしく、球磨川を爆弾魔でも見るように睨みつけてきた。

 

『あー、兵士さん。今の会話はほんの冗談だから、そんなに怖い顔しないでよ。僕は、王様に会いに来たんだ。やっぱり、魔王討伐に向かう勇者は、まず初めに王様からお告げを頂くべきだと思うんだ!』

「なに、王様に……?お前達、魔王討伐を目指す者なのか?」

 

  球磨川がテロを目論んでいたわけでは無いと判明し、若干兵士の緊張は解けた。かと思えば、王様に謁見したいなどと面倒臭いことを言い出され、兵士は嘆息する。

 

「……せっかく出向いてもらったが、今は不可能だ。なぜなら、王は遠征中だからな。現在、この城には王女様しかいないのだ」

『王女様……!?逆にテンションが上がるじゃないの。お告げをもらうなら、やっぱ王女だね、若い女の子から送り出された方がやる気が出るってものさ。軍資金の代わりに脱ぎたてパンツをくれれば尚ベターだ!』

「な、なんと無礼な……!王女様のパンツを所望するなどと」

『あ!いま想像したね?高貴なお姫様のパンツを。うん、恥じる必要はないさ。男の子なら誰しも、女の子のパンツを想うのは当然だから!』

「……くっ、バカを申せ。王宮騎士たるもの、決してそのような不埒な考えは……!」

『王女様のパンツは、オーソドックスに白のレースかな?大穴狙いで、王族は代々紐のようなパンツを身につける慣わしだったりするかも?……マズイな。だとしたら、僕は王女様と対面しても、目線がどうしたって下にいっちゃうぜ。ねえ、どうしよう!?僕、どうしたらいい!?』

「知るものかっ!ええい、なんなんだお前達は。勇者を自称するならば、ミツルギ様のように毅然としているべきであろうに!」

「お前【達】!?ねぇ!それ、高貴なるこの私も同列にされてるわけ!?」

 

  軍資金の代わりにパンツを欲しがる勇者なんて、過去に例を見ない。おふざけも過ぎる。つまるところ、球磨川は勇者などではなく、一介の冒険者なのだろう。ただの遊び人ないし、低レベルな冒険者が観光気分で王城付近までやって来たのだと考える方が自然だ。

 

(とんだ厄介者どもが城門までやって来てしまったな。まあ、怪我させずに放り出せば大丈夫だろう)

 

  兵士が無駄な仕事の追加にうんざりしつつも、多少強引にでも球磨川達を城下町までつまみ出そうとしたところで。

 

「乱暴はよしなさい!水の女神アクアが命じるわ。速やかに私たちを王女の元まで案内するのよ!アクセルから逃亡している、テロに加担したギルド長を見つける為にも、王女の助けをかりたいの!」

 

  兵士と球磨川の間に割って入ったアクアが、両手を腰に当てて威張りながら告げた。

  兵士も、そして球磨川も。

  突然のアクアの発言に、目を白黒させる。

 

「アクセルの、テロだって……?」

 

  兵士は静止して、アクアの発言を吟味し出した。ここ最近、アクセルで大規模なテロが行われたと、王都にも報告はあった。機動要塞デストロイヤーを利用した、大量無差別殺人。その首謀者は数名の冒険者だったということだが……

 

「あのデストロイヤーの爆発が、ギルド長によるテロリズムだっただと?その話、ほんとなのか!?」

 

  すぐには信じられないと、兵士が。

  相手の知らない情報を持っている事実に気を良くしたアクアは、得意げに語る。

 

「もちろん本当よ。裁判場に問い合わせれば、すぐにわかるわ!ギルド長が裁判前から姿を消して、ここ王都に雲隠れしたこともね!」

「なんという事だ……」

 

  王都に、その情報は届いていない。正確には、兵士レベルにはだが。

  裁判が終わってから、球磨川達は翌日には王都に出発した。

  正規の伝達係と同時、もしくはやや遅いくらいには到着した為、ギルド長の件は未だ公にはなっていないのだ。

 

  近年稀に見る大事件。多くの人々が命を落とした、未曾有のテロリズム。その犯人が、よりによって、国に忠誠を誓ったギルド職員だとは。王家の名にキズがついてしまう。他国に舐められる弱点ともなり得る不祥事だ。

 

「ぷーくすくす!この人、王城にいる兵士なのに、何も知らされてないんですけど!」

「なんだとっ!?」

「事情がわかったなら、早く王女様に取り継ぎなさいな。事は一刻を争うんだから!」

「ふん。お前達のような冒険者風情がもたらした情報など、信用出来るか!アイリス様に近づこうとする犯罪者かもしれないのだ、易々と通せはせん!」

 

  アクアが人を苛立たせる薄ら笑いで兵士の肩に手を置いたが、即座に跳ね除けられた。

 

「痛っ!な、なによぅ……、そんなに怒らなくてもいいじゃないの」

 

  アクアは、ヒリヒリと痛む手を摩り、少し怖かったのか兵士と距離を置いた。球磨川の背中に隠れるようにして、唇を尖らせる。

 

『でもでも、兵士さん。僕たちは、一応魔王軍幹部のベルディアを討伐したり、悪徳領主アルダープを成敗したり。そこそこの実績はある冒険者だよ?一考の余地はあるんじゃないかい?』

「は?お、お前達が、魔王軍幹部を?という事は、お前が。いや貴方が、【クマガワ ミソギ】さんなのか……?」

 

『YES I AM!

 

  僕こそが、過負荷の中の過負荷。

  混沌よりも這い寄るマイナス。

  球磨川 禊だよ!』

 

  球磨川が例のポーズの後に差し出した冒険者カードを、兵士はマジマジと見つめてから。

 

「し、失礼致しました!」

 

  王都にも、球磨川の名前を知る人間がチラホラいるらしい。

 

  兵士がその一人で、武闘派で知られるベルディアを倒した球磨川に、さっきまでとは違い畏怖の目を向けた。

 

「し、しかしながら。幾らクマガワさんでも、アポなしでアイリス様にお目通りする事は叶いません。ここは、一度正規の手順に沿って頂かないと…」

『ええー?そうなの?超めんどくさいんだけど。……とはいえ、転校の手続きとかで、慣れているっちゃいるか』

 

  球磨川も、トントン拍子に良い方向へ進むとは思っておらず。少なくとも王女様に存在は認識して貰えたのを収穫とし、今日のところは出直して、改めてめぐみんやダクネスと共に登城しようと翻る。

 

『まあ、いっか。アクアちゃん、ここは引いておこう。僕らは王女様を怒らせに来たんじゃないからね』

「いいの?球磨川さん、あと一歩だったじゃない。それに、夜になったらギルド長が襲ってくる可能性だってあるのよ?」

『確かに。ギルド長の動向には注意が必要だね。けど、お城に逃げ込んでいないだけ希望はあるさ。王族を味方につけたのでなければ、今のギルド長は単なる逃亡者に他ならないんだし。となると、広い王都でも、早晩見つかるだろうね』

「うーん。球磨川さんがそう言うなら、いいんだけど」

 

  王城から離れようと、歩き出すと同時に。背後から凛とした声がかけられた。

 

「そこの二人組、止まりなさい」

 

『……は?』

 

  振り返ると、白スーツの女がキリッとした顔で呼び止めたようだ。

 

「私は、シンフォニア家のクレア。第一王女アイリス様の側近だ。貴殿がクマガワ ミソギならば、話がしたい」

『話したいの?僕と?』

 

  鍛錬場から全力で走ってきたクレアだったが、息一つ乱れておらず。

  兵士と球磨川のやり取りには驚いたが、目の前の男がクマガワだとすれば、これから行うギルド長捜索に大きく役立つはずだ。

 

  それから。

 

(アイリス様は、アクセルで名を馳せた、このクマガワなる男に多少の興味がおありのご様子。もしアイリス様がご所望ならば、冒険譚を語らせるのも悪く無いだろう。望まなければ、謁見の間に通す事なくギルド長捜索の任に放り出せば良かろう)

 

  愛しのアイリス様を第一に考えるクレアは、丁度良い手土産が出来て上機嫌だ。本来のクレアなら、王城に下賤の者を入れるなんて考えもしない。逆に、切り捨てるレベルだが。

  アイリスに褒めてもらえる可能性が1パーセントでも存在すれば、欲望に忠実となるのがこの女性だ。

 

「幸運に思え。難攻不落の機動要塞を移動不能にした功績を鑑み、貴殿とその一行には、特別に城内へ入る許可を与えよう。」

 

「え、いいの?ラッキー、ラッキーだわ、球磨川さん!このチャンスを逃す手は無いわね!」

『えっと、うん。そうだね。こうやって事態が好転するって事は、何か裏があるんじゃ無いかと疑わしいけど……』

「何言ってるの。この宝塚なお姉さんが招待してくれるってのよ?王族に仕える騎士が、不埒な考えを持つはずないでしょ」

『だと、いいけど』

 

  クレアの提案は、球磨川達にとって渡りに船。断る理由は勿論存在しないけれど、あまりにスムーズな展開には、思わず球磨川とアクアが顔を見合わせるのも無理はなかった。

 

「こちらだ、ついて来い。貴殿らのお仲間は、別の人間に案内させるから安心してくれ」

「なかなか立派な門構えよね。私が住むに相応しい気がするの」

 

  かくして。球磨川禊という名の過負荷が、武装国家ベルゼルグの王城にまで侵入出来てしまうに至った。

  めだかちゃんや人吉がこの場にいたら、クレアの軽率な行動に失笑していたかもしれない。





やっぱシギュン可愛いよね。ライガットも可愛い。
この二人がくっつけば、もうハッピーエンドだわ。
ナルヴィは私が貰っていきますね。ステンナさんは皆さんでどぞ


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五十八話 神への訴え その2

いよいよ、来週はFateのHFですねぇ。

個人的には麻婆を早く見たいです。
何年も前からの夢です。多分2作目とかでしょうが。

あとは、ハルヒの3期はよ。異世界行って心残りな物の一つは、動く佐々木が見られない事ですからね!


球磨川とアクアの即席コンビ。王都のどこかにいるギルド長を効率よく探す為、王族の協力を得ようと目論みお城までやって来た二人は、門前払いを喰らうことなく、不思議と城内に入れてしまっていた。それも、ベルゼルグで最も厳重な守りである筈の王城に。アクアはさて置き、どこの世界でも問題ばかり起こす球磨川は、ダントツでお城に入れてはならない不審者なのだが。彼を招き入れるのが許されるなら、衛兵の仕事は幼稚園児にも務まってしまう。昭和の映画館並みのなんとも残念な警戒態勢に、球磨川はどこぞの小さな名探偵のような口調で疑問を呈する。

 

『あれれー?おかしいぞ。僕の予想だと、大方【下賤のクズが!】的な発言と同時に、お城の敷地内から放り出されるモノだと思っていたのに。王城の警備って、案外ザルなんだなぁ。この体たらくなら、レスリングで有名なあの人を雇った方が賢明だぜ』

 

目からビームを放つ元金メダリストの雇用を勧める球磨川の脇腹を、左となりを歩くアクアが指でつついた。

 

「ねえねえ。さっきから聞いててわからないんだけど、球磨川さんはなにをそんなに不安がっているのよ。私たちは、現にこうやってお城に入れたんだし、もうそれでいいじゃないの。細かい事を気にしてると、小ジワが増えちゃうわよ?」

 

ムニムニと。アクアは自分の目元を、両の手でマッサージして見せた。

雪のように美しい肌が、柔らかく形状を変化させる。

 

『……ふむ、アクアちゃんはお気楽だね。これが罠の可能性だってあるんだぜ?君とパーティーを組んでいるカズマちゃんの苦労が垣間見えるようだ。ともあれ。ショートケーキにメイプルシロップをブチまけたような甘さに目を瞑れば、アクアちゃんの意見は的を射てるな。現状、気にしても仕方がないのは確かだし、僕はアンチエイジングに一家言ある。ここは、素直に君の助言を聞いておくとしよう』

「うんうん。人生、適当が丁度良かったりするの。力を入れすぎると、かえって失敗しちゃうものなのよ!程々にやったら上手くいった、みたいなケースも多いんだから」

『……アクアちゃん。それ、君の教えとかだったりする?なかなか心に響く言葉だね!』

「そ、そう!?他にも、アクシズ教には魅力満載な教えがあるわよ。なんせこのアクア様が考えたんだから、心に響くのは当然よね。」

 

珍しく手放しで称賛され、アクアはにわかに調子に乗り出した。ピノキオよろしく鼻をのばす女神の態度はなんとも癪にさわるが、特にそれを咎めようとも思わない球磨川は、むしろ前のめり気味で催促する。

 

『他の教えはどんなのだい!?』

「とくと聞きなさい!これが、水の女神アクア様のありがたいお言葉よっ」

 

アクシズ教の教えには、以下のようなものがある。

 

・汝、何かのことで悩むなら、今を楽しく生きなさい。楽な方へと流されなさい。自分を抑えず、本能の赴くままに進みなさい。

・アクシズ教徒はやればできる、やればできる子なのだから上手くいかなくてもそれは貴方のせいじゃない。上手く行かないのは世間が悪い。

・嫌なことからは逃げればいい。逃げるのは負けじゃない。逃げるが勝ちという言葉があるのだから。

・迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。どうせ後悔するのなら今は楽ちんな方を選びなさい。

 

なんともありがたいお言葉の数々。

 

『す、素晴らしいよ…!胸を打つ、熱く重い言葉だ』

「でしょでしょ!?素晴らしいわよね?これはもう、エリス教に見切りをつけるべきじゃないかしら」

 

上記の教えを黙って聞いていた球磨川は、異世界に来てから一番大きな関心をアクアに寄せた。

 

『……どうやら、君はそれなりに弁えているみたいだね。人間ってものを。腐っても女神だけある』

「ちょ、腐らなくても女神なんですけど!」

 

アクアの教えは一般論として、ダメ人間の発想に近い。常人が聞けば、不真面目で無責任な考えに立腹するだろう。けれど、そんな過負荷と似た思考は、日の本一ダメ人間であるところの球磨川さんの琴線に触れる。もしもエリス教徒に身を甘んじていなければ、アクシズ教に入信していたかもしれないとも球磨川は考えた。しかし。

 

『ただ、一つ言わせて』

「なに?この素晴らしい教えに、不満があるとでもいうの?」

 

アクアの述べた美しい言葉には、一箇所だけ看過できないところがある。

いかな他宗教とはいえ、そこを訂正しなくては球磨川達の存在を否定してしまうことと同義だ。それだけは認めてはならない。

初めてブレンダンを訪れた折、球磨川はアクアに過負荷の存在をアピールしたが、此度も又、神々へ進言する良い機会だと考える。球磨川は、自分の在り方をかけて口を開いた。

 

『……【逃げるが勝ち】って部分を、【負けるが勝ち】にしてくれないかな?そうすることで、救われる人間が増えるんだよね』

 

1行で矛盾する言葉を言い放たれたアクアは、目を2回、3回とパチパチさせて。

 

「えっと、なにか変わるの?それ。逃げるのも、負けるのも、結局はどっちも同じ意味だと思うんですけど」

『変わるさ。……変わるんだよ。【逃げる】のと【負ける】のは、根底からして違うんだ。確かに日本語としては同じ意味合いだけれど、【勝ち】に至るまでのプロセスが重要でね』

 

この世には、どうやっても幸運に恵まれない人々の存在がある。生まれながらにして負けている、特殊な人間達が。魂に刻み込まれた敗北の呪い。何物にも代え難い友情も努力も勝利も無く、あるのはぬるい友情、無駄な努力、虚しい勝利だけ。彼ら、彼女らを、人は過負荷と呼ぶ。生きているだけで周囲もろとも不幸せにしてしまう災厄。

だが。その過負荷にだって、蔑ろに出来ない信念はある。いや、過負荷だからこそ、無視出来ないと言うべきか。球磨川禊も一人のブラックシープとして、今一度眼前の神に訴える。いつの日か、自分達のような存在に救いがもたらされる奇跡を願って。

『真の負け犬は、負けから逃げない。負けを自覚して次に進むんだ。負けを受け入れず、逃げて勝つだなんて都合が良過ぎるぜ。負けた経験があるからこそ、勝ちに繋がるのさ。ゆえに、教えとしては。【負けるのは逃げじゃない】にして欲しいくらいだよ』

「……【負けるのは逃げじゃない】、か。へえ、球磨川さんって、案外面白いことを言うのね。言われてみれば、負けを認めずに駄々をこねるよりは、敗北を受け入れる人間の方が潔くはあるわね」

 

球磨川がアクアに興味を示したように。アクアも同様に、球磨川をマジマジと見つめ返した。アクアが最初に球磨川という存在に引っかかりを覚えたのは、転生させた時だ。眼前の少年は、元々スキル持ちだったり、特殊な思考回路だったりと、どこかただの人間では無い気はした。けれど、転生させてしまえばもう無関係だと判断し、それ以上思うことはなかった。

それが今。同じく異世界を冒険する仲になったことで、改めて興味の対象となったのだ。

 

『アクアちゃん、わかるかい?この考え方が。』

「頭がこんがらがりそうだけど、負けと逃げがイコールでは無い……てのはなんとなくね。つまり、球磨川さんとしては、某ドラマのタイトルも【負けるは恥だが役に立つ】にしたいってことかしら」

『……その発想はなかった。けど、まあ、そういう事さ。もっとも僕レベルまでくると、負けても恥とは思わないけれどね』

 

負け犬の矜持。球磨川の言葉がどの程度アクアや(覗き見しているかもしれない)エリスに伝わったのか、それを確認する術は無いものの、口にしなければ始まりすらしない。アガペー的な雰囲気を持つエリスならば、日本は無理でも、この世界にいる過負荷くらいは救ってくれるだろうか。

まだ転生してから本格的な過負荷に遭遇してはいないが、世界は違えど人の営みがある以上、過負荷は必ずいる。光と影。貴族や王族などといった華美な人種がいるなら尚のこと。

 

「ま、そのうち気が向いたら採用してあげてもいいわ。でも、御賽銭をわけてあげたりはしないけどね。こういうのって、表向きは女神が考えたことにしないと、信者は納得してくれないもの。球磨川さんに著作権は無いのよ。それでもいいなら考えといてあげる!」

『うん。君が僕の言葉を反芻してくれるなら、それ以上は何も望まないさ』

 

今の問答でこの世界の誰かが負の連鎖から抜け出せるのなら、球磨川としては大金星。どれだけの富にも代えられない。神々への訴えが言葉だけで通じないのなら、魔王を討伐した際の恩恵とやらに望みを託すのも悪く無い。魔王を倒す具体案は未だ謎ではあるものの、この世全ての過負荷を一人一人改心させるよりはイージーだろう。裸エプロン先輩が目指す弱者の為の世界は、案外近くまでやって来ているのかもしれなかった。

 

…………………

……………

………

 

 

シリアスな雰囲気の問答を終え、球磨川達は軽口を叩きつつ、先導するクレアの後ろを歩いて追う。

 

歩くのは大理石の床。ブレンダンから腕のある職人を雇って造らせた廊下は、埃一つ落ちておらず。カツ、カツ、と3人の靴がリズミカルな音をたてる。

お城の中を歩きだして、約6分。カップラーメンが二回は作れた時間を要しても、クレアの歩みは止まる気配が無い。目的地はまだ遠いようだ。

 

知らない建物の中、ゴールもわからず歩くのはそれなりに苦行で。

 

『クレアさん!僕たちはどこへ向かっているのかな。そろそろ給水ポイントの一つもあってしかるべきじゃない?』

辛抱たまらず、球磨川がクレアの背中に問いかけた。初めは見慣れないお城の内装を楽しめたものの、それも3分で飽きた。

男装の麗人は、このくらいで音をあげる球磨川に根性の無さを認め

 

「いいから、黙って歩け。アイリス様に拝謁するのだ。貴殿らにも相応の準備をしてもらう。さしあたって、その見るに堪えない衣装を着替えていただこう」

 

と、応じた。

言われてみれば、場所柄ドレスコードが存在してもおかしくない。むしろ、平凡な身なりの人間が城内にいれば悪い意味で目立つ。事実、これまですれ違ったメイドや執事っぽい人たちが、失礼のない程度に視線を寄越していた。

 

『あれは、僕らの格好が原因だったんだね。みすぼらしい服装しやがって!ていう感じかな。でも、日本では学ランで冠婚葬祭オッケーなのになぁ』

 

球磨川はとりあえず悪態ついたり言い訳したりする性格なので、今のも反射で口から出た言葉だ。内心では、学ランが異世界に浸透していない点から、日本での常識は通用しないのだと割り切っていた。

一番かわいそうなのは、隣のアクアさんだ。

女神の格好自体を【見るに耐えない】とまで言われてしまっては。

 

「こ、これは女神の!れっきとした!女神の正装なのよっ!?ちょっとあんた、失礼にも限度ってものがあるでしょ?謝って!今なら許してあげるから謝って!!」

 

「女神?……フッ。御託はいい。そこの部屋には召使いがいる。彼女らが適当なドレスやタキシードを見繕ってくれることだろう。早くゆくのだ」

 

「は、鼻で笑ったわね!?」

 

ゴッドブロー。アクアご自慢のマジ殴りで、高慢な女騎士の頭部が弾け飛ぶ寸前。球磨川さんがどうにかアクアを落ち着かせ、更衣室へと誘導していった。

 

『アクアちゃん、僕らの目的は王女に会って協力を求めることだ。すこし落ち着いてくれよ。全部終わったら、あの女騎士さんをフルボッコにしても文句は言わないからさ』

「……女神の服装なのよ?これは、女神のちゃんとした格好なんだから。球磨川さんはわかってくれるわよね?」

『はいはい、そうだね。女神の格好だねぇ』

 

クレアは暴れかけたアクアに冷めた目を寄越していただけだが、アクアが本気でゴッドブローする気なら、球磨川如きでは止められなかった。そうなると、クレアの頭と胴体は今頃お別れしていただろう。

 

無論アクアは、罪のない人間に本気で暴力を振るうはずがない。だが、ある日堪忍袋の尾が切れる可能性だって残る。彼女の女神オーラを誰も理解出来ないことで、今後悲しい事件が起こってしまうかもしれないのだ。

 

それを未然に防ぐ為には。

 

球磨川は生前、街でウィンドウショッピングを楽しんでいた際の出来事を思い出した。「あなたは神を信じますか?」とか言いながら近寄ってくる綺麗なお姉さんを、ロクに話もせずに螺子伏せたことがある。

もしかすると、あのお姉さんも女神だったのではないか。

『これからは、彼女達の話にも耳を傾けてあげるべきかな』

 

自分達、過負荷の存在を知ってもらうのだから、女神の話も聞いてあげるのが道理だ。恐らくはコピーした名画やら不出来なツボを買わされるだけだとしても。

 

球磨川の思考に僅かでも変化をもたらすあたり、アクアも正真正銘の神だといえよう。

 

……………………

……………

………

 

部屋の中で、召使い達の着せ替え人形になること15分。

球磨川達はやっとの思いで謁見の間までたどり着いた。

 

『やあ、アクアちゃん。見違えたね!馬子にも衣装ってやつ?』

「……そう?に、似合うかしら?」

 

女神の格好から着替えたアクアは、見た目だけは絶世の美女。

見るに耐えないと言われて傷ついた心も、球磨川に褒められたことで若干回復したようだ。まあ、馬子にも衣装は褒め言葉では無いのだけれど。

 

「ふむ。少しは見られるようになったな。」

 

着替えた二人に、クレアが頷く。

 

「……だがそれは外見だけの話。冒険者は乱暴だと聞く。アイリス様に、くれぐれも失礼を働かないように。さもないと、私の剣で頭と胴体を切り離すからな」

 

言い捨てて、クレアは謁見の間へ入室すべく扉へ近寄っていった。

 

『それは君のほうだけどね』

 

アクアの自制が無ければ首チョンパになっていた女騎士の後頭部を視界に収めながら、球磨川は一本の螺子を背中に構えた。

 

かくして、扉は開かれる。

 

ギギギギィ……

 

大きな扉は、大型トラックでも悠々通り抜けられるほど。

それだけ巨大だから、ドアが開いただけで、踏み入れずとも謁見の間の全貌が見渡せた。

 

「ひ、広いわ!球磨川さん……いくらなんでも、広すぎじゃないかしら」

『確かに。クイックルワイパーだと、シートが何枚あれば掃除できるんだろうね』

学校の体育館何個分か。無駄に広い謁見の間。入り口から真っ直ぐ伸びるフカフカなレッドカーペット。その先では、小さな女の子が大きな椅子に腰掛けていた。綺麗な金髪に、純白のドレス。彼女が、王女なのだろう。

 

壁に控えるは歴戦の兵士。シンメトリーになるよう、左右に10人ずつ配置されている。球磨川達が僅かでも怪しい動きを取れば、両サイドから数多の剣撃が飛んでくるのだと予想できる。

 

「……………」

『……………』

 

無機質な瞳。なんの感情も籠らない表情で、王女は球磨川とアクアを捉えている。球磨川も、王女を見つめ返す。

 

混沌よりも這い寄る過負荷、球磨川禊と。

ベルゼルグ王女、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスの、初顔合わせがここに成った。

 

重たい空気。王城と王族。二つの要素が織り成す、発言を許さない場の雰囲気。アクアでさえ、もう軽々と口を開けないほど。

クレアが仕切り、球磨川達に武勇伝を語るよう促す。

 

「冒険者、クマガワ ミソギ。貴殿の冒険譚を、アイリス様はお望みだ」

 

『その前にっ!』

 

球磨川は真剣な面持ちでクレアの言葉を遮った。

 

「……っ!」

 

シャキンッ!!

唐突に大声を出した球磨川。左右の兵士は即座に抜刀し、ゼロコンマの時間で球磨川を取り囲んだ。

斬りかからなかったのは、クレアが手で制したからだ。

 

「……何事ですか?クマガワ殿。」

 

発言によっては。球磨川の首を自身で刎ねようと、腕に力を込めるクレア。

 

『うん、別に大層な事でも無いのだけれど……。』

 

タキシードに身を包んだ球磨川は、スルッと兵士達の壁をくぐり抜けると。アイリスに向かってはにかんだ。

 

『王女様って、どんなパンツを穿いてるんだい?』

 

球磨川の背後から、どれもこれも必殺の一撃が、複数繰り出された。




お付き合いいただき、毎度ありがとうございます。
最後の球磨川さんの発言に、立腹された方には申し訳ありません。私も、球磨川さんが問題を起こさずアイリスに気に入られるルートにしたかったのです。……が!

パンツに興味を示さないなんて、球磨川禊では無い!
そうは思わないですか?……思わないですか。

お許しを。しかし、ついにアイリスが出ましたね。出せましたね。一年ちょい書いてますが。やっとですね。
まあ、アルカンレティアや紅魔の里にいくイベントと順序がアレなのでアレなんですけどね。

アイリスかわいいよアイリス!


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五十九話 王女殿下のワガママ

相棒がまた始まりましたね。
約15年間も殺人事件(未解決事件含む)をコンスタントに解決している特命係を知らない弁護士って……うーん、ゴミかな。(視聴者目線


王都の兵士、それも王女の護衛ともなると実力は折り紙つき。王宮騎士は、冒険者とは一線を画す存在だ。戦闘力に頭脳、おまけに人間性も高いレベルで揃っている。腕っ節があれば誰でもなれる冒険者に対して、王宮騎士の多くは貴族の生まれ。幼少から剣と魔法を学び、学業との両立をして十数年。ようやく騎士学校への受験資格を得られる。

合格してからも、日々激しい訓練で肉体をいじめ抜き、歴史や地理、政治に経済といった知識も得ながらひたすらに騎士の在り方を学ぶ。約3年の期間を経て尚、卒業するには実践的な、山でのサバイバル訓練を生き抜かなくてはならない。3週間にも及ぶ卒業試験は命がけで実施され、栄養補給はというと、蛇や蛙などを捌いて食し、夜間はモンスターを警戒しながら就寝しなくてはならない。無論、日中にはスパルタなトレーニングを科せられる。歩きにくい山道を、炎天下の中15キロの距離を決められた時間内で走らなければならなかったりする。日本における、自衛隊のレンジャー訓練に匹敵する苦行だ。あまりに過酷ゆえ、時には命を落とす学生も。

 貴族は跡継ぎが重要なので、長男を騎士学校に入学させる家庭はまずあり得ない。必然、ほとんどが家を継げない次男、三男で構成される。けれど、無事に卒業出来た暁には、温室で育った兄よりもよほど立派な青年となり、次期当主に選ばれる事例も往々にしてある。

 

 謁見の間で球磨川に斬りかかったのは、全員が過酷な訓練を受けて来た者たちだ。装備する剣も、市販されていない、名のある名匠が造った一品。

クレアは球磨川の変態発言を受けて。アイリスに良いところ見せたいが為、手ずから球磨川を斬ろうとしていたが……彼女が剣に手を伸ばしかけた時にはもう、他の騎士たちは剣を振り終えていた。

 

 騎士への道は一つとは限らない。クレアのように、女性はもう少し条件が緩かったりするし、何か一点でもステータスが突出していれば、試験が免除になる事も。それでも、平均以上の能力は求められるけれど。俗な話だが、コネでだって騎士にはなれるのだ。

 

そうはいっても。アイリスの側近ともなれば、コネで入った人間が混じる可能性は皆無で。紛れもなく、球磨川は必殺の斬撃を喰らいまくったであろう。

クレアは自分の弱さを客観視させられて歯痒さを感じざるを得ないが、さしあたって球磨川の遺体を片付けなければと意識を切り替える。

アイリスの御前に死体を放置するなど言語道断だ。

そこそこの功績をおさめた冒険者だとしても、近衛騎士団の技から逃れるのは水面の月を掬うのと同義。

斬撃を回避して今しばらく生命活動を維持したければ、時間の一つも止めなくてはどうしようもあるまい。そう、時間を操る他無いのだ。

 

「……どういうことだ」

 

結果として、球磨川禊の死体は謁見の間のどこにも落ちておらず。彼は血色の良い笑顔を携えて、近衛騎士達の射程から遠ざかった位置に存在していた。剣を避けた分、アイリスに近くなる形で。

クレアのつぶやきは球磨川以外の全員の心境を表したものとなる。

戦闘面で騎士に引けを取らないアイリスでも、目の前で行われた球磨川の回避行動は目視出来なかった。

ブルーの瞳を丸くさせる、悪く言えばマヌケな表情でも、アイリスは可愛らしい。

 

『あはっ!めんごめんご。僕はなにぶん田舎者だからね。我が国日本では、美しい女性には下着の形状や色を尋ねないと失礼にあたるんだよ。文化の違いか、この国では逆にそれが失礼にあたるようだけれど。反省したぜ。もう二度としないから許してよ、同じ過ちは絶対繰り返さないから』

「クマガワ殿、貴方の出自は聞いていない。私は冒険譚を述べよと言ったのだ。それと、貴方の国ではどうあれ、今後わが国で女性の下着について聞けば牢屋入りは免れないと思え」

『はいはーい』

 

 謎の身のこなしを見せた球磨川を不審がるクレアは、常に球磨川を視界に収めながらアイリスの側に移動した。

 後の祭りだが、球磨川達をこの場に通したのは紛れもなくクレアであり、異文化に触れて育った人間の過ちなら、一度くらいは見逃すべきだと判断したらしい。二度目はないが。

 

傍までやってきたクレアに、アイリスは何かを耳打ちする。

 クレアは聞き終えると、球磨川に向き直って

 

「お見事です。先ほどの身のこなし、目で追う事も叶いませんでした。魔王軍幹部やデストロイヤーと戦闘を行なった情報に偽りは無いようですね。クマガワ殿、貴殿に敬意を払い、無礼な質問をした件は不問とします。仕切り直し、冒険譚をお聞かせください。……と、アイリス様が仰せだ」

 

 通訳のように、クレアはアイリスの言葉を伝えた。違う言語を使用しているわけでは無い為、王族が下々の者と直接言葉を交わすのはよろしくない的な教えなのかもしれない。

 

『冒険譚を語れ?それよりも何よりも、君にはまず王族の責務を果たして貰わないとね』

「王族の責務、だと?」

 

クレアが訝しむ。

アイリスも、眉を寄せるだけなのは球磨川の発言にピンときていないからか。

 

『おいおい、何のことかすらわからないのかよ。全く、これだから王族って奴は』

 

王族の責務。

勿論、それはギルド長の一件だ。アクセルから冒険者を絶滅させかけたデストロイヤー事件。その責任から逃れ、王都に身を隠したギルド長が見つかるまでは、アクセルの住民は誰も前に進めない。王族ともあろうお方が、国民の感情を余所に、華々しい冒険譚なぞにうつつをぬかしていいワケがない。

 

『アイリスちゃん、君はエリートではなくひょっとすると愚か者の部類だったりするのかな?』

「き、キサマ……!アイリス様に対する侮辱、その命で償うがいい!!」

『クレアちゃん、君は随分と血の気が多くて元気があるね。何か良いことでもあったのかい?そんな君は、少し頭を冷やす必要がありそうだ。なんなら、僕が手伝ってあげるぜ』

「黙れ。今すぐに、減らず口を叩けなくしてやろう」

 

再三の忠告も甲斐無く。球磨川の、王女に対する失礼な態度は改善されなかった。クレアは又も剣を抜こうと構えたが……

 

「……むっ」

 

 目当ての感触が手に伝わらない。見れば、いつの間にか腰の剣が無くなっている。

 

「なんだとっ!?……私の剣は、どこにいった?」

 

 何度か腰の辺りをさするも、そこには何もささっていない。最初から部屋に忘れて来たのではないかと疑いたくなるくらい、剣の存在感が消えている。

 

「馬鹿な。我がシンフォニア家に受け継がれし名剣が……!」

『うるさいなぁ。君は、さっきからカチャカチャ騒がしいんだよ。カチャカチャするのは、咲ちゃんの歯だけで十分さ。』

「お前の仕業か!?」

 

  怒髪天を突く。クレアはつばが飛ぶのも構わず球磨川に吠えた。だが。

 

『さあ、知らないよ。』

 

  あっさりと否定。

 

「嘘をつくな!キサマ以外に考えられないだろうっ!スキルか何かで盗んだに決まっている」

『いやいやいやいや。ほんとほんと、僕じゃ無い。しっかり見てよ、僕が剣を所持していない点から、盗んで無いのは明白だろ?』

 

 球磨川は、確かにどこにも剣なんか持っていない。服に隠せる代物でも無し。てっきり盗賊スキルの類で盗んだものだと考えたが、誤りだったようだ

 

「……まさか、本当にキサマがやったのでは無いのか……?」

『しつこいなぁ。それよりも王女様、アクセルでの災害の件、報告は王都まで来てるんだろう?少なくとも、冒険者ギルドへはアクセルのギルド長探しが依頼されてる筈なんだけれど』

「なんという事だ。父上に、私は一体なんと報告すれば……」

 

親から、【一人前の証】とか、もしくは【騎士になれたお祝いに】、みたいな感じで貰ったのかもしれない剣が消えて顔を青ざめさせるクレアの焦りなどどこ吹く風。球磨川は王女様に問いを投げる。

アイリスがクレアに代弁させようと目配せするも、まるで気がつかない様子。どころか、白いスーツの膝が汚れるというのに、気高い女騎士はガクリと床に崩れてしまった。

 

「……確かに聞き及んでいますわ。アクセルでの一件は」

 

こうなってはと、アイリスが可憐な唇を開いて自ら言葉を発した。

 王女の返答は肯定、すなわち球磨川の言い分を理解しているようだ。

 

『なーんだ!普通に喋れるじゃない、王女様ってば。人見知りで喋られないふりして、実は饒舌パターンだったりするのかな。それ、どこのハートアンダーブレードだい』

 

 球磨川がズカズカとアイリスと触れ合える距離まで歩を進めても、クレアはうな垂れたまま。なかった事にされたのは、それほど大切な剣だったのか。多少興味も出てくる傷心ぶりは立派だが……騎士としては、彼女は微塵も役に立たなそうだ。

 その点、凄腕のおじさん騎士達はしっかり球磨川を殺せるポジションを確保していたが、今度はクレアでなくアイリスが目線で制する。アイリス自身が指折りの剣士であるがゆえの余裕。

 それでも、一国の王女のパーソナルスペースに見ず知らずの男がいるなど史上初ではある。前代未聞だ。

 

「あ、球磨川さんだけお姫様に近づいてズルいわ!私ももっとお話ししたいんですけど」

 

  王族に対面したのは今日が初めてなのもあり、好奇心に負けて、アクアが王女様の近くに寄ってみようと歩き出すと、それは騎士の一人が手で邪魔をする。

 

「お控えください」

「なんで私はダメなのよ!」

 

 アクアだけに意地悪をしてるとかではない。単に、人数が増えればアイリスを守る際の手間が一つ増えるからだ。払う埃が一つでも二つでも変わらないものの、備えあれば憂いなしと言う。

 

『頼む立場で偉そうには僕だってしたくはないけれど、ギルド長捜索は迅速に対応して貰いたいかな』

「クマガワ殿、貴方のお気持ちはわかりますが……王宮騎士はおいそれと動かせない仕組みとなっているのです。まず、そこをご理解頂かない事にはお話になりませんわ」

『そうなの?そこにいるおじさん達、どう考えても無駄じゃない?いくらなんでも20人は多いよ』

「……守りが強固なのは、王都が魔王軍の奇襲を受ける可能性があるからです。確かに、アクセルの再興は優先すべき事柄ですが……まずは土台を固めなければ空中浮遊してしまいますから」

 

 何につけても中途半端は一番ダメだ。二兎を追う者は一兎をも得ずとあるように、人は優先順位をつけて物事に取り組む。同時に問題を抱えたとしても、結局は一つ一つやっていくのが近道となる場合が多い。魔王軍との闘いと、駆け出し冒険者の街の再興。比べれば、どちらに比重を置くべきかは明白だ。

 

「冒険者達にはギルド長の捜索を手伝わせます。その分、王都の安全は騎士団が守ります。せっかく頼りにして下さって申し訳ありませんが、現時点ではこれ以上人員を割く余裕が我が国にはありません」

 

心底落ち込んだ様子のアイリス。彼女が、1日でも早くアクセルの人々の笑顔を取り戻したいのは本心なのだ。

 

『ふむ、なるほど。大変エリートらしい合理的な考え方だ、虫唾が走るほど』

「……えっ」

 

  球磨川は回れ右して、兵士達を正面に捉える。否定的な返答に、俯いたアイリスがピクッと顔をあげると。球磨川の手に握られた螺子が瞳に写る。

 

『だったら、ここの兵士が如何に無能なのかを証明すれば……アイリスちゃん護衛の任から解かれるって事だよね。僕のような駆け出し冒険者に手も足も出ないとなると!彼らに存在価値は無い。違うかい?』

 

王宮騎士に刃向かう。つまりは、国家反逆罪。球磨川はきっと、自分が何をしようとしているのかわかっていない。

今にも螺子で騎士に襲いかかりそうな球磨川さんを、ギリギリで止められたのは……ここまで空気となっていたアクア様だった。

 

「ストップ、ストップよ球磨川さん!てゆーか、アンタ何がしたいのよ。いくら騎士のおじさん達を倒しても、その後球磨川さんが殺されるだけに決まってるじゃない!ちょっとは考えなさいよ」

『アクアちゃん……』

 

  手を広げ、大の字で立ち塞がるアクア。

 

「焦る気持ちはわかるけど、ここは大人になるところなの。仮に騎士おじさん達を捜索に回してくれたところで、たった20人よ?この広い王都では、せいぜい、捜索期間が一週間短くなる程度だわ。たかがそれだけの為に国家に逆らうのは賢い選択とは言い難いんじゃないかしら」

『そう?僕はそうは思わない。一週間も早くギルド長が見つかるのなら、アイリスちゃんに嫌われようが斬られようが、騎士おじさん達にも捜索にあたってもらうべきだと判断するよ』

 

立ち塞がるなら、アクアも螺子伏せるのみ。裸エプロン先輩はじわりじわりと距離を詰める。気持ち悪い笑顔を輝かせながら。

だが、アクアも引かない。

 

  「……それでも。まずはめぐみんとダクネスに一言あってもいいんじゃない?球磨川さんたら、今までも何度か暴走したんでしょ?」

 

 めぐみんとダクネスから、過去の出来事は聞き及んでいる。身分も構わず喧嘩を売ったり、いきすぎた自己犠牲をしたりと。球磨川と二人で聞き込みを始めた際、彼が暴走する危険性についてはアクアも承知していた。

 よもや。王族にすら喧嘩を売るとは思わなかったが。

 

『めぐみんちゃんにダクネスちゃんね。……ま、そうか。うん、それもそうだな』

 

 デストロイヤー戦において、球磨川が対魔法結界を捨て身で消した折。ダクネスからは、「次に無茶な行動をすれば、肉体的苦痛を伴う教育を受けてもらう」的な事まで言われている。

王族に喧嘩を売るなんて自殺行為をすれば、球磨川は今度こそ、ダクネスを見ただけで恐怖を感じるくらいには調教される筈だ。パブロフの禊。

 

『そういうわけで、アイリスちゃん。僕は一回おいとましてパーティーメンバーも連れてくるから、君は宴の準備でもして待っててよ』

 

  球磨川はアクアを連れて謁見の間から出ようとする。

 

「宴……。ふふっ、それは素敵かもしれませんわ」

 

 アイリスは、球磨川の自分勝手な態度のどこがお気に召したのか。何故か笑顔で二人を見つめていた。思ったよりも好感度は下がっていないようなので、ギルド長捜索を手伝えない代わりに宴くらいは開いてくれる可能性がありそうだ。ただ……

 

「それには及ばん。キサマ達のパーティーメンバーは、既に私の部下が迎えに行っている。アイリス様も、このような輩に宴など開く必要はございません」

 

 健気にも、剣の喪失から復活したクレアさんがヨロヨロと立ち上がる。

 

「あらクレア、ですがそもそもお二人を招待したのは貴女ではなくて?」

 

 球磨川らを邪険に扱う家臣を明るい声で諌めたのは、この場で唯一決定権を持つ王女様だった。

 

「アイリス様?」

「お二方は、数々の功績を挙げた冒険者なのよ?私には不在の父に代わり、彼らを歓迎する義務があると思わない?」

「ですが、それは……」

 

まだ反論したそうなクレアだったが、アイリスは応じるつもりは無いようで。王座から立ち上がると、ドレスを摘んでアクア達に微笑んだ。

 

「クマガワ様、アクア様。お仲間は我が家臣が丁重にお迎えしております。先ほど申し上げた事情により、盛大とは言えませんがささやかな食事をご用意させて頂きます。時間が無いのは承知しておりますが、本日の所は休まれて、明日から捜索にあたるというのは如何でしょう」

 

 まさかまさかの、アイリス様からご飯のお誘い。球磨川のディナーに招かれるのは罰ゲームに等しい扱いではあるものの、球磨川をディナーに誘うのなら、まだセーフか。

 

『え。マジで宴開いてくれるの?わーっ!嬉しいなぁ。晩御飯をみんなでワイワイ食べられるだなんて夢みたいだ。僕、明日死ぬんじゃないだろうね』

 

 断る要素などどこにあろうか。球磨川は一切疑問を抱かず、即座に了承する。アクアも同じく。

 

「王城での宴ってことは、高いお酒飲み放題なのよね?そういうことなら、仕方ないからおもてなしされてあげても構わないわよ!」

 

 浮かれる二人は王女の御前なのも気にせず、ハイタッチを交わす。

 初対面の冒険者に宴を開いてやるなどと。珍しいアイリスの行動に、長年支えてきた騎士のおじさんが興味本位で球磨川達のどこがお気に召したのかを聞いてみると。

 

「クマガワ様は、どこか普通の人とは違うオーラを持っていますもの。礼儀は知らない様ですが、裏を返せば私に対して媚びへつらっていないということ。心を着飾らない人間って、初めて見たかもしれません」

 

滅多に無い下々の者との交流。

 お姫様はどうやら、失礼な人間を面白がっているみたいだ。騎士おじさんも、結局は中年男性。まだ幼いアイリスのワガママをホイホイ聞いてしまうのは、もうしょうがないとしか。

 

幾度も抜刀されたり斬りかかられたりした球磨川さんだったが、こうして無事(?)にお姫様との初対面はクリア出来たのであった。

 

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

レストラントゥーガにいるめぐみんとダクネス。彼女達を迎えに行ったらしい騎士は、王都に異動になったばかりの新米だった。

 魔王軍の襲撃があるとはいえ、基本的に彼は城の中を巡回する役回り。

実戦というと、騎士学校の卒業試験で行った魔物との戦いくらいだが……

 しかし、実力が無いこともない。実際、学校での成績は首席だった。

惜しむらくは、彼がいた職場環境か。

 

 こうも魔王軍との交戦が多ければ、自然と警戒心もそちらにばかり向けてしまう。

なるべく急いでめぐみん達を迎えに行くようクレアが命令したのも、新米騎士から思考能力を奪ってしまった原因の一つだ。焦りは時にとんでもない失敗を引き起こす。

 

  新米騎士は、まずはめぐみん達の居場所を知る為、見張りの兵士に聴き込みを行なった。

  この時点で、彼が少し気を引き締めていたら事態は悪化しなかっただろう。

 

城の方向からやって来た騎士が、城下町を巡回する兵士に何やら尋ねている。物陰であらゆる情報を収集する、読唇術に心得がある裏社会の情報屋ならば。その行動から【王城からやってきた騎士が、アクセルより到来した冒険者の行方を捜している】とあたりをつけるのは容易。

 

 情報屋から、その情報を高値で購入した人物が一人。

 

 新米騎士は城を出て30分。やっとの思いでレストラントゥーガの情報を知り、店の近くまで到着した。

あと、通りを3つほど過ぎれば目的地だというところで。

 

「ここまで、案内ご苦労」

 

騎士の背後から、黒い影が襲いかかる。

 

「何者だっ!?」

 

 新米騎士が剣を構えて誰何すると、影はユラリと二つに分かれた。

 左右から、首を刈ろうとナイフが二つ迫る。

 一本の剣では対処出来ないと考え、咄嗟に右へ跳躍し左の影と距離をあけた。それから右の影に対応し、ナイフを剣で受け止めると。

 

「……なっ!」

 

 漆黒のナイフは鉄の剣をすり抜けて、いとも容易く新米騎士の首は切り落とされてしまう。

 

 ビシャッ!!っと、首から鮮血が飛び散り、周囲を紅に染めあげる。

  制御部を失くした身体は少しの間だけ自立したが、そよ風にあおられる形で倒れた。

 

 店の立地が目立ちにくい路地裏なのも手伝い、人は周囲にまったくおらず。

 男の生首と胴体が転がっても、悲鳴は轟かなかった。

 

 影は新米騎士の身体を焼却すると、その足でトゥーガの方向へと歩き出した。




クレアァァァァア!
…というからには、シンフォニアではなくリバースですね。私はアビス好きなんですけど。ティアが可愛すぎて。

剣をまるごと消されるなんて。ミツルギよりも残念。
アクア様は珍しく仕事したね。球磨川を止めるなんて、なかなか出来る事じゃないよ


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六十話 チャラ男防衛線

知人によう実を勧められたのですが、私は暁のツキちゃんが好きで、似たキャラが出ると言われて期待して読んだのですが…
え、でなくない?まあ、軽井沢さんも可愛いけれど!


  騎士が二つに裂かれた光景はグロテスクで夢に出そうなくらいショッキングだが、チャラ男ことレオルはただの情報収集としてその殺人現場を淡々と観察していた。トゥーガにいるダクネス達を守るのがカズマからの頼み、ここでおいそれと刺客の接近を許してはならない。ナイフを扱った不気味な影の正体を見定めるのは戦闘を有利に進めるのに必要不可欠だった為、新米騎士は見殺しにしたが、これで勝利を掴めるのなら必要な犠牲だとレオルは考える。第一、騎士の接近は感知出来たが、謎の黒い影は、発声するまで気配を完璧に消していたのだ。助けたくても助けられなかったというのが正しい。むしろ影の戦闘力が自分の上をいっている可能性が高く、ここで迂闊に戦う選択肢を選ぶべきか判断に迷う。

 

「これは、カズマから追加報酬でも貰わないとやってられないな」

 

  ダクネスを釣ったエサ。SMプレイ用では一切無い自分の相棒であるムチを取り出しながら、護衛の難度が上がった現状を嘆くレオル。たった一回戦いを見ただけだが、影は純粋に強い。正体はわからないものの、はかったようなタイミングから、ギルド長の息のかかった奴だと仮定する。相手にする上で厄介なのは、二つに分かれたように見せる体捌き、及びスピード。それから、騎士の剣をすり抜けたナイフの仕組み。正体含む殆どが謎のベールに包まれ、未知数の敵。苦戦は免れないだろう。一つ確かな事は。影の男は疑いようもなく、数々の修羅場をくぐってきた猛者だ。すり抜けについては遠目での観察では突破口も見つけられなかったので、対峙して攻略するしか無いだろう。

  ともかく、仕掛けるのなら先手必勝。存在を悟られる前に強烈な一撃を見舞うのがレオルの常套手段。

 

  ムチで一息に薙ぎ払い、首を飛ばしてしまおうかと企てるが。保険をかけて直前でプランを変更することに。

 

(……念には念を。あの厄介な動きから封じるとするか)

 

  取り出すは、予備のムチ。使うのはスキル【バインド】。技の分類的には小手調べだが、侮るなかれ。これさえ決まれば必勝と言えよう。魔力消費は大きいけれど、繰り出す価値はある。

 

「おらよっ」

 

  スキルの使用と共に、ムチは勢いよく影へ迫った。トゥーガの屋上から放ったムチは、魔力を与えられ、さながら生きているようにクネクネと影の男を捉える。

  影は動かない。いや、死角から近寄るムチに対応出来ていないだけか。男はスキルによって身体から自由を奪われるに至った。

 

「ほう、【バインド】か」

 

  影は自らの四肢に巻き付いたムチをしげしげと見つめ、続いて技が放たれた位置を追い、レオルを発見した。

 

「まさか、あっさり拘束されてくれるとはね」

 

  小手調べがまさかのクリーンヒット。こうなれば、後はどう料理するかだ。身動きの取れない人間を殺すなら、目を瞑っても容易い。

 

  それでも。偶然、偶々奇襲が決まりはしたけれど。ここで油断するような男がカズマの信用を得られるわけがない。努めて慎重に仕上げへと移る。

 

「不気味な外見とは裏腹に、わりと呆気なかったな。さっきの騎士を殺して気が緩んだか?」

 

  レオルは愛用装備のムチを両手でひろげつつ、屋上から地面へ降り立ち、構える。軽口を叩いているが、影の一挙手一投足を見逃しはしない。バインドで行動を制限された影の男は、窮地に陥ったが、それでも不遜な態度を崩さなかった。

 

「そうでも無い。騎士を手にかけた時点で、キサマの気配には気づいていたとも」

「そうなのか?」

「我が雇い主は寛大でな、あのレストランにいる二人の首だけをお望みだったのだ。作戦遂行にあたり、イレギュラー因子は可能な限り取り除くべきだしな。だが、任務遂行の妨げになる輩は殺しても良いとのお達しもある。愚か極まるぞ、キサマ。傍観していれば命だけは助かったものを」

 

  やはり、めぐみんとダクネスを殺すのが目的らしい。影の口から出た雇い主とやらは十中八九ギルド長だ。カズマのもたらした情報によれば、アクセルにも腕利きの魔術師を配置していたらしく、ギルド長は、なかなかどうして有能な駒をお持ちのようで。

 

「俺も殺す?縛られている男が粋がるなよ」

「おやおや、このような時間稼ぎで勝ち誇ったつもりか。装備もスキルも、状況判断もお粗末とは、救えぬな」

「……そうだな、勝ち誇るのは息の根を止めてからとしよう。死んでもらうぞ」

 

  縛ったとはいえ、高レベルが相手だといつまでも拘束は出来まい。幸い雇い主の正体も、その目的も知れた。これ以上は得るものも無い。

  レオルの一撃が影の首を捉えて締め上げる。絞殺。これはムチと首の間に手でも挟まれれば無効化されてしまう不確かな殺害方法ではあるが、バインドとのコンビで使用すると、途端に必殺となる。

 

「グ……ッ!」

 

  首を絞めるにつれ、男の口からヨダレが垂れる。バインドを解こうと試みるも、まだまだ持続時間に余裕がある。

 

「しぶといな、大抵のヤツはこれで意識を失うんだが」

「……クク、クハハハッ!では、此度は例外であるのだろう。このような技術を有している者もおるのだ!」

「むっ!?」

 

  気を失うどころか、影の男は全身をバキバキと鳴らしながら、なんとバインドから逃れてしまった。忍の縄抜けみたいなものか。レオルのムチは首に巻きついたままでも、肉体は自由を取り戻す。首を絞められながら、男はナイフをレオルに投擲した。

  目の前で投げられたナイフの回避は造作もないけれど、ムチを絞めながらというのは無理がある。結果。避ける動作に伴い、多少首の締め付けが緩んだ隙に、男はムチも解いてしまった。

 

「ちっ、手を抜いてやがったな?バインドから逃れられるヤツなんてそうはいないぞ。関節を外せるなんて、どんな身体してるんだ。ていうかお前、それだけの腕を持っていながら、アクセルのギルド長ごときについてんのかよ」

「そういうキサマは大した事がないな。レストランにいる者たちに、加勢を願うべきではないか?魔王軍の幹部を討伐した猛者なのだろう?それから、ギルド長ごときと言うが……そのごときの手下に手こずるキサマ自身、卑下している発言と取れるぞ」

「どうやら、ギルド長に心酔する何かしらの要素はあるみたいだな」

 

  縄抜けが出来るから、あえてバインドを避けなかったのか。拘束し、優位に立ったとレオルが油断するように仕向けたのかもしれない。油断こそしなかったが、レオルは予備のムチと手の内を明かすに至った。

  ジリジリと、影の男は間合いを詰めてくる。先刻の、すり抜けるナイフで決めにくるつもりだろう。

  姿が揺らめく。接近戦は圧倒的に不利。ここを逃せば、殺される。

 

  その前に、レオルとしても致命打を与えなくては。ムチをしならせ、狙うは腕。

 

「ナイフがすり抜けるのなら、それを扱う腕を捕らえるまでだ!」

 

  レオルのムチは一瞬、見当違いの方向へと放たれた。影の男から左に45度は逸れている。道の端にある街路樹に巻きつく軌道だ。

 

「馬鹿め、何処を狙っている!」

 

  嘲笑。脅威になり得ないムチから視線を外して、男は加速する。だが……

 

「油断するのは早いぜ」

 

  木をくるりと巻き込み、ムチの先端は曲を描きつつ影に迫った。一度脅威では無いと判断した男は、必然対応が遅れる。

 

「なに……!?」

 

  そして見事、ムチは影がナイフを持つ手に巻きついた。直接巻き取らず、間に街路樹を経由させたので、影の男も一直線にレオルへ向かうことは叶わず。上空から見て、「く」の字にムチがしなっている。その為、影の男がレオルへ向かうには、まずは絡まった糸をほどくように、街路樹をグルリと回らなくては始まらない。街路樹は道の端に並ぶように植えられており、両者の間合いは2メートルだが、実質的な距離にして5メートルは稼いだ事になる。詰められる間に、第2撃、3撃を繰り出す機会は得た。

  影はまず最初にムチをナイフで切断しようと試すが、生半可な腕力では文字通り歯が立ちそうもない。

 

「ムチとは、マイナーな武器だといった認識でいたが……市街地でこそ映えるというところか。こちらに遠回りを余儀なくする、小賢しい一手だ!」

 

  ムチが切れないと見るや、木を回ってでも距離を詰める方向へ切り替える。流石の俊足だが、5メートルのアドバンテージがレオルに福音をもたらした。影を捉えていたムチをわざと手放し、上着を探る。そうして3本目となるムチを取り出す。

 

「……ぬ!?」

 

  影の男は、突如ムチから解放されて一瞬たたらを踏んだ。ガクッと、前傾姿勢になるのを防ごうと利き足を踏み出した、その僅かな隙に、レオルの必殺技が炸裂する。

 

「詰めだ。【スプリット・ウィップ】!!」

 

  薙ぎ払うは、棘の付いた必殺のムチ。殺傷力を上げる為、やや重たく扱いにくい品。それゆえ、使用するのは戦闘が佳境に入ってからだ。遠心力を味方につけたムチは、棘と共に対象の肉体をズタズタに引き裂く。加えて、レオルはスキルも併用した。一振りのムチが、スキルによって分裂するという凶悪なものを。影の男が対新米騎士戦で見せた動き同様、どちらかに対処すれば、もう一方を無防備に食らうしかない。

  人間離れした反射神経を持って、上半身への攻撃は受け止めた影だが、代わりに両足を切断寸前まで切り裂かれるに至った。機能しなくなった脚では自立も難しく、四つん這いになる。

 

「これはこれは、中々の手練であったか。愛用の武器を死合いのさなか手放す判断、見事だ」

「褒めてもらって光栄だな」

 

  両足からはとめどなく鮮血が漏れ、男の目はどんどん目蓋が黒く変色していく。まさに、風前のともし火だ。だというのに。

 

「ふふふ、それだけに惜しい。この程度の腕前があれば、防げていたかもしれんぞ」

 

  どこか、余裕ともとれる笑みを浮かべているのだ。

 

「なに笑ってんだ?死に直面して狂ったか?」

「いや。キサマの愚かさを前にすれば、笑わずにはいられぬよ」

「……どういう意味だ」

「騎士との戦闘を見ていながら、気づかないとは」

「なんだと?」

 

  騎士との戦闘。影が二つに分かれて、武器をすり抜けるナイフでトドメを刺した展開。得た情報の中で特筆すべきは、この二点。無論、レオルとて警戒は怠らなかった。もっとも、今の戦闘ではそのどちらも使ってこなかったのだが。

 

  そう、使ってこなかった。

 

「いや……違う?まさか、使えなかったとでも言うのか!?」

 

  信じられないと、レオルが呟く。我が意を得たり。影の男は微笑のまま、最期は力無く地面に伏した。

 

「初めから二人、だった?」

 

  分裂したような動きは、なんのひねりも無く、最初から二人居ただけなのか。普通は考えにくいが、この影クラスの身体能力があって、連携が完璧にとれれば可能なのか。他にも。敵に悟らせないよう、潜伏スキルを使用していた可能性が考えられる。

 

  仮に。もしも影の正体が二人組みで。今仕留めた男が、実は単なる揺動だとしたら?片方がレオルの気を引き、もう片方がレストランにいるダクネスらを殺す。そんな筋書き。

 

「……あっちゃー。これ、ガチでマジっすか?」

 

  とんでもないショックは、時に人を現実逃避させたがる。レオルは変装用のチャラ男キャラに、思わず逃げ込んだ。口調を変えただけで、事態が好転する筈も無いが。

 

  影は最初から二人。レオルが相手にしたのは囮。そしてどうやら、すり抜けるナイフは、もう一方が持っているらしい。いつの間に通り抜けられたかはわからないけれど、倒した影以上に厄介な輩が、かなり前にトゥーガに到達してしまっているかもしれない。

 

  ただ、これが杞憂で済む場合もある。影が負け惜しみにホラを吹いただけなんてことも。

  どちらにしても、今急ぐべきはめぐみんらの安否確認だ。

 

「ちょ、とりまトゥーガに戻らな……」

 

  そして。

  レオルが踵を返した瞬間。

 

  目も眩む光。鼓膜に穴があきそうな轟音。人を吹き飛ばす、圧倒的な暴風。

 

「……これ、手遅れ感パネェわ」

 

  トゥーガを中心に、爆裂魔法が発動されたのだった。当然、レストランは消え去り、何なら周囲の廃屋も諸共吹き飛んだ。更地に戻った区画には、トゥーガに備え付けられていた、地下道への入り口だけが残る。

 

「今のが、めぐみんの爆裂魔法か。なら、彼女はもう戦力にならない。……ララティーナ様とトゥーガさん、少し粘っててくれよ」

 

 途中、使い捨てたムチを回収してから、レオルは地下への入り口に飛び込んでいった。




スマホがついにゴーストタッチするようになりました!
ゆえに、更新が遅くなりました(言い訳

やはり、神様にプロテクトしてもらわないとダメですね!

誤字あったらごめんなさい…


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六十一話 お帰りはあちら




ついに、動く姉弟子が見られるのか……
羽生さんの永世竜王がまさかアニメより先に実現するとは。

あとは、ハクメイとミコチですかね、今期は。


  レオルがカズマから護衛の依頼をされたのは唐突だった。アクセル出身を自称する少年が守りたいとした対象が、かのダスティネス家の御令嬢だと判明した時には、冗談かとも思ったぐらいである。

  まず、サトウカズマという人間自体が彗星の如く現れたのだから、余計に冗談っぽく聞こえてしまったのかもしれない。つい先日、いきなりレオルの所属する【組織】に入りたいとやって来たカズマ。単なる低レベル冒険者といった風情のもやしっ子は、門前払いされかけたところを話術でどうにか入隊試験まで持ち込むと、多彩なスキルと規格外の戦闘能力であっさりと組織の一員と認められるや、驚くべき事に高難度の任務を次々とこなしてみせた。

  レオルがいる組織は、王宮付きではあるものの、暗殺や要人護衛など重要な仕事を請け負う機密組織だ。暗部とでも言うべきか。カズマがその隠匿されるべき組織の存在をどこで知ったのか不可解な為、最初はどこかの国家から送られてきたスパイなのではと危惧されていたが、エルロードを初めとする隣国の要人暗殺までやってのけた辺りで、疑惑は概ね晴れたのだった。

 

  スパイ容疑が晴れるや、サトウカズマはとにかく優秀だった。抜群の状況判断。その場にあったスキル使用。メンタルの強さ。圧倒的な戦闘能力。とても、10代半ばの少年とは思えない実力。レオルも、いつのまにかカズマの力を頼るようにまでになる程。

 

  危険なミッションを共にこなしたレオルとカズマは、出会ってからそれほど時間が経っていないものの、既に強い信頼関係を構築するに至った。絶体絶命なピンチを招いた際、豊富なスキルで命をも救ってくれた戦友からのお願いならば、休日だろうと助力するのは当たり前。軽い気持ちでオーケーして護衛対象の名を聞いたので、ダスティネス家が関与してると知った衝撃はかなりのものだった。

  しかも。ララティーナ嬢の命を脅かすのが、高名な元騎士で、現アクセルのギルド長なのだと言う。アクセルが機動要塞デストロイヤーによって大きな損害を被ったのは記憶に新しいが、聡明で家格もそれなりのアクセルのギルド長がそこいらの冒険者に罪をなすりつけて王都まで逃げてくるとはちょっとした驚きだ。

 

  アクセルのギルド長は、【ディスターブ家】の当主として長い間王都のギルド本部で手腕を発揮してきたビッグネーム。アルダープやバルターでおなじみの、アレクセイ家とほぼ同格の貴族である。元凄腕冒険者達を従えて、時には自ら魔王軍と渡り合うなど、武闘派としての一面も見せるギルド長は、早速レストラントゥーガを発見してダクネスらに刺客を差し向けてきた。どこぞの新米兵士がやらかさなければ、まだ安全地帯として機能した筈のレストランでは、シチューを頬張るめぐみんらを尻目に店主だけが気を張り続けていた。

 

「お二人さん、シチューは美味しかったかい?」

 

  表面上、穏やかにダクネスらと接する店主のトゥーガ。カズマがここを潜伏場所に選んだのは、何も見つかりにくいからだけではない。トゥーガと名乗るマスターが、元々は騎士団にも属した宮廷料理人であるからだ。レオルのいる暗部の存在も知っている数少ない人物。退役後とはいえ、並大抵の冒険者よりも強いので、用心棒としても申し分ない。

 

「げふっ。……ええ、ベルゼルグに店を構えているだけの事はありますね。私が食べたシチューの中でも1、2を争うレベルでした」

 

  数えきれないほどのお代わりした紅魔の娘が、餓鬼の如きお腹をさすって、ゲップと共に言葉を奏でる。

 

「めぐみん、いくらなんでも公共の場でそのゲップはどうかと思うのだが」

 

  ダクネスは口元を拭いて水を飲んでから、咳払いしつつめぐみんを注意した。先程自分が広場でゲップ以上の醜態を晒したことは棚に上げているようだ。

 

「何をいいますかダクネスは。沢山食べてゲップを出せることの喜びが、貴女にはわからないのですか?世の中にはゲップしたくてもゲップするだけご飯を食べられない人間もいるんですよ?」

「ゲップを出す喜び……だと?そのようなモノに喜びを感じる人間がいるのか?」

 

  貴族的にはタブーな行いを気持ちいいと断じられ、眉をひそめるダクネス。

 

「ここにいるのです!」

 

  パシッ!めぐみんがテーブルを手の平で軽く叩き、小気味好い音が鳴った。咄嗟に、ダクネスの肩もピクッと跳ねる。

 

「いいですか?ダクネス。人とは究極、食べている時が一番幸せなんですよ。逆に、食べていない時は不幸だと言えます。常に空腹を感じていると、人間はいとも簡単に卑劣な行いをするものです。衣食住、これは生活の基本ですが、重要性で言えば食が数段上ですよね?すなわち、この世で一番大切なのは食なんですよ。何不自由無く暮らしてきたダクネスに、貧乏人の気持ちがわかりますか!」

「……確かに。食事は生命活動にダイレクトで関わるな」

「そうでしょう!」

 

  ふむ、とダクネスは人差し指に顎を当てた。食べなければ人は死ぬ。衣食住と並び称されているが、めぐみんの言うように食はもうワンランク上のモノだと認識したい気持ちは理解出来る。住む場所も衣服も、無いと困るが死に直結するとは言い難い。衣服も住むところも無ければ、いずれは死ぬけど。

 

「……だが、ゲップをするしないは関係無くないか?めぐみん、論点をずらすのはやめて欲しいのだが」

 

  白い目でめぐみんを見るダクネス。めぐみんはドキッと心臓が波打つのを感じつつも、どうにか苦笑い程度に表情の変化を抑えて

 

「おやダクネス。ミソギと共に冒険する中で、段々と流されにくくなってきましたね。それだけ成長したということでしょうか」

「待ってくれ。私って、そんなに流されやすかったのか?」

「流されやすいかはともかく、お嬢様ですし、世間知らずな所はあると思いますよ」

「そうか、そんな認識か……」

 

  箱入り娘は自覚していたが、そんなに振り回されやすいように見えるのだと知り、ダクネスは少なくない心的ダメージを負う。うつむき気味になったお嬢様を見て、めぐみんはばつが悪そうにし

 

「まあ、ダクネスに免じて、外ではゲップを我慢するとしましょうか」

「……ああ、くれぐれもそうしてくれ。出来れば、私に免じずとも我慢して欲しかったが。更に贅沢を言えば、家でも我慢して欲しいな。めぐみんも年齢的には立派なレディーだろう?品性がないと、一人前の淑女にはなれないぞ」

「家でも!?そんな殺生な……!」

 

  今度はめぐみんが項垂れる。

 

  2人のポンコツ娘のやりとりを見ているトゥーガは、好々爺のような表情を浮かべていた。ダスティネス家の令嬢は、昔何かのパーティーで遠巻きから見た記憶があるが、こうして間近で見ると受ける印象が随分と違う。仲間と楽しげに会話するこっちが、本来の彼女なのかもしれない。

 

「お二人さん。ウチのシチューを気に入ってくれて良かったよ。しばらく王都にいるんなら、是非また味わいに来てね」

 

  すっかり空っぽになった鍋にある種の満足感を得ながら、トゥーガは穏やかにダクネス達へ語りかける。食後にと、適切な温度のお湯で淹れた芳しい紅茶も提供して。

 

「ええ、なんなら王都にいる間は毎日足を運ぶのもやぶさかではありません。シチュー以外のメニューも気になるところですから」

 

  本日のオススメ、という宣伝文句で始まるメニュー表には、シチューの他にも食欲をそそる料理名が羅列されている。手づくり煮込みハンバーグなる文字が目に入ってしまえば、めぐみんとしては再度来店するしかない。

 

「ありがとう、トゥーガ殿。サービスでこれだけ上質な茶葉を使用して下さるとは。貴方のもてなしの心には、感服しました」

「ウチでは、余韻も大切にしているからね。食べてすぐにさよならっていうのは味気ないでしょう」

 

  ダクネスは家柄、有名どころの茶葉なんかは結構飲むもので。トゥーガが用意した紅茶は混じり気も無ければ文句もない逸品だった。

 

「成る程。同じ紅茶でも、飲むタイミングによって味が変化するのですね」

 

  一方、味の違いがわかっているのかどうか微妙なめぐみんも、それなりに神妙な顔つきで一気に飲み干した。高級茶葉との差異は一度置いて、一息に呷るくらいには美味しいと感じたらしい。

 

  そうして、食後の紅茶まで満喫したところで。

 

「改めてごちそうさまでした、トゥーガ殿。また近いうちにお邪魔します」

 

  お会計はレオルが済ませていたので、後は退店するだけ。そう思い、ダクネス達が椅子から立ち上がると。

 

「それは嬉しい申し出だが……生憎。もうしばしゆっくりしていって貰わなくてはならないようですね」

 

  あろうことか。カウンターから、包丁を片手にトゥーガがゆっくりと出てきたのである。

 

「なっ!なんのつもりですか、まさか私がシチューを食べ尽くして材料が尽きたから、今度は我々を食材にすると!?」

 

  素早くダクネスを盾にしためぐみんが、知らないとはいえ護衛してくれているトゥーガに失礼を。ダクネスも、いきなり包丁を持って迫られては穏やかではいられない。並みの一撃なら、ダクネスの肉体を切り落とすことは叶わないが。

 

「その立ち姿、一分の無駄もない。トゥーガ殿、貴方はかなりの達人ですね?」

「流石はララティーナ様。見るだけでその人間の力量を測れるとは、お見事でございます。しかし、今は一刻を争う為、賛辞を頂くのはまた後ほどと致しましょう……!!」

 

  反応さえ出来ない、洗練された動作で迫るトゥーガは、そのままダクネスの背中にいるめぐみんへ向かって包丁を振り上げた。

 

(早すぎる……!!)

 

  ダクネスが包丁を受け止めようと動作に移行する前に、トゥーガは腕を振り下ろしていた。けれど。斬ったのはめぐみんでは無く、彼女の背後から迫った一本のナイフだった。

 

  二人の背中側に、裏通りに面した大きな窓がある。一応は頑丈に作られたガラスを貫通させて、めぐみんの首を狙う軌道でナイフを放った人物がいたのだ。

 

  新米騎士を容易く殺し、現在レオルと戦闘中の影の【片割れ】。トゥーガはナイフを撃ち落とした直後、ダクネスとめぐみんを両肩に抱えてカウンターを飛び越える。これで、外からは死角となりナイフの投擲は防ごうという算段。

 

「な、なんだこの状況は!いったい何が起こっている!?」

 

  てっきりトゥーガがトチ狂ったのだと思いきや、外からナイフが飛び込んできて、それを打ち払い逆に助けてくれた。そして、言ってはなんだがそこそこの重量があるダクネスとめぐみんを抱えて跳躍するとは。

  一瞬の間で色々起こり過ぎて情報過多となり、脳の処理が追いつかない。

 

「黙っていて申し訳ありません、ララティーナ様。先のナイフは、アクセルのギルド長が仕向けた暗殺者の物です」

「……私の名前を知っていたんですか?ていうか、ギルド長が暗殺者を!?やはり、ギルド長はバルターと通じていたのかっ」

 

  まだまだ混乱の渦中から抜け出せていない女性陣を放って、トゥーガは包丁から短剣へと装備を変更した。調理台の下に隠してあった、王宮騎士団時代の武器だ。老いて体のキレは鈍ったが、さっきの投擲には反応できた。どうにか時間稼ぎくらいにはなれる。

  そしてもう一つ。魔の手がここまでやってきた事で、認めたくない事実にも直面した。

 

(ここまで刺客がたどり着いたのならば、レオルは……)

 

  死んだ。

 

  確定ではないがきっと、殺されてしまったのだろう。となると、刺客のレベルは【暗部】に所属しているレオルでも敵わない程だ。引退した身では、どう転んでも勝ちはない。ならば……

 

「ララティーナ様、めぐみんさん。奥の冷蔵室に、床下収納と見せかけた脱出口があります。そこを通れば表通りへと出られます。突然で申し訳ありませんが、事情は後ほど説明致しますので今は取り急ぎ避難を!お二人が逃げる間、時間稼ぎは引き受けます」

 

  カウンターに隠れ、投擲は封じた。なら、暗殺者は直接ここへ踏み込んでくる。狭い店内ではダクネスらを庇いながらの戦闘は難しい。

  が、素直に従ってくれる二人でもなかった。いや。自分を優先して、トゥーガを見殺しに出来る二人ではなかったのだ。

 

「何を言ってるのですか。私達は魔王軍幹部とも渡り合った凄腕冒険者ですよ?刺客の一人や二人、退けられなくてどうします。戦いますよ。戦ってやろうではありませんか!」

 

  意気揚々と拳を握り、あくまで逃げない姿勢のめぐみん。言葉は暖かく頼もしいが、それだけは許可してはならなかった。

  カズマからの情報では、めぐみんはアークウィザード。しかも、使用可能な魔法が爆裂魔法のみ。共闘はどう考えても悪手だ。

 

「気持ちはありがたいですが、お二人に逃げて頂くことが最善の策です。ララティーナ様、早く避難を!」

 

  状況には依然追いつけていない。ただ、トゥーガが身を挺してまで助けてくれようとしている事。女性二人がここに居ては足手まといになる事はなんとなくわかった。

  今トゥーガが見せた身のこなしは、一般的な冒険者のくくりから逸脱している。アクセルで名を馳せた魔剣の勇者と比べても、基本的な身体能力は上をいっているだろう。

  そのトゥーガが、時間稼ぎが精一杯なんて言い方をした。刺客の力量は、ダクネス達とはかけ離れていると判断しても良い。

 

「……めぐみん、逃げるぞ」

「えっ!?正気ですか、ダクネス。このマスターは見ず知らずの私達を庇おうとしているのですよ?そんな人を見捨てるなんて……」

「百も承知だ。軽蔑してくれても構わない。だから、この場だけは私の意見を聞いて欲しい」

 

  めぐみんの了解を得る前に、ダクネスはヒョイと彼女を担ぎ上げてしまった。同じ上級職でも、腕力ではダクネスに軍配が上がる。

 

「ちょっと!本気ですか、この筋肉バカ娘はっ」

「すまん。あと、その暴言はこの借りをかなり小さくしたぞ」

 

  カウンターの死角から出てしまった二人を隠せる位置に、トゥーガがポジションを変える。

 

「……ありがとう、トゥーガさん」

「ええ。……さあ、お急ぎを」

 

  こうした状況でダクネスが下す決断は、おおむねめぐみんと同じだ。にも関わらず、今回は逃走を選択した。めぐみんだけがそこに引っかかりを覚えたものの、ダクネスからは逃れられず。冷蔵室へと消えていった。

 

「ダスティネス卿。返しきれなかった貴方への恩、これで少しは返せましたかね」

 

  冷蔵室の扉が閉まると同時に。レストラン入り口のドアが蹴破られ、一つの影が侵入した。

  影は気色悪い動作で首を回し、店内にダクネスらの姿を捜す。が、既に彼女らはここにはいない。

 

「外の男といい、とんだ邪魔が入っているらしいな。今回の任務は」

 

  心底おかしいと、影の男は口元を歪ませる。

 

「レオルのことか」

「ふっ。飛んで火に入る夏の虫とは貴様らのようだ。一つしかない命、大切にしてはどうだ」

「大事な任務中にくだらない問答をするのは、ディスターブ卿の命令か?」

「……ふん。貴様については、年寄りの冷や水と言っておこう」

 

  影とトゥーガが交錯する。騎士の格調高い剣術と、型にはまらない暗殺者のナイフ術。

  レストラン内に、しばらくの間甲高い金属音が鳴り響いた。









CLANNADの一挙放送を見たんですけど、一話で色が鮮明になる瞬間でもう泣きますよね。

酷評されがちですが、私が一番泣けるのは、ぬいぐるみが世界中の人々に手直しされながら届けられるところです。


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六十二話 代打僕

更新遅れました。ご迷惑をおかけしました。


  手持ち無沙汰な球磨川禊は、有り体に言ってくつろいでいた。王都のど真ん中もど真ん中。厳重な警備で守られた堅牢この上ない王城は、ベルゼルグで最も安全な場所。魔王軍の襲撃があれど、尚盤石と評価しても良い聖域なのだから、気を緩めても注意される事はない。まあ。身の安全が確保されていようと、王女殿下の御前で床に寝そべって良い理由にはならないだろうが。今現在、球磨川は大理石の上で大の字になっている。つくづく、存在そのものが不敬な男だ。

 

『ねぇねぇ。遅くない?僕のパーティーメンバーを丁重に迎えに行ってくれたらしい兵士さん。どこぞで油を売ってるんじゃないかな、さては!だとしたら由々しき事態だよ。兵士さんがモタモタするすなわち、ギルド長に準備期間を設けさせてしまう訳だからね』

 

  タキシードを脱いで丸め、枕の代わりにして首を休める球磨川。自由気ままでフリーダムな在り方は、周囲の騎士達の冷えた視線を集める。クレアが剣を失った件で熱りは冷めたといえるが、あまりに無礼と判断されれば真っ二つコースだ。だが。この場における最高権力者、肝心のアイリスは、そんな自由奔放な様子が気に入ったのか楽しげに見つめてクスクスと笑う。

 

「申し訳ありません。目撃情報を元に捜しているとの報告はありましたが、やや難航気味のようで……ただいま追加の者が向かいましたので、もう少々お待ちください」

 

  どうぞおくつろぎになって、くらいは言おうとした王女様だが、球磨川は既にくつろぎの極致。言うまでもなかった。

 

『謝られても、めぐみんちゃん達が早く到着するわけでもなし。ここはひとつ、コンビニでも行ってジャンプを立ち読みしたいところだな。この世界にコンビニエンスストアがあればの話だけれどね。つまり立ち読みが出来ず、城内もウロウロさせて貰えない立場である以上は、僕が大理石と一体化するのは必然なのさ』

 

  立ち読み云々と語ったが勿論、生前の球磨川はジャンプを毎週欠かさず購入している。気が向けば、自宅用と、学校のロッカーに保管する用に二冊買うことだってある。内容についても、漫画は当然、作者コメントからお葉書コーナーまでしっかりと目を通しているくらい、まさに網羅している。ただ、そうであっても出先でフラッと時間つぶしに立ち読みするジャンプはまた格別なのだ。

 

「こんびにえんす?それは一体、なんなのでしょう?」

 

  きょとんとするお姫様。

 

『そっか、コンビニを知らないんだったね。』

 

  異国の文化なんて生易しいものじゃない。もうワンランク上の、異世界の文化だ。説明しても理解が得られるかどうか。なんならアイリスは……というか異世界人は、コンビニも知らなければジャンプも知らない。どう説明したところで、我々が描くコンビニの姿を想像出来る可能性はゼロに等しい。

 

『……そうだね。うまくは説明出来ないけど……僕の故郷にある、大抵のモノは売ってる便利なお店だよ。武器や防具、魔道具に食品。工具やなんかが一つのお店に揃ってるイメージとでも言おうか』

「まあ!コンビニとは、それほどまでに多様な品を揃えているのですか?」

 

  おおまかなイメージを得てもらえれば御の字だと、球磨川はかなり掻い摘んだ。甲斐あって、お姫様にもイメージが湧いたらしい。

 

『うん、まあね。アイリスちゃん、君が国を背負ったのなら、是非コンビニの展開を視野に入れてくれよ。あるいは、王を選ぶ選挙か何かがあるとすれば、コンビニを公約に掲げてくれれば清き1票を入れるぜ。ほら、僕は未成年だけれど、選挙権は得たわけだしね』

 

  日本での選挙年齢引き下げで当然球磨川禊も選挙権を得たのだが、悲しいことに異世界へ転生した為未だ投票は体験していない。彼の事だから、票を入れるとすれば名前の画数が少ない人とかにしかねないが、それでも投票するだけマシだろうか。あるいは、このシステム自体をエリート探知機として利用し、抹殺計画の一助とするのか。どちらにしても、球磨川が選挙に参加する前に転生してくれたのは、日本国にとって紛れも無い奇跡だ。

 

「流通の面でかなりの労力を費やすでしょうけれど、そのような夢のお店が出来たのなら……繁盛は間違いありませんね」

『どうだろう?一号店はそりゃ長蛇の列だけれど。お店を増やしすぎるのは諸刃の剣かもだね。僕の地元では、あんまり買い物客に恵まれなかったコンビニが、いつのまにか老人向けの福祉施設に変化していたパターンも多かったよ』

 

 コンビニ閉店後の、改装中のドキドキ感を返してほしいぜと、最後に球磨川が付け加える。

 

「お客の取り合いは、例外なく発生するのですね。ただ、まず私には、コンビニのようなハイリスクハイリターンなお店を何店も増やしていくビジョンが浮かびかねますが……」

 

  道路を一本挟んで違うコンビニがある光景を、是非ともアイリスに見てほしいものだ。

 

『ん。なーに、コンビニが潰れるなんてそう珍しいもんじゃない。どのお店もそうだけれど、諸行無常ってやつだろうね。僕の国だと、無くなりはしないものの、増やしすぎても需要は無いレベルになってきてるんだよ、コンビニは』

 

  例えどれだけ便利であろうと。人間は良くて現状維持を、欲を言えばそれを上回る便利さをいずれは求めるようになる。日本ではインターネット上のショッピングも可能となり、また、定期的に好きな商品を自宅まで届けてくれるサービスなんかもある。

  古き良き商店街は、そんな煽りを受けていまやシャッター街となっているのが現状だ。どれだけ通いつめようと、店主と町内会で付き合いがあろうと、おまけをしてくれようと。ショッピングモールの一つで足を運ばなくなってしまうものなのだ。そして、増えすぎたコンビニも又、シャッター街の後を追う事になる。過ぎた欲の結末は、ケアサポートだ。

 

「私には、まだそのコンビニなるものが今ひとつピンと来ませんが……お話を聞く限りでは、流通に力を入れて、買い物の手間を極力減らしたいという消費者のニーズに応えている目新しいお店だと思います。けれど、それでも商売が立ち行かなくなってしまうだなんて。クマガワさんの出身地での商売は、生半可な覚悟では上手くいかなさそうです」

 

  アイリスはなんだかショックを受けた。自分達がやりたくても、コストの関係で中々実行は難しいと諦めていた品揃え豊富なショップを、球磨川の国は現実のものにしているとのこと。のみならず、そのショップですら現在は数を増やし過ぎて経営に四苦八苦。廃業もそう珍しくはなくなっているらしい。まあ、欲をかき過ぎた結果と言えばそれまでではあるものの……栄枯盛衰はとりあえず置いとくとして。

  アイリスが真に驚いた点は別にある。口頭だけなので鵜呑みにはしないが、もしも球磨川の発言が正しいのであれば。彼の国はベルゼルグよりも経済が発展していることになってしまう。武装国家ベルゼルグは、あくまで武に力を入れて成長してきた国だとしても、自国より裕福な国があるのは愉快ではない。

 

「コンビニ経営は難しいわよ。私なんて、【ザ・コンビニエンス】でかなり苦戦を強いられたもの。それにね?いまでこそ当たり前になっちゃってるけど、24時間営業って思った以上の労力がかかっているんだから!……セブンイレブンは名の通り、朝の7時から夜の11時まで営業していたのが由来らしいから、まずはこの世界でもそれくらいの営業時間でやってみたらどうかしら?」

 

  隣で聞いていたアクア様も語る。コントローラーなり、マウスなりをカチャカチャやっていただけの経験を例に出されても特に得るものは無いが……まあ、経営が難しいことは事実なので間違いは言っていない。

 

「コンビニとは、24時間営業しているのですか!?では、お店の人は一体いつ休めばいいのでしょう?」

 

  驚愕の新事実にアイリスは目を見開きっぱなし。そろそろドライアイが心配だ。

 

『そこはホラ、ナイト(夜勤)さんが身を粉にしてくれるから大丈夫だよ!』

「ええっと。つまり、夜間は騎士(ナイト)が店番をすると……?確かに夜は物騒ですから、従業員としてだけでなく、用心棒としても役に立ちそうではありますが……」

 

  笑顔でレジにいる、鎧姿の屈強な男。おでんのつゆを足し、揚げ物を調理する精悍な戦士。なんともシュールだ。クレーマーや立ち読み防止にはピカイチの効果を発揮するだろうけど。

  球磨川としては、王女様のトンチンカンな発言に眉を吊り上げる。なぜ昼夜逆転してまで頑張ってくれている夜勤さんが命を張らなければいけないのかと。

 

『いや、強盗とか来たらナイトさんは警察を呼ぶだけだと思うけれど。相手がお金を要求してきたら、身の安全第一でとりあえずレジのお金を渡すのも手なんじゃないかな』

「そんな情けない騎士が店番を!?」

 

  アイリスの驚愕は続く。悲壮にくれていたクレアさんも、胡散臭そうに球磨川とアクアを見る。あんまりアイリスにおかしな知識を与えないでくれと言わんばかりだ。

 

 …………………………………

 ……………………

 ……………

 

『さてと。四方山話は嫌いではなく、どちらかと言えば好きな僕でももう待てない。追加の者が向かったって言ったけれど、その後続報はあるのかな?無いなら、僕自ら捜索に行くよ。代打僕で』

 

  バスケットボールで例えればほんの1クォーター程度しか経っていないが、球磨川は我慢の限界を迎えたらしい。ギルド長に命を狙われる前提を忘れたのか、自分で捜しに行くことを決めたようだ。すでに重い腰を上げ終えており、タキシードも元どおりに着直している。

 

「球磨川さんが行くなら、私も付いて行こうかしら。球磨川さんのせいでアウェー感半端無いのよね、さっきから」

 

  球磨川の無礼さは天井知らずで、この空間に来てから真っ先にアイリスにちょっかいかけたり、クレアの剣を無かったことにしたり。幼稚園児も真っ青なやりたい放題っぷり。一緒にいるだけのアクアも、同罪のように敵意満々の目を向けられていた。正確には、敵意ではなく【どうしてクマガワを止めてくれないんだ!】的な抗議の視線だが。一応、アクアも頑張って止めたのだけれど。

 

『アクアちゃん。いつだって僕はアウェーで戦っているようなものなんだし、君も気にするなよ。プロ野球選手だって、ホームとアウェーの違いを勝敗と結びつけたりはしないだろ?ホームで必ず勝つなら、試合をやる意味も無い。ようするに、アウェーでも実力を出し切れるのがプロだってことさ』

 

  なにやら。自分の所業は無関係とばかりに、アクアに敵地での心構えを説く球磨川。そんな彼が動き出したのを、黙って眺めているアイリスではない。

 

「お待ちください。ここで貴方がたが外へ出ては、ミイラ取りがミイラになりかねません。王城内を見て回る許可なら出しますから、どうか外出だけはご遠慮下さい」

 

  アクセルのギルド長、ディスターブの当主が相手となると、新米冒険者の球磨川達は瞬殺されかねない。当面は王都の冒険者達にディスターブ卿を探させる方針だが、アイリスは臨時の元老院会議を明日にでも開き、騎士団の派遣を視野に入れ対処するつもりだ。その間、球磨川達の安全を確保しなくてはならない。宴を開くとは方便で、彼らを王宮に留めておくのが真の目的である。魔王軍の侵攻に備えて防衛に力を入れるべき時に、有力貴族の不祥事。王女様の小さな頭部に痛みを感じさせるには十分な不安要素だ。球磨川に告げた通り、今は国の自衛で精一杯。しかし、それでも民が困っていたら手を差し伸べるのが、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスなのだ。

 

『待って、アイリスちゃん。聞き捨てならないな、それは。』

 

  やおらタキシードを脱ぎ捨て、何処からか取り出した学ランを羽織り、いつもの服装に戻った球磨川。

 

「!……また、何かお気に障るような発言をしてしまいましたか?」

 

  どこに地雷を抱えているのかわかりづらい風変わりな男に、アイリスはガラス細工を相手にしている気分だ。

 

『ミイラ取りがミイラになる?馬鹿言うなよ。めぐみんちゃん達が、ミイラになった前提なわけ?』

 

  前髪をかきあげ、珍しく目を細めた裸エプロン先輩は、いま一度騎士達が警戒せざるを得ない殺意を撒き散らす。いや、これも殺意では無く負感情なのだが。バニルならば大喜び間違いなしの。

 

「なんなのよー、今度は。球磨川さん、いい加減にしなさい?空気読めないにも程があるんですけど!マジで!」

 

  アクアは半分くらい泣きながら、球磨川に縋るように学ランを掴んだ。キリキリとした腹痛に顔をしかめて、なんとか球磨川に言い聞かせる。

 

「もしかしてあんた、自殺願望でもあるんじゃない!?反感買って殺されるのは勝手だけど、この私を巻き込むんじゃないわよっ。女神として命じるわ!お願いだから大人しくしてて!」

 

  涙ながらの懇願。

  しかし、球磨川には届かなかった。前髪を掻き上げたことで、瞳がバッチリと見える。表面上はキラキラと輝いてるような球磨川の瞳。が、根底に見え隠れするのは……

 

  ドブのように濁った、ドロドロとした何かだ。

 

『女神風情が、僕に指図するなよ』

 

球磨川が右手を天井に伸ばす。その動きに呼応して、空中に大量のネジが浮かび上がった。ネジが揃って先をアクアに向けると、次の瞬間一斉に襲いかかる。

 

  ズガガガガガッ!!!

 

「ちょっと!?」

 

  球磨川のお尻あたりにしがみついていたアクア様が、お馴染みのネジで床に縫い付けられた。普段の女神衣装なら、布面積の関係でこうはならなかったが、今は謁見用のドレス。上質な布を遠慮なく貫いたネジ達は、大理石にまで深く食い込んだ。いかなアクア様パワーでも、ドレスを破かずに拘束をとくのは苦労しそうなほど。

 

「なんてことすんの!?大人しくしててって言ったのに!言ったそばからこの仕打ち!!」

 

  モゾモゾと床で蠢く女神。肉体を避けるようにネジを撃ち込まれた為、球磨川が手加減してくれたのではと考えてしまい、怒りのボルテージは上りきらず。抵抗は中途半端なものに。

 

『ま、つまりだアクアちゃん。君はここでご安全に、未来永劫安穏と暮らしてもいいんじゃないかってことさ。未来永劫は言い過ぎでも、こんな物騒な時分に僕と行動を共にする必要はないよ。……ギルド長に狙われるのは、僕だけでいいだろう。』

「……そういう自己犠牲を、ダクネスはやめろって言ってたんだと思うわ。止めても無駄だと思うから言っとくけど、戻ってきたら【女神風情】なんて発言をした落とし前、つけてもらうから!」

『…ん、そいつは楽しみだ』

 

  身動きのとれないアクアの頭を数回手で叩き、球磨川はすっくと立ち上がって

 

『てなわけで、アクアちゃんの事はよろしく頼むよアイリスちゃん。もし仮に、万が一!アクアちゃんに危害が及ぶようなら。ご自慢の自衛力とやらで守り切ってあげて欲しいんだぜ!』

 

  アイリスの返答を待つ前に、球磨川はスキルで姿を消してしまった。唐突な出来事により静寂が訪れた謁見の間。音もなく姿を消したものだから、そこには初めから、球磨川なんていなかったかのようだった。

 

  ダクネス達が窮地に陥っているとはつゆしらず。待ち合わせに遅れた友達を捜しに行くくらいの足取りで、死地へ赴く球磨川。その球磨川からの頼みに、アイリスはゆっくりと思う

 

(承知いたしました、クマガワ殿。この場にいる限り、アクアさんの無事は我が剣に誓います。どうか貴方も、お連れ様も、無事に帰還することを願っておりますわ)

 

  何事もなく、一風変わった冒険者の少年が戻ってきたら。もっと異国の文化や、心踊る冒険譚を話してもらいたいものだと、王女様は考える。

 




ポプテピピックで、グリリバと神奈延年さんの回はいつくるの??
川澄さんとちいちとか。子安とちいちでも可。


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六十三話 愛国者

今回はギルド長サイドのお話です。
球磨川先輩にしか興味ねーぜっ!という方は読まなくてもオッケーです!

らりるれろ!


  全てを灰に帰す、歴代最強クラスの魔法使い。かの冒険者を見たもの、又は彼とパーティーを組んだものは、皆口を揃えてそう評する。豊富な魔力量は伝説的なアークウィザードにも並ぶとされ、彼が連続使用する爆発魔法に耐えうるモンスターはこの世にいない。そして。幼少より前任の騎士団長から剣の指南を受け、優秀なアークウィザードでありながら、接近戦でクルセイダーを上回るほど剣の扱いにも長けている、遠・近距離で活躍する万能冒険者。まさに、傑物。数十年に一度の天才と呼ばれる男には、地位も名誉もある。いや、あった。アクセルへデストロイヤーがやって来なければ、栄華を極めていたことだろう。

 

  爆発魔法を操る凄腕冒険者にして、アクセルのギルド長まで務めた、ディスターブ家現当主。

 

 グロウ・ヴァルム・ディスターブ。

 

  王都へ逃げ込んだ彼は今、別名義で長期契約した高級宿屋に逃亡者仲間と身を潜めている。

  ギルド長はルームサービスで頼んだ水出しコーヒーを飲み、王都の夕日の眩しさに目を細め、ここまで事態が悪くなった要因を洗い出していた。

 

「やはり、アルダープは切るべきでしたかね。彼の持つ【おもちゃ】に興味があったのですが……豚に真珠とはこの事ですか。」

 

  言いながら、部屋に備え付けられたベッドに腰掛ける人物へゆっくりと振り返るディスターブ。高さ50センチ程のふかふかマットレスに座った人物は、床に足が届かないくらいに低身長な少女であった。白と黒のゴスロリ服に身を包み、黒い髪をツインテールにした、青い瞳の乙女。日本人風のあっさりした顔立ちに青い瞳は、どこかアンバランスさを感じさせるが、少女の端正な顔立ちによって、一つの芸術として纏まっていた。宿の一室に、年端もいかない女と二人きりでいる状況は、つい先日までなら外聞を気にして避けていただろうが……今のディスターブには些事だ。

 

  視線を受けたゴスロリ少女は、ギルド長をキツく睨んで。

 

「それ、もう今さらでしょ。アルダープは死んだ。あんたは悪者!それだけよ」

 

  大人しそうな外見で意外にも言葉のキツい少女は「ふっ」と嘲るように笑い、首を横に振る。左右のツインテールも一緒にふるふると後を追った。キッパリと言われてもディスターブは気にせず、コーヒーを一口。調和のとれた酸味と苦味が脳を刺激する。

 

「悪者……ですか。若い時間を冒険者として国に捧げ、肉体が衰えてギルド職員に転身し数十年。長年アクセルの為に働き続けて、最後に待つのはこの仕打ち。人生とは、コーヒーのようにほろ苦いですね」

 

  鼻腔に抜けていくブラックコーヒーの香り。命がけの逃亡生活をも忘れさせる風味は、何時間もかけて一滴ずつ抽出する、水出しコーヒーならではの澄み切り具合。そこそこ値ははるが、王都の一級品は、職場で慣れ親しんだ眠気覚ましにのみ特化したゲキまずコーヒーとは全く別の飲み物だ。

 

「……砂糖を入れないからよ」

 

「なるほど。ですが、少なくとも私は、この苦味が好きでコーヒーを飲んでいるので。あながち悪い意味ではないのですよ?」

 

  至高のコーヒーを己が人生に例えたのは、ほどほどに悔いが無いといった意味も込めていたのだが……ゴスロリ少女には正しく伝わらず。

 

「あっそ。」

 

  漫才のネタを自分で解説するような羞恥心を覚えつつ、詳しく言葉の意味を説いても、全く興味なさげにあしらわれた。

 

  それもそのはず。

 

  少女の手にも同じ水出しコーヒーが収まっているが、角砂糖を3つにミルクもたっぷり入れたそれは、ほろ苦さとはだいぶかけ離れていたからだ。甘さたっぷりのそれはそれでさぞ美味しいのだろうが、鮮烈で、身体中の細胞を目覚めさせるようなスッキリとした苦味を共有していない以上、例え話に理解が得られないのも仕方がない。だからといって、ゴスロリな彼女の人生が小さな手にあるコーヒー同様に甘いかと聞かれたら、そんな事もないのだが。

 

「それで?これからどうするってわけ?じきに王宮騎士団が動き出す、そうなれば、いくらあんたでも殺されるわね。もはや優雅にコーヒーを飲んでる場合では無いんじゃなくて?荷物の一つも纏めるのがオススメだわ」

 

  少女は今後の指針。逃亡生活の明確なゴールを問いただす。

 

「王宮騎士団。彼らが本腰を入れたら、数日のうちにここに踏み込まれますね。私としても、今のうちに荷造りをしておくのが得策だとは思いますが……」

 

「思いますが……なによ?」

 

「事の発端。デストロイヤーを退けたとされるクマガワ ミソギ。どうやら、王都まで私を探しに来ているみたいですが……彼に消えてもらうのが、現状私の中での最優先事項です。彼を殺せるのなら、ある意味、この命を捨てても良いとすら思えます」

 

  自分の管轄で冒険者登録した、謎の少年。前代未聞の、正体不明なスキルホルダーの名前が、ここで挙がった。

 

「は?クマガワって、妙な格好したひよっ子冒険者じゃなかった?ビギナーズラックでちょっと武功を挙げたからって……あんなヒョロい男に、そんな固執するの?新米冒険者に私たちの居場所が掴めるわけないし、ほっとけば勝手に死ぬわよ」

 

  魔王軍幹部の討伐。悪徳領主の成敗。そして件の、デストロイヤー討伐。ビギナーズラックにしても出来過ぎな活躍を、さも大したことが無いかのように語るゴスロリ。まるで、そのくらいの事は自分にも可能だと思っているような言い方だ。しかしギルド長も、別段訂正を求めたりはしなかった。少女の実力なら、魔王軍とも渡り合えるという認識なのだろう。

 

「だと、良いのですがね。殺して死ぬようなら、然程問題ではありません。しかし、得てしてこの世界には殺しても死なない輩がいるのですよ」

 

  あるいは、殺しても生き返るような規格外が。

 

「まさか!クマガワがそうだって言うの?……嘘よね?」

 

  ゴスロリ幼女も、噂には聞いたことがある。魔王軍に身を置くバケモノ共の中には、不死の存在がいると。何百年も生き続けている者や、残機が全て消失しない限り復活を繰り返す者など。それらも、所詮死ぬまで殺せばいいだけの話ではあるが、その不死性は、少なくとも人間の領域にいては手に入れられないものではある。

  死んでも死なないような存在はあくまで魔王軍にしか居ない。比較するクマガワは自分たちと同じ人間だ。人の身でありながら不死性を持つなんてあり得ない。可能性としては、クマガワの正体が人の皮を被ったバケモノだったというほうがまだ信じられそうだ。つまり、球磨川が不死=魔王軍。もしや、ディスターブはクマガワが魔王軍のスパイだとでも言うのか。

 

「ディスターブ。あんたもしかして、クマガワが魔王軍だと思っているの?」

 

「クマガワミソギが魔王軍かどうかは、この場で語っても結論は出ませんよ。」

 

「そりゃ、そうだけど……」

 

「いいですか?大切なのは、現実に起こったことです。アルダープの使役していた悪魔を覚えていますか?」

 

「ええ。アルダープは神器を使用してまで秘匿していたようだから、この目で見たことはないけどね」

 

「私も結局、見させては貰えずじまいでした。が、その悪魔は途轍もなく強力な力を持っていたと予測します。奴の不祥事を一切表に出さず処理する程の、おぞましい情報処理能力。いえ、まさに現実を書き換えていたのでしょう。これは、アルダープ本人から聞いた話ですが……なんでも、彼は過去に一度、そんな超強力な悪魔を使用してクマガワを呪い殺したらしいです」

 

  マクスウェルによる、球磨川殺害の件。ブレンダンにタダオを捜索しに行った折、裸エプロン先輩は宿屋のベッドで冷たくなっていた。

  マクスウェルとしては、球磨川の命まで奪うつもりではなかったようだが。

 

「はっ!でも、クマガワは生きてるわ。要は失敗したってことでしょ。そんなことじゃ、クマガワが魔王軍だと仮定するのも無理な話よ。アルダープも昔から良い噂を聞かなかったけど、晩年は耄碌し過ぎだったんじゃないかしら」

 

  かつて。そこそこの切れ者だと認識していた悪徳領主も、寄る年波には勝てなかったようだ。そんな強力な悪魔を使役していながら、新米冒険者一人殺せないとは。それともやはり、悪魔が下級のハズレだったのかもしれない。

 

「ベアトリーチェ。あまり故人を罵るのは感心しませんな。」

 

  ここで初めて名前を呼ばれた幼女は、ディスターブの眉間にシワが寄っているのを認め、ビクッと肩を震わせる。ベアトリーチェは理解している。目の前の男が全力を出せば、魔王軍幹部とも渡り合える事を。そんな男に牙を向けられては、怯えない道理はない。

 

「なによ、ムキになっちゃって。そんなにあの豚が好きだったわけ?てか、あんただってさっき豚に真珠とか言ってたじゃない!」

 

  足をパタパタと上下させて、不満をあらわすベアトリーチェ。外見の幼さから、子供がだだをこねているようにも見える。

 

「でも、ですよ?アルダープの不祥事をもみ消していた点から考えて見ますと。悪魔が本物で、かつ力の強い者だったのは確定です。その悪魔がクマガワに呪いをかけたとして、失敗なんかするでしょうか?」

 

  アルダープがしでかした犯罪は豊富だ。一端で、何十人もの少女を食い物にし、捨てるといった悪行も積み重ねてきた。そうした罪が、彼が死んで悪魔の効力が消えるまでは表沙汰にならなかった時点で、悪魔の情報操作は完璧だったと言っていい。同一の悪魔が呪いをかけたなら、一流のエクソシストでも殺されるかもしれない。

 

「知らないわよ、悪魔の呪いなんて専門外もいいところだし。でも、そうね……たまには失敗するんじゃない?適当だけど」

 

  あらゆる事象に100パーセントは有り得ない。限りなく100に近かろうとだ。とは言っても、99パーセントは成功するのだが。

 

「かけた対象が、貴女の言うひよっこ冒険者だとしてもですか?」

 

  世の中で不可能とされる大半の事象には、可能となる確率もわずかにある。あまりにも低い確率だが。

  例えば。人間が壁を通り抜ける確率は、実は0ではない。少女漫画に出てくるイケメンが、夕暮れの教室でカッコよく壁ドンした際、壁を通り抜けて隣の教室へ移動する可能性はある。だが、仮にイケメンが老衰するまで毎秒壁ドンしたとして、壁を抜けるには人生を宇宙の数ほど繰り返す必要があるだろう。つまり実質、不可能であるとされている。

 

  逆に、此度の場合。低レベル冒険者の球磨川に、高位の悪魔。条件を限定した今回については。球磨川が呪い殺された可能性は100パーセントとしても差し支えない。球磨川のしょぼいステータスで悪魔の呪いを回避するのと壁抜けでは、壁抜けのほうが幾らか簡単なくらいだ。

 

「……ふん。そんなに呪いが成功していた事にしたいなら、好きにしなさいよ。おおかた、死んでいない以上、クマガワが呪いを跳ね除けたとか言いたかったんでしょ?」

 

  さっきから、球磨川をいっこうに警戒しない様子のベアトリーチェ。そんな彼女の発言を逆手にとり、ディスターブは話を誘導した。ベアトリーチェもギルド長が言わんとする事を理解してきたのか、あえて誘導されてみる。

 

「そうです。でも、クマガワは呪いを跳ね除けたのではありません」

「ん?なら、やっぱり……」

「死んで、生き返ったと私は見ています」

 

  ディスターブのかねてからの疑問。球磨川が持つ3つの謎スキル。かの過負荷が異世界に転生し、冒険者登録をすませたあたりから、彼は警戒していたのだ。……球磨川禊という男を。

  球磨川が持つ謎スキルの内一つは、不死のスキルかもしれない。

  ……不死。それはただの人間には至れない境地である為、正体は魔王軍もしくはアンデットか。どちらにしても、ベルゼルグに危機を及ぼす危険があれば、殺しておくのが無難だ。

 

「生き返った。つまりは、第三者がリザレクションをかけたと?そういえば、クマガワと時を同じくして、アクセルのギルドにアークプリーストが現れたわよね。あの、アホそうな水色髪の女。」

 

  アクアのことだ。いくらアホそうでも、ステータスは申し分ない。冒険者登録したその場で、大量のスキルポイントに任せてあらゆるスキルを獲得しまくっていた彼女なら、リザレクションも習得しているだろう。それに、アクアと球磨川が親しげに会話をしている姿はギルドでも稀に見られた。

 

「なるほど、アクアさんがいましたか。確か、門番の報告によれば……アルダープがクマガワを呪い殺したとされる日は、アクアさんも含めてブレンダンに出かけていたみたいですね」

 

  一緒に冒険していたのなら、リザレクションで助けた可能性も十分考えられる。ディスターブは目からウロコといった感じで、ベアトリーチェに向き直った。謎のスキルに意識を向けてしまい、思考の柔軟さが失われていたようだ。

 

「ベアトリーチェ。貴女のおかげで、謎が解けました」

「なーんだ。アクアの存在を考慮してないとか、抜けてるにも程があるわよ。結局、あんたの考えすぎなんじゃない。無駄に焦らせないでくれる?たんなる人間が、オートで復活なんてするわけないし」

 

  そう、ベアトリーチェの言う通り。一般的な考えなら、断然アクアのリザレクション説が濃厚だ。

 

  が、だとすると新たな問題が浮上する。

 

「アクアさんがリザレクションで生き返らせたのだとすると。クマガワが持つ謎の3つのスキルは全て正体不明のままになりますがね」

 

  いっそ、そのうちの一つが自己蘇生であってくれたほうが良かったのではと考えてしまう。3つのスキルの内一つを解明出来るかと思ったのに、結局全部闇に包まれたままだ。

  が、ベアトリーチェとの会話で、球磨川が魔王軍のスパイである可能性は低くなった。彼を【殺すべき対象】から【注意すべき対象】に降格出来たのは大きい。これで心置きなく、逃亡に専念出来る。ディスターブは、魔王軍を放置してベルゼルグを離れる事だけは絶対にしてはならないと思っていた。球磨川は、謎スキルを持つとはいえ功績を残している冒険者。これまでは、スパイ活動を隠すためにそこそこ活躍してカモフラージュしているのだと判断していたが、魔王軍でないのなら捨て置いても構わない。

 

「……今現在、【陰】と【影】にクマガワのパーティーメンバーを拘束するよう指示してあります。彼と交渉するには、彼女たちを人質に迎えるのが効果的ですからね。しかし、もうその必要もありませんが」

 

  ナイフ捌きに長けた密偵コンビ。彼ら二人なら、よっぽどの実力者が出てこない限り失敗しない。ディスターブと数年来の付き合いがある凄腕の暗殺者達だ。その分、自分の護りは手薄になったが、ベアトリーチェがいるので問題はないという見方。

 

「辛気臭いあの二人ね。ていうか、いきなり切り札級を投入しちゃうなんて早計だったんじゃないの?アクセルにも、一人残して来ちゃったんでしょ?」

「ええ。ま、王都に追っ手が来たら自分で片付けると彼に豪語してしまいましたから。身から出た錆ですよ。……さてと。影の二人には撤退命令を下して、私はエルロードへとびます。ほとぼりが冷めるまでね。」

 

  ぬるくなったコーヒーを飲み干して、ギルド長はソーサーとカップをテーブルに置く。かつて共に冒険した仲間たち。彼らは犯罪者となった自分に、変わらぬ忠誠を誓ってくれている。異国に行っても、彼らさえいれば大丈夫だ。エルロードに向かう前にせめて一目、アイリスに謁見して国を裏切ってはいないと伝えたかったが。

 

「カジノ大国、か。お金には興味ないけど、こんな物騒な国よりかは良いかもしんないわね」

 

  隣国になる、カジノ大国エルロード。ディスターブが宿を借りる際に使用した偽りの身分があれば、入国もスムーズにいくだろう。魔王軍と常に交戦状態にあるベルゼルグよりも、よっぽど安全な筈だ。

 

「では、ベアトリーチェ。陰達に撤退を伝えてもらえますか?貴女のスキルならば、彼らの脳内に断片的な情報を飛ばせますよね?」

 

  球磨川捜索に向かわせた手下には、邪魔者は排除しても良いと伝えている為、早く撤退させないと余計な犠牲者が出てしまうかもしれない。斥候にしては血の気の多い元部下達は、制御してあげないと割と暴走する事が多い。

 

「……変ね。反応がないわ。もしかしたら、地下に潜ってるのかも」

 

  通信用のスキルで、ベアトリーチェは影達に接触を量った。かなり広域にわたって使用可能な、ほぼ彼女固有のスキルだ。ただ、地下道などにいられると、目印とする魔力を探知しにくい為、通信を行えない弱点が存在する。それと同時に、数人の魔力しか拾えないなどの制約も。送る言葉と受ける言葉は単語が精一杯なので、携帯電話よりかはポケベルに近い魔法か。

 

  とりあえずは【作戦中止】とだけ念を送ろうとしたベアトリーチェに、逆に影から念が送られてきた。

 

「………えっ?」

 

  送られてきた念に、ゴスロリ幼女は視線をディスターブの顔に固定した。

  なにやら、トラブルか。

 

「どうかしましたか?」

 

  ディスターブがベアトリーチェに聞く。

 

「【応援求む】ですって」

 

  腹心の部下からのSOS。ディスターブはすぐさま壁に立てかけていた剣を取り、宿屋を飛び出す。

  ベアトリーチェも後ろから追いかけてきているのを気配で確認し、ギルド長はトップスピードまで一気に加速した。

 

「追加情報よ、ディスターブ。【レストラントゥーガ】とだけ」

「トゥーガ。また、懐かしい名ですね。あのご隠居が絡んできましたか……」

 

  影の片割れ。レストランの外でレオルに致命傷を負わされた方の斥候。彼は死ぬ直前に、どうにか応援要請を出したらしい。ギルド長達には、彼の命が消えかけてる状況だと知るよしもない。それでも、本来姿を隠しておくべきディスターブに助けを求めてきたのだから、恐らく命の危機なのだと考えられる。

 

  ディスターブはレストラン名を聞いただけで、腹心の部下が苦戦しても仕方がないと割り切った。王宮騎士団だった男が営なむレストラン。どうして影達がそのレストランに行ったのか。またなぜ敵対しているのか、そこにめぐみん達がいるのかも定かじゃないが……確実なのは、トゥーガと影達が戦闘中だということ。2対1でも際どいのだとすると、トゥーガは未だに一線級の実力を維持しているようだ。

 

「エルロードはしばしお預けですかね」

 

  無駄な殺生はしないつもりだが、仲間を助ける為なら殺人だって厭わない。アルダープへの微かな同情心でバルターにも情けをかけたのが災いし、容疑者として追われる羽目になってしまったディスターブ。そんな彼も、仲間を救えるなら敵を殺し、真の犯罪者となる覚悟だ。

  愛国者であり、仲間思い。とある男の転生は、あるいは人一人の人生を狂わせてしまったのかもしれない。

 














表現の幅を広げる為にめぐみんとのイチャラブ小説を書いていたら、時間があっという間に過ぎる…。官能小説って難しいと再認識しました。


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六十四話 極光










ニコニコでハルヒの一挙放送見ましたけど、やはり良い。まあ、DVD全部持ってるんですけどね。これは、新巻のフラグと見た(過去十度目)


  日の光が届かず、薄暗い地下道。下水道とも何処かで連結されているのか、少しばかり悪臭が漂って来るような不衛生な空間。めぐみんとダクネスの鼻は、最初こそ不快な臭いにひしゃげそうになったが、何分間か通路を歩く内に慣れてしまったようだ。ヒタヒタとした、何か粘り気のような感触を靴底に覚えつつも、漆黒の魔手から逃れるように不確かな方角を頼りつつ出口へと向かう。

 

「どれくらい進んだのか、こう暗いと判断もつきにくいな」

 

  めぐみんの数歩前を歩くダクネスの声は、声量こそ抑えてはいるものの、地下通路の構造上けっこう遠くまで響いた。

 

「体感時間的には、まだ5分か10分といったくらいでしょうか。」

 

  追っ手から逃げている状況は、二人の肉体をいつもより早く疲労させる。普段なら気にもしない移動距離が、今はやけに長く、辛く感じてしまう。

 

「……なあ、めぐみん。さっきは私が押し切ってしまったが……私たちはこのまま逃げても良いのだろうか?」

 

  このタイミングで自分たちを襲う輩は、かなりの高確率でギルド長が差し向けた殺し屋だと考えられる。レオルが事前にめぐみん達を守るようトゥーガに依頼していたとはいえ、彼女たちはそれを知らない。現状、優しいお店の主人が無償で時間を稼いでくれているという認識だ。心の優しい二人が、誰かを犠牲に自分たちだけ助かろうなどと、本来は思うはずが無い。

  めぐみんは、事実残って戦おうと言った。その案を却下したダクネスが今度は迷いを見せるなど、めぐみんからすれば「だから言ったんだ」としか思えない。加えて、先ほどと今では状況が全くと言っていいほど違う。あの場でトゥーガと共闘していれば、まだ幾らか行動に選択肢があった。真正面から戦って敵を倒すにしても、3人が助かるために逃走するにしても、今から戻るよりは、遥かに成功する可能性が高かった。これから再度店に向かってトゥーガと共闘して刺客を打ち倒せるビジョンが、めぐみんには浮かばない。なんならば、トゥーガが無事でいてくれるかさえも。

 

「はぁ…。ダクネス、ここであなたがそれを言いますか?逃げるにあたって、私がどれだけ苦悩したかはわかるでしょう」

「それは……そうだが」

「いいですか?あのトゥーガさんの身のこなしを思い出してみてください。一目で、雲の上にいる実力者だとわかりましたよね。その彼が、襲撃者に勝てるかどうかわからないと言ったんです。あの影の強さは、きっと次元が違う。彼我の実力差と、貴女の説得があればこそ、私はここにいるのです」

 

  魔法使いの少女が紡ぐ言葉は、ダクネスの心を真正面から抉るような正論だ。ぐうの音も出ない。

 

  ダクネスはただ、許しが欲しかったのだ。トゥーガを見捨ててしまった自分への贖罪が欲しい故に、いらぬ発言を生んだ。めぐみんの憤りももっとも。何があっても、「店に戻る」行為を示唆する内容は、この場で発するべきではなかった。なぜならば。

 

「ですがダクネスが戻りたいのであれば止める気はありません。むしろ私も付き合おうじゃありませんか。時間が無いので、それではとっとと引き返すとしましょう!」

 

  唇を噛み締めてやっとの思いで逃走を決断しためぐみんならば、例え危険に晒されようとも、即座に戻る決断をしてしまうのだから。なんなら、いつダクネスが迷いを口にするかを待っていた可能性も否定できない。

 

「ぅぐ…」

 

  踵を返しためぐみんに対して、ダクネスは呻くのがやっと。ズンズンときた道を遡るめぐみんを、どうして引き止められようか。

 

「ほら、ダクネス。行きますよ?」

 

  小さな背中は、ここで引き返す以外の選択肢が選ばれる筈がないと確信していた。振り返りもせず、ダクネスの返事など聞くまでもないといった風に。

 

「はぁ……。年上なのに、私は随分と情けない姿を晒しているな」

 

  繰り返しになるが、ダクネスは逃走も誤りでは無かったと思っている。大切なパーティーメンバーの命を守れるのなら、誇りを捨てる事も厭わない。もしも球磨川の預かり知らないところでめぐみんが命を落としたならば、彼に合わせる顔もない。

 

  人として。倫理的に。

  正しい行いをしたいなんて考えは、めぐみんの脳内にはカケラもありはしない。もしかすると、ダクネスの選択に従っていれば、万事上手くいっていたのかもしれない。良い方向へ事態が傾けば、地下通路を抜けて球磨川と合流したその後、影を打ち倒したトゥーガと再会することだってあるだろう。

 

  ならば。これは、彼女がしたいからそうしているのだ。

 

「めぐみん。トゥーガさんをどうやって逃走させる算段だ?私が盾となれば、数秒は稼げるが」

 

  まともな斬り合いで、ダクネスが影に勝る可能性は皆無だ。せめてトゥーガが地下通路の入り口まで到達するだけの時間を得られれば大金星。瞬きすれば過ぎ去ってしまうような時間の中では、ワープでもしない限り難しいが。

 

「先に戦況を確かめましょう。言いたくはありませんが、万が一トゥーガさんが無事でなければ、そもそも戦闘する必要すらありませんし」

 

  めぐみんはいたってクレバーに返す。

 

「それもそうだな。……しかし」

「しかし?」

「……いや、なんでもない」

 

  ダクネスは幾つか、戦いのパターンを想定してシミュレーションしてみた。が、いかんせん女性二人の性能的にバランスが悪い。屋内戦となると尚のこと。めぐみんの爆裂魔法は屋外でなら無類の決定力を持つが。やっぱりもう一人。潤滑油のような働きが出来る遊撃役が欲しい。球磨川がいれば文句なしだが、今はいない。戦えそうなら、ここはトゥーガにその役割をこなして貰いたいところ。

 

  【しかし、私たち二人では難しいな】

 

  言いかけたダクネスは、今度は発する前に飲み込んだ。不安を煽るのはもうやめだ。ポジティブに、トゥーガが健在なことを信じて。今はただひたすら、歩くことにした。

 

  自分達の背後から、気配をスキルで【なかったことにした】何者かが接近していることも知らずに。

 

 ………………………………

 ………………………

 ……………

 

  揺らめく双剣。左右から、波のように襲い来る切っ先。それらをどうにか防ぐ。全力で打ち払っているのに、ステータスの筋力差は残酷で。影が振るうナイフは、トゥーガの皮膚を少しずつ切り刻んでいく。

  汗が吹き出る。冷たい、嫌な汗だ。自分はあと何度か剣を結んだ後、致命傷を負う。わかりきった未来が、肉体を徐々にこわばらせ、反応も鈍くする。

 

  めぐみんとダクネスは逃した。あとはどれだけ影を足止めできるのかが鍵だ。防戦に徹していれば、まだ持ちこたえられる。

 

  次の一撃に感覚を研ぎ澄ませていると。ピタリと、影は動きを止めた。トゥーガは目線のみで不審な行動の裏を探る。必殺の一撃を繰り出す前の予備動作か何かかと。

  だが、特にこれといった意味はなく。影は口を開いた。

 

「老体にムチをうって、貴様にメリットはあるのか」

 

  ことの外粘る壮年の男に、影は僅かばかりだが感嘆した。戦士としてはとっくに全盛期を過ぎているにもかかわらず、ここまで凌ぐとは。眼前の男が数十年若ければ、狩られていたのはあるいは影のほうだったかもしれない。

  王宮騎士団。戦士である以上は、影もかつては夢見た栄光の軍団。トゥーガの剣筋、使用する武器。これらの材料が、彼が王宮騎士団に所属していた過去を物語っている。

  剣を交えるトゥーガに、かつての冒険者仲間でもあるディスターブの姿が被って見えた。

 

「メリット、デメリットは私の内には無い。返しきれない恩を返せる、願っても無い機会だというだけのことさ」

 

  トゥーガを突き動かすのは、ダスティネス卿への恩返しのみ。つまり、ダクネスの無事。損得勘定や善悪ではない。

  毎日、起伏のない隠居生活を送り、老衰を待つのみだったトゥーガ。好きな料理を仕事に出来て満足のいく余生を過ごしていたのだが、唯一の心残りが、借りを返していなかった点だ。

  レオルからの頼みは、正直ありがたくもあった。こんな状況でもないと、完璧超人なダスティネス卿には、手助けが必要な場面など無いのだから。わかりやすいピンチとしては、最近になって病気で寝込んだという情報もあったけれど、すぐに完治してしまったのだし。

 

「レストランの店主も悪くはない。だが、どうしてだろうか。……最期は、やはり剣を持って死にたいと思うのは」

 

  しみじみと、銀色に輝く剣を見つめる。王国に住まう数えきれない命を救う為に、同じだけの命を摘み取ってきた相棒。満足に戦闘をこなさなくなって数年。それでも、数分振るえばかつての自分が、剣士としての勘が戻ってきた。最近は毎日握っていた包丁よりも、やはり剣の方が手に馴染む。

  影ははっきり言って、落胆した。命乞いでもしてくれれば、トゥーガを殺さずに済んだのだから。

 

「せめて、痛みも無く葬ってやろう」

 

  ナイフの投擲。眉間、喉、心臓。急所3箇所にそれぞれ投げられた三本のナイフは猛毒が塗ってあり、どれか一つでも当たれば命を狩るには十分。1秒以下のラグで肉体に到達するナイフを弾くのは難易度が高いが…

 

「……ふっ!!」

 

  剣を振りかぶって下ろし、トゥーガは三本全てのナイフを弾き落とした。一息、肉体が安息を求めて緩んだ瞬間。影の接近を許してしまった。頭では反応出来たが、身体がついてこない。上半身を捻って、間一髪でナイフを避けたトゥーガ。影の脇腹に隙を見つけ、即座に蹴りを叩き込む。細身の肉体はテーブルや椅子に突っ込みながらも、受け身をとって瞬時に体勢を整えた。

 

「かすったか……」

 

  自分の頬から、生暖かい液体が漏れるのを感じ取ったトゥーガ。避けたつもりが、切っ先に触れていたらしい。痛みこそ皆無だが、これにも毒が塗られていればアウトだ。

  クリーンヒットしたキックも、衝撃を受け流されたのかそれ程手応えを感じなかった。刻一刻と毒が身体を蝕むとすれば、猶予はない。早くも、胃の奥から酸がこみ上げてきた。視界も、わずかにブレ始める。

 

「苦しいか?クーロンズヒュドラ用に開発した毒を、人間用に調合しなおした自信作だ。どのような抗体も無意味……。道を譲るなら、解毒剤をくれてやるが、どうかな」

 

  この期に及んでの甘言。トゥーガは舐められたものだと舌打ちする。例え腕をもがれようと、目をくり抜かれようと。自分の意思でこの先へ通すつもりは微塵もない。上がりきらなくなった腕に喝を入れ、どうにか下段の構えをとった。足は動かず、焦点も定まらない。今なら、グレート・チキン一匹も倒せないだろう。しかし、だからなんだというのか。老化で騎士団を退団した時点で、この王国での役目を果たしたのだ。弁慶の立ち往生ではないが、死してなお伏さない覚悟が、トゥーガにはある。おぼろげに影が揺らめくのをシルエットだけで認識したところで、毒によって意識を手放した。

 

  フラッと、よろめく体躯を受け止めたのは、金髪が似合う長身の女騎士だった。前触れもなくこの場にあらわれたことに、影は警戒を強める。予備動作が一切なく、次の瞬間にはトゥーガを支えていた。

  その人物は、影がターゲットにしていた貴族。ダスティネス・フォード・ララティーナだった。

 

「……なんだと!?」

 

  逃げた筈では?と、脳に余計な思考が走る。トゥーガがどれだけ身体をはって時間を稼いだのか、小娘は理解していないようだ。1人の戦士が命がけで戦った尊厳を無下にされたようで、怒りさえこみ上げる。戦闘が始まってから数分は経過している。逃げていれば、人目につく場所まで到達出来ていた筈だ。

 

「愚かな。店主の顔に泥を塗ったとわからんか」

 

ダクネスは何も語らない。ただ、何かを待っているような態度だ。

 

(カウンターでも狙っているのか?ディスターブ卿によれば、ダスティネス・フォード・ララティーナは、防御以外警戒する必要はないとのことだが……)

 

  なんにせよ、ここまで戻ってきたなら好都合というもの。トゥーガに解毒を施せないのは惜しいが、優先順位が高いダクネスを始末すべきだ。時間をかけなければ、トゥーガを救うことは可能。皮肉なことに、ダクネスが戻ってきたことで、トゥーガは死に近づいている。担がれながらも、どんどん顔面を白くそめてゆく。

 

  影はジリジリと間合いをはかって、一息に飛びかかった。ダクネスは右腕でトゥーガを支えているので、当然狙うのは右サイドから。剣さえ抜かさず、毒塗りのナイフで切り刻む。

 

  直前までいた場所にダクネスが立っていれば、首筋を突き破られていただろう。

 

(消えた……!?)

 

  さながら、ワープしたようにダクネスとトゥーガは消えた。正確には、移動時間を操ったに過ぎない似非ワープ。それでも、タネを知らなければ変わりはない。渾身の踏み込みが空振り、影は思考停止に陥ってしまう。

 

  ナイフは虚しく空を切り、最後に覚えた感情は【理解不能】のまま。

 

  影の暗殺者は、奇しくも雇い主が扱う爆発魔法に似た光に包み込まれた。

 

(ディスターブ卿!?……いや、この規模はもしや……)

 

  眩い光は、ゆうに爆発魔法の領域を超えている。一般人では、習得までに一度きりの人生全てを捧げなくてはならない魔法。この世で最も高威力な、まさに【頂き】。攻撃魔法の極地。10代前半で、本当に習得していようとは。紅魔族は天才の集まりだと聞き及んでいたが、偽りはなかったようだ。

 

  勝勢から一転。敗北どころか、命すら落としてしまった影の男。不幸な暗殺者はその名の通り、店ごと雲散霧消してしまったのだった。
















説明がなくとも何が起きたかわかりますねぇ。わからない人は正常。わかってしまう人は、もう過負荷でしかない。

しかし、アレですね。私の書くダクネスは甘いわね、甘い。


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六十五話 天上へ至る輝き




100均で、復刻版シゲキックスを買い占めている人物がいたら、それは私です。声をかけて下されば、一つだけ譲りますので!


  めぐみんとダクネスが地下道を引き返して数分。再度お店の直下まで戻ってきたところで、店内の様子を窺う。轟く金属音に、トゥーガの無事を知った。命があるなら、今からでも遅くはない。2人は顔を見合わせて、救出プランを練る。

 

「私に出来ることなんて、そうはありませんが」

 

  めぐみんは知っている。自分の魔法はこうした場面に不向きだと。魔王軍幹部、ベルディアを討伐したときもそうだった。屋内戦闘では、翼をもがれた天使のように役立たずなのだ。天使に翼が必要なのかはさておき。

 

「や、めぐみんには爆裂魔法以外期待していないから安心してくれ。トゥーガさんの盾には私がなろう。」

「なんか引っかかる言い方ですね。確かに、爆裂以外を求められても困りますけど」

 

  ダクネスが導き出した結論は、結局は捨て身。というか、運の要素が強いものになった。このまま自分が店に突入して、トゥーガと合流する。そして、どうにかトゥーガと連携して襲撃者から逃げ果せたタイミングで、めぐみんに爆裂魔法を放ってもらうというもの。お店もろともの破壊となるが、命には変えられない。こればかりは、ダスティネス家の私財で弁償する他あるまい。

 

  地上階に上がった時点での、トゥーガの安否が鍵だ。剣が奏でる音が鳴り止まぬ内に、決行しなくては。

 

「めぐみん、早めだが詠唱を開始してくれ。私は爆裂魔法の発動準備が整うギリギリで上がるとしよう」

 

  詠唱が終わるよりも前に襲撃者と事を構えては、爆裂魔法が発動するのを待たずに殺される可能性がある。

 

「わかりました。ダクネス、どうにか頑張ってください」

 

  めぐみんが魔力を練り始める。集中し、思考を深い段階へ移行していく途中で。

 

『……君たち二人の頑張りを高みの見物と洒落込むのも洒脱ではあるけれど、ここはやっぱり手を貸すべきかな。リーダーとしては!』

 

  やけに甲高く、蠱惑さのある声が場違いに響き渡った。めぐみんの集中は一瞬で切れる。ここに居るはずのない人物が現れては、誰だって気を乱すしかあるまい。

 

「み、ミソギ!?どうしてここに」

 

  堪らず、めぐみんが聞いた。ダクネスが腰砕けになっている間に、アクアと二人で情報収集に向かったはずだ。レオルに誘われるがまま、入り組んだ道を進んできた二人の居場所がどうしてわかったのか。

 

「というか、後ろからやって来るということは、地下通路の出口から遡ってきたのか?店の入り口からの登場なら、百歩譲ってわからなくもないが」

 

  ダクネスも置いてけぼりに。いや、この場合は置いてけぼりというよりかは、寧ろ球磨川が進みすぎなのか。地下通路の出口がどうなっているか、女性陣は把握していない。それでも、きっとカモフラージュされていて、人目につかないよう工夫してあると推察される。だのに、球磨川はそこから遡ってきたらしい。前から通路の存在を知っていたと考えるのも不自然だし、全くわけがわからない。

 

『その問いに対する答えはシンプルだよ、ダクネスちゃん』

「というと?」

 

  よもや、球磨川がこの地下通路の製作者とでも言うまい。ダクネスは続きを促した。

 

『学生時代、僕は後輩から【風】と呼ばれて慕われていてね。』

 

『風は』『囚われないから風だ。』

 

  返答は、全く理解不能な音として女性陣の耳に届いた。なにせ、答えになっていないのだから。球磨川のドヤ顔に力が抜けていく。

 

「えっと。アクアはどうしたんだ?」

 

  言葉のキャッチボールは諦めた様子のダクネス。こちらから投げたボールは、球磨川が明後日の方向へ投げ返してしまうので、新たなボールを投げてあげる他ない。

  アクアと一緒に行動していたなら、彼女も近くにいるのだろうか。ダクネスとめぐみんが球磨川の背後を伺うも、気配はない。

 

『アクアちゃんなら、王城にいるよ。アイリスちゃんと遊んでるんじゃね?』

「なっー!?アイリス様に謁見したのか、お前達は!!」

  サラリと驚きの事実を告げられてしまう。一国の王女と面会出来る幸運を、さも普通の事のように語る球磨川。貴族であっても、力が弱ければ他の貴族に頼み込んで、数ヶ月の工作を経てやっと謁見が可能になるレベルだというのに。この男には、やはり常識は通用しないようだ。

 

「アイリス様……。私も、名前でしか知らないのです。【軽い情報収集】が、随分とまあ大それた行動になったものですね」

 

  その辺のおばちゃんとかに現状の暮らしぶりなどを聞く程度かと思ってみれば、国のトップへ突撃してるとか、つくづく行動を読めない男だ。流石は球磨川といったところか。一般人がアポも無く王城を訪れ、王女に会えるなんて。一体どんな手品を使ったのか。まさしく、破天荒とでも言うべきか。

 

『それはさて置いて。今はやるべき事があるんだろう?なら、話はそれが終わってからにしよう』

 

  球磨川は、隠し通路の天井を見上げた。なんだか状況はわからないけれど、めぐみん達が誰かを助けるべく策を練っていたのは聞こえた。

 

「それもそうだな。しかしミソギ、今日の敵はとても厄介だぞ。搦め手を使えば、ベルディアとも斬り合えるクラスの使い手かもしれないんだ」

『あっそう。』

 

  首なしデュラハン。ダクネスが殺された、苦い経験のある相手。なるほど、強敵には違いなかった。あれクラスの達人ともなると、一筋縄ではいくまい。だというのに、球磨川の返事はえらく素っ気ないものだ。

 

「あっそう……て、ミソギ。コトの難しさを理解できているのですか?今現在、我々を庇う為に、ベルディアと同等の敵と戦ってくれている御仁がいるんですよ。そして、私たちは一度逃げたものの、やはりその御仁と協力した方が良いと判断して、ここに戻ってきたわけです。」

「うむ。で、ここで作戦をたてていたのだ」

 

  二人の矢継ぎ早の説明。球磨川はそれを受けても、特に表情は変化させなかった。どころか、不思議そうに首を傾げて。

 

『ベルディアちゃんなら、僕らは倒したでしょ?今、上にいる相手がその程度なんだとしたら、迷ってる時間が勿体無いよ。サクサクっと、前回みたいにめぐみんちゃんの爆裂で倒そうぜ』

 

  球磨川はのほほんと言い放つ。

  言うは易し。めぐみんは微かに苛立ち、球磨川に対し語気を強めて。

 

「ですから、私の爆裂魔法を如何にして当てるか考えていたのです。さっきまでは、ダクネスが刺客と向き合って時間を稼ぐのが有力だという判断でしたが……」

『うん、悪くない作戦だ。物は試しでトライしても良いくらいにはね。ベルディアちゃん程度の相手であっても、今のダクネスちゃんでは不利だと言わざるを得ないものの、でも、ダクネスちゃんが覚醒して、隠された力で敵と互角の勝負を演じる確率はゼロとは言い難いことだし。』

「私の評価低すぎではないのか?……それは、ベルディア戦では死んでいただけだから強くは言い返せないが。アレから結構経っているわけだし、今ならもうちょっとマシに戦えるつもりなのだが……」

 

  モニョモニョと、ダクネスは不満を言う。

 

『けれど、それは僕がいなかった時の案だよね?』

「ええ。ミソギがいるなら、話が違います」

 

  めぐみんは思い出す。ベルディアとの戦闘を。球磨川はスキルを使い、移動時間をなかったことにして爆裂魔法の範囲外から脱出した。今回も、同様の手法が有効だろう。

 

『時間を稼ぐ必要は、僕の加入によって無くなった。けど、どっちにしろ御仁とやらの救出は、ダクネスちゃんにお願いしてもいいかい?敵の攻撃に耐えられるのは、この中じゃ君一人だけだ。とは言っても、攻撃される前に作戦は完了するだろうけれど』

 

  ショックを受けていたダクネスは、役目を伝えられた途端、表情を引き締めて。

 

「ああ。防御力が要求される役割は、私が適任だ。だがミソギ、時間を稼ぐ必要が無いとは……何故だ?」

『単純明快だよ。ダクネスちゃんが御仁さんの元へたどり着くまでの時間と、ここへ引き返すまでの時間。その両方を、僕のスキルで無かったことにすればいいのさ。』

 

  この世でただ一人、球磨川にだけ扱える反則級のスキル【大嘘憑き】。この期に及んで、どんな事が可能でもツッコミはしない。球磨川について真剣に悩むのは細胞の無駄遣いだと、めぐみん達も学習してきた様子。

 

「ホントに、なんでもありですね。いえ、文句ではありません。ミソギのスキルがなければ、私達は今日まで生きていないのかもしれないですから。それで、私は爆裂魔法の準備に入ってもいいんですね?」

『いいともー!そしたら、ダクネスちゃん。君は上に行ってくれるかな?似非ワープとはいえ、ダクネスちゃんからすれば、普通に移動するのと変わりないんだよね』

「あ、ああ。承知した!」

 

  ダクネスは駆け出す。その後ろ姿に球磨川が右手を突き出し、スキル名を呟く。すると、ダクネスは瞬間的に消え去ってしまった。今頃は、もうトゥーガの傍らまで到達している事だろう。

  めぐみんは見落としたが、この時、一人静かに球磨川は安堵していた。問題なくスキルが行使されたことに対する、安心。彼をよく知っていればいるほど、球磨川より安堵が似合わない男なんて思いつかない筈だ。

 

「ミソギ、威力は抑えなくてもいいんですね?」

 

  めぐみんは、一応確認する。寂れていようと、ここは街中だ。レストランの近隣は空き家だらけなので人命は気にしなくてもいいだろうけれど。

 

『大丈夫、アイリスちゃんの許可ならおりてるからね。』

 

  当然、おりてはいない。もし、この後に王城で顔を合わせたのなら、多分可愛らしく頬を膨らませてしまうだろう。

 

「わかりました……!トゥーガさんのシチューを再び食べる為に、我が究極の光を具現しましょう!」

 

  練り終えた魔力が奔流し、地下通路に満たされていく。ビリビリと皮膚に響く痛みは、巨大すぎる魔力を受けてのものか。

  にわかに、ボロボロのトゥーガを担いだダクネスがこの場に出現したのを見て、めぐみんは全ての魔力を頭上へと集めた。

 

「出でよ極光。森羅万象、全てを無に帰す破壊の象徴……!」

 

  魔法陣は現れない。いや、現れないのではなく、見えないだけだ。地上階でのみ、大きな魔法陣は目視可能となっている。

  襲撃者が逃げに徹すれば、当たるかどうかはわからない。とはいえ、手加減しても倒せない。ならば、全力全開だ。マナタイトの杖は、天才少女の溢れ出んばかりの魔力を完璧に御してくれた。めぐみんにとって、それは至極当たり前のこと。背中を預けるような安心感の中で、あとは一言発するだけで、争いは終わる。

 

「【エクスプロージョン】!!!!」

 

  聖なる光は。王城内にある、謁見の間に備え付けられた巨大な窓にすら収まらない程、天高く伸びていった。その光の先を見る為には、翼でも生やさない限り不可能だろう。

 

 







筆がのる…!
すなわち、仕事から逃げているということ……!!

2日続けて投稿出来るなんて、いつぶりですかね。


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六十六話 プラスとプラスとマイナス









牧場物語2とかいう、休日ブレイカー。

エリィちゃんは私の嫁!異論は認める!


  球磨川は、レストランの店内……だったところへ繋がるハシゴを昇り、爆裂魔法によって更地となった空間を確認した後、満足げに戻ってくる。建物はおろか、めぐみん達を襲ったと思しき人物の姿もなかった。襲撃者は、なんとか撃退できたらしい。絶大な威力を発揮した爆裂魔法は、周囲数件の空き家もろともチリにしてしまっていた。

 

『これは、僕らのマイホームが出来たあとで、タダオさんに追加で建築を依頼しないとな』

 

  爆裂保険なんてものがこの世界に存在して、かつトゥーガがそれに加入していれば、レストランの建て直しも可能だが……どう考えても、そのようなピンポイントな保険は無い。

  家主の許可も得ずに家を吹き飛ばしたのは、いくら球磨川だって罪悪感を感じないこともない。空間の魔術師とまで称される建築家に頼めば、しぶしぶ再建を引き受けてくれるだろう。なにせ、球磨川は彼の命をすくった恩人に他ならないのだから。

 

  球磨川は砂埃の中に突っ込んだ頭を、ペシペシと手で払って埃を落としつつ。

 

『やーれやれ。君たち二人はちょっと目を離すとすぐに死にかけてしまうんだねぇ。人造人間にやられたヤムチャじゃあるまいし……なんなら、見てない隙に18号よろしく吸収でもされたらまさしく、目も当てられないよ。これでは、僕はおちおちエロ本を買いにも行けないじゃないか!』

 

  現状死にかけているのは、球磨川とは一切関係の無いトゥーガであって、ダクネス達には傷の一つも見当たらない。しかし、店主が命がけで庇わなければ確かに、球磨川の言うように二人は死んでいた。だとすると、死にかけたと言っても過言ではないけれど、だからといって、幾度と無く命を落としてきた球磨川には偉そうな発言をする権利はない。球磨川はとりあえず、トゥーガをスキルで回復させる。目は覚まさないが、外傷は完璧に癒えたので、しばらくすれば意識を取り戻すだろう。ダクネス達の盾となってくれた御仁であれば、スキルを使用するのもやぶさかではない。別に、まだ【大嘘憑き(オールフィクション)】がしっかり発動するかどうかを確かめる実験台にしたかったわけではないのだ。

 

「貴方がそれを言いますか……。死にかけるくらい、死にまくっているミソギと比較したら屁でもないかと」

 

  呆れ顔で、球磨川にだけは言われたくないと、片膝立ちのめぐみんが口を尖らせた。魔力も体力も底をついている筈だが、片膝をつくだけに留まっているのは魔力量がレベルアップによって増えたからか。それとも、地下道の不衛生な床に伏せたくないが故の意地か。

 

『……めぐみんちゃん、思考がちょっと近頃の若者っぽくなってきたんじゃない?死んだり、死にかけるだなんて、普通は人生でそうそう起こりえないでしょ。全く、ゲーム感覚で生死を語らないでもらいたいよ。まるで、球磨川禊なら幾ら死んでも構わないって聞こえるぜ。こんな僕でも、一所懸命生きているんだよ?スペランカー先生にも失礼だ』

「えぇ……。ミソギの命を軽視したつもりは無くて、ただ過去の実例を挙げただけだったのですが……。だってミソギ、現実に何度も死んでますし。むしろ、ミソギの命を最も軽く扱っているのは、貴方自身かと。しかも、スペランカー先生って誰ですか!?」

『僕が命を軽視しているだなんて、心外だなぁ。これでも、ゲームとリアルの区別はつくほうなんだけれど。いのちだいじに、日々を過ごしているくらいだしね。犯罪者みたいに、ゲーム気分で人を傷つけるなんて怖いじゃんか』

 

  昨今。球磨川のいた日本では、自らの意思で犯罪を犯しておきながら、ゲームと現実の境界線がわからなくなったなどと宣う犯罪者が増えている傾向にある。ゲーム感覚だったというやつだ。何でもかんでも他人のせいにする、ロクでもない犯人らに共通するのは、人命の尊さを理解していないということだろう。めぐみんの発言が、そういった犯罪者達のそれと似通っていたことから、球磨川は彼女の将来をいささか不安視する。……めぐみんの正論による返しには耳を貸さずに。尚、めぐみんからすればゲームなんてプレイした事も無ければ、見たことさえもない。

 

『しかしながら、僕としては罪人を総じて一つのくくりにしてしまう法律やらの司法も恐ろしいけれどね』

 

  意志力が弱い罪人が気にくわないというような発言から、お次は犯罪者達を裁く側にまでにケチをつけ始めた球磨川。この男は、文句を言う際には四方八方に口撃対象を広げないと気が済まない性質のようだ。

 

「いきなり何を言い出すんだ、お前は。法律が恐ろしいなどと……罪人は罪人だろう?裁かれるべきは裁かれる、当然のことじゃないか」

『それ、アクセルの裁判官の顔を思い出しても同じことが言えるかい?無実の人までもが裁かれている恐れは?』

「……ん、アレは、ほら。特殊なケースだから。貴族による根回しが、裁判官の心象を操作してしまったからであってだな。」

『いかにレアケースと言えども!貴族が手回しすれば、無罪も有罪になるのなら……裁判官なんて必要無いね。後でアイリスちゃんに言って、クビにしてもらおっと!』

「それだけはやめてくれっ!たしかに、ミソギが司法を疑問視したくなる気持ちはわかったから!」

 

  危うく球磨川達に前科をつけそうだったアクセルの裁判長。あの場合、バルターによる暗躍があればこそ、冤罪が成立しそうだったとも言えるが。なるほど、無実の人間に罪を被せてしまう可能性があると考えれば、不完全な司法制度が怖いという球磨川の言にも理解は示せそうだが。

 

  無論球磨川は、冤罪だの免罪だの云々で法律が怖いと言っているわけではなく。

 

『それだけじゃない。法律の残念な点はね。……大きな罪でも小さな罪でも、犯した人間に烙印を押してしまうからだよ。一度、偶発的に犯罪行為をしたからといって、それだけで過負荷になれると思ったら大間違いだ。そんなのは、ただ運がないだけの幸せ者なんだから』

 

  微罪でも重罪でも、罪には違いないといった考えそのものが、お気に召さない様子。

 

  球磨川が生前目にしていたニュース番組に限ると。罪を犯した人間については、これまでの善行を一切考慮せずに悪だと断ずるコメントが目立っていた。例え、犯罪を犯すまでに海外の貧しい国へ百億円を寄付していようと、痴漢一回すればもうその人物は悪人なのだ。地位のある人間や、そこそこ徳を積んだ人間が罪を犯した場合には、「そんな人には見えなかった」とか、「こんなに立派な人がどうして」とか。インタビューを受けた人も、口を揃えて意外さをアピールするばかり。

 球磨川的には、なんだそれはと、はらわたが煮えくり返ったものだ。海外にお金を寄付した……寄付出来るような人間は、まずお金に困っていない。何不自由無い生活をおくった上で、なお金銭に余裕があると考えれば、ソイツは確実に【幸せ者(プラス)】だ。そんな輩が、ちょっとやそっと犯罪にはしった程度で【過負荷(マイナス)】のように語られるのは、球磨川禊にとってこの上なく業腹だ。【過負荷(マイナス)】を語るのなら、母親に毒の一つも盛られてから出直して欲しい。仮に【プラス】が人を殺したとしても、それ以前の善行で人を救っていたのなら、無罪も考慮すべきである。

 

「ちょっと待て。罪には重い軽いはあるが、善悪は無いぞ。あるのは悪だけだ」

 

  途端に滑りの良くなった球磨川の舌を、ダクネスが制止させた。

  球磨川は一旦口を閉じ、言葉を選ぶ。

 

『果たしてそうかな?』

「なに?」

『んーと。作り話として聞いて欲しいのだけれど。貧乏な、両親を亡くした姉妹がいたとしよう。で、食べるものもなく、あとは死を待つだけの状況で、パンを盗んだとする。さて!これは、罰せられるべき悪徳かい?』

「……そんなものは」

「それは、女の子達を悪とは言えませんね!」

 

  善か悪かと聞かれたら、間違いなく悪だ。しかし、状況によっては情状酌量も考えられるとするのが、ダクネスの回答だった。答えるより先に、めぐみんが食い気味で混ざってきてしまい、言うタイミングを逃す。

 

「貧乏が悪いのです。貧乏だから悪いのではありません。罪を憎んで人を憎まず、ですよ!」

 

  やたらと仮想の姉妹に肩入れするめぐみん。なぜここまで感情移入しているかはともかく、球磨川の言いたかった事は代弁してくれた。

 

『めぐみんちゃんの言う通りだ。でも、飢えた可哀想な貧乏姉妹でさえ有罪とするのが、この世界の司法のレベルだよ。』

「ぐっ……。極端な例に過ぎないというのに、あの裁判長の所為で全く反論出来ん……」

 

  チンチンと音を立てるベルに依存して、主観を見失った裁判官。球磨川の言はダクネスの思う通りの、一部の例でしかない。だが、それでも。ダスティネス家として次代を担う身としては、司法制度の改革も検討の余地ありと考えてしまう。

 

『ま、結局僕がどういう話がしたかったのかというとだ。……犯罪をするのなら、出し惜しみはしないってことだよ。ジュース一本盗むのと、人を殺すの。どちらも前科がつくのなら、重い罪を犯した方がおトクだろう?』

「「……はい??」」

 

  詭弁に詭弁を重ねてでも、一応は貴族の娘に司法への危機感を覚えさせた球磨川さんだったが、最後の最後でまた偉く突拍子もない発言をしてしまった。

  女性陣は、予想外の話の展開に目を白黒させて

 

「……冗談だよな?」

 

  いつもの。球磨川の適当発言なのだと判断した。

 

『失敬な!僕はいつだって真面目だよ。ようするに、めぐみんちゃん、ダクネスちゃん。人の命を軽く見て、微罪を犯しちゃダメだからね?やるならドカンと、人混みに爆裂るくらいの意気込みでやってくれよ』

 

  無関係の人間の大量殺戮。そのような非道が可能であれば、正常な心は保てていまい。無差別大規模殺人をやってのけれたのなら、過負荷を名乗ることも許してあげられなくもない。あくまでも後天的な、偽りの過負荷としてだけれど。

 

「いやいやいや。私が意図的に、人の命に関わる罪を犯すはずがないじゃありませんか!重くても軽くても、他人を傷つけるようなものはダメです!爆裂魔法を人混みに撃つだなんて論外ですからっ」

「まったくもって、その通りだ。ミソギ、もう私たちの間柄なのだから、反面教師的な発言はしなくてもいいんだぞ?ちゃんと、お前の言葉なら素直に受け入れられるのだから」

『や、反面教師とか、そういうつもりじゃ無かったのだけれど』

 

  なんでか、毎度毎度と球磨川の発言を都合よく解釈してしまう二人。心の奥底からの言葉は、きっと彼女たちに届く日は来ないのだと、球磨川は感じた。球磨川の本心なら素直に受け入れられると、ダクネスは言ったが。

 

『……微塵も受け入れてくれてないね』

 

  所詮は、プラスとマイナス。この会話で、球磨川が彼女達への認識を少しだけ改めてしまったのだが……どの道この認識の齟齬は、いずれは訪れていたことだろう。

 

 ………………………………

 ……………………

 …………

 

  球磨川が一人で心を痛めつつ、トゥーガの回復を待つ中。不意に、地下通路への入り口が開け放たれた。

 

「敵かっ!?」

『うわっ!』

 

  ダクネスは球磨川の肩を掴み、背後へ隠す。 めぐみんも、力の入らない身体で必死に入り口の方向へ向き直る。

 

  蓋を開けた人物は、入り口から、ハシゴも使用せずに飛び降りた。高さが数メートルに及ぶものの、侵入者は音も立てず、身体への衝撃を受け流す完璧な着地を披露した。

 

 先ほどの影がやって来たのかと思えば。

 

「……。チョリーッス!無事だったんすねぇ、お二人さん。それにトゥーガさんも、怪我は無さそうで何よりっす。て、おや!?まさか、そちらの男性はどっちかのカレピッピっすかぁ!?」

 

  どこまでもチャラく、いつまでもチャラい。めぐみん達にレストランを紹介してくれた男、レオルだった。降り立った瞬間にはキリッとしていた表情も、ダクネス達の姿を見るやフニャッと崩れた。

 

「なんだ、チャラ男か……」

「ちょちょ、チャラ男呼び安定なんすか!?」

 

  ダクネスらは、侵入者がレオルと知って緊張を解く。肩からも力を抜き、戦闘態勢を崩したところで。

 

『誰?つーか、なんでダクネスちゃん達は戦闘態勢から脱してるわけ?このチャラい人が、襲撃者では無い確たる証拠でもあんの??』

 

  球磨川はスルッとダクネスの背後から躍り出ると、レオルに対し螺子を構える。

 

「あー、ミソギ、コイツは大丈夫だ。トゥーガさんとも知り合いみたいだし」

『ダクネスちゃん。僕的には、そのトゥーガさんとさえ面識が無いんだけれど……』

 

  腕をダクネスに掴まれてしまい、球磨川は不満げに螺子を下ろす。ダクネスも、なんだってナンパ男がここまで来たのかはわからなかったが、ひとまず、詳しく経緯を述べ合うべきだと判断した。その為には。

 

「説明の前に……そろそろ、トゥーガさんを起こすとしよう。お前も勝手に王城まで行ってたようだし、ここらで情報交換をするべきではないか?」

 

  トゥーガは【大嘘憑き(オールフィクション)】で完治したので、目覚めを待っていたが……地下道はあんまり居心地が良いわけでもなかったので、一度トゥーガを起こし、一行は表通り側の出口を目指すことにした。

 

  レオルが、トゥーガの頬を優しく叩いて起こしている最中。その様子をジッと見つめていた球磨川は突然、ガクッと崩れ落ち

 

『ま、まさか僕のパーティーメンバーが、少し離れた間に知らない男を連れ込んでいるだなんて!これは、ダクネスパパに急いで報告しないと!』

 

  球磨川は、フルフルと震えながら口元をおさえると、白紙のメモ紙とペンを取り出して、床でサラサラと何かを書き出した。

 

「だから、説明するから!お父様に手紙を書くのはやめてくれ!本気で!!」

 

  仮にレオルが彼氏だという誤情報が伝われば、ダクネスパパは王都にまで視察へ来かねない。そんな中で、万が一レオルと顔を合わせ

「いっす。お父さん。」などと、言語かどうかも怪しい挨拶をされでもしたら……

 

『呪いとか関係なく、また寝込んじゃうかもね!』

「わかってるなら筆をとめろぉっ!」

 

  レオルなんてチャラ男と出会ってしまったばかりに、球磨川がいつのまにか手紙を出していないか、ダクネスは今後ずっと気にし続けなくてはいけなくなってしまった。













悲報です。



球磨川禊の二次小説を書き始めてから、二年と二ヶ月。四六時中、球磨川の思考をトレースする中で、最近はなんだか気持ちが悪くなってきました。

いやぁ、球磨川って気持ち悪いんですねぇ。笑


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六十七話 過負荷との遭遇 【挿絵あり】

どうも、みなさん。サブタイトルのとおり、今回は挿絵があります。嫌な人の為に、注意喚起しましたよっ
しくよろです!


  地下通路の先は、住民が行き交う商店街の一角。今は使われていない空き店舗裏の、古い井戸につながっていた。井戸といっても、水は干からびて既になく、雑草がチラホラと生えているのみ。井戸からの隠し通路という定番のシチュエーションについては、球磨川がドラ◯エの世界ならば良くある事だと語り、けれど誰の賛同も得られずに終わる。アクアでも居れば共感してくれただろうか。

  一同はひとまず空き店舗内の埃が積もった床に腰を落として、状況の説明をしあうことに。歩くごとにフローリングから音が鳴るほど、年季の入った建物。ここは、トゥーガが偽名で借りており、最低限の維持のみを行なっているだけの場所。密かにミーティングをするにはうってつけだ。いかに敵が情報通であっても、ここを特定するまでには至るまい。

 

  円を描くように、顔を向かい合わせた面々。めぐみんを背中に担いできたダクネスは、ちょっぴり肩で息をしている。おんぶで長距離進んで乳酸漬けになり、トドメに井戸からハシゴを使って、めぐみんを背負いながら地上に上ったのだから無理もない。

 

『さて、と。』

 

  球磨川は丁度目の前に位置取ったトゥーガに目をやり、その横のレオルにも、なんとなく意味ありげな視線を送ってから。

 

『まずは初めましてだね。……トゥーガさんと、レオルさんとやら。僕の名前はクマガワ ミソギだ。これでもダクネスちゃんとは、彼女のお父様公認の仲でね。レオルさんは、もしもダクネスちゃんに手を出すのならば、まずは僕に話を通してもらおうか』

「まだその話を引っ張るのか!?そもそも、お父様公認ってなんだ。誰もそんなものを認めた覚えはないのだが!」

『……だっけ?』

 

  すっとぼける球磨川。ダクネスとの発展は望むなと、正面切ってレオルを牽制したのは……たんなる平時のからかいか。又は、ダクネスに恋をしてるが故の嫉妬心からか。……まぁ、後者の可能性は極めて低い。なぜならば、【ダクネスを盗られるかもしれない】なんて焦りが、この過負荷に芽生えることが前提だからである。いや、仮に芽生えたとしてもだ。それは親愛から来ているのであって、決して恋愛感情ではないだろう。どちらにしてもレオルは苦笑するのみ。ダクネスについては仕事ありきの、たまたま護衛対象になっただけの間柄。しかも、球磨川はどうやら、レオルのチャラさのみに重きを置いている様子だからだ。チャラいイコール遊び人なイメージは世の常だとはいえ、任務遂行の為の偽りの人格に注意を促されても、どうしようもない。チャラい演技を止める時が来るとすれば、レオルがダクネスに近づく状況にもならないのだし。

  球磨川の忠告は、肝心のレオルにはいまひとつの効果だったが、違う人物には動揺を走らせた。意図せず横で聞いていただけのめぐみんは、球磨川がダクネスを異性として意識しているのではと、ちょびっとモヤモヤした気分になる。

 

(て、なんで私がモヤモヤしなきゃいけないのですか!仮にミソギがダクネスに恋をしていようと、私には関係ないじゃありませんかっ)

 

  めぐみんは両手で頬を叩いて、余計な思考を振り払う。

  三人だけのパーティーで、自身を除く二人が恋仲になる状況は到底【関係ない】では済ませられない問題のはずだが……それでも。めぐみんは頭からピンク色の悩みを追い出した。考えれば考えるほど、ドツボにハマってしまうことを予知したのかもしれない。

 

「……はじめまして、クマガワ殿。ララティーナ様とパーティーを組まれている程の方であれば、ダスティネス卿から評価されていると言っても差し支えありますまい。私はトゥーガ。かつては王宮騎士団に籍を置いた者でございます。先程は窮地を救って頂き、誠にありがとうございます」

 

  ダクネスの前だからか、すっかり騎士モードの口調になったトゥーガさん。ここに至って多少の冷静さは取り戻したように見えるものの、影の男に間違いなく殺されたと思っていたのに、気がつけば地下通路でレオルに起こされていた時には、驚きを隠せていなかった。

 

「せっかくこうして拾った命。貴女方のお力になれるのなら、もうしばし同行させて頂ければと存じます」

 

  深々とした礼。彼の行動原理を辿っていくと、昔々にダクネスぱぱから受けた恩があり、それをダクネスに助力する事で返そうって感じだ。つまり、ダスティネス・フォード・ララティーナについては命がけで守るが、球磨川とめぐみんはその限りでは無いことを重々承知しなくてはいけない。もっとも、球磨川とめぐみんにだって先程命を助けられたのだし、ある程度なら手助けしてくれるだろうが。

 

『その旨を良しとする。良きに計らってくれよ、トゥーガさん』

「御意。」

 

  球磨川はトゥーガから気持ちの良い礼を受けて、瞬く間に気を緩めた。次にレオルが口を開いた途端に、気の緩みは解消してしまったが。

 

「俺っちはレオルっす!好きなタイプは年上のリードしてくれるお姉さん。趣味はナンパ。お気に入りの装備はムチっす」

 

  チラリと、上着をめくって腰に装備したムチを見せた。ダクネスは叩かれればそれはもう痛そうなムチを視界に収め、一度ピクッと背筋を伸ばす。

 

『ムチ……?それはもしかしてもしかすると、SM的なムチかい!?レオルさんって、実は今もダクネスちゃんを打ちたいのを我慢してるとか?それにしても、年上のお姉様に罵られたいだなんて、いい趣味しているじゃないか』

「別にダクネスさんを打ちたいとかいう訳ではないっすけど……、なんなら、お姉様が好みってだけで、罵られたいとかでもないんすけど!」

『へえ。ムチで打ちたいんじゃなければ、むしろソレは叩いて貰うために持ち歩いているんだねぇ。荷物が増えるだろうに、君のこだわりには感服したぜ。お姉さんにリードして欲しいって、さては首輪のことなのかな』

「や、だから。俺っちはマゾじゃないっすって」

 

  球磨川禊には色々な意味で注意しろ。暗部で共に任務をこなした戦友、サトウカズマは護衛を依頼してきた際にそう言った。低レベルな冒険者風情に気を使う必要があるのかと話半分だったレオルだが

 

(なるほどね。物腰が……なんというか、独特だな。戦闘面で特筆すべき点があるかの評価は保留だが、警戒は必要か)

 

  球磨川は仮にも魔王軍幹部も倒している。カズマがどうして護衛対象の男を警戒するよう呼びかけたのか、その真意もよくわからない。だが確かに、眼前の球磨川には謎の嫌悪感を抱いてしまうようにも思う。何かしらのスキルが発動してるのだろうか。

 

(そうだとすると、普通は自身に対して好意を寄せるようコントロールすんじゃないのか……?あえて嫌悪感を覚えさせるのは、デメリットしか無いようにも感じるが)

 

  様々な予想はたてられるものの、どれも想像に他ならない。加えて、現時点で球磨川と敵対しようものなら、護衛任務そのものが成り立たなくなる恐れがある。護衛対象並びにトゥーガも無事。まずは上々の結果としても、カズマは怒るまい。影の男にうまく陽動作戦を決められた時は肝を冷やしたが、どうにか乗り切った。転ばぬ先の杖としてレストランにめぐみん達を匿っていなければ、今頃どうなっていたことか。

 

「で、チャラ男はなんだってレストランまで戻ってきていたのですか?私達の食事代を支払ってくれたところまでは認めてあげますが、やっぱりナンパを続行する腹だったとか」

 

  めぐみんのチクリとした指摘。球磨川について少しばかり真剣に考察するも、一言で引き戻された。ここは、考えて答えなければ任務に差し障る。ナンパに来たと言って女性陣の好感度を無駄に下げるのも得策ではない。ならば……

 

「そりゃ、トゥーガさんのシチューを食べたくなったからに決まってるじゃないっすか。人にオススメしたら、自分も食いたくなるんすよねぇ」

 

  極力、再度来店した理由をそれっぽくでっち上げるしかあるまい。土壇場のアドリブ、これはいささか苦しいか。レオルが恐る恐るめぐみんの反応を観察していると。

 

『あ!その感覚はわかる。わかるよ、レオルっち!食べたくなるなるケンタッキーってワケだね?』

 

  球磨川が右手をハイハイとあげて、めぐみんとの間に身体をねじ込んで来た。

「わ、わかるっすか!?クマガワさん」

『モチのロンさ。おいおい、どうしたんだよレオルっち。君と僕の仲じゃないか、他人行儀な呼び方はやめて、ミソギっちって呼んでくれよ』

 

  球磨川と、自分。お互いが警戒しあっているという認識だったレオルは、唐突に全肯定されて虚をつかれた。コロッと変わった球磨川の表情には、親愛が感じられるほど。今の発言の、どこに球磨川と仲良くなる要素があったのか。レオルにはわからない。

 

「……トゥーガさんのシチューは、それはもう絶品でした。いいでしょう、私たちにオススメする中で自分も食べたくなってしまったという貴方の言い分は信用します」

 

  とはいっても、めぐみんに不信感を与えずに済んだので、球磨川が前触れもなく距離感を詰めて来たのは嬉しい誤算か。

 

「それでだ、ミソギ。お前が何をしていたのかもじっくりと聞かせてもらいたいのだが?」

 

  食べ物が美味しいから仕方がない。なんてトボけためぐみんの判断基準に喝を入れたかったダクネスだが、優先すべきは球磨川の動向。レオルは一旦問題なしとして、トラブルメーカーの行動へ焦点を絞った。

 

「どうしてアイリス様に謁見出来たのか。そこらへんを詳しく話してくれるだろうな?」

 

  一同の視線が球磨川へと集まる。

 

『んーとね。……アイリスちゃんと僕がマブダチになった経緯か。そもそも、人と人との間に友情が芽生えるのに、理由なんか必要なのかな?ともすると、友達になってくれ!なんて宣言するほうが変だとさえ感じるけれど』

「……そうじゃない。この際、ミソギとアイリス様がマブダチ云々は流すとして。最初の、出会うまでの経緯は説明出来るんじゃないか?一般人のお前とアイリス様では、身分が違うのだし」

『袖振り合うも他生の縁って、偉い人も言ってたことだし。……僕とアイリスちゃんの出会いは前世から決まっていたようだ。つまりっ!何故出会えたのかではなくて、出会うのは当然だったと考えるべきだね』

 

  球磨川以外、この場で納得出来た人間はいない。既に【いつもの】といって差し支えない球磨川の煙にまく論法。

  ダクネスも、水を向ける前からこうなりそうな気はしていたものの、いざやられるとやっぱり苛立ってしまう。

 

「仮に、仮にだ。前世からの縁が、お前と、アイリス様にはあったとしよう。そうであっても、物理法則を無視するまでには至らないはずだ。ミソギ、お前はどうやって謁見の間までたどり着いた?よもや、アイリス様が門の外まで出迎えてくれたとは言うまい。門番をどのように納得させ、城内へと入ったんだ」

『しつこい女は嫌われるよ?ダクネスちゃん』

「なんだとっ。……しつこい?私が??」

『ていうか、気がついていないのかい?さっきから外で僕らの様子をコソコソ伺っている人たちに』

「……なに?そうやって嘘をついてまで、話したくないということか?ここは、トゥーガさんの隠れ家だぞ。そう簡単に見つかるわけがないだろう」

 

  今度は、敵襲だなんて嘘をついてまで答えないつもりなのか。呆れかえって言葉も出ない。ダクネスはこれまでかと、球磨川を問い詰める徒労はやめようかと考え始める。

 

『残念なことに、嘘じゃない。文句があるのなら、こればっかりは……空気の読めない襲撃者さんサイドに言ってくれないとね。こっちは戦闘したばっかで疲労してるってのにさ。ま、早すぎる展開は嫌いでは無いけれど。それと、ダクネスちゃんも、そのセリフはフラグにしかなっていないぜ』

 

  球磨川はユラリと立ち上がって、螺子を構えた。どこまで悪あがきをするのか、なんて未だ球磨川に疑いの眼差しを向けていたダクネス。が、気がつけばトゥーガも。あろうことか、レオルまでもが臨戦態勢となったいた。

 

「み、みんなして……?では、襲撃者がいるのかっ、本当に!?」

 

  ダクネスも遅ればせながら剣を構えた。襲撃者の気配なんて微塵も感じ取れていないので、切っ先はぐるぐるとアテもなく周囲をさ迷う。

 

『どうにも、ここを隠れ家とは呼べなくなったようだぜ?トゥーガさん』

「ええ。これからは、ただの別荘としてしか用途がないようですね」

 

  隠れ家だから安全だと、ダクネスは胸中油断していた。ここがセーフハウスである為には、隠し通路の存在が知れ渡っていないことが重要だ。レストランからの隠し通路が見つかり、出口までたどり着かれれば、付近にあるこの建物だって途端に安全では無くなる。当然、レストラン側の隠し通路には発見されないようカモフラージュを何重にも施した。

 

「あれを発見するなんて、ちょっと普通じゃありませんね。スキルでもあれば可能なのかもですが」

『ま、見つかったことを嘆いても解決しない。ここは、とにかく敵を迎撃しよう』

「そうですね……!しかし、身動きできない私は足枷でしかありませんけど」

『なーに。めぐみんちゃんを庇うくらいのハンデ、僕は慣れっこさ』

「ミソギ……。す、すみません、毎度」

『いいってば。君はそこで、ジャンプでも読んでくつろいでおくといい』

 

  球磨川達は、サインを出さずともめぐみんを守れるように各々がポジションを移した。襲撃者も、これではウィークポイントであるめぐみんを狙うのは難しい。

  近接戦闘には、ダクネスとトゥーガ。中距離での遊撃はレオルが。そして、後方で支援し、回復もこなす球磨川。急造のメンバーにしては、以外とバランスがとれている。

 

「敵は二人といったところですね。少数ですが、あの影と同じレベルだとすると、楽な相手とは言えますまい」

「トゥーガさん、数までわかるんすね!?流石っす!」

 

  さっきの戦いで、どうやら昔の勘が戻ってきているトゥーガは、油断なく窓の外を見る。気配で数を判断できるのは熟練した索敵能力を要するが、こともなげにやって見せた。レオルは出番を奪われ、素直にトゥーガを賞賛する。

 

「ばかもの。敵感知スキルに決まっているだろうが」

「あ……そうっすよね」

  見事な索敵は、スキルによるものだった。

 

『……この布陣を見て、撤退してくれれば儲けものなのだけれど』

 

  敵も手練れなら、こっちの守りが固いのを察するだろう。もうちょっと人数を揃えて来たいと思うのが、頭数で負けている側の自然な考え。

 

  ……しかし。

 

「【エクスプロード】ッ!!!」

 

  屋外から聞こえた、低く響く声。

 

『これは……!?めぐみんちゃんの……』

 

  バリトンボイスがスキル名を叫ぶと。【エクスプロージョン】には及ばないまでも、殺傷力は充分に備わった爆発が屋内で発生した。

 

  木製の建物は見事に破壊され、球磨川達は紙のように吹き飛ぶ。驚くリアクションすら、とらせてはもらえない。

 

  どんなに守りを固めようと、地盤から崩されては意味をなさない。高威力の爆発は、居飛車穴熊囲いが完成した将棋盤を、手でひっくり返してしまうような理不尽さを兼ね備えていた。

 

『ぃ、ててて……』

 

  球磨川は全身を屋外の地面に叩きつけられ、脳にも深刻なダメージを負ってしまったようだ。グワングワンと視界が回り、眼に映るものすべて二重にボヤけている。それでも、必死で仲間たちを探す。

 

  ダクネスも、めぐみんも、トゥーガにレオルも。伏してはいるが、呼吸はしている。タフなダクネスが一撃でダウンしたのは、めぐみんを庇ったかららしい。彼女の身体は、めぐみんに覆いかぶさっていた。

 

『みんな生きてるね。不意打ちとは卑怯な真似を!』

 

  姑息な手段をとった相手に怒りをぶつけつつ、球磨川は魔法を放った人物を探す。

  どれだけ首を捻っても道行く人々しか見えないが、ここで違和感を覚えた。行き交う人が、誰も今の爆発を気に留めた様子がなかったからだ。

 

『おや。みんなには、さっきの爆発が見えなかったとでも?いくらなんでも、スルースキル高すぎじゃない?』

「爆発魔法をその身に受けて尚、余裕な態度。……結構。耐久力はあるとお見受けしました」

『ん!?』

 

  球磨川は即座に声がした方へ振り向く。が、誰もそちらにはいない。

 

「ですが所詮、耐久力とは戦闘に役立ちはしません。何故ならば、貴方は私の姿を捉えられないのですからね。【エクスプロード】!!!」

 

  またも大規模な爆発が球磨川を襲った。今度の爆発は皮膚と肉をゴッソリ持っていき、球磨川を後方へ大きく吹き飛ばした。

 

『グエッ……!』

 

  爆発魔法を二発。うち一発はモロに球磨川を対象に放たれた一撃。最初の、余波だけのダメージとは比較にならない。

  球磨川がゴミのように地面に転がったのを確認してから初めて、術者が姿を見せた。

 

「如何でしたか?私の得意魔法の味は」

 

  たった今爆破された建物の残骸から、舞踏会を抜け出してきたような、仮面で素顔を隠した男の登場。明らかに球磨川に顔を見せないよう意識している。しかも、男はあろうことか、気絶しためぐみんをお姫様抱っこしていた。姿勢の良い佇まい。さながら、お姫様を迎えに来た貴族の旦那様みたいな印象を与えさせる。眼前の人物が、いきなり隠れ家を爆発させてきた犯人らしい。

 

『へ、変態仮面だ……!』

「変態ではありませんっ!!」

 

  ズタボロの球磨川は、舞踏会男を指差して口をあんぐりと開く。男も男で必死に否定したものの、めぐみんを抱えていては説得力ゼロだ。

 

『めぐみんちゃんを攫おうとしてる時点で、君は変態だ。なんだってダクネスちゃんじゃないの?彼女のほうが発育がいいのに』

「発育は関係ありませんよ。こちらの女性の方が、疲弊していてさらいやすいだけのこと」

『ドン引きだ……。僕にすらドン引きさせる業の深さは誇ってもいいよ、君』

 

  球磨川は木っ端微塵に骨が砕けた足で、すんなり立ち上がると。

 

『君が誰で、なんの目的でめぐみんちゃんを攫おうとしているのか、そんなのはどうでもいい。ポイントは一つ。君のシナリオどおりにはいかせないってことだ』

「ボロボロの身体で無茶をすれば、後遺症が残りますよ?」

『敵に情けをかけるつもり?舐められたものだ』

 

  爆発魔法のダメージをなかったことにして、ネジを取り出し舞踏会野郎に突っ込む球磨川。途端に綺麗になった外見に男は若干狼狽したが、即座に落ち着きを取り戻して。

 

「むっ!?……ベアトリーチェ!!」

 

  側に控えていた、仲間に助力を求めた。

 

『……ぐっ!?』

 

  男が仲間の名を呼んだ瞬間。球磨川は不意によろけ、片膝をつく。足の骨折は治癒しているため、決して痛みで崩れ落ちたのでは無い。ただ、ひたすらに気分が悪い。三半規管を揺さぶられたような、酔いに似た感覚が突然襲って来たのだ。

 

『平衡感覚が…、これはスキルかな?』

 

  片膝をついて尚、グラグラと上半身を揺らさないとバランスを保てない球磨川の視界に、ゆったりとした歩き方で新たな敵が入ってきた。

 

「だから、最初から二人で行くべきだって言ったじゃない。」

 

  やってきたのは、アイリスよりも更に幼い女の子だった。白と黒を基調にしたゴスロリ服を身に纏った、黒髪ツインテールの乙女。

  髪をかきあげながら、仮面の男に苦言を呈している。セリフから、仮面の男が一人で事足りる、的なことを言っていたらしいと推察する球磨川。

 

『狙うのもロリ、連れて歩いているのもロリ。これを変態と呼ばず何というのさ……』

 

  段々と酷くなる症状を堪えつつ、必死に意識を保ってはいるが、いつ気を失ってもおかしくない窮地。にも関わらず、軽口を叩けるのは球磨川ならでは。

 

「だ、誰がロリですって!ふざけんじゃないわよ、アンタ!」

 

  ロリ呼ばわりされて怒るロリっ娘。

 

『ベアトリーチェちゃん、だったかな?確か、イタリアではポピュラーな女性名だっけ。なるほど、君のゴスロリ服はたしかに【ディ・モールト ベネ(非常に良しッ)】と言わざるを得ないようだ』

「アンタ……!」

 

  いつまでも気を失わずヘラヘラと喋り続ける球磨川に、ベアトリーチェは若干目を開く。日本人風の顔立ちだが、瞳は青い。碧眼の日本人はいないので、純粋な異世界人か。もしくは、名の通りイタリアの血が流れているのだろうか。

 

「長居は無用です。ベアトリーチェ、そろそろ仕上げなさい」

 

  仮面の男が急かす。

 

「わかったわよ。アンタ、これだけ長く耐えるなんてやるわね。でも、もう終わりにするわ」

 

  ベアトリーチェなる少女は邪悪に微笑む。すると。球磨川をもってしても耐えられないほどの精神的ダメージが押し寄せてきた。

  頭痛、めまい、吐き気。どれも風邪薬で治せそうな症状ではあるものの、一度に、かなりの辛さで訪れれば馬鹿にはできない。

 

『ぐぅう……』

 

  球磨川がいま倒れては、謎の奴らにめぐみんを連れ去られてしまう。だから、絶対に気を失うワケにはいかない。

 

『こんなもの…!【大嘘憑き(オールフィクション)】ッ!!』

 

  スキルによる攻撃なら、なかったことにしてしまえばいい。球磨川はどうにか【大嘘憑き(オールフィクション)】を発動した。……だが。

  依然として、苦痛は終わらなかった。

 

『……!?僕のスキルが、効かないだと。まさか、これは……!!!』

「さようなら。おそらく、二度と会うことは無いと思うわ」

 

  球磨川の視界が黒に染まっていく。連れ去られていくめぐみん。そして、ベアトリーチェの黒い微笑み。

 

『めぐ……みん、…ちゃ…ん…』

 

  少女のスキルに対する心あたり。紛れもなく、アレは自分と同じ類のもの。

 

  まさしく、『過負荷(マイナス)』だと、薄れていく認識の中で心に刻み込んだ。かつての後輩にあたる江迎怒江(えむかえむかえ)のスキル、【荒廃した腐花(ラフラフレシア)】を無かったことには出来なかった過去が蘇る。だがあの時は、スキルそのものは消せなくても、スキルによって腐敗した顔面などはなかったことに出来たのだけれど。

 

『(僕のスキルが不安定な事が原因か、あるいは……ベアトリーチェちゃんの過負荷がとてつもないのか……だね……)』

 

 球磨川は、いつもよりも多めに無力さを噛み締めながら、ついに意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 













挿絵は、オリキャラのベアトリーチェちゃんでした!
ほら、やはりオリキャラともなると私の拙い文章では魅力を出しきれませんからね。百聞は一見にしかず。挿絵で彼女をイメージする手助けになれば最高ですっ。こんなに可愛いキャラを生んでしまうとは…(自画自賛



え、男のオリキャラの挿絵??
そんなの、私の文章だけで充分では?笑


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六十八話 スカートつまみ先輩




スカートつまみ回。
話しはすすみませぬ。なのに1万字超えてる……だと……!?
スカートつまみに興味ない人は、冒頭の二千字くらい読めばいいと思います。


クマーも熱くなりすぎて、松岡○造さんみたいになっちゃいます。


  謎の襲撃者二人組が立ち去ると、建物が爆発しようが我関せずだった通行人達が、一斉に事態を飲み込んだように騒ぎ出した。球磨川も一人の親切な住民に身体を起こされ、ベアトリーチェのスキルから立ち直るに至り、爆発魔法によって傷ついたメンバーは【大嘘憑き(オールフィクション)】で無事に回復する。

  人払いの一環として。住人達の認識さえもゴスロリな幼女が操っていたとしたら、かなり厄介だ。球磨川がギルド長を捕捉出来なかったのも、或いは。

 

  隠れ家もなくなり、一同はひとまず王城の方角へ歩きながら、先の一件を振り返ることに。レオルはシチューを食べに来ただけなので、球磨川達とは逆の方向へ歩いて行った。「なんでメシ食いに来ただけなのに死にかけなきゃいけないんすか!?」とか、ブツクサ言いながら。

  カズマとの約束を果たせなかった己を恥じ、血が滲むほど拳を握っていなければ、ただ巻き込まれただけの一般人を完璧に演じられていただろう。向かう先も、めぐみんが連れ去られた場所の手がかりが残っていそうな場所を目指していた。商店街の喧騒を風の如く走り抜けて行った男の背中を目にしても、球磨川は、よっぽどシチューが食べられなくてご立腹だったのだと受け取っただけだが。

 

  トゥーガも、球磨川達についてくる必要は無いと思われたものの、住む家が無くなった手続きを踏む為に登城したいとのこと。王城に、役所が付属しているらしい。とはいえ手続きは口実に他ならず、実際は、別行動したレオルに代わっての護衛がメインだ。

 

「……めぐみんが連れ去られただと!?敵の企みはなんなんだ。人質が欲しいのなら、貴族でもある私にするべきだろうに!そうしたほうが、交渉の材料も増えるはずだ」

 

  球磨川からめぐみん誘拐の報告を受けたダクネスが憤慨する。

 

『爆裂魔法を使っためぐみんちゃんほど、連れ去り易い人間もそういないよ。男の方は顔を仮面で隠していたけれど、あの人こそがアクセルのギルド長なのかもしれないな』

 

  舞踏会仮面。彼の戦闘はかなり特徴的だった。めぐみんの得意魔法と同系統の【エクスプロード】による制圧。息もつかせぬ連続爆撃に、球磨川達はなすすべなくやられてしまった。圧倒的な決定力に、連打性。戦闘においては、扱いに難ありな【エクスプロージョン】よりも役立つ。

 

『あの、爆発魔法?っていうのは、かなり魔力を消費する代物なんでしょ?』

 

  ダクネスが寝ている間、球磨川はトゥーガから爆発魔法の特徴をひとしきり聞いていた。爆裂魔法よりもエコな魔力消費量だとはいえ、連続で放つには相当高レベルのアークウィザードでなければ不可能だそうだ。

 

「はい。クマガワさんにはさっきもお伝えしたのですが、爆発魔法を自在に操る人物はこの国全体でも数人しかいません。その数人の中には、アクセルのギルド長、ディスターブ卿も含まれています。襲撃者がギルド長の手下だとすると、爆発魔法の使い手という稀有な存在が、敵サイドに二人も揃っていることになる。それはいくらなんでも、偶然にも程があるかと。であるならば、ここを襲撃してきた人物こそがディスターブ卿だと考えるのが妥当でしょうな」

 

  トゥーガは腕を組み、考えを述べる。ダクネスもそれに賛成だと、頷く。

 

「ならば、襲撃者はここで正体を明かしても良いと考えたのか」

『だね。爆発魔法を使える人間が珍しい状況下では、使用するだけで正体に迫られてしまう。向こうは殆ど、めぐみんちゃんの誘拐で目的を達したのかもしれないね。誘拐したあとは、もう正体なんて隠さなくていいやっ!的な?』

「……ギルド長にとっても、我々を自ら襲うのはリスキーだった筈だ。しかし、めぐみんの誘拐は確かに私とミソギをはじめ特定の人間には効果絶大かもしれないが、ここまで危険を犯すのはどうなんだ?決してめぐみんを悪くいうつもりは無いと前置きするが、彼女一人と引き換えに、この国がテロリストであるディスターブ卿を見逃すとは考えにくい」

 

  あまりパーティーメンバーを卑下しているような発言は慎みたいダクネス。が、言ってる内容は誰もが共感出来るものだった。【めぐみんの命が惜しくば、他国に入るまで襲ってくるな】と交渉するには、この国は……というよりも、この世界は不向きだ。人質は、日本のように国民一人一人の命を尊ぶ国家でこそ威力を発揮する交渉術であって、なんなら球磨川が元いた世界であっても、すっかり支配者気取りな国なんかでは、人質諸共鎮圧される恐れさえある。心の優しいアイリスなら、めぐみん奪還を存分に迷うことはあっても、国家反逆罪クラスの容疑者を捕らえるメリットと秤にかければ、泣く泣くギルド長の身柄拘束を優先させてもおかしくない。

 

  人質としての価値があるかないか。ギルド長が噂に違わぬ聡明さなら、織り込み済みだろう。だとすると。

 

『んー。めぐみんちゃんが交渉の材料として使えないのなら、そこ以外に魅力があったんじゃない?』

 

  敵が欲しがる、めぐみんの魅力。

 

「……爆裂魔法、ですかな?」

 

  顎に手を当てたトゥーガの命も救った、トンデモ威力のネタ魔法。めぐみんの代名詞とも言えるスキルは、攻撃力のみなら随一。もしもモンスターと戦う上で爆裂魔法が欲しいか欲しくないかと聞かれれば、多数の人間は欲しいと答えるに違いない。後々のデメリットを考慮しても、だ。語るまでもなく、モンスターに有効ならば、人にとっても脅威だ。テロリストにとって、爆裂魔法は手札としての魅力が存分にある。

 

『ようするに、めぐみんちゃんを攫った、すなわち大きな爆弾を手に入れたようなものだってわけか』

 

  古今東西、交渉のテーブルにおいて立派な武器となるのが武力だ。人類の歴史を紐解いてみても、武力が絡まない営みなどからっきしである。行使するかしないかは関係なく、ただ手札にあるだけで発言力や説得力に拍車をかけられる貴重な材料。襲撃者共の狙いは、或いは武力なのかもしれない。【正義は論議の種になるが、力は非常にはっきりしていて、議論無用である】とはパスカルの言葉だが、力こそが正義というのが、長い歴史を積み重ねた人類が出した結論なのだ。立場によって変化する正義に意味なんかない。力こそがパワー。

 

「だが、めぐみんは例え百億エリスを支払われようが、国民に害を及ぼす場での爆裂魔法は使用しないだろう」

『だよね、そこは僕も同意するよ。』

「ああ。私たちは、めぐみんの性格をよく知っている」

 

  せっかくめぐみんに的を絞って身柄を拘束しても、その実爆裂魔法は使用不可能だと、ダクネスは考える。

  自分達のパーティーメンバーへの全幅の信頼。いかに頭がおかしいとは言っても、甘言でテロに加担するほど愚かなめぐみんでは無い。

  つまり、彼らは残弾の無い拳銃を手にしただけなのとそう変わらないのだ。威嚇射撃も実行出来ない拳銃が怖いかというと、そうでもない。

 

 ……しかしだ。いくら拳銃に安全装置がかけられていても、ロックを外され、弾さえ込められれば使用できてしまうのも又事実。

 

『ちょっとやそっとの甘い言葉で爆裂魔法を放つほどめぐみんちゃんは愚かではない。ただ、ディスターブさんがあの手この手でめぐみんちゃんを屈服させられたのならその限りではないのが、悩ましいよ。』

「……だな。どんなに鋼の意思を持っていたとしても、肉体や精神に拷問を受けては如何にめぐみんでも忍耐に限度がある。いっそ、精神が壊されそうな拷問をされるくらいなら、爆裂魔法を使用しても私は責めないがな」

『うん。爆裂魔法で王都の一部が地図から消えようと、僕だって彼女を怒ったりはしないさ。だとしても、早いところ助けに向かうに越した事はないんだぜ。ギルド長はともかく、ベアトリーチェちゃんは何をしてもおかしくない』

 

  ギルド長とて人の子。同じくロリに弱い球磨川はめぐみんに拷問するほどの残虐性をディスターブからは感じられなかった。が、その相棒。日本人風の乙女、ベアトリーチェについては安全とは断言出来ない。

 

「む。ギルド長が連れていたという女の子か?聞けば、アイリス様よりも幼そうな外見だったのだろう。そこまで危険視する必要があるのか?」

『年齢はさて置き、ベアトリーチェちゃんの在り方自体が……僕の頭に警鐘を鳴らすのさ』

「在り方……?」

 

  【過負荷(マイナス)】。それも、球磨川が気を失うクラスのスキルを所持しているレベルの。【荒廃した腐花(ラフラフレシア)】で顔が腐っても真顔で後輩を慰めるような球磨川を気絶させた、とんでもない代物だ。

 

『あぁ、ベアトリーチェちゃん。せいぜい、めぐみんちゃんを宜しくね』

 

  シンパシーを感じ、運命も感じる過負荷との邂逅。いつになく心が高鳴る球磨川先輩は、僅かばかり歩く速度を上げたのだった。この世に生まれ落ちた時点から過負荷という絆で結ばれた、黒髪のツインテールに大切な冒険者仲間を託して。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

  -王城・謁見の間-

 

「球磨川さんっ、遅いわよ!ちゃんとダクネスを連れてこられたのね。……て、めぐみんはどうしたのよ。トイレかしら?」

「お、おかえりなさいませ」

 

  光輝く大理石に敷かれたレッドカーペット。の、玉座のど真ん前に、アクアは寝っ転がっていた。球磨川達が兵に通されて姿を見せると、寝ながら手だけを振ってきた。口には、なにかクッキーらしきものまで咥えて。アイリスは玉座の上で、お上品にクッキーを食しているところだったようだ。球磨川を見るや、モフモフとクッキーを口に押し込み、やや澄ました笑顔を向けた。

 

「ミソギが本気で王城の、それも謁見の間に入ってしまっている……。更に、アイリス様と対面したのも嘘じゃなかったとか。今日こそは、心の底から信じられん。なんなんだ、私のパーティーメンバーは。アクアに至っては、友達のおうちじゃないんだぞ……!」

 

  ダクネスは心ここにあらず。放心に近い状態で、立ち尽くす。

 

「ララティーナ、久方ぶりですね。再会できて嬉しいですわ」

「!! ……アイリス様、ご無沙汰しております。こちらこそ、再び拝顔の栄に浴せたこと、幸甚の至りです。仮着まで用意して頂き、誠にありがとうございます」

 

  一国の姫に再会を祝されては、いかに脳の処理限界に達していようが返事をせずにはいられない。

  ダクネスは貴族の娘として、恥ずかしくない礼をした。流石に鎧姿のままで謁見するのは、ダスティネス家に名を連ねる身には許されない。今の彼女は、城のメイドが用意してくれたドレスでめかし込んでいる。

 

「ふふっ。クマガワ殿の後だと、ララティーナの畏まった態度がなんだか面白いです」

 

  口元を手で隠し、笑いを漏らすアイリス。

 

「もしや……!私のパーティーメンバーが、無礼を働いたのですかっ!?」

 

  ダクネスは凄い勢いで球磨川を見る。

  働いてないほうがおかしい、というか、アクアが進行形で無礼真っ盛りだ。

 

『ダクネスちゃん、僕とアイリスちゃんは気の置けない間柄なんだよ。』

「……おい、王女殿下にその発言は不敬だぞミソギ」

『それよりもアクアちゃん、君が無事で良かった。アイリスちゃん、僕との約束は果たしてくれたんだねっ!』

「はい。約束通り、アクア様をお守りしましたわ」

 

  アイリスは何もせず、ただ一緒に駄弁りクッキーを食べていただけだが、アクアが無事なのに変わりはない。余談だが、球磨川外出後は周囲の騎士達の視線で居心地の悪さを感じていたアクア。このままでは寛げないと感じ、お得意の宴会芸を披露した事で、取り敢えず兵士たちのご機嫌は取れたみたいだ。最終的に、アイリスの前で寝転ぶ愚行にガチギレしたのはプライドの高いクレアだけとなり、しばしガミガミと乱暴な言葉をかけてきたが、アイリスが最も宴会芸に興味を示していたことから、怒る気も失せたようで。アクアにとってここはそれなりに緊張をほぐせる空間に変化したらしい。

 

「無事でって。それは、謁見の間で危険な目にあうほうが難しいと思うわよ。外に出ていた球磨川さん達のほうがむしろ危なかったんじゃないの?……ていうか姿が見えないけど、まさか、めぐみんに何かあったのかしら?」

 

『僕としたことが、不覚をとったぜ。』

 

「えっ、不覚をとったの!?じゃあ本当に、めぐみんの身に何かあったってこと…?」

 

『まさかこの世界にも、過負荷(仲間)がいるなんて思わなかったから油断していたよ。おかげで今となっては、例えどんなに離れたところでも、過負荷は等しく存在するものだって思い出したけどさっ』

 

「ちょっと、回答になってないんですけどっ。なにがあったのよ!詳しく話して、私をはぶらないで説明してっ!」

 

『うん。といっても、数分で説明できちゃうんだけれど』

 

  球磨川は語る。めぐみんとダクネスを迎えに行き、ここに来るまでを。出だしから、怪しいローブの男にめぐみん達の居場所を聞いたという謎満載の報告ではあったものの……めぐみんが連れ去られた事実が、誰にもツッコミを入れさせなかった。

 

 ◇◇◇

 

「めぐみんは大丈夫なのっ!?球磨川さん、ノンビリここまで戻ってきてていいのかしらっ?」

 

  いくらアクアでも、顔見知りの女の子が誘拐されたとなれば、姿勢を正さずにはいられない。むしろ杖を取り出して、今すぐにでもめぐみん捜索に踏み出しそうな勢いだ。行く宛もないというのに。

 

「申し訳ありません、我が国の兵士がお迎えに行っておきながら、そのような事態を招いてしまったとは」

 

  事態を重く受け止めた王女様も、申し訳なさそうに目線を下にやった。球磨川の報告では安否がわからなかったものの、迎えの兵士が依然として帰還しないのは、きっとギルド長の手のものに遅れをとったからだろう。この場にレオルがいたなら、新米兵の無残な最期を詳細に説明出来たのだが。

 

『全くだよっ、兵士さんがしっかりしてくれていたら、めぐみんちゃんが誘拐されずに済んだのに!税金泥棒反対!』

 

  ザワッ……!

 

  球磨川の失言に、穏やかな態度を保っていた騎士が一斉に殺気を放った。

  結果論だが、新米騎士は球磨川達の為に命を落とした。実力が無いが故の死だとしても、死者を愚弄する言葉を、よりにもよってこの場で口にしたのは無礼なんてレベルではない。温厚そうなアイリスですら、今の発言に顔を強張らせた。

 

『ん?僕、なんか変なこと言った??』

 

  賢人の孫みたいな、キョトンとした表情で殺気立つおじさん達を見回す裸エプロン先輩。

 

「お、おお……、お前、お前は……!お前というやつは……っ!!おま、」

 

  無礼メーターがカンストしている球磨川に、ダクネスはお馴染みのオーバーヒートに陥った。

 

『ダクネスちゃん、謁見の間で突然壊れたラジオみたくならないでくれる?どちらかというと、僕は壊れかけのレィディオよりは、ほめられてのびるラジオの方が好みだし』

 

「お前が余計なことを言わなければ、私がおかしくなる必要も無いんだ!頼む、何でもするから此処では下手な発言をするな!」

 

『……はぁ。アルダープちゃんの家に着いてくるのを許してあげたお礼すら忘れている君が、何でもすると言ったところでねぇ?』

 

「お、覚えていたのか……!」

 

  以前。アルダープ邸へ乗り込んだ一件で、球磨川はダクネスには家で大人しくしているよう告げた。それをダクネスは受け入れられず、スカートつまみを餌に無理やり着いてきたのだが。

 

『未だに、ダクネスちゃんがスカートつまみをしてくれていないのを、僕が忘れるわけがないでしょ。ようするに、君が頼みごとをするのなら、先に過去を清算するべきなんだぜ。ほら、せっかくスカートなんだし、なんなら今すぐ借りを返してくれても僕は一向に構わない』

 

「で、出来るわけないだろう!こんな、人前で……!それも、王女殿下の御前で」

 

  球磨川が以前言っていた内容ならば、ダクネスは風が吹いてもいないのにスカートをつまみ、腰をくの字に折って脚のラインを見せなくてはならない。室内で、それも他人が大勢いる前で。そんな間抜けな姿を晒せるものか。

 

『なーんだ!ダクネスちゃんには羞恥なんかご褒美だと判断した上での発言だったのだけれど。だったら、少し黙っててよ。借りも返さずに命令するほど厚顔無恥ではないよね?』

「くっ……!」

『にしたって、惜しいとは思わない?一国の姫君の前で、羞恥プレイが出来る機会はそうは無い。君は千載一遇のチャンスを逃そうとしている事に気がついてる?』

「それは……」

 

  ダクネスは、無言で球磨川との会話を聞いている周囲の視線を感じて、とっさに右手の人差し指を唇に当てた。落ち着かない様子で、足をモジモジと動かす。

 

「クレア、スカートつまみとは、国民の間では恥ずかしい行いなのですか?」

 

  ヨーロッパの伝統的な挨拶に、【カーテシー】と呼ばれるものがある。これは、女性が両の手でスカートの端を持ち行うものだ。こちらの世界でも転生者が普及させたのか、メイドなどが自然と行う作法の一つとなっている。言い方を変えればスカートつまみと呼べなくも無い行為を、しかしダクネスと球磨川が羞恥心を覚えるようなモノだとして話を進めている。不思議に思ったアイリスは、クレアに聞いたのだった。

 

「アイリス様、どうか彼らの発言はお耳に入れぬようお願い申し上げます。教育によろしくありませんので」

「まぁ!彼らは、教育に悪いような不埒な会話を、この神聖な場で行なっているのですか!?」

「……いえ、私もあまり世間に詳しくはありませんので確証は無いのですが、なんとなく、彼らの言う【スカートつまみ】は健全ではないように感じるのです」

 

  アイリスよりは身分が低いといっても、クレアも大貴族の娘。下々のものの流行には聡くないのだ。女の勘というやつか、クレアの読みはズバリ的中していた。

 

「アクア様、どうなのですか?庶民の間では、スカートつまみなる行為は羞恥を覚えるようなモノなのでしょうか」

 

  アイリスが切り口を変えて、アクアに問う。

 

「ちょ、私に聞かれても困るわよ。なんでダクネスが顔を赤くしてるのかもわからなければ、どうして球磨川さんがそこまで拘るのかも理解できないんだから」

「なんということ……。アクア様でもご存知無いとは」

 

  アクアも知らないのなら、もう実際にダクネスがスカートつまみを披露する他、知識欲を満たせる好機は訪れない。

  ここに集まっているのはいずれも身分が高い人間たちだ。アイリス同様、誰もがスカートつまみの正体に疑問を抱いている。気がつけば、さっきの球磨川の発言は忘れて、皆好奇の目でダクネスを見守っていた。

 

『さあ!ギャラリーも背負ったところで、張り切っていってみよう!』

「くぅう……!どうしてやる前から、こんな辱めを受けなくてはならんのだ。」

 

  目は、恥ずかしいがゆえに涙で潤み。ハリのある白い肌は、面影もないくらいに紅潮していた。

 

「や、やればいいのだろう!?やればっ!」

 

  プルプルと震える右腕で、スカートの端を摘むダクネス。カーテシーのようにサイドは摘ままず、前方に手をやったダクネス。風でスカートが捲れそうな場面を想定した持ち位置だった。

 

「あ、アレが……スカートつまみか。婦女子に羞恥を感じさせながら、スカートを摘ませるとは。なるほど、世の中にはとてつもない変態がいるということか」

 

  ゴクリと、クレアが唾を飲み込む音が謁見の間に静かに広がった。

  アイリスは両手で目を覆いつつも、指の隙間は全開にしている。なんだかよくわからないけれど、見知った仲のダクネスが恥ずかしそうに球磨川に従う姿は、たしかに教育に良くないような気がした。

 

『まだ慌てるような時間じゃないよ、クレアちゃん!真のスカートつまみは、ここからがメインなんだから』

「なっ……!?まさか貴様、ダスティネスの次期当主に何をさせるつもりだっ!?」

 

  クレアは汚物を見る目で球磨川を一瞥し、サッと視線をダクネスに戻す。もはや自分以上に熱心に見つめるクレアに、球磨川は若干呆れつつも。

 

『じゃあダクネスちゃん。次のフェイズに移行してくれるかな?』

「ミソギ……私、もう駄目かも……」

『諦めないで!諦めたら、そこで試合終了だよ!?』

「だ、だが……」

『ダクネスちゃんならやれるよっ!絶対に成し遂げられる!自分を信じて!!』

「ぅ、ううう……!」

 

  唇をかみ、ダクネスはゆっくりと腰をくの字に曲げ始めた。直立姿勢から、段々と重心を低くしていく。スローモーションな動きが、もどかしさを感じさせる。

  腰を曲げ終えたダクネス。たしかに、ただくの字に曲げただけにも関わらず、さっきより数段官能的な印象を見るものに与えさせた。単にダクネスがこのポージングをしただけならば、ここまでいやらしさは感じなかったはずだ。彼女が羞恥心を覚えながら、嫌々従っている事実が。これだけの背徳感に繋がっているのかもしれない。

 

『ブラボー!おお…ブラボー!!ダクネスちゃん!君は凄いよ。風の力で反射的にスカートつまみを行ってしまうよりも遥かに、君は高尚だ!【誰かにやらされたスカートつまみなど邪道】と誰に罵られようと、気にしなくてもいい。スカートつまみ検定1級の僕が、お墨付きをあげるよ!!』

「ならこれで、もう、いいよなっ!?十分満足したよな!!?」

 

  プルプルと小刻みに震えて懇願するダクネスさん。だが、現実は無情。

 

『ま、そうだね。慈悲深い僕は、そろそろ君を許してあげたいかも』

「ほんとうか!じゃあ、もうやめてもいいのか!?」

『でも!ここは心を鬼にして。ダクネスちゃんが、借りた恩をしっかり返さずに、なあなあで終わらせるような不誠実な人間にならない為にも!……続けてもらおうかな』

「お前というやつは……!!!」

 

  天国から地獄。上げて落とされたダクネス。絶望の淵に立たされた彼女に残された課題は、ここからスカートを持ち上げて、脚のラインを見せること。精神が限界に来ているダクネスにとっては、下着まで見せろと言われた方が、いっそ開き直れたかもしれない。

 

「なんで、なんで私がこんな目に……!」

『ダクネスちゃん!もうひと頑張りだ!!君なら出来る!』

 

  スカートつまみも終盤に差し掛かり、球磨川以外の見物人はにわかに焦り始めていた。これ以上となると、最早スカートをめくり上げるしか無いのではないか?と。ダクネスの手にも、なんとなく力がこもってきたように見える。どうやら球磨川に対して、何かしらの借りがあるような話をしていたけれど、貴族の娘がこんな醜態を晒す必要まであるのか。皆、固唾を飲み、動向を見守る。球磨川に従い続けるダクネスの意思を尊重して、クレアはここまで傍観を貫いてきた。だがしかし、同じ女性として、これより先は許しがたいものがある。ダクネスがもしも下着を見せるような動きをしたのなら、球磨川にかける情けはない。気合いで踏み込み、一瞬で葬るべきだ。徒手だとしても、関係ない。剣の恨みもある。クレアは一人脚を前後に開き、飛びかかる準備を整えた。

 

「王女様!ここから先は大人の世界なの。貴女が見るのはまだ早いと思うわ!」

「そんな……!アクア様、お戯れを。私の目から、手を離して下さい」

 

  いつになく気を配れるアクアが、幼いお姫様の目を隠す。アイリスは結構な力で抵抗したが、アクアの手をどかすには至らない。

 

「お、お父様……。どうかお許し下さい……!」

 

  心の準備をして。ダクネスがにわかにスカートを持ち上げる……!

  扇情的な脚のラインが見え始めて、ついに、念願のスカートつまみ(改)の完成が目の前まで迫った!

 

 

 

 

 

 

 

  …………ところで。

 

 

「や、やはり無理だ!!いくらなんでも無理なモノは無理だっ!!」

『なんだってー!?』

 

  パッとスカートから手を離し、直立姿勢に戻るダクネス。

  信じられないとばかりに、球磨川は目を最大まで見開き、口を開け放つ。ゴールは目前だったのに。あと数センチダクネスがスカートを上げれば完成していたというのに。

  生徒会の庶務戦で、ヒートが安心院さんにスキルを貰い、視力を取り戻して蘇った時以上の衝撃を球磨川は受けたのである。

 

『あ、あり得ない……!なんだこれは。新手のスタンド攻撃を受けているとでもいうのか…!?』

「先に謝っておく。悪いなミソギ、私は、厚顔無恥でも構わない。」

『……えっ?』

 

  球磨川は絶望に打ちひしがれつつ、どうにかダクネスの顔に向き直ると。

 

「これでも、くらうがいいっ!!」

『ぐはぁっ!?』

 

  下から迫った何かが、顎を撃ち抜いた。

 

  世界が回った。

 

  否。

 

球磨川が、回った。

 

  ダクネスの渾身のアッパーカットによって、球磨川は縦回転で吹っ飛ばされた。体操選手のような華麗さで、回転しながら後方へ吹っ飛んでいくスカートつまみ先輩が止まったのは、豪奢な装飾が施された、太い柱に叩きつけられてからだった。

 

「ふぅ。今回の羞恥心は、今の一発でチャラにしておいてやろう。これで、お前に対する借りは元に戻ってしまったわけだが……なぁに、人前で無ければサクッと返してやろうじゃないか」

 

  さっきまで泣く一歩手前だったかと思えば、上機嫌で虫の息の球磨川の頭をポンポンと撫でるダクネス。

 

『僕よりズルいなんて、……まったく、ダクネスちゃんには敵わないなぁ……』

 

  顎の骨が砕けかけているも、球磨川は笑顔のダクネスを見たら全てどうでも良くなってきた。

 

『また勝てなかった、とでも言っておこうか』

 

今度、家で個人的にスカートつまみをしてくれると言ってくれたこともあり、さしあたってこの場での返済は保留にしてあげる事にした球磨川だった。

 

どこかホッとしたクレアに、にわかに落胆した騎士おじさん達。それから、事の顛末がわからず、やや不満げなアイリス。

 

球磨川の失言はダクネスのスカートつまみで水に流せたようなので、彼女の頑張りは無駄ではなかっただろう。














最近、ダクネスがいじめられてなかったので、ダクネス回でした。

こいつら、謁見の間で何してるの……??
しかも、めぐみん誘拐されてるんですけどっ!


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六十九話 拷問

閲覧注意。終始、胸糞悪い話です。残酷な描写が苦手な人はとばして下さい。
やはり、私も安心して見られる無双系が好きなのかもしれません。

そのせいか執筆速度も遅くなりました(言い訳)













  目を開けているのに暗い。布のような感触を目蓋に感じたことで、目隠しをされているのだとめぐみんは悟った。椅子に座らされて、後ろ手で縛られている。どう好意的に解釈しても、この状況は友好的とは思えない。拉致の二文字が頭に浮かぶ。それも、めぐみんを人質として利用する為に仕組まれたものである可能性が高い。攫った上で懐柔しようと目論むのなら、こうまで悪印象を与えてはこない筈だ。

 

「なんですか、これは……」

 

  自由を奪われた状況だが、声は出た。猿轡をされていないのは、この場所が防音に優れているからだろうか。叫んでもきっと、外部へは声が届かないと思われる。試しに大声で助けを呼んでも良かったが、もしこの拉致を実行した人物が近くにいた際には、反感を買ってしまう恐れがある。犯罪に手を染めるような輩が怒り狂ったら、何をされるか想像もつかない。抵抗も許されない現状ではリスキーだ。

  突然の監禁。めぐみんはパニックになりかけた頭を必死に落ち着かせて、どうして自分がここにいるのかを思い出す。

  確か、トゥーガの隠れ家で情報を整理していて、何者かの襲撃があったのだ。いきなり、ダクネスが庇うように覆いかぶさってきた事も覚えている。遅れて爆発の余波が身体を襲ったものの、ダクネスのお陰で深刻なダメージは受けずに済んだのだが。背中を床に強打していたらしく、ジンワリと熱いような痛みが残っている。

  爆裂魔法を使用したのが仇となり、回復するまでは拘束を力ずくで解くのは難しそうだ。なんなら、体力が万全でも後ろ手で縛られていては力も入らないだろうが。

 

「ようやく気がついた?」

 

  視覚を奪われたかわりに研ぎ澄まされた聴覚が、幼い少女の声を拾った。真横から、それも近い距離で発せられた肉声には反射で背筋が伸びてしまったものの、しかし犯人と思しき人物が女性だった事実に僅かな安堵を覚えためぐみん。男であったなら、別の意味でも身の危険を感じたからだ。

 

「ふぅん?……【安堵】か。御多分に洩れず、アンタも私の声を聞いたら安心しちゃうのね」

「あ、貴女が拉致犯ですか?」

「単刀直入なのね。嫌いじゃないけれど、時間ならたっぷりあるわ。そう焦らないで」

 

  犯人らしき少女は、コツコツと足音を響かせながらめぐみんの背後に陣取った。少女の声を耳にした際、めぐみんはハッキリと安心感を抱いた。男性ではなくて良かった、最悪の展開は免れたと。だが、安堵を声には出しておらず。勿論、ホッと一息ついたりもしていない。だと言うのに、少女はそれを見抜いた。

 

「……どうして、私が安堵したとわかったのです」

 

  なんらかのスキルでも使用したのか。はたまた読心術の類か。

  少女は愉快げに、愛しいものに触れるようにめぐみんの両肩へと手を置いて

 

「わかるわよ。アンタの考えは、手に取るようにわかる。いいえ、わかってしまうと言うべきかしら」

「一体、貴女は誰なんですか?この私を拉致して、何を企んでいるのでしょうか」

「質問ばっかりね、めぐみん。……でも許してあげる。今のアンタはそうでもしないと、不安で追い込まれてしまうものね?」

 

  髪の毛を指で弄ばれる。見ず知らずの、自分を監禁している相手に好き勝手触れられるのは許容し難いものの、今はあえて刺激しないよう好きにさせるめぐみん。

 

「……ええ。なにせ攫われるのは不慣れなもので。目が見えないというのも、意外と恐ろしいものなんですね」

 

  攫われる経験が豊富なのは、キノコの国のお姫様くらいのものだ。

  めぐみんの恐怖は、目隠しと拘束による部分も大きい。身体が自由であれば、恐ろしさはかなり軽減されるはずだ。相手は女の子。めぐみんは交渉によって、せめて目隠しだけでも外せないか画策する。拉致犯に名前がバレているのは、相手が事前に拉致を計画していた証明になる。無差別に攫う対象を決めた訳ではないとわかっただけでも収穫だ。球磨川でもダクネスでもなく、めぐみんを選んだところに犯人の狙いが隠されているのだから。

 

「でしょうね。コチラとしても、めぐみんが廃人になるのは避けたいし、目隠しは取ってあげてもいいんだけどね」

 

  壊れちゃったら人質としての価値が下がるから、と少女は付け足す。精神崩壊したら、親族や友人に対して命乞いをさせられないからだ。

 

「であれば、是非とも目隠しを外して、質問に回答して欲しいのですが」

「いいわ。もっとも、全部の質問に答えてあげるほどお人好しでは無いけどね。私はベアトリーチェ。御察しの通り、アンタを拉致した犯人よ」

「ベアトリーチェ……。変わった名前ですね」

「アンタには負けるわよ」

「ぐっ…!」

 

  いつもなら、自らの名前を貶されためぐみんはツッコミを入れるのだが。ここは相手の気を損ねないよう注意が必要な場面。唇を噛み、気合いで言葉を飲み込んだ。

 

「紅魔族なのだから、へんてこな名前は仕方ないって。」

 

  言いつつ、ベアトリーチェはめぐみんの目隠しを取った。途端に多くの情報が脳に流れ込んでくる。窓のない無機質な部屋。壁も床も石のみで構成された、温かみのかけらもない空間だ。足元には古ぼけた赤い絨毯。こちらも、無いよりはマシなぐらいで、ダニや埃の温床になっていそうだ。光源はランタンが壁に幾つかかけられているだけ。窓が無い構造と知るや、めぐみんは内心舌打ちする。せめて外の様子がわかれば、今が何時なのか予想もたてられたのに。

 

(この造り、ここは地下室なのでしょうか)

 

  いきなりランタンの光が飛び込み目が眩んだものの、首を動かさないように部屋を見渡した。

 

「どれだけ懸命に目を動かしても、脱出はおろか、助けだって呼べないわよ?」

 

  ベアトリーチェはめぐみんの視線を集中させるべく、正面にまわる。ロリータ同士の対面。明らかに年下の拉致犯に、改めて困惑するめぐみん。白と黒のゴスロリ服は、なんとも厨二心を突き刺してくる感じもあった。

 

「本当に……貴女が拉致したんですか?」

「ええ。間違いないわ」

「……そうですか。では、もう一度聞きます。何のためにこんな真似を?自分で言うのもなんですが、人質としてならダクネスのほうが役立つと思うのですが」

 

  自分では無くダクネスが攫われれば良かったのに、といったニュアンスは含まれていない。単に、誰が考えても感じる疑問だ。一般人と貴族。どちらが交渉材料として優れているかは、子供にもわかる。

 

「そうね。拉致するのがダスティネス・フォード・ララティーナでも、まあ目的は達せられたことは認めるわ」

「目的?」

「ふふ……。クエスチョンマークがずっと浮かびっぱなしよ?悪いけど、貴女にはこれから仲間を裏切ってもらうコトになる。そこだけは、先に謝っておくわ」

 

  仲間。すなわち、パーティーメンバー。球磨川とダクネスの顔が脳裏に浮かぶ。

 

「心外ですね。この私が、ミソギ達を裏切るとでも?例えどれだけ脅されようと、あり得ませんよ」

「はいはい。仲間思いの人間は誰しもそう言うものなのよ。……最初は、ね」

 

  過去に何度も、仲間思いの心優しい人間達を相手にしてきたような言い方。しかも、その全員が最後は仲間を裏切ったともとれる。

 

「最初は?いいえ、いかなる拷問を受けようと、私は最後まで裏切るものですかっ!」

「へえ?そうなの。」

 

  二度、気を落ち着かせるように首を振ってから、ベアトリーチェが無造作にめぐみんの髪を掴む。

 

「痛っ!ちょっと、髪を乱暴に掴むのはやめてくださいっ」

「いささか饒舌が過ぎるようだから、念のためもう一度言っておくけれど。お嬢ちゃん、アンタの命は私が握っているわ。外見で侮るのは、そろそろおしまいにしてもらおうかしら」

「……侮ってなんかいませんよ!」

「あら?そうなの。私って、こんな見た目でしょ?どうしても人に舐められてしまうのが嫌だったのだけれど。言葉だけでも、侮らないでくれて嬉しいわ。……だからって、手加減したりはしないけどね」

 

  めぐみんの、紅魔族のトレードマークでもある赤い瞳を、真っ直ぐに正面から対照的な青い瞳で覗き込むベアトリーチェ。

 

「いいこと?私は【裏切って欲しい】じゃなくて【裏切ってもらう】と言ったのよ。アンタに拒否権はないの」

 

  強制的に目を合わせられためぐみんが覗く、青い瞳。一見綺麗で宝石を彷彿とさせるが、奥の方では、不気味な感情が燃え滾っている。目を見つめ合う気まずさから逃れる為に目線を変えようとするめぐみんだったが、視線を逸らしたくても逸らせないことに気がついた。眼球の支配権を奪われたような錯覚に陥る。

 

「これは……?目が、動かせない……!?」

「そんなに私と目を合わせ続けるのはイヤ?つれないわね。ま、いいけど。」

「なんなんですか、貴女のスキルですか?目を逸らせなくなるスキルとかを使ってるんじゃないでしょうね」

 

  聞き及んだことは無いが、視線を固定させるスキルもあるのかもしれない。ダクネスの【デコイ】は、敵の狙いを自身に集中させるものだが、アレの視線バージョンだろうか。

 

「ちょっと!人のスキルを勝手にショボくしないで欲しいのだけれど」

「違うのですか?」

「心配しなくても、これから使ってあげるわよ。……あれこれ説明するよりも、体験したほうが早いわね。そろそろかしら」

 

  視線が交わる時間が続くと、めぐみんは不意に頭の中をかき乱された。恐怖、不安、焦燥、絶望、嘆き。負の感情が、次々と膨れ上がってくる。

 

「なっ!?いきなり、脳内に直接……!」

 

  様々な悪感情が怒涛に押し寄せて、困惑を隠しきれないめぐみん。大幅な感情の乱れが、頭痛とめまい、吐き気といった症状も呼び起こす。

  あまりの精神的苦痛に、意識を手放しそうになる。

 

  頭が割れそうだ。頭蓋骨の内側のほうから、複数の鈍器で殴られているような痛みが続く。

 

「まだまだ、本番はここからよ。」

「なんですって?これでまだ、本領ではないというのですか……?」

 

  もう既に堪え難い程の苦しみが、めぐみんを襲っている。これ以上に辛いとなると、下手な拷問を受けるより耐えるのが難しそうだ。

 

「この苦しみは、アンタが私の言いなりになるまで続く。終わりがない苦痛よ。」

「こ、これが、ずっと……?」

 

  時間の経過に伴い、痛みは大きくなっていく。同時に、心を支配されそうな恐怖が全身に襲いかかる。痛みから解放されたければ、心を明け渡せと。

 

「……私の支配下に降れば、無限に続く痛みからは逃れられるわ。だとしても、真に仲間が大切なら、見事耐え切って見せなさいッ!」

 

精心汚染(マインドポリューション)】。

 

  ゴスロリ少女が白い歯を見せ、微笑む。側から見れば無垢で可愛らしい笑顔だが、眼前のめぐみんにとっては悪魔のそれと遜色ない。スキルの行使と同時に、これまでの人生で味わった事のない苦痛が襲ってきたのだ。原因が無い為、解消も不可能な苦痛が。

 

「くぁっ……!ぁ、ああああああっ!?」

 

  ただ、苦しい。心臓が張り裂けそうなほど。縛られていなければ、両手で頭を抱え、指が頭蓋骨に食い込むほど力を込めてしまっていただろう。

  全身が跳ねて、椅子ごと移動する。ガタン!ガタン!と、薄い絨毯では吸収しきれなかった音が轟く。めぐみんは瞳がこぼれ落ちそうになるほど目を開け放ち、口からは意図せず涎を垂らしてしまう。

 

「ぐうぅうううぅ……!」

 

  涙をこぼして、ベアトリーチェを睨む紅の瞳。

 

「あーあ。可愛い顔が台無しになっちゃったわね。つらい?つらいの?でも、仲間の為にがんばるんでしょう?」

「………ぐっ!」

 

  痛覚。ショック死しない程度の痛みが全身を駆け巡る。心は、世界中の人間から嫌われたような孤独感に苛まれ、罪の意識で自己を否定し続けるような地獄へ突き落とされる。断崖絶壁に片手のみでぶら下がっているような危機感や、目の前で家族が殺される程の苦しみ。ありとあらゆる、ありもしない苦痛を感じてしまう。

  全てに現実感があり、めぐみんにはいかなる逃げ道も残されていなかった。

 

「ぐっ…!ぐぅ…っ!!ぅ、うぅ、あああぁ!!!」

 

  ガタンッ!

 

  ついには椅子ごと倒れためぐみん。尚ももがき続ける苦渋の表情を、ベアトリーチェはわざわざ膝をついて見物する。

 

「あははははっ!!……いい顔よ、めぐみんっ!!平和な世界でのんびり暮らしてきたアンタには、想像を絶する苦しみでしょう?」

 

  平和な世界。ゴスロリ幼女は、魔王に脅かされている世界を平和だと評した。

 

「ほらっ!仲間を裏切らないんでしょ?何をされても、屈服しないんでしょう!?もっと、気合いを入れて堪えて見せなさいよ!!」

「くぅ、ふっ……!ぅ、うううぅぁ……」

 

  呼吸が浅く、細切れになる。うまく酸素を取り入れられなくなったらしい。心臓は激しく波打ち、急激なストレスによって耳が聞こえづらい。

 

  もはや、球磨川とダクネスの顔を浮かべるのも不可能なほど、余裕が奪われた。

 

「どう?どうなのよ??これでもまだ、さっきのカッコいい台詞を口に出来る?もう一度言ってみなさいよ!」

「ぁ……うぅ……」

 

  球磨川禊を気絶させたスキルだ。ノーマルなめぐみんには、最初から耐えられる筈がない。むしろここまで堪えただけでも、奇跡に近い。

 

(……あれ……?なんで私が、こんな目に……?)

 

  めぐみんの心が折れる時。何のために拷問に耐えようとしたのかもわからなくなった時点で。意識もまた、彼女から遠のいた。

  夜明け前のような、一瞬の静寂。もの言わなくなっためぐみんを見下しつつ、ベアトリーチェは鼻を鳴らす。

 

「あーあ、壊れちゃったか。……ま、自ら敗北宣言をしなかっただけ、気骨があると言うべきかしら」

 

  あれだけ高揚してめぐみんにくってかかっていたゴスロリ幼女も、嘘のように落ち着きを取り戻した。数秒間、余韻に浸ったあとは。心底面倒くさそうに、めぐみんの拘束を解きはじめるのだった。

 

  しばらく経って。ベアトリーチェがめぐみんを床に寝かせて、拷問によって汗で汚れた顔を濡れタオルで拭いていた最中。

 

  背後でドアが開く音が反響する。入室してきたのは、ディスターブだった。

 

「これはこれは。めぐみんさんも、ベアトリーチェのスキルを前にしてはなすすべなしでしたか」

「なにしにきたのよ。この子は私に一任するんでしょ?」

「ええ。そこは変更ありません。ですが、最低限は状態を把握しないと、プランに差し障りますからね」

「相変わらずね、アンタは」

 

  昔から心配性な男だと。ベアトリーチェはそれっきりディスターブに関心を持つことなく、せっせとめぐみんの顔を拭く作業に没頭した。ギルド長は何か話しかけたい素ぶりだが、黙々と手を動かす相手に声はかけにくい。汗を拭く作業なんて、何分もかかるものではないので、終わるまで待とうと構えたディスターブ卿。しかし、ベアトリーチェが今度はヘアブラシや香水などを取り出したのを見て、小一時間はかかると判断し、大人しく上階で待つことを決めたようだ。

 

「ベアトリーチェこそ、相変わらずの趣味ですね。お互い、変わっていないということですか」

「わかっているなら、早くいなくなりなさいよ!」

「……わかりましたよ。」

 

  ディスターブが急かされて階段を昇るのを見送ってから。ベアトリーチェは鼻歌混じりにめぐみんの御髪を整えるのだった。














今日、アイリスとアラモアナで買い物してる夢を見ました。フルーティな紅茶を夢中で飲み比べるアイリス。帰りにウルフギャ◯グで口いっぱいにステーキを頬張るアイリス。自分でも引くぐらい、終わってますねぇっ!最後はビーチを散策してる途中で、現実世界(異世界)に飛ばされてしまいました…。こんな思いをするくらいなら、草や花に生まれたかった


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七十話 参加希望




自分で読み返しても、球磨川のセリフはほぼ意味不明です。




  王族による歓待。贅の限りが尽くされた、王国に生まれた人間ならば一度は夢見る憧れの場。

  救国の英雄的立場を手に入れた球磨川は、王女殿下から庶民の夢である宴を開いてもらう予定だったのだが、めぐみんが連れ去られたとなっては目出度いモードなど消え失せてしまう。ダクネスを引き連れて王城に戻った時点で大広間には美食の数々が並べられていたが、今日のところは球磨川側から丁重にお断りした。

 

『せっかくのご馳走だけれど、今夜はスタッフのみなさんで美味しく頂いてちょうだい。めぐみんちゃんを無事に救い出せた時に、改めてパーティーを開いてよ』

 

  ポリポリと頬をかきながら、アイリスに謝罪する。これがあまり手のかかっていない料理であれば、球磨川もいつものように『僕は悪くない』とぬかし、宴会延期を悪びれなかっただろう。しっかりと謝罪したのは、大きなテーブルを埋め尽くすほどの高級料理が鎮座していたからだ。料理長が腕によりをかけた珠玉の逸品。七面鳥の丸焼きやフルーツの盛り合わせといった視覚的にもわかりやすいメニューもあれば、ベルーガキャビアのような魚卵はひっそりとパンの横に配置されている。超が付く高級食材が、付け合わせ程度に食卓を彩っているのだから、どれだけの費用なのか想像もつかない。

  いくらなんでも、デュラハン討伐の賞金があれば賄える範囲だろうが。

 

「冒険のお話が聞けないのは残念ですが……私も王女として、めぐみんさんの救出を果たさぬまま冒険譚にうつつを抜かしてはいられません。明日は臨時で元老院議員を招集する手筈ですが、ギルド長の捜索よりも何よりも、めぐみんさん救出を第一に考えるよう統制を図ります。少なくとも、一個中隊は捜索にあてるのでご安心ください」

 

  アイリスは宴を突然キャンセルされても嫌な顔一つしない。というよりも、仮に球磨川が仲間の安否も気にせずパーティーを楽しむ輩であったなら、王城から追い出したくなっていたことだろう。一個中隊と彼女は約束した。一個中隊とは、通常の軍隊に当てはめれば、小隊(約45人)を4個合わせたもの。最大で180名からなる部隊だ。人を捜すには、兎角人員が多いほうが効率も上がる。ベルゼルグの部隊編成は今ひとつ基準がわからない故、実際の人数までは把握出来ないものの、球磨川達だけで王都を右往左往するのに比べれば、幾分楽になる筈だ。出会ったばかりの冒険者に大人数を割いてくれるのは、アイリスが優しいからか、或いは王族然として太っ腹だからか。

 

「パーティーは延期って、そんなぁ!?どれだけ私が酒席を楽しみにしていたと思っているのよ!!そりゃ、めぐみんが囚われたのはアンラッキーと言うしかないけど、なにも宴を断ること無いじゃない。美味しいご飯をたくさん食べて、張り切ってめぐみんを探しに行けばいいんじゃないかしら」

 

  球磨川がパーティーの不参加を告げた途端、アクアが高速で球磨川の足にすがりつく。アイリスは予想外なアクアの行動にポーカーフェイスを維持しつつ、球磨川を見た。視線を受け取った裸エプロン先輩は、この場でアイリスの怒りを買い、支援して貰えなくなる危険性を憂慮して。

 

『あのさ、アクアちゃん。もしも攫われためぐみんちゃんが、満足に食事を与えられていない状況下だとしても、君は同じ事が言えるのかい?』

「……それは……言えないけど。でも、ご飯を食べれてないってのは、球磨川さんの想像に過ぎないのよね?あくまでも、最悪の可能性ってだけで」

『だね。もっとも、食事どころか飲み物すら口にできていない恐れだってある。もしそうなら、なんてかわいそうなめぐみんちゃんなんだ……!僕の、ガラス細工なみに繊細なハートは、今にも壊れそうだよ!』

 

  球磨川はオーバーなアクションでめぐみんの境遇を憂う。それから数歩、あえてアクアの視界に神妙な顔つきのアイリスが入るように立ち位置を変えると。

 

「あ……」

 

 ようやく女神様も空気を感じ取った。

 

「アクア様、お望みならば今宵宴を楽しんで頂いても構いませんが……」

「いやっ、その。」

 

  王女はあえて言葉を続けなかった。だが、後に付け足される台詞は恐らく、悪い意味合いを持つと予想できる。大方、宴を望めば仁義無き冒険者のレッテルを貼らざるを得ないとか、そのような類の。薄情者の烙印は、女神としても不名誉極まる。

 

「……あー、もう。アレだわ。めぐみんを助けるまでは、宴席を我慢してあげる!よくよく考えてみたら、私ってダイエット中だったのよねっ」

 

  ググッと、拳を固め。アクア様はやっとの思いで酒類を諦めた。……めぐみんを救うその時まで。どうにか正しい解答にたどり着いたアクアに、一息つく男が一人。

 

『あー良かった。君が更に宴を惜しむようだったら、もう少しで僕の心も折れて、あの七面鳥を頬張ってしまっていたところさ!』

「もっとゴネれば良かったわ!」

 

  あと一押しで、球磨川も料理の魅力に落とされていたらしい。アクアの気づきによって、【皆がドン引きする中で拉致された仲間をスルーし七面鳥を食する鬼畜達】という、最低最悪の絵面だけは回避できた。

 

『話は変わるけれどアイリスちゃん。元老院とやらに、この僕も出席させてもらえないかい?』

 

  高級食材は諦めたとはいえ、体を動かす為にエネルギーは欲しい。球磨川はテーブルからパンを二つほどかっぱらうと、一つはそのまま服のポケットにしまった。そしてもう一つを口に運びつつ、アイリスに問う。

 

「クマガワ様が、会議にですか?」

『うん。だって、議題は僕のパーティーメンバーたるめぐみんちゃんを救うことなんでしょ?それなら、参加しても良くないかい?オマケに、僕のこれまでの功績及び、ダクネスちゃんとアイリスちゃんのコネクションがあれば!……僕一人を元老院にねじ込む事は、充分可能だと思うのだけれど』

 

  喋りながらも器用にパンを食べ終えたのか、今度はおもむろにレモネードを付近のメイドから調達する。宴席は遠慮すると言いつつも、なんやかんや立食パーティーを嗜んでいる球磨川。アクアも堪えきれず、手近なサンドイッチあたりを頬張り出した。球磨川がパンを食べたことで、キャビアやお酒はダメでも、栄養補給の類ならば怒られないと判断したようだ。

 

「……元老院議員の中には、頭の固い人物もいます。せっかくクマガワ様に参加頂いても、意見を受け止めようとしない人間がいるかもしれませんわ。」

『だろうね。僕だって、ポッと出の新キャラが我が物顔で仕切り始めたら不快に感じるかもだし。【元老院議員(エリート)】なんて、天井知らずにプライドも高いだろうしね』

 

  そこまでわかっていながら、何故。

 

  アイリスに任せておけば、一個中隊はめぐみん救出にあてられると先程説明済みだ。球磨川が会議に参加しようが、それより多くの支援は魔王軍の侵攻によって難しい。むしろ元老院議員の反感を買えば、一個小隊さえも怪しくなる。メリットがない。

 

『僕が参加するのは不安かな?大人しく、部屋の片隅で観葉植物と同化しておけばいいんでしょ、ようするにさ。』

「ミソギ、お前さては良からぬことを企んでいるな?」

 

  アイリスがううむと唸る傍。もう一人の金髪娘、ララティーナが会話に割り込んできた。

 

『……えっと。ダクネスちゃん、藪から棒にどうしたのさ。企むだなんて、人聞きが悪いなぁ』

「アイリス様、この男の言葉に耳を貸す必要はございません」

 

  スカートつまみの精神的ダメージから立ち直ったダクネスは、球磨川の肩を掴んでアイリスから離した。

 

「ララティーナ……?」

「この男は毎回毎回、事あるごとに状況をかき乱すのです。良いも悪いも綯い交ぜにして、滅茶苦茶にしてしまいます。此度の議会への参加希望も、裏があってのことでしょう」

「……そうなのですか?クマガワ様。」

 

  球磨川と一緒に冒険してきたダクネスが言えば、説得力はある。アイリスだって、王の代理で元老院議員と接するのだ。球磨川が場を乱すような男であれば、参加は遠慮願いたい。ただでさえ頑固な年長者達を相手どるのに、不安要素をいたずらに増やすのは避けるべきだ。

 

『ダクネスちゃん。……君としては、暴走しがちな年頃の僕を諌めて、つとめて問題を起こさせないつもりなのだろうけれど。度重なる僕による問題発生を、今回ばかりは先んじて防げた気になっているようだと邪推もしてみよう。』

 

  空になったレモネードのグラスを、メイドさんが持つトレーに戻した球磨川が、にわかに怒気をはらんでダクネスに詰め寄る。

 

『だけど、君はズレているよ。心配するポイントが違うじゃないか』

「ズレているだと?」

 

  ピクっと眉を寄せて、ダクネスは球磨川を見つめる。如何なる時もひょうひょうとしている球磨川が怒っているように感じ、微かに狼狽えるダクネス。

 

『どうやら、僕が元老院で何かやらかすんじゃないか。おおよそ、そう考えて釘を刺したつもりだろうけれど。生憎と今だけは僕におふざけをする気はない。一番大切なのは、めぐみんちゃんを救うことだ』

「本当か?」

『うん、本当だとも。元老院の話次第で、めぐみんちゃんの安否が変わるんだよ?議員の皆さんが碩学らしく話し合いしてくれている中でふざけても、損しかしないよね?百害あって一利なしだ』

「いや……これまでも、ミソギが場を引っ掻き回した時に得をした気はしないのだが」

 

  いっそ、真面目に話し合いに加わった例の方が少ない気がする。なんなら、皆無ではないか。

 

『だっけ?よしんばそのような事実があったとしても、過ぎた事を言ってもはじまらないし、この際考慮しない方がいい。なんせ僕は、過去では無く未来の話をしているんだから、さ!』

 

  過去にとらわれない男、風先輩。無駄に白い歯を見せてニヒルに笑う様は、非常に憎たらしい。

 

「……未来は、今のお前の行動の上に成り立っているんじゃないのか?元老院の反感を買えば、めぐみんが救えなくなる未来が待っているぞ」

『【未来が待っている】?そんなわけないじゃん。【過去と未来には連続性が無い】って、どこかの未来人が言ってたぜ。』

「連続性が無いだと?嘘を言うな。過去と未来が繋がってない筈ないだろう。だいたい、未来人が言ってたとは何だ。未来人の発言をお前が聞けるものか。」

 

  未来人。というより、球磨川が思い浮かべているのは、部室でメイド服を着て、お茶を淹れてくれる上級生だ。

 

『頭が悪い奴には理解出来ないだろうけど、聡明なダクネスちゃんなら飲み込めると信じて言うとだね。僕が元老院の怒りを買って、一個中隊を貸して貰えなくなるなら、怒りを買わなかったとしても一個中隊は貸して貰えないのさ』

「ん。……二人しかいないパーティーメンバーが期待してくれた以上、どうにか話の内容を理解しようと頑張ってはみるが、中々骨が折れそうだな。まず、基本的なところから聞いてもいいか?」

『はい、ダクネスちゃん』

 

  おずおずと手を挙げたダクネスを、球磨川が当てる。

 

「元老院の件は、アイリス様に頼めばなんとかなるに決まってるじゃないか。それに、怒りを買わなければ部隊を貸してもらいやすくなるのは間違いないと思うのだが」

 

  ダクネスだけではない。アイリスも、クレアも。気がつけば全員が、球磨川の言葉を虚言だと思ってるような顔をしていた。ただ一人、サンドイッチを頬張り続ける女神、アクアだけを除いて。

 

『アイリスちゃんに頼んで何とかなるとすれば、僕が元老院の怒りを買っても、やっぱり何とかなるんだよ』

「ちょっと待て。さっきから色々述べているが、それだとまるで、どんな行動をしても結果が決まっているように聞こえるぞ」

『そう、この世界ではどうやら、先に結果は決まっているみたいなんだ。君の聞こえ方は正しいよ』

 

  過程に意味なんか無い。どの選択肢を選ぼうと、結果は一つに収束されるのだと、球磨川は語る。

 

「球磨川さん。それ、トホーフト?」

 

  球磨川同様にレモネードで喉を潤す女神が、珍しく話を拾う。

 

『おや、アクアちゃん。君の口から、かのノーベル受賞者の名が出るとは思わなかったよ』

「あんまり馬鹿にしないでちょーだい。私だって、担当してる世界のニュースくらいはチェックしてるんだから!」

 

  いつもは謎空間で漫画やゲームで暇をつぶす女神様がトホーフト教授の名前を知ったのは、人間界で流行っていた【恐怖の大王】、すなわちノストラダムスの大予言に興味を持ったからだ。テレビ等のニュースに目を通していた際、同じタイミングでたまたま稀代の天才が取り上げられていたのだ。

  つまりは、偶然。しかし球磨川としては、アクアに知性を垣間見た気になった。

 

『あはは、そいつは失礼したぜ。ちょっとは【らしい】ところもあるんだね』

「でしょ!?……ねえ、見直した?少しは私の賢さが証明できたかしら!?」

 

  本人が前のめりで評価が上がったかどうかを確認してこなければ、言うことなしだったのだが。

 

「だ、誰なのですか?その、トホーフト様とは」

 

  知らない名前に、アイリスは首をかしげる。

 

『僕のせ……出身地では、名の知れた研究者さ』

 

  世界といいかけて、出身地と濁した球磨川は、たんたんとトホーフト教授について語る。日本というか、元いた世界の説明が面倒くさいため、ところどころボヤかしはしたが。

 

  ヘーラルト・トホーフトは、オランダ生まれの理論物理学者である。1999年にノーベル物理学賞も受賞した、量子力学の第一人者によると。未来は100パーセント決まっているのだそうだ。アイリスが助力しようと、一個中隊を貸し出そうと。宇宙の構造的にめぐみんが助からない未来が確定しているのなら、全部が無駄となる。核ミサイルがあろうが、憲法9条が無かろうが。どんな手を尽くしても、めぐみんの死は現実のものになるのだ。反対に、めぐみんが生存するのが世界の決まりであれば、アイリスの助力も必要なく救える。球磨川がひのきの棒しか持たず救出に向かっても、どうにかなってしまう。少なくとも、命だけは。

 

「未来は決まっている、ですか。……中々面白い仮説ではありますが、納得は出来ません」

『へえ?どうしてだい、アイリスちゃん!』

「だってそうでしょう。今日私がお二人と謁見したのも、宴の準備をしたのも。全て、私が自分で決めた事ですもの。もし剣の稽古へ向かう途中、お二人の喧騒を気に留めなければ、貴方がたとは出会っていませんわ。気まぐれで足を止めただけ。たったそれだけで変わってしまう未来なら、如何様にでも変化すると思うのですけれど」

『なるほどね。ま、感情が理解の邪魔をするのも無理はないか』

 

  未来が確定していると聴くとどうしても、人間には自由意志があるように感じてしまうが、それは錯覚に過ぎない。朝、起きてまず歯を磨くか、もしくは先に顔を洗うか決めているのも。昼にラーメンとカレーのどちらを食べるかも。進路や就職先、果ては結婚相手でさえ、自分の意思で決めている気になっているだけで、全ては宇宙によって決められている。

  帰宅寸前で激しい夕立に降られた時も、運がないのではなく、あらかじめ確定していたと受け止めるしかない。或いは、誰かが自分の意思で靴下を右から履こうが左から履こうが、未来にはなんら影響しない。不確定性原理は理論的に正しくても、宇宙における根源的な法則では無いというのが、トホーフトの理論だ。

 

  因みに、タイムパラドックスを解決し、確定している未来を変えたいのなら、ダイバージェンス1パーセントの壁を越える必要があるというのは、オカリン(ジョン・タイター)理論である。

 

『ちょっと小難しく聞こえたかな?まとめると、僕が元老院に参加しても大丈夫って話なんだ!』

「すまん、せっかく聡明とか褒めてもらったものの、全くわからないんだが」

「わ、私もです…….」

 

  量子力学が異世界に存在していなければ、とても頭に入らない。理解するための土台がないから、頭の良し悪しは問題ではないのだ。

 

『ええー?もしかしてダクネスちゃんとアイリスちゃんって、理科の時間は先生に隠れて寝ていた人だったりする?』

「球磨川さん。この世界は基本的に家庭教師スタイルだから、先生の目を盗んで寝るのは不可能なの」

 

  アクアが、日本の学校をイメージしていた球磨川にこっそり教えてくれる。

 

『そうなんだ。なら、尚のこと僕を参加させるべきだね。アイリスちゃんがいれば一個中隊を借りられる未来を、僕が協力して一個大隊が借りられるように変えてみせるから!』

「そんな真似、お前に出来るのか……?いや、それよりも、トホーフトとやらの理論とお前の発言が早くも食い違ってるのだが」

 

  口先だけは上手い球磨川に、ダクネスは先程から白い目しか向けていない。ていうか、未来は決まっていると言われた直後に、未来を変えてみせるとか言われてしまった。1分未満の単位で言うことが変わる男と話すうちに、頭がどうしてもこんがらがってくる。

 

『ね!どうだいアイリスちゃん。大人しくしてるから、是非とも参加を許してくれよ』

「は、はぁ……。まあ、大人しくして頂けるのなら……」

 

  もう、許可しないと延々と面倒くさい説得をされそうだと察したお姫様は、ついに参加を許してしまった。最悪、場を乱すようならスリープでもかけてしまえば良いと、やや手荒な手段も考えて。

 

「アイリス……様……!」

 

 クレアがピクッと腰を浮かせたが、王女の決定に、こんな大勢の人間がいる中では意を唱えられない。

 

『約束だぜ?そうと決まれば、僕は休ませて貰おうかな。爆発されて、節々が痛むんだよね』

「で、では、客室まで執事に案内させますわ」

 

  これ以上球磨川を相手にしなくて済む。アイリスは助かったとばかりに執事を呼び、球磨川を退室させる。

  明日の元老院は、普段以上に気を使うことになりそうだ。

 

『じゃあ、また明日とか!』

 

  ポケットに忍ばせた二つ目のパンを取り出すと、執事の後に続きながら食べだした球磨川。

 

  対面した瞬間、【王女様ってどんなパンツを穿いてるんだい?】などとのたまった事から、第一印象から面倒くさそうだとは感じたが、彼の面倒くささはどうやらもう一段階レベルが上だったらしい。

 

「アイリス様。明日の元老院では、十分にお気をつけ下さい……」

「ララティーナ、それ以上は言わないで下さい」

「も、申し訳ありません……!」

 

  球磨川の背を見送りつつ痛む心臓をさするダクネスさんと、これまでの実体験を元に発せられた注意喚起を受けて、やっぱり参加をとりやめようか本気で悩むアイリスだった。

 

 …………………………………

 …………………………

 …………………

 

 

「おはようございます、クマガワ様」

 

  新しい朝。これが夏休みであればスタンプカードを首にかけ、近所の公園にラジオ体操をしに行きたくなるくらいに晴れ渡った空が、大きな窓一面に見渡せる。キングサイズのベッドと一体化していた球磨川は、聞きなれない声で覚醒を果たした。

 

『んん…、誰だい?僕の眠りを妨げたのは』

 

  フカフカの布団から顔だけ覗かせて、球磨川はアイリスの好意によって与えられた客間を見渡す。目に付いたのは、出入り口に控える執事風の男。彼は昨夜球磨川がベッドに潜り込む際にはいなかった。大方、お世話係として派遣されてきたのではないかと、あたりを付ける。

 

「申し遅れました。本日よりクマガワ様が王都に滞在している間、側仕えをさせて頂きます、ハイデルと申します。以後、よしなに」

 

  予想通り。せっかく王城の、とびきり絢爛豪華な客間で寝泊まりさせて貰えているのに、なんだか顧問の先生に監視されながらの宿泊学習を思い出す球磨川だった。

 

『ハイデルさんか、オッケー!あわよくばミニスカートのメイドさんが仕えてくれた方が癒されるものの、今の僕はお客様だから贅沢は言わないさ。で、僕を起こしたって事は。もう朝ごはんの時間だったりするのかな?』

「左様でございます。その前に、差し支えなければアーリーモーニング・ティーを用意しておりますが、如何なさいますか?」

『ん。せっかくだし頂こうかな』

「かしこまりました」

 

  恭しく一礼すると、ハイデルは廊下からティーワゴンを運び入れ、慣れた手つきで紅茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

 

  差し出されたのは、一目で高価だとわかるティーカップ。紅茶だけではなく、カップも程よく温められており、温度が下がりにくいようにといった気遣いが感じられる。

 

『ありがとうっ!実はアーリーモーニング・ティーというのが何なのか理解してなかったんだけど、気持ち半分で返事を返してしまった適当な自分に嫌気がさしたりもしたものの、なるほど。寝起きに飲む紅茶なんだね!寝床で紅茶を頂けるだなんて、まるで貴族さながらじゃないか。ハイデルさん、これは見事な執事ぶりだぜ』

「光栄に存じます」

 

  未だベッドの上に居座りながら、球磨川は紅茶に口をつける。濃いめのミルクティーだ。茶葉の高貴な香りに、ミルクがマッチした逸品。朝一、水分を欲していた身体にはピッタリの味。

 

『五臓六腑に染み渡るなぁ……。こんなにも優雅な朝を迎えたのは、この世界に来て初めてだよ』

 

  なにせ異世界に来てからというもの、球磨川が寝泊まりしているのは基本的にずっと馬小屋だ。例え藁であっても快眠可能な球磨川でも、王室御用達のキングサイズベッドと比較したら見劣りしてしまうのは仕方がないだろう。

  球磨川がひと心地ついたのを見計らい、ハイデルが羊皮紙を取り出して。

 

「……クマガワ様。本日のご予定ですが、アイリス様がめぐみん様救出の為、臨時の元老院を開かれるとのことで、クマガワ様も会議にご出席されるとお伺いしましたが」

 

  臨時の客人である球磨川の、一日のスケジュールを確認する。よくよく目を凝らしてみれば、羊皮紙には二行程度の文字しか並んでいない。

 

『そう、勿論ご出席されるよ。というよりも、僕は元老院に参加する為だけに今日まで生きてきたと言っても過言ではない』

「左様でございましたか」

 

  深ぶかとした、一礼。

 

『……ハイデルさん。ユーモアってご存知かな?』

 

  ツッコミを放棄されてしまえば、球磨川も調子が狂う。が、ハイデルも執事として、客人に異議を申し立てたりはしない。まともな発言が少ない球磨川と、礼節を重んじる執事。決して噛み合うことの無い歯車が出来上がるわけだ。そもそも、今日球磨川と出会ったばかりのハイデルとしては、球磨川が本当に元老院への参加を悲願にしてきたのだと信じてしまっても、なんらおかしくない。為政に関心が強い若者は、国内にも多い。

 

『とりあえず紅茶美味しかったよ、ご馳走さま。そして、これから引き続いて朝食を頂けるのかな?どこか広い会場に河岸を変えて、アクアちゃん達と一緒に摂取する系だったりする?』

 

  ティーカップをハイデルに戻すと。紅茶で良い感じに空腹を思い出した胃袋を、腹の上からさする球磨川。

 

「朝食はこちらに用意してあります。本日のメニューは、フォアグラです」

『あ、ここで食べるんだね。朝からフォアグラとは、また贅沢だ』

 

  世界三大珍味の一つ。ガチョウやアヒルに、餌を豊富に与えて得る肝臓だ。フランスの富裕層から広く支持を得る高級食材で、コース料理のメインディッシュとして扱われることもしばしば。

 

「本日は、アルカンレティア産のフォアグラを取り寄せました。上質な湧き水で作られたクリムゾンビアをガチョウに与える、独自の飼育法で作られたフォアグラは大変美味でございます」

『なんだか、聴いているだけで腹の虫が泣くよ。ハイデルさん、早く持ってきてもらえる?』

「かしこまりました」

 

  ティーワゴンと共に一旦ハイデルは退室する。アーリーモーニング・ティーは文句なく美味しかったので、自然と朝食への期待も高まるというもの。ベッドの上でそわそわと落ち着かない時間を楽しむと。

 

「お待たせ致しました」

『ハイデルさん、全く君は焦らし上手なんだから。今の数分だけで、僕はフルコースもペロリと平らげられるくらい空腹になっちゃったよ』

 

  執事の入室を見て、球磨川はテーブルに居場所を移した。紅茶くらいならまだしも、ちゃんとした食事は椅子に座って食べたいらしい。

 

「申し訳ございません。こちらが、フォアグラでございます」

『こ、これは……』

 

  配膳されたのは、赤い椀が一つ載った長方形の黒いお盆。お椀だけ。

  フォアグラと聞くと、やはりフランス料理のイメージが強い。平たいお皿にチョコンと盛り付けされ、トリュフのソースなんかがオシャレにかかっているような姿を想像していたのだが。お椀の中身は蓋で隠されているので、蓋を開ければソテーが鎮座しているのかもしれない。

 

『ソテーかテリーヌか知らないけれど、お椀に盛り付けるべきではないと思うよ。料理は見た目でも楽しむものなんだからさっ!これじゃあチグハグな印象を与えてしまうだろう?食戟で勝つつもりなら、そういう細かい気配りも必要だぜ』

 

  球磨川は逸る気持ちを抑えて、蓋をとる。

 

  そこには。

 

  ……ダシが丁寧に取られた味噌汁の中に沈む、世界三大珍味の哀れな姿があった。

 

「本日の朝食、【フォアグラのミソスープ】でございます」

 

  ハイデルの心地いい低音ボイスが、世界で最も味噌汁に馴染み深い日本人である球磨川でさえ聞いたことがない料理名を告げた。

 

『せっかくのフォアグラが台無しだよハイデルさあぁぁん!!!』

 

  あらゆる物事を台無しにしてしまう裸エプロン先輩でも、フォアグラを味噌汁にぶち込むことはしない。海原雄山のように、キッチンまで赴きシェフを怒鳴りつけたくなるほど、味噌汁は塩っぱかった。

 

  元老院議員との話し合いを前に、やる気を削がれる朝食となってしまった。シェフのセンスによって、球磨川はなんとも残念な気分のまま、会議の場へ向かうことを余儀なくされたのだ。

 

 






アクアがトホーフトを知ってるのは違和感あるね。


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七十一話 元老院 その1

  球磨川が睡眠を求め客間へと姿を消し、アクアも続いた後。アイリスは明日の元老院を前に、僅かにだが心を休ませられる時間を得たのだが。気持ち的にはこのままベッドと一体化したいものの、それを許さない存在が二人ほど、アイリスの元を離れずにいた。

 

「アイリス様!どうしてあの男が元老院に参加する事を許可されたのですか。王女殿下に対する不敬、到底見過ごせるものではありませんでした。あのような無礼な態度を元老院でもとれば、参加をお許しになったアイリス様の名に傷がつきます!」

 

  アイリスの執務室で、淑女らしくない大きな声で物申しているクレア。怒っているのは当然、とある過負荷が元老院に顔を出す一件だ。球磨川に良いイメージを持っていない配下がどうすれば納得してくれるか、普段なら、あと一刻もすれば夢の世界へ旅立っているアイリスは、頭を使うと同時に健気にも重い瞼も持ち上げていた。

 

  王女の教育係であるレインも又、クレア程声は荒げないものの、幼い王女に進言する。

 

「元老院議員の中には、誠に遺憾ではありますが現体制に不満を抱える者がおります。これまでは、アイリス様の一分の隙も無い素晴らしい差配を前に打つ手が無かった議員達ですが……クマガワ殿は格好の的でございます。国王不在の今、あえて不届き者を助長させるような要素を取り入れる必要は無いかと」

 

  王国といえど一枚岩では無い。ここ王都には多数の反王族派が存在するのだ。武力に政治手腕、共に優れた現王の前では巧みに離反を隠す老獪な議員達も、アイリス相手では遠慮が無くなる。第2位の王位継承権を持つアイリスを懐柔ないし、キバを抜けば元老院議員の誰かが実質国のトップに立てる可能性は高い。ただし。アイリスの兄、即ち王子がいる限りは絵空事であり、当然、王族派の貴族が大多数な現状、表立ってアイリスに敵対するほど愚かな人間はそういないが。クレアの言い分はごもっとも。

 

「二人の気持ちはわかりました。ですが、王女に二言はありません。クマガワ様の参加は覆せないのです。不参加に持っていこうとするよりは、どれだけ彼をコントロール出来るかを考えるべきね」

 

  アイリス様は事もあろうに過負荷の代表をコントロールする方法を模索するらしい。

  ちょっとでも彼を知っていれば、それが如何に修羅の道かはわかる。黒神めだかにも、人吉善吉にも。……人外の安心院なじみでさえ掌握不可能だった負完全の存在をどうにかしようなどと思う時点でナンセンス。人を見る目が養われる王族でも、初対面で球磨川禊の全ては見抜けなかったようだ。ただ、だとしてもそれはアイリスの責任となる。無知は罪なのだ。事実、箱庭学園の面々に【球磨川を会議に参加させたら敵が増えた!】と愚痴っても、そりゃそうだとしか返ってこないだろう。

 

「むう、アイリス様のカリスマ性ならば確かに可能ではあるでしょうが……アレは並の人間ではございません。いかに素晴らしいお言葉を聞かせようと、受け手に理解する知能が無ければ馬の耳に念仏かと」

 

  クレアも、まだ球磨川が言葉による説得でどうにかなると思っているようだ。安心院さんが彼女達を覗き見してるとすれば、きっと微笑ましく感じているに違いない。

 

「ですがクレア。クマガワ様は非常に博学だと思います。我々が全く知らない、この世の未知なる法則を説明してくれたじゃありませんか」

 

  こちらの世界では未発見な、電弱相互作用の量子構造について。といっても、球磨川の話も受け売りでしかないが。

 

「……あんなものは、でまかせです。人間の未来が全て決まっているなど、あり得ないでしょう」

「そ、そうでしょうか?いえ、私だって行動全部が生まれた時から定められているとは考えにくいですが」

「そうですよ。アイリス様の御前で、少しでも知恵者ぶろうと策を弄したに過ぎないかと。それに奴は、我が至宝を……」

 

  クレアは球磨川の行いを思い返して、無いはずの剣を触る。消え去ってしまった、己が家に代々受け継がれた、名の知れた鍛治職人が打った一振り。最終的に宝剣が消えたのは球磨川の所為だと断定出来ず終いだったものの、状況証拠としては彼がやったとしか思えない。もしも元老院で同じような行動を起こせば……最悪、内紛もあり得る。貴族は家の豊かさを、高価な品を手に入れる事でアピールするものだ。此度の議会にも、貴族達は輝かしい宝石で着飾って来る筈。球磨川がホイホイとそういった品を消し去れば、反王族派が憤るのは道理。宝物の一つや二つで武力に訴えるほうが貧乏人ぽい気もするが、問題は別にある。球磨川が反王族派の貴族を害するのが不味いのだ。アイリスが手を回して反王族派の発言力を無くそうと企てたという、王族に敵対する大義名分を与えてしまう。

 

「アイリス様。魔王軍の侵攻が激化してきた状況で、一平民を助ける為の部隊を編成する。この議題だけで反王族派はいい顔をしないでしょう。 そんな中、クマガワ殿が反王族派に害をなせば……反旗を翻す口実にされかねません」

「わかっています。だからこそ、クマガワ様達の活躍を利用させて頂くのです。この国の冒険者として彼らが有用だと証明出来れば、めぐみんさんを救出して魔王軍に対抗してもらったほうが良いと理解させるのです」

「……なるほどですね。諸刃の剣、というわけですか」

 

  レインが手を叩く。球磨川の名は、元老院議員ともなれば耳にしている。デストロイヤーを足止めした事も、ベルディアを討伐したことも。力ある貴族なら、報告だけは受けてて然るべき。力や家柄に差はあれど、議員ならばそれだけの諜報能力は持っているだろう。

  議会の場でめぐみんが球磨川のパーティーにとってどんなに大切か、そこを理解させれば救出の優先度だって上がる。ただ、名前しか知らない冒険者に兵を与えると言って納得させるのは骨が折れるので、実物を見せる事で説得し易くなるのを期待しようというのだ。

  欠陥があるとすれば、そもそも球磨川を見せたところでどうなの?って話だ。別にあの過負荷は筋骨隆々でも無ければ、格段に賢そうでもない。

 

「魔剣の勇者であれば、説得力もあるのだが…」

 

  イケメンで、高身長で、実績もある。かのキョウヤ・マツルギだったなら。元老院に参加させても、こうも頭が痛くはならなかったことだろう。

 

「二人とも、心配してくれてありがとう。でも、後は私の責任です。めぐみんさんを救出する為、できる限りのことはやってみますから!」

 

「「アイリス様……!」」

 

「ふふっ。大船に乗ったつもりでいて下さい!」

 

  幼き君主に、自然と膝をつく従者二人。愛らしく、美しく、賢く、清く、強い王女様。そんな完璧人間と呼んでも良いアイリスなら、今回もなんとかしてくれる。クレアとレインの絶大な信頼を受けて、王女も気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

  大船に乗ったつもりでと、アイリスは配下二人を説得した。誰しも、泥舟に乗るよりは豪華客船に乗りたいと思うのが普通だが……いかに安全に配慮したところで、必ずしも無事故だとは言い切れない。

 ……どれだけ大きな船に乗っていようと、氷山にぶつかれば沈むのが道理だからだ。

 

 ……………………………………

 ………………………

 …………

 

  元老院議員は、王国で選ばれし貴族から、更にふるいにかけられて残った優秀な人間だけがなれる。生まれは当然名家で無くてはならず、世襲制もしくは、家名に溺れず人生において自分を律してきた生真面目な者たちだけが得られる肩書きだ。

  朝早くから屋敷をたち、王城まで臨時の会議に参加しにきたカイネル=ロープは、コネクションのみに頼らず、自力で今の地位を掴み取った有能な人材だ。30代半ばで議員の地位についた秀才ぶりは貴族間で広く知れ渡っており、彼を若僧と馬鹿にするものはいない。此度、アイリスから急ぎで会議を開くと連絡があった際には、色々と王都を取り巻く問題を想定した。魔王軍の襲撃や、食料の備蓄。近年、不安の種となっている隣国エルロードとの国交。軽く思い起こすだけでも枚挙にいとまがない問題達。しかし、これらは定例会議で話されている内容なので、臨時の議会ではもっと違う議題になると見られる。何か不測の事態に陥ったと考えるべきだが、気が重い。

 

「如何なさいましたか?ロープ家当主殿。先程から、ずっと難しい顔をされてますが」

 

  思案に耽るカイネルの左隣、キツネのような顔の貴族が優しい笑みを携え問うてくる。カイネルは話しかけてきた相手が見覚えのある人物だと認識すると同時に、一瞬で顔と名前を一致させた。

 

「失礼、バウロ殿。アイリス王女殿下が急ぎ我々を招集した目的は何なのかを考えているうち、自然と眉をひそめてしまっていたようです」

 

  隣の男、バウロにカイネルは向き直る。良いタイミングで話しかけてくれたと、カイネルは心中で感謝する。そろそろアイリスが会議の場に姿を現わす頃合い。元老院議員としては、腹の中を探られぬべく、平然とした顔をすべきだからだ。

 

「そうでしたか。私も貴殿と同様の思考に耽っていたところですよ。希望を持ちたいところではありますが、良いニュースとは限らないでしょう。過去、臨時で元老院が開かれた際、問題が発生したケースが9割ですからね」

 

  バウロも、顔には出さないが嫌な予感を感じている様子。もうすぐ還暦の彼は、王族派として有名だ。彼を邪魔に感じる反王族派がこの場にどれだけいるのかはわからないが、カイネルは自分たちの話を盗み聞きされている危険を考慮し、頷きで返す。

  会話を打ち切りにするべきだとしたカイネルの意図を汲み、バウロも沈黙へ移行した。待つこと数分。

 

「お待たせいたしました、議員の皆様。これより、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス様の入室となります」

 

  会議室のドアを開け、初老の執事が丁寧な礼をした。そうして部屋の入り口に向き直ると、一流のドアマン顔負けの華麗な仕草で扉を抑えた。

  十分確保された開口からは、紹介の通りこの国の王女アイリスが入室してきた。

  ……背後に、見知らぬ少年を引き連れて。いや、むしろ少年がアイリスを差し置いて部屋に滑り込む。

 

『わーっ!!ここが元老院ってトコロなんだ!アイリスちゃんの部屋に負けず劣らず、豪華っていうか煌びやかだねっ!!会議を行う為だけの部屋に装飾が必要なのかは、それこそ議論の余地があるけれど。でも安心して!僕個人は無駄な意匠も嫌いじゃ無いぜ』

 

  黒髪黒目。中肉中背。見た目だけなら十人並みな少年は、恐れ多くも王者殿下をちゃん付けで呼んだ。今回参加した30名の議員達は、球磨川の参加を知らされていない。王女よりも前に入室した無礼者は誰なのかと、各々混乱を隠しきれずに球磨川を観察した。

 

(……クマガワミソギ?)

 

  この場で一人のみ。カイネル=ロープだけは類い稀な観察眼によって闖入者の正体を見破った。外見的特徴、言動、仕草。どれも事前に密偵に調べさせて得た情報とピタリ一致している。

 

(だとして、何故この場にいる?)

 

  あまりにも場違いな男の登場に、カイネルはバウロの気遣いむなしく、再度眉を無意識に寄せた。この辺りは、まだ経験不足感が否めない。

 

(アイリス様は何をお考えだというのだ。今回の臨時招集、もしやクマガワミソギが一枚噛んでいるのか?)

 

  あり得なくはない。ただ、反王族派もいるこの空間に庶民を同席させる意図は、優秀なカイネルでも読めなかった。

 

「クマガワさん!私の後について来て下さいとお願いしたじゃありませんかっ!それと、貴方は私の部屋を見たことないですよね??」

『見たことが無いなんて、寂しいこと言うなよ。昨夜も夢の中で、アイリスちゃんの部屋でババ抜きをして遊んだじゃないか!』

「それは、見たことが無いって言うんです!」

『そうなの?』

 

  王女に礼をしたままの貴族達は、腕を下げるタイミングが訪れず、困惑する。

 

「あ!皆様、楽な姿勢で大丈夫ですわ。本日は急な呼びかけにも関わらずご足労頂き、ありがとうございます」

 

  アイリスの許しを得た貴族達は、各々腕を下げた。全員の視線が球磨川に集まっていることで、まずは彼を紹介する必要があるとアイリスは判断して

 

「紹介が遅れました。こちらは、アクセルの冒険者、クマガワ ミソギ様です。皆様御存知かと思いますが、数々の功績を残している素晴らしいお方ですわ」

『数々の偉業を成し遂げた素晴らしい冒険者こと、クマガワミソギでーす!よろしくです、元老院議員の皆さん!』

 

  ダブルピースで笑顔を放つ姿に、元老院に対する敬意は感じられず。自画自賛を初対面でやってしまうと、当然良い印象なんか与えられない。これからめぐみん捜索の助力を得なければいけない中で。元老院の場は、不気味な程に静まり返ったのだった。



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七十二話 元老院 その2 【挿絵あり】

会社が昨日も今日も休みなので、思う存分投稿出来ます。なんなら、会社倒壊してもいいんだけど。敷地内にバベルガ・グラビドンしたいくらいです。


 

「……アイリス王女殿下。その者、えー、クマガワ殿でしたか?彼が如何に優れていようと、ここは神聖なる議会の場。いくらなんでも平民を参加させるのは如何なものかと」

 

  反王族派の一人が、真っ先にアイリスへ真意を確かめた。返答内容によっては、そこから王女を切り崩すつもりで。先代の王の頃よりいる、頑固な老人だ。最近はよくアイリスに突っかかってくるようになり、幼い王女の頭痛の種となっている。

 

「とても大切な会議であるのは重々承知の上です。それでもクマガワ様をお連れしたのには理由があります」

「理由、ですか。一体どのようなものか、お聞かせください」

 

  アイリスはチラリと球磨川を一瞥して。

 

「本日お集まりいただいた議題が、クマガワ様のパーティーメンバーを捜索する為、騎士団を編成するというものだからです」

「なんですと……!」

 

  元老院議員達の、唾を飲み込む音が聞こえる。現在、自分たちの安全を確保している騎士団のリソースを他に割くと発言されたのだから、当然の反応だ。魔王軍の侵攻が重なったらどうするのかと、議員同士小声で話すのも聞き取れた。

  一通りは剣を学んだ者たちの集いだ。危なくなれば、自分の身は自分で守ればいいと思う球磨川だったが、彼らが満足に動けたのは遠い過去。身体に馴染んだ重たい脂肪に邪魔されては、ジャイアント・トード相手でも殺されるしかない。

 

「クマガワ様のパーティーメンバーのめぐみんさんが、アクセルの前ギルド長であるディスターブによって拉致されました。現在、安否も不明です。一刻も早い捜索を要し、又、クマガワ様達だけでは広大な王都を調べるには人手不足の為、騎士団の派遣を視野に入れた次第です」

 

「アイリス様。いささか、温情が過ぎるのではありませんか?クマガワ…殿のパーティーメンバーが、守るべき国民であるのは事実ですが。クマガワ殿を含め、その捜索対象のお方……めぐみん殿ですか?……も、現在冒険者として名を馳せているのでしょう?でしたら、まずはご自分達でどうにか対応して頂くべきと愚考しますが。そこらの駆け出し冒険者ならともかく、クマガワ殿達は魔王軍幹部とも渡り合える実力者なのですから」

 

  さっきアイリスに突っかかったのと同一人物が、背もたれにドップリと寄っ掛かりながら反対の意を示した。

 

「キシュメア伯爵。貴殿の考えには賛同致しかねます」

 

  いままでは。伯爵の地位にいる自分が発言すれば、アイリスもハッキリと否定してこなかったので、王女を軽んじて来たキシュメアと呼ばれる老人。だが、まず最初にキッパリと意見を切り捨てられたのは、これが初めてかもしれない。

 

「むっ……!?」

 

  これまでとは反応が違う王女の態度に、踏ん反り返っていたキシュメアは背筋を伸ばす。救国の英雄を連れて歩いている事が、アイリスに変な勇気を与えているのではないか、平民に頼れる王族の姿を見せようと張り切っているのではないかと。どうにも、この会議でアイリスを言いくるめるのは普段より骨が折れそうだと、老人は乾いた唇を舌で湿らせた。

  さて、どのように誘導してやれば、王女殿下の機嫌を損ねず傀儡に出来るだろうか。伯爵がどう順序立てて、アイリスに騎士団の派遣を取りやめさせようかと思案していると。

 

『愚考すると言ったけど、この上なく……いや、この下なく愚考だよね。自分で言うだけあるぜ』

「……なにっ」

 

  キシュメア伯爵が鋭い視線で球磨川を射抜いた。眉間にシワを寄せて、下等な愚民に貶された苛立ちを、どうにか抑え込んでるようだ。が、睨まれても球磨川の呑気な顔は変化しない。隣でアイリスが、球磨川の発言内容に冷や汗をかいてるのも知らずに、過負荷は続ける。

 

『アイリスちゃんは、まだ説明途中といった感じだったのに否定するとかさぁ。無礼千万じゃないかい?人の話は最後まで聞くもんだぜ。あと、冒険者なら自分達でどうにかしろと言ったけれど、僕たちが行動を起こさなかったとでも?』

 

  そう。行動は起こしたのだ。……結果的に、めぐみんを拉致される最悪の展開になっただけで。印象が悪くなるので、当然細部までは語らない。

 

「……王女殿下におかれましては、騎士団派遣を考えているとのこと。しかし、魔王軍の侵攻に苦しむ我々にとって貴方のパーティーメンバー捜索に戦力を割くのは非常に危険なのです。もし、もしもですよ?貴方のお仲間を探したがために、魔王軍に王都を攻め落とされた場合、どうするのですか?」

 

  まるで幼児に教えるみたいに、優しい口調で球磨川を相手にする伯爵。魔王軍を討伐したと言っても所詮は平民。目の前の事しか考えられていないのだ。元老院議員としては、この国の未来を、広い視野で考えなくてはならない。

 

「我々はこの国の頭脳として、物事をあらゆる面から見なくてはなりません。いいですか?この会議の結論次第で、国が滅ぼされる恐れだってあるのですよ?そうなったら、貴方に責任がとれるのですか?」

 

  伯爵は黙ったままの球磨川を見て、ぐぅの音も出ないと判断して一息つく。

 

  しかし。

 

『とれるけど。』

 

「……はぁ?」

 

  声をあげたのはキシュメア伯爵ただ一人だったものの、今元老院にいる全員が同じように声をあげたかったところだろう。隣で落ち着かなかった王女殿下もまた、目を白黒させている。

 

『責任は取れるって言ったんだけれど?』

 

  小首を傾げる過負荷に、伯爵が項垂れた。鉄のように重たい息を吐き切ってから、どうしたら頭の悪い男に現実を理解させられるか考えて。

 

「クマガワ殿。恐れながら貴方には、そのような力はありません。……決して貴方を悪く言うつもりではないのですよ。何故ならば、この国が滅ぼされたとして、その責任を負える人間など存在しないからです。そちらにおわすアイリス王女殿下でさえ、誠に恐縮ですが、国が滅びた後では責任のとりようがない。今も前戦におられる国王陛下でさえ、です。平民である貴方には、尚更無理な話でしょう?だからこそ、この場では国の存続が最も優先されなくてはならない。わかりますか?」

 

  滅びるとか、王でも責任がとれないとか。不敬罪が適用されかねない発言も、アイリスは咎めない。この会議の記録は、隅のテーブルで係の人間が一言一句違わず記している。後からだって言及は可能だ。そして、キシュメア伯爵はこれくらいの失言では揺るがない権力を持ってしまっているのも事実。それに何より、キシュメアにそんな発言をさせてしまったのは球磨川だ。伯爵を失脚させるべく、アイリスが手駒を使い誘導したと取られるのも避けたい。

 

『あー、すみません。言い方が悪かったよ!まあ、一度は国が滅ぼされたとしても……僕のスキルがあれば元に戻せると言うべきかな』

「……やれやれ。やはり世迷言ですか。」

 

  キシュメア伯爵の表情は、できの悪い教え子に匙を投げた教師のそれ。

 

「アイリス様っ!残念ですがこの者は、やはり会議に相応しくないようですな。馬鹿な発言にイライラさせられる!クマガワ ミソギ殿の、即時の退室を求めます!」

「ええっと……」

 

  アイリスが困った顔で、キシュメアと球磨川。それと、いつも助け舟を出してくれるカイネルに視線を彷徨わせる。でも、なんだか球磨川をこのまま退室させれば丸く収まるんじゃないか。そう考え、球磨川の様子を伺うと。

 

  ガチャンッッ!!!

 

「……え?」

 

  椅子から立ち上がった球磨川が、湯呑みをテーブルに落とす姿があった。

  硬い石で出来たテーブルにぶつかり、湯呑みは粉々。中のお茶も残さず石の上に広がった。

 

「な、何を……!」

 

  狂ったかと、キシュメアは球磨川を警戒する。アイリスもダクネスの注意を思い出して、ちょこっと後悔。追放された腹いせに、破壊衝動を起こしたものとしか思えない。……なんと、常識がないのか。冒険者に憧れていた王女様が、その幻想をぶち殺されかけていると。

 

『これが、滅んだこの国としようか。』

 

  無残に砕けた湯呑みを、球磨川はピッと指差す。

 

『湯呑みは壊れて、中身も溢れてしまった。なんて悲惨なんだろうね。可哀想なベルゼルグだ』

 

  どうも、例え話の為に湯呑みは敢えて割ったらしい。単にストレス発散が目的では無かったと知り、王女がにわかに心を落ち着かせる。

 

「だ…だから言っているのだ!この国がそうなってしまうのを防ごうと!!」

 

『うん。それも一つの手段だな』

 

「一つのだと!?他に手があるとでも言うのか!?」

 

  今度は。球磨川が伯爵に対し、出来の悪い生徒を見る目をした。

 

『さっきも言ったじゃないの。元に戻せば良いってさ!』

「そんなこと、出来るわけがない……!接着剤を用いるとか、焼き直そうなどと考えてはいるまいな!?国で例えるなら、そんなのは単なる復興に過ぎん。死者をも蘇らせるくらいはしないと、元どおりとは言わんぞ!!」

 

  球磨川を除いた全員の代弁をする伯爵。が、球磨川は聞く耳持たない。ただ呼吸をするように、スキルを行使するのみだ。いつもみたいに。

 

『【大嘘憑き(オールフィクション)】』

 

  破壊された湯呑み()は、溢れた(死んだ)筈のお茶(国民)すらも含めて元に戻ってしまった。時間を巻き戻したとか、そんな生易しいものじゃない。球磨川がスキル名を呟いた次の瞬間には、湯呑みが復元していたのだ。【大嘘憑き(オールフィクション)】に至っては、復元という表現さえ間違いだが。

 

『ほら、これで国は元どおりだ!君が言う通り、接着剤も、焼き直しもしていないよ。満足したかな?日本昔話なら、ここでめでたしめでたしと締められるぜ』

「………何が起こったんだ?」

 

  伯爵も、王女も。皆一様に、湯気を立たせる湯呑みを穴が空くほど見つめる。ただ、呆然と。床に散らばった破片も、滴ったお茶もありはしない。

 

『いいや違うね。【何も起こらなかった】と言うのが正しいんだ。僕のスキル【大嘘憑き(オールフィクション)】は、全てを無かった事にするスキルだからね。湯呑みが割れた事実を、なかったことにしたんだ』

 

  割れた事実をなかったことにされては、湯呑みとしては元に戻る他ない。覆水盆に返らずという言葉の意味を真っ向から否定する球磨川先輩に、異世界人はまさに言葉を失った。

 

『おっと!ツッコミを頂きそうだから先に言うけれど、このスキルは物質だけじゃない。人体にも有効だから安心してくれていいよ。もし信じられないと言うのなら、ソイツは今すぐに僕の腕を切り落としてくれたって構わないぜ。同様に、元に戻してご覧に入れるからさ』

 

  思い返せば、転生してから何度スキルの説明をしてきただろうか。ベルディアを討伐したあの日。めぐみんとダクネスに【大嘘憑き(オールフィクション)】の取り扱い説明書を作ると冗談で告げたが……ここに来て、球磨川本人が欲しいと感じる始末。

  どうせ質問されるだろうなと予想した球磨川の思惑は当たり、伯爵を含め機転が利く者は人体への効果についても言及しようと考えた。ただ、他人の腕を切り落としてまで効果を確かめようとするほど、勇気ある人間はいなかった。……一人を除いて。

 

「クマガワ様。少なくとも私個人は、この目で見た後では、奇跡とも言える貴方のスキルを疑うつもりはありません。けど、人間ってのは感情で動く生き物でしてね。貴方の仰る通り、人体への効果も確認しなくては、皆が納得しないし、話も進まないでしょう」

 

  唯一、球磨川に声をかけたのは若き議員。カイネル=ロープ。

  まあ、そうくるのも球磨川の予想通りだ。

 

『うん、そうだねっ!じゃあ、思う存分僕の腕を切り落としてみてよ!なんだったら、両腕だって構わないさ』

 

  なんでもないかのように、腕を切り落とせと言う球磨川に、アイリスは隣で恐怖を感じる。

 

「いいや。それには及びません。」

『……ん?』

 

  せっかく球磨川が、袖をまくって腕を差し出したというのに。カイネルは手で制すと。

 

「むんっ……!」

 

  突き出したのとは反対の手で腰に携えていたサーベルを抜き、迷いなく己が腕を切り落とした……!

 

『うわぉ!猛烈ぅ〜!』

 

  鋭利なサーベルは、殆ど抵抗を感じさせずに骨まで断ち切った。カイネルの隣に座っていたバウロが、頓狂な声と共に後ずさる。アイリスも、キシュメア伯爵も。あまりの痛々しさに絶句した。気でも触れたかと、皆一様にカイネルを伺う。

  だが。張本人であるカイネルは、真っ赤な血を垂れ流しながら、ケロっとした顔で球磨川に問う。流石に冷や汗はかいているが。

 

「さて、クマガワ様。貴方の言葉が正しければ、この程度は治せるのでしょう?」

『いやいや。ここで治せないって言ったらどうするつもりだったのさ……。信頼してくれて嬉し泣きしそうだけれど、なにもゾロが刀を選んだ時みたいな真似しなくてもいいじゃんか!』

 

  某海賊漫画において。昨今、離反するターンが予想されている三刀流の剣士は。刀を購入すべきかどうかを、抜き身で腕の真上に放り投げて、自由落下した際に腕が切り落とされるか否かで判断した。まるでそのキャラクターのようだと球磨川は思う。ただ、眼前の貴族はそんなキャラをも上回る、危ない男だと認識する。だって、ギャンブル要素も無く平然と腕を切り落としてしまったのだから。球磨川も引かせる人間なんて、そうはいない。

 

「……貴方が自分の腕を直しても、治癒の効果は自身に限定されるものである可能性を否定出来ない。他者の傷を癒すパターンがどうしても必要です。その場合も、ちょっとした切り傷ではそこいらの回復魔法と差別化出来ませんからね。この行動は、全員が貴方を信頼する上で欠かせない」

 

  やり過ぎだ、と。ほぼ全ての議員が思う。だからと言って、球磨川の発言の信憑性を確かめない事には、議論が平行線になるのは目に見えている。かなり過激だが、カイネルの行動は現時点で最も的確だといえよう。これで球磨川が腕を元に戻せなければ、騎士団の派遣など言語道断。カイネルはその身を犠牲にして、内紛を回避したことになる。

 

(クマガワミソギ。カイネル殿の腕を治せなければ、王族の回し者として、この場で処刑してくれるわ……!)

 

  キシュメアはまだ球磨川を信用していない。なるほど、湯呑みを復元したのは見事だった。真にスキルでアレをやってのけたのなら、褒めても良い。手品の類であっても、どんな細工をしたかまではわからないが、見ているものにタネを悟らせない手際は賞賛に値する。……だとしてもだ。カイネルが言うように、多数の死者を蘇らせることが可能かの証明にはなっていない。

  他者の、切り落とされた腕を治せて初めて、少しは説得力を持つくらいのものだ。本来であれば、複数の犯罪者を使い、死者の蘇生まで試さなくてはならないが……まあ、そちらはおいおいでも構わない。とにかく今は、球磨川が会議の場で嘘をついたのかどうかが肝心だ。

 

「さぁ!クマガワ殿っ!早くカイネル殿の腕を治癒して見せよ!!不可能などと抜かしてくれるなよ?貴殿は、この国が滅びても元どおりに出来ると豪語したのだ!これが出来なくてど……」

『もう治しちゃったよ。』

「………はぁっ!??」

 

  慌ててカイネルを見るキシュメア伯爵。1秒に満たない僅かな時間で。しかも、予備動作も、スキル名も必要とせずに。球磨川はカイネル=ロープの腕を元に戻してみせた。

 

「こいつは……素晴らしいな」

 

  切り落とす前と一切変化がない腕の感覚に、カイネルが球磨川を見る目を変えた。

 

現実(全て)虚構(なかったこと)にするスキル】

 

  腕を切り落とした事実が、なかった事にされた。……まさしく。

  敗戦しても責任がとれると抜かした際は、多少の武功をあげただけの法螺吹き漢だと思っていたが……湯呑みのくだりでその認識が過ちだと分かった。それから、この腕だ。少なくともクマガワは、現実離れした神業を実際にやって見せた。自分の腕さえ切り落とす覚悟で。元老院議員の信頼を得る為に、ここまでの決意を見せたのだ。議員の側としても、ある程度は敬意を払うべきだろう。

 

「キシュメア伯爵。クマガワ殿は、信用出来るお方のようです。もしも、これでも懐疑的であるならば……。私を切り捨てて下さって結構。クマガワ殿が治してくださる事でしょう。」

 

  若い才能。伯爵をもってして天才と認めざるを得ないカイネルにここまで言われては、引き下がるしかない。

 

「わ、わかりました。クマガワ殿、無礼をお許しください」

 

『いいよ!これでようやく、フラットに話し合いが出来るね。めぐみんちゃんを助けた後は、このスキルを使って魔王軍と戦うつもりだから、大いに期待してよ!』

 

「それは……心強いですな」

 

  まだぎこちないが、キシュメアも少しは球磨川を認めた様子。カイネルが腕を犠牲にしなければ、まだ難癖つけていただろうけれど。

  これだけのスキルを魔王軍討伐に使えるのなら、めぐみん捜索に騎士団をちょっとくらい使用してもお釣りが来そうだ。脳内で打算し、妥協点を出すべく話し合いをしていこうと方針を変える。

 

  頑固で知られるキシュメア伯爵は、不思議体験の連続に心が折れたようだった。

  でも、こんなに凄いスキルをもった冒険者がベルゼルグにいるのは素直に喜ばしい。戦闘は勿論、病院などでも球磨川のスキルは輝くはずだ。

  国の行く末を想えばこそ、平民も悪いところばかりじゃないと発見が出来た。

 

  まずは球磨川を受け入れてもらえたらしいと、アイリスも肩の荷が下りた。ダクネスの注意があったから、不安も大きかったのだが。なんてことはない。アイリスが手を打つまでもなく、過激な手段を用いたとはいえ、球磨川が自身で元老院の信頼を得てしまったではないか。

 

(ララティーナってば、全く大げさなんですから)

 

  昔から知っている、近しい貴族の娘。アイリスにとっては、お姉ちゃんのような存在でもあるダクネス。彼女には、会議が終わったら球磨川への認識を改めさせる必要があると王女は思った。

 

『さて、と。アイスブレイクも終えたところで!まずはさっきの話の続き。アイリスちゃんが僕のパーティーに参加してもらえるかの話し合いを続けようか!』

 

  僅かだが元老院に信頼されたことに気を良くして。仕切り直しだとばかりに、過負荷がとんでもない発言をした。

 

(ララティーナ、貴女が正しかったようですわ!)

 

  めぐみん救出はどうなったのか。騎士団派遣の件は?アクセルのギルド長捜索は??

 

  誰もが置いていかれた状況で。球磨川だけがご機嫌にお茶を啜り、『おいしっ!』なんてマイペースに発言した。

 

 

 

 

 

 




よくさぁ、半沢直樹とかだと、ムカつくやつに散々喋らせておいて、最後に反論してカタルシスを得ますでしょ??
クマー書いてたら、速攻で反論しちゃうんだよね。必然スカッと度も下がるけど、こればっかりはね。堪えるなんて、球磨川禊じゃないと思います。

大嘘憑きの説明、何回目だろう。そして、カイネルが死んでたら、劣化した大嘘憑きじゃ生き返らせるの無理だったんじゃないか?まあ、いいんですが。

そして今回は、なんと!イラストレーターの山田サトシ様にイラストを製作して頂きました!!クマーとアイリスの、スタイリッシュな一枚絵です。
クマーは、物語初期寄り感あるわね。最初見たときは、鼻血出るかと思った。


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七十三話 元老院 その3



スケルツォ・タランテラを聞く際に、アイリスがローズガーデンで紅茶をしばくイメージを脳内で妄想し過ぎた。
生で演奏を聴いても、もはやアイリスしか浮かばなくなってしまいました……しどいw





  昔から疑問に思っていた事がある。最初に不思議だと感じたのは、物心をついた頃。自分よりも長く生きている立派な大人たちが、当然そうしなくてはならないと、皆が頭を下げてくるのだ。幼く、一般常識も習っておらず、剣さえまともに振れない少女にだ。

  身分の差。ただこの国の王女として生まれ落ちた。それだけの理由で、アイリスは国中の民から敬われ、崇められて育ってきたのだ。

  あまりにも大きい、自由という名の代償を支払うことで、彼女は富と名声を得られた。

  ゆえに、おとぎ話に出てくる英雄達みたく、この素晴らしい世界を思う存分冒険したいと願ったものだ。時には巨大なモンスターと戦い、時には困った村人を助ける為にクエストをこなし、またある時は何をするでもなく、冒険仲間と食事をして絆を深める。

  王城にたまにやって来る吟遊詩人が語る物語にはいつも心が踊り、胸が熱くなる。最近では冒険者達から、実体験を聞くのが何よりの楽しみになってきていた。

  憧れながらも、自分にはそんな体験が一生出来ないのだと頭では理解している。泣き叫びたい程恋い焦がれた、自由な世界。王女としての身分をかなぐり捨ててでも飛び込みたいと感じる冒険の世界を、王である父や国民に迷惑をかけられないというだけの理由で、無理やり諦めてきた。

 

『冒険、興味あるよね?アイリスちゃん』

 

  だからこそ。

 

  冒険者として活躍めざましい球磨川に手を差しのべられ、図らずも涙が溢れてしまった。慌てて顔を伏せたので見られてはいない。早く平常心に戻らなくてはと焦ってみても、涙腺は弛む。王女をパーティーメンバーに誘うなど、この国の人間であれば冗談でも言わないような発言に、アイリスはひどく感情を揺さぶられたのだ。

 

  魔王軍も、エルロードとの国交も、この国も。面倒ごとは全部放り投げて、ここでハイと返事をしたのなら。球磨川は恐らく、アイリスが夢にまで見た波瀾万丈な冒険者生活へと導いてくれる事だろう。しかし……その道を選べないのは、誰よりもアイリス本人が理解してしまっていた。

 

「クマガワ様、ありがとうございます。私を……パーティーメンバーに誘って頂いて」

『お礼を言われるほどのコトはしてないよ。じゃあ行こっか、アイリスちゃん!君の最初の仕事は、めぐみんちゃんを探す旅だ!』

 

  破天荒な男は、もうアイリスが加入したのだと言わんばかり。背を向け、会議室を出て行こうとしている。騎士団の手助けの件がまだ未解決にも関わらず、だ。

  これに声を荒げたのは、やはりキシュメア伯爵。

 

「クマガワ殿!カイネル殿の手助けで参席を許されたに過ぎない平民の貴方が、王女殿下に冒険者捜索なんて理由で助力頂こうとは、なんたる愚かしさだ!言語道断です!」

 

  机をバシッと叩いて、球磨川に吠える。球磨川は耳を塞ぐジェスチャーをして、キシュメアが喋り終わるのを見計らってから盛大に拍手する。

 

『面白い、面白いよキシュメア伯爵さん!あなたのようないと高きお方がいるなら、この国が滅ぶのも時間の問題だね!』

「な、なんだと……!?キサマ、この私を愚弄するかっ」

 

  キシュメアの歯ぎしりが、静かな室内にやけに響いて聞こえた。

 

『愚弄とはまた被害妄想な。僕は君を褒めているんだぜ?魔王軍との戦場の最前線に国王と第一王子を派遣して、自分は安全な王城で踏ん反り返っているだけのキシュメアちゃんを。』

「ぬぅっ!!?」

 

  伯爵は堪らず立ち上がった。己の名誉が傷つけられるのは、貴族として最も許せない。王女殿下の御前で顔に泥を塗られるのは、伯爵に発狂したくなる程の怒りを覚えさせた。

 

『国王や王子みたいな、至高(しこう)御方々(おんかたがた)を戦わせるのに比べたら、アイリスちゃんが僕らと一緒に街を捜索することぐらい、微々たるもんじゃん?誤差の範囲っていうか』

 

  王を戦わせ、一部貴族は安全な王都にいる。球磨川の言葉は、どれも間違っていない。正論だから、相手は言い返すことも叶わないのだ。せいぜい、感情に身を任せて権力を振りかざすのが関の山。

 

「さっきから黙って聞いていれば、なんなのだキサマはぁっ!!平民の分際でノコノコ元老院に土足で踏み入り、あまつさえ伯爵である私を侮辱するなど……あり得ん!!有り得んだろうっ!!よもや、カイネル殿がなんと言おうと、私の決意は固まったぞ。最大限の罰を与えなくてはなるまい。アイリス様っ、この者を街中引きづり回してから、絞首刑に処すべきです!!国王陛下の決定に異を唱える愚かさ、不敬にすぎる!」

 

  どんどんヒートアップしていく伯爵に、他の議員達も同調し始めた。その者らも、国王が戦っているからこそ身の安全が確保されている。ようは、球磨川に間接的に保身を否定されたこととなる貴族連中。汚名を着せられ、許してやれる輩は貴族とは呼べまい。

 

「そうだ……!そんな平民、生かす価値がない!明日にでも絞首台に上らせなければ、我々の面目が保てませんっ!!」

「戦場に出られたのは、国王の意思。それを侮辱した罪は、命をもっても償えません。彼とパーティーを組んでいるララティーナ様にも、ダスティネス家としての責任を負って貰わなくては!」

 

  続々と騒ぎだす貴族おじさん達。ダクネスにまで飛び火させようと目論む発言も。よくよくアイリスが観察すると、全員が反王族派の連中だった。ダスティネス卿は国王の懐刀とまで言われる、忠臣。ダスティネス家にまで被害を拡大させることは、イコール王族の力を削ぐことにも繋がる。

 

「アイリス様っ!不在の王に代わり、ご決断を!このクマガワなる男は、王家を蔑める発言をしたのですっ」

 

  他の反王族派からの支援もあって、我が意を得たりとキシュメアがまくし立てる。

 

  アイリスにとって。外に出るのは有り得ないと理解していても、冒険者への誘いは人生でも数えるくらいしか無い幸福だった。どうせ断るけど、もっと球磨川には引き下がってもらったりして欲しかった。億が一、球磨川の熱意にこの場の議員が負ける事があれば。アイリスは合法的に冒険者を体験できていたのかもしれない。

 

  台無しにしてくれたのは、キシュメアだ。球磨川の言う通り、いつもは安全圏で姑のようにアイリスをいびるだけの意地悪な貴族。そのような輩が、【球磨川は王家を侮辱した】などと。失笑を堪えるのが、本当に大変だった。ダスティネス家の失脚も臭わせては、王族の権力を弱らせようとしているのが見え見えだ。真に愚かなのはどちらなのかと、アイリスは問いたい。

  しかし、これはもう、騎士団の派遣どころではなくなってしまった。球磨川は一体、何がしたかったのか。ダクネスの不安がまさに形となってしまった。

 

『素晴らしい!よくわからないけれど、みんなが懸命に発言して、議論に活気が出てきて喜ばしいよ。……ところでアイリスちゃん!さっきの質問への答えがまだ聞けていないのだけれど』

「あなた、脳みそ入ってるんですか!?」

 

  散々キシュメア達が騒いでいたのに、まるで聞いていなかったみたいにアイリスに話しかけてきた球磨川。王女も反射で球磨川にツッコミを入れてしまった。自分が絞首台に上るかどうかの瀬戸際だというのに、総スルーとは。球磨川という存在が心底理解出来ない。

 

『いやだなアイリスちゃん。そう言われちゃうと、僕も気になるじゃない?自分の頭に、脳みそが入っているかどうか……』

 

  球磨川が螺子を右手に掴んだ。彼を知る者なら、それだけで次の展開は読める。

 

『キシュメアっち、絞首台の手配はするまでもないよ。僕を殺したかったんでしょ?処刑業者に頼むのは時間が勿体無いし、ここでお手軽に済ましちゃおうか!』

「はぁ?キサマはさっきから、わけのわからんことを……心配せんでも、絞首台はいつ使われても良いようにしっかり整備されて……」

 

  ザシュッ。

 

「なっー!?」

 

  自らの側頭部を、球磨川は螺子で突き破った。柔らかい皮膚から頭蓋骨を二回通り抜けて、螺子は球磨川の頭を横一直線に貫通していた。フランケンシュタインのように。

  頭部から押し出された大量の血と、脳。床に散らばったそれらを観察した球磨川は、破顔して

 

『あー良かった。僕の頭にも、ちゃんと脳みそは入っていたんだ。だって実際問題、一度は頭を開いてみないとわからないもんね!こういうの、シュレディンガーの猫って言うんだよね?前にめだかちゃん達の前でも同じことをしたけど、あの日は脳みそなんて在ろうが無かろうがどうでも良かったからさっ』

 

  すっかりご満悦な裸エプロン先輩。大きな螺子が貫通しても、平然と喋り続ける姿には皆が言葉を見つけられなかった。

 

『おっと!安心院さんには、もう僕の残機が残ってないと言われたことだし、早めに治しておこうかな』

 

  螺子で頭を貫かれた辛いその症状に、早めの大嘘憑き。

  球磨川は溢れた脳みそも回収して、綺麗な頭部を取り戻していた。

 

「ば、バケモノ……!」

 

  キシュメアは呆然と後ろに下がり、壁にぶつかった衝撃で腰を抜かす。この世のものでは無い存在を目の当たりにし、全身を恐怖で震えさせた。

  アイリスもキシュメアと似た感想を持ったが、その呼称には納得がいかない。超人とか不死身とか、プラスな方向でネーミングするべきだと思う。

  カイネルも、尻もちをついたキシュメアを見て、笑いを堪えられなくなったらしい。

 

「ふははっ!あのキシュメア伯爵が、こんな醜態を晒すとは!クマガワ殿の、何がバケモノなものか。先程の、私の腕の件である程度予想は可能だったでしょう。彼がただ、我々の想像の上をいっただけで取り乱すとはらしくありませんね」

 

  普段取り繕っている人間が、不測の事態に陥り真の人間性を露呈する。カイネルにとって、キシュメアが恐怖に震えるのは非常に愉快だった。

 

「か、カイネル殿……!」

 

  笑われて恥ずかしいという思いが、伯爵を支配する。誰よりも人の目を気にする彼は、もうこの場を後にしたいほどだ。

 

「あー、失言でしたかね、すみませんでした。ですが伯爵。クマガワ殿の首をくくっても、徒労に終わるのではないですか?」

「そ、それは……そうかもしれませんが」

 

  苦虫を噛み潰したような表情で頷く。ようやく伯爵も球磨川をまともに相手しては疲れるだけだと理解出来たらしい。

 

「アイリス様、もしも元老院が足枷になっているようでしたら、こちらは私に一任して頂ければ結構でございます。クレア様かレイン様を王女代理としてたてて下されば、後はこのカイネルが引き受けますので」

 

  カイネルは、アイリスが冒険に心惹かれているのを昔から知っていた。いつの日か、彼女を狭い鳥かごから出してあげたいと、常々頭を悩ませてもいたのだ。この機会は、何度も訪れるようなものではない。球磨川というイレギュラーを利用し、ようやくアイリスを送り出す口実が生まれた。これを逃す手は無いと、アイリスの不安を取り払った。後はもう、王女の心次第だと。

 

「カイネル・ロープ殿……宜しいのでしょうか、私が議会にいなくても」

「それは、無論参加して頂きたいのが本音です。が、この国でもトップクラスの戦闘力を誇る王女殿下にディスターブ卿の捜索をしてもらい、代わりに騎士団を魔王軍との戦いに集中させられるのなら……そう悪い点ばかりでも無いと考えます」

 

  アイリスを最前線に送ることは不可能でも、騎士団ならば可能だ。アイリスが王都にいる状況が変わらないのであれば、不測の事態が起こっても対応は間に合うだろう。更に、次の定例会議はもう少し先だ。もしもそれまでに事件が解決すれば言うことはないが、仮に未解決でも会議の時だけ戻ってきてもらえば良い。

 

『ふーむ。アイリスちゃん、ここはどうやら、君が望めばそれで済むみたいだぜ?』

「クマガワ様……」

『君は僕に、冒険譚を所望していたけれど、自分で冒険しちゃえばいいんじゃないかい?』

「なんということでしょう。まさか、こうもすんなり冒険が出来るだなんて……」

 

  信じられない。これまでの我慢はなんだったのか。アイリスはもっと早くに行動していれば良かったと後悔する反面、これからでも場が整えば冒険の舞台に立つことが出来ると知り、形容しがたい興奮を覚えた。

 

『さあ、行こうぜアイリスちゃん!僕たちの冒険はこれからだっ!!』

 

  再び。幼い王女に手を差し伸べる裸エプロン先輩。

 

「はい……!クマガワ様、私を、胸踊る冒険に連れて行って下さいませ」

 

  小さな手のひらが、しっかりと球磨川の手を握り返す。マイナスとエリートが手を取り合い、元老院を後にする。窓から降り注ぐ光は、アイリスの門出を祝うかの如く、鮮烈に二人を照らしていた。

 

 ………………………………

 ……………………

 …………

 

『かくかくしかじかで、アイリスちゃんも一緒に冒険するからしくよろね!ダクネスちゃん。あ、しくよろっていうのは、冒険者なら誰もが知っている挨拶だよ、アイリスちゃん!』

「まあ!そうでしたの。知りませんでしたわ!」

 

「な、なな……なんということだ……」

 

  心配で、気が気でなかったダクネスの元へ戻った球磨川。彼が元老院から無事帰ってきて安堵するのもつかの間。冒険者仲間が連れてきた新たなるパーティーメンバーを見て、ダクネスはついに幻覚まで見るようになってしまったのかと思った。

 

「しくよろですわ、ララティーナ……いえ、ダクネス!」

 

  出会ってこの方、最も明るく笑った王女殿下に、ダクネスは最早何も言えなくなったのだった。




アイリスが仲間に!?あと、それはシュレディンガーの猫ではない。
ダクネスの胃はマッハ。

結局、元老院で球磨川は暴れてしまいました。まあ、伯爵とかを螺子伏せなかっただけマシですか…


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七十四話 呼び名



三期で、待ちに待った

「ウィリアム・オ◯ウェル!!」
「yes.I am!」が見れるのか……伏せ字は、バレ防止で。ゆうて、9年前の作品ですが


  二人の金髪娘を引き連れた球磨川は、とりあえずアイリスが旅支度を整えたいと言い出したことによって、王女の執務室へとやって来た。

 

「アイリス様っ!!」

 

  部屋の扉を開けるや、クレアが血相を変えてアイリスの腰あたりに縋り付く。

 

「クレア!?どうしたのです」

「どうしたもこうしたも、元老院を終えてお疲れなアイリス様をお迎えしようと厨房で甘味を用意させていたところ、冒険者の真似事をなさるというふざけた噂話を聞き、事実かどうか確かめに来たのです!」

 

  アイリスは、ここにも旅立つ為の障害が残っていたかと、テンションの昂りに陰を落とした。元老院という最大の難関を越えた今、クレアの説得はそう難しいとは感じなかったが、譜代の臣に反対されるというのは、そこいらの者に反対されるよりは大きな意味を持つ。

  思えば、クレアは常日頃から過保護が過ぎるのだ。

 

「クレア、その噂は紛れも無い事実です。それから、【冒険者の真似事】ではありません。私はこちらにいるクマガワ様のパーティーメンバーに正式に入れて貰ったのです。これより、共にめぐみん様捜索にあたります」

「なんと……!?いけません、アイリス様!幾ら何でも、この男とパーティーを組むなんて危険です!!」

 

  わかっていた。クレアが二つ返事で了承してくれないのは、アイリスだって理解していたのだ。ならばこそ、彼女に捕まる前に私室ではなく執務室へ寄って、装備を整えてしまおうと考えたのだから。私室に保管している武具に比べるとグレードが低い装備しか無いけれど、最低限の物は執務室にも揃っている。王都の中を捜索する程度、ここの装備でも事足りるのだが。クレアがこんなにも早く噂を聞きつけて執務室までやった来ていたとは、どれだけ迅速な対応なのか。田舎ばりに噂が早い。

  わざわざ執務室を抑えていたということは、私室にはレインを向かわせ、二手に分かれていたのかもしれない。

 

「……貴女の、私の身を案じてくれる気持ちは嬉しく思います。ですが、これは私の長年の夢。どうか今日くらいは目を瞑ってくれませんか?」

「アイリス様が外の世界に興味をお持ちなのは、何年も前から存じております。アイリス様が自由をお望みならば、私は命に代えても邪魔立てする者を排除する覚悟です」

「クレア!では、冒険に出ても良いのですか?」

「しかし!パーティーを組むのがクマガワ殿という一点だけは、許すわけには参りません……!!」

「ええっ……」

 

  初顔合わせからずっと変わらず球磨川を忌々しげに睨みつけてくるクレア。またまた、困った顔を球磨川に向けてくる王女様。ハッキリ言うと、球磨川がクレアを螺子伏せるのは赤子の手をひねるくらい容易い。泣く子も黙る手ぶらジーンズ先輩にかかれば、アイリスの旅立ちを妨害するあらゆる障壁は全て、取り除けると言ってもいい。だが。

 

『可愛い子には旅をさせよって言うし。ま、アイリスちゃん、せめて側近ぐらいは君が説得するもんだ。冒険者たるもの、道を遮る障害物は自分でどうにかしないとね。側近に反対されたままの冒険はシコリが残るし、気持ちが悪いだろう?言わばこれがパーティーに参加する試験だよ』

「試験、ですか。……わかりましたわ!」

 

  アイリスは、ふんすと鼻から息を吐いて拳を握った。パーティーに参加する為の試練と思えば、いかにも冒険者っぽい。王女にとっては、こうしたやり取りもまた新鮮で楽しかった。

 

  アイリスがクレアの前に立つ。身長差のある相手の顔を見ようとすると、自然と上目遣いに。親愛なる王女の上目遣いが炸裂しただけでクレアは愛らしさにたじろぐ。が、どうにか不満げな表情を保つのに成功した。いくらなんでも、上目遣いオンリーで折れてしまうのは情けない。

 

「クレア…お願いします、私を冒険者にしてください」

 

  逆に言えばプラスαで。上目遣いに加えて、胸の前で手を組み、瞳を潤ませられたのなら、耐えられる道理もないのだ。

 

「アイリス様、反則です。その可愛さは……!」

 

  アイリスにおねだりされ、クレアの心を暴風雨が吹き荒れるような衝撃が襲った。鋼鉄に武装していた筈の心は、トルネードの到来によって脆くも崩壊してしまったのだった。

  今回のアイリスおねだりは、クレアの長い人生でもベスト3には入るお気に入りとなった。

 

  だとしても。

 

「でも、まだです……!まだ、認めませんっ」

 

  不屈。クレアが震える膝に拳を打ち込み、崩れるのを辛うじて堪えた。ヨロヨロと覚束ない足取りで球磨川の正面までたどり着くと、ビシッと指をさして

 

「クマガワ殿がララティーナ様にした仕打ち、まさか忘れてはいないでしょう。クマガワ殿は、アイリス様が水浴びしたり着替えるシーンに狙って遭遇するような男です。こんな欲望の塊のような男に、君主を近づけるわけには参りません!」

 

  スカートつまみをダクネスに強いたのがお気に召さなかったようだ。ただ、あの一件に関してだけは、元々約束を反故にしかけていたダクネスにも非はあるのだが。

 

『やれやれ。クレアちゃんってばそれなりにしつこいね。しつこい女は嫌われるって、相場は決まってるんだけれど。そして僕には、アイリスちゃんくらいの年齢の少女に欲情してしまう紳士さは無いんだぜ』

「馬鹿な。アイリス様の可憐さ、美しさ、高潔さを間近にして、理性を保てる男がいるものかっ!……いいや、いるわけがない。何故ならば!女の私でさえ時たま理性が飛ぶのだからなっ!!」

 

  宝塚を彷彿とさせる男装の麗人は、とてもダメダメな発言をカッコよく言い切ってみせた。

 

『駄目だこいつ…早くなんとかしないと…』

 

  真摯に正面から頼んでもダメ。おねだりをしてみても無駄。球磨川はアイリスが説得を成功するにはどうしたら良いのか、懸命に考えて、ある結論に至った。

 

『アイリスちゃん、ちょっと耳を貸してくれるかい?』

「なんでしょう、クマガワ様。」

 

  アイリスの耳に、球磨川が思いついた妙案をコソコソと吹き込む。王女は「そんな手が……」と、耳打ちに関心した。

 自然と接近する二人に、クレアがまたも激昂しかけたが、行動に移る前にアドバイスは終わったようで。アイリスだけがクレアに駆け寄った。

 

「クレア……」

「アイリス様。……クマガワ殿の危険さが理解出来ましたか?」

 

  球磨川のくだらない提案に嫌気がさして、クレアの元に帰ってきた。そのように受け取れなくもないアイリスの行動に、クレアは両手を広げて迎え入れようとする。

 

  が、王女はある程度のところで足を止めて。

 

「これ以上私を引き止めるなら……私は貴女のことを嫌いになっちゃいますよ?」

 

  一撃必殺のセリフをぶっぱしたのだった。

 

  過負荷の入れ知恵。間接的に球磨川禊の性質が込められた言霊は、普通の人間にとって脅威となる。

 

  この後。アイリスの私室で待機していたレインがやって来るまで、白銀の女騎士はショックによって小一時間ほど置物と化す。

  髪や服装のみならず、顔面をも蒼白にさせた様は、まさに白一色。燃え尽きちまっている。

  仲間の、見慣れない状態。体調が悪いのではと心配すべき姿を目にしたレインが、安否確認を忘れて、不覚にも綺麗だと感じてしまうくらいには、クレアは美白を極めていた。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 -正門前-

 

『ごーかっく!アイリスちゃん、お見事だよ。君はこれにて、正式に僕のパーティーメンバーだ』

 

  どこぞのコピー忍者みたく、親指を突き立てる裸エプロン先輩。アイリスも達成感に包まれて、顔を綻ばせた。

 

「やりましたわ!ダクネス、私もこれでちゃんとした冒険者ということですよねっ!?」

「はっ。おっしゃる通りです、アイリス王女殿下」

 

  ほぼ直角に近い深さのお辞儀と共に、ダクネスはアイリスに同意する。

 

「もう、固いですねダクネスは。これから、対等な立場で冒険するのですから、私に対してはもっとフランクな態度で構わないのですよ?それこそ、クマガワ様にとっているような感じで」

「そうはおっしゃられましても……」

 

  これまでの人生で、常に崇め奉るべき存在として接してきたのだから、即座にそうしますとはならない。というか、出来ない。命令されたとしてもだ。

 

「わかりました。では、冒険者でいる時に限っては、私はアイリスの名を捨てましょう。そうすれば、ダクネスも自然体で接する事ができるのではなくて?」

「はい?名を捨てるとは、一体……」

 

  突拍子も無い発言に目を白黒させるダクネス。アイリスはいたずらっ子のように笑うと。

 

「私はこれから、【イリス】と名乗ります。ララティーナがダクネスと名乗っているように、その方がより冒険者になりきれると思ったのです」

 

  身分を隠し、活動するとアイリスは言った。

 

『ふーん、悪くはないと思うぜ。それなら、下手に野盗に襲われる心配も無くなるだろうし。冒険者として活動するなら、高い身分は邪魔な場面のが多そうだしね』

「でしょう!?……クマガワ様にもお褒めの言葉を頂けたことですし、ダクネスも構わないかしら?」

 

  球磨川に褒められるのは、決して褒められたものじゃないのだが。アイリスは嬉しいみたいで、ダクネスにもイリス呼びを強要する。

 

「か、かしこまりました。イリス……様」

 

「呼び捨てで結構ですっ!むしろ、呼び捨てて下さい。冒険者仲間を様付けだなんて、余計な詮索をされてしまいます」

 

「かしこまりました。……い、イリス!」

 

「よろしいっ!」

 

「おかしいぞ、何故私は年下の女の子に責められて、少し興奮しているんだ」

 

  アイリスが思ったよりもぐいぐいと来るものだから、ダクネスも多少は戸惑うかと思ったものの、ここは平常どおりとなった。興奮してしまうのも含めて、正常といえよう。

 

『凄いな、王族って人種は。生まれつき、人の上に立つように造られているに違いない。瞬く間にダクネスちゃんを調教してしまうだなんて、中々出来ることじゃないよ』

 

「あっ!勿論クマガワ様も、呼び捨てで構いませんからね?」

 

『了解だぜ、イリスちゃん』

 

「むぅ……呼び捨てでいいのに。まあ、様付けじゃないだけマシですけれど」

 

  球磨川が呼び捨ててくれなかったことに、若干不満げなイリスだったが、彼についてはダクネスやめぐみんもちゃん付けなので許容範囲と判断した様子。膨れる王女に、今度は球磨川が提案する。

 

『となると、イリスちゃん。君こそ、僕を呼び捨てにするべきだよね?』

「あ、言われてみるとそうですね。ええと、クマガワ……?」

『あ!僕は名前がミソギだから、ミソギ呼びの方が萌えるかもしれない。イリスちゃんだって、ベルゼルグって呼ばれたくはないだろう?』

「確かに。しかし、殿方を名前呼びするのはいささか恥ずかしいですわ」

 

  頬を染めるアイリス。同年代の男とは、あまり接してこなかったので、照れて当然。気軽に呼び捨てているダクネスが、なんだか破廉恥なのではと思うほどだ。

  なるほど、ダクネスが自分を呼び捨てにするのを躊躇った理由がちょっとだけわかった気がした。

 

『じゃ、当面はミソギちゃんとでも呼んでくれよ。これなら、呼び捨てよりはマシでしょ?』

 

  球磨川の助け船。イリスに断る理由は無かった。呼び捨ては恥ずかしく、苗字呼びよりも親しみやすい。丁度いい妥協点だ。

 

「わかりました。では、ミソギちゃんと呼びますね!」

『ん。改めてよろしくね、イリスちゃん!』

 

  お互いの呼び名が決まったところで。さっそく本格的にめぐみん捜索をスタートする三人。アイリスのネームバリューを使わない方向でいくならば、まずはめぐみんを最後に見た場所。即ち、トゥーガの隠れ家が見たいと言うイリス。

  爆発魔法でかなり荒れてしまっているが、一応見ておいたら役立つかもしれない。

  パーティーの先頭は、張り切ってやる気120パーセントなアイリスが務めた。

 

「さあ!それでは参りましょう、ミソギちゃん!ダクネスっ!!絶対に、めぐみん様を見つけ出すのです」

 

  気合い十分な、小さな背中。その後ろ姿を、保護者目線で見つめて歩く18歳二人組。

 

  本当に、アイリスがパーティーメンバーになってしまったのだと実感してきたダクネスは、ふと気がついた。

 

「なあ、ミソギ。別に私も、イリスちゃんと呼べば良かったんじゃないか?なにも、呼び捨てにしなくても」

『そうだね。君の言う通りだダクネスちゃん。惜しむらくは、気付くのが後5分ほど早ければパーフェクトだったな』

「くっ……!今からでも訂正出来ないものだろうか。ちょっと、イリスに相談してくる!」

 

  ここでちゃん付けに変更出来たら、今後の心労は大きく減らせる。ダクネスは額なら幾らでも地面に擦り付ける思いで、先頭のイリスへと近寄って。

 

「あの、イリス……ちゃん。さっきの、呼び方の件なんですが」

「ダクネス。呼び捨てて下さいとお願いしたではありませんか」

「も、申し訳ございませんっ!」

 

  玉砕。

 

  今後ダクネスは、アイリスを呼ぶ度に精神を削る未来が確定してしまったのだった。

 









なんかぁ、会社で受けさせられる国家試験の日程が近づいてきたので勉強しなきゃいけなくなってきましたぁ。去年、実技パスして学科落ちたので上司はおこみたい。

つまり!更新頻度が落ちる可能性も無くはない的な。元々、そんな頻繁には更新出来てないんですけどね笑
試験は1月。ご迷惑おかけしますう


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七十五話 人頼み


アクア様は、あれよ。


  アイリスが、めぐみんが拉致された状況を知りたいと言い出したので現場まで戻ってきた三人。

  アクアだけは、例によって別行動中だ。四人で話し合い、めぐみんへの手がかりが無い現状、アクア一人カズマ探しを行うくらい大差ないと結論を出してのこと。正確には、一人だって人数は多いほうが良いのだが、カズマの捜索を一切行わないという選択は、アクアの精神衛生上よろしくない。カズマを後回しにして、めぐみん捜索に健気にも加わろうとしたアクアを納得させるためについた、優しい嘘である。

 

『刑事ドラマやミステリー小説では、犯人は現場に戻ると言うけれど、パッと見たところディスターブさんはいらしてないようだね。』

 

  トゥーガの隠れ家。幾度も爆発魔法を放たれた家屋は無残な有様となり、もはや瓦礫の山と言っても差し支えない状態。ホラー映画の世界で、怖いもの見たさで若者が訪れる山奥の廃墟でさえ、もう少し洒落ている。ここを見ても、いかに王族だろうと捜索のヒントは得られないだろう。

  物的証拠も指紋も何もかも、爆発魔法で消しとばされているのだから。

 

「ミソギちゃん。」

『どうかした?』

「浅学な私にはよくわからないのですが、我々と鉢合わせる危険があるのにノコノコとやって来る必要がギルド長にはあるのですか?私が彼の立場なら、いっそ王都から脱出すべきだと判断しますが」

 

  アイリスは聞きなれない単語を疑問に感じながらも、球磨川の論を否定した。

 

  球磨川は、アイリスの指摘に指をパチンと鳴らし

 

『そうだね…現場にあえて戻るのは、犯人だとバレてない状況でしか有効では無いと言ったところか。盲点だったよ。なら、どうだい?名探偵イリスちゃん。君が僕の素晴らしい推理を却下した今、捜査の行く末は君自身の閃きにかかったのだけれど』

 

  マンガで得た知識を速攻で否定され、球磨川探偵は万策が尽きた。やれるだけのことはやったとばかりに、アイリスに振る。

 

  急ごしらえでも、アイリスが着込んだ鎧は一流の名匠によって作られている。見る人間によっては、一目で身分の高さがわかってしまう。それ故に、王女様は現在大きめの茶色いマントで全身を隠している。見た目だけなら、小さき女ホームズだ。帽子にパイプ、それとステッキがあれば完璧なのだが。

 

「ええっと……まだハッキリした事は何も。ですが、改めて爆発魔法の凄まじさは伺えました。これだけの威力を連発できるとなると、ディスターブ卿を捕捉しても、捕まえるだけで一苦労ですね」

『うん。ディスターブさんは小回りのきく人間戦車みたいなものかな、さしずめ。厄介極まりないよ。焔の錬金術師じゃないんだからさぁ』

「焔の錬金術師……ですか?」

『うん。ただ、ディスターブさんの場合は火種も必要としないし、雨が弱点って訳でも無さそうなのが尚更面倒だね』

「あのー……」

 

  球磨川と満足な会話をするには。前提として共通の言語、基礎に漫画やゲームの知識、発展させると過負荷な精神が揃っていなくてはならない。共通の言語しか持ち合わせていないこの世界の人にとっては、球磨川の言葉が三割理解出来れば上々なのだ。

 

「あのなミソギ。私やめぐみんにお前の国の言葉で話すのは構わない。でも、アイ……イリスにはちゃんと理解可能な言葉でのみ喋る努力をしてくれ」

 

  ダクネスが思わず、球磨川にキツめな口調で注意した。

 

『また学習せず甘っちょろい発言しちゃって。君には失望したぜ、ダクネスちゃん』

「ほう。どうして、この流れで私が失望されなくてはならないのか、良ければ聞かせてくれるか?」

 

  こめかみに手を当てて失意のどん底といった裸エプロン先輩に、ダクネスも口の端をヒクヒクさせてしまう。

 

『言葉がわからないのなら、学べばいいだけじゃないか。日本語だって、奥が深いんだからさ。君らが使っている言語より、遥かに優れているだろうし』

「む……こっちから歩み寄る価値があるほど、ニホン語は優れた言語だと言うのか?」

『無論さ。僕は最近の若者言葉っていうのにも案外肯定的な立場でね。言語は、時代と共に移り変わる儚さも又美しいものだよ。1800年前から使用されているって点でも、研究のしがいがあるだろう?』

「せ、1800年前から……だと……?バカな。ニホン語は、それほど前から使用されていたと!?」

 

  即ち。ニホンという国は、それだけ太古の時代から存在しているらしいと予測される。かのロストテクノロジーを所持していた古の魔導大国【ノイズ】でさえ、今から75年程度しか時代を遡らないというのに。

  だとするなら、ニホンは一体どれだけの文明を持っているのだろうか。機動要塞を上回る発明品が存在してもおかしくない。

 

「どうりで。ミソギちゃんの発言が、所々理解し難いはずですわ。件の、トホーフト様の理論もそれだけの歴史を積み重ねてきた文明だったからこそ提唱可能だということですね」

『まあ、トホーフトっちは日本人ではないけれど、そんなとこかな』

「えっ!?ニホンの人じゃないのですか!ミソギちゃんの出身地では有名だと仰っていたではありませんか。」

『……僕の出身地にまで名を轟かせているってだけで、トホーフト教授自身がニホンの出身とは言ってないぜ』

「では一体どこの国の?もしかすると、私の知る国の人間ですか?」

『ん?イリスちゃん、オランダを知ってるのかい』

「おらんだ……。いえ、聞いたことはありません。もしかすると、まだ習っていない地理に、そのような国があるのかもしれませんが」

『そうなんだ。じゃ、習った時にでも好きなだけアハ体験してくれよ。ひとまず、ここには手がかりも無いだろうし、河岸を変えよっか!』

 

  イリスの驚きも何のその。球磨川は軽快な足取りでここは用済みと、離れて行く。ここを見たいと申し出たイリスの承諾を得ようともせずに。

  会話が飛ぶ程度で狼狽していては、球磨川禊と共に冒険するなんて夢のまた夢。トゥーガの隠れ家から立ち去った、一応、仮にもリーダー的立場の男の後を慌てて追いかけるアイリス。ダクネスはというと、ここに至って慣れてしまったのか、異論を出す事もせずに付き従っていた。

 

「場所を移すのはいいが、目処は立っているのか?闇雲に手がかりを探してもギルド長には近づけないぞ。ディスターブ卿ならば、姿を隠しつつ証拠の隠滅も並行して行っているだろうしな」

 

  それでも、考えくらいは聞いておきたいようで。度々行き当たりばったりな行動をするリーダーへ、次なる目標を問うた。

 

『目処、ねぇ。いっそ、ガイドさんがディスターブさんの根城まで案内してくれるツアーに参加したいところだよ。目撃情報を調べるにしても、通行人の記憶はベアトリーチェちゃんによって歪められている恐れがあるし、あえて間違った方向へ誘導されたら、捜査が難航しかねない』

 

  過負荷、【精心汚染】による洗脳。隠れ家襲撃時、周囲の人間の認識を操作していたのなら、それくらい出来てもおかしくはない。

 

「で、ではどうするんだ!イリスの協力を得ておいて、お手上げでは済まされんぞ」

『……うん、だからここは、アプローチの仕方を変えてみようと思う。』

「む。何か、良い案があるのか?」

『目には目をってやつだね。ベアトリーチェちゃんがスキルで町人を操るのが一つの手なら、こちらにだって手があるじゃないか』

「だから、なんなんだそれは。勿体ぶらずに、教えてくれてもいいだろう」

 

  しびれを切らしそうなダクネスさんを意に介さず、球磨川はアイリスの頭に手を置いた。その流れで撫でるように頭部に手のひらを這わせる。

  突然頭をなでなでされ、王女は顔を紅潮させて球磨川を見つめる。

 

「ミソギちゃんっ!?こ、これは一体なんの真似ですか!私の頭を撫でるのが、手段なのでしょうか?」

『んー。僕の勘が正しければ、これで現れるはずなのだけれど』

「現れる……ですか?一体、なにが……」

 

  絶妙な力加減で撫でられ、イリスは心地よさを覚えた。羞恥心と快感がせめぎ合い、球磨川の手から逃れようか、しばし身を任せようか決めかねていると。

 

「コラっー!!アイリス様の頭に触れるなど、不敬だぞ!!!直ちにその汚い手を退けるんだ!」

「クレア!?」

 

  背後の、人家の陰からクレアが姿を見せた。アイリスの頭を撫でるのは、どうせ後をつけて来ているであろう女騎士を召喚する為だったのだ。

  姫離れ出来ないクレアならば、必ず近くで監視及び護衛にあたっているだろうと考えた球磨川の勘は冴えていたようだ。

 

『やあ、クレアっち。ストーカー気質な君ならば、きっと居てくれると信じていたぜ。で、そんな君に頼みがあるんだよ』

「頼みだと?いいからその前に、アイリス様から離れるんだ!」

『はいはい。これでいいかい?』

 

  しょうがないと、アイリスから離れる裸エプロン先輩。

 

「ふんっ。まあ、いいだろう。次に無礼を働けば、命は無いがな。それで?頼みとは一体なんなんだ」

『実はね。騎士団が総出で、王都の北側から人家の捜索を開始するというお触れを出して欲しいんだ。モチロン、実際には捜索しなくてもいいよ。これは、ギルド長達をあぶり出す為の作戦だからね』

「なるほど、そういうことか。偽りの情報で、ディスターブ卿の動きを誘導すると」

『そそ。王都に限ると、そう何件も隠れ家を用意してるとも思えないし、めぐみんちゃんを連れて逃げられる範囲もたかが知れてる。低コストな割には、メリットがある作戦でしょ?流石は球磨川様ですって、褒めてくれても構わないよ』

「いや、誰にでも思いつく作戦なので別に褒めんが……その願いは聞き入れよう」

 

  クレアが早速メモにペンを走らせ、球磨川の作戦を整理する。

 

『騎士団が北から捜索すると知れば、ディスターブさんは南の関所から離脱したいと考えるのが自然だよね。一番騎士団の到達が遅いポイントだし』

 

  隠れ家からの脱出の次は、いよいよ王都から国外への逃亡へ移るのではと、球磨川は予測。

  一連の流れを読み、アイリスも賛成の意を示した。

 

「つまり、南の関所へ兵士を集めれば良いのですね?アリ一匹通さぬよう、厳重な守りにして」

『そういうこと。厳重に警備を整えて、突破する為にめぐみんちゃんの爆裂魔法を使ってくれるよう促すんだ。見事に使用してくれたら、相手にとってめぐみんちゃんを連れて逃げる魅力は大きく減少する。僕やダクネスちゃんには人質としての価値があるけど、騎士団には意味をなさないからさ』

「たしかに……。ですが、守りはどう固めますか?元老院を今から召集しては間に合いませんし、この件で騎士団から人員を割くのは、もう難しいかと」

 

  主に、球磨川のせいで。

 

『なに言ってるのさ!君という、一騎当千の戦力がいるじゃないかっ。知らないけど、王族って強いんだろう?』

「わ、私ですか!?」

 

  時間をかけ、ペラペラと作戦内容を語った球磨川だが、最後にはアイリス頼み。虚をつかれた女性陣だったものの、試してみる価値はあると考え却下には至らなかった。

 

 ………………………………

 ……………………

 ……………

 

「時にクレア。貴女には、私の代わりに王城へ残ってもらうようお願いしていた筈ですが……」

「レインに全てを託して来ました!先程は危のうございましたね、アイリス様。クマガワが早速アイリス様の頭部に触れるといった狼藉を働くとはっ!私がついてきていなければ、御身の危機でした」

 

『ま、僕としてはファミレスでピンポンを押すくらいの気軽さで、むしろクレアちゃんを呼ぶ為だけに頭を撫でなでしたわけなのだけれど。とはいえ、手入れされた長い金髪の指通りといったら、それはもう素晴らしかったとしか言えないね。』

 

  影で保護者が見守っていては、はじめてのおつかいにも劣る茶番でしかない。アイリスが望むのは、一人の個として、様々な体験に向き合うことだ。クレアが球磨川からの要求に応えるべく王城へ帰っていったことで、ここからが真のスタートといえよう。

  アイリスの双肩にかかった作戦を成功させる為、小さき王女は密かに鼻から息を吐き出すのだった。





ノイズが75年しか経ってないってのは、独自設定です!
「ノイズはもっと昔からある!ふざけるミ!」って方にはごめんね


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七十六話 アクアの災難


ちょいと短めです。





  球磨川達とは別行動し、単身カズマを捜す為王都を彷徨う水の女神。

 

「カズマさん、王都に来ているのかしら…。今からでもめぐみん捜しに私も加わり直すべきかもしれないわね」

 

  アクセルよりも広く、人口密度が高い王都。ここでたった一人の人間を見つけ出すのは、めぐみんが見つかるよりも可能性が低いだろう。いかんせん情報が少なすぎる上、目印もない。

  あの、中肉中背でどこにでも溶け込んでしまうような少年は探し出すのが非常に困難なのだ。

 

  捜索して15分。脚に乳酸の蓄積を認めたアクアが、ぽやっと弱音を吐くのも仕方ない。

 

「そうだわ!めぐみんを見つけてから、皆んなでカズマを捜せばいいのよ。誘拐されたわけでもないし、あの男ならどっかで飄々としているに決まっているわよ!」

 

  やはり、球磨川達と合流するのが得策だとアクアは判断した。彼らは手始めにトゥーガという人物の隠れ家を見に行くと言っていた。ご丁寧に地図をアクアの分も用意してくれているので、難なく合流は可能なはずだ。

  ちょっとした路地に入り、喧騒から離れた場所に位置する小さな公園のベンチ。そこに腰をかけ、一服していると。

 

「あら?一人なのね、アンタ。好都合ではあるけど」

 

  公園の入り口あたりに、ゴスロリ幼女が現れた。アクアが来た時点では誰もいなかったのだが……或いは、先客として遊んでいたけれど気がつかなかったのかもしれない。

 

「誰よ、お嬢ちゃん。もしかして遊び相手を探しているのかしら?生憎だけど、私に遊んでいる暇は無いの。他を当たってくれる?」

 

  今は人探しの最中。幼女と砂場でお城を作っている場合では無いのだ。

  素気無く断られた幼女は落胆する。視線を地に落として、再度アクアの顔を射抜く。

 

「覚えて無いのね、私のこと。そうだろうとは思っていたけど、いざ現実のモノとなるとやっぱショックだわ」

 

  幼女はアクアと会った事があると告げた。が、アクアにはゴスロリ幼女と出会った記憶などない。この世界に来てから知り合った人間のデータベースを泳いでみても、まったくヒットしなかった。

 

「ええっと……そうね、悪いんだけど覚えてないわ。どこで知り合ったっけ?」

「覚えてないのなら、いいの。私は、ずっとずっとアンタを殺したかったというのに……虚しいものね」

「はぁ!?今、この私を殺すとか言った?待ちなさいよ、なんで見知らぬ幼女に命を狙われないといけないわけ!」

 

  突如、物騒な発言をしたゴスロリ幼女。アクアは咄嗟に跳びのき、間合いを取った。いや、真に幼女に殺されるとは思えなかったものの、どこか危険信号を幼女からは感じ取れたのだ。

 

「そういえば、女神ってのは死んだらどうなっちゃうのかしらね?正直、アンタがこの世界にやって来ていたのは驚いたけれど。仮に元に戻るだけだとしても、少しでも苦痛を味わってくれるなら良しとするわね」

 

「待って。私が女神、水の女神アクアだと知ってるの?貴女……もしかして転生して来た人?あ、なんなら私が転生させたりしたのかしら??」

 

「所詮は、アンタにとって私は数ある中の一つか。もういいわ。その口が開く度にはらわたが煮えくりかえるから、閉じてくれない?」

 

  幼女。ベアトリーチェはアクアに自身の過負荷を全力でぶつけた。距離も、防具も関係ない。他者の精神に直接作用し、球磨川をも失神させる程のマイナスを。

  めぐみんや球磨川に使用した際の、じっくり負荷を強めていくようにではなく。最初から、百パーセントの力でアクアを殺すべく。

 

「……っっ!!??くぅぅぅう……!!!」

 

  言葉は紡げない。何をされているのかもわからない。予備動作も無く発動した【精心汚染】は、瞬く間にアクアの心を蝕んだ。

 

「どう?この私の力は。アンタがくれたリボンよりも、遥かに素敵でしょう?ま、これはこれで服に似合うから使ってあげるけれど」

 

  世間話をアクアにするが、女神の耳には一切入っていない。ただ、ひたすらに死に抗うことしか出来ずにいる。

 

「ずっと、ずっとアンタが憎かったの。めぐみんとか、球磨川とか、どうでもいいわ。ディスターブが球磨川を危険視しているから手を貸しただけのこと。私は、アンタさえ死ねばなんだって構わないの……!!アンタを殺した後で、記憶を覗いて女神ってやつの暮らしを教えてもらうわ!」

 

  スキルの使用時間が継続するにつれ、ベアトリーチェの頬は紅潮していく。精神が昂り、快感すら覚えるほど。めぐみんを拷問していた時も、段々とテンションが上がっていたことから、これはある種の副作用と考えるべきか。

  自身が快感を得ているという自覚は、ベアトリーチェには無い。本当の意味でスキルをコントロールすることが、まだ彼女には出来ずにいるのだろう。

 

「ほらほらほらっ!!もう死にそうっ!?死にそうなのね?いいわよ、早く死んで!!ホラ、死んで!!早く死ねっ!!!」

「……ぅ、……うっ……」

 

  地面に伏し、もう呻くのさえ難しくなっているアクア。命は、風前の灯だ。

 

  球磨川達と一緒に行動するべきだったのだ。最初から、カズマを探さずに、もしくは王城に残っていれば。こんな幼女に殺されかける事態は起こり得なかった。

 

  脳から送られた信号の残滓で、にわかに指先をピクピクと振動させるだけになってしまったアクアの頭を、ベアトリーチェは激しく踏みつける。

 

「ふふ、ふふふふっ!!死んだの!?ねぇ、あんなに偉そうだったのに、神さまなのに死んじゃったのぉ!?」

 

  ガスっ、ガスっ!!

 

  小さな靴は、幾度もアクアの水色の頭部を踏んだ。激しすぎる憎しみ、憎悪がベアトリーチェを支配しているかのよう。

 

「偉そうに、何が【この世界での暮らしを楽しめ】よ。神さまなら、ああなるって分かっていたんでしょう!?……ふざけるなっ!!」

 

 ガスッ!!ガスッッ!!!

 

  王都内の公園。ベアトリーチェが認識の操作を行い人払いをしている為、人の気配が一切ない静まった世界。虫の息となったアクアへの暴行を止められる人間は、この場には誰もいなかった。

 

  ベアトリーチェの認識操作に負けないような対策を講じられるような人間でもなければ。

 

「……【狙撃】」

 

  遥か。700メートルは離れた地点から放たれた、一本の矢がベアトリーチェの足をかすめたことで、八つ当たりにも似た暴力はようやく収まった。

 

「ぐっ…!?弓矢??どこから……」

 

  ここに、矢が放たれるわけがない。周囲の人払いは完璧だ。偶然、まったく違う目的で放たれた矢がここに誤ってやって来たと言われた方がまだ納得出来る。

  足の傷は深い。たまたま流れ着いた矢にかするなんて、不運が過ぎる。痛みでスキルが途切れてしまったので、ベアトリーチェは持っていたナイフをアクアに突き立ててから逃げようと企てた。

 

  しかし……

 

「【狙撃】…!!」

 

  今度は。ナイフを取り出した手の甲を矢がかすめ、思わずナイフを手放してしまった。

 

「痛っ…!ま、まさか、狙われてる!?」

 

  2度も偶然は続かない。ようやく、自分が最初から標的にされていたのだと知り、ベアトリーチェは全速力で矢の放たれた方角の死角へと隠れた。

  アクアの命を奪えなかった。女神を心底憎んでいる幼女は、襲撃者にも怒りを覚えつつも、ディスターブがめぐみんを見張っているアジトへと帰還することにした。

 

  アクアにスキルを行使しながらの認識操作は弓を射た何者かに効かなかったようだが、認識の操作のみに集中すれば精度は上がる。

  隠れ家まで追跡されるのは何が何でも避けなくては。

 

「ぉ、覚えてなさいよ……!この借りは、必ず返してやるんだから」

 

  アクアを不意に襲った悲劇は、二本の矢によって最悪な展開だけは免れた。

  弓の主が気絶したアクアに治療を施し、一命は取り留めたのだ。

 

「全く。球磨川達と同行してくれていれば、こうはならなかったんだがなぁ……」

 

  漏らされた言葉には、呆れと悲しみが半分、そして喜びの感情も半分ほど込められていた。






ボーナス出たし、うちのメイドがウザすぎる!の円盤でも買うかな。
ぶっちゃけ、今期でも屈指の名作じゃない??


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番外編 ありふれた終わり



結構、重い話です。


  いつも、思い出すのは父と母の笑顔だ。小さなちゃぶ台を囲み、質素なご飯を食べる。どこにでもあった、普通の家庭の1ページ。平成生まれなんかじゃ耐えられないような貧乏な食事だったけれど、近所の子供達と朝から晩まで外で遊び、クタクタになって帰った時の晩御飯の、なんて美味しいことか。今でもあのお母さんのご飯が、私が生まれてから一番おいしかったと自信を持って言える。遊びにしてもそう。携帯やゲームなんかなかったけれど、当時はそれが当たり前だったから、何も不自由は感じなかった。女の子のくせに服が汚れるような遊びを男の子に混ざってやって、毎日仕事帰りのお父さんが迎えにくるまで空き地にいたものよ。映画も、カラオケも、ボウリングも、何一つ気軽に出来なかった時代なのに、その日その日の充実度はとっても高かったわね。

  母親がイタリア人というのが私の時代では珍しかったこともあり、周囲の友達も最初は戸惑いを見せたけれど、話すうちに自然と受け入れてくれたのは子供心ながら嬉しかったように思う。まあ、目が青いだけでそれ以外は日本人なのだから、年端もいかない子供なら仲良くなれるのかもしれないけれど。

  お母さんと一緒にお買い物に行けば、商店街のおじちゃんとおばちゃんがオマケをしてくれたっけ。

 

「キヌちゃん。今日もお母さんのお手伝いかい?偉いねぇ!お魚、オマケしておくからね!」

「あら!キヌちゃん。相変わらずハイカラねぇ。これ、お豆腐!良かったら食べてちょうだいっ」

 

  みたいな感じで。今では考えられないけど、昔は人と人との距離が近くて、町が大きな家族みたいだったわ。いきなりとなりのオバちゃんが「今夜はカレーよ。食べていきなさいっ!」とか言って、食事に誘ってきたりしてね。

 

  キヌって名前は、カタカナだから正直あまり好きじゃなかった。お母さんが漢字の読み書きを出来なかったからしょうがないとはいえ。せめて絹か衣って漢字にしてくれてたら、まだマシだったのに。もっとも、私の時代では戸籍とかを勝手に漢字にしちゃってもオッケーだったんだけどね。あ、でも、名前の意味は好きよ。だって、お母さんが作ってくれたお洋服にちなんでいるんだもん。綺麗な洋服を着ていたのは、近所だと私か、お金持ちの悦子くらいだったかしら。白と黒を基調にした、ドレスみたいなお洋服。あまりにお気に入りだったから、普段は着ないで飾っていた時期もあったくらい可愛かったの。だって、男の子達と遊んだら、イタズラで汚されちゃうでしょ?

 

「ねえ、おかあさん。おとうさんとは、どうやってしりあったの??」

「あら。キヌはお父さんとお母さんの出会いが聞きたいのね。……お布団にいらっしゃい。キヌが横になったら、お話を聞かせてあげるわ」

 

  夜遅くなってからも寝たがらなかった私に、いつもお母さんは嫌な顔をせずに付き合ってくれた。お気に入りはやっぱり、二人が出会った頃の話。遠い海の向こう。大海原を越えた先にある、見たこともない国での、心があったまるような思い出話。私はワクワク、ドキドキしながらお母さんの話に耳を傾けて、気がついたら寝てしまっていたわね。そんな時には、次の日も、そしてまた次の日も。お母さんに何度も同じお話をせがんだっけ。平成より穏やかで、時間がゆっくり流れた時代。ずっとずっとこんな日が続くのだと、幼い私はなんにも知らずに漠然と過ごしていた。

 

  自分が、人類史上最も残酷な時代に生きているのだと知らずに。

 

  ある日を境に。周囲の人達の視線が明らかに変わった。私と、お母さんを、親の仇のように見てきたの。親しかった近所の友達。魚屋のオジさん、豆腐屋のおばさん。あんなに優しかった人たちが、人格が変わったように汚い言葉を投げかけてきたわ。ショックで記憶は曖昧だけれど、確か「ここから出て行け」とか「あんたらがいると、コッチまで迷惑なんだ!」とか、そんなようなことを言われた気がするわ。お父さんは当然周囲に怒ってくれたけど、初めて見た激昂するお父さんよりも。…悲しそうな顔でお父さんの怒りを鎮めていたお母さんが、ひどく脳裏に焼き付いちゃった。

 

「私が悪いの、あの人達には怒らないであげて」

 

  そう言うお母さんの顔は、日に日にやつれていったわ。皆んなの態度が変わってからというもの、我が家には一気に不幸が舞い込んできた。最初は、食事から。一回に出されるご飯が徐々に少なくなって、私は結構ワガママを言ってしまったっけ。もっと食べたいとか、好きなオカズを出して!とか。それでも、「ごめんね、お母さんがしっかりしていないから」って、お母さんは悲しく微笑むばかり。きっと商店街の人たちが意地悪するせいで買えなくなっちゃったのね。私はお母さんを困らせたくなかったから、少量の食事にも文句を言わないように頑張ったの。例えお腹がいっぱいにならなくても、お父さんとお母さん。二人がいれば、私はそれで充分だった。……なのに。

  ある日、お父さんが長いお出かけをしなくちゃいけなくなったの。赤い紙が、お父さんに届いて。もしかしたら、ずっと帰ってこられないかもって言われてしまったわ。大好きなお父さんが帰ってこられないなんて。幼かった私は、それはもう大泣きして、ずっとお父さんの足にしがみついていたっけ。私が泣き疲れて寝ちゃっても、お父さんはずっと、私の頭を撫で続けてくれたわ。大きな手の温もりは、今でも覚えている。

  お父さんがいなくなってからは、町の人の私たちへのあたりが一層強くなった。外を歩けば石を投げられ、まともに出歩くことさえ出来なくなってしまったわ。それでも。お母さんは1日と絶やさず、ご飯を作ってくれた。ある時は、自分の分を全て私に食べさせてまで。

  そんな無理が一年程度続いて。結局、最後の最後、お母さんは笑顔のまま、ある日夜明けとともに事切れてしまった。再びお父さんに会うことも、もう一度お腹いっぱいにご飯を食べることすらできずに。あまりにも、運命の巡り合わせが悪すぎた。きっと、どんなにあがいても、私たち家族が再び元気に食卓を囲むことは不可能だったに違いない。

 

  食べることも、飲むことも出来ず。ただでさえ細いのに、更に痩せこけてしまった身体のまま、私は食料を調達する為に外をさまよった。赤い光に包まれた、人々が阿鼻叫喚する世界を。

 

  必死に。カエルでも、イナゴでも。食べられそうなものを探す中で。

 

  ふと、道端に知った顔を見かけた。

 

「き、君は……キヌちゃんかい!?」

 

  一年ぶりに見る、商店街のおじさん。なんだろう。前は太っていたのに、別人みたくやせ細っている。そのせいで、声をかけられても誰かわからなかった。相手も、きっとすぐには私だとはわからなかったのだろう。

 

「いやぁ、助かった。食べ物を探しに来ていたんだが、どうも足の骨を折ってしまったようでね。すまないが大人の男の人を連れて来てくれるかな?」

 

  クシャッと笑う。接客業をする者特有の、誰から見ても好印象の笑顔。

  足の…骨?この人は、散々私たち親子に酷いことを言っておきながら、自分は当然のように助かろうとしているの……?ううん、助かりたいだけならまだしも、アレだけ暴言を吐いた相手にさえ、平気で助力をこうだなんて。

  人生経験が浅くても、子供なりの思考しか出来なくても。魚屋のおじさんの行動が、えらく自己中心的なものだというのは感じられた。

 

「しかし、キヌちゃん。痩せちゃったけど、少しお母さんに似て来たね。やっぱりイタリアの血が流れているからか、美人さんだねぇ!そういえば、お母さんは元気かい?久しぶりに、おじさんの家で晩御飯でもどうかな?スイトンくらいはご馳走出来るよ。いやぁ、それにしても助かった!キヌちゃんが通らなかったら、どうなっていたことか。こんな山に、人なんか滅多に来ないからね!」

 

  ベラベラとよくまわる舌。足を見ると、本来の可動域ではない方向へ曲がっていた。気味が悪い。上の方に食用の雑草があるから、そこまで登ろうとして落ちたのかな。

 

「そういえば、キヌちゃんもご飯を探しに来たのかい?一人で、危ないだろう。お母さんはどうしたの?」

「おかあさんは……てんごくに、いきました」

「なんだって!?ベアトリーチェさん、亡くなったのかい!?いったい、いつ??」

「きのうの、きのうです。」

「一昨日かぁ。ご遺体は?」

「ごいたい?」

「あ。お母さんは、今どこにいるのかな?」

「おかあさんはおうちにいます。ねてます」

「そっか……。よし、まずは大人の人を呼んできてもらって、それから、キヌちゃんちへ行こうか。お母さん、弔ってあげなきゃね。おっと!とむらうっていうのは、地面に埋めてお墓を作ってあげるって意味だよ」

 

  調子がいいことを。こんな人に、お母さんを合わせたくない。石を投げつけられた際の、悲痛な表情。魚屋のおじさんは、お母さんにあんな顔をさせた悪い人なのだ。大人を呼べば、おじさんが家までやって来てしまう。でも、呼ばなければ……?

  小さな脳みそで、精一杯考えた。お母さんは冷たいけど重くて、とても私だけだと持ち上げられない。かといって、薄情な裏切り者に触らせるのはもっと嫌だ。

 

 結局。私は逃げるように、その場を立ち去った。

 

「キヌちゃーん!あんまり焦ると転んじゃうから、ゆっくりでいいよ!」

 

  おじさんは、私が町に戻って大人を呼ぼうとしてると受け取ったみたい。だけど、私は助けを呼ぶ気はなかった。この時の私に、殺意は無い。ほかの誰かが、きっと助けるだろうと。本当に、そう思っただけなんだ。

 

  そのまんま家に帰って、お母さんの横に寝る。こうすると、イタリアのお話をしてくれていた日を思い出す。お母さんと同じ、私の青い瞳。もしもこの目が黒ければ、近所の人から石を投げられることも無かったのかなぁ……

  だとしても。お母さんがくれたものだったら、石をぶつけられようと、お揃いが良い。

 

  満足に食事も出来ず、次の日には起き上がることも難しかった。お母さんが用意してくれた最後の干し飯。なんとか口に運んだけれど、唾液が分泌されずに咽喉を通らなかった。

  生物として、終わりが近づいている。昨日おじさんを助けていたら、もうちょっと生きられたのかな……

  もしそうでも、お父さんも、お母さんもいない世界になんて、未練なんかありはしなかった。

 

「おかあさん……、おとうさん……。……すき」

 

  だんだん、静かに終わりが近づいてくる。死んじゃうっていうのは、とっても悲しいことなのだとお父さんが前に教えてくれた。やっぱり、もう目を開けられないと考えると凄く怖い。でも。お母さんの隣で逝けるのなら、そう悲観したものでもなかったのかもしれない。

 

 ………………………………

 …………………

 ………

 

「迷える子羊よ、よくぞ参りました。落ち着いて聞いてください。貴女はつい先程、不幸にも命を落としてしまいました。」

 

  目を覚ますと。そこには、青い髪の美しいお姉さんがいた。

 

「あなたは……?」

「私はアクア。日本で若くして死んだ人間を案内する、水の女神です」

 

  とっても綺麗なお姉さん。お話に出てくるお姫様みたい。

  アクアさんは椅子に腰かけたまんま、指を鳴らす。すると、どこからともなく温かいうどんが現れた。

 

「兎にも角にも、まずはそれを召し上がってください。腹が減っては戦はできぬと言いますし、今の貴女はさぞかし空腹でしょうから」

 

  アクアさんから、うどんが差し出される。さっきまでの空腹や脱力、倦怠感はすでになくなってはいたけれど。私は無我夢中でうどんをお腹に流し込んだ。

 

  ずるずるっ。おつゆが飛び跳ねるのも気にしないで、小さな口一杯に頬張る。

 

「……おいしい!」

「ふふっ。慌てずに、ゆっくり食べてください。誰もとりませんから」

 

  熱々で、モチモチとしたうどん。うどんなのに、お蕎麦みたいに喉越しがいい。飲み込もうとしなくても、ツルツルっと喉の奥に吸い込まれていく。お出汁の味がしみた油揚げは、噛むとジュワッと甘みが口全体に広がる。久しぶりの、あったかいご飯。私はおつゆの一滴も残さず、綺麗に平らげてしまった。

  食べてる間、アクアさんがにこやかにコッチを見ていたけれど、そういえばアクアさんに半分残さなくても大丈夫だったのだろうか。

 

「だいぶ落ち着きましたか?」

「あの、ここにおかあさんは?」

 

  アクアさんの質問には答えず、自分の疑問を解消したがる無礼は、子供のする事だからと流してほしい。

 

「ここにはいません。ですが、貴女のお父様とお母様は、こことは違うところで一緒にいますよ」

「いっしょにいるんですか!?」

 

  じゃあ、私もそこに行きたい!ひょっとして、天国?

  死んじゃったのは、正直あんまり悲しくない。

  お父さん、お母さんと一緒にもう一度食卓を囲めるかもしれない。その想いだけで、死んだにも関わらず私は満たされていた。

 

「ええ。貴女も、同じところへ案内致します。日本ではありませんが、のどかで、綺麗なところですよ」

 

  アクアさんは私の頬に優しく触れる。白魚のような指で、私の髪に真っ白なリボンをつけてくれた。

 

「かわいい!これは?」

 

「貴女には特別に、ご両親に会えるまで不老の効果を与えておきます。なにせ、これから行く世界は広大ですから。ご両親に会うとなると、見た目が変化していない方が向こうも見つけやすいでしょうし。非常に心苦しいのですが、貴方は子供なので、向こうの世界で最も安全な街にしか送ってあげられないのです。ご両親に会えた暁には、このリボンを外してください。そうすれば、不老の効果も自動で消えますので、ご安心ください」

 

  アクアさんの言葉はむつかしく、ほとんど理解出来なかった。ただ、お父さんとお母さんに会えるかもしれないこと。そして、これから行く世界は人が少なくて困っていること。なんとか、この二つは頭に思い浮かべられた。

 

「御両親は、技術力がピカイチの街で暮らしています。向こうでの暮らしになれたら、是非訪ねてみてください。ノイズという名前の街です。きっとすぐに、再会できますから。無事に会えたら、貴女が経験してしまった不幸を全てしあわせな記憶で塗り替えるように、ご両親との暮らしを楽しんでくださいね」

「わかりました!」

 

  アクアさんによって、この後私は異世界へとワープさせられた。青くまばゆい光。お父さんとお母さんがいる世界へ。私は重力に逆らい、天高くへ誘われていった。

 

 ……………………………

 ……………………

 ……………

 

「先輩。ちょっといいですか?」

 

  少女を見送って一息ついたアクア。これからコーラでも飲んで一服しようとした矢先、背後から後輩の女神があらわれた。

 

「なによエリス。私はね、今とってもいいことをしたの。不幸な女の子を、アンタの世界で家族揃って生活出来るようにお膳立てしてあげたってわけ。普通は能力なんかあげないのに、それもサービスしちゃったわよ。で、祝杯としてコーラを飲もうと思ったのだけど。乾杯を前に不粋にあらわれちゃって。一体、何の用?」

「それなんですが……。先輩が転生してくれた日本人達が、問題を起こしちゃいまして」

「問題?」

「はい。……どうにも、異世界人の髪色や瞳の色から、ある国の人間だと思い込んでしまう人たちが多くを占めちゃっているようです」

 

  エリスの世界には、金髪の人種が少なくない。どちらかというと、日本人風の人種の方が少ないほど。転生するまでずっと、生きながら緊張の糸を張り続けてきた日本人。彼らにとって金髪は、現状の精神では見ちゃいけないものの一つだ。愛する人も、自分の家族も、そして、自分自身も。全てを奪っていった人種と似た特徴を持つ異世界人を前にしては、冷静でいられない者も出て当然。異世界で起こった、流行病が原因の人口減少を上手いこと乗り切ろうとした、日本人大量転生。老若男女問わず、善人を条件にとりあえず転生させる荒療治。

  これが大きな悪手だと、アクアとエリスはようやく理解した。

 

「日本人達が……異世界の人に暴力を振るってるわけ?」

「暴力……たしかに、暴力もあります。彼ら日本人はとても怯えています。何にも知らない世界に移動し、その先には敵国だった土地に住む人と似た住人達がたくさん。暴力といっても自らの意思で振るうと言うよりは、パニックで住人に手を出してしまう人が多いみたいで」

「そんな……。転生する前に、そのあたりは徹底的に教えこんだのにっ!どうしてそうなるのよ」

「それだけ、日本人の心に刻まれた恐怖や憎しみが強かった、ということでしょうか……」

 

  日毎、追い詰められていく恐怖。圧倒的な国土に、圧倒的な戦力。自国には無いものを持っている相手との、無謀な戦い。命を落とすまで続いた地獄の日々。いくら頭ではわかっていても、心が簡単には納得してくれないもので。これが、終戦後。ポツダム宣言受諾後の日本人だったのであれば、いたずらに外国人に悪感情を抱くことも少なかっただろうが。

 

「今度から、言語習得と一緒に認識まで書き換える必要があるわね……」

「はい。すみません、私の管轄のために先輩のお手を煩わせてしまい」

「気にしないの。困った時はお互い様よ!今度はアンタが私を助けてくれればそれでいいわ」

 

  先輩女神と、後輩女神。彼女たちはこれから先、試行錯誤しながら転生システムを整えていく。球磨川禊が転生されるまでには、人間の時間にして約70年以上の時を経るわけたが。その頃には、エリスの世界では人口減少など生ぬるい、魔王を討伐する為の転生が必要になったので、今のうちに失敗を重ねて転生システムを完成させられたのは、天界にとっても大きな利益となった事だろう。 魔王が出て来てから転生システムを作り出しては、エリスの世界が滅んでいた恐れもある。

  しかし裏では。その内の失敗の一つ。たった一回の失敗が故に、永遠に歳をとらなくなってしまった女の子を誕生させてしまったのだが。きっと、必要な犠牲だったのだろう。最初から全てがうまくいくとは限らない。いくら女神でも、限界はあるのだ。

 

「先輩、日本人達を例の技術大国に転生させましたよね?」

「ええ。ノイズは、勤勉な日本人に適した転生先だと思ってのことよ。それが、どうかしたの?」

「いいえ。私も、彼らが日本での知識を活かして、素晴らしい技術を生み出してくれることを願っています」

 

  技術大国。球磨川が転生した際には、既にデストロイヤーによって滅んでしまっていた古の魔道大国。圧倒的な技術力をもって他国から羨望の眼差しを受けていた彼の国は、日本人によって知識が底上げされたが故、そこまで発展したのかもしれない。

 ……………………………

 ……………………

 ……………

 

  とある、木製の小屋での会話

 

 

「ねえ、貴方。キヌは元気かしら」

 

「ん?もちろん、元気だろう。あの子は君に似て聡明だからね。私たちがいなくても、立派に生きていけるはずさ」

 

「そうね。……本当は、あの子のそばで成長を見守りたかったけれど。こうして貴方とまた暮らせるだけでも、女神様に感謝しなくちゃいけないわね」

 

「……ああ、全くだ」

 

  仲睦まじく、夫婦は寄り添う。暖炉がパチパチと薪を燃やし、室内を暖める。日本で失ってしまった時間は、これから取り戻していけばいい。最愛の娘がいないのは仕方のないことだ。日本で無事に生き残り、元気でさえいてくれたら、それ以上は望まない。

 

「ねえ、ベアトリーチェ。その服はなんだい?」

 

  夫は、妻が縫う衣服に目をやった。

 

「これはね、キヌの服よ。」

「キヌの服?」

「ええ。もしも、もしも万が一だけれど、あの子もここに来てしまったら。きっとお洋服を汚してしまっていると思うの。ひょっとしたら、どこか破いてしまっているかも。その時のために、用意しているのよ」

「……そうか。それじゃあ、大事にしないとな。あの子に渡すのはきっと、これから60年も、70年も経ってからだと思うからね」

「ふふっ。だとしたら、私たちも90歳までは生きなくちゃいけないわね」

 

  ベアトリーチェは最後に糸を切る。

 

「よし、出来たわ。これで完成!」

「……ああ、とっても可愛らしいね。君の故郷を思い出すよ。絶対、あの子に似合うだろう」

 

  両親の想いがいっぱいにこもった服は部屋の壁に飾られて、持ち主が現れるのを今か今かと待ちわびる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……たとえ技術力の粋が暴走して、街から人が消え去ろうとも。その服だけは確かに、持ち主が来るまで、そこにあり続けた。

 

 

 

  少女が望んだ、家族での団欒。どこにでもある普通の幸せが叶うことは、ありはしなかった。この世界に来なければ、最愛の家族との別れを、2度もしなくても良かったのかもしれない。






うーん……もう少し、タイミング見計らうべきか迷ってましたが投稿します。
半年前くらいに書き終えていたので、投稿したい欲が抑えれなくなったの…

まあ、続き投稿した後で、入れ替えればいいですよね(適当


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七十七話 故国を思う






国家試験も無事に終わりました。自己採点では受かったっぽい…

そんな些事よりも、更新せねばと奮起しております。
今回は期間ちょっと空いたため試運転させていただきました。短いですが、何卒ご容赦ください。


  クレアの働きにより、球磨川が提案したディスターブあぶり出し作戦の一環、騎士団が王都北側を起点とした捜索活動を行うという虚偽の情報が町民に通達された。

  王都にいるのなら、間違いなくディスターブ本人の耳にも入るものの、計画通り南門へとおびき出されてくれるかどうかはまだ運否天賦だ。

 

  街の南門付近にある大広場。その掲示板の前でざわつく集団を満足気に観察しながら、裸エプロン先輩は数回にわたり頷いていた。

 

『仕事の出来る女だね、クレアっちは。背も高く顔も整っていて、性癖がロリコンじゃ無ければ文句なしにいい女だけれど、さりとて彼女にしたいかと言われればお断りさせて貰いたいかな。だってほら、僕って自分より強い女の子って苦手なタイプじゃない?さりげなく男性を支えてくれる、それでいて自身にも一本芯の通った大和撫子タイプが理想だな。塵も積もれば大和撫子ってやつ?』

 

  はじめ、球磨川がまた独り言をブツブツと発しているだけかと思い聞き流していたダクネスとイリスは、突如この場にいないクレアを告白されたわけでもないのに振ったあたりでツッコミを入れたくなったが、更に聞き捨てならないのが球磨川の好みの女性像だ。この男より弱い女性はおろか、人類はいないのでは無いかと思えてしまう程なのだから。

 

「なあ、ミソギ。私は別に人のタイプにとやかく口を出すつもりはないのだが、一つだけ言わせて貰ってもいいか?」

『ん?何か僕の発言がダクネスちゃんの気に障ったかな。でも、だとしても人のタイプに口を出すつもりが無いのであれば無理を押し通してまで言ってくれなくても構わないのだけれど』

「いや、この先伝える機会が無さそうだからあえて言わせて貰うぞ。これはお前の為でもあるからな」

『僕の為、ねぇ。なるほどダクネスちゃんがそうまでして言いたいのなら、きっと金言なのは間違いないな。しかし、聞かされる本人である僕が遠慮したいと伝えた上で口に出すとすれば、単なるエゴに過ぎないわけだ。君が言いたいから言うってことじゃん?つまりは』

「それは……そうかもしれないが」

 

  【こんなこと言いたくはないけれど】などと、発言する前に予防線を張る。これは自分を正当化する上で非常に役に立つもので、本来であれば口に出したく無い言葉なのだという情報を相手に与えてから喋ることで、無礼な内容もそれなりにオブラートに包めてしまう。前置き無く相手に伝えれば深い溝が出来る言葉でも、一つ逃げ道を用意するだけである程度緩和可能なフレーズ。ダクネスは貴族との付き合いの中で、そうした処世術とも呼べるテクニックを身につけており、球磨川に対しても無意識的に行ってしまったわけだが。

  こと過負荷の裸エプロン先輩に限っては甘えを許してはくれなかった。

 

『おっと!ダクネスちゃんてばやーだぁー。何をぐぬぬって黙り込んじゃってるわけ?言いかけてやめられたら気になってしまうって前にも伝えてるじゃんか。君の発言が僕を案じての至言から利己主義へと堕ちてしまったとしても、全て聞き届けてあげるよ。それが僕だからねっ』

「……お前はっ!聞きたいのか聞きたくないのか、どっちなんだ一体!!」

『ん?聞きたいに決まってるじゃんか。パーティーメンバーの進言を無視するなんて、リーダーの風上にもおけないからね』

 

  ケロっとした顔で言われ、ダクネスは今更この男と正面から付き合うのは不可能だと再認識した。

 

「ミソギちゃん。あまりダクネスを虐めないであげてはくれませんか?彼女は真っ直ぐ過ぎるところがあるだけなんです。決して自分の発言を正当化しようとか、そういった考えは持ち合わせてはいませんから」

 

  見かねたアイリスも助け舟を出したことで、ダクネスはなんだか羞恥心を覚える。別におかしな発言もしてなければ、的外れな事を言ったわけでもないのにだ。

  いかに王女とはいえ、現在は年下の一女の子。これからめぐみんを見つけるまでの間は行動を共にする上で、こうやって庇われるシーンが続くと思うと先が思いやられる。

 

「くっ……!パーティーメンバーとしては新参者のイリスに気を使われるとは。私の方が冒険者としては先輩で、あまつさえ年上だというのに」

 

  ぷるぷると震えつつ拳を握りしめるのは、恐らくは不甲斐なさを堪えているに違いない。決して、決して羞恥が快感となっているわけではあるまい。

 

『新参者な、冒険者としても後輩で年下なイリスちゃんに庇われた恥ずかしいダクネスちゃんは、それで結局何が言いたかったんだい?』

 

  改めて他人の口から状況を説明され、一度ダクネスはビクッと背筋を伸ばしてから質問に答えた。

 

「だからだな、ミソギの好みは自身より弱い女性だと言ったが、お前のステータスの低さは折り紙つきだろう?そんな人物がいるとは思えんのだが」

 

 

 

『……うんっ!そうだねっ!』

 

 

 

 

  指摘されるまでも無く気がついて欲しいものだが、球磨川も目からウロコと言った様子。結果、江迎怒江に長々と想いを告げられた時の人吉と同じレベルの返ししか出来ず。

  無表情のまま、目に、今にも溢れんばかりの涙を蓄えたのは理想の女性には未来永劫出会えないと知ったショックからだろうか。

  ダクネスは心の何処かで球磨川を打っても響かな人物だと思い込んでいたが、あまりに悲しみを堪える表情が悲痛だったこともあり、普段の減らず口くらいは許容してやろうかと思案したのだった。

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 

  ギルド長が隠れ潜む家屋の地下。ベアトリーチェがアクアに恨みを晴らしに行っている為、現在はディスターブとめぐみん二人だけの空間だ。

 

「すっかりと廃人になってしまったようですね。ベアトリーチェのスキルは副作用があると知ってはいましたが」

 

  スキルを行使する毎に快楽に脳が支配されていく様子を見せる相方。ディスターブは既にそのデメリットは見抜いていたのだが。めぐみんをおとなしくさせるには彼女のスキル、【精心汚染】がうってつけだったこともあり一任してしまった。

 

「ぅ……あ……」

 

  目は光を失い、口は半開きの状態で見る影も無くなっためぐみんを憐れみ、ゆっくりと顎を手で持ち上げる。

 

「紅魔族随一の天才。私の爆発魔法を凌駕する破壊力。その年齢で習得している事実、並々ならぬ努力の賜物なのは確実。お見事と讃えさせていただきます。ですが、一度だけ……我々の王都脱出のために利用させてもらいましょう」

 

  ディスターブもかの英雄と同じ、爆発魔法を会得している名の知れた冒険者。周囲から持て囃され天狗になっていた時期もある。ただ、めぐみんに対しては嫉妬の感情は無く、心底感服している様子。仲間である影達を仕留めたであろう相手であっても、だ。

 

「【精心汚染】で無理矢理魔法を行使させてしまえば、出せても平時の8割程度の威力でしょうが……十分過ぎますね」

 

  南門を突破する算段か、爆裂魔法使用時の破壊力を懸念する発言。既にディスターブの耳には球磨川が流した偽情報が届いている。ベアトリーチェが帰り次第、迅速に行動を起こす予定だ。

  機を見るに敏。手をこまねいていても、状況は変わらない。

 

「クマガワ ミソギ……」

 

  以前より注意していた、突如現れた謎の存在。

  仲間の仇であるめぐみんにさえ憎しみの感情を向けなかったディスターブは、過負荷の名を呼ぶ時にのみ眉間に皺を寄せる。王都から上手く逃げ果せたとしても、あの男だけはなんとかベルゼルグから追放しなくてはなるまい。ギルド長として多様な価値観を持つ人間たちを見続けてきたディスターブは、裸エプロン先輩に底知れぬ不気味さを感じ取った。魔王軍の幹部討伐などの輝かしい功績はそれが杞憂だと訴えかけてくるものの、どうにも不快感を拭いきれずに今日に至る。

不本意な形で追放された爆発魔法の使い手は、誰よりも愛国心を持ってこの国の行く末を案じたのだった。











投稿する前に読み返したけど…みじかっ!
次は目指せ1万字でっ


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七十八話 過負荷封じ




異世界カルテットばかり見てます、最近。
令和が令呪に見えて困りますね





 廃人となっためぐみんに、第三者にそうとは見抜かれにくいよう深いフードのついたコートを被せたディスターブ。いくらなんでも、ゴスロリ幼女を引き連れ、廃人幼女をおんぶしながら王都を闊歩するのはあまりに目立つ。

 

「あ。なにやってんのよディスターブ。めぐみんにぶかぶかなコートなんか着せちゃって」

「お帰りなさい、ベアトリーチェ。さあ、貴女もこれを身につけて下さい」

 

 アクアへの復讐(未遂)から隠れ家に戻ったベアトリーチェにもコートを着るよう促すと。

 

「別にこんなもの着なくたって、私のスキルで認識を操ればどうとでもなるわよ。顔が割れてるのはアンタなんだから、むしろディスターブこそ着るべきじゃないかしら。そもそも人質なんだし、めぐみんはぱっと見で判別可能にしておいたほうが良さげじゃないの?」

 

「ええ、判別可能にする方がメリットの多い場合も確かにあります。ですが、今日に限ってはあえてコートを着せた方が旨みがあるんですよ。」

 

「旨み…?」

 

「【精心汚染】は戦闘と認識操作をした場合、効力にやや陰りが見えますしね」

 

 実際、戦いながら周囲の情報を操作するのは骨が折れる。強力なスキルも、過信は禁物だ。

 

「あのね、嫌味ったらしい遠回しな表現はやめて、パパッと言っちゃいなさいよ!時間は有限なのよっ」

 

 思わせぶりなディスターブの発言に、結論を急ぎがちなベアトリーチェがほのかに不機嫌オーラを発し出す。指摘はもっともで、王都の北からローラー作戦をされてはひとたまりもない。今こうやって問答している間も、騎士団は着実に迫っているのだから。

 

「そうですね。我々は一刻も早く王都から脱出しなければなりません。旨みというのは、貴女とめぐみんさんの背格好が似ている点です。同じローブを着ていれば、遠目からだとどちらがめぐみんさんなのか判断もつきにくい。攻撃対象と保護対象が判別出来ないのは、攻守において騎士団の動きを抑制する効果が期待できます。」

 

「どうだかね。事がうまく運んだとしても、私たちが逃げ切れるだけの時間が稼げるかはわからないじゃない。いざ王都から離脱しかけたら、めぐみんごと強引に捕獲しに来る危険だってあるわ。そもそも、アンタに至っては背格好を似せようもないから蜂の巣確定なわけだけど」

 

「攻撃が私に集中するのは、望むところですがね。私が集中砲火される隙をついて、【精心汚染】をベアトリーチェが広範囲に発動させられたのなら……貴女だけでも街の外へ逃げ果せる。」

 

 自分を犠牲にしてでも相方が助かればいい。ベアトリーチェにとってディスターブの自己犠牲は面白くもなんともない。アクアへの復讐が失敗に終わった彼女としては、もう一度復讐の機会を得ない限りは、自身が存続する必要性をそれほど感じていないのだから。

 

「アンタが生き残った方がいいに決まってるじゃないの。そういえば、逃げるにあたって、もう一つだけ注意しておく必要がありそうよ」

 

「……私如き老兵が生き残るよりは、貴女のような未来ある人材がこの国の未来のためになるでしょう」

 

「……アンタねぇ、人を茶化すのもいい加減にしなさいよ。」

 

 若者扱いされて面白くなさそうにする幼女…というのは、他者が見れば訝しむ光景だが。咎められたディスターブは肩をすくめるだけにとどめる。

 

「ま、ジョークということで一つ。それで?注意しておく必要があるとは、一体何にでしょう?」

 

「私がアクアを襲撃してきたときに、横槍をいれてきた人物がいたわ。認識操作の及ばない遠距離から、的確に私の手をかすめた腕前をもつアーチャーが。」

 

「ほう……?」

 

 ベアトリーチェのスキルが通用しない距離。だとすると、対象を目視出来るかも定かではないと思うのだが。そこから的確に矢を到達させた人物がいるならば……確かに、注意しておかねばなるまい。

 

「どんなスキルを使っているかは知りませんが、厄介この上ありませんね。アクアさんを助けたとなると、我々の味方であると期待するのも虚しそうですし」

 

「そうね。私も油断していたから、奇襲に焦って身を隠すので精一杯だったのが悔やまれるわ。あの場で始末してたら、逃走にあたって不確定要素を残さず済んだというのに」

 

「済んだことを言っても仕方がありませんよ。凄腕のアーチャーとやらを計算に入れた上で、どうにか王都から離脱する。我々がすべきことは変わりません」

 

「……随分と簡単に言ってくれるわ。で?これだけ長い時間を現状の確認に費やしたのだから、もう決まったのよね?」

 

 面倒くさそうに、ディスターブが手渡したきたコートに袖を通す幼女。ぶつくさ言いつつも、有用性は認めた様子。

 

「決まった、とは?」

 

「逃走経路しかないじゃない。ローラー作戦がブラフかどうかはその辺の兵士を殺して、記憶を覗けば判明するけれど……生憎、もう時間が無いのよ。手間暇かけて情報を入手したとして、事実だったらアウトだわ」

 

 兵士が南下してるとすれば、今すぐに南へ逃げなければ間に合わない。最悪を想定するのなら行動に移すべきだ。ベアトリーチェらが北へあえて進路を決めるなら、ローラー作戦がブラフであると天に祈りながらになってしまう。

 

「魔王との交戦中に、これだけ大規模な捜索活動を元老院のお偉方が迅速に可決するとは思えませんがね。しかし、南門突破の可能性が僅かでもあるなら、ここは敢えて敵の誘いに乗るのも一興でしょう。堂々とね」

 

 南門を正面突破すればいい。爆発魔法を操る天才と謳われたディスターブ卿の判断を、ベアトリーチェは肯定も否定もしない。

 

「……アンタが決めたなら、それでいいわ」

 

「ありがとうございます。何も、勝ち目がない戦をするつもりは毛頭ありません。その為の切り札を手に入れたのですからね」

 

 ディスターブはめぐみんを見て口角を上げる。彼女のもつ【爆裂魔法】を、南門突破の糸口としたらしい。

 

 二人はめぐみんを連れて隠れ家を出た。認識操作で姿を隠しながら南へと進んでいく。そこに待つ、この国の最高戦力である王女が待ち構えているとは知らずに。

 ディスターブの元老院への読みは正しかった。流石は元々王都で活動していただけのことはある。ただ、一つ誤算だったのは予測不可能過ぎる存在、球磨川禊だろう。もっとも、彼を予測出来るのは世界多しといえどただ一人。安心院なじみだけなのだから、責めるのは酷というものか。

 

 ………………………………

 …………………

 ………

 

 南門大広場では、球磨川達が今か今かとギルド長達が現れるのを待っていた。

 アイリスがやけに張り切っているのが、ダクネスに申し訳無さを感じさせる。

 

「イリス、すまないな。こんな待つだけの状況に付き合わせてしまって」

 

 夢の初冒険が中々地味で、王女殿下がご立腹ではないか。それだけが心配で先程から胃が痛い。

 

「気にしないで、ダクネス。これでも楽しんでいるのよ?いつもならお稽古やお勉強をしている時間だもの。 お城の敷地外でこうして過ごせるのは、私にとって非日常に他ならないのですから」

 

 見るもの全てが新鮮だと、イリスは白い歯を惜しげもなく光らせる。厳かな護衛も、いつも一緒にいるクレアもいない。その身と剣一本だけ携えて危険の伴う状況にいる。それはまるで、初めて火遊びをした幼子のよう。高揚が抑えられないのも致し方無い。

 

「本来であれば、手頃なモンスター討伐依頼を見繕い、安全なルートを事前に調査してからイリスを連れて行くべきなのだが……」

 

 非常に不本意だとダクネスは拳を握りしめる。

 

『おいおい!それのどこが心踊る冒険なんだい?モンスターの居場所がわかってて、レッドカーペットを敷かれた道を歩いて瀕死のモンスターにとどめだけささせる。そんなんでイリスちゃんの欲求が治まるとでも?』

 

 球磨川は、そのような初めてのお使い的冒険をさせる為にアイリスを連れ出したわけではない。

 

「そうです!私は、一からみんなと情報収集をするところからスタートしたいの。だからダクネス、気遣いの一切は不要です。どうか、一冒険者仲間として接して下さい」

 

「う、うむ……。最初にもそう言われて、頭ではわかっているのだが」

 

 18年間生きてきて、イリスを天上の人と位置付けてしまっている固定観念は簡単に拭えるものでもない。

 未だ、パーティーメンバーとしての接し方を模索中の彼らの元にディスターブ達が奇襲を仕掛けてきたのはそんな穏やかな状況でだった。最高峰のステータスを持つイリスに気配を悟らせず、一撃目は炸裂してから皆の目に映った。

 

 最悪な事に。ギルド長の洗練された剣が、球磨川の脇腹を貫通してからというあまりにも遅すぎるタイミングで。

 

『ぐぶっ…!?』

 

 口腔へと血を逆流させながら、球磨川は後方へ跳躍して剣を引き抜く。突然の事態に三人は理解が追いついてこない。致命的な傷を球磨川が負ってしまったのも、それを手伝う。

 現れたのはディスターブだ。それだけがフワッと脳内に浮かぶだけで、身体が追いつかない。イリスが抜刀したのはハイスペックな身体能力が故に凡人の目には止まらぬ速さではあったものの、達人の域であるディスターブから見れば、なんとか対応可能な範疇にとどまる。

 混乱してなければ、いとも容易くディスターブの胴体を両断した筈のイリスの剣は、咄嗟のことで教科書通りの軌道を描いた。剣術の習い始めに叩き込まれた基礎の基礎が出てしまった。同じ流派を納めたディスターブにとって、防ぎやすい剣が。

 見事に捌ききり、安全な位置まで遠ざかったディスターブは、思わぬ登場人物に驚きを隠せない。

 

「アイリス様……このような場所で、拝謁出来るとは思いませんでした」

 

「私も同じ事を思いました。貴方程の方が、何故このような愚かな行いを?」

 

「私なりにこの国の行く末を案じたまでのことです。恐縮ですが、この場は後にさせていただきます」

 

「逃げられるとお思いですか?」

「……む。」

 

 ジリッ…

 

 アイリスの靴が、地面を舐める。踏み込む為の予備動作は、先までの混乱混じりではない。ベルゼルグ最強の一角として、ディスターブにプレッシャーを与えた。1秒に満たない時間で自分を屠れる相手と相対しているのだ。ギルド長の剣が震えてしまうのも道理だろう。めぐみんの安全が確保されるまでは、命は取られないとわかっていてもだ。

 

 一触触発の脇で、ダクネスが球磨川を抱えて懸命に呼びかけ続ける。

 

「ミソギ!……ミソギ!!大丈夫かっ!?早くスキルを使うんだっ!!」

 

 この程度の傷、と言うのはおかしいが。球磨川は以前、これよりも酷い傷から回復したことがある。【大嘘憑き】を発動させればなんでもないはずなのだ。ダクネスが必死にスキルの行使を促す。

 

『……ふっ。今回の敵は、甘く……ないようだぜ、ダクネス、……ちゃん』

 

 腕の中で朦朧とする球磨川に、いつもの飄々とした態度は感じられない。むしろ、余裕がなさそうだ。

 

「どうしたんだ、まさかスキルが使えないのか!?」

『ま……あ、そんなところ、……かな。』

 

 脇腹を刺された。球磨川にしてみれば、致命傷でもなんでもない。それでも、スキルで治せないのには訳がある。

 流石に、認識外から攻撃された際には一瞬の隙が生まれてしまった。そこを狙われたのだ。

 

 この世界に存在する、もう一人の過負荷に。

 

『……ベアトリーチェちゃんも、来てるみたいだね。なら……めぐみんちゃんも、……どこかにいるはずだ』

 

 あらゆる苦痛が球磨川を襲い、【大嘘憑き】の発動を邪魔してくる。脇腹からはドクドクと血が溢れ、視界が霞む。

 脇腹の傷も、【精心汚染】も。単体では球磨川を殺すに至りにくいものでも、重なれば脅威。ディスターブの初手は的確だ。

 

「くっ、ディスターブ卿はイリスが抑えてくれている。私は術者とめぐみんを捜す!ミソギ、持ち堪えれるか!?」

『こんなもの……大したこと……ないぜ。ダクネスちゃん、頼んだ』

 

 ダクネスは駆けた。ベアトリーチェに攻撃をしかけ、スキルの継続を不可能にする。それなら、球磨川も問題なく【大嘘憑き】で復活可能だろう。

 

 球磨川は自らのネジを傷口に打ち込み、血を止めた。

 

『ベアトリーチェちゃん、まさか……こんな痛みで僕のスキルを…封じた気で、いるのかな?』

 

 久しく喰らっていなかった、同じ過負荷からのダメージを、裸エプロン先輩は余さず堪能しながら、僅かに微笑む。

 

『僕にリソースを割けば……ダクネスちゃんにまで、手が…まわらない…よね?』

 

 アンコントローラブルな過負荷を行使しているであろう、ゴスロリ幼女の顔を思い浮かべながら。

 








球磨川先輩はタダではやられませんな!!

感想貰ったら、やっぱやる気出るものですね…!


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七十九話 コンプレックス







ペルソナ5Rはやくでないかな…サタナエルはいいので、ヨシツネだけでも引き継がせて欲しい。







 上には上がいる。ディスターブは剣も魔法も極めた、世界でも上から数えた方が早い実力者だ。敵と対峙しても、自分の方が上回っていると感じたことは数多くあれど、刺し違えるのも厳しいと思えてしまう相手は長い人生でも僅か数人だった。

 それが今日、新たに一人加えなくてはならなくなった。他ならぬ、眼前の相手アイリスを。

 

 自身の娘でもおかしくない年齢差の少女に命を握られている。年長者として、男として。こんなに屈辱的な出来事もそう無いだろうが……

 

「貴女に限っては、嫉妬するのも烏滸がましい。いや?真にベルゼルグの発展を願うのなら、王女殿下の強さが本物だったことを安堵すべきですか」

 

 ピリピリとした緊張感が全身を包むも、ディスターブの切っ先はピタッと固定されている。アイリスの剣がどのように迫っても対応可能な位置で。

 

「私こそ、認識を改めましたわ。ディスターブ卿、貴殿の構え……まるで隙がありません」

 

「光栄ですね。とはいえ、アイリス様がその気になれば、一瞬と保たないでしょうが」

 

「……驕り高ぶるつもりではないのですが、この国の王女として遅れを取るわけにはいけません。ましてや、恩人の命が危うい状況ではなおのこと。」

 

 急ごしらえの為、王家の家紋が入った聖剣では無いものの、アイリスが持つこの世に二本とない宝剣が輝きを増す。

 

「アイリス様!?クマガワ ミソギ……彼を指して【恩人】と仰いましたか!?」

 

「ええ、私を外の世界へ連れ出してくれたお方。貴方も名前くらいは聞き及んでいるのではないですか?魔王軍幹部及び、悪徳領主を成敗してくれた人格者ですわ」

 

「馬鹿な……!人格者などと。だが、アイリス様がおっしゃるのなら、やはり私の杞憂か……?」

 

 球磨川への不信感。依然、信用に足る人物かどうか量り損ねているものの、アイリスが言うのはそこいらの凡人が言うのと説得力が段違い。ディスターブも、頭ごなしに否定するだけの材料を持っているわけではない。目に余る素行の悪さはあるが、華々しい功績を無視していいレベルには至らず。

 球磨川が真実、人格者であるなら。ディスターブが行ってきたことは全て……

 

「ディスターブ卿。貴方が何を思いクマガワ ミソギに敵愾心を抱いたのかはわかりません。ですがそれは、単なる思い込みから来たものではありませんか?」

 

「……さて。敵愾心とまではいきませんが、彼に不審な点があるのも事実。アクアさんがいないこの状況で、致命傷を負った彼がどうなるか見ものではありませんか」

 

「見ものですって……?」

 

「ええ。何事も無く命を落としてくれたら、どれだけ安堵することか」

 

「ディスターブ卿、貴方は……」

 

 人の命をなんだと思ってるのか。罪もない優秀な冒険者を殺しかけておいて、安堵ときた。アイリスの知るディスターブとは、こんな人物だったのか。幼き王女は落胆を隠せない。その気配を察知したディスターブは、アイリスの言葉を遮る。

 

「王女殿下。私は、クマガワが魔王軍のスパイでは無いかと疑っているのです」

 

「スパイ……!?言うに事欠いて。貴方の思想は危険ですわ。どのみち、国家反逆罪の容疑が貴方にはかけられています。この場で拘束する他ありません」

 

 輝きを増した宝剣が左右に揺らめく。アイリスの踏み込みは一歩で数メートルは稼ぐ。一足一刀の間合いからは、ディスターブの反射神経を凌駕するスピードで迫る。話を聞くのは、牢に入れてからにすると決めたらしい。

 

「速いっ……!!!」

 

 懐に潜り込まれてからでは対応が間に合わない。側面から滑り込むアイリスの刀身は、高速でディスターブの剣を弾き飛ばした。

 元より、命を刈り取るつもりは王女には無いのだ。

 

「そうくると、思ってました……殿下」

「なっ!?」

 

 剣士にとっては生命線の、唯一の剣。普通は弾き飛ばされかけたら必死に抗うはずだ。だが、ディスターブは瞬時に見切りをつけ、あえて手放す事で次の行動を選択可能とする。

 距離を保ちながら、アイリスに爆発魔法を撃ち込んだのだ。直撃はさせず、爆風の余波でアイリスを吹き飛ばす位置に。

 剣士が剣を捨てる。理外の理を選択したディスターブには、アイリスといえど驚かずにはいられない。

 

「無礼をお許しください。生憎と、私の本職はこちらなのです、アイリス様。」

 

 爆発魔法を自在に操る天才。グロウ・ヴァルム・ディスターブの連続爆撃。

 どれもアイリスを直接害することはせず、空中に浮いた華奢な身体を遠ざけるように吹き飛ばしていった。

 

「くぅっ……!!」

「頼みます、ベアトリーチェ!!」

 

 絶え間なく出現する、圧倒的な爆発。一度宙に浮いて仕舞えば、踏ん張りも効かず。暫くはアイリスも翻弄されるしかない。十分に距離が離れたあたりで爆発は止み、ようやく着地出来た。すかさずディスターブと対峙していた地点に視線をやるが、そこにはもう影すら残っていない。

 

 ベアトリーチェのスキルか、ディスターブはまたも認識の外へと消えてしまったのだ。これでは、次も攻撃を受けてからでないと対応が難しい。球磨川が致命傷を受けた時同様に。

 

「あれが、ディスターブ卿の爆発魔法ですか。成る程、噂に違がわず厄介ですね」

 

 広場から遠ざけられてしまったアイリスは、全力で戦場へ戻る。ディスターブの狙いはわかっているのだ。

 

「ミソギちゃん!!」

 

 姿を隠し、一回分の奇襲の権利を得たディスターブ。狙いは100パーセント球磨川だろう。スパイでは無いかと疑っていた点と、アイリスへはダメージを与えなかった点。敵が再び姿を見せるとすれば、それは球磨川に危害を加える時の筈。

 恩人に追撃を与えられるくらいなら、いっそこのまま街の外へと逃げて欲しい。

 

 何百メートルか先に見える学ラン姿の恩人に、王女は大声で呼びかけた。

 

『やれやれ。すっかりヒロインポジションってわけか、この僕が!』

 

 お腹の痛みと、ベアトリーチェによる攻撃。両方に耐えながらも、球磨川は懸命に近くの建物へ背を預ける。地面には点々と血液が滴るが、動けないってほどじゃない。動くことで、どれだけ傷口が広がるかは別問題として。

 これで、ギルド長が背後から奇襲してくる可能性は潰えた。前方と左右、あとはせいぜい、上を気にしておけば良い。

 

『よほど僕は君の反感を買ったのかな、ディスターブさん』

 

 ズズズズズッッ………!!!

 

 前方の180度。自分を守るように、地面から大量のネジを生やした球磨川。予備動作もなく生えてきた鋭い金属に、ディスターブは完全に不意をつかれた。

 

「なんだと!?」

 

 召喚術の一種かと、地面から突き出てきたネジを観察するディスターブ。球磨川の左側面から首をはねようとして、一本のネジに腕を抉られたのだ。地面に不自然な振動を感じた瞬間飛び退いたが、一番外側に生えたネジに捕らえられてしまった。

 

「正体不明だった、貴方が持つ3つの謎スキル……その内の一つが、これですか?」

 

『君がそう思うのなら、そうなんじゃね?よくわからないけどさっ!』

 

 ビデオを巻き戻したように、突き出てきた周囲のネジが地中に還っていく。大量にあった金属達は、地面に穴だけを残し忽然と消える。

 

「……アイリス様は、貴方を恩人と仰いました。我が国の王女に、あまり変な事を吹き込まないでもらいたいのですがね」

 

 脇腹の痛みはもはや治ったかのように、裸エプロン先輩は【けんけん】で穴を避けつつディスターブの正面へと移動した。

 

『バトルシーンだっていうのに、国家反逆罪の容疑者は多弁なんだね!あ、死罪確定だから今のうちに喋っておきたいとか?僕としては、どうせなら自分の能力をペラペラと語って自滅して欲しいのだけれど』

 

「貴方に国家反逆罪と言われるのは業腹です。にしても、勘が鋭くていらっしゃる。完璧な奇襲だったというのに、よく私の気配に気がつきましたね?」

 

 一撃目。脇腹を突き刺した時は全くの無防備だったというのに、今はまるで奇襲されるのがわかっていたかのようなタイミングだった。

 

『あーそれね。ディスターブさんのほうからベアトリーチェちゃんに教えておいてあげてよ。苦痛を与えながらの認識操作は甘くなるってさ!』

 

「ほお、クマガワさんは痛みに耐性でもあるのですか?脇腹に致命傷、そしてベアトリーチェの苦痛を受けてなお、先ほどの動きが可能とは。普通は起き上がるのも困難でしょうが…」

 

『まぁね!僕は現在、彼女の所為で頭が割れそうで吐きそうで泣きそうで死にそうなわけだけれど……おかげで、ギルド長さんの僅かな呼吸音は聞こえた気がしたんだぜ!』

 

「……ベアトリーチェには、伝えておくとしましょう」

 

 実はもう、伝えてはいるが。

 

『僕を痛めつけつつ、君を認識操作で隠しながら、自身も気配を消す。一人の人間が一つのスキルで全てを並行する。これって結構骨が折れると思うんだよね。果たしてベアトリーチェちゃんは、ダクネスちゃんに見つからずにいられるのかなぁ…』

 

 顎に手をあて、何やらベアトリーチェの身を案じている風の球磨川先輩。ディスターブには、おちょくっているようにしか見えず。

 

「ララティーナ様に捕捉される前に、私が戻れば良いだけのことです。クマガワ ミソギ、すみませんが貴方には消えてもらうとします。仮に善良な冒険者だったとしても、仲間の仇は討たせてもらわなくては」

 

 ディスターブは、胸元の内ポケットからある石を取り出して、魔力を込めていく。

 

『!……その石は……』

 

「アイリス様を巻き込む訳にはいかないので、手っ取り早く済ませます」

 

『……そうか。僕はてっきり、【威力を更に増幅】させる為に使用するのかと思ったものだけど。結局は君のコンプレックスの為に消費するんだね!いや、気持ちは痛いほどわかるよ。自分より年下の女の子が、自分が至らなかった頂にいるんだからっ』

 

「なんとでも言いなさい。不死の可能性がある貴方を葬るには、この魔法しかない…!」

『不死…か。』

「では【アクセルの英雄】さん、さようなら。」

 

 紅い石が、直視不可能な光を放つ。ディスターブの魔力に呼応して。

 球磨川を何度も救ってきた、めぐみんの【爆裂魔法】。同じ魔法が今度は、球磨川に牙を剥く。今の球磨川に魔法の発動を阻止する術はなく、王都の南広場の一部は、地図から消しても構わないくらいの焼け野原となってしまった。








前にフラグだけ立ててましたが、ある種の回収出来まして一安心でござる

説明不足…?次話で……!


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八十話 不屈の心 【挿絵あり】





イラストあるよ…!苦手な人は注意してねっ!







 陽の光が差し込まない、建物の隙間とも呼ぶべき路地。そこには、フード付きのコートを着た幼女に剣を向ける女騎士が一人。

 

「見つけたぞ。お前がディスターブ卿の仲間だな?めぐみんを引き渡してもらおうか。ミソギから特徴は聞かされていたが、まさか本当に子供だとはな」

 

 いつになく凛々しい目つきでダクネスはベアトリーチェに鋭い剣を突き出す。パーティーメンバーを人質にとられていれば、内心穏やかではないだろう。球磨川への攻撃、遠く離れたディスターブ及び、めぐみん並びに自身の隠蔽。これだけの作業を並行して行えば、よほどスキルが強力か、或いは使いこなせていないと完璧とはいかないものだ。過負荷の第一人者とも呼べる球磨川が指摘した通り、ベアトリーチェは自身を認識操作で隠すのが疎かになってしまい、ダクネスに発見される醜態を晒した。それでも、冒険者ならかろうじて気配を察知出来る範疇で、一般人相手ならば悟られはしないのだが。

 一度捕捉された状態からでは、姿を隠すことは出来ない。

 

「ぬかったわね。碌に索敵スキルも無さそうな脳筋女騎士に見つかっちゃうだなんて」」

「ぬかった……か。大した自信だな」

 

 全力を出していれば、相手がいくら凄かろうと見つかるはずが無いという絶対的な自信が、ベアトリーチェには見て取れる。

 

「で。めぐみんを引き渡して欲しいんだっけ?いいわよ、別に」

 

 ベアトリーチェはスクッと立ち上がって、めぐみんと思しきフードで顔が隠された横たわる人物から離れる。

 

「誘拐犯にしては諦めが良いのだな。拍子抜けしたぞ、正直」

 

 顔が隠れているので、身代わりかもしれない。ダクネスは最小限の注意は払いつつも、めぐみんに駆け寄った。グッタリした様子は、長時間拷問を受けていたかのようだ。

 

「めぐみん、大丈夫かっ!!」

 

 大きな粒の汗を顔全体に広げた、すっかりやつれたパーティメンバーに、ダクネスは焦り、すぐさま呼びかける。頬に触れ、体温を確認しつつ命に別状が無いかもチェックして。

 息は小刻みなのに荒い。見てわかる外傷の類は無いが、精神が崩壊しかかっているような、弱々しく痛々しい印象に胸が苦しくなってくる。

 どんなに声を荒げても、めぐみんからの返答はない。

 

「はい、めぐみんは返したわよ。これで満足かしら?」

 

 涼やかに髪をかきあげ、必死なダクネスを嘲笑うゴスロリ。大切な仲間をこんなになるまで痛めつけた相手が、挑発的な態度をとった。これだけで首を剣で跳ね飛ばしてやりたいと振るいかけるが、相手の手の内は謎だらけ。弱り切っためぐみんをフリーにする危険をおかしてまで斬りかかるには、理性が残りすぎていた。

 

「安い挑発、ご苦労なことだな。せいぜい今のうちに粋がっておくと良い。数刻後、お前がいるのは冷たい地下なのだから」

「あー怖い。仲間を傷つけられてご立腹?」

「……幼い子供ならば、どんなに罪を重ねても死罪は無いと考えているのか?実行するかはともかく、我が家の権力ならばお前一人この世から【完全】に消し去ることも可能なんだぞ。」

 

 美しい青い瞳は瞳孔が開き、細く整った眉は限界まで釣り上がる。深窓の令嬢だと、今のダクネスから見抜くのは優れた洞察力を持つホームズでも難しい。恨みのこもった陰惨な表情には、挑発した側のベアトリーチェも多少の恐怖を覚えた。

 

「冒険者ごっこを楽しむ道楽娘かと思ったら、案外気骨がありそうね」

「私には、犯罪者との会話に花を咲かせる趣味はない。めぐみんを治療しなくてはならないし、抵抗はしてもらいたくないものだ」

 

 めぐみんを優しく地面に寝かせるダクネス。ふと、ベルディアを討伐した際の記憶が蘇った。漆黒のデュラハンに、力及ばず袈裟斬りにされたダクネスを、球磨川とめぐみんが救ってくれた時のものが。

 

「……今度は、私が助ける番だな」

 

 怒れるクルセイダーはベアトリーチェを睨み、その姿を隅々まで観察した。

 遠距離からめぐみんを攻撃するような武器は無いか。ダクネスが離れた途端、めぐみんを狙われてはお話にならない。どうやら、武器の類は持ち合わせてなさそうだが……

 

「お前の能力は精神干渉らしいが、私には効かないと思ってくれ。生憎、その手のダメージには強くてな」

 

 なら、後はスキルを警戒すればいい。ベアトリーチェはスキルを舐められて、口を尖らせた。

 

「面白いことを言うのね。精神力が並外れていようが、私のスキルにかかれば5秒で廃人よ?アンタがこれまでに受けた事のない苦痛が襲うの。だから、効くか効かないかをアンタが決められるわけがないってわけ。自分が経験してないものを、推し量れるはずないじゃない?」

「経験したことのない…苦痛…だと」

「そう。恐ろしい?たとえ神であっても、耐えるのは不可能よ」

「では、めぐみんが苦しんでいるのも!」

「ええ。ご明察」

「あんなに、あんなに苦しんでいるスキルを、この私にも使うつもりなのかっ!?」

 

 ダクネスが身をプルプルと振動させたのは、未知のスキルへの恐怖からか。

 ベアトリーチェは、ようやくダクネスが弱さを見せたのだと思い、図らずも笑みをこぼす。

 近接格闘の類では、体格差もあって圧倒的に不利。どうあれ、【精心汚染】を撃ち込むより他にないのだけれど。

 

「防御力が売りでも、それはあくまでも身体的なものよね?どんなに屈強な戦士であっても、レベルをいくら上げても。心までは鍛えられないわ」

 

 ベアトリーチェが右手をダクネスに向け、突き出す。

 

 ドクンッ!と、ダクネスは心臓が跳ねるのを感じ取った。心に負荷をかけたれた衝撃は、精神の枠を超えて生命活動にまで被害を及ぼす。並大抵の人間では、この瞬間にもショック死する程に。

 

「………なん……と……!!これほど…か!」

 

 かつてない苦痛。この表現には誇張も含まれているのではと楽観していたダクネス。しかし、受けてみるとわかる。これは、大変恐ろしく、球磨川でさえ瞬時に戦闘不能にしたのが頷ける。

 苦しみによって、頬を染め、呼吸を荒げるクルセイダー。身をよじらせ、剣も地面に落としてしまう。

 

「くっ…まだだ、まだ落ちはせんぞ……!!」

 

 足をがくつかせ、立っているのもやっとの女騎士に、ベアトリーチェは素直に感嘆する。

 

「やるわね、お嬢様。でも、そろそろ苦しさは限界よね!?私が手加減無しでやったら、本当に死ぬわよ!早く気絶しなさいよっ!!」

「足りぬと言っている!!いいから……、出し惜しみせず、私を殺すつもりでやるんだ…!でないと、イリスがやって来てお前の逃亡は実現しなくなるぞ……!」

 

 めぐみんと同じく、身体全体には大粒の汗を滴らせているものの、未だに受け答えはしっかりとしている。流石は、精神干渉は効かないと自負するだけのことはある。

 

「わかったわよ……!なら、お望みどおり。とっとと死なせてあげるわっ!!」

 

 右手だけを突き出していたベアトリーチェが、遊んでいた左手もダクネスに向ける。全身全霊、アクアに対して行ったスキル行使を、普通の人間でしかないダクネスへ。

 これだけやれば、いくらなんでも気を失う。生物として、尚意識を保つのは欠陥でしかない。

 なんとか踏ん張っていたダクネスも、堪らず崩れ落ちる。

 身をよじらせ、必死に抗っているらしい。

 

「どう?お嬢様っ、これなら……!」

 

【過負荷】の副作用。精神の昂りを抑えられなくなったベアトリーチェは、口角を上げて既に気を失っているであろうダクネスに問う。

 返事など期待していない。感情がコントロール出来ず、自然と話かけてしまっただけだ。後はダクネスが気を失っているかを確認してスキルを解き、再度めぐみんを抱えて逃げればいい。

 

 ベアトリーチェは慢心せず、スキルを発動しながらダクネスに近寄る。

 

 すると。

 

「……ふっ……んっ…!んんっ……!まだ…たりな…い!」

 

 ダクネスがまだ、苦痛のあまり声を漏らしているのに気がついた。

 

「ちょ、嘘でしょ!?なんでまだ意識が!?」

 

 化け物かと、ゴスロリ幼女が判断する。人は、恐怖を感じると反射的に行動を起こしてしまうものだ。ベアトリーチェは、今この一瞬だけ、すべてを忘れてダクネスに渾身の力で攻撃を仕掛けた。

 ディスターブの姿を隠すことも、球磨川への精神干渉も、既に意識の外。

 ここまで、ダクネスへは約5割の力で攻撃していたものを、マックスへと引き上げて。

 

 ダクネスからすれば、二倍。気を失わないのがやっとの苦痛が、一気に倍になって押し寄せたのだ。

 

「んっ……!?ぁぁぁああああっ!!!?」

 

 クルセイダーの絶叫。それは、ベアトリーチェを正気に戻し、やり過ぎたスキル行使を中断させるに至った。

 

「しまった……!生きてる、わよね?」

 

 ビクビクと痙攣するダクネスを見て、最低限の安堵を得る。まだ、息はある様子だ。

 

「あ!球磨川達の方は…!?」

 

 あまりにもダクネスが粘るものだから、球磨川とディスターブの戦闘はすっかり蚊帳の外。慌てて、戦況を確認して加勢しなければと次の行動を決めたところで。

 

 離れた地点で大きな爆発が起こった。南門の戦闘だ。

 

「ディスターブは、順調そうね」

 

 ベアトリーチェの助けがなくても、相方はなんとか凌いだようだ。爆発の規模はやり過ぎなくらいデカかったものの、あちらには王女もいる。ああでもしなければ乗り切れなかったのだろう。アイリスはともかく、球磨川は粉微塵になったのではないか。イタリアという地名を知っていた、不気味な少年は。

 

「…それより、私はめぐみんを連れてかなきゃ…!」

 

 ともあれ、ベアトリーチェは自身が為すべきことを実行する。あっさりめぐみんをダクネスに引き渡したのは、油断を誘う目論見があった。

 まだまだ利用価値がある紅魔の少女を再び連れ去ろうと近寄ろうとした。

 

 だが、そこには。

 

『僕から意識を逸らしておいて、万事うまくいくと思っちゃうだなんて、都合が良過ぎない?』

「……球磨川禊……!?」

 

 いるはずのない人間がいる。ダクネスがスキルに耐えた時ほどではないが、ベアトリーチェを驚かせるには十分過ぎる。

 

『ビックリしたフリはよせよ。僕への攻撃をやめて、ダクネスちゃんに夢中だなんて。嫉妬しちゃうじゃないか!』

「ディスターブは何してるのよ…!!」

『……さあ?誰もいない所に【爆裂魔法】を撃っちゃうだなんて。ディスターブさんってばお茶目な一面もあるんだねっ』

 

 めぐみんと、それからダクネスをベアトリーチェから護れる立ち位置に。

 一瞬スキルが途切れたのを見逃さなかった、彼女たちのリーダーが参上していたのだった。

 ディスターブはアイリスの相手で手一杯だ。次々と現れる敵に、ベアトリーチェが歯噛みすると。

 

 裸エプロン先輩は不敵に微笑み、こう告げた。

 

『ベアトリーチェちゃん。やっぱり、女の子は笑ってるよりも苦悩の表情の方が可愛いよ』

 

 

【挿絵表示】

 












ダクネスのところ、【苦痛】を【快楽】にかえても大丈夫そうだね!

どんだけダクネスが耐えようと、球磨川を放置しちゃあ……ねぇ?
ぐぬぬって感じのベアトリーチェは可愛い。ま、私は笑ってるほうが好きだけど!ふつうに!




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八十一話 受け入れる覚悟






更新遅くなりました…!







『イリスちゃんと、ディスターブっち。正面からぶつかり合えば、番狂わせが起きようとも王女殿下が勝つに決まりきってるよね。だからって、ベアトリーチェちゃんにギルド長を助けに行けば?って親切心から推奨してあげてるわけでも無いから、そこは勘違いして欲しくないんだぜ。だって、その助言がきっかけとなって君まで命を落としてしまったとすれば、責任が僕にあることになっちゃうじゃん。……ん?いや、その場合も結局命を刈り取るのはイリスちゃんなわけだし、やっぱり僕は悪くないな、うん』

 

「唐突に現れて、好き勝手喋らないでくれる?アンタのパーティーメンバーの命は、この私が握っているのよ?その気になれば、今すぐに精神を崩壊させる事だって出来るんだから」

 

 球磨川は街の片隅を、ブロードウェイも顔負けとばかりに、自由に歩きながらベアトリーチェを言葉で撹乱する。というよりは、単に苛つかせただけか。めぐみんを人質にとられ、ダクネスまで毒牙にかけられている危機的ともいえる状況で、こんな能天気なリーダーがいていいものか。

 

 ベアトリーチェも、ダクネス達に同情に似た感情がわき、敵ながらつい老婆心を隠せなかった。

 

 だが……

 

『それってさ、機嫌を損ねなければ殺さないでくれるって意味にもとれるよね?なんだ、案外優しいんだね、ベアトリーチェちゃんは!もっと早く教えてくれよ。そうとわかっていれば、ご機嫌とりにシャンパンタワーの一つも準備しておいたのにっ』

 

 お節介など焼こうものなら、即有頂天になるのが球磨川禊。単なる警告をここまで前向きに捉えられるだなんて、どんな思考の持ち主なのか。

 敵に塩を送るなんて、らしくない真似はするべきじゃない。ベアトリーチェは軽く反省すると同時に重くなった息を吐く。

 

「そう。なら、理解してるってわけね。」

『…………なにが?』

 

 キョトンと、首をかしげる球磨川。頭のネジが二、三本足りていない男をトップに据えてしまった少女達に、今度こそ確かな同情を覚える。

 

「私の機嫌を損ねたら殺されるってことをよ!」

 

 ディスターブには悪いと感じるが、現状ベアトリーチェは三対一。あちらの相手がいかな王女だとしても、流石に自分だけで精一杯だ。

 めぐみんは気を失っているものの、回復すれば爆裂魔法を放てる怖さがある。こちらも無力化させたけれど、ダクネスの硬さはベルゼルグでも屈指。先程見せた【精心汚染】への抵抗力は侮れない。

 

 多勢に無勢。こういう時は各個撃破が鉄則である。真っ先に倒すべきは、ピンピンしている球磨川禊だ。残る2人は後回しでも構わない。最も避けたいのが、二兎を追いモタつく間にダクネスかめぐみんに回復されて戦線に復帰されること。この際、球磨川が何かしらの回復措置を行ったとしてもあえて妨害はするまい。回復と引き換えに、球磨川をノックアウトする気概。

 

 初手から全力。

 球磨川に、この世全ての苦痛を与えてやった。

 女神さえ殺せる、人類には耐えられない地獄の苦しみを。

 

 ベアトリーチェが生前、それから死後に経験した苦しみや嘆き、怒り。後悔、嫉妬。あらゆる負の感情を土台として構成されたスキルは、およそ人が正気を保てない、まさに心を【汚染】するものとなった。

 

 平成の世に生まれた球磨川には、想像しか出来ない血塗られた歴史。いまや日本人の誰しもが、ともすればその時代を生きた人々でさえ過去として認識してしまっている出来事。実体験を語れる人間が次々と他界し、その子が、またその子供に【知識】として言い伝えるしか無くなる日が、もうすぐそこまでやって来ている。

 

 だが、しかし。

 

 ベアトリーチェだけは違う。死後の安らぎは無く、魔物が蔓延り魔王なんて輩が世界を征服せんと目論む物騒な世界に送られ、アクアから得たリボンは彼女に老いを克服させた。

 死のうとも思ったが……ひとえに、何かの間違いでも良いから、両親にもう一度会いたいという願いが数十年の歳月を短く感じさせた。まさに、光陰流水の如し。魔法なんてものが存在する世界ならば、まだ術はあるのではと期待してしまう。もっとも、ここ数年はそんな淡い期待さえ持てなくなってきたが。

 

 日々の中、戦後の高度経済成長を象徴とする輝かしい時代から転生して来た日本人を見知った際には、嫉妬で狂ってしまいそうにもなった。特に。

 

「アンタみたいな、平和な日本でぬくぬくと過ごして置きながら、さも自分は不幸ですみたいな顔してるヤツは大嫌いなのよ……!!」

 

 腹が煮える。だから、ベアトリーチェはぶつける。自分が体験した苦しみを。死後の世界でさえ、両親の遺品としか再開出来なかった悲しみを。【過負荷】に乗せて球磨川へと。

【精心汚染】は行使者に同調するように、精神的苦痛にプラスして球磨川の肉体にも様々なダメージを蓄積させる。

 間接的に、相手が自分と同じ苦しみを味わっているのだと思うと、不思議と彼女の気分も高揚してくる。

 球磨川も、これには堪らずひれ伏し、涙を溢れさせるのたうちまわる。

 

 ……はずだ。

 

 これまでのあらゆる相手は、実際にそうなった。神であるアクアですら。なんなら、以前の球磨川本人も。涙こそ流さなかったが、あまりの苦痛に戦闘不能にはなった。……なのに。

 

『どうやら、君の苦しみには底が見えたようだ。とても残念だよ。……君なら、きっと僕の理解者になってくれると思ったのに。』

 

 汗ひとつかかず。全身全霊の【精心汚染】を受けても、球磨川禊は健やかな姿でそこにいた。長時間のスキル行使を受けていた名残で苦しむめぐみんの方が、よっぽど重症に見える。

 

「……え……?」

 

 おかしい。こんなに平然としていられるなんて、ありえない。スキルは発動中だ。ベアトリーチェは焦ることなく、スキル行使の感触を確かめる。間違いなく、球磨川には【過負荷】が襲いかかっている。では、何故。

 

『ベアトリーチェちゃん。君はね、考え方が根本的にズレているんだよ。』

「ちょっと……アンタ、どうして……」

『これだけのスキルに昇華(劣化)させたのは、素直に褒めてあげたいところだけれど。君は不幸に対して否定的だ。自分の苦しみを他者にぶつける君の【過負荷】は、心で【どうして自分はこんなに不幸なんだ】っていう考えから生まれてるんだ。それじゃあダメなんだよ。……全然ダメさ』

 

 地面にひれ伏すどころか、軽い足取りでベアトリーチェに近寄る裸エプロン先輩。

 

「なにを言ってるのか、全然わからないわよ!アンタに私の何が理解出来るっていうの!?」

『理解は浅いよ。パンツの種類くらいしか把握出来ていないさ。でも、君が不幸を憎んだのはこのスキルを見れば明らかだ。いいかい?不幸はね、否定するものじゃない。ましてや、他人にぶつけるものでもない。……それもまた自分の人生なんだと割り切って、【受け入れる】ものなんだ。』

 

 さらっとおかしな発言をしながら歩き続ける球磨川とベアトリーチェの距離は、もう数メートル。咄嗟にナイフを球磨川に突きつけるが、止まる気配がない。

 

「と、止まりなさい!それ以上近づいたら……」

 

 めぐみんにナイフを突き刺す。それを材料に制止を促そうとしたものの、めぐみんがいつのまにか球磨川の後ろまで移動していた。

 

「……うそ」

 

 目を離したとか、そんなヘマをするベアトリーチェではない。球磨川が、なにかをしたのだ。スキルを喰らいながらも。

 

「アンタ、スキルを使えるの!?私のスキルを受けて、それどころじゃないはず……」

 

『僕は受け入れたんだ。君が与えてくれた、擬似的な不幸を。』

 

「受け入れた……?私の、苦しみを……!?」

 

 ベアトリーチェにとって、聞き捨てならない発言を軽々しくする球磨川。

 

『たしかに、どうしてかベアトリーチェちゃんの受けたであろう苦痛はこれまで僕でさえ受けた事がない程の、絶大なものだったよ。だから、さっきまでは気絶しないようにするのが関の山だったんだ。でも、それももう終わった。君の苦しみも、僕にとっては愛しい恋人のように受け入れられるものとなったのさ』

 

「……うそよ。そんなの、認めない……」

 

 苦しみを。不幸を。愛しい恋人に例えた球磨川。ベアトリーチェを【後天的過負荷】にしてしまうほどの痛みを、球磨川は数時間の間で自分の一部にした。そんなことは、断じて許容出来ない。70年経っても、ベアトリーチェは完全に折り合いをつけられてはいないのだから。

 

『それから、これは君へのお礼なのだけれど……【普通】だったベアトリーチェちゃんが過負荷になっちゃうほどの痛みを追体験させてくれたおかげで、僕もまた【新たなステージ】に進むことが出来たよ。本当にどうもありがとうっ!』

 

 過負荷の中の過負荷が、更に一人分の【過負荷】を吸収した。背負い込んだ。これが意味するところを、生前の彼を知るものならば理解可能だろう。

 

『そうそう。ベアトリーチェちゃんには、めぐみんちゃんを痛めつけてくれたお礼をまだしていなかったね』

 

 球磨川の靴が、街路とリズミカルに音を奏でる。

 

「……………ぁ、待ちなさい!私に、近寄ったら……」

『君が、【過負荷】を擬似体験させてくれたんだから……僕もまた、擬似体験させてあげるのが風流だろう?今時の若者は、なんでもシェアするものなんだぜ』

「ゃ、やめて……っ!」

 

 

【却本作り】。鋭く長く伸びたネジは、ゴスロリ幼女の胸に突き刺さった。

 









決着はあっさりめ。
ま、過負荷同士の戦いでスキルが通じないとどうしようもないわね。

ん…?ベアトリーチェも…クマーの過負荷を擬似体験するのか…?


友人の勧めで第五人格始めたけど、時間泥棒過ぎてヤバいね。いあ!いあ!
名前被り防止システムで、いたまえって名前ではないのであしからず。




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八十二話 ノーマル





おや?球磨川のようすが……


 

 

 

 

 

 

 

 胸を貫かれたのに、あるのは違和感だけ。痛みはない。位置関係から心臓を貫かれているのにも関わらず、ベアトリーチェの生命は脅かされなかった。とはいえ、全く影響が無いわけもなく。

 

 心が、螺子に刺されるのと同時に壊れる音がした。

 

「………こ、これは一体…』」

 

 声も出る。声帯も無事らしい。ただ、身体がとてつもなく重い。レベルが下がってしまったのでは無いかと思うほどに。自身の髪の毛は美しい黒髪では無くなって、その全てはリボンと同じく白色に染まってしまった。

 

 力が入らない。早くしなければ、球磨川の追撃に対処出来ない。……いや、それ以前に。

 

 ベアトリーチェはどうしてか、この戦いの意義を見出す事さえ出来なくなってしまった。

 何故戦っているのか。……わからない。ディスターブに加担した罪を問われるのを避けるために、王都からの脱出を図っている。頭では理解しているのだが、有り体に言って【全てがどうでもよくなってしまった】。

 

 ディスターブのことも、球磨川のことも、自分の命も。何もかもが取るに足らない。この世界には、価値が無いのだと認識してしまう。

 それもそうだ。今、ベアトリーチェが国外に逃亡しようが、ディスターブを逃がそうが。彼女が願う両親との再会は実現しないのだから。

 

 どうして争う必要があるのか。両親のいない世界には、はなから価値などありはしない。

 

「『こんな戦い、どうでもいいわ……』」

 

 球磨川と【同じ】にされてしまった彼女からは、既に戦意が感じられない。虚ろな目で球磨川を捉えてはいても、無防備な状態で立ち尽くすだけ。

 今なら果物ナイフの一本で簡単に命を奪えてしまう。

 

『ようこそ、ベアトリーチェちゃん。これが僕の見ている世界だよ。見違えただろう?ここが、一つの底辺ってやつさ』

 

 一つの、とあえて付けたのは、球磨川も又不幸に底なんかないと考えているからだ。下には下がいる。【精心汚染】をその身に受けて、持論は更に強固なものとなった。世界は広いというが、異世界まで含めると、とても自分が一番不幸だなんて口が裂けても言えない。

 

『戦いがどうでもいいなら、もうめぐみんちゃんとダクネスちゃんを痛めつけたりもしないよね?』

「『しないわよ。そんなことをしても疲れるだけで、意味ないわ』」

 

 皮肉なことに、【精心汚染】を克服した球磨川の【却本作り】を受けたベアトリーチェの過負荷は先程とは比較にならないほど凶悪になっている。だが、術者に戦意が無い以上宝の持ち腐れでしかない。球磨川にとってはある種の賭けではあったが、どうやらことなきを得た。

 

『ふーん。君がそれで納得出来るなら僕から言うことは無いよ。【今】の【却本作り】は、あの安心院さんが取り上げるしか無かったそれと寸分達わないし、君の心が弱い云々はこの際弄らないでおいてあげるね!』

 

 どんなに強靭なメンタルの持ち主でも。完全版【却本作り】を受けては抗えない。強力な過負荷を所持していたベアトリーチェなだけに落胆が隠せないものの、球磨川も割り切った。

 めぐみんとダクネスがこれ以上害されない結果を出せたと思えば悪くない。

 

「『ねぇ。球磨川はどうして生きてるの?』」

 

 仲間たちの治療に向かう背中に、ゴスロリ幼女の言葉が届く。

 

『僕に、この世界に存在している価値が無いのは自覚していたけれど、存在そのものを咎められるとは……しかも美少女の口からとなると、少なからず悲しいよ。』

 

「『違うわね。アンタの存在は否定していない。それどころか、こんなに深い【過負荷】を抱えながら生き続けられるメンタルは賞賛に値するわ』」

 

 胸のネジを指でなぞる、ディスターブとの信頼関係さえどうでも良くなったベアトリーチェだったが、球磨川も同じ精神状態であるなら、どうしてこの学ラン少年は未だに仲間を気遣えるのか。どうでもいいと、なぜ思わないのか。

 

『……察するに君もカカシ先生のように、言うこと全てズレているようだ』

「『どう言う意味かしら。』」

 

 球磨川は笑う。明るい笑みとは違った、ダークな微笑。ジャンプを買いにコンビニへ行き、先週が合併号だったのを思い出したような顔。

 つまりは、不快そうな表情。

 

『僕はね……。いや、僕たちは。【過負荷】を抱えて生きているわけじゃないんだ。君の問いへの答えがそれだよ。』

 

 過負荷を抱えているという表現が心の底から受け入れられない球磨川。

 もう2、3本【却本作り】を撃ち込んでから、ベアトリーチェの頭部を砕いてしまいたくなってきた。

 

「『抱えていない?どういうことよ。アンタだって、突然自分の不幸が具現化したような力を得て苦しんでいんじゃないの?こんな精神状況に追い込まれるまで……』」

 

【却本作り】から伝わってくる、球磨川の心のあり方。平成の世に生まれた彼が、こんなにも歪んでしまった理由はわからない。だがきっと、彼にも不幸な出来事があって心が荒んでしまったのだろう。なら、自分と同じではないか。辛い経験をしたもの同士、共感できる点が無いではない。意味不明な能力が開花してしまった苦しみも、理解しあえるだろうと、彼女は考えたのだが。

 

『ベアトリーチェちゃんは平和な時代に生まれ育った僕を否定していたから、きっと君は過酷な時代を生きてきたんだろうけれど……もしそうなのだとしたら。不幸である理由がハッキリしているような【幸せ者(プラス)】が、わかった気になって僕たちを語るなよ』

 

 おぞましく濁った球磨川の瞳が、ベアトリーチェを射抜く。軽蔑や怒りなんて感情じゃない。

 明らかな敵意が込められていた。土足で踏み込んではいけない領域に、彼女は片足を突っ込んでしまったのだ。彼らにしか理解出来ない禁断の領域へと。

 

「『な、なによ……!アンタは私と同じでしょ!?酷い目にあって、こんな世界に飛ばされて!恐ろしい力が自分の中に芽生えて……!』」

 

 今は敵でも、境遇は似ているもの同士。もしかしたら理解しあえる部分もあるのではと、心の片隅で期待していた。球磨川と同じにされて、自分より深い所まで堕ちてしまっているのがわかってからは、奇妙な安心感すら覚えた。

 ベアトリーチェの中にあった悩みや葛藤を聞き、共感してもらえるのではとも期待した。

 

『……僕らは過負荷を抱えてなんかいない。だって、僕らが過負荷なんだから!』

 

「『は……?なによそれ。それじゃあまるで、生まれつきこんな心を持ってたみたいじゃない。そんなわけないでしょ!』」

 

『君とは、どうやら相容れないようだね。残念だよ。元が普通の人間だったベアトリーチェちゃんに、そのスキルは勿体ない。いや、違う。君みたいな恵まれた人間に、過負荷ヅラして欲しくないんだな、僕は。』

 

 球磨川の右手に、長さ1メートルほどの【テックスネジ】が握られた。どこからともなく現れたネジの先を、当然のようにベアトリーチェへ向ける。

 

『ここらでお開きだ。アイリスちゃんも待たせているからね』

「『私を殺すのね?いいけど。どうせ一回死んでいるんだし』」

 

 諦めた風な幼女を、球磨川は鼻で笑った。

 

『殺すなんてとんでもない。 けれど、君ごときに過負荷を名乗られるのも業腹だ。だったら、やる事は一つしかないよね?』

 

 ドスッ。

 

 胸に突き刺さっていたネジの隣に、新たなネジが撃ち込まれる。無抵抗なベアトリーチェは、まるで自然なことのように球磨川の攻撃を受け入れた。命さえ、もはやどうでも良いのだと。しかし、胸を二回貫かれても、少女の命が奪われることはない。

 

 新たに開花した球磨川のスキルをもって、ひとりの不幸な少女は【普通(ノーマル)】へと強引に戻される(・・・・)

 

 これにより、彼女は金輪際【精心汚染(マインドポリューション)】を使えなくなった。歪んだ心は正しい形に戻り、二度と【過負荷】としては振る舞えなくなったのだ。

 最初から間違っている過負荷は、無かったことには出来ない。が、後天的に植え付けられたものならば例外となる。だとしても、球磨川のスキルが無ければ成り立たないのだが。

 

「『次から次へと…何がどうなっているの…?」

 

 ベアトリーチェの顔に、見る見る生気が取り戻されていく。心に抱えた負の感情が根こそぎ洗い流されていくように。

 

『【無限大嘘憑き(インフィニティフィクション)】。ベアトリーチェちゃんの【過負荷】を無かったことにした!』

 

 彼にしては珍しく晴れやかな表情で告げる。

 

『これでもう君は【普通(ノーマル)】の、どこにでもいる平凡な女の子だ。精々、生まれた不幸を嘆くことなく、健康で文化的な生活を送ってくれよ。』

 

「私のスキルが……無くなった?」

 

 70年間分の思いごと、球磨川という少年によってスキルを消されてしまった。例えようの無い喪失感。

 膝から崩れ落ちたゴスロリ幼女は、その後は虚ろな顔で球磨川がめぐみん達の治療をする姿を見つめ続ける事しかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 







球磨川はあたらしいわざをおぼえたがっている……
というより、勝手に覚えました。字面からもうヤバいスキルですよね。


ベアトリーチェのスキルをなかったことに出来たのは、後天的な過負荷だからでしょうか。


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八十三話 キヌ




更新遅くなりました…!





 とても長い間、夢を見ていたように感じる。夢から覚めてもなお、夢の世界で目を覚ますような不思議な現象。嬉しくないオマケつきで、どれも内容が悪夢だったのは日頃の行いが悪いからだろうか。もしも夢見が悪い原因が、街の近くで爆裂魔法を放つ日課だとしたら、これからは控えても良いかなという気分になる。

 

「……ここは……?」

 

 どれだけの時間眠り続けていたのだろうか。めぐみんが目を覚ますと、そこは瓦礫混じりの王都の一角だった。美しい街並みが、まるで自分の爆裂魔法で破壊されたかのように、岩の塊へと変貌していた。

 

『ようやくお目覚めだね。夏休みの大学生だって、もうすこし短い睡眠時間だろうに』

「ミソギ…」

『うん、おはよう!めぐみんちゃん』

 

 朽ち果てた街で、いつもの顔が困ったように笑う。隣……というか、球磨川の足元には頬を紅潮させて気絶しているダクネスも発見出来た。何が何だか、状況がさっぱりわからない。が、少なくとも鉄格子の中で監禁されているような状況では無かったのでよしとする。

 が、無視できない人物もこの場にはいた。そう、ベアトリーチェが。

 

 ただ、めぐみんを拷問していた時のような笑顔ではなく、少女は無機質を体現しているかの如くそこに佇んでいるだけ。

 

 これは一体、何が起きているのですか?めぐみんが球磨川にたずねるよりも早く、彼は数刻前までは美しかった街を寂しげに見つめて。

 

『この王都、僕の世界ではユネスコの世界遺産に認定されてもおかしくないぐらい綺麗なのに……どうしてディスターブさんはこんな破壊活動が出来るんだろうね?』

 

 絵本から飛び出してきたような街並みとして知られる、エストニアのタリン。球磨川は何かの旅番組で見たくらいではあるが、とても美しいと感じた記憶が残っている。そのタリンを上回る規模で広がる王都はおよそ転生者にとって街全体が世界遺産と言えるのだが。

 

「王都の一部をこんな滅茶苦茶にしてしまうだなんて、これもギルド長の仕業なのですか?」

 

 寝ぼけた頭でどうにか現状の把握につとめるめぐみん。長時間寝ていたことで、脳が喉の渇きを訴えてくるものの、街が瓦礫と化している今もっと優先すべき事がある。自分の、自分たちの置かれている現状の整理だ。

 

『そ。他の誰でもない、ディスターブさんの仕業だよ。あ!でもでも、めぐみんちゃんは二度寝を決めてくれても構わないんだぜ?』

 

「?……それはどういう意味でしょう。もう、ギルド長は捕らえられたと?」

 

『うん……正確には、今から捕らえられるよ!とでも言うべきか』

 

 100パーセントの晴れ女にも負けない勢いで球磨川はディスターブの未来を予見する。

 ベルゼルグ最高戦力の一角とタイマンしているのだから、ギルド長の敗北は誰にも止められない。

 

「すでに、完全に包囲されていたりするのでしょうか」

『うーん、惜しい!』

 

 球磨川はグッと拳を握り、タメを作ってから

 

『……驚くなかれ、アイリス王女殿下が直々にディスターブさんのお相手をして下さっているのさ。一対一の真剣勝負でね。めぐみんちゃんに酷いことをされた僕がとるべき仇も、あと数分でってところかな』

 

「アイリス様が一対一で!?」

 

『驚いちゃうよね。王女を独り占め出来る人間なんて、世界にも数人なんじゃないかな?ディスターブさんも貴族のようだし、王族にタイマンの末殺してもらえるようなコネクションを持っているんだろうね』

 

 そのようなコネクションは誰も欲しないだろうとめぐみんは考えるが、話の腰を折るのも面倒だと先を急ぐ。

 

「一対一……といいましたが、王女殿下の周囲に護衛はついているのでしょうか。実力を疑うつもりは無いのですが、万が一ということもあり得ますよね?……ミソギ、早く加勢しましょう。私が足を引っ張ってしまったようですし、これ以上は迷惑をかけられないのです」

 

『あ。その王女様なんだけれど、今は単なる冒険者にすぎないから護衛はおろかメイドも執事も連れ歩いてないようだよ?なんともフリーダムだね!まったく御転婆なお姫様だ』

 

 かなり人ごとに聞こえる球磨川の言。アイリスが冒険者として振る舞っている責任は全て裸エプロン先輩にあるというのに。

 聞き手のめぐみんとしては、アイリスが騎士団の護衛を突っぱね、わがままにも冒険者ごっこを楽しんでいるかのようにも受け取れてしまう。

 

「アイリス様……思いの外、奔放なお方なのですね」

『困ったものだね。うつけと言われた第六天魔王みたいだな』

 

 球磨川は『さてと』と億劫そうに腰を沈めると、地面に倒れるダクネスをスキルで起こす。

 

「……ん?」

 

 苦しみ(快楽)の渦から解放されたダクネスは、上体を起こしめぐみんが視界に入るや否や、目にも止まらぬ速さで華奢な体を抱きしめた。

 

「……めぐみんっ!よくぞ無事で!!」

「だ、ダクネス!再会出来て私も嬉しいのですが、少しばかり力が強いです…!」

 

 年齢の割に高レベルなめぐみんは、そのステータスも人並み以上なのだが、腹筋の割れたダクネスさんが荒ぶり、感情任せに抱きしめたら流石に骨が軋むようで。

 無碍に振り払うことは気持ち的にも物理的にも出来ず、ダクネスの背中を何度も手のひらでタップする。

 

「む、すまない。私としたことが」

「ダクネスは鎧を身につけているのですから気をつけてください。ゴツゴツとしたプレートに押し付けられるとそれなりに痛いんですよ?」

「ああ、以後気をつけるさ」

 

 抱きしめるのは、一件落着して鎧を脱ぐまでお預けということで二人は離れた。

 

『あー、おほん。女の子同士が抱きしめ合っている光景は僕個人としても好ましいのだけれど……そろそろイリスちゃんのとこへ行こうかお二人さん』

 

 めぐみんとダクネスへ、アイリスの元へ向かうよう促す。

 一方で、この場にいるもう一人の女の子にも意思を問う。

 

『……と、いうわけだけれど。君はどうしたい?黒幕の片割れベアトリーチェちゃん。このまま僕らがギルド長さんの元へ行くと後はハッピーエンドに洒落込めると思うぜ?』

 

 虚な顔で成り行きを無言のまま見守っていた少女、ベアトリーチェは先ほどからめぐみんも気になっていた。自分を誘拐し、拷問を加えて来た相手だ。闘志は微塵も感じさせない彼女だが、あのスキルは厄介極まりない。

 球磨川の発言は、このまま自分たちを行かせてしまってもいいのかというもの。無論、ベアトリーチェがそれを拒めば戦闘は避けられない。

 爆裂魔法を放つにはまだ回復し足りないめぐみんも、そうなればおとりくらいにはなろうとベアトリーチェを注視する。が、しかし。

 

「………行けば?」

 

 返ってきたのはなんとも拍子抜けしてしまう一言だった。

 

「行けばって……。というよりも、貴女はどうして私にあんなことをしたのですか!!ギルド長の仲間だというならその態度はおかしいではありませんか!」

 

 ベアトリーチェには少なからず思うところがあるめぐみんにしてみれば、言わずにはいられない。

 ここでめぐみん達を見逃せば、仲間のディスターブを見捨てるも同義。ここで庇わない程度の人間に手を貸し、めぐみんにスキルを行使したとは考え難い。

 

「だってしょうがないじゃない。面倒くさくなっちゃったんだし。」

「面倒くさく……ええっ?」

「あぁ。めぐみんてば、アタシにスキルで拷問されたのを根に持ってるわけ?それもそうよね。ならビンタでもなんでもしていいわよ。抵抗もしないし」

「……この人、こんな性格でしたっけ?」

 

 まるで別人。めぐみんをハイテンションで拷問していたドSロリータはどこへいってしまったのか。今ここにいるのは、球磨川に引っ張られて若干過負荷の名残があるだけの【普通】の少女。

 

『ベアトリーチェちゃんは少しばかりイメチェンしちゃったんだよ、めぐみんちゃん。』

「イメチェンはいいですけど、なんで今いきなり……」

『女の子がある日長かった髪をばっさり切ったりした時も、人格者なら理由を聞いたりしないもんだぜ?』

 

 めぐみんの疑問は解消されることなく、球磨川は神妙な顔つきで腕を組む。大方、少女漫画で得た知識を思い起こしているのだろう。失恋をしてしまったロングな女の子が、翌日ショートヘアになって教室で騒がれるあるある展開を。

 

「めぐみんも、起きたばかりで辛いだろうが私はアイリス様が心配だ。一足先に向かっていてもいいか?」

『あ、お願いできる?』

「任せておけ!」

 

 ダクネスはアイリスとギルド長がいる方角を向き、当たる可能性が限りなく低い剣を握りしめて忠義をアピールしだす。球磨川がそれに頷くと、金髪の騎士は重い鎧をものともせず、風のように駆けていった。

 

「で?アンタ達は行かないの?」

 

 ベアトリーチェはもうほっといてくれと言わんばかり。目的も気力も、生きている理由さえ無くなってしまったのだから、せめてゴスロリ娘としては早く球磨川という存在から解放されたい。

 

『………あれ?僕はベアトリーチェちゃんが、仲間になりたそうにこちらを見てくるのを待っていたのだけれど』

 

 某有名RPGでは起こりうる戦闘後イベントを球磨川は期待していたらしい。昨日の敵は今日の友。河原で殴り合いをした二人が和解して親友になる展開も、球磨川が好きな漫画や映画ではかなりの高確率で起こる。

 ゆえに、ベアトリーチェもこの流れで「やる事もないし、アンタについてってもいい?」的な発言をするものだと思ったようだ。

 

「馬鹿?」

 

 どんな脳味噌してたら、さっきまで殺し合っていた相手が仲間になると思えるのか。また、無能力となってしまったベアトリーチェがパーティーに加わっても役に立たず、仲間内での力関係も元々は敵だったということで一番低く設定されてしまう。めぐみんへ拷問した経緯から、わだかまりなく仲良しにはなれるとも思えないし、何より球磨川をリーダーに据えるなんて死んでもごめんだ。

 

 上記の内容をすべて、馬鹿の二文字に込めたベアトリーチェさん。もはや口を動かすのも怠いようで。

 

「わ、私も彼女が仲間になるのはちょっと……今の状況だと受け入れにくいです。ミソギには何か考えがあるのかもしれませんが」

 

 被害者の会を代表するめぐみんも、ここでは球磨川の肩をもつ事は難しく。

 

『あれー?近頃の若者は、初対面でライ◯IDを交換するんじゃないの?で、ノリで交換したは良いけど特に絡むこともなくテンション下がって連絡先を消すもんじゃん。殺し合いまでしたんだから、そんな奴らよりは既に絆を深められているとふんだのに』

「私の時代にはそんなもん無いわよ」

 

 過去にスキル行使をして、転生者の記憶を覗き日本の成長ぶりを見てきたベアトリーチェがまたも切って捨てる。

 

『なんだか、僕は否定されてばかりだねっ!ま、慣れっこだけど。』

「ミソギはもうすこし常識を身につけた言動を心がけた方が良いと思うのです」

 

 ロリっ子二人に手厳しく否定を重ねられた球磨川は、そこでようやくアイリスのところへと向かう気になった。

 

『仕方ないな。ダクネスちゃんにばかり良い格好はさせられないし、ベアトリーチェちゃん。僕らは君の元相方であるディスターブさんを葬ってハッピーエンドを迎えるとするよ』

「だから、早く行けば?」

『…じゃあ、また明日とか!』

 

 球磨川が足元のおぼつかないめぐみんをサポートするように、アイリスのもとへ歩いていく。

 

 ………………………

 ……………

 ………

 

 引き留めてもいないのに、随分長いことこの場にとどまった球磨川がようやく消えて、ベアトリーチェもやっと肩から力を抜ける。

 

「……あれだけ、凄いスキルがあるなんて。もしかしたら……」

 

 過負荷を失っても。女神への恨みや、自身の人生への後悔が消えて晴れやかな心を取り戻しても。ベアトリーチェの中心からは両親に会いたいという気持ちだけは止めど無く溢れ出てくる。

 球磨川禊。彼のスキルならば、もしかすると……

 

「ないわね。」

 

 この世界での数十年。世界の至る所に言い伝えられていた蘇生の魔法や護符の類。そのどれもが結局は期待外れに終わったというのに。

 希望が絶望へと変わる瞬間を、一体何度経験してきたのか。

 身体の成長は止まっても、心は老いていく。なのに、幼い日に抱いた願いは変わらずに今もあるその事実。ベアトリーチェは鼻で笑い、女神にもらった時を止める神器をスルリとほどいた。

 

 これで、肉体の時は動きだす。

 

 この世界でやる事などとうに無かった。

 

 ありもしない奇跡にすがり、みっともなく生き続けてきた今日までを、全て無駄だったとは思わない。だが、停滞はしていた。見た目も、中身も、魔導大国ノイズで両親と2度目の別れをしてからは変わっていない。

 

 前に進む気にさせてくれたのは、球磨川が負の感情を一切合切無かったことにしたからだ。

 

 自分でもほどくタイミングを失っていた、アクアに貰ったリボン。これを外すことが出来ただけで、球磨川には感謝しても良い気になる。

 

 孤独を紛らわせてくれたディスターブ。

 憎しみの渦から抜け出させてくれた球磨川。

 

 後者に至っては別に望んでも頼んでもいなかったが、この素晴らしい世界とやらに未練が無くなった今、二人のどちらが勝ち、負けてもいいように感じる。

 ベアトリーチェがめぐみんと球磨川を行かせたのも、その感情からだった。

 

 球磨川禊という少年は、同郷のよしみでもある。

 

「ディスターブには、かなりキツイ状況だけどね」

 

 少々、球磨川が有利過ぎただろうか。そう考えるも、最早自分に出来ることもない。

 

 少女は、手近な服屋に入る。こんな騒ぎでも一応営業はしてるらしい。

 両親を忘れまいと着ていた服も、ベアトリーチェという母親の名も、彼女の余生にはもう必要がなくなったのだ。

 

 

「すみません、服を一式ください」

 

 白髪まじりの店主は、幼い買い物客に笑顔で接客する。

 

「お嬢ちゃん、こんな危ない時におつかいかい?大変だね。お名前は言えるかな?」

 

 年端もいかない女の子に、まずは受け答えがしっかりできるかを確認する店主。その質問に対しベアトリーチェが名乗ったのは、大好きな両親からもらった、大切な名前だ。














ベアトリーチェはこれから、普通に年取っていきますのかしら。
なら、まだまだ生きそう。 
ほどいた瞬間一気に老いるやつじゃなくて良かったね





まだ結婚出来ない男、やっぱ結婚後の夫婦のすれ違いとかにして欲しかった。




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八十四話  一件落着…そして




異世界カルテット二期かぁ…
アイリス出そうよアイリス





「……消えた?」

 

 球磨川禊が消えた。ディスターブ渾身の、ヒヒイロカネを使用しての爆発魔法を直撃させたはずだと言うのに。

 

 破壊跡には人がいた痕跡はゼロ。

 

「死体が粉微塵になる程の威力は無いのですがね…」

 

 不死。球磨川に対してディスターブが仮定したとんでもない特性。万が一に生き返るとして、死んだ場合どこか別の場所で復活が行われたりするのだろうか。

 例えば、特殊な蘇生魔法用の陣なんかが描かれていて、そこから生き返れるとか。……考えても、蘇生魔法に明るくないディスターブでは判断がつかず。一先ずは爆発魔法を喰らわせられた方向で思考をまとめた。

 

(……これで、クマガワは死んだ。爆発魔法を目視したアイリス様が、じきにいらっしゃるだろう)

 

 アイリスが来たら投降するべきか。自分一人だけならばそれもよしと思える。ベルゼルグに魔王軍のスパイが紛れ込んでいるという最悪のシナリオは回避出来たのだ。アクセルのギルド運営も、頼れる部下たちが引き継いでくれることだろう。

 牢獄で最期を迎えるか、死罪で無いなら出所後は片田舎でのんびりと余生を過ごすのも悪くない。

 

 が、それは全部自分だけが犯罪を犯した場合に過ぎない。今は、共犯のベアトリーチェがいるのだ。ディスターブのみの判断で投降しては、明確な裏切りとなってしまう。

 こんな大それた犯罪の片棒を担いでくれた彼女に不義理は出来ない。

 

(…せめてベアトリーチェだけでも逃さなければ)

 

 堅い決意。残る魔力もわずかだが、アイリスの足止めは命がけで遂行しなくては。

 

 アイリスの剣を受け止めた時点で、ディスターブの手には力が入らなくなっている。レベル差による力の開きは大きく、もうまともに剣もふるえないほど。故に先程は剣に執着せずに爆発魔法を行使したのだが。唯一、遠距離から牽制可能なその爆発魔法も使えてあと数発。

 

 手札が圧倒的に少ない。

 

 ディスターブには、そもそもアイリスを傷つける必要性が無い。というよりも、むしろ王女は命をかけてでも守るべき存在だというのに……

 

「見つけましたわ、ディスターブ卿」

 

 考えても答えは出ず。アイリスが高速移動で眼前へ現れてしまった。

 

「これはこれは、アイリス様。お早いお付きで」

 

 剣は構えない。構えては、握力が落ちているのを見抜かれてしまうから。

 ディスターブに可能なのは、魔力を練って牽制するくらいだ。

 

「もう投降してはくれませんか?こんなに、王都の街並みを損なってまで……クマガワ ミソギという英雄を勘違いで葬らなくてはならないのですか?」

「あくまでも勘違いと申されるのですね。アイリス様が何故そこまで肩入れするのか、正直わたしにはわかりかねます。あのような不気味な男を冒険者としてこの国に留めておくのはいかがなものでしょう」

「不気味というだけで迫害するのは愚かです。」

「………それは、そうですがね」

 

 王女の眩しすぎるお言葉。ディスターブは返さない。いや、返せない。

 それでも。ギルド長としてアクセルで長年培ってきた人を見る目は、未だに球磨川を危険だと判断し続けている。

 

「ですが、アイリス様。時すでに遅いのです。クマガワミソギは、先の爆発魔法で粉微塵になってしまったのですよ」

 

 アイリスがやって来たのも、爆発魔法を見てだ。爆裂魔法にも引けを取らないほど巨大な破壊の象徴は、やはり球磨川に向けられたものだったようだ。

 

「貴方という人は……一国民に対し、あそこまでの手段を講じてしまったのですね……」

 

 球磨川が死んだかもしれない。アイリスも動揺は隠せないが、ディスターブがつけいる隙とはいえなかった。せいぜい、切っ先が数ミリ下がった程度。これでは、握力が落ちていなくても到底踏み込めまい。

 しかし、この会話こそがギルド長の狙いだった。会話を極力引き伸ばし、ベアトリーチェの逃走を助ける為。アイリスと戦闘せずに時間を稼げるのはディスターブにとっても望ましい展開。

 

(いいですね、これだけ時間があれば彼女ならうまいこと逃げ切れたでしょう)

 

 頃合い。球磨川も死に、ベアトリーチェも門から出れるだけの時間を稼いだ。後は剣を捨て、投降すればディスターブの役目も終わる。アクセルか、或いは王都でこのまま裁判にかけられるだろう。その結果がどうあれ、これだけ滅茶苦茶やってしまった責任として重く受け止める覚悟もある。

 

 

 スッ。

 

 

 ディスターブが剣の鞘へ手を伸ばし、地面に捨てようと腰から外したところで。アイリスも投降の意思を感じ剣を納めた。

 

「もう抵抗はしないのですね。貴方らしい、賢明な判断です」

 

 慈愛に満ちた王女の声。

 いくらクマガワを殺す為だとしても、今回はやり過ぎたかと、ディスターブにも反省を促すほどの美しい微笑みだった。

 

「アイリス様。私は、愚かですね……」

 

「ええ。……ですが、罪は償えます。ディスターブ卿。貴方はこれからの人生、自らの行いを深く反省して下さい」

 

「……かしこまりました。」

 

 イエスマイロードとでもいいかねない勢いで、地面に膝をつき視線を落としたディスターブ。彼の忠誠にも、偽りは無い。一連の騒動は、真実が故の暴走だったのだ。アイリスもそう感じ、むしろ彼が行動を起こす前に止められたのではと自らに問いかける。

 これだけの逸材に罪を重ねさせてしまったのは、王族としても恥ずべきだ。

 

 アイリスの前で膝をつく姿は家臣そのもの。主従関係のはっきりした二人に、息を切らせた声がかかる。

 

「イリス!無事だったか!」

「!!……ララティーナ。それに…」

 

 アイリスが深く、心の内で今回の騒動を振り返りつつ反省していると、鎧を音立たせながらダクネスが応援に駆けつけた。勿論、その後に続いて来たのはリーダーたるこの男。

 

『あれー?ディスターブさんってば、アイリスちゃんとタイマンどころか、もう屈服しちゃってるんだね!あ!さてはギアスでもかけられちゃった系男子だったりするのかい?』

 

「ミソギちゃん!?生きてたんですね」

 

『うわ。そりゃ無いぜイリスちゃん。確かに僕は今すぐにでも息の根を止めた方が地球に優しいレベルで生きてる価値が無いけれど。そうズバッと言われちゃ、今しばらくは生きて、酸素を無駄に消費したくなるんだぜ』

 

 死んだと思っていた、球磨川の登場。めぐみんも一緒だ。アイリスは破顔してみんなに駆け寄る。人質になっていためぐみんが目を覚まし、無事な様子なのも何より。

 

「本当に王女殿下とパーティーを組んでいるとは…」

 

 めぐみんは、アイリスと球磨川達が共闘している報告にさっきまでは半信半疑だったが、この王女の反応はどうやら真実のよう。

 

 ディスターブも投降した様子で一件落着。と、アイリスが油断した一秒間で。

 

「不死身……キサマ、本当に……!!」

 

 疑惑を確信に変えたディスターブが、地面に投げ捨てた剣を再び手に取ってしまったのだった。

 

 




次でディスターブ編終わりです。
アイリス、大好きなんで引き抜きたいですね


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八十五話  球磨川生存率100%




そろそろ投稿しなきゃと思い、頑張って書いたけれど短いです。1分くらいで読めます。
ゴールデンウィークはどこにも出かけませんので、すぐ投稿します。



 ディスターブが行動に移ったのは、偶々だがアイリスの筋肉が数瞬間弛緩したまさにその時。動から静へ移行するタイミングはどのような達人でも反応出来ない。意識の上ではディスターブが球磨川に斬りかかろうとしているのを認識可能でも、まさに身体がついてこない状況。

 

「ミソギちゃっ…!!」

 

 ディスターブを視界で捉えながら、なんとか自分が動き出すまで堪えて欲しいと、注意喚起する王女。

 

 球磨川の前にいたダクネスも、咄嗟の事で盾にすらなれず。ディスターブはクルセイダーの横をも高速で通り抜けた。

 ダクネスも防御力では負けないだろうが、スピードにおいてはディスターブよりも劣る。これから飛びかかって来るとわかっていれば反応くらい出来るかもしれないが、不意をつかれては厳しい。

 ここに来てアイリスが追い始めるも間に合わず。妨げる者は無し。後は球磨川を袈裟斬りにするのみ。大きく、それでいて隙をつくらず振りかぶったディスターブの剣は、球磨川の右肩まであと僅か数センチまで鋭く振り下ろされた。不死性をもって、ディスターブは球磨川を魔王軍の手先だと認識している。

 一度殺して死ななければ、二度、三度と殺せばいい。アイリスに妨害されるその時まで。

 

 だが。

 

『しつこいね、ディスターブさん。往生際の悪い敵キャラはどちらかといえば好きな方の僕でも、もううんざりだぜ』

 

 スキルによって螺子を取り出すのにかかる時間をなかった事にした球磨川は、その調子でディスターブの剣を受け止めるべく、螺子を構える時間さえも消し去った。これにより、アイリスとダクネスといった接近戦のスペシャリストが反応出来なかった攻撃を最弱の過負荷が受け止めるに至る。

 

 ガキィィンッ……!!!

 

 球磨川の台詞よりも後に、剣と螺子がぶつかり合う音がやってきた。この場にいる人間は同様に球磨川の動きを捉えられず。棒立ち状態を襲われた球磨川が、次の瞬間にはディスターブの剣を受け止めていた様にしか見えなかった。

 

 これには、斬りかかった本人が一番驚いた。

 

「アイリス様よりも早い…だとっ!」

 

 そう。恐ろしいことに、球磨川禊は国の最高戦力の一人であるアイリスよりも早かった。これは、基礎ステータスの素早さで王女を上回っている証明に他ならない。不死性にプラスされた、王女以上の敏捷性。球磨川への警戒度がグンと跳ね上がる。

 

 アイリスよりも速い。すなわち、ディスターブよりも。

 

(クマガワがその気になれば、アイリス様をこの場で害することも可能だ…!やはり、生かしてはおけぬっ!)

 

 王女殿下の身を案じて球磨川を殺すべく何度となく刃を振るうも、先程の戦闘で握力が下がったことで、斬撃は生彩を欠いた。あっけなく受けられ、その隙にアイリスがディスターブを組み伏せてしまった。

 

「そこまでです…!ディスターブ卿」

「ぐっ、アイリス様…」

 

 救いたいと願った対象に押さえ付けられるのは、なんとも悲しい。苦虫を噛み潰したような顔で球磨川を見上げてディスターブは告げる。

 

「クマガワミソギ。貴方がアイリス様を害するようなら、断じて許さない。本来なら、身元不明の貴方はアイリス様のお姿を目にすることさえ許されないのですよ」

『えぇっと……僕がイリスちゃんを害するわけないだろう?嫌だなぁ、ディスターブちゃんってば。捕まりそうになってるからって、僕にヘイトを向けるのはよしてくれよっ』

 

 見下す球磨川の表情は冷酷。口調こそ、いつものおちゃらけたものであったが、どうやら今回の一連の騒動には相当に腹をたてているらしい。

 

『君はどうせ死罪だろうから、この場で辞世の句でも聞いてあげようか?』

 

 右手に持っていたネジを、およそ2メートルにまで伸ばし、その先をディスターブの首元へ。

 アイリスはこれにギョッとし、球磨川に真意を問う。

 

「ミソギちゃん、彼はもう無抵抗ですわ。この場でこれ以上の戦闘は必要ありません」

『そりゃ、王女殿下に組み伏せられて抵抗する馬鹿はいないでしょ。それにさっき、無抵抗だと油断させておいて、僕に襲いかかって来たじゃないか。ディスターブさんの息の根が止まるまでは、僕は警戒を怠らないよ』

「息の根……って。貴方は人の命をそのように軽んじるのですか?」

 

 アイリスは、どのような大罪人であってもしっかり裁判を受けてから罪を償うべきだと考える。犯罪に至った経緯、その人がおかれていた状況。あらゆる面から、第三者の視点をもって公平な判断を下すまでは、等しく国民として大切に扱わねばなるまい。ギルド長がもしもデストロイヤーの自爆を察知した上でアクセルの冒険者らを巻き込ませたのならば、球磨川の言うように死罪も見えてくる。だが、そこに悪意があったのか。やむを得ない事情があったのかもしれない。  

 そこをハッキリさせぬまま人の命を奪っていい権利など、例え神であっても持ち合わせていないのだ。

 

『ぬるい、ぬるすぎるよイリスちゃん!』

「ぬるい、ですか。」

『だって、考えてもごらんよ。その裁判とやらを行うのには、僕たちベルゼルグ民の血税が使われているんだろう?で、仮に死刑になったとして、その刑が執行されるまでのディスターブさんの食事や衣服なんかは税金で賄われているんだよね?恐らくは、反省に費やす為の何ヶ月か、何年という長期間を。……だとしたら、一納税者の立場から言わせてもらえば、この場で死んでいただいた方が遥かに消費税を気持ちよく支払えるってものだぜ』

 

 球磨川の死刑制度に対する考え方は、日本人としての感覚だ。それもかなり極端な。この世界の制度とは別かもしれない。アイリスの反応を見るに、裁判が執り行われるまでは犯罪者にも人権が与えられるというのは共通しているようだが……

 

「ショウヒゼイ……?少なくとも、この国にそういう名前の税はありませんが……」

 

 ただただ困惑する王女。この球磨川の戯言に応答する間にも、ディスターブが組み伏せられたままなのがなんともシュールになってきている。

 

「イリス、ディスターブ卿の拘束を代わろうか」

「ありがとう、ダクネス。」

 

 力だけはあるダクネスがここで拘束を引き継ぐ。球磨川がディスターブにネジを突きつけている現状、必然アイリスの付近にも凶器が迫っていることになる。それが好ましくなかったのもあるし、王女にいつまでもその役割をさせるのも忍びなかった。勿論、ディスターブは無抵抗。アイリスがフリーになった今、もう球磨川殺しはどうあっても叶わない。あらゆる手段を用いても、アイリスが剣一本で防ぎきることだろう。

 

「ここまで、ですね……」

 

 幕切れはあっけなく。球磨川達が汚名を着せられ、危うく死罪にまでさせられることとなった一連の流れ。その黒幕であるディスターブは、ついに観念した。球磨川が余計な発言をしなければ、もっと手短に事態が収束していたのは、もはや恒例となりつつある。

 

『やっと諦めたんだ!悪あがきもほどほどにしてくれよ、ほんと』

「ミソギ、これ以上彼を刺激しないでくれ!頼むからっ」

 

 球磨川が発言するや、取り押さえるのに必要な力が増えたのを感じたダクネスが切実に口を閉じるよう懇願したのだった。

 

 

 

 













誰か私にバラをくれー!青いバラをつくりてぇのです。
ロココシリーズって、なくなったのかしら。10万でアミーボ買いたいな。
ダメか笑


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八十六話  僕たちの冒険はこれからだ!





キョンのやれやれが聞けて、もう最高。これだけで救われた。
平◯綾さんも、出し方忘れたと言いつつも、まだこなたの声出そうじゃないか。嬉しみ





「ん……ここは?」

 

 昨夜は安いシャンパンでもラッパ飲みして、悪酔いしたのだろうか。アクアはガンガンと頭を内側からハンマーで殴られる様な痛みで目覚めた。カズマを探して、王都にある公園の中でベアトリーチェに襲われた記憶が蘇る。頭痛の正体は二日酔いでは無く、あのゴスロリ娘によるスキル攻撃のせいだった。

 

「いったぁ〜……。結局、なんだったのよあのロリっ子は。私とは前に会った事があるかのような言い草だったけど」

 

 球磨川と違い、地面に特別寝心地の良さを見出せなかったアクア様は、一度上体を起こす。ここで、自分が身に覚えの無いワープをしている事に気がついた。

 アクアが倒れたのは公園だった筈なのだが、いつの間にやら王城の入り口付近へとやって来ていたのだ。

 

「あれ?……私ってば、いつのまに」

 

 まるで、まさに深酒し過ぎたその翌日みたいだ。全く記憶が残っていないというのに、自分が移動しているだなんて。少々、気味が悪い。

 

『おや。そこにいるのはアクアちゃんじゃないか。カズマちゃん探しは打ち切りかい?いくら最短の打ち切りといえど、8話くらいは連載するもんだぜ』

「球磨川さん…それに、みんな!」

 

 何がなんだかわからないアクアのもとに、冒険を終えたみんながやって来た。顔ぶれの中には1番の目的だっためぐみんもいて、アクアは頭痛を吹き飛ばして彼女に駆け寄る。

 

「めぐみんも!無事だったのね!!どうしているのか、すっごく不安だったのよ?」

 

「アクアにも、心配をかけさせてしまったようですね。申し訳ありません」

 

 ペコリと、一礼するめぐみん。アクアは白い歯を見せて、そんな彼女の肩を二度ほど叩き

 

「いいの。無事な姿を見せてくれただけで、私は満足なんだから!球磨川さん、ちゃんとめぐみんを連れ戻せて良かったわねっ」

 

『うん。これでカズマちゃんも見つかっていれば言うこと無しだったのだけれど、そもそも王都にいるのかさえわからないから仕方がないか』

 

 カズマの名が出た途端、アクアはわかりやすく不機嫌な顔になり、しかしすぐさま元気を取り戻す

 

「本当に、カズマさんてばどこに行っちゃったんだか。まあ?もしかしたら、行き違いでアクセルにいる可能性だってあるわけよね。今日のところは、めぐみんが見つかったお祝いにご馳走を食べましょう!カズマさんの事は、アクセルに帰ったら本腰いれて探してあげるわ」

 

 達成されなかったアクアの人探しは心残りではあるものの、今はめぐみんの無事を喜ぶこととする。カズマとは、意識が無い間に既に接触しているとは露知らず。アクアはお預けにされていたご馳走に目を輝かせる。

 

「アクア。お前はよほど食べ物と酒に目がないのだな」

「当たり前じゃない、ダクネス。貴族の貴女は高級ワインも水扱いかもしれないけどね、私にとって二千エリス以上のワインとなればグラン・クリュ扱いなんだから」

 

 聞いてる方が情けなくなるようなアクアの発言にアイリスが苦笑いしていると、急にアクアが向き直って

 

「ねえ、アイリス。少し聞きたいんだけど」

「はいっ!?べ、別に私は二千エリスのワインも素晴らしいと思いますわ!そもそもワインは知名度によっても価格が変動するものですからっ」

 

 年齢的にお酒がNGのアイリス様だが、彼女はきっと成人しても二千エリスのワインとは無縁だ。だからと言ってお手頃価格のワインを卑下する考えは持ち合わせておらず、苦笑いしてしまった僅かな後ろめたさからアクアの話を聞き終わる前に弁明を始めたのだが

 

「違うわよっ!お酒のことを聞きたかったんじゃないの。」

「はぁ…では、何を?」

「めぐみんがいるって事は、ディスターブを捕まえたか取り逃したかしたわけよね。その辺りを教えて欲しかったのよ」

 

 眠っていたアクア様は結末を知らず。ただ、自分が牢屋に入れられたり裁判にかけられた原因となった男がどうなったのかは勿論気になる。

 

「それなら、彼は今頃牢獄に入れられていますわ。一連の事件を詳しく調べてから、事情聴取された後で裁判にかけられることでしょう」

 

 既にディスターブの身柄は騎士団から警察へと引き渡されている。アイリスの預かり知るところでは無くなったが、身分や財産に関係無く、彼がしでかした罪に見合う罰が与えられることは確かだ。

 

「それを聞いて安心したわっ!もしも外国に逃げちゃってたりしたもんなら、せっかくのお酒の味もわからなくなっちゃうもの」

 

 アクアも気を良くして、これで美味しいご飯に専念出来る。

 

「ねえねえ、早くお城へ入りましょう!めぐみんだって疲れているでしょうし」

 

「そうですね。クレアに命じていた宴の準備も、すぐに整うと思いますわ」

 

『アクアちゃんは遠慮が無くて実に良いね。僕もその図太さは見習わなきゃだな』

 

「え、お城って……中まで入るのですか!?」

 

 めぐみんは、アイリスを先頭に息をするよう城へと入っていく球磨川らを驚きの眼差しで見つめ、しかし置いていかれるわけにもいかず自身も入城した。

 場違いにも程があると、我ながら思う。単なる冒険者に過ぎない自分達が王城に入れる日があるとするならば、それは球磨川が以前掲げた目標、魔王討伐を為し得た時くらいのものだ。球磨川はと言うと、城の門をまるで自分の家かのように軽やかにくぐっていた。

 

「ミソギ、いいのですか!?我々がこのような場所に存在していても!」

 

 馬車がゆうにすれ違える、広い廊下を歩きながらめぐみんは球磨川の腕を掴む。

 

『いいもなにも、めぐみんちゃん。僕らにとって王城は既に別荘的な扱いになってしまっていてね。実際、君を捜索している間は仮住まいにさせて貰ってるんだよ』

 

「仮住まい!?王城がっ!!?馬小屋で生活しているミソギが、別荘ですとっ」

 

 めぐみんの驚愕は続く。それも無理からぬこと。名門貴族のダクネスならばいざ知らず、ホームレスにも近い球磨川が王城に寝泊まりしているというのは、まさしくホームレスが王城に寝泊まりしているようなもの。そのままである。

 

『あはは、流石の僕も王城と馬小屋を同列には出来ないかもだな。ハイデルさんがいるのといないのでは、快適さが雲泥の差だしね。おっと!ハイデルさんっていうのは、僕の専属執事だよ』

 

「執事まで…」

 

 いつもの冗談……では無いことは、ツッコミを入れないダクネスやアイリスの態度からわかる。まだまだ心の準備が出来ないまま、めぐみんは王城内にある中庭への到着を余儀なくされたのだった。

 

 -中庭-

 

『さてと。これにてアイリスちゃんの冒険はひと段落したわけだけれど。初ミッションにしては、中々に上出来だったんじゃないかな』

 

 めぐみんが無事に救い出されたあかつきには盛大にパーティーを開くと約束してあった通りに、城へ戻ったら以前にも増した絢爛豪華なご馳走達が立ち並んでいた。ベルゼルグはもとより、他国からも腕の良い料理人を集めた宮廷料理は、どれもこれも一口食べればほっぺが落ちてしまいそうな程。

 中庭に備え付けられた特注のテーブルには、人数分の食事が湯気を立ち上らせている。

 

「ミソギちゃんにそう言って貰えると、頑張った甲斐がありましたわ」

 

 鴨のテリーヌを口に運ぶ手を止めて、アイリスは初冒険を振り返り喜びをあらわにした。自分でも、無我夢中だったと思う。城外へ護衛も付けずに出たことも新鮮だったし、冒険を楽しんでいたのは確かだが、王女としてもディスターブ捕縛は達成しなくてはならなかった。

 

「なんにせよ、イリスの大冒険が無事に終わって助かったぞ。もしも大怪我でもされていたら、この国に終わりが近づいていたからな」

 

 さらりと怖いことを言い放つダクネスは正しく、結果オーライじゃなければめぐみんが助からないだけにとどまらず、球磨川の責任問題に発展し処刑は確実。ダスティネス家の威光も地に落ちていたことだろう。アイリスが亡き者となっていれば、元老院の中で離反する者も少なく無かった筈だ。王が不在の期間中に国が傾いていたなんて、笑い話にしても出来が悪い。

 

『まあまあ、過ぎた事は言いっこなしだよ。もしもそんな状況になれば、アイリスちゃんをスキルで蘇らせ、僕も処刑後に生き返り、離反する奴らは無かったことにしちゃえばいいだけだしさ!』

 

 アクアを筆頭に、めぐみんと球磨川はここぞとばかりにご馳走をかき込む。ベアトリーチェにいたぶられ体力を消耗しためぐみんは、とにかく肉を貪る。肉、肉、肉だと言わんばかりに。

 

「今回は全て私が悪いのです。ダクネス、ミソギを責めたりはしないで貰えませんか?私が拐われていなければ、こんな事態には陥らなかったのですから」

「そうだが……しかし、締めるところは締めておかねばミソギが更に増長してしまうぞ」

「…今日だけは無礼講ということにしましょう」

 

 球磨川の増長は、パーティーメンバーとしてめぐみんも避けたいのだろう。命を助けられた恩義から大目に見ても、彼の好き勝手な発言や行動は今日のみに限りたいくらいには。

 

「それで、皆様はこれからどうなさるのですか?アクセルの人々の誤解が解けて、熱りが冷めるまでは王都に滞在した方が良いのではありませんか」

 

 アイリスは皆様と言いつつも、基本的にはリーダーということもあって、球磨川の顔を見て話す。冒険に連れ出してくれた感謝の気持ちもあるし、ディスターブの捕縛に尽力してくれたことから、王城へは幾ら居てくれても構わないと考える。

 

『あ、そう?だとするなら、お言葉に甘えちゃおうかな。アクセルに戻りたいのは地元愛の強い僕的に山々ってとこなのだけれど、今帰ったらニュースに疎い層からは石を投げられかねないし』

 

 ディスターブの処刑が実行されたとしても、暫くは球磨川達が犯人だと認識し続ける人間が一定数いることだろう。であれば、安全な王城を仮宿とするのは悪くない。何よりも快適だし、馬小屋より格段に暖かい。宿泊費も無料なら言うことなしだ。

 

「アクセルに戻ってカズマさんを捜したい気持ちに偽りは無いわ。でも、冷静に考えたらここの酒蔵に眠ってる名酒を味わってからでも遅くないわよね?」

 

 どさくさに紛れて、アクア様も居座る気満々である。この女神様は、果たしてどれだけ真剣にカズマを捜す気があるのだろうか。

 

「はいっ!私も、是非とも王城に住んでみたいのです。だってズルイではありませんか、人が拷問を受けている間にミソギ達だけ貴族生活を体験していただなんて!」

 

 肉の次は高級食材。カニやエビを中心に魚介を攻め出しためぐみんが。

 

『めぐみんちゃん、その気持ちは痛いほどわかるぜ。なんなら、アクセルに何の思い入れも無い事だし、僕はこのまま王城に永住しても問題無いよ』

「……うむ、目の前で受け持っている街が貶されるのは何度目かになるが、やはり悲しくなるから私の前では極力控えてはもらえないだろうか。というか、ついさっき地元愛が強いとか言わなかったか?」

 

 球磨川が王城でお世話になる。これが、どのくらいアイリスや使用人の方々のご迷惑となるか。想像するだけで胃がキリキリと痛むダクネスは固形物が喉を通らず、シチューを辛うじて飲み下す。

 

「て、このシチューの味は!」

 

 ダクネスは何かに気がついて、隣のめぐみんを見やる。めぐみんも同様にハッとし

 

「トゥーガさんのお店で食べた味ではありませんか!」

 

 二人の娘は視線を中庭の至る所にいるコックさん達へ彷徨わせ、やがて御目当ての人物を発見した。

 中庭に、この会食の為設えられた調理スペースで鍋をかき混ぜるトゥーガの姿が。

 彼は二人に見つめられているのに気がつくと、笑顔で小さく手を振ってくれた。身体の調子は悪くなさそうでめぐみんとダクネスがホッと一息つく。

 

「トゥーガ様は、ディスターブ卿によってレストランと別荘の両方を破壊されてしまいましたからね。元々はこの城でシェフとして支えて貰っていた経歴もあり、暫くはここに住み込んで頂くこととなったのです」

 

 めぐみん達の目線を追ったアイリスが、経緯を説明してくれた。ディスターブ卿によってレストランが破壊されたという部分に引っかかりを覚えないでもない球磨川達。が、なんとなく聞き流した方がお財布に優しい気がしたので右耳から左耳へと素通りさせた。

 

「それを聞いて安心したのです。我々を匿ってくれたことが原因で、職を追われホームレスになってしまっていたら、ダスティネス家に責任を負わせていたところですから」

「もしもトゥーガさんが再就職出来なければ当然そうしていたが、なんだろう。めぐみんも我が家の権力を軽く考えるようになってきてないか?」

 

 球磨川が言いそうな事を年下のめぐみんに言われ、ダクネスは少し寂しい気持ちに。

 

『ああ、アイリスちゃん。』

 

 思い出したように、裸エプロンが口を開く。

 

「何でしょうか、ミソギちゃん」

 

『念のため言っておくけれど、僕はアクセル帰還の目処がたつまでステイホームしている気は無いからねっ!君を、時間の許す限りクエストに連れ出して鍛え上げるつもりだから、覚悟しておくんだぜ』

 

「まあ!……私が生きてきた中で、一番嬉しいお誘いですわ……!」

 

 目をキラキラと輝かせたアイリス。

 

『なんたって、君は僕のパーティーメンバーなんだから。リーダーである僕を筆頭にクエストを苦労してこなす間、新入りのイリスちゃんが快適な王城で寛いでるのもおかしな話だろう?』

 

「かしこまりました……!このイリス、全力で皆様の盾となり、剣となりますわっ!」

 

 球磨川が自分を冒険者仲間として認識してくれているのがこんなに嬉しいとは。アイリスは胸の内から喜びの感情が予想以上に溢れ出してきて、自分でも驚いた。ディスターブ討伐は、いわば王族としての義務もあったが、それが解決した今。次のクエストは純粋なパーティーメンバーイリスとして、心から自由に冒険が出来ることだろう。

 

 柱の陰に控えていたクレアさんがギリッと歯を鳴らしたりするも、シェフやメイドさんが給仕する音に紛れ、誰の耳にも届きはしなかった。

 

 ……………………

 ……………

 ……

 

 王城の地下部分はかなり広い造りとなっており、敵の侵入を阻む目的もあって通路は複雑だ。予め地下通路の構造を完璧に把握している人間でなければまず辿り着けない空間に、彼はいた。

 ゴスロリ幼女から水の女神アクアを救出し、王城前まで気配を隠しながら運んであげた心優しい少年が。

 

 外界とは隔絶されたその部屋には、この国の【暗部】と呼ばれる精鋭部隊が集っている。広い部屋の一画。主に休憩する為のスペースでの会話。

 サトウカズマは、めぐみんとダクネスを護る為、休日を返上してくれた戦友にまずはお礼をとコーヒーを差し出した。

 

「今回はマジで悪かったな、レオル。せっかくの休みに」

 

 カズマのコーヒーはスキルで抽出したものだが、クリエイトウォーターで作り出された水には一切の不純物が入っておらず、そこいらの喫茶店で飲む安いコーヒーよりは遥かに味わい深い。

 

「いいって言ってるじゃないか。ディスターブ卿も捕まったし、この分なら近いうちに代休を貰えるだろう」

 

 言い終えたレオルは一口コーヒーを飲んで、ブラックの味わいを楽しんでから少量の砂糖を加えた。マイルドになったコーヒーが、疲れた身体に優しく染みていく。

 

「これで終わるならいいんだが」

「なんだ?カズマ。まだ気がかりでも?」

「……まあな。」

 

 あらゆるスキルを所有し、併用は出来ないものの多彩な神器も操れるカズマなら、どんな脅威でも軽く振り払えるというのに。眉間に深くシワを刻むのは、よっぽど心配事が厄介なのか。チートのかたまりみたいな相棒がこれだけ懸念する時点で、レオルとしては憂鬱な気持ちとなる。

 

「言いたくはないが、今回俺は死にかけてる。トゥーガさんもだ。お前の心配事っていうのは、ディスターブ以上に面倒なのか?」

「…………まあ、な。」

「即答かよ」

 

 勘弁して欲しい。レオルは聞いたのを後悔した。もしもカズマの言う面倒事が舞い込んできたら、次は暗部として組織的に対応したいレベルになる。休みの日に引っ越しを手伝う感覚で来たら、間違いなく死ぬんじゃないかと。

 

「あ、わりーわりー。そんなに事は切迫してないよ。いずれ、いつの日か、もしかしたら脅威になるかもってだけだから!」

 

 訝しむレオルを安心させるべく、カズマは手をヒラヒラと動かしておどける。

 

「ならいいがな。その時は、特別手当ての一つも出してもらうぞ?勿論、お前の給料からなっ」

 

 コーヒーを飲み終えたレオルは、別の任務に呼び出され部屋を後にする。

 

「……全てを無かった事にする、か。厄介なんてレベルじゃねーぞ」

 

 ひとりごちるカズマが思い浮かべたのは、繰り返した並行世界には一切存在せず、この世界にのみ現れた謎多き学ラン男の姿だった。

 

 

 











肉を食え、肉を。
焼肉屋で野菜なんか食う必要はねぇんだ。野菜が食いたきゃ焼き野菜屋に行けばいいんだよぉ。
肉、肉、肉だぁ




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八十七話  入浴マナー




なんだこのテルマエは…!?



 

 王城の大浴場。しかも、アイリスが常日頃浸かっている王族専用の浴槽に、あろうことかアクア、めぐみん、ダクネスも一緒に入らせてもらえる事になった。というのも、中庭での食事会を終わらせた後で、アクア様が疲れたアピールをしたのが大きな要因だ。

 

「あー、疲れたわ今日は。お腹いっぱいのご飯と美味しいお酒を呑んだら、次はなんだか、大きなお風呂に入りたくなってきちゃったんですけどっ!一日の疲れを、湯船に浸かって癒したいんですけど!」

 

 以前には球磨川に肩を揉ませようとしたり、時折アクア様と来たらお身体のコリを前面に押し出してくる事がある。食後のシャーベットを食べ終え、すっかり丸く膨らんだお腹をさする球磨川先輩は、発言を聞いてやはりアクアは加齢による衰えが顕著なのだと判断した。球磨川だって一日奔走して戦闘までこなし、宴が始まる直前までは、もう食事すら面倒に思いベッドへ直行したくなっていたのに……【大嘘憑き】を使用した途端、身体は元気を取り戻したのだから。これが、若さか。

 

『そいつは名案だ、アクアちゃん。時に、初対面の女の人には礼儀としてパンツの色や種類を問う文化がある僕の出身国日本では、パーティーメンバーとの混浴が義務付けられていてね。必然的に僕も同席させてもらうけれど構わないかな?』

 

 どんどん女性陣の日本国に対するイメージが悪くなっていく最中、元・日本担当女神であるアクアは流石に嘘を見破り

 

「球磨川さんたら、どこの日本出身なのかしら。パンツの柄を聞くのも、女湯に入るのも。日本だったら即逮捕案件なんですけど。日本担当の女神は誤魔化せないわっ!」

『君こそ、どこの日本を担当していたのかな。少なくとも僕は、女の子の履いてるパンツの色や種類を当てたり、スカートを捲ってパンツを露出させたりしたものだけれど、一度も逮捕なんかされていないんだぜ?』

 

 いないんだぜ?ではない。ないが、捕まっていないのも真実なのだ。過去には財部ちゃんをネジで壁に打ち付けたりした際に、ワザとパンツが丸出しになるような酷い仕打ちをした。しかし、通報すらされなかった。不思議なことに。アクアの即逮捕案件という言葉を球磨川が訝るのも道理。

 

「……それホント?嘘をついてないでしょうね」

『だから、何回も言わせないでくれよ。僕は嘘をつくのが大の嫌いなんだってばっ』

「だとしたら、球磨川さんがスカートめくりをした相手が優しかったとかだわ。それか、通報するのも面倒くさかったとか!」

『あぁ……それはあるかもしれないな』

 

 顎に手を当て、ふむ…と唸る。

 

「ニホンでのしきたりはともかく、だ。生憎とこの国では混浴を義務付けられていない。残念だがミソギ、お前は一人で男性浴場へ行ってくるのだな。貸し切り風呂だ、ゆっくり脚を伸ばすが良い」

 

 球磨川が見ず知らずの女子のパンツを丸出しにしていた事が発覚し、なんだか内心穏やかでは無いダクネスがふてくされたように口を開いた。

 

『おいおい、そりゃ殺生ってもんだぜダクネスちゃん。日本においては、混浴をしない即ち、神への冒涜になっちゃうんだから。ダクネスちゃんがエリス様を侮蔑するようなものだよ?』

 

「……嘘をついているだろう。何故なら、私とめぐみんはお前と毎日混浴などしていないのだからなっ!」

 

 ビシッと、人差し指を突きつけたダクネスさん。反論の余地は無かった。

 

『や、やるじゃないかダクネスちゃん。こないだの裁判で、随分と論破力を鍛えたようだね』

 

「いや……こんなので褒められてもな」

 

『仕方ないなぁ。君に免じて、ここは大人しく折れてあげるとするよ。』

 

 いくら球磨川でも、ここで『それは違うよっ!』とはいかなかったらしく。どこからともなく石鹸が入ったケロ◯ンの黄色い桶を取り出すと、赤い手拭いをマフラーにし小さな石鹸をカタカタ鳴らしながら浴場を目指して行った。

 

『……ハイデルさん』

 

「ここに。」

 

 適当に名前を呼べば、柱の陰から専属執事であるハイデルさんが現れた。さながら、忍びのように。

 

『悪いんだけど、浴場の場所がわからないから案内してもらえるだろうか。もしも王城の大浴場が男湯と女湯を時間帯で入れ替えてるのなら、僕が男湯に入った数分後に暖簾を入れ換えて欲しいのだけれど』

「ご心配には及びません。当城におきましては、そのようなシステムを採用しておりませんので。時間に追われる事なく、心ゆく迄天然の泉質をお楽しみ下さいませ。主浴槽には、毎日アルカンレティアから取り寄せている柔らかいお湯が張られております」 

『………そう。』

 

 球磨川が期待した、漫画あるある展開は執事によって打ち砕かれた。こう言う日の為、密かに自宅の風呂で潜り、日々肺活量を鍛えていたのだが……どうやら無駄に終わったようだ。いざとなれば湯船に浸かり、頭に桶をかぶって隠れるといった手段も辞さないつもりだったのに。

 

『ハイデルさん。事実は小説よりも奇なり、とは中々いかないものだね』

「……左様でございますな」

 

 球磨川が何にショックを受けてそう発言したのかよくわからないハイデルさんだったが、取り敢えず肯定してみたのだった。

 

 ……………………

 ………………

 ………

 

「今日は、とても善き日です。まさか私が臣下も連れず、冒険者のように外を出られるだなんて夢にも思いませんでしたから」

 

 アイリス達は、王族専用の浴室で仲良く湯浴みの最中。ハイデルの説明にあった、アルカンレティアから取り寄せた温泉が、疲れた身体を癒してくれる。

 

 最初に浴室へ脚を踏み入れた際、アイリス以外の面々は、思わず口を開けてしまうくらいには衝撃を受けた。

 ただの数人しか利用しない浴室の、なんと豪華な事か。古代ローマで栄えたとされる温泉文化。テルマエと呼ばれた公衆浴場を彷彿とする贅沢な造りだ。現在はアイリスしか浸かることのない主浴槽一つとっても、プールと言われれば納得してしまう大きさを誇っていた。また、少し離れたところにはこれまた大きな檜風呂が設えており、檜特有の優しくて気分を落ち着かせる香りが漂ってくる。オマケに、浴室の端には陶器のつぼ風呂までが完備されていた。信楽焼の美しい形状は、一人でゆったり湯に浸かり湯船のふちに脚をかけ、物思いにふけるのに最適だ。和のテイストも存分な浴室は、もしかしなくても過去に転生した日本人が関与しているのだろう。

 

 ほのかに肌を上気させためぐみんは、改めて王女殿下が直々に自分の捜索に加わってくれたことに感謝しながらも、驚きを語った。

 

「しかしアイリス様がディスターブと戦っているとミソギから聞いた時は、驚き過ぎて心臓が止まるかと思いましたよ。いえ、今でも信じられません。一体、どのような理由があったのか聞かせてはもらえませんか?」

 

 単にギルド長を捜索、逮捕するだけなら騎士団の面々で事足りる。なのに、アイリスの登場とは。国家の機密が裏で関係しているとでも言われなければ納得出来ない。

 アイリスは気持ちよさそうに自身の二の腕を手でさすりながら、滑らかな泉質を堪能しつつ

 

「……昔から、私は冒険者に憧れを持っていたのです。自由に、仲間と共に苦楽を味わいながら、広大なこの世界を駆け回る。とても、とても素敵な事だと思います。皆さんにとっては、当たり前に可能な、ありふれた生き方なのでしょうが」

 

 球磨川にも語った、冒険への憧れ。

 めぐみんからすれば、この国で生きる庶民の全員が、王城での暮らしに憧れを抱いていると思う。隣の芝は青く見えると言うことだ。だが、それにしたって自分よりも年下であろう女の子が、生まれた瞬間から生き方を決められてしまうのも確かに残酷だ。

 

「アイリス様がお城の外へ出て、冒険者気分を味わえたのは喜ばしいですね。そう言う意味では、ディスターブの悪行にも一つ意味はあったと言うことでしょうか」

「ええ。とても新鮮で、是非また冒険しに出かけたいものです。……ですがなによりも、めぐみんさんが無事だったのが一番の救いです。ミソギちゃんが元老院で私も捜索に加われるよう尽力したのも、全て貴女の無事を願ってのことですから」

「ミソギが……?私の為に?」

 

 途端、めぐみんは胸が熱くなるのを感じる。リーダーとして、メンバーの安全を考えるのは当然の義務だろうが、元老院にまで出張って王女を駆り出せるよう立ち回るだなんて。嬉しさと気恥ずかしさが同居し、なんともこそばゆい。

 

「まったく、相変わらず無茶ばっかりしますね、あの男は」

「だな。アイリス様が元老院でどれほどの心労を負わされた事か。もしも今回の戦闘でアイリス様にお怪我でもあれば、とんでもないことになっていたぞ。……とはいえ、無事にめぐみんが帰れた事だし、議員達もあからさまには責められなくなっただろうが」

 

 長い髪をお湯につかないよう纏めたダクネスさんは、いっそ球磨川と共に元老院へ参加すべきだったと後悔しているらしい。アイリス一人にあんな危険な男の手綱を握らせてしまったのは、返す返すも申し訳ない。

 

「いいじゃない、済んだことは。くよくよしてたって、過去は変えられないんだからっ!めぐみんが無事。アイリスも無事!それでいいの」

 

 さっきまでは静かにしていたアクアが、お湯に浮かべたお盆から日本酒を持ち上げてチビチビと舐める。

 

「ダクネスは少し悲観的と言うか、心配性が過ぎるのよねー。もっと気楽に生きなさいな。肩肘張って生き続けたって、人間疲れるばっかりよ。一度アクシズ教の教えを調べてみるといいわ。こうやって、お風呂に入ってお酒でも呑んでれば、みんな幸せなんだからっ」

 

 言いつつ、またグビッとお猪口を飲み干すアクア。食堂で拝借してきたらしき、イカの塩辛も美味しそうにつまむ。数滴の醤油と一味を振りかけた塩辛は、無限にお酒を飲み干せる珍味だ。

 そうして、空になったお猪口になみなみと日本酒を注ぐと、ダクネスへ突き出した。どうやら、呑めということらしい。

 

「アクシズ教の教えなど、エリス教徒の身である私が守るはず無いだろうっ!……だが」

 

 堅物が過ぎるダクネスも、めぐみんをチラリと見た後で、お猪口を手に取った。

 

「今日はめでたい日だからな。これくらいはエリス様も見逃してくれるだろう」

 

 ピリリと辛口な日本酒をあおれば、アルダープやディスターブ、それから球磨川による心労も吹き飛んでしまう。米のコクが存分に味わえる、王都近郊の清涼な湧き水で造られた名酒が、入浴で火照った身体に染みていった。

 

「……美味い。」

「でしょ!?なんと言っても、王城にあるようなお酒だもの。純米よ、純米!」

 

 パッケージを指差し、ニカっと微笑む宴会の女神。美味しさを共有出来て、とても上機嫌だ。

 

「たまには、悪くないものだな」

 

 大人二人による酒盛りがスタートし、酒を呑めないめぐみんがズルいとお猪口を取ろうと試る。

 

「そうやって、アクアとダクネスだけズルいのですっ!なんですか、お湯にお盆を浮かべて酒盛りだなんて。風情があって凄く美味しそうじゃないか。私にも飲ませて下さい!」

「だ、ダメよめぐみん!純米酒はまだお子様には早いと思うの。まずは、ビールの泡から慣れるとこからスタートすべきじゃないかしらっ」

 

 お猪口をとられまいと防戦するアクア。そんな光景がおかしかったのか、アイリスが笑みを漏らした。

 

「アイリス様、これはお見苦しいところを!すぐにやめさせます。……こら!めぐみん、アクア!アイリス様にお湯がかかるだろうっ」

「いいのですよ、ダクネス。」

「しかし……!」

 

 実際にお湯が顔にかかったりしても、アイリスは嫌な顔もせずに笑った。

 

「こうやって、賑やかに入浴するのも初めてなの。みんなでお話ししながらお風呂に浸かるのって、とっても楽しいわ!」

 

 年相応の、無邪気なお姫様の笑顔。ダクネスはその顔を見たら、めぐみん達を止める気も失せてしまう。

 

 だが……

 

「あ、めぐみんどこ触ってるの!?そこは脇腹なんですけどっ。こ、こちょばし…」

「一滴だけ!一滴だけでいいですからっ!」

「ぎゃあっ!!」

「……えっ!?」

 

 揉み合いになったアクアとめぐみん。お猪口を取る事にしか集中していなかっためぐみんに脇を触られたアクア様が、浴槽の底でつるりと滑り、めぐみん共々湯の底へと沈んでしまった。

 

 ザブ──ンッ!!!と、ダクネスとアイリスには波が被り、お二人の美しい金髪は一まとまりになる。

 

「………とりあえず、明日からの入浴では酒の持ち込みを禁止させます」

「そ、そうですね……」

 

 こめかみに青筋を浮かべ、プルプルと震えるダクネス。流石のアイリスも、これだけ見事に波をかけられては、苦笑いしか出てこなかったのだった。

 

 

 

 

 










アイリスとお風呂はいりたい(絶望



温泉がアクアによって浄化されなかったのは、アクアがお酒を呑んでいたからです。アイリスとお風呂はいりたい


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八十八話  黒い温泉




温泉が好きな私は、マリオサンシャインのモンテの村でマリオをずっと温泉に浸からせていました。Switchで出ないかな……


 

 だだっ広い、貸し切りの男湯。高級感溢れる浴場は、成る程王様気分を存分に味わえるものではあったが、話し相手もおらずポツンと湯に浸かるだけの状況は、球磨川には退屈だった。……が、

 

『はぁ……。この世界に来てから、ここまでゆったり温泉に浸かったのは初めてだな』

 

 あくまでも話し相手の一人もいればこの上無いというだけで、ダクネスに言われたとおり誰に気を使うでも無く足を伸ばし切るどころか、浴槽の縁に後頭部を預けて身体を浮かせることさえ可能な現状は、リラックス効果抜群だ。

 

 聞こえてくるのは、人工的に造られた、岩山を模したオブジェから滝のように浴槽へ注がれるお湯の音のみ。ジャバジャバと不規則に響く水の音は、これもヒーリングにおいて非常に役に立つ。

 

『ふー。安心院さんやめだかちゃんといった、温泉好きな二人に自慢できる体験だな、これは。』

 

 あの二人といえば大のつく温泉好きで、箱庭学園の地下七階にある温泉までよく足を運んでいた。いくらフラスコ計画に力を入れていたあの学園であっても、ここまで荘厳な湯船は建築していなかった。

 球磨川は少しマナー違反ではあるが、湯船からお湯を手ですくい自分の顔を洗うと、ふと気になる浴槽を発見した。球磨川が現在浸かっている湯船とは別の、黒い石造りのモノを。

 

『あれは…?』

 

 黒っぽいような、茶色っぽいようなお湯が張られた湯船。【石油になる一歩手前の温泉】と呼ばれる、モール温泉みたいなものだろうか。

 少し興味を惹くその浴槽には、残念な事に【泉質調査中。入浴禁止】と立札がされており、ロープで立ち入りも制限してある。

 

 球磨川はザブッと湯を出ると、立札の前まで近寄ってしげしげと看板を読み込む。

 

『ううむ……禁じられると、犯したくなるのが僕なんだぜ』

 

 めぐみん達と混浴出来なかったフラストレーションが、このくらいやっても許されるだろうといった、謎めいた自信を球磨川先輩に持たせた。

 近距離で観察してみても、特に入浴禁止するような点は見受けられない。

 とろとろと、なんともやわらかそうなお湯は入らずとも心地良さそうだと判断がつく。

 

 どうせ貸し切り風呂で、咎めるものもいない。

 

『……すぐ出れば大丈夫だよねっ!』

 

 ロープをひょいっと跨いだ球磨川は、温泉通よろしく手拭いを頭の上に載せると、静かに浴槽へ沈んでいく。やはり泉質は素晴らしいのだろう。心地よさのあまり、身体が溶けてしまうような感覚を覚えつつも、球磨川は首まで黒っぽい天然温泉に浸かった。

 お風呂の温度は39度といったところか。先程まで入っていた主浴槽が41度程度でのぼせ気味だったのもあり、ぬるめのお湯がとても丁度良く感じる。

 ハイデルの説明にあった、水と温泉の都アルカンレティアから取り寄せた最高峰の温泉とやらに違いなさそうだと球磨川は思う。

 

『……ん?凄くお肌がすべすべだな。いや、お湯自体がぬるぬるしているのかな』

 

 今日は珍しく長風呂になっているのは自分でもわかっていた。少なくとも、自宅のお風呂ではここまで長時間湯船にはつからない。温泉の効能をあまり信じていない……というより、毎日じっくり入浴しなければ得られないものなんだと割り切っている球磨川にさえ、この肌の滑らかさは紛れもなくここのお湯のおかげだと確信させた。

 

『なおさら、安心院さんは羨ましがるだろうね。美肌の湯と命名しよう。今日はこの後寝るだけだし、もうちょっとだけ浸かっておこうかな』

 

 恐らくはディフターブの裁判まで、このお城で厄介になるであろう球磨川達。となると、毎日だってこのお湯に浸かれるわけで。朝に弱い球磨川には珍しく、明日の朝風呂は決定となったようだ。

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

 ぬるめのお湯の中、ついウトウトとしてしまった球磨川。高齢者であればかなり危険な、入浴中の睡魔。

 ……何もお年寄りに限らず、若い球磨川にとってもお風呂での寝落ちは命取りだったらしい。何故ならば、貸し切り男風呂に居たはずの彼は今、おなじみとなりつつある女神の間へとやって来てしまっていたのだから。

 

 球磨川を歓迎したのはまず、女神エリスによる冷めた視線であった。

 

 ジィ……と、目を細めた可愛いお顔で見つめられた球磨川は、照れたようにポリっと頬をかいて

 

『もう、エリスちゃんってば。さては僕の入浴シーンを覗いていたんだろう?しずかちゃんの入浴に合わせてどこでもドアするのび太君じゃあるまいし、感心は出来ないぜ』

 

 全裸に、大事なところを巻いたタオルのみで隠した裸エプロンならぬ裸タオル先輩が恥じらうそぶりを見せる。

 

「……はぁ。どうして貴方は、入浴禁止と書かれた湯船に浸かっているんですか。それは、ハイデルさんの落ち度と言えなくもありませんが……普通は入りませんよね?」

 

 心底呆れたようなエリス様。やはり球磨川の入浴シーンは覗かれていたようだ。

 

『わはは。エリスちゃんはジョークが上手だね。入るなと言われたら、入りたくなるって相場が決まっているじゃないか。かつて流行ったツンデレだってそうでしょ?』

 

 べ、別にアンタに浸かって欲しくなんか無いんだからねっ!と、あの黒いお湯が顔を赤らめながらそっぽを向いたように、この男には見えたのか。

 

「球磨川さんは、仮にも死んでしまったというのにその軽口……。もう少しなんとかならないものでしょうか」

 

 ぶつぶつ言いつつも、エリス様は球磨川に緑茶を手渡した。

 

「あ、よろしければどうぞ。粗茶ですが……」

『ん?ありがとっ!』

 

 以前【お茶も出さない】と貶された事を根に持っていそうだ。球磨川も特に茶化したりはせず、当たり前のように湯呑みを受け取り喉を潤した。熱々の緑茶は、風呂上がりには少々気が利かないと思うものの。

 

『火照って、汗をかいて塩分や水分や電解質を失った身体に、舌が火傷しそうに熱い緑茶をくれるだなんて、エリスちゃんは優しいねっ!』

「もうっ!どうして貴方は憎まれ口を叩かずにはいられないのですか!」

『いや、これに関しては言われても仕方なくね?』

 

 まるでエリスが逆切れしてきたと言わんばかりに、球磨川先輩は困り眉になる。

 あんまりツンツンされては、せっかく温泉で癒した疲れがぶり返してしまう。ここは一つ、自分の死に際に話題を変更しておくとする。

 

『で、僕はお風呂で寝落ちして溺死したんだよね。……やれやれ。だから、みんなと混浴すべきだったんだ。今日日、完全に隔離された浴室での入浴シーンなんて絶滅危惧種だとは思わないかな?普通は露天風呂や銭湯で、壁一枚隔てたくらいのバランスだろうに』

 

 未だに混浴イベントを潰されて萎えてしまってるのは、彼が読んできた漫画や視聴アニメの入浴シーンがどれもそのような感じだったからだろうか。

 

「こ、混浴はともかくですね。今回の貴方の死因は溺死ではありません。」

 

『……ほう?それは興味深い。このまんまエリスちゃんとの話をブッチして生き返る事も可能だとは言え、こんな話し相手もいない空間でずっと社内ニート状態な女神を哀れんで、あえてたずねてあげよう。僕の死因はなんなんだい?』

 

「また、口を開けば……!そもそも、私は社内ニートなんかじゃありませんっ!」

 

『わかったわかった!ほら、閑話休題といこう』

 

「なんだか、球磨川さんとの会話には通訳が必要な気がしてきました……」

 

 話しているだけで、女神でさえ過負荷の言霊にクラクラさせてしまう。ここは精神衛生上、手短に必要な情報だけを与えて切り上げようとエリス様が考えてしまうのは自然なことだった。

 

「球磨川さんが死んだ理由。それは、入浴です」

 

『えっと……?入浴して死ぬだなんて、僕はバイキンマンか何かだったのかな。』

 

 毎朝早くから、子供達の為に顔を分け与えてくれるアンパンに吹き飛ばされている、あのチャーミングな敵役を思い浮かべる球磨川。

 

「違いますよっ。全ては、あの黒い温泉が原因です。アルカンレティアから運ばれてきた、あのお湯が!」

 

『……いまいち話が見えてこないな。エリスちゃん、悪いんだけれど、コーヒーでも煎れて貰えるかな?入浴後の心地よい眠気のせいか、君の話が全く頭に入ってこなくてね。』

 

「ええ……せっかく、本題に入ったところなのに、ですか?」

 

『君も少しは藍染隊長を見習うべきだな。敵の襲撃にあった場面での第一声が、【まずは紅茶でも淹れようか】なんだからっ!』

 

 どうやら、コーヒーを煎れてあげるまでは会話にならないらしい。

 

「わかりました!煎れてきますからっ。いいですか?勝手に生き返ったりしないで、ここで大人しく待っていてくださいね?」

 

 諦めて、急いでコーヒーを落としてこようと走り出す幸運の女神。

 

『そうだ、僕の舌にはブルーマウンテンしか合わないのは、女神ともなれば知っているよね?』

 

「うう、何故私がこんなことを……?」

 

 無駄に高級豆を要求してくる一介の冒険者に、どうして女神である自分がここまで翻弄されなくてはならないのか。もういっそ、コーヒーをドリップして戻ったら、球磨川が勝手に生き返って居なくなってくれてた方が楽なのでは?なんて考えをエリス様に抱かせてしまうくらいには、今日の球磨川は一段と面倒くさいのであった。

 

 

 

 

 








姉に5月末まで在宅勤務になった自慢された。
私の代わりに、毎日たぬきにカブ価聞いといてくれよぉ〜!


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八十九話  コーヒー




水出しコーヒーのアレ欲しい







 

「はい、どうぞ。ブルーマウンテンブレンドの豆しかありませんでしたので、申し訳ありませんがこれで我慢して下さいね?」

 

 女神様にコーヒーを煎れさせた球磨川先輩は、そこそこの待ち時間に耐えきれず生き返ってしまおうかと迷ったものの、エリスの言いかけた話が気にかかりドリップが終わるのを待ち続けた。

 

『なんだか催促したみたいで申し訳ないなぁ』

「……思いっきり催促していましたけど。」

『だっけ?』

 

 女神の間に、湯気のたつコーヒーカップが二つ。それだけで、空間いっぱいに胸がスッとする高貴な香りがたちこめる。

 

 ブルーマウンテンは、カリブ海からの恵みとされるコーヒーの王様だ。苦味、酸味、甘み、コクの調和がとれた、ジャマイカの最高級品。100グラムあたり2000円弱もする特別な豆は、余程のコーヒー通でも無ければ常備するものではない。エリスもコーヒーは好きだが、生憎とストックはしておらず。近場の女神仲間を何人か訪ねて、4人目にしてようやくブルーマウンテンブレンドを買い置きしていた後輩にたどり着いた。

 慣れない手つきで後輩女神のアドバイス通りにコーヒーを落としたエリス様は、悪くない出来に満足し、球磨川の元へ。

 

 ソワソワしながら球磨川の感想を待つ。自分が淹れたコーヒーに、眼前の男は喜ぶだろうか。せっかく振る舞うのだから、せめて美味しく飲んで欲しい。

 

 ズッ……

 

 球磨川は一口含み、鼻腔を抜けてゆくコーヒーの香りを楽しむ。流石に圧巻のブルーマウンテン。滑らかな舌触り。あわよくば、王城の高みから街並みを楽しみつつ飲みたいものだ。カフェインの摂取もそうだが、ほろ苦さが気持ちよく睡魔を消し去ってくれる。

 

「どうでしょうか、球磨川さん。コーヒーのお味は……」

 

 一口含んだ途端、彼の眠そうだった目がパチっと開かれたことで手応えを感じる。

 

 不安げに。しかし、僅かに期待しながらコメントを求めるエリス様に、球磨川はにこやかに返す。

 

『うん、なるほど。……少し蒸らしが足りないかな。せっかくのコーヒーが泣いてしまってるよ』

「えぇーっ!?あれだけ満足げに飲んでいたのにっ!??」

『や、ここでベタ褒めしてしまうと、エリスちゃんは慢心してしまい、修行を怠るだろうと思ってね。君には現状に満足してもらっちゃ困るんだよ』

 

 ヒラヒラと手を振りながら、なんだか師匠キャラのような台詞を言い放つ球磨川に、エリスは「素直に褒めてくれてもバチは当たりませんよ?」と、呟いてから

 

「私がコーヒーのドリップを修行して、球磨川さんに何かメリットでもあるんですか?」

『わかりきってるじゃないっ!僕が死ぬたびに、ここで美味しいコーヒーが飲めるようになるだろう?』

「……死ぬたびにって、貴方はあと何回死ぬおつもりなんですか……」

 

 なんなら、球磨川はエリスの腕が上達しているかどうかを確認する為だけに死んできそうでさえある。

 

 …………………

 ……………

 ………

 

『それで、水の都アルトマーレとやらが何だって?』

「アルカンレティアですね。水と温泉の都、アルカンレティアです」

 

 伝説のポケ◯ンが守り神をしていそうな町名を口に出した球磨川。即座にエリスが訂正して

 

「球磨川さんがここに来る原因となった温泉が、そのアルカンレティアから王城に運ばれているとハイデルさんが言ってましたよね」

『そのようだね』

 

 時間の経過とともに温度の下がったコーヒーは飲みやすく、球磨川は会話の最中にグビグビと喉で味わう。

 

「本来であれば、それは素晴らしい効能がある温泉なんです。世界各地から湯治目的で観光客がやってくるほどに」

『……でも、僕が入った湯船はそうじゃなかったわけだ。効能どころか、生命さえ脅かすだなんて。毒の沼と言われても不思議はないよ』

 

 歩くたびに、じわじわとHPが削られていく某ゲームのそれを思い浮かべる。球磨川が浴槽に入っても、しばらくは……というより、死ぬまで異常には気がつかなったくらいだ。だとすると、温泉には即死する程の毒性は無いようだが

 

「……あの湯船のお湯は、数日前にアルカンレティアから発送されたものです。故に、その汚染度はまだ低かったのでしょう。球磨川さんが入浴してから死ぬまで、数分はかかる程度の危険性しかなかったわけです」

 

 なにやら含みのあるエリスの物言いに引っかかり、球磨川は話の流れが良くない方向へ向かっているのを感じ取った。人を殺せるレベルの毒性だというのに、さも大したことなさそうに言われてしまったのだから。とはいえ、聞くだけならタダではあるので続きを促す。

 

『まだ。と、言ったね?』

 

 エリスは、球磨川が意図を汲み取ったことで優しく微笑み

 

「実は、とある事情で、アルカンレティアの泉質は悪化の一途を辿っています。数日前のお湯と比較した場合ですが、今現在の温泉に球磨川さんが入れば、即死してしまうほど毒性は強まってると言っていいでしょう」

『即死、ねぇ。……濁してるけど、そのとある事情って何なのさ』

 

 あえて大事なところを伏せたのには、何かワケでもあるのか。

 

「それは、現地に行けばわかります」

 

 やはり意図的に隠していたようで、女神様は答えてくれなかった。

 

『現地に行けば……って、エリスちゃん。君はまさか、僕にアルカンレティアまで行けと言い出さないだろうね?ディスターブさんの捜索に王都へやって来たばかりなんだぜ?』

 

 見ず知らずの。縁もゆかりもない街の温泉が汚染されているからといって、球磨川が問題解決してあげる道理はない。エリスは都合よく球磨川を使って自らが管轄する世界の問題を解決したいのだろうが、この男が何の益も無く面倒ごとに首を突っ込む筈がない。

 

『だいたい、王都に来たのだってエリスちゃんのアドバイスに従ったからなのにさっ。魔王討伐したら裸エプロンや手ブラジーンズを見せてくれると言うから必死に頑張っているんだよ?ここまでの途中ボーナスとして、まずは裸エプロンでも見せてくれなきゃてんでお話しにならないな』

 

「王都に行くようアドバイスはしましたけど……球磨川さんが結構な回り道をしている間に、あらゆる土地で問題が起こりかけているんです。アルカンレティアはそのうちの一つでしかありません」

 

『ええ……そんな、僕に全ての原因があるかのような物言いはやめてくれよ。僕は悪くない。アドバイスをくれていたのは確かだけれど、アルダープちゃんやデストロイヤーは無視できないイベントでしょ。回り道って言うけれど、僕としては目の前の問題を一つ一つ解決して来たつもりだぜ』

 

 むしろ、デストロイヤーは放置していればアクセルが滅んでいたまである。冒険者に限っては、滅んだようなものとはいえ。球磨川達の頑張りで、街が地図から消えるような事態を防げたのもまた事実。

 

「それについては感謝しています。デストロイヤーを破壊するのがどれだけ大変だったか、ずっと見守っていたので当然知ってますよ」

 

 球磨川はデストロイヤーの対魔法結界を壊す為、一度命を落としている。

 

 エリスも、ここでぬるくなったコーヒーをあおった。酸化し、ほんのり苦味が増して来ているが飲めないほどじゃない。苦かろうがすっぱかろうが、単に間を作れれば良かったのだ。

 せっかく頑張ってくれている球磨川に、休む間もなく次々と厄介ごとを押し付けるのはエリスとしても気がひける。

 

「こうやって、直接お話してお願い出来るのは球磨川さんだけなんです。他の転生者は貴方のように自力で生き返るなんて出来ませんし。……だから、つい頼ってしまう。単なる人間である貴方に頼み事ばかりするのが良くないのは百も承知ですが……」

 

『承知の上で無茶振りしてくるあたり、エリスちゃんは将来男を手玉にとりそうだな』

 

 エリス様になら、逆に手玉にとって欲しいと考える男は一定数いるだろうけれど。

 

『で?裸エプロンはいつになるのかな。その返事次第では前向きに検討してあげよう!』

「は、裸エプロンはちょっと……!魔王討伐のご褒美だって言ったじゃありませんか。もしも球磨川さんが魔王を倒せたら、そのときは私も覚悟を決めますから……っ!」

 

 顔を真っ赤にするエリス様。エサで釣る割にはお預けばかりくらわせて、どうやら本当に悪女の才能がありそうだ。

 

『……うん。色良い返事が貰えなかったということで、今日のところはアルカンレティア行きも保留だな。』

「そんなぁっ!?」

 

 なんだかんだ言いながら、最後は渋々引き受けて貰えるだろうと期待していたエリス様。裸エプロンをお預けされた球磨川なんて、彼という人間を知っていれば拒否率100%でしかないのは明白。女神として、人間を無条件で信頼していたからこそ、今回は裏切られてしまった。

 

『一度パーティーメンバーと揉んで、次死んだときに改めてお返事するねっ!寝酒代わりのコーヒーも飲んだことだし、僕はそろそろ寝るとしよう』

 

「ちょっと、球磨川さんっ!?」

 

 女神の間の端を目指し、球磨川は歩き出す。スキルで生き返る直前、顔だけ振り向いてエリスを捉えて

 

『……もしも誠意を見せる方法があるのなら、それは僕専属のメイドさんとして一日身の回りのお世話をするくらいかな』

「く、球磨川さん……待ってくだっ……」

『おやすみ、エリスちゃんっ!』

 

 音もなく。静かに【大嘘憑き】が発動した。

 

「ああっ……!」

 

 球磨川が消え、目の前には空のカップのみ。

 

「メイド。メイドですか……。一応私、女神なんですけど……」

 

 考えようによっては、それだけでアルカンレティアという街を危機から救えるなら安いとも思える。

 

 エリスは今のやり取りを反芻し、確かに球磨川を少しは労ってあげるべきかと悩んだ。

 

 やるかどうかはともかく。先程の後輩女神にコーヒーのお礼を告げるついで、何かの間違いでメイドのコスチュームでも持っていないか聞いてみようと、エリス様は考えるのであった。

 

 

 












まだこの時期なのに、早くもそうめんばかり食べてる……
やばい


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九十話  パンツはコーヒーの後で


この小説の三十二話くらいで半沢直樹ネタでキャッキャしていたのが、もう4年以上前なの…?


「ミソギちゃん…!!ミソギちゃんっ……!!!どうか、目を覚まして下さいっ」 

 

 アイリスの悲痛な叫び。

 

 球磨川の身体は脱衣室の小上がりスペースに寝かせられていた。臨時執事、ハイデルによる心臓マッサージが続く中でめぐみんやダクネス、アイリスにアクアが心配そうに見守る。

 楽しく、仲良く女性陣でキャイキャイと入浴を楽しんでいたところに、切迫したクレアが球磨川の危機を知らせに飛び込んできたのだ。この際、クレアが主人であるアイリスに終始目線を集中させていたのは、やはり王女への報告が第一と考えていたからか。報告を終えてからもアイリスの裸体を見続けていたのは、気のせいだろうか。

 

「……ミソギに関しては生き返るだろうと信じてますが、やはり目を実際に開けてくれるまでは心配ですね」

 

 今まで幾度と無く死んでから蘇ってきた球磨川だ。放っておいてもそのうち目を覚ますのは明白ではあるが、万が一もある。ハイデルの心臓マッサージはあくまでも気休め。めぐみんは自身の服の裾を握りしめながら、彼が目を覚すのを今か今かと待ち続ける。

 

「元老院でのスキル行使は私もこの目で見ました。ミソギちゃんは、自分の頭を貫いても死なないだけでなく、即座に回復するといった離れ技まで見せつけてくれたのです。きっと、直ぐに意識を取り戻す筈ですわ!」

 

 アイリスはめぐみんに同調し、球磨川の手を握る。まだまだ、彼には冒険に連れて行ってもらうと約束したばかりなのだ。こんな事故で永眠させるわけにはいかない。王女殿下は涙目になっていることから、未だに球磨川が死から復活するのに半信半疑なのだとわかる。何度も目にしてきためぐみんとは違い、楽観的にとはいかない。

 

「いや。今回に限っては……」

 

 そんなロリっ娘二人の、球磨川生き返る説を懸念したのはダクネスさんだ。【大嘘憑き】という絶対的なスキルは、万全ならばこの程度の窮地も問題とはならない。が、気にかかるのは球磨川自身の発言だ。以前、日頃から突拍子も無い行動を取り続ける球磨川を注意する為、剣で斬りかかるフリをしたことがある。あれは、デストロイヤーを行動不能にして直ぐの会話だっただろうか。

 抜身の剣を振り上げたダクネスに対して、球磨川は『大嘘憑き』が使えなくなったと言ってきた。あの後も生命に関わらない、重軽症の類であれば問題なくスキルで治癒していたので「なんだ、使えることは使えるのか」くらいの認識でいた。しかし……

 

「もしかすると、生き返らないのか?というよりも、もう生き返れないのか…?」

 

 小さく、だが全員の耳には届く声量でダクネスは呟く。命が尽きてしまった場合、劣化によってスキルがオートで発動しなくなった可能性は残る。球磨川が過去に死んだ状況では、遺体が木っ端微塵になってしまったものもある。今回は遺体も綺麗なのでアクアのリザレクションも使えるかもしれないが、今後彼にはより慎重になってもらわないと、いよいよ不味いのではないか。もとい、まだ今回生き返るかすらわからないのだから既に手遅れなのかもしれない。

 

「生き返らないとは、どういう意味ですかダクネス!」

「いや、前にミソギが自分で言ってたんだが……

 どうやら例のスキルが劣化しているようでな」

「ミソギのスキルが劣化……!?」

 

 劣化。その単語は、どんなに前向きに捉えようとマイナスでしかない。球磨川のスキルは、恐らく弱まっているのだろう。ダクネスの神妙な顔から、冗談では無いのも読み取れる。

 

『そいつは大変だ!あの【大嘘憑き】が使えなくなった球磨川先輩なんて、イノセンスが使えないエクソシストのようなものだからね。もしくは、斬魄刀の使えない死神か!……あ、でも斬魄刀がなくっても鬼道があれば多少は戦えるんだっけかっ』

 

 むくりと、球磨川が目を開き上体を起こした。

 

「いや、極々普通に生き返っちゃったではないですかっ!!」

 

 安堵感に心を支配されながらも、かなりシリアス目に球磨川行き帰らない説を唱え出したダクネスへ突っ込まざるを得なかっためぐみん。ビッ!と指を球磨川へ突き出し、眉を吊り上げて声を荒げた。

 

「……生き返ったな。普通に……」

 

『ま、生き返らない要素が無いよね。いい加減学びなよっ!僕ごときの復活シーンなんて、そう何度も描写するもんじゃないぜ』

 

「何をいいますか。ミソギが生き返れるのかどうか不安だったのは、貴方の意味深な発言が元なんですよ?ダクネスに言ったと噂の、もう生き返れない発言とはなんだったのですか」

 

「そ、そうだぞ!お前があんな発言をしなければ、今だってどうせ生き返るのだからと、少しは気も落ち着いたというのにっ」

 

『あぁ、あれ?よく覚えていたもんだ。しかし、【あの時】は確かに生き返れなかったんだから、文句を言われる筋合いはないね』

 

 めぐみんにダクネス。この男とパーティーを組む2人の少女は、蘇生後すぐに軽口を叩き出した球磨川が【いつも通り】過ぎて、緊張で張り詰めていた糸を弛ませる。死んでいた当人を心配している様子は既に無く、球磨川の思わせぶりな言動を責める。

 球磨川の軽口に言及し、また軽口で返される。これが一種のコミュニケーションと化してきたパーティーだが、輪に加わったばかりのアイリスはそうもいかない。

 

「本当に、心配したんですよっ!?ミソギちゃん、あの湯船は入浴禁止だって書かれていましたよね!!」

 

 プンスカと球磨川を叱責しつつも、アイリスの瞳はまだかすかに潤んでいた。

 

『だからさあ、やるなと言われたらやりたくなるのが人間のさがじゃないか。あんな注意書きをするぐらいなら、結界の一つも張っておけば良かったんじゃないかな』

 

 右手を軽やかに操り、球磨川は結!滅!する。

 

「普通の人は、結界なんて無くても入らないんですっ!」

 

 身勝手な球磨川の言い分には、いかにアイリスでも普通のことしか言い返せずに終わる。

 

『よしんば結界が張ってあったとしても、まあ僕に限っては無かったことにして入浴しちゃうけどねっ』

「結界、意味ないじゃありませんかっ!?」

「アイリス…いや、イリス。この男には突っ込んだら負けだと思ってください。それよりもだ、ミソギ。そもそもなぜお前は入浴で死んでいた?」

 

 健気にもツッコミを入れ続ける王女殿下が忍びなくなってきたダクネスさんは、ここでなぜ球磨川が死んだのか、その原因にスポットライトを当てる。

 

「さっきから黙って聞いていれば、球磨川さんって改めてとんだチート持ちね。そりゃあ、転生特典を与えなくても良いって指示も来るわ……」

 

 更衣室の椅子に座り、恐らく日本人転生者によって設計されたであろう扇風機で涼みながら、アクアはひとりごちる。

 球磨川を転生させた時、具体的な効果はわからないものの強力なスキルを持った少年がやってくると聞いてはいたが、どうやら規格外だったらしい。

 

『いやいや、助かったぜアクアちゃん。もしもの時は君の蘇生魔法があるってだけで、僕も気楽にスキルを行使出来たんだから』

「あっそう。みんな、この女神である私の存在なんか忘れて球磨川さんが自力で生き返ってくるのを待っていたみたいですけどね」

 

 プクッと膨れるアクア様。

 

『で、僕が死んでいた理由だけれど!』

 

 クルリとダクネスに向き直り

 

『さっき死んでた時に聞いたんだけど、エリスが言うには、どうやらアルカンレティアとかいう街から取り寄せていた温泉が汚染されていたかららしい』

 

 球磨川は女神の間でエリスから受けた説明をなんとなく思い出してツラツラと述べた。

 

「ま、まて。そのエリス……というのは」

 

『ん?女神エリスちゃんだよ。死んでた時に聞いたって言ったじゃないか。ダクネスちゃん、いちいちチャチャを入れないでくれよ』

 

「エリス教徒の私としては、とっても大切なポイントなのだがっ!ま、まさかお前、今さっきエリス様に会えたというのか!?」

 

『……で、エリスちゃんの淹れた緑茶やらコーヒーを啜りながら聞いたところによれば、アルカンレティアの温泉は日に日に汚染が拡がっているようでね。一刻も早い解決が必要らしい』

 

「お前はっ!!エリス様にコーヒーを淹れさせたのかっ!?それは流石に、冗談だよなっ?」

 

 ダクネスが些細なことを、さも大事であるかのようにオーバーリアクションしてくるのが億劫になってきた球磨川は、顔を青ざめさせているアクアを気遣う。

 

『おや、アクアちゃん。顔が髪色と同じく真っ青だぜ?お腹でも壊したのかな。お風呂あがりのトイレは確かに嫌だろうけれど、我慢は禁物だし行って来なよ』

 

「ち、違うわよ!アルカンレティアの温泉が汚染されてるって聞いて血の気がひいたの!」

 

『それはまた、どうして?さては、アルカンレティア出身なのかな?君は。』

 

 当たらずとも、遠からず。

 

「……そうじゃないけど、あそこはアクシズ教の総本山なのよっ。私の信者達が沢山いるの。そこの水質汚染ともなれば、心配もするわよ」

 

『……なるほどね。』

 

 アクアが突然目を虚にしたので何事かと思えば。一応彼女にも女神らしい一面があり、球磨川も多少見直した。前にアクアから聞かされていたあの素晴らしい教えを守る、敬虔な信者達がいるのなら、球磨川も問題解決に尽力するのもやぶさかではない。

 

「アルカンレティアで、そのような問題が起こっていたのですね。……王城の男性浴室にそのお湯があったと言うことは、アイ……イリスは既に認識はされていたのでしょうか?」

 

 めぐみんがアイリスに尋ねる。長い昏睡状態から復活した途端仲間になっていたアイリスとの距離感を、まだ掴み損ねているらしく。若干、話しづらそうだ。

 

「ええ。基本的に、アルカンレティアからの温泉は届いて直ぐに泉質を検査されるのですが、ここ数日で毒性があると判断されたモノがあり、詳しく原因を調べる為に浴槽を立ち入り禁止にしていたのです。今現在、あの浴室を使用する人間がいなかったものですから、油断しておりましたわ」

 

 アイリスの父と兄は魔王軍と交戦中である為、あの湯船には誰も入らないので囲いも半端だったということか。もしくは、関係者が皆毒性のあるお湯だと認識していたのでそれ程厳重にせずとも良かったのだろう。

 入浴した球磨川が軽率過ぎただけで。

 

「アルカンレティアの温泉で汚染か。穏やかじゃないな。あそこには、国中から冒険者や観光客が湯治にやってくるのだ。早急に原因を突き止め、解決しなくては」

 

 ダクネスが、事が思いの外大きな問題であるとアピールする。アルカンレティアを目当てにやって来る他国からの観光客も少なくは無いので、このまま温泉がダメになればベルゼルクの経済的にも大打撃なのだ。

 

『あれ……なんか、みんな結構乗り気じゃね?僕たちってば、ギルド長事件を解決したばかりだったはずだよね。ここは一旦、日常パートを挟むのが少年漫画でもお約束だと思うのだけれど』

 

 エリスがメイド服を着て発破をかけるまでもなく、何やら女性陣は既にやる気に満ち満ちている。球磨川は疲れを癒すどころか、入浴して死んだばかりだというのに。何やら新たな冒険が幕をあけようとしていることに、やれやれと肩をすくめるのだった。

 

「ミソギちゃん。まだまだ沢山、私を冒険に連れて行ってくれるんですよね?もちろん、王族としてもアルカンレティアの水質汚染は見過ごせません。これはれっきとした王族の責務ですわっ」

 

 大義名分を盾に、アイリスは積極的に球磨川を面倒毎に巻き込んでくる。

 

『……わかったから、とりあえずパンツだけでも履いていいかな?』

 

 球磨川は依然としてタオル一枚であったことから、何はともあれ女性陣に丁重に退室を申し出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











藤井二冠?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。
だけど、俺負けないよ。駒達が躍動する俺の将棋を、皆さんに見せたいね。




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九十一話  座席選択



今回は短め。今回もかな。










 

 水と温泉の都、アルカンレティア。アクセルからなら馬車で一日半の距離に位置する、温泉で有名な街。旅行で温泉街に行くとなれば、準備段階の荷造りから既にワクワクしてくるものだろうが、今回は物見遊山ではないのだ。球磨川は自室にて不承不承、大きめの鞄に下着やら靴下を適当に丸めて詰めていた。

 

『こんなもんかな。千と千尋のように、思いがけず長期滞在にでもならない限りは、パンツと歯ブラシがあればいいでしょ。…ね?ハイデルさん』

 

「……如何にも、おっしゃる通りでございます」

 

 ドアの横で病み上がりの球磨川を見守っていた執事は、深々と頭を下げる。千と千尋が何かはわからないが、同意を求められた場合この執事が首を横に振る事はあまり無いだろう。

 やる気を出したアイリスから、各自荷物をまとめるよう命じられてまだ10分ほどしか経過していないが、球磨川は荷造りを完了する。

 

『気乗りしないなぁ。今まで観光客を呼び込みまくって来た素晴らしい温泉が、ここ最近で突然汚染されてきただなんて、常識では考え難いからね。』

 

「……左様でございますな」

 

 鞄をドア付近、つまりはハイデルの近くに置くと、これでもうお出かけの準備は整った。明日の朝、これさえ持てば忘れ物も無い。

 球磨川はベッドに腰掛け、ハイデルの淹れた紅茶を啜る。茶葉の扱いは完璧。一切の無駄がない、洗練された味わいだ。

 

『さてと。エリスちゃんは現地に行けば汚染の原因がわかると言ってはいたけれど、睡眠前の頭の体操に少し予想でもたてておこうかな』

 

 球磨川の、リーダーとしての自覚……では無く。1秒でも早く問題を解決して王城に帰りたい。その一心から、球磨川はもやもやと温泉汚染の要因を想像し始めた。

 

『……アルカンレティアの温泉が火山性温泉だと仮定して。毒性を持つ硫化水素を含む火山ガスが噴出しているのなら、そもそもお湯に浸からずとも、浴場に満ちた毒素で僕は死んでいただろうね』

 

 北海道上川郡にある有毒温泉を例に、球磨川はアルカンレティアの温泉が汚染された経緯を予想する。

 

「はい。かのお湯は、毒性のあるガスを含んだりはしていないようでした。少なくとも、今のところはまだ」

 

 ハイデルの補足に、球磨川は一度頷く。

 

『……有毒温泉であっても、過去に入浴した人間はいたらしいから温泉そのものでは死に至らないようだし、お湯自体が毒となっているアルカンレティアの温泉は全く違う汚染原因が考えられそうだな』

 

 紅茶を飲み終え、カップをサイドテーブルへ。それをそっと回収したハイデルが

 

「クマガワ様。本日はお疲れでしょう。明日の出発は早朝でございます。そろそろ、お休みになられては」

 

 アイリスがわざわざアルカンレティアまで足を運び、汚染の原因を探る今回の一件。協力者である球磨川が今のうちから原因の特定を試みるのは褒められるべきだが、なんといっても彼は生き返ったばかりだ。身体を案じるのも、臨時執事の務めである。

 

『……まあ、ハイデルさんが言うなら素直に従っておこうかな。』

「おやすみなさいませ、クマガワ様。」

 

 球磨川は死んだり生き返ったりで、精神的に忙しかったこともあり、ハイデルが部屋を後にして数分で眠りの世界へと誘われた。

 

 ……………………………

 ……………………

 …………

 

「さあ!新たな冒険の始まりですよ、ミソギちゃん!!」

 

 翌日。王族専用の馬車乗り場には、既に女性陣が勢ぞろいしていた。アイリスが拡声器顔負けの肉声で球磨川を迎えてくれる。

 寝起きのテンションとは思えず、目の下のクマから、冒険が楽しみ過ぎて昨夜は寝付けなかったのでは無いだろうか、この王女様は。なら、これだけ元気なのも、深夜のテンションを引きずっているからか。

 

「朝から気合が入ってるわね、イリスは!でもね?あまり飛ばしすぎると疲れちゃうから少し休んでていいと思うの。アルカンレティアについたら、今以上にテンションブチ上がるんだから!なんせ、アクシズ教団の総本山なんだからねっ!」

 

 なぜか自慢げなアクア様も、やたらとテンションが高い。朝に弱い球磨川には、このコンビは少し荷が重い。

 

『おはよう。僕は道中、馬車で寝るから着いたら起こしてくれよ』

 

 ハイデルの進言によってたっぷり寝たにも関わらず、まだまだ身体が睡眠を欲している。

 我先にと、絢爛豪華な馬車に乗り込み、後方を確保した球磨川先輩。壁に頭を預けて安眠する構えだ。

 王族用の馬車とあって、シートは広々とした一人がけ。それも、全てが進行方向を向いている。上質な本革の座席は長旅でも疲れないよう丁度良い柔らかさだ。すかさず、ダクネスは球磨川の横を陣取り、眠そうなリーダーを気遣う姿勢を見せる。

 

「昨夜はあまり寝られなかったのか?アルカンレティアまでは遠い。今のうちに寝ておくと良いぞ。現地についたら、すぐに泉質の調査が始まるだろうからな」

 

『言われなくても寝るつもりだぜ。』

 

 鞄からアイマスクと耳栓まで取り出し、順に装着しだす。

 

「あぁっ!?ダクネス、そこは私の席ですよ」

 

 ダクネスの次に乗り込んできためぐみんは、球磨川の隣が盗られたことにご立腹だ。馬車の席は全部で6。前方、中間、後方と、通路を挟んで両側に座席があるのだが、めぐみんも後方のシートを狙っていたらしい。

 

「……む?後ろは酔いやすいからやめておけ、めぐみん。私は三半規管が強いからな、この酔いやすい席を引き受けよう」

 

「いえいえ、私は前の方が酔いやすいのです。その理屈でいけば、後部座席じゃないと酔ってしまう私の為に、ダクネスは席を譲ってくれますよね?」

 

 もうすでにダクネスが席を譲る前提で、めぐみんが荷物ごと後方へやって来た。チラリと、球磨川を見てから再度ダクネスへ視線を向ける。

 

「前の方が酔いやすい……だと?異なことをいうな。後方の方が遠心力がかかり、酔うに決まっている。そんなに心配なら、アクアの隣に座って酔ったら回復してもらうと良いのではないか」

 

 どうしてか、頑なにダクネスも座席を譲らない。ピリピリとした二人の会話を知ってか知らずか、既に球磨川は寝息を立て始めている。

 

「それを言ったら、私も後ろがいいんですけどっ!」

 

 ここで、空気の読めないアクア様まで参戦してきた。これを、言い争いに発展しそうだったダクネスとめぐみんが仲良く同時に却下する。

 

「ダメなのですっ!アクアはブレンダンの時に一人だけ抜け駆けしていたではありませんかっ!」

 

「そうだぞアクア。お前は気にしていないのかもしれないが、そうやって自分だけちゃっかりするのはどうかと思う。」

 

 急に、キッ!ときつい目線を送られ、アクアは目に涙を浮かべてしまう。

 

「な、なんのことよー!ブレンダン行ったとき!?何かあったかしら……?」

 

 単に気分で後方に座りたかっただけだというのに、何故か職人の街が会話に出てきた。アクアは混乱し、二人に怒られている理由もわからずじまい。

 

「あのー、はやく出発したいのですが……!」

 

 イリスの声でハッとしためぐみん達。

 お互いに目を合わせ、今選択出来るもっとも手っ取り早い解決策を採用することにした。

 

「と、とりあえず後部座席は喧嘩の元だから空席としましょうか」

「……うむ。それが妥当なところだろうな」

 

 そう言い、各々が真ん中の列に収まる。

 

「なんで空席なのに、座っちゃダメなのよ…」

 

 アクア様だけ、釈然としないまま前方の席へと座る。馬車が走り出したのは、それから間もなくであった。

 

 ちなみに、周囲には他にも馬車が十台ほど走っており、そのすべてに高レベルの騎士や魔法使いがすし詰めになっていた。無論、イリスの護衛が目的だ。アイリスの戦闘力を考えれば、そもそも護衛などいらないのだが……行き先がアルカンレティアであれば話が違ってくる。あの街に限っては、いくらイリスでも油断は出来ない。道中のモンスターとかではなく、街に入ってからの話だ。

 

 男同士、肌が触れ合うくらい詰め詰めで座っているおじさん達からすれば、ファーストクラスのような座席が人数分用意されていながら喧嘩するなど、まさに贅沢でしかなかった。








ほんとにマリオサンシャインがSwitchで出来るなんて。
なんか、催促しちゃったみたいで申し訳ないね!
また、マリオをモンテの村の温泉にぶちこむとするか


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九十二話  春はパンツ 夏はパンツ 秋はパンツ 冬はパンツ





春はパンツ。

やうやう白くなりゆくパンツ。







 球磨川達を乗せた馬車は、一定のリズムで車体を揺らし走り続ける。振動の殆どを吸収してくれるのは、これぞ王族御用達といった車輪とシートではある。ダクネスはともかく、めぐみんは高級な馬車に乗る機会があまり無いのか、振動の少なさに感動している様子。……が、それでもバスやタクシーに慣れている現代っ子の球磨川には乗り心地が良いとは感じられない。

 

『ブレンダンに行った時より揺れは穏やかだよ?でもさ、だからって酔わないとは限らないでしょ。……と言うことで、誰かエチケットな袋は持っていたりしないのかな?』

 

 長旅の頼れる相棒、エチケット袋を求める球磨川。アルカンレティアまでは主に寝て過ごそうと目論んでいたので、着席後すぐにシートに体を沈めて目を閉じたのだが……ようやく睡魔がやってくるかと思われた辺りで、馬車は未舗装の場所へ到達し揺れが強まってしまったのだ。せっかくウトウトとし始めたというのに、ご破算。それどころか、気持ち悪さがオマケでついてくる始末。

 

「だらしがないな。こんなにも快適な馬車の旅で酔うだなんて」

 

 前方に座るダクネスから咎める声が。

 

『ベアトリーチェちゃんのスキルを薄めに薄めたくらいの気持ち悪さでしか無いのも事実なのだけれど、吐き気ばかりはこの僕でも耐えがたいね』

 

 酔い止めの一つも渡してくれないダクネスに、球磨川は若干失望しながら、口元に手を当てていかに自分が吐き気を堪えているのかをわかりやすく伝えた。

 

「まだ馬車は出発したばかりなのです。どうにか我慢することは出来ませんか?恐らく、今日だけでも何回か休憩は挟むでしょうし。もし無理そうであれば、アクアにスキルでどうにか出来ないか頼んでみたほうがいいですね」

 

 背もたれの上部から顔だけ出して、めぐみんが身を案じてくれる。

 

『アクアちゃんのスキル?』

 

 めぐみんの進言にひっかかりを覚え、球磨川は何かを思案し、数秒してハッとした。

 

『……あ!僕ってやつは学習しないな。咲ちゃんにも、言われた事があったじゃないか』

 

【大嘘憑き】で、その頭痛をなかった事にしたら?

 

 と。昔々、水槽学園時代の友人である須木奈佐木咲に、球磨川が頭痛で困っていた折アドバイスされた事がある。その際には眼からウロコな思いをしたが、数年経てばまた忘れてしまうのが人間というもの。球磨川はめぐみんの助言で、やっと記憶を掘り出せた。どんなに便利なスキルを手にしていても、いざと言う時、日頃使わない用途となると存外思い出せないのだ。

 

「なになに?球磨川さんってば酔っちゃったの?これだから、リムジンバスに慣れちゃってる軟弱な日本男児は困るわよね。これから日本人をこの世界に転生させる前に、言語習得と同時に酔いに強くなる改造……じゃなく、手助けもしてあげるべきなのかしらっ」

 

 前の席から、会話を盗み聞きしていたアクア様が自分の価値を知らしめる為に遥々近寄ってくる。足もとが不安定なのにも関わらず、足取りは軽快そのもの。

 

『いやー、僕的にはイリスちゃんがパンツを見せてくれたら乗り物酔いなんか吹き飛ぶと思うんだけどね。』

「私のぱ、パンツをですかっ!?ミソギちゃん、いくら具合が悪いからっていくらなんでもそれは……」

 

 球磨川がパンツを好きなのは理解しはじめてきたアイリスも、唐突な要求には赤面する他ない。ここで、はいどうぞ!とパンツを見せられていたとして、果たして球磨川は喜んだのだろうか。パンツを見せろと言われたアイリスの困り顔を見て和む事自体を目的としているのではないか。ダクネスやめぐみんは、何も本気で球磨川がパンツを見たがっているのでは無く、これも又コミュニケーションなんじゃないかと考える。王女に対しては無礼すぎる事を除けば、球磨川くらいの年頃ならばこの程度の下ネタを言うものなのだと。

 ゆえにめぐみんが、優しい口調で球磨川を諭す。

 

「あんまりイリスを困らせてはいけませんよ、ミソギ!そうやって、女の子をからかうのは感心しませんね。貴方はイリスがこの場で要求通りパンツを見せてくれたとして、嬉しいのですか?逆に、照れやなミソギの方が照れ臭くなるでしょうに。場を和ませる為とはいえ、そういった冗談は好ましくないんじゃありませんか?」

 

『いや、嬉しいけど?』

 

「嬉しいんですかっ!そうですか、すみませんでした」

 

 少しばかり下ネタを取り入れたコミュニケーションかと思えば、混じり気なしで本心からパンツを見せて欲しかっただけ。そう、それでこそ球磨川禊なのである。

 

『なんだいめぐみんちゃん。僕が、女の子にパンツを見せてもらって喜ばないはずが無いだろう』

 

 乗り物酔いはどこへやら。肘かけに両肘を置き、お腹の前で手を組み、だらしなく放り出していた足も組む球磨川。相変わらず言ってる事は最低だが、ポーズだけは抜群にカッコいい。

 

「無いだろう、では無い!お前はまったく!そういうのはだな、好きあってる相手と二人だけの空間でやるからこそ意味があるんじゃないのか?」

 

 ダクネスはポーズを取った球磨川に一瞬目を奪われそうになったものの、発言が駄目過ぎたので強く非難する。

 

『ダクネスちゃん。それじゃあまるで、公衆の面前で見るパンツには価値が無いかのような言い方だな』

 

 てんでわかっていない。どうしたら、ダクネスやめぐみんにパンツの素晴らしさを理解して貰えるのか。球磨川は頭を悩ませた。二人の、パンツへの理解が浅過ぎて自身とはステージが違う。

 正直、彼女らが何で理解してくれないのか、まるでわからないのだ。小学生に勉強を教える際、何故問題を解けないのかがわからない感覚に似ている。

 

 晴れの日に見るパンツも、雨の日に見るパンツも。

 

 夏に見るパンツも、冬に見るパンツも。

 

 屋内で見るパンツも、屋外で見るパンツも。

 

 都会で見るパンツも、田舎で見るパンツも。

 

 山で見るパンツも、海で見るパンツも。

 

 日本で見るパンツも、外国で見るパンツも。

 

 それから、……異世界で見るパンツも。

 

 これらは総じて、とても素晴らしいではないか。

 

 ダクネスは恋人と密室でと発言した。なるほど、それも一理ある。どうしたって、好きな人のパンツと言うものは特別な付加価値があるものだからだ。人吉瞳のパンツともなれば、球磨川だって大枚をはたく覚悟がある。

 けれども、かといってそれ以外のパンツが貶されるのは業腹だ。

 

『パーティーメンバーがこの程度だとは……一つ、課題が見つかったよ。イリスちゃんも加わって丁度いい機会だし、君達には少しずつで良いからパンツの良さについて勉強していってもらうとしよう。これは、リーダーの命令だぜ!』

 

「……もしかすると、このパーティーは特殊だったりするのでしょうか?それとも、世間一般の冒険者は皆パンツについて学ぶモノなのですか?」

 

「生憎だがイリス、このパーティーのリーダーが特殊なのだ。」

 

「えぇ……薄々は、そうかな?なんて、思ってはいましたが……!」

 

 イリスは若干、やばいパーティーに加入してしまったのではと不安になる。

 けれど、球磨川がいなければ今こうしてアルカンレティアに向かっている自分もいないわけで。

 

『イリスちゃん。というわけで、そろそろパンツを見せてくれる気にはなったかな?』

 

「見せませんよっ!どういうわけですかっ!?ミソギちゃん、貴方にはもっとリーダー然とした発言をお願いします……!」

 

『ふむ。冒険に連れ出す条件として、パンツを見せてもらう事にしておくべきだったかな。』

 

 やれやれと球磨川は過去の自分の過ちを認めて、これ以上はアイリスに斬られかねないとし、口を閉じた。

 

「球磨川さん。乗り物酔いのほうは?具合、悪いのよね?」

 

 頼れるプリーストアピールのターンを待ちわびていたアクアが、何処となく顔色が良くなった球磨川にたずねるも

 

『なんか、イリスちゃんがどんなパンツを履いているか想像してただけで治っちゃったから大丈夫!ありがとうね、アクアちゃん』

 

「私の見せ場をしれっと潰さないで欲しいんですけど!?どんだけパンツ好きなのよアンタ!!」

 

 ぷんすかと、肩で歩きながらアクアが席へ戻っていく。

 

 アイリスのパンツ(妄想)でリフレッシュした球磨川は、ようやく車窓を流れていく自然を楽しむ余裕が出来た。アルカンレティアまでの道のりはまだ遠いが、ここでやっと、意識を手放し眠りにつけたのだった。

 

 










誉れもクリアしたし、サンシャインまでは更新がんばるぞいっ




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九十三話  SET!HUT!



ふんぬらばっ!






 道中魔物に襲われる、といった波乱も無くアイリス達の馬車はアルカンレティアへとたどり着いた。活発なモンスターが多数いるポイントを通ったというのに、だ。

 拍子抜けだと、一向は思う。数日に及ぶ長旅だ。何も脅威はモンスターだけでは無い。これだけ一目で高貴な人物が乗っているとわかる馬車は他に無く、夜盗の類も引き寄せてしまうのではと懸念していたのだが。

 

 全く襲われなかった、と言うと語弊がある。アイリスの護衛によって、モンスターや夜盗の類は葬られてしまい姿さえ見かけ無かっただけだ。

 加えて、女性が目的で馬車を襲おうと企て近寄って来た連中は、クレアによって完膚無きまでに切り刻まれたりもしている。けれど、それらはアイリス達の優雅な旅路に一ミリも影響を与えていない。災が降りかかろうものなら、王女を煩わせる事なく解決する。近衛騎士団はしっかりとその役目を果たしていた。

 

「すっごく、快適だったわねー!ささ、アルカンレティアの街に到着したわよ。みんな、早く降りなさい!」

 

 アルカンレティアが見え始めてからずっと、ハイテンションを維持してきたアクアが大地に降り立ちノビをする。凝り固まった身体が小さくパキッと音を立てるのが心地よい。

 

「ここが水と温泉の都と呼ばれる街ですね」

 

 めぐみんが手荷物から帽子を取り出して被り、見慣れぬ土地に顔を綻ばせる。アイリスもその隣で白い歯を輝かせて

 

「王都とは違う、趣のある街並み……これは温泉の匂いでしょうか?」

 

「街に入る前から既に楽しくなってきたでしょ!?さあ、街の中へはいりましょっ!私が案内してあげるわ!!」

 

「アクア様は、この街にお詳しいのですねっ!是非、お願いしますわ」

 

 ちびっ子達二人は目をキラキラとさせ、球磨川とダクネスが馬車を降りるのも待ちきれずに、ガイドと化したアクアについていってしまう。

 至る所から白い煙があがっているのは、温泉がある証拠。アクセルや王都では見慣れない光景に心動かされてしまっては、一秒でも早く観光してしまいたくもなる。アクア達がスタコラ走っていっていくのを、球磨川らは慌てて呼び止める。

 

『めぐみんちゃん、イリスちゃん、僕らを置いていかないでよ……』

 

 酔っては誰かのパンツを思い出して治っては、また酔って誰かのパンツを想像する。

 そうやって、数日間乗り物酔いに耐えてきた球磨川は精神的に結構グロッキー。スキルを使えばこんなに消耗もしなかったのに、あえて使わなかったのには理由があった。乗り物酔いから逃げる目的でパンツをイメージすると、いつもより鮮明に脳裏に浮かべられるという発見をしてしまったのだ。こうなっては、【大嘘憑き】で酔いを治すなんて勿体ない。結果、球磨川は馬車を降りて尚、揺れ続けているような具合の悪さに悩まされていた。

 

「肩を貸すぞ、ミソギ。はやくめぐみん達に追い付かないとな」

『すまないね、ダクネスちゃん……』

 

 【パーティー内】では年長の二人は、球磨川の歩調でゆっくりとめぐみん達を追いかける。

 不慣れな土地だ。あまり悪目立ちしては、また面倒なやつに絡まれるかもしれない。イリスもいるのだし、万が一にも怪我とかされては大問題だ。年上としても、貴族としても。アイリスは守り通さなければ。ダクネスは知らず歩調を早めた。球磨川が引きずられるように……というか若干離陸しつつあるのは気にもとめず。

 

「……むっ!?」

 

 そこを。自身の右側から鎧の軍団が先を越していく光景が目に入った。

 ダクネスが気を揉むすぐ横を、王女の近衛騎士団が完全武装で駆け抜けて、アイリスを護衛するべくいつでも飛び出せるように陣形を組み出したのだ。アルカンレティアの街の外に、完全武装の騎士団。側から見たら怪しさしか無い。

 

『クレアちゃん……?どうしたんだい、この街に極悪指名手配犯でもいるかのようじゃないか、まるで』

 

 ダクネスが貸してくれていた肩を自ら手放し、近場の顔見知りに何が始まったのか尋ねる。

 

「ふん……指名手配犯なんて、可愛いものだ。ここにいる連中に比べればな。」

 

 緊張した面持ちの女騎士は、最大限の警戒を。意識はアイリスの周囲。この街の住人達へ向けているようだが、一見、ナイフの一つも持ち合わせていない善良な市民としか思えない。

 

「そういうことか……」

 

 ダクネスだけは、この騎士達がどうして臨戦態勢なのか納得した様子。

 

『どういうことだい?ここって、アクセルの領土だろう?まるで、戦争でも始まりそうな雰囲気じゃないか。なんなら、今僕たちは魔王の城を前にしているんだと言われても信じられる空気だけれど』

 

「……いいか、ミソギ。この間の機動要塞デストロイヤーを覚えているな?アレは、通った後には草も残らないと言われるほどの、凶悪な破壊兵器だったな?」

 

『……うん。実際、アクセルの冒険者達の多くを自爆に巻き込んだりもしたしね。それが?』

 

「そのデストロイヤーが通過した後でも生き延びると言われている奴らが、この街にはいてな。」

 

『この街に、そんなに強い人たちが!?じゃあやっぱり、騎士団はイリスちゃんがその人達に襲われる可能性も考慮して、ここまで殺気だっているんだね。……なるほど、デストロイヤーからも生き延びる人たちとなると、厄介そうだ』

 

 球磨川は異様な雰囲気の理由がわかり、ようやくスッキリする。アルカンレティアにそれだけ腕利きの人たちがいるとは。もし可能であれば、温泉が汚染されている原因を探るのに手を貸してもらいたいところでもある。

 

「いや、そうではないのだ。」

 

『……ん?そうじゃないなら、この人達は何をそんなに警戒してるのかな』

 

 ダクネスはやや言いづらそうにし、そのまま黙る。球磨川に説明する言葉を選んでいるようだ。

 

 その沈黙中に。アイリス達に街の住人が近づこうと歩み寄った。住人は、懐から紙とペンを取り出すと、アイリス達に差し出す。サインでもねだられているのかと、球磨川は思った。王女の顔がこの街にも知れ渡っているのだなと、感心までする。

 

『ふーん。イリスちゃんはやっぱ有名人なんだね。どんなサインを書いてるのか見てあげよっと!』

 

 球磨川もよく隙間時間を見つけては、いつか芸能界入りを果たした時の為にサインの練習をしている。アイリスが四角い文字で自分の名前を書くだけのサインをしていようものなら笑ってやらうと、小走りで色紙(?)を覗き込みに向かうと……

 

 突然、クレアが背後で近衛騎士団に大声で命令を出した。

 

「アイリス様にアクシズ教徒が接触を試みているぞっ!!!全軍、警戒態勢っ!!イリス様を囲うようにし、アクシズ教徒から距離をとるのだ!!!!」

 

 屈強な男達は号令で一斉に走り出す。アイリス達はギョッとして騎士団が近づいてくるのを、目を丸くして見ている。

 

「クレア!?な、なにごとですか、これは!?」

 

 クレアには、アルカンレティアに到着後は自分達が帰路に着くまで待機を命じていた筈だ。それがどうして、全員がアルカンレティアになだれ込もうとしているのだろう。

 街に入るや、華奢な女性がボソボソと何かを呟きながらサインを求めてきたが、まさか気づかぬうちに暗殺者にでも狙われていたのだろうか。

 

 アイリスは慌てて周囲を警戒したが、殺気は感じられない。では、なぜ?

 

 ポカンと、口を半開きにしてしまっているイリスに、眼前の華奢な女性はにこやかに告げる。

 

「お嬢ちゃん、なんだかおっかない人達がこっちに来るけど気にしなくていいからね。お姉ちゃんが渡した紙は、お名前を書くだけで幸せになれるの。あのおっかない人達はお姉ちゃん達が遠ざけるから、このペンで名前だけかいておいてね」

 

 優しい声色をした、可愛らしい栗毛色のお姉さん。アイリスの正体には気がついていなさそうだ。頭をポンポンと撫でると、お姉さんは鋭い目つきで騎士団を見据えて

 

「あれは……王都にいる騎士団?なぜこの街に?まあいい。みんなぁっ!見るからにエリス教徒っぽい騎士様達が来るわ。何しに来たかは知らないけど、とりあえずこのお嬢ちゃん達が名前を書くまで近づけるんじゃないわよ!!!」

 

 イリスにサインを求めていた時の、慈愛に満ちた声はどこへやら。野太いしゃがれた声で、誰かに指示を出す。

 

 すると……

 

 周囲にいた住人たちが全員、イリス達と騎士団の間に移動して立ち塞がる。その姿は、まさしく壁。異様な光景にも騎士団は怯むことなく、アイリスを守るべく全力疾走。最初から、住人達が立ちはだかってくるのが分かっていたかのような躊躇いのなさだ。

 

 そしてついに、騎士団と住人達が衝突する。武器は使わず、アメフトのラインマンのように激しくぶつかり合う。

 

『いったい、何を見せられているんだろう……。ていうか、ガチムチの騎士団を真っ向から受け止めるだなんて、ここに住んでるのは太陽スフィンクスのラインなのかな?』

 

 あまりの情報量の多さに、球磨川は明らかに展開に追いついていない。

 

「アイリス様ぁぁあ!その書類にサインをしてはいけませんっ!!!」

「きゃっ!?」

 

 クレアが、体重の軽さを利用して、屈強な男たちの頭上を飛び越えた。アイリスのもつ色紙(?)を強引に回収すると、即座に破り捨てた。

 

『なんだかよくわからないけれど、面白いことが起こっているよ、これは……!行こう、ダクネスちゃん!!』

「あ、ああ。到着して早々、まさかこんな事態になるとは……」

 

 この街には何かがある。温泉の水質調査なんて面倒くさいし早く帰ろうとしていた球磨川だが、この謎のやりとりで、少しだけやる気が出てきた気がしたのだった。

 

 

 





クレアが決めたのはデビルバットダイブだね。
アクシズ教徒に進清十郎がいたら、死んでたね。


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九十四話 退去



時間が思うようにとれず、漆黒の騎士の武器になるところです。


 

 自国の民衆に、死に物狂いで契約書にサインをせがまれる経験は幼い王女にはまだ無く、クレアが契約書を破いていなければ危うくアイリスはアクシズ教徒にさせられていた。あまりにも必死な勧誘の様に、アイリスは未だに心臓が強く波打つのを感じる。緊張か恐怖か、あれ程のプレッシャーは戦闘でさえ感じた事がない。現在は、近衛騎士団が王女の周囲に陣を敷き、アリの1匹も近づけない守りを完成させていた。

 

「アイリス様、ここならば安全です。正体を知らぬとはいえ、王女を力尽くで勧誘しようとした無礼なアクシズ教徒は、じきに鎮圧が可能かと。教徒たちが武器さえ持ち出してこなければ、兵士たちも怪我まではさせません」

 

 クレアはひざまづいて君主に戦況を報告する。アイリスが一般の冒険者を装ってはいても、王族への勧誘行為そのものは許される訳が無い。そもそも、実際にアルカンレティアへやって来て目の当たりにした勧誘方法は、アクシズ教徒の悪い噂を遥かに上回る程悪質なものだった。観光客に対しても同様の勧誘を行っているとしたら、騎士団としても見過ごせない。噂なんてものは大抵がおヒレがつく。が、残念なことにアクシズ教徒に関しては信憑性が高そうだ。

 

「アクシズ教徒……これが、あのアクシズ教徒なのですね」

 

 アイリスは戦闘もしていないというのに、ドッと疲れた様子でしみじみと呟く。

 

「ちょっと!! アイリスってば、何をそんなに迷惑そうに疲れたアピールしているのよ! いい? ああいうふうにサインを求められたら嫌な顔せず名前を書くのが礼儀なの。でないと、せっかく一生懸命勧誘しているうちの子達が可哀想じゃないっ」

 

 自分の信者たちを【あの】呼ばわりされ、アクアは面白くない様子。

 

「落ち着くんだアクア。誰が見ても、あの勧誘の姿勢は行き過ぎている。イリスが困惑するのも当然だ」

 

 アイリスに食ってかかるアクアを嗜めるのはダクネスだ。アクアの肩を掴み、そのまま後ろに引っ張ってイリスから遠ざけた。

 

『いやいやダクネスちゃん。何でも否定から入る最近の若者全開なところ悪いけれど、アクシズ教徒の教えは素晴らしいよ。イリスちゃん、あながち入信する手もなくは無いと僕は思うぜ。そう言う僕自身エリス教徒なわけだけれど、実のところエリス教の教えってこの世界に来てから一度も聞いたことが無いんだよね。実態が無い宗教とか、それだけで怪しいぜ。これはもう、僕も宗派変えする必要があるのかもね』

 

 以前アクアからアクシズ教の教えを学び、その在り方に共感した球磨川は多くの騎士団員(エリス教徒)の前でエリス教を否定しだした。

 

「おいっミソギ!ここは一緒にイリスをアクシズ教徒の恐怖から立ち直らせる場面だろうっ。何をアクシズ教の良いところをアピールしているのだ。それでもエリス教徒かお前!?」

 

 エリス教徒の騎士団員&ダクネスの怒りを買うような発言をし、勿論球磨川は怒られてしまう。が、アクアのみが目をキラキラさせ「もっとよ! もっとアクシズ教の良い所を教えてあげなさいなっ!」と背中を押している。

 

「クマガワミソギ。アイリス様のお耳を汚す様な真似は控えろ。それとも、キサマもアクシズ教徒達と一緒に暴徒として制圧されたいのか?」

 

 ほっとくと余計な事ばかりをアイリスに語る球磨川にクレアは最大限の忍耐をもって忠告してくれた。これまでの経緯からして、忠告などせず即座に武力を行使しようと、誰もクレアを責めないというのにだ。貴族だけあって、忍耐は人一倍らしい。

 

『クレアちゃん。のび太くんよりも成長が遅そうな君は、当然の如くなーん……にもっ!理解していないんだね』

「なんだと?」

 

 球磨川の無礼さを生まれながらのものだと考慮して、忠告ですませてくれようとしたクレアに対しても、球磨川は煽る姿勢を忘れなかった。

 

『僕ら冒険者には、僕らのやり方ってものがあるんだ。御行儀の良い騎士様が、自己満足の為に横やりをいれないでくれないかな。ぶっちゃけ邪魔でしかない』

 

 球磨川がわかりやすく肩を落とし、クレアの行動に対し大きなため息をつく。

 

「冒険者のやり方……? つまり、どう言う事だ」

 

『どう言う事だってばよと言われてもねぇ。クレアちゃん、あんまりがっかりさせないでくれよ。そんなんじゃ、アイリスちゃんの近衛騎士失格だぜ、君は』

 

「……いいから、キサマの言う【やり方】とやらをとっとと教えろ。私が何を理解していないと言うのかを!」

 

 有り体にいって、球磨川の態度はムカつく。が、問答無用で斬り殺すのはアイリスの手前避けなくては。一応、言い分だけは聞いてから斬り殺そうと、クレアは帯剣の柄に手を添えた。ここまで我慢してきた努力を水泡に帰すのは避けなければ。

 

 クレアの葛藤など気にも止めず、球磨川先輩は保育園児にも理解が出来るよう優しく説明を始める。胸元に手を置いて、微笑みまじりに言葉を紡ぐ姿は、学ラン姿もあいまって後輩を指導する先輩部員のように優しい。財部女子がいれば、頬を染めて悪態をついてきそうなほどに。

 

『まず、ここへ来た目的は、温泉が汚染された原因を探る為だよね。ここまでは理解出来るかい?』

 

 出来ない人間などいないだろう。理解出来たかどうか確認するタイミングが、いくらなんでも早すぎる。球磨川はクレアをまさしくのび太くんレベルで想定していそうだ。ドラゴ◯桜やビ◯ギャルに出てくる不出来な生徒であってももう少し理解力があるだろう。返事の代わりに、クレアの歯軋りが返ってきた。とっとと核心に触れろと言わんばかり。これには、球磨川も素直に先を急ぐしかない。

 

『……うん。それで、調査する為にはどこの温泉が、いつ頃から、どんな様子で汚染されてきたのか。又、汚染された温泉に浸かった人にはどのような症状が出るのか。とまあ、こう言う情報を町の人達からは聞きたいわけ』

 

「……ふんっ。ならば聞けばいいだけだろう」

 

 簡単なことではないか。クレアは吐き捨てる。球磨川は『やっぱり理解してないようだね』と前置きして。

 

『聞くにしても、それなりの態度ってものが必要になってくるのさ。この町は住民の大半がアクシズ教徒だ。まがりなりにもエリス教徒な僕やダクネスちゃんの質問に、素直に答えてくれるだろうか』

 

「……む」

 

 アクシズ教徒達の、エリス教徒への敵対心は凄まじいものがある。アイリスへの勧誘を阻止しようと近づいた騎士団の妨害をすべく、壁のように立ち塞がった信者達の姿には、クレアも一瞬だが圧倒された。

 

『そうなんだよ。僕たちの、エリス教徒という属性が今回の情報収集を困難にしているのさ。しかし、逆にアクシズ教徒がメンバーにいれば、円滑に情報を集められるというわけ。アクアちゃんが既にいるけれど、スムーズに動く為にもアクシズ教徒は多いにこしたことないでしょ?』

 

 ここまで聞いて、クレアは球磨川がイリスを情報収集の為だけにアクシズ教に入信させようとしていた事に気がつく。ついでに、ダクネスも王女を生贄にしようとしていた球磨川を、信じられないといった顔で凝視。

 

「クマガワ! お前はアイリス様を、そんな理由でアクシズ教に捧げようとしているのか!? 断じて許されんぞそれはっ!!」

 

『……僕が、情報収集の為に力を貸して貰おうと思ったのは、決してアイリス王女殿下じゃなく、僕のパーティーメンバーのイリスちゃんなんだけれど。そこのところ、勘違いして欲しくは無いぜ』

 

「ぐっ……! 屁理屈を」

 

 クレアを含め騎士団はアイリスをアクシズ教徒から守るべく行動している。冒険者の情報収集のやり方なんて知る必要も無い貴族なクレアからすれば、球磨川の言葉は聞く必要も無い。アイリスをアクシズ教徒にさせずに済んだのは誉だ。けれど、イリスという名で冒険者として行動している王女の情報収集を、予期せず妨害してしまった形になったのは事実。

 

「アイリス様……! 誓って、御身の阻害を目論んだわけではございません!! 悪質なアクシズ教徒から、お守りしただけで……!」

 

 球磨川のことなんかはもう既にどうでも良くなり、クレア達騎士団の面々はアイリスに平伏した。

 

「いいのですよ、クレア。私もミソギちゃんに言われるまで、そのような方法で情報収集を行いやすくするなんて考えもしませんでしたから。ただ、聞いたからには実行しない手はありません。私は、今は冒険者のイリスなのですから」

 

 郷に入っては郷に。これ以上アクシズ教徒の反感を買い、情報を得難くしてしまうのは賢く無い。至急敵対行動をやめ、穏便に話し合わなくてはならないだろう。

 

「はっ……。では、アクシズ教徒への応戦は中断し、向こうの代表者を交渉のテーブルへつかせるよう計らいます。可能であれば、イリス様が入信せずとも情報を提供するようあちらの条件を聞いて……」

 

『……エリス教徒の騎士に交渉を持ち掛けられて、果たして彼らは快く応じるかな。ここは素直に、騎士団は町から退去すべきだと思うのだけれど』

 

「キサマの意見など聞いていないっ!いちいち茶々をいれるな」

 

 騎士達を邪魔者としか思っていない球磨川の、歯に絹着せぬ物言い。これまた、クレアがその言い草はなんなんだと、さらに怒声を浴びせかけたところで。

 

「そうですね……。クレア、すみませんがミソギちゃんの言う通りにしてはくれませんか? この場は私たちでおさめますから」

「アイリス様!!?」

 

 アイリスからも退去を勧められて、騎士の皆さんは鎧をガチャガチャと鳴らしながら、寂しそうな足取りでアルカンレティアの外へと去っていったのだった。

 

 アイリスの護衛はいなくなった。このチャンスを逃すアクシズ教徒はいない。

 

「みんな!! 厄介な騎士どもが消え去ったわよ!!」

 

 広場にいた全員が、懐から新札同然のシワひとつ無い契約書を取り出せば、皆我先にとアイリスへそれを突き出す! 

 アクシズ教徒にもノルマがあって、勧誘が成功したら、何か特典が貰えたりするシステムなのだろうかと、球磨川は彼らの必死さから勝手に想像してみる。

 







すばらしきこのせかいのアニメを見るまでは生きなきゃですね。


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九十五話 勧誘者




時流れるのはやいて


 騎士団がいなくなればこちらのものと、一個師団にも匹敵するのではと思わせるアクシズ教徒の雪崩がイリスへと押し寄せる。これで球磨川の思惑どおり、イリスを入信させて信頼を勝ち取れば情報収集も捗りそうだ。

 球磨川達にもっとも近い位置にいたアクシズ教団のプリースト、セシリーという名の女性は球磨川とクレアのやり取りに聞き耳をたてていた。我先にイリスに申し込み用紙を差し出したセシリーには、正直余裕すらあった。なぜなら、最近アルカンレティアの源泉が汚染されつつある問題を調べる為にアイリスを入信させる球磨川の作戦も把握していたからである。

 

 アクシズ教の貴重な財源である温泉の汚染問題。専門家を呼んだりして調査しているものの、未だに原因が判明しないこの由々しき問題も、こうして探偵のような輩がやってきて情報と引き換えに入信してくれるのなら、ある意味好都合かもしれない。セシリーは人としてどうなの?と言われかねない思考に耽りつつも、アイリスの真ん前は譲らなかった。

 

「お嬢ちゃん!お姉ちゃんが最近温泉に起こっている問題について色々情報を教えてあげるから、代わりにこの入信書にサインをしてくれるかしら」

 

 グイッ!とダメ押しのようにイリスの眼前に入信書を近づける。

 

「あ、はい。ミソギちゃん、これにサインしてもいいのですね?作戦的に」

 

 一応、気持ち的にはパーティーのリーダーをやっているらしい球磨川にわざわざ振り返って確認してあげるアイリス。もっとも、球磨川がそういう作戦を練っていたというのはさっき判明しているのだから、これはあくまで念押し。

 もう、セシリーから用紙を受け取ったイリスは球磨川の返答を待ちつつも名前の記入をスタートさせている。カリカリと音をたてながら、滑らかに達筆で空欄を埋めて行く様子は、勧誘していたセシリーからすれば極上の光景である。

 

(またこれでノルマを達成してしまうわね…!)

 

 この世にアクシズ教の素晴らしさを広げたい彼女からすれば、一人でも信者が増えるのは最上の喜び。彼女に遅れをとった他の信者達も、自分の手柄では無くなった事には不満げではあるが、信者が増える事自体は嬉しいようで。イリスが一文字書くごとに「ッシャアッ!!」と歓喜の雄叫びをあげていた。隣の信者とハイタッチしたり握手したりハグしたりと、さながらサッカーの試合が行われている日の渋谷のような光景。

 

「これが…アクシズ教徒の勧誘風景か。なんとも、熱狂的だな。いや、狂気的とでも言うべきか」

「私には矛先が向いていないのが幸いです。これがもし自分に降りかかったらと思うと、あまりの恐怖心で爆裂したくなってしまうかもしれません」

 

 エリス教徒でも無いのに、意外にもスルーされているめぐみんは心底安堵し、そこらの屋台でいつの間にか仕入れたであろうジュースをストローで吸う。無論、今の発言が教徒の耳に入ろうものなら爆裂してしまいかねない事態になるので、会話相手のダクネスですら聞き取れないレベルの小声だったのは、至極当然。

 

「書き終わりました。これで良いですか?」

「どれどれ?……うん、問題ないわね!これで、貴女は今かられっきとしたアクシズ教徒よ!おめでとう!!」

 

 パチパチパチパチ!!

 

 セシリーのチェックが無事に終わると、周囲から拍手喝采が巻き起こる。皆が今にも「Congratulations…!」と言い出しそう。

 

 これほどの歓喜に包まれると、さっきまでより遥かに温泉汚染について聞きやすい雰囲気となる。球磨川の作戦はこれが第一の狙いだった。クレアがアクシズ教徒とバチバチに火花を散らしていては挨拶ひとつ交わすのも気まずかったことだろう。

 

『……さ。これで契約は完了だよね?人の会話を盗み聞きしていたお姉さん。お望み通りイリスちゃんはアクシズ信者となったわけだし、ここ最近起こっている温泉問題について知っていることは全て話してもらおうか』

 

「アナタは……お嬢ちゃんのお仲間さんね。いいわよ。可愛いお顔に免じてセシリーお姉ちゃんが事細かく、手取り足取り教えてあげる。あと、私のことはお姉ちゃんって呼んでくれるとなんだか貴重な情報も思い出せそうなのだけれど……」

 

 自分の名前に「お姉ちゃん」とつけてくるセシリーに、球磨川では無くダクネスとめぐみんが眉を一度、ピクリと動かした。というのも、どことなくセシリーの発言がねっとりと色気を帯びていたのを感じ取ったからだ。何故か。口を開かなければ可愛らしい顔立ちの球磨川に、まんまと騙されているのか。はたまた、この勢いで球磨川をも改宗させようという腹づもりなのか。

 

「セシリーお姉さん。貴女はミソギの外見に騙されない方がいいですよ。この男は、可愛い顔してする事言う事、全てが終わっているのですからっ!」

 

 腰をくねらせて球磨川ににじり寄っていたセシリーを、杖でぐいっと押しのけるめぐみん。腰付近に杖を当てられ、「んっ…」と悩ましげな声を出した後で、その相手を目にするやセシリーは

 

「あらっ!?まあまあ!もしかして、めぐみんさん!?お久しぶりね。すっかり大人びちゃって、お姉さん嬉しいわぁ。どう?ご無沙汰な再会なことですし、今晩もいつもみたいに一緒の布団で熱い夜を過ごす?いきなり硬い棒を押し付けてくるなんて、完全に誘っていますよねっ!?」

 

「相変わらずですね、お姉さんは。もう察しがついてはいると思いますが、今日は真面目な用件でやってきたのです。というか、アクセルにいたのではないんですか?」

 

「ええ。今だけ、めぐみんさん達も調べに来てくれた、汚染された温泉の件で戻ってきているのですよ。でもこうしてめぐみんさんと再会出来るなんて!一緒に温泉に入って身体を洗いっこして、イケナイところについつい泡まみれの手で触れてしまったりするイベントのためにも、一刻も早く温泉を綺麗に戻さなきゃいけなくなりましたね」

 

「……そのイベントを回避する為なら温泉もこのままでいいんじゃないかと考えてしまうので、あまり変なことを言うのはやめてくれませんか?」

 

 いきなり距離感ゼロのめぐみんとセシリー。球磨川の知らぬ所で顔を合わせたことがあるのか。

 

『おやおや。まさか、めぐみんちゃんがアルカンレティアに知り合いを作っているとはね。これは嬉しい誤算だな。というか、そうとわかっていればアイリスちゃんをむざむざ入信させる必要も無かったのに。あ!さてはめぐみんちゃんもお姉さん側の人間だったのかな』

 

 ここに来るまでセシリーの話題を一切出さなかったあたり、そう疑われても仕方ない面もある。

 

「ち、違いますよっ!ミソギの事だから、てっきり難癖つけて入信前に情報を聞き出して、用が済んだら入信書を出さずに終わるかと思ったのです!何をあっさり入信させているのですかっ」

 

『えっ、なんで僕が怒られてるのっ!?でも、その理不尽さ、嫌いじゃないぜ』

 

 ワタワタと手を動かす球磨川。イリスの入信とめぐみんのコネクションで、想像以上に事はスムーズに運びそうだ。これで、ハイデルのお世話付き王城生活へ舞い戻るのが早まりそうだと、内心ガッツポーズをキメる。

 

「ねぇ、セシリーだか言ったわね。ここ最近の温泉は危険が危ないって話、早く聴かせてちょうだいな!解決しないと、せっかく温泉に入りに来てくれた人たちがかわいそうだもの」

 

『アクアちゃんの言う通りだ。ほら、セシリーさん!僕たちも暇じゃない。要点を纏めて話してくれる?めぐみんちゃんと今晩一緒に寝られる権利をあげるから』

 

「ミソギ、その手の冗談はやめてください…!セシリーお姉さんが本気にしてしまうじゃないですか!」

 

 いつもの球磨川の軽口。セシリー相手には命取りでしかない。球磨川の口を塞ぐ為にも、この男に発言する隙を与えるべきではないと判断し、めぐみんはテンポの良い会話を目指す。セシリーとは今日が正真正銘初対面な筈の球磨川は、もうセシリーとの距離感が近い。というか、扱い方を心得たらしい。

 

「皆さんはめぐみんさんのパーティーメンバーでもあるし、稀代の可愛さのロリッ娘も入信してくれた事だし、勿論お安い御用よ。でも、その前に場所を移しましょうか。教会に戻れば温泉汚染に纏わる資料が時系列でまとめてあるの」

 

 ウインクして、胸元を拳で叩くセシリー。どことなくアクア様に挙動が似ているのは流石信者といったところか。

 

「あと、付け加えるならアクシズ教団の幹部しか閲覧できない資料も存在するのだけど。普段は一般の信者でも入れないよう厳重に施錠されてもいるのだけれどっ!……これは私とめぐみんさんが一晩床を一緒にすれば、明日皆さんが書庫に赴いた際、何故かたまたま鍵が開いてそうな気もするわ!」

 

『斬新な解錠方法だね!それはもう、喜んでめぐみんちゃんが裸エプロンでセシリーお姉さんの寝室に自分の枕を持参して現れるってもんさ』

 

「め、めぐみんさんの裸エプロンですって……!?!しかも、枕を小脇に抱えて!?」

 

 その姿を想像したのか、セシリーお姉さんは鼻血を垂らし、慌ててそれを拭う。球磨川はめぐみんを全力で犠牲にしていくスタイルのようだ。

 

「いや、だからっ!私をダシにするなと言っているだろう!」

 

 ついには、我慢の限界が来ためぐみんが球磨川を杖で突く。

 

『や、でも考えてもみてごらんよ。数年かけてアクシズ教徒の幹部になるよりかは、少なくとも見た目だけは美しいセシリーさんと一晩一緒に寝るだけで教団の書庫を見せてもらえる方が楽じゃない?』

 

「それは確かに……いや、ですが!裸エプロンなんて着ませんよ私はっ!」

 

『めぐみんちゃん。恐らくはセシリーさんなら、手ブラジーンズでも、全開パーカーでも許してくれるぜ?』

 

 それはお前の好みだろう、と。セシリー以外のこの場の女性は思った筈だ。

 

「ねぇ、セシリーも教会に来いって言ってくれてることだし、早く行きましょう。アルカンレティアのお水で淹れた紅茶って凄く美味しいのよ?喉渇いちゃったから、早く飲み物を飲みたいの。なんなら、シュワシュワでもいいくらいなの。」

 

 アクア様が、勝手知ったるといった感じに教会まで一同を先導するよう歩き出した。

 

「イリス。アクシズ教徒の全員が全員、セシリーのような人物では無いと思うぞ」

「え、ええ。そうですよね?イリスとしては、アクシズ教徒に入信した手前あまり悪くは言いたくありませんが、信者の皆さん全員があんな感じだとしたら、私……」

 

 ついていく自信がない。イリスは、脳内でアクシズ教徒による集会をイメージする。そこでは、めぐみんの裸エプロンを想像した際の眼を血張らせたセシリーの集団が、幼い少女にセクハラしまくっている地獄のような光景があった。

 

「今ならばまだ、入信書を取り返せば仮初とはいえサインを無かった事にも出来るが……どうする?」

 

 ダクネスは剣の束を握りしめて、セシリーの無防備な背中を細くした目で見つめる。アイリスの為であれば、アクシズ教徒の一人や二人屠ることも辞さない覚悟だ。

 

「いえ!!何も、そこまでして貰わなくてもいいですから、剣から手を離してください」

 

 アイリスは慌ててダクネスの手を剣から引き剥がす。

 

『そうだよ、ダクネスちゃん。イリスちゃんが自らの意思で入信したんだから、それについて今更部外者がとやかく言うもんじゃないぜ?』

 

「それは全部ミソギちゃんの作戦の為ですけど!?」

 

 いつの間にか先頭から最後尾にいるダクネス達のところへ来ていた球磨川。王女をアクシズ教徒にさせるといった、人によっては大罪だとさえ考える行いの責任を、しれっとイリス本人に押し付けようとしてきた。

 

『ていうかさぁ、めぐみんちゃんがセシリーお姉さんとあんなにも仲が良かったなら、そもそも入信作戦だって考えなかったんだぜ?つまり、イリスちゃんがセシリーさんに詰め寄られてる間、勝手に一人でジュースを買いに行ってためぐみんちゃんが悪いわけであって、僕は悪くないよね!』

 

 今度はめぐみんを悪者に。それについては、金髪少女二人も賛同する部分はあるが、『僕は悪くない』を肯定はしたくなかったので、ここはスルーして歩を進めることにした。

 







ハルヒまだ読んでないから読みたいのに、なんでか読んでない…

歳か?


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