悪魔のささやき (田辺)
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悪魔と吸血鬼

 三巻が終わって、アインズ様の命令でデミウルゴスがシャルティアに説明するというお話です
 某抱き枕二次に影響されたというのも大きいかなと思ってます。
 
 殆ど設定気にしないでも書けそうな話なんですが、書いてみると大変なもんですね。
 小説書いてる作者の方々は本当に凄いんだなと感じました。
 誤字などございましたら教えて下さい。
 宜しくお願いします。



 ナザリック地下大墳墓 第七階層――溶岩

 

 七階層は終わった世界を表現したような場所だった。

 それは、階層のいたるところで溶岩が勢い良く吹き出し、それが集まって大河を作っていた。まるで原始の地球をそのまま切り取ったようなこの場所には、ところどころに崩壊した神殿が配置され、異様な静寂さを醸し出していた。この階層を見るだけで、製作者がどのような人物であるか……おおよその検討が付くというものだ。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!」

 

 

 絶叫だ。

 崩壊した建物の中でも一際大きい神殿の一室から、拷問でも受けているような声が壁を突き抜けて、七階層全域に響き渡った。

 

「大丈夫かね? 君の気持ちは痛いほどよく分かるさ。同じくナザリックの一員としてね……」

 

 上下スーツを着たオールバックの悪魔が囁きかける。非常に耳あたりの良い声で、対面に座り、頭を両手で抱えてエビ反りしている吸血鬼(ヴァンパイア)の少女を――慰めた。

 傍から見ればそう見えたかもしれない。悪魔は優しく、穏やかな表情で、ゆっくりと少女に言葉を投げかける。

 

「辛いのはわかる。私が君ならば、自ら首を跳ね飛ばすだろう。 だがね、シャルティア……寛大で慈悲深い我らが主は君を許した! 自らの不徳であると……そして私はアインズ様より君への説明を任された……わかるね?」

 

「……わかっているでありんす。デミウルゴス」

 

「そうさシャルティア。アインズ様がお許しになった君を責めるようなことは決してしない! ……断言しよう」

 

 悪魔は約束した

 

 事実を事実のまま伝えることを

 

 

 

 ――話は、数刻前に遡る。

 

 シャルティアは、アインズ・ウール・ゴウンに剣を向けた。

 

 だが裏切ったわけではない。

 世界級(ワールド)アイテムで不幸にも種族特性を超えて、操られてしまった結果だった。

 それは世界情勢を調べるべくアインズの勅命を受け、愛しい人へ贈り物を選ぶような気持ちで意気揚々とナザリックから出立したシャルティアを襲った事故だった。彼女の性格や特性を考慮したとしても、間違いなく不運だったと言えよう。

 そして操られ、放置された場所でアインズと決闘し、敗北した。

 

 敗北しただけであれば、まだ救いようがあったかもしれなかったが、残念ながら、ナザリック出立からの記憶を一切覚えていないことが事態に拍車をかけた。

 

 そして現在、デミウルゴスから、水晶の画面(クリスタル・モニター)で見たことを事細かに……一挙一動、説明されているのだった。

 

 

 アインズは許したが、デミウルゴスは許していない。

 

 だが、デミウルゴスは絶対にシャルティアを責めることはしない。

 何故なら、もし罵倒一つするようなことがあれば、それは敬愛してやまないアインズを侮辱することになる。それがわかっているデミウルゴスは、シャルティアに説明することで、彼女の良心の呵責……もとい、階層守護者として、ナザリックNPCの頂点の一角として自覚をしてもらうために、じっくりとした説明を行うことで自分の気持を抑えていた。

 

「落ち着いたかね? さて……どこまで話したかな」

 

「……せ、清浄投擲槍を放ったところ……でありんす」

 

「あぁ! そうだったね……君がとてもいい笑顔で、アインズ様への特効属性である神聖属性のスキルを……必中スキルを当てたところだったね」

 

「うぐぅ! 早く話を続けるでありんす!」

 

 シャルティアは血反吐を吐くような思いで、デミウルゴスの言葉攻めによる拷問に耐えている。S(サド)でもM(マゾ)でもいける彼女でもこの責めは辛すぎた。

 デミウルゴスの言葉が重く伸し掛かる。

 

「アインズ様が身を削って現断(リアリティ・スラッシュ)で与えたダメージを回復させて……」

「ぐふっ!」

 

「弱点を攻めるため神聖魔法を連続使用し……」

「がっ!」

 

神器級アイテム(スポイト・ランス)でアインズ様を殴り吹き飛ばし……」

「げぶ!」

 

 自分の対面で叫びながらバタバタと動きまわる色白の少女。

 その姿は陸の上でもがく魚のようだった。壊れた玩具のような鳴き声で暴れまわっている。あまり言い過ぎると、創造主に与えられた部屋が壊されるのでは無いかと移動も考えるほどだった。

 

「そしてスキルを消化しきった君はエインへリアルを召喚して、自らは眷属を……」

 

「あ……あれまで使ったでありんすか!?」

 

 シャルティアの視界が歪んだ。

 エインヘリアル――神話では、ワルキューレによって、『ヴァルハラに導かれた戦士』の肩書を持つそれは、物理攻撃しかできないゴーレムのようなものではあるが、シャルティアの能力値をそのままにした、職業(クラス)ワルキューレ/ランスの奥の手中の奥の手。

 それを愛する至高の存在に放ったという事実。

 

「あぁ そうだよ」

 

 悪魔は肯定するだけだった。

 ただそれだけで効果は抜群だとわかっていたからだ。

 

 シャルティアは心臓が締め付けられる思いだった。

 気がつけば自らの手で自分を心臓掌握(グラスブ・ハート)していた。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛」

 

 シャルティアの喉から見た目に似合わないような雄々しい雄叫びが上がる。 それを迎え撃つ男から本当の意味で優しい声が届く。

 

 

「シャルティア……ここからは、アインズ様の逆転劇だ」

 

 

 ばっと、デミウルゴスを見つめるシャルティア。

 目は充血し、涙で顔もぐちゃぐちゃだったが、探していた宝箱を見つけたような驚きの顔をして答えた。

 

「逆……転?」

 

「そうさ、あたりまえだろう? アインズ様は君に勝利したのだから」

 

「……あぁそうか…………流石は至高の御方……」

 

「うん。そうだね。全てはアインズ様の狙い通りに動いていたのさ」

 

 

 ――まぁ、このあたりかね

 

 デミウルゴスは優しい。

 その優しさは、ナザリックの者限定になるが、シャルティアが事実を聞いて悶え苦しむ姿を見て安心していた。同じく主人を敬愛する存在だと(・・・・・・・・・・・・・・)

 もし彼女が苦痛を感じないようであれば、もはや相容れぬと見切ってしまい、あの執事以下の位置付けになったことだろう。最悪、例え主人の命に背いてでも、断罪やむ無しと考えていたが――

 

「……ルゴス! デミウルゴス!」

 

「ん? あぁ、すまない」

 

「何を呆けているでありんすか! アインズ様がわたしをどう殺したか、詳しく聞かせるでありんす!」

 

「わかっているさ。キチンと説明するよ。……今までもそうだったろう?」

 

「お、おう……」

 

 説明を続けるデミウルゴス。

 自らが死んだ話になるというのに、シャルティアはうっとりとした表情を見せ、恋する乙女のような溜息を吐き出し、彼女は吟遊詩人(バード)から神話を聞いている気分だった。デミウルゴス自身も神話の語り部になったつもりで、一つ一つの言葉に気をつけ、時折、早く喋ろと催促するシャルティアをウザったく思いながらも、アインズの偉大さをシャルティアへ真剣に語った。

 

「ゲイ・ボウ! ペロロンチーノ様のゲイ・ボウで一方的な射撃から、わらわは消滅したでありんすかえ!?」

 

「残念ながらハズレだ。ゲイ・ボウを使う……それもまたアインズ様の偉大なる計略の一つだったのさ。シャルティア、君なら次の手はどうするかな?」

 

 最も敬愛する創造主(ペロロンチーノ)の武器で攻撃を受けたことを覚えていないこと……いや、シャルティアは、アインズ・ウール・ゴウンの様々な武器が自分を貫いた栄誉を……不敬な自分を羨ましく思いながら、記憶が無いことを無念に思った。もう二度とこのような機会はないだろう。あってもらっても困るだけではあるが。

 

「持久戦が当初の狙いとは言え……あくまでもアインズ様のMP切れが狙い。離れれば射られる状況であれば……アインズ様のMP自然回復力を考えると、もはや持久戦は愚策、短期決戦を狙い、一気に接近するでありんすね」

 

「コキュートスも似たようなことを言っていたよ……その通り君は動いた――だが、シャルティア! それすらアインズ様手の内だったのさ」

 

「ということは……アインズ様は接近戦で戦ったでありんすか!?」

 

血ヲ啜リ肉ヲ食ラウ(ちをすすりにくをくらう)

 

「そっ! それは!?」

 

 デミウルゴスはいつの間にか語ることに熱中していた。

 シャルティアに対する目的はもはや薄れ……主人の命を忘れるデミウルゴスでは無いが、アインズの素晴らしさを如何に上手く伝えれるか、それだけに心血を注いでいた。 対面で恍惚とした表情を浮かべているとは言え、シャルティアのほうが若干冷静なくらいだった。

 

 

「そして君は――死んだ。アインズ様が再び発動された超位魔法(フォールンダウン)によって、閃光とともに消滅したんだよ……」

 

「……あぁ、アインズ・ウール・ゴウン様、万歳。至高の御身こそ、まさにナザリック最強の御方」

 

 神話を聴き終えたシャルティアは心底嬉しそうにそう言った。

 デミウルゴスも大きな仕事をやりきった気持ちで一杯だった。

 聞くことを終えたもの、語ることを終えたものを待っていたのは静寂だった

 

「……」

 

「……」

 

 

「……そうだったんでありんすか」

 

 虚空を見上げるシャルティア。 

 至高の御方の話――自身と戦った大逆転劇。この相手が憎い相手であればなお嬉しかったが、戦ったのは自分だった。階層守護者、ナザリックNPCの頂点の一人として恥ずべき姿である。アインズが許したと言った手前、誰も表立って自分を非難することはないだろう。それは確信している。

 

 しかし、自分の心は晴れない

 それと同じように、多くの者の心の奥底に、今回の件――シャルティアに対する評価というものは間違いなく下がったであろう。それが悔しくてたまらない。いつの日か……必ずこの雪辱を晴らし、「ナザリックにシャルティアあり!」そう思われるよう、強い決意を抱いてシャルティアは立ち上がった。

 

「デミウルゴス! わらわはやるでありんす! 必ず蘇るでありんす!」

 

「5億だね」

 

「は?」

 

「あぁ、思い出したよ……君が蘇るために使われた資金さ。アインズ様が宝物庫から君の復活の資金を、わざわざ御用意してくださったんだよ」

 

「…………」

 

「最低でもそのくらいの働きは……目標にするべきだろうね」

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!」

 

 

 少女は再び絶叫した

 

 

 




オリ設定:エインヘリヤルがワルキューレランスのスキルという話 
 
クリスタルモニターだと、ビューイングの方もそうですけど言葉は伝わらないんですよね
だからアウラの行動は永遠に闇の中ということで……
 
デミ「なんで直前であっちむいてホイしたの?」
 
シャ「ごめん 覚えてない」


 コキュートス出すの忘れてた
 セリフ考えてたのに

※3/28 誤字とか言葉使いとか細部を修正 信仰系属性ってなんだ 神聖な


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悪魔と悪魔 ①

一巻でお馴染み「よっしゃあ!」の場面です。
アルベドがギルド員の指輪を貰って叫んだ後、モモンガ様いなくなりますよね。
あのあとどうしたのかな? という妄想です。

なお「よっしゃあ!」は、アニメ版を採用して、「うおっしゃー!」になってます

②で終わります
完成したら結合したいほど短いです。
誤字脱字などあれば教えて下さい


「うぉおっしゃあああああああああああ!」

 

 

 ……

 

 

 月と星が輝く空の下、大草原に叫び声が雷鳴のごとく轟く。

 巨大なスプーンで抉り取られたような窪地が幾つかあるお陰で、木霊まで返って来た。

 

 叫び声の主は、目を疑うほどの美女――月明かりで長い黒髪と白いドレスが幻想的な雰囲気を醸し出していた。神話の登場人物を模した像なのだと言われても、疑われることが無いその美貌を持った彼女は、現在、瞼を限界まで開き、「ハァ」と「ヒィ」の発音が混じった荒い息を垂れ流しながら、「モモンガサマ モモンガサマ」と、呪文を唱えている。

 

 

 ――まったく、困ったものだ。

 

 醜悪な絶世の美女のすぐ後ろで、デミウルゴスは静かに佇んでいた。

 

 六階層で主人の招集に応じた時もそうだったが、彼女――守護者統括(アルベド)はモモンガ様が関わると正気でいられないらしい。 つい先程、敬愛する主人――モモンガ様から指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を下賜されたばかりなのだ。気持ちはわからなくはない。むしろ羨ましいくらいである。

 

 しかしアルベドは優秀だ。

 数多いるナザリックNPCの中でも、守護者統括の地位に恥じぬ……知略に長けたデミウルゴスですら及ばない素晴らしい能力を持っている。

 ユグドラシルではフレーバーテキストに過ぎなかった文章が、NPCが自立したこの世界では彼らの存在を確かなものにしていた。

 その設定が、アルベドをナザリック内を管理する能力――各階層の状況把握、全体的な支出及びアイテムの管理、事務的な書類の作成など多岐にわたる。広く、深いナザリックの内務をただ一人でこなせるほど、彼女を非常に優れる存在に仕立て上げた。

 

 至高の御方に『そうあれ』と作られた存在。

 

 その反動とでも言うのですかね。と、デミウルゴスは考えた。

 いま目の前で肩を上下させているアレ(アルベド)を見てしまうと、この先不安になる。

 だが元々の目的があるデミウルゴスは、意を決してアルベドを呼ぶ。

 静かだがよく通る声で……。

 

「さあアルベド。嬉しいのはわかるが……そろそろいいかな?」

 

「ウッヒィ……モモンガ様……。ハァハァ……」

 

 

 

 

 ――駄目だ

 

 

 デミウルゴスは目頭を押さえた

 

 

 仕方がないので、これ(アルベド)を意識の外に追いやり、夜空を眺め思い出す。

 もうしばらくアルベドに時間を与えるために。

 

 ――美しい世界だった。

 眺めていたら吸い込まれていたかもしれない程の満天の星空が――違う!

 

 あの御方だ!

 あの御方と過した僅かな時間……夢の様な時間だった。

 

 私に、私だけに仰ったのだ……。

 『世界征服なんて面白いかもしれない』と。

 

 私は誓う。

 必ずやモモンガ様に、この世界を献上してみせる。至高の御方――慈悲深き我らが主人が世界を欲したのだ。それ以外に理由など要るものか! 我々はモモンガ様いけません……! 皆が見ています……くふー!

 

「…………」

 

 決意の瞬間に横槍が入ったデミウルゴスは、口から思わず出掛かった深い溜息を心の中で吐き出した。

 アルベドは体をくねらせて、「さぁ二人目です! アルベドはモモンガ様のためなら、いくらでも卵子を作ります!」などと叫んでいる。このままでは想像妊娠してしまうのではないか? 既に一人目はお産したことになっているらしい。

 

「アルベド」

 

「モモンガ様! 私は重戦士職(タンク)です! 乱暴に扱って頂いても大丈夫です!」

 

 終わることのない想像の世界に浸り、全く聞く耳を持たないアルベドに対して、デミウルゴスの眼が鋭くなった。

 

「アルベド……貴方と私の責任の下でナザリックの警備を完全なものにする――モモンガ様の勅命を反故にするのですか?」

 

 その瞬間、アルベドの黒い天使の翼が大きく広がり、静止した後、ゆっくりと折りたたまれていく。

 

「あらデミウルゴス……。そんなことあるわけないじゃない」

 

 アルベドは振り向き、微笑を浮かべ、デミウルゴスにそう言った。

 見間違いではないかと思えるほど、先程までの面影はどこにも無かった。

 

「もちろんわかっていますよ。少々熱中していたようですので……確認ですよ」

 

「失礼ね。私は常にモモンガ様のためにあるわ」

 

「それは頼もしい。では行きましょうか」

 

「ええ、いいわ。行きましょう」

 

 悪魔たちは笑顔で言葉を交わし、シモベ達を従え、ナザリック地下大墳墓、第一階層へ降りて行った。

 

 

 

 




2000文字もいかねーです
描写を細かくすればいいのか
地の文章がわけわかめになっとる!

光源のない世界の星って本当に綺麗ですぜ


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悪魔と悪魔 ②

前回の続きでこれで終わりです。
そのうち結合?させます
頭のいいやつ二人も動かすなんて、頭がフットーしちゃうよぉ。
捏造設定がちょっと出てきます。 矛盾もちょっと
作者は原作厨なので、辛いところです。

誤字脱字などあれば教えて下さい



 『防衛戦の責任者デミウルゴス、守護者統括のアルベド、両者の責任の下でナザリックの警備を完璧なものにせよ』

 

 これがモモンガから二人の悪魔に与えられた命令だった。

 謎の事象により、ナザリックは何処かへ転移し、右も左もわからない状況で、モモンガが出した指示は、『情報収集』である。それはナザリックの外の世界だけではない、何かの法則性が変わったかも知れない自分たちの身の回りを確認すること。臆病とも取れるその慎重さは、これから始まる事に必要な準備期間。

 

 モモンガの真意はそこにあると、悪魔は確信していた。

 

 しかし、皆に伝えるにはまだ早い。偉大なる一歩目は、至高の41人だけに許された栄光。

 私如きが先走り、それを行うなど……万死に値する

 

 デミウルゴスはその一歩目、敬愛する我らが主が世界に踏み込むその瞬間を、じっと待つことにした。

 アインズ・ウール・ゴウンの新たな栄光の始まりを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第一階層――墳墓

 

 先導するものと二人の悪魔。そして、シモベ達が長い廊下を進んで行く。

 ハイヒールと革靴が石畳を叩き、乾いた音が響き渡る。この階層は、入り組んだ廊下、薄暗い明かり、闇から何者かが観察しているような感覚。そう言った『墳墓』の不気味なイメージをそっくりそのままにした世界が、第三層まで続いていた。

 

 先導する者が歩く後ろで、悪魔たちが言葉を交わす。

 

「さて、今のところ、新たに配置したトラップなどの動作に問題はありませんね」

 

「そうね、ナザリックの防衛システムは元々出来上がっているものを流用してるし、今回のケースは大きな変更は無かったわね」

 

「確かに。しかし、警備レベルや侵入者に合わせた罠の配置と部隊編成……特に連絡網の作成とトラップの連動については、まだまだ改善の余地があると思われます」

 

「あら奇遇ね。私もちょうど今、そう思っていたところよ?」

 

「……同じ考えだったとは……とても嬉しいですね」

 

 左手をそっと口元に当てて、「フフフ、そうね」と、笑うアルベド。

 デミウルゴスも軽く頷いて、それに答えた。

 

 アルベドとデミウルゴスは、侵入者を幾重にも絡めとる罠を試行錯誤し、モモンガから許可を貰い、今回はそのパターンの一つを確認しているところだった。軍略と智謀に長けたデミウルゴスにとって防衛戦は十八番だ。アルベドは補佐に回り、その動作確認を内務責任者として……その優れた知識を吸収するべく観察していた。

 

 わざわざナザリックの二本柱が、直属の高位のシモベを連れて搦め手を確認する姿は、どこか滑稽さがあったが、彼らは表情は真剣そのものである。

 先ほどからデミウルゴスの視界の中で、チラチラと光る物を持つ人物以外は。

 

 しばらく進むと、部屋の中央で四角の深い落とし穴が開き、シモベが落ちる。そして、配置されたトラップが起動した。

 

「…………ここ、疫病爆撃手(ブレイク・ボンバー)……問題ない」

 

「ありがとう。シズ、助かるよ」

 

 シズと呼ばれた少女が、小さな声で要点を二人に伝えた。

 シズ・デルタ。NPC設定でナザリックのギミックを全て把握してる、戦闘メイド六連星(プレアデス)の一人。罠の動作の成否に詳しいので、アルベドの推薦もあって今回は同行している。

 

 内務に長けるアルベドは、ナザリックの人材を全て把握している。

 シズ・デルタが持っている能力をデミウルゴスは知らなかった。それを見抜いてアルベドを補佐に付けたモモンガの洞察力に、「モモンガ様に隠し事など……出来ようがありませんね」と、デミウルゴスは感嘆の声を上げた。

 

「よし、憤怒の魔将(ラース)。もう上がってくれたまえ」

 

 トラップ発動を身を持って体験しているのは、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)

 デミウルゴス直属のシモベ、レベル80の高位モンスターだ。他に、嫉妬の魔将(イビルロード・ラスト)強欲の魔将(イビルロード・グリード)が、トラップのエサとして使われている。

 

「……ねえ、デミウルゴス? やっぱりこういった搦め手よりも、強者を配置したほうが話が早いんじゃないかしら」

 

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が罠から這い上がろうとして、扉の触手に捕まりバタバタもがく姿を眺めながら、自分の唇に軽く握った左手を当てて、アルベドが疑問を口に出す。「例えば、シャルティア、コキュートス、支援にマーレを低層配置するとか……」と、言葉を続ける。

 

「間違ってはいませんね。敵の短期殲滅……。確かに効率的ですが、『家主(ホスト)お客様(ゲスト)を楽しませる』という言葉があります。折角来て頂いたのですから、ナザリックを楽しんで貰わねば。それでは興が無いというものです」

 

「その辺りの考えはよくわからないわ……。罠が発動すると金貨消費(コスト)が掛かってしまうのよ? その点、守護者が直接戦えばタダで済むわ」

 

「ふむ……。敵の強さ次第……と言ったところでしょうか? 倒せるようならそれもいいでしょう。しかし、敵がコチラを偵察することも考えると、守護者を出すことは良い案と思えませんね。自動沸き(ポップ)モンスターをもっと使ってはどうでしょう」

 

 自動沸き(ポップ)モンスターは一切生産コストのかからないモンスターである。

 もともとそこに自然発生し、その場所をギルドが占領すると防衛用に使うことが出来る。無料だが弱い。ただ、数だけは大量にいる。

 

 アルベドは「ああ、そうね。それなら」と、納得した様子。

 胸元にある左手を右手で擦りながら頷いた。

 

「…………おわった? 次、いい?」

 

 二人の会話が一区切りしたところを見計らって、シズが話しかけた。

 

「ええ、待たせたわね、シズ。」

 

「…………わかった。でも、アルベド様」

 

 

 ――それに触れてはダメだ

 

 デミウルゴスは祈るような気持ちでシズに念を送り、急がせるための言葉を出すが――

 

「さあ、二人共。時間が押し迫って」

 

「…………どうしたの?それ」

 

 触れてしまった。

 デミウルゴスが……悪魔が悪魔の誘惑に負けないよう、強い気持ちを保ち、必死に耐え忍んできた時間が無駄になってしまった。

 その証拠に、先程まで微笑を浮かべていたアルベドの頬が、薄い紅色に染まる。

 

「……なんの……ことかしら?」

 

「…………それ、本物の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)?」

 

「あら! ……気が付かれてしまったようね」

 

 なんて白々しいやつだろう。

 こいつは飽くまでも自ら言うつもりはないらしい。私の右側に並び、書類を受け取るとき、ドアを開けるとき、何かを指差すとき……全てを左手でやっておいてこれだ。

 

「そうよ。モモンガ様から直接頂いた……本物よ」

 

「…………凄い。綺麗」

 

 シズは素直にそれを称える言葉を出す。

 飾り気の無いそれは、アルベドの自尊心を大いに満足させた。そして、彼女の漆黒の翼が膨らむように広がっていく。

 

「んふふふ。ありがとう、シズ。私が一番最初に貰った(・・・・・・・・・・)のよ。そうでしょ? デミウルゴス」

 

 女は悪魔だった。

 デミウルゴスを共犯にしたてあげ、事実を捻じ曲げるつもりだ。おまけに、話を聞いて間違いなく動く、アウラとシャルティアに説明させるつもりらしい。間違いない。

 デミウルゴスは、「おまえは何を言っているんだ」とは素直に言わず、優しい笑顔で、用意していた言葉をシズに(・・・)伝える。

 

「マーレもその場所にいましてね。一緒に頂いたのですよ。そうですよね? アルベド」

 

「……えぇ、そうよ。そうだったわ」

 

 アルベドに優しく微笑みかけるデミウルゴス。

 彼女もそれに女神のような笑顔で答えた。そして軽く声を出して笑い合う二人。

 一切目を合わせること無く、その場の空気だけを感じ取り会話ができる、ナザリックの知恵者二人は流石だった。

 『たまたまその順番で、殆ど同時だったんだよ』ということを強調することで、『アルベドが先に貰った』ということにしても、順番の優劣を無効にする彼の策略である。最初にマーレの名前を出す。これでメイド達には、「アルベドとマーレが貰った」という形で伝わることになる。

 

 遅かれ早かれこうなることは、デミウルゴスは予想していた。

 それもそのはず、第一階層の階段を降りたあたりで、アルベドが「途中でシャルティアに挨拶しに行きましょう」と言い出したからだ。そして彼女の所作――どんな馬鹿でも予想できる。

 

 これがこうなるたびに抑えることも私の仕事か、と、デミウルゴスは軽い疲労感に襲われた。

 

「…………デミウルゴス様も?」

 

「いや、私は持っていないよ。偉大なる指輪を頂けるよう、相応しい結果を出すさ」

 

 自分なら必ず結果を出せる。という確固とした自信を持っているデミウルゴスの言葉を聞いて、シズは驚いたように目を見開いた。

 アルベドは、もう黙ってる必要が無くなったので、指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)をこれ見よがしに撫で回しながら、「ふふふ。頑張りなさい」と、デミウルゴスに言葉を投げかけている。笑い合う悪魔達、神妙な顔つきをしているシモベ達を他所に、シズは少し俯き、何かを考える素振りをしている。そして、意を決したように顔を上げ、声を出した。

 

「…………そう。私も、頑張る」

 

 カルマ値(100):中立~善

 シズ・デルタの心は、透き通るほどにピュアだった。

 

 

 




 八階層まで書くと言ったな。
 二階層のゴキブリマントのところまで辿り着くことが出来なかった
 ナザリックは深すぎる! 予定はあったんし前フリもしたのに。
 プロット作らないとこうなるといういい経験をシました

『ホストはゲストを楽しませる』
 と、書いたばかりだというのに スマン ありゃ嘘だった

シャ「アルベ……!なんでおんしがそれを!?」
アル「あら……気が付かれ(略)」

ガル「……」
アル「戦闘時におけるシモベの編成は、巻き込まれないよう……」

コキュ「ドウシタ? 腕ガ痛イノカ?」
アル「……もう用はないわ」

アウ「アルベ……!えっ!? ずるい!」
アル「あら(略)」

デミ「お疲れ様です」
アル「そういえば、モモンガ様と何を話していたの?」
デミ「貴方には伝えましょう」(自慢話として)


 あとデミウルゴスはともかく、アルベドってハイヒールなんですかね?
 ハイヒールでしょ? だってドレスですよ。

※3/31 誤字脱字修正


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悪魔と蟲 ①

あらすじ

リザードマンを占領した、アインズ・ウール・ゴウン!
アインズとデミウルゴスの無茶振りによって、内務を任されるコキュートス
4巻まるまる一つ使って行われたア○ター的物語の行方は如何に!?


誤字脱字あれば教えて下さい


「……ムゥ」

 

 音の塊を無理やり声の形にしたようなものを、不気味に唸らせる者がいた。

 ライトブルーの異形の巨体が日差しを浴びて、より一層輝いている。彼が立つ少し先には、湖と森が延々と広がり、その一画に、小さな集落が、湿地の上に家を作り存在していた。

 

「感謝スル。デミウルゴス」

 

 森のなかで、丸く大きい暗闇が、彼の後ろに浮かんでいる。

 その吸い込まれそうな闇の前に、親子のような身長差がある二人の男女がいた。デミウルゴスと呼ばれたスーツを着た長身の男が、彼に語りかける。

 

「コキュートス。君の成功を祈っているよ。何かあれば<伝言(メッセージ)>を使ってくれたまえ」

 

「アア、ワカッタ。……シャルティア、暫クノ間、警備ハ任セルゾ」

 

少女のほう――シャルティアは色白の顔に微笑みを浮かべ、小さく頷き、それに答えた。彼が主人から任せられた仕事は、大役であることを考えると、シャルティアとしては羨ましい限りだろう。

 

「ええ。ええ。任せておくんなんし」

 

「……デハ、行クカ」

 

 ガチン! と、顎を大きく鳴らすコキュートス。

 冷気の息をゆっくりと吐き出し、彼は正面の集落を睨んだ。

 甲虫のような顔であるが故、表情は変わらないが、与えられた難行に挑む覚悟を決めたのだろう。待たせていた部下たちと共に、コキュートスは、村に向かって歩みだした。

 その大きな後姿を見て、シャルティアから勢い良く声が上がり、蟲の一行を呼び止める。

 

「あっ! コキュートス!」

 

「ン? ドウシタ?」 

 

 コキュートスは立ち止まり、振り向いてシャルティアを見た。

 そこには、先ほどまでの笑みは消え、不安の入り混じった顔でコキュートスに手を伸ばしている少女がいた。シャルティアは、強く目を閉じ、苦虫を噛み潰したような顔で尋ねる。

 

「わた……わらわに何か手伝えることは何かありんすかぇ?」

 

「……イヤ、特ニ無イナ」

 

「……そうでありんすか」

 

 ガックリと下を向き、肩を落とすシャルティア。

 つい最近、大失態を犯してから、挽回の機会をずっと伺っていたのであろう。「少しでも功績を上げて、至高の御方の役に立ちたい」その気持は、ナザリックの警備で同僚たちの成果を聞きながら、悶々と過ごしていたコキュートスには、痛いほどによく分かった。

 

「ソウダ! シャルティア。帰還ノ時――」

 

「やっ!やめ! わかったから、それは言わないで……」

 

 廓言葉も忘れ、言葉を遮ったシャルティア。

 慰めようと言う意図が伝わったのであろう。しかも、出てきた内容がシャルティアの予想通り過ぎたのか、老婆のようなシワを顔に作り、項垂れている。デミウルゴスは何も言わずに上を向き、空を見ていた。言葉の選択を失敗したコキュートスは、あまりの居た堪れなさに思わず謝罪する。

 

「ス……スマナイ」

 

「いつでも伝言(メッセージ)で呼んで欲しいでありんす……」

 

 シャルティアは、消え入りそうな小さな声で、そう言い残して、<転移門(ゲート)>を閉ざした。

 

 ――ムゥ!

 

 二人がナザリックに帰還し、湿地に残されたコキュートスは、シャルティアを上手く励ますことが出来なかった自分を恥じたが、直ぐに気持ちを切り替えなければならなかった。これから重要な任務に就くのだ。それを思考の隅に追いやる。

 こういう時はどうすればいいのか? 副料理長のバーで、今度デミウルゴスに聞いてみよう。と、考えることが、今のコキュートスに出来る、精一杯の思いやりだった。

 

 

 

 ――話は数刻前に遡る。

 

 アインズ・ウール・ゴウン率いるナザリックは、蜥蜴人(リザードマン)の集落に戦いを仕掛け、勝利した。

 アインズにとって、NPCの成長実験の延長上の結果でしか無かったが、デミウルゴスの進言を受け、殲滅から占領に命令が変更された。その結果、先立って戦闘を行った責任者である、コキュートスの直轄領として統治されることになった。

 

『恐怖政治を行わず、ナザリックへの忠誠心を植えつけろ』

 

 これが主人であるアインズからの指示である。

 その任務は、己を主人の意のままに、全てを切り裂く剣と見做していたコキュートスにとっても、ナザリックにとっても中々大きな事業と言える。恐らく、完璧に行うならばアルベド、またはデミウルゴス。この二人のどちらかに、本来は任せられるべきものだった。

 コキュートスは、デミウルゴスに助言を求める。蜥蜴人(リザードマン)の村では、アインズが蘇生実験をしているだろうと思いながら。

 

「デミウルゴス。恥ヲ承知デ頼ミガアル」

 

「わかっているさ。友よ。しかしだ、私が出来ることは飽くまでも助言であるということは、忘れないでおくれよ?」

 

 デミウルゴスはアインズの命令で、先に帰還した守護者や兵たちと違い、コキュートスのために残っていた。

 

「……自ラノ判断デ決断シナケレバナラナイ……トイウコトカ?」

 

「そういうことさ。私が君のシモベであれば、部下ということで、仕事を任せてくれても良かったんだがね」

 

 悪魔の軽いジョークに、コキュートスは下顎をカチカチと鳴らし、軽く笑う。

 大役を任された重責が、少しだけ軽くなった気がした。

 

「……ナルホド。デハ改メテ、友トシテ、意見ヲ聞キタイ。」

 

「ああ、まずはだね――」

 

 

 

 ――サテ、ドウナルカナ

 

 コキュートスは不敵に笑った。

 甘く見ているわけではないが、気が高ぶっている。予想できない様々なことが自分を待っていると思うだけで、まるで、強者に挑むような高揚感を得て、心が躍る思いだった。

 

 村についたコキュートスとシモベ達は、平伏する大勢の蜥蜴人(リザードマン)たちに出迎えられた。

 先頭にいる、真っ白な肌をした蜥蜴人(リザードマン)、クルシュ・ルールーが代表して、一歩前に出てコキュートスに挨拶をする。

 

「偉大にして至高なる死の王――アインズ・ウール・ゴウン様が治めておられる、ナザリック地下大墳墓、第五階層守護者、コキュートス様。蜥蜴人(リザードマン)代表、クルシュ・ルールーで御座います」

 

 頭を下げたまま抑揚の無い声で、クルシュは言葉を続ける。

 

「この地は偉大なる王、そして御身の土地で御座います。我々蜥蜴人(リザードマン)の忠誠をお受取りください。なんなりとご命令を……」

 

 シンと静まり返る

 大勢の蜥蜴人(リザードマン)がいるというのに、声一つ聞こえない。

 相手の言葉を待つ蜥蜴人(リザードマン)を余所に、コキュートスは眼前の蜥蜴人(リザードマン)たちを見回す。

 怯えて震える者や、力なく絶望している者たちは多いが、その中に敵意も若干名あることを、コキュートスはスキルで感知した。

 

(マズハ様子見カ……フフ。ドウ切リ込メバ効果的ダロウナ)

 

 互いに様子を伺い、出方を見ていた。

 コキュートスは考える。多くの蜥蜴人(リザードマン)は「逆らえば即座に殺される」という、敵うはずのない絶対強者を前に従おうとしているだけだ。そんなことは重々承知している。ここからどうするか――目の前の蜥蜴人(リザードマン)を見て、これが自分に任された使命の重さなのだと、改めて理解した。

 

「御苦労デアル、クルシュ・ルールー。皆、面ヲ上ゲヨ」

 

「ハッ!」

 

 一斉に蜥蜴人(リザードマン)たちの顔が上がる。

 多くの蜥蜴人(リザードマン)がコキュートスを視界に収めた。先程よりも強い感情をコキュートスは感じる。しかし、目の前にいる赤い瞳の蜥蜴人(リザードマン)。彼女が何を考えているかは読み取れない。

 

「ウム。私ガ、ナザリック地下大墳墓、第五階層守護者、コキュートスダ。出迎エ御苦労」

 

 手にしているハルバートが勢い良く地面を叩く。

 ドン!と、大きな音が鳴り、冷気が広がった。ビクリと身を震わせる蜥蜴人(リザードマン)の姿を確認し、言葉を続ける。

 

「デハマズ代表トシテ、内務ニ詳シイ者ヲ集メヨ。今後ノタメ、状況ヲ確認シタイ」

 

「ハハッ!」

 

 

 

 ――まずは情報収集さ

 

 コキュートスは友の言葉を思い出す。

 デミウルゴスが言うには、現状を把握するために様々な情報を収集することが第一で、そこから必要な物――足りない物を考える。足りないものに優先順位を付け、アルベドに申請すれば、ナザリックから援助を得れるだろう。と、アドバイスを受けていた。

 

(重要ナノハ最優先ヲ間違エヌコト――ダッタナ。本当ニ世話ニナル。私ガ、デミウルゴスニ恩ヲ返セル日ハ来ルノダロウカ。イヤ、今ハ邪念デシカナイナ)

 

 頭を振って、浮かんだ余計な考えを消し去る。

 コキュートスは祭司や族長たちが使う部屋に案内された。暫くすると、クルシュ以下数名が部屋に入って来る。その中にはコキュートスと剣を交え――死亡したザリュースが、蘇生したばかりの体にムチを打って、仲間に支えられながら席につく。そして蜥蜴人(リザードマン)全員が平伏したことを確認したコキュートスは、支配者として相応しい、堂々とした振る舞いを見せる。

 

「面ヲ上ゲヨ」

 

 部屋にいる蜥蜴人(リザードマン)全員の頭が静かに上がる。

 この面々が、これから先長い付き合いになる者達なのだろうと、コキュートスは思った。

 

「世辞ハ無用。クルシュヨ。現在ノ蜥蜴人(リザードマン)ノ状況ヲ簡潔ニ答エヨ」

 

「ハッ。現在、我々は……周辺5部族が全て集まっており、総数は900頭ほどでございます」

 

 ――お前たちがそもそもの原因だ。クルシュは言葉を心の底へしまいこむ。

 1380頭いた蜥蜴人(リザードマン)のうち、先の戦争で500頭近く死んでいるという事実は、クルシュの心を大いに蝕んだ。例えそれが、結果として、ザリュースの『口減らし』という思惑通りだったとしても、決して気持ちのいいものではなかった。さらにコキュートスは、クルシュ達に様々な質問を投げかけていく。

 

「周辺地理――」「食料――」「敵対する者は――」「繁殖のペースは――」

 

 …………

 

「ナルホド……。大凡ノ現状ハ理解シタ」

 

 部屋の奥に鎮座する蟲の王は、満足そうに大きく頷く。

 現在の蜥蜴人(リザードマン)は、元々300頭も居なかった鋭き尻尾(レイザー・テイル)の村に、5部族が集結しているため、食糧不足が最優先事項であり、次点で、住居が全く足りていないこと。この2つが、当面の大きい問題だった。戦力が低下した状態で、元いた村に戻れというのも酷であろう。それに、既に彼らはアインズの庇護下にある者達、決して粗末に扱っていい存在ではない。だが、どちらもナザリックの力を持ってすれば、いとも容易く解決してしまう内容であることは、コキュートスを安堵させた。

 

(当面問題ハ無イ。シカシ、統治トハ依存スルコトデハナイ――ダッタカ。彼ラガ、ナザリックカラ自立デキル環境ヲ作ルコトガ、私ノ最終目標ナノダロウカ? イヤ、忠誠心ヲ植エ付ケルナラバ――)

 

「……ートス様。お願いしたい義がございます」

 

 コキュートスが思案に捕らわれているところに、ザリュースが発言する。

 頷く動作でザリュースの発言を許した。

 

「先の大戦で御身と戦った、シャースーリュー・シャシャ、並びにゼンベル・ググー、それに……」

 

 ザリュースは決死の思いで死んだ部族長達の蘇生を懇願した。

 兄だから、友人だから――部屋の中には、ザリュースを嫌悪の目で見るものがいたが、間違いなく優秀な部族長達である。復活を望むものは多い。むしろ、ザリュースだけが復活した――そのことが、内部分裂の原因になるのではないかと、コキュートスは懸念していた。しかし、現在、ナザリックは様々な実験を行っており、その実験の一つに、転移世界の技術習得に向け、戦闘訓練も予定している。それに使うことを考えて、ザリュースの発言が無くとも、コキュートス自らアインズに進言するつもりだった。

 

「ザリューシュ・シャシャ。先ノ戦イハ見事デアッタ。ソレニ免ジテ、アインズ様ニ、私カラ進言ダケハシテミヨウ」

 

「ッ!? 本当でございますか! あ、ありがとう御座います!」

 

「……ウム。他ニ何カアルモノハイルカ?」

 

 部屋には、驚いている者達が多い。

 特に無い様子を見て、コキュートスは会議を打ち切るために立ち上がった。

 

「デハ、私ハ上ガッタ案件ヲナザリックニ持ッテイク。重要案件……食料ハ直グ輸送サレル故、皆ニ安心スルヨウ伝エヨ」

 

「ハッ!」

 

 

 つつがなく終了した会議。

 村の監視――警備として、既にナザリック・オールドガーダーが200体ほど周辺に配置されていた。念のため、己のシモベを指揮官に据えて、コキュートスはスクロールを一枚取り出し、伝言(メッセージ)を使う。

 そして、「イ、急ギナノダ……」と、往復+1回分を謝り、ナザリックに帰還した。

 




オリ設定
リザードマンの死亡数が500近くいるという話。

前回の反省からプロットと箇条書きのストーリーが存在します。
お陰で文章が長くなってしまうという謎展開。
『批判募集タグ』を付けました。思う存分詰ってください。狂い悶ます。

コキュの内務のお話は見たこと無い……と思うのですが
建国系のお話は大好物なのでご存知でしたら、是非ご一報ください
オバロも建国系? 10巻以降で内務のお話が出てから言ってください。

②で終わります


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悪魔と蟲 ②

あらすじ

コキュートスはリザードマンたちと話し合い、資材提供の申請書を作成した
作成した書類を提出するために、ナザリックに一時帰還したコキュートスは
デミウルゴスのアドバイスを受け、アルベドに直接申請書を渡すことにする
初めて出す申請書につく点数は如何に


誤字脱字あればおしえてください。


 

「0点よ。コキュートス」

 

 極めて冷淡な言葉がコキュートスに突き刺さった。

 女はそう言うと、彼から渡された申請書を目の前の机に放り投げた。机の上で散らばる紙を目の前にして、驚きのあまり、イスに座ったまま硬直していたコキュートスの意識が戻る。

 

「ナッ! ドウイウコトダ!?」

 

 勢い良く立ち上がり、コキュートスは声を荒げた。

 ガチンと、下顎が強い音を立てて、部屋に鳴り響く。それもそのはず、この申請書は蜥蜴人(リザードマン)たちとの会議で得た内容から、重要度の高い物をナザリックから提供してもらうために出したものだ。初めてとは言え、それなりの自信を持って提出した。だが、アルベドから酷評されることを予想しなかったわけではない。むしろ批判があったほうが今後のためになると、それ相当の覚悟を決めて出した物だからだ。

 

 ―ーそれが0点

 

 現在コキュートスは、ナザリック地下大墳墓の、とある一室にいた。

 そこの部屋は、かつて主人であるアインズと洗脳されたシャルティアの戦いを、アルベドとデミウルゴスと自分の3人で見た部屋だった。今日は皮肉にも、その時と同じ顔ぶれが揃っている。

 コキュートスが部屋に入った時、二人の悪魔が机を挟んで談笑していた。

 敬愛する主人の素晴らしさを語り合っていたそうだ。間が悪かった。と、先に六階層の畑を視察して、時間を改めようとしたところ、デミウルゴスに呼び止められたのだった。

 

「ふむ……。0点、ですか。私も拝見させてもらいますよ」

 

「タ、タノム……」

 

 とりあえず座りたまえ。と、催促され、コキュートスは座り直した。

 散らばった紙を集め、片手を顎に当てながら、申請書を確認していくデミウルゴス。コキュートスは蜥蜴人(リザードマン)との会議と申請書の内容を思い出しながら、自らの見落としを必死に探す。アルベドは紅茶を一口飲みながら、「もう何も言うことはない」ということなのか、ただ静かに座っている。

 

 しばらくすると、デミウルゴスが「なるほど」と、ポツリと呟いた。

 その言葉を聞いて、コキュートスの心臓が大きく跳ね上がる。

 

「さて、アルベド。私が説明してもかまいませんか?」

 

「いいけど……貴方の説明も採点させてもらうわよ?」

 

「これは恐ろしい……。誠心誠意、務めさせて頂きます」

 

 どこかおどけた様子で答えたデミウルゴスが、説明を始める。

 アルベドからの説明を封じたのは、彼なりの優しさなのだろうと、コキュートスは友からアドバイスを貰えることに、僅かに安堵した。

 

「では、コキュートス。幾つか聞きたいのだが、準備はいいかね?」

 

「ウ、ウム。大丈夫ダ」

 

 極めて困惑した状況のコキュートスに、回復の時間を与えながら、デミウルゴスはゆっくりと質問を始めた。

 

「まず、君が最優先としている、蜥蜴人(リザードマン)の食料問題だが、食糧支援が決まったんだね?」

 

「ソウダ、彼ラトノ話シ合イデソウ決マッタ、支援ヲ受ケナガラ解決策ヲ考エル予定ダ」

 

「……なるほど。食料生産はダグザの大釜(コスト)を使うことは知っているね?」

 

「ソレハ、ワカッテイル。ヒトツ生産ニ、金貨一枚ダッタナ」

 

「そうだね。では、その支援期間はいつまでかな?」

 

「ン? 彼ラガ自給自足デキルマデダ」

 

「その資金はどうするのかな?」

 

「モチロン――」

 

 何を言っているんだ。もちろんナザリックからだろう。そう言いかけたコキュートスは、言葉をつまらせた。なにか決定的なミスを犯したような気がしたのだ。その様子を見て、対面にいたデミウルゴスが、軽く頷いた。

 

「……気がついたようだね」

 

「シカシ! アインズ様ハ『足りないものは出す』ト!」

 

「私も覚えているとも。だが、君に許されたのは、あくまでも意見をまとめ、申請することであって、ナザリックの物を……使用する是非を決めるのは――アインズ様。そうは思わないかね」

 

「…………」

 

 絶句するコキュートス。

 つまり越権行為を行なったのだと、デミウルゴスは説明した。

 ナザリックの全ての在庫は、アルベドが管理しており、使用に関して、最終的な決定権はアインズにある。だが、コキュートスはそれを飛ばして、蜥蜴人(リザードマン)と約束してしまった。たかが900頭程度でも、数ヶ月に及んだ時の食料消費は、金貨数万枚以上かかることは想像に容易い。もちろん、申請すれば間違いなく許可が下りるが……創造主たちが蓄えた物を、それ以外の存在が勝手に使用することを、デミウルゴスは嫌った。

 

「まあ、そういうことさ。君に悪意が無いのはわかっているとも」

 

「……スマナカッタ。本当ニ申シ訳ナイ」

 

「わかってくれればいいさ。君が決定した――それ自体は、アインズ様がお喜びになることさ」

 

「ソ、ソウダロウカ……」

 

「そうだとも。あの時もそうだったろう?」

 

 背中の氷柱が、対面から見えるほどにうなだれたコキュートスを、「蜥蜴人(リザードマン)の集落の中のことなら、君の裁量で大丈夫さ」と、慰めるデミウルゴス。そこに、アルベドの淡々とした声が割って入る。

 

「それで終わりだというのなら……0点ね」

 

 カチャリと、紅茶のカップを置いた音が聞こえた。

 二人――デミウルゴスに向けられた声に、コキュートスはゴクリと喉を鳴らす。0点と言われたデミウルゴスは、軽く息を吐き出しながら、考える素振りを見せた。

 

「……なるほど……それはつまり、私が取り上げた問題が全く見当違いだと?」

 

「あら、それは100点よ」

 

 沈黙が訪れる。

 部屋の温度が急激に落ちた気がした。

 何故か喧嘩腰のアルベドの発言に、デミウルゴスの目が鋭くなる。互いに居合いの瞬間を狙うような、異様な空気が出来上がっていた。コキュートスが心配そうに二人を眺めている。

 

「是非、聞かせて貰いたいですね。重大な見落としを」

 

「ええ、いいわ。それは――」

 

「ソレハ?」

 

「――モニュメントよ!」

 

「は?」

 

「エ?」

 

 グッと握りこぶしを作って、ガッツポーズをするアルベド。

 宇宙人の手紙を見たような顔をしている二人を余所に、彼女は力強く説明を開始した。

 

「モニュメント! 勝利したのだから、まず作るべきはモニュメント――アインズ様の天を突くような巨大な像よ! それがあれば蜥蜴人(リザードマン)の忠誠心なんてすぐに得ることが出来るわ! これは最優先にもかかわらず、この申請書には無いし、あなたの説明にも出てこない……正気を疑うわ……」

 

 ――正気ヲ疑ウノハコッチノ台詞ダ。

 

 という素振りを、コキュートスは硬直したまま見事に表現したが、彼女には伝わらなかった。アルベドは出荷直後の豚を見るような目で、二人を見ている。

 

「アルベド……ソレハ――」

 

「それは素晴らしい!」

 

 ――エッ

 

 ソレハ本当ニ最優先ナノカ? というセリフを、コキュートスはギリギリで飲み込んだ。

 もちろん、コキュートスとて、主人の像が出来ること自体は大賛成だ。しかし、少なくとも現状を回復して、落ち着いてからでもいいのではないか? おまけに巨大すぎる。完成する頃には、蜥蜴人(リザードマン)たちは離散してしまうのではないか……と。コキュートスがそう考えている間に、気がつけば、デミウルゴスはアルベドに深く謝り、アルベドがそれを叱咤していた。

 アルベドという泥沼にハマったデミウルゴスは、自分に非を感じているせいか、「失念していた」「申し訳ない」を繰り返し、反論することが出来ないでいた。

 

(不味イ。コレハ不味イ。マズハ、デミウルゴスヲ助ケナケレバ……)

 

 コキュートスは友を助けるため、味方を得るため、アルベドに立ち向かう。

 

「アルベド……ソノ……像ハ決マッテイルノカ?」

 

「デミウルゴス。像があれば全ての存在がアインズ様を見ることが出来るわ。善政……え?」

 

「巨大以外ニ、ドノヨウナ像ニスルツモリナノダ? ト言ッタ」

 

「それは――もちろん、アインズ様が私を抱きかかえる像よ?」

 

「いや、それは無理でしょうね」

 

「なんでよ!?」

 

 こいつ今考えたろ。という一瞬の隙を突いて、デミウルゴスは、叱咤の滝壺から脱出した。

 墓穴を掘るとアルベドは極端に弱い。デミウルゴスはコキュートスを見て頷く。コキュートスも頷いてそれに答える。漢たちの熱い友情がそこにあった。二人はアルベドに切り込んでいく。

 

「像を作るのは概ね賛成ですが、当然、アインズ様一人の像にしましょう」

 

「ちょっ!私は王妃になる存在よ! 秘書官――」

 

「ソレガイイ。ソレニ、サイズモ不味イノデハ?」

 

「アインズ様は全てを見下ろすのよ! アインズ様より高い場所にいるなんて、断罪して然――」

 

「私もつい興奮してしまいましたが、隠蔽性がなさ過ぎます。残念ですが、等身大が妥当ですね」

 

「ちょっとあなたたち! 結託するなんて卑怯よ!」

 

 像を作る。

 それ以外がどんどん削り取られていく。アルベドは、カップに残った紅茶を一気に飲み干した。

 コキュートスは、もはや避けられない像の作成を、やむを得ないと受け入れ、大体まともになったことを見計らい、デミウルゴスに質問する。

 

「デミウルゴス……食料支援ニツイテハ、問題ナイダロウカ?」

 

「問題ないとも。無論、決めるのはアインズ様だが、安心していいだろうね」

 

「……あなた何しにこの部屋に来たのよ」

 

 この場では自分の希望が通らなくなったと悟ったアルベドは、急におとなしくなり、溜息をついた。妙な流れになったが、これで蜥蜴人(リザードマン)との約束が果たせる。と、安堵するコキュートス。

 

「さて、だいぶ脱線してしまいましたが……他は何かあるかね?」

 

 改めて書類を見るデミウルゴス。「……脱線じゃないわよ」と、ブツブツ呟くアルベド。

 書類には、食料支援の他に、住居用の木材――アウラが作成中の仮拠点で余った資材の提供や、周辺にいるモンスターのレベルに合わせた警備兵を要請する案、戦士階級の蜥蜴人(リザードマン)の蘇生と練兵などがあった。

 

「……イヤ、特ニ思イツカナイナ」

 

 腕を組み、考えるコキュートスを尻目に、アルベドが髪をかきあげ、口を開く。

 

「……いいかしら? アインズ様が、そろそろエ・ランテルからお帰りになる頃だわ」

 

「ムウ! モウソノヨウナ時間カ」

 

 終了を催促するアルベド。

 そのどこか急いている様子に、デミウルゴスが懐疑の目を向ける。この女が主人絡みのことをこれほどあっさり引き下がるわけがない――そう思った瞬間、デミウルゴスは声高らかに宣言した。

 

「……神殿を作りましょう!」

 

「は?」

 

「エ?」

 

「神殿です。偉大なるアインズ様の像を安置するための」

 

 二人は驚愕した。

 折角まとまりかけていたのに、ここで新案の御登場だ。流石のコキュートスも苦言を呈する。もうこれ以上、復興に差し障りのある案件はゴメンだった。しかし、デミウルゴスの強行姿勢は変わらない。

 

「イヤ、シカシダナ、人材ト時間ヲ他ノ案件ニ……」

 

「そうよ! 神殿なんて、どれだけコストがかかると思っているの!」

 

 天をつくような巨大な像はいいのだろうか?

 自分の事を棚に上げて、相手を非難するアルベドに、コキュートスは戦慄した。デミウルゴスの案には驚いたが、彼は常に冷静沈着の優れた存在だ。そのデミウルゴスが強行するほどの理由があるはずだ。と、コキュートスは考える。

 

「悪いことは言わない。申請案に加えるべきだ。像のサイズに合った(・・・・・・・・・)神殿の作成を」

 

 ギリリと歯ぎしりをするアルベド。

 デミウルゴスは気がついたのだ。アルベドが主人に申請書を渡す際に、「コキュートスから巨大像の申請があった」と偽造し、何がなんでも自分の案を通そうというつもりなのだろう。それは、越権行為を軽く通り越し、ただひたすら狂っていた。コキュートスの主人からの評価も著しく落ちる。とは言え、流石のアルベドも、申請書を丸々加筆修正するほど狂ってはいない――――はず。だからこその神殿作成。像の全長に限界点を設ける事ができる。――彼女が、巨大像に下駄を履かせようとしなければ。

 

「決めるのは……コキュートスよ」

 

 女から出たとは思えないような、呪いの声が聞こえた。いや、女だからこそ出せた声なのかもしれない。アルベドは自分の眉をビクビクと痙攣させながら、阿修羅像の如き真顔でコキュートスに選択を迫る。狂気のオーラを放つアルベドに対して、コキュートスは白い冷気の息を深く吐き出し、心を落ち着かせようとする。

 

「なに、申請さ。どうするかはアインズ様がお決めになる」

 

 そう言ってくれるデミウルゴスの言葉で、気持ちが少し和らぐコキュートス。だがもしかしたら、それはアルベドへの煽り言葉だったのかもしれない。そして、コキュートスは考えぬいた末、一つの決断を申請書に記す。

 

 

 神殿作成――と。

 

 

 こうして、無事、ほぼ全ての案の許可が下り、蜥蜴人(リザードマン)の集落は急ピッチで発展していく。

 定期的に輸送される十分な食料。大量の木材で次々と建てられる家々。巡回する強力なアンデッド兵。蜥蜴人(リザードマン)の誰もが「なんでこいつらが働いてるんだ?」と、疑問を浮かべながらも、大いに喜んだ。

 

 コキュートスは会議を熱心に行い、持ち前の武人気質をさらけ出していった。その竹を割ったような性格は、蜥蜴人(リザードマン)たちの、強者に従う本能と相性が良かったらしい。最近では談笑するほどに受け入れられていった。

 

 そして、集落から少し離れた場所では、スーツ姿の悪魔が、櫓の上で設計図を広げ、神殿の建設を陣頭指揮している。その周辺で、マーレの魔法で生み出された石材を綺麗にカットする悪魔たちや、巨大な石材を次々と運ぶストーンゴーレム達がいる。まるで、角砂糖を運ぶアリのような行列が出来上がっていた。その神殿は、完成後に式典が催され、アインズも出席する。そこでデミウルゴス会心の力作であろう、アインズ・ウール・ゴウンの神々しい等身大の像が安置されることとなっている。きっと式典では像が光り輝くだろう。

 

 遠くで次々と積み上げられていく石材を眺めながら、コキュートスがポツリと呟いた。

 

「……負ケラレヌナ」

 

「コキュートス様、如何なされました?」

 

生簀(イケス)ヲ完成サセルト言ッタノダ。行クゾ! シャースーリュー!」

 

「ハッ! 畏まりました」

 

 コキュートスは、自分の後ろに続く蜥蜴(リザードマン)たちを従え、足早に歩き出した。

 

 

 

 




支店長が調子に乗って見切り発車したら、
「会社の金はいつからお前の金になった?」と、総務課から割りと本気のお怒りを貰ったという話を元にしたものです。

いつの間にかお気に入りが100を超えていて驚愕しました。
非常にニッチな作品ですが、楽しんで頂けたのなら幸いです。
あと新刊発売ヤッター

※10巻の内容からマーレに石作成の魔法を元に神殿を作ってもらいました。


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悪魔と闇妖精

あらすじ

マーレはエントマと共に、八本指の館の一つを強襲した。
その中で、運良く重要人物を発見し、捕獲することに成功する。
後始末はエントマに任せ、足早に帰還するマーレの運命はいかに

※マーレのせいじゃないんですが、R-15+残虐になりました。ご注意ください。
※オリジナルキャラと、オリジナル設定が登場します。ご注意ください

誤字脱字あれば教えて下さい


 夜の王都を、高速で飛行する集団があった。

 不可視化の魔法を使用し、高位の禍々しい悪魔を従えた少年は、与えられた作戦を遂行するため、樹木の葉を集めたような短いマントを風でなびかせながら、大急ぎで集合地点へ向かっている最中だった。

 

 決して遅れてはいないが、早いことに越したことはない。

 少年――マーレは、この作戦の重要性を指揮官であるデミウルゴスから伝えられ、よく理解していた。少女と見間違えるような、あどけなさがあるマーレであるが、その表情は目的達成に向け引き締まり、決意に満ちている。

 

(……あれはすごかったなぁ)

 

 館であった出来事を思い出しながら、チラリと後ろを振り返る。沢山の荷物を持ったシモベの悪魔たちの中の一つに、その屈強な腕に抱きかかえられた人間がいた。それ(・・)は歯をガチガチと鳴らしながら、死体のように体をだらりとしている。

 

「あ、あのっ! 生きてますか?」

 

 そんな様子に、急に不安を感じたマーレが近づいて問いかけた。

 人間はとても壊れやすい生き物なのである。ちょっと小突くだけで壊れてしまうし、場合によっては、何もしなくても、気がつけば死んでいることがある。念のため、折れていた足は治したし、まだ口元は動いているので、生きていることはわかるが――次の瞬間に死んでしまうかもしれない。そんなことになっては、とても困るのだ。

 

 この人間は重要人物として護送中だが、デミウルゴスの指示では「もしいれば連れて来て欲しい」程度の指示でしか無かった。しかし、万事うまく行けば、主人にきっと褒めてもらえると思っている。

 

「…………!」

 

 問いかけられ、ビクリと身を震わせたそれは、顔を下に向けたまま、目玉だけをぐるりと声のした方に向ける。立て続いた恐ろしい体験に、体をまともに動かすことが出来ず、マーレに向けようとした顔もガクガクと震えてしまう。

 

「<獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>」

 

 返事のない人間に対して、マーレは恐慌状態を回復させる魔法を使った。

 今までダラリとしていた手足の動きを確認するような素振りを見せたあと、体をバタつかせて、慌てて喋り出した。

 

「……っあ、わ、わたしっ」

 

「良かった。も、もうすぐです」

 

 それの生存を確認したマーレは、にっこり笑うと、集団の先頭に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、地上にいる沢山の悪魔たちが視界に映った。

 彼らは、大きな異空間の扉、転移門(ゲート)を何度も往復して、アリのように荷物を移動させている。彼らを陣頭指揮する細身の悪魔に、巨体の悪魔が耳打ちしているような様子が見える。

 

「あ、あの、下ります」

 

 その集団から若干距離を取り、不可視化を解除して着地する。

 自分たちを取り囲むように配置された強靭な悪魔たちが、マーレたちに向けて殺気を放つ。ゲートの付近にいた銀髪の少女の真紅の槍が、風を切って唸る。その場に居た全ての悪魔の注目を浴びたマーレは、大切な杖を持ったまま、自分の両手を高く真っすぐ伸ばして、Vの字のポーズをとる。後ろに控えたシモベたちも、抱えた荷物を降ろしてマーレと同じ行動をとった。

 

「え、えっと、あの、デミウルゴスさん、終わりました!」

 

 元気のいいマーレの声を聞いて、指揮官のデミウルゴスは、満足そうに頷いた。

 

「おかえり、マーレ」

 

 警戒が解かれ、シモベ達も作業に移るように指示をだす。マーレの報告を聞くデミウルゴス。まだまだ作戦は始まったばかりであり、油断は出来ないが、計画が遅滞なく進むことは良いことであった。

 

「……端的なことは、君から<伝言(メッセージ)>で聞いたが、あとはエントマを待つばかりだね」

 

「は、はい。そうです。えっと、……いけなかったでしょうか?」 

 

 エントマを館に残す際に、<伝言(メッセージ)>で確認したマーレであったが、最後まで残ったほうがよかったのかと、首を傾げ、不安そうに尋ねた。それを見たデミウルゴスは片手を振り、鷹揚に答える。

 

「問題ないさ。その可能性を考慮して、<伝言(メッセージ)>を使える彼女を君につけたんだからね。戦闘に入る可能性が高いが……彼女なら問題無いだろう」

 

「そ、そうですよね。良かった」

 

 不安が払拭され、ため息を出すマーレ。頬を緩ませ、安堵の表情を見せた。

 エントマは支援職ではあるが、虫を呼び寄せ、使役して戦うため、様々な場面の対応力に富んでいる。状況次第では、現地世界の強さもわかるだろうと、デミウルゴスは目論んでいた。

 

「……さて」

 

 二人の視線が、地面で身を震わせ、瞠目している人間に移った。

 拘束されているわけでもないのに、逃げようともせず、ただ震え続けている。

 デミウルゴスは微笑し、じっと見つめている。

 

 状況は全く掴めないが、何をしても無駄なのだということだけは、ハッキリと理解できる。

 悟りのような考えが、彼女の胸にストンと落ちた。妙に静かな自分の心に驚く。

 

――これが、悪魔なのね。

 

「では、自己紹介をお願いできるかな? さあ」

 

 呆けている自分に、静かな口調で悪魔が語りかけた。

 紳士的な立ち振舞い、迷子の手を取るような優しさ、目の前の存在が悪魔であることを忘れさせられる。

 

「ヒルマ……。わたしの名前は……ヒルマです」

 

「いい名前だね。本当なら、もっとじっくり君と話をしたいところなのだが、流石にそこまで時間が無いのだよ。申し訳ない」

 

 心底残念そうに苦笑するデミウルゴスを見て、ヒルマは、思わず笑みがこぼれた。

 ここに来て、ようやく会話ができる相手を得たことから、安心感が急に湧いてくる。彼の声をずっと聞いていたい気分だった。

 

「……わたしは、どうなるの」

 

「まず安心して欲しい。君の生命の安全は私が保証しよう。私が信頼してる者に、君の相手をさせるよ。その上で、我々のために働いてもらう予定さ」

 

「働く? ……へ、へえ、そうなの」

 

 ヒルマは少しづつ正気を取り戻しつつあった。

 なんとか呼吸も落ち着いてくる。ようやく思考も回復してきた気がする。よくわからないが、彼らは自分を利用したいらしい。ならそれなりの待遇があるだろうと、淡い期待を抱く。

 

「状況が飲み込めないのはよく分かる。時間的に、休んでいたんじゃないかな?」

 

「そ、そうよ! 私が寝ている時に突然この子が来て――」

 

「あ、あの、えっと、どうするんですか?」

 

 自分が喋っているところを邪魔されて、ヒルマはマーレを恨めしそう睨む。

 それを意に介さず、デミウルゴスが答える。

 

「今回は大量の人材を得られたからね、彼女は残して王都の組織運営に役立ってもらうよ。だから、調教はニューロニストに任せるつもりだが、何かあるのかな」

 

「で、でしたら、恐怖公にお願いできませんか?」

 

「彼にかい? しかし、彼は専門じゃないだろう」

 

 何を話しているかわからないが、自分の今後のことに関わることなのは間違いない。ヒルマは話し合う二人を交互に注視した。

 

「そ、その、エントマさんが、掃除に使ったスキルが凄かったんです」

 

「ああ、確か蟲吐きだったかな?」

 

「は、はい。どんどん増えて凄いなって思ったんです」

 

 上目遣いでオドオドしながらマーレは提案した。

 エントマのスキル――蟲吐きは、彼女の切り札だ。一匹ごとの攻撃力は低いが、効果範囲いるものをエサにして産卵し、大軍を作るほどに増え続ける肉食蠅を召喚する。館で全身を虫に覆われながら、死ぬまで少しづつ食われ続けてる人間たちを見て、マーレは閃きを感じていた。それは確かに、恐怖公の眷属が大量にうごめく、ブラック・カプセルと呼ばれる部屋の状況とよく似ている。

 

「……素晴らしい」

 

 悪魔は感嘆の声をあげた。

 なぜ、自分は思いつかなかったのか? 盲点だった――と、首を振りながら考えるデミウルゴスの顔には、溢れるような愉悦の表情が浮かんでいる。顔が裂けんばかりの極上の笑顔は、そこに人間を投じたときのことを想像しているのだろう。今度自分もやってみよう。あと7、いや、6人もいるんだから。

 

「デミウルゴスさん?」

 

「ああ、すまないね。君の好きにするといい」

 

「え? い、いいんですか? ありがとうございます」

 

「そもそも、これは君の手柄だからね。私がするのは筋違いというものだろう」

 

「……ちょっとまって! イヤよ! この子はイヤ!」

 

 ヒルマは抗議の声を上げた。

 マーレに左足を骨が出るほど砕かれ、頭を鷲掴みされて引きずり回された事を思い出し、彼女は身震いした。いくらデミウルゴスが友好的な振る舞いをしているといっても、周りは悪魔だらけの状況で、これだけ声を張り上げれるなら大したものである。そんなヒルマの様子を見て、デミウルゴスは、うんうんと、嬉しそうに頷いた。

 

「先程も言ったが、命は保証するよ」

 

「せ、せめて他の人に」

 

「マーレ、人間は死にやすいから気をつけるんだよ。預けたら戻ってきておくれ」

 

「……なによそれ。わたしの安全は――」

 

 『死』その、ありえない単語を聞いて、ヒルマは絶句する。

 デミウルゴスの意識から外れた時、もうそこに、ヒルマという存在はいなかった。

 

「は、はい。えっと、恐怖公にちゃんと伝えます」

 

「良い返事だ。回復用の拷問の悪魔(トーチャー)は、ニューロニストから借りるといい。私が連絡しておこう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げるマーレ。

 これから、どのようなことが待っているかわからないが、ろくな展開があるわけない。そう思った時、ヒルマは二人に背を向けて逃げ出した――が、次の瞬間、激痛が走る。

 

「あああぁぁぁぁああ!! まっまた!!」

 

 悲鳴をあげながら転げまわる。

 逃げようとしたぶん、勢いがつき、転がったせいで余計に痛みを感じる有様だった。

 今回は骨こそ飛び出なかったが、右足の膝の下に、新たな関節が一つ出来ている。そして、浅はかだったことを後悔する間も与えず、マーレの手が自分の頭に伸びてくる。

 

「に、逃げちゃダメです。じゃあ行きます」

 

 館での出来事を再現するように、マーレは、むんずとヒルマの髪の毛を鷲掴みして、<転移門(ゲート)>に向かって走りだした。引きずられ絶叫するヒルマを、全く意に介さず走り続けるマーレ。

 そんな二人のやりとりを、周囲の悪魔たちは微笑ましく思い、温かな目で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。なるほど、なるほど」

 

 マーレからの説明を聞いた、直立する30cmほどのゴキブリが頷いた。

 その動きに合わせて、頭の上の黄金の王冠が大きく動く。マーレは。自分の後ろに2人のシモベを控えさせ、ゴキブリと話していた。

 

 ナザリック地下大墳墓――第二階層

 

 その階層のとある場所に、通称『ブラック・カプセル』呼ばれる部屋がある。

 ユグドラシルのゲーム仕様で再現されている、視覚、聴覚、そしてもう一つ、――触覚がある。その触覚を利用した――ようは、部屋を埋め尽くす大量のゴキブリが、入ったプレイヤーに襲いかかり、その刺々しい触感で、精神的なダメージをひたすら与え続け、士気減退を狙った罠部屋である。ナザリックの構造は力強さよりも、こういった精神面に訴えかける作りをしていた。

 

 鈴木悟のいた現実世界は、すでに人工肺がなければ生きていけないほどに、自然破壊は進んでいたが、ゴキブリという自然生物は、その有り余る自然のまま、人類に嫌われ続けて逞しく生存していたがゆえの、ゴキブリ部屋であった。

 

「マーレ様が人間を連れて来た時は、何事かと驚きましたが、そういうことでしたか」

 

「え、えっと。そうです。この人が逆らわないように、しばらく中から食べ続けて欲しいんです」

 

「あの眷属食いと似ていると言われるのは……気になるところですが、承りましたぞ」

 

「眷属食い? あ、あの。これが死ぬ前に回復させてください」

 

 マーレがそう言うと、跪いた拷問の悪魔(トーチャー)たちが、目の前の直立するゴキブリに対して挨拶をする。

 

「恐怖公。治癒魔法はお任せください。我らは、そのために存在しております」

 

「うむ。これは頼もしい。特別情報収集官(ニューロニスト)殿に、礼を言わねばなりませんな」

 

 悪魔の中でも珍しい、神官職を習得したトーチャーがいれば、おおよそどんな拷問でもすることが出来る。そう、永遠に。

 しかし、今回は拷問が目的ではなく、従わせるため、逆らわないようにするためなので、同じことをひたすら繰り返して、恐怖心と忠誠心を植え付けることを目的としていた。

 

「あっあの! なにをするの」

 

 ヒルマが突然叫んだ。

 これから起こることは、たった今、マーレが恐怖公に説明したが、そのあまりに受け入れがたい内容に声を上げてしまった。ほんの少しでも状況を打破したい、そんな可愛らし願いだった。マーレは、チラリとゴキブリ――恐怖公を見る。上位者であろうマーレの意思を理解したのか、恐怖公は軽く会釈して、一歩前に出た。

 

「ではマーレ様、後のことは我輩にお任せあれ」

 

「は、はい。じゃあ、よろしくお願いします」

 

「まって! さからったりしない! だからたすけて!」

 

 マーレは足早に部屋を出ようとした。

 ヒルマは手を伸ばして、マーレのスカートをつかもうとした瞬間、トーチャーに腕を捕まれて阻まれた。マーレが退室し、パタンと扉が閉まる。嗚咽を洩らしながらマーレを見送ったヒルマは部屋に残された。折れた足も、乱れた髪も、今の彼女にとって、これから起こることに比べたら、どうでもいいことだ。自分の腕を掴んだトーチャーは、黒色の覆面であるため表情は分からない。しかし、発する言葉には、怒気がありありと含まれている。

 

「貴様如きがマーレ様に対して馴れ馴れしい。身の程を――」

 

 恐怖公が手に持った王笏で床を力強く叩き、甲高い音を響かせた。

 それを聞いたトーチャーは、腰の作業道具の一つを取り出す動きを止めた。

 

「待たれよ。それを任されたのは我輩ですぞ」

 

「し、失礼いたしました! お許し下さい……」

 

 トーチャーは深く頭を下げ、平伏した。

 

 ヒルマはゴキブリを凝視する。

 王冠と真紅のマント、そして王笏を持った目の前のゴキブリを筆頭に、部屋一杯に大小様々なゴキブリで満たされている。床が見えるのは自分たちのところだけだった。部屋に入り灯りがついた瞬間、目の前のおどろおどろしい状況に全身の力が抜け、気絶しそうになった。何故気絶できなかったのか? それは、トーチャーが絶妙なタイミングで、獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)の魔法を使ったため、取り戻したくない正気を取り戻したせいだ。いっそ狂ってしまったほうが、どれほど楽か。

 

「ご婦人。改めて自己紹介しましょう。我輩は恐怖公と申します。短い間ですがお見知り置きを」

 

「さからいません! おねがいします! どうか、どうか!」

 

 この部屋でゴキブリに食われ続ける。

 死にかけたら回復する、狂いかけたら正気に戻す。それを繰り返すという。ヒルマは必死に懇願した。ゴキブリに頭を下げている姿は滑稽だが、体裁などどうでもいい。会話ができるなら説得の道もあるはずだ。

 

「ふむふむ。すでにかなりの恐怖に縛られているご様子」

 

「そ、そうです。ごうもんのひつようはありません! おやくにたちます!」

 

「……ふむ」

 

 恐怖公は深く考える素振りを見せた。

 僅かに見えた光明に、希望を感じるヒルマだったが、ここは黙るしか無い。もしここで騒ぎ立てれば、相手を怒らせるだけだ。娼館で長く働いた彼女は、そういった機微をよく理解していた。たとえ、相手がゴキブリであっても。

 

 静かな部屋に、ヒルマの荒い息遣いだけが聞こえていた。

 ヒルマが少し落ち着いた頃、方針を決めたのか、恐怖公が大きく頷いて、ヒルマにそれを伝える。

 

「では、ご婦人。貴方はどうやってそれを証明しますかな?」

 

「それは、これからの――」

 

「いやいや。今ここで見せなければいけませんぞ」

 

 目の前のゴキブリの王は、手と思える部分を左右に振りながらヒルマの言葉を遮った

 今ここで忠誠を証明できれば助かる。逃げることは叶わないが、少なくとも拷問は受けないで済む。必死にヒルマは考える。

 

「……くつ」

 

「くつ?」

 

「靴を舐める……とか」

 

 しばし静寂が流れる。

 そして、目の前のゴキブリから大きな笑い声が上がった。トーチャーたちも堪え切れなかったのか、含み笑いを漏らした。これから凄惨なことが待っているにもかかわらず、ヒルマは顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。その様子を見て、恐怖公は嬉しそうに結論を下す。

 

「なんとも可愛らしいですな。しかし、それでは証明にはなりませんぞ」

 

「じゃ、じゃあ何を――ヒッ!?」

 

 ザワリと大きな音が聞こえて、部屋が歪んだ。

 部屋中のゴキブリが動き出し、灯りを反射して黒光りしたゴキブリたちが、部屋の中で渦を作るように動いている。ヒルマの足を伝って、大きいゴキブリが、タワシで足をなぞるような感触を与えながら駆け上がってきた。

 

「い、いや!」

 

 両手で足のゴキブリを払う。折れた右足から激痛が伝わるが、気にしている場合ではかった。

 ドアから逃げようと、マーレが出て行った場所を振り向いたが、部屋のすべてがゴキブリで満たされている。逃げようものなら、ゴキブリのベッドに飛び込むようなものだった。

 

 ヒルマは、力なくその場でへたり込み――泣いた。

 逃れられぬ運命を理解し、口をぽっかりと開けて呻き声を上げる。そんな様子のヒルマは、トーチャーに抵抗なく持ち上げられ、床に大の字で固定された。トーチャーはヒルマの口を無理やり開くと、金属製の開口器を取り付けた。

 

「さ、いきますぞ。……おっとその前に、――トーチャー」

 

「畏まりました。<獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>」

 

 自分の頭の中が急に鮮明になった。

 魔法の力が目の前の状況を正確に理解させてくれる。ヒルマは体をビクンと跳ねさせる。そこから大きく動こうとしたが固定されて動かない。そんな彼女を前に、ゴキブリの王が手に小さいゴキブリを持って、口元にその手を近づけてくる。

 

「では改めて、まず少し小さい者からいきますぞ」

 

 その声とともに、開口器で閉じれない口の中にゴキブリが放り込まれた。

 逆さに入ったゴキブリが、ヒルマの舌の上で羽を広げてバチバチと舌を叩き姿勢を正す。触覚で口の中を理解したゴキブリは、その刺々しい足を巧みに動かして奥を目指そうとするが、ヒルマの息と舌に阻まれる。彼女は頭を振り回そうとしたが、トーチャーの万力のような力で抑えられて動かない。彼女は声にならない声を上げた。

 

「う゛おおぉぉおお! ぉお!」

 

「うーん。もう少し大きいほうがよかったですかな? この手のことは初めてで」

 

「恐怖公。では、次に大きい者を投じれば宜しいかと」

 

 必死に吐き出そうとしているヒルマを気にも留めず、打てば響くようなトーチャーの的確な拷問のアドバイスに、恐怖公は大きく頷頷いた。ヒルマの顔の周りには、恐怖公に選ばれるために大小様々なゴキブリが集まり、まるで何重にも折り重なった黒真珠のネックレスのようになっている。この部屋で黒以外といえば、トーチャーの腕と自分の顔、それ以外はすべて蠢く黒で埋まっている。気がつけば、食道に入った最初のゴキブリが胃を目指して走っていく。

 

「なるほど! では次はこの者を――」

 

 先程よりも数倍大きいゴキブリが放り込まれた。

 マーレがその部屋をノックするまで、約三日間それは続いた。

 

 




不死王の出生の話を考えていたら、
何故かヒルマさんの話ができてしまいました。
よくわかりません

ゴキブリって足から登ってきてアレの場所で落ち着こうとしますよね。
ホント嫌いです。ゴキブリネックレスはガチで存在するそうです。

トーチャーさんにはライオンズ・ハートを使ってもらいました。オリジナルです。
でもやっぱり精神がぶっ壊れないための精神支援系魔法習得してるんじゃないかーと。
そのほうがリセットしながら遊ぶ事ができると思うんですが……どうなんでしょう?

マーレがメッセージ使えるかどうか不明な段階(巻物使っても使えない可能性が高い)にもかかわらず使ってもらいました。オリジナル……魔法関連は全部オリジナルです。


獅子のごとき心(7巻)
獅子ごとき心(4巻とweb)
頭痛い、角川の編集ちゃんと仕事して

10巻にヒルマさん出てきてくれて嬉しい。
この話書いた甲斐があったというもの。しかも固形物が食べれない。
最高です!


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悪魔と闇妖精 その②

あらすじ

トブの大森林を支配したナザリックは、その地で生息する様々な生物を
ナザリックの第六階層に招いて地上の楽園を作ることを模索し始めた。
アウラはともかく、弟に外部の存在の教育なんてできるわけがない。
アウラの運命は如何に

※マーレは一切出てきません

誤字脱字あればおしえてください



 ナザリック地下大墳墓 第六階層――ジャングル

 

 至高の41人に自然をこよなく愛する男がいた。

 彼の自然への飽くなき情熱、汚染した現実世界への怒り、緑への渇望ともいえる感情を体現した世界が、第六階層の天と地の全てに広がっている。ナザリックで最も広く大きいこの階層には、深い森と湖、美しい星空、地下とは思えぬ吹き抜ける爽やかな風、ローマのコロッセウムを模して作られた円形闘技場、そしてそれらを一望できる巨大樹がそびえ立っていた。

 

 アインズがナザリックと共に、別の世界に転移してしばらく経ってから、第六階層には新しい建設物が出来ていた。それは村である。緑深い森の中で、ぽっかりと穴が空いたような区画があり、完璧に整地されたその場所で、伐採した木で作ったのであろうログハウスが10軒ほど綺麗に並んでいる。村の右側には畑が、左側には畑の数倍の面積がある果樹園が広がっていた。

 

「……んっ、うん!」

 

 畑には栽培されている植物が、種類ごとに畑を分けて、綺麗に並んでいる。

 土から青々とした葉を広げて見せている植物――マンドレイク畑の前で、期待に胸を膨らませる4人の人物がいた。スーツを着た悪魔、巨大なハルバートを持った水色の蟲、ワインコルクに赤い斑点をつけたようなキノコモンスター、そして、褐色の肌に金髪の闇妖精(ダークエルフ)の少女が並んで立っている。緊張しているのか、少女は軽く咳払いをすると、すぅと息を吸い込む。着ている白地のベストの胸の部分が少し膨らんで、黄金色のドングリのネックレスが揺れた。

 

「――アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

 突然、畑に異変が訪れる。

 その言葉に反応したのか、目の前の植物たちが一斉に、もこもこと自ら土を掘り起こして全身を露わにする。朝鮮人参を髣髴とさせる姿は、葉の付いている茎――頭部を大きく揺らしながら、根の部分である太い胴体と手足を使って、埋まった状態から、文字通り抜け出してきた。

 

「アイゴー!」

「アイゴー!」

「アイゴー!」

 

 人参のような姿をしたマンドレイクたちは、合図を出した者の前に次々と整列しながら、教えてもらった言葉で鳴いている。その声を聞いて、4人の期待感が一気に無くなり、雰囲気が暗いものに変わった。

 

「……アウラ、これは」

 

「あーもう! デミウルゴス、違うんだって! この前は上手くいったんだよ」

 

「……酷イモノダナ」

 

「ちょっ! コキュートスまで!?」

 

「アウラ様、これは……一番出てはいけないケースが出てしまいましたね」

 

 群がるマンドレイクたちを前に、アウラは片手を腰に手を当て、目頭を抑えながら「うー」と唸った。せっかく珍しい顔ぶれが揃って、初のお披露目だというのに、練習――教育の成果を出せなかったアウラは赤っ恥だ。恨めしそうにマンドレイクたちを睨むがどうしようもない。なんとか取り繕いたかったが、「最初の頃はアゴだったんだよ。成長したと思わない?」とは言えない。惨めすぎるので流石にやめた。

 

 そんな彼女の気持ちを全く考えれないマンドレイクたちは、甲高い声で「アイゴー」「アイゴー」と鳴き続ける。己の恥を丸出しにしてるような気分になり、アウラは両手で顔を隠しながらしゃがみこんだ。褐色の耳の先まで真っ赤になるほど赤面してしまう。

 

「アバババババババ!」

 

 アウラの気持ちを知ってか知らずか、デミウルゴスが、人参を持ち上げるように一匹捕まえて、まじまじと観察する。すると、整列していたマンドレイクが列を乱して、デミウルゴスの足元に集まり、悲鳴をあげるように全員が鳴き出した。

 

「アイゴーーーー!」

「アイゴーーーー!」

 

 ――なんの拷問だよこれ!

 

 アインズの命令で、トブの大森林からナザリックに移住したものは多い。

 その条件は、『温厚であり、食費がかからず、異形種であること』この条件を満たす者の筆頭は、光と水さえあれば増える植物モンスターや、妖精(ピクシー)などの低位の精霊族が該当する。実際、畑の反対側にある果樹園では、木のモンスターのトレントたちが、ドライアードと一緒にリンゴ農園の世話をしていた。例外として、蜥蜴人(リザードマン)が10人暮らしている。

 

「『静かにしたまえ』」

 

 騒いでいたマンドレイクたちが、一斉に静まる。

 デミウルゴスは、自分の<支配の呪言(スキル)>が通じることを確認すると、更に命令を出す。

 

「『「アインズ・ウール・ゴウン万歳」と言え』」

 

「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

「……わーすごーい」

 

「……ホウ」

 

「おお、流石ですね」

 

 先程までとは打って変わって、一糸乱れず「アインズ・ウール・ゴウン万歳」を唱和するマンドレイク。その見事な動作を見て、アウラたち3名は感嘆の言葉を漏らす。自分がやりたかったのに。と、アウラは顔の半分を両手で隠しながら質問する。

 

「……ねえ、そのスキルずるいよ」

 

「いや、そう言われてもね……。まず、彼らは言葉を理解して発声できている。しかし、あくまでも音として認識しているだけで、これは鳴き声と同じなんだろうね」

 

「ふーん。やっぱデミウルゴスもそう思うんだね。まあ、それはわかってたけどさ……。とりあえずもう戻していい?」

 

 一刻も早く恥の原因を穴に仕舞いたいアウラに、デミウルゴスは頷いて答える。

 

「『自由にしろ』」

 

「よーし、戻れ!」

 

 スキルによる支配が解かれ、アウラの合図で畑の元いた穴に向かって走りだすマンドレイクたち。

 ダバダバと穴に入って、自分の周りを土で覆っていく。あっというまに葉が出ているだけの状態に戻っていった。

 

 状況が落ち着いて、ひと安心したアウラは、ため息を漏らした。

 風で揺れるマンドレイクの葉を眺めながら、畑の柵に腰掛けて頬を膨らませる。そばに居た副料理長が、頭をブヨブヨ動かしながら「残念でしたね」と言ってアウラを慰めた。第六階層という自分の領域で失敗してしまったことに、バツが悪くなる。

 

「アウラ、私ハ果樹園ニ向カワセテモラウゾ」

 

「え? あ、わかった」

 

蜥蜴人(リザードマン)ハ果実モ食ベル。養殖ハ順調ダガ、別ノ食料生産モ考エタイカラナ」

 

「そうなんだ。木が必要になったらまた言ってね。余分なのはまとめてあるからさ」

 

「……助カル。今日ハ面白イモノヲ見セテクレテ感謝スル。デハ」

 

「……うん。いってらっしゃい」

 

 コキュートスは下顎を鳴らしながら、果樹園に向かって歩き出した。

 手をヒラヒラと振りながら、コキュートスを見送ったアウラだったが、どういう感情表現をしようかと怪奇な表情を浮かべる。

 

「あー、アウラ。コキュートスは本当に感謝しているんだよ」

 

「うん。わかってる。わかってるよ」

 

 柵の上でこくこくと頷くアウラ。

 コキュートスに助け舟をだしたデミウルゴスに対して、この二人は仲いいよな―と、ちょっとうらやましく思った。足をぶらつかせながら、次の機会までに何とか覚えさせようと決心する。

 

「ところでデミウルゴス様、マンドレイクが言葉を理解しないのは何故なんでしょう?」

 

 キノコの頭部で、キラリと光る赤い斑点がデミウルゴスを映す。

 全く表情の読めない副料理長との質問に、アウラも興味を示す。それは今後の特訓内容に関わる重要なことだ。……と言っても、ひたすら呼んでは戻すの繰り返しに変わりは無いのだろうが、アウラはデミウルゴスをじっと見つめる。

 

「推測の域を超えないが、単純に知性が足りない可能性が高いね」

 

「それって頭悪いってことなんでしょ?」

 

「というより、知性(インテリジェンス)の数値が低いんだと思う。どのくらいの数値から言語理解が働くかはわからないが、彼らを見る限り、教えられた音をオウム返しに発声しているだけで、言葉に意味があることは理解していないのだろう」

 

「……オウム返しもしてくれないんだけど」

 

「それは彼らの知性が、言語理解力ギリギリのラインなんだと思うよ。私も牧場の羊たちで検証してみるよ」

 

 デミウルゴスの説明を聞いて頭痛がしてくる。

 トロールでさえ、片言で会話が可能であるにもかかわらず、マンドレイクたちの反応を見ると、犬や猫程度か、それ以下の知性しか持っていないということになる。つまり、殆ど知性のない動物と同じだったということだ。オウム返しというなら、オウムと同じくらいなのだろうか? エサを与えながら訓練しようか? そう考えたアウラだったが、右手にムチ、左手に腐葉土入りのバケツを持ってる自分を姿を想像して、バカバカしくなってきた。

 

「……そうなんだ。なるほどねー」

 

 またしても深い溜息をつくアウラ。それを慰める副料理長がいた。

 そんな二人を眺めながら、デミウルゴスはメガネの後ろで目を細めた。これ以上、知性(インテリジェンス)ポイントの話をすると、地雷を思い切り踏み抜いてしまうかもしれない。それを回避するために話題を変える。

 

「アウラ、トブの大森林に近親種のガルゲンメンラインやアルルーナ、アルラウネはいなかったのかい?」

 

「いなかった……と思う。あの森かなり広いんだよね。洞窟とかも結構あって、まだ大雑把にしか把握出来てないんだ」

 

「早めに全容を解明したいところだね。大変だろうが、君にかかってるよ」

 

「あたしを誰だと思ってるのよ? 任せて。で、今後の教育方法は何かオススメがあったりするの?」

 

 アインズを除けば、ナザリック随一の頭脳を誇るデミウルゴスに淡い期待を抱く。

 デミウルゴスは、クイッとメガネの位置を片手で直しながらそれに答える。

 

「非常に言い難いのだが、いままでと同じことの繰り返しがいいね」

 

「――うん。わかってた。わかってたよ」

 

 微笑みながら空を見上げるアウラ。

 馬鹿な子ほど可愛い。ビーストテイマーとして、そして、双子の姉としての矜持が、彼女の心に悟りを開かせた。というか諦めた。心を無にして、一心不乱に続けるために邪念を振り払った。

 

『時間ですよ―』

 

 少女のような可愛らしい猫なで声が突然鳴り響いた。

 その声を聞いたアウラは、悟りの世界から帰還し、柵から降りてピンと背筋を正す。デミウルゴスと副料理長は、姿勢を正し、頭をゆっくりと下げ、高貴な存在に敬意を示した。

 

「はい! ぶくぶく茶釜様!」

 

 元気よくアウラは手首のバンドに返事をする。

 

「じゃあ二人共、あたし、食事の時間だから!」

 

 下げた時と同様に、ゆっくりと頭をあげる二人の顔は、何処か満足そうな表情を浮かべていた。

 

「もちろんだとも。私もそろそろ職務に戻るとするよ。副料理長はどうするんだね?」

 

「私はもう少し畑の作物を採取していきたいと思います」

 

「じゃあさ、次までには完璧にするからまた見に来てよ」

 

 二人に別れを告げて、アウラは昼食が用意されているであろう巨大樹の元へ駆け足で向かって行った。妙な空気が残った者たちに流れる。アウラの走り去った方向を眺めながら、副料理長が沈黙を破った。

 

「しかし、デミウルゴス様がこちらに来るのは珍しいですね」

 

「新しいものたちが入ったというから、様子を見てみたくなってね」

 

「そうなのですか? 私はてっきり――」

 

 言葉を続けようとした副料理長を、デミウルゴスは片手を上げて止めた。

 

「――副料理長、お喋りなバーテンダーは好かれないよ」

 

「これは……失礼いたしました。では、デミウルゴス様、バーでお待ちしております」

 

「ありがとう。コキュートスと一緒に、と言うのは難しいだろうが、時間が取れた時は必ず寄らせてもらうよ」

 

「はい、楽しみにしております」

 

 




活動報告で、次回はブリタさんの話と書いたんですが、
考えていたらアウラの話ができてしまいました。すいません。


六階層の青い人の話はオリジナルというかパクリというか参考というかインスパイアです。
はい。

マンドレイクたちの「知性ぽいんとが~」はステータス的なものだと解釈しております。
つまり物理職の人達よりも、魔法職の人たちのほうが頭いいという解釈です。
頭がいいと、給金の計算が一瞬でできたりします。


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悪魔と人間 ①

あらすじ

カルネ村近辺でドミニオンオーソリティを瞬殺された陽光聖典は絶望した。
ナザリックに捕られられた彼等を待っていたのはさらなる絶望だった。
死は幸せよ。カウンターアローで死んだあいつが一番の幸せもの。
死のう。そして生まれ変わってデスナイトになるんだ!


※拷問回ですが割りとやんわりとしてます。たぶん

誤字脱字あれば教えて下さい


 

 陽光聖典がナザリックに捕縛されてから三日目

 

 

「やっ、やめっ! んぐぁあああ!!」

 

 男は悲鳴を上げた。

 ゴンッ、と鈍い音が一瞬鳴った後に、野太い叫び声が部屋いっぱいに響き渡った。男は歯を目一杯食いしばり、椅子に固定された体を必死に身動ぎさせながら、荒い息遣いを繰り返して痛みを逃がす努力をしていた。

 

 男の腕は木製の台座の上に固定され、右手の薬指の根本が潰れて赤黒く変色している。他の指もそれぞれありえない方向に曲がっており、砕かれた骨と潰れた肉が支えあって、歪な形を維持していた。無事な指はあと三本。中指が一本と、人差し指が左右の手に一本ずつ。指を潰される度に大声を出す男の様子をまじまじと、だが、どこか楽しげに観察する三人の悪魔たちが、男が座る椅子を囲むように立っていた。

 

「……大丈夫かね? 折角だ、リクエストはあるかな?」

 

 男の正面にいる悪魔がささやく。

 穏やかにゆっくりとに発せられた声は、まるで友人を気遣っているように見える。しかし、男たち(・・)の返り血で斑模様に染められた白いエプロンと手袋、そして、血塗れのハンマーが悪魔の行いを物語っていた。

 

「――デミウルゴス様、失礼致します」

 

 そう言うと、男の横にいた悪魔の一人が、男の指を糸で縛って止血した。

 

「ありがとうトーチャー。君たちを与えてくださったウルベルト様に感謝しなくては」

 

「――恐れいります」

 

 黒いマスクを被った悪魔――拷問の悪魔(トーチャー)はデミウルゴスに頭を下げた。

 彼等は拷問のエキスパートだ。GM(ゲームマスター)によって『そうあれ』と作られた彼等の腰のベルトには、様々な作業道具が垂れ下がっている。また、悪魔としては珍しく神官職を習得しているので、低位の治癒魔法と精神支援魔法をいくつか使用できる。対象が死なないように、狂って使い物にならないようにするために。

 

 広いこの部屋には、現在デミウルゴスと六人のトーチャー。そしてもう一人。

 対して、人間は全部で十人。一人目は四肢を切断されている。二人目は体に無数の裂傷が刻まれている。三人目は指を潰されている途中だ。人間一人につきトーチャーが二人付いている。四人目以降は部屋の隅に集まっていた。仲間たちが拷問を受ける姿を見せつけられている彼等だが逃げようとしない。生まれたばかりの子鹿のように、ただ震えて悪魔たちから距離を取り身を寄せあっていた。それは、悪魔を前にした人間のあるべき姿と言える。指を潰されている男は、これから潰される指と、もう潰された指を眺めながら、「うーうー」と唸っていた。男を見下ろすデミウルゴスは薄く笑みを浮かべ、自らの問いに答えなかった男の指に、ハンマーを振り下ろした。

 

「っいぎゃああぁぁああ!!」

 

 再び叫び声が上がる。

 不意をつかれ、男は先程よりも高い声を出す。椅子の上でビクンビクンと跳ねるように動く男を眺めるデミウルゴスは、満足そうにうんうんと頷く。

 

「いい声だ。……反応が返ってくるというのは、嬉しいこととは思わないかい?」

 

 デミウルゴスは男の周りをゆっくり歩きながら言葉を続ける。

 

「逆に反応が無いと不安になるものさ、私だってそうなのだよ。だから、つい、ね。――さて、三番君。後二本だが、今度は答えてもらえるのかな?」

 

 正面に戻ってきたデミウルゴスが、男――三番に問いかけた。

 三番と言われた男は、苦悶の表情を見せる。痛みに、悪魔に、仲間に、過去の自分に、これからの自分に――様々な恐怖で彩られた顔で、デミウルゴスを直視した。三番はわなわなと声を震わせる。

 

「い、一体何が、何が望みなんだ……。俺をっ、どうするつもりなんだ! 拷問なら他の連中でもう済ませたんだろぉ!」

 

 なけなしの勇気を振り絞った声で三番は悪魔に食って掛かる。

 短い呼吸を繰り返し、三番は必死に訴えた。――突如激痛が走る

 

「ぐがぁああぁぁああ! あっ! あぁあっ!」

 

 右手の人差指が無くなった。伸ばしきったゴムが切れたような音がして、指ごと引きちぎられた。手にはぽっかりと指の骨があった場所に穴が開いている。鮮血が鼓動に合わせるてドクドクと流れ始めた。直ぐさまトーチャーによる止血が施された。デミウルゴスは指を台座の上に置くと、嬉しそうに男の質問に答えた。

 

「そうだね。君たち仲間の四十人は、尋問の過程で死んだ――と、ニューロニストから聞いているよ。だがね、君たちの仲間は死ぬことで、アンデッドの素体として、アインズ様の御手によって生まれ変わったことを幸運に思うべきだと思うね」

 

 三番の残った指がビクビクと痙攣していた。

 激痛に耐え、涙を流しながら彼は懇願する。

 

「だ、だったら……おでもごろじでぐれ」

 

 デミウルゴスは口が裂けんばかりの笑顔を作りながら、首を振った。

 

「トーチャー。一番を持ってきてくれ」

 

 一番の担当だった二人のトーチャーがお辞儀をした。

 一人が胴体に頭が生えた人間を持ち、もう一人が腕と足を集めてデミウルゴスの前に運んだ。一番はまだ生きている。生きて入るが、四肢が切断されてイモムシのようになっていた。体の切断面はロープで強く縛られているが、ポタリポタリと血のしずくが垂れている。トーチャーに神の供物のように高く持ち上げられた彼の体は、部屋にいる全員に注目される。異型になったかつての仲間の有様に、まだ無事な人間たちは恐怖と同情――そして安堵の表情を浮かべる。そして、デミウルゴスは頷く形で、命令を待つトーチャーに指示をだした。

 

「<軽傷治癒(ライトヒーリング)>」

 

 トーチャーが呪文を唱えると、手から緑光が淡く輝く。

 暖かな光が男の体に当たり、血を失って真っ青だった男の顔にゆっくりと生気が戻ってくる。するとどうだろう、緑光が霧のように腕と足の形を作り初めている。それと同時に、切断された切断された手足の色が、どこか薄くなり始めている。

 

「一番だけは昨日から何度か治癒しているんだが……これが今君たちにしていることさ。簡単に言うと治癒実験だよ。傷が塞がるのはわかるし、失った手足が新しく出来るのもわかる――が、外した手足が何故か消滅してしまう。もし消滅を防ぐ方法があるのなら見つけなければいけない。物資を無限に得る方法としてね。――軽傷治癒(ライトヒーリング)は弱い治癒魔法だから経過がよくわかる……。大治療(ヒール)だとこうはいかない。君たちの仲間を扱った話を聞いて驚いたものさ。アインズ様も早急に実験しろと仰った」

 

 デミウルゴスは笑顔で身を震わせた。

 恐怖ではない。その震えは歓喜にから来るものなのだろう。両手を大きく広げて、部屋にいる全員にアピールした。

 

「君たち人間という矮小な存在が、至高の御方の知恵の一部になることができる! これほど光栄な事はない。しかも、それが私の指揮下で行うことが出来るとは……素晴らしい!」

 

 パチパチパチと、手の空いていた悪魔たちが演説者に拍手を送る。それに合わせて、人間たちも引きつった顔で拍手を送った。目の前で拷問を受ける三人がいつ自分になるかわからない。少しでも好印象を与えることは重要なのだ。やや興奮気味のデミウルゴスは、少し下を向き、気恥ずかしそうに片手を上げて皆の拍手に答えた。

 

「――ありがとう。君たちの理解を得られて私も嬉しいよ」

 

「あっ、あの…………」

 

 隅にいた男の一人が、オドオドと口をきいた。

 デミウルゴスは片手の手のひらを男の方に向けて、どうぞと、発言を許可する。

 

「……三人もいれば……俺たちはいらないんじゃないですか」

 

「それは、仲間を残す代わりに解放して欲しい。といったところかな?」

 

「――なっ!? おま! おまえええ!」

 

 喋った男はコクリを頷いた。

 非常に身勝手な発言だったが、まだ拷問を受けていない者たちの総意と言えよう。隅にいた者全員がデミウルゴスの動きを注視した。まだ元気のある三番が罵声を浴びせるが、誰もそれを気に留めない。デミウルゴスは顎に片手を当てて考える。

 

「……ふむ。考えておこう(・・・・・・)

 

 人間たちから「おぉ!」と歓声が静かに上がった。

 先程まで怒声を飛ばしていた三番が急に静かになり、デミウルゴスをジッと見る。三番は目玉が飛び出るのではと思えるほど目を見開いていた。

 

「――さてと、経過が見れるのはいいが、時間がかかることだし、もう潰してしまうよ?」

 

 トントンと、ハンマーで最後の指を軽く叩くデミウルゴス。

 三番はブツブツと何かを呟きながら項垂れている。もう何も反応を示さなかった。そんな様子を愛おしげにデミウルゴスは見下ろす。そして、ハンマーを振り下ろした。

 

――――ドンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり傷が大きいと、回復が終わるまで大変ねん」

 

 それは、椅子の上でグニョリと肥大した体をくねらせた。

 ボンデージが体に食い込み、太った――というよりも不細工に膨れ上がった体を締め付け、ボンレスハムのようになっていた。水かきの付いた長い指と爪でティーカップを持ち上げて、暖かい紅茶を一口飲んだ。と言っても、口から触手のような管が伸びて、紅茶を吸い上げただけだ。その者の視線の先では、少し遠くでトーチャーたちが人間に治癒魔法をかけていた。その隣で、MP切れを起こした者たちは休憩に入っている。

 

「――あらん! この紅茶とっても美味しいわ。ソリュシャン、あなた上手なのねん」

 

「ありがとう御座います。ニューロニスト様」

 

 ソリュシャンと呼ばれたメイド服の美しい女性が頭を下げた。

 それに合わせて、金髪の巻き毛がサラリと垂れる。膨れた水死体の上にタコを被ったおぞましい姿のニューロニスト(ブレインイーター)との対比で、唯でさえ天上の美を持つソリュシャンがより美しく見えた。実際、紅茶を運ぶために入室した際、血生臭いこの部屋で、惨劇の順番待ちをしていた人間たちの顔色が変わったのだ。

 

「――そういえば、風の噂で聞いたんだけど。ナーベラルが外に出るって聞いたわん」

 

「はい、その通りで御座います。アインズ様と共に人間の街に出発する予定です」

 

「あぁん! ……うらやましいわ。私も何かあの御方のお役にたちたいのよねん」

 

 ソリュシャンは表情を変えずに会話を続けた。

 ニューロにストは長い爪の一つで、テーブルの上をコリコリと軽く掻くながら円を描く。乙女のような可愛げを出しているつもりなのだろうが、誰が見ても肉塊が醜く変形しているようにしか見えない。

 

「やあ、ニューロニスト。今日は来てくれてありがとう」

 

 カツカツと革靴で床を叩きながら、デミウルゴスがテーブルに向かって歩いて来る。

 

「あら、デミウルゴス様ん。私がお願いしたんですもの。お礼なんて恐縮だわん」

 

 立って挨拶しようとしたニューロにストを、デミウルゴスは片手を上げて止めさせた。血塗れの白衣をコート掛けにかけたあと「失礼するよ」と言って、デミウルゴスはソリュシャンが引いた椅子に座る。ニューロニストと対面する形で座ったデミウルゴスの前に、淹れたての紅茶が用意された。

 

「どうだね、ニューロニスト。楽しんでもらえたかな?」

 

「ええ、素敵なショーでしたわん。でもデミウルゴス様って、酷い御方なのねん」

 

「ほう、というと?」

 

「――んふ。わかってらっしゃるくせに。約束を守るつもりなんてないのでしょう?」

 

 悪魔は、くっくっくと、含み笑いでそれに答えた。

 

「疑り深い者を相手にするのもいいが……やはり素直なほうがいいと思わないかい?」

 

「そうねん。人間素直が一番よん。その通りだと思いますわん」

 

 悪魔と水死体は互いに笑いあった。

 テーブルにはクッキーなどの茶菓子も用意されているが、一切手が付けられない。二人は、遠くからチラチラとこちらの様子を伺う人間たちを見ながら紅茶を飲んでいた。ニューロニストはヒラヒラと手を振ってそれに応じる。それほどまでに二人は気分が良かったのだろう。

 

「――さて、この報告書を見てくれ。是非君の意見を聞きたい。どう思う?」

 

「拝見しますわん。お役に立てるといいのだけど……」

 

 デミウルゴスの真面目な雰囲気を感じ取ったのか、ニューロニストはグニャリと体勢を変えた。太い足を組んで、髪をかきあげるように、飛び出た目玉のあたりを片手でスッと払った。デミウルゴスは微笑を崩さずに実験報告書を渡す。ニューロニストは頭の触手の先を指先でくるくる巻きつけるようにイジりながら、渡された書類を読む。実験報告書――現段階で判明したことを箇条書した、報告書と呼ぶにはまだ未完成のそれを、ニューロニストは真剣な眼差しで黙って読んでいた。いつになく熱心な様子を眺めながら、デミウルゴスは静かに待った。

 

 ニューロニストはつい数日前に失態を犯した。今回はそれを払拭するために実験に参加したいと、デミウルゴスに申し出てここにいる。ニューロニストから頼まれた時、失態という言葉に思わず眉を顰めたデミウルゴスだったが、内容を聞いて快く彼女――自称だが、彼女の拷問官としての多角的な意見を取り入れるために受け入れた。その失態とは、貴重な情報源である現地人の捕虜を拷問で殺してしまったこと――いや、正確には『質問をしたら死んでしまった』だ。主人であるアインズとの立ち会いのもと、捕虜を拘束した状態で、名前、職業、住んでいる場所、これらを聞き出した時、相手が突如死亡したのだ。しかもそれが陽光聖典の隊長という、一番情報を持っている可能性が高い人物だったことが不味かった。アインズは、目の前で平伏し断罪を求めるニューロニストとトーチャーたちに対して、非はないと許し、残りの隊員で慎重な尋問を行った。そして、あらかた情報を引き出したと判断されたあと、余った隊員を実験用としてデミウルゴスに預けた――という話だ。 

 

「……デミウルゴス様ん」

 

「ん? 何かあったかな?」

 

「とても面白い実験結果だと思いますわん。特にこの、『治癒魔法は軽度の傷、または魔法をかけている場所から順に治っていく』というのと、『完治するが傷が残る場合がある』というのが興味深いと思いますわん」

 

「その点は今後の実験課題として考えているよ。しかし、隊員たちだと君の時のように何かがきっかけで死ぬ可能性を拭えないから、全く魔法付加のかかっていない実験体が欲しいところさ」

 

「……あの時のことを思い出すだけで今でも震えますわん。<恐怖(フォアー)>の魔法でもこれほどの恐怖は感じないと思いますわん」

 

 小さく身震いするニューロニストに、デミウルゴスは頷きながら同情の眼差しを向けた。

 

「君の気持ちは本当によく分かる。私が同じ立場だったら……そう思うだけで恐ろしいよ」

 

「そうなのよねぇん。せめてニグンちゃん以外の子から始めていれば……あぁん、ダメだわ。後悔しても始まらないのにねん」

 

 ニューロにストは暖かい紅茶を飲み干して、大きくため息をついた。ソリュシャンにおかわりを頼んで注いでもらう。彼等の死亡理由に判明していることは、<支配(ドミネイト)>や<魅了(チャーム)>のような魔法的拘束状態で、三回の質問に答えると即死する。恐らく物理的拘束は含まれていない。わかっていることはこれだけである。

 

「それで、切断部位は消えてしまうわけだが、特定部位を残す方法は何か考えられないかな」

 

「んん、質問の答えとは少し外れますけど、治癒すると消えるなら、消える前に何かした場合はどうなるのかしら?」

 

「ん? わからないな、どういうことかな?」

 

 疑問の表情を浮かべるデミウルゴスに、ニューロニストは説明する。

 

「なんて言えばいいのかしら。消える物が何かに作用した場合、その作用を受けた側はどうなるのかしら? 例えば体から油を取って燃料にして燃やした場合、治癒したら、その火で熱した水や肉は元に戻るのかしら?」

 

 デミウルゴスは椅子の背もたれ思い切りもたれかかった。

 

「――なるほど、ふむ、面白い。作用そのものは残るだろうが、いや、しかし……」

 

 ニューロニストは、自分の意見を反芻して理解するように頷きながら説明を続ける。

 

「そう、そうねん。例えばデミウルゴス様が巻物(スクロール)用の動物を発見されたとして、魔法を込めた完成品は分離するのかしら?」

 

「君の言いたいことはよく分かった。とても面白い意見だ。原料に使って状態が変質した場合か」

 

 やはり牧場は必須か。部屋の天井を目を細めて眺めながら、デミウルゴスはそう呟く。自分の顎に手を当てながら深く考える素振りを見せた。現在の実験結果では、治癒側を、例えば一番の男を埋めた状態で治癒魔法を使用すると、地中で手足が生えるという結果がでている。治癒される場所に障害があっても、強制的に治って切断部分は消えるのだ。つまり、ニューロニストの言うとおり、消える側にも実験を施す必要が出たわけだ。

 

 デミウルゴスが主人から命じられた様々な任務の一つに、巻物(スクロール)の素材探しがあった。ナザリックに素材は豊富にあるとしても、いつかは尽きる。そのためにも永続的に供給できる環境を作るために、魔法というほぼ無限のエネルギーを使って、低コストで供給できる可能性があるこの実験の結果は重要である。ニューロニストはグニッと組んでいた足を組み替えて、思案に囚われていたデミウルゴスを呼んだ。

 

「何をお考えですの?」

 

「そうだね……とりあえず君の言う通り、油を採取するところから始めようかと思うよ。彼等は筋肉質だから取るのは大変そうだ」

 

 デミウルゴスは嬉しそうに笑顔を浮かべる。玩具を与えられた子供のように。

 

「ねぇん、デミウルゴス様。こういうのはどうかしら? 彼等のお肉を食べさせてみるなんて如何ん」

 

 ニューロにストの提案に、デミウルゴスは感嘆の声を上げ破顔した。

 

「――素晴らしい。それなら純粋に切断部位がどうなるか分かるわけだね」

 

「ええ、そうですわん。お肉が栄養になるし、体重の変化もわかるし、それに……消えないなら出ても来ると思いますわん」

 

 汚らしくてごめんなさいと、ニューロニストは謝った。それにデミウルゴスは片手を振って鷹揚に答える。二人は人間たちのほうを見た。その場所では、既にMPの回復を終えたトーチャーたちが、床の掃除や椅子のベルトを締め直して、準備万端とデミウルゴスを待っていた。

 

「――さてと」

 

 デミウルゴスは椅子から立ち上がった。

 それに合わせて、ソリュシャンが新しい白衣と手袋を持ってきて、デミウルゴスに着せ始めた。そんなデミウルゴスを羨ましそうにニューロニストは見つめていた。その視線に気がついたデミウルゴスが、彼女を労った。

 

「すまない、いや、ありがとうニューロニスト。やはり一人でやると凝り固まっていけないね」

 

「いいえ、とんでもないことですわん。デミウルゴス様のお仕事に意見を出させてもらうだけで光栄ですもの」

 

 二人会話している間に、ソリュシャンは手早く白衣をデミウルゴスに着せ終えた。デミウルゴスは真っ白な白衣を満足気に眺めながら、人間たちのもとへ歩を進めようとしたところで立ち止まり、振り返った。

 

「そう言えば、ソリュシャン。君は人間を食べるんだったかな?」

 

 突然話を振られたにも関わらず、ソリュシャンは驚いた様子も見せずに、軽く一礼してデミウルゴスの質問に答える。

 

「はい。ですが、私はスライムでございますので、飲食自体は不要でございます」

 

「ニューロニスト。君は?」

 

「私もご協力したいのですけど……脳みそを吸ったら恐らく死んでしまいますわん」

 

「ふむ、私もナザリックの物以外を口にするのは少々……ね」

 

「デミウルゴス様。でしたらエントマが適任かと思われます」

 

「――ああ、エントマか。丁度いい。では、手が空いていたら呼んでくれるかな?」

 

「はい、畏まりました」

 

 二人に対して一礼すると、ソリュシャンは退室した。

 ソリュシャンが閉めたドアを眺めながら、ニューロニストがデミウルゴスに問いかける。

 

「エントマに食べさせますの? てっきり人間たちだけで食べさせると思ってましたわん」

 

「人間たちは魔法を使った質問ができないからね。保険だよ」

 

 デミウルゴスは肩をすくめて、困ったような心情を吐露した。

 しかし、そのデミウルゴスの顔は先程から笑顔で満ち溢れている。

 

「――さて、エントマが来る前に、二、三本は切り落としておこうか」

 

 

 




むちむちぷりりんさんが無茶なことを言うからお蔵入りしていた話に手を付けた。
そしたらなぜか前後編に……何故……。7,500文字だけでよかったのに。拷問って表現難しいですね

オリ設定
①ニューロニストがデミ、ソリュと一緒であること
②ニグンの拷問にアインズが立ち会っていること(漫画版はニューロ1人?)
③彼等に対する実験方法


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