ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか? (珍明)
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ダンジョンの出会い

閲覧ありがとうございます。
当方、ダンまちの原作を読んでません(ごめんなさい)。
●○は視点の切り替え、大きな時間の経過を意味します。

・16.7.1に誤字報告を受け修正しました。


 今日から、冒険者だ。

 洞窟にも見える迷宮一層、ベル・クラネルは初心者のナイフを手に歩く。まずは、初心者にお勧めのゴブリンを必死になって、1体倒す。ゴブリンは、絶命の証に魔石を落とした。

 たった1体、それだけで呼吸が荒く肩で息をする。汗を拭い、魔石を拾う。その調子で5体まで倒した。

 

「よし、順調、順調。今日は帰ろう。エイナさんとの約束だし」

 

 初日は5体まで倒せたら、お終いにするように注意を受けていた。

 入口に帰ろうとしたベルは、絹を裂くような悲鳴を聞いてしまった。自分と同じ、初心者の冒険者が危険に陥っている。助けたい一心で、ナイフを構えて悲鳴を辿った。

 そこには、重厚な鎧を着込んだ男が座り込んでいる。彼の手元には、ゴブリンが床に張り付けられていた。ゴブリンは尖ったピックで手足を突き刺され、激痛に悲鳴を上げている。間近にいる男は、微動だにしない。

 しかも、男の手にあるナイフは、ゴブリンの皮膚を丁寧に刺し込まれていく。猪や鹿を解体する動作によく似ている。

 

 ――そう、男はゴブリンを生きたまま解体しようとしているのだ。

 

 悟ったベルは戦慄した。そんな事、狂気の沙汰でしかない。

 

「あ……、あの」

 

 痛ましい光景に思わず、ベルは弱弱しく男に声をかける。

 応じるように男は無言を振り返る。その顔には、ゴブリンからの返り血で濡れていた。

 

「こんばんは? おはよう? 今何時か聞いてもいいかな?」

「ぎゃああああああ!?」

 

 抑揚のない声に、ベルは恐怖で悲鳴を上げた。

 この場から逃げ出したい。脳髄から来る本能に逆らわずベルは走り去った。

 残された男はベルの悲鳴に少なからず驚き、手元を狂わせた。それがゴブリンの急所を突いてしまい、魔石が地面を転がった。

 

「失敗した……、最初からやり直しだ」

 

 残念そうな声が自然と響いた。

●○

 ギルド。迷宮管理、冒険者の稼ぎである魔石を現金化する役目を持つ。

 ベルの担当アドバイザーたるエイナ・チュールは、受付嬢として冒険者を送り出し、帰りを待ちわびる。本日、初めて迷宮に潜るベルの帰りも待っていた。

 

「エイナさぁぁぁぁん!! 迷宮に変な人がぁ!?」

 

 ベルは必死な形相でギルドへ突入した。そして、今見たばかりの光景をエイナへと伝える。白髪を振り乱し、赤い瞳を涙で充血させる彼は少々、滑稽に見える。

 ハーフエルフのエイナには彼の声がキンキンと響く。粗方、説明するとベルはやっと落ち着けた。

 

「ベルくん、落ち着いてね。その人は悪い人じゃないから、怖がらなくても大丈夫よ」

 

 丁寧な物腰で話され、ベルは拍子抜けしてしまう。

 

「いやいや、だってゴブリンを……というか、生きたまま解体って……」

 

 場面を回想し、ベルは恐怖を蘇らせる。淡泊そうな男の表情から人間味を感じない。

 怯えるベルに、エイナは困り顔で笑う。ショッキングな場面を目にした彼に、これ以上、何かを言うのは酷だ。

 

「あ、そうだ。帰ってきたって事は魔物を狩れたんでしょう? 換金してファミリアの神様に見せてあげましょう」

「そうですね! はい、そうします!」

 

 自分が初日を無事に終えた。その事実に気づき、ベルは換金所へ向かう。

 

 ――本日の稼ぎ、1000ヴァリス。

 

 これで、『ジャガ丸くん』が20個、買える。

 自分だけで稼いだ金を慎重に受け取り、ベルは感慨深い思いに浸る。初心者丸出しの彼をエイナは微笑ましく見守った。

 

 神ヘスティアは、収益よりも五体満足で帰宅したベルを褒め称えた。そんな彼女に、解体男の話は出来なかった。

 話せば確実に心配され、もう迷宮に潜るなと云いかねない。

 あれは初心者への洗礼だったのだ。あんなモノが亡き祖父の言う「ダンジョンの出会い」であろうかはずもない。

 勝手に自分を納得させ、ベルはヘスティアに迷宮の感想を聞かせた。

●○

 ベルがギルドを後にしてから、十分後。

 エイナは1人の冒険者を出迎える。重厚な甲冑に身を包み、兜がなく短髪の頭が剝き出しだ。ベルが目撃した解体男だ。彼は丁寧に挨拶を返す。

 

「お帰りなさい、ライオスさん。聞きましたよ、第一層でゴブリンを解体してたそうですね。初心者の子に目撃されちゃってます」

「ただいま、エイナ。解体じゃなくて、調理だ。それにあんな朝早くに人が来るとは思わなかった」

 

 眠気と共に欠伸の衝動が来る。ライオスは口元を隠し、欠伸をひとつ。

 

「いや、調理でも怖いですよ。普通に」

 

 ベルが見た解体場面は、ライオスなりの調理を施していたのだ。何故かって、魔物を食べる為だ。何故、食べるのかって、食べたいからだ。

 だが、皆さんもご存じ、魔物は絶命すれば、魔石を残して霧散する。時折、アイテムドロップとして、爪や牙を残して逝く。

 

 ――では、どうすべきか? 魔物に生きながら、食い付くしかない。

 

 このライオスという男は、魔物を愛してやまないマニアだ。愛するが故に、食したいという願望にとりつかれている。そんなグロテスクな願望に付き合う仲間はおらず、彼は独りで細々と行う。

 無論、エイナは何度もやめるように説得したが、ライオスは耳も貸さない。彼のストッパーである妹ファリンが里帰りで街を離れた今こそ、やり遂げたいのだ。

 無駄に熱心な彼をエイナは、ファリンが戻ってくるまでならと期間限定付きで許した。何故なら、調理する姿は凄惨を極め、活動当初は他の冒険者からのクレームまで来てしまった。

 ライオスが所属するヘルメス・ファミリアの団長アスフィ・アル・アンドロメダは、方々に頭を下げて回り、心労で胃を痛めたらしい。肝心の神ヘルメスが許可してしまったので、ギルドもそれなりに対応せねばならない。

 

「また夜通しで上層をウロウロしていたんですか? いくら実力があってもソロは危険なんですよ。本当に気をつけて下さい」

 

 呆れたエイナは、厳しい声でライオスを注意した。彼は冒険者があまりいない時間帯である夜を基本に活動している。

 

「油断なんてしないさ。でも、心配してくれてありがとう。そうそう、今日の……白髪の子供に会ったら、謝っておいてくれ」

「一応、私からも言っておきますが自分からも言って下さいね」

 

 エイナは人差し指を突き出し、ライオスに約束させる。彼は眠そうに承諾し、換金所に行く。徹夜して稼いだ魔石は八千ヴァリス。一層での稼ぎにしては、上々の出来だ。これを団長に献上して、少しでも機嫌を取る。いつも、雀の涙だと叱責を貰うが、無いよりはいい。

 ギルドを出れば、眩しい光が目に入る。

 

「よお、ライオス! また徹夜で上層か!?」

 

 低くしゃがれた声で、いかいも荒くれ者の風貌な男がライオスに挨拶した。モルド・ラトローとその仲間達だ。顔馴染みへ、彼はハイタッチで挨拶を返す。

 

「おはよう、モルド。今日は中層か?」

「あたぼうよ。もうすっからかんだからな。今日はちょいと、本気を出すぜ。おめえも律儀に妹との約束なんざ守らねえで俺達と来ねえか? てめえの腕だ。歓迎するぜ」

 

 朝からハイテンションのは、自分の仲間に同意を求める。勿論、彼らもライオスなら歓迎だ。

 しかし、ライオスは失礼のないように断わりを入れる。ファリンとの約束は、「自分がオラリオに戻るまで、中層以下に降りない」である。

 モルド達はライオスを小馬鹿にした後、さっさと迷宮の入り口へ向かった。彼は口は本当に悪いが、ライオスの生存確認と小馬鹿にする為に、わざわざギルドへ足を運ぶのだ。

 つまり、暇人である。

 

 本拠(ホーム)に帰れば、団長アスフィが冷たい眼光で出迎えた。

 

「ああ、お帰りになったようですね。もう帰ってこなくても良かったのですが? またそんなハシタ金で私の機嫌が取れるとでも? 大体あなたは……」

 

 今日も朝から、団長のお小言を貰う。自業自得だが、ライオスは反省しない。

 愛すべき魔物達を美味しく平らげるその日まで、絶対に止めない。

 

 ――これが2人の出会いである。

 




閲覧ありがとうございました。
これを機会に増えよ!ダンジョン飯・二次小説!!


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冒険者

閲覧ありがとうございます。
評価、お気に入り、感想まで付いて嬉しいです。
ライオスについては、おおざっぱな設定を付けくわえただけで、あまり深く考えていません。

・17.9.14、ライオスの名字?が判明したので付け足しました。


 連日の夜通しで、流石のライオスも疲れた。

 5階層と言えど、魔物は出てくる。こんな場所で睡眠を取るのは初心者でもしない。

 迷宮には階層を行き来する正規ルート、そして冒険者が秘匿する隠しルートが存在する。ファミリアの仲間から教えて貰っている隠しルートで、ライオスは腰を落ち着けた。

 少しだけ仮眠してから今日はお終いだ。いつもより稼ぎは少ないが仕方ない。

 

 ――地響きで意識が覚醒した。

 

 この振動は魔物の足音だ。しかも、ミノタウロスに間違いない。中層の魔物が何故、上層になど考えない。あれだけ耐久力のある魔物なら、調理できるかもしれない。

 高揚感に武者震いが起こり、ライオスは抜刀する体勢で音を追いかけた。

 

 案の定、筋肉隆々のミノタウロスが涎を垂らしながら壁に突っ込んでいく。おそらく、壁に逃げ込もうとしているのだ。強敵に出くわした魔物は本能で壁に帰りたがる。中層から凄腕の冒険者から逃げてきたのだ。

 追手が来る前に、捕獲せねば――。

 手早く腰の鞄から縄を取り出し、ライオスはミノタウロスに投げ放とうとした。

 

 ――金色の髪が、疾走した。

 

 縄より先に、彼女はミノタウロスへと斬り込む。その麗しき姿をライオスは知っている。ロキファミリアの【剣の姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 鋭くも美しい剣先に斬られ、ミノタウロスは断末魔と共に絶命した。

 

「ああああああああああああ!!!」

「きゃああああああああああ!!!」

 

 折角のミノタウロスを倒されてしまった。そのショックで、ライオスは我を忘れて悲鳴を上げる。もうひとつ、悲鳴が聞こえた気がするが気にしない。

 その悲鳴の主である白髪の少年がアイズを走り抜けた。ライオスも走りたい衝動で、駈け出した。

●○

 ギルドへ続く道には出店が多く建ち並ぶ。そこを行き交う人々も多い。

 人々は奇妙な者を見た。

 血塗れで走る少年とそれに続く青年だ。2人とも、何故か叫んでいた。

 ベルは途中で足を止めていた。しかし、後ろを振り返れば、あの解体男が走ってきたので恐怖で走りだしたのだ。

 ライオスは止まるタイミングを完全に失い、ひたすらベルの後を追った。

 

「エイナさあぁん、アイズ・ヴァレンシュタインさんの事を教えてくださあい!! 変な人が追いかけてきます! 助けてええ、エイナさぁぁん!」

 

 錯乱したベルは色々と叫ぶ。ギルドから偶々出てきていたエイナは、状況に驚きすぎて慄いた。

 

 ベルの血濡れを落とし、ライオスから経緯を聞いた。エイナは呆れて、苦笑しか出ない。重い深呼吸をしてから、営業スマイルでアドバイザーとして注意する。

 

「まずはライオスさん! 体調管理も冒険者の義務ですよ! 体に負担をかけないで下さい! わかりましたね? それにミノタウロスを単身で捕獲とか無茶は本当に止めてください。上層の魔物だけにしてください」

「折角、ミノタウロスが来てくれたのにな……」

 

 本当に残念そうなライオスは、それだけ呟いた。

 

「次にベルくん! なんで5階層まで下りてるの! 君は、まだ半月の冒険者でしかもソロなのよ! 私、前に言ったよね? 冒険者が冒険しちゃ駄目だって!」

「はい……すみません」

 

 ベルの事情に、ライオスが目を見開く。

 

「え? まだ駆け出しじゃないか……、しかも、子供で……駄目だよソロなんて、迷宮は遊び場じゃないんだ。ちゃんと仲間を募集して、準備を整えないといけないよ」

「はい……、でも僕みたいな弱そうなのとパーティ組んでくれる人っていなくて……」

「ライオスさん。今は私が話しています。貴方も人の事、言えません」

 

 親身になるライオスに、ベルは畏まる。エイナはわざとらしく咳きこんだ。

 エイナの注意から、ベルは不意に疑問を感じる。

 

「え? でも貴方も……ライオスさんも上層をソロで活動してますよね?」

「ベルくん、こちらのライオス・トーデンはLV3の冒険者なの。上層ならソロでも十分通用するわ。とても危険だけどね」

 

 語尾を強調し、エイナはライオスを一瞥する。彼は全くモノともしない。

 

「俺が上層にいるのは目的があるからなんだ。これが中々難しくてね」

「目的ですか?」

 

 不思議そうにベルは、ライオスを見つめた。そして閃いた顔をする。

 

「あの、それなら僕とパーティを組んでくれませんか? 貴方の目的の邪魔はしませんから」

 

 ライオス以外、場の空気が凍った。2人は上層でソロ狩りしている。当然の流れと言えば、当然だ。

 

「そうか! 2人ならソロじゃないから怒られないな。勿論、いいとも。俺はライオスだ。エイナが言ったように一応LV3だ。君の見本になれるように努めよう」

「本当ですか! ありがとうございます。僕はベル・クラネルです」

「ちょっと待ったああ!?」

 

 和気藹々と2人の握手をエイナは全力で遮った。

 

「ベルくん、ライオスさんは確かに悪い人じゃないけど、この前、怖がってたよね? 解体を間近で見る羽目になるんだよ!? わかってる!」

「そういえば、ライオスさんのアレって何なんですか?」

 

 心底、心配してくれるエイナを余所に、ベルはライオスに質問する。

 

「調理だ。俺は魔物を食う方法を探している」

 

 ライオスは真剣な態度で魔物を食す願望について、ベルに語る。こんな話をすれば、大概はドン引きして逃げるのがオチだ。

 だから、嘘偽りなく話す事で、ベルの覚悟を試している。一通り、話を聞き、彼の赤い瞳に迷いはない。それどころか、ライオスを英雄視するような輝きを宿していた。

 

「すごいです、ライオスさん! 迷宮攻略中に食料をなくしたせいで、餓死する人も出るとか! 迷宮で魔物を料理出来れば食料問題が大幅に解決します! 迷宮だけじゃなく、この街の名物になりますよ!」

 

 何故に、そんな発想となる。純粋すぎるベルの瞳はエイナに悲しさで心の涙を流させた。

 

「賛成してくれて嬉しい」

 

 ライオスは満足そうに頷き、エイナはツッコむ気力もない。

 微妙にズレた価値観に気づかず、ライオスとベルは固い握手を交わした。

 

 強張った表情のエイナに、ライオスは無理やり帰された。

 本日の稼ぎは、3333ヴァリスと数字も不吉だ。

 

「そういえば、もう夕方になるんだな。帰る前に屋台でツマんで行こう」

 

 空腹を思うと、腹が鳴った。

 

「いらっしゃいませ~、『ジャガ丸くん』はいかがですか?」

 

 ツイテンテールの少女が笑顔を振りまく屋台でライオスは3つ買う。本拠(ホーム)への帰路で平らげた。

 

(あのミノタウロスは惜しかった……。きっと、良い調理が出来たはずなのに)

 

 本拠に着いても、まだ根に持つ。玄関口で団長が凄まじい眼光で無表情に迫ってきた。

 

「貴方がついに冒険者を食おうと襲いかかった等という戯言を耳にしました! よもや真実ではないでしょうね?」

 

 たった数分、大通りを走っただけで尾ひれの付いた噂が出回っていた。しかし、見る人によっては誤解を招く。軽率だったと反省し、ライオスは笑顔を見せる。

 

「ヒトをそこまで愛していないから、大丈夫だよ」

「……ライオス、その一言で信じてしまう私は馬鹿なんでしょうね?」

 

 一度、言葉を切ったアスフィは溜息を吐く。安堵の息と言ってもいい。彼女はライオスを冒険者として高く評価している。ファミリア内でも、彼の人望はそこそこある。魔物への偏愛がなければ、それに見合う評価を受けるはずと確信があるのだ。

 ライオスも自分のせいで、アスフィに気苦労をかけている事はわかっている。

 

 ――でも、やめない。

 

「駆け出しの子とパーティを組む事になった。しばらく、その子に合せて昼間の迷宮に潜るよ」

「あら、珍しい事もあるものですね。良いでしょう、認めます。いいですか? くれぐれも相手に貴方のおかしな感性を伝染させないように」

 

 ライオスは大切な報告をすれば、すんなりとアスフィは承諾した。

 

「俺の話を真面目に聞いてくれる良い子だよ? きっと大物になる」

 

 遠くを見るライオスの笑顔を見て、アスフィは呆れて眉間のシワを解した。

 

●○

 ベルは、一日の自己討伐数を更新する。大量に湧いたコボルトを全て倒しきったのだ。ライオスは彼の様子を見ながら、自分に襲いかかるコボルトだけ倒した。

 ライオスの無駄のない素早い動きに、ベルは改めて彼の実力を思い知る。そして、本日、調理の犠牲となったコボルトを哀れに思った。

 

「この手を見てごらん。人間と獣の特徴が見事に溶け込んでいるだろ? 鋭利な爪は軽いし硬度が良い」

 

 上機嫌なライオスの解説を真面目に聞き入るベルは、もういっそコボルトにトドメを刺してやりたい気持ちでいっぱいだった。そして解説に夢中になり、ライオスはコボルトの命を奪ってしまった。

 

「腕や足を切り取るんじゃ、駄目なんですか?」

「血抜きやらで、処理している間に本体が死んでしまうんだ。そうすると一緒に腕や足も消える。中層以下なら……、ちょっとやそっとじゃ死なないが……、ソロでは行けないからな」

 

 本日、二体目の犠牲者に切り込み、ライオスはベルとそんな会話を交わす。

 

「そうか、腕を食べれたとしても魔物が死んでしまったら、食べた腕もお腹から消えてしまかもしれないんだ……」

 

 ベルの何気ない一言に、ライオスは重大な事実に気づかされる。魔物を生け作りで食しても、絶命の際に霞を食った状態になる可能性だ。

 ショックのあまり、ライオスは顎が外れんばかりに口を開き、ガタガタと震えた。

 

「そうか、そうだったのか……」

 

 失言に気づき、ベルは詫びようとした。

 その隙をついて、コボルトは必死に逃げ出す。驚いたベルは、逃がさないとばかりに絶命させた。ここで、コボルトを逃がしても、いずれ誰かに討たれる。ならば、自分達で討つ。それが魔物への礼儀だ。

 その一体は、牙を落とした。

 

「ドロップアイテムか! ライオスさん、ラッキーですよ」

「牙や爪じゃなく、肉とか耳を落としてくれればいいのに……」

 

 心底、残念そうにライオスは呟いた。

 

●○

 本日の稼ぎは、ドロップアイテムを含めて1万2千ヴァリス。ライオスとベルで、1:3の配分だ。

 

「いいんですか? 本当こんなに貰っちゃっても……」

「俺は全然、倒してない。ほとんど君の活躍だよ」

 

 安心したエイナに見送られ、2人はギルドを出る。

 

「あの良かったら僕と晩御飯、一緒に行きませんか? 今夜、ご飯を食べに行くって約束したお店があるんです」

「お店か……最近そういうところに行ってなかったな。喜んで一緒に行かせて貰うよ」

 

 ライオスの承諾に殊更、ベルは嬉しそうに笑う。

 

「良かった。一度、本拠(ホーム)に帰ってファミリアの神様も連れてきます。ヘスティア様って言って、とっても元気な神様なんです。そういえば、ライオスさんは何処のファミリアに?」

「ヘルメス・ファミリアだよ。君の神様は名前からして女性かな? 俺のところは男でね。放浪癖のある神様なんだ。癖があるけど、俺にとっては良い神様……?」

 

 言葉にしている内に、ライオスはヘルメスへの評価に悩んだ。疑問形で返され、ベルは苦笑するしかなかった。

 

 本拠に帰ったライオスは、アスフィに今日の稼ぎを渡す。夕食は飲食店で済ませると告げ、自室に荷物を置きに行こうとした。

 

「待ちなさい。外食なら、これは持っていきなさい」

 

 稼ぎの入った子袋をアスフィから投げ渡された。

 

「いいのか?」

「いいも何も、私は今まで一度も献上金を望んでいません。貴方が勝手に渡してきたんです。今までの分は厚意に甘えて頂いておきます。これからはパーティメンバーの為に使いなさい」

 

 素気ない彼女に、ライオスは深々と感謝した。

●○

 ヘスティアは来なかった。ベル曰く、アルバイト先の打ち上げに参加するという。これが他の者なら「神がアルバイト?」と疑問するが、ライオスは気にしない。

 だって、自分の神ヘルメスは放浪癖で全然、帰って来ない。アルバイトをする神がいても不思議ではないのだ。

 『豊穣の女主人』は、既に多くの客人で賑わっていた。

 

「ベルさん、来てくれたんですね! あれ? もしかしてライオスさん……。珍しいですね。寧ろ生きていたんですね。良かった! 久しぶりでしょうから、いっぱい食べて下さいね!」

 

 笑顔の良いウエイトレスたるシル・フローヴァに迎えられ、ライオスとベルはカウンターに通された。

 

「おや、ライオスじゃないかい。生きてたのか? とっくにくたばっていると思ったよ」

 

 ミアお母さんと親しまれる女将は、豪快に笑う。

 ライオスは今夜のオススメ料理と酒樽ジョッキを頼んだ。ベルは所持金と照らしながら、料理を注文しようとしたが、勝手にオススメ豪快な料理で持て成された。

 

「うん美味い。ここの味は変わらないなあ」

 

 久しぶりの味を堪能し、ライオスは酒を飲む。全身に心地よい熱と感覚が行き渡る。

 その時、予約のロキ・ファミリア一行が颯爽と現れた。客人の視線が一行に注がれる。ベルもその1人だ。彼が見ているのは、【剣姫】アイズのみ。

 

「ライオスさん、冒険者になってから、どれくらいですか?」

「この街に来てから3年は経つな……」

 

 世間話をしながら、ライオスは2杯目を飲み干す。ちょうど、2人の料理も食べ切った。ベルは必死に詰め込んで、腹がパンパンだ。代金を置いて、席を立とうとした。

 

「トマト野郎だよ! おまえが5階層で始末したミノタウロスのくせえ血を浴びたトマト野郎! あの【ただのライオス】に追いかけられて逃げちまったじゃねえか! いかにも駆け出しのとろくせえガキが、不憫だよなあ! ミノタウロスに追いかけられて、挙句に【ただのライオス】にまで追われてよ! みっともねえ!」

「ベート、君、酔ってるね? ライオスに変なあだ名付けちゃ駄目だよ」

 

 狼人ベート・ローガは店中に聞かせるように、大声で叫んだ。馬鹿笑いをして食卓を乱暴に叩く。同席者は誰も同意しない。煩わしそうに、無視している。

 彼らの団長フィン・ディムナが当たり障りのないようにベートを宥める。それで止まるベートではない。

 

「あのまま、【ただのライオス】に喰われちまったんじゃねえか? もともと魔物を食うなんてキモいんだよ! そのせいでガネーシャからファミリア追放されて、ヘルメスに拾われちまったんだろ? しかも、未だに二つ名も貰えねえんだ。これでアイツも【人食い】なんて呼ばれるんじゃねえか!?」

 

 ライオスに二つ名はない。

 何故なら、ガネーシャが神会(デナトゥス)で妨害したのだ。魔物を食す趣向を冒瀆と呼び、オラリオから追放しようと提案したらしい。なんやかんやで、ヘルメスはライオスを庇った。

 他の神々もガネーシャに対し、「心が狭い」「潔癖過ぎる」「サイコパスぐらい許してやれ」等、散々、小馬鹿に説教されたらしい。

 それ以来、ガネーシャはライオスの名を聞く度、「その名を俺の前で言うな!」とキレる始末だ。

 当の本人は、カウンターで今日の狩りでの出来事を回想していた。コボルトの姿を浮かべ、ドロップアイテムの牙に、まだ不満を抱く。

 しかし、流石に騒がしいベートを視界に入れる。彼の耳がコボルトのそれによく似ている。触りたい衝動で、ライオスはベルの様子にも気付かず、てくてくと近寄った。

 ライオスの登場に場の空気は当然、凍る。

 だが、ベートは気づかず、アイズには雑魚は釣り合わないと力説していた。彼女の視線はベートの上に向く。

 

 皆の注目を集めたライオスは、そっと優しく愛でるようにベートの両耳に触れる。すっかり油断していたベートは一瞬、煩わしそうに顔を顰める。

 

「やあ、ベート。久しぶりだ」

 

 やっとライオスに気づき、ベートは驚愕に目を見開く。ライオスは指先で彼の耳をくねくねと揉み遊ぶ。

 

「今日はコボルトを狩っていたんだ。彼らの毛並みは素晴らしい。……ベートの耳は、コボルトみたいに柔らかくて美味しそうだ(※酔ってます)」

 

 穏やかなライオスの言葉に、ベートは全身の毛を尻尾まで尖らせて硬直した。店内にいた狼人達は急いでフードを被って耳を隠す。食事中なのに勘定を置いて、逃げ出す者までいた。

 店内の困惑と恐怖の空気に気づかず、ライオスはベートの耳を揉む。まるで、食べる為に解しているのではないかと、錯覚してきた。

 命の危機に声も出せないベートは、身ぶり手ぶりで仲間に助けを請うが、見事に皆、そっと無視を決め込んだ。アイズは何故か、席を立って行ってしまう。

 

「あの、ライオスさん。お連れ様が行ってしまいましたよ」

 

 無口で無表情ウエイトレス、リュー・リオンの指先は空席になったカウンターを指す。

 ベルを放っていたと気づき、ライオスはリューに勘定を渡す。ベートの飲みかけ酒樽ジョッキを手に外へ出る。シルが方向を教えてくれた。

 解放されたベートは、貞操の危機を回避した生娘のように縮こまった。

 

●○

 気づいたら、迷宮にいた。

 ライオスは地面で横になり、手には酒樽ジョッキを握り締めていた。

 

「起きましたか? ライオスさん」

 

 傷だらけのベルが傍にいた。そして『豊穣の女主人』を出た後、2人は迷宮に突撃した。夜通し狩り続けた結果、ライオスは酔いが回って倒れたのだ。

 

 ライオスはベルを背負い、換金もせずにヘスティア・ファミリアの本拠へと歩いた。廃墟同然、そんな教会の正面には、『ジャガ丸くん』の屋台で見かけたツインテール少女が立っていた。

 その少女こそ、ヘスティアだと察した。アルバイトをしているという情報と照らし合わせても間違いない。

 

「このケダモノ!! 僕のベルくんに何をしたんだ!?」

 

 自己紹介する間もなく、ヘスティアは甲高い声でライオスを罵倒した。




閲覧ありがとうございました。
ライオス「ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか?」
ベル「間違っていません!」


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怪物祭

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・16.6.5、7.1
 17.10.11に誤字報告を受け修正しました。


 本日の犠牲……もとい、獲物はダンジョン・リザード。

 縄でしっかり固定され、自慢の尻尾を切り落とす。簡単な血抜きをして、ライオスはハムのように薄くスライスした。

 

「……いくぞ」

 

 緊迫した雰囲気で、ライオスはベルに声をかける。ベルもまた、緊張に瞬きを忘れて見守った。

 

 ――ガジッ。リザードの生ハムを齧る。

 

「……うえ」

 

 舌には、血生臭い味しか広がらない。それでも、ライオスは尋常ではない不味さに耐える。耐えて、飲みこんだ。喉を通り、胃に落ちた感覚。

 吐き気に耐えながら、ライオスは口を押さえて、ベルに視線で合図する。ベルは、リザードにトドメを刺した。

 魔石が落ちると同時に、ライオスの胃に奇妙な違和感が来る。ただ、味だけが舌に残った。

 

「これは……ベルの推察通り、血以外は消えてしまうな。素晴らしい発見だ」

 

 渋い顔をして、ライオスは舌をタオルで拭う。表情に合わず、声は明るい。

 

「良かった……ですか? これからは、どうやって……?」

「そうだな、単純だがアイテムドロップ化を狙うしかないか……」

 

 ベルの質問に、水筒の水で口を濯いだライオスは思いつく。爪や牙は稀に落ちる。しかし、食せる部位がアイテムドロップさせる等、ライオスとて聞いた事ない。

 

「それなら、やっぱり中層か、深層に行くしか……」

 

 ベルはまだ駈け出しだ。中層は勿論、深層など持っての他だ。別れの予感にベルは寂しそうに項垂れた。

 

「いや一層ずつ、ひたすら討伐していく。勿論、他の冒険者の邪魔にならないようにな。元々じっくり調べていく予定だった。ベルに合わせるよ」

 

 今後の予定を話すライオスに、ベルは表情を輝かせた。

 入口を目指している時、2人は『豊穣の女主人』で今夜の食事を約束する。

 

「今夜こそベルの神様に挨拶しないとな。先日は、それどころじゃなかったし……」

 

 ベルを本拠(ホーム)まで送った際、ヘスティアは傷だらけの彼をみてライオスを責め立てた。反論の余地もなく、追い返された。

 ライオスを知っていたのではなく、朝帰りで傷だらけのベルの身を案じたからだ。

 回復したベルが必死に、ライオスを擁護した事も気に入らなかったらしい。

 

「いえ神様が今日から2・3日留守にするって言ってました。何処行ったんだろう?」 

「……ああ……きっと神の宴に行ったんだろう。年に一度の怪物祭(モンスターフィリア)が近いんだ」

 

 一般人向けの娯楽が少ないオラリオに、ガネーシャ・ファミリアが主催する祭だ。開催3日前には、神の宴を催し、祭りの成功への前祝い、地上に住まう神々との交流を図るらしい。

 

「闘技場での魔物の調教は見物だそうだ。屋台も増えるから、行ってみるといい」

「へえ。だったら、ライオスさんも一緒に行きましょう」

 

 折角の誘いに、ライオスは苦笑する。

 

「俺はガネーシャ様から目を付けられていてね。闘技場へは行けないんだ。行くと団長にクレームが行く」

 

 今度はベルが苦笑した。

 

「そういえば、……最初はガネーシャ・ファミリアにいたそうですね」

 

 あの晩、ベートが大声で話した内容をベルは覚えていた。

 

「あれは俺が軽率だった。LV.2にランクアップしたからと皆で祝っている時に、泥酔いしてしまってな。ガネーシャ様に今後の目標を聞かれて、馬鹿正直に話してしまったんだ」

 

 不意にライオスは思いつく。

 

「そうか、神の宴があるならヘルメス様も帰ってくるかもしれないな。やっとステイタスが更新できる」

「え? ヘルメス様って、そんなに帰って来ないんですか? いつからステイタスを更新してないんです?」

 

 吃驚したベルに、ライオスは慣れたように教えた。

 

「ここ半年程、更新してないな」

「それでよくファミリアの皆さん、暴動を起こしませんね……」

 

 反応に困ったベルは、当たり障りのない言葉で返した。

 

 ライオスが本拠に帰ると、ファミリアの仲間が全員集合していた。面子を確認し、アスフィは告げる。

 

「ご存じの方もいるでしょう。3日後に怪物祭が開催されます。我らのヘルメス様も今夜の宴の為に、お帰りになられました。明日の晩、皆さんはステイタス更新を受けますので、必ず本拠に戻ってください」

 

 何故だか、アスフィはライオスを睨んでいた。

 

●○

 昼頃になり食事にする。ライオスは自分お手製のサンドイッチ。ベルも丁寧な作りの弁当だ。

 

「そのお弁当はベルが自分で作っているのか?」

「いえ……あのシルさんが用意してくれるんです……」

 

 照れた顔で、ベルはモジモジと身を捩らせる。

 

「あのウェイトレスか……。あの子は君の事が好きなんだね。そうじゃないとここまで栄養バランスの摂れたお弁当を構えるなんて、ないよ」

 

 ライオスの微笑ましい指摘に、ベルは耳まで真っ赤に染まり沈黙した。

 

「明日の祭は見に行くか?」

「はい、ちょっと見てみたいので行こうと思います」

 

 つまり、明日の狩りは休みだ。2日分を稼ぐ為に、2人は各々の全力を出し切る。夕方には、ベルは肩で息を切らしたが、ライオスは平然としていた。

 本日の稼ぎ、3万ヴァリス。

 

「ライオスさん今日は半分にしましょう! 僕、貰いすぎですって!」

 

 必死なベルは、1:3で配当しようとするライオスを説得する。確かにベルは昨日より、確実に強くなっている。半月の駆け出しとは思えない強さだ。

 強さに見合う礼儀を尽くすのも、パーティの信頼に必要だ。

 

「配分については、また考えよう。そのお金で今夜はシルにお礼をするといい」

 

 再びベルは恥ずかしさで沈黙した。

●○

 ライオスと別れ、ベルは備品の補充に商店を回る。しかし、備品といってもポーションなどの高級品は買えない。ナイフ用の研ぎ石、血止めの包帯、衣服が破れた時の裁縫道具を買い足すのだ。

 

(ライオスさんのお陰で稼げるようになったけど、いつまでも甘えられないし……。せめて、剣だけでも買いたいなあ……)

 

 ショーウィンドーに飾られた剣は、短剣でも80万ヴァリスと高い。

 ただ、眺めているとベルは知っている声を聞く。ヘスティアと親しい神ミアハだ。

 

「ミアハ様! こんばんは。あれ? ミアハ様は神様の宴には行かれないんですか?」

「ああ、声はかけて貰ったが、弱小ファミリア故に商品の調合に明け暮れていてな。遠慮したのだ」

 

 神々には、それぞれ事情がある。察したベルは話題を変えた。

 

「そうだ、僕。最近パーティを組んだんです。ライオスさんっていうヘルメス・ファミリアの人で、とっても強いんですよ」

「……ライオス! あのライオスか……。 良い人選だベル。冒険者としての腕は私も保証できるよ、彼は」

 

 『冒険者としての腕は』、そこだけ強い口調でミアハはベルの肩を叩く。だが、ベルは別に疑問を感じた。

 

「ミアハ様、ライオスさんを知っているんですか?」

「ああ、彼の妹御が私の眷族でね。彼女も優れた冒険者なのだが今は里帰り中で街にいないんだ」

 

 まさかの繋がりにベルは心が躍る。今度、ライオスに紹介して貰おうと思った。そして、ミアハから良き隣人への胡麻摺りとパーティ結成祝いで、ポーションを2つも貰ってしまった。

 

●○

 今夜のヘルメスは、ステイタス更新作業で大忙しだ。

 まずは女性の眷族から順番に呼ばれていく。男性陣は退屈そうに呼ばれるのを待つ。ライオスも時間潰しに愛読書を読み耽る。

 新しいスキルを発現させた者、魔法を覚えた者、ランクアップした者、皆、ヘルメスに感謝して自らの寝床へ向かう。それぞれ、満足そうだ。

 最後の1人となったライオスも呼ばれた。

 

「やあやあ愛おしき眷族ライオス、君で最後だ。野郎の体なんてじっくり見たくないから、さっさと済ませてしまおう」

 

 挨拶もそこそこに、ライオスは上の服を脱ぐ。ヘルメスに背を向け、椅子に座って前屈みになる。女性なら、傍の寝台で横になってリラックス出来るが、男性は雑い体勢を強いられるのだ。

 ヘルメスの指先に、ナイフが刺される。一滴の血がステイタスに落ちれば、文字が淡い光となって、彼の前で変化していく。

 この状態では、眷族にステイタスは決して見えない。なので、変化した部分を紙に写し込むのだ。

 

(……ん? んん? ランクアップ……だと!? ええ!! 半年前にLV.3になったばかりなのに!?)

 

 ライオスは半年前、20階層で突然変異した魔物・赤竜をパーティで倒した際に、LV.3へと昇格した。メンバーだった他の5人も同様にランクアップしたという。彼の妹ファリンもその1人だ。

 あの日から、上層ばかり狩り場にしていると、アスフィから報告を受けている。ランクアップの要因などひとつもない。

 

(しかも、またスキルが発現した!?)

 

 LV.1の時、スキル『防衛の盾(ディフェンス・シールド)』を発現させた。誰かを護り抜くと宣誓した瞬間、全ての物理・魔法攻撃を無効化するスキルだ。重装戦士には、よくあるスキルで珍しくない。

 だが、今回は……その名も『美食家(グルメ)』、本人が望んだ魔物の部位をアイテムドロップ化させる。

 こんなスキル、聞いた事ない。まるでライオスの「魔物を食いたい」願望を叶える為にある。

 まさにレアスキル。娯楽に飢えた神々が知れば、楽しく大惨事となるに違いない。

 

(おもしろい、おもしろいぞ! ライオス! ガネーシャが君を捨てた事を感謝しよう!)

 

 ふつふつと高揚感が湧き起こり、知らずと笑みが零れるヘルメス。

 

「ヘルメス様」

 

(誰にも、渡さないぞ。俺の――)

 

「ヘルメス様!」

 

 ライオスの声に、我に返ったヘルメスは動揺も見せずに笑いかける。

 

「寒いので早くして下さい。後、笑い声が聞こえています」

 

 抑揚のない声だが、不気味に思っている。

 

「あはは、ごめん、ごめん」

 

 眷族にもステイタスを読めるように、紙へと写し込む。本来なら、その前に発現した発展アビリティを選んでランクアップするのだが、ヘルメスは教えない。しかも、スキルの部分に細工した。

 

「はい! 上層ばっかりだからかな? あんまり、変わってないね」

 

 ステイタス紙を見つめ、ライオスは不可解そうに眉を寄せる。

 

「魔力以外がオールGに上がっているんですけど……。バグですか? ずっと上層にいたのに……?」

「半年間も毎日、欠かさずやっていれば普通に行くんじゃない? 深層なら絶対Cだと思うよ。多分ね」

 

 イマイチ納得し切れないライオスだが、最近はベルとの狩りが楽しい。その心の変化が影響している可能性も考えた。

 

「ありがとうございました。ヘルメス様は、いつまでこの街にいるんですか?」

「ん? もう行くよ? 義務は果たしたしね」

 

 またアスフィの胃が痛みそうだ。ライオスは、瞑想して彼女を憐れんだ。自分も胃痛の原因の一つである事を棚に上げて――――。

 

 感謝して退室していったライオスを見届けた後、ヘルメスは胸中で一人の少年の名を呟く。

 

(ベル・クラネル、ライオスを上手く使っておくれ。これだけは俺の楽しみだ)

 

 愛想の良い笑みなのに、その目は飢えた獣のようにギラギラしていた。

 

●○

 本日の狩りはお休み。そして怪物祭り。普段はない美味しい出店が多く出回る日だ。

 なのに、ライオスはアスフィから治安巡回を命じられた。祭りは皆、ハメを外しやすい分、喧嘩やスリ、窃盗も絶えない。

 ギルドからの万一の応援要請だ。勿論、臨時報酬も出るのだ。

 ライオスは巡回しやすいように腰に剣を下げ、鎧を脱いだ状態で仲間とあちこちと回った。屋台のクレープやら、休暇を勝ち取った他の仲間がデートしている姿を恨めしく眺めたりした。

 

「ん? なんだ? これは……魔物の足音?」

 

 街の喧騒から、ライオスは魔物特有の足音を耳にする。他の仲間は全く聞こえないので「幻聴だよ」と苦笑した。

 

「ライオスさん! ちょうど良かった!」

 

 ギルド職員の女性ミィシャ・フロットが甲高い声で走り寄ってきた。彼女はライオスに小声で耳打ちする。

 

「あのね、闘技場から魔物が逃げちゃったんだって……、それでガネーシャ・ファミリアから応援要請が来てるの。出来るだけ、市民を怖がらせないように魔物を退治してくれって」

 

 太陽の下で魔物を視認できる。滅多にない機会にライオスは返事もせず、疾走する。音から位置は判断出来る。

 一番に現場へ着けば、バトルボアがいた。

 猪に似た風貌は、食欲がそそる。きっとロースが美味いはずだ。

 そんな場違いな考えを巡らせながら、怯える人々に突っ込もうとするバトルボアを背後から、強襲。一撃によって、魔物は真っ二つになり、魔石を残して霧散した。

 だが、今日は魔石以外に残った物がある。バトルボアの肩から腰の部分だった。

 

「あれ?」

 

 魔石を無視して、ライオスは落ちている肉を持ち上げる。この感触、猪とは違う独特な香りはバトルボアで間違いない。

 追いついたミィシャと仲間が魔石を拾う。そして、ライオスの手にした肉に注目した。

 

「なんですか? それ?」

「……多分、バトルボアの肉だ」

「は!?」

 

 ミィシャの質問に、素直に答えただけなのに、仲間が怪訝な顔をした。

 

(まさかアイテムドロップ?)

 

 少々、疑問に思う。今までこんな事はなかった。半年前でも同じだ。昨日の今日で望みが叶うのだろう。偶然かどうかを確かめる為に、ライオスは他の逃げた魔物を追いかけた。

 

 バットパット、インプと倒したが、それぞれ何も落とさなかった。もっと試したい。

 

「これで全部か?」

「他の冒険者にも、応援を頼んでいるから……えっと……」

「後は、シルバーバックだけです。なんでも白髪の少年を追いかけて『ダイダロス通り』へ逃げて行ったそうです」

 

 追いついたギルド職員がミィシャに代わって説明する。

 白髪の少年、それが誰なのかすぐにわかった。ライオスは真っ青になり、すぐに駆け出す。

 仮にライオスがシルバーバックを倒し、また体の部位を手に入れたとしても、ベルが食われた後など冗談ではない。

 ベルだけは魔物を食す話を馬鹿にせず、真面目に応援してくれた。絶対に失いたくない。

 

(ベル、俺が行くまで持ち堪えろ!)

 

 ライオスは、久方ぶりに仲間を想って街を走り抜けた。




閲覧ありがとうございました。
いつ更新できるかわからないのに、ここで区切ります。すみません。
ファリンはミアハ様の眷属です。理由は、後の話にて説明したいと思います。
スキル『防衛の盾』、盾職らしいスキルを適当に作りました。
そして、スキル『美食家』!これがあれば、きっと、ライオスの願いは叶う!ちなみに『東○喰○』や『ト○コ』は関係ありません!
ランクアップを本人にすら、誤魔化せるのかは知りませんが、できない場合はすみません。あと、ヘルメスはホ○じゃありません!


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神様の刃

閲覧ありがとうございます。
お気に入りが50名を越えました。ありがとう!

・16.6.5に誤字報告を受け、修正しました。


 シルバーバックは、なんとベルによって倒されていた。彼は神様と呼ぶ少女を抱えてこの場を走り去ったらしい。現場を見ていた住人達から、ライオスはそう聞かされた。

 もしかしたら、ベルは満身創痍で倒し、今は虫の息かもしれない。勝手に不安が増長し、ライオスは彼の姿を見なければ安心出来ない気分だ。

 

「ライオスさん、確認事項が……ライオスさん!?」

 

 ギルド職員の制止も聞かず、ライオスはまた走り出す。古びた教会、バベル、ギルド本部、心当たりを全て探したが、2人は見つからなかった。

 陽が沈んだ頃、ライオスはアスフィに捕まりギルド本部に連行された。

 

「え~ライオスさん。貴方が倒したバトルボアからアイテムドロップしたという肉についてですが、安全性が確認されるまで、ギルドで調査します。……よろしいですか?」

 

 折角、待望の肉を手に入れたライオスが怒りだす。エイナはそう踏んだ。しかし、彼はアスフィの隣で少々、苛立った様子で沈黙していた。

 

「肉なら、そちらで好きにすればいいだろう。俺はベルを探しに行く」

「ええ!? いらないんですか!!」

 

 全く予想外の発言に、エイナは礼儀を忘れて叫んだ。アスフィも眼鏡を拭いて、もう一度、ライオスをじっくりと観察して真意を図ろうとした。

 

「貴方、正気ですか? あれだけ魔物を食う事に拘っていたのに、ここは駄々を捏ねてもいいところですよ?」

「2人が俺にどんな印象を持っているのか、よくわかった。自業自得だから否定もしないよ。後は団長に任せる。それよりも俺はベルの無事を確認しないと、何も食えない」

 

 抑揚のない淡々とした口調でも、その眉間は悲痛にシワを作っていた。真剣さが伝わったアスフィは、ベルの居所を推察する。

 

「そのベル……んとかとやらは通いの店はありませんでしたか? 飲食店なら宿屋を兼任している場合もあります。可能性は十分にあるでしょう」

「ありがとう」

 

 感謝して、ライオスはギルドを駈け出した。

 残った淑女達は、お互いを見て苦笑する。

 

「アンドロメダ氏、よろしいのですか? 今回の騒動の報告なども済んでいませんが?」

「既に報告書として纏めてあります。これで十二分に足りるかと……」

 

 部下を走らせ、住民からの目撃証言を元に作成した報告書の束をエイナに提出された。受け取った彼女は、一見、冷淡な印象を受けるアスフィから穏やかな微笑が見えた。

 この若くして団長を務めるアスフィからも、ライオスの人間関係を心配されているとわかった。

 

●○

 『豊穣の女主人』にライオスは突撃した。眼を血走らせて、店内を見回す彼の姿に何人もの獣人達は「あ、人生、オワタ……」と勝手に人生の終わりを悟った。

 シルを捕まえて聞けば、ベルは神ヘスティアと2階にいた。黒髪少女が眠る寝台の傍ら、彼は床に鎮座している。

 

「あれ? ライオスさん、どうしたんですか?」

 

 普段と全く変わらないベル、手当された包帯は見えるが欠損はない。ライオスは心底、安心する。気が抜けて、階段の手すりにもたれるように座り込んだ。

 

「良かったああ~」

 

 口からも素直な感想が漏れる。ライオスの崩れる姿に、ベルはビックリして狼狽えた。

 

「ど、どうしちゃったんですか? あ、もしかして、今日、街で魔物が暴れたから……怪我したんですか?」

「君が怪我したんじゃないかと心配したんだよ……。シルバーバックを1人で倒したそうじゃないか、全く駈け出しのすることじゃない! 命知らずだ! エイナにも言われただろう、冒険するなって!」

 

 肩を揺らして荒い呼吸を繰り返し、ライオスはベルに指を突き付ける。突き付けた後、その手でベルの肩に優しく触れた。

 

「無事で良かった……」

 

 ライオスは感慨深く、口元を引き締めてから綻ばせて笑う。僅かな表情の変化がベルを心底、心配してくれたのだと理解した。

 心配して貰える嬉しさで、ベルの心は弾んだ。

 

「心配かけて、すみませんでした」

 

 ――ぐるううう。

 

 真剣なやり取りをライオスの腹から鳴る空腹音がブチ壊した。

 シルに幾分か前払いし、適当な料理を2階へ運んでもらう。2人は食事しながら、お互いの相手した魔物について情報交換する。

 

「ヘスティア・ナイフ? ヘスティア様から剣を貰えたのか?」

「はい。僕の為に、色々とかけあってくれたんです」

 

 ローンを組んでまで手に入れた武器。大いに興味をそそられ、ライオスはベルに黒いナイフを見せてもらう。肌触りは鉄と変わらず、重さも従来のナイフと差異はない。

 

「そういえば、ライオスさんの武器はどこのファミリア製なんですか?」

「今、使っているのは上層用の装備でね。ファミリアの武器庫から拝借してきた剣だ。愛用の剣は中層にも降りない限り、本拠に置くようにしている。そっちは……ちょっとした事で手に入れた。良い剣だ」

 

 含みを込め、ライオスはナイフをベルに返した。

 上層用の装備。

 この単語に、ベルは興味を抱く。

 

「どうして、普段から愛用の装備を使わないんですか?」

「……俺がこっそり、中層に降りない為の団長の言いつけさ。団長には迷惑かけているからな。出来る限り言う事は聞いてやりたいんだ」

 

 努力の方向がズレているライオスの笑みは、ベルには眩しい。

 

「責任感が強いんですね」

「いやいや!? ベルくん、騙されてるよ! え? 騙されるてるのかい? おかしいだろ、普通は迷惑をかけないようにするものだよ!」

 

 いつの間にか起きていたへスティアは、ベルの発想に驚いて喚く。だが、彼女は親友の神ヘファイストスにかなりの迷惑をかけた事を都合よく忘れている。

 

「あ、神様。起きたんですね。食べられそうなものがあったら、どうぞ」

「ヘスティア様、起きてもよろしいのですか? 倒れられたと聞きましたが?」

 

 ヘスティアの疑問を物ともせず、ベルは呑気に料理を勧める。ライオスも全く意に介さず、挨拶した。マイペースな2人に怒る気力も湧かない彼女は、とりあえず、皿の肉を適当に齧る。

 

「ふん、君に心配される謂れはないよ。ベルくんが僕の為に、全身全霊を込めて戦ってくれたからね」

 

 ライオスに悪態を付き、ヘスティアはベルの腕にその巨乳を押し付ける。まるで、恋人への密着だ。

 胸の感触に硬直したベルの頬へと、ヘスティアは愛おしげに頬擦りする。こうして、男女の仲良さげな部分を見せつけたいからだ。

 ライオスには何故だが、孫を可愛がるお婆ちゃんの印象を受けた。

 

「それで? ベルくんが大物を仕留めた時に【ただのライオス】くんは何をしていたのかな? どうせ、雑魚相手に右往左往していたんだろ?」

「そうだ! ベル、聞いてくれ! 不思議な事が起こったんだ!」

 

 ヘスティアの嫌味に気づかず、ライオスは今日発生したアイテムドロッブについて、生き生きと語る。今までの寡黙に近い雰囲気が消し飛び、喜びを爆発させた。

 興奮しすぎて、ライオスは笑みが強張ったままで、変な顔になる。

 

「万に一でも、魔物はアイテムドロップ出来るんだ! やっと味を知れる……」

「苦労が報われるんですね……良かったですね。ライオスさん……」

 

 我が事のように喜ぶベルをヘスティアは無言で、目を逸らす。

 

「ベル、俺の事はライオスでいい」

 

 途端に、ライオスは普段の冷静そうな口調に戻る。変わり身の早さに、ヘスティアはドン引きした。

 

「シルバーバックを1人で倒せた冒険者なんだ。俺を「さん付け」するなよ」

「……!! ……うん、ライオス!」

 

 実力ある冒険者として認められた。

 ベルは嬉しさで、満面の笑みで返事をする。冒険者仲間として見つめ合う2人に、疎外感でヘスティアはむくれた。むくれた彼女へとライオスはある事に気づいて、向き直す。

 

「神ヘスティア、挨拶が遅れて申し訳ありません。改めまして、俺はライオスと申します。ヘルメス・ファミリアの眷族ですが、ベルとパーティを組ませて頂いております。今後とも、よろしくお願いいたします」

 

 唐突な丁寧な物腰で挨拶され、ヘスティアは一瞬、目を丸くする。しかし、素直に受け入れるのが癪でまだむくれた表情で顔を逸らす。

 

「ふん。よろしくも何も僕のベルくんは、君を気に入っているんだ。……僕にとっては、僕の眷族も同じだよ。この前みたいにベルくんをボロボロにしたら……僕自らお仕置きしてやるからな」

 

 ヘスティアの言葉を胸に刻み、ライオスは感謝で頭を垂れる。彼女の素直ではない態度を照れ隠しと認識したベルは、微笑ましくこの場を見守った。

 

●○

 同時刻、本日の業務を終えたミィシャは、夜勤組と交代になる。報・連・相をきっちり行い、ギルド職員専用の通路を歩く。廊下の向こうから、裏方の職員がぞろぞろと歩いてくる。

 すれ違い挨拶しながら、その面子に、バトルボアの肉を預けた職員を見つけた。

 

「センシさん、こんばんは」

「こんばんは、ミィシャ」

 

 センシはミィシャより小柄でずんぐりむっくり体形、髭に覆われた姿が特徴のドワーフだ。何故か、常に双角の兜を被っており、仲間内では【兜の人】と呼んでいる。

 ドワーフは基本、アイテムの鑑定などの裏方作業を行う。その中でも、センシはキワモノ類を専門に取り扱ってくれる。他にも、誰もやりたがらない作業を率先して行ってくれるので信頼も厚い。

 ミィシャも気さくなセンシが男性職員の中では一番好きだ。

 

「あの肉の鑑定はどうですか? やっぱり危険ですか?」

「やっぱりと決めつけんでも……、現段階では毒性はないな。じっくり調べたいから、冷凍保存しておる。調査の一環で肉の一部を料理してみようと思う。だから、これから包丁を買いに行くのだ。また詳しい事は報告書として提出するので、ここで失礼」

 

 ミィシャの馴れ馴れしい態度にも怒らず、センシは少しだけ情報を教えて去って行く。彼が見えなくなってから、彼女は不意に気づく。

 

「え!? 魔物の肉を食べるって事!?」

 

 甲高い疑問は悲鳴となり、他の職員を驚かせた。

 

●○

 怪物祭も終わった商店では、昼間に高名な冒険者によって魔物を討伐するショーが催された。【剣の姫】の舞うが如く美しい一閃は、好評だった。

 武器屋には、【剣の姫】のような型を求めて客が訪れる。

 そんな事情、センシには知った事ではない。

 魔物の肉を切るには、どのような包丁が良いのか、そればかり考える。試しに自前の包丁で切ってみたが、肉の固さで切れ目が悪かった。

 普通の包丁では、絶対に駄目だ。

 いっそのこと、武器職人に頼んで包丁を打って貰えないか、漠然とした考えを持ちながら、店に入った。

 

「置いておけない!? どうしてだ、まだ期間は残っているはずだ!」

 

 着流しを着た人間の青年が鬚の店主に怒鳴りつけていた。

 

「あんたの商品が邪魔で、他の商品が置けないからだよ。とにかく持って帰ってくれ」

 

 怒鳴り声を物ともせず、髭の店主はカウンターに置かれた包みを指差す。おそらく、青年の作った武器が入っているのだろう。職人と店との間には商品を置く際、お試し期間が設けられる。これは、どんな駆け出し職人にも機会を与える為の街の方針だ。

 それを期間より短く返却されるとは、センシが知る限り初めてだ。

 悔しそうに奥歯を鳴らし、彼は逆らわずに包みを持ち帰ろうとした。

 

「すまんが、それをちょっとわしに見せてくれんか?」

 

 唐突に声をかけられ、青年は驚いてセンシを凝視した。やがて驚きに嬉しさが混ざっていた。

 

「お客さん、そいつは……」

「すまんが店主、また寄らせて貰おう。ここではなんだ。もう少し明るい場所へ行こう」

「お、おう……じゃない。はい」

 

 店主の声を丁寧に遮り、センシは青年を連れて行く。青年は戸惑いながら、礼儀を思い出した。

 『豊穣の女主人』の外側を借り、2人は簡単な食事を注文する。店内で刃物を出すのは、店に失礼だからだ。猫人のウェイトレス、アーニャ・フローメルに運んでもらった。

 

「まず、わしの名はセンシ。ギルド職員だ。裏方なので受付にはおらん。わしの呼びとめに応えてくれた事、嬉しく思う」

「……あ、俺はヴェルフ……です。ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師です。こちらこそ光栄です……」

 

 落ち着いた口調のセンシと違い、ヴェルフは緊張した声で自己紹介した。

 

「さて、では失礼して……、拝見させてもらおう」

 

 食事には手をつけず、センシは包みを解く。刃渡り30センチのスティレットだ。鞘を抜き、店の灯りを頼りにその輝きを眺める。

 ヴェルフも食事に手を付けず、センシの一挙一動を見逃さない。

 

「……ふむ、この剣おもしろいな」

 

 情けでもなく、純粋な感想だ。今まで見てきたスティレットは型通りの品ばかりだった。これにはヴェルフの性格がよく出ている。つまり製作者の我が強すぎるのだ。

 センシの呟きを聞き取ったヴェルフの表情は更に緊張で、強くなる。

 

「ヴェルフ、わしはおまえさんに依頼したい事がある。もしかしたら、武器の鍛冶師としての誇りを少々、傷つけるかもしれん」

「それはどういう意味だ?」

 

 露骨に不愉快さを出し、ヴェルフは低い声を出した。まだ青い若造の声には迫力は乏しい。しかし、純粋な怒りを感じ取った。

 

「わしは、おまえさんに包丁を作って貰いたいのだ」

 

 ヴェルフの表情が真っ青を通り越して白くなった。目はスティレットだけに焦点を合わせて、瞬きもしない。その沈黙に様々な葛藤が覗えた。

 

「勿論、ただの包丁ではない。魔物を切る為だ」

「……魔物?」

 

 顔を白くしたまま、震える声でヴェルフは首を傾げる。

 

「実は、これはまだオフレコなのだが、バトルボアの肉を手に入れた。その肉を調理したい。並の包丁では駄目なのだ」

「……魔物の肉を切る……?」

 

 顔色を取り戻したヴェルフは俄かに信じ難そうに眉を寄せ、口元に手を当てる。

 

「……つまり、俺の腕なら、あんたの……失礼、センシさんの望む包丁を作れると?」

「それはわしにもわからん。故に1本、頼みたい。わしの希望通りでなくても報酬はキチンと払う。約束しよう」

 

 出来るだけ淡々とした口調で、気のない風に語りかける。断ってもよいと印象付け、また、ヴェルフ以外の鍛冶師を探すという脅しでもある。

 ヴェルフはまだ悩んでいた。無理もない。熟練の鍛冶師なら、生活用品も割り切って製作できる。しかし、駈け出しには自尊心と誇りが付き纏う。

 

「良いか? わしの希望通りの品が作れたなら、わしはおまえさんの顧客になろう。包丁は1本では足りんし、様々な種類の型も作ってもらわんといかん」

 

 顧客という単語。これにヴェルフは勢いよく顔を上げて喰いついた。

 

「な、なんで……俺にそこまで言ってくれるんだ? まだ、その1本しか見せてないのに……俺をからかっているのか?」

 

 驚きのあまり、ヴェルフは不躾と知りながら質問した。

 

「さっき言ったように、おまえさんの武器はおもしろい。……しかし、冒険者は普通の武器や防具を求める。だから売れん」

 

 唐突に注意され、ヴェルフの心臓にぐさっと刺さる。これまで彼の作品はひとつとして売れなかった。理由はわかっているが、まさか、おもしろいから売れないなど、初めて言われた。

 

「じゃが、わしはおもしろいモノを求めておる。それだけじゃ」

 

 嫌味や罵倒は、微塵もない。

 暗い道を歩いてきたようなヴェルフは、センシの言葉に光を見た。

 

「ははっ、その仕事引き受けた!」

「交渉成立じゃな」

 

 行儀よくしていた気分をふっ飛ばし、ヴェルフは無造作にセンシの手を握る。彼は怒らず、目元を細めて笑い返した。

 

 ――ぎゅるるる。

 

「すまん、わしの腹だ」

 

 淡々と謝罪し、センシは料理を食べだす。マトモな仕事が得られた嬉しさで、ヴェルフも遠慮なく、夕食にありついた。

●○

 ベル達と別れたライオスは代金を払って店を出る。何故か、店の外に見慣れたドワーフが見慣れぬ青年と樽を囲んで座っていた。

 かつて、ライオスと共に赤竜を倒したメンバーの1人センシだ。

 ギルド職員でありながら、迷宮での探索を望んで勝手に下りた。しかも、自力で11階層まで下りた強者である。

 偶然、鉢合せたライオス達の仲間となり、ギルドに内緒で狩りを行った。しかし、あの赤竜を倒した時だけは、正直にセンシの存在を報告した。

 ギルドの神ウラノスは「何してくれてんだ、てめえ!」とセンシにガチ切れしたそうだ。その凄まじい剣幕に、彼は2度と迷宮へ下りないと誓っってしまった。

 それがパーティー解散のきっかけとなった。ほぼ、半年ぶりの再会だ。

 

「センシ、何しているんだ? こんなところで珍しい」

「おお、ライオス。ちょいと交渉しておったんじゃよ」

 

 頬を赤く染めたセンシの足元には、大量の樽ジョッキが転がる。傍で、リューがテキパキと片付けては新しい樽を持ってくる。完全に出来上がっていた。

 

「こちらはヴェルフ、へファイストス・ファミリアの鍛冶師じゃ」

 

 紹介された青年ヴェルフは、樽につっぷして寝ている。幸せそうに微笑んでいた。

 

「折角だ。一緒に帰ろう……ちょいと話もある」

 

 代金を払い、センシは普段通りの動きで軽くストレッチする。ヴェルフは起こすのも忍びないので、ライオスは彼を背負う。

 

「この子の家は知っているのか?」

「そういえば聞いておらん。仕方ない、わしの寝床に連れて行くか……」

 

 住処も知らない青年を酔い潰す。珍しいセンシの接待にライオスは苦笑した。

 

「例の肉な、料理する事にしたんじゃ。もし、何の問題なければ食いにこんか?」

 

 嬉しい誘いにライオスの心は弾む。

 

「勿論……一緒に食べて貰いたい仲間がいるんだが……いいだろうか?」

「……それは構わんが……おまえさんとこの団長は嫌がるぞ?」

 

 ライオスのお願いに、センシは見当外れな答えを返す。センシにとって、今、ライオスが仲間と呼ぶのはアスフィだけらしい。

 

「最近、一緒に潜っている駆け出しの……頼りになる冒険者だよ」

「……そうか、良い出会いがあったんじゃな」

 

 照れたように笑うライオスをセンシは我が事のように喜んだ。

 あの頃のメンバーはライオスとセンシしか、オラリオにいない。ファリンは故郷に帰り、残り2人も彼女の護衛として着いて行った。

 正直、帰ってくるか疑問だ。

 特にソーマ・ファミリアだったチルチャックは、ファミリア内で酷使されていたという。あまりにも酷い内容らしく、教えて貰えない程だ。

 戻るとすれば、ファリンとロキ・ファミリアのマルシルぐらいかもしれない。そのファミリアには彼女が尊敬する【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴがいる。抜ける理由もない。

 

「皆、元気かな?」

 

 感傷に浸るライオスの呟きは、夜風に攫われた。




閲覧ありがとうございました。
センシはギルド職員です。なぜかって、彼が神の加護を持ってダンジョンに挑むとは思えない!あと、普通にライオスと潜ってしまい、ベルとの出会いがなくなりそうだったからです!
そして、ライオスとヴェルフはニアミス?です!


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弱者

閲覧ありがとうございます。
お気に入りが230件こえて、嬉しいです。
ゆっくりとベルの敬語が崩れていきます。

・16.6.5に誤字報告を受け修正しました。


 ライオスとベルは、センシに呼び出されてギルドに来ていた。

 

「はじめまして、ベル・クラネルです」

「はじめまして、わしはセンシ。ライオスと組んだお人好し……相棒とは一度、会いたかった」

 

 初対面の2人が挨拶を交わし、個室へ案内された。

 簡素なテーブルには、布で覆われた皿が2つある。ライオスは期待に胸を膨らませ、促されるままに席へ着く。ベルも初めて入る部屋に、緊張でソワソワしながら彼の隣へ座った。

 

「腕の良い鍛冶師に包丁を頼んだおかげで、ついに完成したんじゃ」

 

 声をを弾ませるセンシが布を取っ払う。

 三つ葉やかいわれ大根を飾る肉たたき、分葱が添えられたバラ肉豆腐だ。

 これをバトルボアの肉で使ったなど、ベルには微塵も分らない。しかし、ライオスの嗅覚は豚肉や牛肉とは確実に違う匂いを嗅ぎ分けた。

 今にでも喰いつきたい衝動を抑え、ライオスはセンシの了解を待つ。

 

「ちょっと冷めておるが、味はわしが保証する」

 

 自信満々に言ってのけ、センシは取り皿とフォークをふたつずつ用意してくれた。

 

「さあ、どうぞ」

 

 ガッツくような真似はせず、ライオスは慎重にフォークに肉を巻く。待ちに待った瞬間に興奮してしまい、言葉を失う。その隣で、ベルは彼が口にするまで慎んだ。

 ベルの様子に気づいたライオスは、恥ずかしそうに肉を口に入れた。

 

「……んまい……」

 

 口に溶け込む肉の味。歯に当たる度、肉汁が舌へ溢れる。喉を滑りこむ感触は、確かに肉だ。

 冒険者となって迷宮に潜り、3年。

 理解者は片手程度しかいない魔物への偏愛、故の食。ファミリアを追放され、大切な妹にも迷惑をかけた。ライオスにとっての辛く長い日々が味となって、報われた。

 感激のあまり、目から涙が溢れてしまう。

 声を出さずに泣くライオスの姿を見て、まだ食していないベルまでもらい泣きが発生する。シクシクと泣き続ける2人に、センシはそっと水の入ったコップを差し出した。

 

 完食した2人は、歯茎に残る肉汁を惜しみつつ水を飲む。

 

「さて、落ち着いたところでライオス、ベル。2人に確認したい。祭りの日から今日まで、入手したドロップアイテムはゴブリンの舌が20枚、ダンジョンリザードの尻尾が4個だけじゃな」

「ああ、今日は迷宮に潜っていないから、それで全部だ。折角だ。今から行くか? コボルト狩りに!」

「良いですね!」

 

 テンションの上がり、ライオスは話の最中なのに勢いよく席を立つ。同意したベルも立とうとした。センシからのツッコミという拳を受け、2人は冷静になれた。

 

「いまのところ、おまえさん達のようなドロップアイテムをした冒険者はおらん。しばらくは口を閉じておく事だな。ギルドでも、極一部しか知り得ぬ情報じゃ」

「こんな素晴らしい事なのに……ですか?」

「ドロップ率が上がれば、自然と知れ渡るよ。ただ俺達がわざわざ広めるなって事だよ。俺はただでさえ、目立つからな。ベルにまで迷惑はかけたくない」

 

 自分の身を案じての決め事だと知り、嬉しさでベルは強く了解した。

 

「僕もライオスみたいに強くなりたいな」

 

 ベルの改まった決意にライオスは微笑ましく頷く。その様子を見てセンシは無反応を貫いた。

 

(駆け出しの身でシルバーバックをたった1人で倒したんじゃから、ベルはとっくに目立っておるがの)

 

 先日の大物退治、冒険者では知る者は少ない。しかし、職員や目撃者の間では、白髪のベルという冒険者は一目置かれている。

 センシ自身も、こうしてベルと対面して大いに興味を惹かれる存在だ。

 

(おもしろそうだから、黙っておこう。2人がオラリオの誰もが認める冒険者となった時に、思い出話にできるからな)

 

 髭の中で笑い、センシは勝手な楽しみを作った。

 

 充実な時間を過ごし、ライオスとベルは食器を片づける。センシへの礼を込めての掃除だ。

 掃除中、ライオスは不意に思い付く。

 

「腕の良い鍛冶師って、ヴェルフだろう? どうして、今日は来てないんだ?」

「連日の徹夜で倒れてしもうたんじゃ。納得のできる包丁を造り上げるまで10本かかってな。また、お互いの時間がある時に改めて紹介しよう」

 

 残念に思ったが、機会はまたある。

 センシに別れを告げ、ライオスとベルは早速、迷宮に潜る。食事が美味しかったせいか、ハイテンションになった2人はそのままの勢いで7階層へ突入した。

 キラーアントの脚を大量に入手できた。ライオスの換金中、ベルはエイナから叱られた。

 

「ベルくん! ライオスさんの強さに頼ってるでしょう!? 自分の実力に見合わない階層へ降りちゃ駄目!」

「い、いえ! 僕のステータスは、いくつかEまであります! 今日の7階層もよく働けたと自負しています」

 

 そんな会話がなされているとも知らず、ライオスは換金口の向こうにいるセンシと言葉を交わす。

 

「コボルトを狩ってくるんじゃなかったのか?」

「なんか、ノリで深く降りたくなったんだ。欲しかったんなら、明日にでも行って来ようか?」

 

 換金した4万ヴァリスを袋に詰め、ライオスは確認する。顔の見えないセンシは声で、残念そうな雰囲気を出してきたが断ってきた。

 

「ライオスの行く範囲内で良いとも。ちょっとだけ期待しただけじゃ、本当にちょっとだけ……」

 

 少々、嫌味が混じったセンシの声にライオスは、すぐにでもコボルトを狩ろうと決めた。

 

「明日、休みにしていいかな? エイナさんと約束があって……」

 

 報酬を折半した後、ベルの提案で明日は急遽、休みと決まる。ライオスは心の中でセンシに詫びた。

 

「デートか? シルといい、エイナといい。ベルは年上キラーだな」

「ち、違います!! もう、シルさんは……と、とにかくエイナさんは僕に親切なだけです! からかわないで下さい!!」

 

嫌味ではなく正直なライオスの感想に、ベルは耳まで真っ赤に染まり両手をわしゃわしゃ動かして動揺した。

 

●○

 ファミリアにて団長の地位になるアスフィは、冒険者ではなく組織管理が主な仕事だ。

 彼女の指示で、ヘルメス不在のファミリアは順調に活動できる。正直、神に責任者を押し付けられた感のあるアスフィも、自慢ではないが自分の統括力には自信を持っていた。

 

 ――ライオスが来るまでは。

 

 夕暮れの光が窓から射し、アスフィは自分の執務室を見渡す。

 

「ただいま、アスフィ。今日の報告をしたいんだが、時間いいか?」

 

 開け放たれた扉から、ライオスは顔を覗かせて入ってきた。アスフィはノックの音に返事をするのは、手間と考える。仕事もせず、応対もしていないなら扉を開けておけばいい。

 それだけで、アスフィに時間があると示す事はできる。

 ライオスを一瞥し、アスフィは椅子に座って彼にも着席を求める。扉を閉めたライオスも、彼女の正面に緊張もなくドシッと構える。

 

「今日は、センシが手料理を振舞ってくれた。ただの料理じゃない。バトルボアの肉料理だ! わかるか? ついに食べる事が出来たんだよ」

 

 初めての冒険を体験した純粋な少年のような輝きを見せ、ライオスはアスフィに聞かせる為にじっくりとゆっくりと語り続ける。

 内容が肉の食感なので、浪漫もクソもない。

 これは料理のリポーターなのだと、自分を誤魔化しアスフィはライオスの話に聞き入る。そして、魔物は食えると理解した。

 実を言えば、ライオスのような嗜好の持ち主は、大勢いる。皆、批難を恐れて隠しているだけだ。

 そういう連中にとって、まさに朗報。

 しかも、【ただのライオス】のお墨付きとくれば、喉から手が出るほど欲しがる。顧客を掴む前に、商品たる魔物の部位のドロップアイテムの確率調査を行うべきだろう。

 

「今度は、アスフィも一緒に行こう」

 

 脳内で金勘定をしていれば、唐突な誘い言葉をかけられる。真剣な声色に一瞬、心臓がドキッとした。

 

「……貴方がレベル4になったら、考えましょう」

 

 心臓の高鳴りを悟られぬように、冷淡に吐き捨てる。なのに、ライオスは約束を取り付けられた事に喜んでいた。

 

「アスフィと食事できるなら、頑張らないとな」

 

 改めてライオスの顔を失礼のないように眺める。集団に埋没してしまう平凡な顔立ち、精悍な印象もなく幼さもない。

 だが、実力と誠実な性格には、確かな信頼がある。信頼だけで、決して1人の女性としての感情は一切ない。

 大体、魔物への偏愛思考の持ち主など、論外だ。

 

「明日、休みになったんだ。明日の俺に出来る事はないか?」

「……そうですね。基本、貴方がいなくても廻る流れですが……。今までドロップアイテムした魔物に関するレポートでも提出して下さい。魔物に詳しい貴方なら、簡単でしょう?」

 

 半分は皮肉、半分は休息を望んでアスフィは命じた。

 

 翌日の昼頃、百枚近くのレポートが提出される。徹夜したのであろうライオスの目は充血していたので、アスフィは殴って寝かしつけた。

 

●○

 迷宮入口には、目印として噴水が建っている。建てた噴水が目印になった。

 どちらが先にせよ、住処が別々の冒険者には待ち合わせにちょうど良い。

 

「ライオス!」

 

 流れる水を眺め、ライオスは自分を呼ぶ声を聞く。ベルがその白髪と同じような色の軽装鎧を装備し、左腕にはエメラルド色のサポーターを着けていた。

 

「おはよう、ベル。鎧を買ったのか? 似合うな。君とよく馴染む」

「本当? 僕もこの鎧を見た時、一目惚れっていうのかな? すごく気になっ……」

「あの……ベル様」

 

 遠慮がちな高い声に、ライオスはベルより更に視線を下げる。彼の胸元にも満たない少女がフードで頭を隠し、小さな体を隠してしまいそうなバックパックを背負っていた。

 少女はライオスの視線に丁寧なお辞儀で返した。

 

「あ、ごめん。この子は、リリルカ・アーデさん。サポーターなんだ。今日の狩りにどうかと思ってね」

「サポーターか。ベルが連れて行きたいなら、俺から反対はないよ。えーと、リリルカと呼べばいいのかな?」

「どうか、リリとお呼び下さい。今日はお試しですので、契約金は不要です。ご安心下さい」

 

 サポーターは、後衛もしくは非戦闘員だ。しかし、冒険者の命である荷物を預かっている。荷物に気を配らず、戦闘に集中できるのは、駈け出しや熟練者でも重要な要素だ。

 お互いの命を預け合う意味で、契約金は発生するとライオスは考えている。

 

「いや、お試しだろうと契約金は必要だ。いいかな、ベル?」

「……! うん、ライオスの言うとおりだと思うよ」

 

 ベルの同じ意見を抱いていたので、ライオスに同意する。そんな2人を見て、満面の笑みを浮かべたリリは感謝を込めて頭を下げる。決して見えぬ角度の奥で、ほくそ笑んでいるなど彼らは知らない。

 

「パルゥムと組むのは久しぶりだな。よろしくね、リリ」

「……パルゥム? 先ほど、ベル様も同じ事を言っていました。リリは獣人です」

 

 不可思議そうに困惑したリリはフードを取って、耳を出す。ライオスは飛び出た耳を凝視してから、もう一度、彼女の全身を見渡した。

 種族には、それぞれに特徴がある。耳などの身体的特徴もそうだが、体の動かし方だ。五感の優れた獣人族は、人よりも周囲の警戒をする動きが微妙に強い。離れた相手や物でさえ、気になってしまうのだ。

 しかし、リリにはその動きはない。むしろ、ライオスの知るパルゥムと同じだ。

 

「いや、君はどう見てもパルゥムだろう。何故、耳が生えているんだ?」

 

 純粋な疑問故の質問。

 ゾッと寒気がした顔つきで、リリは一歩後ろに下がる。

 

「ライオス! 女の子にいろいろ聞いちゃ駄目だって!」

「む? ……そうだな、すまん。さっきからベルが呼んでいるが、俺の名はライオス。ヘルメス・ファミリアのライオスだ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 

 リリの強張った笑みで、彼女は【ただのライオス】を知っていると判断した。そして、それは彼女にとって予想外の事態だ。

 今日の狩りはリリへの警戒を重点にすべきだが、新しい仲間を歓迎しているベルには言えなかった。

 

●○

 7階層の狩りは、順調に終わった。

 

「わあ、ベル様。すごーい! ライオス様、お強い!」

 

 ベルとライオスはお互いの背を預け合い、リリは黄色いを上げてもサポーターの仕事を怠らずに魔石集めを行う。

 ただ、ドロップアイテムはなかった。しかし、ライオスにがっかりした様子はない。

 先日より少なめだが、それでもサポーターを雇うには十分な稼ぎを得られた。

 

「リリのお陰で、戦闘に専念できて助かったよ」

「いえいえ、リリなんてただの荷物持ちですから。お2人の武器はすごいですねえ。どうやって、手に入れたんですか?」

 

 今日のお礼を述べるベルに、リリは愛想よく笑う。そして、興味深そうに2人の武器を交互に見る。

 

「……俺の剣はファミリアの支給品だ。大した業物じゃない」

「僕のは、ファミリアの神様に頂いたんだ」

「へえ、良い神さまですね。流石はお2人の神さまです」

 

 剣の柄に触れ、ライオスは普段の口調で答える。ベルはナイフが褒められ、上機嫌に話した。きゃぴきゃぴと、リリは神さえ褒め讃えた。

 

「そういえば、リリはどこのファミリアに所属しているの?」

「はい、ソーマ・ファミリアです」

「……チルチャックの……」

 

 思わず口走った名は、リリの耳にも届いてたのだろう。刹那の間、彼女の目が光を失ったように沈んだ。あまりにも短く、ベルは決して気づかない。

 

「それでは、本日はこれにて失礼いたします。また、サポーターがご利用でしたら、リリにお声をおかけ下さい」

「うん、今日はありがとう。リリ」

「では、またな」

 

 暗闇を知らぬ明るい笑顔で、リリは商店街の方角へ走って行った。

 

「それじゃあ、僕はエイナさんに……!!」

 

 ギルドへ向かおうとしたベルの肩に腕を回し、ライオスは引き留める。周囲に聞かれぬようにベルの耳元へ唇を寄せた。

 

「リリと2人きりになるなよ」

 

 今までの温厚な雰囲気が消え、ライオスは警戒を冷たさに変えた表情を見せる。

 

「いいか? 魔物は意味があって、その姿をしている。それは他の種族も同じだ。パルゥムが獣人族のフリをするのは、必ず意味がある」

「……ライオス」

 

 返事を聞かず、ライオスはベルを離す。耳元で囁かれ、こそばゆかったなどとおちゃらけた感想を言える余裕もない程、重い言葉が胸に来ていた。

 

「ギルド、行くんだろ?」

 

 普段の雰囲気を出すライオスに、ベルも普段通りに笑い返した。

 そして、エイナにリリの話をしたが、ソーマ・ファミリアに所属している事に関して煮え切らない態度を取られた。

 

「先入観を与えちゃいけないし、結局はベルくんが決めないといけないしね」

 

 憂いのある笑顔を見せるエイナに、ベルは気づく。

 ライオスもずっとベルに決めさせてきた。それがあそこまで強く警告する程、リリは危険だと訴えている。

 そもそも、昨日のパルゥムは刀使いに追いかけられていた。もしも、リリが彼女なら事情があるはずだ。

 

(一緒にパーティーを組んでいれば、そのうち話してくれるよね? リリ)

 

●○

 ――人選を誤った。

 

 走りながら、リリは思う。

 路地に入り、座り込んで思う。

 女の子だからという理由で自分を庇ったお人好し、しかも高価そうなナイフを持っている。次の獲物として声をかけてみれば、2人ともリリの魔法を見破った。

 しかも、1人は『ただのライオス』。チルチャックの元パーティーメンバーだった。

 チルチャックはリリと同じファミリアで、パルゥム。小柄で非力な自分達は、いつも虐げられていた。彼が彼女に食べ物を分け与えてくれたのは、同族の情だったのだろう。

 しかし、表立って庇う事はなかった。それは仕方ない。リリだって、逆の立場なら誰にも情けなんてかけない。

 

〝リリ、俺のパーティーに来いよ〟

 

 チルチャックからの誘いを受けた時、リリは既に【ただのライオス】を知っていた。あんな変人と組むなど、願い下げだと断ってしまった。

 それから一年もせず、赤竜討伐の話が出た。その報奨金は、チルチャックをファミリアから解き放つに十分な額だったと知れ渡るのは早かった。

 

 ――裏切られた。自分だけが自由の身になり、街から出て行けるなんて許せない。

 

 リリはチルチャックを呪った。実際は何もしてない。ファミリアの会合で、最後に顔を合わせた時に恨めしく睨んでやった。

 その時の彼の顔は、何故か思い出せない。

 

「リリ!」

 

 自分を呼ぶ声に吃驚して顔を上げ、眼前にベルの姿を見た。

 

「どうしたの? 座りこんじゃって……。具合悪い?」

「い、いえ。思ったより、疲れたみたいで座って休んでいただけです」

 

 長い事、考え込んでいたらしい。リリは持ち前の明るさで、ベルに返事した。

 

「良かった。実は明日からの事なんだけど、……一緒に迷宮へ潜ってくれる?」

 

 勇気を振り絞ったように、ベルは真摯な態度でリリに問うた。彼女は心の中で、彼を嗤った。

 ライオスは確実に自分を警戒している。だが、お人好しのベルは違う。今日の稼ぎは、リリの予定を大きく上回る。そして、黒いナイフは刃毀れがひとつも出ない業物。

 

 ――絶対に手に入れる。

 

「感謝いたします。ベルさま」

 

 心底、穏やかな笑みを浮かべたリリの返事に、ベルは無邪気に笑い返してくれた。

 




閲覧ありがとうございました。
やっと、魔物が食べれました。
今回は真面目な話になってしまいましたね。もっと、ライオスを笑わせたいです。
チルチャックはパルゥム族です。
神様、出番ない……。


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魔導書

閲覧ありがとうございます。
お気に入りが470件を超えました。
こんな拙い文章を見に来てくれて、ありがとうございます!

・16.7.2、ご指摘を受けアイズの口調を修正しました。
        誤字報告を受け修正しました。


 すっかり日の暮れたオラリオの街。

 半年ぶりの光景は、ファリンに安心を与えた。

 ここまでの道中に出くわした魔物は、迷宮の住人に比べれば全然強くない。同行させて貰ったキャラバンも、オラリオの冒険者と聞いて頼りしてくれた。

 

「ファリン、チルチャック。私は本拠(ホーム)に帰るから、ここで別れるわね」

 

 浮足立ったマルシルは、ロキ・ファミリアの本拠へと向かう。彼女を見送り、ファリンは傍らで難しそうに顔をしかめたチルチャックを見やる。

 

「お腹空いたし、先にご飯食べようか?」

「ん? ああ、そうだな。久しぶりに『豊穣の女主人』にでも行くか」

 

 そのまま会話もなく、目的の店に着く。千客万来、商売繁盛。今宵も酒場に客で賑わっている。

 

「あれ? ミアハ様じゃねえの?」

 

 チルチャックの指摘で、店の外で樽を囲むミアハを見つける。穏やか風貌はまさしく、ファリンの所属するファミリアの神だ。

 しかも、1人ではない。相手はファリンと歳の変わらぬ少女と同伴だ。幼い見かけから想像もできない勢いで、酒をガブ飲みして号泣だ。

 

「デートかしら? 声をかけないでおく?」

「いや、あれは失恋した女の愚痴を聞いているってところだ。ミアハ様を見ろ、お馬鹿な友達を憐れむ視線を送ってやがる。きっと、あの女は神だ」

「ベルくん、愛しているよ――!!」

 

 チルチャックの推測を聞くと、不思議とその通りに見えてしまう。実際、幼き女神は愛を叫んでいた。

 折角、見かけておいて声をかけないのは礼儀に反する。ファリンは決意し、ミアハに挨拶した。

 

「お久しぶりです。ミアハ様、ファリンです」

「ファリン! それにチルチャック! 帰ってきたんだね。おかえり」

 

 我が子を出迎える優しい口調で、ミアハは2人の帰還を喜んでくれた。

 

「マルシルはどうしたんだい?」

「あいつは、とっとと本拠に帰りましたよ。そちらは神様ですよね?」

 

 チルチャックが失礼のないように呆れた目つきで女神へ視線を送る。ミアハの笑顔は、何故か悪戯っぽくなった。

 

「ああ、そうだよ。神ヘスティア。彼女の眷族がライオスのパートナーをやっているんだ」

 

 一瞬、ミアハの言葉が耳を素通りしてしまう。慌てて2人は言葉を拾った。

 

「え、兄さんにパートナー?」

「あのサイコパスと組むなんて、そいつも病んでるな」

「ベルくんの悪口を言うなあ!!」

 

 吃驚したファリンを無視し、ヘスティアはチルチャックの呟きにブチ切れる。手に握った酒樽を投げつけたが、彼はすんなり避けた。

 偶々、空き皿の回収に来ていたリューが物ともせずに受け取った。

 無理やり同席し、ミアハからライオスの近況を聞きだした。

 駆け出しの冒険者ベル・クラネル。

 今のところ、ライオスとベルの関係は良好らしい。

 

「うう、ただでさえライオスくんとばっかり、迷宮に行っちゃってさ。しかも、あんな女まで……ヒィック」

「いや、冒険者が迷宮行かんでどうするよ?」

 

 チルチャックのツッコミにも、ヘスティアは涙で返した。

 

「……良かった。兄さんが人と組める程、気持ちが戻ってくれて……」

 

 安心したファリンは、杖を握り締める。

 兄の悪評は自然と妹にも繋がる。最初はファリンもガネーシャ・ファミリアだったが、例の件でミアハ・ファミリアに改宗(コンバーション)した。

 所属を分ける事で、ある程度はファリンを中傷から守れるとライオスは思っていた。しかし、彼の妹と知れば誰も組みたがらない。

 だから、ファリンや親しいマルシル達としか組めなかった。

 偏愛を拒絶されてもいい。しかし、ファリンの評判まで落とされるのは、ライオスは我慢ならなかった。

 センシのパーティー脱退は、冒険者稼業を見つめ直す良い機会となった。

 ファリンはそう考えている。そして、彼女は戻ってきたのだ。

 

「そうだね。ヘスティアの話じゃ、相当、打ち解けているらしいよ。私から見てもベルはとてもいい子だ。是非、会ってくれ」

「はい、ミアハ様」

 

 花が咲く笑顔でファリンとミアハと微笑みあう。そして、彼はチルチャックに視線を移した。

 

「それでチルチャック、戻ってきたという事は冒険者を続けるんだね?」

 

 優しさの中に真剣さを混ぜ、ミアハは確認する。チルチャックは一瞬、強張った表情を見せたが迷いなく肯定した。

 

「はい、ミアハ様。俺は貴方のファミリアに改宗します。貴方の下で冒険者を続けたい」

 

 チルチャックは半年前にソーマ・ファミリアを脱退した。しかし、今だ神ソーマからの恩恵を受けている状態だ。

 オラリオでは、恩恵を受けたままファミリアを抜けた引退者は珍しくない。神が死なぬ限り、受けた恩恵が消える事はない。そのまま街を去っても良かったが、チルチャックもまた「戻る」という選択をした。

 ソーマ・ファミリアの連中から、妨害があろうとも構わない。

 

「いいとも、チルチャック。ようこそ、我がファミリアへ」

 

 新たな眷族にミアハは神々しく、それでも親しみやすい穏やかで迎え入れる。チルチャックの決意に、ファリンは嬉しさで泣いた。

 

「ベルくううううん!」

 

 この感動的な場面にヘスティアは空気も読まずに、愛するベルを呼んだ。

 

●○

 装備を整えながら、ライオスは物思いに耽る。

 今日もリリはやってくるに違いない。彼女はライオスにおべっかを使うのをやめたようだ。笑顔を振りまきながら、その丸く幼い瞳は冷たい。

 パーティーメンバーを陥れる人間の目だ。ライオスはそういう考えを持つ者を何人も見てきた。

 これがライオスのパーティーなら、すぐに追い出すのだが、ベルをリーダーとしているのでそうは行かない。

 リリもライオスの目が光っている内は事を起こさないだろう。その内、飽きて彼女から去るのを待つしかないのだ。

 支度を終えて本拠を出る。しかし、建物の外にいた客人に驚いて足を止めた。

 

「ファリン、帰ってきたのか?」

「うん、兄さん。ただいま」

 

 里帰りしていたファリン、半年前と少しも変わらない優しくて大切な妹だ。無事でいれくれた現実と帰ってきてくれた現状に、ライオスは心底、安堵した。

 

「マルシルとチルチャックも一緒か?」

「うん、2人も一緒よ。チルチャック、ミアハ様の眷族になるんですって」

 

 自分からチルチャックの名を出しておきながら、ライオスはリリの姿を脳裏に掠めた。

 

「ギルドに行っててくれるか? 俺も後から追いかける」

「うん、私もいっぱい話したい。良かったら、兄さんのパーティーメンバーも紹介してね」

 

 ファリンの喜びを抑えた声にライオスは一瞬、考え込む。ベルの事を彼女が知っており、それを喜んでくれていると理解した。

 

「ああ、とても良い奴なんだ。紹介させてくれ」

 

 微笑み頷くファリンを置いて、再会の喜びを胸に抱えてライオスは廃教会へ急いだ。

 

「ライオス、おはよう。来てくれて嬉しいよ。ちょうど良かった。今日、休みにしていいかな? 神様の具合が悪いから、看病してあげたいんだ」

「それは好都合だ。俺も今日は休みにしたくて、来たんだ。実は、ずっと里帰りしていた妹が帰ってきてな。お互いの近況を話したいんだ」

 

 妹の帰還に、ベルは我が事のように喜んだ。

 

「確かミアハ様の眷族だよね? ミアハ様から聞いたよ」

「ベル、ミアハ様と知り合いだったのか。そっちにビックリしたぞ。リリには俺から言っておくから、ヘスティア様の看病に専念してくれ。もし、俺に用があったら、ギルドにいるからな」

 

 若干、早口になりライオスはすぐに教会を後にする。

 

「ライオスの妹かあ、どんな人かなあ」

 

 想像しようとしたが、ヘスティアの呻き声が耳に入ったのでベルは看病に戻った。

 

 迷宮前の噴水にリリはいた。

 今日の休みの言い訳として、ヘスティアの体調不良を使ったが、リリは愛嬌のある笑顔で承諾する。内心はあまり穏やかには思えない。この場でチルチャックの名を出して、反応を見たかったがやめておいた。

 

 ギルドでセンシを捕まえ、彼の厚意で個室を無理やり借りた。

 

「ファリン、チルチャック、マルシル……久しいな。良く帰ってきてくれた……」

 

 5人の集いに、センシは懐かしむ気持で目に涙を浮かべた。しかし、マルシルは違う涙を流していた。

 

「それで、マルシルは何を泣いているんだ?」

「リヴェリア様がいなかったの! アイズと一緒に迷宮行っちゃったんだって!」

 

 憧憬するリヴェリアの不在、マルシルはかつての仲間との再会よりショックだったようだ。彼女らしいといえば彼女らしい。

 ライオスの苦笑にマルシルは親しみのある凄味を効かせる。

 

「街に帰ってしまえば、ライオスとセンシにはいつだって会えるもの。でもねえ、ロキ・ファミリアは人数が多いせいで同じメンバーでも会えない事が多いのよ!」

「知らんがな」

「まあまあ、落ち着いてマルシル。ねえ兄さん、センシ。半年の間に変わった事とか教えて」

 

 チルチャックの冷たいツッコミをマルシルが本気で睨み、ファリンが宥めた。

 まず、ライオスはベルとの出会いを語る。そして、魔物の部位をドロップアイテムという形での発見だ。

 それをセンシが補足した。

 

「魔物は食える! これは既に証明された! だが、流通させるには数が圧倒的に足りん。悲しいかな、これが現状だ」

 

 センシが苦悩に眉を寄せ、話を締める。ファリンは驚いて口を手で塞ぎ、チルチャックは食べられそうな魔物を脳内で検索して考え込み、マルシルは驚愕のあまり口を開けて絶句した。

 

「……う~ん、元の姿を考えなければイケるか? 腹に入れば同じだし」

「……食すというのは、糧になるんですもの。兄さんの愛はともかく、迷宮での餓死を減らせられるわ」

「いやだあああああ!! 絶対、おかしい! 食べられるとかいう問題じゃない! 倫理的に無理よお!」

 

 チルチャックは現実的な意見を述べ、ファリンは前向きな回答をしたが、マルシルは否定の絶叫を上げた。

 

「なんか、久しぶりに拒絶された気がするな」

「そうだな。皆、寛容だったからついつい忘れておった」

 

 マルシルの絶叫に、ライオスとセンシは行動の意味を思い知らされる。魔物を食えた喜びで忘れていたが、ライオスの嗜好はガネーシャが追放したい程、異常なのだ。

 

「よし、手持ちの食材で料理を振舞ってやろう。今夜、わしの家に来てくれ。ライオス、ベルも連れておいで。わしもヴェルフを連れてくる。おっと、ヴェルフというのは鍛冶師でな。おもしろい腕を持っておる」

「勝手に決めないで! 魔物を食ったなんて、ファミリアの皆に知られたら、絶対、キモがられるわ!」

 

 断固拒否するマルシルに、チルチャックは非常に面倒そうな顔つきで溜息をつく。

 

「知られたくないなら、黙っていればいいだろう? 折角、オフレコの情報をくれたセンシの気遣いを無駄にするなよな。それよりもさ、ライオスはしばらくの間、ベル・クラネルと組むんだろう?」

「ああ、そのつもりだ。俺の話を馬鹿にせず、受け入れてくれたベルの成長を見届けたい。良かったら、皆もパーティーに来ないか?」

 

 純粋な勧誘をチルチャックは苦笑して断る。

 

「俺はすぐにでも中層に降りたいから遠慮するわ」

「私もファミリアの活動資金を稼ぎたいから、兄さんとは組めないわ」

「え! 2人とも断るの? えっと、私は……」

 

 まさかのお断りにマルシルが動揺する。半分、パーティーの復活を期待していただけに、彼女はすぐに決められなかった。

 

「マルシル、気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」

 

 なんだかんだとライオスを心配してくれるマルシルに穏やかな苦笑を見せる。彼女は長い耳を垂れさせて、詫びた。

 

 今夜の約束を取り付け、ライオスは再び廃教会へ赴く。その途中で屋台でベルとヘスティアの昼食を購入する。着いてみれば、ベルしかいない。

 ヘスティアは夕方の6時・アモールの広場にて集合と言い放って出かけたらしい。

 

「今度は女神様とデートか、本当に年上……」

「違うったら! 僕は日頃の感謝を現わしたいだけですって!」

 

 耳まで真っ赤になったベルは必死に否定し、ライオスは疑問に思う。

 

「よく考えたら、ヘスティア様の見た目はベルとあんまり変わらないな。むしろ、幼いのか? これはロリコンの部類に……」

「神様をロリータ呼ばわりなんて罰当たりだよ! ライオス、自重して!」

 

 大慌てでベルはライオスの口を塞ぐ。本題である夕食にはヘスティアも連れてきてくれると約束してくれた。

 

「デートなのに、俺達と一緒で良いのか?」

「食事は皆でしたほうが楽しいし、ライオスの友達とも話したいから」

 

 無垢な笑顔に、ライオスは少しだけヘスティアに同情する。夕方のアモールの広場は、恋人達の憩いの場として有名であり、そこで待ち合わせる事は好意を端的に示している。

 

(神様が人間に好意ねえ、……ま、エルフやドワーフが人間と恋仲になるようなもんか)

 

 適当に納得したライオスは、折角買ってきた昼飯をベルと美味しく頂いた。

 

●○

 センシから夕食に招かれ、ヴェルフは赤竜を倒した大物メンバーと出会えて身震いする。とくに【ただのライオス】は想像していたより、平凡な顔立ちだった。

 二つ名【癒しの人】ファリンは、好みではないが可愛いらしい。雰囲気だけで彼女の優しさが十分伝わってくる。

 チルチャック、二つ名を【鍵師】。一見、子供に見えるが百戦錬磨の冒険者の目つきをしている。

 

「ねえ、鍛冶師なのにどうして包丁を打ったの? 貴方も魔物を食いたかったとか?」

 

 答える前からドン引きした視線を送るマルシル、二つ名を【デストロイヤーヴォイスガール】。

 4人ともLV.3以上の冒険者だ。

 

「初めまして、ヴェルフ。君の話はセンシから聞いている。包丁をありがとう、料理の完成には君なしにはありえなかった」

「い、いえ。声をかけてもらって、俺も嬉しかったです。ライオスさん」

 

 手を握って感謝をしてくるライオスに、ヴェルフは恐縮する以外何もできない。

 

「それでライオス。ベルはまだかの? もう7時になろうというのにちっとも来ないぞ」

「仕方ない。俺は迎えに行ってくるから、先に食べててくれ」

 

 そう告げたライオスは行ってしまう。彼の言葉通り、ヴェルフ達は食事を始めた。

 最後に残っていたバトルボアの肉を使い、キラーアントの脚を木端微塵にして精製された塩胡椒をかけたステーキだ。

 

「へえ、めっちゃ美味いじゃん」

「素材だけじゃなく、センシの料理の腕がいいのよ」

「……俺、多分、他の肉じゃ満足できないかも」

 

 チルチャック、ファリン、ヴェルフとそれぞれ感想を述べ、センシは満足そうに笑う。

 

「うわ。ええ? これが魔物から出来ているの? 美味しい……」

 

 最後まで抵抗していたマルシルが一番テンションを上げた反応を示した。

 結局、食事を済ませてもライオスは戻って来なかった。

 

「遅くなってはなんじゃ、もう解散するか」

 

 部屋主の意見で自然と皆、席を立つ。料理の感謝と別れの挨拶を告げる中、ヴェルフは迷っていた。

 

(俺をパーティーに入れてくれ)

 

 この言葉を発するには、ヴェルフは弱すぎる。絶対、この人達の強さに依存してしまう。それは冒険者ではない。いくら、ヘファイストス・ファミリアで爪弾きにされ、迷宮にも碌に潜れないとしても、駄目だ。

 不意にヴェルフの背をセンシは優しく叩いてくれた。

 

「いいのか?」

 

 どうやら、葛藤を見抜かれていたらしい。文字通り、背を押してくれる優しきドワーフ。今は、彼の期待に応えていよう。

 

「いいんです。今日はすごく楽しかったです。皆さん、ありがとうございました」

 

 晴れやかな気持ちで、ヴェルフは挨拶した。

 

 工房兼自宅に帰る途中、ヴェルフはライオスを見つける。しかし、彼は1人ではなく豊満な女性に壁へ押し付けられていた。

 ウエーブのかかった麗しい髪、僅かに滲み出る神々しさは女神だと感じ取れた。

 

「ヴェルフ、すまんが助けてくれ」

 

 ライオスはヴェルフに気づき、軽い口調で助けを請うた。

 

「あら、お友達? 貴方も可愛い坊やね。私はデメテルよ。聞いたことあるでしょう?」

 

 やはり、神デメテルであった。

 

「いえ、俺はこれで失礼します」

 

 そっと逃げようとした時、別方向から大勢の女性がこの場に駆け込んできた。

 

「デメテル! ヘスティアを見失っちゃった! 何、その人間?」

 

 どうやら、この女性達も全員、神だ。彼女達の目が血走り、ヴェルフは軽い恐怖を味わった。

 

「この子、ヘルメスのところのライオスよ。ヘスティアの眷族と組んでいるんですって、ねえ、いろいろと教えて頂戴」

 

 細くて滑らかそうな人差し指がライオスの唇をなぞる。普通の男なら、女神の魅力に「イエス」と答えてしまうだろう。

 

「悪いが、神を愛してないんでね」

 

 屈託のない笑顔で言い放ち、ライオスはデメテルを失礼のないように振り払う。彼は地面に手をついて回転し、ヴェルフの傍へと寄った。

 

「残って女神様の相手をするかい? それとも、俺と逃げるか?」

「逃げます」

 

 女の相手は不得手だし、彼女らは恐すぎる。理解したライオスは、一瞬でヴェルフを持ち上げた。

 抱え方は「お姫さま抱っこ」だ。

 

「何するんですか!?」

「このほうが運びやすいんだ、我慢しろ」

 

 焦るヴェルフにあっさりと答え、ライオスは建物へと跳躍し、壁を走り抜けた。

 

「あー! また逃げるぞ! 待てー!」

 

 おもしろそうに声を上げ、女神達は追いかけてきた。彼女らの気迫と落とされる恐怖に、ヴェルフは必死にライオスへしがみついた。

 建物から建物へと移りながら、ようやく逃げ切った。

 

 下ろされたヴェルフは安心のせいで気が抜けてしまう。一方、ライオスも流石に疲れて座り込んだ。

 

「ヴェルフ、大丈夫か? 神って違う意味で怖いな。暇なら、天に帰ればいいのに」

「俺は大丈夫です……。ていうか、意外と辛辣なんすね。神を愛してないとか、天に帰れとか」

 

 地上に舞い降りた神々は多い。ヴェルフもヘファイストスなどの直接関わる神しか、認識していない。しかし、他の神々に対して「帰れ」などとは思わない。信仰ぶる気はないが、不敬な発言は慎んでいるつもりだ。

 

「そうだな、多分、俺は神があんまり好きじゃないんだよ。娯楽を求めて地上に降りてきたっていう部分がさ。そりゃあ、恩恵はありがたく使わせて貰っているが、好き嫌いは別だ」

「……魔物は好きだが、稼ぎの為に狩る。それと同じですか?」

 

 口にしてから少々意地悪な質問だったと、ヴェルフは緊張する。しかし、ライオスは笑いのツボを押されたように笑った。

 

「今の俺が魔物を知るには、彼らを狩るしかないからな。俺にしてみれば、一石二鳥だよ」

 

 独特の理論にヴェルフはゾッと心臓が震える。恐怖ではなく、畏怖だ。魔剣を打てる力を持ちながら、それを忌むべき力として拒絶している自分と正反対。

 今、ライオスの思考を羨ましいと思ってしまった。

 そこに行き着くまでにどれだけの葛藤や苦悩があったのか、興味深い。思えば、ヴェルフとライオスは似ている部分がある。

 本人達の考えを他人に否定される。

 もし、この場でクロッゾの家系だと話せば、見る目が変わるのではないかと怖い。センシにも、家名を名乗らないのはその為だ。

 魔剣を打ってくれと依頼されたくない。

 

「飯はどうだった? マルシルはちゃんと食べてたか?」

「ええ、一番美味そうに食ってしました」

 

 上々だとライオスは笑う。

 

「ヴェルフ、俺達は長い付き合いになる。よろしくな」

 

 改めて握手を求められ、ヴェルフは心の底から来る喜びに打ち震えた。

 自分を必要としてくれている手。この街に来てから、ずっと欲しかった手だ。ヘファイストスでさえ、ヴェルフの手を取ってくれた事はない。

 

「勿論です、ライオスさん」

 

 自分よりも逞しい手を握り、ヴェルフは喜びのあまり目尻に涙が浮かぶのを感じた。

 もう一度、自分の武具が売れたなら、彼にクロッゾだと名乗ろう。そんな決意を胸に秘めた。

 

●○

 チルチャックは夜道を歩く。ミアハ・ファミリアの本拠ではなく、かつて住処としていた路地裏を目指していた。

 深い意味があったのではない。なんとなくだ。

 決して、此処に置き去りにしてしまった彼女が心配だったからではない。彼女は自分からチルチャックを拒んだのだ。本当の意味で独りになった彼女がどうなっていようが、関係ない。

 小さな悲鳴が聞こえた。

 か細くて、聞き逃しそうな悲鳴。そして、下卑た笑い。

 気配を消して近寄れば、思った通りの光景だ。

 カヌゥ・ベルウェイと取り巻きの2人が、パルゥムの少女から金を巻き上げていた。

 4人はソーマ・ファミリアだ。

 あの連中には金を稼ぐ理由がふたつ。『酒』が飲みたい、自由になりたい。そして、稼ぐ方法もふたつ。自分で稼ぐか、他人から巻き上げる。

 とくに小柄なパルゥムが狙われる。逆らえば、命を取られてしまう。

 注意深く観察すれば、少女は彼女である。階段から突き飛ばされていたが、彼女は無事だ。少々の打ち身で済んでいるだろう。

 助ける義理はない。ここでチルチャックが飛び出せば、彼女の立場は悪くなる。そして、ミアハ・ファミリアにも迷惑がかかる。

 ベルウェイどもが銭の入った袋を大事そうに下げ、去って行く。

 彼女は慣れたように乾いた笑いを浮かべていた。

 ここで慰めてやるのが人情かもしれないが、彼女は喜ばない。同情するなら、金をくれという名言のままに一蹴するだろう。

 一先ず、彼女が生きている確認が取れた。

 それだけ満足して、チルチャックは本拠を目指す。そして、あの集り屋の3人を如何に自然な方法で抹殺するべきかを考えていた。

 

 マルシルの紹介でロキ・ファミリアの冒険者とパーティーを組むことになった。

 同じLV.3で、一日組んだだけで腕もそこそこ良い連中だとわかる。お互いの戦闘に馴染めてきたので、そろそろ中層に降りる事になった。

 チルチャックは噴水で面子を待つ中、ライオスと出くわした。

 軽い世間話から、ライオスは急に真剣な表情へと変わる。

 

「リリルカ・アーデを知っているか?」

 

 彼女の名に、チルチャックは噴き出しそうになった。

 

「今、その子をサポーターとして雇っているんだ。知っていたら、どんな子か、教えてくれないか?」

 

 用心深い彼女が【ただのライオス】と組むはずない。彼女らしからぬヘマをしたのかもしれない。

 

「知ってはいるけど、俺が会わない間に変わったかもしれねえし、変な先入観は与えたくないから、あんまり言いたくない」

 

 これは本音だ。

 性格や思考は、変えられる。変えられない部分もあるが、それを言っては話は進まない。

 

「そうか、それなら質問を変えよう。リリは他人の為に貴重品を使える性格か?」

「なんだ、それ? それはねえな。自分の命が危ないならまだしも、他人の為なんて、自分の命を捨てるようなもんだ」

 

 他人の為に命を落としては、意味はない。ただ、チルチャックは自分も助かる前提で仲間を助ける。しかし、彼女にはそんな考えも実力もないはずだ。

 

「ありがとう、それで十分だ」

 

 納得したライオスは、礼を述べて迷宮に向かおうとしたので引き留める。

 

「それだけ警戒しているのに、なんでパーティ組んでんだ? 追い出せばいいだろう?」

「パーティーの判断はベルに任せてある。彼がリリと組みたいなら、俺に異論はない。異論はな――」

 

 語尾から冷徹な印象を受ける。ライオスは温厚だが、融通のきかない事がある。迷いのない分、リーダーとして決断力は大いに信頼できるから、逆に困りものだ。

 チルチャックの渋い顔から、何かを察したライオスは普段の笑顔を見せた。

 

「俺はいいんだ。俺は何かされても、大概は対応できる。でも、ベルはあらゆる意味で日が浅すぎる……。出来れば、リリとは穏便に済ませたいよ。諍いを起こしたいんじゃないぜ」

 

 まるでチルチャックへの配慮するかのような口調だ。

 

「いや、別に……俺にそんな話聞かせなくていいって、別にあいつがどうなろうが、俺は気にしないし」

 

 ライオスは妙な誤解をしている。そう感じたチルチャックは、しっしと手で追い払った。

 去って行くライオスを見ながら、疑問が浮かぶ。

 

(ベル・クラネルとリリがいるのに、なんで独りで降りて行くんだ?)

 

 既に下で待ち合わせしているのかもしれない。

 ちょうど、面子が揃ったのでチルチャックはそれ以上考えなかった。

 

●○

 リリはファミリアの集会で本日は休み。それに合わせてベルも休み。

 久しぶりの独りでの狩りだ。

 理由はドロップアイテムの確率を調べる為である。ベルと組んでから起こり始めた現象だったが、リリを雇ってから一度もドロップアイテムがない。

 人数の問題か、あるいはベルの持つスキルが関係している。ライオスはそう推測した。

 ステイタスの詮索はご法度だが、もしもベルの力だとすれば、今後の方針は大きく変わって行く。

 

 試しに日が暮れるまでコボルトを狩りまくった。

 普通にドロップアイテムとして、耳や尻尾、太ももが残った。

 

「……ベルのスキルじゃない。これは確実だな。やっぱり、ダンジョンが変化しているのか?」

 

 自分の背丈の倍まで積み上げた部位を見上げ、ライオスは自分なりに推測する。

 ダンジョンとは想いに応える場所である。

 強さを求める者には、より強さを。

 自らを卑下する者には、より屈折した弱さを。

 ライオスとベルの共通点は、魔物の食う意思を持つ。故にダンジョンはそれに答えた。

 しかし、リリは違う。興味があるのは、冒険者の稼ぎだ。

 

「……となると、リリにも魔物を食いたいって思ってもらうしかないのか、……バトルボアの肉はもう残ってないし……いきなりコボルトの脚を食ってくれるかな?」

 

 リリが聞いたら、卒倒しそうな事を考えている内に足音が二つ近付いてきた。

 冒険者の足音だ。靴と地面が当たる音と歩幅と速度から、女性が2人近づいてくる。屍累々の状況を見たら、またアスフィに苦情が行く。

 胸中でアスフィに謝りながら、ライオスは持ってきた袋に部位を詰め込んでいく。

 

「なんだ、これは? 魔石が散らばっているぞ。……ライオス、トドメを刺していないのか? 散らかすんじゃない」

 

 リヴェリアとアイズだ。

 アイズは激戦の後らしく、鎧に少々ヒビが入っている。リヴェリアは基本、後衛のせいか汚れひとつない。そういえば、マルシルから下層に降りていると聞いていた。

 

「やあ、久しぶりだね。ちょっと、片付けに手こずっているんだ。手を借してくれ」

「断――」

「いいよ」

 

 冗談じゃないとリヴェリアが断る前に、アイズが無表情に楽しさを含ませて魔石を拾い出した。

 アイズが動き出した為、リヴェリアは反応に困りながら魔石拾いを手伝った。

 

「アイズ、何故、私達がこんなことを……」

「普段は人に拾って貰うばかりだもの」

 

 黙々と拾い続けるアイズにリヴェリアは苦笑した。

 どうにか、全てのドロップアイテムを詰め込めれた。血の滲み込んだ袋を背負い、ライオスは2人に感謝する。

 

「それは、ドロップアイテムなの?」

「ああ、そうだ。こんなに手に入ったのは初めてだ。ギルドの連中も喜ぶだろうな。ついでで悪いんだが、上まで送ってくれないか? 今の俺って無防備なんだ」

 

 リヴェリアは溜息をついたが、急きょ、ライオスを護衛してくれることになった。

 3人で上りながら、世間話程度にライオスは話しかける。

 

「マルシルが会いたがっていたぞ」

「ほお、帰ってきたのか。それなら、君の妹御も一緒だな。ちょうど、ファリンのような実力者が欲しいと思っていたところなんだ」

 

 アイズは怪訝そうに微かに眉を寄せ、ライオスを見上げた。

 

「ライオスはいつまで、ここにいるつもりなの?」

 

 唐突な問いかけは、ただ聞けば早く地上に上がれという意味に聞こえる。だが、ライオスはアイズの言わんとする事は理解出来た。

 アイズはいつまで上層で燻っているつもりかと聞いているのだ。

 

「納得できるまでだよ。多分ね」

 

 今の一番の解答をアイズは不可解そうに息を吐く。

 

「……、遅くなるのに」

「早ければいいってもんじゃない。俺はそう思う」

 

 アイズが口を開く前に、リヴェリアが気付いた。

 視線の先に何故かベルが倒れている。しかも装備らしい装備を全く身に付けずいたので、ライオスはビビった。

 

「知り合いか、ライオス?」

「俺の相棒だ」

 

 リヴェリアの診立てではマインドダウンらしい。

 

(魔法も使えないのに、マインドダウン?)

 

 ライオスが疑問していると、アイズが驚愕の声を上げた。

 ミノタウロスの一件をアイズはずっと引きずっていたらしい。それにライオスも驚いた。鍛練こそが人生の目標と掲げる【剣姫】が他人の心配をしている。

 

「私、この子に償いをしたい」

 

 滅多に聞けぬ懇願の声、リヴェリアは優しくアイズにアドバイスした。

 アドバイスのままにアイズはその場で正座し、ベルの上体を膝に乗せる。アイズファンが血の涙を流す光景だが、ライオスとリヴェリアは微笑ましく見守った。

 

「俺もベルが起きるまで……ぐえ」

「行くぞ、ライオス。後はアイズに任せてやれ」

 

 リヴェリアに脛を蹴られ、ライオスは渋々と上を目指した。

 

「アイズがファミリアの仲間以外に、あんな顔をするんだな」

「……鈍感なおまえに教えておいてやるが、アイズはおまえの話をする時は同じ顔をしているぞ。……くだらん嗜好など捨てて、おまえも下層に降りてこい。希望があれば、ロキ・ファミリアの遠征にも着いてきて良い。その気があれば、私を訪ねろ。団長には私から話してやる」

 

 これは一種の口説きなのだろう。光栄なのだが、ライオスの心は微塵も動かない。

 

「気持ちだけ頂いておく。マルシルを頼むよ」

「……おまえに言われなくとも、頼まれるさ」

 

 それからお互い無言になり、ギルドに到着した。

 リヴェリアの報告にギルドは騒然としていたが、ライオスは我関せずと換金を待った。

 

(ベルが魔法……。リリの魔剣に助けられた時、魔法は便利だとか言っていたのに? その後、すぐに発現したのか? もしそうなら……そろそろリリが何かしてきそうだな)

 

 ベルが魔法を隠す性格とは思えない。魔法を覚えた冒険者は、陥れにくくなる。まだ覚えたてだが、達人となれば尚更だ。

 そうなる前に、リリは動きだす。

 これは冒険者としての勘だ。

 

(チルチャックもリリには一目、置いているようだし……。一度、俺が彼女に不信感を抱いている事はベルに話しておくか……)

 

 裏切りや仲間割れなど、まだベルには知って欲しくなかった。だが、リリを雇い続けるなら対策しておかねばならない。

 夜中である為、センシはいなかったが、相応の報酬を貰えた。

 

●○

 リリは油断していた。

 何故、油断していたのかわからない。今日もベル(おまけ付き)に会えると期待したせいなどとは思いたくない。

 変身せずにうろついていたせいで、集り野郎のベルウェイに捕まってしまった。しかも奴がもたらした情報に、リリは激しく動揺してしまった。

 

 ――チルチャックが帰ってきた。

 

 ライオスはすぐにでも、リリについてチルチャックから情報を得るだろう。既に得ていると言ったほうがいい。ベルに伝わる前に、本当に邪魔な彼には、消えてもらうしかない。

 

「さあ、アーデ。貯め込んだ物を出せって言ってんだよ」

 

 上から目線のむさ苦しい獣人の声に、リリは我に返る。そして、閃く。閃いてしまった。

 

「ライオス様です。私の本当の取り分は、ライオス様が預かってくれているんです。チルチャックの時もそうやって、貯め込んでいたって聞きました。ライオス様は、リリに同情して下さったんです」

「ライオス? ……まさか、あのライオスか……。なるほど、そうか。そういうことかよ。よーしよし、大事な稼ぎを取り上げられて辛かったろうな。アーデ、今夜、ライオスを連れてきて欲しいんだが? なーに、ちょっと話し合うだけだ」

 

 半分だけ、リリの妄言を信じてベルウェイは嘲笑った。

 他のファミリアに手を出すなど、本来ならやらない。だが、リリの稼ぎだと言いがかりを付けて回収するなら、話は別だ。

 実際、この方法で弱小ファミリアの冒険者から強奪する者はいる。

 解放されたリリは、更に酷い光景を見る。ゲド・ライッシュがベルと接触してしまった。

 リリの不手際で生き残ってしまった冒険者に何か吹き込まれたに違いない。もうベルにも、生きていてもらうわけにはいかない。

 

(一度に済ませてしまおう……)

 

 リリの後ろを歩くライオスの視線がより一層、警戒を伝えてきた。

 

 今日の分の稼ぎを均等に配分し、解散する。

 しかし、リリはベルに気づかれないようにライオスを引き留めた。

 

「ライオス様に聞いて頂きたい事があります。2人きりで……チルチャックについて……、どうしても」

 

 一瞬、目を丸くしたライオスは警戒を一切解かず、承諾してくれた。

 

(チルチャックが悪いんだ。帰ってきたりなんかするから、チルチャックもこいつもリリの嫌いな冒険者なんだから……)

 

 リリは暗い気持ちでライオスへと微笑んだ。

 




閲覧ありがとうございました。
またシリアス回でもうしわけない。
笑いが欲しいなあ。
ファリンの二つ名は、本人の性格もあって【癒しの人】
チルチャックは【鍵師】しか浮かびませんでした。ソーマにいたせいで、原作より少々、根性が曲がっています。
マルシルはいつも叫んでいる印象があるので、痛い二つ名を貰いました。


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理由

閲覧ありがとうございます。
原作の3巻、おもしろい。見習いたい発想が多くて胃が痛いです。

・17.7.17に誤字報告を受け修正しました。


 結果的に言えば、リリの目論見は潰えた。

 原因はライオスの実力を見誤っていたからだ。何度も狩りをおこなう姿を間近にしていたのに、見誤るなど普通はありえない。けど、見誤った。その理由を想像して、リリは冒険者の仲間意識に吐き気がした。

 ライオスはベルに合せて、力を加減していたのだ。

 

 前に出過ぎず、かといって自分の腕を鈍らせないように――。

 

 それが事実で真実だ。

 そうでなければ、ベルウェイとその取り巻き2人が地面に倒れ伏す瞬間を見逃すなどありえない。3人は白目をむいて痙攣し、気絶している。

 ライオスは腰の剣を抜かず、鞘のまま3人を相手したようだ。薄暗い路地を照らす僅かな月の光を頼りに、鞘を見つめる。

 

「さてと、リリ。説明を願おうか?」

 

 獲物を腰に下げたライオスは、柄から手を離さずにリリへと迫る。淡々とした口調と動かぬ表情は、この状況に深い関心もないが無視もできないと語る。

 そして、リリにも報いを与えんと言わんばかりにその眼光は冷たい。

 殺意を感じない分、リリは死より惨い目に合う予感が消えない。恐怖にリリは座り込む。歯がかみ合わぬ程、顎が痙攣する。

 

「……リリは……、こいつら……に……、脅されて……、ライオス様を……ここに……呼ぶように……」

 

 恐怖に怯えても言い訳はできる。全てはこの3人に被ってもらう。こいつらだって、反対の立場ならそうする。

 本気で息切れしながら、リリは言葉を紡ぐ。しかし、言葉を吐けば吐くほど、ライオスの眼光に冷たさが増していく。求めている答えと違うからだ。彼の唇からため息が漏れ、柄の手が動く。

 

 ――斬られる。直感に怯え、リリは目を瞑って事態に構えた。

 

 喉が潰された声がする。但し、リリではなく男の声だ。

 気絶していたはずのベルウェイが今にも八つ裂きにせんばかりにリリを睨んでいた。彼の喉には、ライオスの鞘が叩きつけられている。

 

「どうやら、この場で話すのは危険らしい。リリ、君にとっては」

 

 語りかけてくるライオスは、逆手でリリの胴体に手を回して抱えた。

 

「女性にこんな体勢を強いて悪いが、我慢してくれ。一先ず、迷宮に逃げようか」

 

 申し訳なさそうに眉を寄せ、ライオスはリリには出来ぬ瞬発力と跳躍力にて、この場を脱した。

 

 連れて来られたのは壊れかけた教会、リリも情報で知っているヘスティアファミリアの本拠(ホーム)だ。ライオスは迷宮に逃げると口走っていたのに、何故にこの場所と疑問していると下ろされた。

 

「リリ、今夜はベルといるんだ。あいつらとは俺が話をつける」

 

 ライオスの言っている意味がわからない。彼はそこまでリリを信頼などしていなかった。今でもしていないはずだ。

 

「どうして、リリを助けてくれるんですか? ライオス様はチルチャックからリリの事を聞いたはずです。リリがあいつらに脅されたなんて、信じるんですか?」

 

 縋るように確認してしまうリリに、ライオスは笑みを返した。それまでリリが感じていた無感情や冷淡な印象はなく、温厚で芯のしっかりとした頼れる戦士に見えた。

 

「リリ。今夜、俺を標的にした事は褒めておく。俺はこういう事態にも対処ができるからな。だから、今回だけは目を瞑る。ベルに本当の事を話すのも、明日からパーティーを続けるのも、君次第だ。君が決めろ」

 

 言われなくても、リリはずっと自分で決めていた。

 獲物となる冒険者も陥れるタイミングも、リリはずっと独りで決断してきた。

 それなのにライオスの言葉には、リリの自由を尊厳する意思が込められている。その意思がリリの胸をトクンッと脈打たせた。

 ライオスはリリの言葉を待たず、行ってしまった。

 残されたリリは急に孤独に襲われ、不安になる。

 

 ――独りは平気だと自負していたのに、何故、不安を感じるのか?

 

 それはリリの中になるライオスを身を案じる気持ちがそうさせるのだと自覚したくなかった。

●○

 ベルはヘスティアにリリの身柄を保護できないか相談していた。

 

「その話、ライオスくんにはしたのかい?」

「いえ、ライオスはリリを警戒しています。悪い冒険者に絡まれていたなんて話したら、彼女をパーティーから外そうとするかもしれません」

 

 言い終えたベルに、ヘスティアの眉ひとつも動かさない。彼女の口が開く前に、2人は風に乗ったか細い声を耳にした。

 

「――ベル様? ベル様?」

「リリ?」

 

 慌てて教会の表へと出てみれば、確かにリリがいた。ベルの姿を見て、彼女は弱弱しく微笑んだ。

 

「リリ、どうしたの? こんな時間に……?」

「ライオス様が……あいつらと話をつけてくるから……ベル様といろって……」

 

 必死に言葉を紡ぐリリの訴えに、ベルの全身の毛穴が粟立つ。手練れのライオスでも相手の人数が知れないのに、単身で乗り込むなど危険すぎる。

 

「ライオスがそんな……。待ってくれ、僕も行く……」

「待て、ベルくん!」

 

 咎める声がベルに静止させる。リリは初めて見るヘスティアの姿に委縮した。

 

「心配ない、僕の神様だ。神様、彼女が……」

「ベルくん、その子の話を鵜呑みするのかい? 悪い冒険者と組んで君を騙しているかもしれないよ。それどころか、ライオスは倒されているかもしれない……」

 

 ヘスティアの推測に、リリは否定する素振りは見せない。

 ベルの目に浮かぶのは、パーティーを組もうと握手を求めてくれたライオスの姿だ。

 

「いえ、神様。ライオスは無事です。僕は彼を信じます。それにリリ、君の事も信じるよ」

「……ベル様……、でも……リリは本当にライオス様を」

 

 涙で潤んだ瞳にリリの唇をベルの指先が防ぐ。

 

「その先の事を本当にしたなら、ライオスは君を許したんだ。だから、君を僕に預けて行った。僕はそう思うよ」

 

 パーティーには役割がある。ライオスはリリを守らせる役目を任せてくれたのだ。駆け出しだけど、まだ幼さが残り頼りないベルだけれども、信頼されている。

 

「リリ、どうしてそんな事をしたのか、教えて欲しいんだ。理由を知らきゃ、君をちゃんと助けられない」

 

 ベルの真摯な態度に、リリは今まで抑え込んでいた本当の感情が爆発した。

 涙と泣き声に混ざって吐露されたのは、ソーマ・ファミリアの信じられない実情だ。神をも魅了する酒の力、それを口にできるのは一定の献上金を納めた者だけだ。

 無論、酒に興味のない冒険者もいるが、ファミリア脱退にはそれ以上の金額が必要とされる。

 リリも汚い手で他の冒険者から稼ぎを得ていた。先日の刀使いもはめそこない、殺されたかけた。そこをベルに助けて貰ったのだ。

 彼女は変身の魔法でパルゥムから獣人へと姿を変えて、ベルに近づいた。

 

「リリも自由になりたい……チルチャックみたいに……」

「チルチャック? その人もソーマ・ファミリアだったの?」

 

 ベルの確認にリリは涙を拭きながら、頷く。

 

「ライオス様の以前のパーティーメンバーです。……ずっと街を離れていましたが、先日、帰ってきました」

「その子の事は知っている。今はミアハのところにいるパルゥムだ」

「ライオスの妹もミアハ様のところにいます。事情を話せば、きっと力を隠してくれるはずです。行きましょう!」

 

 ソーマ・ファミリアの問題はベルの手には負えない。しかし、リリに絡んでくる冒険者には何らかの対応ができるとベルは信じている。

 

「仕方ないね、僕も行くよ。サポーターくんも行くだろう?」

 

 ヘスティアの無感情な瞳に、リリは従う意思を見せた。

 

●○

「アーデの野郎、許さねえぞ! 『ただのライオス』の実力を隠してやがったな。俺達を始末させる気だったに違いねえ! おい、いつまで寝てんだ! あいつら迷宮に逃げやがったぞ。そこで魔物の餌にすんだよ!」

 間抜けなベルウェイ達がパルゥムとライオスを追いかける様子を見ながら、ゲド・ライッシュはほくそ笑む。

 自分を抜きにして、パルゥムの口車に乗るから無様な目に遭うのだ。

 ライオスは迷宮ではなく、他の場所へ逃げるに違いない。彼の本拠はありえない。あんな厄介者を連れて行くはずない。

 となれば、もう1人のメンバーである白髪の駆け出しだ。ゲドが折角、誘ってやったのに無碍にした愚か者。この時間なら、廃教会の本拠にいるはずだ。

 ベルウェイ達を出し抜こうと画策し、ゲドはその場を離れようとした。

 何かの力がゲドの足を釣り上げた。悲鳴を上げる間もなく、一気に宙ずりにされた。その拍子に愛刀が背中の鞘から抜け落ち、地面へと転がる。足を縛り上げる感覚から、何かの罠にひかかったようだ。

 全くわけがわからない。

 何故、こんな路地裏に罠があるのだ。胃が痙攣する驚きを味わったが、自分の獲物が視界にある。まだ慌てる時じゃない。自分に言い聞かせて、地面に手を伸ばす。

 

 しかし、ギリギリの距離で柄に手が届かない。この微妙な距離に苛立ちが募り、無理やり体を揺らす。助けを呼ぶなどという選択肢は、ソロであるゲドにはない。

 寧ろ、こんな間抜けな姿を他人に見られたくない。

 

「おや、別の冒険者がひっかかったみたいだ」

 

 くぐもった声は物陰から、気配を消して現れた。覆面で顔を隠しているが、身体的特徴からドワーフと知れた。大人か子供かなど、ゲドには知った事ではない。

 

「おい、ドワーフ。俺を下せ、礼は弾むぞ」

「何をくれるんだ?」

 

 ドワーフは無関心そうにゲドを見上げ、報酬の内容を尋ねる。殴りたいが、距離的にも届かない。

 

「俺の有金全部だ! さっさと下せ!」

 

 それを聞いてもドワーフは動かない。それどころか踵を返して、物影へと帰って行く。

 

「おい! 待てよ、てめえ! 礼はするって言っているだろう」

「嘘だね、下ろした瞬間に私を斬り殺すんだろ。殺気がだだ漏れなんだよ。他を当たるんだな。それと大声上げないほうがいい。金を持った無防備な冒険者程、食い付きやすい餌はねえからな」

 

 せめてもの忠告と言わんばかりに、ドワーフはいなくなった。

 独りにされ、急に周囲の微かな物音に過敏な反応を示す。冒険者たる自分が見えぬ危険に怯えている場合ではない。必死に身体を動かし、地面に落ちた刀を拾おうとする。無理ならば、足元の縄を素手で千切ろうと目論んだ。だが、段々と頭に血が上りすぎて意識が朦朧としてくる。それだけでなく、胃の逆流も感じてきた。

 

「誰か……助け……」

 

 そう呟いた瞬間、風を切る音がする。その後、足元の紐が切れて、ゲドは落下した。地面に到達するまでの間に、クッションが彼の体を守った。だが、半分以上意識を失っていた為、そのまま倒れ込んだ。

 

「それじゃあ、礼として刀を頂くぜ」

 

 ドワーフは地面に落ちた刀を拾い上げる。

 

「特別に街の外へ捨てておいてやる。後は勝手にしな。……チルチャックの言っていた連中は違うが、ここにいたってことは関係者だろう」

 勿論、ゲドには聞こえていない。

 

●○

 ベルウェイは死ぬ程、後悔した。馬鹿正直にライオスを追いかけては、こちらが不利だ。故に簡単な罠を張ったが、それも見破られて返り打ちに合った。

 キラーアントに囲まれた3人を助けられるのは、目の前のライオスだけだ。

 

「……ひぃ、た、頼む。助けてくれ、俺はただ……アーデの口車に乗せられただけなんだ」

「なあ、教えてくれ。チルチャックにも同じ事をしていたのか?」

 

 無表情故に相手を恐怖させるに十分な迫力を感じ、ベルウェイは奥歯が鳴る。本当に目の前の男はLV.3なのか? 偏愛だけでファミリアを追われた大馬鹿者なのか? 疑問しか浮かばない。

 

「チ、チルチャックだって、アーデと同じなんだ。他人を騙して見捨てて、金を奪い合って、皆、同じなんだよ。てめえだって、俺達のファミリアにいれば……」

「そんな話は聞いていない。チルチャックにも同じ事をしたのかと聞いているんだ」

 

 低くもなく、高くもない声はよく通る。誤魔化しを許さぬライオスにベルウェイは観念した。

 

「……したよ」

 

 一瞬の沈黙が長かった。

 

「そうか。俺はおまえ達と話し合いたかっただけなんだが、こんな事になって残念だ。だから、一瞬だけ逃げ道を作ってやる。それだけだ。それ以上は助けてやらない。わかったな」

 

 ライオスの鞘越し剣が振り下ろされる。キラーアントの群れに道が出来る。その一瞬をベルウェイ達は走り抜けた。抜けたのだが、追いかけてくるキラーアントの瞬発力が速かった。

 丸腰のベルウェイには防ぎ切れない。死が過った時、ライオスの剣が鞘から抜けた。刃はキラーアントを斬り捨てた。

 助けて貰ったなどと、ベルウェイは思わない。決して感謝しない。ライオスやリリに必ず報復してやると誓った。

 誓ったのは僅か、一瞬の事だ。ベルウェイ達の体は不自然に掘られた穴へと落ちる。深い穴は自分達の身の丈より高かった。落ちた瞬間に3人は気絶した。

 

●○

 キラーアントを適度に始末し、ライオスはベルウェイ達を見送ろうとしたが、彼らの姿はなかった。本当に話し合いがしたかった。迷宮を選んだのは、秘密の会話がしやすいからだ。

 この先、またベルウェイが立ちはだかるなら、友人の手を借りなければならない。大事になるが、仕方ない。その時はリリにも自分で始末をつけてもらおうと考えていた。

 散らばった魔石も眼中になく、ライオスは疲労感いっぱいに螺旋階段を上がる。人の少なくなる時間帯なのに、チルチャックが壁にもたれていた。

 

「よお、ライオス」

「やあ、チルチャック。元気か?」

 

 差し障りのない挨拶を交わし、ライオスはチルチャックに歩幅を合わせて歩く。

 

「ベルウェイ達と話していたんだろう?」

「尾けていたのか?」

 

 肯定したチルチャックの手足は汚れている。狩りをした汚れというより、穴掘りなどの作業で汚れたと言っていい。

 

「あいつらは運が良ければ、また狩りが出来るだろう。……後、爪が甘いぞ。もう1人いた。そっちは今頃、ナマリが片付けてくれているろうな。ベルウェイ達への仕掛け罠に引っ掛かっていたなら……だけど」

「……もう1人? そいつもソーマ・ファミリアか?」

 

 チルチャックは否定し、わざとらしく肩を竦めた。

 

「……リリを仲間に預けているんだが、一緒に来ないか? 俺に付いてきたのも彼女が心配だからだろ?」

 

 ライオスのお誘いに、チルチャックは苦笑した。

 

「同じ街にいて冒険者していれば、いつの日か会えるだろう。焦らなくていいさ。俺もあいつも、まだまだ時間がかかりそうだしよ」

 

 階段を上がり終えれば、そこには2人を待っていた人々がいた。

 

「案外、チルチャックが思うよりは時間はいらないんじゃないかな?」

「ライオス、大丈夫!? ケガはない!?」

 

 大きく手を振るベルの隣には、リリがいる。彼女は不安そうに胸元を押さえ、今にも泣きそうな表情で笑っていた。クシャクシャでみっともないが、チルチャックにとって初めて目にした彼女の本当の笑顔だ。ファリンとヘスティアまでいた。

 

「兄さん、チルチャック。……おかえりなさい」

「その様子だとライオスくんには消化不良な結果になったみたいだね。……無事で良かったよ」

 

 ライオスはベル、ファリン、ヘスティアの順番に挨拶を返すが、チルチャックはリリとだけ相対した。2人は無言だ。

 

「ベル、行こう。ファリン、ヘスティア様。何があったのか俺の視点で話すよ」

 

 チルチャックとリリを気遣い、ライオスはベルの肩を抱く。ファリンとヘスティアはすぐに2人の情況を察していそいそと歩き出した。

 仲間達がいなくなり、リリは言葉が浮かばずに唇を噛む。だが、チルチャックはずっと秘めていた想いを口にした。

 

「……リリ。俺だけ先に抜けて……ごめんなあ。一緒に連れて行ってやれなくて……」

「……チルチャック……。……ごめんなさい……、勝手に恨んでごめんなさい……」

 

 チルチャックはリリに触れないが、彼女への罪悪感で頭を下げた。リリも涙ひとつ見せないが、反省が滲み出ている。

 2人の距離は触れられるはずなのに、触らない。それは心の距離がまだ遠いからだ。でも、お互いの言葉は届いた。今は、それで十分だった。

●○

 エイナは走る。

 ロキ・ファミリアの本拠で得た最新ニュース。【剣姫】アイズのLV.6をギルドに伝える為だ。ソーマ・ファミリアのやり方もギルドで問題として挙げなければならない。

 

「エイナさん、こんばんは」

「ベルくん、それに皆さん」

 

 ベルの一行とすれ違い、エイナは足を止める。ヘスティアは彼女を見るなり、ベルの腕に強くしがみついて独占欲を示す。ライオスとファリンは穏やかに挨拶してくれた。

 

「ベルくん、ちょうど良かった……。あのね、君のサポーターについてなんだけど」

「リリですか? ……あっ」

 

 ベルは以前、エイナがリリを雇った時に難色を示していた事を思い出す。そして、彼は人を安心させる微笑むを向けてきた。

 

「リリは、もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「……ベルくん?」

 

 意味がわからず、エイナはライオスに視線で問いかける。彼は疲労感のある笑顔で頷く。それだけで、リリはベルにとって安全になったのだと察した。

 ライオスが認めたなら、間違いない。

 

「それなら、私から言う事はないわ。……おやすみなさい」

 

 ソーマ・ファミリアの問題はまだ片付かないが、ベルへの心配が減ったことが嬉しかった。

 

 ギルドへ帰ってみれば、この夜更けに冒険者の諍いが待ち受けていた。

 1人はヘファイストス・ファミリアのヴェルフ・クロッゾ、呪われた鍛冶一族出身であり、この街で唯一魔剣を打てる能力を持つ青年だ。しかし、その能力をあえて使わない事でも有名である。

 もう1人は同じファミリアのナマリ、この街でも珍しいドワーフの女性。目利きが良い為、【目敏い眼鏡】などという二つ名を持つLV.4の冒険者だ。

 

「もう一度、……言ってみろ。ナマリ」

「別にあんたを貶してないだろう。ヴェルフ」

 

 他人から見てもヴェルフの額には怒りのあまり血管が浮き出ている。それを煩わしそうにナマリは対峙する。他の職員は一触即発の雰囲気に身構える。カウンターの奥から、慌ててセンシが出てきた。

 

「ヴェルフ、ナマリ、どうしたんだ?」

「……センシはドワーフの変わり者だって話をしただけだ」

 

 ナマリの言葉が終えた瞬間、ヴェルフの拳が動こうとしたのでセンシによって止められる。

 

「やめんか、ヴェルフ。ナマリの言うとおり、わしは変わっておる。恥だと思った事はない。ナマリも相手を煽るような真似をするな」

「……勝手にキレたのは、そいつだよ。後はセンシに任せる。こっちは重たいゴミ捨てをして疲れているんだ」

 

 面倒そうに手をヒラヒラさせ、ナマリは去る。エイナは無理に介入せず、彼女を見送った。

 

「何か問題ですか?」

「いや、問題などない。そうだろう、ヴェルフ。また、包丁を持ってきてくれたんだな。さあ、見せておくれ」

 

 感情を抑え込むヴェルフは唇から荒い息を溢し、ゆっくりと頷く。センシに宥められ、従業員専用の奥へと進んだ。それを見届けてから、エイナは他の職員に手ぶりで収束を伝えた。

 そして、エイナは今日一番のニュースを仲間に伝えた。

 

●○

 ライオスは一晩、廃教会で過ごしたがリリは戻って来なかった。彼女には自分の寝床があるので、そちらへ行ったと考えるべきだろう。

 いつもの待ち合わせ場所である噴水に、ライオスとベルは立つ。

 お互い無言だが、そわそわと落ち着かないベルを見ているだけで、ライオスは十分な暇つぶしになる。

 

「ベル様、ライオス様。おはようございます、今日も張り切って行きましょう!」

 

 獣人の耳と尻尾を生やしたリリが吹っ切れたような笑顔を見せて、現れた。

 

「リリ、来てくれたんだね」

「はい、リリはベル様とライオス様のパーティーにいます。リリはそう決めました」

 

 リリとチルチャックの間に何があったのかは知らない。しかし、彼女はベルを選んだ。本心から微笑みあう2人を眺め、ライオスはようやく安心できた。

 

「……その前にひとついいかな、リリ。様はやめよう、君がいくつか知らないが、年上の女性に様付けされるのはこそばゆい」

 

 ライオスの言葉にリリの耳と尻尾がピンッと逆立った。

 

「え? リリってライオスより年上なの? ごめん、僕、知らなかった」

「違います! リリは15歳です!」

 

 青ざめて否定するリリに、ライオスは噴き出して笑う。

 

「またまたあ、誤魔化さなくてもいいよ。チルチャックだって29歳だぞ。君が種族を誤魔化すのはいいが、年齢に見合った扱いはしないとな」

 

 満面の笑顔で言い放つライオスに決して悪気はない。

 

「ええ!? あの人、29歳なんですか!? そっかあ、リリも……」

「だから、リリは違います! ライオス! もう絶対、様なんて付けてやりませんからね!」

「はいはい。じゃあ、行こうか。今日は何処まで下りようかな」

 

 いろんな意味でショックを受けるベル、激昂して喚くリリ、それをあしらい勝手に先導するライオス。3人は今日も迷宮へと下りて行った。

 




閲覧ありがとうございました。

やっと、シリアスが抜けた(脱力)
ナマリの二つ名【目敏い眼鏡】、自分で勝手につけておいてよくわからない気分になっています。二つ名って難しいなあ……。


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剣姫

閲覧ありがとうございます。
リリのベルに対する恋愛感情は生まれていません。ただの大切な仲間です。


 ベルの初10階層、彼はかすり傷程度は受けたが好調に終わる。ライオスにとっての成果はオークの頭とバットパットの丸ごとだ。

 

「これがドロップアイテムですか? こんな現象、リリは初めてみました」

「オークの手足だったら、豚足みたいに料理できたんだろうか?」

「そうだとしたら、コラーゲンたっぷりだね」

 

 不気味なオークの生首にリリは恐怖を隠さずに、引く。それを淡々と袋に詰め、食す事を前提に考えているライオスとベルの会話には、更にドン引きである。

 

「そうだ、リリ。言い忘れてたけど、僕とライオスはこれまで魔物を食べてきたんだ。ギルドのセンシさんってドワーフが見事に料理してくれてね。君にも、いずれ食べてもらうから楽しみにしててね」

 

 無邪気な笑顔で言い放つベルのお誘いに、リリの思考が一瞬、停止した。

 

「はあ!? 魔物を食べる!! ベル様、正気ですか!? ライオスの偏愛についてはリリも存じておりますが、まさかベル様も感化されてしまったんですか!? もしかして、これも食べるんですか? こんな生首、リリはお断りです!」

 

 早口で捲くし立てるリリはベルの腕を乱暴に揺さぶり、顔が取れんばかりに横へ激しく首を振る。

 

「大丈夫、センシの腕前は俺が保証する」

「ライオスの保証なんて知りません!」

 

 自信満々に言い放つライオスへリリは容赦のない怒声を浴びせた。

 

「しかし、今日の狩りを見ていて思ったが、ベルは目の前の魔物に意識を持って行かれやすいな。もう少し視界を広げないと、あっという間に追い詰められるぞ」

「……そうか……。ナイフだから僕の攻撃範囲は目の前に集中しちゃうし……」

「でしたら、ベル様もライオス同様に片手剣へ変えてはどうですか? ナイフはリリが売りさばいて上げますよ」

 

 階段を上がりながら、ライオスが真面目にベルの戦闘を分析する。魔物を食べたくないリリは、げっそりした気分だったがベルへそれなりのアドバイスを送る。

 

「見つけた」

 

 凛とした声が3人の耳に入る。

 振り返るとそこには誰もが知る【剣姫】アイズが独りでいた。麗しき彼女の姿を目にし、ベルは様々な感情のままに叫んだ。

 

「あああああああああああああ!!」

 

 アイズとは反対方向である出口に向かって駆け出そうとしたベルの足をライオスはひっかける。そのせいで、ベルはキレイな1回転を見せて立ち止まった。

 

「ベル様、今のは悲鳴ですか? だとしてもリリの耳が本気で痛いです」

 

 人差し指で両耳を塞いだリリは溜息を吐く。

 

「どうしたんだ、ベル。アイズとは顔見知りだろう? ベルがマインドダウンした時に膝枕してもらったじゃないか」

「え!? どうして、ライオス、僕、その」

 

 しどろもどろで話すベルに、ライオスはリリと顔を見合せて疑問する。

 

「アイズ。あの時、ベルが起きるまでついていたんだろう?」

「うん。でも、話す前に逃げられた」

 

 微かに眉が寄るアイズは、滅多に見せぬ困り顔になる。ライオスとリリは僅かな批難の目をベルに向けた。

 またベルが逃げぬようにライオスは肩へ担ぎ、アイズと共にギルドへ到着する。

 

「では、リリは魔石を換金して参ります」

「俺はセンシと話してくるからな。ベル、逃げずにアイズとちゃんと話せよ」

 

 まだ緊張で硬直しているベルをアイズに任せ、ライオスとリリはそれぞれの役目を果たす。

 

「おお、これは見事なコウモリだのう。しかも、傷ひとつなく丸々とは、これはドロップアイテムの域を超えておるわい。ちょうど、ヴェルフが新しい包丁を作ってくれたのでな」

 

 浮き浮きとセンシは今日の獲物を品定めする。

 

「前々から思っていたが、ヴェルフは鍛冶師なんだよな。調理具専門なのか?」

「いいや、立派な武器や武具も作るぞ」

 

 ヴェルフは見た目からしてもまだ若い。つまり、鍛冶師として駆け出しの身なのだ。それなのに専門外の包丁やらを作るなど、余程の自信か生活に困っているのではと心配になってきた。

 

「……ベルの武器を打ってもらうのも、考えておくか」

「それはいい考えだ。ヴェルフの作る武器はなかなかにおもしろくて……、なんなら、おまえも作ってもらってはどうかのう? ……まあ、おまえにはケン助と名付けた愛剣があったな。無理は言わん」

 

 確かにライオスには、ケン助がある。中層にて、動く鎧からドロップアイテムした剣だ。レアアイテム故にとても頼りがいのある。今は自室で保管している。

 

「手入れぐらいはしているが、そろそろ狩りに出そうか……。ずっと、留守番なんてケン助のストレスも半端ないだろうし」

 

 愛剣を想うライオスは、ヴェルフにベルの剣を打ってもらうという提案を忘れた。

 

「今日もなかなかの稼ぎでしたね。上層にしてはおそらく一番、稼いでいると言っても過言ではありません」

 

 配当を終えたリリは、ひたすら上機嫌に尻尾を振るう。彼女はもうソーマ・ファミリアに戻らない決心を持った。変身の魔法にて、パルゥムの姿を隠して冒険者を続けていくという。それをヘスティアに報告する為、ベルと廃教会へ帰って行く。何故か、彼は心ここにあらずといった状態で呆然としていた。

 

●○

 本拠(ホーム)に帰ってきたライオスをアスフィは仏頂面で出迎えた。

 

「貴方を何をやらかしたんですか?」

「なんだい、藪から棒に。俺は普段通りだぜ」

 

 ライオスの回答に、更にアスフィの眉間に皺が寄る。人の気も知らぬ態度に溜息すら出ない。

 

「昨晩、アイズ・ヴァレンシュタインが貴方を訪ねてきたんです。貴方がいないと知るや、要件も言わずにお帰りになられましたが……」

 

 無断外泊を咎める視線を気にせず、ライオスは先ほどのアイズの様子を思い返す。

 

(きっと、ベルに用事があったんだろう。俺と組んでいる話はしてあったしな)

 

 勝手に納得したライオスは、話題をケン助に変えた。

 

「あの剣を使う? 駄目に決まっているでしょう。魔物の剣なんてレアアイテムを上層で使うなんて、勿体ない」

「俺が持ち主なのに……。中層に下りたりしないから、いいだろう?」

 

 魔物の爪、角、牙、これらは武器として打たれ、皮は鎧として加工される。だが、剣そのものをドロップした例は、実はケン助しかないのだ。

 両手を合わせて懇願するライオスをアスフィは一蹴する。

 

「迷宮……、とくに上層で危険なのは魔物ではなく、他の冒険者の所持品を狙う盗人ども。ケン助の事は公にはしていませんが、目利きの鍛冶師などには確実にバレます。そうなれば、ケン助欲しさに余計な諍いを抱えるのですよ。貴方は対処できても、……パーティメンバーを巻きこんでいいのですか?」

 

 語尾だけ、出来る限り優しく諭す。

 実際、ベルの持つナイフのせいで先日までの騒動が起こったという経緯を2人は知らない。

 

「……確かにアスフィの言うとおりだ。君は本当に視野が広い。いつも助けられる」

「なんですか、急に。褒めても何も出しませんよ」

 

 ライオスの穏やかな表情から、彼が本心から感謝を述べているとは気づいている。特に今日は機嫌が良いのか、普段以上に雰囲気が良い。それ以上にその顔をするのはズルイ。アスフィの中で、気の迷いが起きてしまいそうだ。

 

「ロキ・ファミリアでは近々、遠征があるという情報を得ました。念の為に聞きますが、随従しませんよね?」

「謹んでご辞退申し上げる」

 

 ライオスが同行したいと言えば、ロキ・ファミリアの幹部連中は喜んで迎え入れてくれるというのに勿体ない。美味しい稼ぎを逃す阿呆に疲れたアスフィは、今日のドロップ率を聞かずに彼を下がらせた。

 

●○

 アイズのLV.6。ロキ・ファミリアでは既に知らぬ者はおらず、マルシルも我が事のように仲間と喜びあった。当の本人である【剣姫】は仲間から受ける賛辞の言葉に生返事だ。激しい喜びを見せず、普段通りの波紋も知らぬ水面のように静かだ。

 きっと、自分達では量れぬ想いを抱いているのだろう。

 

「マルシル、ちょうど良かった」

 

 声をかけてきたのは団長フィン・ディムナ。少年の外見だが、パルゥム故に団長としての経験を踏まえた年齢だ。それでも、エルフのマルシルにしてみればまだ子供。何故にリヴェリアが団長ではないのか、彼女には理解しがたい。

 

「ミアハ・ファミリアのファリンとは交流があったね。次の遠征では彼女の助力を願いたいから、正式に要請したいんだ。君に橋渡しを頼みたい」

「!? はい! ファリンも喜ぶと思います! 私に任せて下さい!」

 

 勢いよく橋渡しを引き受けたマルシルは早速、ファリンのいるミアハ・ファミリアの本拠を目指す。

 

「ほな、行くで!」

 

 何故か、セクハラ神ロキも一緒だ。一気にマルシルのテンションが下がった。

 

「なんや、マルシル。うちと一緒に歩けるんがそんなに嬉しんかいな。かわええこと言うてくれるやん♪」

 

 目の死んだマルシルは何も言ってない。構わず、ロキは彼女の頭を撫でて頬を擦りよせる。

 必要以上のスキンシップを受けながら、マルシルとロキは神ミアハへの要請を済ませた。残念ながら、ファリンは迷宮に潜って居なかったが、確実に彼女とは遠征を共に出来る。

 

「ファリンはんに会いたかったわ。兄貴に似ず、めっちゃええ子らしいやん。ミアハに取られんかったら、うちのところに引き入れたで」

 

 愚痴愚痴と煩いロキを無視し、マルシルは通行人の中に顔見知りはいないか探す。偶然にも何度もパーティーを組んだナマリを見つけた。彼女も気づいて手を振る。

 

「ナマリ、久しぶり! 元気してた?」

「こっちは順調だ。マルシルは何も変わっていないね」

「うん? なんや、ドワーフの女の子かいな。ふーん、こういう子もええなあ」

 

 ロキの不審な品定めは無視して、マルシルはナマリと挨拶を交わす。ナマリは礼儀上、ロキを神として敬いの礼をする。

 

(あー、アイズの事をナマリにも教えてやりたいな♪)

 

 しかし、ギルドから正式に発表されるまでオフレコなのだ。

 

「ねえ、次の遠征にナマリは一緒に来るの?」

「ああ、メンバーには入っている。ということは、おまえも行くんだな」

 

 まるで遊びに行くような口ぶりだが、迷宮には命がけの遠征に行くのだ。

 

「この子、遠征に行くいうことはヘファイストスとこの子?」

「はい、戦士としてもそうですが、武器具に関して彼女以上の目利きはいないと思います」

「おいおい、そんなハードルを上げた紹介を神様にするなって……。ロキ様、こいつはちょっとおおげさなんです。本気にしないで下さい」

 

 満面の笑顔で紹介するマルシルに、ナマリは慌てて否定する。しかし、ロキは言葉をほとんど聞き流していた。

 

「あいつのおるところが辛なったら、うちのところおいでな。歓迎するさかい」

 

 ナマリの手に両手を添え、本気モードでロキは口説く。貧乳でわかりくいが、ロキは女神だ。そんな彼女に口説かれても、嬉しくない。

 

「こらこら、勝手に改宗を勧めないで」

 

 『ジャガ丸くん』を頬張るのは、神ヘファイストス。燃えるような真っ赤な髪にスラリとした体形だが、出る部分はしっかりと出ており、右眼の眼帯もちょっとしたポイントに見えてしまう麗人だ。

 ロキも同じ赤髪なのだが、魅力の違いが激しすぎる。

 

「なんや、ヘファイストス。買い食いなんぞ、みっともない。夕飯食べれんなるで」

「あんたは私のおかんか。ほら、ナマリから手を離しなさいよ」

 

 ナマリを競って争う神2人。貴重な場面にマルシルは呆れを通り越して見入る。ナマリは神に無礼を働けないので、対応に困って右往左往した。

 微妙な争いを終え、ナマリは解放される。マルシルが言葉を失った彼女を慰めている間、へファイストスは『ジャガ丸くん』の残りをロキに渡す。

 ロキは平然と受け取って食べた。

 

「あんた、次の遠征で行く子らを把握しているの?」

「大体やけど詳しい事はフィンに聞いてや、もしくはリヴェリア。んで、何が知りたいん?」

 

 ロキに質問を返され、ヘファイストスは探らずに直接聞き出す。

 

「遠征のメンバーにヘルメス・ファミリアのライオスはいるかしら?」

「それは……おらへんなあ。それだけは確かや」

「奴の名を俺の前で口にするな!」

 

 無骨な叫びに振り返ると、顔の上半分を象の仮面で覆った神ガネーシャがいた。露出の多い衣装に見合うガタイの持ち主に今の今まで気付かなかった。その腕には『ジャガ丸くん』全種類を抱えている。

 

「なんでや!? 食べすぎや、栄養偏んで!」

「俺は民衆の主にして、ガネーシャだ! 子供達の作った飯で栄養が偏るはずはない!」

「あ、売り切れてた小豆クリーム味。ひとつ頂戴」

 

 色々とツッコミたいロキは『ジャガ丸くん』だけに焦点を絞り、ガネーシャは自信満々に答える。ヘファイストスは堂々と『ジャガ丸くん』をパクる。代わりに代金を彼の懐に入れた。

 

「あんた、『ジャガ丸くん』目当てでこの辺をうろついていたわけ?」

「否、俺のファミリアにいたファリンがこのオラリオに舞い戻ったと聞いたのでな。ミアハの下で生活できているのか、様子を見に来たのだ。元気に迷宮へ行ったそうだ。どこぞの不愉快な兄貴に気を遣って、改宗してしまった心優しき乙女よ。いつでも俺のファミリアへ帰って来い!!」

 

 本人のいない場所で、空に向って手を上げて叫ぶガネーシャに周囲はドン引きである。

 神の集いでもない日に神が3人も揃っているのに、神々しさも何もない。会話の内容は眷族の取り合いだ。

 

(ナマリといい、ファリンといい。こんなに神様に必要とされて、ちょっとだけ羨ましいなあ)

 

 マルシルは他人事として呟く。彼女の胸中を読んだナマリはジト目で睨む。

 

「なんなら、代わってやろうか?」

「それって貴女よりも優れた目利きになれってこと? 無理無理」

 

 手を振って断るマルシルとナマリの様子を人混みの向こうから、ファリンは見ていた。ガネーシャが現われた辺りからいた。しかし、色んな意味で避けたい状況だ。

 

「……ちょっと出にくいなあ」

 

 馴染みのある2人には悪いが、ファリンはこっそりと鉢合せない道へと進む。そこには木箱を抱えたヴェルフがいた。

 

「こんにちは、ヴェルフ。それ何が入っているか聞いてもいい?」

「こんにちは……ファリンさん。これは……その俺が打った剣です。武器屋に置いて貰ってたんですけど、期限が来たので回収に……」

 

 歯切れの悪い言い方から、ヴェルフは売れ残った商品を見られ恥じている。

 

「オラリオには武器屋が多いんだもの。私のファミリアも薬とか売っているけど、人数が少ないから大手のファミリアと比べ物にならない程、稼ぎがないよ」

「へえ、意外ですね。ファリンさんなら引く手数多じゃないんですか……。さっきのアレみたいに」

 

 ガネーシャの事だと察し、ファリンは恥ずかしくなる。

 

「……私をすごいって言ってくれる人はいるけど、それと命を預けられるかは別だし、……私が一緒にいたいのは「ありがとう」が言える場所なの……、ガネーシャ様だとずっと「ごめんなさい」しか言えない気がする」

 

 ファリンの要領を得ない言葉には、深い意味がある。それを感じ取ったヴェルフは共感して胸の奥が熱くなった。熱さは彼の目尻に涙を浮かべさせる。

 

「俺にも、わかります」

「本当、ヴェルフっていい子だね。センシが好きになるのもわかるわ」

 

 ファリンの優しい笑顔にヴェルフは涙を拭って笑い返した。

 

「俺もセンシさんが好きです。勿論、ファリンさんも」

「わあ、嬉しいなあ。ありがとう、私も好きだよ」

 

 言葉だけなら愛の囁きに聞こえなくもない。しかし、2人の雰囲気から少しもロマンは生まれなかった。

 

●○

 ロマンが生まれないのは、ベルも同じだ。

 昨日、ずっと焦がれていたアイズとマトモに話せた。それだけでなく、ベルの憂いを考慮して稽古をつけてくれるという。

 男女が2人っきりで接しているのに、ベルは遠慮なく(それでも加減してもらい)ボコボコにされた。

 

「……今日、君を見てわかった。ライオスとは動きの基本が違う。彼は盾使いでもあるから、素早さを優先する君に戦い方を教えられなかったんだ」

「盾……? そういえば、前に……ライオスの今の装備は上層用だって言ってた」

 

 眉ひとつ動かさず分析するアイズにベルは心当たりがある。

 

「君はライオス以外とパーティーを組んだ事はないんだよね?」

「はい……。全然、僕と組んでくれる人はいなくて……、……ミノタウロスの後にお互い意気投合したんです」

 

 それ以前にゴブリンを解体していたライオスに遭遇してしまい、解体男として恐れていたのは内緒だ。

 

「最初にライオスと組めたのは、幸運だよ。彼の強さは仲間を護る為にある。見習いたいけど、私の求める強さとは違うから……そこは残念」

 

 微笑を浮かべるアイズはこの場にいないライオスへ賛辞を送る。そこに恋愛感情は見えないし、剣を持つ者としての評価だろう。しかし、【剣姫】に褒められる彼をベルは素直に羨ましく思う。

 

 明日はリリの下宿先の都合で休みになる。その分を稼ぎたい為、10階層以下に下りると決めた。

 

「リリに気を遣わなくても、お2人で潜ってもいいんですよ」

「ううん、僕もやりたい事があるから、明日は休みでいいんだ」

「ベルがそう決めたなら、俺も異存ないよ」

 

 予定が決まり、3人は迷宮に潜る。

 アイズの稽古がすぐに実を結んで、ベルはかすり傷ひとつなく終えれた。ナイフを振るう最中もライオスの動きを見る。

 初めて組んだ日から、ライオスは手練だとわかっていた。しかし、アイズの言葉を受けて改めて彼を見れば、確かに後衛のリリや中衛のベルに余分な魔物が行かないように配慮している。

 もっと動きを変えれば、ベルへ魔物が行かぬように防ぎきる事など造作もないのだろう。

 

(仲間を護る強さ……)

 

 ベルも求めた強さだ。大切な人を失わない為に強さがいる。

 その為にも、アイズ・ヴァレンシュタインに追いつきたい。憧れる感情は益々強くなった。

 

 魔石やドロップアイテムをギルドで換金し、報酬の配分を終える。解散を告げても、ベルはライオスに視線を向けてしまう。

 否が応でも、ライオスは気づく。

 

「今日は随分、良い戦い方をしたな。どうしたんだ。誰かに稽古でもつけて貰ったのか?」

「……えっと、わかる?」

 

 褒めて貰った事より、バレたほうに焦る。

 

「そりゃあね。神の加護で能力を上げても、技とか駆け引きとかは実戦や稽古で身に着くもんだ」

 

 偶々なのか、早朝の特訓でアイズに指摘された言葉だ。

 

「怒らないの? ライオスに相談もせず、他の人から手解きを受けて……」

「まさか! 俺とベルとじゃ得物はおろか、戦闘における立ち位置も違う。ベルが自分で教官を見つけられたなら、俺としても嬉しいよ」

 

 その教官はアイズだと言いかけてやめた。何故だが、彼女との2人きりだと知られたくなかった。また『年上キラー』とからかわれる可能性もあるし、無関心な反応をされたらそれはそれで胸が痛い。

 

「……その人ね。ライオスの事を褒めていたよ。最初に君と組めたのは幸運だって」

「……へえ、そう言われたのは初めてだな。素直に嬉しいから、俺に代わって礼を言ってくれ」

 

 もやもやとした気分は晴れ、ベルはライオスと別れた。

 

●○

 思わぬ休みとなった本日、ライオスは鎧も着ずに愛剣ケン助と共に外出する。目指すのはギルドで、センシを訪問する為だ。

 いつも魔物を料理して貰っているので、礼も兼ねて食事を奢ろうと思ったのだ。

 でも、いなかった。偶然にもセンシは非番だった。

 仕方なく、センシの自宅を訪ねるとヴェルフまでいた。この2人が揃っているのはライオスの中で定番になりつつあった。

 

「今、コボルトの足を調理しておるところじゃ。昼飯までには出来るので待っておれ」

 

 鼻歌を歌いながら、センシは丁寧かつテキパキとコボルトの足から身を削ぎ骨を露にさせる。その隣でヴェルフまでエプロンをして、自前の包丁らしきモノで人参や玉ねぎなどの野菜を切っていた。

 

「ヴェルフは料理も出来るのか?」

「はい。稼ぎが少ないもんで、出来るだけ自炊しているんです。ライオスさんは……失礼ながら、しなさそうですね」

 

 見事に言い当てられ、てへっと舌を出す。全く出来ないのではない。雑炊くらいの鍋物なら作れる。ただ、センシのように調味料や切り分け方で様々な料理を振る舞えないだけだ。

 名誉の為に言うなら、ライオスが特別なのではない。大概の冒険者はこんなモノである。

 

 センシの言うとおり、昼飯はコボルトの足を出汁にした麺料理だ。遠慮なく、ライオスも頂戴した。

 

「出汁が……麺と野菜に沁み込んで食欲をそそる!」

「おお。この味、豚足に似ておるな。次は毛を全部毟って、豚足ならぬコボルト足の煮込みでも作ってみるか」

「狼のくせに豚と味が似ているってどうよ……」

 

 3人はそれぞれの感想を述べ、お代わりまでした。

 

「「「ご馳走様でした」」」

 

 3人で片付けをしながら、食後の一息を吐く。そこに来て、ヴェルフがライオスの剣に気づく。

 

「それって普段の剣と拵えが違いますね。買い換えたんですか?」

「いや、俺の愛剣。ケン助って呼んでいる。普段は部屋に置きっぱなしなんだ。外に出してやらないとストレスになると思って、散歩がてらにね」

 

 まるでペットのような言い草だが、ライオスの愛が伝わったのかヴェルフは納得した。

 

「刃物も湿気で傷んだりしますからね」

「ヴェルフ、おまえさんは本当に良い奴じゃな」

 

 ツッコミどころのわからないセンシは、ただそれだけ呟いた。

 ライオスの剣という事で興味を持ったヴェルフに渡してみる。鍛冶で打たれた剣とは違うと気づかれるか知りたかった。

 

「これ……素材に見当もつかなければ……、どんな奴が打ったのかもわからない。すみません、俺には業物だってことしかわかりません」

「まあ、俺も素材も打った奴も知らないよ。ただ良い剣だって事は知ってる」

 

 ケン助を返して貰い、ライオスは嘘は言わなかった。ヴェルフが欲に眩むなどとは思わない。ただ鍛冶師故に熔かしてみたいと言われたら、怖い。

 

「夕飯の話になるけど、久しぶりに『豊穣の女主人』に行かないか? 2人にはいつも世話になっているからお礼も兼ねて奢らせてくれ」

「ごちになります!」

 

 頭まで下げるヴェルフは本当に良い奴である。

 

「そうじゃな、あそこの料理なら良い案が浮かぶかもしれん」

 

 夕食の時間帯になるまで3人は魔物の部位のドロップ率とどの調理具が刃を通したか話し合った。ライオスとセンシはそれぞれが所属する上司には逐一、報告しているが、直接関わる3人で話す機会は滅多にない。

 

「コボルトの足にはコレがちょうどよい切れ味でした。しかし、コレでバトルボアを切りこんだ時はすぐに刃毀れを起こしました。オークの頭への切れ味次第では鉄の質をもう1段階、上げないといけません」

「もしくは鉄でも限界があるか」

「迷宮で角とか手に入れられたら、ヴェルフに回すよ。今度はそれで試して欲しい」

 

 そんな話を延々と続けている内に時間はあっという間に過ぎた。

 

●○

 太陽は沈み、商店も閉じれば夜の顔が目立ちだす。

 ヴェルフはライオスとセンシにつれられ、『豊穣の女主人』を目指す。今日は既に実りのある話が出来た。誰かと同じ目的を持って話し合う。

 嬉しさでヴェルフの胸は高鳴っていた。

 

「おや、ライオス。何処をほっつき歩いていたんですか?」

 

 冷徹な声は3人に向かってきた。眼鏡の似合う女性は上品にそれでも麗しく、ライオスだけを見ていた。

 

「アスフィも外食かい? 商談でもないのに珍しい」

「商談を終えたところです。そちらは……パーティメンバーではないようですが、所属をお聞きしても? 私はヘルメス・ファミリアのアスフィと申します」

 

 物腰は丁寧だが、上から目線で2人へと挨拶する。アイテムメーカーとして名高い【万能者】アスフィだ。こんなに若い女性とは思わなかった。

 

「わしはギルド職員のセンシ。ライオスからはとても頼りになるお方だと伺っております」

「……俺……自分はヘファイストス・ファミリアのヴェルフです。鍛冶師を営んでおります。ライオスさんとセンシさんにはいつも御贔屓に」

 

 不意にアスフィの目つきが鋭くなった。

 

「違っていればご無礼を……貴方はヴェルフ・クロッゾではありませんか?」

 

 ヴェルフの心臓を鷲掴みにされたような緊張が走る。自分の口から言いたかった。わざと黙っていたが、知られたくなかった。葛藤や懺悔に眩暈が起こる。

 

「へえ、ヴェルフ・クロッゾか」

「語呂の良い名前じゃのう」

 

 呑気な声がヴェルフにかかる。軽蔑も余計な期待もない。さっきまでと同じ態度だ。

 

「はあ!? 何をそんな大した事ないみたいに……。クロッゾですよ! 呪われた鍛冶一族の! 噂が確かなら、彼は魔剣を打てる力を持っているとか!」

「アスフィ。俺でもクロッゾの家名くらい知っている。今まで言う機会なかったから言うけど、魔剣に興味ないんだ」

「高い割にすぐ壊れるから、火熾しにも使えん」

 

 センシの魔剣の使い方にツッコミを入れず、ヴェルフは心の底から安心した。この2人は魔剣を求めてこないし、作らない自分を責めたりしない。

 湧き起る感謝の気持ちを述べようとしたが、ヴェルフはアスフィの憤怒の表情にビビった。

 

「……貴方って人は、貴方って人は!!」

 

 ここまで激怒したアスフィをライオスは見た事ない。彼女は護身用に持ったフラスコを振り上げる。危機を感じたセンシとヴェルフはバラバラに物陰へと逃げ込んだ。

 ライオスも危機を察していたが、それだけアスフィを怒らせたのだと理解した。そして、間違ってもここで死ぬ事はないと信じていた。

 その晩、オラリオの街に雷が落ちた。比喩的な意味ではなく、物理的な意味でだ。

 

●○

 バベルの最上階は神フレイヤの住まう。美の女神の趣味故、壁が本に埋め尽くされている。

 

「……輝きのない石ころ……、石炭のように燃え尽きて……あの子にどんな影響があるか見ていたけど、……そろそろ引っ込んでて貰いたいわ」

 

 気だるげに地上を見下ろし、フレイヤは傍に控えたオッタルに語りかける。遠まわしにライオスの排除を命じているのだ。

 

「ライオスはお気に召しませんか?」

「……あら、珍しいわね。オッタルが他人を庇うなんて……。ひょっとして、気に入っているの?」

 

 からかう口調で言われても、オッタルの表情は動かない。

 沈黙は肯定である。

 

「……ふうん、そう。……少し興味が湧いたわ。あの子が冒険する間……構ってあげる」

 

 不敵に微笑むフレイヤは掲げたグラスを傾け、その中身を零した。




閲覧ありがとうございました。
神様も露店とか見回るんだろうなあと勝手に外を歩かせました。

やっと、フレイヤが書けました。


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英雄願望

閲覧ありがとうございます。
前回の投稿から、間が開き過ぎてすみません(土下座)
お気に入り720件以上、評価者30人以上をありがとうございます。

・17.3.11に誤字報告を受け修正しました。


 アスフィの怒りをその身に受けたライオスは、本拠(ホーム)での安静を余儀なくされた。全身を包帯でグルグル巻きにされ、挙句に縄で寝台に縛り付けられているのだ。動きようがない。

 

「加減はしてあります。半月もせずに動けるようになるでしょう」

 

 そこまで重体にしておいて、アスフィは冷たく言い放つ。さっさと自分の執務に戻ってしまった。

 

「ライオス、大丈夫か?」

「魔法で治療はさせて貰えないから、薬で我慢してくれな?」

 

 仲間が親身になって心配してくれたので、ライオスは感謝した。

 

「うわー、すごい状態だね。ライオスくん」

 

 見舞いに来てくれたヘスティアは驚きの声を上げ、ライオスは僅かに動く指で挨拶した。

 

「ベルくん達は、君なしで迷宮に潜ったよ。今日の狩りが終わってから、ここに来るってさ。ベルくんも自分の実力を知る良い機会みたいに思ってたから、心配しなくていいよ」

 

 見舞いの品から桃を取り出し、ナイフで皮を捲るヘスティアは優しい口調だ。

 ベルとリリが2人で迷宮に潜る。今の2人、とくにベルなら何の問題もないとライオスは思う。ただ、今日のドロップアイテム率がいか程のものかが気になった。

 

(センシやヴォルフにも……ドロップアイテムが渡せないと詫びなければ……)

 

 あの衝撃現場にいた2人の事を考えていると、ヘスティアがフォークで刺した桃切れをライオスの口に差し出した。

 

「これなら食べられるだろ? 口の部分の包帯をちょっと捲るよ」

 

 ライオスの返事も聞かず、ヘスティアは問答無用で桃切れを口に突っ込む。甘さが口に広がり、果実が溶けるように喉を通り過ぎた。また指を動かし、感謝を伝える。

 

「ふ、ふーん。本当ならベルくんに食べさせてあげたいけど、ライオスくんも僕のベルくんの為に頑張っているみたいだし、僕からのご褒美だよ」

 

 どうやら、ヘスティアなりのサービスらしい。ベルに「はい、あーん」と食べさせている様子を想像して、女神は緩み切った顔で嬉しそうに悶えていた。傍から見ると、ちょっと気味悪い。

 もしかしたら、魔物の話をしているライオスもこんな表情かもしれない。そう考え、少しだけ反省する事にした。あくまでも少しだけである。

 

「しかし、ライオスくん。君は何をしたら、そんな目に遭わされるんだい?」

 

 それはライオスが一番、知りたい。何故、アスフィがそこまで怒ったのか、全く見当が付かない。否、「魔剣に興味ない」という発言がいけなかった気もする。

 

「君は……ちょっと鈍いみたいだね。ベルくんも相当、鈍いけどさ」

 

 呆れたヘスティアはその後、バイトの時間になるまで延々とベルの話題を続ける。相槌を打つのも面倒なのでライオスはノーリアクションだったが、女神は気にしなかった。

 

 夕方になり、ベルはやってきた。何処か沈んだ様子で、狩りの報告をしてくれる。ドロップアイテムは何もなく、ライオスがいない分、稼ぎも少なかった。

 

「リリに言わせると5人組パーティーに匹敵する稼ぎだって」

 

 力のない笑みから、ベルの落ち込みは稼ぎではないと感じ取れる。ライオスが視線で訴えかけ、彼は気づく。ライオスの口元まで耳を寄せてきた。

 

「……何かあったのか? 相談になら乗る……」

 

 切れ切れの言葉を必死で吐く。それは確実にベルへ伝わり、彼は気を楽にしたような笑顔になる。

 

「ありがとう、……大した事じゃないんだ。……アイズさんがLV.6にね……、階層主を1人で倒したって……」

 

 LV.6へのランクアップ。目出度い話だ。

 人間の身でその領域まで達した冒険者は、他種族に比べて少ない。しかも、階層主をたった1人で倒すなど、ライオスも聞いた事ない。もしかしたら、オラリオ始まって以来初かもしれない。

 こんな状態だ。直接、祝いを述べる事は出来ずとも、心でアイズへ「おめでとう」と告げる。

 しかし、それでベルが気落ちする理由はないはずだ。

 不意にベルの狩りの様子が脳裏に蘇る。そういえば、彼の動きが格段に良くなったのは誰かに師事されているからだ。アイズとしっかり話した後日だ。

 ここまで情報を整理してから、ライオスは思いつく。

 ベルに剣を教えているのは、アイズだ。彼が剣姫に対しての感情はわからないが、この落ち込み方から見ると高嶺の花が更に高くなったのだろう。

 

「……年上キラー」

 

 呼吸を吐くように呟くとベルの耳にしっかりと届き、彼の肩がビクンッと痙攣した。

 

●○

 ライオス重症の報せは妹ファリンの耳にも届く。すぐにヘルメス・ファミリアの本拠へ行ったが、対応したアスフィに「魔法で治療させない為」という理由で面会を拒まれた。

 何とも理不尽な理由だったが、アスフィの有無を言わせぬ迫力に負けてファリンはすごすごと自らの本拠へ帰ろうとした。

 このまま帰っても、ライオスが心配で堪らない。マルシルかナマリに会うべきかと、道の真ん中でクマのようにそわそわしながら、右往左往するファリンに通行人達は優しさで見て見ぬふりをしてあげる。

 のんびりと歩いてたミアハもファリンの様子から他人の振りをしようとしたが、彼女に発見された。

 

「ミアハ様。お出かけですか?」

「いつもの材料の調達だ。元気がないね、ファリン。どうしたのかな?」

 

 心配そうに眉を寄せるミアハに聞かれ、ファリンは正直にライオスの事を話す。

 

「お見舞いに行ったんですけど、会わせては貰えませんでした……」

「そうか……。あまり、気に病むな。ライオスは体が丈夫な男だ。すぐに良くなる」

 

 ファリンに慰めの言葉をかけながら、ミアハはその穏やかな笑みを崩さず、胸中で「いつか、やられると思っていた」と呟いた。むしろ、アスフィは忍耐強かったと言える。

 しかし、そんな事をファリンの前で言うわけにいかないので黙っておく。

 

「私、センシに話を聞きに行こうと思います。その場にいたらしいので……」

「それなら、私も行こう。ギルドの張り紙も確認しておきたいしね」

 

 ギルドの張り紙などより、センシから状況を聞いた時のファリンの反応が心配だ。あまり役に立てるとは思えないが、ミアハは彼女の傍に付いていたい。

 

「チルチャック。ライオスの話、聞きましたか~?」

「聞いた、聞いた。ヘルメス・ファミリアの団長がプッツンしたって、俺、ライオスはいつかヤラれると思ってたぜ」

 

 ファリンへの気遣いなど無用と言わんばかりに、背後をふたつの声が通り過ぎて行く。ひょこひょこと歩くのは、チルチャックとリリだ。

 

「そんな言い方して良いんですか? リリは別に良いですけど、チルチャックとライオスは仲良いと思ってました。リリの分まで心配してあげて下さいよ」

「リリの分ってなんだよ。自分の分は自分で心配しろっての」

 

 ファリンとミアハに気づかず、2人は行ってしまった。

 気まずそうにミアハはファリンの様子を窺うと、彼女は石でも背負ったように猫背になる。

 

「……兄さんって、いつかやられると思われてたんだ……」

「ファリン……、他人がどう言おうと君だけは兄を信じてやりなさい」

 

 ミアハは一段と落ち込んだファリンを無理のないように慰めた。

 

 ギルドには、ここ数日でセンシの研究室と化した部屋がある。傍から見れば、清潔な厨房のような印象を受ける。時々、無関係の職員が迷い込んでは保管されているオークの首やコボルドの足を見て悲鳴を上げて逃げていく。

 ミアハも逃げたい気持ちを抱えつつ、ファリンの手前で平然を装う。

 バラバラにされた魔物の部位が怖いのではなく、とてつもなく嫌な予感がするのだ。

 

「ちょうど、出来上がったところじゃ。ファリンも食べていくとよい。さあ、ミアハ様も」

 

 出されたのは料理は一見、ひつまぶしに見える。香ばしい匂いもそう思わせる。しかし、ミアハの嫌な予感は強くなる。

 

「……これ、ウナギじゃないよね?」

「おお、お気づきになられましたか? ミアハ様。その通り、これはバットパットの肉です。この肉は迷宮でドロップアイテムした魔物の部位です。わしはギルドの指示で、人体への悪影響を調査しております。わし自ら食し、安全性は確認済みです」

 

 目を輝かせるセンシに、何の悪意もない。

 

「……へえ、食べたんだ……魔物……」

 

 穏やかな笑顔のままミアハの顔色が青褪める。その表情から、ファリンは神に魔物の料理を食べた話をしていなかったと気づく。

 

「ミアハ様、センシの料理の腕は私が保証します。騙されたと思って食べて下さい」

「ファリン……。つまり、君も魔物を食べたんだね……」

 

 純粋無垢の笑顔が眩しく、思わずミアハは目元を手で覆う。ファリンもライオスと同じ偏愛に目覚めた様子はない。ただ、魔物を食す行為に抵抗がないだけだ。

 ひつまぶし、ファリンとセンシを順番に見つめてから浮かんだ疑問を言葉にする。

 

「センシ、君は食べたというが……ウラノスは食べたのだろうか?」

 

 ここでセンシの瞳から輝きが消え、ミアハから目を逸らす。きっと食べて貰えなかったのだろう。

 ギルドの指示というからには、ウラノスの意思も含まれているはずだが、それで魔物を食べるかどうかは別問題だ。

 バットパットのひつまぶしは意外と美味しかった。料理の材料よりもファリンが元気を取り戻したのでミアハは良しとする。

 

「美味しかったよ、ありがとう」

 

 いろんな意味で素直に礼を述べるミアハにセンシは嬉しそうに目元を緩めて笑う。

 

「魔物を使った料理は口外法度に等しいので、ミアハ様も誰にも話さないで下さいね」

 

 人差し指で口元を押さえるファリンに緊張感はない。ただの約束事としてミアハは受け入れた。

 

(しかし、魔物を食うか……。ガネーシャが聞いたら発狂しそうだな。……黙っておこう)

 

 地上での生は、己以外を糧にする。

 迷宮で魔物を倒す事も、魔物が食卓に並ぶ事も大差ない。

 ミアハはライオスの味方ではなく、あくまでファリンが大事だ。しかし、再びライオスが中傷の的になった時は、あの時よりは力になってあげたい気持ちになった。

 

●○

 ヴェルフの工房に客人は滅多に訪れない。訪問者そのものが珍客だ。

 

「ライオスの話を聞いたけど、おまえ、傍にいたんだって?」

 

 その珍客ナマリは挨拶もせず、開口一番に詰問である。

 ヴェルフは出来たての鎧を慎重に置きながら、ナマリを警戒する。

 

「現場にいたら、なんだって言うんだ? ライオスさんを守れなかった俺を責めに来た……って感じじゃねえな。ナマリ」

 

 ナマリは睨むとは違う目つきで工房内を見渡してから、ため息をこぼす。

 

「……回りくどい話は嫌いだから、ハッキリ言うぞ。魔剣を作れ、ヴェルフ」

「どうして、そうなるんだ?」

 

 警戒をより強くしたヴェルフは自然と手元近くのナイフへ手を伸ばす。まだ掴まず、手探りで位置を把握する。ナマリもそれに気づいているが自分の獲物に触らず、声に緊張を含ませた。

 

「相手が【万能者】の作った道具だったとしても、魔剣があればライオスを守れたんじゃないかい? そうでなくても、助けぐらいにはなったはずだ。これが街中だったから良かったが、迷宮の中層や深層だったら、どうする?」

「それは……」

 

 続く言葉は浮かばない。

 

「ヴェルフ、今まで言わなかったがおまえの腕は良い。魔剣を抜きにしても、おまえは鍛冶師として十分やっていける。魔剣を打たないってだけで過小評価されるのは、確かに理不尽だ。魔剣を作っても、同じような理不尽さがおまえを襲うのは、あたしでもわかる。けどな、それは最初だけだ。最初だけなんだよ。それさえ過ぎれば、誰もがヴェルフを認めるんだ」

 

 ナマリは武具に関してお世辞は決して口にしない。彼女程の目利きに称賛を受けるのは、鍛冶師として誉だ。こんな状況でなければ、ヴェルフも素直に喜んだだろう。

 喜べないのは、やはり魔剣が絡んでいるからだ。

 

「……話はわかった。帰ってくれ」

 

 肯定も否定もなく、ヴェルフは疲れた声で言い放つ。ナマリもそれ以上何も言わず、別れの挨拶もせぬまま工房を出て行った。

 緊張を解いたヴェルフは疲れで、その場に座り込む。

 かつて、ヴェルフはヘファイストスに魔剣を作らぬ誓いを立てた。その際、忠告された言葉がある。ライオスの負傷を目の当たりにした時、その言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 ――貴方はその力を使わなかった事を後悔する。

 

 耳にした当時は、戯言のように思っていた。今はヴェルフの心にまさに鉛のように重く、沈みこんだ。

 だが、自分の考えは変わらない、変えたくないと脳髄の奥で叫んでいる。センシやライオスに相談すれば、魔剣に興味のない彼らはきっとヴェルフの好きにすれば良いと答えてくれる。

 自分の欲しいと思う答えを持っている人に相談しても、それは相談ではない。自分の考えを後押ししてもらいたいだけだ。

 どうすればよいか、どうしたいのか、ヴェルフはいつまでも悩み続けた。

 

●○

 センシは翌日、現れた。

 挨拶もそこそこに、その手に持った水筒の中身をお猪口に注ぐ。どす黒く、血が凝固した色と同じだ。偶然居合わせた仲間が「げえっ」と呻いて逃げて行った。

 

「これはミアハ様からの見舞いの品だ。あの方はお忙しいので、わしが預かって来た」

 

 ミアハの調合なら、何の問題もない。しかし、何故そんなに禍々しい色合いの薬だ。嫌がらせを疑う。あの神は意外と腹黒かもしれない。そんな事をファリンに言えば、「良薬、口に苦しよ」とビンタされそうだ。

 

「……それとヴェルフも心配しておったが、ここには来させんほうがよいじゃろうて」

 

 扉の隙間からライオス達の様子を窺がうアスフィが怖い。あの目はヴェルフを捕まえて、本気で交渉しようと画策する時のそれだ。

 

(すまん、ヴェルフ。逃げ切ってくれ)

 

 全身で溜息をつき、ライオスは胸中で詫びた。

 

●○

 皆の甲斐甲斐しい介抱のお陰で、一週間も経たずにライオスは包帯が取れた。治りが想定より早いのが、気に入らないらしくアスフィは嫌味ったらしく笑った。

 それでも完治ではない。体の動きが関節部分で鈍い。

 

「怪我が治って良かったね、ライオス。明日には迷宮に潜れそう?」

「いや、潜るなら明後日だな。明日はリハビリがてらに散歩でもしておく」

 

 ベルは嬉しそうに声を弾ませる。彼は律儀に毎日、ライオスの見舞いに来てはドロップ率の報告をしてくれた。結局、魔物の肉を得る事は出来なかった。

 

「明日は……ロキ・ファミリアの遠征か……。ライオスも声かかってたって聞いたけど、本当に行かなくていいの?」

「行く必要ないしな。ベルやリリと一緒のほうが楽しい」

 

 嘘偽りなく答えるライオスにベルは、はにかむ。

 

「そういえば、アイズも行くとなるとベルの特訓はどうなるんだ?」

 

 素朴な疑問を聞き、ベルは冷静さを取り戻す様に真顔になる。

 

「遠征が始まるまで稽古をつけてもらう話だったんだ……。だから、明日の朝で終わりだよ……」

「そうか、ベルは飲み込みが早い。アイズも教えがいがあっただろうな」

 

 お世辞ではなく、ベルは剣士として筋が良い。毎日の見舞いに来る時の立ち振舞いから、それを感じ取った。

 

「ありがとう、ライオスにそう言って貰えると嬉しいよ。早く特訓の成果を見せたいな。それじゃあ、また明日ね」

「ああ、明日な。……しかし、リリは一度も来てくれなかったな。チルチャックもだけど、いや、いいんだけど」

 

 ファリンはアスフィに追い返されたと聞いているので仕方ない。しかし、遠征の準備で忙しいマルシルも一度は顔を出してくれたのにだ。ライオスのちょっとした愚痴にベルは苦笑した。

 

 今日は遠征出発日。

 迷宮入口にはロキ・ファミリアの御旗が掲げられ、これからの遠征に挑む冒険者が集う。メンバーの中には、ファリンやマルシル、ナマリもいる。

 妹達を見送る為、ライオスはここに来た。但し、物影からこっそりと見届ける。何故かというと、野次馬や見送りの人々の中にガネーシャがいるからだ。顔を合わせるのは、色んな意味で厄介な相手だ。

 

「そう! 俺が民衆の主ガネーシャだ。遠征に初参加するファリンの姿を一目見ようと、馳せ参じた!! ファリン! 俺はここだ!」

 

 遠征リーダーであるフィンの口上を遮るかの如く、ガネーシャは声を張り上げる。ここぞとばかりに親馬鹿ぶりを発揮する神に誰も何も言えない。羞恥心で耳まで真っ赤に染まったファリンは、決して振り返らず帽子で必死に顔を隠した。

 

「おめえの眷族じゃねえよ」

 

 遠征とは関係なく、迷宮に来たチルチャックが思わず呟いたが、ガネーシャに届くはずもなかった。

 一通り声援を済ませたガネーシャは満足したのか、静かになる。ファリンが散々恥ずかしい思いをしたが、遠征は無事に開始された。

 

「ファリン、気をつけてな」

 

 そう呟いたライオスはガネーシャ様に見つからないように、忍び足でバベルへと向かう。このまま本拠へ帰ってもいいが、どうせアスフィの小言が待っているだけだ。

 

「そろそろ、リリの装備も考えないとな……」

 

 エレベーターで目当ての階に着いたので、降りる。その瞬間、ライオスの意識は途切れた。

 

●○

 フレイヤは【美の女神】と謳われるに相応しき『魅力(チャーム)』を持つ。これには人間ばかりか、魔物さえ思いのままだ。

 目の前にいるライオスもフレイヤの『魅力(チャーム)』に自我を失い、虚ろな表情で女神の神聖なる寝室へと導かれた。

 

「さあ、貴方の全てを私に見せて」

 

 熱っぽくフレイヤに囁かれ、ライオスの手は服を脱いで上半身を晒す。見慣れた男の体に興味はない。女神が知りたいのは、背にあるステイタスだ。

 滑らかな指先が書物を読むような手つきでステイタスをなぞる。

 

「レベル.3、アビリィティに変わったところはない……。……スキルは……!?」

 

 スキルの部分を読み、フレイヤは我が目を疑う。それもそのはず、凡庸を絵に描いたような男が『美食家(グルメ)』などというレアスキルを得ているなど、誰が想像できるというのだ。

 フレイヤも地上に刺激を求めて降り立った女神。気に入った子供に干渉しては諍いを起こす為、ロキから「色ボケ女神」と呼ばれるが、それとは別に娯楽も欲しい。

 

「ずるい、ずるいわ! ヘルメス。こんなに……おもしろい事を独り占めするなんて!」

 

 胸の高まりの共に、体が芯から火照って行く。

 そう、石炭は常温でも発熱する。しかし、他人が手を加える事で激しく燃え上がるのだ。ライオスは石炭、輝きではなく、熱を放つ。熱に当てられ、フレイヤは高ぶっている。

 ベルとは違う魅力を持つライオスを一人の男として認めた。

 フレイヤはしなだれた手つきでライオスを背中から抱きしめ、豊満な胸を押し付ける。意識のない彼は何の反応もしない。

 

「……貴方を誤解していたわ。……お詫びしなきゃね」

 

 最高級品の材質による寝具を一瞥し、フレイヤは妖しく笑う。

 ベルの冒険も予定通りに事は運んでいる。それを見ながら、前菜としてライオスを食べるなど贅沢、極まる。

 

「――あら?」

 

 不意に空気の変化を感じた。

 無粋な空気だ。

 この空気を持ち込む相手を知っている。

 麗しい顔で舌打ちしている間に、寝室の強固な扉が乱暴に開かれた。

 そこにいたのは、奇抜な仮面を被ったガネーシャ。フレイヤでも思考の読めぬ頑固さを持つ神だ。女神が食べていない男神の1人でもある。正直、一切、惜しくない。

 

「何か御用かしら、ガネーシャ? お誘いした覚えはないはずだけど……」

 

「そう、俺はガネーシャ。民衆の主だ。誘われてなどない。俺から出向いたのだ。そいつを……ライオスを渡してもらう」

 

 普段のように声を荒げているわけでもないのに、ガネーシャの声はよく通る。

 意味不明とフレイヤは首を傾げる。

 

「彼は貴方の眷族じゃないわ。……いいえ、眷族だったのに貴方に捨てられたのよ。この子の本当の価値に気付かなかった貴方に……辛かったでしょうね。神に直接、捨てられるだなんて……」

「何を言っているのか、わからんな。本当の価値だと? 冒涜を冒涜と呼んで何が悪い。アレは危険だ。確実にこのオラリオに災いを齎す。その種は摘まねばならん、それは子供達の……ライオス自身の為だ」

 

 フレイヤはスキルの話をしているが、ガネーシャはライオスの偏愛が「本当の価値」だと勝手に推測し、歯ぎしりをしてまで切実に吐き捨てた。

 ガネーシャが『美食家(グルメ)』のスキルを知れば、事態は悪化するだろう。

 

「それに男女の間は、合意の上で起こるべきだ。だが、こういうやり方は好かん。本当にライオスが欲しければ、直接、口説いて物にするんだな」

 

 睨むとは行かずとも、2人の神の視線はどちらも静かな気迫が込められる。

 折れたのはフレイヤだ。ベルの冒険が激しさを増し、このままでは集中して見届けられなくなる。

 

「いいでしょう。今日のところは渡してあげる。貸しにしておくわね」

 

 フレイヤの余裕の笑みでライオスの背を優しく押す。まるで命じられたように、彼は黙々と服を着込む。きっちりと服を着る動作を終えてから、ガネーシャは彼を肩に担ぐ。

 威風堂々とガネーシャはライオスを連れ出した。

 彼らを無言で見送り、扉の向こうで待機していたオッタルに意識を向ける。

 

「ガネーシャを通したわね。どういうつもり?」

「神を通すなと命じられておりませんでしたので」

 

 いけしゃあしゃあと言い訳するオッタルに、フレイヤを鼻で笑う。

 

「いくらでも機会はあるもの。ガネーシャが何をしようと、ヘルメスは決して彼を手離さない……そう、決してね」

 

 色っぽい微笑みを浮かべながら、その瞳は策略と欲望に満ちていた。

 それでもオッタルの忠義は揺るがない。ただ、ライオスがこの場を脱してくれて良かったと心から安心しただけだ。

 

●○

 ――ライオス、目標はあるか?

 

 ランクアップを祝う席でガネーシャはライオスに問うた。

 

 ――俺は魔物を愛している。その味も知りたい――彼らを食べたい。

 

 泥酔状態のライオスは、胸に秘めていた想いを打ち明けてしまった。

 宴で湧いていた空気が凍りついた瞬間、ガネーシャからファミリア追放を言い渡された。

 迷宮に住む魔物は冒険者には、愛すべき糧といえる。彼らなくして冒険者は成り立たない。だから、魔物を愛する者は度々、現れる。

 だが、愛故に喰いたいなど、異常な目で見られる事はわかっていたから黙っていた。

 

 ――ライオス、何を求めて迷宮に潜るのだ?

 

 ガネーシャの声が聞こえる。普段の大声ではなく、切羽詰った重い声だ。

 

「……考えた事ない……」

 

 冒険者として腕試し、地位や名誉、どれも欲しいとは思わない。ただ、生きていく方法がこれしかなかった。何故こんな生き方なのかと疑問さえない。

 

 ――それなら、僕とパーティを組んでくれませんか?

 

 ただ、独りでも迷宮に潜り続けたベルを見ていて、駈け出しだった頃に初めて報酬を得た感覚を思い出す事はある。彼のような純粋さを羨む気持ちもあっただろう。

 

「……どうして、迷宮に潜りたいのか……。これから考えていくよ」

 

 心から明るい気持ちが湧き起り、溌剌とした声を出せた。

 ガネーシャの呆れたような笑い声が聞こえた気がした。

 

 眠りから覚める。

 視界に飛び込んできたのは、仏頂面のアスフィ。見慣れた寝床の天井。窓から見える空は夜のせいで暗い。

 

「あれ? 俺、バベルにいたはずじゃあ……。アスフィが運んでくれたのか?」

 

 無理やり眠らされたような不快な感覚を振り払い、ライオスはアスフィに状況を確認する。

 

「バベルで倒れていたそうです。貴方が考えている以上に体が負担だったのでしょう。ちなみに運んだのは私ではなく、シュローというタケミカヅチ・ファミリアの方です。貴方と顔見知りだとか……」

「シュローか、確かに以前はよくパーティを組んだ仲だよ。今度、お礼、言っておく」

 

 体の間節を確かめる為、ストレッチするライオスをアスフィは意味深な目つきで眺めてくる。その視線が気になる。

 

「何か言いたい事でもあるのか?」

「いえ、ただ……今日、迷宮に潜らなかった事を悔しがる貴方を想像したら、ちょっとだけ気分が良いんです」

 

 不敵に笑うアスフィは軽い足取りで部屋を出て行こうとしたが、扉のところで振り返る。

 

「そうそう、『豊穣の女主人』に行ってみると良いですよ。貴方の回復祝いも兼ねてね」

 

 回復祝いはともかくとして、確かに『豊穣の女主人』には行きたい。前回は誰かさんのせいで、行き損ねたのだ。

 

「センシかヴェルフを誘って行くか、……シュローにも声をかけてみるかな……」

 

 手持ちの確認をして、ライオスは出掛ける。こっそり見送るアスフィは、やはり不敵な笑みを崩さなかった。

 シェローは生憎と本拠におらず、結局、センシとヴェルフを捕まえて『豊穣の女主人』を訪れた。

 

「おや、ライオス。聞いたよ、ついに団長に絞められちまったんだって? あんまし、美人を怒らせるもんじゃないよ」

 

 豪快な笑いで迎えてくれたミアお母さんにペコペコと頭を下げながら、ライオス達は適当な席に着く。注文を取りに来たシルが天真爛漫な笑みを見ながら、耳打ちしてくる。

 

「今、2階にベルさんが来てます」

「ベルが? また、どうして……怪我でもしたのか?」

 

 本拠では養生しきれない怪我を負った時、ベルはミアお母さんの厚意(料金は請求される)で2階に寝させてもらえる時がある。

 

「ベルって、ベル・クラネルですか?」

「そうじゃな。そういえば、ヴェルフはまだ会った事なかったのう」

 

 ライオスの心配を余所に、センシとヴェルフは2階の方角を見やる。彼らにつれられて2階を見やってから、シルはにっこり微笑んだ。

 

「実は……ベルさんが上層に迷い込んだミノタウロスを独りで倒したんです……。ロキ・ファミリアの方も見ていたので、まず間違いありません」

 

 もたらされた情報にライオスは、頭を抱えて絶句した。

 

「ど、どうした!? ライオス?」

「頭が痛いんすか?」

 

 慌てる2人に答えるつもりはなく、心底、悔しそうに顔を歪めたライオスは呻いた。

 

「……俺も、行けば良かった……。折角のミノタウロスがぁ……」

 

 目に涙を浮かべてまで、ライオスは机に突っ伏す。

 

「ライオスさんって、こういう人だったんっすね」

「たまーにな……。これさえなければのう……」

 

 心配して損をしたセンシとヴェルフは呆れた表情で、シルに「とりあえず、エール」を頼んだ。

 




閲覧ありがとうございました。
やっと出せたシュローは、タケミカヅチ・ファミリアです。むしろ、ほかの所属が思いつかない。

オラリオってウナギ食べますよね?きっと、食べてます。

ミノタウロスのシーン、ライオスは不参加です。本人、涙目。一緒にいたら、ベルが活躍できませんからね。ごめんね。

フレイヤが思ったより、色っぽく書けませんでした。難しいなあ。


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鍛冶師

閲覧ありがとうございます。
更新、遅くてすみません。

・9月14日、リンのパーティーリーダー、モルドの取り巻きの名前が判明したので付け加えました。
あとがきのキャラ説明も付け足しました。


 おじいちゃん、僕はLV.2になりました。

 待望のスキル『英雄願望(アルゴノゥト)』まで発現して、【リトル・ルーキー】という二つ名まで頂いてしまって、ちょっと照れくさいです。

 冒険者としてはまだまだ駆け出しだけど、僕、日々の成長を実感しています。

 

「おらあ! 【リトル・ルーキー】! ぼさっとすんな!!」

 

 そんな僕は今、モルド・ラトローさん+お仲間2名。

 

「どうして上層に動く鎧が……キキ、矢の数はまだ足りるか?」

「大丈夫」

 

 カカさんとキキさんの6人で上層11階層にて、狩りをしています。

 え? ライオスやリリとパーティーを組んでいたんじゃなかったって? 

 

 ――――どうしてこうなったかなんて、僕が知りたい。

 

●○

 時間を遡ること12時間前。

 『豊穣の女主人』にて、ライオス、リリ、シル、リューの5人でベルのランクアップを祝っている時の事だ。

 

「折角のミノタウロス……ミノタウロス……」

「まだ言っているんですか、ライオス。中層に行けば、いくらでも出会えますよ」

 

 遠い目をしながら、ぶつぶつと唱えるライオスにリリは溜息をつく。

 

「ライオスさんはミノタウロスがお好きなんですね」

「いや、……はは」

 

 シルの無邪気な笑顔にベルは苦笑する。

 

「お三方は今後、中層へ向かうおつもりなのですね」

「……はい、勿論、調子を見てからですが……」

 

 1人冷静にパーティーの今後の方針を確認するリューにベルは恐縮して答える。

 

「そうですか、差し出がましい事を言うようですが、今の仲間のままでは13階層以降へ潜るのはまだやめて置いたほうがいい」

「リリ達では中層に太刀打ちできないとお考えですか? ライオスも何か言って下さい」

「そこで俺に振るのか? ……実際、リューの言うとおりだ。中層は魔物の数や出現頻度が段違いになる。サポーターのリリも戦力に入れている状態では、不測の事態に対処しづらい。もう1人……出来れば後衛がいいな」

 

 リューの助言に噛みつくリリから意見を求められ、ライオスは素直に現状と改善点を答える。

 

「……それなら、チルチャックさんに頼めないかな? あの人なら、ライオスとリリとも親し……」

「ライオスぅううううう!! 水くせえ、なんで俺らに声掛けてくれねえんだよ!?」

 

 ベルが言い終える前に唐突な叫び声がしたかと思えば、ライオスは後ろから羽交い絞めにされる。首を絞められたライオスはエールを煽っていた為に油断し、噴き出す。

 

「モ……モルド、ごふごふ。なんだ、いきなり……」

「大体、俺らとは組まねえのになんで【リトル・ルーキー】とは狩りに行ってんだあ! ずりぃぞお! どうせライオスにおんぶに抱っこで楽してLV.2だろう!? そうだろう!」

 

 ライオスの言葉を遮り、モルドはガクガクと彼を揺さぶる。ベルへの罵りにリリとリューが鋭い視線で乱入者を睨む。

 

「なんだあぁ、その生意気な面は? 違うってんなら、狩りで証明してもらおうじゃねえか! 明日は俺らと迷宮に潜んぞ」

 

 直接、睨むリリとリューではなく、堪えているベルにガンたれたモルドはライオスを揺さぶり続けながら勝手に宣言する。

 

「はあ!? ちょっと勝手に決めないで下さい」

「……え? 明日?」

「いいんじゃないか?」

「「え?」」

 

 激昂するリリ、困惑するベルを差し置いてライオスは閃くように呟く。まさかの肯定にシルとリューは聞き違いかと発信源をガン見してしまう。

 

「……えええ? てめえが賛成すんのかよ」

 

 言いだしっぺのモルドも驚いて手を止める。

 

「中層には準備が出来てから行くんだし、今日明日の事じゃない。それまでに色々な経験を積むといいだろう? 他のパーティーと連携を組んで学べる事もある。決めるのは勿論、ベルだ」

「……えと……。リリ……」

「よおし! なら明日、朝一番に集合だ。俺んとこのファミリアからこいつら以外で後2人、連れて行くからな。6人でちょうどいいだろう! 逃げんじゃねえぞ【リトル・ルーキー】!」

 

 ベルの返事も聞かず、モルドは溌剌とした笑顔でライオスの肩をバシバシ叩く。酒代を払って仲間と去って行った。

 残された一同は、微妙な視線をベルに向ける。

 

「行くのですか……クラネルさん? 断るのも大切ですよ」

「逃げんじゃねえぞお!!」

 

 冷静なリューの声に被せて、外からモルドの声が聞こえた。

 

「モルドってあんなに強引な奴だったか? 長い付き合いだと思ってたけど、知らなかった」

「ライオスが余計な事を言うから、いけないのではありませんか? もう、しょうがないですねえ。明日はリリが陰ながらベル様をお守りしますので、安心してください」

「……あ、うん。もう行くの決定なのね、了解……。ライオスの知り合いみたいだし、そう悪い人じゃないと思うよ」

「そうですね。ライオスさんのお知り合いですから、そうそう悪い事なんて起こりませんよ。さあ、ベルさん。今は食べましょう。あれだけ騒いだら、さぞ、お腹も空いたでしょう」

「シルの言うとおりです。明日に備える意味でも食べましょう」

 

 シルの言葉で気を取り直し、ベルは滲み出る嫌な汗を拭いて食事を続ける。ずっと見物していた野次馬の視線も消え、ライオスはまた「ミノタウロス……」と呟きながら、エールを煽った。

 

●○

 動く鎧は6体、今の人数と同じ数だ。ハード・アーマードを物のように押しのけながら、突き進む。

 動く鎧の剣を避けつつも、昨夜の回想を済ませたベルは相手の関節部分に切り込みを入れる。ナイフの曲線は肩と腕を見事に切り離す。

 

「奴らへの攻撃手順を知っているのか?」

「いえ、あいつらの動きを見ていたらなんとなく」

 

 背中を預けて語りかけるカカへベルはに正直に話す。その間、後方からキキのボウガンによる攻撃で、動く鎧は全ての関節部分に矢を受けて動きを止める。

 

「腕を斬り落としても、自力で繋いでしまう。バラバラにしたら、退却する。……こんな時、タンスじいちゃんがいれば魔法で粉々にしてくれるんだが……」

 

 カカに従い、自分達の相手をバラバラにしてベルとキキは下がる。他の冒険者もいたが、動く鎧を見た瞬間に逃げだした。

 

「くそお、こっそり中層に誘い込んであわよくば置き去りにしてやろうと思ってたのによお。台無しじゃねえか!」

「あ、やっぱり、そんなこと企んでたんだな。らしくない事すると思った」

 

 目の前の相手に切り込みを入れながら、モルドは叫ぶ。仲間の戦士ガイルが納得しつつも、自分の分を終わらせる。

 

「ちょっと、こっちも手伝って……ひぃ」

 

 もう1人の仲間スコット・オールが自分の相手にてこずっている間、他の動く鎧が繋ぎ終わって向かってくる。それを見たベルは咄嗟にファイアボルトの構えを取った。自分の手が白く光っているとも気づかずに――。

 

「ファイアボルト!!」

 

 唱えた瞬間に手から放たれた白い輝きは、連なるように立っていた3体の動く鎧を一撃で粉砕した。

 錯覚のような光景に呆気に取られたが、残りの動く鎧に腕を斬りつけられたモルドが最初に我に返る。

 

「よ、よし! 形勢逆転だ! 残りは2人で1体仕留めろ!! とにかく、腕を動かせ!」

 

 号令となり、ベルはモルド、カカとキキ、ガイルとスコットで3体の動く鎧は片付いた。

 

●○

「やるじゃねえか! 【リトル・ルーキー】!! 今日はわざわざ中層まで下りなくても稼がせて貰ったぜ」

 

 ギルドで今日の稼ぎを分け合い、モルドは上機嫌だ。肩をバンバン叩かれ、ベルは曖昧に笑う。

 

「けど、調子に乗るなよ。ライオスは本来、てめえなんぞがパーティーを組める相手じゃねんだ。もし、ライオスの足を引っ張るようなことがありゃあ、ただじゃおかねえからな」

 

 脅しとも言える文句を述べ、メンチを切ったモルドは威張り散らす歩き方で去って行く。

 

「さっきの魔法、ありがとね。モルドはあんな事言い方してるけど、本当はライオスとパーティー組んでくれて喜んでいるの」

「そう……なんですか?」

「まだ駆け出しの【リトル・ルーキー】はライオスの噂を知らねえだろうけど、いろいろと言われているんだよ。【ただのライオス】とかな。ライオスは確かに変わり者だ。でもそれは、冒険者全員に言える事だ。まともな奴は冒険者なんてやってられねえ。【リトル・ルーキー】が組んでくれなかったら、ライオスはまだ独りだっただろう。だから、ありがとうって話だ」

 

 スコットとガイルは呆れたようなそれでいて納得した笑みで、ベルに感謝を述べる。

 

「ライオスの噂?」

「知らない」

「……その2人は基本、タンスっていうノームの冒険者の話しか聞かねえから、噂とかに疎いんだ」

 

 カカとキキが首を傾げ、ガイルは呆れて溜息つく。

 

「さっきも言ってましたね。タンスさんって、今日は来なかったんですか?」

「他の仲間がロキ・ファミリアの遠征に着いて行ったから、しばらく休みにするってタンスじいちゃんが決めたの。その間、私達はいろんな人とパーティーを組んでおけって言われて」

 

 ゆっくりとした口調で説明するキキ、納得したベルの鎧を眺めていたカカが指差す。

 

「ここ、割れている」

「え? 肩か……」

 

 見えない部分なので、ベルは助かった。

 

「馴染みの鍛冶屋がいるなら、送ってく」

「いえ、僕この後、アドバイザーのエイナさんと話をしないといけないので……これで失礼します。皆さん、今日は本当にありがとうございました」

 

 真摯な態度で礼を述べるベルに4人は手振りで返した。

 一同が解散し、ベルはエイナと今日の狩りについて話す。無論、中層の動く鎧が現れた事も含めてだ。

 

「うーん、ミノタウロスの時みたいに遠征の冒険者から逃げていたって考えるのが自然でしょうね。そっちはしばらく注意が必要かな。それにしても動く鎧まで倒しちゃうなんて……、あいつらは1体をLV.2が2人がかりでないと倒せないのに……本当に運がいいんだから」

「中層のモンスターに遭遇している時点で運なんて良くないですよ」

 エイナの言葉を全力で否定し、ベルは鎧の肩にある割れを思い出す。

 

「そうだ、エイナさん。ヴェルフ・クロッゾって人知りませんか? この鎧の製造者なんですけど……」

 

 尋ねられたエイナは一瞬、驚いて目を丸くする。そして、視線をベルから外して換金口へと向ける。つられてベルもそちらへ目を向けた。

 センシが着流しのの青年と話している。

 

「あそこでセンシさんと一緒にいる人、彼がヴェルフ・クロッゾよ。へファイストス・ファミリアの冒険者でLV.1。鎧や武器も作れる鍛冶師……。今、センシさんの料理に使う包丁も彼の作よ」

 

 センシの料理と言えば、魔物の肉だ。ヴェルフもまたライオスの考えに賛同した人物なのだとわかり、ベルは巡り合わせに嬉しくなる。

 

「僕、ちょうど鎧を直して貰いたかったので話してみます。ありがとうございます、エイナさん」

「ちょっと……ベルくん! まだ話……、もう……」

 

 話の途中で飛び出すベルをエイナは呆れていたが、その表情は優しく微笑んでいた。

 

●○

「動く鎧? そんなものが上層に来ていたのか?」

「はい、でもご心配なく。ベル様達が倒してしまわれました。ベル様ったら、魔法の一撃で3体もです! いつもと違って威力が凄まじかったですよ」

 

 待ち合わせ場所の噴水でベルを待つライオスは、彼を見守っていたリリから今日の狩りについて話を聞く。

 

「ベルはよく中層の魔物に遭うよな。……何かドロップアイテムはなかったか?」

「……まさかと思いますが、食べる気ですか? 鎧を?」

 

 急に真剣な顔つきで問いかけるライオスに、リリはドン引きだ。

 

「迷宮にいるんだ。きっと、食える」

「食うも何もドロップアイテムはありませんでした。残念ですねー」

 

 からかうリリと違い、ライオスは本当にガッカリする。そこに待ち人がようやく現れた。

 

「ヴェルフじゃないか、ベルと一緒だったのか」

「ライオスさんは彼を待っていたんですよね。すいません、俺が引き留めたようなもんです」

 

 ライオスはベルと一緒にいるヴェルフに挨拶した。

 

「あれ? ベル様、鎧はどうされました?」

 

 ベルは装備していた白い鎧を脱いでおり、ヴェルフが木箱を持っていた。

 

「今日の狩りで傷つけちゃったから、ヴェルフさんに修理をお願いしようと思ってね」

「はー、そうですか。では、鎧が直るまで狩りはおやすみします?」

「安心しろ、俺の腕なら明日には間に合わせるぜ。チビ助。じゃあな、ベル。俺はこれで失礼します、ライオスさん」

 

 チビ助呼ばわりされたリリが抗議の声を上げる前に、ヴェルフは快活な笑顔で別れを告げた。

 

「今日の狩りはどうだった? モルドとの連携を組めたそうだが」

「うん、おもしろかった。カカさんとキキさんっていう双子の冒険者も一緒だったんだ。同じ戦士でもライオスと動きが違ってたし、モルドさんの友達から……嬉しい事言われたし、そうだ、中層の魔物がまた上層に上がってきてたんだ。動く鎧って言って、中身がないのに動くんだよ。ライオスやリリは見た事ある?」

 

 無邪気な笑顔で今日の冒険譚を話すベルの歩幅に合わせながら、3人は『豊穣の女主人』へと向かった。

 

「成程、鎧を修理する対価としてヴェルフを仲間にする事になったんだな。いいんじゃないか、欲を言えば後衛が欲しかったがそれはベルの魔法でも補えるし」

「よくありませんよ! リリはちっともよくありません!! ベル様、そんな大切な事をライオスは抜きにしてもリリには一言ご相談して頂かないと困ります!」

「ライオスは抜きにって……リリ、容赦ないね」

 

 狩りを無事に終え、夕食にありつけた喜びを分かち合う。そんな中で重要な報告をするベルにリリは文句を付ける。

 

「仲間といえば、ライオスのほうは誰か誘えた? チルチャックさんは?」

「それが全然……。というか、団長にうちのファミリアの奴は誘うなって怒られた……。俺と違って皆、スケジュールがキチンと管理されているんだと……」

「それ……嫌われているんじゃないんですか? チルチャックもリリと立ち位置が被るって断わられました」

 

 残念な結果にベルは一瞬ガッカリしたが、ヴェルフという仲間を得た事で前向きになる。

 

「こんばんは皆さん。随分、盛り上がってますね」

 

 料理を運んできたシルにベルは挨拶する。

 

「無事に帰って来られたようで何よりです。朝からシルが心配していました。あまり、シルに心配をかけないで下さい」

 

 別のテーブルに料理を運ぶリューが小さいがハッキリと囁いて通り過ぎる。

 

「……あ、すみません。心配されるような事は何も……良い経験をしました」

「良かった……。どんな経験をしてもこうして会って頂けるだけで、嬉しいです」

 

 上目遣いで見つめくてくるシルへの魅力に緊張し、ベルは若干上擦った声を上げたが素直な気持ちを言えた。

 見つめ合う2人にリリはつまらなそうに見つめ、ライオスはぼそっと「年上キラー」と呟いた。

 

(しかし、ヴェルフ……LV.1だったのか、てっきり鍛冶師として駆け出しだと思ってた……。《鍛冶》のアビリィティもなしにセンシやベルが一目置く品を造りだせるか……。ベル同様、将来有望だな)

 

 きっと、追い抜かれるのも時間の問題。

 不安ではなく、期待に胸が膨らむ。この2人がオラリオの誰よりも名を馳せた時、一緒に狩った魔物の料理を食べられれば最高だ。

 

(食べるなら、階層主がいいな。大体は巨体だし大勢の人達に食べて貰える。どんな味がするんだろうなあ……持って帰れるか? 前みたいにセンシを連れて行けないなら、俺かもしくは……)

 

 リリに視線を向けたが、勘の鋭い彼女の手は「×」を示し、ライオスは心底、残念に思った。

 

●○

 工房に戻ったヴェルフは夕食のパンを齧りながら、木箱を開ける。先日、ようやく売れてくれた鎧だ。

 まさか、噂の【リトル・ルーキー】が購入していたとは思わなかった。しかも、わざわざ修理を依頼してきてくれるなど、なんという巡り合わせかとヴェルフは歓喜に震えた。

 

 ――お話し中すみません。ヴェルフ・クロッゾさんですよね? 僕、ベル・クラネルって言います

 

 ヴェルフは白髪で赤目の容姿から、彼がベルだとすぐにわかった。ライオスの事もあり、話してみたい相手だったが、フルネームで呼ばれる時は魔剣絡みが多いのでいつもの癖で身構えてしまい恥ずかしい。

 修理の代わりにパーティーに入れて欲しいと頼んだ時も、ベルはあっさりと受け入れてくれた。

 もし、ベルとライオスが別々のパーティーだったら、正直、悩んだだろう。ナマリの言葉もあるが、今は仲間が出来た喜びをひたすら喜んだ。

 

 完璧に鎧を直し、待ち合わせに来てみればサポーターのリリは下宿先のご主人を看病する為に休んだ。

 

「折角、ベルの鎧も直ったんだ。今日のサポーターは俺がやろう」

 

 ライオスのとんでもない申し出に恐縮したが、ベルも反対しないのでそのまま11階層へ下りた。

 初めての二桁階層に来れた喜び、役割分担を決めてオーク達を狩る。2人の邪魔にならないようにライオスが魔石を拾っていく。少々、彼の視線が強い。

 

「なんか、すごい見られてるな」

「普段は前衛だから、後ろから眺めるのが珍しいんじゃない?」

(ヴェルフの太刀って包丁みたいだ。あれなら階層主も料理できるよなあ……)

 

 真面目な顔でライオスが勝手な想像をしているとも知らず、ベルとヴェルフは手を休めない。

 

 仲間は良いモノだ。そんな実感を得て、本日の狩りは終わる。報酬をキッチリ三等分し、仲間と得た稼ぎにヴェルフは感動した。

 

「またドロップアイテムなかった……。ここのところ何も獲れないから、そろそろ材料が尽きそうだ」

「それが普通だと思うけど、……もしかしたら時期とか関係しているのかも」

「ドロップアイテム? 何か欲しい物でも?」

 

 ヴェルフの質問に2人は顔を見合わせ、魔物の部位を手に入れていたのはドロップアイテムによるものだと明かした。

 

「へえ、って事は結構な貴重品を食っていたんですね。俺達」

 

 狩りのついでに魔物を引き千切るなど、公にしにくい方法で得ていると勝手に想像していた。

 

「ベルが倒したミノタウロスも角じゃなくて、肉を落としてくれればいいのに」

「それまだ言うの? 本当にライオスは食べる事ばっかりだね」

 

 ぶつぶつと不満を述べるライオスにベルも呆れて苦笑する。2人の間に見える信頼が正直、羨ましい。

 

「ヴェルフが仲間になるのは本決まりとして、俺は本拠に帰るよ。中層に下りる許可を団長に貰わないといけないから……」

「今度は怒らせないようにして下さい」

 

 確約は出来ないが了解したライオスは先に別れ、ベルは当たり前のようにヴェルフを夕食に誘った。

 

「ヴェルフさん、この後、時間ありますか? 僕のファミリアの神様に紹介させて下さい」

 

 親しみやすい笑顔だが、口調や呼称は他人行儀だ。

 

「俺より年上のライオスさんは呼び捨てなんだろ? だったら俺もそれでいいぜ」

「え? でも……ヴェルフさんもライオスのことさん付けですよね……」

 

 そうだった。

 年上で冒険者の先輩でもあるライオスには礼儀もあって自然と丁寧な態度で接していた。人の事が言えない状態だと気づき、ヴェルフは自分の顔を手で覆う。

 ベルは先ほどのライオスの言葉を思い出す。

 

「……そうか、うん。僕達、仲間だもん。堅苦しいのはなしだね。……ヴェルフ、改めてよろしく」

 

 差し出された手を見て、ヴェルフは体の奥底から震えが来た。

 センシやライオスはヴェルフをクロッゾではなく、個人として認めてくれた。ベルはパーティーの仲間として迎え入れてくれた。

 

「ああ、末永く。よろしくな、ベル」

 

 震えが涙腺を通って涙に変わる前に、ヴェルフはベルの手を取った。

 

●○

 リンは先日、LV.2にランクアップした冒険者である。しかし、ちょうど同じ日に【剣姫】がLV.6になった大ニュースが重なり、ファミリア内でもあまり注目されなかった。

 大手のファミリアでしかも最強の剣士と比べるつもりは毛頭ない。だが、最速でLV.2になった【リトル・ルーキー】は先を越されたような衝撃を受けた。

 

「ふーん、また中層の魔物が上層に来ているね……。わかったよ、ミィシャ。ありがとう」

「いいえ、【軽薄な黒豹】の実力なら問題ないと思いますけど」

 

 ギルド職員ミィシャと親しげに話すのはリンのパーティー・リーダーであるカブルー、去年LV.2になり二つ名を【軽薄な黒豹】などと付けられた戦士だ。自分達の神デメテルのお気に入りになる程の実力を持っているのだ。

 にも関わらず、古参の冒険者には格下に見られがちだ。本人はそれを一切、気にしていないのが時々ムカつく。

 リンには冒険者としての矜持がある。

 故に目指すのは、全ての階層を制覇。勿論、未到達領域も含めてだ。ロキ・ファミリアのような大遠征ではなく、純粋に自分達のパーティーだけで成し遂げる。カブルーなら可能だとリンは信じている。

 不意にリンの視界に剣士が入り込む。

 柱にもたれた剣士は瞑想して、今日の分け前を待っていた。

 

「ゲドのことだけど、本当に中層に連れて行くの? まだLV.1じゃない。クロの怪我が治ってからでも遅くないはずだわ」

 

 大剣使いのミノタウロスに襲われ、クロは重症を負った。他の仲間を庇ってのことだ。

 6人全員揃っていれば、勝てる相手だった。

 でも、その日だけはクロ達は3人で狩りをしていた。リンのランクアップを祝う為、資金を稼いでいたそうだ。

 

「クロの治療費が思ったより高かったし、壊れた装備の修理代もいるんだ。休んでなんていられない。大丈夫、リンもLV.1の頃から中層には何度も降りて平気だったろ? それにゲドはクロと同じ刀使いだ。連携もそこまで崩れないよ」

 

 仲間である獣人クロの代理として引き入れたゲド・ライッシュは、それなりの腕を持っている。それは今日の狩りで証明された。

 しかし、あの目つきは頂けない。アレは仲間を見る目ではない。物腰も粗野でリンは感覚で好かない。正直、カブルーの人を見る目を疑う。

 

「リン、アイツの裏切りを恐れているなら心配いらない。ゲドも稼ぎが欲しいはずだ。それだけなら俺達の利害は一致しているんだ。馬鹿な真似はしないさ。……させない」

 

 笑みを浮かべているが、その瞳はリン以上にゲドを信じていない。彼が最も頼もしく見える表情に安心した。

 

「頼りにしているわ」

「いつもそれだけ素直だったらいいのに」

 

 二つ名に似合う軽薄な笑みを向けられ、リンは杖でカブルーを小突いた。

 

 

 




閲覧ありがとうございます。

モルドのファミリアが知りたい。
カカとキキ、タンスじいちゃんはモルドと同じファミリアにしました。二つ名は思い浮かばないので別の機会にします。

ゲド再登場、きっと使いどころはある……たぶん。

リンの二つ名も考えてなかった……。
原作5巻にてやっと名前がわかったカブルー。【軽薄な黒豹】は見た目のイメージで付けました。




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怪物進呈

閲覧ありがとうございます。
このシーンいるの?という場面が多く、長くなってしまいました。

・17.4.16に誤字報告を受け修正しました。
・17.4.26
 ご意見により、タンス夫妻の説明を足しました。



 明日はいよいよ、初めての中層。

 準備中のヴェルフはセンシに呼ばれる。しかも、リリも一緒だ。

 

「これを渡しておこう。盾にも使えるから、便利だぞ」

「お断りします。中層で料理している暇はありませんので」

 

 黒くて光沢の良い鍋を渡され、リリは全力の営業スマイルで断った。

 

「リリ助。そう無碍にするなって、もしドロップアイテムを手に入れても余計な荷物になるぜ。ライオスは絶対、諦めないだろうしな」

「そうだとも、肉は鮮度が命。だから、その場で食べるといい」

「いや、いくら安全地帯があると言いましても、鍋囲んで飯は食えませんよ!」

 

 鍋を焚く、つまりは火を使い匂いが出る。肉など焼こうものなら、魔物は絶対に寄ってくる。そんな馬鹿な事をして命を危険に晒したくない。しかし、ライオスなら絶対、やりたがる。

 

「まあまあ、リリ助。あくまでも、材料が手に入ったらの話だ。それにセンシの言うとおり、この鍋は良い盾代わりになる。俺の目利きを信じろ」

 

 ウィンクしてくるヴェルフに勝手な呼称で呼ばれ、リリは不機嫌を隠さず黒い鍋を触る。確かに肌触りもよく、大きさの割には軽いが重量感はしっかりしている。こっそり売ってしまいたくなる業物だ。

 

「センシ様、これ素材はなんですか? 鉄じゃありませんよね……」

「確か、アダマンタイトとか言とったな。わしの家に代々伝わる家宝で受け取った時は盾だったが、使い道がなかったから鍋に改造した」

「へえ、それって俺ら鍛冶師が憧れる金属のひとつで、ヘファイストス・ファミリアでもなかなか手に入らないっていう……ごふうう」

 

 聞いた瞬間、ショックのあまりヴェルフの口から魂のような何かが吐き出され、リリは本当の貴重品に目の色が変わる。

 

「リリ、貰ってあげてもいいですよ!」

「やらん」

 

 即断のセンシにリリは残念そうに唇を尖らせ、仕方なく借りる。

 

「そして、料理担当にはヴェルフにやってもらいたい。そこで、この包丁を貸しておく。本来なら、それに応じた包丁を持参して貰いたいが、さっき言ったように荷物になってはいかん」

 

 一見、何の変哲もない包丁。しかし、品定めしたヴェルフの目が怪訝そうに顰む。

 

「……いや、けど、……まさか、……ミスリル?」

「流石のヴェルフ、正解だ。それも家宝……ぐえ」

「なんて勿体ない! 使い道がないなら、リリが売りさばいて差し上げますのに!!」

 

 滅多にお目にかかれない珍しく高価な業物達がまさかの料理器具化、気が動転したリリは思わずセンシの胸倉を掴んで揺さぶった。

 鍋(アダマンタイト)と包丁(ミスリル)、今のヴェルフには加工すらできぬ金属に触れ、ふつふつと高揚感が湧き起る。使い道がないからと手放さず、自分が使う形にするなどセンシの発想には驚かされる。

 

「ヘファイストス様にチクったろ」

「勘弁して下さい」

 

 たっぷりと感じ入ってから、ヴェルフはぼそりと呟く。色々と衝撃を受けつつ、センシの家宝をふたつも借り受けた。

 きちんと礼を述べ、ヴェルフとリリは他の2人と待ち合わせている噴水へ向かう。

 

「結構、無理やりでしたが……こんな貴重品をリリ達に渡すなんてセンシ様って大胆ですよね」

「それだけ、俺達は信頼されているんだ。……信頼には答えるさ」

 

 ヴェルフは懐の包丁、リリは背中の鍋に込められた想いが気恥しくなり、照れくさそうに笑いあった。

 

「しかし、その包丁があれば他はいらないですね。ヴェルフ様のお仕事、なくなっちゃいましたね」

「勝手に決めんな。……まあ、リリ助の言う事も一理ある」

 

 ミスリルはあらゆる魔物の骨や皮を断つとされる。まさに万能包丁が一本あれば、ヴェルフ作の包丁など錆びたボロに等しい。

 しかし、センシの料理はあくまでギルド職員としての仕事だ。報告書に『家宝の包丁』などとは書けまい。

 

「……なるほど、秘密厳守とは言え人の口に戸は立てられません。今度は鍋作りのお仕事が来るかもしれませんね」

 

 ヴェルフの言わん事を察したリリは勝手に納得し、からかう。

 

「ああいいぜ、鍋! どんとこいや!」

 

 自分の胸元を指し、大きく構えるヴェルフから鍋作りへの迷いもなく、むしろ気分は壮快である。

 

「中層で良い素材が手に入ったら、センシにひとつ作ってやるか」

「是非そうして下さいませ。その代わり、この鍋はリリが頂戴しますので」

 

 流石に冗談として聞こえなくなって来た為、ヴェルフはリリから鍋を取り上げようとしたが避けられた。

 

●○

 その頃、エイナから中層における注意事項と必要装備をアドバイスして貰う。ベルとライオスはアイテム補充の買い出しを済ませ、後は装備のサラマンダーウールだけだ。

 それぞれの背丈に合わせる為、合流してから防具屋へ行くのだ。

 

「こんにちは、ベル。用事?」

「……ああ、キキさん。こんにちは」

 

 噴水にいたベルへ声をかけてきたキキは先日と違い鎧を着ておらず、一瞬、誰だかわからなかった。髪型と服装は、彼女を冒険者から街娘へと印象を変える。

 

「買い出しです。明日、中層に潜るので……それで」

「そう……良ければ明日、一緒にパーティーを組んで貰えないかと思ったの。残念」

 

 穏やかに微笑んでいたキキは一気に残念そうに表情を曇らせる。

 

「そうなんですか、すみません。また今度に……」

「うん……帰って来たら、また組んでね」

 

 控え目に手を挙げ、まるでお出かけの約束をするかのようにキキは微笑む。その姿がキレイで思わず見惚れたベルは照れてしまう。

 再会を約束したキキはあっさりと去り、ベルから少し離れて立っていたライオスは視線で彼女を見送る。

 

「キキさん、モルドさん達と一緒に組んだ冒険者」

 

 ライオスの視線に気づき、聞かれる前にベルは強い口調で教える。納得と同時に驚き、彼はもう一度キキの去った方角を見つめた。

 

「……冒険者だったのか、てっきり……嫌なんでもない」

 

 確実に「年上キラー」と言いかけたに違いない。またその手の話題にされる前、ベルは考えを巡らせる。

 

「キキさんはカカさんと双子でね、普段はタンスさんっていう冒険者と組んでいるんだ。ライオスは会った事ある?」

「……双子……タンス、……ああ、ノームの【オシドリ夫婦】。勿論あるが……今の娘があのタンスさんところの双子!?」

 

 モルドの知り合いならライオスも知っているかと思ったが、当たりだ。

 

「おしどり夫婦って……タンスさんは結婚しているの?」

「結婚はしているが【オシドリ夫婦】は二つ名だ。夫婦ということもあって2人揃って同じなんだよ。タンスさん本人は【迷宮髄一の学者】とか自称しているがな」

 

 何気なく言っているが、その二つ名はつまり冷やかしである。【リトル・ルーキー】といい、神々の名づけは本当に意味がわからない。

 雑談している内にリリとヴェルフに合流でき、4人は防具屋でサラマンダーウールを購入した。

 

 ベルの本拠(廃教会)にて、お互いの魔法や特技などを教え合う。連携や作戦を立てるのに必要だからだ。

 ライオスのスキル『防衛の盾(ディフェンス・シールド)』、ヴェルフの魔法『ウィル・オ・ウィスプ』は戦闘で重宝できるのでありがたい。リリの『シンダー・エラ』は戦闘向きではないので護身用の魔剣を持っている。

 

「魔剣についてだが、俺からもうひとつ」

 

 ヴェルフは真剣な表情で懐から包みを取り出す。大きさだけで見るなら、リリの魔剣と大差ない。

 

「これは俺の作った魔剣だ」

 

 緊張を含ませ、ヴェルフは布を解いて見せつける。出来たての魔剣、しかも目の前の彼が作ったというのだから、ベルは無邪気に感動して見入る。リリの目つきは爛乱と輝き、興味なさそうなのはライオスだけだ。

 

「魔剣は使い手を残して砕けてしまう。だから、打たない。そう決めてた。……けど、一本だけ打ってみた。これをライオスに渡しておきたい」

「え、俺? リリが持っていたほうがよくないか? 俺はケン助がいるし」

 

 意外そうに自分を指したライオスは腰の剣に手をあてる。ヴェルフは表情を変えず、魔剣を布で包んで彼に渡した。

 

「俺やベルは魔法が使える。仮に武器を失う事になっても、まだ戦える。ライオスもリリ助みたいに持っていて欲しいんだ」

「……そうか、わかった。大事に使うよ」

 

 ヴェルフの態度から何かを感じ取ったライオスは、同じく真剣な態度で受け取る。

 「魔剣を打たない」。それを信念のように語ったヴェルフが名声の為ではなく、仲間の安全の為に打つ。ベルは情の籠った魔剣に心が震えた。

 話は装備に移り、センシから借り受けたという鍋と包丁はベルを驚愕で震え上がらせた。

 

「なんてモノを借りてくるの! 壊したりなんかしたら弁償なんて出来ないよ」

「ご心配なく、ベル様。このふたつは竜が踏んでも壊れません」

 

 駆け出し冒険者は決して目にする事のない金属がふたつもある。こんなに恐れ慄いたのは他人の忘れ物を魔導書と知らずに読んでしまい、本を無価値にしてしまった件以来だ。

 

「俺が料理するのはいいけど、本当に地上へ持って帰らなくていいのか?」

「最初だからな。まずは中層の戦い方を身につけよう。慣れたら、最初はミノタウロスを狙おう」

「まだ言いますか!?」

 

 ベルとしてはミノタウロスには会いたくない。恐怖ではなく、彼自身と相性が良くない気がするのだ。出会えば、迷わず戦うが苦手意識は早々消えてはくれない。

 話し合いが終わった頃、日は暮れていた。

 

「ただいまー、ベルくん。おや、まだ話込んでいたのかい?」

 

 ヘスティアが大量の野菜を抱え、バイトから帰ってきた。

 

「お帰りなさい、神様。またバイト先からお裾分けを貰ったんですか? パプリカにナス、ズッキーニ……」

「『ジャガ丸くん』の新しい味作りで使っていたんだけど、食材が余っちゃってね。調味料も少しだけど、貰ったんだ」

 

 肩を解すヘスティアから、野菜を受け取ったベルは不意に思い付く。

 

「そうだ! ヴェルフ、この野菜で料理してみない? 僕も手伝うよ」

「お、いいな! 鍋と包丁の具合も確かめられる」

「へ、料理? ……その鍋、店でも始めるつもりかい?」

 

 キョットンとするヘスティアを余所に、ベルは野菜をヴェルフに渡す。ライオスとリリの説明を受け、女神は納得した。

 

「料理を前提に迷宮へ潜るなんて、君達くらいだよ」

「恵みを求める点に付いては同じですよ、ヘスティア様」

「いやー、絶対に違うと思います」

 

 呆れたような感心したような物言いのヘスティアに満面の笑顔でライオスは答え、リリは冷たくツッコんだ。

 ヴェルフを主軸に全員の協力でラタトゥイユが完成し、夕食にありつく。

 

「美味しい。流石だね、ヴェルフ」

「ベルくんだってこれくらい作れるよ。今度、僕の為に作って欲しいな」

「……んまい……」

「鍛冶と家事……もしかしてかけてますか?」

「何をだよ」

 

 和気藹々と夕食を終え、片付けも全員で行う。

 

「リリはこれで失礼します。中層へ下りるのには時間がかかるので皆様、くれぐれも遅れないで下さい」

 

 明日に備えてようやく解散だ。

 

「……良いな、こういうの。如何にも仲間って感じがしてさ」

 

 先に帰るリリを見送ってヴェルフは嬉しそうに呟き、ベルは同意を笑みで表す。

 

「……全部、ベルが結んだ縁だ。感謝している」

「ええ!?」

 

 ライオスが真面目な顔でとんでもない発言をし、思わず大声を上げる。今度はヴェルフが笑いで同意を表した。

 

「また明日な、ベル。ヴェルフ、途中まで送る」

「んじゃ、お言葉に甘えて。ベル、また明日な」

「ああ、うん。おやすみ」

 

 ベルの戸惑いを置き去りに2人は行く。急に訪れる緊張感と期待に体の奥が震えてきた。

 

「ここも騒がしくなったもんだ。ライオスくんの言うとおり、君の結んだ縁だよ」

「神様……。僕にしてみれば神様が始まりですから、……本当にありがとうございます。素敵な縁を……」

 

 言い返されるよ思わなかったらしく、ヘスティアは目を丸くしたがすぐに花のような笑顔になる。

 この街に来て、誰にも相手にされない自分に手を差し伸べてくれた女神。彼女がいたから頑張って来れた。頑張って来れたからライオス、リリ、ヴェルフと繋がれたのだ。

 感謝を言葉にして、今度は働きで示そう。

 今夜はもう眠る。明日の為に――。

 

●○

 実用性だけを追求したフルプレートアーマー、それに合わせた盾。ドロップアイテムの片手剣であるケン助。そして、購入したてのサラマンダーウール。

 完全武装したライオスを見るのは久しいとアスフィは思う。彼は己のパーティーメンバーと共に迷宮へ向かって行った。

 

「入れ違いになっちゃったねえ、ライオス。残念だ」

 

 文字どおり高みの見物でヘルメスは彼らを見送る。ライオスが本拠を出たところで神は戻り、折角だから遠くから見送りたいとここまで来た。

 含みを込めた笑みは少しも残念そうに見えない。

 

「ご指示どおり、皆をライオスのパーティーには参加させていません。……何をお考えですか?」

「何って……愛しい子供達に祝福あれ……ってね」

 

 目を細める仕草は胡散臭さ倍増である。

 ベル・クラネルに関して調査しておけなど、何を企むにしても嫌な予感がしてならない。それでもヘルメスを見限らないのは、その企みの奥には眷族への想いがあるからだ。

 

「おや、あれは……」

 

 玩具を見つけた子供のように無邪気な声を上げ、ヘルメスは下へ向かう。見下ろして確認したアスフィも続いた。

 

「やあ、【オシドリ夫婦】。ご無沙汰してるねえ」

「……!!! これはヘルメス様……、旅からお戻りになられていたのですか」

 

 皺だらけの顔を更にしわくちゃにして、タンスは慇懃無礼に挨拶を返す。穏やかな夫人は目礼にて返してくれた。

 ノームは神々が地上に降りる前、神の代行として人間の偉業に携わった種族。エルフやドワーフと違い、ひとつの存在が分裂しているように自我も個性もない。

 だが、このタンスは異質。確固たる自我に加えて欲深く、自尊心も強い。本当にノームか疑われがちだが、神の目から見ても彼はノームだ。夫人はあくまでも番いの影響で自意識を確立しているだけに見える。

 

「これから迷宮……ではないようだ。迷宮の学者を自称する貴方が珍しい」

「……貴方もお気づきでしょう、ヘルメス様。この地震」

 

 タンスが言い終わるのを計ったように足元、否、地面に揺れが起きる。気を張らねば、気づかない微弱な揺れだ。

 

「何かの前触れにまず間違いない。今は行かぬが吉……」

「そう思うなら、ギルドに進言すればいい。今日も多くの冒険者が潜っているのに止めないのは、確証がないから……とか?」

 

 笑っているのは口元だけ、それ以外は真剣にタンスの意見を受け止めている。

 

「今回は小規模に終わるでしょう。わざわざギルドを動かして迷宮を封鎖するには至りません。幸いにも、ロキ・ファミリアの遠征には、わしのパーティーメンバーも参加しております。何かあれば報せも来る」

「あくまでも、今回は……か」

 

 わざと強い口調で念押しするヘルメスにタンスは睨まない程度で見返す。

 

「非常に良い、タンス。俺のファミリアに来いよ。そっちよりは退屈しないぜ」

「ご遠慮願おう。貴方の下では扱き使われるのが目に見える。そちらの団長殿を見れば、疲労も手に取るようにわかるというもの」

 

 ようやくアスフィを一瞥したタンスへ同意の意味で肩を竦めて答える。

 これまでも夫妻は何度もヘルメスから勧誘を受けたが、今のようにハッキリと断ってきた。夫妻のような冒険者がいてくれれば戦力にはなるが、その分気苦労も増えそうだ。なので、断ってくれて良い。

 

「言いたい放題、言われちゃったねえ」

 

 屋台の串焼きを齧りながら、ヘルメスは朗らかに言い放つ。そんな神を放っておいて、アスフィはタンスの言葉を胸中で呟く。

 脳裏を掠めるのはライオスの顔だ。

 

(あのライオスは大丈夫)

 

 心配する要素は何もないはずが、一抹の不安がアスフィに付きまとった。

 

●○

 久しぶりの中層は順調だった。

 途中で他のパーティーからアルミラージの群れを押し付けられたが、ライオスには苦もなく殲滅できた。それに伴い、大量のアルミラージ肉も手に入れた。

 リリに持てるだけ肉を持って貰い、場所を見つけて休憩を取ろうとした矢先、その現象は唐突に起こった。

 壁から、動く鎧が生まれ出てきた。それも一体や二体ではなく、その壁が何処かに通じる扉のように次から次へと現れた。

 

「走れ!」

 

 ゾッとする間もなく、ライオスは叫ぶ。ありえぬ光景に硬直していたベル、リリ、ヴェルフは我に返って一斉に駆け出す。

 動く鎧は足も遅い。走れば逃げ切れる。

 

「何だアレ!? どうなってんだ!」

「動く鎧だよ! けど、この階層の魔物じゃないはずだよね!」

「そうです! リリの情報では24層のはずです!」

「どの道、あの数は無理だ。12体か、ベルが見た時の倍だな」

 

 突き進む4人を阻むようにヘルハウンドも現れたが、ライオスの一閃にて斬り伏せる。不意に何かが背後からその投げ放たれ、彼の兜を掠めた。

 動く鎧の剣だ。

 次々と背後から剣を投げられ、ライオスの行く手だけを遮る。ついにはベル達と分離するような立ち位置になった。

 

「先に行ってろ、すぐに追いつく!」

 

 焦らず、ライオスは突き刺さった剣を背にして動く鎧へと剣を構える。武器を持たない状態でどんな攻撃手段に出るかわからないが、注意深く観察しながら処理すればいい。

 

「あいつらの剣だけでも破壊しよう」

 

 援護しようとしたベルが魔法を放つ。炎は剣に当たらず、岩場の影よりアルミラージが飛び出しを防いでしまう。もう一度と構えた瞬間、他の岩場からアルミラージが次々と飛び出す。

 しかし、ベル達を襲わず、刺さった剣の間へと群がる。

 

「なんだ、これ? 剣を庇っているのか?」

「自分の身を犠牲にして? 聞いた事ありません」

「これじゃあ、僕の魔法が剣に当たらないよ」

 

 決して警戒を解かず、思案する3人の言葉を耳にしてライオスの背筋がゾッと寒くなる。

 これは連携だ。

 刺さった剣を振り返り、その真上を見る。バットパットがアルミラージのような群れをなしていた。

 

「ベル、リリ! 上の奴らだ!」

 

 ライオスの叫びで2人が上を見上げたが、時は遅く。ボコボコとした岩が落ち、並んで刺さる剣へと打ち付けられた。

 足場は音を立てて崩れ、3人は落下していく。ライオスの手を伸ばしても、届くはずはなかった。

 呆然と立ち尽くす暇はない。というより、体が勝手に動く鎧へと突進して剣を振るう。彼らを確実にバラバラにする関節部だけを狙い、斬りつける。

 息を荒くしつつも、頭は冴えて考える。自分だけが残された理由、ベル達との違い。

 目に止まったのは、手に握ったケン助。最後の一体となった動く鎧に突き付けた。

 

「おまえ達、ケン助に用があるのか?」

 

 口に出してから馬鹿馬鹿しいと感じつつ、ライオスはケン助を槍のように構え直す。意識の集中と筋肉の張りを限界まで高め、横穴へ投げつけた。

 動き鎧はぎこちない動きでケン助を追い、横穴へ飛び込む。バラバラになっていた他の動く鎧達も繋がったモノから順に追いかけて行った。

 その光景に見惚れながら、行動原理を自分なりに分析する。

 

「……ケン助を探していた? 上層に出ていた連中も? ドロップアイテムした剣だから……? 階層を超えて追いかけてきた?」

 

 口に出しながら、段々と心が弾む。下に落ちた動く鎧はケン助を手にしてからどうするのか非常に気になる。

 

「いかん、こんな事している場合じゃない。早く下に降りないとベル達と鉢合わせるかもしれん」

 

 しかし、愛剣は横穴へ投げて丸腰。予備の武器などはリリが持ち、魔剣にはキレ味もリーチもない。

 

「魔剣は万が一として、いっそ殴るか……この盾で叩きつければ」

 

 試しにヘルハウンドの炎を避けながら、盾を振り回して叩きつける。剣より動きは鈍いが、何もないよりマシだ。アルミラージのように岩斧など、魔物の武器を奪ってでも進む。

 3人が落ちたであろう位置は大体、わかる。一層ずつ降りて探して下りる。その場にいなくても、痕跡くらいはどうとでも辿れる。腹が減ったら、ドロップアイテムの肉でも魔剣で焼いて食えばいい。

 

「問題なし、すぐに追いつくからな」

 

 ライオスは何の迷いも躊躇いもなく、下の階層を目指して歩き出した。

 

●○

 地面に叩きつけられたがサラマンダーウールのお陰か、体への負担は少ない。しかし、無傷ではない。

 痛みに堪えながら、リリは周囲を見渡す。まずはベルとヴェルフの安否、自分達の位置だ。2人の姿は確認でき、高さから2階層分は落ちた。

 

「皆、平気?」

「ああ、肩を強く打った程度だ。心配ない」

「リリもです」

 

 上体を起こしてバックパックを確認しようとした時、妙に軽いと気づく。背の袋には破れが見られ、中身が丸見えだ。

 センシの鍋がなくなっていた。

 

「リリ、どうしたの?」

 

 ベルの声に答えず、リリは焦りながら周囲を探す。岩場の隙間、自分の体の下、まだ倒れているヴェルフの下にも鍋はなかった。

 

「……センシ様の鍋が……ありません」

 

 感情なく呟き、リリは青ざめる。高価な鍋を惜しんでいるのではない。彼女が欲望丸出しで欲しがったのに、センシは信じて預けてくれた。彼の想いを無くしてしまった。

 あまりの悔しさに涙も出ない。

 

「リリのせいじゃないよ。誰が持っていても、結果は同じだ」

「そうだぜ。こっちの包丁は懐に入れていたから無事だったが、背中だったら同じ目に遭っていた」

 

 憔悴したリリを慰める2人の声が遠い。返事をしなければならないが、口もまともに動かせない。

 

「探そう、鍋を」

 

 ベルの声にリリは我に返る。

 

「だな……上にひかかっているか、それとも更に下へ落ちたか……どっちへ行く?」

「下だ。上はライオスが確認してくれる。僕達を探しに来てくれるから」

 

 確かにライオスが地上に戻り、他の冒険者と共に捜索するとしても上の層は探してもらえる。リリが提案するより先に思いつくベルは、彼の行動を確信していた。

 

 ――パアン。

 

 落ち込んでいる場合ではない。リリは己に喝を入れんと、両頬を叩く。彼女の役目は知識と道具でパーティーを補佐するのだ。

 

「それでしたら、18階層を目指しましょう。多くの冒険者が必ず休息を取る安全地帯です。階層主のゴライアスは遠征の方々に倒されていますので、復活のインターバルを考えれば間に合います」

 

 頷く2人の目には何の躊躇いもない。

 鍋の為に中層を進んだとチルチャックにでも知られたら、「変わったな、おまえ」と呆れながらも褒めてもらえそうだ。仮に彼が同じ事をしても、リリは必ず小馬鹿にして褒め称えるからだ。

 

●○

 神みずから捜索願いを発注している為か、そこにはヘスティアと他の神々も参じている。冒険者の中には顔見知りのチルチャックもいた。

 手練れの冒険者はロキ・ファミリアの遠征に行っており、戦力は心もとない。

 

「そっちのシュローは?」

「彼はここ数日、パーティーで深層に潜っているところでな。帰還は早くても明日だ」

 

 こんな時にタイミングの悪い。

 

「チルチャック、行ってくれるよね?」

 

 正直、チルチャックは行きたくない。たかが予定より帰還が遅いだけで捜索など、過保護すぎる。ミアハも命令ではなく、あくまでもお願いしているだけだ。

 返事を渋っている間に暢気なヘルメスがアスフィを連れて、乱入してきた。

 

「ヘルメス、おまえ旅から帰っていたのか!」

「俺の大事なライオスの危機だって、聞いてね。駆け付け……」

「私も捜索隊のメンバーに加わります」

 

 アスフィの宣言に何故か、ヘルメスは本気で驚きの声を上げた。

 

「どうしたの、アスフィ? 自分から厄介事に首を突っ込むなんて」 

「貴方の大事なライオスの危機に団長自ら行かないでどうするのですか?」

 

 眼鏡の縁を押し、アスフィは嫌味で答える。それだけライオスが大事……とは考えにくい。チルチャックはヘルメスが苦手だ。自分と相性が悪いと言うべきだろう。

 そうこう言っている内にセンシまでやってきた。ギルド職員の登場にヘスティアは幼い顔を険しくさせる。

 

「ミィシャから聞いて来た。神ヘスティア、わしもクエストに参加させて下され」

 

 挨拶もせず、センシはヘスティアに志願した。女神は無礼を気にせず、驚く。

 

「え! 君はギルド職員だ、冒険者じゃないだろう? ウラノスは君達には恩恵を授けていない。彼になんて言うつもりだ」

「ヘスティア様、センシはその恩恵なしに俺達と赤竜を倒しましたよ」

「「「え、そんな事してたの?」」」

 

 語尾はそれぞれ違うが、ミアハとヘルメス以外の神は驚きの声を上げる。

 

「ライオスがいながら、帰還が遅れておるのは彼にも対処できぬ不測の事態に見舞われたからであろう。ウラノス様には今回だけ、迷宮へ潜る許可を頂きました。どうか……お連れ下さい」

 

 緊迫した様子で語るセンシは滅多に見れない。それはチルチャックだけでなく、ヘスティアにも伝わっている。

 

「わかった、ただし本当に危険なんだよ」

 

 礼を述べるセンシにずっと黙っていた命が歩み寄り、片膝をつく。

 

「御身はこのヤマト・命が必ずお守り致します」

「ありがとう、無理はせんでくれ。途中で足手纏いとなるなら、置いて行って構わん」

 

 命に手を差し出し、センシは彼女と固い握手を交わした。

 同行メンバーが粗方決まり、チルチャックは集団からセンシを連れ出して耳打ちする。

 

「センシ、武器とか防具はどうするんだ? まさか、あの貴重な鍋と包丁を持ち出すんじゃないだろうな。素材を知らなかったら、馬鹿にしていると思われるぞ」

「あれは手元にない。ヴェルフとリリに渡してある。蓋は持っているが置いて行くぞ、荷物になる」

 

 ちょっと何を言っているかわからない。

 

「……おまえ、いや、ない物はしょうがない……。わかった、俺も行くよ」

「なんだ、行かないつもりだったのか?」

 

 面倒そうに頷き、チルチャックはミアハを振り返る。神の傍に寄りそうナァーザと視線が絡む。色々と察したらしく親指を立てて「グッドラック」と口パクされた。

 ナァーザなりの気遣いらしい。取りあえず、苦笑しながらチルチャックも親指を立てて返した。

 

 捜索隊が迷宮へ潜ったのと入れ違いで帰還したシュローは、タケミカヅチから「おまえ、本当にタイミング悪いな!」と理不尽に切れられるのであった。

 

●○

 狩りは順調、休憩を入れつつも17階層まで来れた。

 ゲドも不機嫌な顔のままだが、パーティーの連携は上手い。リンの不安はまだ消えないが、彼の評価は上向き加減だ。

 

「おい、ドワーフ。もう少し踏ん張れ。そっちのパルゥムもあんま、前に出んな邪魔」

「だから、その子はダイア。この子はホルム。いい加減、名前を覚えて」

「僕もパルゥムだって、忘れてない?」

 

 前言撤回、仲間の名前を少しも覚えない。ミックの意見まで無視した。

 

 

「階層主はまだ復活していないから、このまま18階層まで行こう。異議のある者は?」

 

 カブルーが皆に質問した瞬間、上から剣が降ってきた。

 正直、ビビった。

 何事かと警戒しつつ、カブルーは剣に近寄り様子を窺う。鍔からふたつの何かが、ニュッと出てきた。

 魔物だ。

 ビックリしたリンは悲鳴を手で押さえる。

 

「なんだ、こいつ? 寄生虫か?」

 

 嘲笑うゲドの刀は抜刀した瞬間、折れた。

 正しくは、ちょうど抜いた位置に上から降ってきた甲冑に当たって折られた。ただの甲冑ではなく、噂になっている動く鎧だとすぐに察した。

 

「え?」

 

 思わず呟いたリンの呟きと共に、皆は上を見上げる。落下途中の動く鎧が何体もいた。

 様々な疑問よりも命の危険を感じ、恐怖で身が竦んで誰も動けない。轟音を立てて、次々と動く鎧が着地するのを黙って見届けるしかなかった。

 

「逃げろ!」

 

 絞り出すように叫んだカブルーの声で、まずゲドが我先に逃げ出す。他も地を這うように転がりながら、逃げ出した。

 怯えつつも、リンは動けないミックを助けつつ走った。

 仲間を振り返りもしないゲドを見て、リンは信頼を置けないと改めて思った。

 

 ケン助と呼ばれた剣はドロップアイテムではなく、動く鎧そのもの。ライオスに拾われてから、ただの剣のフリをしていた。彼の魔物への偏愛を感じとったからではない。自然と防衛本能が働いた。

 そのお陰で誰にも気づかれず、地上で過ごせた。

 ただ剣としてあったのではなく、同族を待っていた。待つ行為に苦痛はなく、迷宮で冒険者を待つのと変わらない。

 そして、今、迎えは来た。

 ケン助にライオスへの想いなど微塵もない。そもそも想いもしない。種族の隔たりではなく、思考が根本的に違う。

 動く鎧に掴まれ、ケン助は仲間と共に壁へとその身を沈めた。

 後にケン助が魔物だと知ったライオスが発狂したのは、言うまでもない。




閲覧ありがとうございます。

キキの私服姿は可愛い。
タンス夫妻の二つ名は【オシドリ夫婦】、これ絶対。
ホルムはノームでしょうが、このお話ではパルゥムです。
ケン助がただの剣だなんて、言ってない。



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迷宮の楽園

閲覧ありがとうございます。
更新おそくてすみません。

原作未読なので遠征組が受けた「厄介な毒」の内容を知りません。本当、すみません。


 仲間が受けた厄介な毒により、一団は18階層にて陣を張って待機を決める。回復の要であるファリンまでも毒の被害に遭ったからだ。

 故に一番足の速いベートを地上に走らせた。

 マルシルやナマリに手厚く看病されるファリンを時折、リヴェリアも様子を見に行く。

 

「どうだい、リヴェリア。ファリンの容体は?」

「こちらの呼び掛けには反応するが……ほとんど無意識だろう……」

 

 毒を受けても楽しい夢を見ているのか、ファリンは口をモゴモゴさせて「もう食べられない」と笑う。予想より苦しんでいないのが救いだ。

 

「リヴェリアは本当にファリンがお気に入りだな」

「ガレスもわかっているだろう? ファリン……彼女の力は凄い。魔力だけじゃない。その魔法の使い方も……人格の意味でも器は大きい……人間にしておくには本当に惜しい。エルフであったならば、私をも越える使い手になっていただろう」

 

 魔法の使い手達はファリンを『凄い』と評する。魔法に関わらぬ者達はそれしかないのかとせせら笑うが、それ以外、彼女の実力を表す言葉ないのだ。

 命短し人間にエルフをの寿命を分け与えられるなら、リヴェリアは喜んで差しだそう。この心境をロキに知られた時、「……うわ、重……」とドン引きされた。

 

「リヴェリア、少しいい?」

 

 階層の入口付近でベート(解毒薬)を待っていたアイズに呼ばれたと思いきや、ライオスのパーティーメンバーが18階層に飛び込んできた。

 装備もボロボロ、アイテムパックも穴だらけで完全に疲弊していた。しかも、ライオスはいない。

 聞けば、動く鎧の集団に襲われて逸れたそうだ。

 

「きっとライオスも下に降りてくると思って、ここに来ました」

 

 3人の代表として天幕に呼ばれたベルは、小ウサギのように恐縮して畏まっている。これがアビリティオールSまで極めた冒険者などと誰が思うだろう。

 だが、ベルがミノタウロスと一騎打ちを繰り広げたのはリヴェリア自身が目撃した。あの戦い方に久しく忘れていた何かを教えてくれた。

 

「事情はわかった。君達を客人として持成そう」

 

 穏やかにフィンがそう締めくくり、更に恐縮したベルはアイズに連れられて出て行く。

 

「マルシルに彼らの事を伝えてくる。勿論、ファリンの耳には入れないように」

「ライオスが心配なら、行っても構わないよ」

 

 笑みのまま真剣さを含めたフィンに提案されたが、リヴェリアは断った。

 

「気づいたか? 彼らはライオスを助けてくれと言わなかった。ならば、私も待とう」

 

 もっともベル達が懇願しても、リヴェリアはライオスを救出しに行かなかった。ここを乗り越えられんなら、その程度だったのだと割り切れてしまう冷徹な部分があるからだ。

 マルシルへ事情を言えば、エルフの聴覚が破壊さんばかりに叫ばれる。彼女は碌に話も聞かず、ファリンの事はナマリに任せて突っ走った。

 

 ベル達はアイズから迷宮の楽園(アンダーリゾート)の説明を受け、クリスタルの光で地上と同等の明るさを得た階層に感嘆の声を上げていた。

 

「ヴェルフ!」

 

 呼び声にヴェルフがビクッと肩を震わせて振り向くと、血相を変えたマルシルがバタバタと走ってくる。色々と怖いが彼は逃げず、遠慮なく肩を爪を立てんばかりに掴みかかった。

 相手が聞きとれない単語を早口で捲くし立てた。

 

「マルシルさん、何言ってんのか、わっかんねえ」

「エルフ語ですね、多分、ライオスの安否を聞いているのでしょう」

「……ああ。ライオスの知り合いなんだね、吃驚した……」

 

 冷静なリリと違い、ベルは心臓の脈打ちが早い。マルシルの切羽詰まった態度もだが、アイズと違うタイプの美人で男として緊張する。

 

「えと……ライオスは来ますよ。だから、落ち着いて」

「……あら、貴方。噂の【リトル・ルーキー】? という事はライオスと組んで色々してたのって……大人しそうな顔して……見かけによらないわね」

 

 自己紹介すらしていないが、マルシルは反射的にドン引きした。

 

「マルシル、離してあげて」

 

 アイズの落ち着き払った口調にマルシルは我に返る。肩を乱暴に掴まれたヴェルフが痛みに堪えているとようやく気付いた。

 

「ライオスは無事、すぐに来る。待ってて」

 

 当たり前のようにアイズは言葉にする。彼女に千里眼などの力はない。絶対にライオスは無事だと信じ切っている。その眼差しはこの場にいる誰よりも強く、凛として心強い。

 

「うん……そうよね。ごめんね、ヴェルフ」

「いいえ。俺の肩で気分が落ち着けたなら、良かった」

 

 マルシルがヴェルフの肩に杖を置き、詫びも込めて癒しの魔法を施す。その間、ベルは上を見上げた。

 階層に光を与えるクリスタルではなく、その上に視線を送る。

 

(……ライオス、僕……皆が待ってる)

 

 信じてはいるが、無事を祈った。

 

●○

 そんなベル達の心境も知らず、ライオスは脳細胞が焼き切れんばかりに高ぶっている。恋い焦がれていたミノタウロスの肉をついに手に入れたのだ。

 しかも、今からでも喰いつけるような骨付き肉の状態でだ。

 

「……まさに……俺の肉……」

 

 ライオスの身体までデカイ肉を愛おしげに頬ずりし、悦に浸る姿は魔物もドン引き。

 

 ――ぐおきゅるるる。

 

 無理せず、体力と気力を最低限に進んでいた。普段なら、これだけの行程で空腹に襲われるなどなかった。だが、夢にまで見た肉を前に理性が決壊しかけている。

 思い付いたようにライオスは懐から魔剣を取り出す。

 骨付き肉、火の魔剣、アルミラージの毛皮。

 安全地帯でもない場所で火を熾すどころか、肉を焼くなど危険極まりない。

 

 ――しかし、ライオスはやった。

 

 毛皮に魔剣で火をつけ、黒焦げになる一瞬を使って骨付き肉を焼いた。ミノタウロス特有の臭みはあるものの、上手に焼けました。

 

「肉を綺麗に焼けたのは初めてだ……」

 

 感動に浸ったライオスは涎を飲み込んでから、肉に噛みつこうと口を開ける。執拗なまでの視線を大量に感じ、振り返った。

 焼けた香ばしい匂いに誘われ、階層のあらゆる魔物が集ってきた。

 

「俺の肉はやらんぞ!!」

 

 恫喝しても数で勝る魔物は一斉に飛びかかる。盾で殴りつけ、振り払うが処理し切れない。肉を取られたくない一心で通常の思考さえもブチ切れたライオスは、骨付き肉を剣の代わりに振り下ろした。

 

「俺の肉は渡さん!」

 

 言っている事とやっている事が矛盾しているとも気づけず、ライオスは我を忘れて肉を振り回す。何ともシュールな光景にヘスティア一行は出くわしてしまった。

 

「……あ、阿修羅がいる……」

「……すごい……、盾と肉を二刀流のように使いこなして……」

 

 桜花と命はライオスの気迫と戦い方に恐れをなし、畏怖を覚える。

 

「……誰か襲われていると思って来てみれば、ライオスかよ。さっきの階層でセンシの鍋が落ちていたから、追いついたと思ったのに」

「襲われているっていうより、誘ったんじゃないか?」

 

 信じられない阿呆を見る目をしたチルチャックにヘルメスは愉快げだ。

 

「ライオスくーん! ベルくんはどこに行ったんだい!」

「俺の肉に手を出すな!」

 

 両手を上げてジャンプし、ヘスティアは存在をアピールしたがライオスは気づかず奮闘に励む。ベルが心配で堪らない女神はもう一度、大声で問う。

 

「ベルくんはどこおぉ!?」

「俺のベルだあ!」

 

 ヘスティアの言葉のせいか、ライオスからとんでもない発言が飛び出す。おもしろすぎたヘルメスが口元を腹を押さえ、必死に笑いを堪える。

 

「あれは逸れたな。非常食もなしで頭に栄養がいっておらんのだろう、酷く錯乱して……」

「……元々、ああいう人ですよ」

 

 憐れむセンシと違い、アスフィは深く溜息をつく。

 

「無我の境地ですね」

 

 リューは感心してライオスの戦いぶりを褒めた。

 

「ベルくんは僕のモノだぞ! 勝手な事を言うな!」

「ベルは渡さんぞお!」

 

 本気でプリプリと怒りだしたヘスティアが魔物の群れに突っ込もうとしたので、慌てて千草がとめる。

 

「アスフィ……ぷぷっ、ライオスを……」

 

 笑いで震えるヘルメスの指示を受け、アスフィは手元の薬をライオスへ投げ放つ。防衛本能で魔物は一目散に逃げだす。薬は彼の顔面で爆発し、中身の煙を吸って動きをようやく止めた。

 と思いきや、地面にぶっ倒れた。

 

「はっ! 俺は一体、何を!?」

「正気に戻ったね、ライオス。状況はわかるかな?」

 

 呑気な声を出すヘルメスの存在に気づき、ライオスは周囲を見渡す。

 

「ヘスティア様、いくらベルが心配でも少々過保護では?」

「う、いきなり冷静になった。さっきまで僕のベルくんを自分のだって言ってたくせに……」

 

 ずばりと指摘され、ヘスティアは唇を尖らせてライオスに言い返す。錯乱状態だった時の記憶のない彼は首を傾げただけでそれ以上の反応を示さなかった。

 

「とりあえず、これ食っておけ」

 

 センシから乾パンを渡され、ライオスは感謝して口にする。

 

「……んで、その肉どしたの? 聞きたくないけど」

「それよりもベルくんの居所のほうが先!」

 

 チルチャックの質問をヘスティアが遮る。彼としては後からライオスの面倒な自慢話を聞きたくなかっただけだ。

 肉の話をしたい衝動を抑え、ライオスは搔い摘んで説明した。

 責任を感じた命がその場で謝罪を込めた土下座を慣行しようとしたが、魔物の出る危険な場所なので千草が必死に止めた。

 状況を分析し、アスフィは一瞬で考えを纏める。

 

「手練のライオスを失い、動く鎧から逃げる為に無作為に迷宮を彷徨っている可能性は低い。その程度のパーティーなら、とっくに全滅しています」

「んじゃ、18階層に向かったな。行こうぜ」

 

 さっさと行こうとするチルチャックを桜花が困惑しながら、止める。

 

「お、おい。まだ下に行ったと決まったわけじゃあないだろ」

「あのパーティーにいるサポーターなら、下を提案する。必ずな」

 

 振り返らずに答えるチルチャックの後をリューも迷わず付いて行く。

 骨付き肉を汚さぬように布を巻き、センシはその肉を荷物と一緒に背負い直す。その荷物に黒い鍋があると今、気づいた。

 

「それは……蓋の部分じゃないな」

「さっきの階層で見つけた。おまえんとこの団長やチルチャックが言うように、わしもヴェルフは下へ行ったと思う」

 

 ライオスも起き上がろうとしたが、着慣れた鎧に重さを感じる。桜花と命の手を借りて、ふらつきながらも立ち上がった。

 

「ライオス殿、ご無理をなさらず」

「悪い……ケン助もなくして、これじゃあ俺は盾代わりにしかならんな」

「それで十分です。先陣は私と彼女が切ります。零れた敵は後衛の皆さんにお任せしているので、ライオスは歩きながら体力の回復に専念して下さい」

 

 治療薬の小瓶を投げ渡し、アスフィも歩きだす。彼女と一緒にいるのはリューだと察した。何故、ウェイトレスがここにいるのかライオスはツッコまない。

 

「私達のせいで……本当に申し訳ありません……」

「いや、君達がなすりつけた魔物は本当に大した事なかったから、気にしなくていいよ」

「……あれが大した事ない……だと?」

 

 パーティーに負傷者を出し、アルミラージの群れから逃げるだけで精一杯だった桜花達にとってライオスの返しは衝撃だった。

 

 『嘆きの大壁』ではゴライアスの復活は完了していた。

 ここを抜ければベルのいる18階層は本当にすぐそこ、逸る気持ちがヘスティアを焦らせる。

 

「君達でアイツを倒せるかい?」

「ライオスが本調子でも陽動が精一杯です」

 

 アスフィは嫌味ではなく、現状の戦力をわかりやすく伝えている。

 

「二手に分かれ、ゴライアスの注意を分散します。皆さん、とくにヘルメス様とヘスティア様は全速力で走って下さい」

「言われなくともおぉ!!」

 

 ヘスティアの叫びを合図として、皆、一斉に走る。

 突入してきた一行をゴライアスは戸惑いも見せず、その手は緩慢だがセンシへと伸びる。ゾッとした桜花と命が咄嗟に武器を構えたが、狙われた本人は直感的に気づいて背中の肉に手をかける。

 

「これを奴に投げろ!」

「え? これ……おし、わかった!」

「ちょっと待て! それは俺の肉!」

 

 納得した桜花はライオスの叫びを無視し、センシから肉を受け取る。瞬時にゴライアスの顔面に投げ放つ。待ってましたと言わんばかりに階層主は布ごと肉に食らいつく。

 

「ふざけんな、ゴライアス! 俺の肉、返せえ!」

「生焼けだが仕方ない。階層主なら腹は下さんだろう」

 

 怒りに興奮したライオスは盾を構え、ゴライアスに挑もうとしたので桜花と命、千草は必死にとめる。センシも加わってもステイタスの差で振り払われそうだ。

 

「ライオス、今は引いて下さい! センシを巻きこみますよ!」

 

 アスフィの言葉で我に返りつつも、ライオスは本気で悔しさに奥歯が鳴らんばかりに歯噛みする。

 

「覚えてろよ、てめえ! 必ず喰ってやるからな!」

 

 呪いの如き捨て台詞は18階層にいるベルの耳にも届いた。

 

●○

「成程……うん、お疲れ様」

「本当、ライオスは心配するだけ損だな」

「鍋は無事だったんですね、良かった」

 

 無事に再会を果たし、ベル達は遠征組から天幕を借りてお互いの情報交換を行う。先ほど叫び声の事情を聞き、若干、呆れた。

 ヴェルフは遠い目をし、リリは完全に無視した。

 

「折角のミノタウロスが……肉が……」

 

 肝心のライオスは拳を握りしめ、心底、残念そうにしている。そのミノタウロスをベルは2体一度に倒した話を聞いて貰いたいが、今はやめておこう。

 

「本当に申し訳ありませんでした!」

 

 魔物の部位をドロップアイテムする事情を知らない命達だが、自分達のなすりつけ行為が発端だと責任を感じ、彼女だけは必死に土下座する。

 

「頭を上げて下さい。僕達、あのアルミラージに被害は受けてませんから」

「そうそう、全部ライオスが倒しちまったし」

「全く問題ありません」

「俺は自分のした事に後悔はないが、全く責められないのは……結構、くるな」

 

 軽い対応をされ、命より桜花がショックを受ける。そんな彼を千草が背を撫でて慰める。

 今後の予定をアスフィから説明され、一同は解散した。

 

「そうだ、ヴェルフ。魔剣をありがとう。今回の事で魔剣の必要性がわかった気がするよ」

「毛皮に火を着けただけで!?」

 

 驚愕するヴェルフに笑いが込み上げ、ベルは腹を押さえる。ひとしきり笑い、天幕を出た。

 

「……全く、ライオスったら……」

「行きたいところがあるんじゃが、付き合わんか?」

「俺はファリンに会いに行くが……」

「……俺はセンシと行くわ」

「じゃあ、俺がライオスに」

 

 ベルとチルチャックはセンシと一緒に陣の外へと向かう。いつの間にか長物の荷物を持つヴェルフだけがライオスに着いて行った。

 

 森の奥、階層の隅ともいえる場所に連れて来られた。

 

「まだ残っていたな」

「めっちゃ荒れてんじゃん、俺もここに来る時間はねえし」

 

 ウキウキとセンシは声を弾ませ、草むらを開く。暗がりのせいかただの草にしか見えないが、チルチャックには形が分かるらしい。

 

「それでも、誰かが手を入れてくれとるようじゃ。雑草なんぞは抜かれておる」

「センシさんの畑、なんでこんなところに?」

 

 チルチャックが灯りを照らし、センシの指示を受けながらベルも収穫する。

 

「ここまで来たのに新鮮な野菜がなくては、栄養が偏る。本来なら、家畜も住まわせたいところだが……」

「誰が面倒みるんだ! リヴィラの連中に期待すんなよ!」

「……リヴィラ?」

「街の名前」

 

 ぼそっとした声が背後から聞こえ、3人は震えて振り返る。アイズだった。

 

「アイズさん、どうしてここに?」

「……君が歩いて行くのが見えて……これは畑?」

「そうとも、半分は朝飯にもう半分は街へお裾分に持って行くんじゃよ」

 

 アイズが隣に座る。体温が近いせいで、勝手に赤面したベルは声が詰まった。

 

「明日、行ってみる?」

「へ? あ、ああ、街!! はい! 行きます!」

「ほお、どこへ?」

 

 また別の声が背後から聞こえた。切れ気味に口元を痙攣させたヘスティアだ。

 

「なんでどいつもこいつも後ろから声かけんだよ。リリもいるんだろ、出て来いよ」

「リリは空気を読んで、見守っているだけです」

 

 草むらの向こうから、リリは声だけで姿を見せない。

 何故か、アイズまで一緒に収穫を手伝う。地上よりも細長い人参、小さなジャガイモ、キャベツを得られた。

 

「人数がおったから、早く済んだぞ。太陽がない分、手入れを怠ったせいで育っておらんなあ」

「どうして、センシはどうして冒険者にならなかったんだい? そうすれば、此処にも問題なく来られただろうに」

 

 人参の土を払うヘスティアの疑問は最もだ。神同等にギルド職員も迷宮への出入りは禁止のはずなのに、ベル達の為に来てくれた。そもそも冒険者であったなら簡単に済んだ話とも言える。

 

「……それでは迷宮は本当の姿を見せてくれんかもしれん……」

「本当の姿……ですか」

 

 空を……もとい階層の天井を見上げてセンシは続ける。

 

「迷宮の全てを知りたいなら、わし自身を迷宮に教えなければならんのだ。恩恵はわしを隠してしまう。わしはそう思う。だから、ギルドを選んだ」

「……本当の僕……」

 

 強くなりたい。ただそれだけだったベルは、センシの言葉に感銘を受けた。

 今の強さはヘスティアの恩恵によるモノ、それなくしてはただの非力な人間の子供に過ぎない。けど、そんな自分をまっ先に受け入れてくれたのは、この幼い女神だ。

 

「……成程、ウラノスが君を手離さない理由がわかった気はする。君が冒険者になれば、本当に無茶をしてそれで命を落としかねない。あいつの祈祷は全ての子供達の生還も含まれている。今も君の為に祈祷していると思うよ」

 

 女神と思えぬ愛嬌のようでいて純粋な微笑み、センシは鬚の中で優しい息を吐いた。

 

「以前、勝手に潜った時のお怒りは凄まじかったがのう……」

「そりゃあ、おめえのせいだよ」

 

 叱責の場面を思い出し、センシが恐怖で震えたせいで色々な雰囲気が台無しになった。

「……ライオスも同じかな……」

「アイズさん?」

 

 アイズは手の平に転がる小さなジャガイモを見つめ、呟く。まるでそこにライオスがいて、彼に問いかける口調だ。ベルの声にも反応を示さない。

 何故、アイズがライオスを気にかけるのか知りたい。しかし、皆のいる前では答えて貰えない気がした。

 

 収穫して掘り返した土をセンシとベルが手分けして行う。チルチャックは野菜に着いた土を払い、布へ並べる作業に没頭する。何故かアイズとヘスティアも一緒だが、女神は色恋沙汰を警戒して【剣姫】を睨む。

 そんなよくわからん状況をリリは遠巻きに眺めつつも、チルチャックの隣へ歩み寄る。

 

「どうして来たんですか? リリが心配なのはわかりますが、いつも過保護は良くないって放置しておくじゃないですか?」

「……心配なんかしてねえし、俺はセンシに着いてきただけだっての。本当に無茶すんだぜ、あいつ」

 

 一緒に来た本当の理由を包み隠さず話す。リリは残念そうだが、疑いの眼差しで眉を寄せる。

 

「まっ、いいでしょう。今回の事は一応、貸しにしておいてあげます。チルチャックがピンチになったら、一回だけ迎えに行ってあげますからね」

「いや、貸しにするなら違う事に使わせろよ」

「駄目です。ピンチ限定です」

「貸しの押し売りしてんじゃねえ!」

 

 しばらく2人のやりとりは続いたが、チルチャックが折れる結果になった。妙に頑固なリリの態度に呆れつつも笑った。

 

「おまえ、本当に変わったな」

「……! チルチャックも変わりましたよ。……良い意味で……」

 

 リリが本心から他人を褒めるなど、滅多にない。

 唐突であり、精神的に少し油断していたチルチャックは嬉しさのあまり耳まで真っ赤に染まった。

 

●○

 折角、ファリンに会いに来たが門前払いされた。

 

「今回の遠征、ファリンに無理させてな。休める時に休んでもらっている。これはフィン団長の指示だ」

 

 対応してくれたナマリはライオス達を天幕から離し、簡単だが事情を説明してくれた。何処か含みを感じるが、追及は彼女を困らせるのでやめた。

 

「それより、魔物に襲われて逸れたって?」

「ああ、動く鎧の群れにな……。俺だけが逸れたけど、ヴェルフのおかげで乗り切ったさ」

 

 朗らかにライオスはヴェルフの肩を叩き、鎧の上から懐も叩く。その仕草でジトッとした目で責めてきたナマリは目を見開く。

 

「……ヴェルフ、おまえ……そうか、ライオスの為に……」

「べ、べつにライオスは魔法も使えねえし、万が一だし、本当、妥協とかじゃねえし」

 

 ナマリから目を逸らし、ヴェルフは滝のような汗を掻きながら口ごもる。

 

「……ふっ、まずはそれでいい。私は仲間の為なら、考えを変える奴は好きだぞ」

 

 称賛の笑みを浮かべるナマリにライオスはよくわからず、笑みを返す。ヴェルフは恥ずかしそうに噴き出した。

 

「ナマリは余計な事を言わないって知ってるけど、言いふらすなよ」

「勿論、折角出たあんたのやる気を削いだりしないぜ」

 

 頬を染めて念を押すヴェルフに、ナマリは親しみ深く朗らかに返した。

 

「ところでその包みは武器か?」

「ああ、これは……」

「ライオス、少しいいですか?」

 

 借りた天幕へ行こうとしたライオス達はアスフィに呼び止められる。ヴェルフだけで先に行くよう促し、彼もまた頷いてそれに従った。

 

「ヘルメス様なら、ちゃんと天幕にいるはずだ」

「そのことではありません。もう少し、人のいないところへ行きましょう」

 

 陣より外れた森に連れて来られ、周囲の気配を確認してからアスフィはライオスへ詰めよる。

 

「あの時、アルミラージの毛皮を燃やしたと言っていましたね。……どうやって燃やしたのですか?」

「どうって……火だろ?」

 

 眼鏡の真ん中を指で押し、アスフィの眼光は更に鋭くなる。

 

「火を熾せる道具も何も持っていない、火の魔法も使えないのに?」

 

 アスフィは勘付いている。ミノタウロスの肉は炎の力が宿る魔剣で焼き、またその魔剣はヴェルフからライオスへ手渡された。

 ここでそれを認めてしまえば、ライオスはヴェルフの魔剣作成依頼に利用される。この場ではなくても、地上に戻ってからになるだろうが、まず間違いない。

 

「……アノ時ハ、錯乱シテイテ、ヨク覚エテイナイ」

「うそおっしゃい! ……悪いようにはしませんから、本当のことを」

 

 呆れたアスフィが下を向いた瞬間、ライオスは陣に向けてダッシュした。

 

「俺はヘルメス様を見張る! アスフィも早く寝ろ!」

「待ちなさい! ライオス!」

 

 負けじと追いかけるアスフィ、今までにない走りを見せるライオス。その2人が走り去った後、ベル達は収穫した野菜を持って陣に帰ってきたのだった。

 




閲覧ありがとうございました。

骨付き肉はゴライアスが美味しく頂きました。

センシは絶対、18階層に畑作ってます。


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悪意

閲覧ありがとうございます。
視点がコロコロ変わります。


 リヴィラは冒険者が自主的に作り上げた街。街と言っても、掘っ建て小屋が立ち並んでいるだけだ。『ダイダロス通り』が貧しくもキチンと整備された区域だと実感させられる。

 宿代や商品は、ガチのボッタクリ。ギルドの目が届かないとは言え、冒険者の足元を見すぎである。

 ゲドの目から見ても、ナマクラだとわかる刀が地上の相場より一ケタ多い。ここまで来るのに得た魔石やドロップアイテムを全て売り払ったが、手持ちの金はすぐになくなった。

 

「今回の探索は大赤字だ」

 

 うんざりと溜息をつき、ミックはぼやく。彼の言うとおり、帰り道の狩りにて行きの稼ぎを取り戻しても1人頭の分配は低い。正直、上層でソロ狩りしていたほうがまだマシだ。

 組んだパーティーがゲドに合わなすぎた。さっさと地上に帰りたいところだが、カブルーが出発を延期すると宣言した。

 

「正気か! すっからかんの状態で宿に泊まれねえぞ。また野宿か!? 俺は見張りなんぞしねえぞ」

「ゴライアスの復活が思ったより早かったんだ。ロキ・ファミリアの出発に合わせたほうが、より安全なんだ。今の俺達はな」

 

 ゲド以外のメンバーはカブルーの意見に賛成だ。

 

「嫌なら、1人で帰るのね。ダメもとで他のパーティーに行ってもいいわよ」

 

 リンは冷たく吐き捨てる。他の連中も口に出さないだけで、視線が煩い。

 

「ちっ、わかったよ」

 

 これだからパーティーは嫌だ。

 足手纏いになり、意見が合わず、稼ぎが減る。様々な我慢を強いられる。だが、ゲドは早急に装備を整える金がいる。同じファミリアメンバーに貸しなど、絶対に作れない。

 なけなしの金で有り合わせの刀を買い、臨時メンバー募集をしていたカブルー達のパーティーになど入る羽目になった。

 夜の時間帯になり、簡素だが野営の準備をして眠りにつく。ゲドは自分でも珍しく見張りを買って出る。苛立ちに頭が冴えて眠れないからだ。

 皆の寝息と草や木々の音を聞きながら、不意に脳裏を過る1人のパルゥム。

 

(これもくそガキのせいだ)

 

 昼間、街を歩いた際に【リトル・ルーキー】のベル・クラネルと再会した。相手もゲドを覚えており、すぐに警戒された。パルゥムのサポーターについて問いただそうとしたが、何故か【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインとアマゾネスの双子が一緒だった。

 しかも、「ベル・クラネルに手を出すな」と言わんばかりの圧力を感じ、ゲドはそそくさと逃げた。

 あのパルゥムと関わり、ゲドは落ちぶれた。なのにベルはランクアップし、しかも、【剣姫】と親しげだ。

 この差はなんだ?

 

「あいつ、ばっかり良い思いしやがって……」

 

 歯噛みして意図せず、呟く。急に視線を感じる。眠っているメンバーではなく、少し離れたところからだ。

 

「呼んでいる?」

 

 自問しつつ、ゲドは視線の方向へ歩いて行く。視線ばかり気にし、カブルーが起きている事になど気づきもしなかった。

 

●○

 遡ること、数時間前。

 地上の朝のように明るくなった18階層、センシは自慢の鍋に火を通す。彼が火加減を見ている間にヴェルフが畑で収穫した野菜やその辺に生えていたキノコを切り刻み、アルミラージの肉を叩く。

 

「ロキ・ファミリアから厚底鍋を借りれて良かった。完成じゃ、さあ分けよう」

 

 人数分の皿に分けられた野菜炒め(アルミラージ肉入り)、キノコスープだ。

 

「リリ、ありがとう。よく肉を守ってくれた」

「褒められても嬉しくありません」

 

 ライオスは目を輝かせ香ばしい匂いを嗅ぎ、リリは満面の笑みだ。

 

「魔物の肉か……」

「桜花殿、我々はご相伴に預かる身。好き嫌いは……」

「……好き嫌いの問題じゃない……」

 

 桜花、命、千草は配られた朝食を何とも言えない表情で眺める。

 

「あれ? ライオス、そっちの団長とヘルメスは?」

「あの方々は自分達で朝食と済ませると言って、逃げました」

 

 リューが嘘偽りなく言い放ち、チルチャックは苦笑する。

 

「それじゃあ、張り切っていただきます!」

 

 満面の笑顔で迷いなく、ヘスティアはペロリと平らげた。

 

「うん、美味しい。センシくんが調味料を持ってきてくれて助かったよ。御馳走様」

「お粗末さまでした。お気に召したようで何より」

「何よりじゃねえ、ちゃっかりバターまで持って来やがって」

「完全にここで料理する気だったんですね、センシさんって本当にすごいなあ」

 

 ヘスティアとセンシの和気藹々とした雰囲気にチルチャックは呆れ、ベルは感心した。

 

「うお、う、美味い……。兎の肉は食ったことあるが、それと段違いだ」

「柔らかい……それでいてどこか甘い……」

「美味しい……」

 

 アルミラージの肉を堪能した桜花、命、千草はじっくりと味わった。

 食後の片付けも終わったところを見計らい、ヘルメスとアスフィがのこのこやってくる。

 

「リヴィラに行かれるでしょうから、ここで皆さんに分配しておきます」

 

 アスフィの指揮の下、リリ、チルチャックと千草が黙々と差し出す。

 

「随分と稼いでますね。リリ達の救出に来たんじゃないんですか?」

「時間をかければ、もっと稼げたんだぜ」

 

 リリとチルチャックの軽口が終わる頃には分配を終え、リヴィラに行く組と居残り組に分かれる。

 

「俺は何度も行ったし、ナマリから予備の武器を売ってもらうよ」

「俺もパス、荷物を見張っているわ」

「私も別行動をとります」

 

 ライオスとチルチャック、リューが残り、ベル達は意気揚々と出かけて行く。センシの顔を見る者もいる為、彼だけは兜越しに外套を被って出かけた。

 リューは行き先を告げず、街とは別方向へ行ってしまう。2人は厚底鍋を返すついでにナマリを訪ねる。

 

「お前の手持ちで買えるのは、これくらいだな」

 

 飾り気のない実用性重視のハンド・アンド・ア・ハーフを見立てて貰う。柄を握り、基本の型を振ってみる。ケン助より重くて刃渡りもあるが、問題なく扱える。

 

「ありがとう、ナマリ。これにするよ」

「本当に惜しい剣を無くしたよな。動く鎧のドロップアイテムだったのに」

 

 心底、残念そうなチルチャックの呟きをナマリが耳聡く聞き取る。

 

「剣がドロップアイテム?」

「チルチャック、俺達だけの秘密だろ。誰が聞いているとも知れないんだぜ」

「いいじゃん、現物はねえんだから」

 

 パーティーメンバーの安全の為に黙っていたが、ライオスはバラされちゃったなあと頭を搔く。怪訝するナマリへケン助を入手した経緯を説明する。

 

「……そんなドロップアイテム、聞いた事ない。もしかして、魔物そのものじゃないか?」

 

 ナマリの思わぬ発言にライオスの脳内でケン助を得た時の回想が起こる。時間にして一秒だが、彼自身は心臓の音がゆっくり聞こえる程の体感時間を味わった。

 

「……ケン助が魔物。俺は魔物と暮らしていた?」

「まあ、そういうことだな……」

 

 同意を求めるように、ライオスはチルチャックをガン見する。その緊迫した表情にドン引きしたが、チルチャックは引き攣った声で答えた。

 地面に視点を向け、ライオスは自分の顔を手で覆う。そのまま座り込んだ体勢で地面に寝転んだ。

 

「ケン助ぇええええええええええ! 帰ってきてくれぇええ!」

 

 みっともなく嘆くライオスをチルチャックとナマリは浮かんだ感情を殺して見守る。この世の絶望を押し込めた絶叫は天幕にいたリヴェリアの耳に余裕で届いた。

 

「街でモルドさんに会ったんだよ。今朝、着いたんだって……ライオス?」

 

 すっかり落ち込んだライオスはベル達が街から戻ってきても、膝を抱えて地面を転がる。女性陣は近くの水場に行くらしく、彼に見向きもしない。

 

「何があったんですか?」

「魔物絡みだとだけ言っとく、その内元気になるから気にすんな」

「そうそう、畑の事だが、やはりボールスが世話してくれていたそうだ」

 

 心配するベルにチルチャックは手ぶりで安全を教え、センシは本当に気にせず街での出来事を述べた。

 

「愛おしい眷族、そんな君を元気にするとっておきがある。俺を信じてついてこ……」

「遠慮します」

 

 芝居がかった口調でヘルメスが誘ってきたが、ライオスは拒否した。

 

「なんで兎野郎とライオスがいやがるんだ……」

「それは色々あったんだ」

 

 地上から解毒薬を持ってきたベートはフィンに出迎えられたが、思わぬ人物に吃驚仰天。

 

「お帰り、ベート。本当にありがとう。薬を貰うねえ」

「おい、マルシル。ライオスがいるっていうのはどういうこった?」

 

 目を点にして声を震わせるベートへマルシルは簡単に答える。

 

「動く鎧に襲われたらしくて、必死でこの階層まで逃げて来たの。それを団長が客人として迎え入れてくれたんだよ」

「つまりはそういうこと」

「何で自分が説明したみてえに威張ってんだ。……ライオスはファリンのことは知ってんのか?」

 

 フィンとマルシルは笑みのまま、首を横に振るう。まだ動揺しているベートは一先ず、納得する。

 深呼吸を繰り返している間にマルシルは薬を持って行き、フィンもいなくなる。心拍数を正常に戻してからベートはライオスへと対峙した。

 

「よお、ライオス」

「ベート、久しぶりだな。……君の尻尾は良いなあ、ふわふわしてて撫でていい?(※酔ってません)」

 

 寝ころんでいる為、ライオスの視点は自然に尻尾へ向けられる。狼に似た毛並みは触られるのを恐れ、ベートの背中へ丸められた。

 残念に思いつつ、ライオスは上体を起こす。まだショックが抜け切れていないからだ。ベートも何か察し、彼の真正面に座り込む。

 

「……その……、悪かった」

「ん、何が?」

 

 唐突の謝罪にライオスは首を傾げたが、ベートはイラッとした顔つきで息を吐く。

 

「前の……遠征が終わった時、『豊穣の女主人』で……人食いとか言ってよ。……言い過ぎたぜ」

「……ずっと気にしていたのか、そうか。……誤解を受けるような行動を取っていた俺にも責任はある。けど、嬉しいよ」

 

 正直、ライオスはベートの言う『人食い』という単語に覚えがない。

 しかし、ロキ・ファミリアの以前の遠征、『豊穣の女主人』という言葉でベルとパーティーを組んで日も浅かった頃と見当をつけた。

 意地っ張りで他者に頭を下げたりしないベートが真剣に謝罪しているのだ。無碍には出来ない。

 アスフィに知られれば、『獣人には気遣いをするんですね』と冷たく蔑まされるだろう。

 

「簡単に許してんじゃねえよ、そんなんだからファリンも苦労するんだろうが……全く」

 

 普段通りの不機嫌に眉を寄せたまま、ベートは困ったように笑い返して去る。様子を窺っていたヴェルフが入れ違うように現れた。

 

「ライオスは本当に顔が広いな」

「いや、ベートの顔が広いんだよ」

 

 本当の事だが、ヴェルフは謙遜と受け取る。そして、ライオスの腰に下げている剣へ注目する。

 

「ナマリに選んで貰ったのか」

「ああ、良い剣だよ。……ケン助には及ばないが、帰り道には十分だ。そうだ、ヴェルフ。帰ったら俺に剣を作ってくれ。勿論、適正価格だ」

 

 妙案だと思い、口にした。

 ヴェルフは驚いて一瞬、目を丸くしてから快活な笑顔を見せる。

 

「了解、帰り道でそれに見合うアイテムを手に入れないとな。ライオスの使う剣だと、刃渡りがこのくらいだから……」

「よしミノタウロスを狙おう。俺もベルの牛若丸みたいに、あいつらの角で作った剣が欲しい!」

 

 目を輝かせて希望を述べるライオスに、流石のヴェルフは笑顔を硬直させてドン引きした。

 

●○

 解毒薬によってファリンを含めた仲間がようやく回復した。

 出発は明日と聞き、自分達のせいで遠征の行程が遅れたと詫びる。眠り続けていた体に刺激を与える為、ガレスの指導の元に運動を行う。

 それが終わった頃、夕食だ。

 火を囲んだ席に兄ライオスの姿を見つけ、ファリンは驚く。彼だけでなく、パーティーメンバーのベルも下へと走る。

 

「ファリン、具合良くなったんだな」

「うん、けど兄さんがどうしてここに……もしかして兄さんたちだけで中層に、すごい……」

「僕のベルくんだもん、当然だよ。ファリンくん」

 

 感動しているファリンへ可憐な声と共に華奢な手で叩かれる。同意して振り返れば、何故か、ヘスティアがいた。

 

「あれ、ヘスティア様? ここは地上?」

「ちゃうちゃう、18階層。ヘスティア様がアルゴノートくんが心配で来ちゃったんだ」

 

 さらりと述べるティオナ・ヒリュテにファリンの混乱は増すが、脳内で情報を纏めて納得する。

 

「神様に来て貰えるなんて、ベルは愛されてるね」

「過保護だよ、過保護」

「ロキ様が真似しないか、心配」

「わしはウラノス様に何も言わんぞ」

 

 チルチャック、マルシルの後にセンシが混ざっていると気づき、またもファリンは驚く。ライオスが宥めるように教えた。

 

「センシはウラノス様から今回だけ、潜る許可を貰ったから怒られないよ」

「……センシもベル……違うか、ヴェルフが心配で降りてきたの?」

 

 ファリンの純粋な質問に動揺したヴェルフは飲みかけの水を吐いた。

 変な誤解を与えない為、ベルが丁寧に事情を説明して貰う。ファリンはようやく合点が行き、休んでいた分のエネルギーを得ようと食事に食らいつく。

 こうして、ライオスと迷宮で食事を取るなど、何日振りだろうと心を弾ませる。

 

「今回の遠征はどうだった?」

「いっぱい、学んだ。もしかしたら、ランクアップしているかも」

 

 楽しい気分でファリンは冗談を口にする。しかし、地上に戻った後、ステイタス更新にてLV.4にランクアップし尚且つ、『竜の寵愛(ドラゴン・ラブ)』というスキルを得てミアハを卒倒させたのは別の話である。

 夕食の時間が終わり、ファリンは片付けに協力して食器を運ぶ。

 

「そういえば、ティオナの言ってたアルゴノートくんって何? 」

「え、そんなこと言ってた? 私は知らないな……!!」

 

 首を傾げたマルシルが唐突にビクッと肩を痙攣させたので、ファリンは彼女が見ている暗がりを注意深く見る。

 縄でグルグル巻きの逆さ吊りにされたヘルメスがいる。ファリン達の視線に気づき、上機嫌な笑みを浮かべていた。

 

「アイズ達の水浴びを覗いたんですって、目を合わさなくていいよ。ライオスのとこのアスフィ団長も言ってた」

「……あの人も来ているんだ……」

 

 マルシルの囁きに従い、ファリンは何も言わず、考えず片付け作業にとりかかった。

 

●○

 遠征組は二班に分かれ、ライオス達は後続に組み込んで貰う。ファリンやマルシル、ナマリも先行だ。

 

「ヴァレン某は先行か。よしよし、僕のベルくんへの気遣いが込められるね。ロキの眷族にしては気に行ったよ」

 

 アイズが先行だと知ってから、ヘスティアはこの調子だ。

 

「ライオス、本当にファリンと同じ班じゃなくていいわけ? 仲の良い兄妹なんでしょうに」

 

 ティオネの質問にライオスは迷いなく答える。

 

「無事に帰れれば、いつでも会える。会えれば、昨夜みたいにお互いどんな経験をしたか話せるだろう? 今はそれでいいと思っているよ」

 

 覗きこんでくる視線はライオスの真意を見抜こうとしている。それも一瞬で終わった。

 

「本当に仲が良い兄妹ね、同じ事を言ってたわ。今度、お互いの団長の魅力について、語り合いましょう」

「おもしろそうだな、美味い酒でも用意するよ」

 

 心底、納得した笑みでティオネとそんな約束を交わした。

 野営地は出発に向け、天幕を解体して荷物を纏める。下手に手を出せば、返って邪魔になる。ライオスはせめて自分の荷物を除けようと借りた天幕へ向かうが、アスフィに呼び止められた。

 

「今後の事でお話があります。付いて来なさい」

「……ああ、わかった」

 

 アスフィの口調に違和感を覚え、怪訝する。団員に鋭い眼光を向ける時は、団長として有無を言わさぬ命令を発する時だけだ。

 

「何かあったか?」

「来ればわかります」

 

 周囲に聞かれてはならぬ内密の話なら、わざわざ今するなどアスフィらしくない。それとも、ライオスが知らなかっただけなのか、疑問を抱え着いて行く。

 岩肌に苔が生えている部分を滑らぬように登り、腰を落ち着ける場所へ導かれる。先に来ていたらしいヘルメスが座り込み、愉快そうに口元を歪めて見下ろしている。

 

「ちょうど良かった、ライオス。今から始まるところなんだ」

 

 下が覗ける位置に立ってみれば、一本水晶の丘が見える。そこにベルと剣士が対峙していた。

 しかも、ロキ・ファミリアでもない冒険者が大勢いる。邪魔にならぬよう、否、2人がそこから逃げられるように下へ降りられる坂道を塞ぐ形だ。

 お互い剣を構え、ベルが先手を取って黒ナイフと牛若丸を振るう。刃先が相手に触れぬように気遣っているのが丸分かりだ。

 

「ライオス、大声を上げてベル・クラネルを呼んだら駄目だ。これはお互いに納得された決闘、しかも観客付きだ。水を差すもんじゃない」

「ベルは……人相手に慣れてない。そもそも、決闘に応じる性格じゃない。何をしたのですか、ヘルメス様」

 

 叫びそうな衝動を抑え、ライオスは問う。

 その直後、剣士の姿が消える。いなくなったのではなく、己の姿を見えなくしたのだ。その証拠にベルは後ろから蹴られた衝撃で地面に這いつくばり、鎧のない部分を刺された。

 体を透明にする魔道具に心当たりがある。むしろ、知っている。アスフィの漆黒兜(ハデス・ヘッド)だ。

 この状況にアスフィ……ヘルメスの関与は確実の物となった。

 

「おーい、期待のルーキー。ライオスの腰巾着じゃねえところ見せてみろよ」

「モルドが褒めてた割には大した事ねえなあ」

「相手はLV.1だぞ。やっぱ、ライオスにおんぶに抱っこって噂は本当じゃねえの?」

「ライオスのコネで大手のファミリアに取り入ったとか、真面目に冒険者やっている俺達にしてみれば、いい気なもんだぜ」

 

 背中から血を流すベルを心配する声はなく、囃し立てる声が飛び交う。しかも、ある意味ライオスのせいで彼の実力は正しく評価されず、悪評は広がっている。

 ファリンもそうだった。

 

「なあ、ライオス。ベルくんはこれからもこういう目に遭うだろう。その度に君が助けるのかい? 駄目だよな。それだと誰もベルくんを認めない。どんなに実力があろうとね。彼は知らなければいけない。人の悪意を……君が知ったように」

 

 ――ああ、知ったとも、学んだとも。

 その結果、ライオスは妹と離れた。

 

 小気味良く笑うヘルメスに段々と脳髄どころか、背筋が熱くなる。激しい怒りが身体中を駆け巡っているからだ。歯を食いしばり、握りしめた拳から血が滲む。

 

「アスフィ、おまえも同じ考えか?」

「悪趣味だと思います」

 

 それで少し冷静になる。頭に上った血が巡り過ぎない程には落ち着けたが、怒りから来る震えは止まらない。

 

「ヘルメス様、俺は神なんぞ愛してない。だが、今すぐ貴方に喰らいつきたい」

 

 アスフィの目に怯えが浮かぶ。それ程、ライオスの表情が怒りで歪んでいる。

 

「いいね、それ。俺が退屈で死にたくなったら、そうして貰おうか。それを楽しみに生きるのも悪くない」

 

 刃向かうなどの比喩ではなく、己の歯でその喉笛に噛みつく。その様を想像しながら自らの喉に触れ、ヘルメスは愛おしくて堪らぬ我が子を見る目で返した。

 

「ヘルメス様!」

 

 厳しく咎める声を出す。自らの命を軽んじる事にか、ライオスに喰わせるなどという発言に対してかはわからないが、とくにかくアスフィは咎めた。

 こうしている間にも、ベルは背中を重点的に切りつけられる。彼が反撃の体勢を取っても、構える前にまた地面へ叩きつけられた。

 

「どうした【リトル・ルーキー】!」

 

 観客の群れを押しのけ、歩み出たのはモルド。一瞬、彼がベルを助けてくれると期待した。

 

「助けて欲しいのか! 俺やライオスに助けて貰いたいか!?」

 

 叱責にも似たモルドからの怒号。野次を飛ばしていた連中は、その迫力に口が止まる。ベルへの攻撃も止んだ。

 

「いえ……、これは……僕の挑んだ……決闘です。……戦え……ます!」

 

 痛みに耐えながら、ベルはよろめきながらも起き上がる。ライオスからでも分かる程、彼の眼光は諦めていない。このまま戦いを続ける意志を感じた。

 だが、意志だけで乗り越えられる程、戦いは甘くない。見えない相手と戦う術がベルにあるのか、ライオスは焦燥のあまり頬から汗が流れる。

 

「ライオス、彼は貴方のいないところでミノタウロスに打ち勝ったのです。心配なのはわかりますが、もう少し信じて下さい」

 

 厳しい声だが、それは仲間を信じないライオスを咎めているようにも聞こえる。

 

「せめて……近くにいる……」

 

 2人は無言だが、承諾と受けライオスは急いで来た道を戻った。

 

「珍しいね、アスフィ。ライオスへあんなやさしい言葉をかけるなんて、もしかして」

「貴方を嫌になり、よそに改宗されては堪りません。今まで散々好きにさせていたのです。それ相応の働きで返して貰うまで何処にも行かせません」

 

 本心なのだろうが、それだけではない。ヘルメスは突っ込んで聞きたかったが、余計な事を言って叱責を受けたくない為に黙った。

 

●○

 ベルが血相を変えて丘へと駆け登って行った。

 事態を重く見た桜花に教えて貰い、皆はベルの為に丘を目指す。その途中でモルド達と出くわし、ベルがゲド・ライッシュと決闘する話を聞かされた。

 その名を聞き、リリはゾッとする。察したチルチャックが舌打ちした。

 

「あいつ……、まだ冒険者やっていたのかよ」

「どうして、ベルが決闘なんか」

「さあな、そのゲドとかいうのが【リトル・ルーキー】をブチのめすから、見物料を取ってたらしい。……ふわぁ、わりぃ、さっきまで寝てたからよ」

 

 ヴェルフの質問を呑気な欠伸で返され、若干、イラッとする。

 

「そういえば、ヘスティア様は?」

 

 遠慮がちな千草の問いにモルド以外は硬直する。

 

「俺達はベルを助けに行く。おまえらはヘスティア様を探してくれ」

 

 桜花の指示で命と千草は頷き、走りだす。リリは皆の視界から隠れ、シアンスロープへと変身する。ヘスティアは昨日の買い物で香水を買うという無駄遣いを行った。

 その匂いを辿る。

 辿った先は何故か、センシの畑だ。

 元の姿に戻り、物音でヘスティアは満面の笑顔で振り返る。

 

「ベルくん、遅い……なんだ君か、どうしたんだい?」

「なんだじゃありません、何をなさっているのですか! ベル様が大変なんですよ!」

 

 リリに責められたが、ヘスティアはベルの危機と知り真剣な顔つきになる。

 

「なんてこった、僕が偽の手紙にまんまと騙されたせいで……」

 

 ヘスティア曰く、ベルとアイズが別れの挨拶に嫉妬して天幕で不貞寝した時、どこからともなく紙切れが懐に入り込んだ。それはベルからの呼び出しであり、2人きりになりたいが皆に見つかりたくないのでこっそり畑で待っていて欲しいと書かれていた。

 

「それで照れ屋のベル様が勇気を出した一筆と思い、誰にも告げずに出かけたと……」

 

 リリは心底、呆れる。ここでヘスティアを責めても始まらぬ。急いで2人は丘へと駆けだした。

 目的地が近付けば、観客たる冒険者が多く群がっていた。

 

「なんだ、また小さいのが来たな」

「後ろじゃ見えにくいだろ。前のほうに行きな。多分、もう終わるぜ」

 

 新しく現れたリリ達を彼らは意外にも親切に通してくれた。遠慮なく、ずいずいと進みチルチャックを見つける。

 

「チル! ベル様は」

「もう終わった」

 

 振り返らないチルチャックの向こうには、吹き飛ばれて倒れ伏した人影があった。

 ゲドだ。

 白目を剥いて、完全にのびている。

 肝心のベルは手負いながらも、立つ。深呼吸してから、ゲドに向かって頭を下げる。

 

「ありがとうございましたあぁ!!」

 

 ベルの勝利の雄たけび、確かに決闘は終わった。

 すぐにヘスティアが駆け寄り、ベルを抱きしめる。ヴェルフにセンシも彼を後ろから支えようと手助けに行く。

 

「なんだよ、もうちょっと楽しめると思ったのに」

「LV.1じゃ、この程度か」

「だから【リトル・ルーキー】でも勝てたんだろ」

 

 口々に勝手な事を述べる観客を睨みそうになるが、リリは堪える。反発して総攻撃されれば、こちらが不利だ。チルチャックも黙り、彼女に「良い判断」だと誉める気配を与えた。

 

「ほお、てめえらは見えない相手とあそこまで戦えんのか? だったら、今度見せてくれ。【リトル・ルーキー】より手際よく勝てよ」

「いやいや、俺らは別に見えない敵とは戦わねえよ」

「つーか、誰かゲドを起こせ。俺らから巻き上げた金を返してもらうぞ」

 

 愉快そうなモルドの声に彼らは焦って拒み、ぞろぞろと倒れ込んだゲドへと容赦なく迫る。

 

「終わっていたのか……」

「そのようです」

 

 ライオスとリューの声に振り返り、リリは胸を撫で下ろす。彼もまた無事だったいう安堵、この事態に遅れて登場した不満、この二つが複雑に絡み合う。

 

「どうもゲド・ライッシュは姿を消す……スキルじゃねえな、魔道具か何かを使っていたっぽいわ。ベルは足音と気配で相手の位置を把握して……ってとこ」

「どうやら、リリ達の出番はなかったようです。これにて一件落着ですね」

 

 チルチャックの解説をリリが明るく締める。しかし、ライオスの表情は浮かない。

 

「ライオス、何か気になる事でも?」

 

 リューの問いに答えず、ライオスは仲間に囲まれるベルを眺める。

 

「俺は……もうベルと一緒にいないほうがいい……」

 

 消え去りそうな独り言は、リリとチルチャック、リューの耳に確かに届く。誰かが口を開く前に異変が起こる。地面を割ってしまいそうな揺れだ。

 

「地震か?」

 

 呟いた瞬間、灯りを失ったように階層そのものが暗くなる。咄嗟的に階層の天井へと目を向ければ、人の形をした巨大な魔物が水晶を破って落ちてきた。

 この階層は安全地帯と言っても、魔物の襲来は幾度とあった。しかし、毎回こんな襲撃の仕方をされたはずはない。

 

「あれは……階層主だ……。だが、色が……黒い?」

 

 困惑しながら、チルチャックは状況を分析する。彼の声で我に返ったリリもサポーターとしての仕事を思い出す。

 

「ゴライアス、つまり……今あいつの腹を裂けば……取られたミノタウロスの肉が取り戻せる!!」

 

 拳を握り締め、ライオスは強い気迫を込める。さっきとは別の意味で沈黙が訪れた。

 

「……もう消化されてますよ」

「だよなあ……」

 

 リューの冷静なツッコミを受け、ライオスはこんな状況の中で落ち込んだ。

 

「まだ肉に拘りますか! というか、今さっきまでシリアスな事言ってましたよね!

どうしてそう切り替えが早いんですか!?」

「慣れろ、リリ」

 

 怒りと呆れで喚き散らすリリに構わず、階層にはゴライアスだけでなく他の魔物まで姿を見せ始める。まるで彼女の困惑が形になっていくように見え、チルチャックはげんなりした。

 

 




閲覧ありがとうございました。

敬語キャラが重なると誰が喋っているのか、わからなくなりますね。
ヘスティアならベルの筆跡を見抜きそうですが、今回はおまぬけになってもらいました。
ライオスの切替の早さは見習いたい……?


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眷族の物語

閲覧ありがとうございます。
遅くなってすみません。

・17.10.10に誤字報告を受け修正しました。


 戦前を行くのは、ライオス達のパーティー。

 ゴライアス以外にも魔物の群れが現れ、その中にはミノタウロスもいる。

 

「くっそー、折角のミノタウロスがゴライアスのせいで相手出来ない……」

 

 『防衛の盾(ディフェンス・シールド)』を発動させ、ライオスは皆の盾となりつつゴライアスへ斬りつける。

 

「ライオス、街から援軍です。魔導師の詠唱が終わるまで、彼女と時間稼ぎして下さい」

 

 アスフィの指示を受け、了解の意味で剣を掲げる。

 彼女とはリューだ。

 ウェイトレスのはずが疾風の如く斬り込む。リューがここまで強いとは知らなかったが、理由は詮索すまい。アスフィからも人前で彼女の名を呼ばぬように厳命された。

 ライオスの相手はゴライアスだけでなく、隙を突いて狙ってくる雑魚だ。奴らを切りつける度に魔石やらドロップアイテムが地面に転がる。角や爪はどうでもいいが、センシに調理して貰えそうな部位もある。

 

「「……勿体ない」」

 

 ライオスとは離れた位置から、センシも同じ気持ちで悔しがる。

 冒険者はファミリアもパーティーも連携も構わず、誰もが武器を手に取ってゴライアスや湧き出るような魔物達と戦闘を繰り返す。

 リィベラの実質的な取締役のボールス・エルダーの人望と指揮力ありきだ。

 戦闘の邪魔になるセンシとヘスティアは千草に守られる形で、ゴライアスの攻撃が当たらず尚且つ遠くない位置に即席で構えた借拠点にいる。怪我人に傷薬を配り、武器を失った者へ予備を渡していく。

 

「歯痒いかな……、わしも冒険者なら……」

 

 ライオスの周辺に転がった肉や骨やらのドロップアイテムを回収に行けた。

 

「ねえ、センシくん。この状況で何を考えているのか当てようか?」

 

 緊迫感と疲労に少々キレ気味にヘスティアが問うた時、魔導師の詠唱が終わる。とっておきの一発に備え、ボールスが避難指示と号令を出した。

 5人の魔導師それぞれが得意とする魔法が容赦なくゴライアスを襲い、巨人の顔面を奪って膝を折らせた。

 後は全員で畳みかけて終わる……はずだった。

 それなのに、瞬時に再生して見せた。

 

「ありえねえ、ゴライアスにこんな……」

 

 チルチャックが恐怖で身震いし、目を見開く。たかだか、18階層の階層主にこれだけの回復力があるはずがないのだ。

 咆哮を上げたゴライアスは両腕を地面に叩きつけ、その風圧は周囲の冒険者だけでなく十分に距離をとっていたはずの街にいた後衛にまで及んだ。

 

「……まさか、僕がここにいるからなのか?」

 

 凄まじい威力とその犠牲に対してヘスティアは思わず、呟く。神が迷宮に潜るなど、ご法度。それを破った神々への罰として強さを得た。

 ヘスティアの推論を確かめようにも、ウラノスは地上でヘルメスは姿を見せぬ。

 

「死にたくないのだ」

 

 聞こえたセンシの声にヘスティアは気づかされる。

 

「ゴライアスはこれまで何度も死んだ。だから、もう殺されたくないのだ」

 

 意を決したセンシは懐からミスリル包丁を取り出し、アダマント鍋を取り出す。そして、一目散に走りだした。

 

「センシくん! 何処へ行くんだ!?」

「リリがお守りします。千草様は……いない?」

「自分の仲間のところだろ、俺が行く。リリはヘスティア様と居ろ」

 

 ヘスティアの制止も聞かず、センシは止まらない。チルチャックがすぐに追いかけた。

 

 群がる魔物はゴライアスの優勢を察してか、更に数を増す。地面に叩きつけられ、意識の戻らぬ冒険者を狙ってくる。仲間を守らんと起き上がった者達は防戦一方だ。

 すぐ起き上がれたライオスだが、剣は折れ、盾もヒビが入り今にも壊れそうだ。丸腰になった彼へもミノタウロスは容赦なく迫る。素手で身構えた瞬間、それは斬り捨てられた。

 

「ライオス、立てる?」

 

 ベルは確認ではなく、命令のように強い口調で問う。礼を言う間もなく、ライオスは後から来たアスフィとリューに無理やり起こされる。

 4人で背を預け合うように立ち、ゴライアスと魔物へ気を配る。

 

「ライオス、ヘルメス様が何処にいるかわかる?」

「……多分、わかる」

 

 安全な位置から見下ろしている。干渉も手助けもせず、事の成り行きを見守っている。例え、それがライオスやアスフィが命を落とす結果でも構わないのだ。

 

「なら、ステイタス更新してきて」

「!? それを言うならベルこそ、ヘスティア様がいるだろう」

「いえ、クラネルさんは日頃からステイタスを更新しています。貴方が最後にしたのはいつですか?」

 

 リューの質問にぐうの音も出ない。

 

「正直、焼け石に水のようなモノですが、行ってきなさい」

 

 この場を死守する。そんな決意でいて熱意がアスフィの声から伝わってきた。

 

「わかった……すぐ戻る」

「待ってる」

 

 ベルの返事を合図に4人はそれぞれの持ち場へと駆け出す。襲ってくる魔物を折れた剣で斬り伏せ、ライオスは高見から見下ろすヘルメスを目指した。

 

●○

 こんな数の魔物を目にしたのは初めてだ。斬っても斬っても数は減らず、疲労に襲われても休む間はない。

 

「カブルー! はい、飲んで」

 

 ミックからポーションを貰い、疲労感と少々の怪我を治す。空になった瓶を防戦一方のダイヤが相手していたワームへ投げつけた。

 

「ホルム!」

「無理無理、数が多すぎる! こんな場所に彼女は呼べないよ!」

「ふざけんな、このくそパルゥム! てめえも戦え!」

 

 ゲドの背に隠れ、身を守るホルムは必死に拒む。同じく必死な形相でライガーファングとの猛攻を繰り返すゲドはブチ切れて怒鳴った。

 

「どいて! サンダーボルト!!」

 

 詠唱を終えたリンが杖を掲げ、魔法を放つ。ライガーファングは文字通り、塵と消えた。

 

「おせえよ、馬鹿リン!」

「うるさいわね、前を見て!」

 

 リンの警告を聞いてゲドが前を向いた瞬間、シルバーバックが突進してきた。

 

「ふざけんな、絶対、生き延びてやる、こんなところで終って堪るか」

 

 呪文のように呟くゲドは肩で息をしながら、剣を構える。

 どんなに悪態吐いても、ゲドは逃げずに汗だく状態で休みなく剣を振り続ける。彼が怪しげな魔道具を使い、ベル・クラネルと決闘した時は帰り道で始末しようと決めた。

 だが、こんな状況だ。騒ぎに紛れて殺す余裕はない。無事に生き延びれたら、一先ず今回は殺さずに置いておこう。それがカブルーなりの誠意だ。

 

(彼はどうしているだろうか?)

 

 カブルーが心配せずとも、ベル・クラネルは戦っている。冒険者としての名声や稼ぎではなく、純粋に強さを求める青臭さが滲み出た【リトル・ルーキー】を気に入った。

 ああいう少年にこそ、強くなって欲しい。

 

「だから、さっさとどうにかしてくれ。ライオス・トーデン」

 

 ベル・クラネルとは正反対の感情を抱く男の名を呟き、カブルーはゲドとの連携を組んでシルバーバックを倒した。

 

●○

 ヴェルフの周辺にいた魔物をどうにか倒し切る。ベルや他の仲間を確認しようと周囲を見渡した時、センシのうろつく姿に背筋が凍った。

 

「何してんだ、あんた!? 死にたいのか!」

「ヴェルフ、無事か。ライオスはどこだ? この鍋と包丁を渡しに来た」

 

 切羽詰った表情のヴェルフと同じくらい、センシも緊迫している。

 

「これらは家宝なんだろ!? 包丁じゃリーチの問題もあるけど、流石に壊れちまうぞ」

「家宝を惜しんでなどおれん。ゴライアスはもう殺されたくないのだ。だから、殺される前にわしらを殺そうとしておる。わしらは殺されるわけには……」

 

 センシの言葉が終える前に轟音が響く。魔法と魔法がぶつかり合う音、ベルの白いファイヤーボルトとゴライアスの魔法だ。

 階層主の顔が魔法の名残である煙で隠される。

 思わず、ヴェルフ達も見入ってしまう。顔を半分なくしたゴライアスは余裕の笑みを浮かべ、ベルに魔法を放つ。逃げる隙すらなく、衝撃で宙へ投げだされた彼に渾身の拳が襲いかかる。

 桜花が捨て身の覚悟で盾を構え、ベルを守ってくれなければ危なかった。

 それでも、勢いを殺しきれなかった為にベルは借拠点地まで吹き飛ばされた。

 

「げえ、ゴライアスの顔、もう再生してやがる」

「ヴェルフ、後ろへ下がれ。チルチャックからポーションを貰え」

 

 慄くチルチャックに構わず、センシはヴェルフに後退を促す。しかし、勧めた2人は下がる気配がない。身の危険を顧みず、まだライオスを探すつもりだ。

 背負った魔剣が布越しにヴェルフの背へ存在感を示す。『火月』は炎の力が込められ、放てばゴライアスにも十分なダメージを与えられる。しかし、一回限りの力だ。

 そのたった一回で壊れてしまう。

 それは嫌だ。

 

「けど……腹を括るしかねえわな」

 

 布を取り払い、『火月』の剣身が露になる。柄と一体化した剣に見え、無骨で一切の飾り気もない。剣に限らず、武器や防具に飾りなど要らぬ。

 

「ヴェルフ、それは……自作か?」

「もしかして、魔剣!? そんなにデカイのは初めて見た」

「俺は『火月』って呼んでいる。こいつを使うには、ちょいと大きく振らねえといけねえ。センシ、頼む。俺を守ってくれ」

 

 『火月』の炎を放つには、振りと同時に隙も出来る。確実に命中させるには、ゴライアスの動きを封じる必要がある。

 無茶な頼みを聞いても、センシの目には驚きだけで恐怖はない。

 

「一瞬なら、できる。それでいいか?」

「うええ、正気か? ライオスを探せよ!」

 

 必死に止めるチルチャックを無視し、センシは鍋を構えなおす。

 

「チルチャック、おまえさんが持っている一番良いポーションをわしにくれ」

「ねえよ、そんなモノ! ああ、もう! 誰かこの馬鹿をとめろ!」

「お待ち下され、センシ殿。そのお役目、この命にお任せを」

 

 血相を変えた命が来た為に、チルチャックは本気で安心した息を吐く。

 

「本気で任せるぜ」

「承知した」

 

 命がどれだけ状況を把握しているか、確認してからヴェルフは念を押す。彼女はクロッゾの魔剣に目もくれず、役割だけをしっかり受け入れた。

 だが、命がゴライアスを足止めする為には詠唱が長い。つまりは足止めの為の足止めが必要になる。

 結局、センシは囮として鍋を構える。

 

「しょうがねえなあ、ミアハ様がくれたとっておきだ。持ってけ、泥棒!」

 

 やけくそで怒鳴り散らしたチルチャックは、ミアハが彼の護身用に調合したポーションを投げ渡す。一時的に身体を完全に守ってくれる。強敵から逃げるか、その場凌ぎとして大変、重宝される。

 ポーションを飲み干したセンシは体を守られる感覚に包まれる。

 

「センシ、命の足止めが成功したら速行逃げろよ!」

「勿論!」

 

 ヴェルフの声にセンシは気合を入れんと大声で答え、ゴライアスへと突進する。命は魔法が届く範囲まで距離を縮め、詠唱を始める。

 ドスドスと走ってくるセンシに気づき、ゴライアスは容赦なく狙う。アダマント製の鍋とポーションによる強化で守られた。

 しかし、地面に減り込む程の衝撃に体がズシンッと重くなる。この重さだけでショック死してもおかしくない。所詮、何の恩恵もない生身の体では限界がある。

 レッド・ドラゴンはファリンやマルシルの魔法があって、ギリギリの状況で戦えた。あの時より、ずっと厳しい。

 

「だが、逃げるわけにはいかん。わしも……死にたくない」

 

 どんなに不利でも戦いを始めれば、逃げられない。

 

「地を統べよ 神武闘征!」

 

 詠唱が終わり、ゴライアスの傍へ光の剣が打ち込まれる。状況を確認しようと階層主の手が緩み、センシはその隙をついて地面を転がる。ヴェルフも『火月』を構え、駈け出す。

 それを見計らったように剣を中心に円の形で重力場が発生する。上から押さえつけられる重圧に階層主の動きは、確かに止まった。

 

「『火月』!!」

 

 振り下した魔剣から炎が放たれ、ゴライアスの巨体を丸のみした。この場にいる魔導師でも決して扱えぬ強力な炎だ。これだけの威力を持つ魔剣をヴェルフは打てる。彼だからこそ出来る血統の業。

 そして、込められた炎を放った事で『火月』は魔剣としての役割を終えて、粉々に砕け散った。

 

(……ありがとう……)

 

 これまでなら、使い捨てられる魔剣へ後悔と謝罪しかなかった。今のヴェルフにあるのは、絶対の感謝だ。

 『火月』の余波をまともに受け、吹き飛ばされたヴェルフをセンシがクッション代わりに受け止める。炎の隙間から、焼かれたゴライアスが皮膚を再生していく様子が見えてしまった。

 

「くそ、まだ……足りねえのか!」

「本当に下がれ、ヴェルフ」

 

 奥の手だった『火月』の犠牲さえ、今のゴライアスを倒しきれない。この現実を思い知り、ヴェルフは悔しさで歯噛みした。センシが必死に彼を抱え、この場から逃げようとする。

 そんな彼らを走り抜ける人影を見た。

 

●○

 今のライオスは、高ぶっている。心の底からだ。

 ステイタス更新によりランクアップだけでなく、新しいスキルを発現させたのだ。

 

「ライオス、実に君らしいスキルだ」

 

 意味深に笑うヘルメスからスキル名を告げられ、ライオスはしっくりきた。

 『悪食(グロスイーター)』、本人が心から食いたいと望んだ魔物を生きたまま食せる。しかも、対象の魔物に合わせて身体能力が大幅に上がる。

 魔物は絶命すれば、ドロップアイテムでもない限り部位を残さない。だから、ライオスは魔物を生かしたまま、食う術を模索していた。

 その原点に返ったスキル、彼の願いそのもの。

 

 ――もう、殺さずとも魔物の味を知れる。

 

 これに興奮せざるをえない。 

 ライオスは武器も盾も鎧さえも着ず、湧き起こる衝動のままに戦場を駆け抜ける。ヴェルフが魔剣らしき武器で炎を放つのも見えた。

 倒れ込んだ仲間を横切り、ゴライアスへ一直線だ。

 

「いい具合に焼き上がったな、ゴライアス」

 

 目を輝かせるライオスは冒険者というより、初めて愉しいモノに出会えた少年のように心が躍っている。

 

 ――ゴライアス、俺はおまえを知らない。知りたいんだ。だから、教えてくれ。

 

 殴りかかってくるゴライアスの腕を難なく避け、その腕を足場にする。ライオスの勢いは止まらず、階層主の耳まで一気に距離を詰めて、歯を立てた。

 いくら恩恵のある冒険者とはいえ、巨人のゴライアスに歯を立てたくらいでは皮膚さえ通るはずもない。だが、ライオスは分厚い耳をしっかりと噛んで思いっきり顎を引いた。

 ブチブチと音を立てて、ゴライアスの耳は引き千切られる。ありえぬ耳の痛みに動揺した階層主はライオスを振り払おうとするが、彼は残った耳たぶにしがみ付いて離れない。

 

 ライオスの口に含まれた耳は、まるで飲み物のように喉を通って胃へと流れ込む。

 

 ――ああ、美味い。

 

「これがゴライアスの味か、焼いている割には生っぽいな」

 

 唇を舐めたライオスは物足りない気分を満たす為、彼を掴もうとするゴライアスの手に飛び移り、その親指を噛む。

 食しながら、ゴライアスの耳や指が再生していないと気づく。

 

「俺のスキルのせいか? それも知りたい、もっと教えてくれ」

 

 お代わりを強請る口調でライオスが聞こえたように、ゴライアスは悲鳴を上げた。

 今までの雄叫びや咆哮とは明らかに違う。気にせず噛みつこうとしたライオスは親しい声を耳にする。 

 

「ライオス、下がって」

 

 白い輝きを纏ったベルの姿が視界に入りこむ。骨を刃のように尖らせた武器を剣として持ち、こちらへゆっくり歩いてくる。

 このまま独りで愉しみ続けるよりも、皆と食事したい。

 そう考えた時、自分の中にある高揚が下がって行くのを感じた。

 

「またな、ゴライアス」

 

 それだけ告げ、ライオスはゴライアスから離れた。

 

 何故か、ゴライアスは命拾いしたという安心感を得ている。真っ向から来るベルよりも、ライオスに恐怖していた。

 まさか、階層主がそんな事を考えていたなど、冒険者また神々でさえ知りようがなかった。

 

 ベルによって一刀両断されたゴライアスは、その魔石さえも彼のナイフで刺し砕かれる。一連の出来事を階層に居たすべての冒険者は、この場にいる実感さえなくして見守った。

 そして、ベルへの称賛と自分達は生き残ったという喜びを込めて歓声が上がった。

 彼らに拍手を送りながら、ヘルメスは嗤う。

 

「ゼウス、貴方の孫は本当に素晴らしい……。……しかし、ライオス。君は最強じゃない、最速でもない、俺にとっての最高だ。ただの人間でありながら、どこまでも俺を愉しませてくれる。君達が紡ぎ出す物語を俺はずっと見届けてやる……」

 

 一呼吸置いてから、ヘルメスは自分の顔を覆う。

 ライオスが自分を喰い付きたいと宣言した時の表情を思い出す。歓喜のあまり、心臓がブルッと震える。

 

「君が死ぬ前に俺を必ずメインディッシュにしてくれよ」

 

 決して神を愛さずとも、ライオスがその舌に神を乗せる時はヘルメスだけでなくてはならない。これだけは絶対に他の神にも譲れない。

 

「誰にも渡さないぞ、ライオス。絶対にな」

 

 この場にいない誰かへ向けて断言し、ヘルメスは階層の天井を空に見立てて見上げた。

 

 ヘルメスの独り言も知らず、ライオスは跡形もなく消えた去ったゴライアスを残念そうに眺める。

 

「なんだドロップアイテムなしか、齧った耳を残しておけば良かったな」

「やはり、見間違いではないのですね。階層主に噛みつくなど、おっそろしい」

 

 呆れたアスフィは眼鏡を押さえる。スキルの説明をしようとしたライオスの口を指先で止める。

 

「スキルについては本拠(ホーム)で聞きます。こんな状態でも詮索する者はいますので」

「……わかった。けど、ベル達にはいいよな?」

 

 ヘスティアに抱きしめられるベルは立つ力もなく、地面に座り込んでいる。ヴェルフやセンシもヘトヘトだが、どうにか立つ。リリやチルチャック、リューは遠巻きに見ている。千草と命に肩を借り、よろめきながら歩く桜花の姿もあった。

 

「貴方の判断に任せます」

「ありがとう」

 

 ライオスのお礼を聞き、アスフィは彼の肩を優しく叩く。

 

「ライオスくーん」

 

 ヘスティアに呼ばれ、ライオスは座り込んだベルへと視線を合わせる。呼んだのは女神だが、用事があるのは彼だとわかる。

 

「ライオス、僕……強くなりたい。レベルとかじゃなく、心も……」

 

 疲労困憊でも、ベルの強い意志が込められている。

 

「強くなる僕を見ていて欲しい、ライオス。この先もずっとパーティーを組んで欲しい」

 

 誘いの言葉に胸が躍る。ゴライアスを喰った時よりも、ずっと。

 リリを一瞥すれば、彼女はわざとらしく口笛を吹く。どうやら、ベルと別れようとした話を聞かせた様子だ。

 ならば、今の気持ちを素直に告げるだけだ。

 

「俺は迷宮グルメ本を作る。その本を俺と一緒に作ってくれ」

 

 ライオスの真摯な想いに対し、ベル以外は心で「グルメ本かよ」とツッコミを入れた。

 しかし、ベルには満足のいく返答だ。

 

「これからもよろしく、ライオス」

「ああ、ベル」

 

 2人の握手を見守りながら、ヘスティアは妬ましそうに頬を膨らませる。

 

「言っとくけど、誰とパーティーを組もうとベルくんは僕のだからね」

「何様のつもりだよ、ったく」

「全くです、もうちょっと空気読んでください」

 

 ヘスティアは予想外に悪態吐かれ、思わずリリとチルチャックを振り返る。

 

「僕は神様だよ!」

 

 笑いのツボを押されたリューが必死に口を押さえ、肩を震わせて堪えたのは彼女だけでの秘密である。

 




閲覧ありがとうございました。
これでTVアニメ本編を終わります。
次のOVAで最後です。

身体能力を強化するポーションはあるという事にして下さい!(土下座)

ライオスはランクアップし、スキル『悪食』を発現させました。


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OVAのアレ

閲覧ありがとうございます。
タイトルがわからなかったので、適当に付けています。

これにて完結です。


 

 タケミカヅチ・ファミリアにはトシローという冒険者がいる。彼は優れた剣士であり、迷宮には鍛練の為に降りていると言っても過言ではない。

 出自については語らないが、物腰や振る舞いから良い家柄の出だと桜花でも理解出来た。

 同じファミリアながらパーティーを組んだ事がなくても、桜花とトシローはそれなりに信頼関係を築いている。

 

「おまえ、シュローって呼ばれてるがなんでだ?」

「最近、組むようになったライオスがそう呼ぶ。俺の名は発音しにくいそうだ。……なかなか気に入った。桜花もそう呼んでくれて構わない」

 

 本人の希望もあり、ファミリア内でも彼は「シュロー」の名が浸透していった。それと同時に「ライオス」の名もよく聞かされた。

 聞かなくなったのは【ただのライオス】の悪評が広がった頃だ。

 誰とパーティーを組もうが、タケミカヅチは口出ししない。これは他の神々も同じだ。しかし、彼の神は一度だけシュローとその話をした。

 

「シュロー、仲間が大変な時に離れてもいいのか? 迷宮に潜るだけがパーティーではないはずだ」

「……あいつは、頭を冷やすべきだ」

 

 苦渋に満ちた表情からシュローの苦悩を悟り、神は追及しなかった。自然と皆も気を遣い【ただのライオス】について口にしなくなった。

 

 

 そんな事を思い出しながら、桜花は目の前にいるライオスを眺める。

 ライオスは今、ミノタウロスに一騎打ちを挑んでいた。

 しかも、これで10体目。

 

「ライオス、いい加減にしなさい」

「アスフィ、後一回だけ」

 

 18階層での激しい戦闘を終え、一行は休む間もなく地上へ向けて出発する。まだまだ体力を回復し切れていないが、神2人をいつまでも迷宮に居させるべきではない。

 だからといって魔物は一切手を緩めず、遠慮なく襲ってくる。

 十分に回復していないのはライオスも同じだが、さっきから必死に魔物を狩り続けている。しかも、特定の魔物ミノタウロスばかりだ。

 狙いは喰い損ねた肉のドロップアイテムである。

 

「ライオス、もう十分だよ」

「俺も怒るぜ」

「リリもう帰りたいです!」

「狩り過ぎは感心せんぞ」

 

 ベル、ヴェルフ、リリ、センシに文句を言われてもライオスは止めない。

 

「後一回だけだから!」

 

 ライオスは一向に引かず、独りで立ち向かう。

 

「いつも、あんな感じなのですか? 根性は認めますが……」

「……無理はよくない……」

 

 命が呆気に取られ、千草は本気でライオスの体調を心配する。

 

「この角、持って帰るんですか?」

「ちょっとでも稼いでおかねえと修理代も馬鹿にならねえだろ? 出来れば、俺も置いて行きたいけどな」

 

 リューの質問にチルチャックはミノタウロスの角を拾いながら、淡泊に答える。彼の言う「置いて行きたい」とはライオスを指していると桜花にも十分、伝わった。

 

「あー、また角だ! 後、一回だけ、本当にこれで最後だから!」

「いい加減にしろ、早く帰ってベルくんを休ませるんだ!」

 

 ヘスティアに怒鳴られてもライオスは止まらない。

 今のライオスは課金ガチャで狙ったアイテムが諦められず、次々と軍資金を投入するプレイヤーと例えたくなる姿だ。

 胸中で例えている桜花も意味が分からず、ため息を吐く。シュローに聞いただけでライオスへ勝手な偏見を抱いてはいけないと思っていた。

 

「だーめだ、こりゃあ」

 

 桜花がライオスに抱いた感情は「変人」の一言に尽きる。彼の心情を察してか、千草が腕を撫でてきた。

 

「あはは。んじゃ、さっさと次行こうか」

 

 笑みを崩さないヘルメスの一言でリューの手刀がライオスの首を襲う。無理やり気絶させられた彼をこのメンバーで背の高い桜花が渋々背負った。

 

「チルチャック、角、こっちにも分けて下さいね」

「てめえも魔石拾ってんだろ、そっちのと分けろ」

 

 お互いのバックパックを叩きながら、リリとチルチャックは交渉し合う。

 

「サポーターくん達はちゃっかりしてるね」

「「しっかりしているんです、んだよ」」

 

 ヘスティアが素直に感心すれば、2人から語尾の違う反論をされた。

 

「でも、さっきのミノタウロスもそうだけど、帰り道で肉とかのドロップアイテムないよね。人数が多すぎるから……なのかな?」

「そういえばそうだな、行きは大量に取れてたのに」

 

 ベルの疑問にヴェルフも真剣に考えるが、2人では答えが出ない。

 何故なら、ライオスが『悪食(グロスイーター)』を発動させない為に魔物への食欲を必死に抑え込んでいる。その結果『美食家(グルメ)』にまで影響して、欲しい部位が入手できないのだ。

 ふたつのスキルによる効果の相殺が起こっているなど、この場ではヘルメスしか思いつかない。

 

「まだまだ扱い切れてないってところか、どうするライオス?」

 

 愉快げに呟くヘルメスに対し、アスフィは怪訝そうに眉を寄せたが質問しなかった。

 

●○

「ライオス、起きて下さい」

「……ん、どした?」

 

 アスフィの声と頬をペチペチと打たれる感触で目を覚ます。首筋に妙な違和感を覚え、首の運動をしながら説明を受ける。

 ヘスティアが蹴った小石によって壁が砕け、未開拓領域を発見という。あるのは温泉のみ、魔物は一匹もいない。

 

「ああ、この匂いはお湯の香りか……」

 

 周囲を見渡すと女性陣は既に水着を手にしている。何故か、アスフィが持ち歩いていたらしい。原因はヘルメスに違いない。制裁を受けたと言わんばかりに神の顔はボコボコにされていた。

 

「なんですか、言いたい事があるなら言いなさい」

「いや、君の気苦労が覗えただけだ」

 

 急に涙目になるアスフィをライオスなりに労わった。

 

「疲れも溜まっているし、地上に戻る前に体を休めようってことになったんだよ」

 

 差しのべられたベルの手を取り、ライオスは視界の隅にいるチルチャックとセンシを一瞥する。

 

 ――実はこの場所にはアンコウ型の魔物がいる。温泉は冒険者を呼び寄せる餌なのだ。

 

 しかも、食事の姿勢になると温泉が衣服だけ溶かす成分に変わる。怒ったマルシルが大暴れして場所を丸ごと、魔法でぶっ壊した為にギルドへの報告は控えていた。

 二度目に訪れた時は場所そのものが見つけられず、安心していた。

 チルチャックは知っている場所か聞かれていないから答えず、センシは思う事があるのか沈黙を貫いている。

 

「反対だ、すぐに発とう」

「ええええええ―――!? どうしてですか、温泉ですよ!? しかも湯加減、塩加減、申し分なしの最高の一品です!」

 

 まっ先に命が情けない声を上げた為、他のメンバーは反論のタイミングを失った。

 

「迷宮は狡猾だ。油断させて、誘いこむ。中層からは特にそうだ。魔物の姿がないのなら、その必要があるからだ。ギルドに報告して安全を確認してから、またここに来よう。」

 

 これは本心だ。

 温泉のみでアンコウがいない可能性もある。またいたとしても、潜伏している最奥に行かなければ良い。

 いつになく真剣な表情と態度で言い放ち、ベルは深刻さを感じ取る。

 

「どうしたの、ライオス? そんな真面目な事言って、頭でも打った?」

「まるでベテランの冒険者みたいだよ、今の君」

 

 ヘルメスとヘスティアはライオスの変貌ぶりに動揺し、声を震わせる。

 

「神様、ライオスはベテランですよ」

「ヘルメス様、ライオスは変態ぶりさえなければ本当に有能な冒険者です」

 

 ベルとアスフィにまで擁護され、神々は吃驚仰天。彼女にまで黙っていた案件な為、追及されたくないのも理由だ。

 

「普段の態度をみれば、驚くのも無理ねえわな」

「それよりも、発つなら急ごう。喋っている間にも十分、休めた」

 

 チルチャックがからかい、センシは下してた荷物を背負うとした。

 

「ま、待って下さい! こんなに良い温泉は地上でも滅多に入れません! ここで入らねば、私は後悔します!」

「……命、落ち着いて」

 

 半ベソで訴える命を千草が宥め、彼女らにベルは情を湧かせる。

 

「ねえ、ライオス。女の子達だけでも入れてあげよう。僕らがちゃんと見張れば、魔物が出ても対処できるし」

「えええ! ベルくんも入ろうよ」

 

 今度はヘスティアまで駄々を捏ねだすが、ライオスの態度は変わらない。

 

「あ、あの……湯治って傷にもよく効くんです。せめて、桜花だけでも……」

 

 もじもじと指先を弄びながら、必死に声を出す千草にライオスは桜花を振り返る。簡単な処置しかしていない彼には、痛々しい包帯が目立つ。

 

「俺は平気だ。ここで無理に休む必要はない」

 

 ぶっきらぼうに返す桜花から、仲間への気遣いが感じられる。

 

「そうか、わかった。俺が見張るから入ってくれ。ただし奥には行くなよ。何があるかわからないからな」

 

 緊張を解いて笑うライオスに命が一番嬉しそうに、はしゃぐ。

 

「俺は荷物を見張る役。ライオスの言うとおり、油断はできないからな」

「では、遠慮なくリリは浸からせて頂きます。荷物、お願いしますね」

 

 言葉通り、リリはバックパックをチルチャックへ投げるように渡した。

 

「さて、わしは飯の支度でもするか」

「いや、センシは入れ。俺が背を流してやるよ」

「そうです、センシ殿。その頭髪は私めが整えて差し上げます!」

 

 ヴェルフと命がセンシの肩を掴み、水着に着替えさせようとする。

 

「センシくんの着替えは後、まずは女性陣からだよ」

 

 ヘスティアの号令で女性陣は岩場の陰に向かう。半脱ぎにされたセンシは命から解放され、ライオスの後ろでガタガタと怯える。

 

「ヴェルフ、無理してやるな」

「悪かった、センシ。つい調子に乗っちまって……」

 

 苦笑いしながら、ヴェルフはセンシへ詫びる。

 リューは湯治しない為、男性陣(ヘルメス)対策で見張りだ。

 

「今頃、あの岩の向こうでは美の共演が繰り広げられているんだろうねえ」

 

 待ち時間を持て余したのか、ヘルメスが嬉しそうに呟く。ベル、ヴェルフ、桜花は急に意識してしまい、気恥ずかしさでドキマギしてしまう。

 ライオスは周囲の警戒でそれどころではなく、センシは興味なく、チルチャックはヘルメスの下卑た考えにうんざりする。

 ヘルメスは反応のおもしろいベル達へ1人1人の魅力を熱く語る。

 

「生であの岩の向こうにあるかと思うと――」

「神ヘルメス。ヴェルフ達はまだまだ子供、仲間を異性として認識してしまえば、これからに支障が出ましょう。その辺にして下され」

 

 思春期真っ盛りの3人を気遣い、センシがヘルメスへ願い出る。

 

「ふー、しょうがない。わかったよ」

 

 ニヤついた笑みを解かず、ヘルメスは頭の後ろで手を組む。ベル達は安堵の息を吐き、必死に煩悩を払おうと頭を振るう。

 

「皆さんは……よく平気ですね」

「俺はそういうのパーティー解散の原因としか思ってねえから、煩わしいんだよ。センシは自分基準で俺達の保護者面しているだけだ。……ライオスは色気と無縁だしな」

(あのアンコウ、今の俺なら食えるな。けど、皆とも食べたいし……、マルシルは肝が良いとか……)

 

 ベルの質問にチルチャックは仏頂面で律儀に答える。確かにライオスは美の競演よりも、アンコウの身を欲していた。

 

「おまえ達には、まだ早いだろう。異性との事はちゃんと順を追って……」

「相変わらず、ドワーフは変に頑固だねえ」

 

 真剣な顔で説教しようとするセンシにヘルメスは乾いた笑みで返す。

 

「リリ助が好きだから、組まねえのか?」

「あいつとはポジションが被るだけだ。サポーターはパーティーに1人いれば十分だろ」

 

 からかうヴェルフへ冷静な対応をするチルチャックを見ながら、ベルは「リリが好きって部分は否定しないんですね」と胸中で微笑ましく呟いた。

 途中、ヘスティアの豊乳により水着の糸が切れるトラブルはあったが、ヴェルフの手腕によって無事に着替えを終えられた。

 

「神様のお役に立てて良かったな」

「どうも」

 

 今度はチルチャックがからかう。複雑な気分に駆られ、ヴェルフは正直に喜べない。

 ライオスもアンコウの潜む奥へ行く為、アスフィから水着を借りる。剣を構え、桜花の盾も借りた。

 着替えを終えた後、命に勧められて温泉への敬意を払う。どう考えても変としか言いようのない敬意の払い方だが、桜花と千草は呆れて彼女へツッコまない。

 

「俺は奥を見てくる。楽しんでくれ」

「では、私は皆さんの傍にいます」

「俺、寝てる」

 

 ライオス、リュー、チルチャック以外は天然温泉をさっそく楽しむ。

 楽しそうに水浴びならぬ湯浴びをする女性陣とは違い、男性陣はセンシを必死に洗う。髪や皮膚に滲み込んだ汗や汚れが頑固すぎて湯だけで取れない。

 

「これはちゃんとした石鹸で洗うしかねえ。なんつー剛毛」

「流石はドワーフ、髪まで頑丈か」

「痛い、痛い、地味に痛い」

 

 湯にも浸かっていないのに、ヴェルフと桜花は汗だくだ。

 

「チルチャックさーん、髪に良いポーション持ってませんか?」

「俺の専門外だ、リリ!」

「あー匂い消しならありますけど、足ります?」

 

 のんびりと答えるリリへチルチャックは手振りで了解を伝える。

 結局、センシの洗いを諦めて湯かけに届める。肩まで湯に浸かり、ようやく一息吐いた。

 

「無駄に疲れた」

「センシ、兜は取れよ。暑っ苦しい」

「散々、わしの頭を弄んでおいてその言い草!」

「……気持ち良いなあ、ライオスも入ればいいのに」

「ははは、まさか我が愛しのライオスにあんな一面があるとは思わなかったよ」

 

 今までいないかのように気配すらなかったヘルメスが当たり前のように、ベルの隣にいる。彼が声を発するまで気付かなかった面々はビックリして悲鳴を上げた。

 

「ヘルメス様も帽子を取らないんですか?」

「ん? まあ、俺のトレードマークだしね」

 

 その帽子がヘルメスのトレードマークだと今、知った。

 桜花は千草を呼び、ベルはヘスティアに呼ばれる。

 

「わしもライオスと奥へ行ってくる。おまえたちは絶対に奥へ来るな。いいか、絶対だぞ。ヴェルフ、神ヘルメスを頼む」

「おい、センシ……」

 

 ヴェルフの返事も聞かず、センシはさっさと水着姿のまま奥へ行ってしまう。神と2人きりにされ、一先ず口元まで体を湯に沈める。

 

「ヘファイストスも良い体つきしてるよねえ」

 

 唐突に聞かれ、油断していたヴェルフはぶっと噴き出したせいで湯を飲んでしまった。

 

「ごふっ、いやそんな風に考えた事……」

「本当に? 絶対? 一度も?」

 

 不敵な笑みで追及してくるヘルメスにすっかり動揺したヴェルフはあわあわと目を泳がせる。助け舟の如く、リューが葉っぱを小舟代わりにして漂ってきた。

 その手にはドングリを餌にして釣りだ。

 

「君のお眼鏡に叶う殿方はいるかな? 勿論、俺も含めて」

「それは意識している殿方という意味でしょうか?」

 

 自然とリューもからかいの標的だ。全く動じない彼女は間を置かずして答える。

 

「ライオスさんです」

 

 予想外の答えに硬直した2人を無視し、リューは聞かれてもいない理由を語り出す。

 

「あれはまだライオスがガネーシャ・ファミリアに所属していた頃です。酒を飲み交わしてお仲間と女型の魔物でどれが一番かという話しで皆がハーピィを選ぶ中で、彼はオークの雌を選びました。鼻筋が通り、目が大きく、歯並びが良く、柔らかなそうな口元、豊かな乳房に良い形をした尻……」

「それオークの雌の話だよね?」

 

 笑顔のままドン引きしたヘルメスに答えず、リューは明後日の方向を見つめて勝手に頷く。

 

「納得の行く説明を聞き、私は感銘を受けました。それからです。私がライオスを意識し出したのは……」

「それ好意じゃなくて、物珍しいって意味だろ?」

 

 熱い湯に浸かっているはずなのに、ヴェルフは心まで冷め切った。

 

「ライオスの意見があったから、見張りに回ったのか?」

「いいえ、私なりに勘が働きました。私の勘はよく外れるのですが、ライオスがあそこまで言うなら、残念ですが当たる確率は高いです」

 

 残念そうに見えないが、その口調は真剣そのもの。

 

「ライオスの考えすぎであんたの勘も外れりゃいいな」

「全くです」

 

 頭まで体を沈め、ヴェルフは息止めに挑む。その間、リューが見張ってくれたがいつの間にかヘルメスは湯から上がっていた。

 

 それぞれが湯を楽しむ中、ライオスは皆の声も聞こえぬ奥を進む。

 以前、見た景色と同じだ。

 岩場のあちこちに水晶のように輝く石は湯の蒸気に濡れ、淡い光を放つ。水源はわからないが、上から流れる小さな滝の音を邪魔する者もいない。

 

「ライオス、どうだ。アンコウは居そうか?」

 

 バシャバシャと音を立て、センシは追いつく。

 

「おそらく、この向こうだ」

 

 一見すれば、ここが最奥だ。しかし、餌となる冒険者が油断し切っているところで光を照らし、更に奥へ導く。経験者であるライオス達を警戒しているのか、まだ光は見えない。

 

「奴がおらんでも、わしは食事の支度をしよう。風呂の後は腹が減る」

「ライオスー、センシさーん」

 

 ベルが陽気に手を振り、ヘスティアは邪魔者を見る目つきで眉を寄せた。

 

「ベル、奥へは来るなって言ったろ?」

「心配症だな、ライオスくん? ここまで魔物は一匹もいないじゃないか。君も温泉を楽しみたまえ。まずは剣を預けに行ってはどうだい?」

「神様もこう言っているんだし、ライオスもちょっとくらい羽目を外しなよ」

 

 ベルは純粋に労わっているが、ヘスティアはどう考えても邪魔なライオスとセンシを追い払おうとしている。男女関係に疎いライオスでさえわかる。

 不意に思い付く。

 ここに無防備な態度で温泉を楽しむ女神と冒険者だ。しかも、丸腰。

 

「ベル、ヘスティア様を守れるか?」

「……うん、勿論」

 

 ベルの即答を聞き、ライオスは2人で実験してみる事にした。彼は魔法も撃てるし、対応はできるだろう。

 

「ちょっと待て、ベル1人では危険ではないか?」

「大丈夫です。センシさん、僕も伊達にLV.2じゃありません。神様を守ってみせます」

「ベルくん、僕の為に……」

 

 察したセンシは慌てて止めようとするが、ベルは自信を持って引き受ける。男前な彼の姿に愛を感じたヘスティアは感涙した。

 

「信じているぞ、ベル(囮になってくれ)」

「うん、任せて!」

 

 若干、話が噛み合わないと知りながら、センシはベルの真剣な態度に免じて口を挟むのを止めた。

 

 ぷかぷかと葉の上にいるリューと向かい合うヴェルフは瞑想して、湯加減を堪能中だ。

 

「ヴェルフ、飯を作る。手伝ってくれ」

「おう、奥はどうだった?」

「今のところ、大丈夫だ」

 

 ライオスの返事に納得し、ヴェルフはセンシと荷物番をしているチルチャックへ行く。しかし、リューは疑問を感じて瞬きした。

 

 岩場にもたれ、眠っていたチルチャックは物音で目を覚ます。センシとヴェルフが普段の服で鍋や包丁を用意し、残った食材をお湯で洗う。

 

「んあ? おまえら上がったか」

「うむ、わしらは風呂後の飯を支度する」

「やっぱり、鍋がいいよな。人数的にも」

 

 ウキウキと準備する2人の後ろから、ライオスも顔を出す。

 

「チルチャック、水をくれ。奥にいるベル達に渡してくる」

 

 耳を澄ませ、近くからリリの声を確認してからチルチャックは水筒をライオスへ投げ渡す。

 

「ありがとう、持って行ってくる」

 

 礼を述べ、剣を下げたまま奥の方角へ向かうライオスを見送る。けだるそうにチルチャックは起き上がった。

 

「リリー、その辺で食えそうな草を探すぞ。一緒に来い」

「ええー、そのくらい1人でやって下さいよー。しょうがないですねー」

 

 文句を言いつつも、さっさと湯を上がったリリはタオルで体を拭く。

 

「あれ、ベル様はどちらへ?」

「さあな、その辺で神様とイチャついてんじゃねえの?」

 

 ベルの所在を心配しつつも、リリはチルチャックと食材探しに専念した。

 

 奥へ向かうライオスに着いてきたリューは疑問を口にする。

 

「ライオスさん、貴方ここに来た事がありますね」

「……皆には内緒だぞ」

 

 全く顔色を変えないライオスを凝視し、リューはこの領域にいる魔物は彼でも対処できる程度だと理解した。

 

「最初に反対していたのをゴリ押ししたのは、こちらです。魔物が出た際は対処をお願いします」

 

 目を伏せて願うリューにライオスも気づく。

 

「君もここの異常に気づいていたのか……。でも、ここまで強行軍だった皆に疲れを取って欲しくて黙ってた……。悪いな、君の気遣いを俺は無視するところだった」

「お構いなく」

 

 危険から遠ざけるのは簡単だ。しかし、それでは冒険すらできない。

 

「ところで、あれは何かに攻撃されたのか?」

 

 地面にぐったりと伸びきった桜花へ千草は必死に水タオルをかける。アスフィと命は彼に構わず、それぞれで湯を満喫している。

 

「いえ、あれはただの湯当たりです」

「なんで湯当たりする前に上がらなかったんだ?」

 

 ライオスの疑問に流石のリューも一緒になって首を傾げ、通り過ぎた。

 

(……2人で奥へ? 色恋とは無縁の組み合わせですが……、何かを発見した? それならライオスはまっ先に私へ報告するはず……)

 

 一瞬だけ考え、アスフィは深呼吸して考えるのをやめる。帰還すれば、彼女が纏めるべき案件が山のようにある。

 今だけは団長ではなく、ただのアスフィとして湯治を楽しむ事にした。

 そして、この場所に関する情報料の計算も忘れなかった。

 

 ベルとヘスティアを置いてきた場所に戻ってきてみれば、誰もいない。

 

「ライオスさん、あれを」

 

 葉に乗った状態のリューが更なる奥行きを指差す。暗闇から赤い光がうっすらと浮かぶ。

 

「やはり、出たか」

 

 ライオスが呟いた瞬間、湯は赤く光沢を放ってその成分を変える。リューの手にしていたドングリが音を立てて溶ける。葉が溶け切るより先に彼女は湯のない岩場へ飛び移った。

 

「これは布や葉は溶かすが、剣や鎧は溶かさない。遠慮なく構えろ」

「それでブーツを履いて来なかったんですね、水着には気を付けて下さい」

 

 赤い光と自分との間合いを計り、リューは水面に足が付かぬように駆け出す。先陣を彼女へ任せ、ライオスも後を追う。

 案の定、異変に動揺したベルと全然、危機に気づかぬヘスティアが手を取り合っている。その2人を狙い、3匹のアンコウが天井から飛び出してきた。

 

「伏せて下さい!」

 

 リューの掛け声に瞬時な反応を見せ、ベルはヘスティアを押し倒す形でしゃがむ。鋭い一閃に斬りつけられ、アンコウは消え去る。突然の魔物に驚くがすぐに倒されたので、2人は安心した。

 湯に濡れたヘスティアの水着が大変な事になったが、ベルのシャツをすぐに渡した。

 

「……ライオスの読み、当たったね」

「まだだ、来るぞ!」

 

 岩場まで下がっても緊迫したライオスは剣を構え、赤い湯を睨む。先ほどより数倍巨大なアンコウが周囲の岩壁や天井を破壊しながら登場した。

 

「これだけデカいなら、肝も皆で食べられる分だけあるな」

「え!? これを食べる気かい?」

 

 舌なめずりするライオスは食欲をそそられ、ヘスティアはドン引きだ。

 

「でも、肝が出てくるとは限らない……!!」

 

 ベルが言い終わる前にアンコウの触手が襲いかかり、ヘスティアはリューが運んで避けた。

 

「ライオス、僕が通る道を作って!」

「わかった、トドメは任せる!」

 

 盾を構え、ライオスは触手を斬りながら突進する。彼に続いてベルも手に魔法の光を込め、斬り損なった触手を避けながら魔法の射程範囲と狙い所を探す。

 

「ライオス、肝が欲しいって事は口の中は避けるべきかな?」

 

 ランダムなドロップアイテムの心配をした瞬間、その隙を突いてベルの顔面に触手がブチ当たる。

 

「ぎゃあ、僕のベルくんがあ!?」

「神ヘスティア、落ち着いて下さい」 

「ベル、肝は気にするな! 取れないなら、また取りに来ればいい!」

「……お、おう」

 

 痛む頬を軽く撫で、左手への意識を高めてライオスの背を踏み台代わりに飛ぶ。

 

「ファイアボルト!」

 

 白いファイアボルトを真正面から受けたアンコウは内部から破裂し、魔石も残さぬ程の爆風が起こる。粉塵が消え去った後には、ライオスの両手でも抱えきれない肝が確かにあった。

 

「……やった、ドロップアイテムだ」

「肉や手足じゃなくて、内蔵物は初めてだね」

 

 何年も手に入らなかったかのような感動を覚え、ライオスは目に涙を浮かべる。

 

「もう終わっていたのですか……!?」

「きゃあ、ベル様(棒読み)」

「……!!」

 

 ようやく追いついたアスフィとリリ、命はライオスとベルの姿に言葉を無くす。彼らが手にしている肝……ではなく、下半身の部分だ。

 

「駄目、ベルくんのを見ていいのは僕だけ!」

 

 様々な感情で顔を赤らめたヘスティアは小さな体で必死にベルだけでも守ろうと奮闘する。

 女性陣の反応から気付いたベルは羞恥心で耳まで真っ赤になり、ちゃっかり盾で身を隠すライオスの後ろへ隠れる。

 

「ずるいよ、ライオス……?」

 

 見るとはなしにライオスの下半身を見てしまう。半分、溶けかけた下着の隙間から、アレではない何かが見える。

 

「それ、何?」

 

 ベルに指を指され、ライオスも視線を下げる。

 

「ああ、これは○ン○カバー。ベルは付けてないのか? パンツの下に付けておくんだ。男には必需品だぞ」

「へえ、確かにあると便利だ。これどこで売っているの?」

 

 盾で大事な部分を隠しながら、指を指して会話し合う2人に女性陣は見当違いの妄想を膨らませる。

 

「大きさでも比べているのでしょうか?」

「ベ、ベルくんが穢れた大人に……」

 

 命が耳まで真っ赤に染め、場を取り繕うとするが失敗だ。ヘスティアは半ベソで嘆き、アスフィは目を逸らす。

 聴覚の優れたエルフと獣人に変じているパルゥムの2人は大まかに会話が聞こえ、無言。

 リリに着替えを貰い、ライオスとベルは事なきを得た。

 

「他の連中はどうした?」

「センシ殿とヴェルフ殿は調理中で手が離せなくて、桜花殿は動けず、千草はその看病で……チルチャック殿はヘルメス様の護衛として残りました」

 

 命の説明を聞き、チルチャックは面倒がって残ったと察した。

 

 くしゃみをしたチルチャックをヘルメスは小気味良く笑う。

 

「なあ、センシ。俺達は行かなくてよかったのか?」

 

 火加減を見ながら、ヴェルフは奥の方角を見やる。温泉が布だけ溶かす成分に変わり、奥へ行ったメンバーが心配だ。

 

「わしらは疲れて帰った皆に美味い飯を用意する。そういう役割だ」

 

 そわそわするヴェルフを宥め、センシは鍋に食材を投下していく。

 

「大量だぞー♪」

「おー、肝か!」

 

 ライオス達が持って帰ってきたアンコウ肝は予想以上に大きく、ヴェルフはドン引きしたが、センシは心から喜んでいた。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 命が見事な土下座で謝罪している中に、センシ特製のアンコウ鍋の完成だ。

 

「おお、まさか……アンコウ鍋を食べられるなんて……」

「魔物の肝か……」

「体力つける」

 

 出来たての鍋に感動し、命は謝罪モードから感激モードに切り替わる。ようやく意識を取り戻した桜花は起き抜けの鍋に抵抗を示し、千草は竹筒で出来たお椀でよそう。

 

「俺も食べるの? ライオス、俺の分も食べなよ」

「ヘルメス! ベルくんがその身を犠牲にして獲ってきた食材が食えないってのかい?」

 

 逃げようとしたヘルメスにヘスティアはお椀を付きつける。

 

「残った部分はギルドで換金するか……」

「そうじゃな。即興でも上手くいったが、まだまだ研究は必要だ」

 

 センシは皆にお椀を回し、ヴェルフは残った肝を丁寧に布で包む。

 

「ねえ、チルチャック……なんでもないです」

「そうかよ」

 

 リリはチルチャックのお陰で、水着が溶かされる災難から逃れた。それは彼の機転で助けられたが礼を述べても、はぐらかされそうなのでやめた。

 魔物の臓物入りの鍋、見た目だけならそうは見えない。アスフィは自分に回ってきたお椀を眺める。これを市場に出せばマニアに高く売れる。そんな計算も含め、思考する。

 

「アスフィ。俺との約束覚えているか?」

 

 目を輝かせて問うてくるライオスにアスフィは眼鏡の真ん中を押し上げる。彼がLV.4になった時、ドロップアイテム化した魔物の部位を食べる約束だ。

 

「覚えてますよ、残さず食べますから安心しなさい」

「そうか、嬉しいな」

 

 好物を前に「待て」を強いられる犬のようにライオスは我慢している。

 

「皆にお椀回ったね。それじゃあ、頂きます!」

 

 リューにお椀を回したベルの号令で皆、一斉に口付ける。

 

「美味しー、これが即興で出来た鍋の味ですか!? 本当にここは迷宮なのですか!?」

「命、うるさい」

「体、あったまる……」

 

 大興奮した命が目を輝かせ、高らかに吠える。汁を舌で味わっていた桜花が流石に注意した。

 

「あ、思ったよりイケる。ふうん」

 

 意味深に笑い、ヘルメスはお椀を一気に飲み干した。

 

「ふむ、やはりキノコが欲しかったな」

 

 センシはより美味しくなる方法を模索する。

 

「御代わりを所望します」

「自分でよそえって、甘えん坊が」

 

 リリにお椀を押し付けられ、チルチャックは渋々とよそう。

 

「本物のアンコウもこんな感じかな……」

「俺、アンコウって見たことねえんだけど、どんな姿だった?」

 

 ベルとヴェルフが話を弾ませる隣でリューは黙って御代わりをよそう。

 言葉を述べずとも、皆、色々な反応を見せて鍋を楽しんでいる。それを眺めながら食べる事が一番、美味しいとライオスは思う。

 

「美味しいですよ、これ」

 

 ライオスにしか聞こえない小さな声でアスフィは感想を述べた。

 

「ああ、顔を見ればわかるよ」

 

 急にライオスは思いやりのある笑顔を見せ、アスフィはちょっとだけ胸が高鳴った。

 

●○

 第一層までくれば地上までは目と鼻の先だ。

 

「すっかり遅くなっちゃったねえー♪」

「そりゃあ、あそこでゆっくり飯食ってたらねえー」

 

 ヘスティアとヘルメスは他の冒険者に気づかれぬ為に、フード付きマントで身を隠す。

 

「あれは……シェロー?」

「知っている人?」

 

 ライオスが呟き、ベルは命達と似たような服装の剣士に気づく。

 

「シェロー、来てくれたのですか!」

「まさか、ここで待っていたのか?」

「……1人?」

「……随分と大所帯だな」

 

 命、桜花、千草が親しげに話しかけても、シェローは胡散臭げに一行を眺める。彼の態度に慣れているらしく、怒る者はいない。

 

「彼はシェロー、タケミカヅチ・ファミリアの冒険者だ。以前はよく組んでくれたんだ。ここだけの話、桜花より腕は立つ」

「聞こえているぞ」

 

 率直かつ丁寧に教えるライオスへ桜花はわざとらしく咳払いしながら、答える。

 

「シェロー、久しぶりだな。この前、倒れていた俺を本拠(ホーム)に運んでくれたって聞いた。ありがとう」

「……ああ、ついでだ」

 

 挨拶と共に礼を述べるライオスに対しては、何処か線引きをした態度だとベルにもわかる。

 

「あの僕はベル・クラネルです。命さん達にはお世話になりました」

「事情は聞いている。さきに戻ったロキ・ファミリアの遠征組に知り合いがいて、そいつから無事は確認していた。桜花、命、千草、彼らをキチンと本拠まで送り届けろとタケミカヅチ様からの言付けを賜った。だから、俺はもう帰る」

「伝言の為か、わざわざ、すまん」

 

 桜花の礼を聞き、シェローは一行へ会釈して背を向ける。

 

「シェロー、今度一緒に飯を食おう。是非、シェローに食べて貰いたい食材を手に入れたんだ」

 

 傍から聞けば、普通に食事の誘い。しかし、シェロー以外のメンバーはその食材の正体を知っている為、ライオスの発言に肝が冷える。

 

「今はまだ、おまえとそういう気分になれない」

「そっか……」

 

 抑揚のない声で返され、ライオスは心底、ガッカリする。

 

「おい、そんな言い方……」

「待て」

 

 咎めようとしたヴェルフをセンシが宥める。

 

「最近、良い酒が手に入った。いずれ、酒を酌み交わそう」

 

 決して振り返らず、不確かではあるがライオスには嬉しい誘いだ。

 

「ああ、その時は俺がツマミを用意するよ」

 

 ライオスの返事を聞き、シェローは行ってしまう。

 

「そのツマミは是非、『豊穣の女主人』にてお求め下さい」

「ああ、そうか。その手もあったか」

「ええ、まさか今回の戦利品を食べさせる気だったの?」

 

 リューの提案を聞き、ライオスは迷う。ヘルメスはいきなり魔物の部位を食わされるシェローを憐れんだ。 

 昔馴染みと酌み交わす酒の味が如何に美味いかがベルにはまだ、わからない。自分の知らぬライオスを知っているシェローに少しだけ妬けた。

 

「勿論、ベルくんも連れて行くんだろ?」

「か……、いいえ、僕……」

 

 ヘスティアの強い声にベルが吃驚する。

 

「おい、リリはまだガキだ。茶だけにしておけ」

「え!? リリ、強制参加ですか?」

 

 チルチャックの当たり前のように述べ、リリは思わず大声を上げる。

 

「いっそ、ヴェルフがツマミを作って行くというのはどうか?」

「センシがサポートしてくれるなら……」

 

 センシの思いもよらぬ思いつきにヴェルフは自信無げに答える。

 

「貴方が大変な時に離れた元メンバーに教えて差し上げなさい。貴方に付き合っていける今のメンバーの凄さを」

 

 アスフィの念押しにライオスの視線がベル、リリ、ヴェルフへと向けられる。

 

「ああ、是非一緒に来てくれ、紹介するよ」

 

 穏やかに微笑むライオスに3人は照れ笑いを見せた

 

「そうだ、仲間と言えば……アスフィ、それにヘルメス様。これを機会にヘスティア・ファミリアへ改宗(コンバーション)したい。今度の活動を考えるなら、そのほうが俺にとって都合が良い」

「げえぇ!!」

 

 良い閃きと言わんばかりのライオスにヘスティアは本人を目の前に悲鳴を上げ、チルチャックとリリは憐れんだ視線を女神へ向ける。

 女神の悲鳴を気にせず、己の主神と団長の反応を待つ。

 

「うん、駄目」

「寝言は寝てから言いなさい」

 

 笑顔のままヘルメスは腕で「×」を作り、アスフィはブチ切れんばかりの険しい顔になる。

 

「良かったー」

「神様……」

 

 またも本人を前にヘスティアは安堵の息を吐く。ライオスは気にも留めていないが、ベルが困った笑顔で女神を窘めた。

 

「俺はヘルメス様に改宗してから、一年経ってなかったか?」

「そういう問題ではありません! 貴方という人は易々と改宗できる身分だと思っているのですか! 帰ったら、その辺を詳しく説明する必要がありそうですね」

 

 ライオスは純粋に疑問を感じて首を傾げ、それにアスフィはついにブチ切れる。彼の背を無理やり押し、さっさと歩かせる。

 

 その後、本拠に帰ったライオスは一晩中、アスフィから説教を受けたのは言うまでもない。

 




ゲド「彼らの冒険は続く!」
カブルー「ご閲覧ありがとうございました!」
リン「なんで貴方達が締めるのよ!?」


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