青と赤の神造世界 (綾宮琴葉)
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序章
第1話 神様に出会ってしまって


 この作品は、2012年3月のにじファン規制で一度削除した移転作品になります。
 作中では神霊的な独自解釈と一部の原作改変がありますが、基本は原作沿いでクロス設定は使いません。また警告タグにある様に一部の方に苦手な表現が出る話もあります。

 移転に当たって当時の文章に加筆・改訂及び、追加した話があります。同時に文字数が少なかった話、繋げられる話は纏めてあります。そのため話数番号が変わっている話があります。
 ストーリーは複数視点で進行していきます。メイン主人公一人が完全な主人公ではありません。また原作の呪文詠唱を基にしたオリジナル魔法を使っています。
 にじファンでは学園祭編まで小説形式で連載して、規制発表後はダイジェスト版で完結しました。そのため魔法世界編からは清書する分だけ更新時間が遅くなります。


「――と、言うわけだからお前らには転生してもらう!」

 

 ……いきなり何を言っているのかな?

 

「拒否しても良いが、その場合は魂を浄化して記憶は消去。輪廻の輪に戻ってもらう」

 

 気が付けば周りは地平線が見える程の大草原で、そこの小さな泉の前に私達は寝転がっていた。そして起き抜けから、随分と横柄な態度で筋肉質の男が怒鳴るような大声で説明をしている。彼は白いシャツとズボンだけの服で、褐色の肌で金髪青眼に笑顔を浮かべている。

 と言うか転生と言っているあたり、私達はすでに死んでいる、と言う事?

 

「やっべぇ! 転生キター! チート特典とかあるんだろ!?」

「これってあれよね! 好きな能力もらい放題よね!?」

「ママ~? パパ~? きまらないよ~?」

「特典……、しかし状況しだいでは――」

 

 目の前の男性は『神様』……らしい。と言うかチート? それって『最強系』とか言うやつなのかな? まさかこんな機会が巡ってくるなんて人生分からないなぁ~。

 って、あんな小さい子まで居るの!? 転生とかチートとか言っても理解出来ないんじゃないかな?

 

「チートも無敵も不老不死でも何でもありだ! もちろん原作介入もOK!」

「原作ってなんだよ? まさかマンガとかゲーム!? 魔法とか撃ちまくり!?」

 

 えっ? ちょっと待って! そんな事したら話がメチャクチャになるじゃないのかな?

 

「ちなみに原作で起きた大きな事件は必ず起きる。妨害しても修正力が働くからな!」

 

 ――っ!? 考えていた事が! もしかして心を読まれた!? あ、説明の続き?

 

「ただし! 持てる力にも限界があるからな! 魂の強化はしてやるが、既存の生物をあからさまに無視する事は出来ない! 好きな様に考えて決めてくれ!」

 

 ともかく考える余裕はありそう。あんな小さい子を放って置くのも目覚めが悪いし、声をかけてみようかな?

 

「転生先の世界は『魔法先生ネギま!』変更は認めない!」

 

 ね、ネギま!? 読んだ事はあったと思うけれど。結構危ない世界だった様な? 普通に考えたら学生に混ざったり、魔法使いの弟子になったり……。あ、それよりもあの子を何とかしないとね。

 

「それじゃ! 魔力はナギの倍! 気はラカンの倍! 不老の超命種でよろしく!」

 

 あの人もう決めてるよ。そっちは放っておいてっと……。

 

「(ねぇ、ちょっと良いかな? ――っ!?)」

 

 え、あれ? こ、声が出ない!? と言うか体も動かないんですけど!? これってヤバイ気がする。それにそもそも、私はどうして死んだんだろう? ここに来る前に何をしてたのかも思い出せないし、頭もぼんやりする……。どうしよう!?

 

「よし決まったな! じゃぁ泉に飛び込め!」

「おっし! 行くぜ!」

 

 そう言った男子学生が、なかなか爽快な音を立てて飛び込んでいく様子が見えた。うう、こんな短時間で決めていってしまうなんて、何も不思議に思わないのかな? 自称『神様』を良く見ても何か解るって事もないし、必死に違和感の理由を考えても纏まらない。

 考えている間に気が付けば、他の人は次々と飛び込んで行き、私だけになっていた。

 

「さてあとはお前だけだ! 転生するつもりが無いのなら、輪廻に戻ってもらうぜ?」

 

 そ、それはイヤ! なんとか話を聞かないと!

 

「あ、あの、質問はしても良いですか?」

 

 とっても笑顔が眩しい筋肉な自称『神様』。もうマッチョ神で良いや。それに恐る恐る聞いてみる。

 

「よかろう! 何が聞きたい!」

 

 よ、良かった。まだセーフみたい。違和感もそうだけれど、いつどこでどんな風に生まれるのか聞かないと!

 

「ええと、『ネギま!』の世界に転生するのは分かったんですけれど、原作のどの時代とかどこで生まれるか、どんな種族とかはそういう予備知識? とかが聞きたいのですが」

 

「おぉそうか! つまりお前は俺様の暗示が効いてないんだな!」

「…………えっ!?」

 

 暗示っ!? ちょっとまって暗示って、何……。

 

「そうかそうか、さっきから妙に考え過ぎるやつだと思っていたが、なるほどな!」

 

 そう言うとマッチョ神は口角を吊り上げて『壮絶な笑み』という類を見せてきた。って言うか、眼が笑ってないよ! こ、これってかなりヤバイんじゃないかな!?

 

「さっきから余計な事ばかりしようとしてるのが眼についたからな! 黙らせて動けなくしていたんだが、なかなか楽しめそうだ!」

 

 これは洒落にならない状況ってやつ? しかも体が動かないし、声も出ない。いや震えて何も出来そうにないんだけれど。

 

「というわけだから、お前は部下決定!」

 

 部下!? 部下ってどういう事!? もしかして助かったのかな? でも、マッチョ神の部下ってそれはそれで凄くイヤな予感がするんですけれど。

 嫌だけどもう一度マッチョ神の顔を見てみると……。ニヤニヤ笑いに変わっていて、嫌な予感がどんどん加速していく。

 

「まずお前に『神核』を入れる! これは神、あるいは天使や眷属である証明だ!」

 

 ……『神核』って何? と言うか天使? 普通に転生すら出来ないという事かな? 考えている内に、マッチョ神の右手から良く分からない色の光の玉が出てくるのが見える。

 

「これが『神核』だ! 飲め!」

 

 えっ? 飲めって、どうやって!?

 

「早くしろ! 口をあければ勝手に入る!」

 

 うぅ。仕方が無い。このまま輪廻の輪に飛ばされるよりはましの様な気がするし、聞けなかったことも部下って事は聞ける機会もあるよね?

 とりあえず両手でマッチョ神の右掌に浮かぶ光の玉を受け取ってみると……。あ、何か普通に持てた! 後は口元に持っていけば良いのかな?

 

「ごあ……。ぐぐぐぅ」

 

 なんだか女子失格な声が洩れたけど、それでも光は一向に動こうとしてくれない。

 

「こうやるんだ!」

 

 そういうとマッチョ神が、思いっきり口に光の玉を押し当ててくる。苦しいってば!

 

「げほ! ごほごほ!」

 

 思いっきり咳き込みながら光を飲み込んでしまった。と言うか、何の味もしないんですけど! せめて甘ければ! 光に甘いって無茶かなぁ~。

 

「よし! じゃあ逝って来おぉぉぉぉい!」

「――え”ぇっ!?」

 

 そう言って考える暇もなく、私の身体を持ち上げると泉に向かって放り投げた。景気良くバシャアァァァァンと激しい水音を立てて、私の意識は暗転していった。

 

 

 

「あはは、ここってどこかな~?」

 

 周囲を見渡してみると……回りは海。足元は岩場。以上。いきなりハードモードですか? せめて何か下さい。部下じゃなかったんですかマッチョ神。

 

「うむ! またせたな!」

「ひゃあぁぁぁ!」

 

 唐突に背後から声がかかり、驚いて振り返ってみると、マッチョ神。もしかして意外と良い人(?)なのかな? と、とりあえず聞くだけ聞いてみないと!

 

「えっと、質問の続きってして良いですか?」

 

 ダメかもしれないけれど、とりあえず聞いてみよう。聞かないよりはましだよね?

 

「よし! 『神核』はちゃんと機能してるな! これから転生特典だ! ちゃんと受け取れよ!」

 

 ダメだった。このマッチョ神、全然人の話を聞いてないよ。あれ……? と言うか、今の私って人間なのかな? 私の中で『神核』とか言うのが機能してるって事は、人間じゃなくなってるのかな? 全然実感が沸かないんだけど。

 

「■§※★∴⇒∇△◎※%◆!」

 

 うん、もはや理解不能。相変わらず何を言いたいのかまったく分からないマッチョ神だよね。とか思っている内に、海がまったく波立っていない事に気が付いた。

 

「何、これ……」

 

 思わず呟いてしまうくらいおかしい。しかも海どころか世界中から色が失われていっている。白と黒だけの世界になったところで、マッチョ神はまた私の身体を持ち上げた。

 

「全ての光と闇の精霊ども! 貴様らの神が命令する! こいつと、混ざれ!」

「――えっ!?」

 

 せ、精霊って、しかも全部!? ってなんか変なの来た! あちこちから白い尾を引いた光の玉と、黒い残像を残しながら闇色の玉が迫ってくる。

 

「ちょっと! 何するんですか!? マズイんじゃないんですか!?」

 

 もはや完全にパニック状態。いくら天使(?)だか部下だかになったとしても、全部とか正気かと疑うよ! そうは思っていても、視界はもはや白と黒とマッチョ神だけで……。うぅぅ、なんて嫌な光景。あ、意外と余裕あるなぁ……。

 

「問題ない! 世界の時間は停止済み! 地球と火星に行き渡らせるための神力も十分だ!」

 

 世界の時間は停止って、伊達にマッチョじゃなかったんだ。そんな事を考えている間に、どんどん私の手足の端から光と闇が入り込んでくるのが分かる。

 

「あぐ! やめて……あっあぁぁァァァ!」

 

 痛いっ! 他の感情、思考が追いつかない。手足が砕けて再生してまた砕ける。手足が一通り砕けて再生したら次は胴体。頭。そして魂。意識を失うことも出来ず、集まった精霊の気配がなくなると同時に、私の身体も心も光の粒子となって空気中に溶け消えていた。

 

 

 

 

 

 

 ――――。 ――――――――。

 

 

 ――――――――――――!

 

 

「――光の精霊3柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 光の3矢!」

 

 

(『声』が聞こえる……)

 

 

「――魔法の射手! 闇の21矢!」

 

 

(”誰か” に……呼ばれた様な……)

 

 

 ――――! ――――――!

 

 

「――影の精霊7柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 影の7矢!」

 

 

(――私を、……呼んでるの?)

 

 

 ――――――!

 

 

「――光の精霊101柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 連弾・光の101矢!」

 

 

(――やっぱり、私を呼んでいる。デモ、ワタシッテナニ?)

 

 

 

 

 

 

「セフィロト・キーの適応完了……。『リライト』!」

 

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえた瞬間から、急に目の前が晴れてきた……。ここって、何処だっけ。

 

「ごめんなさい! 大丈夫!? 意識はある!?」

 

 誰だろう……。随分と心配してるみたいな声が聞こえるけど。

 

「再構成は問題なさそうだけれど、どうも意識がはっきりしてないわね……」

 

 ……再構成って? ……何の事?

 

ごす!

 

「いったぁぁぁぁぁぁぁぁ! いきなり何するの!?」

 

 痛すぎるっ! 何この人いきなり殴るなんて! しかも何か大きなハンマー持ってるんですけれど! でもこんな痛みってあのときに比べたら……。

 

「って、あの時……? ――あっ! ああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

ごす!

 

「痛っ! 痛いってば!」

 

 痛みに耐えつつ叩き続けてきた人を見てみと、何かすごい美人が居た。フラメンコみたいな情熱的で真っ赤なドレスに黄金の長い髪と碧眼、それに白い肌が栄えて本当に綺麗に見える。でも……その格好にハンマーは似合わないってば!

 

「やっと気がついたわね。めんどくさい事になってるけれど、結果的にOKよね!」

「OKじゃないです! 何ですかいきなり!」

「助けてあげた割りには随分じゃないの?」

「え!?」

 

 助けてあげた? 誰を? 私? 助けるって何から……。

 

「馬鹿マッチョからよ」

 

 って、心読まれた!? またなの!

 

「まずは謝罪ね。本当にごめんなさい。二重の意味で貴女には迷惑をかけてしまったわ」

「二重ってどういう意味ですか?」

 

 とりあえず、マッチョ神が一つ目なのは間違いなさそうだよね。もう一つは何なのかな?

 

「二つとも馬鹿マッチョよ」

 

 また心が読まれてる。……気にしたら負けかな?

 

「大丈夫、きちんと説明するわ。まずは一つ目ね。それは死者の魂が輪廻へ向かう時に勝手に連れ去った馬鹿の事よ」

 

 勝手に……? あの転生っていきなりだと思ったけれど、そんな理由があったんだ。

 

「それから二つ目は、あいつが勝手に天使にした上に、セフィロトを使わざるを得ない状況になってしまったこと」

 

 あ~~。やっぱり天使にされたのってまずかったんだ。そりゃ人間がいきなり天使とか神様とかになったら大変そうだものね。

 

「残念ながらすでに下級神よ」

「え~」

「え~、とか言わないの!」

 

 でも下級神といわれてもねぇ、実感も無いし。って心読まれ……しまった、また負けた。

 

「ぶっちゃけ貴女が天使になっててもそこは問題ないのよ」

 

 問題ないんだ? じゃぁ、どこが問題なのかな?

 

「馬鹿マッチョが創造したこの世界は、彼の『神核』で維持していたけれど、すでに処罰により彼は消滅しているのよ。けれども生まれてしまった世界自体を消すことは誰であろうと重い罪、世界を消さないためには馬鹿マッチョの眷族である貴女の『神核』を活性化して、管理を手伝ってもらうしかなかったのよ」

 

 ちょっと待って。相変わらず嫌な予感しかしないんですが、拒否権もなさそうだし。

 

「無いわね。さっきも言ったとおり世界を創造したら管理するのが神の義務。不条理ながら貴女にはすでに義務が発生しているわ」

「え~」

「え~、言わない!」

 

ごす!

 

「痛ったい!」

 

 ハンマーループですね、分かります。って、そんなこと言ってる場合じゃなくて……。それにしても世界の管理かぁ。私の感覚だと、ついさっきまで学生だったのに無茶振りするなぁ~。

 

「あと『セフィロト・キー』の説明が必要ね」

「セフィロト・キー?」

「そう、セフィロトね。生命の力が乗せられれば何でも良かったんだけれど、この世界との相性の問題でね。鍵の形で『リライト』って魔法で再構成するのが一番適応しやすかったのよ」

 

 リライト? それって、この漫画の世界で出て来たのかな?

 

「そうね。問題はセフィロトの力は一つの魂に対して、生涯に一回しか使えないって事よ。分解された貴女を早期に再構成するには手っ取り早かったから。と言うのと、馬鹿マッチョの『神核』のエネルギーを受け止める器まで一気に成長させる必要があったって事かしら」

 

 何ぃぃぃぃ! 私、マッチョ神を取り込だの!? それは生理的に無理! キモ過ぎる!

 

「拒否権は無いわよ」

 

 ……ですよねー。

 

「彼の人格は消滅して純粋な神力だけだから安心しなさい。再構成したついでに神格も上がったことだし、天使名もすでに命名しておいたわ」

 

 え、ちょっと待って。展開速すぎませんか!?

 

「光と闇の精霊の影響で銀色だらけになっているから、貴女はシルヴィアよ。階級の権天使(アルケー)をミドルネームに、その体は精霊の集合体だから精霊信仰の『アニミズム』からとって、シルヴィア・A(アルケー)・アニミレスよ。頑張ってねシルヴィアちゃん♪」

 

 なんですとー!?




 2012年10月9日(火) 一話前の「はじめに」のページを、一話の前書きに纏め直しました。
 2013年3月11日(月) 前書きを若干修正。記号文字の後にスペースを入力。無駄な改行の削除、及び地の文等を中心に若干の加筆をしました。話の展開は変わりません。

 改訂作業において、アラビア数字と漢数字が混在するのは悩みましたが、読みやすさを優先して、原作に沿って呪文詠唱と、西暦等読み難くなる文字に限りアラビア数字にします。以後の改訂も同様にします。


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第2話 そろそろ説明してください

「じゃぁまずはこれを渡しておくわ。あと貴女の管理者としての使命もあるからきちんとこなしてね」

「……本?」

 

 そう言って手渡されたのは、ハードカバーの洋書みたいな焦げ茶色の渋めな本。表紙と背表紙には金色の装飾があってとっても高そうに見える。それは良いんだけど、転生の説明は無しなのかな? 聞きたい事もあるんだけど……。

 

「なにかしら?」

 

 そろそろ心を読むのを止めてください! とりあえず順番に……かな?

 

「えぇと、私の他にも何人か居たと思うんですけれど? 小さい子とかも居たし流石に私みたいな事になっていたら可哀想だなぁって……」

 

 成人してた人も居れば同い年くらいの人も居たんだよね。でも流石に子供は放っておけないよね。

 

「それも使命の一つね。あなたの使命は大まかに三つあるわ」

「三つですか?」

「えぇ、そうよ」

 

 この世界の管理が一つ目だよね。あの子を助けるのも使命みたいだし、あと一つは何だろう。

 

「順番に説明するわ。まず一つ目はこの世界を存続させる事。天使として信仰を集めて置く事をお勧めするわ。信仰がなくても死にはしないけれど、今の時代ならヨーロッパに行くのがお勧めね」

 

 信仰!? 生き神様として崇められろと……。そんな器じゃないと思うんだけどな~。

 

「次に二つ目よ。これは『セフィロト・キー』で貴女の他の転生者の『枷』を外す事ね」

 

 二つ目が『枷』? あの子にも何かされているって事かな?

 

「そうね。転生者は貴女を含めて全部で五人。まだ他の子は生まれていないわ。最初に生まれるのは約二百年後で、場所は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)ね」

 

 魔法世界……? それって何かファンシーな所だったりするのかな?

 

「随分かけ離れたイメージをしているみたいだけれど、割と現実的で危険な世界よ」

 

 あぁ、やっぱり。マッチョ神め……。

 

「そこは原作の問題ね。ちなみに貴女が付けられていた『枷』は『不条理』だから」

「えっ!?」

 

 不条理!? どういう事なのマッチョ神!

 

「そもそも彼がどうしてこんな事をしたかというと、暇だったらしいのね」

 

 暇つぶし~~!? そんな理由で巻き込まれたの!?

 

「まぁ早くに亡くなってしまった貴女達が幸運を掴んだとも言えるし、運悪く巻き込まれたとも言えるわね」

 

 うん、決めた。なるべく人助けをしよう。不条理を押し付けるのは良くないよね。あ、でも何処かの誰かが善意の押し付けは要らないって言ってた様な。だれだっけ?

 

「それで転生者達を探して、『セフィロト・キー』で大まかな『枷』の取り外しと再構成をする事。彼が見て楽しむ為に行われた転生だから、要望に対して曲解、あるいは歪な形で取り付けられているわ。さしあたって二百年後に生まれてくる子もそうなっているはずよ」

 

 なるほど~。まずはその子の『枷』外しかな。うん、頑張ろう!

 

「転生の時にかけられた『枷』は、さっき渡した本を本人の前で開けば分かる様になっているわ。近くに行けば本が反応するから、それで探すことね」

 

 ふむふむ。どんな『枷』を付けられたか想像したくないなぁ~。やっぱり不幸とか?

 

「それから再構成時には、言語の早期習得能力を付けてあげなさい。貴女には再構成の時に英語はもう”覚えさせた”けれど、殆ど日本人ばかりだったから無いと苦労するわよ」

 

 あっ! そんな事も出来るんだ! 確かにそれは重要だよね~。ヨーロッパにこれから行くみたいだし、英語とか中高生のテストをやり過ごせるレベルしかないからね。

 

「それじゃぁ三つ目ね。地球に関しては彼が光と闇の属性を貴女に集めてくれたおかげで、幸いにも命の循環に影響は無いわ。『神核』を押し付けてそのまま傍観するつもりで居たみたいね。問題は火星にある魔法世界よ」

 

 火星!? 魔法世界って火星だったんだ……。それよりも火星に行くなんてロケットとか? そんなの作れないし、持ってる国にお世話になるしか無いのかな?

 

「魔法世界へ行くための転移ゲートが世界のあちこちにあるから問題ないわ。特に熱心な宗教関係者には魔法使いが関わっているから、信仰集めには持って来いよ」

「え~……」

 

 それって、やっぱり天使様を演じろって事だよね? 騙すようで気が引けるなぁ~。

 

「だますも何も天使じゃないの」

 

 う……、そう言えばそうでした。うーん、とりあえずはヨーロッパに行って……。

 

「思考が逸れているみたいだけれど、魔法世界での最終的な目的は『造物主』の持っている『グレートグランドマスターキー』を食べる事。取り込むとか、摂取するとか、まぁ手に入れれば何とでもなるわ」

 

 食べる? 鍵を? 光の玉といい精霊といい、何だか変なものばっかり食べてるよね……。いい加減普通のご飯が食べたくなって来るんだけどなぁ。

 

「食べるというのは物理的なものではないわ。比喩。私達神族にとって人間的な食事のイメージは持たない方が賢明ね。食事は出来るけれど食べた傍からマナに還元されるから、消化とかは無縁ね。それから、物語の大きな出来事は必ず起こるわ。だから西暦2003年の夏に魔法世界で大きな戦争があるのだけど……。その戦争で『造物主』を必ず倒す事。これは貴女が倒しても主人公が倒しても問題ないわ。その後は『造物主』の所有物という設定が無効化されて、管理者である貴女の所有物になる」

 

 西暦2003年? これからあの子や他の転生者が生まれるとして、今って何年なのかな? 何だか嫌な予感がするんだけれど……。それに戦争って言われても……。

 

「戦争と言っても魔法世界の事だから、必要なのは魔法使いとしての能力よ。それまでに相応の実力を身に付けなさい。そもそも貴女には物理法則は当てはまらないから、まずは慣れる事から始めた方が良いわね」

 

 とりあえず二百年の間は身体を慣らして、教会とかにも接触して、あの子を助ける。とか言う流れになるのかな。それにしても二百年かぁ。

 

「それじゃ最後になるけれど、その本の説明ね。まずは表紙を開いてみて」

 

 えぇと。あ、ちゃんと日本語で……『シルヴィアちゃんの取扱説明書♪』ってぇぇ!

 

「なにこれぇぇぇぇ!」

 

 私の取扱説明書って何!? 転生者を探す本じゃないの!?

 

「貴女ねぇ、自分の体の事や魔法の扱いとか解る? その辺りどうなっているのか初級から中級魔法の教本をかねた説明書よ。もちろん『セフィロト・キー』もその本の中に入っているわ」

 

 そうですね……。そもそも自分の体って今どうなってるのかな? 天使って事は翼が生えてたり?

 

「はい、鏡♪」

 

 何だか嬉しそうな顔の女神様が、どこからともなく行き成り姿見を出して来た。そういう所も普通にチートだなぁ。いや、魔法なのかな?

 

「…………え”っ!?」

「そんなに喜ばなくて良いわよ♪」

 

 だれこれぇぇ!? 顔は面影があるような気がするけど、明らかに私じゃない! すっごく可愛くなってる! それに確かに銀色だらけだよ!

 髪はサラサラで銀色のロングだし、パッチリした目も、澄んだ紫の瞳も光の加減で銀っぽく見える。今まで気にならなかったけれど、何か薄っすらとした銀色の翼がちゃんとある! って、意識したら何だかむず痒くなってきた!?

 

「むぁわわゎゎああ!」

 

 考えると余計に変な感じがする! 何か四枚もあるし滅茶苦茶に動いちゃって気持ち悪い! しかも混乱して収まらなくなってきた!

 

「落ち着きなさい」

 

ごす!

 

「痛った!」

「落ち着いたかしら? とにかくヨーロッパに移動するから手を出しなさい、引っ張るから飛びながら慣れる事。良いわね」

「そ、そんな無茶な~!」

 

 そう言うとがっしりと手を繋がれて、考える間も無く引かれるままにその場から飛び立った。

 

 

 

 と言うわけで、あっという間にヨーロッパに到着してしまいました……。女神様の説明によると、今は西暦1100年位みたい。でも最初に『ネギま!』の世界に連れて来られたのは、紀元前700年くらいだったらしい。

 そのまま光と闇の精霊――核は天使だけれど――になってから、無意識で精霊に溶け込んでいたらしいのですよ。気が付いたら年齢だけはおばあちゃんを遥かに超えてるって……。うん、あまり考えないようにしよう。

 

 私の見た目は、「天使様やるんだから見目麗しい方が良いでしょ!」と、一蹴されちゃったよ。まぁ、確かにそうなんだろうけど~。嬉しいと言えば嬉しいんだけど~。これって殆ど私じゃなくなってるよね? あっさり美少女に変わり過ぎて微妙な気持ちが……。

 

 とりあえず今居る場所は、とにかく森。森。森。大事なことなので三回言いました。女神様に連れられて何処かの森の中まで飛んで来て、家だけは作ってくれました。

 現代風のベッドルームとリビングにバスルームのサービス付き! 一応マッチョ神の代わりに、私の現在の上司になっているらしいし、これは本当に助かったよ! ありがとう女神様!

 

 それから現代人に中世とかの生活は厳しいです! 洗濯機が無い! って言ったら服は魔力で編まれてるから汚れないらしい。でも、白か黒のゴシックドレスと同色のブーツと下着類しか無いんですがいじめですか? 白はともかく黒で天使しろって無茶だよね!

 それから翼が邪魔です! って言ったら無理やりぐいぐい押し込まれて、見事に消えました! もう一度出せる自身はありません。何だかんだとやり取りした女神様は、「じゃ、あとは頑張りなさい」って帰ってしまいました。

 

 しまった、名前を聞いてなかった~。マッチョ神も知らないけれど、もう居ないらしいからそっちは要らないかな。上司らしいし、また会う機会もあるよね?

 とにかく今必要なのは説明書の確認かな? 何が出来るか解っておかないと、これから合う人達の信用も何も得られないよね。『シルヴィアちゃんの取扱説明書♪』とか、一頁目から底抜けに明るい言葉で書かれているのは気になるけど、この本を読んでみない事には始まらないし。

 

「どれどれ~っと」

 

 

 内容を纏めて、この本と私の能力を簡単に説明すると。

 

 

・この本は私自身の魔力で構成してあるので、念じると体内にしまうことが出来る。

 

・転生者が生まれる年代に近づくと、表紙裏に大まかな情報が出る。転生者の前では本が発光する。

 

・『セフィロト・キー』は裏表紙に手を当てて召還する。ただし転生者四人分まで。

 

・『セフィロト・キー』を使い終わった時点で消滅する。

 

・私は魔法発動体を使わずに精霊を集合させて魔法を使える。呪文詠唱は必要だが始動キーは要らない。ただし初級の光と闇属性はその限りではない。

 

・体を損失しても再構成できる。応用すれば大きさも変えられる。

 

・翼は分解と再構成による出し入れが出来る。

 

・高い言語習得能力を持っている。日本語・英語は習得済み。

 

・特定の相手を祝福できる。ただし光か闇限定。

 

・仮契約を行うと、従者は半精霊化する。実質不老。

 

・本契約を行うと、従者は眷族になる。実質不老不死。

 

 

 何か……、随分とチート仕様な気がしてならないんだけれど、大丈夫なのかな? とりあえず、契約とかは慎重になろう。私の勝手であの神様みたいな事はしたくないよね。

 

「よしっ! それじゃ時間は有るんだし、練習! 外で色々試してみようかな」

 

 ともかくここは静かな森の奥だし、人も入って来なさそうってくらい深いから、魔法を使ってもそうそうにばれなさそう。

 

「えぇと、教本の部分は~。あったあった。後ろの方のページだね」

 

 さてさて、何が書いてるかな? 『――魔法初心者は灯火から♪ 魔法少女なイメージでレッツトライ☆』って! またあの女神様のいたずらだよね!? これはもういじめじゃないかな。ううぅ。これって本気にして良いのかな? うさんくさいなぁ。もうちょっと読み進めてみよう。

 ……なになに? 魔法は理論・実践・制御で成り立っている。精霊を扱うための理論が完璧でも、経験が無ければ扱いは上手くならない。また制御が疎かであれば集められる精霊も少なくなり、実際の効果も薄いものとなる。

 

「なるほどねぇ~。魔力だけは沢山あっても、練習しないとダメですって事だね。どこの世界でも勉強は必要か~」

 

 うん。他には魔法理論編とか魔法制御編とか書いてあるけど、実践とかは書いてないなぁ。とりあえず、やるだけやってみるしかないかな~?

 とりあえず灯りの魔法? なら危険はなさそうだし? せっかく魔法の世界に居るんだから、魔法使いにはちょっと憧れるよね?

 

「それじゃぁ……。プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ!」

 

ゴオォォォ!

 

「うひゃぁぁぁぁ!」

 

 何かすっごい焚き火が出来たんですけど! どういう事!? 灯りじゃないの?

 

「って、このままじゃ火事になっちゃう! 水みずミズ~~~!?」

 

バシャァァァァ!

 

「冷たい……。水浸しになるほど集まらなくても良いのに~」

 

 外でやっていて良かった。こんな事になるなんて、相性が良い光か闇から始めた方が良いのかな?

 

「えぇと、闇は危なさそうだし、光の魔法にしよう」

 

 魔法の項目をぺらぺらと捲って、他の探してみると……。あ、丁度良さそうなページが有るね。

 

・攻撃魔法

 初級魔法『魔法の射手』。集めた精霊の数の分だけ魔法の矢を放つ。状況に応じて連弾、収束、拡散などを使い分けられる応用性がある魔法。

 

・防御魔法

 自分の周囲に張り巡らせる魔法障壁と、任意の点や面に収束させる魔法の楯がある。

 

 ………………。どう考えても楯からだね。攻撃魔法はヤバイ! 灯りって言ってるのに焚き火になったり、消火したいだけで水浸しになるんだし攻撃は危険だよ!

 

「えっと、自分の周囲に楯があるイメージで……。光の障壁!」

 

 って、まぶしいぃぃぃぃ! 何これ!? あたり一面光っていて何も見えないよ! もしかしなくても、また威力が有り過ぎるって事かな?

 

「か、解除~! おしまい~!」

 

 そう言うと精霊が解散してくれたみたいで普通の森の景色に戻った。これはダメだなぁ~。魔力ばっかり大きくて、制御が出来てないお手本みたいな気がするよ……。当分は制御の勉強だね。

 あっ、翼の出し入れの制御も出来るようにならないと。課題が山積みだなぁ~。魔法ばっかり夢中になってついつい忘れてたよ。まだまだ人間のつもりだし、いろいろ慣れないといけない事が多そうだね。

 そういえば私の他の転生者も人間じゃない種族で生まれてきたりするのかなぁ? あの子達を探す時は気を付けないとね。




 2013年3月12日(火) 記号文字の後にスペースを入力。無駄な改行の削除、及び地の文と会話文を推敲して若干の加筆をしました。
 にじファンでの執筆当事に幾つか失念していた点を補足。ゴシックドレス以外に、ブーツと下着類を加えて、言語習得能力を加えました。英語を習得済みに選んだ理由は、ネギがイギリス人なのと、魔法世界も英語の様な描写が有ったからです。


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第3話 魔法は初心者!

 前の話か後の話に繋げようかと思ったのですが、前話に繋げると長くなり過ぎるし、後に繋げると雰囲気がおかしくなるので投稿当時の短いままにしました。(加筆しました。詳しくは後書きで)


「よしっ! 気を取り直して制御の練習をしてみよう!」

 

 とりあえずさっきの魔法制御のページだよね。どこだったかな、ぺらぺらと巻くって~……。あったあった、このページだね。えぇっと、なになに?

 

・魔法制御編

 魔法の制御を安定させる為には、呪文詠唱から発動までの明確なイメージと精神力の強化が必要。

 魔法を使う対象をはっきりと認識する事。魔法の効果とその結果を強く思い描く事。魔法に込める魔力の流れを洗練して、効率化する事。

 

「う~ん。具体的なんだけれど、魔力が良く解って無いから、抽象的に聞こえちゃうかな~」

 

 こんな事なら、漫画をもっとちゃんと読んでおくんだったよ……。でもまさか、『ネギま!』の世界に転生するなんて夢にも思わなかったし。いまさら言ってもどうにもならないんだよねぇ。ほんと、人生何があるか分からないなぁ。う~ん、とりあえず魔力に関して、使い方とか何か書いてないかな~? RPGみたいにMPとか見えると解りやすいよねぇ。

 本を捲っていると魔力の説明ページを発見! 都合よく出てきて作為的なものを感じるけれど、分からないとどうにもならないよね。まずは読んでみないと……。

 

・魔力認識、神力認識編

 魔力には体内を循環するものと自然界に存在するものがある。体内魔力だけではなく、自然のものを効率良く取り込む事で、大きな魔力を得る事が出来る。

 神力とは神族にとって生命の循環を促すものであり、天界と世界と神核を巡る永久機関である。

 

「……神様無理です。わかりません」

 

 何だか前段階から話がずれてる感じがするな~。 そもそも、体内を循環って言われてもどうやってそれを確認するの? あっ! もしかしてこれが私の『不条理』!? 枷は外してもらったから、もう無いはずだけれど、そのせいにしたくなるくらい意味が分からないよ。うん、とりあえず人のせいにするのはやめておこう……。

 

 でも神力の意味は何となくだけど分かるような気がする。こっちは生きるためのエネルギーって事だよね? 生命の循環って書いてあるし。神力が無くなったらヤバイ感じがするけれど、永久機関って事だから……。えっ!? もしかして私って死なないのっ!? 女神様は寿命の事とか何とも言ってなかったし、これから余裕で西暦2000年まで生きるって事だよね? ……あまり深く考えない事にしよう。

 そう言えば、マッチョ神が処罰を受けて消滅って言っていたよね。つまり、悪い事をすると罰が与えられるんじゃなくて抹消されるって事!? うわ、それは怖い。悪い事だけはしない様にしないと。とりあえず私の使命っていうのを考えたら……。世界の滅亡とかにならなければ良いんだよね?

 

「それじゃ気を取り直して、魔法と言うか魔力を使えるようにしないと! やっぱりイメージかな?」

 

 これからはイメージトレーニングをやってみよう! 魔法自体は制御がダメダメでも使えていたし、ちゃんと加減出来るように頑張ろかなっ!

 

 

 

 そんな事をしている内に、あっという間に十年位が経ちました! 多分そのくらいの時間だと思うんだけどね~。カレンダーとか無いから木の枝とか小石で、地面に一月から十二月まで適当に日付を書きました!

 最初はそんな事ぜんぜん気にしてなくて、何日かしてから気付いたんだよね。だからこれって実はあんまり正確じゃなかったり。しかもうっかり雨で消えて書き直しになったよ……。それからは一週間、一月毎に木の枝を置いて目安にしました! 後はうるう年とか合ってるか分からないから、その辺はどうしようもないって事で。

 

 魔法制御の練習は、とにかく毎日毎日欠かさずにイメージトレーニングでした! 基本は防御魔法で光楯を使ったり光の障壁を使ったり、ときどき闇属性の防御魔法も使って練習をした。

 しっかりと丸い楯の形をイメージをして、どこに出すのか、どれだけ出すのかを頑張りました! とにかく何回も同じ魔法を使ってみて、魔力が流れてる感じを掴むまでが大変だったんだけどね。

 その結果、防御魔法だけなら割りと自在に使える様になりました! 頑張ったよ私!

 

「でも、これだけで天使様~って、崇められたりはしないんだろうなぁ~」

 

 崇められるって分かりやすい奇跡が必要だよね? 何が良いんだろう? 人を守る力も必要だと思うんだけど、やっぱり奇跡の生還! とか、不治の病が治った! とかかなぁ?

 今までは防御魔法ばかりで、他の魔法はぜんぜん練習してなかったんだよね。攻撃魔法もやった事はやったけど、家や森を壊しちゃうと大変だし、防御魔法で制御を身に付けるのが優先だったからね。とりあえずある程度は魔力の制御が出来るようになったから、これからはちゃんと確認しておかないと。

 

 そう言えば天使になってからお腹が空かないんだよね。ちょっと悲しいけれど、空腹で倒れないって言うのはありがたいかも。でも口が寂しいから数年前に湧き水は見つけました。どこからか解らないけど、水とお湯が出てくるバスルームよりはおいしいお水でした!

 それに今の時代だと、食事事情もあまり良く無いんじゃないかって思うんだよね。教会とかで人に出会って、美味しい料理が作れたらその辺も評価してもらえるかな!? きっと料理をするのも、とっても大変だと思うんだよね。私は魔法が使えるから良いんだけど、何も無かったら火を起こせなかったと思います!

 

 こんな事が解ったのも、食事をしたいって気持ちが我慢出来なくなった時でした。本当に時々だけど、森で野生動物を狩る事が有りました。生きてるのにごめんなさい! って必死に謝りながら狩りをして、風の魔法で斬って火の魔法で焼いて頂きました。何でも消化出来るらしいから味がしなくても良いんだけど、塩とかも無いし。

 でもね……初めて生き物を殺した時の気持ちは忘れられません……。って、本題を忘れそうになったよ!

 

「えっと、他の魔法の種類は~……っと」

 

・治療魔法

 外傷を治療する魔法。術者の魔力や技量によって治癒できる範囲は変動する。魔法具や薬草等を併用すればその限りではない。

 

・飛行魔法

 飛行の補助を行う媒体を使い、浮遊・高速移動を行う。魔力制御と運用しだいではその限りではない。

 

・強化魔法

 戦いの歌による自己の強化。全身、または体の一部に魔力を纏わせる事で、打撃力・防御力を飛躍的に上昇させる。また契約者に限り、被契約者へ魔力供給を行う事で同様の効果を得られる。

 

「……契約っ!」

 

 思わず言葉に詰まって息を呑んじゃったけど、これは良く考えてからじゃないとダメだよね。私みたいに巻き込まれちゃう人が増えるって事だもんね。

 やるならやっぱり治療かなぁ? 薬草の知識なんて流石に無いんだけど、どこかで勉強出来るところは無いかな? この本に薬草の知識までは書いてないみたいだし。

 後は飛行かなぁ。やっぱり空を飛ぶのって憧れるよね! せっかく翼もあるんだし上手く使えるようになれば、補助を行う媒体って物はきっといらないよね?

 

 

 

 それから更に十年位が経ちました。この世界に生まれ変わって二十年位だね。うーん、意識の上では三十代後半か~。見た目は十代半ばだけれどね。プラス千八百年分はどうしたって? そんな声は聞こえません。

 

 そうそう、治療魔法は森で怪我した動物とか草木で試しました。自分にかけようにも大怪我するわけには行かないし、普通の生き物と違うから効果がちゃんと出なさそうなんだよね。

 あと強化魔法を試してみたら、上手く使えませんでした。魔力を纏ってパワーアップというか自分自身が魔力みたいなもの、というか神力? で、出来てるのに気が付いて意味が無いって事で……。

 『戦いの歌』を使わなくても腕の密度を上げると言うか、感覚的なもので力が強化されるみたいで、いまいち良く解ってないから上手く説明出来ないかな。”なんとなく”で、強化されてる感じ。それでも地面とか木を殴ったら、こぶしの形に陥没したり、あっさり木が折れたり、もう意味が解らなかったよ!

 

 飛行魔法はまだぎこち無いけど、しばらく飛んだり浮かんだり出来るようになりました! 翼でばさばさ動くと格好良いのかもしれないけれど、そんな事をしたら集中が途切れます! 羽が四枚もあるから腕が六本あるみたいな感じなんだよね。正直全然慣れません……。

 でも天使様を演じないといけないから、そろそろ翼を動かす練習した方が良いかもしれない。あとは眠りの魔法とか補助的なものを中心に、やっぱり攻撃魔法は少しだけかな。

 

「よし! 善は急げって言うし、今日からしばらく翼を出したまま生活してみよう!」

 

 あ、なるべく白い方着てよう。雰囲気作りも大切だよね~♪




 2013年3月13日(水) 記号文字の後にスペースを入力。無駄な改行の削除をしました。
 前後がおかしい文章の纏め直しと、魔法の考察を加筆。カレンダーが無いのに経過年数を確認出来ている矛盾を修正しました。それから食事事情に触れているのに狩りの話が無いため、その辺りも若干追加。だいたい1,000文字くらい増えました。
 森の中ですが、シルヴィアは厳密には生物ではないので、野生動物には襲われないと考えています。それに人の気配を避けて近寄ってこないとも考えています。




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閑話 任務は危険と隣り合わせ

 にじファンでは第6話の扱いでしたが、ここでは閑話に変更しました。文字数は短い内容ですが、前後に合体させる事も出来ないのでそのまま投稿します。(加筆しました。詳しくは後書きで)


 私はコードネームデルタ。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)最大の人間勢力都市、メガロメセンブリアから極秘裏に派遣された調査隊を預かっている。今回の任務は旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)で数十年前から現在に渡って、何度か観測された巨大な魔力の発生源である。

 旧世界にある聖地等で観測されたならばまだしも、この魔力源は謎の一言に尽きる。その発生源は、現地のヨーロッパと呼ばれる地方で『黒の森』と呼ばれる巨大な樹海になる。やや離れた場所に街はあるものの、人口密度や自然開発の必要性がない事から未踏の地となっていると聞く。

 

 だからこそ、何らかの儀式が行われたか、大きな力を持つ鬼神・悪魔が召喚された可能性が有る。しかしそうだとするなら、別の矛盾が発生するのだ。

 数十年に渡って何度も観測されたのであれば、少なくとも『黒の森』に異常が見られるはずだ。しかし、周囲での異常や大きな事件も報告されていないのだ。これを異常事態と言わずしてなんと言うべきか。

 我等メガロメセンブリアの勢力がバックアップをしているメルディアナからは、他の組織や冒険者など、旧世界の人間が何度か調査を行ったらしいという話を確認している。しかし彼等は、ヨーロッパから西へと海を渡った島国に身を寄せた組織だ。その為に軽々しく他国に諜報が出来ず、正確な原因を未だ掴んでいないのだ。

 

 今回の任務において最優先とされるものは、魔力の発生源の確認。次に隊員が一人でも多く生存して上層部へ報告。そして出来れば魔力源の確保、あるいは討伐。

 我々がバックアップをするメルディアナならともかく、他所の組織に握られるわけにはいかないのだ。最悪の場合、他の組織と出会えば戦闘もありえるだろう。

 

「隊長。今のペースならば。早朝には黒の森にたどり着きます」

「よし。他の組織に警戒を回しつつ、森の五百メートル程手前で休息を取る」

「了解!」

 

 現在私が率いている部下は二人。発生源と考えられる鬼神等、あるいは儀式を行った組織を相手に交渉も考慮した上で精鋭を用意し、男二女一の編成である。交渉が出来る相手がおり、有利な契約を交わせれば上々だろう。最低でも原因の情報は握りたい。

 しかし現実的に考えるならば、儀式跡と何らかの組織・グループ等の痕跡程度だろう。

 

「隊長。野営準備完了しました」

「ご苦労。結界を張りつつ交代で見張りに付く」

「了解!」

 

 さて、早朝には森に入る。どこまで探索が可能だろうか。魔力反応は幸いにもほぼ特定の範囲である。我々の足ならば、半日もかからずにたどり着くだろう。

 

 

 

 

 

 

 あたし達はわざわざ旧世界に来ている。こちらでは大きな声で魔法を使えないし、暗躍する魔法団体も数が多すぎる。

 今朝、調査の目的地に到着。ちょうど黒の森内部の探査指定範囲に向かって駆け出している。正直なところめんどくさい。旧世界の事なんだからそっちで勝手にやってほしい。

 

「まったく。なんであたしが……」

「口を閉じろ、コードエイト」

「はーい」

 

 ぼやけばすぐこれだ。隊長は固すぎるのよね。コードネームエイト、それが組織でのあたしの名前。隊長がデルタで割と真面目なもう一人の隊員はセブン。

 数字の名前なんて華もあったもんじゃないわ。いい加減仕事変えようかしら? かといって裏組織にいる身。簡単に変わったり出来ないのよね。

 

「そろそろだ、警戒を怠るな」

「了解!」

「はーい、了解」

 

 目的地に着いたもののやっぱり森が広がっているだけにしか見えない。探査魔法をかけてみたけど、何かの儀式の痕跡は感知できなかった。

 

「このポイントは終了。次のポイントへ向かう」

「了解!」

 

 次……、ねぇ。今も魔力反応は無いんだし、儀式跡が見つかるかどうかってレベルじゃないかしら。

 

「次のポイントだ、北北西へ九百メートル程進む」

「了か……!?」

「えっ!?」

 

 寒気がした。唐突に巨大な魔力の気配。これは明らかにヤバイ。こんな魔力人間が出せるレベルじゃない、それこそ鬼神やヘラス帝国の守護聖獣でも目の前に居るみたいじゃないの!

 

「た……隊長、どうしますか!?」

「あ、あたしは帰りたいな~、なんて……」

「馬鹿者! 調査する絶好の機会でしかない!」

「り、了解!」

「了解!」

 

 冗談じゃないわ。こんなのと対面するのなら反逆者扱いでも逃亡した方がマシってものよ! けれど魔力反応はかなり近い。

 急に出た辺りもしかしたら待ち構えられていたのかもしれない。全員殉職。そんな言葉が頭を過ぎったけれど、あたし達は行くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 何という事だ。調査隊には精鋭を連れてきたはず。例え敵対組織や大量の召還魔が居たとしても、反撃しつつ好転、あるいは撤退は可能だと踏んでいた。

 しかし、これほどの魔力を持つ相手では無事に逃げ切るのはまず無理だ。最悪の場合、私自身が囮となり報告を部下に任せる事になるだろう。

 

「隊長! 反応……捕らえました。西に百メートル程です!」

 

 さすがに精鋭と言っても弱腰になるか。あの真面目なセブンですらこうなのだ。任務に不満を覚えているエイトは後衛、あるいは確認後即座に連絡員として後退を認めた方が良いかもしれん。

 

「よし。私が先行する。エイトは私の後ろに続け。セブンはこの場で待機して観測を開始。最悪の場合は即座に撤退の準備を」

「了解!」

「観測準備開始します!」

 

 どうやら覚悟を決めるしかなさそうだ。ここを正念場と雑念を捨てて、姿勢を低くしてじわじわと歩みを進める。正直、息が詰まる思いだ。前方の魔力発生源からは、害意が感じられない事がせめてもの救いだろうか。

 

「もう嫌になるわ。何でこんな……」

「愚痴は後でいくらでも聞く。今は黙れ」

 

 不味いな、士気が揺れている。ここで一度後退し、後日出直すか? だがしかし、これは絶好の機会でもある。我々にとって最優先任務は何だ? 魔力の発生源を調査する事だ。ならばやはり、エイトをセブンの位置まで後退させて私だけでも行くか?

 

(こちらセブン! 対象から魔法障壁の展開が確認出来ます! それもかなりの魔力です!)

 

 木々に隠れ周囲を警戒しながら更に進むこと十数メートル。セブンからの念話がきた。これは正直ありがたい。

 

(了解した!)

 

 だが、魔法障壁だと? これだけの魔力を防御魔法だけに使っているとは考え難い。障壁を張った中で何かを行っていると考えるのが自然か。

 いや待て、ならばなぜ結界魔法ではなく障壁? おかしい。何者かが居るのは確定だが、怪しすぎる。しかし儀式魔法ではなく個人の防御魔法とは、一体どう言う事だ!?

 

ガサガサ!

 

 何っ!? しまった、別の組織が居たか! どうする、現状で動くのは危険過ぎる。

 

「……エイト。このまま伏せて待機だ。息を潜め、機を見て前進か撤退を決める」

「り、了解」

 

 さて、奴等はどう出る? 一つの組織ならばまだ良いが、複数相手だと面倒な事になる。

 

「――魔法の射手! 氷の7矢!」

「ぐっ!」

「きゃっ?」

 

 しまった! 既にこちらの位置を気付かれていたか! 前方を凍らされては先に動くのが遅れる! 相手の数も解らない以上、これ以上は危険だ! だが逃げれば魔力の発生源も、相手の組織が何者かも解らないまま終わる! 判断を誤れば全滅だ、どうする?

 

「――契約に従い 我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが!」

 

 魔力源に向けての氷結の上級魔法か! 不味い! この距離では巻き込まれる!

 

(セブンッ! 今すぐ観測データを持って撤退を――)

(隊長っ!? 何が――)

 

 冷気の嵐が吹き荒れて巨大な氷柱が立ち上がった。かと思えばそれは、即座に謎の魔法障壁に阻まれて、パリンと情けない氷の破砕音と、魔法障壁の砕ける甲高い音が森に響いた。恐らく相打ちになったのだろう。

 あれだけの魔力を障壁だけに使っていたのであれば、氷結封印を防いだのも不思議ではない。しかしこちらには奴等の末端が直ぐにやって来るだろう。ならばこの機に引くしかないか!?

 

「――来れ風精 光の精 光りに包み 吹き流せ 光の奔流 陽光の息吹!」

 

 何っ!? 魔力源の方から反撃? 障壁を張っていた防御魔法が解けたにしては建て直しが早すぎる!! あちらは何人い――馬鹿なっ! 少女が一人だと!?

 少女に見入っている僅かな間に、こちらを足止めした敵対組織と思われる者たちは光に包まれ、遥か遠くへ吹き飛ばされていく様子が見えた。




 2013年3月15日(金) 記号文字の後にスペースを入力。無駄な改行の削除、及び地の文等を中心に加筆をしました。戦闘時の魔法の擬音を文章表現に変更しました。第3話と同様に1,000文字ほど増えてます。
 ちなみにコードネームには何の意味もなくて、とりあえずそれっぽい感じにしただけです。


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第4話 魔女狩り

 それは数ヶ月前の事。いつもの様に家から離れて、森の中で魔法の練習をして居た時の事。中世ヨーロッパで有りそうな、鎧や魔法使いのローブとか、そんなイメージ通りの――と言うよりちょっとくたびれた感じだったけど――服を着た集団に襲われた事が始まりでした。その時はいきなり攻撃された事に慌てちゃって、攻撃魔法で脅したら逃げてくれたから良かったんだけど……。

 

「我々は正義の使者、蒼の騎士団である! 悪しき【黒森の白魔女】よ! 我らの裁きを受けよ!」

 

 そして今日、突然そう宣言して来たのは、青い甲冑を着た騎士って感じの体格の良い男の人。ちなみに兜を被っているので顔は解りません! それから大きな木の杖を持ってローブを着た、魔法使いにしか見えない感じの人が数人、騎士さんの周りに立っていた。

 

 前にそんな事が有ってから、何度かこういう人達に襲われるようになってしまいました。本当にどうしてこうなったのかな……?

 別に悪い事はしてない、はずだよね? 人に出会わない様に森の奥で魔法の練習をしているだけだし、森から出て悪い事をした覚えもない。翼を使う練習はしてるけど、まだ派手な事はしない方が良いって思っていたから、コッソリしてたのに……。いつの間に魔女認定されたのかな?

 

「我が剣の一撃、受けるが良い!」

「――っ!? 光楯っ!」

 

 大声と共に打ち下ろしてきた大剣を、慌てて前に出した右手で魔法の楯を作って受け止める。その手応えがとても軽く感じて……。騎士の人はあっさりと剣を引いて元の位置に戻った。

 ふぅ、びっくりした~。考え事をしている最中に襲い掛かられても困るんだけどなぁ……。でもあっちは勝手に魔女認定してるし早く倒したいって思ってるのかも。多分、殺気とかそう言うのも向けられてると思うんだけど、現実感が無さ過ぎていまいち感じないよ。

 

 説得しようにも、何だか言葉も通じてないみたいなんだよね。向こうの言葉は”日本語”に聞こえるんだけど、何で言葉が通じないのかな? 日本語で話してくるから何とかなるかと思ったんだけど、一方的に襲い掛かってくるし。このままじゃまた攻撃されるから、全方位を防御してたらそのうち諦めてくれないかな?

 

「光の障壁」

 

 自分を囲んで姿を隠す様なイメージで呟く。そうすると私の足元と頭上、それから前後左右に魔法陣が現れて、光の属性を帯びたドーム状の防御魔法が展開される。

 とりあえずこれで凌いでいたら、諦めて帰ってくれると嬉しいんだけど。また攻撃魔法で脅したりしないと帰ってくれないかなぁ? ああ言うのはやりたくないんだよね。それに間違って傷付けちゃうと嫌だし。

 

「魔女の止めは私が刺す! お前達は障壁を破壊しろ!」

「――影の地 統ぶる者 スカサハの 我が手に授けん 三十の棘もつ 愛しき槍を 雷の投擲!」

「――風の精霊27柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 収束・風の27矢!」

 

 騎士の人の掛け声で、魔法使い達が呪文の詠唱を始める。バチバチと雷の音がする一本槍と、周りの木々がしなる様な風を纏めた魔法の矢が襲い掛かって来たけれども、今の私の防御魔法ならそれくらいは効きません! 私の障壁に当たった魔法は、防御魔法に傷を付けられないまま霧散していった。

 最初に襲われた時は加減が解らなくて、初めて魔法を使った時みたいな物凄い魔力で攻撃したり障壁張っちゃったけど、今はこれくらいかな? と言うのは、少しづつ分かる様になって来ました。

 

 う~ん、それにしても……。魔法使いの人達は何とかなりそうだけれど、騎士さんはどうしよう? 普通の剣じゃ突破されないけど、止めを刺すって物騒なこと言ってるし。もしかして聖剣とか魔剣とか、いかにも剣と魔法の世界にありそうな名剣なのかな? それに簡単に諦めてくれそうにもないし。

 

「――氷の精霊7柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 氷の7矢!」

 

 あれ? こっちじゃなくて別の方向に攻撃? 何で向こうに撃って――。って、また別の集団が居るよ! あの人達に攻撃したって事は、仲間じゃないんだよね? どうしよう、別々に攻撃されちゃうと困っちゃうし。でもあっちの人達は何だか困ってるような?

 

「ちいっ、ならば奥の手だ! 詠唱準備!」

「――契約に従い 我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが!」

 

 えっ!? 何それ聞いた事無いよ! 氷河とか言ってるから、大きな氷の魔法って事かな? さすがに不味いかもっ! 障壁に魔力を集中して――。うわっ、何か大きい氷の塊が! このままじゃ氷漬けにされる!?

 いくらなんでもそんな目に遭いたくないから、障壁に魔力を一気に込める。そのまま防御しようとした瞬間、競り合った氷魔法と障壁がそれぞれ砕け散る音を上げながら吹き飛んで霧散するのが見えた。

 と、とにかくこのままじゃ不味いよね。下手に攻撃魔法で命を奪うなんて事はしたくないから、ここは森の向こうまで吹き飛んでもらおう! なるべく傷付けないイメージで!

 

「来れ風精 光の精 光りに包み 吹き流せ 光の奔流 陽光の息吹!」

 

 相手を傷付けないように、呪文に制御の言葉を組み込んで、しっかりと効果をイメージして魔法を唱える。そうすると沢山の淡く光る球体が騎士と魔法使い達を包んで拘束、そのまま激しく吹き荒れる風が彼らを光ごと舞い上げて、遥か遠くに飛ばしていった。

 

「おのれ、魔女めぇぇーー!」

 

 うわ~……。飛ばされる時まで魔女認定してくれなくても良いのになぁ~。もう諦めてくれないかな? それにまだもう一つ集団が居るし、どうしようかな~。やっぱりもう一度、魔法障壁を張って諦めてもらおうかな?

 

「ねぇ、ちょっと良いかしら?」

「あ、はいっ?」

 

 あ……! 思わず返事しちゃった。何か、空気が変な感じに……。男の人、というかおじさんは驚いてぽかんとしてるし、大丈夫かな?

 

「……エイトッ! 勝手に接触をするな!」

「でもこの娘は無害そうじゃないですか? ぼけーっとした感じで」

 

 やった、無害認定貰えたよ! この世界で会った人で初めてかもしれない! というか私はぼけーっとしてないよ! してないよね?

 

「くっ……。まぁ、良い。エイトは少し黙ってろ。失礼お嬢さん。少々お話しても宜しいか?」

 

 もしかして今までの襲ってきた集団と目的が違う? 話し掛けて来たおじさんは何だか苦い顔をしてるけど、殺気みたいな悪い感じはしないかも。でも、怪しいと言えば怪しいよね?

 それでも問答無用で攻撃してこない分、話はちゃんと出来そうだよね。あれ? そう言えば普通に会話してる? この人達の言葉は英語だよね?

 

「はい、何のご用でしょうか?」

 

 ちょっと硬かったかな? でも、ボケてる子って思われたくないし。会話が出来る相手って言うのも久しぶりなんだよね。ついついお喋りしたくなるけど、この人達はそう言う雰囲気じゃないし。けど、エイトって女の人はそんな硬い感じじゃないかも?

 

「私はデルタと言う者だ。それで我々は、この森に派遣された調査隊なのだが……。お嬢さんは魔法使いだろう? だから魔法の事は分かると思うのだが、何か特殊な魔導具を拾ったり持っていたりしないだろうか?」

「え? 魔導具って何ですか?」

 

 魔導具って、ゲームとかで良くある魔法のアイテムとかそういうの? 何か持ってるかって聞かれたらあの本くらいかな。それと『セフィロト・キー』とか? でもどうしてそれを調べに来たんだろう?

 

「フム。さすがに形までは分からない。だがこの森で過去十数年に渡り、大きな魔力が何度も観測されたのだ。我々はその原因を調査に来たのだよ。何か見つけて使ったりはしていないかい?」

 

 何かばれてる? というか観測って? 魔法を使うと魔法使いには分かっちゃうって事なのかな?

えっと、どうすれば良いんだろう、何か探してるみたいだし。森に隠れてたのは正解かもしれないけど、練習してても居場所がばれちゃうって事? だから今まで魔女だって言う人達が来てたのかな? 何か色々失敗したかもしれない、ど、どうしよう?

 とりあえず、何て答えよう……。真面目そうな人だし、正直に話した方が良いのかな? でも、本の事とか鍵の事とか、普通は信じて貰えないよね?

 

「えぇと、私はこの森で魔法の練習をしています。魔法の練習をしているだけで、特に何かを見つけたり迷惑をかけたつもりは無いですよ?」

 

 こんな感じかなぁ? この人達は大きな魔力を探しに来たって言うけど、それってやっぱり私の事なの? そんなに凄い魔力なのかな。さっきの人達だって凄い魔法を使ってたよね?

 

「そうか……。それならば、お嬢さんの魔力が異常に大きいのだろう。他にこの森で練習する者や集団を見た事は無いだろうか?」

 

 あ、やっぱり大きいんだ? って、もしかして警戒されてる? 無害認定はどこ行ったの!

 

「しゅ、集団なら、さっきみたいにいきなり襲いかかってくる人達を偶に見たくらいです。問答無用なんで、防御魔法を使って逃げたりしています」

「ねぇ貴女。さっきから随分軽装に見えるけれど、こんな森の深くまで飛行媒体や野営道具とか持って来てないのかしら? 獣の対策もしてる様に見えないのよね」

 

 あれ、何かますます疑われてる? 変な事言ったかな?

 

「えぇと……。私はここに住んでるんでそういうのは要らないかなぁって……」

「「住んでる!?」」

 

 そんな声を重ねて驚かなくても良いと思うんだけれど。確かに森の奥だけれど、住もうと思えば住む人居るよね? 自然派志向の人とか、世捨て人とか。

 

「……ならばお嬢さんは、この森には詳しいと考えて良いかね?」

「え? 私の家がある周辺くらいですけれど、一応湧き水とか分かりますよ?」

 

 な、何だろう? この人達って調査に来たんだよね? やっぱり現地の人に聞き込み調査とか、そう言うのが基本なんだろうし。でも何か、雰囲気が重くなって来たんですけど!?

 

「魔法の練習してるのよね? 魔法発動体……。杖とか持って無いわよね? どうやって魔法を使ったのかしら?」

 

 えっ? 『魔法発動体』って必ず必要なの? 要らないって書いてあったから特殊なものだって思ってたんだけど、もしかして不味いのかな? って、このおじさんあからさまに警戒した顔になってる! 本当にまずそう!

 

「嘘でしょっ! まさか本当に儀式で転化した魔女や悪魔だって言うの? 冗談じゃないわ!」

「待てエイト! 落ち着けっ!」

 

 冗談じゃないのはこっちです! 初めて無害認定されたと思ったら結局魔女ですか! 理不尽じゃないかな! それに悪魔って思いっきり反対だよ。とにかく違うって説明しないと!

 

「違います! 何で皆勝手に魔女とか言うんですか! 普通ですよ!」

「どこが普通よ! 媒体も無しにあんな魔法使えるわけが無いわ!」

「エイト、いい加減にしろ! お嬢さんも落ち着いてくれ!」

「嫌です! 何で会う人会う人皆に襲われないといけないんですか! 魔法の教本って言って渡された本には魔法発動体は要らないって書いてあったからそのまま練習してただけなのに!」

「何よそれ! どういう事よ!」

「書いてあった……だと?」

 

 あぁもう! 何で言い争いになってるんだろ。別に喧嘩したいわけじゃないのに。それにこのエイトって女の人、途中から私のこと疑ってるよね? 最初はもっと軽く話せるんじゃないかって思ったのに。何でこの人は突っかかってくるのかな?

 

「隊長! 遅くなりました! 観測結果出てます!」

「セブンッ!? 撤退を命じたはずだ!」

「戦闘終了してる様子なのに、指示無し、連絡無しじゃ様子も見に来ますよ!」

「……む。確かにそうか」

 

 もう一人居たんだ? 今は間に入って来てくれて助かったかも。それにしても観測って? 調査に来てるって言ってたから、何かを調べてたんだよね? 何を調べたのかな?

 

「それでセブン。わざわざ現場に来る程か? 念話で済むだろう」

「それですが結果を見る限り、戦闘になればかなり危険だと判断しました。最悪の場合は、間に入ろうと思い……」

「――っ! 結果から言え」

「了解! 結論を言うと、そちらの女性は『精霊系亜人種の様に見える何か』という事が分かりました!」

 

 精霊系亜人種? 確かに私はもう人間じゃないって分かってるけど。何だろう。面と向かって言われると、何か……悔しいな。

 

「それはどう言う事だ?」

「そのままの意味です。それに過去に観測された魔力のパターンとも一致しました。彼女が原因だったと考えられます」

 

 原因? 知らない間に迷惑かけてたのかな? もしかして襲ってきた人達って、何か迷惑をかけた原因を解決しに来てたり……? 何かそれだと、すっごく悪い事をしたような気になるんですけど!

 

「なるほど。つまりお嬢さんが十数年前から魔法の修行をここで行っている……と。確認だが間違いないだろうか?」

「えっ? はい。してました」

「何よ。やっぱりあんたなんじゃない!」

「うっ。ご、ごめんなさい!」

 

 あぁ、どうしよう。本当に知らない間に迷惑をかけて居ただなんて。とりあえず日本人らしく頭を下げて、腰を折ってしっかり謝っておこう。初級魔法が出来るようになった時、もっと森の外もちゃんと見ておくんだった。どうしよう……。

 ちらっと、エイトさんの顔を見ると、何だかしてやったりって顔をしてるんだけど。逆にそんな顔をされるとムカムカしちゃうんですが!

 

「エイト、お前はいい加減にしろ。お嬢さんも謝らないで欲しい。魔法の練習程度でどうと言う事は無い」

「え? そうなんですか?」

「いい加減も何も無いですよ。この子、精霊亜人なんでしょ? 立派な密出国者じゃないですか!」

「えっ!?」

 

 何それ!? 普通に……じゃないけど、普通にこの世界に来て住んでただけで、何で密出国!?

 

「違いますよ! 私は最初からここに来たんです! そもそも地球以外に行った事ありません!」

「嘘吐かなくて良いわよ! 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の密入出国は十分犯罪よ! 特にあんたみたいな亜人系はね!」

「だから亜人じゃ有りませんってば! これでも天使なんです!」

「「……はぁっ!?」」

「あっ!」

 

 不味いかも、何か失敗した!? 言い争ってて思いっきり口が滑っちゃったけど、どうしよう? でも亜人じゃないし、そんな風に言われるのも嫌だし。ここはもう、ばらして納得して貰おうかな?

 いつか誰かに話すんだし、ここは行動が一番だよね? 男の人二人は驚いてるけど、エイトさんは嘘吐きみたいな目で見てるから、ちょっと見返してやりたいかも!

 よし! ここは翼を使う練習をしてきた成果を見せるところだよね! バサッと背中から二対四枚の銀の翼を出して、そのまま羽ばたいて浮いて見せる。ちょっとは天使らしくしないと!

 

「……嘘よ」

「何だと?」

 

 あ、ちゃんと驚いてくれてる。ちょっと勝った気分だね。でも、天使らしい奇跡の力とかは持ってないんだけど、何かって言われたらあの本と鍵くらいかな? でもあれを出して『シルヴィアちゃんの取扱説明書♪』とか見られたくないんだよねぇ……。

 

「私は権天使(アルケー)のシルヴィア。この世界には使命があってやって来ました。もし貴方達が魔法世界に関係が有るのなら、私は、貴方達ときちんと話がしたいです」

「十字教の神の御使いか。確かに我々の中にも信徒はいる。それに旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)への影響も大きいだろう。だが、何を持って本物と見極めるか……」

「ねぇ、ちょっと良いかしら?」

「はい。大丈夫です」

 

 今度はちゃんと話せるかな? 何でいきなり喧嘩腰になったのか分からないけど、つまりこの人って本物の魔女とか悪魔だったら嫌だって言ってるんだよね? それに犯罪はダメだって良識のある人みたいだし、ちゃんと話したら分かって貰えるんじゃないかな?

 

「その翼って本物? 透けてるとか幻術を疑うわよ?」

「本物ですよ。疑り深いなぁ」

「セブン。彼女の魔力を解析。幻術かどうか調べろ」

「さっきからやっています! 結果は白。彼女は浮遊術に魔力を使っていません。翼を出した時も魔力観測用の魔導具に反応が無いんです!」

「……なるほど。少なくとも嘘は言っていない様だ。それに高位の生命体ならば、魔法発動体が不要なのも頷ける」

 

 嘘じゃないんだけどね~。でも天使ってこれだ! っていう基準と言うか証明方法も無いからこういう時困るよね。こんな事なら女神様に、何か証明が出来る方法を聞いて置けば良かったよ。

 今からでも遅くないから、何か持って来て貰えないかなぁ。何だか『魔法発動体』の事も納得して貰えたみたいだし、もうちょっと話し合えば分かって貰えるかな?

 

「順番に確認をしたい。どうか私の話を聞いてもらえるだろうか?」

「はい。私もちゃんと話がしたいと思います」

「すまない。ではまず、ここで魔法の修行をしていた理由は何だろうか? 必要ならば、人に紛れて魔法学校や教会などに連絡を取る手段はあるはずだ」

「えぇっと、私は天使としては二十年くらいしか生きてなくて、人前に出るのには実力が足りないって思ってたんです。それに、どこに何があるのかはっきり知らないので、まずは――」

「隊長!」

「エイト! 話の腰を折るな! 次に余計な事をすれば黙らせるぞ」

 

 うぅ、またこの人? 今度は何なんだろう。エイトさんって、結構自分勝手だよね?

 

「どうしたってこの子を取り込む気じゃないですか? だったらストレートに行きません? 隊長の話って回りくどくって」

「エイト、お前は……」

「だって、私達メガロの勢力下にあった方が特でしょ? それにこの子、本当に魔法世界に疎いみたいだし、放っておく方が不味いです。せっかくだから教育係に名乗り出ます」

「ちょっと待て。お前は何を言っている?」

 

 教育係!? 何かさっきまでの尖った雰囲気が無くなって、柔らかいと言うよりむしろある意味妖艶な? すすっと直ぐ隣まで近寄って来て、全身を舐める様な目で見て来るんですけど!?

 思わずびくっとして後ずさったら、もう譲る気が無いって空気を出して、微笑みを浮かべて付いて来た。と言うか、さっきまでの雰囲気はどこに行ったの!?

 

「だからあたし軍を抜けます。そのままシスターやれば”色々”安泰じゃないですか」

「む……。それは一理あるが」

「この子見た目も可愛いし、傍に居るだけで良い目の保養よね。それに、もし本物なら尚更じゃないですか? 貴女だってこっち側に来てきちんと保護されれば、もう魔女狩りとかに遭わないわよ?」

「それはそうだが、交渉は本人の前で言うな!」

 

 あはは……。打ち解けたのか分からないけど、この人ストレートだなぁ。それに襲われなくなるのは嬉しいかも。あの人達本当に問答無用だったから、結構困ってたんだよねぇ。

 森の中で修行してたのも、家にいる時に攻撃されて、壊されたら困るって思ったからだし。折角女神様が作ってくれたのに、無くなったら直せないし野宿は嫌だからね。

 

「そう言えば、あれって何で魔女認定されて襲われてたんだろう……」

 

 そこがどうしても腑に落ちないんだよね。デルタさん達と英語で話が通じるところもそうだけど、何でいきなり攻撃されてその後も魔女だって言って来たのかな?

 

「フム。多少は上層部から聞いているが、我々と同じく魔力源の確認だろう。だが魔女狩りと名乗る以上、冒険者や権力者による、政治利用等の売名行為だろう。運が悪かったとしか言えない」

「え”!?」

 

 冤罪ーーっ!? まさかそんな理由だったなんて。中世の魔女狩りの酷さは歴史の教科書には載っていたけど、自分がその立場になってみると随分と無茶苦茶だったんだね~。

 

「そんな訳だから、以後はあたし達が守ってあげるわ! よろしくね、天使ちゃん♪」

「あ、あははは」

 

 上機嫌な顔になったエイトさんが、腕を絡めて抱き付いて来たけれど、そんな事を気にする余裕も無くなって、何だかもう笑うしかなかった。




 2013年3月17日(日) 記号文字の後にスペースを入力。無駄な改行の削除、及び地の文等を中心に大幅に改訂しました。戦闘時の描写を加筆。魔法の擬音を文章表現に変更。調査隊との会話も変更しました。

 蒼の騎士団(『ネギま!』と中世と言う事もあって、いかにも中二病な名前にして有ります)は現地の言葉で一方的な翻訳魔法付き。調査隊メンバーは、魔法世界人なので英語と考えています。シルヴィアは後々メルディアナ魔法学校でその辺を知る事になります。それが無ければ、原作の魔法世界編で全員言葉の壁にぶつかっている筈ですから。
 魔法世界の宗教に関しても、あちら出身の高音・D・グッドマンやココネに、どちらか不明ですがシスターシャークティ等が居るので、問題が無いと判断しています。


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第5話 森からの旅立ち

 何この状況……。

 

「へぇ~。天使の翼ってこんな風になってるのね。一般人に紛れ込んでいても分からないんじゃないかしら?」

 

わさわさ。

 

「く、くすぐったいから止めてもらえませんかーー!?」

 

 この人本気触りだよ!

 今まで誰も居なかったから触られたこと無かったけれど変な感じ!

 

「イヤよ。こんなにサラサラした翼なんて、高級な羽ペンでもなかなかお目にかかれないわ」

 

わさわさわさわ。

 

 くっ!このままじゃ遊ばれて終わってしまう!

 絡み付いてるこの人を何とかしないと!って、翼をしまえば良いじゃない!

 忘れてたよ私!くすぐったいのを我慢して集中。人の姿に!

 

「あぁ!」

 

 何ですかその凄く残念そうな顔は。

 可愛く膨れても出さないものは出しませんよ!

 

「と、とりあえず、話を続けてもいいだろうか?」

「ハイ。すみません」

「エイト、離れろ」

「イヤよ」

 

 この人変り身が早過ぎるんじゃないかな?

 隊長さんもっと怒ってやってください!

 

「エイトが先に言ってしまったが、我々としては大きな魔力の原因を味方に引き入れたかった。結果的に1人の女性、いや天使であったというべきか。解ってもらえるだろうが、宗教的・世界的な影響力は計り知れない」

 

 うん、そうだよね。

 教会の人とかから見たら、天使様がやってきました!我らに導きを!奇跡の御業を!

 とか言われそう。

 

「我々魔法世界の影響力は、イングランド王国内のメルディアナ学校にある。十字教の影響力もあり、天使としての影響はそれこそ王を抜くものにもなりかねない」

 

 ですよね~。嫌な予感がしたんだ。

 ぜったい利用されるよね?

 というか、宗教ってこの時代は、かなりの影響力があった様な?

 

「出来れば我々とメルディアナまで来てほしいのだが、問題は無いだろうか?無ければ向かい正式に協力内容を詰めたい」

 

 無い、よね?信仰集めは必須らしいし、魔法世界の組織とも仲良くなれそう。

 次の転生者が生まれてくる1300年頃に魔法世界に行ける様にしてもらえれば良いし、この隊長さんと仲良くなれば利用されないように上手く考えを助けてくれそう。

 あとは~?あっ!女神様に作ってもらった家!

 

「はい、メルディアナってところに行くのは大丈夫です。ただ、私の家が置き去りになってしまうのでそちらをどうにかしたいって思うんですけれど」

「ならば結界魔法で封印を行うと良いだろう」

 

 結界?そんな魔法は私の本に書いてなかったよ?

 封印とかもあるんだ。危険なものもありそうだし、色々教えてもらおうかな~?

 

「えっと、結界とか封印とかの魔法は知らないのですが、どうすればいいのでしょうか?」

 

 そういうと何だか変な顔をされてしまった。

 あれ?そんな変なこと言ったかな?

 

「我々が最初に接触したときに『こおるせかい』の上級殲滅魔法からの封印術を、君が吹き飛ばした連中が唱えていた。結果的に魔法障壁だけで相殺されていたが、君ほどの魔力でなければ今頃まとめて氷の中だ」

 

 ええぇぇ!?あのとき結構ヤバかったんだ。防御魔法の練習をしておいて本当に良かったよ。

 氷付けにされたままどうなっていたか分からないものね!

 

「ともかく家を結界で覆って、認識阻害と影の魔法で隠せば問題ないだろう。君の魔力を楔として打てば封印完了だ」

 

 認識阻害?影で隠すって言うのはなんとなく分かるけれど。

 また知らない魔法が出てきたよ。

 

「すみません、認識阻害って何ですか?」

「認識阻害の魔法は、例えばそこに有る物を無いと思わせたり、違う場所にあると思わせる魔法だ。隠したい物や人、暗示にも使われる」

 

 なるほど~。って暗示とか言われるとマッチョ神を思い出すな~。

 でも必要そうだし習っておくだけなら損はなさそうかな。

 

「分かりました。家まで案内しますから、その魔法を教えてもらえますか?」

「了解した。しかし初めて使う魔法を、一朝一夕で組み合わせる事は普通は無理だ、なので我々が魔法の陣を作る。最終的な魔法の発動と楔打ちの魔力供給だけは君に任せる」

「はい、お願いします」

 

 うん、色々魔法が混ざってるみたいだし。

 イメージも出来ないからそこはまかせっきりかな。

 魔力を出して楔を打つ?ってだけならちゃんとイメージ出来そうかな。

 

とりあえず、そろそろ腕を放してもらえませんか?」

「イヤ☆」

 

 星を飛ばされました……。

 

 

 

 

 

 

「えぇと、ここが私の家になります」

 

 私達は場所を移動して、女神様に作ってもらった家の前に居る。

 なんか変な目で見られてるんだけれど、どうしたのかな?

 

「随分と変わった家ね?何と言うか前衛的?」

「見たことが無い壁ですね。何で出来ているのだろう」

 

 散々な言われようだ……。

 別に変な家だと思わないんだけれどね~。これくらい普通じゃない?

 リビングとベッドルームとバスルームのちょっと良いホテルみたいな感じ。

 一軒家なんだけれど、西洋風だし何かおかしいのかな?

 

「ふむ。きっと天使から見たらこれが普通なのだろう。封印術をかければ楔を抜くまで出入りは出来なくなる。何か必要なものがあれば今のうちに取り出しておくのをお勧めするが?」

 

 やっぱり変らしい。う~ん、取り出しておく物って言っても本は体に入れてあるし、服は天使様やるなら黒いほうは要らないよね?

 

「特には無いかな~。無くても困るものはありません。家には生ものもありませんから」

 

 なんかまた変な顔をされてしまった。今度は何だろう?

 

「ねぇ天使ちゃん。結構上等なドレスを着てるけれど、森を抜けるんだし外套とか無いのかしら?メルディアナへ行くまでに汚れるわよ?」

「あ、このドレスって汚れたりしないんです。家にあるのは色違いだけですから、天使として偉そうにするなら真っ白のこれだけで良いかな~、なんて」

「よ、汚れない!?」

「何でも有りなのね~」

「偉そうに、か。まぁそうだな。ククク……」

 

 むぅ。笑われてしまった。

 しかも呆れられている様な?

 これじゃ、信仰を集めたり威厳とかには無縁になりそうな予感が!

 

「問題無いなら魔法の準備だ、セブンは影で覆え!エイトは認識阻害の上乗せを!結界は私が担当する!」

「「了解!」」

 

 そう言ってテキパキと作業を始めてしまった。

 どんな手順かも分からないほど手早い様子で、もう終わったのかこちらに近づいてきた。

 

「それでは仕上げに『魔法発動体』になっているダガーを渡す。ダガーを抜けば魔法は解除されるが、君の魔力ならば他の者は抜けないだろう。何も考えずに思いっきり魔力をこめて、玄関前に突き刺してほしい」

「はい!」

 

 受け取ったダガーに魔力を流しながら、無心でダガーを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 頬に当たる風が心地良い。今私達は、イングランドを目指して空を飛んでいます。

 隊長さんたちは町の宿に預けていた荷物を背負って箒に乗っています!

 

 私はホワイト系のフード付き外套を買ってもらいました!

 飛ぶ時は翼に当たるからしまってもらったけれどね!

 

 しかし、森を抜けて10kmくらい進んだら町があったなんて……。

 森を出たら出たでやっぱり目立つ事になっていたのかな。

 町に行ってもこの時代のお金は無いんだよね!

 

「ふむ、認識阻害の魔法は問題ないようだな」

「あ、はい。大丈夫だと思います」

 

 そう、飛ぶとき明らかに目立つ私に、認識阻害は覚えたほうが良いって教えてもらいました。

 基礎だけど、魔力が大きいからひとまず問題は無いそうです。

 隊長さん達も認識阻害を使っているから、一緒にいれば相乗効果でまずバレないみたい。

 

「そろそろイングランド上空だ。他の組織や貴族領の問題もある。集中してメルディアナを目指す!」

「「了解!」」

「はい!」

 

 貴族かぁ~。普通に転生していたら憧れたのかもしれないけれど、今の身体だったらむしろ絶好のターゲットだよね?

 天使的な意味も見た目的な意味も。フード生活は必須になりそうだなぁ~。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず問題が起きる事も無く、無事にメルディアナって所に着きました。

 翼を出したままだと目立つという事で、近くの森に下りてフードと外套を装着。

 報告の時に天使の姿になってほしいと言われました。

 

「調査隊帰還しました!」

「コードデルタ!任務ご苦労。してそちらの者は?」

「こちらは謎の魔力を発していた本人です。観測データと本人の確認も取れています。これから内容は詰めますが協力体制をとる約束は取り付けました」

「了解した。会議室を使ってくれ。他には何かあるか?」

「事はメルディアナだけで済みません。現在の最高責任者を会議に呼んでください。後々はメガロメセンブリアとの協議になるでしょう」

「なんと!……責任者には貴官ら以外の護衛も付ける事になるが?」

「問題ありません。むしろ上の立場の目撃者は多いに越したことは無いでしょう」

 

 何だか随分と話が大事になってる気がするんですけれど~?

 それにしても偉い人のやり取りって肩が凝りそうな話し方だよね。

 なんだか別の世界の会話に聞こえるよ。

 

「それでは会議室までご足労願いたい」

「はい」

 

 とりあえず無難に返事をして隊長さんの後を付いていく。

 

 

 

 

 

 

「わしがメルディアナの支部長になる。わざわざヨーロッパの内陸からようこそ」

 

 出た!いかにも魔法使い!って感じのお爺さんが目の前に居ます。

 

「調査隊も任務ご苦労。して、報告を聞きたい」

「了解しました。まず我々は黒の森と呼ばれる場所にて探索を行い。原因不明の魔力と同じパターンを発する女性との接触に成功しました」

「女性?小柄だとは思っておったが女性だったか。それから?」

 

 やっぱり話し方は仰々しいね~。

 もうちょっと軽く話せないのかな?

 こんな話し方って、天使様を演じる時は覚えないといけないのかな~?

 

「はい。他組織と言いますか、冒険者による魔女狩りや名上げ行為を行う集団が、上級殲滅魔法と封印術を行おうとする現場に立ち合わせました。しかし彼女の魔法障壁はその一撃を防ぎきり、即座の反撃による勝利でした」

「ふむ、魔法使いとして十分な実力があるということか」

「本質的な彼女の評価はそこではありません。むしろそこからが本番です」

「む?何があった?」

「シルヴィアさん、準備をたのむ」

「はい」

 

 呼ばれたので外套を脱ぎ、横にくっつく様に立っていたエイトさんに預ける。

 なんだか見た目だけで随分注目されてしまってるけれど、正直そこに感心してほしく無いな~。

 自分でこの容姿になったんじゃないからね~。

 

 とりあえず集中。翼を出すイメージをとる。天使の姿に――!

 

「これは!」

「なんと!」

 

 魔法使いのお爺さんも、一緒に居る偉い人も驚いている。

 一度私の姿を見たことがある隊長さん達はあまり気にして無いようだ。

 訂正。エイトさんだけは視線がおかしい。

 むしろじっくり見られてる。今触るのは止めてくださいね?

 

「……天使。だそうです」

「天使!?」

「馬鹿な!」

 

 やっぱり簡単には認められないよね~。

 証明って言っても何か方法は無いかなぁ~?

 

「彼女の魔力パターンは観測されたものと完全に一致。また魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の精霊系亜人にも似た魔力ですが明らかに別物。そもそも彼らは魔法世界から出たがりません。また、半透明の銀の翼など聞いたことがありません」

「なるほど、のう……」

「しかし、証拠も無いのに天使とは言えないのではないか?」

 

 偉そうな人が反論してるけれど、その気持ちはわかるよ。

 私だって自分がこうなってなければ『天使です』なんて言われても、頭大丈夫ですか?って聞きたくなるものね。

 

「ふむ、ならば天使らしい力は持っておるか?」

「力?ですか?」

「うむ、我々人間や魔法使い、魔法世界の亜人では出来ない事は無いかの?」

 

 うーん。光の精霊と闇の精霊を集められるとか?

 あとは私の本とか。服が汚れないのは魔法で出来たりするのかな?

 

「彼女には使命があるそうですが……。その関係で何らかの力は無いだろうか?」

 

 やっぱり光の精霊をたくさん集められるってのが良いところかな?

 思いつく事を言うだけ言ってみようかな。

 

「えぇと、光の精霊をとてもたくさん集める事ができます。あとは着ている服が神力でまったく汚れません。あとはちょっと変わった本が取り出せます」

「服の事はここに来る間にまったく汚れず破れない事は確認したが、光の精霊と本というのは初耳だ」

「あ、はい。私は光の精霊をたくさん集められるので魔法も簡単に使えます。本というのは私の使命に関係するものです」

 

 やっぱり無理がある気がするなぁ。

 

「なるほどの。とりあえず光の精霊を集めてみてくれんか?」

「はい」

 

 それじゃ防御魔法のイメージで。

 ただ集まるだけで良いから力を貸してほしい!

 

「こ、これは!」

「なんと!?」

 

 その瞬間、初めてこの世界に来たときの様に、白い尾を引いた光の玉が視界一面どころか世界を塗り潰すくらい集まっていた。



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第6話 メルディアナの日々

 という訳で絶賛シスターさんのお手伝い中です!あれから結局、『おそらく天使だと思われる』という認識をされました。

 だって本物の天使なんて見たことが無いから分からない。なんて結論でしたよ……。でも本当に天使なんじゃないかって認められたのは、光の精霊を集めた事じゃなくって生活の中での出来事でした。

 

「天使ちゃ~ん♪食事にしない?」

「あ、私ご飯食べる必要ないんですよ」

 

 って、何気なく言ったら変な目で見られた。

 

「やせ我慢してたりするのかしら?それとも私達と同じ食事は口に合わないとか?」

「ち、違いますよ!本当に食べる必要が無いんです!」

 

 怪訝な顔をされてしまったけれど、1週間くらい飲まず食わずでお手伝いしていたら、これは本物なんじゃないか?って、周りから見られるようになりました。

 上層部の人は監視を付けていたらしくて、その辺りからも情報が流れているようです。

 

 一緒にご飯食べられないのが寂しいから、せめて食堂には来ない?って言われて付いていったら、本場の紅茶を発見!

 ここぞとばかりに飲んでいたら、食べられるんじゃない!って怒られてしまった……。

 それからシスターメアリーとは何度かお茶会をするようになりました。メアリーはエイトさんです。あれから洗礼を受けて本当にシスターになっちゃいました。

 というのは表向きで、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫からのお目付け役兼教育係だそうです。

 

 そうそう魔法世界と言えば一番大きな町がメガロメセンブリアなんだそうです。そこからメルディアナ経由で色んな交易をしているとか。私が見つけた紅茶もメガロからの輸入品で、他にも今の地球では手に入り難いものもあるそうです。

 あれ?そうすると、実は本場の紅茶じゃない?これはちょっとショックだったかも。はしゃいで飲んでた自分が恥ずかしいです!でも、紅茶は紅茶だよね?すっごく久々に現代っぽい雰囲気が味わえたのは嬉しかったです。

 だけどシスターメアリーが言うには任務上、これから色々な経験をするから貴族的で優雅な振る舞いを覚えておきなさい!って、紅茶の飲み方に煩いんですよ!

 

「ほらそこはもっと作り笑いをして!手はもっと華やかに!」

「抽象的で分かりません!」

 

 そんなやり取りをしながらも何とか礼儀とか作法とかを練習して、紅茶の飲み方も注意されつつ、シスターのお手伝いの日々を送っています。

 そうそう、メルディアナの偉い人たちとの協力体制はこんな感じになりました。

 

 

1、メルディアナ魔法学校と対等な関係であり、メガロメセンブリアへの協力は依頼という形で行う。

 

2、メルディアナはシルヴィア氏の身柄の保護と悪意のある噂の対処を行う。

 代わりに『天使』として仕事を行い、教会の布教の協力。

 また戦時においては祝福の儀式をとり行う。

 

3、魔法組織からの有事の際には、魔法使いとしての協力を教会より優先して行う。

 メルディアナはその存在を秘匿する義務がある。

 

4、イングランド王国と敵対しない。

 ただし、イングランド側からの一方的な攻撃が行われた場合はその限りではない。

 

5、これらの契約は、同氏の使命が遂行される1300年まで有効とする。

 謝礼として魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫へ送り届け、以後の行動は詮索しない。

 

 

 こんな感じになりました。

 デルタ隊長さんからは、随分と譲歩された内容だと驚かれました。

 実質、協力体制をとっていれば拘束力は無いし、ボランティアが多いくらいなのかな?

 色々と勉強する機会もあるみたいだし、何より魔法学校!

 知らない魔法や、薬草の勉強をしたいって言ったら、先にお嬢様になりなさいと怒られました……。だからってポエムとかも勉強する必要はありますか?厳しいよメアリーさん。

 

 

 

 

 

 

 ――それから数ヵ月後。

 

 私の偽お嬢様も板についてきたという事で、イングランド王国の国王様。

 ヘンリック1世と貴族達に、教会の天使として挨拶に出る事になりました。

 

 女神様から貰ったドレスの質がいいという事で、そちらをメインに教会関係者という事で過美にならない程度に十字架のペンダントと装飾品。

 長い髪は結い上げて翼を見せるための演出を行うという事です。

 

「陛下、本日の謁見は教会の大司教殿と、例の天使殿になります」

「天使か。教会の狗はどんな見世物を手に入れたのやら、良い!通せ!」

「ハッ!」

 

ギィィィィ――!

 

 重たい音を立てて、謁見の間の扉が開かれる。

 大司教さんを先頭に数名のシスターと私は国王陛下の前に姿を現した。

 

「……なんだ小娘ではないか」

「ほう、これは中々」

 

 隠す気も無い品定めの視線と声が聞こえる。

 うぅぅ。見世物になるのは分かっていたけれど、結構ツライなぁ~。

 いけないいけない、顔を引き締めないと!

 

「良い。大司教、顔を上げよ。発言を許す」

「ご尊顔を拝しましては、光栄にございます。本日は――」

 

 帰りたくなってきたよ。

 今は大司教さんが挨拶をしてるけれど、次は私の番になる。

 ……本当に帰りたくなってきた。

 

「そなたが噂の天使殿とやらか?」

 

 来た――!

 

「良い。面を上げよ、発言を許す」

 

 それを聞いて顔を上げる。それから膝を折って身を屈め、淑女の挨拶をとる。

 周りの貴族は礼を取った事に安心した様子を見せるがその隙に周囲に光の精霊を呼び込み、翼を広げて臣下では無い言葉を紡いだ。

 

「お初にお目にかかります国王陛下。わたくしは天使シルヴィア・アルケー・アニミレス。神より使命を受け教会に舞い降りました」

 

 あぁ、貴族さんが明らかに怒ってる。

 でもすぐ隣の人は情けないくらいに腰を抜かしてるなぁ~。

 やっちゃったって顔をしてる貴族の人も居る。

 あ、衛兵さんが警戒して王様の横についた。それはそうだよね~。

 

「ふっ!はははは!どんな教会の狗が来るかと思ったが!ここまで本物らしいものを連れてきたか!ふははは!」

「へ、陛下!笑い事では!」

「良い!ここまで出来るならばかえって説得力がある!旗印にもよかろう!」

 

 なんかウケてる?

 笑わせるつもりはなかったんだけれど、王様の考えって分からないなぁ~。

 

「シルヴィアと申したか御使い殿。それで我らに裁きでも与えに来たかな?」

「わたくしの使命は世界を育む事。そして悩める魂を救う事です。イングランド王国の方からの一方的な暴挙が無い限り、敵対する事はありえませんわ」

「ほう……」

 

 そろそろいっぱいいっぱいです。

 元一般人に王様の相手はツライですよ!

 

「あいわかった!ヘンリック1世の名に誓って、御使い殿の救済の命を違えないと誓おう!ならば御使い殿は我が国のためにお力を裂くのであろう?」

「ええ、契約に従い1300年までの間、この地に留まり力を添える事を誓いますわ」

 

 とりあえず付け焼き刃は終了。

 大司教さんが始終にこにこしていたし、後ろに付いてきたメアリーはにやにやしてるし。

 早く帰りたいです!

 

 

 

 

 

 

 ――それからは色々ありました。

 

 偽お嬢様教育が終わったので、メルディアナの資料で上級魔法や結界魔法。認識阻害とか隠匿に気配遮断。魔力の気配が大きすぎるから力を使うと居場所が分かるっていうので、魔力をもっと制御したり、隠れたりする勉強をしました。

 もちろんこの世界の薬草の勉強もしたけれど、魔法世界のほうが研究はもっと進んでいると言われました。

 

 それからまた何年かすると戦争が起きて、騎士団長への光の精霊の祝福。

 結果的に勝利したけれど、私の力が戦争を勝利に導いた力の1つだって事が中々に重いです。

 私自身も実は暗殺されそうになりました。簡単には死なないけれど、実際に襲われるのは怖いです。魔女狩りの時以来、久しぶりに攻撃魔法を使う事になりました。

 他の魔法組織からの攻撃だったので、結果的にメガロメセンブリアの魔法部隊が報復。その組織は壊滅したそうです。

 

 1300年までの間160年以上イングランドに留まりました。

 デルタ隊長さんもメアリーも亡くなりました。

 2人とも最後まで色んな事を教えてくれて、組織の人と付き合うにはこういう所に気をつけろだとか、遠距離魔法は問題ないけれど懐に入られた時の対処とか。生物的な肉体が無いから鍛える事は出来ないので、いまいち身に付かなかったけれど、二人の事を忘れずに練習していきたいと思いました。

 

 そして最後の契約の年が終わり、魔法世界のメガロメセンブリアへ。

 魔法隊で良くしてくれる人を頼りながら、立場上貴族街の修道女寮に移住しました。




 2013年7月10日(水) 7月9日の利用規約の変更を受けて、死後五十年以上経っている人物(日本における著作権の消滅)ですが、イングランド国王の名前を架空の人物名へ変更しました。


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原作過去編
第7話 出会いと望まれた命


「――と、言うわけだからお前らには転生してもらう!拒否しても良いが、その場合は魂を浄化して記憶は消去。輪廻の輪に戻ってもらう」

 

 戻るも何も輪廻の輪から掻っ攫ってきたんだがな!

 神と言っても暇なくせに義務ばっかりとやかく言いやがる!

 

「やっべぇ!転生キター!チート特典とかあるんだろ!?」

 

 この男は良いな!願望を表に出して、物事を単純にしか考えられなくなる暗示をこの空間にかけてあるが、ここまで思い通りだと気分が良い!

 さて、どんな願望があるのか見てみるか。

 

 

・英雄「ナギ・スプリングフィールド」と「ジャック・ラカン」にガチ勝負でフルボッコ!

 

・ハーレムでうはうは!

 

・不老長寿で強靭な肉体!

 

 

「それじゃ!魔力はナギの倍!気はラカンの倍!不老の超命種でよろしく!」

 

 くっくっく!笑いがとまらねぇ!

 こいつ典型的な猪突猛進タイプだな!良いぜ望みはかなえてやる!

 ただし『曲解』した結果にしてやるけれどな!

 せいぜい足掻くのを楽しませてもらうとしよう!

 

「よし決まったな!じゃぁ泉に飛び込め!」

「おっし!行くぜ!」

 

バシャアァァァァン

 

 本当に何も考えずに飛び込んだな。

 まあ気づいてからのお楽しみってやつだ!

 さて、次だ次!今度はどんな願望を見せてくれるのかねぇ!

 

 

 

 

 

 

「おっし!行くぜ!」

 

 やっべぇ!わくわくが止まらねぇ!

 待ってろよ英雄ども!俺が格の違いってやつを見せ付けてやるからな!

 筋肉神にはあえて言わなかったが、麻帆良のハーレムはオレがもらう!

 ネギの野郎の仮契約ハーレムにはもったいないぜ!

 

バシャアァァァァン

 

 お!意外と冷たくない!これで意識があんてーんってやつですか!

 

 

 

 

 

 

 暖かい――。

 

 ここはどこだ?

 真っ暗で何も見えないし体も動かねぇ。まだ生まれてないのか?

 暖かいな……。しばらく様子見って所か。

 

 

 

 

 

 

 ――ゴンゴン!

 

 なんだ!?まだ何も見えないぜ!

 いや、身体はなんとなく動くな……。

 この叩く様な音はなんだ?胎内でこんな音はしねぇだろう?

 

「ギェェェェェェェ!」

 

 うお!何だこの声!生まれる前からやべぇんじゃねぇのかよ!?助けろ筋肉神!

 やばいやばいやばい!動け俺!

 

バリバリィ!

 

「キュルルルル!」

 

 え!?何だ!何の声だ!身体は少し動くが何も見えねぇ!

 って、何だ?何か旨そうな匂い。ちょっと待て!赤ん坊がいきなり物食うかよ!

 

もぐもぐもぐ

 

 勝手に食うな俺!ちくしょうなんだよこれ!

 

「キュルル!」

「ビィィィィ!」

「ギェェェェェェェ!」

 

 なぁ、まさか……。人間じゃないのかよ!?

 俺、筋肉神になんて頼んだっけ?思い出せ!

 

 

『それじゃ!魔力はナギの倍!気はラカンの倍!不老の超命種でよろしく!』

 

 

 そうだ!魔力や気は英雄に勝つために2倍!あとは不老の長命種!

 ――って!種族を具体的に頼んでねぇ!馬鹿じゃねぇ俺!

 

 長命種って言ったら何だ!?何がある!?

 『ネギま!』の世界は魔法使いが隠れている地球と、ファンタジーな魔法世界だ!

 

 地球にあんな泣き声の生き物なんて居たか?

 オオワシとか?しかし鳥じゃ魔法とか気とか使えねぇよな?

 そう考えると魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫か。やべぇ詰んでねぇ?

 

「キュルル!」

(くっそーーー!)

 

 あ、この声って俺か!こんな泣き声しか出ないのかよ!

 考えろ!長命種で飯が貰えてこんな鳴き声の生き物!

 

 ――モンスター?、魔獣?、怪鳥?、竜種……!?

 

 くっ!モンスターだったら本気で詰んでるな!

 魔法が使えるはずだから、せめて喋れるだろう!

 そう考えたら魔族的なやつか!?魔獣が妥当な気がしてきたな。

 やべぇモテねぇじゃん……。

 とにかく今はメシだ!成長しない事には何もできねぇ!餌くれ餌ぁぁ!

 

 

 

 

 

 

 ――数ヵ月後。

 

 もぐもぐもぐもぐ

 

 肉最高!今日も母竜が餌を運んできてくれたぜ!

 おう!俺ドラゴンだった!やったぜドラゴン!これなら長命種の中でも最高峰だ!

 生きるのには問題ないし!餌も母竜が持ってきてくれるから順調に育ってる!

 早く成長して人間になる魔法も使いたい!

 

 それにしても魔力や気ってどう使うんだ?気は気合だよな?

 ラカンが「気合だ。気合さえあればなんでも出来る!」って断言してやがったし。

 ちょっと気合入れてみるか?

 

「キュルー!」

(うぉぉぉぉぉぉぉ!)

 

「ギェェ!」

「ビィィィィ!」

 

 うは!何言ってるか解らねぇ!ただ何となく気合で出せたな。

 ドラゴンなんだから気さえ出せば生きていけるだろう。

 ……あれ?俺なんか忘れてねぇ?

 

 

 

 

 

 

 ――さらに数ヵ月後。

 

 やばい……。眼が見える様になってきてから気づいた。

 俺明らかに成長遅い。

 

 何でだ?他の兄弟達はもう翼で飛んだり、母親について狩りに行ったりしてる。

 俺はまだ巣穴でたまに餌をもらえるかどうかだ。

 気が使えるから兄弟が狩ってきた餌を横から食えるが、このままだと狩りにもいけねぇ。

 

 どうしてこうなった!考えろ俺!筋肉神は何をしてる!

 

 

『魔力はナギの倍!気はラカンの倍!不老の超命種!』だろう!?

 

 

 ――あ!まさか!俺成長しねぇ!?

 不老ってそういう事かよ!やべぇ!マジで死亡フラグだ!

 ドラゴンっていったらでっかくなってなんぼだろう!?

 ちっこいままじゃ襲われたら終わる!

 

 うん?そういえばドラゴンって成長割と早いのか?

 他の兄弟は結構ごっついよな?

 緑の鱗に竜らしい角、たくましい腕と爪。尻尾も力強くて、翼は雄大に見える。

 

 母竜はどうだ?

 ……意外とほっそりしてるな。しなやかってやつか。翼は何だか品があるな。

 女王様ってか!それにしても俺の身体って成長遅ぇ……。

 

 

 

 

 

 

 ――それからさらに2ヵ月後。

 

 ……俺捨てられました。死亡フラグが完成!

 母竜と兄弟達とはどこかに飛び立った後は行方は分からない。

 育たない子はいらないらしい。自然の厳しさを生まれて1年足らずで勉強しちまった!

 

 一応はしばらく前の兄弟と同じくらいには育った。ただし、俺、雌竜でした……!

 冗談だろう!って何度も他の兄弟と見比べたりしたけれど、母竜との共通点の方が多くて……。

 これじゃ人間に変身して、うはうはどころじゃねぇよ!それ以前に死亡エンドかよ!

 

「キュ~」

(何だよこれ!)

 

 やべぇ、怒鳴ったら腹減ってきた……。

 このままじゃマジで死ぬ。狩りもいまいち教わってねぇし、幼体の竜が1人で生きていけるほど魔法世界は楽じゃないはず。

 ちくしょう筋肉!ラカンに会ったらまずはフルボッコだ!それまで生きてたらだがな……。

 

バサバサ!

 

 知らない羽音が聞こえる。

 え?何だ?俺を餌にしに来たのか?これで終わりか……。

 

 絶望色に染まった顔を上げると――。そこに天使が居た。

 

 

 

 

 

 

 ――魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に移住してから数ヶ月。

 

 魔法世界は『魔法』って名前の神様が居るみたいです。

 

『天使?へぇ~そうなんだ~。』

 

 ……って、割と軽かったので逆にびっくりしました!

 こちらでは魔法がどれだけ使えるか。それから貴族や議員といった偉い立場に居るか。そういうのが重要みたいです。力と権力って、ちょっと薄情じゃないかな?

 

 そんなわけでメガロメセンブリアの修道院で仲良くなった人達におしまれつつ、立場上お金だけはあったので、なるべく貴族の人たちに干渉されず、教会上層部の影響も少ない土地と家を買う事になりました。

 家より庭が広くて、下級貴族みたいな感じ。これでほとんどお金は無くなっちゃいました!

 

 これからは転生者探しです。

 私には使命があるからあまり家には居られないと言ったら、教会のシスターを中心に奉仕活動という名目で、見習いシスターの教育や庭で魔法の練習をしても言いという事を条件に管理してもらえる事になりました。

 何だかお世話になってばかりです。こっちは中世の地球と比べて食料や器具が発展しているので、お礼に未来の料理を披露したら、こんな食べ物見たこと無いと不思議がられながらも喜んでもらえました。

 

 

 

 

 

 

「それでは行ってまいります」

「貴女の使命に神の祝福があらんことを、私達は皆祈っていますわ」

 

 そんな言葉で見送られて、飛行と認識阻害の魔法を纏って魔法世界を飛び回ってます。

 探し続けるのに、疲れ難くてお腹も減らないって言うのは便利だよね~。

 

 そしてある山間部にさしかかった時――!

 

「本が光ってる!」

 

 という事は、こんな山の中にあの子が居るって事かな?

 マッチョ神は本当に酷い事をするなぁ。今迎えに行くからね!

 

 本の光具合を頼りに山の上空を飛び回る。

 

「あっ!光が強くなった!こっちの方かな!」

 

 どんどん強くなる光を頼りに、山肌にある洞穴に降り立つ。

 え?ドラゴン!?しかも何だか弱ってる!ええっと、本の表紙裏の情報は……。

 

 

・名前 無し 設定可能

 

・種族 ウィンドドラゴン 女性

 

・転生特典

 魔力強大、気強大、老化し難い、成長晩熟、長命種。

 

・枷 『物事を曲解』された転生特典

 

 

 なにこれ!?

 マッチョ神は真面目に願いを叶えなかったって事だよね!?

 

 ……見た感じあまり成長していないから、凄く弱っているって事かな?

 あの子は小学生くらいだったと思うから10歳くらい?

 

 まずは人間形態になれるように再構成するのは絶対!

 竜種って言うのはアドバンテージだから、変身能力の付加もあったほうが良いよね!

 うん、そんな感じで。まずは話しかけてみてみよう!

 

 

 

 

 

 

 やっべぇ!何この天使!ものすっごく可愛いんだけど!

 良いの送ってきてくれたぜ筋肉神!許してやるから早く助けやがれ!

 

「貴女は前世の記憶を持っていて、生まれ変わりをしていますよね?」

 

 静かにそれでいて力強い声で問いかけられた。

 う……。なんか怒ってらっしゃる?

 どういうことだよ筋肉神!とにかく話をしないとマズイ!

 

「キュルールルルルー」

(そ、そうだ!助けてくれ!)

 

 うげ!人間の言葉出ねぇじゃねぇか!

 間違えられてどこかいかれたら困る!

 

「キュルルルル!」

(頼む!見捨てないでくれ!)

「もしかすると、言葉を話せませんか?それでは私が質問をします。首を振って答えてください。大丈夫ですか?」

「キュル!」

(おう!)

 

 とにかく首を縦に振る。

 良かった、転生者だって事は確認してもらえたみたいだ!

 あとは人間にしてもらうだけだ!

 

「貴女はマッチョな神の所で、泉に飛び込んだ方ですよね?」

 

こくこく。

(そうそう!)

 

「これから1度きりしか使えない神の力で貴女を助けます。まず完全な人間になれる様に。それから竜の姿と半竜人の姿にも。今は分からないと思うけれど、竜種はアドバンテージです。だから変身出来るようにします。問題は無いですか?」

 

こくこく!

(オッケー!完全な人間になれれば後はどうとでもなる!)

 

「貴女の転生特典はそのまま残ります。成長は遅くなるけれど、人の姿は元の姿とほぼ同じ年齢に出来ます。そこからは我慢してくださいね?」

 

こくこく!

(よっしゃ!最高だぜ天使様!)

 

「それでは始めます」

 

 そう言うと天使は持っていた本に手を当てた。

 

 ん?何だあの本は?

 神の書物とかそういうパターンか?

 

「『セフィロト・キー』召喚。起動を準備して……!」

 

 鍵形で1m程の杖の先に、セフィロトの樹が描かれた直径20cm程度の円盤が見えた。

 うは!セフィロトかよ!さっすが天使!中二病オツ!

 

「適応完了だね。いくよ?『リライト』!」

 

 ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!リライトってあれだろ!

 完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫だろ!?

 ここで昇天確定かよ!死亡フラグは折れませんでした!

 

 セフィロトの形の杖が光の粒子に変わり――。

 俺の身体を包み込んだ。

 

「キュルァ!――あぁぁ?え!?」

 

 いま、喋れたか?

 

「大丈夫?言葉は話せる?」

「あ……あぁ……、声がだせる」

 

 ちゃんと、人間になってる……!

 よっしゃぁあ!これでまずはラカンをフルボッコだ!それからハーレムだな!

 

「良かった!良かったよ!貴女みたいな小さい子をずっと一人にしてごめんね!」

 

 そう言うと天使にいきなり抱きかかえ上げられる。

 

 うお!天使様いきなりスキンシップですか!

 むしろ大歓迎です!

 

「あ、ごめんね、とりあえずサイズは合わないと思うんだけれど、この外套を被ってもらっていいかな?竜の姿で連れて帰ったら目立つし、女の子をそのままで居させる訳にいかないからね」

 

 へ?女の子?何を言ってるんだ?元の姿に戻してくれたんじゃないのかよ?

 そう思い自分の体を触ってみると――!

 

 なっ!?嘘だろ……?

 

「――お」

「お?」

「俺は男だぁぁぁぁ!」

「ええぇぇぇぇ!?泉の側で泣いていた女の子じゃないのかな!?」

 

 ……ぐ!この天使まさか天然か!?

 まさか勘違いでこの姿か!?

 

「ちがう!俺は男だ!泉に飛び込む時は、『魔力はナギの倍!気はラカンの倍!不老の超命種』って頼んだ!女にしてくれなんて言ってねぇ!」

 

 この勘違い天使め!もう1度セフィロト出せよ!

 ――待てっ!?1度きりとかさっき言っていなかったか!?

 

「あぁ、あの時真っ先に飛び込んだ男の人。何も考えてなさそうだったんだよね~」

「何!?あんた見てたのか!?」

 

 見てたなら尚更間違えるなよ!

 

「う、うん。私も転生者なんだ。とは言っても希望とかは無視されて、マッチョ神に無理やり天使にされたんだけれどね。あの女の子がずっと気になっててこの時代に来るって聞いていたから、てっきり貴女だと思ってて……」

「無視された?しかも無理やり?って勘違いには変わらないのかよ!」

「ご、ごめんなさい!でも、これを見てくれないかな?」

 

 そう言われて、セフィロトの杖が出てきた本の表紙裏を見せてくる。

 

 

【『セフィロト・キー』の適応完了】

 

・名前の設定が出来ます。

・転生時の枷『物事の曲解』を解除しました。

・受肉により「リライト」の影響を受けません。

 

※以下は上位神による初期設定により変更不可能です。

 

・種族 ウィンドドラゴン 女性

 

・転生特典

 魔力強大、気強大、老化し難い、成長晩熟、長命種。

 

・風の加護

 生まれつき持つ竜種の能力。風の精霊との親和性がかなり高い。

 

 

 な、何だこれ!『曲解』って俺が願った能力そのままじゃないのかよ!

 

「ど、どういうことだよこれ……」

 

 声が震えてるのが分かる、マジで泣きそうだ。

 

「最初から説明するね。まずあのマッチョ神は私達を、輪廻の輪から無理やり攫って来たの。だから転生させてやるとか言っていたのは、言い難いけれどマッチョ神の遊びなんだ」

 

 遊びだとぉぉ!ふざけるな筋肉!何だと思ってやがる!

 

「続けるよ?それであの泉の前に居た私達には、あまりものを考えられなくなる暗示の魔法がかけられていて、そもそも曲解したり単純な願いだけを言うようにされてたの」

 

 マジか。この天使、もとい転生者の先輩の言ってる事が本当なら、死亡フラグとかどうでもいいくらい霞むな。

 

「それであんたは何なんだ?どうしてそんな力が使えて事情を知ってる?」

「私は暗示が効き難かったみたいで、マッチョ神に色々問い詰めようとしたの。そうしたら嬉しそうにお前を部下にしてやるって。そのまま『神核』って神様の魂みたいのを飲み込まされて、地球で身体を砕かれて、精霊にされたんだ」

 

 ここまで来ると笑えねぇな……。

 身体を砕かれるってどんなだよ。

 

「そのまま1800年程、精霊に溶け込んだまま意識はほぼ無くって、別の女神様が助けてくれたんだけれど、そのときにマッチョ神は罪を犯したから消滅させられたって聞いたの。私には『神核』があるから、天使になってこの世界の管理を引き継いでくれって。そして転生者に埋め込まれた不幸な枷を取り外してあげてほしいって、この本を託されたの」

 

 は、ははは、ありえねぇ……。

 俺の方がよっぽどましじゃねぇか。

 食べ物さえあればドラゴンの力で何とか生きていけたかもしれない。

 それがこいつは意識を飛ばされて、使役されて、何百年も俺を待ってたって?

 

「とりあえずここに居てもしょうがないと思うんだ。メガロメセンブリアに家があるから、一緒に来ない?」

「あ、あぁ」

 

 屈託の無い笑顔で微笑む彼女に、俺はそう言うしかなかった……。



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第8話 新しい名前

「ではその子が、おっしゃっていた救済すべき魂の1人ですの?」

 

 うわ~。いかにもお局様なシスターだな。

 こんなのを相手にしてるなんてシルヴィアのやつも大変だぜ。

 

「えぇ、彼女の魂の枷はすでに解き放ちました。今は無垢な仔羊。これから生きる術を学び、羽ばたいて行く命です」

 

 すげぇな。堅苦しい言葉がすらすら出てきてやがる。

 ここに来るまで普通の女の子みたいに喋ってたが、伊達に何百年も天使様やってねぇって事かよ。

 

「それから彼女には名前がありません。出来ればきちんとした名前と後見人を付けてあげたいのです」

「あら、それでしたら【銀の御使い】様が後見人になるのがよろしいのではなくて?教会に身を置くのでしたらこれ以上の後見人はありませんわ」

「私は使命ある身です、いつまでもメガロメセンブリアにいられないのです」

 

 【銀の御使い】だと?二つ名持ちかよ!

 それにしても使命ってのは世界中で転生者を探し回ってるのか?

 

「では洗礼は受けさせますの?」

「それは本人の意思で決めてもらいたいと思っています」

 

 洗礼!?俺は宗教信じて無いぞ!

 いや神様が実在してるのはもう十分解っちゃいるんだがな?

 

 とりあえず名前どうするか。不本意だが男には戻れないみたいだしな。

 神の力ってのもあの筋肉が上級神だったせいでどうにも出来なかったらしい。

 だからって女の子らしい名前はごめんだ!

 

「では『フローラ』はいかがかしら?これから花咲く可憐な少女にふさわしいと思うわ」

 

 何いいぃぃぃ!ちょっと待て!

 そんないかにも女の子な名前はごめんだぞ!

 

「えっと『フローラ』?って呼んでいいのかな?」

「イヤだ!おr……――むぐむぐ!」

 

 『俺は男だ!』って言おうとしたら、シルヴィアが口をふさいできた。

 

(彼女を怒らせると、見習いの子達はすっごく怒られるの!だから、言葉使いは気をつけて!”ふり”で良いから、丁寧な言葉でね!)

 

 そう耳元で囁いてくる。

 

 なるほど、やっぱりお局様なわけか!

 しかしフローラはねーよ!

 だからと言って決めないとフローラにされちまいそうだし!

 

「その子に異論が無ければ『フローラ』と呼びますわ。よろしくて?」

 

 やべぇぇぇぇ!何か考えないと!

 せめて中性的な名前で!

 

「ふ、ふろーー!」

「フロウ?そっちが良いのかな?」

 

 ナイスだシルヴィア!『フローラ』に比べたら100万倍ましだ!

 

「あら、では『フロウ』ね。これからよろしくお願いいたしますわ」

「は、ハイ。ヨロシクオネガイシマス」

 

 あ、あぶね~。

 もうちょっとかっこいい名前が良かったが、仕方が無い。

 

「それでは【銀の御使い】様、この子を着替えさせてきます。後でお部屋にお連れいたしますわ。着させていた外套は洗濯させておきますわ」

「はい、よろしくおねがいします」

 

 あぁそうか、マント借りたままだったな。うん?

 なんでシルヴィアはそんな顔でこっち見てるんだ?

 何か哀れむような?

 

「それではフロウ。こちらにおいでなさい」

「あ、はい」

「また後でね」

 

 

 

 

 

 

「シスターではないので修道服は着せませんが、【銀の御使い】様が連れてきた娘です。それなりの格好をしなければなりません。ですのでこれを着なさい」

「はぁ!?」

 

 そういって渡されたのは、上品にレースがあしらわれた白いワンピース。

 修道院という場所柄か肩の露出を控えた長袖のものだが、女物という時点でありえない。

 ちょ!あのときの哀れみの目はそういう事か!

 ――待て!?もしかして下着も!

 

「着方は分かるかしら?」

「え、その、あの!」

 

 まてまてまて!

 パニックを起こしている間にお局シスターにテキパキと着せられていた。

 いつの間にか髪を梳かされている。

 

「はっ!俺は何を!?」

「俺?」

 

 じろりとお局シスターの目線が光る。

 あ、しまった。シルヴィアが言葉使いには気をつけろって言っていたじゃないか!

 でもいきなり女言葉は無理だって!

 

「フロウ。貴女はまだ小さい。【銀の御使い】様が魂の枷をお解きに成られたと言うならば今まで苦労してきたのでしょう。これからは皆で淑女の何たるかを大切に教えていきます。よろしいですね?」

「ハイ……」

 

 お局シスターの眼光の鋭さに、そう答えるしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

「シルヴィア、きたぜ……」

「いらっしゃい。やっぱり可愛くされちゃったね」

 

 あぁやっぱり解ってたのか。

 そうならそうと言ってくれれば良かったんだ。

 

「私のほうで動きやすい服とか、中性的なものを用意しておくよ、でもシスターに見つかったら怒られると思うから、結局はある程度は慣れないとダメかな?」

 

 そうか、怒られるのか。

 じゃぁなるべくシルヴィアと居よう。俺の事をちゃんと知ってるのはシルヴィアだけだしな。

 あとは他の転生者か。俺達の事を考えたらやっぱり酷い事になってるのか?

 

「なあシルヴィア。他の転生者ってどうなってるんだ?」

「分からないの。生まれる年代が近くならないと情報が出てこないんだよ」

 

 情報?この間使っていた本か。

 見せてもらえるなら何か調べられるんじゃ?

 

「シルヴィア。この間の本を見せてくれないか?」

「え!?良いけど……私にしか使えないし。それに、笑わないでね?」

 

 笑う?何で渋ってるんだ?

 

「はい……」

 

 どこからとも無くいきなり本が出てきた。

 とりあえず受け取ってみてページをめくる。

 

 ――!?『シルヴィアちゃんの取扱説明書♪』って!

 

「はぁ!?」

「だから笑わないでって言ったのに……」

 

 これも神の悪戯ってやつか!

 ぺらぺらと内容をめくってみると――。

 

「チートじゃねぇか!」

「やっぱりそう思う?」

 

 俺の『魔力はナギの2倍、気はラカンの2倍』も大概だと思ったが、こいつのはおかしいな。

 筋肉神が魂の器に限界があるとか言っていたが、神の魂は伊達じゃないって事か。

 

「とりあえず役に立ちそうなのは魔法の教本部分くらいっぽいな。あとは転生者に直接会わないとダメだろう」

「うん。でも魔法はそれに書いてある事以上の知識はもうあるから、別にまとめてあげるよ」

「お!それは助かるぜ!」

 

 気は何となく解るが魔法はさっぱりだからな、先生も居る事だしじっくりと魔法を覚えるか!

 

 

 

 

 

 

「プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ!」

 

 ……何も起こらない。

 分かってたよ!いきなり魔法を使えないことくらい!

 

 シルヴィアから借りた初心者用の杖を持って魔法の練習を始めてみたのは良いが、やっぱり簡単にはいかないか。シルヴィアが言うには、魔力だけあっても制御や理論をしっかりしていないと暴走したり、思ったとおりの結果が出ないらしい。

 

 そういえば原作のネギ坊主はしょっちゅう魔法を暴走させていたな。

 今の俺はあれと同じレベルか。いや理論はさっぱりだからアレ以下かよ……。

 

「まずはイメージかな。どこに、どんな形で、どんな効果が、どれだけ起きるのか。そのイメージが出来ていないと、精霊だって何をして良いのか分からないよ」

 

 なるほど。経験者のいう事は違うな。

 しかしイメージか。見せてもらったほうが早い気がするな。

 

「シルヴィア、ちょっと見本見せてくれよ」

「うん、いいよ」

 

 そういうと肘を上げて、指先を空に向けて一言。

 

「光の灯火」

 

 そう呟くとシルヴィアの指先に光が集まる。

 なんていうか密度?小さな光だが凄く濃厚な気配がする。これが魔力か?

 

「何か呪文ちがくねぇ?」

「火より光のほうが相性良くてね。光れば同じじゃないかな?」

 

 まぁそうなんだろうが、何か納得がいかない。

 

「私の場合は、初級は独学だったから10年くらいかかったんだけれど、ここは教えてくれる人が多いから、結構すぐ色々つかめると思うよ。あと、始動キーも考えておかないとね」

 

 10年か。まったく教えてくれる人が居なかったとしても、シルヴィアには教本があった。

 それで10年って事は俺の場合何年かかるんだ?

 

「ちなみに私の場合は、精霊との親和性が高すぎる上に魔力も高いせいで、制御が全然出来なかったのが理由だよ。フロウくんの場合は相性が良い風を中心にイメージと制御の練習かな」

 

 なるほど!じゃぁとりあえずイメージからか!魔法をたくさん見せてもらおう!

 そういえば、シルヴィアは原作の事は全然知らないのか?

 

「シルヴィア、話が変わるが原作ってどこまで覚えてる?」

「全然覚えて無いよ」

「はぁ!?」

 

 ちょっと待て。全然覚えてなくて200年以上やってきたのかよ!

 よくそれでメガロメセンブリアに家買ったな!

 

「俺が覚えてる原作教えておいてやるよ。準備しておいたほうが良いぜ。と言ってもまだかなり先になるから、忘れない様にメモしておいた方が良いな」

「ホント!?それは助かるな~。女神様から2003年の夏に魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫で山場だって事だけは聞いてるんだよね~」

 

 大丈夫かよそれ……。

 とりあえず、大きな事件のまとめだな。

 

 ――覚えてる知識をまとめるとだ。

 

 

 

・原作の約600年前

 エヴァンジェリンが真祖の吸血鬼に転化。

 

・原作の約20年前、戦争が起きる。

 ナギ・スプリングフィールドとかジャック・ラカンとかが活躍する。

 

・2003年の3学期に麻帆良学園で原作開始。

 ナギの息子の、ネギ・スプリングフィールドが何故か女子中の先生になる。

 

・エヴァに襲われたり、修学旅行や学園祭でトラブル多発。

 仮契約者が増えていく。

 

・2003年の夏に魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に行く。

 

 

 

 あれ?意外と覚えてねぇ。とにかく今は1300年代。約100年後のエヴァンジェリンに接触するかどうかが1つ目の問題か。

 

「エヴァンジェリンはどうする?関わりに行くのか?」

「うーん、転生者がいれば関わるよ。絶対に。ただ居なかったら放置かな~。悪いとは思うんだけれど、原作の大きな出来事は必ず起きるって言われてるから、誕生は必ず起きるんじゃないかな」

 

 なるほどな。確実に起きる出来事だから邪魔は不可能。

 後々良い立場にする事は協力できるかもしれないが、修正力とか働きそうだ。

 

「本の確認は定期的にしているから、1400年前後に生まれれば探す事はできるよ。ただしそばに近寄らないといけないから、世界中探すとなると結構大変かな。フロウくんの事だって時代が分かっていたから、運が良かったと思うよ?」

 

 確かに運がよかったかもしれない。

 山肌の小さな洞穴に居たわけだから、空を飛べるシルヴィアには見つけ易かったと言うべきだな。

 エヴァンジェリンは何処かの城に居たはずだが、転生者が近くに生まれるとは限らない。

 それならば……。

 

「やっぱり修行だな。分からないものに警戒しておく必要はあるが、準備を整える事に専念だ!」

「うん、分かった。魔法は教えるけど、気は出来ないから独学になっちゃうと思うよ」

「気は何となく使えるから問題ねぇな。それじゃ早速修行だ!」

 

 ――まってろよ筋肉ラカン!フルボッコだからな!



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第9話 グラニクスの拳闘士

この辺りが大体きりが良いところですので、本日の投稿はここまでにしようと思います。
もしかしたら夜にこっそり上げるかもしれませんが……w



 ――数ヵ月後。

 

「なぁシルヴィア!グラニクス行かねぇ?」

「自由交易都市?どうしたの急に?」

「拳闘士やってみたい!」

「え?結構危ない所だったと思うんだけれど?」

 

 やっぱり怪訝そうな顔してるな。

 まだ俺だって力不足は分かっちゃいるんだが、実際この世界の実力者って言うのを知っておかない事には活動は出来ないだろう。

 シルヴィアなら後衛の魔法使いにはピッタリだ!魔法はまだうまく使えないけれど気は気合で何とか使える。実力も分かって修行も出来るから一石二鳥だと思うんだよな。

 

「うーん、シスター達が認めないと思うけど、様子を見に行って、どんな実力者が居るか確認するくらいなら大丈夫じゃないかな~?」

「よし!じゃぁ行こうぜ!」

 

 約束は取り付けた!こっそり参加申し込みして実力アップだ!

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなったのかな……?

 

「さぁ本日の飛び入り参加!見た目は小さな少女ながら竜人のフロウ選手!相方は謎の白マントの精霊亜人ホワイティ選手!名前がそのまんまだー!」

 

 見学するって言ってたよね?拳闘士の実力が分からないから見てみたいって言っていたけれど、何も目の前じゃなくて良いんじゃないかな?と言うか何で私は偽名!?

 

「いいじゃん。二つ名持ちなんだろ?相手に警戒されて実力見れないよりマシじゃねぇ?」

「あれは教会関係の一部の人が言ってるだけだよ?魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫じゃ、全然有名じゃないよ!」

「よし!じゃぁ、今日から有名人!」

「ちょっとぉ!」

 

 まったく急すぎるよ!見学じゃ満足出来なくなっちゃったかな?

 帰ってからシスター長に怒ってもらおう!

 私みたいに偽お嬢様教育で苦労すれば、巻き込まれる大変さが身に染みるよね?

 うん、次の魔法修行はハードモードは確定かな~。

 

「対するは獣人のラグ選手!相方は魔法使いのオード選手!どちらもオーソドックスの前衛後衛マッチになりました!これはどうなるーー!」

 

 

 

 

 

 

 よし!一瞬シルヴィアの顔が黒くなってるように見えたが問題ないだろう!

 ぶつぶつ言ってるがちゃんと戦ってくれそうだ!

 

 問題はあっちの獣人だな。体格差は気で補えるか?

 子供の体といっても俺の身体は竜種だから、気を纏えばそれなりにパワーはあるはずだ……!

 とにかく思いっきり殴ってみるか!

 

「それでは試合開始!」

 

オオォォォォォ!

 

 うっわ!会場の熱気やっべぇ!とにかく殴りこむ!気を集中!気合だ気合!

 叫ぶような要領で全身に気を纏う。

 漏れてる量も結構あるが纏えるだけ上等だろ!

 

「てりゃぁぁぁぁ!」

 

 右手に気を集中して突撃!風竜のせいか、風を纏っている様な気もするな!

 

バシィン!

 

「ほぉ~。見かけによらず中々良い重さのパンチじゃねぇか!」

 

 フロウの右手に纏った気も風もラグは片手でいなす。

 あっさりかよ!結構気合入れたんだが!

 ――って!拳を捕まれちまった!

 

「――氷の精霊27柱!集い来たりて敵を射て!魔法の射手!氷の27矢!」

 

 やべぇ!魔法使いが撃ってきやがった!

 後ろの魔法使いが相手の獣人を避ける様に、左右と上から撃って来る。

 

「げ!避け場がねぇ!」

「はっはっは!お嬢ちゃんはこれで終わりだ!」

 

 マジか!こんなにあっさり!

 

「魔法の射手!連弾・光の101矢!」

「なんだと!?」

 

 後ろからシルヴィアの声が聞こえた。

 相手の魔法使いの氷の矢を全部相殺。そのまま獣人だけを吹き飛ばす。

 

「くっ!シルヴィア助かった!」

「ホワイティですよ?」

 

 あ、やべぇ、目が笑ってない。

 

「まったく。練習相手にしたかったみたいだけれど、相手にもなってないよ?」

 

 悔しいがまったくその通りだ。修行は結構したつもりなんだがこの様か。

 もっと気の使い方を、ちゃんと習うべきだな……。

 

「どうやら魔法使いの方を先に叩くべきだな!オード!」

「任せろ!」

 

 げ、向かってきやがった!

 気合で防御できるか?

 

「光の楯」

「――何!?」

 

 すげえ……。相手の攻撃がまったく通ってない。

 これが魔法使いの戦いってやつか。正直なめてた……。

 魔力と気さえあればテキトウに魔法使ってボコボコに出来ると思っていたんだが!

 

「――来れ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の 凍土と氷河を こおる大地!」

「よっと!これでおしまいだぜ!」

 

 マズイ!気を纏った攻撃をされた後にさらに魔法だ!これじゃいくらなんでも!

 

パシン!

 

 氷結魔法が闘技場を凍らせながらシルヴィアに向かって行くが魔法障壁に阻まれる。

 マジか?防御魔法解けてねぇじゃん。ドンだけ頑丈なんだよ。

 

「闇夜切り裂く 一条の光 我が手に宿りて 敵を喰らえ 拡散・白き雷!」

 

 シルヴィアが唱えた雷魔法が相手に降り注ぎ、痺れと煙幕を張る!

 

「今!」

「お、おう!」

 

 完璧に引き立ててもらった形か!だがせめて一発!

 

「おぉりゃぁぁ!」

 

 今度こそ殴りつける――!

 必死に気合をこめた右手を、獣人めがけて振り切る!

 

バキィ!

 

「ぐぁ!」

 

 そう言って獣人は倒れこみ気絶したようだった。

 

「ノックアウトー!ラグ選手!オード選手ともに立ち上がりません!勝負あり!」

 

オオォォォォォ!

 

「か、勝てた!」

「うん、勝てたね~」

 

 闘技場を退場しながら、そう呟く。

 ――ハッ!ヤバイ本気で目が笑ってない!

 

「ちょっと、露店に……」

「じゃぁ、私も付いていこうかな~?」

 

 ぐっ。そうだな、素直に謝って、修行を付けてもらうか。

 

「……ごめん。調子に乗ってた。格が違うのが身にしみた」

「うん、それともう1つだね」

 

 何!?2つ目だと!?何だ!何に怒ってる?

 ……考えろ俺!このままじゃまた死亡フラグか!

 

「嘘ついたでしょ?」

「――え!?」

 

 嘘?――って、あ!勝手に登録した事か!

 

「そっか、勝手にごめん。でも俺どうしても大会に出てみたくて……」

「出てみたいのは分かってたよ。男の子の顔してたからね。でも嘘ついて出場はダメ。きっと出たいって頼んでくるんじゃないかって思ってたよ」

 

 ははは……。完全に見抜かれてるじゃねぇか。

 

「フロウくんは前衛向きな性格は分かるけれど、それだけじゃダメなのはよく分かったでしょ?一人でできる範囲は限られてくる。だからもっと相手を頼って、その上で自分でも対処する手立てを持っておくのが一番かな?」

「あ、あぁ……」

「今度シスター達の練習以外に、魔法部隊の知り合いに来てもらおうか?近距離も遠距離もエキスパートの人が居るからね」

 

 魔法部隊!メガロの騎士団とかってあまり良い印象無かったな。

 けどそれでも今の俺より遥かに強いはず!

 

「あと、精神は大人かもしれないけれど、自分の体は2歳にもなってないって忘れてないかな?成長も遅いってのもあるんだし~?」

 

 あっ!……完璧に忘れてた。



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閑話 オリ主の設定

オリキャラの設定(9話終了時点)

 

 

主人公

 

名前:シルヴィア・A(アルケー)・アニミレス

 

誕生:紀元前700年頃生まれ(発生とも言う)

 

性別:女性

 

身長:158cm(マナの調整で変化可能)

 

体重:物理的な重さが無い。(生前は秘密)

 

種族:精霊(神格は権天使)

 

 

【外見】

 

見た目は生前と同じ16歳程度。

青い地球と赤い火星の管理なら混ぜればいいじゃないと勝手に紫色の瞳にされた。

光と闇の精霊の影響で、銀色の腰まであるストレートヘア。光の反射でアメジストの様にも見える。

色白で西洋寄りだがアジア系にも見える顔立ち。美人ではなくどちらかと言えば可愛い系。

背中に半透明の銀色の翼が左右二対ある。出し入れ可能。

 

 

【特徴】

 

マイペースでどこか楽観的、その割に責任を感じやすい真面目タイプ。

精霊であるため、ウェスペルタティア王家の『魔法無効化能力』と相性が悪い。

(触れただけで分解されたりはしないが、集めた精霊を散らされる、という意味で。)

生物的な構成が無いため気を使えない。代わりに神力が循環している。

 

 

【能力】

 

・精霊の集合

上位の精霊として、魔法を詠唱と自身の魔力だけで行える。

ただし光か闇はその限りではない。

 

・再構成

精霊が存在できる場所ならば自身を再構成する事ができる。

魔法や物理的ダメージを受けても『神核』は上位世界の存在なので致命傷にならない。

 

・精霊の祝福

光か闇に限定されるが対象者の親和性が上昇する。

 

・精霊の加護(仮契約)

契約を行った従者の魂を半精霊化。対象者の得意な属性との親和性が大きく上昇する。

超命種になるが、契約破棄により契約前の種族にもどる。

 

・天使の加護(本契約)

契約を行った従者を眷属化。対象者には神核が生まれ精霊(下級天使)化する。

肉体ではなく魂的なもので生物でなくなるわけではない。つまり肉体を失わなければ気は使える。

 

 

 シルヴィアの設定の中でおそらく活かさない部分も有りますが、作っていて矛盾を含みそうな部分は細かく書きました。

 なるべく初期設定を守るようにしますが、設定の追加・若干の修正はあるかもしれません。

 原作知識はうろ覚えになります。そう言えばこんな事もあったなぁ~。と言う程度です。

 

 

オリキャラ2人目の設定

 

名前:フロウ

 

誕生:1300年頃生まれ(生前は22歳)

 

性別:女性(生前は男性)

 

身長:現在の人間体は125cm、竜体は2m程。(生前は178cm)

 

体重:人間形態28kg、竜形態は測定不能。(生前は74kg)

 

種族:ウィンドドラゴン

 

枷:『物事を曲解』

 

 

【外見】

 

 シルヴィアの勘違いと、『曲解』によってアジア系寄り少女の外見に。

 深緑色のショートヘアに緑の目。皮膚の色もアジア系。

 竜形態では深緑色の鱗を持つ翼竜。竜と人を会わせ持つ形態にもなれるが子供の姿に引っ張られる。

 

 

【特徴】

 

 自己中心的で猪突猛進な気質。元男性だが、シルヴィアの境遇やメガロメセンブリアのシスター達に淑女教育を受けさせられ、良い意味でどんどん面白い方向に曲がって行く予定。

 原作の一部の大きな出来事や重要人物の知識がある。そのため『正義の魔法使い』気質には染まっていく事が無い。

 『セフィロト・キー』で再構成されたため、魔法世界人でありながら『造物主』のリライトには縁がなくなった。地球でも生きていける。本人は魔法世界の秘密を覚えてない。

 

 

【能力】

 

・風の加護

 生まれつき持つ竜種の能力。風の精霊との親和性がかなり高い。

 

・転生特典

 魔力はナギの2倍、気はラカンの2倍で、成長し難い超命種。

 ただし能力の制御が出来ていない。そのため初期のシルヴィアやくしゃみネギ状態。

 メガロメセンブリアで教育を受けて改善していく予定。

 原作知識はある程度ありますが、数百年の未来までに段々と抜けて落ちていきます。



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第10話 闇の福音

しばらく話が暗くなります。キャラクター上避けられないと思い、この様になりました。
また、この話には残酷な表現が含まれています。苦手な方はそれを踏まえた上でお読みください。


 ――1400年初頭。

 

 あれからフロウくんは魔法部隊や騎士団の人と模擬戦形式で特訓をしていました。メガロシステマっていう近接格闘術があるそうです。

 騎士団の人達も、竜種との仮想戦闘は良い訓練になるって事で、人間形態だけじゃなく竜の姿でも特訓をしてたみたい。でも元人間だからか竜形態でも半竜でも違和感が酷いそうです。

 私も翼に慣れるのにかなり時間がかかったから、生まれつきじゃないと難しいみたいだね。

 

「なぁなぁシルヴィア~」

「どうしたのフロウくん?」

 

 私と話す時は男の子っぽい口調だけれど、近頃は慣れないといけないからって、外向きは丁寧に話して『私』って言ってるみたい。シスターの教育に苦労してるのかな?

 

「1400年に入ってしばらく経ったけれど、本の反応は無いんだろう?それだったら、ちょっと日本へ行って来てくれないか?」

「日本?どうして急に?」

 

 日本かぁ~。今ってどのくらいだっけ?侍が普通に居る時代のはずだよね?

 

「もう数十年か100年単位で戦国時代になると思うんだ。それまでに現代でいう埼玉県にある『神木・蟠桃』って世界樹と土地を押さえておいた方がいいと思う」

「世界樹!?」

 

 日本にそんなのあったかな?埼玉県にそんなのがあったら大騒ぎというか、パワースポットで大流行だよね?

 

「俺たちが知ってる日本には無いよ。ここが『ネギま!』の世界だって忘れてないか?」

 

 あっ!そうだった。300年も魔法使いやってるから忘れてたよ。

 

「忘れてたって顔してるな。とにかくそこには未来で『麻帆良学園都市』ってのが出来る」

「それはこの間まとめた、覚えてる範囲の場所かな?」

「あぁ、そうだよ」

 

 ふむふむ。確かに魔法使いの学校が建設されるなら、確認しておく方が良いかな?

 

「でもまだ600年も後だよ?早すぎるんじゃないかな?」

「確認だけでも良いんだよ。世界樹はかなりの魔力を持っているから、今どうなっているかを観て来るだけでも価値はあると思うんだ」

 

 なるほどね~。世界樹って言うだけあるのなら、その魔力は地球を回っているだろうし。

 もしかしたら私の『神核』にも影響があるのかな?

 

「あと、ゲートはメルディアナだよな?それなら、前に言っていたヨーロッパの家を回収してくるのも良いだろう。今なら『ダイオラマ魔法球』だって買えるんだし」

 

 『ダイオラマ球』ね。あれならボトルシップみたいに、家や土地を丸ごと保存できるから、抱える程の大きさだけれど、本気で飛べば問題ないかな。

 

「うん、それじゃ確認に行ってみるよ。フロウくんは行かないの?」

「俺はいいよ。こっちでまだまだ修行したい事もあるし、せっかくメガロに居るんだ、後々の為に色々やっておいた方が良いだろう?」

 

 わーお。フロウくんが策士になってきてる。

 

「ちなみに世界樹の土地を確保しておくのは、人より長生きな俺達の生活費を、いずれ土地の借地代金で賄えれば金に困ることも無いだろうってね」

 

 真っ黒だよ!いつの間にこんな黒い子に!昔はあんなに無邪気な少年(?)だったのに!

 

「まぁ、麻帆良学園にはメガロ関係者も行くはずだし、どっちにとっても都合が良いだろう。しばらく離れても問題ない様にしておくから、数年かかっても大丈夫だ」

 

 ………………………………。本当に黒いよ。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、久しぶりにメルディアナにやってきました。100年経てば魔法使いの人たちは、協力者って立場で覚えてくれていたみたいだけれど、一般人や表の教会関係者には、「昔、この土地に天使様が舞い降りたんだ」って、自慢げに話されてしまいました。

 

 目立ちたいわけじゃないから良いんだけれど、これってまた時代が経ったら美化されて崇められてしまったりするのかな?天使的には良い事なのかもしれないけれど、自分の事だと正直どうして良いか分かりません。

 

「ダイオラマ球の梱包と運搬ありがとうございました」

「いいえ。これも仕事の内です。魔女狩り等を行う者もおりますので、注意して向かってください。」

 

 やっぱりまだ中世だからね。むしろこれからが本番だったりするのかな?

 

 飛行時に翼の邪魔になるので、肩掛けショルダーバックに外套を。薬草やちょっとしたものをウェストポーチに入れて、ダイオラマ球を抱き抱えると翼を広げて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 ――ヨーロッパ上空。

 

 何だろう?何だか変な魔力を感じる。闇系の魔力かな。精霊も騒いでるし。もうしばらく飛び続けたら黒の森の家なんだけれど。

 

 思考の渦に捕らわれていると、出そうとしていないのに私の本がいきなり現れた。

 

「きゃっ!こんな飛んでる時に何でいきなり!?」

 

 いきなり本が出てきて驚いたけど、もしかして転生者!?本は浮いてるみたいだから大丈夫そうだけれど、急に出てくるなんて初めてだよ。

 

「とりあえず、近くの隠れられる場所に!」

 

 上空から林を見つけて降り立つ。そのまま荷物を降ろし、本を見てみると――。

 

 

・名前 アンジェリカ・マクダウェル

 

・種族 真祖の吸血鬼 女性

 

・転生特典

 一緒に居る事も出来る姉。

 

・枷 『真祖に転化後は理性封印』

 

 

 えっ!真祖の吸血鬼って、エヴァンジェリンって人じゃなかったの!?

 

 それよりもこの『枷』は酷い!理性の無い吸血鬼になる前に止めに行かないと!

 確か、フロウくんは城に住んでいたはずって、言っていたよね。よし!

 

「影と闇の精霊たち、集まって。お願い!私に彼女達の居場所を教えて!」

 

 そう言うと、視界いっぱいに闇が降りてきた――。

 

 

 

 

 

 

 ――遡る事10年前。

 

「まだか!まだ生まれないのか……!」

 

 妻が産気づいてから早数時間。初産とはいえここまで時間がかかると余計に心配が重なる。

 

「旦那様。もうすぐですわ。お掛けになってお待ちくださいませ」

「む、うむ。」

 

 気が付かない内にウロタエが行動に出ていたようだ。この年になって情け無いと思いながらも、本当にまだなのかと気を揉み続ける。

 

「おぎゃぁぁぁぁ!」

「ほぎゃぁぁぁ!?」

 

 聞こえた!赤子の声だ。それも2度も!

 

「旦那様。無事にお生まれになられました。双子のお嬢様です。奥様もご無事ですわ」

 

 それを聞いて思わず顔がほころびる。

 

「そうか!でかしたぞ!」

 

 男児ではなかった事が少々悔やまれる。しかし、2人も子を授かるなら僥倖だろう。

 

「あなた……」

「良くやった!この子達か……」

「金の髪を持つ姫様が姉君。やや茶金の姫様が妹君になります」

 

 ふむ…。考えていた名前の候補が捨てる事にならずに済んだか。

 

「では姉をエヴァンジェリン。妹をアンジェリカと名付ける。2人の未来に幸運があることを願おうじゃないか!」

 

 マクダウェル卿は知らなかった。生まれる前から決めれらた絶望を――。

 

 

 

 

 

 

 家族に会いたい――!

 

 『神様は何がほしい』って聞いてきました。だから私は家族がほしい。暖かかったママ。優しかったパパ。一人っ子だったから友達のお姉ちゃんに憧れていました。

 

「お前はもう死んでいるんだ。だから新しい家族を授けてやろう!」

「新しいママとパパ?私のママとパパには会えないの?」

 

 新しい家族?あの優しさには無くなっちゃうの?

 

「心配する事は無い。姉もいるぞ」

 

 『お姉ちゃん』ができる!私はその一言が何よりも嬉しかった。

 

「ハイ!」

 

 元気良く返事をして泉に飛び込んだ。気持ち悪い笑いを浮かべる神様に気づく事も無く。

 

 

 

 

 

 

 ここはどこだろう?体が全然動かないし、あったかくってとっても眠いよ。

 

 すぐ目の前には知らない男の人と、嬉しそうに微笑む女の人がいる。

 

「エヴァンジェリン、貴女はお姉様よ。その美しいブロンドの様に妹を守り、マクダウェル家の姫になるの」

 

 エヴァンジェリン!そうだ。マンガに出てきた魔法使いの女の子だ!それじゃぁ、魔法使いの女の子に会えるんだ!

 

「アンジェリカ、貴女のブラウニッシュブロンドもとっても綺麗よ。将来きっと美人になるわ」

 

 アンジェリカ?どこの外国の女の子?

 

「貴女は妹。お姉様を助ける優しい姫に育ってちょうだい」

 

 私がアンジェリカ!?この女の人が新しいママ?もしかしたらあの男の人がパパ?私、外国人になっちゃった!?あれ、でも言葉が分かる。神様が教えてくれたのかな?

 ――ダメ。眠くて考えられない。少しおやすみなさい。お姉ちゃん。ママ。パパ……。

 

 

 

 

 

 

 私はエヴァンジェリン。将来はマクダウェル家の家督を継いで女領主になる。……と思う。きっとアンジェはお嫁さんになっちゃう。寂しいけれど貴族の生まれ。そう習った。

 

「おねーちゃーん!あのね――」

 

 アンジェは良く笑う子。この子が悲しむ顔は見たくないと思う。だから私は守る。姉として。

 いずれ嫁いで行くかもしれない妹に、精一杯の愛情をこめて。

 

「どうしたのアンジェ?」

 

 そう言って精一杯の笑顔を送る。帝王学。貴族の子女として習いたくない事も習っている。

 アンジェにはそんな後ろ暗い貴族の面は知って欲しくない。けれどもいつかは社交界に出る事になる。それまでは私が――!

 

 

 

 

 

 

 ――10歳の誕生日。

 

 明日は私達の誕生日。そろそろアンジェも社交界デビューをする事になると思う。私は少し前にデビューを果たした。品定めをする様な貴族達の視線。どこが本音か分からない腹黒い台詞。

 

 こんな所にアンジェを置きたくなかった。でも、アンジェも少しづつ貴族の教育を受け始めてる。 何が危ないのか私が教えないといけない。アンジェ。貴女は私がが守ってみせるから!

 

 そうして私は、ベッドで眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

 ふと目が覚める。

 

 美味しそうな匂いが口の中いっぱいに広がっていた――。

 

「んむ?」

 

 口をもごもごと動かして品定め。

 何の味か分からない。ただとっても美味しかった。

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「キャァーーーーーー!」

「逃げ……あぁぁ――」

 

 唐突に聞こえた。たくさんの悲鳴。

 

「え、何!?どうしたの!?」

 

 思わず声をあげる。おかしい。今日は誕生日パーティーのはずであんな悲鳴が上がるはずは無い。 何か失敗して咎められたとしても、ここまで泣き叫ぶほどお父様は厳しい物言いをしない。

 

「アンジェは!?」

 

 何かが起きているならアンジェにも何か起きるのではないか?真っ先に妹の安否が頭をよぎった。

 

「……アンジェ!」

 

 ベッドから飛び起きて、格好も気にせず走り出す。その時の私は。息切れもせず、人よりも速く走る自分の体に気づいていなかった。

 

「アンジェ!」

 

 大広間に着いた時、アンジェが居た。

 

 それに、人の形をした”真っ赤なナニカ”もあった。

 

「すばらしい……。子供ながらここまでの力を持つか!」

 

 知らない声だ。その声に構う事無くアンジェを見る。

 

「キャハハハハハハ!」

 

 あれは誰?アンジェの姿をしたナニカは、大広間に居るナニカを掴み、切り裂き、潰し、投げ捨て、口に運び――違う!アンジェはあんな事をしない!

 

「なんだ、姉の方は失敗か?せっかく儀式が成功しても、化け物にならないんじゃ甲斐が無い」

 

 儀式?化け物?この男は何を言っているの?

 答えを切望して男を睨み。見上げる。

 

「真祖の吸血鬼。おめでとう、君たち姉妹は化け物になった。遠慮する事は無い。暴れて良いんだぞ?」

 

 今なんていった?化け物にした?吸血鬼?そんな御伽噺のような存在が――。

 

 そこまで思って、アンジェに視線を送る。あれはアンジェじゃない。

 本当に……バケモ――!?

 

パン!

 

 両手で頬を叩く。

 

 私は何を言いかけた!?アンジェが化け物?あれはアンジェだ!あんな事を喜んでする子じゃない!私が正気に戻して見せる!

 

「さて、私はそろそろ行くよ。狙われてはたまらない。楽しませてもらった。お誕生日おめでとう?化け物姉妹」

 

 ふざけるな!化け物にしたのはお前だ!お前だけは絶対に許さない!アンジェが許しても私が絶対に許さない!

 

 そう思った瞬間!吸血鬼の破壊の力が私を突き動かしていた。

 

「ぐぽぁ!?」

 

 男の口から赤い糸が流れ出る。気が付けば私の右手が、男の胴体を貫いていた。男の胸から手を引き抜き、無意識に舐める自分に嫌悪する……。

 

「ぐ、ふふ……なん……だ、ちゃんと、化け物じゃ……ないか」

「ダマレ」

 

 怒り。それ以外にこの男へ向ける感情は無い。

 

「……ハハ、良い出来だ」

 

 男はそう言うと事切れた。

 

「アンジェは!?」

 

 急ぎ振り返って、アンジェを見る。

 

「風の精霊21柱! 縛鎖となり 敵を捕らえて! 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 風が走る。風圧に押されながら目を見開くと、風の中でもがくアンジェと天使が居た。



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第11話 私に出来る精一杯の願い

文字数が少ないのですが、前後と纏めて投稿するには難しい内容だったので、移転前のままで投稿します。


 ――精霊が教えてくれる。

 

 ――南西に2500m。マクダウェルって領主が居るお城。

 

 ――闇が泣いてる。

 

 ――闇が怒ってる。

 

「いっ……!」

 

 思わず頭を押さえてしまった。凄く荒れた精霊の声。普段は聞こえないのに、今日ははっきり叫びが聞こえた。

 

「こんな事は初めて。吸血鬼の力?とにかく全開!急いで行かないと!」

 

 置いた荷物に結界と認識阻害をかけて、ウェストポーチからナイフを取り出し封印する。

 

「良し!」

 

 思いっきり翼を広げて羽ばたき飛び立つ。イメージは後回し!とにかく急ぐ!

 

「間に合って!」

 

 胸騒ぎがする!エヴァンジェリンって人も気なるけれど、アンジェリカちゃんもきっと苦しがってる。理性を取り戻す!絶対に!

 

 

 

 

 

 

 ――マクダウェル卿の城、上空。

 

「凄い数の闇の精霊……」

 

 まるで私が生まれた時の様な、凄い数。これは絶対悪い事が起きてるよね!予感じゃない。確実に感じるよ!

 

「ぐぽぁ!?」

 

 小さな女の子が男性の胸を貫いていた。顔は見えないけど、泣いている様に見える。

 

「ぐ、ふふ……なん……だ、ちゃんと、化け物じゃ……ないか」

「ダマレ」

 

 あの子、凄く怒ってる。声に篭る怒りが伝わってくる。アンジェリカちゃんは……!?

 

「キャハハハハハハ!」

「――えっ!?」

 

 声に視線を送ると、赤い水溜りの中に狂気じみた笑い声が聞こえた。

 

「風の精霊21柱! 縛鎖となり 敵を捕らえて! 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 引き止める!これ以上、泣かせちゃダメ!

 傷付けないように魔力を抑え、拘束用の風の矢を放つ。

 

「アンジェ!アンジェェェェ!お願い!殺さないで!」

 

 必死の形相の小さな女の子が、女神様特製の服でも破れてしまうのではないかと思うほどの力で握り締めてくる。その子に向かって優しく諭すような声で問いかける。

 

「大丈夫だよ。暴れないように助けたの。貴女はだぁれ?」

「エヴァンジェリン。あの子の姉です!」

 

 この子がエヴァンジェリン!?吸血鬼って言ったら怪しいマントの怪紳士とか、もっと大人の美女で妖艶なイメージがあったけれど?

 

「貴女が?吸血鬼の?」

 

 吸血鬼の言葉にビクリと身体が震える。

 

 しまった、言わない方が良かったかな。でももう言っちゃったし……。

 

「天使様は。私達が吸血鬼だから。裁きに来たのではないのですか?」

「違うよ。あの子の理性を取り戻しに来たの」

 

 そう言うと、エヴァンジェリンちゃんの目が大きく見開かれる。

 

「お願いします!私に出来る事なら何でもします!アンジェを助ける力をください!」

「大丈夫、すぐに戻してあげるから。それに対価は要らないよ?」

 

 そう言うと何か難しい顔をしてからハッキリした声で言った。

 

「アンジェを人間に戻せるんですか?私なら何でもします!」

 

 元に……。それは、マッチョ神が先に設定した事だから。悔しいな。

 

「ごめんなさい。人間に戻す事は出来ないの。私に出来る事は、今ある状態から最善を尽くすだけなんだ」

 

 見るからに落ち込んだ表情になるのが分かった。それでも再び顔を上げて告げてくる。

 

「アンジェのこと、お願いします!」

「もちろん!」

 

 私には優しく微笑んで、応える事しかできなかった。

 

「始めるね?『セフィロト・キー』適応を開始……完了。『リライト』!」

 

 そう言うと、セフィロトが描かれた鍵状の杖が光に変わって、アンジェリカちゃんに吸い込まれていった。

 

「アンジェ!?」

 

 弾丸のように走り出したエヴァンジェリンちゃんが、倒れこむアンジェリカちゃんを支えて抱きしめる。眠る様に倒れた彼女を慈しむような目で見ている。

 

 『セフィロト・キー』を使った後の状態を確認すると――。

 

 

【『セフィロト・キー』の適応完了】

 

・転生時の枷『真祖に転化後は理性封印』を解除しました。

 

※以下は上位神による初期設定により変更不可能です。

 

・名前 アンジェリカ・マクダウェル

 

・種族 真祖の吸血鬼 女性

 

・転生特典

 一緒に居る事も出来る姉。

 

・真祖の魔力

 吸血鬼の能力。

 太陽光、流水、十字架などといった弱点が無効化される。

 

 

 良かった。人間に戻してあげる事は出来ないけれど、心が戻るならこれから受け止めることも、悲しみを受け入れることも出来るかもしれない。

 

「ありがとうございました」

 

 アンジェリカちゃんを抱えながら、エヴァンジェリンちゃんがそうお礼を言ってきた。

 

「ううん。私に出来たのはほんのちょっとの事だけ。頑張ったのはエヴァンジェリンちゃんだよ」

「……はい」

 

 この子は強いな。眼に宿っている意思がいつか見た歴戦の勇者の様だった。

 

「ねぇ?これから貴女達はどうするの?私としては、ちょっとお話したいなって思ってるんだけれども?」

「私達とですか?はい、分かりました。でも、この状態を何とかしないと……」

 

 そうは言われてもこの状況。赤い血溜まりと、形を残さない人。唯一原型があるのは、彼女が貫いた男の人だけだね。

 

「それじゃぁ、あなた達の着替えを持って移動しない?お城はこのままだと大騒ぎになるから、あまり良い気持ちでは無いと思うけれど、火を放って火事という事にして、弔いたいと思うんだけれど」

「火事、ですか。」

「うん、こんな身体のまま、残されて逝くよりは、形を残さない方が嬉しいんじゃないかな?」

「分かりました……」

 

 何処か納得がいかない様子にも見えたけれど、荷物をまとめに向かう。エヴァンジェリンちゃんの体格では、アンジェリカちゃんを抱き抱えると動き難いので私が預かると言うと、しぶしぶ預けてもらえた。

 

「それじゃ、火を放つね?」

 

 荷物をまとめた後城の外でそう言うと、エヴァンジェリンちゃんが呟いた。

 

「お父様、お母様。皆さん、どうか安らかに。あの男も一緒に弔われるのは気に入りませんけれど」

 

 あぁ、なるほど……。そこが気に入らなかったんだね。

 

「火精召喚 槍の火蜥蜴 255柱!」

 

 意思を持つ炎、サラマンダーを召還する。城に放つと、城門や窓から内部に入り込み、業火に包まれた。



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第12話 もう1つの闇

この話には残酷な表現が含まれています。苦手な方はそれを踏まえた上でお読みください。


「――あれ?」

 

 ふと目が覚めると、何か良い匂いがした。口をもごもごと動かすと、何かとても美味しい味がした。

 

「ふわぁぁ」

 

 口を大きく明けると思わずあくびが出た。

 

 っと、いけない。また先生に怒られちゃう。貴族の嗜みって難しいな。今日は私とお姉ちゃんの誕生日。お母様とお父様がパーティーを開いてくれる。

 

「よっと♪」

 

 ベッドから降りて、何だか良い匂いがする方へ向かう。疾風の様に走り出した私は、あっという間に着いた大広間を駆け抜ける。

 

「キャハ♪」

 

 目の前が真っ赤になっていた。良く分からない赤いナニカが声を出していた。

 

「逃げちゃダメ!えい!」

 

 手を振るうと、赤いナニカが沢山生まれた。動かなくなるのを確認したら、砕いて口に含む。

 

「~~~♪」

 

 あれ?何だっけ?何か忘れてる気がする。あ、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんも一緒にやる?

 

「キャハハハハハハ!」

 

 お姉ちゃんがとても悲しそうに怒った顔をしていた。

 

 私が先にご飯を食べちゃったからかな?みんな揃って『いただきます』ってしなかったから、また先生に怒られちゃう?大丈夫。もう先生は……■■ちゃったから。

 

「風の精霊21柱! 縛鎖となり 敵を捕らえて! 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 そう思って居ると、すごい風が吹いてきて私の身体を縛り付けてきた。凄い風の音がして、回りの声が聞こえなくなった。

 

「むぅ~~~。」

 

 動こうとしてもまったく動けない。そうしている内にお姉ちゃんが泣きそうな顔でこっちを見ているのに気づいた。

 

 お姉ちゃん?何で泣いてるの?

 

「――『リライト』!」

 

 風の音が聞こえなくなった。そう思っていたら、眩しい光が私を包んだ。とっても眠くなって、倒れそうになる私をお姉ちゃんが抱きしめてくれて、とても優しい顔で微笑んでくれた。最近はどこか怒った顔をばかり見ていたから、とっても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 眼が覚めると周りは木が沢山生えていた。

 おかしいな?私はお城に居たはずで、パーティーのご飯を……え?

 

 私は何を食べた――?

 

 赤いナニカ。

 

 私は何をした――?

 

 赤いナニカを作った。

 

 唐突に理解する。赤いナニカは――ヒトだった。

 

「イヤァァァァァァァ!」

「アンジェ!大丈夫だから!落ち着いて!私が居るから!アンジェ!アンジェ!」

 

 私は、私は沢山の人を。涙が止まらなかった。それでも抱きしめてくれるお姉ちゃんが嬉しかった。

 

「あ!ダ、ダメ!」

 

 お姉ちゃんも壊しちゃう!そう思って、お姉ちゃんを放そうとしたけれど、力が強くて離せなかった。どうして?私、化け物になっちゃったのに、どうして?

 

「アンジェ?落ち着いて?私も同じだから。大丈夫だから。私もアンジェと同じ。血を啜った。私達をこんな体にしたあの男の……」

 

 あの男?それよりも血を啜った?でも、私は……。

 

「大丈夫。アンジェリカちゃんは汚れてなんかいないよ?」

「え?だれ!?」

 

 声に向かって、顔を上げると……天使が居た。

 

「て、天使、様?」

 

 綺麗な銀色の髪に、透き通った翼。私が見上げるとやさしく微笑んでくれた。

 

「アンジェリカちゃんは悪くないよ。悪いのはそんな身体にした人と、神様」

 

 神様!?天使様が神様の悪口って言って良いの?

 

「それはどういう事ですか?あの男は、まさか教会の人間なのですか?」

 

 また少し怒った顔。お姉ちゃんは微笑んでいてほしいな。

 

「アンジェリカちゃんには、生まれる前の事で説明しなくちゃいけないことがあるんだ。でも、エヴァンジェリンちゃんだって、人事じゃないと思うの。……受け止められる?」

「はい、もちろん」

 

 お姉ちゃん……。私、生まれる前の話はした事が無いんだよね。もうあんまりハッキリとは覚えて無いけれど、私が年齢だけならお姉ちゃんより上って事も。

 

「でもこれは、残酷な現実。神様には良い神様も居るけれど、悪い神様も居る。今回の場合は悪い方ね。聞いてしまうと後戻りは出来なくなるよ?聞かないまま、生きていく事もできると思う。それでも――」

「お願いします!」

「アンジェ!?」

 

 天使様が話を終わる前に、私はそう言ってしまった。

 

「お姉ちゃん。私ね、生まれる前の記憶がぼんやりとあるの。今と同じくらいの子供だったけれど、そこで生きていた時の……」

「アンジェ……」

「もうほとんど覚えていないけど、お姉ちゃんの事は大好きだから。もう、隠したくないの……」

 

 怖かった。失ってしまう事が。ただ1人残った私の家族。だから、正直に話してしまった。

 

「アンジェ。アンジェが何だろうと、私達は姉妹だよ。私はお姉ちゃんだから。必ずアンジェを守るってずっと昔から決めてる。私もアンジェが大好きだから。私に守らせて……」

「うん!でも、私もお姉ちゃんが大好き!だから私にも守らせて!」

 

 良かった!お姉ちゃんは私のこと嫌いにならないで居てくれた!

 

「えぇっと、感動的なシーンで、申し訳ないんだけれど~」

 

 あっ!天使様困らせちゃった!

 

 

 

 

 

 

 ――黒の森上空。

 

 まさか、空を飛ぶ日が来るとは思っていなかった。あの後、とりあえず自分の家に来てほしいと言った天使様の声に従って、アンジェと2人で天使様の身体にしがみついている。

 

 バッグや大きな荷物を色々と持っていた様で、私達が抱きつかないと移動に困ると言っていた。そうしている内に、森の中に降り立った。

 

「家ってここですか?森ですよね?」

 

 随分と奥深くの様だが、ただの森にしか見えない。アンジェも不思議に思ったのか、キョロキョロとしている。

 

「うん、ここに封印してあるからね~」

 

 そう言うと抱えていた荷物を地面に置き、少し歩いて何かを探している様子だった。

 

「あったあった。さすがに260年以上経ったら、土に埋もれてるよね!」

 

 260年!?アンジェも驚いた様子で、天使様を見ている。

 

「封印解除っと」

 

 そう言って地面から何かを引き抜く。その瞬間、目の前に小さな家が現れた!

 

「なっ……!」

「すご~~い!」

 

 確かに凄い。こんな森の奥に、見たことも無い形の家があるなんて誰が想像出来るだろうか。

 

「中にバスルームがあるから、2人ともとりあえず綺麗にした方が良いと思うんだ?」

「「あっ!」」

 

 確かに私達の格好は酷い。天使様の勧めで、2人でお湯を張った浴場を借りる事にした。

 

 

 

 

 

 

「それで天使様、アンジェの事と神様と、残酷な現実って何ですか?」

 

 湯浴みから上がった私は、天使様にそう問いかけた。

 

 正直、想像が付かない。私達をこんな体にしたのは神様のせいだとでも言うのだろうか?

 

「そうだね、まず、これを見てほしい」

 

 そう言って見せてきた本を見て、絶句してしまった。

 

 

【『セフィロト・キー』の適応完了】

 

・転生時の枷『真祖に転化後は理性封印』を解除しました。

 

※以下は上位神による初期設定により変更不可能です。

 

・名前 アンジェリカ・マクダウェル

 

・種族 真祖の吸血鬼 女性

 

・転生特典

 一緒に居る事も出来る姉。

 

・真祖の魔力

 吸血鬼の能力。

 太陽光、流水、十字架などといった弱点が無効化される。

 

 

「これは、何?」

「傲慢な神様の悪ふざけ……だよ」

 

 腸が煮えくり返る思いだ。吸血鬼になる事が決まっていた?アンジェが?しかも理性を失う事を神が決め付けただなんて。

 

 それを見たアンジェは不安そうな顔をして口を開いた。

 

「あの、あの時の神様って、家族が欲しかった私の願いを叶えたんじゃないんですか?」

「うん、それは間違いないよ。ただし、曲解したり枷を付けたりとか、悪意を持ってね」

 

 悪意だと!しかも意図的に曲解する!?なるほど。確かにこの天使の言うように、神とやらは傲慢な様だ。それじゃぁ、この天使は――!?

 

「先に確認させてください。貴女は、その神の味方なのですか?私達を助けても良かったのですか?」

 

 こんな所であの帝王学が役に立つとは皮肉だ。精一杯怒気を押さえて、笑顔を貼り付ける。

 

「それは思うよね。信じてもらえないかもしれないけれど、私も、アンジェリカちゃんと同じ転生を経験した、元々はただの人間なんだ」

 

 人間!?どう見ても天使だ。それに人間にしては顔も整いすぎている。

 

「うん、こっちのページを見てもらえるかな。あ、シルヴィアって私の名前ね」

 

 そう言って自身の経験を語り、見せてもらったページを捲くっていく。

 

 

 

 しばらくして――。

 

「とても、信じ切れないけれど。事実、なんですよね?」

「うん、そうだね」

「お姉ちゃん……」

 

 安々とは信じられない内容だ。しかし彼女を否定するという事は、アンジェの出生を否定する事になる。何よりこの本。アンジェから離れたら、書かれていたアンジェの情報が消えたのだ。

 それに、城でアンジェに使った魔法の杖のようなもの。あれでアンジェが正気に戻り、天使となった彼女まで目の前に居て、これで信じないわけにはいかなかった。

 

「分かりました。信じます。それで、シルヴィアさん。これで話は終わりですか?」

 

 彼女には悪いけれど、天使様なんてもう言えなかった。アンジェは分からないが、神を傲慢と言い切った彼女なら分かってもらえるだろう。

 

「まだ、残酷な現実があるんだけれど。アンジェリカちゃんは、覚えてるかな?」

「はい。この世界の事ですよね?」

 

 何……?アンジェは何か知っている?知っていて言えなかったほどの秘密?前世に関係があるのだろうか?

 

「言ってください。アンジェが知っていて私が知らない事。アンジェを失わないためにも、私は知りえる限りの知識と力が欲しい」

「アンジェリカちゃん、良い?」

「はい!」

 

 アンジェの瞳が覚悟を決めたような視線を送ってくる。秘密と言う言葉と緊張で、震える拳を押さえつけながら目を逸らす事無く見つめ返す。

 

「この世界は、ある物語を元に、さっき言った傲慢な神様が作った世界なんだよ」

 

 物語?例の傲慢な神が?

 

「それだけ、ですか?」

「え?驚いたり怒ったりしないのかな?」

「それでも私達は今、ここにこうして生きています。神が世界を作った。それは結局、他にどんな世界が有っても同じですよね?私としては、これ以上その神が何かしてこないかと言う方が心配です」

「あ、それは大丈夫。その神様はもう罪を罰せられて存在して居ないんだ。この世界は私の上司の女神様と私が管理してるって事になるみたい」

 

 ……むしろ警戒するべきはこの女か!

 

「そ、そんな眼で睨まれても困っちゃうかな!」

「お姉ちゃん、助けてくれたんだから、睨んじゃダメだよ」

「それで、その物語ってどんな内容なのですか?」

 

 そうだ、この女が何かをするよりも、物語が元の世界ならば何かが起きるはず!危険が分かっていれば対処は出来る!

 

「うん、物語の開始は大体600年後かな、西暦2003年の初頭ね」

「「600年!?」」

 

 って、アンジェまで驚いてるのか!何でだ!

 

「待ってください!600年も先なんて関係無いじゃないですか!」

「あるよ、あなた達不老不死だし」

「は!?」

 

 今なんと言った?不老不死?

 

「うん、不老不死。年はとらないし、死なないの」

「……ちなみに、シルヴィアさんの寿命は?」

「あまり考えたくないけれど、無いみたいなんだよね~」

 

 何でそんな気楽に言えるんだ!ま、まぁ、そうなるとアンジェと一緒に居る事は確定。やはり問題はこの女か!

 

「物語ではエヴァンジェリンちゃんは大きく関わるらしくって、絶対に居なくちゃいけない存在みたいなんだ。だからきっとアンジェリカちゃんも一緒に居るなら巻き込まれると思う」

 

 巻き込まれる!?アンジェが私に?それでは一緒に居たら、アンジェは……。

 

「私はお姉ちゃんと一緒に居たいな」

「アンジェ!?」

 

 私と居たい!?何か事件にこれから巻き込まれるかもしれない私と!?

 

「うん。大好きだから」

 

 アンジェ……。強くなろう。神にも負けない様に。誰よりも強くなろう。傲慢な神の正義などに負けない!誰よりも誇り高い悪になろう!悔しいけれど、だから今は!

 

「お願いします!私に力を!魔法を教えてください!」

「うん、良いよ。それから、大きな事件は少しだけど情報があるから、一緒に確認して欲しいな」

 

 良かった。時間はまだまだある。未来まで、その先も私がアンジェを守りぬいてみせる!



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第13話 修行と現実

 ――あれから数ヵ月後。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 闇の精霊27柱!集い来たりて敵を射て!魔法の射手!闇の27矢!」

 

 エヴァちゃんが空に向けて魔法の射手を唱える。それは保護結界に当たって霧散して消えていった。

 

「う~ん。魔法は出来てるけど、ただ使ってるだけだね。もうちょっとどんな風になって欲しいかイメージした方が良いかな。あと密度も低いと思うよ」

「ハイ……」

 

 微妙に納得していないのかな?あれから黒の森の私の家で、2人に魔法を教えながらで生活してます。得意な属性は氷と闇で、双子だけあってまったく同じ。何かの時の為に、それ以外の属性も2人で別々に練習するそうです。

 

 それからベッドが1つしかないので町で注文。隠蔽と認識阻害の魔法を使ってダイオラマ球へ。その後は家のベッドルームで出しました。2人の食料もその時に私が町で買ってきたんだけれど。全然食べない私に文句を言われて再びお茶会をする事に。

 

「シルヴィアは近接は苦手なんだろう?近づかれた時はどうしてるんだ?」

 

 そう……。エヴァちゃんからいつの間にか呼び捨てにされてました。私、何かしたかな?あれから呼び方が酷くなってる気がする!

 

 悔しいのでエヴァちゃんって言ったら、難しい顔をしたけれど文句を言いませんでした。そのままアンジェちゃんって言ったら怒られました!理不尽です!アンジェちゃんが「良いですよ~」って言ったら、渋った顔だったけど文句は言わなくなりました。

 

「えっと、私の場合は光の障壁や楯を瞬間発動出来るから、あまり問題になった事は無いかな。一応、昔会った魔法部隊の隊長さんに近接格闘は習ったから練習はしてるんだけど、なかなか上達しなくて……」

 

 デルタ隊長さん達の事は忘れられません。もちろん結界の楔になっていたダガーは大切に保管してあります。宝物ですね!

 

「それじゃぁあまり参考にならないな」

「それならあっちの人を今度呼んでみようか?」

「あっち?」

「うん、メルディアナ魔法学校の先生とかシスター。後は魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の魔法兵とか騎士団とか?」

 

 体術は得意じゃないのは確かだからね。そういえばフロウくんは得意だったと思うけれど、どうしてるのかな?

 

「天使様のお前はともかく、吸血鬼の私達がそんな表の場所に行って良いのか?」

「あ……」

 

 そっか、教会関係者が見たら、絶好の魔女狩りの対象?あれ?というか、私の立場的に助けてよかったのかな?でももう助けちゃったし、見捨てたりはしないよ!?

 

「そっか~。じゃぁやっぱり個人的な知り合いとかを頼る方が良いかな?」

「そんなやつが居るのか?」

「うん、今度メルディアナに行って、手紙を送ってもらう事にするよ」

 

 

 

 

 

 

 ――さらに数ヵ月後。

 

コンコン

 

「あれ?」

「こんな森の奥に客なんて来るのか?」

 

コンコン

 

 もしかしてフロウくんが来たのかな?まさか魔女狩り関係じゃないよね?昔来たし。

 

「出ないんですか?」

「出るよ。けれど誰か分からないから、警戒はしていてね?」

 

 一応、防御魔法の準備を意識する。気を引き締めて、ドアを明けると――。

 

「ひどいですわお姉さまー!メルディアナから手紙なんて送らずに、会いに来てくだされば良かったのに!」

 

 え、誰……?ドアを開けるなり抱きついてきた少女を見る。新緑色の髪。同じ色の瞳。薄く化粧をして、物凄いフリフリのドレスを着たフロウくんが……って!

 

「な、何してるの!?」

「まぁ、お姉さま。そんな声を上げて。遥々会いに来ましたのに、酷いですわ」

 

 だ、誰こんな風に躾たのは!シスター達!?何だか別人になって無いかな!?

 

「な、何だシルヴィアその女は……」

「わ~、可愛い~」

 

 その気持ちは分かるよエヴァちゃん。確かに可愛いよ!?可愛いけれど、どうしてこんな風になったの!?

 

「あら、真祖の吸血鬼と言うからどのような方かと思いましたけれど、随分と弱そうですわね」

「なんだと!?」

 

 ちょっと待って!何でいきなり喧嘩腰なの!?エヴァちゃんはプライドが高いから、そういう言い方はダメだよ!

 

「これでは一般兵でも勝ててしまうではなくて?お姉さまが鍛えるまでもありませんわ」

「なっ!ふざけるなー!」

 

 激昂したエヴァちゃんが吸血鬼のスピードで突撃していく。

 

 まずい!止めないと!

 

「エヴァちゃん!?待って――」

 

 その瞬間。フロウくんは突撃してきたエヴァちゃんの右手首を掴む。そしてそのまま重心を崩し、うつ伏せにしてあっさりと組み敷いてしまった。

 

「なっ!?」

「お姉ちゃん!」

「フロウくん!?」

 

 あれって、気を込めてるよね?今のエヴァちゃんじゃ手も足も出ない!やりすぎだよ!

 

「ふーん、こんなものか。やっぱり成り立てだからか、力がまったく使えて無いな。」

「な、何!?」

「え!?」

 

 フロウくんの口調が戻ってる……。もしかして演技!?

 

「相手の見た目に騙されて、口車にもあっさり。これじゃ守るものも守れないぞ?」

 

 ごめんなさい。私も騙されました……。あ、エヴァちゃんは愕然とした顔をしてるね。正論過ぎるのもきついんだよ?アンジェちゃんもショックを受けてるみたい。

 

「性格変わりすぎです!せっかく可愛い人が遊びに来たって思ったのに!」

 

 アンジェちゃんそっちなの!?

 

「それからシルヴィア。世界樹の件を忘れてるよな?」

「あ……!」

 

 しまった、エヴァちゃん達の修行ばかり考えて、すっかり忘れてたよ……。

 

「戦国時代が近づいてくると、全国で厄介ごとが増えるだろう。それまでには行っておいた方が良いと思うぞ」

 

 はい、そうですね。それはともかく……。

 

「フロウくん、そろそろ離してあげてくれないかな?」

「あぁ、良いよ。現実も分かったみたいだしな」

「それで……。この女は何なんだ?」

 

 うわー、明らかにエヴァちゃんの機嫌が悪い……。

 

「俺はフロウ。こう見えてもドラゴン種だ。よろしくな?」

 

 そう言うとフロウくんの頭から、天に向かって後ろ斜めに突き出た1対の角が生えて、竜の翼を広げて尻尾も生える。

 

「――!?」

「わ~。凄いね~」

 

 まさか、フロウくんはエヴァちゃんを驚かしに来たの?どうしてこんな子に。アンジェちゃんはうろたえないなぁ~。

 

「それから俺は男だ。見た目はこんなんだが、間違えるなよ?」

「うが、貴様変態か……」

「でも可愛いよ?」

 

 やっぱり驚かして喜んでる。アンジェちゃんって可愛いものに目が無いのかな?

 

「嘘だ。実は女だよ。男だけどな!」

「どっちだ貴様は!」

 

 あぁ、あんなに良い笑顔をして……。フロウくんはどこか遠くへ行ってしまいました。

 

「それでシルヴィア、本当に何なんだこの女は!」

「あ~……うん。転生者だよ。私やアンジェちゃんと同じ」

「え、そうなの!?」

「あぁ、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫で死にかけの所を助けてもらった。そのまま色々世話になってるよ」

 

 それにしてもこんな登場をしなくても良いと思うんだ。普通に来て普通に話をすれば良いと思うんだけど。

 

「シルヴィアからの手紙には、エヴァンジェリンとアンジェリカがお互いを守り生き抜くための力を求めて居るって書いてあった。俺はこんな容姿だからな。使えるものは使う。油断しただろう?相手の実力が分からずに突っかかって、俺が教えていなかったらもう終わってた。力を付けるのも良いが、眼も養った方が良い。真祖って言ってもコントロールが出来て無いんじゃ、シルヴィアみたいに出鱈目な魔力馬鹿とやりあうどころか、本当に一般兵に負ける」

 

 シルヴィアの不安を他所に、フロウは淡々と言葉を述べていく。

 

「良い経験になったんじゃないか?」

「ぐ……!」

 

 エヴァちゃん黙り込んじゃったね。でもこれはちょっと……。

 

「フロウくん。言い方ってものがあると思うんだ。もっと普通に教えたら良いと思うよ?」

「俺やお前なら問題ないんだよ。2人の立場がヤバイ。隠蔽術や認識阻害を覚えれば一般人やそれなりの実力者は誤魔化せる。だがいきなり本物に出会ったらどうする?だからこういう状況が1番解り易い」

 

 う……。そう言われるとそうかも。

 

「しばらくここで色々教えてやるよ。魔法や体術もある程度教えられる。だからシルヴィアは世界樹を見に行って来てくれ」

「うん、それは良いんだけど喧嘩しないでね?それからあっちは大丈夫なの?」

「シスター達がいるから問題ない。色々と準備もしてある」

 

 引っかかるけれど、大丈夫って言うなら大丈夫……なんだよね?

 

「世界樹って何だ?」

「学校だよお姉ちゃん」

「まだ無いけどな」

 

 そっか、原作知識も交換しておかないとね。

 

「例の600年後と言うやつで良いのか?」

「あぁ、そうだ。それまでに本物の実力者になってもらわないと困る」

「なる。なってみせる!」

「私もお姉ちゃんの事守れるようになりたい!」

 

 この調子なら大丈夫だよね?エヴァちゃんの眼にあの時の色が戻って来てる。アンジェちゃんも、エヴァちゃんの事を大切に思って居るから頑張れそう。

 

「じゃぁそういう訳だから、シルヴィアはさっさっと行って来い。終わったらまたこっちに戻ってきて手伝ってくれよ」

「じゃぁ2人とも、フロウと頑張ってね?」

「分かった」

「はーい」

 

 姉として、守る者として決意のある言葉を述べるエヴァだった――。



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第14話 世界樹(1) 望まない敵意

 ――関東地方に差し掛かった空。

 

「待て!そこの禁忌の烏族!」

 

 烏族?禁忌?いきなり何の事だろう?

 

「こんにちは。人を見ていきなり禁忌と言う貴方はどなたですか?」

 

 少し警戒。この世界の日本には初めて来るけど、空の上で声をかけてくる相手なんて居ないはず。

 

「俺はカラス天狗一門の者だ。ん?お前、気を感じないな。烏族ではないのか?」

「違います。それに烏族というものを存じておりません。私は世界樹に用があり、遥か西方の地より舞い降りました」

「世界樹だと!?」

 

 その言葉を聴くと、相手も警戒する様な声を上げる。

 

 カラス天狗ね~。妖怪って本当に居るんだね。魔法世界にも色々な人がいるし、日本だって気付かないだけで色々と居たのかもしれないね。

 

「世界樹に何の用があって来た?何者か応えろ!」

「世界樹には私事です。私は光の精霊を束ねるものです」

 

 そう言って、周囲に多めに光の精霊を集める。

 

 闇を集めたら警戒されちゃうだろうし。天使って言っても今の時代の日本じゃ理解されないというか、知らないよね?

 

「む……。嘘ではない様だ。失礼した。それならば世界樹の妖魔退治に来たのだろうか?」

 

 世界樹の妖魔!?そんなのが居るんだ?

 

「世界樹にはいつ時からか分からぬが、まるで守るかの様に妖魔が居る。ただその姿を見たものはおらず、確かめに行った者も1人として帰らない。やがて世界樹には妖魔が巣食っていると言われるようになった」

 

 なるほどね、それじゃぁ麻帆良学園はそれを退治して出来たのかな?フロウくんの作戦といっても、私が肩代わりかぁ~。まぁ未来で行動し易くする為の下準備なんだし、それくらいは頑張らないとねダメだよね!

 

「分かりました。私がその妖魔を鎮めてみせましょう。世界樹に来た理由は遥か遠く未来の為。その為に参りました」

「その言葉たしかに受け止めた」

 

 そう言うと納得したのか、カラス天狗はどこかへ飛んでいった。

 

「良し!じゃぁ、頑張らないとね!」

 

 

 

 

 

 

 ――世界樹上空。

 

 あの樹が世界樹?大きいんだろうなって思っていたけれど、ちょっと大きすぎるんじゃないかな?あれが埼玉県にあったら、確かに大騒ぎだよね。

 

 魅入る様に飛ぶ速度を抑えて、少しづつ近づいていく。

 

「え!?」

 

 世界樹に近づくと、出すつもりが無かった私の本が出てきた。

 

「いきなり出てきたって事は、この近くに転生者が居るって事かな?」

 

 光ってるから近くに居るって事だよね?とにかく今は情報が必要かな。とにかく本を開いてみないとね。

 

 

・名前 無し 設定可能

 

・種族 世界樹の木霊 無性

 

・転生特典 『積極的に生きるための力』

 

・枷 『人格封印、見敵必殺』

 

 

「な、なにこれ!?」

 

 人格封印!しかも敵を見たら攻撃!?もしかして、カラス天狗の人が言っていた妖魔が転生者!? まさか転生者が世界樹だなんて思わなかったけど。

 

「……私は、こんな事をした神様になんて負けない!すぐに行くよ!」

 

 悔しかった。あの神様のニヤついた顔がまぶたの裏に浮かぶ。それを火種にして全速力で飛ぶ。

 

「世界樹の木霊って、精霊だよね?という事は、世界樹にセフィロトを使えば良いのかな?」

 

 世界樹のすぐ側まで近寄り、周囲を確認して降り立つ。すると、人の形の様な白い靄が現れた。

 

「……貴方が、木霊さん?」

 

 声をかけると人形のような輪郭がハッキリとしてくる。顔を見ると、眼と口の位置に3つの黒いくぼみしかなかった。

 

「敵」

「ヒッ……!」

 

 思わず声が漏れる。その双眸に驚きと恐怖感を感じていた。

 

 こ、この人が木霊さん!?アンジェちゃんの時みたいに捕まえないとダメかな?あっ!でも、精霊ってどうやって捕まえるの?とにかく拘束の矢を!

 

「風の精霊31柱! 縛鎖となり――!」

 

 唱え終わるよりも早く、右手を剣の様に尖らせた木霊がすぐ目の前に来ていた。

 

 ――は、速い!

 

「きゃあ!」

 

 慌てて身体を捻って回避しようとしたが間に合わず、右肩を貫く。

 

「痛っ!くぅ、魔法の射手!光の1矢!」

 

 貫かれたまま痛みを我慢して、左手から矢を放ち木霊を弾き飛ばした。飛ばされた木霊は空中で身を翻し、世界樹に着いた足をバネにして再び向かってくる。

 

「ぅく!右肩を再構成……。光の楯!4重層!」

 

 面の魔法楯を4重に展開する。しかし木霊の突撃は、全てを貫き再び目の前に迫ってきた。

 

「まずい!」

 

 翼を広げ飛び上がる。――が、木霊は空を見上げて追いかけてくる。

 

「もう、ちょっとしつこいよ!魔法の射手!連弾・光の101矢!」

 

 最初に襲われた時ほど近づかれていないので、魔法の射手を唱える。波状攻撃で上空から放たれた矢が、木霊に突き刺さりながら地上に降り注ぐ。

 

「なんか、全然応えて無い感じがするよ。どうしよう……」

 

 このまま魔法の射手を少しづつ撃っても意味が無いかな?1000本くらい撃てば効果があるかもしれないけど、それで命を奪ってしまったら困るし。

 

「――!?」

 

 思考に捕らわれていた瞬間。自身より高い位置に現れた木霊に、両足で背中を蹴りつけられたまま地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ!――かは!?」

 

 マズイ!このままじゃ、ずっと攻撃されちゃう!

 

 これまで無いほどの身の危険を感じながら木霊に視線を送ると、木霊の両手が組み合わされ、振り下ろされる瞬間だった。

 

「風花!風障壁!」

 

 一瞬だがあらゆる物理攻撃を弾く魔法楯。10tトラックの衝撃でも耐えられる魔法障壁で防御する。

 

パリィィィン!

 

 衝撃が弾ける音と共に風精を召還!

 

「風精召喚 戦の乙女 10柱!」

 

 召還した風の精霊が戦乙女の姿を取り、突撃しながら木霊を空に巻き上げる。その隙を狙い、拘束魔法を唱える。

 

「風の精霊55柱! 縛鎖となり 敵を捕らえて! 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 虚空から天空へと風の精霊が走り抜け、木霊を絡め取った。

 

「捕まえた、かな?」

 

 木霊を見上げて見ると、もがき抜け出そうとしているのが見える。

 

 困ったなぁ。これでも捕まってくれないの?

 

「――あ!」

 

 そうだ、私が黒の森にいた時にかけられて失敗した封印術!

 

 思い立つと翼を広げて飛び上がる。

 

「契約に従い 我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが!」

 

 150フィート四方(46m弱)の空間をほぼ絶対零度に出来る氷結魔法が、木霊めがけて降り注ぐ。そのまま続けて――。

 

「全てのものを 妙なる氷牢に 閉じよ こおるせかい!」

 

 木霊が凍りつき、何一つ動くものが無い氷の牢獄が出来上がっていた。

 

「うん、それじゃぁセフィロトだけれど……どうしよう。この姿のままはつらいよね」

 

 そう言って本を取り出す。人の形を取っただけの白い塊。髪は無く黒い点だけの顔。この姿で生きていくのはつらすぎる。

 

「どうしよう……。フロウくんみたいに勝手なイメージで再構成しちゃうと困るし」

 

 悩む――。枷を外す以外に、実際どう再構成して良いのか思いつかない。

 

「もし自分だったらどうして欲しいかな……」

 

 自分のことを考える。傲慢な神に砕かれた事。感謝はしてるけれど、理不尽に美化されて自分の面影以外失った事。

 

「あっ!そっか、簡単だった。自分自身を取り戻させてあげれば良いよね!」

 

 木霊になる前の自分自身の記憶にある姿。それをセフィロトの杖に乗せれば良い。そう思い付くと、本を出して凍りついた木霊へ近づいていく。

 

「……『セフィロト・キー』召喚」

 

 気を引き締めて、木霊に向かって宣言する。

 

「適応完了……『リライト!』」

 

 セフィロトの杖は光の粒子になり、木霊に吸い込まれていく。

 

「あっ!凍ったままじゃ動けない!」

 

 セフィロトの事ばっかり考えてて、凍ってるのを忘れてたよ!大丈夫、だよね?

 

 恐る恐るウェストポーチから魔法薬を取り出し、解凍の魔法をかける。

 

「あれ?え、居ない?」

「……こっち、です」

「え!?」

 

 声が聞こえた方に慌てて振り返ると――。世界樹の根元に体の透けた、自分と同じくらいの背丈の少女が居た。その姿を見て、急いで世界樹の根元に降りる。

 

「ごめんね、だいじょう――」

「ごめんなさい!」

「え!?」

「……私、さっきの事、ぼんやりと覚えてるんです」

 

 さっき?私と戦った事、だよね?でも、あの『枷』を見たら悪くないと思う。

 

「……ずっと、私は私じゃなくて!何も、何も考えられなくって。私が!」

「もう、大丈夫だよ。貴女はもう自分を思い出したでしょ?」

「……でも!凄く痛そうだったのに!」

「うん、痛かったけれど、貴女の心のほうがずっと痛かったと思う。だから、もう大丈夫」

 

 そういって、彼女の身体をそっと抱きしめる。しばらくすると、彼女の嗚咽が収まってきた。

 

「……ごめんなさい。大丈夫です」

 

 大丈夫……かぁ。無理して無いかな?

 

「うん。それでね、ちょっとこの本を見てほしいんだ」

「……本、ですか?」

 

 そう言って、私の本を彼女に見せる。

 

 

【『セフィロト・キー』の適応完了】

 

・名前の設定が出来ます。

 

・転生時の枷『人格封印、見敵必殺』を解除しました。

 

・前世の記憶に基づいた姿で顕現が可能です。

 

※以下は上位神による初期設定により変更不可能です。

 

・種族 世界樹の木霊 無性

 

・転生特典

 積極的に生きるための力。(世界樹の力)

 

・世界樹との共生

 世界樹の魔力が使用可能。ある程度の力の方向性を導ける。成長途中。

 

 

「……これ、何ですか?」

「貴女の、人生みたいなものかな?」

「……私の、人生」

「とりあえず名前どうしようか?新しい名前になる事もできるよ?」

 

 そう告げると彼女は、少し考え込んだ様子で――。

 

「……菜摘 麻衣。私の、名前です。」

「麻衣ちゃん?」

「……はい、前世の私の。これからも私の名前にしたいです」

 

 そう言う彼女の顔は、少し影が残りつつもとても輝やいた笑顔に見えた。

 その笑顔にためらいつつも、あの神と自身の事を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

『これってあれよね!好きな能力もらい放題よね!?』

 

 ……私の記憶。

 

『チートも無敵も不老不死でも何でもありだ!もちろん原作介入もOK!』

 

『ちなみに原作で起きた大きな事件は必ず起きる。妨害しても修正力が働くからな!』

 

 そうだ私、神様に会ったんだ。引っ込み思案で、地味な自分を変えたかったんだっけ。あの時は、神様に願いを叶えてもらおうと必死だった。

 

 

『何でもありだ!』

 

 

 神様のあの言葉を聴いて、真っ先に思ったのは明るい性格。でも、『ネギま!』の世界はそれだけじゃ生きていけないと思った。だから、生きる為の大きな力が欲しいって言った。

 

 それは主人公の様な!ヒロインの様な!

 

 気が付けば私は。世界樹に近づくものを排除する人形だった――。



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第15話 世界樹(2) 世界一周?

「本当に大丈夫?」

「……はい!」

 

 やっぱり心配だな~。笑顔で居るけれど、気にならないって事は無いだろうし。

 

「あのね?私達の他にも転生者を2人見つけているんだ。全部で5人。後1人はまだ分からないんだけれど。会いに行ってみる?」

「……え。でも、私なんかが」

「あんまり自分を卑下しちゃダメだよ。悪いのは貴女じゃない。それに貴女の気持ちをちゃんと分かってもらえる人達だから。どうかな?」

「……はい。会いたい、です。でも私は、ここからあまり離れられないみたいだから」

「う~ん、それじゃ私が先に飛んで会いに行って、どうするか相談してすぐ戻ってくるよ。1人にさせちゃうけれど大丈夫?」

「……はい、世界樹で、待ちます」

 

 そう言うと彼女は世界樹の側に立つ。すると輪郭がしだいにぼやけ、粒子となって世界樹に溶け込んだ。それを見届けると、ヨーロッパを目指して飛び立った。

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 日本からヨーロッパに戻ってきました。とりあえず麻衣ちゃんのことを説明して。それから相談かな?

 

「おう!おかえりシルヴィア。それでどうだった?」

「うん、世界樹は転生者だったよ」

「はぁ!?」

「木じゃなかったのか?」

 

 たしかに木なんだけれど。転生者だって言われても、簡単には納得出来ないよね?

 

「うん、世界樹に宿っている木霊が転生者だったんだ。名前は菜摘麻衣ちゃん。前世は日本人みたいだよ。それもまた酷い枷が付いててね。かなり大変な状況だったよ」

「酷い……か。どんな枷だったんだ?」

「人格封印と見敵必殺って枷で、あっちでは世界樹に行ったらだれも帰ってこないから、妖魔が住み着いてる。って言われてたよ」

「待て、それはちゃんと解除したんだろう?」

 

 エヴァちゃんは気になるよね。状況がアンジェちゃんと似た様な状態だもの。

 

「もちろん!それから前世の記憶にある姿を取れるようにセフィロトの杖を使ったよ」

「何で前世の姿なんだ?」

「人の形をしただけの白い塊になっててね、顔は丸い点が3個あるだけだったの。本当に酷かったよ」

「「な……!?」」

「今はもう大丈夫。だからこれからの事をちょっと話し合いたいなって思うの」

 

 日本に行くとしたら私1人?もしかしたらエヴァちゃんとアンジェちゃんも来て3人かな。2人が一緒に来てくれれば良いけれど、ダメならこの家を使ってもらえば良いかなぁ?

 あっ!向こうで住む家なんて建てられないよ!今の時代って大工さんは居るはずだよね?でも日本の今のお金って何!?

 

「今後の事か?俺は別に日本に行っても構わないぞ。メガロの方も問題ない」

「え!フロウくん来るの?」

 

 てっきりメガロに戻ると思ってたんだけど。あれ?と言うかメガロが問題ないって?シスター達に自由に使ってもらってるし、そういう意味では問題ないと思うけど?

 

「まるで行っちゃ悪いみたいな言い方だな。俺も会っておきたいからな」

「そ、そんな事無いよ!来てくれたら嬉しい!」

 

 うん、フロウくんが来てくれたら色々話をまとめてくれそうだよね!あれ?なんか最近、フロウくんに全部決めてもらってる様な?

 

「え、エヴァちゃん達はどうするのかな!?」

「私達も付いていくしか無いだろう?」

「うん、お姉ちゃんに付いて行くよ~」

「それで良いの?」

 

 西洋の生まれだし、急に遠い外国に行くのは気が引けるかと思ったんだけど?気になら無いのかな?

 

「こっちの土地に未練は無いの?かなり遠い国だよ?」

「未練が無いわけじゃない。それでも2人で生きていくのが難しいのは分かっている。シルヴィア達には聞きたい事もまだまだある。それにその世界樹の木霊とやらの知識も気になる」

「お姉ちゃんは寂しいんだよね!」

「な!?アンジェそれは違うぞ!私はアンジェさえ居れば良いんだ!」

 

 そっか、こっちの土地に未練が無いわけじゃないんだね。それでも守るための力が欲しいから着いてくるしか無い。って、なんか選択肢狭めちゃったかなぁ。

 

 それにしてもエヴァちゃんってこんな性格だったっけ?なんかもっとこう、しっかりとしてて。 貴族育ちだから年の割りにはものをはっきり言う感じだと思ったんだけれど。

 

「リアルツンデレってやつだな。まぁ、エヴァはこういうやつだ」

「ふふふ、お姉ちゃん可愛い~」

「ぐぐぐ。そ、それで世界樹は日本って国だったか?どうやって行くんだ!」

 

 ま、まぁ、仲が良いに越した事は無いよね?日本に行ってる間に何かあったのかな?

 

「えぇっと、私は飛んで行けるけれど。今の時代だと~、大航海?たしかアフリカ大陸の南端を超えて……。あ、今で言う暗黒大陸ね。そこからインド洋を通って、東南アジアの海からずっと北上かな?」

「待て。聞いた事も無い言葉ばかりだぞ……?どれだけ掛かるんだ」

「えっと、10年とか20年?」

「そんなに船に乗ってられるか!」

「相変わらずシルヴィアはボケるな……。俺が竜体になるから二人は乗っかれば良い。ロープで身体を固定しておけよ。風の保護結界は張るからそれで簡単に落ちたりはしないだろう」

 

 あ、そう言えばそうだね。人の姿で居ることがほとんどだから忘れてたよ!と言うか私はボケっ子じゃありません!

 

「じゃぁロープや外套の調達になるか。アンジェもそれで良いか?」

「うん、大丈夫だよ~」

 

 それから町に行ってお買い物。2人の外套と何本ものロープを購入しました。多めに保存食を買い込んだけれど、日本での食糧自給を考えたら、野菜の種や苗も買っておいたほうが良いんじゃ無いかって事でそちらも購入。

 森に戻ってから私の家をダイオラマ球へ収納する事に。魔法をかけると家と周囲の地面が消えて、ダイオラマ球の中に先ほどまで見えていた景色ありました。

 

「そんな事もできるのか……」

「すごいね~。お城とかも入るのかな?」

「ダイオラマ球の質しだいだが、ある程度何でも入るぞ」

 

 確かに色々入ってダイオラマ球は便利なんだよね。欠点と言えば、外と中の時間の流れを変える設定にしたらややこしいとか。中に人が居ると台座から動かせない所とかかな?

 

「それじゃフロウくんよろしくね?」

 

 外套に身を包んだ2人をロープで繋いで、竜の姿のフロウくんの体にロープを回す。さらにそのロープと2人を繋いだロープを別のロープで繋ぐ。どのロープが切れても、落ちない様に入念に手を入れる。

 

「おし!それじゃ飛ぶぞ?」

「落とすなよ?」

「わーい、空の旅~」

 

 良し!それじゃ、日本まで空の旅!

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てお前ら!おい!聞こえているのか!」

「わ~。はや~い。どんどん雲が流れてく!ね、お姉ちゃん!」

 

 うん?何かエヴァちゃんが騒いでるような?アンジェちゃんは楽しそうだけれど、どうかしたのかな?

 

 魔法で高速で飛び、風の保護魔法を身に纏っているため、2人の声がまったく聞こえなかった。

 

(ねぇ、フロウく~ん)

(何だシルヴィア。2人を落とさない様に気を使ってるんだから急に話しかけてくるなよ)

 

 思い立ってフロウくんに魔法で念話を送る。

 

(あ、ごめんね。でもエヴァちゃん達が何か話しかけてるみたいでさ?)

(そうか?じゃぁちょっとその辺の森にでも下りてみるか)

 

 そう言って速度を落として下降。そのまま森の中へ着地した。

 

「お前ら、殺す気か!何だあの速度は!確かに落ちなかったが気が気でなかったぞ!」

「そ~お?私は面白かったよ~?」

「アンジェ!?」

「そ、そんなに早かったかな?フロウくんはどう思う?」

「まぁ、確かに早いな。俺はドラゴンだから身体も持つしもう慣れたけど、シルヴィアが疲れ難いってのもあってか飛行スピードはおかしい、けどある程度飛ばさないとなかなか着かないぞ?」

 

 私って無意識のうちにそんなに早く飛んでたんだ。日本からヨーロッパって飛行機で何時間だっけ?

 

「10数時間だな」

 

 あ、あれ?なんで考えてた事が!でもそうだよね、だいたい2時間くらいで日本についたから。あれ!?飛行機の5倍以上早い!?

 

「一気に飛ばなくても俺達のスピードなら1日かからないだろう。慣れてないエヴァたちのためにスピードを抑えて、数十分おきに休憩を取った方が良いな」

 

 その後は現地の人に見つからない様に、休息を取りながら日本まで飛んでいく事にした――。



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第16話 世界樹(3) 世界樹のもとで

 ――再び世界樹上空。

 

「あれが世界樹だよ。近くに下りれば良いと思う」

「実物を見るとかなりでかいな。きっともっと成長するんだろうし」

 

 そう言いつつ世界樹の根元に着陸する。皆の様子を見ると人の姿に戻ったフロウくんは割りと余裕そう。エヴァちゃんは表情は崩さないもののどこか疲れた様子。アンジェちゃんは目を輝かせて、余裕そうだね……。

 

「えっと、じゃぁ連れて来たんだけれど、麻衣ちゃん居るかな?」

「世界樹に宿ってるなら居ないって事は無いだろう」

 

 世界樹に向かって話しかける。すると根元からぼんやりと人の輪郭が現れ、次第に収束して半透明な人の姿になった。

 

「……ごめんなさい。まだ、うまく姿をコントロールできなくて」

「大丈夫だよ。ゆっくり慣れていけば良いんだから」

 

 そう言う麻衣ちゃんの姿は、ロングヘアでどこかの学校の制服の様だった。

 

「こいつが麻衣か?」

「外国といっても髪と瞳が黒いだけか?服の生地は悪くなさそうだが随分と丈が短いな?」

「違うよお姉ちゃん。この服は女子高生だよ」

 

 そっか、今の時代から見たら未来の服なんて分からないよね。麻衣ちゃんの前世の記憶の姿は制服がイメージ強かったのかな?

 

 そう思い麻衣ちゃんを見ると、随分と驚いた顔をしていた。

 

「……え、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!?ほ、本物ですか!?」

「私の事を知ってるのか?と言うかミドルネームは持って無いぞ?」

 

 もしかして麻衣ちゃんって、結構原作の事知ってるのかな?

 

「それで女子高生って何だ?それからA・Kのミドルネームも」

「ねぇねぇそれってどこの制服?」

「麻衣ちゃんって、原作知識が結構あるの?」

「……え、あの、……えっと」

「おまえら落ち着け!めちゃくちゃ困ってるだろ!」

「「「あ!」」」

 

 しまった。ついつい聞きたくなっちゃって……。ごめんね麻衣ちゃん。

 

「とりあえず順番にな?女子高生ってのは女子の高等学校の生徒って意味だ。どこの学校のかは後で個人的に聞けよ。ミドルネームは俺は知らないから麻衣に教えてもらえ。それから原作知識は質問が終わってから全員で確認だ」

「「「「ハイ!」」」」

 

 声が揃いました。

 

「……えっと。A・Kって言うのは、アタナシア・キティ、だったと思います。『ネギま!』の話は、途中までの流れとかは、ぼんやり覚えてます」

「アタナシア・キティ?不死の子猫だと?未来の私は何を思ってそんな名前を名乗ったんだ?」

「でも子猫って可愛いよ~?」

「ぐ……。あ、いや、もしかしてカトリーヌお母様の事か?ラテン・ギリシャ読みでエカテリーナ。その辺りが年月で訛って認知されたか?」

 

 子猫かぁ~。たしかにエヴァちゃんは可愛らしいし、ツンツンしてるところが子猫って気もしなくも無いけれど。う~ん、お母さんの名前をミドルネームにしたって方が納得かな?

 

「ぼんやりと、か。覚えている範囲で良いから話してくれ」

「……は、はい」

 

 麻衣ちゃんの覚えている知識と、私達が分かってるものをまとめると――

 

 

・原作の約600年前

 エヴァンジェリンが真祖の吸血鬼に転化。

 

・原作の約20年前、戦争が起きる。

 ナギ・スプリングフィールドとかジャック・ラカン等が活躍する。

 政治的暗躍をする組織があった。

 

・2003年の3学期に麻帆良学園で原作開始。

 ナギの息子の、主人公ネギ・スプリングフィールドが何故か女子中の先生になる。

 一部の生徒にすぐに魔法がばれる。

 

・エヴァがネギを襲う。

 『登校地獄』の呪いを解くために、呪いをかけたナギの息子のネギの血を狙う。

 仮契約者が出来る。

 

・修学旅行でトラブルがあった。

 また仮契約者が出来る。

 

・学園祭の格闘大会でネギがけっこう頑張る。トラブルも起きる。

 

・2003年の夏に魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に行く。

 

 

「意外と情報が増えた……かな?」

「随分参考になったと思うぞ。少なくともエヴァに呪いがかかるって所とかな」

「『登校地獄』ってどんな呪いだ?私には解く実力が無かったと言う事か?」

 

 呪いの言葉に、エヴァちゃんが不安そうな顔で尋ねて着たけどそれはそうだよね。真祖のエヴァちゃんの魔力量は凄く大きいから、それで解けないって言うのはちょっと疑問が残るかな?

 

「……それは、サウザンドマスターっていう、魔法使いが居て。エヴァンジェリンさんが何度もしつこく追いかけるから、罠にはめて。……麻帆良学園から出られない呪いと、魔力も封印されて。身動きが取れないんです」

「あ~、そんなのもあったかもしれねぇ。て言うかナギだな」

「つまりはそのサウザンドマスターという奴が要警戒人物、と言うわけか」

 

 何か確信した様に、ニヤリと黒い笑みを浮かべるエヴァちゃん。なんだか、ナギって人もかわいそうに。生まれる前から警戒されちゃってるよ……。

 

「でもその主人公のネギくん、魔法がいきなりばれるのってまずいんじゃないかな?未来にあるのか分からないけれど、魔女狩りとかにあったりしないのかな?」

「たしか黙っててもらえて、そいつはそのまま魔法の道に引き込まれてたな。そう言えば仮契約者もハーレム状態だった」

 

 それは……。マンガだからかな?今の時代じゃ考えられないなぁ~。魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫だったら何も無いけれど、地球でそんな事になったら教会や名声欲の強い冒険者が押し寄せてくるね!

 

「……あの、私も、質問しても良いですか?」

 

 思い出した様に麻衣ちゃんが声を上げてきてって、いけないいけない、こっちの話で持りあがって置いてけぼりにしちゃったかな。

 

「うん、もちろん!何が聞きたい?」

「……皆さん、転生者、なんですよね?その、エヴァンジェリンさんもそうなんですか?…あと1人分からなくて、全部で5人だって、聞いたから」

「シルヴィア、お前ちゃんと説明してなかったのか?」

「え?あれ?話してなかったっけ?」

「おい……」

「ご、ごめんなさいー!」

「ホントにボケてきたんじゃないのか?」

 

 ち、違うよね?ボケてないよね!?

 

 

 

 

 

 

「……天使様だと、思っていたんですけれど、シルヴィアさんも転生者だったなんて」

「まぁ俺もこんな姿だが、あまり気にするな、俺はもう気にして無いからな」

「私はお姉ちゃんが居るから平気だよ!」

「……エヴァンジェリンさんも、この世界の事、……受け入れてるんですね」

「あぁ、何と言われようと、今ここに生きているからな」

 

 それぞれがお互いの立場と生い立ちを説明して一呼吸。私達の状況を知った麻衣ちゃんは、自分が決して悪くないと知って、少し落ち着いた様子に見えた。

 

「それで麻衣ちゃんはこれからどうしたい?」

「……どう、と言っても。……世界樹からは、離れられないみたいですから」

「シルヴィアはここに住む為にダイオラマ球で家を持ってきたんだろう?落ち着くまでここに居たら良いと思うぜ?」

「え?うん、そうだけれど」

「後はこれからの事だな。まだ原作まで約600年。やれる事はやれば良いし、原作へどれだけ関わるか方針も決めておいた方が良いと思うぞ?」

 

 原作か~。転生者を助けるって事で頭がいっぱいで、あんまり考えてなかったかもしれない。どうしたら良いかな。

 

「……あの、私は、世界樹に来て、悲しい事になった人の家族とか。……また来る事があれば、ちゃんと謝りたい、です」

「麻衣ちゃん……」

「その気持ちは立派だな。ただな、聞いた限りでは世界樹の力を利用しようとしたものが多いんじゃないのか?私は利用して吐き捨てる貴族どもを見てきたからな、全てがそうとは言わないが、ナツミ・マイ。お前が完全に悪いわけではないと思うぞ?ある種、世界樹の自己防衛だろう?」

「……それでも、助けを求めてきた人とか。……居たかもしれないから」

「そうか……」

「まるでシルヴィアだな」

 

 え?何でそこでフロウくんが私みたいって思うのかな?

 

「なぁシルヴィア、お前は天使だけど天使様をいつまでも続けなくて良いと思うぞ?人間だった自分を忘れてないか?転生者を助けるってのは良い。だが延々と人助けをする天使って言うのは、本当のお前の姿か?」

「なるほど。例の傲慢な神とやらの影響を、一番受けたのはシルヴィアみたいだからな、それと責任を感じて自分を卑下するナツミ・マイとは似通っているというわけか」

「本当の私……?私は世界を存続させる使命があって、転生者を救わなくちゃいけなくて、造物主を倒すのを見届けなくちゃいけなくて……」

「ダメだな、すっかり天使様になってる。せっかく魔法世界を離れてここに居るんだ。しばらくこっちで頭を冷した方が良いぞ」

 

 そう言うとフロウくんはダイオラマ球を持ち出し、世界樹の近くに私の家を設置していた――。



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第17話 世界樹(4) 心と向き合う

 その後は皆で家に入って休む事に。けれども私は、フロウくんに言われた事が気になって休めずにいた。

 

「天使様……かぁ」

 

 

『あなたの使命は大まかに3つあるわ』

 

『天使として信仰を集めておくことをお勧めする』

 

 

 女神様にそう言われてもう300年以上。確かにイングランドでは信仰が残っていたし、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の一部の教会やシスター達からは慕われてたよね。

 

「どうしてフロウくんは、いきなりあんな事言ったのかな……」

 

 もともとあまり寝なくても平気な体は、こんな時余計に寝つけなかった。

 

「もう慣れちゃったけど、本当に人間じゃないって今更実感すると思わなかったよ……」

 

 そう言って顔が沈み込む。夜風に当たっていると、不意に声をかけられた。

 

「……シルヴィアさん。眠れ、ないんですか?」

 

 声がした方へ顔を向けると、今度はパジャマ姿の麻衣ちゃんがいた。

 

「麻衣ちゃん……」

「……私も、眠れないんです。寝る必要が無いみたいで」

 

 そう言って困ったような笑みを浮かべる。

 

 

『まるでシルヴィアだな』

 

 

 フロウくんに言われた言葉が頭にこびり付いていて、本当に良く似てるって思った。確かに麻衣ちゃんは、私と同じ存在なのかもしれない。

 

「……シルヴィアさんは、あの時、神様に何も願っていないんですよね。……私達みたいに、こうしたかったとか、こうなりたかったとか……」

「うん。あの時は『神核』を飲まされてから無理やり泉に投げ込まれて、そのまま天使になって。それからずっと転生者を助けたい!って一心でここまで来ちゃったかな」

 

 うん、最初にフロウくんを助けて。その時は勘違いで迷惑かけちゃったけれど、結局は人になれなかったら大変だったって戸惑いながらも許してくれた。

 アンジェちゃんの時は、あまりに酷い枷に必死に解きに行って、エヴァちゃんって大事なお姉ちゃんが出来てとても嬉しそうだった。

 

「麻衣ちゃんは――」

「……私は、後悔してませんよ?……悔しいって、気持ちはあるんですけど」

 

 後悔していない?あの神様にあったり、心を封印された事も?

 

「……私達は、本当は出会えなかった。神様の悪戯でも、お互いこんな身体になっていても。私は、その、引っ込み思案で、友達も少なかったから、きちんと話せる、シルヴィアさん達と出会えて、良かったって思ってます」

「麻衣ちゃん……」

「……シルヴィアさんは、何かやりたい事は無かったんですか?『ネギま!』の世界は、魔法があって個性のある人が多くて、実際凄い、魔法使いなんですよね?」

「え、うん、魔法は使えるけれどね……」

 

 私がやりたかったこと?人助けをしよう。って思ってたんだよね確か……。人を助けて、使命の事ばっかり考えて、その他の事はほとんど考えてなかったかもしれない。

 

「ごめんね、今すぐにはちょっと思いつかないかな。転生者をとにかく助けたくて必死だったよ」

「……じゃぁ、これから叶えていけば、良いんじゃないですか?」

 

 これから叶える?『ネギま!』に転生って言われた時、何を考えたんだったかな~。覚えて無いかも。

 

「……私は、シルヴィアさんと出会って。本当に、助けて貰ったのは事実です。……すごく、感謝してます。……それに、やりたいことも、見つかりました」

「やりたい事?麻衣ちゃんが『ネギま!』で?」

 

 そう言って麻衣ちゃんの顔を覗き込むと、何だか嬉しそうな顔が見えた。

 

「……はい!シルヴィアさん達と、お友達になりたいって、そう思うんです。……だめ、でしょうか?」

「ダメじゃないよ!凄く嬉しい!でも、もう友達だと思ってたんだけれど~?」

 

 そう言って少し意地の悪い笑顔を見せる。

 

「……そうだったら、嬉しいです。よろしく、おねがいします」

「うん、こちらこそよろしくね!」

 

 それまで暗い顔だった麻衣ちゃんの輝いた笑顔に、つい嬉しくなってお互いに微笑み合った。

 

「……それから、フロウさん?が、言っていた天使様って話。……私は会ったばかりだから、どんな事が有ったか、分からないんですけど。……それでも私から見たら、助けてくれた天使様だったんです。でも、こうして話をしてみると。普通のお友達で。普通の女の子に見えます」

 

 普通の女の子と言われて、思っても見なかった言葉に一瞬呆ける。自分が普通なんて、とても思え無くなっていた。

 

「……最初は、必死に戦っていたから。凄く強い魔法使いなんだって、思ったんです。でも、エヴァンジェリンさん達と、一緒に来て。……話をしてたら、よく笑って、良く喋る、普通の女の子にしか見えませんでした」

「…………」

「……フロウさん達は、私の想像でしか、無いんですけれど。……心配、だったんじゃないかなって。勝手にですけど、そう思いました」

 

 その言葉に、ここしばらくの事を思い返してみる――。

 

 メガロメセンブリアから地球に戻って、すぐにアンジェちゃんの酷い枷を見て飛んでいったんだよね。あまりにも酷い状態だったからとにかく助けなくちゃって思って、でもアンジェちゃんには守ってくれるエヴァちゃんがいたんだよね。

 

 それからしばらく魔法を教える事になったけど、近接を学ぶためにフロウくんを呼んで、世界樹の事を忘れていたって事に気が付いた。

 

 日本に着てみればまた酷い枷がついた麻衣ちゃんが居て、必死に助けようとして、助けてからみんなで日本に来て、フロウくんに怒られた――?

 

「私、必死になり過ぎてたのかな?」

「……必死になるって。……シルヴィアさんにとって、許せない事が、あったからじゃないんですか?それが、フロウさん達には、無理してる様に見えたのかも」

 

 もしかして、心配かけちゃってたのかな?そんなに無理したつもりは無かったんだけど、不安にさせちゃっていたなら、謝らないと。

 

「まぁ、それだけじゃねぇけどな」

「シルヴィアは1人で背負い過ぎって事だ」

「フロウくん!?エヴァちゃんも!起きてたの!?」

 

 びっくりしたー!起きてたなら言ってくれれば良いのに。わざと隠れてこっち見てるなんて性格悪いよ。そんな事する子達じゃなかったのに。あれ、最近黒い感じがしてるからそうでもないのかな?でも、そんな子じゃなかったよ。なかったよね!?

 

「ちょっと顔色が晴れたな。昔、俺が拳闘士やって無茶した時に自分で言ってただろ?もっと頼れってな。今回だっていったん戻ってきて、俺たち全員で対処したって良かったんだ」

 

 うん。そうだね……。自分で言った事なのに、必死すぎて忘れていたかもしれない。

 

「それにメガロの偉ぶった奴らなんか放っとけ。教会のやつらもシルヴィアを当てにしすぎだ。いつまでたっても天使様離れできないぞ。奴ら自身のためにもならない。一生メガロに居るわけじゃないんだ、シルヴィアだって当てにされ続けたらいつか壊れちまう」

「そう、かな……?」

「領主ならば領民の生活を守る義務がある。だからといって、子供が熱を出したからって看病に行く領主が居るか?そんな馬鹿は居ないだろう。それをしていたのがお前だ」

 

 あう……。そ、そこまではっきり馬鹿って言わなくて良いんじゃないかな!?

 

「まぁ、そんなわけだから。もっと気楽に行こうぜ。ぶっちゃけ俺らが何もしなくても主人公様が頑張ってくれるんだ。やれる事だけやれば良いんだよ」

「そ、それはちょっと無責任すぎると思うよ!?」

「良いじゃないか。主人公様とやらに頑張ってもらえば。私はアンジェの為にしか頑張る気は無いぞ」

 

 エヴァちゃん。それはそれでどうかと思います……。

 

「……シルヴィアさん」

「麻衣ちゃん。ごめんね。それからありがとう」

「……はい!」

「それじゃ家に戻るぞ。エヴァの例えじゃないがお子様が風邪を引かないうちにな」

「お前だってお子様だろう!」

「はいはい、そうでした、お子様お子様」

「ぐ、なんだ。この負けた気分は」

 

 うん。皆が居る。あと1人の転生者がどんな人か分からないけれど、きっとその人とも友達になれるよね?

 

「そう言えば麻衣ちゃんは、そのパジャマはどこから出したの?」

「……着替えようって思ったら、着替えてました。……イメージしたら、覚えてる服に着替えられるみたいなんです。ちょっと、嬉しいです」

 

 そう言うと輪郭がぼやけて、微笑んだ顔の浴衣姿に変わる。それは便利そうだね~。記憶にある姿を取れるって事かな?思い付きだったけれど、意外と良かったかもしれない!

 

「それは何の服だ?ナツミ・マイ」

「……浴衣、って言います。夏祭りとか、夜着に着るんです」

「うんうん。あと日本は、ファミリーネームが先に来るから、麻衣ちゃんだよ」

「なるほど、それでか。変だと思ったんだ。改めてよろしくたのむ。麻衣」

「……はい!こちらこそお願いします。エヴァさん」

 

 談笑の中、長い一日の夜が更けていった――。



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第18話 原作への方針と麻帆良学園

朝になったら少し軽めになっていたので、昨夜に投稿予定をしていた切りの良い話までの分を投稿しました。
続きはまた様子を見てから投稿しようと思います。


 それから一夜が明けて、これからの方針を決める事になりました。フロウくんはいつの間にか纏めるのが得意になってるから、纏め役をしてもらう事に。麻衣ちゃんの知識が多いみたいだから、何かあれば指摘してもうって事で。

 

「それじゃ、この先最初の大きな出来事は原作20年くらい前の戦争だな。俺はぶっちゃけあまり関わるべきじゃないって思ってる。まぁジャック・ラカンは殴りに行くけどな」

 

 関わらないって言ってるのに関わるんだ……。

 

「なぜそう思う?主人公様か?しかしそいつはまだ生まれていないのだろう?」

「あぁ、けれどその父親が勝手に解決してくれるはずだ。それに戦争って事は利益や領土といったものが必ず絡む。そこにわざわざ巻き込まれに行くのは得策じゃない」

「だからって、戦争で傷つく人を見捨てて置けないと思うよ?」

「それはそれで救助隊や野戦病院だってあるだろう。間に合わない所は助けに行けば良い。ただし消極的にな。シルヴィアの目立ち具合は半端じゃない」

 

 う、それは確かに。こっそり魔法を使ってるだけで魔女狩りが来り、天使様って崇められたりしたけれど。

 

「……たしか、サウザンドマスターが、戦後の救助活動で、有名になったと思います」

「ほう。随分と立派な英雄様だ」

「魔法の力技馬鹿ってイメージしかなかったんだけれどなぁ。覚えてねぇな」

「うん。でも一応は見て回る、と思う」

 

 全員助けられる事はできないけれど、助けられるはずだった!って事にはしたくないよね!

 

「ナギと言ったか。私もそのサウザンドマスターには会ってみるとしよう。しつこくない程度にな」

「お姉ちゃん、気をつけてね?」

「もちろんだ」

「それじゃぁ次。原作の開始だ。主人公はお約束なのか最初は未熟っぽい。ネギ坊主は放っておくか?」

 

 魔法使いなんだよね?未熟って事は制御と集中力が足りないって事なのかな?魔法がちゃんと使えてるみたいだし、イメージ力はあるみたいだね。

 

「本人を見てからだろう。あまりにもダメならけしかければ良い。その時の状況でうまくやればいいさ」

「うん、魔法使いが居る学校みたいだし、大人の魔法使いがちゃんと指導するはずだよね?」

「それから、仮契約者たち。結局2003年の夏に大々的に巻き込まれるわけだからどうしようもないんだろうが、どう思う?」

 

 契約かぁ。私が本契約すると大変な事になっちゃうし。今までに重い契約はした事が無いんだよね。普通の人は仮契約してもアーティファクトがたまに出るだけで、そんなに重い事にはならないみたいだけど?

 

「そのネギという主人公が全員の面倒を見きれるとは考え難い。周りもサポートはすると思うが、こちらで面倒を見れることがあれば、こっそり見てやる程度だろうな」

「……あの、結構どたばたしてて、無理やり仮契約したり、されてたりしたと思います」

「何なんだそれは……」

 

 か、軽いなぁ~。契約って結構重いと思うんだけどね?仮契約だと全然気にしないのかな?私が気にしすぎ、じゃないよね?

 

「まぁ、それくらいか。あとは、シルヴィアの転生者探しか?」

「うん、生まれてくる年代が近づけばある程度の情報が出て、本人の目の前なら詳細が分かるよ」

 

 そうだね!後1人!今度は皆がいるから、ちゃんと協力して助けに行こう!

 

「情報屋とかを上手く使っても良いと思うぜ?あと時代にもよるな」

「あ、そういう方法もあるんだ」

「馬鹿みたいにひたすら世界中飛び回らなくて良いぞ」

 

 ば、馬鹿じゃないもん!必死だっただけだよ!

 

 

 

 

 

 

 それからは皆で修行をしたり、旅行に行ったり。そんなある日、フロウくんが「そういえばこんな事もあろうかと思って……」とか言い出して、メガロの私の家の地下深くに、世界間転移ゲートを設置してきたそうです。

 

「転移室には出入り口は無い。基本的にそこから転移魔法で外に出る仕組みだ。遠見の魔法の魔法具やちょっとしたものも置いてきた。こっちで世界樹の魔力とシルヴィアの魔力で波長を調整して、特定の方法以外で使えない様にして結界を張れば、他に誰も使えなくなるゲートの完成だ」

 

 そんな事を言って、私達専用の世界移動手段を手に入れてしまいました……。

 

 100年くらいしてから、エヴァちゃんとアンジェちゃんは、しばらく2人で世界を見回りたいと言い出したので、いったん別れることに。戦争の前には戻ってくるそうです。

 

 フロウくんもある程度定期的に、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫と行き来したりして、基本的には麻衣ちゃんと2人で過ごす時代も有りました。

 時には世界樹を求めて来る人や妖怪も居たんだけれど、悪意に反応する結界を張っていた事で悪い人には利用されず、世界樹の恩恵が必要な場合はそのつど交渉をして、対価を貰ったりしていました。

 

 

 

 

 

 

 ――さらに約300年後。

 

「シルヴィア。メガロの奴等がついにこっちに来るみたいだぞ。認識阻害は使うけれど、基本は俺と2人で交渉だな。場合によっては力を見せる事になるかもしれない。必要があれば麻衣は世界樹の魔力をコントロール出来る範囲で良いから動かしてくれ。姿は見せなくて良い」

「うん、わかったよ」

「……はい、やってみます」

 

 

 

コンコン

 

「失礼。どなたかいらっしゃるか?」

「はい、どちら様でしょうか?」

「私どもは地質とその土地の植物研究を行っているものです。こちらの御神木の調査をさせて頂きたいと考えて来たのですが……。周囲で調査したところ、木の側にある家の方が土地ごと管理されていると聞きましたもので、ご相談させて頂きたいのですがよろしいですか?」

 

(白々しいな。はっきり世界樹をよこせって言うのかと思ったぜ)

(それはいくら何でも強引じゃないかな?世界樹の周りには結界が張ってあるから、魔法使いなんだし、さすがに気づいてると思うよ?)

 

「まぁ、どのような研究をなさいますの?よろしければお聞かせ願いますかしら?」

 

(フロウくん、またそれなの?)

(これが1番分かりやすいんだよ)

 

「私達は御神木と共に生きている者です。そう安々と調べさせて欲しいと言われましても、簡単には差し出せません」

「それは困りました。私どもも引くに引けない事情がございまして、お金でしたら相応の用意はございますが……。何かお求めのものがあれば用意する準備はあります」

 

 そう言って、魔力を高める数名の男達。こちらが女2人と見て、いざとなれば強襲する様子が見て取れた。

 

(こいつら拙いな……。いきなり手の内を晒すか?しかも弱え)

(比べちゃダメだと思うな~)

 

「申し訳ありません。力づくで物事を解決しようとする方と、これ以上の交渉はできませんわ。お引取りいただけて?」

「それは残念だ。おい!」

「「「はっ!」」」

 

 交渉に当たっていた男の掛け声で、数名の男達が戦闘態勢を取る。

 

(麻衣!魔力を高めろ!)

(はい!)

 

「(遅延呪文)開放! 魔法の射手・戒めの風矢!」

「咸卦法!」

 

捕縛魔法を待機させていた私は、遅延呪文で発動して男たちを捕縛。

 

 フロウくんは麻衣ちゃんへ念話を送り、発光こそしないものの世界樹の魔力が急激に高まる。そして右手に気、左手に魔力を纏わせて合成。咸卦法を発動させ、交渉していた男の前に立ち言い放つ。

 

「正当防衛、ですわよね?これ以上荒事で交渉されるのでしたら、物言わぬ骸を晒す事になるかと思いますが、いかがでしょうか?」

「気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)!?こんな島国の小娘が究極技法(アルテマ・アート)だと!」

「馬鹿な、何だこいつらの魔力は!しかも世界樹の魔力を操っているだと!?こんな奴らだなんて聞いて無い!」

 

 明らかにうろたえた様子の男たちに向かって、先程の争いを感じさせない穏やかな表情を作って話しかける。

 

「私達は手荒な事は望んでいません。どうか冷静なお話をお願いします」

「ぐ……!」

「失礼。お嬢さん方。後から来て申し訳ないが、交渉を続けさせて貰えないだろうか」

「どちら様でして?彼らよりも冷静なお方かしら?」

「それはもちろん。我々にも引けない事情がある。部下の非礼はこのとおり詫びよう。」

 

 そう言った壮年の男性は、頭をきっちりと下げこちらに向き合ってきた。

 

 

 

 ――それから交渉を続け数時間。

 

 予想通り学園都市を建設したいという話でした。今回は内容を詰めて一度解散。彼らが組織の責任者に内容の確認を取るという事になり、再び交渉の席を設けて、契約を取り交わす事になりました。

 

 

 契約内容は――、

 

 

 『シルヴィア・A・アニミレス(世界樹と、その土地を管理する者)及びその身内』を以後『管理者』とする。

 

 『魔法使い人間界日本支部』に身を置く関係者を、以後『学園関係者』とする。

 

 『学園関係者』には一般人を含まない。ただし籍を置くものはその限りではない。

 

 

1、『学園関係者』は『管理者』の者や家等へ攻撃をしない。

 

 『管理者』や家が増えた場合は、学園側に通達をする。

 

 攻撃とは、魔法や薬それに準じた手段を使う事。また過剰な身辺調査を含む。

 

 これらが破られた場合は、報復として関わったものを一方的に処罰する事が出来る。

 

2、『管理者』は『学園関係者』への理由無き一方的な攻撃をしない。

 

 攻撃とは、物理的・魔法的な身体への害である。

 

 これが破られた場合は、謝罪と世界樹の葉を一定枚数提供。その年と翌年の後述の土地の使用料を無料化。

 

 例外として、理由があり攻撃した場合は、後に説明をする。

 

3、世界樹に関しての調査は、傷をつける事を認めない。一般人を使ってもならない。

 

 調査の際は依頼という形を取り、あらかじめ計画書を提出。採取は別件とする。

 

4、世界樹の葉・枝等の採取は、あらかじめ資料を提出。

 

 内容を確認し、問題の無い場合は対価と交換。

 

5、『学園関係者』は世界樹の周囲に建造物を造らない。魔法を含めた監視をしない。

 

 破られた場合は1に順ずる。

 

7、建造物は世界樹を覆ってはならず、一定の距離を保つ。

 

 破られた場合は1に順ずる。

 

8、『学園関係者』は建造物の土地の使用料を年単位で更新。

 

 使用料は時代に見合った金銭を支払う。

 

6、必要な人材を『管理者』に求める場合は、依頼という形をとる。

 

番外として、

 

 全ての契約は『学園関係者』が撤退の意思と行動を示すまで有効とする。

 

 『管理者』は身内と世界樹に対して『学園関係者』が有害であると判断した場合、強制的に処分する事ができる。学園は理由を求める事が出来る。

 

 契約の変更は、両者の合意の下で行う。

 

 

 こんな感じの内容になりました。結構細かくて厳しい内容の様な気がするんだよね~。

 

「要するに、余計な事はするな。手伝って欲しいときは依頼しろ。って事だ。これでも甘いぜ?もっと足元見てやっても良いくらいだ」

 

 甘いらしいです……。

 

 それから段々と人や資材が集まって学園の建設が開始。建設が始まる頃にはエヴァちゃん達が戻ってきた。旅の間には色んな事があったみたい。

 2人は世界樹から少し離れて比較的学園に近い場所に、新しくログハウスを建てていました。

 

 私は自分の家があるのでそのまま自分の家を使う事に。けれど、気になっていた最後の転生者。新しい時代を迎えても情報が本に現れないまま、時間だけが流れてしまいました。

 

 そして1900年後半。

 ついに魔法世界は戦争の雰囲気を纏わせ始めた――。




契約内容に関しては、執筆当時にネタとして使うかどうかの前に『現実的に考えてこんなことはありえる』と言う考えを元に細かに作ったものです。
本編中に細かな内容を駆け引きに使うことは無いので、覚えて頂かなくても大丈夫です。


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第19話 紅き翼(1) 強襲

なんだかサーバーの負荷も回復したようなので再び切りの良いところまでアップします。
改行の見直しやちょっとした推敲作業が楽しくなってきてしまった……w


「どぉぉーーりゃぁぁぁぁ!」

 

 自信に満ちた顔の赤髪の少年が、拳に魔力を込めて必殺の気合と共に向かい合う男を殴りつける。その直撃を受けた男はなす術も無く気絶した。

 

「決まったぁぁぁぁ!今年の『まほら武道会』優勝者は、ナギ・スプリングフィィーールドォォ!」

 

オオォォォォォ!

 

 アナウンスと共に割れんばかりの歓声が周囲にこだました。

 

「なんと若干10歳!外国の少年が優勝者だぁぁぁ!」

「イッエーーーィィィ!」

 

オオォォォォォ!

パチパチパチパチ!

 

「なるほど、あれが後のサウザンドマスターとやらか。ガキだな」

「だが魔力は馬鹿に出来ないぜ?」

「でも結構凄いよ?子供であれだけの事って、なかなか出来ないと思う」

「ケケケ。切ッテ良イカ?」

「今はダメだ」

 

 私達は麻帆良学園の学園祭に、認識阻害を使って見学に来ている。

 

 エヴァちゃんは敵状視察とか張り切っちゃって……。でも口で言うほど甘く見てないみたい。眼が真剣なんだよね~。それに実際に馬鹿に出来ない実力が分かりました。

 

 それから最後に喋ったのは、チャチャゼロちゃん。エヴァちゃんが旅の間に作った人形の従者。手にナイフを持ったとっても怖い人形です。趣味が切る事と刃物集めって、一体どんな教育をしたんだろう。

 

「魔力による身体の強化『戦いの歌』の練度が高いだけではないな」

「あぁ、瞬動術も使ってたし、虚空瞬動も使ってた。まだまだレベルが上がりそうなのが恐ろしいな」

「チッ。ツマンネーノ」

 

 瞬動術っていうのはクイックムーブと言って、数m~数十mを一瞬で移動する技。足元に魔力を纏わせて、地面を蹴り上げる高等戦闘術です。しかも虚空瞬動はそれを空中で行うんだから、その完成度は歳の割りにかなり凄い!って事になる。

 

「それで?優勝者を横から引きずり落とすとかどうだ?」

 

 フロウくん、そんな目立つ様なやり方は止めようよ……。

 

「今は何もしないさ。ここでやっても目立つ。どうせ魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行くんだろう?戦時中の方が目立たないさ。そう、何があってもな」

「なるほどな」

「ヨシヨシ。切リ刻ンデヤルゼ」

 

 そう言うとニヤリと黒い笑みを浮かべ合う3人。

 

「……程々にしてね?」

「「もちろん!」」

「楽シミダナー」

 

 凄く良い笑顔で答える3人。

 

 これはダメっぽいね……。

 

 

 

 

 

 

 ――それから約3年後。

 

「例の戦争が始まったぞ。ヘラス帝国が始まりの地『オスティア』って国を、メセンブリーナ連合のメガロの支配から解放するって張り切ってるらしい」

「やっぱり戦争は始まっちゃうんだ……?」

 

 避けられないって分かってても、戦争が始まるって悲しい事だと思う。今はまだ小競り合いでも、だんだんと犠牲は増えていくんだろうし……。

 

「とりあえず静観。いま救助になんて行ったら、双方から敵とみなされて立派な賞金首だ。勝手に行くなよ?」

「うん……」

 

 今出来る事をしないとね……。

 

 それから私達は情報集めと、薬や物資の準備をする事にしました。

 

 

 

 

 

 

 その後ナギ・スプリングフィールドを含む、メセンブリーナ連合によるグレート=ブリッジ奪還作戦が成功。その後しばらくして、岩山交じりのとある平原に騒がしい集団が居た

 

「よおぉぉぉし!今日も俺の勝ちだったぜ!」

「へっ!俺様の方が多かったな!」

 

 そう良いながら赤毛の少年と、筋肉質の大男がどつきあう。連合からは【千の呪文の男(サウザンドマスター)】と呼ばれるナギ・スプリングフィールド。そして【最強の傭兵】、【千の刃の男】と名高いジャック・ラカン。

 

「お前達いい加減にせんか!」

「まぁまぁ詠春。士気が上がるのは良い事ですよ」

「そうじゃぞ、腹も減ってはと言うではないか」

「ゼクト、それは意味が違うと思います」

「ガトウさん、止めないんですか?」

「止まると思うのか?」

 

 タートルネックにズボン姿だが、長い刀を持つサムライマスター、青山詠春。

 胡散臭い笑みに細目でローブ姿の魔法使い、アルビレオ・イマ。

 少年ながら老人の様に喋り、ナギの魔法使いの師匠でもある、ゼクト。

 ヘビースモーカーでスーツ姿の男、ガトウ。

 そして、ガトウに付き添う少年、タカミチ・T・高畑。

 

 彼らは後に、英雄【紅き翼(アラルブラ)】として、称えられる面々である。

 

「それにしてもこの戦で私達も随分と有名になった」

「まぁそれだけ俺達が最強だって事だ!」

 

「ほう、ではその最強殿に一泡吹かせてみるとするか?」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

 その瞬間、声が聞こえた方向と逆側から、天を埋め尽くす光り輝く刃が降り注いできた。

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡り、赤い男をリーダーとする集団から離れた岩山に隠れて、様子を窺うもう一組の集団が居た。

 

「ほんとーーーーにやって良いの!?私は止めた方が良いと思うんだけどな~?」

「良いって!大呪文の1つや2つでやられる奴等じゃないぜ!」

「やってしまえ」

「ケケケ!切リ刻ンジマエ」

「は~~~」

 

 恨みはまっ~~たく無いけど!私じゃ3人を止められませんでした!恨むならこの人(?)達を恨んでください!

 

 心の中でそう懺悔しつつ、魔法の詠唱に入る。

 

「契約により声に応えよ 聖光の王 来れ 天上の剣! 穢れ無き刃! 乱れ輝き 幾重にも刻み貫け! 咲き乱れる閃光!」

 

 呪文を紡ぐと、光の精霊がシルヴィアの遥か天上を埋め尽くす。それらは集合し、研ぎ澄まされ、輝く刃を無数に象っていく。それぞれ1本1本が必殺の一撃を持ち、光の粒子を咲き乱れさせながら、赤い男の集団めがけて一斉に降り注いだ。

 

「うおぉぉぉぉぉ!?」

「ぬほ!?なんじゃこりゃぁぁ!」

「これはいけません!」

「うわぁぁ!?」

「タカミチ!こっちだ!」

「最強防御!」

 

 叫び声を上げてから一転。それぞれが回避を行うが、周囲がクレーターだらけになる。そんな中、閃光がナギとラカンを執拗に追跡し、集団から切り離す。

 

「よし!シルヴィア、あとは任せた!」

「こんなの任せないでよ!」

 

 ごめんなさい、もう一撃――。

 

「契約により声に応えよ 聖光の王 来れ 裁きの聖剣! 魔を払う刃! 光り輝け! 我が敵を貫き砕け! 天を裂く聖剣!」

 

 無数の光の精霊がシルヴィアに集まり、聖剣を模した槍の様にも見える数mの剣を形作った。光の粒子を絶えず放つ聖剣は、周囲の空間を震わせ巨大な存在感を誇る。質量の無い聖剣の剣先を地面に向けて持ち、翼を広げて飛び立つ。

 

「2人を分断します――!」

 

 集団にそう声をかけて、地面に剣を押し当てながら滑空をすると、地面に巨大な亀裂が走る。その行動に、全員の視線がシルヴィアに集まる。

 

「な、なんだぁ!?」

「狙いは俺達らしいぜ!」

「悪いがお前達の相手はこっちだ!」

「――闇の吹雪!」

 

 そう言って2人それぞれが、獲物を見つけた猛獣の様に襲いかかり引き離して行く。そんな4人を背に。残りの面々を見つめ返す。

 

「ごめんなさい急にこんな事をして。あの2人がど~~しても、勝負をしてみたいって止められなくて……」

「モット切リ刻ンデヤレヨ!」

「チャチャゼロちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ!」

 

 慌てて頭を下げて謝罪をする。怒ってるよね?こんな事いきなりしちゃったし。

 

「あぁ、要するに有名税というわけか」

「敵意は無いみたいですから、放っておいて問題無いでしょう」

「そうじゃな」

「師匠!良いんですか!?」

「え!放っておいて良いの!?」

 

 逆にびっくりだよ!絶対怒られるって思ってたのに!これが戦争の悲しさというやつなのかな?違うよね?

 

「いや、最近調子に乗ってるから、実際良い薬だろう」

「あ、あははは……」

「ところで貴女は、もしや【銀の御使い】ですか?」

 

 と、急に核心を突くアルビレオ・イマ。

 

「えぇ!?何でそんな古い名前を!どこかで会いました?」

「アル。その【銀の御使い】とは何だ?」

「ワシも聞いた事があるの」

「ゼクトさんも!?」

 

 何だか私の方がびっくりさせられてばかりだよ!びっくりさせちゃうだろうな~って思ってたんだけど、逆ドッキリですか!?

 

「いえ、昔、救世のために旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)から、こちらへやってきた天使が居たという逸話がいくつか残っていましてね。なんでも、小さな女の子ばかり集めていたとか何とか」

「集めてません!助けた子も居るけれど、シスター見習いの子達とかがほとんどだと思います!」

「本物っぽいな……」

「天使って実在したんですね……」

「オイ、ハメラレテルゼ」

「――あ!」

 

 か、鎌をかけられたー!?この人ずるい!温和そうな顔をして、やることがフロウくんみたいだよ!……フロウくんが悪い子なわけじゃないからね?

 

「ソロソロ切リ刻ンデイイカ?」

「ダメだよ……」

「ところでその小さな子達には会わせて貰えませんか?」

「やめろアル。こっちが恥ずかしい」

 

 あ、あははは……。英雄ってこんな人達だったんだ。

 

 予想していた英雄像とのあまりの違いに、乾いた笑いが止まらなかった。

 

「オイオマエ、ソノ刀クレヨ」

「断る」

 

 チャチャゼロちゃんも遠慮しなさ過ぎだよ……。



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第20話 紅き翼(2) それぞれの戦い

「やああぁぁぁぁぁっと会えたな!ジャック・ラカン!」

「何だ嬢ちゃん。俺様のファンか?サインならやるぜ?」

「んなわけあるかぁぁ!」

 

 ったく、これだから筋肉は!それにしてもやっとラカンだ!何百年この筋肉を殴る事を待っていたか!……くっくっく。笑いがとまらねぇってやつか。

 ラカンほど巨体を相手にするのに、子供の体じゃツラかったが今は成長して140cmをいくらか超えてる!ガキの時よりはましだろう。

 

「俺はフロウだ。手加減は一切しねぇから覚悟しとけよ!咸卦法!」

 

 そう言って右手に気、左手の魔力を出して合成する。究極技法≪アルテマ・アート≫で身体能力を大幅に強化する。

 

「ほう、そんなことが出来るなんてこたぁ……。舐めない方が良いな!」

 

 そう言うとラカンの目つきが一気に鋭くなり、身体から覇気が立ち上る。

 

「ラカン適当に右パンチ!」

「効くか!気合右パンチ!」

 

 強力な力を込めた右腕を振るい合う。

 互いの拳がそれぞれを受け止めて、衝撃音と共に空気を振動させる。

 

「やるじゃねぇぁ!」

「嬢ちゃんもな!そんじゃ、……ラカンインパクト!」

 

 そういうとラカンの右手が光輝き、極大の気合砲が放たれる。

 

「いきなりかよ!風の楯!でもって気合防御!」

 

 風の精霊が集まり、面の魔法楯を作り出す。さらに咸卦の気で強化した身体が、避ける動作も見せずにラカンの一撃を受け止める。砲撃が済み、ほこりが晴れると衣服に傷1つ無いフロウが立っていた。

 

「マジか。やるじゃねぇか」

「喋ってる暇あんのかよ!」

 

 その瞬間に半竜体に変化。大きく息を吸い込んで、風の魔力と気を合成した一撃を練りだす。

 

「合成圧縮!暴風ドラゴンブレス!」

 

 口の前で球状に圧縮されたエネルギー体が、吹き荒れる風と共にラカンへ飛んでいく。そのまますぐ人間体に戻り、右手に全力をこめて突撃する。それを見たラカンは眼を細め、その実態を正確に見極める。

 

「気合防御!」

 

ドォォォォォン!

 

 ラカンが気合を込めると鉄壁の防御となる。それは魔力と気を圧縮したドラゴンブレスをかき消し、フロウの一撃までもガードする。

 

「硬ぇなオイ!どんだけだよ!」

「ハッハッハ!もうおしまいか!」

「まだこれからだよ!」

 

 そう言うと、壮絶な殴り合いに突入した――。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃別の場所では――。

 

「これで貴様を見るのは2度目になる。『まほら武道会』優勝者殿?」

「あんた俺を知ってるのか?って言うか大会見てたって言うなら出れば良かったじゃねぇか」

 

 やはりガキだな。まったく原作とやらの私は何故こんなガキを追いかけて、呪いまで受ける羽目になったんだ?理解できんよ。

 

「私はエヴァンジェリン。【闇の福音≪ダーク・エヴァンジェル≫】。悪の魔法使いだ」

「悪?そうは見えねぇぜ。俺はナギ・スプリングフィールド!最強の男だ!」

 

 互いに名乗りを上げ、距離をとりつつ睨み合う。

 

「では最強とやらがどれほどか見せてもらおうか」

「ビビんなよ?」

 

 小手調べだと薄く笑みを浮かべながら、おおよそ常人の魔法使いに向かって放つべき術ではないレベルの魔法を解き放つ。

 

「(遅延呪文)開放!凍る大地! 開放!闇の吹雪!」

「うぉ!?」

 

 打ち放たれた魔法をナギは瞬動、虚空瞬動と繰り返して回避する。直線に大地を凍らせながら迫る魔法も、それとは異なる角度からの氷の竜巻も避けきった。

 

「んじゃ俺の番だな!」

 

 そう言って杖を構える。

 

「――雷の精霊250柱!集い来たりて敵を射て!魔法の射手!雷の250矢!」

 

 無数の雷が集まり、それは雷の矢を形作る。

 それは轟音を放ちながら一斉にエヴァに襲い掛かる。

 

「フン!こんなもの」

 

 そう言って密度の高い魔法障壁を展開。

 全ての雷の矢を受け止めきった後に、無傷のエヴァが立っていた。

 

「まだだぜ!――来れ 虚空の雷 薙ぎ払え 雷の斧!」

 

 短い詠唱の、上位古代語魔法を詠唱する。

 

「リク・ラク ララック ライラック 来れ氷精 爆ぜよ風精 弾けよ凍れる息吹 氷爆!」

 

 しかしエヴァは周囲を巻き込む氷の爆発魔法で相殺を図る。

 互いが打ち消しあい、何事も無かったかの様な2人の姿があった。

 

「やるじゃねぇか。これが受け止められるか!?」

 

 そう言って、ナギは最大呪文の詠唱を始めた。

 

「――契約により我に従え 高殿の王 来れ巨神を滅ぼす 燃ゆる立つ雷霆 百重千重と重なりて 走れよ稲妻 千の雷!」

 

 雷の暴風の軽く10倍に値する雷の嵐が、エヴァをめがけて襲い掛かる。しかし千の雷の轟音が鳴り響く中、切り札の1つとも言える魔法の発動に入っていた。

 

「――術式固定『千年氷華』! 掌握! 術式兵装『氷の女王』!」

 

 闇の魔法≪マギア・エレベア≫。膨大な闇の眷族の魔力を使用して、本来は敵に仇成すはずの攻撃魔法。それをあえて自分の肉体と霊体にまで取り込み、他者の能力を遥かに凌駕する狂気の技。

 

 『千年氷華』の魔法と闇を受け入れたエヴァの姿は、背に幾重もの氷の柱を翼のように生やし、自身と周囲を常に凍らせ続ける。そして、千の雷のエネルギーをものともせず、堂々と立つエヴァの姿があった。

 

「な、何だそりゃぁ!?」

「敵に教える馬鹿がいるか?――魔法の射手! 連弾・氷の1001柱!」

 

 そう魔法を唱えると、エヴァの周囲から氷の矢が放たれ始め、ナギへ雨のように降り注ぐ!

 

「うわっと!無詠唱とか卑怯だろ!?」

 

 そう言いながらも綺麗に避けつつ詠唱を始める。

 

「最強なんだろう?どうにかして見せたらどうだ?――氷槍弾雨!」

 

 こちらも無詠唱。氷の女王と化したエヴァには、中位以下の魔法は全て無詠唱が可能になっていた。

 

「でりゃぁぁぁ!」

「へぶ!?」

 

 瞬動術で一瞬で間合いを詰めたナギは、気合を入れてただ単に殴ってみせた。

 

「何で殴れるんだ貴様!魔法障壁と氷の術式を無視するんじゃない!」

「知ったことか!殴れそうだったから殴ったんだよ!」

「馬鹿か貴様は!魔法使いだろうに!」

「はっ!魔法学校は途中で中退した!覚えてる魔法はチョットだけだ!」

「んな!?」

 

 そう言って懐から魔法の書かれたメモ帳を取り出し、ひらひらとさせる。

 

 こいつは本物の馬鹿か……。

 馬鹿なのに実力は理不尽だ。なるほどな、天才というやつか。

 

「くくく……」

「あん?何がおかしいんだよ?」

「馬鹿と天才は紙一重というが、体現する馬鹿を初めてみたよ!」

「誰が馬鹿だ!だがようやく俺の実力を認めたな?」

「良いだろう!馬鹿は馬鹿なりに相手をしてやる!」

 

 そうして戦いという名のどつき合いは数時間に及んだ――。

 

 

 

 

 

 

「このお茶美味しいですね~」

「そうでしょう?今、メガロメセンブリアで人気のある銘柄の1つなんですよ」

「酒ノ方ガ良イイゼ」

 

 和むな~。フロウくんもエヴァちゃんも何時間も頑張るよね~。

 

 しばらくお茶会が続くと、疲れ果てた4人が戻ってきた。

 

「俺の方が有効打が多かったぞ!」

「ハッハッハッ!打たせてやったんじゃねぇか!」

「あんた良くあんなに魔法覚えてるな?疲れねぇ?」

「貴様が覚えてなさ過ぎなんだ。何だ6個しか暗記していないというのは!」

 

 そう言い合う集団を見ると、すでに長年付き添った友人の様だった。

 

「お疲れ様でしたね、皆さん」

「まったく!どうしてお前達はこんな所で何時間もやってられるんだ!」

「ナギさんもラカンさんも知らない人達も凄かったです!」

 

 紅き翼の面々がそう出迎えた。

 

「お、シルヴィア!俺にもお茶くれよ」

「ダメ~。喧嘩するためだけにこんな所まで来る人にはあげないよ」

「ちょっと待て!私もか!」

「安心シロ!ゴ主人ノ分マデ飲ンデオクゼ!」

「チャチャゼロ!お前のマスターは私だろう!?」

「ダメだよね~?」

「ケケケ」

 

 そう言うとうな垂れる二人。

 

「オイオイ、まさか俺様たちも無しか?」

「そ の ま さ か だ!」

 

 額に青筋を立てながら言う詠春。

 

「まじかよ。疲れてんだ、茶くらい飲ませてくれ……」

「嘘ですよ。はい、温かいお茶とお茶菓子もあるから、休んでくださいね」

「うわぁぁ!天使様マジ天使!」

「シルヴィア!私は信じていたぞ!」

「調子ノ良イ奴等ダナ」

「あなた達もどうぞ?体が温まりますよ」

「おう!サンキュー嬢ちゃん!」

「うめぇ!この菓子うめぇな!」

 

 そう言ってむさぼり付く集団があった。

 

 しばらくして――。

 

「あんたらなかなか良い奴等だな!俺の紅き翼に入れよ!」

「ナギ。誰も彼も誘ったら入るものではありませんよ?」

「良いじぇねぇか。強いやつは大歓迎だぜ!?」

「ありがとうございます。でも、お断りしますね」

「何でだ?入れよ」

「入るか馬鹿。私達には私達の目的がある」

「ああ。この戦争の裏とか、その後の事とかな」

 

 そういうと、タバコを蒸かしつつ沈黙を守っていたガトウが声を荒げる。

 

「待て。裏だと?」

「あぁ。この戦争で得をするとかそんなんじゃねぇ。もっと嫌な奴等が居るんだよ。調べてみな?」

「あんたらは調べないのか?」

「それは私達の役目ではないからです。私達はその先。この戦争の犠牲者を助けたいと言うのもありますけど、もっと先を見据えて行動をしています」

「戦争の……さらにもっと先……」

「さて、それでは私達はそろそろ行くとしよう」

「なんだ、結局行っちまうのか?」

「あぁ!気が向いたらまた殴りに来てやるよ!」

「フロウくん、挑発しないの!」

「ケケケ、次ハ刀クレヨ」

「断ると言ったはずだ!」

 

 そうして私達は麻帆良の家に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 その後――。

 

「情報が出たぞ。ナギたち紅き翼が、完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫を倒して英雄になったそうだ」

「そっか……。無事倒せたんだね」

「まぁ、実力だけなら認めるさ。馬鹿だったがな」

 

 エヴァちゃんは何かナギくんには引っかかった物言いをするよね?

 意外と気に入っていたのかな~?

 

「とりあえず、戦争は終わったんだよね?ハッピーエンド?」

「所がそうでもない。オスティアの空中都市が、魔力消失現象で崩落したそうだ」

「何!?」

「そ、それって、住んでいた人は!?」

「救助隊は出ている様子だが、全部は助け切れてないみたいだな……」

「助けに行こうよ!」

「私は行かんぞ?すでに救助隊が居るなら余計な手出しは邪魔になる」

「それでも!」

「分かった分かった。俺もついてくから無理はするなよ?」

「うん!」

 

(麻衣ちゃん!ゲートを動かしたいから、こっち来てくれるかな!?)

(……はい!地下ゲートの方に行きますね)

 

 そうして、薬や物資の準備を始め、魔法世界へ飛び立った――。



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第21話 最後の転生者

「――と、言うわけだからお前らには転生してもらう!――転生特典もあるぞ!」

 

 フム、転生……か。これほど非現実的な言葉を聞くとは思わなかった。だが真実ではあるならば研究が続けられる。それならそれで問題は無い。

 

「特典……、しかし状況しだいでは研究データが持ち出せるか?」

 

 眼前の筋肉質の男。――自称神に視線を送ってから思考に耽る。

 

「チートも無敵も不老不死でも何でもありだ!もちろん原作介入もOK!」

 

 チート?聞かない言葉だがズルという事か?なじみが無いな。しかし何でも有りならばこれはチャンスとも言えるのだろうか。それならば、何とかなるか。

 

「転生先の世界は『魔法先生ネギま!』変更は認めない!」

 

 魔法?これはまた非現実を極めたな。しかし彼が真実に神であると言うのならば、そう言う事もありえるか。フム、それならば、別の角度からのアプローチも可能か?

 

「死後、そして転生、何でも可能なら俺の研究データの資料。そして実験装置は持って行けるのか答えて欲しい」

「もちろん可能だ!ただ魔法世界だからな!データは損失しない資料化して影魔法の倉庫に入れてやろう。実験装置は固有魔法化して、再現出来るようにすれば良いな?」

 

 魔法……か。いきなり使わされるとは、興味深い。だが、しかしおいそれと……フム、今は理屈に拘っている時ではないか。持っていけるのならばそれで良いだろう。

 

「あぁ、問題ない。後は精々長生き出れば良い」

「ならば長命種も付けよう!これ以上無ければ泉に飛び込め!」

 

 フム……。非現実が立て並べられたが、そこまで付くならば問題を感じない。魔法がどれだけ文明に関わって体系化されているかは気になる。しかし倉庫の魔法とやらで実質どうにでもなるか?

 

「では行くとする」

 

バシャン

 

 そう言うと静かに飛び込み、泉の波紋はやがて穏やかになった。

 

「くくく、無事に研究できると良いな!」

 

 

 

 

 

 

「シルヴィア、この前転生者の情報が出たって言っていただろう?どうやらアリアドネーの変な子供で間違いなさそうだぞ」

「ほんと!?どんな子なの?」

 

 今は1999年。世間はノストラとか言う人で盛り上がってるけど、未来が続く事を知っている私達から見るとなんて言うか……。教えてあげたいけれど良くこんなに騒げるな~という感じです。

 

 それはともかく、転生者の大まかな情報が出ました!内容は――。

 

 

・名前 エミリオ××××

 

・種族 長命亜人種 男性

 

・転生特典

 記憶の持ち越し。影魔法の倉庫。××××固有魔法。

 

・枷 『××××』(仮称)

 

 

 女神様は大まかにって言ったけど、大まか過ぎて本当にどこの誰か分からないよ!

 でもフロウくんが、名前と種族。影魔法の使い手まで分かれば、情報屋なら探せると言われて、結果を待ってみる事になりました。

 

「とりあえず、生まれてしばらくして奇病持ちだって分かったのもあるが、影魔法を使った上に、変な魔法を使ったそうなんだ。アリアドネーのそこそこの名家らしくてな。学者の家系だそうで家族は一時喜んだものの、病気を聞いて愕然としたらしいぜ。多分その病気が『枷』だな」

「変な魔法って多分この、『××××固有魔法』ってやつじゃないかな?とりあえずアリアドネーに向かうよ!」

「あぁ、気をつけて行ってこいよ」

 

 

 

 

 

 

 ――独立学術都市国家『アリアドネー』、とある病院で。

 

「先生!どういう事ですか!」

 

 そう言って心の底から問いかける一組の男女がいた。

 

「『先天性マナ減少病』あるいは、『先天性マナ枯渇病』とでも言うのでしょうか。今までに例を見たことがありません。ご子息は大変優秀な力をお持ちの様だ。しかし生まれつき魔力の器が小さい。そのために長く活動が出来ない……」

「そんな……!あぁ、エミリオ!」

「大丈夫!きっと大丈夫だ!大人になれば身体も丈夫になるさ!」

 

 悲痛な面持ちの妻を、夫が支えるように励ます。

 

「先生!大変です!例のお子さんの部屋にあの【癒しの銀翼】が尋ねてきて!しかも見たことが無い治療魔法を!それから患者の顔色が明らかに良くなってます!」

「なんだと!?そんな馬鹿な!」

 

 医者と夫妻は慌てて病室へ向かった。

 そして――、奇跡を見る事になる。

 

 

 

 

 

 

「貴方がエミリオくん?」

 

 そう問いかけるも、赤ん坊に応えられるはずも無く、ただその視線だけが交わった。

 

「う~ん。この本見える?見えたら何か反応して欲しいかな?」

 

 

・名前 エミリオ・C・O・イアス

 

・種族 長命亜人種 男性

 

・転生特典

 記憶の持ち越し。影魔法の倉庫。実験装置具現化の固有魔法。

 

・枷 『病弱、先天性マナ枯渇病(仮)』

 

 

 本の裏表紙の内容を見るなり眼を細めて理解したような瞳が見て取れた。

 

「読めてる、よね?でも会話が出来ないんじゃ……あ!念話の魔法を使うから、心で考えて、話してみてもらえるかな?」

 

 そう言って念話の魔法を使う。

 

(もしもし?エミリオくん?聞こえてるかな?)

(……あぁ。問題ない。これが魔法か。大したものだ)

(年の割りにはすごく淡々としたしっかりした声だねぇ~)

(こう見えて生前は45だ。お嬢さんより年上のつもりだ。君の歳が見た目通りならばだが)

 

 見た目通り……。うん、まぁ少女にしか見えないからねぇ~。

 

(う~ん。一応これでも900年くらい生きてるかな?でも前世は16だったんですよ)

(フム、では年上になるか?私の話し方は癖でね。容赦願いたい)

(あ、ぜんぜん気にしませんよ!私も900歳って言われても、まったく実感は無いんです。って、世間話してる場合じゃなくてですね!)

 

 ハッと我に返る。そして転生時の事実、自身が天使になった経緯、この漫画の世界の説明、他の転生者の説明をする。彼が生前には年上だったと聞くと、無意識に敬語で話していた。

 

(なるほど。私は研究さえ出来れば問題ない。病気を治して貰えるならそれで良い。そうだな……何かあった時、私の研究が役に立てば、協力する事を約束しよう)

(そんなに律儀にならなくても良いと思いますよ~?『枷』を外す以外に何か身体にしておいて欲しい事ってありますか?)

(そうだな。身体の成長を若干早めて欲しい。それと身体的に若い時期を不自然ではない程度に長く。もうこれで十分過ぎる)

 

 欲の無い人だね~。本当に研究さえ出来れば良いんだ?

 

(じゃぁそれでやりますよ?)

(あぁ、頼む)

 

 そう言うと本を裏返し、背表紙に手を当て『セフィロト・キー』を召喚する。

 

「起動準備……。適応完了……。行きます。『リライト』!」

 

 そう唱えると、セフィロトの描かれた杖は光の粒子になってエミリオの身体に吸い込まれた。

 

「うん、これでちゃんと治ったはずですよ!」

 

 そう言ってエミリオに、結果が書かれた本の裏表紙を見せる。

 

 

【『セフィロト・キー』の適応完了】

 

・転生時の枷『病弱、先天性マナ枯渇病(仮)』を解除しました。

 

・不自然では無い程度に成長が早く、若い時期が長くなりました。

 

・受肉により「リライト」の影響を受けません。

 

※以下は上位神による初期設定により変更不可能です。

 

・名前 エミリオ・C・O・イアス

 

・種族 長命亜人種 男性

 

・転生特典

 記憶の持ち越し。影魔法の倉庫。実験装置具現化の固有魔法。

 

・影の倉庫

 生前の研究データが書かれた資料などを収納するための倉庫。

 

・実験装置具現化

 自身や大気中のマナと魔力で、仮想的に実験装置を再現する固有魔法。

 1度具現化したものは、自らの意思で分解・再構成が可能になる。

 

 

 『セフィロト』の力を受け入れたエミリオは、顔色が見るからに良くなり、バテ気味だった体調も落ち着いた様だった。そして最後の役目を終えた本が光の粒子となり、大気に溶け込む様に消えていった。

 

(うむ。問題無いようだ。感謝する。用があればいつでも尋ねてきて欲しい)

(ええ、こちらこそありがとうございます。現世の家族も心配していると思うので――)

 

ガチャン!

 

 唐突に何かを落とす音が聞こえた。

 

「まさか……貴女!せ、先生ー!先生ー!?」

「え、あ、あれ!?」

 

 ど、どうしよう。何か騒がれちゃうかな?

 

(俺の事は気にしないで良い。騒ぎになると面倒だろう。行ってくれ)

(あ、はい。それじゃ失礼しますね。またいつか!)

 

 そう言うと認識阻害の魔法を使って窓から飛び出す。それから数分の後、喜びに泣き崩れる夫婦と、不思議そうにする医者と看護士いた。

 

「エミリオ!エミリオ!?あぁ、顔色がこんなに良くなって!」

「し、信じられない!まさに奇跡だ!」

「脈拍も安定。魔力量も問題が無い。一体、【癒しの銀翼】はどんな魔法を使ったというんだ……」

 

 

 

 

 

 

「――『リライト』!」

 

 その言葉と実行される魔法に自分の耳と目を疑った。馬鹿な”ありえない”。僕の聞き間違えか?今確かに彼女が使った魔法は、この世界を救うための魔法。だが問題はそれだけでは無い。魔法の構成がまったくもって分からなかった。『鍵』も僕が知っているものではなかった……。『リライト』。こんな偶然があるのか?

 

「接触してみるしかないか――」

 

 小さくそう呟いてから、魔法を使った人物――シルヴィアの後を追う。

 

「早いな」

 

 思ったよりも彼女の飛行速度が速かった。有り得る事とは言え、これも存外にありえない事だ。一瞬の思考に置いて行かれそうになり、飛行魔法の速度を上げる。しだいに加速し、高速で飛ぶ彼女に追いついた。そして躊躇う事無く、全身が白銀色の彼女に声をかける。

 

「君、ちょっと良いかな?」

 

 

 

 

 

 

「え?は、はい!?」

 

 だ、誰だろうこの子?

 飛んでる私に追いついてきて、しかも声をかけてくるなんて。魔法使い……だよね?

 

「少し良いかい?君に聴きたい事があるんだ」

「え、はい。良いですけど……」

 

 そう言って翼を止め返事はしたものの、少し警戒をする。けれども、上から下へと白く灰色な子。思わず自分と似通った色を持つ彼に妙な親近感を覚えた。

 

 この子、さっきの病院関係者かな?もしかして、追ってきた?

 

「あぁ、大した事は無い。さっきの魔法が気になっただけだよ。アリアドネーで習ったのかい?」

「いいえ。あれはちょっと訳があって上司から預かったものです。さっきのが最後の1本だから、もう見せられないですよ?」

「預かり物に、最後……か。嘘ではない様だ」

 

 あれ?もしかして探査魔法かけられてた?どうしよう、何か凄い警戒されているかも。でも害意のある魔法は感じないし、信じてもらう為にもとりあえずはそのまま……かな?

 

「上司と言ったね。その人はどこに居るのか出来れば教えて欲しい。あと貴女の名前も」

「上司はこの世界には居ません。それに多分来ないと思います。あと私の名前は、シルヴィア・アルケー・アニミレスと言います」

 

 そう告げると少年の半眼の目が驚いた様に一瞬見開き、そして納得したのか再び半眼に戻った。そのまま抑揚の無い落ちついた声で言葉を続ける。

 

「権天使≪アルケー≫に、魂≪アニマ≫……か。出来すぎだね。神とは本当に無慈悲な様だ。さっきの鍵は手に入れる事はできるのかな?」

「無慈悲、ですか。残念ですけど、鍵を手に入れる方法は分かりません。あれは本当に預かり物なんです」

 

 無慈悲。そう言われてマッチョ神を思い出してしまった。それに鍵の事も。もしかしたらこの子は、誰か救いたい人が居るのかもしれない。

 

「まるで君自身が神を見てきたかの様だね。まぁ良いや。僕はフェイト。世界を救うために活動をしている。もしかしたら君とは、またどこかで道を交える事があるかもしれない」

「フェイトくん……ですか。立派なんですね」

「そうでも無いよ。僕の用は済んだ。それじゃぁ」

 

 そう言ったフェイトはアリアドネーの方へ飛び去っていく。

 

「フェイトくん、かぁ。不思議な子だったな~。……よし!世界樹に帰ろう!」

 

 再び翼を広げ、メガロメセンブリアにある家の地下を目指して飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 その頃、麻帆良学園都市の暗がりで、否、闇の中で何者かの足音が聞こえた。

 

「実験は成功ネ。あとは目的の為の下準備と資金稼ぎカ」

 

 中華風のドレスを身に纏い、瞳に力強い眼差しを込めた女性がそこに居た。

 

コツコツ

 

「フフフ、待って居るが良いヨ。魔法使いさん達」

 

 そうして1人、闇の中へ消えて行った――。



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第22話 長谷川千雨(1) 知らない常識

「ふへぇ~~……」

「……おい。何だそのだらけきった顔は」

「え~~?なんか、気が抜けちゃって~」

「教会の奴等が見たら泣くぞ、その顔」

 

 こんにちは、おやすみなさい。今はエヴァちゃん達の家に居ます。最後の転生者を見届けて、家に帰ってきて皆に説明したら、何だか凄く気が抜けちゃった。緊張の糸が切れたって言うのかなぁ?

 

「うぅ~~ん……」

「私のソファーでごろごろするな!どうせするなら家に帰れ!」

「シルヴィア……気晴らしにカフェテリアにでも行ってきたらどうだ?」

「はぁ~~~い」

 

 そう言われてカフェまで移動。

 

 この麻帆良もいつの間にか大都市みたいになりました。

 それなり大きさの学校が1つだけが建つのかと思ったら、小・中・高・大学と一貫教育が出来て寮まで完備。いろんなお店が立っていてここだけで暮らして生きていけちゃうくらい。

 最近出来た超包子(チャオパオズ)って中華店が、人気をじわじわ上げているそうです。

 

 そう考えつつもカフェで注文してテラスの席に座り、ぼーっと過ごして居た。

 

 

 

 

 

 

 側道を走る自転車を走って追い抜いていく”歩行者”を見て「またかよ……」と心で呟き、顔を伏せる。

 

「相変わらず変な学校だ……」

 

 私がこの学園で生まれ育って10年になる。けどな、埼玉県って日本の首都じゃねぇよな?なんで東京の繁華街よりこの麻帆良って賑わってんだ?しかも観光地リストには乗ってない、馬鹿デカイ木とかあるし!

 

「第一、誰も気にしねぇのも有りえねぇだろ!?」

 

 感情が高まって思わず声が出る。けれどもそれだけだった。だれも注目しない。誰も不思議に思わない。自身の行為と周囲に苛立ち、ぷるぷると震える手で額を押さえる。

 

「いや、口に出しても、いつもと変わらないか……」

 

 諦め。そんな気持ちと共に言葉を出してから再び顔を伏せる。

 

「学校も終わったし。飲み物買って帰るか。今日はどこの板が上がってっかな」

 

 得意なパソコンで引きこもる。そんな毎日だった。特に意識する事も無く、足取りを見かけた全国チェーンのカフェに向ける。飲み物だけ買って帰ろう。それだけだった。ただそれだけの事が、彼女の運命を大きく変える事となる。

 

「すみません、カフェ・オレ1つください」

 

 店舗に入るところで、少し間延びした声で注文をする声が聞こえた。そのまま先客は品物を受け取りレジから離れていく。

 

 私もカフェ・オレにすっかな。まぁ、ネットやってたら味なんて気にしないけど。

 

 特に理由も無く、流されるように注文をしただけだった。飲めるものなら何でも良い。そんな気持ちと共に、暗く鬱屈した声でレジに向かって注文をする。

 

「……すみません。カフェ・オレ2つ。テイクアウトで」

「ハーイ!レジの横でお待ちくださーい!」

 

 店員の活気に満ちた声が聞こえる。むしろ皮肉でしかないなんて思いながら、ふと何となく店内と見回す。そこでテラス側の席に、あまりにも場違いな白いゴシックドレスを着た美少女がいた。

 

「ちょっと待てテメェ!」

「お客様?いかがなさいました?」

「……え?あ、何でもないです」

 

 目立ちたくない。そんな気持ちと共に店員に断りを入れる。一瞬躊躇ってから再びテラス側の席に視線を向けて考える。

 

 やっぱり、おかしいよな?どう言う事だよ。何だあの美少女。場違いにも程があるだろ!?ゴシックドレス……だよな?しかもコスプレに使うような安い生地じゃねぇ。

 素材は明らかに上質なもの。しかも着慣れた感じがする。ぼーっとしてるが、どう見ても本人のレベルも高いなのに誰も注目して無いとかどういう事だよ!?またか、また私がおかしいのか!?チクショウ。

 

「お客様。ご注文のカフェ・オレ2つ。テイクアウトになりま~す!」

「あ、はい」

 

 カフェ・オレを受け取って代金を支払い店を出る。これ以上この場の空気に触れたくなくて、早々に逃げ出した彼女は気付いていなかった。唐突に声を上げて、不思議に感じない店員。不思議に感じない客。その中でただ1人だけ「どうしたのかな?」と思った白い女性が居た事に。

 

 その原因は認識阻害の結界。ここ麻帆良学園が魔法使いの麻帆良であるために、一般人には不思議な事が起きても「常識的な行動」と誤認させ、魔法使いの露見を防ぐ、魔法使いの為の大型結界のせいだった。

 

 

 

 そして翌日。日が変わろうが例え戻ろうが、今日になっても結果は同じ。同じ現実。眼が覚めても変わらない朝。「変わってたまるか!」ってのもあるが、ここの常識はおかしいよな?ちょっとくらい変わってくれても良いんじゃないかって思うんだが……はぁ。

 

「まぁ良い。いや、良かねぇけど。遅刻する前にメシ食って出かけるか……」

 

 俯きながら学校へ行く。いつもの光景。いつもの異常。変わらない現実。そして、帰宅途中。

 

「あの、カフェチェーンか……」

 

 気が付けば何故か足を運んでいた。違うと分かっていた、もしかしたら何か変わるんじゃないか。やっぱり変わらないのかもしれないけど――。そんな淡い気持ちと共に。

 

「いらっしゃいませ~!」

 

 店員の声を気にも留めず店内を見回す。昨日と同じくテラス側の席へ。不安と期待を込めながら白い姿を探す。瞬きするのも惜しみながら、少し興奮した気持ちの自分に気付く事も無く。

 

「……居た!」

 

 やっぱりあの美少女だ!それに周りは何も言ってない。何でだ!男子だって居るのに、一目も見無いとかどういう事だよ!気づいてねぇのか!?

 

「お客様!ご注文をどうぞ!」

 

 何事も無かったかの様に。事実、何事も無く店員が声をかける。

 

「あ……。カフェ・オレ……」

「ハイ!店内ですね!」

「え……。ま、いっか」

「はい!どうぞ~!」

 

 店員の言葉で我に帰る。これだけは常識的な速さで出てきたプレートとカフェ・オレ。店内での受け取りを認めてしまったため、仕方が無く受け取って代金を支払う。

 

「満席じゃねぇか……」

 

 そう呟いてからつい白い彼女に視線を送ると、眼が合った。

 

「――うっ!」

 

 ぐ……眼が合っちまった。けど他に席は空いてねぇし。

 

 どうする?と、自問自答をしながら軽くパニックに陥っていた。そのため彼女には、無理やり持ち帰ると言う選択肢が出てこなかった。しょうがないと思いつつ声をかける。

 

「……すみません。相席しても――」

「うん、良いよ~」

 

 な、なんか、見た目美少女なのに軽い感じだな。随分とモテそうだが、言い寄ってくる奴いないのか?……もしかしてまたか?また私がおかしいのか?

 

 そう考えて顔を伏せ、カフェ・オレをひと口啜る。

 

「……すみません」

「え?いきなりどうしたのかな?」

 

 何謝ってんだ!何もしてねぇし、困惑させてんだろ!

 ん?マテ、困惑?

 

 不思議を感じて相手を見る。すると――。

 

「昨日いきなりレジで怒鳴っていた事かな?びっくりさせちゃったって思った?」

「――!?」

 

 この人は、もしかして、常識が通じる人か!?いや、マテマテ。早合点はマズイ!たまたまかもしれねぇし。

 

「いえ、何でもありません」

 

 心の動揺を悟られないように模範的な謝罪をする。その様子に白い彼女は、不思議そうな顔をしてカフェ・オレを飲んでいた。

 

 もしかして、もしかして本当に常識人?でももし、もし違ったら……。

 

 裏切られる事への恐怖。誰も自分を認めてくれない。誰もが自分を否定する。それでも、やっと見つけたかもしれない常識人を目の前に、尋ねられずに居られなかった。

 

「あの木って……大きいですよね……」

 

 躊躇う様に、願う様に。

 小さく、小さな声でそう尋ねる。さながら神に祈るかの様に。

 

「世界樹の事かな?大きいよね~。始めてみたときはびっくりしちゃったよ」

「――!!」

 

 この人は、常識が通じる。やっと出会えた。『希望』。その言葉が一瞬身体を支配する。しかし。

 

 あ、ちょっとマテ!ちょっとマテ私!だからってどうするって言うんだ!

 

『この都市って変ですよね!木が大きいですよね!』

 

 この人にそう言って現実が変わるのかよ。馬鹿馬鹿しい……。

 

「すみません、なんでもないです」

「……そう?ずいぶんと百面相してたけれど?」

 

 そうか、そんな顔してたか……。だからって、現実が変わるわけじゃねぇんだよな。

 

「こんな所にいたんですか?探しましたよ!」

「シスターシャークティ?どうしたんですか?」

 

 シスター!?あぁ、そういえば麻帆良には教会もあったな。無駄に馬鹿デカイのが……。

 

「今夜ちょっと教会の方へ来て頂けますか?貴女が来るとなれば弟子達も気合が入るというものです!」

「シスターシャークティ。私は広告塔では有りませんよ?頑張る、頑張らないは、本人の心次第です」

「それでもお願いしたいのです!」

「分かりました。それでは20時に教会に参ります」

 

 了解の言葉を聞くと、少し上気した顔で満足そうに頷いてシスターは帰って行った。

 

 今のシスターは何だ?弟子ってやっぱりシスターの事だよな?20時に……何かあるのか?行ってみるか?とりあえずここは――。

 

 余計な事を言われる前にカフェ・オレを一気に飲み干す。

 

「すみません。帰ります」

「え?あ、うん。気をつけてね?」

 

 気をつけて……か。

 

 

 

 

 

 

 20時。教会周辺――。

 

「いやいや、シスターシャークティ!いくら何でも【銀の御使い】とか呼んでこなくても良いんじゃないっすかね!?」

「いいえ!貴女方が普段どれだけ真面目にやっているか、確認する良い機会です!それからちゃんと敬語を使いなさい!」

「ミソラ……がんばれ」

「アイアイサー!」

 

 何だ……あれ?春日美空?あいつシスターだったのか?てかマテ、銀の御使いって?御使いって言ったら、天使って意味だよな?あの白い人が?

 確かに天使みたい(?)にすっごい美少女だったが。いくらなんでも、そりゃねぇだろ?

 

「別に私が居ても居なくてもね?自分のペースで頑張る事が大切だと思うよ?今出来なくても、できる事から始めたら良いと思うの」

「ほら、こう仰っているのです!頑張りなさい美空!ココネ!」

「へーい」

「わかった……」

 

 暗がりの中、表立った好奇心に突き動かされ、眼を凝らしてじっと見る。

 

 あの人。昼間の白い人だよな?あの白いドレスは目立つな。ってマテ!あれって本物の翼か?半透明だが、動いてるよな?どういう事だよ、何が起きて――。

 

ゴアァァァァァァ!

 

「ひ!?」

 

 唐突に何かの鳴き声が聞こえた。それは今までに聞いたことも無く、この世のものと思えない叫び声。声を聞いて思わず座り込んで縮こまる。驚きと不安、そして恐怖に体が震える。

 

「な、何だよ今の声!」

 

 思わず声を荒げて教会の方を向く。――が、先程まで居た場所には誰も居なかった。

 

「え……。嘘だろ?」

 

 そう思ってもう一度見るがやはり誰も居ない。恐怖感が全身を支配する。普段の常識の無い行動への恐怖とは違う。今まさに命の危険があるのでは無いか?恐怖と疑心が心と身体を支配した。

 

「う、嘘だよな?ドッキリとか……」

 

グワァァァ――。

 

 再び聞いた事が無い叫び声が聞こえて――消えた。そうして、声がした方向を振り返ると、見た事が無い生き物が居た。

 

「あ、ぅ……あ、ああぁぁぁぁぁ!?」

 

 完全にパニックに陥った彼女には、ただ叫ぶしか出来なかった。

 

「どうして一般人が!?」

「シスターシャークティ!マズイっすよ!」

「そんな事は分かってます!」

 

 マズイ――。マズイ!マズイ!マズイ!マズイ!マズイ!マズイ!

 

 確かに、彼女の言う通りだ。だが自分はシスターでも無いし勿論エクソシストなんかでもない!どうすんだよこれ!?

 

 完全にパニック状態になり、危険と警告だけが頭を駆け巡る。

 

「光の楯!遠隔展開10層!――魔法の射手!収束・101矢!」

 

 そして、声が聞こえた。目の前には光をまとって翼を広げ、心配そうな顔の天使がいた。



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第23話 長谷川千雨(2) 出会った異常と常識者

「はぁ……はぁ……。ぅく……」

 

 激しく肩で息をする。眼を大きく見開いて白い彼女を見上げるが、身体に力がまったく入らず、荒い息を止めることも出来ない。

 

「――大丈夫?」

 

 白い彼女はそう言って、心配そうにやさしい声をかけてくれたが。

 

「……は……ひ……う」

 

 あまりにも現実離れした現実。見たことも無い怪物。それを倒し救ってくれた相手への安堵感はあったが、こんなファンタジーの世界を目のあたりにした事で何かが変わってしまうのでないか。普段の常識への不信感と共に恐怖となって、まともな声になっていなかった。

 

 くそ、情けねぇ……、けど、何だよこれ……。

 

「【銀の御使い】様。この子、人払いの結界を抜けて来ています。ですが、どうやら一般人の様子ですわ。記憶の消去が必要かと思います」

 

 きおくの、消去――!?……ちょっとマテ、いきなり何を!?

 

「ひ……!」

 

 声にならなかった。まだ体が震えて、声をかけられない。

 

「あ~、シスターシャークティ。こいつA組ッスよ。下手な事はしない方が良いんじゃないかなぁ~って」

「ミソラ……珍しい」

 

 そう言って春日がこっそり片眼を瞑ってきた。春日……。話した事ねぇけど、意外と良い奴だったんだな。

 

「いや~。さすがの私でも、こんな怯えてるクラスメイトは無視出来ないっしょ」

「A組ですか。私はそれでも記憶を消去。あるいは封印するべきだと思いますが、判断を上に仰ぎましょうか」

 

 怯えてる……確かにそうだが。結局ダメ、なのか?何だよ記憶消去って。詰みゲーか?ここでどうにかされちまうのかよ?

 

「シスターシャークティ。ここは私が預かります」

「「「え!?」」」

「しかし、それでは……」

「今から彼女を連れて、学園長の所へ参ります。それに学園にとって、私が何であるかお忘れですか?……構いませんよね?」

「……はい。よろしくお願いします。あとで結果は教えてください」

「ええ、それは勿論」

 

 学園長!?この人一体何なんだ?まさか、本当に、本当に天使ってんじゃない……よな?

 

「大丈夫?」

 

 そう言って私に向かってしゃがみ込み、とても心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「はい……なんとか」

 

 今度は声が出せた。ふと学園長の事を思い出す。あの人も確か常識外れた外見の爺さんだったと思い出しながら、再び不安にかられる。

 

「それじゃぁ行こっか?」

 

 そう言ってそっと右手を差し出してくる。反射的に握って、そのまま一緒に歩き出した。

 

「すみません……。ありがとう、ございます」

「また謝られちゃったね」

 

 えっ?もしかしてカフェテリアの事覚えて!?

 

「私はシルヴィアって言うの。ちょっと有名な名前が付いちゃってるけど、気にしないで?」

「あ、はい。長谷川……千雨です。」

「千雨ちゃんだね。カフェで世界樹の事を聞かれた時にちょっと気になったんだ。もしかして貴女は……、ある特定の魔法抵抗力が高いんじゃないかって」

「ま、魔法?」

 

 やっぱカフェの事、覚えててくれたのか。それに魔法って、どう言う事だ?いや、さっきのを見せられたら信じないわけにはいかないが……。それでも、信じらんねぇけど。

 

「もしかしたら、貴女は知ってなくてもどこかで出会っていたのかもしれない。貴女の才能はある種、魔法使いにとって致命傷になるかもしれない程の力かも」

「そう……なんですか?」

「うん」

 

 何だそれ?魔法抵抗が高いって……そんなに意味があるのか?

 

「たとえば一般のカフェで、魔法を使って見えない様に危険な取引があったとしても、貴女にそれが見えてしまったら?しかも相手は魔法が効いていると思い込んで……」

「――あ!」

 

 それは確かにヤバイ。それに今の口ぶりからしたら、魔法使いが社会的に溶け込んでいる可能性はある。いや、マテ……まさか!

 

「まさか!この学校って!」

「うん、そういう事だね……」

 

 そう言う、事かよ。回りは皆、気づけなかった。私だけが……。

 

「どうして、私に教えてくれるんですか?学園長の所まで行くって言いましたよね?」

「うん、貴女の今後の話を決めないと。このままだと記憶を消されて、また今日みたいな事が起きるよ?もしかしたら、気づかないだけで起きていたのかもしれない」

 

 ……詰みゲー確定かよ。チクショウ。

 

 そう話している内に、学園長室と書かれた部屋の前に来ていた。

 

「着いたよ?入るけど、悪い様にするつもりは無いかな。貴女の意思を出来るだけ尊重するから、正直に答えてほしい」

「……はい」

 

 正直に答えなかったら、どうなるかなんてのは眼に見えてるな。

 この人(?)は悪い人には見えないが、魔法使いには違いないだろうから、結局どうなるか分からない。さっきのシスターですらああだったし……。

 そういや何で春日はシスターやってんだ?まぁ記憶が消されなかったら、礼くらい言いに行くか。

 

コンコン

 

「フォッフォッフォ。だれかの?」

「学園長?居るなら入るよ?」

 

 彼女はそう言って返事も聞かずに扉を開けた。

 

 って、返事聞かなくて良いのかよ!一応目上だろ!?そうか良いのか。気にしたら負けなんだな。

 

「ふぉ?こんな時間に珍しいと思ったんじゃが、その子はどうしたのかの?」

「シスターシャークティの依頼で激励に行っていてね。そこでこの子は一部始終を目撃してしまった。多分ね、ある種のレジスト体質。次もその次も起きる。そんなの私は放っておけない」

「なるほどのぅ……」

 

 そう言って学園長は仙人のように長い髭をさする。

 

 正直、胡散臭いな……。長いし眉毛でどんな眼をしてるかも分かんねーし。

 

「それで、お主が面倒を見てくれるのかの?」

「……それは『管理者』として『学園関係者』からの依頼?今、この子の立場はとても危うい位置にある。『学園関係者』になる事も出来る。それにまだ、この子の意思を確認していない」

「ふむ、では説明しようかの。良いかな?」

「はい……」

 

 そう答えるしかねーじゃねぇか!

 

「まずワシら麻帆良学園の魔法使いは、魔法使い日本支部に所属しておっての。ここでは『学園関係者』と呼ばれておる。本来はこことは別の『本国』という所に所属する形じゃ。基本的に魔法はどこに所属していようが秘匿する必要がある。なのでこの学園では一般人に魔法が漏れない様にしておるんじゃよ。ワシらの組織に所属する事になれば、……基本的に誰かの弟子になる形かのう」

 

 日本支部……って事は、海外が本部って事か?それでもって魔法の秘匿と弟子……か。

 て事は何だ?魔法使いになったら、私も誰かを騙す事になるってか?

 

「それから断った場合かの。そこに居るシルヴィア君。まぁ、便宜上『管理者』と呼んでおるんじゃが、そちらの保護下に入るか、もし弟子に取ってくれるなら弟子になるか……。あるいは一般人のまま記憶を消して暮すか、またはその後に引っ越すか……かのう?」

 

 断ったら記憶を消されるのはもう確定事項かよ……。性格悪いな学園長の爺さん。

 こっちのシルヴィアさんは……『管理者』?どういう意味だ?

 

「シルヴィアさん?『管理者』ってどういう意味ですか?」

 

 そう尋ねると、少し難しい顔をして答えた。

 

「それを教える事はできるけれど……。その場合は私が面倒を確実に見るって意味になるの。学園にとっても私達は大きな意味があるからね。言えるのはここまで……かな」

「それは、知ったら記憶を消されるって事ですか?」

「そうじゃないの。私は出来れば記憶を消したくない。でも、いま千雨ちゃんの前には重い選択が示されてる、きっと想像も出来ないくらい……」

 

 そうツラそうな顔で答える。

 

 ……まいったな。何か、マジで困ったな。どうするか?魔法がこの学園の常識を無くしている原因だってのは分かった。学園長が魔法が危険だって指示してるのも分かる。

 かと言ってそれに喜んで参加するって言うのもな。でも記憶は消されたくねぇし。

 

「今……どうするか決めないと、ダメなんですか?」

「ふむ。出来れば今決めて欲しいのぉ。長谷川君は既に魔法を見たという事が、学園の魔法使い認知された状態じゃ。所属も決めずにこのまま置くと、要らぬトラブルの元になるかのう」

「学園長、その言い方は無いんじゃないかな?」

「事実じゃろう?」

 

 学園長とシルヴィアさんは、何かの関係を持ってるのは確実だな。さっきのシスターとのやり取りでも何か権限がある様にも見えた。

 記憶を消されない道をとるのは嫌でも確定か。そうしたら、まだ信用が出来そうな方になるか?となると。

 

「シルヴィアさん……お願い出来ますか?」

「うん、良いよ~」

「ふむ、仕方ないかの。時に彼女はA組に所属しておっての、将来的に『依頼』を行う事もあると思うんじゃがどうかの?」

「学園長。そのA組というのはシスターシャークティと彼女の弟子も気にしてたけど、どんな意味があるの?」

「それは『管理者』としての質問かの?」

「両方かな。私個人としても、彼女の為にも」

 

 そう言って私の事を見つめてくる。

 

 春日もなんか言ってたな。確かに気になるっちゃぁ気になるが……。

 うん?少し余裕が出てきたか?

 

「なに。少々将来優秀という意味じゃよ。それぞれの分野において、優秀な値を期待できるメンバーが集まっておる。それ以外に他意はないぞい」

 

 怪しすぎるな。それぞれの分野で優秀って何だよ。私の魔法抵抗が高いって知られてたって事か?て事は学園長は知ってて私みたいなのを放置してるのか?推測だな。本当の事が分からないにも程がある。

 そう言う意味ではシルヴィアさんに教えてもらうのは正解だったのか?

 

「それじゃとりあえず、私の家に行こうか?普段は寮生活?」

「あ、はい。寮です。ルームメイトも居ないから、大丈夫です」

「それじゃ、このまま向かって大丈夫?」

「はい」

「それじゃ学園長。この子は私達の身内と考えてね」

「うむ。よろしく頼むぞい」

 

 そうして学園長室を出る。

 本当に何が大変なのか分からないまま、私の魔法使い生活の1日目が始まった――。



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第24話 長谷川千雨(3) 世界と自分と真実

「ただいま~」

「……お邪魔します」

 

 世界樹の側にある私の家に帰ってきました。

 千雨ちゃんは落ち込んでるのか警戒してるのか、ちょっと声が硬いかな?

 

「おかえりシルヴィア。って誰だそいつ?また小さい女の子連れてきたのか?どこかの古本野郎に何か言われるぞ?」

「ちょっと!人聞きの悪いこと言わないでよ!ちゃんと理由があって連れてきたんだよ!」

「……また?」

 

 もう、フロウくんてば!どうしてそう言う棘のある言い方をするようになっちゃったのかな?

 千雨ちゃんが余計に警戒しちゃってる気がするなぁ~。

 

「えっと、大丈夫だよ?何百年も昔の話だからね?シスターとかその弟子達とかの話だから、私は変な事したりしないよ!?」

「……なん、百年って?少し年上にしか見えないんですが……」

「相変わらずボケてるな……。とりあえずそいつの説明してくれよ」

「あっ!う、うん。この子は長谷川千雨ちゃん。シスターシャークティの依頼でね。教会の子の激励に行っていたんだ。そこでこの子がその、一部始終を目撃しちゃって……。一般人なんだけど、どうも人払いとか認識阻害のレジスト体質みたいなんだよね」

「はぁ?それで連れてきたってのか。学園の生徒なら学園長がうるさくねぇか?」

「それはもう大丈夫。学園長と3人で直に話し合って、こっちの身内にするって事で話はつけてきたよ」

「そうか。じゃぁちゃんと面倒見てやれよ」

「うん、もちろん。詳細は千雨ちゃん次第だけれどね」

「あ……はい」

 

 う~ん。緊張してるな~。とりあえず世界樹の事を説明しないとダメかな?あ、その前に魔法の事をちゃんと教えて……。どういう風にこれから生きていくか決めてもらって、弟子になりたいって言ったら――。

 

「……こんにちは、シルヴィアさん。フロウさん。何だか知らない気配がしたから、見に来てみたんですけど、どうかしました?」

「あ、麻衣ちゃん!」

 

 思考に耽っていると、いつの間にか麻衣ちゃんが家にやってきた。

 

「なっ!か、体が透けて!?」

「……あれ?この子って」

「こんばんは、ちょっと学園でトラブルがあってね。この子を預かる事になったんだ」

「……そう、なんですか?でも、この子って、ちうたんですよね?」

「な、なんでハンドル知ってるんだ!?」

 

 急に驚いてどうしたのかな?なんだか目を逸らして随分うろたえているみたいだけど大丈夫だよね?でも、緊張してるかと思ったらしっかり話し聞いてたんだね。それにしてもちうたんって何だろう?

 

「……え、あれ?まだコスプレHPは作ってない……んですか?あれ、まずかったかな?」

「何でバレてんだ……どうしてこうなった……」

 

 そう言って両手と膝を床について、項垂れる形でブツブツと何かを言い始めた。

 

「……ってコスプレ?千雨ちゃんコスプレ趣味なんだ?」

「ち、違う!いや、違く無いけど。違い……ます」

「くくく、無理に敬語使わなくて良いぜ。それからシルヴィア。お前大当たり引いたな。麻衣が覚えてて本人が知らないって事は、そいつ重要人物だぞ」

「「え!?」」

 

 じゅ、重要人物って、もしかして原作の!?もしかしなくても、何かまずい事しちゃったかな?

 

「ど、どうしよう!なんか、未来に影響あるのかな!?」

「さぁ?修正力とかあるんじゃねぇか?」

「あの、なんか、サッパリなんですけど……」

「あ、あ~。ごめんね。でも、どう説明したら……」

「魔法があるってのは分かりました。それで認識が変になったのは分かります。でも、まだ何かあるなら、私はちゃんと知りたいです」

 

 千雨ちゃんは強いなぁ。今まで魔法の事で認識を狂わされて大変だったのに、ここでそんな事が言えるなんて。さっきと違って目線もしっかりしてるし、これなら話しても大丈夫そうかな?

 

「うん、分かったよ。でもこれは最終確認。最終ライン。聞けばもう一般人じゃ居られなくなるよ?それでも、聞いてしまう?聞くなら全てを話すよ?」

 

 そう問い掛けてからもう一度千雨ちゃんと視線を交わす。

 

「学園長の口ぶりからしても、聞かない方が余計に危険なのは分かりました。それに、そこの緑髪の人が重要人物って言うからには、これ以上何かあるんですよね……?だから、教えてください」

 

 そう言って深々と頭を下げて懇願をする。

 

 うん……。ちゃんと受け止める覚悟はありそうだね。つらいと思うけど、受け止めて欲しいな。この子には幸せになって欲しい。

 

「うん。じゃぁまずこの世界には魔法があるって言うのは、もう分かってるよね。人を惑わす魔法。戦う為の魔法。守るための魔法。癒す為の魔法。簡単に想像出来る事は、そういう魔法で大概の事はできちゃう。でも、この世界にはもっと大きな秘密があるの」

「今の話だけでも、備えが無ければ十分危険だって分かりました。でも魔法よりもっと大きな秘密が?」

「うん……」

 

 頷いて一呼吸。ここからは私達の秘密、この世界の秘密。

 

「まず、ここに居る千雨ちゃん以外は、全員人間じゃない。そして何百年も前からこの世界で生きているの。仮に人間だったとしても、この世界の人間ではないの」

「シルヴィアさんと……。そこの半透明の人は分かりますけど、そっちの人も……?」

「あぁ、フロウって言う。こう見てもドラゴン種だよ。角でも生やすか?」

 

 そう言って立ち上がり、角と翼を生やしてみせる。

 

「んなっ!?ほ、本当に!?」

「……私は、世界樹に宿ってる木霊です。菜摘麻衣って言うんですけど、この世界の生まれじゃなくて、別の世界から来ました」

「別の……世界?シルヴィアさんも?」

 

 私の方を真剣な目で見てくる千雨ちゃん。

 

「うん。私の本質は天使。身体は麻衣ちゃんと同じで精霊で出来てるの。そしてね……みんな、魔法がない世界で生きていた。そこで一度死んで、神様に出会って、この世界。……この魔法使いの物語の世界。漫画の世界に転生者として送り込まれたの」

「ま、まんが……?」

 

 あぁ……やっぱり愕然とした表情をしちゃってる。自分が物語の中の登場人物だって言われても、困っちゃうだろうし、信じられないよね。

 

「でもね。これだけは分かって欲しいかな。私達は今ここで確実に生きていて、この世界は実在している。不確かなものじゃないって事。間違いなく生きているって」

「……それは、学園長は、知ってるんですか?」

「ううん。知らせて無いよ。この世界に生きている人で、知ったのは千雨ちゃんが2人目」

「もう、1人は……?」

「エヴァンジェリン。吸血鬼だ。ここからちょっと離れた家に住んでるぜ。そいつの双子の妹が俺達と同じ転生者だ。会ってみるか?」

「きゅ、吸血鬼!?」

「大丈夫。エヴァちゃん達は怖く無いよ。血を吸ったりもしないから」

 

 そうだよね、普通は驚かれちゃうだろうし。一気に話すにしても、もうちょっとゆっくりでも良かったかなぁ~。

 

「会わせてください……」

「え、大丈夫なの?」

「はい……」

「うん、じゃぁ、ちょっと呼んでみるね?」

「お願いします」

 

 

 

 

 

 

 天使に精霊にドラゴンに吸血鬼……。何でも揃えりゃ良いってもんじゃねぇだろ。だけどどう見ても真実だ。正直魔法はもうどうでも良いが、ここまで空想のオンパレードとかありえねぇだろ?

 ……うん?魔法はもうどうでも良いのか?なんかおかしくなって来たな。大丈夫か私?そうかダメか。

 

「今連絡したよ。すぐに来るって言ってるから、ちょっと待っててね?」

「あ、はい……」

 

 そうか、吸血鬼が来るのか。一体どんな奴なんだ?やっぱりホラー映画みたいな奴なのか?

 ふ、ふふふ。何だ余裕そうじゃないか。とりあえず一般人に戻れないのはもう分かった。こんだけ秘密を聞いて、一般人です。何て言える訳ねぇな……。

 

「来たぞシルヴィア。そいつか?長谷川千雨とか言う奴は」

「こんばんは~」

「ケケケ、ガキジャネェカ」

「こんばんは、皆いらっしゃい」

 

 え……?こいつら、明らかに同い年、だよな?いやマテ、シルヴィアさんが何百年も生きてるって言ってんだから、こいつらも見た目通りじゃないって事か!?

 と、とりあえず挨拶か?話通りなら、いきなり取って食われるって事は無さそうだよな?

 

「こ、こんばんは。ハジメマシテ」

 

 って、声上擦ってんじゃねぇか!腕も震えてるし!

 

 そう思いつつ、震える右手を背中に隠す。

 

「くくく、こいつか?人外の巣窟に喜んで飛び込んできた一般人というのは?喜べ長谷川千雨!これから貴様は後悔という言葉を知る間も無く、闇の魔王の下僕になるのだからな!」

「ドコカラ、切リ刻ンデヤロウカ?」

「――な!?」

 

 話が違うじゃねぇか!何だよこいつ等、マジでヤベぇ奴じゃないのか?

 

「エヴァちゃん……。そんな台詞をニヤニヤしながら言っちゃダメだよ?」

「お姉ちゃん、いぢめちゃダメだよ~?」

「な、何だ!私が悪いのか!?アンジェまで!?」

「あ、あの……?」

「エヴァなら悪乗りしてるだけだ。気にすんな」

 

 そ、そうか。そうなのか?要するに……、悪ふざけか……。

 

「はぁ~……」

 

 深いため息を吐きながら、その場に座り込んだ。

 

「わ、悪かったな!ただその何だ。第一印象という奴は大切らしいからな!」

「お姉ちゃんは励ましたかっただけなんだよね~?」

 

 そうなのか?ツンデレなのか?……何だかメチャクチャ疲れたぞ?

 

「1つだけ聞かせてくれよ……」

「なんだ?」

「この世界で生きていて、ツラくないのか?」

「何がだ?私にはアンジェが居る。守るべき大切な家族が居る。そのための力もある。例え物語から生まれた世界だろうと何だろうと関係ないな」

「そうか……」

 

 それを聞くと何だか余計に力が抜けた感じがした。

 

「秘密って言うのは、これで全部なのか?……なんですか?」

「ううん。後1つ、これは学園との問題で、麻帆良と周囲の土地は私達が貸していて、その際に細かな契約があってね、その関係で学園側に居るのか、私達の身内で居るのかは、凄く立ち位置が変わるんだ」

「あ~……。なるほど」

「後で契約内容とかは説明するから、とりあえず今日は泊まっていく?明日学校休んでも大丈夫だと思うから、一度休憩にして、それからまた話した方が良いと思うんだ?」

「……あ、はい。おねがいします」

 

 それから一度休憩。お風呂を借りてそのまま泊まる事に。エヴァンジェリンって人からやたら可愛いパジャマを着せられたけど、気にならないくらい疲れていた。

 

 こうして嵐の様に魔法使い1日目生活は過ぎていった――。



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第25話 千雨の修行(1) 異常に慣れる?

「おはよう千雨ちゃん。良く寝られた?」

 

 あれから一夜が明けて、まだ疲れた表情が見える千雨ちゃんを励ます様に明るく挨拶をした。

 

「おはようございます。はい、なんとか」

「よう、ほんとに寝られたか?とりあえず、テキトウに朝飯作ったから、落ち着いたら食っておけよ」

 

 そう言ってリビングに去って行くフロウくん。それから顔を洗って朝食を取って一息。千雨ちゃんはちゃんとご飯を食べられる様だった。

 

「これからどうするか決めないとね?」

「これから、魔法を覚えるとかですか?」

「敬語。慣れてねぇだろ?昨日、素が出てたし。長い付き合いになりそうだから、普通に喋れよ」

「え、けど……」

「気にしなくて大丈夫だよ。皆それくらいで怒ったりしないから。ね?」

「はい」

 

 まぁそうだよね~。普通は年上って聞いたらそうなっちゃうだろうし?千雨ちゃんから見たら、私達は色んな情報持ってるし、気を使わせちゃうかな?

 

「うん、本当に気にしなくて良いからね?もう大切な身内だって思ってるんだよ?」

「あ、はい。ありがとう」

「そんでだ。麻衣は所々原作を覚えてるからな。きっと千雨は主人公に関係するぞ」

「主人公って、誰なん……だ?」

「ネギくんって、男の子だよ。2003年の初頭に麻帆良の先生になるの」

「先生?20歳過ぎとかの?」

「違うな。10歳だ」

「はぁ!?10歳!?」

 

 うん、驚くよねぇ~。普通じゃありえないもの……。

 

「……さすが漫画って、ディスるところなのか?」

「ま、気持ちは分かるがな。そんな訳だから、確実に巻き込まれるぜ。可能な限り、色んな対処が出来るようにしておいた方が良いな」

「それじゃぁちょっと、属性の相性を調べてみようか?」

「属性の相性?」

「うん。簡単だからすぐだよ」

 

 そう言ってから、名前を書くだけでサインした人の相性が分かる簡易魔法書を持ち出す。

 

「この紙の中央にサインしてみて。そうすると得意な属性に向かって、インクが伸びていくから」

 

 これは火・水・氷・風・土・砂・雷・光・闇・影・木・花など、色々な属性の名前が書き示しされているもの。中央には四大属性を示した円が大きく書かれていて、その周囲は別の属性の小さな円が書いてある。

 

「はい、このペン使って良いよ」

「……わかった。書いてみる」

 

 そうして、千雨ちゃんが魔法書にサインをすると、インクが解けて得意な属性に向かって伸びて行く。

 

「一番は水。次に、闇・風・氷。苦手なのは、火・土・砂。それ以外は普通だね」

「水か。まぁ、光も習っておくのが良いな」

「水と光?闇とか風はやらないのか?」

「う~ん。私は光と闇が得意だから、どっちも教えられるよ。でも、闇ばっかり使うと、天使の弟子って建前上うるさいかもしれないから、手広く覚えておく方が良いかもね~」

「なるほど。って、天使が闇が得意って良いのか?それ……」

「うん、秘密ね?ほとんど光ばっかり使ってるの」

 

 そう言って、ちょっとおどけた顔をする。そうすると何だか呆れられた顔をされてしまった。なんでかな?

 

「そんじゃ後は、シルヴィアから魔法薬と薬草関係も習っておけよ。ちょっとした時に役に立つぜ。俺は近接格闘なら教えられる」

「そうだね。とりあえずは始動キーを決めて、まだこれから4年先だから、時間は十分あると思うよ~」

「はい。おねがいします!」

 

 こうして、本格的な千雨ちゃんの魔法使い修行が始まる事になった。

 

 

 

 

 

 

 数日後の放課後、学園で。

 

「春日……。この前は助かった。本当にありがとな」

「な、何の事ッスか?謎のシスターなんて知らないよ~っと……」

 

 そうか、こいつってこういう奴だったのか。殆ど話した事なんか無かったからな。

 

「まぁ良いよ。とりあえずあの人の弟子って扱いになるみたいだから、謎のシスターとまた会う事もあるかもな」

 

 少しだけ得意になって3cm程度のシルバーの十字架が付いたペンダント型の魔法発動体を見せる。それを見ると、春日はあからさまにギョっとした顔をして……。

 

「私には何も見えない。見なかった。」

「そ、そうか。まぁ、なんだ。礼は言ったからな」

 

 私なりに感謝を伝えてから、わざとらしい位にうろたえた春日と別れた。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは」

「あ、千雨ちゃんいらっしゃーい」

 

 私達の事を千雨ちゃんに話してから数日。放課後になると千雨ちゃんが私の家にやってくるようになった。今はまだ小学生って事もあって、1日に1~2時間程度の修行。その日その日で様子を見ながら丁寧に教えてる感じかな。

 週末なんかは2倍に設定にしたダイオラマ球を使って、少し大目の時間を取ってるんだけどね。女の子なんだし時間の設定倍率を大きくして歳を取り過ぎるとショックだと思うから、千雨ちゃんの成長と魔法使いとしての成長を見極めていかないとね。

 

「それじゃ復習ね。結界は張ってあるから、魔法の射手。制御できる所まで撃ってみて?」

「はい!」

 

 元気よく返事してから集中に入った千雨ちゃんを観察してみる。すると不慣れな様子は見えるけれど、思っていたよりも成長が早く、きちんと魔力の扱いが出来るみたいだった。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 水の精霊5柱 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 収束・水の5矢!」

 

 呪文の詠唱が完成すると、千雨ちゃんの周囲に水の精霊が集まっていく。やがて精霊はかざした右手に収束していき、そのまま1点集中の貫通力の有る水の矢を作り出す。空をじっと見つめた千雨ちゃんは、感触を確かめるような仕草を見せた後に、結界を張った空に向けてそれを撃ち放った。

 ちなみに千雨ちゃんの始動キーは、「私は光、私は雨。それは運命である」と言う自己を表した宣言。元々名前に水に関連した言葉が入ってるし、闇の相性が良いから、私は光だって宣言する事でバランスを取れるようにしたんだよね。

 

「そういえばシルヴィア。千雨と仮契約≪パクティオー≫しないのか?」

「え?な、なんで!?」

「仮契約って何だ?」

 

 どうしてフロウくんは仮契約の話を?結構大事なんだけど?

 

「仮契約って言うのは、魔法使いの主人と従者を証明する儀式だ。仮契約をすると従者はアーティファクトが使えるカードが授与される。それから主人との念話。まぁこれは普通に念話魔法を使っても変わり無いな。それから主人から魔力を供給して貰えるのはデカイ。デメリットは、強制的に主人は従者の召還が可能。それからカードを見られたら主人がバレて、魔法関係者ってのも一目瞭然になるって所だな」

「今の状況なら、良い事尽くめに聞こえるが……」

「普通の魔法使いならね?ただ私は天使だから、仮契約をしたら魂が半精霊化して不老になっちゃうんだよ」

「はぁ!?不老って……」

「一応仮契約は、解除の儀式を行えば問題無く人間に戻れるよ。だけど本契約をしたら解除は不可能。それに完全に精霊化して、魂は天使化しちゃうから……」

「天使に?人間が?」

「う、うん。後戻りは出来ないかな」

 

 何でこんな話言い出したんだろう。私との契約はその人の運命を凄く捻じ曲げちゃうから、祝福なら良いけど、契約はする気はなかったのに。

 

「そこまで、する必要有るのか?」

 

 心配そうな顔で聞いてくる千雨ちゃんだけど、私はそこまで必要は無いと思うな……。

 

「仮契約までなら有りだと思うぜ?魔法世界の大きなトラブルに巻き込まれるのは分かってるんだ。解除できる不老のデメリットより、魔力供給とアーティファクトはかなりデカイ。それに、不老はダイオラマ球を使う分には有利だな。100年居たってそのままだ」

「ひゃ、百年!?」

「う、う~ん。4年あれば一般の魔法使いより圧倒的に強くなれると思うよ?」

「それで、ナギとかラカンに勝てるかよ……」

「それは無理だね~」

 

 うん、あの人たちは一般の魔法使いと比べるのはおかしい。

 でもなんでそこでナギくんたちの名前が?

 

「シルヴィア。戦争が起きるのが分かってるんだぜ?英雄一行並の実力が無いまま、送り出すわけには行かないだろ?」

「あっ!そっか。そうなると千雨ちゃんには悪いけど、頑張ってもらわないといけないかも?」

「マジで?百年もここで?」

「百年は冗談だ。仮契約の魔力供給とアーティファクト次第で化けるだろうからな。とりあえず今は基礎を固めたら良いんじゃねぇか?」

「そうだね~。それに今仮契約をしたら、中学生になっても10歳の身体のままって言うのは辛いよね?」

「それはマジで勘弁してくれ。何かエヴァンジェリン達の気持ちが分かったよ……」

 

 あの2人も永遠の10歳だからね~。あれ……?フロウくんは身長伸びたけど、何か本当に小さい子ばっかり周りにいるような。ち、千雨ちゃんは大丈夫だよね?ちゃんと大きくなるよね!?

 

 

 

 そして約1年半の月日が流れて今は2000年の夏。千雨ちゃんの身長はきちんと伸びてくれて、私のちょっとした危惧は過ぎ去ってくれた。小さいままだったらどうなるかと思ったんだけどね。その時はエヴァちゃんが喜びそうだけど、千雨ちゃんにはやっぱり辛いよね?

 

 千雨ちゃんの修行は、思っていたよりも随分早い成長を見せてくれた。始めてから半年くらいは様子を見ていたんだけど、ここ1年はエヴァちゃんの1時間が1日になるダイオラマ球を使う事になって、それまでよりも本格的な戦闘訓練もしていた。

 寮生活をしていたから助かった事もあるけど、時間の感覚がおかしくならないように、夕方から使ってそのまま1日はダイオラマ球の中で修行。時と場合で休息にも使えて便利なんだよね。それから夜中には帰宅してもらって、次の日には学校に通う様な形でやってきた。

 

「シルヴィア、千雨。夏休みにしばらく魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に行ってみないか?」

「え?何で急に魔法世界に?」

「魔法世界って、魔法使いの国だよな?」

「うん、あっちは魔法が日常的に使われてるね」

 

 あっちは魔法が身近にあって当たり前の世界だし、秘匿とか全然関係無いからね~。でも急に千雨ちゃんを連れて行こうって言い出すなんて、何かあるのかな?

 

「何だ?お前達はあっちに行くのか?」

「あぁ、ちょっと会わせてみたい奴等が居てな」

「え?誰に会いに行くの?」

「それは会ってからのお楽しみだ。今回はエヴァたちは留守番を頼む」

「あぁ、構わんよ。別に行く気も無いからな」

「いってらっしゃ~い」

「土産ハ頼ンダゼ」

 

 

 

 そして魔法世界のメガロメセンブリアに到着すると、ゲートポートで意外な人に出会った。

 

「ようタカミチ!」

「あれ?タカミチくん?こっちに来てたんだ?」

「おや、シルヴィアさん。フロウさん。今日はどうしたんですか?」

 

 タカミチくん自身も意外な所で会ったって顔をしてるね。あ、でも視線は千雨ちゃんに向かってる。向こうじゃまだ一般生徒に近い扱いだから、やっぱり違和感があるよね。

 

「……千雨君?学園長からは聞いていたけど、そうか、こっちに来るって事は本格的に学んでいるんだね」

「な、た、高畑先生!?」

 

 もしかしてフロウくんは、タカミチくんに会いに来たのかな?でも、そんな事はないよね?いくらタカミチくんが仕事中でも、わざわざ魔法世界にまで会いに行くのはおかしい。だって学園で普通に話をすれば済む事だからね。

 

「高畑先生も関係者だったのか……ですか?」

「ははは、普通で良いよ。僕は『悠久の風』って言うNGO団体に所属していてね。転々として活動をしてるんだ」

「それで出張が多いのか。なんか、また余計な事を知っちまった気が……」

「これからクルトに会いに行くが、タカミチは来るか?」

「……いや、やめておくよ。仕事もあるんでね。それじゃまた学校で」

 

 そう言って去っていくタカミチくん。だけど、クルトくんと仲悪かったかな~?2人は喧嘩したりもしてたけど、結構仲の良い友達だったと思うんだけど?何かあったのかな?

 

「それじゃ行くぞ。あっちは政治家だからな。時間があまり取れないらしい」

「あ、うん。じゃぁ行こっか?」

「あ、あぁ。次は政治家か。どんどんヤバイ知り合いが増えてる気がするな」

 

 なんか千雨ちゃんがブツブツ言ってるけれど、大丈夫だよね?あんまり変な人に会わせて千雨ちゃんの不安を煽るような事はやめてほしいんだけど……。、フロウくんの事だから、今はまだ変な人に会わせたりはしないと思うんだけどね。多分、政治家って言うならあの人かな?

 何だか楽しそうなフロウくんに案内されるまま進んでいくと、メガロメセンブリアの貴族街にある高級ホテルに向かって入っていく事になった。



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第26話 千雨の修行(2) 怪しい人達

「これはこれは、ようこそメガロメセンブリア随一のホテルへ。なかなか良い部屋でしょう?」

 

 やべぇ。このメガネは胡散臭いにも程がある。高畑先生が逃げたのがすげぇ分かる。目の前に居る男は、クルト・ゲーテルって政治家らしい。

 

「ようクルト。この間の情報どうだった?」

「えぇ、なかなか使い勝手が良く。結果が楽しみですよ」

 

 そう言って黒い笑いを浮かべあう2人。

 明らかにこれって裏取引かなんかしてる現場だよな?良いのか、これ。

 

「クルトくん。あんまり悪い事しちゃダメだよ?」

「これはこれは人聞きの悪い。私は法を違えた事はありませんよ。ええ」

 

 オイ。それってあれだよな。ギリギリならしてるって言い方だよな?

 

 周りを見渡すと、彼の付き人の様な少年が刀を持って後ろに控えている。部屋の内側には居ないが、入る時に居た鎧の集団が、部屋の外を警護している気配が伝わってきた。

 

「……生きて帰れるのか?」

「心配いりませんよお嬢さん。我々はビジネスの間柄ですからね」

 

 なっ!呟いただけで聞こえてるのか!うかつな事言えねぇな。さすが政治家と言った所か。

 

「お褒めに与り光栄ですよ。【銀の御使い】殿のお弟子さん」

「驚くのが馬鹿らしくなってきたんだが」

「そうですか?私にはとっても素敵な出会いですね!」

「シルヴィア。もしかして私って、有名なのか?」

「え!?そ、そんな事は無いと思うよ?」

「こいつが詳しいだけだ。政治家って奴はどんな些細な情報でも握っておくもんだからな」

 

 そうなのか。少し安心した。けど、こういう裏のトップの奴は知ってるって事か。油断できねぇが、気をつける方法も無いな。精々、口を滑らせない程度か。

 

「それで、本日はどの様な?」

「あぁこの前の確認と、一応、千雨に会わせておこうと思った。どんな事が後々良い結果になるか分からないからな。手は打っておくに限る」

「なるほど。彼との良いラインも出来そうだ。そうですね。長谷川千雨さん。タカミチにヨロシクとでも言っておいてください」

「は、はぁ。わかりました」

「それじゃぁ俺達はこれで帰るよ。これからグラニクスに行くんでな」

「ほう……。本当に手塩にかけてますね。将来が楽しみだ」

「それじゃまたね。クルトくん」

「ええ、また。楽しい時間でしたよ」

「あ、失礼しました」

 

 そう言ってから頭を下げて退室する。

 

 こういう時って何て言うんだ?何か学校の挨拶みたいになっちまったが。良かったのか?

 

 

 

 思考に耽りつつ2人に付いて歩く。いつの間にかホテルから空港の様な所に移動していた。

 

「ねぇフロウくん。まさかと思うんだけれど、グラニクスってさ……」

「そのまさかだな。まぁ、もしラカンに会えれば捕まえるがな」

「グラニクスって?何かあるのか?」

 

 何かすげぇ嫌な予感がする。フロウがニヤニヤしてる時って、ぜったい碌な事考えてねぇんだよ。あとラカンって誰だ?また怪しい人物か?

 

「グラニクスは、自由貿易都市って言ってね。色んな商業が盛んなんだけど、フロウくんが目指してるのは、多分闘技場、かな?」

「トウギジョウ?」

「あぁ、飛び入りも可能だからな。2人一組で!」

 

 そう言うとガシ!っと、良い笑顔で肩を掴まれる。

 

 マテ、ちょっと待て!何で旅行に来てわざわざ危険な所へ行くんだよ!?

 

「はぁ。まぁ大丈夫かな。今の千雨ちゃんなら、一般の魔法使いなら相手にならないよ」

「え?マジ、で?」

「うん。千雨ちゃん飲み込み良いもの。近接のセンスもあるし、フロウくんが前線やってくれるなら、全然問題ないと思うよ」

 

 そうなのか?全然実感無いんだが。普段の練習風景を思い出してみると――。

 

 ――全力で攻撃魔法を撃てと言われ、シルヴィアの魔法障壁で全部霧散する。

 

 ――近接の動きをあれこれ叩き込まれつつ組手をしてみるが、フロウにすぐ組み敷かれる。

 

 ――エヴァに何故か動き難い黒ゴスロリを着せられて、そのままで魔法を避けつつ反撃してみろと言われ、攻め立てられて必死に逃げる。

 

「って、ダメじゃねぇか!」

「ダメじゃねぇよ。やるんだよ」

「やらねぇよ!何をだよ!」

 

 だ、ダメだこの熱血バトルマニア!早く何とかしないと!て言うか、いつの間に飛行機みたいのに乗ったんだ!?

 

「大丈夫。怪我しても治るから。ね?」

「怪我するの前提なのか!?」

 

 何だ。どこで選択間違えたんだ……。

 

 

 

 

 

 

 ――そして闘技場。

 

オオォォォォォ!

 

「さぁ本日の飛び込み試合だ!なんと少女の2人組!対するは屈強な男2人組だが一体どうなるー!?」

 

 帰りてぇ。て言うか、帰って良いか?マジで。

 

「あきらめろ」

「心を読むなよ」

「両者準備は良いかー!?それでは試合開始!」

 

 ヤベェ。試合始まっちまったじゃねぇか!えぇと。と、とりあえず何すんだっけか?

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 戦いの歌!」

 

 焦って頭真っ白になってた!身体強化をして。あ、相手見ないと!

 

 そう思って相手を見ると、2人ともこちらに向かって来ていた。

 

「――げ!」

「随分と余裕そうだな!お嬢さん!」

 

 既に男は近くまで来て、力を込めた右腕を振り被っていた。けれども、反射的に男の右腕に両手を沿え、そのまま力の方向に押し込み、魔力が込もった足で男の軸足を払い転倒させる。男はそのまま1m程先に倒れこんだ。

 

「ぐあ!?」

「あ、あれ?」

 

 意外とやれる?……のか?

 

「千雨!ボーっとすんな、止め!」

「あ!――魔法の射手!収束・水の12矢!」

 

 魔力で強化した右腕に無詠唱で放てる限界まで、それでいて相性の良い水の矢の魔力を乗せて、魔力と水圧で男を押しつぶした。

 

「があぁ!?」

 

(千雨!こっちの男は近接重視のタイプだ!俺が抑えてるから、威力の有る魔法で吹っ飛ばせ!)

(わ、わかった!)

 

 フロウからいきなり念話魔法が届いた。とにかく言われた通りに、中級の攻撃魔法を準備する。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 来れ水精 風の精 風を率いて 押し流せ 南海の嵐 嵐の大水!」

 

 千雨の周囲に水と風の精霊が集まり、吹き荒れた風が水を巻き込む。出来上がった魔法が相手の男に向かって一直線に渦を巻く。

 

「ぐほあぁ!?」

 

 渦を巻いた暴風雨が屈強な男を吹き飛ばし、そのまま動かなくなる。

 

「ノックアウトー!これは意外!飛び入り少女コンビがあっさりと勝ったー!!」

「ちゃんとやれるだろ?意外とか思うなよ?ちゃんと修行の成果が出てんだぜ」

「そう……なのか?」

 

 話しながら闘技場を出て、控え室に戻る。

 

「お疲れ様~。思ってたより動けたでしょ?」

「あ、あぁ。なんて言うか、ホントに予想外だった」

「うん。凄く強くなったと思うよ。でも今の千雨ちゃんはね?一般の魔法使いから頭1つ飛び出したくらい。これから先何があるか分からないから、もっと強くなってもらわないといけない。それは大変だと思うけど――」

「頑張るよ」

「――え!?」

「思ってたより、期待されてるみたいだし。ちょっと、その……応えてみたくなった」

「千雨ちゃん……」

 

 そう言って視線を反らし、照れた顔を隠す。

 

 何か柄にもなく、こう言うのも意外と悪くないって思っちまった。ホントにキャラじぇねぇな。

 

「おーおー!お2人さん見つめ合ってお熱いねぇ!」

「だろ?こいつら意外と良い師弟だぞ?」

「え!?」

「な!?誰だこのでっかいオッサン!」

 

 マジでデカイんだが!てか何者だよホント!

 

「ラカンさん!?ど、どうしてここに居るのかな?」

「あぁん?用があるっつうから来たんだよ。ちゃんと報酬も貰ってる!」

「用って?フロウくん何か頼んだの?」

「あぁ、契約屋から仮契約の簡易魔法陣の巻物を買っておいて貰った。他にもちょっとな。それから千雨に会わせておきたいって言っといただろ?」

「仮契約!?」

「ちょっと待って!フロウくんまさか今!?私と千雨ちゃんと!?」

「そのまさかだよ。あと3年くらいで千雨がラカンを倒せるか?無理だろ?」

 

 確かにな。このオッサンの実力は正直サッパリ分からないが、どう見ても手も足も出ないだろうな。あと3年でとても追いつける気がしねぇ。

 幸い、身長も高めで発育は良い方だし。て言うかこれ以上伸びてでかくなり過ぎたらそれはそれで困るよな。いや、逆にあのダイオラマ球で3年過ごして、歳取りすぎる事になる方がヤバイよな?

 

「シルヴィア……」

「ち、千雨ちゃん?」

「仮契約、頼んで良いか?」

「本当に良いの?千雨ちゃん自身の事だよ?」

「正直、目の前の危険が分かってて手段が有るんだから、取っておいた方が良いって前に言ってたし。その、理性的な理由と、3年じゃ確かにこのオッサンに手も足も出ないからって、歳取りたくねーって感情的な部分も有るんだが……」

「え。そ、そういう問題なの?半分人間じゃなくなっちゃうんだよ?」

「え?あぁ、昔の私だったら全身で拒否してただろうが、なんか、今更って気がするな。周りに人間いねぇし。その、置いていかれるのもイヤだ」

 

 最後の一言は、聞き取られないくらいとても小さな声で呟いた。シルヴィアたちは皆、ずっと今の姿のまま生きてる。私だけ歳取って死んでくのが、少し、怖かった。

 

「そっか。うん、それじゃ、よろしくね?」

「あぁ……」

 

 そう言って私の事を見つめてくるシルヴィア。

 ってちょっとマテ、仮契約ってどうやってやるんだ?

 

「おーし、そんじゃ魔法陣の巻物使うから、いっちょお熱くぶちゅーっといっとけ!」

「2人とも気にすんな。しっかり見ててやるぜ!」

「は!?ちょっと待て!仮契約ってまさかキスするのか!?」

 

 何!?聞いてねぇぞ!シルヴィアが見つめて来た理由ってそういう事か!?

 

「あ……え、ぅ……。えぇと……」

「やっぱり、イヤ、かな……?」

 

 ちょっと困った表情の少し上気した顔が見つめてくる。

 

 ヤバイ。シルヴィアが見た目美少女なの忘れてた。メチャクチャ気になってきたじゃねぇか!って、何を女同士で意識してんだ!

 

「にやにや」

「口でニヤニヤ言うんじゃねぇ!」

 

 あぁくそ。分かったよやれば良いんだろ!やれば!

 

「し、シルヴィア。よろしくな?」

「うん。こちらこそよろしくね?」

 

 そう言ってシルヴィアに顔を近づけてどちらからともなく、……キスをした。

 その瞬間、地面に描かれた魔法陣から光が発せられて、空中に1枚のカードが現れる。

 

「んむ……」

「ん、これでおしまい。はい複製したカード。千雨ちゃんのだよ」

 

 そう言ってカードを渡してくるシルヴィアも赤くなって、少し目を逸らしていた。



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第27話 千雨の修行(3) 仮契約と中学校

一度この投稿で区切ります。
次話にここまでのまとめ。原作との相違点やキャラ紹介を入れます。


「ん、これでおしまい。はい複製したカード。千雨ちゃんのだよ」

 

 そう言って照れを隠しながら、千雨ちゃんに複製した仮契約カードを渡した。

 

 う~~~。900年生きてて、唇同士って実は初めてかも?何気にファーストかな?シスター見習いの小さい子に頬っぺたとかおでこは有ったけど、千雨ちゃんも気にしてるかな?

 

 そんな事を考えつつ顔を上げてみると、真っ赤になった千雨ちゃんが見えた。

 

「あ、緊張?しちゃったかな?」

「えっ。そ、そりゃ、まぁ……」

「ハイ!お2人さんご馳走様!」

「いい土産が出来たぜ。くくく」

「「な!?」」

「声も揃ってお熱いね~。それよりカードの確認をしたらどうなんだ?」

「そうだな、千雨の切り札になるかどうかだからな」

「む~~~。と、とりあえず見てみよっか?」

「え、あぁ。どう見るんだ?」

 

 とりあえずカードの名前、称号、アーティファクトの確認かな?カードを見ると……。

 

 

 名前   HASEGAWA TISAME

 

 称号   水の巫女

 

 色調   Argentum(銀)

 

 徳性   fides(信仰)

 

 方位   centrum(中央)

 

 星辰性  Saturnus(土星)

 

 アーティファクト Thetis Bracelet(テティスの腕輪)

 

 絵柄は、白いドレスの様な西洋風の巫女服(?)を着て、髪を解いた千雨ちゃんの周りに水球が浮かび、右手首に水色の腕輪をして、両手を胸元で組んで立っている絵だった。

 

 

「……誰だこれ?」

「千雨だろ?」

「これは絶対私じゃない。マジで誰だよ!しかも巫女って柄じぇねぇって!」

「そんじゃ、板に付く様になるか?俺もシルヴィアもお嬢様教育とか出来るぜ?」

「マジで?」

「え、うん。大分昔にやったよ。ハッタリも必要って事でね?」

 

 懐かしいなぁ~。今でもシスターの見習いの子達はやってるのかな?結構苦労したんだよね~。なんか嫌な予感がしてきた。フロウくんなら喜んで悪ふざけしそうな気が~。

 

「ね、ねぇ?フロウくん?……あ」

「あら、どうしまして千雨さん?」

「きめぇ、それ慣れねぇよ。やめろマジで……」

 

 視線を送ると、既に身振りまで演技に入ったフロウくんが千雨ちゃんに向かっていた。

 

「頑張ってね……千雨ちゃん」

「マジか!?マジでこれやるのか!?」

「おいおい。アーティファクトの鑑定は良いのか?持って帰っちまうぞ?」

「「「あ!」」」

 

 そ、そうだね。フロウくんは鑑定具も依頼してたんだ?

 

「じゃぁ千雨ちゃん。カードを持ってアデアットって言ってみて。それでア-ティファクトが出てくるから。戻すときはアベアット。ちなみに意識すれば、服装も変わるからね」

「服装はいらねぇ。アデアット」

 

 カードを持ってそう唱えると、カードが消えて半透明の水色の腕輪を装着していた。

 

「む、装備型か。鑑定結果は……ほ~~う」

「どうだったの?」

「コイツは好きなだけ雨を降らせられる」

「はぁ?それだけか?シルヴィアが主人なら、もっとおかしいレベルの物が出て来ても良いと思うぜ?」

「雨を降らせ放題って聞くだけで、普通にチートに聞こえるんだが……」

「その通りだ。この腕輪は装着者の周囲400mの水を全て支配下に置く。その結果雨が降るわけなんだが、こいつはその雨水を自在に動かせる。しかも魔力供給で範囲は広がるし、支配下にある雨水は、他の術者の水・火・氷なんかの影響を受けねぇ。つまり空間支配と言うわけだ。あと本人と持ち物。味方と知覚してる奴は濡れねぇんだとよ」

 

 そうすると、千雨ちゃんの地力に思いっきり左右されちゃうかな?魔力供給すれば範囲は広がるから良いとして、水系の魔法とかもっと上手く使えるようになれば、かなり強いかも?

 

「千雨。水のワープゲート魔法覚えろ。雨の中で転移を連発出来る様にな。それと相性の良い風と氷系も伸ばせ。それで体術と組み合わせたら、かなりえげつない事が出来るようになるぜ」

「いや、まぁ、そうなんだろうけど。キツそうだな」

「良いじゃねぇか。やりがいはあると思うぜ?俺様でもそこまでになったら、ちったぁは本気になるかもな?」

「それでちょっとなのか?」

「千雨ちゃんは今、半分水精霊だから、割りと楽だと思うよ?魔力の器も上がってると思う」

「あ、そう言えばそうなんだっけ?ぜんぜん実感無いぞ?」

 

 あれ、そうなんだ?私がこの身体になった時はどうだったかなぁ。翼に慣れなかったけれど、意外と何も無かったかも?あ、食事とか睡眠のリズムは変わったんだっけ……?

 

「もしかしたら生活リズムが変わるかも?私がそうだったし」

「そうなのか?」

「とりあえず帰ったら魔力の質の確認だな。それから猛特訓だ!」

「あ、あぁ……」

「そんじゃ、俺様の用は済んだ。また何処かでヨロシク!」

「おう!またな!」

「え!?さようなら!お元気でね」

「あ、さようなら!」

 

 そう言ってラカンさんは何処かにあっさり行っちゃった。何だか凄い自由人って噂も聞くけれど、本当に奔放なんだね~。

 

「それじゃちょっとは観光して帰るか」

「……普通そっちが先じゃねぇ?」

「あら千雨さん。言葉が乱れていてよ?」

「ヤメロ、それはもう良い」

 

 そんな訳で、しばらく観光してから帰ることになりました。観光中、千雨ちゃんが散々からかわれたのは、良い思い出……に、なったのかな?

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「おかえり、留守中に面白そうな奴が来たぞ」

「面白そうな奴?」

「え、誰か来たの?学園関係者じゃなくて?」

 

 魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫から戻ってきた私達は、エヴァちゃん達の家に来んだけど、戻って来るなりトラブルがあったのかな?

 

「関係者と言えば関係者か?麻帆良大学部の研究グループと合同で機械人形を作るらしいんだが、それの動力源に【人形遣い≪ドールマスター≫】として、私の魔法を組み込みたいらしい」

「え?それって思いっきり魔法関係者だよね?」

「それが違うようだ。探査魔法はかけたが完全に一般人だな。どこで私のことを知ったかしらないが、魔法と科学を融合させた研究がテーマらしくてな」

「それって、引き受けたの?」

 

 エヴァちゃんを『管理者』の一員ではなくて、二つ名の【人形遣い】で尋ねて来るって事は外部の魔法関係者が居るって事じゃないのかな?

 

「引き受けたぞ。この時期に他でも無い私に依頼してくるという事はおそらく原作絡みだろう?機械人形にはチェックの為の記録装置が付いてるそうだが、プライベートやこちらの秘密には触れないと言う契約もするそうだ」

「ふーん。魔法の事を知っていて契約を口に出すと言うなら、信用性は上がるな」

「まぁ、そうかな~。それでそのロボット?は、今どうなってるの?」

「まだ調整中だそうだ。半年以内程度には完成するらしいぞ。名前はまだ決まっていない。最終的に人形のデータが欲しいらしいから、その人形自体はこちらにくれるそうだ」

 

 なんだか……随分と上手い話に聞こえるね~。でも確かに原作がらみの予感なんだよね。あっ!

 

「ねぇ麻衣ちゃんは?そのロボットの事覚えてないのかな?」

「なるほど、確認してみる価値は有る」

 

 そう言って麻衣ちゃんに念話を飛ばすエヴァちゃん。

 どうなんだろう?原作にそのロボットが居ても、麻衣ちゃんが覚えてるかな……?

 

「……こんにちは。皆さんおそろいですね~」

「ああぁ、良く来たな」

「こんにちは~」

 

 挨拶をして麻衣ちゃんにロボットの事を訪ねると……。

 

「……はい。居たと思います。エヴァさんの従者で、ドール契約してましたよ。名前は覚えて無いんですけど」

「ほう、と言う事は確定か」

 

 そう言って麻衣ちゃんは残念そうな顔をするけど、覚えて無くてもしょうがないよね。私なんてぜんぜん覚えて無いし。

 

「ねぇエヴァちゃん。その大学部との協力チームの人ってどんな人が来たの?」

「うん?超鈴音(チャオ・リンシェン)と名乗っていたな。ハカセとか言う子供も居たぞ」

「もしかして、葉加瀬聡美か?6-Aのクラスメイトだぞ……」

「それなら原作絡み確定なんじゃねぇか?」

「なるほど~。それじゃ今度、皆で会いに行ってみようか?」

「そうだな」

「私も会いに行くのか?」

「うん、千雨ちゃんも会いに行った方が良いかもしれないね。そのロボットってカメラ機能が有るみたいなんだし?どの道こっちに一緒に居るのは関係者には周知だからね」

「そうか……」

「ところでエヴァ。アンジェ。土産があるぞ!」

 

 突然そんな事を言い出して、ポストカードのようなものを取り出して見せびらかしてるフロウくん。お土産って……あれ?普通に名物のお菓子とか色々買ってきたと思ったけど……?

 

「ほう、これは……」

「わ~~!やっちゃったんだ!」

 

 やっちゃった……?え?何?どういう事?意味が分からないまま千雨ちゃんがそのポストカードらしきものを覗き込むと……。

 

「んな!?ちょっと待て!仮契約の写真とかどこで撮ったんだ!返せ!」

「えぇ、何で!?いつ写真なんて撮ったの!?」

「良いじゃないか。ほら千雨。カード見せてみろ」

「オイ!ちょっと待て!」

 

 抵抗も空しく絡め取られ、ポケットからあっさりとカードを取られてしまう。

 

「水の巫女だと?くっくっく」

「わ~。可愛い!この服着てみて!」

「やーめーろー!はーなーせー!」

 

 そう言って縛り上げられた千雨ちゃん……。って、これは無いんじゃないかな!?

 

「え、ねぇエヴァちゃん?ちょっとかわいそうだと思うんだけど!?」

「何を言う!?アンジェが見たいと言ってるんだ!千雨!今すぐ着るか着替えさせられるかどちらが良い!?」

「選択肢ねぇじゃねぇか!?」

「バカめ!あると思っているのか!?」

「あぁ、くそ!分かった!分かったからこの糸解け!」

 

 そうして、着せ替え人形になっていく千雨ちゃんだった……。

 

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

「はじめましてネ、皆さん。超鈴音と言うヨ。エヴァンジェリンさん達とは先日会ったばかりネ」

「はじめまして。葉加瀬聡美と言います。長谷川さんとも初めてお話ししますね」

「はじめまして。シルヴィアと言います。エヴァちゃんたちとは良くしてもらってるの。特に魔法関係でね。貴女達は知ってる人みたいだから、皆で挨拶に来ました」

 

 と言うのは実は建前。世界樹に意思が有ると知られるのは困るので、麻衣ちゃんは私の家でお留守番してる、はず。もしかしたら散歩してるかも?とりあえず今日は大学には近づかないようにお願いしておいたんだよね。

 

「構わないヨ。表向きは科学の実験だからネ。私達は魔法には詳しく無いから、エヴァンジェリンさんの【人形遣い】のスキルを頼ることにしたネ。先日の契約の話も問題無ければそのまま進めたいヨ」

「私の家ではプライベートと機密扱いという事にする場合はカメラは回さないという契約だな。それに追加して、世界樹周辺とシルヴィアの家とその中でも、カメラを回さないと言う点を追加したい」

「問題無いネ。こちらからは、運用後にしばらくしてから茶々丸を実験に使いたい。その時はそちらの家は写さないから、全権をこちらに預けて欲しいヨ」

「……あぁ。良いだろう。好きにしろ」

「ふーん。お前面白いな。良く分かってる」

「何の事かナ?」

「いいぜ?そのほうが面白そうだ。断っても上手くやりそうだからな」

 

 何だろう。フロウくんが何かに気づいてるみたいだよね?超ちゃんは何をするつもりなのかな?でも、原作絡みなんだよね?邪魔しても必ず起きる事みたいだし。気をつけるしかないかなぁ~。

 

「それじゃ契約書を取り交わして起動調整に入るネ。よろしく頼むヨ」

 

 そうして、私達の新しい家族の準備が進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ――それから2年と半年、原作開始までの間。

 

 学園長から千雨ちゃんが中1から中3までの間、学校関係者にまぎれて学園で働いて欲しいと言う依頼が来ました。これはどう考えても2003年に来る主人公ことネギくん関係だってのは分かっていたので、報酬と条件付きで受ける事に。

 

 千雨ちゃんはそのまま中学生に進級。エヴァちゃんも原作通り中学校に入学。かなり渋ってたけど、アンジェちゃんの「私は中学校に行ってないから、お姉ちゃんと行きたいな~」の一言でやる気に満ちていました。それからロボット(性格にはガイノイドと言うらしいです)の茶々丸ちゃんも中1から一緒に学校に行く事になりました。

 

 私は非常勤の養護教諭という形で、第3保健室と言うとっても怪しい部屋を預かる事に。別に保健室に居ないで家に居ても良いそうです。そんないい加減で良いのかな?でも全体の職員会議とか、魔法使いとして必要な時とかに出てきて欲しいそうです。

 フロウくん、麻衣ちゃん、チャチャゼロちゃんはお留守番。家を空けるわけにもいかないし、麻衣ちゃんの存在を広げる訳にもいかないからね。

 

 そうして千雨ちゃんの修行もしつつ、ついに原作2003年2月。運命の日がやってきた。



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閑話 原作との相違点とキャラ紹介のまとめ

現在までの原作との相違点になります。

 

 

・5人の転生者(イレギュラー)がいる。

 

・主人公で転生者、シルヴィア・A(アルケー)・アニミレス

 天使がイングランドに舞い降りたと記録が残っており、一部の教会関係者から【銀の御使い】と呼ばれている。

 大分裂戦争時やその後に、魔法や持ち前の薬の知識を使って人助けをしていた為、医療関係者から密やかにマギステル・マギの【癒しの銀翼】≪メディケ・アルゲントゥム≫と呼ばれている。

 魔力に関しては最高クラスの質がある。気は使えない。

 性格はマイペースでお人好し。天然・弱ボケ、責任感がある。稀に黒いオーラが出る。

 ※原作知識はうろ覚えでほぼ無い。

 

 

・転生者2、フロウ

 風竜の少女。転生前は男性。

 初期等常時に比べて、身長が144cmまで伸びた。

 転生時の特典で、魔力はナギの2倍。気はラカンの2倍。MM式近接格闘術メガロシステマと魔法や咸卦法を使う。近接の方が好み。筋肉に恨みがありジャック・ラカンに良く突っかかる。

 性格は、バトル方面は熱血。素で黒い考え方をする。裏で色々している。

 ※原作知識は、700年の間にかなり抜け落ちている。

 

 

・転生者3、アンジェリカ・マクダウェル

 誕生:1400年頃生まれ(生前は10歳)

 身長:130cmエヴァと同じ(生前は120cm)

 体重:27kgくらい(10歳程度の平均)

 枷:『真祖に転化後は理性封印』

 

 本来は居ないエヴァの双子の妹。エヴァと同様に吸血鬼の真祖。エヴァよりも目つきが丸く、やや茶髪で瞳も赤茶色。毛先に緩いウェーブがかかっている。

 エヴァの過保護な囲われっ子。本人はお姉ちゃん大好きなのでそうでもないが、周りから見えるとエヴァの溺愛振りがお腹いっぱい。性格は、やや間延びした喋り方をする。エヴァ優先。

 作中ではエヴァの救いのためのキャラであるため、目立った活躍はありません。

 名前は響きとエヴァの名前に濁音と小さい文字があったので、そのあたりを意識しました。

 ※原作知識はほぼ無し。

 

 

・転生者4、菜摘 麻衣

 誕生:不明(生前は17歳)

 身長:110程~155cm(生前の記憶にある姿がとれる)

 体重:無し(本体は測定不能)

 枷:『人格封印、見敵必殺』

 

 世界樹の木霊。精霊。

 明るく活発な理想の自分を夢見た少女。元々引っ込み思案な性格だが、一度人格を封印された事と数百年シルヴィア達と過ごす内に改めて自分自身を大切に見つめなおす事に。

 典型的な日本人。黒眼・黒髪で、ショートからロングまで髪型が自在。実体の無い精霊であるために体が透けている為、何となく全体的に白く見える。世界樹と共生している為ある程度の魔力の方向性を決められるが、大発光までは制御できない。姿を消して近隣の散策が趣味。

 名前は1990年前後前(ネギま2-Aメンバーの誕生年前後を参考にしました)の赤ちゃんのランキングから引用。植物が入った名前と麻帆良の麻が入っていた名前を見つけて拝借しました。

 ※原作知識は所々うろ覚え。危険があった。と言う印象は強く残っている。

 

 

・転生者5、エミリオ・C・O・イアス

 誕生:1999年1月生まれ(生前は45歳)

 身長:誕生時55cm(生前は172cm)

 体重:誕生時2.4kg(生前は62kg)

 枷:『病弱、先天性マナ枯渇病(仮)』

 

 長命の亜人種で、アリアドネーの学者の家の長男。

 独特の暗号文字を使う。解読は本人以外ほぼ不可能。生前の知識と、魔法を組み合わせた研究に興味がある。アリアドネーで研究一筋。

 ※原作知識なし。

 

 

・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

 原作と違って双子の妹がおり、シルヴィアたちに保護を受けた事から、力及ばない時に魔女狩りにあわず、無謀な事もあまりしていない。

 早期から、隠蔽術や認識阻害を学び使用したため、懸賞金もかけられていない。

 また、『ネギま!』の物語の世界だと認識している。

 ナギには大分裂戦争時に突っかかった程度なので、『登校地獄』の呪いもかかっていない。

 二つ名は【闇の福音】、【人形使い】、童姿の闇の魔王等は付けられていない。

 

 

・長谷川千雨

 原作キャラで2番目の改変キャラ。

 対外的にも事実的にもシルヴィアの弟子扱い。ただし上位の魔法先生以外は知らない。

 

 誕生:1989年2月2日(原作プロフィールより)

 身長:157cm

(シルヴィアとの仮契約の不老化で身長が原作より若干低い。ロリ体形ではない。)

 体重:未公開(原作より)

 

 始動キー:エゴ・ルク プルウィア ファートゥム

(ラテン語で、自己・光・雨・運命を意味している。)

 

 アーティファクト:Thetis Bracelet(テティスの腕輪)

 透明度が高い水色のブレスレット。魔法発動体でもある。

 自分を中心に直径400m以内の水を支配下に置き、魔力を帯びた自由に操れる雨を降らす事が出来る。自他問わずに腕輪に魔力を捧げると、捧げた魔力量で範囲を伸ばせる。

 これによって支配している雨・水は他者の影響を受けない。(敵の水属性魔法で操れない。火炎魔法で蒸発させられない。氷結魔法で凍らされない等。)自分自身と所有物、味方と知覚している者はこの水に濡れない。

 

 水系の魔法使い。次点の相性は闇・風・氷・光。建前上、闇はあまり使わない。

 アーティファクトで雨を降らせ、有利な空間を作り出せる。水のワープゲートと攻撃魔法、そして体術を組み合わせた戦術を取る。咸卦法の練習はしているものの、あまり上手くは出来ていない。意外と蹴りセンスが良く、魔法の潜在能力も高い

 

 

■その他、原作と違う設定。

 

・シルヴィア名義で麻帆良の土地を所有している。

 

・麻帆良学園とは利益関係にある。『依頼』を受けることもしばしばある。

 

・原作のエヴァのログハウスの他に、世界樹近くの森の中にシルヴィアの家がある。地下にはメガロメセンブリアへの、世界間移動ゲートが有る。

 

・紅き翼とそれなりの接点がある。ただしウェスペルタティアの『お姫様』の事と『ネギの母親』の事は知らない。

 

・シルヴィアが、正体を知らずにフェイトに出会った事が有る。顔見知りレベル。

 

・本作中に出てきたオリジナル魔法や技がいくつかある。

 

 陽光の息吹:初出は4話(閑話)。

 (来れ風精 光の精 光りに包み 吹き流せ 光の奔流 陽光の息吹)

 原作の「雷の暴風」を参考に、ダメージよりも相手を吹き飛ばすだけの魔法のイメージ。

 

 咲き乱れる閃光:初出は19話。

 (契約により声に応えよ 聖光の王 来れ 天上の剣 穢れ無き刃 乱れ輝き 幾重にも刻み貫け 咲き乱れる閃光)

 原作の「燃える天空」を参考にした範囲型光魔法です。広範囲に光の刃を降らせる戦略的な効果をイメージした大魔法。

 

 天を裂く聖剣:初出は19話。

 (契約により声に応えよ 聖光の王 来れ 裁きの剣 魔を払う刃 光り輝け 我が敵を貫き砕け 天を裂く聖剣)

 原作の「燃える天空」を参考にした収束型光魔法です。大型の光の剣を作り出して戦術として活用するイメージの大魔法。

 

 暴風ドラゴンブレス:初出は20話。

 原作に出てきた鷹竜のカマイタチブレスを参考にしたものです。風系のドラゴンブレスに咸卦法の魔力と気を合成した、球状の緑のエネルギー砲撃。事細かい設定は作っていませんが、ジャック・ラカンがそこそこ気合を入れて防御してダメージがあまり無い。と言ったイメージです。

 

 嵐の大水:初出は26話。

 (来れ水精 風の精 風を率いて 押し流せ 南海の嵐 嵐の大水)

 原作の「雷の暴風」を参考にしたものです。直線の水竜巻の水撃。

 

 その他の原作の魔法については、『魔法先生ネギま!の魔法』で検索してください。



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原作開始
第28話 ネギ先生の出番


 ここから原作1巻になります。移転に当たって加筆・改訂を行っていますが、話の流れは変えていません。
 原作を知らない人のためにネギの初期シーンを描写しています。また、初期のネギの行動を非難する様な意見は出ますが、アンチ作品ではないので段々と成長させていく予定です。そこからはネギの視点も織り交ぜて行きます。


 ここイギリスのメルディアナ魔法学校では今、魔法生徒達の卒業式が執り行われている。そこは厳かな雰囲気に包まれて、まるで大聖堂と呼びたくなるような場所だった。

 そしてその壇上で豊かな長い髭を蓄えた老魔法使いが、卒業証書を授与するために、ある卒業生の名前を読み上げる。

 

「ネギ・スプリングフィールド君!」

「ハイ!」

 

 名前を呼ばれた赤髪の少年は、どことなく紅き翼のあの英雄を幼くした印象を受ける。彼の顔は希望と期待に満ちているが、どことなく不安も抱えている様子に見えた。

 

 

 

「ネギー! 課題は何だったの? 私は占い師よ!」

「アーニャはロンドンなのね。ネギの修行は何かしら?」

 

 卒業式が終わって直ぐ、ネギは幼馴染のアーニャと姉のネカネに声をかけられた。アーニャは既に修業の内容に目を通していて、ネギの修行先が気になる様子だった。

 声をかけられたネギは、今から卒業証書に課題が浮かび上がるところだと言い、全員の視線がそれに集中する。

 魔法学校の卒業課題とは、一人前の魔法使いになるための試練。魔法を使って人知れずに社会奉仕をする事。立派な魔法使い≪マギステル・マギ≫と呼ばれるための第一歩の試練に、それぞれが不安と希望が入り混じった顔で覗き込む。すると、魔法の光と共に修行内容が浮かび上がった。そこには……。

 

 『日本で先生をやること』

 

「「「えぇーーー!?」」」

「校長! これは間違いです、十歳で先生なんて!」

「そ、そうよ! ネギなんかに――」

 

 子供に教育者をさせる内容に、そんな事が出来るわけが無いと二人が抗議する。その様子を見たネギは、「そんなに言わなくても良いじゃないか」なんて文句を良いたそうな顔をしながら、課題とそれぞれの顔を見回していた。

 しかし、校長はその抗議を真っ向から否定した。立派な魔法使いになるための卒業課題は、もう決まってしまった事なのだと言って。

 

「あぁ……」

「お姉ちゃん!」

 

 あまりにも無茶な内容に、思わず姉のネカネが立ちくらみをする。それを慌ててネギとアーニャが支える。

 その様子を見た校長は、修行先の学園長は自身の友人だと言って安心するように諭していた。

 

「それに、きっと力になってくれる人もおる。頑張りなさい」

「ハイ! 分かりました!」

 

 

 

 場所は移って日本の埼玉県、麻帆良学園都市。巨大な都市内を循環する電車に乗り、目的地を目指すネギの姿があった。

 その心中では、「ついに来たんだ! 僕の修行の地!」等と意気込みながら、日本の電車の満員率に驚き、『日本で先生をやること』という修行内容よりも周囲の学生の多さに気を取られていた。

 

『次は――麻帆良学園中央駅――』

 

 そんな中で車内アナウンスが流れ、しばらくして駅に停車。側面の扉が開くと、優に数百人の学生が一斉に飛び出した。

 

「わぁ、人が沢山だ! これが日本の学校かー」

 

 周囲から遅刻すると慌てる声が聞こえてきて、流れに巻き込まれるように学園に向かって駆け出した。

 そしてその道の途中、思いがけない少女達の話が聞こえてくる。

 

「好きな人の名前を十回叫んで、ワンと鳴くと良い出会いがあるらしいで~」

「――高畑先生! 高畑先生! ワン!」

 

 本当にやるとは思わなかったなんて言いながら苦笑いする少女と、怒った顔をして高畑先生ことネギの友人、タカミチ・T・高畑の名前を叫ぶ少女が気になった。

 しかし魔法使いのネギは、橙の混じった赤い髪の少女の顔に浮かぶ不運の相が気になって、思わず声をかける。

 

「あのー、失恋の相が出てますよ?」

「え……な、なんですってこのガキ!」

「明日菜~。相手は子供やん。言う事気にしてたらあかんで~」

「木乃香……。私はこう言う事平気で言うガキは、大っ嫌いなのよ! 今すぐ謝りなさい!」

 

 ネギの言葉に一度は青ざめながらも、直ぐに真っ赤な顔で怒り出し、涙目になりながらネギを持ち上げてアイアンクローをする。

 突然の暴力行為に、ネギ自身も涙目になりながら若干の混乱に陥っていた。

 

「坊やはどこの子なん? ここは奥の女子校エリアやし、初等部やったら間違えとるで~」

「そうよ! あんたはさっさと帰りなさい!」

「良いんだよアスナ君。久しぶりだね、ネギ君!」

 

 突然に聞こえてきた大人の声。それは彼女達にとっては担任で、ネギにとっては友人である、タカミチ・T・高畑のものだった。

 

「た、高畑先生!?」

「タカミチ! 久しぶり!」

「って、知り合い!?」

「麻帆良学園へようこそ。ネギ『先生』」

「え、えぇーー!?」

「せ、先生?」

「あ、ハイ。この度この学校で英語の教師をやる事になりました、ネギ・スプリングフィールドです」

 

 『先生』の言葉を聴くと、二人の少女はあからさまに驚いた顔になった。しかし、それに対して丁寧な返事と、お辞儀――日本式の挨拶をするネギに、明日菜は更に詰め寄っていく。

 

「えぇ!? 先生ってどういう事よ!?」

「ま~ま~、明日菜~」

「大丈夫、彼は頭が良いんだ。それに、今日からA組の担任になるから、仲良くしてあげてくれないかい?」

「そ、そんなぁ。私はイヤです! さっきも失れ……失礼な言葉を!」

 

 明日菜から見てネギの印象は最悪だった。デリカシーの無い発言に続いて、密やかに恋心を抱く憧れの先生に取って代わられる存在。急な展開と『失恋』の二文字に心に余裕を無くしていた。

 その一方でネギは「親切で教えたのに酷い」と、気持ちを仇で返されたと思い、互いの心にすれ違いが生まれていた。

 そこで突然、冬の風が吹き込みネギの鼻腔を刺激する。

 

「は、はくしょん!」

 

ズバァァァ!

 

「キャーーー!?」

 

 くしゃみと共に暴発したネギの魔力が、突風となって明日菜を襲った。その風は軽快な音を上げながら、明日菜の制服とスカートを吹き飛ばす。突然の事態に堪らず悲鳴を上げ、身体を抱えてその場に座り込む。

 そんな明日菜に向かって、ストレス発散とばかりに頬を膨らますネギと、突然の事態に呆然と見下ろす二人の姿があった。

 

 

 

 

 

 

(た、タカミチくん! 明日菜ちゃんに上着かけてあげようよ!)

(あ、あぁ、そうですね)

 

 あまりの事態に一瞬我を忘れたものの、慌ててタカミチくんに念話を送る。

 ついにメルディアナから、この世界の主人公ことネギくんがやってくると聞いた私達は、タカミチくんが居た近くの部屋に隠れて、窓から様子を見ていた。けれどもこれは……想定外にも程があるかもしれない。

 

「なぁ、くしゃみして無詠唱の風系武装解除魔法って……。まさかあれ、狙ってるのか?」

「まさか……。十歳だよ? 中世の頃の暗殺者なら有ったかもしれないけど、今の時代で武装解除を仕込むなんて考え難いかなー」

「お前達。なんで師弟揃って物騒な考察をしてるんだ? あのぼーやが未熟なんだろ? どう見ても制御ミスで暴走だ」

 

 う~ん……。これどうしようか? 本当に魔法学校の主席卒業なのかな? メルディアナって、昔はこんなんじゃなかったのに……。

 

「と、とりあえず、教室に行った方が良いんじゃないかな?」

「あぁ……。期待しないでおくかな」

「そうか? 何をやらかしてくれるか楽しみだぞ?くくく」

 

 呆れかえった千雨ちゃんと、何だか楽しそうなエヴァちゃんと別れて、学園長室に向かう。扉の所までやってくると、中からは言い争うような声が聞こえてきた。

 

「大体子供なんて良いんですか!? それに、その、高畑先生の代わりなんて……」

「問題ありゃせんよ。そしてネギ君、この修行は大変じゃぞ? 失敗なら故郷へ帰らねばなん。二度のチャンスは無いが、その覚悟は有るかな?」

「ハ、ハイ! 頑張ります!」

「うむ! それから詳しい事は指導教員のしずな先生に聞くと良い。それとから木乃香、明日菜ちゃん。しばらくネギ君を木乃香達の部屋に泊めてもらえんかの?」

「ウチはええでー」

「げっ!」

 

 中から聞こえてきた言葉に、一瞬頭が痛くなるような錯覚を覚えた。要するに学園長は明日菜ちゃんの話をまともに聞かないで、勝手にまとめてるって事だよね?

 しかも、一般人の明日菜ちゃんが同室にさせられてるし……。木乃香ちゃんは学園長の孫だけど、魔法を知らせない方針らしいのに大丈夫なのかな? 普通に考えて生徒と生徒の同居。しかも性別が違うっていうのは、かなり問題があると思うんだけど……。

 

「あら、シルヴィア先生こんにちは。学園長に御用ですか?」

「あ、こんにちはしずな先生」

 

 学園長の突然の行動に唖然として考え込んでいると、学園長室の扉が開いて中に居たメンバーが出てきた。そのまま最初に挨拶を送って来たしずな先生に、当たり障りの無い挨拶を返す。

 私だって教員だし、普段着だと少女に見えてしまうから薄くメイクをして、スーツを着ている。それに養護教諭らしい裾の長い白衣を羽織った姿。千雨ちゃんみたいに伊達メガネをして、背中の中ほどから三つ編みにして大人っぽさを演出していたりする。

 

「はじめまして、ネギ・スプリングフィールドです! 今日から教育実習で英語を担当することになりました。よろしくおねがいします!」

「はじめまして、ネギ先生。非常勤で養護教諭をしている、シルヴィア・A・アニミレスです。担当は第三保健室。よろしくおねがいしますね。あ、ファーストネームで結構ですよ」

「はい! シルヴィア先生!」

 

 う~ん。話してみると素直そうな男の子だねぇ。パッと見で私が白人っぽいから、緊張しなかったのかな?

 

「皆さんもう予冷がなりますよ? 教室に行かないと。ね?」

「……はい。失礼します」

「失礼します~」

 

 明日菜ちゃんが不満そうにはしているけれど、時間も時間だし、微笑んで教室に行くように促がした。私も学園長に話がしたいし、ちょっと悪いかもと思ったけれど、ネギくん達と別れて学園長室に入る。

 

「こんにちは、学園長」

「おぉ。ネギ君はどうかの?」

「ネギくんって、メルディアナの主席なんだよね?」

「うむ。そうじゃの。それでいてあのナギの息子でもある。なかなか将来有望じゃぞ?」

「……でもね、暗殺者に向いてると思うよ?」

「ふぉ!? な、何故じゃ。どうしてその結論が出たんじゃ!?」

「さっきくしゃみだけで、明日菜ちゃんに無詠唱の武装解除魔法かけてたんだよね。あれが計算づくなら将来が心配だよ……」

「むぅ、それで攻撃魔法を仕込めと?」

「そんな無差別攻撃兵器にならない様に、制御の訓練が不足してるんじゃないかな~って、言いたかったの。ナギく……ナギさんみたいに期待しても、あのままじゃ英雄どころか、一般の魔法使い以下だよ?」

 

 いけないいけない。つい、いつもの癖で君付けしそうになったけど、もうナギくんって不躾に呼ぶ立場じゃないからね。

 

「わ、わかった。何か考えておくぞい」

 

 本当かな~? その内、私達で鍛えてくれって言われるような気がするよ? 私は千雨ちゃんを見てるし、フロウくんかエヴァちゃんが見てくれないかな?

 

「それじゃ私は戻るね? 教室の様子は後で聞いておくよ」

「うむ」

 

 とりあえず話すことは話したし、第三保健室に戻ろうかな。教室の事はエヴァちゃんと千雨ちゃん達が様子を見てくれるだろうし、その話を聞いてからだね。

 

 

 

 

 

 

「わああぁぁ! ぎゃふん……!」

 

 勘弁してくれ……。教室のドアにかけられた黒板消しトラップを、無意識に魔法障壁で停止させてたよな? その後のバケツやら吸盤が付いた矢は全部当たってたが、そっちはわざとか?

 無意識に頬が引き攣ってたし、さっきの事といい、先行きが不安過ぎるだろ……。

 それでもネギ――先生と呼んでおこう――が起き上がって、めげずに起き上がり挨拶をする。その様子にやっぱり溜息が出てしまう。

 

「今日からまほ…、英語を教えるネギ・スプリングフィールドです。よろしくおねがいします」

「「「きゃぁぁぁぁーー! かわいいー!」」」

「しずな先生~。この子貰っちゃって良いの~?」

「コラコラ。あげたんじゃないのよ」

 

 教室で鳴り響く黄色い声を無視しながら、頭を抱えて考え込んでみる。

 クラスメイト達がネギ先生を揉みくちゃにするのは、まぁ……勝手にしてくれって感じだが、あんな魔法バレバレで良いのか? それに可愛げなんてねぇよ! どう判断すれば良いんだ。

 

(……エヴァ、アンジェ……どう思う?)

(放っておけ)

(面白い先生だよね~)

 

 思わず後ろ斜めの席にいるエヴァ達に念話を送ってみたものの、そもそも相談する相手が間違ってたらしい……。

 

「ねぇ、さっき黒板消しに何かしたわよね? あんた、なんか変じゃない?」

 

 お、おぉ!? 神楽坂のやつ気づいてるのか!? いや待てよ……。ここでネギ先生が魔法使いって派手にばれるってやばいよな? クラスメイト達の記憶削除祭りとかしたくねぇぞ?

 

「いい加減になさい! 明日菜さんもネギ先生に掴みかからずに、冷静にお話しするべきですわ。あぁもっとも、貴方みたいな野蛮な人にはお似合いですわね?」

「何ですって? このショタコン女ー!」

「な、なな!? 貴女こそオジコンじゃありませんか!」

 

 始まっちまったか。まぁ、2-Aの名物みたいなもんだから、ネギ先生も慌てないで慣れてくれよ。魔法がばれるよりましだぞ? それでもこの変人クラスに関わりたくないってのは、魔法使いになった今でも思うんだけどな。

 

「ふぅ……帰って良いか? 良いよな?」

「ダメです長谷川さん。まだ一時間目ですよ?」

 

 うっかり呟いた声に、隣の席から声が聞こえてきた。このクラスの中じゃ、まだましな方の綾瀬夕映。バカブラックなんて呼ばれてるが、いつも本ばっか読んでて頭良さそうに見えるんだよな。

 

「綾瀬……。逃避ぐらいさせてくれ」

「2-Aならこれくらいのバカ騒ぎはいつものことだと思うのです」

「あぁ、わかっちゃいるんだが……」

 

 その後は乱闘のままチャイムが鳴り授業が終わった。

 

 

 

 放課後になるとネギ先生の歓迎会と称して、高畑先生としずな先生も来て再び大騒ぎになっていた。何かとイベント好きなクラスだけど、これだけ騒いでも文句が出ない辺りに異常性を感じて、少しばかりうんざりする……。

 

「あの、ネギせんせー」

「あ、宮崎さん?」

「さっきはその……。危ない所を助けて頂いて~。これはお礼です」

「えっ?」

 

 図書券と小さく呟くのが聞こえた。けど、危ないところって何だ? まさか、魔法を使って助けたとかそんなオチじゃねぇよな?

 宮崎が魔法を知ったようなそぶりはないし、ただ助けただけか?

 

「本屋が先生にアタックしてるぞー!」

「ち、違います……!」

 

 まぁどうも、子供先生は人気みたいだからな。クラス中のヤツ等が可愛い可愛い言ってるから、そういう目で見るヤツも居るって事か。委員長みたいにな。

 

「ねぇちょっとネギ……」

「え、えと、その……」

 

 何だ? 神楽坂のヤツ、朝に比べて妙に親密になってるな? 少し、聞き耳立ててみるか?

 

(アンタ! 分かってるんでしょうね!)

(は、はい!)

 

 分かってるって何の事だ? って、マテ! 高畑先生に思いっきり読心術の魔法使ってるじゃねぇか! もう神楽坂に魔法がバレたって事か。マジかよ……。

 まぁ、神楽坂も隠さないとマズイってのは分かってるみたいだが、あんまり関わりになる様だとマズイぞ? て言うかもう、ただのバカ騒ぎになってきたな……。先生と神楽坂はどっかいっちまったし、帰るか……。

 

 

 

「一応、トラブルは解決出来てる、のか……?」

「おつかれさま千雨ちゃん」

「シルヴィア? もう仕事は良いのか?」

「うん、今日はもうおしまいだよ、そっちはどうだったの?」

 

 寮までの帰り道で、合流したシルヴィアと今日有った出来事をお互いに話し合った。やっぱりと言うか、なかなか悲惨な内容だったのは、残念ながら予想の範囲内だったけどな。

 

「すぐ魔法がばれるって話、本当だったんだな。あれでも隠してるつもりなんだろうが……」

「うん。困っちゃうけどね~」

「ネギ先生……どうすんだ?」

「まだ初日だからね。学園長に制御訓練をする様に釘は刺して来たけど、様子見……かな?」

「そうか……。エヴァ達は面白がってたけど、巻き込まれる方としては確かにしっかりして欲しいな」

「これからだよ! 千雨ちゃんもあんまり気にしないで、気楽に行こう? 今夜は私の家おいでよ? 皆でご飯食べない?」

「あぁ、そうだな。気楽は……少し難しいかもな」

 

 こうしてネギ先生の赴任一日目は、嵐のように過ぎ去っていった。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第29話 魔法使いは計画的に

 ネギくんの赴任から数日が経って、その行動は段々と見過ごせない状況になってきた。教室や授業での様子を見ていたエヴァちゃん達の話を纏めると……。

 

 再び教室で武装解除魔法が暴発。脱がされてキレた明日菜ちゃんが、ネギくんを睨んでいた。

 

 その後、ネギくんがホレ薬を作ったらしく、明日菜ちゃんに渡そうとしたけど自分で呑むことになり、魔法抵抗が無い一般生徒に効き過ぎて大騒ぎなった。

 

 高等部のドッジボール部とネギくんの所有権(?)を巡って騒ぎになり、ネギくんが無意識に武装解除魔法をボールにかけて騒ぎになる。などなど、頭が痛くなる内容ばかりだった。

 

 魔法の秘匿を行う事は一般人と魔法使いの境目を作る事が目的になっている。

 大々的に世間に公表されれば文明的な混乱がおきてしまうし、差別意識に選民思想を持つ魔法使いなんかが台頭したら大変な事になってしまう。それに一般人じゃ抵抗出来ない、巨大な武力としての危険な面も持っている。

 これらは極端な例になるけれども、その一方で医療分野に革命を齎す可能性もある。けれども、科学医療万能の現代で、医師達の尊厳の破壊や失職を招く可能性もある。

 だからナギさんやタカミチくんを例に、表向きはNGO法人として影から魔法を使う場合もあるんだよね。つまり現代の魔法使いは、秘匿を行う事によって科学社会と共存しているという事。

 

「それにしても、ちょっと目立ち過ぎじゃないかな? なんて言うか予想していたトラブルとは、その、ぜんぜん違う方向の様な気がするんだけど?」

「私もそう思うよ。何のために死に物狂いで修行して来たんだ、これ……」

「見てる分には面白いぞ? 次は何をしでかしてくれるかな?」

「ね~? 面白いよ~」

「しかしマスター。アンジェ様。ネギ先生は十歳にしては良くやっているかと」

「あぁ、まぁそうじゃないか? 十歳にしてはだがな」

 

 エヴァちゃん達はネギくんを面白がってるみたいだね。意外に気に入ったのかな? 随分と楽しそうに気楽な発言をしてくれてるけど、ちょっとそういう事態でもないと思うんだけどね~。

 それに茶々丸ちゃんはネギ先生を評価してるみたいだけど、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の戦争や病人達を診てきたから、何だか調子が狂わされちゃうよ……。千雨ちゃんもあんなに頑張って修行してたのに拍子抜けしてる感じがするなぁ。

 

「噂は聞いてるぜ? お約束って奴だからそんなに気を落とすなよ。もうすぐあれだ、エヴァの吸血鬼騒動だぞ? やる気なんだろ、イロイロ」

「そう言えばそんな事言っていたか? やる気は無いが、どうなんだろうな? 回避不可能なら面白可笑しくやってやるさ。茶々丸も準備は怠るなよ?」

「了解しました。マスター」

 

 うん……。どうせなら穏便なトラブルの方が良いよね? 血生臭い展開になるよりは、A組の中できゃいきゃいと騒いでくれている方がましなんだけどね。

 

 

 

「シルヴィア! ちょっと良いか?」

 

 あれから数日が経って今は週末。第三保健室で仕事をしていると、血相を変えた表情の千雨ちゃんがやってきた。

 

「慌ててどうかしたの?」

「どうもこうもないって、ネギ先生と何人かが図書館島で行方不明らしい!」

「え……。何であそこに?」

「何か知らねぇけど、図書館島探検部の奴らの話だと、魔法の本とか口にしてたぞ。これって不味いんじゃねぇか?」

 

 え、それってまさか、魔法が図書館島探検部の子達にばれてるって事? そんなそぶりはなさそうだったけど、もしかして、図書館島の伝説とか噂を聞いて入って行ったって事なのかな?

 

「ねぇ千雨ちゃん、詳細は分かる?」

「あ、いや……。そこまでは流石に」

「そっかぁ。それじゃ後で学園長とかタカミチくんに確認してみるよ」

「それで良いのか? 探しに行ったりは?」

「私達がここで関わるのはちょっと不味いと思うんだ。まずは傍観して、どんな風に進んでいくのか確認しないと。けど、本当に酷い時は、ばれないようにお願いね?」

「あぁわかった。それじゃ私は教室戻るからな」

「うん。ありがとう、千雨ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 遡る事、前日の学園長室。そこでは指導教員のしずな先生が、学園長にネギのこれまでの生活態度と、先生の仕事の様子を報告していた。

 

「フォッフォッフォ。そうか、ネギ君はなかなか上手くやっとるか」

「はい学園長。生徒達とも仲良くしています。指導教員として見て、一応は合格かと……」

「そうかそうか。それなら四月から正式教員として採用できるかの。じゃがその前にもう一つ……。彼には課題をクリアしてもらおうかの」

 

 そうして学園長は一枚の紙を用意し、封筒に入れてしずな先生に預けた。

 

 

 

「何だか最近、皆さんぴりぴりしてますね~」

「うん、もうすぐ期末テストだからね」

「来週の月曜からだよ」

「えぇっ!? それってうちのクラスもじゃ!?」

「あはは~。麻帆良はエスカレーターだからね~」

「うちのクラスはず~っと学年最下位だけど大丈夫だよ~」

 

 期末テストと最下位の言葉を聴いて急に慌て出すネギだが、2-Aの面々はどうでもよさそうに笑っていた。

 それは大丈夫じゃないんじゃ? と思いつつも、こういう時に効く魔法があった様な? と考えに沈みこみ、思考に耽っていると突然に横から声をかけられた。

 

「――ネギ先生」

「はい!? あ、しずな先生」

「学園長が貴方にこれをって……」

「え、僕への最終課題!?」

 

 そんな事は聞いていなかった。今更追加の課題が出てくるなんて予想外だと慌てるネギだが、慌てていても仕方が無いと気持ちを切り替えて、受け取った封筒を開封すると、そこには……。

 

『次の期末試験で2-Aが最下位脱出できたら、正式な先生にしてあげる。 麻帆良学園 学園長 近衛近右衛門』

 

「な、なーんだ! 簡単そうじゃないですか~」

「そ、そう?」

「どうしたのネギ君~~?」

 

 悪のドラゴン退治や、新しい魔法を二百個習得などと考えていたネギから見たら、随分と簡単そうに見えた。そのまま緩みきった顔をするが、これがまたトラブルの始まりだった。

 この夜、ネギは明日菜をはじめとする図書館探検部の面々達に誘われて、広大な土地の図書館島へ魔法の本を求めて進入し、そのまま奥底へと入り込んでしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ学園長? ネギくんと数名の生徒が行方不明みたいなんだけど、どうしたのかな?」

「なぁに心配いらんよ。もう戻ってきとるぞい」

 

 そして期末テスト当日、月曜日の朝。ネギくん達の様子を聴きに学園長室を訪ねると、頭に絆創膏を張った学園長が、事も無くそう言い放った。

 

「そう? 心配というよりは、何をさせてたのかが気になるかな~?」

「それはどういう意味かの? ネギくん達は図書館で勉強しておっただけじゃよ?」

「ネギくんよりも、数名の生徒の方が気になるかな? ネギくんの魔法暴発の癖はまだ治ってないみたいだし、魔法の本って言葉も出てたみたいだよ? それに、将来優秀らしいA組の子を巻き込むつもりなのかなって」

「彼は今、魔法を封印しておるよ。今日まで含めた三日ほどの。問題ありゃせん。それに既に明日菜君にはバレておるの。木乃香は気づいていないようじゃ」

 

 まぁ、封印してるなら、図書館で勉強って言うのが本当なら問題無いかな?

 それでも明日菜ちゃんは心配かな。ばれてて放置だなんて。せめて説明位してあげないといけないと思うんだけど?

 

「木乃香の事はおいおいじゃが……。明日菜くんは自分から積極的にネギ君に関わっておる。ワシらがとやかく言う事じゃないぞい?」

「……木乃香ちゃんはお孫さんだから良いかもしれないけど、明日菜ちゃんは一般人でしょ? 千雨ちゃんみたいな事になったらどうするの? 説明もしないのは不味いと思うよ? それとも『学園関係者』として見て良いと言う事?」

「そのために『依頼』がしたいのじゃが……? 勿論受けてくれるんじゃろう?」

 

 あぁそっか、目的はそっちなんだ。上手く乗せられちゃった。これは断り辛いなぁ~。

 

「内容しだいかな? それにその口ぶりだと『学園関係者』と見なすよ?」

「構わんぞい。そこでネギ君と明日菜君に魔法使いとして実力を示してやって欲しい。方法は任せるぞい。出来れば、エヴァンジェリン君達の様な分かりやすい対決相手が良いのぉ」

 

 構わないって、ちょっと酷いんじゃないかな。それにここでエヴァちゃんに依頼を振ってくるんだ。エヴァちゃんは何か考えてたみたいだし。うん、受けてみようかな?

 

「良いよ。ただし報酬は金銭や物品ではなく、借り一つと言う事で良いかな?」

「む、何故じゃ?」

「こっちから始めた事じゃないでしょ? それにネギくんを中心にした『学園関係者』の計画。無理にこちらから関わる理由も無いんだけどな~?」

「ふむ……。無茶難題は困るぞい?」

「何かの時に融通してくれる程度。そんな所で良いかな?」

「ほ? それで良いんかの? ふむぅ……後が怖いが、それで手を打とうかの」

「それじゃ強制文書≪ギアスペーパー≫でよろしくね。期間は一年」

「うむ。これで良いかの?」

 

 学園長のサイン入りで有効期限はきちんと一年。うん、問題なさそうだね。何かあった時にこれが後々役に立つかもしれないって事で。

 

「それじゃぁ、計画を練るから帰るね。あ、ネギくんの試験が終わって、正式採用されてからが良いかな? 春休み明けとか?」

「そうじゃの。新学期になったらお願いするぞい」

「じゃぁそう言う事で、失礼するね」

 

 ふは~~。なんだかフロウくんみたいな事しちゃったなぁ。学園長と話をしてると、なんだかメルディアナに居た頃を思い出すよ。

 あの頃は、一般人にこんなの無理! って、必死になってたからね。あ、家に戻ってエヴァちゃんたちと相談しないと。とりあえず皆に念話を送って、夜に集まるようにしたら良いかな。

 

 

 

「なぜか2-Aは学年トップだったよ……」

 

 エヴァちゃんの家に集まった話し合いの一言目は、千雨ちゃんの疑問の声だった。今まで万年最下位だったA組が突然一位になったのは、ちょっと不自然だけど、まぁそれだけ皆頑張ったって事だよね?

 いつも手を抜いてるエヴァちゃんも、それなりにちゃんとテストを受けたって事かな?

 

「そうだったんだ、皆お疲れ様。とりあえずネギくんは首が繋がったね。それはともかく、学園長から依頼を受けてきたよ。内容は『ネギくんと明日菜ちゃんに魔法使いとして実力を示してやって欲しい』だって。やり方は任せるけど、エヴァちゃんに指名が入ってるよ。報酬は私が勝手に決めちゃったけど、強制文書に収めてあるからね」

「シルヴィアが決めたんなら俺はそれで良いと思うぜ?」

「それで? どんな報酬にしたんだ?」

 

 あまり興味がなさそうなエヴァちゃんだけど、報酬には興味があるのかな? ちょっと怒られちゃうもしれないって思いながら、学園長から取り付けた契約の書類を手渡しする。

 直感でしかないんだけど、これからいろんな事に巻き込まれた時の解決方法として、借りを作っておいても良いんじゃないかなってね。

 

「借り一つとして、何かの際に融通を利かせる。有効期限は一年間か。どうしてこんな内容に?」

「う~ん。何かねぇ嫌な予感がしたんだ。お金は困ってないし人員も要らないけど、何かあった時の為にって、何か引っかかったんだよね。ネギくんの何かに巻き込まれた時に、融通が利けば良いかなって」

「まぁ、何かに使えるだろ? 後は内容だな。どうする?」

「……私は、原作通りで良いんじゃないかって思いますよ? エヴァさんがネギ君の血を狙う事件をベースに考えるとか?」

 

 麻衣ちゃんの覚えてる事件だからねぇ~。一応そのままの方が良いのかな?

 

「いや、アレンジしようぜ? エヴァちょっと耳かせよ」

「何、どうするつもりだ?」

 

 そう言って黒い顔で相談を始める二人……。

 

「うーん。ネギくん無事に済むかな? 何だかとっても意地悪な作戦になりそうだよ?」

「先生、無事だと良いな。あいつらが揃って企むと、碌な作戦にならない……」

「あ、原作で茶々丸さんも戦ってたと思うので、気をつけてくださいね」

「はい、麻衣さん。忠告ありがとうございます」

「ナンダ、俺ハ、出番無シカ?」

 

 茶々丸ちゃんもか~。エヴァちゃんの従者だし、それは当たり前なのかな? チャチャゼロちゃんは出番が無かったのかな?

 

「おい千雨。ちょっとこっちのソファーに座れ」

「は? いきなり何なんだ?」

「良いから座れって、面白い事になるぜ?」

 

 ソファーにしぶしぶ移動して座った千雨ちゃんだけど、何をするつもりなんだろう?

 

「良いか? 眼を瞑って動くなよ?」

「マテ……。マジで何するつもりだ?」

「いいから瞑っておけ。眼を傷めるぞ」

 

 そう言いながらメイク道具を持って来たフロウくん。本当に何をするのか解らなくて不思議に思って居ると、エヴァちゃんが千雨ちゃんの髪を透かして結い始める。

 フロウくんは軽くメイクを施しながらエヴァちゃんとあれこれと相談をし始め……。

 

「完成だ。千雨、鏡を見てみろ」

「クックック、なかなか良い出来だぜ?」

「何したんだ? って、マテ! 声がおかしいって、何だこりゃぁぁ!?」

 

 そこにはどこからどう見ても、明日菜ちゃんの姿にしか見えない千雨ちゃんが居た……。

 

「マテって! 何だよホントに! キメェって! 眼の色まで神楽坂と同じじゃねぇか! 何をした!?」

「千雨ちゃん……だよね?」

「あ、あぁ。うゎ、喋ると変な気分になる……」

「慣れろ。それから、神楽坂明日菜の喋り方も少しで良いから真似できるようになれ」

「……せめて説明してくれよ」

 

 本当に何をしたんだろう。千雨ちゃんと明日菜ちゃんは、髪の色は似てるし身長も近いけど。これはちょっと似すぎだよね?

 

「神楽坂明日菜が使っている物とほぼ同じ鈴の髪留めに、幻術とヴォイスチェンジの魔法を施した。ツインテールは神楽坂の方が長いんでウィッグだ」

「そんでもって化粧品は魔法世界の諜報部が使うレベルの変装用だ。瞳の色は幻術だが顔立ちや目つきはかなり本物っぽいぜ?」

「……私を神楽坂に仕立てて何すんだよ?」

「あのぼーやを襲え。もっともお膳立てはするがな」

「神楽坂が一緒に居る時になるかもしれないが、出来ればネギ坊主を引き付けてからだな……。楽しくなりそうだ!」

 

 あぁ、これはダメだね……。もう止められそうに無い。私に出来るのは、後処理の準備と回復用の魔法薬の準備かな。

 

「頑張ってね? 千雨ちゃん……」

「……イヤだ…………」

 

 こうして春休みはネギくんいじめ、もとい、ネギくんと明日菜ちゃんへの修行計画を詰めていく時間に費やされていった。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第30話 桜通りの魔法使い(1) 遭遇した悪

 少しくどいかもしれませんが、千雨のコスプレへの拘りとエヴァのゴスロリの拘りは、並々ならないものが在るだろうと思う事。そして拘らなかったらそれは千雨じゃないと思い、この様な表現を選びました。
 服飾に興味が無い方の為に、説明している文章の、最後の段落にイメージを書いています。


「おいマテ、エヴァ! お前の趣味で勝手に決めてんじぇねぇ!」

「何を言う!? 私の下僕として仕事をするんだ! それに相応しい格好をするのは当然だろ!?」

「いつお前の下僕になったんだよ!」

「二人とも穏便に決めようよ……」

 

 そんなやり取りをしながら、結局春休みはネギ先生のいじめ用。もとい修行計画用兼、私の本気装備のコスチューム作り(コスと言いながら魔法衣になるんだが)と神楽坂の真似事をひたすらやる事になった。エヴァが勝手にゴスロリを着せようとするから、口を出して共同で製作する事にした。

 それでもエヴァが黒とフリルはどうしても譲ろうとしないんで全体的には黒系。そしてフリルを付けたゴスロリコートを作る事にした。

 

 まずは黒のセーラー服っぽいものを基準に、セーラーカラーの胸元をV字じゃなくてブラウスのラウンドカラー状にして、セーラーのリボンではなく頑丈なシルバーのロザリオネックレスをかけてある。これはシルヴィアが教会関係って事もあるんだが、全体的な防御力強化のため耐久度を上げる一品だ。セーラー部分と半袖のカフス部分のラインには銀糸を使って、魔法防御力を上げる対策を取っている。スカートは膝上プリーツだが魔法薬とかを入れたウェストポーチを付けるんで、ウエスト部分が若干縦に長いものになっている。こっちにもウエストと裾に銀糸を入れた。そして若干踵のあるロングブーツの側面にも銀糸を入れて、こっちも魔法防御力をアップしている。

 最終的なシルエットは、半袖で細部に銀糸をあしらったビブリオルーランルージュに近い感じのものになった。

 

 そんでもって上着は、黒のジャケットタイプのロングコートをベースに作る事にした。まず体術で動くのに問題が無い事と、ウェストポーチにも手を入れ易くする作りを重視。

 そのためにまず首周りを大きく開いた。脚部分も正面から見てスカートと脚が見える感じで左右に花の様に広がっている。これで足運びがかなりやり易くなった。そして裾や要所には銀糸のラインを入れてセーラーとの統一感を出した。その上で銀糸を混ぜた白いフリルがあしらわれて、ハイウエスト留めの様なゴスロリコートが出来上がった。

(原作で神楽坂明日菜が魔法世界で着ていた黒ゴスロリに近いイメージのコート)

 

 改造セーラーもゴスロリコートも魔法防御と保存性に優れたメガロメセンブリア製の一級の生地で、洒落にならない値段が掛かっている。これは本気装備ってのも有るんだが、ネギ先生のくしゃみ対策が主と言って良い。何が悲しくて本気で手塩にかけて作った魔法の服を、くしゃみ一つで破られなちゃいけないんだ……。と言うのが本音で、今の私の魔法障壁と服の防御力で、エヴァのそれなりの一撃を耐え切れる性能に仕上がった。念のため仮契約カードの衣装登録機能にバックアップもしてある。

 

 ちなみに試行錯誤を繰り返す内に、修行時代グラニクスの闘技場でいつの間にか稼いだ約十五万ドラクマ(現在の日本円相場で約三千万)がいつの間にか消えていた……。フロウに聞いたら、「その程度の金でビビるな」とか言われた……。あまり考えたくないが魔法世界の金回りは想像を遥かに超えるらしい……。

 

「まぁ、こんな所だろう。なかなか良い出来だ」

「拘り過ぎと言いたいところなんだが、今後の事を考えると先行投資ってやつか? これでもシルヴィアの服の方が遥かにチートだって言うのは信じらんねぇよ……」

「あはは。女神様が作った服だからねぇ……」

 

 九百年前から使ってて染み一つ無いとかどんな保存性だよ!?

 とりあえず、不本意ながら神楽坂の真似も一応出来る。ホントに付け焼き刃程度だがな。顔も声も変わるって想像以上にキメェよ……。

 

「とにかく明日からは新学期だね。ネギくんが正式に先生になるみたいだから、依頼開始ってことで、エヴァちゃん達は程々に頑張ってね? 必要な事は手伝うからね?」

「偽神楽坂明日菜は大一番でやる事になる。まずはシルヴィア達に躾られた、お淑やかな魔法シスターでぼーやに干渉していけ。フフッ、どんな顔をするやら」

「躾じゃねぇよ! せめて教育って言え! ったく、気は乗らねぇけどな……」

 

 とりあえず明日から新学期で、初日から計画開始だ。速いうち戻って準備しておかねぇとな。下手な芝居になるのは分かってんだけど、文句言われても嫌だからなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「「「三年、A組!」」」

「「「ネギせんせー!」」」

 

 いつも通りノリの良いA組の生徒達が、どこかのドラマの真似事をしながらネギを迎い入れた。女子特有の甲高い歓声を受けて、正式に先生になった嬉しさもあって、少し照れた顔をしながらネギが教卓に着く。

 けれども教室の中に千雨の姿が無い事に気付き、欠席として点呼を取っていく。そしてそのまま、改めて担任として挨拶をはじめた。

 

「この度、正式に担任なったネギ・スプリングフィールドです。皆さんの卒業までの一年間、よろしくお願いします!」

「はーい!」

「よろしくー!」

 

 挨拶を終えると、生徒達からは概ね歓迎の声が聞こえてくる。その事に安堵しつつも、正式な先生と言う立場に緊張感を覚えていた。それと共に、未だ全ての生徒良く話していない事もあり、今年はもっと生徒達と仲良くなれると良いと感じていた。

 しかし、朗らかな気持ちで教室を眺めていたネギの顔が、突然に強張った。教室の最後尾、ネギから向かって最も左の列。そこに座る一人の少女からの視線が突き刺さる。

 

「えっ?」

 

 思わずゾクリと身体が震える。これまでの経験で殆ど感じた事が無かった視線。殺気という言葉が頭に浮かび、一瞬の寒気に捕らわれてから視線の人物の顔を確認する。

 慌てて出席簿を探すと、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの名前に行き当たる。名前と共に顔写真、それから囲碁部・茶道部の注意書き。ネギの主観では一般人に過ぎない少女から受ける視線に、彼の頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。

 

「ネギ先生。もう身体測定の時間ですよ。準備を急いでくださいね」

「あっ!」

 

 思考に耽っていると、指導教員のしずな先生に話しかけられて、突然現実に引き戻される。

 

「すみません忘れてました! 皆さん服を脱いで準備してください!」

「えっ!?」

「きゃー! ネギ君のエッチー!」

「あ、ごめんなさーーい!」

 

 思考が逸れていたネギは、思わずその場での着替えを要求してしまった。女生徒達からの意味深な視線と、からかう様な声を聞いて一瞬で失態を悟る。この場に居られないと感じた彼は、真っ赤になった顔で謝りながら、慌てて教室を飛び出していった。新学期になってもトラブルが絶えないネギの姿だった。

 

 

 

「ネギ君からかうと面白いよね~」

「あははは~」

「ねぇねぇところでさ、最近の噂話ってどう思う?」

「あ~、あの桜通りの吸血鬼?」

「そうそう、黒い襤褸を着た、血まみれの吸血鬼のウ・ワ・サ!」

「「「キャー!」」」

 

 身体測定の待ち時間に、噂話に花を咲かせた少女達が悲鳴をあげて笑い合う。そんな中で一人、くだらないとばかりに一蹴して冷めた言葉を口に出す生徒が居た。

 

「まったく。アンタ達、そんなデタラメ信じないでよね~」

「そんな事言わないでよー」

「ただ騒ぎたいだけじゃないの。ちゃんと並びなさいよね」

「その通りだな、神楽坂明日菜」

「え?」

「吸血鬼というのは、若くて活きの良い女が好きらしい。お前も気をつけると良いぞ?」

「あ、うん……」

 

 普段から会話に参加する事がない、噂話なんて特に聞きもしないエヴァンジェリンからの珍しい問い掛けに、明日菜はキョトンとしていた。

 それと同時に脅しも入っていたのだが、この時点の彼女には知るはずもない事だった。

 

「明日菜~。エヴァちゃんに話しかけられるなんて珍しいやん」

「そ、そうね。でもなん――」

「先生! 先生大変やー!」

 

 疑問を口にしようとしていた明日菜の声が、突然の叫び声にかき消される。

 それは、身体測定を行っている教室の外で待機していたネギに向けたもので、大慌てで悲鳴じみた声をあげる保険委員のもだった。

 

「長谷川さんが倒れたー!」

「えっ! 今すぐ行きます!」

 

 その声に、思わず身体測定を投げ出した生徒達の視線が集中する。その中で一人、口元を吊り上げて、計画開始とばかりに笑い声をかみ殺している少女が居た。

 

 

 

「長谷川さん! どうしたんですか!?」

「あ、いらっしゃいネギ先生。何だか桜通りで倒れてたみたいなんです」

 

 保険委員に連れられて慌てて第三保健室に行くと、シルヴィアがベッドで眠る千雨を看病しているところだった。話を聞くと桜通りで倒れていたという事で、一部の少女達が再び噂話に花を咲かせている。

 

「何だ、寝てるだけじゃない」

「暑かったし、外で寝てたんとちゃうの?」

 

 『桜通りで』という事と先ほどの噂に、ネギは何か嫌な予感を感じていた。ベッドで眠る千雨に顔を近づけても一向に起きる気配は無く、すやすやと眠っているようだった。しかし、よくよく観察してみると僅かに魔法の力を感じ、驚き身を引いてしまう。

 この学校には、自分の他に魔法使いが居るのだろうかと悩みながら、何が起きているのか一人で思考に耽っていく。

 

 その様子に痺れを切らした明日菜が、少し焦った顔をしながら問い掛けた。

 

「ねぇネギ。何かあったの?」

「えっ! あ、いえ。何でもありません。えぇとその……。僕は今日、遅くなると思うので、晩御飯は食べてきますから」

「え? 分かったけど……」

「ネギ君、ご飯ええの?」

 

 何の脈絡も無く夕食を断ったネギに、心配そうな声をかける二人だが、ネギの表情はいたって真剣な事に気が付いていた。

 その一方でネギは、千雨から感じた僅かな魔法の力を無視出来なかった。彼の想像では、千雨の身に何かがあって桜通りで眠らされた。そう結論付けていた。

 

「桜通りで……。確かめないと!」

 

 一人呟く様に声を上げて、自前の杖を持って進んでいく。その先は桜通り。魔法の正体を掴むため、先生として生徒を守る使命感を胸に、たった一人で謎の相手に向かい合う決意をしていた。

 

 

 

「こ、怖くない~。怖くないかも~♪」

 

 下校時刻を上回った夕刻。周囲が夕闇に覆われ始めた時間に、宮崎のどかが帰り道で桜通に差し掛かった。身体測定の時に聞いた怪談に恐れを抱きつつも、鼻歌を歌いながら誤魔化して歩いていく。しかしその心の内は恐怖に支配され始めていた。

 その様子を影から見つめ、ふわりと街灯の一つに飛び乗る影があった。漆黒の襤褸のマントに同色のとんがり帽子。ハロウィンの魔法使いのようなその姿が、一人で歩く女生徒を視界に納めて、はっきりとした口調で言葉を発する。

 

「悪いが、少しその血を頂くぞ?」

「キャァァァァ!?」

 

 その声と姿を視界に納めたのどかは、怪談話を思い出して完全にパニックに陥っていた。物語の吸血鬼の様な影が彼女を襲う寸前、杖に跨り高速で迫り来る、赤毛の少年の姿があった。

 

「待てー! そこで何してるんですかー!」

「うぅ~……」

 

 あまりの恐怖と現実離れした光景に、のどかは目を回して気を失い、その場に転倒した。ネギはその姿を見て保護する事思い浮かべるが、それより目の前の犯人――恐らく魔法使い――の捕縛を優先した。

 魔法使いは正しい事に魔法を使うはず。だからこんな悪い事をしている相手を許してはいけない。その先入観がネギの行動の根源にあった。

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱! 縛鎖となり 敵を捕まえろ 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 謎の魔法使いを捕らえるため、風の捕縛魔法を詠唱して相手に撃ち出す。風の魔法は無色半透明の蔦の様に伸びて、襤褸のマントの人物に向かって伸びていく。しかし。

 

「氷楯――」

 

 謎の魔法使いが呟くように言い放つと、そのすぐ目の前に氷で出来た楯の魔法が展開される。風の魔法がぶつかると、ガラスが割れる様にバキンと甲高い音を上げ、氷の楯によって全て弾かれた。その影響で、周囲は湿った霧に包み込まれていく。

 

「僕の魔法を跳ね返した!?」

 

 自身の魔法が効かなかった事と共に、やっぱり相手は魔法使いなのだと、二重の意味で驚愕していた。危険を感じたネギは慌ててのどかに駆け寄って、肩を抱き上げて守るような態度を示す。

 すると、襤褸のマントを羽織った魔法使いが、演技がかった口調で言葉を発した。

 

「……中々の魔力量だ」

「え? き、君は……エヴァンジェリンさん!?」

「フフ♪ 改めて新学期の挨拶といこうか先生? いや、ネギ・スプリングフィールド。それとも、英雄サウザンドマスターの息子と言った方が良いか?」

「な、何者ですか貴女は!? それにどうして、魔法使いが悪い事をするんです!?」

「自分で考えてみてはどうだ? 悪い魔法使いだって居るんだよ。ネギ先生?」

 

 面白がるような視線をネギに送ってから、マントの下に腕を入れる。中から取り出したものは、複数の魔法薬の小瓶。それらの蓋を開けてネギに向かって投げつけた。

 

「氷結! 武装解除!」

「うわぁ!?」

 

 聞こえてきた魔法の名前に、慌ててのどかを抱えていない左手を前方に突き出して、魔力を集中。そのまま魔法障壁を展開して防御する。

 しかし自分の服の一部と、のどかの制服が凍り付き砕け散った。

 

「フフ……。レジストしたか」

 

 あっさりと自分の魔法障壁が突き破られた事と、自分の受け持つ生徒が犯人だった事にショックを隠せないネギだった。しかし、のどかを抱えていた事に気が付いて、慌てて見下ろす。すると。

 

「宮崎さんっ!? うゎ、うわわわ!」

「何やこの霧~? って、ネギ君が犯人やったん~?」

「ネギ!? あんた何やってんのよ!?」

「ち、違います! 僕じゃありません!」

 

 不意に見てしまったのどかの姿と、一人で帰ったのどかを追いかけてきたのか、木乃香と明日菜の声にパニックになっていた。このままでは自分が疑われてしまうと危機感を覚え、自分ではなく別に犯人が居ると慌てて弁明する。

 そのままエヴァンジェリンが居た方向に指を刺して確認すると、彼女の姿が霧の中に消えていくのが見えた。

 

「ま、待てー! すみませんアスナさん、木乃香さん! 宮崎さんをお願いします! 僕は犯人を追いかけます!」

 

 このままでは逃げられてしまうと思ったネギは、二人にのどかを預け、魔力を身体に纏って猛スピードで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「貴女達。何をして居るのですか? もう、下校時刻ですよ?」

 

 ネギ先生が走り去ったのを確認して、神楽坂達に柔らかく声をかける。極力顔に出ないように気を使いながら、認識阻害が掛かった眼鏡も着用して誤魔化している。

 

「え? あの、えっと……ごめんなさい!」

「あ、明日菜ー!?」

 

 一瞬、神楽坂の躊躇った顔が見えたものの、謝りを入れつつ大慌てでネギを追いかけて行く姿が印象的だった。と言うか、速度だけなら一般人なのか怪しいもんだ。

 呆然とした表情で残された近衛に、場を治めるように再び優しく声をかける。

 

「明日菜ってば置いてけぼりや~。のどかの事どないするん?」

「彼女は私が保健室まで送りましょう。貴女も戻りなさい」

「え? せやけど……」

「――大気よ 水よ 白霧となれ 彼の者等に 一時の安息を 眠りの霧」

 

 にっこりと優しく微笑みながら、小さな声で呟くように呪文を詠唱する。自然な形で眠るように倒れた近衛を優しく抱きとめて、そのまま二人にこれは夢だったという暗示もかけていく。

 

「やれやれ……。なんで私がこんな事してんだ?」

「今回、私達は裏方だからね? のどかちゃんに制服を着せて、部屋まで送ろう?」

「あぁ……。後はエヴァ達が勝手にやるだろ」

 

 宮崎には悪いが、購買部で買っておいた制服を着せて抱き上げる。まぁ、同性だからノーカウントって事で忘れておいてくれ。

 そのままシルヴィアと一緒に、二人を寮に送り届けてから帰路に着いた。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第31話 桜通りの魔法使い(2) パートナー

 身の丈程もある杖に跨りながら、夜空を飛んでエヴァンジェリンを追い駆ける。余裕の表情の彼女を余所に、ネギは空中でその真意を問い掛けていた。

 

「何で宮崎さんを襲ったんですか! 僕の生徒だからと言っても、悪い事をするのは許しませんよ! それに……。エヴァンジェリンさんは、父さんの事を知ってるんですか!」

「さぁ何でだろうな? 私を捕まえたら教えてやるよ」

「本当ですね!?」

 

 エヴァンジェリンの言葉を聞いて顔が引き締まる。悪い事をした魔法使いを許さないという気持ちと共に、どうして父親の事を知っているのか。それを知りたい気持ちがネギを突き動かす力になっていた。

 

「聞きましたよ! 絶対に捕まえて見せます! ラス・テル マ・ステル マギステル 風精召喚 剣を執る戦友 8柱! エヴァンジェリンさんを捕まえて!」

 

 ネギの姿を象った風の魔法の分身達が、狙いを付けたエヴァに向かって一斉に襲い掛かる。しかし、再びマントから取り出した魔法薬を投げつけられると、ほとんどの分身が霧散してしまった。

 その行動に”おかしい”と感じる。さっきから何故か魔法薬に頼って、弱い魔法しか使わない。これなら、勝てる。その気になって一気に加速。そのままエヴァンジェリンの前に出る。

 

「風花 武装解除!」

 

 エヴァンジェリンは、隠し持っている魔法薬が無ければ自分には勝てない。そう確信して武装解除の魔法で襤褸のマントを魔法薬ごと吹き飛ばす。風の魔法で散らされたマントは無数の蝙蝠の姿になって吹き飛び、彼女のキャミソール姿が露わになった。

 しかし、彼女はそのまま空中で翻り、何事も無かったかの様に高い建物の屋上に着地した。

 

「やるじゃないか先生」

 

 余裕の言葉と笑みを見せ、堂々としたエヴァンジェリンの姿に照れながら、手で顔と目を隠しつつネギは勝利の宣言をする。これでもう大丈夫だと。吸血鬼事件も解決して父さんの話も聞ける。そんな期待を込めながら。

 

「僕の勝ちですよ! さぁ、どうしてこんな事をしたのか話してもらいます! それに父さんの事も!」

「フフフ……。どっちが優先なんだ? ナギの事か?」

「なっ!?」

 

 唐突に父親の名前を呼ばれて驚くネギだが、ここで相手のペースに飲まれてはいけないと踏み止まる。しかし、完全に隠す事は出来ず、表情には父親への興味が表れていた。

 

「そ、それはともかく! 貴女にはもう勝ち目はありませんよ!」

「……甘いな。私は拘束もされていなければ、まだ、負けても居ないぞ?」

 

 負け惜しみだとネギは思った。魔法はもう使えないはずだし、味方も居ない。自分は魔法発動隊の杖も持っているし、どう考えても勝ち目はないはずだと。

 ところが、その認識は直ぐに変わる事になる。突然にズシャッと重く響く音と共に、誰かが空から降りてきた。新手の姿を確認すると、拘束するために呪文の詠唱を始める。

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱! 縛鎖となり――」

「……やれ」

 

 呪文を詠唱している最中に、エヴァンジェリンが誰かに命令をする声が聞こえた。すると、その誰かがネギに迫り、突然デコピンをして魔法の妨害をした。

 

「あいたっ!? あ、あれ、君は!?」

「紹介しようか、ネギ先生? 彼女は私のパートナーで『魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫』の絡繰茶々丸だ」

「え、えぇぇぇ!? パートナー!?」

「そうだ。これで勝ち目はなくなったな?」

「パートナーが居なくても!」

 

 ネギはそれでも負けられないと意気込んで、再び呪文を詠唱し始める。エヴァンジェリンが悪い事をしているのを止めるため、父親の事を聞きだすため、絶対に負けない! 勝って見せる! そう気持ちを引き締めて、勝てない勝負に身を投じていった。

 

 

 

 

 

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱 ――痛っ!」

「……駄目です」

「ラス・テル ――あうっ!」

「…………」

 

 ネギ先生――まぁ、ぼーやで構わないか――が、何度も魔法を唱えようとするが、茶々丸に妨害され、口を閉ざされる状況に陥っていた。

 しかし中々頑張るな……。依頼のままにちょっかいを出してみたが、私の事よりサウザンドマスターの方が興味津々と言ったところか? そう言えば実力を示して、修行もさせるんだったな。少し面倒だが、受けたからにはやってやるか。

 

「さてと、ネギ先生。『魔法使いの従者』と言うものを勘違いしていないか? 彼らは自身のパートナーなどではなく、本来は主人を守る剣であり盾だ。我々魔法使いは呪文詠唱が出来なければただの人。つまり、私には絶対に勝てないってことさ、ぼーや?」

「そ、そんなー!?」

 

 さてどうするかな? こんな事を知らないようでは話にもならないが……。ふむ、このままぼーやをいじめても良いが、神楽坂明日菜がまだだ。それなら、本当に血でも吸ってやるか?

 

「茶々丸。ぼーやを捕まえろ」

「はいマスター。申し訳ありません、ネギ先生」

「え!?」

 

 動揺するぼーやに茶々丸が一瞬で迫り、そのまま両腕を拘束して捕まえる。

 

「うぐぐ!」

「そうだなぁ、食事の邪魔をされたんだ。血でも頂くか?」

「ええぇ!? そんな!」

「負けたぼーやが悪い。私に勝てたら色々聞き出すつもりで居たんだろう? お相子だ」

 

 ゆっくりと近寄り目線を軽く合わせてから、口を開いて尖った牙見せ付ける。その瞬間の怯えた表情に満足感を覚えながら、首筋に軽く牙を突き刺す。

 そのままごくりとのどを鳴らしながら血を啜ると、サウザンドマスター譲りなのか、思っていたよりも大きな魔力を秘めた血が喉を潤した。

 

「む……。これは意外と……」

「うわぁぁぁぁ!?」

「コラーー! アンタ達、何やってんのよー!」

「何っ!?」

 

 突然に頬に走った痛み。気が付くと怒鳴りながら飛び込んできた誰かに、茶々丸と共に蹴り飛ばされていた。

 バカなっ!? ありえん! 私が常時展開している、真祖の魔法障壁を素通りだと?

 

「神楽坂明日菜!? お前、何をしたっ!」

「あれ? あんた達ウチのクラスの、ってどう言う事よ!? まさかあんた達が犯人!? しかも二人がかりだなんて卑怯じゃないの!」

 

 何だ……この女は? 罵倒の言葉より、魔法障壁を素通りされた事で急激に頭が冷えていく。

私の魔法障壁は並みのものではない。それ無視して蹴りを入れた。しかも一般人が? そんな事がありえるのか?

 

「神楽坂明日菜。貴様、本当に何をした?」

「え、えぇ? 何って……?」

 

 どうやら本当に何をしたか分かってない様だな。素通りと言う事は、もしや、魔法無効化能力者か? A組は特殊な能力や優秀な者を集めている。ありえない事ではないか……。

 

「まぁ良い。ぼーやに、神楽坂明日菜。覚えていると良い!」

 

 決まり切った捨て台詞を残して、建物の屋上から茶々丸と共に飛び降りる。慌てる神楽坂明日菜を尻目に、にやりと笑ってその瞳を覗き込んでやる。

 

「え? あっ、ここ八階よ!?」

 

 戸惑う声が聞こえたが、無視して闇の中で翻り、遥か上空から二人を見下ろす。そこには泣き叫ぶぼーやと、宥める神楽坂明日菜の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

「おかえりエヴァちゃん、茶々丸ちゃん」

「お姉ちゃん、茶々丸ちゃんお帰り~」

「あぁただいま」

「ただいま戻りました」

 

 のどかちゃん達を寮に送り届けた後、私達はエヴァちゃんの家に来ていた。学園長からの依頼の経過を確認したくて来たんだけど……。話を聞く限り、何だかネギくんは散々な評価をされているみたいだった。

 

「あのぼーやは宝の持ち腐れだな。確かに、父親譲りの魔力は凄い。それに魔法の知識もまぁまぁ有るようだが……。そこまでだな、それ以上にあまりにものを知らない。それに今まで習ってきた価値観に凝り固まっている所がある。どちらかと言えば神楽坂明日菜の方が優秀なんじゃないか? おそらく魔法無効化能力者だ。学園長のジジイも良くもまぁ見つけてきたな」

「え、それって魔法使いと凄く相性悪いよね?」

「あぁ、魔法障壁を素通りされた」

 

 そうだったんだ。ネギくんを鍛えるとか、制御訓練をさせる以前に、頭でっかちな部分があるのかな。一度自分の知識不足と置かれている状況を理解してもらって、その上で何が必要なのか、それで勉強しなおしてもらう必要があるかもしれない。

 後は明日菜ちゃんだね。学園長は本当にどこでそんな子見つけてきたんだろう? かなり珍しい能力者だし、エヴァちゃんが修行で相手にすると言っても相性が悪いよね~。

 

「どうするの? 今の計画のままは不利じゃない?」

「大した問題じゃない。茶々丸と千雨が体術中心で当たれば良い。そうだな……。私は明日、登校せずに様子を見るか。それ以外は予定通りで良いだろう。イレギュラーは随時対処だ」

「了解しましたマスター」

「出番マダカヨ」

「まだあのシスター続けるのかよ……?」

「喜べ。終われば偽神楽坂明日菜の出番だ」

「ぐ……」

「頑張って千雨ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 エヴァがネギ先生を襲った翌日。HRになって先生がやってくると、酷く落ち込んで真っ青な顔になった先生が居た。

 

「オイ、あれ大丈夫かよ……?」

 

 いくら何でも落ち込みすぎじゃねぇか? エヴァの話を聞く限り、先生はよっぽど自分の実力に自信があったって事なのか?

 先生を観察し続けてみると、怯えた目付きでエヴァの席へ視線を送っている様子だな。やっぱどう考えても、エヴァを意識してるって事だろ。エヴァが居ないって分かったとたん、あからさまにホッとした顔をして喜んでるし。

 

「マスターはサボタージュです。お呼びしましょうか?」

「いいえ! 呼ばなくて良いです!」

 

 あぁ、あれは効果ありすぎだな。先生半泣きになってるぞ? 立ち直るのに時間がかかりそうだ。茶々丸のヤツは天然なんだろうが、事情を知ってるやつから見たら、追い込んでるようにしか見えねぇな。

 

「あの……。皆さんパートナーってどう思います? 年下の十歳なんて、イヤですよね」

 

 オイ、マテ先生……今は授業中だ。と言うよりも、よりによって一般人の中でそういう発言するなよ。頼むから。

 

「……宮崎さんはどう思いますか?」

「ひゃい!? えと……わわ、私は!」

「ハイ! 私なら大丈夫ですわ!」

「はいはーい! ネギ君は恋人が欲しいってのなら、クラス中から選り取りみどりだよ?」

「えぇ!? ぼ、僕はそういう意味じゃー!」

 

 別の意味で安心したよ……。このクラスの脳天気さはこういう時は救いだな。

 

 そうしている内にチャイムが鳴り、青い顔をしたままネギ先生が教室を後にした。先生の顔は始終酷い顔で、落ち着きも無くおろおろとしたままだったけど、なんとか立ち直ってもらわねぇとな。

 その後、神楽坂が慌てて追いかけて行ったが、「パートナーを見つけられないと何かヤバイ事になる」と言い残して行ったせいでクラスメイト達が騒ぎ始め、教室内は先生のパートナー希望と妄想で、騒がしさに包まれていた。

 

 それにしてもパートナーねぇ。仮契約者をこのクラスの中から選ぶなんてゾッとするけどな……。いやまぁ関係者も何人か居るわけだが、そいつらは無理だろう。

 けどまぁ、このままだと神楽坂がなりそうだな。あ、そういやもう学園からは関係者とみなされてるんだったか。何も知らないってのはキツイな。

 

 これ以上騒がしい教室に居たくなくて、無関係を装って出て行こうとすると突然――。

 

(ちうたーん! 千雨さーん)

(麻衣? 何だよ突然……)

 

 いきなり焦った声で念話が聞こえてきた、けど……。いつもいつも、ちうたんって呼ぶんじゃねぇよ!

 

(お前ちうたん言うな! しかもわざとらしく千雨って言い直すんじゃねぇ!)

(……あは。ごめんなさい。でもちょっと、皆さんに連絡です。学園結界に侵入者がありました)

(何っ!?)

 

 侵入者!? この時期って事はネギ先生関係か!? となると、非常事態か?

 相手は誰だ。魔法関係者だろうけど、わざわざこの麻帆良に来るなんて、よっぽどの馬鹿か実力に自信があるやつか……。

 

(麻衣、相手は誰だ? 既に対処には出たのか?)

(何かの小動物ですね。妖精だと思います。ネギ君の方へ向かってる感じですけど、悪意の結界に反応が無いから大丈夫じゃないですか?)

 

 はぁ? 何だそりゃ。心配して損したじゃねぇか。て言うか、そんなんでこんな念話送って来んなよ……。

 

(分かった……。じゃぁ、後でエヴァの家に行くよ。ネギ先生がパートナーって騒いでるからな。皆に念話繋いでんなら連絡しておいてくれよ)

(は~い。わかりましたー。またねー、ちうたーん!)

(あ、コラ! 最後ま――プツン)

 

 あ、くそ! 切りやがったアイツ! 後で覚えてろよ!

 

 

 

 それから数日後。再びネギ先生の前に姿を現したエヴァが、茶々丸を連れて堂々と向かい合って脅し文句を口にしていた。

 

「やぁ、ぼーや。あれから良く眠れたかな?」

「うっ……! え、エヴァンジェリンさん……!」

 

 エヴァもよくやるよ。追い詰められてる先生に、更に追い討ちとかな。つーか先生も小さい杖とか取り出してんじゃねぇよ。いきなりこんな所でやり合うつもりかよ?

 

「フフフ。一人で居るぼーやが私達に勝てるのか? それとも、学園長やタカミチに助けを求めるか? もっとも、そんな事をするのならまた誰か……そうだな、宮崎のどかでも襲ってやるぞ?」

「う、うわぁ~~~ん」

 

 本当に効果ありすぎだ……。ネギ先生、泣きながらどっか走って行っちまったぞ。

 ってちょっとマテ。いま先生の肩にオコジョがいたよな? もしかしてこの前、麻衣のヤツが言ってた侵入者の妖精か? ひょっとして先生のペットだったのか?

 

(エヴァ。気付いてるか?)

(私を何だと思ってるんだ? あのオコジョは妖精だな。もしかしたらぼーやの助言者になるかもしれん。フフ、面白そうだ。放課後は例のシスター姿で尾行しろ。念のため魔法衣を下に着込んでな)

(あ、あぁ……)

 

 

 

 そして放課後。不本意ではあるものの、これも仕事だと割り切って準備をする。魔法衣の改造セーラー服を着て、コートは羽織らずに、シスター服とヴェールを被って寮の自室から出た。

 

(おい、千雨。聞こえているか?)

(あ、あぁ。どうかしたのか?)

 

 部屋を出るなり突然、エヴァから念話が飛んできた。いつもと違って少し真剣味を含んだ声に、少し緊張して返事をしてしまう。

 

(私は学園長のジジイに呼ばれている。どうやら茶々丸が、ぼーや達に尾行されているようだ)

(分かった、私は空から先生達を尾行する)

(任せたぞ。ぼーやがどうするつもりか分からんが、万が一と言う事もある)

(あぁ……)

 

 まさか、エヴァが居ない隙に茶々丸だけを……なんて事はしねぇよな? とりあえず、人目を避けて飛行媒体の杖に乗って浮上。後は、茶々丸を探して二重尾行だな。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第32話 桜通りの魔法使い(3) 薬の使い方

 飛行媒体の杖に座りながら、地上を見下ろして茶々丸とネギ先生達の様子を監視する。アーティファクトで霧を作って雲に見せかけて、認識阻害と共に周囲を誤魔化して姿を隠している。先生達から見えないようにするのも重要だが、一般人に指を指されても困るから、念には念の入れ様で尾行している。

 

 シスター服の下に魔法衣のセーラー服を着たのは、万が一戦闘になったら困るからだ。結構かさ張るが正体はバレたくないし、認識阻害のメガネのおかげで長谷川千雨じゃなくて、魔法シスターにしか見えない。ていうか、魔法シスターってのもどうかと思うんだがな。

 それにしても誤魔化しだらけだな。相手が一般人じゃないだけに気を病まなくて良いんだが、あまり良い気分じゃねぇな。もちろん、いつもの丸い伊達めがねじゃなくて、切れ長のノンフレームで印象を変えてある。

 

 そのまま尾行をしていると、コンビニで買い物を終えた茶々丸が一人で歩いていた。そしてすぐ側の茂みの中に、ネギ先生と神楽坂。そしてオコジョの姿が見える。そちらに目線を送り、集音の魔法を使って上空から聞き耳を立てると……。

 

「従者の方が一人になった! やっちまおうぜ兄貴!」

「だ、駄目だよ! それに人目につくと不味いよ!」

「ちょっと! これじゃ悪者みたいじゃない。それに、クラスメイトなんだし……」

 

 オイ……。闇討ちかよ。考え方が物騒になってるな。エヴァの脅しが効き過ぎだ。確かにエヴァの脅しは慣れない内はかなりビビるんだがよ。

 それにしてもあのオコジョは随分と煽るな。先生は、若干やる気になってるか? 神楽坂は躊躇ってるみたいだな……。

 

「でも、アンタや長谷川を襲った悪い奴等なんだし、――あら?」

 

 ふーん。随分と神楽坂は正義感があるんだな。だが闇討ちは無しだろ。しょうがない、こっちも動き方を考えておくか……って、何だ?

 

「えーんえーん! ふうせーん!」

 

 子供か? 風船が木に引っかかって、取れなくて泣いてるってわけか。って、茶々丸!?

 

「……どうぞ」

「ありがとー!」

 

 お、お前、一般人の前でジェット噴射とかしてんじゃねぇよ。まぁ、人助けだったから良かったのか? 一瞬子供が怯えてたけど、まぁ泣き止んだし、良かった……のか?

 つーか先生達、呆けてるな。そんなに意外だったか? 悪い奴って思い込んでた相手が、実は良い人でした。何て言うのはよくあるパターンだが、茶々丸の場合は良い人過ぎるからな。

 

 その後も尾行を続けると、茶々丸が足の不自由な老人を背負って階段を上がっていった。それから川に流された子猫を、制服が汚れる事も厭わず、川の中に入って救助する。そうして近所の子供達に懐かれる。なんて行動が続いて行った。この姿だけ見てると、とてもあのエヴァの従者には見えねぇだろうな。

 

「ね、ねぇ! すごく良い人じゃないの! しかも人気者だし!」

「えらい!」

「油断させる罠かもしれねぇですぜ! しっかりしてくれ兄貴!」

 

 それから教会近くの袋小路まで進み、猫や小鳥の餌をあげに行く姿があった。て言うか、これで悪人だったら誰が悪人なんだろうな。

 いや、誰かって聞かれたら、エヴァかフロウって即答してやるけどよ。まぁ、学園長もある意味そうか?

 

「……良い人だ」

「ちょ、ちょっと二人とも! 兄貴は命を狙われたんでしょ!? 今の内に倒しちまわないと!」

「で、でも~」

「うぅ、しょうがないわね」

 

 ここでやる気か。て言うかあのオコジョ酷いな。ネギ先生がエヴァに恐怖心を持ってるのは分かるが、完全に扇動してるじゃねぇか。

 こうなったら……途中で割り込んで、逆にボコるか? でもなぁ。って、あ! もう先生たち突撃してるじゃねぇか!

 

「こんにちは、ネギ先生。神楽坂さん。油断していましたが、お相手はします」

「茶々丸さんあの……。僕を狙うのは止めていただけませんか?」

「申し訳ありません。マスターの命令は絶対ですので」

「うう……」

 

 申し訳なさそうな顔してるけど、結局はやるって事か。結果だけ見たら、残念だけど闇討ちだな。隠れてやるよりはましか? 神楽坂も渋々やるって事か……。

 しょうがねぇ、流石に茶々丸が不利だし、やり方も良い方法とは言えない。様子を見て、間に入って説教した方が良いな。

 

「神楽坂さん、パートナーになりましたか?」

「う、うん……」

「行きます! 契約執行10秒間! 『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜” 』!」

 

 従者への魔力供給か……。これでパートナー確定だな、頑張れよ神楽坂。もう戻れねぇからな。

自分で状況を選べないまま、こっち側に踏み込んじまったのは、いつか後悔する日が来るかもしれねぇぞ? 普通が良かったって言っても、既に契約してたみたいだしな。

 とりあえず、神楽坂の動きがかなり早いな。ネギ先生の魔力のせいか? 素人の割には動きが良いし、茶々丸の動きに付いていってる。それに、機械と魔法で動いてる茶々丸の腕力も上回ってるみたいだな。

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 光の精霊11柱――」

 

 不味いな、茶々丸が神楽坂に集中してる間に、ネギ先生が魔法の射手の準備をしてる。このままだと、確実に茶々丸に魔法が命中する。しかも、十一本か……。一本だけでも大人が吹き飛ばされる威力があるのに、いくら金属の体だからって、それじゃ即死だぞ?

 神楽坂に体勢も崩されてるし、あのタイミングじゃ茶々丸には回避は難しいな。これはもう、間に入るしかねぇ。

 

「――集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 連弾・光の11矢!」

 

 少し、ネギ先生が躊躇うのが見えたけど……結局は魔法を発射か。光の魔法を撃ち出す前にシスター服の間に手を入れて、ウェストポーチから魔法薬を取り出す。

 

「追尾型魔法・至近弾多数……。避け切れません。すみませんマスター。私が動かなくなったらネコの餌を……」

「やっぱり駄目だ! 戻っ――」

「水の楯」

 

 茶々丸に着弾する寸前。上空から魔法薬を落として水の防御魔法を発動させる。それは波状に打ち出された光の矢を全て飲み込んで、水の破裂音と共に霧散した。

 通常は魔法の始動キーから詠唱するところだが、ここで魔法薬を使うのは始動キーを聞かれない様にするためだ。こんな所で正体がバレたくないからな。

 

「「「え!?」」」

 

 破裂した水の楯と光の矢で出来たプリズム状の霧に隠れて、素早く上空から茶々丸の前に降り立つ。内心溜息を吐きつつ、無駄に培われたと思っている演技のスイッチを入れる。

 

「シスター!?」

「だ、誰よあんた!?」

「ネギ先生。そこの女生徒も、一体何をしているのですか? 一生徒を魔法で襲うなんて、しかも今の魔法では命に関わりますよ?」

 

 穏やかに言葉を続けながらも、諭すように強めの口調を交えて話しかける。それと同時に右肘から腕を立て、手の平を空に向けて、多めの魔力を込めた光の矢の待機状態を見せる。

 完璧に脅しのスタイルなんだが、自分がした行動の危険さを少しでも理解してもらえたのなら、助かるんだがな。これで引かなければ、このまま先生達の足元で爆発させるつもりだ。

 

「あ、うぅ……でも……」

「何でいあんたは!? 兄貴の邪魔するってのかい!?」

「こ、こらカモ!」

 

 なんだか気が引けるな……。さっき一瞬、魔法の射手を引き戻そうとするのが見えたんだが、根は優しいって事か?

 そう言えばあのオコジョはカモって名前なのか。どうすっかな……。先生自身でよく考えるように、誘導してみるか?

 

「ネギ先生。先程からそちらのオコジョが、随分と攻撃的な扇動をしているのが見えますね。あなたは教員であり魔法使いです。使い魔の言葉に左右されて自分を見失っていませんか? もう一度良く考えて御覧なさい」

「え……。はい。すみません。茶々丸さんも……」

「いえ……」

「ちょっ! ま、待ってくだせえ兄貴!」

「カモ! あんた黙ってた方が良さそうよ?」

 

 余計な事を言いそうになるカモを神楽坂が押さえつけた。けど、何て言うか、罰の悪そうな顔してるな。やっぱり罪悪感は感じていたんだろうし、駄目だって言って貰える切っ掛けが欲しかったのか? それとも、一応目上の振りをしてるから大人しく聞いているのか?

 

「解ったのならばお戻りなさい。そして、ゆっくりと考えてみる事ですよ、ネギ先生」

「……はい」

「し、失礼します」

 

 そうしてネギ先生たちは複雑な表情をしながらも、大人しく戻っていった。

 

「……すみません千雨さん」

「いま名前で呼ぶな……。まぁ、無事でよかったよ」

「本当ネ。冷や冷やしたヨ」

「ふん、ぼーや達には良い薬になったんじゃないか? 中々良いシスターぶりだったぞ?」

 

 からかう様な口調の超鈴音と、意外にも照れた顔をしたエヴァが物陰から出てきた。

 

「って、お前ら見てたのかよ……。性格悪いな」

「そう言うな。これでも心配はしていたんだぞ? 学園長のジジイめ。わざとこのタイミングで私を呼び出したんだ。計画の確認だそうだが、分かった上でだな」

 

 またあの学園長か。ネギ先生たちは、本当に学園長の手の平で踊らされてるな。

 

「茶々丸。さっきの戦闘と川に入っていた分のメンテをするネ。葉加瀬と見るから一度研究室に来て欲しいヨ」

「はい、超。ではマスター」

「行って来い」

 

 メンテって事は大学か? 葉加瀬も一緒なら工学部の研究室か。

 

「……すまなかったな。もしぼーやが躊躇わなかったら、あのタイミングでは本当に茶々丸が破壊されていたかもしれん」

「なんだよ、アンタらしくも無い。こういう可能性だって有るって分かってたんだろ?」

「ああ……」

 

 うーん、何か調子狂うな。もっとこう怒ってるか、楽しんでるかと思ったんだが……。とりあえず、やる事やったし帰るか。

 けど何つーかこう、ずっとムスッとした顔のまま、無言ってのは辛いぞ? でもなぁ、べらべら喋り捲ってるエヴァってのはそれはそれで逆に怖いからな……。

 

 

 

「千雨ちゃん! 無事で良かった! 超ちゃんから連絡来たんだよ!」

「おう、おかえり。なかなかやってたみたいじゃねぇか。生で見たかったぜ?」

 

 シルヴィアにいきなり抱きつかれ、普段と違って随分と興奮した声をかけられた。

 

「うわ、何だいきなり! てか、修道服だから着膨れして熱いんだよ! 離してくれ!」

「だーめ、心配したんだから。茶々丸ちゃんも帰ってきたら離してあげないよ!」

 

 ちょっと待て! 本当にどうした! こんなシルヴィア見たこと無いぞ!?

 

「まぁ、本当に心配してたんだよ。シルヴィアにとって数少ない愛弟子で契約者だからな。それくらい我慢しろ」

「そ、そうか……」

 

 そうしてその日はされるがままだった。超に連れられて帰ってきた茶々丸がどうなったかは、言うまでもないだろ……?

 

 

 

 その翌日。ネギ先生が随分と慌てた様子で、寮の窓から杖に乗って飛び出して何処かへ飛んで行った。などと聞きたくない類の姿が目撃されていた。

 

「先生、何やってんだ……?」

「学園の認識阻害が有るから良いけど、ああいうのはちょっと止めて欲しいかな? でもどこ行ったんだろうね?」

「何か泣き叫んでたみたいだぜ? 作戦が大分効いてる様だ。このまま人間として成長してくれるとありがたいんだがな」

「成長ねぇ。まぁ根は真面目みたいだし、良く考えてくれれば良いんだが……。逆に凝り固まって変な方向に行くと怖いよな」

「もう締めに入る時期だ。明後日の大停電の時が勝負だぞ? 準備は良いだろうな?」

「あぁ……神楽坂の真似なんて、今回しかやらねぁからな?」

「ヤット出番ダナ! 楽シミダゼ!」

 

 

 

 

 

 

「ねぇネギ? もう大丈夫?」

「はい! もう大丈夫です!」

「えっ? そ、そう?」

 

 さらにその翌日。随分と吹っ切れた顔のネギがそこに居た。明日菜は前日からの変わりぶりを不思議に思いつつ、その変化を若干の不安と共に、好意的に受け止めているようだった。

 そのまま二人で歩いていると、ガヤガヤと賑わいを見せる購買部や学内店舗の姿が見える。

 

「皆さん、どうしたんですか?」

「あれ? 知らないの先生? 今夜の八時から十二時まで停電だよ」

「学園全体のメンテナンスです」

「あらネギ先生。今夜は停電があるから、私達教員は見回りよ」

「あ、そうか職員会議で!」

 

 購買部を見に来ていた生徒や、しずな先生に忘れていた事を指摘され、慌てて予定を確認するネギの姿があった。

 

「アスナさんは準備したんですか?」

「私は早朝バイトが有るから、八時には寝ちゃうわよ」

「分かりました! それじゃ僕は準備に行って来ます!」

 

 ネギは一人分かれて職員室に向かう。そのまま段々と日が沈み、ネギと明日菜の修行計画本番の時間が近づいて来た。

 

 

 

 深夜の麻帆良学園。大停電の夜、懐中電灯を片手に見回りをするネギとカモの姿があった。

 

「停電で真っ暗だね~。こういうのって中々怖いかも。あれ? カモ君どうかした?」

「むむむ……。兄貴、何か変な魔力を感じねぇか?」

「え、えぇ!?」

 

 その声に慌てて周囲を探るが、特におかしい様子を感じなかった。ただの気のせいなんじゃないか。そう思ってカモに声をかけようとした瞬間、突然に闇の中から声が掛けられる。

 

「ネギ……」

 

 ゆっくりと一文字一文字確かめるような重みのある発音だった。普段から聞きなれたはずの声だと分かったものの、なぜかその声にゾクリと身体を震わせる。

 思わず声の方向に振り返り懐中電灯を当てると、所々白いラインとフリルが付いた真っ黒いコートを羽織った明日菜の姿があった。いつもの見慣れた顔で聞き慣れた声。そのはずなのに何かがおかしいと、直感的な声が頭の中に響く。何故か分からないけれども、明日菜の姿に恐怖を感じた。

 

「あれ、アスナさん? 八時には寝ちゃうって……」

 

 既に寝てしまって居るはずの人物に、意図せず普段通りの声と口調で問い掛ける。ネギ自身、その声が若干震えている事にも気付かずに。

 

「俟て兄貴! 何か様子が変だぜ!」

「え、何? どうしたのよネギ? そんな顔して。カモも何言ってんの?」

「あの、アスナ……さん? その服は?」

「兄貴! 明日菜の姐さんから尋常じゃない魔力を感じる! 何かおかしいぜ!」

 

 その言葉を聞くと突然、目の前の明日菜から一切の表情が無くなった。瞳はガラスの様に何も映さず、表情もなく直立した姿に寒気を覚える。

 チリンと、ツインテールを結んでいる鈴特有の高い音だけが、風に吹かれて鳴り響く。闇の中でそれだけが周囲を支配していた。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様が貴様に戦いを申し込む。十分後、学園端の大橋の前で待つ」

 

 しかし、その音を掻き消すように、突然にアスナが抑揚の無い声でそう答えた。普段の姿からのあまりの豹変振りにネギたちは思わず息を呑む。

 

「それじゃ、待ってるわよネギ? 逃げちゃダメだからね?」

 

 そう言うといつもの明日菜の表情に戻り、数10m先へジャンプ。そのまま屋上まで飛び上がり夜の闇の中へ消えていった。

 

「な、なな……!?」

「人間業じゃねぇ……。ありゃ多分、エヴァンジェリンの奴に操られてる! ヤバイぜ兄貴!」

「う、ううう……。カモ君! 僕は大橋に向かうよ!」

「ま、待てって兄貴! 一人じゃ無理だって!」

「でも、やるしかないんだ! アスナさんを、取り戻す!」

 

 決意を瞳に滾らせ、大橋へと一人向かうネギの姿があった。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第33話 桜通りの魔法使い(4) 闇の中の戦い

 ネギ先生の前で宣戦布告をした直後、暗闇に紛れながら学生寮まで移動。そこで神楽坂の部屋を監視する。そのまま暫く――指定した、十分に満たない七~八分ほど――経つまで、先生が本物の神楽坂に接触していない事を確認する。その後は瞬動術を併用して、学園端の大橋まで急いで移動していく。

 

「よう。そっちは準備万端だな」

 

 大橋の側までやってくると、やたら豪華にフリルをあしらった真っ黒いキャミソールワンピースに、吸血鬼らしい漆黒の襤褸のマントに身を包んだエヴァがいた。

 そして付き従うようにメイド服を着た茶々丸と、大事そうに数本のナイフを弄ぶチャチャゼロの姿もある。

 

「当たりまえだ。せっかくのラスボスだからな。お前も気を抜いてボロを出すんじゃないぞ?」

「くっ……。解ったわよ! これで良いんでしょ!?」

 

 すげー嫌なんだが、後からエヴァに八つ当たりされるともっと面倒なんで、仕方が無く神楽坂のものまねのスイッチを入れる。

 それにしてもマジでこれ、いつまでやるんだよ。頼むぞ神楽坂、早く来てくれよ。そして帰らせてくれ。

 

「ヨォ千雨。準備万端ッテカ?」

「……頭の上に乗って、操ってる演出だったわよね? 早くしてよ」

 

 はぁ……。溜息が出るな。

 

 

 

 そして宣戦布告してから十分後。神妙な顔つきのネギ先生がやってきた。

 

「エヴァンジェリンさん! アスナさんを解放してください!」

「何故だ? そう言われてわざわざ自分の手駒を離す馬鹿が居るか?」

「ほらネギ。あんたも馬鹿言ってないで、戦いの準備しなさいよ? 早くしないと殴るわよ?」

「ケケケ、コノ餓鬼ガターゲットダナ」

「あ、あう!?」

 

 殴ると言われると、ネギ先生が無意識に頭を押さえて後ずさった。て言うか、先生って神楽坂に躾られてんのか? 条件反射で頭守るって大丈夫かよ……。

 うん? て言うか、カモとか言うオコジョがいねぇな。どこ行ったんだ?

 

「ねぇネギ。カモはどうしたの?」

「あ、あれ? カモ君どこ行ったんだろう? そ、それよりアスナさん、エヴァンジェリンさんの味方はやめてください! それにその人形は何ですか!? 凄く嫌な魔力を感じます!」

「イヤよ」

「ふん、小動物はどうでも良い。そうだなネギ先生。私の下僕を倒せたら開放してやるよ。悪い条件じゃないだろう? 一対一の勝負だ」

「え!?」

「それじゃぁネギ! 覚悟しなさい」

 

 エヴァの思い付きだと思うが、言われた言葉そのままに行動する。ネギ先生を神楽坂のような勝気な仕草で指を差し、身体に薄く魔力を纏わせ始める。

 さて先生、どこまで頑張れる? まぁ、こっちは私が長谷川だって気づかれなければどうでも良いんだがな。今はまだ、関係者だって気づかれたくねぇし。

 

「ちょっと、アスナさん!?」

「問答無用よ!」

 

 神楽坂、マジで早く来いよ? まさか本当に寝てたりすんのか? 一対一だと、あっさり先生倒しちまうぞ? とりあえず様子見だな。

 軽く脚を開いて体勢を正し、両脇を引き締めてから先生に向かって駆け出す。未だ覚悟の定まらない先生の直前で急停止して、左足を軸足に右足にスピードを乗せて大きく振り上げ、先生の左肩辺りを目掛けて蹴りつける。

 

「う、うわ! 止めて下さいアスナさん!」

「イヤよ! 何であんたの命令聞かなきゃならないのよ!」

「上手ク避ケタジャネェカ!」

 

 ギリギリで避けた先生が、その場で立ち止まり声を上げる。その隙に右足が地に着かないまま左足を振り上げ、空中でバランスを取りながら右を狙って再び薙ぎ払う。

 

「うわぁぁ!?」

「ちょっとネギ! こんなの当たらないでよね!」

「ヨシ! 蹴リ飛バセ!」

 

 今度は右肩に蹴りが当たり、学園側に向かって数m弾き飛ばされていく。攻撃を受けた事で現実を感じたのか、眼が覚めた様な顔つきになった先生が宣言する。

 

「ごめんなさいアスナさん! 必ず僕が元に戻しますから!」

「私は正気よ!」

「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱! 縛鎖となり 敵を捕まえろ 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 ネギ先生の真剣な顔つきから、明らかに騙されている様子で捕縛魔法を唱えてきた。戒めの風矢は、相手の体に実体化した風を巻きつかせて拘束する魔法。通常は胴回りを腕ごと拘束して、アンカーのように地面へと風の矢が突き刺さる。

 その様子を何も知らない神楽坂のように、呆けた様子で無防備に拘束魔法の風を受ける。神楽坂は魔法障壁を使えないから、張らず大人しく立って居ると……。

 

ビシビシビシッ! パキィィィン!

 

 実体化して拘束したはずの風の矢が、そのまま罅割れて、ガラスの様に砕け散った。

 

「え、えぇぇぇー!? な、なんでー!?」

「残念だったわねーネギ。私そういうの効かないみたいよ」

 

 て言うのは勿論嘘なんだがな。伊達に金がかかった魔法防御力の高い服を着てねーよ。エヴァの一撃ならともかく、神楽坂を傷つけたくなくて魔力が十分に入ってない先生の魔法じゃ、この服の防御力を超えられねぇな。

 つーか神楽坂の能力をこっそり説明してんだが、後々でも気付いてちゃんと活かしてやれよ先生? じゃねぇと、こっち側に巻き込んだままどうなるか分かんねぇぞ。

 

「兄貴ー! その姐さんは偽者だぜーー!」

「コラーー! アンタ達、何やってんのよー!」

 

 驚きで若干パニック気味になってネギ先生を余所に、学園側からカモを連れた神楽坂が走ってくる。先生の側に居なかったカモは、神楽坂を呼び出しに行ってたみたいだな。それにしてもやっと来たか……。って制服? まぁ流石にパジャマって訳にはいかねぇか。

 

「誰よアンタ! なんで私の真似してんのよ!?」

 

 走ってきた神楽坂は、そっくりに化けた私の顔を見ると、驚いた表情をしてから偽者と決め付けて捲くし立ててきた。

 神楽坂の非難の言葉に作戦成功の一端を感じて、より場を混乱させる為の台詞を口にする。まぁ、決められてた通りなんだが、ちょっと気が引けるよな。

 

「うわ、何これ!? わ、私が居る!? どう言う事よ!」

「あ、アスナさんが二人!?」

 

 さて先生。これで全員揃ったんだが、どうすんだ?

 

「兄貴! こっちの姐さんが本物ですぜ! 寮で寝ていた姐さんを連れてきたんだからな!」

「え、えぇ!? じゃあ、この人は一体!?」

「ホントにあんた誰よ!? 似過ぎて気持ち悪いんだけど!」

「あんたこそ誰よ! 私の振りしないでよね!」

「あ、兄貴! こうなったら仮契約だ! 本物なら名前がちゃんとカードに出てくるぜ!」

 

 おいマテそこのオコジョ。先生は正式に仮契約を結んでなかったのか? あの時はどうやって契約執行したんだよ。なんか無理やり術式組んでたのか?

 

「えぇ!? だってそれって!」

「カモ君!?」

「いくぜ! オコジョフラーッシュ!」

 

 カモはどこからかマグネシウムリボンとライターを取り出して、オコジョの魔法なのか何か知らないが、普通に火を付けるよりも遥かに強烈な光を放ってきた。

 

「うっ!?」

 

(気を付けろ千雨! 神楽坂明日菜の一撃は入れられるな! 幻術が解かれるぞ!)

(分かってる、バレてたまるか! って、居ない? どこだ!?)

 

 周囲を探すと、大橋の主塔の影から仮契約の魔力と魔法陣の光が漏れてきた。なるほどな、正式にやっちまったか。

 これで本格的に魔法使いデビューだな、神楽坂。まぁ、今更って感じもするが。

 

「ふふっ、出てきたか。どうしたぼーや。これで安心したか?」

「うぐ……」

「気にすんな兄貴!」

「何言ってんのよ! 偽者なんて使って! アンタ本当に誰よ!」

「アンタこそ誰よ! そっちが偽者なんじゃないの!?」

「さて、それでは私も手を出すとするか? 茶々丸はそこで待機だ。やるぞ神楽坂明日菜」

「了解しました。マスター」

「あんた達! 覚悟してよね!」

「ケケケ! 楽シミダナ!」

 

 エヴァに言われるまま神楽坂の振りを続ける。それを見たネギ先生たちは、若干恐怖を感じたのか、青い顔をしてこちらの顔色を観察しているようだった。

 

「う……。まだ私の真似するの!?」

「エヴァンジェリンさん。その人は本当に誰なんですか?」

「さあな? 力尽くで聞き出してみたらどうだ? もっとも、それが出来ればだがな」

 

 ここに来てさらに挑発かよ。本当に性格悪いな……。まぁ、それに乗っかってる私も人の事言えねぇか。悪いな神楽坂。お前の一撃を貰うわけにはいけないから、それなりに本気で行かせてもらう。

 

「行くぞ? 本気で来いネギ・スプリングフィールド! やれ、我が下僕共よ!」

「行くわよネギ!」

「契約執行90秒間! 『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜”』!」

「あ、ちょっと! い、行くわよネギ!」

「ラス・テル マ・ステル マギステル――」

「リク・ラク ラ・ラック ライラック――」

 

 ネギ先生が契約執行を行っている隙に精神を集中して、まだ完全じゃないが咸卦法を発動する。やり過ぎかもしれないが、神楽坂の一撃を受けると予想外の効果が出るかもしれない。

 私の咸卦法はフロウや高畑先生が使うものに比べたら大した事は無いが、神楽坂に攻撃されれば幻術が解かれる。だからこそ魔力供給の身体強化よりも、もっとスピードを上げられる咸卦法を使う。

 そして神楽坂に魔力が供給された事を確認すると、神楽坂に向かって一気に駆け出し、左足で横凪の一撃を入れる。

 

「うひゃ!?」

 

 蹴りの風圧で吹き飛ぶか、上手く避けるかと思っていたが、驚いた事に変な悲鳴を上げつつも右腕で左脚を捌いて受け止められた。その事に動揺して一瞬無防備な姿勢を晒す。神楽坂からの一撃を警戒して身体が固まって居ると……。

 

「ケケケ! 隙ダラケダ!」

「え!? 嘘でしょ!?」

 

 頭の上から突如チャチャゼロが飛び降りて、ナイフを持って神楽坂に襲い掛かった。本物の刃物にさすがに逃げの態勢を取るが、刃の部分をフェイントにナイフの柄の頭でおでこを叩きつける。

 

「あたたたたっ!?」

「良ーシ! ソノママ動クジャネーゾ!」

「イヤよー!」

 

 嬉々とした顔のチャチャゼロと鈍く光るナイフを見て、神楽坂が涙目になりながら後方へ逃げだした。そして、そのタイミングでエヴァとネギ先生と魔法が完成する。

 

「――氷の精霊17柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 氷の17矢!」

「――雷の精霊17柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 雷の17矢!」

 

 互いに同種異属性の魔法を放ち、火花を散らしながら相殺し合うが……。

 

「ふははは、なかなか良いぞ! だが、詠唱が遅い! それにその威力ではとても勝ち目が無いぞ?」

「うく……! ラス・テル マ・ステル マギステル――」

「リク・ラク ラ・ラック ライラック――」

「ね、ネギ!」

「ねぇちょっと! アンタはネギの心配してる場合? 偽者さん?」

「えっ? あ、ちょっ、嘘!?」

 

 動揺と驚きを誘った隙に、逃げた神楽坂の足を払って大橋に押し付けて組み敷く。コートの下のポウェストーチからロープを取り出し、気や魔法を使うと恐らく解除されるのでそのまま縛り、背中を合気道の要領を交えながら押さえつける。

 さらにチャチャゼロが、神楽坂の目前に数本のナイフをわざとらしく落下させて、動かない様に釘を刺す。

 

「動クナヨ? ブツ斬リニ、シチマウゼ。ケケケケ」

「えぇ!? ヤダ!? ちょっと待って!」

「あ、アスナさん!? くっ……! ――来れ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐 雷の暴風!」

「さぁどうするぼーや? 行くぞ? ――来たれ氷精 闇の精 闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪 闇の吹雪!」

 

 ネギ先生の周りに雷と風の精霊が集まると、激しく火花を上げながら雷と風が吹き荒れる。それらは収束して螺旋を描き、エヴァを目掛けて一直線に放たれた。

 それに対してエヴァの周りには氷と闇の精霊が集まり、吹雪と闇の渦が、ネギ先生の魔法を目掛けて一直線に放たれた。

 二人の魔法が空中でぶつかり合い、激しい雷と吹雪を撒き散らしながら、強烈な閃光が周囲を支配していた。

 

「う、うぐぐぐ……」

「どうしたぼーや? その程度か?」

「う、うわぁぁぁぁ!?」

「ね、ネギー!?」

 

 打ち合った魔法が晴れた後、半ば氷付けになったネギ先生が座り込んでいた。

 

「はぁ……。はぁ……」

「ほう、耐え切ったか。だが次で終わりだな。私の氷の中で長い眠りにでも付くが良い。覚悟は良いかぼーや?」

「ダ、ダメ! ネギ! ネギィー!」

「動いちゃダメよ」

 

 組み敷く神楽坂を地面に押し付けながら、呆れた気持ちでエヴァに視線を送る。て言うかオイ。そろそろやり過ぎじゃねぇか? ネギ先生マジで死ぬぞ? 止めた方が良いのか? つーか神楽坂の必死な表情がキツイな。

 

「ふぉっふぉっふぉ。まぁそれくらいにしてくれんかのう?」

「何だジジイ。これからだというのに」

「「学園長!?」」

「大丈夫かい? ネギ君」

「た、タカミチ!? ど、どう言う事!?」

「えぇ!? 高畑先生!?」

 

 ここでネタばらしか。て言うか学園長たちが痺れを切らしたか? 流石にこの状況はなぁ。とりあえず、先生を解凍しないとマズイよな? 神楽坂は……。まぁ、高畑先生が何とかするだろう。”神楽坂明日菜”に宥められるよりよっぽどましだろうからな。

 

 神楽坂にかける圧力を緩めて立ち上がる。一瞬、神楽坂に視線を送ると安心してから、意味が分からないといった感じの表情が見て取れた。まぁ、悪いが無視させてもらう。

 そのままネギ先生の側まで歩いていき、ウェストポーチから解凍用の魔法薬を取り出す。こっちも戸惑った顔をしているが、気にせずに声のトーンを落として、無表情で話しかける。

 

「……ネギ先生。解凍薬です。振りかけますよ」

「え? あ、は、はい……」

 

 未だ困惑した表情のままだったが、魔法薬をかけるとエヴァの氷魔法が全て溶け、何事も無かったかの様にネギ先生が復活した。

 

「……終わったみたいなので、私は失礼します。それでは」

 

 誰も引き止めないので、そのままバレない内に学園の方へ跳び跳ねて物陰に隠れる。そして集音の魔法でエヴァたちの様子を探り始める。

 

「あ、あの、エヴァンジェリンさん。どう言う事ですか? それにあの人は、誰だったんです?」

「全部茶番だよ。このジジイがぼーやを鍛えて欲しいって依頼してきてな。吸血鬼である私に白羽の矢が立った。さっきの偽者は学園に居る魔法使いだ。幻術で変装していただけだからな。詮索はするなよ?」

「ふぉっふぉっふぉ。ネギ君も明日菜君も良い経験になったんじゃないかの? 魔法の世界に関わる事の厳しさ。実力の無さが招く危険。こちら側に居る者は誰でもぶつかる壁じゃ。それが早いか、遅いか、じゃがの」

 

 魔法に関わる事、知ってしまう事の危険。今回は味方が肉体的・精神的にも成長を促す為にやった事だから良かったものの、もし本当に危険な相手だったら巻き込まれた明日菜は本当に洗脳されていたかもしれないと言う事。

 そして実力が伴わない場合はいかに正義を掲げても無力である事。先日の茶々丸への襲撃も含めて、諭すような口調で説明しているようだった。

 

「あ、あの高畑先生も……。その、魔法使い、なんですか?」

 

 目の前の高畑先生の姿に我慢が出来なかったのか、神楽坂は話を聞きながらもロープの拘束を解く高畑先生に向かって不安そうに問いかける。

 

「そうだね……。まさかネギ君がやってきた初日から魔法がばれるとは思ってなかったんだ。アスナ君。すまない事をしたね」

「え!? いえ、私ならぜんぜん大丈夫です! ハイ!」

「そ、そうかい?」

「ふぉっふぉ。じゃがの明日菜君。これからも魔法に関わり続けるならそれなりの覚悟が必要になるぞい? 良く考えて決めて欲しいのう。ネギ君もこれからもっと頑張らんといかん」

「「ハイ……!」」

 

 何か上手いこと言ってまとめてやがる。既に巻き込でるのにひでぇな。……こういう時は『管理者』側に居るのがツライな。まぁ色々教えてやっても良いんだが、シルヴィア達の足を引っ張る結果にはしたくねぇし……。くそ、ジレンマだな。

 

「おいジジイ。私はもう帰るからな? 行くぞ茶々丸! チャチャゼロ!」

「はい、マスター。ネギ先生、神楽坂さん、失礼します」

「ナカナカ楽シカッタゼ。今度ハブツ斬リダナ」

「は、はい。さようなら……」

「イヤよ! 誰が好き好んで斬られたりするのよ!」

 

 帰る言葉を確認してから、闇の中で幻術が掛かった鈴の髪留めとウィッグを外す。夜風に吹かれる神楽坂より短い髪を摘まみ上げて、自分の姿に戻った事に安堵した。

 そして岐路に着いたエヴァと合流して家に向かい、そこで打ち上げ会の様に遅めの夕食を取った。高々に笑うエヴァの姿もあってか、それはある種3-Aの馬鹿騒ぎの様だった。こうしてネギ先生たちにとってのイジメ、もとい修行という名の長い停電の夜は終わりを迎えた。




 次回からは修学旅行編です。
 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。
 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。


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第34話 修学旅行の準備(上)

 上下編です。話の構成上、下編が短めになりました。


「こんにちは詠春さん」

「お久しぶりです、シルヴィアさん。フロウさん」

「よぉ、元気にしてたか?」

 

 目の前で柔らかな笑顔を見せてくれる壮年の男性は近衛詠春さん。修学旅行の下見にやってきた私達を関西呪術教会の人はすんなりと受け入れてくれたけれど、これは詠春さんの知人だって事と関東魔法協会に私達が所属していないからだね。

 詠春さんは神鳴流剣術の宗家、青山家の出だけれど、二十年前の魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫での戦争に紅き翼≪アラルブラ≫として参加した後は近衛家の入り婿になっていた。もちろん呪術の近衛家だから中々大変だったと思うんだけどね。学園長とは義理の親子だし、娘の木乃香ちゃんを東に預けているから、苦労も耐えなさそうなんだよね……。

 

 それはともかく京都の本山にやって来た最大の理由は、修学旅行の前に関西とのトラブルを避けるための前交渉。私達が把握している原作知識のおかげで修学旅行中にトラブルが起きる事が分かっているから、現在の関西の長である詠春さんにある程度の融通をお願いしに来ている。

 

「それで今回の件、私としては問題無いのですが……。木乃香が”帰ってくる”と言う事で、下の者の中には少々やっかみを言う輩が居ましてね」

「まぁそうだろうな。京都の大御所のお嬢様が関東の学校に通ってるんだ。面白く無い顔をする奴も居るだろう。いくら麻帆良のトップが近衛とは言え、関東魔法協会のトップでもあるし、魔法使い人間界日本支部のトップでもある」

 

 木乃香ちゃんは近衛家の一人娘だし、魔法使い――近衛家としては陰陽師かな――の後継者のはずなのに、東で何も知らないまま育てられているのは面白くないと思うんだよね。どういう理由で麻帆良に通っているのか知らないけど、きっと学園長が何かをしたんだろうね。

 学園長は本当に口が上手いし、実際日本の魔法関係組織のほとんどに顔が聞くみたい。本当に何をしたんだろうね? 権力に固執しても良い事は無いと思うんだけどなぁ。

 

 何はともあれ木乃香ちゃんの事はあるけど、修学旅行の行き先は京都に決定済み。詠春さんに麻帆良の学園関係者の来訪について融通してもらう他に、生徒達の安全の為にもいざこざを起こさないで貰いたいんだよね。

 フロウくんの言葉を借りたら、先手を打ちに来たって感じかな~。

 

「義父の事はともかく、万が一と言う事もあるので木乃香には護衛を付けていますよ」

「護衛ってアイツか? 竹刀袋持って影から見てるだけのヤツか」

 

 たしか刹那ちゃんの事だよね? いつもなんだか遠慮してるみたいで、木乃香ちゃんが寂しそうにしてたんだよねぇ。同じ京都出身なんだし話は合うと思うんだけど、木乃香ちゃんが近付いてくると逃げちゃうんだよね。

 

「あえてぶっちゃけるが、役立たずだぜ? あれじゃ千雨でも木乃香を攫えるぞ?」

「長谷川千雨さんでしたね。お弟子さんに取られたと聞いていますが、聞いた所では魔法使い型と言う事ですし、剣士の刹那君とは相性が悪いのでは?」

「千雨ちゃんはナギさんやラカンさんレベルを仮想敵にして訓練をしてるの。何があるか分からないって意味でね。タカミチくんでも千雨ちゃんに圧勝出来るか怪しいと思うよ?」

「なんと……。そこまで育てましたか。これは刹那君もうかうか出来ませんね」

 

 タカミチくんの場合は呪文の詠唱が体質的に出来ないから、どうしても相性の問題があるんだよね。千雨ちゃんは魔法主体だけど遠近両用タイプでもあるから、距離を取って質量戦になればタカミチくんと応戦し続けられる。それにアーティファクトで魔力供給が出来る強みもある。

 それにしても、これから大事が起きていく事を知っている私達としては、A組の中で魔法に関係がある木乃香ちゃんとその護衛の刹那ちゃんは放って置いて良いって思えないんだよねぇ。

 

(そうだ、フロウくん。どうせなら詠春さんに未来予測と事情を説明しちゃう? 学園関係者とは一線を引いている人なんだし?)

(話すなら刹那だろう? あいつ護衛って言うか、近くに居るだけで満足して終わってるぜ? そうだな、一度千雨をけしかけてみるか?)

(そ、それはちょっと違うんじゃないかな?)

 

「実際はどれほど育ちましたか? タカミチくんは魔法が苦手ですし……」

「え? えぇと、個人で戦略規模の大魔法も使えるし、魔法の射手なら集中出来れば千矢の制御も出来るかな? それから咸卦法も取り入れて始めて、体術も反射で対応出来るレベルかなぁ」

「こらシルヴィア。手の内を明かしすぎるな。とりあえず切り札は色々有るって所だ」

「なるほど……。もし良ければですが、一度刹那君と手合わせ出来ませんか?」

「詠春。お前、千雨をけしかけろって言ってるのか?」

 

 え、ちょっとフロウくん? なんでそんな黒い顔付きになってるの? それにいつの間に話がそういう方向に? それだと刹那ちゃんが自信なくしちゃうんじゃないかな~。

 刹那ちゃんはタカミチくんレベルじゃないんだし、千雨ちゃんと一対一だったら魔法の火力と一介の剣士の差はかなり大きいと思うよ? おかしいなぁ、修学旅行の下見といざこざを起こさないようにするために来たはずなんだけど?

 

「ねぇフロウくん。私達は修学旅行の下見に来たんだよ? 何だか話がおかしくなってない? こっちでトラブルが起きたりしないか、何かあった時の対処の話だよね?」

「…………気づかれたか」

「『気づかれたか』じゃないよ! 話しすり替わってるじゃない!」

「それでもお願いしますよ。こちらはこちらで準備はしますが、確かに刹那君には良い試練になるかもしれません」

「え、そう言うなら、話してみるけど……」

 

 うーん。でもまぁ夏は近づいてるからねぇ。今のままだと木乃香ちゃんは何も知らないまま巻き込まれる可能性が高いよね。ってフロウくんてばそんなに嬉しそうな顔してないで、ちょっとは危機感覚えようよ。何か私一人で心配ばかりしてない?

 

「あとは木乃香だ。京都での立ち位置は気をつけろよ? 何かあれば確実に魔法の事を知るぜ? 教えない方針らしいが、ナギの息子はあんだけ英雄妄想者たちに信望されてるんだ。それが分かってるからの護衛なんだろう? このまま教えなくて良いのか?」

「出来れば木乃香には普通の生活を送らせてあげたいのですが……」

「でも学園長は、木乃香ちゃんにはおいおいばらすって言っていたよ?」

「義父がそんな事を……?」

「木乃香が自分でどうするか決めたら、下の奴らだって態度をハッキリするんじゃないのか? 英雄の娘で長の娘でもあるんだ、もういい加減知らないじゃ済まない歳だろう?」

 

 ただでさえ同じ部屋に住んでる明日菜ちゃんには魔法がばれてるからね。そのまま引きずられる可能性も高いし、学園長はばらす気満々だし。それに立場が有る家なんだし、知っていて関わるのと関わらないって宣言するんじゃぜんぜん違うからね。

 ここはちゃんと教えた上で、木乃香ちゃんがどうするかきちんと決める。詠春さんはそう決めたって事で良いんだよね? どっち道巻き込まれる可能性が高いと思うから、今の内に経験は詰ませてあげたい所なんだよね。

 

「わかりました。修学旅行での事を見てはっきりと決めたいと思います」

「……手遅れにならないと良いな?」

「対策は練ります。木乃香がどう決めても良い様に対応もする事にします」

「確認のため聞くけど、それは木乃香ちゃんに教えても良いってかな?」

「……そうですね。よろしくお願いします」

 

 詠春さんは苦渋の決断だっただろうね。でも、木乃香ちゃんの立場がそれを許さないって本当は分かっているはず。だからこそ苦い顔だったけれど、これからの方針を明確にしないといけなかったと思う。

 

 関西呪術教会の本山を後にした私達は、千雨ちゃんに連絡を取って、適度に刹那ちゃんを刺激してもらう事にした。それから学園長には詠春さんからの依頼で一騒動が有るからと電話をして了解を貰い、京都での下見を終えて学園に戻る事にした。

 もちろん私達は学園の魔法関係者や一般の先生とは別々の行動で、麻帆良の影の代表みたいなものかな。下手に学園長に任せたら、詠春さんに電話一本で済ませそうだからね……。それにこちらで対策もしたかったし、一般の先生の下見と一緒にここに来るわけには行かないよね。

 

 

 

 

 

 

「なんだぼーや。こんな所で何をしている?」

「あ、エヴァンジェリンさん。こ、こんにちは。えぇと、その、先日はありがとうございました。それでその……。父さんの事なんですけど」

 

 シルヴィア達が京都で詠春と交渉を行っていた頃、ネギは偶然立ち寄ったカフェチェーン店でエヴァ達と出会っていた。

 先日、学園長の依頼によって魔法の世界の厳しさを教えられた事で、ネギはエヴァに感謝の念を覚えていた。しかし氷付けにされかけた恐怖は未だ色濃いもので、発した声には若干の怯えを隠せないで居た。

 

「サウザンドマスター、ナギの事か? しかしぼーやは私に負けたんだがな?」

「え~。良いじゃないエヴァちゃん。それくらい教えてくれても」

「何でだ。と言うか神楽坂明日菜。そんなに気安く話しかけられる仲になった覚えは無いぞ?」

「え~。良いじゃないお姉ちゃん。それくらい教えてあげようよ~」

「うぐ、アンジェがそう言うなら……」

「あ、貴女は、アンジェリカ……マクダウェルさん?」

 

 ネギは今まで、エヴァの存在感に隠れた少女を気に留めていなかった。意識出来なかったと言っても良い。もう一人の少女は彼女と瓜二つで、若干髪の色や目付きが違うだけの少女だった。慌てて出席簿を確認してファミリーネーム見ると、ネギは一瞬だが顔色を青くして慄いてしまった。

 

「貴様……。アンジェに手を出そうと思うなよ? 出したらどうなるか分かっているんだろうな!?」

「お姉ちゃん目が光ってるよ? 落ち着いて、落ち着いて~」

「えっと、もしかしなくても双子よね? そっくりだし。ねぇ、ひょっとして」

「アンジェも真祖だがそれがどうした? だからと言って変な気は起こすなよ?」

「大丈夫です! クラスメイトの皆さんは僕が守って見せます!」

「だからそれが変な気だと言っているのだ! アンジェなら私が守る!」

 

 エヴァは怒気を含んだ眼でネギを凄むと、彼の襟首をがくがくと揺すって脅し始める。まるで理不尽なその行為にネギは堪らず悲鳴を上げてしまった。しかしながらアンジェと茶々丸は、微笑ましいものを見るかの様な視線で二人を見つめていた。

 明日菜は先日のエヴァの恐ろしい姿のイメージが強く、まるでただの駄々っ子の様なエヴァの姿を不思議に思い、堪らず茶々丸に疑問の声を投げかけた。

 

「ね、ねぇエヴァちゃんっていつもこうなの?」

「マスターとアンジェ様の事なら概ねそうかと思いますが」

「ふん、まぁ良い。あのバカの事なら京都にでも行ってみろ。奴の別荘がそこにあったはずだ。今はどうなってるか知らんがな。後の事は聞くな」

「それならちょうど良いじゃん。今度の修学旅行って京都なんだし」

「え、本当ですか!?」

 

 茶々丸の冷静な声に我を取り戻したエヴァは、ナギについて僅かながらの情報をネギに与える。さらに、明日菜から修学旅行が京都だという情報と相まって、大いにはしゃぎ出すネギだった。

 

 

 

 その後、ネギは修学旅行の打ち合わせと言う名目で学園長室に呼び出されていた。けれども、学園長の口から修学旅行は中止と宣言されてしまい、目に見えて落ち込むネギの姿があった。

 

「まぁ、待ちなさい。まだ中止と決まっておらん。問題は、京都を中心とした魔法組織『関西呪術協会』じゃ。あちらがかなり嫌がっておるんじゃよ」

「か、関西呪術協会!?」

「うむ。ワシは関東魔法協会の理事も担当しておっての、今年は魔法使いがいる事にあちらが難色を示して――」

「ぼ、僕のせいですか!?」

「待て待て、最後まで聞きなさい。ワシとて西と喧嘩せずに仲良くしたい。それでじゃ、ネギ君にこの親書を持って京都へ行って欲しい」

 

 だがそこで「しかし」と続けてから、過激な妨害工作が有るかもしれないと言い出した。一般人が居るものの何をされるか分からないとも。その事に不安な顔になるネギだが、大きな仕事を任せられた事に晴れやかな笑顔で任せて欲しいと答えた。ネギの顔付きには、エヴァ達との一戦でどこかしら成長した様子があった。

 

「良い顔をするようになったの。ところで木乃香には魔法はばれておらんのじゃろう? 親の方針での、魔法は出来る限りばれんように頼むぞい」

「はい。分かりました」

「それでは。頼んだぞいネギ君」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 一応これも仕事なんだよな。何つーか、私がこういう人に教える様な事すんのも変な感じなんだけどよ。シルヴィア達からちゃんと頼まれた話だし、修学旅行先の偉い人から事前にやっておいて貰わないと困るって事なら、別に悪い事じゃねぇんだよな。

 とりあえず桜咲を追いかけて、放課後に一人で帰るところまで待ってみたけどよ……。確かに近衛の護衛をちゃんとしてるって感じじゃねぇな。とりあえず言われた通りに警告してみるか。

 

「よう、桜咲。ちょっと良いか?」

「……長谷川さん? 珍しいですね。貴女が話しかけてくるなんて」

 

 一瞬険しい顔付きをしたけど、私を見て一般人の対応にしたってところか。さすがに尾行には気付いてたんだろうから、それなりの対応のはずだよな。

 けど私がずっと魔法使いなのを隠して一般人の振りしてたからなのか? 尾行してた相手を直ぐに一般人だと思い込んで受け入れるってのはどうなんだ? エヴァだったら即効で縛り上げそうだよな。

 

 とりあえず揉め事を起こす許可も取ってるし、夕方だから目立たないって事で、始めるか。桜咲を正面に見据えたまま、ウェストポーチに指先を入れて魔法薬を取り出す準備をする。

 

「今度の修学旅行でさ、京都行くだろ?」

「ええそうですね。それがどうかしましたか?」

 

 とりあえず普通に話しかけたけど、”京都”って単語に一瞬だけ桜咲が反応した感じだな。表情も強張った気がするし、もう一言ってところか。

 

「……京都神鳴流」

 

 これでどう反応する……? 呟く程度の小さな声だが、桜咲には聞こえたみたいだな。桜咲の目が鋭く細められて一気に警戒してきたし、流石にこの辺りを口にしたら魔法関係者だってハッキリばれるか?

 

「何故、その名を?  貴女は何者ですか?」

「さぁな? 何者だったら気が済むんだ? 私が敵だったらどうする?」

 

 警戒から警告に切り替わったな。私が敵って言った瞬間に、背負っていた竹刀袋から野太刀を引き抜き抜刀。そのまま剣先をこちらに向けて構えを取ってきた。

 

「答えろ。貴様はお嬢様を狙う敵か?」

「だから敵だったらどうするんだって聞いただろ?」

 

 護衛ってこの時点で近衛の所に行かないとマズイんじゃねぇのか? それとも私一人を何とかすれば終わるって考えたのか?

 まぁなんだな、こうやって近衛に近付かない状態だから依頼されたって訳か。これを叩き直せって? あんまり無茶言うなよ。本人同士の問題だろ?

 

 そうは思いつつも隠していた魔力を開放する。体の表面を魔力で薄く覆って、桜咲に対して殺気を向け始める。

 

「――っ! 御免!」

 

 殺気を感じてから刀の峰で胴を払いに来る。けれども、その横薙ぎの一撃を余裕で持って避ける。続け様の追撃に警戒したが、桜咲はそのまま基本の構えに戻った。

 その隙にポーチから魔法薬を二つ取り出して中身を周囲に振りまく。それを媒体に人払いと、魔力が周囲に漏れない様にするため結界を張った。

 

「長谷川さん。貴女は本当に何者ですか? 貴女は一般人にしか見えなかった。それなのに今はこうして対面しているだけで威圧感がある。それにその魔力、本当に貴女は長谷川さんですか?」

「行くぞ桜咲……。エゴ・ルク プルウィア ファートゥム――」

 

 流石に魔法の始動キーを聞けば警戒するよな? 桜咲は距離を取ろうと後ろに下がり始めたがそれは想定済み。必要なのはコイツに今の自分の状態を解らせる事だ。だからこそこの場に拘束する魔法を唱える。

 

「――逆巻け春の嵐 我らに風の加護を 風花旋風 風障壁!」

「これはっ!?」

 

 魔法を唱えた瞬間、私自身を中心にして周囲数mを竜巻状の風の壁が包み込んだ。この魔法は本当なら敵からの防御用なんだが、相手を限定空間に拘束するって意味じゃかなり強力だよな。数分程度で切れちまうが、もう詰みに入ってるぞ? 大丈夫か桜咲?

 

「桜咲、これで近衛の所に行けなくなったぞ? お前はそれで良いのか?」

「何が目的だ? お嬢様を狙うならこのままで済むと思うな? 刺し違えても一撃を――」

「馬鹿野郎。お前の眼を覚ませって依頼を受けたんだよ」

「な、い、依頼だと!?」

 

 そうだと頷いてから私が桜咲を襲った理由を説明する。それにある程度の情報は出して良いって言われてるから、今後魔法がらみの大きな事件も予見されてる事を伝える。そして近衛が盛大に巻き込まれる可能性が高いって事も。

 

「今回の事は、西の長の近衛詠春って人から許可を貰ってる。近衛を遠くから眺めてるだけで満足らしいが、今この瞬間にも本物の敵がやって来たらアンタどうすんだ?」

「し、しかし、私の様な卑しい身分の者がお嬢様と……」

 

 身分ねぇ。その手のが難しい問題だってのは分かるんだが、生憎そんな生まれじゃねぇから理解しきれねぇな。まぁ、桜咲なりに悩んでるって事か。

 

「悪いがそこは私の知った事じゃねぇな。西の長って人が何のためにあんたを近衛に付けてるんだ? そういうの気にする人だったら初めから別の奴を付けてるんじゃねぇのか?」

「なっ!? いや、しかし!」

「しかしも何も無いだろ? 遠慮して離れて見てて、その結果近衛が死にました。それで満足かよ?」

「う……」

 

 まぁなんだ。今の言い方もどうかと思うんだが、私がこちら側に足を突っ込むきっかけが死にかけた事だしなぁ。

 

「西の長は今回の修学旅行で、近衛自身に対してどうするか見極めるとよ。長の娘ってだけじゃなく、英雄の娘でもって意味だそうだ。気を張って行った方が良いぜ? あぁ、それから私に期待をするな。基本的に私の師に言われるか、依頼が来ない限りサービスは無いからな? ちゃんと近衛と話ししておけよ」

「……はい。すみません長谷川さん。一つだけ確認させてください」

「なんだ?」

「長谷川さんは、お嬢様の敵になる依頼を受ける可能性はありますか?」

 

 あぁ、なるほど。確かに依頼で動くって言われたら、何でも屋みたいに聞こえるか? そうは言っても基本的にシルヴィア達は学園の生徒を一般人も含めて守る方向で考えてるから、まずそういう依頼は受けねぇだろ。でもまぁ、正直に言わない方がここは良いのか?

 

「多分、可能性は低い。どちらかと言えばネギ先生に気を付けろ。学園長の手の上で踊らされてるぜ? しかも寮の同室の神楽坂は従者契約しちまってる。契約するとタロットカードみたいな仮契約のカードが手に入る。近衛はああいう占いアイテム系に目が無かった筈だよな? 悪知恵の利く使い魔も居る。先生に従者契約でも結ばれたら問題があるんじゃねぇのか?」

「そうですか……。ありがとうございます!」

「あ、あぁ……」

 

 ちょっとマテ。何か随分と晴れやかな笑顔してるんだが、大丈夫かこいつ? さわやか系ってやつか。ダメだな、悪いけどこういうのは慣れねぇよ。

 

「それじゃ用は済んだから私は帰るぞ! ……頑張れよ」

「はい!」




 2012年10月3日(水) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第35話 修学旅行の準備(下)

 下編は少し短めです。


 桜咲に突っ掛かった翌日。第三保健室へ向かおうとすると、普段はあまり人が通らない場所にもかかわらず聞き覚えがある話し声が聞こえてきた。

 耳を済ませて聞いてみると、多分二人分の声。声質からして女子っていうか間違いなく片方は桜咲だな。そうするともう一人は近衛か?

 

「なぁせっちゃん、こんな事してええの?」

「……良くはありませんが、私にも分からないので」

「もう、せっちゃん。敬語はアカンて言うたやん」

「す、すみませんお嬢様」

「ほらまた言うとるー」

 

 あいつらあれで尾行してるのかよ……。バレバレなんだがどうしたら良いんだよ。シルヴィアの所に行く前に、何の用か確認した方が良いのか?

 しかし桜咲が近衛とちゃんと話してるって事は、もしかしてきちんと護衛だって話したのか? それとも魔法関係までバラしたのか? て言うかこのままずっと尾行されててもなぁ。しょうがねぇ声かけるか……。

 

「はぁ……。バレてるんだがな。用があるならちゃんと言えよ」

「せ、せっちゃんバレとるで!」

「やはりバレてましたか。すみません長谷川さん、単刀直入にお聞きします。貴女の師とは一体どなたですか?」

「あのな、簡単に言うと思うのか?」

「あ、あの、ごめんな千雨ちゃん。ウチがどうしても聞きたかったんよ」

 

 近衛が? って事は本当に話をしたのか。でもなぁ、話すってなると近衛は学園長から魔法関係を教えるのを口止めされてるんじゃなかったのか?

 けど桜咲がそんだけ早く教えたって事は、昨日の行動がそれだけ堪えたって事か? それとも今後がヤバそうだから、自分がもっとちゃんとしないといけないって自覚したって事か?

 

 このまま保健室まで連れて行っても良いのか分かんねぇし、とりあえず一度シルヴィアに念話で相談してみるか。

 

(シルヴィア、聞こえるか?)

(千雨ちゃん? どうかしたの?)

(その、桜咲の事なんだけど――)

 

 昨日の今日で、桜咲が近衛に魔法の事を教えたって事。それから近衛が私の師、つまりはシルヴィアに魔法関係者として話がしたいって事を伝える。

 

(そっかぁ。じゃぁ千雨ちゃん、二人とも保健室に連れてきてくれるかな?)

(良いのか? 学園関係者がうるさいんじゃ?)

(刹那ちゃんは詠春さんを通して、学園長から関係者として依頼が通ってるからね。それに木乃香ちゃんは学園長自身がばらしたいみたいだし、いざとなったらこの間の強制文書≪ギアスペーパー≫だって使えるからね~)

(そうか……。分かった、連れてくよ)

 

「あ、あの千雨ちゃん、黙ってしもうてどないしたん?」

「あぁ悪い、ちょっと連絡してた。二人とも連れて来て良いっつーから付いて来いよ」

「はい。ありがとうございます」

「ほんま? ありがとな~」

 

 二人を連れて行くにしても今のままじゃマズイか。特に魔法関係の話をするわけだし、ウェストポーチから魔法薬の入った小瓶を出しておいた方が良いな。

 

「長谷川さん。それは?」

「人払いの香だよ。結界の場合はこの前みたいに振りまくが、これは簡易版だな。むやみに人に知られたくはないからな」

 

 そのまま三人で第三保健室に向かう事になった。けど、何故か桜咲からどこか感心した顔で見られてた……。変なフラグ立ててねぇよな?

 

 

 

 

 

 

「長谷川さん。ここは保健室では?」

「あぁそうだよ。入るぞ?」

 

 連絡を受けて保健室内で待って居ると、廊下から千雨ちゃん達の声が聞こえてきた。

 

「いらっしゃい千雨ちゃん。刹那ちゃんに木乃香ちゃんも。どうぞ座って?」

「あの、シルヴィア先生?」

「シルヴィア先生が千雨ちゃんのお師匠なん?」

「あぁ、そうだよ。シルヴィアから習ってる」

 

 気楽にして欲しかったんだけど、ちょっと戸惑ってるみたいだね。刹那ちゃんは物凄く意外って顔してるし、しょうがないかな。学園では知られない様に振舞ってきたからね~。

 あ、千雨ちゃんも座ってくれて良いのに、ドアの前に立ってるね。何だか警戒してるみたいだし気を使わせちゃったかなぁ。

 

「とりあえず、木乃香ちゃんは私に聞きたい事があって来たんだよね?」

「はい。ウチはせっちゃんから色んな事を沢山聞きました。『関西呪術協会』の事も聞いて、ウチも何かせなアカンって。それからネギ君が魔法使いで、明日菜がいつの間にかの魔法使いの従者とかゆーのになっとって、もしウチもそうなったら実家の人達が良く思わんてゆう事も」

「私は、お嬢様には長の意向通り。普通の暮らしをして頂きたかったのですが、お嬢様が決意なされたのであれば、私はそれに従うまでです」

 

 そっか。木乃香ちゃんは殆んど話を聞いちゃったんだね。すごく真面目な顔をして話してくれたし、自分なりに関西の事を真剣に考えてるって事かな。刹那ちゃんはちょっと硬いけれど、そこはまぁしょうがないかなぁ。それにしても木乃香ちゃんてば、普段とぜんぜん顔つきが違うんだけれど、無理してないかな?

 

「そんじゃ、お前ら仮契約しちまえよ。むしろ本契約か?」

「ふぇ? 誰なん!?」

「な、だ、誰だ貴様!?」

「……フロウくん。なんで麻帆良女子中の制服着てるの?」

「その方が入り込みやすかったからだ。とりあえずシルヴィアの関係者とだけ言っておく」

 

 うん、あのね。確かに学校には入りやすいかもしれないよ。保健室のテラス窓から入って来ても自然に見えるし、フロウくんは身長も中学生くらいだから普通に可愛いし似合ってるよ?

 でもね、何かフロウくんの場合悪意を感じるんだよね? それにいつの間に制服買ったんだろう。購買部の人も別に何とも思わなかったんだろうけど……。あれ? 千雨ちゃんが何かぷるぷる震えてる……。大丈夫かな?

 

「お前ら詠春の許可も有るんだし、刹那が従者って証明できる道具があった方が良いだろ?」

「仮契約って、ネギ君と明日菜みたいなん?」

「な、お、お嬢様と!?」

「おいフロウ、言いたい事は解るが……。いや、何でもない」

 

 うーん、でも木乃香ちゃんが魔法に関わるってはっきり決めてるなら有りかなぁ? 木乃香ちゃんの立場が明確になるし、刹那ちゃんにとっても護衛がし易くなるものね。

 

「近衛木乃香。お前の今の立場は学園では一般人だ。修学旅行で京都に行った隙に、夜にでも契約しちまえ。そのまま関西預かりって事にもな。それからこっちに派遣されてる魔法使いって形を取ればかなり有利な立場になれる。学園長が文句を言っても黙らせる手段はいくらでも有るぜ?」

「そうなん? 凄いなー」

「し、しかし。私なんかがお嬢様と……」

「おいこら桜咲。昨日言ったろ? マジで手遅れになったらどうすんだよ?」

「そうだね。何かに巻き込まれてからじゃ遅いからね。木乃香ちゃんの立場をはっきりさせる良い機会だと思うよ?」

 

 学園長は木乃香ちゃんが魔法を知っても文句を言う理由が無いし、所属に関して関西預かりに苦情が出るならこの前の強制文書が有るからね。

 紅き翼≪アラルブラ≫の詠春さんの娘って立場でもあるから、魔法使いの界隈だったら詠春さんの下でちゃんと後継者になるって宣言すれば、また扱いも違うだろうからね。

 

「おい千雨。お前のカード見せてやれ。魔法衣の戦闘服もな。実物は契約者の名前がはっきり書かれてるとか機能も説明してやれ」

「え? 千雨ちゃんって誰かと契約してるん?」

「マジか? はぁ……。ホントはあんまり見せたくないんだがな……。アデアット」

 

 千雨ちゃんが召喚の呪文を唱えると、髪を解いた状態で黒い魔法衣の姿に変わる。

 

「わ、それも魔法なん?」

「仮契約カードの機能の一つだよ。衣装登録機能で防御力の高い魔法衣を保存してある。それよりも主従の証明や従者への念話や召還が出来る方が大きいな。桜咲は従者が使えるアーティファクトって魔法具も手に入って、護衛としてやらない理由も無いぞ?」

 

 ちょっと吃驚したかも。フロウくんに言われたからって千雨ちゃんが自分から魔法関係のものを見せちゃうなんて珍しいかな?

 でも仮契約カードを普通に見せれば良かったと思うんだけれど? もしかして、仮契約カードの白いドレス姿を見せる方が嫌だったのかな?

 

「そうなんや。契約ってどうやってやるん?」

「え、それは……。その……」

「刹那は知ってるって顔だな。儀式の魔法陣の中でキスすれば良い。契約魔法陣の魔法書を取り寄せて、修学旅行の時に千雨に持たせてやる。千雨は刹那とは同じ班分けになっておけ。後はエヴァとアンジェと茶々丸か。関係者だらけにしておけば問題無い。自由行動中は木乃香に付いてれば良い」

「そっか~。せっちゃんよろしゅうな?」

「は、はい……!」

 

 あれ? 木乃香ちゃんがエヴァちゃん達の名前を不思議に思わなかったって事は、刹那ちゃんが把握してるクラスメイトの魔法関係者は大体知ってるって事かな?

 そうなると魔法の道に踏み込む覚悟もきちんとしたって事だよね? 一応確認しておいた方が良いかな。

 

「ねぇ木乃香ちゃん。確認しておくけど、西の所属でお父さんの後を継ぐ気持ちなのかな? そうなら言葉添えくらいは出来るよ?」

「はい。そのつもりです。まだ分からん事もあるけど、自由行動の時にはっきり言いに行こうって思ってます」

「そっか……。分かったよ。私も引率で行く事になってるから、何かの時は頼ってくれて良いからね?」

「はい! ありがとうございます」

「あの、失礼ですが。シルヴィア先生は、学園の魔法先生ではないのですか?」

「違うよ。私は学園とは利益関係に有るだけでフリーの形なんだ。学園長からは依頼で動く形だけど、下に組み込まれている訳じゃないから、色々と融通が利くよ?」

「そうだったんですか。通りで魔法関係者の集合の時に見た事が無いと思いました」

 

 『学園関係者』の集いだからね~。私はそういう場には出る必要が無いし。私が魔法関係者だって事は、学園長を始めに立場の有る魔法先生しか知らないから、魔法生徒の刹那ちゃんは知らなかったかな。

 

「そう言えばネギ坊主が西の長への親書を渡す仕事を預かってたぞ。その辺も含めて警戒しておいた方が良いな。まぁ木乃香の身には変えられないだろうが。千雨はまだ一般人を装っておけよ。まだ時期じゃない」

「……あぁ、分かったよ」

「千雨さんはどうして? 協力はして頂けないのですか?」

「フロウの言う様に時期じゃないってのもある。それにまだ一般人じゃないって先生達にバレたくないんだよ。それに……私に頼るほど桜咲は弱くないだろ?」

「……分かりました」

 

 さすがにそう言われると、刹那ちゃんは引き締まった顔になる。

 

「それじゃぁもうすぐ修学旅行だから、私達は準備に取り掛かるね? お話とかこっそり聞きに来てくれても大丈夫だよ?」

「はい。シルヴィア先生ありがとー」

「ありがとうございました」

 

 そうして刹那ちゃんと木乃香ちゃんは保健室から帰って行った。

 

「なぁ、修学旅行も何かが起きるのは分かってるんだよな? 私は本当に何もしなくて良いのか?」

「いや、する事になると思うぜ? 数種類の魔法薬を準備していった方が良い。何が役に立つか分からないからな。まぁ、世界樹近辺に麻衣の他に誰も居なくなるから俺は行かないけどな」

「そうだね。私も色々持って行くよ」

 

 今回はどんなトラブルが起きるか分かって無いから、色んな準備をしていかないとね。一応保健の先生って扱いだから、普通の薬とかも持っていかないと。

 

 

 

 その翌日、明日菜ちゃんの誕生日プレゼント選びに刹那ちゃんを誘った木乃香ちゃんだったけど、二人があまりにも親しくしている姿がチアリーディング部三人組に目撃されて、まさかのカップル誕生か!? と、明日菜ちゃん達にメールを送ってパニックになったとか、ならなかったとか……。




 修学旅行の班分けは、木乃香は原作通り五班で明日菜や図書館組みと一緒です。
 それから原作では三班の千雨と六班のザジが入れ替わりです。最終的に六班は、本来は欠席のエヴァと茶々丸にアンジェと千雨と刹那の班分けです。
 2012年10月3日(水) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。


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第36話 修学旅行(1日目) 京都へ出発

「おはようフロウくん」

「おう、おはよう。教員は集合早めなんだろ?朝飯は食うのか?」

 

 今日から修学旅行です。一応詠春さんにお願いしておいたから、あちら絡みの大きなトラブルが起きても大丈夫だとは思うんだけど、それでもやっぱり心配かなぁ。

 それに一般生徒の事だけじゃなくて、木乃香ちゃんと刹那ちゃん達の事もあるから気を引き締めていかないとね。

 

「おいシルヴィア。聞いてるのか?」

「あ、ごめん。今日はいいよ」

「そうか?食わなくて平気でもこういう時は食った方が良いぜ?」

「ありがとう。でも大丈夫」

 

 それから身だしなみを整えて集合場所の大宮駅へ出発――。と思ったらエヴァちゃん達が麻帆良中央駅で待ち構えていて、結局皆で行く事に。今の時間って教員の集合時間に合わせるための時間だから、まだ朝の5時なんだけど……。待っててくれる人が居るのは嬉しいね~。

 

「待っていろ、私の京都……ふふ、ふふふふ」

「お姉ちゃん京都好きだもんね~」

 

 あれ?もしかして待っててくれたんじゃなくて、早く行きたかっただけ?

 

 

 

 そして大宮駅に到着すると、教員の集合時間にも拘らず既にやって来ている3-Aの生徒がいた。生徒たちは挨拶を交わすと早々にネギ先生を捕まえ、京都の話で盛り上がりを見せていた。

 

「ネギくん達は朝から元気だね~。教員より早く来てる子も居てびっくりしたよ」

「まぁ、私達もあんまり人の事言えねぇけどな」

「おはようネ、皆さん。良く眠れたかナ?」

「おはよう超ちゃん。外で話しかけてくるなんて珍しいね?」

「そうでもないヨ?そうそう、茶々丸のメンテナンスに関しては万全だから、あちらでの心配は要らないヨ。良かたネ」

「了解しました超」

「そうか。良かったな茶々丸。京都では万全を尽くせ」

「はい。マスター」

 

 それって何の万全なのかな?もしかして、茶々丸ちゃんのカメラで京都の観光地を全部写真に収めろって言ってる?確かに茶々丸ちゃんは初めての京都だから、エヴァちゃんが張り切ってたりするのも分かる……かな?ううん、やっぱり良く分からないよ。そういえば、さっき麻帆良駅で怪しく笑ってたよね……。

 

「……何を尽くすんだよ。それから超。その蒸篭の山は何なんだ」

「もちろん我が超包子が誇るスペシャル肉まんだヨ♪ネギ坊主に食べさせて、イギリスにも京都にも肉まんを広めるネ。世界全てに肉まんを。シルヴィアさんも良かったら1つ食べるヨ」

「そ、そうか……頑張れよ」

「それじゃぁせっかくだから貰おうかな?」

「うむ。それじゃこれはサービスにしておくヨ」

「え、良いの?ありがとう、超ちゃん」

 

 そのまま貰った肉まんを口に入れると、思ったよりも柔らかく挽き肉と野菜の旨みが口の中に広がった。食べなくて平気な身体とはいえ、食事という満足感はシルヴィアに素直に浸透し、気分の高潮を促していた。

 

「あ、美味しい」

「それは良かたネ。今後も是非ご贔屓に頼むヨ」

 

 3-Aの生徒達と騒がしいやり取りをしつつ新幹線に乗り込み、京都へ向かって進みだした。

 

 

 

「新田先生。申告があった乗り物酔いし易い生徒達に、酔い止め薬の配布終わりましたよ」

 

 一応私は養護教諭だから、東京駅で乗り換えた後の京都まで長時間、申告があった生徒に酔い止めを渡して回ってました。酔い止めの薬を配るなんてむか~~しあったな~。と懐かしみつつ、自分が指示する立場になっている事が凄く不思議な感じなんだよね。

 薬を配り終わって職員達の座席に戻ってきたんだけど、私達の席は生徒達から見ての端の方。ドアの辺りに固まっています。

 

「おぉ、シルヴィア先生お疲れ様です」

 

 労いの言葉を掛けてくれたのは、厳しい顔つきを綻ばせた新田先生。広域生活指導員なので引率の先生として一緒に来ています。それから瀬流彦先生にしずな先生。そしてネギ先生で教員は全員だね。

 

「それでは私達は生徒達に修学旅行の心構えを話しますね。お願いしますネギ先生」

「はい!しずな先生!」

 

 そう言って席を立つネギくん達。

 

「修学旅行は自由時間も取ってあり楽しい旅になると思いますが――」

 

 車両のドアの前に立ってネギくんが挨拶をする。

 挨拶が終わってからの新幹線内は、暇つぶしやお喋りでとても賑やかなひと時となっていた。

 

 

 

「ん~~」

 

 両の手を組んで天に向かって軽く伸びをする。新幹線に乗って京都まで2時間半。まだ半分も来ていないけれど、ずっと座席に座って居ると流石に身体が固まって伸びの一つもしたくなった。

 

「あら、シルヴィア先生。まだまだこれからですよ?」

「そうですね~。でも身体が硬くなっちゃうってありませんか?」

「うふふ、そんな年寄りみたいな事言っちゃダメですよ。まだ若いんですから」

「は、はい。気をつけますね」

 

 う、うーん。一応私のほうが年上なんだけど流石にそれは言えないよね。まさかとは思うけど、若さを保つ為に魔法を教えて欲しい!なんて殺到する事態になったらメチャクチャになっちゃうし。

 

『車内販売のご案内をいたします。これから皆様のお席に――』

 

「ワゴン販売ですね。流石にまだお土産なんて買わないと思いますけど――」

「キャ、キャー!」

「カエルー!?」

「え!?」

 

 車内販売のアナウンスが流れてから僅か数分後。生徒達の手持ちのお菓子袋や菓子箱、座席の下等から急に大量のカエルが飛び跳ねだした。突然の事態に車内は騒然となり、パニックに陥る生徒が出始める。

 

 な、なんでカエルなのかな?確かに気持ちの良いものじゃないけど、カエルから呪術的な気配を感じるから、これって関西呪術協会の人の嫌がらせなのかな?うーん、でもこれじゃただの嫌がらせ、だよね?

 詠春さんは対策は練るって言ってたけど、結局一部の人の暴走を抑えられなかったって事かな?あ、いけない。のんびりしてないで対処を――。

 

「保健委員の人は介抱を!いいんちょさんは点呼をお願いします!」

 

 あれ?もしかしてネギくんの危機対応能力が上がった?何だかちょっと成長した感じかな?いけないいけない、考えるのは後回し。保健委員と協力して介抱のお手伝いしないとね。

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?無い!?学園長から預かった親書が!」

「兄貴!?」

「あ、何だ。下のポケットにあった」

 

 大量のカエルをゴミ袋に入れる事で処理のめどが付くと、ネギは親書の無事を確認しようとしていた。しかしその確認方法は親書を片手で持ち、そのまま高く上げるとあまりにも無防備な姿を晒すものだった。

 そしてその瞬間を狙ったかのように高い風切り音を上げながら、どこからともなく小鳥が現れると、親書を咥えて奪い飛び去った。

 

「あーー!?待てー!」

「兄貴!あれは日本の『式神』!使い魔の魔法だ!」

 

 小鳥に奪われた親書を追いかけて車両を走り抜けて行く。そして数台先の車両のドアを開くと、そこに落ちていた親書を思案顔で見つめる桜咲刹那の姿があった。

 

「……ネギ先生?」

「桜咲さん?あ、その封筒僕のなんです」

 

 床に落ちている親書を指差して、断りを入れてから拾い上げる。

 

「そうなんですか?……気をつけてください。特に、向こうについてからは」

「え!?ど、どうも」

「あ、兄貴!親書が!」

 

 

『次は無い。忘れるな西洋魔術師。――関西呪術協会を憂う者』

 

 

 親書にそう書かれた小さな紙が貼り付けられていた。

 

「え!?これって!?」

「さっきの女めっちゃ怪しいじゃねーか!もしかしてさっきの魔法は!?」

「ちょっとまって、それじゃ!?」

「奴は西からのスパイって事なんじゃねーか!?ヤバイっすよ兄貴!」

 

 そのまま去っていく桜咲刹那を、一人と一匹は険しい顔つきで見ていた

 

 

 

 

 

 

 その頃3-Aの座席では。

 

「桜咲の奴、行っちまったけど良かったのか?」

「知らん。近衛には防御の呪符を渡していた様だ。勝手にやるだろう」

「そうなのか?前よりは護衛らしくなったんだな」

「ええ、お嬢様には防御系を優先的にお渡ししています。」

 

 噂をしていると当の桜咲が戻ってきた。って、なんだか随分と良い笑顔をしてるんだが、本当に大丈夫か?この前もだよな?

 

「桜咲。術者は捕まえたのか?」

「いいえ、遠距離から式神を使っていました。そちらを対処しようとした場でネギ先生が追いかけて来ましたから、そのまま親書を回収してもらいました」

「それって、術者があんただって勘違いされてねぇか?」

「……え?そ、そうでしょうか?」

「良いんじゃないか?京都でぼーやが慌てふためく姿が楽しみだ」

「良いのかよ、それ……」

 

 て言うかなんだ?エヴァの奴、妙に先生に突っかかるな?先生の親父さんと会った事があるのは聞いたが、何か恨みでもあんのかよ?それとも底意地が悪いだけか?まぁ私もフォローしてやる気は無いんだが……。

 

「それにしても長谷川さん。随分とエヴァンジェリンさん達と仲が良かったのですね。驚きました」

「まぁ、ガキの頃からの付き合いだからなぁ……。色々あったよ。本当に」

「そ、そうでしたか」

 

 マジでな。何回死に掛けたか分かったもんじゃねぇよ。エヴァに比べればガキの頃に出会ったやつなんて本気で可愛いもんだ。何だかな、私も大分こっち側の思考に慣れちまってるな。

 って、マテ。自分でこっち側とか言ってる時点で終わってるじゃねぇかよ。

 

「ねぇお姉ちゃん。清水の舞台から飛び降りる?」

「そうだな。おい千雨。お前飛び降りて見せろ」

「……やらねーよ」

「マスター。千雨さんも危険ですのでおやめください」

「だからやらねぇって……」

 

 その後は目立った妨害は無く京都駅に到着した。桜咲が近衛を気にしていたが、それと同じくらいネギ先生の事も気にして何度もチラチラと見ていた。

 て言うか、あれじゃエヴァの予想通り変に疑われるだろうな……。

 

 

 

 そして京都の清水寺。

 そこではいかにも修学旅行という雰囲気に包まれた、とても騒がしい団体がいた。

 

「きょーとぉー!」

「これが噂の飛び降りるアレ!誰か飛び降りれっ!」

「では拙者が……!」

「おやめなさい!」

 

 こいつらテンション高すぎだろ!?

 て言うか長瀬のやつ、忍者とか隠す気ねぇよな?

 

「おい千雨!お前が飛び降りないから先を越されたじゃないか!早く飛び降りろ!」

「降りねぇよ!誰が飛ぶかよ!」

「テンション高いネ」

「うんうん。高いね~」

「そうそうここから先に進むと恋占いで女性に大人気の地主神社があるです」

「ではネギ先生一緒に……」

「あ、ネギ君私も~」

 

 ぐ……。なんで私が3-Aみたいなテンションにされなきゃいけねぇんだよ。いや、ここで変な事に巻き込まれないだけましなのか?さすがにこんな所で一般人巻き込んで襲って来たりはしねぇよな?

 

「いい所だねぇカモ君」

「あぁそうだな。だが兄貴。ここはもう敵の本拠地だぜ!?刹那って奴も敵のスパイかもって件、忘れてねぇか?」

「証拠も無いのに疑っちゃダメだよカモ君。もう少し様子を見よう?」

 

 なんかこう言う展開どこかで見たことあるぞ?ネギ先生、見事に桜咲の事疑い始めてるじゃねぇか。それでもカモのヤツの言葉をあっさり鵜呑みにしない分、いくらか成長したのか?どうなんだ先生?

 

「キャー!?」

「な、何?またカエルー!?」

「こんな所に落とし穴が!?」

「だ、大丈夫ですかまき絵さん!いいんちょさん!」

 

 眼を瞑って辿り着けば恋が叶うという、恋占いの石の道の途中に罠が仕掛けられていた。

 

「ふむ。またカエルか。西の奴はそんなにカエルが好きなのか?」

「これは妨害っていうか嫌がらせじゃねぇか?罠にしたって手抜き過ぎだろう……」

「精神的ダメージはあるかと思われます」

 

 話し込んでいると桜咲がネギ先生を注意深く見ているのに気が付いた。その視線を感じたネギ先生は使い魔のカモと再び話し込み、何かを確認している様だった。

 

 こら桜咲……。それじゃネギ先生もっと勘違いするぞ?良いのかよ?

 

「あ!あれが音羽の滝~?」

「右から健康・学業・縁むすびです」

「「「左!左ーー!」」」

「お、おまちなさい!」

「む!?美味い!?」

「もう一杯!」

「いっぱい飲めば効くかもー!?」

 

 テンションが昂ぶった3-Aの面々が一斉に左の滝の水に押し迫り飲みだした。しかし、しばらくするとふら付きだし、次々と昏倒していく。

 

「な!?なんだあれ!?」

「ん?酒臭いな。あれじゃないか?」

「周囲から気化したアルコールが検出されています」

 

 騒がしいと言うよりはもはや混乱に近いこの状況の中、滝の上を指差して黙々と語り合うエヴァたち。そこには酒樽が設置されており、その底から延びたホースが音羽の滝に混入されていた。

 その事に気が付いたのか、屋根の上に飛び乗ったネギ先生が大慌てでフォローをしている様だった。気安く魔力で屋根に飛び上がるなんて何を考えてるんだと思いつつ、関西の妨害の手法にも軽く頭痛を覚え始めた。

 

「何かマジで嫌がらせっぽいな……。なんだこれ?」

「ふむ……。安酒だな。つまらん」

「いや、そういう問題じゃねぇだろう?」

「あ、千雨ちゃん。倒れちゃってる子達にこのシロップ薬を飲ませてあげて。魔法の残り香が出ない治癒薬だから」

「え、あぁ分かった」

「ネギ先生。指導員の新田先生に見つからない内に、このお薬を調子の悪い生徒に飲ませてあげてください。皆さーん。手が空いてる人は手伝ってくださいね」

「はい!シルヴィア先生ありがとうございます!」

 

 そうして手分けして治癒薬を飲ませ、自力で起き上がれない生徒は協力してバスに乗せていく。

 

 しかし酒なぁ。エヴァが安酒って言ってたけどあんだけすぐ倒れるってのはどうなんだ?変な薬混ぜられてたら怖ぇな。そういう意味じゃシルヴィアが治療薬もって来たのは正解だったか。

 いやマテよ?エヴァの奴普通に飲んでたな。て事はまぁ、平気なんだろう。

 

 それから集合時間になり、宿泊予定のホテルまでバスで向かった。

 

 

 

 

 

 

 ホテルに着いてから小休止。すでに辺りは夕方となったホテルの休憩場。そこでいかにも悩んでいますという表情のネギが今日の事について考察をしていた。

 

「兄貴!あの刹那って奴の仕業に違いねぇって!」

「うーん、でも……」

「ちょっとネギ、ネギー。酔ってる皆はシルヴィア先生がくれたシロップ薬を飲んで部屋で休んでるわよ。何だか調子が悪いって誤魔化せたけど、一体何があったのよ?」

「じ、実はその――」

 

 そうして学園長からの仕事と、関西呪術協会の話をする。

 

「また魔法の厄介事かぁ~」

「すいませんアスナさん」

「でもあれよね?学園の外なんだし、学園長がまた何かしてるってわけじゃないのよね?」

「そうですね。エヴァンジェリンさんは何だか楽しそうにしてましたし」

「そうよね。なんだか長谷川さんまでテンション高かったし。初めて見たわ」

「え?そうなんですか?」

「うん、いつも関係ない~って、顔してあんまり関わろうとしないのよね」

「あ、兄貴!それよりのこの刹那!って奴の名簿見てくだせい!ほら!」

「え?あれ!?京都なるかみ流?って何?」

「やっぱり奴は京都出身のスパイっすよ!」

「え、でも木乃香だって京都出身よ?最近なんか仲が良いみたいだし」

「「え!?」」

 

 それを聞いてより一層頭を悩ませる3人だった……。



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第37話 修学旅行(1日目) 陰陽師の夜襲

連投は一旦ここまでになります。
にじファンでの執筆当時、この修学旅行編の辺りで私自身が、文章の書き方が分からなくなってしまい、激しく迷走していました。
そのため、見直しをすると改訂作業が止まらなくなってしまいまして……w
修学旅行2日目から3日目、最終日とこれからまた見直しをしてから移転をしたいと思うので、もうしばらくお待ちください。


「おったー!なぁなぁせっちゃん、もう部屋に戻ってまうん?」

 

 ホテルでの夕食が終わり、各班の部屋に戻ろうとすると唐突に近衛から声がかけられた。近衛はやけにテンションが高く、普段からよく笑って居る姿が目に付くものの、普段の比ではなかった。

 

「お嬢様、昼間の事もあります。ホテルには結界符で警戒に当たろうと思います」

「そうなんや?残念やなぁ、後で遊びに行ってもええ?」

「お、おい近衛。遊びじゃなくて例のやつをやらないとダメだろ?」

「あ!そうやったね。それから遊ばへん?何なら今、ここでキスしてもええんよ?」

 

 悪戯をする様な声と視線で桜咲を見る近衛だが、その視線の奥に何やら狩人の気配が見えた。視線を逸らせない桜咲に同情しながらそのまま目を逸らし、心の中で桜咲に合唱をする。強く生きろと。

 

「お、おおお嬢様!?」

「いや~ん。このちゃんって呼んで~♪」

「桜咲。いいから早く行けよ。敵とか何かが来たら困るだろうが……」

「あ!は、はい。すみませんお嬢様。また夜にお願いします」

「わかったえ~。せっちゃんも気をつけてな」

「はい!」

「近衛。桜咲が渡していた呪符忘れるなよ」

「分かっとるで~」

 

 そうして近衛と別れて割り当てられた部屋へ。

 

「すみません。それでは私は結界符をホテルの出入り口に貼り付けてきます」

「あぁ。気を付けてな。布団出しくらいはやっておくよ。まだ寝る時間じゃねぇけどな」

「ありがとうございます、それでは」

「桜咲刹那。私の勘では何かあるぞ?十分気をつける事だ」

「……はい。ご忠告ありがとうございます。それでは」

 

 まぁ言っちまったし、とりあえず布団だけ出しておくか?

 

 言ってしまった手前、仕方が無いとばかりに押入れに向かう。そのまま布団を出して居るとニヤニヤとした表情のエヴァの視線に気付き、何か嫌な予感がしたと思った時には既に手遅れだった。

 

「良かったなアンジェ。茶々丸。チャチャゼロ。千雨が全員分をやってくれるそうだ。修学旅行中はは楽が出来るぞ?」

「んな!全員とは言ってねぇだろ!」

「わーい♪ちうたん優しい~」

「ぐ、あぁもう分かったよ。やれば良いんだろやれば!」

「ふふ。素直で良い事だ。良い嫁になるぞ?」

「ぶはっ!近衛みたいなこと言ってんじゃねぇ!」

 

 何なんだエヴァの奴!ちくしょう、近衛がキスとか言い出すからだ……。

 

 

 

 

 

 

 その頃ホテルの出入り口に付いた刹那は、結界符の準備を行っていた。

 

「良し。ここの結界符の準備はこれで完成だ……」

 

 気を込めながらホテルのガラスドアの上に呪符を貼り付ける。いつ何時に何があるか分からないため、早々と次の出入り口に向かおうとすると、唐突に警戒心を含んだ声がかけられた。

 

「桜咲さんですよね。そこで、何をしているんですか?」

「……何?とは?」

「やいやい!桜咲刹那!ネタは上がってるんだぜ!?てめえ関西呪術協会のスパイだったんだな!?」

「こーら、いきなり疑わないの」

 

 躊躇いを含みながらも疑心暗鬼になっている様子のネギ先生が、やや問い詰める様な口調で言葉を発していた。そしてもはや完全に疑って掛かっているカモ。それを宥める明日菜の姿があった。

 ネギ先生達を見た刹那は、一度思案顔になってから少し呆れたような表情をして……。

 

「スパイ?あぁ、なるほど。本当に勘違いされてましたか……」

「え?それってどういう……」

「ほら、やっぱり勘違いじゃないの」

「そうですね。ネギ先生はなかなか優秀な魔法使いであると聞いていたので……。関西の過激な一派が何かをしてきても対処出来るかと踏んでいたのですが。思ったよりも情けないのでエスカレートしてきた様です。その対処の為の結界符です」

 

「え!?す、すみませんー!」

 

 刹那の言葉に若干涙目になりつつ謝罪の言葉を口にするネギ。その一方で刹那も魔法使いだったのかと驚いて明日菜が問い掛ける。

 

「いいえ、私は京都神鳴流の剣士です。符術などは剣の補助程度になります」

「じゃ、じゃぁあんたは味方だってのか?」

 

 刹那は一瞬、躊躇う様な顔をするが言葉を濁さず正直に語り始めた。

 

「私は木乃香お嬢様の護衛です。お嬢様は大陰陽師近衛家のご息女。魔法に関しては素人ですが、その魔力を狙って近づく敵の排除を優先しています。……ネギ先生には学園長からの親書を狙う敵、過激な一派を上手く対処して頂きたかったのですが」

「え?それじゃぁ新幹線の中のって……」

「はい、私も対処を。もっとも親書に言付けしたのは私ではありません。式神を倒したときには既に張られていました。十分に注意してください。私は次の結界符を張りにいきます。それでは……」

「あ、ハイ……。ごめんなさい刹那さん」

「え、うん、またね」

 

 若干しょんぼりとした空気を纏ったネギと明日菜。その姿を視界の端に収めて、次の出入り口に向かおうとする刹那。しかしその矢先、突然に大きな悲鳴が聞こえてくる。

 

「キャーー!?」

「お嬢様!?」

「え?こ、木乃香!?」

「せっちゃん!?変なおサルがー!」

 

 ホテルの中から走ってきた木乃香の後を、自然には在り得ないデフォルメされた姿の猿――小型の式神が数匹の群れとなって追いかけていた。

 それを見た刹那は木乃香への攻撃と判断すると、竹刀袋から自前の野太刀『夕凪』を抜刀し、すぐさま木乃香を背に庇い、式神へ向かって剣を構える。

 

「お嬢様!あれは式神です。見た目よりも強い力を持っています!ですがあの大きさのものなら、魔力や気を加えた一撃で追い払えます!」

「う、うん!」

「僕もお手伝いします!」

「私も手伝うわよ!木乃香の友達は友達だからね!」

「ネギ先生!?神楽坂さんも……」

「明日菜……。巻き込んでごめんな」

「友達なんだから当たり前でしょ?あんた達!可愛いからって手加減したりしないわよ!」

 

 木乃香にとっては初めての実戦。それは明日菜にも言える事ではあったが、先日の経験が功を奏してその表情には若干の余裕が見れた。前衛である刹那を中心に、ホテルの中から次々と現れる猿の姿の式神に全員で向かい合う。しかし、唐突に背後から声が聞こえた

 

「甘いで!本命はこっちや」

「せっちゃ――、ふぐぅ!?」

「お嬢様!?」

「木乃香ー!?」

 

 結界符で魔法的に閉じたはずの出入り口のから、大きな猿の着ぐるみを着た女が現れ、木乃香の口をふさぎ抱きかかえていた。

 結界符は既に焼き切られており、術者の力の差がある事が分かる。女術士は木乃香を抱えたまま外へ走り、人気の無い山の方へ向かってく。

 

「待てー!」

「木乃香を離しなさいよー!」

「待て!――斬空閃!」

 

 気を込めた夕凪で円を描く様に薙ぎ払い、女術士に向かって剣先から技を放つ。しかし、斬空閃の気の刃が届く寸前、突然現れた乱入者が鍔競りの様な音を鳴らしてその一撃を切り捨てた。

 

「ど~も~。神鳴流です~。月詠いいます、おはつに~」

「な、この剣筋!?そんな格好で貴様が?」

 

 そこには、この場に似合わないロリータファッションに身を包んだ二刀流の小柄な少女がいた。

 

「見たところ先輩さんの様ですけど~。雇われたからには全力でやらせてもらいますわ~」

「ホホホ。お札さんお札さん。ウチを守っておくれやす」

 

 ニヤリという表現が似合う笑みを浮かべた女術士が、二枚の呪符を空に放つと、デフォルメされた猿と熊の姿の大きなぬいぐるみが現れる。

 

「ウチの猿鬼≪エンキ≫と熊鬼≪ユウキ≫や。生半可な腕では打ち破られへん。一生そいつらの相手でもしていなはれ!」

「く、マズイ!あれは善鬼と護鬼。魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫の様な強力な守護者です!かなり凶悪な相手です!気を付けて!」

 

 刹那は木乃香を抱えて逃げる女術士を追いかけようと猿鬼と熊鬼に向かうが、横から月詠に斬りかかられる。その事に焦りの表情が見て取れた。

 

「逃がしませんえ~?センパイ~」

「くっ!」

「ほな!さいなら!」

「姐さん!この間のカードの機能だ!アーティファクトだぜ!」

「え、あ、アデアット!?」

 

 そう唱えると明日菜の手には、カードに描かれた大剣……ではなく、ハリセンが握られていた。

 

「な、何よこれ!?こんなの役に立つの!?」

「あれ?変だな……不良品っすかね?」

「アスナさん!とにかく行きましょう、木乃香さんを助けないと!」

「そ、そうね!」

「契約執行180秒間!『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜”』!」

 

 ネギ先生が従者への魔力供給を行うと明日菜の身体に光が纏い始め、やがて力強く輝き始める。その間も刹那は慣れない月詠の二刀流に苦戦を強いられていた。

 

「ラ・ステル マ・ステル マギステル 光の精霊11柱!集い来たりて敵を射て!魔法の射手!光の11矢!」

「このぉー!木乃香を返せー!」

 

 ネギ先生の周囲に集まった光の精霊が輝く矢を象り、一斉に放たれ熊鬼を貫く。そして明日菜のハリセンが猿鬼を叩くと、式神は一撃で霧散した。

 

「ばかな!一撃やて!?ほんなら……お札さんお札さん」

「木乃香さんを返してください!」

「逃がさないわよ!」

「遅い!三枚符術!京都大文字焼き!」

 

 二人は大型の式神を失った女術士へと、今がチャンスとばかりに猛ダッシュで近付いていく。しかし、女術士はカウンターのタイミングで三枚の呪符を空へと放つ。その瞬間、強烈な熱波を伴った優に10mを超える『大』の文字の形に地面が燃え上がる。それを視界に収めるとネギ先生達は慌てて急停止。その強烈な勢いの炎は、近づくだけで全身の肌が焦げる様だった。

 

「な、何よこんなの!」

「ラ・ステル マ・ステル マギステル 吹け一陣の風 風花!風塵乱舞!」

 

 ネギ先生が魔力を伴った突風の魔法を使うと、大文字焼きに向かって強烈な風が吹き荒れる。そのまま炎の勢いを上回って鎮火。大文字焼きをかき消していく。

 

「この~~~!あんた達!覚悟しなさいよ!」

「……アカン。引き上げや!行くで月詠はん!」

「え~。もうちょっと~」

「置いてくで!?早よ来い!それではお嬢様。またいずれお会いしましょう」

 

 そう告げると小さな猿の式神たちが現れ、木乃香を抱えて両陣営から離れて三角形を描く地点へ走り出し、そのまま地面に横たえ消えていった。その間に新しい式神を召還して素早く逃げの体制に入り、女術士達は暗闇の山の中へと走り去っていく。

 

「お嬢様!?」

「木乃香!」

「木乃香さん!」

 

 地面に横たえられた木乃香に向かって急いで駆け寄ると、テープで口を塞がれただけで、至って無事な姿が見て取れた。

 

「せっちゃん!ごめんな明日菜、ネギ君も。助けてくれてありがとな……」

「何言ってんのよ!友達じゃないの!」

「あの……もしかして木乃香さんは……」

「お嬢様……」

「ううん、良いんよ。魔法の事は数日前に知ったばかりの初心者やし。せっちゃんに教えてもらへんかったら、ウチは何も知らんまま最初から攫われとった」

 

 ネギ先生たちは木乃香の告白を聞くと、木乃香が魔法を知って関わっていた事にとても驚いた表情を見せる。

 

「え!?こ、木乃香は魔法の事知ってたの!?」

「黙っててごめんな明日菜。修学旅行に行く直前に、危険やからって教えてもらったんよ」

「そんな。あたしだってネギの事手伝ってて黙ってたんだもの、お相子よ」

「木乃香さん……そうだったんですか……」

「皆さん。ともかくホテルに戻りましょう。一度襲撃をした以上、今夜は体勢を立て直す為に再度の襲撃は低いと思われます。念のため結界符はもう一度張り直します……」

 

 そう言うとお互い頷き合い、離れたホテルへと向かい歩き出した。

 その途中、ネギ先生たちには聞こえない様に小さな声で刹那が木乃香に問いかけた。

 

「お嬢様……。例の事は……」

「……うん。明日にせえへん?今夜は何だか慌しくなってもうたし。千雨ちゃんに謝らんと」

「分かりました。そちらは私の方から言っておきます」

 

 そうしてホテルに着いた面々は、それぞれの部屋へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 事が起きる少し前。急に呪術の力を感じ、エヴァちゃん達に声をかけて原因を確かめようと話し合っていた。

 

「ねぇ。あれって陰陽術だよね?関西呪術協会の一派が完全に暴走してるって事かな?」

 

 今はホテル最上階。ここからは外が眺められるラウンジがあるから、少し遠いけどネギくん達の戦いを皆で見て話し合いの最中です。

 

「そうだな。だが別に良いんじゃないか?ぼーやも実戦経験が積めるし、あの女術士はなかなか良い仕事をしてくれそうだ」

「桜咲の奴苦戦してたみたいだな。あの二刀流の奴ってそんなに強かったのか?」

「獲物に慣れて無いだけだろう。普段から両手持ちの長物だからな」

 

 さっきの様子だと、木乃香ちゃんはネギくんに魔法を知った事がバレちゃったかな?少し動き難いかもしれないね。けど、明日菜ちゃんとはルームメイトで仲も良いみたいだし、隠さないで済む分楽かもね。

 

 そうして話し合っていると、刹那ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「ここに居ましたか。長谷川さんすみません。先日のお話ですが、お嬢様は明日にしたいとの事です。大丈夫でしょうか?」

「あぁ。修学旅行中ならいつでも良いんだし。あんまり気にするなよ」

「はい。ありがとうございます」

「それにしても桜咲刹那。随分と苦戦していたな。そんなに二刀流は苦手だったか?」

「いえ……。まさか伝統ある神鳴流が型を崩した剣技を使うとは思わず……」

「ふん。良い経験になったんじゃないか?油断してるとその伝統ごと大切なものが切られるぞ?」

「……はい」

「木乃香ちゃんは大丈夫だった?ネギくん達に魔法の事知られちゃったんじゃないの?」

「ええ、お嬢様がご自分で話されました。神楽坂さんに秘密を持ちたくないと仰ってましたので、良かったのではないかと……」

 

 やっぱりそうだったんだ。秘密を持ったまま付き合うのは難しいからね~。私もネギくん達を裏から見守るだけって言うのはなかなかツライからね。

 

「それではすみません、私は結界符を張り直しに行きますので。これで失礼します」

「うん。頑張ってね」

「シルヴィア。ネギ先生放っておいて良いのか?まだバレたくはないんだが、相手のレベル、先生達から見て結構高いと思うぞ?」

「う~ん……。確かにここは学園との契約管轄外だからね。私達が勝手をしても木乃香ちゃんたちみたいに融通は利くはずだけど……」

「エヴァちゃんはどう思う?」

「聞かなくても分かっているんじゃないか?アンジェと身内に害が無ければ放っておけば良い」

「ホントに聞く必要ねぇじゃねぇか」

「あはは……本当だね」

 

 ネギくんはこの前のエヴァちゃん達の修行から確かに成長してるように見えるよね。今回の事でまた成長出来るのかな?前は上手く手加減してバランスを取っていたけれど、今回の相手は本気で攻めて来てる。それなら……。

 

「……そうだね。ネギくん達をなるべく良く見て、手が出ないような相手ならば私達から積極的に手を出そうか?」

「そうか……。神楽坂には文句を言われそうだな」

「くくく、ものまねして言い返してやったらどうだ?」

「やらねーよ……!」

 

 修学旅行中のネギくん達への方針を決めて、その日は教員の仕事に戻る事に。

 次の日、どんなトラブルが待っているかは闇の中だった――。




 にじファンで指摘されたのですが、「神鳴流は獲物を選ばず」と刹那自身が発言している。月詠の二刀流に梃子摺るのはおかしいのではないか?と言うものがありました。
 しかし原作のこの段階で、退魔用の野太刀を常に抱えた戦いに成れて居るため小回りの聞く二刀流にはすぐに対応できない。とされています。実際に刹那が苦戦する描写もありますし、何より原作の連載中に設定がころころ変わっていたので、なるべくその時点での事実描写を採用しています。


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第38話 修学旅行(2日目) 止まらない狂想曲

 この話は、あまり多くの二次創作で取り扱われることは無いと思うのですが、のどかの気持ちを叶えさせてあげたいと思った事と、恋愛と言う面からもネギの成長を促したかったので取り入れています。
 同時にネギま!原作を知らない人も読んでくださっていたので、この話がないとネギとのどかの関係がサッパリ分からないと思って書きました。


 修学旅行二日目の朝。ホテルで用意された朝食が配膳されると、生活指導員の新田先生が食事の号令をかけた。

 

「それでは麻帆良中学校の皆さん。いただきます」

「「「いただきまーす!」」」

 

 数クラス分の声が響く中で一口目をぱくりと頂く。すると初夏の焼いた鮎の甘みが口の中に広がって、思わずう~んと唸ってしまった。それに付け合せのお漬物やお番菜とかが、やっぱり京都にきた~って感じの朝食だね。純和風って感じで良いな~。元日本人としては、やっぱりお米に合う食材が美味しく感じるよ。

 そんな事も考えつつ、昨日の事もあるから周囲を――特に3-Aの生徒達を――見渡してみると、1日目にお酒を飲まされてしまった生徒達は魔法薬によって体調を取り戻して、アルコールによる不調は見られなかった。

 

「おはようございますシルヴィア先生」

「あ、おはようございます、しずな先生」

「本日の予定確認ですけど、私達は生徒の付き添いで奈良まで行きますね」

「はい、お願いします。一緒に回ってみたい所ですけど、生徒達に何かがあった時の対処もありますからね。今日はホテルで待機組みです。ネギ先生の事は気になるんですけどね」

「あら、そうなんですか?ネギ先生は、5班の子達について回るみたいですよ?ほら、あそこ」

「――え?」

 

 言われたまま指し示された方を見てみると、のどかちゃんがネギくんに一緒に回りたいと言って、ネギくんは悩みながらもOKしたところだった。

 5班には明日菜ちゃんや木乃香ちゃんもいるからある意味ちょうど良いのかな?6班の皆はどうするんだろうと思いつつ、千雨ちゃんに念話を送って確認をする。

 

(千雨ちゃん達は今日どうするの?何か決めてある?)

(桜咲が近衛の班に付いて行くって言うから。5班と同じく奈良公園と寺周りだな。エヴァもそっちに行きたがってるし、そうなるだろ)

(エヴァちゃんが?昔から古都巡りとか好きだからね~。私はホテルに待機してるから、何かあれば連絡入れてね)

(あぁ、分かったよ)

 

 そうしてその日は何も問題が起こらない事を祈りつつ、準備しておいた救急箱と病院等の緊急連絡先を各担当の先生に配布してホテルから送り出した。

 ネギくん達にもしもの時があっても、エヴァちゃんに千雨ちゃんが居れば何とでもなるだろし、携帯電話を片手にホテルでゆっくり待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 そして修学旅行の定番、奈良公園。そこで生徒達とはしゃぐネギ先生の姿があった。

 

「わー♪みてくださいアスナさん!鹿ですよ鹿!」

「ハイハイ。分かったわよ」

 

 こうやって見てるとホントーにガキだな。とても先生には見えねぇよ……。

 しかし公園だからって昨日みたいな事もあるから、気をつけたほうが良いのか?

 

「なぁエヴァ?どう思う?」

「茶々丸。ここを過ぎれば大仏殿だ。取り逃すなよ?」

「ハイ。マスター」

「鹿どもは別に構わん。あぁ、そこの茶屋も良いな」

「ハイ。マスター」

「おい、エヴァ……」

「なんだ?」

「昨日の事。警戒してなくて良いのかよ?」

「馬鹿か貴様は?盧舎那大仏の良さが解らんのか?」

「解るか!」

「可哀想な奴だ。良いだろう、この私が!日本の建造物の良さが解るまで語ってやろう!日本に生まれて置きながらその体たらく!叩き直してくれる!」

「いらねぇよ!帰れよマジで!」

 

 何だよこれ。ホントに……。1人で警戒してる私が馬鹿みたいじゃないか?

 って、ホントになんか語り始めてるじゃねぇか!

 

「おい……。茶々丸。こいつどうにかしてくれ……」

「不可能です」

「アンジェ……?」

「無理だよ~♪あははは。お姉ちゃん面白いよね~」

「うむ!さすがはアンジェだ!」

 

 何かもう疲れたんだが帰って良いか?良いよな?私は悪くないよな?

 

 朝から既に疲れきった千雨に、追い討ちとばかりに別の疲れる声が聞こえてきた。

 

「えへへ~……。ネギ先生♪」

 

 宮崎!?なんだあの緩みきった顔は!て言うか別人だろ!?普段の一歩引いた態度はどこに行ったよ!?あ、いやマテ。いつもの地味を体現したような態度から、ポニーテールでアップにして整った顔をきちんと前面に出してるってのは進化って考えて良いのか?

 でもなぁ、今はこれ以上疲れたくねぇし普段のままが良い、のか……?

 

「良くやったのどかー!」

「見直したよ!あんたにあんな勇気があったなんて!」

「感動したです」

 

 ネギ先生を見つめて幸せそうな表情の宮崎に、体当たりする図書館探検部の二人。その様子にショックで普段の調子に戻るのを一瞬期待する千雨だったが、趣味のコーディネートも頭を過ぎり、これで良いのかと更に悩み疲れてしまっていた。

 

「ネギ先生と回れるなんて幸せ~。今年はもう思い残す事は無いかも~」

「バカァ!告るのよ!のどか!今日ここで!ネギ先生に思いを告白するのよ!」

「そ、そんなの無理だよー」

「無理じゃないわよ!良い!?修学旅行中は男子も女子も浮き立つもの!麻帆良恋愛研究会の調査では修学旅行中の告白成功率は87%を超えるのよ!」

「え?えぇぇ?」

「しかもここで恋人になれば!明日以降の自由行動ではラブラブデートし放題よ!」

「え!そ、そんな、ネギ先生と!?」

「ほう。面白そうじゃないか。由緒ある古都の大仏殿。ご利益もさぞかしあるだろう。よし宮崎のどか!この私が付いている!ヤッテシマエ!」

「ええぇぇぇ!?」

 

 ちょっとまてエヴァ!何をやるんだよ、それ発音違うだろ!?それって、ネギ先生殺れ!って聞こえるぞ!?宮崎も良いのかそれで!

 

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫ですか?千雨さん。お茶なら水筒にありますが」

「いや、大丈夫だ。すまねぇな。つーかもうアレなんとかならねぇのかよ」

 

 ぐったりとした表情でエヴァと宮崎を指差すものの「マスターには逆らえません」と言われて僅かな希望が潰える。しかしそこでハッとなりアンジェを見るものの、エヴァと共に宮崎を煽てる一員でしかなかった。

 

「エヴァンジェリンさん……。珍しいですね」

「良いではないか。この奈良の地を選ぶとは、中々目の付け所が良いぞ?」

「そうだよ!のどかその通り!ほら行け!すぐ行け!」

「お前ら……煽るんじゃねぇよ……」

 

 マジでテンション高けーよ。付いていけねぇ……。

 

「大丈夫です千雨さん」

「なんだ茶々丸。何が大丈夫だって言うんだ?」

「しっかり録画してますから」

「……………………あぁ。ダメなのが解った」

 

 

 

 そうして大仏殿付近までやってくると、それは唐突に行動に移された。図書館組み二人が神楽坂の腕を引き、ネギ先生から引き離しすように無理やりどこかへ連れて行く。さらに近衛がここぞとばかりに桜咲に向かい、茶屋のお団子を片手に無理やり食べさようと迫り、そのままどこかへと走って行く。

 

「ちょ!何すんのよイキナリ!」

「お、おおおおじょ、むぐー!?」

 

 その様子を呆然と見る千雨とネギ先生。突然の行動に置いてけぼりにさていた。

 

「な、なんだ?コレ……」

「あ、何でしょうね?みんな急に……」

 

 あれ?この状況おかしくねぇか?何で私がネギ先生と二人きりなんだよ!?宮崎はどこだ!って何そんな後ろから見守ってるみたいにしてんだ!今朝の行動力はどこに行った!?

 

「皆さんどこか行っちゃいましたね。僕たちは――」

「ほう、ぼーや。私を忘れるとは良い度胸だ」

「え、エヴァンジェリンさん!?あぁ、う……、そ、その……」

 

 うろたえるネギ先生を、ニヤリと笑みを浮かべて睨みつける。

 

「私を忘れた罰だ。こいつは貰っていく」

「え?ちょ、マテ!なんだよ、引っ張るなって!痛いって!」

 

 マジで魔力込めて引っ張るんじゃねぇよ!腕取れるじゃねぇか!

 

 唖然とする表情のネギ先生を余所に、そのまま引っ張られていく。すると満足したように高笑いを上げそのまま茂みの中に投げ込まれた。

 

「ハハハハ!1人で大仏を眺めるが良い!さらばだ!」

「え、えぇぇぇぇ!?」

「ちょっと待てエヴァ!どう言う事だ!」

「だまれ。あれを見ろ」

「何だよ?」

 

 言われた方を見ると、宮崎が一人でネギ先生に話かけている所だった。

 

「あ、あ、あの」

「あ、宮崎さん。な、なんか行っちゃいましたね。よろしければ二人で回りましょうか?」

「え!?は、はい喜んでー!」

 

 緊張しながらも輝く様な笑顔を見せた宮崎とネギ先生は二人で大仏殿に向かっていく。周囲に人もまばらで、それは本当にデートの様に見えた。

 

「あぁ……。なるほど。そう言う事かよ……。先に言えよ」

「言ったら面白みが無かろう?ぼーやの顔はなかなか良かったぞ?」

「それよりのどかです。ちゃんとネギ先生に告白できるのでしょうか?」

「だよねー?のどか行っちゃえー!」

「お前ら……。結局隠れて見てるのかよ」

「当然!あの奥手ののどかがここまでやったんだよ!?コレを見ないで何を見るというのだね!?これこそ修学旅行の醍醐味と言うヤツよ!」

「あ、あぁ……そうか?」

 

 取り合えずネギ先生達の後ろの柱やドアに隠れて、様子を伺う私達だが……。て言うか何してんだこれ?何かやってる事違くなってきてねぇか?近衛はどこ行ったんだ?

 いやマテよ、先生が親書持ってるんだから、先生を見張ってるのもある意味正しいのか?だからってこれは何か違くねぇか?

 

 段々と混乱し、一人でブツブツ言い始めた千雨を余所に、大仏の前で賽銭を投げる先生に宮崎が詰め寄って行った。

 

「おぉ!いくか!?」

「のどか頑張るです!」

「くく。さて、どんな顔をするかな?」

 

 何でこいつらこんなに乗り気なんだよ……。

 

「あのーー!ネギ先生!」

「はい?」

 

 先生の名前を呼び、顔を真っ赤に染めながら決意をした表情で――。

 

「わわ、私!だ、大仏が大好きでー!」

「へぇ~。渋い趣味ですね~」

 

 大好きと言いかけてから、急に縮こまって大仏と言いなおす。その展開にここまで引っ張っておいてそれかよ!と心の中で悪態をつく。

 思いっきり突っ込みを入れたい目で宮崎達を見ると、エヴァたちも同じことを思ったらしく、半ば怒った様な呆れた様な顔をしていた。

 

「こらー!何なのそれはー!」

「アホですかー!」

「はう~。ご、ごめん~」

「まったくだ。ほら次だ。とっとと言ってしまえ」

「はは、はい~~」

 

 

 

 その後もおみくじを引き場で大好きが大吉に。さらに引いたおみくじが大凶と散々な結果を晒していた。しかしまだチャンスがあるとばかりに次の場所へ進んでいく二人。

 

「なぁ?帰って良いよな?」

「ダメです。まだチャンスはあります」

「そうそう!まだまだこれからよ!」

「いや、どうみても無理そうなんだが……」

「うわーーーん!ごめんなさいーー!」

「あぁ!宮崎さん!?」

「な、なんだ!?」

「あ、のどかが!」

 

 突然宮崎の悲鳴が聞こえて、どこかに走って行ってしまう宮崎が視界に映った。そして先程とは違い、真剣な表情になって追いかけて走っていく綾瀬と早乙女。

 

「今度は何だ?どうした?」

「あれだ。大仏の鼻の穴の大きさと言われている、柱の穴だ。ポシェットが引っかかって抜けられなくなった宮崎が、ぼーやに引っ張り出してもらったところを転倒して、スカートが捲れ上がって泣き叫んで走って行ったぞ」

「はぁ……。こんなんばかりだな。とりあえずどうするか」

「決まっているだろう?ぼーやの後をつけて、現場を押さえる」

「現場って何だよ……」

 

 

 

 そのままネギ先生に隠れて付いて行くと、再び奈良公園に戻ってきた。

 

「のどかさーん。おかしいな~。どこ行ったんだろう」

「ネギ先生ーー!!」

 

 お、宮崎が戻ってきた。なんか顔は赤いがすっきりした顔をしてるな?

 

「吹っ切れたんじゃないか?これで宮崎のどかもぼーやの取り巻きデビューだな」

「なんだよそれ……」

「あ、見るです!のどかが!」

「おおお!?これは来るかー!?」

 

 再び宮崎が顔を真っ赤に染めて、一度強く目を瞑ってから思い切ったように口を開く。

 

「ネギ先生!あの、実は私!大――!大根おろしも好きで!」

「何だそりゃぁ!?ここまで来てまだ引っ張るのかよ!」

「だまれ。良く見てろ」

「静かに!静かにするです!」

「あぁもう分かったよ。好きにしてくれ……」

 

 既に呆れかえって居ながらも、もう一度だけと宮崎達の方を向く。すると緊張に身体を震わせていた宮崎がぴたりと静止し、赤くなった顔はそのままではあっても、ネギ先生を正面に捕らえて一歩も引かない視線を送っていた。

 そしてそのまま大きく息を吸い込み、告白の言葉を口にする。

 

「私!ネギ先生の事!出会った日からずっと好きでした!私……私、ネギ先生の事、大好きです!」

「え……?」

「分かってます。こんな事言っても迷惑で。先生と生徒ですし。でも、私の気持ちを知ってもらいたかったので……。し、失礼します!ネギ先生ー!」

 

 そこまで一気に捲くし立ててから走り去っていく。宮崎にとって一世一代の告白を聞いたネギ先生はしばらく硬直していたが、事態を把握すると次第にぐらぐらと身体を揺らし始め、真っ赤な顔になって倒れてしまった。

 

「キャー!ネギー!?」

「ネギくん大丈夫なんー!?」

「知恵熱と言うやつですね……」

「……なんだこれは?茶番劇かよ?」

「言っただろう?ぼーやの取り巻きの誕生劇だ」

「ちょっと!エヴァちゃんそんな事言ってないで何か無いの!?」

「あ~……。気付け薬がある。コレでも飲ませておけよ……」

 

 ウェストポーチから魔法の残り香の出ない、一般人向けの回復薬を取り出す。

 

「あ、長谷川さんありがと」

「千雨ちゃんこんなんもっとるんや?」

「まぁ……な」

「さて、帰るか。行くぞ!」

「あ、おい!先生このままかよ!」

 

 それから神楽坂がネギ先生を支えつつなんとかホテルに戻ったものの、放心したり唸り声や奇声を上げたり。一人でいたら確実に通報されそうなネギ先生の姿があった……。




 2013年3月11日(月) 冒頭でのシルヴィアのホテル待機の理由を指定しなおしました。


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第39話 修学旅行(2日目) 深夜のキスパニック

「そろそろホテルロビーでの点呼時間だね。千雨ちゃんから連絡も無かったし、緊急の連絡もなかったから、今日はみんな無事に過ごせたのかな?」

 

 教員の待機室で時間を確認すると、もう暫くしたらホテルでの集合時間になるところだった。まだ時間に余裕があるのを確認して、脱いでいたスーツの上着を羽織ってから、細かい服装の乱れを正してロビーに向かうために部屋を出る。

 一階まで降りていくと、点呼の為に続々と生徒達が戻って来ているところだった。その中に早く戻ってきたのか、千雨ちゃん達の姿もあった。せっかくだから近付いて、観光先での様子はどうだったかを聞こうとすると、何でか知らないけど随分と疲れた顔が目に入った。

 

「皆お帰りなさい。楽しかった?」

「ただいま……。なかなかに大変だったよ……。無駄に疲れた」

「ふん、もどかしいだけだったぞ。そんな事より茶々丸。きちんと撮影したか?」

「はい、マスター。問題ありません」

「え?何か起きたの?念話か何か入れてくれれば良かったのに」

「ネギ先生を見たら分かる……」

「ネギくん?放心してるけど、どう言う事かな?」

 

 ネギくんは放心と言うか……。時々ゴロゴロ転がって奇声を上げてるんだけど?う~ん。でも、連絡を入れて来る程の事は起きなかったんだよね?本当に何があったんだろう?

 

 そのネギの余りの奇態に、クラスメイト達が続々と声をかけていく姿があった。

 

「ネ、ネギ先生?どうされたんですの?」

「い、いやあの、別に何も!誰も別に僕に告ったりなんか――」

「え!?こ、告った!?」

「えー!?そ、それホント!?誰なのネギ君!?」

「いえ、あの、僕、ここっくああのーーーーー!」

 

 そのまま完全にパニック状態になり、どこかに走って行ってしまった。

 

 え、誰かネギくんに告白したの?ネギくんって10歳だよね?そう言えば数え年だっけ。と言う事は今9歳かな?本当に誰だろう……。

 

 考えている内に、委員長をはじめネギくんに詰め寄っていた面々もどこかへ走っていく。その様子を唖然と見ていると、横から声をかけられた。

 

「宮崎さんです。しっかりと録画しました」

「え?告白したのってのどかちゃんだったんだ?しかも録画してたの?」

「ハイ」

「そ、そう……」

「まて茶々丸。何故そっちなんだ?」

「マスターの指示通りのものも問題なく撮影してあります」

「む……そ、そうか」

 

 そ、そっか~。ネギくんも魔法関係で頭いっぱいのところにいきなり告白されちゃって、それであのパニック状態だったんだね~。

 それにしてものどかちゃんかぁ~。あの子も委員長みたいに子供の方が好きだったのかな?

 でも実際3~4歳差だし、大人になればそうでもないから子供好き……って訳でもないよね?

 

「まぁ、他は何も無かったよ。エヴァがうるさかったくらいで」

「どこがだ?説明してやっただけだろう?」

「お前は綾瀬か?なんであんなに詳しい内容を話し続けられるんだよ」

「当たり前だろう?私が何百年古都巡りをしていると思ってるんだ?」

「あぁそうかよ……」

 

 えーと……。い、いつも通りだったて事で良いのかな?

 エヴァちゃんが全力を尽くせって言ってたのは茶々丸ちゃんに色々教育してたんだね……。

 

 

 

 それから夜が更けていき、木乃香ちゃんと刹那ちゃんの約束の時間が迫ってきた。今の時刻は就寝時間の少し手前。一般生徒たちが外に出て居る時間だと魔法を隠すのが難しくなってしまうから、就寝時間後にこっそりと仮契約の儀式を行うことになっていた。そんな中、教員同士の打ち合わせで集まっているところだった。

 

「新田先生。そろそろ就寝時間の見回りですけど、どうしましょうか?」

「昨日は静かでしたが今日もそうとは限らないでしょう。そうですな、私は点呼後に大回りに各階を回りましょうか。シルヴィア先生は各部屋の就寝時間の点呼をお願いします」

「わかりました。それじゃ行って来ますね」

 

 そして新田先生たちと話し合いの後、各部屋の点呼へ向かうと――。

 

「もう就寝時間ですよ~。ちゃんと全員居ますか?」

「はーい!居るよ先生~」

 

 3-Aの1班から順番に各部屋を回っていくと、廊下を歩いている超ちゃんが居た。

 

「超ちゃん。もう就寝時間だよ?」

「アイヤ~。シルヴィアさんには敵わないネ。ちょっと厨房にお願いしていただけだヨ」

「また肉まん?程ほどにね?あと、一応先生だからね?」

「そうだったネ。それじゃおやすみなさい先生♪」

「はい、おやすみ~」

 

 そう言って自分の部屋に戻っていく超ちゃんを見届けて次の部屋に。

 

「こんばんは、皆居るかな~?」

「うん、皆居るわよ」

「おるで~」

 

 木乃香ちゃんが居る部屋だったので、一瞬目を合わせてアイコンタクト。軽く頷くのが見てから人数を確認して部屋を出ようとすると、なんだかそわそわした姿を見せるのどかちゃんと夕映ちゃんが見えた。

 

「のどかちゃんと夕映ちゃんは大丈夫?なんだか、そわそわしてるけど?」

「え、え~と~」

「大丈夫です。シルヴィア先生。問題ありませんです!」

「そ、そう?それじゃ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさいです」

 

 何だか様子が変だったけれど……?

 うーん、気にし過ぎてもしょうがないし、最後の6班の部屋かな。

 

「こんばんは。皆準備は大丈夫?」

「あぁ。ちゃんと仮契約の魔法書も、鑑定の魔法書もあるぞ。使い切りのやつな」

「ふん。こんなまどろっこしい方法などせずに、直接関西呪術協会に乗り込んで宣言でもしてやればいいんだ」

「もう、それは木乃香ちゃんたちが決める事でしょ?エヴァちゃん、ちゃんと効果を見届けてあげてね?」

「む……。まぁ良い。分かったよ」

「うん。それじゃ皆おやすみ。また明日ね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさーい」

 

 うん、これで大丈夫だよね?木乃香ちゃん達の仮契約はエヴァちゃんならきちんと間違えずにやってくれると思う。

 後は点呼後だから、新田先生に見つからなければ大丈夫かな。

 

 そのまま各部屋を回って点呼は終了。その脚で教員の個人部屋にいる新田先生に報告。今夜はこれ以上仕事がなかったので割り当てられた個室に向かった。しかしその時、ホテル内である計画が起きている事を知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 そして就寝時刻を過ぎた深夜。とある個室でノートパソコンのバックライトの明かりを受ける一人の少女の姿があった。その口元に対して丁度良い高さでマイクが固定され、今その計画を口にするところだった。

 

『修学旅行特別企画!くちびる争奪!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦!』

 

 少女がそう宣言すると3-Aの宿泊部屋では、拍手や応援など隠れた大騒ぎが起こる!

 

『教員個室に居るネギ先生に最初にアタックできるのは誰だ!?見事奪った参加者は豪華賞品をゲット!各自、麻帆良レストランの食券は賭け終わったー!?オッズはこれだーー!』

 

 ホテル内のカメラと備え付きテレビ。それぞれに割り込んで放送をする朝倉和美こと、麻帆良のパパラッチ。彼女によるカモと仮契約カード大量ゲット作戦が秘密裏に開始されていた。

 

 彼女は夕方にネギ先生の魔法を目撃してしまい、一時は秘密を教えないと公表すると凄んだもののネギ先生の秘密を守る事を約束。

 しかしながらその使い魔のカモと結託し、ホテル全体を囲む大魔法陣を描き上げ、キスをすれば無差別に仮契約完了という、危険極まりない計画を行っていた。

 

 

 

 その頃、木乃香が抜け出した5班の部屋では。

 

「ゆ、ゆえ~~~」

「まったく。せっかくのどかが告白した日にこんなイベントをするなんて……」

「いいよー。これはゲームなんだし……」

 

 ゲームの参加に気が引けているのどかに対して、夕映は優しい顔つきでありながらも明確な意思を持って不参加はダメだと答えた。ネギ先生は自分が知る限りではきちんとした紳士的な対応が出来る、最もまともな部類の男性であり、真剣に恋愛をするつもりならばこの場を逃す事は無いと。

 

「ゆ、ゆえ……」

「絶対勝ってのどかにキスさせてあげますよ。行くです!」

「う、うんー」

 

 そうしてネギ先生とのキスを狙う、一組のハンターが誕生した。

 

 

 

 丁度その計画が進行され始めた頃、個人部屋のネギは妙な寒気を覚えていた。その事に嫌な予感を覚え、もし昨晩のように何者かに襲われたら大変な事になると考え、夜間パトロールに出る事を決意する。そして杖を持ち出して廊下に出ようとするが……。

 

「あ、そうだ刹那さんに貰ったお札で身代わりを作っておこう」

 

 そうして何度か間違えながらも身代わり人形を作る。

 

「お札さんお札さん。僕の代わりに寝ていてくださいね」

「ハイ。代ワリニ寝テイマス」

「よし!これでパトロールに行ける!」

 

 しかしこの時ネギが気付く事無く、命令待ちの失敗作が放置されていた……。

 

 

 

 そして本命の6班の部屋。就寝時間を過ぎて灯りを落とした部屋に、小さなノックの音が響く。周囲を警戒して少し扉を開くと5班の部屋から抜け出してきた近衛の姿があった。

 

「よう、近衛。来たな」

「こんばんは~。せっちゃん、よろしゅうな?」

「は、はい!お嬢様!」

「もう、またお嬢様言う~」

「す、すみません!」

 

 まぁ、仮契約で桜咲が恥ずかしがる気持ちは分かるんだがな。だがそうも言ってられない状況ってのは分かってるのかお二人さん?

 

 エヴァは二人に確認を取りつつ、仮契約の魔法書を開いて内容の説明を行う。魔法書は起動すれば足元に仮契約の魔法陣が浮かび上がると言うもの。近衛を主に桜咲を従者。それで間違いないかと最終確認をしていた。

 

「ええよエヴァちゃん。それでウチとせっちゃんの魔法使いの主従の証明になるんやね。それでウチはカードで念話が出来て、せっちゃんの召還や魔力供給が出来る」

「私も念話が使え、それからお嬢様の魔力供給が受けられ、またアーティファクトの使用が出来る。ですね」

「あぁ、そうだ。どんなものが出るかは主次第だがな」

 

 まぁ仮とはいえこいつらの場合は立場があるからな。私みたいな選択とはまた違った意味で重い選択と言えるのか?神楽坂は一般人だったが二人は最初から関係者だからな。

 

 そして魔法陣を設置しようとした時、唐突に廊下から怒鳴り声が聞こえた。

 

「コラー!就寝時間は過ぎとるぞー!何をやっとるかぁー!」

「やばい!鬼の新田だ!」

「逃げろー!」

「馬鹿もーん!ロビーまで来い!朝まで正座だ!」

「ええぇぇぇぇ!?」

 

 は……?何したんだ?

 就寝時間を過ぎて注意されるのは分かるが、朝まで正座ってどんな怒らせ方だよ?

 

「なぁ?何か起きてんのか?」

「さあな?いつもの様に騒いでいたのではないか?」

「あー、そう言えばなんか今ゲームやっとるんよ。ネギ君のくちびる争奪ゲームとか言っとったで?それのせいやない?」

「ね、ネギ先生のですか?」

「……マジかよ。それで逃げ回ってこのバカ騒ぎか。ネギ先生は相変わらずトラブル体質なんだな」

「騒ぎになる前に早くやってしまえ。そして部屋に戻れ」

「そうやね。せっちゃん良い?」

「は、はい。こ、このちゃん……」

 

 桜咲の了解の言葉を確認するとエヴァが仮契約の魔法陣を起動する。どちらかと言えば硬めの思考をする桜咲は、ぷるぷると振るえて真っ赤になって硬直し始めていた。それとは対象的に近衛は微笑を崩さず、ゆっくりと顔を近づける。

 

「いくでせっちゃん?」

「はは、はい!」

 

 そのままガチガチになった桜咲の肩を、近衛が優しく包み込む様に触れてからその唇にキスをする。するとその瞬間に足元の魔法陣が光り輝き、空中に一枚のカードが舞い降りた。しかし――。

 

「ん~~~~♪」

「むぅ!?むむむ!?んむ~~~~!?」

 

 ちょっと待てぇ、長げぇよ!お前らいつまでキスしてるんだ!こっちまで赤くなってきたじゃねぇか!つーかそもそも、何でこんなに見届けてるんだ?別にじっと見てくても良いだろ!?

 く……。こ、こういう時は別の事を考えてだな……。仮契約ってキスが長い方が効果があるのか?いや違うだろ!そうじゃなくて、えぇとシルヴィアとの時は……。って、ちげぇ!何思い出してんだ!

 

(あれ、千雨ちゃん?何か強力な念話が聞こえた気がするんだけど、何かあったのかな?もしかして木乃香ちゃん達、何か失敗した?)

(――えっ?ち、ちが!何も、何も無い!何も無い!)

(そ、そう?大丈夫?)

(あぁ……。ちゃんと仮契約カードが出てる)

(そっか~。良かったね。それじゃおやすみなさい)

(あぁ……。オヤスミナサイ……)

 

 何でだよ。今なんで念話繋がったんだ、意識しすぎたのか……。

 

「……ぷはっ!お、おおお、お嬢様!?」

「ほら、せっちゃん。また呼び方が戻っとる~」

「いいいい、いえ、そう言う事では無くてデスネ!?」

 

 二人の口付けはまるでディープキスを思わる程で、そしてあまりに長い口付けは周囲を緊張と微妙な空気に包んでいた……。満面の笑みで微笑む近衛に対して、完全に真っ赤に茹で上がった桜咲が狼狽した目で近衛を見返している。

 

「くぅ……。長ぇよ、お前ら……」

「……録画、録画」

「茶々丸?何をしている……?」

「はい。貴重な映像を保存させて頂きました」

「あ~~。まぁ良いからカード確認してみろよ……」

 

 更に真っ赤になっている桜咲を余所に、近衛がカードを手にして確認すると。

 

 

 名前   SACURAZACI SETUNA

 

 称号   翼ある剣士

 

 色調   Nigror(黒)

 

 徳性   justitia(正義)

 

 方位   septentrio(北)

 

 星辰性  Sol(太陽)

 

 

 近衛達が知れる事ではないが、所謂原作と同じステータスのカードがそこにあった。ただし絵柄は違っており、袴姿の烏族の和服で白い翼を広げた姿。そして、夕凪とアーティファクト『建御雷(タケミカズチ)』を持ったものだった。

 

「桜咲。お前も人間じゃなかったのか……」

「今更だな。私は知っていたぞ?気が人間のものとは少々違っていたからな」

「え!?こ、これはその……」

「せっちゃん。ウチは気にせぇへん言うたやん?こんな綺麗な翼なんやし。心配いらへんて」

「まぁ、今更翼の一つや二つで驚かねぇよ……」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ。そういうのはもう見慣れた……。だから気にすんな」

「……はい。ありがとうございます」

 

 そう言うとどこかほっとした様な刹那の表情が見て取れた。

 それから主のカードから従者へカードを複製。アーティファクトを鑑定すると、魔力を纏って刀身の大きさを変えられる石剣だと言う事が分かった。

 確認が済んでカードを受け取った木乃香は、指導教員の新田先生にバレずに自分の班の部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 その頃とある個室では、ゴクリと喉を鳴らしてその様子を凝視しつつも、映像配信は決して忘れない一人の少女が居た。

 

『おぉっとこれはぁぁ!?なんと意外!桜咲刹那の唇が、近衛木乃香によって奪われたー!大穴!大穴かぁー!誰も賭けていなければ食券は親の総取りかー!?』

 

 隠しカメラとテレビによって、無音声だが木乃香たちの濃厚なキスシーンがテレビに映し出され、クラスメイト達の部屋では大騒ぎになっていた。幸いにもその騒乱のおかげでアーティファクトに気付くものは居ない様子だった。

 一方各班の部屋では、朝倉の急な総取り発言に大ブーイングが起こるが、そこでカモが驚愕の事実に気付く。

 

「って言うか朝倉の姉さん!兄貴が5人居るように見えるんだが……」

「……え”!?」

 

 カメラの向こうではネギ先生の失敗の分身札によるキス魔が大量発生し、再び生徒の部屋が盛り上がり、その様子はもはや狂乱。同時に仮契約の失敗カードを量産していた。

 そんな中でも宮崎のどかが本物のネギ先生に出会い、綾瀬夕映の策略によりキスに成功。満足そうに微笑む綾瀬夕映だったが、それは正式な仮契約カードであるという、ある種の危険が確約されていた。

 

『ああああっと、これは本屋の1人勝ちかー!?』

『くぉらーー!朝倉ー!貴様が原因かー!』

『うひぃぃぃ!?』

 

 それから大騒ぎで盛り上がっている間に新田先生に見つかった参加者と朝倉和美は、ネギ先生も含めてロビーで正座を強要され、朝方まで10数人が正座する姿が目撃された……。




 2013年3月18日(月) 38話の変更に合わせて、冒頭の地の文等を改訂しました。


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第40話 修学旅行(3日目) 心に思いが在るから

「ん~~。朝日が気持ち良いね~」

 

 三日目の朝。個人部屋で朝日を浴びつつ深呼吸。もうすっかり慣れてしまったけれど、西洋系の特徴をあわせ持つ今の自分に、浴衣と和室のホテルは皮肉だなぁと少しだけ嘲るような皮肉をこぼす。

 

 修学旅行もあと二日。昨日は随分とネギくんは大変だったみたいだけど、今日はもう大丈夫かな?などと考えながら身だしなみを整える。そうして部屋を出てロビーに差し掛かったところ、少女達の黄色い声が上がり騒ぎになっていた。

 

「おはよー!新カップルー!」

「木乃香~。桜咲さんもおめでとー!」

「何~?皆どないしたん?」

「こ、これはいったい?」

 

 何事かと思って覗くと、昨晩のテレビ放送を見た生徒を中心に二人を囲みこみ、煽り立てる声と真相を聞きだしたい好奇心で大騒ぎなっていた。

 

 ……え、何これ?新カップルって?木乃香ちゃんと刹那ちゃん?仮契約を見られたって訳じゃないよね?千雨ちゃんは何も無かったって言ってたし……。どう言う事かな?

 

「見たよ~。朝倉のテレビでまさかの大穴!二人があ~んなに、愛し合っていたなんてね!3-Aチアリーディング部として応援しちゃうよ!」

「本屋も豪華賞品おめでとー!」

「良いな~!これは欲しかった!」

「えへへへ~~」

 

 テレビ?和美ちゃんのってどう言う事?それにのどかちゃんが持ってるのって仮契約カードだよね?何で持ってるの?

 本物なの?それなら契約者って?カード奪って見るわけにもいかないし……。

 

 

 

 当の本人達といえば比較的冷静な近衛と、同年代の少女に囲まれる事に慣れていない桜咲が、現在進行形で起きて居る騒動の解決に向けて相談を行っていた。

 

「お、お嬢様これはいったい!?」

 

(せっちゃん念話で話そ!たぶんネギ君のゲームでカメラ回ってたんやない?千雨ちゃんやエヴァちゃん達の魔法の事が映っとったりしてバレてまうより、ウチらで誤魔化した方がええんと違う?)

(え!?た、確かにそうですが……)

(そうと決まったら頼んだでせっちゃん!)

(え、は、はい!?)

 

「そうなんよ。せっちゃんてば恥かしがってな~。ウチ……思わず迫ってしもうた~」

「「「おおぉぉぉぉーー!?」」」

「お嬢様!?」

「せっちゃん。このちゃんって呼んでや?ウチせっちゃんの事――」

 

 少し身体をくねらせ、刹那にしな垂れる様にして熱い視線で見つめる。

 

「「「キャーー!?」」」

「ま、まさかホントに!?」

「これがせっちゃんを射止めた豪華賞品やー!」

 

 そう言って刹那との仮契約カードを両手で持ち上げ、指先で上手く翼の部分を隠していた。

 

 

 

 こ、これってどう言う事?何が起きてるの!?

 

 昨夜は何も無かったはずなのに、朝になって眼が覚めてみれば意味不明の仮契約者が出て居る状況。しかもなぜかその様子が一般生徒にバレている?あまりにも意味が分からないので、千雨の姿を探して声をかける。

 

「あ、居た居た。おはよう千雨ちゃん。これって何が起きてるの?木乃香ちゃん達は何で騒がれてるの?しかも何でのどかちゃんも仮契約カード持ってるのかな?」

「私も近衛からの聞いたから良く分からねぇよ。なんか就寝時間の後に朝倉とネギ先生の使い魔が、ネギ先生の仮契約祭りをしたらしい。それがキスをしたら豪華賞品プレゼントとか言ってテレビで流してたらしいぞ。そのタイミングで部屋のカメラが近衛たちがキスしてる所を撮影してたらしい」

「え……。それって、仮契約の魔法陣とか映ってないの?」

「はい。問題ありません。昨夜の騒ぎの後にハッキングして確認したところ、朝倉さんが近衛さん達のアップだけを上手く撮影していました。魔法の露見に関する配慮があったとも考えられます」

 

 茶々丸ちゃんの言葉を聴いてほっとした。そうだったんだ……。本当にトラブルが絶えないねぇ。 昨夜はもう何も起きないって思ったんだけど。今日は付いて行こうかなぁ。

 

「あー。まぁ、修学旅行で仮契約者が増えるってのは分かってたんだろ?こんな方法だとは思いもしなかったんだが……」

「う、うん……。それにしてものどかちゃんかぁ~。ネギくんに本気で恋していくなら、通る道だったのかなぁ?」

「まぁそうだろう。ぼーやの苦労が眼に浮かぶ様だがな。それから近衛木乃香が今日辺り実家に行くんじゃないのか?どうせまた何か起きるぞ?」

 

 そうだね~。今日は自由行動だから余計に心配かな。刹那ちゃんは5班の木乃香ちゃんに付いていくんだろうし、6班に付いていつでも対処できる様にしたら良いかなぁ?

 

 そう考えてから今日の予定を教員で確認。そうして一緒に出かける事にした。

 

 

 

 

 

 

 その一方、騒ぎから離れた場所で……。

 

「どーすんのよネギ。こんなにカード作っちゃって!」

「えぇ!?僕のせいですかー!?」

「ま、まぁ、落ち着いてくだせぇ姐さん!」

「そーだよアスナ。儲かったんだし~」

「あんた達は黙ってて!アデアット!」

 

 怒鳴る様にアーティファクトのハリセンを召喚。そのまま順々に一人と一匹を叩き、叱り付ける明日菜だった。

 

「まったく!本屋ちゃん巻き込んじゃダメじゃない。景品らしいから複製カード渡してたみたいだけど」

「はい、そうですね……。でもアデアットって唱えなければただのカードですから。魔法の事はのどかさんには秘密にしておきます」

「惜しいなー。あのカード強力そうなのによー」

「惜しいとか言ってんじゃないの!無闇に巻き込むなって教えられたでしょー」

「痛いっすよ!」

 

 そうして明日菜がネギたちを叱っている時。彼らに気付かれる事無く影から見つめ、魔法の話しを盗み聞いてしまった宮崎のどかが居た。

 

(な、何話してるんだろ~?わ!あのハリセンってどこから!?あであっと?)

 

 そう小声で呟くとカードが光りアーティファクトが召喚される。そのまま軽いパニックと思考の渦に捕らわれていた。

 

 

 

 

 

 

「ネギくーん。ほらほら京都限定プリクラ♪一緒に撮ろー」

「あ、ハイ。撮りましょうか」

「のどかも入るです」

「あぅ~……」

 

 平和だね~。プリクラ撮って修学旅行が終わるなら良いんだけどね~。

 

「シルヴィア先生も入ってよー」

「あ、はいはい。今行きますよ~」

 

 それから生徒たちは魔法使いのカードゲームが有るからとネギくんを誘い、暫くすると地元の子が乱入してきたり、概ね楽しんでいる様だった。しばらくはさまざまなゲームを続ける5班のメンバーだったが、生徒たちがゲームに熱中している間に、ネギくんが裏口から明日菜ちゃんと抜け出していくのが見えた。

 

「木乃香ちゃん達はどうするの?ネギくん達は多分、親書を渡しに関西呪術協会に行ったと思うんだけど?木乃香ちゃんの実家もあるんだよね?」

「うーん、せっちゃんどないする?明日菜とネギ君は先に行ってもーたけど、目的地同じやねんな」

「そうですね。暴走した一派の事も気になりますので合流して戦力を高めるか、申し訳ないですが先生達には囮になって貰い、時間差で行くという方法もありますが……」

「明日菜達の事も心配やし、追いかけて合流せえへん?」

「何なに~?ネギ君たち追いかけるの?どこ行ったのか知ってる?」

 

 相談をして居ると、いつの間にかネギくん達がいなくなった事に気付いた生徒が声をかけてきた。刹那ちゃん達が内緒話をし始めたので、気付かれないようにフォローを入れる。

 

「ネギ先生たちは神社とかの方を見に行ったみたいだよ?皆ゲームも良いけど、どこか観光に行ったりはしないの?」

「観光ですか?もう大分あちこちと回った気もするのですが……」

 

(お嬢様。ここで下手な言い訳をしても彼女達は付いて来てしまうでしょう。ですからここは、どこかの観光スポットで自然に別れるのが良いかと……)

(う~ん、そうやねー。そうしよか)

 

「皆シネマ村に行かへん?あそこはまだ行ってへんよ」

「お、じゃぁ行ってみる?」

「そうですね。……そう言えばのどかは無事に追いつけたのでしょうか」

 

 ぼそりととても小さな声で呟く。その時には宮崎のどかの姿もすでに無く、当人は先生達を追いかけると友人達に伝え、アーティファクトを召喚して姿を消していた。

 

 その事に気付く事なく、木乃香ちゃん達が関西呪術協会に行くための手順を決めてシネマ村へ行く事になったが、ゲームセンターを出てからシネマ村への途中、突然に声をかけられた。

 

 

 

「久しぶりだね【癒しの銀翼≪メディケ・アルゲントゥム≫】。少し話がしたいんだけど、構わないかい?」

「え!?……貴方は、どうしてここに?」

 

 突然に魔法使いとしての通り名で声をかけられ、一瞬身体が強張るものの慌てて声のほうへと振り向く。するとそこには、以前魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫で出会った白髪半眼の少年。今は成長して青年となったスーツ姿のフェイトが居た。

 

「おおぉ!?先生、旅先でナンパされてる!?って、もしかして知り合い?ていうか兄弟?」

「え、違うよ?昔会った事があるだけで……。皆は気にしないでシネマ村に行って来てね」

 

 木乃香ちゃん達の事もあるから先に行ってもらわないとね。魔法関係の人だから無闇に巻き込んでもいけないし……。でも修学旅行の引率でやってきた先で魔法世界の関係者に出会うなんてね~。世の中狭いって言うけど、こんな偶然も有るんだねぇ。

 

(おいシルヴィア)

(え?どうしたのエヴァちゃん)

(この男ただ者では無いぞ?どうするつもりだ?)

(前に会ったけどそんな事をする人に見えなかったよ?普通に話をしたいだけだと思うんだけど?)

(私も残るよ。最悪ワープゲート魔法を使うって手も有るんだ。エヴァの影のゲートと手は二重に有った方が良いと思うぞ?)

(え?ち、千雨ちゃんも!?)

(茶々丸。アンジェを連れてホテルに戻れ)

(はい。了解しましたマスター)

 

「それじゃせっちゃん。ウチらはシネマ村行くで~」

「はい、お嬢様」

「ちょっと待ってよー!」

「あ、待ってくださいです」

 

 そう言って別れて、私とエヴァちゃん千雨ちゃんの三人だけになり近くの喫茶店に入る。

 入るなり彼はブラックコーヒーを注文していた。

 

「フェイトくん……。だったよね。あっちの人がこっちに来るのは珍しいと思うんだけど?しかも私の仰々しい名前で呼び止めるって事は、何かあの病院であったのかな?」

「別に。大した事はないよ。ここに来たのはたまたま仕事で。貴女に話しかけたのは僕の個人的な興味だ」

 

 個人的な興味ってやっぱり『セフィロト・キー』の事が今も気になってるのかな?でももうあの鍵は使えないって話をしたし……。どういう話がしたいのかな?

 

「興味だと?貴様はどんな理由があってこいつに興味を持っているんだ?」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……【人形遣い≪ドールマスター≫】か……。そう警戒しなくても良いよ。本当に話がしたいだけだからね」

「……堂々と私の名前を呼ぶとはな。良いだろう話してみろ。もっとも貴様がどれだけ出来たとしても、この面子の前で出し抜けると思うな?」

「エヴァちゃん、そんな脅さなくても良いと思うよ?フェイトくん。気にしないで話してみてくれるかな?」

 

 うん、気にしないで話してみてほしいな。出来る相談事なら乗ってあげたいし。って、あれ?ブラックコーヒーだよね?もう半分くらい無くなってるんだけど……。良くそんなに早く飲めるね~。コーヒー好きなのかな?そういえば千雨ちゃんがぜんぜん喋ってないような?そんなに警戒しなくても良いと思うんだけどなぁ。

 

「そうだね、単刀直入に聞くよ。僕の仕事を手伝って欲しい」

「フェイトくんの仕事?前に会った時は世界を救うために活動してるって言ってたよね?」

「その通りだよ。話が早くて助かる。その手伝いをして欲しい。貴女の力は一石を投じられるんじゃないかと、個人的に期待している」

 

 ……やっぱり鍵の事かなぁ?あれはもう本当に使えないんだけど。

 どうしても救いたい人がまだ助けられていないって事?

 

「なんだそれは。もっと具体的に言え。救うにしても対象と手段がまったく見えん。せめてそれくらい明かしたらどうだ?お前の言う世界とは何の事だ?」

「ありのままの意味だよ。世界は世界だ。救う方法はまだ吟味中。今すぐ取れる手段もあれば、未知数や期待値もある。少なくとも貴女にはその一つを期待している」

「う~ん……。やっぱり『セフィロト・キー』の事を期待してるのかな?あれはもう本当に手に入らないよ?それともフェイトくんがどうしても救いたい人が居るの?」

「救いたい……。そうだね。だが……」

 

 どうしたんだろう?やっぱり誰かを救いたいみたい。でも何か躊躇ってる?分からないなぁ……。向こうの人が、旧世界≪ムンドゥス・ウェトゥス≫って呼ぶ地球まで来て仕事をしてるのに、そこまで躊躇う理由が思いつかないよ。

 

「すまない。僕にも良く分からない」

「はぁ!?何を言っているんだ貴様?」

「ううん、フェイトくんはそれだけ悩んでいるって事なんだと思う。きっとそれだけ真剣に。だからまた思う事があれば尋ねて来て。私は埼玉県の麻帆良学園やメガロメセンブリアの教会に縁があるから、そこで探してくれれば良いよ?」

「ちょっと待てシルヴィア!良く分からない男にそんなに情報を与えるな!」

「え、でもフェイトくんは本気で悩んでるみたいだし、相談くらい受けられるよ?」

「心配は要らないよ【人形遣い】。それくらいの情報は持っているからね。いつかまた会えれば相談してみるとするよ。それじゃぁこれで」

「お、おい待て!」

 

 そう言うなりコーヒーの代金をテーブルに置いて、1人で喫茶店を出て行ってしまった。

 

 ……うん。フェイトくんなりの答えが見つかると良いね。

 手伝えそうな事なら手伝ってあげたいかな。

 

「馬鹿かお前は……。相手の素性も分からないままあんな返事するんじゃない……」

「え?でも、悪い子じゃないよ?真剣に悩むだけ必死なんだよ」

「……て言うかお前ら……。あんな相手よく平気だな」

「え!?」

「私は正直、警戒して必死だったよ……。なんだよあの変な魔法障壁。かなり強力な上に異質過ぎて気持ちが悪い……」

 

 あれ?もしかして千雨ちゃんがぜんぜん喋らなかったのって……。警戒を通り過ぎて恐怖を感じてた?大丈夫かな?

 

「確かにな。敵意は無かったが底が良く分からん。勝てない相手ではないがな。しかし動きが人形臭い。おそらく分身か使い魔。あるいは魔法生命体かもしれん」

「え……。でも、それじゃ世界を救いたいなんて……本当にどういう意味か分からないよ?」

「だから答えが出なかったんじゃないのか?」

「うーん……でも、信じてあげたいな」

「とりあえず用は済んだんだよな?正直もう観光って気分じゃねぇよ。ホテルに戻らないか?ちょっと休みたい……」

「そうだな。アンジェと茶々丸の事も気になる。戻るとするか」

「うん……。それじゃ戻ろっか。木乃香ちゃん達はもう詠春さんの所だと思うから、暴走した人達が来ても手が出せないだろうからね」

「まぁ、あまり楽観はしない事だな」

「あんなの見た後に脅すなよ……」

 

 意見が揃った所でホテルへ戻る事になったが、その夜、修学旅行最大の危機が待っていた。




 既に閑話の『原作との相違点とキャラ紹介のまとめ』で書いた事なのですが、投稿当時にはシルヴィアの二つ名にルビは振っておらず、この話の時に付け加えていました。

 第21話で付けた名前「癒しの銀翼」のままストレートに、癒し・銀・翼ですと、
 クーラ・アルゲントゥム・アラ(アーラ)
 と長い上に語感が悪いので却下にしました。アラルブラ・アラアルバ風にしても、アラアルゲと非常に語呂が悪くなります。そのため意訳になりますが、医療(医師)・銀を取って、メディケ・アルゲントゥムになりました。
 アラルブラなども実際の発音はアーラルベル(翼・赤い)になる様で、紅き翼の直訳ならば、コッキネウス・アーラとなるみたいですw

 それから千雨の現在の能力値をラカン式強さ表で表すと、通常時で2500くらいかな?と考えています。この状態に咸卦法+魔量供給+アーティファクトで、跳ね上がる仕組みです。
 千雨はその状態でもナギ・ラカンを仮想敵して勝てないと考えています。フェイトと相手なら、まともにぶつかって戦えない事は無いけれど、圧勝できる相手では無いというところです。

 ちなみにこの話を執筆していた時点で原作は完結しておらず、フェイタスネタは盛り込まれておりません。


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第41話 修学旅行(3日目) 恐怖と怒りの夜

本日の投稿はここまでです。少し中途半端ではあるのですが、改訂作業に疲れました^^;
何だか地の文をやり過ぎない程度に半分以上書き直してる気がします。
力を入れすぎて書き直してしまうと早期の移転が終わらなくなりそうです。
そのため執筆しながらも、推敲・改訂する意味に矛盾を感じたりとちょっと困った状態にもなり始めてしまいました。
それはともかく、次回の更新は残りの京都編を数話追加して、後片付けまで終わらせます。


「いたたた~~」

「大丈夫ネギ?」

「ハイ。これくらいはスリ傷ですから」

「あの、私。消毒液と絆創膏ありますから~」

「あ、すみません、のどかさん」

 

 怪我の手当てをしながら、何だか良い雰囲気になったネギとのどか達の姿があった。

 シルヴィア達がフェイトと喫茶店に居たちょうどその頃。ネギ先生たちは親書を届けようと関西呪術教会へと来ていた。しかしその直前で再び過激な一派の一員と思われる狗族(オオカミ男)の少年に襲われ、宮崎のどかとそのアーティファクト『いどのえにっき』で攻撃方法の考えを読み、なんとか撃退をした所だった。

 

「それにしても本屋ちゃんに魔法がばれちゃうなんて……。どーするの?」

「は、はい。でもここまで知られちゃったら――」

「いやー、こいつは強力なアイテムだ!相手の考えてる事が分かる本だなんて、使い方次第じゃ強力なアイテムだぜー!」

「え?あの~?」

「コラ、カモー!早速巻き込もうとするんじゃないの!」

「あ、いたいた。明日菜~。ネギくーん」

「朝倉ぁ!?って木乃香も!?えー!?」

「あれ!?皆さんどうしてここにー!?」

 

 全く持って遠慮のない発言をするカモに、昨夜の件も含めて反省していないと注意する明日菜だった。しかし突然ここに居るはずのない声を聞いて、ネギと明日菜は慌てて振り向く。するとそこには、残りの5班のメンバーと刹那、そして朝倉の姿。何よりも一般人だらけの状態に驚きを隠せないでいた。

 

「助けに来てくれたの!?で、でも何で皆で!?」

「その、皆さんをシネマ村で巻く予定だったのですが、、上手く朝倉さん達に追跡されてしまいまして」

「あ、朝倉~!あんた危険度が分かってんの!?ネギなんてさっきメチャクチャ殴られてたんだから!」

 

 朝倉は怒りの形相の明日菜に詰め寄られると、目を逸らして惚けようとする。しかしタイミングが悪い事に関西呪術教会の正門が彼女の目に映る。これはチャンスとばかりに、そのまま一般生徒を伴って事の大きさを知らず、関西呪術教会へ向かい始める。

 

「お、ここ雰囲気あるね~。いかにも時代がかってそうな!」

「おぉ~。ホントホント!」

「え!?ちょっと勝手に!そこって敵の本拠地……!」

 

 警戒しつつも慌てて後を追いかけるネギ達だが、門を抜ける列を成して木乃香を出迎える関西呪術教会の巫女達の姿があった。

 

「お帰りなさいませ。木乃香お嬢様ー!」

「「へ!?」」

 

 そのままネギ先生達もろとも歓迎をされて、奥の部屋まで送り届けられてしまった。

 

「明日菜~。驚かせてごめんな。ここウチの実家なんよ」

「そうだったんだ……。うん大丈夫。ちょっとビックリしたけどね」

「何かすんごい歓迎だね~」

「は、はい。実は修学旅行とは別に仕事がありまして……」

 

 そう言ってから懐から一つの便箋を取り出す。ここまで何度も危険に冒されながらも何とか守り通してきた関西呪術協会への親書だった。この修学旅行においてネギの最大の目的の一つであり、緊張した顔を見せながらも、使命達成への充実感を同時に感じていた。

 そして木乃香は、数年ぶりにやってきた実家を感慨深く思いつつ、胸に秘めた一つの決断を父に、否、今は西の長へと伝えるため。こちらもその心中は緊張感に包まれていた。

 

「お待たせしました。明日菜君。木乃香のクラスメイトの皆さん。そしてネギ先生。皆さん良く来てくれましたね」

「お父様!久しぶりや~!……でもウチな、お父様に伝えなあかん事があるんよ」

「そうかい?それじゃぁ後で話してくれるかな?」

「うん。きちんと話ししたい」

 

 一度は父娘の再開に頬が緩んだ詠春だったが、伝えたい想いがあると聞かされると一転。僅かに硬い表情になってから再び柔らかく声をかけた。それからネギを見つめてその動向を見る。するとネギは畏まって新書を差し出し、硬い口調で話し始めた。

 

「長さんこれを。東の長、麻帆良学園学園長から西の長への親書です。お受け取りください」

「確かに受け取りました。任務ご苦労。ネギ・スプリングフィールド君!」

「はい!」

 

 親書を無事に手渡して、やり遂げた満足感と笑みを浮かべるネギ。その後、修学旅行先のホテルの事はこちらに任せて、日も暮れるので泊まって言って欲しい。そう告げられたネギ達は素直にそれを受け入れた。そして歓迎会と言えるほど豪勢な夕食の席となった。

 

 

 

「刹那君。この2年程。良くぞ木乃香を守り通してくれました」

「はっ!もったいないお言葉です!」

 

 夕食の場で急に長に話しかけれ、刹那は思わず畳に片膝をつき頭を下げて畏まる。

 

「しかし先日は、あのような依頼をされてしまい、情け無い限りで……」

「良いんですよ。木乃香を守りきってくれた事に変わりはありません」

「は、はい!」

「お父様。ウチな、せっちゃんから全部聞いたんよ。それでシルヴィア先生っていう人にも話しを聞いた。色んな話を聞いて、ウチはこのままでええんやろかって」

「木乃香……」

「だからな、ウチしっかり勉強して。西の事……お父様の娘として頑張りたい」

「木乃香……成長したね」

「お父様ー!」

 

 感極まった木乃香が詠春に抱きつき涙ぐんでいた。またその言葉を聞いた巫女達も同様に喜びに沸いていた。

 

 

 

 

 

 

「きゃあぁぁ……――」

 

 突然深夜に響く悲鳴。しかし響き出した途中でそれは途切れた。夕食後、大浴場を借りて浴衣に着替えていた明日菜たちは屋敷内で鳴り響いた悲鳴に驚き、緊張の空気を伴って身体をこわばらせた。

 

「え?な、なによ!?今の声」

「分かりません!ですが何か起きた様です!お嬢様!私達の間に!」

「う、うん……」

「大丈夫よ!アデアット!」

 

 ここは関西呪術協会の本部。その一派であるはずの過激派が攻めて来る事は考え難い。それなのに一体何が起きているのか。三人は屋敷に居る他の人間と合流するよりも、この場での警戒を選択した。

 明日菜はアーティファクトのハリセンを召喚し、また刹那は夕凪を構える。二人で木乃香を背に挟み、極度の緊張の中で警戒に当たる。

 

「……はぁ……はぁ」

「せっちゃん……。明日菜……」

「大丈夫、大丈夫です。お嬢さま」

 

バガァァァン!

 

 突如として大浴場の引き戸が吹き飛び、そこから大量の水が流れ込んでくる。そのまま足元をお湯が支配し始め、段々と水位が上昇していく。

 

「きゃ、何よこれ!?」

「ひゃぁ!?」

「く!?すみませんアスナさん!お嬢様を連れて飛びます!」

「と、飛ぶって!?」

 

 そう言うなり刹那は白い翼を解き放ち、木乃香を抱きしめて飛び上がる!

 

「え、えぇ!?刹那さんそれ何!?」

「時間がありません!申し訳ありませんが今は!」

「わかった!木乃香をお願い!」

「お嬢様!しっかりつかまってください!」

「うん!わかったで、せっちゃん」

 

 そのまま刹那は翼を羽ばたき、大浴場の竹壁の上を飛び超えて外に出る。その後、迂回路を見つけて何とか追いかける明日菜の姿があった。

 

「ねぇ?何があったのかしら?」

「ひとまず状況の確認しましょうか――」

「その必要は無いよ。――ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ 時を奪う 毒の吐息を 石の息吹」

「――え?」

「何!?」

 

 何も気配がしなかったはずの背後。そこから突如として魔法の始動キーと詠唱が聞こえてきた。慌てて振り返りその姿を捉えると、白髪半眼の少年の手からは既に魔法が放たれ、石の色をした煙となって明日菜を包み込む。そして煙に触れた浴衣の先から段々と石になっていく。

 

「え!?う、嘘!?」

「明日菜ー!?」

「明日菜さん!?」

「キャアアァァァ!?」

 

 全身が石化したのかと思ったところで、何故か浴衣だけが石化して砕け散った。浴衣が砕けた明日菜は思わず愚痴を口にしながらしゃがみ込む。

 

「ま、また脱げたー!?」

「――何!?」

「待ちなさい!神鳴流奥義!斬魔剣 弐の太刀!」

 

 声が聞こえてから僅かな時間。少年の気配に向けて一閃。本殿の方向から近衛詠春が現れ、日本刀を持って構え立ち、退魔を生業とする京都神鳴流の奥義を放っていた。

 放たれた剣閃が少年を胴斬り――したかの様に見えたがその身体が石に変わり、ゴトリと重い音を立てて崩れ落ちる。

 

「お父様!?」

「長!く、変り身か!」

「皆さん!大丈夫ですか!?」

 

 不安と心配が入り混じった顔の詠春が明日菜に近づき、着ていた羽織りをそっとかける。襲撃者ながらその隙を見逃し待っていたのか、少年と思われる声が聞こえてくる。

 

「近衛詠春か……。厄介だね。でも貴方の出番はもう終わっているんだ」

「何を言うか狼藉者。まだ終わってはおらん!」

「……ふぅ。――千刃黒耀剣」

 

 突如として空中に現れた少年は、少し気だるげに溜息をついてから魔法を詠唱する。すると大量の石剣を召還。召還された石剣は詠春を中心に捕らえ、回転しながらあらゆる角度で飛び迫って来た。数十本に及ぶその剣は多量の魔力を込められたもので、一本でも突き刺されば致命傷になりかねない。それを悟った詠春は、周囲を切り裂く連続攻撃の剣技を放つ。

 

「まずい!百烈桜華斬!」

「長!斬空閃!」

 

 振り下ろす剣先は円運動で無数の剣筋を描き、まるで舞踏の様な動きで複数の石剣を切り落とす。刹那も同時に剣先から気を放ち、詠春が斬り残した石剣を切り落としていく。しかしその様子を空中から見る少年は、更に追撃の魔法を詠唱し始める。

 

「これで終わりだよ。ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ その光我が手に宿し 災いなる眼差しで射よ 石化の邪眼」

 

 空中から詠春を正面に見据えて魔法を唱えると、少年の指先に巨大な魔力が集中する。指先が光り輝いたかと思えば、石化の魔力を伴うレーザーが横薙ぎに放たれ始めた。その魔力量と効果範囲はこの場に居るもの全てを石化する。直感的にそう感じた詠春は、ここで一つの決断をした。

 

「皆さん!木乃香を頼みます!」

「長!?」

 

 そう叫んでから突如として刹那を突き飛ばす。すると飛び交う残りの石剣に構わず、庇う様に前に出る。そして横薙ぎに放たれるレーザーに自ら向かい、全身で受け止めた。触れたもの全てを石化しようと荒れ狂うレーザーの魔力を、己の身一つで飲み込む。

 

「お父様ー!?」

「お、長ー!」

 

 そうして光が収まった後には、両手を広げて全身を石化した近衛詠春が立っていた。目の前で起こった現実。今何が起きたのか。父が、長が、たった一人の侵入者に石化され、倒されてしまった。その驚愕の事実に誰も声を出せるものが居なかった。そしてその時、屋敷から一人、慌てたように駆けて来る足音が聞こえた。

 

「長さぁぁぁぁーーん!」

「ネギ!?」

「ネギ先生!?」

「君が長さんを……!?お屋敷の皆さんも石にして……?それに明日菜さん達を傷つけて。先生としても!友達としても!僕は……!君を許さないぞ!」

「……それで?どうするんだい?ネギ・スプリングフィールド。僕を倒す力は君には無いよ。止めた方が良い」

「くぅ……。それでも!それでも君を倒す!」

「ネギ……!」

「やれやれ。ルビカンテ。彼女を」

 

 白髪半眼の少年が悪魔の名を呟くと、突如として空に黒い塊が現れて形を作る。突然現れた悪魔の姿に一同が警戒の表情をみせる。しかし黒い塊は、即座に木乃香の後ろに飛び降り、木乃香を抱え上げて翼を広げて飛び上がる。

 

「ひゃぁ!?何やのこれ!?」

「木乃香さん!何をするつもりなんだ!」

「お嬢様ー!?」

「木乃香ー!?」

「答える義理は無いよ。それじゃぁね」

 

 無表情に別れの言葉を宣言すると、少年の足元の地面が砕ける様な音をたてて裂けはじめる。そして地下から水しぶきが上がると、そこに少年の姿は無く、後には水溜りが残っているだけだった。

 

「え、嘘!?」

「そんな!居ない!?」

「やべぇぜ兄貴!こいつは水を使ったワープゲートだ。瞬間移動の魔法だよ!かなりの高等魔法だぜ。相手が悪すぎる!」

「木乃香さんを追いかけましょう……。屋敷の中は……。皆、みんな石に…されてました」

「「えぇ!?」」

「そ、そんな、クラスメイトも?」

「はい……」

「ネギ先生。これは私達だけでは手に負えません。追いかけるにしても、一度麻帆良学園に連絡を入れましょう。もし私達までやられてしまっては、誰も何も分からないまま事が進んでしまいます」

「そう、ですね。携帯電話で、学園長先生に連絡してみます」

 

 そうして連絡を取り、学園長に緊急事態を報告。

 明日菜と刹那はその間に着替え済ませ、三人で木乃香を連れて飛び去った悪魔の後を追い駆けた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

 その頃、息も絶え絶えながら必死に山の中を走り抜ける1つの影があった。

 

「はぁ……!こんな事が、現実に、在り得るのですか!?」

 

 これは現実?それとも?いえ、そんな事を考えている場合では無いです!先ほどまでお屋敷で、皆とカードゲームをしていたはずです。そうしたら急に灰色の煙が満ちて、皆が石に――。

 

「人が……。人が石になるなど。いえ、しかし現実に……!」

 

 くっ!これでは堂々巡りではないですか!

 

「……は!もしかして、この現実離れした、状況でも……!あの人たちならば!」

 

 そうして携帯電話に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

「これで詰みだぜ?ジジイ。待ったはもう無しだ」

「ふぉ!?ワシより年上なのにそれは無いんじゃないかの?」

「なんだ?こんな可憐な乙女を指差してジジイとでも言うのか?くくく」

「いや、おぬし乙女と言うかのぉ……」

「暇だって言うから相手しに来てやったんだ。有意義な時間を使おうぜ?」

 

 くくく、相変わらず惚けたジジイだな。それにしても、ジジイの暇つぶしはネギ坊主だけで十分なんだがな?修学旅行は明後日までだったか。さっさと帰って来てくれよ。

 

トゥルルルル

 

 フロウが笑い学園長が思案顔を見せる中、唐突に電話が鳴り響く。

 

「何じゃ?こんな時間に?」

「良いぜ。取れよ」

「ふむ、ワシじゃ。おぉネギ君か。ふむ無事親書を渡したか。ご苦労じゃったな。うん?ふぉ?西の本山が壊滅!?西の長もやられた!?応援部隊が欲しいじゃと!?むぅ……」

「ほ~~~う。良いぜ?シルヴィアに連絡とってやろうか?ただし貸しがもう一つ増える事になるんじゃねぇか?くっくっく」

「ネギ君や。とにかく人材は何とかする。時間をかせいでくれ!」

 

 非常事態ではあるものの、何とか体裁をつくろって電話を切る。

 

「んで?どうするジジイ?」

「か、貸し1ではなく、金銭じゃダメかのう?」

「良いぜ?助かった命に1人つき1億円。あるいは49万ドラクマ。負傷者や病人の救済1人で3000万か14万ドラクマだ」

「た……高過ぎやせんか?ぼったくりにも程があるぞい?」

「じゃぁ、貸し1追加だな?期限は1月で良いぜ?くくく」

「む……むむむ。……ふぅ、無理難題だけは困るぞい?」

「そうだな、トラブルとか人事とかの融通って程度か?軽い融通じゃなく、しっかり効かせて貰うぜ?」

「ぐ……。何を企んでおる?」

「秘密と言いたい所だが、修学旅行でこれだけのトラブルだ。何か起きるだろう。その時こちらにも有利な配置、あるいは結論にしたいだけさ?」

 

 さぁどうするジジイ?大人しく飲むか?それともまさか金を払うか?

 どっちに転がっても、上手い結果にはなるだろうがな!

 

「か、貸し1でたのむぞい……」

「OK~。取引完了だ。書類もきちんと作れよ?」

「う、うむ……」

 

 そんじゃシルヴィア達に連絡を入れるか!

 ジジイも稚拙過ぎるからだぜ?もうちょっと対策立てておけよ!

 

 そうしてフロウはシルヴィア達に連絡を取り、本格的にネギ一向に正体を現す事になった。




 詠春の活躍についてですが、本来紅き翼の一角で剣技なら最強と言われた人です。歳を取ったからといって、原作でほぼモブ扱いで瞬殺ってのはありえないと思います。ですので、この作品での詠春はちょっとかっこいいお父さんをやってもらいました。木乃香には現実の直視とトラウマものかもしれませんけれど……。

 それから推敲・改訂作業をしていて思ったのですが、擬音語なんか使うなと思われる読者さんがいらっしゃるかもしれません。最初、その辺りは全て文章での表現に変えるつもりで居たのですが、一切使わないとなれば作品の雰囲気ががらりと変わるので、移転前からあまり変えないで欲しいとメッセージを頂いている以上、減らす事はあっても無くさずに使いたいと思います。


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第42話 修学旅行(3日目) 水の夜想曲

「見つけた! あそこから強い魔力が!」

「で、でも……! 何よこれ!」

「鬼の軍勢……ですか」

「遅かったね、ネギ・スプリングフィールドとその仲間達」

 

 学園長に連絡を取ったネギ達は、飛び去る悪魔を追いかけて林を駆け抜けていた。しばらく走り続けるとやがて大きな湖が見えてくる。しかし湖の前には、黒く巨大な存在感を持つ者達がいた。彼らは闇に属する鬼の軍勢。先に進む者を阻むかの如く居座っていた。

 大小様々と言えど、湖面までおよそその数五百体。とても三人で倒せる数に見えず、そして肝心の白髪半眼の少年は、湖面の祭壇を背に宙に浮かんでいた。

 

「兄貴! きっとあの白髪の野郎が木乃香姉さんの魔力で召喚しまくったんだ!」

「くぅ……。ここは僕が雷の暴風で一直線に活路を開きます! アスナさんは僕と一緒に杖に乗って、刹那さんは飛んで付いて来て貰えますか?」

「ちょっと待ってよネギ! こんな数……行く前に捕まるわ!」

「相手の中に烏族や大槍の巨鬼も居ます! 対策が無くては的になります!」

「待てやネギ! 姉ちゃん達も!」

「「「!?」」」

 

 鬼の軍勢に慄きながらも必死で相談をしていると、唐突に背後から第三者の声が聞こえた。思わず振り向くと、そこには関西呪術協会の千本鳥居で戦った狗族(オオカミ男)の少年、犬上小太郎が居た。敵の追っ手に挟まれた事に動揺する間も惜しみ、慌てて武器を構えて戦闘体制を取る。

 

「君はまた邪魔をするの!?」

「くっ! 今更敵が一人増えようが!」

「まずいぜ兄貴!」

「敵や無い! もう俺らの任務は終わっとるんや!」

「え!? ど、どう言う事!?」

「詳しくは言えんが、長の娘の覚悟を見届けるんが俺らの任務やったんや! 本山に入った時点で任務は終わっとる! あの白髪が暴走しとるんや!」

「お、お嬢様の!?」

「え、じゃぁ最初から敵じゃ無かったって事なの!?」

「今そんな事言っとる場合や無い! 関西呪術協会の仲間全員石にして砕く言うて、千草姉ちゃんは逆らえへんのや! このままやと大鬼神を復活させられてまう!」

「え、でも、どうするのよ!? 手が足りないわよ!?」

「そろそろ相談は終わったかい? それじゃ彼らを頼んだよ」

「「「「え!?」」」」

 

 小太郎の言葉が終わると、白髪半目の少年が待ちくたびれたとばかりに口を挟む。彼の進軍開始の宣言にハッと我に返り振り向くと、すでに鬼の行軍が始まったところだった。

 鬼たちは体格の良い者を先頭に、大剣や棍棒、長槍などの獲物を構えゆっくりと確実に迫ってくる。また飛行能力のある妖魔や呪術の心得のある妖弧など、前後のバランスの取れた鬼の軍隊とも呼べる程の規模だった。

 

「あ……!」

「こ、こっち来るわよ!」

「まずい!」

 

ガァァァン――!

 

 ネギ達がたった四人でその規模を迎えようとした時、突如として乾いた音が場に鳴り響く。そのまま連続して放たれる何かは、正確に長槍の鬼や飛行能力のある妖魔など、白髪半目の少年に近付く為には厄介な存在へと吸い込まれていく。

 その何かの正体は一発の銃弾。ただしそれは退魔の効力を負荷したものであり、打ち抜かれた鬼は現世での身体を保つ事が出来ずに送還されていく。

 

「やぁ刹那。この仕事の助っ人料はツケで良いよ」

「それでは手が足りれば良いでござるかな?」

「あのデカイの本物アルか~? 強そうアルね♪」

「龍宮さん!? 長瀬さんに古菲(クー・フェイ)さんも!?」

「な、なな、なんで!? その銃って本物!?」

「何やこの姉ちゃん達! 味方か!?」

「わ、私が連絡したです!」

「夕映さん!?」

 

 突然の助っ人に慌てるネギ達だったが、何事かと問いかけると、助っ人に来た彼女達の後ろから頭一つ小さな影が出てくる。彼女こそ関西呪術協会で、石化の煙から唯一逃れた人物であった。

 そしてここは私達に任せて先に進めと言い出す。ネギは鬼の軍と彼女らを見比べてとても無理だと、自分達も一緒に戦うと言い出すが、刹那によってそれは否定された。

 

「ネギ先生。龍宮とは退魔等の仕事を共にする仲です。今はお嬢様を!」

「熱くなって大局を見誤ってはいかんでござるよ」

「そうアル! こんな人達なら大歓迎アルよ!」

 

 そのまま前衛の長瀬楓と古菲が先陣を切り、龍宮真名が後衛となって次々と鬼達を薙ぎ払い、中央から鬼の軍勢が削ぎ落とされていく。

 

「皆さん……! ありがとうざいます!」

 

 彼女らのサポートを受けて隙間の出来た中央へと飛び込んでいくネギ達。魔力を纏いながら自身の背丈ほどある杖に跨るネギと、それぞれの獲物を構えて突き進む明日菜と刹那。そしてそれを追いかけていく小太郎。こうして真夜中の大決戦が始まった。

 

 そしてこの戦いが始まった時点から数分の時を遡る。修学旅行先のホテルではネギ達の身代りに用意された式神を見て、考察するシルヴィア達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「ん~。ネギくん達戻って来なかったけど、身代わりの式神が出されてたね。詠春さんが手を打ってくれたのかな?」

「あの人数が消えたら大騒ぎだしなぁ。そうなんじゃねぇか?」

 

 パッと見た感じ、間違いなく本人に見える式神を話の種にして居ると、突然に部屋に携帯電話が鳴り響いた。今はもう深夜だし、こんな時間に電話してくるなんてちょっと非常識だよね? 誰らかかって来たのかな。

 

「何だうるさい。どこのどいつだ?」

「えぇっと……」

 

 本当に誰だろう? って、フロウくん!? こんな時間に一体どうしたんだろう?

「フロウくんだ。どうかしたのかな?」

「出れば解るだろ? まぁ、何となく予想は付くな。どうせぼーや絡みじゃないのか?」

「うーん。とりあえず出てみるよ」

 

 フロウくんは今、麻帆良に残ってるんだよね。普通はこんな時間に連絡なんてしてこないし、まさか、暇つぶしなんて……。フロウくんならありえるかも? でも、やっぱり緊急事態って考えた方が良いかな? 一体どんな用事なのか、ちょっと心配になるね。

 

『よぉシルヴィア。面白い話がある』

「……こんばんは、フロウくん。嫌な予感しかしないよ?」

 

 嫌な予感がしながら通話ボタンを押すと、少し愉快そうな感情が篭ったフロウくんの声が聞こえてきた。と言うか、やっぱり何か厄介事だね。

 

『依頼の話しだ。良く聞けよ? 関西呪術協会が壊滅したそうだ』

「え!? か、壊滅って!? 詠春さんは?」

『石化魔法で眠らされたそうだ。それでジジイがネギ坊主をサポートして、関西呪術協を助けてやってくれってよ。報酬ももぎ取ってある』

「……はぁ。分かったよ。そっちの事は任せたから、私達は救援に行くね?」

『おう。任された。それじゃぁな』

 

 通話を切ってから軽く溜息――と言っても、内心は随分重い――を吐いてから、フロウくんの電話の内容をもう一度考えてみる。

 それにしても、何でフロウくんは楽しそうだったのかな!? 普通に緊急事態じゃない! まったく、学園長と一体どんな話をしたんだろう。って考え込んでてもしょうがないよね? 関西呪術協会がそんな状態じゃ京都の守りが無くなってるのも同じだし、ネギくんもそれだけの事が出来る相手じゃ荷が重いよね?

 

「とりあえず、相手の確認かな? 伝え聞きだけど、石化魔法で関西呪術協会が壊滅させられたって。治療薬は必須だね。持って来て良かったよ」

「そうだな。近衛木乃香を攫ったとなると利用価値は魔力だ。何かに使われていると考えるのが筋だろう」

「て事は何か? 化け物か大量の召喚魔とかが待ち構えてるってオチじゃねーのか?」

「ハッ! 何を言う? 殲滅戦はそれこそお手の物だろう? アーティファクトを使うか戦略規模の大魔法でも打ち込んでやれば良いさ」

「マスター。超鈴音の装備リストで、複数の特殊弾を確認済みです。状況に合わせて使用出来ます」

「そうか。各種準備しておけ」

「了解しました。マスター」

「いきなりそんな物騒な事しないで、状況を確認しないとね? でも千雨ちゃんはアーティファクトを準備しておいた方が間違いないと思うよ?」

「あぁ、まぁそうだろうな。魔法衣も出しておくよ」

 

 うん、とりあえずは上空から現状の確認かな? 詠春さんが負けたって事だから、相手はかなりのレベルって事だよね。油断してて石化されちゃっても困るし、きっちり見極めないと。

 

「良し。とりあえず行くぞ。アンジェ。チャチャゼロと大人しく待っているんだぞ」

「大丈夫だよお姉ちゃん。私でもこのホテルくらい守れるよ~」

「て言うか普通に守られてる真祖ってどんなだよ……」

「千雨。貴様何か言ったか!?」

「……何でもゴザイマセン」

「ほら、皆行こう? 準備は良い?」

 

 そのままホテルにアンジェちゃん達に残ってもらって、認識阻害の結界と身代りの準備。瀬流彦先生が魔法先生だから生徒達の事は見てくれると思うけど、関西呪術協が壊滅するレベルだから、最悪はアンジェちゃん達に頼む事になるかもしれないね。あ、でも、何かあったら後でエヴァちゃんが怖いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 そして例の湖の上空には翼で飛行するシルヴィアに、漆黒のマントを蝙蝠の翼にしたエヴァ。それに続いて、飛行媒体の杖に座った私が居る。そのまま湖の周りを観察すると、大量に召喚された鬼と、3-Aのクラスメイト達の姿が有った。

 

「何だあの子鬼の集団は。それに龍宮真名。長瀬楓。古菲か……。なんで綾瀬夕映も居るんだ?」

「いつもの巻き込まれだろ? 昼間の自由行動で先生達について行ってたじゃねーか」

「そっか~。ネギくんは罪作りだね~。千雨ちゃんは夕映ちゃんの隣の席だったよね? 助けに行ってあげようよ?」

「はぁ? 私がか? 綾瀬をこっち側に関わらせちまって良いのか?」

「良いも何も既にこっち側だな。見てしまった以上放っておかれないだろう」

「はぁ……。分かったよ。シルヴィア達は湖の方の先生達を頼む」

「うん、行って来るね」

「あぁ、精々驚かせてやって来い。ふふ♪」

 

 まったく、エヴァは何で性格悪い言い方しかできねぇんだ? シルヴィアとの付き合いが何百年も有るんだから、ちょっとは丸くならねぇのかよ。むしろ逆か? 丸すぎてああなったのか? まぁ、とりあえずやるか。エヴァの事気にしてたってあの鬼達が居なくなるわけでもねぇからな。

 

 よし……。それじゃアーティファクト――テティスの腕輪――に意識を集中。空気中の水分・水の精霊を意識して、把握する。私は水で周囲は手足。水の流れを自分の認識に……。

 支配の範囲にデフォルトで湖が入り込んでるな。これなら余裕か? 拡げても良いんだが……。拡げすぎると魔力使い果たしてだるくなるんだよな……。感覚が広がるって言うのか?何て言うか、変なところで水と相性が良すぎるのも困りものだよな。

 

 そのまま意識を集中し続けて小雨を降らせ始める。振り出した事を確認すると、湖や地下水に干渉して少しずつ水分を鬼の集団の足元に集めていく。

 準備を整えた所で飛行媒体の組み立て杖を折りたたみ、そのまま風の魔法をクッションに音も無く地上に落ちる。下りた所で林に隠れて戦況を見守っていた綾瀬に話しかけた。突然に話しかけられた事に夕映はびくりと身体を震わすが、良く見知った隣席の人物の顔に気付くと、慌てて警告の声を上げた。

 

「は、長谷川さん!? 何故ここに? いえ、それよりもここは危険です!」

「そんな事は分かってるって。だからここに居るんだよ」

「――っ!? ど、どう言う事です? まさか、貴女も!?」

「……ファンタジーな世界だろ? だがな、イヤでも現実なんだ」

「現……実……。ですか」

「まぁな。それで綾瀬はどうする? とりあえずもうすぐ危険は無くなるぞ?」

「どうとは!? それに危険が無くなるとは何故です!?」

「こういうものを見ちまった後の、身の振り方を考えておいた方が良い。……って意味だ。ちなみに一般人に戻る方法は、イヤでも記憶消去しかないそうだ。それだけなんだよ。覚えておけ」

「長谷川さん……」

「もう一つの質問は、あれは私が全部倒す。そういう事だ。じゃあな」

 

 それだけ告げて鬼の軍勢に向かって静かに歩き出した。……が、そこでふと、ものすごく嫌な予感を覚えた。……あれ? ちょっとマテ。こういう展開ってどこかで見たような? まさか綾瀬にフラグ立ててねぇよな? イヤ、それは……無いだろ!? ……とりあえずあれ倒すか。うん。それから考える。いや、やっぱ忘れるか。

 

 

 

 

 

 

「いや~。なかなか数が多くて骨が折れるでござるな~」

「喋る暇があったらクナイの一つでも投げたらどうだ?」

「まだまだ骨は折れないアルよ!もっと強い奴はいないアルか!?」

 

 歓談しつつも次々と鬼たちを倒し、送還していく。召喚された鬼は確かに多い。そして一般人から見ればその一体ですら致死量の毒になる。しかし彼女達にとって、特に真名と楓にはある種の日常茶飯事だった。

 次々と襲い掛かってくる鬼達の攻撃を、前衛の二人は余裕で回避しながら忍術や中国拳法で鍛えられた拳を叩き込む。後衛の真名とのコンビネーションも合わせて、既に百体以上の鬼が倒されていた。だがそこで、ぽつぽつと雨が降り始めている事に気が付いた。

 

「おや? 雨でござるな。むぅ……。気付いて居るでござるか、真名」

「あぁ。魔力が篭った雨だな。呪術的なものか? ……ん? この雨、服に染みないんだがどう言う事だ?」

「――っ!? 誰か来るアル!」

 

 何かに気付いて突然に後ろを振り返る古菲。そこには黒の中に白いフリルのゴスロリコートのシルエット。普段の髪を纏めてメガネをした地味な表情と違い、髪を下ろしメガネを外した明らかに別人とも言える長谷川千雨が居た。

 

「よう。古は勘が良いな。武術家って奴はやっぱ違うのか?」

「何……? 長谷川だと!?」

「おや長谷川殿。こんな所で奇遇でござるな? ……いつからこちら側に?」

「長谷川出来るアルね!」

「まぁ、小学生の時からどっぷりだ。あんまり気にすんな」

 

 一瞬その不可解な登場に警戒をされるものの、本人だと名乗った千雨は一応の納得を得た。千雨はそのまま周囲を見渡し、鬼の配置を頭に叩き込む。

現在残った鬼はおよそ四百体に満たない程度。その数の多さに思わずエヴァがからかい混じりに言っていた”殲滅戦”が頭を過ぎる。三人と協力すれば軍の一角から削っていける事も明白だが、今は時間がたりない惜しい。前もって準備を重ねていた戦略として、大魔法を使うことを選択した。

 

「それで? 長谷川はどれだけ出来るんだ? この登場の仕方は真打登場だぞ?」

「見たところその服もかなりの一品でござるな。ただの服には到底見えんでござる」

「だからあんまり気にすんなって、とりあえずちょっと離れろ。巻き込まれるぞ」

「何っ!?」

 

 警告の言葉を告げてから彼女達よりも数歩前に出る。そのまま意識を集中して魔法の詠唱に入った。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 逆巻け冬の嵐 彼の者等を 渦巻き凪ぎ払え 風花旋風 風衝壁」

 

 すると鬼の軍勢のほぼ真ん中。渦を巻きながら風の精霊が集まり始める。初めはただ凪ぐように、風が鬼達の間を吹き抜ける。しかし突然に急激な回転を始め、そのまま大型の竜巻が発生した。

 その竜巻で中型の鬼でも引きずられて身動きがとれず、行軍の端に居る鬼も風に足を取られていた。さらに小型の鬼にいたっては吹き荒れる風に巻き上げられていた。

 

「……本当に驚いたぞ。今までよくそれだけの魔力を隠していたな」

「褒めても何も出ねーぞ?とりあえずあと二手だな」

「おや、それだけでござるか?」

「おぉー!何するアル!?」

 

 魔法の竜巻の制御を手放してアーティファクトに精神を集中。一度激しく吹き荒れた風は止まる事知らず、鬼達の中で暴れ続ける。そのまま先に降らせて馴染ませた雨で、鬼達の足元から直径が一メートル程度の水球を大量に浮き上がらせた。

 水球は行軍する鬼の空間を満たし、竜巻の中でもアーティファクトの特性で揺らぐ事も無く球の状態を保っている。予め水を準備しておいたものの、広域に渡っていまだ在り続ける鬼を囲む量の水球に、精神力が揺らぎ始める。

 

「全ての水球は竜巻の回転に合わせて渦に!鬼を全部飲み込んで押し流せぇ!」

 

 持たれ掛けそうになる身体を気力で保ちながらそう言い放ち、激しい水流の渦から水竜巻となるイメージを纏め上げる。その瞬間、立て続けに弾けた水球が濁流となって鬼達を飲み込む。そのまま竜巻の回転力と水流、そして水圧に押された鬼達を飲み込んだ巨大な水竜巻が出来上がった。

 

「(良し……。取りあえずこれで鬼達の拘束が完了だな。竜巻に任せて水に意識を持ってかれない分、次の魔法に集中できるか)」

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 契約に従い 我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが!」

 

 更にそこから氷系の大魔法を唱える。およそ百五十フィート(四十六メートル弱)の範囲を凍結するその殲滅魔法は、鬼の軍勢と水竜巻をほぼ絶対零度の冷気で閉ざし、地上から天に向かって立ち昇る氷の柱を作り上げていた。そしてこの魔法固有の、粉砕の術式へ繋がるキーワードを唱える。

 

「全ての命ある者に 等しき死を 其は安らぎ也 おわるせかい!」

 

パキィィィン!

 

 最後の詠唱を終えた後、氷が砕け散る軽快な音を残して全ての鬼は霧散した。そのあまりにもあっけない結末に拍子抜けし、あるいは感心したのか、三人は感嘆の言葉を口々にしていた。

 その一方で千雨はかなりの精神力を使ったものの、しっかりとした足取りで立っていた。少々よろけたりするのはここでは愛嬌と思って欲しい。

 

「なんだ、これじゃ助っ人は要らなかったな」

「うーん凄かったアルね! 今度手合わせするアルよ!」

「しねぇよ。一般人もいるんだから助っ人に来てやって良かったんじゃねぇか? 私は学園長から依頼が無かったら来てねーよ。それにそんなに余裕でもねぇな」

「何だ、学園公認だったのか。それは分からないはずだ」

「しかしまったく気付かなかったでござる。上手く隠していたでござるなぁ」

「気付かれたくなかったからだよ。まぁ、いつまでもそうも言ってられないから出てきたんだけどな」

 

「(とりあえずこっちは片付いた。後はシルヴィア達とネギ先生の方か。あの二人の事だから心配は要らないと思うが、ネギ先生達はどうなってるか怪しいな)」

 

「勝った……の、ですか?」

「綾瀬か。こっちはもう片付いたけどあっちがまだだな。とりあえずの危険は去ったが――」

 

ヴォォォォォォン!

 

「んな!? 何だこの声!?」

「あっちでござる!」

「まずいな……かなりデカイぞ」

「な……ぁ、ぁぁ……」

 

 突然の地響きの様なくぐもった大声が聞こえてくる。あまりの声の大きさと、感じる魔力に驚き慌てて湖の方を見る。するとそこには四本腕を持ち天を貫くほどの巨大な鬼が、悠々とそびえ立っていた。




 2013年3月18日(月)  記号文字の後にスペースを入力。感想で指摘された脱字を修正しました。
 と言うか、これを書いた時の私は何を思ってたんでしょうか? 一人称と三人称が凄まじく入り乱れていたんですが……。
 とりあえず急拵えで修正をしました。三人称→シルヴィア視点→千雨視点→三人称と動き過ぎなので、後でまた梃入れをするかもしれません。

オリジナル魔法
 風衝壁:任意の位置に発生させて、風に巻き込んで吹き上げるイメージ。
「逆巻け冬の嵐 彼の者等を 渦巻き凪ぎ払え 風花旋風 風衝壁」
 原作の魔法の、自分の周囲に風の壁を作って防御する風障壁と、任意の相手を風の壁に閉じ込める風牢壁を参考にアレンジしたものです。


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第43話 修学旅行(3日目) 正義と悪と明暗(1)

「追いついた!」

「木乃香はどこよ!」

「お嬢様を返してもらう!」

 

 真名や楓達に鬼の軍勢を任せて中央を突破したネギ達は、湖面に建てられた祭壇付近まで一気に駆け抜け辿り着いた。ネギを中心にして鶴翼の陣形。白髪半眼の少年を正面に向かえ、怒りを剥き出しにして睨みつける。

 

「やれやれ。どうしてこんな無駄な事を?」

「おい白髪頭!お前千草姉ちゃんをどこやったんや!」

「彼女ならあそこに居るよ?」

 

 まるで面倒くさいと言うような動作で祭壇を指し示す。そこには少年へ向かって、石化してなお呪符を持ち佇む千草が居た。さらにその奥には複数の使い魔がおり、仰向けにされて呪符が張られた木乃香を取り囲んでいた。

 

「な!?お前!」

「邪魔だったからね。眠ってもらったんだ」

「どうして!何故君はそんな事が出来るんだ!」

「何故って?必要だったからさ。僕こそ理解できないね。何故勝てないと解りきった相手に立ち向かうんだい?」

「勝てないって決まったわけじゃない!」

「そうよ!木乃香を取り返す!」

「覚悟してもらおう!」

「……はぁ。ならば自ら立ち向かってきたんだ。相応の傷を負う覚悟もあると言う事だよね」

 

 煩わしいとばかりに大仰な仕草で溜息をついてから宣戦。ネギを一瞬睨んだ直後、少年が視界から消えた。ネギ達が驚く間も無く、少年が突然に明日菜の前に現れて数m先へと蹴り飛ばす。激しく何かにぶつかる衝撃音がしたかと思えば、祭壇へと続く板橋を破壊してめり込んだ明日菜の姿があった。その事に気を取られるも、「次は君」と呟いてからネギたちに迫り、拳に魔力を込めて激しく攻め立て始める。

 

「彼女の力は厄介だ。最初に退場してもらったよ」

「アスナさん!?くっ!」

「おのれ!この程度!」

「なめんなや!」

「契約執行180秒間!『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜”』!」

 

 狙いを定められたネギを庇うように刹那と小太郎が前に出る。そのまま攻め立てる拳を防御して耐える中、よろめく明日菜に仮契約による魔力供給で補助をかける。これで攻勢に回れる。そう考えながら少年に向かって体勢を取り直そうとした時、修学旅行初日に現れた女剣士の間延びした声が聞こえてきた。

 

「にと~ざ~んが~んけ~ん」

「何!?」

「月詠!?お前なんであいつの味方してんねん!」

「いややわぁ~。ウチはセンパイとやれたらそれでええんです~。さ?死合いましょ?」

「く……。貴様の相手をして居る暇など!」

「ルビカンテ。彼の相手を」

「なんやと!」

 

 にこりと笑いながらもその瞳の中には狂気を覗かせる月読。刹那はその視線に一瞬ゾクリとするものの、気を持ち直して迫り来る二刀を野太刀で迎え撃つ。

 そして黒い塊が空に集まり再度召喚される使い魔。それは空中で一度羽ばたくと獰猛な爪と牙をちらつかせて一気に小太郎に向かって飛びかかる。小太郎は防御の姿勢を取る事でその爪と牙を回避するが、後方へと追いやられてしまった。

 ここでの彼女らの乱入によって、ネギ達は攻勢に回れる事無く戦力を分断されてしまう。

 

「さて、そろそろあちらの復活も始まる。もう打つ手は無いよ」

「復活!?」

「どう言う事よ!?」

 

 少年の言葉に慌てて祭壇の木乃香の様子を見る。すると、祭壇に並ぶ使い魔たちが何らかの儀式を執り行っている様子が見えた。その光景に不味いと直感するものの時は既に遅く、木乃香の身体から魔力の柱が立ち上がり、湖の大岩がうっすらと光り始める。

 

「――!?させない!ラ・ステル マ・ステル マギステル 光の精霊21柱!集い来たりて敵を射て!魔法の――」

「遅いよ。ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ 時を奪う 毒の吐息を 石の――」

「ネギ!?だめぇぇぇ!」

「アスナさん!?」

 

 石化の悪夢を目の前に、半乱狂になりながら石化魔法が完成する直前に慌ててハリセンを振りかぶる。魔力で強化された身体で瞬間的に距離を詰め、そのまま突撃して少年にハリセンを叩きつける。するとハリセンの切っ先は石の煙を押し払い、砕け散る様な破壊音と共に少年の魔法障壁を貫いた。

 

「障壁が!?」

「兄貴!チャンスっす!」

「このおおぉぉぉ!」

 

 障壁が貫かれた瞬間を見逃さず、限界まで魔力を込めた拳を握り締め、気合と共に叫びながら全力で殴りかかる。

 

「ぅわあぁぁぁぁ!」

「ぐっ!?」

「や、やったの?」

 

 殴られた少年は一瞬仰け反った様に見えた。――が、それだけだった。何事も無かったかの様に姿勢を正し、ネギを睨みつけて言い放った。

 

「認識を改めよう。ネギ・スプリングフィールド。身体に直接拳を入れられたのは初めてだ」

「バカな兄貴の全力の魔力が!」

「嘘でしょ!?」

「そしてあちらも終わったようだ。残念だったね」

 

ヴォォォォォォン!

 

 湖の大岩から地響きの様な重く荒々しい大声が聞こえてきた。そしてそこには巨大な鬼の頭。それは大岩の中からせり上がり、湖面に四本の腕を突き刺して起き上がる。ゆっくりと身体を持ち上げて、突いた腕を天へと伸ばす。湖面から空へ届く程の巨大な鬼神、リョウメンスクナノカミの上半身がそびえ立っていた。

 

「な……そんな……」

「何よあれ……」

「おやすみネギ君、ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ その光我が手に宿し 災いなる眼差しで射よ 石化の邪眼」

「マズイぜ兄貴!」

「ネギィィ!?」

 

 別れを告げた少年の指先に、詠春を石化した時と同じ魔力が込められる。ネギを指差し光り輝いたそれは、石化のレーザーとなって横薙ぎに放たれた。石化魔法は一瞬でネギの元へと辿り着き、まず右腕に突き刺さった。そのまま胴体へと差し迫り、ネギと明日菜の叫び声だけが周囲を支配する。

 しかし突然、レーザーの魔力が消失して動きが止まった。何事かと思い少年の方へと視線を送ると、少年の手は地面から伸び出た小さな手に拘束されていた。それは影の中から突き出た少女の腕。ゆっくりと本体が這い出し、音も無く少年の懐に入り込むと、殺気を含みながらも愉快そうな声で言葉を紡ぐ。

 

「何!?」

「ウチのぼーやが世話になったようだな?フェイトとか言ったか?」

「え、エヴァちゃん!?」

「エヴァンジェリンさん!?どうして!?」

「さて、覚悟は良いか詭弁の男。貴様のおもちゃは取り上げさせてもらうぞ!」

 

ドパァァン!

 

 そう言いつつ覚悟をさせる間も無く、懐への重い一撃。ネギの全魔力を遥かに上回る魔力を込めた拳でフェイトを殴り飛ばす。そのままフェイトは湖面を水切りながら跳ね飛ばされ、視界の遥か遠くへと飛ばされた。そしてそのタイミングを見計らって、月詠との斬り合いを回避してきた刹那が翼を広げて木乃香へと一直線に向かう。

 

「お嬢さまぁぁ!」

「あぁん!センパイのいけず~」

「月詠!おまえええ加減にせい!」

 

 刹那は空中で仮契約カードを取り出してアーティファクトを召喚する。呼び出されたのは、大剣「建御雷」。使用者の意思を汲みながら、その刀身を巨大な刃へと変える。月詠から逃れた勢いのまま、空中から一気に滑空。木乃香に群がる使い魔たちを一撃の下に貫くと、木乃香を拘束する縄と貼り付けられた呪符を切り裂き処分していく。それと同時に召還された使い魔を倒した小太郎が、刹那の邪魔をされない様に月詠の前に立ち塞がり足止めしていた。

 

「せっちゃん……良かった。無事やったんやね」

「お嬢様こそご無事で!遅れて申し訳ありません!」

 

ヴヴゥゥゥン!

 

 さらに大岩の方角から重く低い音が鳴り響く。その音へと注意を向けると、リョウメンスクナノカミの周囲に数mの大きさを持つドーム型の淡い光が何個も現れていた。ドーム型の光は鬼神の動きを拘束し、更に雷の様な音を鳴らしながら、鬼神の全身が封印から抜け出す事を防いでいた。

 

「マスター。結界と拘束弾の設置が完了しました。拘束時間は20秒程です。」

 

命令を完遂したと伝える茶々丸は、未だ煙を上げるガトリング砲を片手にジェットで宙に浮かんでいた。

 

「刹那さん!茶々丸さんも!?な、何か急に逆転って感じ!?」

「は、はい!すごい……!」

「さてぼーや。神楽坂明日菜。本物の実力を持った魔法使い達の力。見せ付けてやろう。しかと眼に焼き付けると良い!良いな!ちゃんと見るんだぞ!?ふははははは!」

 

 もはや悪乗りとも言うべき高笑いを上げ、漆黒の襤褸のマントを翻して空へと飛び立つ。そのまま巨大な蝙蝠の翼の様にマントを広げ、風切り音を上げて上昇する。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 契約に従い 我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが!」

 

 エヴァから放たれる強大な魔力が大量の氷の精霊をこの場へと呼び込む。詠唱を続けると共にリョウメンスクナノカミへと冷気が集中して行き、やがて氷の嵐となる。そのまま絶対零度の巨大な氷柱を何本も作り始め、鬼神の胴体を始めに腕や頭を次々に凍結していく。

 

「全てのものを 妙なる氷牢に 閉じよ "こおるせかい"!」

 

 そして封印。この大魔法固有の封印術を詠唱すると、ガラスが軋む様な音を上げながら、一気に氷の柱が成長して、そのまま全身を閉ざす巨大な氷柱に纏まる。エヴァの魔力を吸いきった氷柱はリョウメンスクナノカミごと周囲の湖をおよそ直径百mに渡って凍り付かせていた。

 

「……すごい。こんな魔法を使えるなんて」

「やった!エヴァちゃん凄い!」

「ふ、まだ終わりでは無いぞ。言っただろう?本物の実力を持った魔法使い達の力を見せてやると。来たのは私だけではない」

「「え!?」」

 

 愉快そうに笑いながら、三日月が浮かぶ空へ向かって指を指す。思わずつられて見上げると、月を背に浮かび上がる白いドレス姿の魔法使いが居た。

 

 

 

 

 

 

「う~ん……。エヴァちゃん張り切りすぎだよ。しかもそんな期待させるような事言わなくても……」

 

 とりあえずあの鬼神を倒さないとね。でも私が倒さなくても、エヴァちゃんがそのまま粉砕してれば良かったんじゃないかなぁ?まぁ止めは任せたって言ってたし、しょうがないかなぁ。

 それにしてもまさかフェイトくんがこんな事をしてるなんて……。どうしてなんだろう?これで世界を救うってどういう意味?って、いけない。今は余計な事を考えないで鬼神に集中!

 

 あらためて鬼神に向かって一呼吸。精神を集中して、夜の眷族へと呼びかける。

 

「契約により声に応えよ 深淵の王 来れ 群を為す夜の牙! 影を喰らう闇! 闇を穿つ影! 打ち滅ぼす敵を見よ! 全てを飲み込む暗き洞! くらやみのせかい!」

 

 呼びかけたのは闇の精霊。問い掛けたのは影の精霊。夜に支配された空に精霊たちが満ちて行く。

 夜空に染み出すように現れた闇色の牙が、リョウメンスクナノカミの周囲を覆って喰らい付く。さらに暗い影の矛が何処からともなく突き出して、鬼神を空へと縫い付ける。それらはやがて繋がって、巨大な暗闇の球体を作り上げていく。そのままリョウメンスクナノカミは球体へと引きずり飲み込まれ、収縮しながら闇と影は自身と飲みこんだものを穿ち削り破壊して、音も無く消滅した。

 

「ふぅ。これで大丈夫。みんな無事かな?」

 

 夜空に浮かびながら半透明の銀翼を見られない様に身体の内に隠し、浮遊術で祭壇からすこし離れた場所へと降り立つ。そのままゆっくりと歩み始め、ネギ達に向かって近づいていく。そこでは唖然とするネギ達と、呆れ怒ったエヴァの顔があった。その温度差に疑問を感じながら視線を送ると、突然爆発するエヴァが居た。

 

「ば、馬鹿かお前はーー!」

「ええぇぇぇぇぇ!?なんでいきなり怒ってるの!?」

「何でここぞと言う時に闇系なんだ!普通ここはあの馬鹿みたいな魔力の聖剣の魔法で一刀両断だろ!?なんでよりによって見栄えが良い方を使わないんだ!」

「だって今は夜だよ!?闇系の方が相性良いじゃない!」

「はぁ……。ま、まぁ、見たかぼーや?これが、本物の力を持つ魔法使いの魔法だ」

「あ、ハ、ハイ!……ぁ……う!」

 

 どうだと問い掛けられてハイと元気良く答えるものの束の間、苦しげな表情で息も荒くなりそのまま突然倒れこむ。唖然としてそのやり取りを見ていた集団も、ネギの容態の急変に顔が強張る。

 

「ネギ!?」

「ネギ先生!」

「兄貴!右半身からだんだん石化してるぜ!」

 

 明日菜を初めとする集団の顔は絶望的だった。目の前で石化していくネギはとても苦しげでしかも救う手立てが無い。ネギは自身の持つ魔法抵抗力で無意識に石化の魔力をレジストしていたが、今はかえってその抵抗力が最悪の展開を呼び込んでいた。徐々に石化する身体は心肺を犯し始め、ネギは呼吸困難に陥っていく。

 

「ふぅん……。今日は運が良いなぼーや。最高レベルの魔法使いの力を、これだけ一度に見れる事はそうそう無いぞ?」

「え?エヴァちゃん、ネギの事助けてくれるの!?」

「無理だな。私は治療系は苦手なんだ。そこに居るじゃないか。保健室の先生が」

「シルヴィア先生!?」

「え、うん。治療薬で何とかなると思うよ?」

「ホントですか!?」

 

 これがフロウくんから聞いていた石化魔法だよね。進行具合から時間の問題だけど、ネギくんの抵抗力もあって十分間に合うね。とりあえずポーチから治療薬の瓶を取り出して……。

 

「大丈夫だよ明日菜ちゃん。これくらいならすぐ治るからね」

「ホントですか!?」

「うん、ちょっと待ってね」

 

 魔法薬を三つ。呪いの解呪用。傷の治癒用。体力・魔力の回復用。それらを次々に取り出して、先の二つをネギの右半身に振りかけていく。するとネギの体から灰色の煙が抜け出して、石化の呪いが晴れて肌の色を取り戻す。そのまま傷の治療薬を振り掛けると、魔法薬は空気中で虹の様に煌き、ネギの全身の擦り傷が塞がっていった。

 

「あ……。ありがとうございます。シルヴィア先生」

「うん。無事でよかったよ。こっちは体力とかの回復薬だからちゃんと飲んでね」

「はい……!」

「ネギ!良かった……!」

「シルヴィア先生凄いねんなぁ~」

「申し訳ありません。こんなに助けて頂いて」

「言ったよね?何かの時は頼ってくれて良いって。ね?」

「はい……」

 

 少し困惑顔の刹那に、一度窘めてから優しく微笑みかける。

 

「え?刹那さん知ってたの?」

「え、そ、それは、えぇと……」

「さすがだね。マギステル・マギ【癒しの銀翼≪メディケ・アルゲントゥム≫】。それだけの魔法薬を同時に使用させて、副作用も魔力暴走も起こさせないなんて」

「――なっ!?」

「貴様!」

「……フェイトくん」

 

 声の発生源になった祭壇の端には、エヴァが吹き飛ばしたはずの白髪半眼の少年。喫茶店で出会った時の青年の姿ではない少年のままの姿の彼が居た。その姿を視界に収めると、ネギ達は一斉に各々の武器を構えて警戒する。そして、その声に応えたのは殴り飛ばした当人だった。

 

「貴様は世界を救うためにシルヴィアの力を借りたい、と言っていたな?あれはこう言う事か?先ほどの鬼神を復活させて貴様はどんな悪を成す?それで何が救える?」

「正義だよ。僕の目的は世界を救うと言う事に変わりは無い」

「ほう……。あれを正義と言うか」

「フェイト……。君は間違ってる!皆を傷付けて。悲しませて!世界は救う!?馬鹿にするな!」

「ネギ!?」

「く!先生!まだ万全は無いのです!ここは!」

「ここは僕が引こう。目的は達した。挨拶も出来たからね」

「何!?」

 

 フェイトくんの目的って?世界を救うためにあの鬼神を復活させる事だったの?でも倒しちゃったから目的を達成できたって言うのはおかしいよね?それともぜんぜん別の事……?

 それともまさか……。ネギくんを挑発しにきたって訳じゃないよね?でもきっとネギくんは、フェイトくんの目的の何かに関係してるんだよね?

 どうしよう。フェイトくんが何のためにこんな事をしたのか私には解らないよ。それにどうして石化魔法なんてトラウマが残る様な事をしたの?

 

「いつか良い返事がもらえると嬉しい。そしてネギ君。無駄な事は止めた方が良い。それじゃあ」

「あっ、待って――」

 

パシャン

 

 慌てて追いかけようとするも、水音が聞こえるとフェイトの形が崩れて消えた。

 

「水の精霊囮か……」

「く……」

「ネギ……。大丈夫よ!あいつ負け惜しみなんだから!」

「ネギ君。元気出してや?」

「ネギー!すまん!月詠の奴逃げられたわ!」

「小太郎君!?」

「それと本山も壊滅しとるし、誰か治療術士つれてこんと!千草姉ちゃんを助けたいんや!」

「そうや!ウチのこと庇ってくれた人がおったんよ!」

「え?そうなの?」

「すみませんシルヴィア先生。祭壇前の女性も治療してもらえますか?どうやら長の密偵だったらしくて……」

 

 あれ?あの人って、一日目の夜にネギくん達を襲ってた陰陽師だよね?詠春さんの密偵って事は、あれは仕事だったって事かな?

 

「うん、わかったよ。今治療薬を出すね」

「ホンマか!?ありがとな!」

 

 再びポーチから石化解呪の為に魔法薬を取り出して振りかける。するとネギの時と同じ様に、灰色の煙が身体から抜け出し呪いが晴れていく。しだいに石化の魔法が解け、本来の肌と服装の色を取り戻し始めた。魔法が解けると、フェイトと戦っていた瞬間の記憶が蘇ったのか、呪符を構えてすぐさま臨戦態勢に入る千草の姿があった。

 

「――お嬢さまぁ!やらせへん!」

「お、おちつけ千草姉ちゃん!もう終わっとる!フェイトの野郎も逃げおった!」

「……は?小太郎?お、お嬢様!?無事でしたか!すんまへん!ウチ最後まで助けられんと!」

「ううん。それでもウチの事庇ってくれたやろ。みんな助かるみたいやし。大丈夫や」

「お嬢様……」

 

 そっか……。この人も木乃香ちゃんのこと大切に思ってたんだね~。

 暴走してるとか思っちゃって悪かったかな?

 

「シルヴィア。こっちも終わったみたいだな。あのデカイのが見えた時はさすがに少し焦ったよ」

「あ、千雨ちゃん、お疲れ様。無事で良かったよ~」

 

 千草の解呪も終わりほっとしていると、岸の方から千雨をはじめ鬼の軍勢を対処していた面々が合流してくる。彼女たちは特に疲労した様子も見えず、また怪我とも言えるものも負っていなかった。そのため準備してきた魔法薬を使うことも無く済み、心底安心するシルヴィアだった。

 

「おや、これはまた意外だな。今日は裏の会合日か何かかい?」

「ネギ坊主。無事でござったか」

「龍宮さん!長瀬さんも!え、あれ?貴女は!」

「あ、みんな無事だったのね!ってえぇぇ!?」

 

 興味深そうにこちらへと視線を送る真名や楓達を余所に、ネギと明日菜は、千雨の魔法衣を見た瞬間に驚愕の表情に変わる。エヴァとの戦いを思い出し、ただただ驚きの声を上げていた。




 京都編での最大の目的は、シルヴィアとフェイトの再接触と、ネギに木乃香の仮契約(パクティオー)をさせない事でした。修学旅行の前からフラグを立てていましたが、木乃香の従者化と言うのは関西の人間から見てどのように映るのかを考えると、原作のネギの石化回避方法は非常に拙いと思います。極端な話、明日菜のハリセンでもどうにかなったような気がします。
 そのためもあり、シルヴィアには過去から現代に渡って魔法薬のエキスパートと言う設定を盛り込んでおき、ここでネギの石化の治療と言う手立てを取りました。

 またネギがフェイトに対して極端に敵意を持ちすぎて居る。と、にじファン連載時に指摘を頂いた回でもあるのですが、原作のネギの故郷の人々が永久石化で壊滅させられて居る事を考えると、原作でのネギのフェイトに対する初見の態度はあまりにもあっさりして居ると思い、激情家に表現してあります。もっとも、ネギの故郷の設定は後付けの設定のような気もするのですが……w

オリジナル魔法
 くらやみのせかい:闇色の球体に任意の相手を吸い込み、闇の精霊と影の精霊による一斉攻撃を行うイメージ。
 (契約により声に応えよ 深淵の王 来れ 群を為す夜の牙 影を喰らう闇 闇を穿つ影 打ち滅ぼす敵を見よ 全てを飲み込む暗き洞 くらやみのせかい)
 原作の「えいえんのひょうが」と「燃える天空」を参考にしてアレンジしたものです。


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第44話 修学旅行(最終日) 正義と悪と明暗(2)

 話としての投稿分は今回はここまでです。


「あ、ああ、あんた私の真似してた人!?」

「エヴァンジェリンさん!こ、この人探すなって……!」

「どうせその内バレるんだ。探す必要は無かっただろう?」

 

 千雨の顔を見るなり明日菜の顔は真っ青になり、まるで幽霊でも見るような目で口をパクパクさせて後ずさりし始めていた。一方のネギは慌てながらエヴァに問いただし、やはり不安げな表情で千雨に視線を送っていた。

 その様子に、フロウとエヴァの悪巧みがこんな所まで及んでしまったのかと思わず溜息をつくが、ここで出会ってしまったものはしょうがないと説明する事にした。

 

「大丈夫だよ明日菜ちゃん。ちゃんと味方だから。ね?」

「え、えぇ!?でも……」

「心配するな神楽坂。お前の真似は二度としない。むしろ頼まれてもしたくねーよ」

「その声って……。は、長谷川さん!?う、嘘、魔法使いだったの!?」

「長谷川さんだったんですか!?」

「くく……。良い顔だなぼーや。神楽坂明日菜。もうこれ以上驚く事は無いと思っていたか?馬鹿め!安心して油断した時が一番危険だと言う事を覚えておくが良い!」

「エヴァちゃん言い過ぎだってば……」

 

 あぁ、エヴァちゃんってば、どうしてこう悪戯好きなんだろう……。千雨ちゃんも困った顔してるし、ネギくん達だってこんなタイミングで脅されても困っちゃうよね。

 明日菜ちゃんは大丈夫かな?後でフォローしないとマズそうな気がするよ。

 

「もう!ホントーに冗談キツイわよ!あの時どれだけ怖かったか分かってるの!?」

「悪かったよ。私だって好きでやったわけじゃねーんだ。顔貸せって言われて、そのまま声まで変えられたんだぞ?」

「お、おちついて明日菜ちゃん。エヴァちゃん達は叱っておくからさ?」

 

 そもそもあの時止めなかったのが悪かったんだよね。

 今度悪巧みしてる時があったらちゃんと止めないと!うん。反省しておこう……。

 

「な、何だ私が悪いのか!?あれは学園長のジジイが依頼してきたのがそもそもの始まりだろ!?私は悪くないからな!」

「いや、悪いだろ……」

「もう、二人とも喧嘩はダメだよ?悪かった事は悪かったって謝らないと、ね?」

 

 二人に強い視線を送り「ダメだぞー」、「謝るんだよー」と気持ちを込めながら見つめると、やがて折れたのかエヴァも千雨も視線を逸らしていく。そのまま黙っているので、「明日菜ちゃんにごめんなさいって言おうね」と促すと、ブツブツ言いながらもちゃんと謝ってくれた。

 

「何か貴重なものを見た気がするでござるよ」

「あぁ、まったくだ。写真を取れなかったのが惜しいくらいだな」

「まてキサマ!まさか売る気だったのか!」

「ちょマテ!そんなの出されたら余裕で引きこもるぞ!?」

 

 予想外の攻撃を受けたエヴァと千雨が抗議をしてかかるが、暖簾に腕押しで効果が無いようだった。しかしシルヴィアは、すぐ側で「録画中です」と呟いている人物が居る事に気が付いたが、「これも良い薬かな?」などと思いながら、関西呪術協会へ向かわないとマズいのではないかと騒動の中に居る集団へと切り出した。

 

「ねぇ、千雨ちゃん。魔法薬余ってるよね?関西呪術協会が石化魔法で壊滅してるって聞いてるから、そっちの救助に行かないとね?」

「え、あぁ、そうだな。予備も含めて使って無いから、ちゃんとあるよ」

 

 関西呪術協会へと向かいながら、千雨の所持している魔法薬と手持ちの魔法薬を確認して、どれだけの人数に使えるかを確認する。しかしその作業をしていると、フェイトが言ったマギステル・マギの名前に反応していたネギが、やはりと言うかシルヴィアに詰め寄っていた。

 

「すみません、シルヴィア先生。マギステル・マギって本当ですか?それに長谷川さんってシルヴィア先生とどんな関係が?」

「あ、それは私も気になった。ネギが目指してるってずっと言っていたのよね」

「私はそんな大層なものじゃないよ?昔ね、大分裂戦争があった後に犠牲者や負傷した人。病気になった人を魔法や薬で助けていたの。それで一部の医療関係者がそう呼んでるだけかな」

「そうなんですか!でもマギステル・マギって呼ばれる事は凄い事だと思います!尊敬しますよ!」

 

 え、えぇと……。なんか凄くキラキラした目で見られても困っちゃうんだけどなぁ。私は困ってた人を見捨てられなかっただけで、人より移動力も魔法の力もあるからやってただけで、そんなに偉いって訳じゃないんだけど……。ど、どうしよう。

 

「え、えーとね。あと、千雨ちゃんはね、私の弟子で、一応従者≪ミニステル・マギ≫なんだよね。エヴァちゃんとは学園長からの修行の依頼で協力していただけだから、許してあげてね?」

「そうだったんですか!じゃぁ千雨さんもマギステル・マギを目指してるんですよね!」

 

 う、千雨ちゃん。そこで「何言ってんだ!?」って目で見ないでくれるかな。私だってネギくんのこんなに期待した目で見られたら困っちゃうんだけどなぁ。

 

「ちょっと待ってくれ先生。私はそんな立派な人間じゃねぇって。だから話を振るな」

「そんな事ありません!これから一緒に頑張りましょうよ!」

 

 えっと。結果オーライ……かな?ネギくんも目標というか、身近に励みになる人がいた方が、ちゃんと道を見失わないで済むよね?日常で魔法頼りな部分が目立つから、千雨ちゃんみたいに魔法を隠して、知られないようにしようって姿勢だけは見習って欲しいんだよね。

 

 千雨の内心、頼むからネギを押し付けるな。ネギからマギステル・マギを目指す仲間だと思われたくない。という葛藤にシルヴィアが気付く事無く、治療の相談や確認をして居る間に本山の千本鳥居を抜け、関西呪術協会の本部に着いていた。

 そこでは逃げ出そうとした巫女や陰陽師。非戦闘員も含めてその一切が石化していた。悲壮な表情を見せる石像達に思わず息を呑む。その光景にシルヴィア達の心中は穏やかではなかった。

 

「なるほど……。ここまでやられていては、かなりの数の治療薬か術士が必要だな」

「そうでござるな~。それにしても拙者らには出来る事はなさそうでござる」

「取りあえず詠春さんの呪いを解いて、治療が出来る術士の人を聞くのが一番かな?」

 

 まずは近衛詠春を。そして治療士を統率してもらい、関西呪術協会の人員と薬品庫にも協力してもらうべきだと言う話に纏まった。そしてネギ達の話を頼りに大浴場付近へ向かうと、日本刀を片手に両手を広げ、石化している詠春の姿があった。その姿を確認すると、シルヴィアはそのまま近づいて魔法薬を取り出し、石化の治療を始めた。

 

「う……」

「お父様!良かったー!」

「長!」

「長さん!」

「――っ!?……シルヴィアさん?……すみません、お手数かけたようです」

「詠春さんがやられたと聞いてびっくりしました。その、彼は……」

「正直寄る年波もありますが、かなりの相手でしたね……」

「近衛詠春。世間話よりも治癒術が使える術士と薬品庫を教えろ。シルヴィア達の手持ちではこの数は足りんぞ」

「えぇ、そうですね。ではこちらへ」

 

 詠春からの案内を貰い、まずは本部内の人々の様子を確認。幸いにも石化した後に身体を破壊された者は無く、あくまで石化したまま放置されているようだった。通常の方法では解呪不可能な永久石化を使われた者も無く、通常の治療で事足りると判断する。

 

「千雨ちゃん、薬品庫の浄化薬の元と手持ちの原液で解呪用の基本溶液を作ってもらえる?」

「あぁ。石化用の解除術式はどうするんだ?」

「それはここの治療士の人にやってもらうよ」

 

 治療薬の基になる溶液が一定レベル有れば、術者の補助に十分になるからね。本当は数を作って一気に解呪術式をかければ沢山作れるんだけれど直ぐに数は作れないし、それに本部に人手が全く居ないから、現状の把握と京都の守護役の人。それから壊された部分の修理に当たる人とか、人手を次々に出してもらわないと困っちゃうからね。

 

「あの……シルヴィア先生?クラスの皆さんの事なんですけど」

「うん、任せてくれるかな?ネギ先生は皆を一つの部屋に纏めてくれる?」

「ホントですか!?でも、なんで纏めるんです?」

「外の様子や、魔法使いの人と一緒に回復したら、バレちゃうよね?それにね、破壊跡とかのショックは与えたくないって思うの」

「そう……ですね。分かりました!僕、皆さんを連れてきます!」

「あ、私も手伝うわよ!」

 

 そして他の関係者が居ない部屋に巻き込まれたクラスメイト達を置いていく。宮崎のどか、早乙女ハルナ、朝倉和美と数名ではあっても魔法の露見を防ぐ為、また出来ることならこれ以上一般生徒を巻き込みたくないと考えたゆえの方法だった。しかしながら麻帆良学園に今回の事は連絡せざるを得なく、心苦しい気持ちも同時に持ち合わせていた。

 

「のどか。良かったです……」

「ゆえゆえ~?」

「はれ?何かあったの?」

「いや~。ちょっち焦ったね~」

 

 そういえば……。魔法の事ってのどかちゃんと和美ちゃんは知ってたんだっけ?夕映ちゃんも魔法の事知っちゃったから……あれ?部屋を隔離した意味ってあったのかな?ハルナちゃんだけ説得するか、あまり良くない方法だけど、記憶の封印もあったんだよね。ちょっと早まったかなぁ。

 

 

 

 それから詠春の指示の元、復活した関西の術士達が石化した人達を治療していく。また各方面の指示や万が一の夜襲に備えて慌しい夜となった。湖で鬼やフェイトと戦っている間にすでに日が変わっていたらしく、本部での治療もあって、今はもう朝方になっていた。

 

「あ~……。このまま修学旅行最終日、どうするんだ?」

「今日も自由行動だからね。ゆっくり寝てても大丈夫じゃないかな?」

「シルヴィアはどうするんだ?」

「ん、ちょっと詠春さん達と相談があるから、千雨ちゃんはホテルに戻ってて大丈夫だよ?」

「そうか?それなら――」

「あ、千雨さん。僕達と父さんの別荘を見に行きませんか!?」

「行かねぇって……。帰って寝させてくれ」

「千雨ちゃんは行かないの?」

「行かねぇって言っただろ?て言うかいつの間に下の名前で呼んでるんだ神楽坂」

「え?別にいいじゃない?一緒に戦った仲間って事でさ!」

「…………まぁ好きにしてくれ。私は帰る。寝る」

 

 面倒くさそうにそう告げると、千雨は足早にホテルへと戻っていった。その後、ネギと5班のメンバー達と詠春は例の別荘に行き、ネギの父、ナギ・スプリングフィールドの面影と手掛かりを見ることが出来たと言う事らしい。

 

 

 

「それでは、シルヴィアさん……。木乃香と例の話ですが」

「そうですね。私は一応名義人だから、問題ないと思いますよ」

 

 助かります。と詠春は頭を下げて、再び今後の事についての話を続ける。それは麻帆良学園での木乃香の立場を守るためのもので、また策略家の義父、近衛近右衛門に一泡吹かせるものでもあった。

 

「本当にあの時と言い、借りを作ってばかりですね」

「あ、あはは。戦争の時はエヴァちゃんとフロウくんが勝手にご迷惑かけちゃって」

「そんな事ありませんよ。あの時のおかげでナギの奴もちょっとは懲りたのでしょうから」

 

 こ、懲りたって言われてもねぇ。エヴァちゃん達がノリノリで悪戯しただけだと思うんだけどね。あの後は私もお世話になる事だってあったし……。とりあえず今は後の事のための相談だね。木乃香ちゃん達にとっても、関西の人たちにとっても重要な事だからね。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「え~っと……」

 

 ホテルに帰って一度寝て、眼が覚めると目の前に朝倉とカモが居た。

 

「朝倉?先生の使い魔もか。人の布団の横で何してんだ?とりあえずカメラの言い訳を聞こうか?」

「寝顔ドッキリを仕掛けさせてもらいましたっす!」

「カモっち!?ちょっ!そこであっさりバラしちゃだめじゃない!?」

「そうか。とりあえずデータ消せ。消さなかったらカメラごと壊す」

 

 魔力を纏って脅しをかけ、軽い風の魔法を発動。

 部屋の中ががたがたとゆれ始め、朝倉ごと包んだ魔法障壁で被害を出さずに脅す。

 

「え、えーと……」

「自分で消すか?私に全部消されるのとどっちが良い?」

「おっけー!消させて頂きます!」

 

 朝倉はそう言うと、画面を見せながら操作を始める。

 寝顔データを消したのを見届けると、カモと慌てて部屋から出て行った。

 

 て言うか……。あのデータ全部消した方が良かったな。狙った様な盗撮写真ばっかじゃねぇか。委員長とか確実に追い回してそうだな。まぁ、私が映って無いから良いか……。

 

 寝ぼけ眼にそんなことを考えつつ、その日は特に何事も無く終わった。

 そして翌朝。京都駅に集合した生徒と教員達は新幹線に乗り大宮駅まで。こうして一部で波乱を見せた修学旅行は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 そして修学旅行の後、学園長室に入るシルヴィアとフロウの姿があった。その手には修学旅行の依頼の報酬の強制文書≪ギアスペーパー≫が握られ、同時に詠春と取引した案件も携えていた。

 

「こんにちは学園長。何だかフロウくんがまた強制文書を作っちゃったみたいだから、そっちの処理をしちゃおうと思って来たんだけど、今の時間は良いかな?」

「ふぉっふぉっふぉ。今回は世話になったぞい。して、どのような内容かの?」

「簡単な事だ。木乃香が関西預かりの魔法使いになった。そんでもって詠春が麻帆良内のテナントビルを丸ごと借りたいんだとよ。表向きは京物のアンテナショップ。裏は事務所と宿泊施設と地下の大型フロア付きの関西呪術協会出張所だ」

 

 フロウが学園長に鋭い視線を送りながら、とても愉快そうに詠瞬との取引案件を口にする。その内容を聴いたとたんに学園長の顔色が変わり、慌てふためいた表情で反論に出る。

 

「何じゃと!?婿殿が出張所を立てたいというのはまだ解る。じゃが木乃香は……」

 

 しかし木乃香は一般人扱いであり、関東魔法協会だけでなく、魔法使い人間界日本支部に所属している魔法使いでもない。その木乃香が関西で自分の意思で魔法の世界に足を踏み込み、西の長の娘として生きると宣言した。さらに魔法使いの従者契約まで済ませたと説明を続ける。

 そこまで聞くと学園長は半ば諦め顔になるが未だ未練はあるらしく、木乃香を何とか自分の所属にしたいようだった。

 

「それじゃこの話は無しだな。木乃香は関西の学校に通うって事で終了だ」

「ふぉ!?何故そうなる!?」

「木乃香ちゃんが自分で、詠春さんに後を継ぐって言ったんだよ?それなら木乃香ちゃんの意思を尊重したらそうなるんじゃないのかな?こっちに出張所を作っておけば、西と仲良くしたいって言ってたみたいだし、良い関係が築けるんじゃない?強制文書をこの件で一枚処分できるなら安いと思うんだけどな?」

 

 うーん。なんだか私、フロウくんみたいだよ。木乃香ちゃん達の手伝いをしたのは間違いないんだけど、ちょっと心が痛むなぁ。それにビルの土地はこっちの権利だから文句も言えない形。本当に何だか黒いなぁ。

 

 話を聞いてから思案顔になった学園長は急に算盤をはじき出し、そのままブツブツと何かを考え込むようにして数分。考えを纏めたらしく重々しく口を開く。

 

「……ビルと地下空間の土地代は、年間使用料から割り引いてくれるんじゃろ?」

「くくく。そう来たか。良いぜ、麻帆良であって麻帆良じゃなくなるからな。ただし場所はこちらが指定するぞ?心配するな、『学園関係者』を刺激するような場にはしねぇよ」

「ふむ。仕方が無いの。それで一枚処分出来て木乃香を手元に置けるなら安いかのぉ~。しかしこれは参ったの」

「自業自得だぜ?ネギ坊主と一般人護衛をやってた瀬流彦だけじゃ、とても対処できる事態じゃなかったからな。最初からもっと予備策張っておけよ」

 

 予備策の言葉を聞いた瞬間、再び学園長が思案顔になる。

 しかし今度は僅かな間のみで答えが出た。それはネギを再び鍛えて欲しいと言うものだった。

 

「え?でもそれって、学園の魔法先生だって出来るでしょ?私達に依頼する程かな?」

「高畑君はやってくれたじゃろ?紅き翼≪アラルブラ≫とはなかなか良い関係だったと聞くぞい?」

「タカミチは自分で懇願してたじゃねぇか。エヴァのところで必死でガトウの技を完成させてたな。今回は本人じゃねぇぜ?それに俺達のところで教育して良いのか?うるさくねぇか?」

「かまわんぞい。表向きは麻帆良学園で済む。学園の魔法先生ならお主の名前で黙るじゃろう?マギステル・マギ殿?」

「学園長……。そういう使い方は止めて欲しいんだけどな~?」

「良いぜ。ただし本人が懇願して来たらな。報酬は現実時間の1月で2000万か9万ドラクマ」

「た、高すぎじゃぞ!?」

 

 えぇ!?ふ、フロウくん?それはぼったくり過ぎじゃないのかな?いくらなんでも魔法使いの授業料どころか、会社員のお給料レベルですらないよ!?

 ほら、学園長真っ青だし!開いた口が塞がらないって顔してるよ!

 

「せ、せめて500万くらいにならんかの!?それではビルの割引が意味を成さんぞい!?」

「じゃぁ700万だな。これ以上下げるならなんか付けろ」

 

 うーん、でもそれって良くないよね。これがきちんとした大人のビジネスって事なら、また違うんだと思うけど、相手はネギくんなんだしそういう汚い所見せて喜ぶかなぁ……。あ、でもエヴァちゃんなんら世の中の悪を知らずに何が正義だとか、屁理屈言いそうだし。

 でも、やっぱり私は嫌だな。お金で強くなるような修行をしてもらっても嬉しくないよ。

 

「フロウくん。それはちょっと止めようよ?修行内容の条件は付けたいけどさ」

「何?……良いのか?いくらでも捥ぎ取れるぞ?」

「ふむ。それは助かるんじゃが、どんな条件かの?」

「えっとね、一つ目は修行方法に口を出さない事。二つ目にどういう道を選択しても、結果はネギくんの責任だと言う事。三つ目はネギくんを私の弟子扱いにしない事」

「む……。前二つは分かるんじゃが三つ目は何故じゃ?」

「私はもう千雨ちゃんを見てるからね。それに私の名前は嫌でも通ってる。そうしたらネギ君の立場もあるでしょ?」

「なるほど……。英雄の息子ってのはめんどくさいからな。俺やエヴァなら直接紅き翼の奴らとやりあってる。焚き付け甲斐はありそうだ。だがな、俺からも条件を付けたい」

「ふぉ?まだあるのかの!?」

「当たり前だろ?ネギだけじゃなくて明日菜や他の奴も話をしに来た場合だ。そいつらが首を突っ込むならそいつらの意思次第だが同じ様に結果は責任もたねぇぞ?てなわけで、四つ目はネギ以外は勝手に断っても、選択の結果に文句も言わねぇ事だ。そしてネギ坊主だ。あいつは教員って立場もある。学園長から依頼が有ったってきっちり説明するぞ?これで五つ目だな」

 

 あれ?なんかいつの間にか随分と条件が増えちゃった気がするんだけど?でもまぁ、変な事にはなってないよね?誰も彼も見ますよってなっちゃたら、私達の生活だって立ち行かないし、皆見る事になったらただのサービスだものね。

 それにしもフロウくんはネギくんだけじゃなくて、クラスの子達も弟子入りに来るって思ってるのかな?ネギくんは確かにその……随分とキラキラした目で見られちゃってたから分かるんだけど。もしかしてのどかちゃんとか?

 

「ただでさえ3-Aは曲者ぞろいだからな。今回関わった奴が全員来たらどうする?面倒なんて見切れねぇよ。しかも『学園関係者』の候補だ。俺は嫌だぜ?」

「ふむ……。それで良ければワシとしては問題ないぞい」

「くくく。どうなっても後悔するなよ?」

「もう、フロウくんってば……。それじゃ学園長。書類をよろしくね?」

 

 

 

 こうして木乃香ちゃんと刹那ちゃんの所属の問題は関西預かりで解決。

 出張所で定期的に修行をする事になって、こちらも関西経由である程度の『依頼』は受ける事に。

 

 それからネギくんが修行を頼んできた場合。

 まずはネギくんと対面して、どう考えているか話をしてみる話で落ち着いた。

 

 後は、今回の修学旅行でネギくんや私達の存在を知ってしまった一般人の子。

 もし私達の所に来てもネギくんと同じく責任は持たない。というか持ちきれません。

 学園内では本人の意思確認が取れれば魔法生徒候補としてある程度融通するみたい。でも学園長のことだから、本当かどうかかなり怪しい気がするんだよね……。

 

 そしてフェイトくんの事。彼が世界を救うと言うのは決して他人事じゃない。

 私自身がもつ使命に関係があるのかもしれないからね。

 彼がどこにいるか分からないから後手に回っちゃうけど、考えておかないといけないね。

 

 そうして色々な問題を残しながらも、修学旅行の後片付けは一応解決する事になりました。




 次回からは原作7巻。ネギの弟子入りになります。
 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。 


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閑話 修学旅行(番外編) ある人の独白

移転前、53.5話・閑話(2)に当たる話です。
日記のような形式で、淡々と今回の修学旅行の裏側で起きていた事を語って行きます。


 2002年後半、某月某日。

 

「千草姉さん。報告書回って来ましたで」

「おおきに、そこ置いとき」

 

 どれどれ……って、何やこれ!?木乃香お嬢様が修学旅行で京都と奈良に来はる!?

 これは東のアホ共から取り返すチャンスや!

 近衛の狸ジジイめ!古来より続く伝統を捨てて東に行きおって!

 日本の西洋魔術師の代表にまでなった天狗に一泡吹かしたる!

 

 数日後。

 

「ほな、よろしゅう頼んます」

「ええ、裏から手配まわしときますわ」

 

 とにかく観光地や交通機関の裏手には手を回した!

 これでどこから来はってもこれで潜り込めるわ!後は人員探しや。

 そうやな……。神鳴流の護衛あたりがええやろか?

 

 

 

 2003年2月末。

 

「ちょ!千草姉さん!この報告書見てんか!」

「何ややかましい!どないしたんや!」

 

 ふむふむ……ぶはっ!?お茶吹きかけたやないか!

 お嬢様の先生に西洋魔術師って何の冗談や!高畑先生とやらは拳士やからまだええ。

 今度のは確実に魔法使いやないか!あの狸ジジイ何考えとんのや!

 

 そして再び数日後。

 

「月詠いいます~。神鳴流のご指名ありがとうございます~」

「犬上小太郎や。強い奴とやれたらそれでええ!」

 

 とりあえず神鳴流は雇えた!小太郎は傭兵みたいなもんやから問題ないな。

 これで西洋魔術師のガキ先生に嫌がらせしつつ、お嬢様を取り返すんや!

 

 

 

 2003年4月中旬。

 

 修学旅行の下見もとい安全確認のために近衛詠春を尋ねて来たシルヴィア達。

 その様子を隠形術を使い、隣室に隠れ探っている1人の女術士が居た。

 

「こんにちは詠春さん」

「お久しぶりです、シルヴィアさん。フロウさん」

「よぉ、元気にしてたか?」

 

 誰やあの銀髪の女?長の知り合いか?

 それにしても何やあの緑頭。口の悪い小娘やな。

 

「それで今回の修学旅行の件、私としては問題無いのですが……。木乃香が”帰ってくる”と言う事で、下の者の中には少々やっかみを言う輩が居ましてね」

 

 う、さすがに気付かれとるか……。もっと慎重にせなあかんな。

 

「護衛ってアイツか?竹刀袋持って影から見てるだけのヤツか」

「あえてぶっちゃけるが、役立たずだぜ?あれじゃ千雨でも木乃香を攫えるぞ?」

「長谷川千雨さんでしたか――」

 

 はぁ!?何やっとるん護衛の小娘!役立たずとかホンマ何しとるんや!

 決めた!西洋魔術師と合わせて根性叩き直したる!

 

「なるほど……。もしよければ、一度刹那君と手合わせできませんか?」

「詠春。おまえ、千雨をけしかけろって、言ってるのか?」

 

 うん?話がおかしゅうなって来はったな。

 根性叩き直してくれはるんか?それならそれで歓迎や。

 ウチらと関係ない奴等言うのはいけすかんがお嬢様の安全には代えられへん。

 

「出来れば木乃香には普通の生活を送らせてあげたいのですが……」

「でも学園長は、木乃香ちゃんにはおいおいバラすって言っていたよ?」

「義父がそんな事を……?」

「木乃香が自分でどうするか決めたら、下の奴らだって態度をハッキリするんじゃないのか?英雄の娘で長の娘でもあるんだ、もういい加減知らないじゃ済まない歳だろう?」

 

 ……やっぱり狸ジジイやな。しかし長の気持ちも分かるがその通りや。

 お嬢様が西の舵を取ると本気になってくれはったら、確かに文句を言う奴はおらんやろ。

 

「わかりました。修学旅行での事を見てはっきりと決めたいと思います」

「……手遅れにならないと良いな?」

「対策は練ります。木乃香がどう決めても良い様に対応もすることにします」

 

 あちらさんは帰ったか。それにしても長はホンマに決断しはるんか?どっちや?

 むしろお嬢様が断わりはったら、どないしはるんやろか……。

 

「そこの者。出て来なさい。今なら笑って許しますよ?」

 

 な、き、気付かれた!?アカン!歳食った言うても大戦の英雄や!

 下手な事は出来ん!く……、大人しく出て行くか?

 

「……お呼びでっしゃろか?控えとっただけですえ」

「隠形術の修行ですか?まだまだですね。それにしても最近、西洋魔術師に恨みを持ち、復讐のために木乃香を狙って暗躍するものが居ると聞きます。心当たりはありませんか?」

「何の事でっしゃろ?聞いた事がおまへん」

 

 アカンな……。

 ここで誤魔化しきれへんかったら、計画は終わってまうか?

 

「天ヶ崎千草さん。良い修行があるのですがそちらをやってもらえませんか?」

「はぁ……。どないな事やろか?」

「木乃香に手を出すのも許しましょう。ただし傷つけない事。その力を利用しない事。それからネギ君にも大怪我はさせない事。それを守るのであれば、嫌がらせでも何でもしなさい」

 

 ――っ!?ど、どない言う事や?

 気付かれとるのは分かった。しかしこれは何が言いたいんや?

 

「ネギ君はかのサウザンドマスターの息子。彼にとっても良い修行になるでしょう。木乃香には本気でこちらに踏み込む気があるのか見極める試練になります」

「長。……本当にそれでええんですの?そないな事言いはるんやったら、西洋魔術師のガキども纏めて叩きますえ?」

「先ほど居た彼女。シルヴィアさんと言いますが、彼女とその関係者とお弟子さんにだけは決して手を出さない様に。彼女とのパイプは後々も重要です。それ以外なら一般人を傷つけない常識の範囲でやりなさい」

「……かしこまりました」

「不服そうですね。貴女が両親の事で西洋魔術師を恨んでいるの知っています。ですから今回限りにしなさい。意味は分かりますね?」

「……これっきり手を出すなと?」

「復讐はするな。と言う意味ですよ」

 

 アカン……。これは断れる内容やない。むしろ受けへんかったら二度と手が出せんへん言う事か。

 それならお嬢様がどないにしはるか見極めつつ、任務として大っぴらに西洋魔術師のガキを叩いたる!護衛の小娘も根性直っておらへんかったら同罪や!

 

「その話、お引き受けします。ウチは準備がありますさかい。これにて失礼させて頂きます」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 

 

 長の密命を受けてから数日後。

 

「フェイト・アーウェルンクスです。よろしく」

 

 まさか西洋魔術師を雇う事になるとはな……。

 しかし日本の文化・陰陽道を学びに留学に来たトルコ人?ホンマか?

 まぁ魔力は高いみたいやし、ガキはガキなりに使こうたるか。

 

「なぁ千草姉ちゃん。俺達どうするんや?」

「ウチが奴らが乗っとる新幹線に潜り込んで挑発してくる。あんさん達は一行がこっちに着いてから出番や。それまで大人しゅうしとき」

「つまりまへんな~」

「すぐ出番やさかい、待っとき!」

 

 

 

 修学旅行1日目。

 

 さて、いよいよやな。あの小僧か。英雄の息子はん。覚悟しとき……。

 

『車内販売のご案内をいたします。これから皆様のお席に――』

 

 ワゴンの売り子した隙に仕掛けさせてもろうた。 お手並み拝見や!

 

「キャ、キャー!?」

「カエルー!?」

 

 これくらいでビビんなや。さてお嬢様は……。

 うん?守りの護符を持っとるな。きちんと気も込められとる。護衛の小娘が渡したか?

 お嬢様が使われはったんかまだ分からんな。

 それでもこちら側に踏み込んでくはった言う事か?それならそれで希望が持てるな。

 

 そしたら英雄の息子はんは……。はぁ?なんやあれ、親書手に持って奪ってくれ言う事か?

 ……いっそ、奪ったるか?

 

「――行け」

 

 懐から式神用の型紙を取り出す。

 気を込めて投げ放つと実体の有る小鳥の姿となり、あっさりとネギの手から親書を奪った。

 

「あーー!?待てー!」

「兄貴!あれは日本の『式神』!使い魔の魔法だ!」

 

 あ、あっけなさ過ぎや。マヌケ過ぎやろ……。さて、挑戦状でも貼り付けとこか?

 

 

 

 修学旅行1日目の夜。

 

 もう既に旅館の裏に進入済みや。ここに来るんも分かっとったから簡単やったな。

 さて、式神放って様子見や。

 

「キャーー!?」

「お嬢様!?」

「え?こ、木乃香!?」

「せっちゃん!?変なおサルがー!」

 

 ふむ。やはりお嬢様はこちら側のこと認識してはるな。防御符で式神が近づき難こうなっとる。

 って護衛!入り口側に庇うんはアカンやろ!こんな結界符簡単に入れるで。

 

 

 

「……アカン。引き上げや!行くで月詠はん!」

「え~。もうちょっと~」

「置いてくで!?早よ来い!それではお嬢様。またいずれお会いしましょう」

 

 ちっ!あのガキ!思ったよりやるやないか!まだまだ未熟やけど、術の出力がかなり高い!

 それにあの小娘のハリセンは何や?反則過ぎるやろ!

 

「簡単にやられたね」

「……あの変なハリセンの小娘がおらへんかったらもっとやれとったわ!」

 

 く……。新入りの癖にデカイ口叩きおって!

 

 

 

 三日目の昼。ゲームセンター裏で。

 

「小太郎。どないやった?」

「ん~。よー解らへん。殴った方が早いやんやっぱ」

「アホか!お前何のための偵察や!」

「けど姉ちゃん達が本山に行く言うてるのは聞こえたで?」

「何?そんならお嬢様はそれでええか。良し月詠!――っておらへん!どこ行きよった!」

「なんか、白髪の奴が用があるゆーてどこか行って、それに付いてったで?」

「あああ、あのアホー!もうええ!小太郎!先に行った西洋魔術師ども殴って来い!結界は張ったるさかい!思いっきりやれ!」

「おっしゃぁ!そういうのを待ってたんや!行くでー!」

 

 

 

 三日目の夕方過ぎ。

 

「逃げ切られたよ?」

「これで良いんや。お嬢様が裏のことを知って積極的になってくれたのも分かった。あのガキにはまだしたりんがやる事はやった。これで仕事も終わりや」

「それはいけない。まだ貴女には動いてもらわないと」

「……どない言う意味や?」

「リョウメンスクナノカミを復活させる。あれを見てみたいんだ」

「何を言うとるんや!?あれの制御には莫大な力が居る!……まさか!?」

「それじゃ、湖面で準備をしてもらおうか?断れば協会の者を石化して、一体づつ破壊していく。意味は分かるよね?」

 

 ぐ……。アカン。このガキやば過ぎる。目的の為には手段は選らばへん眼や!

 かと言って断れへん……!長は間に合うやろか!?

 仕方が無い。出来る限り遅らせて、儀式の準備するしか無いか……?

 うん?そう言えば小太郎はどこ行ったんや?

 

 

 

 仕方がなくリョウメンスクナノカミ復活の祭壇を奉る。

 祭壇に寝台を設置していると、木乃香を連れたフェイトが帰ってきた。

 

「連れてきたよ」

「むぅー!」

「お嬢様!?く……あんさん」

「口を塞いでいるだけだよ?さぁ、復活の儀式を」

 

 それを聞くと寝台のお嬢様を背に、フェイトに向かって構える。

 アカンな……。少しでも時間稼げるやろか?

 

「……邪魔をするのかい?」

「あぁ、お嬢様の力は使わせへん。やりたければ自分一人で勝手に出して丁重に終え!お札さんお札さん――」

「そう。――ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ その光我が手に宿し 災いなる眼差しで射よ 石化の邪眼」

「くぅ!ウチらを守っておくれやす!」

 

 詠唱を終えるとフェイトの指先に石化の魔力が集まる。

 指差した千草を目掛け、木乃香に当たらない範囲で放たれた光が、千草の防御をあっさりと突き破り破壊する。札による防御も効果を見せず、そのまま千草の身体を石化していく。

 

「が、うぅ……!お、札さん――」

「遅すぎるよ。おやすみなさい」

 

 さらに札を取り出し構えようとする。

 しかし、光に貫かれた部分から、猛烈な速さで石化が進み意識が薄れていく。

 

 ……あ、かん……お嬢、さ――。

 

 

 

 次に気が付いた瞬間……。

 眼の前には小太郎とお嬢様がおって、西洋魔術師のガキとその仲間に囲まれてた。

 ウチは結局、何も出来へんかった……。

 

 

 

 修学旅行が終わった数日後。

 

「お疲れ様でした。天ヶ崎千草」

「申し訳ありまへん。長。お嬢様の事。約束守れへんでした」

「い、いや、千草姉ちゃん。あのフェイトって奴に一人で立ちむかっとったんやろ!?符術で応酬しとったんやないんか!?」

「小太郎。抵抗してたとしてもな?結果は傷つけとるんや。ウチのミスや。責任は取らなアカン」

「姉ちゃん……」

 

 悔しい……。フェイトの実力は生半可なもんや無かった。

 けれども……。結局西洋魔術師の奴らに解決されてもうた事。

 お嬢様を守れへんかった事も……。

 

「そうですね。ところで今度麻帆良学園都市に京物のアンテナショップが出来るのですが、店員が足りないのです」

「はぁ……?どないな事でっしゃろ?」

「実は学園都市とは、その土地の全てをある銀色の女性が保有していてですね。彼女とのパイプでその土地の一部。そこの独立した雑居ビルを関東より優先的に使わせてもらえる事になりまして、一階に販売店、二階以上は事務所、住居施設、地下の広大な空間と有るのですが……」

 

 ど、どない言う事や?長の命令違反の責任の話ちゃうんか!?

 京物の売り場……?いや、本命は住居や地下の空間?……まさか!?いや、しかし!

 

「ウチなんかで、宜しいんですか?もっとやれる人材はおると思います」

「これは罰ですから。好き好んで関東に長期派遣に行く人間がここには居ないのですよ。そのついでですから。木乃香に『品物の見本』でも見せてあげると喜ぶかもしれませんね」

 

 そんな……。こないな上手い話ありえへん。

 けど、ここで受けへんかったら、先日の恥は雪げへんで!

 

「その命、謹んでお受けいたします。必ず良い品物を売らせて頂きます」

「ええ。任せましたよ」

「なぁなぁ姉ちゃん。それ俺も行って良いんか?ネギと再戦したいんや!」

「お前、ちょっとは空気読めへんのか!」

「構いませんよ。好きにしてください」

「本当か!よっしゃぁ!」

 

 

 

 

 

「千草さん、こんにちはー」

「お勤めご苦労様です」

「お嬢様。呼び捨てで結構です。上に立つものが下のものに敬称はあきまへん」

「そんな事言うても今は先生やし。ウチがそう呼びたいんよ」

 

 長といいお嬢様といい似たもん同士なんは遺伝か?それにしてもこないな環境はホンマにありえへん。

 長……。西の皆見ててや……!ウチが持っとる技術は全てお嬢様に伝えます!

 お嬢様なら必ず大陰陽師として成長してくれはります。やったるで!見てろや東の西洋魔術師ども!



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第45話 話し合い。これからの事。


少し会話回が続きます。戦闘描写を続けた後なので、物足りないと感じるかもしれません。
内容の進展というよりは、タイトル通りの確認回になります。


 修学旅行が終わった翌日、学園長の依頼についてきちんと話し合いをしておこうと言う事で、私達はエヴァちゃんの家に集合しています。それにネギくんが来て大分経ったから、今後の確認もちゃんとしておこうって事で話し合いの最中です。

 それから茶々丸ちゃんには悪いけど、プライベートだから録画をしない様にお願いしてあります。

 まず最初はネギくんの修行の話。それと他の一般生徒が魔法の事を聞いて来た時の対応の打ち合わせかな?どっちも学園長からの依頼と、契約書の結果なんだけど。出来るだけ悪いようにはしたくないんだよね。

 

「エヴァちゃんはネギくんの事どう思う?」

「知らんな。それにぼーやが懇願して来たら、という話だろう?それに二度も茶番をする気は無いぞ?」

「だがな、これからもネギ坊主と3―Aが騒動の中心だってのは間違いない。頑張ってもらう事に越した事は無いぜ?」

「ふん。それならお前が見てやればよかろう?仮に私が見るにしたって、タダで教えてやるのも癪だな。そうだな、どうしてくれようか……。ふふふ」

 

 やる気は無いって言ってるけど、実は乗り気になってたりするのかな?あんまり変な事しないと良いんだけどね。この間の事もあるから、変な悪巧みをしないように、ネギ君がエヴァちゃんのところに来た時は、ちゃんと見張っていないとね。

 

「その事ですがマスター。ネギ先生は古菲さんに中国拳法を教えて欲しいと頼んでいました」

「なんだ。ぼーやは魔法使いは諦めたのか?」

 

 え、そうなの?もしかしてこの間の事がショックで魔法使いをやめる……なんて事は無いね。あの異様にキラキラした目つきを見たら、魔法使いをやめるというか、マギステル・マギを目指すのを止めるなんてとても思えないよ。

 それにしても何で中国拳法なのかな?茶々丸ちゃんは何か理由を知ってたりする?

 

「先日のフェイトと名乗る少年対策の様です。相手の動きが複合的な中国拳法であった為かと考えられます。古菲さんにもその様な事を話されていました」

「あの詭弁のガキか……」

「ふぅん……。て事は魔法拳士にでもなる気か?おもしろい。千雨。やっぱりおまえネギ坊主に喧嘩売って来い」

「やらねぇよ!何でそうなるんだよ!」

 

 なるほどね。ネギくんの今のスタイルは後衛型の固定砲台のスタイルだものね。湖の祭壇でフェイトくんと戦って、目の前で体術と魔法で圧倒されていたみたいだから、それを考えたら体術も必要って考えたのかなぁ。

 それにネギくんはかなり怒ってたみたいだし、フェイトくんの事を相当気にしてるんだねぇ。それともまさか、ただがむしゃらに強くなりたいってだけだったりは、しないよね?

 

「良いじゃねぇか。ジジイに契約させた条件だ。こっちに来たらボコボコにしてやろうぜ?」

「修行方法に口を出さず、結果はぼーやの責任で、と言うやつか。先日の様な手心は加えずにとことんやれと言った所だな」

 

 程ほどにして欲しいんだけどね?エヴァちゃん達が本気でやってネギくんが再起不能になっちゃっても困るかね?うん?どうしたの千雨ちゃん。夕映ちゃんの事?この間助けたからやっぱり気にしてたんだね。

 う~ん、夕映ちゃんとは席が隣だったよね。それじゃぁ、きちんとどうするか考える様に言っておいてくれるかな?私達と学園との関係まで言わなくて良いけど、魔法の世界に踏み込むのと踏み込まないのでは大きく人生が変わっちゃうからね。

 

「分かった。ちゃんと考える様に言っとくよ」

「他の奴らでも同じだな。面倒見切れねぇからしつこい様ならネギ坊主にでも押し付けるか?慈善事業じゃねぇんだ」

 

 え、それって結構な人数だよね?明日菜ちゃんとのどかちゃんがいて、修学旅行で関わった四人も加わって、そうするとネギくんがとても大変な事になっちゃうよ?今年の夏には3-Aの生徒達が魔法関係に巻き込まれるのは分かってるけど、今の時点で踏み込まずに戻れるなら、安全面とも含めてその方が良いと思うからね。

 

 って、エヴァちゃん!?ネギくんに覚悟を示してもらう事にするって何!?前みたいに意地の悪い悪戯はだめだよ?ちゃんとフェアに解決する方法じゃないとお金を取らないって契約した意味が無いよ?分かったって本当?フロウくんも考えておくなんて言ってるけど、そんなにやり笑いをしながら答えても説得力がないよ……。

 千雨ちゃん、エヴァちゃんがネギくんに変な事言い出さないように見張っててね?そんな、無理とか言わないで出来る範囲で良いからね?

 

 

 

 うんそれじゃ、ネギくんと今回関わってしまった生徒達の放心決めはこれで終わりね。そうしたらさ、後は今後の事の話をしたいんだけど良いかな?確認しておきたい事もあるからね。

 

「あぁ、原作の話しだな。そんな話をするって事は京都で何かあったか?」

 

 ちょっとね。確かにこれからの事も話したいんだけど、京都でフェイトくんって名前の男の子と戦ったんだ。白い髪のいつも半目になってる石化魔法の使い手なの。一度目は青年に成長した姿だったんだけど、戦った時はネギくんと同じくらいの身長に若返ってたんだよね。だからちょっとどっちが本当の姿か分からないんだけどね。

 

「フェイト……!?」

「あの詭弁のガキだな。シルヴィアの鍵の魔法に興味があると言っていたか?世界を救うためだと言って鬼神を復活させたが理由が掴めん。アレを使わんでもそれ相応の実力はある様に見えたぞ?」

「……思いだしたぜ!あいつは完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫だ!それからシルヴィアの鍵の魔法の『リライト』だ!」

「え!?それって『セフィロト・キー』の?」

 

 吃驚したー。フロウくんてば急に大声上げるから何かと思ったら、まさかここで『リライト』がまた出てくるなんてねぇ。しかも『完全なる世界』?あれって、20年前の大分裂戦争を裏で操っていた秘密組織だよね?

 

『彼らは世界を滅ぼすつもりです』

 

 なんて事を紅き翼≪アラルブラ≫のアルビレオさんが話していたんだよね。それってどう言う事かな?フェイトくんは世界を救うって言ってたのに滅ぼす?

 でも私には『良い返事』を期待してるって言ってた。フェイトくんの期待って言うのは、間違いなく『セフィロト・キー』と『リライト』だよね?誰かを救いたいって思ってるのかな?

 

「あぁ。もううろ覚えだが原作知識だ。実は最初シルヴィアの『リライト』で死ぬと思ったんだ。原作でアレを食らったやつが次々と消滅してたからな。原子分解魔法≪ディスインテグレイト≫って言ってた奴がいた気がする。だがシルヴィアのは逆に再構成だ。それで転生者を全部救い終わって、もう必要無いって思ってた」

 

 げ、原子分解ー!?女神様ってばそんな危ないアイテム私に預けてたの!?でも、実際は大丈夫だったんだよね?じゃ無かったらフロウくんはここにいないし……。いや、その確かに女の子にしちゃったけど、もともとその雌竜だったじゃない。今ここで蒸し返されても困っちゃうよ。

 えぇと、とりあえずね?フェイトくんが世界を救うって言うならば、その魔法を使うのはおかしいよ?アルビレオさんが言うように、世界を滅ぼす為の魔法って言うなら考えられるけどさぁ。

 

「ならばそこに何か理由が有るのだろう。あの鍵の魔法は魔法理論を大幅に無視していた。おそらく奴にとってそこが重要なのだろう。世界を救うだの言っても矛盾だらけだ。現時点で敵だという事には違いない。盾突いてくる様なら叩き潰せば良い」

 

 エヴァちゃん、それはまた極端だよ。たしか別の面から見たらそれはそうかもしれないけど、世界を滅ぼす組織と、世界を救いたいフェイトくん。もしフェイトくんがその組織の中で悩んでいるなら、私は話を聞いてみたいって思うよ。

 あれ?そう言えば『グレートグランドマスターキー』は?あれも鍵だよね。女神様が、鍵を手に入れる事で世界を存続させるって言ってたし、もしかしてあの鍵でも誰かを助ける事が出来るって事?

 

「さぁな。とりあえず気にし過ぎんなよ?フェイトと戦う事になっても、あの本に『リライトの影響を受けません』って書いてあったはずだ。最悪は俺達が向かえば良い。だから余計な心配はするんじゃねぇぞ?」

 

 うん。ありがとう。とりあえず私達転生者フェイトくん、というか完全なる世界の魔法に対抗する手段があるって事だよね。気を付けなくちゃいけないのは、千雨ちゃんにエヴァちゃん達だよ?分解なんてされたら、さすがに治療は難しいと思うからさ?

 

「あぁ、必死で避ける。分解なんてされてたまるかよ。さすがにそれで直すとか無理だろ……」

「要は食らわなければ良い。どんな効果があると言っても魔法なのだからな。発動と着地点に気を付ければどうと言う事は無い」

「ハイ。ご忠告ありがとうございます」

 

 本当に気を付けてね?特に千雨ちゃんは生身だから、治癒魔法で直すのにも限界があるからね。エヴァちゃんなら再生が得意だから全身で受けなければ何とかなるかな?茶々丸ちゃんは、ロボットだからなんて言い方はしたく無いけど、無理な事はしないでね。皆、大切な家族だって思ってるんだからさ?あ、そうだ、こっちの事も確認しておかないと。

 

「皆に聞いておきたい事があるんだけど、誰か『グレートグランドマスターキー』って聞いた事あるかな?」

「何だそれは?お前の『セフィロト・キ-』以外にも魔法の鍵があったのか?私は知らんぞ?」

「記憶が擦れるくらい、むか~~しに言ってた使命の話しか?……俺も覚えてねぇな」

「麻衣ちゃんにアンジェちゃんは何か覚えてる?」

「……覚えて無いですねー。前に言った分だけですよ」

「私はお姉ちゃん事くらいだよ~。漫画も最初しか読んでなかったもん」

「フフ♪私の事だけを覚えて居てくれたとはな。さすがはアンジェだ!」

「わ~い♪お姉ちゃ~ん♪」

 

 あ~、うん、いつもの事なんだけど仲良いよね。抱き合っちゃってるし。二人とも幸せそうな顔をしてるけど、みんなも呆れ顔になっちゃってるよ?とりあえず話を進めようかな。

 

「それじゃ『造物主』って誰か記憶にある?夏が近づいて来たけどぜんぜん情報が無いんだよね」

「思い出せねぇな……。それが何だ?」

「その造物主って人が、『グレートグランドマスターキー』の持ち主だって聞いてるんだよね」

「例の今年の夏の話か。そいつがフェイトと関係あるのかどうかなんて分からねぇぜ?」

「何だ。分からない事だらけじゃないか。だが結果的にそいつとは戦う事になるんだろう?」

「うん、それはそうだね」

 

 これは私がこの世界に居る使命だからね。女神様は必ず倒すようにって言ってけど、どんな人か解らないって言うのがネックなんだよねぇ。今の時点でどんな事をしてる人なのかも分からないし、戦争を起こすなら単純に悪い人なのかな?だからって決め付けはよくないし、フェイトくんみたいに話が出来るかもしれないよね。

 

「まぁ。あんまり気にすんなよ。分からねぇ事だらけって言っても。戦う事は分かってんだ。それまでに備えられる事は備えれば良い。現時点で戦争の空気なんて欠片もしねぇぜ?」

「そうだね……。でもフェイトくんには会う事があったら話をしてみるよ」

「それ相応の実力者だ。いかにお前の魔力が高いと言っても気を付けろよ?」

「うん、ありがとう」

 

 後はこれから起きる事だね。私達だって何が起きるかはっきり分からないから、予測を立てて情報収集をするくらいしか、今は出来ないけれど、分かってる事を大きく纏めると……。

 

 

・もうすぐ始まる麻帆良学園祭中にトラブルが起きるという事。

 格闘大会でネギくんが結構頑張るという事。

 仮契約者が増えるという事。

 

・今年の夏に魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に行って、大きな戦いがあるという事。

 

・グレートグランドマスターキーの能力も場所も解らない。

 鍵の持ち主の造物主は誰か分からない。

 

・そしてフェイトくんは完全なる世界に関係があると言う事。

 『リライト』に気を付けないといけないと言う事。

 

 

 とりあえず今、気を配らないといけないのは学園祭かな?夏の事は私達だけじゃなくて、ネギくんや明日菜ちゃん達こそ魔法世界に行く事になると思うから、結局は学園長が修行を見てくれって言っていた事に繋がると思うんだよね。

 

「そうだな。とりあえずネギ坊主はボコボコだな。俺は格闘大会が気になるぜ?」

「な、なんか違わないかな!?」

「ふむ、格闘大会か……。麻衣は何か覚えているのか?」

「ちょっと!フロウくんてば!」

「……ネギ君が出た事くらいですねー。ぜんぜん覚えて無いですよ」

「もう、全然聞いて無いじゃない」

 

 それでもやっぱりネギくんのレベルアップは必須だよね?今回の修学旅行で色々と学ぶ所があったと思うんだけど、ネギくんは糧にしてくれてるかな?

 学園祭が六月末だから、それまでにある程度実力を付けてもらわないと夏に間に合わなくなっちゃう。って、あれ?もしエヴァちゃんの弟子になったら、ダイオラマ球って多分使うよね?もしかして最悪ネギくんを年単位で放り込んだりとか……。流石にしないよねぇ?

 

「まぁ良いじゃねぇか。最悪千雨が何とかするぜ?」

「だから何で私ばっかりそういう役なんだよ……。お前の方が強いだろ?」

「だから俺より強くなってもらうんだよ。アーティファクト使い切れてねぇだろ?あと魔力制御と咸卦法も上手くなれ」

「無茶ばっか言うなよ……」

「と、とりあえずさ、格闘大会以外も何かあるんじゃないかな?」

「そればかりは分からんな。各自で周りながら警戒しかあるまい。あとは結界を張り巡らすか?」

「そうだね。麻衣ちゃん、世界樹の結界お願いできる?」

「……はい。大丈夫ですよー」

「あとネギ先生の仮契約はどうするんだ?多分、クラスメイトなんだよな?宮崎の事考えたら綾瀬とかか?他には朝倉くらいか?アイツはやめて欲しいんだがな……」

「うーん。契約者が増えるのは妨害しても起きるはずだし、様子を見る事しか出来ないかも?」

「マジか……。見てるだけってのはツライぞ」

 

 あんまり気にしないでね?千雨ちゃんが日常を大切にしたい気持ちは分かるからさ。

 魔法使いの道に入る事しかなかったのは何とも言い難い所はあるんだけれど、千雨ちゃんがある程度は割り切ってくれてるのは分かってるよ。私達だって出来るかぎりサポートはするからね?

 

「取りあえずこれくらいか?それだったら今度メガロのゲート開いてくれるか?ちょっと調べ物とかしてくる」

「え?あっち行って来てくれるの?」

「あぁ、情報屋とかも当たってみる。まぁあまり期待しない方が良いぜ」

「うん。解ったよ。よろしくお願いね」

「おう。こっちの事は任せたぜ」

「……逃げた様に見えるのは私の気のせいかよ?」

「よし。じゃぁグラニクス行くか?一ヵ月くらい」

「断る!誰が行くか!」

「くくく。それじゃネギ坊主の相手だな」

 

 なんて話をしながら盛り上がりつつ、今回の話し合いは終了です。まずは次の登校日――来週の月曜日だね。そこでネギくん達の姿勢を確認して、それからフロウくんの情報を待つ事になりました。



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第46話 弟子入り週間(1) 悩める少年少女

「みんなおはよーう!」

「おっはよー!修学旅行楽しかったね~!」

 

 相変わらずテンション高けークラスだな。修学旅行明けだってのによ。それにしても楽しかった……か。結構裏側で大変だったんだが、知らないで済んだならそれで良かったんだろうな。

 もし私が一般人だったら……。やべぇ、先生の突発的な行動とか、二日目の仮契約祭りで巻き込まれてた気がしてならねぇ。つーか、騒いでる奴らに比べたら遥かに体力はあるはずなんだが、結構疲れてるぞ。あいつらほんとに一般人かよ?

 

「千雨さんおはようございます!」

「ネギ先生、おは、よう……ございます?何で、そんな眼で、見て来るんです?」

「それはその。やっぱりマギステル・マギを目指す仲間が居るかと思うと、つい嬉しくって!」

 

 ぐ……。なんだそれ。いつの間にか仲間扱いされてるじゃねぇか。しかも「一緒に頑張りましょう!」とか言いながらキラキラした目で見つめてくんじゃねぇよ!。あぁそうか……。これが手遅れって奴か。誰か助けろ。

 

「こらネギ!教室でそんな事言っちゃマズイんじゃないの?千雨ちゃん困ってるじゃない。ごめんね?あと、おはよう!」

「……おはよう」

 

 なんかもう疲れたな。適当に理由作って早退するか?それとも認識阻害使ってでも逃げるか?マジで。はぁ、とりあえず席に着くか、やってらんねーけどな。って、なんだ綾瀬。そんな何か聞きたそうな顔をして。もしかして、この前の事か?

 

「長谷川さん。その、先日の事ですが……」

「お前ここで話す気か?周りは何も知らない奴だらけだぞ?」

「だからこそです。逃げ場が無いのではありませんか?」

 

 逃げ場って言われてもな。綾瀬、お前だってそうなんじゃねぇか?この前みたいに危険な魔法使いが相手だったらどうすんだよ?それにやっぱ何かのフラグ立ててたじゃねぇか。どうやったら折れるんだ?

 それにしても綾瀬は聞かないと納得しないって顔してやがるな。このままここで話し出しそうな勢いだし、周りの奴らに聞かれても困るな。気は進まねぇがポーチから認識阻害用の魔法薬でも出すか。そのまま机の中に隠して蓋を開けて……よし、これで効果が出るはずだ。

 

「長谷川さん、香水の持込は禁止なのでは?」

「話しがバレない魔法の香りが出るんだ。あんまり気にすんな」

「そうなのですか。それで先日『身の振り方を考えておいた方が良い』と言われて、私なりに考えたのです。私としては出来るならば――」

「死ぬぞ?もうちょっと考えろ」

「な、何故ですか!あの言い方では!」

「夕映さん?どうかしましたか?」

「え!?い、いえ何でも無いです……」

 

 あくまで認識を逸らす香だからな。さすがに大声出せば先生には気付かれるって。て言うかこっち睨むなよ。しょうがねぇな。綾瀬の奴通じるのか?やるだけやってみっか。

 

(綾瀬。聞こえたら頭で返事しろ。伝えたいって考えるだけで良い)

(――!?……な、これは!?テレ――パシー、ですか?こ――れも魔法?)

(念話魔法ってやつだよ。まぁさっきのは悪かった。一般人には問題ないんだが、先生とかには大声出せば気付かれる)

(――先に、言って――欲しかったです!)

 

 何か、聞き取り難いな。魔法を知らない一般人が返事出来るだけましなのか?

 

(悪い綾瀬。聞き取り難いから、とりあえず一方的に伝えるぞ?)

(――!はい――です)

(私は小学校の時に死に掛けた。この前の鬼みたいなのに襲われてな。その時、私はこっち側に関わるしかなかったんだ。あんたはまだ戻れる。本気で覚悟出来るか出来ないかですぐに死ぬ世界だ。だからもっと良く考えろ。一日や二日で結論出すんじゃねーよ)

(――ぅ。――く――しか――し)

(何も今この場で諦めろなんて言ってねぇよ。記憶の問題もあるしな。だけどもっと良く考えろ。私が言いたいのはそれだけだよ)

(――……わ――かり――ました……)

 

 綾瀬。お前はどうするんだ?色々起きるらしいのは分かってるんだが……。このままこっちにくれば夏に巻き込まれ確定ルートなんだよな?

 私は……一般人に戻れるなら、戻ったほうが良いと思うぜ?

 

 

 

 さてと、放課後か。どうすっかなぁ。シルヴィアに綾瀬の話をしに行っても良いんだが。そういえば麻衣は私の時みたいに覚えてるのか?聞いたほうが早いか?

 

(麻衣。聞こえてるか?)

(……ちうたん?どうしました?)

(何でお前はいつも最初にちうたんって言うんだ……。黒歴史を引っ張んじゃねーよ!)

(えー?でも今でもネットもコスもやってるじゃないですか?)

(昔ほどじゃねぇ!あ、いやそんな話をしたいんじゃなくてだな……。ウチのクラスの綾瀬って奴見覚えあるか?前世の話だ)

 

 麻衣が覚えてれば綾瀬は確定ルートなんだがな。どうなんだ?

 覚えてなくてもあの勢いじゃネギ先生を脅してでもこっち側に来そうなんだが……。

 

(……ぜんぜん覚えて無いですよ)

(そうか。それじゃ確認も取れないな……。ありがとよ)

(はーい)

 

 そうか、覚えてねぇか。となると……。うかつに手は出せねぇな。とりあえず相談には行くか。修行もやらねぇといけねぇし、まずはエヴァの家に行ってだな、それから――。

 

「長谷川さん。やはりお話は出来ないですか?」

「綾瀬!?お前決断早すぎだろ、って言うかなんでこんな所にいるんだ!」

「先日の修学旅行で、シルヴィア先生が長谷川さんを弟子であると仰いました。そして先生はエヴァンジェリンさんとも親しい様子でした。先生のお住まいが分からないため、寮に居なかった長谷川さんをこちらで待ち構えていたのです」

 

 こいつ根性ありすぎだろ。もうちょっと何か別の事に使えねぇのかよ?

 とりあえずもうエヴァの家だし、相談してみるか?私一人で決めらんねぇからな。

 

「分かった。とりあえずエヴァの所で話だけは聞いていけよ。そこで諦めろって言われても私は何も出来ないぞ?」

「……分かったです」

 

 分かった、ねぇ……。お前の顔はとてもじゃないがそんな事で納得しないって顔だぞ?何でそんなに魔法の世界に足を突っ込みたがるんだ?私は出来るなら関わらない方が良いって思ってるし、平凡とか普通とかってのは貴重なんだぞ?

 

「なに、私の弟子にだと?」

「はい!京都での戦いをこの目で見て、魔法の戦い方を学ぶならエヴァンジェリンさんしかないと!」

 

 客か?ってネギ先生!?まさか本当に弟子入りに来たのかよ。しかもエヴァに魔法の戦い方を教えてもらうって、スパルタ希望なのか先生はよ。シルヴィアに弟子入り……は、名目上やらないんだったか?て事は結局私等のところに来たら、エヴァかフロウの弟子って事になるのか?

 だめだ……。どっちに弟子入りしても、不幸な目に合う未来しか予測がつかねぇぞ先生。

 

「それで?タカミチにでも習えばいいだろう?」

「う、それはその……。タカミチは魔法が得意では無いですし、シルヴィア先生は治療術士なんですよね?確かにマギステル・マギで尊敬すべき人です。けれども大橋で初めて戦った時の事や、フェイトをものともしない強さを見て、エヴァンジェリンさんしかいないって!」

「ほぅ、つまり私の強さに感動したと?」

「ハイ!」

 

 そうか……。まぁ、シルヴィアは防御とか補助的な技術を蓄積してきてるからなぁ。攻撃魔法も確かに凄いんだが、体術は苦手だし。制御力と魔力の高さなら、ある意味エヴァも超えてるんだぞ先生。

 そういえばフロウは無視か?ていうか先生は会った事無かったな。って、綾瀬の事忘れてた。とりあえずエヴァに話してみるか。

 

「エヴァ、ちょっと良いか?」

「あ、千雨さん!あれ、夕映さんもどうして!?」

「えー!?なんで夕映ちゃんまで来るのよ!」

「千雨か。なに、ぼーやが弟子にして欲しいとか言い出したのでな。話を聞いてやったところだ。それで綾瀬夕映は何だ?どこで拾ってきた」

「ひ、拾われたわけではないです。私は魔法やこの学園に関して知りたくて来たです!」

「だそうだぼーや。先生なんだから教えてやったらどうだ?」

「え、で、でも……」

 

 ちょっとマテ、そう簡単に教えちまっていいのかよ?それに先生に丸投げかよ……。けど3-Aで関わるって事は、夏には危険が伴うって事だよな?学園長はもう隠す気は無いみたいだが、それでホントに良いのかよ?

 

「それよりもぼーや。忘れている様だが私は悪の魔法使いだ。そんな相手にものを頼むと言う事はそれ相応の対価がいると言う事だ。分かるか?」

「え、それはどういう……」

「まずは跪け。それから足を舐めろ。わが僕として永遠の忠誠を誓え。話はそれから――」

「アホかーー!」

 

スパーン!

 

「へぶ!?」

「アスナさーん!?」

 

 はぁ!?エヴァの障壁無視とか何やってんだ神楽坂!お前人間かホントに!つーかまぁ、確かにエヴァの発言は馬鹿というか、10歳の子供に言う台詞じゃねぇな。何考えてんだよアイツは。エヴァと神楽坂が言い争い始めたんだが……。まぁいいか。

 

「ネギだって一生懸命に頼んでるのに、そんな態度は無いんじゃないの!?」

「頭下げて教えてくださいって、それだけで魔法を教えるバカが居るか!」

「待ってくださいエヴァンジェリンさん。それは先ほど私に言った事とは矛盾するのではないでしょうか?ネギ先生は既に魔法使いです。素人の私に教えて良いと言った先ほどの言葉。ネギ先生には教えないと言うのは理論的におかしいです」

「ほう……。言うじゃないか。だからと言って対価も無く弟子にしてくれと言う奴がどこの世界に居る?お前だってそうではないか?何の対価も無く秘密を教えろと言うのか?」

「う、それは確かにそうですが」

 

 対価ねぇ、なんだか雲行きがおかしくなってきたな。私が魔法使いの道に入った時はシルヴィアが相手だったから、対価なんて言われなかったんだが。エヴァやフロウだったら悪どいからなぁ。一体何を要求するつもりだよ。昨日の話しぶりからすると、先生の事はある程度面倒見てやる気なんだよな?

 

「おい千雨。こっちに座れ」

「え?何だよいきなり」

「立場の話しだ。ちょうどぼーやだけではなく神楽坂明日菜も来た。綾瀬夕映はついでだが、来たからには話を聞かせてやる」

「ちょっとマテ!それは巻き込み確定じゃねぇか!」

「構わん。ただし一般人には他言無用だ。こいつの本質は知りたいという欲求だ。魔法も知りたいと思うに過ぎない。綾瀬夕映にとって退屈な学校の授業よりは、よりこちらの世界を深く知る事が目的。そういう眼をしている」

「え、いえ。魔法を使える様になりたいとも思うのですが……」

「それなら尚更だ。千雨。良いから座れ」

 

 ったく。相変わらず勝手だな。まぁ、きっちり説明する事になってるからな。悪いな先生。

 綾瀬は……。あまり考えさせる時間がなかったな。魔法を使えるようになりたいって気持ちは本当だったみたいだが、知識欲ねぇ。魔法の勉強の方が綾瀬は満足するって?どうにも表面だけしか見てない気がするんだがな。

 とりあえず座るか。そんな不思議そうな目で見るなよ先生?私がエヴァ側だってのはとっくに気付いてるんだろ?

 

「え?あの、どう言う事ですか?」

「千雨ちゃんってエヴァちゃんの弟子って訳じゃないのよね?」

「まぁな。けど私達は麻帆良の魔法使いであっても違う立場なんだ。悪いな」

「違う立場ですか?つまり麻帆良学園には魔法使いの派閥があると言う事なのですか?」

「勘が良いじゃないか。私達はシルヴィアを中心にした『管理者』と呼ばれている」

「すみませんエヴァンジェリンさん。初耳なんですけど、本当なんですか?」

 

 先生の言う事も分かるよ。私が学園の魔法生徒だったとしても、何言ってんだコイツ?って思うからな。私らの事は魔法先生の中でも立場がある人間しか知らねぇからな。うん?て事はある意味先生は昇進か?

 

「ねぇ。何でそんな話が出てくるの?ネギが弟子にして欲しいってダメって事?」

「本気でなりたいなら構わん。だが学園長のジジイとの取引済みの話しだと言う事を忘れるな?それに立場も違うと言う事もな」

「学園長が……ですか?それはその、以前の大橋の時の様に?」

「ちょっと待ってください。取引済みと言う事は、組織としてなのでしょうか?先ほどの話しならば金銭のやり取りなども?その、管理者というのは……。名称で麻帆良学園とは立場の差が有る様に聞こえるのですが……」

「え、でも学園長達と仲が良いんですよね?」

「仲が良いというのは厳密には違う。互いに利益関係にあると言う事だ。当然金銭のやり取りもある。だが喜べぼーや。シルヴィアがそれじゃ喜ばないだろうって事で、今回に限りタダだ」

「本当ですか!?」

 

 やっぱりこういうのは混乱するよな。今まで自分が居た場所っていうか、先生の場合も一応組織か?まぁそんな自覚は無かったんだろうけどな。学園関係者としては自分の土台が崩れるような気持ちは有るんだろうな。

 それはそれとして、タダで良いのか先生?エヴァの修行でどんな事になるか分かったもんじゃねぇからな。私だったら金払ってでもタダは止めてくれ。きちんとコース作ってくれって言うな。

 

「つまり条件付きでぼーやの修行を見てやると言う事だ」

「はい!どんな条件ですか!?」

「な、何よそれ。何をさせるつもりなの!」

 

 なんか綾瀬は気付いてるっぽいな。訝しげな目でエヴァの事見てるし、ある意味ここでの選択ってのは先生の将来に響く。魔法使いって確かあっちだとキャリアとか必要なんだろ?そう言う意味じゃ学園長は本当に狸って事か……。最悪は取引してシルヴィアの名前も使うつもりなんだろうな。

 

「それはな、どんな修行方法でも文句を言わない事。そしてぼーやが修行の結果どんな選択をしても、それはぼーや自身の責任だ。後はシルヴィアの弟子は名乗らない事。シルヴィアにもぼーやにも立場があるからな。そして、これらの立場の違いを説明してた上で、それでも修行して欲しいかと言う事だ。私は悪の魔法使いだぞ?どういう結果になっても文句は言うなよ?」

 

 ここでエヴァが一睨みか。さて、どうする先生?多分先生が想像してる以上にエヴァの修行はきついぞ?とりあえず補足してやるか。説明してやらねぇままじゃさすがに可哀想だ。

 

「先生。マジで良く考えたほうが良いぞ?エヴァのイジメは半端じゃないからな……」

「なんだそれは。イジメではなくせめて拷問と言え」

「同じじゃねぇか!むしろ酷くなってるぞ!取り合えずこういう奴なんだ。それに自分の立場とか、将来とかもっとちゃんと考えた方が良いぞ先生」

「はい!僕はエヴァンジェリンさんから学びたいと思っています!」

「ちょ、ちょっと!良いのネギ!?だって悪とか言ってるし、責任も取らないって」

「分かっていますアスナさん。それでもマギステル・マギのシルヴィア先生や、目指している千雨さんもいっしょなんです。それにお二人とも僕の立場考えてくれて、タカミチとの修行を薦めたりして、選択も説明もしてくれています。そんなエヴァンジェリンさんを悪い人だと思えません!」

 

 先生……随分と堂々と言い切るな。ちょっと驚いたぞ。て言うかエヴァのヤツ優しいとか言われてるんだが……。おいマテ!微妙に赤くなってるとか何でツンデレスイッチ入ってんだあんた!

 小声で「ま、まぁ、そこまで言うなら……」とかそっぽ向いて言うなよ。隣だから聞こえてるぞ? うん?何だいきなり綾瀬のヤツを睨んで。ビビってるじゃねぇか。

 

「……言ったな?ならば弟子入りテストをしようじゃないか」

「は、ハイ!どんな事でも乗り切って見せます!」

「綾瀬夕映。お前を今週末までに魔法使いに仕立て上げる。ぼーやはそれと戦え。どれだけ本気で戦えるか覚悟を見せろ」

「「「え!?」」」

「エヴァ。マジで言ってるのか?」

「あたりまえだ。どうだぼーや。怖気づいたか?」



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第47話 弟子入り週間(2) 修行する少年少女

「しかしエヴァンジェリンさんそれでは……」

 

 な、何言ってんだコイツ?って目で全員から見られてるんだが大丈夫か?まぁ、ネギ先生と綾瀬はメチャクチャうろたえてるんだがな。綾瀬のヤツもエヴァが魔法を教えても良いって言ってるのに、それで先生と戦えって言うのもなぁ……。アイツの性格の悪さがスゲェでたな……。

 いや、マテよ?ある意味、先生も綾瀬もこういう事だってありえる、っていう授業になるのか?私だったら……。シルヴィアやエヴァと敵対する。いやでも、そんなのは考えられねぇな。何が起こるか分からないって意味じゃ、確かに有効か?

 

「知りたくて来たのだろう?折角のチャンスだぞ?それに断るならこの話は終わりだ。それくらいの覚悟が無くては魔法使いなどやってられん」

「おいエヴァ。それ真面目に考えてんのか?綾瀬のやつ死ぬんじゃねぇのか?」

「何を言う。貴様とて死ぬ気で魔法を覚えただろう?」

 

 まぁ、そうだけどよ……。先生大丈夫か?顔が青いぞ?何かぶつぶつ言って考えてるみたいだが、綾瀬はどうなんだ?先生よりは顔色は良いんだがな。

 

「……そう、ですね。やはりその、危険は承知していたのですが、面と向かって先生と闘えと言われると思って居ませんでした」

「ではやめてしまえ。ろくな覚悟もなくこちら側に踏み込むな」

「そんな事はないです!修学旅行の事もありますが、『身の振り方を考えておいた方が良い』と言われた私なりの結論です。それに今更引く事など出来ません!」

 

 え、ちょっとマテ。まさか私のせいか!?そんな血走ったような目でこっち見んじゃねぇよ!あの時巻き込んだのってどうしようも無かったからで、一般人ルートはまだ入れるぞ!?

 

「やる気らしいぞぼーや。どうする?」

「えぇ!?ちょっと、夕映ちゃんホント危ないのよ!?」

「はい。魔法の世界に踏み込む覚悟は出来ています」

「……分かりました!夕映さんが本気なら僕も先生として、恥ずかしくない行動を選びます!」

 

 先生も上手く乗せられちまったか……。ある意味先生のガキっぽさを刺激した感じか?それにしてもエヴァの事だから、綾瀬は週末まで超ハードモードだな。

 せめて、差し入れくらい行くか?それくらいしてやらねーと流石に目覚めも悪そうだしな。

 

「それから聞いたぞ?最近中国拳法を習っているそうじゃないか」

「え、そ、それはあのフェイトに対する戦い方の研究で!」

「構わん。好きなだけやれ。ただし手は抜くなよ?本気でやれ。腑抜けた事をすれば弟子入りは認めんぞ?綾瀬夕映。終わった後はぼーやから習うなり盗むなりしろ。そこまで面倒は見切れん」

「はい!」

「分かりましたです!」

「弟子入り試験の日程は今週の日曜日。深夜0時に集合。制限時間15分の1本勝負だ。場所は私の別荘の魔法空間を使う。そうだな折角だから勝った方には賞品でも付けてやるか」

「え!?」

「賞品……ですか?」

 

 賞品?珍しいな。こいつが人になんかやるなんて槍でも降るんじゃねぇか?……言ったらマジで降らされそうで怖えぇな。

 

「そうだ。ぼーやが勝てばサウザンドマスターの話を少ししてやろう」

「え!本当ですか!?」

「あぁ。綾瀬夕映が勝てば何か魔法具でもくれてやろう」

「魔法具……。魔法の力が使えるアイテムといった所ですか?」

「そうだ。ふふふ、少しはやる気になったか?ぼーや」

「は、ハイ!」

 

 なるほど。先生は親父さんの情報で釣るって事か。しかし綾瀬に魔法具ってのはちょっと手抜きじゃねぇか?何もやらないよりましだろうけどよ。

 とにかく日曜日だな。今週1週間でどこまで綾瀬が先生に対抗出来るようになるか。基礎理論から初級魔法の詠唱。まさか、上級魔法なんて教えねぇよな?てか教えても流石に無理だろ?て事は先生を精神的に攻めるとか、意表を突いた小技なんだろうな。

 あっ!しまった……。シルヴィアにエヴァが悪巧みしてたら止めてくれって言われてたんだった。やべぇ完全に忘れてた……。

 

 

 

 

 

 

「こ、こんばんは。夕映ちゃん」

「こんばんはです。シルヴィア先生。それにしてもこれは驚きですね。球型の瓶の中にこんな空間があるだなんて……」

 

 まさか帰ってきたらこんな事になってるなんて……。夕映ちゃんに魔法を教えるだけでも凄く意外だったのに。しかもネギくんと試合させるなんて思いもしなかったよ。でものどかちゃんじゃなかっただけましなのかな?ネギくんの事が好きみたいだしそこまで刳い事はしなかっただけましなのかなぁ……。

 それにしても、夕映ちゃんの表情が生き生きしてるね。これはちょっと止めづらいなぁ。それに『管理者』の事をネギくんだけじゃなくて、他の子にも教えちゃうのは予想外だったよ。

 

「私も予想外だったよ。てっきり私が弟子入り試験とか言って、私が先生にけしかけられるんじゃないかって思ってたぞ」

「当たり前だけどさ、夕映ちゃんは完全に素人だよね?エヴァちゃんはどうするつもり?」

「とりあえず属性調べだ。千雨の時はダイオラマ球を使って数日で初心者魔法は使えてたんだ。それを中心にしてぼーやと戦える様にする。もっともそれで済ます気も無いがな」

 

 う、明らかに悪巧みだよ……。千雨ちゃんに止めてってお願いしておいたのに。とりあえず千雨ちゃんに視線を送ってみようかな。ってそんなに目を逸らさなくても良いと思うよ?私だって止められた自信は無いからね。

 それはともかく、エヴァちゃんが相性の良い属性を調べるための簡易魔法書を持ってきてくれたから、とりあえず夕映ちゃんにサインしてもらわないとね。え?呪いとかかからないから大丈夫だよ。これで夕映ちゃんの向いてる属性が分かるからね。

 

「綾瀬夕映。この紙の中央にサインをしてみろ。それで相性の良い属性が分かる」

「中央ですか?分かったです」

 

 うん、ちゃんと魔法書の効果が出てるね。サインしたインクが解けて属性に向かって伸びてる。夕映ちゃんの得意な属性は何かな?

 魔法書の中央にある大きな円の周りにある四大属性の風に向かって中位の矢印。それから四大からは逸れた外周の雷が一番伸びが良いね。それから円には関係の無い闇系も伸びが良いかな。他には極端に得意な属性も苦手な属性はなさそうだね。

 あれ?もしかして。雷と風の相性が良いってネギくんの得意属性と被ってる?

 

「闇ですか?それは問題が無いのでしょうか?一般的には少々良くないイメージを受けますが」

 

 うん、大丈夫だよ。あくまで力の方向性だからね。一般的なイメージは確かにあるけど、魔族とか特殊な環境じゃない限り大丈夫だよ。安心してくれて良いからね?

 

「そうなのですか」

「それじゃぁ、シルヴィア。こいつに闇の祝福をしてやれ」

「え!な、なんで!?」

「その方が成長するからに決まっているだろう?なにも仮契約しろとは言っていないんだ。その程度は何の問題も無い」

 

 闇の祝福は今までやった事が無いんだよね……。あんまりやりたくないなぁ。相性が良い子にやって方向性間違えてほしくないし。それが原因でとんでもない事になっても困っちゃうからなぁ。

 

「シルヴィア先生はそんな事も出来るのですか?それに仮契約とは?」

 

 そうだね。光と闇が出来るよ。それに仮契約っていうのは、魔法使いの従者になる契約の一つ。これをすると仮でも正式な契約だから、安易にしない方が良いと思う。それにしてもエヴァちゃん。何で闇の祝福なのかな?

 

「わざわざ真祖の私に聞くか?光より教えやすい上に相性も良いんだ。強化するのに使わない手はない」

「そう言う事を聞きたいんじゃなくてね?方向性を間違えたら怖い結果になると思うよ?」

「何の問題も無い。闇だからと言って、安易に悪では無いと先ほど自分で言っただろう?」

 

 その通りではあるんだけどね?だからって初心者の夕映ちゃんに、闇の祝福をするのはどうかと思うんだよね。

 

「あの、すみません。この様な事を聞くのは失礼であるとは分かって居るのですが、エヴァンジェリンさんの方が年下に見えます。ですが物言いが随分高い目線の様に感じます。もしかしたら実際は違うのでしょうか?」

「それで合ってるぞ。シルヴィアの方が三百年は長生きしてる。私はせいぜい六百年程だ」

「え、えぇ!?ど、どう言う事ですか?」

「良いのかよ。そんなにあっさり言っちまって」

 

 ほとんど一般人の夕映ちゃんに言う事じゃないんじゃないかな?そう言う事を話すって事は、夕映ちゃんを結構本気で育てようとしてる?でも自分の立場をちゃんと決めたわけでも無いよね?

 ねぇ、エヴァちゃん。それは夕映ちゃんに話す事じゃないと思うんだけど……?エヴァちゃんはどう思ってるの?

 

「構わんだろ。ここでの事は他言無用と伝えてある。それにこいつは知りたいという欲求にのみ突き動かされる人間だよ。その上で判断させれば良い」

 

 知りたいって欲求かぁ……。そういえばエミリオさんが研究以外に興味は無いって言ってたね。夕映ちゃんもそういうタイプなのかな?超ちゃん達も科学に魂を売ったとか物騒な事言ってたなぁ。

 それでも、今の夕映ちゃんは自分の立場を選べないと思うし、話せる事には限界があると思うんだよね。夕映ちゃんはそれで良い?

 

「それは何故ですか?」

「私達『管理者』には私達だけの秘密がある。学園との決め事もあるしとても複雑なの」

「やはりそうなのですね。京都での事やネギ先生の言動からも想像はしていましたが……」

「エヴァちゃん。私が話せる事は話すよ。でもエヴァちゃんが魔法を教えるって言ったんだから、そこはちゃんと面倒見てあげてね?」

「あぁ、良いだろう。週末まで後五日ある。ダイオラマ球を使えば……。そうだな1ヶ月くらいには出来るだろう」

 

 い、1ヶ月伸ばすって。

 そりゃネギくん相手に初心者がいきなり勝てるわけ無いんだけどね。

 

「そんな事まで出来るのですか?」

「う、うん。夕映ちゃん頑張ってね。それからエヴァちゃんにしっかり色々聞いてね?」

「え?はい。分かりましたです」

 

 それじゃまずは魔法の基礎的な事を説明からだね。それに私が天使である事。エヴァちゃんが吸血鬼だって事も。学園結界や夕映ちゃんの立場として、学園預かりの魔法生徒予備軍になっている事も説明しておかないとまずいよね。

 

 

 

「そうだったのですか……。本当にこの学園は不思議があまりにも多いですね。それに学園の生徒が魔法を知れば、学園長には筒抜けなのですね。そうすると、のどかやハルナはどうなるのでしょうか?何も言わずにここまで来てしまった事で少々不安になりました」

 

 う……それも説明し難いなぁ。でもちゃんと何がどうなっているのか話しておかないと、後で困っちゃうよね。のどかちゃんはすでにネギくんの魔法使いの従者≪ミニストラ・マギ≫で魔法関係者扱いだし、ハルナちゃんも同様に学園預かりだけど、まだ直接見てしまって記憶がハッキリしていないから問題は棚上げされてるんだよね。

 

「のどかが?いつそんな事になったのです?まさか、ネギ先生がのどかに何かを!?」

「え、えぇとね。ネギくんと言うか……」

 

 やっぱりはっきり言っておかないとダメだよね。修学旅行二日目の夜のキスが原因で、従者契約になっちゃってるって言わないと。あの時はネギくんの使い魔がやった事だけど、夕映ちゃんも関わってたみたいだからね。

 

「そんな……。私の、せいなのですか?あの時私が余計な出しゃばりをしたから?」

「そんな事ねぇだろ。どの道宮崎が本気で先生を追いかけるならいつか通る道だぜ?」

 

 確かにそうだね。魔法使いのネギくんと、一般人の扱いのどかちゃんだと凄く大きな壁があるからね。本気だったら切っ掛けとしては良くない言葉だけど、既成事実みたいなものなんだよね。

 でも夕映ちゃんが今それを知ったんだから、のどかちゃんとも向き合う切っ掛けにならないかな?

 

「そ、そうです。確かに落ち込んでは居られません。仰る様にのどかがネギ先生の隣を歩くならば、避けて通れない道には違いないのでしょう。私自身も魔法の道へ進んだ事で、それを知る事が出来たのだと言うならば、私ものどかを見失わずに済みそうです」

「そっか……。親友だったよね」

「はいです。エヴァンジェリンさんの言葉通り、今回の事が終わったらのどかとネギ先生にきちんと話をして、魔法もちゃんと学びたいと思います」

「とりあえず今は私が教えてやる。シルヴィアに聞きたい事もあるだろうがまずは初歩からだ。さっさと始めるぞ?」

「はいです!よろしくお願いするです!」

 

 それから修行を始めた夕映ちゃん達。しばらくするとやっぱり闇の祝福をして欲しいと頼まれてしまって、悩んだけど夕映ちゃんが自分で決めた事だからと祝福をかける事に。

 そのまま1時間が24時間になる設定のエヴァちゃんのダイオラマ球の中で、エヴァちゃんの攻撃魔法の嵐にチャチャゼロちゃんの連携と、かなり激しい修行になっていた。

 

「ゆ、夕映ちゃん大丈夫?」

「ダメかもしれません……」

「エヴァの奴無茶するだろ?ネギ先生が弟子になった時は、きっともっとキツいんだろうって思うよ。私の時でさえこれよりキツかったんだぞ?」

「これでも楽なのですか」

「ふん。後悔したか?だが自分で選び踏み入れた道だ。それを忘れるなよ?」

「ハイ!後悔はしていないです!」

 

 夕映ちゃんの修行が再開してから杖を扱わせてみたり、ナイフを扱わせてみたり。そうかと思えば体術を教えたり、どんどん方向性がおかしくなっていった気がするけど、エヴァちゃんが見ると言ったから、私達からは口を出すに出せなかった。お願いだから夕映ちゃんが別人みたいになってない事を祈ってるからね?

 

 

 

 

 

 

「ネギ先生おはよー」

「はい!おはようございます皆さん!」

「……おはようございますです」

「あ、夕映さん。おはようございます、って凄い目の隈が!?大丈夫なんですか!?」

 

 大丈夫じゃねーよ先生。どう見てもヤバイだろ?貫徹した後に締め切りがもう一本迫ってるってかんじだろ?明らかに徹夜明け。つーか実際は連続で徹夜みたいなものだったんだがな。

 エヴァの奴張り切りやがって。昨日の夕方にダイオラマ球に引っ張り込んだまま数日連続で修行。一日が惜しいとかいって、短い睡眠時間の後にそのまま戦闘訓練とかするかよ!?深夜には帰したみたいだが、もう既に何日経ってんだよ……。

 

「はい……。ちょっと寝不足なだけです。心配ありません」

「ほ、ホントに大丈夫なの?」

「ゆ、ゆえ~」

「大丈夫ですよのどか。後悔はしていないと話したはずです」

 

 しかしまぁ、ある意味尊敬するな。座学を学んで初歩の魔法が出来るようになったら、そのまま詠唱キーの設定。それから詰め込みで複数の魔法の取得。魔力制御が出来て無くても、ぶっ倒れるまで魔力消費して器の拡大とか。

 しかも眼が覚めたらシルヴィアの回復薬飲ませて繰り返しだ。それで後悔して無いって言うんだからな。

 

「あれ?夕映さん、その左腕のリングって?」

「魔力漏れを防ぐ為の封印術だそうだ。エヴァが試合前に魔力の質が分かったら面白く無いだろう?とか言ってたぞ。先生、綾瀬の事は侮らないで本気でやれよ?なぁ綾瀬?」

「……――すやすや」

「って、寝てるのかよ!」

「ゆ、ゆえ~~授業始まるよ~!?」

「はぁ~。エヴァちゃんってスパルタなのね。ネギ。あんたも覚悟しておいた方が良いんじゃないの?」

「い、いえ。望む所ですよ!」

「うむ!この様子ならネギ坊主も修行を重ねないと負けるかもしれないアルよ!放課後は猛特訓するアル!」

「は、はい!くー老師!」

 

 すげぇな。ネギ先生プラス思考過ぎるだろ。そんだけ強くなりたいってのか?それともエヴァから親父さんの話が聞きたいのか?とりあえず綾瀬に勝たなきゃ話を聞けない訳だが。綾瀬を見てる限りネックは魔力と体術だな。短時間勝負にわざわざ設定したって事は、綾瀬のスタミナ切れを考えたって事か?

 でもこいつ図書館探検部で結構体力あったよな?それとも逆か?先生のスタミナ切れさせないためか?そんな優しくねぇよな?一体何を考えてるんだか。

 

 

 

 それから放課後になると、夜中まで綾瀬がエヴァに家に通う日々が続いていた。

 

「それくらい防いで見せろ!障壁が甘い!」

「甘いと言いながら、何で先にチャチャゼロさんが障壁破壊してるですか!言ってる事とやってる事が違うです!」

「コレ位デ割レタラ、直グニオ陀仏ダゼ」

「ほら次だ。防げ無いなら避けろ。――魔法の射手 氷の51矢」

「何ですかその数はーーーー!」

 

 おいマテ。それはイジメだろ?つっても、綾瀬の障壁レベルはもう初級魔法使いから一般のレベル位にはなってるんだよな。

 魔法使い向いてたのか?それともシルヴィアの祝福の効果がそれだけデカイって事か?まぁ、ダイオラマ球の中でもう半月近く経つしなぁ。

 

「あ、夕映ちゃんが凍らされた。解凍してあげないと」

「またかよ。エヴァの奴何度やれば気が済むんだか」

「知らん。避けれん方が悪い」

 

 まぁこれ位やらねぇと先生に勝てないのは眼に見えてるんだがな。

 それでも限度ってものをこいつは知らないのかよ。

 

「そういえばさ、この前詠春さんと話していた件。こっちに関西呪術協会の出張所が出来てたよ。あの時に居た狗族の小太郎くんって子もこっちに来てネギくんに突っかかってたけど、一緒に修行したりして仲が良いみたい」

「へぇ~。同い年はここには居ないからな。ちょうど良かったんじゃねぇのか?」

「うん。良い刺激になるのかもね~」

 

 先生はここじゃ完全アウェイだからな。そもそも女子中等部に少年先生って所から突っ込みどころ満載なんだが、それは今はおいておくとして。確かに同い年の男子ってのは重要な存在だろうな。むしろ私と競争とか言い始めてる先生の眼を覚ましてやってくれ。頼むから巻き込むな。

 ある意味綾瀬のヤツも先生のライバルになるのか?まぁ、フェミニストっぽいからちょっと違うかもしれねーが。とりあえずエヴァもあからさまなイジメ攻撃は止めてやれよな……。



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閑話 木乃香の新しい日々

移転前のにじファンでは無かった話です。木乃香のその後を書き足しました。
詳しくは8/8(水)の活動報告を見てください。


「おはよーアスナ~」

「おはよ木乃香、ってネギあんたはまたー!」

「す、すみませーん!」

 

 あははは。アスナは朝から元気やなぁ。ネギ君もお姉さんが恋しいのも分かるけどそろそろお姉さん離れせんとアスナに怒られっぱなしやで~。それにしても何やら不思議な感じや。この間の修学旅行であんな事があったのに、もうすっかり元通りの生活やなんて。そうは言ってもウチもあれからはちょっと普通の人から離れてもーたなぁ。って、二人ともいつまでやってるん? アスナは新聞配達のバイト行かんでええの?

 

「げ!? もうこんな時間!」

「アスナさん急がないと遅れちゃいますよ!」

「言われなくても分かってるわよ!」

 

 アスナはご飯はええの? 戻ってから超包子で何か摘まむ? ほんならネギくんは? くー老師と修行してから超包子のお世話になります? 何や二人ともすっかり常連さんやなぁ。最近はウチのご飯食べてくれへんから寂しいで? って、あ、二人とも走って行ってもうた。うーんどないしよ。せや、それならせっちゃん所に持っていこうか。龍宮さんの分も持ってったら喜ぶかなぁ?

 

 

 

「せっちゃんおるー?」

「お、お嬢様!?」

「なんだ刹那。そんなに慌てる事か?」

 

 二人ともまだ朝日が昇る時間なのに早起きさんやねぇ。アスナたちはバイトと修行に出かけてもうたから、朝御飯作ってきたんよー。一人分作るよりも、沢山作って皆で食べた方が美味しいと思うんよ。

 

「い、いや、そそその、私ごときが恐れ多い」

「刹那、毎朝それやっているぞ。いい加減観念したらどうだ」

「た、たつみた! ――くっ!」

 

 あは、せっちゃん噛んどるでー。そーやって慌てとるせっちゃんもかわええけど、やっぱりウチとしては笑っててほしいねんな。そんで二人とも手洗ってご飯にしよか。今日は千草さんのところで貰ってきた京野菜を使ってみたんよ。龍宮さんは京の味には慣れへんかもしれんけど、せっかくの貰いもんやから食べてみてー。

 

「食事は傭兵の基本だよ。何だって食べるさ」

「そーなん? それって美味しくないもんでも食べるって聞こえるで?」

「た、龍宮! 貴様お嬢様の作った朝食が不味いというのか!?」

「そうは言ってないさ。十分美味いと思っているぞ?」

 

 お、せっちゃん、そんなら味見してくれへん? はい、あ~ん。って、何でせっちゃん逃げるん? 美味しいって思ってくれてるやろ? そんなら味見してくれんと、ウチ……ショックでもう作れんようになってしまうかもしれへん。

 

「そんな事ありません! お嬢様の朝食は日本一です!」

「はい、あ~ん」

「むぐ!?」

 

 よし、今日も平和や~。せっちゃんの餌付けも済んだし、龍宮さんも食べてくれとる。って食べ終わるの早いなぁ。もっと良く噛まんと身体に悪いで。アスナもネギ君も、エヴァちゃんの弟子入りテストが終わったらまた食べてくれると嬉しいんやけどなぁ。

 

 

 

「ですからここの前置詞と――」

 

 うーん、ネギくん朝から修行してんのにタフやなぁ。授業中に眠くなったりせぇへんのかな? そういえばアスナも新聞配達終わってからせっちゃんに剣道習ってるんやったなぁ。眠くなったり……って寝てるやんか! アスナー授業中やでー? 大声は出せへんし頬っぺたつついてみよか?

 

「た、高畑せんせー。むにゃ」

 

 アスナは夢の中まで高畑先生出てくるんやなぁ。むむ、もっと突いたらなんか言わへんかな? アスナの夢が気になってきてもうた。つんつん。アスナ君。今日はかわいいね。何て声もかけてみたらどうなるんやろか?

 

「え、えぇぇ!? そんな高畑先生! 私、その――あっ!?」

「アスナさん!?」

 

 あ、アスナ~流石に反応しすぎや。教室の空気固まっとるで。ってまだ夢見とるん? 高畑先生はここにはおらへんよ? どこに行ったってゆーても夢は夢や。そろそろ座って授業に戻らへんとネギ君固まったまま可哀想やで? ってあかん。いいんちょがもう立ち上がってもうた。

 

「はぁ。まったくこのおサルさんは、ネギ先生の授業がそんなに眠たくなるのですか!」

「違うわよ! 高畑先生返しなさいよ!」

「何を言ってるんですの? まだ寝ぼけて――」

「むきぃーー!」

「ホホホホ」

 

 あー、あかん。始まってもうた。食券の賭けもいつも通りや。んーどっちが勝つか?多分アスナやない?最近色々やっとるし、現実離れしてきてもうたからなぁ。っておたがい頬っぺた引っ張っとるだけやないか~。これじゃ決着つかへんで?

 

「皆さん落ち着いてー! やめてくださいー!」

 

 ネギ君もテンパって来てもうたなぁ。誰か止めてくれへんかなぁ。具体的にはせっちゃんとか千雨ちゃんとか。ってせっちゃん微笑ましいものを見る目になっとる。よー笑うようになったなぁ。昔はこんな風に笑っとったのに最近は愛想悪なって心配しとったんよ。修学旅行は大変やったけど、ほんま千雨ちゃん達には感謝せんとあかんなぁ。

 

「ありがとな、千雨ちゃん」

「な、何だいきなり。つーか、この騒動は近衛にも責任あんだろ?」

「ウチはアスナ突っついただけやん」

「あぁ、そうかよ……。はぁ」

 

 あらら、呆れられてもうた。でもホント感謝しとるんやで? なぁせっちゃん。とりあえず感謝の気持ちを込めて千雨ちゃんに笑いかけとこか。にこにこーって感じや。ってなんで千雨ちゃん目をそらすん? 追いかけたくなるやん?

 

「ちょ、マテ! 私を巻き込むな!」

「ええー、ええやん。ありがとな~」

「こっちも始まったぞー!」

「お、ま、え、らー!」

 

 あははは、ほんま平和や~。こんなんが続くんなら、修行の大変さも苦にならへんな~。って、ネギ君泣きだしてもーた。ごめんな~。ほんま嬉しかったんよ。それにネギ君も沢山頑張ってくれたから、いつかお礼せんとアカンね。

 

 

 

「それではお嬢様。今日は小太郎も刹那もおるさかい。式神をつかった模擬戦と行きましょうか」

「はい! よろしくおねがいします、千草さん」

「お嬢様、敬語はあきまへんて言うたやないですか」

 

 そないな事ゆーても、教えてもらってる立場やもんなぁ。将来は立場上偉そうな言葉使いせなあかんかもしれへんけど、今は千草さんにそうゆーのはしとうないんよ。ほんまは天ヶ崎先生とか千草先生とか呼びたいんやけど、そこまですると逆に怒られてまうからなぁ。ってあかん、修行中やった。

 

「それではお嬢様」

「うん、行くでー」

「ま、あいつらだったら俺も遠慮なく殴れるわ」

「小太郎、お前はもうちょっと精神修行が必要や」

 

 コタ君はフェミニストやからなぁ。女の子殴れんてゆーのは紳士やけど、ほんま女の子に襲われてもーたら、千草さんがの言うとおりやね。それじゃ今日は式神の兵士を作って、二人と戦わせるんやったね。陰陽術は五行思想ゆーて、火、水、土、金、木。それから陰と陽を自然を照らし合わせた術や。ウチはあんまし攻撃的な術は向いてない言われてもーたけど、式神を作ったり、自然に干渉したり治療術なんかの方は向いてるらしいからそっちを中心に習っとる。

 

「そろそろ始めますえ、お嬢様」

「うん、いつでもええよ」

 

 よし、そんなら呪符を出して魔力を込めようか。陰陽道は身体の内側の力。気ってゆーのを使って術にするんやけど、ウチの場合は魔力の方が大きいらしい。気と魔力の違いは、生命力とか体力を使って術や技にするか、精神力で生まれもった魔力の器に、身体の中と外の自然の魔力を循環させて使うかの違いらしい。よー分からへんけどね。

 

 あかんあかん、話がそれてもーた。集中せな。今日は土の人形を作ってから、金の属性で強化してみよか。そしたら呪符に魔力を込めて~。……よし、このまま材料の土の山に呪符を張ってと。うん、出来が良いか分からへんけどとりあえず人型になった。大体ウチと同じくらいの大きさやね。そのままもう一つの呪符にも魔力を込めて、砂鉄の山にも呪符を張って~。……うん、これで完成や。

 出来上がった式神は、なんとなく人間の形をしとる。手と足の攻撃する部分、それから間接とか胴体を鉄で覆って攻撃力と防御力を上げた感じやね。

 

「では行きます」

「よっしゃ、なかなか殴りがいがありそうや!」

「それじゃ双方とも、始め!」

 

 まずはせっちゃんやな。ウチもコタ君みたいな子供よりは、実力も知ってて慣れとるせっちゃんのほうが遠慮せずにやれてええんやけど、子供だからゆーて手加減するのは、コタ君のフェミニストと同じやからなぁ。ウチもあんまり人の事言えへん。

 とりえあず夕凪に気を込めてせっちゃんが迫って来とるから、防御させなあかんな。式神の腕を動かして防御や。うん、やっぱりせっちゃんの一撃は強いなぁ。魔力で強化した金属が少し剥がれてもうた。ってもうコタ君が殴りに来とる。連打されてもうたら、防戦一方や。どないしよ……。とりあえず、殴っとるだけやし頭突きでもさせてみよかな?

 

「痛ぁっ!こいつ硬!」

「当たり前や!目の前から殴り続けて反撃されへんと思わへんのかお前は!」

「そんなんゆーても、こいつ硬いで」

「アホか!お嬢様の魔力で強化された鉄人形やで!?簡単に砕ける思うな!」

 

 うーん、ウチは思いっきり魔力込めろ言われたから、やっただけなんやけどな?でもまぁ、せっちゃんが従者として前衛をするだけじゃ、危ない時もある。ウチがある程度自動で動けて防御力の高い式神を何体も使役できるようになったら、その分せっちゃんだけじゃなくて、皆の助けにもなると思うんよ。

 

「ではお嬢様。いきます」

「ええよー」

「神鳴流、斬岩剣!」

 

 せっちゃんの気を纏った剣が、ウチの式神の胴を狙っとるな。わざと分かり易く狙ってくれとるから、胴体に魔力を集中や。なんやかんやいってもせっちゃんは優しいなぁ。っと、あかんあかん集中せな。……うん、何とか守れた。金属が砕けてもうたけど、内側の土人形はまだ動いとる。

 

「よっしゃ!これで止めや!」

 

 って、コタ君が来てもうた。あかん腕で防御や。コタ君の連続パンチが腕の金属を段々と削っとる。流石に一度、気を入れたせっちゃんの技を防いだから、式神に残った魔力が大分減ってもうたなぁ。まだまだもっと強うならなあなん。

 

「良し!倒したで!」

「負けてもうたー」

「いえ、見事でしたお嬢様」

「アホか刹那! 甘やかしてどないすんのや! 修行にならへん!」

「え、いや、しかし」

「しかしもかかしもないわー!」

 

 あははは。皆仲がええね。今日は一体大きめのを作っただけやけど、小さいのを何体も作るときもある。千草さんみたいに、おサルさんって固定概念を作るよりも、まだまだ模索して色んな形を柔軟な術で作れるようになる方が今はええらしい。

 

「そういえばお嬢さま。今度あの小僧が、弟子入り試験を受けるそうやないですか」

「ネギ君の事やね。えらい張り切ってたなぁ」

「ネギ先生は西洋魔術の師としてエヴァンジェリンさんを選んだようでしたね」

「あの人か。まともに人の名前呼ばへん姉ちゃんやったな」

 

 今頃くーちゃんのところで修行してるんかなぁ。あ、そういえば晩御飯どないするんやろ。また超包子かなぁ。いつも肉まんばかり食べとったら栄養偏ってまうで? ネギ君は成長期なんやからもっとちゃんと食べへんとなぁ。今度アスナにお弁当で渡して食べてもらおうかな?

 

「それ、見学できまへんか?」

「え? 多分出来ると思うけど何でやの?」

「千草姉ちゃん、西洋魔術師は嫌いやなかったん?」

「確かに嫌いや。けどな、今の時代はいつまでも毛嫌いしててもあかん。それに西洋魔術師の戦い方を見て、戦法や術を学び、弱点を学び取るのも立派な修行になりますのやお嬢様」

 

 千草さん色々考えとったんやなぁ。てっきりネギ君には関わるなとか言われるんかと思ったけど、それなら一緒に見にいかへん? って、自分は見に行くの嫌ってそれじゃ意味無いやんか。ウチらだけで行って来て欲しいって、もしかして千草さん照れてたりするん? あ、赤くなったー。やっぱり照れてるだけやん。今度一緒に見に行こうな~? 嫌がってもダメや。長の娘の命令やでー。

 

「お嬢様! そういう時だけ権力を使わんといてください!」

「なんや千草姉ちゃん、お師匠の威厳が形無しやな」

「こんな時に使う威厳とちゃうわ! と、とにかく今回は行きまへん!」

 

 ホンマ残念やなー。皆で見に行った方がきっと楽しいし、ネギくんの頑張ってる所を見て、千草さんにも認めて欲しかったんやけどな。でも今度はきっとやで? 皆頑張っとるんやし、今度何かあってもきっと大丈夫。みんなで笑って暮らしたい。平和な毎日を続けたいから、ウチも頑張れるんや。皆これからもよろしゅうな。



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第48話 弟子入り週間(3) 渦巻く陰謀

本日の連投はここまでになります。

ここはちょっと雰囲気を出す練習をしてみた話です。移転に当たってあまり手直しはしませんでした。
何故かと言うと調子に乗って手直しし過ぎてしまい、この作品全体の雰囲気から外れてしまったからです。
没稿は勿体無かったので活動報告で投稿します。そちらは完全な三人称です。


 大小様々な円柱形の塔が立ち並んだ魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の大都市メガロメセンブリア。そのとある高級ホテルのフロントに向かう、貴族階級らしい少女が居た。

 

「ようそこレディ。本日はどのようなご用件で?」

「ごきげんよう。今日は友人に会いに来ましたの。59階の90番ルームは空いているかしら?」

「申し訳ございません。当ホテルにその様なルーム番号は存在いたしません。失礼ですが部屋をお間違えではありませんか?」

 

 フロントは淀む事無く笑顔でそう答える。しかしその言葉を聞いても少女は微笑を絶やさず、一切の戸惑いを見せなかった。少女はしばらく視線を合わせると、一品物と思われる良質のポシェットを引き寄せ、中から1枚のカードを取り出す。それをフロントに見せると、一瞬顔付きが変わる。

 

「失礼いたしました。どうぞこちらへ。レディ」

「ありがとう」

 

 そうしてフロントから案内されて、99階5番プライベートルームへ通される。プライベートルーム入り口の両脇には、MM騎士団の鎧が佇んでいた。

 

 

 

「お久ぶりですね。ようこそいらっしゃいました」

「まぁ、言葉が足りないのではなくて? ここは1日でも早く会いたかった、と仰る所ではないかしら?」

「いやはや、貴女も人が悪い。ではこちらの部屋へどうぞ? レディ」

「ええ、よろしくてよ」

 

 一度その姿に苦笑して、互いに人の悪い笑みを浮かべ合う。呼び込んだ彼こそは、20年前の戦争の舞台であるオスティアの現総督クルト・ゲーデルだった。

 そして少女。優雅な仕草でドレスを纏い、完璧に演技のスイッチを入れたフロウが居た。

 

「さて、ここまでくればもう良いでしょう。その演技を見ていては笑いが止まらなくて困ります」

「よく言うぜ。お前はいつも笑顔だろ?」

 

 互いに皮肉りながら、仲の良い数年来の友人の様に語りだす。造作も無い話を繰り返してから、先に本題に入ったのは、クルトの方だった。

 

「実はですね。元老院の老害どもの一部が、ネギ君達の力試しをしたいと言い出したのですよ」

「ほう?何をするつもりだ?」

「それがですね。麻帆良学園に悪魔を召還して送り込もうと考えて居るらしく。困ったものです」

「悪魔? 腕試しでか?」

「ええ、しかし貴女方の機嫌を損ねてネギ君を有害判定。そのまま処分は困ると言い出したかと思えば、紅き翼≪アラルブラ≫の名前を出せば問題が無いと日和見まで居る始末。これはいけません」

 

 そう言いながら全く困った顔を見せず、むしろにっこりと微笑んでみせる。

 それはまったくその通りだ。試したい。けど怖いから手を出したくない? それならいっそ派手にやってくれた方がよほど可愛げがある。そんな事を考えながら、面白くないと考える。

 

「麻帆良の学園結界。世界樹の結界。悪意を感知する結界。その上多岐に渡る実力者とマギステル・マギ候補まで居て、多重防護の要塞となった現在の麻帆良には進入は不可能だと。まったく情けない」

「それで? 結論はどうなんだ?」

「いっそのこと許可を取ってやりましょう。との事らしいのですが」

 

 いかがですか。と満面の笑みを見せる。

 それがまるで完璧である。とばかりに机上の空論を口に出す。

 

「くっ! はははは! 許可を取れば良いってか! そいつら生きてる価値が無いな! それで? クルト。お前はどうしたい?」

「要は彼は使える。そう老害どもに示せば良い。何か良い機会はありませんか?」

「そうだな。修学旅行の件があってからエヴァに弟子入りを申し込んで来たからな。時間さえ経てばそれなりのレベルには行けるはずだぜ?」

「ほぅ。しかし時間が足りない。彼をそこまで育てられますか? 見たところ、現時点ではあのお弟子さんはおろか、タカミチにすら勝てないのでは?」

 

 クルトの言葉にその通りだと感じる。千雨は時間をかけてじっくりと育て上げたからこそ今のレベルがある。ネギ坊主には時間が無いからな。ダイオラマ球に数年放り込むって手もあるが、さすがにそれはマズイ。

 

「ところで、超鈴音という少女をご存知ですか?」

「何? ……何でそこで超の名前が出てくる? あいつがどんな小細工をしてるんだ?」

「もう暫くすると麻帆良で学園祭がありますね。そしてかの英雄ナギ・スプリングフィールド。彼が優勝を果たした『まほら武道会』。近年は形骸化した小さな大会ですね。どうやらそれを復活させようとしていましてね」

「ふむ。で? それに出させて実力を示せば良いって? 無理だろ。20年前と形骸化した今じゃ話にならねぇ。達人クラスなんて出てこねぇぞ?」

「ならば出せば良い。出せる人材が居るではありませんか?」

「それは千雨やタカミチとかって話しか? まぁ、タカミチだけに勝とうと思えば何とかなるんじゃねぇか? 上手く魔法を使えばな」

「ええ。ですのでそこはよろしくお願いしますよ?」

 

 茶番劇を演じろと? 思わずその言葉に笑みがこぼれる。こいつも役者だなと思いながら一般人被害を考えて、無差別に悪魔を呼ばれるよりはマシだと結論を出す。同時に超鈴音の考えを想像して、面白くなりそうだとも考えていた。

 

「いいぜ。タカミチにはそれとなく言っておいてやる。下手に悪魔に襲われるよりはマシだろう? ってな。老害どもの悪質さはアイツも身に染みてるだろうからな。千雨は強制参加だ。くくく」

「助かります。それで、そちらからは何かありますか?」

「完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫。奴らが動いてる」

「何ですって!? それはどこで!?」

 

 焦りと怒りを含んだ顔を見て、急に良い顔になったと感じていた。クルトは元紅き翼の一員。奴らは因縁の相手であり、スパイの傀儡議員に踊らされた経験もある。しかしこの反応を見る限り、今回の事は知らない事だったかと判断する。

 

「麻帆良の修学旅行の時だ。ネギ坊主どもが危ない時にシルヴィアとエヴァが撃退した」

「それは……。要らぬ借りを作りましたかね?」

「気にすんなよ。そうだな、もし何か情報があったら知らせて欲しい」

「えぇそれはもちろん。しかし奴らの残党がまだ居たとは」

「『リライト』に気をつけろ。奴らの使う原子分解魔法≪ディスインテグレイト≫だ」

「……どこでそんな情報を?」

「さすがにそれは言えねぇな? お前だって言えない事が有るだろう?」

「ははは。これは一本取られましたね。ではお互い手の内を明かすと言う事でいかがです?」

「よく言うぜ? 言う気も無いくせにな? ついでに聞くが『造物主』って聞いた事は?」

 

 その言葉を聞くと、一瞬だが明らかに表情が固まるのが見えた。その表情に何か知って居ると感じるが、恐らく簡単に口を割らないだろう。取引材料も無く自分達の秘密を引き合いに出す理由もない。 麻帆良の交渉も意味がないため、今ここで聞き出す事は出来ないだろう。

 

「いやはやそれは何ですか? 名前からするに好事家でしょうか?」

「そうか知らねぇか。ただ俺達から見てそいつは敵だ。それだけは言っておくぜ?」

「ほう。これはまた随分と可哀想なお方だ。貴女方に敵認定されるなど、恐ろしくて私には出来かねませんね」

「嘘付け。敵だと思ったら、笑顔で切り捨てるだろ、お前。まぁこれくらいだな」

「おや、そうですか? 随分と過大評価を頂いている様で光栄ですね。それにしても良い時間を過ごせました。本日はご満足いただけましたかレディ?」

「あら? それだけですの? 言葉が足りないのではなくて?」

「これは手厳しい。それでは彼の事、よろしくお願いします」

「ええ、良くってよ」

 

 そうして怪しい笑みを交わしながら、一つの密談が終わりを迎えた。ここまでのフロウの行動は内も外も演技が多い。何かとスキャンダルに弱い権力者との密談の為、姿や仕草を偽る彼女達の常套手段だった。

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、エヴァの別荘では急な寒気を覚えた千雨の姿があった。

 

「――う!?」

「千雨ちゃん? どうかしたの?」

「いや、何か寒気が? 何なんだ?」

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。別に何ともねぇよ」

「そう? 別荘の中は穏やかだけど、外は梅雨時だからね~」

 

 何だ? 何か凄く嫌な予感がしたんだが? ……気のせいか。風邪って訳じゃ、ねぇよな?

 

「夕映ちゃんも風邪には気をつけてね?」

「はいです」

「そういえば綾瀬?」

「はい、何でしょうか?」

「この前学校で魔法の事聞いてきた時なんだけどよ、あれ何て言うつもりだったんだ?」

 

 無闇にこっち側に来れば、死亡フラグ立てるだけだからな。とりあえず折れるものなら折ろうと思ったんだが。エヴァが見事に立て直したからなぁ。

 

「あの時ですか。あれは修学旅行で『身の振り方を考えておいた方が良い』と言われた事です。同時に『魔法に関わらなければ記憶を消される』とも。あの言い方だと魔法に関わる事は前提である。と聞こえるのです」

「あ~……。確かにな。あの場に居た時点で決まっちまった様なもんだしなぁ」

 

 夕映は千雨に視線を合わせると、やがて水を得た魚の様に一気その考えを語り始めた。

 

「元々この学園には七不思議の様に言われる事が多々あります。その中でも特に有名なのは世界樹でしょうか。魔法使いがこの学校を作った事が解った今、いえ、知らなかった時でさえも私達の周りには余りにも魔法使いが多すぎます。これは驚くべき事です。龍宮さん長瀬さん古菲さんも、一般人であってもかけ離れた能力を持っています。この学園に関わっているものだけが突出した力があるのです。いえ、むしろこれはもはや偶然で済まされないレベル。ならば集めたと考えるのが妥当でしょうか。ならばこれだけの力を集める理由もあるのではないでしょうか? ならば私は、図書館島のあの魔法の本を始め、厳重なトラップやゴーレム。巨大な世界樹。これらの不思議を、真実を、私は知りたいのです!」

 

 一呼吸の間に捲くし立てる様に言葉を続ける。語るその眼は輝きに溢れ、拳を強く握り締めそのまま高く持ち上げる。余りにも饒舌に、一度で語り尽くした綾瀬の答弁に、一瞬場が静まる。

 場の空気が変わった事に気が付いたのか、夕映はハッとして縮こまり顔を赤くする。

 

「綾瀬……。お前、凄いな。そこまで行くと関心を通り越して呆れるぞ?」

「あっ! す、すみません。悪い癖だと言われていたのですが、つい興奮して」

「夕映ちゃんって熱心なんだねぇ~。でも程々にしないとダメだよ? 私達から見ても危険な事だって沢山あるんだからね?」

「ハイです。その為にも今は、魔法の力は必要かつ早急な手段だと思うのです!」

 

 だ、ダメだこいつ。なんかエヴァとかと別の意味でダメじゃねぇか? なんつーか、フロウとネギ先生を足して割った様な? ホント、何か危ないかっしいな。

 

「なるほどな。ならば力を付けるのは手っ取り早い手段だ。喜べ綾瀬夕映。修行メニューを倍にしてやろう」

「ば、倍ですか!?」

「ちょ、エヴァ、お前……」

「何だ? 怖気付いたか?」

「い、いいえ! 是非やらせてもらうです!」

「良く言った! それでこそ闇系の魔法使いだ! ふはははは!」

 

 機嫌よく高笑いを上げるエヴァ。その後に不安を感じながらも気合と共に付いて行く。その後を呆然と見守る事しか出来なかった。

 

「なぁ。止めなくて良いのか?」

「でも、夕映ちゃんやる気みたいだし? 私達に出来るのは治療薬の用意とか、ご飯作ったりとかくらいじゃないかな?」

「しかも、闇の魔法使いとかノリノリなんだが良いのかよホントに……」

「う、う~ん……」

「だいぶ障壁が形になってきた! それからもっと手数は増やせ! 闇と影は自分の一部だと思え! チャチャゼロ! 容赦無く砕いてやれ!」

「イエッサー! 御主人!」

「な、なんで障壁が強くなっても壊れるスピードが変わらないですか! 手数なんてすぐ増えないです! く、――風花! 風障壁!」

「ごちゃごちゃ言うな! 今すぐ増やせ」

「無理です~~~」

 

 意外と楽しそうなんだよな。

 エヴァにしろ綾瀬にしろノリノリに見えるんだが、眼の錯覚か?

 

「とりあえずさ。千雨ちゃんの修行に戻ろっか?」

「あぁ。そうだな。やる事山積みだし、呆れて見てる場合でもねぇな……」

 

 それにさっきの何か嫌な予感もあるからな。これからネギ先生や綾瀬も強くなってくならあれだろ? 中ボスとか何かが出てくるとか、漫画のお約束があるんだろ?

 

 あ、ちょっとマテ。フェイトとか言うヤツが既に出てきたっけか?

 まぁ私もアーティファクトの制御とか、1人だけになった場合のための咸卦法の制御力も上げていかねぇとな。

 

 

 

 

 

 

 舞台は再びメガロメセンブリアに戻る。そしてその元老院のとある密室にて、秘密の会合を行う集団が居た。

 

「ちっ。あのオスティアの若造めが。我々こそが元老だと言うのに」

「だがどうする? 本気で『管理者』の機嫌を損ねれば事だぞ?」

「ならば気付かれなければ良い」

「しかしだな、既に代理案として、かの高畑氏との試合を行う提案が来ているのだ。わざわざ危険を冒す必要は無いであろう?」

 

 集団はどこか楽観した様に語り合う。

 しかし、ある議員がここぞとばかりに持論を持ち出した。

 

「これは部下の暴走があったのだ。我々は関与していない」

「ほう? と言うと?」

「我々は悪魔召喚など知らなかった。知らない部下が呼び出したのだ。悪魔は逃げ出した。そして偶然にも武道会の場に出てしまった。どうかね?」

「しかしだな……」

「なに、結果的にかの英雄の息子の力が示せれば良いのだよ。だが、オスティアの若造の案だけでは心もとないでは無いか?」

「ふむ。ならばスケープゴートは用意しよう」

「私は進入手段を確保しようか。悪魔だとバレなければ良いのであろう?」

「では皆、反対意見は無いかな?」

 

 その言葉にそれぞれの顔を見合わせる。

 反対する者はおらず、皆肯定の意思を示していた。

 

「ではその様にしよう。そうだな、あの時の爵位級でも再び呼び出してみるか?」

 

 そうして彼らは会合を終える。

 ネギ・スプリングフィールドの周囲で渦巻く、彼の知らない悪意があった。



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第49話 弟子入りテスト

切りの良い1話だけ移転投稿です。と言うよりも加筆をし過ぎなような気がしてきました。


「まだ……やれるです」

「ゆ、夕映ちゃん大丈夫?」

「ハイ。大丈夫です……――すやすや」

 

 これは、ダメなんじゃないのかな。夕映ちゃんはログハウスにありがちな丸太チェアに座ってるんだけど、さっきからゆらゆらと舟を漕ぎ始めていたりするんだよね。それと言うのも月曜日の夕方から土曜日までの五日間、ダイオラマ球の中で本当に一月以上の修行を積まされたせいで、始まる前からくたくたになってる様にしか見えないよ。これで本当に大丈夫かなぁ?

 

「コラ! 寝るな綾瀬夕映!」

「は、ハイ! すぐ殺るです!」

 

 エヴァちゃん、なんか変な教育はしてないよね。私が鍛えたんだから大丈夫だって言われても、いつでも寝れます大丈夫。って夕映ちゃんが身体で表現してる様にしか見えないなぁ。物凄く不安なんだけど……。

 とにかく今は、ネギくんとの試合時間の少し前。もうちょっとで0時になるって言うのに、夕映ちゃんはついさっきまでダイオラマ球の中で修行してたんだ。念のために魔力の回復薬は飲んでもらって、エヴァちゃんが寝せなくて良いって言うからそのままにしたけど、本当に大丈夫なのか不安だよ。

 

「綾瀬……。生きろよ」

「はいです」

「何だそれは、ぼーやを殺るにきまってるだろう?」

 

 そんな事言っちゃだめだってば。とりあえずそろそろ時間だけど――、ちょうどノックの音が聞こえてネギくん達がやってきたね。あれ?明日菜ちゃんは元々見に来るって思ってたけど、他にもたくさん居るね。のどかちゃんはある意味当然かな。古ちゃんもネギくんに中国拳法を教えていたから、試合が気になるみたいだね。あれ、木乃香ちゃんと刹那ちゃんに小太郎くんだったかな。やっぱり気になったのかな。

 

「こんばんは。エヴァンジェリンさん」

「よし。逃げずによく来たな」

 

 一緒に「こんばんは」と続ける明日菜ちゃんたち。私が見ていない間にこんな事になっちゃったけど、ネギくん頑張ってね。あ、夕映ちゃんに頑張るなって言ってる意味じゃないんだけどね。

 

「はい、勿論です!」

 

 随分と元気の良い返事だねぇ。てっきり夕映ちゃんと戦う事をもっと躊躇してるかと思ったんだけどね。思ってたよりもずっとやる気のある顔になってるよ。エヴァちゃんから魔法を教えてもらいたいって気持ちがそれだけ強かったのかな。それともナギさんの事のほうが気になるのかな。

 あ、でも明日菜ちゃんとのどかちゃんは複雑な表情をしてるね。二人からから見たら友達と戦う事になるわけだから、心配になるよねぇ。古ちゃんと小太郎くんは何だか楽しそうだけど、二人とも格闘派だからかなぁ。

 

「とりあえず地下に来い。そこに魔法空間の別荘でやる」

「はい! でも夕映さんが、何だか凄く眠そうですけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。ネギ先生」

 

 心配も問題もありません。って言うけど皆心配した顔で見てるよ。ほら、のどかちゃんとか。

 

「大丈夫ですよのどか。ネギ先生は魔法使いなのですから、私の様な初心者では怪我はしません。もし怪我をしても保健の先生が居るのです。だから大丈夫です」

「え、でも、ゆえが……」

 

 私も不安だけど、ここはのどかちゃんを励ましておかないと。何かあればすぐに治療できる準備は整えてあるから、のどかちゃんもそんなに心配にならないで。大丈夫だよ。うん、少し表情が軽くなったね。

 

「あの、本当に大丈夫なんですか? ネギも凄く修行してたし、夕映ちゃんが何してたか分からないし」

「ならば神楽坂明日菜。貴様はぼーやが怪我をしない事でも祈るが良い。侮っていたら本当に大怪我をするぞ?」

「え? う~ん。でも……」

 

 明日菜ちゃんは、ネギくんが弟子入りに来た時から不安そうにしてたって聞いてるからね。気持ちは分かるんだけど、今の夕映ちゃんを侮ったら本当に負けると思うよ。本当に頑張ってたからね。とりあえずもう地下までやってきたから中に入ろうね。設置してある入り口用の魔法陣に乗るだけだから簡単だよ。

 あれ、そう言えば木乃香ちゃん達はこんな時間にこっちに来てて良いのかな。あの関西呪術協会の術士さんの事だから、西洋魔術師なんか見に行くんじゃないって言いそうだけど。

 

「うん、ウチもそう言うかと思ったんやけど、『西洋魔術師の戦い方を見て、戦法や術を学び、弱点を学び取るんも立派な修行』やゆーてな」

「むしろ技を盗んで来いとまで言っていましたね」

「あはは。それは豪胆な人だねぇ~」

 

 う~ん。それじゃ折角だし見学しててもらおうかな。木乃香ちゃんは魔力も大きいから、陰陽術だけじゃなくて魔法も相性が良いと思うんだよね。

 

「はい。良く見とるから2人とも頑張ってな~」

「あ、ハイ! 頑張ります!」

「どこまで出来るかわかりませんが、やってみるです」

 

 

 

 

 

 

 闘技場までやってきて眠気を抑えて呼吸を整えます。この闘技場は直径が300mを越えているため、ネギ先生と派手な試合になったとしても、動きが制限される事は無いでしょう。

 それにしてもエヴァンジェリンさんの修行を受けて大きく時間感覚がズレてしまい、普通の授業がまるでおまけのように感じてしまっています。ネギ先生の立場から見たら良くはない事でしょうが、今回の事で私が本気であると知って頂きたいのです。

 

「夕映さん。五日前とはまるで別人の様です。凄く頑張ったんですね」

「はいです。先生も侮らないようにお願いします」

「ネギー! 負けたらアカンでー!」

「夕映ちゃんに怪我させちゃダメよ~?」

「むむむ、魔法も混ざると結果が予測し難いアルな」

「ゆえ~頑張ってー。でも、ネギ先生も頑張って欲しい……」

 

 大丈夫ですよ、のどか。先日の修学旅行で見た限りですが、先生の魔力の大きさは良く分かっています。エヴァンジェリンさん達と比べたら正直な所まだまだだとは思うのですが、基礎能力も体術も私を上回って居る事でしょう。だからネギ先生がそうそう負けはしないはずです。

 今回はクーフェさんに中国拳法を習っていたという事ですから、いつもの長い杖ではなく小さな携帯杖を持っていますね。私自身も小さな黒い杖を頂いたので、ある程度基本スタイルが同じになるという予測は付きます。

 

「では、これからぼーやと綾瀬夕映の試合を始める」

 

 準備は良いかと問われて大丈夫だと頷きます。ネギ先生も問題は無いようです。今回まともに眠らせてもらえなかった事で、正直な所あまりまともな思考が出来ていません。エヴァンジェリンさんが言うには極限状態。即ちある種のトランス状態に持ち込む事で、精神のたがを外し、本来以上の能力を引き出させるとの事です。

 

「では、始めるが良い!」

「契約執行180秒間!『ネギ・スプリングフィールド 』!」

 

 開始の合図と共に精神を集中。身体強化のための「戦いの歌」を詠唱します。熟練すれば無詠唱で発動する事も可能ですが、私ではまだ口に出す必要が有ります。当然ネギ先生は中国拳法を習ったのですから、攻勢に入ると見て良いでしょう。未だ動かないネギ先生を正面に捉えて右手に杖を構えます。……もしかして、このまま待ちなのでしょうか。制限時間は十五分ですよ。

 

「ふむ、強引だな。ぼーやの術式は従者用のもので自己供給か」

「それでもちゃんと纏えているのが不思議だよね。才能なのかな?」

「主人公補正って奴じゃねぇのか? なんか術式が捻じ曲がってる様に見えるな」

 

 なるほど、ネギ先生のものは独学なのですね。しかしそれで魔法が発動すると言う事は、経験の差がそこにあると言う事です。しかし臆すわけにもいきません。このまま止まっていても仕方がありませんし、一度様子見と言う事で初級魔法を使ってみるです。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 雷の精霊5柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 連弾・雷の5矢!」

 

 魔法発動体の杖に意識を集中して、雷の精霊に問い掛けます。周囲に集まる精霊たちに、体の中から何かを吸い上げられる感覚を感じながら、杖の周囲に五つの雷球を作り出します。修行通り魔法が発動した事に内心ホッとしました。そのままネギ先生へと杖を向けると、雷球は光の尾を引きながら矢となって連続で飛び出しました。

 半身に構えたネギ先生が私の魔法を目にすると、発動の瞬間を見極めて突進してきました。突き出した拳を見ると、ネギ先生の攻撃は懐まで踏み込んで正拳突きでしょうか。幾らなんでも猪突猛進です。攻撃を流した上で、予備策をつけておくのが良いでしょう。

 

「弓歩沖拳!」

「甘いです!」

 

 目の前に迫ったネギ先生の拳を、魔法障壁で打点を逸らします。そのままネギ先生の右腕に杖を沿えてから、両手を使って合気道の要領で右に向かって力を流します。身体を回されたネギ先生はそのまま中国拳法の足捌きで身体を半回転。魔力を込めた肘打ちを入れてきます。

 

「あ、入った!?」

「ゆえー!?」

「いや、手応えがなさ過ぎるアル!」

「兄貴。それは精霊囮の召喚だ! 本物は別だぜ!」

 

 本物の私は影に隠れて奥に下がっています。「影精召喚」の囮ですね。これでネギ先生は影の精霊で視界が遮られました。ここで一気に攻め込みたい所ですが、今の私の体術ではネギ先生に対して有効な攻撃力を持てません。なので更に影の精霊召喚をして一斉攻撃をするです。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 影精召喚 槍の戦乙女 11柱!」

「――えっ! ラ・ステル マ・ステル マギステル 光の精霊17柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 光の17矢!」

 

 再び杖に影の精霊を集め、影で出来た槍を持った分身体を作ります。多少後ろに下がったと言っても至近距離での詠唱です。流石に気づかれますが私の詠唱が先に終わります。完成した戦乙女たちを先生に向かって突撃。同様にネギ先生も打ち返します。……やはり、打ち負けますね。短時間で練りこめる魔力がまだ足りません。

 相殺し切れなかった光の矢が数本向かってきますが、これくらいならエヴァンジェリンさんの打ち出す魔法に比べたら軽いものです。魔法障壁と体捌きで避けられます。そのまま小声で魔法を詠唱。横に避けながらネギ先生に近付いていきます。

 

「ゆ、夕映ちゃん凄いわね~。本当に魔法使いになってるじゃない」

「そうだな。エヴァの奴に相当しごかれてたし。それであんな状態だからな……。まぁ、人事じゃねぇから笑えねぇよ……」

 

 私が教えられた体術は受けの姿勢が多いのですが、ここはあえて突撃して、攻勢による手段があるように見せかけます。杖を両手で構えたままネギ先生に向かい、押さえつけて制するような素振りでフェイントをかけるです。

 

「む! 勝負に出るアルか!?」

「こらネギ! もっと行ったれやー!」

 

 ネギ先生の左足首の後に左足を踏み込み、杖を左肩に当てて押し倒す動作を見せると、ネギ先生は右足を軸に身体を回転させました。回転後に私の右肩に向けて裏拳を打ち込んできます。痛みで思わず呻き声を上げますが、これは想定の範囲内です。打ち込みを入れてくる動作を見せますが、ここで唱えておいた魔法を開放します。

 

「――魔法の射手 戒めの風矢!」

「うわ!?」

 

 杖の先から放たれた風の矢が、左右からネギ先生を捕らえるために迫っていきます。待機させていた拘束魔法に気付いたネギ先生は、慌てて後方へ転がる事で、その場で風の矢が絡まり逃げられてしまいました。あのカウンターならば捉えられると思ったのですが、発動速度が遅かったようです。

 これは一度体制を整えた方が良さそうですね。まだ時間は残って居るでしょうが、決め手にかけるです。奥の手を使うべきでしょうか……。

 

「こら綾瀬夕映、もっと本気でやれ! 攻撃魔法で攻め立てろ! それともお仕置きして欲しいか? ぼーやも遠慮するんじゃない! 本気でやらなければ弟子入りは無しだぞ!」

「……エヴァのお仕置きとか考えたくねぇな」

 

 うっ!……ダメですね。お仕置きと言う言葉に体がビクリと反応してしまいました。エヴァンジェリンさんの場合、訓練が目に見えてイジメに変わるので本気でそれはやめて欲しいです。

 

「もう、エヴァちゃんてば。試合って言っても先生が相手がなんだし、夕映ちゃんだって遠慮しちゃうよ?」

「えぇ! まだ本気じゃなかったの!?」

「ネギ坊主、夕映は体術には隙が多いアル! 警戒しながら裏を付くアルヨ!」

 

 仕方がありません。集中する時間も隙も増えますが、多めの魔法の射手で時間を稼ぎましょう。その間に大技にかけるしかありません。間に合うかどうか、時間と精神力の勝負です。

 ネギ先生が何を選択するか分かりませんが、集中に入ります。魔法の姿勢を見せれば打ち合って相殺か回避、あるいは防御を取るでしょう。打算的ですが仕方がありません。もっとも、避けて距離を取ってくれればそれでも問題は無いです。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 闇の精霊47柱 集い来たりて――」

「えっ!? ラ・ステル マ・ステル マギステル 光の精霊41柱――」

 

 やはり数に驚きましたね。私もこの数を呼び込むにはかなりの精神力を使いますが、この後があるのです。倒れるわけには行きません。ネギ先生は打ち合いに応じてくれたようですから、数と効果からして十分な煙幕効果が期待できます。

 やはり……精神力が削られますね。自分の中に練りこんだ魔力が、とても早い勢いで吸い取られていくのが分かります。ガクガクと震え始めた杖と、額に浮き始めた汗を無視して魔力の制御に集中します。

 

「――敵を射て! 魔法の射手! 闇の47矢!」

「――集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 光の41矢!」

 

 完成した多数の闇の矢を杖の周囲に纏わせて、そのままネギ先生へ杖を突き出します。闇色の球体が一斉に解き放たれると同時に、ネギ先生の光の矢もこちらへ向かって放たれました。当然ながら、光の矢がこれだけあれば相殺する時に視界が眩しい光子で覆われます。闇の矢も同様に、黒い粒子が周囲に振り撒かれました。そして、ここが私の狙い目です。観戦している明日菜さん達が何か言っていますが、この際無視します。

 

「キャッ! ちょっと見えないじゃない!」

「見えへん、どっちや!」

「ま、まぶしー」

 

 のどかの声が聞こえた気がしますが、無視……しないとネギ先生には勝てませんね。では最後の一撃と参りましょう。残った精神力で気力を振り絞って杖に集中します。呼び込むのは雷の精霊と闇の精霊です。今私が使える中級魔法にして最強の手札になります。どこまで魔力が持つか分かりませんが、ネギ先生の残りの魔力よりは少ないでしょう。確実に狙わなくてはなりません。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 来れ雷精 闇の精――」

 

 荒く呼吸する息を整えながら、杖に集まる精霊を制御します。ふとした瞬間に暴れだしそうなそれを精神力で押さえつけ、闇色の雷を生み出します。やがて視界が晴れて来ると、先程立っていた場所よりも数m左に移動したネギ先生が確認できました。そのまま視線を外さずに、残りの詠唱も続けていきます。

 

「あそこ、ネギが!」

「ゆ、ゆえ~~?」

「――闇を纏いて 荒ぶり焦がせ 常夜の稲妻 闇の雷束!」

「――障壁最大!」

 

 周囲で放電を続ける闇色の雷は指し示した杖の先、魔法障壁を最大魔力で張ったネギ先生へと突き進みます。バチバチと雷特有の弾ける様な音を鳴らしながら、黒い稲妻の束が魔法障壁へと突き刺さります。

 私の魔力不足は必至ですが、ネギ先生も正面から受け止めたからには長続きはしないでしょう。眠気は既に吹き飛んでいますが、精神力と魔力が削られてくらくらと頭が揺れてきます。それを無意識に叫びながら無理やり押さえ込みました。今ここで攻め切れなかったらきっとお仕置きが待っているのでしょう。……あれ。何か初期の目的から変わってきて居るような気がします。

 

「負けんなやネギー! 押し返せー!」

「頑張ってゆえ~。あ、でもネギ先生も。あぅぅ」

 

 黒い稲妻がネギ先生の障壁を削っていますが、いまいち効果が見られません。やはりネギ先生の残存魔力の量の勝ちでしょうか。だめですね……。そろそろ、魔法の形が保てません。

 

「ふむ。ぼーやも良く持つな、中級魔法を急ごしらえの障壁で正面から受け止めるとは」

「瞬動とか出来れば避けれたタイミングだな。まぁ障壁でもやり方次第でってところか?」

「それにしても夕映ちゃんは良く集中が持つね。もうかなりツライと思うんだけど?」

 

 もう一度。初級攻撃魔法なら後一度だけ打ち出せるはずです。もはや立って居るのがやっとですが、杖を掲げて魔力を集中します。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 雷の精霊11柱――」

「すみません、夕映さん!」

 

 魔法を唱え始めたその先に、構えを取ったネギ先生が一気に距離をつめてきます。いけません。完全に無防備ですね。これでは……あぁもう、ネギ先生が目の前です。意識した瞬間、腹部に鈍い衝撃が走り一瞬呼吸が止まります。思わずうめき声を上げて蹲り、そのまま意識を手放しました。

 

 

 

 

 

 

「エヴァンジェリンさん。僕の勝ちですよね!?」

「……そうだな。ぼーやの勝ちだ。それなりに覚悟も見せてもらったし、約束どおり稽古をつけてやるよ。それからナギの話もしてやる」

「は、はい! ありがとうござい……ます」

「ネギー!?」

「ネギ先生~!? はぅ――」

 

 え、ちょっと待って。ネギくんにのどかちゃんまで倒れちゃったよ。流石に親友と好きな人が倒れるのを見たら限界になっちゃったかな。ネギくんもギリギリだったんだろうね。最後に真正面から受け止めて、そのまま距離を詰めるのに大きな呼吸がいる反撃までしたからね。

 

「神楽坂明日菜。とりあえず奥の寝台にぼーや寝かせて置け。起きたら話はしてやる」

「あ、うん。ありがと、エヴァちゃん」

「千雨ちゃん。夕映ちゃん達を運ぶの手伝ってくれる?」

「え? まぁ良いけど」

 

 これでネギくんの弟子入りテストは終了。エヴァちゃんもとりあえず納得したみたいで、ネギくんの本格的な修行が始まる事になった。




 夕映の魔法始動キーは原作そのままです。

 オリジナル魔法
 闇の雷束:黒い稲妻の束が一直線に進むイメージ。
 (来れ雷精 闇の精 闇を纏いて 荒ぶり焦がせ 常夜の稲妻 闇の雷束)
 原作の「雷の暴風」と「闇の吹雪」をアレンジしました。


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第50話 ネギ先生の修行開始

 精神の回復薬の小瓶から小匙で掬い出して、シロップに数滴入れる。その横で沸かしたお湯を茶葉が入ったポットに注いで準備完了。もしかしたらネギくんは甘いものが苦手かもしれないけれど、ミルクティーが好きだったはずだから大丈夫かな。夕映ちゃんものどかちゃんも多分大丈夫だよね? そうだ、一緒にミルクも用意して軽いものも添えておこうかな。

 

「シルヴィア、ネギ先生たち起きたってよ」

「ありがとう、今お茶持って行くね」

 

 今までネギくん達は、闘技場の下の階にある休憩用の仮眠室で寝かせて置いた。寝てたのは夕映ちゃんと二人、と言うか正確にはのどかちゃんも入れて三人だね。疲労や精神力の回復の為にお茶の準備をしていたところで、ちょうど千雨ちゃんが呼びに来てくれた。

 

 二人の試合が終わってから、今は大体二時間位経ったかな。その間、何人かは闘技場を使って組手をして時間を潰していたみたい。さっきのネギくん達の試合で武道家の火が付いちゃった感じかな。そのせいで古ちゃん達が千雨ちゃんを組手に誘ってたけど、本当に嫌みたいで上手く逃げてた。

 でもこの前の修学旅行で目立っちゃったから、そのうち言われるって分かってたとは思うんだけどね? ネギくん達みたいに、試合って形で発散してもらった方が良いのかなぁ。

 

「眼が覚めたか、ぼーや。綾瀬夕映」

「エヴァンジェリンさん……」

「お、おはようございます」

 

 ネギくんはどこか寝ぼけ眼と言うか、若干浮いた感じがするかな。試合の後に倒れちゃったから無理も無いかもしれないね。夕映ちゃんはちょっと怯え過ぎだと思うんだけど。先に起きてたのどかちゃんが気遣ってる様子だから大丈夫かな。

 とりあえずベッドに寝ていた二人にテーブルまで移動してもらって、準備して来たお茶をそっとテーブルに置く。いろいろ話をしたい事もあるだろうし、お茶しながら今は気を休めてもらいたいね。

 

「はい。どうぞ」

「あ、すみません。シルヴィア先生」

「どういたしまして。シロップに精神力の回復効果があるハーブエキスが入ってるから、ゆっくり飲んでね?」

「はい」

「いただきますです」

 

 恐る恐る口に運ぶネギくんだけど……。毒とか入ってないからね。フロウくんじゃないんだからそんな面白おかしくなりそうな事はしないからね。私はそんなことしないよ? 夕映ちゃんみたいに素直に飲んでくれて大丈夫だからね?

 

「さてぼーや。合格は合格だ。それを飲んだら始めるぞ?」

「エヴァちゃん、それはちょっと慌ただしくない?」

 

 ちょっと始めるのが早い気がするかなぁ。今は試験をやったばかりで、少しの休憩をしたすぐ後だよ? 学園祭までまだ暫くあるんだし、今直ぐから始めなくても良い気もするんだけどなぁ。

 

「そんな事はない。ぼーやの今の立場、実力は自分自身が良く分かってるさ。なぁ?」

「はい!」

 

 う~ん。ネギくんやる気が凄いね。確かに千雨ちゃんの時と違って時間が足りないのは事実だけど、修行のバランスが難しいね。下手に詰め込んだ鍛え方をしたら、ネギくんの体がガタガタになっちゃうし、それでもある程度の実力は身に付けてもらっておかないと。私達の予期しない所で展開が進まれて対処できない事態になっても困るよね。

 

「なぁ、シルヴィア。綾瀬のヤツが震えてるんだが……」

「えっ? だ、大丈夫、夕映ちゃん?」

 

 本当にお茶に変なもの入れたりしてないんだけど? 普通のハーブとかが原材料だし、魔法は使ってるけれど変なものは入れてないよ。

 きっとあれだよ、エヴァちゃんの始めるって言葉で震えてるんだよ。きっとそう、エヴァちゃんの修行はハードだから、夕映ちゃんの中で条件反射になってたりするんじゃないかな……。それはそれでどうかとは思うんだけど。

 

「うぅ、お仕置きはイヤです」

「何だ? して欲しかったのか?」

「全力でお断りするです!」

 

 ほら、私のせいじゃないから。エヴァちゃんの修行の成果だってば。千雨ちゃんもエヴァちゃんのお仕置きって言葉でそんなに露骨に哀れんだ目線送っちゃダメだよ。ネギくんとのどかちゃんがあたふたし始めちゃってるから、もうそれくらいにね?

 

「大丈夫だよネギくん。エヴァちゃんは何もしないから。ね?」

「は、はい」

「まぁとりあえずぼーやの事だ。どうせ夜は長い。このまま始めるぞ」

「けど、今はもう深夜じゃないんですか?」

「何だ、不満なのか?」

「い、いいえ。けれどもその……」

 

 あぁそっか、ネギくんはここが現実の時間から切り離された魔法空間だって知らなかったね。

ここでの一日は現実の一時間になっていて、一週間くらいここに居たとしても、外では七時間しかたってない事になる。そうすると日曜日の朝、九時過ぎ位だからぜんぜん大丈夫。と言うことを説明すると、ネギくんの顔がとっても輝いて見えた。

 

「そうなんですか!? 凄い魔法なんですね!」

「世辞は良い。さっさと移動するぞ」

「あ、待ってください。その、父さんの事を……」

「……そう言えばそんな約束だったな」

 

 エヴァちゃん……。そんなあからさまに今思い出しましたって顔をしなくても良いと思うんだけど? それともまさか、わざとやってたりしないよね?

 

「ナギ・スプリングフィールドか。一言で言えば『馬鹿と天才は紙一重』そんなヤツだったよ」

「ええぇぇ、父さんって馬鹿だったんですか!?」

 

 やっぱり何か恨みというか、ナギさんの事は変な思い入れがあるんじゃないのかな。ナギさんの事を話す時って妙に刺々しくなるんだよね。

 とりあえずエヴァちゃんもそんな言い方をしなくても良いと思うんだ。ネギくんは露骨にショックを受けてるし、夕映ちゃんは……なんだか考え込んでるね。エヴァちゃんが裏に込めたメッセージに気付いたのかな。

 

「話を最後まで聞け。言っただろう、天才だと。あの馬鹿は私の奥義の一つをただのパンチで突き破ってきた馬鹿だ。それを馬鹿と言わずして誰を馬鹿と言う?」

「え、父さんがそんな事を?」

 

 ナギさんの武勇伝を聞いて、嬉しそうな表情になったね。もしかしてエヴァちゃんってナギさんの事を、意外と気に入ってたりするのかな? って千雨ちゃん「コイツが人の事褒めるなんてありえねー」なんて丸分かりの顔してるとエヴァちゃんが……あぁ、遅かった。何か子供がおもちゃを見つけたような顔してる。後で、何かされそうになったらフォローしておかないと。

 

「暗記してる魔法が六個でメモ帳見ながら魔法を唱える奴だ。フフ、本物の馬鹿だったよ」

「えぇーー!?」

「何かあんたのお父さんって、いろんな意味で凄かったってのは良く分かったわ」

「話はこれで終わりだ。時間を持て余しても仕方が無い。さっさと修行を始めるぞ?」

「ハイ、よろしくお願いします! エヴァンジェリンさん!」

 

 

 

「ねぇ千雨ちゃん」

「え。な、なんだ?」

「ネギくん達の事、どう思う? 学園祭に何が起きるかはその日その日の判断と、フロウくんの情報待ちだけど」

 

 学園祭の格闘大会で何かが起きるって事だから、ネギくんの実力が育って欲しいのは間違いは無い。でも、きっとそれ以外でも予想外の事は起きると思うんだよね……。

 

「どういう意味だよ。エヴァの訓練なら実力は上がるのは間違いないだろ?」

 

 それはそうなんだけどね。実際に夕映ちゃんは、闇の祝福をしたからって言っても全部に対応できるって程の実力があるわけじゃない。一般の魔法先生くらいの実力者相手だったら何とかなるけれど、京都の時みたいな実戦的な相手だったら結構ギリギリじゃないかな。

 ネギくんにはそれを上回った対処力と、あとは魔法の扱いそのものに対する意識とかかな。まだ数えで十歳だから、今のうちに色々と教えられる事は教えておかないと。

 

「……あぁ、そっちか。エヴァの事だから先に実力ありきだろうな」

「ちょっと見に行こう。不安になってきたよ」

 

 慌てて下層の部屋から、屋上の闘技場に移動する。エヴァちゃんの別荘は、巨大な円柱状の塔をぐるりと螺旋階段で囲んだ作りだから、移動に結構な時間が掛かるんだよね。ついつい翼を広げて飛んで行きたくなっちゃうけど、ネギくんや明日菜ちゃん達の目があるからね。正体までバラすつもりは無いし、やってもせいぜい浮遊術かな。

 

 闘技場までやってくると、目の前の空に向かってかなりの数の光の矢、魔法の射手を連発していた。たぶん二百矢くらいあるかな? それに従者への魔力供給までやってるね。いきなり魔力を空にして器の拡大かぁ。明日菜ちゃんとのどかちゃんの二人だから、普段ならそこまで魔力を浪費しないけれど、試合の後だからアレはきついと思う。あ、ネギくん、足取りがふらふらになって倒れちゃったよ。

 

「情けない。綾瀬夕映でももう少し持ったぞ」

「さっそくスパルタかよ。容赦ねーな」

「なんだ千雨。お前もやるか? いや、むしろ見せ付けておけ」

「見せつけって……。あぁ、分かったよ。やれば良いんだろ!」

 

 ここで従者契約の主人になっているネギくんと木乃香ちゃんに魔力供給の実戦を見せて、目指す先の目標を教えるってところかな。ただ単にエヴァちゃんが自慢したいだけじゃないよねぇ。

 ちらりと千雨ちゃんが確認するような目線を送ってきたから、頷いておこうかな。ちょっと嫌そうな顔をしてるけれど、実物大の姿を見るのは大切だからね。

 

「契約執行三百秒だ。そのまま気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)。一秒たりとも気を抜くなよ?」

「はっ!? ちょっとマテ、供給有りでか!?」

「それじゃやるよ。千雨ちゃん大丈夫?」

 

 ニヤニヤ顔のエヴァちゃんとは対象的にちょっと焦った顔になってるね。身体能力アップと軽い状態異常のキャンセルがかかる感掛法は、実戦で制御が出来なければ確かに意味が無いからね。練習をしておいて悪い事は無いと思う。

 始める意味合いを込めて千雨ちゃんに視線を送ると、少し躊躇いながらも気合を入れた目付きになって頷いてくれた。よし、それじゃ始めようかな。

 

「契約執行300秒間! シルヴィアの従者(ミニストラシルヴィア)”長谷川千雨”!」

 

 仮契約のラインを意識して魔力供給の呪文を詠唱すると、私から千雨ちゃんに向かって魔力が流れていく。多量の魔力が流れて千雨ちゃんは少しだけ呻き声を上げたけれど、そのまま集中を保って左右の手に気と魔力を収束。そのまま胸元で両の掌を合わせて合成した。感掛法の気の合成は余波が大きいから、千雨ちゃんを中心に闘技場で力が渦巻いてるね。

 

「す、凄い!」

「何よこれ! 千雨ちゃんってこんな事出来るの!?」

「ううう、戦ってみたい。戦ってみたいアル!」

「せっちゃんこれ出来るん? 出来たら凄そうやな~」

「いえ、咸卦法は出来ません。しかし相反する力の質を纏めるには、かなりの修練と精神修行が必要かと」

 

 千雨ちゃんは小学校の時から何年も修行してきたからこそ、ここまで咸卦法は制御が出来る。あの子達には秘密だけど、ダイオラマ球も含めたら実年齢よりも少し上になっちゃってるからね。

 感掛の気を合成してからはゆっくりと息を整えて、安定するように努めている。そのまま感掛法の維持に集中している千雨ちゃんを見ていると、何か黒い気配を感じて振り向く。ってエヴァちゃん。なんで千雨ちゃんに向かって魔法詠唱始めてるの!?

 

「――氷神の戦鎚」

「ちょっとマテェ!」

 

 直径数メートルの巨大な氷の球体が、黒い笑顔のまま何の躊躇いも無く放たれる。それを見て焦った顔なって慌てて氷を砕く千雨ちゃんの姿があった。

 幾らなんでもこれじゃただの悪ふざけだよ……。しかも続けて体術で攻撃。糸を操らないだけましだけど、見せ付けておけって言ってるのにこれはないんじゃないかな?

 もしかして、一秒たりとも気を抜くなって言っていたのはこう言う事なのかな。実践じゃ何が起こるか分からないって伝えたかったのなら、もうちょっとましな方法があった気がするけどなぁ。

 

「ハハハハ。これくらい捌いてみせろ」

「無茶言うなテメェ! 不意打ちとかねぇだろ!」

「千雨さーん!?」

「ちょっとあれシャレになってないわよ! あんた考え直したら!?」

「ネギ先生。……頑張ってくださいです」

 

 そのまま供給を続けて三百秒。五分間だね。手を出そうかと思ったけどそれだと千雨ちゃんの修行に成らないし、出したら出したでエヴァちゃんは文句を言うだろうし、見てるしか出来ないって辛いね。何かちょっと違う気がするけれど。それにしてもこの場にフロウくんが居たら、便乗して悪乗りした気がするなぁ。ネギくんの心象も悪くなるだろうし、ある意味居なくて助かったよ。

 

「お、まえ。シルヴィアの魔力、供給とこれで、どんだけ集中要るか、分かっててやっただろ!?」

「当たり前だろ? 私を何だと思ってるんだ」

「分かった。……聞いた私が悪かった。だから、休ませろ」

 

 肩で息を整えるほど消費した千雨ちゃんが、その場にどっかりと座り込んで、憎まれ口を挟んだ。いつもの光景ではあるんだけど、今日のエヴァちゃんは本当にわざとらしいね。

 

「何だかエヴァンジェリンさんと千雨さんって仲が良いんですね」

「ホントね~。長年付き添った友人みたい」

「あぁまぁ、付き合いだけは長いからな」

「フン。あぁ、そうだぼーや。私に師事するなら、私の事はマスター(師匠)と呼べ」

「はい、マスター! ところで、見てもらいたい物があるんですけど良いですか?」

 

 訝しみながらも頷くエヴァちゃん。ネギくんが持ってきていたリュックから何か取り出して――。あれは何だろう。丸めたポスターみたいだけれど、広げたら地図だね。

 

「なんだこれは?」

「京都の父さんの別荘で見つけたんです! でもここにDANGERって書いてあって……」

「それってこの前見てたやつよね? 『オレノテガカリ』が書いてあるって」

「はい! それで、もしかしたらこれを調べたら何か解るんじゃ無いかって!」

 

 なるほどね。京都に行った時、詠春さんの案内で別荘から持って来たのかな? それにしてもナギさんの手掛かりが麻帆良にあるって幾らなんでも出来過ぎの様な気がするんだけど。

 麻帆良に居る魔法先生も生徒の中にも、ナギさんの登録名は無いし……。もしかして学園長が秘匿してたりするのかな。そうだったとしても秘密にする意味はあまりないし、匿って居るって考えるほうが自然かもしれない。

 

「止めておけ。死にたいって言うなら別だがな」

「え、だ、誰ですか?」

「あれ? この子ってこの前シルヴィア先生の保健室におらへんかった?」

「そう、ですね。随分と場違いですが」

 

 何でフロウくんは社交会場とかに出て行くようなドレス着てるのかな。メガロとかで流行ってそうなナイトドレスっぽいデザインだね。普段と違って髪をアップに纏めて髪飾りも付けてるし……。一体何の情報収集してきたのかな。

 

「フロウくん何してきたの? 夜会でも出てた?」

「おう。そんな様なもんだ」

 

 うわ、思いっきり肯定されちゃったよ。冗談だったのに。でもフロウくんだと冗談で出て、何かしてきそう何だよね。

 

「そうそう、その地図だがな? その場所にはドラゴンが居る。死にたくは無いだろ?」

「えぇ、ド、ドラゴン!?」

「何で学校にそんなのが居るのよ!?」

「おいフロウ。お前マジで言ってんのか?」

「お前こそマジで言ってんのか? 目の前にも居るだろ?」

 

 からかい半分の目で頭の角を生やす。いっしょに尻尾も生やして、これは完全に面白がってるね。ネギくん達は目が点になってるし。……なんで、千雨ちゃんまで吃驚してるのかな?

 

「そうだった、お前ドラゴンだよな。忘れてたよ」

「ドレスを破ると金が掛かるんで翼はお預けだ。ちなみに俺の方が千雨より強い。そう考えたらドラゴンの実力も解るだろ? 解ったら大人しく修行する事だ。ナギクラスの実力者なら一撃で吹っ飛ばすぜ? 通り抜けたいんだろう、なぁ?」

「はい、もちろんです!」

「良い答えだ! 楽しみにしてるぜ? くくく」

「おっしゃネギ、俺かて負けへんでー!」

「ならば修行アルネ! ドラゴンでもなんでも来るアルヨ!」

 

 

 

「シルヴィア、少し相談する事がある。あいつら帰ったら全員集めておいてくれ」

「メガロで何か分かったの?」

「あぁ、それなりに重要な件だ」

「分かったよ。それは良いけど、何でフロウくんドラゴンが居るって知ってたの?」

「一度叩きのめしたからだ。どっちが上かってのはハッキリさせないと付け上がるからな」

 

 あぁうん。なるほどね。すっごくフロウくんらしいけれど、ドレス姿が可愛らしすぎて、ニヤリ顔で凄まれても全然怖くないよ。

 あれ、でも叩きのめしたって事は、ナギさんの手掛かりを知ってたって事になるんじゃ。

 

「いや、そこで帰った。正確には帰ってくれってジジイに頼まれた。あまり余計な事をして変な影響が出ても困るからな」

「叩きのめしただけで十分変な影響出たんじゃないの?」

「そんなのは影響した方が悪い」

 

 それは幾らなんでも言い分がメチャクチャだよ……。




 2013年3月18日(月) 感想で指摘された点を修正しました。地の文を若干改訂しました。


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第51話 荒れ模様

「皆集まったね。フロウくんが魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫で調べてきてくれた事もあるんだけど、ネギくんが京都で持ち帰ってきた地図の事で、私も気になる事があるんだ」

「すみません。私が居てもよろしいのでしょうか?」

「かまわん。だが録音も撮影も禁止だ。内容も洩らすなよ?」

 

 了解しましたマスター。と続ける茶々丸ちゃん。今は世界樹近くの私の家で、ここ居るのは『管理者』の身内だけ。ネギくんたちはエヴァちゃんの別荘から帰ったはず。はずって言うのは、修行に熱が入っていたせいでまだ続けているかもって事。ナギさんとドラゴンの事で気合が入っていたみたいだから否定できないかな。それはともかく、あっちで何の情報を調べてきたのか。それが重要だね。

 

「あっちで会って来たのは主にクルトだ。一言で言えば、麻帆良学園に悪魔を召喚してネギ坊主にけしかけるって話を聞いてきた」

 

 それはまた穏やかじゃないね。皆思い思いに神妙な顔をしてるけれど、幾らメセンブリーナ連合の政治家でも、そんな事をしたら色んな罪に問われちゃうよ?

 

「なぁ、クルトってあのメガネの怪しい政治家だろ。なんでそんな事するんだ?」

「もっともな話しだ。普通ならやる意味は無いからな。実際にやろうとしていたのは腐りきったMM元老院の奴だ。ネギ坊主にけしかけて実力を測るつもりで居たらしい」

「え、何で悪魔なの? 普通に実力者を使ったり、日頃の調査とかで良いんじゃないの?」

「さぁな。だがそれが俺達にバレて、ネギ坊主は害悪だって認定されるのが怖いらしい」

 

 とりあえず修行に入ったネギくんにそんな事をするつもりは無いんだけど、どうして悪魔なんだろう。魔族の人ってだけで軽蔑するつもりは無いし、召喚主と契約で色々するのはある意味しょうがないけれど、ここで麻帆良学園に連れてくる意味が無いよね?

 それに悪意の結界に反応すれば直ぐに分かるし、デメリットしか考えられないよ。

 

「自業自得ではないか。その元老を害悪として潰せば良い。それで終わりだ。そもそもこちらに手を出す前にそんなのは潰してしまえ」

「それはクルトの仕事だ。汚職事件としてな。問題はその先にある。結果的にネギ坊主の実力を見たいって、英雄妄信者や政治家が居るわけだ。そいつらを全部潰すわけにはいかないだろう?」

「うん、そうだね。つまりネギくんが実力を付けて居るって見せれば良いよね?」

 

 フロウくんがそうだと肯定してから、ゆっくりと千雨ちゃんに向かって視線を送る。すっごく意味深な目で見つめてるから、否応でも千雨ちゃんに実力を測る役目を頼みたいって、そう見えるんだけど大丈夫かな。

 千雨ちゃんも絶対に嫌だ!って顔をして身体全体で拒否の姿勢を表してるけどね。うーん、でも本当に魔族の人が来るってなったら一般人とのトラブルを避ける意味も込めて、それよりましな案を出した方が良いのは間違いないね。千雨ちゃんがやるにしても修行結果の報告書を出すにしても、他のやり方はあるよね。

 

「そんな政治家の目に付く様な記録に残ってたまるかよ」

「心配するな千雨。やるのはタカミチだ。俺からやるように伝えておく」

「え、タカミチくんなの!?」

 

 ちょっとそれだと実力差があり過ぎないかな。タカミチくんは一人で普通に軍隊とかを相手に出来るはずだし、それは千雨ちゃんだって同じなんだけど、もっと無理な選択になっていないかな。

 でも確かに千雨ちゃんを政治家の目に晒すって言うのは確かに反対だね。私達がここで安住するために管理者って隠れ蓑を使ってるんだから、裏では筒抜けでも表立ってわざわざ目立つことはないよね。

 

「ちょっと待てフロウ。高畑先生でも十分実力差があるじゃねぇか。どうやって勝つんだよ」

「だから鍛えてやってんだろ。なぁエヴァ?」

「なるほど。タカミチは魔法が使えない。そこを突けと言うわけか?」

「あぁ、それもある。ついでに舞台は学園祭の『まほら武道会』だ。当然ナギとも比較されるだろうからな」

「オイ、それもっと無理じゃねぇか」

 

 麻帆良の学園祭を利用するって事は、魔法詠唱無しでネギくんにハンデが掛かるよね。タカミチくんだって派手な大技は使えなくなるけれど、結局不利なのはネギくんじゃないのかな。

 

「ある意味茶番だな。別に勝てって言うんじゃない。実力を示せば良い」

「フン、そう言う事か。タカミチなら真正面から受けるだろうからな」

 

 確かにそうかもしれない。それに憧れの人の息子。タカミチくんに事情を伝えておけば、ネギくんの今の実力を真正面から受け止めて、どれだけ今のネギくんに力があるのかを示してくれる、打って付けの人物かもしれないね。

 

「それから千雨。お前強制参加な。俺達は見学してるから」

「はぁ!? なんだそれ。断っても無理そうなんだが理由くらい教えろよ」

「『まほら武道会』主催者が超鈴音だ。ハッキリ言って怪しい」

 

 そっか、それで茶々丸ちゃんの撮影と録音機能を停止してもらったって事なんだ。超ちゃんに聴かれたら本格的に不味いって事だね。超ちゃんの事は友達……って言ったら変だけど、私はそう思ってる。書面上は私達『管理者』と契約上のパートナーって事になるけれど、まず相手を信用しない事には何も始まらないからね。でも今回は疑って掛かるって話しだし、ここで学園祭と原作の何かが絡まってくるのかな。あまり疑いたくは無いんだけどね……。

 

「ねぇ、それって超ちゃんが主催の必要が有るのな。原作の修正力とかで、しなくちゃいけない事態に無理やりなってたりしない?」

「この場合、関係していようが無かろうがあまり関係は無いな。要はぼーやがタカミチと渡り合えるだけの実力が付けば良いのだろう? どうせ起きるのなら徹底的に鍛えてやろう。フフ♪」

 

 もしかしてエヴァちゃんの嗜虐心に火が点いちゃったかな。ネギくん頑張ってね……。それでも一般人がいて魔法が使えなくて、体術だけで勝つって厳しいよね。無詠唱魔法や、戦いの歌を完璧にしてもらって、あとは瞬動・虚空瞬動かな。

 出来ればタカミチくんの攻撃を避けきる技術力と応用力。後は拳圧を逸らせるようになって貰いたいところだけどね。

 

「それで、参加して調べてくれば良いのかよ?」

「ああ。出来る限り面白くなるようにな?」

「結局それかよ! そんな理由で出る気になるか!」

「フロウくん。他にもちゃんと有るんじゃないの? それだけじゃ千雨ちゃんも納得しないよ?」

「勿論だ。何があるか分からないから戦力の分散も必要になる。タカミチは居るがネギ坊主に集中してもらいたい。それに俺らが出たんじゃ相手も警戒しちまうからな」

「ほう。つまりお前は、元老院の奴が何かを仕掛けて来ると?」

「奴らとは限らないがな。どの道何かが起こるのは分かってんだ。警戒は必要だぜ?」

 

 そう、だね……。ナギさんの手掛かりって情報が出たタイミングで関連するように始まる『まほら武道会』。京都でネギくんが地図を手に入れるタイミングが分かっていたって事は無いと思うけれど、超ちゃんが大会を開いた事と、ネギくんのプロバガンダ的な計画も絡んで来てる。何かが起きるって言うのなら警戒しておくしかないよね。

 

「……解った。とりあえず服作るか」

「え、何で? コスプレ大会でもするの?」

「やらねぇって。あ、いや、ある事はあるんだが。それは置いといてだな。昔の私ならそっち優先だっただろうしな。まぁ格闘大会に出なくちゃいけないってんなら、顔を隠せて私だって分からない服でも作るかなって」

「ほう、では私も作るか。ここはやはり黒しかなかろう?」

「何でまた勝手に決めてんだよ! 私の好きにやらせろよ。何でいつも……」

 

 それにしても、ネギくんが来てからは本当に騒動が多いね。主人公だから当たり前といえば当たり前なんだけれど、最初のエヴァちゃんとの依頼に始まって、修学旅行のフェイトくんの事。今回の超ちゃんの事。私たちは情報が足りないからいつも後手に回っちゃう……。今回は超ちゃんの事が分かってるんだから、直接話を聞きに行くのが良いのかな?

 あ、忘れそうになったけど、ナギくんの手掛かりが麻帆良の図書館島地下にあるのなら、後で学園長に未登録の魔法使いが居るって確認もしないといけないかな。

 

 

 

「それからもう一つ話しがある。完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫と『造物主』の話しだ」

「何か情報があったのかよ?」

「それがサッパリ無い。と言いたい所だが、クルトは何か知ってるな。だが簡単に言える内容じゃないらしい。口を割らなかった」

「フン。お得意の色仕掛けは通用しなかったか?」

「あいつにそんなの通じるかよ? 場所が場所だから正装しただけだぜ」

「なぁ、せめて『リライト』の無効化とか聞けなかったのか? こっそりやられるとスゲェ怖いぞ?」

「無い。避けろ」

「あぁ、そうかよ」

 

 それにしても世界を滅ぼそうとしてた組織が原子分解魔法≪ディスインテグレイト≫なんて使えるなら、リョウメンスクナノカミなんて必要ないよね。何で復活させたんだろう。

 世界そのものを救うために鬼神が関係あるように思えないし。もしかしてフェイトくんってあの時の女神様と関係あるのかな。でももしそうだったなら、本人が何か言って来るだろうし『リライト』に執着するのも不自然。知らないって事はこの世界に元から生きてる人って事だよね。

 

「あ、コラ! 何でもうデザインし始めてんだよ。しかも真っ黒じゃねぇか! 無駄なフリルやレースも多いだろ!?」

「貴様こそ何故わからん! ええい、甘ロリなんて描いてるんじゃない!」

「いつも思い通りになるって思ってんじゃねぇよ! 私が着るんだぞ!? 自分でやる!」

「くっくっく。良いだろう。取り入れないのであれば、作った先から全て焼き尽くしてくれる! さぁ作ってみるが良い!」

「ちょっテメェそこまでするか!? 私に決定権は無いのかよ!?」

「あるわけが無かろう!? まだ気付いていなかったのか!?」

「お前らいい加減にしろ、シルヴィアが一人で悩みこんでるぞ」

「「あっ!?」」

 

 でもエヴァちゃんはフェイトくんを人形か使い魔かもしれないって言ってたよね。そうだとしたら、フェイトくんは主人を救いたいって事なのかな。それならそう言えば良いのに言わなかった。相手を言えないって事……?

 でも『セフィロト・キー』はもう無いんだし、代わりのものだと……思い浮かぶのは『グレートグランドマスターキー』かな。でもそれだと消費したら不味いよね。何だかどんどんこんがらがって行くだけで話が見えてこないよ。

 

「なぁシルヴィア!? ここは黒だろう!」

「え!? う、うん。エヴァちゃんが黒が良いならそうすれば良いんじゃないかな?」

「エヴァそれは卑怯だぞ! シルヴィア話し聞いてねーじゃねぇか!」

「え、何が。どう言う事?」

「これで決まったな。貴様は主人の言葉を違えるのか?」

「いや、違えるのかって。別に下僕ってわけじゃねぇんだし」

 

 げ、下僕って。そんな風に千雨ちゃんの事を思って無いけど。主人の言葉って言っても、命令に服従しろってわけでもないし……あれ?何か引っかかった。……主人の言葉、従者への命令。それってもしかして――。

 

「フェイトくんって、世界を救えって命令されている?」

「何? シルヴィア、どこからそんな言葉が出てきた?」

 

 もしフェイトくんが本当に人形や使い魔やだったら。その話で考えていくと、当然『使い魔』として製作した主人が居る。そう考えると、その主人から「世界を救え」って命令があったとしたら当然逆らう事はできなくなる。

 また仮定の話になるけれど、主人が『完全なる世界』の構成員で世界を滅ぼす事が本来あるべき立場だとしたら?矛盾する命令を与えられて、立ち行かなくなって居る可能性はあるんじゃないのかな?

 

「全否定は出来ねぇな。だが世界平和なんて祈るヤツが構成員になるか? 記憶にもねぇぜ」

「う~ん。麻衣ちゃんもアンジェちゃんも、もう他に覚えてないって言ってるしねぇ」

「……役に立てなくてごめんなさい。その辺はさっぱりです」

「アンジェは……って、エヴァの方見っぱなしか。聞くだけ無駄だな」

 

 あれ、いつの間にか三人でデザイン画に没頭してるね……。千雨ちゃんもエヴァちゃんに先を越されないように必至だし、アンジェちゃんはエヴァちゃんのデザインにべったりになって頷いてるし。

 

「おい千雨、貴様いつの間に型紙を描き上げた!」

「うわ、来るな! あっちいけよ!」

「ふざけるな、せめて黒にしろ!」

「あー、もううぜぇー!」

「千雨ちゃん達……懲りないね」

「あいつらは服に拘りだすと止まらねぇからな。放って置くに限る」

「とりあえずさ。フェイトくんには会えなくても、超ちゃんは居るんだから会って話をしてみるよ。それとナギさんの事だけどさ、学園長が図書館島に隠してたりするのかな?」

「ありえない話じゃねぇが……。行方不明にする意味がねぇ。単純に手掛かりだと思うぜ? 未熟なネギ坊主をプロバガンダとして担ぎ出す事自体が、ナギの居場所が分からねぇからこその手段だ」

 

 なるほどね。それなら一旦保留にして、あとは超ちゃんかな。話をするならこっちの家に呼び出すと警戒されちゃうだろうしやっぱり保健室かな。

「一人で会うのか?」

「うん、そのつもりだよ。超ちゃんは科学力や中国拳法はあるけど、魔法や気は使えないからね。それに友達だと思ってるから、あまり警戒したくもないって言うのもあるんだけど……」

「まぁ、気持ちは分かるがな。今回に限っては重要人物だ。本人がやらなくても操られてたりって場合もあるぜ?」

「それは大丈夫。清浄の香と、精霊の動きを感知する結界を張っておくよ。何かあればそれですぐ分かるからね」

「そこまでやれば問題ないか。だが正面から話してくれると思うなよ?」

「うん、分かってる。」

 

 当面、私は超ちゃん対策に動いて、エヴァちゃんはネギくんの修行かな。フェイトくんの事を今考えても仕方がないみたいだし、対応待ちになっちゃうね。

 

「あぁもう分かった。分かったからせめて破るな。黒を使う。だからヤメテクダサイ」

「ふん。最初からそう言えば良いものを。無駄に時間をとらせおって」

「お姉ちゃんおめでと~。ちうたんも頑張ってね~」

 

 あ、決着付いたんだ。随分と諦めた顔してるけれど、大丈夫かな?

 

「千雨。生きろ」

「死んでねぇよ! ちくしょう……」

「あ、あはは」

「今回は好きにやりたかったのに。こうなったら――」

「こうなったら何だ?」

「ナンデモアリマセン……」



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第52話 行けば波乱が待っている

 超ちゃんから話を聞き出すと決めてから既に一週間。素直に話してくれるとは思っていなかったけれど、学園祭の事を仄めかすと意外な事にあっさりと話に乗ってくれた。ただし、超包子の出店が忙しいって話だったんだけれどね。

 思いっきり脱力して逆に超ちゃんから心配されてしまったけれど、たしかに学園祭って言ったら模擬店とかの方がメインだよね。超包子は模擬店と言うよりはきちんとしたお店だから、仕込みの話から当日分の仕入れが多くて忙しいって話になって、どんどんと違う方向に……。それじゃなくて『まほら武道会』を復活させる真意が聞きたくて話を聞きに行ったんだけどね。

 とにかく超包子の話を長々とされても困るから、それとは別の用件があると伝えたら来週にして欲しいと言う事で、今週は超包子に通って様子を見るくらいしかやる事がなくなってしまった。もしかしなくても超ちゃんはこっちの意図に気づいて先延ばししてるよね。

 

「そんなの想定内だろ。素直に話す方がどうかしてる」

「それは分かってるけれど、他に調べられる範囲も無いでしょ?」

「せいぜい流通関係か? そんなもん調べたって店の仕入れが分かる程度だろうな」

 

 確かにお店の内情を調べたってしょうがないよね。お店を開く事が『まほら武道会』に繋がるなんて宣伝くらいしか思いつかないし。

 

「なぁシルヴィア。それならちょっと魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に行きたいんだけど、ゲート開いてくれないか?」

「え、どうかしたの?」

「珍しいな。千雨からあっちに行きたいだなんて。俺とグラニクスでも行くか? ククク」

「あぁ、それもありだな。メガロの方が良いのか? いや……でも――ぶつぶつ」

「え"っ?」

 

 あ、フロウくんが珍しい顔してる。あんなに驚いた顔は久しぶりに見たよ。いつ以来だったかなぁ。

それはともかく、千雨ちゃんが闘技場を拒否しないって言うのは珍しいね。まさか修行しに行くって事も無いだろうし、それ以前にグラニクスが目的って事でもなかったみたい。

 

「ねぇ千雨ちゃん。向こうで何をしたいの?」

「この前服作るって言ったろ? それの素材と、認識阻害の術式を込められるブローチかなんかの魔石アクセサリーを買っておこうかと思ったんだが、ダメか?」

「予算はどれくらい必要なの? 前の魔法衣も結構お金かかったよね?」

「そうだなぁ。前ほど本気で作らなくても良いから、せいぜい4~5万ドラクマくらいじゃねぇか? 自分で言ってて怖い額だがな」

 

 日本円で800~1000万円くらいかな。価値の変動もあるけれど、結構良い物作るつもりなのかな。でも拳闘士って事は、私かフロウくんがペア参加しないと不味いんじゃないかな。一人で参加って出来なかった気がするんだよね。

 

「それなら試合で賭ければ良い。賞金全額上乗せでな。その分それなりの相手は出てくるが問題は無いだろ。そうだな折角だから個人参加でオッズを上げてみるのはどうだ?」

「え、ペアじゃないと出られなかったよね?」

「出れるぞ。空欄登録でな。まぁ、めったに無いんだが」

「じゃぁ、それで良いや。自分の服だし自分で稼ぐ。元手だけ少し借りて良いか?」

「あぁ良いぜ。それじゃ行こうか?」

「え、うん。そうだね。エヴァちゃん達にも連絡しておかないと」

 

 と言うわけで久しぶりに魔法世界へ。メガロとグラニクスは距離があるから、日帰りではなく泊まりになる事とその間の留守をエヴァちゃん達に伝えて出発した。

 

 

 

「相変わらずこの町は活気が凄いねぇ~」

「まぁそうじゃなかったら貿易都市の意味が無ぇからな。色々手に入るぜ?」

 

 雑踏が騒がしいのもこの町の特徴だね。とりあえず闘技場に向かってるんだけど。千雨ちゃんがずっとブツブツ言ってるんだよね。

 

「おい千雨。着いたぞ。服の素材考えるのは良いが、負けたら話しにならねぇぞ?」

「えっ? あ、もう着いたのか。じゃぁ、魔法衣出しとくか」

「うん、気をつけてね?」

「あぁ、行ってくる。アデアット」

 

 本当にやる気なんだね。躊躇いもしないでアーティファクトも魔法衣も使うなんて。普段よりも服が絡んだほうがやる気になってるって事かな。それにしても最後までブツブツ言ってたけれど、本当に大丈夫かなぁ。

 

「よぅ♪ 久しぶりだな。お前ら」

「ラカンさん!? 何でここに?」

「よぉ。久しぶりだな。またやり合うか?」

「いや、今日はやめておく。それより面白い試合があるぜ」

「もしかして千雨ちゃんの事言ってるの?」

「何だ。あの嬢ちゃんは気付かないで参加したのか? 今日はAAAクラスの奴が暴れてるぜ?」

「えっ!? それじゃちょっと大変かも」

「くくく。なるほど面白そうだ。良い経験になるんじゃねぇか?」

 

 今の千雨ちゃんなら大丈夫だと思うんだけどね……。

 

 

 

 

 

 

 ヤベェ……。もっとちゃんと対戦相手と試合のリスト見ておくんだった。黒い服に黒い上半身鎧。さらに黒マント。それなのに表情が無い白い仮面被ったヤツ、確実に強いよな。

 

『さぁ本日連勝中のカゲタロウ選手! タッグ戦にもかかわらず一人参加の快進撃! しか~し、ここでまた一人で参加してくる勇敢な少女が! 本日のメインヒロインとなれのるか!?』

 

 メインヒロインとかいらねーよ。もうちょっと楽そうな相手寄こせよ。こんな時に限って何でこんな相手が……。って言うかマジでヤバイ。伝わってくる気配が高畑先生とかのレベルだ。エヴァやフロウみたいに殺気立って無いだけましってところか。

 とりあえず戦闘の方向性は咸卦法で短期決戦が良いのか。それとも戦いの歌で身体強化して、魔法で相手したほうが良いのか。相手の手札も分かんねーし判断が付かねぇよ。ってこっち近付いて来たぞ。なんだ、接近戦するヤツなのかよ。

 

「私はボスポラスのカゲタロウ。見る限りはただの少女にしか見えん。だが、貴女はそれほど楽な相手ではなさそうだ」

 

 正面に見据えて名乗りを上げに来るって、意外と真面目なやつだったのか。最初は仮装かピエロみたいなヤツかと思ったんだが、全く違ったみてぇだな。私みたいな見た目中高生相手にきちんと名乗って来るのは、地球じゃあまり居ねぇな。こういう場合、きちんと挨拶返したほうが良いよな。

 ってマテ。そもそも地球で名乗り上げて戦いに来るやつなんて、普通いねぇよ。何をナチュラルに異常が普通になりかけてんだ。あぶねぇあぶねぇ。でもまぁ名乗り返しておくか。

 

「千雨だ。あんたも楽そうな相手じゃねぇな。ちょっと稼ぎに来たつもりが、かなり本気でやる事になりそうだ」

 

 何か、少し気配が柔らかくなった様な気がするな。名乗り返した事に満足してくれたって事か。どうなんだ、無表情の仮面のせいでマジで分かんねーよ。

 とにかくもう試合が始まる。攻撃方法が分からない相手を正面から受けてもしょうがねぇし、開始から速攻だな。長期戦はヤバイ。まず派手な魔法で時間を稼いで咸卦法で強化。それで何かの手段を取られても、大体対応できるだろう。後はやるだけやってみるか。

 

『それでは試合開始!』

 

 まずは先制。精神を集中して身体の内と外の魔力を循環。それと同時に水の精霊に干渉。最大限に相性が良い水の魔法で初撃から攻めていくか。

 

「お手並み拝見と行こう――」

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 水の精霊1001柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 水の1001矢!」

「――なんとっ!?」

 

 水を使う分にはある程度自分の感覚の延長上で操作できる。魔法発動体でもあるテティスの腕輪を中心に、千本分の水球を次々に空中に浮かべる。発動と共に手加減するのは一切無しで、名前はカゲタロウって言ったか。とにかくコイツを地平線まで吹き飛ばすくらいの気持ちで魔力を込める。

 そのままカゲタロウを指差して、水の矢のターゲットにする。一矢に込められた魔力だけで、小さなクレーターが出来るくらいの力がある魔法の射手だ。これでもやり過ぎなんて思えねぇな。シルヴィアにフロウもこれくらいあっさり防ぎきっちまう。

 

「――百の影槍!」

 

 カゲタロウが影の精霊を即座に召喚。水流と圧力を併せ持つはずの水の矢を、しなやかな鞭の様に動く影の槍があっさり切り裂いて――って、やべぇアイツの影槍に篭ってる魔力がメチャクチャ高けぇ。しかも作り出すまでの溜めも短い。下手な撃ち方したら千矢があっと言う間に消し飛ばされる。マジで短期決戦だな。こっちが先にスタミナ切れになっちまう。

 魔法の射手の制御に集中して、影の槍と直接のぶつかり合いは回避だな。相手の周囲に着弾させてわざと闘技場を水浸しにする。

 

「右手に気。左手に魔力。合成!」

 

 大量の落水で守りの姿勢に入らせて居る内にもう一度集中。魔力と気を合成した感掛の気で、吹き出す様な光を全身に纏う。これで準備が完了。体術でどこまで行けるか分からねぇけど、とにかく相手のガードを削るだけ削る。

 最初の水の矢で会場中が水浸しになってるから、カゲタロウの隙を狙って転移魔法の準備。テティスの腕輪で相手の周囲に水飛沫を幾つも上げる。分かりきった眼晦ましだが、警戒され始めたところでフェイントを混ぜつつ背後の水溜りから出現する。

 

「このぉぉ!」

「ぬう! 影布七重 対物障壁!」

 

 水から飛び出た勢いと遠心力の右回し蹴り。そのまま咸卦の気も乗せて、コイツの魔法障壁を少しでも削る為の蹴りを放つ。放った瞬間の一撃に対して、目の前が真っ暗になるほど影の精霊を召喚。ってやっぱコイツ生成が早すぎる。障壁は何とか抜いたけど、普通にガードされちまってる。

 

「影槍よ貫け!」

「――げっ!」

 

 脚をガードで取られた一瞬の隙で、懐に迫った収束した影の槍が見える。これをまともに喰らったら明らかに魔法障壁が突き破られる。そんなのはごめんなんで、素直にアーティファクトの力を借りる。

 

「集まれ。――水の楯!」

 

 周囲に水は満ちているから、水を集めて圧縮するのは簡単だな。そのまま魔法で水の魔法楯を展開。この場合は点の影槍に対して面の魔法楯を作ってガード。そのまま使い捨てて、瞬動術で後退して距離を取る。

 つーかマジで強えぇな。感掛の蹴りがあっさりガードされちまったしどう攻めるか。ガードを崩せないなら、威力の高い大魔法で攻めるって事になるんだが、使わせてくれる隙はあるのかよ。

 仮に転移魔法を繰り返して連撃を加えたとしてもガードがかなり固い。このまま突き崩すまで攻めるよりは、やっぱりデカイので決める方が良いのか。

 

「ふむ。考える隙は無いぞ。――千の影槍!」

 

 ちょっとマテ、その魔力密度で千本の召喚とか早すぎるだろ。魔法が使える高畑先生が相手だったらこんな展開になるって事かよ。シャレになってねぇな。つーかマジで考えてる場合じゃねぇ。

 

「――魔法の射手! 連弾・光の299矢!」

 

 時間も無いんで練り込みも甘いが、無詠唱で光の矢を生成する。密度も威力も低いがちょっとは相殺してくれよ。じゃねぇとここでアウトになっちまう。

 千の影槍は一斉投擲だな。きっちりこっちを狙ってきやがる。コントロール精度も並みじゃねぇよ。けど、数は脅威だが百の影槍の時よりも一本一本の破壊力が小さい。それならもう一発撃って……って、追尾速度が上がってやがる。詠唱するより回避。足に魔力を込めて瞬動術で移動。そのまま回避をし続ける。波状攻撃の光の矢で相殺した分、正面が開いてるか。けど、このまま直進したらカウンターが来るよな。どうするか、考えてたらまた追撃されちまうな。くそ、多少のダメージは覚悟するか。

 感掛の気の密度を上げて防御力を強化、そのまま瞬動と虚空瞬動で会場内を駆け回る。追いかけてきた影槍で魔法衣が貫かれて、あちこち切り傷が出来てるが無視だ。

 

「シム・トゥア・パルス!」

 

 会場を駆けてから一気に虚空瞬動で上空へ飛び上がる。そのまま契約執行の魔力供給を詠唱。これでシルヴィアから私に向かって魔力を貰う契約ラインを開放する。流れ込む濃密な魔力を感じながら、焦る心を押さえつけて制御に集中。ここで倒せなかったらマジで持久戦になっちまう。そうなったら確実なダメージを与えられないまま終わりが見えてるな。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 契約により我に従え 大海の王 来れ浄化の太水 鎮めたる青海の槍 全てを圧し砕け 荒ぶる水神 愚者に罰を 蒼き波濤!」

 

 空中で巨大な水の塊を作って大量の水の精霊を呼び込む。そのまま自分の魔力と上乗せしたシルヴィアの魔力で一本の巨大な槍の形に圧縮。急ごしらえで作った魔法の圧力で制御が吹き飛びそうになるが、ここで負けられねーからな。時間をじっくりかけて作るより制御は甘いが今は威力が重視だ。

 アイツはこっちの意図に気付いてるのかハッキリ分からねぇが、あっちも魔力を集中して影の精霊を大量に呼び込んでるな。これ以上時間をかけるのはヤバイ。

 

「貫けぇぇ!」

 

 およそ10mはある巨大な蒼い槍に全力を込めて撃ち放つ。魔力の流れを制御する右手首のテティスの腕輪付近を、腕が震えないように左腕で押さえつけて相手を睨みつける。

 

「影布最大 対魔障壁!」

 

 向こうは完全にガードの体勢か。千の影槍の時よりも確実に魔力が上だな。撃ち放った蒼い槍が影の障壁に接触。相手を貫き潰そうとする水の圧力と、それを受け流そうとする魔法障壁。接触面での魔力のせめぎ合いを右腕で受け止めて、叫び声を上げながら魔力を押し続ける。

 せめぎ合って数秒。影の障壁を貫く手応え。これならいける、そのまま――。

 

「倒れちまえぇ!」

 

 着弾した蒼い槍が形を崩して、激しい水飛沫と轟音を上げて闘技場の地面を抉っていく様子が見える。つーかこれで倒れなかったらマジでどうするよ。今のうちに追撃でもした方が良いのか。結構一杯一杯なんだがな。

 浮遊術を使いながら、カゲタロウから距離を取った乾いた場所に着地。消耗した魔力を補うように肩でする荒い呼吸を整える。アイツは……。

 

「……ギブアップだ。肉体的にはまだやれるが魔力が限界を迎えている。大したものだ」

 

 え、マジで。片膝付いてこっち向きながら呼吸を整えてるんだが、こっちの方がまだ余裕があるように見えたって事なのか。それともシルヴィアの魔力供給で二発目を撃たれたらやばいって判断されって事なのか。どっちにしろ勝ちは勝ちって事か。助かったな。

 

『おぉーっとぉ! ここでカゲタロウ選手がギブアップを宣言! 飛び入り参加の少女の勝利だー! 今日のメインヒロインに拍手ーー!』

 

 て言うか、逃げてぇ……。何だよメインヒロインって。そんなのどうでも良いし、観客も盛り上がらないでくれよ。さっさと戻ってやる事やりたいんだが。ヒーローインタビューとかいらねぇからマジで勘弁してくれ。

 

『それではヒーロー、あ、いえ、ヒロインインタビューです!』

「はぁ!? ちょっ、もう帰るって」

 

 だからマイク向けてくるなって。目立ちたくねぇんだからもう帰る。追ってくるなよ。

 そのまま一切振り返らずに選手出入口まで瞬動で一気に加速。こんなところ一秒でも長くいてたまるか。おいそこの観客。ツンデレとか言ってんじゃねーよ。地球出身者でも居んのかよ。

 

 

 

「お疲れ様千雨ちゃん。勝てて良かったよ」

「あぁ、ありがと。正直かなり焦った。魔力供給が無かったら、泥沼の試合になってたと思う」

「ま、そうだろうな。カゲちゃんは指折りの実力者だからな♪」

「いやいや、中々に良かったぞ。最後の大魔法は少々焦った」

「――なっ!? あ、あんた前に会った……って、そっちもか!」

 

 たしかこのおっさんはラカンって言ったよな。仮契約の時に会ったきりだったけど、こんなにインパクトのある奴は忘れねぇよ。それにカゲタロウだったか。こいつら明らかにダチじゃねぇか。

 

「もしかして、ハメられてたか?」

「違うみたいだよ。今日ここに来てたのは偶然だって。突然声をかけられて吃驚したよ」

「ま、そう言うわけだからよ。久しぶりだなチサメ嬢ちゃん」

「改めて名乗ろう。ボスポラスのカゲタロウだ。よろしく頼む」

「あ、えっと、長谷川千雨です。よ、よろしく」

 

 なんつーか、こっちで魔法使いの知り合い増えるってのはどうなんだ。何か後々面倒ごとに巻き込まれそうな気がするんだがなぁ。けどここで右腕差し出されて断るとかねーよなぁ。

 て言うかコイツ、結構余裕あるじゃねぇか。もしかして試されてたのか?

 

「おいツンデレ。換金してきたぞ。まさかの10万ドラクマだ。随分格下に見られてたな? ククク」

「言ってたのはてめぇか! 変な名前が広がったらどうしてくれんだよ! 格下でかまわねぇよ。私は目立ちたくねぇんだ」

「嬢ちゃんそいつは無理だな。その内有名になるぜ?」

「マジで? 勘弁してくれよ……」

「とりあえずさ、目的は達成したから買い物に行こうよ?」

「そうだな。まだ本番じゃなかった」

「何だお前らそっちが本番かよ! これじゃカゲちゃんも浮かばれねぇぞ? ハッハッハ」

「うむ。死んではいないがな」

 

 

 

 やっと商店までこれたな。エヴァのヤツがうるせぇし、しょうがねぇから黒か。あとピンクだな。 こっそり白も買っておくか……。金が予想以上に余ったからな。それから魔力を込められるブローチも購入っと。こんなものか?

 あ、あの帽子良いな。つば広で顔も隠せるし、バランスも良い。あ、ついでにこの日傘も――。

 

「おい千雨。お前それ全部買うのか?」

「自分で稼いだお金だし、良いんじゃないのかな? 山が出来てるけどさ」

 

 気が付いたらいつの間にか夜になったんだが、そんなにあの店にいたのか。闘技場で戦ってた時間も長かったからな。そのままグラニクスで一泊。夜中にフロウが乱入してきて、ツンデレツンデレ煩くて一悶着あったのは、まぁ、ある種の良い思い出ってヤツだな。……マジで有名になってたりしねぇよな。

 そして翌日。メガロに移動してから麻帆良に帰る事になった。

 

 

 

「それで結局どんな服になったの?」

「あぁ、今着替えるよ。そうだなやっぱり仮契約カードにも登録しておくか。数着出来たはずだし」

 

 今回作ったのは所謂ゴスロリ。レースをあしらった黒のブラウスで、長袖の手先は振袖の様に広くなっている。フリルのあしらわれたコルセットと、裾にはレースがあるピンクのスカートだが、エヴァのせいでこちらも黒のラインが入ったもの。黒チェックにするとしつこくなるんで程ほどにな。

 それからフリル付きハイソックスもシューズも黒い……。何か悲しくなってきたな。最後に首元に認識阻害のブローチを付いたピンクのリボンを止めて、黒いつば広の帽子を被る。

 (※原作の千雨の仮契約カードの絵柄を、ゴスロリの配色に変えたものです)

 

「あ、可愛いね~。でもそれだと分かる人にはバレちゃうんじゃないかな?」

「当日は認識阻害で私だって思わない様にする。大会も別名で登録するよ」

「じゃぁ、ちう様だな。くくく。観客には大好評だろう?」

「何でだよ! ネット上で暫くやってねーし、覚えられてねぇだろ!?」

「どうだろうな? 案外しつこく覚えてるもんじゃねぇか?」

「……ありえる、かも。ま、まぁ、ばれなきゃ良いだろ」

 

 そう思う事にする。じゃねぇとやってらんねーよ。とにかくもう直ぐ学園祭だ。準備だけで疲れちまった気がするんだが、これからが本番だからな。




 原作ではほぼモブ扱いのカゲタロウでしたが、能力的にもランク的にもあの扱いは無いと思うのでここで活躍してもらいました。きっとあの扱いは明日菜のハマノツルギがチート過ぎたんです。

 オリジナル魔法
 蒼き波濤:所謂ポセイドンとか海神などが持つ槍の発想。原作のネギが使った巨神ころしみたいなねじれた造形ではなく、シンプルなデザインの一本槍。
(契約により我に従え 大海の王 来れ浄化の太水 鎮めたる青海の槍 全てを圧し砕け 荒ぶる水神 愚者に罰を 蒼き波濤)
原作の「燃える天空」や「千の雷」に「引き裂く大地」を意識したオリジナル水系上級魔法です。
原作では水系の詠唱シーンがとても少ないので、他の属性を色々参考にしました。


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閑話 氷解の視線

「旧世界≪ムンドゥス・ウェトゥス≫はどうであった」

「別に。これと言って何も無かったよ」

 

 ゆっくりと、普段どおりの口調。熱くも無く冷たくも無く。ただただ事実だけを述べる。そう、分かりきった嘘をつく。旧世界で何も無かったと言う事は無い。考えさせられたことが無かったわけではない。だがそれだけだ。僕たちがやらなければならない事。なすべき事。いつか誰かが言った『これは救済だ』という言葉。僕達が成すべき使命から見たら小さな出来事。これと言って取り立てる必要は無い事だ。だから話さない。そうだ、必要が無い事なんだ。

 

「ほう。では調査の報告を聞こうか」

 

 漆黒の魔術師に正面を見据えられて問われる。油断のない視線。違うか、どちらかといえば作業だろうか。監視するものの目。道具が間違った動作をしないか観察する視線。蛇のように獲物を狙うわけでもなければ、友人に問いかけるような情のこもった視線でもない。その視線を受けて僕は答える。ただありのままの事実を。

 

「リョウメンスクナノカミ。あれは使えないね」

 

 抑揚無く口にする。何の感情も込めずに。そんなものはここで、いや今後も必要がない。鬼神と呼ばれた存在。今回の作戦においての主目的。あれがいつの時代に生まれたものかは分からない。旧世界の日本と呼ばれる島国。その国の文献に『両面宿儺』とも記されるあれは、記録の中では人であったとされるものから、僧侶であったとされるもの。果ては鬼神とまで言われている。けれども、その正体に関してはどうでも良い。

 あれが鬼神かと問われれば、出来損ないでしかなかった。確かに並の魔法生物ではない。だがそれだけだ。本当に必要なものはその本質。僕たちが必要と考えていたものは、魂の器として受肉・顕現した鬼神。その構造を調べる事。真の目的は救われない魂達を導く事。その手段の一角になる可能性を模索する事だった。結果を言えば惨敗。その名を与えられたものは酷く劣化していて何の参考にもならなかった。

 いや、まったく持って収穫が無かったのかと言われれば違う。予想外の出来事が二つ。違う、三つあった。彼と彼女との出会い。それによって齎された収穫はあったと考えていいだろう。

 

「ネギ・スプリングフィールドか。憎き、紅き翼の忘れ形見。奴の息子」

 

 少し、熱が入るのが見えた。冷静沈着、隙無く構える魔術師らしくない熱。普段の冷めた姿ではない。彼に、いや彼らに対する恨み。これが恨みだろうか。魔術師は拳を握りしめて熱く語る。奴等のせいで、奴等が居なければ、それは積年の恨みが積もった感情。僕には理解しがたいものだ。しかし、僕と同じ主の道具であるはずのものがこれだけの執着を見せる。そういえば彼も同じだった。

 セクンドゥム。アーウェルンクスと呼ばれる僕たちの第二の姿。彼があの場に居たならばなんて言っただろうか。……やめよう。必要の無いことだ。

 

「そうだね。けど、まるで話しにならないよ」

 

 熱が篭り掛けた言葉を冷まして答える。いつもの口調。あるべき道具としての言葉。見たままの事実をありのままに答える。あれは僕たちの障害にならない。彼の持って生まれた力、父の才能を強く受け継いでいる。だが、それだけだ。父親譲りの巨大な魔力の器。奥底に光る才覚。それは認めよう。

 知らずに溜息をつく。何を思って付いた溜息だろうか。彼はナギではないというのに。彼は何も知らず、何も出来ず、今やるべき本質にすら気づいていない。そう、ナギとは違う。彼は教師だ。その本質は指導者であるべきだ。なのにあれは何だ。なぜ、こうもざわめく。僕たちに関わるべきではないはずなのに、必要な事ではないはずなのに、なぜ立ち塞がった。それが彼にとって必要だったからだろうか。

 

「喜劇だな」

「……何が」

 

 思わず否定の言葉が出た。喜劇とは何のことだろうか。まて、それ以前になぜ僕は否定した。何を否定したかったのか。

 

「MM元老院が再び動くようだ。奴等め、とことん英雄が好きらしい」

 

 間髪入れずに魔術師が答える。再び熱の篭った口調。そして視線。その憎しみの視線はどこを見ているのだろうか。やはり、彼。あの紅き翼の男たちだろうか。そして幻想にすがる者たち。なんて無様なんだろうか。彼らの英雄に対する妄執と、その利用する姿勢だけは恐ろしいものがある。だからそこ思う。その一割で良い、声無き者の小さな声に耳を傾けて欲しいと。

 

「六年前だ。ウェールズの山奥の村の悲劇。この場合は完全に喜劇だな。あれを利用するらしい」

「そう……。だからか」

 

 六年前のあの日。イングランドの小さな村を襲った、大量の召喚魔たちの事件。彼の記憶の中でもっとも色濃い事件だと言う事は想像に硬くない。彼が僕に向けた視線の理由。あのときの言葉。強い憎しみと怒り。激情に駆られた目。目の前の魔術師とは違う、憎しみを忘れきれない双眸。だからそこ必要の無いはずの行動をとった。一教師という姿を離れ、盲目的に父を追いかけ、憎むべき敵を探して、見つけた。そう思っただろうか。

 

「そしてもう一人……」

「銀の御使い。癒しの銀翼と呼ばれるあれか」

 

 懐疑的な視線を魔術師に送る。彼らと比べ、彼女はどのようにその瞳に映っているのか。ふとなんとなく思った。どの様に思われているのかが気になった。魔術師はなんと答えるだろうか。やはり、使命の邪魔をする憎い者だろうか。

 彼女はある意味、僕らと似たもの同士だ。初めて正確な存在が確認されたのは、旧世界の十二世紀半ば。イングランドの魔法使い支部のメルディアナへ現れた事だ。出現した当時から天使を名乗り、何よりも『悩める魂を救う』と発言した事が印象に残る。彼女は、知っているのだろうか。世界の真実を。決して報われることが無いこの世界の残酷な現実を。

 

「何ゆえ主と同じ、いや類似した魔法を使うのか。探ろうにも関連が無さ過ぎる」

「本人は解らないと言っていたけどね」

 

 彼女の印象は疑問の一言だろうか。同じく主の道具であると考えるのは稚拙な事だろうか。彼が知らないのならばそうであるはずが無い。何よりも根本的に僕たちとは出来が違う様子だった。

 ナギに送る視線とは違う視線。ただただ謎の存在に対して疑問をぶつける。彼女は明らかに人間ではない。亜人と言うにはおかしな点も多い。ならば魔法生物かと問われればそれも違う。あまりにも不明な点が多い彼女に対して、同種の魔法を使うとなれば警戒しないほうがおかしいと言うものだ。

 そう、僕達のあるべき使命は『世界を救う』その一点に尽きる。その実は魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の人々を『リライト』によって救済する事。それ以外に如何なる道も無い。このまま滅びの時を迎え、なす術も無く消え去る前に『完全なる世界』へと導く。

 

「とぼけて居るのならば策士だな」

 

 策士と言われ、気づかれない程度に苦笑する。確かにそうだろう。本当に策士ならば。本人を見る限りはとてもそうは思えない。だが、彼女も僕ら同様に使命を持つ身。成すべき事があるはずだ。それなのに何故、あのように笑っていられるのか。まるで、彼らのように。思い出すのはナギとその仲間の事。彼女も彼らと同様に多種多様な仲間と共にある。考えれば考えるほど、共通点ばかりが見えてくる。……何を、悩んでいるんだ。僕たちには使命がある。やるべき事、やらなくてはならない事、成せばならない現実が。だから悩む必要は無い。熱しかけた口調を冷まして答える。彼女が何であろうとやるべき事に変わりはないと。

 

「確かに結論は変わらぬ。それに”休眠中”の主はいずれ目覚める。我々は着々と準備を進めるだけだ」

「そうだね。でも、その前に――」

 

 試したい事がある。その言葉を飲み込む事が出来なかった。

 

「ほう。今更計画の変更を唱えるか」

「そうではないよ。可能性を試してみたいだけさ」

 

 『マスターキー』の一本を彼女に渡してみたい。それで何が起きるか。彼女が『リライト』を使った時に『完全なる世界』への扉が開かれるのならば、結局それだけの事でしかなかったと言う事だ。

 だが、もし。そうではなかった場合。彼女が『セフィロト・キー』と呼ぶ鍵と同等の魔法が発動した場合、計画変更の必要性を感じる。だからこそ――。

 

「僕自身を使おう。それならば問題は無い」

「何を言っている。貴様、壊れたか? あちらから付いて来た小娘を使えばよかろう」

「それはだめだ。得策じゃない」

 

 物好きな彼女だけど、そんな指示も依頼も受けないだろう。それに彼女が求めるのは血と戦い。僕には理解しかねる感情だが、彼女の原動力になって居る事に違いは無い。自己の消滅の可能性がある以上、首を縦に振る事などまずありえない。

 

「今更アーウェルンクスが減るのは痛手しかない」

「分かっている。けど、解析するのにも良い機会になる」

「認められないな。あそこにはタカミチ・T・高畑もいるのだぞ」

「そうか、彼も居たんだったね。では止めておこうか」

 

 目の前の漆黒の魔術師から目を逸らして頷く。……『逸らす?』今のはなんだ。僕は何故、その様な感情を持った。解らない。けど、試す価値が無いわけでは無いのも事実だ。

 

 

 

「……良くない傾向だ」

 

 魔術師は考える。あのアーウェルンクスには何を思ってか『忠誠』と『目的意識』が設定されていない。当時の主は奴の思うままに行動しろと言っていた事がある。何を思ってその様な事をされたか分からないが、ここにきて計画に支障を来す訳にはいかない。

 

「ふむ……クゥァルトゥムの起動を急ぐか。他は後回しで良い」

 

 それと同時に考える。警告を無視して行くのならば、メガロメセンブリアの諜報員から活動を支援するための”アレ”を取り寄せる必要であると。

 

 

 

「いけまへんなぁフェイトはん。えらく御執心やおまへんか」

「何がだい?」

「お惚けはいけまへん。」

 

 朗らかな笑顔の奥にある視線。嘲った瞳。彼女の中の何かが僕を捕らえている。何を惚けているというのだろうか。何も惚ける必要はないし、惚ける仕事でもない。結論は出ていない。やるべき事をするだけ。何も執心などするものは無い。あるとすれば世界の事だ。彼らの事を考える必要も無い。

 

「……彼、ら?」

「ご自分でも気付いてはるんでっしゃろ? 今のフェイトはん、素敵になりましたえ」

「そう」

 

 彼女が言っている事は理解できないが、今やるべき事は彼女と接触することだ。この調査で犠牲に出来るものは最小限で良い。必要なのは僕自身。そして『マスターキー』。その先は……念のため、と言う事もありえるだろう。彼はなんと言うだろうか。やはり壊れたと答えるのだろう。けれど、見逃せない。

 

「行きはりますんやろ? ウチも付いて行きますえ」

「黙りなさい新参者。フェイト様には私がお供しますわ」

「あんさんが行って何の役に立つと? 今ここで斬り捨てられる様なあんさんが?」

「貴女の様な人斬りに愉悦を感じる者とは違います! フェイト様の崇高な目的の為であるのならば、この身を差し出す事は惜しくありません!」

「相変わらず綺麗ごと言いはりますなぁ。せやけど理想でお飯は食えまへん。ウチが行けばきっと先輩も、フフ、ウフフフ♪」

「それくらいにしておこう。栞さん。月詠さん」

 

 騒がしくしないようにと釘を刺してから再び思考に耽る。これ以上、不公平で理不尽な現実を続けてはいけない。けれども、目の前にある可能性は捨てきれない。

 そう言えば、彼もあそこには居るんだったね。英雄ナギ・スプリングフィールドの息子。彼と同じ赤い髪の少年。性格は似ても似付かないけどね。いや、挑発に乗りやすいところは父親譲りだろうか。そういえば彼と戦ったあの時、そうだあの時も理解できなかった。

 

『俺達は、お前らほど人間を諦めちゃいねぇ』

 

 あの時彼は、笑いながら答えた。あの笑いは僕が知らないもの。何故あのような笑みを浮かべたのだろうか。自信、自惚れ、嘲笑、悲しみ、苦しみ。どれとも違う。一体何だったのだろう。僕たちを、主を諦めていると表現していた。あのまま彼と戦い、言葉を続け、問い掛けていたのならばどうなっていたのだろうか。

 

「考えるだけ、無駄か」

「フェイト様?」

 

 主の道具たる僕らが考える事ではない。分かっている事だ。だが何故。ネギ・スプリングフィールド。僕の顔面に一撃を入れた少年。そう、分かっているんだ。彼では無いと。

 

「フフ、フフフフ」

「貴女、気持ち悪いですわよ?」

「ええどすな~。その顔。その感情の機微。求めてはるんやろ? フェイトはん」

「……何をだい?」

 

 冷めた目で。冷め切っているはずの目で一瞥を送って席を立つ。求めているものは、救済なんだ。そう自分に言い聞かせる。頭の奥によぎる彼女の微笑み。忘れられなくなったコーヒーの味。消えてなくなるしか、送るしか救いの道が無かった彼女。

 

「あ、待っておくんなまし!」

「待ってくださいフェイト様! 話しは終わっていませんわ!」

 

 付いて来てはいけない。再び騒ぎ出した彼女達に釘を刺す。今回の調査は静かに、発見されないように行わなければならない。ただでさえ騒がしい彼女達だ。それに月詠さんが付いてくればとても目立つ。今回の行動をタカミチ・T・高畑に知られるわけにはいけない。それにデュナミス。主の最たる駒である魔術師。結果は伝えるが、いまは知られたくは無い。そして栞さん、君もだ。付いて来てはいけない。彼女に続いて、妹の君までも失う訳には行かないだろう。

 

 

 

「デュナミス様。どうか、メガロ移住計画用の”アレ”を使わせてください」

「条件がある」

「何なりと」

「戻ったのならば解析を行う。無事に済むと思うな?」

「……覚悟の上ですわ」

「ならばメガロメセンブリアへ行け。あとは諜報員に連絡を」

「はい」

 

 死を厭わないと覚悟を決めた少女を、視界に納めて魔術師は考える。必要な事は唯一つ。主の理想を実現する事。必要な魂のエネルギーは集まりつつある。今ここで小さな駒が失われても代えは効くだろう。

 氷の奥に閉ざされた姿を、眠りについた主を想う。もうすぐだと。理想実現の日は目前に迫っていると。




 移転前には書いていなかった話です。この先の原作の展開で、フェイトが出てくるのは唐突間もあり不自然なので、ここでフェイトサイドの考えを追加してみました。
 これを書いてみて、感情が乏しいフェイトの描写が凄く難しいとよく分かりました(汗)


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第53話 迷いと真実と嘘

 地球に戻ってきてからの週明け。超ちゃんが言っていた一週間後の月曜日。今日は朝一番から3-Aの教室に尋ねて行って、超ちゃんを呼び出すつもりでいる。これまで超包子に通ったりしたけれど、ただご飯を食べるくらいで他には世間話しか出来なかった。

 

「むしろ、超包子の準備中に流れを無視して拉致したくなるな」

「もう、フロウくんてば。そんな気にはならないよ」

「黒幕だったら殴ってでもつれて来いよ?」

「そんな事しないってば。それじゃぁ行ってくるね」

「おう、気をつけてな」

 

 争ってるわけでもないんだから穏便にね。武力解決は出来る限り奥の手。折角話し合える相手が居るんだから、応じてくれて居る以上はこちらもそんな事したくないからね。

 それに万が一を考えて、保健室には精神系の魔法を浄化する香や、精霊を感知する結界を造る事にしてる。交渉のカードをちらつかせる訳じゃないんだけど、仮に超ちゃんが幻術や精神操作を使ったり使われたりしてもこれで防止と解除ができるからね。

 でももし、本当に操られてるって考えたら背後に居るのは誰になるのかな。流れ的にはMM元老院議員がすっごく怪しいんだけど、地球の人を操ってまでネギくんをどうにかしようって、いくらなんでも考え難いよねぇ。それをするくらいなら最初から魔法先生や生徒とか、麻帆良外の魔法使い支部の人員を使うだろうし。

 

「おはようございます。シルヴィア先生」

「え!? あ、おはよう、ザジちゃん。珍しいね?」

 

 うわ、吃驚した。普段全然喋らない子で無表情なのに、凄く柔らかくニッコリって言うのかな、普段の姿から想像も付かない可愛らしい笑顔だね。と言うか、なんで凱旋門に繋がってる空中ブランコから降りてきたんだろう……。凄く大きいけれど、もしかしてこれって実物大なのかな。

 

「学園祭の準備期間ですから」

「そうだね。うん、皆気合い入ってるよね」

 

 あれ、なんでこんなにナチュラルにザジちゃんと会話してるんだろう。私この子に何かしたかな。千雨ちゃんから話を聞いた事もないし、ネギくんが関わった魔法生徒や候補になった生徒ってわけでもないんだし。急にどうしたのかな。

 

「学園際中は彼が来ます。十分に気を付けてください」

「え、彼って?」

「私が言えるのここまでです。よろしかったらサーカスも見に来てください。そんな暇は無いと思いますけど」

「どう言う事――」

「失礼します」

 

 あ、もう行っちゃった。空中ブランコに次々に飛び移って、あっちこっち飛び回りながらサーカスの宣伝してるんだね。それにしてもどう言う事なんだろう。話の内容だけを考えたら、忠告しに来てくれたって事だよね。う~ん。彼って事は男性だよね。危険な男性が来るって事なのかな。ちょっと結論が出ないけれど、覚えておこう。

 

 

 

 ザジちゃんに言われた事を考えつつ3-Aの教室に向かう。ともかく今は超ちゃんの事を優先だね。ネギくんはもう職員室から出たみたいだったから、教室に行けば――って、なんか騒がしいんだけど。

 

「7800円になります!」

「ええぇぇぇ!?」

 

 え、もう何か模擬店の練習してるのかな。ネギくんを囲んでチャイナドレスに巫女服。メイド服にバニー、シスター、ナ-スって何これ。コスプレのお店を学園祭でやるって事なのかな。

 

「テメェら良く聞け! メイドカフェの真髄ってヤツはなぁ!」

「あれ、千雨ちゃんメイドやるの? あとでエヴァちゃんが大変だと思うよ?」

「シルヴィア!? いつからそこに、ってゆーかエヴァァ!?」

 

 なんか混乱し始めてるね。エヴァちゃんは奥でニヤニヤ見つめてるから、きっと後でメイドさせられるよ。それにしてもエヴァちゃんもああいうの好きだよねぇ。貴族社会の経験の名残なのかな。結構こだわったもの作ったり、従者の人形も礼儀正しく躾てるみたいだし。

 

「シルヴィア先生、助けてくださーーい!」

「保健の先生来たー! これで勝てる!」

「きゃー! かわいいー!」

「え、な、何?」

 

 なんで、ネギくん中等部の女子の制服着てるのかな。もしかして、そう言う趣味があった……なんて事は無いよね。3-Aの子達も色々着替えてるし、無理やり着せ替え人形にさせられてるって考えた方が自然かなぁ。でも、だれかれ構わず次々に着替えさせてるし、流石にこれは暴走過ぎだよ。ちょっと押さえておかないと止まりそうにないね。

 

「皆それくらいにしようね。千雨ちゃんもコスプレ大会は後にして、騒いでると新田先生呼びますよー」

「ち、違う! これはその。学園際中の出し物が決まらないとかで、大会に出るわけじゃ――」

「コラァーーーー! 何を騒いどるかーー!」

「ぎゃああーー、新田来たーー!」

「ばかもーーん!」

 

 あ、遅かった。流石にこれだけ騒いでたら、周りのクラスの先生もおかしいって思うよね。うん、流石新田先生。生徒を鎮める手際も怒るのも手馴れてるね。それにしても何だか良く分からないんだけど、コスプレの喫茶店を開くって事なのかな。さっき会計の練習もしていたみたいだし。

 

「シルヴィア先生ももっと早く止めてください! まったく!」

「あ、す、すみません、あまりの事に放心してしまって」

「それで、3-Aには何かありましたかな?」

「ええちょっと。保健室で面談をしたい子がいて。それで来たんですけど」

「ご指名カ? シルヴィア先生♪」

「うん、話がしたいんだけど大丈夫かな? 良かったら、放課後に第三保健室まで来てくれる?」

「問題ないヨ。放課後一番に行くネ」

 

 そうして約束を取り付けて一段落。まだ新田先生が怒っていたから千雨ちゃんが助けてくれとばかりに見ていたけど、私にもどうにもならないので「ごめんね」と、念話で謝ると諦めた様な顔をしていた。

 

 

 

 放課後になる少し前、薬品棚から小さなアロマポットを取り出して、今回行う清浄化の香のための魔法薬を垂らす。そのまま火を入れると少しづつ蒸発を始めて、保健室の中が静けさに満ちた清浄な空間になった。それから部屋の四隅に、精霊探知の結界の基点になる魔石を配置。狭い空間で魔法薬を使ったら干渉してしまうから、今回の場合は別々の媒体を使っている。

 そして保健室の椅子に座って一息。これから超ちゃんの真意を聴かなくちゃいけないから、どうしても緊張するね。放課後一番に来るって言っていたから、すぐに来てくれるとは思うんだけど、待つときって何て言うか、遅く感じちゃうものなんだよね。

 そのまま超ちゃんを待ち始めて数分。ゆっくりと足音が近付いてきて、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「私ネ。呼び出されて来たが、ノックする意味はあるかナ?」

「う~ん。無いかな? 気にしないで入って」

「ではお邪魔するヨ♪」

 

 超ちゃんの様子はいつも通りにニッコリって言葉が似合う笑顔。特にこれと言って隠してる様子も見せないけれど、これが演技だったら怖いね。エヴァちゃんと茶々丸ちゃんとの契約の時とかに、ふとした瞬間の真剣な顔を見たことがあるから、本当はとっても鋭い子だって分かるんだよね。

 

「いらっしゃい超ちゃん」

「やぁシルヴィアさん。今朝はお騒がせしてしまたネ。おや、これはアロマポットの香りカ? さすが保健室。気を使てるネ。わざわざ呼び出したから準備してたカナ?」

「そうだね。こっちから呼び出したんだもの。どうぞ座って?」

 

 何か変な事はないかじっくりと見るものの本当にいつもどおりの様子。ごく普通の動作で椅子に座ったし、本当にただ面談に来ただけって感じだね。もし何かあるのなら凄く余裕があるようにしか見えないよ。あんまり警戒したりしたく無いんだけれど、これじゃ逆に疑っちゃうよ。

 

「イヤ~、それは気を使ってもらてありがたいヨ。それで本題は何かナ? 茶々丸は特に問題なかたと思うのだがネ?」

 

 いきなり本題だね。まるで世間話をするような声と目線だけど、もし超ちゃんが何か学園祭で何かを企んでいるなら、もしくは操られているのなら、ここで何か少しでも情報を集めておかないと。

 そのままストレートに聞いてもきっとちゃんと答えてくれないよね。「『まほら武道会』で悪い事してますか」なんて聞いてもきっと教えてくれないだろうし、ちょっと側面から聞いたほうが良いかな。

 

「超ちゃんはさ。今度の麻帆良学園際で、何か新しい事始めたりする?」

「オヤ、何で知てるカ? まだ秘密のプロジェクトだヨ。これは困たヨ♪」

「えっ!?」

 

 そんなあっさり、言って良いのかな。『まほら武道会』自体、まだ学園祭の項目には載ってなかったよね。いくらなんでもあっさりしゃべり過ぎじゃないのかな。超ちゃんの顔付きはいつもどおりだし、何かを隠してるようにも見えない。悪意がある様にも見えないし、結界の反応も無い。

 どうしよう……。本当に何かするをつもりって事なのかな。それなら今の内に話をつけて対処するか、最悪の場合は拘束しないといけないのか考えちゃうんだけど……。

 

「どうしたネ? そんな怖い顔して。私は今M&Aをしてるだけヨ?」

「え、何でそんな事してるの?」

「簡単な事ネ。『まほら武道会』を知てるカ? これは昔、麻帆良学園で在った伝統的な格闘大会だよ。おっと、シルヴィアさんに聞くのは愚問だたネ。とにかく私は、今ある形骸化した格闘大会をかつての様な猛者の集う大会にしたいだけだヨ」

「どうしてって聞いても良い? 本当に格闘大会をしたいだけ?」

 

 それを聞いただけじゃ判別が付かないなぁ。本当の実力者を集めてショーにするって言うのは、超ちゃんがビジネスとしてやるって言うのなら、文句を言えることでもないし。でも、ただ単に見たいだけならばわざわざ『まほら武道会』って形にする必要はないんだよね。私たち魔法使いの事を知ってる超ちゃんなんだから、見せて欲しいっていわれればエヴァちゃんの別荘に行って見せるとか、何ならタカミチくんでもそれくらいサービスで見せそうな気がするんだけどね。

 

「ところでシルヴィアさんは、転生者と言う言葉を知てるカ?」

「えっ!? ど、どう言う事? なんで超ちゃん――」

 

 何で知ってるの。という疑問をギリギリで飲み込んだ。けど、うろたえたのは確実に見られちゃったね。なんで突然そんな言葉を言い出したんだろう。今は『まほら武道会』の話しをしていたんだよね。でも、超ちゃんがその言葉を知ってるって事は、私達の事を想像以上に把握しているって事なのかな。私達はその事実を学園関係者に話していないし、誰かが超ちゃんに漏らしたとも思えない。

 あっ、フロウくんが面白がって言った可能性はあるかも知れないけど、フロウ君に限ってそんなミスはしないよね。じゃぁ、どうして……。

 

「不思議な顔をしてるネ? それはそうカ。突然こんな言葉を言いだしたら、頭がおかしくなた思うネ。だが心配いらないヨ。私は正常だからネ」

 

 そう言って片目を瞑って愛想笑い。あまりにも平然とした語りと愛嬌のある動作。思わずキョトンとしてしまったけれど、何で急に、そんな事を。

 

「……どうして?」

「もし私が、転生というものを経験してる。と言たらシルヴィアさんはどうするカ?」

 

 震えている自分が分かる。焦っている。自分で分かっているけれど、それがどうしても抑えられない。言葉にならない言葉をつぶやいて、否定したい自分がいる。けど、けれども、目の前の超ちゃんがそんな言葉を、理性的に言うなんて。冗談、だよね。

 

「嘘……だよね」

「私達以外に居るはずが無い、かナ?♪」

 

 今度こそ、心臓が止まるかと思った。えと、心臓が本当にあるのかちょっと分からない体だけれど、比喩じゃなくて本当に止まるほど驚いた。超ちゃんは、”知っている”。どういうわけか分からないけれど、私たちの事をどこかで聞いて知って、その上で接触してきている。

 どうすれば良いのか、分からない。だって、もう、鍵が『セフィロト・キー』が、無い。止められない荒い呼吸で視線を送る。不安に満ちた気持ちだけど、超ちゃんの答えが欲しい。

 

「心配は要らないネ。私が出来なくなた事は『魔法が使えない』と言う事だからネ」

「え!? ま、魔法が使えないって……。それじゃ科学を学んでいるのは……」

「まぁ、そう言う事ネ♪ ほら」

 

 え、携帯杖もってたんだ。と言うか、いまここで魔法を使うって、ちょっと待ってさすがにそんなことされたら警戒するよ。

 

「身構えなくて大丈夫ネ。プラ・クテ ビギナル 火よ灯れ」

「精霊が、動かない?」

 

 今のって知識ときちんとした修行をすれば、誰でも使える基本中の基本だよね。精霊への問いかけ手順も間違ってないし、きちんと精神力を込めてるように見える。それに一瞬だけど、超ちゃんの周りに精霊が集まるのが見えた。

 でも、超ちゃんからは全く魔力が出てない、と言うか体内魔力と体外魔力の循環が無いように見えるね。もしかして、魔力を使えなかったんじゃなくて、魔力を使うラインが無いって事なのかな。魔力を使う事ができない身体って事なんだ……。これじゃ、タカミチくんの呪文詠唱が出来ない体質より酷いよ。

 

「そんなに暗い顔をしなくても大丈夫だヨ。『まほら武道会』は私が純粋に見たいだけネ。技術の露見を防ぎたい格闘家のために、当日は私の科学の力の粋を集めて、カメラを始めとする映像記録装置は使えない様にジャミングをかけるヨ」

「え、うん。でも、どうして私達の事を?」

「……メガロメセンブリア」

「な、何でその名前を!? あ、でも転生を経験してるなら、原作を知ってるの?」

「知って居るヨ。それに私は魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫出身の火星人ネ。だから本当に心配する事は無いヨ。シルヴィアさんたちの事はあちらの教会で調べたヨ」

「はぁ~。そうだったんだ」

 

 なんだか本当につかれたよ。思わず脱力しちゃうね。一度深呼吸して気持ちを落ち着けないと。何だか無駄に疲れちゃった気がするよ。でも、超ちゃんが悪い事をして無いならこの学園祭は他に何か起きるって事なのかな。もしかして、今朝ザジちゃんが言っていた男性が何かに関わってるのかも。

 

「超ちゃんは、学園祭で何が起きるか知ってるの?」

「世界樹が大発光するくらいかナ。例年より早いヨ」

「え、そうなんだ。あとで確認しておこうかな。そうすると、学園長が何かしてくるかな?」

「シルヴィアさん。あまり油断しない方が良いネ。私が知ていても、シルヴィアさん達の正式な身内では無いのだからネ」

「あぁ、そっか。ごめんね。でも、そうだとしたら何で今まで超ちゃんは何も言ってくれなかったの?」

「言わなくても私は一人で色々やて来てるネ。それにやりすぎもいけないヨ」

「でも、何かあったら相談してね? 超ちゃんの事は友達だと思ってるからさ」

「フフ。その言葉は百人力だヨ♪ いつか頼む時が来たら相談してみるネ」

 

 そっか。そうなるとフロウ君達ともまた相談しないとダメだね。それに世界樹の事で麻衣ちゃんと確認もとらないと。分かった話の分だけ、また調べなくちゃいけない事が増えちゃった。

 

「話しは終わたかナ? 超包子の仕事もあるし、そろそろよろしいカ?」

「うん、そうだね。……あ、ちょっと待って?」

「何かナ? 手短にお願いするネ」

「えっとね、ネギくんとタカミチくんの試合だけ録画って出来るかな? ちょっとメガロメセンブリアの方に出さないと困るんだよね」

「問題無いヨ。茶々丸に録画させるネ。私の技術の粋を詰め込んでいるのだからそれくらいは出来るヨ。それからあちらには良い様にされない様に気をつけると良いネ。私からの忠告だヨ」

「うん、ありがとう。それからごめんね。助かったよ」

「それではまたネ。学際中は是非、超包子をヨロシク頼むヨ♪」

 

 うん、これでネギくんの件は解決だね。あとで茶々丸ちゃんにデータをもらう事にしよう。でも、一般の人が録画できないのに茶々丸ちゃんだけ出来るって言うのはちょっと不思議だね。同じ技術を使ってるって事だからかな。うぅ、元現代人なのに科学のほうが分からないってちょっと微妙じゃないかな。なんだか変に自信をなくしちゃうよ……。

 

 

 

 

 

 

 ふぅ。いつかは呼ばれると思てたが、中々に焦たヨ。今はまだ真実がバレるわけにはいかないネ。私は一言も、シルヴィアさんの言葉を肯定していないのだがネ。フフフ。

 

「良かったのかい? 先生をこちら側に引き込まなくて」

「かまわないヨ。無理に引き込む必要は無いネ。シルヴィアさんは既に”何も出来ない”」

「おや。それは随分と自信のある言葉だね。何をしたんだい?」

「それはまだ秘密ネ。いずれ分かる時が来るヨ」

 

 本当にすまないネ。だがこれは来るべきのち世界の為。今は恨まれても、必ずやり遂げなくてはならないヨ。悲願でもあるのだからネ。それと後はネギ坊主カ。予想よりも成長速度が早いようだが、どう動くかナ。どちらの結果でも、私は、私達は必ずより良い未来を勝ち取って見せるヨ。



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第54話 確かめる真実

「はぁ!? 超が転生者ってそれマジで言ってんのか?」

「うん、そうらしいんだけどね」

 

 超ちゃんとの話をした日の夜。再び皆で話し合いをするために集まった。茶々丸ちゃんには前と同じように撮影しないようにエヴァちゃんが命令して、超ちゃんの真偽を問う形になっている。

 みんな信じられないような顔をしているけれど、超ちゃんがやって見せた魔法。それに魔法が使えないからこそ科学力。それを一般的に見て、何世代も先に進んでいる麻帆良学園で磨いたってなると、まだ理解しやすい話なんだよね。

 

「『枷』は『魔法が使えない』って身体みたい。実際に魔法を詠唱したら、精霊は動くんだけどそのまま何も起きないの。魔力のラインが一切動かなかったんだよね」

「ふむ。詠唱が出来ないタカミチと違い、ラインそのものが動かないのは異常だ。一概に嘘と言い切れんな。それに高い科学力か。それならば説明がつくか?」

 

 茶々丸ちゃんを造った科学力は、現代科学で説明が付かないからね。前世から先端の科学に触れていて、それを下地に麻帆良大学工学部とかで勉強したって言うのなら、一応納得できる説明になるんだけど……。同じ3-A葉加瀬ちゃんも科学に関してはものすごく頭がいいからねぇ。

 後は可能性で考えたら、その辺りが転生で手に入れた力だったって可能性もありえるんだよね。

 

「それから魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫出身って言ったな? それで魔法が使えないのはかなりのハンデだ。だからってあっちで科学を学んだのはおかしい。せいぜい戦闘艦や情報端末だぜ? 確かに地球の一般的な科学よりも進んでるが、電子精霊頼りな部分が多い。それなのにあいつの持ってる科学力は、メガロや学術都市のアリアドネーよりも確実に進んでいる」

「じゃぁマジであいつ転生してきてんのか? なんか言った方が良いのか?」

「放っておけ。あいつは一人でやってきたと言ってるんだ。わざわざ構う必要も無い。本人もそう言ったんだろう?」

「うん。そうなんだよね……」

「そう言っても気にしてるじゃねぇか。あいつはクラスじゃ一般人のフリしてっけど、こっち側になんだよな? しかもシルヴィア寄りの」

 

 うん、確かに気になるんだけどね。それに折角だからもっと仲良くできればって思うんだけど、本人から大丈夫だって言われちゃうと、どうしようもないんだよね。きっと今までも色んな事を自分の力で乗り越えてきたんだと思う。でも、もしもの時は相談しに来るって言ってくれたし、これ以上は踏み込めないかな……。

 

「そうか? シルヴィアが気にしないんなら、別に良いんだけどよ」

「俺も気になるな。ただし、本当の事か。と言う意味だ」

「超ちゃんが嘘ついてるって思う?」

「本当の事を言っていない可能性だってある。それに一週間先延ばしにしたのは何のためだ? 超包子の準備だったら普段からしてるはずだ。それを理由にするのはその間に何かしてたんじゃねぇのか?」

 

 確かにそれは気になるんだけどね。準備って言い切られちゃえばそれまでの事だし、調べても前に言っていたみたいに仕入れとか当日の超包子の予定くらいしか出ない気がするんだよね。

 本当に何かをしようとしているのなら、超包子の名前を使わないだろうし、もっと隠れて何かをすると思う。でも、もしかしたら……。

 

「念のため調べてみてくれるかな? もう余り時間が無いんだけど、クルトくんも何か掴んでたのかもしれないし。疑いたくは無いんだけどね」

「良いぜ。先週の動きから洗ってみるか。だがあまり期待するなよ? 本当に何かをするなら巧妙に隠されてるだろうからな」

「うん。分かったよ。それから前に言っていたネギくんの話。タカミチくんとの試合だけは録画してくれる事になったんだけどね。茶々丸ちゃんならジャミングの中で録画出来るって本当?」

「問題ありません。出力も可能です」

「そっか。それじゃよろしくね?」

「はい。解りました」

 

 これで録画データをフロウくんから、クルトくんに渡してもらえば良いよね。後はフロウくんが気になってる点。もし超ちゃんが本当に嘘をついてるんだったら、嘘をつくだけの意味があるはず。今はまだ話せないって事かな。それとも、話したくないのかな。

 

「あと麻衣。超の知識通りに大発光が早いのか?」

「……そうですねー。魔力の充実度が高い感じはします。収束が追いつかなくなってるから、今年は放出になっちゃうと思いますよ」

「それなら学園祭中は皆で見回りしないとね」

「気にするなよ? 俺達全員の問題だからな?」

「……はい。ありがとうござます」

 

 自然放出された魔力は、何かのはずみで使われちゃったりしたら困るからね。

 麻帆良学園は世界樹を囲まない様にって契約をして設計しているけど、世界樹が見える広場とか近い部分には影響が出ちゃうからね。

 

「千雨ちゃん。学園祭の間、表向きは予備保健委員って事で登録出しておくからね? 裏向きは魔法使いとして見回りになるけど、大丈夫だよね?」

「そうだな。クラスの出し物で文句を言われるかもしれねぇけど、準備を大幅に手伝うって事で何とかなると思う」

「最悪ネギ坊主でもダシにしたら良い。それで黙る奴らも居るだろ?」

「先生ねぇ。逆に追い掛け回されそうだな」

「それから森の結界かな。強めにかけておけばほとんど大丈夫だと思うけど?」

「森は俺が回っておこう。面白い相手が来てもそれはそれで良いからな」

「後はレイニーデイが言っていた男だよな?」

 

 そう……。これがサッパリ分からないんだよね。超ちゃんの事は一度保留で良いと思うんだけど、今度は別の情報が出ちゃったし。ザジちゃんは普段ぜんぜん喋る子じゃないのに、急に警告してくるなんてね。

 

「あの無表情の曲芸やら手品をしてる奴か。誰か何か知ってるか? 俺は知らないぞ」

「あいつ自身については心配ない。むしろ放っておけ」

「エヴァちゃん知ってるの?」

「あぁ。だがアイツは道楽者みたいなものだ。気にする事は無い」

「それで良いのかよ? クラスにまた変なのが増えるとか勘弁してくれよ」

「何だ千雨。まだ割り切ってなかったのか?」

「割り切っちゃいるんだが。……心の平穏くらい求めさせてくれ」

「と、とりあえずはさ、その男性だよね? エヴァちゃん何か思い当たらない?」

 

 ザジちゃんの事を知ってるなら、エヴァちゃんは何か知ってるって事なんじゃないのかな。皆もなにか同じように感じてるみたいだし。えっと……アンジェちゃんは何も知りませんって顔してるけれど大丈夫なのそれで……。

 

「そうだな。ほぼ間違いなくメガロの元老共が召喚した悪魔が来る。どんな形か分からんが、学祭中の浮かれた空気に紛れ込むのだろう」

「どうしてそう言い切れるの?」

「ザジ・レイニーデイの信用度が高いからだよ。それに奴らが悪魔を使う理由も分かったからな」

「何、どう言う事だ?」

「今日の修行の後の事だ。ぼーやが神楽坂明日菜にパートナーとしてきちんと話をしたいと言い出してな。意識同調の魔法を使ったので、宮崎のどかのアーティファクト『いどのえにっき』で覗いてやったんだ。かなりの事が解ったぞ」

「あんなもん取り上げるなよ。相っ変わらず性格わりーな」

「フフフ♪ ほめ言葉と受け取っておこう。その話の内容だが――」

 

 

 

 始まりは六年前の冬の事だ。場所はウェールズの山奥の小さな村。一般的には知られていないが、ここにいる住民はすべて魔法使い。そしてぼーや、つまりネギ・スプリングフィールドもここの出身者だ。もっとも、本人にとっては楽しい思い出のある幼い日々と言うよりは、憎しみと屈辱にまみれた地獄のような記憶だ。

 そしてこれがその再現。ぼーやの頭の中にある記憶を、アーティファクト『いどのえにっき』で覗いて記録したものだ。

 

『ネギ、貴方のお父さんはね。スーパーマンみたいな人だったのよ』

『スーパーマン?』

『そう、ピンチになったら現れる』

『フン。じゃが奴は死んだ……』

『スタンさん。そんな言い方しなくても』

『お姉ちゃん。死んだって?』

『もう、会えない、って事よ……』

 

 これが幼い時の記憶。その冒頭に当たる部分だ。父、ナギ・スプリングフィールドはこの当時から死亡したものとみなされている。近くにいるのは姉のネカネ・スプリングフィールド。それからナギを良く知っているらしい老人だな。この頃のぼーやは今とは違う意味で悪ガキだったらしい。

 子供なんぞ皆悪ガキだなんて思うなよ。ここが魔法使いの村だと言う事を忘れてもらっては困る。ぼーやは『ピンチになったら現れる』という姉の言葉を真に受けてな、自分がピンチになるように魔法で悪戯をしては怒られ、果ては無茶な事へと昇華して行った。その様がこれだ。

 

『ね、ネギが倒れたって!? どう言う事ですか!』

『大丈夫だよネカネ。熱は出てるが問題ない』

『まったく、あいつに似た悪ガキじゃわい』

『もう、何であんなに無茶をしたの?』

『だって。ピンチになったら、お父さんが助けに来てくれるって思って……』

『バカ! もう、こんな事しないで。うぅ、ひっく。』

『ごめんなさいお姉ちゃん。もうしないから。泣かないで』

 

 この頃はまだ良い。どこにでもある子供を叱り付ける姉の図だ。ここに居る大人たちもこれから始まる悲劇なんて想像もしていないだろうよ。なんだかんだと言ってナギ・スプリングフィールドを慕うものたちや縁のある者達が住んでいた村だ。そこにネギ・スプリングフィールドという餌がいる。どんなに隠れていたとしても限界はいつか来るものだ。

 そう、英雄とは何だ。神職者か。聖者か。まさか無条件に助けてくれる善人などと思うなよ。戦争の勝者だ。二十年前にあった大分裂戦争。亜人がその殆どを占めるヘラス帝国。同様に人間が殆どを占めるメセンブリーナ連合。どこで恨みを買ったかなんて数える方が馬鹿げている。そして何処かの誰かが、何らかの思惑で悪魔をけしかけた。

 

『あら、何かしらあれ。――えっ!? 村が燃えている!?』

 

 辺りは全てが焦土。残った家も全て焼き払われて朽ち始めている。そんな村の様子をあわてて見に来たのが姉のネカネだ。そして一人、近くの湖に偶然出かけていた事で難を逃れた子供の頃のぼーやも居る。

 

『ネカネお姉ちゃーん! おじさーん。――おじ、さん?』

 

 ぼーやの困惑も当然の事だ。何しろ村は全滅。焼き払われた後に残っていたものは石化した人間の姿。どこまで行けども石像。見るもの全てが信じられなかっただろう。どれだけの恐怖と絶望があったのかぼーやの態度が示してくれている。

 

『う、うぅ。これって僕がピンチになったらって思ったから? ピンチになったらお父さんが来てくれるって思ったから? ――僕が、あんな事思ったから!』

 

 どれだけ泣き叫ぼうがこの状況ではぼーやの命も風前の灯。だが、ぼーやは生きている。今現在この麻帆良でな。ならばぼーやが命を拾う出来事があったはずだ。この時のぼーやの周囲は悪魔たちの巣窟。召還され使い魔となり、主の命によってただただ破壊をするだけの獣の巣だ。まず勝ち目は無い。恐怖で足が竦んだだろう。逃げようにも道はどこにも無かっただろう。だがそれを、たった一人で圧倒した馬鹿が居た。もう分かるだろう。英雄、ナギ・スプリングフィールドだ。

 

『――来れ 虚空の雷 薙ぎ払え 雷の斧!』

 

 雷の斧は上位古代語魔法だ。その威力の割には詠唱も短く使い勝手が良い。まぁ、喰われる魔力は推して知れ。これで悪魔の一体が倒された。雷撃の魔法で一撃とは情けない限りだが、この馬鹿の馬鹿魔力ならば仕方がないだろう。一斉に襲い掛かってもこの様だ。拳や脚に込められた魔力も並みのものではない。この男にとっては悪魔の軍勢などその辺の雑兵と変わりないという事だ。

 

『――来れ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐 雷の暴風!』

 

 これでトドメだ。一般魔法使いの雷の暴風は、精々が数mの雷の竜巻を直線に打ち出す。ところがこの馬鹿が使うと直径数十mになる。これでは化け物と呼ばれる悪魔も形無しではないか。まさに不条理の塊。実際ここで再起不能になった悪魔や封印されたものなど数え切れなかっただろう。

 その後は助かった一部のものを治療して、ボーヤに形見といって自分の杖を渡し、今日に至るというわけだ。実際、ぼーやが京都で石化魔法を使うあの男とであった時の目を覚えているか。激しい怒りと憎悪を秘めた目だ。あの時、永久石化の魔法を使われていれば、今頃まともには居られなかっただろうな。

 

 

 

 

 

 

「つまりネギ坊主のトラウマを抉る作戦ってわけか? あいつらマジで腐ってるな」

「そんな事があったんだね……。それにネギくんがお父さんを追いかけて必死になってるのは、生きてるって確信してるからなんだね」

「笑えねーな。人生ハードモード過ぎだろ」

 

 永久石化かぁ。あれはさすがに治療薬だけじゃ治らないね。悪魔独特の固有能力だったり、そもそもなんで永遠に石化しているのかとか、それでも生きてる人の状態とか不明瞭な点が多すぎるんだよね。それにこれはネギくんが挑む人生の課題。私が手を出す問題とも言えないし。

 

「そういう訳だ。学園祭では悪魔にも気を付けろ。ぼーやがいきなり暴走でもしてくれたら面倒だ。……知った事でもないがな」

「なんだ? 弟子なのに気になら無いのかよ?」

「ハッ! シルヴィアじゃないんだ。私はそこまで優しくないさ。尤も身内に手を出すというなら容赦はしてやらんがな」

「千雨ちゃんもだよ? もし石化魔法を使う悪魔だったら気をつけてね?」

「えっ? あぁ、その先生の記憶の中にあった、石化のブレス魔法に気を付けるんだろ? さすがに学園祭の中でそんな派手な事は無いと思いたいんだが」

「まぁ何があるか分からないからな。気を付けるに越した事は無いぜ?」

 

 学園祭中、私達はある程度個別に動く事になると思う。フォロー出来る範囲も限られてくるし、すぐに駆けつけられない場合もあるかもしれない。最大の敵は悪魔になのかもしれないけど、どんなことがあったとしても、出来る限り怪我人が出ずに終わってほしい。京都での事件みたいに犠牲者だらけになって欲しくないからね。

 

「それじゃこんな所かな。みんな良い?」

「あぁ、まぁ武道会は適当に――。いや頑張れば良いんだろ? 頼むから睨むなよ」

「くくく。素直にそう言えよ。何年付き合ってると思ってるんだ」

「もう、フロウくんたら。格闘大会とかホント好きだよね」

「まったくだ。何回こいつの被害にあった事か……」

 

 もう間も無く学園祭が始まる。私たちに出来るのは準備をして待ち構える事。万が一石化能力を持つ悪魔がやってきて、永久石化なんて使われたら大惨事になってしまうから、出来る限りの警戒をして動かなくちゃいけない。

 そして超ちゃんの事。転生者なんてどの世界からみても異様な話だけれど、現実に存在する私たちがそれを肯定している。それを名乗った超ちゃんを、私は気にせずには居られなかった。




 今回の投稿はここまでです。
 56話と57話は加筆して改訂が終わっているのですが、55話が納得がいっていないので、そちらを書き上げてから1度にまとめて投稿したいと思います。


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第55話 運命を握る手

「無詠唱で戦いの歌を継続。そのまま模擬戦だ。瞬動も取り入れろ。やれ」

「はい、マスター! 行くよ小太郎君!」

「おっしゃぁ! 来いやネギ!」

 

 気合を入れた小太郎君を正面から見て半身に構える。開いた右手を顔の正面に上げて、下げた左肘を引いた中国拳法のスタイル。これはくー老師から習ったものだ。

 それに加えてマスターからは、魔法使いとして二つの道が示された。一つ目はオーソドックスで、マスターのような後衛中心の大火力魔法使い。二つ目は父さんの様な近接格闘をコナス、スピードタイプだった。

 

 僕は後者、正確には魔法拳士とも言うべきスタイルを選択している。

 

「(――魔法の射手 光の3矢!)弓歩沖拳!」

 

 無詠唱魔法で光の矢を生成。右腕に絡ませながら小太郎君の懐に踏み込み、拳にその威力を乗せる。

 

「狗音爆砕拳!」

 

 小太郎君は狗神と気を纏って僕の拳に打ちつけ、衝撃音を上げながら相殺する。

 

「まだや! 犬上流・狼牙双掌打!」

 

 これまでの模擬戦の中で何度も見た技。両手に気を集中して気弾を撃ちだす攻撃だ。

 それなら僕も魔法の射手で応える。ここで突き進む事も出来るけれど、まだ瞬動術が完璧じゃないから、失敗すればただの的になってしまう。

 

「魔法の射手! 光の11矢!」

 

 無詠唱で発動出来る現在の最大の本数が11本。それで迎え撃つ。

 

「そんなん負けへんで!」

 

 お互いの技がぶつかり合った直後、マスターの魔法空間の砂浜で、大きな炸裂音が木霊した。耳を劈く衝撃と、舞い上がる砂の影響で視界がとても悪い。それに、目の前の砂浜は穴だらけになってここで踏ん張るには場所が悪い。それなら。

 

「瞬動。――そこだ! 外門頂肘!」

 

 足に魔力を集中して、この場を固める。そのまま一気に噴出して、小太郎君の影に向かって突撃。小太郎君の懐まで入り込むのを確認したら、胴に肘撃ちを入れ――えっ! 手応えがおかしい!

 

「分身や! せっかく瞬動術が成功しても、本体見極めへんかったら意味ないで」

「うーん、足の魔力のバランスが難しいから、そこまで気を使ってられないよ」

 

 僕と小太郎君の修行風景はいつもこんな感じだ。体術においては小太郎君のほうが一日の長がある。それに体格も近いし、良い経験になるってマスターは言っている。

 確かに強くはなったとは思う。けれど、自分はドラゴンだと名乗った少女に勝てると思えない。父さんへの道はまだまだ遠いなって思う日々が続いている。

 

 

 

 

 

 

「情けない。それでは虚空瞬動なぞ夢では無いか」

「う……。すみません」

「エヴァちゃんそんなに言わなくたって良いじゃない。ネギだってすっごい強くなってるの?」

「何だ神楽坂明日菜。いつからそんなにぼーやに肩入れするようになった? 惚れたか?」

「そ、そそ、そんなわけ無いじゃないの! 私は高畑先生一筋なのよ!」

「明日菜はいっつも高畑先生やな~」

「第一なんでお前らは私の別荘を勝手に使ってるんだ? 弟子にした覚えは無いぞ」

「まぁ良いじゃないの。ネギが使ってるんだしさ?」

「ちっ……!」

 

 能天気なガキの戯言は放っておくに限るか……。しかしこれでタカミチに勝てるか? まぁ、勝てなくても良いんだが、出来が良いに越した事はない。

 魔力集中の練度。瞬動の入り。まだまだお飾り程度だがな。やはり起爆剤は必要か。とりあえずは。

 

「ぼーや。これをくれてやる」

「え?」

「なんやそれ?」

「ゆ、指輪ー! エヴァちゃんこそネギの事好きなんじゃないでしょうね!?」

「馬鹿かお前は? 魔法発動体だ。いちいち杖を持って殴り合う気か。魔法拳士が聞いて呆れるぞ」

「あ、ありがとうございます! マスター!」

「よっしゃ、これでもっと強うなれるなネギ!」

「う、うん!」

 

 強く……か。仮にも私の弟子を名乗るんだ。なって貰おうじゃないか。ぼーやとタカミチの試合はもう近い……。ここらで焚きつけておく必要があるな。

 

「ぼーや。この学祭中に格闘大会が開かれる。知っているか?」

「はい。小太郎君とどうしようかって話をしてたんですけど、どれがどうかしたんですか?」

「必ず出ろ。師匠として修行命令だ」

「マジか! ネギ、これで参加確定やな」

「は、はい。分かりました。でもどうしてですか? 魔法の修行は関係ないですよね」

「そうよね。魔法使って試合なんてするわけ無いんだし」

 

 超鈴音のまほら武道会も、MM元老院の企みも教えていないからな。知っていれば茶番が見透けて真剣味が減る。だからこそ全力を出せる環境で出てもらわなければ困る。

 

「タカミチが出る。ぼーやとはいつか勝負をすると決めていたらしいじゃないか?」

「えっ! で、でもまだ僕はタカミチほど強くないし……」

「何やネギ、自信無いんか! タカミチさん出る言うんは、ネギを男と認めて勝負するちゃうんか? やったれやネギ!」

「う~ん、でも……」

「高畑先生が出るなら私も出る!」

「明日菜!? ちゃんと考えてものゆーとる?」

「しかし明日菜さんは筋も良いので、意外と行けるかもしれませんよ?」

「だそうだぼーや。先生として、恥ずかしく無い行動を示すんじゃなかったのか?」

「――あ!」

 

 弟子入りの時に自分で宣言した言葉だ。生真面目ぼーやの性格からしたら、これで気にならないことは無いだろう。しかし、これであっさり乗るくらいではまだまだ十歳の子供だな。

 ……ん? そう言えばぼーやと千雨が修行に来たのはほぼ同い年くらいじゃなかったか。まぁ、出ればそれで良い。工夫次第でタカミチに抵抗は出来るだろう。

 

「僕やりますよ! タカミチに頑張ってきたんだって、恥ずかしく無い様に戦います!」

「よー言ったネギ! ここから猛特訓や!」

「「「おー!」」」

 

 存外に必要悪というものを理解させても良いのかもしれん。千雨とは環境は違うが、ぼーやも随分と暗い淵を歩いて来た人生だ。ただまぁ、今のぼーやでは、ナギという強烈な光の前で霞んで見えるのだろう。せっかく手に入れた手がかりだからな。

 学園祭を乗り越えれば魔法世界で山場だ。それまでに何かぼーやが、一歩でも二歩でも踏み越えられる何かがあれば良いのだがな……。

 

 

 

 

 

 

「ネギー! 格闘大会もうそろそろ締め切りらしいで~」

「うん、今いくよ!でもスケジュールがいっぱいなんだよね……」

 

 スケジュール帳には3-Aの皆さんに誘われた各部活の出し物。更にクラスのホラーハウスの参加に格闘大会。どれもこれもギリギリのスケジュールになってる。

 

「なんやそれ? 女の予定ばっかや無いか」

「しょ、しょうがないじゃない。先生なんだから」

「あら、ネギ先生丁度良いところに」

「あれ? しずな先生どうしたんですか?」

「学園長が貴方たち五人を呼んでるわ。世界樹が見える広場に来て欲しいって」

「五人って、明日菜さんに木乃香さん、それから刹那さんですか?」

「ええ、そうよ」

 

 学園長が僕達を……? 僕一人が呼び出されるのなら学園祭の行事が関係してそうだけど、何で明日菜さん達まで?

 でも、とにかく学園長のところへ行かないと!

 

「あれ、誰も居ない?」

「ホントね。学際前日なのに広場に居ないなんておかしくない?」

「先生。これは人払いの結界です。おそらく学園長の指示でしょう」

「じいちゃんの? 何か魔法の話しがあるん?」

「うむ、その通りじゃよ。待っとったぞい」

 

 え、魔法の話って、知らない人がいっぱい居るよ! もしかしてこの人たちは――。

 

「うむ、学園の魔法先生および生徒じゃ。紹介も含めるが、とある案件もあっての」

「こ、こんなにたくさん居たんですね。僕知りませんでした!」

「えぇ! わ、私ここに居て良いの?」

「明日菜それ今更ちゃうん?どっちかって言うと、ウチの方が気になるわ~」

「ふぉっふぉっふぉ。これはなるべくこの学園に居る魔法関係者には聞いておいて欲しい話での。木乃香達もしっかり聞いておいてくれんかの?」

「そうなん? 分かったで~」

「それでじゃがな『世界樹伝説』というのを知っておるかの?」

「それって学際最終日に告白すると、恋が叶う言うやつちゃうん? クラスでもえらい話題や」

「ホント!? じゃ、じゃぁ私――」

「明日菜君。それを妨害したいのじゃよ」

「そ、そんなー!?」

 

 あ、明日菜さん!? そんなこの世の終わりみたいな顔しなくて大丈夫ですよ! タカミチだったら絶対振り向いてくれますから!

 

「いやいや違うのじゃよ。実はの、世界樹の魔力で本当に叶ってしまうのじゃ」

「「「「「え!?」」」」」

「二十二年に一度の発光現象。その威力はまさに呪い級。それが今年は異常気象で一年早まってしまっての。世界樹を中心として1.5kmまで。広場は勿論、学園の敷地内で告白する生徒を阻止して欲しいのじゃ」

「えぇー。でも恋人になっても今良いって言ったじゃないですか。その……」

「普通の恋愛を止めたりせんよ。問題は魔法の力で心を操ってしまう点じゃ。それは魔法の本義に反するからの。明日菜君が嫌いな相手と恋人になってしまったらどうするかの?」

「絶対イヤです!」

「そうじゃろう? だから手伝って欲しいのじゃ。木乃香達は気付いた時に手伝ってくれる程度でかまわんぞい」

「かまへんよ~。せっちゃんもええやろ?」

「ええ。大丈夫です」

「助かるぞい。それでは――」

「学園長。誰かに見られています」

「なぬ?」

 

 え、あれって、プロペラで空を飛ぶ機械? なんだかカメラが付いてるような……って、うわわわ! あれじゃ魔法使いの僕達の姿が映されっちゃってるんじゃ!?

 

「破壊します」

「無詠唱魔法!?」

 

 魔法先生の一人が指先を弾いたら、切断の風の魔法が発動した。あんな動作だけでアレだけの威力を持ったまま命中させられるなんて、すごい!

 

「追いますか?」

「フム。程ほどで構わんよ。誰かは限られとる。それではパトロール要員は予定表を配るのでこれを参考にしてもらいたい。ネギ先生もたのんだぞい」

「ハイ!」

 

 修学旅行依頼の久しぶりの魔法使いの任務だ。前は力が及ばない所があったけど、今回はマスターの所で修行したんだ。絶対、学園祭を成功させてみせる!

 

 

 

 

 

 

 気付かれたネ。ふふ、ある程度想定内だったがこれはこれで良いヨ。

 

「葉加瀬。私が囮になる。後は手はず通りネ」

「はい! どうか無茶だけはしないでください」

 

 今衆目に晒されるのは私一人で十分ネ。アレの準備は全て終わらせた。彼にアレを手渡す事で未来選択の糸口になるヨ。それが吉と出るか凶と出るか。正に神のみぞ知るという所カ。

 

「ム……。来たネ」

 

 背後から追いかけて来るのは、影の精霊を使った黒マントに白い仮面の人型ゴーレム達。おそらく魔法先生か魔法生徒による追跡だネ。さて、ネギ坊主を探してちょうど良いところで助けて貰う事にしようカ。

 

 

 

「それにしても驚いたね~」

「世界樹伝説って本当だったのね~。うぅ、それにしても高畑先生……」

「明日菜、気を落とさんと~。普通に告白したらええゆーてたやん?」

「そ、それはそうなんだけどさ~」

 

ガシャァン!

 

 ちょうど目の前を狙って飛び上がり……落下。少々テントに派手に突っ込んで、大きな物音を立てたが、これくらいならちょうど良いくらいカ。

 

「うわ!?」

「きゃ! 何の音!?」

「え、超さん!?」

 

 ウム、完全に注目の的になたネ♪ これでネギ坊主へのアプローチは完了。さて、様子見もかねてその実力、見せてもらおうカ。

 

「丁度良かたヨ、ネギ先生! 私、悪い魔法使いに追われてるネ!」

「わ、悪い魔法使いって!?」

「ネギ! ちょっとあれヤバイんじゃないの!?」

 

 ちょうど明日菜さんが指差した先、例の黒マントたちネ。ネギ坊主には悪いが、教え子である点とその正義感を利用させてらうヨ。

 

「オイオイ、何やあれ!?」

「お嬢様、後ろに!」

「超さんもこっちへ!――戦いの歌!」

 

 早速乗てくれたカ。ネギ坊主はもう少し人を疑う事を覚えた方が良いのだろうが、やはり教え子が悪い魔法使いに襲われていると言う状況は見過ごせないだろうネ。

 それに、木乃香さんカ。私が知てる流れとは違うのだが、まぁ自覚者が多いに越した事は無いヨ。後で刹那さんがうるさいかもしれないが、それはそれ、これはこれ、と言う事で許してもらおうじゃないカ。

 

 最悪の場合、彼女”も”見逃せなくなるからネ。

 

「すみません明日菜さん、超さんをお願いします! 契約執行90秒間!『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜”』!」

「もう仕方が無いわね。超さんごめんね!」

「おぉ!? 明日菜さん力持ちさんだたカ! 凄いヨ!」

「ち、違うわよこれは! う、うぅその……」

 

 お姫様抱っこは流石に照れるヨ、明日菜さん。

 

「――魔法の射手! 光の11矢!」

 

 学園祭の花火の音に合わせて魔法の射手カ。なかなか考えてるみたいだネ。

 それにずいぶんと”キレ”が良い。魔力の練り込みも速度も比べ物にならないくらい上がってるヨ。この調子なら、対抗策の一つとして育てくれそうだヨ。

 

「何やあれ、人ちゃうんか!」

「ひょっとして使い魔? でも誰の……」

「まだ来るわよ! アデアット!」

「くっ! ラ・ステル マ・ステル マギステル 光の精霊17柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 光の17矢!」

 

 フム。魔法先生たちは甘く見てるネ。このメンバーならまず勝ち目は無いヨ。しかし、魔法先生くらいは圧倒出来る様になて貰わねば困るのだがネ♪

 

「イヤ~。助かたヨ♪ ありがとネ」

「まだ安心できません。操っていた本体が居るはずです」

「それにしても超さん一体どうして? それに魔法の事は知っているんですか?」

「うむ。知っているネ。それにしても皆強いネ♪ 驚いてしまったヨ。この時代で機械のサポート無しにこれだけの戦闘力はスゴイ事だヨ?」

「え、それってどういう――」

「先生。こちらに近づいて来る者が居ます。おそらく本体かと」

「あや~。マズイネ。今度また捕またら、さすがに記憶消去ネ」

「えっ!? 記憶って」

「囲まれとるで!」

 

 情報の一端を教えて興味を持たせる。そして危機感の演出。再び緊張。と言ったところカ。空からと、道の左右。こちらは建物の裏路地だから一斉包囲だネ。どう凌ぐカ?

 

「ネギ先生、空から来る使い魔を相手を頼みます! 明日菜さんはお嬢様と超さんの側に!」

「はい!」

「わかったわ!」

「行きます! 魔法の射手 光の9矢!」

 

 ほう、無詠唱でそれだけ撃てる様になたカ。しかしまだまだ、あれではヤツらには対抗できないヨ。最悪あの人たちの力に頼る事になてしまうネ。

 私としてはネギ坊主に頑張って欲しいところだが、やはり全てを背負うのは難しいカ。

 

「正義の魔法使い、高音・D・グッドマンが悪事は許しません! 覚悟なさい! ってあら?」

「え! 貴女はさっきの広場に居た!?」

「ネギ先生!?」

「おーいネギー。こいつら敵やないでー?」

「ど、どういう事ー!?」

「事情を聞きたいのはこっちだよネギ君。どうして要注意生徒の超君と一緒に居るんだい?」

「えっ、超さんが!?」

「超君。君はこちらの警告を無視して三度も魔法に関わろうとした。危険人物として見逃せない行為だ。今回ばかりは記憶を消させてもらう。良いね?」

 

 これはお決まりの言葉ネ。ガンドルフィーニ先生は決して悪い人じゃないが、少々融通性に欠けるヨ。しかし物事と言うのは得てして都合が良いほうに動く。ネギ坊主に印象付ける機会としてはなかなかに良い演出となる。

 

「ね、ネギ坊主~」

 

 フフフ、高音さん。分かりやすい悪役の様に強めに拘束してくれてかまわないヨ。

 

「超さん! 待ってください!」

「何? 彼女は犯罪者だよ?」

「そんな! 犯罪者って……。ちょっと魔法を見ただけじゃないですか!」

「大丈夫です明日菜さん。超さんだって僕の生徒なんです。僕が守ります! だから勝手に、犯罪者や要注意人物とか言わないでください! 僕に彼女を任せてください!」

 

 ほう、良い目になったヨ。これは教育された甲斐があったという事なのカ。とは言っても、そこまで責任を持てるようになるにはまだ無理があるヨ。それに素直すぎるのも心配ものだネ。

 

「……ふむ。分かった」

「よろしいのですか?」

「ああ。今日のところは彼を信じよう」

「ハイ! ありがとうございます!」

「では、後は任せたよ」

 

 行ってくれたか。高音さんたち魔法生徒は少々納得してなかた様だが、そこは縦社会の悲しいところネ。まあ、素直で助かたというところもあるヨ。

 

 さて、それでは仕上げといこうカ。

 

「イヤー、それにしても助かったヨ。ネギ坊主は私の命の恩人ネ♪」

「い、いえそんな。ところで何をしたんですか?」

「さっきの広場をカメラで覗き見してただけネ。悪用したりしないヨ♪」

「もしかして世界樹伝説!? 超さんって、好きな人居るの!?」

「さて? それは秘密ネ。フフ♪」

「え~~、良いじゃないそれくらい!」

「それはそうとネギ坊主。先ほどのお礼にコレをあげるヨ。学祭中は忙しいだろうからネ。私からのプレゼントだヨ♪」

 

 渡したのは一目見て懐中時計と分かるもの。デザインは時計盤にルーン文字と横道十二宮を描いたなかなかに凝り抜いた一品ネ。もちろん、ただの時計のわけは無いがネ。

 

「え、なんですかこれ?」

「良くぞ聞いてくれたヨ! コレこそ超鈴音の科学の力! その名も『ネギ先生のスケジュールパーフェクト管理マシン』ネ!」

「そ、そうなんですか?」

「何よその名前。そのまんまじゃない」

「お守り代わりと思って持っておくと良いヨ♪ それでは私はこれで。頑張るネ。再見、ネギ坊主♪」

「え、は、はい。ありがとうございます」

 

 さて、仕込みは出来たヨ。明日からついに本番だが、やはり不確定要素は多いみたいだネ。それに明らかに警戒されている。とは言っても、アレはやり遂げなくてはいけないヨ。



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第56話 学園祭(1日目) 昼間の出会い(上)

 かなり長めです。これは移転前から加筆した結果で、三分割にすべき長さなのですが、構成上非常に切りにくく、また減らせる部分も無かったのでいつもより文字数が多いです。


 いよいよ今日から麻帆良学園祭。学校が都市化している事もあって実は割りと有名な学園祭だったりするんだよね。この三日間は人の出入りが激しいから、例の悪魔の進入には本当に気をつけなくちゃいけない。

 それに超ちゃんのこと。あれからフロウくんが調べた結果、やっぱり仕入れの搬入しか解らなかった。むしろそれが怪しすぎるって思うと、もうただの疑心暗鬼になっちゃう。それでも、もう一度話が出来ればって思ってるんだけどね。

 

「それで、打ち合わせどおりで良いんだろ?」

「そうだね、私は定期的に保健室に居るから、皆もそれぞれのところで頑張って欲しいかな」

「マスター。私は超の所へ参りますので」

「発表会と実験で全権を任せて欲しいと言うやつか。構わんがぼーやとタカミチの試合だけは忘れるな?」

「了解しました」

 

 これは麻帆良学園に私達が仕事で入り込む以前の話。超ちゃんが茶々丸ちゃんを作った時にした科学の実験をしたいという契約。

 これをわざわざ学園祭に持ってきたのかって疑っちゃうんだけれど、そうしたら本当にきりがないよね。でもせっかくだし、超ちゃんのところに行くのなら見送っていこうかな。

 

「ねぇ茶々丸ちゃん。工学部まで一緒に行かない?」

「え? はい。構いません」

「ふむ。ならば私達も付いて行くか。行くぞアンジェ。チャチャゼロ」

「は~い」

「刃物ハ増エネェノカ?」

「分かりません」

「チッ! ツマンネーノ」

 

 そんな露骨に残念がらないで良いと思うな。

 何より、危ない刃物趣味はチャチャゼロちゃんだけで十分だよ……。

 

『ただ今より七十八回。麻帆良祭を開催します。一般入場の方は――』

 

「しかし七十八回目か。毎年大騒ぎをして居るが、今年は恐らく過去最高の騒ぎになるのだろうな」

「そうならない為に私達も居るんでしょ? 学園長たちも敷地内はパトロールしてるし」

「奴等は魔法使いの尊厳の為だろ? 私達とは理由が違う」

「もう、エヴァちゃんは口が悪いんだから」

 

 まぁ学園長たちもある意味自業自得なんだけどね。世界樹の側に学園を建てる以上、その魔力の恩恵もあるけど、力が余計なものを寄せ付けてしまう時もあるからね。それに麻衣ちゃんは世界樹の完全な制御が出来てない。

 特に、今年は本当に魔力が溢れてるみたいだから気をつけないと。これから数十年、数百年かな。そうしたら世界樹も麻衣ちゃんも成長して制御力も上がるのかもしれないね。

 

「マスター。シルヴィアさん。ここまでで大丈夫です」

「え、あれ。もう着いちゃったんだ。ところで超ちゃんは?」

「今は超包子の方に居るとの事です。後から第三保健室へ行くように言付けしておきましょうか?」

「う~ん、そうだね。お願いできる?」

「はい。了解しました」

「じゃぁ、エヴァちゃん達はどうする? 私は保健室に向かうけど」

「千雨が寝てるんだったな。学園祭中は手伝い無しの代わりに、ひたすらクラスの準備なんてするからだ。私みたいにサボれば良い」

「そ、それが原因じゃないのかな?」

「知らん。私たちは適当に回るからな」

「うん、それじゃまた後でね」

 

 

 

 そして第三保健室へ。まだ千雨ちゃんが寝てるかもしれないから、ゆっくりドアを開けて起こさないように……って、あれ、もう起きてたんだ。徹夜するって言っていたからまだもう少し寝てると思ったんだけどね。

 

「おはよう千雨ちゃん。もう平気なの?」

「まだ寝てる。おやすみ」

「しっかり目が覚めてる様に見えるよ?」

「もうちょっと寝たい気分なんだよ。けど何か変な夢見ちまったし……。忘れたい夢だったな」

「やっぱり疲れてる? 毎日深夜まで手伝わなくても良かったんじゃないの?」

「当日手伝わなくて良いって約束だったからな。そこそこ張り切ってみたが、やるんじゃなかったよ。体力はあってもさすがに連日徹夜みたいになったら眠気がキツイ。エヴァのヤツ堂々とサボりやがって……」

「あはは。まだしばらく寝てる?」

「いや、起きるよ。やる事やらねぇとな」

 

コンコン

 

 あれ、まだ朝早いのにどうしてこの保健室にノックの音がするのかな。ここは麻帆良の中でも比較的奥の女子校エリアにあるし、一般人は他の保健室や休憩所を使うはずだよね。とりあえず来ちゃったものはしょうがないし……。

 

「いや、どう考えても怪しいだろ」

「そ、それは分かってるんだけどさ」

「おはようネ。茶々丸によろしく言われたから、まかない持てきたヨ♪」

「あれ、超ちゃん? おはよう。どうぞ入って」

「それじゃ遠慮なく入るヨ♪ これウチの店から点心とお茶ネ。千雨さん夜中までご苦労様だたヨ」

 

 なんだ超ちゃんだったんだ。それならノックと一緒に声をかけてくれればよかったのに。余計な警戒しちゃったね。

 それにしても、右手にはお盆に載せた蒸篭とお茶。反対の手にはビニール袋。中は大量のペットボトルかなぁ。よくそれでちゃんとノックできたね。

 

「私にか? 毒とか入ってねぇよな?」

「そんなもの入れるわけ無いヨ。『まほら武道会』の大切な参加者ネ。倒れてもらては困るヨ♪」

「え、超ちゃんなんで知ってるの? 千雨ちゃん本名で登録して無いよね?」

「そんなのはすぐに分かるネ。折角だからエントリーネームは変えておいたヨ」

「ちょ、マテ! まさか本名じゃねぇだろうな!?」

「それは大丈夫ヨ。ちうたんにしておいただけネ」

「なん……だと……」

 

 え、ちょっと千雨ちゃん大丈夫かな。なんか急に奇声を上げて転げた上に、両手両膝を床に付いてうな垂れてブツブツ言ってるんだけど。

 

「……なんで知ってんだ。あれか? 私は一生このネタで脅されるのか?」

「気にする事は無いヨ。さ、朝ごはん食べると良いネ。ちうたん♪」

「呼び捨てでも何でも良い……。それは、止めてくれ」

 

 何だかもう諦めた様な顔になってるね。自分で黒歴史って言ってるけど、周りに知られてる程何したんだろう。

 とりあえずせっかく超ちゃんが来てくれたんだから話をしたいんだけど……。

 

「フフフ。それじゃここに置いておくネ。こっちのボトルは予備だヨ。誰か来た時に飲ませてあげると良いネ」

「ありがとう超ちゃん。茶々丸ちゃんの事もよろしくね。それからさ、ちょっと話をしたいんだけど今は大丈夫かな?」

「それは困たネ。私も色々準備に戻らないとマズイから後でも宜しいカ?」

「約束だよ? ちゃんと話を聞かせてね?」

「勿論だヨ。再見。シルヴィアさん。チ・サ・メさん♪」

「あの野郎……。てか、まだ気にしてたのか?」

「うん。何か隠している感じがするんだよね」

「取りあえずこれ食うか? 結構な量があるんだが、朝食べたのか?」

「食べてないよ。折角だから私も貰おうかな」

 

 そのまま飲茶タイム。なんだかこんな朝ご飯もたまには良いね。外は凄く騒がしいけど、ここだけのんびりした時間が流れてるみたい。

 そういえば、千雨ちゃんと二人きりって言うのも何か久しぶりかもしれない。いつも皆が居て騒がしい毎日がここしばらく続いていたからね。

 

「シルヴィア、これ食べたら私は見回りに行くからな」

「うん、私はここか家か、学園祭を回ってるからね」

「あぁ、分かった。また後でな」

 

 

 

「すみません、シルヴィア先生。少し休ませて貰って良いですか?」

「あれ、明日菜ちゃん? ネギ先生? 何だかふらついてるけど大丈夫?」

 

 と言うよりは明らかに顔が青いね。寝不足と疲労かなぁ。でもこれって、もしかして千雨ちゃんと同じでずっとクラスのお手伝いしてたのかな。二人とも魔法関係で見回りをしなくちゃいけないはずだから、時間を空けるために頑張ってたのかもしれないね。

 とりあえず二人には少し寝てもらって、せっかくだから超ちゃんの持ってきてくれたお茶も飲んでもらおうかな。

 

「超さんが? 聞きたかった事があったんですけど。すれ違いじゃしょうがないですね」

「あ、私もお茶欲しい! ついでにベッドも貸してください!」

「兄貴オレっちも!」

「先生が堂々と寝てると良くないからね。あっちのカーテン付きの方でどうぞ」

「はい! ありがとうございます」

「すみません、少し借ります」

 

 二人ともあんなに嬉しそうにお茶を飲むなんて、よっぽど疲れてたんだね。それにもうぐっすり寝ちゃってるよ。明日菜ちゃんはまだ良いとしても、ネギくんは先生なんだから早めに起きて巡回しないとまずいんじゃないのかな。

 魔法先生なんだし、もしもの事があってからじゃ遅いよね。今日は『まほら武道会』の予選もあるんだしさ。

 

 あ、しまった……。これって、私は見回りに出れないって事だよね。後でちゃんと起こさないと不味いだろうし。千雨ちゃん達が出てるから大丈夫だと思うけど、私が気を張りすぎ……なんて事はないよね。

 

コンコン

 

「え、また? ど、どちら様!?」

「入っても?」

 

 あ、ネギくん達が寝てるんだった。静かにしないと。なんだか落ち着いた感じの子供の声だけど、たぶん男の子かな。麻帆良祭だからって言っても、子供が女子校エリアに入ってくるのは珍しいね。

 って、いけない。気分が悪くなってここに来てるのなら早く入れてあげないと。

 

「えぇ、どうぞ。気分は悪くな――えっ!?」

「失礼するよ」

「お邪魔しますわ」

 

 なんでここに、フェイトくんがいるの……。それに、初めて見る女の子。

 まるで付き添うように側に立って……ううん、違う。この動作は側に控えてるって言うほうが正しいかもしれない。でもなんで。麻帆良学園にフェイトくんが来る理由がない、はず。

 

「念のため聞くけど、まさか、デートなんかじゃないよね?」

「……うん? 違うけれど」

「あの、フェイト様。そこは出来れば同意していただけませんか?」

「何でだい。事実じゃないか」

「う、それはそうですが、その、なんと言いましょうか……」

 

 あ、なんだ。凄く解り易い二人だね。この子、フェイトくんが好きなんだ。まさかって思って口にしてみたけれど、好きなんだって目に見えて解るくらい赤面してるし、側仕えしてるようにも見えたけれど、どっちかといえば役割じゃなくて心から想ってるって所かな。

 でも、フェイト様ってどういう意味だろう。まさかアイドルの追っかけじゃないんだし、そのままの意味で捉えたら……。魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫って事になるのかな。

 

「それにしても彼らは油断が過ぎる。全く起きる気配も無いなんて」

「あはは。二人とも準備で徹夜明けなんだよ。そっとして置いてくれないかな?」

「かまわないよ」

「しかしフェイト様! このチャンスに――」

「そっとしておいて欲しいヨ。まだまだこれから忙しくなるのだからネ」

「超ちゃん!?」

「な、誰です!」

 

 何で、超ちゃんがここに居るの……。いまドアを開く音もしなかったし、まるで気配も感じなかった。それにこの女の子の真後ろに立って、いつでも牽制できる位置を陣取ってる。

 

 もしかして、フェイトくん達をかなり警戒しているって事じゃ……。

 

「君は誰だい?」

「さて、誰だと思うネ。アーウェルンクスの……三番目さんだったかナ?」

「貴女! フェイトさまに向かって侮辱を!」

「……超ちゃん? 何を言ってるの?」

「栞さん、保健室では静かにしようね」

 

 そんな自信ありげにニッコリと笑われても、この状況は一触即発だよ。

 フェイトくんたちが乱入者だったのに、今はすっかり主導権を超ちゃんに奪われてる。さっきフェイトくん達が入って来た時の空気もちょっと緊張してたけれど、今はもういつ何が起きてもおかしくない空気になってる。

 それにネギくんと明日菜ちゃんも寝てるし、これは、本格的にまずいかもしれない。

 

「フフフ。知りたいか? あるときは謎の中国人発明家! クラスの便利屋、恐怖のマッドサイエンティスト! またある時は学園No.1天才少女! そしてまたある時は人気屋台『超包子』のオーナー! その正体は――」

「正体は? もったいぶるのは嫌いなんだ。あと、栞さんへ向ける殺気もやめてあげてね」

「つれないお人ネ。そんなんではモテ無いヨ?」

「超ちゃん、今は軽口たたいてる状況じゃないよ?」

 

 本当に状況は良くないね。冷静に考えると、超ちゃんが引っ掻き回しに来たのか、知っていて何かをしに来たのか。

 超ちゃんが転生者って事を考えると、今このタイミングでフェイトくんが来るのを知っていて……あれ、私もイレギュラーだよね。超ちゃんが今ここに来ることを把握してるって考えるのは不自然。という事は、この出会いは偶然って事になるんじゃ。

 それだと今、原作の流れとは違う事が起きているって事になる。まずい……かな。何がきっかけで未来が変わるか解らないよ。

 

「皆さんそんな真剣な顔をしてどうしたカ? 私はただの火星人ネ。”テルティウム”さん」

「二度目の侮辱は許しませんわよ?」

「超ちゃん!」

「……へぇ」

 

 え、ちょっと待って。今の動き、どういう事。この女の子――栞ちゃんだったかな。とにかく、攻撃魔法を放とうとしたのは見えた。

 けど、一瞬で超ちゃんが消えて、直後に腕を背中回しに拘束されて、魔法発動体の杖も床に投げ出されてる。これって一体何が起きてるの。

 

「アイヤー。最近の学生さんは怖いネ。こんな玩具で人を殺せるのだから、ネ?」

 

 もしかして、これは憎悪。超ちゃんが栞ちゃんに向けて放っているのは、最初もそうだったけれど、何か強い憎しみがあるって事なのかな。

 でもどうして。超ちゃんが向こうに居た時に何か魔法使いに恨みがあって、平気で人に魔法を向ける存在が許せない。そう考えてたりするのかな。

 

「取引といこうカ。この場を下がるか、シルヴィアさんの質問、いや尋問かナ? 三つ程答えるのなら、彼女を解放するヨ」

「えぇ!? 超ちゃん、何でそこで私なの!?」

「オヤ、何か彼らに聞きたかったのではないカ?」

「そうだけど、これじゃ完全に悪役だよ……」

「フェイト様、足を引っ張るくらいなら、私の事は……」

「それで本当に取引できると思っているのなら、君は一度学び直したほうが良い。そこにネギ・スプリングフィールドが居る事を忘れていないかい?」

 

 確かにそう、超ちゃんの今の脅しは決め手に欠け過ぎてる。この場でもっとも重要なのは、この世界の主人公のネギくん。フェイトくんの所属する完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫から見ても、ネギくんは重要人物のはず。

 なにせナギさんの息子なんだから、紅き翼に打ち滅ぼされた経緯を考えると、無視されている今の状況があまりにも不自然なんだよね。

 

 この状況で一番良い結果になるのは、ネギくんも明日菜ちゃんも無事で何もされないこと。もちろん超ちゃんも。フェイトくん達が何を思ってここに来たのか解らないけれど、敵としてきたのならば素直に帰ってもらえるのが一番。

 

 じゃぁ、どうしてここに来たのか。保健室に休憩に来たなんて事はまさか無いだろうから、やっぱり『思う事があれば尋ねて来て』って言った私の言葉通りに来たって考えるほうが自然かな。もしそれなら。

 

「フェイトくん。私に、何か用があってきたのかな?」

「そうだね。話が早くて助かるよ。僕の仕事を手伝って欲しい」

「私が素直にシルヴィアさんを利用させると思うカ?」

「思うね、火星人。そこに人質が居るのだし、必要なら、いくらでも増やせる」

「彼女の事はどうでも良いのカ?」

「超ちゃん! フェイトくんの話……聞くだけ聞いてみよう?」

「なっ!? ちょっと待つヨ!」

 

 今一番重要なのは、ネギくん達もそうだけれど、学園の生徒とこの麻帆良祭でやってきている一般人の命。一番最悪な外道の手段を、関西呪術協会の結果からフェイトくんは取る可能性もある。一体私にどんな事をして欲しいのか解らないけれど、話を聞くだけでも価値はあると思う。

 そこの栞ちゃんをフェイトくんは軽んじていると思いたくないけれど、どの道誰の命も天秤にはかけられない。だから、今は話を聞こうって思う。

 

「賢明な判断で助かる。簡単な事だよ『リライト』を使って欲しい」

「え!? で、でもそれって、原子分解魔法≪ディスインテグレイト≫じゃ!?」

「違う。これは世界を救うための力。……救済だ」

「救済……」

「そう、貴女だって使命があるのだろう。何も悩む必要は無いと思うけどね」

 

 待って、どういう事。『リライト』は消滅の魔法じゃなくて、救済の魔法?

 

 今まで私が『セフィロト・キー』を使った相手はフロウくんにアンジェちゃん、麻衣ちゃんに、エミリオさん。みんな転生っていう共通点があって、望まない身体や姿と悪意の在る『枷』を付けられていた。それを改変するための鍵。

 でも、フロウくんが覚えているのは原子分解で、フェイトくんが言うには救済。どういう事なんだろう。考えれば考えるほど答えが遠のいていく気がする。

 

「シルヴィアさん、落ち着くネ。そんなに緊張していては考えも纏まらないヨ」

「あ、うん。ありがと。そうだね……」

「それに彼ら自ら使って欲しいと言ってるのだから、この子にでも使ってあげたら良いヨ」

「え、ちょ、ちょっと待って。まさか、生きてる人に使えって……」

「そうだね。ちょうど良いから栞さんで試してみようか」

 

 何、それ。どういう事。その子って、フェイトくんのミニステル・マギ、なんじゃないの……。どうしてそんな簡単に。何が起きるのか解らないのに。

 あ、ちょっと待って。よくよく考えたら『セフィロト・キー』は無いんだから。出来ないよね。

 

「フェイトくん。私は、それは出来ないよ。前にも言ったけど――」

「では、この『マスターキー』を使って」

「マスターキー!?」

 

 フェイトくんの手には、1mを優に超えた柄の部分を持つ鍵状の黒い杖。鍵の反対側には、まるで地球儀のようなものを収めたリング状の台座。今まで見たことがない、こんな杖。もしかして、これで『リライト』を……。

 

「どうぞ」

「え、ど、どうぞって」

「フェイト様。私はどの様になったとしても、フェイト様の理想を信じています」

「……ありがとう」

「なんで、なんで、どうしてそんな事、そんな目が出来るの?」

「シルヴィアさん! 落ち着くヨ! 相手のペースに飲まれては駄目ネ!」

 

 呼吸が乱れるのが解る。手が、身体が震えてる。いままで『リライト』を使う時は、女神様が私自身に使った事で安心していた。これで人を救えるんだって。あの時、泉の側で出会った皆。理不尽な枷を付けられた世界で、人助けが出来るって。

 

 でも、この杖は、彼女を、殺すんじゃないの?

 

「何故だい。どうして躊躇する。目の前に救済の可能性があるのに」

「何故? それは、私が言いたいよ。どうして、大切な、従者じゃないの?」

「彼女は折れなかった。本当は僕自身に使ってもらうつもりだった」

「じゃぁ何で!」

「彼女が望んだことだ。この世界の残酷な現実を変えたいと。生まれを呪い、神を呪い、真実を知った。それが――」

「それ以上は言うナ! フェイト・アーウェルンクス!」

「超ちゃん……」

 

 わざと止めたの? 何か言われてはいけない事?

 

「そうか、君は知っているのか」

「それは私がいずれどうにかしてみせるヨ。お前達には頼らない」

「ならば【銀の御使い】、【癒しの銀翼】。決断を。君の行動が世界を救う一歩になる」

 

 殺す決断? 何を決断しろって言ってるの。息が、苦しい。

 

「シルヴィアさん。仮に彼女が消えても、何もあなたが困ることは無いヨ。気にする事は無いネ」

「その通りだね。君は君の使命の通り事をなせば良い。僕も僕の使命をこなすだけだ」

 

 使命? 使命って何? 世界を救う?

 

 今まで、長く、長く生きてきた。とても普通の人間のままじゃ居られなかった事は解ってる。人が死ぬところも、人が殺されるところも見てきた。私は……。直接死因を作る事は、無かった。けど、大切な家族のために、いつかそんな事もあるって事はわかってた。

 

 けれど! どうして自分の従者に消滅しろなんて言えるの!

 

「解らない。なぜ貴女はそこまで悩むんだ」

「私も解らないよ! どうして平気な顔をしてるの!? 地球まで連れてくるくらい大切な従者なんでしょ!? 大切な女の子なんじゃないの? もう二度と、会えなくなるのかもしれないんだよ!」

「そうだね」

「どうして、そんな冷たい言葉が言えるの……」

「冷たくはありませんわ。フェイト様は全てを理解した上で、最善の方法を取られています」

「栞ちゃん?」

「ですのでどうか、今はこのまま使ってください」

「シルヴィアさん。この場はそうしなければ解決しそうにもないヨ。残念ながらネ……」

 

 解決……。方法は、無理やり転移魔法に連れ込むとか、拒否は……やめたほうが良い。どうにも、手がない。それなら、私が、この子の命を背負うしか……。

 ダメ、そんな簡単に決めちゃいけない。でも、フェイトくんも栞ちゃんも引きそうな気配がない。超ちゃんは、え……なんでそんなに悔しそうな顔をしてるの。超ちゃんが自分で言い出したのに。

 

「超ちゃんは、もしかして、やって欲しくないんじゃないの?」

「……ノーコメントだヨ」

 

 どういう事なんだろう。さっきは使ってしまえって促してたのに。やっぱり使って欲しくないんじゃ。でも、このまま痺れを切らされても困る。私が拘束魔法を使ったとしても、反撃にフェイトくんが石化魔法を使えば犠牲者が出てしまう。

 ……私が『リライト』を、私が思い描く形で成功させることが出来るなら。誰も、犠牲者は出ないはず。

 

「解ったよ。でも、私もどうなるか解らない。これは『セフィロト・キー』じゃないからね」

「もちろん」

 

 周囲が緊張に満ちているのがわかる。それは、私一人が過剰に受けているのかもしれない。でもここで、やらないと。

 

「『マスターキー』あなたの力を使わせてね」

 

 鍵を手にとって、両手で握りしめて考える。あの時みたいに、私の本はない。だから何も情報は書き込めない。今この子に出来る事は、消滅しないで欲しいと祈ることだけ。

 こんなにも、無力だなんて思わなかった。魔法が使えて、天使って言われて、家族が、仲間がいて。でも『セフィロト・キー』が無いだけで、こんなにも無力だなんて。

 

 あの時女神様は、セフィロトは生命の力だって言っていた。この世界と相性がいいのは『リライト』だって。この世界で『リライト』は救済の魔法。

 でも、フェイトくんと栞ちゃんの様子を見ていると、どう見ても今生の別れだった。だから、この子は自分が死ぬかもしれないって正しく理解してる。

 

 私は世界を救いたいって、そんな覚悟で死を選んでいるこの子達に、死んで欲しくない。

 

「シルヴィアさん?」

「やはり何かが違うのか」

「銀色の光が……」

「えっ?」

 

 『マスターキー』が光ってる。それも、銀色の輝き。今までのただ眩しい光じゃない。何か違う事が起きてるって事なのかな。もしかしたら、いけるかもしれない。

 

「貴女を、私は死なせたくない。だから生きて欲しい! 『リライト』!」

 

 口に出した瞬間に彼女と目が合って、顔が一瞬、強張るのが見えた。『マスターキー』がいつか見た日の光景のように、分解されて光の粒子に変わる。部屋中に溢れる銀色の光が、彼女を満たす。

 今ここにある彼女だけの世界。私の中から”何か”がこぼれる脱力感と喪失感を覚えながら、彼女に吸い込まれていく光を力強く見つめ続ける。今この瞬間を絶対に見逃したくない。目を逸らしたくない。

 

 吸い込まれた銀の光が、彼女の全身を満たして、花びらの様に、彼女が砕け散った。

 

「え、あ、あぁぁ! そんな!」

「まだネ! まだ光は収まっていないよ!」

「超ちゃん!?」

 

 思いっきりスーツの襟首を捕まれてガクガクと揺すられる。半分、目の焦点が合っていない自分に気付きながら、散り散りになった彼女に、元居た場所に視線を送る。怖い。彼のパートナーを消した事が。自分に力が無い事が。

 

「あ……」

「どうやら、やはり貴女は僕たちとは根本的に違うようだ」

「フェイト……様? 私、いま……」

「無事、だった?」

 

 さっきと寸分違わない――違う、この子は亜人だったんだ。尖った耳が特有の種族。さっきまで人間になる幻術か魔法を使っていたって事だよね。血色もおかしな所は無いし、魔力も安定してる。でも、それでも……。

 

パァァン!

 

「え……?」

「し、シルヴィアさん!?」

「命を粗末にするんじゃないの!」

「あ……はい」

 

 キョトンとした顔が目に入る。思いっきり、部屋に響くくらい強く彼女の頬を叩いた。私がこんな事をする立場に居ないって事は分かるけれど、むしろ叱るのはフェイトくんの方だって思うけれど、死を受け入れて、諦めて欲しくなかった。

 

「フェイトくんも! 自分の従者を、パートナーって決めた大切な女の子を、こんな目にあわせる主人にならないで!」

 

 そんなに目を見開くほど驚くなら、始めからやらないで欲しかった。本当に、本当に分解されて終わっていたら、再構成できていなかったら。取り返しが付かなかったんだよ。

 

「超ちゃんもだよ! 平気で煽らないの!」

「う、わ、解たネ。ネギ坊主が起きてしまうヨ」

「そんなのは後! 話をごまかさないの!」

「あ、アイヤー。これは逃げられないカ」

「命は大切なんだよ!? 簡単に諦めていいものじゃないの!」

「そんな事は解っているよ。だから、僕達は世界を救うんだ」

「え……」

「先ほどの取引に応じても構わない。火星人。ただし、こちらからも君に三つ質問をする」

「おや、殊勝な心がけネ」

「え、あれ? なんか急に流されたような」

「ただし、僕から交互にだ。構わないね?」

「良いヨ。それから私はチャオ・リンシェンだヨ。フェイト・アーウェルンクスさん」

「では成立だ。はじめようか」

 

 え、ちょっと待って、なんかいきなり展開が流されたよね!? さっきまでのは何だったの? えっと、その、質問って私がするんだよね……どうしよう。




 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。


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第57話 学園祭(1日目) 昼間の出会い(下)

「その言葉、待っていたヨ!」

 

 え、これって、鵬法璽≪エンノモス・アエトスフラーギス≫。何でそんな封印指定魔法具を持ってるの。あれは魂に影響が出る契約魔法具だから、取引で使うのはかなり危険なんだけれど。

 

「フェイト様! お体に影響は!?」

「いや、大丈夫だ。ただの質問だからね」

「超ちゃん。そんな魔法具どこで手に入れたの?」

「勿論、裏の世界ネ。それじゃ質問は何かナ?」

「では最初の質問だ。超鈴音、君は何者だい? どこの誰なのか、正確に答えて欲しい」

「火星人だと言ったはずだがネ?」

「答えになっていないよ。正確に」

「未来から来た火星人ネ。そこに居るネギ坊主の子孫だヨ。母方の血は薄いから期待されても困るヨ♪」

「え、未来!? だって超ちゃ――」

 

 思わず言葉が止まってしまった。それほどの強い視線。

 さっきの栞ちゃんの目じゃないけれど、これ以上言うのは駄目だと訴えてくる強烈な瞳。そうかと思えば悲しみがあるような辛そうな瞳。

 

 いったい、超ちゃんは未来――で、良いのかな。そこで何を体験したっていうの。

 

「確かめ様が無いね。そうだとすれば確かに納得は出来る。だが信憑性が低すぎるよ」

「そうだと思うヨ。しかし私にはこれ以上の答は無い。次はシルヴィアさんの番ネ」

「しょうがない。質問が悪かったと思う事にする。それで【癒しの銀翼】質問は?」

「ちょ、ちょっと考えさせて!」

 

 質問は三つ。するのは私がフェイトくん達に疑問に思ってる事。

 

 でもさっきの『リライト』で、いくつか分かった事があるかもしれない。あれは原子分解魔法じゃない。でも、それに近い命の危険性があるってこと。そして私に対して何を期待しているのか。こればかりは『リライト』がはっきりしないと分からないんだよね。

 

 後はどうして『完全なる世界』に所属しているのか。フェイトくんが一体何者なのか。栞ちゃんって従者が居る以上、使い魔って線は薄い気がするんだけれどね。

 あと、何のためにリョウメンスクナノカミを復活させたのか。疑問点ばかりだね。あ、忘れてたけれど、ネギくんにも何かを期待してるよね。これも何のことか分からないし……。とりあえず今は。

 

「『リライト』。あれは何。私に協力させてどんな価値が見出せたの?」

「やはりそれか。そうだね、あれは世界を救うための魔法。報われぬ魂を楽園に導く魔法。そのはずだった。けれども、まだ分からないが、新しい可能性が見られたのかもしれない」

「新しい可能性……? それって――」

「そこまでですわ。質問は交互に一個づつ。貴女の番は終わりました」

「え、うん。そう、だね……」

 

 あれ、もしかして私、この子になんか嫌われてたりするのかな。何か刺々しい様な気がするんだけれど。もしかしてさっき叩いちゃったから? だからってあれで嫌われるのは筋違いだと思うんだけれどなぁ。

 

「それじゃ次だ。超鈴音。君が未来人で僕らを知って居るならば、何のためにここに居る?」

「わざわざ聞く事カ? 世界を救うためネ。そして私達が生きるためだヨ♪」

「えっ? 超ちゃんそれって。フェイトくんと同じって事?」

「手段は違うが、結論は同じだヨ」

「なるほど。先程の答えの信憑性が上がったと言う訳か。そして敵である可能性も。さて、次だよ【癒しの銀翼】」

「フェイトさん。自分がテルティウムと呼ばれるのがイヤなのに、シルヴィアさんは名前で呼ばないのは失礼じゃないカ?」

「……それは失礼したね。改めて聞こう。シルヴィアさん。質問は?」

 

 本当に困ったなぁ。なんだか下手な質問が出来ない空気だし。余計に突っ込んで聞くと栞ちゃんが横槍を入れてきそうだし。

 それでも本当に重要なのは『リライト』なんだよね。この魔法が世界を救うって事で、超ちゃんは世界を救いに過去に戻ってきた。でもそれだと、未来では世界が不幸な事態になったって事になる。

 あれ、そもそも世界を救うって何の世界だろう。この世界、ネギくんが主人公として生きている世界。超ちゃんが未来で生きている未来の世界。これはどっちも同じだよね。つまり、超ちゃんは世界が滅んだから過去に戻ってきた。え、じゃあ、このままだとこの世界は滅びる!?

 

「ちょっと待ってね。私はこの世界が好きだよ。皆が居て、家族が居て。時々嫌な気持ちの人がいて、争いや差別とかが無くなる訳じゃないのは分かってる。それでも、この世界を救いたい。滅ぼしたくないって思ってる人が揃って喧嘩腰で話す事はおかしいんじゃないのかな。フェイトくんにとって世界ってそんなに救えないものなの? 私がやらなくちゃいけない事は、『グレートグランドマスターキー』を所有して世界を生かす事。だからもし、何かフェイトくんが知っていることがあれば、私はそれを知りたい」

 

 これは私にとっての真実。今、私達はこの世界で間違いなく生きている。滅ぼしたいと思わない。そして大切な人達を守るためにも、少しでも情報が欲しい。

 

「シルヴィアさん。それは言い過ぎネ。そんな情報は出してはダメだヨ」

「でも超ちゃん。皆が世界を救いたいって思うのに、方法が違うから協力しないって言うのは、おかしいと思うけど?」

「なるほど。いくつか謎が解けたよ。やはり貴女は重要な位置にいる様だ」

 

 何だろう、少しだけフェイトくんの物腰が柔らかくなったような気がする。

 栞ちゃんは相変わらずこっちを睨んでる様な感じなんだけどね。前に見た時の無表情で半目の冷めた視線より、ちょっとだけ熱が入ったように見えるんだよね。

 

「質問に答えよう。二つ目は悲しい現実だ。だが貴女はやはり期待できる。それを覆してくれる事を期待するよ」

「世界が悲しい現実……?」

「そう、そして三つ目『グレートグランドマスターキー』を”僕は”持っていない。あれを所有するというのは僕達にとって大きな意味がある」

「大きな意味? それは――」

「質問は三個まで。これでおしまいだよ」

「オヤ、ルール違反だヨ? 交互に三個と言ていたネ。自分で言い出して破るのカ?」

「貴女、それは揚げ足取りですわ!」

「良いのかナ? こちらには鵬法璽があるのだがネ。一声かければ、勝手にその口が質問に答えるヨ」

 

 なんかまた超ちゃんが悪役っぽくなってきたんだけれど、大丈夫かなぁ。しかもその質問するのって私だよね。すごく、質問しにくいんだけれど。

 

「質問のとり方を契約した覚えは無いけれどね。でも良いよ、素直に認めよう。それじゃ僕の番だ」

「それは駄目ネ。ルールを破ったんだから代償は必要だヨ、”テルティウム”さん?」

「超ちゃん、それは止めようよ……」

「シルヴィアさん。貴女のお人好しは貴重だが、相手が敵だと言うのを忘れていないカ? 相手の弱点を突くのは基本中の基本ネ♪」

 

 ううう、超ちゃんがフロウくんに見えてきた。ほら、栞ちゃんものすごく睨んでるってば。いくらなんでもやり過ぎって言葉があるんだからさ……。

 せっかく少しでも和解出来そうな空気があったんだから、そう言うのはやめて欲しかったんだけど。

 

「分かった。鍵をもう一本渡そう。その代わりと言っては何だけど、僕の質問に一つ答えて欲しい」

「ホウ、それは殊勝な心がけネ」

「え、うん。良いけれど、そんなに鍵を出して大丈夫なの?」

「フェイト様。それでは後で、その……」

「大丈夫だよ栞さん。どうせ余っているのだし、それに……」

 

 え、なんだろう。聞こえない。凄く小さな声で何かを栞ちゃんに言ったみたいだけれど、小さすぎて聞き取れなかった。栞ちゃんは何かちょっとうれしそうな顔をしてるし、一体なんて言ったんだろう。

 

「では最後の質問だ。超鈴音。君は誰の力になる?」

「私はネギ坊主の子孫だからネ。彼の味方だヨ♪ 今はネ」

「そう。ではシルヴィアさん。僕からの質問だ」

「私に、答えられる事なら」

「もし、世界を滅ぼすしか世界を救えなかったら、貴女はどうやって世界を救う?」

「世界を?」

「そう、世界」

 

 そう言われても私が答えられるのは、「世界を滅ぼしたくない」って事。甘い答えかもしれないけれど、誰だって好き好んで滅びたくは無いだろうし、私も滅ぼしたくない。

 こんな質問をするって事は、フェイトくんが滅ぼすしか方法が無いって悩んでいるからだよね。と言うことは、二つ目に答えてくれた悲しい現実に繋がる話になるって事なのかな。もしそうだとしても、私はやっぱり滅ぼしたくない。だから。

 

「私は滅ぼさない方法を見つけたい。さっきも言ったけれど、この世界には大切な人達が居るの。助けられるものを見逃して滅ぼさせたりしない。フェイトくんが言う悲しい現実が何の事か分からないけど。滅ぼさないで救う」

「甘いね。それじゃ救えないよ」

「そうかもしれないけど、だからって滅ぼすのは良く無いと思うよ?」

 

 そんなに、突き刺さる程の視線を送ってこなくても良いとは思うんだけどね。私だって、全部が全部救えるって思ってるわけじゃないよ。それでも、目に見える人や任された生徒達。大切な皆がいるからね。

 

「二人ともそんなに見詰め合て、さては惚れたカ?」

「なっ! フェイト様! この女が良いのですか!?」

「え、ちょっと超ちゃん! 栞ちゃんも! 何でそんな話しになるの!?」

「……それは、不幸な結末があったとしても救えると?」

「それは、不幸にしたくないから、救いたいって。フェイトくんはそう思ってるんじゃないの?」

「…………そうかもね」

 

 え、今なんて言ったの。また、小さな声で聞こえなかった。

 

「これで僕の質問は終わりだ。鍵を渡そう。そして世界を救う可能性の一欠片を、貴女に渡そう」

 

 もう一本、さっきの黒い鍵。柄だけで1mを優に超えた姿は同じだけれど、何か、分からないけれど何かが違うものだって感じる。これは何だろう。見た目は『マスターキー』って呼んでいた鍵にしか見えないんだけれど。

 

「『グランドマスターキー』先程のものよりランクが一つ上に当たるものだ」

「これは、フェイトくんにとって重要なものなんじゃないの?」

「フェイト様。本当に、よろしいのですか?」

「構わないよ。それにこれはセクンドゥムのもので所有者は居ない。余らせた可能性ほど無駄なものは無いからね。とは言っても責任を負う事を忘れないで欲しい」

「ありがとう。それは勿論だよ。私だって何もしないまま、え、あれ――」

 

 視界が、歪む。鍵を受け取った瞬間、やっぱり身体の中から”何か”が抜け出す感覚。さっきよりも強く引っ張られる。どうしよう、こんなの、この身体になって初めて。力が抜けて……。だめ、意識がたもてな――。

 

「シルヴィアさん!? 何をしたネ!」

「何もしていないよ? 鍵を渡しただけだ」

「しかし……。こ、これは!?」

 

 ゆっくりと光る。柔らかな銀色に。仰向けに倒れたまま心臓の辺りから、波紋の様に揺らいで一冊の本が浮かび上がる。やがて本と『グランドマスターキー』は、共鳴するかの様に互いに銀色の光に包まれ始める。

 

「何だこれハ! 何が起きてるカ!?」

「そんな事は僕が聞きたいね」

 

 

 

 

 

 

 何かに触れる感触。柔らかな暖かい光に包まれて、ぼんやりとした意識が目覚める。視界には目一杯の青空。とてもとても暖かくて、このまま吸い込まれていきそうな。

 

「え……?」

 

 触れた感触は、芝生だよね。ずっと続いている平原。見渡す限りの空。

 

「それに、泉があって……。うそ!?」

 

 まさか、私死んだ!? ちょっと待って、何でいきなりここに居るの!? 体は人間だった時のもの? それとも……。あ、天使になってからの身体だ。少し落ち着いて見れば銀色の髪が目に入るし、翼を出してみれば良かったんだね。本当に焦ったよ。

 でも、どうしてこんなところに居るんだろう。最後に意識があったのは、フェイトくんから鍵を渡してもらった時だよね。

 

「ハロ~シルヴィアちゃん♪ 元気してた? 三日振りくらいかしら?」

「え、えぇぇ! なんで女神様が!? 私は麻帆良にいたんじゃ?」

 

 ちょっと待って。意味が分からないよ。さっきまで麻帆良学園の第三保健室に居て、栞ちゃんのあんな大事があって、フェイトくんと超ちゃんと問答してた。間違いなくやってたはず。あの時の鍵の感触は、確実に私の手に残ってるし。

 

「ちゃんと麻帆良にいるわ。精神だけ呼び寄せてみたのよ。ちょっと危ない状態だったし」

「え、危ない?」

「貴女、無意識に『セフィロト・キー』作るんですもの。さすがにあのままだと力が途切れて、しばらく活動が出来なくなるところだったわ」

「でも、あれはもう無いんじゃ!」

「作れるに決まってるじゃない。どうやって最初に渡したって言うのよ。お馬鹿さんねぇ」

 

 あ、それは。うん、そうだけど。そんなにストレートに言わなくても良いんじゃないかな。でも、作れるって私はどうやって作ったんだろう。それに危なかったってどういう事かな。

 

「あら、ストレートで分かりやすいでしょ? それにシルヴィアちゃんの説明書に書いてなかったかしら?」

「心を読まないでください! 書いてなかったと思います!」

「そのほうが早いじゃないの」

「はぁ……。神様ってこんな人ばっかり?」

「言う様になったじゃない。久々に頭叩いてみようかしら?」

「それは要りません! そんな事よりも、本とか鍵とか造物主とか聞きたい事がたくさんあって!」

 

 本当に、ほんとーに、聞きたいことばかりで。少しでも情報が分かれば、皆が色んな人と分かり合えそうなところまで来てる気がするんだよね。

 特にフェイトくん達の立場が理解できれば、もしかしたら今後、ネギくん達との争いが避けられるかもしれないし。今回の学園祭の事だってそう。超ちゃんは結果的に嘘ついてたし。せめて何かちょっとでも情報があれば良いんだけど。

 

「まぁ落ち着きなさい。順に説明するわ。まずは鍵ゲットおめでとう♪ これで新しい本が出来たわ」

「え、また、本?」

「当たり前じゃない? 勿論説明書よ?」

「私はどこかの商品ですか!」

「分かりやすくていいじゃないの♪ それにこれでも貴女の上司なのよ? 放り投げられた世界で進展を向かえたのだから、様子くらい見にくるわよ」

「あ……。ありがとう、ございます……」

「何よ、しんみりしちゃって。昔はもっとはしゃいでたじゃない? もっと適当で良いのよ」

「世界を生かす為って頑張らないといけないのに、適当は駄目なんじゃないですか?」

「良いのよ。楽しんで生きなさい♪」

 

 そこで楽しんでって言われちゃっても困るんだよね。あ、そんなことより『セフィロト・キー』!

 

「せっかちねぇ。とりあえずあれは、もう作るのをやめなさい」

「え、何でですか?」

「貴女って自分の中の力が失われたのに気づいてないのかしら。そうね、それでもしばらくすれば回復するでしょうけれど、本質的に『グレートグランドマスターキー』が無ければ、完全な『セフィロト・キー』は作れないのよ」

「え、じゃぁ、今回のって」

「もともと『セフィロト・キー』は貴女の補助をしていたのよ。貴女は権天使≪アルケー≫。世界の守護者よ。今回は天使としての守護の力を放出したの。でも、力を失う事は危険だから止めなさい。今後『グレートグランドマスターキー』を手に入れるまで『リライト』は禁止よ」

「は、はい。分かりました……」

「ほーんと。暗くなったわねぇ」

「せっかく助けになれる力が持てたって思ったのに、使うなって言われたら、悲しくなります」

「『グランドマスターキー』なら使えるわよ」

 

 え、それって、確かフェイト君が渡してくれた鍵の事だよね。

 最初に渡された『マスターキー』よりも大きな存在感を感じたから、ちょっと違うなぁって思ったんだけれど、グランドって名前が付く分だけ、また違う力が使えるって事なのかな。

 

「それも説明書を読みなさいな。そうね、後は『造物主』があのフェイトって子達の主ってくらいかしら」

「え、今なんて」

「あなたがやるべき事は世界を生かす事。それが最優先よ。気にせず奪いなさい」

「でもそれは!」

「はい、おしまい。がんばってね~♪」

「えぇ!?」

 

 ちょっと待って、まだ聞きたいことがあるのに! 襟首つかんで何を……。え、もしかして、また泉に投げられるの?

 

「ちょっと待って、きゃぁぁぁ!」

 

バッシャァァン!

 

「……戻った、わね。まったく今回は危なかったわ」

 

 崩れ始めた空間の中で女神は考える。今、あの子に知られては困る事実を。だからこそ、もっともらしいベールに包んだ、間違いではない話を聞かせた。何よりも、今はまだ速い。

 

「真実に辿り着いた時、果たしてやれるのかしら」

 

 

 

 

 

 

「――待って! まだ」

「シルヴィアさん! 起きたカ!?」

「えっ! 超ちゃん?」

 

 あれ、ここって保健室だよね。普段から見慣れた机に棚にソファーにベッド。うん、ちゃんと戻ってきてる。なんか、中途半端に話を聞かされちゃったな。

 

「一体何があったネ? 唐突に倒れて心配したヨ?」

「あ、うん。ごめんね。いきなり私の上司が、精神だけを呼んだって言って会ってたんだ」

「それで、その上司は何を? その本の説明はしてくれるのかい?」

「まだ私も内容は分からないんだけどね。ここに確実に、この世界の手がかりがあると思う。きっと大切な事だから、一緒に見てくれるかな?」

「聞くまでも無いネ」

「当然だね。むしろ見る権利があると思うよ」

 

 正直な気持ち、とても緊張する。ここに書かれている内容次第で、この場に居る私達の運命が決まってしまう。超ちゃんもフェイトくん達も、凄く真剣な顔で本を凝視してる。でもきっと、最初のページは目女神様の悪ふざけなんだろうね。それがちょっと申し訳ないかな。

 

「うん。それじゃ開くよ?」

 

 開けばそこには、予想通り『シルヴィアちゃんの取扱説明書♪【世界編】上巻』の文字。

 

 あう……。やっぱりこんなのだよ。もうちょっとまともな事を書けないのかなぁ、あの人は。じゃなかった女神様は。でも世界編って書いてあるね。前とはちょっと違う本。これで少しでも何か分かるのなら良いんだけど。

 

「何だいこれは? ふざけているのか?」

「それは私じゃなくて、上司に言って欲しいかな……。前もそうだったんだよね」

「それより続きネ!」

「う、うん」

 

 

・この本は『神核』とリンクしている。念じると体内にしまう事が出来る。

 

・『マスターキー』を消費して限定的に魔法を使う事が出来る。

 

 第一魔法『リライト』

 世界とリンクする魔法。魂に干渉をする。生命を操作する。

 本格的な使用方法は下巻参照。『グレートグランドマスターキー』とのリンクが必要。

 (※現在はその所有権が無いため、完全な効果を発揮出来ない)

 

・『グランドマスターキー』の魔法を限定的に使う事が出来る。

 

 第二魔法『リロケート』

 世界の位置情報を書き換える魔法。

 使用者の魔力消費によって、物理的距離・魔法法則を無視した転移が可能。

 呪文詠唱は、『リロケート・転移場所・転移者の名前(複数名可能)』

 魔法の使用で鍵を消費する事は無い。

 

・鍵は本の中に挿絵となって収納されている。

 

 現在の所有本数

 『マスターキー』 0本 召還・送還不能。 使用と所有権を委任できる。

 『グランドマスターキー』 1本 召喚・送還可能。 使用と所有権を委任できる。

 『グレートグランドマスターキー』 0本 召還・送還不能。 委任は不可能。

 

・『グレートグランドマスターキー』の所有権を手に入れた時点で下巻に変わる。

 

 

「これって……」

「フフフ。ハハハハハ! これは予想以上ネ! この時代に来た甲斐があったヨ!」

「超ちゃん!?」

「やれやれ。結局、敵対する事になりそうだね」

「フェイトくん。私は、貴方の主と戦う事になると思う。でも、出来れば話し合えれば良いと思ってる。フェイトくんはどうなの?」

「……ここに来た事は無駄ではなかった。それだけだよ」

「それに、『グレートグランドマスターキー』が無ければ、まともな形で『リライト』は使えないみたい。今回のはかなり危険を冒していたんだし、栞ちゃんは身体に気をつけてね?」

「貴女に言われるまでもありませんわ。それから、気安く呼ばないでください!」

「うん、ごめんね。栞さん」

「う。わ、分かれば良いのですわ」

「シルヴィアさん、じゃれあってる場合ではないヨ。明確に彼らとは敵だと分かったのだからね」

 

 そうだね……。悲しい事だけど、フェイトくん達の主が造物主だって分かったって事は、とても大きかった。何で女神様が教えてくれたのか分からないけれど、フェイトくん達と争わなくちゃいけないって、きちんと覚悟を決めなくちゃいけない。

 

 覚悟、決められる、かな。あんな、命を懸けた姿を見せられて……。

 

 同じ気持ちで世界を救いたいって言ってるはずの人たちと。戦って、争って、奪わなくちゃいけない。私は、フェイトくん達の救い方をきっと受け入れられない。それはたぶん超ちゃんの回避したい未来につながるだろうし、フェイトくん達の方法は滅びが伴うって悩んでるんだから。

 

「戦うよ。私だって、譲れないものがあるから」

「そうか。分かったよ」

「私も同じネ。私は私の戦いをするヨ」

「超ちゃんは何と戦うというの?」

「世界だヨ♪ シルヴィアさん、楽しみにしていると良いネ♪」

「それじゃ僕はこれで失礼する。鍵を払うだけの価値はあった」

「また、会えるかな?」

「会う事になるだろう。…………期待している」

「えっ! 今なんて、あっ」

 

 また、最後の言葉が聞き取れなかった。突然、水のワープゲートで二人が消えて……。

 

「って、あぁ! 水浸し! 掃除しないと!」

「アハハハ。なかなか困った人だたネ♪ イイヨ。ネギ坊主たちを起こすついでに私がやっておこうカ。シルヴィアさんは少し考える時間を取った方が良いんじゃないカ?」

「うん。ありがとう。……って、超ちゃん何か誤魔化そうとしてない? 超ちゃん嘘ついてたよね!?」

「アイヤー、ばれたカ。仕方ないネ。三日目の夜に話すと約束するヨ。今は見逃してくれないカ?」

「本当に?」

「ウム! 火星人嘘つかないネ!」

「ついてたじゃない。私に転生者だって」

「厳しいネ。だが今回はホントだヨ。何なら鵬法璽で契約しても良いヨ?」

「それはダメ。そこまでしなくても、信じる」

「ありがたいネ。期待には応えるヨ♪」

 

 あれ、そういえばここまで騒がしくしておいて、何でネギくんと明日菜ちゃんはまったく起きないんだろう。ちょっと、見てみようかな……。

 うん、ぐっすり寝てる。使い魔のカモくんも完全に熟睡してるね。ここまで起きないと逆に怪しいよね。もしかして……。

 

「ねぇ超ちゃん。さっきのお茶って……」

「魔法の眠り薬入りだが、どうかしたカ?」

「そ、そんなあっさり認めなくても良いんじゃないかな?」

「火星人、正直に話すヨ!」

「それ、使いどころ違うじゃないの……」

 

 はぁ、もうなんだか初日から疲れちゃったよ。なんだか身体もだるいし、こんな感覚は久しぶりだからある意味新鮮に感じるけれどね。

 それに超ちゃんが言ったように、気持ちを整理したいのも本当。一度家に帰ってゆっくりしてみようかな。

 

「超ちゃん、私一旦家に戻るから、ここお願いしても良いかな」

「構わないヨ。その代わりその鍵の転移魔法、使ってみて欲しいネ」

 

「え? なんでいきなり?」

「アハハ。私が見たいだけネ♪ 魔法が使えない私の憧れだからネ」

「それは嘘じゃないんだよね?」

「この前見せた通りダヨ」

「うん。分かったよ。じゃぁまたね?」

 

 それじゃ、『グランドマスターキー』を手に持って魔法を使う要領で集中。世界樹の前にある家の場所を明確にイメージして、魔力を鍵に伝わせる。……うん、行ける。口で表しにくいけど、感覚的に転移先が見えてくる。

 

「リロケート 世界樹前 シルヴィア・A・アニミレス!」

 

 魔法の詠唱をした側から、鍵から銀色の光が放たれる。光が私の周りで何周も円を描いて、まるでオーロラのように包み込んでから光が消える。するとすぐ目の前に、世界樹の側の私の家があった。




 原作でリロケートを使うシーンが、『グランドマスターキー』しかなかったので、ここでは分類を指定する事にしました。
 詠唱については、原作で「リロケート・名前・二人目の名前」しか言っていなかったので、場所指定を入れたのはオリジナルの解釈です。


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第58話 学園祭(1日目) 目覚めの時

「あの……フェイト様?」

「…………」

 

 予想外。と言うわけでもなかった。彼女には間違いなく、世界を改変できる力がある。ただし、あらゆる意味においてそれが可能なわけではない。

 

 誰もが幸福に生きられる方法。それが『完全なる世界』。

 

 彼女による改変は、一面から見て僕達の敗北と言えるだろう。すなわち主の方法では、『完全なる世界』の側面では、世界を救えないと言う事実。浮き彫りにされてしまったね。

 

「その、先ほどの言葉、うれしかったです」

 

 栞さんの体に起きた変化……。あの時、あんなにも彼女と重なって見えるとは思わなかった。

 

「え、あの、その?」

 

 成長した姿は、本当に良く似ている。髪を伸ばせば、見分けが付かなくなるくらい。いや、栞さんは少し目元が釣り上がっているかもしれない。

 

「そ、そんなに見つめないでくださいませ!」

「なんでだい?」

 

 ふと、彼女の髪を一房掬い上げる。赤くなった? なぜ?

 

「ふぇ、ふぇひとしゃま!?」

 

 しかし、考えれば考えるほど理解に苦しむ。だがそれでも、彼女の使命、やるべき事、それは理解した。いずれ彼女は僕達の前に略奪者として現れるだろう。

 

 ならば、やるべき事は一つ。主の道具として戦う事。だが、何故だ。僕は――。

 

「そこの貴女! この場を離れなさい!」

「え、何です、貴女方は!」

「誰だい、君は」

「私は高音・D・グッドマン! ここでの告白行為は禁止されています――って、あら? 貴女、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の方?」

「こくっ!? その……えと」

 

 やれやれ、巻き込まれるのはごめんなんだけどね。

 

「今、世界樹周辺では警戒巡回中です。特に魔法関係者には通達が出ているはずです」

「あの、お姉様。私、この人たち知らないのですけど。部外者じゃありませんか?」

「なんですって!?」

 

 厄介だね。タカミチ・T・高畑どころか、日本支部にでも連絡されれば間違いなく追っ手がかかる。ここで余計な情報を与えるわけにも、失うわけにも行かない。

 

「あの! こちらに滞在の身分証がありますわ! きちんと許可を取った上での来訪です!」

「あ……。本当ですね」

「それならそうと先に言って欲しかったですわ。とにかくこの場は移動してくださいな。メイ! 次に行くわよ!」

「は、はいお姉様!」

 

 身分証? いつの間にそんなものを。……デュナミスか? 栞さんの事にしろ来訪の事にしろ、準備は万端と言う事か。用意が良いに越した事はないけれど、面白くはないね。

 そういえば何故、先ほどの彼女は栞さんを?

 

「フェイト様!」

「栞さん。幻術は使っておいたほうが良い」

「え、えぇ、そう、ですわね」

 

 今度はやけに小さくなった。分からない。一体、栞さんに何が起きたんだろうか。まさかとは思うが彼女が? しかし、とても洗脳や操作の術を加える余裕があるようには見えなかった。

 

「行きましょうフェイト様! ――今だけ、今だけなら」

 

 ……まぁ良いだろう。こんなに”幸せそう”な栞さんを見たのは初めてかもしれないからね。それに超鈴音。彼女が何を起こすのかもうしばらく監視する必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れを過ぎた闇色の時間。空に響く花火の音。学園祭一日目の”終了”を告げる音を聞きとる。微睡を感じながら、慌てて飛び起きた。

 

「――ハッ!? 真っ暗……?」

「う~ん、なによネギ。大きな声出して。ふぁ~~」

 

 え、僕達は。いま、あれ? 今日は学園祭で、クラスの皆さんの出し物を見に行って――。

 

「いない! よ、夜になってる! は、八時!?」

「うそー、何で誰も起こしてくれなかったの?」

「あ、兄貴、今日のスケジュール! ヤバイっす!」

「あわわ、ど、どうしよーーー!」

「とにかく行くっすよ!」

 

 今ここに居ても何も解決しない。カモ君が言うように学園を確認してみないと! 肩に跳び乗ったカモ君を確認して、まだ眠そうな明日菜さんの肩を抱き起こす。

 

「行きますよ明日菜さん!」

「え、えぇ」

 

 その瞬間、なにかがカチリとはまり込む音が聞こえた。一瞬で視界が眩しい光につつまれて、思わず瞳を閉じる。

 

「あれ、ひ、昼になった?」

「だって今……って、千雨ちゃん!?」

「うげ、いつの間にベッドに!?」

 

 え、どうして千雨さんがここに。僕達は夜の保健室にいたはず。それが――。

 

『ただ今より七十八回。麻帆良祭を開催します。一般入場の方は――』

 

「えっ! 開催!?」

「ど、どうなってるのよ!?」

「姐さん。静かにしないと起きちまいやすぜ」

「そ、そうね。そ~~っと」

 

 ベッドに座り込んだ明日菜さんの手を引いて、千雨さんが起きないようにそっと立ち上がらせる。

 それにしても一体何が? もしかして何かの魔法にでもかけられてしまったのだろうか。

 

「……エヴァ。もう神楽坂の真似はしねぇって言っただろ。鏡持ってくんなよ」

「へ? 寝ぼけてる?」

「アスナさん今の内に逃げましょう。とにかく、現状を確認しないといけません」

「う、うん。千雨ちゃん大丈夫。大丈夫だからね!」

「そうか。おやすみ……――すやすや」

 

 とりあえず、ここに居るのはとても不味い気がする。千雨さんが起きなかった事は助かったけれど、まずは様子を見ないと……。

 

「明日菜さん、廊下の物陰に!」

「そうね、って、あれシルヴィア先生!?」

「姐さん、静かにしないと」

 

 あそこは間違いなく、シルヴィア先生が担当している第三保健室だ。それは間違いないはず。と言う事は、ここは麻帆良学園だって事は疑いようがない。

 それじゃぁ、さっきの夜は? 一体なにが起きたんだろう。

 

「明日菜さん。どう思いますか? さっきまでで暗かったのに、ただ今より開催って。学園祭はもう始まってたはずですよね?」

「そうよね。シルヴィア先生は千雨ちゃんの様子を見に来たのかしら。でも、私達が来た時は何も言ってなかったわよね?」

「あぁ、間違いなく俺達はいなかった。会わない様に行動した。それが今朝の事だって考えたらつじつまが合う」

「どど、どう言う事!?」

「カモ君。もったいぶらずに話してよ!」

「『戻った』んだ! それ以外に説明がつかねぇっすよ! それにこれまでで怪しい事があったのは、超にもらった時計くらいだ!」

「え、あの『戻った』って?」

「アレは多分タイムマシンっすよ兄貴! 他に目新しいものは持ってないじゃないっすか!」

「この前貰ったあれが!? でも、そんな事出来るの?」

 

 何かに巻き込まれたんじゃなくて、あの時計が引き起こしたって事? でも、もし本当にタイムマシンだったら、これで皆さんのイベントに間に合う!

 

「おはようネ。茶々丸によろしく言われたから、まかない持てきたヨ♪」

 

 今のは超さんの声だ。保健室に入っていくけれど……。

 

「あれって超さんよね」

「間違いないと思います。シルヴィア先生は超さんとすれ違いだったって、『戻る』前に言っていました。超さんを待って話を聞きましょう!」

「わかったわ。それしかなさそうだし」

 

 聞こえてくるのは話し声、なんだか少し揉めてるみたいだけれど……。

 あっ、超さんが出てきた。超さんは保健室を抜けてから、空き教室のほうへと進んでいく。あれ? でも、こっちのほうは空き教室ばかりで、プログラムには入っていなかった気がする。

 

「まずいぜ兄貴。誘われてねぇか?」

「そうかな? 何か用があるのかもしれないよ」

「あっ! そこの教室入ったわよ!」

「見失う前に追いかけようぜ!」

「うん!」

 

 見失わないように、急いで走って――。えっ! そんな馬鹿な。今、確かに教室に入ったはず。それなのに教室の中に誰も居ない。これってどういう事なんだろう。

 

「超さん? 居ませんか?」

「うそ、だって今入ってったわよね?」

「取りあえず兄貴! スケジュールを確認しねぇと!」

「あ、そうだった! えっと」

 

 10時、麻帆良学園祭、一般入場。

 

 チラシ配りの手伝い。3-Aホラーハウス見学。その後、各部活回り。

 

 15時、世界樹周辺のパトロール。

 

 16時、のどかさんと待ち合わせ。

 

 17時半、格闘大会へ参加。

 

 20時、世界樹周辺のパトロール。

 

「あんた、本屋ちゃんとのデートってたった一時間半なわけ!?」

「え、えぇ! 短いですか!?」

「兄貴、もうちっと女心ってものを学ぼうぜ! でもこのハードスケジュールは無理か?」

「で、でも延ばすほどの時間は無いですよ」

「フフフ。どうやらお困りのようネ?」

「「「え!?」」」

 

 超さん!? そんな、どこにも気配は無かったし、誰もこの教室には居なかったはず。いくらドア側にいるからって、ほとんど一般人の超さんに気付かないなんて……。

 

「ちゃ、超さん!」

「まさかお化け!?」

「人の顔見てなんて事言うネ。ちょと傷つくヨ?」

「やい超、この時計は一体なんでい! 説明してもらおうか!」

「そ、そうでした。超さんこれって一体?」

「オヤ? おかしな事言うネ。『ネギ先生のスケジュールパーフェクト管理マシン』だと説明したはずだたヨ♪」

「えっ? でも、さっきまで夜だったのに……」

「ねぇ超さん。これって本当にタイムマシンなの?」

「オ、明日菜さん目の付け所が良いネ。実は体験してもらおうと思て、保健室のお茶に眠り薬を仕込んでおいたヨ♪」

「「「えぇー!?」」」

 

 まさか本当にタイムマシン? すごい、麻帆良学園の科学力がそこまで進歩していたなんて。超さんは魔法使いの事を知っているだけじゃなくて、こんなに科学も精通してるなんて。なんて凄い人なんだ!

 

「これは懐中時計型タイムマシン『カシオペア』ネ。使用者の魔力で同行者と時間跳躍をする、脅威の超科学アイテムだヨ♪」

「うそー!? あ、あの私! アメリカ禁酒法時代へ行きたい!」

「姐さんそりゃ無茶ですぜ。て言うか渋いっす!」

「フフフ。それは無理な事ね。そんな”魔力”は人間”一人”じゃ出せないヨ?」

「うぅ。そっか~~」

「で、でもこれのおかげで、のどかさんとの約束が守れます! 皆の予定も!」

「そしたらコレが説明書ネ。好きなだけ使うと良いヨ♪」

「はい! こんな凄いものを貸してくれてありがとうございます! それじゃ僕、予定がありますので!」

「あ、待ってよネギ!」

「ウム、楽しんでくると良いヨ!」

 

 

 

「行ったカ……」

 

 気付いたかナ。ネギ坊主。それは一つの手段であり結論でもある。それを使う代償も、結果も、自分で体験して考えてみて欲しいヨ。

 

 時間を越えるという事は、何が起きる事なのカ。何が出来る事になるのカ。

 

 その果てに再び私を訪ねてくると良いネ。その時は、我ら一族の命運と、悲願をかけてお相手するヨ。それに、『カシオペア』が無いとフェアじゃないからネ。フフフ。

 

 

 

 

 

 

 パトロールつってもなぁ。結界で何かあればすぐ分かるし、麻衣から連絡も来るだろ。そうなると適当に回って怪しいやつ探す方が良いって事なのか。

 周りは……ダメだ。どこもかしこも人しかいねーよ。人の山ってヤツだな。たしか麻帆良祭って毎年四十万人とか出入りするって聞いた覚えがあるな。となると……どう考えても無理だ。やっぱ結界頼りか。

 

 うん、なんだあれ、エヴァ? ネギ先生も居るな。つーか何してんだアレ。

 

「何だぼーや。随分と浮かれた声を出して」

「わひゃぁ! ってマスター!? あ、可愛らしいお洋服ですね。仮装ですか?」

「世辞など要らん。それより貴様。ソレは何か面白そうな魔力がするな」

「え、いや、その……」

「寄越せ。なぁに、悪い様にはせんよ。くくく」

「オ前ノ物ハ、御主人ノ物。御主人ノ物ハ、御主人ノ物ダゼ?」

 

 何してんだあいつ? どこからどう見てもただのいじめっ子だぞ。しかも先生脅して取り上げようとかどこのガキ大将だよ。

 てか、ホントに変な魔力出してるな。何だあの懐中時計。

 

「あ、あああの、予定があるんで! 失礼しまーーす」

「え、ちょっとネギ! どこ行くの!?」

 

 なんだ先生……。どうしてこういう時だけきっちり瞬動が成功するんだよ。もしかしてギャグ補正持ちだったりするのか?

 

「先生何してんだ、マジで……」

「千雨か。お前こそ何してるんだ」

「何ってパトロールに決まってんだろ? まぁ結界頼りな所はあるけどよ」

「それよりぼーやだ。何をするか後をつけるぞ」

「はぁ? 良いのかよそんな事してて」

「当たり前だ。侵入者も居ないでふらつくより、よほど良い暇つぶしだ」

 

 相っ変わらずだな。こいつの基準がわかんねーよ。それに確かにやることもねぇし、追いかけるか?

 

「そういえば先生がクラスの出し物に行くはずだ。行ったら捕まえられるんじゃねぇか?」

「良し。行くぞ! 早く来い」

「あ、ちょっとマテ、何でそんなにやる気なんだ! て言うか人ごみで空飛ぼうとするな!」

 

 

 

「キャァァァー!」

 

 悲鳴!? って、なんだウチのクラスのホラーハウスか。結構怖く仕上がってるとか聞いてたんだが、先生泣かされてんのか。でもなぁ、今の悲鳴って泣かされてる悲鳴じゃねぇよな。どっちかって言うと、黄色い声か?

 

「ぼーや……。何だその格好は」

「ギャハハハハ!? 何やそれネギ! ヒーッヒッヒッ!」

「何ですかコレー! 小太郎君も笑わないでよー!」

「先生。そんな趣味あったのか? 狐耳尻尾のミニスカ和服コスとか誰のウケ狙ってんだよ」

「ち、違います! これはクラスの呼び込みでー!」

 

 いや、先生涙目になられてもなぁ。一部の濃い面子が喜ぶだけだぞ。つーかそれでホラーハウスの呼び込み? 冗談だろ? それはどっちかっつーと”こっち側”だよな。

 まさか……いや、うん、そんなわけねーよな。違う、アレを知ってるわけじゃねぇよなぁ!?

 

「良いだろうぼーや! 新しい修行を考案してやる!」

「えっ! ホントですか!?」

「ちょっとマテ。まさかお前!」

「明日からゴスロリ着用の上での修行だ! 喜べ!」

「喜びませんよー!」

 

 やっぱそれか。こいつダメだ。それ修行が違うだろ! どこの世界向かう気だよ!? だがやるって言うんだったら……。ハッ! ダメだ考えるな! 何で先生のコスプレ案とか考えてんだ。ここは違うだろ私! はぁ……はぁ……。あ、そういえば神楽坂はどこ行った?

 

「全く貴女達は! ネギ先生まで仮装を手伝わせるなんて、何事ですか!」

「あ、いいんちょさん!」

「ネギせんせ――はぅ!」

 

 委員長……。先生のコス見て鼻血吹いて倒れるとかどこのギャグキャラだよ。……あぁ、まぁ、委員長だしな。先生のコスだったら何でも褒めそうだな。

 だからってこのままじゃやばくねぇか? 何かぴくぴくと痙攣し始めたんだが。

 

「喜べ、雪広あやか。次の授業からはゴスロリ着用だそうだぞ?」

「はうぅ!」

「ええ!? マスター何を言うんですか! って、いいんちょさーーーーん!」

「や、やめー! これ以上笑かさんといてくれ! ギャハハハ!」

 

 あー、もう! どこから突っ込めば良いんだよこの事態! て言うか委員長、マジでやばいんじゃねぇのか。このままじゃ死ぬだろ?

 とりあえず回復薬あったよな。精神回復……は、悪化しそうだな。体力用か?

 

「委員長。ドリンク剤だ。飲んどけよ」

「いいえ! ネギ先生の雄姿で回復いたしました! もう大丈夫ですわ!」

「良かったいいんちょさん!」

「ネギ先生! 愛しています!」

「いいんちょさん離してー!」

 

 まぁ、いつもの事か。これ以上関わってたらこっちが疲れそうだ。そういえば。

 

「なぁ先生、神楽坂はどこ行ったんだ?」

「え、明日菜さんなら中夜祭で――」

「はぁ? まだ準備早いだろ。もう手伝いに行ってんのか?」

「いえ、えーとその多分美術部だと思います!」

 

 何だ、どう言う事だ。ついさっきまで一緒に居たはずだよな。ソレで居場所が分かってねぇっておかしくねぇか。

 

「あ、じゃぁ僕、呼び込みがてら皆さんの部活を回ってきます」

「わたくしも参ります! ご案内いたしますわ!」

 

 何か聞いても答えてくれそうにない雰囲気だな。隠したがってるようだし。とりあえずエヴァ。先生行っちまうぞ? 時計は良いのかよ。

 

「いや、だがアレも捨てがたい。せっかくのぼーやの衣装だ。ここはああして――」

「……エヴァ。帰って良いか?」

「あぁ構わん。私はしばらく考える」

「やめてやれよ。マジで」

 

 その後、マジでゴスロリを作ったかどうかは私の知る所じゃなかった。エヴァが時計の事は忘れてたんでそのまま放っておく事にする。取りあえず生きろ、先生。




 今回の投稿はここまでです。
 学園祭の話数は京都編より長くなるので、気長に移転を待っていただけると助かります。


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第59話 学園祭(1日目) 告白の日

 2012年8月25日(土) 感想で指摘を受け、内容を修正しました。


 あー、何だ。ほら、学園祭ってさ。広場で銃撃戦があったりするもんじゃねぇよな。

 

 目の前で起きてるのは男女の告白イベント、のはず、だよな。それがその、イベントの場所が世界樹の魔力の有効範囲なもんで、告白阻止の仕事を受けてる龍宮が、麻酔弾を次々に連射して完全にイベント妨害してる光景が広がってる。

 

『サー、イエッサー! 龍宮隊長!』

 

 先生よ。そんな龍宮を軍人気取りで受け入れちまう対応力、いや順応性か? それはそれでどうかと思うぜ。あ、マテ。もしかして、私がマギステル・マギを目指してるとかって妄想を、先生が思い込んだのもそういう事か? なるべく、訂正していくか……。

 それに龍宮、いくら認識阻害の学園結界があるって言っても、実銃出してるのに映画の撮影ですって誤魔化すのは無理があると思うぞ?

 

『よし! 次の仕事に行くぞ。準備は良いか!』

『準備万端であります、隊長!』

 

 つーか。範囲に入ってるの分かってるんだから、イベント許可出すなよ……。

 

 

 

 なんて事があれからあったんだが……。あれじゃ何か不思議な事がありますって宣伝してるだけだよな。龍宮は仕事してるだけなんだろうが、回りは人の山なんだし、もうちょっと秘匿してくれよ。

 それにやっぱこんだけ人が居て悪魔を探すって無理だろ。精鋭にしろ雑魚にしろ、隠れてコソコソ来るって考えたほうが自然なんだよな。悪意を感知する結界が張ってあるのは、メガロ元老院の偉い人も知ってるんだろうから、まずギリギリまで行動起こさねぇだろ。

 

「なんだかな。一人で闇雲に歩いてるのが馬鹿みたいになってきた」

「……じゃぁ千雨さん、私と歩いてみます?」

「うお!?」

 

 なっ、麻衣!? 何でお前ここにいるんだ。てゆーか、めっちゃ体透けてるんだが大丈夫かよ。流石にこんだけ人が居たら注目されるだろ。いや、逆か? 人が多すぎて逆に気付かれないって事か?

 大概こいつもチートだからな。認識阻害と結界系ばっかり力入れて磨いてきたらしいから、意外とバレねぇのか。って、あれ? ちょっとマテ。何でこいつ麻帆良女子中の制服着てるんだ?

 

「なぁ、確か前世の記憶にある姿しか取れないんじゃなかったのか?」

「それがですねぇ、やろうと思えば服くらい出来るみたいですよ? ほら?」

「ちょ、マテッ!」

 

 ほらじゃねぇよ! なに大衆ど真ん中で、身体にノイズ走らせて着替えてるんだ! 羞恥心とかねぇのかよ。しかもそれ、どこかで見た事があると思ったら、私が作り損ねた甘ロリ服じゃねぇか!

 

「ほらほらちうたん、似合ってます?」

「頼むからやめてくれ……あと、帰れ」

「まぁまぁそう言わずに。千雨さんも着替えたらお揃いですよ? ちょっと憧れますね?」

 

 何にだよ……。お前とペアルックとかする気無いからな。

 

「残念ですねぇ。あ、そうだ。せっかくだから回りませんか?」

「どこをだよ」

「そんなの学園祭に決まってるじゃないですか」

「あぁ、まぁ、良いけどよ」

「やった。じゃぁ今日はラブラブですねー」

「ちげぇ! 何言い出すんだお前は!」

 

 何なんだ一体。今日は妙に浮かれてやがるな。まぁ、いつも『管理者』以外には存在を秘匿してるからな。こいつの存在が表に出たら、世界樹への直接交渉が出来るってバレて色々面倒になる。

 普段はあまり表に出られない分、こういう時だからはしゃいでんのか? ガス抜きには良いんだろうけど、正体だけはバレない様にしてくれよな。

 

「あれ? どうしたんですか千雨さん」

「へ……。ネギせん――あっ!」

 

 学園関係者のネギ先生に、見られるのはマズイ。麻衣隠れ――って、もう居ねぇぇ!

 

「あの、どうかしましたか?」

「あ、いや。なんでも……」

 

 うん? ちょっとマテ。先生ってしばらく前に龍宮とどっか行かなかったか? なんだ、何かがおかしい。さっきのホラーハウスの時もそうだ。何か引っかかる。どこかに行ったかと思えば、突然別の行動をしてる。どういう事だ?

 

「なぁ、先生。今、何してるんだ?」

「え、えぇと。この後のどかさんと待ち合わせです。一緒に学園祭を回るって約束で」

 

 へぇ、宮崎と? 先生は自分から相手を誘うような性格じゃねぇよな。あったとしても、個人を誘って学園祭回るってタイプじゃねぇはず。て事は宮崎が自分で? 意外だな。修学旅行の時から進歩したって事か。まぁ、どうでも良いけどな。

 

「じゃぁ、僕行きますんで」

「あ、あぁ。はい」

 

 なんか生返事になっちまったけど、まぁ良いか。

 

「それにしても――」

「ラブ臭がするわね!」

「またですかハルナ」

「なっ、お前らいつからそこに!?」

 

 いつから居た? 早乙女に綾瀬。神楽坂と近衛に桜咲まで揃って。何だこのメンツ。しかも何やら宮崎と先生のデートがああだのこうだのって。もしかして、こいつら揃って覗き見かよ。

 

「あほらしい。私は帰るからな」

「ダメよ! 奥手ののどかがついにデートだよ!? 初々しい二人の晴れ姿を見ないで何を見るというのだね!? これこそ学園祭の醍醐味よ!」

「またかよお前。しかもどこかで聞いたぞ、そのセリフ」

 

 もうマジで帰るぞ。神楽坂が実はネギ先生が好きなのかとか、誰彼かまわず突っ込んで聞き回んなよ。見てたら高畑先生だけだって分かるだろコイツ。

 

「実はあんたも怪しいと思ってんのよ長谷川!」

「はぁ?」

「つい最近よ! ラブラブな相手が居たはずだわ!」

「……何だそれは」

 

(はーい、呼ばれて飛び出て――)

(来るんじゃねぇ! 実体化もすんな!)

 

 コイツどこかで見てたのか!? 人前に出れないからって、わざわざ念話飛ばして来る内容かよ!

 

(……そんな! 私と言うものがあって、他に誰か)

(いねぇーよ! お前は何がしたいんだ!)

(ちうたんいじり?)

(ストレートに言うな!)

 

 何だこれ。もうマジで帰る。誰がなんと言おうとマジで帰る。

 

「もう、私は帰るからな。疲れた……」

「私も退散するです。あとはのどか達に任せますよ」

「え、ちょっと。長谷川! ゆえ吉も待ちなさいってば!」

 

 あぁもうすっげぇ疲れた。これだったら悪魔探しでも退治でも、素直にしてた方が楽だった気がするな。つっても帰ってからも麻衣から念話が飛んできたりすんのか? それだったら誰か見つけて押し付けた方がましな気がしてきたな。

 それともコイツと大人しく学際回ったら面倒が無くて済むか? いや、マテ。そもそも何か話が変わって来てんじゃねぇか。悪魔探しはどこ行ったよ。

 

(麻衣……。結界の反応あったのか?)

(え? 有ったらもっと慌ててますよー!)

 

 そりゃそうか。それにしてもやっぱなんか変だな。麻衣のヤツいつもこんなにはしゃいでたか?

 まさかとは思うけど、世界樹の放出魔力の影響を、自分自身でもろに受けてるとか言うんじゃねぇよな。そんなのありえるのかよ。アルコール中毒ってわけでもねぇんだし、魔力中毒? 聞いた事ねぇな。

 

「あの、長谷川さん?」

「――綾瀬!? お前まだ居たのか」

「ずっとブツブツと呟いていたのですが、何か問題でも?」

「あ、いや。念話してただけだ」

「念話ですか? ……ともかく、のどか達は行ってしまったので、私も何処かへ行こうと思います」

「そうか。まぁ、気をつけろよ」

「え、えぇ。ありがとうございます」

 

 そう言えば綾瀬のヤツは悪魔の事は多分知らねぇよな。言っておいた方が良かったのか? でもきっとネギ先生から見回りの話は聞いてるだろうし、警戒はしてるはずだよな? まさか、何も聞いてないって事はねぇよな?

 

「居るか……?」

 

 回りに気付かれない様に小さく呟く。多分、その辺で見てるはずだ。

 

「はいはーい、居ますよー。愛してますよー!」

「……お前、マジでどうした。キャラじゃねぇだろ」

「何か力が有り余ってる感じなんですよ。それで居ても立っても居られなくてですねぇ」

 

 妙にテンションが高いのはそのせいか。て事は、やっぱ自分の力で酔ってのかよ。

 

「チョット落ち着け。なんか飲み物でも飲むか?」

「じゃぁ、あれ飲んでみたいです。微炭酸ラストエリクサーって、夕映さんが飲んでたやつ」

「……やめとけ。それもっと元気になりそうなんだが」

 

 コイツ妙なところで変なの覚えてるからなぁ。そんな力強く語られてもどこに売ってるのかすら検討がつかねぇって。

 

「さっき綾瀬に聞いときゃ良かったか」

「そうですねー。……む、むむむ?」

 

 何だ、急に唸り出して。ってなんだ?

 急に麻衣の身体から魔力が漏れ出して――マテ、目立つからやめろ!

 

「ちうたん、大変な事になりました」

「何だ? 来たのか!?」

 

 もしかして本当に悪魔か? だとしたら……。

 

「ネギ君に恋愛の呪いが掛かりましたー」

「はぁ!? ちょっとマテ、落ち着け。何処で、誰が、先生に、何をした?」

「世界樹の有効範囲内で、宮崎さんが、ネギ君に、大人のキスを命令しました!」

 

 …………はぁ? 何してんだ、あいつ。思わず力が抜けたぞ。

 

「放っといて良いか? 良いよな?」

「そこはちうたんが何とかしないと! とりあえず普通に危険な感じですね」

「それを先に言え! 行くぞ!」

「きゃー! ちうたんかっこいい~!」

 

 本当にどうしたんだよ。普段マジでこんな事言うキャラじゃねぇぞ。

 とにかく、今は宮崎の安全か? てか危険ってどういう意味だ?

 

 

 

 

 

 

「では、キスさせていただきます。ロマンチックにフレンチキスで良いですか?」

「えぇー!?」

 

 酔った様なトロンとした目と、赤くなった頬の色。どこからどう見ても、言動も見た目もまともじゃねぇ。これが世界樹から溢れ出た魔力の影響か……。

 

「制御外魔力なんで、意思の無い従属しやすい状態ですねー」

「くっ! お前は実体消して隠れてろ!」

 

 それにしてもコレどうするよ。宮崎はパニック状態だし。

 

「本屋ちゃんに何してんのよあんたー!」

 

 神楽坂!? 桜咲もか。コイツらも気付いてたのか。って先生の動きが早い? 酔っ払いみたいな足取りだが、神楽坂のハリセンを体捌きだけでかわして、桜咲の追撃も避けた。なんか、レベル上がってねぇか?

 

「こら! バカネギー!」

「うふふふふ」

 

 宮崎は桜咲が背に庇ってるから今は良いとして、とりあえず先生取り押さえないとダメだな。何か先生も妙なテンションになってるみたいだし、あんな笑い方普段しねぇよ。

 あ、マテよ。麻衣といい先生といい、世界樹の魔力って酔わせる効果があるのか? まさかな。そんな馬鹿な効果があったら、いつも麻衣のヤツがおかしな事になってるよな……。

 

「刹那さん。退いて頂けますか?」

「しっかりしてください、ネギ先生!」

「兄貴! 正気に戻ってくれ!」

「お邪魔虫ですか? では、実力行使で」

 

 目に怪しい輝きを灯しながら中国拳法の構え。こんな事態なのに雑念が無い淡々とした動きで、構えてから即座に踏込み掌底を打ち込む。打ち込まれた桜咲が慌てて下がるが、そのまま連撃を繋げ、宮崎もろとも追い詰められて行く様子が見える。

 

「おい神楽坂! 先生は宮崎に操られてるだけだろ。とっととそのハリセンで魔法解除しろ!」

「え、千雨ちゃん、助けに来てくれたの!?」

「ネギ先生は完全に正気を失ってるようです。しかも動きのキレが良い」

「話は後でいい。先生押さえ込むぞ!」

「のどか嬢ちゃん、兄貴に何て言ったんだ? 命令が終わらねぇと止まんねぇぜ!」

「えぇ!? い、言えませーん!」

「キスだろ! いいから神楽坂早く叩けよ!」

「な、何で知ってーー!?」

 

 とにかく止める方法をまず考えろ。単純な方法だと体術で取り押さえるか、戒めの魔法で拘束。

 一人は宮崎を護衛するとして、体術だと二人がかりで対処か。両肩を押さえつけるか、足りなければ足もか? 魔法はまずいな。一般人の目がどこにあるか分からねぇ。

 

「――って、何!」

 

 何かが弾け飛ぶ様な破壊音? どこの誰だ。今のって魔法の射手だよな。

 

「情け無いですよネギ先生! 少々手荒に行きます!」

 

 あれは……。魔法生徒か。たしか、グッドマンとかってウルスラ高のヤツだったか。たしか影使いだな。従者と二人がかりで、つーかマテ。一般人いるだろうが!

 

(麻衣、空から頼む! 周囲に一般人は!?)

(人避けの結界設置済みです。魔法生徒さんがやってくれたみたいですよー)

 

 慌てて麻衣に念話を飛ばす。どうやら魔法生徒達の方が私らより冷静だったか。それなら後は先生だけだな。

 

「弓歩沖拳! 外門頂肘!」

「そんなっ!」

 

 ありえねぇ……。いくらエヴァのところで修行してたからって、アイツの情けない宣言から早々、急激に踏み込んで人型ゴーレム十数体を瞬殺出来るか? 正拳付きと肘打ちの体術だけでゴーレムがあんなに吹っ飛ぶとか、魔力の出力も上がりすぎだろ。明らかにパワーアップしてる。

 もしかして、先生って酔拳とか習ってんじゃねぇだろうな。いっぺんエヴァか古のヤツに確かめるか?

 

「風花! 武装解除!」

「きゃあぁぁぁ!」

 

 何だそりゃ!? 追い詰めたまま武装解除して無力化とか、何でこんな時ばっか使い方が上手いんだよ。つーか大衆で脱がすなこのガキ!

 

「ちょっとー! しっかりしなさいよバカネギー!」

「今度は明日菜さんがお邪魔虫ですね?」

「え、ちょっと待って!?」

 

 やべぇ。怒鳴ってる場合じゃねぇぞこれ。このままだと神楽坂も犠牲になる。って、もう神楽坂に迫ってやがる。間に合うか!?

 神楽坂の懐寸前まで入り込んだ先生に向かって瞬動。ギリギリで間に割り込んだまま、神楽坂に向かって突き出した、先生の肘の内側を右肘で打ち上げる。そのまま左肩を先生の胸に押し付けて、足腰のばねと魔力の噴出衝撃を利用して押し飛ばした。

 

「あ、ありがと!」

「礼は後だ! まだ終わってねぇ!」

「千雨さんもですか? うふふふ。皆さんお邪魔虫がお好きですね?」

「先生、ちょっと大人しくなって貰おうか?」

 

 努めて冷静に、混乱に陥ったこの場を押さえる様に言い放つ。そのまま無詠唱で戦いの歌を発動。全身に魔力を纏って臨戦態勢をとる。

 

「あ、あぅぅぅ~」

「大丈夫よ本屋ちゃん、私達が守るから! こら、バカネギ! 本屋ちゃんにキスしたかったら、私達にキスしてから行きなさい!」

「は……? 神楽坂、お前、何言ってんだ!?」

 

 神楽坂がそう言った瞬間、ゾクリと何か嫌な予感がよぎる。マテ、なんだこの魔力。明らかに先生に何かが流れ込んでる。なんだ? まさか、神楽坂の命令も……。

 

「解りました。ではまずアスナさんにキスを」

 

 うげ、マジでやばいんじゃねぇのかこれ。落ち着け、落ち着けよ。今のネギ先生は通常の状態から躊躇いや手加減とかが飛んで、命令を実行するだけの状態だ。そこに世界樹の馬鹿みたいな放出魔力が二回重ねられてる。これって、普通に、やばくないか?

 

「え、あれ? いや、私達を倒してから行きなさい。ね?」

「はい。倒すイコールキスですね」

「ちょっとー!?」

 

 どうする? いや、考えてる暇は無い。とにかく――。

 

「風花! 武装解除!」

「げっ!?」

「キャー! ちょっとネギ! あんたふざけんじゃないわよ!」

 

 な、なぁぁぁ!? このエロガキ! ふざけんなこっちまで脱がすんじゃねぇ!

 

(ち、ちうたん、ハァハ――)

(言うな! それ以上言うな! 絶対だぞ!)

 

 くっそ、何だコイツ。もうツッコミ疲れてきたぞ。うん? 何で神楽坂は上着だけ消し飛ばされてるんだ。あれか、ハリセン持ってたから若干無効化されたのか?

 

「もう良いです、私がキスされます! 先生が元に戻るなら!」

「だめよ本屋ちゃん、あの様子見たでしょ! あんなのにキスされたら……。悶死するかも!」

「ええぇぇぇ!?」

「いい加減にしろよ先生! 本気で行くからな。アデアット!」

 

 羞恥心と怒りを抑えつつ、魔法衣とテティスの腕輪を召還。今日ほど仮契約カードに衣装登録機能が有った事を感謝した日はねぇな。

 意識をテティスの腕輪に集中して、直径10cmくらいの水球を10数個作る。一部はそのまま待機。あとは先生への拘束イメージだ。

 

「え、千雨ちゃん何それ!?」

「質問は後だ」

 

 ネギ先生は正面。瞬動術で踏み込まれたら困るから、先生との間に数個を待機。残りは左右から先生を囲って拘束。逃げられないように徐々に円運動で狭まるようなイメージで……。

 

「絡み付け!」

 

 宣言した瞬間、先生に向かった水球が一斉に弾け、蔦の様に絡み付こうとする。

 

「いいえ、捕まりません! キスさせていただきます」

「キスはいらねー! って何!?」

 

 捕らえようとした水の蔦を避けてるどころか、そのまま空中ジャンプ!? って、マズイ。虚空瞬動成功してるじゃねぇか、もう目の前に来て。

 

「外門頂肘!」

「嘘だろ!?」

 

 魔法障壁展開! ギリギリで打点をずらして――。やべぇ、とっさに練りこんだ魔力じゃ抑えきれねぇ!

 

「では千雨さん」

「え、なん、だ?」

 

 ちょっとマテ。なんで先生に押し倒されて、頭捕まれてんだ。しかも両手で……。

 

「あわゎゎ!? 先生~~!?」

「ちょっと、ネギあんた!」

「では大人の、キスを……」

 

 ――――え? ああぁぁ!? マテ! 相手私じゃねぇだろ、宮崎だろ! 神楽坂じゃねぇのかよ! マズイって、来るな。先生に奪われるくらいなら――。違う、今何考えて!?

 

「こんのぉぉぉぉ!」

 

 戦いの歌の出力全開! 先生の肩を両手で掴んで固定。体中の力を振り絞って、腹筋と腕の力で一気に起き上がり、思いっきり先生に頭突きを当てる。てゆーか、唇当たってねぇよな!? 当たってても無かった事と思う!

 

「この、馬鹿先生!」

 

 よし、よろけた! この隙に先生の右手を取り、背中に回してからうつ伏せに倒す。そのまま左腕も絡め取って、魔力強化で地面に押し付けて拘束。

 

「神楽坂! 早く先生の頭叩け!」

「……え? あ、うん!」

 

スパーーーン!

 

 ハリセンで叩く小気味良い音が鳴り、ネギ先生に纏わり付いた魔力を散らした。

 

(つ、疲れた……)

(お疲れ様でしたー。未遂で良かったですねー)

(あぁ。先生のトラブル体質治す魔法とかねぇのかよ)

(……それは私も聞きたいですねー)

 

 とりあえず、終わったな。明らかに全員が疲労困憊って顔だが……。宮崎は、まだパニクってるな。まぁいいや放っとこう。フォローする余裕なんかねぇよ。

 

「しっかしネギ先生、理性が無い方が強ぇえのかよ。ちょっと焦った」

「ごめんね千雨ちゃん。私が変な事言ったから」

「終わったから良いって。気にすんなよ」

「え、あれ? 僕、なにを?」

「私はパス。神楽坂、説明してやれ」

「え、そうね。あんたはさっき――」

 

 事情を聞いてる先生は……。なんつーか、哀れなくらい落ち込んでるな。マジ泣きしてるし。まぁ生徒を守る立場にある先生が、襲ってちゃ話になんねーしなぁ。

 って、早乙女に近衛? あいつら随分遅れてきたな。もしかしたら、近衛が気を利かせて足止めしてくれたのか。それとも、人払いでは入れなかったのか。まぁ、見てないのならそれで良いか。

 

「ごめんなさい。僕、学園祭で浮かれてました。反省します……」

「あぁ、まぁ未遂だったから良かったよ」

「はい……」

 

 いや、何て言うか、こんなマジ泣きしてる先生怒るのもな……。まぁいいや。疲れたし帰るか。

 あ、ちょっとマテ。この後って『まほら武道会』じゃなかったか? はぁ……。どうせ予選は雑魚だよな? そう思わねぇとやってらんねーな。

 

 一応、その後聞いた話だと、先生は宮崎とちゃんとデートした。らしい。




 ネギまですから、こういう話があっても良いんじゃないかって思います。もちろん意味が有って出してますけれども。
 他のネギま二次では、原作の世界樹の恋愛の呪いってあまり使われないんですよね。良いネタだと思うんですけれど。


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第60話 学園祭(1日目) 夕日に出合った白と黒

 一瞬、ふわりと身体が浮かぶ心地よさを感じると、銀色の視界が緑豊かな世界樹に切り替わった。

 なるほど、これが『リロケート』なんだね。口に出せばそれだけだけど、これは吃驚だね。精霊を介した転移魔法の術式なんかとは違って、本当に魔力だけで強引に移動する感じかな?

 これだけ反則的な魔法なら、『リライト』もやっぱり大きな意味があるんだろうね。

 

「ただいま~。って誰も居ないかな?」

「おう、おかえり」

 

 あれ、フロウくん帰ってたんだ。ここに居るって事は、森は特に何も無かったって事だね。私の方はある意味散々だったけれど……、うん? 訝しげな視線は、コレかな。

 

「どこから持って来た、その……杖か?」

「これは鍵だよ。フェイトくんに貰ったの。『グランドマスターキー』だって」

「はぁ? 貰った? ちょっと詳しく話せ。何があった」

 

 まぁそうだよね。理解が追いつかないって顔で困っちゃってるし。私が貰ったって言われても、何がどうなってそうなったのかさっぱりだからね。それはそうと説明をしないと。

 

「……フェイトと栞、それに『造物主』が主人で確定か」

 

 なんか、気難しい顔にさせちゃったね。それに超ちゃんの事もあるし。

 

「とりあえずだ、フェイト達の事は置いておけ。今すぐ対応できる相手じゃねぇし、奴等がここに居るわけでもねぇ。だがまぁ、問題もある」

「超ちゃんの事?」

「それもある。それよりもあいつ、もしかして主人を裏切る気か? 行動が矛盾しすぎてる」

 

 それは私も思ったんだよね。私が『グレートグランドマスターキー』を必要としてるって告げたのに、それでも『グランドマスターキー』を渡してくれた。私が『造物主』って人と敵対する結果になるのは、話している途中で気付いていたはずだし。

 

「それでも、戦う事に変わりは無い。やるって決めたんだろ?」

「うん。それはやるよ。でもね、出来る限りフェイトくん達には無事に生きていて欲しい」

「ふむ……。まぁきっちり正面からぶつかって納得させるしかねぇだろ。もう説得でどうにかなる段階は終わったって事は、忘れるなよ?」

 

 それは分かってる。栞ちゃんを連れて来て『リライト』を使わせるなんて強硬手段に出たのは、何かフェイトくんにとって、吹っ切る必要があったからなんだと思う。

 だからこそフェイトくんは私を可能性って言ったんだろうし、それをもう確認し終わったって考えるべきだよね。後はもう、お互いのプライドのぶつかり合いになる。ってところかな。

 

「まぁ大きな収穫はそれと『リライト』だな。魂に干渉する魔法で奴等の持つ『鍵』が無ければ使えないって解ったのはかなりの収穫だ」

「千雨ちゃんとエヴァちゃんにはかなり大きな情報だね」

「あぁ、それとネギ坊主達にとってもな。鍵を出したら要警戒って事だ。あとは超だ。」

 

 超ちゃんの本当の姿はネギくんの子孫。鵬法璽≪エンノモス・アエトスフラーギス≫で、超ちゃんに対する拘束は殆ど無い筈だけれど、あの問答で嘘をつくとは思えない。

 それに三日目に何を考えてるのか話してくれるって言っていた事。今夜でも明日でもない三日目。それってやっぱり……。

 

「どう考えても何かするだろ。まぁ、楽しみではあるけどな」

「た、楽しみにする事はないんじゃないかな?」

「何をやらかしてくれるのかって所は、すげぇ気になってるぜ?」

 

 や、やらかしてくれるって。フロウくんが刺激が欲しいのは分かるんだけど、事と内容次第じゃネギくん達や、学園が何か大変な事になるのかもしれないんだから、程ほどにして欲しかったりするんだけどね。

 

「とりあえず、世界樹周辺の森は何も無かったぜ」

「そっか。それじゃまたお昼過ぎから回ってみるよ」

「身体、少しだるいんだろ? ゆっくりしてから行けよ。エヴァたちも居るんだ、早々と対応できない事は起きねぇよ」

「え、そうだね。ありがとう、そうするよ」

 

 うん、大丈夫。私は、私達は一人じゃない。皆で支え合って生きてるんだから、こんな時は素直に頼らないとね。

 一度ちゃんと休んで、夕方からまた見回りに出ようかな。

 

 

 

 

 

 

「もう、私は帰るからな。疲れた……」

「私も退散するです。あとはのどか達に任せますよ」

「え、ちょっと。長谷川! ゆえ吉も待ちなさいってば!」

 

 はぁ、ハルナにも困ったものです。今日はのどかが勇気を振りしぼって取り付けた、ネギ先生との約束の日ですよ。それをコソコソと後ろから付けて回るなんて、悪趣味にも程があるです。

 

「ハルナ、今日は退散するのでは?」

「いや~、やっぱ気になるしね♪」

 

 まったく、それでのどかが失敗して、その上覗かれていた事に気付いたどうなってしまうのやら。後からのフォローを考えると頭が痛いのですが、付いて行くわけにもいきません。仕方ありませんが、せめて私は付いて行かずに学園祭を回るですよ。

 

「――やっ――変だな――」

 

 長谷川さん? 何を呟いているのでしょうか。まさか彼女がのどかの事を心配してくれる、と言うのは考え難いです。神妙な顔付きからして何か不安な事でも? 学園祭で長谷川さん達『管理者』が何か行っていると言う事は聞き及んでいません。

 もっともクラスの手伝いと言う事もないでしょうから、至極個人的な事や不測の事態? それでしたらもっと慌てた様子でしょうか。直接、聞いてみるのが良いかも知れません。

 

「あの、長谷川さん?」

「――綾瀬!? お前まだ居たのか」

「ずっとブツブツと呟いていたのですが、何か問題でも?」

「あ、いや。念話してただけだ」

「念話ですか? ……ともかく、のどか達は行ってしまったので、私も何処かへ行こうと思います」

「そうか。まぁ、気をつけろよ」

「え、えぇ。ありがとうございます」

 

 気をつけろ。ですか。それはつまり何か起きている。いえ、起こりえる可能性がある。そう考えたほうが自然なのかもしれません。何かに警戒、あるいは対応中でしょうか。

 しかし困りましたね。のどかはネギ先生と一緒に居るので大丈夫だと思うのですが、あぁ、ハルナものどかを追いかけている以上何とかなるでしょう。神楽坂さんや桜咲さん達とも一緒ですからね。

 

 そうなると、一人で居る事は危険かもしれません。失敗しましたね。何が起きて、何が危険だと言うのか確認しそびれました。これだけの人の山の中です。単純に何かが起きて居たとしても、確認のしようもありません。

 

 最も無難なのは魔法関係者に合流、あるいは『学園関係者』に頼るのが良いのかもしれません。あぁ、いけません。大分主目的から離れてしまいましたね。のどかのせっかくのデートだと言うのに。ともあれ、確実に情報が望める職員室か学園長室にでも向かってみるべきでしょうか。

 

「でも、頑張るですよのどか。ネギ先生との――あう!?」

「おぉっと?」

 

 しまったです。ついつい考えすぎて前方不注意になっていました。何はともあれまずは謝罪を。相手次第ですが、声の質からしてお年をめいた方。温和な雰囲気の方である事からして、おそらくトラブルになったりはしないでしょう。

 

「すみません。余所見をしていました」

「いやいやお嬢さん。こちらこそ失礼したね。怪我は無いかい?」

 

 やはり、と言うべきでしょうか。老人と言うには失礼にあたりますね。それでも大分お年をめいた紳士です。外国の方でしょうか、身長も高くがっしりとした体付き。私が押し飛ばされなかっただけ良かったと言うところでしょう。

 それにしても、黒い帽子にコートですか。もう、六月半ばを過ぎた頃だというのに……。

 

「おや、お嬢さんはもしかして魔法使いかね?」

「えっ!?」

 

 なっ、この方は何を突然? 魔法使いの存在は公然ではありません。それも秘匿する部類のもの。それをこう大っぴらに言い出すとは。この方はいったい……? 要警戒でしょうか?

 

「この学校は面白い所だ。こんなにも仮装した姿。真の己では無い者が溢れている。これでは誰がどんな人間なのかサッパリ分からないと思わないかね? 何を隠そう私も紳士ぶっているが、せっかくなので仮装してみたのだよ。似合うかね? はっはっは」

 

 何が、言いたいのでしょうか。とても回りくどい方です。大仰なしぐさは海外の方の特徴ですが、あえて魔法使いと言い出すあたり、いえ、考えすぎでしょうか。真実今の私は、ハロウィン系の仮装に黒いマント姿です。魔法使いと言われても仮装と言い張れば良いだけの事です。

 

「はい。そう、ですね。良く似合っていると思うです」

「しかしそのマントの下。黒い杖は本物ではないのかね?」

「――っ!?」

 

 思わず、喉から声が出かけました。慌ててそれを飲み込みます。喉が、渇きますね。この方は鎌を掛けているのではなく、確信して問いかけていたと言うことでしょうか。一体何故? 何が目的で私を?

 そうです。何故私の様な、言ってみれば小物に当たる者を? この方が魔法関係者ならばもっと大きな力を持つ方や、重要な位置に居る『学園関係者』へのアプローチが自然と考えられます。

 危険と判断するべきでしょうか。マントは都合が良かったですね、腰に備え付けたホルダーに手を当てて、魔法発動体の杖を握っておきましょう。

 

「これは失敬。私は若者の才能を見るのが趣味でね。ついからかってしまったよ。許してもらえないかな? 勇敢なお嬢さん」

「本当、ですか?」

 

 相手は本当の事を言うとは限らない。そうですよね、エヴァンジェリンさん。

 

「うーむ、困ったな。警戒させるつもりはなかったのだが。そうだな、あちらの女性でも同席すれば安心かね?」

 

 あちら? 誘導でしょうか。仲間かもしれませんし敵かもしれません。いずれにしろこれ以上、この老紳士と一緒に居るのは危険であるとしか思えません。

 

「……戦いの歌」

 

 小さく呟いて身体強化の魔法を唱えます。これで常人とはかけ離れた動きが出来るです。このまま一気に逃げるとしましょう。人を隠すには人の中。小柄な私は目視では捕まえ難い。ある程度離れたら魔法を解除して、やはり誰かと合流すべきでしょうね。

 

「おぉ。これは参った。すっかり警戒されてしまったな」

 

 

 

「……はぁ……はぁ」

 

 もう、大丈夫でしょうか? そろそろ息が辛くなってきたのですが、もう大分離れたと思います。追って来るような魔力の気配もありません。

 しかし何だったのでしょうか。もしかして、冷静に考えたら単純に私が知らない『学園関係者』だったのではないでしょうか。これはうかつな事をしたかもしれません。後でネギ先生かシルヴィア先生に確認をして――。

 

「あっ!?」

 

 しまった、また誰かとぶつかったです。まさか、先ほどの老紳士が先回りして!?

 

「きゃ、ごめんなさい。って、夕映ちゃん?」

「シルヴィア先生!? はぁ……。良かったです」

 

 良かった。ひとまず魔法関係者と合流できました。これで先ほどの事も確認できます。

 

「良かったって、どうかしたの夕映ちゃん?」

「実はつい先ほど、見た事が無い老紳士の方に会って、突然魔法使いではないかと尋ねられたのです。危機感を感じて慌てて逃げたのですが、もしかして『学園関係者』だったのでしょうか?」

「え、老紳士?」

 

 シルヴィア先生の悩むような口調に仕草。これは……逃げてきて正解だったかもしれません

 

「夕映ちゃん。その話し詳しく聞いて良いかな? ちょっとその辺の喫茶店にでも入らない?」

「はいです」

 

 

 

「はい、夕映ちゃん。少し甘めに入れてもらってきたから、落ち着くと思うよ」

「ありがとうございます」

 

 カフェチェーン店ですね。学園では割とポピュラーなので、利用者も多いテラスの席です。ここならば何かが起きたとしても、直ぐに確認も逃走もしやすいと言うところでしょうか。

 

 ……ふぅ。一口二口と飲みこんで、やはり甘いものは落ち着きますか。

 

「大丈夫?」

「はい。ご迷惑おかけしたです。それにしても分かる相手には分かってしまうのですね」

「そうだね。魔力を隠す練習をした方が良いかな? あと一般人の振りの練習だね」

「魔法を学んだら学んだで、今度は一般人の振りを学ぶというのは、何だか理不尽な気がします」

「それは仕方ないね~。どんな人でも通る道だよ」

 

 一般人から外れたら今度は一般人の振りが必要ですか。魔法を秘匿すると言うのもなかなか難しいものなのですね。クーフェさんなども一目で武術かと分かる動作ですし、ネギ先生も漏れ出る魔力が特徴的です。もしかして私も、何か知らずに一般人らしからぬ行動をしているのかもしれませんね。

 

「もしかして、侵入者かもしれない」

「え、どう言う事です?」

 

 先程の方が侵入者ですか? 『管理者』たるシルヴィア先生が知らないと言う事は、その可能性が高いと言う事でしょうか。それとも、何か心当たりが?

 

「ちょっとある人からね、学園祭中に外部の魔法関係者が潜入してくる可能性があるって聞いてるんだ。ねぇ夕映ちゃん、今日はこのまま私と居た方が良いかもしれないよ」

「そ、そうだったのですか。必死で逃げてきたのは正解でしたね」

 

 しかし、ある人。ですか。まだまだ私の知らない人が学園内に居ると言う事ですね。

 

「あれ、夕映さん? シルヴィア先生もこんな所で何してるんですか?」

「あ、ネギ先生。良く眠れた? 超ちゃんが起こしてくれるって言ってたんだけどね」

「ネギ先生!? 貴方は今、のどかとデートしてるはずでは! 何をしてるですか!?」

 

 ……えっ? ちょっと待ってください。ネギ先生は超さんのところで寝ていた? あ、いえ。待つです落ち着くのですよ。シルヴィア先生の保健室で、と考えたほうが自然ですが、しかし寝て?

 違います、そんな事よりのどかです。なぜ放っておいてあなたがここに居るのですか。

 

「ちょ、ちょっと待って。ネギくん、のどかちゃん捨ててきたの!?」

 

 捨て、た? 今何と言いましたか? 一瞬頭が理解する事を拒否したですよ。のどかを、ネギ先生は振った、のですか? のどか……。良いでしょう。それなら――。

 

「ネギ先生、良い度胸です。こうなったらのどかの仇を討つとしましょう。私と戦いなさい! 今度は最初から手加減無しです!」

「ちち、違います! ちゃんとデートしました! その、今ここに居る僕は三回目で!」

「ネギくん。三回もデートしたの?」

「そんなに!? のどかを放って誰としたですか!?」

「ち、違います! その、これのおかげです。超さんに貸してもらったタイムマシンです!」

 

 た、タイムマシンですか? なんという非現実的な。いえ、魔法も十分そうなのですが、ありえるのでしょうか。いくら麻帆良学園が世間よりも数世代先に進んだ科学技術を保有していると言っても限界があります。

 確かに超さんや葉加瀬さんの研究は、群を抜いていると思うのですが、それでも……。

 

「そっか。超ちゃんが言うのなら本当なんだろうね。私もびっくりする話を聞いたばかりだし」

「え、超さんが!? 何を言ったんですか?」

「それは秘密。ちゃんと本人から聞かないとダメだよ?」

「は、はい……」

 

 シルヴィア先生は何か超さんから聞き及んでいるのでしょうか。可能性としては考えられなくもないですね。学園の事全てと言うわけではないでしょうが、ある程度把握している節はあります。

 何より超さんと葉加瀬さんの製作した茶々丸さんが居るのですから、ある程度の技術の提供を受けていると考える方が自然なのかもしれません。

 

 それはともかく、のどかの事は私達の早とちりでしたか。いけません、ついついのどかがの必死な様子を思い浮かべたら、熱くなり過ぎてしまいました。きちんと謝らなくては。

 

「すみませんです、ネギ先生。無闇に疑ってしまって。恥ずかしい限りです」

「私もごめんねネギくん。慌てて変な事言っちゃったよね」

「いいえ。僕も疑われる様な行動をしてしまって、その、すみませんでした」

「ところでネギ先生。一つだけ聞かせてください。のどかとのデートは、上手くいったのですか?」

 

 やはり、これが一番気になりますね。今その最中だと言うのに、すでに終わったネギ先生がここに居るのですから。

 

「それが、途中でまた大変な事になっちゃって――」

「それはまぁいつもの事です。楽しく回れたですか?」

「は、ハイ。楽しく回れたと、思います」

「そうですか。それだけ聞ければ満足です」

 

 その言葉を聴いて思わず笑みが零れました。本当に、良かったです。

 

「ところでその、こんな事相談できる人が居なくて。お二人に聞いても良いでしょうか?」

「え、どんな相談? 私に出来る事なら大丈夫だよ?」

「私も大丈夫です。何があったのでしょうか?」

「実はのどかさんに、もう一度『大好きです』って言われて、キスもされちゃったんです」

「「えぇ!?」」

「それで、これからどんな顔をして会えば良いのか。それに、女の人を好きになるって良く分からなくて……。でも、ちゃんと返事しないといけないって思うんです」

「そ、それは……」

 

 の、のどかがですか? あの奥手ののどかが。これはまた、随分と変わってきたのですね。しかし、ここはのどかのためです。勇気を振り絞ったはずです。どちらであってもきちんと答えて貰わないと困るですよ。

 

「僕……先生と修行の事で精一杯で、他の事までは――」

「ネギ先生。私は、のどかの事を真剣に考えて返事をするべきだと思います。確かに教師と生徒と言う立場もありますが、のどかの気持ちを忘れないで貰いたいのです」

「のどかさんの……。気持ちですか」

「ごめんね夕映ちゃん。私はちょっと違うと思うんだ?」

「え!?」

「そ、それはのどかに、諦めろと言う事ですか?」

 

 シルヴィア先生はのどかとネギ先生の間は反対なのでしょうか?

 確かに、生徒と教師では有りますが……。

 

「違うよ。そう言う事じゃないの。ネギくんはさ、マギステル・マギを目指してるんだよね? それも、人々から尊敬を集めて、口伝で伝わる立派な魔法使いって言われる。でもそれは人助けをしたりするだけじゃない。ナギさんの様に戦争を経験する事もあるかもしれない。悲惨な運命に巻き込む事があるかもしれない。そんな時でもちゃんと守れて、一緒に歩いていける覚悟がお互いにあるのかな?」

「そんな、戦争だなんて!」

「無いとは言い切れないでしょ? 私だってそういう所を見てきたよ?」

「で、でも!」

 

 戦争、ですか? それは一般的な国と国との戦争でしょうか。魔法使いの戦争というものはいまいちピンと来ませんが、ネギ先生とのどかの進む道にそれがあると言う事なのでしょうか。

 しかしそれはあまりにも突拍子も無い、机上の空論に聞こえるです。そう考えると、例え話でしょうか。ネギ先生は何があったとしてものどかを守れて、のどかがそれに付いて支える覚悟が出来ていないと?

 

「きっとね、今はそこまで考えて無いと思う。でも本気なら良いんじゃないかな? だからネギくんは今ここで一人で答えを出すんじゃなくて、のどかちゃんと答えを出さないとね? あと明日菜ちゃんも仮契約者なんだから、ちゃんと話をしないとダメだよ?」

「アスナさんも? そう、ですね。僕がパートナーにってお願いしたんですから、ちゃんと考えないとダメですよね」

「今日明日に決めるほど簡単な事でも無いからね? それはすごく悩む事だと思う。時間が足りない時は、エヴァちゃんの別荘を借りて考え込んだって良いんだよ? だからちゃんと、ネギくん達の答えを出そうね」

 

 そうでした。明日菜さんという強敵も居たのですね。他には……、委員長さんやまき絵さん、もしかしたらクーフェさんや楓さんも怪しいかもしれません。

 あれ? もしかしなくてもライバルだらけではないでしょうか。こ、これはまずいです。

 

「ネギ先生。どうか、ど~~か、のどかの事よろしくお願いするです」

「はい! 頑張って考えてみます!」

 

 ちょっと吹っ切れたですか? 良い傾向ですが、なるべく結論は早くお願いするですよ。ネギ先生とキスをした相手はまだ二人だけなのですし、のどかだって何とかなるはずです。それに好意はあるはず。

 後は、のどか自身ですか。シルヴィア先生が言うよう、魔法使いとしてのこの先を見つめないと言う事ですね。今度のどかと話をしてみるとしましょうか。



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第61話 学園祭(1日目) ちうさまナイトフィーバー

 そう言えば、最後にちうのホームページの更新をしたのはいつだったかな。巡回は忘れてねぇけど更新はやめますって言ったのはシルヴィア達に出会ってから一年くらいか? 少なくとも中学入る前には止めたな。身体もダイオラマ球で修行した結果、身長も中高生に近い感じまで伸びたから、小学生高学年つっても、かなり怪しくなってたんだよな。

 

「ん~。……こんなもんか」

 

 真面目にメイク道具持ち出して、しっかり鏡見てコスやるのもホント久しぶりだ。まぁ、神楽坂のコスプレしたような気もするけどな。アレはノーカウントだ。なんか、このまま捨てちまうのが勿体無くなって来たな。写真……とるか? けどなぁ、今後成長しないんだしバレバレになってもなぁ。

 とりあえずこれで終わりっと。最後に、黒いつば広のゴシロリ帽子をかぶって完成だな。

 

「オッケー! 今日もちうは綺麗だぴょーん♪」

 

 …………なんてな。ちょっくらその気になっちまった。これを本気でやってた日もあったな。まさかこんなに懐かしく思う時が来るなんて思わなかったよ。スカートの端つまんで、一回りしてポーズなんて付けたりしてな。

 

「オヤ、ちうたん絶好調じゃないカ? それでこそ優勝候補ネ♪」

「は……?」

 

 目元にピースサインを当てた所で、”何か”が視界に入って絶句した。

 

「…………超!? いつから見てた!?」

「それは千雨さんの名誉の為に、聞かない方が良いと思うヨ」

 

 まさか最初からか!? やっべぇ死にてぇ。つーか、こいつどこから入った。

 

「鍵かけてたよな? お前どこから来た」

「まさかそんな言葉が出てくるとはネ! この超天才科学者に不可能は無いヨ!?」

 

 そんな事誇らしげに言うんじゃねぇよ。偉そうにしてもただの覗きじゃねぇか。誤魔化す気満々だな。脅したところで何も言いそうにねぇし、真面目に聞くだけ無駄か。

 

「で? 何の用だ」

「意外と打たれ強くなたネ♪ それはともかく予定が変わて、龍宮神社でやる事になたヨ。そのお知らせネ。早目に入ると目立たなくて良いかもしれないヨ」

「何でだ? わざわざそんな事を知らせに来たのか?」

「いけなかたカ? ついでにこれも渡しておくヨ」

 

 いや変更になったって言うなら、知らせに来てくれたのは、歩き回らなくてありがたいんだが。妙にサービス良いな。てかチケット?

 何のチケットだよ、『まほら武道会入場券・アリーナ席』?

 

「なんだこれ?」

「シルヴィアさん達に渡すと良いネ」

「ふーん。気前が良いな? 何か企んでるのか?」

「純粋に楽しんで欲しいだけだヨ♪ シルヴィアさんにも楽しみにしていて欲しいと伝えたネ。それじゃまた会場で会おうカ」

 

 何か、妙に笑顔が気になるな。何だったんだ。怪しくしてるから疑ってくれって言ってるように見えるぞ。まぁ、貰ったものはしょうがないし、とりあえず念話してみっか。

 

(シルヴィア。聞こえるか?)

(千雨ちゃん? どうかしたの?)

(いま超のヤツに会って、武道会の入場チケット貰ったんだけどよ、どこに居るんだ?)

(カフェのテラス席だよ。夕映ちゃんも居るけどチケット二枚あるかな?)

(あぁ、数枚ある。綾瀬のヤツも見に来るのか?)

(ちょっとね。侵入者らしい老紳士に出会って、目を付けられた可能性があるの。だから今日は一緒に居た方が良いって伝えたんだ)

 

 侵入者って、まさか分かれたあの後か? ネギ先生はあんなだったし、初日から波乱ばかりだな。シルヴィアと偶然出会って何とかなったのか? それにしてもよく無事だったな綾瀬のヤツ。

 

(エヴァちゃんの修行のおかげで助かったみたいだよ。取りあえず合流する?)

(待ってくれ、場所が龍宮神社に変更になったらしい。電車移動だし先に行っててくれよ)

(分かったよ。また後でね)

 

 それにしてもおかしくねぇか? 学園結界も無反応で、シルヴィアも麻衣も気付かねぇってどういう事だ? いや、麻衣のヤツはあんなんだし、見逃しててもおかしくねぇか。どうも酔ってるみたいだったから、あまり当てにし過ぎてもマズそうだな。

 でもまぁ、例の悪魔だったなら狙いは先生だろうし。武道会場で会うかもしれねぇな。

 

 

 

「て言うかやたら広いな。それにこの人数はねーだろ。百人以上居るんじゃねぇか?」

「うーん、お金に目がくらんじゃったのかな? でも一般人ばかりだから多分無理だね~」

 

 超のヤツ、無茶しやがって。予選会場は龍宮神社の前。随分と奮発したのか、舞台が九つも並んでやがる。その上M&Aしたせいか、優勝賞金が一千万円になってて、賞金目当てで人数がかなり増えてるぞ。

 

「あの、長谷川さん、ですよね? その服は? 普段とあまりにも違うのでは?」

「綾瀬。とりあえず名前呼ぶな。認識阻害を組み込んだ魔法衣で別人って思わせてる」

「そ、そうですか。一瞬疑問に思ったのはそのせいだったのですね」

 

 まぁバレなけれりゃ何だって良いんだけどよ。これが一番変装しやすかったって言うか、神楽坂の真似もごめんだからな。

 

「そう言えば侵入者は探さなくて良いのか?」

「多分ここに居るんじゃないかな? 狙いがネギくんなら、だけどね」

「またネギ先生なのですか? シルヴィア先生が先程、のどかが隣を歩く危険性を説いていたのは、こういう危険があると言う事なのですね」

 

 どう言う事だ。もしかして宮崎のヤツ、あれからネギ先生に真面目に告り直したって事か? て事は先生まさかOKしたのか? そうするとメインヒロインの座か。神楽坂かと思ってたんだが……。 まさか、三角関係とか発展しねぇよな?

 

「とにかく一千万だぜ兄貴! 高畑先生ぶちのめせー!」

「か、カモ君。そんなに簡単にいかないよ」

「何ゆーてんのや! 強そうなんが集まって来ておもろなって来たやないか!」

 

 気楽だなぁオイ。良いのかそれで。まぁ、取りあえず無視するけどよ。そっちに気遣ってる場合じゃねーからな。構った所で、どうせまた碌でもない事になるんだろ?

 

「そろそろ始まるみたいだね。神社の方がライトアップされてるよ」

「て事はもう開始か……って朝倉? あいつ何してんだ」

「本当ですね。しかもコンパニオンのような格好までして。司会か人寄せでしょうか?」

 

 ふーん、今時ボディコンとか時代が古すぎるぞ朝倉。トータルネックにノースリーブのミニスカワンピか。まぁコンパニオンなんだろうが、この人数の中で一人だけその格好って所はすげーな。

 あとは、超包子の腕章? それに陰陽師とかが使ってる勾玉みたいなのを模した白黒イヤリングか。

 

「何か凝ってるな?」

「やっぱり司会なんじゃないかな?」

「その様ですね。超包子なら、超さんも来るのではないでしょうか?」

 

『ようこそ、復活した『まほら武道会』へ! 突然の変更にも拘らずこれだけの人数が集まってくれた事に感謝します!』

 

 やっぱアイツは司会か。それにしても随分とやる気になってやがるな。周囲の歓声も凄いし、金が掛かってる分勢いが有るって事か? 

 

「だからってなぁ、最初から仕組んでたくせによく言うぜ」

「そうなのですか?」

「うん、大分前から大会を大きくするつもりだったみたいでね。あ、超ちゃん出てきたよ」

 

 ちょうど朝倉の後ろだな、神社の正門のから超が出てくる。超は朝倉みたいな派手な服じゃなくて、生地の質が良い振袖の付いた、ロングスカートの中国風ドレスを着てる。

 

『私が、この大会を復活させた理由は、ただ一つネ。表の世界、裏の世界を問わず、学園最強を見たい。それだけネ♪』

 

 随分もったいぶって話すな。てか裏とか言うんじゃねーよ。一般人居るんだからよ。

 

『二十数年前まで! この大会は裏の者が力を競い合う伝統的大会だたヨ! しかし! 個人用カメラなどの記録機器の普及により、使い手は自粛。大会も形骸化していたネ! だが私は! ここに最盛期の『まほら武道会』を復活させるネ!』

 

 観衆を乗せるのがうまいな。要所で区切りながら必要なところは力を入れて煽ってやがる。どうにもこの大会の実力者に注目を集めたいって感じか。周りもテンション上がりまくってるし、興奮状態になってるヤツもいるな。

 

「超がそう言うって事は、裏の達人がここに居るって事か?」

「うーん。見た感じ3-A関係者が一番裏っぽいんだよねぇ」

「既にそうなっていると思うと、なんだか不思議な感じがするです」

「あんま気にすんなよ。とりあえず知ってる相手ばかりだな。体術だけなら何とかなるか? あ、いや優勝する気はまったく無いんだけどよ。目立ちたくねぇし」

「でもきっと何かあると思うよ? そうじゃないとわざわざここまでする意味が無いからね」

 

『大会では、殺傷力を有する飛び道具、及び刃物は使用禁止! そして! ”呪文詠唱”の禁止! この二点を守ればいかなる技を使用してもOKネ!』

 

「はぁ? 呪文とか言ってんじゃねぇよ、何考えてんだ!」

「確かにそうですね。この場に居る全員を巻き込めば大事になりますし……」

 

 マズイか? 魔法関係者っぽい連中からどよめきが出てるな。今ので確実に超は目を付けられてる。何考えてるんだアイツ。ネギ先生たちもチョット困惑してるって所か。でも何でだ? 格闘大会でそんな事言う意味ねぇぞ?

 

「もしかして、超ちゃんにとってこれが世界と戦うって事なのかな?」

「何だそれ? 超のヤツ何か言ってたのか?」

「うん、ちょっと色々あってね、後でみんなに話すよ」

 

『案ずる事無いヨ。大会中は電子的措置にてジャミングをかけるネ。携帯やカメラ機器での映像記録は不可能だヨ』

 

「そういえばそんな事言ってたな。だったらわざわざ裏とか言う必要ねぇよな?」

「そうだね~。あ、でも茶々丸ちゃんは録画できるって言ったし、やっぱり何かおかしいね。千雨ちゃん、なるべく派手な事はしない方が良いかもしれないよ」

「最初からそのつもりだ。とりあえず行って来るよ」

「うん。私達は全体が見渡せる神社側に居るよ。頑張ってね」

「まぁ、程々にな……」

 

 

 

 予選はくじ引きなのか。二十人中二人残りのバトルロイヤルねぇ。いきなり高畑先生とか当たんねぇよな? 体術だけでやるとか冗談じゃねぇぞ。

 

「あれ? 千雨さん、ですよね?」

「…………なん、ですか。ネギ先生。頼むから話しかけないでください」

「やっぱり! タカミチだけでも大変だって思ってたのに、龍宮隊長や長瀬さんにくー老師まで出てきちゃって! こんなの無理ですよー!」

 

 いや先生、そんな涙目になってももう遅いだろ。しかもこれに参加しなかったら悪魔が来るんだぞ?

裏で来ない様に対策したフロウに、ちょっとは感謝して欲しい所なんだがな?

 そういえば侵入者は来てたんだったか? 結局は先生が居たら同じって事なのか。

 

『そうそう、この大会が形骸化する前の最後の大会の優勝者は、当時フラリと現れた異国の子供。ナギ・スプリングフィールドと名乗る十歳の少年だたヨ♪』

 

「父さんが……?」

 

 ……あぁなるほど、超のヤツは先生に何か期待してるって事か。明らかに先生に目線を送って、意味深な口調でしゃべってやがる。

 先生は……あー、こりゃ明らかに目に火がついてるな。親父さんのたどった道のシナリオってヤツにまんまと乗ってやがる。つーか、何で超のヤツまで先生に執着するんだ? シルヴィアが何か聞いたって言ってたな。後でそれで分かるか。

 

「千雨さん! 僕、頑張ります!」

「え? あ、あぁ、頑張れ」

「はい!」

「おう! 当然やな!」

 

 何だこれ? どこのコメディだよ。しかも失笑ものじゃねぇか。

 

『くじ引きにより二十名が揃った舞台から予選開始です! 定員の百六十名に達するギリギリまで参加をお待ちしています! 強者の皆さん! 奮ってご参加を!』

 

 ふーん。とりあえずくじ引くか。それにしても朝倉は何で超に協力してんだ? 前みたいに好奇心だけで突っ込んだのか? それとも報酬でも貰ってるか? 魔法をばらすのはヤバイって知ってるはずだよな。石化魔法の余波喰らってんだし。

 いくらなんでも回り巻き込んで広めようとか思ってねぇよな。一般人がどれほど魔法に対して抵抗出来ないかって、さすがに分かってんだろ。

 

「さてと……。くじはF組で第五試合会場。ってどれだ?」

「おや、千雨君? で、良いんだよね?」

「た、高畑先生!?」

「同じくF組みたいだね。よろしく頼むよ」

「マジですか……」

 

 いきなり当たってんじゃねーか! まさか三人目はいねぇよな。居たら泣くぞマジで!

 くっそ、もう何かありえねぇぞ今日の不幸レベル。フラグが見えるんだったら、神楽坂のハリセンでブチ折りたくなるな。

 周りは……。一般人っぽいな。私と高畑先生以外は雑魚って考えて良いよな? ダークホースとか居たら泣くぞマジで。二回目とか言うなよ!?

 

「それじゃ始めるよ。フロウさんから聞いてるからね。千雨君は本戦に絶対に残してくれって。この場に第三者が居なくて良かったよ」

「なっ!? 高畑先生、いつの間にそんな事言われてたんですか?」

「そうだね、何日も前の話しだよ。それにしても可愛らしいね。黒が好きなのかい?」

「ハハ……。ありがとうございます。ただ、エヴァに無理やりデザイン変えられたので、好きかって言われると微妙ですけどね。自分で選んでませんから」

「ははは。相変わらず強引なんだね」

 

 他のステージは……。やっぱ一般人っぽいのが多いな、それでもちらほらと武術やってそうなヤツがいるか。古とか長瀬とかは置いといて、各部活動の主将とかも出てるんだろうな。

 

「――がっ!?」

「うっ!」

 

 何だ!? いきなり周囲のやつが倒れたぞ。どこかから攻撃? 落ち着け、このステージは高畑先生以外にまともに相手になるヤツはいないはず……。って、先生か!?

 何してんだコレ。ポケットに拳を入れたまま立ってるだけ? 違うな、気を使ってる。一瞬拳を引き抜いて気を乗せた衝撃波?

 

「それ先生の技ですか? ポケットに手を突っ込んだまま攻撃って、どこの暗殺術ですか?」

「いやいや、そんなんじゃないよ。見せた事なかったかな?」

「ええ。無いですね」

 

 それにしてもよくコレで狙いが付けられるな。狙った様に、顎とか足元を打ち抜いてる。さすがの戦闘経験と、前線のエキスパートって所か。

 

「ところで千雨君。ネギ君は君から見てどう見えるかな?」

「え、私からですか? ネギ先生の事、気にかけてるんですね」

「それは勿論だよ。僕の憧れの人の息子だし、結構楽しみだったりするんだ。ははは、年甲斐もないこと言っちゃったかな」

「いえ、そんな事はないです」

 

 ふーん。高畑先生って、意外とバトルマニアだったんだな。たしかネギ先生の親父さんと同じ団体に居たって言ってたな。

 もしかして父親みたいな気持ちになってんのか? しかし先生がどうかって言われてもなぁ。トラブル体質しか印象にねーし。良い所か……どこか有ったか? まぁ、根性はあるよな。粘り強えぇし。頭も良いし飲み込みも良いんだっけか。けどなぁ、周りに何かしら騒動を呼び込む体質が、結構台無しにしてるよなぁ。

 あぁでも、夕方のアレは凄かったな。……マテよ、それって素の先生ダメダメって事じゃねぇか。頭使わないでカンとかで動いた方が良いって、色んな意味でダメだぞそれ。なんて言うかな、良い所良い所……。

 

「そうですね。頭も良いし飲み込みも早いんですけど、逆にちょっとカンで動くような、理屈じゃなくて、経験とか直感で動くレベル到達したら、かなり凄いかもしれませんね。実は、ネギ先生は夕方に酔わされてしまって、その時に無意識で流麗な中国拳法を見せたり、今まであまり成功しなかった虚空瞬動を成功させてましたよ。少し理性のタガが外れてる方が強いみたいです」

 

 こんなところか? きっとネギ先生って頭良すぎて、思考で自分の動きを阻害してるタイプだよな。経験積んでカンで動けたら凄い事になりそうなんだが。

 ……なんか、それってある意味あのラカンとか言う人みたいになる気がしてきた。やっぱ先生は真面目にやったほうが良い気がする。

 

「へぇ、それは意外だね。飲める年になったら一緒に飲んでみたいな」

「まだ十歳ですよ? それにしても先生ホント余裕ですね。バトルロイヤルしてると思えませんよ」

「そうかい? でもほら、相手は残ってるよ?」

 

 残ってる? どこをどう見ても満身創痍だらけだぞ。まぁ、必死に抵抗してるヤツも居るみてぇだが時間の問題だな。ってなんだ、こっち来たけどやるつもりか?

 

「く、くそ! 高畑にはかなわねぇが、女子生徒に負けるわけにはいかねぇ!」

「はぁ。悪いがあんたじゃ話しになんねぇよ」

「何だって!」

 

 やべ、露骨に言いすぎたか。ちょっと目が血走ってるな。相手は……両手で構えてボクシングか、ムエタイみたいなタイプか? 悪いけど遅いな。

 右手からの攻撃は、身体の軸をずらして回避。そのまま畳んだ日傘に魔力を纏わして、足に軽く掛けてっと。よし、転んだ。どうすっかな、このまま押さえ付けても良いんだが、ずっと押さえてるのもなぁ。

 

「ぐあ! たまたま引っかかっただけだ!」

「しつけーな。何度でも転ばせてやるよ」

 

 やっぱ簡単に諦めねぇか。金かかってるからか? こういうのが出るからあまり金は出すんじゃねぇよ。てか、何度転ばせても、繰り返し起き上がってくるな。そろそろ体力も無くなって来るだろ?

 

『おーっと、番狂わせかー!? ゴスロリ少女が屈強な男性を手玉にとっているー!』

 

 おい朝倉、わざとらしく目立たせてんじゃねぇよ。そんな解説いらねーから、余所の試合実況してろよ。何か周りの注目が集まってるじゃねぇか!

 はっ、もしかして罠か!? それともまた何か不幸フラグか? いつの間にか高畑先生が倒した集団の中に、一人で立ってる状態になってんじゃんねぇか。

 

『それもそのはず! 知る人ぞ知る、あのネットアイドルちうたんだー!』

 

「「「ちうたぁぁぁぁん!」」」

「「ちうさまーーー!」」

 

 うっせぇぇ! 何だコレ、サクラか!? サクラだよな? じゃなかったらもう泣いて良いよな!? あ、こらそこのカメコ撮ろうとしてんじゃねぇ!

 嘘だろ? てかなんで朝倉は私のHN知ってんだ。まさか、超か? あいつ本当に登録ネームをちうたんにしたのか?

 

 あ、てかカメラ撮られてんのか? 怒った顔ってマズイよな? 撮ってる……のか?

 

「ちうたーん! こっち向いてー!」

「HP更新してくれー!」

 

 ぐはっ!? ガチで住人かよ! こ、ここはニッコリ笑って答えるべきか? いやダメだ、どうしても顔が引きつっちまう。

 

「大人気じゃないか。驚いたよ」

「い、いや、これはその。朝倉が勝手に……」

「ぐあぁぁっ! ちうさまに負けるなら本望! ぐふっ!」

「なんだそりゃぁ!? どこのラスボスだお前!」

 

『決まったぁぁ! F組の勝者はコスプレイヤーちうたんと、デスメガネ高畑先生だー!』

 

「朝倉! お前もか!?」

「ずいぶん仲が良さそうだね」

「い、いや! 仲良く、したくないです……」

 

 本名呼ばれなかっただけマシなのか? まさか今からでも神楽坂の真似した方が良いのか!?

とにかく認識疎外使って逃げるか。……探すんじゃねぇぞ? いや、マジで。探さないでください。




 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。


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第62話 学園祭(1日目) 予選終了。本戦に向けて

「シルヴィア先生~、夕映~、こんばんは~」

「こんばんはです」

「こんばんは木乃香ちゃん。あれ、刹那ちゃんは?」

「超さんの事が気になるから、参加して様子見るゆーてました」

「そうなんだ? それにしても3-A関係者だらけだね」

 

 ざっと見た感じ、本当に知り合いだけで本戦になりそうだね。でもきっとネギくんを狙った侵入者がどこかに居るはずだし、夕映ちゃんに確認してもらおうかな。こっちに気付かれても困るから、とりあえず結界を作っておいた方が良いね。

 まずウェストポーチからから一つ目。魔力漏れ防止の結界を作るための媒体。それから二つ目、これは通じるか怪しいけれど、認識阻害の結界のための媒体。

 私達が立っている場所を大き目に一回りさせて円で閉じる。そのまま魔力を通して……うん、完成かな。

 

「今のは何をしたのです?」

「こっちに気付かれない様にしようと思ってね。夕映ちゃん、選手の中に例の人は居るかな?」

「なるほど。そういう事ですか」

「何かあったん?」

「うん、ちょっと外部の魔法使いが入り込んでるみたいでね。木乃香ちゃんも注意してね?」

「そうなん? 分かったで~」

「それじゃ目で追って探してもらえるかな? 多分こっちには気付かれないと思うんだけど、あまり凝視しちゃうと良くないと思う」

「はいです」

 

 それにしても穏やかじゃないね。いきなり魔法使いって相手に聞くものじゃないし、外部の人間なら尚更。麻帆良が魔法使いの隠れ場所になってるのは、裏側の世界では公然の事実。

 だからって、あからさまに問いかけてくるのはマナー違反。何を考えてたんだろうその人。

 

「難しいですね。あまりに人が多くて……」

「ゆっくりで良いよ。居ないならそれでも良いからね」

「はいです」

 

 結構真剣な表情だね。声も硬いし、それだけ夕映ちゃんも危機感を感じたって事なのかな。

 

「すみません、見つかりませんでした。しかし、やたらと屈強な男性が多いですね。それでも一般人でしょうか。やはりと言うか古菲さんが目立ちますね」

「古ちゃんは秋のウルティマホラチャンピオンだからね」

「そやね。でっかい人が空飛んでるんは、なかなか見れへんよ」

 

 クーちゃんは中国武術研究会の部長を務めてるし、魔法を知らない一般人としてはかなり上位に入る部類。中学生の女の子が到達している域としては、ありえないと思うんだけどね。そこはまぁ、A組だからって言われちゃったらそこまでだけど。

 それはともかく、気も魔力も一切使えないのに、体術だけで大の大人が舞台の外まで飛んでいくのは豪快だね。もし裏側に関わる事があったら、タカミチくんクラスになれるかもしれない。

 

 後目立っているのは、明日菜ちゃんと刹那ちゃん。そしてネギくんと小太郎くんだね。一般人じゃまず相手にならないし、中武研みたいに有名な部活動に所属しているわけじゃないから、注目の的になってる。和美ちゃんもこぞってアナウンスしてるし、どうしても目立つね。

 

 いまは格闘だけで凌げるレベルだけれど、この子達同士が当たったらそうはいかない。目立っちゃった分、どうしても注目されるから、魔法っぽいのは使わないでなるべく隠して欲しいところなんだけれど……。

 でも超ちゃんは、魔法を使うってあからさまに宣伝してたんだよね。魔法関係者から見たらひやひやしただろうし。それに実況もわざと注目させるような不自然な話し方。超ちゃんの狙いを確かめて、もう一度話をしてみないとだめかな?

 

『おーっと、番狂わせかー!? ゴスロリ少女が屈強な男性を手玉にとっているー!』

 

 千雨ちゃんの試合? ネギくんたちに注目してた視線が移動してる。何か嫌な予感が……。

 

「長谷川さん、ですよね? 何だかすごい顔をして睨んでますが……」

「千雨ちゃんは目立ちたくないからって変装してたけど、認識阻害使ってもあんな風に実況されたら気付かれちゃうよね」

 

『それもそのはず! 知る人ぞ知る、あのネットアイドルちうたんだー!』

 

 何だか随分和美ちゃんのテンションが高いね……。もしかして千雨ちゃんが、昔何をしていたのか知ってたのかな? どんどん周りの視線も集まってるし、凄く嫌そうな顔してるよ。

 

「とても迷惑そうな顔をしています。ですが周囲の歓声の大きさを見るに、認識阻害のせいで逆にそうだと感じなくなってるのでしょうか?」

「うーん、一般人から見たらこの場に適した様に見えるから、案外そう見えてるかもね?」

 

 これは後で千雨ちゃん荒れそうだなぁ。目立つのは大っ嫌いだから、後でフォローしておかないと。 あれは絶対、今すぐにでも帰りたい顔だよ。もしかして、こうなるのが分かっててやってたりするのかな。

 とりあえずもうF組の予選はおしまいだね、タカミチくんが残るのは実力的に確実だし、千雨ちゃんとちょうど二人だから、ぶつかり合いにならなくて良かったよ。

 

「……はぁ」

「お疲れ様、大丈夫だよ? 他の試合が凄く目立ってるからさ。ほら、クーちゃんとか。ネギくんとかもね? それにこの辺りは結界張ってるからさ?」

「あぁ……。ありがと。でも後ろに隠れさせてくれ」

「う、うん」

 

 うわぁ、頭うな垂れてるし、両肩も落としてものすごく落ち込んでる。ここまで気落ちしてるのは見た事がないかもしれない。本当に大丈夫かな?

 あ、でも何かブツブツ言いながら考え込んでるね。直ぐに神社の影に隠れちゃったけれど、何か気になる事もあったのかな。

 

「大丈夫なのでしょうか?」

「た、多分? 後でもう一度フォローしておくよ。夕映ちゃんは侵入者の方を気にしてもらえるかな?」

「あ、はい。そうでした」

 

 そろそろ人数も減ってきたからね。魔法使いの侵入者がいるのなら、確実に予選は突破できる実力があるはず。悪魔だったらなおさらの事だね。

 それにしても3-A関係者が多いなぁ。確かに特殊な才能を集めたクラスなのは間違いないと思うんだけれど、悪目立ちになってきてる気がするね。

 

「あっ、居ましたです! あの黒いコートの老紳士!」

「え、どこ?」

「第八試合会場です!」

「あのがっしりとした外国人かな? この時期には不自然な格好だね」

「はいです」

 

 本当に場違いだね。それに服装と本人のスタイルもまるで合ってない。たぶんあれはボクシングとかそういう動きのはず。それなのにベルト留めの上着に皮のコート。皮手袋もしてるし、あれじゃ動きを阻害してるだけだよね。

 あれ、でもあの両手首にある白いリングは? なんだか魔法関係者にしては妙に動きが遅いし、一般人のボクサーって言っても違和感が無いレベル。気も使っているかどうかってくらいだし……。

 

「ねぇ夕映ちゃん、あの老紳士は腕にリングなんて着けてた?」

「えっ? 分からなかったです。あの時は必死だったので、そこまでは良く見ていませんでした」

「もしかして封印具じゃねーのか? 魔力抑えて進入してきたって考えたらつじつま会うだろ」

「千雨ちゃん復活したの?」

「あぁ。魔法がバレたわけじゃねーし。いつまでもこんなんでへこんでらんねぇよ」

「それにしても封印ですか。私がネギ先生との試合の前に付けていた、黒いリングと同じような物と考えるべきでは?」

「そうだね。それで結界に反応がなかったんだと思う」

「て事は本物かもしれねぇって事か」

 

 もし本物の悪魔で、封印措置を受けてるって考えたらかなり危険な存在かもしれない。解除方法は分からないけど、解除できる前提じゃないと契約なんてしないはず。確実に試合に出るだろうから、試合中は気をつけてもらわないと。

 それに夕映ちゃんもこのまま放っておけない。相手が本物だったら、他の一般人と一緒にいたり、夕映ちゃん一人で居るのは危険。今夜はエヴァちゃんの家にでも、泊まってもらった方が良いかもしれない。

 

「ねぇ夕映ちゃん。今夜はエヴァちゃんの家に泊まってもらえるかな?」

「え、何故ですか?」

「ちょっと危険かもしれない。あの老紳士の事が解決するまで、私たちと行動してた方が良いと思うの。良いかな?」

「のどか達は大丈夫なのでしょうか?」

「うん、直接話をしたのは夕映ちゃんだからね。多分ネギくんくらいしか影響は無いと思うよ」

「それもそれで心配なのですが、確かに私がのどかと居れば逆効果ですね。わかりました」

 

『皆様お疲れ様です! 本戦出場者十六名が決定しました!』

 

 これで全部の予選が終了だね。やっぱり老紳士もしっかり残ってる。和美ちゃんが本戦の説明を始めてくれたけれど、トーナメント方式なんだね。出場枠は抽選かぁ。ネギくんとタカミチくんの試合は当たるようになってもらわないと困るんだけどね。

 

「抽選ねぇ。ネギ先生と高畑先生は先に枠決まってるんじゃねぇか?」

「うん。ある程度はそうだと思う。あ、張り出されたよ!」

 

 神社の壁に貼られた大きなロール紙を見ると、三回戦までのトーナメントだね。トーナメントの組み合わせは――。

 

 

第一試合 佐倉愛衣 VS 小太郎

 

第二試合 長瀬楓 VS 中村達也

 

第三試合 黒ちうさま VS ブラックジェントル

 

第四試合 大豪院ポチ VS クウネル・サンダース

 

第五試合 ネギ・スプリングフィールド VS タカミチ・T・高畑

 

第六試合 田中サン VS 高音・D・グッドマン

 

第七試合 神楽坂明日菜 VS 桜咲刹那

 

第八試合 龍宮真名 VS 古菲

 

 

「何だよ黒ちうさまって。もしかしなくても私か? 超のヤツ本当に別名にしてんじゃねぇか」

「千雨ちゃん、それよりもブラックジェントルって、どう考えてもあの老紳士じゃない?」

「マジで? 初戦から悪魔紳士が相手とか仕組まれすぎだろ?」

「他の対戦も3-Aの身内同士が多いですね。やはり作為的に感じます」

 

 そうだね。ネギくんがタカミチくんと当たって慌ててるけど、それは我慢してもらって。他の対戦も何だか怪しい組み合わせが多い。

 確率と言えばそれまでなんだけどね。とにかく一度家に集まって、話をした方が良いかもしれない。

 

「千雨ちゃん、夕映ちゃん。エヴァちゃんの家まで行こうと思うから付いて来てくれる? あと木乃香ちゃんはなるべく刹那ちゃんといるか、関西呪術協会の人と居て警戒しててね?」

「あぁ。超の話ってのも気になるしな」

「はい。分かったです」

「分かったで~」

 

 そうしてその場は解散。 皆に念話を入れて、これからエヴァちゃんの家に集合してもらう事になった。私は夕映ちゃんと一緒に寮まで行って、泊まる準備をしてもらってから向かった。

 

 

 

 そして早々とエヴァちゃんの家に到着。到着した所で申し訳ないんだけど、夕映ちゃんはダイオラマ球の中に入ってもらった。

 入るのを渋ったんだけど『グランドマスターキー』とかの話をするんだよね。これはまだ私たち『管理者』だけで話したい事だし、今はまだ言えない事だってなんとか納得してもらえた。

 

「なんだ、結局悪魔らしい奴は来たのか。しかも千雨が対戦相手とはな。フフフ。良い機会じゃないか。元老の奴等に実力差でも見せ付けてやれ」

「簡単に言うなよ。本当に悪魔で、封印具っぽいの外してきたら笑えねぇぞ?」

「その時はその時だ。大人しく食らってやる義理はなかろう?」

 

 まず外す可能性は無いって考えて良いかな。外せば確実に学園結界が感知するだろうし、私達の網にも引っかかる。それに一般人を巻き込むような相手だったら、学園全体で本気で動くと思うし、どう考えてもただの自殺行為。よほど何かが起きない限り封印状態のままだと思う。そうかと言って、具体的に何を封印しているのかって所は問題なんだけれどね。

 

「まぁ良いじゃねぇか。そこで潰せば終わりだぜ? あと『鍵』の話しだろ?」

 

 そうだね、鍵を出せって促してるし。意識を集中して、本の形にイメージ……。私の目の前、心臓の辺りから空中に浮き出す波紋。そこからゆっくりと全体像を現す本を両手で受け取る。

 後はページをめくって、『グランドマスターキー』を召喚。昔の本みたいなただ光る訳じゃなくて、銀色の粒子を振りまきながら出てくる。うーん、やっぱりと言うか訝しげな目で見られてるね。

 

「何だそれは? 昔の鍵とは違うな」

「……? ホントですねー。パワーアップしたんですかー」

「こう言うのをパワーアップって言うのかな? 取りあえずこれが『グランドマスターキー』。今朝保健室で超ちゃんと話をしたくて会ったんだけど、その時にフェイトくんとその従者の栞ちゃんにも会ってね。お互いに色々話し合って、その結果譲ってもらったんだ」

 

 それから今朝の出来事を説明。どう考えても怪しいって見られるのは分かるんだけど、それなりにちゃんと取引とかがあった結果なんだし、あんまり怪しがられても困るんだよね。

 

「それにしてもあの詭弁のガキは良く分からん。まだ、従者の小娘の方がまともに判断していたように聞こえる。だが、今夏の敵だと言う事も分かったのだから良いだろう」

「ある意味ホッとしたよ。『リライト』で分解されないって事が分かっただけでも助かった」

「うん。私もそれは本当に良かったと思うよ」

「『リロケート』はかなり使い勝手が良いな。シルヴィアの魔力なら行けない場所は無いだろう。後で色々試しておくべきだな」

 

 そうだね『使用者の魔力消費によって、物理的距離・魔法法則を無視した転移が可能』ってところが、どこまで有効なのかきちんと確認しておかないと。いざとなった時の切り札になるかもしれないからね。複数人同時に移動可能って所も大きいよね。

 

「そうなると後は超鈴音か? 正直な所こちらに害が及ばなければ、魔法の公開なんぞどうでも良いんだがな?」

「そういう訳にもいかないんじゃない? 隠れてるからこそ折り合いがついてる部分もあるんだからさ? とにかく明日の試合の様子を見て、もう一度話をしようかなって思ってる」

「変な様子見せたらぶん殴って連れて来いよ。んで、三日目の夜と言わず聞き出せば良い」

「まずはちゃんと話し合い。物騒な事は最終手段だよ」

 

 超ちゃんは話せば分かってくれる子だし、もっときちんと話したいって思うんだよね。何よりも世界と戦うって事が、裏の世界を一般人にばらそうとしてる事とどこが繋がるのか。

 今まで知らなかった大きな力。攻撃魔法だけじゃなくて、治療や幻術に認識阻害なんて知れ渡ったら大事になるはず。

 

「あっそうだ。忘れそうになったけどネギくんの事もあったんだ」

「先生か……。相変わらずネタに尽きなかったけど、どうかしたのか?」

「なんかね、超ちゃんからタイムマシンを借りてるみたい。同じ時間にネギくんが二人居るってのは凄く変な感じだけど、出会っても変に干渉しない方が良いと思うよ」

「そうか? 俺は逆に面白そうだがな?」

 

 止めた方が良いと思うんだよね。理由は簡単、巻き込まれて変な時間に飛ばされたら困るから。ネギくんは持ち主だから、ある程度ここに戻って来れると思うんだけどね。

 でももし、私達の誰か。例えば一日後に移動しちゃったりすると、そのぶん学園祭の警戒網に空白が出来てしまう。それから一日前に戻された場合だと、二人になって混乱の元だからね。

 それを解決したとしても、二人になったもう一人がネギくんを見つけて過去に戻らないと、ずっと二人のままになる。最悪ループし続ける事になるし、下手に干渉して麻衣ちゃんが飛ばされたりすると、何が起きるのか想像も付かないからね。ネギくんはその辺考えて使ってるのかな。

 

「いや、マジで放って置けよ。碌な事ねーぞ。今日だってあんな事……」

「ほう。何があった? 言え」

「言えるか!」

「……千雨さんが、ネギくんにキスされそうになってました」

「マテ、それは言うな!」

「ほぉー。それは面白そうだな。麻衣、詳しく話せよ」

「貴様、興味が無いと言っておいて、宮崎のどかからぼーやを略奪愛か?」

「だからこう言う碌な事にならねーって言ってるじゃねぇか! 関わりたくねーって!」

 

 あぁ、顔そむけて拗ねちゃった。エヴァちゃんもフロウくんもからかいすぎだよ。でも、麻衣ちゃんがそういう事言うなんて珍しいね。何かいつもとちょっと雰囲気が違うし、何かあったのかな?

 それに、確かにネギくんはトラブル体質なんだよね。やっぱりタイムマシンには関わらない方が良いよ。何に巻き込まれるか分からないし。

 

「とりあえず明日の朝一番か。全員で見に行くわけにはいかねぇな。どうする?」

「私は見に行くよ。チケットも何枚か貰ってるからね。それに夕映ちゃんも大衆の中でいっしょに居た方が良いと思うから連れて行くね」

「ならば私も見に行くか。その悪魔とやらがどんな面か拝んでやろう」

「じゃぁ俺は学園を見回るか。そっちは任せたぞ?」

「うん。千雨ちゃん、十分気をつけてね」

「あぁ、真面目にやるよ。さすがに気を抜けそうにねーからな」

 

 これで話し合いはおしまい。終わったからダイオラマ球に行って、夕映ちゃんに明日の事を伝えたら、しばらく修行してから出るって言うから、時間には気をつける様に言って私たちは退散。

 それから後々聞いた話だけれど、深夜にネギくん達がやって来て、武道会開始の直前まで修行をしたいって頑張っていたらしい。




 今回の更新はここまでです。次回は学園祭二日目、まほら武道会本戦になります。


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第63話 学園祭(2日目) まほら武道会の悪魔(上)

「おはようございます」

「おはよう夕映ちゃん、良く眠れたかな?」

「はい。ですが、私の体感では既に一週間ほど経っているです」

「え? もしかして、朝まで篭ってたの?」

「はいです。先週の、あ、いえ。現実時間では昨日ですね。長谷川さんや高畑先生の試合を見てからまだまだ私の力は足りないと感じました。それに例の老紳士の事も有りますので、訓練を積むのに越した事は無いかと……」

 

 ちょっとそれは驚きだね。ずいぶんと夕映ちゃんはあの老紳士に危機感を持ったって事かな。私達から見たらよほどの相手じゃない限り問題は無いけれど……。

 でも一般人の中学生くらいの子で、ここまで現実的に考えられるのは千雨ちゃんくらいかと思ったんだけどね。夕映ちゃんもこちら側に踏み込むって決めてから、それだけ真剣に考えているって事かな。けど、中学生は今だけなんだし、無理しないで欲しいって気持ちもあるんだよ?

 

「ねぇ夕映ちゃん。修行も大切だけれど、せっかくの学園祭なんだから、楽しもうって気持ちも大切だと思うよ? 余裕を無くしちゃいけないと思うんだ。それに私達だって付いてるから、もうちょっと大人を頼って欲しいかな?」

「はい、ありがとうございます。しかしこの道に踏み込んだ限り、頼り切りはいけないと思いまして」

「そっか。夕映ちゃんは責任感が強いんだね。良い事だと思うけど、全部背負わなくても良いんだから、程ほどにね?」

「あ、はい。言われてみれば、確かにそれもそうですね」

 

 

 

「ほう、これがアリーナ席とやらか。超鈴音め、なかなか気が利くではないか」

「でもちょっと目立つ場所だね。見やすくて良いけれど、注目されると困るし昨晩みたいに結界張っておくね」

「あぁ、任せた。ところで茶々丸、お前はそこで何をしている?」

 

 今私達が居る場所は、龍宮神社奥の水上にある、能舞台に続く橋の手前。そこにいくつもテントが建てられていて、そこをアリーナ席として使わせてもらってる。勿論私達以外にもテントに人は居るんだけれど、プレミアチケットになってるらしくて、入るときには随分と羨ましそうな視線が向いてたんだよね。

 そして茶々丸ちゃんが居る場所は、橋を挟んだ向こう側のテント。見る限りは解説席って書いてあるし、アナウンス機材なんかも置いてあるから、一応運営本部みたいな扱いなんだと思う。

 

「試合の解説と記録の容易さからここに居ます。超の指示で他意はありません」

「そうか。気にせず続けろ」

「はい、マスター」

 

 なるほどね。ここだったらネギくんたちの試合も記録しやすいし、そこは問題無いかな。後は、超ちゃんが何かしてこないかが心配なんだけれど……。

 

「シルヴィア。ちょっと頼む」

「千雨ちゃん? どうかしたの?」

 

 何だかずいぶんと慌てて走ってきたけれど、もう説明会の時間だったよね。

 

「このノーパ持っててくれ。バッグに入れといても良いからさ」

「時間は大丈夫なの?」

「いやマズイんだけどよ、それよりこっちだ。もしかして昨日の事で晒されてんじゃねぇかって調べたんだ。そしたら、ちょっとヤバそうなんだよな」

「ほう……。茶番が見えてきたな」

 

 インターネットのページ? 『遠当の使い手に突撃インタビュー! “気”は実在した!?』

 って、これはちょっと不味いかもしれない。予選の一般人離れした様子とか、結構細かく載ってるね。真実だって言う派閥と、捏造だって否定する派閥が出来てるみたいだけれど、少し炎上気味になってるかもしれない……。

 

「なるべく派手な事はしないつもりなんだけどな。例の紳士相手にかなり不安だよ」

「長谷川さん。気をつけてください」

「あぁ。綾瀬も気をつけろ。もう時間だから行くぞ」

「はい、ありがとうです」

「千雨ちゃん、気をつけてね?」

「あぁ、ありがとう!」

 

 少しでも不安を紛らわせられたら良いんだけどね。やっぱり心配になるよ。

 それに、昨日の今日でインタビューが出来ているのも心配になる。このタイミングだとどうしても超ちゃんを疑っちゃうし、昨日の発言「呪文詠唱の禁止」は気の他に魔法が出てきますって、宣伝している様に感じちゃうんだよね。

 

「フン。動き出したか。見ものだな」

「見ものって言うか、本当にバラすつもりなんじゃないかな?」

「確かにそう思えますが、これだけ見て判断するのは早計では?」

「甘いな。やつは虎視眈々と機会を狙っていたのだろう。おそらく何か仕掛けるぞ」

「でもきっと、超ちゃんなりに世界と戦うって言った理由なんだと思う」

「それで? お前はどうするんだ?」

「勿論見届けるよ。でも、間違ってるって思ったら超ちゃんをきちんと叱りに行かないとね?」

「叱りに、か。良いじゃないか。先生らしく説教でもしてやれば良い。それはそれで見ものだぞ?」

「もう、そんなつもりで言ったんじゃないのに」

「あ、そろそろ始まるみたいです!」

 

 あ、また和美ちゃんが司会なんだね。昨日と色は違うけれど、殆ど同じコンパニオンの服。

 でも、何かあのイヤリングに魔力を感じる。何かをしているのか、されているのか……。後で確かめた方が良さそうだね。

 

『これよりルール説明を行います! 本戦はこの十五メートル四方の能舞台です! 十五分、一本勝負! ダウン十秒。リングアウト十秒。気絶、ギブアップで負けとなります! 時間内に決着が付かなかった場合、観客によるメール投票に判断を委ねます!』

 

 やっぱり、あの老紳士も居るね。両腕につけた白いリングはそのまま。外した場合は、会場を光か影の精霊で覆って隠すとか考えておかないと不味いかな。

 

 千雨ちゃん達は……。能舞台の前の待機場所だね。橋の手前が選手控え場所って所かな。それにしても魔法生徒が多いね。一般人も居るけれど、A組関係者がとても多い。もう試合は始まるけれど、第一試合は愛衣ちゃんと小太郎くんかぁ。

 魔法生徒に登録されてる子だけれど、後衛型魔法使いだったはず。戦士型の小太郎くん相手だったら、前衛無しじゃよほど実力差が無いとちょっと無理だね。

 

「綾瀬夕映、良く見ておけ。前衛の居ない後衛の脆さがあの様だ」

「はいです」

「ま、まぁたしかに一撃だったけれどね? もうちょっと言い方が……」

「無いな。障壁すらまともに張れてないぞ、あの小娘」

 

 小太郎くんの名誉のために言っておくと、フェミニストなところがあるから、瞬動術で飛び込んで風圧で巻き上げて場外勝ち。あの一瞬の勝負ならアッパーで吹き飛んだ様に一般人には見えたかもしれないね。一応、気を使ってくれたのかな?

 

 そして第二試合も一瞬でおしまい。一人目の選手はA組の楓ちゃんで、相手は気が使えるだけの一般人。後首への一撃で気絶して勝負にならなかった。

 

 そしていよいよ次が千雨ちゃんの試合。私達には固唾を呑んで見守るしかないけれど、大怪我も石化も無く、無事に終わって欲しいと思う。

 いざという時は、いつでも飛び出せる準備をして試合を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 さてと。ちょっと気合入れねぇとヤバイってヤツか? いよいよ例の悪魔紳士が相手だ。

 けど超のヤツ、携帯のカメラとか動かないって言うのにメールは使えるって変だろ。会場じゃ無線でネットも繋がってたしな。

 念のため持ってきたICレコーダーのスイッチ入れとくか。本当に悪魔だったら証拠の一つでも有った方が良いよな。

 

『さぁ盛り上がってまいりました! いよいよ第三試合。昨晩の予選は偶然か、はたまた実力か! 日傘で戦うスーパーネットアイドルちうたん! 装いもバトルモードで黒ちうさまだー!』

 

「「「黒ちうさまーーー!」」」

 

 あからさまに狙ったような声援が飛んできやがる。どう考えてもまたサクラ雇ってんだろこれ。まさか、ネット見た住人が冷やかしに来た、とかはねぇよな? ……やめやめ! 考えても碌な答えがでねぇ。

 つーかさすがに一晩経てば慣れるし冷静にもなるからな。昨日みたいにうろたえねぇよ。残念だったな超。本当だからな?

『対してこちらもブラック! 謎のボクサー紳士の登場です! 予選ではプロボクサーを思わせる動きで勝利を収めました。果たしてこの対戦カード、どちらに勝利の女神が微笑むのか!』

 

「いやいや、大した人気だねお嬢さん。こんな所に出てきて大丈夫かね?」

「そのままセリフはそっくり返す。あんたこそ出てきて大丈夫なのかよ?」

「構わんよ。見に来ただけだからね」

 

 見に来た? 武道会に出ておいて随分惚けるな。それならこっちも言う事言ってやるよ。

 

「じゃぁ聞くけどよ、一体何を見に来たんだ? 正直に言ってくれると嬉しいんだがな」

「それは勿論。その拳で聞いてみたまえ」

「女子供相手にそのセリフは紳士の名前が泣くぜ? けど、勝ったら喋ってもらうからな」

 

 こいつはプロボクサーなのか? 生で見た事はねぇけど、確実に何かやってるヤツの構えだな。口元が吊りあがってるんだがこいつもバトルマニアなのか?

 とりあえず、派手な魔法は使えねぇから身体能力の強化だな。無詠唱の戦いの歌で強化して待ち構える。インファイトはゴメンだからな。観客に顔も見られたくねぇし、とりあえず日傘で隠したまま距離をとるか。

 

『それでは、第三試合ファイト!』

 

「行くぞ!」

 

 まずは左腕か! 開始早々から打って来るなんてよっぽど自信があるのか。だがな、いくらなんでもその踏み込みは遅すぎるぞ? 左手の連発フックも、下手したら一般人並みだ。障壁だけで全部無効化出来る。

 わざと、だな。一歩も動かねぇで防御なんて、どう考えても見た目少女のやる事じゃねぇから避けるしかねぇか。体の軸移動だけで避けられるレベルとか舐め過ぎだろ。

 

「あんた本気じゃないだろ?」

「言っただろう? 拳で聞きたまえ」

 

 しょうがねーな。とりあえず目立たない様に上手くやるか。どうあっても、この紳士面したおっさんは私と戦いたいらしいな。

 まさか、本当に勝ったら喋ってくれるとか、そんな優しくねーよな?

 

「ふん!」

 

 随分と気合の入った声だが……さっきと同じじゃねぇか! 連発のフックの中に、時々右ストレートを混ぜて来ただけだぞ!

 いや、けどな、マジでこれ一般人レベルだぞ。これじゃかえってイライラして来るな。余裕で避けれるんだが……。一発、入れてみるか?

 

 さっきから打って来るのはフックと右ストレートだけ。パターン通りってヤツだな、わざとらしい。これじゃ打ち込んでくれって言ってる様なもんだからな。打ってやるよ。

 タイミングは伸びた右ストレートにカウンター。ボクシングは初心者だから適当だ。下手に目立つのも嫌だし。……来た、右ストレート! タイミングを合わせて左肩を引いて避ける。そのまま右腕を突き上げて胴体に一撃。それなりに魔力も込めてやる!

 

「うむ。なかなか良い拳だが、気合が足りんよ」

 

 効いてねぇ! やっぱコイツ強いな。しかも芝居臭いセリフまで言いやがる!

 

「あんたやっぱ手抜きじゃねぇか。男が拳でって言っておいてそれかよ?」

「ほう、言ってくれるではないか。では、少々本気で行くぞ?」

 

 やっと本気か。って、魔力が急激に上がった!? フットワークもさっきの速度じゃねぇ!

 マズイな、封印具らしいのも外してねぇのに、かなりの魔力がある。気を抜くと――なっ!?

 

「ふん!」

 

 さっきと同じ攻撃だけど、一撃の重さが半端じゃなく高けぇ。この前のカゲタロウとか言うヤツ程じゃねぇけど、喰らったらヤバイな。魔法の射手の十矢収束くらいの威力がある。

 戦いの歌の濃度を上げて、相手の隙を見る。良いんだか悪いんだか、どうにもパターン通り動いてやがるからな。楽といえば楽なんだが、下手に慣らされても困るな。……避けながら攻めるにしても、分が悪いにも程がある。

 

「なかなかの動きだ。聞いていた情報よりやるではないか。しかし、これはかわせるかね?」

 

 聞いていた情報!? ネギ先生だけじゃなくて、私の事まで調べてたって事かよ。マジでMM元老院だか何だかの回し者臭いな。

 つーかやべぇ! 何だこの動き。連発右ストレートとかどこの格ゲーキャラだよ! しかも一発の威力が馬鹿にできねぇ。直線の動きならまだしも、扇状に打ち出してきやがる。まるで散弾銃だな。

 

「(――風楯!)」

 

 左右に避けながら無詠唱で風の楯を展開。手数が急に増えたがったからな。このまま近くに居たんじゃ確実にヤバイ。

 てゆーか、これもう一般人の試合に見えねぇだろ! どうすんだマジで。

 

『おぉーっとぉ! これはすごいパンチの連発だー! それをバトルアイドル黒ちうさまが何とか逃げ切ってる模様! さすがにこの状況には、観客からもどよめきが上がっているぞー!』

 

 うるせーよ朝倉! こっちはそれどころじゃねーっつーの!

 

「よそ見してる暇はあるのかね?」

「有る様に見えるのかよ! ――くぅっ!」

 

 一瞬の隙を突かれて、砕ける様に風の楯が消えた。しかもまだパンチの圧力が残ってやがる。何とか魔法障壁で逃がすが……。まずいな、もう舞台の端まで追い込まれてやがる。

 

「ちっ! しょうがねぇな」

 

 これ以上目立ちたくねぇけど、負けるわけにも行かないからな。こっちは舞台端。このまま詰め寄られたら、余裕でアウト。それならこっちから攻めるか。

 

 まずは足先に魔力を込めて瞬動。一気に舞台端から対角の舞台端に移動。本気で移動したから、一般人どころか高畑先生レベルとかじゃねぇと付いてこれねぇだろ。まぁこの紳士さんは見えてるんだろうがな。とにかくこれで相手の裏に回った。

 そのまま戦いの歌を解除して感掛法に切り替える。右手に気、左手に魔力。シルヴィアの魔力供給を受けると、目立ち過ぎるから自分のだけで合成。これで、攻撃も防御もかなり上がった。

 

「ほう。やっと本気かね。良いぞ!」

「あんまり目立たせてくれるなよ! って何だ!?」

 

 突然に聞こえた連続の破裂音。同時に受けた圧力。反射的に腕でガードしたけど一体何が!?

 ……まさか、さっきのラッシュ攻撃が更に加速してるのか? まさかパンチが音の壁を超えてる? 何だそれ、ありえねぇだろ! 生身でそんな事が……あ、いやけど高畑先生のあれも。て事はある種の同類か? なお更ヤベェな。

 

 くそ! それにしてもまるでマシンガンじゃねぇか。一発づつの攻撃力は下がったけど、いつまでたっても終わりが見えねぇ。ガードも回避もこのまま続けてたら感掛の気が尽きちまう。相手の攻撃は基本的に正面に扇状。馬鹿みたいに連打してるから……。

 

 よし、今だ。隙を突いて瞬動で左後ろまで移動。そのまま――。

 

「このぉぉ!」

 

 着地した左を軸足に、大きく右足を上げる。そのまま一気に魔力を込めて回し蹴りを放つ。

 

「ぐふぉ!?」

 

 延髄蹴り気味に相手の首に思いっきり入れた咸卦の力の一撃で、舞台の床を破壊しながら悪魔紳士がバウンドして転がっていく。

 

『これは強烈な一撃が決まったー! まさかの回し蹴りがヒットォー! ネットアイドルは通信空手も必須科目なのかー! この試合には観客も大満足の様子! この歓声をお聞きください!』

 

「フッ、フフフ。フハハハハ!」

 

 ちくしょう。分かってたけどやっぱ立ち上がりやがったか。さっきの胴体への攻撃の感じだと、まだまだって感じだったからな。

 てゆーか、蹴られて笑ってるとかキメェよ!

 

「良いね! さすがはかの【銀の御使い】の弟子だ! 彼の様子も見たかったがこれはこれで素晴らしい! フハハハハ!」

「随分とおしゃべりになったな。もっと話してくれると助かるんだが?」

「良かろう。覚悟したまえ」

 

 やっぱシルヴィアの事は知ってるのか。て言うか弟子って知ってるのは一部だったはずだし、そうすると大分絞られるんじゃねぇか?

 

 それにして、あちらさんそろそろ本気みたいだな。笑ってた目がマジになってやがる。

 つーか、右手に集まってる魔力がヤベェ。速度はわからねぇけど、やっぱ音速とかか? とにかく避けるかガードして……ぐっ!?

 

「デーモニッシェア・シュラーク!」

「――かはっ!?」

 

 悪魔紳士がご丁寧にも技名を叫んでから一瞬の後、気が付いたら吹き飛んでた。てか、息がやべぇ。何かデカイ爆発音が聞こえた瞬間に届いてるとかなんだよそれ。

 何とか咸卦の気で守りきったから良いものの、当たり所しだいじゃ、魔法無しはヤバイ。

 

「まだまだ!」

「――っ!」

 

 またお決まりのラッシュパターンか! これじゃさっきと同じじゃねぇか!

 

「逃げてばかりではいかんよ! 先程の様な一撃はまだまだ打てるだろう?」

「はっ! ネットアイドルに期待する言葉じゃねーな!」

 

 マズイ。一般人にこの紳士のパンチは見えてねぇだろうけど、すでにトンデモバトルだ。これ以上は目立てねぇな。

 かと言ってアイツは、体術だけじゃ倒しきれない。となると……水場を利用させてもらうか。

 

 近づかれる前にもう一度風の楯を展開。一瞬止められれば十分だからな。魔力は最低限で良い。必要なのはアイツを水場に叩き落せるだけの火力。わざとらしくこっちに打たせようとしてくれてるからな、思いっきり吹っ飛ばしてやるよ!

 

「期待しているぞ! やはりそうでなくてはいかん!」

「付き合いきれねぇな。そう言うのはよそで頼む」

 

 紳士のステップとラッシュのパターンに注目。殆どは足腰を落ち着けて、ここぞと言う時だけ踏み込んでくる。魔力を練り上げつつ回避して、距離を詰めてきた所で風の楯を犠牲にして最大火力を叩き込む! つーかアンタわざと近寄ってきただろ!

 

「何か狙っているようだからな。ここは受けて立たねば名折れではないか!」

「後悔すんじゃねぇぞ! ――風よ」

 

 練り込んでいた魔力のごく一部を使って、僅かに上昇気流を起こす。そのまま開いた日傘をパッと空へと投げ放つ事で、観客の視線をそっちに注目させる。

 当然、コイツはこっちの動向だけを見ている。高速で打ち出される両手の攻撃を風の楯で受け止めて一瞬の硬直を作る。その隙に体勢を低くして素早く右に踏み込む。そのまま無詠唱で魔法の射手を発動。これでも喰らえ!

 

「(――魔法の射手! 収束・闇の201矢!)ニヤニヤしてんじゃねぇぇぇ!」

「ぬぅぅ!?」

 

 悪魔紳士の左肩辺りに向けて、全力を込めて一撃を入れる。手応えを確認すると、そのまま右足を振り抜いてアイツの飛んだ先を確認。

 目で追った先では、激しい水飛沫と水音を上げて、場外の水場沈みこんだ所だった。とりあえず闇の矢なら黒いハイソックスに纏わり付かせれば目立たねぇからな。

 

『おーっとこれはー! 何だか凄い蹴りがヒットー! そのまま水面まで蹴り飛ばしたー! 場外によりカウントを取ります!』

 

 悪いがカウントは無意味だ。テティスの腕輪に意識を集中。そのままアイツを水の蔦で拘束。水中なら観客には見えないからな。水を操って水撃を何度も叩き込む!

 でもって拘束したまま、水没や溺死等と言われない様に、肩から上だけを湖面に浮かび上がらせる。これで終わりだ。

 

「いやぁ、はっはっは。これは参ったね。私の負けの様だ」

 

『ここでギブアップ宣言! やはり黒くなったネットアイドルは強かったかー!? 黒ちうさま選手の勝利です!』

 

 その名前何とかならなかったのかよ……。とりあえず何とか勝ったか。て言うか思いの他喋ってくれたのか? デーモンとか技名叫んでたがどうなんだ? とりあえず再生してみるか。

 

『――デーモニッシェア・シュラーク!』

 

 ……おい。試合開始から今の時点まで録音出来てるじゃねぇか。やっぱ撮影機器だけのジャミングだったのか? まさかこれを使うの分かってて、ジャミングを解除とかありえねぇよな?

 まぁ、使えるならどうだって良いか。とりあえずコイツはパソコンに取り込んで、この後もスイッチ入れて置いた方が良いな。

 

「うむ、なかなか良い判断だった。試合自体も概ね満足だ。これからの成長が楽しみだよ」

「そいつはどーも。でも本心はあっちの先生が狙いだろ? 残念だったな」

「いやいや。これから見られるだろう? 楽しみで仕方が無いね。はっはっは」

 

 挑発を込めて言ってみたんだが……普通に喋ってやがる。これで確定だな。先生狙いじゃねぇか。目線もそう言ってる。

 とりあえず石化ブレスを使われなかったのは助かったな。そのための封印具か? あとシルヴィアの教会寄りの二つ名を呼んだって事は、やっぱり悪魔だって言ってんのか? 分かんねぇな。とにかくこの後の試合、悪魔紳士がどう動くか要注意って所か。

 

 つーか先生。そんなにビックリした顔しても今さらだぞ。とりあえず、ノーパに入れて保存が先だな。後はもう一度ICレコーダーのスイッチを入れて、悪魔紳士に近い場所で観察だ。




 原作に無いテントを配置した深い理由はありません。原作では神社側のみ屋根が無い立見席だったので不自然だと思っただけです。あえて言うなら、解説席の場所が不明瞭だった事と、選手側との会話シーンを書きやすいと思った程度です。
 悪魔ヘルマンは原作でも手を抜く描写があったり、上位の魔物とされているようなので、強めに描写してみました。魔法が制限された試合ならこんな感じでは無いでしょうか。


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第64話 学園祭(2日目) まほら武道会の悪魔(下)

「ふむ、終わったか」

「そうだね。本当に無事で良かったよ」

 

 思わずホッと息が漏れたけど、本当に良かった。拘束具らしい物も外す気が無かったみたいだし、そこは助かったかな。

 でも、試合の内容はちょっと不味いね。明らかに一般人の裏の達人って言っても誤魔化せるかぎりぎり。認識阻害の学園結界があるから何とかショーで収まってるけれど、インターネットで外部に漏らされたら不味いかな。

 

「シルヴィア、ノーパ使うからバッグ貸してくれ」

「千雨ちゃん、お腹は大丈夫?」

「あぁ。衝撃だけで痛めた所もなさそうだ。ありがとな」

「うん、無事で良かったよ。それにしてもちょっと目立っちゃったから、この後気をつけてね?」

「分かってる。それとこのデータは、さっきの試合のセリフを記録してある。後で学園長とかあっちの偉い人にでも渡してやってくれ」

「うん、ありがとう」

 

 それにしてもICレコーダーって使えたんだ。これでネギくんを狙った刺客が来たって証拠にはなるね。音声だけだから決定的ではないけれど、十分何かの役に立つと思う。

 ネギくんの試合は次の次だね。その時も何か情報が有れば良いんだけれど……。

 

「ところで終盤の老紳士のパンチですが、あれは常人が受けたら即死なのでは無いでしょうか?」

「あぁ。ぼーやなら虫の息だな。だがタカミチのパンチでも同じ事になるだろう」

「でもさ、ある程度避けれそうなくらいには育てたんでしょ?」

「さぁな。生真面目なぼーやだ、本番でどこまでやれる事やら」

「この試合の次ですね。あの怪しいマントの方は一般人ですか?」

 

 マントの人? あのクウネル・サンダースって人かな。何だか変な感じがする人だね。何かを隠している感じがするし、一般人じゃないかもね。

 

 

 

『カウンター気味の右掌底が、クリーンヒットォー!』

 

「あっという間でしたね」

 

 マントの人の相手は一般人の武術家で、楓ちゃんの時と同じく一撃。それでも、激しく何発も打ち込まれて何もダメージが無いって事は、確実に魔法使いか何か裏側の人だね。

 

「相手が悪すぎたな。アレと当たるとは」

「次は千雨ちゃんとだけど……また魔法関係者なんだね」

「ふふふ。良い修行じゃないか。アレはなかなか性質が悪い」

「エヴァちゃん、何か気付いたの?」

「あぁ。だが黙っておいてやれ。聞けば逃げ出すぞ」

「それは言わない方がかわいそうだと思うよ?」

「知らん。死ぬ事は無いだろう。それよりぼーやだぞ」

 

 うん。それはそうなんだけど、そんな言い方したら心配になるじゃない。大丈夫だと、思うんだけどね。

 けど、今は次の試合が問題。なんと言ってもネギくんの試合だからね。千雨ちゃんも心配だけれど、こればかりは頑張って貰わないと、ネギくんの立場が困った事になるかもしれない。かなり緊張しているみたいだけど、ここはちょっと死ぬ気で頑張ってもらいたいかな。

 

 

 

『いよいよ第五試合! 広域指導員デスメガネ・高畑! 一方は噂の子供先生! 結果は火を見るより明らかではないでしょうかー?』

 

「ネギ先生に勝算はあるのでしょうか? 私個人としてはのどかの手前、良い所を見せてあげて欲しいのですが」

「タカミチくんのパンチをどれだけ避けれるかだね。瞬動は出来るみたいだから、かき乱せれば良いんだけど。結局は接近しないと難しいね」

 

『それでは、第五試合ファイト!』

 

 試合の開始直後、何か吹っ切れた顔をしたネギくんが、魔法障壁を張りながら瞬動で突撃。

 タカミチくんのパンチを風の楯で防御しながら、素早く懐に潜り込んで右腕の正拳付き。タカミチくんはあっさりガードしたけれど、小柄な身体を生かして足の動きを制限する様に踏み込む。

 それはまるでタカミチくんに絡みつく様な姿で、連続して中国拳法の攻撃を繰り返していく。

 

「だがあれではタカミチのガードは崩せん。まだまだ一撃が軽い」

「高畑先生はそんなに防御力が高いのですか?」

「そうだね。正面からさっきの老紳士の決め手を受けても余裕があると思うよ」

「そうですか……。あっ! 何か狙っているです!」

 

 あれは……。無詠唱で雷の矢かな。作った数は五矢。右腕の周りで待機状態にしているから、多分打ち込みと同時に発射だと思うんだけれど、出来れば一般人に見えない様に、打撃と同時に出して欲しいかなぁ。

 タカミチくんは……。なんだか楽しそうだね。正面から受け止めるつもりかな?

 

「あの馬鹿の事だ。尻尾振って待っているぞ。もっとも、受け止めてもらわなければ困るのだがな」

「これも茶番なのですか?」

「まぁ見ているがいい。雷系の使い方はなかなか上手いぞ」

 

 雷系はそれ特有の感電効果があるからね。魔力ダメージだけじゃなくて、痺れや火傷、硬直させる目的で打撃に乗せるのは魔法戦士型として有りだと思う。

 雷の投擲とかの中級魔法なんかは、その場に縫い止める足止め魔法そのものだからね。

 

「ふむ、正面から受けたか」

「あの、場外の水面まで吹き飛んでいったのですが……」

「大丈夫だよ、タカミチくん丈夫だし。夕映ちゃんだって、魔法障壁が強くなればアレくらい平気で受け止められるよ」

「それは何と言うか……。そうですね、ネギ先生に負けてられません」

 

『何だ今のはー! ネギ選手の凄い一撃がヒットー! て言うか高畑選手は無事なのかー!?』

 

「レジストもされているな。どうするぼーや?」

「魔法が使えれば追い討ちで、何十本か矢を撃つ所でしょうが、場外で待たれると辛いですね」

「そうだね。でもタカミチくんも、水の上で立つのはちょっと止めてほしいかな」

「後で釘でも刺しておくか。ぼーやとの試合に夢中になり過ぎても困る」

 

 気持ちは分かるんだけどね。出来るだけ一般人に目立たないでいて欲しいから、普通に泳ぐか瞬動で早く戻ってきて欲しかったかな。

 

「やれやれ。ネギ君、そんなものかね? それでは君の故郷に眠る者達も救われないぞ?」

「な、何ですか貴方は!? いきなり何を!」

「む……。アイツか」

「動き出したみたいだけど……」

 

 それにしても突然だね。呆れが交じった侮蔑に近い声。出したのはあの老紳士だね。でもそれってネギくんの記憶の六年前の話だよね? どうして突然に?

 

(千雨ちゃん、録音は出来てる?)

(あぁ、ちゃんと出来てる! こんなチャンス逃すかよ!)

 

「さて、何をしてくれるのか」

「まさか、ネギ先生の村の関係者なのですか!?」

「落ち着け。今は奴の言葉が先だ。何を言ってくれるのか見ものではないか」

 

 選手の待機場所から一歩踏み出して、ネギくんに向かう視線。当たり前だけれど、そんな事をすれば試合は中断しちゃうし、周りからも注目されている。

 ここで魔法関係の事を言われたら困るけれど、何か重要な事を話すかもしれないから、簡単に取り押さえる事もできないね。

 

「ふぅ……。やれやれ、もっと君は出来る少年だと思ったのだがね。その程度であれば、あの雪の日。君も眠りに付いていた方が良かったのではないか?」

「…………貴方は、何を! 何を知っているんですか!?」

「私はね、若者の生長した姿を見るのが趣味でね。私に君の実力を見せて欲しいのだよ」

「言葉の意味が分かりません! 僕の質問に答えてください!」

「ふむ。先に質問をしたのは私だったと思うのだがな。それとも、実力で聞き出す自信が無いのかね?」

「……良いですよ。後悔しないでください」

 

 不味い。ネギくんが挑発で完全に相手を見失ってる。ネギくんから制御の外れた魔力が噴出し始めたし、最悪の事も考えなくちゃいけないかもしれない。

 もしここで暴走されたら、一般人を巻き込んでの大事になっちゃう。全員捕まえて記憶削除なんて最終手段はしたくないし、何とかネギくんを――。

 

「ネギ君っ!!」

「た、タカミチ!?」

 

 会場中に響く様に怒鳴りつけたタカミチくんの大声。今のでネギくんは正気に戻ったように見える。噴出していた魔力も収まったし、瞳に浮かんでいた暗い影も消えてくれたね。

 

「ネギ君。今は試合中だよ」

「で、でも!」

「彼はネギ君の本気を見たいと言っているんだ。千雨君の試合でも彼は拳で語れと言っていたじゃないか。彼はきっとそういう人なんだ。だから、君の気持ちは僕が受け止めよう。全力でかかっておいで」

 

 タカミチくんが、少し本気になったね。さっきまでのバトルショーみたいな雰囲気じゃなくて、密度の濃い気を纏った戦闘になり始めてる。なんだかフロウくんが好きそうな空気だねぇ。

 ネギくんは……。一応落ち着いたかな。吹き荒れてた魔力をちゃんと制御して、タカミチくんにぶつかる覚悟も決めた様に見える。

 

「分かったよタカミチ。それに、貴方も約束してくれますか?」

「勿論だとも。さぁ」

 

 老紳士の言葉に頷いたネギくんが、最初よりもキレの良い動きでタカミチくんに食いついていく。故郷の人の事で、気持ちがより引き締まった感じかな。

 

「何だあれは? 随分と人の良い悪魔だな」

「ネギくん実力を見たいって部分は本音なんじゃないかな? 召喚された目的みたいだし」

「あの、ですが。まだ高畑先生は本気ではありませんよね?」

「当然だ。タカミチが殺る気なら十秒も持たん。……む、本気を出すようだな」

「あれは……もしかして、千雨さんがやっていたものと同じ?」

「そうだね。千雨ちゃんの感掛法は、タカミチくんを意識してるからね」

 

 感掛法は魔法が使えない場合、特に近接戦闘でのアドバンテージが大きいからね。身体強化、状態耐性に環境への適応力。後衛の魔法使いタイプでも、近接をしなくちゃいけない時もある。今後の生き残りもかけて、千雨ちゃんに向いてる事は色々と取り込んできたからね。

 

「ここからがタカミチの真骨頂だ。ぼーやはどこまで避け切れるかな?」

「その上でどこまで攻め込めるかだね。虚空瞬動は一応成功してるんだよね?」

「あまり成功しないがな。見ろ、始まったぞ」

 

 舞台では咸卦法で巨大な気を纏ったタカミチくんが、大砲の様な一撃を何発も打っている。一撃で舞台の床を陥没させてるけど、あれは人が寝そべって隠れられるくらいの深さだね。一応、手加減はしているみたい。

 ネギくんは……。必死で逃げてるけれど、かなり焦ってるね。目に怯えと真剣な気持ちが映り出て、葛藤してる感じ。何とか体術と瞬動で逃げ回ってるけれど……。

 

「これは不味いかな。タカミチくんに着地点も読まれ始めてる」

「そんなのは初めから分かっている。タカミチが馬鹿をやってる間に叩きのめせば良かったものを」

「大降りの一撃と、小技で近づけない様にされてますね。これでは逃げ道が……」

「あるな、空だ。だが、ぼーやが出来るかどうか」

「それはネギくんも分かってるんじゃないのかな。ほら、何か気付き始めたみたいだよ」

 

『これは高畑選手のすさまじい一撃! ネギ選手は必死に逃げ回りましたが……あれ? なんとネギ選手が消えた! 舞台から消えましたー!』

 

「え? ネギ先生はどこに!?」

「上だ。大振りの一撃の後に、一か八か虚空瞬動で飛び上がったようだ。だが、もう一度成功しなくては終わりだな」

「そうだね。狙い撃ちにされちゃうから、考えてはいると思うよ」

 

 空を見上げると、ネギくんが空中で光の11矢を待機させているのが見える。エヴァちゃんの修行で身に着けた、今出せる無詠唱の限界本数だね。一緒に風の楯も作ったからタカミチくんの一撃を無効化するつもりかな。

 

「来い! ネギ君!」

「行くよ! タカミチ!」

 

 タカミチくんは、言葉と共に、空に向かって打ち出した大降りの一撃。あれなら観客や舞台を気にせず全力に近い一撃が出せるね。

 ネギくんは魔法を纏った打撃と風の楯。それも一度に限りかなり大きな一撃でも防ぎきれる、風花風障壁を使って相殺するつもりだね。あれならタカミチくんのパンチを凌ぎ切って、自分の攻撃を当てられるかもしれない。

 

「(――魔法の射手! 収束・光の11矢!)桜華崩拳ーー!」

 

 ネギくんの虚空瞬動がちゃんと成功してるね。本番に強いタイプなのかもしれない。

 タカミチくんの技を出した後の硬直状態を狙って懐に飛び込んで、落下の速度と右腕に絡みついた収束の矢が大きなダメージになってる。タカミチくんの防御を真正面から突き破った感じかな。

 

「き、決まりでしょうか?」

「どうかな? タカミチなら余裕で立っても不思議ではない」

「でもそろそろ時間だよね。十五分以内に立ち上がったらメール投票だよ?」

「あっ! 高畑先生が起き上がったです!」

 

 けれどもタカミチくんはギブアップを宣言。上体を起こすのがやっとで、舞台を陥没させた一撃は、タカミチくんに十分なダメージを与えたみたい。後に響かないと良いんだけどね。

 それにしても、タカミチくんがさじ加減を測っていたのはあるんだろうけど、ネギくんは凄く頑張ったと思う。防御を貫けるくらい成長したのは、素直に驚きだね。

 

「何とか勝ったね。大分譲ってもらったみたいだけど」

「タカミチもフロウから聞いていたからだろう? ずっと目の前で待ち構えていたからな」

「私の目からは大分遠い世界に見えます。ネギ先生とも大分実力差があるのですね」

 

 ひょっとして、夕映ちゃんから見てネギくんが目標になり始めてる? のどかちゃんの事も有るし、ネギくんが夕映ちゃんに認めてもらえるのは、ある意味大変かもしれないね。

 何はともあれ、これでクルトくんとの仕事の目処が立ったかな。観客からも惜しみの無い拍手が送られているし、ネギくんの可能性も見れたから、茶々丸ちゃんに頼んだ録画はなかなか良い出来になってるかもしれないね。これで学園祭の問題の一つは解決かな。

 

 あとは……あの人が何かをしないか。ってところなんだけれど。

 

「やれば出来るではないか。私としては、もっと荒々しいものかと思っていたのだがね」

 

 やっぱり、ネギくんと話しはじめたね。

 

「……貴方は、何を知っているんですか?」

「着いて来たまえ。ここでは目立つ。神社の中で伝えようか」

「…………分かりました」

 

 強く握る音が聞こえてくるくらい、きつく握り締めた拳と、影のある瞳でネギくんが付いて行く。

 これはちょっと、不味いかもしれない。明日菜ちゃんたちも付いて行ってるし、無事に済めば良いけれど。

 

「あ、のどかがいっしょに! すみませんシルヴィア先生、着いて来て頂けますか!?」

「うん。分かったよ。ごめん千雨ちゃんパソコン返すよ?」

「あ、マテ! このICレコーダー持ってってくれ! 電源は入ってる!」

「分かった!」

 

 

 

「な、何をするんですかいきなり!」

 

 遅かった!? ネギくんは――。無事、みたいだね。明日菜ちゃんやのどかちゃんも何かをされた様子は無いし、あの老紳士がネギくんをまた挑発しただけかな?

 

「ふむ、ではこれはどうかね」

 

 ネギくんを確かめる様な連打。さっきの非難の声は、いきなり襲い掛かったって事なのかな?

 千雨ちゃんの試合の時みたいに、そこそこ重い一撃だけれど、タカミチくんとの試合の成果なのかな。それとも高速パンチに耐性が付いたのか、魔法障壁と両腕できちんとガードが出来てるね。

 

「な、何ですか突然! 話をしてくれるんじゃないんですか!」

「うむ。しかしタダで教えるとは言ってはおらんよ」

「へー。何やおっちゃん、アンタおもろそうやな」

「ほぅ、やるかね?」

「だ、ダメだよ小太郎君!」

 

 ここまで来てまた挑発。一体何がしたいんだろうこの人は。ひょっとして、さっきみたいにネギ君の暗い部分を引き出すのが目的? この老紳士がネギ君の村の何かに関係している。その事はもう間違いなさそうだけれど、そこまでして一体何がしたいの?

 

「シルヴィア。手を出すなよ?」

「――っ! エヴァちゃん?」

 

 糸で作られた魔法の格子? 入り口に張られて、破れば進めるけど……。

 

「奴はぼーやの獲物だ。今、お前が手を出してはぼーやは成長しないぞ?」

「獲物って……。まぁネギくんにとっては、当時の加害者ならば、絶対に許せない相手だっていうのは分かるんだけどね」

「まぁ、見ていろ。面白いものが見れるかもしれん。それに良い修行だ」

「なんだかそれ免罪符みたいになってるね。最悪の時は手は出すよ?」

「本当にギリギリまでは手を出すなよ?」

「あ、でも。のどかが……」

 

 不安そうにしている夕映ちゃんの背中に手を置いて、大丈夫だと小声で聞かせながらさする。エヴァちゃんも夕映ちゃんの事は察してくれたみたいで、小さく頷くと何とか落ち着いた様に見える。

 

「教えてください! 貴方は何を知っているんですか!」

「ふむ、まぁ良いだろう。まずは挨拶といこうか。私はヘルマン、しがない没落貴族だよ。縁あって六年前のあの日。あの場に居合わせた者の一人だ」

「何やアンタ、やっぱネギの事知ってるんか?」

「えぇ!? でもあの、ネギの記憶には居なかったわよね!?」

「生き残った村の皆は全員知っています! 貴方は一体誰なんですか?!」

「ふむ、では忘れているのではないのかね?」

「そんなはずはありません!」

 

 何だろうこの人、本当に性格が悪い。ネギくんにとっての悲劇をまるで愉快に見ていたような。

 

「あの時からどれだけ成長しているか、これでも楽しみにしていたのだがね」

「どう言う事ですか!? 村の事はしっかり覚えています!」

「そんなはずは無い、確かに居たとも。それとも忘れたいだけかね?」

「いい加減にしてください!」

「ふむ。まさかとは思うが、あの日の記憶から逃げているのかな?」

「ち、違います! ちゃんと答えてください!」

「よかろう。では、少し待ちたまえ」

 

 あっ、リングを片方外した! エヴァちゃん……。まだこれでも手を出すなって言うんだね。

 

 封印具を懐に入れてから、被っていた帽子で顔を覆い隠す。……何だろう、何かゾクゾクと気持ち悪い感じがする。これは何? 本当に何か分からないけれど、あまり気分の良いものではない何か。

 一体何が……。あ、老紳士の顔が!? 全体は黒い球体で、耳元まで割れる巨大な口と牙。光る発光体の目に捩れ曲がった左右の大角。これは、間違いない。……魔族の人だ。

 

「あ……」

「はっはっは。どうかね? 確かに居ただろう。君自身の仇だよ、ネギ君?」

「ああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ネギッ!?」

 

 暴走!? ネギくんの魔力が完全に制御を外れて噴き出してる。ここが神社の中で良かったかもしれない。もしもの時でも、一般人に見られないで対処できる。

 

 悪魔紳士の懐まで瞬動で入り込んだネギくんが、普段から想像も付かないほどの魔力と激情を込めて殴りつける。そのまま数mほど殴り飛ばしたけど、あれじゃ密度も質も無いし、ただ勢いよく殴りつけただけ。まったく効いた様子が無いね。

 

「ふははは。良いぞ! ならばこれはどうかね?」

「――がはっ!?」

 

 不味い。ネギくんには千雨ちゃんほどの防御力は無いし、暴走している今のネギくんならなおさら。まともにダメージが入って、神社の壁まで吹き飛ばされてる。

 

「ちょっと、しっかりしなさいよ!」

「おいネギ! 頭冷やせや!」

 

スパーーン!

 

 緊張した最中に、軽快なハリセンの音が鳴り響いた。

 

 なるほどね。明日菜ちゃんのアーティファクトなら魔力を霧散させられる。それで頭を叩けば、ショック療法も合わさって、落ち着きを取り戻せるかもしれない。

 それにしてもさっきのネギくんの目は良くないね。完全に瞳の色は憎悪に染まってた。まるで鬼や悪魔の様な形相だったし、今も自分のした事に驚いて体が震えてるみたい。

 

「バカ! あんた一人で悪魔に突っかかってどうするつもりよ!」

「ネギ先生ー!」

「アホかお前! 正気無くしてどないすんのや!」

 

 すると急に落ち着いた様に、その瞳に理性の色が戻ってくる。

 

「あ、アスナ……さん。のどか、さん。あの、僕……」

「やれやれ。そこで止めてしまうとは勿体無い」

 

 何だろう。この人。ううん、悪魔だよね。どうして、そんなに笑ってられるの? ネギくんがあんなに必死に突き止めようとしている、村の人達の情報を笑って済ませられるの?

 世界を救いたいって命を懸けて危険に飛び出す人だっているのに、ネギくんを挑発して苦しめるのが、そんなに愉快なの? 私は……。貴方の様な悪魔を……。ごめん、エヴァちゃん。口出すよ。

 

「悪魔ヘルマン。貴方はそう名乗ったよね」

「これはこれは【銀の御使い】殿。お初にお目にかかるね」

「貴方はネギくんに情報を教えると約束したんじゃないの? 貴方の様な存在がその約束を違えるの? ただただ挑発を繰り返して、それは召還主から依頼されたから? それとも貴方自身の趣味なのかな?」

「これは手厳しい。確かに、私は彼と約束した。だが、いつ話すとまでは約束した覚えは無いだのがね?」

「そ、そんな! 嘘を付いてたんですか!?」

「勿論話すとも。だが私とて召喚された身。クライアントに満足してもらえなければ帰れないのだよ」

「それで? ネギくんの実力は見たんでしょう? 約束通りに話をして帰れ。悪魔へルマン!」

 

 ざわり――。と、周囲の空気が変わったのが分かった。

 私の何か奥深くから、騒ぎ出してくるものを感じる。周りの皆が寒気の様なものを感じているのが分かるけれど、私は彼を簡単に許せそうには無い。

 

「むぅ……これは手厳しい。ネギ君の実力も見れた事だし確かに帰ろう。と言っても学園結界を誤魔化し大きな術は使えないように拘束されているのでね。すぐに消え去る事は出来ない点は謝罪を――」

「三度は言わないよ? 約束を果たしなさい」

「……分かった。あれの本質は呪いだ。水は氷や空気になる。それがあの解呪のヒントだ。では失礼するよネギ君。いつか治療する手立てが見つかれば良いな」




 ネギvsタカミチは、ほぼ原作通りで、ヘルマンの横槍と決着方法が若干違う程度なので詳しく描写していません。むしろ丸々そのまま書くわけにいきませんから。
 ヘルマンは原作でも好々爺みたいな所があったので、悪魔という性質も含めて、ここではこのように扱いました。永久石化の解呪方法は原作に無いので独自解釈です。簡単かもしれませんが、もし何が言いたいのか分かっても、感想などで書かないでください。


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第65話 学園祭(2日目) まほら武道会の尋ね人

 文字数が少し多目です。


「石化の呪い……。それに、水……?」

「ほ、ほら、良かったじゃないのネギ! 少しは希望が見えたんじゃないの?」

「え、えぇ。そう、ですね……」

 

 ブツブツと確かめる様に呟くネギくんだけど、やっぱりまだ悪魔との会話のショックが抜けないのか、少し青ざめている様に見えるね。明日菜ちゃん達が励ましているみたいだけど、まだこれから試合があるんだし、このまま悩み込まれるとちょっと困るかな。

 

 ネギくん達がいる本殿の中に入るために、無造作に魔法の糸で作られた格子を引きちぎって、普段よりも優しい声を意識して、祝福の言葉と注意を促した。

 

「おめでとうネギくん。少しだけ進展したみたいだね? でも、まだ試合は残ってるから、気を抜いちゃ駄目だと思うよ?」

「あ、あの。シルヴィア先生?」

「うん、どうかした?」

 

 何か変な事言ったかな? 何も言ってないと思うんだけど……。なんだかネギくん達の青ざめた様な顔が変わっていないし、何か変なものでも食べたのかな?

 

「調子悪いのかな? ドリンク剤でも飲む?」

「いえ! だ、大丈夫です!」

「そう? 明日菜ちゃんは試合前だから、飲むとちょっとずるいかな?」

「そ、そーですね! はい、こ、こわくなんか……」

「えっ?」

「何でもありません!」

「大丈夫です、ありがとうございました。頑張ってみます! あ、マスターもすみませんでした!」

「なんだ。私はついでか?」

「ち、ちち、違います!」

 

 あれ? なんだろう、この変な空気。ネギくんも遠慮なんてしなくて良いのに。明日菜ちゃんもそんなに悪魔が怖かったのかな?

 あ、タカミチくんにも無事勝てたんだし、ちゃんと褒めてあげないとね。褒めて伸ばすのは重要な事だし、あれと面と向かって相対出来た精神力は、タカミチくんの豪殺居合拳で身に付けられた部分もあったんじゃないのかな?

 

「それにしても、ネギくんは頑張ったね。無事にタカミチくんにも勝てておめでとう。それに、あれに面と向かって挑めたのも凄かったと思うよ」

 

 もちろん笑顔で話しかけたんだけど……。なんで引いてるのかな?

 

「は、はい! ありがとうございます! でも僕はまだまだ未熟なんで頑張ります!」

「え? うん。そうだね。頑張ってね?」

「はい!」

 

 何だろう。タカミチくんとの試合で、駄目だった部分をもう反省して取り入れてるって事かな? それに、エヴァちゃん辺りが叱咤するのかと思ったんけど……何も言わないね?

 ちらりとエヴァちゃんを見ても、ニヤニヤしてるだけで意外と機嫌が良さそうに見えるんだよね。どうしたんだろう、珍しい。さっきまで色々文句を言いたそうにしてたのに。

 

「あ、もうすぐ私の試合! じゃ、じゃぁネギ、そう言う事で!」

「えぇ!? アスナさん待ってください!」

 

 そう言えば、もうネギくんの次の試合はやってるのかな? 明日菜ちゃんが慌てて控え室に向かうのは分かるんだけど……。うーん。なんか、変だね? のどかちゃんも夕映ちゃんに何か言いたそうにしてたし。気になるなら聞けば良いと思うんだけどね。

 とりあえず今ここに残ったのは、私とエヴァちゃんと夕映ちゃんの三人。夕映ちゃんに顔を向けると……。なんだか微妙な顔をしてるね。どうしたのかな。

 

「えっと。この状況は何かな?」

「……シルヴィア先生が怒った所を初めて見たからでは無いでしょうか? 私も驚きました」

「私も久しぶりに見たな。殺気も出ていたぞ。まったく、ここしばらくボケたかと思っていたが、何百年ぶりだ?」

「え、そうかな? でもあのやり方は良くないよ。ネギくんをからかって面白がってるんだもの」

「確かにそうですが……。それに本当に帰ったのでしょうか?」

「さぁな。それに証拠は掴んだのだろう? 次に来たら捻り潰せば良い」

「うん。そうだね。踏み潰せば良いよね」

「え?」

「夕映ちゃんどうかした?」

「い、いえ。その……」

 

 合わせていたはずの視線が、ゆらゆらと揺れて顔ごとエヴァちゃんにぐるりと向かった。そのまま二人に少しずつ距離を取られて……。

 というか……何をしてるんだろう? 何だか二人でひそひそ話をしてるけど、何か言いたい事があったら直接聞いて欲しいかな?

 

「ね、ねぇ二人とも。そういう事されるとね、微妙に傷付くんだけどなー?」

「だったらその分さっきのヤツにでも叩きつけてやれ。私に聞くな。もしくは綾瀬夕映に直接聞け」

「わ、私ですか!? えぇと、その……。と、とにかく戻りませんか!? まだ試合は残ってるです」

「夕映ちゃーん? ちょっとお話しよっか?」

「わ、私は試合が! 試合が見たいです!」

「諦めろ。これも良い経験だ」

 

 とりあえず夕映ちゃんに、どれだけネギくんの事をお祝いしたいのか、気持ちが分かるまでゆっくりとお話をしていると、試合が終わった高音ちゃんが半裸で泣いて控え室に走り去って行った。

 何だか今日は不思議な事ばかり起こるね?

 

 

 

『さて皆様お待たせしました! 今大会で新たなアイドル誕生か!? メイド女子中学生二人組みの入場です!』

 

「ちょっと待った朝倉ぁ! 何よこれー!」

「いやー、だってあんたら肩書き無いじゃない? ここはちうたんを見習ってさぁ?」

「アイドルの真似とか無理よー!」

 

 アンジェちゃんとチャチャゼロちゃんに席を確保しておいて貰ったところに戻ると、何だか明日菜ちゃん達が揉めている様だった。

 改造エプロンドレスで、フリル満載のメイド服を着た明日菜ちゃんといつものハリセン。それに対して刹那ちゃんは、やっぱりエプロンドレスに、ミニスカ和風のメイド服で高下駄。それに何故かモップを持っていた。

 

 何処からどう見てもこれから試合をするって感じじゃないんだけど、何をしてるんだろうね……。とりあえず、さっきのICレコーダーを千雨ちゃんのパソコンに保存しておいた方が良いかな。でも、勝手に起動したら怒られちゃうかな? うーん、後で謝るしかないかな。証拠は必要だし。

 

「ふむ……。まぁ、発想は悪くない。だが、着物の良さと言うものをだな……」

「エヴァちゃん、注目する所違くないかな? 確かに何をしてるんだろうって思うけれど、可愛い事は可愛いと思うよ?」

「何を言う、どうせ神楽坂明日菜は負けるんだ。それならそうで、もっと着飾ってやるくらいしてやれば良いものを」

「明日菜さんは負け確定なのですね……」

「フフフ。そうとも限りませんよ?」

「だ、誰です!?」

 

 あれ? この人ってさっきエヴァちゃんが、正体を知らない方が良いって言っていた人だよね? 急に声をかけてきたけれど、何か明日菜ちゃんの事を知ってる人なのかな?

 魔法無効化能力者って事もあるから、どこか特殊な環境で育ったか、偶然に学園長の情報網で見つけた子だったんじゃないかって思ったんだけど、この人の関係者? でもこの人の声って、どこかで聴いた覚えがあるんだよね。ちょっと、顔を見せてもらえたりしないかな?

 

「おっと覗いてはいけません。私の正体はヒ・ミ・ツ。と言う事で」

「うーん、どこかで聞いた覚えがあるんだよね」

「そのうち分かりますよ」

「放っておけ。こいつに関わっても碌な事が無い」

「おや、それは心外です。ところでエヴァンジェリン。ここで一つ賭けでもしてみませんか?」

「いらん。さっさと帰れ」

「それは残念。ですがこの試合、黙って帰るわけにはいかないのです」

 

 そういう言い方をされると、明らかに明日菜ちゃんの関係者だって言ってるものなんだけどね。どうもあまり隠す気も無いみたいだし。でも一応、刹那ちゃんにも用はあるって事なのかな?

 とりあえず今は試合だよね。正道の剣術を学んでいる刹那ちゃんは、最近修行を始めたばかりの明日菜ちゃんにはまず負けないと思うんだけど……。

 

 え、もしかしてあれって感掛法? どうして明日菜ちゃんが? あれのコントロールは千雨ちゃんが年単位でダイオラマ球の中で訓練して、やっとコントロールが出来るようになったのに。

 エヴァちゃんに懐疑的な視線を送ると、軽く首を振って答えてくれた。と言う事は、エヴァちゃんは教えてないって事だね。フロウくんなら面白がって教えそうだけど、一、二ヶ月で出来るようになるものじゃないし、そう考えると操られてるか、もしくは元々出来たって事になるよね。

 

「一般人ではなかった。という事か? ジジイめ、何処から見つけてきたのやら」

「言っても多分口を割らないと思うよ? 契約にかこつけて脅せば言うとは思うけど、危険っていうわけでもないし、とりあえず傍観で良いんじゃないのかな?」

「黙っていたのは気に食わんが……。まぁ良い。ただでさえA組は隠し玉が多いからな」

「あ、あの。桜咲さんの方が優勢に見えるのですが、明日菜さんはあれだけで勝てるのでしょうか? それに、明日菜さんは魔力や気は使えないはずですよね?」

「無理だな、いくら何でも急ごしらえすぎる。あいつ自身も戸惑っているようだ」

「そうだね。ネギくんからの魔力供給でやってきたはずだし不自然だね」

 

 刹那ちゃんの顔付きが、楽しんでいるというよりは段々真剣になってきたね。剣の型だけでじゃ対応できないって判断したみたい。神鳴流の気を纏った技を織り交ぜる様になって来た。

 斬空閃だったかな。剣先から気の斬撃を遠距離に飛ばす技だね。一応周りを気にして、衝撃波に留めているみたいだけど……。感掛の気であっさり消し飛ばされてるね。

 

「刹那ちゃんは別に手を抜いてないよね? 関西の出張所や、エヴァちゃんのダイオラマ球で訓練してたみたいだしさ?」

「だが、若干舞い上がってるな。神楽坂と打ち合うのが楽しいという眼をしている」

「あの、何だか明日菜さんの表情が無くなっているのですが?」

「え!?」

 

 まさか、本当に操られていた? 一瞬、フードマントの人が頭を過ぎったけれど、それよりも今は明日菜ちゃん。夕映ちゃんの指摘に沿って、明日菜ちゃんの顔に目線を送る。

 え、でも。あれは……。表情が無いというよりは、戸惑いとか後悔とか。それに……。

 

「泣いてる?」

「む、気に質が変わった。と言うよりは何だあの力は?」

「明日菜さんのアーティファクトが!」

 

 いきなり咸卦の気の密度が上がった? それに、明日菜ちゃんのアーティファクトがハリセンじゃなくて、片刃で1mを超える大剣に変わってる。

 神鳴流の技も気が散らされてるし、気を込めたモップもあっさり切り裂かれてる。もしかしてあれは……、明日菜ちゃんの魔法無効化能力を、完全に引き出すための強化系アーティファクト?

 

「ちょ、明日菜! 本物はマズイって!」

「危ない、朝倉さん下がって!」

 

 明日菜ちゃんの目は、きっと刹那ちゃんを見ていない。何かに捕らわれたまま大剣を振り続け、感掛の気で勢いまかせに剣を振り回してる。

 けれども、乱暴に振り回す明日菜ちゃんに、刹那ちゃんが素早い動きで横から手足を絡め取って、豪快に宙を舞いながら投げ飛ばした。その衝撃で、上手くアーティファクトも手元から離れたし、無事とは言い難いけど何とか収まったかな?

 

『は、刃物は禁止されています! 反則により桜咲選手の勝利ー!』

 

 ルールに乗っ取ったのか、機転を利かせてくれたのか、ともかく和美ちゃんの一声で試合はここで終了。大事に至る前に止めてくれた刹那ちゃんに感謝だね。

 

「何だったのでしょうか?」

「ジジイが集めた生徒だ。何かを隠し持っていても不思議ではないな。そう考えると綾瀬夕映。お前だって何かあるのではないか?」

「わ、私がですか!? 何も無いと思うのですが?」

「一般人のクラスなのに妙に能力が高い子が混ざってるからね。千雨ちゃんの事だってあるし」

「まぁどうせジジイの道楽だろう。もし何かあれば逆に利用してやれ」

「は、はぁ……」

 

 そして次の試合は、トーナメント一回戦の最終試合。優勝候補と名高い古ちゃんと、裏側の住人で傭兵の真名ちゃん。一般投票だと古ちゃんの方に軍配が上がっていたけれど、始終、真名ちゃんがマシンガンの様にコインを撃ち出して圧倒。

 そのまま押し切るかと思ったら、ネギくん達の声援もあってか古ちゃんが盛り返して、なんとか懐に潜り込んで気を使った一撃で勝利を収めた。

 

 これでトーナメント一回戦は全部終了。この後は準決勝と決勝戦だね。今の所、大会側から無理に魔法をばらそうとする姿勢は見えなかったけれど……。

 

「随分と手加減していたな。本気でやるなら一瞬だっただろうに。自分が可愛かったか?」

「そんな事は無いと思うよ? 一般人の振りして、今出来る本気だったんじゃないのかな?」

「あの、龍宮さんも高畑先生の様な大技があるのですか? 普段から銃ですし、魔力も気も使っていなかったようですが……」

「……アイツは半魔族だ」

「エヴァちゃん、それって秘密にしてたんじゃないの?」

「え、そうだったのですか?」

「あぁ。だが、命が惜しければ知りたがりは程ほどにして置け」

「は、はいです……」

 

『それでは皆様。休憩の間トーナメント一回戦のハイライトを、ダイジェストでお楽しみください!』

 

「えっ?」

「く、空中に映像が浮かんでます!」

「ほぅ。いよいよか」

 

 大きい……。舞台は確か15mって和美ちゃんが言っていたけれど、それを隠せる大きさのテレビ画面。空間パネルと言うか、劇場のスクリーンって言った方が良いかもしれない。

 舞台の四辺を全部囲んで、観客どころか外からでも見えるくらい巨大なスクリーン。そこに今までの試合の動画が次々と”公開”されている。

 

「……やられたね」

「そうだな。映像の撮り方からして、おそらく茶々丸と左右の灯篭塔辺りか?」

「確か、認識阻害は現実に起きている場合にしか、その効果が無かったはずですよね? 映像の認識阻害は電子精霊でジャミングを使わなければ、ダイレクトに魔法が伝わってしまうのでは?」

「あぁ、その通りだ」

 

 インターネットの方はある種のダミーで、この場で直接見せ付ける。その二段構えの計画だったって事だね。でも、ここまで執拗に魔法を公開するのには、それだけの意味があるはず……。

 

「シルヴィア! ネットにも公開され始めてる! ヤバイぞ!」

「分かってる、私は超ちゃんを探しに行くよ」

「フフ、思いっきり叱ってやれ」

「うん、任せておいて! エヴァちゃんは、超ちゃんが会場に出てきたらお願い。あと夕映ちゃんの事もよろしくね?」

「あぁ、任せておけ」

「頼むシルヴィア! マジで頼む!」

「分かった!」

 

 とにかくまずは大会本部を探す事。テントに超ちゃんはいなかったから、分かりやすい位置としては神社の中の控え室とその周りの部屋かな。

 とにかくローラー作戦でも良いから、学園全土を探す。そう決めて神社の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

「……タカミチ・T・高畑。こちらに気付いた様子はありませんでしたわ」

「そう。もしかしたら見逃されているのかもしれない、注意は怠らないように」

「えぇ。ですがどちらかと言えば、必要なのは彼女達と、あの愚か者共の使い魔でしょうか」

「あれか……。随分と遊んでいた様だけど」

 

 先に行われた試合を思い出したのか、少し考え込んでいる様に見える。敵意を剥き出しにしている少女と、不機嫌だと分かる目付きをしていながら、興味が無いと言う矛盾を抱えた少年。

 本当は興味があるのに、自分がそうであるはずが無いと思い込もうとしている。見る限りはそうとしか見えないが……。

 

「今、この地は恐ろしい魔力溜まりと化しています。抑えているとはいえ、ただでさえ巨大な力を持った者達がいるのに、世界樹の影響をあの者達が見逃すでしょうか?」

「そうだね、ここのゲートが現存していればあちらに送れるけれど……。オスティアとはもう繋がっていないからね」

「こんなにも旧世界≪ムンドゥス・ウェトゥス≫には魔力が溢れていると言うのに……」

「無いもの強請りをしてもしょうがない。それに根本的な解決には至らないよ」

「ですが、私達の――」

「そこまでだ、栞さん。聞かれている」

「――っ!? 何者!」

 

 今頃気付いても遅い。そう言っても、殆ど情報らしい情報が聞けたわけじゃない。それでも、魔力を欲しがっていると聞けただけ運が良かったか? クク……。

 まぁ良い。せっかくだから挨拶といこう。招待していない客だが、イレギュラーとしては大歓迎の相手。それに、アイツの状態がどうなっているのかも興味がある。

 

「どうしたの、おねえちゃん。おかおがこわいよ」

「……子供?」

「何の用だい? “ここ"は子供が来る場所じゃないはずだ」

「あのね、ママがね、パパもね、みつからないの。ぐすっ、うぅ……」

「え、えぇと……フェイト様。どうしましょうか」

「下手な演技はいい。何百年も前から闘技場荒らしと呼ばれている君を知らないわけが無いだろう?」

「ククッ。つまらないヤツだな。もう少し付き合いってものを覚えろ」

「残念だけど、旧世界流のジョークは分からなくてね。用がないのなら帰ってもらえないかい?」

「え、この子が……?」

 

 身長は大して延びてないからな。幻術魔法を使えばそうでもないが、そのまま人間形態ならガキのままだ。こればかりはしょうがないんでな。

 もっとも、闘技場で暴れまくってたのはかなり昔の事だ。それをいちいち覚えてるってのは、奴らの情報網はそれ相応にあるって事だな。それだけじゃねぇな、魔力が無いと困るって事は、何か事を起こす気があるってか? シルヴィアが命を拾った手前、加減はしてやるが容赦をする気はねぇな。

 

「それで? ネギ坊主はどうだ。面白そうか?」

「別に。見る価値も無い」

 

 少し視線を逸らしたか。意識してるってバレバレだぜ? お前がアイツで何をしたいかなんてのは分からねぇが、嘘は良くないな。少し、試してみるか?

 少しだけ殺気を込めてぶつける。少女の方は分からないが、コイツがこれくらいで怯むとは思えないレベルの威圧。さて、どう出るか。

 

「――ひっ!?」

「止めてもらえないかい? この場で争うつもりは無い」

「この場じゃなかったらやるのか? ナギとやった時みたいにか?」

「……何だって?」

「俺の情報網を甘く見るなよ? 表も裏も、人と金と時間をかければそれ相応の事が出来る。それに、情報屋よりも信望者ってのは扱いやすいんだ。そこの小娘みたいにな」

「な!? わたし……は、うぅ……」

「あぁ、そうか。喋れなかったか。それは悪かったな。ククク」

「用件は? それだけなら帰ってもらいたいんだけどね」

 

 ……マジでつまらないヤツだな。もっとも、ラカンのヤツなら直接面識もあるだろうし、俺よりもっと食いつきそうなんだが……。

 まぁ挑発はこの程度で良い。シルヴィアの事も有るからな、後からじわじわ聞いてくるだろう。

 

「用件は二つ。見ていたんだろう? ネギ坊主か? シルヴィアか?」

「それを答える理由があるのかい?」

「ねぇな。もっとも、お前は心に嘘をつけそうにないタイプだ」

「……フェイト様?」

「…………答える義務は無いね」

 

 そりゃそうだ。わざわざ敵になるってヤツに答える方が馬鹿だ。

 けど、ネギと口に出した時の一瞬だが戸惑った視線。そしてシルヴィアの名前を出した時には泳いだ。その反応だけで十分なんだがな? 造物主に仕える使い魔。なんて言ってやがるがどうにも人間臭い。

 

「それじゃ二つ目だ。お前、裏切り者になる気か?」

「ありえないね」

「そうです! フェイト様の崇高な理想を汚すのは許しません!」

「誰もそんな事言ってねぇだろ? だいたい崇高とか言ってんなら、堂々と胸を張って計画を示せ。それが出来ないから、後ろめたいからこそこそしてやがるんだろ?」

「なっ!? そんな事はありません。大体貴女にも――」

「言う必要は無いよ。挑発に乗って言わされては駄目だ」

 

 ふーん。俺にも……か。つまり、この世界のイレギュラーである俺にですら、関係が有るほど規模がデカイと言う事か。

 

「大体分かった。情報ありがとう、栞ちゃん? ククク」

「な、ぐ……。あ、貴女。知っていて!」

「言葉を飲み込むのがやっとか? ただ、これだけは覚えて置けよ。シルヴィアは命の貴賎を選択しない。救えるヤツなら誰だろうと飛んで行く様なお人好しだ。どんな理由かしらねぇが、救われた命は大切にしろよ? 今度自殺するようなまねをしたら、俺が直々に消しに行ってやる」

「う……」

「……それは困るね。栞さん、大人しくしていたほうが良さそうだ」

「は、はい……」

 

 なに? 聞いていた話と大分違うな。コイツは目的のためなら敵でも仲間でも、平気で犠牲にするような印象を受けたんだが……。

 少しだけ前にでて、いつ俺が踏み込んでも庇える位置に居るな……。シルヴィアとの出会いで変わったのか? ククク。コイツらをもう少し眺めていても面白そうだ。

 

「……何のつもりだい?」

 

 警戒する二人をまるっきり無視して、直ぐ横の屋根の上に腰を落ち着ける。多少、武道会場から離れてはいるものの、このくらいの距離なら見るのには問題ないだろう。

 呆れた目をしたフェイトと、うろたえまくってる栞。それを見てるだけでも面白いんだが、やっぱり観戦するのにも、人の意見ってモノが欲しいからな。

 

「まぁ、楽しんでおけ」

「……警戒に値しないと言う事か。それとも、交渉しだいでは手を出さないでもらえるのかい?」

「さぁな」

「あ、貴女。下品ですわよ、こんな所で胡坐をかいて。その……スカートが……見えて」

「はぁ? 俺は男だぞ。それともお前、めくって見たいのか?」

「お、とこ!? ああああ、あなたは!」

「止めた方が良い、彼女の一挙一動は演技だ。人をからかう趣味もある事で有名なんだ。闘技場で彼女の容姿に油断した隙に終わっていた。と言うのも有名だったらしい」

「最低ですわ……」

「何とでも言え。真剣勝負で油断する方が悪い。……それとも栞さん。わたくしが淑女と言うものを教えて差しあげましょうか?」

「……っ! 結構です!」

 

 突然態度をぐるりと変えて、顔付きも仕草も、声質も栞に合わせたそれらしいものにする。すると恥ずかしいのか、怒りが収まらないのか、真っ赤な顔になってそっぽを向かれてしまった。

 

 俺の勝手な見立てだが、こいつらは妙に世界世界と背負い過ぎてる気がする。少しは笑って生きるっていう過ごし方を覚えた方が良いと思うんだがな。

 それに栞は、フェイトのヤツより幾分からかい甲斐が有るように見える。しばらくはコイツらで暇を潰せそうだ。ついでに、もうちょっと世界ってものに未練を持って貰う様に誘導してみるか? ククク……。




 基本的に原作通りの試合は細かい描写をしません。明日菜は原作でもキーキャラクターなので、修学旅行編で、原作よりも少し気持ちがしっかりしている刹那と共に描写しました。


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第66話 学園祭(2日目) まほら武道会の裏側

 文字数が少し多目です。


「ここにも居ないみたいだね……」

 

 今は龍宮神社の周囲にある林の中。あれから神社の中をくまなく探してみたけれど、超ちゃんの姿どころか、関係者の姿すらどこにも無かった。痕跡くらいあれば良いと思ったんだけど、控え室の係員も、医療スタッフも、皆雇われていた人で誰も居場所を知らなかった。

 こうなったら龍宮神社を中心に、周辺を探索魔法で探した方が良いかもしれない。超ちゃんの居場所が分かれば、エヴァちゃんの影の転移魔法も……。あっ! そうだ、もしかして。

 

 今の私には『グランドマスターキー』がある。あれの『リロケート』だったら、直接超ちゃんの所に飛べるかもしれない。

 

「本を呼び出して……。この感覚も久しぶりだね」

 

 私の奥底にあるものを意識して呼びかける。以前の魔力で編まれた本とは違うもの。自分の奥の中にある何かと繋がっているとハッキリ感じるその本を呼び出す。

 

 本を呼び出して最初のページ。いつも通りに説明書と書かれたふざけたページをめくり、説明書きを飛ばしていく。白紙のページがしばらく続いた後に『グランドマスターキー』のページを発見。これは、もしかしなくても最後から探した方が早かったかもしれない。多分真ん中のページはただの『マスターキー』で、最後の方が重要な鍵になっているんだと思う。

 

 そのまま『グランドマスターキー』のページから実物を召還すると、銀色の粒子を帯びながら実体になって現れた。それ両手で握って縦に持ち、超ちゃんの居場所へ飛べるか試す。

 

「それじゃ、やってみようかな。――リロケート 超ちゃんの側に シルヴィア・A・アニミレス」

 

 ……やっぱり、何も起こらないかぁ。この前みたいに場所のイメージがハッキリしていないし、魔力の流れも出来ていない。鍵はただ銀色の粒子を出しているだけで、前みたいに溢れ出て来る感じもしない。

 呪文を詠唱しても、明確な居場所が分からなければ何にもならないって事だね。それじゃ、やっぱり普通に探索魔法かな?

 

「集まって影の精霊達……。超ちゃんの居場所を探すために、私に力を貸して……」

 

 闇に属する影の精霊達を、私の特殊能力で集めて探す。影は隅々まで侵食して、ありとあらゆるところまで入り込んでいけるから、探索をする時はこの方法が一番確実に分かる。

 

「――見つけた!」

 

 再び鍵を両手で握り締めて、もう一度転移魔法を試みる。

 

「リロケート 龍宮神社内、左側の高灯篭三階・コンピュータ室中央 シルヴィア・A・アニミレス!」

 

 場所は龍宮神社の中。とは言っても舞台の真横に有る高灯篭の中にある部屋。ものの見事に灯台下暗しの場所だね。正面からの進入口は無いけど、影の感触からすると地下から入れたみたい。

 

 もちろん、今度は明確に場所がイメージできる。きちんと鍵から銀色の光が放たれて、体の周囲を何週も囲んでオーロラ状になる。私を飲み込んだ光は、指定場所へと一瞬で送り届ける。

 視界が切り変わった次の瞬間、目の前には少し慌てた顔の超ちゃんと、驚いた目をした真名ちゃんが居た。

 

「これは驚いたよ。先生はどんな魔法を使ったんだい?」

「それは私のセリフかな? 吃驚したよ。真名ちゃんは超ちゃんのお手伝いをしているの?」

「仕事だよ。もっとも、超の計画に賛同した上で、だけどね」

「そうなんだ……」

 

 少し悲しいかな。どんな理由があるにしろ、魔法を公開すれば世界中で混乱が起きる。

 きっと想像もしていなかった様な大規模な暴動や、信じられない様な事態に発展する負の可能性が大き過ぎる。それを分かった上で協力してるのかな?

 

「なるほどネ。あの鍵を獲た時点で、こうなる可能性を否定出来なかたネ。迂闊だたヨ」

「ねぇ超ちゃん。もう一度お話しても良いかな?」

「構わないヨ。出来れば仲間になってくれると嬉しいネ」

「それはちょっと無理じゃないかな? 私は先生として、超ちゃんを叱りに来たんだ。大人しく叱られてくれないかな?」

「それはチョット無理な相談ネ♪」

 

 ニッコリと笑う超ちゃんに穏やかな笑みで応える。けれども私の中では、もう警戒から最終通告に切り替わっている。

 超ちゃんが魔法を公開した先に何をしたいのか。その理由は知らなくてはいけないと思うけれど、今ここで止める必要があるのは間違いない。超ちゃんが未来で何を見たのか、魔法を公開しないといけない理由があるのか。それを聞くのは止めてからでも遅くは無いはず。

 

 いつも通りに笑う超ちゃんに、警戒を怠らずに話しかける。どうにも隙だらけだけど、直ぐ側に真名ちゃんが居る事で、迂闊には飛びかかれない、

 

「ねぇ超ちゃん、どうして魔法を公開したいのかな? 返答しだいでは、超ちゃんを捕まえないといけないんだよね」

「逆に聞こうカ。どうして魔法を公開しないのかナ?」

「また言葉遊び? 話しをしてくれるんじゃなかったの?」

「アハハ、仕方がないネ。では話すが、魔法は脅威とされてる分野ネ。しかし、正しく使えばあらゆる人を救う万能薬になるヨ。それを公開しない手は無いんじゃないかナ? 医療に携わるシルヴィアさんなら良く解ると思うのだがネ?」

 

 確かそれはそう。でも、それはあくまで正負の中の一面。それをしたら医療のバランスは崩れるし、闇医者なんかもきっと増える。仮に私が魔法薬で人を救えたとしても、薬にも限りがある。

 それだけじゃなくて、回復魔法があるのなら、攻撃魔法もあるって考えに行き着くのは直ぐだと思う。実際にそっちを先に使って怯える人なんかも増えちゃうよね

 

「一つ公開すれば、芋づる式に他の魔法にも行き着くよね? 攻撃魔法や幻術系で悪さをする人も出るだろうし、未知の技術に恐怖が先立つんじゃないのかな?」

「もちろんそれに対しての手は尽くすネ。今後三十年の準備は整えてあるヨ」

「それは……。超ちゃんが世界を一人で管理するって意味かな? まず、他の魔法関係者の協力は仰げないと思うよ?」

「手厳しいネ。だが、そのつもりだヨ」

「でも、それは――」

 

 どう考えても、完全な管理は不可能。もし、それを実行する手足があったとしても、世界中で一気に足並みをそろえてやらないと、まともな管理どころかあっさりと反乱が起きると思う。

 それに、その方法はあの傲慢な神様と同じ事なんだよね。好き勝手に決めて、世界を崩して、自分は調整しながら見守る。どんな理由があっても、それはして良い事じゃないと思う。

 

「ごめん超ちゃん。私にはそれを認める事は出来ないかな」

「とても残念だヨ」

「悪いけど、ネット上のデータ消してもらえないかな? 超ちゃんなら出来るよね?」

「出来てもやらないヨ。私の計画はもう始まているからネ♪」

 

 その言葉と同時に、軽く足を肩幅に開いて臨戦態勢を取り始める。……戦うつもりなんだね。それなら悪いけれど、拘束させてもらうよ。

 右の指先を超ちゃんに向けて、風の精霊を呼び込む。素早く魔力を練り上げて、狙いのままに拘束の矢を撃ち込む。

 

「痛いのは我慢してね? 風の精霊11柱 縛鎖となり 敵を捕らえて 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 部屋の中をガタガタと揺らして、鋭く密度の高い風が走り抜ける。一斉に飛び出した風の矢は鞭の様にしなって曲がり、超ちゃんの周りを囲んで捕らえようとする。

 けれども、それらは超ちゃんの周囲を包み込むだけで、拘束しようする対象を見失っているかのように動かなかった。

 

「え、あれ?」

「どうしたネ。シルヴィアさんは私を拘束するんじゃなかたカ?」

 

 拘束できなかった風の矢は、そのまま対象を見失ったかの様にぐるぐると回ってから消えていく。

 これは、明らかにおかしい。魔法障壁で逸らしたわけでもなくて、何かの魔導具を使ったそぶりも無い。しかも超ちゃんは魔力の伝達が出来ないし、精霊が動いた気配も無い。端的に言えば、ありえないって事になるね。

 

「ねぇ超ちゃん。魔法、使えないんじゃなかったの?」

「ウム。使えないヨ。だから私は何もしていないネ」

「真名ちゃん何かした?」

「いいや。私は見ていただけだよ」

 

 本当におかしいね……。真名ちゃんが幻術を仕掛けたわけでもなさそうだし、何か別の動作をしたようにも見えなかった。

 何よりも、真名ちゃん自身がありえないものを見たような顔をしている。真名ちゃんは半魔族だし、精霊の動きがおかしいって思ったはず。

 

「お、シルヴィアさん。千雨さんの試合が始まるよ。ちょうど良かたネ。観戦して行くと良いヨ?」

「おしゃべりしながら?」

「ウム。お友達と無言で居るのはツラいヨ?」

「うん、まぁそうだね。でも、口が上手いなら説明してくれると嬉しいかな?」

「お褒めに預かり光栄ネ。それに応えて一つだけ私の計画を話そうカ」

「良いの?」

「構わないヨ。私の計画の本番は明日の十九時頃だヨ。それまでは大会以上は何もしないネ」

「それまでに対策しろって言ってる?」

「ウム。フェアじゃないからネ」

 

 何か分からない方法で私の魔法を防いでいる上に、タイムマシンまで使うんだもの。その時点でとてもフェアじゃないと思うんだけどね。

 明日、とは言うけれど。それはもう準備が完全に整う時間って意味だよね。逆にそれまでに捕まえられないと、何が起きるか解らないし、何をされたのかも解らない。

 

 とにかく、千雨ちゃんの試合も心配だけど、今は超ちゃんからも目が話せない。これは厄介な事になっちゃったなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 トーナメント二回戦の第一試合、長瀬と小太郎はあっさり長瀬の勝ち。実力差もあるから当然だな。どっちも分身術の使い手だけど、長瀬の方が質も量も倍以上の差がある

 まぁそんな事よりも、このフード男がヤバイ。何だか妙に強い相手というか、明らかに高畑先生以外の強いメンバーに当たってるよな?

 

『さぁトーナメント二回戦第二試合! 一回戦では凄い蹴りを見せてくれた、戦うネットアイドル黒ちうさま! 対するは拳法家を一撃で終わらせた、謎フードマントのクウネル・サンダース選手です!』

 

 さてと、やっぱここはカゲタロウみたいに即効で実力を測りに行かないと無理だよな? 明らかにさっきの紳士よりも強そうだ。

 それにフードで顔を隠してるのが明らかに怪しい……。

 

「はぁ……」

「何だあんた。人の顔見るなりいきなり溜息とか失礼だろ」

 

 それにしても、マジでコイツ誰だ。まさかカゲタロウの中身って事は無いだろうけどよ、顔を見られちゃ困るって事だよな? もしかして、こいつも侵入者だとか言わねぇよな?

 

「一つ、質問させて頂いて構いませんか?」

「何だよ? 内容によっちゃ聞かねぇぞ?」

「どうして……どうして子供の時に、会えなかったのでしょうか。実に、残念です」

「はぁ?」

「貴女の趣味の話です。どうせなら小さなままでいた方が、色々と出来たのではありませんか?」

「なんだそりゃ?」

「もっと早く、人間をやめてくだされば良かったのに。はぁ……」

「――なっ!?」

 

 こいつホントに誰だ!? 私が半分人間やめてるのはシルヴィア達以外は誰も知らないはず。もしかして、知らない間に探査魔法か何か使われたか?

 この会場に上がってから使われた様子は無い……。魔力も精霊の動きも無かった。て事は、前々からこいつ知ってやがったな?

 

「今からでも遅くありません。変身魔法を覚えませんか?」

「悪いがそんな趣味はねぇな。それよりもあんた何者だ? 一応試合なんだがな?」

「おっとそうでした。つい趣味の話しに没頭してしまい。もう一度お聞ききしますが――」

「やらない。あんた何者だ?」

 

 本っ当に変なやつだな。からかってるのは分かるんだが、どうも半分本気っぽい。それに嘘だったとしてもこいつの実力とは関係なさそうだ。おどけた雰囲気で人をからかう姿勢は、こいつの常套手段なのか?

 とにかく相手のペースに飲まれたらマズイ。手も足も出ないまま……。あれ? 何でこんな本気になってんだ。普通に負けたら良くねぇか? コイツが侵入者だったとしてもレベルが違うのは分かってる。となると、こいつの情報を出来るだけ引き出して、無事に負けた方が良いよな?

 

「クウネル・サンダースと申します。クウネルと気軽にお呼び下さい」

「じゃぁサンダースさん。何が目的だよ」

「…………はぁ」

「……オイ、コラテメェ!」

 

 ちゃんと名前呼んだだろうが! しかも気軽にどうぞとか言っといて、さらっと無視してんじゃねぇよ! どう見ても人を食ってる態度にしか見えねぇぞ!

 くそ、だからと言って普通に攻めてどうにかなる相手か? 伝わってくる気配が、シルヴィアとかエヴァクラスなんだよな……。どうやって絶えながら情報聞き出すか……。

 

「クウネル・サンダースさんよ」

「はい、何でしょうか?」

「一つだけ聞かせろ。あんた侵入者か?」

「答えなくてはいけませんか?」

「出来れば答えて欲しいところだな」

「では、取引と行きましょうか。貴女が勝てば、正直に私の目的を話しましょう。ただし、貴女が負ければ……」

「子供になれってか? ドヘンタイだなアンタ。そんな分の悪い賭けに乗るかよ」

「では、勝っても負けても正直にお話しましょう。その代わり……」

「やらねぇ!」

「フフフ、それは残念です。ですが、私は決勝戦に進まなくてはならないのです。彼の為にね」

 

 彼って誰だ? トーナメントに残ってる男子は、もうネギ先生だけだよな? て事はまた先生狙いか。つくづく人気者だな。

 それに侵入者じゃないってホントか? とにかく少しでも実力を測るしかねぇな……。

 

 右手に気。左手に魔力。それぞれを制御して合成。観客の目は気になるけれど、そんなこと言ってる場合じゃねぇ。咸卦の気を全力で込めて、蹴り飛ばす!

 

「ほう……。ですが届きますか?」

「なに? ――っ!?」

 

 突然に身体が重くなって、視界が真っ黒に染まった。みしみしと何か分からない重圧を受けて、舞台そのものに胴体から飛び込む形で押さえ付けられてる。

 これはマジでやばい! 指先から足先まで身体中が悲鳴を上げてるし、重圧で日傘も潰れた。呼吸も苦しくなって来たし、何よりも痛テェ! 指一本持ち上がらねぇし、感掛法使った後じゃなかったらマジで潰れてたぞこれ!

 

『これは一体何が起きたのかー!? 黒ちうさま選手がいきなり倒れて、舞台がへこんだー! クウネル選手の技でしょうかー!』

 

「……ぐ、くく」

「おっと、やりすぎましたか?」

 

 チクショウ、精霊囮を作る暇も無かった。発動から発生まで一瞬とか魔法理論無視かよ! しかもいつ詠唱したんだよコレ。

 あ、呪文詠唱禁止だったか。そんな事よりも、考えてたらマジで潰れるな。ここが水場でホント助かった。舞台下からテティスの腕輪で水を呼び込み、自分の下に水溜りを作る。そのまま飛びこんで転移魔法を組み……あ、ぐ、うぅ……。精神集中が、キツイ。いけるか? けど、やらなきゃ潰れるな。こんのぉぉ!

 

 気合で精神を集中。なんとか水を操作して、水の精霊を使ったワープゲートを広げて飛び込む。そのまま遥か上空の雲の中に水場を繋げると、数メートルの大きなクレーターが出来上がっているのが見える。

 あれはどう見ても目立ったな……。このままじゃマズイから、舞台を隠す必要がある。空中で素早く魔力を練り上げて、風の魔力球を作りだす。その全部を使って、舞台の四辺を囲う様なイメージを纏める。

 

「(――魔法の射手! 風の31矢!)全部水に飛び込め!」

 

 そのまま狙いを定めて風の矢を発射。一斉に突き進む風の矢をコントロールして、舞台の周囲に着弾させる。風の矢は水場に当たると、豪快な水飛沫を上げて舞台を狙った通りに隠した。

 それを確認してから、もう一撃与えるために精神を集中。今度は私自身の分身だ。これでどれが本体か掴ませないまま、接近して思いっきり蹴り飛ばしてやる。

 

「(水精召喚 槍を持つ戦乙女 21柱!)行け!」

 

 水飛沫が止まない内に、水浸しになった舞台に水の分身体を召喚。周りは全部水だし、視界も遮られて簡単にはやられないはずだ。

 水の分身体は、私の命令通りに全部一斉に突撃させる。いくら何でも――なっ!?

 

「これでは私は倒せませんよ?」

 

 マジかよ!? 向かってきた分身を素手であしらって、しかも一撃で霧散!? しかも、あれって当たったよな。むしろ貫通してるんだが、それでダメージ無しとか反則にも程があるぞ?

 

「それでは私からも、おや?」

 

『おおーっとー! 激しい水柱だー! 一体何が起こったのかー!?』

 

 試合開始から、ここまで僅かな時間しか経っていない。一般人から見たら、私が倒れてから水柱が上がり、舞台で水が跳ね捲くった様に見えるだろうな。演出装置だって言えば誤魔化せるレベルのはずだ。

 

 それに、既に空中からは移動済みだ。もちろん、感掛の気は練りこんで準備してある。ちょっと覚悟してもらおうか。

 クウネルってヤツを視線に捕らえると同時に、分身体に紛れて突撃。数は減らされたが、相手はこっちを見ていない。けど、確実にイヤな予感がする。冷や汗もんなんだが、見てないだけで確実にコイツは気付いてるよな?

 とにかくそれでもやるしかない。思いっきり右足に感掛の気を集中して、目立つとか目立たないとか関係なく、全力で右足を振り切った蹴りを入れる。喰らえ!

 

 舞台を揺らす激しい轟音と共に、クウネルの身体を舞台に沈める。一応水飛沫に合わせてはみたんだが、思いっきり派手になったな。舞台も壊れてるし。大丈夫かこれ?

 

「うーん……。ヤバイ、か?」

「全くです。それでは隠した意味がありませんよ?」

 

 な、真後ろっ!? コイツいつの間に! ってかダメージ無しかよ、ちくしょう! 今のは悪魔紳士にやった一撃より重いぞ。水の精霊の突撃もあったってのに、何とも無いとかどういう事だよ……。

 

 幻術か? それだったらとっくに霧散してる。コイツの実体が無かったら、分身体に攻撃出来てない。そうしたら、実体があるのに幻術の利点を持ち合わせてる? ムチャクチャじゃねぇか。そんなんじゃ手も足も出ねぇよ。

 けど、一応、聞くだけ聞いてみるか? こいつは会話には応じてくれるみたいだし、何も聞き出せないよりは良いだろう。

 

「なぁあんた。それ、どうやってんだ? 卑怯過ぎだろ?」

「フフフ。教えてほしければ幼じ――」

「断る!」

「それは残念です。……本当に残念です」

「二回も言うな!」

 

 どうする? こいつに勝つ方法が思いつかないんだが。ここで大魔法を使うなんてのは論外だ。それに使ったとしても倒せるとは思えない。いや、もしかしたら幻術の応用なら、大きな魔力でダメージを与えたら消し飛ばせるかも知れねぇが、それじゃ殺人とか言われて騒ぎになっちまう。それ以前に使う方もヤバイ。

 体術で何とかしようにも、実体が無くて触れない。感掛の気を叩き込んでも効果なし。マジでヒドイな。どうしようもねーぞ。

 

「さて、これ以上となると私も少々本気にならざるを得ません」

「だろうな。あんなんで本気だったらとっくに勝ててる。それで? ネギ先生に何の用だよ」

 

 くるりと振り返ってフードの中を覗くと、人の悪そうなニッコリとした笑みが見えた。これって確実に悪役がする笑みじゃねぇか……。エヴァと良い勝負だな。言ったら殴られそうだが。

 

「フフフ。昔の仲間の頼みでしてね。彼の為に用意した言葉があるのですよ」

 

 小声か……。そんなに聞きとられたくないのかよ。

 

「そんなの普通に言ってやれば良いじゃねぇか」

「それでは面白くないでしょう? せっかくの舞台です。整えてこその価値がある」

「あんた性格悪りぃな」

「よく言われます」

 

 笑顔が怖いタイプだな。澄ました顔からもう一度笑って、悪びれた様子も無い。

 はぁ……。コイツ、マジで性格悪いな。しかも若干殺気飛ばしてきてやがる。これ以上は脅しじゃなくて本気って事か。しょうがねぇ。

 

「さて、降参していただけませんか?」

「最後に確認させてくれ。あんたはシルヴィアの敵か?」

「いいえ」

 

 今度はあっさりかよ。て事はシルヴィアに興味は無いって事か? まぁ、それなら取りあえずは問題ないか。先生には問題あるみたいだけど、先生の関係者の仲間みたいだし、大丈夫だろ。

 

「しょうがねぇな……。朝倉! ギブアップ」

「フフフ。ありがとうございます」

 

『ここでギブアップ宣言ー! 何か良く分からないまま派手に水飛沫が上がる試合でしたが、クウネル選手の勝利!』

 

「――痛っ!」

「おや、あばらを痛めましたか? 直して差し上げますよ。だから――」

「しつけぇ! 自分で治すから良い」

 

 なんか今はマジでコイツに近寄られたくねぇな。とりあえず、性格悪い上に変態だってのは良く分かった。分かり過ぎるくらい良く分かった。

 後は先生の事か。こっち見て心配そうな顔してるが、むしろ先生がコレから心配される身だからな? とりあえず、声くらいかけておいてやるか。

 

「先生。あんた気をつけろ」

「ち、千雨さん大丈夫ですか!?」

「そうよ、さっきあんなに!」

「そんなのはどうでも良い。治療すれば直ぐ治る。それよりアイツも先生に用があるらしい」

「僕に……ですか?」

「あぁ。敵じゃねぇみたいだがな。そんなわけだから長瀬も気をつけろよ。実体が掴めねぇ」

「忠告、ありがたく受け取ったでござる」

 

 意味深にそれだけ告げて、エヴァ達の所へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「千雨さんが無事で安心したかナ?」

「え、うん。それは勿論。大切な家族だからね」

 

 相手のフードの人。実態のある幻術にしてもレベルが違いすぎる。本来ならお遊びのレベルだったこの大会に出てくるべき人じゃない……。千雨ちゃんが無事で本当に良かったよ。

 

「本当にそれだけカ?」

「え? どう言う事?」

「今、シルヴィアさんが感じた事を、忘れないで欲しいヨ」

「超ちゃん……?」

「フフフ。さて、これで失礼するヨ。何度試しても同じだから、止めた方が良いネ」

「逃げられると思ってるの?」

「勿論ネ♪」

 

 瞬動術の要領で足先に魔力を込めて、一気に超ちゃんの後ろに回る。こちらを振り向かない超ちゃんを目の前に捕らえ、同時に拘束をする影の精霊の魔力を瞬間的に編みこみ、両肩から直に掴みとろうとして……掴めなかった。

 さっきと同じく魔力が霧散しただけじゃなく、私の腕の動きが止まって、超ちゃんに触れる事が出来ない。何度力を込めても、拘束しようとする腕はそれ以上進まずに、引く事しかできなかった。

 

「嘘……。何で?」

「だから止めた方が良いと言ったね」

 

 すぐ目の前に居るのに。今目の前で止める事ができるはずなのに。身体が、動かない……。

 

「さて、シルヴィアさん。これが何か解るカ?」

「……スタンガン? 悪いけどそんなのは……。――っ!」

 

 お腹に押し当てられたと思ったその瞬間、私の中に電撃と、言い様が無い不快感が突き抜けていった。電撃のショックと未知の拘束力で、身体の中と頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような気持ち悪さで動けなくなる。

 

「う、あ……あぁ……」

「すまないが、これは科学的拘束力がある電撃ネ。一発の使いきりだが、いくら丈夫なシルヴィアさんでも暫くはまともに動けないヨ」

「あ……ま、待って……」

 

 そのまま身体を動かす事ができない数秒の間に、超ちゃん達が部屋から出て行く。直ぐに追いかけたけれども、もう既にどこにも姿が見当たらなかった。



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第67話 学園祭(2日目) 示された道

「逃げられちゃったかな……」

 

 部屋の外も下の階にも、何処にも超ちゃんの姿が無かった。地下道の先もあるみたいだけど、影で探ろうとしても範囲が広過ぎる。これじゃ探している間に移動されて、イタチごっこになってしまう。

 

 それにさっきの不思議な現象もある。私は超ちゃんに何かをされた覚えも無いし、精霊に働きかける魔導具を使ったようにも思えない。呪いの類も感じなかったし、超ちゃんは本当にどうやって私の拘束術を防いだんだろう。

 それだけじゃなくて、機械式の電撃も原理が分からない。近接攻撃しか出来ないみたいだから、もう当たる事は無いと思うけど、私のレジスト能力をあっさり上回って魔法障壁も素通りしてる。それにあの物凄い不快感。頭がくらくらと揺れてして、気持ち悪さと倦怠感が同時に襲って来た様な感じで、まったく動けなくなってしまった。

 

「一度、皆の所に戻った方が良いかもしれない……」

 

 もう一度転移魔法を発動して、神社裏の林に移動。そこからは目立たない様に歩いて会場まで戻った。

 

 

 

「ただいま。お疲れ様千雨ちゃん、身体は大丈夫だった?」

「あぁ大丈夫だ。ていうか何処で見てたんだ?」

「あそこだよ。灯篭の三階にあるモニタールーム」

 

 舞台の直ぐ横の灯篭塔を指差して「超ちゃんと一緒にね」と伝えると、流石に驚かれてしまった。それにこっちにも来ていないみたいだし、これは一人じゃ探せないかもしれないね。

 

「それで? その様子では捕まえられなかった様だな」

「まぁ、ね……。ちょっと予想外だったよ」

 

 訝しがる視線のエヴァちゃんにさっきまでの様子と、超ちゃんの抵抗、そして捕まえようとしても何も出来なかった事を説明していくと、段々と険しい表情にと変わっていくのが分かった。

 やっぱり、エヴァちゃんでもおかしいって思うんだね。真名ちゃんが何かをしていた様にも思えなかったし、やっぱりあれも科学だったのかな?

 

「……シルヴィア。お前はこの世界では類を見ない高位魔法生命体だ。それを魔法的に拘束するにも、科学の力でやるにも、かけられる制限や制約は知れている。可能性があるとするならば、未来の術式といった所か」

「それも気になったんだけどね。超ちゃんと話をしていた時に、それらしい術式も機械も使って無いんだよね。それに鵬法璽≪エンノモス・アエトスフラーギス≫を持ってたけど、そっちを使った様子も無かったんだ」

「私も初めは居たけど、そんな素振りは無かったぞ?」

「ほう……。何かカラクリが有るな。案外、単純な見落としかもしれん」

 

 ちょっと困った事になったかも。私が超ちゃんに何も出来ないって事は、エヴァちゃんや千雨ちゃん、フロウくん達にお願いする事になるかもしれない。

 それに本来はネギくん達が対処するべき事かもしれないけれど、もし京都の時みたいに、ネギくん達だけじゃ対応できない場合は不味いかもね。

 

「あっ、シルヴィア!」

「千雨ちゃん? どうかしたの」

「ICレコーダー預けっぱなしだったろ? 超の電撃喰らったって、もしかして……」

「――あっ!」

 

 そういえば、千雨ちゃんから渡されてポケットに入れたままだった。ちょ、ちょっと不味いかも? えぇと、確かスーツの上着の中に……。有った! えぇと再生、出来るよね? で、出来なかったら困るかも。……あっ!

 

「ち、千雨ちゃん……」

「あー、やっぱ焦げてたか」

 

 うぅ、神頼みって思っても、あの女神様じゃ直してくれそうにも無いし。参ったなぁ。

 

「ごめんね、千雨ちゃん。恨むなら超ちゃんを恨んでって言いたいところだけど、忘れてて電撃受けた私も悪かったから、そんな事言えないね。本当にごめんなさい」

「いや、そんなに謝られても困るって。高いもんじゃねぇから大丈夫だ。それよりもさっきの悪魔のデータは残ってるのか?」

「うん、それは大丈夫。勝手に触っちゃったけど、パソコンに転送しておいたよ」

「あー……。ま、まぁ非常時だしな。大丈夫、ヤバイの入れてねぇし……」

「え、ヤバイのって?」

「い、いや、何でもない! それより超だろ!」

 

 それはそうだけど、何だか思いっきり誤魔化された感じだね。でも見られたくないみたいだし、追求するのは止めておいた方が良いね。勝手に使った私の方が悪かったんだし。

 

 とりあえず今残っているのは、千雨ちゃんとネギくんがあの悪魔とした会話。ネギくんの過去の事にも言及していたし、自分がネギくんの力試しに来たって断言してくれたから証拠能力も十分にあるはず。

 それにもしかしたらだけど、超ちゃんの事だし茶々丸ちゃんにも記録を取らせているかもしれない。この件が解決したら、そっちの方で協力をお願いするのも良いかもしれない。

 

「とりあえず、学園長の所に話をしに行こうかな。今頃あっちでも対策に動いてると思うんだけど、直接超ちゃんと会話したのは私だし」

「あ、すみません。ちょっと良いですか?」

「どうしたの夕映ちゃん。何か気になる事でもあった?」

「私も付いて行って良いですか? この状態は見て見ぬ振りは出来ません。それに私自信にも、のどか達にも降りかかる問題ですから」

「うん、良いよ。一緒に行こっか。エヴァちゃん達はどうする?」

「私はいい。あの男が何をするのか興味がある」

「お姉ちゃんあの人が気になるの?」

「そんなわけあるか! どちらかと言えばだな、ぼーやがどう対応するかが見物だ」

「へぇ~、そうなんだ~。名前は言って無いんだけどな~」

「うぐ。な、何だアンジェ。妙に突っかかるな……」

「何でも無いよ~。珍しいな~って思っただけだもん」

「む……。で、弟子の心配くらいしても良いだろう! ほら、シルヴィア! さっさとあのジジイでも絞りに行ってこい!」

「あ、あはは……。それじゃここはよろしくね」

 

 

 

 学園長室までやってくると、中で興奮気味に学園長を問い詰める声が聞こえてきた。声の質からして男性の声だと思う。それに超ちゃんの事を話しているみたいだから、学園長に対応を迫っているんだと思うけど……。

 聞いてる限り、学園長はまだちょっとのんびりしてる感じかな。一個人じゃ大した事は出来ないって言ってる。でも今の時代はインターネットでの拡散があるから、とてもじゃないけど、そんなに悠長な事は言ってられないと思うんだよね。急いで電子精霊とかで対応しないと、間に合わなくなっちゃう。

 

「うーん、どうしようかな。学園長の説得はどうにでもなるけど、魔法先生はどう誤魔化そう」

「何に困っているのですか? シルヴィア先生のお立場でしたら、学園より優位な位置に居るのですよね?」

「あくまで『管理者』っていう顔の中に私達は隠れてるの。実際にその中の顔がばれちゃうと、それを利用しようとしたり、知名度で縋って来られても困るからね」

「なるほど。力がありすぎるのも困りものなのですね」

「でもなぁ、あれってガンドルフィーニ先生だろ? 真面目な人だし、口止め頼めば何とかなるんじゃねぇか?」

 

 基本的に今の学園関係者で、表立った魔法先生は真面目な人が多いからね。使命感や正義感が強過ぎる人も中には居るけれど、決して悪い人じゃないし……。

 話を聞いてる限り、学園長とガンドルフィーニ先生だけかな。話が終わるまで待ってから学園長室に入っても良いけれど、それで手遅れになっても困る。今は時間の問題だから、名前を出して納得してもらった上で動いてもらう方が良いかもしれない。

 

「ねぇ、千雨ちゃん」

「ん? 改まってどうかしたのか?」

「私の名前を出すと、千雨ちゃんが魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫って説明もしなくちゃならなくなるけど、良いかな?」

「ガンドルフィーニ先生だけだよな?」

「とりあえずはね。でも、いずれは分かる事だし、シスターシャークティとか美空ちゃん達は知ってるでしょ?」

「まぁな。そっか……。いつかはバラさねぇとダメなんだよな」

 

 今は良くても、中学校卒業して何年も経てば成長しないのは不審に取られると思うんだよね。私自身は人間じゃないって説明できるけど、千雨ちゃんは基本的には人間だし、いつか麻帆良学園の表側から隠れる日が来るかもしれない。

 それが今すぐ必要じゃなくても、ここで千雨ちゃんの存在を表に出すのは必要な事になる。超ちゃんの計画を止めるためには学園中を探さないといけなくなるし、その時に魔法使いだって事を、ある程度立場のある先生に知っておいてもらう事は重要だからね。ガンドルフィーニ先生は、魔法生徒を指導する立場にあるから調度良いかもしれない。

 

「それじゃ、中に入るよ?」

 

 二人に確認を取ってから、強めにノック。興奮気味の先生の声で聞こえないと困るから、気が付く様に叩いてから学園長室に入っていく。

 

「こんにちは学園長。ちょっと重要な話があるんだけど、良いかな?」

「なっ! 今は緊急事態だ。一般の先生は――」

「構わんよガンドルフィーニ君。彼女たちは一般人ではないからのう」

「どう言う事ですか学園長。なぜ私達の知らない魔法使いが居ると言うのです!」

 

 これは……。思ったよりも冷静を欠いてるね。それだけ超ちゃんの事で焦ってるって事かもしれないけど、もうちょっとだけ落ち着いてもらわないと困るかな。

 それにやっぱり『管理者』の名前を使うと棘が出ちゃうし、学園長とタカミチくんくらいしか正確に存在を知らせていないから、マギステル・マギの名前を使う方が無難かな。下手に『管理者』だと知られて世界樹地帯に入ってこられても困るからね。

 

「ガンドルフィーニ先生。私は魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫で【癒しの銀翼】≪メディケ・アルゲントゥム≫と呼ばれるマギステル・マギです。不審に思うのならば、学園長やシスターシャークティ。あるいは本国の……そうですね、クルト・ゲーデル総督辺りに問い合わせてくださっても構いません。ですが、今は真偽よりも超鈴音の行動と、ネギ・スプリングフィールド先生へと放たれた悪魔の刺客についての方がより重要な案件です。彼女はその計画の一部について、お伝えしたい事があります。それに悪魔についても、彼を狙う証拠を揃えてあります」

「……な、それは本当か、ですか? 学園長は彼女の事はご存知で?」

「う、うむ。秘密裏に雇っていたのは謝るがのう。しかし事が事じゃ説明は省くぞい。それにお主がわざわざそこまで言うならば、確信が有るのじゃろう?」

「えぇもちろん。千雨ちゃんお願い」

 

 パソコンでデータを見せてあげて欲しいという視線を送ると、言いたい事を伝えていた分、直ぐにディスプレイを開いて起動してくれた。

 ガンドルフィーニ先生は、私達と一緒に入って来た二人に訝しげな視線を送っているけれど、やっぱり証拠の方を重要に感じてるみたい。真剣な瞳で食い入るようにパソコンの画面を見つめている。

 

 少し、千雨ちゃんが嫌そうな顔をしてるけど……。今だけ我慢して欲しいかな。それにやっぱり、千雨ちゃんのパソコンに触れるのは禁止だね。今度は非常時でも出来るだけ念話か何か入れるようにしよう。

 

 暫くの間、ICレコーダーで記録した音声と、インターネットで公開されている動画を次々と再生して確認していく。それと一緒に超ちゃんから聞いた話も伝える。明日の十九時が計画の本番で、それまでに捕まえないと危険だという事。後は超ちゃんが謎の魔導具を持っているかもしれないという事。魔法が効かなかったり、科学的な拘束道具も持ち合わせているという事も伝える。

 流石に学園長もここまでは予測していなかったのか、軽く俯いて考え込んでいる様に見えた。もしかすると既に超ちゃんの準備は整っていて、タイミングを待っているだけかもしれない。と言う事も否定は出来ないんだけどね。

 

「……一つ、質問しても良いかね?」

「え、私か? あっ、私ですか?」

「うむ。君も大会に出ていたみたいだが……。私は学園の魔法生徒として君を認識していない」

「あ、えぇっとその……私はシルヴィアの弟子で、大会は潜入してまして……」

「彼女の? 何か証明出来るものは?」

「これで良いですか、ガンドルフィーニ先生。千雨ちゃんとの仮契約カードです」

 

 本当は見られたく無いと思うんだけど、仮契約カードは、他の何よりも主従の証明になる魔法使いの身分証明書。表には千雨ちゃんの名前と姿が、後ろには主人の私の名前が書いてあるからね。

 念話で千雨ちゃんにゴメンって謝りながら先生にカードを見せる。一瞬嫌そうな顔をされちゃったけれど、納得させるには打って付けだし、もう一度説明をつけて謝るとしぶしぶ仕方が無いって顔になってくれた。カードを見ると先生も納得してくれたみたいで、不審な視線が形を潜め、今ある危機に対応するべきと真剣なものに変わって行った。

 

「失礼。疑って申し訳なかった。ですが、何故今になって名前を出したのです? マギステル・マギともあろう方が、この事態まで傍観していたと?」

「私達は学院長の依頼を受けてこの場にいます。あの紅き翼の忘れ形見。彼の息子が受け持つ事になるクラスを影ながら見守って欲しいという話で、この学園に雇われました。それに、本来は貴方達だけで対応できなければ、魔法使いとしての成長がありません。いつか誰かが助けてくれる。その考えは、ご自身が教える魔法生徒に恥ずかしくありませんか? 私達はあくまで影から支援する者なんです。だから私達の存在は秘密のものとして、まずは貴方方だけで事態の対処に当たってもらいたいのです」

 

 ちょっと卑怯な言い方だったかな。私達が普通の人間で、暫くの間、助け続けられるならともかく、『必ず助けてくれる存在が居る』ってなると、未来まで頼りきりにされて困るからね。

 

「確かに……。ですが、非常時には」

「えぇ勿論。私達も見ているだけではなく、きちんと行動をしています」

「分かりました。では学園長、私は他の先生を連れて龍宮神社へと向かいます。それと今後の巡回は探索範囲を広域で見直し、再度班を分けたいと思いますが……」

「うむ。高畑君と手分けしてやって欲しい。ただし、ネギ君達は自由にやらせる。例の悪魔と思われるものもあるからのう」

「分かりました。それからそちらの女子生徒は……」

「あ、わ、私は」

「この子は、ネギ先生の3-Aに所属する生徒です。今回、偶然に悪魔と遭遇してしまったために、私が保護をしていました。ネギ先生の事情も知っているので、後は私と学園長が対応します」

「なるほど。では私は失礼します」

「うむ、頼んだぞい」

 

 納得した顔をしてガンドルフィーニ先生が学園長室を後にする。すると少し緊張が解けたのか、二人とも気が抜けた雰囲気になった。

 私もあの先生は真面目過ぎて少し苦手なんだけど、今回は場合が場合だからね。久しぶりに格好をつけた形になったかな。

 

「ふぉっふぉっふぉ。それで超君の事じゃが……。お主はどう見るかのう?」

「悪い子じゃないって思ってるよ。でも、きっと譲れないものがあってそれに固執してるんじゃないかな? 随分と入れ込んでやって来たみたいだから。それにもし、超ちゃんを捕まえる事が出来たら話がしたいんだよね。どうもね、未来から来たネギ君の子孫みたいなんだ」

「なぬ? しかしのう、にわかには信じがたい話なんじゃが」

「あれだろ? 昨日ネギ先生が二箇所で同時に現れたりとか、懐中時計型のタイムマシン持ってたってヤツが証明になるだろ?」

「それは事実かの?」

「あの、私が昨日見送った直後に三回目と言うネギ先生に会ってるです。その他にもお忙しいはずなのに哲学研究会の講義や、まほら武道会の同時刻に別の場所でのどか……。いえ、3-Aの生徒とも会っていました」

 

 どれもこれも昨日私達がした実体験だからね。急に現れたかと思ったら、突然居なくなって別の場所に居るネギくん。話のつじつまが合わない会話。そういうのを集めていくとネギくんの行動に連続性が無くって、時間が飛び飛びになっている事が分かるんだよね。

 最初は半信半疑だった学園長だけど、話を突き詰めていく事で確かにおかしいって感じたのか、何とか納得してくれたみたい。

 

「ふぅむ……。今ある事実だけを考えると、否定は出来ないが肯定も出来んのう。それに、ネギくんの子孫ともなれば、それ相応の理由があっての事じゃろう」

「きっとそれが魔法を公開する事に繋がると思うんだけどね。だから超ちゃんの件が終わったら、きちんと話をしたいと思うの」

「それはワシとて同じじゃよ。じゃが、あまり派手な事になれば本国も黙ってはおらんぞ?」

「だから今の内に捕まえたいんだけどね。それに学園長。前に作った強制文書≪ギアスペーパー≫が後一枚残ってるの忘れてないかな?」

「むぅ……。しかしのう、ここだけで抑えんと使うものも使えんぞい?」

 

 まぁそうなんだけどね。本国って呼ばれるメガロメセンブリアまで話が飛んでいけば、監獄に入れられてしまう可能性が高い。それも最悪は裁判すら無しで。

 超ちゃんにそんな事になってほしく無いし、超ちゃんの数世代先を行く科学で協力してもらえば、インターネットの動画を削除して減刑も出来ると思うんだよね。そうやって学園の内部だけで抑えられればそれに越した事は無いんだけど……。

 

「あの、お話中すみません。超さんの事について思う事があるのですが宜しいですか?」

「夕映ちゃん? 何か気になる事があるなら、気にしないで話してみて?」

「ワシもかまわんぞい」

「えぇとですね。超さんが魔法を公開しようとする理由については、二つ程考えられるのです」

「二つってどんな事かな?」

「まず一つ目は個人的な理由です。これは超包子の経営もなさっている事から、利益的な事も考えられますが個人のエゴの可能性もあります。これは絶対に止めるべきと考えます。二つ目は人類絶滅等の究極的な危機。魔法を公開しなければ防げない程の危機が彼女の過去において、これからの未来において起こると言う事です」

「ふむ。可能性の話しじゃの。現時点では一番目の方が現実的じゃの」

 

 うーん、そうかなぁ? 超ちゃんは世界と戦うって言ってたし、フェイトくんは世界を救うって言っていた。二人の話を織り交ぜると、二番目の方がしっくり来る気がするんだけど……。

 けど、急な変化は確実に混乱が起きるから、本当ならば時間をかけてやるべきだと思うんだよね。

 

「それも超ちゃんとしっかり話をする必要があるね」

「そうじゃの。ネギ君の子孫となればワシも話がしたい。捕まえたら連れてきてくれんかの?」

「良いよ。貸しひとつね」

「な、何じゃと!? お主誰かに似てきておらんか?」

「シルヴィア……。何からしくねーからやめとけよ。これ以上黒いメンツはいらねーよ」

「え、そうかな? 千雨ちゃんがそう言うなら……」

「ふぅ。助かったぞい」

 

 誰かって誰だろう……。フロウくん、かな? そんな事は無いと思うんだけどね。フロウくんなら超ちゃん達の情報を提供する時点で、絶対に情報の対価から入って、ネギくんの警備時間の時給とか超ちゃんの捕獲報酬とか言い出すと思うんだよね。

 そう考えたら……フロウくんってあくどい、かもしれない。うーん。でも私達だって生きて行くお金は必要だし、甘いって言われちゃうかな?

 

 あ、そうだ。夕映ちゃんの今後の事も話しておかないと。もしまだあの悪魔がいて、夕映ちゃんを狙われていたら困るし、暫くは私達が付いてるって事も伝えておかないと。

 

「ねぇ学園長。夕映ちゃんの事なんだけど。まだ狙われてたら困るし、ネギくん達は超ちゃんの事で手一杯になると思う。だから私達で警戒して暫く預かっておくからね?」

「お主達が対処してくれるなら、ワシとしては構わんぞい。して綾瀬夕映君。お主は今後をどう考えておるのかの?」

「えっ。わ、私ですか? その、魔法の事は学んで行きたいとは考えているのですが」

「学園長、何を聞きたいの?」

「聞いたところネギ君だけではなく、大分エヴァンジェリン君の所で修行をしたそうじゃの?」

「そこまで調べたんだ?」

「まぁの。大事な魔法生徒候補じゃ。じゃからこそ、今後の立場をそろそろハッキリして欲しい所での? ネギ君には従者はおるが、それだけではなく共に研鑚する者が居ても良いと思っておる。しかしお主らも入れ込んでおるようじゃからの。まぁあまり引き抜きされても困るんじゃが……。どうじゃな?」

「あの、それは……」

「学園長。それって今言う事かな?」

「今だからこそじゃよ。今後もしもの時、立ち位置次第ではどうなるか分からんからの。今すぐ答えを出さなくても良い。考えておいてくれんかの?」

「は、はい。わかりました」

 

 夕映ちゃんの様子を見ると、急に突きつけられた選択に戸惑ってるみたいだね。もしかしたら、ううん、もしかしなくても立ち位置に迷ってるように見える。

 私はのどかちゃんの事もあるから、ネギくんのライバルみたいな感じで、一緒に歩んでいくのかと思っていたんだけど……。意外とエヴァちゃんの修行が合ってたのかな?

 

「夕映ちゃん、その話は後で答えてくれれば良いと思うんだけど、とりあえず会場に戻らない? そろそろ決勝か終わってる所だと思うから、超ちゃんも出てくるんじゃないかな?」

「はい、解りましたです」

 

 そうして学園長室を後にして、再びまほら武道会の試合会場へと向かった。




 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。


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第68話 学園祭(2日目) 心の在り方

 文字数が少し多目です。


「戻ってきたか。丁度良い、もうじき決勝が始まるぞ」

「ただいま。ネギくんは無事決勝まで進めたんだね」

「あぁ、苦戦はしていたがなんとかな。それで学園長のジジイは?」

「タカミチくんとガンドルフィーニ先生がチーム分けして対応するみたい。ネギくんは放任。それから超ちゃんを捕まえたら話がしたいみたい」

「ふむ……。どうやらジジイはよっぽど責任を取りたいらしいな」

 

 それはちょっと酷いんじゃないかな? 何だかその言い方だと、ネギくんが超ちゃんの魔法を公開する作戦に負けて、学園長が作戦責任を負うって決め切ってる様に聞こえるよ。

 成功されちゃうと人事じゃないから、手伝う所は手伝わないと不味いと思うんだけどね。

 

 とりあえずもう決勝みたいだし、ここで超ちゃんが出て来たら確保に向かうのが良いね。もし出てこなかったとしたら、学園の魔法先生達のローラー作戦や探査魔法を使って結果待ち。場合によっては、茶々丸ちゃんか葉加瀬ちゃんから聞き出すような手段になるかもしれない……。

 

「先生の相手ってアイツだよな? あのドヘンタイ」

「え、どういう事?」

「二回戦で戦ったヤツだよ。ネギ先生に用があるって言ってたんだが、変身魔法を覚えて子供なりませんか? ってしつこく聞いて来てさ。しかも、シルヴィアとの仮契約の事も知ってるっぽい」

 

 何だろうその人……。千雨ちゃんがそう言うからには、ただの子供好きってわけじゃないと思うんだけど、私達の事を知ってるのはおかしいね。仮契約の特殊効果を漏らした事は無いし、知っている人も限られる。そうすると相手の能力や種族、魂の質なんかを調べられたって事なんだと思うけど。

 でも、エヴァちゃんはあのフードの人の事を知っていたみたいだし……。本当に誰なんだろう。エヴァちゃんが警戒していないって事は、私達にとって危険な相手では無いって事だと思うんだけどね

 

「それにしてもメチャクチャ人が増えたな。立見席も満員だし、屋根の上まで居るぞ」

「そうですね。のどか達と一緒にハルナや他のクラスメイトも居るようです。ですがそれよりも、あのフードの人です。水煙の中ではっきり解りませんが、声質が何度か変化しているようでした」

「あれはアーティファクト『イノチノシヘン・半生の書』。紅き翼≪アラルブラ≫のアルビレオ・イマによる記録再現だ」

「あ~、なるほど。どこかで聞いた声だと思ったら、アルビレオさんだったんだね」

「えっ、それって先生の親父さんの仲間って事か? 道理で伝えたい事があるとか何とか言ってたのか」

 

 そうだね。きっと半生の書の能力で何か残しておいたって事かな? もしかして紅き翼のメンバーからメッセージがあるとか? でもこんな所でそんなものを使ったら、一般人に全部バレるから止めて欲しいんだけどね。

 せっかくフードを被ってるんだから、そのまま顔を隠して変身して欲しいんだけど……。

 

 あれ? でももしかして、あの姿はナギさん? フードマントを被ったままだけど、記録する時に偶然その姿だった。なんて都合良くはないよね? あ、でも逆ならあるかもね。

 

「ナギ、か……。あの馬鹿め、死んだ振りなどせずに直接出てくれば良いものを」

「そう言えばネギくんと六年前に会ってるんだよね。意識の上ではまだ生まれていないって言ってるから、記録したのは十年以上前って事かな」

「そうなるな。ただ、ぼーやが四歳の頃には表に出られない何かがあった。と言うことだろう。もっとも、ここでそれを言う様な気が利いた事はするまい。あの馬鹿は」

「エヴァちゃん。なんだか棘があるよ?」

「フン。馬鹿は馬鹿で十分だ」

 

 うーん、エヴァちゃん気付いてるかな? かなり意識してるって事。昔、戦争の時、突っ掛かって行って意外と楽しかったのかなぁ。

 そんなフロウくんみたいな理由で気に入ってたりはしないと思うんだけど。それとも、ネギくんの事を心配してたりするのかな?

 

「なぁシルヴィア」

「どうしたの?」

「あのアーティファクトって記録条件は何なんだ?」

「ごめんね、知らないんだ。ただ、相手の能力と外見。それに記憶や知識を本にして記録する、プライバシーの欠片も無い能力ってのは分かるよ」

「マジか……。試合中に記録されてたら泣くぞ……」

「それは大丈夫だと思うよ? 相手の全部を盗むような能力なんて、のどかちゃんの『いどの絵日記』みたいに相手の本名程度じゃ使えないと思う」

「そ、そうか。それならまぁ……」

 

 それにしてもネギくんは頑張るね。能力の差は圧倒的。いくら無詠唱で13矢が打てて、虚空瞬動が使えても、相手は大戦の英雄。ちょっとした魔法だけでも魔力が桁違いだし、体術でもその魔力で出力が大きい。

 もしエヴァちゃんみたいに、合気道を極めていたならまた違うと思うんだけど、良い様に遊ばれている感じがするね。でも、ネギくんは凄く嬉しそう……。ずっと捜し求めていたお父さんが、今目の前に居るのが楽しくてしょうがない。ずっとこうして戦っていたいって感じがする。でも何だか、バトルマニアに目覚めてしまいそうで怖いかもしれない。

 

「しっかし、先生もよく頑張るな。いくらなんでもアイツ無理ゲーだろ。全力でやってもどうにもならなそうだったからな」

「そんなのはシルヴィアから魔力のラインを開いて、幻影が消えるまで大魔法を撃ち続ければ良い。その内保てなくなるぞ」

「それじゃ超ちゃんの計画通りじゃない。ナギくんも遊んでないで、ちょっとは考えてくれると嬉しいんだけどなぁ」

「無理だな。あの馬鹿に期待するだけ無駄だ」

 

 暫くすると決勝戦も終わりが見えてきた。どれだけの技や魔法を使っても、英雄と呼ばれたナギさんには届かない。それは分かっていても最後の最後まで食い付いて、全身で呼吸を整えながら倒れこむネギくんの姿。その様子に会場はしんと静まって、最後のカウントダウンに注目が集まっている。

 

「ふん、終わりか。もう少し粘って見せても良いものを」

「そんな事言ったって、今のネギくんじゃ厳しいよ? そう言えば声はかけなくて良いの?」

「何でだ? あの馬鹿に言う事など何も無いぞ?」

「そ、そう? 結構気にかけてた気がしたんだけど……」

 

 カウントダウンが終わると、会場からは惜しみの無い拍手が響いて、ネギくん達の健闘を称えるようだった。

 ナギさんは、アルビレオさんのアーティファクトの制限時間がもう残されていないと告げてから、最後に「元気に育て」なんてお父さんらしい事を言ったかと思えば、「カッコイイ父親を追いかけるのは程々にしろ、お前はおまえ自身になれ」と少し苦言にも似た忠告をして消えていった。

 

 

 

『それでは皆様! これより表彰式の方へ移らせて頂きます!』

 

「いよいよ、だね……」

「そうだな。今度は私も見に行くとしよう」

 

 全ての試合が終わって、ついに表彰式。私達の予想通りと言うか、当たり前かもしれないけど、超ちゃんが会場に出てきた。

 勿論それだけじゃなくて、龍宮神社の周りには魔法先生や生徒達が囲んでいる。見たところ超ちゃん一人の様子だし、何かの防御手段があったとしても、この状態で逃げられるとはとてもじゃないけど思えないんだよね……。

 

「てか、マスコミがすげぇな」

「確かにそうですね。やらせではないかと詰め寄っていますが、ネギ先生もそこで魔力を込めた大ジャンプなどではなく、普通に逃げて欲しいものです」

「まだまだって事だろ。てか私らも隠れた方が良くねぇか?」

「隠れるというより、超ちゃんを追った方が良いね」

「そうだな。アンジェ、チャチャゼロと戻っていろ。私が奴の最後を見とってやろう。ふふふ」

「はーい。お姉ちゃん楽しそうだね~?」

「ナンダ、殺レネェノカヨ」

「当たり前だ、せっかく骨のある相手だからな。見ものではないか」

「もう、楽しんでる場合じゃないんだけど……」

 

 あ、でも……。今になってだけど、あの女神様の言葉が頭の中で気になってきた。

 

『良いのよ。楽しんで生きなさい♪』

 

 何て言っていたけど、私に余裕が無いように見えたのかな。私は、皆と生きている日常は大切にしているし、それなりに楽しんでいると思う。食事時の何気ない会話とか、エヴァちゃん達の服の話を聞いたり、フロウくんが修行の話でちょっと暴走して千雨ちゃんが怒ったり。最近はネギくんもエヴァちゃんにしごかれて、それに加わり気味だけどね。

 でも、そんなに詰まらないというか、楽しんで生きていない様に見えたのかな? 今の状況は、超ちゃんの事も有るし、楽しんでいる場合じゃないって事は確かなんだけど……。

 

 う~ん。考えても答えは出ないし、今は追いかけないと。表彰式が終わってから神社の方に入って行ったから、今頃は魔法先生達が追いかけてるはず。

 きっとタカミチくんとガンドルフィーニ先生達が足止めをしていると思うから、合流して超ちゃんを確保出来れば良いんだけど……。

 

 

 

「やあ、高畑先生。皆さんもお揃いで、お仕事ご苦労様ネ」

 

 超ちゃんを追いかけて龍宮神社奥の回廊にやってくると、タカミチくんを先頭に、複数の魔法先生たちに囲まれているところだった。

 

「オヤ? シルヴィアさんにエヴァンジェリンさんまで来たカ。これは困たネ」

「職員室まで来てもらおうか超君。いくらか話を聞かせてもらえないかな?」

 

 この状況でも超ちゃんは人懐っこい笑みを浮かべたままで、リラックスして余裕の表情が浮かんでいる。それどころか、時々不敵な目付きで挑発する様な態度。この状況でも、捕まらないで逃げられる確信がある様にも見える。

 

「この子は危険です! 魔法の存在を公表するなんてとんでもない!」

「では逆に聞こうカ。貴方達はどうして世界に自分達の存在を隠しているのかナ? 例えば、今回の様に大きな力を持つ個人がいると分かれば、その秘密は人間社会に危険だと言えないカ?」

 

 また、超ちゃんの話術だね。ガンドルフィーニ先生を随分と挑発して感情を煽っているけれど、その視線はずっとタカミチくんや私達を捕らえてる。

 確かにこの場で確実に確保できそうな人は、タカミチくんやエヴァちゃんだと思うけど……。でも何かを期待して、狙って感情を煽ってる気もする。魔法を公開する危険を理解しろって事だろうけれど、魔法先生達だってそれは分かってるはずなんだよね。

 

「ほう。それで、貴様は公開した先に何を見ている? やるからには目的があるのだろう?」

「貴女の事だ。予想は付いているんじゃないかナ?」

「超ちゃん。まさか戦争でも起こす気?」

「そんな事はしないヨ。起きたとしても対策は取てあるネ。だから皆さんは心配する必要はないヨ」

「ふざけないで欲しい! そんな楽観的な考えで、何かあったときの責任が取れると言うのか!」

「対策は取てあると言ったネ♪」

「ならば試してやろう。簡単に逃げられると思うなよ?」

 

 言葉を言い切ると同時に、エヴァちゃんの指先が僅かに動いた。多分、あれは糸繰りの術だと思うけど、見えたのは一瞬。超ちゃんがいる回廊を全方向から囲って、完全に逃げ場を封じている。

 断ち切ろうにも魔力か気が無ければ切り裂けないし、超ちゃんにこの包囲網を抜けるのはまず無理。出来るとしたら科学兵器だろうけど……。まさか茶々丸ちゃんの使ってるレーザーとかを携帯して……。あ、でも、葉加瀬ちゃんだったらそれくらい作るかもしれないね。

 

「ふむ……。指先が動かんな。何をした?」

「何もしていないヨ?」

「ほぅ、面白い」

 

 エヴァちゃんも動けなくなった!? 超ちゃんを魔力や気で捕らえようとすると動けなくなると言う事? それとも、エヴァちゃんも何かの制約をかけられた? でもいつの間にそんな事をしたんだろう。私が超ちゃんに気付かない間にされたのならともかく、学園祭中に接点が無かったエヴァちゃんが一体何処で?

 

「全員でかかる。捕まえるぞ!」

 

 今度はタカミチくんを除いた魔法先生たちが一斉に飛びかかる。エヴァちゃんの糸を巧みに避けて、体術や捕縛魔法など色々な拘束方法で迫る。いくら何でもこれなら超ちゃんは……。え、でも何もしないで待ってる? どうしてだろう、そんな簡単に諦めると思えないけど……。

 あれ、今の中華風ドレスの袖から出したものは、ネギくんが持っていたものと同じ時計? まさか!?

 

「では魔法使いの諸君。三日目にお会いしよう」

 

 魔法先生達の手が届く一歩前で、超ちゃんが時計に手をかけてスイッチを押したのが見えた。その瞬間に時計からはまり込む音が鳴って、何の前触れも無く一瞬で超ちゃんの姿が消えた……。

 

「何、消えた!?」

「追跡不能です!」

「バカな!」

 

 超ちゃんに完全に逃げられた? 探査魔法を使う人、周囲を探す人、超ちゃんが居た場所を入念に探す人。でも、何処を探しても何も見つからないって報告してる。

 でもきっと、あの時計を使ったって事は……。

 

「ねぇタカミチくん。超ちゃんの事、どう思う?」

「何かをしているのは間違いないでしょう。でもはっきりとは分からないですね」

「どうやら奴は用意周到の様だ。おそらく、個々に対応策を練ってある」

「超ちゃんが未来から来て、私達の事を知り尽くしているって事かな?」

「未来から? それはどこで聞いたんです?」

「超ちゃん自身からだよ。学園長にも話してあるから、後で確認してもらえるかな?」

「えぇ、分かりました」

 

 まいったなぁ。超ちゃんにどんどん先手を取られちゃう。相手はこっちの情報を完全に握ってるみたいだし、超ちゃんの先手を突ける情報が有れば良いんだけどね。

 

「超ちゃんって、どこに行ったんだと思う? ネギくんと同じ時計使ってたよね?」

「ならば過去か未来だな。どちらの可能性もあるだろう」

 

 未来か過去……。もし、この場所に何時間後かに現れるのなら、罠を仕掛けておいた方が良いかな。過去だったらもう意味は無いけれど、感知式の結界と捕縛陣。それなら……。

 

「ねぇ、エヴァちゃん。超ちゃんが居た場所に、罠を設置しておくのはどうかな?」

「ふむ。ずっと見張っているわけにもいかないからな。それもありだろう」

「じゃぁ、エヴァちゃん捕縛陣を書いてもらえる? 私は魔法薬で継続効果のある感知結界を張っておくから、ここに出てきたら直ぐに分かる様にさ」

「まぁ良いだろう。もっとも、私の魔力対策をされている可能性はあるがな」

 

 何もしないよりはましってところかな? ウェストポーチから魔法薬を取り出して、回廊の周囲に振り撒いて感知式の探査術を仕掛ける。これで数時間先まで、ここに誰かが通れば分かるはず。

 それにエヴァちゃんにも捕縛陣を設置してもらってるから、これで抜け出すなんて言うのはよほどの事じゃない限り無理だと思うんだけどね。

 

「これで良し。深夜までだけど、超ちゃんがこの場に現れたらすぐに分かるよ」

「シルヴィアさん。僕達は一度学園長と話をしてきます。一応ここにも定期的に人を出すようにしますよ」

「うん、タカミチくん達も気をつけてね」

「ええ。それでは」

 

 一通りの検証が終わったタカミチくんと魔法先生達が去っていく。随分と奮闘した先生も居たみたいだけど、何も分からなかった様子だった。

 

「とりあえずいったん戻ろうか? お昼もまだだよね」

「そうだな。私はアンジェと合流する」

「分かったよ。千雨ちゃん達はどうする?」

「私は別に何でも良いよ。て言うか着替えねぇとマスコミがうるさいかもな」

「あはは、ネギくん達囲まれてたものね。夕映ちゃんはどうする?」

「私……ですか」

 

 ここまで夕映ちゃんは殆んど声を上げていなかった。ずっと迷ってたみたいだけど、やっぱり学園長に言われた事気にしてるのかな?

 もし私達の方に来たいって考えてるとしたら、色々と教えないといけない。夕映ちゃんには辛い現実も沢山あると思うから、その時はきちんと説明しないといけないね。

 

「ねぇ夕映ちゃん。もしかしてずっと悩んでる?」

「え? いえ、その……。『学園関係者』に所属するメリットが、魔法を学ぶにも、知識を得るにしても、どう考えても無い様な気がしまして。のどかの事は心配ですが、何も一生の別れと言う事ではないですし。シルヴィア先生達が敵対してる訳でもないので……」

「ほぅ。何だ、つまり悪の魔法使いになりたい、と言ってるわけか?」

「えっ!? そ、そういう訳ではないのですが」

 

 何だかエヴァちゃんのそういう態度も久々に見た気がするかも。ニヤリ笑いで口を吊り上げて、夕映ちゃんに睨みを利かせて笑ってる。

 夕映ちゃんが本気でこっちに来るなら私は拒まないけれど、エヴァちゃんは賛成してるって事かな? ネギくんに意地悪したいだけにも見えるんだけど、多分、違うよね?

 

「フフフ。良いだろう、しっかりと鍛え上げてやる。今度は手加減無しでな」

「え、あ、あれで手加減されてたですか!?」

「もう、本当に意地悪なんだから。それに夕映ちゃんがもし本気で考えてるなら、色々問題もあるから良く考えた方が良いよ? 今はとりあえずお昼行かない?」

「そう、ですね。後でお話聞かせてもらえますか?」

「良いよ。ちょっと話せる部分と話せない部分もあるんだけどね。伝えられる事は伝えるよ」

 

 そうしてこの場は一度解散。エヴァちゃん達は家に戻ったし、千雨ちゃんはマスコミ対策に寮に戻って着替えると言うから、夕映ちゃんを連れて、その後一緒にお昼にする事にした。

 

 

 

 

 

 

「ナギ・スプリングフィールド……」

「あれがあの……。何と言う圧倒的な魔力」

「アイツ等久しぶりに見たな。あの野郎は相変わらずみたいだが……」

 

 それにしてもアルビレオ・イマか。ネギ坊主が持っていた地図の『オレノテガカリ』ってのはアレの事だな。あのドラゴンの先に居たって事か? 学園祭が終わったらどうせネギ坊主も呼び出されんだろ。一度顔を出してみても面白そうだ。

 もっとも、邪険にされそうな気はするな。タカミチ辺りを連れて行けばそうでもないか? いや、詠瞬のヤツでも良いな。どうせ夏の事で木乃香と刹那が関わるだろう。

 

「こちらには、気づいて居ない様ですわね」

「…………そうだね」

「何だ? 随分気にかけてやがるな?」

「貴女少しは黙れませんの? それに、品良く出来るのでしたら初めからそうするべきですわ」

「お前喋る口があったのか? だったら相槌くらい言えよ。ずっと俺一人で喋って詰まらねぇだろ」

「うぅ、ああ言えばこう言う……。貴女、口から生まれてきたんじゃありませんの?」

「クックック。案外そうかもな」

 

 まぁ、ドラゴンの卵の殻を破るのは口からだからな。栞の言ってる事も案外間違っちゃいねぇだろ。ホント面白いヤツラだな。

 さて、フェイトのヤツは興味津々って所か? 何も感じないと嘘を付いてるみたいだが、ナギの姿を見た瞬間の表情は確実に違う。渇望ってヤツだな。栞のヤツもその様子には気付いていた。自分を見てくれていない葛藤ってヤツか? まぁ今のコイツに色恋沙汰を理解しろって言っても無理だろうな。

 

 しかし完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫の構成員が、こんな女子供ってのも不自然だな。よっぽど手が足りないのか、それともコイツがそれだけの実力を持っているのか……。

 体捌きは素人。やるとしてもおそらく後衛型魔法使い。魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫みたいだからな、特殊なアーティファクトで補助型の可能性もある。それもまぁ、 コイツ等と戦う時になったら分かるか。

 

「で? 終わっちまったがお前らどうするんだ?」

「……態々君に教えるとでも?」

「教えるだろ。そんな言い方してんだからな。何か企んでますって言ってるもんだろうが。なぁ栞ちゃん?」

「何も話す事はありません!」

「ククッ、随分嫌われたな。俺はお前みたいのは扱い易くて好きだぜ?」

「……フンっ!」

「こちらにこれ以上手を出さないで欲しい」

「フェイト様?」

「内容は? 対価は?」

 

 手を出すなって事は、何かをする気なのか、何もする気が無いのか。あっさり帰るって事はねぇな。ネギ坊主の事を見て帰る目的もあるだろうが、世界樹の魔力にも興味があるらしい。世界樹に手を出すって事は、学園関係者との間にもいざこざが起きるし、麻衣に手を出すって事にもなるからな。どうするつもりでも、邪魔はさせてもらおう。

 もっとも、コイツ等は超の計画にも多少は興味があるみたいだからな。アイツがどうするかによっても、コイツ等の行動は変わるだろうな。

 

「何を対価に取ると? 一応僕達は客人扱いなんだけどね」

「そ、そうですわ! 滞在身分証だって取ってあるのですから!」

「何を甘い事言ってやがる。シルヴィアを利用しただろう? まぁ、鍵を貰ったからな、不正入国とそれは見逃してやるよ。だが、ここに『完全なる世界』が居るって見逃すのに、お前らは何を払ってくれるんだ?」

「う、フェイト様……」

「……望みは?」

「俺の質問に答えろ。ネギ坊主を、羨ましいと思ったか?」

「どういう意味だい?」

「楽しかったのかって聞いてんだよ。お前は楽しそうだったな、栞ちゃん?」

「「…………」」

 

 黙ったままか? それとも悩んでやがるのか。少なくとも栞の方は、学園祭を素直に楽しんでいたみたいだがな。あっちとこっちじゃ祭りの種類も違うし、やってる内容も魔法を使った派手な事が多いからな。科学やこっちの文化は新鮮に映っただろう。

 

「有り得ない……」

「何がだよ。それが答えか?」

「…………」

「まただんまりか? なぁお前、生きてるのか?」

「……何?」

「主人に命令された人形って立場で満足なのかって聞いてるんだよ。お前を見てると、とてもそうは見えない。人間臭いんだよ。お前は誰だ? フェイトだろ? 人形君か?」

「…………っ」

 

 少し反応したか。もう少しって所だな。ま、お人好しはこのくらいで良いだろう。俺のキャラじゃねぇからな。後は……。案外そこの栞が何とかするんじゃねぇか? まぁ、他の構成員しだいってのもあるかもしれねぇな。

 

「貴女……」

「なんだ栞ちゃん」

「何でも有りません!」

「ククッ……。まぁ良い、大体分かった。見逃してやるから何処にでも行けよ。あぁ、騒ぎだけは起こすなよ? その時はまた相手してやるからな」

「そう……。行くよ、栞さん」

「え、はい。フェイト様」

 

 水のワープゲートで移動か。アイツ、土系じゃなかったのか? まぁ、その時は千雨が干渉できるから問題は無いか。

 まぁ、なかなか有意義な時間だったな。それにしても問題は栞か。人の幻か、変身魔法を纏っていたが、本質の耳長族の亜人部分はそのまま。至って普通。シルヴィアが使った鍵の影響は何だ? 『リライト』の本質が魂への干渉って言うなら何の影響があった? 何処からどう見ても”何も起きていない”ってのが答えだ。まだ情報が足りねぇな、要観察って所か……。



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第69話 学園祭(2日目) 選択した道

「来たわね、夕映!」

「な、な、なんですかハルナ!?」

「何もカニも無いわ。アンタ、何か隠してるでしょ?」

「な、何も隠してなんか――」

「反応が遅ぉーい! いつものアンタなら即答するところよ! さぁ白状しなさい! あの武道会とか、前のネギ君のキス魔とか、どう考えてもおかしいでしょうがー!」

「あ、ああ、あのなハルナ。ネギ君はちょっと、超包子の特性肉まんを食べ過ぎてもーてな?」

「そんなんで騙されるかー!」

「は、ハルナ! 落ち着くです!」

「ごめんハルナちゃん。 影の捕らえ手」

「えっ……むぐ!?」

 

 ハルナちゃんに話しかけると同時に、その影から捕縛の矢を伸ばす。暴れて傷が付かない様に素早く手足の自由を奪って、口も目立たない様に影の魔法で塞いだ。周りには一般人も居るし、ここで騒がれるのは凄く不味い。

 

「シルヴィア先生!?」

「ちょっと移動しようか? この場所も内容も、大声で話して良い所じゃないからね?」

 

 少し低い声で注意を促すと、この場も魔法の会話も不味いって気付いてくれたのか、図書館の大通りから離れて、人が居ない場所へと集団で移動した。

 

 事の始まりはお昼時にかかってきた一本の電話。午前中にまほら武道会の決勝は終わったけれど、もちろん学園祭はそれだけじゃない。とても三日間で回れる様なイベントの数じゃないし、小さな規模でもない。ここは伊達に麻帆良学園都市って大きさじゃないからね。

 それはともかく、武道会の事や悪魔の事。そして超ちゃんの事で夕映ちゃん自身も学園長室に行って忙しかったせいで、夕映ちゃんが所属している図書館探検部のイベントをすっぽかした事から催促の電話だった。

 

 そこまでだったら良かったんだけど、どうも武道会の事が極め付けになって、ハルナちゃんが魔法に気が付いてしまった様に見えるんだよね。

 私個人としては、魔法に関わらないで一般生徒のままで居た方が良いと思う。誰も彼も魔法に関わっていく今のA組の雰囲気は、お世辞にも良いとは言えない。それに私も一人の先生なのだし、生徒達の安全を考えたら、とてもじゃないけれどようこそなんて歓迎は出来ない。でも問題なのは、今ネギくんと魔法の関係がある子達は、ほぼハルナちゃんと交流があるって事。

 

 ネギくんの仮契約者になった明日菜ちゃん。その同室の木乃香ちゃんは魔法使いとして修行を始めたし、本人も図書館探検部で接点が多い。そして夕映ちゃんにのどかちゃんも魔法と深い関係があって図書館探検部。言い逃れするのは難しいだろうし、本人達の感情的にも、隠し通すのは辛いと思うんだよね。

 

「ぷはっ! あー、苦しかった」

「あの、シルヴィア先生。どうしてハルナさんを? それに、魔法をばらすのはマズイんじゃ無いですか?」

「そうだね。でも、今回の場合は特別。ハルナちゃんはもう確信してるみたいだし、夕映ちゃんやのどかちゃん達も、隠し通すのは辛いんじゃないかな?」

「そ、それは確かにそうなのですが……」

「あの、ネギ先生。ハルナに教えちゃマズイんでしょうか? バラしちゃいけないって言われましたけど。でも、やっぱり心苦しいって言うか、その……」

「のどかさん……。でも……」

 

 ネギくんはちょっと躊躇してるのかな? どの点で悩んでいるのか分からないけれど、まず伝える事は伝えてから選択してもった方が良いかもしれない。

 

「ハルナちゃん。良く聴いてね?」

「はい! モチロン聴きますって、こんな楽しそうな事ずっと黙ってたなんて、ねぇ?」

「う、それはその、えぇとですね……」

「ハルナちゃんは魔法の事を軽く見てるみたいだからはっきり言うけれど、実はハルナちゃんは一度死にかけてるんだよ?」

「え、そんな記憶無いんですけど? 夕映ものどかも知ってる?」

「もしかして、修学旅行の事でしょうか?」

 

 ネギくんやのどかちゃんがハッとした顔になってるけれど、一番危なかったのはその時だね。だからこそ疑問に、真剣な顔付きで頷いて応える。

 他にもちょっとした事で危険があった可能性を否定できないし、何よりファンタジーで夢見心地な感覚のまま足を踏み込むと、何に巻き込まれるか分かったものじゃないからね。特に学園長は魔法生徒候補として集めておきたい子が沢山居るみたいだし……。

 

「そうだね。だからもう、学園長は魔法生徒の候補として見てるんだよ」

 

 それに魔法を見た事を忘れるって手段もある。記憶消去・封印なんて魔法もあるし、さっきみたいな捕縛魔法。幻術や洗脳、封印に制約なんて性質の悪いものあるって事を分かってもらわないといけない。もちろん人助けが出来る魔法もあるけれど、全ての魔法使いが決してそうでは無いと言う事。

 そう言って説明していくと、流石に不味いという事を分かってもらえたのか、真面目に悩んでいるように見えた。

 

「それでも、ハルナちゃんは魔法の世界に関わりたいって思う?」

「んん~、でも夕映やのどか達だって関わってるんですよね? だったら、やっぱり気になるし。皆は危険じゃないんですか?」

「もちろんそうだよ。でも夕映ちゃんは魔法を知ってから、並の魔法使いを大きく超えるくらいの努力をしているし、木乃香ちゃんも同じく修行してるんだ。のどかちゃんはネギくんと仮契約しているから、守りに関しては一般人とは雲梯の差があるよ」

「仮契約?」

「俺っちの出番っすね! つーか兄貴、この姉さんとも契約しちまったらどうっすか? その方が安全だし守りやすいし。アーティファクトが出れば戦力にもなると思うぜ!」

「か、カモ君。駄目だよ簡単に巻き込んじゃ。それに、僕はこれ以上……」

 

 あれ? ネギくんの魔法に対する危険意識が、前よりもしっかりして来たかもしれない。それにこれ以上って言うのは、仮契約の事と思って良いんだよね?

 ネギくんの使い魔の子は、ちょっと言う事が不味いとは思うんだけど、それはネギくんがしっかりしてれば何とでもなる事だよね。それに、先生としての自覚が強く出てきて良い傾向かもしれない。

 

「ねぇネギくん。今ネギくんは、ハルナちゃんの事だけじゃなくて今後の事を、どう考えているのかな? 昨日の答えはまだ出ていないと思うんだけど、ハルナちゃんは皆と仲が良いからちゃんと話をしておいた方が良いと思うんだ?」

「え、昨日のですか? ぼ、僕は、その……」

「えう……わ、私は、その~……」

「なになに? もしかして、お二人は昨日でデキちゃったりしてたり? いや~悲しいねぇのどか。この親友のパル様を差し置いて、大人の階段上っちゃうなんてさ~」

「ハ、ハルナ~~!?」

 

 うーん。これくらいの年の女の子には、そういう話が重要だってのは分かるんだけど……。今はちょっと止めて欲しいかも。なんだかA組はシリアスが持たないねぇ。

 

「ごめん千雨ちゃん。ちょっとネギくんとハルナちゃんだけ連れて行くね。きちんと話を付けてくるから、こっちの様子を見ててくれるかな?」

「え、私がか? どっちかっつーとこのメンツなら綾瀬だろ?」

「夕映ちゃんは夕映ちゃんで今は悩みがあると思うから、客観的に見れる千雨ちゃんなら、この場を押さえてくれると思うんだよね?」

「う……。分かったよ」

「うん。お願いね? 頼りにしてるよ」

「お、おう」

 

 

 

 

 

 

「あの、長谷川さん」

「ん、何だ?」

「長谷川さんなりの考えを聞きたいのですが、構いませんか?」

 

 私の考えって言われてもなぁ。綾瀬のヤツはこっちに来るつもりなのか? あ、違うか。早乙女の事だよな。最近綾瀬はこっちにいる事が多いし、昼間の学園長の話もあるからついついそう思っちまった。

 早乙女か……。とりあえず、魔法に関わるヤツが増えるって意味じゃ反対だな。ただコイツ等全員ダチだからなぁ。放って置いてもいつかその内関わっちまうだろ? そう考えたら今の内にはっきりと決めて、関わるなら最低でも自分で魔法障壁くらい張れた方が良いんじゃねぇのか? まぁでも、魔力の器の問題もあるし才能の方向性もあるからなぁ。

 

「まぁ、早乙女はハッキリ決めた方が良いんじゃねぇか?」

「そう……ですか」

「難しいなー。ウチは魔法に関わるしかないし、のどかかてネギくんの従者やもんなぁ」

「う、うん。夕映はその、ネギ先生とは仮契約する気は無いの?」

「えっ、私はネギ先生と仮契約をする理由は無いですよ。自分で身は守れますし、魔法だって千雨さん程とはいかなくても、ネギ先生には簡単に負けるつもりはありませんよ」

「そ、そーなんだ。でもね、ハルナは……。ネギ先生と、仮契約しちゃうのかな?」

「大丈夫ですよ、のどか。仮にハルナがそうしたとしても、私達はのどかを応援しています」

「そうやでー、なぁ千雨ちゃんも応援しとるもんなー?」

「いや、何で私が……」

 

 ネギ先生ねぇ。まぁ、個人の趣味をどうとか言う気はねぇけどな。宮崎は何処が良かったんだ?

 つーか恋愛とか私に振られてもなぁ……。私にそんなの出来んのか? いまいち興味が沸かねぇんだけどよ。それに精神的にはもう高卒近いし、恋人がどうとか考える以前に、魔法の危険を何とかしないといけないって修行ばかりしてた青春だしなぁ……。

 あれ、これってぶっちゃけ枯れてねぇか? ……やべぇ、何かいろいろとマズイ気がする。近くにいる男子って言ったら誰だ? ネギ先生とか高畑先生とか? そりゃねぇだろ。まさかフロウが精神的に~ってのは、有りじゃねぇよな。つーか、どこの薄い本だよ。

 

 あー、いや、てゆーか。何気にファーストキスってシルヴィアだよな……。あれ? 何だこの百合フラグ。ちょっと待て、気が付かない間に外堀埋まってねぇか!? いやその、別にシルヴィアは嫌いじゃねぇけど。コイツ等がそんな話してるから妙に意識してきちまったじゃねぇか!

 違う、私は普通。私は普通だ。えぇとえぇと、こういう時は別の事を考えてだな……。シルヴィアって実は素材が良いよな? そう言えば何でエヴァのヤツはシルヴィア達の服って殆ど作らねぇんだ? アンジェのヤツとは散々いろいろ服作って着てるのに……。

 

「――って、シルヴィアから離れてねぇ!」

「は、長谷川さん!? 何をいきなり叫んで」

「はっ! な、何でもない! 何でも無いぞ!」

「そうですか……?」

 

 つーか、どの道寿命なんて無いようなもんだし、シルヴィアは家族って呼んでくれる。これから長い時間を生きていくのに、結婚とか普通の人間の思考とかから離れていくんだろうな。シルヴィア自身も何か浮世離れしてると言うか、元人間つってもやっぱどこか考え方が違うんだよな。

 

「ところで、シルヴィア先生達の事ですが……」

「え、何かあるのか?」

「はい。こう言っては何なのですが、シルヴィア先生とエヴァンジェリンさん達の様に、人の枠を越えた方達と、長谷川さんが一緒に居るのも不思議な感じがしています」

「そんな事言われてもな。私の場合はシルヴィアの方が信用できたからなぁ」

「信用とは? 何かいざこざがあったのですか?」

「そんなんじゃねぇよ。私の場合は人払いとか素通りしちまう体質でさ、シスターシャークティの悪魔祓いの現場に遭遇しちまったんだよ」

「そ、そんな事があったのですか」

「その時にこの体質じゃ何処に居ても巻き込まれるってのが分かったんだ。それで学園長とシルヴィアの話を聞いて、シルヴィアの方が信用出来たから今は一緒に居るって事だな」

「なるほど……。学園の中でも不意に危険があるという事ですね」

「あれはある意味偶然だけどな。全否定は出来ないってところか」

 

 何か綾瀬のヤツ、悩み込んでるな。基本的に魔法先生も生徒もかなりの人数が居るから、日ごろの巡回もしてるし常に危険って事も無いんだよな。

 関西の出張所が出来てから、東西のいざこざみたいなものも目に見えて減ったらしいし、ある意味学園長の東西仲良くしたいってのは、見た目には成功してるんだろうな。

 

「長谷川さん。もし私がシルヴィア先生か、エヴァンジェリンさんの従者になるとしたら、長谷川さんはどう考えますか?」

「え、夕映? 私達から離れちゃうの?」

「大丈夫ですよのどか。一緒に居るのと師を選ぶのは違います。学園長からもネギ先生を選ぶのか、シルヴィア先生達を選ぶのか、早めに決めて欲しいとも言われました。なによりネギ先生自身が、エヴァンジェリンさんを師と仰いでいるではありませんか」

「あ、そっかー。でも、もう進路を決めちゃうんだね」

「いえ、そんな事ではありませんよ。でも、魔法に関わっていく気持ちは変わりません。どうでしょうか、長谷川さん」

「え、なんつーか……。まぁエヴァは意外と歓迎するんじゃねぇか? 良い意味でも悪い意味でも気に入られてるみたいだし。シルヴィアは多分、綾瀬なら問題無いって言うだろうな。誰も彼もってなると問題だけどな」

「そう、ですか……。ちょっと、話を聴いてきます。ハルナの事も気になりますし」

「あ、おい!」

 

 どう考えてもまだ話中だろ! ややこしくならない様に離したってのに、コイツの妙な情熱はこういう時は逆効果だな。

 まさかこんな事で拘束魔法使うわけにもいかねぇし。仕方がねぇ、追いかけるか。

 

 

 

 

 

 

「それじゃネギくん。皆には聞かれたくない話もあると思うから、言いたくない事は言わなくて良いんだけど、でも魔法に関しては今ここではっきりしないと不味いと思うんだ?」

「はい。そう、ですね」

「えっと何か、もしかして大事?」

「普段ならもうちょっと裏側で、コソっと話す事なんだけどね。今回は人も多いし、今ちょっと問題も起きてるんだ」

 

 確かにそうかもしれない。僕は、クラスメイトの皆さんを、魔法の世界に巻き込みたくないって思う。でも、麻帆良にやってきた初日にアスナさんにばらしてしまった。その後、修学旅行でのどかさんを巻き込んでしまって、関西呪術協会でクラスのお友達の皆さんも……。

 その時に沢山の人が魔法に関わってるって知ったけれど、皆さんはちゃんと魔法を隠していて、僕はマスターからの修行もあってまだまだ未熟だって思い知った。それに勘違いからマスターと始めて戦った時の事も忘れちゃいけないんだ。茶々丸さんに襲い掛かってしまった時みたいに、魔法を気軽に使っちゃいけないって分かった。でもまだ、僕は本当の意味で分かっていなかったんだ。

 

 あのヘルマンという人……。いいや違う、あの悪魔だ。彼と出会って僕は絶対に逃げてはいけなかった事を思い出した。そして、ようやく分かったんだ。無闇に魔法に巻き込んじゃいけないって。

 六年前のあの日、目の前で石になっていく人達の顔。必死の形相で逃げて、絶望の顔のまま石になった村の皆。それに、アーニャのお母さんだって石にされたままなんだ。あの時の胸を引き裂かれるような苦しさを、目の前が真っ暗になった死の恐怖を、アーニャが悲しくてずっと泣き続けていた事を、絶対に忘れちゃいけなかったんだ。クラスの皆さんに味合わせちゃいけなかったんだ。

 でも僕は、必死に力を求めるだけで、周りの事に気付けないままだった。ただただ自分だけが先に進もうとしていた。関西呪術協会で、フェイトの石化魔法で長さんや皆さんが石にされた時に、怒ってぶつかるよりも先に、皆さんの安全を確認しておかなくちゃ駄目だったんだ。

 

 僕は今、アスナさんにのどかさんと仮契約をしている。魔法を知っている皆さんを見て、自分を守れる力の無い人は今、のどかさんとハルナさんだ。古老師は魔法が使えなくても、中国拳法の達人で並みの相手からは身を守る事が出来る。龍宮隊長も銃の名人だし、楓さんも凄く強い忍者の人なんだ。

 仮契約をすれば、確かに守る事が出来るかもしれない。でも、それにはパートナーって意味合いもあるし、簡単に巻き込んじゃいけないんだ。

 

「あの、ハルナさん。僕の、故郷の話を聞いてもらえますか?」

「え? なにそれ。それって告白って事?」

「はい、ある意味そうなると思います」

「ハルナちゃん、今のは天然で意味が違うって分かってるよね?」

「そりゃもちろん。でも、のどかとの手前ちょっと。でも、ふざけてる場合じゃなさそうね」

「は、はい。それでその――」

 

 僕の故郷の村は、永久石化と言う呪いで六年も経った今でも、誰一人として蘇っていません。そして、修学旅行ではハルナさんも石化された一人です。そう説明を続けて、今立っている位置がどれだけ危険な事か、思っていたよりも早口で、のどかさんの事を言われて少し赤くなった顔を隠す様に説明していく。

 それに、仮契約の事も。パートナーという意味が魔法使いの世界ではある事。のどかさんにまだ告白されてしまった事は、ちょっと言えなかったけど。でも、夕映さんとシルヴィア先生と相談した事は、きちんと決めなくちゃいけないって思ってる。

 

「でもさ、友人としてはそんな世界に友達を置けないわけよ。ましてや、私一人だけ除け者なんて絶対にイヤだね」

「ハルナさん……」

「もし魔法を知った上で、覚悟を持って進むのなら、それはそれで良いとは思うよ? でもね、知っている事を黙ったまま関わらないでいるって道もあるんだよ?」

「それは無理ですよ。友達皆関わってるのに、見てみない振りなんて出来ませんって」

 

 やっぱり図書館探検部の皆さんとは友達だし、いつかはハルナさんにもそうなるんじゃないかって思ってた。でも、迂闊に仮契約は出来ないし、シルヴィア先生に任せるのも筋が違うと思う。皆さんを巻き込んでしまったのは僕だし……。

 

「……ネギくん。誓約書って言う方法もあるよ?」

「え、どういう意味ですか?」

「期間限定で仮契約をして解除するって、あらかじめ決め事をしておくの。もちろん、魔法の世界に関わったって記録は残るし、関係者って見られる。けど、あるのと無いのとでは意思表示の意味も、安全性もぜんぜん違うと思うんだ? 非常時の場合は、だけどね?」

「あ、はい。確かにそういう方法もあるかもしれません。でも……」

「いや、その何て言うかさ。そんなに悩まれちゃっても困るんだけど。私としては友達が知らない所で危険な目に合って、知らない内に苦労してるのを見て見ぬ振りを出来ないわけさ」

「ハルナさん……」

「待ってください!」

「夕映さん!?」

 

 えっ、いつから聴いてたんだろう!? それに千雨さん達まで。

 

「シルヴィア先生。そちら側で、エヴァンジェリンさんに師事を正式にお願いは出来ませんか?」

「え、夕映ちゃんこっち来るの?」

「ま、マテ、早なるな綾瀬! エヴァだけはやめとけ、マジで!」

「はい。私の決意は固いです。それにハルナものどかも、私が守れるだけの実力をつければ良い事です。ネギ先生だって居るのですから、そうそう危険に巻き込まれないと思います。ですよね、ネギ先生?」

 

 夕映さんは、僕に真剣にのどかさんの事を考えて欲しいって言っていた。シルヴィア先生だって、何かが有っても守りきれる覚悟と実力がお互いにあるのかって説いていた。僕は……。

 

「はい。そうですね、僕もマスターの所で頑張りたいと思います。それに、のどかさん」

「ひゃい!? なな、なんでしょう?」

「僕はまだ正直、女の人を好きになるって気持ちがはっきり分からないんです。でも、真剣に考えたいって気持ちは間違い有りません。だから、まずはお友達から始めませんか? 一緒に、答えを見つけて行きたいんです」

「あ……。はい、よろしくお願いします!」



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第70話 学園祭(2日目) 見えてきた真実

 普段より文字数が多いです。移転前の69話の終盤を付け加えて推敲したので、切れる部分も少なく、結果的にこうなってしまいました。


「さてと、それじゃ夕映ちゃん。決意は固いって言ったけど、その気持ちは今でも変わりは無い?」

「はい。きちんとエヴァンジェリンさんから魔法を学びたいと思っています」

「何だ、今までのでは物足りなかったと言うのだな?」

「えっ? いえ決して、その様な意味ではないです!」

 

 図書館島で分かれた私達は、エヴァちゃんの家に夕映ちゃんを連れて来て話をしている。このリビングには千雨ちゃんと合わせて四人。夕映ちゃんが一番馴染んでいるメンバーだけで、落ち着いて話が出来るようにしてる。

 ちょっとエヴァちゃんが夕映ちゃんに意地悪するような事を言ってるけど、これは一応エヴァちゃんなりに、夕映ちゃんの事を考えてくれてるって事だよね?

 

「えぇと、それだけじゃなくてね。『管理者』としての私達の事。そしてその先の事もあるの。『管理者』の実体は『学園関係者』の重役なら知っているんだけど、先に関しては知ったら後戻りは出来ないよ? それでも、夕映ちゃんは知りたい?」

 

 この事は私達がこの世界の外から来たと言う秘密。私も皆もずっと一緒に居るから、もうこの世界の人間なんだって自覚はある。でも突然に、ここが創作の世界だって知る事は、少なからずショックを受けると思う。

 人によってはあっさりとしたものかもしれない。でもここの場合は、傲慢な神様が遊び半分に作った世界。そんな中で生命を授かったって事は、色々と悩んだり、許せなかったり、複雑な気持ちも抱くんじゃないかって思う。

 

「あの、『管理者』とは学園と取引をしている派閥なのですよね?」

「正確にはかなり違うかな。私達は文字通り麻帆良の土地全体を保有していて、それには世界樹も入っているの。それに『学園関係者』の魔法使いが私達に対して攻撃をした事実が無くても、害悪であると理性的に判断したら、処罰出来る契約を結んでいるの。他にも細かい話はあるんだけどね」

「え、もしやそれはネギ先生だけではなく、のどか達も含むのでしょうか?」

「そうだね。ちょっと辛いかもしれないけれど『学園関係者』だからね。でもそれは契約上の利益関係。あえて言うけど重要じゃないの」

「私としては、十分に重要だと思うのですが……」

 

 ちょっと早まった決断をしたかもって考えさせちゃってるかな? 少し表情が暗いし、自分が親友やネギくん達を監視する立場になるかもしれないって考えたら、きっと辛い気持ちになるよね。でも、夕映ちゃんに勘違いさせちゃうと不味いから、少し補足しておかないと。

 それに私達は、絶対に世界樹に手を出させるわけにはいかない。その為に学園と交わした、私達の身を守るための契約だからね。私達はこの世界の中で寄り集まった小さな家族で大切な仲間だから、絶対に失いたく無いって思ってる。

 

「勘違いしないで聴いて欲しいんだけど、私達は好き好んで学園の人達を害しようとしてるわけじゃないの。監視者って考え方よりも共存。学園は世界樹の魔力の恩恵や、私達という一種の抑止力で成り立ってる。もちろん私達の存在は公なものじゃなくて、魔法使いの国の偉い人とか、裏社会的な部分でしか知られていないの」

「それは持ちつ持たれつで、学園の魔法使い達をご自身の隠れ蓑にしているわけですね?」

「えっと、実も蓋も無い事を言うとそうなんだけどね?」

「綾瀬夕映。決して世の中が綺麗なものだけで出来ていると思うな。仮に私達がこの地を出れば、人ではない者として追われる事もあるだろう。逆にその力を利用するとする者も出る」

「お互いがお互いに平和に生きていくため。無用な争いを避けるためってところかな」

「そうですね。人の枠を外れた皆さんのため、この学園の魔法使いとの良好な関係が重要な事は分かりました……。ですが、その先とは? それは長谷川さんも知ってるのですよね?」

「あぁ、まぁな。知らずには居られない話だったからな。もちろん、今更抜けるつもりはねぇよ」

 

 千雨ちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいかな。私達の事を受け入れてもらえているって感じられて、心が温かくなる。基本的にイレギュラーな存在で、私達のせいで運命が狂った人が居るかもしれないこの世界。

 私達が転生と言う反則を犯してここに居る事で、少なからず今居る人たちの未来を知ってしまっている事。そのために行動の取捨選択をしなくちゃいけなかった事。それについて卑怯と思われるかもしれない。何で助けてくれなかったのかと言われるかもしれない。けれど、私達だってこの世界で生きている一つの命で、私達の生活もある。知っているならその全てを救ってくれ、なんて言われると困ってしまう。

 

 出来る事をして世界を救う。目に映る人を助ける。フェイトくん達の事もあるし、その事を忘れる気持ちは無いけれど、救える力を持っていて救えない人が居るのも事実。

 でも、私が出しゃばる事で救おうと動いている人が迷惑を受ける場合もある。あの組織に頼りきりにすれば良い、何でもやってくれる便利屋。何て事になると、その人達の生活や意義を崩してしまうからね。それに皆が公の視線に晒される場合もある。でも本当に、葛藤する気持ちはいつまで経っても消せないんだけどね。

 

「あの、随分と場の空気が重いのですが……」

「そうだね、この先に来れば、私達は身内。家族として考えるよ。それだけの理由があるからね」

「そこまで言うならば、本当に逃げ道が無いように感じられます。いえ、まるで一線を引いている様な。それ程までに重い秘密と言う事でしょうか?」

「そうだね。私達から見ても、夕映ちゃんから見ても大きな問題だよ?」

「綾瀬夕映。お前がこちら側に来る事で、卑怯者と言われる事もあるだろう。闇に身を染める事もあるやもしれん。だが、お前が望む守れる力は確実に身に付く。後は、お前が道を間違えずにいる事だ」

 

 エヴァちゃんもきつい事を言うけど、重い事実なのは間違いないからね。千雨ちゃんの時みたいに、周りに誰も信じられる人が居なかったってわけじゃないから、判断は難しいかもしれない。

 夕映ちゃん自身も難しい顔をして悩んでるし、きっと友達の事とか、学園関係者の事。『管理者』の契約以上に重い事実と言われれば、簡単には決められないよね。

 

「……分かりました。私は、それでもお話を聞きたいと思います。決して軽い内容では無いと、分かっています。それに、エヴァンジェリンさんが言う事は、学園側に居てもシルヴィア先生の側に居ても、魔法使いとして踏み込んだ今は、決して逃れられない道だと思います。それに一般人の目から隠れるため行為や、共存の為の取引などもあるのでしょう」

「それは、学園との契約とかだね。もちろん私達は――」

「良いんじゃねぇか? そんだけ理解してんなら、エヴァの教育の賜物だろ?」

「フロウくん!? 麻衣ちゃんも!」

「あはは、気になっちゃいまして……」

 

 話が終わるまで待っててもらうつもりだったのに……。麻衣ちゃんの姿は特に驚かせちゃうから、きちんと説明してからのつもりだったんだけどね。

 

「あ、あの。そちらの方は? 初めてお会いしますよね?」

「こんにちは、綾瀬夕映さん。私は世界樹の木霊をやってる菜摘麻衣って言います。これでもシルヴィアさん並に長生きしてるんですよ」

「世界樹の!? いえ、ですが……。そうですね、あれほどの魔力を持つ大木ですから、精霊が宿らない方がおかしいのかもしれません。しかし、ここまでハッキリと意思があるなんて……」

「まぁエヴァと千雨以外は訳有りだからな」

「もう、フロウくんてば。きちんと説明してから紹介しようと思ってたのに」

「別に良いだろ。特に麻衣は直接見せた方が早い」

 

 そ、それはそうなんだけどね。夕映ちゃんがこっちにハッキリ来るって宣言してくれたから良いんだけど、学園関係者が居たら困った事態になるところだったよ。

 

「えぇとその、結局秘密と言うのは菜摘さんの事でしょうか?」

「違うよ。もう単刀直入に言っちゃうけど、訳ありって言うのは、私達は全員この世界の外からやってきたって事」

「それは、天使という事を考えたら当たり前なのでは?」

「そうじゃねぇよ綾瀬。お前らよく本とか読むだろ? 例えば本の中の世界に現実の人間が入っちまって、そのまま英雄とかになる話とかねぇのか? ありそうだけどよ」

「……え?」

「千雨ちゃんの言う通りでね、この世界はある傲慢な神様が漫画の世界をモデルに作り出した新しい世界。私達はその世界に投げ出された、異世界の人間だったの」

「ちょ、ちょっと待ってください。では皆さんは、私達というキャラクター相手に、天使と言う姿を借りて干渉している存在なのですか?」

「落ち着けって。そうじゃなくて現実なんだよ、ここは。シルヴィア達だって、この世界に投げ出されたまま今まで生きてきたんだ。私達もキャラクターじゃなくて、一人の人間なんだ」

「……す、すみません。少しだけ考えさせてください」

「大丈夫だよ、ゆっくり考えてね」

 

 やっぱり、混乱させちゃうよね。この世界の人から見たら、私達が干渉する事を面白く無いって考えるかも知れないし……。自分が作られた存在だなんて言われたら、魔法の公開と同じくらい波紋が広がると思う。証明する手段はないけど、安々と広めて良い話じゃない。

 ブツブツと自問自答をしながら、必死に自分の考えを纏めようとしてるね。何とか折り合いを付けて、夕映ちゃんなりに納得してくれると良いんだけど……。

 

「お二人とも、一つだけ、質問させてください」

「何だ?」

「あぁ、良いぞ」

「それは、直ぐに受け入れられましたか?」

「愚問だな。私が真祖になる運命は決まってはいたが、それが何だと言うのだ。むしろアンジェと言う大切な妹が出来て、こうして共に生きる仲間もいる。そのための力も意思もある。逆に何も無ければ数百年を一人で投げ出されていた。吸血鬼として迫害され、殺し殺される人生は容易に想像がつく。それに比べれば遥かにましだ」

「私はすぐ受け入れたよ。周りは嘘だらけで、現実なんてあってなかったからな。先にエヴァって言う大物がいたし、何よりもシルヴィアは、当時悩み込んでいた私の事も受け入れてくれた。学園長達よりもよっぽど信頼できたからな」

「そうですか……」

 

 少し気持ちの整理が付いたのかな? 二人の考え方を聴いて、ちょっと落ち着いたように見える。

 

「すみません、先程は取り乱しました。確かに出戻りは不可能なようです。のどか達どころか、他者に教えたくても教える事は出来ないはずですね」

「ごめんね、騙まし討ちみたいになっちゃって」

「いいえ、黙っているだけに値する理由です。正直、かなり動揺しましたが……。公開したとなれば相当の混乱が考えられます」

「あぁそうだ、ついでに言っておくけど私も半分人間辞めてる。さっき綾瀬が、一人だけ人間で不自然だって言ってたのはそう言う事だ」

「えっ、まさか長谷川さんも何百年も生きてるのですか!?」

「一応同い年だな。ただダイオラマ球で何年か過ごしてるから、厳密には違うか? シルヴィアの仮契約のおかげで半分精霊になって年取らないんだ。反則だろ?」

「はぁ……。何でもありですね。聞くだけで大分神経が磨り減った気がするです」

「私達も長い間生きてこの世界に干渉してるから、運命が変わった人もいると思うんだ。良い方向になった人も悪い方向になった人も居るかもしれない。でも、この世界に転生と言う形で放り込まれた私達は、お互いに寄り添って、守れる場所を作る必要があったんだ」

「はい。その考えは分かります。私がそうであったとしても、まず生活を整える必要と、生き延びる手段を考えざるを得ません」

 

 私の場合あの家を貰った後に飲み水とか周囲の環境を整えて、それからずっと修行していたから良かったけど……。もしあの時、岩場に投げ出されたままだったらって考えたらゾッとするからね。

 それに、夕映ちゃんが理解を示してくれた事が本当に嬉しい。まず私達の事を受け入れてもらえないと、仲間内でぎすぎすしちゃうし、怒り任せになじられるとこの先の夏もあるから、落ち着いて話を聞いてくれて本当に良かった。でもある意味、本気でぶつかり合う事は必要だと思うけどね。

 

「細かい話は後で良い。とりあえず来い”夕映”。ダイオラマ球で稽古を付けてやろう」

「え、今からですか!?」

「夕映ちゃん。私達はおぼろげだけど、原作のストーリーを把握してるの」

「あっ! そ、そうです! ここが物語の中の世界と言う事は……。まさか、のどかとネギ先生に言った戦争と言う言葉は真実で、これから起こる史実だと言う事ですか!?」

「どんな規模かは分からないけどね。それに超ちゃん何かを起こし始めてる。だからそのために色々対策をしてきて、特に主人公のネギくんには凄く気を使ってるの」

「私が……。こちら側を選んだのは正解だったかもしれません。何も知らないまま、ネギ先生の横をのどか達に歩ませるのは、あまりにも危険でした……」

「そうだね。それもあるから、これから夕映ちゃんはちょっと大変だと思うよ」

「いえ、自分でお願いしたのです。どうか、よろしくお願いします」

「もちろん。こちらこそよろしくね」

「よし、時間が惜しいからな! さっさと行くぞ夕映」

「は、はい!」

 

 エヴァちゃんに引っ張られるように夕映ちゃんが地下室に連れて行かれる。随分と張り切っているみたいだから、実はエヴァちゃんは嬉しかったりするのかな?

 

 それにしても、夕映ちゃんには闇の祝福をした時はこっち側に来るとは思わなかったよ。それに、私かエヴァちゃんの従者になりたいなんて……。私と契約すると千雨ちゃんみたいに半精霊化しちゃうし、エヴァちゃんの場合は仮契約ならまだしも、吸血鬼化しちゃうとそれもまた問題があると思うんだよね。

 いくら力や魔力の器が大きくなると言っても、人間の人生を外れちゃうし後戻りが出来なくなるかもしれない。こればかりは夕映ちゃんの意思をしっかり確かめておかないと。

 

「ねぇ、フロウくん。夕映ちゃんはエヴァちゃんの従者になると思う?」

「なるならシルヴィアだろ? 千雨の寿命の事も聞いたし、安全面や知識欲からして契約する可能性はある。意外とエヴァも気に入ってるみたいだし、先において逝かれるのも辛いものが有るからな。けど問題はそこじゃねぇ。アイツの場合は闇との相性が良い。闇の祝福もあるから、どっちと契約してもアイツは闇の眷属になるだろ?」

「あ……。ひょっとして、魔族化しちゃったりするかな?」

「エヴァと契約したらそうだろうな。シルヴィアとするなら闇の精霊か? 吸血鬼化は日光やニンニクなんかのリスクがあるから、お前とやった方が良いだろ」

 

 これはちょっと、夕映ちゃんを気を付けて見ておかないといけないかもしれない。理性的な子だから、闇に飲まれて暴走は多分無いと思うんだけど、相性が良すぎて本能で暴れる魔物になっちゃったら目も当てられないからね。

 

「しっかし、エヴァのヤツ張り切ってんな。綾瀬が数日後どうなってんのか想像がつくぞ……。まぁ、血は吸われまくるだろうな」

「うん……。後でスタミナ料理でも作りに行こうか」

「んじゃ俺は近接訓練でもしてやるか。もちろん後でグラニクス送りだ」

「またそれ? 夕映ちゃんの事おもちゃにしてない?」

「しなかったら成長しねぇだろ?」

「ホンットーに性格悪いなお前ら。綾瀬がマジでバトルマシンになったらどうすんだよ」

「ククク。そんときゃそん時だ。上手くエヴァと躾けてやるよ」

 

 はぁ、やっぱり心配だね。後で見に行こう。とりあえず夕映ちゃんの事は二人がきちんとしてくれると信じて、今は超ちゃん用の感知結界を待たないといけない。

 今日は夜まで家で待機してて、結果を確認しよう。今直ぐに様子を見に行く事は出来ないね。

 

 

 

「あっ、超ちゃんの反応が出た!」

 

 そして夜になると、頭の中に閃く独特の感覚が走った。そして伝わってくる結界の中のイメージ。龍宮神社の回廊の中に突然現れた超ちゃんが、捕縛陣に捕らわれる瞬間が見えた。

 ちなみにエヴァちゃん達はダイオラマ球から出てきたけれど、夕映ちゃんはダウン中。別荘の中は時間が二十四倍だからこういう時は休息に使えて便利なんだけど、そこまでやらなくても良いと思うんだけどね。

 

「ほう、転移で行くか?」

「そうだね。私は何かされてる可能性があるから、フロウくんと千雨ちゃんも来てもらえる?」

「良いぜ。どんな小細工をしてくるか楽しみだ」

「シルヴィアが何かされてるって、私でどうにかなるのかよ?」

「それはちょっと分からないけど、何か糸口は見つけないとね?」

「雑談してる暇はないぜ。逃げられたら面倒なんだろ?」

「そうだね!」

 

 学園の先生達も居る可能性があるから、今回はエヴァちゃんの影のワープゲートで転移。直ぐに外に出て集まって、地面に開いた影の大穴から龍宮神社の裏まで一度に転移した。

 

 

 

 龍宮神社の本殿近くの回廊まで、急いで駆けて行く。ここで逃すと、きっとまた明日までに捕まえるのがとても大変になる。また時間を移動されても困るし、学園の中を転々として逃げる事は分かっているから、捜索にも時間がかかる。

 魔法先生達は来ていないみたいで、今ここには私達だけしかいない。物陰から出てそっと近づこうとしたけれど、魔法が使えないはずなのに既に捕縛陣は破られていて、こちらに気付いている様子で声をかけてきた。

 

「オヤ? 見つけるの早すぎネ。隠れる暇も無かたヨ」

「超ちゃん……。悪いけど、ここで捕まえさせてもらうよ?」

「それは無理だと思うヨ?」

「そんじゃ試してみるか?」

 

 フロウくんが宣言したと同時に、右手の指先が伸びて竜の爪になる。そのまま瞬動術で超ちゃんの目の前まで迫り、顔面目掛けてその爪を突き出した。

 

「おぉ、これは怖いネ。だが無駄だと言ったはずネ♪」

「ふーん。お前これどうやった? いや、”既にやっていた”が正解か? 俺達全員か?」

 

 止める暇も無いままに飛び出したフロウくんの右手の爪は、文字通り超ちゃんの目の前。左目の眼球直前で止まっていた。それに、フロウくんは拘束も何もされていない。

 超ちゃんはそれに怯える事無く、普段の笑顔のままこちらに視線を送っている。その自身有り気な視線に、思わずゾクリと寒気を感じた。少しやり過ぎじゃないかと思ったけれど、もしかしたら、私達は想像以上の相手を敵にしているのかもしれない……。

 

「潰れても魔法で治せる。こいつは明らかに避けるそぶりも見せなかった。つまりは回避可能。やられても回復手段があると言う事だ」

「いやお前、容赦なさ過ぎだろ?」

「まったくネ。肝を冷やしたヨ?」

「はっ、計算づくだろう? で、俺達を封じてある、と言う事は手を出されると困る、あるいは巻き込む気が無いって所か? 言え」

 

 普段の相手をからかう時の態度や、楽しむ態度じゃない。完全に敵に対して、威圧する態度で言葉を投げかけている。

 

「わざわざ言う事カ?」

「そうか。て事はやっぱり未来の俺達を知ってるんだな?」

「……見逃してもらえないカ?」

「そういう訳にも行かないよ。今こうやって大々的に魔法をばらせば大混乱になる。だから、今は超ちゃんを捕まえるよ? もし、魔法をばらさなくちゃいけない理由があるのなら、それはちゃんと話して欲しいな」

「悪いがまだ話せないヨ……。私は、命をかけてここに居る。誰にも邪魔はさせないし、あんな歴史、二度と繰り返させたくない! 準備にかけた二年と半年。僅かそれだけの時間かもしれないが、私には人生の全てをかけた時間だたヨ! 例え誰に邪魔をされようとも、絶対に成し遂げるまで諦められないネ!」

 

 超ちゃんの瞳は大きく見開かれて、強い意志を宿す瞳からは強烈な決意が伝わってきた。口調も普段の人懐っこいものではなく、一言一言がお腹の底から搾り出された声で、どうしても譲れない諦められない気持ちをひしひしと感じる。

 

「超ちゃん。理由も話せないの?」

「言ったヨ、世界のためだと。そして、私達のためでもあるネ!」

「おい超。お前が言う私達ってどこまで入ってる? お前、もしかして未来でシルヴィアの知り合いか何かと言う事か?」

「……タイムパラドックスとバタフライ効果」

「えっ?」

「私に言えるのはここまでネ。余計な事をすると、計画の前に何が起きるか分からないネ。だからこれ以上は何も言えないヨ。そして――」

 

 超ちゃんが何かの機械端末を握ってサインを送る様な仕草をすると、私達の前に突然に銃撃の乾いた音が鳴り響いた。

 さらに、私達が誰よりも見知ったはずの人物が、ジェット音を上げて降りてくる。

 

「皆さん。申し訳ありません」

「茶々丸ちゃん……。超ちゃんの実験って、こう言う事なの?」

「はい」

 

 空から降りてきた茶々丸ちゃんがその手に持つのは、修学旅行で使ったものと同じタイプの結界弾を詰めた銃。それを私達の足元に向けて佇んでいる。

 

「私はまだここで費える訳には行かないヨ。ここは逃げさせて――」

「簡単に行かせるかよ! エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 風の精霊21柱! 縛鎖となり 敵を捕らえろ 魔法の射手・戒めの風矢!」

 

 今度は千雨ちゃんが風の精霊の捕縛魔法を唱える。急速に作り上げられたそれは、鞭の様にしなる風の矢になって超ちゃんに向かって走って行く。

 すると、どういう訳か私の時とは違ってきちんと効果が出た。風の矢が超ちゃんを縛り上げて、その場に固定する。

 

「捕まえられた!?」

「おぉ。捕まってしまたネ」

「超ちゃん……。話し、聞かせてくれる?」

「残念だがそれは無理ネ」

「――えっ!?」

 

 いつもの気軽な声におかしいと思った瞬間、超ちゃんはいつの間にか真後ろに回って声をかけてきた。その声に驚いて振り向くと、変わらない人懐っこい笑顔。

 たった今、目の前に居たはずなのにこの速度はありえない。私もエヴァちゃんも誰の目にも捉えられないなんて。それに何の素振りも無く、拘束した矢を抜け出した事もおかしい。

 

「なんだそりゃ? 未来の技術か魔法か? 面白い事するな。せっかくだから教えてくれよ」

「フフフ、それは秘密ネ。だがこれで、今私を捕まえられないと言う事は分かてもらえたカ?」

「本当に個々に対策を練ってあるんだね。そこまでしないといけなかったの?」

「ウム。と言うわけでこの場は退散させてもらうヨ」

 

 そう言った超ちゃんの合図で茶々丸ちゃんが発砲。いつかの結界弾だと思ったら、魔力を使った煙幕弾で一瞬視界を見失ってしまった。

 

「超ちゃん!?」

「すみません、超はもう逃がしました。ですがご心配なく。明日の計画では一般人には被害は出ないとの事です」

「茶々丸ちゃん。それは本当の事?」

「はい」

「でも計画が成功したら、確実に一般人を巻き込む事になるよ? それは分かってるよね?」

「はい。ですが私は、製作者である超に、逆らう事は出来ませんので……」

「はぁ……しょうがないなぁ。でもね茶々丸ちゃん」

「はい、何でしょうか」

「それが本当に良い事なのかどうか、プログラムじゃなくて自分の心で考えてね?」

「心……。私に、あるのでしょうか?」

 

 茶々丸ちゃんは機械の体と魔法で動いていても、これまで私達と一緒に生きていた家族の一人。いくら命令で逆らえないといっても、本当にプログラムだけで動いているのなら、ここは即答で反論する所だと思うんだよね。だからその行動を茶々丸ちゃんの心で判断して、良いか悪いか考えてみて欲しい。

 

「今は戻ろっか。私達に出来る事は少ないみたい。悪魔の方に警戒しない?」

「なんだ、主人公様に丸投げか?」

「そういうわけじゃないけど、やれる事はやるよ? でも、超ちゃんに対抗出来そうなのはネギくん達と、千雨ちゃんと夕映ちゃんだけかもしれない」

「私がか? 超のあれは良く分かんねーぞ?」

「うん、良いよ。多分ネギくんがどうにかしてくれるから」

「はぁ? 良いのかよ、そんな適当で」

 

 適当ってわけでも無いんだけどね。私達は何かをされているのは今回の事で確定したし、たぶん麻衣ちゃんもアンジェちゃんも何かをされてる。何もされて無くても、きっとさっきの千雨ちゃんみたいに、分からない方法で回避される可能性が高い。

 

「きっと、あのタイムマシンの時計が鍵だと思う。千雨ちゃんにだけわざと拘束されて、私達には何も出来ないってアピールしてるよね。ネギくんも時計を持っているんだし、何とか使いこなして貰おうよ。それに何も出来なかったら、本来の話が続かないじゃない?」

「あ~、まぁそうなんだろうけどよ。良いのかそれでホントに? めちゃくちゃ不安だぞ?」

「何とかなるよ。後でネギくんとも話してみるね。茶々丸ちゃんも、無理はしないでね?」

「え? は、はい」

 

 ここまでずっと超ちゃん対策をし続けてきたのは、結局無駄だったのかな? 対抗手段が見えた分何も意味が無いって事は無いと思うけど、私達が干渉しすぎたせいで、かえって答えが遠退いたとかは無いよね? でも、ちょっと超ちゃんに向けて、躍起になり過ぎたかもしれないけど。

 

「……少し肩の荷が下りたか?」

「え?」

「昔、麻衣を助けた時と同じだ。抱えすぎんだよ。相変わらず」

「あ~。そう、かな?」

「今回は主人公様に任せて置けよ。それとエヴァの別荘に行って夕映の修行だな」

「あ、そうだったね。ご飯つくりに行こうって言ってたんだっけ!」

「ご飯……。超よりもそっちで慌てんのな」

「重要だよ? 食べなくて平気でも、食べたら気持ちは変わるからね!」

 

 うん。夕映ちゃんも疲れてるだろうし、何かスタミナが付くものが良いかな。後は教員の連絡網で、ネギくんに後でエヴァちゃんの別荘に来るように連絡を入れておけば大丈夫だね。

 と言うわけで茶々丸ちゃんを見送ってから、食材を買い込んで別荘まで移動する事にした。




 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。


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第71話 学園祭(3日目) 決戦の前に

「うぅ……高畑先生。……あっでも! はぁ……」

「明日菜さん。そろそろ起きた方が良いと思いますよ」

「放っといてよー。はぁ……」

 

 食材を買い込んでからエヴァちゃんの別荘に入ると、まるでこの世の終わりの様な顔をした明日菜ちゃんがいた。

 暗い顔をしていたかと思えば、突然起き上がってタカミチくんの名前を叫んでまた倒れこむ。何て事を繰り返しているから、傍からは奇行にしか見えないんだよね。それに付き添って夕映ちゃんが何か慰めてるみたいだけど、何があったのかな?

 

「あ、おかえりなさい。シルヴィア先生」

「ただいま。ねぇ夕映ちゃん、明日菜ちゃんどうかしたの?」

「明日菜さんは高畑先生にフラれたそうです」

「……う”っ」

 

 ず、随分ストレートに言うね。明日菜ちゃんに何かがぐっさり刺さるのが幻視出来たよ。それにしてもタカミチくんか~。明日菜ちゃんが憧れの気持ちを持っていたのは、何度も見て分かったけど、学園祭の雰囲気と勢いで告白したって事なのかな。

 きっとタカミチくんの事だから、真面目に先生の立場を考えて、年の差とか、自分の魔法使いの仕事とか、その上でしっかりと振ったんだろうね。

 

「ですがもう四日目ですよ。そろそろ立ち直ってもらわなければ困るです」

「何だ。私の別荘でそんなに寝ていたのか、この女は」

「それはまた随分と激しい落ち込みようだね。でも、それだけタカミチくんの事が好きだったんじゃないのかな?」

「そんな事は知らん。おい夕映、魔法の射手を100矢程叩き込んでやれ。ちょうど良いから魔法無効化の耐久実験だ」

「エヴァちゃん!?」

「はいです。フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ――」

「夕映ちゃんも!?」

 

 ちょ、ちょっと待って!? 明日菜ちゃん死んじゃうよ!? いくら魔法無効化能力者だからって言っても、いきなり100矢も打ち込んだら……って、夕映ちゃんの矢に込める魔力が前より上がってるんだけど!?

 

「――雷の精霊101柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手 雷の101矢!」

 

 数日ぶりに見た夕映ちゃんの魔法は、矢の生成速度も、魔力の練り込みも前より充実したものになっていて、バチバチと雷特有の音を上げながら明日菜ちゃんの周りに容赦なく――ない様に見える威力で、降り注いだ。

 けれども、慌てた明日菜ちゃんがアーティファクトのハリセンを呼び出して弾いていく。すると、何発かは周囲で爆発したけど、明日菜ちゃん自身は何のダメージも受けていない様子だった。

 

「ギャーー! ちょっと何すんのよ!」

「いえ、撃てと言われたので。しかもしっかり無効化されてるです」

「ホントに撃つと思わないじゃない! めちゃくちゃ焦ったわよ!」

「まさかここまで無効化するとはな。丁度良い、神楽坂明日菜。少しこいつの修行に付き合え」

「嫌よー! それって思いっきり的になれって言ってるじゃないの!」

「良く分かってるじゃないか、さぁこい。ついでにお前の修行にもなるぞ」

「いぃーーやぁーーーー!」

「明日菜さん。諦めるです……」

 

 えぇと……。とりあえず夕映ちゃんは、バトルマシンみたいにはなってないって事だよね? エヴァちゃんの指示のまま明日菜ちゃんに魔法を撃ったのは、明日菜ちゃんの能力があったからこそ平気だったんだし、その辺はちゃんと分かってるはずだよね?

 でも、ちょっとあんな状態の明日菜ちゃんも放っておけないし、ちょっとフォローしておいた方が良いかな? それに随分とやつれてる感じもするし、もしかするとちゃんとご飯食べてないんじゃ?

 

「ちょっと待って。二人ともちゃんとご飯食べてる?」

「え? いえ、あまりまともには」

「私はいらないです……」

「そっかー。じゃぁ、作るから食べて行ってね?」

「え、あの、私いらないって」

「食べて行ってね?」

「は、はい……」

「くくく。何だ、随分と強引だな」

「そうかな? でも元気が無いみたいだし、ちゃんと食べた方が良いよ」

 

 二人とも食べてないみたいだし、明日菜ちゃんの気晴らしもかねてちょっと手伝ってもらおうかな。夕映ちゃんにも手伝ってもらえば、エヴァちゃんも無茶な修行をしろって言ってこないだろうし。

 

「明日菜ちゃんは、野菜洗ってもらえる? 夕映ちゃんはお米研いでね。こっちの手間がかかる方は私がやるから」

「あの、私、料理は木乃香にやってもらってさっぱりで……」

「タカミチくんって料理とかしないんだよねー。やっぱり手料理が出来る娘が――」

「やります! 今すぐ洗います!」

「明日菜さん……。乗せられ過ぎですよ」

 

 ちょっと強引だったけれど、やっぱり明日菜ちゃんにはタカミチくんが薬だね。そう言えばネギくんの事は何とも思ってないのかな? ネギくん自身は良く分かってないみたいだし。でも、幸せの形は人それぞれって部分もあるから、あんまり私が口を出すところでも無いかも。

 だけど今みたいに元気が無い時は、ご飯を食べないと力が出ないと思うんだよね。

 

「先生早くやりましょう! ほら、夕映ちゃんも!」

「は、はい。今行くです」

「大丈夫大丈夫、野菜は逃げていかないからね」

 

 

 

 

 

 

「シルヴィアのやつ、何だか楽しそうだったな」

「まぁな。だが、随分とマシな顔になったぞ? さっきまで超鈴音や悪魔やらを考え込んで、ずっと張り詰めていたからな。ついでに夕映まで抱えて、一人で考えすぎだ。あぁ、詭弁のガキも居たな」

「そういやまだ余計なのが居たんだったな。アイツ等どこ行ったんだ」

「私が知るか。来たら来たで叩きのめせば良いだろう」

「フロウみたいな事言うなよ、そういやアイツもどこ行った?」

「さぁな。どこかほっつき歩いているんだろう」

 

 アイツの事だから変な事してるって事は……。ちょっとマテ、むしろ変な事してるだろ。放っといて良かったのか? けどまぁアイツは何だかんだ言って身内贔屓だからな、下手な事はしないか。

 つーかそれより、エヴァのヤツが妙に優しくなかったか? 神楽坂のヤツに無理強いはしてたけど、普段だったらあんなやり方しないで声もかけずに問答無用だからな。もしかして、ちょっとだけ気遣ったのか? まさかな……。

 

「ご飯出来たよ。テーブルに並べるの手伝ってくれる?」

「え、あぁ分かった。って何でレバニラなんだ?」

 

 話し込んでいる内にシルヴィアが出来たと言って持ってきた。なんだか随分と楽しそうだが、持ってきた食事は白いご飯に味噌汁。そして食欲を刺激されるニンニクの香り。どこからどう見てもレバニラ定食だった。

 いや、確かにスタミナが付く料理かもしれねぇけど、相変わらずイメージとかけ離れたもの作るな。神楽坂のヤツはちょっと満足したような顔をしてるけど、お前、野菜洗っただけなんだろ? それで料理作れる高畑先生好みになったって満足して良いのかよ。つーか高畑先生って、意外と料理するとかそういうオチだったりすんじゃねぇか?

 

「なぁシルヴィア」

「ん? どうかした?」

「何で、これ作ったんだ?」

「え、やっぱり日本人はご飯とおかずだと思うよ?」

「あの~……。シルヴィア先生って外国人じゃないんですか? 私てっきりネギみたいにヨーロッパ系の人だと思ってて」

「あれ、話してなかった? 私は日本育ちだよ」

「え、そうだったんですか!?」

 

 いや、それって前世の話だろ。数百年前はイギリスに居たって言ってたし、ちょっと違くねぇか?

ネギ先生達には誤魔化して正体話してないから、その方が自然なんだろうけどよ。

 あ、そう言えば。この前考えてたコスプレ、マジで作ってみっか? どうせこの後ずっと、朝になるまで綾瀬の修行なんだろうし、朝までここに居たら一週間以上経つからなぁ。とりあえずこれ食べたら、別荘に置いてある裁縫道具を取りに行くか。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「ねぇ明日菜ちゃん。少し、気が晴れた?」

「あ……。その、すみません。もうちょっとだけ、心の整理をさせてください」

「うん、分かったよ。でも、その内ネギくん達も来ると思うから、程ほどにね?」

「……はい」

 

 生返事でも受け答えが出来たって事は、もうそれなりに心の整理は出来てきたって事かな?

空元気だったかもしれないけれど、きちんとご飯も食べてくれたからね。けど、子供の頃からずっと想い続けていたみたいだし、気持ちを立て直すのもやっとなのかもしれない。

 明日菜ちゃんはプールの方に一人で行っちゃったし、この機会に超ちゃんの事をちょっと相談しておこうかな?

 

「ね、エヴァちゃん。超ちゃんの事、どう思った?」

「未来で私達の知り合いだと言うのならば、納得出来る理由で私達を封じているのだろう。それに、超鈴音は私達と出会った時から物分りが良すぎた」

「まぁね。妙に近づいてくる子だとは思ってたけど、クルトくんから名前が出るまではA組って事もあって、あんまり警戒はしてなかったからね」

「初めからぼーやの道の障害なのだろう。それに茶々丸の事も有る。あいつには今後もある程度までは協力させなければ困る部分もある」

「そうだね、下手にメガロとかに連行されちゃうと困るよね。葉加瀬ちゃんも関わっていると思うから、二人とも何か妥協案を用意しておかないと」

 

 超ちゃん達には自分でやった事をちゃんと処分してもらって、学園祭の中で収めてもらわないと。その後は、学園長との交渉である程度どうにか出来ると思うから、後はネギくん次第かな。ちょっと不安だけどね。

 

「後は夕映、お前だ。小休止が終われば朝まで訓練を続けるからな」

「は、はいです」

「ずっと続けちゃダメじゃない。途中で休憩は入れないと」

 

 本当にエヴァちゃん張り切ってるね。でも一週間以上続けたら流石に倒れちゃうよ。けど、現実時間の一朝一夕の修行じゃ時間が足りないから、間違った事は言ってないんだよね。

 夕映ちゃんも、超ちゃんに対抗出来る数少ない戦力かもしれないからね。

 

「それじゃ私はネギくんが来たら話をして、その後は一度戻って、明日の朝にまた来るね」

「来なかったらどうするんだ?」

「連絡してあるから大丈夫。それに明日菜ちゃんだって居るんだし」

「そう言えばそんなのが居たな。来なかったら蹴り飛ばして追い出すか」

「相変わらずだね~」

「当たり前だ」

「シルヴィアちょっと良いか?」

「うん? どうかした?」

 

 ご飯を食べてから直ぐどこかへ行った千雨ちゃんは、戻ってくるなり突然「ガシッ!」って擬音が聞こえるくらいの勢いで肩を掴んできた。

 って何、この展開……。妙に千雨ちゃんの目つきが真剣だし、むしろ少し血走ってるような?

 

「とりあえず脱いでくれ」

「え? な、な、なんで?」

「採寸したい。でもって、服作るから着てくれ。いや、着てください。むしろ着ろ」

「命令形!? 何で突然? 別に着るのは構わないけど……」

「ならば私も何か作るか。夕映、お前も脱げ」

「何で!? どうしてエヴァちゃんまで!」

「わ、私もですか!?」

「フフフ。逃げられると思うなよ?」

 

 そう言うと突然、かなり強い魔力を込めた糸で夕映ちゃんを縛り付けて、その場に押さえ込んでしまった。

 そのままぐるりと顔をこちらに向けたかと思うと、あまり見た事が無い様な凄く良い笑顔を向けてきた。目付きはいつもと違ってやや丸みを帯びていて、にっこりという言葉が似合うような顔つき。けれども口元が吊りあがっていて、どう見ても悪乗りして楽しんでいるとしか思えない。

 

 肩を掴んだ千雨ちゃんとエヴァちゃんの視線に挟み撃ちにされたまま、羽織っていたスーツ上着を脱がされていく。何だか、今までに感じた事が無い身の危険を感じるような!?

 

「ちょ、ちょっと待って! 自分で脱ぐから!」

「ふ、ふふふ」

「千雨ちゃん! 眼が血走ってるよ!?」:

「では押さえて置こうか」

「エヴァちゃん!? 何でノリノリなの!?」

「すぐ、すぐ済むから!」

「えぇぇぇ!?」

「やはり二人ともA組なのですね。頑張ってください」

「ゆ、夕映ちゃん、冷静に分析してないで助けて!?」

「無理です。私はもう諦めました」

「ちょと待って、キャァァァ!?」

 

 そうしてそのまま着せ替え人形の時間が始まってしまった。おかしいよね、夕映ちゃんの修行するって言ってたのに、何でファッションの修行してるんだろう?

 

 

 

 それから別荘の中でだいたい二日。その間、私達は皆の着せ替え人形になりながら過ごす事になった。途中から明日菜ちゃんの白い目が見えた気がするけど、立ち直ったのなら、まぁ良かったのかもしれない。でも何か、生徒に見せちゃいけないものを見せたような気もするんだよね……。

 

 そうしてそのまま夕映ちゃんの修行を見ていたところで、肝心のネギくん達がやってきた。

 

「なんじゃこりゃー!? どこの不思議空間よ!?」

「あ、はい。ここはマスターの別荘で、ここでは現実時間が二十四倍になるんです」

「ハルナ。来たですか」

「来たわ、来たわよ! ……アンタ、目のクマ酷いけど大丈夫? てか、かわいい格好してるわね」

「え、えぇ。大丈夫ですよ。服については……聴かないでもらいたいです。」

 

 夕映ちゃんはいつかのネギくんのテストの時みたいに、少し無茶な修行をしてる。魔力の器自体はそんなに大きく無いから、魔力の全力使用や瞑想、制御訓練なんかをやって、基礎から作り直してるところ。それをずっと続けているせいで、大分疲れてきたみたい。

 

 ちなみに今の服装は、一言で言えばメイド服。多分、まほら武道会の明日菜ちゃんや刹那ちゃん達の服装から思いついたんだろうね。

 長袖とスカート裾に、フリルをふんだんにあしらった白いワンピースをベースに、黒いコルセット付きの変形エプロンドレス上から着たもの。こっちのスカート裾にはレースをあしらう事で全体的にゴージャス感を出して、その中に清楚感を加えてる感じ。もちろん黒ベースのヘッドドレスも着けている。ここまですると、もう何の修行だか意味が分からないよ……。

 

「あ、シルヴィア先生。あれ? 珍しい服装ですね。とても似合っていると思います」

「おぉ!? こ、これは新しいネタに! ふ、ふふふふ」

「ハルナ……」

「ありがとう、ネギくん。ハルナちゃんは自重してね?」

「そんなっ!?」

 

 額に手を当てたままだ大げさなリアクションで天を仰ぐハナルちゃんには少し自重して貰う事にして、とりあえず今の私の服装は、その、いわゆる巫女装束。朱色の袴に白い襦袢。薄い生地の千早まで揃っている徹底振り。

 どこでそんなに揃えたのか聞いたら、前にグラニクスで余計に生地を買って来たとか……。エヴァちゃんも張り切っちゃって、二人してこんな時ばっかり力を合わせなくても良いと思うんだけどね?

 

「えっと、ネギくん。ちょっと超ちゃんの事で話したい事があるんだけど良いかな?」

「はい! 実は僕も、マスターやシルヴィア先生たちと相談したい事があって……」

「何だ?」

「じ、実は超さんは『悲劇の歴史』を変えるために来たって聞いたんです。六年前の僕の故郷の事とかも何故か知っていて……。それで、超さんが本当に悪い事をしているのか解らなくなってしまったんです。あと、退学届けも出しちゃって……」

 

 僕は悩んでるんです。なんて聞こえてきそうな明らかに困った顔で、口にする言葉も躊躇いがちで力が篭っていなかった。

 超ちゃんから自分の正当性を強く説明されて、計画を止める事が本当に良い事なのか、分からなくなってしまったみたいだね。自分はどうしたら良いのか、答えが見つからない顔をしてる。

 

 それに、このまま超ちゃんとぶつかり合ってもまず勝てるとは思えない。ネギくんには超ちゃんのあの時計を何とかしてもらわないと困るからね。

 ネギくんの悩みを解決するためにも、ここでまずネギくんの疑問の解消と、超ちゃんの不当性をネギくんに理解してもらわないと。

 

「じゃぁね、超ちゃんが悪い人だったら? 超ちゃんの思い通りに未来を改変する、悪い人だってハッキリしてたらネギ先生はどうする?」

 

 まずは諭す様に、ゆっくりと言い聞かせる様に語りかける。ここで強く言っても余計に反発するだけだからね。

 

「その時は、超さんに悪い事はダメですって説得して、聞いてもらえなければ……」

「悪を働く敵は倒すか?」

「そ、それは。悪い事をするのはいけない事です。だから、その――」

「うん、本当はいけない事。けれど、超ちゃんは悪い事をしないと未来を救えないって思ってる」

「それはっ! ……でも、助けられる人がいるのは間違いないです」

「そうだね。それでも、私は超ちゃんのやり方は間違ってると思うよ」

「間違いなく助かる人が居るのに、それでもですか?」

「うん。絶対に間違ってる」

 

 ネギくんは、超ちゃんの方法で助かる人がいる事が、どうしても譲れない部分なんだね。だからと言ってそれを肯定する事は、現代に不幸を招き入れる事。超ちゃんが誰を助けたいのか分からないけれど、それこそが超ちゃんの矛盾なんだよね。誰かを助けるためにその他を犠牲にする。それじゃ結局、誰かが不幸になるのは同じ。

 ちょっとずるいけど、正論を言い聞かせて、思い込みを正していかないといけないね。

 

「ねぇ、ネギくん。ネギくんは魔法がばれたら大変な事になるって言うのは、もう理解してくれてるよね?」

「え、はい。それは十分に分かってます」

「超ちゃんは、それを世界規模でやろうとしているのは分かってると思うんだ。その分だけ、誰かを助けられるって信じてる」

「はい……」

「でもね、超ちゃんは未来にだけ視線が向かっていて、今の世界を見てないと思うんだよね。未来で本当に大変な事があって、現代の魔法で何かをすれば助けられるのなら、それを魔法関係者に伝えれば良いと思うの」

「今の世界ですか……?」

「うん。でもそれを超ちゃんはしようとしない。だからまずは止めて、何に困っているか聞き出さないといけないと思うんだ。その結果、本当に魔法をばらさないといけないのなら、時間をかけて教えていく事だって出来るでしょ?」

「はい……。確かに、学園祭の日に大々的にばらす様な、理性的な理由はありません」

 

 まずこれで一段落かな? 魔法を無理矢理拡散して、過剰反応を煽る必要は無いと思うんだよね。後は、エヴァちゃんが何か言いたそうにしているからそれは言ってもらう事にして、それが終わったら超ちゃんの時計の話かな。

 エヴァちゃんに視線を送ると、一つ頷いてからネギくんに神妙な顔付きで迫っていく。

 

「ぼーや、確実な悪などそうそう居るものではない。それぞれが己を正義と信じ、悪を行う事だってある。もし、ぼーやが悪だと、卑怯者だと呼ばれた時はどうする?」

「えぇっ!? そんな事にならないように努力しますよ!」

「だがな、超鈴音から見たらぼーやは悪者だ。どうやって努力する?」

「あ……。僕は……」

「そこで拳を収めるのも良い。あえて踏み込むのも良い。だが、シルヴィアの言葉を忘れるな。今ならまだ、どちらも救える」

「は、はい。でもマスター、どうして今そんな事を?」

「世の中全てが綺麗事で成り立っているわけでは無いと言う事だ。どちらが正義か決着が付かない事など、世界には溢れている。だから真実を見る目を養え」

「はい……! ありがとうございます。マスター」

 

 とりあえず、エヴァちゃんの言葉は納得してくれたかな? 話し合うことも大事だけど、今はネギくんに立ち直ってもらって、何とか行動を阻止するきっかけを作ってもらいたいからね。

 後は、超ちゃんが何を助けたくて、世界を救うって言ったのか。それが分かったら止めた責任の分だけちゃんと協力しないとね。私達にとってはまだ未来で、起きていない現実だけれども、超ちゃんにとってもは現実だからね。

 

「あぁそうだ、ついでにぼーやを慕う女どもや犬にも言っておけ。ぼーや一人で抱え込むなよ」

「でも、僕は先生ですから。皆さんを守らないといけないし……」

「貴様より遥かに実力があり、同じ先生が完璧に出来ていないんだ。一人で出来ると思うな。貴様の仲間をもっと頼ってやれ」

「エヴァちゃん、それは耳が痛いよ?」

「知らんな」

 

 そ、そうは言われてもさ、私達皆対策されちゃってるんだから、いくら何でも無茶だよ?

 

「今そこにいる奴等は、ぼーやが今まで積み重ねて来たものだ。それに応える事を忘れるな?」

「はい!」

 

 うぅ、なんだか反面教師にされちゃってる。確かにそうなんだけどさぁ……。あ、超ちゃんの時計の話をしないと! うっかり忘れちゃう所だった。何をしているか分からないと対策が取れないからね。

 

「ところでネギくんはさ、超ちゃんと戦ったり、反則技を見たりした?」

「はい、少し前に。凄くおかしな事をしていました。でも多分、確証は無いんですけど何とかなると思います」

「え、本当? 大分ずるい事してるみたいなんだよね」

「良いじゃないか。何とかしてもらえ」

「それじゃ、何か協力して欲しい事があったら言ってもらえるかな? こういう時に『管理者』としてあまり仕事の話はしたくないんだけど、決め事だからね?」

「はい。学園長にも相談してみます。ありがとうございます!」

 

 ちょっと珍しいね。普段のネギくんは、確実性がない事はハッキリと口に出さないから、本当に自信があるのかもしれない。

 

 暫くするとネギくん達は、復活した明日菜ちゃん達と最後の特訓と言って、時計を使ったりしている様子だった。これは、本当に何とかなるかもしれないね。

 とにかく本番は今夜。昼間の内は悪魔に警戒を強めておいて、それ以外でも何かのために待機しておかないと。私達が超ちゃん自身に何も出来なくても、茶々丸ちゃんや他の事で対策が出来ればやりたいからね。

 エヴァちゃんと千雨ちゃん達は明日の事は分かってると思うから、今日はもう家に戻って、フロウくんと麻衣ちゃんにも話を通しておこうかな。



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第72話 知らない世界

 文字数が少し多目です。


 私達は、超ちゃんの物量と戦略。そして、未知の技術になす術も無く破れた。

 

 学園祭の三日目。学園の中にまだ居るかもしれない悪魔を警戒しようとしていた私達だけど、朝から姿が見えないネギくん達の捜索にも翻弄される事になった。けれど、どれだけ探してもネギくん達の姿は無かった。学園の中も、学園の外でも見つけ出す事が出来なかった。

 

 そして迎える十九時。『学園関係者』の魔法先生と生徒達が警戒する中で、突然に現れたロボットの大部隊による強襲。図書館島の湖から上陸した彼らと、遅れてそれに続く巨大な機械化鬼神兵。慌てて対応しようとした魔法先生達は、渦を巻く漆黒の球体に飲み込まれて消えてしまった。

 それに続けてロボット達の銃口が私達に向けられた。さらにそのタイミングで、世界樹周辺にもロボットの軍団と機械化鬼神兵が現れたと言う念話が麻衣ちゃん達から入った。私達は引き返す間もなく、超ちゃんの用意した大部隊に翻弄されていく。その中で、何百発もの漆黒の銃弾が集中的に撃ち出され、千雨ちゃんが飲み込まれて消えるのが見えた。

 

 世界樹周辺に降り立った機械化鬼神兵と、学園の周囲に陣取ったものはそれぞれ三体づつ。彼らの姿は何も知らない一般人達に、魔法の存在を知らしめるには十分の迫力と現実感を備えていた。それ以前に突如として現れたロボットの軍団によって、学園は完全に混乱状態になっていた。

 

 

 

 地上の混乱をフロウくん達に任せて、世界樹周辺はその場に居たエヴァちゃんと夕映ちゃん達に任せる。遥か上空の飛行船の上に居る超ちゃん達を見つけた私は、二対の翼を広げて闇色の障壁を纏いながら姿を隠し、全力で空に向かって羽ばたいた。

 

「超ちゃん! 皆を、千雨ちゃん達をどこに消したの! それに、その儀式型魔法陣は!?」

「フフフ。心配する事はないヨ。皆は三時間後の未来に飛ばした」

 

 未来に? と言う事は、千雨ちゃんも学園の先生達も一先ずは無事って事だね。けど、超ちゃんを止められない私じゃ……。でもまだ、葉加瀬ちゃんがやっている儀式型魔法陣を妨害する事が出来るなら!

 

「残念だがもう遅い! 私の勝ちネ!」

 

 喜びが隠し切れない口元が緩んだ表情で超ちゃんは高々に宣言をした。でもまだ、諦めるわけには行かない。葉加瀬ちゃんを拘束して魔法陣を破壊すれば!

 

「風の精霊101柱! 縛鎖となり 敵を捕らえ――」

「無駄だヨ! ハカセや私を捕らえたとしても、既に必要な詠唱は終わてるネ!」

「――っ!?」

 

 突然に、一瞬身が震える程の巨大な魔力を直ぐ近くから感じた。魔力を感じた方向に視線を送ると、世界樹から膨大な魔力が吸い上げられていく。

 いくら何でも、あれだけの魔力量が吸い上げられるのはおかしい。世界樹の余剰分の魔力だけじゃなくて、世界樹を保てる分だけを残して、まるで根こそぎ奪われていくかのように見える。

 

 魔力を吸い上げられた世界樹は、発光を停止して普段の状態に戻っていく。もしかしたら、私が知っている状態よりも弱々しいかもしれない。

 吸い上げられた魔力は、そのまま空で渦を巻きながら凝縮されていく。その直後、まるで花火の様に弾けて世界中に広がっていく様子が見えた。

 

 魔力を散らすにも儀式型魔法陣に捕らわれて、その膨大な量を直ぐに阻止する事は出来なかった。

 

「これで願いが叶う。私達の――」

「超ちゃん……」

 

 心の奥から込み上げるものがあるのか、うっすらと涙を浮かべて呟く姿が印象的だった。けれども、次の瞬間にありえないものを見て、私達は現実に引き戻された。

 

「なっ! こ、これはっ!?」

 

 超ちゃんの姿が、その輪郭がぼやけていく。存在が薄く半透明になりながら、驚愕の表情に包まれた姿がそこにあった。

 

「フフッ……。時の重みと言うヤツか。これは困ったネ」

 

 段々と消えていくその姿に、『タイムパラドックス』と超ちゃんが呟いていた言葉を思い出した。多分、あの魔法陣の完成が決定的な分岐点。魔法が公開される事で、超ちゃんが生まれない世界が出来上がったのかもしれない。

 何か、何か超ちゃんを助ける手は無いのか。考えるよりも先に、手を差し出してその身を捕まえようと羽ばたいていた。

 

「手を、早くっ!」

「無理……ネ」

「超ちゃんっ!」

 

 超ちゃんはとても優しい笑顔浮かべたけれど、その瞳には苦しさが確実に現れていた。そしていくら手を伸ばしても、その手を掴む事が出来ずに空しく空を切る。

 

「ハカ――! 一っ――後――が――!」

「え!? ごめん超ちゃん、聞こえない! 声が、聞こえないの!」

 

 プツリと糸が切れるように倒れた葉加瀬ちゃんの直ぐ横で、聞き取れない声の響きを残して、超ちゃんの姿が消えていく。何も出来なかった。触れる事も、説得する事も、戦う事も。

 そして世界は、超ちゃん達の『強制認識魔法』によって、魔法の存在を現実に認知する事になった。

 

 

 

 私達が学園の騒動を治める間に、世界中では悲劇が始まっていた。

 

 茶々丸ちゃんのプログラムによって破壊された学園結界を修復して、認識阻害で全体を覆っても、既に魔法を認知した一般人と生徒達には何の効果も無かった。

 それだけじゃなく麻帆良学園の『学園関係者』達は、魔法の露見を止められなかったとして、メガロメセンブリア元老院から重罰が与えられる事になった。基本的に全ての『学園関係者』は本国に送還。幹部クラスにはオコジョへの強制変身の上で、収容所への禁固刑もあった。

 

 さらにはマスコミによる学園祭の動画の追及や、麻帆良学園の生徒に詰め寄る光景が日常になってしまった。当然、まほら武道会参加者への執拗な取材が目立って、うっかり口を滑らす魔法生徒や一般の気の使い手のインタビュー等によって混乱を極めていく。

 

 そして、最悪の事態が起きる。世界中に点在する魔法団体の一部が一般人に対して宣戦布告。個人で一国の軍隊を殲滅できる魔法部隊に、なす術も無く占領される国まで現れる。こうして世界は文字通り混乱に包まれ始めた。

 

 

 

「くそ、超のヤツ! あんだけしておいて消えるとか冗談じゃねぇぞ!」

「ぼやいても今はしょうがないよ。私達だって秘匿はしていても、この調子だといつどうなるか分からないから対策していかないと」

 

 まほら武道会で正体を隠していた千雨ちゃんだけど、ネット上では大炎上。本人の特定はまだされては居ないものの、科学での骨格解析や昔からのファンの検証で、見つかってしまうのは時間の問題だった。

 

「申し訳ありません。タグ付けはされているものの、超の技術が無ければ削除が追いつきません。現在アクセス遮断を急いでいますが、なにぶん装置自体も消滅するとは思いませんでしたので……」

「あ、いや。茶々丸を責めてるわけじゃねぇんだ。あー、くそ……」

 

 学園祭で超ちゃんが存在していた事実が消滅していくと共に、茶々丸ちゃん自身にもその影響が及んでいた。

 未来の技術を使った機械のパーツが消失して、エヴァちゃんの【人形遣い≪ドールマスター≫】の技術に合わせた部分だけが残って、機械が少し混じっただけの魔法人形になってしまった。茶々丸ちゃんと言う個が残った分だけ、まだ良かったって言えるんだけど……。

 

「つってもやる事やるしかねぇだろ? 超だけじゃなく消えたネギ坊主たちの問題もある。あいつらが戻ってこられたらタイムマシンがあるからな」

「ぼーやか。ダイオラマ球に未来へ飛ばしたと張り紙があったが、どれだけ先の事やら」

「マジで未来は主人公様の手の中かよ。はぁ……」

 

 私達には学園に残っている『学園関係者』と協力して、魔法の秘匿の対策を強化して行くのが手一杯だった。それと共にネギくん達の帰りを待って、直ぐに対応するための作戦を練る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「よし、三日目ね! どうするのネギ!」

「あ、えぇと……」

「ほらほらネギ君! リーダーらしくビシッと決めてよ!」

「その、夕方まで何もする事が無いかもしれません」

「あ、あら?」

「ちょっと、ちょっとー。気が抜けちゃったじゃない」

「す、すみません。とりあえず様子を見に行ってみましょうか」

「そうよね。ここに居てもしょうがないし」

 

 世界樹に続く森の側にあるマスターの家を出て、開けた道を通り学園に向かう。ちょっとした雑談を交えながら歩いていると、何故か好奇の目線を向けられている事に気がついた。

 しかもそれだけじゃない。学園祭三日目のはずなのに、イベントの看板や横断幕、模擬店も何もないし、あれだけ大々的に行っていたパレードも何もしていない。

 

「あ、あれ?」

「何か変ね? ステージとか、どこ行ったのかしら?」

「兄貴、何かおかしくねぇか? これじゃまるで平日だぜ?」

 

 確かにおかしい。学園祭の活気もないし、道行く人の雰囲気も昨日と違う。僕達は、何か知らない場所に来てしまったような、言葉に言い表せない不安を感じる。それが積もりに積もって寒気を感じる程に……。

 

「これはもしや……。拙者達は、はめられたかもしれぬでござるよ」

「楓、何か気付いたか?」

「どないしたん?」

「お? 何やら沢山来るアルヨ?」

 

 古老師が示した方に顔を向けると、A組の皆さんが一斉に押し寄せてくる姿が見えた。随分と心配しているような顔だけど、好奇心が混ざった視線も感じる。理由は分からないけどその事に強烈な違和感を覚えた。

 

「ネギくーーん! どこ行ってたの~?」

「ネギ先生! 心配いたしましたわ!」

「皆さん! いいんちょさん! どうしたんですか?」

「どうしたも何もないよー。それより~」

「ねぇねぇ、ネギくんが魔法使いってホントなの!?」

「「「えっ!?」」」

 

 思わず、何人かの声が被ってしまった。まき絵さん達が魔法使いと口に出すと、続いて生徒の皆さんが声を揃えて魔法使いと言い始める。しかも一人ではなくて全員。その追求の激しさに、まるで悪夢を見ている様な絶望感があった。

 アスナさんやのどかさんも、木乃香さん達も皆、クラスメイト達から詰め寄られてうろたえるばかりで収まりそうもない。僕は、先生としてこの場を治めないとって分かっているけれど、余りにも予想外の事態と魔法がばれているショックで、上手く言葉を出す事ができなかった。

 

「先生。ちょっとこっち来い」

「千雨さん! 良かった、これって一体――」

「良いから早く! エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 大気よ 水よ 白霧となれ 彼の者等に 一時の安息を 眠りの霧」

 

 突然に眠りの魔法を唱えて皆さんを次々と眠らせる。そうしてそのまま何か魔法薬を使って暗示、あるいは記憶操作をしている様子だった。

 

「千雨さん!? 何してるんですか!」

「そんな事言ってる場合じゃねぇよ! 早くこっち来い!」

「「「はいっ!」」」

 

 驚きが抜けないまま、来た道を戻ってマスターの家を通り過ぎて更に進む。それどころか入ってはいけないと言われている、世界樹の森の入り口に連れて行かれる。

 千雨さんは周囲に誰も居ない事を確認すると、突然巨大な水の球体を作り出して、僕達全員を覆ってしまった。僕も、皆さんも突然の事態に驚いたけれど、次の瞬間、目の前には世界樹と一軒の家があった。

 

 

 

「ま、魔法が、世界中にばれた!?」

「ウソ! じゃぁ、これからどうするのよ!」

 

 家の中に招かれると、シルヴィア先生と、いつか出会ったフロウというドラゴンの人、それから夕映さんが居た。そして僕達が居ない一週間に起きた、驚くべき事態を聞かされた。

 

「よう。やられたな」

「あ、はい」

「のどか、久しぶりです」

「ゆえ? あの、その……」

「落ち着いてネギくん、のどかちゃん達も。タイムマシンは持ってるよね?」

「はい! あれ……。動いてない!?」

「兄貴! それは世界樹の魔力が充実してる学園祭中にしか使えねぇって説明書に書いてあったぜ! それじゃ『戻れ』ねぇよ!」

「そ、そんな!」

「それなら大丈夫だよ。これから言う話を良く聞いて欲しいの。良いかな?」

 

 だ、大丈夫って言われても、『カシオペア』が動かないこの状況じゃ、もう、打開策がない。

僕達は超さんに対抗する事も出来ずに、負けてしまった。それなのに、シルヴィア先生は何を根拠に大丈夫だって言うんだろう。安心しろって言われても……。

 けれど、今この事態では話を聞く以外に解決の道は無い。それだけははっきり分かる。

 

「世界樹の魔力を使うのなら、これから発光してもらうよ。ただし時間は短いし、世界樹の側まで行かないとダメだけどね」

「ま、気にすんなよ。俺達もやられた口だ。今回はそのタイムマシンで解決できるんじゃないかって事だ。ここ一週間の世界情勢と、超の手口をレポートに纏めてある。これを持って過去に飛べ。でもって何とかしろ」

「その言い方はちょっと無いんじゃないかな?」

「いえ! 超さんの事が分かるなら是非見せてください!」

 

 まだ、希望がここにある! 差し出されたレポートを、少し奪い取るような勢いで受け取って、数十枚に及ぶそれを勢い良く捲って読んでいく。それには超さんの戦略と、ロボット軍団の資料等が書き記されていた。

 

 詳細な内容は、超さんによる学園の占拠の手順。世界樹を囲んだ機械化鬼神兵による魔力増幅と、全世界の人々に魔法を認知させる強制認識魔法の起動。その儀式型魔法陣の場所。更に強制時間跳躍弾による学園の魔法使いの全滅。

 そして、その後に起きた『学園関係者』への重罰の内容や、世界中での悲劇。その余りにも凄惨な内容に、レポートに注目している皆の顔が困惑に包まれていくのが分かる。

 

「世界中への強制認識魔法……。それに強制時間跳躍弾ですか。あの、シルヴィア先生たちには止められなかったんですか?」

「そうだね。千雨ちゃんと夕映ちゃんを除いて、超ちゃんには攻撃や拘束が出来なくされててね。どこかで何か制約をかけられたみたいなんだ」

「え、でも、千雨さんは凄い魔法使いですし、夕映さんだってあんなに頑張ってたのに」

「私は森の中のロボット兵器で手一杯でした。その上で、遥か上空に機械化された鬼神が飛んでいて、気が付かないままに占拠されました……」

「ちなみに私は時間を飛ばされた。あからさまに集中攻撃された上に、何百発も撃ってきて魔法障壁ごと消されたよ」

「そ、そんなに……」

「だからね、ネギくん。今あるレポートと私達がそれを伝えたって情報を、過去の私達に知らせて欲しいの。それは歴史を変える事だけど、今の状態は良くない。それに消えてしまった超ちゃんを救うにはそれしか方法も無いと思うんだ」

「は、はい!」

 

 昨日までの僕ならマスター達の話を聞いても、完全に迷いは吹っ切れていなかったと思う。でも、本当の意味で超さんを助けるには、僕達が『戻って』皆に伝えるしか方法がない。

 それに、今世界中で起きている現状は、絶対に超さんが望んだものじゃない。『悲劇の歴史』を回避したいって言っていた超さんを、その悲劇を作る人にしちゃいけない!

 

「ねぇ夕映。夕映は一緒に行かないの?」

「私が戻ってしまえば、あちらに私が二人になってしまいます。それに過去に戻ったのどか達が、私達に知らせてくれると信じているですよ」

「う、うん」

「だから今は行ってください。また、向こうで会いましょう」

 

 のどかさんと夕映さんが、抱き合ってお互いを励ましている姿を見ると、今回の使命の重さを強く実感できた。僕が、違う、僕達が力を合わせて皆を守る。

 このままじゃ僕達は魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に連れて行かれてしまうし、のどかさんと夕映さんを引き離すような事態にしちゃいけない。

 

 

 

 それから世界樹付近までやってくると突然、日本の着物を纏った半透明の女性が現れた。

 

「あ、あの。貴女は?」

「ごめんねネギくん。詳しい事は教えられないんだ。でも、タイムマシンが世界樹の魔力を使うなら、もう使えると思うから見てくれないかな?」

「あ、はい」

 

 少し戸惑いながらも、促されて『カシオペア』を取り出す。すると、さっきまでまったく動いていなかったのに、時計の針が動き出して、使える状態になっているのが分かった。

 

「う、動いた!?」

「兄貴! これで戻れるぜ!」

「ネギくん。向こうに戻ったら私の家に直ぐ来て。そして『麻衣』って名前を伝えてくれるかな?」

「マイさんですか?」

「うん、これは学園長くらいしか名前しか知らない『管理者』の一員で私達の家族の名前。だから、私達が送り出したという何よりの証明になるからね」

「はい、分かりました! それじゃ皆さん、手を――」

 

 アスナさんにのどかさん、木乃香さんと刹那さんと左手から続けて手を繋いでいき、皆で一列に並ぶ。皆の手が繋がると、世界樹の魔力が急激に高まっていくのが分かった。右手に握り締めた『カシオペア』で、タイムトラベルの準備を始める。

 

「では、行きます!」

「うん。頼んだからね?」

「はい!」

 

 返事と共に、勢い良く『カシオペア』のスイッチを入れる。すると、時計独特のカチリと歯車がはまり込む音が鳴り響く。

 その瞬間、世界樹から魔力が注ぎ込んで来るのが分かった。そのまま『カシオペア』は高濃度の魔力を纏って、バチバチと激しい発光を繰り返す。その魔力の嵐に包み込まれた僕達は、ぐるりと視界が回転するような錯覚の中で世界が一変する。

 

 次の瞬間にはシルヴィア先生達の姿が消えて、世界樹と先生の家だけが目の前にあった。

 

 

 

 

 

 

 学園祭三日目の朝。今日はいよいよ超ちゃんの計画の日。ここで失敗すると、世界中で大混乱が予想されるから絶対に気を抜けない。私達に出来る事は少ないかもしれないけれど、やれる事はやらないとね。

 まずはエヴァちゃんの家に行って、ネギくん達と合流。ネギくん達の方針を聞いてから、悪魔の事もあるし、夕映ちゃんは世界樹周辺まで下げさせて――。

 

コンコン

 

「え、誰?」

 

 今は朝の八時で、こんな時間にノックして来る相手は居ないと思うんだけど……。それにここは『管理者』の領域。エヴァちゃんか夕映ちゃんが来たにしても、二人は夕方まで特訓してるって言っていたし、もしかして千雨ちゃん? でも、それなら声をかけてくるだろうし、いまさら畏まらないよね。

 何だかデジャヴを感じるんだけど、まさか……フェイトくんとかじゃないよね?

 

 不思議に思いながらも、警戒しながらドアを開く。すると、思っても居ない人物がそこに居た。

 

「え、ネギくん?」

「すみませんシルヴィア先生! 立ち入り禁止なのは知っています! けれども、未来からこのレポートと、『マイ』さんって着物を着た半透明の女性の名前を伝えろって、シルヴィア先生に頼まれたんです!」

「ええぇぇ!?」

「何だ、ネギ坊主か。ん? 随分面白い物持ってるな?」

 

 ちょ、ちょっと待って。少し混乱してる。レポートって言われても……。でも、これってフロウくんの字だよね。という事は、これはフロウくんが渡したって事は間違いない?

 それに、未来から? どういう事かな、ネギくん達はエヴァちゃんのところのダイオラマ球に居るはずなんだけど……。それに、麻衣ちゃんの名前をネギくんが知っているのはおかしい。正式な書類に名前は書いてあるけど、まだまだ一教員で、魔法先生としても新任のネギくんじゃありえない。

 

「シルヴィア、それちょっと貸せ」

「え、うん」

「すみません、信じ難い話だと思うんです。でも、僕達は間違いなく未来から、一週間先の魔法が公開された世界から帰ってきたんです」

「そうだね……。ちょっと混乱したけど、ネギくんが知るはずの無い事を知ってるし、フロウくんのレポートも本物だと思う。それに、超ちゃんとその時計自身が、信憑性を高めてる……」

「……これはヤバイな。戦略的に負けてるぜ」

「そうなの?」

「あぁ、ここの部隊規模を見るだけでもヤバさが分かる。それに、特殊弾も無視出来ないぜ」

 

 普段よりも大分真剣な顔付きで渡されたレポートのページに目を通すと、あまりにも大規模な部隊の概要が書かれていた。

 侵攻してきたロボット兵達をざっと数えただけでも約二千体。実質はそれ以上の可能性。それに、機械化された鬼神兵が六体。世界樹を取り囲んで、極大の強制認識魔法を発動するための増幅媒体にされている。他にも強制時間跳躍弾で未来に飛ばされた千雨ちゃんの事や、夕映ちゃんが森のロボットに掛かりっきりになった事。魔法先生と生徒達は真っ先に狙われて、やっぱり未来に飛ばされた事。私達は超ちゃんに直接手が出せないし、儀式を行っていた葉加瀬ちゃん自身の周囲に、強力な魔法障壁が何層にも張られていた事も状況を不利にしていた。

 

「とりあえず……。作戦を考えないとね。これ全部を出現する前に破壊は難しいだろうし、時間を飛び越えてやってくる可能性もあるよね?」

「どんな場合になっても誤魔化しが必要だな。即座に破壊しても、その破壊行為自体が目立つ」

「あ、あの。それについては、僕に考えがあるんです」

「え? ネギくんアレを対処できるの?」

「いいえ、僕達だけじゃどうしようもないと思うので、学園長にも相談して……。その、学園祭イベントにしちゃおうかと思いまして……」

「ちょっとネギ! どう言う事よ!?」

「ネギくん、本気で言ってるの?」

「はい……。その、軽蔑、しますか?」

 

 難しいところだね。本音じゃ一般人を巻き込むのは絶対に反対。それに倫理的にも良くない。けれど全世界の人に魔法をばらすのと、学園全体を巻き込んで誤魔化して済ませるか……。凄く嫌な天秤だよね。

 でもどういうわけか、一般人には武装解除効果のあるビーム兵器しか使用しないって書いてあるから、有効な手段だって分かってしまう。そしてそれっぽい魔導具を一般生徒に使わせる事で、まほら武道会をやらせに貶める。もちろん一般生徒の安全を守るのは最低限で絶対の条件。その上で、超ちゃん達のロボット兵達を無効化出来る何かがあれば……。

 

「今回ばかりは仕方がないかな。完璧じゃないけど今になっては最善だね。ネギくんはイベント案を煮詰めてくれるかな? 私達も学園長に一般生徒向けの防御アイテムと攻撃用魔法具を探すように相談してみるよ」

「あ、はい。でも、僕は悪い事をしてるんじゃないかって……」

「そうだね、決して最高の仕事じゃないと思う。でも、ネギくんがその気持ちを持っているのなら、決して悪い事じゃないと思うよ」

「そうか? むしろ俺は大賛成だけどな。どっちにしろ誤魔化しが必要な事態だ。アイツにも良い刺激になるだろう。見てればな」

「フロウくん。あいつて誰?」

「後で話す。いまはイベントだろ?」

「はい! 僕、学園長のところに行って来ます!」

「あ、待ってよネギ!」

 

 案が纏まるとネギくんは元気良く駆け出していった。その様子に慌てた明日菜ちゃん達も追いかけていき、嵐が去った様に部屋が静かになった。

 

「ネギくん達、凄く張り切ってたね。よっぽどあっちが酷かったのかな?」

「どうだろうな。ネギ坊主なりに使命感で燃え上がってんじゃねぇか?」

「そうかなぁ。あ、そう言えばさっきのあいつって誰?」

「フェイトと栞だ。武道会を見に来てたぜ」

「え!? いつの間に?」

「意外と楽しそうだったぞ。本人は否定してたがな。まぁ、大した事じゃない」

「たいした事だと思うよ?」

「とりあえず俺達も準備だ。上空の鬼神兵は俺達が吹っ飛ばせば良い。地上の機械兵は夕映の訓練にちょうど良いだろう」

「そうかもね。千雨ちゃんは集中的に狙われて大変みたいだけど、対処が分かっていれば大きく障壁を張って避けられるし、水球を大量に出しておくのも良いね」

 

 とりあえず私達も対策を練らないとね。ネギくん達がどんなイベントにする気なのかは分からないけど、エヴァちゃんの家に行って話しを伝える所からかな。




 にじファンでの掲載時、この話は単純にしてネギ達が戻って来てから細かく書こうか悩みましたが、それだと「ネギま!」原作を知らない人は意味不明になってしいます。それにネギパーティーのメンバーから千雨と夕映が抜けているので、シルヴィア達の協力無しで戻るのはかなり難しいと考えて書きました。


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第73話 学園祭(3日目) 世界樹防衛戦(1)

「トホホ。なんでこんな事に……」

「しょうがねぇだろ? オコジョになりたくなかったら奉仕活動くらい頑張れよ」

「いやー、そのオコジョってのがさ。信憑性が低いって言うかさ~」

「うるせぇよ朝倉。お前が安易に超に付いて行って洗脳とかされるからだろ?」

「そんな事言われてもさ~。覚えてないんだよねー」

 

 とりあえずだな。すっげぇ不本意なんだが、3-Aのメンバーに混ざりながら超のイベントの売り子をやってたりする……。

 でもって横の朝倉は、ジャーナリズムで超の秘密を探りに行ったまま体よく利用されたらしい。これは高畑先生達の調査の結果なんだが、まほら武道会の後に龍宮神社を調べていたら、気絶して何も覚えていない朝倉を保護したそうだ。前に怪しいと思った陰陽師っぽいイヤリングは本物の太陰大極図の魔法具で、左右で魔法障壁と洗脳効果が有ったらしい。朝倉は何も覚えていなくても、ここまで関わったらもう放置は出来ないと判断された。で、コイツは一旦横に置くとして……。

 

「ちうさま! 俺にもそのスーパー兵器をお一つ貸してくださいませ!」

 

 でもって何でか知らねぇけど、私がやってるイベント受付にはこういうヤツばっかりがやってくる。つまり、見た目はごく普通の学生なんだが演技かかった態度や口調で話しかけてきて、明らかにお前ら一般人じゃねぇだろ(ネット側の住人的な意味で)って言いたくなるヤツばかりだ!

 内心じゃもういい加減にしてくれって思うんだが、長谷川千雨だとバレないために”ちう”に押し付けた私自身の行動から来てるんだし、仕方が無いと割り切って、気合で笑顔を作ってスイッチを切り替る。そのままアニメ声を出しつつ、目の前の学生達にイベント用の魔法具をレンタルしていく。

 

「え~。ホントーに~? 頑張ってくれないとちうは嫌いになっちゃうぞ☆」

「ははー! この部下Aめが見事、火星ロボ軍団を撃退して見せます!」

 

 ちなみに何でこいつがこんな発言をしているかと言うとだ。今私が着てる本気仕様の魔法衣のセーラー服はビブリオルーランルージュが元になってる。つまり、魔法少女ものではあっても悪の女幹部仕様なわけで……。もういいだろ、これ以上言わせんな。もちろん、認識阻害ブローチは付けてるからな、あくまで私は”ちう”だ。

 学生達は受け取った防御用ローブやマント着けて、ロボット達を活動不能に出来る――未来の情報から、魔力供給の遮断か破壊が有効と判断――見た目は玩具の銃や杖の様なものを掲げて盛り上がっている。それを最後まで笑顔で見送ってから、うんざりした素の表情にスイッチを切り替えた。

 

「さっすがちうたん。ネットアイドルの切り替えの速さは見事だね」

「うるせー。良いからお前も配れ」

「はいはいっと」

 

 そんな軽い返事をする朝倉を睨みつけながらも、パンフレットと魔法具を配り続けていく。これはサバイバルゲーム方式を模した一般人による無意識の殲滅作戦のためだ。

 作戦はネギ先生の立案だが、その情報源は未来から預かってきたフロウのレポートだ。てか、いつのまにこの世界がSFになっちまったのか突っ込みたいところだが、そんな事言ってる場合じゃねぇんだよな。学園長に相談した結果、死蔵されてた魔法具をどっかから掘り出して来たらしいが、良くもまぁそんなに都合良くあったもんだ。

 

 超の作戦は学園の占拠から始まる。世界樹中心に機械化鬼神兵を頂点に見立てた六芒星型の大魔法陣で、世界樹の魔力を吸い上げて世界中に強制認識魔法をかけるらしい。どこまで本当なのかは怪しいが何も分からねぇより良いだろ。

 それにどういう訳か、武装解除効果のあるビーム攻撃と強制時間跳躍弾だけで一般人には被害を出さないそうだ。だからと言って脱がされる方は堪ったもんじゃねぇけどな。

 

「いや、それにしてもさー。千雨ちゃんがこっち手伝ってくれると思わなかったわ~」

「人事じゃねぇからな。学園長から依頼も受けたが頼みの綱はネギ先生たちだ。私はせいぜい目立たない程度に目立って囮役だ」

「それは無理じゃないの? ちうたん目立つしさ」

「朝倉はさっさと働け!」

「きっついね~」

 

 とりあえず開始時間の前になったら、私は変装したまま囮としてうろつく。その後は超の飛行船よりも更に高い位置に移動したシルヴィアが、従者契約を使って私を召喚。そのまま特攻って事になってる。

 綾瀬のヤツは森のロボットの機動兵器に気を取られる振りをして、実際のところも森でロボットの討伐になる。なぜかと言うと綾瀬も囮で、世界樹の防衛に必死だっていうフェイクだ。その時はまだシルヴィア達は世界樹の根元に居て、超の本丸に気付いて居ない振りをする。後は上空の鬼神兵が現れたら作戦開始だ。鬼神兵の出現そのものが超の作戦開始で要だって分かってるから、それを潰した上で超に向かうに事になっている。

 

 まぁ、学園の方は魔法先生や魔法生徒が居るんだから、そっちはそっちで何とかしてくれるだろう。そこまで面倒見られねぇからな。そんな訳で時間まではアイドルごっこだ。

 

 

 

 

 

 

 今回の私の役割は囮の一言に尽きます。長谷川さんも囮なのですが彼女にはまた別に本命の仕事があるです。それが彼女と私との大きな力の差から来るものだというのは分かっています。少々歯がゆい様な悔しい様なものは感じます。ですが、世界樹周辺での囮も重要な事に変わりはないのです。

 

「マサカ、怖気付イテネーヨナ?」

「もちろんです!」

 

 これは同時に私の修行にもなる事です。あの時、修学旅行の夜、のどかとハルナ達を置いて逃げ出すしかなかった時の私とは違います。ただただ恐怖に怯えて荒い呼吸を繰り返し、現実なのかと疑いの眼を見せる事しか出来なかった私ではありません。

 

「大丈夫……。大丈夫です、やるですよ」

 

 そうです。ネギ先生との試合から始まり、エヴァンジェリンさんや長谷川さんとの訓練で、私自身の魔法使いとしての能力は格段に上がっているはずです。彼女達と一対一ではまだまだ手も足も出ませんが、相手はただのロボットです。気をつけるのは強制時間跳躍弾ただその一点でしかないのです。

 

「――っ!?」

 

 私自身を落ち着かせて集中しようとした矢先、突然に感じ取った殺気で慌てて飛びのく。すると、今先程まで私が立っていた場所に投げナイフが突き刺さっている事に気付きました。

 超さんのロボット兵達は投げナイフを使うなどと言う情報はありません。いえ、前回は使わなかっただけかもしれませんが、それはともかく斜めに刺さった角度とケタケタと笑う彼女からすれば、投擲した人物は容易に想像がつきます。

 

「チャチャゼロさん。いきなり何をするですか!?」

 

 こんな時に冗談とも思えません。彼女の刃物趣味は理解出来るものではありませんが、流石に性質が悪いとしか言えません。当然の如く、非難を込めた口調で問い掛けます。

 

「緊張シ過ギダゼ。ソレクライ避ケレンダカラ、モット自信ヲ持チナ!」

「え……。はい、ありがとうございます」

 

 まさか心配されているとは……。突然の行動に驚きましたが、彼女なりの気遣いと言うことでしょうか。それとも、これがシルヴィア先生やエヴァンジェリンさんが言う身内への配慮と言う事でしょうか。のどか達の事を考えると少し複雑な心境ですが、受け入れられていると感じる事は、とても、なんと言いますか、そう、安心感があるものなのですね。

 それに、今回の囮役を受ける前、エヴァンジェリンさん達から従者契約の話が持ち上がった事もありました。シルヴィア先生との仮契約では身体の成長が止まってしまいますし、私自身、なんと言いますか、将来的に成長しないのではないかと思うところもあるのですが……。詰まるところの、身長とか胸周りと言いますか……。いけませんね、自分の身体を確かめながら別の意味での絶望感と羞恥心が芽生え始めてきました。

 

「こほんっ!」

「何、変な顔シテンダ?」

「い、いえ。何でもないのです!」

 

 ぎゃ、逆にですが、エヴァンジェリンさんとの仮契約だった場合、ある意味普通の高位の魔法使いとの契約となるわけです。ですがこちらは『管理者』として見ても都合が悪い事があります。即ち、吸血鬼の従者と言うレッテルが貼られるわけです。あくまで裏側の世界に存在する者達でも、表側ではシルヴィア先生の天使の従者という形の方が、対面的にも政治的にも良い事はどう考えても分かる事です。

 ですが私はその契約を今すぐに行う事は断りました。理由は、私自身の身体の事もありますが、何百年も生きる事になる覚悟と言うものが、ピンと来ないと言いますか、簡単に出来る事でもありません。長谷川さんは複雑な理由や仮契約が解除可能と言う事もあって直ぐに受け入れたそうですが、今では契約の破棄をする気は無いと公言しています。私に、そこまでの覚悟が持てるでしょうか……。

 

「オイデナスッタゼ、パーティーノ始マリダ」

「その様ですね……」

 

 悩み込むのも束の間でした。前方を確かめると、森の中に何十体もの人型のロボット兵。それから六本足を持った機動兵器達が進軍してきます。私の背後、つまり南側になるわけですが、そちらには世界樹があります。あちらではエヴァンジェリンさん達が待機しており、機械化鬼神兵と作戦の詰めのための準備を行っています。

 もちろん、私が失敗となればバックアップはあるのですが、今は私に任されているのにその様な痴態を見せるわけには参りません。

 

「斬リ放題ダ! 乗リ遅レルンジャネーゾ!」

 

 その声が開始の合図となりました。彼女の右手には所謂ダガーと呼ばれる両刃の短剣。当然ながら一般人から見たら危険物です。更に彼女は左手に大剣を持ちます。普通の人間が両手で持つようなレベルものを左手だけで扱っているのですから、正に脅威としか言えません。こちらに銃口を向けるロボット達をものともせず、飛び込んだまま小さな身体で縦横無尽とばかりに駆け回って斬り捨てていきます。

 では、私も始めなくてはいけません。彼女の奮闘、いえ暴走でしょうか? それでは囮としては不十分です。やはり、視覚的に十分に価値のあるもので無くてはならないでしょう。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 雷の精霊47柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 連弾・雷の47矢!」

 

 右手に掲げた杖の先に精神力を集中、そのまま雷の精霊を呼び込んで魔法を唱えます。以前とは違い、この数を呼び込んでも直ぐに精神力が空になる事はありません。魔力の器、拡大のための修行と、魔法運用の効率を上げる修行の賜物でしょう。

 杖の先から飛び出した雷の矢は、眩しい雷光を纏いながら独特の音を鳴らしてロボット達の集団へと突き刺さります。波状攻撃で撃ち出したそれは、掠めれば激しく火花を散らして機械部品をショート、あるいは貫通して何体ものロボット達が爆発していきます。

 

「ヤルジャネェカ! マダマダ来ルゼ!」

「分かっています、前を頼むです!」

 

 私達が僅かな会話をする間にも次々と現れるロボット達が、武装解除ビームや強制時間跳躍弾を撃ち出して来ます。ですが、私は待ちを重点的に鍛えた身です。防御能力、回避能力、そして固定砲台としてのカウンターが決め手です。ビームも弾丸も直線的な動き、掠めたら危険である事は十分承知しているので、余裕を持って回避して行きます。

 だからと言って敵も馬鹿の一つ覚えではありません。渦巻いて黒い球状に展開する強制時間跳躍弾を、連続して何十発も撃ち出されれば、それは点ではなく壁となります。それら危険だと判断できるものは、無詠唱の雷の一矢で先に爆発させます。また、ロボット達の中に飛び込んだチャチャゼロさんが、斬り捨てたロボット達の残骸に大剣を刺し込み、他のロボットや弾丸に当てる事で彼らの手数を減らしてくれています。

 

「ケケケ! 脆イナコイツラ!」

 

 流石と言うべきでしょうか。エヴァンジェリンさん達と何百年も生きてきた分の戦闘経験は伊達では無いと言う事でしょう。

 さてそれでは、私もここで囮らしく、今一度派手に魔法を使う必要があるでしょう。

 

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ――」

 

 必要なのはこちらに注目を集めるくらい派手な魔法を使う事。同時にロボット達を殲滅すれば、それだけここに戦力が集中している事が分かるのです。対個人用の白き雷や雷の投擲では、精々拡散状の範囲にしかダメージがありません。ならば必要なのは、より目立つ電撃を広範囲に振り撒く中級あるいは上級魔法ですね。

 今の私では上級に当たる千の雷を使えば魔力切れどころかそのまま気絶もありえます。ならば中級魔法を使う事で精神力を温存しながら、目立つと共にロボット達の撃破数を稼ぐのが良いでしょう。

 

「――来れ雷精 闇の精 闇を纏いて 荒ぶり焦がせ 常夜の稲妻 闇の雷束!」

「殺ッチマエ!」

 

 再び杖の先端から雷光を伴った魔法が放たれます。ただし闇の精霊と合わさった黒い雷が。放たれる直前にチラリとチャチャゼロさんへ視線を送ると、既に私から放たれる魔法の先、即ち直線に放たれた稲妻の範囲から退いていました。

 先程の魔法の射手とは違い大量の魔力と精神力が吸い上げられて行きます。ですがやはり、以前ほどの疲労はありません。それでも囮として派手に、そしてより多くのロボット達に魔法を当てるために、直線に放った魔法の軸を上下左右に少しずつずらして行きます。森そのものを魔法の火災で失う訳には行きませんが、ここは仕方がありません。出来る限り被害が出難いように、広範囲になるように魔法を操作していきます。

 

 魔法を放った後には、ロボット達の残骸と難を逃れた者達がいくらか残されている様でした。しかし彼らは恐怖を覚える事も無く、またどこからか増援がやってきて、我先にと襲い掛かってくる様子が伺えます。

 

「大量ダゼ!」

「余り喜ばしい事ではありません! ですが、まだまだやられるつもりはありません!」

「良ク解ッテルジャネェカ!」

「フォア・ゾ クラティカ ソクラティカ 雷精召喚 槍の戦乙女 21柱!」

 

 今度は雷の槍を持つ分身体を召喚。私自身は少し後退して魔力と精神力の回復に努めます。そのままロボット兵の集団に杖を向け、召喚した精霊に向けて高々と命令を出します。

 

「突撃するです!」

 

 命令を受けた精霊の分身は、一斉に構えた槍で突撃していきます。人型や六本足型と大小に関わらず、突き刺し斬り裂いた槍でロボットをショートさせて爆発させていきます。それに負けじとチャチャゼロさんも張り切っていますが、まだまだ囮作戦は始まったばかりです。

 本番は超さんとネギ先生、そしてシルヴィア先生と長谷川さんの作戦が終わるまで続くのです。いつ終わるかとも分からない戦場ですが、それでもまだまだ倒れるわけには行かないのです。

 

 

 

 

 

 

 ついに始まったってところか。高い建物の屋上から学園を見下ろすと、図書館島の麻帆良湖から進軍して来たロボット兵の大軍が見える。コイツ等の進路は世界樹広場だったな。学園を六芒星で囲めるように、それぞれの頂点に向かって確実に進んでいる。その様子を魔法使いのコスをした朝倉が、実況しながらイベントとして盛り上げるってところか。

 それに世界樹の森の方で黒い雷が見えたし、綾瀬の方は始めたみたいだな。こっちも高みの見物してる場合じゃねぇか。

 

「神楽坂達も頑張ってるな。桜咲だけじゃなく近衛も前線の近くなのは修行の成果か?」

 

 神楽坂達の様子を見ると、一般人がサバイバルゲームのつもりで撃ち損じたロボット兵を、アーティファクトの大剣や神鳴流剣術で次々と斬り倒してるところだった。

 近衛はどうするのかと思えば、呪符を使って地面から石の槍を突き出したり、ロボットが突然ひしゃげたりと奇妙な攻撃していた。

 

「陰陽術の五行ってヤツか? 専門外だから分かんねぇな」

 

 とにかく最初は囮の為に目立たねぇとダメなんだよな。あんまりやりたくねぇけどこればかりはしょうがねーな。イベントらしくする為にカメラで実況してるから、映らねぇように瞬動で移動するしかねぇか。そう決めてから感掛法で魔力と気を合成。万が一、私が強制時間跳躍弾を受けたら作戦の失敗率が上がるからな。遠慮なんてしないで初めから全力で動く。

 屋上から飛び降りて、そのまま虚空瞬動で一気にロボット達の中央まで突き進む。すると、ロボット兵のカメラアイみたいなのが、一斉にこっちを捉えようとするのが分かった。まぁこんな目立つやり方したら当たり前だよな。

 

「最優先ターゲットB類ヲ発見。攻撃ニ移リマス」

 

 まぁ大体予想通りだな。ロボットから機械独特の音声が聞こえたかと思うと、一斉に銃口をこちらに向けてくる。未来のレポートを読んだ感じだと、このまま数百発の銃弾で的にされるとか冗談じゃねぇんだが、とりあえず色々やってみるか?

 攻撃される前にテティスの腕輪に精神を集中。自分の周囲に掌サイズの水球を大量に作り出す。一個一個のサイズは小さいが、銃弾の数も多いから十分に巻き込まれてくれるはず。さらに大型の多重魔法障壁を展開してロボット達の様子を見る。

 

「で、どうすんだ?」

 

 少し挑発する様にロボットに向けて言う。ロボットにこんな言い方したからって何かが変わるわけじゃねぇだろうがな。てか、やっぱり意味無さそうだな。銃口を向ける数がただ増えただけだ。

 

「――っ! 撃ってきたか!」

 

 ホントに何百発も有るってか? いちいち数えてられねぇけどな。撃ってきた銃弾は、パッと見どれが本物か強制時間跳躍弾か区別がつかない。しかも私が中央に飛び込んだから全方位からの攻撃だな。武装解除ビームはとりあえず無視。私の魔法障壁とこの本気魔法衣をその程度で貫けると思うなよ?

 一般人から見たら冗談にしか思えない程の数だが、エヴァの訓練で魔法の雨を経験してれば物の数じゃないな。アーティファクトの水球をぶつけてやると何十発かはその場で黒い渦状の球体になって消えた。なるほどな、レポートの通り衝撃を受けた時点で爆発して飲み込むのか。

 

 残った銃弾はまだまだ何十発も有る。それを何度も何度も大きく避けて、その間に再び水球を作ってぶつける事で無効化していく。その途中で一気に空に飛び上がって、ロボット兵達を破壊するための魔力を練り込む。

 

「――魔法の射手! 連弾・雷の51矢!」

 

 飛びあがった姿勢のまま雷の魔法を唱える。バチバチと雷特有の音を鳴らしながら、時間差で放った雷の矢でロボットの集団を次々と撃ち抜いて爆散させる。撃ち損なっても周囲に巻いた水球でショートしてくれたら御の字ってな!

 

「って、何だっ!?」

 

 突然に聞こえて来た風切り音と、ロボット兵達のマシンガンとは違う単発の銃撃音。遥か遠くから飛び込んで来た銃弾に、とっさにレポートの内容が頭を過ぎる。

 

『龍宮真名がスナイパーとして参加。遠距離からの狙撃に注意』

 

 マズイ! 術後を狙い撃ちにされたか!? 一瞬、思考と驚きで体が硬直したが、無理矢理身体を動かして銃弾の方向を確認――するよりも水球で周囲を守る方が早い! 素早く水球を動かして自分自身の周りを大きく余裕を持って囲ませる。するとその内の一つが黒い渦に飲み込まれて消えた。

 くっそ、遠距離からも来るなら全く気が抜けねぇじゃねーか! 未来からの情報が無かったら確かにヤバかった。知らないままガードしたら終わってたな。それにしてもコイツ等マジでどんだけ弾があるんだよ。さっきからずっと避け続けていい加減疲れて来たぞ。

 

 そんな中で突然、麻帆良湖の方から大きな悲鳴と爆発音が聞こえてくる。そちらに視線を送ると、優に三十メートルを越える、機械化された三体の鬼神兵の姿が見えた。それらは極大の武装解除ビームを放って湖岸の一般生徒達をなぎ払っていく。

 

「ちっ、それなら!」

 

 このまま地上や空中に居て囮になっても良いとは思う。だが、鬼神兵を一体でも良いから水に引き摺り込んで倒せばかなり楽になるはずだよな? てなわけで目晦ましだ! 飛び上がったまま空中でテティスの腕輪に意識を集中。三十センチ程度の水球を大量に作って浮かび上がらせる。そのまま私を中心に周りで回転させて、身体を隠しながら目立つ囮にする。

 当然、地上からロボット兵による集中攻撃が来るだろうけど、残念だったな。私はこのまま水のワープゲートを作って、麻帆良湖まで転移させてもらうぞ。

 

 

 

「う~む。テティスの腕輪で濡れないからって、水中で喋れて息も出来るってのはどうなんだこれ?」

 

 腕輪の効力が大きいのか、自分が半分水精霊だからなのか少し悩むな。その内腕輪無しで素潜りでもして確かめてみるか?

 ま、そんな事考えてる場合じゃないな。機械の駆動音も聞こえてくるし、さっさと鬼神兵を倒さないと。……待てよ? 何で水中に居るのにこんなに機械の音が聞こえるんだ? まさか!?

 

「マジか……。超のヤツ、ここまでするか!?」

 

 周囲を見渡すと、そこにはジェットスクリューを付けた小型潜水艦の様な機動兵器。全ての機体が先端に付いた銃口を向けながらハイスピードで接近してくる。

 

「くそ! エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 逆巻け春の嵐 我らに風の加護を 風花旋風 風障壁!」

 

 大慌てで魔力を練り込んで水中で風の精霊を集める。私自身を中心にして発生した水竜巻で、機動兵器たちが狙撃を始める前に何とか巻き込む事が出来た。もし撃たれてても風の壁で妨害出来たから、先に回避出来た分だけ良しってところだな。そのまま水竜巻は空――この場合は水上に向かって――機動兵器たちを吹き飛ばして行く。

 再び精神を集中して追撃の魔法を唱える。攻撃対象は巻き上げた機動兵器と湖岸の鬼神兵。一般生徒が居る学園側の方向じゃなくて、外れに向かって撃ち出せる角度に居る鬼神兵を見据えて魔法を唱える。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 来れ水精 風の精 風を率いて 押し流せ 南海の嵐 嵐の大水!」

 

 呼び込んだ風の精霊が再び渦を巻き、水の精霊を伴って激しく回転を始める。巻き込んだ機動兵器を水撃と風の刃で切り裂いて、角度をコントロールしたまま水竜巻で鬼神兵の脚部を狙う。鬼神兵まで届いた一撃は脚部に直撃した、と思う。水中からの確認だが手応えがあったから間違いないだろう。そのまま水竜巻で脚を捻じ切って破壊する。

 水中から次々と上がる水飛沫と水竜巻は、湖岸から見れば一種のアトラクションとかに見えたはずだ。認識阻害が残ってたらの話だがな。そこまでは面倒見れねぇよ。

 

 激しい水飛沫を上げて湖面に倒れ込んだ鬼神兵が視界に映る。これはチャンスだよな? ここで破壊したら流石に目立つけど、水中で封印しちまえば目立たねぇだろ。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 契約に従い 我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ えいえんのひょうが! 全てのものを 妙なる氷牢に 閉じよ こおるせかい!」

 

 残った精神力を魔法に注ぎ込んで氷系の上級封印魔法を唱える。そろそろ連発で疲労が溜まってきたが、ここで気を失うわけには行かないからな。気を引き締めて最後まで魔法に気力を込める。

 鬼神兵の周囲に氷の精霊が急激に集まると、湖中に閉じ込める絶対零度の氷柱になって封印が完成した。

 

 ふぅ、とりあえずコレで一体か。て言うか良く考えたら、余波で湖全体も私自身も凍る可能性があったのか? こっちは流石に試したくねーな。とりあえず魔力を一気に使ったし一息ついてからだな。水中の方が安全って人間辞めてるのをハッキリ感じて微妙なんだが、まぁ気にしないでおくか……。

 一旦ここで休憩しておいて、様子を見てもう一度ロボット兵の集団まで転移ってところだな。引き付け作戦も始まったばかりだから、まだまだこれからなんだよな。今の内に体内魔力と体外魔力を循環させて、精神統一とそのついでに魔力を回復させる。水中じゃ回復薬を飲むってのも無理だし、まだまだ温存しておきたいからな。



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第74話 学園祭(3日目) 世界樹防衛戦(2)

「それで? そのパソコンを使って茶々丸と連絡が取れるのか?」

「まぁな。間に合わせの電子精霊だがやらないよりマシって程度だ」

 

 間に合わせなんて言いながらノートパソコンを準備するフロウくんだけど、使役するための精霊はそれ相応の術式できちんと準備されたものだったりする。そうは言っても電子精霊の専門家が使う、学園結界プログラムの様な大型のものじゃなくて一時的な契約術式なんだけどね。

 今私達がやっているのは、学園全体に向けた超ちゃん対策の準備。皆がやれる事を手分けしてやって、超ちゃんの作戦を一個ずつ対処する事になっている。それでも一番目立つのはネギくん達の学園祭イベントに見立てた作戦になる。それに今回は全員で作戦を行うって事で、普段は絶対にアンジェちゃんを前に出したがらないエヴァちゃんが行動を認めているくらい。そうは言っても世界樹の根元でのパソコン操作というか電子精霊の術式操作っていうか、目立たないという意味でも安全圏なんだけどね。

 

「お姉ちゃんは心配性なんだから。私だって戦えるんだよ?」

「そうは言うがな……」

「相変わらず妹にはベタベタに甘いな」

「うるさい! お前こそシルヴィアに甘いじゃないか! それよりどうなんだ、私はパソコンとか苦手なんだよ」

 

 なんだかんだ言っても、現代から転生したアンジェちゃんだから機械類には抵抗がないみたい。同じ双子でもエヴァちゃんは苦手って言うんだから不思議だよね。

 それはともかく、本当だったら並みの電子精霊じゃ茶々丸ちゃんには対抗が出来ないと思う。だけど今回はちょっと一工夫。完全に妨害は出来ないと思うけれど、ある意味最強の盾になるはずだから少しでも学園結界プログラムへの攻撃を遅らせる事が出来ると思う。それに今回の事は、作戦行動中の茶々丸ちゃんの妨害をすると言うか接触を持つ事で、茶々丸ちゃんという個人の心、成長の切っ掛けにもなるんじゃないかって期待もしていたり……。一石二鳥を狙うなんてちょっとずるいかもしれないけどね。

 

 それから私も麻衣ちゃんと認識阻害と防御用の結界を強化しなくちゃいけない。未来のフロウくんのレポートだと、茶々丸ちゃんの攻撃プログラムで学園結界が陥落した事で認識疎外の結界が消えて、強制認識魔法の効果が増加されたって書いてあった。それだけじゃなくて、普段なら学園結界がある事で侵入者や鬼神兵なんかの敵対者の能力が制限されるのに、超ちゃんの鬼神兵に影響が無かったという結果も残っている。

 

「それじゃ麻衣ちゃん、私はこれから学園の端から円を描くように魔法薬を散布してくるから、中心の世界樹で同期をお願いね?」

「……はい。自然放出の魔力は駄目ですけど、本体の魔力ならば問題なく使えますから。学園結界が落ちても良いようにしますね」

「うん、よろしくね」

 

 そんな訳だから、私達は学園結界が陥落する事を想定した上で予備策を張っておく事にした。ネギくん達の作戦上、学生達に配られた魔法具は科学的なやらせアイテムだって認識してもらわないといけない。それに超ちゃんに気を取られている間に、まったく関係の無い第三者の侵入者がやってきたら困る事になるからね。唯でさえ一般の学生達が動員されているんだから、守れるだけの準備はしておかないといけないよね。

 最終的にはインターネットにアップされた武道会の動画とかの削除は、超ちゃんが所持している機械と技術頼りになると思う。けれども、今夜の学園祭イベント中に魔法疑惑を広めて良いってわけじゃないからね。

 

「それじゃ、まずここから……」

 

 北は私達『管理者』だけの領域で、基本的には不可侵だから後回し。結界を丁寧に張るためにも時間に余裕がある内に、西側から反時計回りに結界を作っておきたい。これは単純に西にある麻帆良湖から超ちゃんのロボット兵達が現れたという事から、先にやった方が良いって判断をした。それに湖岸にイベントに参加する学生たちが集まってきたら、魔法を使うところを見せられないからね。

 魔法薬を周囲に振り撒きながら、それを媒体に麻衣ちゃんの結界術式と同期。そのまま南へ向かって予備の結界を組み立てていった。

 

 

 

「くくく、いよいよだな」

「随分楽しそうだね?」

「まぁな、相手が木偶だってのは分かってても、普段は力を振るえないからな」

 

 何て言いながら、世界樹の根元から夜空を見つめて楽しそうに笑うフロウくん。京都の時はお留守番だったし超ちゃんとも戦えないから、鬼神兵で鬱憤を晴らすんだってやる気に溢れてるのは良いんだけど、やる気過ぎて目立つとちょっと困るかな。

 それはともかく、私達が打てる手は昼間の内にやりきったと思う。フェイトくん達は結局あれから姿を見せなかったし、フロウくんの脅しが効いてるのかは分からないけれど、レポートにも何も書かれていなかったから傍観に徹したか既に帰ったかのどちらかだと思う。

 

「茶々丸と夕映の事は私達に任せておけ」

「そうは言っても、アンジェの側に居たいだけだろ?」

「……まだ言うかお前は。たかが鬼神兵の集団にお前達二人だけでも過剰戦力だ。世界樹の防衛の要に私がバックアップに付くという話だろう」

「ちゃんと分かってるよ。夕映ちゃんとチャチャゼロちゃんが抑えてくれると思うけど、ここにエヴァちゃんが居るって事が、私達がこの場に留まっているってアピールにもなるからね」

 

 私とフロウくんが上空の鬼神兵に向かう作戦上、私達の行動を出来るだけギリギリまで超ちゃん達に悟られたくない。それに千雨ちゃんと夕映ちゃんは、私達の中で超ちゃんに対抗出来る戦力だって向こうも分かっているはず。だから二人には囮になってもらっているし、超ちゃんだって戦力を集中して自分のところに辿り着けないように妨害するはず。

 その上で私達が世界樹の周囲に留まって、超ちゃんには直接手出ししないって思わせておかないといけない。それだけじゃなくて万が一に第三者の介入があった場合、直ぐに動いて学園や一般人を守れる様に、エヴァちゃんに待機してもらっている。エヴァちゃん自身はあんまり乗り気じゃないみたいだったけど、この隙に学園を破壊されたり、魔法がばれて追われるよりはましって事で納得してくれたみたい。

 

 それに正しい意味でも、学園との契約や利益的にも、私達はこの場所を守る。学園関係者の要石になるつもりは無いけれど、学園長から協力依頼も受けているし、敗北した未来にしないためにもしっかり守り切らないといけない。

 ちなみに今回の依頼の報酬は金銭だったりする。交渉をする時間も無かったし、私達自身にも降りかかる問題だからね。全面協力すると私達が表立っちゃうし、立場やメンツ的にも無料で奉仕ってわけにも行かない。

 

「シルヴィア、そろそろ時間らしいぜ?」

「何か見えたの?」

「夕映の雷の魔法だな。あれは知ってる人間なら分かりやすい」

「……麻帆良湖に鬼神兵も居ますね。結界に反応が出てるから、少し動きが鈍くなってると思います」

 

 確かに夕映ちゃんのあの魔法は分かりやすいね。普通の雷の魔法と違って悪目立ちはしないから助かるよ。それに麻衣ちゃんの結界が反応しているって事は、もう学園結界に攻撃が加えられているのかもしれない。予想より早いかも……。流石にネギくんの作戦は目立つから、超ちゃんが茶々丸ちゃんに速攻を命令したのかもしれない。

 

「よし、行くか」

「そうだね。向こうも焦ってると思うから、スピード勝負になるかもしれない」

 

 超ちゃんが私達に気付いていなかったとしても、ネギくん達を見て世界樹の占拠を急ごうって思うはず。ロボット兵や鬼神兵の姿はここからは見えないけれども、間違いなく上空に居ると思う。それにふと、私達が遅くなれば森で防衛線を張って守っている夕映ちゃんのところにロボット達は増援に行くのかもしれないって考えが頭に過ぎった。それを防ぐためにも私は銀色で半透明の翼を広げて、世界樹の根元から夜空へと浮かび上がる。

 フロウくんも私の動きを確認すると、竜種独特の翼を背中から生やして浮かび上がった。翼は髪の色と同じ深緑色で、片翼で小柄なフロウくんよりも大きい。ちなみに服が破れないように背中の開いた半袖のシャツと短パン。完全に格闘戦をする気でいるみたいだね。ちなみに私はいつものゴシックドレス。ただし黒の方だけど。全身真っ白だと夜空じゃ凄く目立っちゃうからね。

 

「早く行って来い。手遅れになっても知らんぞ」

「それじゃ、エヴァちゃん達もがんばって。ここは任せたからね?」

「あぁ、任せておけ」

「頑張ってくださいね」

 

 夜風を切りながら、決して人の身や飛行魔法では出せない速度で遥か上空に昇っていく。超ちゃんは地上四千メートルの飛行船に居たと言うけれど、私達が最高速度で飛行したならば数分でそれくらいの距離は過ぎ去っている事になる。それでも姿が見えないという事は、鬼神兵はもっと遥か上に居るって事になるのかな?

 

「ねぇ、フロウくん。居ないって事はないよね?」

「ここに居なけりゃ引き返すか、エヴァ任せだな。――っ! いや、居るみたいだぜ」

 

 獲物を見つけた様な獰猛な表情をするフロウくんの視線の先を追うと、ここよりも更に高い夜空にいくつもの人型が見えた。空に昇りながらその姿を確認すると、機械の翼を生やしてジェットを噴く茶々丸ちゃん達だった。よく見知ったその姿が何十対も居る事に思わず動揺が走る。

 

「え、何で?」

 

 茶々丸ちゃんは学園結界プログラムに攻撃するために、超ちゃんの研究室かどこか別の部屋に居るはず。それなのにここに居るという事は……。あれも、超ちゃんのロボット兵って事?

 

「なるほどな。機動兵器タイプと、人型の田中さんタイプが表立ってたが、茶々丸タイプもそりゃ作れるよな」

「そうだよね、もともと超ちゃんが作ったんだし。でも、ちょっと冗談にしては笑えないね」

「重要なのは中身だろ? つーわけだから、やるぞ?」

 

 そう宣言するなりフロウくんの周りに風の魔力が急速に集まっていく。一度呼吸を整えてから、風竜系のドラゴンブレスのようなものを吐き出して、量産型の茶々丸ちゃん達が噴出するジェットの軌道を乱した。そのまま風を操って彼女達を檻に閉じ込めていく。

 

「――逆巻け夏の嵐 彼の者等に 竜巻く牢獄を 風花旋風 風牢壁!」

「問答無用だね……」

「当たり前だろ。あんなので躊躇ってたら本命が逃げちまう」

「本物って事は、無いかな。撃破されるのが分かってて、『管理者』の領域上空には出さないよね……」

「ま、そういう事だ。破片が落ちて地上被害があると面倒だからな。抑えてる間に全部頼む」

 

 全部ねぇ。そうなると機械だから雷系の魔法で爆発させるか、炎系で爆散させて後も残さないようにするかどっちかかな。いくら学園から遠く離れた空の上だからって言っても、やっぱり雷系の魔法は目立つから大魔法は使えない。そう考えると……。雷系でショートさせて破壊してから、炎系で焼き溶かして残骸が出ないようにする、ってところかな?

 

「それじゃ、雷の精霊51柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 拡散・雷の51矢!」

 

 フロウくんが制御する風の檻の中に、雷の魔力を纏った矢を打ち込む。魔力を込めて威力は上昇させているけれども、制御を捨てて檻の中で暴れまわるように仕向けた。

 風の檻の中で雷光を撒き散らす魔法の矢を受けた彼女達は、あっさりと爆発を起こしてその破片は風に捕らわれていく。その様子に少しの悲しみと申し訳なさを感じながらも、証拠を残さないためにも再び魔力を集中して、今度は炎の精霊へと魔力を込めていく。

 

「ものみな焼き尽くす 浄北の炎 破壊の王にして 再生の徴よ 我が手に宿りて 敵を喰らえ 紅き焔!」

 

 今度は風の檻に爆炎魔法を打ち込むと、それは風に乗って赤い炎の竜巻になっていく。高温を肌で感じると間もなく、風に閉じ込められた彼女達の残骸は塵となって吹き飛ばされていった。

 

「やっぱりちょっと悲しいかな。こんなロボット達を生み出した超ちゃんも、そんな未来も……」

「感傷は後にしろよ。超のヤツだってそんなのが嫌だからやってんだろ?」

「……そうだね。まだ鬼神兵が居たね」

 

 それに、もういつネギくんが超ちゃんの所に行ってもおかしくない。地上の鬼神兵は学園の先生達が封印班を組んでいるし、囮の千雨ちゃんと地上の戦力を削っているはず。超ちゃん自身が直接ネギくんや千雨ちゃん、夕映ちゃんに向かえば、飛行船に作られた強制認識魔法の大魔法陣は手薄になるから、基本的には受身のはず。

 

「そういうわけだ。まさか囮の部隊をこんな所に置くわけもないからな。この先だろう」

 

 フロウくんの言葉に頷きながら更に昇っていくと、大型のジェットエンジンの様なものを付けてゆっくりと降下する、機械化された鬼神兵が目に入った。その数は三体。多分、北側から世界樹を囲むために上空からゆっくりと降下させていたんだと思う。いきなり現れたら、何も知らない人だって警戒するからね。本来は麻帆良湖や南側のロボット兵達に気を取らせて、私達に気付かれないように配置するつもりだったんだと思う。

 

「三体か、一人一体づつと言いたいところだが先に一体貰うぜ?」

「え、構わないけど。というかゲームじゃないんだからね?」

「ゲームイベントだろ? ま、あれじゃ体の良い的だけど、な!」

 

 語尾を強めて気合を入れたまま翼を開いて、鬼神兵に向かって虚空瞬動の様な高速でフロウくんが突撃していく。ニヤリと笑う口元は見た目少女相応の可愛さがあるけれど、それとは対照的に獰猛な竜の爪を備える鱗に覆われる腕が見えた。

 そのまま右側に居る鬼神兵の胴体に竜のパワーと加速度でぶつかると、下降する鬼神兵を押し上げてから胴を貫いて真っ二つにする。けれども、あのままじゃ不味い。浮力が無くなった下半身はまっさかさまに地上に落ちていく。とっさに魔力を込めて魔法を放とうとするけれども、それよりも早くフロウくんの爪が鬼神兵の胴体と下半身を金属の残骸へと変えていく。

 

「これで一体!」

 

 最後に止めとばかりに風のドラゴンブレスで粉微塵に切り刻む。フロウくんの突撃から僅か数秒で、一体目の鬼神兵は完全に破壊された事になる。

 

「あと二体だね」

「あぁ、あっちもこっちを完全に敵として捉えたっぽいぜ?」

「えっ?」

 

 フロウくんの言葉通り、鬼神兵達は巨大な顎を開いて明らかな攻撃態勢に入っているのが分かる。多分、未来のレポートに書かれていた極大のビームによる武装解除砲。それそのものだけを見たら全く害が無いものだけれど、誰も好き好んで服を破かれたくないし、実はそう思わせておいて殺傷能力や拘束魔法だったりしたら困るからね。現に超ちゃんは私達に謎の制限を掛けてるんだし。

 

「光の楯! 十層!」

 

 フロウくんより前に出ると右腕を翳して、その手の先に濃密に編み込んだ面の魔法楯を展開する。二体の鬼神兵から放たれたビームを受け止めると先の数枚が砕けたけれど、まだまだ楯に余裕がある。

 

「フロウくん!」

「おう!」

 

 二体の攻撃が私に集中している間にもう一体。そんな意味を込めてフロウくんに呼びかけると、直ぐにそれを判断してくれた様子で再び鬼神兵の一体に突撃する。そのまま衝撃の勢いでビームが逸れて、鬼神兵自身も明後日の方向へ飛ばされていく。

 そうしたら、私の役目は残ったもう一体を破壊すること。受け止めたビームは魔法楯に任せて、鬼神兵を破壊する方法を考える。……やっぱり基本的にはさっきの茶々丸ちゃんの量産型と同じで、最後は破片を粉々にするのが良いのかもしれない。

 

「影の地 統ぶる者 スカサハの 我が手に授けん 三十の棘もつ 愛しき槍を 雷の投擲!」

 

 鬼神兵の正面に放置した魔法楯から、高速で羽ばたいて鬼神兵よりも上空、ほぼ真上まで移動してから呪文を詠唱する。雷鳴を轟かせながら左右に付き添うように作り上げた二十メートル程の雷槍を、そのまま鬼神兵に向けて投げ落とす。肩から胴体を貫通する様にバツの字状に突き刺さすと、鬼神兵全体が激しい雷によってショートと小爆発を繰り返していく。

 多分、これで機械としては完全に破壊できたと思う。けれどもまだ、この巨大な金属の塊を落下させる訳にはいかない。それに最悪の場合、鬼本体が暴れても困るから完全に破壊しないといけない。

 

「火精召喚 槍の火蜥蜴 51柱! ――貫いて!」

 

 炎の精霊を実体化させると同時に、その槍を持って機械化鬼神兵の焼け焦げた残骸を砕くように命令する。これで大きな一つの機械の固まりを、小さく砕く事で最後の爆砕をやりやすくした。そしてもう一度爆炎の魔法を使って破片も残さずに塵にする。

 

「ものみな焼き尽くす 浄北の炎 破壊の王にして 再生の徴よ 我が手に宿りて 敵を喰らえ 収束・紅き焔!」

 

 止めのイメージを強く込めて魔法を収束。燃え広がる爆炎を一点に集中して、砕けて落下していく破片に向けて魔法を放つ。収束した事で高熱を帯びた魔法は破片を溶解し、上空の冷たい夜風を受けて塵になって消えていった。

 

「そっちも終わったな」

「そうだね」

 

 余裕そうな声で話しかけてきたフロウくんを見ると、もう二体目の鬼神も倒したって事なんだろうね。傷も全く負わなかったみたいだし、ひとまず無事に終わってホッと一息って所かな。一応これで最初の作戦は無事に終わった事になる。

 ふと、半袖・短パンのフロウくんを見ながら寒くないのかな、何て思ったけれどきっと人間の姿をしていても竜種なんだから肌の構造からして違うんだろうね。

 

「それじゃ、超ちゃんの方に向かわないと」

「そうだな。この高さなら超のやつも簡単に上がって来れないだろうし、丁度良いだろ」

「フロウくんも来るの?」

「当たり前だろ? 特等席だからな」

 

 なんて事を冗談っぽく言って笑みを浮かべるフロウくんと、超ちゃんが居るはずの南の空に向かって羽ばたいていく。

 飛びながら世界樹の様子を見ると、まだ魔力は吸い上げられていないように見える。麻衣ちゃんに念話を送ると同じ答えが返ってきて、超ちゃんの強制認識魔法はまだ準備段階だって事が分かった。



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第75話 学園祭(3日目) 世界樹防衛戦~幕間~

 超鈴音サイドと、舞台のまとめ説明を兼ねた回ですので、今回は三人称で書きました。


 地上から遥か四千メートルの上空、アーモンド型の飛行船のバルーン上に立つ、二人の少女の姿があった。そこには六芒星を基礎とした複雑かつ大型の魔法陣が描かれ、一人目の少女が大魔法の儀式に望んでいる。

 少女は肩から全身を覆う外套型の防寒具を羽織り、対になった太陰太極図のイヤリングを身に着けている。彼女の名前は葉加瀬聡美。科学信者な普段の彼女ならば「魔法なんて非科学的な」と理論的に否定するところだが、今回ばかりは全面的に支持をしていた。

 

「――世界はアイオーンの内を行き 時は世界の内を巡り 生成は時の内に生ず」

 

 そして彼女が詠唱する呪文。この世界、地球上の全人類に向けて『魔法は存在する』、『魔法は脅威である』、『無闇に使ってはならない』、『対抗策を学べ』と、所謂原作と呼ばれる世界とは若干異なる効果を込めた『強制認識魔法』の発動に挑んでいる。

 

 そしてもう一人、彼女の正面にある防御魔法陣の中にいる少女が、今回の騒動を起こした中心人物になる。そして未来の超テクノロジーも使いこなす彼女だったが、半ば計画の失敗を確信しながらも引くに引けない状態の中にあった。

 

「歴史とハ、こんなにも変えられないものなのカ……?」

 

 彼女の中に渦巻いている念は、悔しさと歯がゆさ。そして、とある一人の女性の言葉だった。

 

「……確かに、最も邪魔になる可能性は排除していたが、公平さも同時に齎したネ」

 

 一見チャイニーズに見えるその少女、超鈴音。経歴も、言葉使いも、何もかもが彼女の創作ではあるが、未来を憂う気持ちだけは本物だった。彼女はその目的を果たすために手段を選ばないつもりで居た。そのための策も用意して実行に移した。移したつもりだった。

 公平と言うのは、彼女の祖先であり一族の始まりであるネギ・スプリングフィールド。彼に偶然と道化師を演出して渡した『カシオペア』の事である。

 

 そして最も邪魔な存在とは、本来はその技も魔力の質も量も、比較するにも話にならない相手だ。シルヴィアを初めとする『管理者』と呼ばれるメンバー達。彼女達の影響を封じるのは、ある種の賭けだった。積み重なる行動と歴史による結果、つまりはタイムパラドックスによって全く意味が無くなる可能性もあったのだが、彼女自身が存在出来ている事も含めて、この賭けには勝った。

 しかしその結果なのか、元々封じる事が出来ない「長谷川千雨」と言う存在だけではなく、「綾瀬夕映」という追加要素。さらに関西呪術協会の「近衛木乃香」と、史実においてこの時点ではろくな魔法を使えなかった人間までにも影響が出た。

 

「何故ダ! そうまでして、あの歴史を繰り返すのカ!」

 

 硬く握り締めたこぶしを振り下げて空を切る。側から見ていて不快感を露にした様子がはっきり分かる程、彼女は激昂していた。それも、うっすらと目に涙を浮かべて。さらにその心情を細かく汲むのならば、困惑と言った感情を加える事がより正確かもしれない。

 

「ハカセ、強制認識魔法の発動まで後どれくらいネ?」

「詠唱に掛かる時間は十一分六秒です。ですけど……」

「そうだネ。これでは、殆ど意味が無いヨ」

 

 今この時点までで、いくつかの障害は排除済みだった。一人はタカミチ・T・高畑。学園関係者の中でも、屈指の実力者で本来の作戦が成功していれば、唯一の脅威だった人物。その他の魔法先生等は取るに足らない存在だった。その彼らも、既に強制時間跳躍弾によって三時間後の未来に送った。

 次に、ネギ・スプリングフィールドとその仲間達。今現在もこちらに向かって突き進んでいる最中で、数名は同様に強制時間跳躍弾によって退場して貰ったが、中心人物であり今回の騒動で未来への影響を及ぼしたいネギ自身は未だ健在だった。それに、今現在の彼女が知る事ではないがネギ発案の作戦と学園長のコネで準備された魔法具よって、サバイバルゲームだと思っている一般学生や来訪者達が無意識に機動兵器を殲滅しているのも誤算だった。

 

 ちなみに、今は論点ではないが彼女自身、ネギに対しては並々ならない感情を持っている。ある種、ヒーローめいた活躍に憧憬も有る事は有るのだが、彼女がたどった未来では彼のある行動と周囲の人間により、同時に憎悪に近い気持ちもある。もっとも彼一人の責任ではなく、周囲の環境と人々が英雄を求めた事も理由だった。

 

 話は戻るが、強制認識魔法の発動までにやっておきたい事は他にもあった。

 第一に、学園結界の無効化。学園の防御結界よりも、認識阻害の結界の方が厄介だからだ。そして、強制認識魔法を全世界に広げるため、機械化して制御した鬼神兵を媒体に使って、世界樹の魔力を数倍に高める。そのためにも学園結界を落とさなければならなかった。だがしかし、既にシルヴィアたちによって三体。千雨によって一体が使い物にならなくなっている。

 それからシルヴィアと麻衣が事前に張った結界術式だが、これはとある方法によって超鈴音は無効化が可能になっている。これについては今はまだ、彼女達が勝利を迎えた時に超鈴音の口から説明すべき事であるため割愛する。

 

「茶々丸。学園結界は無理そうカ?」

 

 ふと、目の前にある空中ディスプレイに目線を送る。そこには彼女の研究室から学園地下にある魔法使い人間界日本支部の本拠地で、魔法と科学が融合した電子精霊で守られるメインサーバーへと攻撃を行っている茶々丸の姿があった。

 彼女は改良された新しい機械の体で、未来技術のサーバールームから学園結界への攻撃を行っていた。行って陥落する予定だったのだ。しかし、とあるたった一つの事実により攻撃を満足に行えないで居た。

 

「申し訳有りません超。私は、”アンジェ様”を攻撃出来ません」

 

 これがシルヴィア達の用意した最強の盾だった。つまり、エヴァンジェリンの手によって創生された闇の魔法(マギア・エレベア)の応用。この世界においては彼女の妹として生れ落ち、同じく闇の眷属として生きる彼女がこれを使えない理由は無い。およそ六百年前、二度目の誕生日を迎えた闇の福音達。その身に闇の属性を帯びて、全てを飲み込み掌握し己の力とする闇の魔法によって、電子精霊の操作術式を体に取り込んでいた。

 

「本当に誤算だたヨ。口にするのは悪いが、彼女は始終、エヴァンジェリンさんのマスコットだたからネ」

 

 当のエヴァンジェリンが電子精霊は元より、機械音痴なのは周囲の事実になっている。テレビゲーム程度なら別なのだが、殊更パソコンなどは彼女にとっては避けたい道具なのだ。

 

「学園結界へのアタックの度に、アンジェ様が率いる電子精霊郡がプロテクトを敷いてきます。こちらのアタックパターン解析と共に、予想範囲が的確になりつつある為、これ以上の攻撃は時間の無駄になるかと……」

「……くっ」

 

 超鈴音の優秀な頭脳は、その葛藤故に敗北を認められなかった。頭の中では解っているが、感情が認められない。一体何の為に過去にやってきたのか、一体誰の為にここまでやっているのか。タイムパラドックスを恐れるあまり、それを口に出来るのはごくごく僅かな相手だった。

 

「この際、学園内の人間だけでも良いヨ。ここに居る人間だけでもいずれは世界へと伝わって行く。何もせずに、何の影響も齎さずに、何も成さずに終わるわけには、それだけは認められないからネ!」

 

 屈しかけていた精神を、自ら鼓舞してもう一度支え直す。口に出すのは簡単な事だが、たった一人で世界を相手にしようとするその覚悟は並々ならぬものがあった。

 

「ハカセ、呪文詠唱の仕上げを! 茶々丸は攻撃を続けるネ! 少しでも良い、少しでも良いから学園結界に――」

「大した覚悟だな」

「――なっ!?」

 

 突然、その場に第三者の声が聞こえた。凛としていながらどこか幼さの有る声。けれども威圧感に満ちた声は、地上四千メートルという風圧をものともせず、大魔法の儀式場にも良く響いた。

 

「……エヴァンジェリンさんカ」

「マスター。見ていられたのですか?」

 

 一方は苦々しさを隠さず、一方はただ淡々に結果だけを確認していた。

 

「アンジェの術式を通してだがな。確かに良い覚悟だよ、超鈴音。何がお前をそこまでさせる? 未来で何があった?」

「……言えないヨ。聞きたかったら私を止めてから聞き出すと良いネ」

「フン。止めるのは私の役ではない、千雨かぼーやが直ぐにそちらに行くさ」

 

 今現在も、千雨とネギは機動兵器達の相手をしている最中だった。しかし、前者は地上で数百体の兵に囲まれて、常に強制時間跳躍弾を打ち続けられている。ネギは飛行魔法によってこちらに向かっているのは解ったが、彼一人ならば何とでもなると思っていた。

 だがしかし、そこに千雨が加わるとなると話は変わってくる。彼女の主な属性は水。さらにアーティファクトのテティスの腕輪がある。強制時間跳躍弾はその弾頭が接触した時点で効果が発動するという特性があり、弾丸と言う事もあってそれを逆手に水球の防御とは最悪の相性だった。だからこそ、最優先ターゲットの一人になっているのだから。

 

「ネギ坊主なら期待するだけ無駄だヨ。甘い上に実力も足りないネ」

 

 これは半分嘘だった。彼女が知る歴史より、若干だがこの世界のネギ・スプリングフィールドは強い。それは超鈴音と言う脅威がこの世界に増えた事による弊害でも有るのだが、小太郎や千雨や夕映という良きライバルによって、彼がより高みを目指した結果でもある。

 

「まぁ良い。結果的には私達が勝つ。それから茶々丸」

「ハイ。なんでしょうかマスター」

「お前は、シルヴィアが言っていた事を良く考えたか?」

「私の心で、善悪を考えろ。と言う言葉でしょうか?」

「そうだ」

 

 ここで一つ、念頭において置かなければならない事がある。絡繰茶々丸は未来の技術で作られた機械の体に、エヴァンジェリンの【人形使い(ドールマスター)】としての魔法スキルが組み合わされて生まれた存在だと言う事を。彼女はロボットでありながら同時に魔法生命体でもある。

 そんな彼女ではあるものの、その器は間違いなくロボット。正確にはガイノイドと呼ばれるが、それ故に彼女自身も含めてプログラムにしたがって動いている。生きているのではなく動いている。だからこそ自分の心で考えろ、自分の心が有るのかと問われるのはナンセンスなのだ。

 

「命令では無い。お前が感じるままに答えろ」

「ですが、それは……」

 

 命令ではない。と言いつつ答えろと命令しているのは彼女の女王気質なのだが、ここはあえて触れないほうが良いだろう。

 しかし茶々丸は、これまでの経験で確実に心と言うものを見て、聞いて、知ってきたはずだった。例えば普段からよく見せるエヴァと千雨のやり取りに、それに加わるアンジェやフロウ。いつも笑顔を浮かべて全体を包み込む雰囲気を持つシルヴィア達に、彼女自身も何かしら感じて考える事があった。

 

「答える”気持ち”になれないか? 矛盾だな」

「……解りません」

「言っておくが今お前達がしている事は、善ではない。だが、悪でもない」

「私は、命令に従うだけです」

 

 茶々丸は、淡々と答えていながらも混乱し始めていた。今彼女が行っているのは、間違いなくマスター達への反逆行為。今日この日までにもシルヴィア達に嘘を付き、今ここでエヴァの話術を彼女の”意思"でやり過ごしながら、サブマスターの構築する防御プログラムを突破しようとする行動。

 しかし、超の作戦時において――起動の契約時には、実験と名付けたこの計画においては――全権を超鈴音に任されている。そのプログラムに従って、また魔法生命体としても契約に従って、彼女は行動していた。故に抱える矛盾。そして揺れ動く心が、自分の行動がマスター達にとって迷惑をかけていると、未だ幼いとも言える芽生えた心に戸惑いを生んでいた。

 

「そうか。だがまぁ良い。良い暇潰しになった」

「――っ!? そういう事カ!」

 

 その言葉に、彼女がまさかの囮という驚きを含みながら周囲を観察する。そこには、空中を飛び回る茶々丸のコピータイプの機動兵器を仲間と共に掻い潜ってやってきた、ネギ・スプリングフィールドの姿があった。

 

「……来たカ」

「超さん。貴女を止めに来ました!」

 

 ネギの姿を確認した超鈴音は、羽織っていた防寒具を脱いでバルーンの上に落とした。もちろん上空四千メートルという風圧にそれは飛ばされていくが、それはこの場では関係がなかった。防寒具を脱いだ彼女が纏っていたのは、全身にフィットするタイプのコンバットスーツだった。そして『カシオペア』をその背に内蔵する最終決戦用のものだった。

 その姿を見たネギもカシオペアを構えて距離を測る。ここに、学園祭イベントの締め括りとなる決戦が開かれようとしていた。

 

 

 

 時間は少しばかり巻き戻される。三体の鬼神兵を破壊したシルヴィア達は、超鈴音達が乗っている飛行船よりも更に上空。魔法の補助無しでは――飛行機やスカイダイビングなどは除くが――ほぼ到達が不可能な地点に居た。その高さおよそ地上から五千メートル。超やシルヴィア自身から見ても、お互いに豆粒の様な大きさに見えたことだろう。なおかつ、黒いドレスに身を包むシルヴィアと、同じく目立たない様にダーク系で身を固めたフロウ達が居た。

 

「この辺で良いかな?」

「そうだな。向こうはこっちに気付いてないみたいだぜ? 作戦としては、予想の一つに数えられてるかもしれねぇけどな」

「もう、またそうやって脅して」

 

 当たり前だが地上で事情を知っている魔法関係者は必死で機動兵器を殲滅している。二人の間に流れる空気は、普段から良く見せている団欒のようなものであり、余裕とも取れるものだった。

 断っておくがこの二人が決してこの作戦を甘く見ているわけではなく、やれる事が殆ど無いからだった。超鈴音に対する直接的な攻撃、拘束の類の技術に魔法は全て無効化されていて、今出来る事は指折りで数えられる程だった。余談ではあるが、幼い少女にしか見えないフロウだがれっきとした風竜。千メートル程度先は見る事が可能であり、視力強化や遠見の魔法などもあって決して判別が出来ない事はない。

 

 もっとも、シルヴィア達が表立って機動兵器の殲滅を手伝うわけには行かない。彼女達には彼女達の役目が有り、既にそれはほぼ成されている。また学園都市の魔法使い達にとっても、この作戦で自分達がやり遂げたと言う経験が必要だった。

 現にここの土地を保有しているのはシルヴィア達だが、学園そのものは魔法使いの『学園関係者』を初めに生徒達のものである。以後の学園運営のため、彼らの自信の礎にする為にも必要な事でもある。それに、彼女達以上にもっと暇そうな人物がこの場には居たのだから。

 

「ふむ。いよいよこれでクライマックスと言うやつじゃのう。ふぉっふぉっふぉ」

 

 この独特の笑い方と長い頭に長い髭。作務衣を身に纏った老人と言えばこの学園に通う者なら誰でも直ぐに思いつくだろう。今回の作戦を許可して総責任者となっている麻帆良の学園長、近衛近右衛門だった。

 

「が、学園長。お酒飲んでる暇があったらちゃんと指揮しようよ」

「なに、わしがおらんでも若い者がやってくれるでな」

 

 余りにと言えば余りにもなその態度にシルヴィアは内心で溜息をついていた。確かに責任者と言う立場では、彼女よりこの老人の方がこの学園では重い。万が一超鈴音の大魔法が成功してしまえば、比喩ではなく首が落とされるかもしれないレベルの大失態なのだから。と言うよりは、未来のレポートを持っている彼女達から見れば、それはある意味事実ではあった。

 

「で? その酒は何だよ。とりあえずよこせ」

「お主のう、自分より若いもの相手に強奪は無いじゃろ」

「誰が若いんだ誰が。鏡見て言え」

 

 その挙句に日本酒を片手になんて余裕も良い所だった。フロウはそれを無理やり奪い取って、どこかから取り出した器で自分の分を注いでいく。

 こんな場所でこんな時でも余りにも図太い二人に、空笑いをしながら内心でもう一度深く溜息を吐くシルヴィアだった。それでも彼女はやや置いてから正気に戻り、懐から一枚のカードを取り出した。それはこの作戦の要の一つでもある彼女の弟子にして従者、長谷川千雨との仮契約カードだった。彼女はそれを額に当てて呪文を詠唱する。

 

「念話(テレパティア)」

 

 そう唱えた直後、カードに秘められた仮契約のラインから、千雨の脳内に向けて相互通話の魔法が繋がる。

 

「千雨ちゃん? 聞こえてるかな?」

(――ん、大丈夫だ。まだ、戦闘中だけどな)

 

 念話であるためここでは口に出す必要は無いのだが、共に居る人物にも会話を聞かせる必要があると判断したシルヴィアは、あえて声に出して会話を続ける。

 そこでまず、強制時間跳躍弾を受けずに無事でいた事に安堵して、次に声質から思ったより余裕が有りそうだと解り、二重に喜びを感じていた。

 

「こっちは超ちゃんの上空だね。フロウくんと学園長がお酒飲んでるけど、召喚して大丈夫かな?」

(……はぁ!? あ、いや、大丈夫だけどよ。て言うかちょっと待ってくれ、今直ぐまとめて片付ける)

 

 そう宣言してから数秒。地上において、今現在彼女が居ると思われる場所で激しい雷光が見て取れた。遥か上空に居るシルヴィア達からも観測できるのだから、その威力は推して知れる。

 

(良し、こっちは大丈夫だ! シルヴィア頼む!)

「分かった! 召喚(エウォコー・ウォース)! シルヴィアの従者(ミニストラシルヴィア)”長谷川千雨”!」

 

 手に取った仮契約カードに再び魔力を込めて召喚魔法を詠唱する。すると空中に魔法陣が現れて、その上に魔法衣の黒い改造セーラー服とロングコートを羽織った千雨が投げ出された。それを確認したシルヴィアは、彼女が落下しないようにすぐさま抱きとめて無事を確認する。

 これによって、超鈴音とネギ・スプリングフィールド及び千雨との対決というカードが出揃った。




 今回の前半2/3は「にじファン」での投稿時には無かった部分を追加しています。次回はようやく超鈴音とのバトルです。
 大分、投稿の間が開いてしまってすみません。待っていてくださった方はありがとうございます。後四話で「にじファン」の連載時の最終投稿分に追いつきます。そうしたらやっと魔法世界編に入れます。

 2013年3月20日(水) 千雨の服装がまほら武道会のゴスロリになっていたので、魔法衣のセーラー服に修正しました。


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第76話 学園祭(3日目) 世界樹防衛戦(3)

 超鈴音バトルの前後編です。こちらは前編になります。


「くそ! きりがねーな、まったく!」

 

 ロボット兵や龍宮の狙撃を避け続けながら、屋根から屋根、空から空へと何度も移動を続ける。時間にしたらそんなに経ってない筈なのに、凄く長い時間を戦い続けてる気がする。

 て言うか感覚が麻痺して、もうどれだけの数を倒したかも覚えてねーな。移動する度に近くのロボット達が駆けつけて、雪だるま式に数が増えてやがる! まぁ、囮冥利に尽きるってか? あっちは撃ち放題だから良いが、こっちは冗談じゃねぇって!

 

「いい加減にしろっ! ――魔法の射手! 連弾・雷の101矢!」

 

 群がって来るロボット余りの多さに半ばキレながら、即座に発動出来る分量の魔法の矢を、空を移動中に詠唱を破棄しつつ発動する。きちんとした詠唱じゃねぇから威力は下がるが、こいつら相手には十分な威力のはずだ。

 雷の魔法を波状攻撃で次々と打ち出しながら、地上を走行するロボット達を打ち抜いて爆発させた。これで学園都市内の道にはガラクタの山が出来上がったわけだが……。

 

「良いのかこれ? 後片付け誰がやるんだよ? まさか、私じゃねーよな!?」

 

 一瞬頭を過ぎった予想に、超の計画と別の意味で寒気を覚えた。……が、まぁそんな事は今さら気にしてる場合じゃねぇか。数も大分減って来たって言っても、まだまだコイツ等は居やがるからな。

 あれ? そう言えばいつの間にか龍宮の銃撃の音が消えてるな? 誰かが倒したか交戦中か? まぁそれはそれでありがたいか。それにしてもネギ先生達はもう上空なのか? そろそろ連絡があっても良いと思うんだが……。

 しっかしこいつ等ホント容赦ねーな。超のヤツもどんだけ私の事警戒してんだよ! ネギ先生達を未来に送ったつもりだったのと、シルヴィア達に何かの制限かけてる分、こっちを抑えちまえば後は安心って事か?

 

(千雨ちゃん? 聞こえてるかな?)

「――んっ?」

 

 なんて事を考えながらロボット達との戦闘を続けていると、ちょうどシルヴィアからの念話が届いた。

 

(――大丈夫だ。まだ、戦闘中だけどな)

 

 とは言っても戦闘をしながら会話は面倒だな。適当に避けたりガードしてりゃ良い相手と違って、当たったら即お陀仏の相手だからな。って、お陀仏って言葉使って良いのか? 一応私って形だけは十字教の一員なんだよな? ……ま、いっか。シルヴィア自身そういうの気にしてねぇみたいだし。

 とりあえず、水球の防御を広げておくか。テティスの腕輪に魔力を集中。大気中と今までに攻撃や防御で散りばめていた水を回収しつつ、私自身から二~三メートル離れた位置に、中型の水球を大量に生成して防御だ!

 

(こっちは超ちゃんの上空だね。フロウくんと学園長がお酒飲んでるけど、召喚して大丈夫かな?)

「……はぁ!? あ、いや……」

 

 なんだそりゃ! 思わず叫んじまったじゃねぇか。あいつら何やってんだ! 人が必死に強制時間跳躍弾とか避けて囮になってんのにそれはねーだろ! 後で一発づつぶん殴る!

 つっても学園長ならまだしも、フロウのヤツには避けられた上に屁理屈こねて言い負かされそうだな。くっそ、いつか言い負かしてやるからな! って、いけねっ。シルヴィアとの念話中だった!

 

(大丈夫だけどよ。て言うかちょっと待ってくれ、今直ぐまとめて片付ける)

 

 今すぐ召喚されても良いが、残ったロボットを片付けておいた方が良いからな。さてと、残ってる数はざっと数えて……。いや、数えるの馬鹿らしいな。何だこれ、また増えてるじゃねぇか!

 

「ちっ、めんどくせぇ!」

 

 下手に大技を撃てば学園都市の建物が壊れるし、そうかと言って小技ばかりじゃまた集まってくるじゃねぇか。無視して召喚して貰うか? あ、待てよ。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 雷の精霊351柱! 縛鎖となり 敵を捕まえろ 拡散・魔法の射手・戒めの雷矢!」

 

 とっさに考え直して呪文を詠唱する。すると、帯電する雷の矢がロボット達に巻きついて、過電流を流された装甲表面からショートして爆発していく。

 どうやら上手く行ったみたいだな。本来は風の束縛魔法のところを、きちんと呪文詠唱する事で制御術式を書き換えてみたんだが。それで風の縄で縛るんじゃなくて、雷で拘束して縛るって結果を作った。そもそもこの魔法は対個人なわけだが、相手が馬鹿みたいに居るんで拡散もさせてみた。それにこの魔法の本来の効果は誘導と捕縛だから、ある意味賭けだったんだが上手く行ってくれたみたいだな。

 

(良し、こっちは大丈夫だ! シルヴィア頼む!)

 

 まだ全部破壊したと言うわけじゃないが、その辺は地上で頑張るヤツ等に任せて、肝心の超の所に向かうとするか。

 

(分かった! 召喚(エウォコー・ウォース)! シルヴィアの従者(ミニストラシルヴィア)”長谷川千雨”!)

 

 シルヴィアの返事の後に、仮契約の従者の召喚魔法の詠唱が聞こえた。するとふわりと体が軽くなって、次の瞬間にはシルヴィアに抱き留められていた。

 

「って、何で抱きしめられてんだ!?」

「え?」

 

 いや、そんな可愛い顔して不思議そうにするなよ! て言うかどっちかっつーと、安心した顔か? そんなに心配掛けてたのか? 何か、それはそれで悪かったな。

 

「ここ、上空五千メートルだよ? 召喚したまま放っておいたら、千雨ちゃんが落ちちゃうじゃない」

「あぁそう言えばそうか。ありがとな、心配してくれて」

「うむ、美しい師弟愛というやつじゃの」

「まったくだな。ククッ……」

「お前ら……」

 

 あ~……何だ。何つーか、緊張感無さ過ぎだろ!? 何だよこの余裕! 酔っ払いどもめ!

むしろ私は突っ込み役かよ! つーかそんな事してる場合じゃねぇな。現状の確認だ。

 

「おい、フロウ」

「何だ?」

「もうやる事やったんだよな? 私は超のところに突っ込むけどよ、先生の時計とかもう大丈夫そうなのか?」

「さぁな? 近くで確認して、様子見て不意打ちでもしちまえ」

「おいコラ!」

 

 あんまりにもな発言に、ジト目でフロウを睨みつける。つってもコイツには何の効果も無いだろうがな。ほら、シルヴィアだって困った顔してるじゃねぇか!

 それにいくら何でもそりゃねぇだろ。未来のレポートやら何やら色々と確認した感じじゃ、あいつも相当この作戦に人生賭けてるんだろ? あっちも大概卑怯な手を使ってるのは分かっちゃ居るんだが、最後の戦いくらい信念を貫かせてやろうぜ?

 

「とりあえず、ネギ先生だけじゃ無理だって判断したらにする」

「うん。超ちゃんの時計は、今のところネギくんにしか攻略出来ないからねぇ。まかせっきりでずるいとは思っちゃうけどさ」

「そうだな。けどよ、あの反則はどうにもなんねぇし」

「だから言ってんだろ。反則に反則で返しても、あっちは文句言えねぇんだよ」

「「はぁ……」」

 

 思わず出た溜息がシルヴィアと重なって、お互いに苦笑いで応えた。て言うかフロウの言ってる事も、間違ってないから困るんだよな。

 

「うむ、本当にお主等は師弟そろってそっくりじゃな」

「ああまったくだ。にやにや」

「口でニヤニヤ言うな! てかそれ前にどっかで聞いたぞ! つーか、ホントにこんな事してる場合じゃねぇから行くからな!」

「私達は見ている事しか出来ないから、気を付けて行って来てね?」

「あぁ分かってる」

 

 それでもやっぱり心配なのか、一度ぎゅっと強くシルヴィアに抱きつかれてから体を離された。そのまま浮遊術を発動して、その場に滞空する。もう殆ど超のヤツは詰みだって分かってんだが、追い詰められたアイツが、世界樹の魔力を別の事に使うとかもありえるだろうからな。

 

「……す~。……は~」

 

 一度深呼吸をして、余裕に浸った気持ちと場の空気を吹き飛ばす。シリアスな今の現状を再確認してもう一度呼吸をして整え直す。上空五千メートルって場所は、思いの他寒かったり空気が薄かったりして何かあるのかと思ってたんだが、咸卦法の影響なのか特に何も感じなかったな。

 

「よっしゃ。そんじゃ行ってくる!」

「うん、またね!」

「おう!」

 

 浮遊術の状態から足の裏に魔力を込め、空を虚空瞬動で駆けて行く。ぐんぐん落下していく中で風を受けながら、“またね”って言ったシルヴィアの複雑な表情が妙に引っかかった。

 もし、この作戦を失敗したら、魔法が世界中にばれるんだよな。私らは一般人に紛れて隠れるとか、本当に最悪な時は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行くって方法も有るかもしんねぇけど、麻衣のヤツは本体がアレだからな。そん時はどうするんだか……。いや、今考える事じゃねぇか。

 

「――っ! 見つけた!」

 

 超とネギ先生の姿を確認しながら、テティスの腕輪で再び防御用の水球を周囲に浮かべる。とりあえず小型のものを全方位に出して、いつでも対応出来るようにしておくか。それに、ラスボスバトルの中継をするヘリも飛んでやがるから、それ対策にもなるからな。

 

「あれ? 千雨ちゃんどこから来たの?」

「神楽坂っ!? って、春日に小太郎も居るじゃねぇか」

 

 超達が居る飛行船の直ぐ傍まで降りていくと、箒に乗って飛行をする春日と、その柄に立つ神楽坂。足元に浮遊術を発生させた小太郎が居た……が、何か違和感が。って、そうか、桜咲と近衛達が居ないのか。て事はあいつらは地上か? まぁ今のこの騒動で桜咲が近衛から離れる方がおかしいか。

 

「おう! 千雨姉ちゃんも来たんか!」

「い、いや。私は通りすがりの謎のシスター! 春日なんて人は知らない!」

「……え、美空ちゃん?」

 

 慌ててシスター服で顔を隠して、うろたえた表情で春日が否定した。その横で神楽坂が「こいつ何言ってんだ?」みたいな顔をしてるんだが、何か前にもこいつこんな事言ってたな。よっぽど目立ちたくねぇんだな。て言うか、何でそれで魔法シスターやってんだ? シスターシャークティに無理やりやらされてる感じはするけどよ。

 いや、それよりも今はネギ先生達だ。あっちの様子は……。って何だありゃ!? 超のヤツとネギ先生が同時に何十人も居る? けど一瞬だけ出現して消えてまた出現して……。幻術ってわけじゃねぇよな? 分身だとしても、精霊囮の魔法って訳でもなさそうだ。つーことは、アレがあの時計を使った効果って事か。

 

「なぁ小太郎。確認だけどよ、あれって分身じゃねぇよな?」

「ああ、分身やないで。俺かて分身は使うんやし、それ位は分かる。せやけどあれはちゃうな」

「なるほど……」

 

 て事は考え通りって事か。このままじゃ手が出せねぇな。つっても、声は届くか? それなら……。

 

「あっ! 見て、ネギが!」

「よっしゃ!」

 

 そう思っていた時に、神楽坂たちの歓喜の声が聞こえた。それに釣られて超達の方見ると、ネギ先生の雷を纏ったパンチの一撃で、超の背中に付いていたタイムマシンの時計が破壊されたのが見えた。

 どうにか上手くやってくれたみたいだな。超のヤツも相当だが、先生の方がどうにか一枚上手だったって事か。て事は、まさかこれで終わりか? けど超のヤツは飛行船の上でうつぶせに倒れても、四肢で踏ん張ってまだやれる顔をしてるな……。

 て事は、やっぱりまだ大技を使う可能性が有るって事か。あの分身みたいな状態なら、CG合成とかスクリーンで投影しましたとかいくらでも誤魔化せる。だが、これ以上とんでもない隠し玉の鬼神兵とか、未来兵器とか使われたら誤魔化せなくなる。それなら……。くっ。あんまりやりたくねぇけど、仕方がねぇな。

 

「アベアット!」

 

 一度召喚したアーティファクトを送還する。そうするとテティスの腕輪は仮契約カードに戻って右手の中に納まる。それからもう一度――。

 

「アデアット!」

 

 召喚の呪文詠唱をする。仮契約カードの衣装登録機能で、まほら武道会で使っていたゴスロリ服――つまり認識阻害のブローチを付けた擬装用――ごと、アーティファクトを身に付けて”ちう”の顔を作る。

 

「な、何やってるの千雨ちゃん?」

 

 今話しかけんな神楽坂。いくら何でも知り合いの目の前で、アニメ声で話せるか! フロウみたいに即行で別人に切り替えたり出来ねーんだよ。とりあえずこいつらの反応は無視して、ネギ先生達を撮影しているヘリ――多分、学内のどこかの部活動――のカメラの前まで虚空瞬動で移動する。

 良し、やりたくねぇ! やりたくねぇけど、やらないと、超が派手な事した時に困るからやらねぇと……。くっ、平常心だ。私は”ちう”。長谷川千雨じゃない。大丈夫、これは演技。これは演技だからな。

 

「みんなー、お疲れ様だねっ! 火星ロボ軍団のラスボスは子供先生が倒したよっ☆ やったね!」

 

 ぐぁぁぁ! 恥ずかしい! くぅっ、これって学園中に流されてるんだよな!? くそ、永久保存とかされそうだが、やらせ武器の配布の時に私の姿は見られてるんだししょうがねぇ! ここは腹を括るしか……。

 あっ、ヤバイ。実際は聞こえねぇけど、学園の放送画面の向こうで嫌な歓声が上がってそうなのが聞こえて来た! ほら、ヘリのカメ小(カメラ小僧の意味)とマイク持ちも唖然としてるじゃねぇか!

 

「え~っとぉ。ここからは、エキシビジョンマッチなんだって! 以上! 現場の”ちう”でした!」

 

 緊張で早口にならない様に、でもって羞恥心を顔に出さない様に、必死で堪えながらカメラの前でウィンクもおまけに付けて言い切ってやったぞ、ちくしょうっ! それからテティスの腕輪で僅かな霧を作ってカメラのレンズを曇らせる。更にとばかりに無詠唱の風の魔法で、ほんの少~し、ヘリの向きを変えてやる。気持ちちょっとだけ、こんな事をする羽目になった憂さ晴らしも入ってるんだが、まぁ大丈夫だろう。万が一が有っても周りは魔法使いだらけだし。

 そうすると、カメラの向きが明後日の方向に向いて、ヘリは若干ふら付きながらも姿勢を保った。まぁ、カメラ達は私とネギ先生の姿を探しているみたいだったが……。そんな事してる間に逃げるんだがな。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 虚空瞬動でもう一度神楽坂達の居る辺りに移動して、浮遊術でその場に安定して立つ。そうしてから緊張していた息を吐いて整える。ってか、別にこっちに戻らなくても良かったんじゃねぇか? まぁ今気付いても遅いし、しょうがねぇな。

 

「ち、千雨ちゃん? 何よ今の?」

「べ、別人や。誰やあんた!」

「言うな! 今のは忘れろ! て言うか、これ以上魔法ばらしされてたまるか!」

「「「あっ!」」」

 

 こ、こいつら。完全に忘れてやがったな!? やっぱやって正解だったじゃねぇか。く……。またこんなところで黒歴史が増えるなんて。と、とりあえず今は超だ。こうなったら説得出来ねぇか?

 

「おい! 聞こえてるか超! もう諦めろ!」

「ちょっ姉ちゃん! ネギのタイマン邪魔せんといてくれや!」

「分からなくもねぇけど、タイミング考えろバカ!」

 

 思い切って声を張り上げてみると、どうやらこちらの声が聞こえたのか、立ち上がった超がネギ先生の顔を見てからこっちに視線を送ってきた。超の様子を見ると……既に満身創痍にしかみえねぇな。着ていたコンバットスーツも何だかぼろぼろだし、背中の時計と機械からは火花が上がってる。てかそれ大丈夫なのか?

 

「やあ千雨さん、やってくれたネ……。それに、皆さんお揃いのようだネ」

「超、もう大魔法は使えないぞ! それに先生が未来から帰ってきた時にフロウからレポートを預かってる。その未来じゃ魔法使いが一般人相手に戦争起こした上に、学園関係者は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で強制収監。でもってお前はタイムパラドックスで消滅するんだとよ。良いのかよそれで!」

「ほう……。それを信じろと? 証明できる事じゃないヨ」

 

 ちっ、やっぱりか。簡単に説得できたら苦労しねぇよな。けどそれでも、超のヤツはまだまだやる気らしいな。それに何か、顔付きに余裕がある。て事は、まだ奥の手を隠し持ってるって事か。

 

「超さん! 貴女のやっている事は、僕は間違っているとは言えません! ですが、駄目なんです。この方法では未来は救われません! だから僕達と別の道を模索してください!」

「私がそれで止まると思うカ? それにここまで来たら、もう話す事はないヨ!」

「超さん、お願いします! 僕の話を聞いてください! 今超さんがやる方法じゃ、皆が不幸になるだけの結果なんです!」

 

 必死にネギ先生が説得しようとしてるが、あれはダメだな。超のヤツも意固地になってやがるし、どうにか今の信念を折るしかないか? それだとネギ先生にしろ私にしろ、誰かがガチ勝負で負かすしかなさそうなんだよなぁ。

 超に勝とうと思えばもう時計もないし、私が手を出さなくてもこのままネギ先生が勝ちそうだとな。けど、何かイヤな予感がするんだが……。きっとアイツは、まだ何か隠してる感じがするんだよな。さっきの余裕の表情とかも気になるしな。

 

「聞き入れられないネ!」

「無駄です! 魔法が使えない貴女では、もう勝ち目は有りません!」

 

 まだ覇気の有る声を上げた超は強制時間跳躍弾を大量にばら撒いて、コンバットスーツの仕込みなのか知らねぇけど、どうやってか火を付けて撃ち出した。それをネギ先生は、杖に乗って飛行魔法であっさり回避。避けそこなった弾丸は、無詠唱の魔法の射手で届く前に爆発。これはもう完全に先生が優勢だな。

 てかアイツ、まだそんなに持ってたのか。でもなぁ、確かにネギ先生の言う通りでもあるんだよな。超はこの状態でどうするつもりなんだ?




 中途半端なところで切れてますが、この話は前後編です。当初は7000~8000文字で、世界樹防衛戦(3)を終わらせるつもりだったのが、予定していなかった発想が途中から浮かんで来て9000文字くらいになってしまいました。
 もうそのままで良いや、書けるところまで書いてから見直そう。と判断したところ、何故か16,000字弱まで膨れ上がったので、じゃぁもうそれで良いや!(笑) という事で、2話分を割採用しました。


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第77話 学園祭(3日目) 世界樹防衛戦(4)

 超鈴音バトルの前後編です。こちらは後編になります。少々長めになります。


「フフッ。それはどうかナ? コード『■■■■■■・■■■■■■』封印術式開放 魔力開封!」

「――えっ?」

「そして、これが奥の手ネッ! アデアット! 魔力供給(シム・トゥア・パルス)!」

「なっ!?」

 

 ちょっと待てっ、アイツどこで仮契約カードを!? しかも二枚とかどういう事だよ! どれとどれがアーティファクトだ? しかもこれはヤバイ。超のヤツから出てる魔力が、まるでまほら武道会の時の変態ロリコンフード野郎並みだ。しかも魔力供給って誰からだ? あいつの周りにそこまで力のある魔法使いって居たか? まさかアイツの契約主はあの変態フード本人って事はないよな?

 とにかく今の超の周りには、炎が灯った赤い色の鉄の筒のような物。それに同じ色の半球みたいな形の板が付いてる。それが超を囲むように四つ浮いている。それから超の右手にあるのは拳銃か? シリンダー式っぽいが透明な筒になってんな。普通の弾じゃないって事か?

 

「ラスト・テイル マイ・マジックスキル マギステル――」

「え、起動キー!?」

「――契約に従い我に従え 炎の覇王 来れ浄化の炎 燃え盛る大剣 ほとばしれよ ソドムを焼きし 火と硫黄 罪ありし者を 死の塵に 燃える天空!」

「バカッ、驚いてる場合か! 防御だ!」

「あっ! 障壁最大っ!」

 

 慌ててネギ先生が魔法障壁を前方に展開したが……不発!? 超のヤツどういう事だ?

 

「術式登録! フフッ、まだ慌てるのは早いヨ」

「なっ!?」

 

 何だあれ? 詠唱した魔法が発動しないまま右手に持った拳銃に吸い込まれて、シリンダーっぽい部分が発光してる? ……待てよ、術式登録だと? ちょっと待て、この考えは不味い。思いっきり今青い顔になってるだろうが、これが本当にあのアーティファクトの能力だったとしたら。いや待て! アレだけでそれだけの能力があるとしたら、もう一つは!?

 

「さて、覚悟してもらおうカ!」

 

 超が引き金を引いた瞬間、アーティファクトだと思われる拳銃のシリンダーの部分が一際強く輝いて、ネギ先生に向かって『燃える天空』――広範囲殲滅用の火炎系上級魔法――を撃ち出す。ネギ先生は超の魔法拳銃を正面から防御しようとしてるが、それはダメだ! 今の超の魔力は先生の数倍はある。耐えられないぞ先生っ!

 

「魔力供給!(シム・トゥア・パルス)」

 

 間に合うか分からないがやるしかない。大慌てでシルヴィアから魔力供給のラインを開いて、虚空瞬動で先生の直ぐ傍まで駆けて行く。そのままテティスの腕輪で制御している水球を超の方に向けて、少しでも火力を落とすための壁にする。

 

「水楯っ! 最大っ!」

「くぅっ、ああぁぁぁぁ!」

 

 水で作った防御魔法の楯を自分と先生の前に展開する。だが、大慌てで駆けつけたとは言っても、やっぱり先生の正面までは回り切れなかった。それでも何とか傍まで辿り着いて、先生と二重の防御魔法を展開して受け止める。視界は全てが炎の壁で、熱で焼け焦げる服や髪の匂いを嗅いで不快に思いながら、押し付けられる魔法の圧力を楯に集中して堪える。そのまま耐える事数秒、やがて超の上級魔法の魔法的火力そのものを何とか相殺して体は無傷で凌いだ。

 しっかし、何て魔力だよ。アーティファクトに登録出来るってのも離れ技だけどよ、使ってる魔力自体もおかしいだろ。

 

「さすがネ。これを耐え切るとは恐れ入るヨ」

 

 これまでの戦いでかなりの体力を消耗していたからか、超自身も魔法を込めるのにかなり苦労したみたいだな。精神力を使い切って、多少ふら付きながら立ってるって感じだ。それにアーティファクト頼りだからって、上級魔法を発動する力があの体で残ってたのが驚きだ。

 

(ち、千雨ちゃん!)

「――っ! シルヴィア?」

 

 突然に聞こえたシルヴィアからの念話に驚いたけど、このタイミングでしてくるって重要な用件だよな?

 

(超ちゃんに契約のラインが流れてる! それに、麻衣ちゃんからも流れてるって!)

「はぁあぁぁっ!?」

 

 ちょっと待て! 何だその反則は! て言うかアイツいつ契約を……。あっ!

 

「超っ! お前それ未来の従者契約か!」

「おや、シルヴィアさん辺りからばらされたカ? そうだネ。この計画は未来の貴女達のものだよ」

「ど、どういう事ですか千雨さん!」

「私が知るかよ! てか、超って何年後の人間なのかも知らねぇよ!」

 

 て事は何だ? 学園祭の計画は未来の麻帆良、いや『管理者』の計画で、シルヴィア達がやる事を決めたって事か? でもそれっておかしくねぇか。何でこいつが実行犯なんだ? やるならシルヴィア本人がやった方が説得力あるだろ。それにフロウが暗躍した方が効率よく進められそうなんだが……。

 だが、アイツがシルヴィアと麻衣のアーティファクトカードを持っているって時点で、こっち側だって事になるよな? 何がどうなってんだ?

 

「油断大敵ネ!」

「――はっ!?」

「危ない千雨さん! ――魔法の射手! 光の27矢!」

 

 気が付いた瞬間に、前方から超のもう一つのアーティファクトが飛んで来た。その赤い四つの砲身が光ったと思ったら、赤い高熱を持ったビームが数発、断続的に発射される。……が、何とか反射的に避ける事が出来た。これまでの経験の賜物だろうが、ネギ先生の援護でビームが減らされて無かったら危なかったかもな。

 

「助かった先生!」

「はい!」

「ハカセッ! これを渡しておくヨ!」

「……っ!」

「えっ!」

 

 そう言った超が、強制認識魔法の呪文詠唱をしている最中の葉加瀬の傍まで一気に駆け寄って何かを渡した。って、アレはさっきの魔法の拳銃か? 何で今このタイミングで葉加瀬に!? ってマテ! 葉加瀬の指が引き金にかかって……まさかっ!

 

「嘘だろ!? くっ水楯!」

「風楯っ!」

 

 とっさに危険を感じて、もう一度防御魔法を展開する。先生は全方位型じゃなくて楯型か。まぁ、来る魔法が分かってるからな。

 葉加瀬が撃ち出した『燃える天空』の威力はさっきの程じゃ無い事もあって、もう一度先生と重ねがけする事で耐え凌いだ。てか、アーティファクトって他人でも使えるのかよ!? いくら何でもそりゃ無いだろ!

 

「アーティファクト、炎神の輝く火槍(ウルカヌス・ルーメン)! ソードモード!」

「超さん、もう止めて下さい! どうしてそこまで!」

 

 そう唱えた超が右手で赤い砲身を握ると、炎が凝縮した赤い輪郭の長剣が出来上がった。その他の三体は砲身にそのまま炎を灯してる。て事はそっちは予備か? そうしたら前衛が超で、そのバックアップをする葉加瀬って事か。これは不味いな……。フロウじゃないけど、不意打ちだろうがなんだろうがやらないとマジで倒せなさそうだ。

 いや、待てよ? 葉加瀬って呪文詠唱したまま銃の狙い付けられるのか? て事はあいつ一人で戦って、葉加瀬のあれは護身用か? だが、護身用であの火力は無いだろ。

 

「行くヨ! 腕の一本くらいは覚悟して貰おうカ!」

「くっ。止めてみせます! ここで貴女を止めて、どうしてこんな事をしたのか聞き出します!」

 

 くそっ! シルヴィアとの関係は気になるが、今はやるしかないか!

 

(シルヴィア! とにかく超を止めるぞ! カードの事は後から聞くしかない!)

(分かってる。どうして未来の私達がこの道を選んだのか分からないけど、千雨ちゃん、お願い! 超ちゃん達の話を聞くためにも、今は!)

(分かった!)

 

 シルヴィアと念話をしている間にも、超がネギ先生に向かって長剣を振りかざして攻めに走っていた。先生はそれを、中国拳法のフットワークを駆使しながら避けて、何とか好転しようとしているのが見えた。更に残ったアーティファクトの砲身が、先生に向けてビームを撃ち出していく。けど先生はそれを避けて、防御魔法でガードしたりしながら超の懐に入り込み、長剣と銃の間合いを破って反撃を始めている様だった。

 これなら先生は何とかなりそうだな。それにしても、あの浮かんでる炎の砲身って自動追尾か? 超が操ってるのなら相当なもんだと思うんだが、いくら何でもそれは無いよな? それに葉加瀬に渡した魔法銃も何とかしないと不味いだろ。それなら満身創痍の超は先生に任せて、葉加瀬の銃を奪って呪文詠唱は私が止めるれば良いか!

 よし。そうと決めたら、瞬動術で葉加瀬の後ろまで移動する。超には見えていたかもしれないが、素人の葉加瀬は流石に分からないだろう。気づかれててももう遅い、悪いがこのまま眠って貰うからな。

 

「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 大気よ 水よ 白霧となれ 彼の者に 一時の安息を 眠りの霧!」

 

 この際だから魔力の制御と効率化は捨てて、効果だけを重視で良い。早口で呪文を詠唱して魔法の霧を発生させた、――が。突然、葉加瀬の前に魔法障壁が現れて、眠りの魔法が霧散する。

 

「何だりゃ!? 葉加瀬も魔法使うのかよ! ――あ、しまっ!」

 

 こっちに気付いた葉加瀬が、銃をこちらに向けて再び『燃える天空』を発動。慌てて上空に跳んで、無駄な防御魔法の消費を抑えた。

 今のはヤバかった。何とか避けたけど、この後どうする? 何で葉加瀬が魔法使ってるんだ? 足元にある魔法陣は、強制認識魔法の儀式用だよな? 今もまだ詠唱続けてるし……。ってこれ、早く葉加瀬を何とかしないと不味いんじゃねぇのか!?

 

「くそっ!」

 

 もう一度葉加瀬の死角まで移動してから、今度は咸卦法の気を乗せて一呼吸して力を溜める。そのまま右足を一歩引いて、遠慮なく魔法障壁に回し蹴りを叩き込む。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 躊躇い無く思いっきり、まほら武道会の時よりも重い一撃を放ったけど、信じられないくらい固い障壁で遮られた。てか、硬た! 何だこれ!? ありえねぇって。何だよこの防御魔法。いくら何でもびくともしないとか無いだろう? どうなってんだ? でもやるしかねぇよな? もう一度だ。呼吸を整えて、更に短縮詠唱で魔法の矢を足に纏わせる。

 

「くらえ! ――魔法の射手! 収束・闇の255矢!」

 

 もう一度回し蹴りを放って、同時に闇属性の黒い矢を上乗せする。その一撃は葉加瀬の周囲に発生した魔法障壁とぶつかって激しい衝突音を響かせた。……が、蹴りは葉加瀬の防御とせめぎ合っても、障壁は破る事が出来なかった。

 

「嘘だろ!?」

 

 ちょっと待て。これマジでどうやって破壊するんだ? てかこれヤバイだろ? 下手にこれ以上大きな威力でやったら、葉加瀬の命が保障出来なくなってくる。かと言って止めないと強制認識魔法が発動する。マジで詰んだか?

 待てよ、シルヴィア達なら壊せるか? けど、超のヤツが何かの方法でやっぱり手出しを出来なくしてる可能性もあるか? あ、いや待て。だったら学園長にやらせりゃ良いじゃねぇか!

 

「やぁぁぁぁ!」

「――っ!? 神楽坂っ?」

「え? そんなっ!」

 

 突然に神楽坂が、上空から気合の入った声を上げて、アーティファクトの大剣を振り下ろしてきた。そのまま大剣を振り切ると、葉加瀬の周りに展開された魔法障壁は、甲高い破壊音を上げながら砕け散った。

 な、何で神楽坂が? そう言えば近くに居たんだったな……。はっ! 今の内に驚いてる葉加瀬を止めないと不味い! 急いで駆け寄ってそのまま首筋に一撃。流石に素人だった様であっさり喰らって気絶した。そのまま放っておくと飛行船から落下させちまうから脇に抱き留めて、ついでに手に持ってるアーティファクトを回収してポケットに入れる。

 

「つーか、ありえねぇ……。何だよそのチート剣」

「やった! ナイスタイミング、でしょ!」

「……あ、あぁ。まぁ、助かった」

 

 そう言って笑顔でウィンクと親指を立てる神楽坂に、何とも言えない微妙な感情のまま返事をした。この場に居るとネギ先生達の邪魔になるから、もう一度浮遊術を使って空に駆け上がる。葉加瀬は抱えたままだけど問題ないだろう。

 

「後はネギやな」

「そうだな。てか、あっちの剣もチートくせぇ」

 

 超の炎の剣がどういう作りになってるか分からないが、シルヴィアとの仮契約で出来たアーティファクトだって言うのなら、私のテティスの腕輪と同じく相当なチートなんだと思う。私の水みたいに炎を操るってのとはちょっと違うみたいだが、ソードモードとか言ってたって事はだ……。たぶん銃撃と剣を使い分ける事が出来るんだよな?

 ネギ先生は相変わらず超の内側に入り込む作戦か。良く考えてやがるな。高畑先生の時もそうだったけど、体格が小さい相手に内側に入り込まれると、中距離、遠距離の戦い方をする奴はやりにくいんだよな。

 

「超さん! もう、貴女の負けです!」

「本当にそうカ? まだ、私自身は折れていないヨ!」

「どうしてですか! 何のためにそこまでするんですか!」

「命のためダ!」

「えっ!?」

 

 どういう事だよ? アイツが居た未来じゃ、人が沢山死んでてそれで過去を変えに来たって事か? だがそれじゃ魔法を世界中にばらす理由にならねぇよな?

 超を見ると、懐に入られたネギ先生から数歩離れて、それから改めて先生に強い視線を投げかけていた。その視線で先生が少し怯んだ様に見えたんだが、大丈夫か? まぁそれに、あの密着状態じゃ話し難いだろうからな。さて、超のヤツは何を言い出すんだ?

 

「私が求めるのは、遥か未来まで生きられるはずだった者達の命! 今この時も散っていく報われない魂達! そして救われた我が一族の命! 大切な人のために涙を流したあの人に! 私は必ず過去を変えると誓った! 今この時この時代で、私がやれる事は、残された手段は唯一つ! 願っても、縋っても、希望が無い世界を、それでもあがこうとする者が居る姿を! この場の全てに焼き付ける事! 私を止めたければ言葉などは無意味! ここに来るまでに、全てを費やして来た私の覚悟、止められるものなら止めてみるが良い! ネギ・スプリングフィールド!」

「――っ!」

 

 超の持つ覚悟とその言葉に込められた迫力に、思わず息を呑む。ネギ先生自身も、超の言葉の重さに体が硬直してるのが分かる。と言うか、超にそこまでの覚悟をさせたのってシルヴィアか? だが話を聞いてる限りじゃ一人じゃなさそうだし、どういう事だ? ってか、先生飲まれてれるじゃねぇか!

 

「オイコラ先生! 飲まれんな! 今私達が現代の命を背負ってるって忘れてるだろ!」

「あっ!」

「そうよネギ! あんただって見せてやんなさいよ!」

「やったれやっ! ネギ!」

「……ハイ! 超さん! 最後の勝負です!」

 

 ふぅ、何とか立ち直ったみたいだな。最悪の場合、私が相手すりゃ良いんだろうけど、何か超のヤツはネギ先生に拘りが有るみたいだしな。この勝負に勝っても負けても、超のヤツは後が無いだろうし、葉加瀬も捕まえたから強制認識魔法も発動しない。そうなったら、最後に自分の信念を先生にぶつけて……。って思ってるんだろうな。

 

「行くぞネギ坊主! ラスト・テイル マイ・マジックスキル マギステル 火精召喚 炎の火蜥蜴29柱!」

「ラス・テル マ・スキル マギステル――」

 

 超はサラマンダー召喚の呪文か。距離を取り直して、ネギ先生に叩き込む最後の一撃を狙ってるってところか? ネギ先生はどうする?

 

「全体突撃ネ! 更に! 炎神の輝く火槍(ウルカヌス・ルーメン)四連結キャノンモード! チャージ開始!」

「風精召喚 戦の乙女23柱! 撃ち落して!」

 

 先生も召喚魔法か! てか数少ないけど大丈夫か!? 二人の魔法発動は殆ど同時だな。サラマンダーの数は確かに多いが、先生の方は妙に数が少ないな? 制御力が少なくて済む分、何か考えてるんだろう? それに超のアーティファクトはまた別パターンか。今度は四つが全部くっ付いてガトリングガンみたいな見た目になってる。チャージって事は、やっぱ最後の一撃って事だな。

 二人ともそのまま飛行船の上で魔法を打ち合って、数で押された先生が杖に乗りながら大きく旋回して移動。そのまま空に上がって超の頭上か。それでも遠距離射撃の超の方が有利だぞ?

 

「これで終わりネ! ラスト・テイル マイ・マジックスキル マギステル 炎の精霊31柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 炎の31矢!」

 

 ここで更に時間稼ぎか。チャージ時間がそれなりに掛かるって事か? どうするんだ先生?

 

「いいえ! 僕の勝ちです!」

「――っ何!?」

「ここで虚空瞬動かよっ!?」

 

 てかすっかり忘れてた! 先生エヴァの特訓で散々練習させられてたんだったな。大きく離れて魔法の撃ち合いって見せて、もう一度懐に入り込むつもりだったのか!

 

「(魔法の射手! 雷の7矢!)雷華崩拳っ!」

「ぐはぁっ!?」

 

 超の懐まで虚空瞬動で入ったまま、踏込と同時に右手の突き。それに合わせて無詠唱魔法を拳に上乗せして、超に止めの一撃か。……何か、嫌になるくらい飲み込みが良いな。流石主人公様か?

 

「ま、まだ、ダ! 炎神の輝く火槍(ウルカヌス・ルーメン)! チャージ停止! ファイア!」

「あっ!」

「ネギ!」

「(遅延魔法)解放! 雷の斧!」

「ちょっ! オイ待て! どこまで主人公なんだテメーは!」

 

 まさかさっき旋回してる時に術式封印してたのか!? 遅延呪文とか仕込むのって先天的なセンスが居るって聞いたぞ!

 

「ぐ、ぅぅ……あぁぁ!」

「ああぁぁぁ!」

 

 超の直ぐ横にある四体の砲身から、連結して纏められたビームが発射されるが、先生の魔法がそれを正面から受け止める。と言うか多分だが超のアーティファクトは、見た目機械で炎系つっても私のテティスの腕輪と同じく、魔力で動いてる事には変わりが無いんだろうな。

 そうすると、あの後はシルヴィアから魔力供給をしてもらう呪文は唱えてないし、もういっぱいいっぱいだろう。仮に唱えて供給して貰ったとしても、シルヴィアが超から一定距離を離れればカットされるし、超もこの状況でそう何度も上級魔法を撃つ精神力は無いだろう。今までずっと魔法は封印してたみたいだし、精神力は下がってるんじゃねぇのか?

 

「ま、まだだ! まだ負けられない! まだ、魔、力は――」

「超さん!?」

「よっしゃ勝ったぁ!」

 

 いや、もうお前は限界だろ? 最初に先生とタイムマシンで戦闘をした後に、魔力を開放して上級魔法を発動。そのまま慣れてるとは思えない魔法戦闘を繰り返して、先生の一撃まで喰らって、更にアーティファクトの最大火力。これで精神力を使い果たしていない方がどう考えてもおかしい。

 ふら付いた超がそのまま崩れ落ちるところを、ネギ先生が抱きかかえ終了。これでやっと長い学園祭が終わりだ。

 

(千雨ちゃん! 気をつけて!)

「――えっ!?」

 

 なんだっ!? シルヴィアから突然念話!? 一体今度は何だよ!

 

「うわぁぁぁ!」

「何やこれ! くっ、あかん!」

「美空ちゃん! お願いネギのところに!」

「いやいやいや、ありえないでしょ!」

 

 慌てて周囲を見渡すと、闇系の魔力を帯びた巨大な魔力弾が複数、こちらに向かって襲い掛かって来る。それを慌てて魔法障壁を展開してガードする。てかこんな事、このタイミングでするヤツは誰だよ!? 冗談にしても性質が悪すぎる! あっ、まさかシルヴィア達も狙われたのか!?

 

「お、おい、シルヴィア!?」

「千雨さん! 全員集まって防御をお願いします! 僕ももう魔力が!」

「あ、そう言えば。くそっ!」

 

 ネギ先生の声に慌てて思考を切り替える。そのまま虚空瞬動で飛行船の上まで移動して、私が中心に立って他のメンバーは後ろに控える。その更に後ろに、気絶している超と葉加瀬を横たえた。

 さてと、現状でまともな防御を期待出来るのは……春日か!? 無理な気がするんだが大丈夫か? となると、やっぱ私がやるしかねぇよな?

 

「来ました! 世界樹の方向です!」

「――っ! 水楯、最大っ!」

 

 世界樹の方向から来た魔力弾、と言うか殆ど巨大なビームみたいな闇色の一撃が目の前まで迫ってくる。それを何とか耐えようと両手を前に、防御魔法に全ての精神力を集中する。重い闇色の魔力弾を、柔らかい飛行船のバルーンの上で足を踏ん張り、歯を食い縛って気力で腕を支え、必死で受け止めるが完全には止めきれない。まるでシルヴィアやフロウ、エヴァの一撃の様な重さを感じる。私が魔法使いになってから、本気で敵対した相手を考えても最上級クラスだ。このままじゃ、ヤバイ!

 

「たぁぁぁぁぁ!」

「明日菜さんっ!?」

「任せて! 私、こう言うの得意みたいだし!」

 

 何でそんな自信満々なんだよ神楽坂! って、本当に魔力ビームを受け止めてるんだが!? つっても、全部は相殺し切れてない。こっちもヤバイし、シルヴィアの魔力供給のラインを開きなおしたら防御魔法が一旦止まる! くそっ、こうなったらしょうがねぇ!

 

「お前ら、覚悟を決めろよ! 春日! ちょっとで良いから持たせろ!」

「え、嘘っしょ!?」

「千雨さんっ!?」

 

 既に防御魔法にひびが入ってるからな。これ以上はどう考えても耐えられない。それに、これまでの戦いで飛行船もぼろぼろだから、墜落するだろ、どう考えても。

 

「うぇぇぇ! 障壁最大!」

「お前ら飛び降りろ! 魔力供給(シム・トゥア・パルス)! 水の障壁! もうどうしようもないからギリギリまで私が引き付ける! 着地だけ何とか考えてくれ!」

「「「うわぁぁぁぁ!?」」」

 

 シルヴィアからの魔力供給を受けている間に、春日が泣きながら張った防御魔法が、一瞬だけ魔力レーザーに耐えて直ぐに押し切られた。それでもその瞬間、上下・前後左右と私達全員を包み込む球状の障壁を展開してガードする。そして謎の攻撃は私達ごと飛行船を直撃したものの、神楽坂の大剣で弱体化させられたおかげか、何とか相殺することには成功した。けれども私の意識は、重なる悲鳴を聞きながら暗闇に飲まれていった。




 宣告通り、にじファンの時の投稿分から大幅に書き変えました。ネギvs超鈴音の戦いが残ったくらいで、ほぼ全部書き変わってます。
 それに千雨回の筈だったのに、カシオペアと超の役柄上、ネギの主人公ぶりが目立ってしまいました。というか目立たせ過ぎたかも。ここまで目立たせる予定は無くて、書いてる途中に修正しようかと思ったんですが……。けれども夕映にのどかの事を、ネギに認めさせるためにはある程度実力も必要だと思ったので、まぁ良いか。と、そのまま採用してしまいました。最後は千雨が活躍したしね?
 ちなみにアーティファクトは他人でも使えるはずです。原作8巻でエヴァがのどかの「いどのえにっき」を使うシーンや、他にもレアなアーティファクトは闇取引で狙われるという描写がありました。


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第78話 学園祭(3日目) 世界樹防衛の裏側で(上)

 時系列は超戦の途中から、シルヴィアの視点です。上下編になります。


「ふむ……。なかなかやりおるのう」

「何言ってんだジジイ。超は確かに素人じゃねぇが、熟練者でもない。お前が本気でやれば終わるだろ?」

「ふぉっふぉっふぉ。そのまんま返すぞい。しかし時間の問題じゃろうな、例のタイムマシンも壊れたようじゃからのう」

「そうだね……」

 

 そんな気の入ってない相槌を呟いて、五千メートルの空の上から、千メートル程下にある飛行船の戦いを見下ろした。どちらと言えば、手が出せない事に憤りを感じながら見守って居たわけだけど……。もうそろそろ決着が付く頃だと思う。

 フロウくんと学園長の様子を見ると……日本酒片手に完全に観戦モードに入っていて、宴もたけなわなんて言葉が浮かんだ。

 

 それでもフロウ君達が言うように、超ちゃんの『カシオペア』を使った戦術はかなり厄介だと思う。実際に対処しようと思ったら、攻撃される気配を感じる経験や直感が必須になってくる。おまけに瞬間移動と言うか時間停止で、どれもが実体であって実体じゃないというおまけ付き。

 もし、私が相手をする場合を考えたら……。体術は二人ほど得意じゃないから、全方位での防御魔法の展開と感知系魔法の展開。それに加えて広域殲滅魔法や誘導系の魔法が有効なんじゃないかって思う。それでも勘頼りだし、時間を止めて懐に入り込まれたらどこまで有効なのか怪しいかもしれない。

 

「後は事後処理じゃな。お主等の所の長谷川君が上手い事してくれたからのう。ネギ君のゲームイベントと合わせて隠蔽は何とかなりそうじゃ」

「くっくっく。千雨のヤツ、相当焦ってたな。後で俺がからかうってのは分かってだろうに」

「もう、フロウくんてば。程々にしてあげてね? 今回の立役者なんだし、実際に千雨ちゃん達が頑張ってくれなかったらどうなってたか分からなかったよ?」

「分かってるって、動画の流出はさせねぇけど、あれの永久保存はしとく」

「それじゃ、意味無いってば……。まったく、もうっ」

 

 なんてやり取りをして既に和気藹々とした雰囲気になっていた中で突然、急に軽い脱力感を覚えたと思ったら、巨大な魔力が膨れ上がる気配が下の飛行船から立ち上がった。

 

『――アデアット! 魔力供給(シム・トゥア・パルス)!』

 

「えっ!?」

「何じゃとっ!?」

「ちっ、奥の手がありやがったか。ボロボロだがまだやる気らしいな」

 

 改めて遠視の魔法、身体強化――この場合は視力――などをそれぞれが使って超ちゃんに注目すると、飛行船の上で這い蹲りながらも立ち上がり、ネギくんの渾身の一撃を受けた事をまるで感じさせない闘志を瞳に灯して、まだまだ諦めていないと感じさせる姿を見せていた。

 それと同時に唱えられた契約執行の呪文と、姿を現したアーティファクトにも驚かされてしまった。だって超ちゃん向かう魔力の流れは、私からの契約ラインを証明するものだったから。そして”それ”が出来る理由を考えると、身震いがする程の驚愕が私の中で渦巻いていた。

 

 その理由は、たとえ未来であっても、私は超ちゃんと仮契約を結んだという事実。つまり過去を変える為に、世界そのものを変えるほどの大事を、未来の私達は承認した。と言う事になる。

 

 その事を考えると、自分自身の未来の行動が信じられなかった。だってそれは、とても身勝手な事だから。超ちゃんの運命を変えただけじゃなくて、過去――私達から見たら現代――の人の運命を大きく巻き込んで改変している事なのだから。それじゃ……あの神様と、私達に悪意を持ってこの世界に転生させた神様と同じ、とても傲慢な事なのだから。

 

「おいっシルヴィア! しっかりしろ!」

「ふ、フロウくん……?」

 

 気が付けばすぐ目の前に来ていたフロウくんが真剣な瞳で私に向かっていて、それと同時に両肩を掴んで激しく体を揺さぶっていた。

 

(落ち着け! 起こるべくして起きてんだっ! これは、学園祭イベントだ!)

「がく、えん、さい?」

 

 念話で伝えて来たフロウくんの配慮に何の事か一瞬の判断が出来なくて、ぼそぼそと断片的にしか声が出なかった。超ちゃんとの間に起きた責任と自戒の念の大きさに捕らわれながら、私が硬直していて良い事じゃないと考えを切り替えて、落ち込んでいた思考を立て直す。

 そう、ここでの問題は、超ちゃんがどうしてそこまでするのか。そして、何で未来の私が超ちゃんと契約したのか。最終的に、どうしてそれが世界を救う事になるのか。

 あの時の第三保健室で、フェイトくん達との話し合いで超ちゃんに何が繋がったのか、そっちの方が重要なのだから。

 

(ジジイに原作とか何とか聞かれるのはマズイからな。とりあえずこっちだ)

(あっ、そう……だね。それに――)

(……シルヴィアさんっ!)

「――まっ!? (麻衣ちゃん、急にどうしたの?)」

 

 フロウくんと念話の魔法の波長を合わせていた中で、更に麻衣ちゃんからも念話が届いた。慌てて一瞬声が漏れたけれど、直ぐに念話に切り替えて返事をする。

 けれどもその声に乗せられた麻衣ちゃんの思念は、普段のちょっと引っ込み思案な感じじゃなくて、本当に切羽詰った様子が分かるくらいの慌てた口調だった。いつに無い早口で、驚ろ私の方が脅かされてしまうくらい。

 

(……魔力が吸い取られてます! そ、それにこれ止まらないんですよっ! 何ですかこれっー!)

(麻衣ちゃん落ち着いて。こんな時は深呼吸だよ)

(肺なんて無いですってばー!)

(何だ、意外に結構余裕あるな。てか麻衣からもか、あのヤロウ……)

 

 面白いものを見つけた。そんな言葉が似合う獰猛な笑みと楽しそうな声で、フロウくんが呟いた。その表情を見て、きっと後でいろんな事を超ちゃんにするんだろうなって思ったけれど、悪いけどそこは自業自得という事で納得して貰おうかな。

 それよりも、こんな状態で皆を放っておくわけには行かない。私と麻衣ちゃんから二重の魔力供給だなんて制御も大変だろうし、質も量も扱いきれないと思う。生身……と言うか多分、超ちゃんは仮契約で半精霊化してると思うんだけど、攻撃力の大きさや暴発の危険を考えると、超ちゃん自身だけじゃなくて周りの人も危険だと思う。そう考えてから慌てつつも千雨ちゃんに念話を送って、飛行船周囲に居るメンバーにも警戒をしてもらう事にする。

 

(シルヴィア! とにかく超を止めるぞ! カードの事は後から聞くしかない!)

 

 千雨ちゃんから帰ってきた念話に、超ちゃんの事をお願いすると返事をして、一度肩の力を抜いて軽く深呼吸。それからフロウくん達の方に向き直って話を戻そうと思うと、学園長が厄介な事になったと言いたそうに重い声を発してきた。

 

「いかんのう。事が大きくなって来たわい」

「学園長……。超ちゃんの事は……」

「それは『管理者』としての執行かのう? それとも、契約者としてかのう?」

「……っ!」

 

 その言葉を浴びせられて、「やっぱり気付かれた」そんな思いが頭の中に過ぎる。私からの魔力供給の流れは超ちゃんに向かったし――千雨ちゃんに向かった分もあるけれど――探知系魔法を使わなくてもばれる程の魔力量だったから、学園長位の実力者になれば気付かない方がおかしい。

 けどそれより、世界樹からの魔力供給を怪しまれる方が不味い。ここで超ちゃんを私の仮契約者として認めるのは簡単。でもカードの記入名という絶対的な証拠はないし、あるのは魔力を”吸われた”と言う結果だけ。だから、誤魔化せるところは誤魔化した方が良いかもしれない。……なんてちょっとあくどいかなと思いつつ、麻衣ちゃんと超ちゃんを守る為にも必要な事だと飲み込んだ。

 

「言っておくが、超鈴音は『学園関係者』ではないぞい? もちろん、こちらが指示したり操ったりした一般人でもない」

「おいジジイ」

「なんじゃい、見た目幼女」

「……っ、痛み分けで良いな?」

 

 珍しく強気と言うか攻勢の学園長にちょっと驚いたけど、お酒が入った事も有ってちょっと箍が緩んでいるのかもしれない。二人とも仲が良いなぁなんて思いつつ気を引き締めて、私達の公的な立場を現状と照らし合わせて考える。

 私達と学園との契約は殆どが『学園関係者』に対してのもの。言ってみれば彼らの上役でもあるメガロメセンブリア議会や元老院、それと魔法世界(ムンドゥス・マギクス)にある魔法使い本部からの干渉を想定して作ったもの。私達の居場所を守る為に、同時に動く事が出来ない世界樹を守る為にも、そうやって公正な取引以外での干渉を禁じている。

 だから一般人向けには私有地への進入禁止の警告をして、その上で必要なら記憶操作などの処分する。と言う考えでしか対策を取っていない。もちろん、世界樹を狙う魔法関係の侵入者は即座に対処するけれど、一般人の振りをしながら『管理者』の人間である可能性を持つ超ちゃんからの魔力奪取は想定外にも程があった。

 

「フロウくん、学園との契約には一般人、と言うかある意味超ちゃんは侵入者になるのかもしれない……。とにかく規定はされてないけど、世界樹は守らなくちゃいけない」

「あぁ、そうだな」

 

 上手く纏められない言葉で結論を急ぎつつ、『管理者』の代表者として、契約者としても超ちゃんの処断を悪くならないように考える。

 今ならまだ、「魔法を知って利用してやろうと思った一般の科学者」として、ただの一般人と言う事に押し込めてやり過ごせるかもしれない。『学園関係者』側も侵入された上、良いように扱われて魔法をばらされる寸前だった。と言う汚点を内密に済ます事が出来る。これについては千雨ちゃんの機転が助かったかもしれない。あの宣言をカメラに向かってして、その後も詳細を映さない様にヘリコプターを遠ざけてくれて本当に助かったと思う。

 

 後は、今実際にこの現場に居る魔法先生や生徒達の問題。彼らは超ちゃんがここで何をしたのか、その行動が知ってしまっているから、それに対して事件はきちんと収束を向かえて罰を与えた、という結果を示さないといけない。

 私達『管理者』側にも確たる証拠は無いけれど、超ちゃんがこちら側の一員で騒動を起こしたかもしれない。と言う事実は、外部から私達に付け入る隙を生んで都合が悪い。あまり良い手段じゃないけれど、ここはお互いがお互いに黙っていた方が皆幸せな結果になるということ。

 

 けれどもそうやって考えを纏めていたその瞬間に、超ちゃんの言葉が、その核心とも言える決意が聞こえた。聞えてきてしまった。

 

『私が求めるのは、遥か未来まで生きられるはずだった者達の命! 今この時も散っていく報われない魂達! そして救われた我が一族の命! 大切な人のために涙を流したあの人に! 私は必ず過去を変えると誓った! 今この時この時代で、私がやれる事は、残された手段は唯一つ! 願っても、縋っても、希望が無い世界を、それでもあがこうとする者が居る姿を! この場の全てに焼き付ける事! 私を止めたければ言葉などは無意味! ここに来るまでに、全てを費やして来た私の覚悟、止められるものなら止めてみるが良い! ネギ・スプリングフィールド!』

 

「超ちゃんっ!?」

「うぅむ……」

 

 この言葉が超ちゃんの決意なんだ、未来から大きいものを背負ってここに来たんだって考えると、是とも否とも言い表せない何とも言い難い複雑な心を感じてしまった。

 もしかしたら未来の私は、超ちゃんの命を救いたいって言葉を何度も投げかけられて、迷いながらも選択してしまったのかもしれない。

 今、現代のどこかで、誰かの助けを求めている人が居る。それは間違いない事実だけど、でもその全てを救うなんて事が出来ないのも事実。けれど、タカミチくんみたいにNPO法人『悠久の風(AAA)』に参加して、定期的に紛争地域の救護を手伝ったりする方法も有る。それに一般人でも救助や援助を目的に参加するボランティア等が現実に居るわけだから、任せられる部分は任せるしかないと思う。間違っても一人で全てを背負うなんて事は出来ない。

 

「ちょっと良いかのう?」

「学園長?」

 

 珍しく目を見開いた学園長が一度苦い声で唸ってから、少し困ったような声で尋ねてきた。きっと学園長にも、超ちゃんの言葉で思う事があったんだろうなって思いながら返事を送る。

 

「わしからの条件はただ一つ、ネギ君達を助け超君達の話もきっちりと聞く」

「実質”三つ”だろそれ。俺達は血迷った”一般人達”を対処する。本来はそっちの仕事の様な気もするがな」

「学園長、こっちからの要求は今回の事をちゃんとゲームで済ませて『学園関係者』にも箝口令を敷くこと。MM議会や魔法使い本部等の外部に超ちゃん達とその正体を持っていかない、行かせない事。これを飲んでくれるのなら、超ちゃんを連れ立って事の顛末を説明に行くよ」

 

 フロウくんの皮肉交じりに内心、少しの申し訳なさと苦笑いを抑えつつ、真剣な瞳の学園長を正面に見据えて提案をぶつける。

 神妙な空気が流れる中、ぴくりと学園長の長い眉毛が動いて悩むようなそぶりを見せた。学園長はもう一度、唸るような声を上げてから、引かない姿勢で瞳を覗き込んできた。私自身も焦った顔を見せないようにして間を置きながら、軽く微笑んで学園長の目を逸らさずに、見つめ返す事で一歩も引かない姿勢を示し返した。

 

 正義感の強い一部の先生や生徒達は悩むかもしれないけれど、それを押さえ込んで貰わないとお互いに困る。魔法をばらす事無く終わらせて、超ちゃんもきちんと罰したと言う結果を見せれば、ある程度は溜飲も下がると思うんだよね。

 それに今回は事が大きいから解決への貢献者には厚遇の手当てを送るとかして、信賞必罰の精神に則った形を見せれば、この学園の関係者達なら納得してくれるんじゃないかって思う。……エヴァちゃんやフロウくん辺りは、甘いって言うかもしれないけどね。

 

「ふぅ。お主等相手に本気で事を構える方が危険じゃわい。相分かった。説得はわしがしよう」

「ありがとう、学園長。それじゃ私は――」

「気をつけろっ!」

「――えっ!?」

 

 突然に大きな魔力の気配を感じて振り返ってみれば、空中に居る私達に向かって北の空から、巨大なビームのような黒い闇属性の攻撃が放たれていた。

 それに対して、反射的に無詠唱で光の障壁を発生させる。防御魔法で作り出した三メートル四方ほどの障壁に攻撃がぶつかった事で、台風が吹き荒れたような重い音が衝撃音として伝わってくる。

 突然の事で魔法の構成も練りも甘かったから、相殺出来ずに耐え凌ぐ形だったけれども、側に居たフロウくんが下からビームに拳で衝撃を加えて素早く相殺した。

 

「……どこの誰だ? こんなバカな事するヤツは」

「分からない。でも、それよりも今のは……」

 

 交渉中の不意打ちに、若干の怒気を含んだ声でフロウくんが北の方角を睨みつけていた。そうは言っても、普段から不意打ちされる方が悪いなんて言う事もあるんだから、フロウくんが相手を非難するのはどうかと思うんだけどね。

 それはそうと、いくらとっさに張った防御魔法だからと言っても、私が得意な防御系統であっさり押し負けるのはどう考えてもおかしい。つまり強敵がいると言う事。それに――。

 

「きっとこの機会に、学園か私達を狙ってる。……あっ! (千雨ちゃん! 気をつけて!)」

「ちっ! おい、ジジイ!」

「なんじゃ、これ以上の仕事はジジイ虐待じゃぞい? わしだって忙しいんじゃ」

 

 これが一体誰を狙っているものなんか、私なのか学園なのか分からないけれど、真っ向勝負をして魔力が尽きた後のネギくん達を狙われるのは不味い。そう考えてから直ぐに千雨ちゃんに向けて警告だけの短い念話を送る。

 けれども思考に耽る間も無く、更に闇属性の攻撃魔法が放たれてきた。それを冷静に捉えて、今度はきっちりと魔力を練り込んで防御する。

 

「光楯っ! 平面に十層展開!」

 

 楯の展開配置を明確にイメージして、五十センチ程度の円楯を魔力弾が向かってきた北に向かって十個ほど作り上げる。

 積層になった分厚い楯じゃなくて一枚楯を平行二列に五枚ずつ並べて防御する。魔力弾の一つ一つの威力は低いと判断して、その楯で受け止めて相殺させる。

 

「フロウくん! 私は向こうに行くから千雨ちゃん達をお願い!」

「分かった。ジジイは魔法先生達の指示を任せた! 俺は千雨と超達、ついでにネギ坊主どもを回収して連れていく!」

「既にやっとるわい! ネギ君をついでにせんでくれ!」

 

 どうにもさっきのやり取りが癇に障ったのか、棘のある言葉を重ねるフロウくんが学園長と共に下降していく。その姿を確認してから翼に飛行魔法を纏って北の方角へ、世界樹に向かって大急ぎで羽ばたく。

 凄く、嫌な予感がする。そう心の中で苦々しく思いながら、それが実現しない事を祈って飛行魔法を加速して飛んでいった。




 この時点でにじファンでは超とネギ達の裏側のバトル展開でした。ですが掲載当時は事が起こった裏側での処理に、魔法先生や生徒達への対処等がなあなあというか、超鈴音への処罰しか考慮しきれて居なかったので、バトル展開まで間に新規で書き下ろしました。
 シルヴィア達の公的な立場やMM議会等をはじめとする、外部組織から付け込まれる口実の対処等を書き加えたものになります。と言うか原作では、超鈴音関係は全て闇に葬られた感がありますけどね(笑)


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第79話 学園祭(3日目) ~幕間2~ 彼女の――

 大変お待たせいたしました。お待ち頂いていた方、本当にありがとうございます。ごめんなさい。
 悩みに悩んだ末に一度は三人称で書いたのですが、超鈴音ではない学園祭ラスボスとのバトル展開がどうにも納得が出来ない文なので、前半だけを抽出して夕映視点で再構成しました。


「はあ……。はあっ……」

 

 何かをするという動作を考える前に、妙に冴え切った頭が、私自身のちぐはぐな荒い息遣いを捉えました。とても人前には出られないほど、汗と土埃に汚れた格好で大の字になって倒れこむ私には、もう体力も魔力も残っていません。無様だと笑われるでしょうか? 出来るなら今すぐにでもシャワーを浴びて、布団の中に潜り込みたい気分です。

 ですが、ですがそれでも私は、やり遂げたのです。チャチャゼロさんの前衛が無かったら確かに私はやり遂げられなかったと思います。いえ、間違いなく不可能だったと言えます。しかしそれでも、私はっ……!

 

「ケケッ!」

「――っ!?」

 

 突然にガシャリと、何か金属の様な物がぶつかる音が直ぐ傍から聞こえました。それに驚いて動かないはずの体が反射的に動いて、音がした方向へと顔を振り向けます。もう既に暗くなった森の中で、それは強烈な存在感を放つ”機械の腕”でした。それが何であるかは、先ほどまで戦っていた私には分り切った事ですが、ギョッとして固まってしまいます。

 そんな私をあざ笑うように、チャチャゼロさんがそれを持ち上げ無造作に投げ捨て、再び持ち上げて投げる様子が伝わってきました。……相変わらずというか、猟奇的な趣味です。女性型というのが何とも拍車を掛けているのですが、ホラー感が増してしまうので考えるのは止めにします。

 

「はあっ……。ふう、ふう……」

 

 何度もそれを繰り返しながら、ケタケタと愉快そうに笑う彼女を横目に呼吸を整えます。……もしかして、タイミングを狙って冷や水をかけたのでしょうか? いえ、それは考えすぎなのかもしれません。

 ですが思い返すと、先ほどの私の状態は、所謂”調子に乗る”という状態になりかけていたと思います。これは要反省ですね。慢心はいけないです。まだこの程度の事で満足しているようでは、長谷川さんやネギ先生に追いつくどころではありません。のどかとハルナを守れるだけの力を身に着ける前に、守られっぱなしで終わってしまうでしょう。それはいけない事だと私は考えます。自ら進んでこの道へと踏み込んだのです。それであるならばこそ、まだ満足してはいけないと考えます。

 

「フフフ、大分絞られたな。まぁこの数相手に良く持った」

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 

 暗がりの中でもハッキリとして通りの良い凛とした声は、間違いなくエヴァンジェリンさんでしょう。まさか褒められるとは思いませんでした。虚脱感の中で慌てて返事を返しますが、自分自身の声の中にうれしい気持ちが隠せなかったように思います。ですが、褒められたからと言って調子に乗ってはいけません。いま先程反省したばかりです。

 

「夕映ちゃんも、チャチャゼロちゃんもお疲れ様だよー」

 

 そして同質でありながら明らかに雰囲気が柔らかく、間延びした声はアンジェリカさんですね。彼女は彼女で、とても幻想的な雰囲気を違和感の中で醸し出しています。我ながらとても矛盾を含んだ表現だとは分かっているのですが、そうとしか表現が出来ないからです。

 どういう理由か解りませんが、彼女は目の前で浮遊するノートパソコンに向かって、何か魔法陣のようなものが浮かんだ両手を翳しています。更にその周囲を囲む様に幾つものモニターが浮かんで、画像が目まぐるしく変化しています。怒られるかもしれませんが、彼女達自身が持つ、少女姿の西洋人形の様な容姿を持つ人物が、近未来的な科学を思わせる空中モニターを使いこなす様子は違和感を禁じ得ません。

 

「肉ガ、斬リタカッタゼ。オイルガ、噴キ出テモ、楽シメネエヨ」

「そう言うな。せっかくの夕映のデビュー戦だ」

 

 彼女は援護する事もなく、ただただずっと私達を見続けていました。……そんな気持ちが芽生えるという事は、私は手助けが欲しかったのでしょうか。……チャチャゼロさんのサポート以上に? いいえ、違うでしょう? この考えはとても恥ずかしい事だと私は考えます。そもそも彼女には無防備な状態で魔法を使っているアンジェリカさんの防御という、大事な役割分担があるではありませんか。それでも、ちょっとくらい恨みがましい視線を送っても良いのではないでしょうか? ……止めましょう、後で氷漬けにされそうです。

 

「……あっ!?」

「うん? 突然どうした?」

「い、いいえ。何でもないです!」

 

 そ、そういえば、私の着ている服はエヴァンジェリンさんのお手製のメイド服でした。これは色々と拙い状況ではないでしょうか? 本人はお遊び半分で着替えさせたのかもしれませんが、すっかり汚してしまいましたし、ところどころ破れやほつれもあります。私には彼女達の様な服飾の知識はありませんが、これは縫い直すと言うより造り直すレベルでは……。

 

「…………えぇと」

「何だ?」

 

 思わず起き上がり佇まいを正して、探るような目で彼女の瞳を――直視は出来ませんでした。横の空間に視点を合わせて、覗く様に目付きを探ります。

 どうでしょうか……? 怒っている様子には見えませんが分りません。何せ相手は六百年を生きた人ですから、ポーカーフェイスくらいはお手のものでしょう。……長谷川さんやフロウさんとのやり取りで、にやにやとした表情が隠せてなかったような気もします。本当に分りませんね。これは素直に謝っておくべきです。

 

「その、ですね。すみませんでした! あの、貸して頂いた服なんですが……」

「は? 何だ、そんな事か」

 

 もしかして、藪蛇だったのでしょうか。言わなければ、まったく気にされていなかったという事なのでしょうか? それとも彼女の事ですから私が満足に戦えず、服を汚すくらいは想定内だったのでしょうか? いくらなんでも長谷川さんの様な魔法の服ではないので耐久性はごくごく普通の布の服です。そう言えばハルナがたまにやっているRPGゲームの主人公はこんな服で戦っているのですね。それで生き残っているのですから馬鹿に出来ないものです。ああ、いけません。また私は思考が横に逸れて行きました。

 今ここで重要なのは服の事ではなくて、今回の結果に慢心するべからずという結論のはずです。それから魔法の世界に踏み込んだ、のどかとハルナの為にもしっかりと私自身が強くなる事です。今は服の事はどうでも良いはずなのです! いえ、結果を見ればどうでも良くないのですが……。

 

「くっくっくっ」

「夕映ちゃん、一人で百面相してるよ~?」

「あうっ!? す、すみません」

 

 こ、これは恥ずかしいです。さっきまでシリアスな雰囲気だったはずです。自業自得とはいえこの空気は良くありません。流れを変えなくてはいけません。

 

「そうです、超さんの事です!」

「わざとらしい、話題ずらしだな。……まあ良い。奴の事はどうなっている?」

「殆ど終わってるよ~。学園サーバーの誤魔化しは電子精霊だけでもう十分。闇の魔法(マギア・エレベア)で同調しなくてももう問題ないよ。でも茶々丸ちゃんは情緒不安定な感じで、ストレスが溜まってるかも~? 後で、甘やかしてあげようね!」

「そうか。アンジェがそう言うのなら大丈夫なのだろう」

「うん、任せて~!」

 

 取り敢えず誤魔化せたでしょうか? 相変わらず仲が良い事ですが、今回はそれに助けられたという事で納得しておきましょう。今問題なのは、超さんの事です。茶々丸さんの事も問題ですが、今は思考の端に置いておきましょう。

 アンジェリカさんのPCから離れていた所で私達は戦っていましたが、それでも超さんの叫び声が聞こえてきました。彼女の声は、何と言いますか……。稚拙な例えですが、真に迫るものありました。誰の為なのかは今の私には分かりませんが、決して譲る事が出来ない決意は、ひしひしと伝わってきました。それだけにその意思を折る事は容易ではないはずです。

 

「超さんは凄いですね」

 

 気が付けば私は、ポツリと声を漏らしていました。気を取り直して、一度深呼吸をします。

 

「これまでの中国拳法と思われる体術に、シルヴィア先生の魔力供給を使っていた様ですが『燃える天空』という上級魔法も習得しています。それに加えて長谷川さんにも破れない強力な防御魔法を構築して、葉加瀬さんに使用しました。そのための魔力だって準備するのは大変だったはずです。それに二つのアーティファクトです。銃という形状ですから、弾丸などを応用して二つ以上の術式が登録可能なのでしょうか? いえ、あるいは葉加瀬さんが仮契約(パクティオー)を……? ですが到底、彼女自身の実力とは思えませんし……」

 

 私の悪い癖だと分かっていても、誤魔化しと考察が止められませんでした。ですが、間違いなくこれは私の本心でもあります。まだこの世界へ足を踏み入れたばかりの私では、届く想像も出来ないほどの壁が彼女達との間にはあります。いつかはそこへと辿り着きたい。そう夢見るのはいけない事でしょうか?

 いいえ……違うです。本当に考えるべき事は超さんの事です。私達がとった行動は”良い事”だったのでしょうか? 彼女の言葉を聞く限り、彼女も何らかの信念をもって行動に移った事は明確なのです。希望が無いとはどういう事でしょうか? 救われた命と大切な人と言うのは誰なのか。何のために彼女が命を懸けているのか、もっと話を重ねるべきだったのでしょうか? ですが、彼女自身も言ったではありませんか。言葉などは無意味と……。

 

「気にする必要はない」

「――えっ」

「奴がどうであっても、既に踏み出したものだ。そこに男も女も、魔法使いも一般人もない」

 

 思っていたよりも低く冷たいエヴァンジェリンさんの声色に、どきりとしました。厳しい人だとは分かっていましたが……。いえ、分かっていたつもりです。ですが、本当のところはまだ分かって居なかったのかもしれません。私の考えを見透かされてかのように発せられた彼女の言葉が、深く染み込む様に私の中に入ってしまう。そう錯覚させられる様な、凄みのある一言に感じるです。

 

「以前に話したが、私達と学園との契約の事だ。世の中は綺麗事だけじゃない。あの善意の塊のようなシルヴィアですら、裏側では利権やしがらみがある」

「は、はい」

「それでも昔のシルヴィアは、自分が曲りなりにも天使だからと、正しい事を背負い過ぎていた嫌いがある。奴を見ていると、その頃を思い出すよ」

「それはつまり、超さんは、正しいと言う事でしょうか?」

「正しいと思うなら押し通せ。私達を超えてな」

 

 もしかしてこれは、試されているのでしょうか? 私が学園の魔法使いやネギ先生を師として仰ぐのではなく、シルヴィア先生側に付く事を選択したのは、覚悟したつもりです。のどかやハルナ達とは違う道を文字通り、いいえ、それ以上の意味で歩く事になるでしょう。その時、私が正しいと思った事を成し遂げろと言う事でしょうか? ですが、それでは先程反省した”調子に乗っている”という状態になってしまうのではないでしょうか?

 これはとても難しい問題を突き付けられたかもしれません。それともこれが踏み出したものの覚悟なのでしょうか? 私は既に一歩踏み出しています。それはのどかやハルナにしてもそうです。二人はそこまでの覚悟をしているでしょうか? ……分かりません。ではネギ先生は? やはり同じような問いかけをされたのでしょうか……。

 

「お姉ちゃん!」

「どうした?」

 

 突然に、思考が中断されます。アンジェリカさんが、PCの周辺のモニターを目まぐるしく変化させて、普段のゆったりとした雰囲気ではない、明らかな危機を感じさせる声色で上げ、その声には警戒の色をありありと含んでいるようです。

 

「――っ! 奴か!」

 

 モニターに見えたのは黒く光る闇色でした。それに続いて南の空、世界樹の上空から巨大な魔力の気配と轟音が響きます。疲れている体のはずなのに、思わず両手で肩を抱き、恐れを抱いてしまう。 この世界に入ったからこそ、理解できてしまう何かが――。

 

「おい、麻衣! 聞こえているか!?」

「茶々丸ちゃん! サブマスター権限による強制割り込み!」

『アンジェ様、現在は超の優先命令下にあり……』

「それどころじゃないよ。このままだと、お姉ちゃんと夕映ちゃんが危険。だから最優先命令だよ。今すぐ超ちゃんの命令中止。そのまま学園長に管理者の警告出すから『私有地に侵入者あり。例の悪魔と思われる。管理者としてこれを自由意志でもって処分する。危険性が高いと判断し、一般人を出来る限り南部へと誘導願う』」

『……はい。了解しました』

 

 慌ただしく場が動きます。私はただの傍観者でしかないのでしょうが、何か出来る事がないかと考えてしまいます。私如きがいったい何を? あの悪魔と戦う? 問うまでもありません、不可能です。では一般人を誘導する? 既に学園の先生方が行う手筈が整いました。

 

 私は……。何ができるのでしょうか。

 

「ちっ。結界の維持が精一杯か! アンジェ! 夕映とチャチャゼロを頼む!」

「うん、まかせて!」

 

 強く。なりましょう。のどか。ハルナ。私はネギ先生の側に立たなかった以上、シルヴィア先生の側に立った覚悟の分だけ。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 契約に従い 我に従え 氷の女王 疾く来たれ 静謐(せいひつ)なる 千年氷原王国 咲き誇れ 終焉の白薔薇 千年氷華!」

「えっ! お姉ちゃん、それ使うの!?」

 

 何でしょう? アンジェリカさんの声に、とても嫌な予感がするですが……。

 

「解放固定『千年氷華』! 掌握! 術式兵装『氷の女王』!」

 

 急に寒気を覚えました。震えて抱えた筈の体をもう一度強く抱きしめて、エヴァンジェリンさんの方を見ます。陳腐な表現ですが、そこでは冷気の嵐が渦巻いていました。もう今日何度感じたか分からない程の、それに比類する恐ろしく強い魔力を発して、彼女が浮かび上がっていました。白く輝く程に凍り付いた彼女が、目に焼き付くです。

 

「は、あっ」

 

 思わず漏れた溜息は苦しさだったのか、感動だったのか、美しかったのか。恐ろしかったのか。見てはいけないものを見てしまった気分です。

 

「夕映ちゃん! しっかりして!」

「え?」

 

 呆けていたのでしょうか? 気が付けば、アンジェリカさんに抱き留められて、チャチャゼロさんと共に、防御魔法の内側に居ました。

 

「ケケケッ! マスターハ、本気ラシイゼ! アイツ、終ワッタナ!」

 

 本当に呆けていたのかもしれません。周囲は氷の柱が何本もそびえ立ち、エヴァンジェリンさんの魔力の残滓が漂う中で、彼女の姿はどこにもありませんでした。あの悪魔の元へと飛び立ったのでしょう。

 

「え?」

 

 しかし、どうやらそれは私だけでは無かったようです。彼女の本気と言うチャチャゼロさんの言葉を置き去りにしてしまうほど、印象的なものがそこにありました。

 なぜか困惑の眼を向けるアンジェリカさんの目線の先。空中のモニターには、先程まで超さんの上空にいた筈のシルヴィア先生の姿が映っていました。闇夜に溶けるような黒いドレスからは、彼女の白い素肌と銀色の髪と二対の翼。これ自体は何度も目にしました。けれども、決定的に違っていたのですから。

 

「天使……」

 

 誰の呟きだったでしょう。今まで一度も見たことがなかった、天使の輪(ハロウ)が、彼女の頭上で光り輝いていたのです。




 にじファン版からはかなり大きな改訂を加えています。と言いますか、部分的に残っているものがあるものの、ほぼ書下ろしですね。
 それから改めて、更新をお待ち頂いてくださった方、ありがとうございます。にじファンの時みたいな連続更新はできませんが、また長くお待たせする事もあるかもしれませんが、文字を書くのも読むのも嫌いではありませんし、書ける時には書いて進めていきたいと思います。

 余談になりますが、千年氷華は「UQ HOLDER!」になって呪文詠唱が付けられたものですので、「ネギま!」二次作であるこの作品で出すのは多少の違和感を覚えます。ですが有るものは折角なので使いたいと思いました。にじファンからここで千年氷華を使う展開は変わっていません。もっとも、一番の見せ場は夕映の心の変化と、シルヴィアの変化なのですが。
 次のヘルマン戦も、にじファン版とは変わる予定です。その後片付けの話は、ほぼ改訂程度になる予定なので、あと三話でにじファン公開分に追いつきます。その後の魔法世界編は、ダイジェストで終了させたものを見直して文章化する形になります。
 処女作を拗らせた雰囲気漂うこの作品ですが、まだお付き合い頂ける方のためにも、少しづつでも頑張っていこうと思います。どうぞよろしくお願いします。


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