ハンターという仕事 (ぱぱんー)
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ハンターという仕事

仏の心を持つんだ


 2月の寒い曇りの日だった。左手の腕時計を見ると約束の2時を少し過ぎている。馬鹿なタクシードライバーが通りを2本も間違えたせいだ。パトリシア=ハワードは寒空の下、黒々としたアスファルトで舗装された道を早足に歩いた。閑静な住宅街を時たま吹き抜ける凍風が、彼女の灰色の髪と黒いコートと黒いパンツスーツの裾をはためかせる。彼女はタクシードライバーを心中で罵り、胸に顔をうずめるようにしながら、右手に持つ紙に書かれた住所を目指した。

 

 着いたそこは一言で表すなら、寂莫の枢。平屋建てで、しゃれた玄関を持つ古風な家は、どうしてか人の暖かみがまるで感じられない。しかし、約束はしたのだから、人がいることは確実である。その一種、異様な雰囲気をパトリシアは意に介さず、日に焼け黄ばんだ白い扉についた、ところどころ錆びた銀のドアノッカーを3回軽く打った。

 

「パトリシア=ハワードです。約束の時間に遅れてしまい申し訳ありません。無能なタクシーに当たってしまいーー」

 

 その時、扉が大きく軋む音を響かせながら開き、中から痩せこけ目の落ちくぼんだ女の顔が覗いた。

 

「お待ちしておりました、ハワードさん。時間のことは気にせず、どうぞ中へ」

 

 予想に違わず、疲れた声で話す女だった。彼女が今回の依頼人のモリー=マドソンで間違いないだろう。モリーはもともとは美しく、多くの男を魅了してきたことが痩せた顔からでも窺い知れた。かつては艶があり、太陽の光を反射し、輝いていたであろうブロンドの髪はその輝きを失い、後ろでひっつめられていた。

 

 パトリシアは薄暗い家の中に足を踏み入れた。途端に、外の厳しい寒さとは全く別の、心臓を死人の手で弄ばれているかのような、嫌なうそ寒さを感じた。こんな気の休まらない家に居たらこうなるだろう、と隣に立つモリーを横目に見る。すると、モリーの黒ずんだ茶色の目と目があった。

 

「娘は奥の部屋におります」

 

 案内されたのは、家の奥の、北に面した窓を持つ6畳ほどの子供部屋だった。そこにはたくさんのぬいぐるみが所狭しと置かれ、淡いピンクの壁紙と天井から吊るされた小ぶりなシャンデリアとも合いあわさり、夢の国じみたところがあった。右の壁中央に置かれた厳めしい柱時計が、唯一ここを現実と知らせてくれるようだった。そして、部屋の左端に置かれた大きなベットに、ぬいぐるみに半ば埋もれるようにして少女が寝ている。この母親譲りのブロンドの髪をした、一見少し血色の悪いだけの少女、メアリーが今回の依頼内容だった。

 

 パトリシアは目にオーラを集める『凝』をしながら、メアリーのそばにより、掛け布団をはがすと、少女の体を足から順に見ていった。禍々しいオーラを放つ「それ」はすぐに見つかった。パトリシアは膝を折り、顔を近づけ、パジャマの襟を手でどかし、少女の細首をあらわにした。首の頸動脈のすぐ近くにポツ、ポツと小さな穴。まるで、吸血鬼に噛まれたかのような。

 

「娘さんが昏睡状態になったのはいつですか?1週間ほど前ですか?」

「はい、はい。確かその頃だったと。あの、娘は助かるのでしょうか…。医者には安静にしておけば治ると言われたのですが…。日に日に顔色が悪くなるんです、その子…。医者も原因がわからないと言って…」

 

 モリーは体の前で両手をきつく握り合わせ、娘を失うかもしれない不安に身をかすかに震わせていた。パトリシアは立ち上がると、静かな自信を漂わせる口調で言った。

 

「ご安心ください。このような事態を解決するために、我々ハンターがいるのですから」

 

 ※

 

 時刻は深夜3時。マドソン家の裏庭はそれなりの広さがあり、密集して生えた背の高い木立が冬の夜をさらに暗く不気味なものにしている。月明りは木々にさえぎられ、幽かにしかない。パトリシアはメアリーの部屋の窓が上からよく見える木の上に、暗風に吹かれながら立っていた。彼女は身体から一切のオーラを放出せず、気配を絶つ『絶』をしている。

 

 一陣の風が木々の間を吹き抜け、パトリシアの肩甲骨あたりまで伸びた灰色の髪が暴れ、一瞬視界を閉ざす。そして再び視界が開けたとき、「そいつ」はあらわれた。

 

 黒いマントを風にはためかせ、不意にあらわれたのは艶やかな金髪、闇を溶け込ませたかのような目をした、この世の者とは思えないほど端正な顔をした男だった。男は迷いのない足取りでメアリーの部屋の窓に近づいていく。木の上にいるパトリシアにはまだ気づいていないようだ。

 

 男がちょうどパトリシアのいる木の真下に来たとき、彼女は音もなく、重力に身を任せるように真っ逆さまに落ちた。そして、男のうなじめがけて鋭い手刀を振るった。もちろんこの時、右手首より先は『凝』をし、殺傷能力を爆発的に高め、ナイフよりはるかに切れ味を上げる。しかし、その手刀は男の首級を挙げることは叶わなかった。 

 

 男は鋭く身を伏せることで手刀をかわし、襲撃者を下から睨みつけた。視線と視線が空中でぶつかり、一瞬、わずかな月明りが互いの顔を照らし出す。刹那の邂逅は、それでも顔の視認には十分だった。

パトリシアは空中で体を踵落としの体勢にし、それを金槌のように勢いよく振り落とした。対して男は下からすくい上げるように脚をしならせ、空気を切る鞭のような蹴りを放った。互いの蹴りは互いの脛に当たり大気を震動させた。弾けるように両者は離れ、互いの間合いギリギリの所までさがった。

 

「灰被りの美しきハンターよ。この私に何か用かね」

 

 男は調律師が丹念に調律したかのような美しい声だった。しかし、その傲慢な口調と芝居がかった言葉のせいで、嫌味な響きを同時に持ってしまっていた。

 

「吸血鬼ロベル=マルタ、貴方には43件の殺人の容疑がかかっている。うち39件は一般市民。4件がハンター。これらはすでに裏付けが取れており、見つけ次第、死刑が可能。ただし投降した場合はその限りではない」

 

 パトリシアはどうする?と目で問う。

 

「ふん、シンデレラよ、答えはもう既にお前の中にあるのだろう?なればこそ初めから殺しにきた。違うか?」

 

その答えにパトリシアは満足げに笑う。

 

「違わない、よッ!」

 

 そして言いざま、ロベルに詰め寄りあっという間にお互いの吐息がかかるくらいの距離まで肉薄し、引き絞った強烈なボディブローを打った。

 

「おやおや、お転婆なシンデレラさんだよ」

 

 ロベルはこれをわけなくかわす。彼は今まで4人ものハンターを返り討ちにしている。あのふざけた態度の裏には高い実力に見合った、強者の余裕があった。

 パトリシアはロベルの軽口には一切応じず、黙々と殴打を繰り出す。右、左と間断なく打ち出されるパンチは、一撃一撃に『凝』がされており、よけそこねれば致命傷として確実に相手をダウンさせる。

 

「はっはっは!いかに強力なパンチといえど当たらなければ何の意味もないのだよ!」   

 

 ロベルは、操作系能力者であった。能力は相手の血液を体内に摂取し、相手にも自らの血を飲ませることにより発動し、相手を意のままに操ること。この『血喰い人』を使い、自由気ままな薔薇色の人生を送ることが彼の夢だった。一番楽しいのは自分が吸血鬼を演じ、哀れな羊たちが仲間の死を悲しむのを眺める時。

 

 しかし、この遊びに邪魔が入った。

 

 自らをハンターと名乗るそいつらは、今目の前にいる女のように私を殺そうとしてきた。蛇のようなしつこさで。しかし、私は強かった。過去4回の襲撃ではハンター共がいかな奸計をめぐらそうと、それもろとも奴らの命を絶ってやった。そして今回もやることは変わらない。このパンチしか繰り出さない女、十中八九強化系だろう、をもう一つの能力、『血の焼けつき』で殺すこと。

 そのためにはまず、この拳を振りかぶっている脳筋女に即効性の毒を盛らなくてはならない。

 

「シンデレラ、そんなに接近戦でいいのかい?思わずその白くて美しい首この牙をつきたててしまうよ?」

 

 風を突き破り迫る拳をよけつつ、ロベルは歯をむいた。上顎から2本の鋭い犬歯のようなものが乱喰いぎみにはえている。

 

「!」

 

 こうして能力に関するヒントを目の前にぶら下げてやれば、ハンター共は私を馬鹿だと思い、私の能力を勝手に決めつける。そして、この近接戦闘主体の女は確実に、これまでのハンターのように、牙にだけ気を付けていれば、と高を括りインファイトしてくる。そうなれば、ロベルの勝ちはきまったようなものだった。

 

 ロベルの企み通り、パトリシアは一旦とった距離を詰め直してくる。彼女の視線がわずかに牙を見たのをロベルは見て取り、勝利を確信した。彼はすばやく袖の隠しポケットに入った、小瓶を取り出した。そして、中に入っていた赤い液体、血をパトリシアにぶちまけた。警戒していた牙による攻撃ではなく、下からの、しかも液体をかけるという予想外の攻撃をよけられるはずもなく。パトリシアは苦悶の表情をうかべながら、詰め直した距離をさがった。血の大部分は、彼女の灰色の髪を赤に染め、顔にも斜めに横切るように数滴ついていた。

 

「それは私が今まで殺してきた者たちの血だ。それに私が念を込め、呪いの血にした。その効果は死ぬことに他ならない。私は操作系であるとともに特質系でもあるのだよ。ではさらばだ、麗しのシンデレラよ……。君の血で汚れたその顔は死んだ後に拭いてまた綺麗にしてあげるよ。そして、その血は私の呪いの血をさらなる紅に染め上げてくれることだろう。その紅はまさに至高にして孤高なり。今から想像しただけでもこの身に走る戦・慄。………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………貴様、なぜ死なない」

 

 パトリシアは必殺の呪いの血を浴びたのにも関わらず、依然としてその場に立っていた。立ったまま死んでいないのは、こちらを静かに見つめる薄い金色の目とその身に纏うオーラがいささかも乱れていないのでわかる。しかし、分からないのがなぜ死なないのか。

 

「お前は、私を見て強化系と思っただろう?」

「それに何か問題があるのかね?」

 

 パトリシアは笑う。相手の愚かな浅慮を。

 

「残念。私はお前と同じ特質系だよ」

「…な……に……」

 

 特質系。ロベルが予想していたものの対極に位置していた。

 

「ならばどういう能力だというのだ!言え!貴様の能力を!!」

「教える義理はないよ」

 

 そう言い切ると、パトリシアは目を剥き愕然とするロベルめがけて高速のステップで詰め寄り、顔面めがけて腰、肩の捩じりを最大限にしたストレートを渾身のオーラをこめ、打った。

 

「く、く……!」

 

 咄嗟にロベルは腕を体の前で交差させオーラを集めることによりガードを固める。

 

 しかし、来るべき衝撃はーーーー。

 

「が、がはっ!!な、ぜ……うし、ろ…………から……」

 

 突如としてパトリシアは消え、まったくの予想外の後ろに現れた。結果、そのパンチはオーラを腕に集めていたために防御力が0に等しかったロベルの身体をやすやすと貫き、拳は胸から飛び出ていた。ロベルは意識が遠のくのどこか他人事のように感じた。パトリシアが腕を抜くと、ロベルは糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

 そして、ロベルは、今わの際に聞いた。

 

「最後だから教えてあげる。私の能力は『殺人鬼の監獄』。貴方のような人を完膚なきまでに殺すための能力よ」

 

 ※

 

 パトリシア=ハワード様へ

 

あの日以来、メアリーはどんどんと元気を取り戻していき、今では休日に外に遊びに行こうと手を引っ張られております。嬉しいことなのですが、少し大人しくなってほしいとおもってしまうこともあります。

 今度、我が家に夕食でも食べにいらっしゃいませんか。娘は貴女のことをとても気にいっーーー

 

 パトリシアは手紙を読み終えると、丸めてくずかごに捨てた。依頼人とのつながりはあまり残すのは好きではまかった。

 パトリシアは座っていた椅子から立ち上がると、クローゼットに向かった。今の彼女は下着姿で、2月の朝の気温は耐え難かった。いつもの格好、黒いパンツスーツに黒いタートルネックに着替えると洗面所に向かった。顔を洗い、歯を磨き、髪を整える。洗面台の脇に置いてある腕時計をはめ、時間を確認すると、すでに遅刻気味であることが分かった。頭の中の予定表を組み直し、朝食は道端の売店でホットドッグでも買って済ますことにする。

 

 急いでリビングに戻り、椅子の背にかかったコートをひっつかみ出ていこうとしたが、忘れ物に気付いた。再び急いでリビングに戻り、さっきまで手紙を読んでいた椅子の横の机の上にある白いマフラーを手に取り、今度こそ家を後にした。 

 

 さあ、今日も殺そう。

 

 完




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