空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する! (ワイスマン)
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第0話 劇の幕引き

最初のあらすじはウィキの文章を引用しています。


 「戦争 良い戦争だった」

 

 

 南米に逃れたナチス残党によって結成され「少佐」と呼ばれる男に率いられた軍団、

 

 「ミレニアム」による1,000人の吸血鬼部隊を率いての英国本土強襲作戦

「第二次ゼーレヴェ作戦」、これに乗じたヴァチカンの「特務機関イスカリオテ」

対化け物の鬼札アレクサンド・アンデルセン神父とエンリコ・マクスウェル大司教が

指揮する第九次空中機動十字軍3,000人による第九次十字軍遠征

「熱狂的再征服(レコンキスタ)」、この2つを迎え撃つ、インテグラル・ファルブル

ケ・ウィンゲーツ・ヘルシング率いる大英帝国王立国教騎士団と最強の吸血鬼アーカー

ドを合わせた首都ロンドンを舞台に市民をも巻き込んだ三つ巴の大戦争。

 地獄と混沌が入り乱れた一夜の戦争は、マクスウェル大司教の粛清、第九次空中機動十字軍とミレニアム大隊の壊滅、アンデルセン神父の死、少佐の真の目的であるアーカード消滅、そして少佐自身の死によって幕が引かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 「少佐殿が逝かれたか……」

 

 爆発が起き続ける巨大な飛行船の中で……すべての電源が落ちた真っ暗の艦長室で1人の

血だらけ青年が、悲しそうにそう呟いた。

 ドイツ海軍の軍服を身に着けている若い男は、整った顔立ちをしており、

脱色気味の金髪と相まって美男子の様相を呈していたが、理性的でありながら

見る者を威圧するようなギラリとした目つきの悪い眼光と深紅の瞳が、そのすべてを

台無しにしていた。

 真っ赤な血で染め満身創痍ながらもなお、輝きが失われない瞳には、はっきりと悲しみの色が映し出されている。

 彼の名はーDeus ex machina(デウス・エクス・マキナ)。ミレニアムが第二次ゼーレヴェ作戦時に使用した空中艦隊旗艦の飛行船、今まさに消えてゆこうとしている飛行船と同じ名前だった。

 

 

 

 

 

 (少佐殿も大尉もドクも死に、最後の大隊も壊滅し、空中艦隊の奴らもすべて墜落……。

残るは俺だけか……。まぁ、戦争とアーカードの野郎の消滅。この2つが達成したから大隊の連中も満足して逝けたことだろうな。

 しかし、最後の最後で肉体を得ることができるとは世の中分からんもんだな)

 

 第二次ゼーレヴェ作戦の開始より、常に戦争の最前線を飛行していたマキナの船体は、数多の攻撃に晒され、内部でも大尉とセラス・ヴィクトリアとの戦闘の余波、

そして、88ミリ対空砲で外壁に大穴を開けられ、特殊軽金装甲で覆われていた巨大な

飛行船は完全にその飛行能力を失い爆炎と粉塵をあげるだけの木偶の坊と化していた。

 しかし、マキナの本体ともいえる船体全域に炎が周り、彼という存在が死につつある状況下でも彼の顔に恐怖の色は欠片もなく、歓喜の――狂喜の笑みを浮かべていた。

 この戦争の中で「兵器として存分に戦い、死ぬ」というある意味で兵器としての本懐を達成できたことで、 彼の心は雲一つない快晴の空の様に清々しく澄み切っていた。

 結局のところマキナの思考とミレニアムの「戦場で存分に戦い、死ぬ」という目的は

ほとんど同じであり、同じ穴の狢―――同類の人でなしでしかなかった。

 だからこそ、彼は自身の艦を操船するドイツ海軍ではなく、満願成就の夢を与えて

くれた少佐に対し、忠誠を誓っていた。

 

 「さて、そろそろ時間か」

 

 一際巨大な爆発が起こり、特殊軽金属製の船体が甲高い悲鳴をあげながら割けていき

自身の寿命があと僅かであることを感じ取ると、彼は見えない観客を相手にするかのように、芝居がかった動作でゆっくりと彼は立ち上がり右手を頭上に掲げた。

 

 「俺の名はデウス・ウクス・マキナ(機械仕掛けの神)!物語を収束させる神の名!

俺の死をもってこの物語の幕引きとしようじゃないか!」

 「Sieg Heil!!!!(勝利万歳!!!!) ハハハハハ!!!アハハハハハッハ」

 

 彼の狂った笑い声は、飛行船が崩れ落ち、燃え尽きるまでずっと艦内に

鳴り響いていた。

 

 




 


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第1話 新たな劇の開幕

 

 

  

 

 

 ――『おやめください所長!これ以上エネルギーの出力を上げれば【門】の制御が

できなくなります!ここは実験を中止し再度……』

 

 ――『黙れ!ようやく、ようやく()()()を引くことができたのだぞ!

 出力を最大まで上げろ!【門】を限界まで拡張しろ!‘奴‘を、‘奴‘を

 何としてもこちらの世界に引きずり込め!!!』

 

 ――『しかしっ !?【門】観測班より連絡! 【門】より召喚中のunknownから

艦娘の反応あり!召喚力場から推測される船体の全長は……350m以上あるとのこと!』

 

 ――『いいぞっ!いいぞっ!! 我々の世界の歴史ではその時代に350m以上ある船など()()()()()()()()()

 本部に連絡しろ。実験は大成功!実験は大成功だと!

 ただちに本部より解析班の派遣を―――――――――』

 

 

 

 

 

――――1999年5月3日 AM8:00

 

 

 

 真っ暗闇の底に沈んでいた意識が、強烈な力で引っ張られ、急速に浮上していく感覚を覚え、マキナは急いで閉じていた目を見開いた。

 するとそこには、自分が消える直前までいた艦長室が広がっていた。

 暗闇から急に明りのあるところに出たことで目をしばたたかせるマキナ。

 ようやく目が部屋の光に慣れてきたころに、あることに気付く。

 なぜ明りがついている?自身が最後の時を迎える頃には、艦内の電源はすべて落ちていたはずであり、艦長室の明りが付くなどありえない。

 そして、外からは聞きなれた船体のプロペラが回る音が聞こえてきていた。

 気になったマキナは艦長室から外を見ることができる窓に近づき、外を見まわした。

 「は?」

 呆けた声をあげるマキナの視界に広がっていたのは最後に強行着陸した、

大英帝国トラファルガー広場ではなく、どこまでも広がる真っ青な海の上空を

飛んでいた。

 完全に飛行能力を喪失したはずの船体が、傷一つなく、眩しいほどの

太陽が照らす青空を優雅に飛行していた。

 

 「……どうなっているんだ一体」

 

 空を悠然と飛んでいる巨大な飛行船の中で、マキナは艦長室で呆然と呟いた。

 (俺はロンドンで完全に死んだはずだ。なぜ空を飛んでいる?なぜ船体が無傷なんだ?

ここはどこだ?一体どうなっている!?)

 あまりにも突拍子もない事態に、混乱の極致にあるマキナ。

 しかしこのままここにいても埒が明かないと考えた彼は、今この艦を操船している者を確かめるため部屋を出て操舵室に向かおうと歩を進めようとした。

 

「ぐうぅぅぅ!!!!」

 

 しかし、突然立っていられなくなるほどの強烈な頭痛が歩みを止めさせ、マキナは近くにあった椅子に座りこんだ。

 頭の激痛と共に入り込んできたのは、この世界の成り立ちと自分たちの存在――『艦娘』と倒すべき存在――『深海棲艦』との戦争の記憶だった。

 十分かそれとも一時間か。戦争の記憶が終わると同時に痛みは引いていき、

後に残されたのは、非常に長い映画を見せられた後のような疲労困憊の表情で

椅子に沈み込んでいたマキナだけであった。

 椅子から体を起こし、突然起こった現象に、今だ整理のついていない思考を回転させながら、誰もいない艦長室でぽつりと呟いた。

 

 「……何なんだ一体」

 

 

 

 

 

 (この世界に突如現れ始めた『深海棲艦』とか呼ばれる奴らと、その対抗策である

『艦娘』ねぇ……どこぞのヤンキー共が食いつきそうな題材だな)

 

 マキナは黙々と突如として流れ込んできた、荒唐無稽な記憶の内容を纏めていた。

 1994年つまり5年前。

 世界規模で深刻な電波障害が発生し、ほとんどすべての通信機器

が使用不能となり世界中が大混乱に陥った。

それと同時にハワイ・オワフ島より『深海棲艦』と呼ばれる軍隊が出現、第二次世界大戦で使われた兵器の形を象っていた奴らは、全世界に対し侵攻を開始した。

 それに対し、遅まきながらも各国海軍は連合海軍を組織し反撃を試みた。

 しかし先の電波障害で、レーダー、通信、各種誘導兵器が使用不能となり、それぞれの国が第二次世界大戦より積み上げてきた電子戦は形骸化し、時代錯誤な有視界戦闘を

行わざるを得ず、また『深海棲艦』の圧倒的物量により各戦線で敗北。

 ほぼすべての制海権を奪われ、地上をも脅かされ始めた。

 しかし、人類側は『深海棲艦』を鹵獲し解析することで、第二次世界大戦時の艦艇の

魂を持ち、自身の魂を持つ艦艇を手足のように操る『艦娘』を召喚し対抗。

 防衛線を構築することに成功し、終わりの見えない戦争を続けているということ

らしい。

 

 (全く知らん歴史だな。俺の知ってる時代に深海棲艦なんぞいなかったし艦娘なんぞも知らねえ。平行世界とかいうやつか?というか、俺は第二次世界大戦時に建造されてねーし、そもそも俺は男だ!娘じゃねーよ)

 

情報の整理をしていくマキナ。

 

 (まぁ、納得はしてないが、理解はした。だが……とりあえず()()に会わなきゃダメだな)

 

 ある程度今の状況の整理をつけたマキナは、ある人?を探すために艦長室から抜け出し、操舵室へ向かうために歩を進めた。

 

 

 

 

 

 流れ込んできた記憶の中で格別に意味の分からない存在がいた。

 それは、艦娘と共に現れ、艦娘の操船・戦闘の補助、資源さえあれば艦娘の装備の開発、船体の修理に、それぞれに合った弾薬・燃料なども作り出すことができる存在。

 言わば、艦娘の相棒。その者達の名前は――――

 

 「あ、新艦長だー。おはようございますー」

 『おはようございますー』

 「………」

 

 ――――妖精さんと言うらしい。

 マキナが長い通路を歩き終え、広い操舵室の中に入ると、船体のコントロールをする複数の座席に、ドイツ海軍の軍服を身に纏った身長50㎝位のデフォルメされた小人が、たくさんの小さな妖精さんがパタパタと手を振りながら立っていた。

 その中で一人?の代表者らしい妖精さんが歩み寄って、マキナに対し気の抜けたような挨拶をすると後ろにいた、たくさんの妖精さんが続けて挨拶の合唱をした。

 その挨拶も相まって操舵室は全体的にメルヘンチックな雰囲気が漂っており、

頭が痛くなってくることを感じていた。

 あらかじめ、操船、戦闘の補助をするとは知ってはいたものの、その姿を見ると不安しか覚えない。

 しかし、マキナは浮かんだ不安をすべて無視し平然と指示をを出していった。

短時間であまりにも色々なことを経験したことで、彼の心は並大抵のことでは

動じなくなっていた。

 思考を放棄しているともいえるが。

 

 

 

 

 

 「ん?世界中で電波障害が発生しているらしいが、レーダー、通信機器各種に異常は

見られねーぞ」

 操舵室の艦長席で自身の船体の確認作業をしていたマキナは生じた疑問を隣にいた妖精さんに投げかけた。

 「艦娘に備わっている武装は電波障害の影響を受けないみたいですー」

 「なぜだ?」

 「さー?」

 「そうかい……」

 

 割と適当な返事しか返ってこなく、辟易するマキナだったが、艦娘は電波障害の影響を受けないという答えに関しては安堵の息を漏らしていた。

 マキナに搭載しているほとんどの武装はレーダーと連動した誘導兵器であり、

仮に電波障害の影響をうけてしまっていた場合、ただの空飛ぶでかい的にまで成り下がっていたからだ。

 目下の心配事が去り、安堵したマキナはレーダーを起動させるが、スコープ画面には

何も表示されなかった。

 件の記憶によれば艦娘は基本的に人類側に召喚されるものであり、自然発生などはしないらしい。

 そのことから付近に自身を召喚した施設があると思い込んでいた。

 しかし、自身の複合レーダーの探知距離400㎞圏内には何もない。

 嫌な予感を覚えたマキナは今度は操舵室にいる妖精さん全員質問を投げかける。

 

 「おい、俺を召喚した奴はどこにいる?」

 『さー?』

 「………誰か今どこ飛んでいるか……わかるか?」

 『さー?』

 「……そうかい」

 

 妖精さんの清々しいまでの合唱おかげで、ようやく自身が遭難していることに

気が付いたマキナは頭を抱えた。

 しかしそのままにしておくわけにはいかず、半ばやけくそ気味に指示を出し始めた。

 

 「とりあえず北だ!北に進め!そしてレーダーに映った物はなんでもいいから

とっ捕まえて情報を搾り取れ!!!取り舵用意!!!フラップ起動!!!」

 

 マキナが操船の指示を出すといままで操舵室に漂っていたメルヘンチックな空気が

瞬時に駆逐され、妖精さん達の顔つきも鋭くなる

 ――外見が外見だけに締まらなかったが。

 

 『全フラップ起動を確認!高度よし!』

 「取り舵10!!!進路を北に向けろ!!!」

 『了解!取り舵10!』

 「レーダー員。周辺への警戒を怠るなよ!!!」

 『了解!』

 

 船体側面にある複数ある巨大なプロペラが高速で回転し始め、

空中艦隊旗艦デウス・ウクス・マキナはゆっくりと、着実に空の海を進み始めた。

 

 

 




ミノ〇スキー粒子万能説


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第2話 共演者

 

 「あん?」

 「どうされましたー。新艦長」

 「その新艦長っていうのやめろ。リップヴァーン・ウィンクル中尉に穴だらけにされたザコと被るから」

 

 北に巡航速度58ノット(約107km/h)で飛行中の船内で、艦長席に座っていたマキナは疑問の声を上げた。

 彼は現在、自分の船体の点検をしていた。艦娘(彼は男だが)は自身の船体を手足のように操ることができる。

 だから彼のように、わざわざ歩いて確認しに行かなくなくとも船体全体を点検することが可能なのだ。

 しかし、自身の艦であるにもかかわらず、一か所だけ全く探知できない箇所が

あった。

 いや、探知できなくはない。

 部屋の中の大半は探知できるのだが、その中の1つの積荷の中身が全く

分からないのだ。

 

 (……だいぶでかい積荷だな。しかし、このシルエットは??ッッ??!!)

 「ついてこい副艦長」

 

 積荷の中身について察したマキナは副艦長

(妖精さんのまとめ役だったみたいなので暫定的に任命。他の妖精さん達に自慢しすぎて簀巻きにされてた)

を引き連れ足早に操舵室から出ていき、二人は長い通路を突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 「後部格納庫?ここに何か用事があるのですかー?」

 「ああ、とても重要な用事だ」

 

 飛行船ゴンドラ後部にある、後部格納庫についた二人。

 パネルを操作し、格納庫前の巨大な電動シャッターを開けると、そこには様々なナチスドイツの功罪が乱雑に無秩序に詰め込まれていた。

 欧州各国より収奪した大量の財宝。

 ドイツの英知を総動員して作られた戦車や戦闘機などの兵器群。

 その中でも一際目の引く存在があった。

 第二次世界大戦の開戦と同時に大英帝国の海上補給路を徹底して締め上げ、崩壊寸前まで追い詰めた潜水艦群の生き残り。

 『UボートIXC/40改良型 U-890』がそこに悠然と鎮座していた。

 

 「やっぱりこいつだ。こいつの中身が一切探知できねえ。

 お前らの力で艦娘になってるか「これは艦娘になってますなー」

……どうやって見分けた?」

 「直観ですなー」

 「……」

 

 そもそも、副艦長を連れてきたのは、U-890が艦娘になっているかどうかの確認と、

その見分け方を知りたかったのだが、直観などと言われては閉口するしかなかった。

 Uボートの近くまで歩いてきた二人は、Uボートの側面からよじ登り上部にある出入り用ハッチより内部へと侵入を果たした。

 

 

 

 Uボート内部に侵入した二人だが、目の前に広がっていたのは世界大戦時のUボート内部の姿ではなく、すっきりとした内部構造に無数の棺が所狭しと並んでいる

光景だった。

 ミレニアムにおいて、このU-890の請け負った任務は、第二次ゼーレヴェ作戦に

向けての欧州での諜報、工作任務。

 それに伴って、U-890という潜水艦は外見だけはUボートの、別の何かというほかない

ほどに改造されつくされていた。

 その性能の高さは任務中一度も発見されなかったことからも容易に推察できる。

 そして内部にミレニアムの潜入・工作部隊『ベルンハルト部隊』とその装備を乗せて

欧州各国を作戦成功に導くために暗躍していた。

 そんな潜水艦の中を、二人は艦娘の姿を探すため通路を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 非常に狭い艦長室のベッドに一人の17歳くらい少女が安らかに眠っていた。

薄暗い明かりに照らされた少女は、恐ろしいほどに整った顔立ちに、真銀の長く美しい髪をしていた。

眠る姿はそれだけで、何人たりとも手の届かぬ高尚な絵画のようで。

天空より舞い降りてきたかのような、その少女は月の女神か。

 「起きろU-890」

 決して丁寧ではないが、真摯に想っているのかはっきりと聞き取れるほどの声音で、

男は眠る少女を呼んだ。

 「おい、起きろ」

 今度はやや強く、けれど相手の何かを少しでも傷付けまいと

慎重に、繊細に。

 何が傷付くと言うのだ。繊細さが売りの硝子細工とて、羽根箒で撫でられても壊れやしないと言うのに。

 そして男は――――――――――――

 

 

 

 

 

          容赦なく往復ビンタを食らわせた

 

 「とっとと起きろ!!!U-890!!!」

 「ごふッッ!!」

 「えー」

 

 

 

 




※巡航速度58ノット(約107km/h)と書くと、高性能のようにみえますが、
 同じ土俵に立つのは、飛行機なので鈍足もいいとこだったりします。

※マキナ巨大化の原因、U-890が登場。
 現実ではU-890は建造中止になっていたりしています。
 U-890及び経歴はすべてこちら側の創作です。


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第3話 話し合い

 「ううぅ、起きたら、なぜか頬が痛いし、頭が痛い……」

 「セラス・ビクトリアから受けた攻撃の後遺症だろうな」

 (平然とごまかしましたなー)

 

 U-890を叩き起こしたマキナと副艦長は、今の状況の整理をするため、U-890を伴ってマキナ側の操舵室に移動していた。

 そして操船を副艦長に任せ、中央にある大きなテーブルを囲って話し合いを

していた。

 

 「さて、U-890。さっそくで悪いが俺が誰か分かるか?」

 「え、えっと、ミレニアム空中艦隊旗艦ーDeus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)さんですよね?」

 「そうだ。長いからマキナでいい」

 「了解です、マキナさん。ところで、一体どうなっているんですか?

 あの記憶は……」

 「お前もあの記憶を見たんだな?まぁ待て。今の状況の説明をしてやるから。といってもこっちも分かっていることも少ないがな」

 

 そこでマキナはお互いが見た記憶に差異がないかどうかの確認と、今分かっている範囲内で状況を説明していった。

 

 

 

 「侵略を始めた『深海棲艦』と呼ばれる者達と、その対抗策である

『艦娘』ですか……」

 「もしかしたら、平行世界から飛ばされたのかもな。

 まだ確証も何もあったもんじゃねーが。

 というかはっきり言えば今は遭難しているという事の方が深刻だ。

 とりあえず陸地を見つける事が最優先だな」

 

 話の途中から、妖精さんに持ってこさせていた、バンホーテンのココアとクッキーを二人で味わいながら、艦娘としての体を得てからの初めての飲食を堪能しながら

今後の方針について話し合いをしていた。

 

 「……仮にあの記憶が事実だったとして、マキナさんはどうします?

どちらの陣営で戦争をします?」

  「んー、まだ何もわからないに等しい有様だからな。情報を集めてから

吟味しよう」

 

 当然のごとく、戦争に参加することを前提に質問をするU-890と、それに対し、平然と答えを返すマキナ。

 彼らにとって、これほどに楽しそうな戦争に参加せず静観するという選択肢は最初から存在しない。

 そして、人類側に味方する必要もないと考えていた。

 少しでも長く戦争の歓喜を味わえるように。

 このためならば、深海棲艦側に立って戦争することも厭わないし、第三勢力を作り出すことも考慮に入れていた。

 ある意味でミレニアムの思想を正しく受け継いだ二人の狂った話し合いは

続いていく。

 

 

 

 

 

――――1999年5月3日 AM:12;00

 

 

 

 北に向けて飛行を始めてから約四時間。太陽が完全に真上に昇りきった頃、対水上

レーダーに四つの船体の反応が現れた。

 そのことを感じとったマキナは大きく息を吐き、U-890にこのことを伝えた。

 

 「さてさて、こちら側の住人との初めての接触だ。無線で呼びかけろ」

 「どちら側ですかね?」

 「まだ分からん。だがすぐに敵対する必要もないだろう。

 何せこちらはほとんど情報がないからな。

 友好的ならば、そこから情報を集めてもいい」

 

 ひとまず簡単な方針を決め、操舵室の妖精さんに四隻の不明艦に対し、無線での呼びかけを行うようにに指示を出した。

 しかし、四隻の不明艦はこちらの呼びかけにも一切反応を示さず、マキナ側から

ギリギリ不明艦の船体が見える距離まで近づいてきていた。

 そして操舵室のスクリーンに四隻の不明艦の映像が映し出される。

 その映像を見た瞬間、マキナとU-890は同時に顔を顰めた。

 

 「………なんだ()()は」

 「………まぁ艦娘ではないでしょうね」

 

 スクリーンに映し出されていたのは、各国の船の船体、艤装を寄せ集めて一つに固めたような、船として完全に破綻している、鉄の塊だった。

 映像を見る限りでは乗組員などは一人も見えず

その船体にはは赤黒い血管のようなものが無数に張り巡らされていた。

 

 「十中八九、深海棲艦とかいう奴らだろうな…」

 「どうします?」

「無線が壊れている可能性もあるだろう。もう少し近づいてモールス信号でも

呼びかけろ。」

 

 モールス信号を送るため船体の高度を少しづつさげ不明艦に近づきながら

今度はマキナ自身が無線で呼びかけた。

 

 『こちらミレニアム所属 空中艦隊旗艦 空中戦艦Deus ex machina――――――』

 

 しかし、深海棲艦だと思われる四隻の船はこちらのモールス信号、無線での

呼びかけを完全に無視し輪形陣を組み、対空砲を打ち上げ始めた。

 今はまだ距離があるため、弾幕は当たりはしないが、完全に相手側がこちら側に対し

敵対行動を取ってきていることは明白である。

 それが分かると、マキナは頬は釣り上げ、狂喜の笑みを浮かべた。

 その横でU-890は楽しそうに声を弾ませながらでマキナに問いかけた。

 

 「こちらかの呼びかけを完全に無視し、あまつさえ対空弾幕まで打ち上げ

始めましたが、どうします?」

 「ハハハ!!!上等じゃないか!!!これよりミレニアムは不明艦と

戦闘状態に突入する!!!

 Ⅴ1改発射準備、目標不明艦!身の程知らずな奴らに、一発づつぶち込んでやれ!」

 

 マキナが不明艦との戦闘状態を宣言し攻撃命令を出すと同時に戦闘指揮所も兼ねた

操舵室は極限まで空気が張りつめ、副艦長以下、妖精さん達が慌ただしく動き出す。

 それと同時に飛行船の船体下部側面のハッチが四つ開き、中から飛行機のようなものが姿を現した。

 第二次世界大戦において大英帝国に対しドイツ第三帝国が使用した兵器。

巡航ミサイルの元となったⅤ1を改良した、Ⅴ1改である。

 

 『発射準備完了!』

 「feuer(発射)!!!」

 

 エンジンに火が点り、パルスエンジンからジェットエンジンに置換されたⅤ1改は

ジェットエンジン特有の甲高い音と大量の煙を巻き上げながら、四隻の目標に

向けて飛翔していった。

 不明艦側も高速で飛来してきているⅤ1改に気付き、撃ち落とそうと弾幕を張るものの

亜音速で向かってくる物体に対し、有効な対抗手段を持ち合わせておらず、

すべてのⅤ1改がそれぞれの艦中央部付近に命中。

 850㎏もの高性能炸薬が凶悪な熱と衝撃を生みだし、船体は内部から破裂するように、真っ二つに割け、火薬庫に引火したのであろう大規模な爆発を繰り返しながら、すべての船が海中の中に引きずり込まれていった。

 

 『四隻の不明艦の反応消失!』

 「ハッ!ザコどもがっ!」

 「うーん、それぞれの船から()()()者が一人も漂流していませんね」

 

 報告された結果に満足するマキナと、捕虜を獲得できなかったことを残念がるU-890。

 しばらく戦闘海域上空を飛行した後、進路を再度、北に向けその場から

離れていった。

 



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第4話 準備

――――1999年5月3日 PM4:00 インドネシア 首都ジャカルタ上空

 

 

 

 「……()()もかよ。仮にも首都だろ。なんでここも放棄されてんだよ。

ホントに人類側、生存してんのか?」

「戦争初期に制海権を深海棲艦側に奪われているらしいですから、その時に放棄

され、そのままなのでしょうね」

 

 不明艦を撃沈、再度進路を北に戻し飛行すること約四時間、陸地を確認し、複数の

都市を発見することができたマキナ達だったが、そのどれもが放棄されて久しい

完全に朽ち果てた廃墟ばかりであり、分かったことは現在、インドネシア上空を

飛行しているという事と、インドネシア軍が民衆を引き連れ焦土作戦を行いながら、首都方面に撤退していったことくらいだった。

 このままでは埒が明かないと感じたマキナ達は、進路をインドネシア首都ジャカルタに変更し、飛行を始めた。

 そして到着した首都だったがここも他と同じく放棄され、廃都と化していた。

しかし、ここがインドネシア軍の最終防衛ラインだったのだろう、至る所の穿たれた

砲撃や銃撃の痕や土嚢の積み上げられた機銃陣地。壮絶な市街戦の痕跡が上空からでも見て取れた。

 そして、インドネシア軍と国連から派遣されたのだろう多国籍軍

の戦車や装甲車、迫撃砲などの兵器の残骸、兵士や義勇兵の白骨化した死体、

そして、深海棲艦の軍隊と推測される、第二次世界大戦時の様々な国の兵器の特徴を

悪い意味で合体させたような兵器群と、明らかに人間の骨格から逸脱している、

機械じみた兵士の残骸が大量に遺されていた。

 

「しかし生きてる者がいないとはいえ、実際に両陣営が争った場所だ。

情報収集にはうってつけだな。U-890、艤装を展開して下に降りるぞ」

「了解です、マキナさん」

「副艦長、しばらく艦を離れる」

「了解ですー」

 

 副艦長に後の事を任せると二人は足早に操舵室を後にした。

 

 

 

 

 

 船から降りてすぐU-890と二手に別れ、放棄された首都ジャカルタ上空を、ふわふわと浮かびながらマキナは情報源になりそうなものを探していた。

 彼は乗り物に乗っているわけでもないのに、当たり前のように空に浮かんでいる。

それは艦娘としての能力の一つだった。

 

 艦娘というのは自身の艦船を手足のように動かせるという能力以外にも、自身の体に

艦船の、縮小化した艤装を纏うこともできる。

 その場合、元の艤装と比べ能力は半分程度になるが、それでも、生身で戦車の砲撃に

耐えれる装甲と、凶悪な砲撃力を持っており、戦艦娘に至っては

単独で戦車大隊を相手取ることができるという、性能をもっている。

 そして艦娘は、水上艦ならば、水の上を自由自在に滑ることができる、潜水艦ならば、長時間の潜水、空母ならば小型の艦載機を飛ばすことができる、というように、

元になった艦の能力も受け継ぐことができる。

 対して、マキナは飛行船の能力()受け継いでおり、空を自由自在に飛ぶことができた。

 マキナの艤装は、腰の付近に潜水艦の艤装が現れたU-890比べ、赤と黒の格子模様の

巨大な外套が現れただけという非常にシンプルな変化だった。

 

 マキナは外套を風に靡かせ捜索をしていると、道の端に比較的、損傷の少ない

横転した装甲兵員輸送車を見つけた。

 空から降りたマキナは輸送車に近づくと、艦娘の艤装の力を使い、横転していた

車両を力ずくで起こし、内部を調査、そしていくつかの書類を見つけると次の場所の捜索を始めた。

 

 

 

 

 

――――1999年5月3日 PM6:00 

 

 

 

 真っ赤な夕日が西の空の沈み始め都市が闇に包まれ始めたころ、

ある程度の情報を集め終わった二人は、廃墟となったカフェの一席を占有し、

集まった情報の整理をしていた。

 

「『インドネシア軍と国連から派遣された多国籍軍は、深海棲艦軍に対し

水際防衛作戦で対抗するも、上陸を阻止することはできず、失敗に終わり、

その後も各戦線にて敗北。多国籍軍は焦土作戦を行いながら、首都方面に撤退しつつ、国民の国外脱出の時間を稼ぎ、そして要塞化した首都ジャカルタにて両軍激突。

 二週間という期間、深海棲艦側の攻撃に耐え抜くも湯水の如く彼方より湧き出てくる陸軍兵力により戦線が崩壊し敗北。』か。

 ふーん、数に物を言わせるだけの脳筋共かと思えば、軽戦車級、中戦車級、重戦車級と名称される世界大戦時の戦車を模した機甲師団も扱ってんのか。

 …というか他にも豊富な兵科持ってて、何で選択肢が力押し一択なんだよ……。」

「海も似たようなものですね。犠牲を厭わない、圧倒的な物量戦。

露助の好みそうな戦術です」

 

 マキナは陸関係の、U-890は海関係の資料を調べていた。

すると、何かに気付いたのかU-890は一つの資料を手に取りマキナに見せた。

 

「マキナさん、これ……」

「こいつは……」

 

 U-890が見せたのは、昼間こちら側の通信を完全に無視し、砲撃を開始した艦船と

同じ型の写真だった。

 

「この資料によると昼間撃沈した艦船の内、三隻は駆逐イ級、一隻は軽巡ホ級

という敵性コードネームをつけられています」

「やっぱり深海棲艦側だったか。となれば、深海棲艦共には昼間の報復を受けて貰わないとな」

「そうですね」

 

 マキナとU-890が笑顔で頷きあったちょうどその時、マキナの脳裏に本艦のレーダー

からの情報が入った。

 

「っと。北西より不明機の編隊だ。数は44機。このままの進路だとこの真上を

通過するな」

「バレましたか?」

「まだ分からん。だが不明機の姿だけでも確認しておきたいな。

だが、とりあえずは本艦は退避させよう」

 

マキナは通信で副艦長に指示を出し、二人はその場で不明機の編隊を待ち構えた。

 

 

 

 

 

 日の沈み始めた夕焼け空に、44機のゴマ粒のような点が見え始めた。

本来なら姿形など到底見えないそれらの姿を、二人は艦娘の能力を使って詳細に

捉えていた。

 

 44機の内35機は、護衛戦闘機だろうか中心部にいる飛行機を守るように飛んでいた。

その機影は奇抜で複数の飛行機のパーツをくっつけたような、航空力学に

喧嘩を売っているとしか思えない外見をしており、中心部にいる飛行機にいたっては

黒い何かに全体を覆われ、表面に赤黒い血管のようなものが走っている様は

見る者に生理的嫌悪を齎す外見をしていた。

 

「…あのキモい外見、間違いなく深海棲艦側だな。資料に載ってないか?」

「えーと、ちょっと待ってください。…あ、ありました。中心部の機体は、

深海棲艦の陸上爆撃機Ⅱ型、その周囲の機体は戦闘機Ⅰ型と呼称されています」

 

二人は建物の物陰に隠れながら、空を飛行する編隊の観察をしていた。

 すると編隊の中心部を飛んでいた陸上爆撃機Ⅱ型の内の一機が、突如翼部分から炎を

吹上げ徐々に高度を下げ始めた。そして近くを飛行していた爆撃機を巻き込んで大爆発を起こし、空中で四散した。

 他の機体もよく観察すれば、大なり小なり機体が損傷しており、戦闘の後だった

ことが窺えた。

 爆撃機が墜落し、多少編隊が乱れながらも、残りの機体は東の空へと消えていった。

 

「……どっかを爆撃した帰りか。それにしてはよく燃える機体だな。

爆弾も積んでないだろうに。だが、あれの後を追いかければ、深海棲艦の飛行場にたどり着けるだろう。今ある物資だけではいずれ枯渇し戦えなくなる。

 昼間の報復を兼ねて、飛行場を襲撃し敵の物資を略奪しよう。

 ()()()()もそろそろ戦いたいだろうからな」

「では?」

「我々ミレニアムは深海棲艦の飛行場を強襲する。」

 

 

 

 

 

――――1999年5月3日 PM6:00 ジャカルタ タンジュンプリオク港跡

 

 

 

 日が完全に沈み周囲が闇につつまれた頃。

かつてインドネシアで最大の国際貨物取引量があったジャカルタにある国際港湾タンジュンプリオク港。

 その深海棲艦との戦いで破壊され捨てられた港には今無数の照明が灯され、たくさんの人影が忙しなく動き回り活気に満ち溢れていた。

その活気の中心部。

 中央の桟橋の上に鎮座する馬鹿馬鹿しいまでの巨大な飛行船の

ゴンドラ後部のハッチから、台車の上にしっかりと固定されている一隻の

潜水艦が傾斜に沿って慎重に降ろされようとしていた。

 そして、静かに海面にその船体を浮かべると同時に潜水艦を固定していたロープが一斉に外され、ゆっくりとタグボートに押され、飛行船から離れていった。

 

 飛行船からU-890の船体を降ろす瞬間を離れた場所から見ていたマキナはU-890と共に盛大な溜息をついた。

 

「何とか降ろすことができたな」

「そうですね。というか飛行船に潜水艦を乗せるということ自体が無茶のような

気がしますが……」

 

 一つの懸案事項を解決した二人は、今後の作戦計画を立てるために飛行船へと歩みを

進める。その過程でたくさんの人影が動き回っている作業場の傍を横切った。

 そこで作業をしていたのは妖精さんではなく、ドイツ軍の軍服を身に纏った軍人たちであった。

 作業場を通る瞬間、マキナは呟くように言葉を発した。

 

「さぁ、もう一度戦争をしよう」

 

 本来ならば雑音にかき消され到底聞こえないはずの声に、その場にいた軍人たちは

全員反応し、赤い目を輝かせながら、頬を歪ませ笑みを浮かべた。

 

 



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第5話 戦争前夜

 

 

 深海棲艦の飛行場の捜索を開始し、二日後。

 マキナに搭載されている各種レーダー装備のおかげもあってか、二人は短期間で目標を発見することができた。

 インドネシア・チルボン。かつて一つの都市があった場所を押しつぶすように

深海棲艦は二本の滑走路を設置し、大量の航空機と異形の兵士を常駐させていた。

 昼間の空には偵察機が飛び回り、数多の対空・機銃陣地で守られる飛行場は

さながら難攻不落の要塞と化していた。

 そこでマキナはU-890に対し、飛行場の諜報活動を命じる。

 U-890はすぐさまその命令を受諾し、自身の船体に乗って移動を開始した。

 

 

 

 

 

――――1999年5月5日 インドネシア チルボン近郊

 

 

 

 午前一時を過ぎた頃、チルボン近くの浜辺。

 墨を零したような真っ黒の海の中から、U-890はゆっくりと顔を出し、周囲の様子を

窺いながら上陸を果たした。

 彼女は月明かりに照らされた長い銀の髪を揺らしながら浜辺を歩き、浜辺近くにあった廃墟の教会の中に入っていく。

 教会の中ほどまで進んだ彼女はその中で地面に手を当てて一言囁いた。

 

 「さぁ、ベルンハルト小隊の皆さん。お仕事の時間ですよ」

 

 その直後、 U-890を中心に黒い影が広がり、各々が人の形をとり始めた。

 そして彼女の周りには、30名のほどのナチス軍服を纏った男達が音もなく

立っていた。

 その中で小隊の指揮官で軍曹が笑みを浮かべながら一歩歩み出てU-890に質問をした

 

 「楽しいお仕事の内容は?」

 「敵飛行場に対しての諜報活動です。強襲作戦開始まで飛行場に関するありとあらゆる情報を集めてください。特に高射陣地の座標はすべて集めてください。

 一つでも取りこぼしがあった場合、私がマキナさんにお仕置きされます」

 

 U-890は嫌な想像をしたのか、ぶるりと肩を震わせ指揮官の質問に答えた。

 気分を変えるため軽く咳払いをすると、分隊全員の顔を見回し開始の宣言をした。

 

 「私達の戦争を始めましょう」

 

 

 

 

 

 飛行船の司令部作戦室でマキナはU-890から送られてくる情報の整理をしていた。

 

 「飛行場の防衛戦力は歩兵級が2500名、軽戦車級が80両…砲兵級150門…連隊規模と

高射砲陣地が32か所、戦闘機が300機と爆撃機は…まいいか。かなりの戦力だな」

 

 艦息と艦娘が一人ずつで相手をするには荷が重すぎる兵力を目の当たりにしても

マキナのにほとんど動揺の色は見られなかった。

 

 「初戦にしてはいい相手だな。そろそろあいつ等も待ちきれないだろうし、

に招待状を送るか」

 

 司令部作戦室の中央でマキナは手をかざし、宣言をした。

 

 「来い前線豚ども!戦争だ!」

 

 

  艦娘の中には自身が使ったことのある、または使うように設計された装備や部隊を

召喚することができるという能力を持つ者がいる。

 例えば揚陸艦の艦娘は陸戦隊や戦車を召喚できる、空母が自身の艦に所属していた

航空隊の本人を召喚できる、というように。

 この能力で呼び出された兵士は生前と変わらぬ力を持ち、かつ艦娘と

契約を結んでおり、例え戦場で死んでも当人が望めば、艦娘が健在な限り、何度でも

蘇ることが可能となる。

 連続で召喚できない、強力な装備や錬度の高い兵士はすぐに使えない、などの制限が

あるが非常に強力な能力であることは間違いない。

 U-890はこの召喚の能力で自身に乗艦し、共に欧州を駆け巡ったベルンハルト小隊を

呼び出すことができた。

 ではマキナはどうか。

 彼はミレニアム空中艦隊旗艦ーDeus ex machinaとしてすべてのミレニアム隊員を

乗せたことがある。

 そして大隊指揮官に反旗を翻した艦長や一部のドイツ海軍士官を除いた大半が生粋の戦闘狂であり召喚に応じないという選択肢など彼らには最初から存在しない。

 かくして彼らはマキナからの招待状を受け取り、次々と召喚されていった。

 

 

 




Fa〇eの英霊召喚のイメージです


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第6話 飛行場姫強襲戦

――――1999年5月7日 PM11:00 インドネシア チルボン飛行場

 

 

 人類側から奪い取り、深海棲艦の飛行場へと姿を変えたチルボンにキィィィィーンと

いう甲高い音が鳴り響いたのは夜中の事だった。

 ここに人類側の兵士がいたならばこの音がジェットエンジンの音だと気が付いた

だろう。

 しかしここにいるのは、異形のバケモノだけでありこの音の脅威に気が付くことが

できなかった。

 亜音速で突き進んできた甲高い音の正体--―Ⅴ1改は暗い空に34本の白い帯を引き、

滑走路・高射陣地・格納庫・露天駐機の戦闘機群に次々と着弾、戦艦の主砲クラスの破壊力を周囲にばら撒きながら炸裂していった。

 それと同時に東の陣地より正体不明の部隊の攻撃を受けているとの報告が入る。

 事ここに至り、ようやく自身が攻撃されていることを理解した深海棲艦側は追加戦力を東側に派遣する事を決定。

 それと同時に周辺に展開する友軍の飛行場に対し救援要請を送ろうとした。

 しかし、突如として無線にノイズが走り始め通信設備がすべて使用不能となった。

 深海棲艦は艦娘の元になったというだけあって電波障害の影響を受けない。

 それが使用不能となったという事はこの一連の電波障害は艦娘による攻撃という事に

なる。

 それを理解した深海棲艦の兵士達は怨嗟の声を上げるものの、その声を押しつぶすように先ほどと同数のⅤ1改が飛来し

 建物・戦車・兵士を粉々に吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 

 「わー派手にやってますね」

 

 東側の陣地を攻撃する正体不明の部隊―――ベルンハルト小隊は丘の傾斜に身を

伏せながら陣地に対し攻撃を加えていた。

 そこで頭の帽子にどこからか拾ってきた枝を括り付け、伏せていたU-890は飛行場から響く爆音と真っ赤な炎、巻き上がる大量の煙と空を右往左往するサーチライトの光を見ながら暢気な声で呟いた。

 それに対し、丘からMG42機関銃をばら撒き続ける手を止めず指揮官は答えた。

 

 「こちらもかなり戦力の吸引ができたでしょう。仮にこちらが囮だと読まれていたとしても周辺に戦力を分散させるはず」

 「ええ、そして飛行場に展開する戦力は少なくなります」

 

 ベルンハルト小隊が攻撃を加え始めしばらくののち雲の隙間よりマキナの巨大な船体が現れ、黒い粒のようなものが基地に向かってばら撒かれていく。

 それを確認した小隊とU-890は攻撃を中止し次の作戦のために移動を開始した。

 

 

 

 

 マキナの船体が雲の隙間より姿を現す直前。

 司令部作戦室の中央、かつて「最後の大隊」を指揮した少佐の座していた椅子の傍らでマキナは複数のスクリーンに映し出された情報から作戦の進捗状況を

読み取っていた。

 34門の二斉射―――合計68発のⅤ1改により直接的な脅威となる戦闘機・高射陣地を

ひとつ残らず破壊し、深海棲艦の通信機器に対してジャミングが効果的であるという結果に笑みを浮かべつつ素早く次の指示の出す。

 

 「Ⅴ1改次弾準備 及び武装ss降下準備!準備が完了し次第、飛行船の高度を下げろ!」

 『了解!』

 

 妖精さんに指示を出し終え、マキナはふと傍らの椅子を眺めた。

 ミレニアム大隊の中で召喚に応じたものは724名であり、

 ベルンハルト小隊を合わせて754名だった。

 この中に召喚に応じなかった者は除くとして、ヴェアヴォルフの幹部や士官、

ドクそして少佐の姿はなかった。

 

 (今回の召喚ではやはり呼び出せなかったか……まだ俺の錬度が足りないという事

かな?)

 

 マキナは軽く頭を振り気分を変えると椅子に手を掛けながら言った。

 

 「さぁ戦争の交響音楽を奏でよう。少佐殿や幹部たちがすぐに来たくなるような

阿鼻叫喚の混成合唱を」

 

 

 

 

 マキナの降下準備の合図と共に船体側面から無数のカタパルトが伸びていき、射出台の上に次々とミレニアムの兵士が乗り込んでいく。

 カウントが始まる中、その光景を見ていた二人の兵士は自身も笑みを浮かべながら、

吐き捨てるように言った。

 

 「けっ、これから地獄に向かって真っ逆さまだってのに全員笑ってやがる」

 「そりゃそうだ。この光景を見て心を踊らせない連中なんか最初から呼び出されて

いないさ」

 「そりゃそうか」

 

 カウントが終了し、筋金入りの戦争狂達は思い思いの装備を手にし次々と高度1000mの空へと打ち出されていく。

 彼らの背にはパラシュートの類などは一切存在しない。

 ただの人間ならばそのまま地面に叩きつけられ小規模なクレーターを作るだけに

終わるが、彼らは違う。

 彼らは人為的に作られた吸血鬼の戦闘団(カンプグルッペ)。

 強靭な身体能力と普通の銃弾では死なない生命力、常人をはるかに凌駕する怪力を

持つ。

 1000mの高さから落ちてきたとは思えないような軽やかな着地をした兵士たちは

手始めに周囲に散らばって飛行場の復旧活動をしていた深海棲艦の兵士群に

襲い掛かった。

 まさか、落下傘も展開せずに降下してくるとは思いもせず、また人類側の兵士を圧倒

する怪力を持つ深海棲艦の兵士級がボロ雑巾のように瞬時に叩き壊され、バラバラにされていき、深海棲艦得意の力押しが通用しない事で、その場にいた150名近い兵士級は

ミレニアムの兵士により物言わぬ残骸へと変わっていった。

 主要な戦闘員を降下させたマキナは下げていた高度を上昇させ、ミレニアムの兵士達は一度集結したあと、小隊単位に分かれ、司令部作戦室より送られてくる指示の元、

四方に分かれ猛烈な勢いで進撃を開始した。

 

 深海棲艦側の兵士級は次々と各個撃破されていき、かろうじて急造の陣地で抵抗する

ものの、制圧射撃に対し恐怖の色を見せず嬉々として突っ込んでくる兵士たちに陣地の中まで侵入を許してしまい、怪力やシャベルによって兵士級は原型留めないほどに破壊され戦死者を増やしていった。

 

 

 

 

 

 飛行場の三分の一程度を制圧した頃、東より追加戦力として派遣されていた

戦車大隊(36両)が飛行場の危険を察知し引き返し、進撃を続けるミレニアムに対し攻撃を開始。

 深海棲艦側の戦車はアメリカ合衆国のM5軽戦車を原型としているのだが、

表面は黒く無数の血管が走っている、深海棲艦特有の機械生物染みた生理的嫌悪を齎す

外見をしていた。

 軽戦車級の砲撃は一時的にミレニアムの進撃を止め、それを見た飛行場の残存兵力も合流を果たそうと被害覚悟で移動を始める。

 ミレニアム側は焦らず移動を始めた残存兵力の殲滅を優先し、戦車大隊には

対戦車攻撃能力を持つ二個小隊を宛がった。

 作戦室より戦車大隊の撃破を命じられた二個小隊は背中に背負っていた

携帯式対戦車擲弾発射器『パンツァーファウスト』を肩に担ぎ、友軍の撤退支援を

している戦車大隊に向かって突撃を敢行していった。

 距離を分散しながら突撃してくる小隊に気付いた戦車大隊は、主砲の榴弾を次々と

撃ちだし、さらに副武装である重機関銃が猛烈な勢いで弾を吐き出す。

 榴弾の爆発と広範囲に飛び散る弾殻の破片、人体を消し飛ばす重機関銃の弾丸で

舗装させた死の街道を、気負った様子を見せずまるで散歩に行くような気軽さで

駆け抜けていく。

 途中何名かの兵士が弾殻の破片と弾丸で蜂の巣になるものの、大半の兵士は踏破し、

パンツァーファウストの射程圏内に戦車大隊を収めることができた。

 

 「パンツァーファウスト Feuer!(発射)」

 

 先頭を走る上官の指示の元、本来ならば構えて打つパンツァーファウストを

高速で駆け回りながら軽戦車級に向けて次々と発射。

 首都で押収した資料によれば深海棲艦の兵器は元になった兵器の性能に準ずる

らしい。

 ならば、最大の装甲厚が51㎜前後しかないM5軽戦車に準じた軽戦車級が、ミレニアムによって改良され700㎜以上の装甲を貫通する能力を付与されたパンツァーファウストに

対し抵抗できるわけもなく、着弾していった順から次々と粉砕され、戦車大隊を構成していた全車両は友軍の撤退支援の任務も果たすことができずにスクラップへと姿を変えていった。

 

 

 

 

 

 司令部作戦室にてマキナは刻一刻と変化していく戦場を完全に掌握し、作戦行動を

続ける小隊各位に的確な指示を出していく。

 ミレニアムは現在幹部クラスが召喚されていないため、将官が不足している。

 それをマキナは自身の艦と身体に備わっている情報処理能力と妖精さんの力を借り、小隊すべてを自身が指揮することでこの問題を強引に解決していた。

 今のところ順調に進んでいる作戦だが、今だ最重要目標を発見することができず、

戦場を映し出すスクリーンを見回して、苛立ちの声を上げた。

 

 「飛行場姫とかいう野郎、どこに隠れてやがる……」

 

 深海棲艦の中には飛行場、港湾、泊地などに棲着し、単体で基地としての機能を統括する、司令官のような役割を持つ者がいるらしい。

 当然、この飛行場にもいるはずなのだが、ベルンハルト小隊の諜報活動でも居場所を

発見することはできず、飛行場の半分を手中に収めた現在も、それらしき者の姿は

見えなかった。

 

 「……もしかしたら、最初のⅤ1改の爆発に巻き込まれて死んだか?」

 

 若干の楽観的思考に傾いた直後、西側の方向に進撃を続けていた、オルランド小隊に

向けて、巡洋艦の艦砲射撃と同等の威力を持つ砲弾が立て続けに撃ち込まれた。

 小隊のメンバーは持ち前の身体能力を発揮し、着弾予想地点から離れるが、広範囲に

広がる爆発に全員逃れることはできず、一部の隊員が消し飛んだ。

 その様子をスクリーンで確認したマキナは、すぐに砲弾が発射されたであろう地点に

望遠カメラを向ける。

 そこに現れたのは、他の深海棲艦のような人間の骨格から逸脱した異形の姿ではなく

人間と同じように見えて、しかし決定的に違う、艦娘と似たような姿をした女性が、建物の地下から這い出てきていた。

 その女性の肌は病的なほどに白く頭には角のようなものが生えていた。

 そして負傷しているのか、体中に亀裂のようなものが走り、そこからは、血ではない

何か黒いものが止め処なく流れ、顔には憎悪の表情を浮かべ、血のような赤い目を

先ほどの砲弾が着弾した箇所に向けていた。

 腰には艦娘と同じような艤装が、しかし艦娘の艤装と比べ機械生物ののような外見を

した艤装が展開され、生き物の口のような物からまっすぐ伸びた砲から、白い煙が

上がっていた。

 

 「忌々シイ、カンムスメノ手先共メッッ!!!」

 

 今まで雄叫びのような奇声を上げても、意味のある言葉を吐かなかった、深海棲艦だったが、この個体だけが片言だが明確に憎しみ言葉を叫んだ。

 それに同調したのか周辺には生き残った兵士が集まり、今までの陣地とは比べものにならないほどの堅牢な陣形を整え、生き残った小隊メンバーに対し、苛烈な攻撃を加えていく。

 オルランド小隊も接近を試みようとするもの先ほど戦車大隊の比ではない統率された濃密な弾幕に手をこまねいていた。

 他の者とは明らかに違う個体の出現に、作戦室で観察をしていたマキナは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「間違いない、あれがこの基地の司令官―――飛行場姫とかいうやつだな。

 しかし、地下に隠れてやがったとは……道理で見つからない訳だ」

 

 周辺の残存兵力を次々と傘下に加え、徐々にミレニアムを押し返し始めた飛行場姫に

対しマキナは鼻で笑った。

 

 「ようやく混乱から脱して、反撃を始めたか……

だが、まだ分かってないようだな? 今、空を支配しているのが()()ということを」 

 

 

 

 

 

 ようやく敵を押し返し始めた飛行場姫の耳に届いたのは、襲撃直前に聞こえた甲高い

音だった。

 亜音速で突き進んできた甲高い音の正体--―Ⅴ1改は集結し健気にも反撃を始めた深海棲艦を、周辺の土地ごと木端微塵にしていく。

 その光景はさながら最初の惨劇の焼き直しのようであった

 飛行場姫は、自身も爆発に巻き込まれながらも艦娘と同様に、基地の能力を受け継いでいるために強靭な防御力を発揮、全身傷だらけになりながらも何とか耐え抜くこと

ができた。

 彼女はⅤ1改を撃ち込んできた下手人―――空を優雅に航行する飛行船にあらん限りの

憎悪を向けた。

 それに応じたのかどうかはわからないが、また一発、飛行場姫に撃ち込まれた。

 

 一番最初に撃ち込まれたⅤ1改は二発。

 それだけで、結集したほぼすべての残存兵力がやられたわけだが、最初から、34門の

一斉発射を食らっていれば耐えられなかっただろう。

 しかし二発しか撃ち込まれず、それからは一発づつ、飛行場姫の耐久力を調べるように間隔を開けて丁寧に撃ち込まれていく。

――――遊ばれている

 そう理解した飛行場姫は屈辱で顔を歪めながらも、何も抵抗することができず。

 五発目のⅤ1改を食らった直後ついにその場に倒れ伏せた。

 その直後、深海棲艦側の兵士は統率力を乱し完全に瓦解。

 あとは雑草を狩られるかの如く、ミレニアムの兵士に掃討され、飛行場に展開する

深海勢力は壊滅した。

 

 




ミレニアムの扱うパンツァーファウストは、陸上自衛隊でも扱っている110mm個人携帯対戦車弾と同等の威力にしています。


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第7話 宣戦布告

 強襲作戦が開始されてから四時間後、飛行場を完全に制圧したミレニアムの本隊は、外周陣地へと進撃を開始。

 外から来る敵には、強固な防御力を発揮する陣地も、内部から食い破られては本来の力を発揮することができず、また、司令官たる飛行場姫が倒されたことで指揮系統が乱れ、散発的な抵抗の末、次々と陥落していく。

 一部の兵士級は陣地から脱出し、周辺に点在する森に逃げ込むものの、罠を張り巡らして待ち構えていたベルンハルト小隊により、狩りの標的となる野兎のごとく次々と仕留められていった。

 

 

 

 

 

 

――――1999年5月8日 AM3:00 インドネシア チルボン飛行場 

 

 飛行場から離れた外周陣地で断続的な銃撃音が響き渡っている最中、空を飛行していたマキナは船体下部にある

複合レーダーを艦内に収容し、着陸のために少しづつその高度を下げ始めた。

 着陸地点周辺をミレニアムの兵士が警戒する中で、マキナの船体がゆっくりと着陸。

船体後方に存在する巨大なタラップが地面に降ろされ、乗組員が格納庫に生け捕りにした兵士級や戦車級や兵器の残骸、飛行場に備蓄されていた深海棲艦の戦略物資を次々と積み込んでいく。

 飛行船周辺がにわかに活気付く中、飛行船から降りてきたマキナは、無線で掃討作戦を行っているU-890を呼び出した。

 

 「こちら、マキナ。U-890、作戦の進捗状況はどうだ?」

 『こちら、U-890。後、三十分ほどで外周陣地の制圧作戦が終了します』

 「ではU-890。作戦が終了し次第、後始末を本隊とベルンハルト小隊に任せ、司令部と合流せよ」

 『了解』

 

 U-890に対し、合流の指示を出したマキナは、近くの瓦礫に腰掛け、船体から送られてくる情報を処理しながら

彼女の到着を待った。

 

 

 

 

 

 地上に着陸したマキナから1㎞ほど離れた地点。

 二個小隊が厳重に警戒する場所に、マキナとU-890が姿を見せた。

 それを確認した小隊のメンバーは素早く敬礼をし、二人を警戒網の中心へと案内していく。

 そこには体の艤装を破壊され、全身から血のようなものを流し、息も絶え絶えの飛行場姫が、地面に打ち込まれた杭と繋がる太い鎖で、雁字搦めに縛られており、飛行場姫から距離を開けた周囲には、小隊員の構える重機関銃とパンツァーファウストが一部の隙も見逃さぬよう監視の目を光らせていた。

 マキナは自身の艤装を展開し、U-890を伴いながら、監視の中心へと歩みを進めていき、人を周辺の小隊員を睨めつけていた飛行場姫に向かって、声をかけた。

 

 「ご機嫌いかがかな?飛行場姫。俺はミレニアム空中艦隊旗艦ーDeus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)。端的に言えばお前の飛行場を襲撃し、壊滅させた元凶だな」

 「第一声でそこまで喧嘩を売らなくても……」

 

 無言で小隊員を睨めつけていた飛行場姫だったが、話しかけきた二人の艦娘(一人は男だが)の姿を見つけると、

今までの比ではない殺意と憎悪を込めた視線と呪詛の言葉を吐き出し始めた。

 

 「人類二味方スル忌々シイ艦娘共メッッッ!!!」

 「…ご機嫌斜めみたいだが、割と元気そうだな。しかし、分かるだけでも7発のⅤ1改の直撃食らって、なんでこんなに元気なんだこいつ?一発あたり850㎏の高性能炸薬が詰まったミサイルだぞ?」

 「艦娘は深海棲艦を元に生み出された者―――言わばコピーですから、オリジナルの方が性能がいいのでは?」

 「しかし、――――」

 

 飛行場姫の呪詛の言葉を軽く流し、二人は彼女の性能についての議論を始めた。

 敵としても見られてない屈辱に顔歪ませ、睨めつけるものの、二人は少しの動揺も見せない。

 

 「おっと、こんなことをしている場合じゃなかった」

 「そうでしたね」

 

 話を切り上げた二人は睨めつける飛行場姫に向き合い、又声をかけてきた。

 

 「さて、この基地の司令官たる飛行場姫。我々ミレニアムの強さを存分に分かってもらえただろう。

その上でだ。一つ君たち深海棲艦側に一つ提案がある」

 

 提案などという言葉を出してきたマキナに対し警戒を強める飛行場姫。

 そしてマキナは頬を釣り上げ、三日月のような笑みを浮かべ、とんでもない提案をしてきた。

 

 「我々ミレニアムと手を組まないか?」

 

 

 

 

 

  その提案をされた飛行場姫は最初、その言葉の意味を理解ができなかった。

 飛行場を襲撃し壊滅させた張本人が、その司令官に対し「手を組もう」などという言葉を吐くとは。

 その言葉の真意を探るため二人に質問を投げかける。

 

 「……ドウイウツモリダ?ナニガ目的ダ?」 

 「目的、目的か…。我らが指揮官の言葉を借りるならば、『我々には目的など存在しない』。

戦争という手段さえ取れれば目的は選ばねえよ。お前ら深海棲艦勢と組むことも些末な問題にすぎんさ」

 「ああ、そもそも此方からの通信の一切を無視し、あまつさえ先制攻撃までを始めたのはそちらが先です。

映像記録も残っていますので必要ならば後でご確認ください。

 その報復と、我々ミレニアムの示威行為として、こちらの飛行場を強襲させていただきました。

 その両方が達成された今、我々はあなた方深海棲艦に対しての、恨みはありません。

 ここはお互い遺恨などは水に流し、お互いに手を取り合いませんか?

 我々の軍事力はこちらに示した通り。強力な同盟国としてお役に立てると思いますよ?」

 

  制圧が終わった飛行場に深海棲艦とは別種の狂気が満ち満ちていた。

 戦争という手段のために目的を選ばず、深海棲艦勢力と同盟を結ぶことすら些末な問題と切って捨てるマキナと

自分達を強力な同盟国として積極的にアピールをするU-890。

 その交渉を遠目に楽しそうに見守る小隊員も、全員どうしようもなく狂っていた。

 

  しかし、狂っているのはミレニアムだけではない。

 深海棲艦もまた、どうしようもなく狂っている。

 

 「フフフ、フフフフフ」

 「あん?何がおかしい?」

 

 突如、笑い出した飛行場姫を訝しげ見るにマキナ。

 飛行場姫は質問には直接答えず、ただひたすらに笑う。

 そして、ひとしきり笑い終えた飛行場姫は、雰囲気を一変させ、内側に潜むどす黒い狂気を前面にさらけ出した。

 

 「フザケルナ、我々ノ模造品二スギナイ、ガラクタ共メッッ!!!

 手ヲ組ム?同盟? ハッ、オマエタチ艦娘モ、人類モ全テ、一人モ、一欠ケラモ残サズ皆殺シダッッ!!!

 一人ノ例外モナク完全二ナッッ!!!」

 「いいな、いい宣戦布告だ。まぁ、分かりきった事だが一応確認しておかないとな。交渉は?」

 「決裂ダッッ!!!」

 

 その直後、飛行場姫は最後の力を振り絞って自身の体に巻きついていた鎖を引きちぎり、艤装の類を展開していないように見えたマキナへと突撃を開始。

 即座に反応した小隊員が発砲し歩みを止めようとするものの、止めることは叶わず、飛行場姫は一心不乱に前に進み、距離を詰めていった。

 艤装は完全に潰されたが深海棲艦特有の怪力が無くなったわけではない。

 ましてや彼女は深海棲艦の上位個体。近づくことができれば素手で艦娘の装甲を破壊し殺すことができる。

 最後に艦娘を一人でも道づれにしようと手を伸ばした瞬間――――飛行場姫の腹部に何かが着弾し、強烈な力で

後方へと弾かれるように、吹き飛ばされた。

 何とか体を起こし、飛んできた何かを確認すると、それは初撃で飛行場の機能を消失させ、散々彼女に撃ち込まれた兵器、信管が作動しないよう設定されたⅤ1改だった。

 そして、艤装を展開していないように見えたマキナの後方、何もないはずの空間の一部が揺らめき、あそこから

Ⅴ1改が飛んできたのだろう、白い煙が上がっている。

 

 「後少し足りなかったな?」

 

 人を馬鹿にしたような笑みを浮かべるマキナの後ろの揺らめきが徐々に大きくなっていき、そこから34門のⅤ1改の発射口が顔を出した。

 飛行場姫は察する。これで、止めを刺すつもりだ、という事を。

 複数の甲高い音が響き渡る中で、マキナは別れの挨拶をするように軽く手を振った。

 

 「では、さようならだ。飛行場姫」

 「オノレオノレ模造品共ガァァァァ!!!」

  

 マキナが手を降ろした直後、発射された34発のⅤ1改は一発の例外なく飛行場姫へと殺到し着弾。

 艦娘の艤装として能力が半減しているにも関わらず、圧倒的な破壊力を発揮し、中心にいた飛行場姫を周辺の

風景ごと完膚なきまで消し飛ばした。

 盛大な炎と煙を上げる着弾地点を見据えるマキナに、近くで見学していたU-890は暢気に話しかける。

 

 「これで一連の作戦は終了ですね」

 「ああ、この作戦はな?だが、深海棲艦勢から素敵な宣戦布告をもらったんだ。まだまだ楽しめるぞ、戦争を」

 

 そしてマキナは炎を背にし、無線で大隊全員に呼びかけた。

 

 「こちらマキナ、大隊各員に伝達。深海棲艦司令官よりミレニアムに対し、宣戦の布告を受けた。

これよりミレニアムは深海棲艦と戦争状態に突入する!!!」

 

 飛行場全体がミレニアムの兵士の歓喜に包まれている中、マキナは虚空に向かって声をかける。

 

 「少佐殿、ここには我々を養うに足るだけの戦場が確実に存在しますよ?」

 

 

 

 

 

 その後、一通りの物資を略奪したミレニアムは素早く撤収し、日が昇る頃には、完膚なきまで破壊された飛行場基地と深海棲艦の残骸だけが残されていた。 

 

 

 




 少佐の発言で、英国と対等関係で宣戦布告をするなど、割とミレニアムを国として
扱っていたところもあるので、この小説ではミレニアムを国として扱ってます


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第8話 通商破壊戦

 二週間前、一夜にして深海棲艦の勢力圏内である、インドネシア・チルボン飛行場が壊滅した。生存者はゼロ。

 何者かに戦略物資を強奪された痕跡があり、この飛行場を統括していた飛行場姫の姿もどこにもなかった。

 この事件を皮切りに、相次いで飛行場・集積地・泊地が正体不明の何者かに襲撃され物資を強奪されるという事態が頻発する。

 こちらもやはり一夜にして壊滅し、それらの基地を統括していた司令官―――姫級・鬼級、防衛部隊共に生き残りはなし。

 深海棲艦勢は、哨戒・監視網を密にし、増設したレーダー群による監視を強めるものの、それをあざ笑うかのように監視網をすり抜け、基地が襲撃されていき、あまりの被害の多さに完全な勢力圏内であるはずの、ジャワ島の航空支援能力は極端に

低下していた。

 また、リンガ・ブルネイ・タウイタウイを中心とした東南アジアでの人類側との最前線の戦場では、海では数十隻の艦隊群、空では数百機もの爆撃・戦闘機群、陸では数十万もの陸戦兵力が、人類とそれに味方する艦娘との衝突を繰り返しており、リンガ前線への補給と航空支援を担当するジャワ島の基地群の機能低下は深海棲艦にとっては致命的な痛手だった。

 そこで深海棲艦勢力は徹底的な哨戒・監視網の強化と、今まで以上の大規模な輸送船団の派遣を決定。

 基地の修復と戦力の強化、前線への支援能力の拡充を図った。

 

 

 

 

 

――――1999年6月4日 AM1:00 インドネシア ジャワ島近海

 

 

 

 夜も深まった午前一時頃。月明かりが明るく照らす海に大量の黒い影がいくつも蠢き、群れを成して突き進んでいた。

 深海棲艦勢力のジャワ島に向け派遣された物資輸送船団である。

 その構成は、空母級1隻、戦艦級2隻、重巡洋艦級5隻、軽巡洋艦級2隻、駆逐艦級24隻で輸送艦級33隻を護衛するというものだった。

 全67隻、約15万分トンのもの戦略物資と兵士を積んだ船団は警戒を怠らず、約12ノットで西へと進路をとり、目的地へと向かっていた。

 目的地まで後四時間、夜明けと共に到着するだろうという時、輸送艦を中心に配置し周辺を囲う護衛艦隊の内南側、つまり船団側面を守る駆逐艦級のソナーがおかしなを音を捉えた。

 それは、探信音の群れ。

 複数の探信音が少しづつ、船団に向けて近づいてきていた。

 駆逐艦級はその音の正体は分からなかったものの、海を走る6本の雷跡から、潜水艦による魚雷攻撃と判断。

 即座に船団全体に報告し、艦隊全体が魚雷を避けようと回頭を開始。

 しかし、6本の雷跡はあろうことか、まっすぐ直進せず、それぞれ目標を定め、その目標に向けて進路を変え突き進んでいく。

 目標とされた6隻の艦艇、空母級1隻、戦艦級2隻、重巡洋艦3隻は必死で回避行動を行うものの、その雷跡は

どこまでも目標を追尾し、ついには船底に潜り込んで炸裂。

 対魚雷防御を施されているはずの大型艦艇が、ただの1発の魚雷で等しくすべて、巨大な水柱を上げ、底から持ち上げられるように割けた。

 引きちぎられ2つになった船体の断面から大量の海水が流入し、海面に重油と船の破片をまき散らしながらゆっくりと沈没。

 それを何もできず見ていることしかできなかった駆逐艦群は怒り狂いながら下手人の潜水艦の捜索始める。

 しかし彼らもすぐ沈没し始めた艦艇の後を追うこととなる。

 今度は空から飛来した34発のⅤ1改が軽巡洋艦と駆逐艦の群れに次々と着弾。

 戦艦の主砲クラスの威力を持つそれに軽巡洋艦・駆逐艦が対抗できるわけもなく、巨人の手のひらでぺしゃんこにするように、艦橋と主砲、そして船体を爆圧で押しつぶしていった。

 あっという間に、護衛艦艇すべてが無効化された輸送艦群は、船団を解き、蜘蛛の子を散らすように逃走を開始。

 しかし、輸送艦特有の足の遅さと、攻撃を仕掛ける者達の特殊性が災いし、10分もたたず、すべての輸送艦が狩られ、67隻もの輸送船団は、一隻の生存艦も残すことなく、海の底に消えていった。

 

 

 

 

 

 「ま、こんなもんか」

 「はぁー、すごく楽しかったです……」

 

 輸送船団を全滅させたマキナとU-890は通信回線を開き、会話を楽しんでいた。

 

 「絶好調じゃねえか」

 「工作・諜報任務も楽しいことは楽しいですが、やはり私達、Uボートの存在意義である通商破壊戦ほど心が躍るものはないですねっ!」

 

 とりわけ輸送船団襲撃作戦にかけるU-890の意気込みは凄まじく、作戦が完璧に成功した今この時、

見る者を魅了するような美しく、そして可愛らしい微笑みを浮かべていた。

 

 「しかし、空母1隻、戦艦2隻、重巡洋艦3隻、輸送艦3隻の戦果とは。Uボートの先輩方に良い報告ができそうです!」

 「いや、お前のその魚雷は卑怯臭いからな…というか最初の攻撃、

よく全弾命中したな」

 

 U-890が今回の作戦に使用した魚雷は、 533mm魚雷改。

 接触信管ではなく磁気信管を使用し、魚雷防御の施された側面ではなく、泡の膨張と収縮を利用し構造物を破壊するバブルジェットによる防御力の弱い船底破壊を狙い、マキナより送られてくる位置情報と、魚雷に備え付けられたソナーとで目標を追いかけ、船底に潜り込んで起爆する。

 そして過剰な攻撃力を持たされた追尾魚雷はその性能を遺憾なく発揮し主力艦6隻と輸送艦3隻を沈める大戦果を挙げた。

 

 「だが、この作戦、群狼作戦に分類されんのか?」

 「うーん、群狼作戦の条件は潜水艦3隻以上ですけど…私達、潜水艦1隻と飛行船1隻ですから、分類されないと思います。でも――――」

 

 割とどうでもいい会話をだらだら続ける二人。するとマキナの方に通信が入った。

 

 「――――ん? おっと、深海棲艦・集積地制圧部隊より、作戦完了の通信だ。

俺は今から、あいつらと強奪した物資を拾って帰るから、お前は先に本拠地に戻れ」

 「了解です」

 

 二人はもはや重油と艦艇の残骸が残る海域に見向きもせず次の作戦行動に移って

行った。

 

 




 この護衛船団は、二次世界大戦中、ソビエト連邦に送られた連合国軍の援助物資輸送船団のうちの一つ、PQ17船団をモデルとしています。


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第9話 致命的な弱点

――――1999年6月14日 AM12:00 オーストラリア連邦領 クリスマス島 ミレニアム本拠地 『ヴァルハラ』

 

 

 

 

 インドネシアのジャカルタの南500kmの南緯10度30分、東経105度40分に位置するオーストラリア連峰領のクリスマス島。

面積は 143km²で、その63パーセントが国立公園になっており、熱帯雨林で覆われ、人口は1500人程度の小さな島だったが、深海棲艦の侵攻の際、オーストラリアが真っ先に占領され政府との連絡が取れなくなったことで、この島のすべての住人はマレーシアへと避難。

 人類側に放棄されたこの島は、深海棲艦勢にも見向きもされず、放棄され徐々に自然に飲まれ始めた町と、寂れた飛行場だけが残り、このまま忘れ去られる

――――はずだった。

 しかしミレニアムは東南アジアとの前線が比較的近いこの場所に注目し、拠点化を開始。

 深海棲艦より略奪した豊富な物資と、人間と比べものにならないほどの体力をもつ吸血鬼大隊、割とぶっとんだ存在である妖精さんの力で瞬く間に、地下を掘り進め、建物の建造し、荒れ果てた港の機能を取り戻し、軍事拠点化を進めていった。

 そして拠点化を開始して1か月という短い間に、マキナの船体がすっぽり入る、巨大な地下格納庫と様々な機能を持つ地下要塞、巧妙に隠された飛行場に港、そして島の絶壁に作られたU890専用の整備基地が建造された。

 かつて南米のジャブローにミレニアムの本拠地を建造した経験を存分にいかした、この本拠地『ヴァルハラ』には作戦行動に必要な物すべてが揃っていた。

 その本拠地『ヴァルハラ』港に工廠の傍に併設された開発室にて――――

 

 「くそがぁぁぁぁ、また失敗だ!!!」

 

 マキナの絶叫が響き渡った。

 開発室には絶叫の声を上げるマキナと、バツの悪そうな顔をしているU890、のほほんとしている副艦長と妖精さん。

 そして開発用であろう膨大な資源と、妖精さんの力を借りて開発した兵器――――小型化した金型となる兵器が、これまた大量に転がっていた。

 艦娘と妖精さんの力を借りて艤装などの装備を作りだす『開発』というものは、艦娘が属していた軍が使用していた、または使用する計画が立てられていた兵器群などを資源からランダムで作り出す、開発というより召喚に近い機能だった。

 マキナは、この機能をもってミレニアムが作り出したある兵器を召喚し、自身にある致命的な弱点を払拭しようと画策していた。

 マキナに存在する致命的な弱点、それは――――対空兵器の類が一切ないこと。

 

 

 

 もともとマキナには対空機銃などはなく、対空ミサイルに頼っていた。

 しかし、第二次ゼーレベェ作戦においてマキナは自身に搭載する兵器をすべて対地ミサイルⅤ1・2改にし、飛行船で運用できるよう改造された対空ミサイル『Hs 117改』『ヴァッサーファル改』は一切積まなかった。

 というのも作戦時には、イギリス空軍をミレニアムのスパイとグールが抑える手はずになっており、戦闘機の類は上がってはこないという予想から、艦のリソースはすべて対地ミサイルに振り分けられていた。

 そのおかげで戦闘機は上がってこなかったが、その代わりにヴァチカンの第二次空中機動十字軍が指揮する戦闘ヘリにぼこぼこにやられ自身が死ぬ要因の一つとなっている。

 

 

 

 こちら側に来た時も装備はゼーレヴェ作戦時のままであり、やはり『Hs 117改』『ヴァッサーファル改』は積まれていなかった。

 先の飛行場強襲作戦や通商破壊戦など、航空機が上がってこられない夜間や、徹底した先制攻撃による航空機・滑走路破壊、ヴェルンハルト小隊による、夜間戦闘機の潜入破壊工作、複合レーダーとピンポイントジャミングを

駆使した深海棲艦の哨戒・監視網の突破など、あの手この手で航空機と対峙することを回避。

 もし、航空機などに見つかってしまった場合、最高速度98ノット(約181km/h)と複葉機以下の速度しか出せないマキナは確実に、逃げ切れない。

 徹底した生存者の刈り取りも、生存者の証言から自身の弱点が露呈することを

防ぐためであった。

 

 

 

 そして強奪した資源を持って、何とか二つの装備を開発し、自身に配備しようと気合を入れ開発をしていたのだが――――とにかく出ない。

 この開発というものは、自身が属していた軍の兵器群を作り出す、というものだ。

 その条件の中にミレニアムという軍以外にも広域的な意味でドイツ第三帝国と戦後ドイツ軍いう条件も入っていたらしく、そしてナチス親衛隊、陸軍、海軍、空軍の兵士が入り混じっていたマキナの開発できる兵器の範囲は絶望的なほどに広がってしまっていた。

 

 

 

 ―――なんだこの『FuMO25 レーダー』とかいうのは!? これで3回目だぞ!

 

 ―――『SKC34 20.3cm連装砲』!? 装備できねえわ! 

 

 ―――『38cm連装砲改』!?もっと装備できないわ!! 

 

 ―――これは…『マウス』!?こんなもんどうしろっていうんだ! 

 

 ―――んっ?!『キャベツ育成器』?!誰だこれ兵器の分類にいれたの!

 

 

 

 開発回数は数百に超え、目的のものは一向に出ず兵器の山がいくつも出来上がっている状況。

 マフィアも逃げ出す凶悪な顔をし、口から白い煙のようなものを吐き出しながら開発を続けるマキナと、それを若干涙目になりながら宥めるU890、そして仕舞いには、兵器の山の中で遊びだす開発担当の妖精さん達と副艦長というカオスな空間が広がっていた。

 

 「おいコラ妖精共…やる気あんのか?!」

 「マ、マキナさんっ、これとかどうですか!?『NH90』汎用ヘリコプターに…え、えーと、あっ『EC665 ティーガー』攻撃ヘリコプターが開発されていますよっ!?」

 

 一人の開発担当の妖精さんの頭を引っ掴み持ち上げ左右に振り、問いただすマキマだが、妖精さんの頭はマシュマロのように柔らかく対して効いていないどころか、アトラクションのように楽しんでいた。

 次々に生み出される兵器の山から有用そうな物を必死で探しだし、フォローをしようとするU890を尻目に、傍で見物していた副艦長がとんでもないことを言い放った。

 

 「いやぁー艦長の運が悪すぎるだけなのではー(笑)」

 「…………」

 「い、いやーマキナさんっ!!!も、もうお昼時ですねっご飯!!!ご飯食べに行きましょう!!!」

 

 こめかみに青筋を浮き上がらせ、艤装を展開し、遊んでいる妖精さんを開発室諸共吹き飛ばそうとするマキナと、もはや、半泣きになりながら腰にしがみ付いてその暴挙を止めようとするU890。

 何とか昼飯の気分転換を提案することで、怒りを宥めることに成功したU890は、開発室のドアを蹴り飛ばすように開けて出ていったマキナの後を足早に追いかけていき、開発室には好き勝手に遊んでいる妖精さんだけが残されていた。

 

 

 

 気分転換に昼飯を食べることにした二人は、地下に建設された大きな食堂へと足を運んでいた。

 ちょうど昼飯時だからか、食堂にはたくさんの隊員と妖精さんが訪れており、活気に満ちている。

 棚からトレイを取り、バイキング方式にて提供される料理を取り分け、席を探す二人はちょうど並びで空いている席を見つけ、その席の向かいに座っている隊員に声をかけた。

 

 「ここいいか?」

 「ああ、艦長!どうぞどうぞ!」

 

 向かいの隊員からの快諾を得たマキナとU890は、座って出来立ての食事を堪能しながら、向かい座っている二名の隊員達と雑談を始めた。

 

 「どうだ?()()()の料理は?」

 「いやー、いいもんですなやっぱり。血も美味いですが、やはり昔から食べているものが一番ですわ」

 

 隊員たちが食べているものは、ツヴィーベル・ズッペ と呼ばれるオニオンスープとパン、主食にフレンキッシェカルフェンという鯉のから揚げとフィンケンヴェルダーショレという名前のカレイのソテーという、血以外の物をそれぞれ食べており、吸血鬼特有の拒絶反応は起きてはいなかった。

 

 本来ならミレニアムで作られた人工吸血鬼は通常の吸血鬼と同じく、血以外の物を摂取することはできない。

 しかし、マキナに召喚された彼らは、艦娘と繋がっているため、血液を介して他者と融合する吸血鬼の本質ともいえる能力がつかえない。

つまり、人工吸血鬼の場合、血を吸った相手をグールにする能力を失うことになる。

その代わりに、吸血鬼特有の弱点が緩和していた。

 

 食事と軽い雑談を終えたマキナとU890は、目的の物を手に入れるため、足取り重く再び、開発室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 




 ミレニアムの食料問題と、やっかいなグール製造能力を無理やり解決…
 批判もあるかと思いますが、これでお願いします…
 
 


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艦船設定 

     艦船

 

――――ミレニアム所属 空中艦隊旗艦 空中戦艦Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)

 

     性能緒元 

     

  全長:444m

  全幅:74.1m

  巡航速度:58ノット(約107km/h)

  最高速度:98ノット(約181km/h)

  航続距離:16000㎞ (無風巡航時)

  

     

     兵装

 

  Ⅴ1改(対地対艦仕様)発射口  34門

  Ⅴ2改(弾道ミサイル)発射口  4門

  兵員射出カタパルト

 

 

     レーダー

 

  複合レーダー

  対空捜索レーダー 1基

  対水上捜索レーダー 1基

  対地上捜索レーダー 1基

 

           

     FCS(射撃管制装置)

 

  ミサイル射撃指揮装置

 

        

     C4Iシステム 

 

  統合戦術情報伝達システム

  航空機管制システム

 

    

     電子戦

   電波妨害装置(ECM・EPM・ESM)

 

 

     兵員

 

  ミレニアム所属 吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団

 

 

 

 

 

 第二次ゼーレヴェ作戦においてミレニアムが使用した空中艦隊の旗艦であり、気嚢部分がすべて装甲で覆われた全金属製飛行船。

 装甲は特殊軽金装甲であり、作戦時には第二次空中機動十字軍の攻撃ヘリコプターUH-1より発射された、70㎜無誘導ロケット弾 Mk4 FFAR を複数発、直撃を受けても平然と飛行するほど堅固なもの。

 また、船体を覆う装甲と、船体各部にある無数のプロペラから生み出される推進力によって、従来の飛行船の弱点でもある悪天候、強風下でも安定して飛行が可能であり、格納庫にUボートの船体を格納したまま飛行するなど積載能力も高い。

 兵装は船体下部側面に、左右17門づつ、合計34門のⅤ1改巡航ミサイル、船体上部のハッチに4門のⅤ2改弾道ミサイルという打撃能力と、強力な作戦指揮能力、そして通信基地としての役割を持つ。

 兵員は、全員が人間の兵士とは比べものにならないほどの身体能力を持つ、人工吸血鬼の吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団で、射出カタパルトにより即座に展開することができる。

 弱点は対空能力の欠如と、複葉機にすら負ける足の遅さ、そして、馬鹿でかい図体による被弾面積の高さ。

 仮に戦闘機、攻撃機に捕捉された場合、大した抵抗もできず袋叩きに会う。

 本人もそれを分かっているため、今現在深海棲艦への攻撃は夜間に限り、遊撃戦のような形となっている。

 

 

 

 

 

――――ミレニアム所属 UボートIXC/40改良型 U-890

 

 

     性能緒元 

     

  全長:76.8m

  全幅:6.8m

  排水量:水上1,120t・水中1,232t

  最大速度:水上21ノット・水中15ノット

  航続距離:14,000㎞ (水上時)

 

 

     兵装

 

  533㎜魚雷発射管  6基

  37㎜機関砲     1基

  特殊潜航艇     1隻

  特殊工作艇      1隻

 

 

     レーダー

  

  対水上捜索用   1基   

 

 

     ソナー

 

  統合式ソナー

 

 

     C4Iシステム 

 

  潜水艦情報処理装置

          

 

     兵員

 

  ミレニアム所属 ヴェルンハルト小隊

 

 

 

 

 

 かつて大英帝国の海上補給路を徹底して締め上げ、崩壊寸前まで追い詰めた潜水艦群『Uボート』の生き残り。

 ミレニアムにより徹底的に改良され、欧州での諜報・工作任務に従事した。

 兵装は533㎜魚雷改良型。

 接触信管ではなく磁気信管を使用し、魚雷防御の施された側面ではなく、泡の膨張と収縮を利用し構造物を破壊するバブルジェットによる防御力の弱い船底破壊を狙い、マキナより送られてくる位置情報と、魚雷に備え付けられたソナーとで目標を追いかけ、船底に潜り込んで起爆する。

 兵員は諜報・工作部隊のヴェルンハルト小隊。

 深海棲艦との戦争が始まってからは、破壊目標の戦力分析、高射砲の座標取得、夜間戦闘機の潜入破壊工作など多岐に渡り、マキナとミレニアム大隊の作戦行動を支援している。

 

 

 

 

 

 

 ※ここからは読み飛ばしても影響はありません

 

 

 

  マキナの船体考査

 

 HELLSINGの小説を書くにあたり、一番悩んだのはマキナの全長です。

 色々資料をあたったのですが、どこにも書かれていませんでした。

 そこで、参考にしたのが、第二次ゼーレヴェ作戦時、マキナの周辺を飛んでいた小型の飛行船の一隻、ゾーリン・ブリッツ中尉がヘルシング本部にカチコミをかけた時に使った、『グラーフ・ツェッペリンⅡ』という飛行船です。

 実はこの飛行船だけは現実に存在していました。

 『LZ 130 』『グラーフ・ツェッペリンⅡ』、硬式飛行船の歴史に終止符を打つことになった、『LZ 129 』またの名を『ヒンデンブルク』の改良型、

ヒンデンブルク級飛行船の二番船です。

 ミレニアムは第二大戦時の外見をそのままに性能を向上させるという傾向にある

(Ⅴ1改の発射時に擬音がパルスエンジンではなくジェットエンジンなこと、命中率がⅤ1よりも明らかに高く、現代の誘導方式を使っていることが分かるにもかかわらず、先端部分に距離計の風車を残している)ことから、おそらく小型の飛行船も実物と同じ大きさだろうと判断しました。

 こちらが『グラーフ・ツェッペリンⅡ』の性能です。

 

   乗員: 約40名

   乗客: 最大約40名

   全長: 244 m

   直径: 41.2 m

   ガス容量: 200,000 m³

   浮揚重量: 10,000 kg

   エンジン: ダイムラー・ベンツ16気筒985馬力ディーゼル・エンジン4基

   最高速度: 131 km/h

 

 このデータとヘルシングOVA5巻、月を覆うように空中艦隊が出現するシーンで、

マキナと小型飛行船の直径の対数比がわかったので、上記のデータを当てはめて計算しました。

ぶっちゃけ、これだけ大きくしても、Uボート、財宝、兵器群、誘導兵器群、装甲を乗せるだけの浮力はたぶん確保できませんが、たぶん物理法則を無視して、壁を歩いたり二段ジャンプする吸血鬼の研究技術を利用したんでしょう(適当)

 

 

 

 兵装はOVA5巻、首都ロンドン攻撃時に、マキナから発射されたⅤ1改の煙の筋が片側17本、両側から発射している描写があったので、Ⅴ1改発射口は左右合わせて

34門としました。

 Ⅴ2改は発射する描写がなかったので完全な空想です。

 兵員射出カタパルトも何本あるかわかりませんでした。

 

 

 

 飛行船の種類に関しては、70㎜無誘導ロケット弾を複数弾食らってもびくともしない、着陸時に周辺のビル群をぶっ壊しながら強行着陸をする、本来なら羽布を張っている場所に、デブの少佐が立って指揮をしても一切たわんでいない、ドクが少佐に避難を促す時にする足音が明らかに硬いものを踏む音、などから硬式飛行船ではなく、第二次世界大戦前、アメリカ海軍が造ったものの当時の技術力では不完全で、主力飛行船型には採用されなかった全金属製飛行船としてます。

 

 

 

 作戦指揮能力は、車を飛ばして移動するインテグラ・ヘルシングの居場所を割り出し周辺に展開する部隊に正確に伝達する、生存している大隊、空中機動十字軍、ヘルシング機関の人数を正確に把握する(アーカードの中身を除く)などから、高く設定しました

 

 

 

 




次の話では、人類側の主役とヒロインがようやくでます。




 どうでもいい話ですが、成層圏プラットフォームという計画(成層圏に無線局を設置するしサービス向上を図る)に飛行船が研究されているらしいですね。
 もしかしたら、200mを超える飛行船をこの目で見ることができるかもしれません。
 ちなみに開発研究の指揮をとっている、人類の課題に応え、新しい産業を生み出す大胆な技術革新に取り組む計画の総称『ミレニアム・プロジェクト』というらしいですよ
 どうでもいい話ですが。


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第10話 不穏な影

 1994年、全世界を覆い尽くすほどの深刻な電波障害と共に、ハワイ・オワフ島より、現れた深海棲艦と呼ばれる軍隊が出現、第二次世界大戦で使われた兵器の形を象っていた奴らは、交渉の一切を無視し人類殲滅を掲げ、全世界に対し侵攻を開始した。

 

 オワフ島を中心とし、東西南北に侵攻を開始した深海棲艦に対し、国際連合は連合海軍を組織し反撃を試みるも

先の電波障害での影響が尾を引き、また圧倒的な深海勢力の物量により各戦線で敗北し連合海軍は壊滅。

 太平洋の制海権を深海棲艦に奪われ、太平洋に隣接する島々にも深海棲艦の魔の手が迫った。

 

 各国共に防衛線を張り、必死に防ぐものの、ついには食い破られ内陸部への侵入を許してしまう。

 

 

 

 まず南ではオーストラリアが陥落、深海勢力の手に落ちた。

 そして、そこを足場に東南アジア、南米へと進軍を始め、先進国と違い脆弱な国力しか持たない国々は次々と落されていき、東南アジア方面ではマレーシア本島のシンガポール、南米方面では南米大陸の沿岸部全域が――――

 

 

 

 北ではアリューシャン列島を伝いユーラシア本土へと進撃、ソ連崩壊の影響を引きずっていたロシア連邦はこの動きに対応できず、また深海勢力も戦力を割いているのか、極東ロシア全域が―――

 

 

 

 東では深海棲艦の大部分が差し向けられているのか、カナダ・アメリカの沿岸が制圧され、パナマ運河をも奪われ、そこから大西洋に深海棲艦が入り込み、ヨーロッパの航路を脅し始め―――

 

 

 

 西ではフィリピンの首都マニラ手前まで、深海棲艦の版図は広がっていた。

 

 

 

 日本もこの深海棲艦との大戦と無関係ではいられなく、横須賀基地に駐屯していた、アメリカ軍第七艦隊と共に

出撃した、派遣艦隊の壊滅を皮切りに、東南アジアでの潜水艦によるシーレーン破壊、そして極東ロシアを版図に加えた深海棲艦の北海道侵攻と、オワフ島より直接派遣された、空母級32隻、戦艦級24隻、駆逐艦級400隻、上陸艦艇、輸送艦級2500隻、上陸戦力107万人による日本本土進攻が行われた。

 

 この二つの侵攻作戦は海上自衛隊の壊滅と、航空自衛隊、陸上自衛隊の半壊と引き換えに、侵攻部隊の壊滅させ侵攻退けるという結果で幕を閉じた。

 これは、レーダー、通信が使えないとはいえ、第二次世界大戦を模した戦闘機が追い付けない速度で飛行する、ジェット戦闘機群の集中運用と、電波障害下でも高い命中率を誇る主力戦車、豊富な携帯火器を持つ兵士、そして

本土である事を生かしたゲリラ戦、大量に配置された機雷原を複数個所侵攻ルートに配置し、敵戦力をあらかじめ削ぐことができたため。

 それでも一番の要因はアメリカ大陸、ユーラシア大陸制圧に深海棲艦の軍隊の大部分を差し向けており、日本にはごく一部の部隊しか(あれだけいても深海棲艦から見れば片手間程度)派遣されなかったためだが。

 

 

 

 日本は近海に沈んだ大量の深海棲艦の残骸を引き上げ解析、そして深海棲艦がコインの裏だとするなら表の存在である、第二次世界大戦時の艦艇の魂を持ち、自身の魂を持つ艦艇を手足のように操る『艦娘』を召喚することに成功した。

 

 

 

 『艦娘』という存在は召喚した国が第二次世界大戦時保持した艦艇の中から召喚される。

このことから第二次世界大戦時にはアメリカ、イギリスに次ぐ艦艇を保持していた日本が非常に優位となる。

 外見は女の子であるため、戦場に出すのはどうか、深海棲艦から解析して造りだしたものを、すぐに使っていいのかという意見も見受けられたが、先の戦いによって海上自衛隊の艦船は乗組員と共に壊滅しており、単独で船体を動かし、数も容易に揃えられる、そして女の子の姿でも身体に艤装を展開すれば戦車大隊すら単独で相手取れる『艦娘』は人手不足と艦艇不足に喘ぐ海上自衛隊の面々からは魅力的に映った。

 

 

 

 海上自衛隊は様々な反対意見を黙殺して艦娘の運用を開始。

 それにともない各国と艦娘召喚の技術を配布を餌に交渉を始めた。

 本来なら艦娘召喚技術は重要な軍事機密として隠匿すべきものでもあるが、二度の戦いと、シーレーン破壊による疲弊がピークに達しており、一刻も早く現状の打開をしなければならないところまで追いつめられていた。

 こうして深海棲艦が現れ始めて3年後の1997年1月1日、各国で艦娘による反攻作戦が実施された。

 日本も近海の制海権を奪取し、ヨーロッパから派遣された艦娘の力も借り、東南アジアでの反攻作戦を開始、深海勢力を押し返すことに成功し、リンガ・ブルネイ・タウイタウイに防衛線を構築することに成功していた。

 

 

 

 しかし、深海棲艦側は押され始めると、世界各地の要所に陸上型深海棲艦を棲着させ始めた。

 この個体は 飛行場、港湾、泊地などに棲着し、単体で基地としての機能を統括する、司令官のような役割を持ち、自身の基地に配備されている戦闘機、爆撃機群も統括し操ることができる。

 陸上型深海棲艦は移動できないという欠点を持つものの、その力は強力で、船体を沈めれば終わる艦艇型深海棲艦と違い、陸上型は人間型の深海棲艦を殺さなければすぐに復旧してしまう。

 

 

 

 人類側も陸上型艦娘は召喚できなかったものの、妖精さんが指揮操縦する飛行隊を設立。

 妖精さんは戦闘で撃破されても、いつの間にかケロッとした顔で戻ってくる不思議生物で、艦娘が開発した戦闘機・攻撃機しか操縦できないものの、人的被害はなく、機体の補充も資源さえあれば妖精さんの力を借りて補充も容易という利点があった。

 これを用い、陸上型深海棲艦に対抗、日夜世界中で、海では大規模な海戦が繰り広げられ、空では戦闘機・爆撃機・攻撃機が際限なく散っていき、陸では、各国陸軍と艦娘が深海棲艦軍と激突を繰り返していた。

 

 

 

 徐々に押し始めているとはいえ、泥沼の深海勢力との戦いから、二年半後の東南アジア方面でゆっくりと戦況が動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

――――1999年7月1日  リンガ軍港 提督執務室

 

 

 

 「どうなっているんだ一体……」

 

 東南アジア方面での最前線の一つ、リンガ軍港で一人の軍人がそう呟いた。

 黒い髪をオールバックにし、鋭い眼光を持ち、日本人にしては高い身長を持つ男性。

 彼の名前は、東条遥人少将。

 32歳という若さで少将に任命され、海上自衛隊より派遣された、艦娘の艦艇のみで構成された『東南アジア支援艦隊』のリンガ前線を担当する提督である。

 

 本来なら、海上自衛隊の少将の位は、海将補と呼ばれるはずで、このような若い歳の者が就けるものではない。

 だか、これは海上自衛隊が置かれている状況に深く関与していた。

 

 

 

 二度の本土進攻に見舞われ、海上自衛隊、航空自衛隊、陸上自衛隊共に深いダメージを負ったのだが、とりわけ人的被害が高かったのは、やはり海上自衛隊だった。

 墜落しても陸の上ならばパラシュートを開いて脱出し、うまくいけば歩いて自陣営に戻ることができる航空自衛隊や、撤退が可能な陸上自衛隊と違い、海の上というある意味孤立無援な場所で戦わなければならず、また、艦艇が沈没し内火艇で脱出したとしても、ジュネーブ条約など知らないだろうし、知っていたとしても人類の全滅を掲げる深海棲艦が逃がすわけもなく、徹底的に掃討された海上自衛隊は深刻なダメージを受けていた。

 

 

 

 本来なら東南アジアなどに戦力を割く余力などなかったが、シーレーン破壊が続けばこの現状の打開は難しいだろうと考えた日本政府は、東南アジアへの戦力の派遣を海上自衛隊に打診、この時にはある程度の艦娘運用のめどがついていた海上自衛隊は艦娘すべてを東南アジアに派遣することを決定した。

 これについては、艦娘の運用データの取得と、深海棲艦を解析して召喚された艦娘が反逆をした場合に備え日本から引き離すという目的もあった。

 

 

 

 この『東南アジア支援艦隊』を指揮する任務は、最初から長期間の過酷な任務になることが予想されており、なおかつ幹部は海上自衛隊の再建という重要な任務があったので、比較的年齢が若く、柔軟な発想で艦娘と交流できる士官を選び任命、他国の軍隊とも交渉の機会があるだろうと予想し、また現場での混乱を少しでも避けるため、本来なら海将補と呼ばれる地位を少将に変更し、派遣任務に従事する士官に授けた。

 

 それが、彼が32歳の若さで少将に任命された経緯である。

 

 

 

 その彼が見ていた資料にはここ二か月ほどの深海棲艦との戦いが記録されおり、その資料を見ながら眉をひそめていた。

 彼が眉をひそめた原因は何も人類側が惨敗を喫しているからというわけではない。

 むしろ各戦線で勝利を収めていた。 ()()()なほどに。

 

 

 

 2年半前の人類の反攻作戦以来、東南アジア戦線では、少しずつ人類側が押しているとはいえ、ほぼ停滞しているといっていい。

 というのも、海の方は艦娘の力を借りて押しているとはいえ、陸の方の陸上型深海棲艦が問題であった。

 

 陸は主に東南アジア各国の陸軍がスマトラ島奪還作戦を指揮しているのだが、やはり戦闘による被害が大きく作戦は遅々として進まず、また艦娘も海の方に専念しており、そうそう陸の支援できず、そのせいでジャワ島より飛来する深海棲艦基地の航空隊による攻撃に悩まされていた。この間までは―――

 

 

 

 しかし、2か月前より状況が変わる。

 ジャワ島より飛来していた航空隊が激減し、それに伴いスマトラ島に展開していた深海棲艦軍の攻勢が徐々に弱体化、これを好機と見た東南アジア連合陸軍は、一大攻勢作戦を発令し進軍を開始。

 今まで深海勢力と骨肉の争いをしていた、パレンバンを奪還、そのまま猛烈な勢いで押し返し、スマトラ島より深海棲艦軍をたたき出した。

 海の方も進攻する深海棲艦の艦自体が減少し、日夜激突していた艦娘と深海棲艦の海戦自体が減少方向にある。

 

 

  

 本来なら人類側が勝利を重ねていることは、喜ぶべきことだが、あまりにも不自然すぎた。

 深海棲艦自体の力が弱まっているのかと思い、他の前線に確認を取るものの、他はいままでと変わっておらず、

 大攻勢の準備をしているのかとも考えたが、そういう様子はなく、この不可思議な現象はリンガ周辺のみで起こっているらしい。

 

 

 

 資料を何度も確認し深海棲艦の意図を探ろうと思考の海に埋没していた東条提督が、ドアをノックする音に反応し思考の海から脱したのは30分後のことだった。

 

 「入れ」

 「失礼するわ」

 

 あらかじめ誰がくるか想像がついていた提督はノックをする人物を確認もせずに通し、ノックをした人物もそれが当たりというように、ためらいなくドアを開けた。

 

 入ってきた人物は端正な顔立ちに自信の宿った勝気な瞳、長く美しい金髪の髪と、モデルのような体形に軍服を アレンジしたような恰好をした女性――――

 東条提督の秘書官であり東条提督が最も信頼を寄せる女性―――

 第二次世界大戦のドイツにおいて大英帝国の象徴ともいえる戦艦を沈め、最新の戦艦を大破させた、ドイツの巡洋戦艦―――Bismarck級戦艦1番艦  Bismarck(ビスマルク)の艦艇の魂を持ち、ドイツ政府から日本政府に、数隻のドイツ艦艇と共に、『東洋艦隊』として東南アジア解放という名目で ()()()()()()()艦娘――――ビスマルクが立っていた。

 ビスマルクは入ってくると素早く敬礼をし、東条提督に、自信を漲らせたままこう告げた。

 

 「作戦終了、艦隊が母港に帰還したわ」

 

 

 




 ※日本侵攻作戦はコロネット・オリンピック作戦を参考にしました。
 ※売り飛ばされたといっても別にエロい方面ではなく戦力面ですので、あしからず


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第11話 様々な思惑

 深海勢力との大戦の影響が最も少ない地域はどこか?

 そう問われれば、ある程度戦況の知っているものなら、すぐにこう答えるだろう。

 

 「欧州地域だ」と。

 

 5年前より始まった大戦によって、この世界の力関係は大きく変化した。

 

 

 膨大な人口を持つ中華人民共和国は極東ロシアを拠点に侵攻してくる深海棲艦軍に対し次々と自国民を徴兵し戦場に送り出すことで何とか食い止め、

 

 

 かつて東側盟主のソ連の後を継いだロシア連邦にいたっては、自国領土の汚染も厭わない徹底的な核兵器による防衛で深海棲艦軍の進撃を阻止。

 

 

 そして深海勢力の大部分の軍隊を差し向けられた、第一次世界大戦、第二次世界大戦の戦勝国であり、その後の東西冷戦において、西側盟主として、東側盟主のソ連と戦い、そして勝利した世界最強の軍隊を持つアメリカ合衆国は、、東海岸、パナマ運河を喪失。

 内陸部、大西洋への侵攻を許してしまっていた。

 それでも通常の国ならば、一夜も持たずに滅亡するほどの軍隊を派遣されても、内陸部で防衛線を引き、膨大な深海棲艦軍を食い止め、粉砕し、日本から召喚技術を得た艦娘を次々生み出し、戦線に投入し続けられるのは、合衆国に勝利をもたらし続けた、屋台骨とも云える強大なアメリカ陸海軍の軍事力と圧倒的な工業力のおかげだった。

 

 

 ところ変わって欧州地域、パナマ運河と南アメリカ大陸から流れ込んでくる深海棲艦の数は多いものの、大半は

アメリカ合衆国の攻撃に回され、大西洋に展開する深海棲艦は少数であり、

しかも欧州地域も日本から、援軍を派遣することを条件に艦娘召喚技術を受け取って、艦娘の運用を始めており、次々と深海棲艦を撃破するという成果を上げていた。

 

 

 欧州地域、とりわけイギリス、フランス共和国は沸き立つ。

 今回の大戦で、たとえ勝ったとしても、今まで世界をリードしていたアメリカ合衆国、欧州地域の仮想敵国であるロシア連邦、強大な軍事国家になりつつある中華人民共和国の凋落は確実。

 加えて艦娘を非常に有用な兵器と認識しているイギリスと、フランス共和国は、第二次世界大戦時には世界第二位、第四位の海軍力を有しており、呼び出せる艦娘も多い。

 この二か国は、第一次世界大戦以来、徐々に自分たちの手から離れていった世界の覇権が、再び自分たちの手に戻りつつあることを感じていた。

 

 

 しかし重大な懸案事項もある。

 それは、フランス共和国の隣にある国、かつての、ドイツ第三帝国・ドイツ海軍所属、大英帝国の海上補給路を徹底的に締め上げたUボートの艦娘を召喚できるドイツ連邦だった。

 

 

 

 第二次世界大戦では1,131隻ものUボートが建造されている。

 それに加え、潜水艦の艦娘は生身でも艤装を展開すれば、商船を容易に沈めるだけの雷撃力と、潜水能力という特殊潜航艇の完全上位互換ともいえる力を持っている。

 もしそれが、すべて艦娘として召喚された場合、レーダー、ソナーの使えない軍用艦、一般船舶には、1,131隻もの潜水艦艇とそれと同数の艦娘は重大な脅威となる。

 ただでさえ、ドイツのUボートのトラウマにより、ドイツ連邦には冷戦終結まで、排水量500tクラスの小型潜水艦しか保有を許さなかった欧州がこれを見過ごすはずがなかった。

 

 

 ここでイギリス、フランス共和国が動く。

 欧州各国と協力しドイツ連邦に対し要求を突き付けた。

 その要求とは、艦娘召喚の研究の放棄と艦娘の所有の禁止。

 その代わりとして東西ドイツ統一による悪影響を引きずっていたドイツ連邦に対しての十分な経済支援。

 

 

 この要求を拒否する事で欧州で孤立することを恐れ、また支援を必要としていたドイツ連邦はこの要求を受諾。

 今後ドイツでは艦娘召喚の研究と艦娘の所有は禁止されることとなった。

 

 

 しかし、少数とはいえ、召喚していたドイツ艦娘をどうするかについて議論を呼んだ。

 

 

 ここでまたしてもイギリス、フランス共和国が動いた。

 艦娘召喚技術提供と引き換えに、欧州からの援軍を要求していた日本に対し、支援物資と召喚していたドイツ艦娘をすべて送り込むことで、自分の身を一切切らず、要求を満たしつつ、ドイツ艦娘を合法的に始末もできるという、腹黒貴族の面目躍如ともいえる方法で話を進めていった。

 

 

 こうして、ドイツ連邦で先行して召喚されていた、『戦艦Bismarck』、『航空母艦Graf Zeppelin』、『重巡洋艦Prinz Eugen』、『駆逐艦Z1 』、『駆逐艦Z3』、『Uボート潜水艦U-511』は支援物資を満載した輸送船団と共に、イギリスとフランスの艦娘に護衛され、『東洋艦隊』の東南アジア解放軍という名目で日本に派遣、もとい引き渡されることとなり、以後、海上自衛隊の艦娘として組織に所属し、1997年1月1日、世界中での反攻作戦に同調して日本でも行われた東南アジアでの反攻作戦を筆頭に様々な作戦に参加する事となった。

 

 

 

 

 

――――1999年7月1日  リンガ軍港 提督執務室

 

 

 

 「………確かに不自然ね」

 

 東条遥人少将は、勢力圏内に入り込んだ深海棲艦の排除任務から帰投したビスマルクに先ほどの資料を見せ、意見を聞いていた。

 

 

 東南アジア解放軍として、日本に送られてきた当初は、祖国から見捨てられ売り飛ばされたという事実によって精神が不安定で、荒れに荒れていたビスマルクだったが、反攻作戦初期からずっと組んできた東条遥人少将と、同じ境遇のドイツ艦娘達、そして暖かく迎え入れてくれた日本の艦娘達によって、落ち着きを取り戻していき、今では豊富な実戦経験を存分に発揮し、東条遥人少将の秘書艦としてその手腕を振るっていた。

 

 「たしか君は最近深海棲艦の様子がおかしいと報告書を上げていたのはこのことか?調査中と書いてあったが」

 「ええ。この資料に書かれている通り、空襲の数も激減して、深海棲艦との海戦もやりやすくなったことも感じていたわ。ただ……」

 「ただ?」

 

 珍しく言いよどむビスマルクに、少しでも情報がほしい東条提督は続きを促す。

 

 「本当は確信を得てから報告したかったんだけど……」

 

 そう前置きし、最近の深海棲艦から感じたの違和感を話し始めた。

 

 「知っての通り、深海棲艦は人類と、艦娘に強い憎悪を向けているわ。理由は知らないけど」

 「ああ、確かにな」

 「だけど、最近の深海棲艦は…まぁ私達にも少しは向けているんだけど、別のナニカに強い憎悪を向けている気がするのよ。そして深海棲艦はそのナニカを探してる……」

 「別のナニカ……」

 「すべて私の感覚で確証も何もないんだけどね」

 「いや、このリンガ戦線で一番の実力者である君の意見だ。一考に値するよ。しかし別のナニカか…」

 

 遠慮しがちに言ったビスマルクに対し、フォローしつつ東条提督はそのナニカについて考え始めるがあまりに情報が少なく、正体が全く見えないため、すでにジャワ島奪還作戦の準備を始めている海上自衛隊南方作戦本部に報告するまでに留めた。 

 

 

 

 

 

――――1999年7月4日  リンガ軍港 提督執務室

 

 

 

 「やはりそう受け取ったか……」

 「……ジャワ島奪還作戦は期日通りの7月22日ね。少し早すぎやしないかしら?」

 「本当は、作戦本部としては作戦を中止したかったんだろうが、今回の作戦インドネシア臨時政府が強硬に押していたからな。何しろ、自分の国の首都の奪還だ。少しでも遅れれば軍全体の士気に響く」

 

 

 

 東条提督からの情報を受け取った海上自衛隊作戦本部は、リンガ前線で起こっている不可思議な現象を、大攻勢の前触れと受け取り、ジャワ島奪還作戦を中止し、防御を固めるべきと判断した。

 

 しかし、今回の作戦に並々ならぬ思いをかけていたインドネシア臨時政府は期日通りの作戦決行を強硬に主張。

 もし、作戦が中止されるならば、東南アジア連合軍を離脱し単独での作戦決行までチラつかせ始めた。

 インドネシア軍が離脱することで、東南アジア軍全体の士気が低下することを恐れた作戦本部は期日通りの作戦決行をしぶしぶ了承。

 ただ、今回の大攻勢の目標が日本本土だった場合に備え、リンガ前線以外の各戦線の余剰戦力を抽出、そのすべてを、日本周辺の重要拠点周辺に配置し、練習航海中の艦娘、そして海上自衛隊の新型護衛艦である装甲護衛艦の導入と、陸上自衛隊、航空自衛隊との協力、防衛に向かない地域は一部放棄してまで日本本土周辺を固めた。

 

 「作戦本部からの指示書で、最初から「撤退も視野に入れ~」、の文面が踊っているところを見るに、いかに本部がジャワ島奪還作戦に消極的であるか分かるな」

 「でも、ここでジャワ島を奪還できれば、資源地帯とシーレーンの安全、航空基地建設による航空支援拠点の確保が見込めるわ」

 「戦略的価値は大きいか……まぁ、日本本土は気にしなくていいと言われているんだ。私達は作戦の遂行だけを考えればいいさ」

 「それもそうね」

 

 

 

 

 

――――同日 シンガポール共和国 首都シンガポール郊外の喫茶店

 

 

 

 郊外の外れに最近建てられた若い男が経営する喫茶店は、落ち着いた店の雰囲気と、おいしい珈琲を出す店として、短期間で、地元の人々の心を掴み、町の中にうまく溶け込んでいた。

 

 

 その喫茶店には現在、準備中の札がかけられ、店の中にいるのは店主である若い男と、カウンターの席に座り、資料に目を通す少女―――U890の二人だけだった。 

 

 

 

本当ならばシンガポール周辺には厳重な対潜警戒網が敷かれているはずであり、U890がここにいることは不自然だ。

 しかし、前の世界で欧州の監視の目を掻い潜り諜報・工作任務を遂行してきたU890などにとって、旧世代のレーダー、ソナー、偵察機を使った対潜警戒網などはあってないような物だった。

 そして、この喫茶店はベルンハルト小隊がシンガポール周辺での諜報活動のために建てた拠点の一つで、店主であるこの男はベルンハルト小隊の隊員であり、この地域を担当する諜報員の一人でもある。

 U890はこの諜報員からの報告書を受け取るためにここに訪れており、受け取った報告書に目を通し終えた所で軽く安堵の息を洩らした。

 

 「よかった……ジャワ島奪還作戦は行われるようですね」

 「ええ、相当現地民がゴネたみたいですな」

 「現地民様様ですよ。おかげで私達の作戦も決行することができます。仕込みは万全。いままでのような奇襲作戦ではなく正面から叩き潰す大規模な作戦となるでしょう」

 

 

 出された珈琲とサンドウィッチに舌鼓を打ちながら嬉しそうに語るU890。

 その様子を見ながらコップを磨いていた店主は、ふとある事を思い出しU890に問うた。

 

 「そういえば幹部の誰かが召喚されたとか?」

 「んっ?ああ、あの()()ですよ。マキナさん今回の作戦では、重要なポストを二人に与えたみたいです」

 「ああ、あの二人ですか……弟の方はいいとして、兄の方は大丈夫なんですか?」

 「この世界には、アーカードとウォルターがいないので絶好調ですよ」

 

 

 

 こうして、人類、深海棲艦、そしてミレニアムの思惑が入り乱れたジャワ島奪還作戦が幕を開ける。

 




 ※没落していく国の中に日本が入っていないのは、アメリカの属国としか思われていないからです
 ※次回より 2014年春イベント、「狂・索敵機、発艦始め!」が始まります
追記:名前が有名どころの小説と被ったので、北から東に変更しました


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ジャワ島奪還作戦
第12話 E-1 スラバヤ沖海戦


 


 『ジャワ島奪還作戦が発令された。今作戦は、航空基地隊による制空権確保と、ジャワ島近海に展開する深海棲艦艦隊の排除による、上陸部隊の安全と、補給路確保が主眼となる。
長期作戦が見込まれるので、各員しっかりと準備を整え作戦にあたってほしい。
 また、補足事項として、深海棲艦の不可解な行動が確認されている。
最悪の場合作戦中止となる可能性も、頭に入れておいてくれ

                         ―――東条遥人少将』


――――1999年7月22日 AM5:00 ジャワ島奪還作戦開始時刻

          E-0作戦作戦名『ジャワ島深海棲艦航空基地爆撃作戦』

 

 作戦内容『東南アジア連合共同作戦「ジャワ島奪還作戦」が発令された。同海域の制空権を確保するため、周辺の味方航空基地より爆撃編隊を出撃、敵飛行場を爆撃し、その機能を一時停止させよ!』

 

 

 

 

 

 東から朝日が昇り始め、今日という一日が雲一つない空と爽やかに吹く風と共に始まろうとしている時間帯、『ジャワ島奪還作戦』は、東南アジアに建設された人類の多数の航空機基地隊の滑走路横に露天駐機された爆撃機と、それを護衛する戦闘機群の離陸より、開始された。

 

 次々と離陸して空へと上がってきた航空機群は、いくつもの爆撃機編隊を組み、ジャワ島に無数に点在する航空基地対し、分散して爆撃を敢行、自分たちの基地を守らんとして迎撃してきた深海棲艦戦闘機と護衛戦闘機との間で激しい空中戦闘が至る所で繰り広げられた。

 

 快晴の空にいくつもの黒い煙と、機体の残骸がまき散らされる中、この作戦のために大量の航空機を用意していた人類側は、その物量をもって、迎撃戦闘機を爆撃編隊に近づけさせず、また、なぜか上がってくる戦闘機の数と精彩を欠いていた深海棲艦側は、護衛戦闘機群の妨害と、爆撃機編隊の濃密な対空弾幕により、近づくことすらできず次々と爆撃機の航空基地上空への侵入を許してしまう。

 

 周辺の高射陣地より打ち上げられる対空砲火をものともせずに深海棲艦航空基地上空に到達した、日本海軍の陸上攻撃機――――「一式陸上攻撃機一一型」をメインに構成された人類側の爆撃機編隊は次々と爆撃コースに入り、その身に抱える爆弾を基地に投下、投下された大量の250キロ爆弾は次々と、施設、滑走路周辺に着弾、その性能を遺憾なく発揮して、軍事施設を吹き飛ばし、地上で怨嗟の声を上げる深海棲艦軍を焼き払い、滑走路にいくつもの大穴を開けていく。

そして、ダメ押しとばかりに、護衛戦闘機群が飛来、滑走路周辺に無数に駐機されている、補給などで、空に逃げることができなかった航空機や抵抗を続ける高射陣地対し、機関銃掃射を実施。

 深海棲艦の損害を広げていった。

 破壊の限りを尽くした爆撃機編隊と、護衛戦闘機はその成果を確認すると素早く帰投、この光景はジャワ島各地で見られ、島の東の一部を除き、ほぼすべての深海棲艦航空基地が滑走路に被害を受け、その復旧のためその機能を一時的に停止。

 ジャワ島周辺の制空権は人類側のものとなった。

 

 

 

 

 

――――同日AM8:00 スラバヤ沖 第7作戦部隊 旗艦ビスマルク艦内 

          E-1作戦作戦名『スラバヤ沖海戦』

 

 作戦内容『E-0作戦の成功によりジャワ島周辺の制空権は確保された!ビスマルクを旗艦とする第七作戦部隊は、上陸作戦を行う第八・第九作戦部隊の安全を確保するため、南西海域スラバヤ沖に多方面に展開する深海棲艦艦隊を捕捉、粉砕せよ!』

 

 編成:第七作戦部隊:旗艦 戦艦 Bismarck

      第一艦隊:旗艦 戦艦 Bismarck

            重巡 Prinz Eugen

            重巡 足柄

            重巡 妙高

            重巡 那智

            空母 Graf Zeppelin

 

      第二艦隊:旗艦 軽巡 能代

            駆逐 雪風

            駆逐 時津風

            駆逐 初風

            駆逐 天津風

            駆逐 江風          

 

 

 

 

 

 リンガ軍港司令部より、電文でE-0作戦の成功の知らせが届いた第7作戦部隊の旗艦ビスマルクは、自身の部隊に知らせるめ、相互通信を開いた。

 

 「第七作戦部隊旗艦より各員に伝達。司令部よりE-0作戦成功とE-1作戦の開始命令が届いたわ。これより私達、第7作戦部隊は上陸作戦を行う第八・第九作戦部隊の安全を確保するために、南西海域スラバヤ沖に展開する深海棲艦艦隊を捕捉、粉砕するわ!総員出撃!』

 

 『了解です!ビスマルク姉様!重巡、Prinz Eugen出撃します!』

 『了解した、ビスマルク。航空母艦Graf Zeppelin、出撃する!』

 

 

 ビスマルクの第7作戦部隊出撃命令に、ビスマルクが指揮する第一艦隊隷下であり、同郷の戦友でもある、プリンツ・オイゲン、グラーフ・ツェッペリンが真っ先に反応、

 

 『重巡、妙高。推して参ります!』

 『重巡那智、出撃するぞ!』

 『足柄、出撃よ! 戦場が、勝利が私を呼んでいるわ!』

 

 続いて、妙高型重巡洋艦の妙高、那智、足柄が、

 

 『了解、第二艦隊旗艦、軽巡能代、出撃します』

 『雪風、いつでも出撃できます!』

 『いよいよ第十六駆逐隊の出番かな!』

 『駆逐艦初風!出撃します!』

 『第十六駆逐隊、天津風。出撃よ!』

 『改白露型駆逐艦江風、出るぜ!』

 

 そして、第二艦隊旗艦、軽巡能代、その隷下の駆逐艦雪風、時津風、初風、天津風、江風と続いていき、ビスマルクが旗艦の第七作戦部隊はスラバヤ沖に展開する深海棲艦群を目指し、進路を取った。

 

 

 

 

 

 

――――同日AM10:00 スラバヤ沖 第7作戦部隊 

 

 

 

 ジャワ島近海の制空権を確保し、周辺を捜索していた索敵機から、敵艦隊発見の知らせが届いた第七作戦部隊は送られてきた座標に進路を取り航行を続けていた。

 

 そして約2時間後、送られてきた座標に近づいた所で、自身の偵察機を飛ばしていたグラーフ・ツェッペリンから、敵艦隊の発見と詳しい敵編成が入ってきた。

 

 「敵編成は重巡リ級が2隻に、駆逐イ級が4隻ね。進路は0-9-0本艦隊から西へ50km地点速力31ktで単縦陣を組み接近中か……」

 『ああ、だがそれだけではないだろう。おそらく敵哨戒艦隊だろうな』

 「そうね。でも恰好の獲物だわ、方針1-6-0へ方針。迎え撃ってやりましょう。グラーフは攻撃機を飛ばして頂戴」

 『了解した。攻撃隊、出撃! Vorwärts!(前進!)』

 

 グラーフとの通信を切ったビスマルクは発光信号を発し、第七作戦部隊に進路の変更を指示。

 こちらにまっすぐ向かってくる敵哨戒艦隊を迎え撃つ進路を取った。

 

 

 

 

 

 

――――同日未明 スラバヤ沖 第7作戦部隊

 

 

 「ビスマルクの戦い、見せてあげるわ!Feuer!(発射!)」

 

 グラーフ・ツェッペリンの攻撃機による先制攻撃により駆逐艦級が1隻沈んだ敵哨戒艦隊と、第四警戒航行序列の陣形を取った第七作戦部隊との距離が21㎞を切ったとき、ビスマルクが先頭を航行する重巡リ級に向け、上空を飛び回る自身の観測機から情報を得ながら砲撃を開始した。

 ビスマルクの主砲、38cm連装砲より発射された2つの800kgの砲弾の衝撃は、自身の船体を揺さぶり、空気を裂きながら重巡リ級に飛来、そのすぐ周辺にいくつもの巨大な水柱を打ち上げた。

 初弾夾叉。

 ふつうの戦艦ならばあり得ないだろうその結果に驚くことなく、ビスマルクは砲塔の仰角を戻し、次弾を装填し、今度は全門斉射。

 今度の砲弾は2本が、リ級の船体に命中し炸裂。

 その破壊力を存分にまき散らしながら、リ級を海の底へと引きずり込んでいった。

 

 

 

 艦娘が各国で有用な兵器として使われている所以は、単独で船体を動かし、数も容易に揃えられる、コストの安さ以外にも、現代艦に匹敵する砲雷撃戦の高い命中率と、相手の攻撃を回避する操艦能力の高さにもある。

 

 本来、遠く離れた目標に戦艦の、大型艦艇の主砲がする場合の命中率はよくて約5%と言われている。

 これは、誘導兵器のように、軌道を補正しながら、目標に向かっていくのではなく、最初の発射ですべてが決まるからだ。

 命中弾を出すには、目標との距離、速度、風・温度・湿度の計算、火薬の燃焼速度、着弾までの時間とそれに伴う目標の未来位置の計算という事柄を踏まえ、砲撃をしなければならない。

 それに加え、波による船体の揺れ、砲身の歪みなど、少しの誤差でも遠距離砲撃の場合、大きな誤差になってしまうため、命中率は著しく低くなってしまう。

 しかし、艦娘は違う。

 艦娘は艦艇の魂を持ち、自身の魂を持つ艦艇を手足のように操ることができる。

 それはつまり、艦艇全体が、彼女たちの意識と同化するという事でもある

 艦娘にとって主砲による砲撃とは、人間でいうパンチを当てるという動作に等しく、パンチを当てるのにいちいち意識して計算などしないように、命中弾を出すための計算式など呼吸をするように行い、それに加え自身の砲撃の経験による補正と、戦場で培われた洞察力を頼りに、非常に高い命中率をたたき出す。

 

 そして、通常ならば、伝言ゲームのように、数百人の意思を介して行われる操艦も、艦娘一人の意思と、それを完璧に理解し手助けをする妖精さんにより、一切のラグや伝達ミスなどなく、操艦が行われる。

 

 そして、砲雷撃戦の命中率や操艦能力は、経験を積めば、積むほど成長する。

 

 これが、艦娘が、『成長する兵器』として、各国で有用な兵器として使われている所以である。

 

 

 

 

 

 「第一・第二主砲、斉射、始めます!」

 「夾叉か……次は直撃させる!」

 「10門の主砲は伊達じゃないのよ!」

 「砲撃、開始! Feuer!」

 

 

 ビスマルクが先頭を走る重巡リ級を沈め、2隻目のリ級に命中弾をたたき出した頃には、味方の重巡たちが射程圏内に入った三隻の駆逐イ級を、4人で袋叩きにしている所だった。

 

 次弾を装填し再度発射。

 かろうじて、浮いていたリ級に止めを刺し、ちょうど同じくして3隻のイ級が沈め始めた時に、ビスマルクの元に基地航空隊の索敵機からの電文が届いた。

 

 ほぼ無傷での勝利に、安堵の空気が広がり、艦隊全体の緊張の糸が途切れかけたとき、電文を読み終えたビスマルクが相互通信を開いた。

 

 「新たな敵艦隊発見の報告よ。数は12。戦艦ル級らしき船影が1隻混ざっているらしいわ。

私達、第7作戦部隊の任務は、『多方面に展開する深海棲艦艦隊』の排除。

さっきの戦いでは私達が、第二艦隊の活躍の場を奪っちゃって、消化不良だろうし、今度は存分に活躍してもらいましょう」

 

 電文の内容を伝え、第二艦隊の面々に発破をかけると、旗艦の能代を筆頭に雪風、初風、時津風、天津風、江風と声を上げ始めた。

 

 『そうですね。第二水雷戦隊旗艦の実力、存分に発揮しましょう!』

 『雪風は沈みませんっ!』

 『……あんた、そればっかりね…』

 『まーまー、雪風らしいじゃんー』

 『はぁ、大丈夫かしら…』

 『まあまあ、いいじゃン!いいじゃン!』

 

 こうして、第七作戦部隊は作戦を完遂するため、次の目標の座標に向かって舵を切り、深海棲艦の艦隊を探し始めた。 

 

 

  

 





※作戦のメンバーは史実のメンバーを参考にしています
※海戦などは、勢いで書きました。(おそらく、ボロボロ)


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第13話 E-2 強襲上陸作戦

――――1999年7月22日 PM2:00

E―2作戦 作戦名『強襲上陸作戦』

 

 

 

 作戦内容『第七作戦部隊の奮戦により、スラバヤ近海の制海権が一時的に確保された。この機を逃さず、

第八・第九作戦部隊は、ジャワ島西部バンタム湾のメラク海岸に強行上陸し深海棲艦軍の沿岸防衛網を殲滅、橋頭保を確保せよ!』

 

 

 

編成:第八作戦艦隊:旗艦 戦艦 金剛

    第一艦隊:旗艦 戦艦 金剛

          戦艦 榛名

          空母 加賀

          空母 赤城

          空母 飛龍

          空母 蒼龍

 

 

 

    第二艦隊:旗艦:軽巡 阿武隈

          駆逐 雷

          駆逐 電

          駆逐 響

          駆逐 暁

          駆逐 初霜

 

 

 

 

 

 「全砲門!Fire!」

 「主砲!砲撃開始!!」

 

 バンタム湾のメラク海岸への上陸作戦は、艦娘達の艦砲射撃と、航空基地隊の航空隊と空母の艦載機のによる爆撃から始まった。

 2隻戦艦と4隻の駆逐艦が次々と打ち出す大量の砲弾と、空から雨のように降り注ぐ爆撃により上陸地点の土地が丹念に耕され、海岸の地形自体が変わろうとさえしていた。

 

 

 作戦前に隠密上陸を果たした特殊部隊によって、深海棲艦が上陸地点周辺に強固な防御陣地を構築していることが判明していたため上陸前に火力支援によって相手の防御陣地を破壊し被害を減らそうと画策していた。

 しかし、第七作戦部隊がジャワ島近海の制海権を確保したとはいえ、物量に長ける深海棲艦がいつまた大量の艦隊を派遣してこないとは限らないため、そして少しでも早く揚陸作戦を完遂し、橋頭保の安全を確保したいという思惑があったため、上陸地点への無差別火力支援の時間は比較的短く抑えられていた。

 

 (まあ、彼女達なら問題ないネー)

 

 ジャワ島奪還作戦のためタウイタウイより派遣された第八作戦部隊を指揮する金剛は、艦砲射撃と爆撃の音を聞きながら、自身の懐から取り出した懐中時計で時間を確認しながらそんなことを思っていた。

 自分達とは違う数多の戦場駆け抜ける彼女達なら、と。

 

 そして、懐中時計が火力支援の終了時刻を示した瞬間、艦娘との相互通信を開き、一時終了を宣言、さらに後ろに控える大量の輸送艦、揚陸艦、補助艦艇に通信を開いた。

 

 「これより上陸作戦を開始するネ!各艦、上陸準備!及び第九作戦部隊出撃準備!」

 

 

 

       

    

――――艦娘運用母艦『あまてらす』

 

 

 

 東南アジア連合の輸送艦が次々とハッチを開き、兵士や車両を乗せた上陸用舟艇を発進させている最中、海上自衛隊の輸送艦たちも、周辺を護衛艦艇に守られながら、次々とエアクッション型揚陸艇を発進させていた。

 その海上自衛隊の輸送艦の中でも一際異彩を放つ艦艇があった。

多少装甲を持つ艦艇が増えたとはいえ、まだまだ、前線には装甲の薄い護衛艦が主流の中で、その輸送艦は外見からでも分かるほどに装甲が施されている。

 これはひとえにある者達を運用するためだけに建造された、強襲揚陸艦に近い性質を持つ船だった。

 

 『着上陸作戦、開始。第九作戦部隊出撃せよ』

 「やっとオレたちの出番かよ」

 

ランプだけが光る薄暗いウェルドック内に響き渡る作戦開始の声を聞きながら、第九作戦部隊、第一艦隊旗艦の 天龍は獰猛な笑みを見せる。

 その横で第二艦隊旗艦の龍田はくすくすと笑いながら、待ちきれないとばかりに、体を震わせる天龍と会話を始めた。

 

 「天龍ちゃん楽しそうね~」

 「たりめーだろ!敵前上陸作戦なんて久々だからな!」

 「そうね~スマトラ島以来かしら~。私もうずうずしてるわ」

 

 後部ハッチが開き、ウェルドック内に海水と外に光が流れ込むと、壁に取り付けられた、数字がカウントを始める。

 それに伴い、天龍、龍田、そして第九作戦部隊の面々は自身の出撃地点の足場に並んだ。

 

 「よっしゃぁっ!お前ら気合入れろよ!」

 「死にたくなかったら、しっかり指示に従ってね~」

 

 そしてカウントがゼロになった瞬間―――

 

 「天龍、第一艦隊出撃するぜ!」

 「龍田、第二艦隊出撃します。死にたい敵はどこかしら」

 

 天龍、龍田を筆頭に次々と、ウェルドック内から出撃していく。

 真っ先に外に出た二人は後に続く面々に合図をだし、あらかじめ決められた2つの隊に分かれ、それぞれ別々の上陸地点を目指し、海岸線へと距離を縮めていった。

 

 

 

編成:第九作戦艦隊:旗艦 軽巡 天龍

    第一艦隊:旗艦 軽巡 天龍

          駆逐 神風

          駆逐 睦月

          駆逐 皐月

          駆逐 菊月

          駆逐 望月

 

 

 

    第二艦隊:旗艦:軽巡 龍田

          駆逐 春風

          駆逐 如月

          駆逐 長月

          駆逐 三日月

          駆逐 弥生  

 

 

 

 

 艦娘は、生身の姿でも身体に艤装を展開すれば戦車大隊すら単独で相手取れる。

 そのことを利用して作られたのが『艦娘陸戦隊』だった.

 

基本この隊に所属するのは、旧式の軽巡や駆逐などの艦娘が多い。

 能力が半減するとはいえ、軽巡、駆逐の主砲で、ほぼすべての目標を破壊できるからだ。

 そして旧式ならば、仮に失ったとしても損失が少なくても済む。

 

 こうした理由で作られた艦娘陸戦隊は、数多の戦場を駆け巡り、東南アジア連合陸軍を支え続けたことから、現場の兵士たちから、戦場の女神として絶大な支持を受けていた。

 

 そして、ジャワ島奪還作戦のために組織された第九作戦艦隊に与えられた任務は、先行して敵前上陸を敢行し、敵防衛線を突破、後続の上陸部隊の援護をするという、この上陸作戦では一番危険な、そして血の気の多い艦娘が多い第九作戦艦隊にはうってつけの任務だった。

 

 

 

 

 

 「硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 第二艦隊と別々の上陸地点を目指していた第一艦隊は、旗艦である天龍を中心とした単横陣を取り、兵士、車両を満載した上陸用舟艇を次々追い抜かしながら、海岸線へと最大船速で接近していた。

 

 上陸用舟艇の先頭を走る艦娘に向けて、先の艦砲射撃、航空爆撃で破壊されなかった、防御陣地から次々と砲撃が放たれ、第一艦隊の周辺に大量の水柱を作り出した。

 

 しかし、第一艦隊の面々は無数に飛び交う砲弾の着弾地点を読み切り、人型ならではの小回りの良さと速度で自身に当たる砲弾を回避していく。

 無論、近くで炸裂すれば無数の破片が自身にも飛散してくる。

 だが、艤装を展開している艦娘が、駆逐艦の主砲にも満たないような砲弾の破片程度で負傷するほど貧弱な装甲は展開していない。

 

 「砲撃戦用意!鬱陶しい陣地を吹き飛ばせ!」

 

 艦娘に向けて砲撃をするという事は、自身の砲撃地点を相手に教えることとなる。

 天龍の命令を聞き、第一艦隊の面々――――神風、睦月、皐月、菊月、望月は砲撃を続ける陣地群に対して返す刀で砲撃を開始した。

 

 「やります! 撃ち方、はじめ!」

 「睦月、砲雷撃戦始めるよ♪」

 「ボクの砲雷撃戦、始めるよ!」

 「行けっ!」

 「いよっ」

 

 第一艦隊が放った小さな砲弾はすべて寸分違わず、砲撃陣地に吸い込まれていく。

 そして着弾と同時にその力を解放、戦車の主砲の直撃を受けたように、次々と砲撃陣地群が吹き飛んで行った。

 それでもなお、無数に存在する砲撃陣地群と、第一艦隊は苛烈な砲撃戦を続けていた。

 

 

 

 

 砲撃陣地との苛烈な砲撃戦を続ける事数分、ようやく上陸地点の砂浜に誰一人欠けることなく到達した第一艦隊は、そのまま一気に上陸を果たした。

 

 「近接戦闘用意。邪魔する奴は全員潰せ」

 

 近接戦用のブレードを展開する天龍の命令を聞き、第一艦隊の面々はそれぞれ近接武器を展開、真正面の防御陣地に一斉に砲撃を加えると、そのまま突撃を敢行する。

 

 「天龍様の攻撃だ!うっしゃぁっ!」

 「やります!」

 「いざ参りますよー!」

 「ボクとやりあう気なの? かわいいね!」

 「悪いが、ここが貴様らの墓場だな」

 「んじゃぁあー、そろそろ本気だぁーっす!!」

 

 

 陣地の塹壕に立てこもっていた深海棲艦軍は、怒り狂いながら機関銃のようなものを第一艦隊の一斉にばら撒き始めるが、第一艦隊の面々は構わず突き進み、敵の塹壕内に飛び込むと、高速で移動し近接武器で塹壕内に存在する重火器を破壊、それを邪魔をする深海棲艦を一気に潰していく。

 

 重火器を一掃するとすぐさま次の防御陣地に向けて進撃を始めた。

 

 まだ塹壕内には深海棲艦がいるにも関わらず重火器を潰しただけで、次の陣地に狙いを定め進撃する艦娘に対し憎悪の炎を燃え上がらせながら、その背中に向けて機関銃を放とうとした深海棲艦は艦娘が上陸した地点から飛んできた重機関銃の弾丸に蜂の巣にされた。

 

 海面から砂浜に向けて次々と姿を現した、水陸両用強襲輸送車は、銃塔の重機関銃を深海棲艦の防御陣地にばら撒きながら自身に収容された兵士を展開していく。

 

 そして、重火器を潰された陣地―――自身が破壊される脅威のない陣地に向けて進撃を開始し、随伴兵たちは水陸両用強襲輸送車を盾にその後に続き、第一艦隊が突破した防衛線を押し広げていった。

 

 安全の確保された浜辺では、まずホバークラフト型揚陸艇が上陸して兵員と車両を展開、突破した陣地を利用し

橋頭保の防衛線を築き始めた。

 そしてそれに少し遅れるように、大量の上陸用舟艇が浜辺に着岸し、膨大な兵士を吐き出していく。

 

 この上陸用舟艇に搭乗していたのは、東南アジア連合の陸軍であり、とりわけインドネシア軍が多かった。

 彼らは、祖国を奪還しつつあることに、喜びを噛み締め非常に高い士気のもと、統率された動きでそれぞれの役目を果たしていた。

 

 最前線では、第一艦隊が砲撃でトーチカ、砲撃陣地を潰し、近距離では機銃群、そして近接武器ですり潰すという破壊の嵐をまき散らしながら、深海棲艦の防衛線に穴を開け、その穴を東南アジア連合軍が広げていくという光景は、第二艦隊が展開する付近でも見られ、その進撃を第八作戦艦隊の非常に精度の高い艦砲射撃と空母の艦載機の航空爆撃による火力支援が支えていた。

 

 第八作戦艦隊は周辺を警戒しながら、大量の戦略物資を海岸に送り届け、その足場固めに尽力していた。

 

 

 

 

 

 上陸作戦が成功し橋頭保の確保が成された今、東南アジア陸軍は、ジャワ島奪還作戦完遂のため、複数の師団に分かれ内地に展開する深海棲艦軍と熾烈な戦闘を繰り広げていく。

 




 
 天龍・龍田幼稚園(最先鋭陸戦隊)


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第14話 E-3 敵飛行場奪取作戦

E―3作戦 作戦名『敵飛行場制圧作戦』

 

 

 

 作戦内容『橋頭保が確保されたことにより、東南アジア連合陸軍がジャワ島内陸部への進軍を開始した。この動きを支援するため、第九作戦艦隊は連合陸軍第三機甲師団と共闘して深海棲艦飛行場の防衛戦力を戦力の無力化し、飛行場を奪取、味方航空隊のジャワ島進出の足ががりとなる前線航空基地を設営せよ!』

 

 

 

編成:第九作戦艦隊:旗艦 軽巡 天龍

    第一艦隊:旗艦 軽巡 天龍

          駆逐 神風

          駆逐 睦月

          駆逐 皐月

          駆逐 菊月

          駆逐 望月

 

 

 

    第二艦隊:旗艦:軽巡 龍田

          駆逐 春風

          駆逐 如月

          駆逐 長月

          駆逐 三日月

          駆逐 弥生  

 

 

 

 ジャワ島西部バンタム湾のメラク海岸に橋頭保を築いた東南アジア連合陸軍は複数の師団に分かれ進軍を開始、内地に展開する深海棲艦軍と熾烈な戦闘を繰り広げていた。

 だが、祖国の首都奪還を掲げるインドネシア軍を中心とした、東南アジア連合陸軍は非常に高い士気を保ち、十分な戦略物資と航空支援の元、各戦線で勝利を重ね、破竹の勢いで進撃を続けていく。

 この動きを支援するため、艦娘陸戦隊で構成された第九作戦艦隊は、東南アジア連合陸軍第三機甲師団と共に、味方航空隊のジャワ島進出の足ががりとなる前線航空基地を設営するため、ジャワ島各地に点在する深海棲艦飛行場を無力化し奪取するという任務に就いていた。

 

 数々の深海棲艦軍との戦闘で多大な戦果を挙げた、東南アジア連合陸軍最強と称される第三機甲師団と、一騎当千の力を持つ艦娘が12人も集まって構成された第九作戦艦隊という、ドリームチームではあったが、彼らの顔には油断の二文字はない。

 第三機甲師団と第九作戦艦隊、そして、航空支援を持ってしてもこの戦いが激しいものになるという予想があった。

 それは、やはり姫級と呼ばれる、基地機能を統括する陸上型深海棲艦の存在にある。

 飛行場を奪取するには、司令官である姫級の撃破は必須。

 彼女が生きている限り、どれだけ基地機能を破壊しようと、深海棲艦軍を指揮し瞬く間に復旧させてしまうからだ。

しかし、沿岸部に棲着する姫級と違って、内陸部に棲着する姫級の撃破は困難を極める。

 

 沿岸部に棲着する姫級は、艦娘の船体の艦砲攻撃が届くが、内陸部に棲着する姫級には空母以外の船体の攻撃は届かないため、必然的に携帯艤装を展開した生身で戦う事になる。

 しかし、能力が半減する携帯艤装では、姫級の強靭な防御力を突破することはできず、数をひたすらに撃ち込んで防御力を削り取っていくしかない。

 もちろん、姫級も黙って削られるわけもなく、防衛戦力を操り、また自身も強力な艤装を展開し、苛烈な攻撃を仕掛けてくることは容易に想像できる。

 

 このため、第三機甲師団と第九作戦艦隊の面々は、一切の油断なく飛行場基地の奪取に向けて進軍を続けていた―――――のだが、

 

 

 

 

――――1999年8月5日 AM11:00

 

 「ここもかよ……どうなってんだ一体……」

 

 作戦開始より2週間、たった今4つ目の飛行場を制圧した第九作戦艦隊旗艦の天龍は困惑と共にそんなつぶやきを洩らした。

 激戦が予想された飛行場奪取作戦だったが、4つ目の飛行場を奪取した第三機甲師団と第九作戦艦隊の損害は想定を大きく下回っている。

 

 「……飛行場姫の奴、どこに消えたんだ?」

 

 そう、第三機甲師団と第九作戦艦隊がほとんど無傷で飛行場を奪還できた理由、それは、4つの飛行場すべてで本来棲着した場所から動けないはずの姫級はどこにもいなくなっていることが原因だった。

 

 司令官の姫級がいない深海棲艦軍は個々に反撃するだけで連携、統率共に欠片も取れておらず、そのような敵は

第三機甲師団と第九作戦艦隊にとってはほとんどカモのようなものに等しく、1日で飛行場を奪還。

 本来時間をかけて飛行場を少しづつ落していく計画は大幅に前倒しされ、第三機甲師団と第九作戦艦隊は次々と司令官のいない飛行場を制圧し、2週間という短い期間で4つの飛行場を手中に収めた。

 

 しかし、第三機甲師団と第九作戦艦隊の面々に喜びの色はない。

 隊員たちは、この不自然な深海棲艦の現象に、困惑と得体のしれない恐怖のようなものを感じていた。

 

 「天龍ちゃん?ちょっといいかしら~」

 「……ああ、わかった」

 

 何とかこの不可解な深海棲艦の現象についての答えを探ろうと、考えこむ天龍に龍田が声をかけた。

 天龍と龍田は、艦時代も艦娘時代も共に付き合いが長い。

 だからこそ、ぽわんとした龍田の言葉の裏に、何か切迫したものを感じ取った天龍は何も聞かず、案内をする龍田の後についていった。

 

 

 

 

 龍田が案内した場所は、飛行場のはずれにある、深海棲艦軍が集めたのであろう、破壊された兵士級や、戦車、戦闘機、爆撃機の残骸などを一か所に集めた、廃棄物の山々だった。

 

 「このゴミ山がどうしたんだ?最初の作戦の航空爆撃で出たものだろ?」

 「私も最初はそう思ったんだけどね?こっちよ~」

 

 そう言いながら龍田は、廃棄物の山でも一番大きい戦車や兵士級の残骸の山の一つに案内した。

 

 「……こいつは」

 「天龍ちゃんも分かった?この山だけ錆びついてるのよ」

 

 深海棲艦は金属生命体のような存在であり、生きているならともかく、東南アジアのような高温多湿の場所に残骸を放置すれば途端に錆びついてしまう。

 しかし、二週間前にできた残骸にしてはこの山は錆びつきすぎていた。

 

 「金属の腐食度合を見るに、そんなにも昔にできた物じゃねえ。となると……」

 「私達より前に、そして最近、この大きなゴミ山ができたってことよね~」

 

 これが航空機の残骸の山であれば、人類側との空戦で破棄された航空機の残骸だと説明することができる。

 しかしこの山は大量の兵士級と戦車の残骸で構成されていた。

 

 「……なあジャワ島から飛んできた深海棲艦の航空隊が激減したのっていつだ?」

 「そうね~五月ごろだったかしら」

 

 飛行場のどこにもいない姫級、最近できただろう破壊された大量の兵士級と戦車級の残骸の山、激減した航空隊、このことから、二人は同様の答えに至った。

 

 「……もしかして、深海棲艦の航空隊が激減したのは、誰かが飛行場に対して攻撃を加えたからじゃねえか?」

 「しかも、姫級を撃破できるだけの力を持つ何者かが、ね?」

 「……ここは後続の部隊に任せて、今まで占領した飛行場に戻るぞ。もしここと同じ山があれば、俺たちの予想が正しいかもしれねえ」

 

 制圧した飛行場を第三機甲師団と後続の部隊に任せ、第九作戦部隊は今まで占領した飛行場を一か所ずつ回ってき、全ての飛行場で同様の残骸の山を発見することとなる。

 

 

 

 

 

 「飛行場姫を撃破するだけの力を持つ正体不明の勢力ね……」

 「深海勢力の不可解な行動はこれが原因か……君が言っていたナニカはおそらくこいつ等のことだろう」

 

 リンガ軍港で、ジャワ島奪還作戦の指揮を執っている東条提督と、補給のために一時的に帰還していた第七艦隊の旗艦ビスマルクは、第九作戦艦隊より送られてきた緊急電文に目を通していた。

 世界的な電波障害により、人類の使う通信機器はすべて使用不能となったが、艦娘や元々船体に備え付けられていた通信機器、そして妖精さんの作った通信機器は問題なく使用できる。

 人類側は妖精さんが開発した機器を使うことで、現代の通信機器と比べ著しく性能が低下するが、何とか対応していた。

 

 「だが、これが本当だとするとこの正体不明の勢力は、人類側に悟られることなく内陸部にある4つの飛行場を襲撃し、飛行場姫を撃破し、姿をくらましたことになる。

 しかし、どうやってこの勢力は飛行場姫を撃破したんだ?」

 「後、どうやって行方をくらましたかね。基地周辺には機甲師団のような大規模な部隊が活動したような痕跡は一切なかったらしいじゃない。となれば―――」

 「艦娘か?だが艦娘はそれぞれの国が厳重に管理している。しかも、もし仮にどこかの国が何かの目的があって艦娘を派遣したとしても、相手は内陸部の飛行場姫。

艦娘の携帯艤装だけで撃破するには、かなりの人数が必要になる。

それだけの人数がいなくなれば、他の国々が勘づくだろう」

 「うーん、でもこの一件に、艦娘が絡んでる気がするのよね……。

でも提督はジャワ島奪還作戦の作戦指揮を、本部から一任されているけど、これからどう動くの?作戦はこのまま続行?」

 「この2週間で東南アジア連合陸軍は、首都ジャカルタを奪還して士気も高い。

この状態で正体不明の勢力を理由に作戦中止を通達すれば軍が割れる。

何れにせよ、このジャワ島奪還作戦で一番血を流しているのは東南アジア連合陸軍だ。彼らが壊滅し作戦中止を宣言しない限り誰も途中下車は許されんよ」 

 

 

 

 

 

 上陸作戦より二週間で4つの飛行場を支配下に収め首都ジャカルタを奪還、そしてその後も進撃を続ける東南アジア連合陸軍は、作戦開始より3週間でジャワ島の約半分を取り戻すことに成功する。

 しかし、深海棲艦軍はボロブドゥール遺跡付近にて強硬な防衛線を構築、犠牲を厭わない人海戦術にて東南アジア連合陸軍の進撃を押しとどめた。

 人類側も、支配下に収めた飛行場にから飛び立った航空隊を飛ばし、航空支援を行おうとするものの、混乱から立ち直った、東ジャワ島の航空基地群から飛び立つ戦闘機により空は阻まれ、ならばと第七作戦艦隊と上陸作戦を終え、手の空いた第八作戦艦隊と共に、深海棲艦の海上補給路を断とうとするも、こちらも無尽蔵に湧き出る深海棲艦がその行動の妨害をした。

 すべての戦線で停滞し、損害だけが際限なく広がる混沌した戦場に、さらなる混沌が投げ込まれる。

 

 

 

 

 

―――――8月10日PM6:00 東ジャワ島ジェンティング(Genteng)近郊の森林

 

 

 

 ジャワ島東部にある、人類側と深海棲艦との最前線から遠く離れたジェンティン市。

 深海棲艦軍に支配し飛行場を建設、今はボロブドゥールの最前線に航空機群を送り込む飛行場の一つとなっているこの場所の近くで蠢く人影があった。

 

 「そろそろ作戦開始時刻だ」

 「ひゃはは!今回は潜入制圧ミッションだもんな~MGSで鍛えたスキルをみせてやるぜぇ!」

 「真面目にやってくださいよ?今回の作戦で一番重要な任務なんですから」

 

 森の中で会話をする3人の人物。一人は長い金髪を後ろで括り、白を基調としたスーツを着た男で、一人は顔中にピアスを施し、黒を基調としたストリートギャング風の青年、もう一人は長い銀髪をたなびかせた少女。

 

 今回新たに召喚された兄のルーク・ヴァレンタイン准尉と、弟のヤン・ヴァレンタイン曹長、そしてU-890だった。

 

 

 「ではいきましょうか」

 

 U-890のの声に反応し、森の中から次々と人影が現れ始め、ルーク・ヴァレンタイン准尉とその補佐のヤン・ヴァレンタイン曹長が率いるヴァレンタイン小隊と、U-890が率いるヴェルンハルト小隊が静かに進撃を始めた。

 

 

 

 

 

――――同時刻 ミレニアム本拠地『ヴァルハラ』

 

 

 

 夕日が沈み始める時間帯。ミレニアム本拠地があるヴァルハラの飛行場に、多数のジェットエンジンの騒音と、プロペラの重低音が響き渡っていた。

 ミレニアム隊員と妖精さんが慌ただしく走り回っている中、島の中央が割け始め、巨大な飛行船が姿を現した。

 

 『全フラップ発動開始!』

 『離床!! 全ワイヤー 全牽引線 解除!』

 

 操舵席の妖精さんの報告を聞きながら、この船の主であるマキナは、艦長席の隣に立ち、作戦開始の合図を出した。

 

 「ミレニアム空中艦隊旗艦デクス・ウキス・マキーネより、全空中機動部隊へ

 ジャワ島深海棲艦本拠地強襲作戦 状況を開始せよ!」

 

 

 

 「空中戦艦ーDeus ex machina 出撃する! 」

 

 

 

 

 





人類側がようやくミレニアムの存在に気が付き始めました。
※ヤンがMGSを知っているのは、コナミコマンドを知っているならMGSも知っているだろうという予想


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第15話 E-? 敵飛行場収奪作戦

―――――8月10日 PM6:00 東ジャワ島ジェンティング飛行場 外周陣地

 

 

 

 ジャワ島東部にある飛行場の一つジェンティング飛行場。

 人類側との最前線で損傷した飛行機が次々と帰ってくる中、外周陣地を守っている深海棲海軍の兵士級達は、自身に与えられた哨戒任務を忠実に、そして機械的にこなしていた。

 その時外周陣地の中に、一陣の風が引き抜ける。

 そしてその風と共に一人の金髪の男が、何の前触れもなく現れた。

 認識の隙間に入り込むような、何の警戒も示せずごく自然に現れたその男に、兵士級達は一瞬呆然となるものの、すぐさま敵と判断、自身の役割を果たすため、機関銃を向け排除しようとする。

 しかし、その判断はあまりにも遅く、男が姿を現した時点でもうすでに終わっていた。

 兵士級達が動こうとした瞬間、いつの間にか自身の体に付けられた傷が一斉に花開き、兵士級達は何が起こったのか全く理解できないままその場にいた全員が命を落とした。

 

 

 

 

持ち前の俊足を生かし兵士級を切り刻んだ、ルーク・ヴァレンタイン准尉は陣地の制圧を確認すると、背後の森に合図を出す。

 すると、後方に控えていた、バレンタイン小隊と、ベルンハルト小隊が、音もなく次々と陣地内に侵入を果たした。

 

 「さすがだぜぇ~兄貴」

 「お前はいちいち騒ぎすぎだ。今回の仕事は潜入制圧だ、静かに動け」

 「大丈夫ですかね、本当に……」

 

 近くではやし立てるヤン・ヴァレンタイン曹長と、それを軽くあしらうルーク・ヴァレンタイン准尉を横目で見ながら、U-890は2つの小隊に指示を出した。

 

 「ではベルンハルト小隊は、このまま外周陣地の制圧を、ヴァレンタイン小隊の皆さんは滑走路の制圧をお願いします。

 あぁ、滑走路の方は三本すべて、無傷で手に入れてください。

 二か所の制圧が終われば、小隊全員で、飛行場姫を袋叩きにします」

 

 軽く任務の確認をすると、U-890二つの小隊全員の顔を見回し、気負った様子など欠片も見せず任務開始の合図を出す。

 

 「では、始めてください」

 

 

 

 

  徐々に闇に染まる飛行場の中を、闇の眷属たる吸血鬼の集団が、静かに、迅速に駆け抜けていく。

 人間の兵士より鋭い知覚を持つ兵士級だったか、夜という吸血鬼の独壇場に立っては、ただのカモにすぎない。

 哨戒活動をしている部隊が―――

 防衛陣地で監視をしている防衛隊が―――

 背の高い見張り台で周辺を警戒している兵士級が―――

 陣地にて休止状態で待機する戦車級が―――

 

 背後から音もなく現れた小隊の隊員に、首を一閃され、核を破壊され、最後の断末魔も上げることなく、絶命し、破壊されていく。

 夜の飛行場に、蠢く吸血鬼の軍隊は、夜が更けていくにつれて進軍速度を上げて、飛行場というキャンバスを深海棲艦軍の血で真っ黒に染めていった。

 

 

 

 

 

 司令宿舎の地下にて飛行場を統括するジェンティング飛行場姫が異変を感じ始めたのは、外周陣地にて監視活動をする部隊からの定時連絡が一切なかったことからだった。

 定期的に入る連絡がないことを不審に思った飛行場姫は、その部隊に向けて通信を試みるものの、一向につながらない。

 そこで飛行場姫は、滑走路で警戒活動をしていた部隊に、連絡が途絶した部隊の確認に向かわせた。

 しかし、その部隊もしばらくののち、何の前触れもなく連絡を絶ってしまう。

 いや、その部隊だけではない。

 いまや飛行場周辺に展開する部隊全てと、連絡が取れなくなっていた。

 ここでようやく自身の飛行場が何者かの襲撃を現在進行形で受けていることに気が付いた飛行場姫は、近辺に点在する基地に対し救難信号を出そうとするも、ノイズがかかり外部との連絡が一切取れなくなっていた。

 その直後、司令宿舎全体が爆風に包まれた。

 

 

 

 

 

 「あのアホ女くたばりやがったか?」

 「この程度の攻撃で飛行場姫が死ぬものか」

 

飛行場姫がいると思われる建物にパンツァーファウストを撃ち込んだヤン・ヴァレンタイン曹長、ルーク・ヴァレンタイン准尉は軽口を叩きながらも、油断なく燃え盛る建物を見つめていた。

 

 飛行場周辺に展開する部隊を全て制圧したベルンハルト小隊、ヴァレンタイン小隊の両隊が建物の周囲を半包囲し、銃口を構える中、突如建物が内部から吹き飛び、憤怒の表情を浮かべその身に艤装を展開しながら現れた。

 

 「貴様ラカ!私ノ基地ヲ襲撃シタノハ!!」

 「そうだよ~ビッチ。この基地にいた兵士はみ~んな俺らがぶっ殺しちゃいました~!」

 「この基地は今後の作戦行動のため、我々ミレニアムが接収する。無駄な抵抗はやめて投降したまえ」

 

 現れた飛行場姫に、小隊員すべての銃口向けられる中で、ヤン・ヴァレンタイン曹長は挑発的な言葉を発し、ルーク・ヴァレンタイン准尉は、慇懃無礼な態度で飛行場姫に対し投降を促す。

 明らかに相手の神経を逆なでするような物言いであり、投降を促す者の発する言葉ではない発言をする二人だったが、これは最初から飛行場姫が投降するとも、投降してもらおうとも、欠片も考えていなかったからだった。

 これは、ただの確認作業、戦闘前の挨拶にすぎない。

 小隊員が解き放たれる寸前の狼のごとく、むき出しの闘争本能を見せる前で、飛行場姫は展開した艤装を構え、予想道理の言葉を言い放った。

 

 「ハッ!投降ダト?オ前達ヲ、全員始末スレバイイ話ダ!!」

 

 「ハッハッー!!!そう来なくちゃ。んじゃ、ボス討伐と行きますかねェ!」

 「無限に近い命を持っているわけでも、鋼糸を使うわけでもない貴様なんぞ、私の敵ではない!!!」

 

 

 打ち終わったパンツァーファウストを投げ捨て、それぞれカスタムされつくしたP90、カービン銃を両手に構えたヴァレンタイン兄弟と、重火器を構えた二つの小隊は飛行場姫の砲撃の合図と共に、戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 多数の護衛戦闘機に守られた深海棲艦軍の爆撃機編隊がジェンティング飛行場に向けて、飛行を続けていた。

 そもそもの始まりは、ジェンティング飛行場との通信が突如繋がらなくなったことからだった。

 ここ二か月ほど、正体不明の勢力による飛行場、補給基地、輸送艦隊などに対する襲撃が相次いでいたことから、深海棲艦軍は各地の飛行場からジェンティング飛行場に、すぐさま偵察機を向かわせるも、飛行場に到達する寸前で、全ての偵察機が一斉に連絡を絶ってしまう。

 全ての偵察機が連絡を絶ったことから、撃墜されたと判断、そして同時にジェンティング飛行場が、正体不明の勢力による攻撃を受けていると判断し、その勢力を撃滅するため各地の飛行場、基地から爆撃機編隊と陸軍一個師団を急行させていた。

 

 

 

  

 空を飛行する大規模な深海棲艦軍の爆撃機編隊は、目標であるジェンティング飛行場まで後少しの上空を警戒しながらの飛行を続ける。

 編隊を組む航空機群には、戦闘になるであろう正体不明の勢力に対する明確な憎悪が周辺に漏れ出していた。

 二か月ほど前から行われた度重なる襲撃のため、ジャワ島の航空機運用能力は大幅に低下。

 このせいで、スマトラ島に展開する深海棲艦軍に対する航空支援が縮小、スマトラ島よりたたき出され、あげくジャワ島上陸を許してしまうという結果の一因なったのは言うまでもない。

 このため、深海棲艦軍の航空機達は、下手人をこの手で始末してやるという復讐の炎を燃やし、一糸乱れぬ編隊飛行を続けていた。

 

 

 

 傍から見れば、飛行場を襲撃する敵を駆り立てる獰猛な猟犬の群れ。

 しかし、正体不明の勢力―――ミレニアムにとっては、数だけを揃えた羊の群れでしかない。

 

 

 

 深海棲艦軍の偵察機が消息を絶った付近で、護衛戦闘機がはるか上空から、急降下する物体群を目視した。

 敵勢力の戦闘機による襲撃―――

 それに気が付いた護衛戦闘機は爆撃機編隊に防御砲火の指示を出そうとしたものの、その戦闘機は圧倒的に早く、周囲にジェットエンジンの音を響かせた48機の戦闘機が、編隊が弾幕を張る前の爆撃機編隊に飛び込み、中心を飛行する重爆撃機に対し、空対空ロケット弾『R4M改』をそれぞれの目標に二発づつ撃ち込み、その脇を通り過ぎていった。

 発射された『R4M改』は至近距離で発射されたために全機が目標に命中、命中したロケット弾は機体内部にて、520 gの高性能炸薬の力を解放、内部から重爆撃機を焼き尽くしたあげくに、腹に抱えた大量の爆弾に引火し大爆発、一機の例外もなく暗い空に巨大な火の玉を作り出していく。

 一度に四十八機もの重爆撃機を撃墜したジェット戦闘機群は、大きくターンし、今度は爆撃機編隊の後方から攻撃を仕掛けてきた。

 爆撃機編隊もようやく防御砲火を張るも、初撃で大量の爆撃機が落された影響は大きく、所々欠落した弾幕しか張れず、ジェット戦闘機群はその隙間から編隊に突撃、肉を啄むように、爆撃機が次々落されていく。

 

 

 

 爆撃機編隊が、ジェット戦闘機群に蹂躙されている横で、護衛戦闘機も危機的状況に陥っていた。

 編隊に対し攻撃が加えられた瞬間、護衛戦闘機にも同様に攻撃が始まった。

 上空からの奇襲攻撃で乱れた隊列に、こちらはレシプロ戦闘機が次々格闘戦を仕掛け、爆撃機編隊から引き離されていく。

 そうして始まった戦闘機同士による空戦だったが、墜落していく戦闘機は全て深海棲艦軍の護衛戦闘機という有様だった。

 深海棲艦軍の護衛戦闘機が次々落されていく理由―――

 それは、相手のレシプロ戦闘機が高性能なのもそうだが、統率された戦い方にあった。

 すべての戦闘機が、有機的に効率的に、お互いの位置を把握、利用し、一切の無駄なく護衛戦闘機を撃墜していく。

 いくら護衛戦闘機が背後を取ろうとも、別の戦闘機が最小限の動きで妨害し、最小限の動きだけで撃墜されていく。

 空を必死で逃げ回る護衛戦闘機は、まるでチェスの盤上のように、この空域全体を支配するプレイヤーが三次元上に駒を配置し、自分達にぶつけているような、もはや自身の命がけの戦闘を、何者かがゲーム感覚で楽しんでいるような、立ち位置すら下げられる感覚に襲われた。

 それはある意味で間違ってはいない。

 爆撃機編隊を蹂躙するジェット戦闘機群、そして護衛戦闘機を刈り取るレシプロ戦闘機群、いや、それだけではない。

 敵味方入り乱れる空全てを一人の男が完全に掌握しているのだから。

 

 

 

 

 

 ジェンティング飛行場姫は、ヴァレンタイン小隊、ヴェルンハルト小隊の特殊極まる戦い方に手をこまねいていた。

 飛行場姫に対し仕掛けるのは、常に一個小隊。

 人間離れした動きで翻弄し、一定以上の距離からパンツァーファウストを正確無比に次々と発射。

 それと同時に後続の小隊と入れ替わり、次弾装填の時間を稼ぐことで飛行場姫に絶え間ない攻撃を加えていた。

 もちろん飛行場姫も、反撃をしようと艤装を小隊に向けようとするも―――

 

 「隙ありってな!!!」

 「よそ見をしている暇はあるのかね!?」

 

 ヴァレンタイン兄弟が絶妙なタイミングで接近戦を仕掛けてくる。

 二人の持つ武装では飛行場姫に対し、さほど効果のある攻撃はできないものの、相手の照準を狂わせ、隙を作ることくらいはできる。

 そこに図ったように次々とパンツァーファウストの弾頭が着弾することで飛行場姫の攻撃を完全に封じていた。

 しかし、ある意味で綱渡りと同義語のような戦闘でも飛行場姫を撃破するには至らない。

 至るところに傷を作りながらも、その闘争心に一遍の衰えもなく、憎しみの目を小隊全員に向けていた。

 

 「かって~こいつ!レイドボスかっての!」

 「1つの命が固いだけだ。無限に近い数の命を持っているわけでもない飛行場姫なんぞ、恐れるに足らん!」

 「……あんちゃんポジティブすぎね?」

 「コノ程度ノ攻撃デ私ヲ倒セルト思ッテイルノカ!!!」

 

 飛行場姫と小隊と戦場は、司令宿舎から未完成の第四滑走路までその舞台を移していた。

 コントのような掛け合いを見せる兄弟に、苛立ちを見せる飛行場姫。

 すると兄弟は、飛行場姫に向き合い、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 「いや?私たちの仕事は、お前をここに連れてくることだ」

 「いや~俺らのモンになる飛行場を壊されたら、たまらねーもんな」

 「コノッッ!!!」

 

 もはや自分の物になるということ前提で話をする兄弟に怒りだす飛行場姫だったが、よくよく周囲を見渡してみると先ほど自身を攻撃していた小隊のメンバーがどこにもいなくなっていた。

 困惑する飛行場姫に兄弟は、最後の言葉を投げかける。

 

 

 「冥土の土産に覚えておきたまえ。貴様を倒した相手。我々『ミレニアム』の名を」

 「そんじゃあ、チャオ!」

 

 それと同時に掻き消えるように兄弟が姿消した。

 そして次の瞬間―――

 

 「爆破♪」

 

 足元で莫大な光が巻き起こり、飛行場姫は、光と共に消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 「あぁ、美しい光景です……」

 

 小高い丘の上、爆破地点からかなりの距離を離してもなお届く爆風にU-890は銀の髪を靡かせながら、飛行場姫を飲み込んで、出来上がった巨大なキノコ雲に対して感嘆の声を漏らす。

 

 ミレニアムは最初から携帯火器で、飛行場姫を撃破できるとは考えていなかった。

 そこで最もシンプルな手段を取った。

 それは『地雷』。しかしただの地雷ではない。

 今回使用したのは、開発にて出た、有線式の533mm魚雷を改修、内部のほとんどを高性能炸薬に置き換え、自身の携帯艤装に装備して小型化、携帯艤装が一度にもてる本体の艦と同数、24本すべてを地面に埋め、遠隔操作で爆破するというとんでもないものだった。

 

 一発につき、1,200㎏まで炸薬が詰め込まれた魚雷24本、炸薬合計28.8tもの凶悪な地雷は、携帯艤装での弊害で、威力が半減してもなお、飛行場姫を消し飛ばし、巨大なキノコ雲を打ち立てた。

 

 「作戦終了。整備小隊は至急、第一第三滑走路に展開し、第一、第二戦闘機大隊に対する受け入れ、補給準備を整えてください」

 『了解』

 

 飛行場姫の撃破を確信したU-890は、飛行場近くに潜伏していた整備小隊に連絡を取った。

 すると、しばらくののち、燃料を満載したタンクローリーと、弾薬を乗せたトラックの車列群が続々と展開し、整備小隊の隊員と、それと行動を共にする妖精さん達が忙しなく動き始め、飛行場はにわかに慌ただしくなる。

 

 それを確認したU-890は、労を労うため、余裕をもって離脱したヴァレンタイン小隊、ベルンハルト小隊、そして危うく爆発に巻き込まれそうになり、冷や汗をかいた兄弟の元へ歩いて行く。

 

 「ヴァレンタイン小隊、ベルンハルト小隊の皆さんお疲れ様でした。おかげで飛行場姫を始末でき、滑走路も無傷で手に入れることができました」

 「お疲れ様でしたじゃねえよ!最後の爆発の規模大きすぎるじゃねえか!危うく巻き込まれるところだったわ!」

 「……その辺にしておけ。まだ作戦は残っているんだ、無駄な体力を使うな」

 

 しれっと労うU-890とそれに食って掛かるヤン曹長、そしてあきれ果てた声で制止を促すルーク准尉、そしてそれを笑いながら見ている二つの小隊は会話を弾ませながら、第二滑走路へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

―――――8月10日 PM8:00 ジェンティング飛行場

 

 

 

 制圧を終え、ミレニアムの支配下となったジェンティング飛行場、その第一、第三滑走路に、

大規模な爆撃機編隊を残らず刈り取ったジェット戦闘機の『Me262改』、

そしてレシプロ戦闘機である『Fw190』が次々と着陸し、

空戦によって失われた燃料と弾薬の補給を、整備小隊から受けている最中、第二滑走路上空に無数のプロペラの混声合唱が鳴り響いた。

 

 

 

 マキナの巨大な船体の傍を飛行する、12機の中型ヘリコプター『NH90』、

そして護衛するように周辺を固める24機もの攻撃ヘリコプター『EC665 ティーガー』が第二滑走路の上空を飛行していた。

 一足先に中型ヘリコプター『NH90』が着陸し、搭乗していたミレニアム大隊のメンバーは即座に展開、周辺の警戒を始める。

 それに少し遅れるように、マキナの船体がゆっくりと着陸した。

 タラップが降ろされ、残りの大隊メンバーが次々展開する中、マキナはゆっくりとタラップを下り、近くに待機していたU-890の所へと歩いていった。

 

 「作戦ご苦労。よくやってくれたな」

 「いえいえ、マキナさんの方こそ爆撃機編隊の攻撃阻止、ありがとうございました。

 どうです?『基地航空隊』は使えそうですか?」

 「かなり使えるな。自分の思うがままに統率できる」

 

 『基地航空隊』―――それは陸上型艦娘を召喚できない人類が、陸上型深海棲艦に対抗するために設立された。

 人類の飛行場を利用し、妖精さんが指揮操縦をする航空隊の呼び方だった。

 だが、本来艦娘の補助としての働きが主であり、人的被害は一切ないものの彼ら自身の操縦技術はそれほど優れているわけではない。

 それは、航空隊を統率できる存在の、陸上型艦娘が召喚できない以上それは仕方のないことでもある。

 しかし、彼は、マキナという艦息は違う。

 

 彼は飛行船。

 空飛ぶ船。

 

 だからこそ、彼は艦船にも分類されるし、()()()にも分類される。

 

 だからこそ、彼は、基地航空隊に所属することができるし、妖精さん達も艦息だからこそ統率できる。

 加えて彼には、対空探索レーダーに、航空機管制システムが備わっており、航空機群から送られてくる膨大な情報を捌ききるだけの情報処理能力も備わっている。

 この基地航空隊に所属する航空機は全て、マキナの忠実な、盾であり、矛であり、目であり、耳でもあるのだ。

 

 「そろそろ出撃するか」

 

 そして、彼は航空機にも分類されるし、艦船にも分類される。

 

 

 

 飛行船の船体後部の巨大なタラップが地面に降ろされ、かつてU-890の船体が収めれらていた格納庫から、複数のキャタピラの音が周囲に響き渡った。

 そしてゆっくりと、姿を現したのは7.5 cm KwK 42を主砲としたドイツ第三帝国の中型戦車、『V号戦車パンター』。

 それが、統率された動きでタラップを伝い次々と展開していく。

 

 この戦車群も艦船である艦娘の能力を使い全て、マキナの支配下にある。

 

 今このジェンティング飛行場には―――

 

 ミレニアム大隊、

 V号戦車パンターによる2個戦車中隊

 EC665 ティーガーによる攻撃ヘリコプター大隊

 NH90の ヘリコプター2個中隊

 Me262改 ジェット戦闘機大隊

 Fw190  レシプロ戦闘機大隊

 そして、空中戦艦Deus ex machina という、戦力が集結していた。

 

 整列した兵士、兵器を見回し、マキナは今宵の戦争の開幕の宣言をする。 

 

 「目標、ジャワ島深海棲艦本拠地『バニュワンギ』!!!邪魔する奴は全員殺せ!!!進撃開始!!!」

 

 飛行場が震えるほどの音を上げながら、ミレニアムはジャワ島深海棲艦本拠地へと進撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

 




 2016春イベントの基地航空隊が登場。E-7はつらかった…


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第16話 Eー? 敵本拠地攻略戦

――――8月10日 PM9:00

 

 

 

 この日ミレニアムは、ジェンティング飛行場を制圧後、同基地を拠点として、北東約40㎞先にあるジャワ島深海棲艦本拠地『バニュワンギ』に向け進撃を開始した。

この『バニュワンギ』は、ジャワ島東部に展開する、深海棲艦軍、飛行場群への補給を一手に担う後方基地として大規模な輸送船団を余裕をもって受け入れる事ができる巨大な港湾と、整備基地と巨大な飛行場を備え、ジャワ島の深海棲艦を総司令官である『港湾棲姫』がこの一大拠点を取り仕切っていた。

 

 港湾棲姫は、進撃を開始したミレニアムに対し、ジェンティングと、バニュワンギとの間の各所に設けられた、防御陣地にて防衛線を敷き、飛行場に向かわせていた陸軍一個師団で補強することで、ミレニアムの進撃に備えた。

 また、各所の飛行場から東南アジア連合陸軍との最前線である、ボロブドゥール戦線を維持するだけの航空機を残し航空戦力を抽出、バニュワンギ防空隊を除く、そのすべてをミレニアム撃滅へと差し向けた。

 

 港湾棲姫が取った戦法は持久戦。

 

艦娘による、海上補給線の妨害が行われているものの、その被害は許容範囲であり、十分な戦略物資がここバニュワンギに卸されているため、補給切れの心配はない。

 

 加えて、もし早々に防御陣地が突破されたとしても、バニュワンギを丸ごと囲むように築城された、、永久城塞に匹敵する規模を持つ、広大な対人・対戦車地雷源に鉄条網に壕で守られ、大量の砲門で武装された頑強な野戦陣地と、陸軍三個師団が防衛についており、生半可な戦力では突破はできない。

 

 港湾棲姫は、潤沢な補給を受ける陣地群と、航空隊をを持って、進撃するミレニアムに対し、多大な出血を強要させ、相手の攻勢が弱まった瞬間、大攻勢に出ることで、敵勢力の撃滅を図ろうとしていた。

 

 しかし、港湾棲姫は気付いてはいない。

 ミレニアムがただの軍隊ではないということを。

 

 のちにその代償を、自らの命によって支払うこととなる。

 

 

 

 

 

――――ジャワ島東部上空

 

 

 

 バニュワンギに向けて進撃する勢力―――ミレニアムと、それを阻止しようとする、深海棲艦軍との間で大規模な空戦が勃発した。

 

 航空機の数は、各飛行場の余剰航空戦力をすべて集結した深海棲艦軍の方が圧倒的に多い。

 しかし、各航空機の性能、そしてそれをまとめ上げる指揮能力は、ミレニアムの方が絶望的なほど上だった。

 

先ほどの爆撃編隊の比ではない深海棲艦の航空機が、巨大な飛行船の前方を守る戦闘機部隊を突破しようとするものの、全ての戦闘機がお互いをカバーしながら戦う布陣に次々撃墜され、すり潰されていく。

 

 それでも、十数機の攻撃機が布陣を突破し、旗艦だと予想される飛行船に襲い掛かろうとした。

 

 しかし、攻撃機と飛行船の間に、中型ヘリコプター『NH90』が妨害せんと次々展開を始める。

 

 攻撃機の深海棲艦はこの割って入った武装ヘリコプターを完全に侮っていた。

 

 世界的な電波障害のせいで誘導兵器が使えない現在、武装ヘリコプターが扱えるのは、チェーンガンと無誘導ロケットのみ。

 

 対地攻撃では、絶大な力を発揮する武装ヘリコプターも、戦闘機、攻撃機の相手をするには速度が違いすぎた。

 

 それでも命中すれば撃墜は必至。

 

 そこで攻撃機はターゲットを変更し、武装ヘリコプターを先に排除しようと散開、射線に気を付けながら周りこむように、攻撃を始めようとした。

 

 しかし、深海棲艦の攻撃機たちは知らない。

 

 この中型ヘリコプター『NH90』は、()()()()()()()()()。 

 

 

 

 中型ヘリコプター『NH90』より一斉に発射されたロケットを、攻撃機たちは高度を上げることで射線から外れ、回避しようとした。

 

 しかし、発射されたロケットはまっすぐに進まず、攻撃機の後を追尾し始める。

 

 予想だにしない軌道を取るロケット群に対し、攻撃機たちは懸命に振り払おうとするものの、すぐに追いつかれ次々に着弾。

 

 全機が役目も果たせず、墜落していった。

 

 

 

 空対空ミサイル『FIM-92 スティンガー』による撃墜を確認した12機の『NH90』は、時折戦闘機部隊を突破してくる攻撃機を、一機残らず刈り取りながら、マキナの進路を確保していく。

 

 この中型ヘリコプター『NH90』はマキナが開発によって手に入れた物である。

 

 そして、艦娘が開発した装備は、電波障害を受けない。

 それはつまり、このヘリに搭載されている、対地対空ミサイル、レーダー、センサーなどの電子機器を、電波障害の影響を受けることなく使用でき、それを全てマキナが統括することができるという意味でもある

 

 これによりマキナは、世界的な電波障害以来、人類側が失うこととなった近代戦術と、艦娘の力を利用した人類側の比ではない戦術リンクを何のリスクもなく十全に使用することができ、深海棲艦は今まで体験することのなかった脅威を存分に味わい、各地の飛行場から集結した数百機もの攻撃隊は、片端から撃ち落とされ、地上に鉄の雨を降らせるだけの存在となり果てていた。

 

 

 

 

 

――――バニュワンギ野戦陣地

 

 深海棲艦の全攻撃隊の壊滅。

 

 この事実を裏付けるように、南西の暗い空より、ミレニアムの戦闘機部隊、それに続いて周囲に、『NH90』を侍らせた飛行船が姿を現した。

 

 野戦陣地にて待機していた深海棲艦軍は、短時間の間に、数百機もの航空機を粉砕したミレニアムの実力に驚愕しながらもこれ以上進ませまいと、野戦陣地の至る所からサーチライトを照らし、対空射撃を開始、物量に物を言わせた圧倒的な弾幕は、もはや点での攻撃ではなく面攻撃、巨大な壁となって、先頭を飛行するミレニアムの戦闘機部隊の侵入を阻んだ。

 

 しかし、弾幕手前で散開した戦闘機部隊とは違い、巨大な飛行船は、一切進路を変えず真っ直ぐにバニュワンギの本拠地を目指すコース、つまり弾幕を突っ切る進路を取っていた。

 

 400mを超える飛行船が、濃密な弾幕に突っ込めば、どれだけ重装甲を施されていようとも1分もたたずに、蜂の巣にされ、墜落することは目に見えている。

 

 それでも、飛行船は、『NH90』を従わせながらどこまでも優雅に、そして着実に炎の壁に接近していった。

 

 

 

 

 飛行船の船内、司令部作戦室にて、ミレニアムの全航空機の指揮をするマキナと、U-890は、スクリーンに映し出された、野戦陣地の様子を見ながら暢気に会話をしていた。

 

 「熱烈な歓迎だな、おい」

 「ここが、深海棲艦の最終防衛ラインですからね。必死にもなるでしょう」

 「だが、我々空の劇場にばかり、目を奪われていては足元をすくわれるぞ?」

 

 

 

 

 

 高射砲陣地からの対空弾幕により、空が真っ赤に染まっている頃、野戦陣地外側を守る深海棲艦軍は、地上を厳重に監視していた。

 

 空では敗れたものの、地上ではいまだに敵勢力と思われる軍隊の姿は確認できず、敵勢力の航空隊のみが突出し陸上部隊は未だ、深海棲艦の防御陣地群で足止めされ、連携が取れていないものだと考えていた。

 

 であれば、まだ現状を打開できる。

 

 そう深海棲艦軍が考えていた丁度その時、ド派手な音を上げ続ける高射砲群の音に混じり、地平線上からプロペラの音が混じり始めた。

 

 その音とともに地上を這うように進む、24の黒い塊が猛烈な速度で野戦陣地に接近してきていた。

 深海棲艦軍はすぐさま敵と判断。

 サーチライトでその姿を照らしだし、各所に点在するトーチカ、機銃陣地が攻撃を始めた、

 否、始めようとした。

 

 しかし、24の塊から打ち出された、対戦車ミサイルが外周陣地に次々着弾。

機銃陣地、兵士級を吹き飛ばし、爆炎と煙でトーチカ群の視界を塞いだ。

 

 

 

 対戦車ミサイル『AGM-114 ヘルファイア』による、機銃陣地の破壊を確認した24機もの攻撃ヘリコプター『EC665 ティーガー』大隊は、時速230㎞で地面すれすれの匍匐飛行を行いながら、煙を上げる外周陣地へと接近。

 陣地前に設置された広大な地雷源、鉄条網を文字通り飛び越え、次々野戦陣地内へと侵入し、高射砲陣地の集まる陣地奥内へと駆け抜けていった。

 

 そして、未だ砲身を上に向け砲弾を打ち上げている、高射砲群に向けてその身に抱えた、ロケット砲、対戦車ミサイルで存分に蹂躙を始めた。

 

 至る所で、高射砲の残骸が空中高く舞い上がり、陣地ごと吹き飛ばされ、周辺にいた兵士級ごと焼き尽くされていく。

 生き残った兵士級が小火器で抵抗するものの、重装甲の施された『EC665 ティーガー』には大して効かず、逆に、機関砲で穴だらけにされ、無残な残骸を増やしていた。

 

 内部にまで入り込まれた攻撃ヘリコプターの排除は難しく、空に炎の壁を作り上げていた高射砲陣地は一基残らず排除され、煙だけが漂う空を巨大なマキナの船体がゆっくりと通過していく。

 

―――ミレニアム大隊、降下準備

 

 対空弾幕の無くなった、野戦陣地上空を飛行するマキナは、降下カタパルトを展開、自身に搭乗していた大隊員を、続々と降下させていった。

 

 

 エアボーン。

 

 それは、本来の意味ならば、輸送機に乗った兵士がパラシュートで一斉に降下して敵陣の背後を突く戦法である。

 しかし、エアボーンは、パラシュート降下のため、兵員・物資の降下範囲が散らばりやすく、そして装備も貧弱であるという欠点があり、しかるのち地上部隊の増援と合流しなければ、敵地上部隊の反撃で大損害を受けやすい。

 

 だか、一人一人が強靭な力を持つ、吸血鬼化武装擲弾兵戦闘団―――ミレニアム大隊にはこの欠点は一切当てはまらない。

 

 ミレニアムのエアボーンに地上部隊との合流は必要ない。

 ―――――降下部隊のみで敵地上部隊を粉砕することができるからだ。

 

 ミレニアムの降下部隊に、補給線など必要ない。

 ―――――空を飛行するマキナから直接補給を受けることができるからだ。

 

 ミレニアムの降下部隊に、自走砲などによる火力支援は必要ない。

 ―――――空を守るマキナから艦砲射撃にも匹敵する火力支援を直接受けることができるからだ。

 

 それはつまり、マキナが飛行できる範囲すべてがミレニアム大隊の作戦圏内であり、機甲師団にも匹敵する戦力をいつでも、どこでも、好きなだけ展開できるという意味でもある。

 

 ジャワ島の総司令官である港湾棲姫は、『陣地内に籠っての持久戦』という最悪の選択肢を選んだ。

 

 陣地内に直接展開できるミレニアム大隊にとって、外からの攻撃に対処する陣地など無意味であり、内部が混乱し混戦になればなるほど、近接戦に対して無類の強さを発揮する吸血鬼の独壇場と化す。

 

 野戦陣地内部に降下した、ミレニアム大隊と、深海棲艦軍との間で戦闘が勃発。

 

 もはや、野戦陣地の意味をなくした戦場で、至る所で戦闘が巻き起こり、敵味方が入り乱れる乱戦となった。

 血で血を洗う大激戦、外周陣地に設置された地雷原、鉄条網がそのまま檻となり、魔女の鍋の底の有様を見せる戦場の上空を、この現状を作り出した、巨大な飛行船はゆっくりと飛行していた。

 

 

 

 「大隊総員、降下完了。では、俺たちはジャワ島の司令官に挨拶でもしに行くか」

 「了解です。マキナさん」

 

 野戦陣地全体を一通り確認した、マキナとU-890は、ミレニアム大隊に対する火力支援を、『EC665 ティーガー』攻撃ヘリコプター大隊に任せ、『Me262改』、『Fw190』戦闘機大隊、『NH90』中型ヘリコプター2個中隊

を伴いながら、再度バニュワンギへと進路を取った。

 

 

 

 

 

――――本拠地 バニュワンギ

 

 

 

 「ソンナ馬鹿ナ……」

 

 バニュワンギにて指揮を執っていた港湾棲姫は、永久城塞にも匹敵する野戦陣地を突破されたことに動揺を隠せないでいた。

 これで進撃するミレニアムと、本拠地バニュワンギとの間を妨げるものは何もない。

 今港湾棲姫が動かせる兵力は、バニュワンギ航空隊と本拠地を守護する陸軍一個師団のみ。

 

 陸軍3個師団の立てこもる頑強な野戦陣地を、簡単に突破して見せたミレニアムに対し、その戦力ではあまりに少なすぎる。

 

 もはや、バニュワンギの陥落は確実。

 

 ならば、せめて港湾に停泊する深海棲艦の艦船だけでも逃がすために、行動を開始した。

 

 港湾棲姫は、飛行場に駐機されていたすべての航空機を出撃させ進撃するミレニアムを足止め、その間に港湾から脱出する時間を稼ぐ。

 

 万が一の場合に備え、港湾棲姫の命令で出港準備を整えていた百隻を軽く超える船団は、島を隔てて2か所ある出入り口へと整然と航行していた。

 

 港湾棲姫の命を賭した決死の作戦。

 しかし、ミレニアムはその作戦すら情け容赦なく踏み潰す。

 

 

 

 「うん?マキナさん、港湾の船団が動き出しました」

 「いかんなぁ、劇の途中退席は。U-890」

 「了解です、マキナさん」

 

 

 マキナの作戦司令室にて、船団の動きを察知したU-890は、すぐさま自身の船体を操り、ある仕掛けを作動させた。

 

 バニュワンギ港湾沖の海底、にて無音潜航していたU-890の船体、特殊潜航艇の命令を受け取った『Mk60キャプター機雷』が一斉に起動。

 

 U-890が港湾の出入り口二か所に敷設した、大量の機雷群が、退却を始めた船団に対し、次々と『Mk46短魚雷』を発射、次々と水柱を立てながら被雷していく艦船に深海棲艦は大混乱し、転覆した船を避けようとした艦船同士が至る所で接触事故を起こした。

 

 混乱した艦船を、港湾棲姫が必死になって統率しようとするものの混乱は収まらず、航空隊が命に代えて作り出した、金よりも貴重な時間が無駄に失われていく。

 

 そして――――

 

 時間を稼いでいた、バニュワンギ航空隊の全滅の報告の後、

 南西の空より飛行船を旗艦とする、ミレニアム航空隊が姿を見せた。

 

 

 

 

 

――――8月11日 AM2:00

 

 

 

 「コンナ…コンナコトガ……」

 

 呆然とした声を上げた港湾棲姫の目の前、ジャワ島深海棲艦本拠地としてその機能を十分に果たしていたバニュワンギ基地は今、至る所から爆炎を上げ、巨大な処刑場と化していた。

 

 空を飛ぶ、『NH90』中型ヘリコプターが建物、倉庫に次々対戦車ミサイルを撃ち込んで叩き壊し、戦闘機部隊が、懸命に抵抗する兵士級の部隊に容赦なく機銃掃射、ロケット砲を食らわせ息の根を止めていく。

 

 港湾では、空より飛来するv1改を撃ち落とそうとするものの捉えきれず、また港湾内のため回避行動もとれず、容赦なく着弾。

 海面全体にばら撒かれた重油に引火し、文字通り火の海となった湾内に転覆し、船体を焦がした。

 屠殺場と同意語となった港湾から脱出しようと、被雷覚悟で出入り口に向かう艦船もいたが例外なく触雷転覆し港湾出口に艦船の残骸を積み重ねていた。

  

 もはや打つ手など全くなく呆然自失となる港湾棲姫は、この光景を作り出した赤と黒で彩られたとてつもなく大きな飛行船がゆっくりとこちらに艦首を向けてくるのを確認した。

 

――――止めを刺す気だ。

 

 もはや艦首の動きがそのまま、自身の処刑のカウントダウンだということ気付きながらも、港湾棲姫その場を動く気になれなかった。

 戦う意思、闘争本能が完全にへし折られていた。

 

 艦首が完全にこちらを向き、船体側面から煙を巻き上げながらこちらに向かってくる複数のV1改を確認すると港湾棲姫はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

――――8月11日 AM4:00

 

 

 

 司令官たる港湾棲姫に止めを刺し、本拠地バニュワンギを制圧した、マキナは飛行場にその船体を降ろし、野戦陣地の制圧を終え合流したミレニアム大隊に、基地周辺の警戒を任せ、U-890と共に本拠地内をゆっくり歩いていた。

 

 「しかし、ジェンティング飛行場には、深海棲艦軍は一切来なかったな。これだとパンターをこっちに参加させてもよかったな」

 「まぁまぁ、備えあれば憂いなしといいますし」

 「どこの言葉だ?それ」

 「日本らしいですよ?」

 

 取り留めもない会話をしていたマキナとU-890は、視界の片隅に白いスーツと、ジャージを着た兄弟の姿を捉えた。

 

 「お、ルーク・ヴァレンタイン准尉に、ヤン・ヴァレンタイン曹長じゃないか。

ちょうどよかった」

 

 「おや、艦長。どうしたので?」

 「あろーあろー艦長~」

 

 「俺たち航空隊は、そろそろ撤収するが、お前達はどうするか聞きたくてな」

 

 「ジェンティングとバニュワンギとの間の防御陣地群に、深海棲艦の一個師団が取り残されているのでそちらに向かおうかと」

 「掃討戦って奴っすよ」

 

 「分かった、ではルーク・ヴァレンタイン准尉。貴官に2個中隊を与えるから存分に使ってくれ。

 俺たちは、ジェンティングで補給をした後、『gehörnte Eule(ミミズク)』を護衛して帰る。

 迎えの方は二日後、B地点に『NH90』を向かわせる」

 

 「了解」

 「了解っす」

 

 ヴァレンタイン兄弟と今後の話し合いを軽くしたマキナは、後ろで控えていたU-890を連れ再び歩き出したが、すぐにその足を止めた。

 

 「どうされました?、マキナさん」

 「これは……深海棲艦側の反応が消えたとなれば、艦娘か?」

 

 おそらく、船体から送られてくる情報を処理しているのだろうマキナは、情報を整理するとU-890に簡潔に伝えた。

 

 「艦娘と予想される艦艇12隻がバニュワンギに向かって接近中だ。到着時刻は2時間後」

 「どうします?相手しますか」

 「いや、今日はこのまま帰る。だが、何の挨拶もなしというのは忍びない。

 U-890、飛行場に隊員を集めろ」

 

 

 

 

 

――――8月11日 AM6:00 深海棲艦本拠地バニュワンギ

 

 

 

 「……これは」

 「……深海棲艦が全滅?」

 「……二人とも気を付けて。まだこれを行った犯人がいるかもしれないわ」

 

 第7作戦部隊のグラーフ・ツェッペリン、プリンツ・オイゲン、そして旗艦であるビスマルクは、深海棲艦の本拠地であるはずのバニュワンギの惨状を見て言葉に詰まりながら、調査を開始した。

 

 

 

 そもそもの始まりは約2時間前、第7作戦部隊が深海棲艦の海上補給路を断つため、東ジャワ島沖合で深海棲艦と海戦を行っていた時である。

 

 突然、第7作戦部隊の妨害のために展開していた深海棲艦が進路を変更。

 一部を殿に宛がい、撤退を始めた。

 しかも、進路は深海棲艦の本拠地があると予想されているジャワ島のバニュワンギではなく、東に向け撤退を始めていた。

 それだけではない。

 偵察機を多数飛ばしていたグラーフ・ツェッペリンから周辺の深海棲艦すべてが、バニュワンギから離れるように撤退を始めているという、無線が入った。

 

 第7作戦部隊旗艦のビスマルクは、報告にあった正体不明の勢力がバニュワンギを攻撃しているものと予想し、部隊の進路をバニュワンギに変更。

 

 時折邪魔をする深海棲艦を蹴散らしながらバニュワンギへと急行していた。

 

 

 

 

 

 そして到着したバニュワンギだったが、もはや陥落した後だった。

 ビスマルクは、プリンツ・オイゲン、グラーフ・ツェッペリンと共に、携帯艤装を展開しての上陸作戦を決断。

 第7作戦部隊の指揮を妙高に任せ、3人はバニュワンギへと急いだ。

 

 調査を開始した3人だったが、いくつもの黒煙が本拠地全体を覆いつくし、港湾内には転覆し、着底した深海棲艦の残骸が、漏れ出した重油に引火したのだろう炎に焼かれ、地上施設は完膚なきまで破壊され、至る所に兵士級の残骸が転がっている惨状に顔を顰め、これだけの戦力を叩き潰した勢力に対して危機感を覚えていた。

 

 「グラーフどう?空からの様子は?」

 「煙が邪魔をして、基地全体の偵察は無理だな」

 「そう、じゃあ、基地周辺の警戒をお願いね?プリンツも警戒を怠らないで」

 「了解した」

 「了解ですビスマルク姉様!」

 

 携帯艤装から小型の艦載機をいくつも飛ばしていた、グラーフ・ツェッペリンに現状を聞いたビスマルクは二人に油断しないよう促しながら、基地内を調査を続けていた。

 

 そして様々な破壊の記録を取りながら、本拠地横に併設された巨大な飛行場へと移動してきていた。

 その飛行場は無秩序に、深海棲艦の残骸が転がっているのではなく、兵士級が積み上げられてできた壁がいくつも出来上がっていた。

 他とは様相の違う、光景に疑問を抱きながらも、調査を開始しようとしたとき、一陣の強い風が吹き荒れ、飛行場上空に淀んでいた黒煙を押し流し飛行場全体が露わになる。

 

 「こ、これはっっっ!!!」

 「どうしたのグラーフ?」

 「顔が真っ青ですよ?」

 「2人ともすぐに偵察機を飛ばして、視界共有をしてくれ!!!」

 

 飛行場上空に偵察機を飛ばしていたグラーフ・ツェッペリンが透き通った肌を真っ青に染めながら、鬼気迫るように二人に訴えた。

 いつも冷静なグラーフ・ツェッペリンとは違う様子に、ビスマルク、プリンツ・オイゲンは圧倒されながらも、指示通り偵察機を飛ばし、妖精さんと視界共有をした。

 

 そして、飛行場上空からの光景を見た直後―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――空気が凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を吸うことがひどく苦しい。

 熱いはずの、気温が一気に下がり、冷や汗が止まらない。

 

 深海棲艦の残骸で作られていたのは、壁ではなく印だった。

 その印は3人には、非常になじみ深いものだった。

 

 

――――第二次世界大戦時、一つの帝国がドイツで生まれた。

 

――――天才的な指導者が率い、ヨーロッパを席巻した、強大な帝国。

 

――――いくつもの戦争犯罪と共に、今なお恐怖の象徴として語りつがれている血塗られた印。

 

 

 

 言葉に出すことのできないグラーフ・ツェッペリン、プリンツ・オイゲンに代わりビスマルクは喉の奥から吐き出すように、噛み締めるように、その印の名前を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 Hakenkreuz (ハーケンクロイツ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦の大量の死体で形作られていた、ドイツ第三帝国の印、巨大な鉤十字が、雲の切れ間より覗く太陽の光を浴び、赤黒く燦然と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第17話 色褪せた勝利

海上自衛隊、東南アジア連合陸軍主導で行われた『ジャワ島奪還作戦』は、制海権を完全に確保した海上自衛隊が、ジャワ島最東部バニュワンギ近辺に第九作戦艦隊と第三機甲師団を揚陸し、戦線の背後をつくように西に向けて進軍を開始。

それに呼応するように東に向け東南アジア連合陸軍主力動きだし、東と西から深海棲艦軍の主力が守るボロブドゥール戦線へと総攻撃を仕掛けた。

 戦線の空を守っていた各飛行場の航空機の余剰戦力が消失し制空権が喪失、制海権を確保されたことで補給が途切れた今、深海棲艦軍に東南アジア連合陸軍と艦娘陸戦隊の挟撃に耐えれるほどの力はなくボロブドゥール戦線は完全に崩壊。

 潰走を始めた深海棲艦軍は空と陸より徹底的に駆逐され殲滅させられた。

 

 本来なら、奪還まで半年以上掛る事を見込まれていた『ジャワ島奪還作戦』は僅か40日という短期間、そして当初予想されていた損害を大きく下回る形で達成される。

 

 インドネシア大統領は奪還した首都ジャカルタにて、本土解放を宣言。

 国外脱出をした自国民を呼び戻し、ジャワ島復興に着手を始めた。

 

 東南アジア陸軍は、ジャワ島各地に散った深海棲艦軍残党の掃討を進めることで島の安定化を図り、深海勢力との前線基地として機能させるため各地に駐屯基地を設営と、破壊された港湾の整備を進め、

 海上自衛隊も奪取した各飛行場を復旧、基地航空隊を進出させジャワ島の防空強化に勤しんだ。

 

 完全勝利といっても差支えないほどの成果を上げた今作戦に、深海棲艦の恐怖を肌で感じていた東南アジアの政府と国民は歓喜の声を上げるが、東南アジア連合陸軍の上層部、そして海上自衛隊はこの勝利に浮かれるどころか新たな脅威の出現に頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

――――1999年9月14日 リンガ軍港 提督執務室

 

 

 

 

 「……これは」

 「……」

 

 『ジャワ島奪還作戦』終了より約2週間後。

 リンガ軍港、提督執務室にて、復興の途上にあるジャワ島より送られてきた報告書に、東条少将、ビスマルクは二の句が継げないでいた。

 

 ジャワ島より送られてきた報告書――――

 

 それは、ジャワ島にて確認されたハーケンクロイツを掲げる謎の勢力についての中間調査報告書だった。

 

 ジャワ島奪還作戦中盤、謎の勢力を探るため、海上自衛隊作戦本部と東南アジア連合陸軍、共同で送り込まれた大規模な調査チームだったが、作戦が予想より早く完遂したため、島全体を調査範囲として足取りを追っていた。

 

 ジャワ島全体で、謎の勢力についての調査が始まったわけだが、調べれば調べるほど、深海勢力に与えた被害の大きさ、そして謎の勢力の特異性が徐々に明らかになる。

 

 

 

 最初の方こそ、飛行場のみを襲撃しているものと予想されていたのだが、それだけには留まらず、港湾、泊地、集積地、補給基地、防御陣地など、島の至る所で謎の勢力による破壊の爪痕が残されていた。

 

 そのすべてに共通することは、まるで何の脈絡もなく突如軍隊が現れ、消えたかのような、該当箇所以外に一切の痕跡がないこと。

 確実に二個中隊以上の軍事行動が確認できるのだが、ジェンティング飛行場に残された戦車や車両の痕以外には車両による移動の痕跡は確認できず、野営陣地すら見つかっていない。

 

 そして、これだけ広範囲に攻撃を仕掛けていても誰一人としてその軍隊の姿を見ていない事だった。

 

 霞のように全容の捉えられない軍隊、凶悪な戦闘能力、そしてバニュワンギに示された巨大な鉤十字から、東南アジア連合陸軍の兵士達から『亡霊軍隊』と呼ばれ恐れられていた。

 

 

 

 「これほどの突出した戦闘能力……確実に艦娘が関わっているな。

使われた兵器の解析はまだらしいが、艦娘陸戦隊でも同等の戦果を挙げるには、相当数動員しなければならない」

 「ええ……これだけ損害を受けていては、深海棲艦軍もまともに機能しなかったでしょう。

私達はこの軍隊に、勝利という『おこぼれ』をもらったという事ね」

 

「だがこいつらの目的は?

 これだけの戦闘能力を持つ軍隊を行動させるならば何か目的があるはず。

 我々はジャワ島の奪還という目的があったが、こいつらの目的はなんだ?

 この戦いで何を得た?

 そして、なぜ隠密行動を心がけていた軍隊が、鉤十字のような目立つ印を残したんだ?」  

 

 明らかに艦娘の力が関わっていると断定できる状況で、鉤十字を残す目的がドイツ連邦に目線を向けさせることだったとしても、誰もがドイツ連邦が艦娘の所有を禁止されていることが知れ渡っている現在、その目的が果たされることはない。 

 精々がドイツ連邦の監視が厳しくなるだけだ。

 

 そして、海上自衛隊に所属しているドイツ艦娘に疑いを向けさせることで内部分裂を狙ったのだとしても、ほとんど自衛官、そして東南アジア連合陸軍の兵士達と共に作戦行動していることでアリバイのある彼女達を疑う者はない。

 

 仮にその二つのどちらか片方、もしくは両方が目的だったとしても、これだけの軍事行動を起こすだけの理由に足りえない。

 

 「目的と手段が全くかみ合ってないような……。

いえ、何か明確な目的があるはずだわ」

 

 謎の勢力の正体と目的を探ろうと思考の海に潜り始めようとした二人は、直後に鳴り響いた電話の音で現実に引き戻された。

 

 「東条だ。……なに?……分かった」

 「どうかしたの?」

 

 妖精さんの作り出したアンティ―ク調の受話器を取った東条中将は相手側の話を聞くにつれ、みるみる顔を顰めていった。

 話の内容が気になったビスマルクは、相手側との話を終え受話器を置いた時を見計らい問いかけた。

 

 「深海勢力圏内、ポート・モレスビー港湾周辺を偵察中の伊8、U-511からの緊急電文だ。

『同港にて30隻を超える大型艦艇が集結中。反攻作戦の予兆あり』

深海棲艦が仕掛けてくるぞ」

 

 

 

 

 

  

 

――――1999年9月15日 PM11:00 ポート・モレスビー港湾周辺

 

 

 

 

 『どうユーちゃん?深海棲艦の艦種の特定はできた?』

 『あ、ハチ。

まだ正確な数は掴めてないけど、大型艦艇のほとんどが空母級だと思うよ』

 『となると空母機動部隊が主力になるのかな?』

 

 緊急電文を送るために同海域から離れていた伊8は、その場に残って監視活動をしていたU-511と再度合流し、潜航したまま艦娘の能力を使った相互通信にて会話をしていた。

 

 

 

 第二次世界大戦時の潜水艦の魂を持つ彼女達だったが、艦娘の特性を受け継ぎその性能は過去の潜水艦と比べものにならないほどに向上していた。

  

 まず、潜水可能時間、そして潜水深度が飛躍的に向上した。

 これは、狭い空間の中に数十人の乗組員が押し込まれ、酸素を消費する通常の潜水艦と違い、一人の艦娘と、それを補助する妖精さんだけですむため。

 

 そして船体を手足のように操る彼女たちは、自身の船体ががいまどれだけの深さを潜ることができるかを文字通り肌で感じることができるために、自身の限界ギリギリを正確に読み取り潜航することができるため。

 

 

 

 それに伴い、海上自衛隊において彼女たちの潜水艦の役割は、敵艦艇への急襲から広範囲に展開しての偵察任務となっていた。

 

 昔であれば潜水艦一隻の犠牲で大型艦艇を沈めればそれだけで大金星となっただろう。

 しかし、湯水の如く湧き出てくる深海棲艦に対し、艦娘を等価交換のような犠牲を払っていては確実に押し負けてしまう。

 深海棲艦との海戦で必要なのは、勝利ではなく生存。

 『成長する兵器』でもある艦娘の損失を一切出さず、深海棲艦のみに損害を押し付ける。

 

 それをするためには、敵側の情報を少しでも多く集め、掌握し、確実に勝てる自身の手札を切らなければならない。

 

 そのために彼女達潜水艦隊は広範囲に展開し、日夜深海棲艦の動向を調査し、情報を発信していた。

 

 この二人も探知されないよう細心の注意を払いながら、情報を集め自陣営に送っていく。

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは人類側にとって忘れることのできない一つの海戦の始まりを告げる鐘の音でもあった。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 




 夏イベが始まりましたね。
 ありがたいことに、ウォースパイトがゲットできるみたいです。
 これでオリジナル艦娘を出さずに済みます


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第18話 戦力集結

リンガ軍港より報告された深海勢力による反攻作戦の予兆。
 ポート・モレスビー港湾、そして旧オーストラリア・ダーウィン港に集結中の深海棲艦に対し、海上自衛隊作戦本部は、リンガ軍港の司令官の東条遥人少将、そしてタウイタウイ軍港の司令官の橋本銀次少将に東南アジア連合海軍と共同での敵艦隊の撃滅を命じた。




――――1999年9月19日 リンガ軍港 第三滑走路

 

 

 

 太陽の日差しが照りける中、リンガ軍港に併設された滑走路。

 東条少将とビスマルクは、時折懐中時計を見て、時間を確認しながらある人物の到着を待っていた。

 

 「……来たみたいだな」

 「そうね」

 

 小型の旅客機の姿が空の彼方から現れ、滑走路に向けて高度を下げながらゆっくりと着陸。

 動きを止めた旅客機の側面が開き、タラップが降ろされると同時に、二人の男女が降りてきた。

 

 一人はニコニコと笑みを浮かべているものの細めの吊り上った眼光から狐のような印象を受ける少将の肩章を付けた若い男性、一人は巫女服を改造したような服を身に纏い、全体的に活発そうな雰囲気を醸し出す若い女性。

 

 二人が滑走路の地面に降り立ったと同時に、東条少将とビスマルクは揃って敬礼し、歓迎の言葉を述べた。

 

 「リンガ軍港へようこそ橋本少将」

 「金剛もまた来てもらってすまないわね」

 

 「いや~出迎えありがとうな、東条少将、ビスマルクちゃん」

 「問題Nothing♪ 困った時はお互い様ですからネー!」

 

 歓迎の言葉に対し、答礼しながら、気さくに話しかける二人。

 彼らの名前は、橋本銀次少将、そして彼の秘書艦でもある高速戦艦「金剛」。

 深海勢力の防衛線の一つでもあるタウイタウイ軍港を守護する司令官にして、海上自衛隊、最高戦力の一つでもある空母機動部隊を率いる提督だ。

 

 「だが、本当にすまないな。本来ならばこちらで対処できればよかったんだが……」

 「ええよ、ええよ。

キミ達の所の潜水艦隊の索敵網にはいつもお世話になっとるからね。

これぐらい、軽いもんよ」

 

 親しげに話す東条少将と橋本少将。

 士官候補生の時代からの同期であり、またその時から親交のあった二人は、比較的、拠点の距離が近いという事もあり共同作戦も多く、積極的に情報共有を行い、共に深海棲艦に対し多大な戦果を挙げていた。

 

 「では、早速で悪いが……」

 「そやな。野郎共はいいとしても、こんな炎天下に長いこと美女二人を立たせるわけにいかんからね」

 「もうっ!!テートク♡」

 「よく言うわ、本当……」

 

 滑走路からの移動を促す東条少将の言葉を受け、口説き文句を言いつつ移動を始める橋本少将、全身で喜びを露わす金剛に、あきれた声を出すビスマルク。

 四人で移動を始めながら、橋本少将はいつも通りのニコニコとした笑みを浮かべながら今回集まった目的を宣言した。

 

 

 

 「それじゃあ、害獣駆除の段取りを話し合おか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――同日 3:00 リンガ軍港 会議室

 

 

 

 「深海の屑共が。よくもまあ、こんなにも集まったもんやな」

 

 

 滑走路から提督執務室横にある会議室に移動をし、深海棲艦の反攻作戦の対策を話し合う四人。

 潜水艦隊が集めた深海勢力の戦力の資料を見ながら、橋本少将はいつもの笑みに嘲笑を加え、心の底から軽蔑と侮蔑の意思を込めて吐き捨てるように言った。

 

 気さくな性格より人望の厚い橋本少将だが、こと深海棲艦に対しては強い憎悪を抱いていた。

 

 日本本土進攻作戦時に出撃した海上自衛隊 本土防衛艦隊の数少ない生き残りであり、散っていった仲間達の手向けのために復讐を誓う彼に、深海棲艦に対する容赦は一切ない。

 

 しかし、温厚なだけではなく、敵に対する情け容赦ない、非情なほどの攻撃性、言うなれば闘将としての性質を持ち合わせているからこそ、曲者ぞろいの空母艦娘達、そしてその彼女達に付き従うある人員達を纏め上げることができている。

 

 「ポート・モレスビー港湾に集結中の艦艇は、何とか把握することができたが、旧オーストラリア・ダーウィン港の方は、戦艦棲姫の艦艇が確認され、輸送艦級を中心に集結中ということ以外には分かっていない」

 「輸送艦級を中心とすると、そっちが上陸部隊ですネ?」

 「おそらくね。本当は大型艦艇の正確な数が知りたかったのだけど、深海棲艦の勢力圏である以上、これ以上の偵察は犠牲が出るわ」

 

 会議室のホワイトボードに貼られた地図に、目印をつけていきながら説明していく東条少将に、質問を投げかける金剛、その質問にビスマルクが答えた。

 

 東条少将が指揮する潜水艦隊が集めた情報によれば、ポート・モレスビー港湾には、空母棲姫を基幹とした空母機動部隊が、ダーウィン港には、おそらく戦艦棲姫を基幹とした上陸部隊それぞれ集結中という事が分かっていた。

 

 これまでの深海棲艦の行動パターンから考えれば、作戦目標は、おそらくジャワ島の奪還。

 

 そして二か所に集結中の艦艇たちが動きだすのは、ほとんど同時。

 

 空母機動部隊を持ってして、上陸部隊の邪魔をするであろう、人類側の主力部隊を排除し制海権を確保。

 上陸部隊は、安全の確保された海を航行し、大量の深海棲艦軍を揚陸させるものと考えていた。

 

「じゃあ、ボクら所の駆除対象は、空母機動部隊やね。どうせ向こうもそのつもりやろうし」

「おそらくな」

 

深海勢力の空母機動部隊も、自身の艦隊を排除対象としていることを前提に話をする橋本少将に、おそらくという言葉を使いながらも同意する東条少将。

 

 お互いの勢力にとって敵空母機動部隊というのは、最大の障害であり、最重要排除目標でもある。

 

 移動する航空基地という側面を持つ空母機動部隊。その航空機運用能力は通常の前線飛行場をはるかに凌ぎ、陸上目標の攻撃に於いても有力な陸上の航空基地を圧倒している。

 

 そして、移動するからこそ発揮される機動力、隠密性の高さは、空母自身の脆弱性というデメリットを補ってあまりあるほどのメリットを生み出していた。

 

 だからこそ、深海棲艦、そして人類側は不確定要素の排除のために互いの空母機動部隊の撃滅を図るものと考えていた。 

 

「タウイタウイ方面、空母機動部隊と基地航空隊、それと派遣部隊の準備は来る前に終わらせてきた。

 いつでも行けるで。こっちは?」

「先日のジャワ島奪還作戦の損耗は軽微だったからな。3日後に到着予定の航空機輸送部隊をもって航空機補充は完了する。

 その時に、輸送部隊を護衛していた海上自衛隊1個艦隊がセレクター軍港に留まり防衛。

 ジャワ島方面には、艦娘陸戦隊一個小隊に陸上自衛隊一個旅団、東南アジア連合軍歩兵10個師団と機甲3個師団が島の防衛に付く」

「海上の方は、私達、水雷戦隊と東南アジア連合海軍の高速戦闘部隊が相手をするわ」

 

 橋本少将の確認に、戦闘区域全域の海図に書かれた印を示しながら答えていく東条少将とビスマルク。

 

 「あれ?航空機はほとんど使わないんですカ?」

 

 共に海図を確認していた金剛は、ジャワ島に点在する航空基地に書かれた稼働機数に違和感を感じた。

 各航空基地には、稼働機数が書き込まれていたのだが、基地の規模から考えれば圧倒的に少なく、相手の上陸作戦時にはほとんど、ほとんどの航空機がシェルターに収容される旨が書かれていた。

 

 「上陸部隊や言うても、ゴキブリの如く湧いてくる深海の屑共のことや、かなりの数の空母級をつけてくるで?」

 「ああ、それも分かっているさ。と言うよりも深海棲艦には一度航空基地を破壊してもらい、ジャワ島に橋頭保を築いてもらおうと思っている」

 

 疑問を呈した橋本少将に、東条少将は今回の作戦を話し始めた。

 

 「まず、今回我々の使用しているジャワ島航空基地群は全て深海棲艦が使っていた場所をそのまま使用しているため、全ての場所は正確に把握されている。

 深海勢力の航空機は正確に攻撃を仕掛けてくるだろう。 

 全ての航空基地群を稼働させれば、勝てるだろうが被害は大きくなる。

 それならば、ほとんどの航空機をシェルターに退避させ、一度空戦負けた上で好きなだけ攻撃させ、しかるのちに復旧させる。

 そして、東南アジア連合海軍の主力が沿岸部以外での活躍は望めない高速戦闘部隊という事もある。

 深海棲艦が上陸し、橋頭保を築き、揚陸を始めた夜を見計らい、各小島と入り江に隠蔽された高速戦闘部隊、ビスマルク旗艦の水雷戦隊が出撃。

 それに伴い復旧させた航空基地群より夜間戦闘機を出撃させ制空権を確保。

 動きを止めた上陸部隊に対し、夜戦を仕掛ける」

 

 「……幾ら小型の高速艇や言うても数百隻の船、そして、水雷戦隊の艦艇を隠せるだけの入り江を見つけ隠蔽を施すなんてこの短期間では無理や。

 という事は今回の大攻勢、……読んでたな?」

 

 「ああ、ある程度はな。しかし航空機をここまで温存する必要はないと思っていたんだが……」 

 

 「『亡霊軍隊』ですカ?」

 

 「ああ……」

 

 今回の深海棲艦の攻勢をあらかじめ読み、東南アジア連合軍と共に準備を始めていた東条少将だったが、この

『亡霊軍隊』の出現より、作戦行動が大幅に制限されていた。

 

 強大な戦力を持ち、鉤十字を掲げる謎の集団。

 自衛隊、東南アジア連合の把握している範囲では、彼らの襲撃対象は地上施設のみとなっている。

 しかし、明らかに艦娘の力が関わっていると断定できる現状。

 そして、港湾に停泊していた大量の深海棲艦の艦艇を大破着底させていたことから、相応の対艦攻撃能力を有していると考えていた。

 

 「……海上自衛隊作戦本部では、この『亡霊艦隊』を『陸戦兵力を乗せた空母機動部隊』と考えてるみたいやけど……なんやシックリこうへんな?」

 「今のところはこちらには被害はないが、正体、目的が分からない以上敵と判断するべきだ。

そして最悪、深海棲艦の攻勢に合わせ攻撃を仕掛けてくることを想定して航空機は温存する。

それに、近海ならば座礁すれば、艦娘の命は助かる。

 ビスマルク。君と、そして部隊全員の生存を第一に考えてくれ」

 「ええ、分かっているわ」

 

 今回のすべての作戦の説明を終えた東条少将。

 作戦の説明をしながらもビルマルクを気付かう東条少将に、しっかりと頷くビスマルク。

 言葉など交わさなくとも、お互いのことを理解していると言わんばかりの雰囲気を醸し出す二人に、ニヤニヤと悪ガキのような笑みを浮かべる二人組がいた。

 

 「いや~ついにムッツリ野郎のハルやんに、春が来たみたいやで~金剛ちゃん!!!」

 「Oh……あのヘタレのビスマルクがよくここまでっ……!今日はPartyデース!!!」

 「「なっ!!!」」

 

 小学生レベルのはやし立てをする橋本少将と金剛に、完全に動揺する東条少将とビスマルク。

 

 「誰がムッツリ野郎だ!そしてそのあだ名はやめろ!」

 「ヘタレ……私がヘタレ……」

 

 動揺しすぎて的外れな反論をする東条少将と、ヘタレ扱いにショックを受けるビスマルク。

 二人の反応を見つつ、アイコンタクトにて会話をする橋本少将と金剛は―――

 

 (ん~やっぱりこの二人はいいな~!)

 (この真面目コンビはやっぱり弄り甲斐がありマース!) 

 

 自身の望む反応を返してくれる二人に愉悦し、さらなる攻勢を展開していた。

 

 彼ら橋本少将と金剛に付けられたあだ名は、漫才コンビ。

 いざという時は非常に頼りになり、通常時には場を明るくする芸人の如き働きをする漫才コンビにとって、この気真面目な二人は、お互いの心が分かっていても仕事を優先するヘタレ共は、素晴らしいほどに弄り甲斐のある存在であった。

 

 

 

 

 

――――同日 6:00 リンガ軍港 射撃場

 

 

 

 そろそろ周囲が夕焼けに染まり始めた頃、昼ごろからずっと続いていた射撃音は未だに射撃場の周囲になり響いていた。

 次々と出現する的を淡々と正確無比に打ち抜いていき、最後の的を出現と同時に急所にあて、射撃訓練は終了。

 壁に出された評価はオールA。

 

 「……」

 

 熟練の兵士ですら取る事が難しいその評価に彼女―――グラーフ・ツェッペリンは何の反応も示さなかった。

 

 「チッ」

 

 グラーフは、小さく舌打ちした後、ヘッドセットを乱暴に置こうとし腕を上げた後、物に当たろうとしていた自分に嫌悪し、ゆっくりとヘッドセットを置いた。

 

 「はぁ」

 

 銃を所定の場所に返却し、長い通路を出口に向けてゆっくり歩くグラーフの背はいつもの頼りがいのある冷静沈着な背はどこにもなく、疲れ果てた兵士のような、路頭に迷った子供のような背をしていた。

 

 「……はぁ」

 

 無意識に溜息をつくグラーフは、何も射撃の訓練を行うためにここに来たわけではない。

 喉元に刺さった魚の小骨のような、心に突き刺さる小さな杭のような、心の奥底の渦巻く自己主張するこの何かを振り払うために、射撃場へと赴いていた。

 しかし、どれだけ撃てどもこの自己主張する何かはいつまでたっても消えてくれない。

 

 この違和感の正体は分からない。

 しかし、原因は分かっていた。

 

 そう、この自己主張する何かが現れたのは――――

 

 

 

 

 

 

――――あの巨大な鉤十字を見たときからだった。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと廊下を歩くグラーフは、思考の海に沈んでいく。

 

 

 

 海上自衛隊、そして東南アジア連合軍の見立てでは、鉤十字を残した『亡霊艦隊』は『陸戦兵力を乗せた艦娘を含んだ空母機動部隊』。

 第二次世界大戦時、空母機動部隊を編成するだけの空母を持っていたのは、大日本帝国、アメリカ合衆国、そしてイギリス帝国。

 

 日本は除くとして、深海勢力の主力の相手しているアメリカ合衆国に、そのような部隊を派遣する意味も余力も無く、となればイギリスか?

 それとも新たな技術を手に入れた第三勢力か?

 

 様々な憶測が飛び交う飛び交う中ででも、ドイツ連邦共和国が作り上げたという意見は出てこなかった。

 

――――鉤十字はただの隠れ蓑。

 

――――その印は、本当の正体を隠すためのブラフにすぎない。

 

 ドイツ連邦共和国の大本、ドイツ第三帝国が空母機動部隊を運用したことなど一度たりともなく、そもそもドイツ連邦共和国にて召喚された艦娘は全て日本政府に引き渡されて以来、一隻たりとも召喚されてはいない。

 

 もし、召喚すれば欧州の監視団が気付かないはずはなく、ましてや空母機動部隊を編成するだけの艦隊を揃えるなど不可能だ。

 

 全ての情報は、ドイツ連邦共和国の潔白を証明していた。

 

 しかし、グラーフは――――ドイツ第三帝国の空母として建造されていたGraf Zeppelinの魂を持つ彼女は、この一件にドイツ連邦共和国、いや違う。

 

 ドイツ第三帝国が確実に関わっていると確信していた。

 

 理由は、ただ一つ。

 

 大半の人々、そして実物を見たはずのビスマルクすらブラフと切って捨てた、あの鉤十字。

 

 あの印を見たとき、強い衝撃を受けたと同時に、自身の艦の魂が生きた第二次世界大戦末期を思い出す、非常に懐かしいあの戦争の、郷愁を感じていた。

 

 

 

 航空母艦Graf Zeppelinは建造中も幾度となく方針の変更で中止と再開を繰り返し、最終的には完成することなくソ連軍に接収されることを恐れ自沈した艦だが、艦には魂が宿っておりその時の記憶もうっすらとだがある。

 

 

 

 

 

 

――――第二次世界大戦末期

 

 

 

 

 その日バルト海沿岸のシュテティンに避難し停泊していた航空母艦Graf Zeppelinは、首都ベルリンへと撤退する大量の車列団を目撃した。

 

 東ではソヴィエト連邦軍に押され、西では連合軍がノルマンディー上陸作戦を成功させ、フランスを解放。

 もはや、両側から追いつめられ、撤退戦を繰り返す車列団の兵士達の顔は焦燥と絶望に染まり、暗い重い空気が漂っていた――――一部を除いて。

 

 車列団最後方、殿ともいえる場所に位置する場所で車列を走らせる者達の顔は――――

 

 

 

――――楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 その者達だけではない、その者達から後に続く全員が、純粋に笑っていた。

 この絶望の戦争を、希望の欠片もない戦争を心の底から楽しんでいた。

 戦闘狂ともいえる狂気を含んだ人でなしのロクデナシ集団。

 

 この後、航空母艦 Graf Zeppelinは自沈し、その車列の兵士達がどうなったのか知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし今、自分の前に現れた印には人でなしの者達と同じ狂気が込められていた。

 

 

 

――――楽しい戦争を

 

 

 

 

 そしてこの印には描いたものの狂気以外にも、この印に対する誇りが込められていた。

 もはや、欧州では口にすることすら憚られ、世界中のすべての人間が忘れ去ろうとしている

ドイツ第三帝国――――ナチス・ドイツ。

 

 世界中のすべてに人間に憎まれ、世界中のすべての人間が否定しようとも、この印を描いた者達は声高らかにそして自信たっぷりに宣言するだろう。

 

 

 

 

――――我らは鉤十字、ハーケンクロイツ集うナチス・ドイツの兵士だ、と。

 

 

  

 ここに来てようやくグラーフこの自己主張する何かの正体が分かった。

 

 それは『羨望』。

 

 ドイツ連邦共和国に召喚され、そして売り飛ばされたドイツ艦娘の一人であるグラーフ・ツェッペリンは、完成もせず一度も戦う事の出来なかった航空母艦Graf Zeppelinは、このナチス・ドイツの残滓を残す集団に対し憧れを抱いていた。

 

 それが分かると同時に、心の中に燻っていたナ二かは嘘のように消え去り、今まで暗く淀んでいた視界が明るくなった。

 長い廊下の端まで到達していたグラーフは、この廊下が苦悩の道のりであり、今この目の前に存在する扉は自身の新たな道に通じるための扉のように感じた。

 

 (……そうだ、今はまだ出会えてはいないが、いつか出会うこともあるだろう。

 その時に聞こう様々なことを!そうすれば、きっっと!!!)

 

 そして、グラーフは、新たな道の扉を開け放ち―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダ メ で す よ ? グ ラ ー フ さ ん ?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その扉の先にはニコニコとした笑みを浮かべるプリンツ・オイゲンが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!あ、あぁプリンツか。どうしたんだ何か用事か?」

 

射撃場がある建物の扉に開けてすぐ、自身と同郷のドイツ艦娘であるプリンツ・オイゲンと遭遇したグラーフは狼狽えながらも何とか言葉を発することができた。

 

 しかし、プリンツはその問いかけには答えずニコニコとした笑みを浮かべながら、言葉を紡ぎ始める。

 

 「はぁ~情けない話です」

 「一体何の―――」

 「名誉あるドイツ海軍である艦娘が、ナチズムに感化されてしまうなんて。ねぇグラーフさん?」

 「ッ!!!」

 

 自身の考えのすべてをプリンツに見透かされたグラーフは、もはや取り繕うことなどできず、狼狽える事しかできない。

 それと同時に、この目の前のプリンツ・オイゲンに対し得体のしれない恐怖を感じた。

 

 (……これは誰だ!?……いや、()()!?)

 

 姿形、そして笑顔は誰がどう見てもプリンツ・オイゲンのものだ。

 しかし、彼女の纏ってる気配は、到底彼女とは違う。

 この何かが纏っている気配に、艦娘になって様々な海戦を掻い潜り、そして修羅場を越えてきたはずグラーフは、圧倒されカタカタと足が小刻みに震えていた。

 

 もはや、言葉を紡ぐことすらできないグラーフに、このプリンツの皮を被った何かは、出来の悪い生徒に教えを解く先生のように語りかけ始めた。

 

 「いいですかグラーフさん?

 我々はドイツ海軍ですよ? 愚かな伍長閣下の率いたナチスや親衛隊とは違います。

 憧れでも抱きましたか?

 あの戦闘狂、ナチスの残党さん達に?」

 「お前は知ってっ!!!」

 「ええ、知ってますよ? あの印を一目見たときから。

 当たり前じゃないですか。私はあの戦争を最初から最後まで見届けたんですから」

 

 ニコニコとどこまでも、いつも通りに嗤うプリンツに次第に追いつめられていくグラーフ。

 そして、ここに来てようやくこの何かの正体を理解した。

 

 彼女は、重巡洋艦Prinz Eugen。

 

 数々の作戦に参加し、戦果を挙げた屈指の武勲艦であり、第三帝国の栄華から滅び、その全てを最後まで見届けた強運の巡洋艦。

 

 グラーフ、一度も戦争に参加することなかった航空母艦Graf Zeppelinとはすべてにおいて格が違う。

 

 「それは、非常に困ります。

 我々ドイツ海軍…ドイツ国防軍は清廉潔白でなければならないのですから。

 『ドイツ国防軍は国家元首の命令に従っただけで、戦争に関する責任は無い』のですから。

 ここで、私達の中からそれを覆す者が出てしまえば、本当に困ります。

 ドイツ海軍の艦艇の魂を持つ私達の中から、ナチス信奉者が出てしまっては本当に困るんですよ。

 ねえ、グラーフさん?

  分 か っ て い ま す か ?」

 

 あの戦争の空気に触れたことで夢見がちになっていた航空母艦Graf Zeppelinの目を覚ますように古参兵である重巡洋艦Prinz Eugenが告げた言葉の意味は単純明快。

 

 

 

――――余計なことはするな

 

 

 

 すべてにおいて圧倒され、もはや頷くことしかできないの航空母艦Graf Zeppelin姿を確認し重巡洋艦Prinz Eugenは、その身に纏っていた気配をあっという間に霧散させ、いつも通りの、天真爛漫なプリンツ・オイゲンに戻った。

 

 「なら、いいんです! 所でグラーフさん?

 今からビスマルク姉さまとAdmiralさんを誘って夕食を食べに行こうと思っているんですけど、ご一緒にどうですか?」

 「い、いやっ遠慮しておく……」

 「そうですか、残念です……」

 

 先ほどの会話は全てなかったような、本当に夢だったかのような場面の転換。

 しかし、グラーフの心臓は未だにうるさく鳴り響き、冷や汗は止まらないことが先ほど会話が夢ではないことの証明となった。

 

 プリンツ・オイゲンと出会うまで感じていた高揚感はもう欠片も残ってはいない。  

 今グラーフの頭のすべてを占めているのは、一刻も早くこの場を離れたいという感情だけだった。

 

 逃げるように去っていくグラーフの背中を、プリンツはいつも通りニコニコと笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――逃げるように去っていったグラーフの背中を見ていたプリンツはふいにその表情の仮面を外した。

 

 その表情は全くの無表情。

 

 しかし、ただの無表情ではない。

 

 喜怒哀楽ありとあらゆる感情が飽和し、一つの感情以外摩耗することによって変化することのなくなった貌。

 

 曇ったガラス玉のような瞳でグラーフの去っていった方向を見つめていたソレは、再度いつも通り、瞳を輝かせ誰もが知る天真爛漫なプリンツ・オイゲンの姿を整え、軽やかな足取りで、提督執務室の方角へと向かっていった。

 

 

 

 

――――人類陣営はこの日より大規模な戦闘準備を開始。

 航空基地の拡張、深海棲艦軍に対するゲリラ戦の準備を、艦娘、高速戦闘部隊共同での軍事演習など戦争の準備を営々と始めた。    

 

 人類陣営、深海陣営が共に戦争の準備を始め、互いの喉元を食いちぎらんとするべく牙を研ぐ現状。

 そしてこの現状に、戦争狂達が反応しないはずはなかった。

 

 

 

 

 

――――1999年9月22日 ミレニアム本拠地 『ヴァルハラ』 会議室

 

 

 

 

 「あぁ、楽しみですわ!本当に楽しみですわ!早くその日が来ないかしらっ!」

 「しかし運が良いですなぁ。この世界での初陣が大海戦になろうとは」

 「しっかり楽しむとしようかねぇ」

 「おいおい、今回は俺らのスポンサーに対するお披露目も兼ねてんだから計画通りに頼むぜ?」

 

 ミレニアムの本拠地『ヴァルハラ』その会議室にて、話す三名を纏め上げるようにマキナは口を開いた。

 

 先ほど話していた三人。

 

 その姿と得物は全員が特徴的だった。

 

 一人は、長い黒髪に黒のスーツを身に纏い、長大なマスケット銃を持つ女性。

 一人は、茶色のスーツにソフト帽を着こなし、手でトランプをいじる男性。

 一人は、短髪で、右半身に奇怪な紋様を刻んでおり、巨大な鎌を手に持つ女性。

 

 そして三人の目線が自分に向いたことを確認したマキナは今回の計画の確認を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――しばらくの間連日のように行われていた深海棲艦との争いが、ぴたりと止まり東南アジア全域が静寂に包まれた。

 しかし、これを平穏と表現するものはいない。

 

 これは、言うなれば嵐の前の静けさ。

 

 静寂の中に際限なく膨れ上がる、双方の殺意と憎悪に人々は恐れおののき、鳥たちは不安の声を鳴らし、獣たちは息を潜めた。

 

 ――――彼らは観客。

 

 彼ら観客に、この戦争という劇を止める力などなく、軍隊という役者達が演じる劇を見守る以外の選択肢など存在しない。

 

 ――――彼らは観客。

 

 ゆえにひたすら待つ。

 劇の開幕を 

 

  

 

 

   ――――かくして

 

 

 

 

――――旧オーストラリア ダーウィン港

 

 「ポート・モレスビーニ伝達。作戦開始」

 

 

 

 

   ――――役者は全員

 

 

 

 

――――リンガ軍港 提督執務室

 

 「深海棲艦が動き出したぞ」

 「よし、それじゃあ始めよか」

 

 

 

 

   ――――壇上へと登り

 

 

 

 

――――空中戦艦Deus ex machina 操舵室

 

 「楽しい楽しい戦争を」

 

 

 

 

   ――――暁の惨劇は幕を上げる

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

〇人類参加戦力

 

海上戦力

 

 タウイタウイ方面軍

 第一作戦部隊:旗艦 空母 大鳳

         編成 空母   13隻

            戦艦    2隻

            重巡洋艦  4隻

            航空巡洋艦 6隻

            軽巡洋艦  4隻

            駆逐艦   63隻

                       

 リンガ方面軍

 第二作戦部隊:旗艦 戦艦 金剛

         編成 戦艦    2隻

            軽巡洋艦  1隻

            駆逐艦   4隻

            

 ジャワ島方面軍

 第三作戦部隊:旗艦 戦艦 Bismarck

         編成 戦艦    1隻

            空母    1隻

            重巡洋艦  4隻

            軽巡洋艦  4隻

            駆逐艦   20隻

            

            

 東南アジア連合海軍  ミサイル艇 320隻

            高速戦闘艇 400隻

 

 シンガポール方面軍

 第四作戦部隊: 編成 装甲護衛艦 6隻

            護衛艦   6隻

 

 戦闘地域全域     潜水艦   72隻 

 

 陸上戦力

 

 ジャワ島方面軍 

 第五作戦部隊:旗艦 軽巡洋艦 川内

         編成 軽巡洋艦  4名 

            駆逐艦   20名

            輸送ヘリコプター 4機

 

 陸上自衛隊    1個旅団

 東南アジア連合軍 歩兵師団 10個師団

          機甲師団 3個師団

 

 航空戦力

 

 基地航空機         3500機

 

 

 

 

〇深海棲艦参加戦力

 

海上戦力

 

 ポート・モレスビー方面

        旗艦 空母棲姫

           空母級   16隻

           軽空母級  18隻

           戦艦級   12隻

           重巡級   11隻

           駆逐艦級  141隻    

 

 ダーウィン方面

        旗艦 戦艦棲姫

           空母級   15隻

           戦艦級   7隻

           重巡洋艦級 8隻

           軽巡洋艦級 4隻

           駆逐艦級  67隻

           輸送艦級  420隻

 

 陸上戦力   

 

         歩兵師団     40個師団

         機甲師団     10個師団

 

〇ミレニアム参加戦力

 

           飛行船   1隻

           戦闘員   3名 



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タウイタウイ・フローレス海海戦
第19話 目的のための手段


ここで一つ艦娘の能力の一つ『召喚』について話をしよう。

 

 艦娘の中には自身が使ったことのある、または使うように設計された装備や部隊を

召喚することができるという能力を持つ者がいる。

 

 この『召喚』という能力、正確には2種類に分類される。

 

 1つ目は装備。

 揚陸艦の艦娘は揚陸艇や戦車を、空母の艦娘は艦載機を妖精さんをインターフェイスとして自分の意思で自由に管理し動かすことができる。

 艦娘が開発した第二次世界大戦時の装備しか使えず近代兵器と比べれば性能に雲泥の差があるものの、一人の艦娘が、複数の戦車や艦載機を同時にそして有機的に統率できるという、人類側が電波障害によってその機能を大きく制限されることとなったC4Iシステム(軍隊における情報処理システム)を擬似的に使用できるメリットは大きく、補充も容易で、何より人的損害が一切発生しない。

 

 2つ目は兵士。

 これは、自身の艦に所属していた陸戦隊や航空隊の本人を召喚できる。

 この能力で呼び出された兵士は生前と変わらぬ力を持ち、かつ艦娘と

契約を結び、例え戦場で死んでも当人が望めば、再召喚までの時間のラグはあるが艦娘が健在な限り、何度でも

蘇ることが可能な不死身の兵士となる。

 

深海棲艦との大戦初期、艦娘を召喚することのできた国々はこの能力を用いて次々と深海棲艦に奪われた要所を奪還していった。

 

 しかし、深海棲艦との戦争が泥沼化した現在、ある問題が発生し、この『召喚』の能力の内の二つ目、前線において兵士を召喚する能力を使っている国はほとんどなくなっていた。

 

 もちろん人道的観点からという訳ではない。

 深海棲艦との絶滅戦争をしている現在、人道的、道徳的などといった言葉は人々の思考から溶け落ち、また、そんなものに配慮できるほど各国に余裕もない。

 

 ――――では、なぜ兵士を召喚する能力が使われなくなったのか?

 

 この答えは単純。

 

 この能力で召喚される兵士達が次第に召喚に応じなくなっていったためだった。

 

 ――――では、なぜ兵士たちは召喚に応じなくなっていったのか?

 

 この答えも単純。

 

 この能力で召喚される兵士は、偶像化された英霊でもなければ、姿形そして行動を真似た人形などでもない。

 文字通り、その人本人が呼び出される。

 それが問題だった。

 

 大戦初期、艦娘によって召喚されたほとんどの兵士たちは、自身の祖国のためや、自身の家族や親類のため、未来のためなど、様々な崇高な目的を掲げ召喚に応じ、再び戦場に舞い戻った。

 

 しかし、人間同士との戦争とは一線を画した深海棲艦との血みどろの絶滅戦争、捕虜やジュネーブ条約といった最低限の戦争のルールすら存在しない完全な地獄。

 兵士の命が一発の銃弾よりも軽く、投降や交渉も通じない。

 捕まれば射殺。

 囲まれれば殲滅。

 

 そのような戦場で死に、そしてまた、蘇る。

 

 大半の人間の精神は、それほどの衝撃を何度も受けられるほど強くはない。

 

 幾度も繰り返していくうちに、崇高な目的を掲げた心は次第に摩耗し、壊れ、すり潰されていく。

 

 それでも中には強靭な精神で耐え抜く者もいたが、元々が艦娘との関わりのある部隊のみに限定されているため部隊を維持できるだけの人数が追加で現れるわけもない。

 

 そうして少しずつ召喚に応じる兵士の数は減っていき、今ではほとんどが後方勤務に回され、最前線においてこの兵士達を組織的に使うことができている国は、存在しなくなっていた。 

 

 

―――― ()()()()()()()

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――1999年9月30日 AM7:00 第32観測所

 

 

 

 (今何時ごろだ?)

 

 

 タウイタウイ周辺の海域に点在する小島の一つ、巧妙に隠蔽されたレーダー観測所、数名の観測員と妖精さんが常駐する地下モニタールームにて、

 十分な空調が効いているにもかかわらず、大量の冷や汗をかきながら早川曹長は、壁に掛けられた時計を確認し、先ほど確認してからまだ三分程度の時間しか経過していないことに、苛立たしげに舌打ちをした。

 

 「早川曹長。そうカリカリするな」

 「角野中尉。しかしですね……いくら此処が地下とはいえ、深海棲艦の連中にばれたら跡形もなく消し飛ばされますよ?」

 

 神経質に時間を確認している早川曹長に、苦笑いしかながら角野中尉はゆっくりとマグカップのコーヒーを味わいながら飲んでいく。

 

 そこそこの期間、観測所の任務に就いているにも関わらず、まるで新兵のような行動を見せる早川曹長の気持ちもわからないでもない。

 

 一応この地下モニタールームはシェルターにもなっており、戦艦級の艦砲射撃にも耐えれるように設計されている。

 しかし、もしも・万が一のことを考えれば不安の種は尽きることはない。

 しかも、今回はいつものようにただ警戒をするだけという訳ではない。

 

 敵は来る。確実に。

 

 しかも小規模の艦隊ではない。

 

 数十隻の空母級、軽空母級を基幹とした深海棲艦の空母機動部隊。

 

 島どころか小国すら吹き飛ばせる戦力が、タウイタウイにいる戦力を叩き潰すためこちらに向かっているのだ。

 

 その段階で、早期警戒線を引いている各所のレーダー観測所の警戒範囲のどこかを確実に通る。

 

 それは、この第32観測所かもしれないし、違うかもしれない。

 

しかし、それほどの戦力が自分たちの警戒範囲を通る可能性があるだけでも、精神的重圧は計り知れなかった。

 

 「……くそっ、『亡霊軍隊』さえいなければ……」

 「まぁ、そうだな」

 

 早川曹長の愚痴を聞いてやることで少しでも本人の気が紛れるならば、そう考えた角野中尉は相槌を打ちつつもその言葉には同意した。

 本来ならば橋本少将が率いる空母機動部隊が守勢に回ることはまずない。

 

『亡霊軍隊』。

 この謎の存在によって東条少将、東南アジア連合軍が率いるジャワ島方面軍の作戦行動が大幅に制限されたように、タウイタウイ方面軍も多分に影響を受けていた。

 

 そもそもこの亡霊軍隊さえいなければ、今回のような空母機動部隊同士での正面激突すら行われることはなかっただろう。

 

 東条少将が指揮するリンガ前線が、東南アジア連合軍に対する支援、および東南アジア支配圏内の制空、制海権の確保が主な任務だとするならば、

橋本少将が指揮するタウイタウイ前線は、空母機動部隊及び、高速戦艦部隊による遊撃戦、端的に言えば、無尽蔵ともいえる深海棲艦に対する目標を定めない間引き作戦を主な任務としていた。

 

 所属する艦艇がすべて快速艦の艦娘で構成されているタウイタウイは、その足を利用して、深海棲艦の哨戒部隊や補給部隊の襲撃、時には深海棲艦の勢力圏内奥深くまで斬り込んでの、泊地、港湾強襲や飛行場砲撃、作戦行動中の艦隊に対する奇襲など、明確な目標を定めず、深海棲艦に様々な損害を与える事のみに限定することで、攻勢能力を削ぎ、深海棲艦に対して主導権を取らせないようにしていた。

 

 複数の高速艦編成部隊による徹底的な攻勢。

 それは、東条少将が指揮するリンガ前線の強固な防衛線と合わせて絶大な力を発揮し、深海棲艦の侵攻を抑え込むことに成功している。

 

 本来ならばポートモレスビーに空母機動部隊が集結中との報告を受けた時点で、同拠点に攻勢作戦を仕掛けていたことだろう。

 それは、何も正面切っての艦隊決戦ではなく、ポートモレスビーに対する補給線を狙った通商破壊や昼夜を問わない断続的な空襲、周辺海域の機雷封鎖や、艦隊の一部を囮に使った敵戦力の釣り上げなど、ありとあらゆる手を使って深海棲艦の戦力を削りにかかっていたに違いない。

 

 しかしこの亡霊軍隊の存在のせいで現在、ポートモレスビーに対する攻勢どころか、人類側の制空圏外に出撃すること自体が困難になっていた。

 

 タウイタウイの艦隊はその性質上、深海勢力の制空、制海圏内に完全に入り込み任務を遂行しなければならない。

 

 自分達の艦隊が展開する領域以外は、全て敵陣であり、いつ、どこで深海棲艦から攻撃を受けてもおかしくなく援軍なども期待できるはずもない。

 

 だからこそ、橋本少将は、東条少将の有する潜水艦隊、基地航空隊の索敵網を借り、自身の艦隊に対抗しうる敵艦隊や拠点の動向を常に、そして徹底的に把握することで、盤面を操り、攻撃目標を選択していた。

 

 しかしこの亡霊軍隊は、自身の艦隊に対抗しうる戦力であるにも関わらず、潜水艦隊、基地航空隊の索敵網にも一切探知されず、その全容すら全く把握できていない。

 

 もし、艦隊が深海棲艦の勢力圏内での作戦行動中、この亡霊軍隊の襲撃を受けた場合――――

 

 ――――深海棲艦との海戦で必要なのは、勝利ではなく生存。

 『成長する兵器』でもある艦娘の損失を一切出さず、深海棲艦のみに損害を押し付ける。

 

 この方針が大前提である以上、この亡霊軍隊との遭遇が予想される今の深海棲艦の勢力圏にて、作戦行動をするにはあまりにもリスクが大きすぎた。

 

 このことからタウイタウイの作戦行動範囲は人類側勢力圏内まで大きく後退、その外側にあるポートモレスビーに集結中の艦隊に対して有力な攻勢を仕掛けることができず、今回のような正面切っての空母機動部隊同士の艦隊決戦が行われることになってしまっていた。 

 

 レーダー観測所にとっては、この迷惑な存在を引き入れる原因となった亡霊軍隊に対して愚痴を零さずににはいられない。

 

 「まぁ、そう気ばかり張っては先が持たんぞ。

もう少し肩の力を抜いてだな――――」

 「レーダーに感あり!!航空機の反応!!数2! 方位3!距離 40㎞―――」

 

 早川曹長の緊張を和らげようとした角野中尉のセリフは、鳴り響く敵影発見の音と、スクリーンに映る反応、そして他の観測員の声によってかき消された。

 

 矢継ぎ早に航空機、おそらくは敵偵察機の情報を伝えていく観測員の声に応じ、只でさえ重苦しい空気の漂っていた地下モニタールームの緊張が加速度的に上がっていく。

 それを肌で感じながら角野中尉は高速で思考を回転させていた。

 

 (来たか……。

 しかし、やはりレーダーの探知範囲は極端に短いな。

 ここまで接近されないと気付かないとは……)

 

 世界的な電波障害が発生している今現在、レーダー、通信機器は妖精さんの開発した機器を組み込むことで何とか使えるようにしている。

 しかし、第二次世界大戦時の装備しか模倣できない妖精さんの生み出す機器ではやはり従来の性能を発揮することはできない。

 大幅な性能の劣化。

 

 しかし、それでも――――

 

 「タウイタウイ作戦支部に伝達!敵偵察機と思われる反応あり!」

 

 人類がこれまで積み上げてきた運用実績が失われているわけではない。

 

 第32観測所の航空機発見の報告を皮切りに、敵空母機動部隊が飛ばしたのであろう偵察機発見の報告が、それぞれの観測所から海底ケーブルを伝い、次々と送られていく。

 

 今使えるレーダーの探知範囲を正確に見極め、複数の観測所を組み合わせることによって一部の隙もなく網目のように構築された広大なレーダー索敵網はその性能を最大限発揮し、索敵網に入り込んだ航空機を次々と暴き出した。

 その情報は、すべてタウイタウイ作戦支部に集約され、敵航空機の動向を全て、完全に、そしてリアルタイムに把握していた。

 

 しかし、まだ敵空母機動部隊発見の情報は届いてはいない。

 

 今回の作戦では基地航空隊の支援が十全に期待できる範囲まで引き込まなければならない。

 

 作戦支部、そして各観測所の隊員は、自身の上空に敵の航空機が飛んでいるという重圧に耐えながらもその職務を全うしていた。

 

 

 

 

 そして、敵の航空機が探知され始めて2時間後――――

 

 

 

 

 「レーダーに感あり! 3時方向に複数の艦影! 距離40㎞―――」

 (俺たち第32観測所が当たりを引いたか……)

 

 隊員より、敵空母機動部隊発見という個人的には非常に嬉しくない当たりの報告を聞いた角野中尉は顔には出さないまでも、内心で深いため息をついた。

 

 すぐさま情報をタウイタウイ作戦支部に送れば、その後にすることは2つしかない。

 

 この情報を常に送り続けることで敵の情報を更新し続ける事。

 

 そして、海上待機をしている第一作戦部隊が駆け付けるまで、自分たちが敵の艦隊に見つからないことを祈る事。

 

 彼女達が空母機動部隊を捕捉するまでの辛抱だ、レーダー観測員たちはその一心で職務を全うしていた。

 

 観測員たちは、第一作戦部隊が深海棲艦の空母機動部隊に敗北するとは、欠片も思っていなかった。

 

 海上自衛隊最高戦力の一つとして数えられているタウイタウイ前線の空母機動部隊、そして彼女たちの騎士であり、()()()()()である彼らが、深海棲艦ごときに遅れをとるはずがない。

 

 この第一作戦部隊に対する絶対的な信頼が精神的な支えとなり、この息苦しいまでの重圧に耐え抜いていた。

 

 (なるべく早く頼みますよ~)

 

 もはやここまで来れば割り切るしかないと考えていた角野中尉は5杯目のコーヒーを飲み干しながらそのような思考を暢気にしていた。

 

 

 

 

 

 

――――同日AM8:00 タウイタウイ沖 第一作戦部隊 旗艦『大鳳』

 

 

 

 「いい風ね」

 

 澄み渡るような青い空に、白い雲が優雅に漂う姿を見ながら、一人の小柄な少女は、短めの髪を風に靡かせ、その息吹を全身で感じていた。

 

 その姿は可憐で美しく、写真に収めればそれだけで一つの作品として成立していたことだろう。

 

 ――――その少女が立っている場所が無骨で巨大な飛行甲板の上であり、その背景には数十隻を超える軍艦が、雄々しく航行していなければ、だが。

 

 飛行甲板の上で佇む少女――――

 

 第一作戦部隊旗艦、空母『大鳳』が、眩しいまでの日の光を全身で味わっていた丁度その時、タウイタウイ作戦支部との通信を担当していた艦娘との相互通信が開かれ、脳裏に黒髪の女性の姿が浮かび上がった。

 

 『タウイタウイ作戦支部より伝令。敵の空母機動部隊を捕捉したとのことです』

 『ありがとうございます。赤城さん』

 

 頭の中に響き渡った凛とした声の持ち主、空母『赤城』に返礼を述べたと同時に、今作戦の総司令部が置かれているリンガ作戦本部より、作戦命令とは別に橋本少将の名で短い伝令が届いた。

 

 『今丁度、橋本提督より伝令が届きました』

 『提督はなんと?』

 

 ―――敵を撃滅せよ

 

 数百もの艦艇、数千もの航空機が激突する一大決戦にであるにも関わらず、その届いた伝令は非常に淡泊であり、激励や士気高揚を促すいった言葉などは一切ない。

 

 『提督らしいですね』

 『私達も期待に応えないと』

 

 その言葉を聞いた赤城は、怒りも呆れもせず、楽しそうにクスクスと笑い、大鳳は気持ちを一新した。

 

 二人ともその言葉の意味を正確に理解しているからだ。

 

 

 そもそも橋本少将、そして第一作戦部隊を構成するすべての者達は、軍人や軍艦の魂を持つ艦娘を持つ者ならば心が躍らざる負えないようなこの主力艦隊同士の一大決戦に何の価値も見出していない。

 

 これは言わば、作業。

 目的を達成するための、ただの手段。

 

 この海に蔓延る深海棲艦という害獣を駆除する、いつもの作業の延長線上に過ぎない。

 日々の作業過程一つ一つに、いちいち価値など見出さないように、道端に生えた雑草を刈り取るかのごとく、淡々と目的のためにその手段を行使する。

 

 そこには、慢心も油断も誇りも恐怖も存在しない。

 

 今回の一大決戦も彼らにとっては、ただ深海棲艦という害獣が一塊になって向かってきたという程度の認識でしかなく、いつもの作業に比べての、面倒臭さや煩わしさといった程度の感情はあれども、高揚感、緊張感といったものは存在していない。

 

 橋本少将の伝令はただの指示。

 

 上司が部下に仕事を任せる程度の気軽な命令。

 

 ただ、撃滅せよ、その命令だけで彼女達が持つすべての力をつぎ込み、一切の油断もなく、慈悲もなく、冷酷に、非情に、徹底的に、そして機械的に撃滅する。

 そこに深海棲艦も、そして最近確認され始めた『亡霊軍隊』も関係ない。

 

 

――――全てはただ一つの目的のために。

 

 それを邪魔する全てのものは、ありとあらゆる手段をもって撃滅する。

 

 

 『第一作戦部隊旗艦より各員に伝達。司令部よりE-1作戦の開始命令が届きました。これより私達は敵空母機動部隊の展開地点へと急行し交戦状態に入ります。

 橋本提督より、敵の撃滅の指示を受けています。

 徹底的に撃滅しましょう。

 皆、準備はいい?』

 

 

 

     ――――第二艦隊旗艦 空母『赤城』

 

         『第二艦隊、出撃準備完了です』

 

 

 

     ――――第三艦隊旗艦 航巡『鈴谷』

 

         『第三艦隊、準備オッケー!』

 

 

 

     ――――第四艦隊旗艦 航巡『熊野』

 

         『第四艦隊、問題ありませんわ』

 

 

 

     ――――第五艦隊旗艦 航巡『利根』

 

         『うむ、第五艦隊は何の問題もないぞ!』

 

 

 

     ――――第六艦隊旗艦 航巡『筑摩』

 

         『第六艦隊、準備万端です』

 

 

 

     ――――第七艦隊旗艦 戦艦『榛名』

 

         『はい、第七艦隊は大丈夫です!』

 

 

 

     ――――第八艦隊旗艦 戦艦『霧島』

 

         『第八艦隊のコンディションは抜群ですよ!』

 

 

 

 大鳳が発した言葉ととも各艦隊旗艦の姿が次々と脳裏に現れ、出撃準備完了の報告を上げていく。

 そして――――

 

 

 

――――各空母 待機室

 

 

 

 本来ならば艦娘と妖精さんだけで艦艇を運用でき、人間の乗組員など必要ないはずの船内の待機室に数十名の兵士たちがいた。

 服装は航空自衛隊のパイロットスーツを身に纏っているのだが、その配色は緑色ではなく茶色、旧日本海軍の航空隊員を彷彿とさせる恰好をしていた。

 そして、この兵士たちの纏う雰囲気。

 もし、ここに戦場帰りの兵士がいたならば、即座にありもしない銃を構えてしまいそうになるほどに、濃厚な戦争の気配を漂わせていた。

 

「そろそろ、行くぞ」

 

 この中で一番階級の高い大尉が声を掛けると同時に、待機室の兵士たちが一斉に動き出した。

 高揚感も緊張感もなく、ただ淡々と。

 この光景は各空母で見られ、すべての配役が整えられていく。 

 そして――――

 

 「第一作戦部隊、出撃!」

 

 第一作戦部隊旗艦 大鳳何の感慨もなく、只の仕事に行くような気軽さで作戦の開始を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ―――――さあ、目的に至るための過程

 

 

 

              ただの()()を行使しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      E-1作戦作戦名『タウイタウイ沖海戦』

 

 作戦内容『深海棲艦の大攻勢が確認された。これに伴いタウイタウイ海域に有力な敵空母機動部隊が接近中。タウイタウイ方面軍、第一作戦部隊は各所の基地航空隊と連携しこれを迎撃、撃滅せよ!』

 

 

 

編成:第一作戦部隊:旗艦 空母 大鳳

  

     第一艦隊:旗艦 空母 大鳳

             空母 雲龍     空母 天城

             空母 葛城     空母 笠置

             空母 阿蘇     空母 生駒

             

 

 

         

     第二艦隊:旗艦 空母 赤城

             空母 加賀     空母 飛龍

             空母 蒼龍     空母 瑞鶴

             空母 翔鶴

 

    

     第三艦隊:旗艦 航巡 鈴谷

             軽巡 長良     駆逐 秋月

             駆逐 照月     駆逐 涼月

             駆逐 松      駆逐 竹

             駆逐 梅      駆逐 桃

             駆逐 桑      駆逐 桐   

             駆逐 杉      駆逐 槇 

  

 

     第四艦隊:旗艦 航巡 熊野

             軽巡 五十鈴    駆逐 初月

             駆逐 新月     駆逐 若月

             駆逐 樅      駆逐 樫

             駆逐 榧      駆逐 楢

             駆逐 櫻      駆逐 柳   

             駆逐 椿      駆逐 檜  

       

 

 

  

     第五艦隊:旗艦 航巡 利根

             軽巡 名取     駆逐 霜月

             駆逐 冬月     駆逐 春月

             駆逐 楓      駆逐 欅

             駆逐 橘      駆逐 柿

             駆逐 樺      駆逐 蔦   

             駆逐 萩      駆逐 菫

 

  

     第六艦隊:旗艦 航巡 筑摩

             軽巡 由良     駆逐 宵月

             駆逐 夏月     駆逐 花月

             駆逐 楠      駆逐 初櫻

             駆逐 楡      駆逐 梨    

             駆逐 椎      駆逐 榎  

             駆逐 雄竹     駆逐 初梅

 

  

     第七艦隊:旗艦 戦艦 榛名

             重巡 愛宕     重巡 高雄

             航巡 最上     駆逐 夕雲     

             駆逐 巻雲     駆逐 風雲

             駆逐 長波     駆逐 巻波     

             駆逐 高波     駆逐 大波     

             駆逐 清波

        

 

 

  

     第八艦隊:旗艦 戦艦 霧島

             重巡 摩耶     重巡 鳥海

             航巡 三隈     駆逐 玉波     

             駆逐 涼波     駆逐 藤波  

             駆逐 早波     駆逐 浜波    

             駆逐 朝霜     駆逐 岸波    

             駆逐 沖波     駆逐 早霜     

             駆逐 秋霜     駆逐 清霜

 

 

               全艦 第三次改装済み

  

 

 




          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               戦闘開始



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第20話 第一航空艦隊

――――1999年9月30日 AM9:00 タウイタウイ沖

 

 

 

タウイタウイ沖にて発生した、海上自衛隊タウイタウイ方面軍と深海棲艦・空母機動部隊との戦闘。

 先制は先に深海棲艦・空母機動部隊を捕捉することに成功したタウイタウイ方面軍が取った。

 

 第一作戦部隊の空母13隻からは400機の第一次攻撃隊が、タウイタウイ周辺に点在する航空基地群からは600機もの陸上爆撃機・攻撃機とそれを護衛する戦闘機が次々と発進。

 

 合計1000機もの戦爆連合が、複数の群に分かれ深海棲艦・空母機動部隊を強襲した。

 

 この動きに対し、濃密な索敵網を敷いていた深海棲艦・空母機動部隊は先手を取られたものの、この動きに瞬時に対応。

 深海棲艦・空母機動部隊の旗艦であり、司令官でもある空母棲姫は配下の空母・軽空母級に対し戦闘機を上げるよう命令、空母級16隻、軽空母級18隻より露天駐機されていた戦闘機が次々と発進し、800機の戦闘機が迎撃準備を整えていく。

 

 そして、海上自衛隊タウイタウイ方面軍の戦爆連合、深海棲艦・空母機動部隊の迎撃戦闘機部隊の衝突をもってタウイタウイ沖海戦、空母機動部隊同士の決戦が始まった。

 

 

 

 複数の群に分かれて飛行を続けるタウイタウイ方面軍攻撃隊を叩き落とさんとする深海棲艦の迎撃戦闘機部隊と攻撃隊を守る護衛戦闘機との間で戦闘が勃発。

 

 爆撃機に食らいつこうとする迎撃戦闘機を護衛戦闘機が追い散らし、攻撃隊も密集陣形を整え統率された弾幕射撃を持って迎撃戦闘機を近づけさせない。

 

 対する迎撃戦闘機も護衛戦闘機に対して挑みかかることで攻撃隊から引き剥がし、シャワーのように降り注ぐ弾幕射撃の隙間を縫うように攻撃機に襲い掛かった。

 

 快晴の青空に、千を軽く超える航空機が次々と鋼鉄の弾丸をばら撒き、撃墜された両陣営の航空機が自身のパーツを周囲にまき散らしながら黒い黒点を描いていく。

 

 ほんの少し前まで平穏だった空もはや見る影もなく、今や凄惨な戦場となり果てていた。

 

 

 

 戦力は拮抗。

 

 深海棲艦・空母機動部隊に向けて飛行を続けるタウイタウイ方面軍攻撃隊と、それを阻止する深海棲艦・迎撃戦闘部隊。

 

 両軍ともに被害は出ているものの戦局を傾かせるほどのものは出ていない。

 

 しかし、深海棲艦・迎撃戦闘機部隊は未だタウイタウイ方面軍攻撃隊に対し有効的な打撃を与えれられていないことに焦りを覚えていた。

 

 タウイタウイ方面軍戦爆連合1000機に対し、深海戦艦・迎撃戦闘機部隊は800機。

 

 数の上ではタウイタウイ方面軍に軍配が上がるが、戦爆連合の大半は攻撃機、爆撃機で構成されており護衛戦闘機の数は、300機程度しかいない。

 

 攻撃機、爆撃機も迎撃戦闘機に対し、全くの無力という訳でもないが、そもそも対艦攻撃に特化した攻撃機、爆撃機と、対航空機に特化した戦闘機ではその性能に雲泥の差があり、対航空機戦闘という側面においては

 タウイタウイ方面軍の護衛戦闘機300機に対し、深海棲艦の迎撃戦闘機800機。

 

 二倍以上の差をつけていた。

 

 しかし、攻めきれない。

 

 深海棲艦の迎撃戦闘機が攻撃隊に襲い掛かろうとするも瞬時に護衛戦闘機に邪魔され、ならばと護衛戦闘機を攻撃隊を引き剥がそうとするも最低限の動きのみで追い払われ、逆に深入りしすぎた迎撃戦闘機は目にも止まらぬ速さで叩き落とされていく。

 幾度か数に物を言わせた攻撃を行おうとするも結果は惨敗。

 

 その迎撃戦闘機の動きを完全に先読みされ、先制攻撃と共に連携が取れないよう、いくつかの群にバラバラに分断された後は狩りの標的にされた獲物のごとく次々と狩られていった。

 

 そこに存在するのは量の差ではない。

 

 圧倒的な質の差。

 

深海棲艦が操る迎撃戦闘機とは比べものにならないほどの、自身の手足を操るかの如く洗練された護衛戦闘機の操縦技術。

 

 僚機を位置を完全に把握し、最適解ともいえる全く無駄のない動きでお互いの死角をカバーし合い、深海棲艦の動きを完全に封殺する徹底的な集団戦。

 

 それは迎撃戦闘機と護衛戦闘機の性能差も相まって、数で勝る深海棲艦優位の戦況を質という武器を持って覆していた。

 

 

 

 

 

 

 「……ふん」

 

 空母加賀より出撃した艦上爆撃機隊『近藤隊』その隊長である近藤大尉は、自身の爆撃機隊の周囲を飛び回り、深海棲艦の迎撃戦闘機を追い散らす友軍戦闘機の姿を視界に収め、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 近藤大尉は数的不利という状況を技術を持って押し返し続ける友軍戦闘機を見ても何の感慨も浮かばなかった。

 

 艦娘の能力によって召喚された彼ら【第一航空艦隊】の搭乗員達にとってそれは当然のことであり、別段称賛するほどのことでもないだからだ。

 

 

――――第一航空艦隊

 

 

 大日本帝国において南雲忠一海軍中将を司令長官として編成された世界初の空母機動部隊にして、

太平洋戦争初期、その類い稀なる錬度をもって大日本帝国に勝利をもたらし続けた世界最強の空母機動部隊。

 

 その中核を担った搭乗員達にとって、深海棲艦の操る迎撃戦闘機など素人の操るそれに等しく、赤子の手を捻るかの如く挑みかかってくる迎撃戦闘機を次々とスクラップの塊へと変えていった。

 

 護衛戦闘機に守られた攻撃機隊は、深海棲艦の迎撃戦闘機を一切寄せ付けない鉄壁の布陣をもって深海棲艦・空母機動部隊へと進撃を続けていく。

 

 護衛戦闘機隊の役割は、攻撃機隊の護衛。

 

 そしてその護衛戦闘機隊がその役割を忠実に果たした今、今度は彼ら攻撃機隊が自身に与えられた役割を果たす時だった。

 

 

 

 深海棲艦の迎撃戦闘機との熾烈な制空戦の果てに見えてきたのは、巨大な空母機動部隊。

 数百隻もの深海棲艦で構成された艦隊の全容は、空高く飛行する航空機からでもその端は水平線上に隠れ窺い知ることはできない。

 ヘドロのような黒と血走った赤で構成された艦艇群が、透き通るような青々とした海を覆い尽くす様は、醜悪な病原体が世界を徐々に侵食していくかの様な嫌悪感をその姿を見た者に与えていた。

 

 タウイタウイ方面軍の戦爆連合が徐々にその巨大な空母機動部隊との距離を詰め始めた時、ついにその大艦隊が動き始めた。

 

 空母機動部隊の外周部に展開する大量の駆逐艦級から始まり、次々と打ち出されていく対空砲火。

 やがてそれは機動部隊全体の艦艇へと波及、広大な空を埋め尽くさんばかりの砲弾を吐き出し始め、一つの世界を作り上げた。

 

 ――――深海棲艦だけが存在することを許された、深海棲艦以外の一切の存在を全て拒絶し処刑する独裁世界。

 

 深海棲艦の空母機動部隊を周囲を守護するように広がった鋼鉄の嵐は、巨大な城壁のように、長大な堀のように、深海棲艦に攻撃を仕掛けようとする攻撃隊の前に立ち塞がった。

 

 練達の兵士でさえ、恐怖によって足が竦み二の足を踏むような光景を前にして近藤大尉は――――

 

 「近藤隊、攻撃準備。目標、敵駆逐艦級」

 

 当然の如く、そして一切の感情の揺らめきもなく配下の爆撃機隊に命令を下した。

 

 全ての攻撃隊から役割の終えた護衛戦闘機が離れていく。

 

 それと同時に近藤隊を始め、タウイタウイ方面軍・全攻撃隊が上空から、海上から深海棲艦・空母機動部隊を蹂躙するべく猛烈な速度で進撃を開始した。

 

 

空高く飛ぶ近藤隊の周囲を跳ね回る夥しいまでの砲弾の豪雨。

 

 時折、炸裂した砲弾が空気を震わせ、その破片が近藤少尉の操る爆撃機の機体表面を叩き、傷つけていく。

 

 十分な防弾性能が施されている頑強な機体とはいえ、圧倒的な鉄の暴力の前では気休め程度にもならない。

 

 近藤少尉の率いる爆撃機編隊、その最左端を飛んでいた機体が轟音と共に吹き飛んだ。

 

 続けて編隊右端を飛行していた機体が翼から煙を噴き上げながら高度を落としていく。

 

 次々と濃密な対空砲火の前に仲間が食われていく悲惨な光景。

 その光景を前にしても近藤隊の編隊は、一糸乱れぬ統率で死の街道駆け抜けていった。

 

 そして最良の降下地点に到達した近藤隊は、先頭機である近藤少尉の急降下開始と共に対空砲火を打ち上げる駆逐艦級に向けて一斉と降下を開始し始めた。

 

 急降下爆撃。

 

 『Wright() R-3350() Cyclone() 18()』。27()00()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が流星群のように駆逐艦級に向かって落下していく。

 

 対空機銃から打ち出す大量の銃弾をもって爆撃の軸線を外そうとする駆逐艦級。

 また一機が弾幕の餌食に掛り四散した。

 

 しかし近藤少尉率いる爆撃機編隊は、一切気にすることなく、目標の駆逐艦級に向けて急降下を続けていった。

 

 そして目標との高度400mまで達した編隊は次々と2()0()0()0()()()()()()を投下し、海面すれすれを飛行しながら素早く離脱。

 

 恐ろしいほど高い技術を持つ熟練搭乗員が放つ爆弾は吸い込まれるように駆逐艦級へと殺到した。

 

 ド派手な爆炎を上げながら燃え上がる駆逐艦級。

 艤装が紙吹雪のように吹き飛び、引火した弾薬が花火のような音を立てて炸裂する。

 

 「まだ、沈まんか……」

 

 目標の駆逐艦級へと爆弾を叩きこんだ近藤少尉は後方を確認しながら、直撃弾を食らい黒煙を噴きあげながらもかろうじて浮かんでいる駆逐艦級へと吐き捨てるように呟いた。

 

 「まぁいい。後はあいつらに任せるか…」

 

 そう言うと同時に離脱する近藤隊と入れ替わるように、海面を這うように飛行する雷撃機編隊が、次々と深海棲艦・空母機動部隊へ突っ込んでいった。

 

雷撃攻撃。

 

 船の水線下をえぐり致命傷を与える魚雷を放たんと、プロペラが飛沫を巻き上げるほどの超低空を飛び続ける雷撃機編隊。

 

 その雷撃機編隊に対しても情け容赦ない火箭の嵐が吹き荒れた。

近藤隊と同様に次々と撃墜されていくも、一気に接近し魚雷を投下。

 

 先ほどの急降下爆撃で生き残った死にぞこないや、今なお砲弾をばら撒き続ける駆逐艦級に止めを刺していった。

 

 タウイタウイ方面軍の全攻撃隊による雷爆同時攻撃。

 その攻撃の中で深海棲艦・空母機動部隊の外周部を守る駆逐艦級は、優先して、そして沈むまで徹底的に攻撃が加えられていく。

 

 従来の空母機動部隊攻撃のセオリーならば、対空砲火を打ち上げる駆逐艦は無力化するだけに留め、本命である空母を狙うべきである。

 普通に考えて駆逐艦よりも空母の方が戦略的価値が高く、同じ攻撃をするならば価値の低い駆逐艦を狙うよりも空母の撃破、または無力化を狙った方が得られる成果も大きい。

 

 しかし、今回の戦いにおいて、深海棲艦・空母機動部隊の目的が明確に決まってしまっているこの戦いにおいて従来のセオリーなど、人間同士が戦う前提で作られたセオリーなど然したる意味など持たない。

 

 結局のところ。

 この深海棲艦・空母機動部隊を止める方法など一つしかないからだ。

 

 

 

 

 

 大量の対空砲火を打ち上げる深海棲艦・空母機動部隊と、その中にためらいなく突っ込み攻撃を加えていくタウイタウイ方面軍の攻撃隊。

 深海棲艦の艦艇が狂ったように放つ火箭が次々攻撃機を撃ち落とし、対空砲火を突破した攻撃隊が空から、海面ギリギリから雷爆同時攻撃を放ち深海棲艦を沈めていく。

 

 深海棲艦・空母機動部隊の外周部にて血みどろの激戦が行われていく中で、各所に放った偵察機よりついに深海棲艦の待ち望んでいた報告が届いた。

 

――――タウイタウイ方面軍・空母機動部隊発見。

 

 深海棲艦・空母機動部隊の司令官である空母棲姫は、すぐに配下の艦隊へ攻撃隊の出撃を命じた。

 先手を取られ、好き放題やられた鬱憤を晴らすべく、空母級16隻、軽空母級18隻から夥しい数の攻撃機、戦闘機が迅速に飛び立っていく。

 

 その数1500機。

 

 タウイタウイ方面軍・空母機動部隊を軽く超える規模で構成された深海棲艦の戦爆連合は、目標を撃滅するべく進撃を開始した。

 

 

 

 

 

 




 
 
 戦況報告
          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               交戦状態









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第21話 惨劇の幕開け

  「ようやくこちらを捕捉しましたか」

 『相変わらず手際の悪い連中です……』

 

 深海棲艦・空母機動部隊から出撃した1500機もの戦爆連合。

 その動向はすぐさま観測基地のレーダー網に捉えられ、複数の中継基地を介すことで迅速にタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊へ伝えられた。

 その連絡を聞き、第一作戦部隊旗艦である大鳳は盛大に溜息を洩らし、第二艦隊を預かる赤城は呆れたように呟いた。

 タウイタウイ方面軍の第一次攻撃隊を超える攻撃機編隊。

 それが迫っているという事実を前にしても、相互通信を使って会話をする二人に一切の動揺は見られず、それどころか深海棲艦の索敵能力の低さに苦言を呈す余裕すらある。

 

 

 「第一作戦部隊旗艦より各艦に伝達。深海棲艦・空母機動部隊より出撃した攻撃機編隊が接近中。第一艦隊及び第二艦隊の迎撃戦闘機隊、発艦始め!」

 

 そして総旗艦の指示の元、第一艦隊、第二艦隊を構成する空母より次々と戦闘機が出撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦・空母機動部隊より出撃した戦爆連合。

 タウイタウイ方面軍第一次攻撃隊を上回る規模で構成された攻撃機編隊は、先手を取られ散々攻撃された恨みを晴らすべく、攻撃目標である第一作戦部隊を目指していた。

 今の所、周囲には深海棲艦の航空機のみで、タウイタウイ方面軍の迎撃戦闘機は確認できていない。

 しかし、タウイタウイ方面軍に先手を取られた以上、深海棲艦側の動向が把握できていないなどありえない。

 確実にどこかに潜んでこちらを狙っている。

 深海棲艦の攻撃隊は、迎撃戦闘機による奇襲を最大限警戒しながらも迅速に目標に向けて飛行を続けていた。

 

 

 そして攻撃目標であるタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊、到着まで約30分。

 それは唐突に始まった。

 はるか上空から快晴の空を余すことなく照らす太陽。

 その日差しの中に無数の小さな黒い点の様なものが浮かび上がった。

 その無数の黒い点は次第に大きくなり、その真下にいた物――――攻撃隊の機体に影を作り出した。

 黒い点たちはその真下にいた攻撃隊に向けて急速に落下。

 周囲に強力なエンジン音を響かせた。

 迎撃戦闘機の編隊急降下。

 深海棲艦の護衛戦闘機がその存在に気が付くよりも早く、迎撃戦闘機の編隊が大量の弾丸を攻撃隊に向けて叩き込んだ。

 迎撃戦闘機の20mm機関砲より矢継ぎ早に打ち出される銃弾。

 その射線は正確に攻撃機の機体を捉え、装甲を粉砕し内部を破壊しつくした。

 攻撃を受けた機体から次々炎が上がり墜落、または戦線を離脱していく。

 奇襲攻撃を成功させた迎撃戦闘機の編隊は、そのまま攻撃機編隊をすり抜けて急降下、そして素早く切り替えし今度は真下から攻撃機編隊に食らいつこうとする。

 その動きを阻止すべく、深海棲艦の護衛戦闘機が次々割って入っていった。

 そしてタウイタウイ方面軍・迎撃戦闘機編隊300機と深海棲艦・戦爆連合1500機。攻撃と守備を入れ替えた戦闘が開始された。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 タウイタウイ方面軍・迎撃戦闘部隊と深海棲艦・戦爆連合との間で起きた空中戦。

 先ほどの戦闘とは攻守が入れ替わっているにも関わらず、齎される結果は大きく食い違っていた。

 次々と落ちていく深海棲艦の航空機。迎撃戦闘機の編隊が攻撃隊の傍を掠めるたびに攻撃機が煙を噴き上げながらその高度を落としていく。

 徹底的な一撃離脱。

 深海棲艦の護衛戦闘機が追い縋ろうとするも馬力に差があるのかあっという間に引き離されてしまう。

 それならばと格闘戦を挑んでも戦況は変わらなかった。

 強力なエンジン性能に裏打ちされた速度と最上の運動性、4門の20ミリ機関砲の凶悪な攻撃力、多少の被弾など物ともしない頑強な防御力の迎撃戦闘機と百戦錬磨の搭乗員の前に散々に蹴散らされ叩き落とされていった。

 

 

 

 

――――空母「赤城」所属 『志摩隊』

 

 

 

 深海棲艦の攻撃機編隊に痛撃を食らわせた迎撃戦闘機隊の一つである『志摩隊』、その隊長である志摩中尉は自身が従える編隊を統率しながら、戦闘指揮所(CIC)から届く無線による指示のもと、攻撃機編隊に対し常に優位な

位置から攻撃を繰り返していた。

 

 『志摩隊、敵5機の2個編隊。11時下方 距離7千』

 「了解。各機、2機編隊!かかれ!」

 

 自身の所属する空母『赤城』から届く無線誘導に従い、編隊を分け攻撃を仕掛けていく志摩隊。

 上空から強襲した志摩隊の攻撃によって、また新たに深海棲艦の攻撃機が炎に包まれた。

 

 レーダー管制を使った索敵網と無線誘導による戦闘指揮。

 これにより数で勝る深海棲艦の攻撃隊に対し、優位な位置に素早く迎撃戦闘機を配置転換、局部的な優勢を確保することで対抗していた。

 しかしそれだけではない。

 

 『志摩隊、敵戦闘機が2機、4番機の()()()()()()()()()()()()

 「了解。2番機、3番機。相手をしてやれ!」

 『『了解』』

 

 無線機より届く凛とした女性の声。

 レーダー管制では分かりえない、まるで戦場を直接その目で俯瞰しているような具体的な情報。

 その情報に志摩中尉は、驚きもせず冷静に隷下の戦闘機に指示を出した。

 志摩中尉の指示を受け、すぐさま行動を開始する2番機と3番機。

 そのまま機体を大きく切り替えした2機は、今まさに4番機の背後を取り攻撃を仕掛けようとしていた深海棲艦の護衛戦闘機達の側面から不意打ち気味に襲い掛かった。

 この行動によって深海棲艦の護衛戦闘機達はこの新たに出現した脅威に対抗するために、4番機への攻撃を諦めざるを得なくなる。

 僚機の安全を見届けた志摩中尉は、安堵の溜息をつくと適切な情報を与えてくれた女性に礼を述べた。

 

 「助かった。感謝する」

 『ふふ、お礼はその子たちにお願いします』

 

 志摩中尉の礼に対し、無線機の声の主、自身の所属する空母の艦娘―――赤城は小さく笑うとそう答えた。

 

 「ありがとう。おかげで助かったよ」

 

 志摩中尉は、操縦席に同乗する小さな戦友に声を掛けた。

 一人乗りであるはずの戦闘機内。そこに同乗する小さな戦友―――妖精さんは志摩中尉の礼に対して敬礼で答えた。

 この妖精さんこそが、先ほどの レーダー管制では分かりえない、具体的な情報のからくりである。

 

 そもそも航空母艦の艦娘達は、妖精さんを介して自身の持つ全艦載機を同時に統率できる能力を有している。

 その際には全ての妖精さんと視界共有をすることで戦場を把握。

 操縦は妖精さんを介することで数十機もの艦載機群を操ることができるのだ。

 先ほどの具体的な情報も、違う部隊の戦闘機の妖精さんが4番機背後に接近する深海棲艦の護衛戦闘機を目撃。

 その情報を志摩隊に伝えたためだった。

 

 

 「よしっ!全機、もう一度食らいつくぞ!」

 

 

 2番機、3番機が先の護衛戦闘機を撃墜したことを確認した志摩中尉は再度、深海棲艦の攻撃隊を強襲するため指示を下す。

 そして彼らの操る()()()()は、優秀な戦闘誘()導将校()から齎される正確な情報の元、一糸乱れぬ隊形で攻撃隊の懐へと飛び込んでいった。

 

 

 

 レーダー管制誘導による戦闘指揮と、妖精さんの力を使った監視網。そしてそれらを十全に扱うことのできる艦娘と最高峰の操縦技術を持つ第一航空艦隊の搭乗員たち。

 極限まで練り上げられた防空システムによって、多くの攻撃隊はタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊にたどり着くことなく次々撃ち落とされていく。

 それでも深海棲艦の戦爆連合は持ち前の物量戦を発揮。

 数で勝る護衛戦闘機隊をもって迎撃戦闘機隊を力ずくで抑え込むことで防空ラインの強硬突破を図った。

 そして大量の航空機をすり潰しながらもいくつかの攻撃隊が迎撃戦闘機隊が守る防空ラインを突破。

 その奥に控える第一作戦部隊に向け進撃を続けた。

 

 

 

 『第三艦隊より報告ー!敵機52機、方位0-9-0より接近中っ!』

 「来ましたか…全艦、対空戦闘用意!」

 

 迎撃戦闘機隊による防空ラインを突破した深海棲艦の攻撃隊。

 その編隊群は、空母機動部隊の外周区にて敵機の警戒に当たっていた第三艦隊の索敵網にすぐさま捉えられ、第三艦隊旗艦である鈴谷より迅速に総旗艦である大鳳に伝えられた。

 その報告を聞いた大鳳は、第一作戦部隊を構成する全艦隊に対し、対空戦闘準備を発令。

 迫りくる攻撃隊を待ち構えた。

 

 

 

――――第三艦隊所属 駆逐艦 『秋月』

 

 

 

 「さあ、始めましょう。撃ち方、始め!」

 

 

 タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊。その中核を担う第一、第二艦隊を部隊の中心に据え、それを守るように複数の艦隊でグルリと囲むように構成された巨大な輪形陣。

 その輪形陣の外周区、第三艦隊が担当する迎撃エリアにて、第三艦隊に所属する秋月は、操舵室にて相互通信を通して送られてくる敵編隊の位置情報を確認しながら、僚艦と共に深海棲艦の攻撃隊を迎え撃っていていた。

  第三艦隊の艦艇と共に秋月の10cm連装高角砲より打ち出される無数の対空砲弾。

 本来にならほとんど命中しない対空砲弾、しかしその砲弾は驚くべき正確さを持って次々深海棲艦の攻撃隊近くで炸裂し、瞬く間に編隊を構成していた航空機が墜落していく。

 第二次世界大戦時の艦艇のとは思えない、桁違いの対空性能。

 しかし、これはそれほど可笑しいことではない。

 これも彼女達だからこそできる芸当だからだ。

 

 そもそも近代兵器というものは、端的に言えば誰が使っても常に100%の力を出せるように作られている。

  そこには特定の技能や資質を持つ『個』は求められていない。

 それはそうだろう。

 特定の者しか使えない兵器など意味がなく、ましてや艦艇ともなれば駆逐艦ですら数百人が動かしているのだ。

 その一人一人の『個』の技能によって大幅に性能が変わってしまう兵器などもはや欠陥でしかない。

 被害を受けたとしてもその穴埋めが容易な『群』によって扱うことができる、画一化された性能。

 それが近代兵器に求められるものだ。

 しかし、艦娘という兵器はその真逆を行く。

 そこに要求されるのは徹底的な『個』。

 艦娘という技能を持つものだけが求められ、艦艇という大勢の人を必要とする戦力ユニットを個人で制御し、自身の勘や経験といった資質を持って本来の性能以上の力を引き出す。

 替えの効かない『個』によってのみ扱う事のできる、先鋭化された性能。

 それが艦娘という者だった。

 両者を比較するならば近代兵器がハードウェアを重視した存在、艦娘はソフトウェアを重視した存在といえるだろう。

 そしてハードウェアの性能の差が戦力の決定的な差という事にはならない。

 達人の放つ矢の命中率が、拳銃を撃つ一般人のソレを遥かに上回るように、第二次世界大戦初期、大日本帝国ににおいてベテラン見張り員の索敵範囲が米国製レーダーの索敵範囲を上回っていたように。

 極限まで鍛え抜かれたソフトは時としてハードの性能差をも覆す。

 

 

 『第三艦隊。どんどんいっくよー!』

 『よしきたー! 任せといて!』

 『ガンガン撃って! 長10cm砲ちゃん、頑張って!』

 

 

 旗艦である鈴谷の命令の元、徐々に距離を詰めてくる深海棲艦の攻撃隊に対しまるで曲芸のように次々と対空砲弾を叩きこんでいく第三艦隊。

 その攻撃は雷撃攻撃を仕掛けるために海面近くを飛んでいた雷撃機編隊にもおよび、制御を失った雷撃機が次々海面に叩きつけられ海中に没していく。

 現代艦にも匹敵する命中率を見せる対空砲火の前に深海棲艦の攻撃隊は次第にその数を減らしていた。

 その時、第三艦隊の遥か上空より輪形陣の中央に陣取る空母群に向けて爆撃機編隊が、一気に降下を始めた。

 深海棲艦の急降下爆撃。

 しかし、レーダー監視網によって敵編隊の位置を全て把握し、かつ相互通信によって全艦娘に情報が共有されている第一作戦部隊は、この爆撃機編隊の動きも正確に捉えていた。

 一気に急降下してくる爆撃機編隊に向け、秋月を始め全艦隊が機銃を空へと向ける。

 

 「艦隊をお守りします!」

 

 そして全艦隊に装備された対空火器

――――『Bofors 40mm四連装機関砲』、『エリコンFF20mm機関砲』が一斉に火を噴いた。

 

 爆撃機編隊に向けて放たれる砲弾の嵐。

 艦娘の力によって制御された40㎜砲弾の群れは吸い込まれるように爆撃機編隊に殺到。

それを回避するべく爆撃の軸線を外さざるを得ず、一部の機体は見当違いの方向へ爆弾を投下してしまう。

 それでもまだ生き残れただけましな方だっただろう。

 運悪く対空砲火の嵐に捉えられた機体は瞬く間にスクラップへとその姿を変えた。

 爆撃機編隊の約半数があっという間に脱落してしまった。

 それでもなお残りの編隊は空母に痛撃を与えるべく接近を試みようとする。

 しかし、槍衾のように配置された数多の20㎜機関砲から放たれたいくつもの火箭の筋が爆撃機編隊に襲い掛かった。

 最後まで与えられた任務を達成するべく対空砲火に突っ込んでいった爆撃機編隊は、ピラニアの池に放り込まれた魚の如く、その身に抱えた爆弾ごとズタズタに引き裂かれ空の藻屑となっていった。

 

 深海棲艦の空母機動部隊の様な物量に任せたそれではなく、完全に制御された現代艦のような対空砲火。

 その放火の前に52機もいた深海棲艦の攻撃隊は全て蹴散らされ撃ち落とされていく。

 その後も迎撃戦闘機隊の対空網を突破した深海棲艦の攻撃隊が、第一作戦部隊に攻撃を仕掛けようとするものの、その全てが跳ね返され結局、深海棲艦の第一次攻撃隊の攻撃は第一作戦部隊の艦船を一隻たりとも傷つけることなくその全てが不発に終わった。

 

 

 

 ◇

 

 深海棲艦の第一次攻撃隊を全て退けた丁度その時、深海棲艦・空母機動部隊への攻撃を終えたタウイタウイ方面軍攻撃隊が続々と帰還を果たした。

 周囲を護衛戦闘機に守られ、編隊を維持しながら飛行を続ける攻撃隊は出撃時よりその数を大きく減らし、生還を果たした機体も無傷のものなど存在しないことから、深海棲艦の対空砲火がいかに苛烈であったか窺い知ることができる。

 その中でも一糸乱れぬ飛行を続ける攻撃隊は艦娘の指示に従い次々と飛行甲板に着艦。

 難しいとされる飛行甲板への着艦を卒なくこなすと同時に、飛行甲板の至る所から妖精さんが現れた。

 彼らは着艦した機体が完全に静止したと直後に移動を開始。

 小さな体からは想像もつかないような力で、着艦の妨げにならないよう機体を移動させつつ熟練整備員顔負けの速度で帰還した航空機の損害状況のチェックが迅速に行われていく。

 そうして、問題ない機体はそのまま、応急修理が必要なものは艦内にて修理、損害が大きい航空機は海中に廃棄されていき驚くべき速度で再出撃の準備が整えられていった。

  

 

 

  

――――『近藤隊』所属 近藤大尉

 

 

 「ふぅ……」

 

 空母機動部隊の熾烈な対空砲火から帰還した、近藤大尉は生き残った自身の部隊を率いつつ生還。

 自身の所属空母である加賀に無事、着艦を果たした近藤大尉は大きなため息を吐きつつ妖精さんの機体整備に身を委ねていた。

 妖精さんの損害状況のチェックが終わるまで時間の空いた近藤大尉は操縦席に常備されていたラムネを手に取り一気に飲み干した。

 そして炭酸特有の刺激を存分に味わいつつ、操縦席から見える範囲内で自身の機体を見渡した。

 深海棲艦の対空砲火の中を潜り抜けたために、真っ白な機体の至る所に大小さまざまな傷が刻まれてはいるものの、十分に施された防弾装備により機関部にはダメージは見られない。おそらく再出撃には影響はないだろう。

 近藤大尉は長年の経験と勘からそう判断を下した。

 

 「さすがは()()()()()()、頑丈だな」

 

 かつて、第二次世界大戦時に近藤大尉が搭乗していた九九式艦上爆撃機。

 それを全ての面で圧倒する機体――――『A-1 スカイレイダー』に対し惜しみない称賛を送った。

 

 

 

 ◇

 A-1 スカイレイダー。

 それは、第二次世界大戦時、日本海軍を撃滅するべく開発されたアメリカ海軍の爆撃・雷撃兼用艦上攻撃機の名前だ。

 そのコンセプトは搭載量・機動力を増加することで可能となる雷撃機・急降下爆撃機の統合。

 日本海軍にて同様のコンセプトを目指して作られた艦上攻撃機『流星』と比較すればその性能はまさに圧倒的。

 「流星」の誉エンジンが1850馬力に対して2800馬力と格段の差があり、搭載量も「流星」が800kgに対してスカイレイダーは3tに達して圧倒的な積載量を誇る。

 結果的に配備されるまでに第二次世界大戦は終わってしまい間に合わなかったわけだが、もし間に合っていれば日本本土を存分に蹂躙した事だろう。

 それはともかく。

 日本海軍の艦娘だけで構成されているはずの第一作戦部隊。

 しかし、その基幹である空母には、アメリカ海軍の攻撃機「A-1 スカイレイダー」搭載されていた。

 それだけではない。

 今も艦隊上空で、敵機を警戒している迎撃戦闘機隊。

 その機体も全てアメリカ海軍の艦上戦闘機、小型軽量化と洗練された空力構造、高い防弾性能をもつ機体に大出力のエンジンを搭載した、最強のレシプロ艦上戦闘機と評される――――『F8F ベアキャット』で構成されている。

 

 こちらも直接日本海軍と争ったことはないにせよ第二次世界大戦当時敵国であったアメリカ海軍の艦載機。

 本来であれば、その当事者でもある艦娘そして第一航空艦隊の搭乗員はあまりいい顔はしないだろう。

 しかし艦娘も、第一航空艦隊の搭乗員達もこの艦載機を平然と運用していた。

 理由は単純

     ―――――『性能』がいいからだ。

 

 妖精さんと艦娘を借りることで装備を作り出すことができる「開発」。

 これによって生み出された装備は、資源さえあればいくらでも補充することができる。

 しかし、この「開発」によって生み出される装備には()()が存在する。

 その理由は、「開発」では第二次世界大戦時の存在していた装備しか生み出せないからだ。

 「開発」できる範囲が決められていることによって最も上限に近い装備もまた存在する。

 第二次世界大戦によって、戦争技術、科学技術が加速度的に向上していったのだ。

 そして第二次世界大戦初期の装備と、後期の装備には圧倒的な性能差が存在していた。

 となれば、上限に最も近いのは第二次世界大戦後期に生み出された装備となる。

 

 つまりは、()()()だ。

 

 それだけではない。

 先ほど猛威を振るったレーダー管制を使った索敵網、無線誘導による戦闘指揮の元襲い掛かる迎撃戦闘部隊、「Bofors 40mm四連装機関砲」「エリコンFF20mm機関砲」の対空砲火による艦隊防空システムも、元を辿れば日本の航空隊を撃滅するためにアメリカ海軍によって考案された戦術ドクトリンだ。

 数多の兵士が斃されたそれを運用することは誰しもが忌避感を覚えるだろう。

 しかし第一作戦部隊を構成する艦娘も、第一航空艦隊の搭乗員達も平然と行使していた。

 理由は単純

     ―――――『効率』がいいからだ。

 

 アメリカ海軍の航空機を使うのも開発できる装備の中で、その機体が一番性能が優れているからというだけであり、その戦術ドクトリンを使うのもそれが一番効率がいいというだけである。

 そもそも航空機も、戦術ドクトリンも彼らにとっては目的を達成するための只の手段に過ぎない。

 そして自分たちの命さえも。

 第一航空艦隊の搭乗員達に取って艦娘の能力の一つでもある兵士の『召喚』という能力は非常に『都合』がよかった。

 艦娘が健在な限り、何度でも蘇ることができる能力。

 この能力のおかげで、死を気にすることなく自身が磨き上げた技術を手段として行使できるからだ。

 他国の兵士が召喚に応じなくなっていく中で、彼らだけは誰一人として欠けることなく召喚に応じていた。

 

 そう、彼ら第一作戦部隊を構成する者達にとって全ては目的を達成するための手段に過ぎない。

 

 その手段を行使するがために発生する全ての感情の機微―――誇りや忌避感、死への恐怖など、何の価値もない。

 

 ――――全てはただ一つの目的のために。

 

 その目的を達成されるならば、かつての敵国の航空機を使うことも、数多の僚機が犠牲となった機銃を装備することも戦術ドクトリンを運用することも、そして自分たちの命さえも、実に()()なことでしかない。

 

 ――――彼らが望むただ一つの目的。

 

 

 ――――かつて彼らが渇望し、そして達成できなかった、ただ一つの目的。

 

 ――――そして様々な因果が重なり合い、再び自分たちに達成の機会を得られた、

     ただ一つの目的。

 

 それは――――『祖国の救済』

 

 かつての()()()()()

その目的を達成するためだけに作られ、組織され、そして果たすことのできなかったか彼らは、艦娘として、そして彼女らの騎士として呼び出され、()()()()()()()に立ち会った。

 彼らは狂喜乱舞した。

 かつて達成できなかった目的を果たす機会を再び与えられたことに。

 

 

 ――――全てはただ一つの目的のために。

 

 その目的が達成されるならばすべての事柄など()()な事だ。

 例え目の前に自分を沈めた艦娘がいたとしても、例え目の前に自分を撃ち落としたパイロットがいたとしても目的のために必要ならば彼らは心からの笑顔を浮かべて艦列を並べ、編隊を組み助け合うだろう。

 

 しかし、目的を邪魔するならば一切の容赦はしない。

 例えそれがかつての僚艦だったとしても、例えそれが肩を並べあい助け合ったパイロットだったとしても邪魔をするならば、全ての力をつぎ込み、一切の油断もなく、慈悲もなく、冷酷に、非情に、徹底的に、機械的に、そして完膚なきまでに殲滅する  

 

 ――――全てはただ一つの目的のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     誰 に も 邪 魔 な ど さ せ な い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「第二次攻撃隊、全機発艦!」

 「攻撃隊、発艦はじめっ!」

 「第二次攻撃隊。稼働機、全機発艦!」

 

 

 先ほど帰還したタウイタウイ方面軍攻撃隊を全て収容した第一作戦部隊。

 しかし、すぐさま再出撃の準備を整え、第二次攻撃隊を編成。

 発艦を急がせていた。

 第一艦隊、第二艦隊の空母群より次々と航空機が飛び立っていく。そして先ほどと同様タウイタウイ方面の航空基地群の航空機と合流。

 深海戦艦・空母機動部隊を再度強襲すべく、いくつもの編隊が南西の水平線へと消えていった。

 

 さて、先ほどの第一次攻撃隊。両軍ともに数千もの航空機が激突し、そして夥しい数の航空機が空へと散った訳だが、両陣営ともにこれは只の小手調べ、ボクシングで言うところのただのジャブ攻撃に過ぎない。

 タウイタウイ方面の航空基地より直接、航空支援を受けることができる第一作戦部隊には十分な余力があり、深海棲艦・空母機動部隊は、軽空母級ですら100機近く、空母級にいたっては150機以上の航空機を運用できるのだ。

 航空機の数は深海棲艦の方が軽く上回っている。

 そして艦艇の方も第一作戦部隊は無傷。深海棲艦・空母機動部隊の方も駆逐艦級を十数隻沈められたが、主力艦は全くの無傷。

 駆逐艦級の損失も深海棲艦にとっては誤差の範囲内でしかない。

 そして両陣営共にただの小手調べ程度で終わらせる気は欠片もなかった。

 

 両陣営に与えられた任務は、「敵空母機動部隊の撃滅」。

 未だ敵が健在である以上両陣営共に退くことなどありえない。

 事実、第一作戦部隊には、観測所より深海棲艦・攻撃隊出撃の報告が上がっていた。 

 

 

 ここから始まるの延々と続く殺し()合い()

 相手の息の根を止めるその時まで振り上げた拳が止まる事はない。

 そして、タウイタウイで始まる殺戮劇を幕開けとして、全陣営にとって忘れることができない長い長い一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 





戦況報告
          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               交戦状態




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第22話 退屈な戦争計画

――――1999年9月30日 AM9:00 リンガ軍港 地下5階 作戦司令部

 

 

 

 『タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊。深海棲艦・空母機動部隊と交戦状態に突入しました!』

 「始まったか……敵戦力も事前の調査通りだな」

 「各個撃破を恐れて戦力の分散は避けたか。いや~良かった良かった。別働隊なんて率いられとったら掃除が面倒になる」

 

 オペレーターの報告を聞いた東条少将は淡々とした呟きを洩らし、橋本少将は嬉しそうな声を上げた。

 彼らがいるこの場所は、リンガ軍港の地下5階に設けられた作戦司令部。

 現在進行している『ジャワ島防衛作戦』の総司令部である。

 体育館ほどの広さがある広大な空間には数十名の自衛隊、東南アジア連合軍のオペレーター達がひしめき合い、各戦線より送られてくる膨大な情報を分析、処理していた。

 その独特の熱気が感じられる空間より、数段ほど高くなった場所にて、東条少将と橋本少将は巨大なスクリーンに映し出された東南アジア全体の地図、そしてその上で光を放つ敵味方の部隊の配置を確認していた。

 

 「出だしは上々。深海棲艦・空母機動部隊は、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊が捉えた。後はあの娘らがキレイに片付けてくれるやろ」

 「ずいぶんと余裕だな?」

 「数だけしか取り柄のない深海の屑に、あの娘ら、そして先輩方が負けるはずがあらへんからね」

 

 東条少将の疑問に対し橋本少将は、第一作戦部隊に絶対的な信頼を寄せつつ胸を張って答えた。

 

 

 「それよりもこの後は?」

 「……我々の空母機動部隊と、深海棲艦の空母機動部隊。

 双方の主力艦隊同士が交戦状態に入った。

これで両陣営共、決着がつくまでこの主力艦隊を動かすことはできない。

ジャワ島の奪還を目論む深海陣営からすると、空母機動部隊による強襲を恐れることなく、安全に上陸部隊を送り込むことができる、またとない好機だ。

そして、上陸部隊のさらなる安全を保障するために、もう一つの脅威の排除を目指すはずだ。それはすなわち――――」

 『ジャワ島・第58観測所より入電!敵爆撃機編隊の接近を確認!』

 「ジャワ島基地航空隊の排除、やね」

 「ああ、予定通りだ。

 ジャワ島航空基地群に伝達! 『ジャワ島防衛作戦』発令。各航空基地の防空戦闘機隊は『プランJ-a-1』に従い、敵爆撃機編隊を迎撃せよ!」

 

 オペレーターの報告を聞いた東条少将は、作戦司令部全体に聞こえる声で作戦の開始を告げた。

作戦を遂行すべく各人員が動きだし、途端に騒がしくなる作戦司令部内。

 その喧噪を聞き流しながら東条少将、そして橋本少将は深海棲艦の作戦行動に対しての思考を重ねていた。

 

 「先ほどの深海棲艦の爆撃機編隊。あれは深海勢力圏内の航空基地から来た奴らやな。

 差し詰め、上陸部隊の露払いといった所か。

 となれば……部隊の方はかなり近づいてきてるな

 東条少将、防空戦闘機隊はいつごろ退避させる?」

 

 「敵上陸部隊の艦載機が仕掛けてからでいいだろう。今後のためにもここでできる限り深海棲艦、基地航空隊の航空戦力を減らしておきたい。いくら深海棲艦といえども艦隊戦力、そして航空戦力共に深刻なダメージを受ければ、しばらく攻勢には出られまい。

 防空戦闘機部隊には今しばらく爆撃機編隊の相手をしてもらう。

 そして、上陸部隊の艦載機が合流し攻勢を仕掛けてくると同時に、押し負けているよう演じつつ撤退。()()()の終えた航空基地を存分に爆撃してもらう」

 

 「仕込みっていうとアレか……施設科の連中、気合入れてたからな~」

 

 同じ自衛隊の同胞が作り出した仕込みを思い出した橋本少将は引き攣った笑みを浮かべた。

 

 「ともかく今の所はだが、作戦は順調に進んでいる。しばらくすれば敵上陸部隊が航空基地への爆撃を開始し、橋頭保の確保に勤しむだろう。そうなれば夜まで我々、海の出番はない。

 深海棲艦には存分に物資を陸揚げしてもらおう。しかし、夜になれば―――」

 

 

 

 

 

        「『我々』の出番という訳だな?」

      

 

        「その通りです。閣下」

 

 

 

 

 

 

 東条少将、橋本少将の会話に割り込む声が聞こえると同時に、作戦司令部に一人の老年の男が入ってきた。

 その姿を認めると同時に二人の少将は素早く敬礼。

 そのほかにも、手の空いている者は一人残らず敬礼し、その男を迎え入れた。

 作戦司令部に入ってきたその男の身長は190近く、六十を超えているにも拘らずその立ち姿からは一切の老い感じられない。

 それどころか男が身に纏う東南アジア連合海軍の軍服の上からでも鍛え上げられた筋肉が視認できる。 そして胸には大将の階級章が煌めいていた。

 男の名はカルロ・レジェス。

 東南アジア連合海軍の大将にして、ジャワ島奪還作戦の総司令官でもある。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「どないでした?陸軍の方は?」

 「ああ、わざわざ陸軍総司令部を首都ジャカルタに置くだけの事はある。士気は非常に高かったよ。上陸した深海棲艦軍を一匹の残らずブチ殺してやると息巻いておった。

 まあ、私も楽しみではある。我々東南アジア連合海軍が存分に戦果を挙げる事の出来る舞台が整いつつあるからな」

 

 橋本少将の問いに対して、レジェス大将は先ほどまで陸軍と話していた内容、そして自分の思いの丈を楽しそうに語った。

 東南アジア連合海軍。

 それは東南アジア連合が保持する海軍なのだが、その内情はお寒い限りだった。

 

 

 海軍というのは技術者集団という側面が強い。

 一隻の艦艇でも数百人の技術者ともいえる人員が乗り込んで、船を操り、戦闘をする。

 その人材の育成だけでも途方もない時間を要するだろう。

 

 そして海軍という組織は非常に金がかかる。

 軍艦は購入するだけでも莫大な資金がいるが、維持するにも大量の金が飛んでいく。

 そしてそれを整備するためのドックに、停泊する軍港、錬度を維持するための定期的な訓練と来れば、費用は天井知らずに跳ね上がってしまう。

 

 元々東南アジアの国々は、第二次世界大戦後、欧米の植民地支配から独立した国が多かった。

 そのため独立してからまだ日が短く、インフラはまだまだ未熟。

 無尽蔵に軍に予算を割くわけにはいかない。

 そんな中で各国は軍に割り振られた予算を陸軍の拡充にあて、金食い虫でありまともに運用できるまで時間のかかる海軍は必然的に後回しにされた。

 東南アジアの国々では海軍という組織はあれども名前だけ、もしくは中古の艦艇が数隻しかないという有様の国も多い。

 

 そして深海棲艦の侵略に対抗すべく各国の海軍を統合し東南アジア連合海軍を組織したわけだが、その内情は艦艇少なければ、装備も貧弱、艦隊の運用経験もないという悲惨な組織となっていた。

 幸い、日本政府、海上自衛隊の軍事面、人材面での協力、欧州から艦艇の売却もあり、ここ数年でようやく輸送艦、揚陸艦といった補助艦艇は揃え、組織運用も可能となった。

 しかし、大型の戦闘艦に関しては、数だけは揃えたものの艦隊行動できるだけの錬度すら伴っていない。

 東南アジア連合海軍が、小型の高速艇を主力とした高速戦闘部隊による戦闘を得意とするのも、外洋に出ることのできる戦闘艦をまともに運用できないからという切実な理由もあったりする。

 

 そういった事情もあり、単独では作戦行動をすることができず、自前の輸送艦、揚陸艦の護衛すら日本政府の派遣する艦娘、そして護衛艦に頼り切っている東南アジア連合海軍に対する風当たりは強い。

 それに対し東南アジア連合海軍の軍人たちは苦い思いをしながらも日々に任務を遂行していた。

 

 

 そんな中で今回巡ってきた千載一遇のチャンス。

 この戦いで深海棲艦の主力艦隊の一つでもある上陸部隊を夜戦にて殲滅することができれば、東南アジア連合海軍の地位を大きく向上させることができる。

 今回の作戦にかける東南アジア連合海軍の意気込みは、祖国防衛を誓うインドネシアの兵士に匹敵するほどだろう。

 

 「礼を言うぞ東条少将。

 君が立ててくれた作戦のおかげで、ようやく東南アジア連合海軍は日の目を見ることができる」

 

 レジェス大将は、東南アジア連合軍の事情も加味して、今回の作戦を計画した東条少将に感謝の言葉を述べた。

 

 東条少将と橋本少将、そしてレジェス大将の付き合いは長い。

 東南アジアでの反攻作戦の時からの付き合いなので、もう三年近くになるか。

 そして東条少将の立てた作戦の元、大小さまざまな作戦が遂行されてきた訳だが、その全ての作戦において戦略的勝利を収めてきた。

 東条少将の、ありとあらゆる状況を想定して組まれた綿密な戦争計画。

 その戦争計画から深海棲艦が抜け出せることは決してない。

 深海棲艦がどれだけ奇策を使い脇道に逸れ、『勝利』という道を模索しようとも、彼の想定の範囲から抜け出すことはできず、瞬時に塞がれ『敗北』という結末しかない一本道に戻される。

 

 

 東条少将の立てる戦争計画は、観客という目線から見ればひどく退屈なものだ。

 橋本少将のような精鋭の艦隊が巨大な艦隊を打倒す、観客の心を擽らせるような英雄譚もなければ、味方を逃がすために囮となるような、観客の涙を誘う悲劇もない。

 (深海)(棲艦)が引き起こす奇策、観客が興奮するようなトラブルも許されなければ、想定の範囲外、観客の興味を引くようなハプニングもない。

 勝てるだけの航空戦力を用意し、勝てるだけの艦隊戦力を手配し、勝てるだけの作戦計画を立て、想定された戦略的勝利を収める。

 会社の退屈な役員会議のような、何の面白味のない戦争計画。

 当たり前のようで、しかし現実にそれを行使するには、途方もない困難が付きまとう。

 最初から最後まで完全な予定調和な戦争計画。

 それが東条少将の立てる戦争計画だった。

 

 

 「いえ閣下。作戦はまだ始まったばかりです。

 今の所は順調ですが、それが今後とも続くとは限りません。深海棲艦が思いもよらぬ手を打ってくる可能性もありますし、『亡霊軍隊』という不確定要素もあります。油断はできません」

 

 東条少将は、言外に計画通りに進むことを想定して述べたレジェス大将の礼に対し、大真面目な顔でそう答えた。

 

 「……相変わらずだな君も」

 「まあ、慢心しきっているよりは、よっぽどいいでしょう」

 

 一部の者達の間では、東条少将が作戦の開始を宣言した時点で勝利が確定するとまで言われている中、その作戦を立てた張本人が、一切の油断をせず作戦の推移を見守っているのを見て、レジェス大将と橋本少将はお互い顔を見合わせ苦笑を浮かべあった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ジャワ島の空にて、深海勢力圏内の航空基地より来襲した爆撃機編隊と、ジャワ島航空基地より飛び立った防空戦闘機隊との戦闘が始まった。

 深海棲艦は先ほどの深海棲艦・空母機動部隊と同様、数での力押し。

 ジャワ島の防空戦闘機隊は、第一作戦部隊と違い、こちらも十分な数をもって対抗してきた。

 ジャワ島の空を守る防空戦闘機隊は、その全てが操縦技術は並みだが、人的被害が一切ない妖精さんが指揮操縦する飛行隊で占められている。

 そのために、十分な数の戦闘機を揃えていたのだ。

 

 そして双方ともに数を押し出しての戦いが始まった訳だが、戦況は防空戦闘機隊の優勢で進んでいた。

 これは、爆撃機を護衛しなければいけない攻撃側と、撃ち落とすだけでいい防衛側の差が如実に表れた結果だ。

 しかし、防空戦闘機隊の圧倒的優勢という訳ではない。

 もし、ここに追加戦力が現れれば十分に覆せるだけの差でしかない。

 そう()()()()()()()()()()()()上陸など。

 

 こうして深海棲艦・上陸部隊の航空戦力が食いつくよう罠を張りつつ、ジャワ島の防空戦闘機隊は爆撃機編隊との熾烈な戦闘を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

 

 戦況報告

       タウイタウイ方面

 

          人類陣営

           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

 

          深海陣営

           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊

 

 

               交戦状態

 

 

 

       ジャワ島方面

 

          人類陣営

           ジャワ島方面軍 ジャワ島防空戦闘機隊

 

          深海陣営

           ポート・モレスビー方面 爆撃機編隊

 

 

               交戦開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――同時刻 フローレス海域

 

 

 

 

 タウイタウイ方面にて第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊が衝突、ジャワ島方面にてジャワ島防空戦闘機隊と深海棲艦・爆撃機編隊が交戦を始める中、戦艦棲姫が率いる上陸部隊は人類陣営の勢力圏内、フローレス海域へと差し掛かっていた。

 

 戦艦棲姫の率いる戦力、戦艦級が7隻に、重巡洋艦級が8隻、軽巡洋艦級が4隻、駆逐艦級が67隻という艦隊戦力、そして空母級が15隻から繰り出される航空戦力が周囲を厳重に警戒していた。

 

 そして海を埋め尽くすほどの輸送艦級には上陸戦力が満載されその数は、歩兵師団、機甲師団合わせれば50師団にも及ぶ。

 それに加え、深海棲艦勢力圏内の基地航空隊より十分な航空支援が期待できる。

 現に今も上陸の妨げとなるジャワ島の航空基地を排除すべく爆撃機編隊を繰り出していた。

 生半可な戦力では足止めにすらならない圧倒的な戦力。

 これに真正面から対抗できるのは、タウイタウイ方面の主力艦隊だけだが、その艦隊も空母棲姫が率いる空母機動部隊が足止めをしている。

 

 戦艦棲姫の上陸部隊は安全の確保された海域を進み、再度蹂躙すべくジャワ島に向けて進路を取っていた。

 

 

 

 

 その時、ジャワ島に向けて飛行を続けていた爆撃機編隊の一団より火急の報告が入った。

 

 

 

  巨 大 飛 行 船 発 見 セ リ

 

 

 

 この報告を受けた戦艦棲姫は、衝撃を受けた。

 正体不明の巨大な飛行船。ここ数か月で、深海棲艦に対して無視できない損害を与え、あげくの果てにジャワ島における深海棲艦の本拠地『バニュワンギ』を落とした謎の勢力。

 

 『バニュワンギ』から逃げ帰った生き残りによって、巨大な飛行船が率いる航空部隊と、人類の兵士と一線を画した動きをする陸上部隊によって落とされたことが分かっている。

 

 その飛行船がここに現れた。戦艦棲姫は警戒を最大限まで引き上げる。

 しかし、続けて入った報告によって困惑することになる。

 

 巨大な飛行船は、航空部隊を率いておらず、単独で現れたというのだ。

 

 生き残りの報告によれば、その巨大な飛行船は、強力な艦隊攻撃能力は保持すれども、航空機に対する攻撃は航空部隊に任せていたらしい。

 もしかしたら能力を隠していただけなのかもしれないが、それでもこの場所に単独で現れる理由はない。

 

 そして、巨大な飛行船の進路上には、今この場所、深海棲艦が率いる上陸部隊が存在していた。

 向こうは確実にこちらの場所を把握し、進路を向けているとしか思えない。

 

 (ドウユウツモリ?何ガ目的ナノ?)

 

 戦艦棲姫は、あの飛行船が囮の可能性も考え周囲に索敵機を飛ばし厳重に確認するよう、配下の空母級、基地航空隊に命じるも結果は空振り。

 結局、自身の艦隊の周りにも、そして飛行船の周りにも一切敵影が確認できなかった。

 

 その間にも飛行船はこちらにピタリと進路を合わせている。

 

 丁度双方が向かい合うように進路を取っているため、後二時間もすれば接触することになる。

 相手は強力な艦隊攻撃能力を持っているのだ。それだけは避けなければならない。 

 それに今ならばまだ、航空基地の支援を十分に受けることができる。

 戦艦棲姫は巨大な飛行船に対し不気味な感情を抱きながらも、攻撃命令を下した。

 

 (一撃デ仕留メル!!!)

 

 戦艦棲姫から命令を受けた空母級から次々と艦載機が発艦していく。

 そして、巨大な船体を持つ飛行船である事から爆撃機でも十分戦果が期待できると考え、一旦ジャワ島に対する爆撃を中止。 航空基地から離陸した全て爆撃機編隊を飛行船の迎撃へと差し向けた。

 もちろん艦隊の上空を空にするような愚を犯すことはせず、十分な数の直掩機が上陸部隊の空を守っている。

 奇襲攻撃を受けても十分対応できるだろう。

 

 空母級から飛び立った艦載機が編隊を組織し、空の彼方へと消えていく。

 おそらく爆撃機編隊も進路を変更し、飛行船の元へと向かっているはずだ。

 たかが、一隻の飛行船など容易に粉砕できる圧倒的な航空戦力。

 その差し向けられた航空機の数から、いかに深海陣営がこの謎の勢力を危険視しているか窺い知ることができるだろう。

 しかし十分な戦力を派遣してもなお、戦艦棲姫の心の中から胸騒ぎは消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 上陸部隊の空母級より飛び立った艦載機は編隊を組織、飛行船を迎撃すべくその進路を取っていた。

 途中、爆撃機編隊も合流することで、その戦力は一気に膨れ上がった。

 青い空を黒く埋め尽くすほどの航空機の群れ。

 その光景を見て、いったい誰が一隻の飛行船を排除するためだけに差し向けられたと信じるだろうか。

 圧倒的な航空戦力。しかし、すべての航空機達は油断などしない。

 そもそも、彼らに喜怒哀楽といった感情など存在しない。

 彼らにあるのは、只命令を遂行する爬虫類染みた単純な思考回路と、自分達、深海棲艦以外の生命に対する深い憎悪のみ。

 戦艦棲姫の抱いていた胸騒ぎといった感情すら持たない彼らは、命令を遂行をする意思と憎悪を持って、ひたすらに目標へと進路を取っていく。

 

 

 

 そして、ついに双方の戦力が接敵した。

 

 

 

 まだ距離があるにも関わらず、はっきりとした存在感を放つ巨大な飛行船。

 その存在感は近づけば近づくほど強く感じ、まるで浮遊する島に相対しているような感情すら覚える。

 しかし、そんな感情すら一切持たない深海棲艦の航空機達は解き放たれた猟犬の如く、一気に襲い掛かっていった。

 纏めて迎撃されないよう広範囲に広がった航空機の群れは、下された命令を確実に遂行すべく羽虫の如く空を黒く染め上げながら飛行船との距離を詰めていく。

 その間にも飛行船からこれといった迎撃は一切なく、周囲から伏兵が現れる様子も全く見られない。

 全ての航空機は何の障害もなく巨大な飛行船へと突き進んでいった。

 そして、一部の編隊が攻撃可能地点まで差し掛かったその時――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――巨大な飛行船に変化が生じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船の気嚢部分、船体上部に立つ()()を起点にして、広がる無数の小さな()()()

 そのナニカは生物のように蠢き、這いまわりながら、瞬く間に巨大な飛行船を覆い尽くしてしまう。

 そして飛行船を完全に覆い尽くしたナニカは、紫色の光を放ちながら不気味に点滅を始めた。

 その紫色の不気味な光は、赤と黒で彩られた飛行船と相まって見た者に原始的な恐怖すら感じさせる。

 

 

 突如として飛行船に訪れた異常事態。

 

 

 普通ならば、恐怖を覚え警戒する状況で。しかし、喜怒哀楽の感情が存在しない航空機達は、恐怖を覚えることなく、妖しく点滅をし続ける飛行船に向かって誘われるように近づいていく。

 その内にあるのは、ただ命令を遂行をする意思と憎悪のみ。

 

 そして、全ての深海棲艦の航空機達は、その光の正体、そしてその意味に、最後の瞬間まで気付くことなく攻撃を開始した。

 

 

 

 




戦況報告
       フローレス海方面

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 爆撃機編隊
           ダーウィン方面 上陸部隊
           
          

        
             
          ミレニアム陣営
           空中戦艦ーDeus ex machina 
 

               戦闘開始









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第23話 見えない役者

――――1999年9月30日 AM10:00   フローレス海 

 

 

 

 インドネシア中部、北はスラウェシ島、南はフロレス島に挟まれた海域であるフローレス海。

 日の光の存分に浴びることによってキラキラとエメラルド色に光輝く海面の下にはピンク色のサンゴの群れが咲き乱れ、南国特有の色とりどりの魚たちが何の不安もなく堂々と、そして優雅に泳いでいる。

 誰しもが心を奪われる、この世の楽園と思わせる美しい海中の風景。

 その風景の中に、一つのシルエットが浮かび上がった。

 

 それは一人の少女。

 整った端正な顔立ちに、薄い白金色のセミロングの髪。

 感情の見えない翡翠色の瞳を持った少女は、透き通る真っ白な肌も相まって最高級の西洋人形のような印象さえ受ける。

 先ほどのシルエットとは、その少女が海中を泳いでいた姿だった。

 

 本来なら、現実離れをした美しさを持つ少女が泳ぐ姿は、周囲の幻想的な光景も相まって、人魚のように見えた事だろう。

 しかし、その少女が持つ容姿以外の要素が全てを台無しにしていた。

 

 まず、その少女の服装。

 その少女は、首からを下を覆うような黒のウェットスーツの上から、薄緑色のライフジャケットのようなものを羽織り、頭にはドイツ海軍の水兵帽をかぶっていた。

 首には通信装置のような首輪が付けられており、それと繋がるように左側から頭上にかけてアンテナが伸びている。

 そして腰には潜水艦の艦首を縦に割ったような構造物が両腰を挟むように前に伸びていた。

 あまりにも人魚という幻想を抱くにはあまりにも無骨な恰好。

 

 次に少女が泳ぐ周囲の様相。

 その少女は小柄であり、周囲の魚たちの中には、その少女よりも大きな魚もいた。

 にもかかわらず海中を泳ぐ全ての魚たちは、その少女の進路を妨害しないよう道を譲っていた。

 まるで、この海域でその少女が一番強いという事を知っているかのように。

 

 最後に、その少女の遥か後ろを追尾する存在。

 全長は70mを優に超えるだろうか。

 全身が鋼鉄で覆われた巨大なシルエットが、周囲にスクリュー音を響かせながら静かに、しかし圧倒的な存在感を持って、その少女の後ろに控えていた。

 

 その少女の名は、U-511。

 かつてドイツ第三帝国で建造されたのちに日本帝国海軍に供与され、そして艦娘として生まれ変わった後も様々な変遷を経て、日本帝国海軍の後継である海上自衛隊に所属することになったこの艦娘は、自身の船体を引き連れて、フローレス海の海中を進んでいった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

日の出と共に始まった海上自衛隊・東南アジア連合軍と深海棲艦との全面戦争。

 タウイタウイ方面では空母機動部隊が、ジャワ島方面では、航空隊が互いを打ち滅ぼさんと激突を繰り返している中、海上自衛隊に所属しているU-511は、自身に与えられた任務を達成するべくフローレス海を潜水航行していた。

 U-511を含む潜水艦隊に与えられた役割、それは深海棲艦・上陸部隊の捜索。

 

 東条少将より、命令を受けた潜水艦隊、全72隻は、東南アジア海域の広範囲に散らばり、深海棲艦・上陸部隊を迅速に捕捉できるよう哨戒線を敷いていた。

 

 その中で、フローレス海域の一部を担当していたU-511は、フローレス海に点在している小島の一つに船体を隠すように浮上し、レーダーを使った索敵を行っていたのだが、そのレーダーに微かに艦艇らしき反応があった。

 

 それに気づいたU-511は、相互通信を使って近くの海域に展開していた僚艦である潜水艦の艦娘達に連絡を取った後、携帯艤装を展開。

 自身の船体を引き連れるように、潜水航行しながら、レーダーの反応があった海域へと慎重に近づいていった。

 

 

 

 (……パッシブソナーにも反応が出始めた)

 

 レーダーの反応があった海域へと潜航航行すること一時間半。

 U-511の船体に搭載されているパッシブソナーにも複数の音の反応が聞こえ始めた。

 

 

 そのことを確認したU-511は、自身の半身である船体を海底に無音潜航させ、目視でも確認すべく携帯艤装を展開した生身で海面へと近づいていく。

 今作戦で、潜水艦隊に与えられた任務は深海棲艦・上陸部隊の捜索だ。

 攻撃するならともかく、潜望鏡を出し敵艦隊を確認するのならば、自身の大きな船体よりも携帯艤装を展開した生身の方が、見つかりにくい上に、なにより逃げやすい。

 

 そして海面から頭がでないギリギリの所まで浮上したU-511は、潜望鏡を取りだし先ほどパッシブソナーの反応が現れた方角へと向けた。

 

 (……いた)

 

 潜望鏡を覗いたU-511の目が捉えたのは、遠くの水平線上に見える深海棲艦・駆逐艦級。

 それが距離を開けながら等間隔に並んでいた。

 海面とほとんど高さの変わらないこの潜望鏡からでは、艦隊の全容など見渡すことはできない。

 しかし、今もU-511のパッシブソナーが複数の艦艇が生み出す雑多な音を捉えている。

 

 この音の多さから察するに、かなり大きな艦隊だろう。

 水平線の向こう側には、多くの艦艇が航行しているにはずだ。

 もしかしたら、これが捜索していた深海棲艦・上陸部隊かもしれない。

 

 (……?)

 

 しかし、発見の喜びも、すぐに困惑へと変わった。

 

 (……なんで一斉回頭しているの?) 

 

 おそらく艦隊の外周部分を守っているであろう、水平線上に点々と並ぶ駆逐艦級。

 その駆逐艦級が、一斉回頭を始めていた。

 

 一斉回頭とは、陣形運動のひとつで、各艦が一斉に回頭(艦首の向きを変えること)するというものだ。

 しかし一斉回頭は、回頭に要する時間が短くなるという利点があるものの、艦隊の航行序列が逆順となってしまう欠点がある。

 この大きな艦隊ならば統率を乱す要因となる可能性もある。

 普通ならば、回頭に要する時間が長くなるが、艦隊の航行序列は変わらない逐次回頭をするはずだ。

 

 そして、一斉回頭した艦隊の進路を見てさらに困惑する。

 

 (……なんで引き返すの?)

 

 この艦隊、おそらく上陸部隊と予想される艦隊の進路は西にあるジャワ島のはずだ。

 しかし、この艦隊が一斉回頭をし、全ての艦首を向けた方角は、反対側の東。

 先ほど来た道を帰るように新たな進路を取っていた。

 

 なぜ、ここまで来て引き返すのか。

 一体何がしたいのか理解できない。

 

 U-511には、この深海棲艦の艦隊が現在進行形で行われている、奇行ともいうべき行動に対して自身を納得させるだけの答えを見つける事はできなかった。

 

 そして一つ疑問が浮かび始めると、他にも疑問点が浮かび始めた。

 

 一つ目は先ほどからパッシブソナーが拾っている艦隊の音の群れ。

 一定のリズムで聞こえてくる艦艇のスクリューやタービン、エンジンの音の群れの中に、何か別のノイズの様なものが混じっていた。

 この海域は海流も一定で海も穏やか、ノイズが混ざる要素などほとんどない筈だ。

 それなのに、不規則的に聞こえてくる得体のしれないノイズは、艦隊の音の群れに混じるように聞こえてきた。

 

 二つ目は艦隊の上空に漂う煙。

 おそらくこの艦隊の中核がいるであろう場所の上空に、黒い煙の塊がいくつも漂っていた。

 普通に考えれば艦艇の煙突から出す煙なのだろうが、それを考慮してもこの煙の量は多すぎる。

 

 

 

 U-511は悩んだ。

 深海棲艦・上陸部隊を発見した時点で、与えられた任務は達成できたといっていい。

 後は、この艦隊の位置情報を作戦本部に送り、発見されないよう距離を取りながら追跡するだけだ。

 

 しかしU-511の勘が警鐘を鳴らしていた。

 

 ――――嫌な予感がすると。

 

 『お待たせ、ユーちゃん』

 『……あ、ハチ』

 

 どう動くべきか悩んでいた丁度その時、艦娘との相互通信が開かれ、ゆっくりおっとりしたしゃべり方をする少女の声が響いた。

U-511の連絡を受け、近くまで来ていた僚艦の潜水艦の艦娘、伊8である。

 周囲に姿は見えないものの、相互通信をしてきたという事はかなり近くまで来ているという事なのだろう。

 

 『……他の皆は?』

 『イムヤちゃんとゴーヤちゃんは後30分ほどで、ヒトミちゃんとイヨちゃんは一時間ほどで到着できるみたい』

 

 その伊8よりこの海域に急行している他の潜水艦隊の艦娘の情報を受け取ったU-511は、自分が発見した深海棲艦の艦隊が進路を反転させ来た道を引き返していること、そしてこの艦隊の不審な点について報告した後、先ほどのU-511と同じように困惑の声を上げる伊8にある提案をした。

 

 『……ねえハチ、携帯艤装から水上偵察機を飛ばしてもらってもいいかな?』

 『偵察機を?』

 

 そして確認してきた伊8に小さく頷いた。

 

 巡潜3型 2番艦 潜水艦である伊8は、潜水艦であるにもかかわらず、水上偵察機を運用することができる珍しい潜水艦だ。

 そしてその艦娘である伊8も、数は一機しか運用できないが水上艦の艦娘のように、携帯艤装から小型の水上偵察機を飛ばすことができる。

 U-511はその偵察機を使ってこの謎の行動を取る艦隊に探りをいれようという事なのだろう。

 

 U-511の言いたいことは分かる。

 確かに潜望鏡よりも偵察機を使い、この艦隊を上空から偵察すれば得られる情報も格段に多いだろうことは容易に想像がつく。

 しかも操縦する妖精さんと、視界を共有しながら偵察することでリアルタイムに状況を把握できる、現代で言うところの使い捨ての偵察用ドローンのような使い方もできるため偵察機の帰還を待つ必要もなく、偵察機を射出しすぐに潜航してしまえば、こちらが発見されるリスクもゼロに近い。

 

 『……でも、いいの?』

 

 しかし、伊8は、偵察機を飛ばすメリットを十分に理解した上で再度U-511に確認をした。

 確かに偵察機を飛ばせば、発見されることなく艦隊から多くの情報を得ることができる。

 だが偵察機を飛ばせば、深海棲艦の艦隊は確実に警戒を強めるだろう。

 そうなればこの艦隊の追跡も格段に厳しくなる。

 

 伊8はそれを懸念していた。

 

 『……どの道、あの艦隊が引き返している時点で、今進んでいる作戦は変更になるよ。

 それなら、少しでもこっちで艦隊の情報を探って作戦本部に送った方がいいと思う。

 それに――――』

 

 『それに?』

 

 『……なにか嫌な予感がする』

 U-511の発言を聞いた伊8は軽い驚きを覚えた。

 よくU-511とチームを組むことが多い伊8だが、その中での印象は、任務に対しひたすらに従順。

 その任務において一切の私情を挟まないU-511が、予感などといった不確定要素で動くとは思わなかったからだ。

 

 

 『うん、分かった。偵察機を飛ばしてみましょう』

 『ありがとう、ハチ』

 

 結局、U-511の意見を聞き入れ偵察機を飛ばすことに決めた伊8は、U-511との合流を一旦中止。

 船体は海中に待機させ、携帯艤装を展開した生身だけ海面へと浮上した。

 

 海面から、顔を出す伊8。

 そして携帯艤装の能力を使い腰の辺りまで海面から浮上した伊8は、軽く手を振るい手品のように何もない空間から四角い物体を取りだした。

 それは、一冊の本。

 その本を伊8が手にすると本がひとりでに動きだし、海の水気など関係ないかのように、パラパラと乾いた音を立てながらページが捲れていく。

 そして、『零式水上偵察機』と書かれたページで止まると本が光だし、そのページから球体のようなものが勢いよく打ち出された。

 その打ち出された球体は、徐々に大きくなっていき形が変化。

 やがてその球体は1メートルほどの零式水上偵察機へと姿を変え、伊8の操作の元、U-511が発見した艦隊の待つ方角へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 プロペラの音を周囲に響かせながら、高度を上げつつ飛行する小型の零式水上偵察機。

 伊8は偵察機に乗る妖精さんと視界共有をしながら、一直線に深海棲艦の上陸部隊と思しき艦隊へと偵察機を飛ばした。

 携帯艤装で運用できる小型の偵察機、扱いは便利だがその性能はオリジナルと比べ著しく劣る。

 もし艦隊の直掩機に見つかれば、瞬時に撃ち落とされてしまうだろう。

 艦隊近くの上空に長くとどまるなど不可能に近い。

 それならば撃墜を前提とし、進路の欺瞞などせず中央突破することで、また少しでも早く近づき、そして一秒でも長く留まることで、多くの情報を集めようと伊8は考えた。

 

 (……いた!)

 

 飛行する事数分。

 ついに伊8と視界共有をする妖精さんの瞳が点々と並ぶ駆逐艦級を捉えた。

 これがU-511の発見した艦隊だろう。

 幸いにもまだこちらの存在には気づいてはいないようだった。

 それどころか迎撃戦闘機、直掩機さえも現れる気配もない。

 

 

 (このまま一気に駆け抜ける!)

 

 そのことに不安を覚えながらも速度を最大限に上げ、一気に突破しようと偵察機を操る伊8。

 駆逐艦級の真上にまで到達したところでようやく気付いた艦隊が対空弾幕を張るが弾幕はスカスカ。

 明らかに精彩を欠いていた。

 よたよたと打ちあがる対空砲弾の隙間をすり抜けていく偵察機。

 そして艦隊全体を見渡せるように一気に上昇した。

 

 (対空弾幕は突破できた。といっても小型の偵察機相手に対空弾幕じゃ撃墜は難しい。

 直に対空弾幕を止めて直掩機を差し向けてくるはず。

 それまでに少しでも情報を集める!!)

 

 残り少ない時間を有効に使うために頭の中で集めるべき情報を打ち出していく伊8。

 そして艦隊全体を偵察できる空域に到達し眼下に映る艦隊を見渡した瞬間―――――

 

 

 

 

 『………………え』

 

 

 

 

 ――――――その光景に絶句した。

 

 

 

 

 外周部分を駆逐艦級で守られているはずの、艦隊の中心部を蹂躙する炎、炎、炎。

 数えきれないほどの艦艇から炎が噴き出し、立ち上るいくつもの黒煙が艦隊の空を覆っている。

 

 海面に黒々とした燃料を垂れ流し傾斜する船。

 上部構造物が完全に消滅しただ流されるだけのイカダとなり果てた船。

 連続した爆発と共に海中へと没していく船。

 

 艦隊の外周部を守る駆逐艦級が無傷であるにもかかわらず、まるで何かでくりぬかれるように中心部を構成するほとんどすべての艦艇が損害を受け、吹き上がる煙と共にその被害を周囲にぶちまけていた。

 

 『………なに、これ』

 『ハチ、どうしたの?』

 

 U-511との相互通信を繋げたままにしていたため、伊8の呆然とした声を聞いたU-511が声を掛けた。

 しかし伊8はまるで聞こえなかったかのように答えない。

 いや、むしろ自分が声を出したことさえ気が付いていないかのようだった。

 

 (いったい誰が……なにが、どうなって!?)

 

 妖精さんとの視界共有によって流れてくる、非現実めいた光景を処理しきれず混乱する伊8。

 そして妖精さんの視界が捉えた新たな光景に唖然とする。

 

 (嘘……。空母級の飛行甲板が全部潰されてる……)

 

 艦隊の要。

 その船体に満載されている航空機によって艦隊全体を守護するはずの空母級。

 その生命線たる飛行甲板が、一隻残らず叩き潰されていた。

 

 航空機の離発着のスペースである飛行甲板。

 しかし飛行甲板の表面は捲れあがり、いくつも空いた大穴からはまるで新しく煙突ができたかのように大量の煙を噴きだしている。

 そして飛行甲板の全域に散らばる露天駐機されていたであろう航空機が、時折爆発を引き起こし被害拡大に拍車をかけていた。

 

 

 (戦闘機が仕掛けてこなかったのは、これが原因っ!?)

 

 

 何の妨害もなく偵察機が艦隊に接近できたのは、飛行甲板の損傷によって周囲を警戒する航空機を飛ばせなかったからだろう。

 それに見た限り、大型の水上艦も大きなダメージを負っている。

 さすがに沈んでいる大型艦はいないようだが、上部構造は大きく損傷していた。

 この分ではレーダーも破壊に巻き込まれ機能していないだろうことは容易に想像がつく。

 言わば艦隊の目がすべて潰されている状態だ。

 深海棲艦の艦艇が偵察機に向けて対空射撃を行っているが個々の艦がバラバラに、ただ闇雲に打ち上げるだけでかすりもしない。

 

 

 それにもはやまともな指揮すら取れてはいなだろう。

  今も一斉回頭をしている艦艇同士がいたるところで接触事故を起こしている。

 しかし深海棲艦の艦隊は事故を起こした艦艇を、損傷し動けなくなった艦艇と共に切り捨て、かろうじて航行できる艦艇だけを引き連れて撤退をしていた。

 そこには一刻も早くこの海域から撤退をしなければならないという深海棲艦の焦りが読み取れる。

 その悲惨な光景は、撤退というよりも潰走に近い。

 

 伊8はその有様に唖然としながらも、U-511から伝えられたこの艦隊の不審な点についての報告について納得できる答えを見つけていた。

 

 (一斉回頭をしていたのは、一刻も早く撤退するため!

 得体のしれないノイズは、艦艇の爆発音!!

 艦隊の上空に漂う煙は、損傷した艦艇の出す煙!!!

 ……分かっても全然嬉しくないです!!!)

 

 悪態をつきながらも情報を集め続ける伊8。

 そして艦隊上空で偵察機を旋回させ、情報を集めながら一番気になることを考え始めた。

 

 (この艦隊を撤退に追い込んだ下手人はどこにいったんでしょう……)

 

 この艦隊を叩き潰した下手人の行方である。

 空母級十数隻を艦隊を叩き潰した手段については非常に気になるところではあるが、とりあえず置いておく。

 伊8が気になったのは、この艦隊に攻撃を加えた下手人の中途半端さだ。

 

 艦隊を撤退に追い込むような傷を負わせながらも追撃はせず、そのまま放置している。

 普通ならこの状態で放置するなどありえない。

 追撃を加え、さらなる戦果拡大を狙うだろう。

 

 (途中で邪魔が入ったんでしょうか?)

 

 深海棲艦の艦隊を守るために邪魔をすると言えば、深海棲艦勢力圏内の基地航空隊だろうか。

 そこまで考えた時、重大なことに気が付いた。

 

 (え、あれ?ちょっと待ってください!?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 深海棲艦の艦隊がいる、ここローレス海域は深海棲艦勢力圏内の基地航空隊による航空支援を十分受けることができる場所にある。

 普通にならば撤退する艦隊を援護するために航空機を飛ばし、艦隊の上空を守るだろう。

 それが例えいくつかの基地航空隊が交戦中であっても航空基地は無数に存在している。

 仮にいくつか潰されたとしても交戦しながら艦隊の上空を守る航空戦力をねん出することなど余裕なはずだ。

 

 しかしこの艦隊の上空には伊8が操る偵察機以外、航空機は一機もなく、艦隊は這う這うの体で撤退している。

 艦隊の援護をしたくともできない状態。

 それはすなわち――――

 

 (()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 ――――全基地航空隊の壊滅を意味しているのではないだろうか。

 

 

 

 ここまで考えた時、伊8は背筋が凍るような感覚に襲われた。

 これと同等の戦果を挙げる事など、東南アジアに展開する海上自衛隊の現有戦力では不可能だ。

 となれば艦隊を撤退に追い込み、航空基地隊を叩き潰したであろう下手人は、東南アジアに展開する海上自衛隊の現有戦力と同等か、それ以上の戦力を有していることになる。

 

 (まずい、非常にまずいです!!!急いでこのことを作戦司令部に伝えないと

大変なことに―――――)

 『―――ハチ、ハチ!』

 『……はっ!?』

 

 さらなる思考の海に没しかけた伊8だったが、相互通信から聞こえるU-511の声が彼女を現実へと引き戻した。

 

 『ハチ、艦隊の様子はどうだった?』

 『ユーちゃん……。大変、大変です!?急いでこのことを作戦司令部に伝えなければなりません!』

 『ハチ、落ち着いて。何を視たの?』

 

 錯乱する伊8を落ち着かさせ、情報を引き出していくU-511。

 そして艦隊の状況と深海棲艦・基地航空隊の推察を聞くことで危機感を共有した二人は、一刻も早く得た情報を作戦司令部に伝えるため、急いで行動を開始した。

 

 U-511は引き続き、艦隊の監視。

 伊8は、深海棲艦に傍受されないよう一旦、この海域を離れ作戦司令部あてに緊急電文を飛ばした。

 

 そしていくつかの観測所を経て届けられた緊急電文は、迅速にリンガ軍港の地下5階に設けられた作戦司令部に伝えられ、作戦司令部内に激震が走ることとなる。  

 

 

 

 

 

 

 




戦況報告
       フローレス海方面

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 全航空基地
             
                 壊滅

           ダーウィン方面 上陸部隊
  
                 撤退中
           
          

 
 

              


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第24話 三つ巴の賭場

ジャワ島を巡って、日の出と共に始まった東南アジア連合軍及び自衛隊と深海棲艦との大規模な軍事衝突。

 タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊が深海棲艦・空母機動部隊を捉え戦闘を開始。

 ジャワ島方面軍・基地航空隊が深海棲艦勢力圏内より飛び立った基地航空隊との熾烈な航空戦を始めた。

 

 戦局は作戦司令部の立てた計画通り、順調に推移。

 残るはジャワ島に向かっているはずの深海棲艦・上陸部隊を捕捉を残すのみという段階で、深海棲艦の行動に異変が起きた。

 

 先ほどまでジャワ島に対し、絶え間なく攻撃を仕掛けてきていた深海棲艦・基地航空隊の攻撃がピタリと止んだのだ。

 

 攻撃が苛烈になるのならば理解できた。

 深海棲艦の目的はジャワ島の奪還だ。

 ジャワ島を奪還するための陸上戦力を満載した深海棲艦・上陸部隊。

 その進撃の障害となるジャワ島の基地航空隊の殲滅、それができなくとも上陸部隊が橋頭保を確保する時間稼ぎのために、基地航空隊そして深海棲艦・上陸部隊の航空戦力を集中運用しての苛烈な攻撃ならば、まだ理解できたのだ。

 しかし深海棲艦の攻撃は苛烈になるどころか、全ての攻撃が突然ピタリと止み、それを境に深海棲艦の航空機は一機たりとも現れはしない。

 

 深海棲艦の不可解な行動に、困惑の空気が漂い始めた作戦司令部。

 しかし伊8より届いたとんでもない内容の緊急電文が、その空気を一変させた。

 

 

 

 

 

――――リンガ軍港 作戦司令部

 

 

 

「……はぁ!?深海棲艦・上陸部隊が壊滅被害を受け撤退中だぁ!?!?」

 「は、はい。ただ今、フローレス海域周辺の観測所からも偵察機を飛ばし確認を急がせています!」

 

 素っ頓狂な声を上げる橋本少将に、先ほど届けられた緊急電文を伝えたオペレーターは焦りながらそう答えた。

 

 

 伊8より届いた緊急電文。

 それには、先ほどまで作戦司令部内に流れていた不穏な空気を跡形もなく消し飛ばすほどの、衝撃的な内容が込められていた。

 

 

 

――――深海棲艦・上陸部隊と思われる艦隊。壊滅的被害を受け、東へ撤退しつつあり。

 

 

 ジャワ島に向かってきているはずの深海棲艦・上陸部隊。

 その上陸部隊と思われる艦隊が、何者かの攻撃により壊滅的な被害を受け、東へ撤退中だというのだ。

 

 東南アジア連合軍及び自衛隊が計画したジャワ島防衛作戦。

 『ジャワ島の防衛』という作戦目標を達成する上での最大の障害が、いかに大量の陸上戦力を抱え込んだ深海棲艦・上陸部隊の艦隊を仕留めるか、だった。

 深海棲艦・上陸部隊がジャワ島に橋頭保を築き、艦隊に満載された深海棲艦軍がその力を十全に振るう事の出来る環境が整ってしまえば、ジャワ島に展開する東南アジア連合軍、自衛隊、両軍の陸上戦力では圧倒的物量に任せた進撃を行う深海棲艦軍に対し、劣勢に追い込まれるだろう。

 そうなる前に、戦略物資と共に深海棲艦・上陸部隊の艦隊を撃滅できるか、否か。

 それこそが今作戦の成否を決める重要な局面だった。

 

 だからこそ海では東南アジア連合海軍の高速戦闘部隊、海上自衛隊のビスマルク率いる第三作戦部隊は、艦隊を夜戦にて打ち取るべく、広範囲に散らばり島や洞窟、入り江などに巧妙に船体を隠蔽しながら息を潜め、陸では東南アジア連合陸軍と陸上自衛隊、艦娘陸戦隊である第五作戦部隊が準備を整え、深海棲艦・上陸部隊を待ち構えていたのだ。

 

 

 しかし、その深海棲艦・上陸部隊の艦隊が何者かの攻撃により壊滅的被害を受け、現在進行形で撤退している。

 

 

 今作戦の根幹を揺るがすような異常事態。

 

 そして伊8より届いた緊急電文には、もう一つ見過ごすことのできない内容が書かれていた。

 

――――深海棲艦・敵基地航空隊、壊滅の疑いあり。

 

 深海棲艦勢力圏に点在している敵基地航空隊が壊滅している可能性を伝えてきたのだ。

 

 深海棲艦勢力圏内には、東南アジアの戦線の根拠地でもあり前線基地でもあるポート・モレスビーを始め、多数の飛行場を有する基地があり、それぞれに十分な航空戦力を有している。

 

 先ほど、ジャワ島に対し空爆を仕掛けてきていたのも、この基地群から飛んできた航空隊によるものだ。

 

 しかし、伊8からの緊急電文ではその航空基地群が壊滅した可能性が記されていた。

 

 双方共、あまりにも荒唐無稽な内容。

 その内容を聞いた当初、作戦司令部は伊8より届いた電文は誤報か何かかと思い、その内容を真正直に信じることはなかったことは、ある意味仕方がないことである。

 

 裏付けのため、フローレス海付近の複数の観測所より飛ばされた偵察機が、煙を上げ撤退している艦隊を発見。

 艦隊の数と構成から、上陸を目的とした艦隊である、つまり深海棲艦・上陸部隊である可能性が極めて高いという結果が出た。

 そして深海棲艦の制空権内であるにもかかわらず、撤退している艦隊が一切の航空戦力による支援を受けていないことから、 艦隊の支援をしたくともできない状態、敵基地航空隊が壊滅している可能性もありうるという報告が上がり、誤報ではないと確認が取れると作戦司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 

 「……てことは、つまり何か!?この正体不明の勢力は、

『作戦行動中の空母級を伴った深海棲艦・上陸部隊を、作戦遂行が不可能になるほどの打撃を与え、かつ多数の航空基地に、撤退中の艦隊に対する最低限の航空支援すらできないほどの損害を与えた』ってことか!?

 そんなバカな話があるか!!!」

 「……あり得ん」

 

 

 橋本少将が声を荒げ、レジェス大将が呆然とした声を出した。

 

 

 「……ぼ、亡霊軍隊」

 

 作戦司令部内の、誰が呟いた言葉。

 しかしその言葉を引き金とし、広い司令部内で、次々と動揺が広がっていった。

 

 最近になり存在が明らかになり始めた、深海棲艦に攻撃を仕掛ける謎の集団――――『亡霊軍隊』。

 

 保有戦力も目的も一切わからない、しかし深海棲艦の根拠地一つを単独で落とせるほどの強大な戦力を有する謎の集団と、この深海棲艦・上陸部隊を壊滅させた正体不明の勢力を関連付けて考えることはさしておかしなことではなかった。

 

 それと同時に作戦司令部の面々はいやが上にも理解した。

 

  この『亡霊軍隊』は、自衛隊と東南アジア連合軍の見立て、『陸戦兵力を乗せた艦娘を含んだ空母機動部隊』などという生易しいものではない。

 

 もしかすれば、東南アジア連合軍、そして東南アジアに展開する自衛隊の現有戦力と同等、いやそれ以上の戦力を有しているのではないか。

 

 

 司令部内に満たされていた動揺の中に、恐怖の色が混じり始めるまで、さして時間はかからなかった。

 内心どこかで油断していたのだ。

 いくら強大な戦力をもつ謎の集団といっても、所詮は一組織。

 総戦力においては、国家という巨大な枠組み同士が集まって結成された自分達、連合軍には遠く及ばないだろうと。

 自分たちの信じていた優位性がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく感覚。

そしてこの謎の集団、今は深海棲艦を標的しているが、味方であるとも限らないのだ。

 ―――もし、この謎の集団が自分たちに牙を剥いたら。

 

  軍人として恐慌状態に陥る者はいないものの、困惑、不安、恐怖といった、あらゆる負の感情がそれぞれの心の中でゆっくりと鎌首をもたげ始めた。

 

 そしてその負の感情たちが、さらなる混沌を呼び込むべく表に出始めようとした時―――――

 

 

 

 「レジェス大将」

 

 

 

 先ほどまで黙していた東条少将が言葉を発した。

 大声を出すでもなく、声を荒げるのでもない、感情の隆起の全くない、平坦な声。

 この広い作戦司令部では、容易に打ち消されるはずのその声は部屋全体に響き渡り、負の感情に浮き足だった者達の心を、一気に現実へと引き戻した。

 

 一言で作戦司令部内の不協和音を鎮静化させた東条少将。

 レジェス大将は内心感謝しつつ話を始めた。

 

 「何かね?東条少将」

 「もはや『プランJ-a-1』の成功の見込みはもはやありません。『プランJ-d-4』の変更を進言いたします」

 

 作戦の変更を求める東条少将の冷静な言葉に、レジェス大将、そして作戦司令部内にいた東南アジア連合海軍の軍人が大きな反応を示した。

 

  

 

 ジャワ島防衛作戦において東条少将は不測の事態を想定し、複数の計画を用意していた。

 

 

  

 深海棲艦・上陸部隊に対し、ジャワ島に一旦橋頭保を作らせることで、容易に撤退できない状況を作り、夜になると同時に、隠匿していた基地航空隊、東南アジア連合海軍の高速戦闘部隊、ビスマルク率いる第三作戦部隊をもって艦隊を奇襲、撃滅する計画するというのが、『プランJ-a-1』。

 先ほどまで進めていた計画だ。

 

 それに対し東条少将が進言した計画、『プランJ-d-4』は、海上での戦闘を想定した計画だ。

 基地航空隊、第三作戦部隊、艦娘陸戦隊である第五作戦部隊、そして潜水艦隊をもって、深海棲艦・上陸部隊に対し、空、海上、海中から同時に攻撃を仕掛け撃滅するという計画だった。

 

 東条少将は、『プランJ-d-4』を転用することで、撤退している深海棲艦・上陸部隊に対し、追撃を加えようと、進言しているのだ。

 

 もはや深海棲艦・上陸部隊が撤退している以上計画の変更は妥当と言えるだろう。

 

  「………だが、それでは」

 

 

 

  しかし、『プランJ-d-4』の変更するという事は、東南アジア連合海軍の地位を大きく向上させることができる功績が失われてしまうことを意味していた。

 

  『プランJ-d-4』を元にした追撃戦が行われるのは、陸地から遠く離れた地点であるフローレス海。

 沿岸部でしか運用できない東南アジア連合海軍の高速戦闘部隊は、参加する事はできない。

 

 東南アジア連合海軍の部隊が、主力艦隊の一つでもある深海棲艦・上陸部隊を『撃滅』する場面にすら立ち会えない以上、功績は全て海上自衛隊のものとなってしまうのだ。

いくら『撃滅』の後方支援といった活躍を訴えたとしても、誰も東南アジア連合海軍の功績など認めはしないだろう。

 

 東南アジア連合海軍のスポンサーである東南アジア各国政府、ひいては国民たちが求めているのは、戦場を陰から支える後方支援といった『裏方』などではなく、自分たちの命を脅かす憎き深海棲艦を打倒す華々しい『主役』を求めているのだから。

 

 しかしそれと同時に 標的となる深海棲艦・上陸部隊が撤退している時点で、『プランJ-a-1』の成功の見込みがないことも十分理解していた。

 そして東南アジア連合海軍を統べる司令官は、成功の見込みもない作戦にいつまでもすがり付き、決断できないような無能でもなかった。

 

「よかろう。仔細、東条少将に任せる」 

 

レジェス大将は、誰にも聞こえないような細く小さな溜息を洩らすと、これ以上不安が広がらないよう作戦司令部に内に響き渡るような威厳のある声で作戦の変更を告げた。

 

「はっ、了解しました。

 全部隊に伝達、現時刻を持って『プランJ-a-1』は放棄。『プランJ-d-4』へ移行する!

 第5、第8、第9、第11、第13航空基地に所属する爆撃機編隊は準備が整い次第出撃し、α地点上空にて待機。

 第五作戦部隊は、第1航空基地より離陸する輸送機『C-1』に搭乗し、編隊と合流せよ!

 フローレス海周辺に展開中の潜水艦隊は、β地点へ集結!ただし武装は携帯艤装のみ許可する。船体は発見させないよう海底に無音潜航させておけ!

 全部隊が所定の位置に付き次第、敵艦隊を強襲、これを殲滅せよ!」

 

 「「「了解!!!」」」

 

 東条少将の出した命令を各部隊に伝達すべく、途端に慌ただしくなる作戦司令部内。

 その後、細かい指示を出し終えた東条少将、そして橋本少将は、揃ってレジェス大将に頭を下げた。

 

 

 「閣下の面目を潰してしまい、申し訳ありません」

 「不明勢力の戦力を読み切れんかった我々の責任です。言い訳のしようもありません」

 「いや、気にするな。そもそも無理を言ったのは我々の方だ。

 そして我々連合軍が行っていた不明勢力の戦力分析も同様の結論を出していた。そちらだけを責めることなどできはせんよ。しかし……ここまでとはな」

 「U-511と伊8の両名が上陸部隊を発見した時には、それ以外の敵影はなし。一応、各観測所には厳重に警戒するよう伝えてはいますがね。未だに影も形も掴めやしない。いやはや『亡霊部隊』とはよく言ったものですな」 

 

 言葉を切ったレジェス大将に続き、橋本少将が愚痴交じりの言葉を洩らした。

「それで、だ。これからどうする?

 よくよく考えれば、この正体不明の勢力―――ええいまどろっこしい。これからはこの勢力のコードーネームを『亡霊軍隊』とする。が、引き起こした今のこの戦況、非常に業腹ではあるがそれほど悪いわけではない。先ほどはこれ以上動揺が広がらぬよう作戦変更の許可を出したが、このまま作戦を続けるかね?」

 

 レジェス大将は、探るような目線を二人へ向けた。 

 

 そう、『亡霊軍隊』という特大のインパクトによって浮き足立っているものの、レジェス大将が言ったように今のこの戦況は、それほど悪いわけではない。

 確かに当初の計画『プランJ-a-1』はぶち壊され、東南アジア連合海軍の活躍の機会は奪われた。

 しかし作戦目標は計画を遂行する事でも、活躍の機会を得る事でもない。

 あくまで作戦目標は『ジャワ島の防衛』だ。

 このことを考えれば、『亡霊軍隊』の介入によって深海棲艦・上陸部隊と思われる艦隊は壊滅し、撤退。

 こちらは想定を遥かに下回る損害で『ジャワ島の防衛』は成された。

 残るは、タウイタウイ方面に展開している深海棲艦・空母機動部隊のみ。

 これも順当にいけば、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊が仕留めきるだろう。

 このまま何もせず放っておいても『ジャワ島防衛作戦』は人類側の勝利で終わるのだ。

 

 つまり、今この場で取れる選択肢は、作戦を続行、撤退する深海棲艦・上陸部隊を追撃し戦果拡大を狙うか、作戦を中止し、勝利を確定するという2つの選択肢があるのだ。

 

 進むか、退くか。

 『亡霊軍隊』という無視できない不確定要素がある中で、東南アジア連合海軍と作戦を共にする海上自衛隊はどう判断するのか。

 それをレジェス大将は問うているのだ。

 

 レジェス大将の真意を受け取り、お互い目くばせする二人の少将。

 東条少将の目線に対し、橋本少将は軽く頷いた。

 今作戦において橋本少将はタウイタウイ方面で争っている第一作戦部隊と、遊撃隊としてリンガ軍港の沖合に待機している、金剛が旗艦を務める第二作戦部隊を率いてはいるが、あくまで東条少将の応援としてこの場にいる。

 作戦の指揮権は橋本少将に一任されていた。

 

 先ほどの頷きは橋本少将の決定に従うという意思表示だった。

 

 「問題ありません。作戦はこのまま続けます。深海棲艦・上陸部隊は深手を負っているとはいえ主力艦艇の大半は戦闘能力が喪失しただけで沈んではいません。ここで追撃せず逃がすことになれば、それだけ深海棲艦の戦力の再編が容易になり再攻勢までの時間が早まるでしょう。ジャワ島の前線基地化のために少しでも時間がほしい今、作戦を中止させるのは得策であるとは言えません」

 「しかし、我々がそう考え、追撃のために戦力を割く。そのことこそが『亡霊軍隊』の目的である可能性は?」

 「…深海棲艦という戦果を―――餌を用意することで、こちらの戦力分散が狙う、という事で?

 と、なればその狙いは防衛戦力が割かれるジャワ島か、あるいは派遣されてきた追撃部隊そのものという可能性もありますな」

 

 

 一切の迷いなく作戦続行の意思を示す東条少将。それにレジェス大将は作戦を続行する上で、障害となるであろう『亡霊軍隊』がとった行動の最大の疑問点に対する推測を投げかけ、それを橋本少将がその推測を補強した。

 

 そう、深海棲艦・上陸部隊を追い込んだであろう『亡霊軍隊』最大の疑問点、それは攻撃の中途半端さだ。

 深海棲艦の上陸部隊を壊滅的被害を与え、航空基地群を沈黙させておきながら追撃もせず放置している。

 膨大な戦略物資を食い潰しながら目的達成を目指す軍隊であれば、物資を消費しておきながら戦果拡大を狙わないなど到底ありえないことだ。

 ―――だが、もし『亡霊軍隊』の目的が深海棲艦の殲滅ではないとしたら。

 戦果を狙ってこちら側が戦力を分散させる、そのこと自体が目的だとするならばこの不可解な行動にも説明がつく。

 

 「ええ、()()()()()()()()()()()()

 

  二人が示した推測。それを聞かされてもなお、東条少将の答えは変わらなかった。

 

 「分かった、作戦はこのまま続けよう。……すまんな」

 

 全て想定内、対策済みである。そう言わんばかりの東条少将にレジェス大将は作戦の続行を決定すると同時に、小さく礼をいった。

 

 先ほどは司令官として懸念材料を出したが、本音を言えばレジェス大将としては是が非でも作戦を続けこの撤退する深海棲艦・上陸部隊を追撃したかった。

 東条少将が言ったようにジャワ島の前線基地化の時間を稼ぐためにも、少しでも多くの損害を深海棲艦に与えたかったからだ。

 しかし部隊を派遣するのは東南アジア連合海軍ではなく、全て海上自衛隊。

 東南アジア連合海軍がいくら追撃を作戦の続行を求めても、実際に部隊を出し追撃する海上自衛隊が『亡霊軍隊』警戒し作戦を打ち切ってしまえば、部隊を出せない彼らは何も言うことはできないのだ。

 

 作戦続行を押してくれた二人の少将に対する小さな礼。

 それに対し少将たちは目礼することでそれに答えた。

  

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 (来たか、亡霊軍隊)

 

 

 各所に作戦の変更を伝えるため、さらに喧噪が増した作戦司令部内。もはや空調が効いていないのではないかと思われる熱気の中で、東条少将は机に広げられた東南アジア全体の地図を見ながら、『亡霊軍隊』の次なる動きを読み取るべく思考を続けていた。

 

 作戦は全て()()()()に進んでいた。

 

 『亡霊軍隊』の出現によって作戦がぶち壊されてもなお、否、『亡霊軍隊』の出現によって東条少将だけが知る『ジャワ島防衛作戦』の()()()()()が達成できる。

 

 東条少将の立案した『ジャワ島防衛作戦』。表向き、作戦目標は『ジャワ島の防衛』としてはいるが、これは只のフェイク。大規模に軍隊を動かすための口実に過ぎない。

 

 この作戦の本当の目的、それは強大な戦力を持つ謎の集団―――『亡霊軍隊』に対する威力偵察も視野にいれた戦力調査だ。

 東条少将はこの『亡霊軍隊』を他の何よりも、それこそ深海棲艦よりも警戒していた。

 それは『亡霊軍隊』が強大な戦力をもっているという理由ではない。

 彼がもっとも恐れているのは、その全容が明確に掴めないことだ。

 分厚いヴェールに包まれ、その規模も手段も目的も、その全てが不明な亡霊。

 過大評価も過小評価もできない極大の不確定要素。

 作戦を立案する彼にとってその存在は深海棲艦よりも恐ろしく―――目障りだった。

 

 だから今回の作戦を立てた。

 規模、手段、目的、『亡霊軍隊』の手の内を全て暴きだす。そのこと主眼に置いた『ジャワ島防衛作戦』。島の防衛という名目で各戦線に配置した部隊もほとんどが『亡霊軍隊』に対応したものだ。この作戦の中では深海棲艦などオマケにすぎない。

 

 だが、深海棲艦などオマケにすぎないといっても手は抜いてはいない。

 

 そもそも『亡霊軍隊』がいつ現れるかも分からなかったのだ。

 もし深海棲艦が現れなかったとしても、表向きの作戦目標である『ジャワ島の防衛』が達成できるよう、十分配慮をしていた。

 今回の作戦で『亡霊軍隊』現れなければ、そのまま何食わぬ顔で表向きの作戦目標を達成。いくつか条件を変え、『亡霊軍隊』が食いつくような作戦を立案し再度、『亡霊軍隊』待ち構えるつもりでいた。

 長期戦も視野に入れた東条少将の罠。

 

 

 しかし『亡霊軍隊』は深海棲艦・上陸部隊と基地航空隊の壊滅の知らせと共に、この『ジャワ島防衛作戦』に姿を現した。

 つまり『亡霊軍隊』はこの『ジャワ島防衛作戦』で果たすべき目的があって姿を現したという事だ。

 

 

 ならば歓迎しよう。

 

 人類陣営、深海陣営、に『亡霊軍隊』をプレイヤーに加えた、三つ巴の()()

 

 

 『亡霊軍隊』現れなければ、その全てが無意味なものとなり、忘れ去られるはずだった()()()画群は、東条少将の指揮の元、その本来の役割を果たすべく静かに動き出した。  

 

 

  

 




戦況報告
       タウイタウイ方面

          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               交戦状態



       フローレス海方面

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 全航空基地
             
                壊滅

           ダーウィン方面 上陸部隊
  
                撤退中
           






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第25話 差し手と駒

――――旧ジェンティング飛行場 第13航空基地

 

 

 

 「よし!上げてくれー!」

 「時間がないぞ!!!急げ急げ!!!」

 

 ジャワ島奪還作戦にて深海棲艦より奪い返したジェンティング飛行場。

今は第13航空基地と名前を変え、所属も変えた航空基地内はいま、指示や檄が飛び交い、雑多な喧騒に包まれていた。

 広大な飛行場内に響き渡る各隊長の声の元、忙しなく動き回る東南アジア連合軍、自衛隊の軍人や妖精さん達。

 その動きには余裕といったものがなく、何か不測の事態が起きたことが窺知れた。

 

 この混乱の極致ともいいかえてもいいほどの事態の発端。

 それは現在遂行中の『ジャワ島防衛作戦』の作戦計画が急きょ大幅に変更されたことにある。

 

 

 

 

 

 ジャワ島に向け侵攻していたはずの深海棲艦・上陸部隊が、深海棲艦・基地航空隊諸共、第三勢力によりの手により壊滅。

 この異常というべき事態にジャワ島作戦司令部は、当初の作戦計画を放棄。

 撤退する深海棲艦・上陸部隊に追撃を加えるべく、第13航空基地も含むいくつかの基地航空隊に出撃命令を下した。

 

 守勢から攻勢へ。

 従来の作戦計画を真逆をいくような作戦の変更。

 深海棲艦・上陸部隊が撤退している以上、待ち伏せを主体としていた当初の作戦計画を放棄するのは当然であると言えるし、第三勢力の動向が分からないものの、撤退する深海棲艦・上陸部隊に対しさらなる出血を負わせるべく、戦場に素早く展開できる基地航空隊に出撃命令が下るのも、さほど可笑しくはない。

 

 しかし現場の者達からしたら、たまったものではない。

 一応、攻勢のための作戦計画は存在しており、そちらの作戦計画を転用しているため全くの無茶、無謀という訳ではない。

 だが作戦計画の変更という歯車を逆回転させるような行為は、現場に対し多大な負担を強いていた。

 そしてせっかく準備をしたのに、作戦計画の大幅な変更によって無用の長物となってしまった物もまた、存在していた。

 

 

 

 

 

 基地航空隊の出撃命令が下った第十三航空基地。その滑走路横に、ずらりと露天駐機されている一式陸上攻撃機。

 その中で二人の自衛隊員が作業をしていた。

 

  

 「くそっ、亡霊軍隊め!!!俺たちの仕込みを邪魔しやがって!!!」

 「はいはい、愚痴なら後で聞いてやるから……よし全部回収したぞ」

 

 二人の隊員は無駄話をしながらもその動きに無駄はない。

 リールを持った隊員の愚痴を聞きながら、もう一人の隊員は何か四角いものを素早く袋に入れて回収。

 合図を出すともう一人の隊員が四角いものから伸びていたコードの様なものをを素早くリールに巻き取っていく。

 そのコードは機体の外まで伸びているのかそのまま二人の隊員はコードを巻き取りながら、

()()()の機体の中を移動。後部ハッチから脱出を果たした。

 

 「運んでくれー!!!」

 

 外に出ててもなお、続いているコードを巻き取っていく隊員と別れ、袋を持った隊員は、一式陸上攻撃機と牽引車を接続させ、待機していた東南アジア連合軍の作業員に合図を送った。

 

 その合図を受け取った東南アジア連合軍の作業員は一つ頷くと、素早く牽引車に乗り込みエンジンを始動。

 大型の航空機すら簡単に動かせるその馬力で、一式陸上攻撃機を牽引し始めた。

 の、だが。

 

 「運転、荒っ」

 

 苦笑している隊員の言うとおり、一式陸上攻撃機を牽引しているその車の運転は、あまりにも荒かった。

 機体を安全に運べる速度を大幅に超過している上、運転手がきびきびとハンドルを操作するせいで機体が右に左にと大きく振り回されていた。

 これでは牽引というより、引き回しのようだ。

 

 しかしこのような、ともすれば機体を大きく損傷するような運び方をする作業員の姿を見ても、隊員は苦笑するばかりで注意すらしない。

 

 「こっちも終わったぞ」 

 

 その光景を眺めていると、作業を終えたのだろう、先ほど別れた隊員がリールを片手に戻ってきた。

 そして二人そろって飛行場を見渡した。

 そこには不可思議な光景が広がっていた。

 

 

 滑走路横に並べられていた一式陸上攻撃機たちを次々運んでいく牽引車の列。

 その牽引車の列が向かった先は、飛行場の外れにある平原。そこに次々と並べられていく。

 

 いや、並べるというのは語弊がある。

 その機体の置き方に規則性など一切なく乱雑で、機体同士かぶつかっても、ましてや翼やプロペラが破損してもお構いなし。

 もはや打ち捨てるという言葉のほうが正しいだろう。

 

 そうして開けられた滑走路横には、先ほどの荒い運転とは違い、丁寧な運転でどこからか運ばれてきた一式陸上攻撃機がキレイに駐機されていった。

 

 「ああ……。()()()()()()()()()勿体ない……」

 「そうだな」

 

 滑走路横に並んでいた一式陸上攻撃機を撤去し、新たな一式陸上攻撃機を配備しなおすという、あまりにも不可思議な光景が広がる中、次々と打ち捨てられていく一式陸上攻撃機を眺めながら、リールを持った隊員は悲壮感たっぷりに、袋を持った隊員は割とどうでもよさそうに呟いた。

 

 

 ここで打ち捨てられていく機体たちを、一式陸上攻撃機に詳しい者が見れば違和感を感じるだろう。

 確かに全体のシルエットとしては一式陸上攻撃機といえる。

 しかし機体の各所が全く違う。

 まるで模造品を見ているような、違う何かを無理やり一式陸上攻撃機の形に整えたような、そんな違和感を感じることだろう。

 

 その違和感は間違ってはいない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、そもそも航空機ですらない。

 その証拠に、打ち捨てられ機体たちの中身はまったくの空。武装や燃料どころか、エンジンや操縦席すらも存在していなかった。

 これは基地に仕掛けてきた、敵航空隊の目を誤魔化すためのダミー。

 大量に出た航空機の残骸を組み合わせ、形だけは一式陸上攻撃機に見えるよう、陸上自衛隊の施設科と妖精さん達によって作り出された、言ってしまえば原寸大の模型だった。

 

 もちろん模型なので飛ぶわけがない。

 

 当初の作戦計画では、この一式陸上攻撃機だけではなく、建物すらもガワだけ作られた、巨大なジオラマと化した航空基地を深海棲艦・基地航空隊に存分に爆撃させることで、深海陣営に航空戦力を排除したと思わせる計画だった。

 

 しかし計画が変更され、出撃命令が下された今では、出撃を邪魔するガラクタでしかない。

 作業員たちの運び方が荒いのも仕方ないと言える。

 

 

 「だが作ったものが完全に無駄になるのも多少悲しいものがあるよな。まぁ、作戦は変更になったが、この基地が空襲されることはなくなったんだ。元気出せって」

 

 そう言いながら、先ほどまで共に、爆撃時にダミーだと見破られないための演出用の爆弾を撤去していた相棒を励ますべく肩を叩いた。

 

 「ト〇・トラ・トラをも超える爆撃シーンがタダで撮れるはずだったのに……」

 「いや、なにやってんの」

 

 慌ただしく動き回る人の流れの中に、撮影機材を担いだ隊員たちを見かける理由が分かり、あきれた声で呟いた。

 

 

 

 

 

――――1999年9月30日 PM 1:00 フローレス海

 

 

 

 守勢から攻勢へ、計画が大幅に変更された『ジャワ島防衛計画』。

 しかしそれは、現場に多大な負担を掛けながらも、祖国防衛という『愛国精神』に燃える東南アジア連合軍、納期絶対という日本人特有の『社畜精神』溢れる自衛隊の隊員たちの働きにより、迅速に出撃準備が整えられていった。

 

 そして各飛行場から航空隊が次々と離陸し集結。

 撤退する深海棲艦・上陸部隊に対し、さらなる出血を負わせるべく攻撃を開始。

 今ここに、フローレス海を舞台にした戦いが始まった。

 

 

 

 次々と空から襲い掛かる攻撃機の群れ。それに対し、深海棲艦・上陸部隊は対空弾幕を張ることで応戦した。

 青い空に次々と打ちあがり、炸裂する対空砲弾。

 その弾幕を突破するべく突っ込んでいく攻撃機。

 

 海対空。

 

 その構図は、タウイタウイ沖で深海棲艦・空母機動部隊に襲い掛かる戦爆連合と酷似していた。

 しかし。齎される結果は、先の戦いと全く違うものだった。

 

 スカスカの対空弾幕をいとも簡単に突破していく攻撃機たちは、爆弾を投下。

 対空砲弾を打ち上げ抵抗する駆逐艦級に命中させていく。

 それと同時に、攻撃機から放たれた魚雷が海面下より襲い掛かり船体に大穴を開けた。

 次々と爆炎を上げ、海中に没していく深海棲艦の艦艇。

 

 それはあまりに一方的な蹂躙劇だった。

 

 そもそも、全てが戦闘艦で構成されている深海棲艦・空母機動部隊と違い、この艦隊は、陸戦兵力を乗せた、鈍足、紙装甲、貧弱武装と三拍子そろった輸送艦級が大半を占めているのだ。

 本来ならば戦艦棲姫率いる強力な艦隊が輸送艦級の護衛についていたのだが、正体不明の勢力により航空戦力は消失。指揮を執るべき大型艦がほとんどすべて大きなダメージを負い、まともな艦隊規模での対空弾幕も張ることができない今、航空隊の攻撃を防ぎきることは不可能だった。

 

 それでも深海棲艦の艦艇たちは、航空隊の攻撃を凌ぐべく、狂ったように、しかし無秩序に、夥しい対空砲弾を空へと打ち上げていた。

 艦艇に被害を出しながらも撤退していく深海棲艦・上陸部隊。

 

 だが艦隊大半を占める輸送艦級の速度に合わせているために、その艦隊の動きはあまりにも遅く。

 新たに放たれた刺客から、逃れることなど到底できるはずもなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 撤退する深海棲艦・上陸部隊を空から蹂躙する基地航空隊。

 第二次世界大戦時の航空機がほとんどを占めるその中に、一際異彩を放つ2機の航空機がいた。

 

 緑と茶の濃淡の迷彩色に、T字尾翼。機体の高い位置に付けられた主翼からは2基のターボファンエンジンの力強い音が鳴り響き、その大きな機体を前へ前へと推し進めていた。

 

 航空自衛隊が保有する、中型戦術輸送機『C-1改』。

 

 その機体の貨物室。その中に12名の艦娘である少女たちの姿があった。

 

 空調・与圧こそされているものの、人を運ぶ旅客機と違い、居住性が必要最低限にまで抑えられた輸送機内。

 エンジンの騒音と振動が機内にまで伝わり、隣の人との会話すら大きな声で話さなければいけないほどの劣悪な環境の中にあって、壁際に取り付けられた少女たちは一切の声を発してはいなかった。

 だが、エンジンの騒音に混じって聞こえてくる、射撃音や爆発音といった戦場の足音の恐怖に縛られ、声を発することができないといった様子ではなく、むしろ自然体。

 完全にリラックスした状態で腰掛けていた。

 その姿は表面上は歴戦の兵士といった様相を呈しているだろう。

 

 そう、()()()()

 

 

 

 『あ゛あ゛~。せっかくの夜襲が~』

 『……元気出して、川内姉さん』

 

 中型戦術輸送機『C-1改』の貨物室にて、ジャワ島方面軍・第五作戦部隊の旗艦である軽巡洋艦『川内』は、作戦部隊の僚艦であり姉妹艦でもある軽巡洋艦『神通』に愚痴を零していた。

 

 艦娘だけが使う事の出来る、テレパシーの様な、離れた相手と自由に会話することができる『相互通信』。この能力を用いこの騒音まみれの環境の中でも、二人は自由に会話することができていた。

 

 いや、この二人だけではない。ここにいる艦娘の全員が好き勝手に『相互通信』を繋げあい、おしゃべりに興じていた。世界的な電波障害のせいで、短距離通信ですら難儀するこの時代。非常に有用な能力であるみなされている『相互通信』も、今この場においては、便利なおしゃべりツールでしかないという事なのだろう。

 しかも相互通信の能力を使用しているかは、外見からだけではわからないため、たちが悪い。

  第五作戦部隊の艦娘も、表向きはキリリとした表情を整え、川内も神通との相互通信で、だらけきった会話をしていても、表面上は作戦部隊の旗艦にふさわしい歴戦の兵士のような雰囲気を醸し出していた。

 

 『ああもう!!!夜戦の担当も、ビスマルクの所の艦隊に取られ!涙を呑んで夜襲で我慢しようとしたら作戦中止!あげくの果てにこんな昼間から強襲作戦!

 これはもう、作戦が終わったら東条提督に夜這いを仕掛けてでも夜戦の許可をもらわないと――――』

 『ちょっ、ちょっと待って、川内姉さん……!姉さんが第五作戦部隊に回されたのは、陸戦隊の指揮能力を見込んでのことだし、作戦が中止になって強襲作戦に切り替わったのも、東条提督のせいじゃないから……!』

 

 何としても姉の夜這い(夜中じゅう騒ぎ立てての睡眠妨害)から東条提督を守るべく必死にフォローを入れる神通。その甲斐あって何とか夜這いをやめさせることには成功した。

 

 『でも、珍しいですね』

 『何が?』

 『東条提督が、ここまで戦局をコントロールできないなんて。それだけ『亡霊軍隊』が強大な勢力という事なのでしょうか……?』

 

 東条少将が立案した『ジャワ島防衛作戦』。しかし神通の言うとおり、その作戦は今現在、『亡霊軍隊』の出現により、大きくかき乱された状態にある。なんとか計画を変更し食らいついているのの、その対応は後手に回っているように見え、とても戦局をコントロールしているとは神通には思えなかった。

 

 『まぁ、戦艦棲姫が率いる、深海棲艦の上陸部隊を、航空基地ごと叩き潰すんだから『亡霊軍隊』強大な勢力という考え()、間違ってないんじゃない?』

 『「強大な勢力という考え()」?それ以外にも何かあるの?姉さん』

 『さてさて……』

 

 含みのある言い方に、神通は問いかけるも、川内は適当にはぐらかした。

 答える気がないのが分かったのか追及を諦める神通を尻目に、川内はその思考を内側に沈めていく。

 

 (一体、我らが提督殿にとって、どこまでが()()()なんだか)

 

 『亡霊軍隊』により大きく乱された戦局。だが無秩序に見えてその方向は、一定の方向を向いている。

 ジャワ島での遊撃戦力として、控えていた第五作戦部隊には島内を迅速に移動する手段として、輸送ヘリが配備されていたものの、今、彼女達が乗っている輸送機は配備されてはいなかった。

 いや、そもそも今回の作戦の戦力欄に輸送機の名前は載ってはいなかった。

 しかし、彼女達が向かうように指示された第1航空基地に着いてみれば、そこには発進準備を整えた二機の輸送機『C-1改』の姿が。

 聞けば、作戦開始の三日前に、()()別の任務で訪れていたらしい。

 しかもどこかで、伝達ミスがあったのか、その任務自体は()()だったそうだ。

 任務は空振り、しかし重要な作戦前で何もせずに帰るのは憚られるため、急きょ、予備戦力として組み込まれたそうだ。

 そして()()作戦が変更され、日の目を見ることができたらしい。

 

 今も機体の側面についている小さな窓から下界を覗き見れば、基地航空隊が、深海棲艦・上陸部隊に対して猛追を加えていた。

 機体の数を見る限り、命令が下された航空基地は、その全てが命令通り、航空隊を派遣することができたようだ。()()()()()()()

 

 まるでゲームのように困難に対しての打開策が降って湧いてくるような。

 まるで見えない何かの力が働いているように。

 偶然に助けられ。

 作戦の変更により現場に負担を強いているものの、決して不可能ではなく。

 『亡霊軍隊』という脅威に対して、迅速に対処していた。

 まるで、()()()()()()()()()()()()

 

 おそらくこの絵を描いたのは、彼女たちの上司である東条少将だろう。

 この戦局は彼にとっては想定内。いや、それどころかこの『亡霊軍隊』出現こそが、東条少将にとって計画通りかもしれない、と川内は思っていた。

 

 もちろん証拠などない。もしそうだとしても東条少将がそのようなものを残すはずはない。

 これはただの勘。

 ただの一兵士の、一艦娘の勘に過ぎない。

 だが、川内は半ば確信していた。

 

 

 

 

 

 この戦争は、未だ、彼の手のひらから出てはいない

 

 

 

 

 

 (まあ、()()()()()()()()())

 

 しかし、川内はその勘を――――ある意味、東条少将の本当の目的に一番近づいた――――その思考を簡単に切って捨てた。

 先ほど、神通に対してこの考えを言わなかった理由は二つある。

 

 一つ目は、証拠がないから。

 わざわざ、証拠のないことを話して疑念を広げる必要もない。

 

 二つ目は、本当にどうでもいいこと、だからだ。

 仮に先ほどの勘が本当だったとして、仮に真の目的を隠していたとして、()()()()()という話だ。

 

 自分たちは一兵士、一艦娘にすぎない。

 たかが、戦場の一駒にすぎない自分たちが、すべての計画を把握しておく必要などない。

 

 差し手の指示通りに動き、戦う。

 

 もちろん、差し手がボンクラならば、それ相応の対処をしなければならないが、その点については心配はいらない。

 東条少将は『勝てる』差し手だ。

 

 ならば()()()()()()()

 勝つことができるならば、その他のことなど、どうでもいいことだ。

 たとえ、この作戦自体に大きな陰謀を描いたとしても、勝利というペンキでくまなく塗り潰してしまえば、何も見えやしないのだから。

 

 

 『あーあ、こちら第五作戦部隊・旗艦『川内』~。そっちの準備は完了してる?』

 『こちら第五作戦部隊・第三艦隊、問題ないぜ』

 『第四艦隊も問題ないわぁ』

 

 先ほどの思考をあっさり切り替えた川内は、別の輸送機に分乗している、第五作戦部隊・第三艦隊旗艦の『天龍』、第四艦隊旗艦と『龍田』と相互通信を開いた。

 

 『一応、分かっていると思うけど作戦の確認をするね。私達、第五作戦部隊は降下後、第一第二艦隊と第三第四艦隊に分かれ、両翼から深海棲艦・上陸部隊を強襲!基地航空隊、潜水艦隊と共同して、しつこく対空砲を打ち上げてる護衛艦隊共を無力化していくわよ!ただ引き際は間違えないでね、怖い怖い『亡霊』たちに取りつかれるかもしれないから!』

 『了解!了解!わかってるって!』

 『もぅ天龍ちゃんったら♪私の方も了解よぉ』

 「降下、六分前です!」

 

 天龍、龍田との相互通信を終了した丁度その時、後部扉の前にいた隊員の声が聞きこえた。その声を聞いた川内は、隣にいる神通と軽く頷き合うと、共に立ち上がった。

 

 「それじゃあ、いきますか!第五作戦部隊・第一艦隊、出撃準備!」

 「第五作戦部隊・第二艦隊。各艦、出撃準備……行きましょう!」

 「「「はい!」」」

 

 相互通信ではなく声での掛け声を発したことにより、外見だけではなく、内面も兵士のソレに置き換わっていく。そして一斉に立ち上がった少女たちには、いつの間にか携帯艤装が装備されていた。

 準備が整ったことを確認した隊員は、ついに後部扉を開け放った。

 

 開け放たれたと同時に吹き込んだ突風は、抜け穴を見つけたかのごとく、先ほどまで適度に与圧されていた貨物室に一気に舞い込んだ。

 貨物室の中に舞い込んでくる突風に、先ほどまで十分うるさかったのに、何倍も拡大され、風切り音まで追加されたエンジンの騒音に振動。

 そして。

 先ほどまで聴覚でしか感じられなかった、戦場が、大きく開け放たれた後部扉から顔をのぞかせた。

 視覚と、聴覚、風に乗って微かに臭う硝煙が、嗅覚を通してダイレクトに戦場の恐怖を伝えるも、彼女達は一切動じなかった。

 

  ≪コンボイ一番機 コース良し コース良し 用意!用意!用意!降下!降下!降下!≫

 「いやっほぅ!!!」

 

 それどころか、楽しげに声を上げる川内を筆頭に、一切の恐怖心を感じさせず、次々とはるか上空を飛ぶ輸送機から飛び降りていった。

 遠くに見える輸送機からも降下していく、おそらく第五作戦部隊の第三艦隊、第四艦隊の面々であろう小さな人影が見えた。

 轟々と全身に叩きつける風を身で切りつつ、降下していく第五作戦部隊の面々。

 その背には、携帯艤装だけが装着されており、パラシュートといった類の者は装着されていない。

 ただの人間ならばそのまま海面に叩きつけられ小規模な水柱を作るだけに終わるが、彼女らは違う。

 彼女達は、第二次世界大戦時の艦艇の魂を持つ艦娘。

 生身で戦車の砲撃に耐えれる防御力、そして凶悪な戦闘能力を持つ艦娘だ。

 上空でゆっくりと漂い、対空砲の的になるだけのパラシュートなど、彼女達には邪魔になる存在でしかない。

 

 海面に着水したことで次々に立ち上がる、大きな水柱。その自らが作り出した水柱を切り裂きながら、無傷の艦娘達が姿を現した。

 移動しながら、しだいに合流していく艦娘達。そして五分もしないうちに第五作戦部隊の第一艦隊、第二艦隊の全員が集結し、突撃準備を整えた。

 

 「さぁ、第一艦隊、仕掛けるよ!」

 「第二艦隊……突撃します、私に続いて!」

 

 そして空挺降下により素早く戦場に展開した、第五作戦部隊は、二つの艦隊には分かれ、深海棲艦・上陸部隊の両翼より強襲すべく、戦場と化したフローレス海へと進撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

   臨時作戦 作戦名『フローレス海海戦』

 

 

 作戦内容『ジャワ島へと進撃していた深海棲艦・上陸部隊が、フローレス海域にて、正体不明の勢力の手により壊滅。撤退に追い込まれた。第五作戦部隊は空挺降下を実施し、同海域に展開。同じく同海域に展開した、基地航空隊、潜水艦隊と共に、撤退する深海棲艦・上陸部隊を強襲!追撃せよ!

 なお、作戦行動中に、正体不明の戦力が攻撃を仕掛けてくる可能性がある。引き際を見誤るな!』

 

 

 

編成:第五作戦部隊:旗艦 軽巡 川内

     第一艦隊:旗艦 軽巡 川内

             駆逐 松風

             駆逐 旗風

             駆逐 水無月

             駆逐 文月

             駆逐 卯月

 

 

     第二艦隊:旗艦:軽巡 神通

             駆逐 追風

             駆逐 疾風

             駆逐 朝凪

             駆逐 夕凪

             駆逐 夕月

 

 

     第三艦隊:旗艦 軽巡 天龍

             駆逐 神風

             駆逐 睦月

             駆逐 皐月

             駆逐 菊月

             駆逐 望月

 

 

     第四艦隊:旗艦:軽巡 龍田

             駆逐 春風

             駆逐 如月

             駆逐 長月

             駆逐 三日月

             駆逐 弥生

 

 

 

編成:潜水艦隊      潜水艦 U-511         

             潜水艦 伊8

             潜水艦 伊13

             潜水艦 伊14

             潜水艦 伊19

             潜水艦 伊58

             潜水艦 伊168

 






 戦況報告
        タウイタウイ方面

          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               交戦状態



        フローレス海方面
          
          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第五作戦部隊
           タウイタウイ方面軍 基地航空隊
                     潜水艦隊

          深海陣営
           ダーウィン方面 上陸部隊


               交戦開始
     

          


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第26話 奇妙な戦場

――――1999年9月30日 PM 1:00 ジャワ島沖 とある島の入り江

 

  

 

     上手くいかない

 

 

 『――――という訳で、今現在『ジャワ島防衛作戦』は『プランJ-a-1』を放棄し『プランJ-d-4』へと移行しているわ。

今はちょうど基地航空隊と潜水艦隊、そして空挺降下を実施した『第五作戦部隊』が撤退する深海棲艦・上陸部隊を追撃しているはずよ』

 『え?『プランJ-d-4』は海上での戦闘を想定した計画ですよね。

 たしか私達、『第三作戦部隊』も編成に組み込まれていたはずですが?』

 『ええ、本来ならね。ただ、今、上陸部隊との主戦場となっている場所は、ここから距離のあるフローレス海。

 空挺降下するならともかく、実艦を伴った私達、第三作戦部隊の足では到底、戦いには間に合わないわ。

それに正体不明の勢力…じゃなくて『幽霊軍隊』が、ジャワ島に仕掛けてくる可能性も考慮して、私達には予備戦力として、作戦司令部から現状待機の命令が下っているわ』

 『そういう事であれば。了解いたしました』

 

 ビスマルクから()()()()説明を聞いた、第五作戦部隊の重巡洋艦『妙高』は納得した様子で引き下がった。

 

 『他の皆も、現状は待機命令が出ているけれど、いつ出撃命令が出ても大丈夫なよう、準備だけは整えておいて』

 『『『了解!』』』

 

 船体を隠すために、広範囲に散らばっている第五作戦部隊の面々に現在の状況と、作戦司令部の命令を伝え終え、相互通信を切ったビスマルクは、重苦しい気分を変えるべく、薄暗い艦橋から甲板へと向かう通路を歩きながら、小さな溜息をついた。

 

 

 『亡霊軍隊』の出現。

 

 深海棲艦・上陸部隊壊滅の知らせと共に、届いたこの知らせにより『ジャワ島防衛作戦』の作戦計画は当初の計画から大きく変えられた。

 

 そして当初の作戦計画では、深海棲艦・上陸部隊に対する攻撃の要であったはずの、ビスマルク率いる第三作戦部隊、そして東南アジア連合海軍の、ミサイル艇、高速戦闘艇で構成された攻撃部隊は、完全に蚊帳の外へと、追いやられていた。

 現に、艦橋から甲板に出て見渡してみれば、ビスマルクの巨大な船体が停泊している三日月型の入り江には、ビスマルク以外にも、数隻のミサイル艇、そしてその乗組員であろう、東南アジア連合海軍の兵士の姿が見て取れた。

 

 その表情は一様に暗い。

 

 まあ、その気持ちも分からないでもなかった。

 先ほどまで、深海棲艦・上陸部隊との戦闘に闘志を燃やしていたにもかかわらず、その機会が失われてしまったのだ。

 今回の海戦に並々ならなぬ思いを込めていた東南アジア連合海軍の兵士にしてみれば、今のこの現状はまさに最悪の一言につきるだろう。

 停泊する艦艇を空から発見されないよう、この入り江全体を覆い隠すように施された擬装により、日の光が抑えられ、薄暗くなっている入り江内では、連合海軍の兵士たちの出す、負のオーラとの相乗効果で、まるで墓場の様な、おどろおどろしい雰囲気が形作られていた。

  

 

 「はぁ、本当に、もう……」

 

 重苦しい気分を変えるべく、外に出てきたにもかかわらず、気分転換どころか、この重苦しい雰囲気により、逆にダメージを負う羽目なったビスマルクは、こめかみを抑えながら、このままならない現状にぼやいた。

 

 だが、ぼやいた所で何かが変わるわけでもない。

 そう考えたビスマルクは、この待機時間を利用し、頭を悩ませている、()()()()()に対する解決の糸口を少しでも見つけようと、相互通信で二人のメンバーを呼び出した。

 

 『プリンツ、グラーフ。ちょっといいかしら?』

 『はいお姉様!どうされました?』

 『……む?どうしたビスマルク?』

 『ちょっと第五作戦部隊の配置について、相談に乗ってもらいたいのだけれど―――』

 

 そう持ちかけると、素直に応じた二人。

 表向き、相互通信で相談を持ちかけ、ビスマルクは第五作戦部隊の僚艦である重巡洋艦『プリンツ・オイゲン』、航空母艦『グラーフ・ツェペリン』の様子を会話の様子を注意深く観察していた。

 

 『うーん、今の第五作戦部隊の配置は、深海棲艦・上陸部隊に発見されないよう、広範囲に分散した艦隊配置になっていますからね。出撃命令が下ってから集結していては、時間がかかりすぎますか。

 でもジャワ島に対する予備戦力という事も考えれば、早々にこの隠匿された陣地から出ていくのも、惜しい気がしますね……。グラーフさんはどう思いますか?』

 『ッ!!!あ、あぁ、そうだな――――』

 (やっぱり……)

 

 話を振ったプリンツに対し、グラーフが見せた微かな動揺。それを確認したビスマルクは、内心深いため息をついた。

 

 今、第三作戦部隊、というより仲間内で起きているとある問題。

 それは、この二人。

 

 ビスマルクと同じ、ドイツで生まれた艦艇であり、信頼できる仲間でもある、プリンツ・オイゲンとグラーフ・フェペリンの不仲だ。  

 

それまでは、二人の仲は、ビスマルクの主観が入るが、それほど悪くなかったと思う。

 しかし、ある時。そう、『ジャワ島防衛作戦』が正式に決まった辺りで、二人の仲は急激に悪化した。

 しかも、二人ともそり合わないとか、気に入らないことがあったなどで、喧嘩をしているといった様子ではない。

 

 グラーフが、プリンツに対し、()()()()()()()()()距離を取っていた。

 

 そしてプリンツは、そのグラーフの行動に対し、気が付いていないはずがないにもかかわらず、全く気にしていないかのように、いつも通りの自然体でいることが、その違和感を増長させていた。

 

 (何かがあったのは、確かだと思うんだけど)

 

 仲間内の、しかも同郷の仲間の不仲とあっては、東条少将から、リンガ軍港に所属する艦娘の総括を任されている秘書艦としても、二人の友としても、ビスマルクが動かない訳にはいかなかった。

 そして、この問題を解決するべく、取り組んで来たビスマルクだが、未だに二人が不仲になった原因さえつかめてはいない。

 二人の不仲が、艦隊内の輪を乱すほどであれば、強権を用いて探ることができたのだが、演習でも表面上は円滑に、過不足なく協力し合っているために、そこまで強く介入することもできず。

 

 それとなく二人から、聞き出そうと試みるも、プリンツからはド直球にとぼけられ、グラーフからは露骨に話題をそらされた。

 

 ならば原因の方を探ろうと、同じく同郷の友でもあるU-511にも相談して、二人がそうなった原因を考えてみたものの、ビスマルクも、U-511も―――

 

 ―――もう!全く分からないわ

 ―――私も心当たりはない……、かな?

 

 ――――()()()()()()()()()()()()

 

 

 まさに八方ふさがり。

 いっそ時間が解決してくれないかと、願ってみたものの、今の様子を見るに二人の関係は、不仲という位置から、特に変わってはいなかった。

 

 『――――そうね、じゃあ、現状はこのまま待機ということでいいかしら?』

 『それでいいと思います!お姉様!』

 『私も同感だ』 

 

 

 結局、会議としては、そこそこ実りある。

 しかし問題解決という意味では、全く成果のなかった通信を終え、ビスマルクは、深い深い大きなため息をつき、天を仰いだ。

 

 蚊帳の外の自分たちに、仲間内での不協和音。士気の落ちた友軍に、好き勝手に暴れ回る『亡霊』ども。

 

 「はぁ、本当に……」

 

 

 

  

     上手くいかない

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

――――同時刻 フローレス海

 

 

  

 中型戦術輸送機『C-1改』から空挺降下を実施し、迅速にフローレス海に展開した『第五作戦部隊』は、二つに分かれ、東へ撤退する深海棲艦・上陸部隊の両翼から、強襲攻撃を仕掛けた。

 

 「さぁ、第一艦隊、仕掛けるよ!」

 「第二艦隊……私に続いて!」

 

 川内、神通の指揮の元、深海棲艦・上陸部隊の右翼を強襲する第五作戦部隊の第一艦隊、第二艦隊の艦娘達は、携帯艤装を展開。

 携帯艤装の力により、青々とした海面をまるで滑るように移動しながら、上陸部隊との距離を詰めていく。

 本来なら3000トンを超える船体を30ノット以上の速度を出せる彼女達の実艦。

 その主機のエネルギーは、携帯艤装の効果により、半減してもなお、彼女達に有り余るほどの力を与え、その速度は、40ノットを優に越えていた。

 

 『10時の方向の駆逐艦級を狙うわよ!神通!』

 『ええ!』

 

 その快速をもって深海棲艦・上陸部隊の側面へと接敵した第一艦隊と第二艦隊。

 川内の指示に頷いた神通は、第二艦隊を率いて第一艦隊から離れていく。

 

 『突っ込むよ!』

 『『『了解!』』』

 

 そのことを確認した川内は、第一艦隊を率いて、北西方向にて航空機に向け、対空砲弾を打ち上げる駆逐艦級に向け、最大船速で突っ込んでいった。

 

 次第に、接近する両者。

 

 丁度その時、第一艦隊の接近に気が付いた駆逐艦級が、空へ向けていた主砲を全てこちらに向けた。

 その直後、発砲。

 

 『回避ー!』

 

 次々と、第一艦隊の周囲に次々と着弾する砲弾。その砲弾が作り出す水柱の間をすり抜けながらもなお、ひたすら駆逐艦級に向けて、前進していく。

 

 (まだ駄目。もう少し近づかないと)

 

 この距離から発砲しても、実艦に比べ、射程、威力ともに半減している携帯艤装では、駆逐艦級に大した損害を与えることはできない。まだ距離を詰めなければ。

 

 そう考える川内の指揮のもと、第一艦隊は、砲弾の雨が降りそそぐ中、駆逐艦級へと向けて決死の進軍を続けていく。

 しかし、その進軍は決死ではあっても、無謀ではなかった。

 

 そもそもが、人型程度の大きさしかない、しかも高速戦闘艇以上の速度で動き回る艦娘だ。

 それだけでも十分梃子摺る内容なのに、しかもその回避能力は船体ではなく人型である以上、一切の制限に縛られず機敏であり、携帯艤装を展開しているために、砲弾の破片程度では傷つかず、砲弾の直撃でもなければ戦闘不能に追い込めないほどの、装甲を備えているのだ。

 

 深海棲艦からしたら、これほどに鬱陶しい敵はいないだろう。

 

 砲弾の豪雨の中を、すり抜けながら、距離を詰める第一艦隊。

 その距離は、今や、駆逐艦級の機銃が届く範囲内ま近づいてきていた。

 

 これ以上の接近を防ぐため、主砲の砲撃に加え、機銃による弾幕を張るべく、その船体に取り付けられた無数の銃口を第一艦隊へと向ける駆逐艦級。

 

 しかしその銃口から、大量の弾丸をばら撒くよりわずかに早く――――

 

 『来た!砲撃戦よーい、てー!』

 『あっは!行くよ!』

 『当たって、お願い!』

 『よし、いっけぇー!』

 『これでもくらえ~!』

 『撃ぅてぇ~、撃ぅ~てぇ~い!』

 

 駆逐艦級を有効射程に収めた、第一艦隊の主砲が火を噴いた。

 先ほどまで、一方的に攻撃されていた鬱憤を、晴らすかのごとく次々と砲弾を撃ち込む第一艦隊。

 その攻撃により、攻撃を仕掛けられた駆逐艦級の右舷側が、爆発と共に激しく燃え上がった。

 

 しかし第一艦隊の砲撃により、右舷側の機銃群は叩き潰されたものの、装甲の施された主砲はいまだ健在。

 駆逐艦級は、全主砲を十全に使うべく艦艇の右舷側を向け、第一艦隊は、駆逐艦級の正面、斜め左方向から突っ込むように進路を取り、さらに距離を詰めつつ熾烈な砲撃戦を続けてく。

 そして駆逐艦級が、第一艦隊に主砲の狙いを定め、再度砲弾を撃ち込もうとしたその瞬間――――

 

 艦艇の左舷、第一艦隊に面していないはずの駆逐艦級の左舷側で、次々と爆炎が咲き乱れ、機銃群が吹き飛んだ。

 

 『第一艦隊の攻撃に、注視しすぎましたね』

 『でかした神通!合わせるよ!第一艦隊、突撃よーい!』

 『ええ!第二艦隊、各艦、突撃用意…行きましょう!』

 

 第一艦隊と別れ、大きく迂回するように、駆逐艦級の反対側へと回り込んだ、神通率いる第二艦隊の攻撃により戦局は一気に艦娘側へと傾いた。

 

 ちょうど第一艦隊と第二艦隊から、両舷を攻撃される形に追い込まれた駆逐艦級。

 第一艦隊、第二艦隊ともに無視できない火力を有しているため、これ以上近づけさせる訳にはいかないのだが、副兵装である機銃は、両舷共に壊滅。

 残るは、主兵装である主砲なのだが、第一艦隊、第二艦隊を迎撃するため、両舷に主砲を向けたため、投射火力は半減してしまっていた。

 

 駆逐艦級の砲弾の雨が弱まったことで、好機と見た第一艦隊、第二艦隊は、回避を必要最低限に留め、最短ルートを選びながら、駆逐艦級との距離を詰めた。

 

 そして駆逐艦級の斜め正面から砲撃を加えていた第一艦隊、第二艦隊の距離は次第に縮まり、いつしか零に。

 駆逐艦級の真正面で合流した両艦隊は、最後の突撃を敢行した。

 

 駆逐艦級の真正面に展開したことによって、駆逐艦級が使用できる主砲は、正面の主砲のみ。投射火力がさらに制限された。

 しかも両者が共に近づいていくことになる反航戦。

 駆逐艦級と両艦隊の距離は、先ほどの比ではないほどに早く縮まり、正面の主砲を数発撃った所で、駆逐艦級の構造上、主砲の仰角が取れない至近距離まで接近を許してしまった。

 

 副兵装が事前に潰されていた以上、ここまで張り付かれてまっては、もはや駆逐艦級には、打つ手はなかった。

 

 駆逐艦級の懐へと、入り込むことに成功した両艦隊は、再度、艦隊を二つに分け、駆逐艦級の両舷に展開、

駆逐艦級を完全に挟み込んだ。

 

 もう少し近づけば、駆逐艦級の船体に触れることができそうなほどの、至近距離。

 ここまで接近してしまえば、いくら主砲に装甲が施されていようが関係ない。携帯艤装の主砲で粉砕できる。

 

 駆逐艦級の両舷を挟み込むように展開した、第一艦隊、第二艦隊の艦娘達は、その全ての主砲を駆逐艦級へと向けた。

 そして駆逐艦級と第一艦隊、第二艦隊がすれ違うその瞬間――――

 

 『よーい、撃てー!』

 『撃ちます!』

 

 第一艦隊、第二艦隊の主砲が一斉に火を噴いた。

 

 駆逐艦級に向けて、放たれる交差射撃。いや、交差砲撃。

 第一艦隊、第二艦隊の艦娘、合わせて十二名から至近距離で放たれる砲弾が、両舷から殺到。

 装甲の施されていた、駆逐艦級の正面主砲を貫き、粉砕した。

 

 それだけでは終わらない。

 

 反航戦。真逆に進む、両者の進行方向に従って、射線が移動。それにともない、正面主砲を粉砕した破壊の嵐が駆逐艦級の船体の上を、移動し始めた。

 

 艦橋が、マストが、レーダーが、後部主砲が。

 第一艦隊、第二艦隊の砲撃により、爆炎と共に跡形もなく吹き飛んでいく。

 

 時間にして十秒にも満たない両者の交差。

 

 しかしそのわずかな時間で。第一艦隊、第二艦隊が、駆逐艦級の船首から、船尾へと抜ける頃には、駆逐艦級の上部構造物は、夥しい砲弾の雨に晒され、その全てが瓦礫の山へと姿を変えた。

 完全なまでの戦闘能力の消失。

 上部構造物と共に全ての武装が破壊しつくされた駆逐艦級には、もはや攻撃手段など残されてはいない。

 だが、作戦司令部から護衛艦艇の『無力化』の命令を受けている第五作戦部隊には、一切の容赦はなかった。

 

 「そぉら、オマケよ!」

 

 艦尾から、第一艦隊、第二艦隊が、駆け抜ける直前、川内は携帯艤装から駆逐艦級の艦尾に射線を合わせ、何かを射出した。

 その何かは、パシュッと気の抜けた音と共に海面に着水。駆逐艦級から離れていく第一艦隊、第二艦隊とは、逆方向。駆逐艦級の船尾に向け、独りでに動き出した。

 その何かの速度は、駆逐艦級よりも早く、あげく至近距離で放たれたため、あっという間に追いつき右側のスクリューに接触。

 その直後――――

 

 ドンッという海面を這うような振動と共に駆逐艦級の艦尾が炸裂。巨大な水柱を打ち上げた。

 

 

 九三式酸素魚雷。

 極限まで炸薬量を増やした、当時の水雷戦隊の決戦兵器ともいえる魚雷は、携帯艤装の影響を物ともせず、その凶悪なまでの破壊力を発揮。

 駆逐艦級のスクリューを吹っ飛ばし、舵を叩き割り、シャフトを捻じ曲げた。

 これにより、駆逐艦級の機動能力も完全に奪い取られた。

 

 攻撃能力を失い、機動能力も失ったことにより、完膚なきまで『無力化』された駆逐艦級。

 

 もはや、海面を漂う事しかできない哀れな姿と横目で見ながらも。指示通りに無力化したにもかかわらず、川内の表情に喜色の色はなく、むしろ不満げな呟きを洩らした。

 

 「たかが駆逐艦級一隻に、軽巡二名と駆逐十名を動員して、無力化どまりとはね。

 まぁ、携帯艤装の武装程度じゃ、程度が限界か~」

 

 実艦を使えれば、容易に撃破できるものを。そんな言葉を言外に匂わせながら、川内は次の目標を指示。

 

 その指示に従い第一艦隊、第二艦隊は、無力化された駆逐艦級を顧みることなく、次なる獲物に向けて進軍を開始した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「これにて、終了ってね!」

 「これで……終わりです!」 

 

 川内、神通の声と共に、艦の足を折られ、身動きの取れなくなった駆逐艦級の上部構造物に砲撃が殺到。

 なけなしの武装を駆使し、悪あがきの抵抗を続けていた駆逐艦級に止めが刺された。

 

 『ふう、第一艦隊総員、被害報告』

 『松風、損害なし。まだまだ行けるさ!』 

 『旗風、装甲に亀裂。ですが戦闘に支障ありません』

 『水無月、問題ないよっ!』

 『文月も大丈夫~』

 『うーちゃんも問題ないぴょん♪』

 『了ー解!第二艦隊は、どう?』

 『朝凪さんが、至近弾を受け小破……ですが戦闘継続に問題ありません』

 

 また新たに無力化した駆逐艦級の傍を離れながら、川内は第一艦隊、第二艦隊の被害状況を素早く確認していた。

 

 最初の強襲よりそこに漂っている駆逐艦級を合わせて、三隻の駆逐艦級を無力化した今現在、第一艦隊、第二艦隊共に、多少の被害は出ているものの、戦闘継続に問題はなし。

 弾の方も、無理して沈めず、効率的に重要な部分に攻撃を集中させて、無力化しているため、まだまだ残弾には余裕があった。

 

 『じゃあ次は――――うげ』

 

 次の目標の指示を出そうとした川内が、うめき声を上げたと同時に、第一艦隊、第二艦隊の周辺にいくつもの水柱が立ち上がった。

 敵の砲撃。まだ狙いを定めきれていないのか、着弾地点を示す水柱は広範囲に散らばっているが、直に修正し、狙いを定めてくる。

 川内、神通の指揮の元、第一艦隊、第二艦隊は、すぐさま陣形を整え、回避行動をとり始めた。

 

 

 『観測機より連絡。駆逐艦級三隻が当海域に接近中。少々暴れすぎたかな』 

 

 フローレス海上空を飛んでいる基地航空隊の観測機より、一足早く報告を受けた川内の見つめる先――――

 

 そこには三隻の駆逐艦級が戦隊を組み、海面を切り裂きながらこちらに進路を取り、接近してきていた。

 先ほどの砲撃も、この駆逐艦級が撃っただろう。

 三隻全ての正面主砲が、第一艦隊、第二艦隊に照準を合わせている。完全に狙われていた。

 その目的は間違いなく、次々と駆逐艦級を無力化していく自分達の艦隊の排除だ。

 それを証明するかのように再度、三隻の駆逐艦級の主砲が火を噴き、移動する両艦隊の周囲に水柱が立ち上がった。

 

 『どうします川内姉さん?』

 『さてさて、どうしようかねー』

 

 自艦隊の回避行動を指揮しながら問いかける神通に対し、川内はどうするかを考えていた。

 

 向かってくる駆逐艦級は三隻。

いままで無力化した駆逐艦級も三隻ではあるものの、単艦でいた所を強襲し、各個撃破した駆逐艦級らと比べ、こちらを明確に狙い、陣形を組んで攻撃を仕掛けてくる駆逐艦級の戦隊とでは、撃破の難易度は格段に違う。

 

 しかし先ほどまでと比べて、難易度は格段に違うというだけで、打つ手はないわけではない。

 火力面ではあちらに軍配が上がるものの、速力の面ではこちらが上。

 しかも数の面では、かなりの差をつけている。

 艦隊を細分化し、数と速力で駆逐艦級の戦隊を翻弄しながら、少しづつ戦闘能力を削りとってもいい。

 

 いっそのこと目の前の駆逐艦級の戦隊を無視して、次の獲物を探すという手段もある。

 なにせ、向こうは上陸部隊の艦艇を守るために、どうしてもこちらを排除しなければならないが、こちらは、護衛艦艇の無力化が目的だ。

 あいつらを速力で引き離し、狙いやすい駆逐艦級を狙っても何の問題もないのだ。

 まあこの場合、常にあの戦隊に追われることになる事と、強襲中に挟み撃ちにあう可能性もあるが。

 いずれにせよ、こちらにはあの駆逐艦級の戦隊をどうしても今、排除しなければならない理由はない。

 主導権はこちらが持っていた。

 

 『……今無視しても、あの戦隊がこっちに来た以上、上陸部隊にも警戒されてるだろうから、さっきみたいな強襲は望めそうにないしねぇ。挟撃される可能性もある。よし!あいつらを先に仕留め――――?』

 『どうしたの、川内姉さん?』

 

 不自然な形で言葉を止めたことに、疑問の言葉を投げかけた神通。

 

 『……あの戦隊は、無視していこうか』

 

 そしてなぜか苦笑する川内の口から出た言葉は、先ほどとは全く正反対の言葉だった。

 さっきとは百八十度違う方針の転換。

 さらなる疑問の言葉を投げかけようとした神通の言葉を手で制しながら、川内は端的にその理由を告げた。

 

 

 

 『誰だって、狙った獲物は誰にも取られたくないってことだねぇ』

 『狙った獲物?……ああ、そういうことですか』

 

 

 その言葉で、全ての理由を察した神通は、一つ頷くと第二艦隊に命令を伝達。

 第一艦隊と共に、徐々に迫る駆逐艦級の戦隊を、完全に無視するような航路を描きながら、次の獲物を探し始めた。

 駆逐艦級の戦隊も、自分達と戦う気がないという事が分かったのだろう。

 逃がさないと言わんばかりに、第一艦隊、第二艦隊に向けて、苛烈に砲撃を加えていく。

 第一艦隊、第二艦隊の軌跡を追いかけるように、いくつも立ち上がる水柱。

 

 だが。まだ距離があるというのに感じられる駆逐艦級の怒気を感じてもなお、川内はこの場には不釣り合いな苦笑を浮かべていた。

 

 「まぁ、もう手遅れだと思うけど」

 

 ――――まるで見当違いな方向を見ている彼らに、呆れるかのように。

 ――――いまだに自分達が、追いかける側だと思い込んでいる彼らを憐れむかのように。

 

 

 

 

 

 「自分の足元は、しっかり見た方がいいよ?」

 

 

  

 川内そう呟いた直後――――

 

 

 ドンッと腹を打つような振動と、ド派手な爆音とともに、三隻全ての駆逐艦級が、()()()()()()()()()()

 

 引きちぎれた断面から大量の海水が流入し、メキメキと金属が軋む音を立てながら徐々に船尾と艦首が持ち上がっていく駆逐艦級。

 完全なまでの轟沈。

 かろうじて浮いている船体全てが、海中に没するのも時間の問題だろう。

 しかしそこまで見届けるつもりはない。

 大して驚きもせず、轟沈という結果のみを確認にした川内、神通は、姿()()()()()()()に敬礼すると、第一艦隊、第二艦隊を率い、何事もなかったかのようにそのまま次の獲物を探し始めた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 熾烈な戦闘が繰り広げられるフローレス海。

喧しいまで響き渡る爆音と 密集ながら海上に浮かぶ夥しいほどの黒い影、海底にまるで豪雨のようにに降り注ぐ夥しい量の鋼鉄の残骸に恐れをなし、ありとあらゆる生物の影が消えうせたその海中で、場違いなまでに陽気に、そして楽しそうに泳ぎ回るいくつもの少女たちの姿があった。

 人の形をしているにも関わらず、一切の制限なく、それが当然と言うかのごとく自由に泳ぎ回る姿は、まるでおとぎ話に出てくる人魚たちを彷彿とさせる。

 その少女たちは、密集ながら海上に浮かぶ夥しいほどの影のうち、何かを追い回すように移動している三つの大きな影へと慎重に近づいていく。

 

 そして至近距離に近づいた少女たちが、海上に浮かぶ大きな影に向け何かを発射した直後。

 

 海中を打つ大きな振動と炸裂音と共に三つの大きな影が一瞬浮き上がり、そして海面に叩きつけられた。

 それぞれの大きな影から聞こえる金属が引きちぎれるような不穏な音。そのしばらくののち、彼女達の数十倍もある、いくつもの巨大な鋼鉄の塊が海底めがけて沈み始めた。

 真っ二つにへし折れた三隻の深海棲艦の艦艇。

 その艦艇たちは、大量の気泡と大小さまざまな残骸を周囲にまき散らしながら、ゆっくりと落ちていく。 

 

   

 『いひひっ、敵艦を一網打尽なのね!』

 『ゴーヤの魚雷さんは、お利口さんなのでち!』

 『わぉ! 大漁大漁!』

 

 その光景を確認し、少女たちは―――伊19、伊58、伊168の名を関する潜水艦の艦娘たちは、人には聞こえない彼女達、だけが使える能力で楽しそうに声を上げていた。

 

 よくよく周囲を見渡してみれば、人影はこれだけではない。

 

 『敵艦隊発見です。Feuer!』

 『さあ…!魚雷を装填して…Feuer!』

 『撃ちましょう…。発射管開け…一番、二番…よーい……てー!』

 『んっふふ~、イヨの攻撃いっちゃうよー!いっけー!』

  

 

 密集ながら海上に浮かぶ夥しいほどの影――――深海棲艦・上陸部隊を包囲するように待ち伏せしていた潜水艦隊の艦娘たちは、次々と携帯艤装から魚雷を発射。

 深海棲艦の艦艇たちの船底に大穴を開け、深海棲艦の艦艇を海底へと引きずり込んでいく。

 

 その光景は、まさに狩り。

 

 己が狩場に入り込んだ、()()()()たちを、狩り立てる()()()()

 

 Wolfsrudeltaktik――――群狼戦術。

 

 日本ではWolfpack――――ウルフパックといったほうがわかりやすいだろうか。

 

 第二次世界大戦時、ドイツ海軍潜水艦隊司令カール・デーニッツ少将(後に海軍総司令官)が考案した、複数の潜水艦が協同して敵輸送船団を攻撃する通商破壊戦術。

 かつて大英帝国の海上輸送路に壊滅的なダメージを与え、一時は降伏寸前にまで追い込んだその脅威は今、時を越え、姿を変えて、()()()()へと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 フローレス海を舞台に始まった自衛隊と深海棲艦・上陸部隊との戦闘。

 その戦況は、基地航空隊、空挺降下を実施し迅速に展開した第五作戦部隊、そして集結し待ち伏せしていた潜水艦隊を動員し、深海棲艦・上陸部隊に強襲を仕掛けた自衛隊側の圧倒的優勢で推移している。

 

 空から、海上から、海中から。

 

 基地航空隊の空襲に対処しようとすれば、海上から第五作戦部隊が強襲を仕掛け、第五作戦部隊に対処しようとすれば、海中より潜水艦隊が深海棲艦を海底へと引きずり込む。

 

 空、海上、海中と同時に、そして有機的に連携した立体的な攻撃に、『亡霊軍隊』により多大なダメージを負っていた深海棲艦・上陸部隊の護衛艦隊は対処しきれていなかった。

  

 牙を先にへし折るかの如く、頑強に抵抗する護衛艦艇を中心に次々沈められていく深海棲艦・上陸部隊。

 

 しかし次々沈めているとはいえ護衛艦隊だけでも100隻以上、輸送艦級を含めれば500隻を軽く超える規模の巨大な艦隊だ。

 多少沈めた所で誤差の範囲。いままで沈めた艦艇をすべて合わせても、全体の10%にも満たない。

 現にいまも無力化された艦艇を容赦なく切り捨て、深海棲艦・上陸部隊は撤退を続けている。

 

 基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊の面々は、一切攻撃の手を緩めない。

 そして警戒も怠ってはいない。

 だが警戒する対象は、深海棲艦・上陸部隊ではなかった。

 

 深海棲艦・上陸部隊に多大なダメージを与えた正体不明の勢力―――『亡霊軍隊』。

 

 その亡霊共の奇襲攻撃に備え、基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊の面々は、連絡を密に取り、警戒レベルを最大限に引き上げていた。

 撤退を優先する防御側と、それを追撃しながらも、まだ見ぬ『亡霊軍隊』を警戒する攻撃側。

 互いが、互いを見ていないという奇妙な戦場。

 

 

 だが、その戦局は予想だにしない方向に流れ始めた。

 

 

 

 

――――1999年9月30日 PM 3:00 フローレス海 

 

 

 

 

 『あれ!?』

 『これは……!』

 

 戦闘開始から約二時間。

 また新たに三隻の駆逐艦級を無力化した第一艦隊、第二艦隊の旗艦である川内、神通は目の前の光景に、驚きの声を上げた。

 

 先ほどまで攻撃を仕掛けていた深海棲艦・上陸部隊の護衛艦艇が、突如 ()()()()()()()()

 

 『川内姉さん……!』

 『わかってる!』

 

 現状を把握すべく、深海棲艦・上陸部隊の上空に張り付いている基地航空隊の観測機に連絡を取ろうとした川内。

 しかしそれより、わずかに早く観測機のほうから連絡が入った。

 

――――全護衛艦隊、増速を開始セリ。

 

 深海棲艦・上陸部隊の()()護衛艦隊が増速を始めたというのだ。

 

 この艦隊の指揮官である戦艦棲姫を中心に、解き放たれたように次第に速度を上げていく深海棲艦・上陸部隊の護衛艦隊。

 

 だが、そんなことをすればどうなるか?

 そもそも、()()()()()速度を落としていたのか?

 

 この深海棲艦・上陸部隊の大半を構成しているのは、鈍足な輸送艦級。

 増速する護衛艦隊に追いつけず、艦列から大量の輸送艦級が落伍し始めた。

 

 しかしそれでも護衛艦隊は気にすることなく増速を続け、ついには護衛艦隊と落伍した輸送艦級で構成される船団とに完全に分離してしまう。

 

 そして―――――。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 いくつかの小集団に分散し、次々船団から離れ、四方八方に散っていく輸送艦級。

 完全に船団を解除した輸送艦級を尻目に、護衛艦隊は艦列を整えつつ速度を上げ、離れていく。

 

 『ちょっ、ちょっと待って!これって……』

 

 ここまできてようやく川内は、深海棲艦・上陸部隊が何をしたのか分かった。

 

 『()()()()()()()()()()()()!?』

 

 

 おそらく艦隊を指揮する戦艦棲姫は、このまま鈍足の輸送艦級に艦隊の速度を合わせていれば、全滅すると考えたのだろう。

 だが、輸送艦級を見捨て、速力を出せる護衛艦隊のみで撤退すれば、まだ可能性はある。

 

 深海棲艦の思考は、単純かつ合理的だ。

 全滅か、壊滅か。

 どちらが、損失が少ないかで選ぶならば、考えるまでもない。

 

 おそらくこの思考の元、戦艦棲姫は、少しでも艦を生かすために、歩兵師団40個師団、機甲師団10個師団を搭載した420隻の輸送艦級を全て切り捨てた。

 輸送艦級が船団を解除したのも、散り散りに逃げることで一隻でも多くの艦が生き残れるようにするためか。

 

 しかし、分かっても理解できない。

 理解できないのは、輸送艦級を切り捨てたことではない。 

 

 

  

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の方だ。

 

   

 先ほどまで深海棲艦・上陸部隊を攻撃していたのは、基地航空隊と第五作戦部隊、そして潜水艦隊。

 

 だが本来の計画『プランJ-d-4』では、ここにビスマルク率いる第三作戦部隊が加わる予定だった。

 

 基地航空隊と潜水艦隊の支援を受けた、実艦を伴った第三作戦部隊を、第五作戦部隊が掩護しながら、深海棲艦・上陸部隊を殲滅するというのが『プランJ-d-4』のシナリオだった。

 

 だが今現在、『プランJ-d-4』を転用した計画では、作戦の要であるはずの第三作戦部隊を欠いたまま、計画を進行している。

 表向き、第三作戦部隊が待機しているジャワ島と戦場となっているフローレス海は距離があり、戦いに間に合わないためとされているが本当は違う。

 

 ()退()()()()()()()()()()()()()

 

 今、深海棲艦・上陸部隊を攻撃している基地航空隊、第五作戦部隊、そして潜水艦隊。

 

 

 ()()()()()()()だ。

 

 傷を負った深海棲艦・上陸部隊という餌に釣られ、のこのこ出てきたマヌケな追撃部隊。

 その風体を装い、その実、それを仕留めるために出てきた『亡霊軍隊』を逆に釣り上げるために構成された囮部隊だった。

 

 だからこそ基地航空隊の航空機は、脆弱ながらも補充の効きやすい、損失の少ない一式陸攻を揃え、速度を出せ撤退のしやすい第五作戦部隊を派遣し、潜水艦隊には火力の出るものの逃げにくい船体の使用を認めず、携帯艤装の武装のみ許可した。

 深海棲艦・上陸部隊で仕留めやすい輸送艦級ではなく、護衛艦から集中的に無力化していったのも、『亡霊軍隊』との戦闘の邪魔をされないようにするためだった。

 

 『亡霊軍隊』が攻撃を仕掛けてきた場合は、深海棲艦・上陸部隊の足止めを潜水艦隊に任せ、第五作戦部隊が応戦。『亡霊軍隊』の持ちうる戦力を調査する。

 それが完了し次第、基地航空隊が全力を持って『亡霊軍隊』抑え込んでいる間に、第五作戦部隊、潜水艦隊は深海棲艦・上陸部隊を無視して迅速に撤退。情報を持ち帰る予定だった。

 

 最初から『亡霊軍隊』のみを主眼に置いた基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊の戦闘方針。

 深海棲艦・上陸部隊はその片手間で相手をしていたといってもいいだろう。

 当然、戦力が限定されていた以上、攻撃の手は甘かったはずだ。

 

 にもかかわらず戦艦棲姫は、このままでは全滅すると考えた。

 

 そう、それはつまり――――――

 

 「……そうか、そういうことか」

 『川内姉さん……?』

 

 作戦司令部は、このダメージを負った深海棲艦・上陸部隊を、追撃部隊を釣り上げるために『亡霊軍隊』が用意した餌だと考えていたようだが、違う。

 

 ――――深海棲艦・上陸部隊は、『亡霊軍隊』との交戦が終わった時点で、崩壊寸前だった。

 

 戦力の限定された基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊の攻撃程度で、全滅すると考えるほどに。

 もし、『プランJ-d-4』が計画通りに発動されビスマルク率いる第三作戦部隊が加わっていれば、突撃した瞬間に総崩れになっただろう。

 それほどまでに深海棲艦・上陸部隊は、『亡霊軍隊』に致命的なダメージを負わされていた。

 

 

 ――――もはや餌として、まともに()()しない(できない)ほどに。

 

 

 川内は、戦艦棲姫の思考を、そして『亡霊軍隊』考えを完全に理解した。それと同時に先ほどまで漲っていた闘志も、緊張感もその全てが霧散した。

 

 

 

 『亡霊軍隊は来ないよ』

 『え……?どういうこと?』

 

 

 

 ――――亡霊軍隊は来ない

 

 

 

 『こいつらは追撃部隊を釣り上げる餌じゃない。そんな上等な物じゃない』

 

 

 

 ――――ここでの目的は十分に果たしたからだ

 

 

 

 『こいつらは、ただの残骸。亡霊軍隊が食い散らかした()()()()だ』 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――戦争という目的を 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スープと前菜は味わった(第一幕 第二幕は終了した)。次はいよいよメインディッシュだ(最終幕)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 戦況報告
        タウイタウイ方面

          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               交戦状態



        フローレス海方面
          
          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第五作戦部隊
           タウイタウイ方面軍 基地航空隊
                     潜水艦隊

          深海陣営
           ダーウィン方面 上陸部隊


               追撃中
     







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第27話 手段のための目的

 

 お、お久しぶりです。書いては消してを繰り返してたら、こんなにも期間が開いてしまいました。次は早く投稿できるはず(大本営発表)




――――1999年9月30日 PM 4:00 リンガ軍港 作戦司令部

 

 

 

「正体不明の勢力―――亡霊軍隊によるものと思われる攻撃を受け、撤退していた深海棲艦・上陸部隊は基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊の追撃に耐えきれず船団を解除し潰走。

 今現在、第五作戦部隊は大型艦艇の強襲を、それ以外の部隊は、護衛艦艇から輸送艦級へ目標を変更し、追撃を続けています」

 「……うむ。だが結局、深海棲艦・上陸部隊が潰走するという段階に至っても、亡霊軍隊の目撃情報などは一切なし、か。

 ……一体何がしたいんだ、奴らは」

 「いやホントに」

 

 

 『ジャワ島防衛作戦』全体の指揮を取る作戦司令部。

 東条少将から作戦の現状を聞いたレジェス大将と橋本少将は、巨大な机の上に広げられた東南アジア全体の地図を眺めながら、揃って疲れたような声を上げた。

 

 

 「上陸部隊共の統制は完全に崩壊。ここまで壊れたら艦隊として機能せんでしょうな。

 残るは散らばった深海棲艦の艦艇をプチプチ潰していくだけの消化試合。

 もはや我々の戦力を吸引する、生き餌の役目は期待できんでしょう。

 もし亡霊軍隊が狙っていたのが、我々の戦力分散だったとしたら、この瞬間までが、釣り出された追撃部隊なり、防衛戦力が抽出され、一時的に弱体化したジャワ島なりに対して、襲撃をかける最後のチャンスだったはず。

 にもかかわらず深海棲艦・上陸部隊に対する攻撃以降、全く音沙汰なし。

 ここまで深海棲艦・上陸部隊と航空基地を叩いておいてトドメを刺さず、さりとて餌として利用することもなく放置するとは……いやはや、一体どういうつもりなのやら」

 

 橋本少将は、頭をかきながらそう答えた。

 

 三時間前、深海棲艦・上陸部隊、壊滅の一報を聞き、大荒れした雰囲気とは打って変わって、作戦司令部内では再度、困惑した空気が流れ始めていた。

 

 その空気の原因は、言わずもがな『亡霊軍隊』である。

 東南アジア連合軍と、自衛隊主導で現在、進行している『ジャワ島防衛作戦』に突如乱入、航空基地を無力化し、深海棲艦・上陸部隊に壊滅的被害を与えた謎の軍隊『亡霊軍隊』。

 だが『亡霊軍隊』はせっかく多大なダメージを与えた深海棲艦・上陸部隊に止めを刺さず、忽然と姿を消した。

 

 防衛作戦を指揮する作戦司令部では、この不可解な行動を『亡霊軍隊』の罠と判断した。

 

 死にかけの深海棲艦・上陸部隊という餌を使い、その餌に食いついた追撃部隊か、もしくは追撃部隊の戦力抽出のために、防衛能力が減衰したジャワ島の施設に奇襲攻撃を仕掛けると考えたのだ。

 

 作戦司令部は、逆に『亡霊軍隊』の正体を暴くために、騙され、のこのこと釣られた間抜けを装った。

 その実、万全の準備を整えた追撃部隊という名の威力偵察部隊を派遣。

 ジャワ島での応戦準備も、秘密裏に整え、『亡霊軍隊』を待ち構えた。

 

 ところが。追撃部隊が、深海棲艦・上陸部隊に襲い掛かり、上陸部隊が潰走する段階に至ってもなお、『亡霊軍隊』どこにも姿を見せなかった。

 

 「……我らが亡霊軍隊の目的を察知したことを気づいて、引き上げたという可能性は?」

 「うーん、それはないと思いますがねぇ。

 亡霊共にとしたら、深海棲艦・上陸部隊と航空基地壊滅のために大量の戦略物資を消費しているはず。

 ここで引いてしまえは、その物資がすべて無駄になります。

 それに、こちらが察知しているいないに関わらず、追撃部隊、戦力の分散には成功している以上、亡霊共の計画通りには進んでいるはず。

 引き上げる理由にはなりませんし、仕掛けない理由にはなりませんなぁ。

 ……尤も亡霊共の目的が、我々の戦力分散であれば、の話ですが」

 「読み違えたか?」

 「恐らくは」

 

 もし、『亡霊軍隊』の目的が、東南アジア連合軍と自衛隊の戦力分散だとするならば、今のこの状況は『亡霊軍隊』の思い描いた通りに進行している。

 例え、東南アジア連合軍と自衛隊に感づかれたとしても、今この戦争の主導権は、明確にフリーハンドを得、好きな場所を選択して攻撃することのできる『亡霊軍隊』が握っている。

 主導権を『亡霊軍隊』が握っている以上、たかが感づかれた程度で、彼らが思い描いた通りに進んでいる現状を放棄し、引くという理由にはならなかった。

 だが、今現在。『亡霊軍隊』は、未だどこにも姿を見せていない。

 

 仕掛けることができるのに仕掛けない。

 それはつまり、『亡霊軍隊』の目的は、東南アジア連合軍と自衛隊の戦力分散ではない、と言っているに等しかった。

 

 「となると、いよいよもって亡霊共の目的が掴めませんなぁ」

 

 『亡霊軍隊』がこちらの戦力分散を狙っているというのは、あくまで推測。

 現状、『亡霊軍隊』が取る、あまりにも不可解な行動に、推測を重ね、最もらしい(・・・)目的を探したに過ぎない以上、読み違えるということはあり得る話だ。

 だが、この推測が外れてしまえば、いよいよもって、この不可解な行動を説明できるだけの目的が見つからない。

 

 「目的が不明なのもそうだが、()()も無視できぬ問題だ」

 「はぁ……。確かに」

 「……そうですね」

 

 レジェス大将はそういうと、先ほど読み終えた報告書を机の上に放り投げ、橋本少将と東条少将は、同意の言葉を示した。

 二人の少将の前にも、同一のものが置かれている。

 

 それは、亡霊軍隊から攻撃を受けたであろう深海棲艦・上陸部隊と航空基地の損害を偵察した報告書だった。 

 つい先ほど挙がってきたばかりのその報告書には、各観測所から送られてきた情報も合わせて記載されており、今現在、判明している範囲内での、深海棲艦・上陸部隊と航空基地の詳しい損害の状況が記されていた。

 

  「……『深海棲艦・上陸部隊の被害は、輪形陣の中心部、大型艦艇に集中。

 外周を守る艦艇、及び輸送艦隊には、ほとんど損害がないことから、『亡霊軍隊』は深海棲艦・上陸部隊に対し、奇襲攻撃を敢行。

 艦隊の中核である大型艦艇のみに攻撃を限定、集中させることで、深海棲艦・上陸部隊に対し壊滅的被害を与えたものと推測される』

 深海棲艦・上陸部隊に対しての攻撃手段は大方、予想した通りです。問題は―――」

 

 「―――『深海棲艦・上陸部隊に対し、航空支援が可能である、4か所全ての航空基地で損害を確認。

 同基地に駐屯する深海棲艦軍が、統率された動きで基地の復旧作業に従事していることから、飛行場姫は健在であると推測される。

 そして基地の広範囲に大量の爆撃跡が確認されたことから『亡霊軍隊』は、根拠地ポート・モレスビーを含む、4か所の航空基地に対し、同基地を統率する飛行場姫の撃破による無力化ではなく、戦術爆撃(・・・・)を敢行。基地内の滑走路、及び主要施設を破壊することで、航空基地の機能を一時的に無力化したものと思われる』ですか。

まさか航空基地を爆撃で押し潰していたとはね。あの亡霊共、これほどの航空戦力を一体どうやって集めたんでしょうなぁ?」

 

 彼らが今、頭を悩ませている問題。

 それは『亡霊軍隊』が、4か所の航空基地の無力化するために用いた手段だった。

 深海棲艦の航空基地を無力化する手段は2つある。

 

 一つめは、『航空基地を総括する飛行場姫を撃破することによる恒久的な無力化』。

 航空基地の命令系統は、飛行場姫を頂点としたピラミッド型だ。航空基地に所属する航空機、兵士は、その末端にいたるまで全て、飛行場姫の支配下にあり、命令を忠実に実行する駒となる。

 だが、その唯一無二な能力のために、飛行場姫の代行をできる者はおらず、仮にいなくなれば、その航空基地は途端にその統率力を失い、烏合の衆となる。

 一つめの手段とは、トップである飛行場姫を始末することで、航空基地の指揮系統を機能不全に陥らせての恒久的な無力化をしてしまう、という手段だ。

 

 二つめは、『航空基地に対する戦術爆撃による一時的な無力化』。

 爆撃機編隊を持って航空基地を空襲。レーダー施設や格納庫、滑走路などを徹底的に爆撃することで、航空基地を物理的に機能不全に陥らせ、一時的な無力化を狙うという手段だ。

 

 

 ここにいる三人は、『亡霊軍隊』は前者、一つめの手段を用いて4か所の航空基地を無力化したものと考えていた。

 通常ならば、航空基地の守備隊を率い、また自身も強力な武装を有する飛行場姫の撃破は困難を極める。

 だが『亡霊軍隊』は、当時、深海棲艦の支配圏内であったはずのジャワ島にて、複数の飛行場姫の撃破に成功している。

 その手段は未だ明らかになってはいないが、過去に事例がある上、『亡霊軍隊』には実現不可能な二つめを考えれば、まだこちらのほうが可能性があったからだ。

 

 しかし『亡霊軍隊』は、彼らには不可能なはずの二つめ、戦術爆撃による一時的な無力化を成し遂げていた。

 

 

 「……深海棲艦の航空基地は互いに連絡を取り合っておる。

 どこか1か所でも攻撃すれば、援軍要請を受けた残りの航空基地からすぐさま大量の援軍が、文字通り飛んでくるだろう。

 そのような敵に対し、司令官の撃破ではなく、戦術爆撃による無力化を達成するには、4か所の航空基地を全て同時に無力化するか。

 もしくは真正面から援軍を叩き潰しながら、1か所づつ無力化していくか。

 しかも司令官たる飛行場姫が生存しているのならば生半可なダメージではすぐに修復させてしまうだろう。

 と、なれば必要となるのは物量。

 飛行場姫の修復速度を上回るダメージを叩き込まねばなるまい」

 

「おまけに亡霊共は深海棲艦・上陸部隊も奇襲攻撃とはいえ、航空戦力で潰してます。

 ……まぁそもそも作戦行動中で周辺海域を厳重に警戒しているはずの深海棲艦・上陸部隊に、何で奇襲できたんだ、という疑問も残ってますが、それはともかく。

 深海棲艦・上陸部隊と4か所の航空基地を真正面から潰せるだけの航空戦力なんぞ、小官のところの空母艦娘、全員の協力を仰いだって足りやしない。それプラス、複数の航空基地の航空機を動員してようやく足りるか、それほどのもんです。

 それほどの膨大な航空戦力を?

 我々に一切探知されずに運用する?

 ……ははっ、中々笑えるジョークじゃないですかねぇ?」

 

 橋本少将が匙を投げたようにそう答えた。

 

 これをしたのが、自分達、東南アジア連合と自衛隊ならば可能だ。

 橋本少将の空母艦娘と、ジャワ島に点在する複数の航空基地。

 それらを運用すれば、似たような結果を作り出すことはできる。

 

 ただ、一言でできるといっても、そこにはとてつもない労力が必要だ。

 いくら艦娘と妖精さんのおかげで運用コストを大幅に削減できたとしても、基地の手配から、資源の調達。艦娘の艦隊が、停泊し補給できるだけの戦略物資と港。

 その他にも様々な事柄に、膨大な人員が必要となる。

 それは、国家という巨大な枠組み同士が集まって結成された東南アジア連合軍と、先進国に名を連ねる日本の軍隊?であり、多くの艦娘を保有する自衛隊だからこそできる芸当だ。

 有象無象の組織が真似できるものではない。

 

 だが、しかし。

 一組織でしかないはずの『亡霊軍隊』は、これを成し遂げた。

 しかも自分達にその行動を一切探知されずに。

 探知されずに、これほど大規模な作戦行動を遂行するなど、自分達でも不可能だ。

 しかし今ある情報の断片をつなぎ合わせてれば、事実そうなってしまう。 

 挙句の果てに、これほどの行動を起こす目的が未だに分からない。

 

 手段不明。目的不明。

 情報が明らかになるほど、まるで風船のように際限なく膨らんでいく『亡霊軍隊』の虚像に対し、作戦司令部は完全に手をこまねいていた。

 

 しかし。

 

 「……手段こそが目的ならば」

 「ん?どうしたんや、東条少将」

 「この手段を行使することこそが、『亡霊軍隊』の目的だったならば、どうだ?」

 

 先ほどまで積極的に、会話に加わらなかった東条少将が口を開いた。

 

 「どういうことかね東条少将?」

 「そのままの意味ですレジェス大将。『亡霊軍隊』の目的は、戦果を稼ぐことでも、戦力分散を狙うことでもなく、手段を行使すること。つまり深海棲艦に対し、自身が持つ手段が有用であるかどうかの検証(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)が目的ではないか、と考えます」 

 「……ちょっと待て。ということなら『亡霊軍隊』の目的は……、『ジャワ島防衛作戦』という戦場を利用した……いや、東南アジア戦線を利用した手段―――新兵器の運用実験てことか!」

 

 橋本少将の疑問に、東条少将は頷いた。

 東条少将が推測した、『亡霊軍隊』の目的。

 それは、東南アジア戦線を利用した、深海棲艦に対し、有効な効果を発揮する新兵器。

 その秘密裏な運用実験だ。

 

 手段こそが目的。

 

 東南アジア戦線は言わば、巨大な実験場。

 彼らが欲しているのは戦果ではなく、兵器の運用データ。

 それさえ取れれば、兵器の的である深海棲艦に、いちいちトドメを刺す必要などない。

  東南アジアの広範囲に、出没した痕跡があるのも幅広い運用データを集めている、と考えることもできる。

 姿を見せないのは、その兵器は自分たちに知られたくない、隠匿しておきたい兵器ということか。

 

 確かにこれが『亡霊軍隊』の目的ならば、一連の彼らの不可解な行動を説明付けることができる。

 

 「うーむ、ある意味では筋は通っておるが……。これほどの手段を生み出せる兵器?艦娘の兵器にそんなものあったか?

 確か艦娘の兵器の性能は、もうすでに頭打ちであろう?」

 「えぇ、もうすでに各国との交渉で上限(・・)の兵器の金型はあらかた入手済みです。その上限の中でどんな組み合わせをしたって数を増やす以外に『亡霊軍隊』と同等の結果を出すことなんぞ、不可能でしょう」

 

 しかし、レジェス大将、橋本少将の反応は鈍かった。

 

 仮に東条少将の推測通り、『亡霊軍隊』の目的が手段の行使だったとして。

 まだ大きな問題が解消されていない。

 

 『亡霊軍隊』が行使した手段、兵器とは何かということだ。

 

 

 今現在、日本の艦娘が使用している艤装、そして航空機は、『Bofors 40mm四連装機関砲』然り、『A-1 スカイレイダー』然り。

 一部の例外を除き、「妖精さんが作り出すことができる兵器は、第二次世界大戦時の存在していた兵器のみ」という制限の中で、最も『上限』。第二次世界大戦後期、もしくは終戦間際に作られた優秀な兵器を装備している。

 他のどの国もこの『上限』を突破できていない現状、今彼女たちが装備している兵器こそが最も優れた武器となる。

 その兵器を十全に駆使してもなお、『亡霊軍隊』が残した戦果には遠く及ばないのだ。

 

 

 「いえ、艦娘が使う兵器ではありません(・・・・・・・・・・)

 

 しかし東条少将はあっけなくそれを否定した。

 

 「……何だと?」

 「先ほどから、『亡霊軍隊』が豊富な航空戦力を持って、深海棲艦・上陸部隊と航空基地群を空爆し壊滅させた、と前提に考えていますが……、別に航空機である必要はないでしょう(・・・・・・・・・・・・・)

 要は『遠くから、目標に向かって飛翔し、爆弾を投下する』

 この機能さえあれば、大量の航空機を用意しなくとも……。いえ、艦娘を一切動員しなくとも(・・・・・・・・・・・・)、深海棲艦・上陸部隊と航空基地群に、損害を与えた『亡霊軍隊』と同じ結果を出すことは可能でしょう」

 「ま、まさか!?」

 「おいおい、ちょっと待て、まさか『ソレ』って!?」

 

 ここに来てようやく二人は、東条少将の言う兵器に思い至った。

 

 『ソレ』は彼らにとっては、特に珍しい兵器ではない。いや、なかった。

 五年前より、今もなお続く、世界的な電波障害さえなければ、『ソレ』を用いて今とは比べ物にならないほど深海棲艦との戦争を優勢に進めていたことだろう。

 

 目標に向かって誘導を受けるか自律誘導によって自ら進路を変えながら、自らの推進装置によって飛翔していく軍事兵器――――

 

 

 「「ミサイルか!!!」」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 「……そうか、ミサイル、ミサイルか!

 確かに、対艦ミサイルと巡航ミサイルあたりを使えれば、艦娘や基地航空隊を動員するよりも、遥かに少ない戦力で、同等の事を成し遂げることができる!」

 

 「……それに作戦行動中であるはずの上陸部隊共に対し、簡単に奇襲ができたことも説明がつきますなぁ。

 第二次世界大戦の艦艇がベースの深海棲艦共じゃ、航空機の索敵範囲外から亜音速で飛んでくる対艦誘導弾―――もとい、対艦ミサイルなんぞ捕捉も迎撃もできやしません。

  航空基地群も同様。遠距離から巡航ミサイルによる先制攻撃で4か所の航空基地の滑走路さえ先に潰してしまえば後は消化試合。

 飛びたてない航空機ごと順番に基地を空爆していけば容易に無力化できるでしょう。

 数も一個艦隊もあれば、十分だ」

 

 「『手段』については完全に説明がつく。そしてミサイルが……中・長距離ミサイルが使用されたならばその『目的』も!」

 

 「ええ、東南アジア戦線の戦場を利用したミサイル兵器の運用試験ならば、隠匿する理由も含めてすべて説明がつきます」

 

 「…………戦争が変わるぞ!」

 

 レジェス大将の言葉に、東条少将と橋本少将は頷いた。

 

 ミサイル使用の可能性。それはこの世界ではとてつもなく大きい意味が込められている。

 

 五年前、深海棲艦の出現と同時に始まり、今なお続く世界的な電波障害。

 この電波障害せいで、レーダーに有線を除いた通信機器、そしてミサイルを含めた誘導兵器類はほとんどすべて使用不能となった。

 深海棲艦との戦争初期。とんでもない物量で攻めてくるとはいえ、第二次世界大戦時の兵器がベースの深海棲艦に、ここまで人類側が無残な敗退を重ねた続けたのも、この電波障害により現代艦の主力兵装の大半が封じられたことが大きい。

 例えるならば、目を塞ぎ、両手を縛った状態で、敵と戦えと言っているようなものだ。

 はるか遠くの敵を素早く探知、艦艇同士で情報を共有し、遠距離からいかにミサイルを当て、敵を撃破するかを戦闘方針としている現代艦が、それを封じられ、時代錯誤な有視界戦闘を強要された時点で勝ち目はなかった。

 

 それから五年。

 優秀な兵器であり、兵士でもある艦娘の実戦投入により、戦線は好転。

 使用不能となっていた通信機器、レーダーも思考錯誤の末、その性能はかなり劣化しているものの、前線に投入できてはいる。

 しかし、ミサイル兵器に関しては、どこの国も前線で使用する国はいなかった。

 

 ミサイル兵器の強み、それは、はるか遠くから目標を狙い撃つことのできる長距離攻撃能力。

 そして、音速で飛び回ろうと、目標を捉え、追尾することのできる、高い命中精度だ。

 

 しかし常に凶悪な電波障害―――電波妨害(ノイズ・ジャミング)を食らっているせいで、中・長距離ミサイルの誘導方式である電波を媒体としたホーミング誘導は使用不能。

 しかも今現在、肝心の敵を見つけるレーダーの性能は劣化し、探知範囲は数十キロ程度しかない。

 ミサイルの有効射程もそれに比例することになる。これでは現代艦に取り付けられている砲―――速射砲に少し勝る程度しかなかった。

 この程度では、到底ミサイルの強みである、長距離攻撃能力の水準を満たせるはずもない。

 

 一方の命中精度も、深海棲艦に対しては過剰スペックだった。

 

 なにせ深海棲艦のベースは第二次世界大戦時の兵器群だ。

 水上艦はもちろんのこと、音速の壁も超えることのできない航空機など、対空ミサイルなど使うまでもなく、速射砲とCIWSなどの、近接防御火器で充分迎撃可能だった。

 

 そしてこれがもっとも大きな理由になるが、コストパフォーマンス――――費用対効果の問題だ。

 敵である深海棲艦は、膨大な数を武器に侵攻してくるのだ。

 湯水のごとく、際限なく湧き出てくる敵に、一発数千万円するような、非常にお高い各種ミサイル兵器など使っていられない。

 多少射程が短くとも、遥かに安価な速射砲の砲弾を使った方が安く抑えられる。

 そして止めを刺すように、コストパフォーマンスの面においては他の追随を許さない艦娘の存在あった。

 

 こうした理由もあり、各国とも復活させるための研究は進めているものの、ミサイル兵器は前線から姿を消し、今は代用として航法・誘導装置を待たない、安価なロケット兵器が使用されている。

 ちなみに、東南アジア連合海軍が所有している、ミサイル艇も、便宜上そう呼んでいるだけで、主武装はロケット兵器となっている。

 

 彼らがミサイル兵器使用の可能性にすぐさま思い至れなかったのも、そのあたりが原因だった。

 復活を模索する後方ならばともかく、最前線で深海棲艦と熾烈な争いを繰り広げる彼らにとって、主軸は艦娘であり、それに速射砲とロケット兵器が続く。

 ミサイル兵器というものは、もはや考慮する価値もない『忘れられた兵器』というべき存在でしかないのだから。

 

 

 だが。

 

 誰かが、ミサイル兵器の完全復活に成功したのならば。

 

 ミサイル兵器の強みを、十全に発揮できるようになったのならば。

 

 レジェス大将の言うとおり、間違いなく戦争は変わる。

 

 

 「ミサイル兵器を使わんようになったのも、有効射程の減衰が決定打みたいなもんでしょう。

 確かにコストパフォーマンスの問題が大きいですが、そんなもの、長距離攻撃能力さえ失われていなければ十分ペイできます。

 深海棲艦の索敵範囲外から攻撃できれば、それだけで自軍の被害を最少に抑えることができますからなぁ」

 

 「……しかもミサイル兵器、レーダー、通信機器が使用不可能なのも、元を辿れば全て電波障害が原因です。

 その中で、あらゆる面で電波障害による影響を受けている、中・遠距離ミサイルの復活に成功したということはつまり、レーダー、通信機器の復活と同義。

 この世界を覆う電波障害に対して、抜本的な解決方法を見つけた(・・・・・・・・・・・・・)ということになります」

 

「……五年前より、失われた現代戦術の復活。

 世界各国より先んじて、次のステージを駆け上るための手段。

 亡霊軍隊の目的が、その手段の検証、証明であれば、不可解な軍事行動にも説明がつく!

 くそっ!我々はまんまと利用されたということか!」

 

 「実戦での運用試験を終え、信頼性を取り戻した、かつての現代兵器群。

 この五年間、深海棲艦との戦争で積み上げてきた歴史と経験すべて無にする最凶なジョーカー。

 そんなものが公表されれば、良くも悪くも、『戦争』のすべてが変わりますな。

 さしずめ『第二のドレットノート』といったところですか?」

 

 三人の間に重い沈黙が流れた。

 

 これは巨大な爆弾だ。

 

 五年前の世界的な電波障害以来、人類は深海棲艦との戦争において、常にハンディを負わされていた。

 しかし、人間は脅威に対して、成長し、乗り越えることのできる生き物だ。

 この五年間において人類は、電波障害と深海棲艦という脅威に対し、あらゆる角度から挑戦し乗り越えようと努力してきた。

 それは有線通信網の発達であったり、国同士の結束であったり、艦娘の召喚であったり。

 しかし一番大きいのは、電波障害と深海棲艦という脅威に対し、矢面に立って対処する軍の運用方法だ。

 自衛隊然り、東南アジア連合軍然り、深海棲艦の脅威に、直接晒される国々の軍隊は、いち早くその脅威に対処するべく、数多の犠牲を払いながらも加速度的に成長した。

 そして世界各国の軍隊は、世界的な電波障害で、現代兵器の数々が封じられていても戦えるよう、この五年間の中で『最適化』されていった。

 今や新造の艦艇には、砲撃戦が想定された重装甲や、深海棲艦の装甲をぶち抜ける大口砲門が当たり前であり、ミサイルハッチなどは、航空機の接近を防ぐ近接防御火器の増設のために、取り払われる事が常だ。

 

 普通であれば考えられないことだが、これが電波障害と深海棲艦という脅威に対抗するべく『最適化』された結果だ。

 しかし、世界を覆う電波障害に対して、抜本的な解決方法を見つけてしまえば。

 

 電波障害という脅威が完全に消滅してしまえば。

 

 現代戦術の復活と共に、二つの脅威を前提(土台)として『最適化』し、これまで積み上げてきた経験(建物)はその全てが、砂上の楼閣の如く崩れ落ち、無価値となる。

 

 戦艦ドレットノートの出現により、これまでの既存戦艦が全て陳腐化し、スクラップ同然と化したように。

 

 この巨大な爆弾が爆発すれば、これまで電波障害を前提とした既存艦と装備は全てガラクタとなり、世界のパワーバランスは大きく変動する

 

 「『第二のドレットノート』か。言い得て妙だな。

 だか今回のフィッシャー卿は秘匿に走った。

 そうなれば、自爆した大英帝国の役目は我々になるぞ」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 「もしも亡霊軍隊の目的が東条少将の予想通りであり、この爆弾が破裂すれば……。

 我々が心血を注いで築き上げた東南アジア連合海軍。その艦艇全てが旧式化するか……。地獄だな」

 

 「我々(海上自衛隊)も似たり寄ったりです。

 本土では一度壊滅した護衛艦隊の定数を埋めるべく、一気に量産しましたからなぁ。

 量産した護衛艦艇は、大半が日本本土防衛についていたとはいえ、ほとんど実戦もせず。

 挙句、その全てが陳腐化したとなれば……。

 ははっ、怒り狂った財務省がクーデターでも起こしそうですな」

 

 新たに浮上した亡霊軍隊の目的。

 世界のパワーバランスすら大きく変えるその危険性と、その余波が齎す損失を考えたレジェス大将、橋本少将は乾いた笑みを浮かた。

 

 

 「恐らくは海軍に力を割いているほとんどの国が、大小あれども同じような状況に陥ることになるでしょう」

 

 自分の国の最新装備が瞬時にガラクタと化す。

 

 即座に否定してしまいたい、あまりにも冷酷な未来予測。

 

 だがしかし。

 先ほどから、現代兵器群復活によるマイナス面ばかり指摘しているものの、人類と深海棲艦との戦争という面で考えれば。

 技術の進歩と考えれば、大きなプラスではある。

 復活した現代兵器群復活の技術が遍く各国に行き渡らせることができるならば、均衡状態の天秤を一気に人類側へと傾かせることができるだろう。

 それを考えれば、旧式化した兵器の更新は、惜しくはあれども、ためらうことはないはずだ。

 ではなぜここまで頭を抱えているのか。

 

 それは彼ら『亡霊軍隊』が、復活したこの技術を各国に行き渡らせる気が全くないことが明白だからだ。

 

 協調ではなく、わざわざ他国が指揮する作戦に無断で割り込み、性能実験という名の、非合法かつ極秘の軍事行動を選んだ時点でまともではない。

 おそらく、この復活した現代兵器群復活の技術というカードは、とっておき切り札として隠し持つつもりなのだだろう。

 戦争を変える、とっておきのジョーカーとして。

 ただし、それを切る相手は深海棲艦ではない。同じ人類に向けてだ。

 

 

 「亡霊共は、深海棲艦を叩き潰す槌よりも、国家に効く毒がお望みのようですな」

 「ハイエナ共め……。絶滅戦争の中ですら利益を追い求めるか」

 

 現代兵器群復活の技術の独占。

 うまく使えば、深海棲艦を大きく押し返し、人類の版図を取り戻せるであろうその技術を、己が利益のみに利用する者たちに、橋本少将はウンザリしたように呟き、レジェス大将は恨みを込め、そう吐き捨てた。

 

 「どこの『ゲス野郎』だ。亡霊共の『スポンサー』になっておるのは」

 

 

 亡霊軍隊の行動から『スポンサー』がいることは分かっている。

 

 ミサイル兵器を実戦に耐えうるラインにまで復活させたこともそうだが、それでなくても現代兵器による優越があるとはいえ、深海棲艦・上陸部隊のような大規模な艦隊に挑めるだけの戦力を保持するなど、一組織では不可能だからだ。

 

 亡霊軍隊の背後には確実に『スポンサー』がいる。

 

 それもただの企業や金持ちではない。

 

 莫大の資金と技術を亡霊軍隊に提供し、指示を出している『スポンサー(国家)』が。

 

 自国の利益のみを追求する外道が。

 

 「さぁて、今の段階では何とも。

 ……最も、技術開発をするだけの余裕がある、そして未だ各国が、見つけ得ないものを先んじて見つけ出すだけの技術力を持つ国となれば、大分と絞れますが」

 

 「現状では、証拠がないか……」

 

 「……いっそのこと、この情報を全て各国に公表します?

 決定打にはならんでしょうが、連中に対する嫌がらせにはなるでしょう」

 

 「……無理だな。

 この情報を公表するということは、すなわちこの『ジャワ島防衛作戦』で、亡霊軍隊にいいように利用されたという恥も明らかにするということだ。

 そっち(日本)はおそらく問題はないだろうが、こっちは(東南アジア連合)……、特に各国政府は許容できまい。

 こんな無様な結果を公表すれば、国民から吊し上げられ、最悪の場合、連合が分裂しかねん。

 積極的に隠蔽はしても、公表に関しては断固拒否するだろう。

 ……ううむ、こう考えることを見越して、やつらは東南アジア戦線を実験場に選んだのか?

 

 ……まぁいい、それは後で考えればいい。

 それよりも今、だ」

 

 そう言うとレジェス大将は気持ちを切り替え、東条少将と橋本少将を見据えた。

 

 「この『ジャワ島防衛作戦』で、これ以上の攻勢を『亡霊軍隊』は、仕掛けてくるか否か。

 これについてどう思う?」

 

 散々『亡霊軍隊』に引っ掻き回された『ジャワ島防衛作戦』ではあるが、作戦事態は内容を変更し、は未だに継続している。

 フローレス海では潰走する深海棲艦・上陸部隊を、基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊が追撃中であるし、タウイタウイ方面では深海棲艦・空母機動部隊と第一作戦部隊が争いを繰り広げている。

 

 それはつまり、まだ『亡霊軍隊』が付け入る隙が残されていることを意味していた。

 

 仮に『亡霊軍隊』のミサイル兵器の秘密裏な運用試験だとして。

 

 それを達成した彼らが、さらなる戦果に欲し、仕掛けてくることは十分に考えられる。

 

 「いや、それはないでしょう」

 

 しかし橋本少将は疑問をあっさりと否定した。

 

 「亡霊共のこれまでの足取りと、この『ジャワ島防衛作戦』の行動を見るに、連中は神経質なほどに正体を隠し、隠密行動を心がけてます。

 暴かれたくない理由が『商品』の方か『スポンサー』の方なのか、定かじゃありませんが。

 まぁそれはともかく。

 亡霊共が隠密行動にかなりの比重を置いているのは間違いないでしょう。

 そんな連中が我々の警戒の強まった中を、さらなるの戦果獲得のために仕掛けてくるなんぞ到底思えませんなぁ。

 発見されるリスクに対して、リターンが少なすぎます」

 

 「ふむ?

 ではもう亡霊軍隊は仕掛けてこないと?」

 

 「この『ジャワ島防衛作戦』ではという但し書きがつきますが」

 

 橋本少将の答えを聞くとレジェス大将は大きく頷いた。

 それはレジェス大将の想定した答えと、同一のものだったからだ。

 レジェス大将息をついた丁度その時、作戦司令部にアラームが鳴り響いた。

 

 「タウイタウイ作戦支部より入電!、深海棲艦・空母機動部隊が第三防衛ラインを突破しました!」

 

 オペレーターの一声により、作戦司令部内の浮ついた空気は速やかに駆逐される。

 しかしレジェス大将、橋本少将の安堵のため息を漏らした。

 

 「ふぅ、散々連中に引っ掻き回されたが、何とか着地点が見えてきたな」

 

 「作戦の方はですが。寧ろこの後の方が大変ですがねぇ

 亡霊共の追跡に『スポンサー』の特定と……あぁ、この間(ジャワ島奪還作戦)の調査チームの解析結果もそろそろ挙がってくるころでしょう」

 

 「大型艦艇に強襲を仕掛けている第五作戦部隊からも、新しい情報が入るかもしれん」

 

 今後の方針を簡単に纏めた、橋本少将はちらりと東条少将を見やった。

 そこには、顎に手を当て、じっと考え込む東条少将の姿があった。

 

 この三人の話し合い東条少将は、要所での発言の時以外は、ずっと考え込むような仕草をしていた。

 

 まあ『ジャワ島防衛作戦』の構図を描き出した責任者として、最大の異分子である『亡霊軍隊』の一挙手一投足に全神経を集中させるのも、分からなくはない。

 

 しかし橋本少将は、東条少将が何か別の問題に直面しているように見えてならなかった。

 確証も何もない、昔からの同期の友としてのただの勘。 

 

 「……どうした東条少将?何かあったか?」

 

 結局、橋本少将の口から出たのは、「何か」という随分と概要を得ない、抽象的な言葉だった。

 

 しかしその言葉に、東条少将は迷ったように何度か口を開閉し―――――

 

 

 「…………ああ。作戦は計画通りに進んでいる(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 ついに佳境へと突入した作戦司令部内で、東条少将は思考を続ける。

 

表向きの計画である『ジャワ島防衛作戦』、そしてその裏に隠された東条少将だけが知る計画である、強大な戦力を持つ謎の集団『亡霊軍隊』の戦力調査。

 

 双方の計画とも、この上なく順調に推移している(・・・・・・・・・・・・・)

 

 『ジャワ島防衛作戦』は、深海棲艦・上陸部隊が撤退を開始した時点で、第一目標であるジャワ島の防衛は達成された。第二目標である深海棲艦・空母機動部隊の撃滅に関しても、このままいけば第一作戦部隊が仕留め切るだろう。

 

 『亡霊軍隊の戦力調査』の方も、亡霊軍隊が、深海棲艦・上陸部隊をターゲットにしたことによって、一切の手傷を負うことなく亡霊軍隊の戦力を調査が可能となった。

 つい先ほど攻撃を受けた的である深海棲艦・上陸部隊を第五作戦部隊が調査することで、何かしらの物証を見つけることができる可能性も高い。

 最悪、見つけることができなくとも、これだけの行動の足跡があれば、それらから奴らの保有する戦力の概算を出すこともできる。

 

 途中話に上がっていた、亡霊軍隊のミサイル使用の可能性と、亡霊軍隊の背後に見え隠れする『スポンサー』の存在だが、これも何の問題もない。

 

 その程度のことなど対策済み(・・・・・・・・・・・・・)想定の範囲内だ(・・・・・・・)

 

 後でどうとでも対処できる。

 

 作戦は順調、いや、あらかじめ予想していた被害想定を大幅に下回ったことを考えれば、むしろ大成功に近い。

 

 

 結局のところ。

 深海棲艦であろうと、亡霊軍隊であろうと。

 何も変わりはしない、いつも通りの戦争。

 全て想定の内、彼の立てた計画からはみ出ることのない、最初から最後まで完全に予定調和な戦争計画。なのに――――

 

 (なんだ、この違和感は?)

 

 東条少将の心中は、いやこの亡霊軍隊に対する強烈な違和感で埋め尽くされていた。

 しかし、感じはすれどもその違和感の正体が掴めない。

 

 東条少将の理性的な部分は、この作戦の成功を確信している。

 だが、胸の奥の蟠りは欠片も晴れることはなかった。まるで思考の歯車がかみ合わず空回りを起こしているようだった。

 

 だが、その時。

 

 『手段こそが目的』

 

 ふと、先ほどの会議で、東条少将自身が言った言葉が思い浮かんだ。

 この言葉は、手段の検証が目的である、という意味で使った言葉なのだが、なぜか頭から離れない。

 

 そしてようやく自分が感じていた違和感の正体に気が付いた。

 

 (そうだ……。先ほどから感じていた違和感の正体、それはわざとらしさ(・・・・・・)だ)

 

 わざとらしさ、と言っても、こちらを罠に嵌めるための予兆や動作といった類のものではない。

 

 もっと概念的なもの。

 

 それはまるで一つ一つが、作戦が積み重なって結果的に戦場を形作るのではなく、意図的に捻じ曲げられた。そう、最初から戦場という『手段こそが目的』のような。

 

 それも自分たちのような、目的の達成する過程で偶発的に生じる、色のないシステマチックな戦争ではなく。

 戦争の為に戦争をする。まるで戦争という行為にストーリーを与え、観客を楽しませるように、魅せつけるようにオーバーに、そして豪奢に舞台を演じるドラマチックな戦争。

 

 そう、それに最もふさわしい言葉を与えるとするならば。それは

 

 

 (そうだ……。これは、これはまるで、『戦争という名のショー』だ!)

 

 

 自衛隊も東南アジア連合軍も深海棲艦も、そして亡霊軍隊自身さえも、何もかも一切合財、登場人物として組み込んだ戦争という名の巨大な演劇。

 

 (何をバカな……)

 

 すぐさま東条少将の理性的な部分がその考えを否定する。

 戦争の為に戦争をする。そんなもの国家に属する軍隊として、『普通』ならあり得ない。

 考えすぎだろうと。

 ただ思考が煮詰まっているから、そういう突拍子もない考えが思い浮かんだのだろうと。

 

 

 『普通』ならば、橋本少将の言う通り、退くはずだ。 これほどまで隠密行動を第一としていた亡霊軍隊が、大したリターンもなく、それを態々捨てるなどあり得ない。

 

 司令部にある東南アジア全域を写す巨大なスクリーンに、小さな電子音と共に、いくつもの緑色の光点が瞬いた。

 これは潜水艦隊からの定時連絡だ。

 深海棲艦・上陸部隊に参加している潜水艦娘を除く全潜水艦隊は、東南アジア全域に展開。海峡などの要所に無音潜航し、海上、そして海中に監視の網を張り巡らしている。

 そして、その他の監視網も、亡霊軍隊が食いつきやすいよう調整された監視網の穴も含め全て復旧している。

 

 監視網の外で攻撃した深海棲艦・上陸部隊とは訳が違う、空中に、海上に、海中に隙なく張り巡らされた巨大な監視網。

 今、行動を起こせば確実に発見される。

 もはやこのジャワ島防衛作戦において、隠密行動などできるはずもなく、亡霊軍隊が戦果を獲得する機会は、永遠に近く失われた。

 

 

 

        『普通』ならば退く。間違いなく。確実に。

 

 

 

           だが、もし。もしも、だ。

 

 

 

         奴らが『普通』ではないとしたら(・・・・・・・・・・)

 

 

 

         『手段こそが目的』だとしたら。

 

 

 

          『戦争という名のショー』

     これが何もかも一切合財、登場人物として組み込んだ。

      戦争という題材の巨大な演劇なのだとしたら。

 

 

 

              そして。

 

 

 

  この戦争が亡霊軍隊との邂逅までを(・・・・・・・・・・・・・・・・)描いた演劇なのだとしたら(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

           次に至るは最終幕。

 

 

 

  そして、それを飾るに最も相応しい場所があるとするならば、それは――――

         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――1999年9月30日 PM 4:00 タウイタウイ沖

 

 

 『きゃあっ!浸水を…防いで!』

 『まだ……まだ、沈みません! 艦隊の防空を…私はっ!』

 『第三艦隊旗艦・鈴谷より、伝ー達!涼月、秋月が中破!至急増援求むぅ!』

 『こちら第四艦隊旗艦・熊野!ただいま雷撃隊を迎撃中、手が離せませんわ!』

 『第五艦隊旗艦・利根じゃ!こちらから霜月、冬月を送る!持ちこたえてくれ!』

 『第六艦隊旗艦・筑摩です。涼月、秋月の両艦は第六艦隊で受け入れます!』

 

 タウイタウイ沖にて発生した、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊との戦闘開始より八時間。

 片時も休みなく、ぶつかり合う主力艦隊同士の航空戦は、血みどろの消耗戦へと突入していた。

 

 深海棲艦・空母機動部隊は、持ち前の物量戦を展開。

 その桁違いの航空戦力を持って、第一作戦部隊の防衛線ごと、押し潰しにかかった。

 

 それを徹底的に効率化された迎撃戦闘機隊と、艦娘の統制された対空弾幕が迎え撃つものの、湯水の如く湧き出てくる航空戦力に次第に消耗。

 第一次、第二次、三次攻撃隊まで、無傷で凌いでいた防衛線も次第に突破され始め、艦艇に被害が出始めた。

 それに伴い開いた防衛線の綻びに、さらに敵航空戦力が集中。

 犠牲を顧みることなく、暴れ牛の如く突撃してくる敵航空戦力に、こじ開けられるように傷口を広げられ、対空弾幕を担っていた艦娘に一気に被害が拡大したことで防衛線は崩壊し始めた。

 特に航路上、深海棲艦・空母機動部隊に常に面し、その航空戦力を一身に受けることとなった第三艦隊の被害は著しく、戦闘能力をほぼ失った艦―――つまりは中破艦が過半を占めたことで、中央の空母艦娘で構成される第一第二艦隊を守る城壁はついに打ち崩された。

 

 この動きに第一作戦部隊は、第三艦隊の中破艦を後方を下げ、他艦隊から艦艇を抽出し宛がうことで、第三艦隊の致命的な崩壊を防いだ。

 戦闘時における艦隊の中での配置変換など、無茶を通り越して、ただの自殺行為でしかないが、彼女たちは艦娘。

 その「程度」の事、できないはずがない。

 

 巨大な艦隊の中で、複数の艦艇が次々と移動を開始。まるで陸上における部隊の人員交代のように、しかし一切の接触事故を起こすことなく変更され、スムーズに組み替えられていく。

 

 新たな艦艇を補充したことで、再度息を吹き返し対空弾幕を張り始める第三艦隊と、中心の空母艦娘で構成される第一、第二艦隊を叩き潰すべく、雪崩れ込む深海棲艦・攻撃隊。そしてそれを防ぐ迎撃戦闘機隊。

 艦隊中央にて航空戦力を統括する第一、第二艦隊すらも、敵攻撃隊を防ぐべく、機銃による迎撃を開始するほどの、両軍入り乱れた激しい争いをする中。

 

 

 タウイタイウイ方面軍・第一作戦部隊の旗艦である空母『大鳳』は、自身の艦艇のCIC室にて、現在の戦況を整理していた。

 彼女の目の前のテーブルには、今回の作戦範囲である東南アジア全域の地図が広げられ、そこには敵味方を司った駒と各作戦部隊と敵艦隊の航路が事細かく記載されている。

 それを見ながら戦況の確認をしていると、タウイタウイ作戦支部との通信を担当していた艦娘『赤城』との相互通信が開かれた。

 

  

 『第二艦隊より連絡、加賀さん翔鶴さんが、飛行甲板に被弾し離着艦困難、現在修復中です』

 「艦隊の配置的にそちらが先に狙われましたか。わかりました、両者の所属航空隊はこちらの……そうですね雲龍さんと、天城さんが受け持ってくれるそうです。誘爆の危険性は?」

 『幸い二人とも、被弾による火災はすぐに鎮火されたので、誘爆の危険もありません』

 

 

 ついに訪れた第一作戦部隊の中核である空母艦娘への被害。その報告は深海棲艦の攻撃が艦隊中枢にまで及んでいる証左でもある。

 赤城から報告を聞いた大鳳は取り乱すことなく、すぐさま他の空母艦娘と連絡を取り合い、着艦のできない両者の航空部隊の受け入れ先を見つけ出した。

 しかし、自軍の戦況の不利を示す報告が伝えられているにも関わらず、通信をする赤城、大鳳共に僅かな動揺も見られなかった。

 

 それもそのはず。『亡霊軍隊』によって、計画を大きく乱されたジャワ島方面とは違い、タウイタウイ方面は当初の計画通りに作戦が進行している。この程度の損害は許容範囲内だからだ。

 

 そもそもの話として、タウイ方面軍・第一作戦部隊と交戦している深海棲艦・空母機動部隊は艦艇の数では倍以上。

 航空戦力でも、友軍の基地航空隊の航空戦力を合わせても、その総数は大きく引き離されている。

 いくら質と、運用で上回ろうともその圧倒的な物量を容易に覆せるはずもない事は、端から予想されていた。

 

 『損害』など、端から織り込み済み。むしろこれほどの『損害』が出ているにも関わらず、

『損失』つまりは、沈んだ艦娘は一隻もいない。すべて艦娘のダメージは、戦闘能力はほぼ失っている状態であるものの、艦としての最低限の機能は健在である中破に抑えられていた。

 これも艦艇を文字通り手足の如く、操ることができるからこその、現代艦にも匹敵する高い生存能力(ダメージコントロール)おかげといえるだろう

 

 そして。

 第一作戦部隊もただ一方的にやられているわけではない。

 

 「敵艦隊を監視中の林隊より連絡。駆逐艦級の最後の一隻の沈没を確認、とのことです」

 『これで、深海棲艦・空母機動部隊を構成する全て駆逐艦級は削り切りましたか』

 

 深海棲艦・空母機動部隊との交戦が始まって以来、第一作戦部隊と航空基地群が持つ攻撃リソースの全てを、空母級や戦艦級などの大型艦艇どころか、軽空母級や重巡級の艦艇すらも一切無視し、駆逐艦級のみに振り向けた結果、八時間をかけて、深海棲艦・空母機動部隊を構成する全ての駆逐艦級を沈めきることに成功していた。

 

 

 「これで空母機動部隊の中枢を守る『盾』はなくなりました。深海棲艦・上陸部隊(友軍)が撤退した以上、陽動が目的ならば(・・・・・・・・)撤退するはずですが……」

 『タウイタウイ作戦支部より入電。深海棲艦・空母機動部隊が第三防衛ラインを突破しつつあり。敵艦隊の進路依然変わらず』

 「……やはり来ますか」

 

 それはとある(・・・)地点を起点として海に引かれた複数の防衛ライン、

 無論、これは一種の目安。便宜上そう呼称しているだけで、別に防衛ラインに海上要塞線があるわけでもないのだが、それはともかく。

 防衛ラインは全部で四つ。つまり残るは、突破されれば即アウトの最終防衛ラインしか残されていないことになる。

 だがしかし、未だに最終防衛ラインは健在。にもかかわらず友軍は撤退し、艦隊の盾となる駆逐艦級は全滅している。陽動が目的ならば、友軍が撤退した以上、これ以上の陽動は無意味。撤退を選択すべきである。駆逐艦級は全滅したものの、その他の艦艇はほとんどダメージを受けてはいなのだ。主力艦の温存という意味でも、撤退は妥当というか当然ともいえる。

 にもかかわらず、深海棲艦・空母機動部隊は撤退せず、残存する艦艇のみでとある(・・・)地点に向けて、愚直なまでに進撃を繰り返していた。

 あまりにも常軌を逸した行動。

  そのことに対し、大鳳はウンザリしたようにため息をつくも、驚きはない。

 

 なんてことはない。これが深海棲艦との戦争だからだ。

 

 

 

 深海棲艦の思考回路は、複雑な情緒を生み出す霊長類というよりも、イエスかノーで判断する昆虫のようなものにちかい。

これは数多の深海棲艦の残骸から、人間でいう脳にあたる部分を引きずり出し解析し続けて出た研究結果である。

 「特定の条件に対して特定の反応をする」といういくつかの行動パターンの組み合わせによって行動しているのだ。

 例えば、ダンゴムシは、自分の体とほぼ同じぐらいの幅の狭い穴を通る際に、壁に突き当たるごとに、右、左、右、左……と交互に進行方向を変える事が知られている。

 テントウムシは、歩いて上れる最も高い所まで上ってから飛び立つ習性がある。

 

 この行動は、ほとんどが本能的に備わっている「特定の条件に対して特定の反応をする」というものの組み合わせといえる。そこに思考は介在していない。

 

 深海棲艦もこれと同じことが言える。「特定の条件に対して特定の反応」を数千数万と積み重ねることで、あたかも「複雑に考え情緒のある」ように見えているだけだ。

 高度な対話プログラムが実際は〇と一の羅列でしかないのと同じように。

 深海棲艦の上位種である棲鬼や棲姫も例外ではなく、こちらは高度なAIと同じで、感情と云えるものを発露し、学習すれども、やはり人間のそれとはかけ離れている。

 

 深海棲艦の戦術戦略もこれに準ずる。

 

 人間達の行う、政治や情勢、利権などその他の様々な要素が複雑に絡み合い、智謀の限りを尽くしあい、時には敵だけでなく味方すらも欺き、牙を向く。それゆえに万華鏡のように目まぐるしく変化し続けていく陰惨な戦いではない。

 

 深海棲艦同士が同一の思考パターンを持つがゆえに、対立や分裂することなく一個の群のように蠢く。しかし「特定の条件に対して特定の反応」しかできないがゆえに、単色でしか描き出すことのない無機質な戦い。

 例えるならば、戦略ゲームにおけるNPCの軍隊のようなものか。 

 

 今回、深海棲艦の取った行動もそれと同様だ。  

 

 人類の戦術戦略で考えるならば、深海棲艦・空母機動部隊が、人類側の主力部隊であるタウイタウイ方面軍に陽動をかけて抑え込み、その隙を狙い本命である深海棲艦・上陸部隊がジャワ島に強襲し、橋頭堡を確保。膨大な陸上戦力を以て、同島を一気に制圧する、となる。

 

 だが実際は違う。

 

 彼ら深海棲艦に心理戦などといった思考は存在しない。 一か〇か、イエスかノーかでしか物事を判断できない深海棲艦にとって、心理などといった不確定要素かつ、推測でしか測れない物事など端から考慮するに値しないのだ。

 そう、深海棲艦の戦術戦略に心理戦の延長上にある、敵指揮官の判断を惑わせるような陽動という概念は存在しない。

 

 深海棲艦にとって、二つの攻勢そのものが本命であり主力。

 

 よって深海棲艦・上陸部隊が撤退したとしても、それは一つの攻勢が挫かれただけでしかなく、二つ目の攻勢である深海棲艦・空母機動部隊が撤退するという理由にならない。

 

 そして。一か〇か、イエスかノーかでしか物事を判断できない深海棲艦が。予測や推測などといった不確定要素を排除する深海棲艦が、人類側の動き如何では戦わない可能性もあった、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊の撃滅を第一目標に据えるわけがない。

 

 第一作戦部隊はあくまで第二目標。

 

 第一目標は、とある(・・・)地点。

 

 第一作戦部隊を構成する艦娘たちの母港であり、東南アジア戦線において深海棲艦を穿つ鉾の役割を担当する攻勢の一大拠点であり、アキレス健。

 

 

 タウイタウイ軍港の完全破壊。

 

 

 軍港の防衛の為に、第二目標であるタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊を戦場に引きずり出せた以上。深海棲艦・空母機動部隊が撤退する理由などどこにもない。

 

 そして。

 作戦遂行不能となったことで撤退を選択した深海棲艦・上陸部隊と違い、第一目標であるタウイタウイ軍港の完全破壊、第二目標であるタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊の撃滅という目的が明確に決まってしまっている以上。深海棲艦・空母機動部隊は止まることはない。どれだけ攻撃されようが、どれだけ沈められようが、ただひたすら進撃し攻撃し続ける。最後の一隻になろうとも(・・・・・・・・・・・)

 

 「全艦艇を沈めきるまで(全員死ぬまで)、止まりませんか」

 

 逃亡も降伏もない。しかし、本来そこにあるはずの悲壮感も哀愁もない、無機質な死の進撃。人間同士が戦う前提で作られた戦争のセオリーなどとはかけ離れた深海棲艦の行動。

  

 一か零か、勝利か敗北か、生か死か、騎士道も条約も慈悲すらもない、金、地位、名誉、資源、ありとあらゆる戦争の建前が剥がれ落ちた、透き通った絶滅戦争。

 これこそが深海棲艦との戦争。

 

しかし行動を冷めた目で見つめる大鳳は揺らぐことはない。

 

 「……想定内とはいえ、一隻でも到達されれば、母港に損害が出る以上、これより先への侵入は許容できません。ここで迎え撃ちます。

 第一作戦部隊全艦に伝達。陣形変更、第七、第八艦隊はただちに分離し艦隊を再編。進路0-9-0へ変針、敵艦隊に突入せよ」

 

 総旗艦である大鳳の命令を下すと同時に、巨大な一塊となっていた第一作戦部隊の全艦艇が一斉に始め、艦隊が二つに分かれ始めた。ここが戦場であることを忘れるような、まるで観艦式を彷彿とさせるような美しい艦隊運動。

 

 第一作戦部隊の西側の守りを固めていた第七、第八艦隊は、本隊から分離。艦隊を再編成しつつも素早く陣形を整え、艦隊の進路を深海棲艦・空母機動部隊が迫る東へと向けた。

 

 「第七艦隊!全力で参ります!」

 「砲雷撃戦、用意!」

 「ヨーソロー。うふっ♪」

 「よーし、ボクも突撃するぞー!」

 

 「第八艦隊、距離、速度、よし!突入開始!!」

 「やったるぜー!摩耶、出~番だ~~~!」

 「さぁ、行きましょう!やるわよー! 」

 「三隈がご一緒しましょう」

 

 旗艦である榛名、霧島の号令の元、戦闘隊列を整えた第七、第八艦隊が、深海棲艦・空母機動部隊に向け進撃を開始。

 矢のように飛び出した艦隊上空を第一作戦部隊の本隊と基地航空隊が、エアカバーを展開することで、その進撃を援護した。

 

 それに対し、深海棲艦・空母機動部隊は、空母級、軽空母級を除く全艦隊を前面に押し出すことで、第七、第八艦隊を迎え撃つ姿勢を見せた。

 

 未だ姿が見えずとも、向かい合う両艦隊。

 しかし、その艦隊編成、そして主戦力は全くと言っていいほど異なっている。

 

 戦艦である榛名、霧島以外、高雄、愛宕、摩耶、鳥海の重巡洋艦四隻と、最上、三隈の航空巡洋艦二隻。そして一九隻の駆逐艦で構成されている第七、第八艦隊に対し、

 駆逐艦級は存在しないものの、無傷の戦艦級が一二隻に、重巡級が一一隻という強大な戦力を有する深海棲艦。

 第七、第八艦隊に速力と数の面では軍配が上がるとはいえ、それ以外の面、特に中・遠距離砲撃戦での投射火力の面では、埋めがたいほどの差をつけられいる。

 絶望的なほどの戦力差。

 

 しかし第七、第八艦隊の面々に悲壮感などといったものは一切ない。彼らには切り札があるからだ。

 

 「うっふふ、やってきたわね。私たちの邪魔をする駆逐艦級はもういないわ。夕雲型全艦、深海棲艦に主力オブ主力の夕雲型の力、教えてあげましょう」

 

 妖艶な少女の声―――夕雲が言葉を紡ぐと同時に、一九隻の駆逐艦が、一斉に第七、第八艦隊正面にせり出した。

 

 「巻雲の出番ですね、がんばります!」

 「夕雲型駆逐艦、風雲、出るわ!」

 「長波サマにぴったりさ、いくぜぇ!」

 「高波、突撃します!」

 「藤波、突撃します。……行くぞっ!」

 「夕雲型駆逐艦、早波、行きます!」

 「はっ、浜波、いきます…。で、出ます…」

 「駆逐艦沖波、突撃致します!」

 「岸波、先行します!」

 「朝霜!でるよ!」

 「早霜、お相手します」

 「うん。清霜に任せて!」

 

 帝国海軍の艦隊型駆逐艦の集大成である甲型駆逐艦、その最終型である夕雲型駆逐艦。

 帝国海軍の根本にあった戦略構想である「漸減作戦」完遂のために、高い雷撃能力と良好な航海能力という艦隊決戦に特化した性能を与えられ、しかしその性能を存分に振るう戦場に巡り合うことなく、戦争の狭間に消えていった彼女たちは。

 かつての本懐を果たすべく、その切っ先を深海棲艦・空母機動部隊に向け突入を開始する。

 

 

 

   血のような夕焼けの空に航空機が舞い、数多の艦艇が海面に軌跡を描く。

 

 

 

 早朝より開始(開幕)されたジャワ島防衛戦(戦争劇場)は、

 

             数多の交戦(第一第二幕)を経て、最終局面である(最も相応しい)艦隊決戦(最終幕)へと移行(開幕)した。

 

 

 

 

 

 

 

 








 戦況報告
        タウイタウイ方面

          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

          深海陣営
           ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 

               交戦状態



        フローレス海方面
          
          人類陣営
           タウイタウイ方面軍 第五作戦部隊
           タウイタウイ方面軍 基地航空隊
                     潜水艦隊

          深海陣営
           ダーウィン方面 上陸部隊


               追撃中
     







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第28話 幕間フラグメント

 お久しぶりです(小声)
 内容に悪戦苦闘してたらこんなにも遅くなりました(白目)
 あ、あと感想と誤字訂正いつもありがとうございます
 返事は返せてませんが、いつも励みになっております!
 今後ともよろしくお願いいたします!


――――1999年9月30日 PM 5:00 インドネシア マカッサル海峡海底

 

 

 

 インドネシア中部、ボルネオ島とスラウェシ島との間にありジャワ海とセレベス海を結ぶマカッサル海峡。

 長さ約 800km、幅130~370km。多数の島があるものの水深は大きく、50万tタンカーが航行可能であるため、深海棲艦に制海権を奪われるまでは南方のロンボク海峡とともに、インド洋と太平洋を結ぶ重要な海上交通路となっていた。

 そのマカッサル海峡の最狭部の海底にて。

 

 

 『ねえねえねえ!退屈なんだけどー!』

 

 

 少女が発する相互通信が響き渡った。

 

 彼女の名は伊26。巡潜乙型7番艦の潜水艦娘であり、現在『ジャワ島防衛作戦』完遂のため、南アジア全域に展開、海峡などの要所に無音潜航し、海上、そして海中に監視の網を張り巡せている潜水艦隊の一人である。

 彼女は現在、自身の担当区域であるマカッサル海峡海底の砂地に寝そべりながら、頬を膨らませ相互通信の相手に不満を漏らしていた。

 

 

 『はっはっはっ!まぁまぁニム殿。哨戒も立派な任務、仕方ないのであります』

 

 

 伊26の不満に対し、通信相手である揚陸艦の艦娘―――あきつ丸は、からからと笑いながらそう答えた。

 

 そのあきつ丸の、ちゃんと聞いてるんだか聞いてないんだか分からない適当な返答は、伊26のお気に召さなかったらしく、膨らませた頬をさらに大きくし、不機嫌そうに足をバタつかせれば、近くを泳いでいた魚たちは驚いて慌ただしく離れていく。

 

 本来なら、人の侵入を拒む海の底も、潜水艦の権能をもつ彼女にとっては、日当たりのいい芝生の何ら変わりはないということなのだろう。

 

 通信越しからでもその姿が容易に感じ取れたあきつ丸は、微笑みながら空調の効いた部屋で緑茶の味を楽しんでいた。

 

 あきつ丸のいる場所は、伊26と違い陸上、ボルネオ島にある通信基地。ここから自分の管轄の潜水艦娘から相互通信にて定時連絡を受け取り、ジャワ島作戦本部へ、その情報を送信するという任務を帯びていた。

 

 相互通信は、艦娘だけが使う事の出来る、離れた相手と自由に会話することができる能力だ。

 ある種テレパシーの一種であるため、物理的な距離以外に疎外される要素はなく、技術に依存しない、能力であるために探知される恐れもない。

 相手が海底深くに、潜航している艦娘であってもそれは例外ではなく、通信をとるために海面近くにまで毎回浮上せずとも、海中の水に通信を阻害されることなく、自由に連絡を取ることができるのだ。

 

 そんな潜水艦にとって革新的な能力であっても、今この場においてはただの会話ツールとしてしか使われていない。

 それどころかあきつ丸は、伊26としか相互通信を開いておらず、自身の管轄である他の潜水艦娘に連絡を取ろうとする気配すらいなかった。

 

 その理由は、伊26がこれほどまでに不機嫌な理由とも関係している。

 

 

 『ニムも、フローレス海の追撃戦に参加したかったー!!』

 

 『はっはっはっ!』

 

 

 つまりはそういうことである。

 

 

 

 

 あきつ丸の管轄である三隻の潜水艦娘、伊13、伊14、そして伊26は、このジャワ島防衛作戦において、マカッサル海峡付近の哨戒任務を任されていた。

 その任務を遂行するべく、彼女たちはマカッサル海峡に均等に散らばり、監視網を引いていたわけだが、ちょうどその時に、深海棲艦・上陸部隊壊滅の知らせが届いたのである。

 

 ジャワ島作戦本部は、壊滅した深海棲艦・上陸部隊の追撃を決定。航空基地の爆撃機編隊と第五作戦部隊に出撃命令が下されると同時に、フローレス海近辺で哨戒任務にあたっていた潜水艦娘たちにも、集結命令が下った。

 

 当然フローレス海から程近い彼女達にも、その命令は届いたのだが、しかしその命令には『監視任務に支障をきたさない範囲で』という文言が付け加えられていたのだ。

 

 その文言のせいで、マカッサル海峡の北側、つまり命令の下った三人の中で集結地点である南側から最も遠い海域で哨戒任務に当たっていた伊26が、監視網維持の為に置いて行かれることに相成ったのである。

 

 何が悪かったといえば、運が悪かった。

 

 そのような経緯で、彼女だけ留守番をする羽目になったのだ。第二次世界大戦時、通商破壊において輸送船やタンカーなど12隻、総排水量5万トン近くを葬り、敵空母を中破させ軽巡も沈めた、歴戦のハンターである伊26にとって、絶好の狩場であるフローレス海の追撃戦に参加できないということは、彼女の機嫌を大きく損ねるに値する事態だったのだ。

 

 それはもう一人だけ遠足に置いて行かれた子供と同じように。

 

 

 『……ねえねえねえ、フローレス海で深海棲艦の上陸部隊を襲った亡霊軍隊?ていうのがここを通ったりしないかなー』

 

 『亡霊軍隊が、でありますか?』

 

 『うんっ、もしかしたら亡霊軍隊が、タウイタウイ方面にちょっかいを出すかもしれないでしょ?そしたらフローレス海からタウイタウイに抜けることができる、この海峡を通らないかなーって!』

 

 

 しかし、フローレス海の追撃戦に参加している仲間たちに羨望の念を向けるものの、伊26は未だ諦めてはいなかった。

 たしかにフローレス海の追撃戦に参加している仲間たちのように、艦艇を沈めて戦果を上げることなどできはしない。

 だが、潜水艦の功績はなにも艦艇を沈めるだけではないのだ。

 敵艦の発見。それも立派な任務であり功績なのである。しかも、もしここで、深海棲艦・上陸部隊を潰走に追い込んでなお、姿の確認できない『亡霊軍隊』を発見することができれば、それは追撃戦での戦果に匹敵するほどのものになるだろう。

 

 伊26はその発見にかけた。もし『亡霊軍隊』がタウイタウイ方面に仕掛けるのならば、必ず、島々の狭間にある、どこかの海峡を通って南側から北側へと抜ければならない。

 そして先の戦場となったフローレス海から最も近く、タウイタウイ方面に抜けることができる海峡こそが、このマカッサル海峡なのだ。

 そのことを考えれば、『亡霊軍隊』通る可能性が最も高い海峡といえるだろう。

 

 伊26がかけた一縷の望み。

 

 

 『それはないのであります』

 

 

 あきつ丸は、その望みをバッサリと切り捨てた。

 

 

 『……それはこの海峡を通る可能性が、ってこと?』

 

 『いえ、亡霊軍隊がタウイタウイ方面にちょっかいをかける、という前提自体がであります』

 

 

 そういうとあきつ丸は自分の考えを説明し始めた。

 

 

 『深海棲艦・上陸部隊の陸上戦力、艦隊戦力、敵基地航空隊の航空戦力との交戦が予想されたために広範囲に戦力を分散させる必要のあったジャワ島方面とは違い、タウイタウイ方面は、深海棲艦・空母機動部隊と交戦する第一作戦部隊と、その支援をする基地航空隊という、構図そのものは非常にシンプルなもの。

 空母機動部隊という一大戦力を、撃滅せんが為に配置された全ての味方戦力は、互いに支援しやすいよう、タウイタウイ軍港の周辺海域に重点的に配備されているのであります。

 タウイタウイ方面の全戦力が一か所に集結し、そして全力稼働している以上、奇襲は通じないでありましょう。

 どこかにちょっかいを出そうものならその瞬間、すぐさま探知され、返す刀で袋叩きにされるのでありますから。

 ただでさえジャワ島方面での攻勢で、戦略物資をすり減らした状態で。

 タウイタウイ方面軍に仕掛けるなど、ただの自殺行為であります』

 

 『……ううう』

 

 『そして、これが最も大きいのでありますが―――』

 

 『まだあるの!?』

 

 『単純に遠すぎるのであります。

 亡霊軍隊が現れたフローレス海と、戦場であるタウイタウイとの距離は、直線距離でも700浬(1296.4㎞)。海峡を通るのならばおおよそ五割増しといったところでありましょうか。艦隊の船足では到底終わるまでにはたどり着けないのであります。

 航空機によるアウトレンジ攻撃も同様。空母の理想の攻撃距離は200浬(370.4㎞)から多くとも250浬(463㎞)以内。500浬(926㎞)で『マリアナの七面鳥撃ち』になったことを鑑みるに、妖精殿の力を以てしても、700浬先への有効的な攻撃は、陸上攻撃機でもない限り不可能であります。

 ……まぁ『じぇっと戦闘機』を用いれば、その限りでありませんが、それでも敵陣の真っただ中で、一時間近くも、航空母艦を放置するリスクを冒してまで、ちょっかいを出す必要があるのかと言われると……』

 

 『………あぅ』

 

 『まぁ、いずれにせよ、攻撃方法が航空機に依存する以上、この海峡に亡霊軍隊の艦艇が現れる可能性はほぼゼロでありますな!』

 

 『………』

 

 あきつ丸の論理的かつ容赦のない反論。もはやぐうの音も出ないほどに叩きのめされた伊26は、砂地の上に、のの字を書き始めた。

 

 完全に臍を曲げてしまった伊26を尻目に、緑茶を味わっていたあきつ丸だったが、不意に机の上に置かれているタイマーが鳴り響いた。

 

 『んっ?もう時間でありますか。さあさあニム殿!定時連絡の時間であります!』

 

 『……了解ー』

 

 あきつ丸の腹が立つほど溌剌な掛け声に、しぶしぶ反応した伊26。

 

 やる気のない返事だがその実、伊26は、哨戒任務に一切の手を抜いていなかった。

 マカッサル海峡の最狭部。その両端に伊26と、そして自身の船体が潜航し、共に索敵能力を行使することで、その区間全域をカバーしているのだ。

 

 先ほどのおちゃらけた会話の最中も、一瞬たりとも監視網を途切れさせてはいない。

 

 そして、先ほどの定時連絡から、今までソナーに一切の反応はなかった。この区域には、自身以外の潜水艦そして水上艦は、存在していないと自信を以て断言できる。

 

 念のために再度確認。ソナーから聞こえる海中の声。そこには透き通った水のさざめきしかなく、スクリュー音などといった調和を乱すような不快な音など僅かたりとも存在しない。

 

 哨戒任務としては最良であり、しかし敵の発見という功績からはかけ離れた結果に、伊26は半ばやけくそ気味に返答を返した。

 

 

 『マカッサル海峡(・・・・・・・)異常なし(・・・・)!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM 5:00 タウイタウイ沖 深海棲艦・空母機動部隊上空 『林隊』

 

 

 

 タウイタウイ沖にて発生した、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊との戦闘。

 

 第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊の熾烈な航空戦は、戦闘開始より九時間も経過しているにもかかわらず、微塵も衰えることはなく、それどころか、本隊より分離し深海棲艦・空母機動部隊へと、突貫する第七、第八艦隊上空の制空権争いが追加されたことで、混沌とした戦場はさらなる広がりを見せている。

 

 その中で、一〇〇式司令部偵察機で構成された偵察隊である『林隊』は、第一作戦部隊と第七、第八艦隊、そして深海棲艦・空母機動部隊上空と三つに分かれた戦場で、監視任務に就いていた。

 

 彼らの集めた情報は随時、第一作戦部隊の総旗艦である大鳳に送られ、彼女がすべての戦場の動向を正確に把握し、決断を下す助けになっている。

 

 そのうちの一つ、『林隊』のリーダーであり、パイロットの林大尉と、複座式である一〇〇式司令部偵察機の後席に乗り込む、ナビゲーターの上田少尉のコンビは、深海棲艦・空母機動部隊を担当。

 艦隊の遥か上空を飛びながら、己の任務を全うしていた。

 

 

 『……深海棲艦の奴ら、陣形こそ変更したものの、艦隊を分離させる様子はないですね。空母級くらい後方に下げりゃいーのに』

 

 「作戦目標の達成こそ絶対。端から生存を考えてない奴らにとって、艦隊を分ける必要性を感じないんだろうよ。艦隊が一塊となって突っ込めば撃滅は難しくなり、目標達成の成功率が上がる。

 それくらいしか考えてないだろ。

 ……それこそ、最終的には空母級諸共タウイタウイ軍港に突っ込んで、僚艦ごと自爆すんじゃねーか?」

 

 『うへぇ……』

 

 

 艦隊の動向を監視していた上田少尉に、林大尉の考えを聞かせると、嫌そうなうめき声が返ってきた。

 

 林大尉が操縦席の足元にある小窓を除けば、そこには戦闘開始時に比べれば、大幅に数を減らした深海棲艦・空母機動部隊と、そのすぐ近くで航空戦を行う集団が見て取れた。

 

 艦隊攻撃の為に低い高度で飛ばなければいけない攻撃機や、それを守る護衛戦闘機。そして攻撃機から艦隊を守る迎撃戦闘機と違い、敵艦隊の監視任務が主である彼らは、態々低い高度を飛ぶ必要はなく、熾烈な航空戦が行われている空域よりもさらに高い、比較的安全な空域に陣取り、監視任務を行える。

 

 もちろん、比較的安全というだけで、深海棲艦・空母機動部隊から打ち出された対空砲弾の流れ弾はかなりの頻度で飛んでくるし、監視の目を排除しようと敵戦闘機も上がってくるが、それでも『下』の凄惨な戦場に比べれば、はるかにマシといえるだろう。

 

 

 林大尉は、戦闘空域を避けつつ、深海棲艦・空母機動部隊の上空を旋回。

 その間に、上田少尉は撮影機材も操作し、今現在の戦況をデータに残していく。

 

 総旗艦である大鳳に送る情報は、この機体にも同乗している妖精さんの『目』を通じてリアルタイムに送られているので、特別に何かする必要はない。

 

 だから上田少尉が記録しているデータは、大鳳に送るためではなく、深海棲艦に対する研究資料としての意味合いが強い。

 

 『進路を左へ10度修正してください』

 

 「了解、左へ10度」

 

 上田少尉のナビゲートに応じて、機体を動かす林大尉。

 

 彼らは、時折、監視の目を排除しようと敵戦闘機を蹴散らしつつも、己に与えられた監視任務を忠実に滞りなく遂行していく。

 

 今のところ、問題はなく、何の異常もない。

 

 

 

 

    だからだろう。

 

 

 

 

    最初に、異変を察知したのも彼らだった。

 

 

 

 

 

 『……ん!? あれ!?』

 

 「なにか問題か?」

 

 突如として、素っ頓狂な声を上げた上田少尉に、林大尉は機内無線で呼びかけた。

 

 しかし上田少尉は、すぐには返答しなかった。

 林大尉が機体を操縦するコックピット部分と、上田少尉が機材を回している偵察席は離れている。

 なので直接確認することはできないが、物音と気配から察するに、上田少尉はなにかを確認しているのか慌ただしく機材を操作しているようだった。

 

 それからしばらくのち、上田少尉は、確認がとれたのか、しかしそれが未だに信じられないという疑念を滲ませた声色で、総旗艦である大鳳と通信、そして林大尉に報告する。

 

 『敵艦隊進路変更(・・・・・・・)方位2-2-5(南西)

 

 「はぁ???」

 

 その報告を聞いた林大尉は、思わずそう声に出しつつも、慌てて足元の小窓を確認する。

 

 そこには、遥か下、海面にいくつもの軌跡を描く深海棲艦・空母機動部隊が、進路を西から南西へ変更する様子が見て取れた。

 

 「なんで今頃になって進路を……。しかも東へ変更して撤退するんじゃなく、南西なんて中途半端な進路をとっているんだ?」

 

 『いままでタウイタウイ軍港のある西にピタリと進路を合わせていたのに。……南西なんて軍事拠点どころか、島すらもありませんよ』

 

 

 損失の一切合財を無視し、作戦目標であるタウイタウイ軍港を目指して、愚直なまでに突き進んでいた深海棲艦・空母機動部隊が、その手にかけようという最後の段階になって、よりにもよって作戦目標などなにもない南西に進路を変更する。

 

 彼らでは、この深海棲艦の艦隊が現在進行形で行われている、奇行ともいうべき行動に対して自身を納得させるだけの答えを見つける事はできなかった。

 

 

 「……第一作戦部隊にこのことは?」

 

 『伝えました。この光景も同乗者(妖精さん)(視界共有)を通して把握しているかと』

 

 「ならこのまま監視任務続行だ。いいか?僅かな異変も見逃すなよ」

 

 『了解』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 同時刻 空母「赤城」所属 『志摩隊』

 

 

 

 

 深海棲艦の攻撃機編隊を迎え撃つ、迎撃戦闘機隊の一つである『志摩隊』。

 その隊長である志摩中尉は、もはや自分でも把握していない撃墜記録を新たに更新しつつも、自身が従える編隊に指示を出していた。

 

 志摩隊の担当空域に侵入した攻撃機編隊を根絶やしにした時に訪れる僅かな空白。少し離れた空を見渡せば、別の深海棲艦の攻撃機編隊と迎撃戦闘機隊が、弾丸と鉄屑をまき散らしながら食い合う光景がそこかしこに広がっている。

 

 その中にあって志摩隊は、まるでその凄惨な光景から切り取られたような、静謐に満たされた空を飛んでいた。

 

 キャノピー前面に広がる航空戦の一大パノラマ。

 

 迎撃の為に急降下した高度を稼ぐため、自身の編隊を引き連れ上昇していた志摩中尉は、その光景を映画を鑑賞するかのように、落ち着いてみることができた。

 

 

 

 だからこそ。

 

 

 

 その異変に気付くことができたのだ。

 

 

 

 

「なんだ?戦闘空域が南にズレ始めている(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 懐にしまっていた空路図を開き、現在地と見比べていた時に気付いたズレ。

 

 空路図には当初予想されていた深海棲艦・空母機動部隊による攻撃機編隊の侵攻ルートとそれを迎撃する迎撃戦闘機隊の担当空域が書かれている。

 

 それによれば、この空路図に比べれば、なぜか戦闘空域は南にズレ始めていた。

 

 遠くに見える他の迎撃戦闘機隊を見ても、自分達が担当空域を大きく逸脱して、他の空域を侵食している様子はない。

 

 ということは、つまり。

 

 敵攻撃機編隊と迎撃戦闘機隊の戦場そのものが、南にズレ始めているということに他ならない。

 

 「どういうことだ?深海棲艦の奴ら何を考えている」

 

 迎撃戦闘機隊はあくまで受動的。

 

 深海棲艦の攻撃機編隊に対するカウンターである以上、自分達が戦場を移動させることはできない。

 

 となれば、この戦場を南にズラし始めているのは、深海棲艦・空母機動部隊による意思ということだ。

 

 志摩中尉は、この深海棲艦の不可思議な行動に考えを巡らすものの、すぐに諦めた。

 

 あまりにも情報が少なすぎる。

 

 所詮、自分は幾つも配置された迎撃戦闘機隊の一隊長に過ぎない。

 その程度の権限しか持たない者が得ることが出来る情報などたかが知れており、ましてや1区域といった情報ならともかく、戦場全体の動きといった知り得る筈もない。

 

 それに戦場を南にズラしているのは、深海棲艦の意思だが、その動きに対応すべく迎撃戦闘機部隊を配置しているのは、第一作戦部隊の指揮官である。

 

 自分よりも遥かに多くの戦術情報に触れ得ることの出来る指揮官が、そう命令を出している以上、兵士はただ従うだけだ。

 

 

『志摩隊、敵5機の1個編隊。10時下方 距離6千』

 

 「了解。各機、2機編隊!かかれ!」

 

 

 新たな敵機報告に、志摩隊長は先ほどまでの思考を切り替え、隷下の部隊に素早く指示を出すと、自身の役割を果たすべく戦場へと舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇第一作戦部隊 旗艦『大鳳』

 

 

 

 

 『第11航空隊、攻撃機未帰還機多数!』

 『こちら航空母艦天城です、うぅ…やられました…艦載機、発着艦不能です…』

 『敵本隊は進路変更、依然そのままの進路を――――』

 『第25航空隊、攻撃隊被害甚大!』

 『第15航空隊、これより帰投する』

 『燃料タンクに被弾、早期の着艦の承認を――――』

 『こちら江室隊、敵攻撃機が3機が抜けた、そちらに行くぞ!』

 『整備班より連絡、現時点での稼働機は―――』

 

 

 深海棲艦・空母機動部隊との戦闘中である、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊の旗艦である航空母艦大鳳。

 

 そのCIC室には、タウイタウイ沖にて繰り広げられる第一作戦部隊と空母・機動部隊との戦闘で生じたすべての戦術情報が、ここに集められていた。

 

 第一作戦部隊の各艦隊からの戦況報告や、周辺の航空基地から航空支援の稼働状況、そして自身に属する航空隊からの要請など、膨大な情報が続々と送られてきている。

 

 もはやこの情報の嵐の中では、常人では意味のある一文すら、聞き取ることが難しいだろう。

 

 ふつうならば、司令部を立て、何十人ものオペレーターと情報将校が対応する必要がある案件。しかし、

 

 『了解。第11航空隊は、第五航空基地に帰投後、第21航空隊と合流してください』

 『では天城さん隷下の航空隊に対する補給は―――『こちら航空母艦葛城!天城姉ぇの航空隊は、私の方で受け入れるわ!』では葛城さんお願いします』

 『こちら旗艦大鳳、了解。そのまま監視を継続してください』

 『第25航空隊は、第2航空基地に帰投。第5、第17、第23航空隊の残存機を組み込み、航空隊を再編します』

 『第15航空隊、了解です』

 『こちら大鳳。現在、網代隊が発艦中です、後方上空にて待機願います』

 『凪隊、敵3機。3時下方 距離6千』

 『確認しました』

 

 少女以外誰もいないはずの、がらんどうのCIC室で。

 対応するオペレーターすらいないにも関わらず、すべての報告や要請に、独りでに、そして的確な返答が返されていた。

 あまりに不可思議な光景。

 

 だが何てことはない。不可思議な光景はすべて、その中心部に立つ少女が成し得ているのだから。

 

 そして、それだけではない。

 彼女はそれ以外にも、第一作戦部隊の麾下である各艦隊に対する命令や、自身の空母に所属する全ての航空隊の戦闘指揮、そしてその航空機に乗り込んでいる数百にも及ぶ妖精さんとの視界共有を、全て一人で、そして同時に対処している。

 

 人間では到底不可能。艦娘でも出来うるものは多くない。

 

 しかし彼女はできる。

 

 彼女の名は大鳳。航空母艦『大鳳』。

 

 翔鶴型の発展系。不沈空母として建造された日本海軍機動部隊最後の切り札。

 

 日本の空母発展史上、就役した艦としては、技術的に最も発達を遂げた空母。 

 

 かつての第一機動艦隊の膨大な戦闘データの叩き台とし、航空機の艦隊運用に特化した彼女は、日本の空母艦娘の中で最も優れた情報処理能力を持っている。

 

 その能力を以てすれは、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊を完璧に統率することなど造作もないことだった。

 

 

 

 その彼女は現在、大きな机の上に広げられたタウイタウイ方面の海図を見据えている。

 

 その海図には、航空基地や戦闘空域、そして敵味方の艦隊に見立てた駒がいくつも配置されており、一目で現在の戦況が変わるようになっている。

 

 しかしその表情には、困惑の色が浮かんでいた。

 

 大鳳の視線は、敵味方の航空機が入り乱れて戦っている戦闘空域、そして深海棲艦・空母機動部隊に見立てた駒に向けられていた。

 

 

 「……敵艦隊が南西に進路を変更? 戦闘空域が南にズレ始めた?

 なぜ今になって、こんな動きを……」

 

 深海棲艦・空母機動部隊の唐突な進路変更と、戦闘空域の南下。

 

 「撤退しようとしている?……それにしては退路である東に向かわず、ただ南西方向に直進するだけ。

 それに、わざわざ大周りしてまで、戦闘空域を南にずらす意味が……」

 

 その全く脈絡のない、突拍子な行動を取り始めた深海棲艦に対し、その理由を探してみるものの、その行動を説明できる理由は見つからなかった。

 

 「赤城さん、少し相談が」

 

 『はい、なんでしょうか』

 

 このままでは埒が開かないと判断した大鳳は、赤城に助言を求めた。

 元々この第一作戦部隊の旗艦に抜擢されたのも、その情報処理能力を買われてのことである。

 

 統率をとることはできても、その思考に柔軟性が欠いていることを自覚している大鳳は、

 当時世界最強の空母機動部隊、第一航空艦隊の旗艦であり、艦艇として、そして艦娘として戦闘経験豊富なベテランであり、司令部が彼女の補佐としてつけた、航空母艦『赤城』を頼ることに抵抗はなかった。

 

 大鳳は、深海棲艦・空母機動部隊の急な進路変更と、戦闘空域の南下を説明。赤城に意見を求めた。

 

 『これは……囮?でも司令部から近海で別働隊を発見したという報告もありませんし……。

 となれば時間稼ぎ?……といっても周辺海域に何もない以上、第一作戦部隊を拘束したところで、何のメリットもありませんし、仮にそうだったとしても、破壊目標であるタウイタウイ軍港から進路をそらす必要など、どこにも―――』

 

 だが、彼女を以てしても、この深海棲艦の艦隊が現在進行形で行われている、奇行ともいうべき行動に対して、納得できるだけの答えを見つける事はできなかった。

 

 しかし、彼女たちはこの第一作戦部隊を率いる指揮官とその補佐である。

そして司令部からは、作戦を逸脱しないレベルでの、タウイ方面軍全軍の自由裁量権を与えられている。

 深海棲艦・空母機動部隊が、当初の予定とは違う、南西方向へ進路をとった以上、その行動に対応し、判断を下さなければならないのは自分達だ。

 

 『……この行動にどういう意図があるのか分かりませんが、深海棲艦・空母機動部隊が、舵を南西に向けたのならば、砲雷撃戦を仕掛ける第七、第八艦隊と、それを援護する第一作戦部隊本隊の進路も変更しなければなりませんね』

 

 「このまま東から回り込んで、第七、第八艦隊に、深海棲艦・空母機動部隊の側面を攻撃させますか?」

 

 『たしかにこちらの優位に事を運べますが、やめておいた方がいいでしょう。

 下手をすれば第七、第八艦隊が側面から攻撃を仕掛けた瞬間に、一塊になっている深海棲艦・空母機動部隊がばらけます。

 最悪の場合、第七、第八艦隊の攻撃から逃れた深海棲艦の艦艇が、再度進路を変えてバラバラにタウイタウイ軍港に突っ込んでくるでしょう。

 タウイタウイ軍港の防衛が第一作戦部隊の勝利条件である以上、わずかなリスクも背負うべきではないかと』

 

 「そうですね、では万が一にもタウイタウイ軍港に通さないよう、深海棲艦・空母機動部隊の頭を押さえるとましょう。

 第一作戦部隊本隊及び、第七、第八艦隊に伝達―――

 

 艦隊針路変更(・・・・・・)、方位1-3-5(南東)

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ 同時刻 第32観測所

 

 

 

 索敵網のため、各所に点在するレーダー観測所の一つ。ウイタウイ周辺の海域に点在する小島の一つに建設された第32観測所。

 

 『ジャワ島防衛作戦』の初期にて、タウイタウイ軍港へと向かって進撃する深海棲艦・空母機動部隊を真っ先に発見するという、大変ありがたくない名誉を賜った第32観測所内には、その時の極限なまでの緊張状態とは違い、非常に弛緩した空気が流れていた。

 それは深海棲艦・空母機動部隊という間近に迫った脅威が遠ざかったことへの、反動と言うべきだろう。

 

 

 「……角野中尉、まだ作戦は完了していないというのに、この空気は些か問題では?」

 

 「そういうな早川曹長。少し前までこの地下シェルターごと吹っ飛ばせる化け物艦隊がうろついて気を張ってたんだ。任務に支障をきたさない範囲での気の緩みくらいは許容するさ」

 

 

 第32観測所の心臓部、地上レーダーから送られてくる情報を整理、作戦本部へと送信する地下モニタールームでも例外ではなく、規律の乱れこそないものの、緩んだ観測所内の雰囲気が目立つ。

 それに苦言を呈する早川曹長を、この第32観測所の所長である角野中尉は、そう言って宥めた。

 

 

 「しかし、勝って兜の緒を締めよ、という諺もありますし」

 

 「家康か?でもあの狸爺、東軍の家臣にはそう言ったくせに、隠れて勝利の酒盛りしてたらしいじゃねえか」

 

 「北条氏綱だけじゃなくて家康公も言ってたんですねその言葉。……というかえらく家康公に対して辛辣ですね」

 

 「俺、西軍(大阪出身)だから」

 

 

 どことなく気の抜けた会話をしている最中も、第32観測所は任務を忠実に遂行していた。

 といっても深海棲艦空母機動部隊の捕捉という、一番重要な任務を達成したことで、彼らの任務は、おおよそ普段通りの、レーダーによる監視任務に戻っている。

 

 いつも通りの日常、彼らにとっての業務が戻ってきたことによる、多少の気の緩みはあっても。

 いつも通りの日常であるからこそ、彼らの監視網に隙などなかった。

 

 

 

 だが、そのいつも通りの日常は、突然の非日常によってたやすく崩れ去った。

 

 

 「え、あっ、ちょっ!!!」

 

 「ん、どうかした―――敵襲か!?」

 

 突然、レーダーのスコープを監視していた隊員が驚いた声を上げたと同時に、敵発見を知らせる警報音が鳴り響いた。

 

 敵襲。

 

 その非常事態を知られる音色に、先ほどの緩んだ空気は、速やかに一掃される。

 

 だが警戒する隊員達の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。

 

 

 「なんだぁ、こいつは!?」

 

 

 そして地下モニタールーム中央に設置された巨大画面、第32観測所周辺を映し出すレーダーチャートの全域に突如として、何の前触れもなく大量の所属不明の機影を示すシンボルマークが現れのだ。

 

 

 「レーダーの故障か!?」

 

 

 直前まで探知できていなかったにも関わらず、いきなりそのような機影が出現するなどあり得ない。だからこそ真っ先にレーダーの故障を疑った。 

 

  「これはっ!!!」

 

 この異常の原因を探るべく、角野中尉が警報が鳴る前に声を上げた隊員に駆け寄り、彼が監視していたスコープ画面を覗き込む。

 するとスコープ画面の中央がインクをばらまいたように、光り輝く何か―――ノイズに塗りつぶされていた。

 

 おそらく、このスコープ画面に映るこの何かのせいで、レーダー情報をレーダーチャートに変換処理する過程で物体を認識できずに、エラーを吐き出しているのだろう。

 

 実際に機影か現れたわけではない。

 

 だがこのスコープ画面を見たとき、角野中尉はとんでもない衝撃を受けた。レーダーの故障だった方が、マシだと思えるほどに。

 

 ―――そんな馬鹿な。 ありえない。

 

 否定的な言葉が角野中尉の思考を埋め尽くす。

 

 角野中尉はレーダーの故障以外で起きる、この現象を、いや【攻撃】を知っている。

 

 だがそれと同時に、今はもう起こし得るはずもない攻撃だということも、知っていた。

 

 角野中尉から、少し遅れてスコープ画面を覗き込んだ早川曹長が息をのんだ。恐らく角野中尉と同様の結論に至ったのだろう。

 

 

 「……角野中尉、これ、これは電子攻撃(ノイズ・ジャミング)では?」

 

 

 その一言に、地下モニタールームに緊張が走った。

 

 電子攻撃とは、レーダーや通信といった、敵が利用する電磁波の周波数(または波長)帯域―――電磁スペクトルを妨害するための活動のことだ。

 

 その攻撃の中でも、ノイズ・ジャミング、またの名を電力妨害とも呼ばれる、レーダー波の使用する電波に強いノイズ電波を放射し、本来の目標物からの反射波をノイズで隠蔽するもの。

 それにこの現象は酷似していた。

 

 

 「……だが、だがどうやって(・・・・・)?」

 

 「それは……」

 

 

 早川曹長は、角野中尉からの問いかけに答えることができなかった。

 

 ありえないのだ。この攻撃を起こせること自体が。

 

 深海棲艦出現と同時に、全世界を覆い尽くした深刻な電波障害。今もなお改善の兆しを一切見せないソレによって、従来のレーダーや通信といった電子機器がまともに運用できなくなった時点で、対抗手段である電子攻撃も消滅した。

 

 それもそうだろう。

  

 電子攻撃とは、簡単に言ってしまえは、電子機器で電子機器を妨害する行為だ。

 その電子機器自体が、両者共使えないのならば、そもそもの前提が成り立たない。

 全世界が現在進行形で強力なジャミングを食らっているようなものだ。

 

 さらにいえば。

 

 今使っている電子機器も、妖精さんの開発した機器を組み込み、電磁スペクトルを変質させることによって、電波障害の影響を受けないようにしているのだ。

 変質させている以上、従来の電子攻撃などでは、干渉することはできなくなっている。

 もし電子攻撃をしたければ、変質した電磁スペクトルに干渉する方法を新たに確立しなければならないのだ。

 

 さらにいえば、これらは必要に迫られて、無理やり使えるようにした言わば劣化品。

 まだ研究も途上であり、十全に使いこなせているとは言い難い。

 理解も乏しく、しかも精度も出力も範囲も大幅に劣化した紛い物で、現代戦闘の極致ともいえる電子戦など出来得るはずもない。だが―――

 

 

 (まさか、亡霊軍隊か?)

 

 

 角野中尉は、これを起こせる可能性を持つ、勢力を一つ知っていた。

 

 強大な戦力を有する謎の勢力『亡霊軍隊』。

 

 数ある末端の観測所であるため、詳細な情報こそないが、それでもこの『ジャワ島防衛作戦』に出現。

 フローレス海域にて、ジャワ島に向け進軍していた深海棲艦・上陸部隊を襲撃。

 壊滅的な被害を与え、友軍に発見されることなく姿を消した、という情報は把握している。

 

 それから『亡霊軍隊』を発見したという情報はない。

 

 ということはつまり、このジャワ島防衛作戦において『亡霊軍隊』の存在は完全に浮き駒となっているのだ。

 

 そしてこの存在が、更なる戦果を欲し、手近な獲物を襲う可能性も十分にある。

 

 そう、例えば『援軍に時間のかかる、早期警戒線の外周部に位置する観測所』など最適な獲物といえるだろう。

  

 (おいおい、また俺たちが『当たり』を引いたってか!?全然嬉しくねえぞこんなもん!?)

 

 角野中尉が、心の内で毒を吐くものの、都合よく現実は消えてなくならない。

 

 今ある手札でこの理不尽な現実に立ち向かうしかなかった。

 

 (もし、これが亡霊共の襲撃だとするなら、レーダーという『目』を潰したのならば、次は『声』。作戦本部との通信を絶つはずだ!)

 

 非常事態が、亡霊軍隊の攻撃と想定し、次に打ってくるであろう手を読むべく思考をフル回転させる角野中尉―――

 

 

 「通信班!本部との通信は!?」

 

 「通信感度良好。異常ありません!」

 

 「……ん?」

 

 

 ―――だったが、その予想外の返答に、思考が停止してしまった。

 

 作戦本部との通信。これは有線ケーブルで繋がっているために、妨害電波の影響を受けることはない。

 のだが、空爆などの影響で簡単に断線しないよう地面深く埋めているとはいえ、所詮は有線。

 それなりの知識があれば、探し出すことは容易く、

 海側に至っては、ほぼむき出しのケーブルが海底を這っている。

 悪意ある者が、断線させようとすれば簡単にできてしまう程度でしかないのだ。未だに全容を把握できないほど、執拗に痕跡を消している亡霊軍隊が、その程度の手間を惜しむとは思えなかった。

 

 (……援軍が来るまでに、潰せる自信があるってか?なめやがって!

こうなりゃ、意地だ。奴らの情報を死ぬまで送り続けて、刺し違えてやる!)

 

 

 「地下モニタールームより地上監視班、周囲に敵影や艦影は確認できるか!?」

 

 

 角野中尉は、そう思い立つと、地上監視班へと連絡を取った。

 

 電子の『目』は潰されても、まだもう一つの『目』は残されている。

 

 第32観測所の地上部、小高い丘の上に隠されるように設置されたレーダー基部の周辺には、双眼鏡を使って周辺を警戒する地上監視班が配備されている。

 

 電子の『目』は誤魔化せても、人の『目』は誤魔化せるはずもない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 彼らを使って、亡霊軍隊の情報を少しでも掴もうとしたのだが――――――

 

 

 『こちら地上監視班。周辺に敵影は確認できず(・・・・・・・・・・・)異常なし!(・・・・)

 

 「…………ん????」

 

 

 その報告に先ほどの緊張した空気とは打って変わって、微妙な空気が漂い始めた。

 

 どう考えても、おかしい

 

 これが亡霊軍隊の攻撃だとして、攻勢の最初の段階である電子攻撃で終わるなどありえない。

 電子攻撃で出来た穴を狙い、間髪入れずに本命の攻撃を加えるのが、普通なのだ。

 

 だがしかし、しばらく待ってみても通信回線が切断されたということもなく、敵機を発見したという報告もなかった。

 

 

 (……まさか亡霊共の目的は電子攻撃を用いての監視網の突破だった?)

 

 

 亡霊軍隊の目的の候補を思いついたものの、すぐにありえないと考え直した。

 

 電子攻撃を用いてレーダーを無力化し、監視網を突破する。たしかに考えられそうな目的ではある。

 

 だが、レーダー等のセンサー類から探知され難くするステルス技術を用いるのではく、ノイズジャミングを用いている時点でそれはあり得ない。

 

 ノイズジャミングとは、レーダー波の使用する電波に強いノイズ電波を放射し、本来の目標物からの反射波をノイズで隠蔽するものだ。

 

 たしかにそれを使えば、自分の位置を相手に探知されることなくなる。

 

 しかし逆に言えば、『レーダーが無力化された範囲に敵がいる』ということを相手に教えているにほかならないのだ。

 

 まさに潜入任務の最中で、物音を隠すために警報を鳴らすような所業である。

 

 監視網を突破するならば、居場所を探知されなくとも、敵が来たことを知らせるノイズジャミングではなく、そもそも敵が来たことを悟らせないステルス技術を用いるはずである。

 

 それにもっと言えば、レーダーの性能が悪さをカバーするために、監視網を構成する観測所は数多く建設されている。

 

 たかが、そのうちの一つの観測所レーダーを無力化したところで、綻びが出るはずもない。

 

 この不可解な状況を説明できるだけの内容を思いつかず、頭を抱える角野中尉だったが、突如として彼の脳裏に電撃が走った。

 

 (……レーダーの不調以外に、一切の異常はなし。いったい何を狙って…………ん?待てよ?そもそも、最初からこれは電子攻撃だと俺たちが思い込んだだけであって、本当にそうだとは誰も……もしかして――――)

 

 

 

 

 「……電子攻撃ではなく、ただのレーダー故障?」

 

 

 真っ先に、電子攻撃を疑った手前、非常にバツが悪そうに早川曹長が、今考えられる一番の可能性を挙げたと同時に―――――場の空気が白けた。

 

 

 「……………いや、故障ならいいんだ。うん!問題ないわけではないが問題ない!

 修理班に連絡して、レーダーを見てもらってくれ!急いで直さんとな!」 

 

 「「「……了解!」」」 

 

 角野中尉のわざとらしい切り替えに、反対する者はいなかった。

  

 誰も、好き好んで先走って勘違いした事実という名の傷口を広げたくはないのである。

 

 

 「後、修理が完了するまで地上監視班の増員と……ああ、作戦本部にレーダーが使用不能になったことを報告しといてくれ。

 一か所ぐらい欠けても、監視網にさほど影響はないだろうがな」

 

 「第一作戦部隊には伝えますか?」

 

 「いや、いい。レーダーは使えなくなったが監視自体はできている。もし何かあれば、作戦本部の方から伝えるだろ。流れを遮ってまで報告する内容でもないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

演劇の幕間。散らばる無数の前兆(フラグメント)

 

 

 

 一つ一つでは何の意味も持たないゆえに、見過ごされてきた小さな欠片達は、いくつも寄り集まることで、本来の作戦の本質を変質させていく。

 

 

 

 

 

 

全てはただ一つの目的のためから

 

 

 

 

 

 

全てはただ一つの手段のためへ

 

 

 

 

 

 

目的に至るための過程から
  

 

 

   

 

 

 

手段に至るための過程へ

 

 

 

 

 

 

 

ついに破局を迎えた状況はすべてを飲み込んで最終幕へと至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――1999年9月30日 PM 5:00 リンガ軍港 作戦司令部

 

 

 

 作戦司令部に大混乱に陥っていた。

 

 ―――………なんだ

 

 『第32観測所より連絡、レーダー使用不能!』

 『なんだと?原因は!』

 『原因不明、電子攻撃と酷似した現象が現れレーダーが使用不能になったと……』

 『電子攻撃だと?敵襲か!?』

 『いえ、それが地上監視班の報告では、周囲に敵影は確認できないとのことで―――――』

 『第31、30、18観測所より連絡、レーダー使用不能!』

 『第17観測所もダメです!』

 

 いくつもの危機を知らせるオペレーターの報告に、急拡大する異常事態。

 

 ―――……なんだ、これは

 

 『ッ!また新たに第29、16、8観測所も、レーダー使用不能との連絡が!』

 『第16、第7観測所もやられました!』

 『くそ、そっちもか!敵の影は!』

 『いずれの観測所も、確認できていません!』

 『ええい、地上監視班の連中は、なにをやってるんだ!』

 

 いくつもの怒号と叱咤が飛び交い、混乱に拍車をかけていく。

 

 誰も彼も、今の状況を理解できていなかった。

 

 ―――……我々は、一体

 

 「なにをされている!!!!!」

 

 

 東南アジア連合海軍の大将にして、ジャワ島奪還作戦の総司令官でもあるカルロ・レジェス大将の問いかけに答えることのできる者は、この場にはいない。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 それは何の前触れもなく、突然始まった。

 

 早期警戒線を構成する、観測所レーダーの不調。

 電子攻撃と酷似したその現象は、第32観測所を皮切りに爆発的に広がり始めた。

 

 その現象により、まるで感染が広がるかの如く、次々と観測所のレーダーはその機能を停止。

 

 作戦司令部中央に設置された巨大モニターを見れば、南東より広がるそれによって、観測所の正常稼働を示す光点は次々と消え失せ、止まることなく今なおその範囲は徐々に広がっていることが分かる。

 

 このままいけば、早期警戒線自体が消滅するのも時間の問題だろう。

 

 これだけ連鎖している以上、単なるレーダーの故障ではない。

 

 何者かの攻撃ということはあきらかだった。

 

 そしてこれだけのことを、しでかせる可能性を持つ組織にも心当たりがあった。

 

 

 「亡霊共の攻撃か!奴らめ、今更何しに来やがった!?」

 

 

 橋本少将は、その組織―――『亡霊軍隊』に向けてあらん限りの呪詛を吐いた。

 しかし、いくら罵詈雑言を言ったところで、自体が沈静化するわけでもない。

 この現在進行形で悪化する状況に対し、手を打たなければならなかった。

 

 

 「……まずはこの攻撃の発信源を特定しましょう。この広範囲におけるレーダーの異常、恐らくは、ノイズジャミングの中でも、広帯域雑音妨害による攻撃と思われます」

 

 

 東条少将は、そう冷静に分析した。

 

 

 ノイズジャミングにはいくつか種類がある。

 

 

 レーダーが送信する電波の周波数は、いわゆる周波数帯の中のごく一部、狭い範囲でしかない。

 そこを狙って、特定の周波数帯をピンポイントに狙った妨害電波を発するのが狭帯域連続波妨害―――スポット・ジャミングである。

 

 それに対して、敵のレーダーが使いそうな周波数帯に対して、広く投網をかけるようにして妨害電波を発するのが広帯域雑音妨害―――バラージ・ジャミングである。

 

 今回、一か所ではなく、違う周波数帯を使う、複数のレーダーが同時に妨害を受けていることから、この攻撃はスポット・ジャミングではなくバラージ・ジャミングであると、東条少将は判断したのだ。

 

 「広帯域雑音妨害!?これだけの広範囲に散らばる観測所に同時に、しかも一か所もバーンスルーを起こさせずにか!?」

 

 しかしレジェス大将は驚きの声を上げた。

 

 それもそうだ。

 

 相手の使う周波数帯のみを狙って干渉するために妨害電波の送信出力が少なく済むポット・ジャミングと違い、全周波数帯に押し潰すように妨害電波を発するバラージ・ジャミングは、その送信出力は跳ね上がる。

 

 それが早期警戒線を無力化するほどの広範囲となれば、その送信出力は桁違い。

 

 もっと言えば、ポット・ジャミングもバラージ・ジャミングも、基本は一対一であって、広範囲に散らばる複数のレーダーを同時に相手にすることなど想定していない。

 

 そして、いくらこちらのレーダーの出力が貧弱とはいえ、レーダーの出力が妨害電波を上回り、妨害を突破するバーンスルーが一か所も起きていないのだ。

 

 はっきり言って異常だった。

 

 

 「一体それほどの強力な妨害電波を発しているというのだ」

 

 「変質した電磁スペクトルに効率的に干渉する方法を新たに確立したか、それとも送信出力のごり押しか。いずれにしろ電子技術に関して我々よりよほど深い造詣をもっとるようですな。

 しかも、レーダーの被害範囲の広がり方を見るに、対象は明らかに動いている。

 全く、陸上拠点に頼らずこれほどの出力を出せるとは……」

 

 「……しかしこれほどの広範囲に妨害電波を発信している以上、送信出力を上げるための消費電力も莫大。

 飛行機に積める程度のエンジンの電力程度では、到底賄えません。

 艦艇……いや、大型艦に積んでる主機クラスから供給されるレベルの電力が必要です」

 

 「ということは、この妨害電波は亡霊軍隊の水上艦が出しているということか」

 

 「それならば地上監視班が発見できなかった説明もつきますな。観測所から30㎞も離れていれば監視員には発見できません」

 

 

 橋本少将、東条少将は、現時点で読み取れる情報から、亡霊軍隊の戦力の予想を立てた。

 

 

 「……ふむ、仮に亡霊軍隊の水上艦がこの妨害電波を出しているとして、その目的は?」

 

 「現時点では、何とも。そもそも亡霊共がこの局面で仕掛けてきたこと自体がこちらの想定外でした。

 ……まぁこの妨害電波を出してる水上艦は囮でしょうな。

 早期警戒線内のどこかの施設の襲撃か。それとも別の目的があるのか。

 しかし、こちらは乗らざるをえない。奴らの目的が何であれ、早期警戒線を無力化しつつあるこの存在を放っておくことはできません。

 敵に対する牽制と揺さぶり。全く、典型的な軍事的示威活動ですなぁ」

 

 「無視することはできんか。しかし相手が艦船ならば、潜水艦隊の監視網に引っかかっているはずだ。そこからある程度の範囲を特定することは――――――」

 

 

 レジェス大将が言いかけた時、司令部に小さな電子音鳴り響いた。

 

 それは潜水艦隊からの定時連絡を知らせるアラームだ。

 

 この喧騒の中ではかき消されてしまうであろう小さな音も、ちょうど待ち望んでいたゆえ聞き逃すことはなかった。

 小さな電子音と共に、いくつもの緑色の光点が瞬いていく。

 

 この司令部を取り仕切る三人は、少しでも早く対策を立てるため、その巨大なスクリーンを注視していた。

 

 他の者達も、無意識にこの異常事態の袋小路から抜け出す情報を求めて、スクリーンを見上げた。

 

 奇しくも、この司令部全員がスクリーンを見ることになったのだ。

 

 

 

 

 だからだろう。映し出された結果を見たとき―――――

 

 

 

 

 

 「……………………………………は?」

 

 

 

 

 

 司令部内に静寂が訪れた。

 

 

 

 

 別に潜水艦隊から連絡がなかったわけでも、監視任務を放棄していたわけでもない。

 

 

 

 彼女たちは任務を果たした。完全に。完全に、だ。

 

 

 

 深海棲艦・上陸部隊を攻撃中の艦隊を除いた潜水艦隊。

 東南アジア全域に展開、海峡などの要所に無音潜航し、海上、そして海中に監視の網を張り巡せている全ての潜水艦娘から、一人の欠けもなく、全員から同様の報告をしていたのだ。

 

 

 

  

 

異常なし、と

 

 

 東南アジア全域を映し出したスクリーンに広がる、正常であること示す緑色の光に、誰もが絶句した。

 

 

 「異常なし?異常なしやと!? そんなはずあるか!なぜ、なぜ誰も亡霊共を見つけられない!? 」

 

 

 

 

異常がないはずがないのだ

 

 

 

異常がなければおかしいのだ

 

 

 

明らかにそこには何かいて

 

 

 

何かをしているはずなのに

 

 

 

しかしそこには何もない

 

 

 

何かいるのに、何もいない

 

 

 

存在しているのに、存在していない

 

 

 

それはまるで彼らが名づけたように、本物の亡霊の軍隊ようで―――

 

 

 「……なんだ、なんなんだ、こいつらは!!? 」

 

 

 レジェス大将のその声には、畏れが混じり始めていた。

 

 司令部内の他の者たちも呆然とした状態から何とか立ち直り、職務を全うしているものの、その中には動揺が見て取れた。

 

 しかし彼らの動揺をよそに、この異常事態はついに最終局面へと到達した。

 

 

 

 

 「偵察機だ!偵察機を総動員してこいつらを探し出せ!」

 

 『第16、15、7観測所より連絡、レーダー使用不能!』

 

 「…………!?橋本少将、第一作戦部隊に指示を出せ!!」

 

 「あん?東条少将どうし―――!?ああ、まずい!?」

 

 

 東条少将の鋭い声に反応し、スクリーンを見たとき、全てを理解した。

 なぜ亡霊軍隊がいまさら出てきたのか、そして何をしに来たのか、そしてその目的を。

 

 今まで南東方向から広がりを見せていたレーダーの停止現象は、その広がりを全体へと広げず北方向へのみ広がりを見せた。

 

 

 

 ―――まるでその原因(亡霊軍隊)が北へ進路をとるように。

 

 

 

 ―――その直後、深海棲艦・空母機動部隊は南西方向へ進路を変更

 

 

 

 ―――タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊は、その動きに対応すべく南東方向へと艦隊の進路を向け、それに引きずられるかのように、戦闘空域も南下を始めた

 

 

 

 

 

 

     

それぞれの艦隊の進路が交差し

 

 

 

 

 

 

 

亡霊軍隊、深海棲艦、海上自衛隊。その全てが、集結し始めた

 

 

 

 

 

 

 「っ!第一作戦部隊に伝達!今現在、貴艦隊にUnknownが接近中、全艦隊は深海棲艦・空母機動部隊への突撃を中止、艦隊を再編しUnknownの襲撃に備えよ!

 

 

 

 

 

亡霊共が来るぞおおおおおおおお!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

全ての準備は整い

 

 

 

 

「……これは、飛行船?」

 

 

 

 

全ての役者は出そろった

 

 

 

 

「なんですか、こいつは!?」

 

「……大きい!!!」

 

 

 

 

紫色の燈火(・・・・・)と共に

 

 

 

 

『攻撃ヲ開始セヨ』

 

 

 

 

最後の戦争が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 誰  も  逃  が  さ  な  い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 戦況報告

   タウイタウイ方面

     人類陣営
      タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

     深海陣営
      ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 
     ミレニアム陣営
      空中戦艦ーDeus ex machina



          戦闘開始








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第29話 邂逅

 お久しぶりです(震え声)
 欧州イベント始まりそうですね。ティルピッツは出るのかな?

 
 前回までのあらすじ

 あきつ丸「(今更攻撃仕掛けてくるなんて)
      そんな奴おらへんやろう~www(こだま・ひ○き並感)」

 亡霊軍隊「戦争!戦争!( ゚∀゚)o彡゜」

 あきつ丸「」




 フローレス海にて発生していた、撤退中の深海棲艦・上陸部隊と、それを追撃する基地航空隊、第五作戦部隊、潜水艦隊で構成されたジャワ島方面軍との戦闘。

 

 亡霊軍隊によるものと思われる攻撃で、戦闘前から甚大なダメージを負っていた深海棲艦・上陸部隊は、ジャワ島方面軍の追撃に耐えきれず組織体系が崩壊。

 

 陸戦部隊を満載した輸送艦級や、航行不能となった艦艇全てを片端から切り捨ながら、潰走する深海棲艦・上陸部隊に対し、戦況は掃討戦へと移行していた。

 

 

 

 そんな中、輸送機からの空挺降下にてフローレス海に展開し、強襲を仕掛けていた第五作戦部隊は今現在、司令部より送られてきた新たな任務を遂行すべく、亡霊軍隊によるものと思われる攻撃で損傷し、行動不能となった深海棲艦の大型艦艇に直接乗り込み、白兵戦を仕掛けていた。

 

 全員が携帯武装を展開した艦娘のみで構成されている第五作戦部隊は、近接戦闘では無類の強さを誇る。

 そのために中世の接舷攻撃よろしく敵艦に乗り込み、艦娘と同様に艦全体を制御している存在である人型の深海棲艦を狙い、始末することで、艦艇全体を完全制圧をするという手も使えるのだ。

 

 もちろん、それを行える条件は厳しい。

 まず艦娘が接舷攻撃を仕掛けるべく接近してきても、攻撃ができないほどにボコボコにし、単体でも非常に強い制御元の人型の深海棲艦を、艦艇の損傷が制御元にも反映されるフィードバック効果を利用して、しかし船体を沈まない程度にシバき回して、弱体化させなければならないという、非常に繊細かつ手間のかかることをしなければならないのだ。

 

 元々航行不能になるほどダメージを食らっていたおかげで、比較的労力が少なくて済んだが、普通なら、これほど面倒くさいことはせず、さっさと遠距離攻撃で沈める。

 

 

 しかし、新たな任務を遂行するためには、必要なことだった。

 

 

 『亡霊軍隊の痕跡の調査』

 

 

 亡霊軍隊の攻撃を食らったと思われる大型艦艇から、その痕跡の調査をするには、同艦は完全制圧されている状態が望ましい。

 

 攻撃を食らった箇所を徹底的に調査し、砲弾や爆弾の断片や金属片なり、亡霊軍隊につながりそうな証拠を持ち帰る。

 

 そのために、これほどの手間をかける必要があるのだ。

 

 

 第五作戦部隊所属の四つの艦隊は、それぞれ分かれてターゲットを選定、攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 ――――1999年9月30日 PM 5:00 フローレス海 深海棲艦・空母級 格納庫

 

 

 

 

 「……絶対おかしい」

 

 

 

 完全制圧した空母級の格納庫にて調査をしていた、ジャワ島方面軍・第五作戦部隊の旗艦であり、第一艦隊の旗艦も務める軽巡洋艦『川内』は、困惑と、僅かな苛立ちを含ませ、そう呟いた。

 

 

 最初の内は非常に上手くいっていた。

 

 第五作戦部隊・第一艦隊は、亡霊軍隊によるものと思われる攻撃で損傷し、行動不能となった深海棲艦の大型艦艇の内、空母級を選定。

 

 船体に近づき、調査に影響の出ることのない箇所を重点的に砲撃。

 その後、艦内に乗り込み、亡霊軍隊によるものと思われる攻撃と、先ほどの砲撃のダメージがフィードバックし、死にかけていた制御元の人型の深海棲艦にトドメを刺し、同艦の完全制圧を完了。

 その後、亡霊軍隊の痕跡の調査を開始した。

 

 そう、ここまでは上手くいっていたのだ。

 

 短時間で、誰も被害なく完全制圧を成し得たのだから、満点と言ってもいい。

 

 

 

 

 

 問題はこの後。亡霊軍隊の痕跡の調査の方だった。

 

 

 目の前に広がる巨大な格納庫。本来なら空母級の桁違いな数の艦載機を収容しておくための広大なその場所は、凄惨な破壊の爪痕が残されていた。

 

 薄暗い格納庫を明るく照らす太陽の光。

 

 その光の発生源を辿れば、格納庫の天井に空いたいくつもの大きな穴から洩れ出ているのが分かった。

 

 おそらく、飛行甲板をぶち抜いた爆弾が、格納庫内で炸裂したのだろう、穴の真下の床には巨大なクレーターが出来ており、その外周部に沿って、爆風によってグシャグシャに押し潰された艦載機の山脈ができていた。

 

 炎自体は、深海棲艦によってすぐさま消し止められ、煙も天井に強制的に開けられた換気口によって換気されてはいたのだろうが、それでも格納庫内にはうっすらと煙が漂い、鉄や燃料などが燃えたような不快な臭いが漂っている。

 

 そこは紛うことなき、亡霊軍隊の手によって作り出された、破壊現場だった。

 

 時間もそれほど経過しておらず、深海棲艦に残骸を撤去される前に制圧したため、ほとんど手つかずのまま、現場の保存状態もいいとなれば、亡霊軍隊の痕跡の調査をするには、まさに打って付けと言えるだろう。

 

 川内率いる第五作戦部隊・第一艦隊のメンバーは、この格納庫内の破壊跡を重点的に調査をした。

 

 その結果―――――何も発見できなかった

 

 現場周辺に散らばるのは、どこまでも深海棲艦の残骸だけであり、それ以外、砲弾や爆弾の破片や金属片、ミサイル外殻、その他、人類が製造したと思しきパーツは一切、全く、一欠けらも発見できなかったのだ。

 

 もちろん、自分たちは鑑識のような専門家ではないし、急きょ決まった任務であり、それ専用の装備を持ってきているわけではないため、精密な調査ができたわけではない。

 

 しかし、一欠片も攻撃した者の痕跡を見つけることができないというのは、明らかに異常だった。

 

 まるで攻撃後、何者かが乗り込んで徹底的に証拠を隠滅したかのように。

 

 

 「……亡霊軍隊に、呪い壊されでもした?」

 

 

 そんなふざけた考えすら、真剣に検討すべきか考えていた丁度その時、空母級の船体から、金属が裂けるよるなけたたましい音が聞こえてきた。

 川内が立っている床も若干揺れており、次第にその揺れも大きくなっていた。

 

 

 「この船も、もう持たないか」

 

 そう呟く川内の視線の先にある壁には、毛細血管のような管のような塊は広範囲に張り付いていた。

 

 深海棲艦の視覚的嫌悪感の主原因。

 

 研究によれば、船体をサイケデリックに覆い尽くす、この血管のような赤色の管は、見た目通り自身の船体を繋ぎ、各所にエネルギーを供給する働きを持っているらしい。

 

 

 各国の船の船体、艤装を寄せ集めて無理やり一つに固めたような、船として完全に破綻している深海棲艦の船体が、曲がりなりにも船として機能しているのも、これのおかげといえる。

 

 しかし、艦全体を制御している存在がいなくなったことで、それもその機能を停止したのだろう。

 本来なら真っ赤な色で発光しているそれらから、光は失なわれていた。

 供給されるエネルギーが絶たれたことで、深海棲艦の船体はゆるやかに崩壊。

 

 先ほどの音はその崩壊が、致命的な段階まで進んだということなのだろう。

 

 

 「沖合であれば座礁させることもできたけど、ここじゃ無理だね。

 川内より第一艦隊へ。時間切れだ、崩壊に巻き込まれる前に脱出するよ!」

 

 『『『了解!』』』

 

 

 散らばって調査をしていた自身の艦隊のメンバーに、そう相互通信で伝えると、川内自身も脱出行動に移り始めた。

 

 時間切れとは言ったものの、本当の所まだまだ調査できる時間はあるし、最悪船が沈み始めてから脱出しても間に合いはするのだが、調査に全くの進展が見られないことから、川内は早々にこの船に見切りをつけ、違う船を調査することにした

 

 

 赤く染まった夕暮れの中、第一艦隊の面々は次々と船体に開いた穴から脱出。

 ギシギシと不気味な音を響かせる空母級から迅速に離れながら、旗艦である川内の元へと集まり始めた。

 

 

 その様子を見ていた川内だったが、その時にふと、ある閃きが脳裏を過ぎった。

 

 

 深海棲艦・上陸部隊の、いや亡霊軍隊に対するいくつもの『疑問』。

 

 

 

 ―――どうやって、作戦行動中で警戒を厳重にしていた深海棲艦・上陸部隊を、航空基地諸共、奇襲することができた?

 

 ―――どうして、艦隊の中で最も安全な中枢にいたはずの空母級を全て攻撃することができた?。

 

 ―――なぜ、破壊現場から、人類が攻撃したとおぼしき破壊の証拠が見つからない?

 

 

 

 それらの『疑問』に対する『答え』。

 

 

 

 あまりにも荒唐無稽だった。

 

 

 ただの妄想。

 

 

 『普通』なら考慮するにも値しない、戯言の類。

 

 

 

 

 だがしかし、その気の迷いとも思えるその閃きを、川内はなぜか切って捨てることができなかった。

 

 それは―――

 

 

 

 「もしかして…………深海棲艦の同士討ち(・・・・・・・・・)?」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 早朝よりタウイタウイ沖にて繰り広げられていた、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊との戦闘は最終局面へと移っていた。

 

 九時間にも及ぶ熾烈な航空戦の末、艦隊を構成する駆逐艦級が全滅してもなお、破壊目標であるタウイタウイ軍港へ向け、狂ったように進撃を続ける深海棲艦・空母機動部隊に対し、海上自衛隊タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊は敵艦隊を撃滅すべく、本隊より第七、第八艦隊が分離。

 

 高速戦艦榛名、霧島を旗艦とした、高い戦闘能力を有する艦のみで編成された第七、第八艦隊は、深海棲艦・空母機動部隊に砲雷撃戦を仕掛けるため突撃を開始。

 本隊も基地航空隊と連携しながら、先行する第七、第八艦隊に航空支援を行いつつ、その後に続いた。

 

 この動きに、深海棲艦・空母機動部隊もすぐさま対応。

 空母級、軽空母級を除いた残存艦を全て艦隊前面に押し出すことで邀撃の構えを見せた。

 

 空では、制空権の奪い合いつつも次第に距離を詰めていく両軍。

 

 しかし、表面上作戦通りに進んでいたはずの戦争は、想定外のイレギュラーにより、段階を経てついに破局へと至った。

 

 

 

 

 

――――1999年9月30日 PM 5:00 タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊 旗艦『大鳳』

 

 

 

 「第一作戦部隊旗艦より各員に伝達。今現在、同海域にUnknownが接近中、第七、第八艦隊は突撃を中止、至急本隊と合流せよ!繰り返す第七、第八艦隊は至急本隊と合流せよ!」

 

 

 作戦司令部より届いたUnknown接近の緊急連絡。

 

 この連絡により、Unknown―――亡霊軍隊が第一作戦部隊、深海棲艦・空母機動部隊両軍が激突するここタウイタウイ海域に近づいているという情報を受け取った航空母艦・大鳳は、現時点までの作戦を全て放棄。

 亡霊軍隊の動きに一丸となって対応すべく、先行していた第七、第八艦隊との合流を急いでいた。

 

 

 「……くっ、今この段階になって仕掛けてくるなんて!」

 

 『……深海棲艦・空母機動部隊の不自然な進路変更と、戦闘空域の南下は亡霊軍隊が原因でしたか』

 

 「ええ、艦隊の進路を南西に取り、戦闘空域を南下させることで、私達第一作戦部隊と亡霊軍隊の双方を相手取れるようにしたのでしょう。

 現に深海棲艦の航空隊が二手に分かれました。

 と言うことは、深海棲艦側は、亡霊軍隊を第一作戦部隊と同じく撃滅すべき敵と認識しているわけですか」

 

 『それは間違いないでしょう。 

 しかしこのまま新たに亡霊軍隊を加えて戦いを続けるわけにはいきません。

 仮に状況に流され、第一作戦部隊、深海棲艦・空母機動部隊、亡霊軍隊との三つ巴の戦いになった場合、私たちが最も不利になります(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 赤城の言葉に大鳳は同意を返した。

 

 

 「深海棲艦は第一作戦部隊と亡霊軍隊に、亡霊軍隊は深海棲艦と第一作戦部隊にそれぞれ攻撃できます。しかし私たちは深海棲艦に攻撃できても、亡霊軍隊に攻撃できない(・・・・・・・・・・・)

 

 

 第二次世界大戦後の日本の防衛戦略の基本的姿勢に『専守防衛』という防衛思想がある。

 

 1989年の防衛白書で定められた「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使する」という軍事的合理性よりも、軍隊と交戦権の否定を謳う日本国憲法9条憲法など、さまざまな問題による内政上の要請が強く反映された防衛思想。

 

 これにより日本に対して明確な武力攻撃を行い、内閣総理大臣より『防衛出動』の対象とされた深海棲艦ならともかく、亡霊軍隊に関しては、亡霊軍隊より明確な武力攻撃を受けない限り、

こちらから攻撃することはできないのだ。

 

 

 『今まで散々戦場を荒らし回っていますが、

亡霊軍隊に私達(自衛隊)が直接攻撃されたことは一度もありません。

 行使要件を満たしていない以上、『専守防衛』において私達は亡霊軍隊を敵として扱えません。

 亡霊軍隊より攻撃を受けて初めて『反撃』ができます』

 

 「……深海棲艦・上陸部隊を撤退に追い込むような軍事力を有する勢力の先制攻撃ですか。

 それだけで致命傷になりえますね。

 そして深海棲艦と亡霊軍隊が敵対関係にあるとはいえ、弱った敵勢力を先に脱落させるべく結果的に『共闘』することも、十分考えられますか……。

 ……亡霊軍隊が仕掛けたレーダージャミングを行使要件として扱うことは、厳しいでしょうか?」

 

 『……無理でしょうね。

 亡霊軍隊の背後に国がついていた場合、ジャミング程度何とでも言い訳がつきます。

 そして亡霊軍隊は分かって(・・・・)動いている。私たちが行使要件を満たさない限り亡霊軍隊に攻撃できないことも、レーダージャミングが行使要件を満たすには厳しいことも全て。

 もし、ここでレーダージャミングを理由に『反撃』した場合、後に手痛い代償を払わされることになるでしょう』

 

 「どうすれば……」

 

 

 

 状況を打開すべくを考えを巡らせる大鳳。

 

 

 『まあ、対策自体はそれほど難しくもありませんが』

 

 「え?」

 

 

 しかし赤城は、あっさりとそう言ってのけた。

 

 『第七、第八艦隊との合流後、艦隊の進路を0-4-5(北東)に取りましょう』

 

 「進路を北東にですか?それでは、戦場から離れることに―――!!!そういうことですか!」

 

 

 最初こそ、赤城の出した提案の意図を測りかねていた大鳳だったが、手元にある海図と敵味方の艦隊の位置を見たとき、ようやく理解することができた。

 

 

 『ええ、我々が警戒すべきは亡霊軍隊による先制攻撃、そしてその後に起きるであろう亡霊軍隊と深海棲艦の共闘です。ならば話は簡単。

 我々第一作戦部隊が深海棲艦と共闘し(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、亡霊軍隊の先制攻撃に対処してしまえばいい』

 

 

 西から第一作戦部隊、東から深海棲艦・空母機動部隊、南から亡霊軍隊。

 

 三角形を描くように、それぞれ三方向から集結する各艦隊だが、ここで第一作戦部隊が北東に進路を変更した場合、その形状は大きく変化する。

 

 第一作戦部隊、深海棲艦・空母機動部隊、亡霊軍隊の順番で、全ての艦隊が一直線に並ぶのだ。

 

 こうなってしまえば、亡霊軍隊は第一作戦部隊に先制攻撃することも、共闘することもできない。

 

 

 亡霊軍隊が第一作戦部隊を攻撃するには、亡霊軍隊を間に挟んで攻撃せねばならない。

 しかし亡霊軍隊も第一作戦部隊も敵と見做している深海棲艦・空母機動部隊とって、その亡霊軍隊の攻撃が、第一作戦部隊を狙ったものか、深海棲艦・空母機動部隊を狙ったものかなど分かるはずもない。

 自身の艦隊を守るために全ての攻撃を妨害するしかないのだ。

 

 そして、そうなれば第一作戦部隊に対し、先制攻撃で致命傷を与えることができず、弱った敵勢力を先に脱落させるべく、亡霊軍隊と深海棲艦・空母機動部隊が共闘することも不可能となる。

 

 それはつまり――――――

 

 

 「深海棲艦・空母機動部隊を、私達第一作戦部隊の『盾』とするのですね?」

 

 「人聞きの悪いことを。

 深海棲艦が自らの意志で、私たち第一作戦部隊に対する攻撃を弾いてくれるのです。

 共闘ですよ、共闘」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「……結局、深海棲艦・空母機動部隊は艦隊の進路を変更しませんでしたか」

 

 『あくまでも深海棲艦は、私たちと亡霊軍隊、その両方を相手取るつもりのようですね。こちらには好都合ではありますが、しかし―――』

 

 

 先の赤城の提案通り、先行していた第七、第八艦隊との再合流後、第一作戦部隊の進路を北東に向けたのだが、深海棲艦・空母機動部隊は艦隊の進路を南西に向けたまま、変更することはなかった。

 

 ただし、艦隊の陣形には変化があり、艦隊前面に集められていた空母級、軽空母級を除いた残存艦は、第一作戦部隊と亡霊軍隊からの攻撃を防ぐ為だろう、二つに分け艦隊の側面に配置し直されていた。

 

 作戦続行不可と判断し撤退するような決断力もなく、かと言って、片方に最少戦力を用いて足止めをしつつ、もう片方に全主力を向けて状況を打開する、といった判断の柔軟性もない場当たり的な対応。

 

 この対応力こそ、ある意味で深海棲艦という種の能力の限界であるともいえる。

 

 しかし深海棲艦がこの対応をしたことで分かったこともあった。

 

 

 『…深海棲艦は、亡霊軍隊を、私たち第一作戦部隊と同等の脅威であると判断しているようですね』

 

 

 不幸にも第一作戦部隊と亡霊軍隊に挟まれる状況に陥った深海棲艦・空母機動部隊だが、双方からの攻撃を防ぐべく二つに分けて艦隊側面に配置し直されていた残存艦は、どちらか片一方に多めに艦艇を配置するのではなく『均等に』分けられていた。

 

 これはつまり深海棲艦は、亡霊軍隊を同等の戦力を有していると判断しているに他ならないのだ。数十人の艦娘から構成され、周辺の航空基地から豊富な航空支援を受けているタウイタウイ方面軍 第一作戦部隊と。

 

 

 「……そういう事になります、しかし…そんな事があり得るのですか?」

 

 『………』

 

 

 理屈の上ではそうなる。

 しかし、その結論に大鳳も、そして赤城さえも、納得してはいなかった。

 

 先ほどこそ、最悪の事態を想定し、艦隊を動かしはしたが、そもそも今こちらに向かっている亡霊軍隊が、自分たち第一作戦部隊や深海棲艦・空母機動部隊に匹敵する戦力を有している事自体、俄には信じられなかった。

 

 結局の所、誰も見ていないのだ、亡霊軍隊の姿を。

 

 何一つ分かっていないのだ、亡霊軍隊の目的を。

 

 一人として知らないのだ、亡霊軍隊の正体を。

 

 

 推測に推測を積み上げて作り上げた、何もかもあやふやな虚像。

 艦隊の数も、攻撃方法も、所属も、移動手段すらも不明。

 

 今確実に分かっている事は、フローレス海を進撃していた深海棲艦・上陸部隊が、航空基地ごと壊滅したこと、何かが第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊が争うタウイタウイ方面に向け、早期警戒線を構成するレーダーを無力化しながら近づいている、くらいしかない。

 

 海峡などの要所を見張っていた潜水艦隊の監視網にも引っかからなかったことから、別働隊の可能性すら出てきているのだ。

 

 亡霊軍隊に対し先制攻撃ができないため、深海棲艦と共闘(無断)し相手の出方を窺うという方針を取っているのの、例え先制攻撃が可能だったとしても、亡霊軍隊の実体を把握するために同様の方針を取ることになっただろう。

 

 

 彼女たちには、亡霊軍隊の戦力を正確に推し量るだけの確かな情報が致命的なまでに欠けているのだから。

 

 

 『分からないというのであれば、直接暴き出せばいいだけのこと。南に向かった深海棲艦の攻撃隊の様子はどうですか?』

 

 「今の所何も。ただ、進路を一切変更していないことから亡霊軍隊の位置は掴んでいるようですね」

 

 『まあ亡霊軍隊の発見自体は深海棲艦の方が早かったですからね。航空隊の後をつけていれば、亡霊軍隊の元まで連れていってくれることでしょう』

 

 「こちらに向かってくる攻撃隊については?」

 

 『全て撃ち落とします。ただこちらの攻撃隊は空中待機をさせましょう。亡霊軍隊の手札が割れるまで前衛(強制)を務めてくれる深海棲艦を磨り潰すわけにはいきません』

 

 「空中待機ですか?」

 

 『ええ、仮にこの亡霊軍隊が、フローレス海の深海棲艦の航空基地を破壊した艦隊と同一、または同等の戦力を有していた場合、何らかの遠距離に対する攻撃手段があるとみていいでしょう。その場合、先制攻撃で滑走路や飛行甲板を破壊しにくる可能性があります』

 

 「分かりました。では第一、第二艦と各航空基地には、補給を除き攻撃隊を空中待機させるように伝達……をーーー」

 

 『……?大鳳さん、どうかしましたか?』

 

 

 突然、会話が途切れたことを不審に思った赤城が問いかけたものの、大鳳は何かを確認しているのか、返事を返さなかった。

 

 

 「………これ……は……」

 

 (亡霊軍隊を捉らえましたか)

 

 

 遠くに見える何かに、目を細め確認するかのような呟きを漏らす大鳳に、赤城は南に向かった深海棲艦の攻撃隊を追尾している偵察機が亡霊軍隊を見つけた、とアタリをつけた。

 

 偵察機には、大鳳と視界共有することのできる妖精さんも同乗している。

 

 百聞は一見にしかず、という諺もあるように、伝え聞く情報よりも、直接『視た』情報は万倍の価値がある。

 

 特にあらゆる情報が不足している亡霊軍隊の情報というのは、この閉塞した状況を打開できる、まさに福音というべきものだ。

 

 

 

 ―――しかし

 

 

 

 ―――困惑した様子で大鳳が口にしたその情報は。

 

 

 

 ―――本来なら突破口となるはずのその情報は。

 

 

 

 「………これは、飛行船?」

 

 

 

 ―――あまりにも予想外だった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 同時刻 深海棲艦・攻撃隊上空『林隊』

 

 

 

 「どうだ、何か見つけたか?」

 

 『ダメです、何にも浮遊物一つ見当たりません』

 

 

 林大尉の問いかけに、上田少尉そう答えた。

 

 少し前まで海棲艦・空母機動部隊の監視を担当していた『林隊』のリーダーであり、パイロットの林大尉と、複座式である一〇〇式司令部偵察機の後席に乗り込む、ナビゲーターの上田少尉のコンビは、今現在、第一作戦部隊旗艦の命令に従い、南に向かった深海棲艦の攻撃隊を追跡していた。

 

 だが目的は深海棲艦の攻撃隊ではない。

 

 目的はその行先。

 

 攻撃隊が向かっているだろうその行先に待つ、亡霊軍隊の正体を暴くためだ。

 

 そのために深海棲艦の攻撃隊をかなりの時間、追跡していたのだが、攻撃隊は進路も変更せず高度も落とすことなくまっすぐに飛び続けるばかり。

 それどころか、眼下に広がっている大海原には、夕焼けに照らされキラキラと光る海面ばかりで、亡霊軍隊の船団どころか浮遊物一つ見当たらなかった。

 

 

 「攻撃隊の行動範囲から考えれば、もう攻撃対象を見つけてもおかしくないんだがな…。

 一体こいつら、どこ目掛けて飛んでんだ?」

 

 

 林大尉は、そう愚痴を零しつつ深海棲艦の攻撃隊に目を向けた。

 

 彼らが飛ばす飛行機の右斜め下。

 

 そこには数百もの夥しい数の航空機が、編隊を組み飛行していた。

 その数は、先ほどまで第一作戦部隊に向けられていた、攻撃隊のちょうど半分。

 しかし、半分でも圧倒的な数を有する深海棲艦の攻撃隊の前では、生半可な戦力ではろくな抵抗もできず、踏み潰されることだろう。

 

 それほどの圧倒的な戦力。

 

 

 しかし林大尉は、その深海棲艦の攻撃隊にわずかな違和感を持っていた。

 

 

 (こちらを排除しに来ないのか?)

 

 

 林大尉から攻撃隊が見える以上、攻撃隊からも林大尉の操る偵察機が見えているはずだ。

 その証拠に、偵察機が隣接する面には、攻撃隊を守る護衛戦闘機が少し厚めに配置されている。

 いつ攻撃されても対処できるようにだろう。

 

 しかし、それだけだ。

 

 監視されていることが分かっているはずなのに、いつものようにこちらの監視を妨害したり、撃墜しようという動きは一切見られなかった

 それは直接には攻撃隊を害するだけの戦闘能力を持たない偵察機という存在だからこそ、見逃しているのか。

 

 それとも―――

 

 

 (俺たちの程度に構っている暇はない、ということか?)

 

 

 だがそこまで考え、林大尉は思考を途中で打ち切った。

 

 結局の深海棲艦の思考を直接読むことができない以上、ただの仮説でしかない。

 そして自分達の任務は、仮説を立てることではなく、亡霊軍隊の捜索。

 余計なことを考える必要はない、そう考え、任務に集中するよう気持ちを切り替えた。

 

 しかし、気持ちを切り替えたといっても、パイロットである林大尉にできることは、今の所ないのだが。

 

 護衛戦闘機が妨害してこない以上、自身の優れた操縦技術が必要となることはなく。

 そもそも深海棲艦の攻撃隊の監視と、亡霊軍隊の捜索自体はナビゲーターの上田少尉がしているのだ。

 偵察機の各所に追加で取り付けられた現代の高性能カメラによって、広範囲をカバーできているために手伝いといったものも必要ない。

 そもそも広範囲に妨害電波を発信していることから、亡霊軍隊の正体、もしくはその艦隊の内の一隻は、莫大な電力を生み出せる大型の水上艦と予想されているのだ。

 捜索する場所が海上である以上、林大尉の出番はない。

 

 本当に今やることは、機体をまっすぐ飛ばすくらいしかやることはないのだ。

 

 退屈を紛らわそうと、コックピット内で体をほぐそうと腕を回そうとし、その腕が同乗している妖精さんに当たりかけた。

 わたしは怒ってます、と、パタパタと腕を振るう妖精さんに平謝りをし、そして視線を正面に向けた時――――

 

 

 「………!?」

 

 

 背筋に寒気が走った。

 

 数多の戦場を飛び交い、命のやり取りをすることで研ぎ澄まされてきた超人的な直感能力。

 一流と言っても過言ではない豊富な実戦経験と、何度も死に戻りという非常識な体験とをしたことで鍛え上げられた、疑似的な未来予知と呼ばれる領域まで足を踏み込んだ自身の第六感。

 

 その直感が告げていた。自身に迫る濃厚な死の気配を。

 

 (何だ?どこにいる!?)

 

 林大尉は自身の直感に従い、その気配の発生源を探る。

 

 深海棲艦の攻撃隊ではなかった。

 深海棲艦の編隊は先ほどと変わらず攻撃隊を守る護衛戦闘機が動く様子もない。

 

 しかしそれ以外に何もなかった。

 

 血のような夕日に染められた見渡す限り雲一つない真っ赤な空には、二人の乗る偵察機と深海棲艦の攻撃隊以外、静寂が広がっているだけだ。

 

 だかそれを確認しても林大尉の直感は、鳴り止まぬことなく自身の命の危険を知らせ、死ぬ間際に感じる、死神に纏わりつかれているような、心臓を握りつぶされるような壮絶な嫌悪感は、未だ消えることはない。

 

 林大尉は何とか見つけようと視線を走らせる。そして―――

 

 

 

 「………何だ?」

 

 

 林大尉の視線が、真正面、一二時の方向の空へと吸い寄せられた。

 

 何かを見つけたわけではない。一際優秀な彼の視力を以ても、夕焼け空が広がるばかりにそれ以外の異物は発見できなかった。

 

 そう、何かを見つけたわけではない。

 

 

 「……違う、違う違う違う!」

 

 『林大尉?』

 

 

 だが、直感が、経験が、そして本能が告げていた。

 

 

 

 そこに何かがいると(・・・・・・・・・・)

 

 

 林大尉は視線を正面に向けたまま、足元にある双眼鏡を引っ手繰ると、件の場所へと向ける。

 

 

 そして見つけた。

 

 

 

 『林大尉、一体どうし――――――』

 

 「海上じゃない、空だ!!!」

 

 『え!?』

 

 「12時の方向!!!

 

空だ、空に何かいるぞおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 空の向こう、赤と黒で彩られた船体を。

 

 

 

 

 

 

 




 戦況報告

   タウイタウイ方面

     人類陣営
      タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

     深海陣営
      ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 
     ミレニアム陣営
      空中戦艦ーDeus ex machina





          戦闘開始




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第30話 機械仕掛けの神

 祝!艦これ晩秋~冬イベント『護衛せよ!船団輸送作戦』
 長かったので三分割
 次は早めに投稿できそう(なおイベント)


 前回までのあらすじ!

 赤城  「おーい空母棲姫ー!共闘しようぜ!お前肉壁な!」
 空母棲姫「!?」
 林大尉 「いたぞぉぉぉぉぉ!いたぞぉぉぉぉぉぉ!!」ババババ バババババ(電文連打)



――――1999年9月30日 ???? フローレス海域 深海棲艦・上陸部隊

 

 

 

 戦艦棲姫は大混乱に陥っていた。

 

 自身の率いる深海棲艦・上陸部隊にへ向け、接近する正体不明の巨大な飛行船を発見。

 その飛行船が、ここ数か月で、深海棲艦の陣営に対して無視できない損害を与え、あげくの果てにジャワ島における深海棲艦の本拠地『バニュワンギ』を落とした勢力と同一であると判断した戦艦棲姫は、上陸部隊の攻撃隊、そしてジャワ島の爆撃に充てていた航空基地所属の爆撃機編隊の全てに、飛行船の排除を命じた。

 

 青い空を黒く埋め尽くすほどの航空機の群れ。

 

 

 しかし、圧倒的な航空戦力は、飛行船視認の連絡を最後に何の前触れもなくプツリと途絶えた。

 

 上陸部隊の攻撃隊、航空基地所属の爆撃機編隊の全てが、である。

 

 攻撃を受けた様子ではなかった。

 もしそうであれば、誰か一機くらいは攻撃を受けたと連絡してくるはずである。

 しかし、その連絡は一切なく、最後の通信には破壊されたノイズ音すらなかった。

 深海棲艦も使うことのできる視界共有を試みたものの、どれ一つとして反応しなかった。

 

 数百機もの航空隊の一斉消失。

 

 この緊急事態に、しかし戦艦棲姫は有効な打開策を見いだせないでいた。

 

 取り敢えず偵察機を現場へ飛ばしての情報の収集と、飛行船からの反撃を想定して、艦隊上空を守る直掩機を増強しているものの、これもただの対処療法でしかなかった。

 

 各航空基地にも連絡し飛行船からの反撃を警戒する戦艦棲姫。

 

 

 だがしばらくして、情報収集に向かわせた偵察機から耳を疑うような連絡が届いた。

 

 

 全 航 空 隊 無 傷 デ 帰 還 セ リ

 

 

 全滅したと判断していた航空隊が無傷で、しかも帰還中だというのだ。

 

 その連絡に、戦艦棲姫は慌てて、その連絡を寄越した偵察機と視界を共有する。するとそこには、送り出した全航空隊が悠然と帰還している光景だった。

 

 その共有した視界から見るに間違いなく深海棲艦側の航空機だった。

 

 しかし今でも通信は一切できず、なぜか航空隊と視界共有もできなかった。

 

 そしてしばらく上陸部隊の攻撃隊、航空基地所属の爆撃機編隊が集団で飛行すると、当初の予定通りの地点にて散開。

 それぞれの所属する艦や基地へと帰って行った。

 

 やがて戦艦棲姫の肉眼にも、水平線上にこちらに向かって飛行する上陸部隊の攻撃隊が見え始めてきた。

 

 やはり肉眼で見ても、自身に所属する航空隊であり、深海棲艦の航空機に間違いない。

 しかし相変わらず通信は一切できず、なぜか航空隊と視界共有もできなかった。

 

 

 話は変わるが、人類と知性をコンピュータ上で完全に実現する人工知能研究分野における最大の難問の一つに「フレーム問題」というものがある。

 限られた処理能力しかない人工知能は、現実に起こりうる問題すべてに対処することができない、というものだ。

 

 例としては、哲学者ダニエル・デネットが論文で示した例、「ロボットと時限爆弾の問題」がある。

 

 洞窟のなかにロボットを動かすバッテリーがあり、その上に時限爆弾が仕掛けられている。

 このままでは爆弾が爆発し、バッテリーが破壊され、ロボットはバッテリー交換ができなくなってしまう。

 ロボットは「バッテリーを取ってくる」よう指示をされた。

 

 ロボットは、洞窟に入り無事にバッテリーを取り出すことができた。

 しかし、ロボットはバッテリーの上に爆弾が載っていることに気づいていたが、バッテリーを運ぶと爆弾も一緒に運び出してしまうことに気づかなかったため、洞窟から出た後に爆弾が爆発してしまった。

 これはロボットが、バッテリーを取り出すという目的については理解していましたが、それによって副次的に起こりうる事項(バッテリーを取り出すと同時に爆弾も運んでしまうこと)については理解していなかったという例だ。

 

 この例から分かるように、人工知能は何が自身にとって重要なファクターで、何が自身にとって無視してもよいファクターであるのかを、自分自身で自律的に判断することができないことが分かる。

 

 この深海棲姫も同じことが言える。

 

 末端の昆虫のような思考回路を持つ深海棲艦とは違う、感情と云えるものを発露し、学習する生命体。

 しかしその行動は、深海棲艦のとるべき行動指標ともいえる上位命令に完全に支配されている。

 

 

 だからこそ考える能力を持っているにも関わらず、この「フレーム問題」と同一のことが起きてしまうのだ。

 

 戦艦棲姫は、通信は一切できず、なぜか航空隊と視界共有もできなかったことを理解していたし、怪しいとも感じていた。

 

 しかし深海棲艦のとるべき行動指標ともいえる上位命令は、「帰還した自軍の航空隊に燃料、弾薬を補給する」という行動を命じていた。

 

 そして戦艦棲姫の眼前を飛行する航空隊は間違いなく「戦艦棲姫の率いる陸上部隊所属の航空隊」であり、陸上部隊と飛行船の間を往復したために、「燃料、弾薬を補給しなければいけない」。

 

 だからこそ、戦艦棲姫は受け入れた。

 

 上位命令に逆らう発想そのものがないために。

 

 

 かつて深海棲艦の脳にあたる部分を引きずり出し解析しつづけた研究者達はこう結論づけた。 

 深海棲艦の思考回路は、複雑な情緒を生み出す霊長類というよりも、イエスかノーで判断する昆虫のようなものにちかい。

 「特定の条件に対して特定の反応」を数千数万と積み重ねることで、あたかも「複雑に考え情緒のある」ように見えているだけだ、と。

 

 結局のところ、所詮はその程度なのだ。

 

 末端の深海棲艦も。考える知能があり、理解のできる言葉を発し、感情と云えるものを発露する深海棲艦の上位種である棲鬼や棲姫すらも。

 上位命令に完全に支配され、そしてその軛から誰一人として逃れられていない時点で下等。

 人工知能の同レベル。

 

 己で物事を知り、考え、判断する能力を持つ人類―――知的生命には程遠い。

 

 『攻撃隊二伝達、所属ノ空母二順次着艦、燃料弾薬ノ補給ヲ受――――』

 

 

 

 ―――だから、深海棲艦がこの結末を迎えるのは

 

 

 

 【目標発見、攻撃開始】

 

 

 

 ―――当然の帰結にすぎない。

 

 

 

 

 

 

―――1999年9月30日PM 6:00 深海棲艦・攻撃隊上空『林隊』

 

 

 

 「目標発見!奴に接近するぞ!」

 

 『っ!了解!』

 

 第一作戦部隊旗艦の命令に従い、亡霊軍隊の正体を暴くため、南に向かった深海棲艦の攻撃隊を追跡していた、偵察機のパイロットである林大尉とナビゲーターの上田少尉は、ようやくソレ(・・)との遭遇を果たした。

 

 そう声を掛ける林大尉は、少し遅れながらも機首に取り付けられていたカメラで目標を発見した上田少尉が返事を返すや否やすぐにエンジンの出力を上げる。

 

 深海棲艦の攻撃隊の近くを飛んでいたのは、亡霊軍隊を見つける為でしかないのだ。

 それと思しき目標を見つけた以上、もはや追跡する必要もない。

 

 その操作を鋭敏に受け取った一〇〇式司令部偵察機は、先ほどまで一緒を飛んでいた深海棲艦の攻撃隊をその速度で引き離し始めた。

 

 やがて最高まで出力を上げた偵察機は、その速度をもってあっという間に深海棲艦の攻撃隊を後方へと追いやり、逆に目標への距離を詰めていく。

 

 そして目標に近づいたことで、距離が遠すぎて双眼鏡を使っても、朧げながらしか分からなかった、その正体をようやくはっきりと視ることができた。

 

 

 「……これは、飛行船か?」

 

 『……そう、みたいですね』

 

 

 赤と黒で彩られた、特徴のある飛行船の船体を。

 

 双眼鏡を覗きながら、器用に機体を操る林大尉、上田少尉は、その予想外の正体に揃って困惑した。

 

 「しかもこの輪郭………まさか硬式飛行船か?」

 

 『硬式飛行船ですか……。それはまた、何とも古いもんを。

 普通の飛行船ならともかく、硬式飛行船なんて今はどこも建造してないでしょう』

 

 林大尉が漏らした言葉に、上田少尉は何とも言えない返答を返したのも無理はない。

 

 飛行船とは、空気より比重の小さい気体をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした軽航空機の一種である。

 

 硬式飛行船とはその頂点。気嚢を船体骨格と外皮で覆い、船体形状を維持することで、大型化、高速飛行を実現した飛行船だ。 

 

 1909年には、世界初の商業航空会社に硬式飛行船が用いられ、第一次世界大戦では、首都ロンドンに対し戦略爆撃を敢行するドイツ帝国飛行船部隊と、それを阻止せんとする迎撃戦闘機隊が、イギリスの上空で熾烈な争いを繰り広げ、戦後にはドイツからアメリカ合衆国や南米を繋ぐ長距離航空路線を維持した。

 

 このように19世紀末から20世紀初頭には、実用的な空の輸送手段として、航空業界を支配した飛行船ではあったが、加速度的に進化していった航空機にその座を奪われ、急速にその姿を消していったのだ。

 

 通常の飛行船―――船体自体が気嚢となっている軟式飛行船自体は、現代でも広告用途などといった形で辛うじて生き残ったものの、硬式飛行船にいたっては、ツェッペリンⅡの愛称で親しまれたLZ 130―――『 Luftschiff Zeppelin (グラーフ・ツェッペリン)』の1940年の解体以来、どこの国でも生産・運用はされてはいない。

 

 そんな歴史の狭間に消えていった飛行船、それも硬式飛行船が唐突に自分たちの前に現れたのだ。

 困惑もしよう。

 

 

 『しかし硬式飛行船なんぞ持ち出して、一体何を……。

 複葉機が主力の第一次世界大戦ならともかく、レシプロ機が相手じゃ的にしかならないってのに』

 

 「全く分からん。

 分からんが……もしかしたら囮かもしれん。

 ともかく今まで全く正体の掴めなかった亡霊軍隊に繋がる有力な手がかりだ。

 もっと近くまでいって調べるぞ、警戒を怠るな」

 

 『了解!』

 

 

 そう言いながらさらに謎の飛行船に近づいていく。

 

 そして肉眼でも見えるようになった時、林大尉は違和感を覚えた。

 

 

 (?……なんだ? 飛行船との距離間が掴めない?)

 

 

 飛行機パイロットは元来、空という目印のない三次元空間を飛行するために高い空間認識能力を必要とする。

 ましてや様々な情報を統合的に集中処理する戦闘指揮所(CIC)や、レーダー管制を使った索敵網と無線誘導による戦闘指揮などの草創期。

 後方からの充分な情報支援が乏しい中を、有視界戦闘で戦ってきたパイロットにとって、己の能力は唯一の生命線にして最大の武器といえる。 

 そんな中で極限まで鍛えられ桁違いの空間認識能力を有するに至った林大尉にとって、目測で対象とのおおよその距離を把握するなど造作もない事の筈だった。

 

 しかし眼前に見える飛行船と自身の操る偵察機との距離が上手く掴めない。

 いや、正確に言えば、おおよその距離は把握できてはいるのだが、自信が持てない。

 

 目測より、随分遠くにいる気がするのだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 林大尉がその違和感の原因を考えている間も、自身の操る機体は飛行船に向かって次第に近づいていく。

 飛行船自体もこちらに向かって進んでいるらしく、その相対速度は800㎞を優に超えていた。

 

 

 

 

 

 

―――近づいて。近づいて。近づいて。

 

 

 「………なに?」

 

 『……え?は?』

 

 

 

 

 

―――近づいて、近づいて、近づいて、近づいて

 

 

 「なん……だと?」

 

 『おいおい……なんですか、こいつは!?』

 

 

 

 

 

―――近づいて近づいて近づいて近づいて近づいて近づいて

 

 

 「……大きい!!!」

 

 『いくらなんでもデカすぎる!?』

 

 

 

 

 

 ようやくその全容を捉えた

 

 

 目測をも狂わすほどの大きさ。

 それはもはや飛行船という分類の島だった。

 

 飛行船の中でも、屈指の大きさを誇る硬式飛行船。ジャンボジェットなど足元にも及ばない200m級の船体をもつ硬式飛行船が、小舟に見えるほどの巨大な船体。

 

 赤と黒で彩られた船体の外皮は、飛行船でよく使われていたドープを塗った木綿ではなく金属。

それも薄い金属板などではなく、重戦車を思わせる装甲板が船体の外殻を構成し、その各所から突き出るように伸びた鉄塔に取り付けられた、無数のプロペラが膨大な推進力を生み出し、巨大な船体を前へ前へと推し進めている。 

 

 船体下部のゴンドラは、豪華客船の上部構造を思わせるほどに肥大化し、船底部には電子戦を意識していると思われる、レーダーといった無数の電子兵装が稼働していた。

 

 浮遊島と見紛うほどの異常な大きさと重装甲、護衛艦を彷彿とさせるような電子装備群。その特異ともいえる造形は、従来の飛行船の設計思想から大きく逸脱していた。

 

 

 「コイツが亡霊軍隊の正体かっ!!!」

 

 『至急、旗艦に連絡をーーー』

 

 「いらん! どうせ視て(視界共有)るんだ、無駄に連絡をいれる必要はない!

 それよりも少しでも多く、このデカブツの情報を記録して持ち帰ることの方が先決だ!」

 

 『了解!』

 

 「さらに近づくぞ、対空砲火に注意しろ!」

 

 

 そう言うと林大尉は、操縦桿を右に傾け、飛行船の側面へ回り込むように距離を詰める。

 

 対空砲火に注意しろ、とはいったものの、正直な所、飛行船に張り付くまでに対空砲火で撃ち落とされることも覚悟していた。

 

 自分たちが生きた第二次世界大戦以降、日本がどのような道を歩んできたかは学んで知っている。

 そして軍事技術の発展の歴史も。

 だから現代の対空砲火がどういったものかは把握しているし、実際に見たこともある。

 

 第二次世界大戦時の日本帝国海軍のような貧弱な対空砲火でも無ければ、米国海軍のような物量に任せた濃密な対空弾幕でもない。

 一発必中、正確無比な対空砲火を撃ち出す、速射砲とCIWSなどの近接防御火器。

 

 もしそれに類似する火器があの飛行船に搭載されているならば、レシプロ機の速度程度では、注意するまでもなく、気付いた時には撃ち落とされていることだろう。

 それを考えれば、距離を取って偵察するという安全策を選ぶこともできた。

 しかし、あの飛行船の性能が不明な以上、どこまでが近接防御火器の射程か分からない。

 もしかしたら、もうすでに近接防御火器の射程圏内に入り込んでいるかもしれないのだ。

 林大尉は、そんな本当に安全かどうかも分からない安全策を選ぶ気はなかった。

 

 林大尉の決死の偵察任務。

 

 たがその予想に反して、近づけども近づけども飛行船はただの一発の砲火も撃ち出すことはなく、沈黙したまま。 

 林大尉の操る偵察機は、呆気ないほど容易く、飛行船の懐へと潜り込めてしまった。

 

 その事に、林大尉は不気味さを覚えたものの、引き返しはしない。

 その段階はとうに過ぎた。

 

 後部座席で上田少尉が撮影機材動かす音に耳を傾けながら、改めて至近距離で飛行船を観察する。

 すると船体の側面にドイツ語の文字が刻まれているのが見えた。

 その刻まれた位置から推察するに、恐らくはこの飛行船の艦名。その名はーーーー

 

 「……Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)ーーー機械仕掛けの神ってか?」

 

 設計者がどういった意図でその艦名を名付けたのか知る由もない。

 

 しかしその艦名は林大尉にはひどく納得いくものだった。

 

 まるで自身の操る偵察機が羽虫に見えてしまうほどに規格外の大きさを誇る飛行船。

 400mを優に超えるその船体に並び立てるものなど、空どころか、地上の乗り物や、海上の艦艇ですら、ほとんどいないだろう。

 

 その威容は、まさに【機械仕掛けの神】の名を冠するに相応しい。

 

 飛行船の右側側面から近づいた偵察機は、船体表面を滑るように飛行しながら後方へと抜けていく。

 

 『林大尉!飛行船の尾翼を見てください!』

 

 大きな裁断機のように空気を切り裂きながら回転するプロペラに、気流を乱されないよう機体を操っていると上田少尉の焦ったような声が耳に入った。 

 

 弾かれたように視線を向ける。

 

 飛行船の後部にある縦に列なった三枚の特徴的な尾翼の外側。

 まるで絶壁のように聳え立つその巨大な尾翼の側面には、印が描かれていた。

 

かつての同盟国にして、欧米では現在でもなお、忌まわしき記憶として禁忌されている、ヨーロッパを席巻した強大な帝国の象徴。

 ドイツで生まれた国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の党旗にして、ナチス・ドイツの国旗。

 

 

 「鉤十字(ハーケンクロイツ)か!」

 

 

 赤地と白い円の上に、鉤十字を描いた真新しいハーケンクロイツ旗が描かれていた。

 

 

 『一体いつからここは、あの戦争(第二次世界大戦)の同窓会会場となったんですかね!?』 

 

 

 通信からは上田少尉の苛立たしげな声が聞こえてきていた。

 

 しかし、これで分かったこともある。

 

 ドイツで生み出された硬式飛行船に、ドイツ語で刻まれた艦名、そしてナチス・ドイツの象徴であるハーケンクロイツ。

 その全てがドイツという国を指し示しているのは、偶然ではないだろう。

 それが意味するのはいわゆる本物(・・)による顕示行為か、それともそちらに目を向けさせる為のブラフか。

 本当の所は分かりはしない。

 しかし何れにせよ亡霊軍隊という組織が態々そんなものまで持ち出してきた時点で、それが正の感情であれ負の感情であれ、ドイツというイコンに対し並々ならぬ感情を抱いているということは、容易に想像がついた。

 

 林大尉は、尾翼と接触しないように、偵察機を上手く操りながら飛行船の後方へと抜けると、今度は操縦桿を左に傾けると足元にあるラダーペダルを一気に踏み込んだ。

 操作命令を素早く受け取った機体は、命令通り補助翼と垂直尾翼を駆動させ、旋回飛行を開始。

 バンク角が垂直に近くなるほどに急旋回し、機体の向きを反転ーーーUターンさせると、今度は飛行船の反対側に周りながら、並走するように飛行し始めた。

 素早く機体を立て直しながらも、林大尉は飛行船を観察する。撮影機材を回す上田少尉も同様に。

 

 そして両側から観察した甲斐あってか、いくつか異常ともいうべき箇所を見つけた。

 

 

 「コイツ……近接防御火器どころか、機銃すら見当たらんぞ」

 

 

 そう、この飛行船には速射砲とCIWSなどといった近接防御火器が一切見当たらないどころか、対空用の機関銃の一つすらない。

 本来、戦闘用の硬式飛行船であれば、気嚢を収めた船体上部に航空機を追い払う為の機銃陣地がいくつかあるはずだが、それが影も形もない所を見るに、そもそも設計段階から外されていたであろうことが推察できた。

 航空機に抗うすべをも持たない飛行船が、航空機の飛び交う戦場に現れる。

 そんなのはただの自殺行為でしかない。

 

 それに―――

 

 

 『この飛行船、全く人の気配がありませんよ』

 

 

 色々と異常な部分はあるが、きっとこれが一番の異常だろう。

 

 この飛行船には、人の姿がどこにもなかった。

 

 飛行船の船体下部、五,六階建はありそうなゴンドラ部分には、前方半分に明かりがつき、窓から漏れ出た周囲を煌々と照らしてはいたが、その窓越しに人影どころか何かが揺らめく影が映るということすらなく。

 飛行船の船体上部、広大に広がるその空間には、誰もいない(・・・・・)

 完全な無人船。

 ただひたすらにプロペラだけが無機質に回転し、この無人の飛行船の推進力を生み出している。

 

 それはまさに幽霊船のようだった。

 

 

 『……亡霊艦隊の正体は、ナチの幽霊船だった!って言って信じてもらえますかね?』

 

 「撮影した証拠を持ち帰れば、信じるしかないだろ……。

 しかし、コイツが無人艦だとすると、もしかしたら本当に囮の捨て駒なのかもしれんな」

 

 『ええっ、これが捨て駒ですか?

 それはまた、なんとも勿体ない……』

 

 「……まあ、どちらにせよ、コイツはもう終わりだ」

 

 

 林大尉は、飛行船から視線を外し、正面を見据えながら言い切った。

 彼の視線の先。

 そこには、先ほど速度を以て引き離した深海棲艦の攻撃隊の姿があった。

 ようやく追い付いてきたのだろう数百もの攻撃機と爆撃機、そしてそれを守る護衛戦闘機の編隊は、そのまま飛行船に真っ直ぐ近づくのではなく、飛行船よりも高度を上げながら近づいてきている。

 

 

 「空対空爆撃を仕掛けるか。

 ……そりゃあ飛行船を落とす手段としては最適だが、いくら装甲を張ってあるからってそこまでするか?」

 

 『それだけ深海棲艦共の恨みを買ってるってことなんですかね』

 

 

 空対空爆撃とは、空中戦の戦法の一つで、飛行中の敵の航空機に対し、さらにその上方の航空機より爆弾を投下して攻撃する戦闘手段である。

 係留気球や飛行船を攻撃する手段の一つとして用いられ、第一次世界大戦では実際にドイツ軍の硬式飛行船『LZ37』が空対空爆撃により撃墜されている。

 だから空対空爆撃というのは、的が大きく、なおかつ航空機の機銃では威力が足りず撃ち落としにくい硬式飛行船という存在に対し、有効な攻撃手段ではあるのだ。

 しかし、たかが一隻の飛行船に対し、数百もの攻撃機、爆撃機が空対空爆撃を仕掛けるのはあまりにも過剰すぎる攻撃、オーバーキルだ。

 そこには、この飛行船の存在を欠片も許さず、完全に抹消するという深海棲艦の執念さえ見て取れる。

 

 この攻撃を飛行船が回避するすべはない。

 誰がどう見ても終わり。これは純然たる事実だ。

 この飛行船が生き残る余地は全くなかった。

 

 

 「……………」

 

 

 そう、そのはずだった。

 林大尉自身が、先ほど言い切ったように、彼の理性はこの飛行船の終局を結論付けている。

 しかし―――

 

 

 (本当に、本当に終わりなのか?)

 

 

 彼の数多の戦場を飛び交い、命のやり取りをすることで研ぎ澄まされてきた超人的な直感能力。

  一流と言っても過言ではない豊富な実戦経験と、何度も死に戻りという非常識な体験とをしたことで鍛え上げられた、疑似的な未来予知と呼ばれる領域まで足を踏み込んだ自身の第六感。

 

 その直感は、未だに自身に迫る濃厚な死の気配を告げている。

 

 

 

 まだ終わりではないと

 

 

 

 「………ん?なんだ?」

 

 

 

 その変化に林大尉がすぐさま気が付けたのは、自身の直感を信じて未だに警戒を続けていたからか。

 それとも深海棲艦の戦闘という名の虐殺に巻き込まれないように少しずつ距離を取り、飛行船の全体を見渡せる位置まで離れていたからか。

 

 

 『なにかが開いて?』

 

 

 先ほどまで沈黙を貫いていた飛行船に突然、変化が訪れた。

 飛行船の船体下部のゴンドラ部分。

 明かりのついていた前半部分とは違い、窓すらない漆黒の装甲で完全に覆われたコンドラ後部、その部分がゆっくりと外側に向かって倒れるように開き始めた。

 それはトラックのフロントパネルのようにコンドラ後部全体が開くわけではなく、等間隔に開いた部屋の正面扉が下に開く仕組みになっているらしい。

 

 

 「一体、何をする気だ?」

 

 

 林大尉は機体を、まるで焦らすようにゆっくりと開く扉の中身が見えるように、コンドラ後部へと向かわせる。

 飛行船の動きに少しでも早く対応できるように、その前兆を少しでも早く掴めるように。

 

 

 それゆえに誰よりも早くその中身を盗み見ようとし―――

 

 

 

 

 「っ!?まずい!?」

 

 

 

 

 

 強烈な『死』を垣間見た

 

 

 

 

 先ほどまで濃厚な死の気配など比ではない。

 飛行船全体から漂う(・・・・・・・・・)、死神の鎌をピタリと首筋を当てられたような、具現化した『死』。

 絶望と恐怖が自身を塗りつぶし、直感が、経験が、そして本能が狂乱したかのように自身の死と、一刻も早く、少しでも遠くへ逃げるよう、自身の体に命じていた。

 

 扉の中身は未だに見えてはいない。

 

 しかし林大尉はそれに逆らわなかった。

 

 いや、逆らう逆らわないかを判断する以前にその『死』から逃れるべく、彼の卓越した操縦技能が脳すら介さず無意識のうちに体が動かしていた。

 エンジン出力を最大にし、操縦桿を全力で前に押し倒す。

 その命令を受け取った機体は、最高速度限界まで速度を上げたまま、尾翼の昇降舵の後縁側が下がり、機首を下方向へと押し下げた。

 

 パワー・ダイブ(出力急降下)

 

 降下の角度は、およそ60°以上を示し、機体が急激に降下し始め、体には強烈なGがかかり始める。

 その直前、操縦に集中する林大尉と違い、上田少尉は見た。

 

 

 

 ―――高速で回転するジェットエンジンの光を

 

 

 ―――航空機のようなシャープな輪郭を

 

 

 ―――それと全く同じものが先ほど開いた17の扉すべてに収まっているのを

 

 

 ―――そしてこれが『発射口』であることに気付いた時

 

 

 

 飛行船が黒煙に包まれた

 

 

 

 

 




 戦況報告

   タウイタウイ方面

     人類陣営
      タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

     深海陣営
      ポート・モレスビー方面 空母機動部隊
 
     ミレニアム陣営
      空中戦艦ーDeus ex machina



          戦闘中




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第31話 戦争劇場

 長くなったので更に分割
 
 前回までのあらすじ!

 ????「味方です」
 戦艦棲姫「なんかクッソ怪しいけどヨシッ!」(現場猫感)
 林大尉 「これだけの大編隊、勝ったな」(慢心)
 ????「奇跡のカーニバル 開 幕 だ」(某AA)

         


―――1999年9月30日 飛行船上空『林隊』

 

 

 

 先ほど自分たちの偵察機が飛んでいた上空を黒い塊が複数、とんでもない速度で飛んで行く。

 

 

 『飛、行船、飛翔体を発、射っ!』

 

 

 出力急降下による強烈なGに耐えながらも上田少尉は、オペレーターとしての役割を果たすべく報告を口にした。

 

 飛行船より黒煙と共に発射された17の飛翔体は暫く真正面に向け前進したのち、大きな弧を描きながら、反転上昇。

 飛行船の反対側からも発射されたのだろう同数の飛翔体と共に猛スピードで飛行船を落とすべく空対空爆撃を仕掛けんとしていた深海棲艦の航空機編隊へと殺到する。

 

 あまりに急な展開に、深海棲艦の護衛戦闘機は不意を打たれたのか即座に迎撃できず、攻撃隊は密集隊形を組んでいるがゆえに回避行動も満足に取れなかった。

 尤も不意を打たれなかったとしても、亜音速で向かってくるそれらに対応できたかは甚だ疑問ではあるが。

 

 夕焼けに染まった赤い空に白い帯を引きながら、34の飛翔体は一つも撃ち落とされることなく、何百という数の航空機の一団へと高速で突っ込んでいく。

 

 そして―――

 

 

 「なあっ!?」

 

 

 轟音と共に空が破裂し、光り輝く昼となった。

 

 飛翔体が生み出した34の巨大な火球。

 その爆発の振動は、深海棲艦の航空編隊から離れた距離にいる二人にも届くほどだ。

 

 飛翔体の中身に詰まっていたのは人でもなければ火薬でもない。

 一発あたり850キロもの酸化エチレン、酸化プロピレンを含んだ特殊燃料だ。

 それが一次爆薬により加熱沸騰、沸騰液体蒸気拡散爆発と燃料自身の相変化により秒速2,000mもの速度で周囲に拡散。

 燃料の蒸気雲が形成されると着火爆発し、12気圧に達する圧力と2,500~3,000℃もの高温、そして強力な衝撃波を広範囲にまき散らす。

 

 燃料気化爆弾。 

 これの恐ろしさは高温でも衝撃波でもない。

 爆轟圧力の正圧保持時間の長さ。

 TNTなどの固体爆薬だと一瞬でしかない爆風が「長い間」「連続して」「全方位から」襲ってくるところにある。

 

 爆発の中心部にいた航空機はその高熱で蒸し焼きになり、その範囲外にものも長時間連続で全方向から襲い掛かってくる爆風により機体を粉々にされ、運よく即死しなかったものたちも、時間差で襲い掛かってきた衝撃波と急激な気圧変化により機体や核を押し潰され、すぐにその後を追った。

 

 飛翔体が航空機編隊に突っ込んでいった34ヵ所すべてで、これと全く同じ光景が広がっていた。

 

 

 「これほどの、これほどの強さか!」

 

 

 焼き払われ、粉砕され、押し潰され。バラバラと海へと落ちていく航空機の残骸の豪雨を見ながら林大尉が唖然とした様子で呟く。

 空一面を焼き尽くした凶悪な爆発が消え去った後、数百もの夥しい数の航空機はその過半数が消え去り、辛うじて生き残った機体も無傷のものは殆どいない。

 

 たしかに飛行船という目標一つを狙うために、深海棲艦の航空編隊が密集隊形を取ったのも悪かっただろう。

 それに攻撃隊が抱えた投下前の爆弾が、次々と周囲の航空機を巻き込みながら誘爆したことも、被害を拡大させた要因ではある。

 

 しかし。

 

 たった一回。

 

 亡霊軍隊のたった一回の行動で、数百という数で構成された深海棲艦の航空機編隊は壊滅した。

 生き残りも、大小の差はあれども損傷を負った60機にもに満たない航空機だけ。

 

 

 『いくら誘導弾でもこの威力はオカシイでしょう!?弾頭に何詰め込んだんだ!!!』

 

 

 急降下しているがゆえに操縦に集中する林大尉と違い、眼前に広がるキャノピー全体を使って、その蹂躙の光景をまざまざと見せつけられた上田少尉の叫び声が聞こえた。

 

 先ほどの飛翔体の正体とは、誘導弾―――つまりミサイルだということは分かっている。

 しかしこの世界的に広がる電波障害下でそれを使えたこともそうだが、そのミサイルが広範囲を焼き払うほどの過剰な攻撃力を与えられていたことに二人は大きな衝撃を受けた。

 

 上田少尉が動揺し、林大尉が急降下した機体を立て直そうとしている間にも事態はさらに進行していく。

 飛翔体によりその数を大きく減らした深海棲艦の航空機編隊は、先ほどの攻撃のように纏めてやられないよう編隊を解除し広範囲にバラけながら、一斉に飛行船に見向かって殺到し始めた。

 

 攻撃機も、爆撃機も、護衛戦闘機すらも参加した全残存兵力による一斉突撃。

 全ての航空機が四方八方から我武者羅に突っ込んでいく。

 先ほどのミサイルのように均等に整った機械的な突撃ではなく、荒々しい獣のような突撃。

 

 先ほどミサイルを撃ち尽くした飛行船にこれを防ぐすべはないように思えた。

 

 しかし―――

 

 

 「次は何だ? どこかが開いて仕込み機銃でも出てくるのか?」

 

 『きっとあの船体が開いてモビルスーツが出てくるんですよ。

 こないだテレビでやってました』

 

 

 二人とも、想像の範疇を越える出来事が立て続けに起きている以上、もはや自身の知りうる知識や常識など欠片も信用していない。

 そしてその考えは間違いではなかった。

 

 

 『ッ!?飛行船、再度飛翔体を発射!』

 

 「なにっ!?」

 

 

 先ほどミサイルが発射された場所ーーー発射口から。

 その全く同じ発射口から再度、新たな飛翔体―――ミサイルが発射された。

 その数は最初と同じ34。しかし最初のミサイルに比べ、サイズは二回りほど小さく、しかしその分速さは桁違いに早かった。

 

 発射されたミサイルは、最初のミサイルの軌道とは違い、個々に狙いを定めた目標の航空機に向かって飛んでいく。

 深海棲艦の航空機は先ほどと違い密集隊形を組んでいない以上、回避行動は十分に取れはした。

 だが最初のとは違い音速、そして自動追尾するミサイルに果たしてどれほどの意味があるのか。

 

 かくして新たに発射されたミサイルのターゲットにされた航空機は必死の抵抗も虚しく、その全てが呆気なく命中し爆発、34機が撃ち落とされた。

 ただでさえ大きく数を減らしていた航空機が、また新たに撃墜されたことでもはや深海棲艦の航空機は20機しか残ってはいない。

 しかし、今はそれどころではなかった。

 

 「コイツ誘導弾の、しかも状況に合わせて違う種類の誘導弾の再装填ができるのか!?」

 

 「しかも34の目標を同時迎撃できるとか、アメ公の作ったイージスなんちゃらより性能が良いんじゃないんですか畜生!」

 

 飛行船の34というミサイル発射口の数は、ミサイル護衛艦やミサイル駆逐艦と比べた場合、実はそれほど多いという訳ではない。

 海自自衛隊のこんごう型護衛艦や、アメリカ海軍のアーレイ・バーグ級ミサイル駆逐艦が、90発ものミサイルを装填発射できる垂直発射装置(VLS)や、対艦ミサイルを発射する連装発射筒を搭載していることを考えれば、むしろ少ないくらいである。

 

 しかし垂直発射装置も連装発射筒も装置自体が弾薬庫を兼ねているがゆえに再装填ができない。撃ったら撃ちっぱなし、予備のミサイルはなどなく、艦に搭載されているミサイルを全て撃ち尽くしてしまえば、母港に帰るか、補給艦の支援がないかぎり補給・装填ができないのだ。

 

 しかし、この飛行船は違う。

 飛行船の船体内部に予備のミサイルをたらふく抱え込んでいるのだろう、そこから状況に合ったミサイルを発射口に装填・発射ができるのだ。

 最初のミサイルは弾頭に気化爆弾を搭載したミサイル、先ほどのミサイルはその鋭敏な挙動から対空ミサイルということか。

 そして34個の目標を同時迎撃したという事実は、アメリカ海軍の開発した、防空戦闘を重視した艦載武器システム「イージスシステム( Aegis System)」の、18個の目標を同時迎撃を上回っていることを示していた。

 しかも、それだけではない。

 

 

 『飛行船、また飛翔体を発射!発射間隔は……30秒!?』

 

 「さんっ、30秒だと!?一体どんな装填装置を使ってやがる!?」

 

 ミサイルを発射してから、次のミサイルを発射するまでの間が異様に短すぎた。

 つまりは、30秒という間に、使用するミサイルの選択、装填、点火、発射という手順を全てこなせるというのだ。しかも34の発射口全てにである。

 

 最後に発射された対空ミサイルの数は20発。もはやそれで十分ということなのか最後まで生き残っていた深海棲艦の飛行機と同数のミサイルは、一発たりとも無駄弾を出すことなくそれぞれの目標に命中、その全てを叩き落とした。

 

 ここに深海棲艦の航空機編隊は殲滅された。

 

 何一つ目的を達成することなく、飛行船に爆弾どころか銃弾の一発も当てることも、その行き足すら止めることもできずに。

 

 その全てが今台無しになった。

 

 

 「バケモノめ……」

 

 

 林大尉が呻くように言う。

 ことここに至っては、認めざるを得なかった。

 この飛行船は囮でもなければ、捨て駒でもなく、戦争をしに来たということを。

 そしてミサイルを使った戦闘において、この飛行船ーーーデウス・ウクス・マキナは、電波障害が世界を覆う前のイージス艦に匹敵、あるいは凌駕する戦闘能力を有していることを。

 

 二人の乗る偵察機と、飛行船以外何もいない、静寂に包まれた空。

 だが先ほどの深海棲艦の航空機編隊は第一陣である以上、その後ろには第二陣、第三陣が控えている。

 直に同規模の航空戦力を率いて、この飛行船を落とそうとやってくることだろう。

 しかし林大尉には、その航空機編隊たちが、『機械仕掛けの神』の作り出す守りを突破できるとは、どうしても思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 飛行船のゴンドラ後方側面、まるで戦列艦の砲門のようにズラリと並んだ発射口から放たれる対空ミサイル。

 その正確無比な暴力を前に、深海棲艦の航空機は為すすべもなくバタバタと撃ち落とされていく。

 それはある意味、予想した通りの光景だったといえるだろう。

 

 

 「……夢でも見ているのか?」

 

 『もし、これが夢だとしたらきっと悪夢の類でしょうね』

 

 

 呻くような呟きを漏らす林大尉の言葉に、力なく上田少尉は返した。

 

 深海棲艦・空母機動部隊の攻撃隊である第一陣を、一切手傷を負うことなく殲滅しつくした亡霊軍隊の飛行船。

 そしてその飛行船は、今もなお変質した電磁スペクトルにすら干渉するバラージ・ジャミングを広範囲にまき散らしながら、北上を続けていた。

 

 その針路は深海棲艦・空母機動部隊と第一作戦部隊の争う海域にピタリと合わせられており、亡霊軍隊が何かしらの目的の為にそこに向って来ているのは明白だった。

 

 目標の海域に向け、淡々を進撃し続ける飛行船。そこに新たな航空機編隊が見え始めた。

 深海棲艦・空母機動部隊により、新たに補充された攻撃隊。

 飛行船の行く手を阻むかのように展開した深海棲艦の航空機編隊は、先ほどと同じく飛行船の撃墜を目標とし、第一陣とほぼ同数の航空機を集め第二陣としていた。

 そして深海棲艦の航空機編隊は、先の航空機編編隊の雪辱を晴らそうとするかのごとく一斉に攻撃を開始―――虫けらのように踏み潰された。

 

 それは細部は多少違えども、ほとんど第一陣の惨劇の焼回しといえた。

 おそらく第一陣の蹂躙を視界共有で見ていたのだろう。

 深海棲艦・空母機動部隊の旗艦である空母棲姫はその反省を生かし、最初から深海棲艦の編隊を細かく分け、纏めて撃ち落とされないようにしていたようだが。 

 しかし30秒ごとに発射される34の対空ミサイルの前では何の意味もない。

 

 次々と飛行船から発射される対空ミサイル。1秒に一発以上のペースで飛んでくる対空ミサイルは正確な精度で命中し、一発に一機の航空機の命を確実に削っていく。

 

 それは深海棲艦の航空機編隊の総数が、そのまま自分たちの生き長らえることのできる時間であることに他ならない。

 しかし文字通り、命を削って生み出した時間を全て捧げようも。

 飛行船に肉薄するには、両者の距離はあまりにも遠い。

 ついに深海棲艦の航空機編隊は、距離という盾を突破することができず、ミサイルの矛の前に消え去った。

 第二陣の最後の一機が無惨な最後を遂げた頃、二人の所属する空母であり、第一作戦部隊の旗艦でもある空母『大鳳』より連絡が入った。

 

  

 「上田、連絡は受け取ったか……?」

 

 『……ええ、確かに』

 

 

 今現在、亡霊軍隊の飛行船が変質した電磁スペクトルにすら干渉するバラージ・ジャミングを広範囲にばら撒いているせいで、有線で繋がる機内通信ならともかく、離れた母艦との無線通信はできなくなっている。

 しかし、この偵察機には艦娘の『目』であり『耳』でもある妖精さんが二人?操縦席と後部座席に配置されている。

 なので母艦との連絡自体は、この妖精さんを介することで問題なくできていたのだ。

 

 妖精さんから、母艦からの連絡を受け取った事を、確認し合った二人の間には沈黙した空気が流れていた。

 二人の受け取ったものは、第一作戦部隊の戦場で起きた変化を知らせる連絡だった。

 別に第一作戦部隊が壊滅したとか、亡霊軍隊、もしくは深海棲艦の別働隊が現れただとか、そのような悲報ではない。

 むしろ大局から見れば、第一作戦部隊にとって朗報といえるだろう。

 

 「第一作戦部隊に仕掛けていた深海棲艦の攻撃隊が全て引き上げた、か」

 

 『迎撃戦闘機のみを残して、飛行船に対する攻勢の為に引き抜いたんでしょう。

 あれに仕掛けた航空機は一機残らず潰されましたから、第一作戦部隊側の攻撃隊で穴埋めをしよう、という事ですか』 

 

 第一作戦部隊側の攻撃隊が、飛行船攻撃に回された事で、第一作戦部隊の安全は確保された。

 それは即ち自身の母艦が安全が保障されているということ。

 その情報は飛行機乗りにとって非常に喜ばしい情報ではあった。

 

 しかし

 

 深海棲艦の攻撃隊が全て引き上げたということは。

 第一作戦部隊が健在であるにも関わらず、攻撃隊が飛行船攻撃に回されたということは

 つまり―――

 

 「深海棲艦にとって、俺たち第一作戦部隊よりも飛行船の方が脅威度が上だと判断したということか」

 

 そう言われているに等しかった。

 

 今、深海棲艦に大打撃を与えているのが亡霊軍隊だからだとか、第一作戦部隊は亡霊軍隊の動向を探るために攻撃を控えているからだとか、そんな一時的なものでは左右されない。

 

 己で物事を知り、考え、判断する能力を持つ人類―――知的生命には程遠く。

 心理戦や陽動などといった不確定要素かつ、推測でしか測れない物事などを一切考慮しない、いや考慮することができない。

 しかし、機械的で柔軟性の欠片もない深海棲艦の思考回路であるがゆえに、感情を挟むことなく弾き出される合理的で正確な脅威判定。

 弁解の余地なく明確な脅威判定の序列。

 それが示したのだ。

 

 タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊よりも、亡霊軍隊の方が脅威である、と。

 

 ―――周辺の航空基地群より支援を受けた、百名近い艦娘で構成された艦隊よりも。

 

 ―――ただの一隻の飛行船の方が。

 

 

 「……ふざけやがって」

 

 

 上田少尉の地を這うような低い声が響き渡った。

 

 ―――気に入らない。何もかもが気に入らなかった。

 

 ―――そう判断を下した深海棲艦も

 

 ―――圧倒的な暴力を撒き散らす亡霊軍隊も

 

 ―――そして、それに生かされている(・・・・・・・)自分たちも

 

 亡霊軍隊の飛行船が、その周辺を飛ぶこの偵察機を撃ち落とす機会など、それこそ幾らでもあった。

 それでも撃ち落とされることなく飛び続けられているのは、林大尉の操縦技術によるものではない。

 彼らの操る偵察機と亡霊軍隊の兵器との間には、技術や工夫程度では埋められない差、性能差があるのだ。

 深海棲艦の航空機よりも多少早かったところで、音速で飛んでくる対空ミサイルなどに抗えるはずもない。亡霊軍隊がその気になれば一瞬で、そして一発で撃ち落とされることだろう。

 にも関わらず、この偵察機が飛び続けられ、亡霊軍隊の飛行船と深海棲艦の航空機編隊との戦闘を監視することができているのは、偏に亡霊軍隊がワザと生かしているにほかならない。

 

 普通なら情報を収集する偵察機をワザと生かしたままにしておくなど考えられないことだ。

 しかも艦娘所属の偵察機には、彼女たちと繋がり、最前線で『視た』情報をリアルタイムで共有できる妖精さんが同乗している。

 それを考えれば。偵察機という存在は監視カメラに等しく、情報の秘匿という面から見れば真っ先に排除すべき存在なのだ。

 それをワザと生かしたままにし、あまつさえ深海棲艦の航空機編隊との戦闘を監視させ、その前で本来秘匿すべき飛行船の戦闘能力をさらけ出すなど、正気の沙汰とは思えない。

 

 亡霊軍隊のあまりにも常軌を逸した軍事行動。しかし林大尉はその光景になぜか既視感があった。

 

 

 数日前、母港であるタウイタウイ軍港の食堂で昼食を取った際、録画したものではあるがテレビで流されてたそれを見たことがあった。

 

 モーターショー。

 

 自動車メーカー各社の新型自動車や、コンセプトカーなどを集めて催す見本市。

 単なる新型車だけを展示するだけに留まらない、来場者の興味を掻き立てるコンセプトカーや近未来的な実験車両が一堂に揃った自動車ショー。 

 その時は自分たちの知っていた最先端技術より、遥か先の技術で作られた未来の自動車たちを見て、仲間内で盛り上がった記憶がある。

 

 その光景がこの亡霊軍隊の軍事行動とダブって見えて仕方がない。

 

 亡霊軍隊による兵器ショー。

 

 それはまるで亡霊軍隊が保有する軍事技術を魅せる見本市であるかのように。

 単に見せるだけではない、観客を飽きさせないよう嗜好を凝らされた戦争という名の見世物の中で。

 そしてその戦場を披露された亡霊軍隊の兵器たちが、ドラマティックにそしてロマンティックに魅せながら蹂躙し、観客を熱狂させる。

 

 この軍事行動がそれに思えて仕方がない。

 

 そして亡霊軍隊の目的が本当にそれであるのならば、なぜ林大尉の操る偵察機が未だに生かされているのか説明がつく。

 

 

 「俺たちはカメラマンというわけかッ!」

 

 

 この亡霊軍隊が魅せる兵器ショーの光景を、遠く離れた観客の元へと届けるための中継係。

 その為だけに生かされているのだ自分たちは。

 

 もちろんこの常軌を逸した軍事行動を、林大尉がそれに思えただけであり、亡霊軍隊が実際の所、何を目的としているのかは定かではない。

 

 だが。その目的が何であれこの一連の動きが、ただの軍事行動のみを目的をしていないことは確実だった。

 

 『戦争』というものを舐め腐った行動に、林大尉の額に青筋が浮き出た。

 

 林大尉にとって、いや艦娘や呼び出された第一航空艦隊の搭乗員にとって。

 『戦争』というものは、目的に至るための過程、ただの手段だ。

 祖国の救済という目的にたどり着くための道のりでしかない。

 だからこそ彼らは『戦争』という行為に楽しみを見出すことはなく、その行為自体に目的を達成する以上の意味を持たせることはない。

 

 しかしこの亡霊軍隊は違う。

 『戦争』という手段こそが目的。

 『戦争』という行為に楽しみを見出し、その行為自体に意味を持たせる。

 

 『戦争を目的のための手段』として行使している彼らにとって、『戦争という手段を目的』として行使する亡霊軍隊となど、相容れるはずもない。

 

 本当なら、今すぐにでもそのバカでかい飛行船の船体に機銃掃射を叩き込んでやりたい気持ちに駆られていたが、その衝動にそっと蓋をする。

 林大尉が飛行船の進行方向へ視線を向けると、遠くの方に深海棲艦の航空機編隊が見えた。

 あれが件の、第一作戦部隊方面に展開していた攻撃隊の編隊だろう。

 林大尉が母艦より連絡を受けてから、こちらの戦場に到着するまで随分と早かった。

 それは即ち亡霊軍隊の飛行船が距離を詰めてきているということの証左でもある。

 このまま行けば、第一作戦部隊より手前にいる深海棲艦・空母機動部隊の艦隊と接敵するのは、時間の問題だろう。

 

 

 (どうせあの深海棲艦の航空機編隊ではどうせ飛行船を止めることはできん。

 足止めできるかどうかすら怪しいな。

 だがその分、少しでも多くの情報をむしり取ってやる!)

 

 「上田、しっかりと記録に残せよ!」

 

 『了解!』

 

 「今に見ていろよ亡霊軍隊。俺たちを落とさなかったこと、必ず後悔させてやる」

  

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 深海棲艦の航空機編隊の第三陣が戦場に到着した。

 

 飛行船へと差し向けた深海棲艦の航空機編隊の第一陣、第二陣は、対空ミサイル群による攻撃の前に壊滅。

 亡霊軍隊方面に展開していた航空機が消し飛んだことで、もはや深海棲艦・空母機動部隊には、亡霊軍隊と第一作戦部隊に対して二正面作戦を維持するだけの即応戦力は残されてはいなかった。

 

 ここで深海棲艦・空母機動部隊の旗艦である空母棲姫は、亡霊軍隊の脅威度は第一作戦部隊よりも高いと判断。

 

 第一作戦部隊方面に展開していた航空機編隊を抽出。

 最低限の抑えのみを残して、ほぼ全ての航空機を亡霊軍隊方面へと送り込んだ。

 

 第一作戦部隊方面に展開していた航空機編隊と、深海棲艦・空母機動部隊から新たに出撃した航空機群。

 その二つが合流した第三陣は、飛行機の数で言えば、第一陣、第二陣を上回っていた。

 

 そして展開する全ての航空戦力をかき集め、その物量をもって押し潰さんとした深海棲艦の航空機編隊の第三陣は―――物量に押し潰された。

 

 飛行船より湯水の如く押し寄せる対空ミサイル群。

 その弾頭は、航空機の有象無象の区別無く(・・・・・・・・・)貫き穿ち、機体をバラバラに切り刻んでいく(・・・・・・・・・・・・)

 

 深海棲艦の起死回生の一手は。

 亡霊軍隊との間に横たわる距離という盾を、自身の得意分野である物量によって攻略しようとした、雲霞のような深海棲艦の航空機編隊は。

 一隻の飛行船如きが生み出す物量に粉砕されたのだ。

 

 最後の深海棲艦の航空機が、飛行船にダメージを与えることもなく墜落した瞬間、もはや深海棲艦・空母機動部隊に打てる有効な手立てなど何もなかった。 

 

 実のところ、深海棲艦・空母機動部隊の航空戦力自体は、枯渇したわけではない。

 早朝より始まった第一作戦部隊と基地航空隊との航空戦、亡霊軍隊の飛行船によるミサイル攻撃により、その数を大幅に削られはしたものの、未だ空母級、軽空母級の格納庫の中には両者と争えるだけの航空戦力が残っている。

 

 しかし、それだけの量の航空機を格納庫から飛行甲板に上げ発艦、展開するだけの時間が彼らには残されてはいなかった。

 

 結局のところ、起死回生の一手、深海棲艦の第三陣が壊滅した時点で、深海棲艦・空母機動部隊の敗北は確定したのだ。

 

 航空機編隊ですら組んでいない、深海棲艦の空母級より発艦した航空機が僚機すら待たず五月雨式に飛行船に向かって突っ込んでいく。

 断続的ではなく持続的な攻撃。

 だがそこに戦術的な意図など、もはや存在しなかった。

 残存兵力を犠牲にしながら飛行船の足止めをすることによって、確実に訪れる敗北を少しでも先に延ばしにしているにすぎない。

 深海棲艦の最期の悪あがき。

 

 だがその悪あがきですら、亡霊軍隊は容赦なく蹂躙していく。

 

 深海棲艦・空母機動部隊に向けて進撃を続けながら、片手間で向かってくる航空機を撃墜していく飛行船。

 その速度は一切変わることなく。

 ミサイルから溢れ出た煙が後方に押し流されたことでできた漆黒の道はどこまでも真っ直ぐで、全く左右にブレる事はない。

 

 結局、深海棲艦の残存兵力をすり潰しながらの足止めでは、飛行船の行き足を僅かたりとも遅らせることすら出来なかったのだ。

 

 そして遂に飛行船は深海棲艦・空母機動部隊の艦隊を目視で捉えられる距離にまで近づいた。

 

 その直後、飛行船の全ての発射口が一斉に煙を吹き出し、一際大きいミサイルが打ち出された。

 その34のミサイルは今までのミサイルと違い、航空機を一切合切無視して、一直線に深海棲艦・空母機動部隊の艦艇ーーー空母級、軽空母級めがけて飛んでいく。

 

 その攻撃を、航空機ですら避けられない攻撃を、それよりも大きく鈍重な艦艇が避けられるはずもない。

 

 34のミサイルは一発も落とされる事なく全て着弾。

 その瞬間、艦隊が爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 メラメラと炎を上げ、時折小規模な爆発を引き起こしながら、真っ黒な煙を噴き上げる航空母艦の群れ。

 深海棲艦・空母機動部隊を構成する艦艇が炎に包まれている中、艦隊の旗艦である空母棲姫は茫然としていた。

 

 先ほどのミサイル攻撃は、艦隊の中心部に陣取る空母級、軽空母級のみを、狙い撃ちしたように着弾。

 航空機の爆弾とは比べ物にならない、まるで戦艦の主砲を食らったかのようなその攻撃に、装甲が施されているはずの空母級の飛行甲板には大穴が開けられ、格納庫は航空機ごと焼きつくされた。

 それでもまだ比較的頑強な空母級だからこそ、これだけの被害で済んだのだろう。

 

 空母級よりも小さく脆い、軽空母級は船体自体が攻撃に耐えられなかった。

 軽空母級を襲ったミサイルは、空母級とは違い装甲が施されていなかった軽空母級の飛行甲板を容易に貫き、格納庫内部の床に突き刺さって起爆。

 船体が小さいがゆえに、その爆発エネルギーを外に逃がすことができなかった軽空母級は、そのほとんどが内部から弾け飛び、轟沈した。

 辛うじて浮かんでいるものも、飛行甲板どころか上部構造すら残っているものはいない。

 

 空母級、軽空母級はその全てが戦闘不能に陥った。航空母艦で無事なのは空母棲姫のみ。

 空にはミサイルが着弾する前に発艦していた航空機が少しは残ってはいるものの、最早何の意味もないことを彼女は理解していた。

 深海棲艦・空母機動部隊は敗北したのだ。

 

 

 「……ナンダ」

 

 

 空母棲姫が呻くように声を漏らした。 

 それは燃え盛る辺りの惨状を見渡して漏れ出た言葉―――ではない。

 

 空母棲姫は端から、自身の艦隊の惨状など見てはいなかった。

 彼女の視線の先にあるのは亡霊軍隊の飛行船。

 深海棲艦の航空機を、そして艦隊を蹂躙したその飛行船を、空母棲姫は初めて視界共有ではなく、その眼で捉えた。

 

 

 水平線上に浮かぶシルエット。常人の視力では米粒ほどにしか見えないその飛行船も、深海棲艦である彼女の眼にはその全てが視えていた(・・・・・)

 

 そこにその眼に視えていたのは、先ほど辛うじて生き残った深海棲艦の航空機が攻撃を仕掛け、そして飛行船から発射された飛翔体によって、正確無比に撃ち落とされていく光景―――ではない。

 

 誰かがいる(・・・・・)

 

 紫色に発光する(・・・・・・・)飛行船の気嚢部分に佇む三つの人影(・・・・・)

 

 ―――髪の長い人影が持つ、背丈程もある長い筒状のモノから撃ち出されたナニカは、あり得ない弾道の軌跡を空に描きながら、飛びまわる航空機を有象無象の区別無く(・・・・・・・・・)まとめて貫き穿ち。

 

 ―――帽子を被る人影が手を振るえば、紙切れのようなものが機体に纏わりつき、バラバラに切り刻んでいく(・・・・・・・・・・・・)

 

 ―――そしてその動きに合わせるように、その航空機たちが、あたかも飛行船から発射された飛翔体によって、撃ち落とされているかのような光景が張り付けられていた(・・・・・・・・・)

 

 まるで製作途中のCGのモーションキャプチャーを現実世界に引き摺り出してきたような、あまりにもズレた二重映像。

 しかし航空機からの視界共有では、紫色の発光現象も、三人の人影も、その正体不明の攻撃も全く見当たらず、航空機が飛行船から発射された飛翔体によって撃ち落とされている光景のみが映し出されていた。

 

 

 幻覚を見せられているかのような、どちらが真実の光景であるか判断がつかないソレに、しかし空母棲姫は、航空母艦という艦艇である空母棲姫はどちらが真実か本能で識った(・・・)

 

 ―――すなわち、自身の眼で視た光景こそが真実である、と

 

 

 「ナンナンダ………」

 

 

 空母棲姫のその呟きには、怯えが混じっていた。

 この目の前で起きている全ての事象が理解できない。

 

 ―――なぜ飛行船一隻にここまでやられているのか。

 ―――なぜ視界共有している航空機と、自身が視ている光景とが一致しないのか。

 ―――あの理不尽に現象で、こちらの航空機を撃ち落としていくあの人影は何なのか。

 

 空母棲姫の、いや深海棲艦の持つ知識では、目の前の事態をどれ一つとっても説明できず。

 その疑問に、深海棲艦のとるべき行動指標ともいえる上位命令は何も答えてくれはしない。

 そしてついに彼女の心の均衡が崩れた。

 

 

 「ア、ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!」

 

 

 顔を恐怖で引き攣らせ、頭を掻きむしりながら狂ったように叫んだ。

 

 それは『未知』への恐怖。

 どれだけ味方が殺られようとも平然と突き進み、死の間際ですら、顔色一つ変えない深海棲艦が。

 この目の前の正体不明の『未知』の存在に心を折られ、恐怖しているのだ。

 

 最後の一機が落とされ、空から全ての航空戦力が消滅した。

 もはや空母棲姫の飛行甲板から航空機を発艦させる時間すらない。

 戦艦級や、重巡級といった生き残った艦艇が、必死に対空砲火を撃ちあげてはいるが、止められはしない。

 空母棲姫と飛行船の間を阻むものなど、何もなかった。

 

 飛行船の艦首がゆっくりと、しかし確実に自分の方に向けられた。

 まるで空母棲姫へ狙いを定めるように。

 

 そして飛行船の上に立つ三つの人影が、嘲笑うかのような笑みを浮かべた直後、吹き上がる黒煙と共に、先ほど空母級、軽空母級を蹂躙したものと同型と思わしきミサイルが発射された。

 空に幾つもの軌跡を描きながら、生き残った艦艇目掛けて突っ込んでいく。

 そのうちのいくつかは空母棲姫に向かって飛んできていた。

 徐々に大きくなっていくミサイルの輪郭。

 しかしどこまでも無力な存在に成り下がった小娘に、抗う術などもはや存在しない。

 

 

 

「何ナンダ オマエハァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 猛り狂う猟犬のような、それでいて不安に泣き叫ぶ童のようなその絶叫に答える声はなく。

 

 空母棲姫の精神は破壊の光に呑まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 戦況報告

   タウイタウイ方面

     人類陣営
      タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

     深海陣営
      ポート・モレスビー方面 空母機動部隊 
      壊滅
 
     ミレニアム陣営
      空中戦艦ーDeus ex machina



          戦闘中


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第32話 計画通り

 
 書いた割に進んでねぇ!?

 前回までのあらすじ!

 亡霊軍隊「ミサイルカーニバルです」(リンクス並感) 
 空母棲姫「ぐわああああーーーーッ!」轟沈



 

 

 

 ここで今現在の諜報事情について話をしよう。

 

五年前より始まった深海棲艦との戦争。

 人類史上初めてとなる異種族との絶滅戦争は、主戦場である太平洋を中心に、世界中のあらゆる場所で、陸軍が、海軍が、空軍が、かつての世界大戦を上回るほどの規模で戦闘を繰り広げていた。

 それに伴い、各々の戦場の内容も軍団の動員数に比例するように、より大規模に、より過激に、そしてより悲惨に昇華していったわけであるが、こと諜報戦という戦場においてはその限りではなかった。

 

 諜報戦、それは対立する国・組織間で、相手方の政治・軍事・経済など諸般の情報を合法また非合法の手段によって収集する争いである。

 表面に出ることは少ないものの、それによって得た情報は戦争を行く末や、国家運営に大きな影響を与えるために、各国は惜しみなく人的資源を動員し、戦時、平時を問わず、深海棲艦と争う今も各国は水面下で争いを続けている。

 しかし各国が積み重ねてきた諜報戦の知識や経験も、深海棲艦という存在には全く役に立たなかった。

 

 諜報戦における主な活動には―――

 

 ―――新聞・雑誌・テレビ・インターネットなどのメディアを継続的にチェックしたうえで、書籍・公刊資料を集めて情報を得る「オシント」。

 

 ―――人間を介した情報収集の方法。有識者から話を聞いたり、重要な情報に接触できる人間を協力者として獲得・運営し、そこから情報を入手する「ヒューミント」。

 

 ―――通信や電子信号を傍受する事で情報を得る「シギント」。

 

 ―――敵の装備を研究し、使われている技術や弱点などを見つけ出す「テキント」。

 

 などがあるが、これらは全て深海棲艦には意味がなかった。

 

 ―――「オシント」は、そもそも深海棲艦のはっきりとした生態系すら分かっておらず

 

 ―――「ヒューミント」は、接触した時点で深海棲艦はこちらを殺しにかかり

 

 ―――「シギント」は、傍受以前にこちらの通信が問題だらけ

 

 ―――「テキント」にいたっては、深海棲艦自体が第二次世界大戦を模した兵器であるために、性能や弱点に関しては、いちいち鹵獲し調査するよりも、各国の兵器図鑑を見た方が早いまである。

 

 

 結局、役に立つのは、偵察衛星や偵察機によって撮影された画像を継続的に分析する事で情報を得る「イミント」と、利害関係を同じくする諜報機関が相互に協力する「コリント」くらいだ。

 

 よくよく考えれば諜報戦という行為自体が、同族を相手取ることを前提としているがために、敵対的な異種族に対しほとんど意味がないことも当然と言えるだろう。

 

 幸い、深海棲艦側も諜報活動をしないのか、できないのか定かではないが、今のところ「イミント」以外の諜報活動は確認できてはいない。

 

 そして想定される最大の懸念である、人類側から深海棲艦へ味方しようとする者、つまり内通者への対処だが、これも今のところ問題はない。

 

 どうやら深海棲艦は、人類の細かい区別はつかないらしく、情報を手土産に深海棲艦に寝返ろうとする裏切り者だろうが、人類救済を掲げ、深海棲艦に味方するキチ○イカルトだろうが、他国を出し抜いて深海棲艦と交渉しようとするエージェントだろうが、ノータイムでブチ殺してくれるためだ。

 

 

 こういった事情があるため、こと諜報戦という戦場においては、人類と深海棲艦の最前線よりも、後方の国家間同士の方が活発であるのが現状だ。

 

 そのため、今のところ戦争の最前線においては防諜活動は、深海棲艦の偵察機や、偵察隊による諜報活動「イミント」の妨害に人的リソースを振り向けている。

 

 もちろん、今はそうであるというだけで、いつ深海棲艦が他の諜報活動を開始するか予断を許さない状況である為、監視自体は怠っておらず、最低限の防諜はしているが。

 

 だからこそ、深海棲艦と戦う人類の最前線で、部隊を秘匿するという行為は。

 第五作戦部隊や東南アジア連合海軍の攻撃部隊といったような、深海棲艦の諜報活動で発見されないよう、入り江に潜伏するといった行為以外に考えられず、同じ人間間から深海棲艦へ情報が漏れる可能性を考慮しなくていい以上、少なくとも作戦の戦力欄からすらも秘匿する必要などないはずである。

 

 だから、もし。

 

 ―――誰にも知らされていない秘匿された部隊があるのだとしたら。

 

 ―――誰も把握していない作戦内容があったのだとしたら。

 

 それがターゲットにしているのは、深海棲艦ではなく―――

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

――――1999年9月30日 PM 6:30 タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊 旗艦『大鳳』

 

 

 

 「空母棲姫の轟沈を確認、これで深海棲艦・空母機動部隊も終わりですか……」

 

 

 視界共有を通じて、海中に沈んでいく空母棲姫の巨大な船体を視ながら、第一作戦部隊の旗艦である大鳳はため息を漏らした。

 

 

 『ええ、未だ残存艦は残ってはいますが、旗艦を失い、制空権を失った以上、深海棲艦に逆転の見込みはありません』

 

 「……しかし、これほどの戦力を有しているとは。

 誘導弾の使用位は想定していましたが、まさか単艦で深海棲艦・空母機動部隊を処理してしまうほどとは」

 

 『今は、なぜか飛行船が動きを止めたことで、こう着状態になっていますが……。

 結局、深海棲艦・空母機動部隊との戦闘で、こちらに攻撃してこなかった以上、『反撃』は難しいですね。亡霊軍隊の出方を待つしかありません』

 

 

 赤城の言った通り、戦場はこう着状態に陥っていた。

 つい先ほどまで進撃を続けていた亡霊軍隊の飛行船は、大型ミサイルで空母棲姫諸共、残存艦を蹂躙したのを最後に進行を停止。

 

 今現在、林大尉の偵察機を除いた第一作戦部隊と基地航空隊の航空機は、飛行船を半包囲をするように展開。

 飛行船との距離を取りながら、生き残った深海棲艦の艦艇を掃討しつつも、どんな動きにも対応できるよう警戒を続けてはいる。

 しかし飛行船は、基地航空隊を全く気にしていないかのように、まるで深海棲艦・空母機動部隊の末路を見届けるかのように、その停止した地点からほとんど動くことなく、上空に留まり続けていた。

 

 

 『飛行船から応答などは?』

 

 「林大尉の偵察機を通じて呼びかけてはいますが、一切ありません」

 

 『やはり深海棲艦の出方を待つしかありませんか……。一応これまでの戦闘で予測されたミサイルの射程圏に航空隊が入らないよう徹底はしていますが、どれほどの意味があるのやら』

 

 「……もし、あの飛行船がこちらに対し攻撃を行い、我々が『専守防衛』に基づいて『反撃』した場合、あの飛行船の誘導弾の守りを突破できるでしょうか?」

 

 『……今展開している第一作戦部隊と航空基地群の航空機で一斉に仕掛ければ、飛行船の誘導弾による処理速度を超えての突破自体は可能でしょう。

 ほとんど弾と命の交換になるでしょうが。

 しかしそのことを亡霊軍隊も理解していないはずがありません。

 これほど的確に戦場に割り込んできた以上、亡霊軍隊側に作戦内容が漏れているのは確実ですから』

 

 「第一作戦部隊と航空基地群が保有していた航空戦力は把握されていますか……」

 

 

 大鳳は内心、苛立しげに舌打ちをした。

 

 

 (非常にまずいですね……)

 

 

 現状、亡霊軍隊が唐突に進行を停止した為、戦場はこう着状態に陥っているが、今この状態に助けられているのは、むしろ第一作戦部隊の方である。

 

 亡霊軍隊は、第一作戦部隊と航空基地群の航空戦力を把握した上でこの場に現れている。

 

 それはつまり、それだけの航空戦力を相手にして勝てるという確信があるからに他ならない。

 

 さらに言えば、第一作戦部隊の、いや『ジャワ島防衛作戦』に参加している全戦力は、深海棲艦を撃滅せんがために組まれたものだ。

 必然的にその装備も対深海棲艦用に調整されたものになる。

 当たり前だが、そこに誘導弾を使うような飛行船を相手にするなど想定されていない。

 

 例えるならば、野生動物を狩るために来た猟師達に、軍隊を相手にしろと言われている様なものだ。

 

 対深海棲艦用であろうが武器であることは間違いないため、転用して亡霊軍隊と戦えないことはないが、状況を打開する決定打足りえず、どれだけ周囲から援軍を呼びよせようとも、どこまでも対深海棲艦用の部隊しか集まることはない。

 

 挙句、亡霊軍隊側にこちらが対深海棲艦用の装備しかない事を把握されているとあれば、もはや自分達に打つ手はなかった。

 

 戦略で負けているのだ。

 どれだけ最善手を打ったとしても戦術レベルでしかない第一作戦部隊が、戦略単位で優勢を確保している亡霊軍隊に勝てるはずもない。

 

 

 (亡霊軍隊が動き出す前に、なにか、なにか策を練らなければッ!!!)

 

 

 大鳳はこの進退窮まる現状から抜け出すべく必死に策を練るが、どうしても必要なものが欠けていた。

 

 それは力だ。

 

 求められているのは純粋な質

 

 それも深海棲艦のような雑兵を相手にするようなものではなく、亡霊軍隊という先鋭と互角に渡り合えるだけの決定的な戦力が

 

 しかしそんな戦力など、誰かがこの事態を想定し(・・・・・・・・・・・)戦略的に動いていない限り(・・・・・・・・・・・・)、あるはずが―――

 

 

 『……作戦本部より連絡です、本部より送った援軍と協力し、状況を打開せよ、と』

 

 

 思考の袋小路に入りかけていた大鳳に、作戦本部からの連絡を担当していた赤城から、唐突に相互通信が届いた。

 

 状況を打開できるならしている。その言葉を聞いたとき、真っ先にそう思った大鳳だったが、何やら赤城の様子がおかしい事に気がついた。

 声色からだが、いつもの冷静沈着な凛とした声色ではなく、まるで自身の発した言葉が信用できないかのような、半信半疑の困惑気味な声色だった。

 

 

 「作戦本部からの援軍……。

 ジャワ島方面軍から、手隙の航空隊かき集めたのかしら……。

 けれど幾ら集めたところで、亡霊軍隊に読まれている以上、その程度の援軍で状況を打開できるとは、とても―――」

 

 『いえ、違います。あー、航空隊であることは確かですがジャワ島方面軍所属ではありません』

 

 「ジャワ島方面軍所属ではない?

 ジャワ島防衛作戦の戦力欄には、タウイタウイ方面軍とジャワ島方面軍所属の航空隊以外、存在しなかったはず……。

 一体どこの航空隊なんですか?」

 

 

 言葉を濁したような言い方をする赤城を不審に思いながらも、さらに問いかける大鳳。そして

 

 

 『それは―――』

 

 

 その存在するはずのない(・・・・・・・・・)航空隊の名を聞いた瞬間

 

 

 「………………え?」

 

 

 彼女の思考は完全に止まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

―――1999年9月30日 飛行船上空『林隊』 

 

 

 

 「こちら海上自衛隊、所属不明機に告ぐ。貴機は日本政府および、東南アジア連合より正式に認可された作戦海域に許可なく侵入、交戦している。

 貴機は直ちにその国籍と所属を明らかにし、速やかに武装を解除し次第、こちらの指示に従え。

 警告に従わない場合は撃墜も辞さない。繰り返す、警告に従わない場合は撃墜も辞さない。

 くそ!応答しやがらねえ。妨害電波で聞こえてねえのか?」

 

 『そもそも、この毒電波タレ流してる張本人に、聞く気があるのか、怪しいものですがね。

 投光器を使ったモールス信号も無視されてますし』

 

 

 悪態をつく林大尉に、上田少尉は戯けながら答えた。

 

 タウイタウイ沖の最前線では、深海棲艦・空母機動部隊に対するミサイル攻撃を最後に突如として進行を停止した亡霊軍隊の飛行船と、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊と航空基地に所属する航空隊との間で睨み合いが続いていた。

 

 予測されたミサイルの射程圏内に入らないように、飛行船との距離を取りながらも、半包囲を続ける航空隊だったが、その中に林大尉の操る偵察機の姿はない。

 

 彼らの偵察機は、距離を取る航空隊とは違い、飛行船の直ぐ側にあった。

 

 亡霊軍隊にどのような意図があったのか定かではないが、深海棲艦の航空隊との戦闘前から飛行船の周辺を飛行していたにも関わらず、ミサイルの攻撃対象から外され、未だに撃墜されることなく飛び続けていられたことから、彼らは亡霊軍隊と交渉を仲介するメッセンジャーとして、そのまま上空に留まっていた。

 

 そして飛行船の周囲を飛び回りながら、何度か無線で呼びかけや、投光器を使ったモールス信号で呼びかけているが、未だに返答はなかった。

 

 『しかし、相変わらず人の気配がないってのも気味が悪いですね』

 

 「まあな、……だが戦う気が無いわけではなさそうだがな」

 

 

 現在の飛行船の周囲は、轟音と共に次々ミサイルを発射し深海棲艦の航空隊と艦隊とを蹂躙していた戦闘時とは打って変わって、静寂に包まれていた。

 

 戦闘前もそうだったが、戦闘時も、飛行船には人の気配はなく、今では進行さえも停止し、唯一忙しなく動いていた巨大なプロペラたちも止まってしまった為、ここが戦場であることを忘れそうなほど、不自然に静まり返っている。

 

 それがことさら、この飛行船が人を乗せないまま彷徨い続ける幽霊船といった印象を強めていた。

 

 しかし、無線の電波状況から推察するに、未だ飛行船は妨害電波を流し続け、機能を停止したように見えるミサイルの発射口も、始動こそしてはいないが、発射口全てにミサイルが装填されていることから、この飛行船がいつでもこの膠着状態を打ち破り、戦闘を再開できるのは明らかだった。

 

 

 『けどここまで反応がないってのも………。

 いっそ警告射撃でもしてみます?』

 

 「バカ、出来るだけ引き延ばさなきゃならねえのに、無理に刺激すんじゃねえ」

 

 

 冗談を言う上田少尉に釘を差す林大尉。

 交渉を仲介するメッセンジャーになるに当たって林大尉たちは、第一作戦部隊の旗艦であり、彼らの母艦である大鳳より、こちらから開戦の口火を切るような軽挙妄動は慎しみ、できるだけ時間を稼げ、との命令を受けていた。

 

 おそらく第一作戦部隊は、この膠着状態が亡霊軍隊の気分次第で簡単に崩れてしまうようなものだったとしても、状況打開への時間を稼ぐ為に、少しでも長引かせたいのだろう。

 

 しかしそれは逆を言えば、現状この亡霊軍隊に打てる有効な手立てがない事を意味していた。

 

 

 (第一作戦部隊もさすがに空を飛びながら単艦で航空隊ごと空母機動部隊を叩き潰すようなバケモノの想定はしてなかったってことか)

 

 

 遠くを見れば、深海棲艦・空母機動部隊の残党を掃討しながらも、上空に集結つつある友軍機の編隊。

 

 ジャワ島方面軍からも航空隊の援軍が到着したことで、その数を増やし、今では千にも迫ろうかと思えるほどの大軍団となり、もしここにまた無傷の深海棲艦・空母機動部隊が現れたとしても戦うことのできるだけの十分な数は揃ってはいる。

 

 しかし単艦で深海棲艦・空母機動部隊を蹂躙し尽くした戦闘能力を持つ亡霊軍隊の飛行船を相手にすることを考えれば、質という面で些か心許なかった。

 

 

 「こいつが艦船なら……。空さえ飛んでなきゃ、まだやりようはあったんだがな……」

 

 『ええ、艦船なら、高所の利点を活かして、押し潰すこともできたのですが』

 

 

 深海棲艦の航空機編隊が最後まで攻めきれなかった理由でもあるが、この空というフィールドは、亡霊軍隊の飛行船に圧倒的な優位性を与えている。

 

 亡霊軍隊がもし、イージス艦のような海上の艦船ならば、全攻撃隊による雷爆同時攻撃で仕留めることが出来ただろう。

 

 例え、百発百中のミサイルを以て迎撃したとしても、遥か上空から海面ギリギリまでという航空隊の物量を十全に活かせる広大な空間から、一斉に防衛網に侵入してくる航空隊全てに対処するなど物理的に不可能だからだ。

 

 

 しかしこの飛行船が相手となれば、話は違ってくる。

 

 空を飛んでいる為に、航空魚雷攻撃は使えず。

 しかも航空爆撃を仕掛けようにも、この飛行船が飛んでいる高度は、第一作戦部隊や航空基地の航空隊が飛行している高度と同じ4000m。

 

 航空隊が飛行船に爆撃を仕掛けるならば、さらに高度を稼ぎながら飛行船との距離を詰めなければならず、航空機の到達限界高度もある為に、必然的に高度4000mから到達限界高度までの空の狭い範囲に航空機が集中することになる。 

 そうなれば、最初に深海棲艦の航空機編隊を壊滅させた燃料気化爆弾のミサイルで、まとめて焼き払われる可能性があるのだ。

 

 同高度、あるいは低高度から上昇しながら攻撃しようにも、航空機に搭載されている機銃程度では、プロペラなどの弱点を狙わない限り効果は薄い。

 そもそも飛行船に空対空爆撃が有効な攻撃手段とされているのも、機銃掃射程度では飛行船は堕ちないからでもある。

 

 そして従来の飛行船には有効だった広範囲を燃やすロケット弾も、あの飛行船の装甲のような外殻の前にはあまり意味はないだろう。

 

 どちらにせよ遠距離攻撃ができる航空魚雷が使えない以上、空対空爆撃にしても機銃掃射にしてもロケット弾にしても、急降下といった加速手段も使えずに、ミサイルの雨を掻い潜りながら、飛行船に近付かなければ攻撃するチャンスすらないのである。

 

 まるで難攻不落の要塞であるかの如く、上空に君臨する飛行船。

 その要塞を攻略するには、それこそ膨大な犠牲が必要になるだろう。

 そしてその行動すらも亡霊軍隊は想定しているとすれば―――

 

 

 「今の戦力では厳しいか……」

 

 

 亡霊軍隊の飛行船。これを攻略するには亡霊軍隊の想定を超える戦力が必要となる。

 そして戦力だけでは足りない。それ以外にも必要なものがある。

 

 それは速さだ

 

 重要なのは莫大な推進力

 

 それも遥か上空を飛ぶ飛行船との距離を詰め、ミサイル防衛網を強引に突破できるだけの、圧倒的な速度を持つ兵器が

 

 しかしジャワ島防衛作戦の戦力欄になかった以上、誰かが意図的に秘匿していない限り(・・・・・・・・・・・・・・・・)、あるはずが―――

 

 

 「ん?」

 

 

 思考を巡らせていた林大尉だったが、不意に何かが袖を引っ張るような様がした。 

 そちら目を向ければ、操縦席に同乗していた妖精さんが林大尉に気づいてもらおうと、袖口を懸命に引っ張っているのが見えた。

 

 

 「どうした、なにか連絡か?」

 

 

 今現在、亡霊軍隊の飛行船が妨害電波を流し続けているせいで、母艦との無線通信が使えなくなった為に、その代わりとして艦娘と繋がっている妖精さんが連絡役を務めている。

 その彼?(彼女?)がアピールをしているということは、母艦である大鳳から連絡があったということだろう。

 その連絡を聞く林大尉。

 しかし、その連絡の内容はあまりにも予想外だった。

 

 

 「は?援軍が到着し次第、状況を打開?

 ……どういうことだ?」

 

 『しかも威嚇射撃も含め許可するって、さっきと言ってることが違い過ぎませんか?

 ……それに他の航空隊も寝耳に水だったようですし』

 

 

 あまりに不可解な命令に困惑する林大尉と、同じく妖精さんから連絡を受け取った上田少尉。

 それはこの膠着状況の打開の許可だった。

 しかも開戦の口火を切りかねない威嚇射撃まで許可するという事は、この亡霊軍隊の飛行船の守りを何とかする算段が付いたと考えるべきだろう。

 

 しかし、彼らの母艦であり第一作戦部隊の旗艦でもある大鳳から、できるだけ時間を稼げ、との命令を受けてからまだ5分も経っていない。

 あまりにも急な方針転換だった。

 それに離れたところを飛行する友軍を見ると、同じく命令を受け取ったのか飛行船を完全に包囲するべく、動き出してはいた。

 しかし、彼らも急な方針転換に振り回されているかのように、その動きはどこか慌ただしく纏まりがなかった。

 

 算段が付いたにしては、あまりにも行き当たりばったりな第一作戦部隊の指示。

 

 それはまるで第一作戦部隊すらも誰かに振り回されているようで―――

 

 

 「………なんだこの音は?」

 

 

 ちょうどその時どこからかキィィィィーンという甲高い音が、林大尉と上田少尉の耳に入った。

 そしてそれは、先ほどまで散々耳にしていたジェットエンジンの音だった。

 

 

 「…!!飛行船が動き始めたのか!?」

 

 

 弾かれたように飛行船に目を向ける林大尉。

 しかし飛行船の発射口に装填されたミサイルは沈黙を保ったまま。始動すらしていない。

 にも関わらず、何処からともなく聞こえてくるその甲高いジェットエンジンの音は次第に大きくなっていく。そして―――

 

 

 『…!!?大尉、三時の方向に機影を確――――』

 

 

 近づく何かに上田少尉が声を上げるよりも早く、甲高い音を響かせながら、大空を高速で駆け抜ける一二の機体が姿を見せた。

 その機体はプロペラがなく、三角形のようなシルエットをもつ機体後部には機体を超音速にまで加速させることができるほどの莫大な推進力を生み出すジェットエンジンが備わっていた。

 一目見ただけで判った。

 彼らの飛ばすレシプロ機よりも遥かに早く、超音速の壁すらも易々と突破してしまう次世代の戦闘機。

 

 

 「………ジェット戦闘機。なぜ、こいつらが此処に」

 

 

 唐突なジェット戦闘機の出現に混乱する二人をよそに、一二機のジェット戦闘機は、三つの小隊に分かれながら整然と飛行を続け、飛行船を包囲しつつある友軍機の遥か上空を飛びながら、飛行船と正対するように展開し始めた。

 そしてその過程でジェット戦闘機の全体像をはっきりと見たことで、さらに驚くこととなった。

 

 彼らも航空機乗りの端くれとして、現代の航空機の情報は積極的に集め、目を通している。

 その彼らにとって、その機体のシルエットを見ただけで正解を言い当てることなど造作もない事だ。

 

 ましてやそれが、正真正銘の新世代のジェット戦闘機であるならば。

 

 ロッキード・マーティン社が開発した、第5世代ジェット戦闘機。

 ステルス性を優先した第5世代ジェット戦闘機でありながら、純粋に制空戦闘機として開発された第4世代ジェット戦闘機を圧倒し、その姿からロッキード・マーティンをしてAir Dominance Fighter(航空支配戦闘機)と謳われた、Raptor(ラプター)の愛称をもつ最新鋭機のステルス戦闘機。それは―――

 

 

 『あれは……まさかF-22!?

 なんだってこいつらがこんなところに!?まさかアメ公からの援軍ですか!?』

 

 「いや機体の日の丸……。援軍は航空自衛隊からだ」

 

 『え!?でも航空自衛隊からって言っても、F-22は少し前にライセンス生産が始まったばかりで、まだ本土にも配備が進んでいないはず。

 その最新鋭機が、ここにいるなんておかしいでしょ!?』

 

 

 航空自衛隊所属の、しかも最新鋭機であるF-22戦闘機がなんの前触れもなくこの場に現れるという事態に、未だに状況が飲み込めず目を白黒させている上田少尉を尻目に、いち早く持ち直した林大尉は、編隊を組みながら高速で飛ぶF-22をしっかりとその眼で捉える。そして気付いた。

 機体尾翼に描かれた所属部隊を示すマークに。

 

 

 「……それだけじゃない、尾翼に描かれたコブラ。あんなマークを付けてる部隊なんぞ一つしかない」

 

 『まさか……!?飛行教導群!?』

 

 

 航空自衛隊の戦闘機パイロットの中でも特に傑出した戦闘技量を持つパイロットのみが集められ、仮想敵機部隊ーーーいわゆるアグレッサー部隊を務める戦闘機のプロフェッショナル集団。

 『一撃必殺の毒で敵を仕留める』という意味を持つコブラのマークを掲げる現代の自分達(第一航空艦隊)ともいうべき飛行教導群。 

 時には各戦闘機部隊の指導役ともなる彼らであれば、日本本土での配備が始まって間もないF−22戦闘機を最優先で回されてもおかしくは無いだろう。

 そしてその練度を実戦レベルにまで引き上げることも。

 しかしそれは飛行教導群が、なぜこの場にいるのか、そしてどうやって来たかの説明にはならない。

 

 

 『本土防空の要が一体どうやってここに!?

 ジャワ島防衛作戦の戦力欄には飛行教導群から部隊が参加するとはどこにも―――』

 

 「……そうか、そういうことか」

 

 「何がです?」

 

 「おかしいとは思っていた。

 この前の『ジャワ島奪還作戦』。

 その作戦は、亡霊軍隊の介入により、ほとんど軍の損失を出さずに達成された。

 深海棲艦と制空権争いで損耗した航空機も、現地の工場の生産で補充できる程度にな。

 にもかかわらず、この『ジャワ島防衛作戦』には、わざわざ本土から1個艦隊の護衛のついた航空機輸送部隊を手配されていた。

 その時は深くは考えなかったが……」

 

 『まさかその時に輸送されてきたのが!?』

 

 「ああ、こいつらだ!!!」

 

 

 それだけではない。先ほどの通信の様子から推察するに、自分達だけでなく第一作戦部隊の旗艦である大鳳ですら、飛行教導群の存在を把握していなかったようだ。

 

 それは明らかに異常だった。

 その戦力が深海棲艦の為に用意されたものであるのならば、最前線で深海棲艦と争う第一作戦部隊のトップが、保有戦力を秘匿されているなどといいことは。

 普通なら考えられないことだ。

 

 本当に深海棲艦の為に(・・・・・・・・・・)用意されたものであるのならば(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ―――だが、もし。もしも

 

 ―――その戦力がそれ以外の為に(・・・・・・・・・・・・)用意されていたのであれば(・・・・・・・・・・・・)

 

 ―――そして。

 

 ―――態々飛行教導群の虎の子であるF-22戦闘機を連れてきたということは。

 

 ―――性能は劣るものの航空自衛隊に広く配備され手配しやすい、機動性を重視した第4世代ジェット戦闘機であるF-15Jではなく

 

 ―――レーダーやミサイルを使う敵が現れない限り(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、必要のないはずのステルス性を優先した第5世代ジェット戦闘機を連れてきたということは

 

 ―――この事態を想定していたということで(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。 

 

 まるでこの戦場全てがどこかの誰かに管理されているかのような。

 この場の全てが、第一作戦部隊も深海棲艦も亡霊軍隊もこの戦況も何もかも、今自分が感じているこの考えすらも、誰かの手のひらの上で踊らされているかのような不気味な感覚。

 

 

 「一体、どこまで読んでいやがった!!??」

 

 

 誰かがいる。

 

 この場に至るまでの全てを読み、作り上げた誰かが。

 

 単独ではない。

 本土の自衛隊作戦本部、つまりは自衛隊上層部も一枚噛んでいるだろう。

 でなければ航空自衛隊の虎の子である飛行教導群から部隊を借り受けることなどできるはずもない。

 

 しかし、彼らが主導した訳でもないはずだ。

 こちらから仕掛けることができる攻勢計画であるならばともかく、今回のような防衛計画において、上層部が自ら主導的な立場をとることはない。

 おそらくジャワ島防衛作戦を指揮する誰かから援軍を要請され、それに上層部が応じたのだろう。

 

 そしてその要請した人物こそが、この場に至るまでの全てを描いた。 

 

 ジャワ島防衛作戦の作戦内容を捻じ曲げ、援軍の存在を隠匿。

 

 何食わぬ顔で表向き作戦を遂行しながら、深海棲艦と交戦を続け

 

 そして亡霊軍隊の出現とともに、飛行教導群の部隊に出撃命令を下した。

 

 

 (いったい、いったい誰だ!?)

 

 

 ジャワ島防衛作戦を指揮するような立場にいて、その作戦内容に内密に、そして自由に干渉できる人物。

 自衛隊上層部に飛行教導群の援軍を手配できるような立場にいて、自衛隊所属の部隊に出撃命令を下すことのできる人物、それは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それは『程度』の問題だった。

 結局のところ、『彼』にとって此度の戦いというのは、『亡霊軍隊』がどの『程度』まで食いついてくるか、それだけの戦いだったのだ。

 

 そもそもの前提として。別に彼は『亡霊軍隊』の動きを『読んで』いた訳ではない。

 

 少なくとも彼は、事ここに至るまで亡霊軍隊の正体を突き止めることなどできなかったし、作戦どころかその目的すらも見破ってはいなかった。

 

 もとよりこの戦いは、亡霊軍隊の規模、手段、目的などといった、手の内を全て『暴き出す』という『亡霊軍隊の戦力調査』こそを目的としていたのだから、それも当然であるといえる。

 

 そして。

 彼にしてみれば『暴き出す』内容自体にもさして興味もなかった。

 亡霊軍隊の正が深海棲艦のフェイクであろうが、第三国の試験部隊だろうが。

 その目的が利益であろうが、戦争という手段の為を目的にしていようが。

 

 亡霊軍隊の規模、手段、目的などといった、手の内を全て『暴き出した』がゆえに

 

 分厚いヴェールが引きはがされ、その全容が明確に掴めさえすれば。

 

 過大評価も過小評価もできない極大の不確定要素さえ無くなりさえすれば。

 

 それ以外のことなど、どうでもよかったのだ。

 

 それを満たすことさえできれば、いつも通りの戦争と、深海棲艦を駆除する『作業』と同義となるに等しいのだから。

 

 だからこそ彼は、この作戦を立てた。

 規模、手段、目的、『亡霊軍隊』の手の内を全て『暴き出す』、その為だけに。

 

 そしてその為だけに、彼はさまざまな事態を予想し、起こりうる全ての状況を考えた。

 

 彼は亡霊軍隊の動きを読んでいた訳ではない。

 亡霊軍隊の起こしうる動き全てを(・・・・・・・・・・・・・・・)『想定』しただけだ。

 

 ありとあらゆる状況を『想定』して組まれた綿密な戦争計画。

 

 そして彼はその為の準備を営々と始めた。

 戦えるだけの航空戦力を手配し、食い下がれるだけの艦隊戦力を整え、想定できるだけの作戦計画を立てた。

 

 全ては準備だ。

 『亡霊軍隊』の手の内を全て『暴き出す』の為の。

 

 ジャワ島防衛作戦も、東南アジア連合軍も、自衛隊も、飛行教導群も、深海棲艦すらも、何もかもが東南アジアにおける全てが、彼の戦争計画の準備となった。

 

 彼の立てる戦争計画は、観客という目線から見ればひどく退屈なものだ。

 

 観客の心を擽らせるような英雄譚もなければ観客の涙を誘う悲劇もない。

 

 観客が興奮するようなトラブルも許されなければ、興味を引くようなハプニングもない。

 

  勝てるだけの航空戦力を用意し、勝てるだけの艦隊戦力を手配し、勝てるだけの作戦計画を立て、想定された戦略的勝利を収める。

 

 最初から最後まで完全な予定調和な戦争計画。

 

 亡霊軍隊がジャワ島防衛作戦に介入し、深海棲艦を蹂躙し、この作戦の奥深くまで食いついた時点で彼の戦争作戦は成功した。

 

 後は亡霊軍隊が次第だ。

 

 全てを諦め降伏するか、死に物狂いで抵抗するか。

 

 いずれにしても―――

 

 

 

「逃がさんよ、亡霊軍隊」

 

 

 

 

 誰  も  逃  が  さ  な  い

 

 

 

 

 

作戦は計画通りに進んでいる。この上なく順調に。

 

この戦場は未だ彼の『想定』という手のひらから抜け出ることは一度たりともない。

 

 

 

 

 

 

 




 戦況報告

   タウイタウイ方面

     人類陣営
      タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊

     深海陣営
      ポート・モレスビー方面 空母機動部隊 
      壊滅
 
     ミレニアム陣営
      空中戦艦ーDeus ex machina



          戦闘中


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第33話 終演

 祝! 春イベント2021 激突!ルンガ沖夜戦


 最後は批判はあると思いますが主人公の名前を考えると一度はやっておきたかった(´・ω・`)

 前回までのあらすじ!

 東条少将「計 画 通 り」(キラ顔) 
 飛行教導群「援軍にきますた」⊂(^ω^)⊂(^ω^)⊂(^ω^)⊃ブーン



――――1999年9月30日 PM 6:30 リンガ軍港 作戦司令部 

 

 

 

リンガ軍港の地下5階に設けられた作戦司令部に動揺が広がっていた。

 

 ついにその正体を現した亡霊軍隊。

 その馬鹿馬鹿しいほどに巨大な一隻の飛行船はしかし、単艦であるにもかかわらず、化け物じみた戦闘能力以って、深海棲艦・空母機動部隊を航空隊諸共蹂躙し尽くした。

 

 作戦司令部の人員たちは前線より送られてくる情報を介することで、亡霊軍隊の飛行船の持つ、電波障害が世界を覆う前のイージス艦に匹敵、あるいは凌駕するほどの圧倒的な戦闘能力を肌身で感じることになったわけであるが。

 

 だがしかしこの作戦司令部の動揺は、それが原因ではなかった。

 

 司令部の隊員やオペレーターがチラチラと伺うように向ける視線の行先は、亡霊軍隊の情報を正確に映し出す巨大スクリーンではなく後方。

 彼らが情報を分析、処理する為に詰めているオペレータールームより、数段ほど高くなった場所。

 体育館ほどの広さがある広大な作戦司令部全体を見渡せる場所に立つ、一人の男に向けられていた。

 

 東南アジア方面での最前線の一つ、リンガ前線を守護する海上自衛隊の将校であり、今回のジャワ島防衛作戦を立案、指揮する東条少将。

 

 今やこのジャワ島防衛作戦は彼一人がそのすべてを操っていると言っていい。

 

 亡霊軍隊が深海棲艦・空母機動部隊との交戦を始めた頃から動き始めた東条少将は、作戦司令部内の混乱を尻目に、次々とオペレーターを通していくつかの部隊と連絡を取り始めた。

 

 

 ―――プラン『K-c-5』に従い行動を開始せよ

 

 ―――了解

 

 

 東条少将のその命令を受け取ったいくつかの部隊たちは整然と動き始めた。

 しかしその言葉は作戦司令部内にさらなる混乱を齎した。

 

 作戦司令部に詰めている全ての要員は、ジャワ島防衛作戦を円滑に進めるための義務として全ての作戦プランを頭に叩き込んでいる。

 

 しかしその記憶した中に『K』から始まる作戦プランなど存在しない(・・・・・)

 

 にもかかわらず、命令を受けた部隊は存在しない作戦プランに基づいて当然であるかの如く動き出した。

 しかもそこには、予備戦力として待機していたリンガ方面軍・第二作戦部隊、シンガポール方面軍・第四作戦部隊すらも含まれている。

 状況を呑み込めていない作戦司令部をよそに、動き出した部隊たちは、まるで計画されていたかのような動きで(・・・・・・・・・・・・・・・)、亡霊軍隊を包囲するように効率よく展開し始める。

 

 そして―――

 

 

 ―――こちら作戦司令部、『GOD』聞こえるか 

 

 ―――こちら『GOD』、感度良好。指示を

 

 

 存在しないはずの部隊―――コールサイン『GOD』を冠された飛行教導群の出現を以て、ジャワ島防衛作戦は作戦司令部の手から離れ、そして東条少将の計画通りに亡霊軍隊に対する包囲網が完成した。

  

 想定外であるはずの亡霊軍隊の進軍に対し、完璧に対応しつつある自軍。 

 だがしかし好転した戦況に喜びの声をあげる者はいない。

 

 作戦司令部には動揺が広がっていた。

 存在しないはずの作戦プランに、存在しないはずの部隊。

 もはや今のこの現状を把握できず、東条少将が操る戦局を観覧する観客と成り果てた作戦司令部で。

 

 

 「………東条少将」

 

 

 その空気を打ち破るように声が上がった。

 東南アジア連合海軍の大将にして、ジャワ島奪還作戦の総司令官でもあるレジェス大将。

 

 

 「………これは一体どういうことだ?何故あの部隊がいる?」

 

 

 レジェス大将が震えた声で東条少将に問いかけた。

 それは東条少将を除く作戦司令部内のすべての者が思っていたことであろう疑問。

 

 向き直った東条少将は、レジェス大将を含め作戦司令部内の何百という視線にも一切怯むことなく、何処までも冷静で、そして全く感情の読めない瞳を真っ直ぐ彼へと向けた。

 

 

 「Fー22戦闘機の性能評価試験のために東南アジアに来ていた飛行教導群の部隊です。

 緊急事態につき、出撃を要請しました」

 

 

 レジェス大将の問いに東条少将は、まるで予め用意されていた資料を読み上げるかのように簡潔に答えた。

 

 

 「…………部隊がもう到着していたなどという事は、我々は聞いていないが?」

 

 「どこかで連絡ミスがあったのでしょう。申し訳ありません」

 

 

 白々しく謝罪の言葉を述べる東条少将。

 そんな馬鹿な、つい口から出てしまいそうな言葉をレジェス大将は必死に飲み込んだ。

 

 確かに自衛隊から、アメリカとライセンス生産を結び配備され始めた最新機であるFー22戦闘機の、東南アジアという気候条件下における性能評価試験を実施したいという申し入れ自体は有り、それに許可は出した。

 しかし評価試験の実施日は三週間後、ジャワ島防衛作戦が完全に終息してから行われる予定だったはずだ。

 今日この日、ジャワ島防衛作戦が開始される日には、すでに到着していたなどということはありえない。

 その上、百歩譲ってに東条少将のいう通り連絡ミスがあり到着が早まったのだとしても。

 その到着した事実すら隠蔽されていたならば。

 もはやそれは連絡ミスなどといった偶然ではなく、何者かが明確な意思を以て手を回していたことは明白だった。

 そしてそれを行えるのは、秘匿されていた部隊を唯一知っていた東条少将以外に考えられない。

 

 それだけではない。

 東条少将が発令したプラン『Kーcー5』。

 ジャワ島奪還作戦の総司令官ですら知らなかった存在しないはずの作戦プランを。

 動き出した部隊はなぜか把握していたしていたようだった。

 もしこれが東条少将とその一派が画策した極秘作戦だったとしても、動き出した部隊があまりにも多すぎた。

 子飼いの部隊を動かしただけでは説明がつかないほどの大規模な軍事行動。

 となれば情報を隠されていたのは自分たち作戦司令部の方だ。

 

 おそらく命令を受けた部隊は、まさか作戦司令部がその作戦計画を把握していないなど思いも寄らないだろう。

 それに自身がそれに参加しているとも。

 情報保護の観点から、前線の部隊が自身の担当以外の作戦プランまで全て詳細に把握しているわけがない。

 ただ彼らは命令通り、東条少将により何らかの手が加えられた指令書に従って行動していただけだろう。

 

 ジャワ島防衛作戦が始まる遥か前に配られた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 それが示すのはたった一つ。

 

 「ま、まさかこれまでの何もかもが貴官の想定通りだったとッ……!?」

 

 

 もやレジェス大将のその声には恐れが含まれていた。

 

 今のこの状況をジャワ島防衛作戦が始まるはるか前から今のこの状況を想定していたという現実に。

 東南アジア連合軍、自衛隊、深海棲艦、亡霊軍隊。そのすべてが彼の手のひらの上であるという真実に。

 この言葉に東条少将はゆるゆると頭を振った。

 

 

 「いいえ閣下、これは我々の計画です(・・・・・・・)」 

 

 「!?……………そうか、そういうことか」

 

 

 レジェス大将は彼のその言葉の意味を正確に理解した。

 聞きたいことなど、それこそ幾らでもある。

 いつから読んでいたのか、どこから計画の内なのか、どこまで想定していたのか。

 ここで東条少将に追求することはできる。

 しかし東南アジア連合軍と自衛隊との不和を招いてまで、追求することに何の意味があるのか。

 そもそも亡霊軍隊の動きを全く予想できなかった自分たち東南アジア連合海軍が、唯一亡霊軍隊に対抗できる戦力を用意して見せた東条少将を追求することなど出来はしない。

 もはやそれを聞く事のできる機会は失われてしまった。

 

 そして東条少将から差し出された、この救いの手(・・・・)を拒むことも。

 

 東条少将の思惑通りに誘導されていることには気づいている。

 しかし今この場に混乱を招かない為にも、そしてこれからのことも考えると、レジェス大将は。

 

 

 「……ああ、そうだ。我々の計画だ(・・・・・・)

 

 

 東条少将の計画に乗るしか道はなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 レジェス大将から想定通りの言葉(・・・・・・・)を受け取った東条少将は、矢継ぎ早に追加の指示を出していく。

 それにともない、先ほど作戦司令部内を満たしていた浮ついた空気は無理矢理に駆逐され、いつも通りの喧騒が徐々に戻ってきていた。

 

 東条少将がジャワ島防衛作戦に無断で組み込んでいた対亡霊軍隊の作戦計画。

 亡霊軍隊を追い詰めつつあるこの作戦を、東南アジア連合海軍のトップであるレジェス大将が事実上肯定した事で、今この瞬間から東条少将が独断で計画を実行していたという不都合な真実は葬り去られ、事前に用意していた資料から(・・・・・・・・・・・・・)、プラン『Kーcー5』は当初から計画されていた東南アジア連合海軍と自衛隊による極秘作戦だったという事になった。

 

 もちろん東南アジア連合海軍に後から追及されることはない。

 むしろジャワ島防衛作戦の終了後、この作戦司令部内にいる全員に箝口令を敷き、この動きに全力で便乗することになるだろう。

 元々東南アジア連合海軍は単独では作戦行動をすることができず、自前の輸送艦、揚陸艦の護衛すら日本政府の派遣する艦娘、そして護衛艦に頼り切っているがゆえに、東南アジア連合の中では非常に立場が弱い。

 しかもこの作戦で、深海棲艦の主力艦隊の一つでもある上陸部隊を夜戦にて殲滅するという、地位向上の千載一遇のチャンスすら亡霊軍隊に潰されている。

 挙句、傍から見れば亡霊軍隊という一組織ごときに散々振り回されたとなれば。

 ただでさえ弱い東南アジア連合海軍の地位はさらに低下し、血税を収める国民から穀潰しとして、もれなくバッシングの雨に晒されることになるのは目に見えている。

 だからこそ、それを防ぐ為に何としても功績を欲している東南アジア連合海軍は、この一連の動きに乗らざるを得ないのだ。

 

 東条少将の想定通りに。

 

 

 「上手いこと回したな」

 

 「………橋本少将」

 

 考えを巡らせていると先ほどまで沈黙を貫いていた橋本少将が話しかけてきた。

 そして東条少将の横に立つと彼にしか聞こえない声量で呟いた。

 

 

 「目星は(・・・)?」

 

 「………」

 

 

 東条少将は、橋本少将にも作戦の全容を伝えてはいない。

 しかし彼の口からその言葉が出てくるということは、その意図も含め作戦の全容を掴んだということだろう。

 幸い、今ならば橋本少将に関しては『確証』を得たがゆえに、教えることに問題は無かった。

 

 

 「……隊は『白』。今のところは、だが……。

 連合は『黒』だ」

 

 「どこまで?」

 

 「上層部に複数いるのは確実。ただ海軍の方は…おそらく『白』」

 

 「………陸か政府か。派閥争いか、それとも金で釣られたバカが流したか?

 と、なると閣下は完全な被害者やったてことやねぇ?」

 

 「ぐッ、後で全力でフォローする」

 

 

 東条少将が、ジャワ島奪還作戦の総司令官であるレジェス大将にすら極秘で、秘密裏にかつ単独で対亡霊軍隊計画を推し進めた理由。

 それは味方内で亡霊軍隊と繋がる『内通者』を警戒してのことである。

 

 つい先ほどまで影も形も捉えられなかった亡霊軍隊。

 それだけならば亡霊軍隊の諜報能力が優れていただけと考えることが出来た。

 

 しかしひとつ前の作戦、初めて亡霊軍隊の影を認識することになったジャワ島奪還作戦にて、亡霊軍隊は全面攻勢に出ていたはずの東南アジア連合軍、自衛隊に一切見つかることなく、ジェンティング飛行場を襲撃、ジャワ島の本拠地であるバニュワンギを陥落させた。

 

 ただの諜報活動では手に入りえない、それこそこちらの部隊の動き全てを把握していなければ成しえることのできない亡霊軍隊の特異な軍事行動。

 その裏には亡霊軍隊にジャワ島奪還作戦の作戦内容を漏らしたであろう『内通者』の存在が見え隠れしていた。

 しかも唯の『内通者』ではない。

 ジャワ島奪還作戦の詳細を事前に把握することのできる地位にいた『内通者』が。

 そしてその事実はそのまま、亡霊軍隊が深海棲艦とは無関係であるという証明でもあった。

 

 そのこともあり東条少将はその『内通者』へ情報が漏れないよう秘密裏に、かつ単独で対亡霊軍隊計画を推し進め実行。

 ジャワ島防衛作戦の裏で亡霊軍隊に対し罠を張る以外にも、各方面に配られる作戦指示書に手を加え、与える情報に変化をつけることで『亡霊軍隊と繋がる内通者の割り出し』も並行して行っていた。

 

 

 「しかし前線指揮官が諜報の真似事もせなあかんとは……。『公安総局』も不甲斐ない。本来ならスパイの発見は奴らの仕事やってのに……」

 

 「仕方がないさ。

 いくら公安警察を前身として、アメリカとイギリスのバックアップでできた諜報機関だとしても、組織としては若すぎる。

 国内ならともかく、根も張れてもいない国外では、通常の任務だけで手一杯だろう」

 

 

 しかし、そう言いながら東条少将は戦況を映し出す巨大なスクリーンに視線を向ける。

 

 

 「それもこれで終わりだ」

 

 

 スクリーン上には亡霊軍隊の近くで煌々と輝く飛行教導群のF-22戦闘機部隊のマークと、その周囲を取り囲みながら続々と集結する航空機編隊、そして後方で退路を塞ぐように展開し始めたリンガ方面軍・第二作戦部隊と、シンガポール方面軍・第四作戦部隊が映し出されていた。 

 迅速かつ速やかに集結ししつつある亡霊軍隊への対抗戦力。

 

 手を加えていた指令書により電波障害が起こる前の、誘導弾を十全に使える現代の艦隊ですらその物量で押し潰せるだけの戦力がタウイタウイ沖に集結つつあった。

 

 もはやここまで来ればどう転ぼうとも戦局は東条少将の利にしかならない。 

 

 彼我の戦力差に絶望しての降伏は言わずもがな。

 破れかぶれの戦闘や特攻も、手の内を全て暴き出すという『亡霊軍隊の戦力調査』の目的に沿っている。

 

 最悪、何らかの策を以て、友軍を壊滅させたとしても(・・・・・・・・・・・・)問題ない(・・・・)

 

 その策の情報を入手できる上、深海棲艦と争う軍隊を壊滅させたという事実を以て、人類に仇名す逆賊として各国の脅威を煽り、大々的に押しつぶす準備はできている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 この上なく順調に推移している東条少将の戦争計画。

 それでもなお油断せず進捗を見守っていた東条少将だったが、その時ふと視界の端に亡霊軍隊の飛行船の名が目に入った。

 

 

 「Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)―――機械仕掛けの神か……」

 

 

 設計者がどういった意図でその艦名を名付けたのか知る由もない。

 

 だが一連の動きから亡霊軍隊の目的が戦争そのものにあるということは察していた。

 その上で。

 その艦名は東条少将にはひどく納得いくものだった。

 

 まるで戦争をショーのように作り変え、戦場をドラマチックにそしてロマンチックに魅せる亡霊軍隊。

 そしてそのショーを支える舞台装置として、数々の兵器を存分に奮うこの飛行船は。

 

 古代ギリシャの演劇において、機械仕掛けの舞台装置を用いて登場する神(デウス・ウクス・マキナ)―――Deus ex machina(機械仕掛けの神)の名を冠するに相応しい、と。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 此度の作戦において、東条少将の戦争計画にミスがあったとするならば。

 それは亡霊軍隊という存在を彼自身の基準で測ってしまったことだろう。

 

 例えば十年前に。

 預言者が未来で第二次世界大戦時の兵器を象った深海棲艦という異種族と絶滅戦争を繰り広げることになる、ということを教えたとして。

 艦娘という艦船の魂を持つ少女たちが戦場を跋扈するという未来を教えたとして。

 いったい誰が信じただろうか。

 誰もが出来の悪い創作か妄想と笑い飛ばし、一人としてまともに相手もしないだろう。

 

 しかし今では。

 その出来の悪い創作や妄想が、現実となってしまった今では。

 各国の知識人たちが深海棲艦という異種族について大真面目に昼夜を問わず議論を交わし、屈強な軍人たちが艦娘という艦船の魂を持つ少女たちと当然のように戦場を駆け回ることを、誰もが当たり前のものとして受け入れている。

 

 結局のところ。変わることのない絶対の基準などというものは、この世のどこにも存在しないのだ。

 

 かつて広く世界中で採用されていた歩兵運用方式だった戦列歩兵が、ボルトアクションライフルの登場により、終焉を迎えたように。 

 世界のパワーバランスを左右する戦略兵器と見なされていたが戦艦が、航空機の発達によりその座から引きずり降ろされ、姿を消したように。

 

 彼は何処までも亡霊軍隊という存在を、彼自身の基準(既知と合理)で測ってしまった。

 故に読み間違えた。

 

 亡霊軍隊の本質を。

 そしてDeus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)―――機械仕掛けの神

 その名の意味(・・・・・・)

 

 

 『未知』なる存在は、『既知』の存在へと塗り替えられ。

 かつての『不合理』は、今日の『合理』に置き換わっていく。

 

 であるならば。

 

 『既知』と『合理』で形作られた、彼の『想定』という手のひらから。

 『未知』と『不合理』がこぼれ落ちることは。

 

 全くもって自然なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――1999年9月30日 タウイタウイ方面軍 第一作戦部隊 旗艦『大鳳』

 

 

 

 『期せずして、亡霊軍隊に対抗できるだけの戦力を揃えることはできたましたが……。

 まさか未だに反応を見せないとは、一体何を考えているのでしょうか』

 

 「何か切り札があるのだとしても、ジャワ島方面からも援軍が送られてくる以上、時間が経つほどに不利になっていくことは亡霊軍隊も分かっているはずですが……」

 

 

 相互通信で話し合う赤城、大鳳の声からは困惑した様子が伺えた。

 

 亡霊軍隊による襲撃を想定していた東条少将の手により、いまこの海域には質、量共に膨大な戦力が集結していた。

 亡霊軍隊を取り囲むように展開する第一作戦部隊と周辺の航空基地の航空戦力。

 飛行教導群のF-22戦闘機部隊。

 そして亡霊軍隊の退路を塞ぐよう速やかに展開し始めたリンガ方面軍・第二作戦部隊と、シンガポール方面軍・第四作戦部隊。

 それ以外にも、続々と集結するジャワ島方面からの航空隊の援軍により、今なおその戦力を増やしつつある。

 先ほどまで争っていた深海棲艦・空母機動部隊など相手にならない、電波障害が起こる前の、誘導弾を十全に使える現代の艦隊ですらその物量で押し潰せるだけの圧倒的な戦力。

 もはや過剰とも云える亡霊軍隊の対抗戦力を前にして、しかし亡霊軍隊の飛行船は何の反応も見せず、そして何の行動も起こさなかった。

 

 明らかに時間経過とともに不利になっていく状況を亡霊軍隊が理解していないはずがない。

 かかわらず、撤退するでも、争うでもなく、その場に留まり続ける亡霊軍隊の飛行船。

 

 その位置は、大型ミサイルで空母棲姫諸共、残存艦を蹂躙したのを最後に進行を停止した所から、全く変わっていない。

 相も変わらず妨害電波を流し続け、こちらかの呼びかけも一切無視している。

 

 戦略的合理性の欠片も感じられない亡霊軍隊の行動。

 周囲の状況などまるで気にしていないかのように、ただ黙して浮かび続けるその姿は、あまりにも異質で、そして不気味だった。

 しかし不気味とはいえ、こちらの対抗戦力が揃った以上、亡霊軍隊に対し先手を打つためにも仕掛けなければならなかった。

 

 

 「このままでは埒が開きません。こちらの呼びかけにも一切応答しない以上、撃墜も含めた対策を―――『ハァ』ッ!?」

 

 

 考えなければ、そう言おうとした大鳳の言葉は、突然聞こえてきた溜息にかき消された。

 

 

 『うるせえな、静かにしろよ。劇の終演、その余韻に黙って浸ることも出来ねえのかお前らは』

 

 「なッ!?」

 

 『男性の声!?』

 

 

 突如として、赤城との相互通信に割り込んできた、聞き覚えのない第三者の声。

 そして、その者の持つ傲慢さと尊大さを表したような男の声が、突然誰かと繋がった相互通信から聞こえて来たという事実に二人は衝撃を受けた。

 

 相互通信は艦娘だけが使う事の出来る、離れた相手と自由に会話することができるテレパシーのような能力だ。

 物理的な距離以外に疎外される要素のないその能力。

 それは世界的な電波障害に苦しむ人類にとって非常に魅力に映ったのだが、相互通信の模倣は容易ではなかった。

 相互通信は通信とは銘打ってはいるものの、その本質は霊感や、第六感などと同じように科学技術に由来しない特殊能力に分類される。

 妨害電波の影響を受けない通信技術の方は、現物の通信機器(メイドイン妖精)があるということもあり盛んに研究されている。

 だが相互通信に至っては、テレパシーというその特殊性ゆえにどこの国も未だ研究の取っ掛かりすら掴めていない。

 だから艦娘以外が相互通信を使えるなどあり得ないことのだ。

 

 その状況を考慮すれば、この男の声の持ち主は必然的に艦娘ということになるが。

 

 しかしそれはもっとあり得なかった。

 

 艦娘というのは『娘』という文字からも分かる通り、すべて女性だ。

 その理由は、艦船が昔から『女性』として例えられてきたからなのか、それともそれ以外の理由があるのか定かではない。

 しかし少なくとも全世界で召喚されてきた艦娘は、見た目と外見年齢の差はあれども全て女性個体であり、男性個体が召喚されたという例は未だ一例も確認されていない筈だった。

 

 

 (違う!今そんなことを考えている場合じゃないでしょう!)

 

 

 大鳳は突然の事態に混乱する思考を、無理矢理抑え込んだ。

 

 何処かの国が密かに相互通信を実用化させたのか、それとも本当に男性個体が召喚されたのか、真相は非常に気になるところではあるが。

 しかし今この場においては重要ではない。

 

 重要なのは、この声の持ち主が何処の誰であるか(・・・・・・・・・・・・・・・・)ということだ。

 

 そしてそれを見つける手がかりは手元にあった。

 

 

 (相互通信は、物理的な距離以外に疎外される要素はない。

 けど逆に言えば、距離が離れすぎてしまえば通信はできないということ。

 仮に相手の通信可能距離が私たちと同じ、もしくはそれ以上だったと仮定しても、このタウイタウイ沖周辺に友軍に友軍が集結している以上、奇襲を警戒する友軍の監視網を搔い潜りながら私たち第一作戦部隊との通信可能距離にまで近づくことなんで不可能に近い。であるなら―――)

 

 

 この声の持ち主が最初から第一作戦部隊と通信できる距離にいたということ。

 もしそうなら、その答えは一つしかない。

 

 

 「………貴方はこの亡霊軍隊、いえ、この飛行船の艦長、もしくは司令官に近い方ですね?」

 

 

 大鳳のその問いかけに、その声の持ち主は笑い声を上げた。

 

 

 『ハハハッ、当たらずとも遠からず、といったところか。

 お初にお目にかかる。俺の名はデウス・ウクス・マキナ。ミレニアム所属 空中艦隊旗艦Deus ex machinaの魂を持つ艦娘だ。以後お見知りおきを』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 突如として、大鳳と赤城の相互通信に割り込んだ、聞き覚えのない男の声。

 自身の正体を現在にらみ合っている亡霊軍隊の飛行船Deus ex machinaの魂を持つ艦娘だと宣うその男の言葉に。

 先ほどの比ではない衝撃を受けた大鳳の口から、喚くような声が漏れ出た。

 

 

 「……そんな馬鹿な、ありえない、あり得る訳がないでしょう!そんなことッ!?」

 

 

 たしかにこの飛行船が艦娘であるならば、相互通信が使えるという説明はつくだろう。

 そしてこの飛行船が電波障害の影響を受けずに済んでいることも、この飛行船が電波障害の影響を受けない艦娘であるならば、説明は付く。

 しかし艦娘は第二次世界大戦までに存在した艦艇しか召喚されていない。

 この飛行船が艦娘などと、第二次世界大戦時には確実に存在しないと断言できるこの飛行船が、艦娘であるはずがないのだ。

 

 

 『ハハハッ、お前等が既知(合理)を口にするか、少し前まで未知(不合理)の存在だったお前ら(艦娘)が!』 

 

 「くっ!?」

 

 

 大鳳の叫ぶような否定の言葉の前に、しかし相互通信より男の嘲るような笑い声が響いた。

 そしてひとしきり笑ったその男は、まるで出来の悪い生徒に教えを解く先生のように語りかけ始めた。

 

 

 『いいかお嬢さん(フロイライン)

 仮にも一艦隊(戦力)を率いる旗艦(指揮官)ならば知っておけ。

 この世の中には、お前らの既知(合理)では思いもよらない未知(不合理)が満ち溢れているということをな』

 

 

 その男の言葉は、大鳳の動揺で生まれた心の揺らめきに、つけ込むように入り込んでいく。

 だが―――――

 

 

 『なるほど、貴重な見解ありがとうございます』

 

 

 先ほどまで事の成り行きを見守っていた赤城が、大鳳の動揺を鎮めるように凛とした声で二人の会話に割って入った。

 

 

 『しかし、こんな所で立ち話も何でしょう、できれば落ち着いた場所で、ゆっくりとお話を伺いたいのですが?』

 

  

  

 その言葉と共に、飛行船を取り囲むように待機していた全て航空隊が一斉に警戒態勢に入った。

 おそらく赤城は大鳳と男との会話を警戒しながら、密かに各航空隊の所属する艦娘全てに連絡を取り、彼女たちを経由することで基地航空隊と飛行教導群も含めたすべての航空隊に手を回していたのだろう。

 少しでも男から情報を引き出すべく対話を続けていた大鳳と違って、赤城は男との対話を端から時間稼ぎとしか捉えていなかった。

 戦場において敵からの言葉などその多くが虚報、疑念、猜疑、動揺など、相手に惑わせる謀略でしかないのだから。

 先のこの男の言葉が真実か否かなど、考慮する価値もない。

 そんなもの、この飛行船を捕えさえすれば、後で分かることだ。

 

 

 『大鳳さん、第一作戦部隊旗艦としての責務を』

 

 「……ええ、ご迷惑をおかけしました」

 

 

 赤城からの声に大鳳は自身の動揺を鎮める為に大きく息をはき気持ちを切り替えると、彼女のフォローに内心感謝しつつ、通信の向こう側にいる男を見据えた。

 

 

 「所属不明艦に告げます。貴艦は日本政府および、東南アジア連合より正式に認可された作戦海域に許可なく侵入、交戦しています。

 貴艦は直ちにその国籍と所属を明らかにし、速やかに武装を解除し次第、こちらの指示に従いなさい。

 警告に従わない場合は撃沈も辞しません」

 

 『ほぉ?』

 

 

 大鳳のその宣言に、男は楽しそうな声を上げた。

 自身の周囲を完全に包囲され、数多の銃口を突き付けられているにもかかわらず、その男の声に焦りや怯懦といったの色は全く見られない。

 それどころか、今すぐにでも嬉々として戦端を開きそうなほどの様子すら感じられる。

 

 

 『戦争狂(ウォーモンガー)ですか……。質の悪い……』

 

 

 言葉の端々からでも十分に窺い知ることができるその男の、いや亡霊軍隊の本質。

 戦争をただの手段として行使する自分たちとは全く違う、戦争自体を目的とし、戦争に酔いしれる者たちに、赤城は吐き捨てるように呟いた。

 それと同時に、もはやこの亡霊軍隊との戦闘は避けられないだろうことも予想できた。

 目的の為の手段(戦争)ではなく、手段(戦争)を目的としているような連中が、(戦争)を前にして素直に引き下がるわけがないからだ。 

 油断なく構え、直ぐにでも戦闘に移れるように備えていた二人だったが、男の口から出たのはあまりにも予想外の言葉だった。

 

 

 『なるほど、なるほど。

 非常に魅力的な誘いではあるが、今日のところは大人しく引くことにしよう。

 舞台の幕紐が引かれた以上、これ以上はただの蛇足にしかならんからな』

 

 

 「……は?」

 

 

 心底残念そうに告げられたその言葉に、二人は唖然とした。

 

 

 『……貴方は、今のこの状況を理解しているのですか? 理解できているのですか?

 この状況で逃げられるとでも? 私たちが逃がすとでも?』

 

 

 退路は断たれ、その周囲を完全に包囲されているにもかかわらず、戦闘や降伏ではなく撤退を嘯くなど正気ではない。

 だがその男の言葉が嘘ではないと証明するように、飛行船に動きが見られた。

 深海棲艦・空母機動部隊を焼き払った34のミサイル発射口、その全てを閉じ始めたのだ。

 自分たち第一作戦部隊と唯一対等に渡り合える武器(ミサイル)、それをまるで本当に撤退準備をするかのように片付け始めたこの(飛行船)に、もはや絶句するほかない。

 

 

 『ああ、もちろんだとも。この俺を誰だと思っている?

 Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)―――機械仕掛けの神だぞ』

 

 

 この男が一体何を言っているのか、言葉自体は理解できるにもかかわらず、何一つ理解できなかった。

 この男の思考も、言動も、行動も、その思考も何一つ二人には理解できなかった。

 

 

 「……狂人がッ!!さっきから訳の分からないことをつらつらとッ!!」

 

 

 大鳳は自身を奮い立たせるように怒鳴り声を上げた。

 うんざりだった。少しでも情報を引き出すべく諦めずに対話を続けていたが、もはやこれ以上、この男の妄言に付き合うつもりはなかった。

 何一つ話の通じないこの男との問答など苦痛でしかない。

 

 

 「最終警告です!

 貴艦は速やかにその国籍と所属を明らかにし、こちらの指示に従いなさい!

 警告に従わない場合は直ちに撃沈します!」

 

 

 その行動に至ったのは当然の流れといえるだろう。

 根底にあるのは亡霊軍隊という未知(不合理)に対する畏れ。

 そして、そういった感情を抱いた者がとる行動など限られている。その感情に従い逃げ出すか。

 あるいは苛烈に排除するか。

 そして彼女は後者を選んだというだけだ。

 第一作戦部隊旗艦である大鳳より男へ突き付けられた開戦への最後通牒。

 だがその破綻を直前にしてさえ、男の態度に変化は見られなかった。

 

 

 『おお怖い怖い。

 だが、そうだな。終演を迎えた以上、演者はさっさと舞台袖に引っ込むことにしようか!!』

 

 

 その男の言葉と同時に、飛行船が劇的に変化し始めた。

 

 

 『飛行船が、光って!?』

 

 

 紫色の光を放ちながら点滅し始める飛行船。

 船体の各所に取り付けられた投光器が点滅することで光を放っているのではない、まるで飛行船自体が発光でもしているかのような不気味な光は、次第にその強さを増していく。

 前線から視界共有で届いた、その未知(不合理)な光景。

 

 

 「ッ!!総員、守りを固めて!!」

 

 

 その光景に対し、第一作戦部隊と航空隊はこれから起きるどんな事態にも対応できるよう守りを固めた。固めてしまった(・・・・・・・・)

 

 彼女たちは、最後の最後まで既知(合理)に縋り判断を間違えた。

 未知(不合理)に対して待ちに徹してしまった。

 

 結局のところ、誰一人としてその名の意味を理解できていなかったということだ。

 彼の名はDeus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)―――機械仕掛けの神。

 

 演劇において、解決困難な局面に際し、物語を強引に収束させる(・・・・・・・・・・・)絶対者()の名。

 

 その存在を本当に理解していたのならば。足を止め、待ちに徹する(観覧)など、絶対にしてはならない行為だというのに。

 

 いつの間にか、相互通信だけではなく、飛行船の拡声器を通じて男の声は響き渡っていた。

 戦場を取り巻く全ての者たちに遍く伝わるように。

 男は終演(挨拶)の言葉を宣言した。

 

 

 『紳士淑女の皆様。

 此度は最後の大隊(ラスト・バタリオン)Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)が催す、戦争劇場をご観覧くださり、誠にありがとうございます。

 それでは皆様、よい闘争を……。

 皆様が仰ぎ見る明日が、よき戦争日和であることをお祈りします』

 

Prosit(乾杯) !!!!

 

 

 そして直視できないほどの眩く光り輝いた紫色の閃光が飛行船を完全に覆いつくした直後―――

 

 

 「…………そ、んな」

 

 『……こんな、……こんなことが……』

 

 

 

飛行船の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 作戦司令部はまるでその職務を放棄したかと思える程に、不自然に静まり返っていた。

 

 周囲を完全に包囲されていたにもかかわらず、その眼前からまるで魔法のように姿を消した亡霊軍隊。

 前線からその報告を聞いたとき誰もが誤報を疑った。

 400mを優に超える巨大な船体が忽然と消失するなどあまりにも非現実的だからだ。

 

 何度も何度も確認した。

 それでもその事実は全く一切覆ることはなかった。

 

 それでもなお、信じることなく疑い続けていた作戦司令部だったが、前線より支部を通して送られてきた実際に消える姿を映した映像―――航空機の機首に取り付けられていたカメラ映像―――という物証を以て、ようやくそれが真実であると認めざるをえなかった。

 今もなお全力で消えた飛行船の行方を捜索をしているが、未だ痕跡一つ見つけ出せてはいない。

 誰も彼もが今の状況を呑み込めていなかった。

 実際の映像を見た後でさえ、これが作り物の映像ではないかという疑念が晴れない。

 だが、それでも明確に理解できた事がある。

 

 

 「我々の……完敗ですな」

 

 

 自分たち、東南アジア連合軍及び自衛隊は、亡霊軍隊―――ミレニアムに完敗したということを。

 疲れたように発した橋本少将の呟きが、さざ波のように拡がっていく。

 困惑、失望、怒り、恐怖。

 ありとあらゆる負の感情が作戦司令部中に渦巻く中―――

 

 

 「ミレニアム……?ラスト・バタリオン……?フフフ……ハハハ」

 

 

 レジェス大将の笑い声が木霊した。

 本来なら雑音にかき消されてしまうその声は。

 しかし司令部全体が静まり返っているがゆえによく響いた。

 しかし、レジェス大将その笑いが楽しくて笑っていないことなど猿でも分かる。

 噴火する直前の鳴動ような笑い声を上げる彼の前にある巨大な作戦机には、大量の書類が山脈を成していた。

 これらは全てジャワ島防衛作戦に関連する書類だ。

 各支部からリアルタイムで送られてくる各航空隊の損耗状況や、航空基地の稼働率、東南アジア全域に配備されたレーダー基地や潜水艦娘からの報告、果ては歩哨から上げられた不審物の情報など。

 ジャワ島防衛作戦に少しでも円滑に遂行できるよう、そして作戦の僅かな綻びも見逃さないよう司令部に集積された。

 しかし作戦を亡霊軍隊に散々食い荒らされたことで、もはやゴミ同然となってしまった情報の山。

 

 

 「ふざけるなァァァ !!!!!」

 

 

 無造作に振るわれた腕に巻き込まれた書類の山脈が崩れ落ち、木の葉のようにヒラヒラと宙を舞う。

 

 誰も何も答えなかった。

 大局を見れば、ジャワ島防衛作戦は成功したといえるだろう。

 経緯はどうあれ、作戦目標であるジャワ島の防衛は成功し、深海棲艦・上陸部隊は壊滅的な被害を受け撤退。

 特に船足の遅かった輸送艦は、遅れて到着した味方航空隊と空挺降下した第五作戦部隊、そして集結した潜水艦隊により、一隻残らず徹底的に狩られ、艦に満載されていた深海棲艦の陸上戦力、歩兵40個師団機甲師団10個師団は陸に上がる事なく、戦略物資諸共海の藻屑と消えた。

 

 深海棲艦・空母機動部隊は、タウイタウイ軍港に被害を与える事なく、文字通り全滅。

 必然的に艦載機も同様の運命を辿った。

 

 一方で、こちらの被害は小破艦、中破艦は続出したものの艦娘の損失はなし。

 航空隊の損耗も事前予想を遥かに下回っている。

 

 そう考えれば。作戦はむしろ大成功に近い。

 

 たが彼らは『完敗』した。この上なく、完全に。

 

 誰よりも早く艦娘を召喚し、そして深海棲艦と争ってきた自衛隊が。

 国家という巨大な枠組み同士が集まって結成された東南アジア連合軍が。

 

 たかが一組織、一隻ごときに『完敗』したのだ。

 

 作戦司令部内の誰もが屈辱と失意のどん底に沈む中―――

 

 

 「……ミレニアム、そしてラスト・バタリオン、か」

 

 

 東条少将は、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

 

 作戦は成功した。

 深海棲艦は壊滅、潰走したことで表の作戦である『ジャワ島防衛作戦』は成功、そして彼の本来の作戦である『亡霊軍隊の戦力調査』自体も亡霊軍隊の手の内を十分に暴けたことを考えれば大成功に近い。

 

 だが。

 彼は『負けた』。確実に、明確に。

 

 油断していたつもりはなかった。手加減していたつもりもなかった。

 あらゆる状況を想定し、様々な事態を予想し、勝てるだけの航空戦力を用意し、勝てるだけの艦隊戦力を手配し、勝てるだけの作戦計画を立て、想定された戦略的勝利を収めるはずだった。

 いつもと変わらない、全ての作戦において戦略的勝利を収めてきた東条少将の勝利の方程式。

 だが―――

 

 敵が()に食い付かなかった訳でもなかった。

 力尽くで(戦力)を食いちぎられた訳でもなかった。

 

 入念に手を回し(匂いに誘われ)丹念に罠を張り巡らし(餌に食いつき)全力で仕留めにかかり(檻に閉じ込め)、そして負けた(消え去った)のだ。

  初めて彼の『想定』という手のひらから戦場が零れ落ちた、初めての『想定外』。

 勝ち続けた彼の戦争で、初めて負けた。

 

 全身に重くのしかかる倦怠感と、言いようの無い徒労感。

 初めて味わうその感覚の中で、ようやくそれが何なのか理解した。

 嫌なものだ―――

 

 

 「そうか、これが……『負け』か」

 

 

 

 彼の全く感情の読めない瞳は、どこかへの消え去った亡霊軍隊―――ミレニアムへと向けられていた。

 

 こうして様々な者たちの思惑が絡み合ったジャワ島防衛作戦は、数多の思いを引き寄せながら、幕を閉じた。

 

 

 

 




 損害報告
 
 〇人類参加戦力

  海上戦力

    艦娘 小破 54隻
       中破 22隻
       大破 なし
       轟沈 なし
    
  陸上戦力 
    
    損害なし

  航空戦力

    航空機(艦載機、基地航空隊含む)  
            873機損失



 〇深海棲艦参加戦力

  海上戦力(撃沈数のみ記載)
 
    空母棲姫 撃沈
    空母級  撃沈 21隻
    軽空母級 撃沈 18隻
    戦艦級  撃沈 12隻  
    重巡級  撃沈 12隻
    軽巡級  撃沈 2隻    
    駆逐艦級 撃沈 164隻   
    輸送艦級 撃沈 420隻

  陸上戦力 
    
    歩兵師団 40個師団 喪失
    機甲師団 10師団  喪失

  航空戦力
 
    航空機(艦載機、基地航空隊含む)        
            推定3000機損失


 〇ミレニアム参加戦力
 
    損害なし 





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第34話 英雄による事後処理

 
 艦これ夏イベント2021
 『増援輸送作戦!地中海の戦い』開催中!

東条少将の敗因

 マスケット銃で航空機落としまくる輩を想定してなかった。
 トランプで航空機切り刻む輩を想定してなかった。
 幻術呪文つかってくる輩を想定してなかった。


 前回までのあらすじ!

 東条少将   「これは合同作戦だ。いいね?」
 レジェス大将 「アッハイ」
 亡霊軍隊   「時間だから帰るわ」≡≡ヘ( ゚∀゚)ノ →自宅
 一同     「「「」」」( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )
 東条少将   「草」

 

 


 『ジャワ島防衛作戦』。

 先の作戦―――『ジャワ島奪還作戦』で失ったジャワ島を奪い返すべく、深海棲艦が差し向けた攻勢部隊を迎え撃った東南アジア連合軍と自衛隊の共同作戦。

 

 東南アジア全域という広範囲で両軍が衝突し、数多の戦闘が繰り広げられるはずだった今作戦はしかし、当初の作戦計画から大きく逸脱し、僅か一日という早さで終結した。

 結果は深海棲艦の攻勢部隊の壊滅。

 深海棲艦・上陸部隊の艦艇は辛うじて逃げ延びた一部の護衛部隊除いて全て撃沈。

 陸上戦力、歩兵40個師団と機甲師団10個師団、そしてそれを支える戦略物資諸共、輸送艦と共に海の底に消え。

 深海棲艦・空母機動部隊に至っては文字通り一隻残らず全滅した。

 

 それに対して東南アジア連合軍は目立った損害なし。

 自衛隊も深海棲艦・空母機動部隊と真正面から殴り合う事となったタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊の艦娘に被害が出たものの轟沈した者はなく、深海棲艦・空母機動部隊が破壊目標としていたタウイタウイ軍港も無傷。

 基地航空隊についても作戦前の被害想定を大幅に下回っている。

 まさに奇跡のような大勝利。

 

 本来ならば、この大本営発表もかくやという大勝利に、関係者も、そして迫りくる深海棲艦の脅威に怯えていた東南アジアの国民も狂喜乱舞していたことだろう。

 だが、喜びに震えているのは情報が制限され、作戦の実情を知らぬ国民だけ。

 少しでも今回の作戦を知る者であれば、そのようにお気楽に喜べるはずもない。

 

 なぜなら、この奇跡の舞台を演出したのは、東南アジア連合軍でもなければ、自衛隊でもないからだ。

 

 鉤十字(ハーケンクロイツ)を掲げる謎の集団―――ミレニアム。

 数か月から東南アジアの最前線において深海棲艦に対しての軍事行動が確認されつつも、今までその正体を全くつかめなかった亡霊のような軍隊はしかし、『ジャワ島防衛作戦』の作戦中において白昼堂々、深海棲艦・上陸部隊、深海棲艦・空母機動部隊を強襲。

 両艦隊に致命的な損害を与え、そしてそのミレニアムの巨大な飛行船は、包囲していたタウイタウイ方面軍・第一作戦部隊所属の航空隊の目の前で、跡形もなく、文字通り消え去った。

 

 ミレニアムの飛行船の艦娘であると宣うその男の不快な冗語と共に、まるで魔法のように戦場から消失した飛行船。

 すぐさまその行方を東南アジア連合軍と自衛隊が懸命に捜索したものの、終ぞ発見することは出来なかった。

 あまりにも現実離れした、神の『奇蹟』のような所業。

 

 それはまさにその飛行船の名―――Deus ex machina(デウス・ウクス・マキナ)―――機械仕掛けの神の御業というに相応しい。

 

 そして。

 『奇蹟』の後にも、現実は待ち受けている。

 

 

 

 

 

 

 

 ……まさか亡霊どもがあんなふざけた隠し札を持っていたとはな。

 何をどうやれば、あんなことができるのか……。

 さすがの君でも予想できなかっただろう。

 

 

 ―――

 

 

 いや、いい。そもそも襲撃さえ予想できていなかった私たちは、それ以前の問題だったのだからな。

 ……だがどうする?

 ジャワ島防衛作戦自体は成功したとはいえ、共同の極秘作戦と称してまででっち上げた亡霊どもの捕獲作戦は失敗した以上、私も、そして君も責任追及は避けられんぞ。

 

 

 ―――

 

 

 !?。問題ない(・・・・)此処からひっくり返す(・・・・・・・・・・)

 ……一体どうやって?

 

 

 ―――

 

 

 

なに?『英雄』?

 

 

 

 

 

 

 

――――1999年10月14日 リンガ軍港 提督執務室

 

 

 

 波乱に満ちたジャワ島防衛作戦より二週間後。

 

 東南アジア方面における深海棲艦との戦争における最前線の一つであるリンガ前線。

 その前線を東南アジア連合軍と共に守護する海上自衛隊の将校であり、自衛隊の拠点でもあるリンガ軍港の司令官でもある東条少将が、自身の執務室にある執務机で資料を読んでいると、唐突にドアのノックする音が響き渡った。

 

 その音に顔を上げた東条少将は、ちらりと壁に掛けられた時計で時間を確認すると、席から立ち上がり入室を促した。

 

 

 「おっと、来るのが遅かったか?」

 

 「いや、時間通りだ」

 

 

 そう言いながら入って来たのは、同じ海上自衛隊の将校ある橋本少将。

 東条少将と同じように東南アジア方面での最前線の一つであるタウイタウイ前線を守護しタウイタウイ軍港の司令官でもある彼は、部屋にある来客用のソファーにドカリと腰を下ろした。

 

 「コーヒーでも飲むか?」という東条少将の問いかけに、手を上げて肯定を示す橋本少将。

 そこには、日本の士官学校とも云うべき防衛大学校の同期であること、東南アジア方面の前線を維持するために頻繁に共同作戦を行う関係であることを抜きにしても、確かに友としての気安さがあった。

 東条少将は執務室に隣接している給湯室でコーヒーを用意しつつ、軽い雑談もそこそこに話を切り出した。

 

 

 「そちらの首尾は?」

 

 「まぁ上々やな。亡霊どもに……じゃなくてミレニアム?だったか、には散々荒されたけど損害自体は少なかったからねぇ」

 

 「だが、その損害自体は深海棲艦・空母機動部隊と真正面から戦うことになった第一作戦部隊に集中しているだろ。

 タウイタウイ軍港の修理ドックに空きがないのなら、リンガ軍港で何隻か受け持つか?」

 

 「いや、それに関しては、どうせひどいことになるやろうと思って、作戦前、本国に工作艦の派遣要請を出してたからな。

 今、明石と朝日と、ついでに秋津洲がフル稼働で修理してくれてる.

それでも全艦隊の復帰まで、後1週間ほど掛かるが……、深海の屑共も、攻勢部隊が壊滅した以上、しばらくは身動きとれんやろ」

 

 彼らは現在、ジャワ島防衛作戦の事後処理の手分けして取り掛かっていた。

 先ほどの問いは、橋本少将が担当する仕事の進捗状況を聞いたものだ。

 今のこの時間はその報告会といえるだろう。

 ちなみに彼らの秘書官であるビスマルクと金剛も、この事後処理の為に別行動をしている。

 

 ビスマルクが執務室に持ち込んでいたコーヒーメーカーで挽きたてのコーヒーを二杯入れ、給湯室から出てきた東条少将は、橋本少将の前のテーブルに置き、先ほどまで読んでいた資料を小脇に抱えながら、そのまま対面のソファーに座った。

 

 

 

 

 「ただなぁ……。

 今回は作戦範囲が広かったから、その報告書を受け取るのに、無駄にあちこち飛び回る羽目になったわ。

 そのせいで、腰が……」

 

 「ん?……あぁ、輸送機に便乗か」

 

 「仮にも少将やってのに、何で貨物と相席やねん……。

 移動の為にもプライベートジェットとは言わんけど、ある程度自由に飛ばせる飛行機くらいは欲しい所やね……」

 

 「多分経費では落ちないから、自費だぞ」

 

 「……………諦めるかぁ」

 

 

 そう言いながら橋本少将は、身体の疲れを取るように、ソファーにもたれ掛かって体を伸ばしていた。

 

 

 「まあ何にせよ、こちらの事後処理は滞りなく進んでるけど………そっちは、事後処理にしては、えらく派手にやったなぁ?」

 

 

 橋本少将は含むような物言いをしつつ、ソファーの背もたれにもたれ掛かっていた体を起こして目の前の東条少将を見据えた。

 

 

 「さて、こちらの事後処理も滞りなく進んでるが?」

 

 

 橋本少将の物言いたげな視線に晒されているにもかかわらず、一切動揺することなく、コーヒーを飲みながらそう言い切る東条少将。

 あまりに白々しいその返答に、橋本少将は呆れたように頭を振った。

 

 

 「よう言うわ。その事後処理のせいで東南アジア連合は、トンデモないこと(・・・・・・・・)になってるいうのに」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今より一週間前。

 

 未だ各所でミレニアムに対する動揺が収まりきらぬ中、突如としてジャワ島防衛作戦における東南アジア連合軍側の総責任者であるレジェス大将に対し、東南アジア連合議会の場において査問委員会が開かれることとなった。

 罪状は、連合政府に無許可での軍事行動及び、部隊の私物化。

 

 ジャワ島防衛作戦の裏に隠されたもう一つの作戦。

 連合政府に極秘で、東南アジア連合海軍と自衛隊と共同で行われた対亡霊軍隊計画―――『ミレニアム拿捕作戦』(東条少将にとっては戦力調査)に対しての罪を問われた形だ。

 

 査問委員会が開かれる罪状自体、全て事実であるために特に不自然な点はない。

 だが、ジャワ島防衛作戦の後始末もままならない中、まだほとんど検証も行われていない状況での査問委員会。

 しかも共同作戦であったにもかかわらず、自衛隊側の総責任者に対する呼び出しが一切行われていないとなれば、この査問委員会が明らかにおかしいことが分かるだろう。

 

 不自然なほどにレジェス大将のみをターゲットにした今回の査問委員会。

 それもそのはず、今回の査問委員会は、レジェス大将を失脚させようと目論む政敵が仕掛けた謀略だったからだ。

 

 東南アジア連合海軍の頂点に座るレジェス大将には敵が多い。

 東南アジア連合海軍トップの座を狙っている者たちから、自力で戦果も上がられないにもかかわらず、予算を奪っていく海軍を快く思っていない一部の陸軍派まで。

 様々な政敵が、常日頃からレジェス大将をその座から追い落とす機会を虎視眈々と狙っていた。

 そんな者たちからすれば、東南アジア連合政府に秘密裏かつ独断で作戦を実行したあげく、そのターゲットに無様に逃げられた今回のレジェス大将の失態は、彼を失脚させる絶好のチャンスであるといえたのだ。

 

 彼らはそのチャンスを物にすべく共に手を組んだ。

 双方のツテをフル活用することで、わずか一週間で今回の査問委員会を実現させたのだ。

 残念ながら、レジェス大将の派閥に立て直す時間を与えないよう、何よりも早さを優先させたが為に、査問委員会の人選にまで手を回すことが出来なかったが、それでも彼らは、委員会の中立派を味方につけ、軍法会議にまで持ち込めるだけの材料を揃えたと確信していた。

 『拙速は巧遅に勝る』。

 一週間という短い期間、その中で自分たちの追及を躱すだけの材料を揃えるなど、最初からこの動きを想定していない限り(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)あり得ない、と。

 

 だが。

 本来なら、レジェス大将の失態を徹底的に追求するはずの場で。

 政敵達の手により、彼に対する公開処刑場になるはずの査問委員会の場で。

 

 レジェス大将が、東南アジア連合の(・・・・・・・・)上層部の中に存在する(・・・・・・・・)ミレニアムとつながる複数の(・・・・・・・・・・・・・)『内通者』の情報(・・・・・・)をいくつもの物的証拠と共に暴露したことで全てがひっくり返った。

 

 レジェス大将に対する査問委員会の場であるはずの場で飛び出したとんでもない『爆弾』。

 突然の情報に混乱する委員たちを前に、被告人として証言台に立つレジェス大将は、議場全体に響き渡るような声でゆっくりと語りかけるように口を開いた。

 

 

 「………我々東南アジア連合海軍と自衛隊は、兼ねてより東南アジアの最前線の裏に見え隠れするこのミレニアムという正体不明の集団を、重大な脅威として認識していた。

 深海棲艦の拠点を短期間で落とせるだけの戦闘能力と、我々の監視網を掻い潜ることのできる隠密能力。

 もしこの力の矛先が我々に向けられるようなことになれば、致命的な被害を被ることになるからだ。

 我々軍隊は深海棲艦からだけでなく、ありとあらゆる脅威から国民を守らねばならない。

 だからこそ我々は、ミレニアムの襲撃を想定しつつ、一早く動向を察知できるよう密かに調査を続けていたのだ」

 

 

 「だが」、レジェス大将はそう言うと、査問委員会の面々―――つまり東南アジア連合の上層部の面々を睨みつけるように見渡す。

 最前線で長年戦う軍人からの鋭い眼光に、東南アジア連合政府側から参加していた何人かの官僚がすくみ上った。

 

 

 「しかし、しかしである!

 その調査により、とんでもない事実が発覚したのだ!

 東南アジア連合の上層部の中に、ミレニアムと秘密裏に繋がる『内通者』共の存在が浮かび上がったのである!!!」

 

 

 証言台の机に、『内通者』の特定に繋がる直接的な情報がぼかされた(・・・・・)書類を叩きつける音と共に、レジェス大将は怒りの声を上げた。

 

 

 「本来ならば、東南アジア連合を主導する立場にある者たちが!

 ありとあらゆる外敵から身を挺して連合に所属する国民を守護しなければならない者たちの一部が!

 あろうことかミレニアムと繋がり機密情報を漏洩していたのだ!

 これは重大な背信行為であり、東南アジア連合に属する全ての国家、国民に対する反逆である!

 だが、この獅子御中の虫が上層部に潜んでいる限り、我々の実行する全ての作戦計画は、たちどころにミレニアムの知るところになり、奴らのいいように利用されてしまうだろう。

 だからこそ我々は、何よりも早く『内通者』共を見つけ出さなければならなかった!

 そして私は(・・)、秘密裏に自衛隊に協力を仰ぎ(・・・・・・・・・)、作戦を実行に移したのだ!」

 

 

 会議場の誰もが、レジェス大将の演説を固唾をのんで見ていた。

 もはや査問委員会の会議場は、被告人であるはずのレジェス大将一人の意思に呑まれてしまっている。

 

 

 「今ここに真実を話そう。

 『ミレニアムの拿捕作戦』の真の目的(・・・・)、それはジャワ島防衛作戦に介入したミレニアムの拿捕ではない(・・・・・・・・・・・・)

 それに乗じて動き出す唾棄すべき売国奴共、『ミレニアムと繋がる内通者の割り出し(・・・・・・・・・・・・・・・・・)』あったのである!!」

 

 

 その高らかな宣言に会議場が大きくどよめいた。

 

 

 「そして我々の予想通り(・・・・・・・)、『ミレニアムの拿捕作戦』が失敗したと思い込んだ『内通者』とその『協力者(・・・)』共は、更なる欲望の為に自分たちに楯突く者を排除しようと目論んだのだ!

 そう、査問委員会を使ってな(・・・・・・・・・・)

 

 

 その言葉聞いた瞬間、会議場にいる、ほとんどの者たちの視線は、査問委員会を開くように主導した者たち―――レジェス大将の政敵達へと向けられた。

 唐突に不穏な方向に流れだした状況に、目を白黒させる政敵たちを余所に、レジェス大将はさらに言葉を続ける。

 

 

 「諸君らは疑問に思わなかっただろうか?

 未だジャワ島防衛作戦の後始末もままならない中、ほとんど検証も行われていない状況での査問委員会、その不自然さに。

 そして一週間でそれらを開くまでにこぎ着けたその手際の良さに!

 これではまるで、どこかから情報を受け取り(・・・・・・・・・・・・)事前に動いていたようではないか(・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 

 ここでようやくレジェス大将の意図を察し、自分たちがレジェス大将に嵌められたことを理解した政敵たちは、慌てて反論しようとするが、もはや遅い。

 彼らに集まる視線に明確な敵意が混じり始めていたのだから。

 もはや狼狽えるしかなくなった彼らを視界に収め、レジェス大将はトドメの一撃を言い放った。

 

 

 「私自身の査問委員会ではあるが、事の重大さゆえに、今この場を借りて告発しよう。

 東南アジア連合の上層部に潜む裏切り者、外部に情報を売り渡す唾棄すべき売国奴。

 『内通者』とその『協力者(・・・)』を!!!」

 

 

 この言葉で全ての趨勢は決した。

 

 会議場は、まるで火山が噴火したかのように歓声に沸き、誰も彼もが口々にレジェス大将への支持を、そして『内通者』とその『協力者』の粛清への賛同を示す。

 

 レジェス大将から齎された情報の奔流は、彼らから冷静な判断能力を奪い去り、そして東南アジア連合の上層部に潜む『内通者』という存在は、所詮利用しあう関係でしかない互いの結束をいともたやすく分断したのだ。

 

 いったい誰がミレニアムと繋がっているのか?

 

 誰もが自分以外の他人に対し、疑惑の目を向け、疑心暗鬼を募らせる中で、いち早くそれを見つけだし、大々的に糾弾したレジェス大将という存在は、彼らに確実に『内通者』ではないという安心感を与え、彼に対し信頼感を無意識のうちに抱かせたのだ。

 

 抑圧された状況下において、レジェス大将が演説により一定の方向性を示したことで群集心理が働き、大半の者たちは、もはや彼の意のままに動き、敵を排除する集団となり果てた。

 

 もちろん群集行動特有の酩酊状態に陥り、判断力・推理力が低下している者が過半を占めている中で、明確な物的証拠が存在する『内通者』はともかく、状況証拠のみで政敵たちをミレニアムの『協力者』と断じたレジェス大将に対し、疑惑の目を向ける者たちも少なからずいた。

 

 だが、彼らががその疑問を口にすることはなかった。

 

 流れは完全にレジェス大将側にあるのだ。

 

 政敵側が本当にミレニアムの『協力者』であるか疑問が残るものの、内通者の存在を証明する確たる証拠を揃え、主導権を完全に握っているレジェス大将側と、先に仕掛けたにもかかわらず、無様に返り討ちにあった挙句、ミレニアムの『協力者』としてのレッテルを張られ、右往左往している政敵側。

 機を見るに敏。

 どちらが勝とうが特に影響の無い者たちが、勝ち馬に乗るならば、どちらにつくかなど考えるまでもない。

 

 そして、レジェス大将の政敵たちが、自身の栄達の為にレジェス大将の失脚を狙ったのと同じように、彼らもまた、他の者たちにその地位を狙われる立場にあるのだ。

 その者たちにとって、レジェス大将よりも政敵たちが消えてくれた方が得する者たちにとって、今この流れは非常に都合がよく、黙認するどころか、むしろ積極的にレジェス大将側に便乗し支援すらしていた。

 

 そもそもの話。

 政治闘争というものは、それ自体が目的ではない。

 より良いポストを自身が獲得する為や安寧の為に、ライバルを蹴落とす為の手段でしかないのだ。

 ライバルを蹴落とす為に、自分の地位を失う、または共倒れするなどナンセンス。

 前提にあるのは、あくまでも自身の保身である。

 

 それを考えれば。

 大勢を下しつつあるレジェス大将側を無視し、下手すれば、自身もミレニアムの『協力者』と見られ裏切り者のレッテルを張られかねないリスクをわざわざ冒してまで、政敵側に味方する者など、この場にいるはずもないのだ。

 そして弱った者を集団で叩くことに躊躇する者も。

 それが平然とできるからこそ、ここに居る者たちは、登り詰めることが出来たのだから。

 

 そして『内通者』側も彼らを助けることは無かった。

 そもそも、レジェス大将の策謀により、政敵側はミレニアムの『協力者』とされているが、真実彼らとミレニアムに繋がりはない。

 レジェス大将の失脚を狙って勝手に動いて、彼に嵌められ自爆しただけの、赤の他人である。

 だが、赤の他人である為に、ミレニアムの『協力者』として、いくら政敵側を調べようとも、そこから自分たち『内通者』と繋がることはない。

 

 幸い、『内通者』が存在するという確たる証拠はあるものの、誰が『内通者』であるか特定する証拠はないようで(・・・・・・・・・・・・)、徐々に追い詰められつつあるものの、まだ完全には詰みの状況ではない。

 そこで『内通者』側は、政敵側をミレニアムの『協力者』としてスケープゴートとすることで、時間稼ぎを図ったのだ。

 もちろん、勝手に便乗して返り討ちにあった挙句、こちら側にまで火の粉を飛ばしてきた政敵側に対する私怨も無いわけではない。

 

 こうして全ての陣営から見捨てられた政敵側は、ミレニアムの『協力者』として粛清を待つのみとなった。

 

 こうなってしまえば、いくら彼らが真実を訴えようとも意味はない。

 もはや彼らが、ミレニアムの『協力者』であるということにした方が都合がいいものの方が多いのだ。  

 

 かくして、レジェス大将の失態を徹底的に追求するはずだった場は。

 政敵達の手により、彼に対する処刑場になるはずだった査問委員会の場は。

 

 今この瞬間より、レジェス大将に完全に掌握され、彼の主導の元、政敵たちをミレニアムと繋がる裏切り者として徹底的に追求し、苛烈に粛清する屠殺場と化したのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 「東南アジア連合内は、ミレニアムと繋がる『内通者』とその『協力者』粛清で大混乱。

 そして少し前まで査問委員会に掛けられたレジェス閣下も、今や一連の極秘作戦を主導して東南アジア連合の上層部に潜んでいた裏切り者を探し出した『英雄』とは……。

 ……なんやボクの知ってる真実とずいぶん異なってるんやけど?」

 

 「………」

 

 

 橋本少将のその言葉は、目の前の東条少将に向けられていた。

 

 この一件で、全てがひっくり返った。

 

 ミレニアムに対する戦術的敗北は、彼らのシンパを一網打尽にした戦略的勝利に置き換わり。

 レジェス大将に対し査問委員会を仕組んだ政敵たちは、いつの間にかミレニアムの『協力者』としての濡れ衣を着せられたことで、自分たちが処断される立場となり。

 

 そして東南アジア連合政府に秘密裏かつ独断で作戦を実行したあげく、そのターゲットに無様に逃げられたことで、『無能』の烙印を押され失脚寸前だったレジェス大将は。

 事情が事情だけに、一般の国民には秘匿されてはいるものの、東南アジア連合内では、『英雄』の名声と共に、一連の極秘作戦を主導した東南アジア連合軍随一の名将としてその地位を盤石なものとした。

 

 そして、レジェス大将が一連の極秘作戦を主導したという立場を取ったことで、東条少将こそが計画を実行していたという事実は闇に葬られ、彼の全ての行動はいつの間にか共同作戦の正規の行動として処理されていた。

 

 結局、終わってみれば。

 東条少将の名は、裏表含めたジャワ島防衛作戦を本当に操っていた東条少将の名は、レジェス大将に乞われて協力した(・・・・・・・・・・・・・・・)一自衛隊参謀として、目立たない立場に収まっていたのだ。

 

 それだけでなく『英雄』となったレジェス大将が正式に自衛隊に対し、今作戦の詳細とその目的の説明と、

 それに加え『内通者』という事情だけに、自衛隊上層部すら秘密裏に作戦を遂行せざるを得なかったことに対する全面的な謝辞と、そして協力に対する感謝が述べられたことで、自衛隊上層部に無許可での作戦実行に友軍の協力要請があったという正式な理由がつけられてしまった為に、本来なら東条少将に対し、査問委員会を開かねばならなかった自衛隊上層部はその機会さえも完全に失った。

 

 そもそも自衛隊上層部は、今回の作戦の裏側に関して全く把握出来ていなかったのだ。

 

 作戦の真の裏側を知る者は、あの日リンガ軍港の作戦司令部内に居た者たちのみ。

 そして東南アジア連合海軍の人員に関しては、レジェス大将率いる東南アジア連合海軍の元、緘口令が敷かれ、徹底的な隠蔽工作が成されている。

 

 それに加え自衛隊側の人員からも、ジャワ島防衛作戦の作戦司令部の置かれたリンガ軍港の司令官でもある東条少将が、あらかじめ作戦司令部の人員配置に手を入れ、彼自身の派閥の中でも、口の堅く、信用の置ける人員を集中して配置していた為に、上層部に伝わることはなかった。

 

 もちろん上層部も何かしらの隠蔽工作が成されていることは感づいてはいたが。

 ただでさえ東南アジア連合ほどではないにせよ、ミレニアムの正体発覚と、友軍内に居た内通者問題ににより自衛隊上層部も混乱の真っ只中にあるのだ。

 そんな彼らに、念入りに隠蔽工作の成された真実を探るだけの余裕などあるはずもなかった。

 

 結局、真実を知るすべのなかった自衛隊上層は、レジェス大将の説明する内容をそのまま鵜呑みにせざるをえなかったのだ。

 

 そして、全てが終わってみれば。

 自衛隊上層部及び、東南アジア連合に無許可での作戦実行に、書類の改ざん、隠蔽、そして飛行教導群の部隊を始めとした軍隊の一部を私物化と、その事実が明るみにでれば、良くて予備役、下手すれば不名誉除隊も十分あり得た東条少将の罪は。

 その悉くが霞のように消えてなくなっていたのだった。

 

 

 「……いやぁ、ホント上手いことやったなぁ?」

 

 

 橋本少将はしみじみと呟いた。

 

 実際に表立って動いていたのは、レジェス大将だけであったが。

 橋本少将はこの一連の策謀が、レジェス大将と東条少将により仕組まれたものであること、そしてその青写真を描いた真の黒幕は東条少将であると確信していた。

 

 レジェス大将が査問委員会の中で出した、東南アジア連合の上層に存在するミレニアムと繋がる複数の『内通者』の情報と、いくつもの物的証拠。

 あれは元々、東条少将が集めたモノであったはずだ。

 それがレジェス大将の手にあったということは、政敵たちの査問委員会設置の動きを事前に察知した東条少将が、状況を利用すべくレジェス大将に渡したという事なのだろう。

 

 いや、今考えてみれば、レジェス大将の失脚を狙った政敵たちが仕掛けた、全ての始まりといってもいい査問委員会。

 アレすらも二人により仕組まれたものだったのだろう。

 

 彼らはあらゆる方面に手を回し、わずか一週間という短い期間で査問委員会の設置こぎ着けた訳であるが。

 本来なら、失態を犯したとはいえ、今だ東南アジア連合海軍の主流派であるレジェス大将の派閥から、査問委員会設置を妨害する動きがあって然るべきだ。

 にもかかわらず、レジェス大将の派閥から目立った妨害の動きはなく、政敵たちはわずか一週間で査問委員会の設置にこぎ着ける事が出来た。出来てしまった。

 

 つまりはそういうこと(・・・・・・)なのだろう。

 

 彼らは自分たちの動きが読まれていないと考えていたようであるが。

 おそらくは最初から。

 彼らがレジェス大将を失脚させるため査問委員会という手段を考えつく、その遥か前から。

 

 その行動は読まれ、策謀の始まりを告げる舞台装置として、そしてミレニアムの『内通者』の存在を際立たせる体のいい生贄として、彼らの計画に組み込まれていたのだろう。

 

 レジェス大将の派閥は、動けなかったのではない。動かなかったのだ。

 

 いやむしろ政敵たちが成し遂げられるよう、秘密裏に手を貸してすらいたに違いない。

 

 もちろん彼らの中にも、何の障害もなくトントン拍子に進む流れに疑念を持つ者もいただろうが。

 レジェス大将の派閥に立て直す時間を与えないよう、何よりも早さを優先させたことが、仇となってしまった。

 その『拙速』は、彼らからその疑念について、思考する時間すらも奪い去ってしまったのだ。

 

 それと同時に。

 なぜ東条少将がジャワ島防衛作戦時の裏で対亡霊軍隊計画―――『ミレニアムの拿捕作戦』を秘密裏に、かつ単独で推し進めることを決心したのか。

 そしてミレニアムに対し罠を張るのと並行して行っていた『ミレニアムと繋がる内通者の割り出し』に、なぜ日本の諜報機関―――『公安総局』の手を借りようとしなかったのか。

 その本当の理由(・・・・・・・)を橋本少将はようやく理解した。

 

 確かに、どこにミレニアムと繋がる『内通者』の目があるかわからない為に、秘密裏に作戦を実行せざるを得えなかった、というのもあっただろう。

 

 そして、東条少将が言ったように「『公安総局』は組織としては若すぎがゆえ、根も張れてもいない国外ではその捜査能力に疑問を覚える」というのも、手を借りなかった理由の一つに違いない。

 

 だが最大の理由はそれではない。

 

 東条少将が仕掛けた『ミレニアム拿捕作戦』。

 それが失敗した時に、全てをひっくり返す『爆弾』として。

 そしてその後の策謀を支える『保険』として。

 

 おそらく東条少将は、最初から内通者の存在を利用するつもりでいたのだ。

 ジャワ島防衛作戦が始まる遥か前から(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 だからこそ東条少将は、その存在を誰にも教えず自ら『内通者』の割り出しに掛かったのだろう。

 公の諜報機関であるが為に、自身の手で情報を操作することのできない『公安総局』の手を借りずに。

 

 『内通者』の存在を秘匿し、もし作戦が失敗した時、速やかに『爆弾』を起爆させ、一連の策謀を支える『保険』として利用できるようにするために。

 

 『内通者』のせいで(・・・)秘密裏に作戦を実行せざるを得えなかったのではない。

 『内通者』のおかげで(・・・・)秘密裏に作戦を実行することができたのだ。

 

 結局のところ、作戦が成功しようが失敗しようが、東条少将にとっては、その全てが既定路線だったということだ。

 

 橋本少将は確信を込めて、一連の事態の陰で蠢いていたフィクサー(黒幕)とも云うべき東条少将を見据える。だが――――

 

 

 「ああ、あそこまで尽力してくださった閣下には、感謝の念が堪えんよ」

 

 

  東条少将は随分アッサリと関与を認めてしまった。

 

 

 「へぇ……、えらいアッサリ認めるんやな?」

 

 

 それに対し驚いたように見せた橋本少将だったが、その理由も分かっていた。

 

 東条少将が自身の関与をあっさりと認めたのは、橋本少将が、あの日リンガ軍港の作戦司令部内に居た、真実を知る者である為に、隠し事は無意味であることも理由の一つだろう。

 だが一番の理由はおそらく、もはや話したところで何の問題ないと確信しているからだ。

 もはや真実の発覚につながるであろう痕跡を、そして東条少将の関与を示す証拠の悉くを、一切の例外なく消え去っているがゆえに。

 

 

 「ホント、ようやるなぁ……」

 

 

 橋本少将は心底呆れ果て、それ以外の言葉も出なかった。

 

 

 東南アジア連合軍と自衛隊という二大組織を存分に利用しておきながら、本来不安要素であったはずの内通者を利用し尽くすことで、ほとんど痛手を負うことなく切り抜ける東条少将も。

 

 東条少将の計画に全力で便乗し、敗北の責任を『内通者』発見という功績にすり替えたどころか、どさくさに紛れて自身の政敵にミレニアムの『協力者』という濡れ衣を着せて粛清し、『英雄』としてその地位を盤石なものとしたレジェス大将も。

 

 さすがは将官の地位を維持できているだけはあるというか、何というか。

 もう言葉にならない。

 

 ちなみに先ほどから引いたような発言をしている橋本少将であるが、わざわざ策を弄さずとも、深海棲艦に対する圧倒的な戦果(殺しの腕)のみでその地位を維持できている彼もまた、大概である。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「ハッ!? アカンアカン、そうや、今日はこんな話をするために来たんやないんや」

 

 東条少将の事後処理の裏に隠された鬼畜外道の所業を垣間見たことで、引き気味になっていた橋本少将だったが、我に返り気を取り直すと東条少将に向き直った。

 今日、橋本少将が東条少将の執務室にわざわざ訪れたのは、互いの事後処理の進捗状況の確認というのも目的の一つではあったが、それが主ではない。

 少なくとも、このモリアーティーもかくやというほどの暗躍の内容を聞くために、わざわざここまで足を運んだのではないのだ。

 

 それに東条少将は頷くと、先ほど橋本少将が来るまで読んでいた資料を手渡した。

 

 

 「これが?」

 

 「ああ、今日の朝、本土から送られて来た、ミレニアムの飛行船に対する中間調査報告書だ」

 

 

 これこそが橋本少将が訪れた目的、自分たちが入手したミレニアムに関する様々な情報を、自衛隊と日本政府が分析した調査報告書だ。

 もちろん橋本少将が管轄しているタウイタウイ軍港にも、東条少将の元に届いた物と同じものが届く予定だったが、ちょうどその日に仕事の関係でリンガ軍港に立ち寄る必要があった為に、ついでにその内容に関して東条少将と議論できるよう、彼の執務室に立ち寄って、調査報告書を見せてもらうことにしたのだ。

 

 「へぇ……。一番最初に送られてきたのが、ミレニアムの飛行船に関する報告書か。

 他の調査は難航してんのか?

 ……というか、もうその薄さからして大体予想はつくけど……。

 拝見させてもらうで」

 

 資料を受け取った橋本少将は、パラパラと捲りながら、流し読みしていく。

 しばらく執務室には、紙の擦れる音だけが響いていた。

 そして、ミレニアムの飛行船に対する中間調査報告書と銘打っている割には、やけに薄いそれを早々に読み終えた橋本少将は、残念ながら自身の予想を一切裏切らなかったこの報告書を見ながら、大きなため息をついた。

 

 

 「これは……なんとまぁブッ飛んでるなぁ」

 

 

 今回、他のよりも先に送られてきたその調査報告書の内容は、ミレニアムの飛行船に関するものだった。

 そして、その分析を行ったのは自衛隊や日本政府の抱える人員だけではない。

 航空工学や飛行力学、武器・兵器の専門家や研究者、果てはナチスドイツや飛行船の歴史に詳しい教授など、多くの者が分析に関わっていた。

 自衛隊や日本政府の抱えている人員、そして両組織から内々に調査を依頼された彼らはチームを組み、それぞれの得意とする分野や観点から、この飛行船の調査を行なった。

 ところが―――

 

 

 「そのほとんどが調査不能とは(・・・・・・)………」

 

 

多くの者たちが、自身の得意とする分野の知識を総動員し、あらゆる角度からこの飛行船の分析を試みた結果、何も分からないということが分かった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 「この飛行船には、今わかっている範囲だけでも、我々の理解の及ばない、『未知』の技術がふんだんに使われているそうだ。

 調査報告書の説明に来た者たちの話によれば、現代の科学技術では、似たようなものは作れるかもしれんが、コイツと同等の性能を持つ飛行船の建造は不可能だそうだ。

 そもそもコイツが、何の力で浮いてるのかすら見当がつかないらしい。

 少なくともヘリウムガスや水素ガスではないことは確からしいが」

 

 「まぁコイツが従来の飛行船のセオリー通り、大気より軽い浮揚ガスの力で浮揚している仮定して……、あれだけの誘導弾と装甲を搭載してなお浮き続けることのできる浮揚ガスて何?ていう話やしな。

しかも空中でホバリング、というより静止できる以上、揚力で飛んでるわけでもない。

 ということは、この飛行船は我々の知らない『未知』の浮揚ガス、または飛行原理を駆使して、浮かんでいることになるわなぁ………。

 ……というか、これホントに飛行船か?」

 

 「一応、飛行船の歴史に詳しい教授によれば、かつての硬式飛行船の主流だった『ツェッペリン飛行船』の系譜を随所に感じられるそうだ。………系譜が感じられるだけで何がどうなってこう(・・)なったのかは不明だそうだが」

 

 「そりゃあ、硬式飛行船なんて第二次世界大戦前から既に廃れつつあったそれが、半世紀の時を経て、ミサイル艦ならぬミサイル飛行船どころか、並みのイージス艦の処理能力を上回る、イージス飛行船に進化して帰ってきたって言われても、意味分からんわな……。

 あげくの果てに、最後の姿を消したテレポートみたいなやつと、この飛行船の艦娘疑惑やろ?

 いくら何でも盛り過ぎとちゃう?

 最早、どこから手を付けていいか分からんぞ」

 

 

 ちなみに他の報告書よりも先にこの報告書が届いたのも、調査が難航する以前に、現状持ちうる情報からでは、調べることのできる箇所がほとんど無かったからである

 

 ちなみに余談ではあるが、この飛行船の調査をすることになったチームは現在、寝食すらも忘れてこの飛行船の分析に没頭していた。

 ただでさえ、機械生命体である深海棲艦と、オカルトに片足を突っ込んだ艦娘により、科学技術の万能性が揺らいでいるのだ。

 そんな彼らにとって、これ以上の敗北は看過しがたいようである。

 

 

 「ホント……、なんやコイツらは」

 

 

 橋本少将は、そのあまりの意味不明さにそう言いながら天を仰いた。

 

 当初の海上自衛隊、東南アジア連合軍の見立て―――『陸戦兵力を乗せた艦娘を含んだ空母機動部隊』は大外れだった。

 

 そしてジャワ島防衛作戦中に立てた予想―――『他国の開発した新型兵器を、実戦にて試験運用する極秘部隊』とも、もはや思ってはいない。

 ジャワ島防衛作戦時にとった行動と、そして実際にミレニアムの飛行船の艦娘と名乗る男と会話した、大鳳と赤城からの聞き取り調査からも分かる。

 

 あれは戦争という行為自体に楽しみを見出しているような、まごう事なき戦争狂。

 どこまでも刹那的で、どうしようもなく享楽的なイカれた集団だろう。

 もちろんそれは、あの男の部隊だけである可能性もあるが、少なくとも国に忠を尽くし、重要な兵器の試験運用を任せられるほどの、お行儀のいい連中ではない。

 

 

 「……自称飛行船の艦娘と名乗る男の言葉に嘘が無いと仮定するなら、ミレニアムというのが奴等の組織の名前だろう。

 ラストバタリオンは………それの実働部隊名といった所か。」

 

 「ミレニアム………千年王国ねぇ。そっちには心当たりはないが……。

 しかし………ラストバタリオン、か。

 ………やっぱ最後の大隊(ラスト・バタリオン)っていったら……あの(・・)?」

 

 「………まあ、ナチスにハーケンクロイツと来たらあれ(・・)と無関係ではないだろうな」

 

 

 二人は、同じ心当たりについて(・・・・・・・・・・)考えていると分かると、揃ってため息をついた。

 

 

 ―――真のハーケンクロイツの日にラストバタリオンは姿を表し、ユダヤを倒し世界を支配する。そしてナチスは蘇る。

 

 

  第二次世界末期の1945年、米ソの手が首都ベルリンのすぐ近くまで伸び、敗色濃厚だったナチスドイツにおいて。

 ナチス・ドイツの総統にして、ナチス政権の最高指導者アドルフ・ヒトラーが演説においてその存在を口にした謎の戦闘集団―――letzte Bataillon(ラストバタリオン)

 別名、最後の大隊、または最後の最大の大隊。

 

 その詳細は一切不明。ドイツ国防軍や武装親衛隊の部隊名にも一切記録のない、ヒトラーだけが存在を仄めかす謎の軍隊である。

 もちろん、あのヒトラーが口にしたということもあり、戦後アメリカとソ連がそれについての調査を行ったらしいが、結局何一つ実在したという証拠は見つからず、結局ただのホラ話として処理された。

 たが、この者たちが残した痕跡、そしてその名は、ただの偶然では片づけられないほどの一致を見せている。

 

 

 「……実際、ドイツ敗戦直後の混乱に紛れ、武装親衛隊や国防軍、ナチスの党員などの一部が、『オデッサ』や様々な秘密機関の手を借りて、多数の親ドイツ国家郡があった南米へ逃れたという話もある」

 

 「そのナチスの残党共が集まって作ったのがミレニア厶。

 ヒトラーの言う、ラストバタリオンの正体ってか?

 ……そして、あの一連の『未知』の技術も、そのミレニアムと合流したナチの科学者共により生み出された産物と?

 スジは通らんこともないが………、随分無理矢理やな?

 まぁ仮にそうだとして、なんでそいつ等が今になって動き出す?

 しかも、ナチと一切関係ない、しかも拠点にしているであろう南米から最も遠い東南アジアで。

 まさかホントに伍長閣下の言う、真のハーケンクロイツの日が来たからってわけではないやろ」

 

 「深海棲艦に南米のねぐらを追われ、偶然ここまで来たのか。

 それとも何か目的があるのか、まだ分からん。

 ……だか、わざわざ東南アジア連合内に『内通者』を作っていた以上、東南アジア自体に用があるのは確実だろう」

 

 「ええい、ただでさえ、深海の屑の処分で忙しいってのに厄介な……」

 

 

 そう言って苛立たし気に頭をかいた橋本少将であるが、深呼吸をして気分を切り替えると、ミレニアムへの対策について話し始めた。

 

 

 「まぁミレニアムが何の目的でこの東南アジア戦線に現れたのかは知らんが……今回の一件で自身と繋がる『内通者』の存在が暴かれつつある今、そうそう迂闊に動かれへんやろ」

 

 「だか動きにくくなったとはいえ、それは情勢的にだ。

 奴らに物理的な制限はない以上、ミレニアム自体は動こうと思えばいつでも動ける。

 我々に攻撃を仕掛けることも含めてな」

 

 「結局、ミレニアムへの対策は必須ということか……。

 なら直近の対策として……対空監視の強化か?

 あの意味分からんテレポートみたいな手段で侵入されたらほとんど無意味やろうけど、それでも現れて直ぐに見つけることが出来れば、多少はマシやろ」

 

 「そうだな」

 

 「その他には……捜索かねぇ」

 

 「ん?何の?ミレニアムのか?」

 

 「いやいや何言うてんの、どっかにミレニアムに拉致されバッタの改造人間にされてしまった若き科学者が、人間の自由と尊厳を守るために日夜一人で怪人と戦ってるかも――――」

 

 「〇面ライダーじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今後の方針を話し合っていた橋本少将が帰り、再び静寂の訪れた執務室内で。

 東条少将は、一人、すっかり冷めてしまったコーヒーを手に、考えを巡らせていた。

 

 橋本少将の睨んだ通り、レジェス大将の政敵たちによる査問委員会から始まった、この一連の騒動は東条少将が仕組んだものだ。

 

『英雄』の席と、政敵たちの抹殺を対価に、レジェス大将を味方に引き入れた東条少将は、ジャワ島防衛作戦の裏で集めた『内通者』の情報と物的証拠を利用し、レジェス大将の政敵たちをミレニアムへの『協力者』に仕立て上げ、真の目的を偽る事で、おおよそ当初の計画通り(・・・・・・・)ミレニアム拿捕の失敗による劣勢をひっくり返し、作戦遂行の為に行なった各種裏工作の痕跡をもみ消す成功していた。

 

 東条少将の、ありとあらゆる状況を『想定』して組まれた綿密な戦争計画。

 そして、ありとあらゆる状況を『想定』して組まれた計画である以上、彼の『想定』という手のひらから抜け出た―――『負けた』場合の計画も含まれていないわけがない。

 

 いつもであれば計画はされているものの、常に勝ち続けるがゆえに、日の目を見ることのなかったそれらはではあったが、彼にとって初めての『想定外』、勝ち続けた彼の戦争での初めて『敗北』に際し、初めて役割を与えられ、彼の『想定』通り、表面上問題なく機能した。

 

 だが、万事順調に推移しているように見える東条少将の戦争計画も、その全てが上手くいっているわけではなかった。

 

 

 「……ここまで、手を加える必要に迫られるとはな」

 

 

 東条少将は険しい表情を浮かべながら、そう呟いた。

 

 そう、問題なく機能しているのは表面上だけ。

 本来であれば、ありとあらゆる状況を『想定』して組まれているがゆえに、僅かな軌道修正のみで問題ないはずの彼の戦争計画には、いくつもの綻びが出始めていた。

 

 まあそれも仕方ない事ではある。

 そもそもこの戦争計画を立てたのは、ジャワ島防衛作戦より前、まだミレニアムの正体が明らかになっていなかった時だ。

 必然的に、彼の戦争計画は『既知(合理)』に基づいて立てられていた。

 その為にもはや計画自体が、ミレニアムから齎された『未知(不合理)』に対応出来なくなって来ていたのだ。

 

 東条少将がその都度手を加え、臨機応変に対応することで上手く回っていたものの、手を加えなければ、その綻びが亀裂となり、そして致命的な破綻をきたすまで、さほど時間は掛からなかっただろう。

 

 幸い、今回の事後処理を最後に、ジャワ島防衛作戦より前から進めていた東条少将の戦争計画は完遂することになる為に、計画の破綻を気にする必要はないものの、だからといって、戦争計画に綻びが出始めることになった原因まで、計画完遂と同時に消えてなくなってくれるわけではない。

 

 

 「……ミレニアム、そしてラスト・バタリオン、か」

 

 

 東条少将は、その原因に思考を巡らせた。

 

 ミレニアム―――最後の大隊(ラスト・バタリオン)

 

今回、ジャワ島防衛作戦初めて姿を現したその戦力は、こちらの想像をはるかに超えていた。

 

かの組織が開発したであろう従来の技術形体から大きく外れた、独自に進化していったとしか思えない異様な飛行船は、単艦で深海棲艦・空母機動部隊を航空部隊諸共、真正面から殲滅せしめ、それに付随する数々の『未知』の技術は、現代の科学技術による調査の手すら跳ねのけた。

 

東条少将が、ジャワ島防衛作戦に仕組んでいた『ミレニアム拿捕作戦』も、包囲された状況で忽然と姿を消すという『未知』の現象により失敗に終わり、真の目的である『戦力調査』も、手の内をある程度暴きはしたが、科学方面からの調査は『未知』に阻まれ、その全てを暴き出せたとは言い難く、戦争という行為自体に楽しみを見出すような刹那的で、享楽的な『不合理』な行動原理の為に動きを予想するのも難しい。

 

 

 「まさか、ここまでとはな……」

 

 

 ミレニアム『未知』の技術と、彼ら『不合理』な行動原理。

 『未知』と『不合理』の象徴ともいえるそれは、何処までも『既知』と『合理』の範囲から逸脱し、こちらの対処を難しくさせる。

 しかし―――

 

 

 「だが……完全無欠というわけではないようだ」

 

 

 東条少将は、机の引き出しから『内通者』の書かれた書類に視線を落とした。

 

 ミレニアムが東南アジア連合の上層部に、自身と繋がる『内通者』を複数用意することに、どんな意図があったのか定かではない。

 東南アジア連合の動向を正確に知りたかったのか、それとも別の理由があるのか。

 だが、その理由自体はさして重要ではない。

 

 この際、ミレニアムが何の目的で『内通者』用意したのかは重要ではないのだ。

 ミレニアムが『内通者』という手段を取ったという事こそが重要なのだ。

 

 そう、彼らミレニアムが真に『未知』と『不合理』の象徴であるならば、わざわざ東南アジア連合内に『内通者』を作る必要はない。

 誰にも理解の及ばない『未知』の力を振りかざし、自身の気の赴くままに好き勝手に、それこそ神のように『不合理』に暴れ回ればいいのだから。

 

 にもかかわらず、彼らは『内通者』という手段を取った。

 

 『未知』と『不合理』の象徴であるはずのミレニアムが。

 戦争という行為自体に楽しみを見出すような刹那的で、享楽的な集団である彼らが。 

 『既知』で『合理』な手段の極地ともいえる『内通者』という手を取り、しかもわざわざ東南アジア連合の上層部に複数用意するという手間暇をかけたのだ。

 

 それはミレニアムが未だ『既知』と『合理』の軛から完全には脱しきれてはいないことの証左である。

 

 ならば問題はない。

 ミレニアムの『未知』と『不合理』が、『既知』と『合理』の直線上にあるのならば。

真に『未知』と『不合理』の象徴でないのであれば。

 

 いくらでも付け入るスキはある。

 その為にわざわざ『内通者』の特定に繋がる直接的な情報がぼかされた(・・・・・)書類をレジェス大将に渡したのだら。

 

 東条少将が机の引き出しから取り出した『内通者』の書かれた書類は、レジェス大将に渡したそれとは大きく異なっており、東南アジア連合の上層部に存在する ミレニアムと繋がる複数の『内通者』(・・・)の名前が書かれていた(・・・・・・・・・・)

 

 もし『内通者』の特定に繋がる直接的情報がぼかされた書類ではなく、こちらの方の書類をレジェス大将に渡していたのならば、『内通者』を素早く的確に捕まえることが出来ただろう。

 だがそれでは意味がない(・・・・・・・・・・・)

 

 『内通者』は、言うなれば『既知(合理)』と、ミレニアムの『未知(不合理)』とを繋ぐ架け橋だ。

 

 『既知』と『合理』の住人である東南アジア連合内の上層部を、『未知』と『不合理』の存在であるミレニアムは何らかの理由で『内通者』として欲した。

 そしてその理由は定かではないものの、わざわざ東南アジア連合内の上層部に狙いを絞って『内通者』を作った以上、彼らが欲しているのは人ではなく、その立場であることは明らかだ。

 であるならば、『内通者』に危機が訪れた場合、彼らは動かざるを得ない。

 自身の少なくないリソースを割いてまで作り出した『内通者』を助けるために。

 そしてその為には、ミレニアムが欲した立場を持つ『内通者』を助けるためには、ミレニアム自身もその土俵(・・・・)に上がらざるをえないのだ。

 

 だからこそ、レジェス大将に渡した書類には『内通者』の特定に繋がる直接的な情報こそぼかされてはいるものの、調査を進めればいずれ発見できるように調整したのだ(・・・・・・・)

 その為に『内通者』と同じ立場になる『協力者』を先立って粛清し、その末路を見せつけたのだ。

 

 『内通者』たちが、真綿で首を締められるように、徐々に包囲網が狭まっていくことに危機感を覚えるように。

 自身の未来の姿ともいえる『協力者』の末路に恐怖し、『内通者』たちが必死でミレニアムへと救援を求めるようにと。

 

 そう、ミレニアムの動きを予想するのが難しいのであれば、ミレニアムから来てもらえばいい。

 

 東条少将とってはるかに与しやすく、読みやすい戦場

『未知』と『不合理』の通じない『既知』と『合理』のホームグラウンド。

 策謀と陰謀渦巻く、政治闘争の場へと。

 

 

 「さあ、第二ラウンドだ。ミレニアム」

 

 

 ―――『未知』なる存在は、『既知』の存在へと塗り替えられ。

 

 ―――かつての『不合理』は、今日の『合理』に置き換わっていく。

 

 

 であるのならば

 

 『既知』と『合理』の軛から完全には脱しきれてはいないのならば

 

 『未知』と『不合理』が、『既知』と『合理』の直線上にあるのならば

 

 

『未知』と『不合理』に座するミレニアムを、『既知』と『合理』の奈落へと引きずり墜としてやればいいだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――同日 シンガポール 高級ホテル 会議室

 

 

 

 マレー半島の先端に位置する国家―――シンガポール。

 東南アジア連合の暫定政府が置かれ、日本のシーレーン防衛の要衝して重要視されているこの場所には、深海棲艦との絶滅戦争の最前線に近い場所に位置しているにもかかわらず、ありとあらゆるヒトやモノが集まり、その繁栄を享受していた。

 

 そしてその首都、歓楽街の中心部にあるホテル。

一泊するだけでも一般的なシンガポール市民の年収ほどもあるその最高級ホテルにある会議室には、身なりの良い男達が集まっていた。

 

 十数人もの男達が集まってもなお、息苦しさを全く感じさせないほどの広さを持つ豪奢な会議室で、重厚な長机を挟んで別れ、向かい合って座っている壮年の男達。

 その身に纏う雰囲気は正反対といってもよく、しかし互いに向ける感情は決して友好的なものでもなかった。

 

 入口より向かって右側、全体的に鋭利な刃物といった雰囲気を醸し出している者たちは、眼前に映る存在に対して、隠そうともしない侮蔑を。

 向かって左側、絡みつくような蜘蛛の巣を彷彿とさせる笑みを顔に貼り付ける者たちは、その瞳の奥にあらん限りの軽蔑を互いに向けていた。

 

 とても会議をするために集まったとは到底思えない、それどころか会議という名の殴り合いさえ始まろうかという、一触即発と言っても差し支えのないほどの危険な空気ではあるものの、しかし不思議なことに、その火ぶたは切られることなく、まるで誰かを待っているかのように両者共に黙し、その場を動こうとはしなかった。

 

 両者の無言の睨み合いが続いて幾ばくか、両者のそれぞれの代表と思しき二人に、SPが近づき小さく耳打ちする。

 代表と思しき二人が軽くうなずき、そしてそれの意味を即座に理解した他の者たちは、その視線を会議室の入口へと向けた。

 

 会議室の掛け時計の秒針が嫌に響き渡る中、会議室の外から聞こえてくる複数の足音は次第に大きくなっていき、会議室の入口付近に控えていたSP達が扉を開け放てば、そこには三つの人影が見えた。

 

 中心に立つ人影の左右を固める、黒いスーツを身に纏った、大きなジュラルミンケースを手に持つ二人の男。

 おそらくは護衛だろうその二人の身体は、対人警護を専門とする男達のSP達と比較してもなお、遜色なく鍛え上げられており、そしてその身のこなしからも、二人が戦いにおける一線級の兵士であることが伺える。 

 

 だがその護衛と思わしき二人に挟まれて立つ小さな人影。

 

 その彼女(・・)はこの会議室の場において、明らかに異彩を放っていた。

 

 真銀の長く美しい髪をゆるやかに巻いた、群青色のドレスを着る17歳くらい少女。

 その容姿は恐ろしいほどに整っており、そのドレスとも相まって、最高級のビスクドールを彷彿とさせた。

 

 ここがホテルであることを考えれば、社交場に招かれたお偉方の令嬢のように見える少女がいることに、さほど違和感はないが。

 腹に一物抱えた、一癖も二癖もありそうな男達が揃うこの場のおいては、明らかな異物でしかない。

 

 たが、入ってくる場所を間違えたとしか思えない、場違いでしかないこの少女をつまみ出すものは誰もいなかった。

 いや、それどころか左右に立つ二人を完全に無視して、この可憐な少女のみを見据える男達の瞳に、侮りや油断の色など一切なかった。

 そう、この場において誰よりも幼く、非力見えるこの少女こそが、男達が待ちわびていた存在であり、そして誰もが会議に参加する資格のある、自分達と対等な、油断の出来ないプレイヤーとして見ているのだ。

 

 その中身を探るような無数の視線。大の大人でも怯みそうな圧の伴った視線が集まってもなお、その少女は柔らかい微笑みを崩すことはない。

 そしてその少女は、会議室を見渡し、一つ頷くと鈴を転がすような声を上げた。

 

 

「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 

 まるで会議の主催者であるかのように口上を述べ始めた少女であるが、そのことに不満の声を上げる者はいない。

 

 

 「さて、先の会議にて皆様方には、計画の前倒しについて賛同いただけたかと思いますが、昨今の状況を鑑みるに……、向こうには中々優秀な参謀(・・)がいらっしゃるようで。

 さらなる計画の前倒しと共に、新たな手を打たざるを得ないことは、賢明な皆様には必ずや(・・・)御理解いただけると信じております」

 

 

 下手に出ているようでいて、その実、端から同意以外を求めてはいないその少女の言葉に、何人かの男達が殺意の籠もった視線を向けはしたものの、それでもこの場に否定を示す者はいなかった。

 その様子に満足げに頷いた少女は、自身の左右に立つ二人に目を向ける。

 

 その意味を正確に受け取った二人は、自身が手に持っていた大きなジュラルミンケースを長机の上に置きその蓋を開け放った。

 

 その中に納まっていたのは、大量の書類。

 

 男達のSPの手も借りながら、全員に書類が行き渡った事を確認すると、少女は本当の意味での議会の開始の宣言をした。

 

 

 「では始めましょうか。我々の戦争を」

 

 

 

 

 

 




 レジェス「いくらワイの政敵だったとはいえ、可哀想やない?」
 
 東条 「先に仕掛けたのは向こうだからセーフ」(なお予想済み)

 レジェス「せやな!」

この物語のほとんどの登場人物はクズ、外道、狂人で構成されています





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第35話 伊達男との邂逅

 何とか今年中に投稿することが出来た(´・ω・`)

 皆様、いつも感想、誤字報告ありがとうございます!
 返事は返せておりませんがいつも励みになっております!


 前回までのあらすじ!

 レジェス大将「つまり…ジャワ島防衛作戦の真の目的は内通者を誘き出す為の罠だったんだよ!!」
 ΩΩΩ   「な‥‥なんだって―――!?」 
 東条少将  「計 画 通 り」(二回目)






 

 

 

――――1999年10月15日 リンガ軍港 提督執務室

 

 

 

 「………もう何というか、凄いわね」

 

 「ホントにな」

 

 

 橋本少将と会談をした次の日の、昼下がりの執務室。

 来客用のソファーに座りながらミレニアムの飛行船に対する中間調査報告書を読み終えたビスマルクが呻くように発した第一声がそれだった。

 

 ようやく自身の担当する事後処理の業務を終え、解放されたような浮かれた気持ちで自身のホームであるリンガ軍港に帰ってきたビスマルクを待っていたのがこの調査報告書である。

 

 それを読み終えたビスマルクに、もはや先の解放感などはなかった。

 残されたのはこの訳の分からないミレニアムに対する頭痛と急降下爆撃のように沈んだ気持ちのみである。

 

 ミレニアムという組織を少しでも理解しようと、予め航空機や偵察機に備え付けられた撮影機器や証言などを見聞きしていた為に、このミレニアムという集団が色々な意味で常軌を逸した存在であるということは理解していた。

 だかそれでも。

 この情報が何かの間違いではないのかという気持ちも、心のどこかに無かったわけではない。

 それがあまりにも現実離れしていたがゆえに。

 しかし科学的見地からも、それが真実であると改めて証明されてしまえば、もはや逃避するわけにもいかなかった。

 

 東条少将もそう思っているのか、執務机のパソコンに何かのデータを打ち込みながら返答を返す彼の言葉にも、どこか投げやりさが含まれていた。

 

 

 「まったく、ミレニアムだか、ラストバタリオンだか知らないけど、本当に面倒な……」 

 

 

 ビスマルクはこめかみを抑えながらそうボヤく。

 

 ただでさえ、第三勢力の介入という事実だけでも十分に鬱陶しいというのに、それが現代の科学技術でも解析不可能な『未知』の技術力を有しているのだ。

 そしてそれに輪にかけておかしいのが―――

 

 

 「ホント、一体何がしたいのこいつ等は……?」

 

 

 戦略面においての、行き当たりばったりとしか思えないこの組織の行動だった。

 彼らの有する『未知』の技術。

 世界を覆う電波障害下でも使える電子技術やミサイル、イージス艦にも匹敵する飛行船の建造ノウハウや、最後に見せた姿を消す能力?技術など。

 どれ一つとっても世界を揺るがす、革新的な技術と言えるだろう。

 もしこれ等の技術を遍く広めることができるのならば、今現在、世界的に見れば膠着状態ある深海棲艦との戦争を大きく打開出来るほどに。

 それこそその価値を正しく理解し、活かすことのできる先進国の何れかに秘密裏に持ち込めば、その組織が如何なる後ろ暗い背景を持とうとも、破格の条件で取引に応じてくれるだろう。

 

 だが、彼らはそうはせずに、あまりにも呆気なくその手札を切ってしまった。

 それによって相手に解析や対策されることを考えれば、その行動はあまりに迂闊といえるだろう。

 もちろん彼らにまだまだ隠し札があるからこそ切ることができたという可能性もあるし、むしろこれら各国に興味を抱かせることこそを目的とした見せ札であることも否定はできないが。

 

 しかもその切り方も杜撰としか言いようが無い。

 今まで一切外に漏れることの無かったとびっきりの鬼札(ジョーカー)。その戦果が一番見込める初見であの様だ。

 戦術面において、深海棲艦・空母機動部隊をあれほど一方的に蹂躙し尽くしたのだ。

 上手くやれば両陣営に大ダメージを与えることが出来たにもかかわらず、結局損害を与えたのは深海棲艦のみ。

 こちらには実害という点についてはともかく一切損害は出てはいないどころか、ただただ自分の手札を無駄に披露しただけに終わってしまった。

 

 たとえミレニアムがそこにどんなメリットを考えていたとしても、それが自分の手札を無駄に切るというデメリットを越えられるとはビスマルクには到底思えなかった。

 

 それに、一番戦果を挙げる機会を敢えて見逃すなど、彼らの嘯いていた「戦争こそが目的」という主張とも相反しているようにも見える。

 

 まるで最先端科学技術を使って窃盗をするような、世界最高のスーパーコンピューターを開発して中小企業にハッキングを繰り返すような、起こした行動に対しての成果が全く見合わない。

 他にもっと上手くやりようがあるにもかかわらずそれらの手法を取ることなく、最小限の行動で最大の成果をという組織運用のセオリーすら無視する短絡的で場当たり的としか思えない行動の数々。

 

 戦術面においては強大な戦力を奮いながら、戦略面においては、とても大局を見て動いているとは思えないチグハグな行動を繰り返す様は、まるで考える頭を失い、ただ暴れまわるだけの巨人のように思えた。

 

 

 「理解不能だわ………」

 

 

 もはやビスマルクはこのミレニアムという組織を理解することに匙を投げていた。

 

 何やらミレニアムが『内通者』に執着している節がある為に、今現在それを利用しミレニアム自身を政治闘争という表舞台に引き摺り出すことでその動きを封じに掛かっていることは東条少将から聞いてはいるが。

 

 だがそれが本当にミレニアムに対して有効であるのかどうなのかさえもビスマルクには判断がつかなかった。

 

 しかしそれで思考を放棄する事は、東条少将の秘書艦としてのプライドが許さない。

 理解出来ずとも、考えること自体は放棄せず、思考を巡らせていった結果、ふと、ある点に気がついた。

 

 

 「……ねえこれ、今ミレニアムが『内通者』そっちのけで、武力行使に出られたら詰まない?」

 

 

 そう、それはミレニアムが東条少将の誘いに食いつかずこちらに直接武力行使をしてくる可能性だ。

 そもそもの前提として、東条少将が主導する『内通者』を利用して『未知』と『不合理』に座するミレニアムを、『既知』と『合理』のホームグラウンドである政治闘争の場へと引きずり墜とそうというこの一連の動き。

 これは、現有戦力では『未知』と『不合理』を操るミレニアムには敵わないことから立てられた苦肉の策とも言える。

 

 リンガ軍港、タウイタウイ軍港に東南アジア連合軍、そして隠していた飛行教導群の戦力。

 東条少将がジャワ島防衛作戦を隠れ蓑にして集めた手札を絶好のタイミングで切ったにもかかわらず、ミレニアムの逃走を許してしまったのだ。

 

 作戦は終了し、それぞれの戦力を留め置く大義名分が無くなりそれぞれの拠点へと戻った今、もはや戦力という面においてミレニアムに武力行使を押し留めさせる要因など何処にも無い。

 わざわざこちらの策に乗らずとも、彼らが望めば今すぐにでも、ミレニアムに対し有効な戦力のないこちらを、好きなだけ攻撃し、分散してしまったこちらの戦力を各個撃破することが出来るのだ。

 それにその手段を選ぶ方が、東条少将の策に食いつくよりも、よっぽどミレニアムらしい(・・・)と言える。

 

 東条少将の策に垣間見たビスマルクの懸念。

 

 

 「まぁ詰むだろうな」

 

 

 その懸念を東条少将はすんなりと認めてしまった。

 

 

 「そんなあっさりと………」

 

 「事実だからな。

 今のところ、こちらにミレニアムに対抗できるだけの戦力を用意できない以上、確かにミレニアムに武力行使に出られたら終わりだ」

 

 

 尤も、東条少将はそう区切りながら言葉を続けた。

 

 

 「ミレニアムにそのつもりは無いようだが」

 

 「?何でそんなことがわかるの?」

 

 

 疑問符を浮かべるビスマルクに東条少将はその疑問への答えを端的に教えた。

 

 

 「簡単な話だ。

 まだ『内通者』が生きているからな(・・・・・・・・)

 

 「………ああ、そういうこと」

 

 

 ビスマルクはその答えに納得したように頷いた。

 

 確かに戦力という面から考えれば、ミレニアムが武力行使を押し留める要因は無い。

 だが、それ以外の要因。

 皮肉にも、ミレニアムが東南アジア連合内に作り上げた『内通者』の存在こそが、彼らが武力行使をする上で最も大きな障害となっていた。

 

 リンガ軍港にせよ、タウイタウイ軍港にせよ今現在、その土地は東南アジア連合から租借する形で日本の管理下に置かれている。

 そこに対し武力行使をするということは、今までの様な、言い逃れの全く出来ない、日本という国家に対する宣戦布告と同義であり、実質の同盟国であり、その租借元である東南アジア連合をも敵に回す行為だ。

 

 だがその程度のことはミレニアムも、そして『内通者』も当然理解はしていただろうし、想定の範囲内だっただろう。

 しかし、東南アジア連合海軍のトップであり、東条少将と共闘関係にあるレジェス大将、査問会議の場でミレニアムに繋がる『内通者』の存在を暴露したことで流れが変わった。

 

 本来であれば、伏せていなければならないはずの『内通者』の情報が公に出されたことで、ミレニアムが武力行使をしようともその安全を保証されていた『内通者』たちは、いつの間にか安全圏から引き摺り出されていたのだ。

 

 もしこの状態でミレニアムが武力行使をしようものなら、『内通者』の救助は絶望的となってしまうだろう。

 だがそれは逆に言えば、ミレニアムが『内通者』の救助を諦めない限り、ミレニアムが武力行使に出ることはないとも言えるのだ。

 

 それだけでは無い。

 もし、それらの事を理解しているはずのミレニアムが、それでも尚武力行使をするのならば。

 それはミレニアムが『内通者』を助ける気は無い、すなわち自分たちは完全に切り捨てられたと同義である。

 

 そして、そこにどういう理由があったのかは定かではないが、自身の利益の為に祖国の作戦情報を横流しするような奴らだ。

 切り捨てたミレニアムに律儀に義理立てする筈も無い。

 もしミレニアムが自分達を切り捨てたと知ろうものなら、彼らは間違いなく自らの保身の為に、一瞬の躊躇もなくミレニアムの情報を売り渡し、こちら側に寝返ろうとするであろう事は容易に想像がつく。

 

 だからこそ、死人に口なし。

 ミレニアムが武力行使を決断したのであれば、作戦前に必ず『内通者』を始末する。

 そしてそれはそのままミレニアムが武力行使を決断したというサインになるのだ。

 

 

 「まるで鉱山のカナリアね」

 

 

 いくら自業自得であるとはいえ。

 自らの死をアラーム代わりに使われている彼らに、ビスマルクの憐憫の念を抱いた。

 

 

 「こちらとしてはその方が助かるがな。

 ……それどころか、ミレニアムはこちらの誘いにも乗ってくれるらしい。

 昨夜『内通者』を監視させていた班から連絡があった。

 某所の高級ホテルにて秘密裏に集まり、会合の場が持たれたそうだ」

 

 「……ちゃっかり監視してたのね。

 でもこれで奴等にとっても『内通者』は、すぐに切り捨てるには惜しい存在であることは分かったわ。

 ……会合の目的は、今後どう動くかについての話し合いかしら?

 内容は?」

 

 「さすがにガードが厳しく中までは探れなかったそうだが……。

 まあタイミングを考えれば、確実にミレニアムの手の者も参加しての重要な会合だったのは間違いないだろうな」

 

 

 東条少将が『内通者』たちを締め上げつつある中での今回の会合。

 おそらくは『内通者』たちがミレニアムに救助を求め、それに応じての会合だったのだろう。

 実際の所、彼らの話し合いが上手く纏まったのか、物別れに終わったのかは定かではない。

 だが、ミレニアムが会合の場を用意すること自体、彼らが未だ、『内通者』の救助を諦めきれていないことの証左でもあった。

 

 

 「まあ、一応今のところは、だけど、こちらの思惑通りに進んでいるわけね」

 

 「ミレニアムの気分次第で簡単にひっくり返される程度でしか無いがな」

 

 

 東条少将はそう言いながらため息をついた。

 

 一見すると、さも東条少将がミレニアムを手玉に取っているように見える。

 だか実際の所、今のこの状況はミレニアムがそれを望んだからこそ成立しているのだ。

 

 『内通者』の救助と、武力行使。

 ミレニアムがこの二つを天秤に掛けた時、たまたま『内通者』への比重が、武力行使よりも重かった為に出来た状況でしかない。

 

 しかも最悪な事に、その天秤は今だに動き続けている。

 もし、その比重が武力行使へと傾いた瞬間、先の戦いで、深海棲艦・空母機動部隊を一方的に叩き潰して見せた圧倒的な戦力を以て、こちらの拠点を蹂躙していくことだろう。

 そして、もしそうなった場合、現状こちらにそれを防ぐ手立ては無い。

 

 

「厳しい戦いになるわね……」

 

 

 だからこそ、それを防ぐためにも、『内通者』を通してのミレニアムへの攻勢は慎重を期さねばならないのだ。

 『内通者』をミレニアムが出張らなければならない程度には追い詰めつつ、切り捨てるには惜しいと思える程度の空きを見せる。

 強過ぎず、弱過ぎず。

 針に糸を通すかの如き、繊細で絶妙な調整を以て、戦局をコントロールする。

 

 とはいえ、ビスマルクはそこまで深刻には考えてはいなかった。

 

 それは東条少将に対するある種の信頼といえる。

 

 彼女の目の前にいるのは、長年ほとんど損害を出さずに深海棲艦の侵攻を防ぎ続けた稀代の軍略家。

 陰謀、策謀を張り巡らせる事にかけては、右に出る者はいない彼が推し進めるのであれば、そんな曲芸じみたことも、何やかんや上手くやって見せるのだろうな、と。

 信頼、というより諦めと言ったほうが正しいかもしれないが。

 

 

 「まあ、そこまで無理難題という訳でもないさ。

 ………別にこの『内通者』を使って、ミレニアムとの決着を付けなければならないという訳では無い。

 これはあくまで『時間稼ぎ』だ。

 こちらの準備が整うまでのな(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 東条少将は冷めたコーヒーに口をつけながら、そう口ずさんだ。

 

 東条少将はミレニアムへの対処において、ジャワ島防衛作戦を隠れ蓑とし、東南アジア連合海軍と自衛隊と共同で行われた対亡霊軍隊計画―――『ミレニアム拿捕作戦』に失敗した時点で、早々に独力での解決を諦め、本国がミレニアムの対処に動き出すように働きかける方針へと転換していた。

 

 まあその方針自体、特に可笑なことではない。

 東南アジア連合軍と足並みを揃えているとはいえ、東南アジア地域に展開している自衛隊の戦力自体はごく一部に過ぎない。

 現在の艦娘を動員し、再建、拡充された自衛隊の総数と比べれば微々たるものだ。

 そして現場で手に負えなくなるような問題が起きれば、本国が問題に対処することになるのは、むしろ当然の流れと言えるだろう。

 

 実際、東条少将の思惑通りに事は進んでいる。

 本国に重い腰を上げてもらうにあたって最大の問題が、どのようにして自衛隊上層部にこのミレニアムという組織の脅威ついて正しく認識してもらうかだったのだが、先の作戦において、ミレニアムが進んで自らの手のうちを披露した為に、数多の目撃証言やガンカメラの映像といった物証が揃っていた事で、その心配ついては無くなった。

 

 ただ、その過程で真実を知ってしまった日本政府内ではハチの巣を突いたような騒ぎとなり、こんな非常識なほどの戦力を有する組織の対処をしなければならない自衛隊幹部たちは、現在進行形で頭部がハゲ上がるほどのダメージを受けて続けているのだが、それは東条少将の関するところでは無い。

 

 ともかく、今や自衛隊上層部がミレニアムという組織の脅威について正しく認識しているが為に、その対処をするとなれば、もはや油断や慢心が存在することはない。

 

 北方地域にて、深海棲艦の南下を阻止すべく展開してい北方集団や、シーレーンを守護する海上護衛総隊、そして日本本土防衛の要である、再建、拡充された自衛隊の本隊から、どのような事態にも対処できるだけの十分な戦力を抽出し、確実に処理(・・)しようと動くだろう。

 

 いや彼自身(東条少将)そう仕組む(・・・・・)

 

 これこそが、東条少将にとっての本命。

 

 この地に本国からの増援を呼び込むことで、ミレニアムに対し戦力面(・・・)で対抗できるだけの(・・・・・・・・・)戦力を用意する(・・・・・・・)

 

 ミレニアムに仕掛けた『内通者』を利用した一連の策謀は、こちらがその準備を整え終えるまでの『時間稼ぎ』でしかない。

 

 そして『内通者』をあくまで『時間稼ぎ』の駒としてだけに使うのであれば、その役割を十分に果たすと踏んでいた。

だが―――

 

 

 「そう上手く行くかしら?」

 

 

 

 それでもなお、ビスマルクの心配の種は尽きることはなかった。

 

 理屈の上では分かるのだ。

 ミレニアムに戦力面で対抗するべく、本土からの増援をこの地に呼び込むことの必要性も、その為の時間稼ぎの為にミレニアムが執着している『内通者』を利用するということも。

 

 おそらく、このままいけば東条少将の目論見通り、事を運ぶことは出来るだろう。

 そして自衛隊上層部がミレニアムという組織の脅威について正しく認識している以上、本土から送られて来るであろう増援も十分な戦力が送られてくるに違いない。

 

 『普通』であれば、上手くいく。

 最悪、直接仕留める事は出来なくとも、その戦力が抑止力となり、手を出させないようには必ず出来る。

 

 間違いなく、確実に。

 

 だが、奴らは『普通』じゃない。

 

 あの戦争狂のような奴等がその程度の事で引き下がる訳がない。

 それに、根本的な話。

 こちらは油断なく構え、十分な想定をしてもなお。

 ミレニアムがさらにその上を行く可能性(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)をビスマルクは憂慮していた。

 

 ミレニアムが振るう、現代の科学技術による調査の手すら跳ねのけた『未知』の技術の数々。

 彼らは何故か、その手札を無駄に披露したとはいえだ。

 ミレニアムの持つ手札がそれだけのはずがない。

 勿論、それも含めて東条少将は対応して見せるつもりでいるのだろう。だが。

 

 まだあるはずだ。

 彼らがこれだけの行動を躊躇なく起こし、手札を浪費してなお、自信を失わないだけの何か(・・)が。

 ミレニアムが有するとっておき(・・・・・)Joker(ジョーカー)が。

 

 そしていつの日か、そのとっておき(・・・・・)が切られた時、果たして自分たちはそれに対応することが出来るのだろうか。

 

 その懸念がビスマルクの根底にあった。

 

 

 「……最低、何か一つでもあいつ等の手札が割れたらいいのだけれど」

 

 「それなんだかな―――」

 

 

 表情を険しくし考え込むビスマルクに向け、東条少将はそう言いながら、執務机の脇にあったある資料を投げて寄越した。

 

 「これは?」

 

 「今朝本土から急ぎで送られて来た、ミレニアムの飛行船に対する中間報告書、その追加分だ。

 それによれば………、あのミレニアムが振った力の一端―――あのテレポートのタネが割れたかもしれん」

 

 「えッ!?一体どうやって!?」

 

 

 東条少将の口から飛び出した思いもよらない言葉に、ビスマルクは思わずソファから身を乗り出した。

 

 まさかビスマルクも、よりにもよってミレニアムの数々の力の中で、最も『未知』と言っても過言ではない、400mを超える巨大な飛行船が無数の目撃者の前から霞のように姿を消したあの現象から説き明かされるとは思いもよらなかったのだ。

 

 東条少将は、ビスマルクがその資料を受け取り、慌ただしく読み始めたのを確認すると、事の発端を話し出した。

 

 

 「きっかけは、ジャワ島防衛作戦の戦闘諜報の作成時、当時のレーダー情報の分析に当たっていたレーダー技官が、その情報に僅かな違和感を感じたそうだ」

 

 「レーダー技官が?

 ……違和感も何も、そもそもミレニアムのせいでレーダーは使用できなかったんじゃないの?

 結局、あの飛行船が消えた後もしばらくはレーダーも回復しなかったし。

 すぐに回復しなかったという事は、妨害電波を流していたのではなく、チャフのようなもので無力化していたのかしら?」

 

 「まあ、その手法は定かではないが……。

 だが、観測所のレーダー機能の停止から、飛行船消失後、時間を開けて再起動が果たされるまでの、その順番に重要な意味が隠されていたようだな」

 

 「…!観測所のレーダー機能の停止の順番は、東から西へ(・・・・・)向かって広がっていってるけど、機能回復の順番は西から東に(・・・・・)向かって回復していってる?」

 

 「ああ、明らかにおかしい。

 レーダー機能停止の順番こそ、実際にミレニアムの飛行船のが辿った経路と一致してはいる。

 だがその最後に、ミレニアムの飛行船の姿は消したはずだ。

 実際、どのようにしてこれほどの電波障害を引き起こせたのかは、ひとまず置いておくとしてだ。

 東から西へ向かい、そこで姿を消したのであれば、レーダー機能回復の順番は、チャフのように空間自体に影響を及ぼすものだったのであれば、辿った経路と同じく東から西に(・・・・・)回復していくはずだ。だが」

 

 「結果はその逆だった………ということは、まさか」 

 

 「……そしてこのデータに、レーダー機能が回復していった時刻と地点、そして航空隊が飛行船捜索の為に索敵範囲を段階的に広げていった時間と場所を合わせると―――」

 

 「これはッ!?」

 

 

 そこには、飛行船捜索の索敵範囲を広げていく航空隊の後をゆっくりとつける何かの影(・・・・)が浮かび上がっていた。

 その影の正体(・・・・)が何なのかなど、考えるまでもない。

 

 

 「奴等の口説と演技に、我々はまんまと踊らされたということだ。

 奴らは…、ミレニアムの飛行船は本当の意味(・・・・・)で姿を消してなどいなかった。

 その場から消失したようにに見せかけていただけで、実際はあの場所に居たんだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 東条少将の口から飛び出した、あまりに予想外の事実。

 まるで時間が止まったかのように固まるビスマルクだが、それを告げた当の本人は素知らぬ顔で、データを打ち込み作業を続行していた。

 

 

 「ちょ、ちょっと。随分反応が薄くない?」

 

 

 ようやくその衝撃から立ち直ったビスマルクは、とりあえずそこに不満を覚えた。

 

 

 「資料自体は先に見ていたからな」

 

 「いや…。それはそうだけれど、……もうちょっと、こう」

 

 

 一緒に驚いてくれとまでは言わないが、自身の反応を全く気に掛けられないというのも、それはそれで寂しいものだ。

 

 

 「……じゃなくて!

 飛行船は本当の意味(・・・・・)で姿を消してなどいなかった。

 その場から消失したようにに見せかけていただけで、実際はあの場所に居た(・・・・・・・・・・)って、もしかして……」

 

 「……自衛隊上層部では、状況証拠のみではあるが、奴等が使ったのは、テレポートなどといったその場から(・・・・・)移動するものではなく(・・・・・・・・・・)、光学迷彩のような姿だけを隠す(・・・・・・)ものだった、という仮説を立てているようだ。

 今は本部ではこの仮説を立証すべく、ジャワ島防衛作戦の映像記録を片っ端から精査しているいるらしい」

 

 「まあ、テレポートしたなんてぶっ飛んだ仮説よりは、まだとっつきやすいけど……」

 

 

 ビスマルクは東条少将の言葉を自分の中で噛み砕きつつ、再度資料に映るミレニアムと思わしき影を眺めながら、そう答えた。

 もちろん状況証拠しか無い為にその仮説は、未だ推測の域を出る事はないものの。

 だがビスマルクは、その仮説は限りなく真実を示しているのてはないか、そう思えたのだ。

 東条少将の反応からも、少なくともテレポートなどではないとう見解については一致しているようにみえる。

 その上で―――

 

 

 「まるでペテンね……」

 

 

 ビスマルクの中には、ミレニアムに対する憮然とした気持ちが残っていた。

 

 仮にこの仮説が正しく、ミレニアムの飛行船消失のタネがテレポートではなかったとしても。

 それでも、あれだけ巨大な飛行船を、映像を含め、あの場に居たであろう全ての航空隊の隊員を欺き通すほどの精度を持つ光学迷彩など、現代の科学技術でも再現不可能な『未知』の技術であるのに変わりはなく、依然としてミレニアムが脅威が健在であることは十分に理解している。

 

 しかしだ。

 あれだけ、自分たち鮮烈な印象を植え付け、芝居じみた口上を嘯きながら消え去ったミレニアムがである。

 もしかしたら光学迷彩で消えたように見せかけ、飛行船捜索に当たる航空隊の後方にコソコソ隠れながら、離脱していたかもしれないというのは……、色々と言いたい事もあろう。

 

 

 「そう言うな。そのおかげでこちらは、この光学迷彩と思しきものの弱点(・・・・・・・・・・・・・)を知ることが出来たんだ」

 

 「まあ、そうなんだけど………」

 

 

 

 東条少将のその言葉にビスマルクは渋々ながら同意を示した。

 

 ジャワ島防衛作戦の事後処理に入る直前、手分けして記録を精査していた時だ。

 二人は作戦中にミレニアムの取った軍事行動の中で少し気になる点を見つけていた。

 

 ミレニアムという組織は、戦略面においては、起こした行動に対しての成果が全く見合わない、最小限の行動で最大の成果をという組織運用のセオリーすら無視する短絡的で場当たり的としか思えない行動を繰り返しているものの、こと戦術面においてはその限りではなかった。

 

 だが、ジャワ島防衛作戦時、ミレニアムがとったいくつかの軍事行動の中で、一つだけ全く説明のつかない行動があったのだ。

 

 それはジャワ島防衛作戦の終盤、無数にあったはずの観測所のレーダー機能を次々と停止に追い込み、自衛隊の早期警戒線を機能不全に追い込んだ電子攻撃(ノイズジャミング)だ。

 

 電子攻撃とは、レーダーや通信といった、敵が利用する電磁波の周波数(または波長)帯域―――電磁スペクトルを妨害するための活動のことだ。

 その攻撃の中でも、ノイズ・ジャミングは、レーダー波の使用する電波に強いノイズ電波を放射し、本来の目標物からの反射波をノイズで隠蔽するものになる。

 

 確かにそれを使えば、相手のレーダー波をノイズ電波で押し潰すことで無力化し、自分の位置を相手に探知されないようにはできるだろう。

 

 だがそれは逆に言えば、『レーダーが無力化された範囲に敵がいる』ということを相手に教える危険性も秘めているのだ。

 まさに潜入任務の最中で、物音を隠すために警報を鳴らすような所業である。

 

 監視網を突破するだけならば、居場所を探知されなくとも、敵が来たことを知らせるノイズジャミングではなく、レーダー等のセンサー類から探知され難くし、そもそも敵が来たことを悟らせないステルス技術を用いるはずである。

 

 にもかかわらず、ミレニアムはノイズ・ジャミングを選択し、観測所のレーダー機能を無力化する道を選んだ。

 しかも、わざわざそのような道を選んでおきながら、ミレニアムの飛行船は広範囲にノイズ・ジャミングをばら撒き自衛隊の早期警戒線を機能不全に追い込みつつも、航路を迂回するでも欺瞞するでもなく、タウイタウイ方面軍・第一作戦部隊と深海棲艦・空母機動部隊が死闘を繰り広げる戦場へと、まっすぐ一直線に突っ込んでいったのだ。

 

 それならば最初からノイズ・ジャミングなどばら撒かず、すぐに戦場に向かえばよかったのだ。

 

 はっきり言ってこの一連の行動は、自身の手札を無駄に披露しただけの、完全に無意味な行動といってもいい。

 

 結局、当時はミレニアムの真意を読み取ることができず、自身の有する技術の優位性をアピールする為の行動として無理矢理納得することにした。 

 そしてそれがビスマルクに、ミレニアムという組織を理解することに匙を投げさせる要因の一つにもなっていたのだが、それはともかく。

 

 だが。もし、もしも。

 

 その行動に明確な意図が(・・・・・・・・・・・)隠されていたとしたら(・・・・・・・・・・)

 

 そしてノイズ・ジャミングを引き起こした理由が、自分の位置を相手に探知されないようするためではなく。

 

 観測所のレーダー機能を無力化し(・・・・・・・・・・・・・・・)早期警戒線(・・・・・)を機能不全に追い込むことにこそある(・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだとしたら。

 

 全ての行動に説明がつく。

 

 そしてミレニアムが隠したかったであろう光学迷彩と思しきものの弱点(・・・・・・・・・・・・・)も。

 

 

 「今なら分かる。

 ミレニアムの飛行船が引き起こしたノイズ・ジャミング、あれはこちらへの攻撃だったんじゃない。

 自身の持つ、『姿を消す』という能力の範囲を相手に誤認させ、撤退を円滑に進めるための仕込み(・・・)だったんだ」

 

 「そしてわざわざノイズ・ジャミングという手札を使ってまで『姿を消す』という能力の範囲を相手に誤認させなければならないということは、つまり……」

 

 「ああ、おそらく間違いないだろう。あの光学迷彩と思しきものは―――」

 

 「「自身に反射するレーダー波を(・・・・・・・・・・・・・)誤魔化す(・・・・)ことができない(・・・・・・・)」」

 

 

 二人はそう結論づけた。

 

 だからこそ、ノイズ・ジャミングを使ってまで、観測所のレーダー機能を無力化し、自衛隊の早期警戒線を機能不全に追い込む必要があったのだ。

 

 その為に飛行船の姿が消えたあとも、レーダー機能が回復しなかったのだ。

 

 姿を消したように見せかけ実際は、その場にいたが為に。

 ノイズ・ジャミングを止め、レーダー機能が回復しまえば、船体にレーダー波が反射してしまい、レーダーに映ってしまう為に。

 

 そのために、ミレニアムはあの不自然すぎるタイミングでノイズ・ジャミングを使ったのだ。

 

 そして、こちらの『既知』を『未知』によって打ち砕くことで、こちらの陣営に「ミレニアムの引き起こす全てが『未知』の現象である」という認識を植え付け、そして「今起きている問題全てがミレニアムの『未知』の現象によるものだ」と、ある種の思考放棄状態に陥らせることで、ミレニアムの飛行船は、まんまと戦場から離脱せしめたのだ。

 

 

 「ホント、マジックのタネ明しを聞いている気分だわ……」

 

 

 ビスマルクはムスッとした表情でそう答えた。

 

 ビスマルクが言ったように、ミレニアムがとった行動はマジックそのものだ。

 

 タネ明しをされ、初めて分かる。

 冷静に考えてみれば、何故その時に疑問を抱かなかったのかと、自分を問い詰めたくなるような不自然な行動の数々。

 だがそれはタネ明しをされ、冷静に考えて始めて分かったもので、では当時のあの目まぐるしく状況が二転三転する戦局の中で、その考えに至れるかと聞かれれば、口をつぐまざる負えない。

 

 何せそれは東条少将も含め、全ての自衛隊と東南アジア連合軍の者たちを踊らせ、完全に騙し切った一大イリュージョンなのだから。

 

 その時、ふとビスマルクの脳裏に疑問が浮かんだ。

 

 

 (……これ、あの状況で光学迷彩を使ったのって、本当にミレニアムが望んだ状況なのかし(・・・・・・・・・・・・・・・・・)()?)

 

 

 確かに、あの状況で推定・光学迷彩を使ったことで、ミレニアムはこちらの陣営全てを騙し切り、戦場からまんまと離脱することには成功した。

 それだけを見れば大成功に見える。

 

 だが、それと引き換えに、マジックのタネは割られ、二度と使えなくなったばかりか、そこからあの推定・光学迷彩の弱点まで暴かれてしまったのだ。

 そのマジックも当時のあの目まぐるしく状況が二転三転する戦局の中で使ったからこそ通用したものの、冷静に考え調査すれば、今のこのように分かる程度のタネでしかない、言ってしまえばその性質は、マジックというよりも、一発芸に近いものだ。

 戦場で手札を披露するのとは訳が違う、完全な使い捨て。

 

 それを考えれば。

 手札を完全に使い潰してしまったことを考えれば、とてもではないが大成功とは言い難い。

 

 それに加え、手札を一枚完全に使い潰すような案をである。

 

 戦略面では杜撰極まりないものの、戦術面ではその限りではないミレニアムが。 

 戦争という行為自体に楽しみを見出しているような、まごう事なき戦争狂が。

 上手くやれば、長く遊べる手札(オモチャ)を、戦場から撤退するためだけに、使い潰すことを前提に計画に組み込むだろうか。

 

 もしかしたら、これは―――

 

 

 (…もしかして、切ったのではなく、切らされた(・・・・・)?)

 

 

 ミレニアムにとっても、あの場で手札を使い潰すことになったのは、想定外だったのではないだろうか。

 彼らが、戦場からの撤退を円滑に進ませるべく、万が一の為に用意してあった『保険』。

 本来なら、こちらの混乱に乗じて撤退するために、使う必要のなかったその『保険』を。

 東条少将の作戦によって、ミレニアムの想定を超える戦力に包囲されたために、仕方なく(・・・・)使い潰さざるをえなかったのではないだろうか、と。

 

 もちろん、確たる証拠などある話でもない。

 自分たちにとってかなり都合のいい解釈をしていることも否定できないだろう。だが。

 

 ビスマルクは、今の今までミレニアムという存在は、『既知』と『合理』の通じない、どこまでも『未知』と『不合理』であるもの、という先入観を抱いていた。

 

 実体をまるで掴めない、風船のように際限なく膨らんでいくミレニアムの虚像。だが。

 

 ここまでの調査結果と推測を聞いて思ったのだ。

 

 ―――そう思っていたのは、自分たちがそうであると思い込んでいただけで

 

 ―――実体が掴めないのは、自分たちが妄想を膨らませていただけで 

 

 

 (……もしかしたら、もしかすると私が思っているよりもずっと―――)

 

 

 その実体(・・)は、小さいものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 (まあ、それだけじゃないんだろうが(・・・・・・・・・・・・))

 

 

 深く考え込むビスマルクの尻目に、東条少将は引き続きデータを打ち込み作業を続けていく。

 そしてついに打ち込み作業が終わりを向かえると、東条少将はその打ち込んだデータをPCに読み込ませ、立体図(・・・)を仕上げていく。そして―――

 

 

 (これは……、やはりか(・・・・))

 

 

 全ての作業が終わり、立体航路図(・・・・・)が完成したその瞬間。

 ついに東条少将は確信を得た。

 

 

 そもそもの始まりは今朝、本土から急ぎで送られて来た、ミレニアムの飛行船に対する中間報告書、その追加分を読んだ時に感じた疑問(・・)だった。

 

 『ミレニアムが使ったのは、テレポートなどといったその場から移動するものではなく、光学迷彩のような姿だけ隠すようなものだった』という仮説。

 

 その仮説自体はいい。

 状況証拠しか無い為にその仮説は、未だ推測の域を出る事はないものの、テレポートしたなんてぶっ飛んだ仮説よりも、まだ理解しやすい方である。

 

 だが、もしそれが本当であると仮定して、ミレニアムの飛行船が光学迷彩のようなものを使って姿だけを隠したと仮定して。

 果たして400mを超える船体を持つ飛行船が、あの異様に航空機が密集していた空間で、しかも姿だけを消していたにもかかわらず、一度も航空機と接触事故を(・・・・・・・・・・・・)起こさずに(・・・・・)抜け出る(・・・・)ことなど可能なのだろうか、と。

 

 そのことを疑問に思った東条少将は、ジャワ島防衛作戦の終盤、ミレニアムの飛行船が消えた瞬間に周囲を飛んでいた全て航空機の航路図を手配し、立体航路図を起こすことにしたのだ。

 

 そしてその疑問の答えは目の前にあった。

 

 

 (全ての航空機が(・・・・・・・)独りでに何かを(・・・・・・・)避けるように(・・・・・・)飛んでいる(・・・・・))

 

 そこにはミレニアムの飛行船を捜索する航空機たちが開けた、謎の空間が広がっていた。

 大きさは、そう、ちょうど(・・・・)400~500m(・・・)くらいの何かが(・・・・・・・)スッポリと(・・・・・)収まりそうな大きさだ(・・・・・・・・・・)

 

 この場に居た航空隊員が裏切っていたとは考えていない。

 あの時、あの場所に集まった航空隊の隊員は、そのほとんどが艦娘の召喚で呼び出された者たちである為に裏切っているとは考えにくく、そもそもあまりにも数が多すぎる。

 

 そうなれば答えは一つしかなかった。

 

 これがミレニアムによって(・・・・・・・・・)引き起こされた(・・・・・・・)という事だ(・・・・・)

 

 

 (これほどの人員を無意識のうちに誘導する技術……、洗脳?あるいは幻覚か?)

 

 

 もちろん、これはだたの航路図から推測しただけで確たる証拠などある話でもない。

 

 自分でも、あまりにもぶっ飛んだ解釈をしていることも否定できないだろう。だが。

 

 東条少将は、ミレニアムの『未知』と『不合理』は、『既知』と『合理』の直線上にあると考えていた。

 

 完全には『既知』と『合理』の軛から完全には脱しきれてはいない実像。だが。

 

 この結果を見て思ったのだ。

 

 ―――確かに『既知』と『合理』の軛から完全には脱しきれていないのだろう

 

 ―――こちらが思っているよりもずっと、その実体は小さいものなのかもしれない。だが。

 

 

 (……もしかすると、こいつ等はこちらが思っているよりもずっと―――)

 

 

 きっとその正体(・・)は、ロクでもないものに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あれから二人は、ここしばらくジャワ島防衛作戦の事後処理を優先した関係で、滞ってしまっていた書類の山脈の処理に掛かり切りになり、途中夕食も挟みながらも、それがひと段落する頃には、当たりはすっかり暗くなっていた。

 

 いつの間にか消灯時間である22時が差し迫っていることに、軽い驚きを覚えながらも、二人は手早く帰宅準備を整え、執務室を後にした。

 

 あたりは完全に暗くなり、外灯の明かりと、当直の歩哨たちの持つ懐中電灯とがユラユラと揺れ動く中、二人は帰宅する為に歩道を歩いていた。

 帰宅といっても、実際は基地内にある宿舎へと戻るだけ。

 だが、そこへ向かう歩道を歩くビスマルクの足取りは非常に軽かった。

 

 

 「やっと自分の部屋のベットで寝ることができるわ」

 

 「事後処理の業務の為にあちこち飛び回っていたからな。……だか出先でも仮眠室くらいは貸してくれただろう?」

 

 「いや、ベットのマットレスがやたら硬くてね……」

 

 

 そう言いながら、大きく伸びをするビスマルク身体からは、まるで聞こえる筈のない異音が節々から聞こえてくるかのようだった。

 

 

 「これで、あの二人の仲も戻っていたら、言うことないのだけれど……」

 

 「……ああ、プリンツとグラーフか」

 

 

 その言葉に東条少将は苦々しく言葉を返した。

 

 少し前より、ビスマルクと同じ、ドイツで生まれた艦艇であり、信頼できる仲間でもある、プリンツ・オイゲンとグラーフ・フェペリンの不仲が問題となっている。  

 

 今までそれほど悪くなかったにもかかわらず、『ジャワ島防衛作戦』が正式に決まった辺りで、急激に悪化した二人の仲。

 

 しかも、二人ともそり合わないとか、気に入らないことがあったなどで、喧嘩をしているといった様子ではなく、グラーフが、プリンツに対し、まるで怯えるように(・・・・・・・・・)距離を取り、そして当のプリンツはそのグラーフの行動に対し、気付いていないはずがないにもかかわらず、全く気にしていないかのような、いつも通りの自然体でいることが、その異様性を引き立たせていた。

 

 仲間内の、しかも同郷の仲間の不仲とあっては、東条少将から、リンガ軍港に所属する艦娘の総括を任されている秘書艦としても、二人の友としても、ビスマルクが動かない訳にはいかず、この不仲問題を解決するべく、僅かな空き時間を工面しながら、色々取り組んでは見たのだったが、残念ながら二人が不仲になった原因さえ掴むことが出来なかった。

 

 結局、それからすぐにジャワ島防衛作戦が始まり、『亡霊軍隊』改め、ミレニアムなんてものが出てきてしまった為に、そちらに掛かりきりとなってしまい、ここ二週間ほどは、二人と顔を合わせてすらいなかったのだが、「もしかしたら、ワンチャン、時間が解決していてくれないかな〜」などと、おそらく無駄になるであろう淡い期待を持っていたりもしていたのだ。

 

 

 「どう?私が居なかった間に、何か進展はあった?」

 

 「…………進展は合ったぞ?」

 

 「何で、そんな不明瞭な言い方を……」

 

 

 だが心なしか声を弾ませたように聞くビスマルクに、何故か東条少将は奥歯に物が挟まったような言い方に徹していた。

 

 

 「……何? なにかあったの……?」

 

 

 もうその時点で嫌な予感がしつつも、ビスマルクが恐る恐る聞いてみると、東条少将は諦めたように話し始めた。

 

 

 「確かにプリンツ・オイゲンとグラーフ・ツェッペリンの不仲については進展はあった………。

 ―――端的に言えば、悪化した」

 

 「悪化!?」

 

 「ああ、といってもプリンツの方自体には変化はなく、プリンツと接する時の、グラーフの挙動不審さに拍車がかかっているといった感じのようだが………。

 ……いや、あれだけの挙動不審を見てもなお、変わらないプリンツも、ある意味悪化していると言えるのか?」

 

 「なにをやってるのよ、あの二人は………」

 

 

 想定の斜め下を突き抜けた状況に、ビスマルクはこめかみを押さえて天を仰ぎ、深い、とても深いため息をついた。

 現状維持くらいは想定していたが、まさか悪化しているとは思わなかったのだ。

 仰ぎ見た空には、都会では見ることの出来ない美しい満天の星空が広がっていたものの、ビスマルクの汚泥のような心労を癒すには、ほど遠かった。

 

 

 「ホント、どこまでも祟ってくるわね、彼奴等(・・・)は」

 

 

 当時は何一つ分からなかったが、今ならば―――様々の情報を得ることが出来た今だからこそわかる。

 ビスマルクは夜空を睨めつけながら、おそらくこの二人の不仲の原因であろう、次から次へと問題ごとを引き起こしてくれやがる、今やビスマルクが抱えるストレスの大部分の発生原因であるド腐れ組織―――ミレニアムに思いを巡らせた。

 

 

 「ドイツ第三帝国の艦艇の魂を持つ二人と、総統の口にした(最後の大隊)を冠し、鉤十字(ハーケンクロイツ)を掲げるミレニアム。関係してないはずがないわね……」

 

 「当時は二人とも常に他の部隊と共に作戦行動していたからこそ、外部の者との接触はないと断定していたのだがな。

 ……いや、プリンツとグラーフの不仲が表面化したのも、ジャワ島奪還作戦の終盤、あの深海棲艦の死体で形作られた巨大な鉤十字(ハーケンクロイツ)を直後になるのか。

 ……そこからあの二人が何か(・・)読み取ったことに気付くべきだったか」

 

 「あの時は、まさかあれにホンモノ(・・・・)が関わっているとは思ってもみなかったわよ……」

 

 「まあ、あの時は『亡霊軍隊』の正体は『陸戦兵力を乗せた艦娘を含んだ空母機動部隊』という見立てが主流だったからな。

 あの鉤十字もただのブラフ扱いだった」

 

 「……私がそう判断したのは、それだけが理由じゃないんだけどね」

 

 「?どういうことだ?」

 

 

 慰めるように言った東条少将の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情をしながらそう返すビスマルク。

 東条少将から問われると、彼女は気分を切り替えるかのように、大きくため息をつくと、ある出来事を話し始めた。

 

 

 「確か……ジャワ島防衛作戦が始まる前だったかしら。

 偶然、船団護衛の任務に就いていたレーベ(Z1)マックス(Z3)に会う機会があったから、非番だったユー(U-511)も交えて、一緒に昼食を取ったことがあったのよ」

 

 

 「本当はあの二人も呼びたかったんだけど、ちょうど任務でいなくてね」そう付け加えつつ、ビスマルクはその時の様子を思い出すように顔に手を当てながら話を続ける。

 

 

 「その時にね?あの印(鍵十字)の話題が上がったのよ」

 

 「……それで?」

 

 「私も含めてだけど、全員心当たりはないようだったわ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 「………それは」

 

 

 ドイツ第三帝国に所属していた六人のうち、四人があの巨大な鉤十字(ハーケンクロイツ)を見ても何も感じなかった。

 だからこそビスマルクは、あの印はただの隠れ蓑、第三者が自身の正体を隠すために用意したただのブラフと切って捨てていたのだ。

 同郷の者たちから、自身の考えが間違いではないと肯定されていたがゆえに。

 今思えば、プリンツとグラーフにも聞かなかったのは痛恨のミスでしかなかったが。

 

 

 「……つまり、あの印にはドイツ第三帝国の艦娘のうち、プリンツとグラーフだけが感じ取れるメッセージ(思い)が隠されていたという事か」

 

 「プリンツとグラーフの態度からしても、メッセージと言えるほど上等なのものじゃないんでしょうけど……。

 ……結局、私たちはあの戦争(第二次世界大戦)ついて全ては知らなかったという事よ。

 私も含めてだけど、レーベもマックスもあの戦争(第二次世界大戦)では初期に沈んだ。ユーはそもそもドイツに居なかった」

 

 「まあ十分な戦果は上げたんだけど!」そう言いながら、ビスマルクはさらに話しを続ける。

 

 

 「でもプリンツとグラーフは……、重巡洋艦Prinz Eugenは、あの戦争(第二次世界大戦)を最初から最後まで戦い抜き、航空母艦Graf Zeppelinは、完成することはなかったけれど、戦争自体は末期まで生き延びた……」

 

 「ならば第二次世界大戦の中期、もしくは末期辺りか?

 その時にあの二人…いや二隻は、あのミレニアムが描いた巨大な鉤十字(ハーケンクロイツ)から何か(思い)を感じ取れるようになるほどの出来事(キッカケ)に遭遇した、と?」

 

 「具体例を上げるなら、あのミレニアムの前身となる部隊、もしくは組織との邂逅、とかかしら」

 

 「……期せずして、ミレニアムとかつての第三帝国との関わりを証明する形になってしまったな」

 

 

 頭に手を当て、もはや何度目かわからないため息をつく東条少将。

 

 

 「これはいよいよ二人とは腹を割って話し合わないといけないわね……」

 

 

 その傍らでビスマルクは、決意固めていた。

 もはや二人とも表面上は円滑に、過不足なく協力し合っているから、などと言っている場合ではない。

 自身がその脅威を認識するはるか前から、ミレニアムの魔手は仲間内に忍び寄っていたのだ。

 それにこれは、ビスマルク自身の失態であると考えていた。

 実際、ターニングポイントいくつかあったはずなのだ。

 だがビスマルクは、ジャワ島防衛作戦の準備に忙殺されるあまり、同郷の仲間に忍び寄る脅威をみすみす見逃してしまった。

 汚名は返上せねばならない。

 東条少将からリンガ軍港に所属する艦娘の総括を任されている秘書艦としても、二人の友としても。

 だが―――

 

 

 「そう一人で背負い込むな」

 

 

 ビスマルクに向け、東条少将はそう言葉を投げかけた。

 

 

 「気づけなかったのは俺も同じ、いや、むしろその脅威を見過ごした咎は、リンガ前線を任された俺が背負うべきものだ」

 

 「でも―――」

 

 「だから」 

 

 

なおも、言いつのろうとするビルマルクを手で制す東条少将。

 

 

 「これから挽回していけばいい。あの気取った亡者共に、我々の仲間に手を出すことが如何に愚かな行為だったかを、しっかりと教え込んでやる。

 その為にも、これからも手を貸してくれるか?」

 

 「Admiral( 提督)……」

 

 

 その言葉を聞いたビルマルクは、腑抜けていた自分を一喝するかのように、パチリと自身の両頬を叩いた。そして―――

 

 

 「ええ!任せて頂戴!」

 

 

 その後には先ほどの思い詰めていたビルマルクの姿は何処にもなく、自信に溢れた本来の彼女の姿があった。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 その後も、しばし無言で見つめあう二人。その距離は先ほどよりも近く、いや、現在進行形で少しずつ近づいていく。

 

 

 

 そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 「何者だ!」 

 

 

 

 東条少将はその声と共に、ホルスターから素早く9mm拳銃を引き抜き、さりげなく位置を調整していたビスマルクは、瞬時に携帯艤装を展開しつつ一歩前進し、東条少将の盾となるよう構える。

 ほんの僅かな時間で戦闘態勢に移行した二人。

 艦娘特有の探知能力を以て外敵に気づいたビルマルクと、その彼女からアイコンタクトを受け取っていた東条少将が阿吽の呼吸を以て構える銃口、そして砲口は、揃って同じ場所へと油断なく向けられていた。

 そう、歩道を点々と照らす外灯の一つ、その根元付近へと。 

 

 

 「いやはや、全くもって見事な連携ぶり。

 さすがは海上自衛隊の若き俊英・東条少将に、かの有名なビスマルク女史でありますなぁ」

 

 

 その時、パチパチと気の抜けた拍手と共に外灯の死角に当たる暗闇から一人の男が現れた。

 茶色のソフト帽とコートを着こなす、紳士風の容貌をしたその男。

 それだけなら何の異常も感じられない。

 ここが一般人の出入りを厳しく制限され、哨戒の兵士も巡回しているリンガ軍港の敷地内であることを除けば、だが。

 未だ何の騒ぎが起きていないところを鑑みるに、この男は監視網に一切引っかかることなくここまでやって来たということだろう。

 リンガ軍港の心臓部であり、最も警備が厳重であるはずの作戦司令部にほど近い、この場所に。

 それを考えれば目の前の男を外見のみ判断するのはあまりにも危険すぎる。

 

 

 「ビスマルク、いつ気づいた?」

 

 「……本当についさっきよ。ここまで接近されるまで全く気付かなかった……」

 

 「なに?」

 

 

 油断なく交わしたビスマルクの言葉で、東条少将のこの目の前の男に対する警戒度はさらに跳ね上がった。

 

 彼女たち艦娘の身体能力は、携帯艤装に関係なく、人とは比べ物ならないほどに優れている。

 特に気配探知の精度は群を抜いて高く、測定の為に実戦演習をした陸上自衛隊・特殊作戦群の隊長をして、艤装を展開していない状態でも、艦娘の探知範囲半径1㎞から本人に気取られず奇襲することなど不可能と言わしめたほどだ。

 その艦娘である彼女が、目視できるほどの距離まで接近されるまで気づかなかった。

 その時点でこの目の前の男が只者ではないことが伺える。

 

 

 「こいつは本当に人間か?まさか艦娘じゃないだろうな」

 

 

 ここ最近どこかの誰かのせいで、男の艦娘という矛盾存在を真剣に議論していたからか、つい東条少将の口から出た疑念。

 別にそれ自体ただの冗談、ボヤキのようなもので誰かに答えを期待していたわけではない。

 だが―――

 

 

 「分からない(・・・・・)

 

 

 ビスマルクから気になる返ってきた。

 

 

 「……この嫌な感じ。人じゃない?艦娘?それにしては……。これは一体なに(・・)?」

 

 

 まるで異物を見るかのような視線をその男に向けるビルマルク。

 だが、そのような不躾な視線を送られている当の本人は、特に気にしているような様子を見せず、二人に対し仰々しく一礼をして見せた。

 

 

 「お初にお目にかかる。

 私の名はトバルカイン・アルハンブラ

 ミレニアムにおいて中尉の地位を頂いております」

 

 「ッ!?ミレニアムですってッ!?」

 

 

 ほんのつい先ほどまで話題に上っていたその名に、ビスマルクは思わず驚きの声を上げてしまった。

 だが警戒しつつも驚きを隠せないビスマルクとは違い、東条少将はトバルカインと名乗るその男を一切感情の読めないその瞳でまっすぐに見据えていた。

 

 

 「それで?

 ミレニアム所属のトバルカイン・アルハンブラ中尉。

 こんな夜更けに、我々に何か用でも?」

 

 

 ホルスターから引き抜いた9mm拳銃の銃口をトバルカインに向けながらそう問いただす東条少将。

 だが、東条少将から銃口を、そしてビスマルクに至っては携帯艤装の砲口を向けられてもなお、トバルカインはニヤニヤと余裕の笑みを崩すことはない。

 

 そしてトバルカインの口から語られた内容は、予想だにしないものだった。

 

 

 「……会談の申し込みを(・・・・・・・・)我々ミレニアム(・・・・・・・)と君たちとの(・・・・・・)

 

 「………なに?」

 

 

 まさかの会談の申し込みに、今まで感情の揺らめきを見せないようにしていた東条少将から、僅かに驚きの色が見えた。

 そしてトバルカインは、その会談の内容を詳しく語り始めた。

 

 

 「今日より一週間後の正午、このリンガ軍港に、我々ミレニアムの空中艦隊が寄港致します。

 そしてその時に、そちらの代表と、こちらの名代(・・)とで会談の場を設けていただきたい」

 

 「……そちらの代表というのは日本政府としての代表と、そう受け取ってもいいのか?」

 

 「ええ、そう受け取ってもらって構いません」

 

 

 その内容とは日本政府とミレニアムとの会談。

 何故今更?などという疑問はひとまず置いておくとして。

 それ自体は理解できなくもない内容であると言える。だが―――

 

 

 「……なら何故我々(自衛隊)に話を持ちかけた。

 日本政府と話し合いたいのであれば、先ずは外務省に話しを持ちかけるのが筋だろう」

 

 

 本当に会談を申し込みたいのであれば、そちらに頼ればいいのだ。

 断じて自衛隊の、しかも最前線の一司令官如きに持ち込む案件ではない。

 

 

 「なに、我々としても、余計な手間は省きたいのでね。

 建前にしがみつく(テロリストと交渉しない)腰抜けの所に向かうより、こちらを優先したのですよ」

 

 

 東条少将のその問いに、トバルカインは肩を竦めながらそう答えた。

 

 その真意を答える気がないと分かるトバルカインの言葉を聞き、東条少将は前に立つ、ビスマルクにわずかに視線を向ける。

 その視線に気づいたビスマルクは、目の前の男を油断なく警戒しつつも、東条少将に任せるという意思を込める意味で、小さく頷いた。

 

 三人の間で生まれたしばしの空白。

 東条少将の返答次第では、この場が戦場になり得る緊迫した状況。

 しかしトバルカインへの返答を考える東条少将と、油断なく構えるビルマルクとは違い、トバルカインは相変わらず余裕の感じられる笑みを浮かべていた。

 しばらくののち―――

 

 

 「………分かった。会談の申し込みを受けよう」

 

 

 

 東条少将は固い声で、トバルカインの会談の誘いを受け入れた。

 

 

 「それは重畳!」

 

 

 トバルカインがワザとらしく喜びの声を上げる中、ビスマルクからは不満げ、というより心配するような感情が見て取れた。

 

 ビスマルクの言いたいことは分かる。

 「ミレニアムとの会談の申し込みをわざわざこの場で決める必要はなかったのではないか」という事なのだろう。 

 確かに、昨今における台風の目といっても過言ではないミレニアムとの会談の是非を一地方軍の少将が決めるには、あまりに荷が勝ちすぎている。

 本来なら、国のトップとまでは行かないまでも、最低でも自衛隊上層部が出張るような案件であるのだ。

 それを考えれば、いったん持ち帰って上層部にお伺いを立てる為にも、この場においては回答を避ける方が正しい判断ではあるのだ。

 

 だが。

 東条少将はトバルカインが発したある一言(・・・・)を聞いて、もはや自分たちには(・・・・・・・・・)時間が残されていないこと(・・・・・・・・・・・・)に気づいた。  

 

 

 「では、その日を楽しみにしておりますよ」

 

 「まあ待ちなさいよ。

 今日はもう遅いんだし、泊まっていも良いんじゃない?」

 

 

 話し合いを終えようとするトバルカインに、ビスマルクは割り込むように声をかける。

 

 

 「色々聞きたい事もあるし……、たっぷり(・・・・)歓迎させてもらうわよ!」

 

 

 その言葉と共に、遠くからバタバタと走り寄る複数の足音と、敵発見を知らせるホイッスルの音が響き渡った。

 ビスマルクはトバルカインを発見したその瞬間から、密かに相互通信を開き近場の艦娘に連絡、その艦娘から歩哨に連絡させることで包囲網を完成させていた。

 そもそもビスマルクは話し合いがどういう顛末を辿ろうと、トバルカインの身柄を確保するつもりでいた。

 いくら会談の申し込みの為とはいえだ。

 自衛隊の保有する基地に無断で入り込んだ侵入者には違いないのだ。

 それを見逃がすつもりなど、ビスマルクには毛頭なかった。

 

 

 「じきに他の艦娘たちも来るわ。

 ミレニアムの特使として、身の安全は保障するし、しばらくすれば解放してあげるから、今は大人しく投降なさい」

 

 

 そう冷淡に言い放つビスマルク。

 だが、危機的状況であるにもかかわらず、トバルカインは相変わらず人を食ったようね笑みを浮かべていた。

 そして―――

 

 

 「それはそれは、魅力的なお誘いではありますが……、今回は遠慮しておきましょう。

 残念ながら、まだこれから寄らなければならない(・・・・・・・・・・)所があるのでねぇ!」

 

 

 その言葉と共に指を鳴らすと同時に、トバルカインの姿は紙吹雪のようなものに包まれた。

 

 

 「くっ、なんだ!?」

 

 「これはッ!?トランプ!?」

 

 

 突如として発生した夥しい紙吹雪―――トランプの嵐に東条少将とビルマルクは、咄嗟にその場から飛び退き、トバルカインから距離を取ってしまった。

 そして。まるでトバルカインを守るよう、彼を中心に発生したその嵐は、次第に強くなっていき、彼の姿を覆い隠してしまう。

 

 

 「心配せずとも、これから我々とは幾度も相まみえることになる。

 そう、嫌でもね(・・・・)

 

 

 そして嵐の中より聞こえたトバルカインのその言葉を最後に、トランプはまるで上昇気流に巻き込まれたかのように、一気に空へと舞い上がるように弾け―――

 

 

 「……やってくれるわね」

 

 「………」

 

 

 彼の姿は何処に居なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 しばしの間、無言で立ち尽くす二人。

 するとビスマルクは、歩道の傍に落ちていた小枝をおもむろに拾い、さっきまでトバルカインが立っていた場所へと放り投げた。

 放り投げられた小枝は、途中見えない何かに当たる(・・・・・・・・・・・・)、という事もなくそのまま地面に落ちカラカラと転がっていく。

 それを見届けたビルマルクは、苛立しげに頭をガシガシと掻きながら、東条少将へと向き直った。

 

 

 「……これからどうする?」

 

 

 様々な意味が込められたビルマルクの問いかけ。

 その問いかけに東条少将は、この空の何処かに隠れ潜むミレニアムを見据えるように天を仰ぎ―――

 

 

 

 「さて(・・)どうするか(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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