チートが過ぎる黒子のバスケ (康頼)
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聖剣エクスカリバー

 「皆で同じ高校へ行かないか?」

 

 全中優勝三連覇を終えた夜。

 その祝勝会の席にて、帝光中学バスケットボール部主将・赤司征十郎がいきなりこんなことを言い出した。

 その隣でお茶を啜っていた副部長・緑間真太郎は、突然の赤司の発言に目を細める。

 

 「突然、何を言い出すのだよ」

 

 赤司の奇行、元よりとんでも発言は入部当初から見受けられてはいたが、今回の発言は一層のキナ臭さを緑間は感じていたのである。

 そのことは当の本人も理解していたようで、微かに無表情だった顔を緩めるとポケットから五つの駒を取り出した。

 

 『王将』『金将』『桂馬』『飛車』『角』

 

 一見、意味の無さそうな駒だったが、緑間にはそれが自分達キセキの世代の五人のことだと悟った。

 縦横無尽、変幻自在のトリッキーな動きをプレースタイルとするの青峰大輝は『角』。

 青峰に次ぐ速度を誇り、目にしたプレーを一瞬のうちにその場で再現することが出来る黄瀬涼太が『飛車』。

 『王』に準じ、ゴールポストを守る最強最大のセンター紫原敦が『金将』。

 主将にして最強の駒を操る司令塔、赤司征十郎が名の通り『王将』で、遠距離スリーポイントの跳び道具を持つ自分――緑間が『桂馬』ということなのだろう。

 五つの駒は一つ一つ離れた状態に置いた赤司は、ゆっくりとした口調でその場にいる者達に聞かせるように自分の考えを口にした。

 

 「僕達五人は、どの高校に行ってもレギュラーを取り、そしてお互いに覇権を争うことになるだろう」

 

 それは赤司達にとって当たり前であり、絶対的な真実だった。 もし、この場に高校バスケ部の人間がいたら青筋を立てるに違いないほどの傲慢な発言だったが、周りには赤司達しかいなかった。

 

 「だからと言って僕達五人が再び揃ってしまえば、中学の時と同じようにインターハイ三連覇も容易だろう。 そう欠伸がでるほどに……つまらないほどにね」

 「だから、お前があの時『僕達はここで袂分かち、再びまみえる時を待とう』とか言ったんじゃねぇか?」

 

 赤司の緑間の会話に割って入ったのは、先程までかつ丼を貪っていた青峰である。

 彼の頬には一粒の米粒がついており、凶悪面の表情を和らげるアクセントになっていた。

 そんな青峰を、赤司は諭すようなゆっくりとした口調で話し始める。

 

 「そうだね大輝、まさにその通りだ。 でも考えてほしい、僕達がバラバラに散ったとして、地区予選、そしてインターハイと何処かで巡り合うとする。 しかし優勝した人間でも、恐らくキセキの世代の戦いは二、三回ほどしかないだろう。 ウィンターカップを入れて約五回、三年間でたったの十五回だ。 その間、つまらないチームでの練習に励み、歯応えすらない相手と試合をし続けなければならないんだよ?」

 

 だが、同じチームになれば、間違いなく自分と同等の人間と戦うことができる。

 それは強者との戦いに餓える青峰にとって、甘美たる毒のような誘いだった。

 

 「まあ、大輝がチームメイトとの連携を楽しみたいと言うのなら別れた方がいいかもしれないね。 そうすれば僕達とも戦うことができる」

 

 赤司の言葉に青峰は顔を顰めたまま口を閉じる。

 少ない御馳走か、毎日食べるご飯か。

 どちらを選ぶべきか、と青峰が迷っていると、そこに二人の男が割り込んできた。

 

 「むー、赤ちんの考えでいいよー、めんどくさいし」

 「俺も皆でワイワイできたら楽しいから賛成っす」

 

 面倒くさがり屋の紫原とお気楽思考の黄瀬である。

 

 「だ、そうだ」

 

 二人の返答に赤司は頬を釣り上げると青峰に視線を向ける。

 これでキセキ世代同士で戦う確率が減ったぞ、という意味を込めて。

 段々と組み込まれて行く予定、それが赤司の狙いだとしても青峰には逃れる術がなかった。

 

 「ち、まあいい。 どうせぱっとしねぇところばっかだったしな」

 

 ぶっきらぼうに答える青峰だが、その表情に微かな笑みが零れていたことを赤司は見逃さなかった。

 満場一致。

 自身が描いた未来に赤司は笑みを零す。

 

 「決まりだな」

 「おい、俺はまだ賛成した覚えはないのだよっ!!」

 

 ではなく、唯一の反対意見となって立ち上がった緑間だったが、他のメンバーが揃っている時点で既にこの件は確定事項となっていた。

 故に緑間の発言は、他のメンバーには既に耳に入っていないようで、話を続けるべく黄瀬が赤司に向かって問いかける。

 

 「ところで何処の学校にするとか決めているんっすか?」

 「そうだね。 とりあえずの候補として考えているのは、この東京か、もしくは京都のどちらかの無名校にしようと考えている」

 「ちょっ! 話を聞くのだよっ!!」

 

 黄瀬の質問に、赤司は自分が描く今後のことを語り始める。

 緑間が先程から机を叩いていたとしても、だ。

 

 「京都ー? めんどくさいじゃんー」

 「なぜ無名校なんすか?」

 

 明らかに不満そうな紫原と違い、黄瀬は無名校というところに首を傾げる。

 環境に人材、これらは無名校よりも強豪校の揃っているからである。

 無論、そのことは赤司も考慮の上だった。

 そもそも名将と呼ばれる監督を欲しいと思っても、赤司がいる時点でその意味は半減する。

 有能な人材がいたとしても五人揃っている時点で補欠扱いにしかならない。

 環境に関しては、とりあえず一年目にインターハイを優勝すれば、学校側が勝手にしてくれるだろうと赤司は判断していた。

 

 「僕達五人がいく時点で、強豪だろうが無名校だろうが対して変わりはしない。 結局レギュラーは僕達だからね。 京都は選んだ理由は大輝のためだ」

 「俺のためだと?」

 

 赤司の言葉に青峰が首を傾げる。

 

 「ああ、できるだけ強い相手と戦える考慮さ、京都にはインターハイで無類の強さを誇る洛山高校がある。 地区予選でも毎年戦えるだろうし、近場だと練習試合も汲みやすい」

 

 東京都など出場校の数や質が多い場所でも良かったが、地区予選から洛山と戦えるメリットは十分あった。

 洛山高校には、あの無冠の五将のうち三人が揃っている。

 

 「へぇー、なら少しは楽しめそうだ」

 「でもさ、東京なら動く必要ないんじゃない?」

 

 凶悪な笑みを浮かべる青峰に対し、紫原は普段以上に眠たそうな顔つきで赤司に反論する。

 しかし、これはまだ予定であり、確定ではない。

 

 「まあ、これに関してはゆっくりと五人の意見を出し合って考えよう」

 「だから待つのだよっ!! 俺は一度たりとも賛成した覚えはないのだよっ!」

 

 話は終わりだ、そう言って再び箸を手に持った赤司の目の前に、緑間の手が現れて赤司のかつ丼を奪い去った。

 

 「ええ、緑間っち、ノリ悪いっすよ」

 「ミドチン、流石に人の物を食うのは駄目だと思う」

 「五月蠅いのだよ黄瀬っ! あと紫原は大人しくこれでも食って隅にいるのだよっ!」

 

 非難を上げる黄瀬に大声を上げ、紫原に赤司のかつ丼渡して追い返すことに成功した緑間が、赤司の方に再び向き直る。

 

 「ところでテツはどうするんだ」

 「ああ、あとで僕が直接確認しておくよ。 テツヤは僕達の仲間だからね」

 

 疎遠になったとはいえ、かつての相棒に興味があるのか、何でもないように確認する青峰に、赤司は明日にでも確認すると返答する。

 

 「だっかっらっ! 俺の話をっ聞くのだよっ!!」

 

 緑間の大声と共に監督の怒鳴り声が店内に響き渡った。

 彼等は知らない。

 こんな提案をした赤司のスマホには、チート最強系の二次小説がブックマークに大量に保存されていたことを。

 無名校を選んだ理由。

 それは俺達強ぇっ!! をしたくてたまらなかったからということを。

 こうして運命の歯車は狂い始めたのである。



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魔剣レヴァンティン

 時が過ぎるのは早いものである。

 全中三連覇を終えたあの夜から数ヵ月後、目の前に広がる桜並木には満開の花弁が咲き乱れていた。

 期待に胸ふくらませているのは新入生達だけではなく、この道を歩く全ての生徒達に違いない。

 そんな中、五人の青年がその様子を眺めていた。

 

 「さて、今日からここが僕達の王城となるわけだが」

 

 何か質問は? そう言ってのけるのはキセキ世代リーダーの赤司だ。

 真新しい制服を実に様になっており、一種の貫録を匂わせる程だった。

 

 「だりぃ」

 「って、この坂道を毎日上るんすか?」

 「めんどくさいー」

 

 口々に文句を述べるのは青峰、黄瀬、紫原である。

 三人とも勝手なことを言っているが、既にばっちりと制服を着込み、登校する気は満々で会った。

 

 「いいトレーニングになるじゃないか。 何よりこの桜並木が美しい」

 

 歩道の両側に並んで植えられた桜並木に挟まれるようして、海のような蒼穹な空が広がっていた。

 その風景に思わず、赤司の表情が緩んでいると、背後から溜め息が聞こえた。

 

 「全く、呑気なものだよ。 これからが大変だというのに」

 

 眼鏡を中指で持ち上げたその男――緑間が呆れたように三人を見渡す。

 そんな彼も青峰達と同様に制服を着て、今日のラッキーアイテムであるバラの花を胸元のポケットに突き刺していた。

 

 「あ、何だかんだ言ってここまでついてきた緑間っちじゃないっすか」

 「眼鏡、そこ車道だぞ?」

 「ツンデレー」

 

 三者三様の反応とツッコミに、緑間の顔が微かに赤く染める。

 黄瀬の言った通り、緑間も赤司の計画に乗ることになったのだ。

 つまりは、『べ、別に、お前のためじゃないんだよっ!』現象である。

 

 「まあ、寂しかったんっすよね? あの日から学校での休み時間は赤司っちの計画ばっかり話してたから」

 「時々、こっちの様子を見てたしな」

 「ツンデレー」

 

 たたみかけるような言葉という波に打ち付けられ、ついに我慢が出来なくなった緑間が大声を上げる。

 

 「五月蠅いのだよっ!! もう入学式まで時間がないのだよっ!!」

 「ええーなんかそれダルイっすよ」

 「おい、黄瀬、暇だから体育館で1on1でもやろうぜ」

 「ツンデレー」

 「こ、こいつら」

 

 柳に風、暖簾に腕押し。

 まるで気にした様子のなく、全く反省の色を見せない三人に、緑間は自分の選択が間違えた気がした。

 しかし、ここで緑間に思ってもない援軍が現れる。

 先程まで桜並木を満足そうに眺めていた赤司である。

 

 「まあ、待て真太郎」

 

 緑間の肩を叩き、青黄紫の前に立った赤司に、三人は黙って見守る。

 流石は帝光中学バスケ部で主将を任された男である。

 緑間と違い、一瞬で色者トリオを黙らした。

 

 「先に言っておくが、サボりと遅刻は僕が許さない。 お前達には僕の新入生代表の挨拶を聞く必要がある」

 

 威厳のある声。

 その言葉に、普段はフリーダムな青峰も黙るしかない。

 赤司の発言に、今思い出したという様子で黄瀬が声を上げる。

 

 「そう言えば、赤司っち。 学年トップだったんすよね……眼鏡かけてないのに」

 「眼鏡は関係ないのだよっ! これは視力の補正をするものなのだよっ!」

 

 黄瀬の言葉に、異常なまでに反応した緑間が何故か眼鏡を上げ下げしながら黄瀬に食いつく。

 赤司に学力が負けたことが悔しいらしい。

 ちなみに点数順でいえば、赤、緑と続き、黄と紫がどっこいどっこいで、青がヤバかった。 どれくらいヤバいかと言うと中学留年するほどに。

 頼みの桃井がいないため、入試には赤司達の協力が不可欠だったは言うまでもない。

 

 「ということだ。 さっさと行くぞ」

 

 黄瀬に緑間が絡んでいる間に、赤司は高校への坂道を歩き出す。

 そんな彼を追った青峰が少し神妙な顔つきで赤司に尋ねる。

 

 「待て、一つだけ聞きたいことはある」

 「なんだい大輝」

 

 呼ばれて後ろに振り返った赤司を見て、青峰が目を細めて呟く。

 

 「赤司。 なんでお前、片方の目の色が変わってんだ?」

 「ふ、格好良いだろう?」

 

 人はソレをオッドアイと呼ぶ。

 カラーコンタクトをはめて満足げに笑みを浮かべる赤司に、流石の青峰も黙り込むしかなかった。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 『黒田帝興高校』 体育教師山田五郎は、年期六年目で初めての興奮に身を躍らせていた。

 山田五郎の人生は至って目立つものではなかった。

 高校時代にバスケ部に所属した山田は、最後の年のインターハイ地区予選の第二回戦で敗退した後、地元の体育会系大学に入学した。

 その後、特に滞ることなく卒業し、無事地元の高校へと赴任したのだったが、そこで彼を待ち受けていたのは現代教育の現場だった。

 熱血教師なんて化石のようなもので、教師は皆自身に与えられた仕事だけをこなすロボットのような存在であった。

 生徒も生徒でモンスターペアレントという武器を手にし、それでいて特に変化のない日常に身を投じていた。

 山田もその一例であり、大学時代に思い描いた情熱を五年前に捨て去った身であり、明日は日曜日だから風俗に行こう、と考える一般的な教師にまでなり下がっていた。

 

 縺れそうになる足をどうにか立て直し、山田は放課後の廊下を走る。

 

 キセキの世代。

 

 去年全中三連覇の偉業を成し遂げた帝光中学のバスケ部のレギュラーを務めていた五人のことを指す。

 十年に一人の逸材と呼ばれた彼等のプレーは、唯一の趣味であり、バスケ部顧問でもある山田も何度か試合会場に足を運び、目にしたことがある。

 

 その凄まじさには嫉妬や怒りなどの感情は昇華し、ただ感動を覚えてしまった。

 あんな奴らがうちにもいれば、洛山高校にも勝てるかもしれないという妄想を何度も夢見ていた。

 だが、その妄想は現実と化した。

 あのキセキの世代の五人がこの高校に入学したのである。

 朝から校長と興奮を語り合ったほどに。

 

 息は絶え、心臓の音が聞こえた気がした。

 だが、体育館の扉を見た時、それらはすべて吹き飛んだ。

 

 あの扉の向こうにキセキの世代がいる。

 

 興奮に振るえる手で扉を開けた山田を迎えたのは、キセキの世代の中心、赤司征十郎の言葉である。

 

 「今日から僕がキャプテンをやろう。 そしてこれからは僕の指示に従ってもらう」

 

 自信と貫録に満ちたその姿に身体の一部が立ち上がった。




短いのは仕様。


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宝剣カラドボルグ

 赤司の主将宣言から一時間後、赤司は次なる手を打つために部室で一人、ノートにこれからの予定を書き込んでいた。

 

 「ふむ、とりあえずはこんなところかな」

 

 びっしりと書かれたノートの中を確認し、赤司は満足げにノートを閉じる。

 すると間を計ったようなタイミングで、部室のドアが開いた。

 

 「ここで何をしているのだよ」

 

 眼鏡をかちゃかちゃと上げ下げする緑間の額には、汗が滲んでおり、微かに呼吸も乱れていた。

 額に張り付く髪を自分の鞄から取り出したタオルで拭うと、そのまま上着だけを着替え始めた。

 

 「真太郎、練習はどうしたんだい?」

 

 練習の方を緑間に任せていたため,赤司は部室で計画を立てることができた。

 その監視者がいなくなり、練習は大丈夫なのかという赤司の確認に緑間が問題ないと答える。

 

 「ふん、それならお前の計算通り問題なくやっているのだよ」

 「そうか」

 

 赤司が言った練習。

 それは変則1ON1である。

 ゴールポストを守る紫原から、青峰と黄瀬が一対一で何点取れるかを競うものであり、敗者は紫原にお菓子を贈呈しなければならない恐怖の練習だ。

 ちなみにこのルールでは、キセキ世代エースの青峰より、同世代最強シューターである緑間の方が分がある。

 ある程度は切り込まなければならない青峰より、どの位置からでも高弾道スリーポイントで撃ち抜ける緑間が紫原と相性が良かった。

 ちなみに赤司の予想は、黄瀬の最下位である。

 キセキ世代の天才と言われる黄瀬だが、他の四人と違い、まだ経験値が足りない。

 得意のコピーも青峰の前には無と化すだろう。

 しかし、それが積み重なれば黄瀬は強くなる。

 そして強くなった黄瀬は、間違いなく他の四人のキセキ世代を成長させる起爆剤となるだろうと、赤司は口に出すことなく期待していた。

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる赤司を、いつものことだと切り捨てた緑間は、鞄の中から剣玉を取り出す。

 何故、剣玉? という話だが、今日の『オハスタ』のラッキーアイテムだったらしい。

 慣れない手つきで、しかし中々上手に球を皿に乗せる緑間に、赤司は脇のパイプ椅子の上に置いてあった鞄から携帯を取り出して尋ねる。

 

 「真太郎、さっき体育館に持っていた剣玉はどうした?」

 「黄瀬にせがまれ貸したら、青峰が壊し、紫原が粉々にした」

 

 不機嫌さの増す緑間に、赤司は携帯小説を読みながら、なるほど、と頷いた。

 恐らく、緑間の剣玉を見て、遊びたくなった黄瀬が持ち前の器用さで無駄に上手かったのだろう。

 それを見た青峰が対抗し、そしてがさつに扱ったせいで糸が切れて球が飛び、通りかかった紫原がそれを踏み砕いたとそんなところだろう。

 憐れ緑間、と言いたいところだが、ここは流石と言うべきである。

 ラッキーアイテムの予備を持ち歩くほどの用心深さを兼ね備えているのだから。 

 

 普段通りの三人の様子を聞き、赤司は携帯小説をひたすらに読み続ける。

 そんな彼を見て、緑間が剣玉に飽きたのか鞄に剣玉を入れると、携帯を取り出した。

 どうやらメールを打ってるらしい。 

 

 「しかし、こうもあっさりいくとはな」

 

 緑間の若干感心した様子に、赤司は何でもないように答える。

 

 「力を示しただけさ。 元々、この黒帝バスケ部は二年と三年で四人しかいない弱小部だ。 それに対し僕達五人で多数決ですら勝てる」

 

 他にも言ったことはある。

 曰く、このまま自分達に舵取りを任せれば、あの洛山高校に勝利を導いてやる、だとか、

 曰く、インターハイ三連覇も夢ではない、とか、

 曰く、大学入試の際にインターハイに出ていれば印象が残るぞ、とか、

 こうして二、三年は一時間ほどで赤司の元へ膝を折った。

 ただ計算外だったのが、顧問が妙に物分かりがよかったのが赤司には気になったが、ラッキーだったと深く考えないことにした。

 ちなみに黒帝とは『黒田帝興』高校の略であり、赤司がこの学校を気に入った理由の一つである。

 

 「ふん、まあいいのだよ。 しかし、帝光と違い設備は良いものではないな」

 「それは始めからわかってたことさ。 それにその問題は現在、校長と理事長と相談中、上手くいけばそれなりの設備は得られそうだ」

 

 元々、この問題はこの計画を話した時から持ち上がっていたことである。

 その対策を赤司がしていないはずがなかった。

 黒さを感じさせる赤司の笑みに、緑間の額には再び汗が流れ始める。

 

 「……どういう手を使う気だ?」

 「これさ」

 

 赤司の鞄から取り出された一枚の紙を緑間は受け取る。

 

 「コレは……」

 「洛山高校との練習試合の予定表さ。 少し僕はコネがあったからね」

 

 赤司から手渡された紙には、洛山高校との練習試合の日にちと、会場である洛山高校までの地図が書き記されていた。

 その紙の隅には、恐らく洛山の監督のものと思われる携帯番号が一緒に書かれていた。

 そう言えば赤司は洛山からの推薦を受けていたのだな、と疑問を解消した緑間だったが、もう一つの頭に過ぎった疑問を尋ねる。

 

 「いきなり高校最強との練習試合とは」

 「青峰のテンションを上げてもらうためさ。 まあ、先に微かな希望を刈り取るという意味もあるけどね」

 

 希望を刈り取るとは、洛山高校の誇りを打ち砕くことなのか、それとも微かに期待している青峰に現実を教えることなのか……

 恐らく両方なのだろう、と当たりをつけた緑間は他人事のように考えていた。

 そして思い出すのは、青峰を最も心配していた影の存在である。

 

 「……黒子とはどういう話をしたのだよ?」

 「ん? 大したことではないさ」

 

 携帯を閉じて赤司が思い出す。

 かつての戦友だったキセキの世代、幻の六人目と呼ばれた黒子テツヤのことを。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 時は遡る。

 全中三連覇を終えて、一週間。 

 赤司は黒子を屋上へと呼び出していた。

 

 「テツヤ、待たせたね」

 「赤司君、お久しぶりです」

 

 呼び出した本人が遅れてきたのだが、黒子は特に気にすることなく赤司を迎えた。

 そんな気遣いに赤司が気付かないはずもなく、ポケットからジュースを取り出すと、それを手渡した。

 屋上の柵にもたれるようにしてジュースを口に運ぶ赤司にならい、黒子も少し離れた場所で同様にジュースを飲む。

 

 「こうしてテツヤと話するのはあの日以来かな」

 「はい、全中三連覇を果たした夜に退部届を渡した時ですね」

 

 退部届。

 話している内容は暗かったが、当の本人達は気にした様子もなかった。

 仲も悪くはない関係の為、久しぶりに雑談に興じたいと思っていたが、如何せん時間は少ない。

 名残惜しい。

 ジュースを飲み干した赤司が本題を切り出した。

 

 「君が辞める理由は僕も理解している。 そしてテツヤも僕がこうして呼んだ理由をわかっているんだろう?」

 「……はい」

 

 赤司の言葉に、黒子は表情を暗くさせる。

 その表情を見ただけで黒子の意志は固いということを赤司は独りでに悟った。

 

 「聞かせてくれるかな?」

 「わかりました」

 

 一度、心を落ち着かせるように目を瞑った黒子が、赤司を鋭い目で見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「赤司君の趣味(かんがえ)は理解できませんっ!」

 「そうだったね……君は苦難の後、遂にライバルを打ち破る、熱血王道系が好きだったね」

 

 黒子の言葉に、悲しいよと言いながらも『天帝の眼』を発動させる赤司は、好敵手の前に立った。

 

 「そうです。 確かに様々な試練を迎え、傷つき時には折れそうになる主人公を見ると鬱になりそうになることも多々ありますが、その苦難を乗り切り、そして激闘の末ラスボスを倒して、ハッピーエンドを迎える、まさに理想の人生そのもの、人々の叡智です、それに対し最強系は別名最低系、全然楽しくないです」

 「ふ、テツヤ、いいかい。 最強系は最強に始まり、最強に終わる。 逆行系良し、最強の素質良し、最強の組織良し、そしてイケメンに限る、だ。 数多くの最強ファクターがあり、チート設定がある。 そう、人々は心の奥底では最強系を求めているのさ」

 

 黒子の想い、理想を、赤司は鼻で笑って投げ捨てる。

 正しいのは僕だ、と。

 正しいのは最強系だ、と。

 

 キセキの世代の絶対的な王を前にしても影は怯まなかった。

 

 「求めてないです、中ニ病(あかし)くん」

 「求めてるさ、存在感がチートのテツヤ」

 

 噛み合わない理想。

 行き違えた答え。

 

 かつての戦友は争わなければならなかった。

 

 「赤司君っ!!」

 「テツヤっ!!」

 

 うおおおっとはしゃいだ昼休みの屋上。

 その日、赤司と黒子は職員室に呼び出された。

 

 

 




他の二作品の箸休め小説。 けどお気に入り。
ちなみに作者はバスケのことをよく知らない。


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竜殺剣バルムンク

 体中に駆け巡る酸素を口から吐き出す。

 もう一歩、もう一歩。

 自信の限界を超えて、ただ声を上げる。

 負けたくない。

 ただその一心で、両足に力を加える。

 最強は誰だ?

 

 「黄瀬っ!!!!!」

 「ああああああああっっっ!!!」

 

 青と黄の戦い。

 互いに睨み合い、そして闘争心を燃やす。

 いつまででも続くような、そんな戦い。

 だが、それはあり得ないことだった。

 

 勝者は右手を上げて、蒼穹の空へと叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「山岳王は俺のものっす!!!!!」

 

 黄瀬涼太、京都の山の頂上で自転車に跨り、勝利宣言を上げた。

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 土曜日、朝。

 

 「おい、赤司。 これは一体何の真似だ」

 

 黒田帝興高校、校門前にて、青峰は普段の凶悪面を二倍増した強面で赤司を睨みつけた。

 しかし、当の赤司は特に気にした様子もなく、何でもない様子で答えた。

 

 「移動手段だ」

 「これは自転車じゃねぇかっ!!?」

 

 青峰の指差した先には、五台の自転車が並べられており、その籠にはご丁寧にヘルメットまで用意されていた。

 青峰が怒るのは無理もない話である。

 帝光時代は、練習試合などの遠征の際には専用バスで行っていたのだから、これ程までのランクダウンは青峰じゃなくても怒るだろう。

 実際、黄瀬は困惑した視線を赤司に送り、紫原はいかにも面倒くさそうに顔を顰めていた。

 だが、実際のところ黒高バスケ部は、弱小もいいところ。

 専用バスなんて夢の話である。

 

 「そうだね」

 「そうだねじゃねぇよっ!! 電車でも使って行けばいいじゃねぇかっ!?」

 

 怒りを露わにする青峰だったが、言っていることは実に真っ当だった。

 電車やバスを乗り継いで行けば洛山高校へ向かうことは容易である。

 しかし、そんなことを赤司がわかっていないはずがない。

 つまりはこういうことなのだろう。

 

 「足腰が鍛えられて、実に良いじゃないか。 何より面白い」

 「本音が漏れているのだよ」

 

 凄まじく楽しそうな赤司の顔に、緑間は諦めたように洩らす。

 赤司征十郎、彼が今まで意見や意志を変えたことは滅多になかった。

 つまり今回も既に決定事項である。

 

 「ふむ、実は昨日ロードの漫画を呼んでしまってね、思わず自転車を借りてしまったというわけさ」

 「それならせめてママチャなどではなく、ロード用の自転車を借りてくるのだよ」

 

 赤司を止めることができないことを三年間の付き合いで嫌なほどに知っていた緑間は、せめてと目の前のママチャとの交換を要求した。

 しかし、そんな緑間の意見すら、赤司には届かない。

 

 「真太郎、普通に考えてロード専用の自転車五台も借りれるわけないだろ」

 「じゃあ、戻してこいよっ!!」

 

 この学校は自転車部はないんだよ、と緑間を諭すように赤司が返事を返すと、まだ諦めていなかった青峰が自転車移動に反対する。

 キセキ世代最強のスコアラーである青峰だが、赤司の考えをねじ伏せたことは一度もなかった。

 

 「却下だ。 自分で決めたことは意地でも通す」

 「青峰っち。 諦めた方がいいっすよ」

 「峰ちん、後ろに乗せて」

 

 ヘルメットを被ってママチャに跨る黄瀬と、ヘルメットを被っておやつのまいう棒を食べる紫原。

 既に諦めムードの二人を、青峰は睨みつける。

 

 「黄瀬、諦めんじゃねぇッ! あと野郎を後ろに乗せるのは死んでも御免だっ!」

 「そう……だったね。 桃井は黒子を追ったのだったね……」

 

 青峰の幼馴染であり、帝光時代のマネージャーだった桃井だが、彼女は思い人である黒子を追って、現在東京にいる。

 お前は昔の相棒に彼女を寝取られたのだ、と憐れむ視線を赤司が青峰に向けると、その視線に妙に落ち着きのなくなった青峰は、キョロキョロの視線が定まらないまま答える。

 

 「お、おい。 何だその憐れむような眼は……」

 「大丈夫っす。 絶対春は来るっす」

 「振られてやんのー」

 

 赤司だけではなく、黄瀬に紫原、そして口にはしていないが緑間にもそのような視線を向けられ、居心地が悪くなった青峰に取れる手段は唯一つ。

 

 「くそっ!!!」

 

 ママチャに乗って走り出すしかなかった。

 憐れ青峰。

 寂しい後ろ姿を黄紫緑が眺めていると、元凶の赤司が何でもないように答えた。

 

 「さあ、そろそろ行こうか。 相手を待たせるのは悪い」

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 実渕玲央は、監督である白金永治と共に練習試合の相手『黒田帝興』高校の面々が来るのを待っていた。

 その表情には隠しきれないほどの緊張と、手には多量の汗が流れていた。

 つい一カ月ほど前までは、『黒田帝興』高校なんて眼中にはなく、敵は全国の強豪のみと思っていた。

 だがしかし、キセキの世代五人全員が黒田帝興高校への入学を果たした。

 何故? バスケを愛し、才にも恵まれ、そして環境を求めて、この洛山高校へ入学を果たした実渕には彼等の考えなど理解できなかった。

 故に考えることは唯一つ。

 

 ―――その甘い考えを後悔させてあげるわっ!

 

 洛山の強さを見せしめ、そして中学時代の借りを変えさせてもらう。

 静かな闘志を燃やす実渕の耳に、突然けたたましいブレーキ音が突き刺さる。

 

 「おわっ! 紫原っち、抑えて抑えてっ!!!」 

 「俺の……まいう棒っ!!!!!!」

 「ば、馬鹿、よせっ!!」

 

 現れたのは巨体な身体を持つ最強センターと名高い紫原が自転車を漕ぎながら、前を走るキセキの世代エースの青峰におそいかかっているところだった。

 自転車を降りて、紫原に宙づりにされる青峰というショッキングな光景に実渕が言葉を失っていると、―――それは現れた。

 

 「お久しぶりです、白金監督」

 「君とこうして対峙するとは夢にも思わなかったよ」

 

 隣で白金監督と握手を交わす赤髪の少年。

 赤司征十郎。

 実渕達を、洛山を率いるはずだった男だ。

 

 「主将の実渕玲央よ。 よろしくお願いするわキセキの世代のキャプテンさん」

 「こちらこそ、インターハイの王者さん」

 

 がちりと重ね合う握手。

 力が強いわけではない。

 背も、実渕よりも低い。

 

 だが、実渕には遥か強大な岩石を前にしているような圧迫感と、自分の心を見透かされているような鋭い視線を受けたような感覚に陥った気がした。

 これが赤司征十郎――

 目の前の少年があのキセキ世代ということを十分に思い知った。

 そして、その背後に控える四人の男達。

 彼等も赤司と同等の化け物ということに、実渕は思わず唾を飲み込んだ。

 

 こうして、洛山の落日の朝を迎えた。 



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魔剣ティルフィング

 規則正しいリズムで体育館に音が刻まれる。

 バッシュがキュキュと音を鳴らせば、ボールの弾む音がドラムのように辺りに響きわたる。

 なめらかにそして淀みのないドリブルからの、基本であるレイアップシュート。

 キセキの世代と言われた化け物たちが行えば、それだけで一種の芸術と化す。

 

 コンディションはまずまずだ。

 ボールの感触を確かめながら、赤司はチームメイトの様子を見る。

 珍しいほどに黙々とアップを行う青峰を筆頭に、黄瀬、紫原、緑間の各自異常のない動きを見せていた。

 

 「大輝」

 

 赤司は呼びかけと共に、ボールをリングに向かって放った。

 同時に走り込んできた青峰が大きく跳躍すると、そのままリングへとボールを叩きこんだ。

 軋みを上げるリング。

 リングを通過したボールは弾みながら、洛山側の練習コートへと流れる。

 

 「うはっすげぇっ! あれが青峰大輝か」

 「君は……葉山小太郎だったね」

 

 青峰のアリウープを見て、目を輝かせる男――無冠の五将の一人葉山小太郎を赤司はその眼で捉えた。

 

 「え、覚えてくれてるの?」

 「王者の名前は全員頭に入れているよ」

 

 身体能力などのデータにプレースタイル、そして弱点すらもね、と赤司は口にすることなく手を差し出す。

 

 「良い試合をしよう」

 「おおっ」

 

 葉山は嬉しそうに赤司の手を握り返した。

 みかけによらず、強張った右手。

 特に五本の指はしなやかで、そして逞しかった。

 

 「小太郎、さっさとアップをしなさいっ!?」

 

 実渕の言葉に慌てて葉山は戻っていく。

 アップを行う五人の洛山のスターティングメンバー。

 彼等の呼吸、動き、反応。

 それらを全て『天帝の眼』で赤司は見切り始める。

 

 ―――確かに高校最強に相応しい猛者達だろう。 だが、

 

 「勝つのは僕達だ」

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 「しぃっ!!」

 「うおっ!」

 

 ジャンプボールを行ったのは黄瀬と無冠の五将の一人、根武谷永吉である。

 持ち前のパワーと気合で黄瀬に競り勝った根武谷は、そのままボールを叩き落とす。

 

 「おっしッ!!」

 「簡単には行かせないよ」

 

 弾かれたボールを取ったのは洛山、葉山である。

 ハーフライン辺りでボールを受け取った葉山は、黒帝コートへと切り込もうとした。

 だが、その先に現れたのは赤司。

 油断も隙もない堂々としたその構えに、葉山は額に汗を滲ませながら笑う。

 

 「へっやっぱ、簡単には行きそうもないな」

 

 パスにドリブル。

 頭を巡る二つの選択肢に、葉山が選んだのは後者である。

 無論、パス回しで状況を見るのが慎重と言えるが、これは練習試合であり、キセキ世代の実力を知るまたとない機会である。

 実際、中学時代には赤司達帝光バスケ部に打ちのめされた葉山である。

 内心、腸が煮えかえるような怒りを覚えていた。

 

 ―――ぶち抜くっ!!

 

 ボールをつく。

 まるで叩きつけるように。

 通常のボールの弾む音と比べようのない轟音が体育館に響く。

 

 雷轟―――まるで雷神のようだ―――葉山の姿と鳴り響く衝撃音に、赤司は口からそう漏らした。

 叩きつけられたボールは加速し――――消えた。

 

 「なら、これならどうかなっ!?」

 

 抉るような鋭いドライブで葉山は、赤司を抜きにかかった。

 そのドライブ、ドリブルこそが、葉山が無冠の五将と言われる所以である。

 並のプレイヤーなら間違いなく反応することができなかっただろう。

 

 「確かに早いね。 けど僕の眼から逃れるほどじゃない」

 

 が、赤司の『天帝の眼』の前には無力だった。

 添えるようにボールをスティールした赤司は、そのまま茫然とこちらに視線を送る葉山を抜き去り、逆に洛山コートへと攻め入る。

 だが、相手は百戦錬磨の洛山高校。

 すでにヘルプを終えており、赤司の前に実渕達が迫る。

 

 「させないわよっ!?」

 

 隙のない構えだが、『アングルブレイク』を行えば易々と粉砕できるだろう。

 だが、すでに手を打っていた。

 そう、赤司は既にボールを放っていた。

 

 「遅いよ」

 

 赤司の空へと投げるような高いパス。

 その動きに実渕たちは反応すらままならず、ただ茫然と眺める。

 いや、その投げられた赤司の『旅する惑星軌跡(トラベラー・プラネット・パス)』の前にはすべての者がボールを見上げる。

 ただ、一人の受け手を除いて―――

 

 「しっ!!」

 

 滑り込むように走り、そのままゴールへと跳躍した青峰が空中でワンロールをかましながら、ゴールリングへと叩きこんだ。

 その間、二秒。

 

 あまりの早業に、洛山の選手、そしてベンチが固まるが赤司達黒帝メンバーは何でもないように自陣へと戻る。

 

 「さて……まずは一本。 次も慎重にいこうか」

 

 不敵に笑う赤司の言葉に、洛山メンバーは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 「そんな……」

 

 第一クォーターを終え、実渕は力無く呟く。

 スコアは、36対0。

 今まで味わったことのない絶望感が洛山ベンチを覆う。

 ムードメーカーであり、元気そのものの葉山すら言葉を失い、顔を伏せていた。

 もう一人の五将である根武谷も歯を食いしばり、ベンチで震えていた。

 ―――強すぎる。

 油断はなかった。 だがそれ以上に彼らは化け物だった。

 たったの一年で、キセキ世代は脅威の成長を遂げていた。

 実渕の想像をあざ笑うかのような進化を――

 

 あまりの強さに震える実渕だが、彼は一つの仮定を見出していた。

 キセキ世代とは、まだ花が開いた程度の幼子であったのではないか、と。

 恐ろしすぎる仮定であったが、別に可笑しいことではなかった。

 出会った時の彼らは中学生、まだ体も精神も出来上がっていなかった。

 そしてそれは高校一年になっても変わらない。

 ならば、この高校三年間で、彼等は想像もできない化け物へと変貌を遂げるだろう。

 その考えが頭に過ぎった瞬間、実渕の中で何かが折れた気がした。

 

 

 そんな通夜状態の洛山ベンチと違い、黒帝ベンチは通常運転だった。

 お菓子をぼりぼりと食べる紫原を筆頭に、爪の状態を何度も確かめる緑間、試合開始を今か今かと待ちわびる黄瀬、洛山メンバーのデータと傾向をノートへ書き込む赤司。

 だが、ただ一人青峰だけが表情を曇らせていた。

 

 確かに相手はここ最近の相手でも手応えがあったものである。

 だが、それでも自分を含むキセキ世代に遠く及ばない雑魚だった。

 自分の選択は間違えたのではないか?

 

 すでに試合のことを考えていない青峰に、赤司は声をかける。

 

 「まずまずの滑り出しだ。 大輝、先に言っておくが控えはいないぞ」

 「ちっ」

 

 赤司の言葉に青峰は思わず舌打ちをつく。

 今回の練習試合において、洛山に来たのは赤司達スターティングメンバーの五人である。

 顧問の山田は来る気満々だったが前日に気が滅入り過ぎたせいで、風邪をひいたらしい。

 が、所詮赤司達には興味の欠片もない話で、現状控えがいないという話であった。

 

 「青峰っち、飽きたらそろそろ俺にも回してほしいっす」

 

 やる気満々の黄瀬に対し、既にやる気が皆無の青峰は、ああ、と力無く答える。

 その姿を確認しながら赤司は、第二クォーターからの戦術を語り始める。

 

 「そうだね、そろそろ攻めようか。 第二クォーターは涼太と真太郎の二人で翻弄する」

 

 赤司の言葉に黄瀬は嬉しそうに頷く。

 第一クォーターは十分に動かなかった鬱憤が溜まっているようだ。

 

 「真太郎、今日のラッキーアイテムは持ってきているかい?」

 「当たり前なのだよ。 今日のラッキーアイテム、まいう棒は箱ごと買ってきているのだよ」

 

 眼鏡を動かし、何処か得意げに言う緑間だったが、ベンチの近くにはそれらしい箱は存在しなかった。

 

 「ごーめんーみどちん。 全部食っちゃったー」

 「おいっ!!」

 

 ラッキーアイテムを失った緑間は紫原に食ってかかるが、胃袋へと入った物を取り返す術はない。

 が、それでも緑間でいくことは変わりはない。

 紫原へ襲いかかる緑間を視線から外した赤司は、隣の黄瀬へと視線を向ける。

 

 「まあいいだろう。 涼太、身体は十分に温まっているな」

 「勿論っすよっ! いつ呼ばれていいように準備してたっすから」

 

 やる気満々の黄瀬に赤司は思わず笑みを溢す。

 個性の強いキセキ世代だが、ある意味黄瀬の性格はらしくないほどに素直だった。

 

 「ふ、大輝もコレくらいの気遣いができれば、桃井に愛想をつかれなかったのだがな」

 「黙ってろっ!!」

 

 平常運転。

 最強の洛山高校と対峙しても赤司達キセキ世代に揺らぎはなかった。

 

 緑間のロングレンジスリーポイントが外れるはずことがなかった。

 黄瀬の葉山コピードリブルの前に障害物は存在しなかった。

 紫原のパワーと高さに対抗できる人間はコート上にはいなかった。

 六割程度のの力しか使っていなかったとはいえ、青峰の天衣無縫のフォームレスショットを予測できるはずがなかった。

 ―――そして赤司の眼から逃れる者は存在しなかった。

 

 最終スコア、161対22。

 王座を打ち砕いた瞬間であり、高校バスケ界に新たな王者が君臨した瞬間でもあった。

 



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魔剣フルンティング

 洛山高校との練習試合から一夜明け、黒田帝興高校はビックニュースに校内が沸いていた。

 絶対王者洛山高校の敗北。

 確かにバスケ選手なら誰もが知っている強豪校だが、何故全校生徒中で噂が駆け巡っているのか?

 それは、自分の母校がこれからのバスケ界を牽引することになることを知ったからである。

 他人事といえ、母校が有名になることは嬉しいことだ。

 

 俺  「俺ってさ、黒田帝興高校出身なんだよね」

 A子 「え、マジ? あの全国有数のバスケの名門校だよね?」

 B子 「え、じゃあバスケ部だったとか?」

 

 という阿呆な会話ができると考える愚かな生徒がいてもおかしくはなかった。

 事実、黒田帝興高校は普通校であり、有名どころでいえば、将棋部が県内一だったことだけであり、今回の出来事は学校のアピールにはもってこいの話題である。

 

 つまり何が言いたいかというと、話のネタができたというわけである。

 

 そんな能天気な会話を行う中で、当の本人たち―――赤司達五人は新たな危機に直面していた。

 エース青峰の心境問題である。

 高校最強の洛山高校の実力に落胆した青峰からは一気にやる気がなくなっていた。

 高校最強を簡単に倒した時点で、インターハイにいる猛者達も自分達の敵ではないことを意味していた。

 そうなれば、青峰が満足して戦えるのは赤司達四人だけとなる。

 このままでは青峰は、他の高校の引き抜きに乗るかもしれない。

 そうなれば『俺強ぇぇ』ができなくなると、赤司は内心冷や汗をかいていた。

 

 「というわけだ。 涼太、お前に話がある」

 「本当にいきなりっすよね」

 

 放課後の部室。

 黄瀬は、赤司の呼びかけに困惑の声を上げていた。

 

 が、キセキ世代で最も人が良いと自称する黄瀬は、とりあえず目の前のパイプ椅子に座ることにした。

 その隣では、緑間が本日のラッキーアイテムである炭酸飲料水を複数ストックした鞄を担ぎ上げていた。

 

 「真太郎、座れ。 お前にも関係がある」

 「手短に済ませるのだよ」

 

 赤司の言葉に緑間は渋々と近くのパイプ椅子に座ると、鞄の中からお茶を取り出して喉を潤す。

 その姿に黄瀬は思わず、そこは炭酸飲料水を飲めよ、と突っ込みを入れたくなったが、目の前に座る赤司の眼光に口を閉じる。

 

 「大輝のモチベーションの低下が著しい。 よって策を打つ必要がある」

 「まあ、そうっすよね」

 

 青峰の現状のやる気の無さは、黄瀬にとっても無視できない深刻なものである。

 元々、黄瀬は青峰のプレーに憧れてバスケを始めた。

 黒子を含む五人には尊敬の意を覚えていたが、それでもやはり青峰は別格だった。

 いつかは超える存在が、ああまでふぬけるのは黄瀬にとってもいただけない話だった。

 

 黄瀬の返答に赤司は満足そうに頷いた。

 

 「そう、そこで僕はこういうものを用意した」

 

 そう言って取り出したのは何時ぞやのノートである。

 年季の入ったノートは、市販で売られているものと一緒だったが、何故か異様な存在感を示していた。

 そのことは隣にいる緑間も感じたのか、不審そうにそのノートに視線を向ける。

 

 「何なのだよ、それは?」

 「今から説明する」

 

 赤司はそう言ってノートをめくり始めて、その手を止めると、そのページをこちらに向けた。

 

 「「ぶほっ!」」

 

 そこに書かれていた内容に思わず黄瀬と緑間は唾を噴出した。

 特に緑間は口にお茶を含んでいたせいで服への被害が大きかった。

 そんな緑間に気にすることなく、赤司は話を続ける。

 

 「これを二人にやってもらおう」

 「いやいやいやいや……意味がわからないっすよ!」

 

 赤司の意味不明な行動には黄瀬も慣れていたが、今回は特に突拍子もないことだった。

 ノートには―――

 

 

 『黄瀬涼太。 鏡の中の貴方(パーフェクトコピー)への道』

 

 

 とデカデカ書かれていた。

 

 その言葉に黄瀬は嫌な予感しか感じなかった。

 

 「どういう意味っすか、赤司っち?」

 「文字通りだ。 涼太には僕たち四人の技をコピーしてもらう」

 

 まるで近くに買い物に行こうというような気楽さで口にする赤司に、黄瀬は反論する。

 

 「いやいや、俺のコピーは赤司っち達のは盗めないっすよ」

 

 これが黄瀬と他の四人の差である。

 一瞬で相手のプレーをものにする黄瀬だが、他の四人のとんでも技だけは模倣することができなかった。

 青峰の『フォームレスシュート』に変幻自在のスタイルに敏捷性。

 緑間のオールレンジ3Pシュートに、紫原の鉄壁のディフェンス及びパワー。

 そして赤司の眼に、そこから繰り出す100%の『アンクルブレイク』。

 それらは彼らだけの絶対的な武器である。

 

 「いや、確かに超えることは無理かもしれないが、お前ならできると僕は信じている。 元々、人のプレーを模倣するのだから眼はいいだろう?」

 「確かに『アンクルブレイク』なら何度か起こしたことがあるっすけど」

 

 赤司の言葉に段々と黄瀬の反論が小さくなっていく。

 できるとは黄瀬本人も思えなかったが、赤司が言う以上、やらなくてはならなくなる。

 こうして話が纏まりかけたその時、沈黙していた男がよみがえる。

 

 「待つのだよ」

 「何だい、真太郎」

 

 赤司の前に立ちふさがったのは副主将の緑間である。

 そう、ノートには黄瀬だけではなく、緑間のことも書かれていた。

 

 

 『緑間真太郎。 合体奥義、絶対領域狙撃(エアリアル・バリア・ショット)への道。』

 

 

 と黄瀬同様に意味不明のことを書かれていた。

 内容だけ読みこむとまるでバスケのことではないように思えてくる。

 そんな緑間の詰問に対し、赤司は清々しいほどの笑みを浮かべる。

 

 「簡単のことだ。 真太郎がボールを持っていない状態でシュートフォームのまま飛び、そこで僕の精密パスでボールを運んだ瞬間に撃つ。 それだけのことさ」

 

 何でもないように赤司は答える。

 その言葉でようやく合体奥義の意味がわかったが、奥義の必要性がわからなかった。

 それは緑間も同様で眼を細めて、赤司を睨みつける。

 

 「何の必要性がある?」

 「簡単なことだ。 絶対に防げない3Pシュートを手に入れるためだ」

 

 簡潔な赤司の言葉に、黄瀬は思わず頷いてしまいそうになる。

 緑間の長身から放たれる3Pシュート自体、そうそうブロックできるものではないが、最高点から放たれたシュートは並みの選手、いやもしかすると青峰ですら防ぐことができないかもしれない。

 そこで黄瀬、そして緑間は本当の赤司の狙いに気がついた。

 

 すべては青峰のためにある、と。

 二人の表情に、赤司も悟られたことを気がついたのか、小さく頷き返してきた。

 

 「大輝は勿論、僕たちも歩みを止めることはできない」

 

 そのために僕らは五人でここに来たのだ、赤司の真意に緑間と黄瀬は反論の口を閉じる。

 実際、黄瀬達にもメリットがある。

 赤司の考えている通りにできれば、また一つ強くなれるということを。

 挑戦。

 それは高校最強を目指すことではない。

 最強の自分を常に超えることである。

 

 故に黄瀬達は大きく頷き、同意した。

 そして最後に言っておくことだけ述べて。

 

 

 「『鏡の中の貴方』なんて技名だけは勘弁してくださいっす」

 「『絶対領域狙撃(エアリアル・バリア・ショット』だけはやめてほしいのだよ」



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聖剣デュランダル

 赤司による赤司のための秘密訓練が始まって二週間。

 青峰は、いつものように体育館に向かうと、ここ最近の日課である紫原との1ON1を行う。

 紫原に不満があるわけがないが、流石にこの二週間ぶっ通しでやりあえば、青峰でも飽きてくるのだ。

 

 「おい、紫原。 赤司達はどこにいきやがった?」

 「さぁー?」

 

 のそのそとゴール下に向かう紫原に尋ねてみるが、二週間前と同じ答えが返ってきた。

 どうやら赤司、緑間、黄瀬の三人で何かをしているようだが、青峰の耳にはその情報は入ってこなかった。

 

 「ちっ、今日は止めにするか」

 「サボったらあとで赤ちんが説教らしいよー」

 「くそがっ」

 

 入学の際に赤司に貸しを作ったせいで、ますます頭が上がらなくなった青峰は練習を再開する。

 飽きたといえ、相手は高校最強のセンターであり、最強の盾でもある紫原である。

 練習開始三分ほどで、青峰は一瞬で先ほどの出来事を忘れると、目の前の好敵手との一戦を楽しんでいた。

 紫原も紫原で、赤司の命には忠実であるため、青峰の相手を買って出るハメになっていた。

 

 「まあ、峰ちんを潰すのも楽しいし、ね」

 「ぬかせっ!?」

 

 好戦的な表情で見下ろしてくる紫原に向かって、青峰も不敵な笑みを浮かべる。

 何十回もの1ON1を繰り返すこと三時間。

 窓の外は既に真っ暗闇で、日が完全に落ちていた。

 赤司達はもう来ないだろうと、青峰が紫原と協力して後片付けをしていると、突然体育館の扉が開いた。

 

 「待たせたな」

 

 颯爽とした歩みで体育館に入ってくる男、言わずと知れたここ最近練習に現れなかった赤司様である。

 その背後には黄瀬と緑間も立っており、全身汗まみれになっていた。

 

 「おい、赤司。 人にサボるなって言っておいといて自分がサボるとはいい度胸だな?」

 

 久しぶりに現れた赤司が全く悪そびれない態度だったので、思わず青峰が噛みつこうと近づくと、突然横から手が突き出されて歩みを止められた。

 

 「青峰っちっ! 勝負っすっ!!」

 「はぁ? 何言ってんだお前?」

 

 割り込んできた黄瀬の言葉に、青峰は眼を細めると、赤司が自信満々な表情を浮かべて答える。

 

 「ふ、涼太はお前は倒すために厳しい修行に耐えてきたんだ。 その成果を今ここで見せよう」

 「……こいつ、大丈夫か?」

 「あまり触れないでやってくれ。 どうやら二徹しているらしいのだよ」

 

 気疲れしているのか、緑間のため息は普段以上に深く、視点も定まっていなかった。

 いや、緑間や赤司だけではない。 黄瀬の眼もかなり充血していた。

 青峰の視線に、黄瀬は何か気がついたのか、普段の華麗なスマイル―――に程遠い無様な面で親指を立てる。

 

 「徹夜明けっす!!」

 「知らねぇよ馬鹿」

 

 馬鹿二人の相手が面倒くさくなったのか、青峰は黄瀬と赤司の脇をすり抜けていくが、突然肩を掴まれる。

 力強く握られた肩からの痛みに、思わず舌打ちをついた青峰は、自分の肩を持つ緑間を睨みつける。

 

 「何の真似だ」

 「さっさと1ON1をやるのだよ。 そして俺たちを解放しろ」

 

 鬼気迫る表情の緑間の眼もよく見てみると真っ赤に充血しており、その姿に流石の青峰も気後れしてしまう。

 眼の前には眼を充血させた阿呆三人が立ち塞がり、唯一味方になりそうな紫原は片付けたボールを取りに行っている。

 故に青峰の取れる手段はただ一つ。

 

 「上等だ……ひねりつぶしてやるよ」

 

 黄瀬涼太を倒すだけである。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 最初に攻め手になったのは黄瀬である。

 センターサークル内でボールをつく黄瀬の姿を一瞬たりとも見逃さないように、青峰は睨みつけるように見て、姿勢を落とす。

 紫原との練習により、体は万全とはいえないが、それは黄瀬も同じである。

 完璧に潰す、青峰が足に力を加えたその時、黄瀬が飛んだ。

 流れるようなフォームから放たれたボールは体育館の屋根に向かって飛んでいく。

 そして、そのまま大きく弧を描き、リングネットを揺らした。

 

 「なっ」

 

 一歩もその場から動くことができなかった青峰は、呆然とその光景を眺めるしかなかった。

 アレと同一のシュートは、青峰も腐るほど見てきた。

 間違いなく、そのシュートフォームは緑間真太郎の伝家の宝刀ロングレンジシュートに間違いはなかった。

 コピーしたのか?!

 だが同時に疑問が生まれる。

 黄瀬のコピー能力は、キセキ世代のモノは使えない。

 

 「次は青峰っちの番っすよ」

 

 そう言ってボールを拾いに行く黄瀬の表情は自信に充ち溢れていた。

 

 「なるほど、どういうわけか知らねぇが、緑間の技を模倣できるみてぇだな」

 

 確かに驚き、その能力の厄介さにも脅威を覚えた。

 しかし、青峰がやることは変わらない。

 自分のスタイルを貫き、目の前の敵をぶち抜くのみである。

 黄瀬からボールを投げ渡された青峰は、手加減なしの全開でコートを駆ける。

 その行動を呼んでいたのか、黄瀬の反応は早かった。

 素早いケアで詰め寄ると、高速の右手が、青峰のボールへと伸びる。

 それをターンしてかわすと、そのままツーポイントエリアへと切り込んだ青峰は大きく跳躍する。

 まるで鳥のように羽ばたいた青峰は、そのままダンクを決めようとするが、一瞬のうちに回り込んでいた黄瀬の手により、ボールを弾かれた。

 あまりの圧力に、青峰は後ろへ跳ね飛ばされるように着地すると、しびれる右手を振る。

 

 ―――完全に力負けしていた。

 あの状況で、青峰は今まで黄瀬に負けたことはない。

 いや、正確に言うとあそこまで青峰を吹き飛ばすことができる人間は一人しかいない。

 紫原敦のブロック。

 最強の盾といわれる男のプレーに類似――いや、完全に紫原と同等の圧力だった。

 先程まで対峙していた青峰には、黄瀬のプレーの脅威さが理解できた。

 

 「黄瀬、てめぇ……」

 「青峰っち、行くっすよ」

 

 攻守を入れ替わり、再び攻勢となった黄瀬が青峰に迫る。

 その動きは今までの黄瀬の動きとはまるで別物で、そして青峰本人が一番理解しているスタイルだった。

 変幻自在のドリブル。 まさにそれは青峰大輝だけのオンリーワンスキルだった。

 動揺する青峰に、黄瀬は切れ味のあるクロスオーバーでそのディフェンスを抜きにかかる。

 しかし、青峰の動きゆえに、本人(あおみね)には容易に読み切れた。

 素早く進行方向を塞いだ青峰は、神速の反応で黄瀬からボールを奪おうとしたその時―――突然、膝下が崩れた。

 『アンクルブレイク』赤司の十八番であった。

 

 「マジかっ」

 

 一度崩れてしまったら、黄瀬を止めることができない。

 青峰は、黄瀬がゴールリングにボールを叩きつける光景を、尻餅をついてみるしかなかった。

 



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宝剣ジョワイユーズ

 ―――こんな気分を味わったのはいつ以来だろう。

 体育館の天井に釣り下がる照明を眺めながら、青峰は深く息を吐く。

 スコアは14対2。

 完全に青峰は黄瀬に抑えられていた。

 ―――現状、黄瀬涼太は青峰大輝を完全に超えていた。

 

 『欲しかったのは好敵手。 ただ自分の全てをぶつけられる相手。

  望んだのは試合。 勝つか負けるかわからないギリギリのクロスゲーム』

 

 全国に行っても現れなかった存在。

 だが、そんな存在は身近にいた。

 初めて会った時は、イケメンのモデル。

 次に会った時は、物覚えの良い初心者。

 全国三連覇を果たしたときは、最強のチームメイト。

 そして、今は間違いなく自分すらを超える最強の選手。

 

 ―――俺に勝てるのは、俺だけだ。

 

 そうじゃなかった。

 目の前にいる黄瀬は、間違いなく青峰を倒しうる選手だ。

 体が熱くなる。

 ここまでの高揚感を覚えたのはいつ以来か?

 

 だがそんなことは今はどうでもいい。

 ―――今は目の前の男を倒すことだけ集中する。

 

 意識を切り替えた瞬間、青峰の視界が鮮明に変わった。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 青峰の様子が変わったのは、目の前に対峙する黄瀬が一番理解していた。

 刺すような視線に、闘志を燃やす瞳。

 全身からは獣のような雰囲気が溢れている。

 野生。

 解読不明のドリブルと異常な野生の感を取り戻した青峰こそ、黄瀬が尊敬した男である。

 ゆっくりとボールをつく青峰の一足一挙を見逃さないように、黄瀬が注視したその瞬間―――青峰が視界から消えた。

 同時に後方に響く足音に、黄瀬は瞬時に反応すると青峰コピーで敏捷性を増した手でボールを奪おうと伸ばしたが、青峰には届かなかった。

 

 叩きつけられるボールと軋むゴールポスト。

 間違いなくパワーも跳ね上がっており、紫原に匹敵する力を有していた。

 これで14対4。 大差はついていたが、一切の油断は許されなかった。

 

 「感謝するぜ、黄瀬。 お前は最高だ」

 「そう言ってもらえると、修行した甲斐があったっすね」

 

 目の前の青峰のプレッシャーに、黄瀬の額から冷や汗を流れる。

 同時に、目の前の好敵手との戦いへの闘争心―――アドレナリンがにじみ出るのを感じた。

 攻め手は再び黄瀬に戻り、ボールの感触を確かめながら呼吸を整える。

 

 『鏡の中の貴方(パーフェクトコピー)』発動。

 赤司コピーの『アンクルブレイク』

 

 目の前の青峰を転がすと、そのままカットインする。

 無人のゴール、そこに向かってシュートを放った瞬間―――青峰にボールを弾き飛ばされた。

 

 「なっ!?」

 「手ぇ抜いてんじゃねぇぞっ!!」

 

 弾かれたボールはそのままサイドラインを割り、攻守が入れ替わる。

 黄瀬は一切の手を抜いたつもりはなかった。

 それ以上に青峰の動きが速かったのだ。

 

 緑間からボールを受け取った青峰は、ボールの感触を確かめるようにセンターサークル内でボールをつく。

 その姿はまるで初めてバスケットボールを買ってもらった少年のように純粋で、笑みがこぼれているように見えた。

 

 「次、行くぜ?」

 

 青峰の言葉に、黄瀬は無言のまま頷くと、ディフェンスに備える。

 先程は見失ったが、今回は全体を見られるように半歩下がっていた。

 緩やかな速度で地面にたたきつかれるボール。

 規則正しいリズムは、突然激しいものとなる。

 同時に霞むようにブレる青峰に、黄瀬は一瞬で目の前に走る。

 そこから切り返す青峰に、黄瀬は再び迫る。

 だが、青峰の手から既にボールが離れていた。

 

 瞬間、後方でネットが揺れる音とボールが弾む音が聞こえた。

 

 『フォームレスシュート』

 青峰の十八番である。

 恐らくロールした瞬間に撃ったのだろう。

 それも青峰の体でボールが隠れた瞬間に、だ。

 

 にやりと笑う青峰の顔を見て、黄瀬は背筋がぞくりとした。

 

 『ゾーン』

 

 黄瀬がコピーできていない青峰の最後の力だった。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 「凄まじいものだな」

 

 緑間は、目の前の戦いを見て思わず呟いてしまう。

 特に人を絶賛する気性ではないが、それでも目の前の戦いは緑間を感動させるものだった。

 

 「ミックスアップだよ」

 

 突然発せられた言葉に緑間が振り返ると、そこには紫原におんぶされた赤司の姿があった。

 余りにも奇妙な光景に緑間は一瞬思考を停止させると、呆れたように声をかける。

 

 「何をやっているのだよ」

 「どうやら、限界が近かったようだね。 まともに立つこともできないよ」

 「赤ちん、重い」

 

 恰好をつけているようだが、その姿はなかなか締まらないものだった。

 最も一番被害を受けているのは、青峰との練習により疲労困憊になっていた紫原だろう。

 菓子を食う暇もなく、ただその場で赤司の馬になっていた。

 そんな紫原を気にすることなく、赤司は緑間へ説明を始める。

 

 「互いに互いに高め合い限界を無くす。 つまり戦いながら強くなっていくというわけさ。 その証拠に黄瀬は青峰のコピーの精度が増しているだろう? 青峰は錆びついた勘を取り戻し、ゾーンに入った……つまり最強の自分を取り戻しつつあるというわけさ」

 

 効果だけを考えれば破格のものだが、そううまくいくようには緑間には思えなかった。

 

 「赤司、まさかこれがお前の狙いだったのか」

 

 だが実際はこうして、一人は進化し、もう一人は本当の自分を取り戻している。

 赤司の思惑通りになったというわけだろう。

 

 「そうだ。 キセキ世代同士が互いに高め合い、高みを目指し成長する。 それが僕がお前たちを誘った理由の一つでもある。 僕たちのスキルアップは、何れの目指す目標には必要不可欠なものだ」

 「目標だ、と?」

 

 緑間の問いかけに、赤司は笑みを消すと重々しく口を開いた。

 

 「そうだ、僕達は日本一ではなく、世界最強を目指す」

 

 



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霊剣クトネシリカ

 赤司の世界制覇発言から数日。

 あの日から黒帝バスケ部の空気は激変した。

 

 「ちっ!」

 「紫原っ!! ディフェンスが温るぜっ!!」

 

  紫原のブロックを空中でワンロールしてかわしながらダンクを決める青峰は、目の前の紫原に挑戦的な言葉を吐き捨てる。

 その言葉に紫原の眼つきが変わり、段々と殺意に似た鋭さが増していく。

 熱意の欠けていた紫原すら、今は練習の熱に浮かされて与えられた練習を重ねていた。

 しかし、それでも一番変わったのは青峰だろう。

 黄瀬というライバルの覚醒に伴い緑間の新技。

 それだけの事実で本来の負けず嫌いが顔を出し、一つ一つの練習にも力が入っていた。

 その姿はまるで―――力が覚醒する前のバスケ少年を思い出させるようだった。

 

 「黄瀬、ブロックは無意味なのだよ」

 「ちょっ! 高っ!!」

 

 青峰と紫原が1ON1をしている隣のリングでは、赤司からのパスを受け取った緑間が新技『絶対領域狙撃』でリングを打ち抜いた。

 その高弾道シュートには紫原コピーを行った黄瀬のブロックの頭上を軽々と越えていった。

 

 「そのシュート、マジでずるくないっすか?」

 「そういうお前のコピーも対外だと思うのだが?」

 

 恐らく紫原ですらブロックできないだろう緑間のシュートに、黄瀬は思わず頬を膨らます。

 だが緑間の言う通り、黄瀬の『鏡の中の貴方』の方が凶悪過ぎるだろう。

 実際に『絶対領域狙撃』はまだコピーできていないが、緑間コピーの超ロング3Pシュートを黄瀬は緑間本人から決めていた。

 自分自身のシュートの脅威と真似されたことによる屈辱により、先程から緑間の表情は不機嫌なままでだった。

 

 「涼太のコピーと真太郎の新技は、ほぼ完成と言ってよさそうだな」

 

 その二人のプレーを横から見ていた赤司が普段以上に機嫌が良さそうに頷きながら答えた。

 そんな赤司を見た黄瀬が、タオルを片手に赤司に尋ねた。

 

 「ところで赤司っち、さっきから何をやっているんすか?」

 「ん、目のマッサージだ」

 

 黄瀬の視線の先では、アイマスクをして目元をほぐしている赤司の姿がいた。

 寝る前などなら行うかもしれない行動だが、体育館の真ん中に立ってやっていると違和感そのものである。

 そんな黄瀬の心境を悟ることもなく、赤司は何でもないように答える。

 

 「何、最近秘密特訓のせいで眼が疲れてしまってね。 今日はできるだけ休ましているところさ」

 「それならとりあえず、夜にパソコンを使うのをやめるのだよ」

 

 寮が同室である緑間が注意を行ってみたが、赤司には意味はなさない。

 

 「やれやれ、真太郎。 情報とは大切なものだ。 桃井がいない現状、キャプテンの僕が調べるしかないのだよ」

 「真似をするなのだよ。 なら授業中に携帯をいじるのをやめるのだよ」

 

 何処か得意げな赤司の表情に、緑間は眼をヒクつかせながら目尻を釣り上げる。

 

 「っていうか、赤司っち。 授業中によくそんなことをしてて教師にバレないっすね」

 

 かなりの頻度で授業中に携帯を弄う赤司の姿を見て、黄瀬は常々不思議に思っていた。

 同様に、授業中に紫原などはお菓子を食べたり、青峰は早弁などをしているが二人とも、教師に見つっている。

 黄瀬本人も携帯を弄っていて、そのまま没収されたことは記憶に新しい。

 何故、赤司だけ注意されないのか?とバレないことを不思議に思っていると、赤司が得意げな表情を浮かべたまま口を開く。

 

 「そこは『天帝の眼』で周囲の様子も窺っているから大丈夫さ」

 「能力の無駄遣いなのだよ」

 

 自信満々に答えた赤司に緑間がツッコミをいれたとおり、まさにその通りである。

 黄瀬達の能力と違い、『天帝の眼』の万能さに黄瀬が羨ましそうに赤司の目を見ていると、多量の汗をかいた青峰がこちらに走ってきた。

 

 「おいっ、赤司! 1ON1をやろうぜ」

 「いいだろう。 最近調子の良さそうな大輝を潰すのは楽しそうだ」

 「はっ、ぬかせ。 誰が一番強いかはっきりさせてやるぜ」

 

 アイマスクを取ってゴールリング前に向かう赤司とその後を追う青峰。

 紫原からボールを受け取った赤司はセンターサークル付近まで歩くと、そのままボールをついて感覚を確かめる。

 先手は赤司であり、青峰は体の態勢を低くとり、集中力を高める。

 

 「図が高いぞ」

 「ちっ!!」

 

 赤司のドライブと共に『アングルブレイク』が発動する。

 ほぼ全開の青峰ですら赤司の『アンクルブレイク』の前には尻餅をつくしかない。

 そのあとの立て直しは、凄まじいほど早かったが、既に放たれていたボールを手で捕らえることはできなかった。

 ゴールネットを揺らし、勝利を決めた赤司がニヤリと口元を釣り上げる。

 

 「ふ、やはり『天帝の眼』の前には敵は無しだな」

 「クソが……おい、紫原。 こいつを二人で止めんぞ」

 

 不敵な表情を浮かべる赤司に、青峰は一人で防ぐのは不可能と判断したのか、不本意そうに顔をしかめると紫原に増援を要請した。

 そんな青峰の苦渋の選択にも関わらず、返ってきた答は無気力に満ちていた。

 

 「やだよ、めんどい」

 

 お菓子を取り出して食べようとする紫原はすでにやる気はゼロである。

 そんな紫原の反応に、青峰はお菓子を奪い取ると、そのまま貪るように口へ放り込んでいく。

 

 「ちょっ峰ちんっ!?」

 「うるせっ!! てめぇ、少しはやる気になりやがれっ!! お前は赤司の犬か?!」

 「犬じゃねぇしっ……」

 

 青峰の挑発に紫原はやる気を取り戻していた。

 正確には殺る気に、だが。

 

 「ちょっ、なんで俺の首を……ぐぇ」

 「ほう、敦。 大輝をワンハンドで軽々と……どうやら筋トレの成果がでてきたようだな」

 

 片手で青峰を軽々と持ち上げる紫原の姿に、赤司は満足そうに頷く。

 まるで漫画に出てきそうで、現実にされたらドン引きの光景に、黄瀬の額から冷や汗が溢れ始める。

 

 「筋トレしたら、あんなにパワーアップするもんなんすか?」

 「さあな。 アレが『紫原敦。 超獣への道』ってやつだろう」

 

 冷静な口調な緑間だが、何処か表情は青かった。

 そのせいか、『紫原敦。 超獣への道』という突っ込みどころ満載の単語にも、得意のツッコミのメスが入っていない。

 名称からすると、何を求めたか意味が不明だが、やっていることは極めて単純だった。

 

 「ぶっちゃけパワーとスピードの倍増しってやつっすよね?」

 「実際、紫原なら小手先の技術を覚えるより、自身の力を高める方が効率がいいだろう」

 

 筋トレの成果はまだ出ないだろうが、同時に赤司が教えた『体の使い方 上級編』のおかげだろう。

 その資料の中に、古武術やボクシングなどのトレーニング方法が書かれていたため、黄瀬には赤司が紫原に何を求めているかは本当の意味でも理解できなかった。

 着々と進化を始めるメンバーと同時に、バスケ部としても新たな一歩を踏み始めていた。

 

 「それとユニフォームを変えるみたいっすよ」

 「嫌な予感しかしないのだよ」

 

 心機一転と考えればそう悪くはないが、提案者が赤司ということに緑間は一抹の不安を覚えていた。

 そして、次に黄瀬が言った言葉を聞いてその不安は的中する。

 

 「黒のトレンチコートがどうとか言ってたっすね」

 「コートっ!? あいつ正気なのかのだよ?!」

 

 入場の際にでも着るのだろうか?

 しかし間違いなくバスケ界でも初の試みだろう。

 そもそも登場時にコートなどを着ているのは格闘技の試合くらいしか緑間は見たことがなかった。

 

 「流石に元モデルとして、それは止めておいたっす」

 「モデルじゃなくても止めるのだよっ!」

 

 最近赤司に毒されつつある黄瀬の言葉に、緑間は戦慄がはしる。

 そもそも『鏡の中の貴方』取得への練習の際もやけにノリノリだった黄瀬である。

 一番、赤司の気質に近いのかもしれない。

 

 「しょうがないから、上のジャージの袖を通さずに両肩に引っかけた状態でマントのようにするって言ってたっす」

 「何の話なのだよ?!」

 

 本当に何がしたいのかわからなかった。

 帝光時代にも奇行があった赤司だが、ここのところアクセルの踏み具合が凄まじかった。

 

 「俺達ってどこに向かいたいんすかね……」

 

 目を遠くさせる黄瀬の隣で、緑間も遠い空を眺める。

 地区予選まで約一週間。 黒田帝興高校は平常運転であった。



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神剣アメノハバキリ

 京都市内体育館にて。

 

 ここで京都府のバスケット地区予選が開催される。

 そこにはインターハイ絶対王者の洛山の姿があり、少なくないカメラや記者がその時を今か今かと待っていた。

 普段以上に重々しい空気の中、特に殺気立っているのは洛山高校だろう。

 だいだい一月前、京都のバスケット界が震撼した。

 絶対王者の敗北、そして新たな時代を描く新世代の王者の誕生したのだった。

 所詮は練習試合と鼻で笑う者もいるかもしれないが、最も事実を理解しているのは洛山高校の人間だろう。

 特に無冠の五将と呼ばれる三人の纏う空気は刺すような険しさを見せていた。

 

 突然、どこからかどよめきが上がる。

 その瞬間、会場中の視線が入り口に集まる。

 そこには九人の黒を纏った者たちがいた。

 夜をイメージするような漆黒をベースにし、背と前の番号は銀色に見える白で構成され、金色の刺繍で『黒帝』の文字が刻まれていた。

 肩に羽織るように黒色のジャージは、まるで吸血鬼のマントのように見えた。

 

 先頭を歩く五人。

 彼らの存在感に会場中の人間が息をのむ。

 中学最強の帝光バスケ部が誇る最強世代『キセキ』。

 彼らはついに高校という舞台に足をかけた。

 

 

 「なんかめちゃくちゃ視線集まってないっすか」

 「ふ、どうやら新ユニフォームの反響らしいな」

 「そんなわけねぇだろ」

 「全く見世物ではないのだよ」

 「赤ちん、お菓子食べていい?」

 

 そんな視線に気負うことなく、キセキ世代五人は平常運転である。

 背後の四人はすでに会場に呑まれたのか、顔を青くさせ、舌を向いていた。

 

 「そういえば、監督はどうするんっすか?」

 「その件は僕がやろう。 顧問の山田先生はインフルエンザだ」

 

 今日を楽しみにしていた山田先生だったが、どのみち采配は期待していなかった。

 残る四人の部員にも同様だ。 確かに練習は行っているが密度が赤司達と比べものにはならないので、戦力にはならないだろう。

 

 「さて、やろうか」

 

 五人だけの少数精鋭。

 それでも赤司達の脳裏には敗北の二文字は存在しなかった。

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 一回戦、切洞高校。

 

 京都でも特に強い学校ではなく、二回戦程度の相手だろう。

 その相手も完全に赤司達に呑まれて、顔を青ざめている。

 

 「大輝」

 「ああ? 心配すんな、手はぬかねぇよ」

 

 赤司の言葉に、バッシュのすべり具合を確認していた青峰が答える。

 確かに目の前の敵は相手にならないものだが、仲間は全員好敵手である。

 総合的に見て一番活躍できなかったものは、全員にアイスを奢ることになっているため、負けられない。

 

 「真太郎」

 「ぬかりはないのだよ。 本日のラッキーアイテムの市松人形は五体も持ってきてあるのだよ」

 「こういうのって高くなかったっすか?」

 「ふ、出費がかさむのだよ」

 「緑間っちって、結構馬鹿っすよね」

 

 市松人形五体のセッティングを行う緑間に、黄瀬は思わず本音が漏らしてしまう。

 背後で取っ組み合いを行う二人に気にすることなく、赤司はベンチに座った眠気眼の紫原に話しかける。

 

 「敦」

 「眠いし、お腹減ったし、めんどくさいから、一瞬で潰すけどいい?」

 

 緩い表情を浮かべていたが、発した言葉は物騒なものだった。

 寒気が残るその言葉に近くにいた三年が顔を青くさせる。

 

 「涼太」

 「シュートが2ポイントでスリーが3ポイント。 スティールとアシストが1ポイントっすよね?」

 「あと、リバウンドも1ポイントだ」

 

 赤司に、黄瀬はポイントの確認をするが、決してそれはバスケのポイントではない。

 青峰も言っていた試合の他に行われるキセキ世代同士争いである。

 ポイント、つまりそれが低いものが今日の敗北者である。

 人が見れば舐めているように思えるだろう。

  

 常に競い合い、自身を高め、相手を超える。

 そして、絶対的な勝利を取る。

 それが赤司の掲げた絶対理論。

 

 審判の声に五人はコートへと――下りる。

 その姿に会場中の眼が釘付けになる。

 切洞高校のメンバーは既に顔を青くさせていた。

 

 手加減?

 そんな気はさらさらなかった。

 ただ目の前の敵を潰すそれだけである。

 

 礼とともに、ジャンパー同士のみをセンターサークルへ残すと、残る八名はコートへと散らばる。

 黒帝のジャンパーは、紫原。

 相手のジャンパーよりも二十センチほど高かった。

 

 審判が上へと放り投げた瞬間、二人は飛んだ。

 その光景を見て、誰もが紫原が取ったと思っただろう。

 だが、本当に驚くべき光景はこれからである。

 

 「うぉっ!?」

 

 最高地点へとたどり着いたボールは、そのまま重力に引かれて落下する。

 その瞬間、紫原の手が伸び――――そして、そのままバスケットボールをつかんだ。

 

 「よいしょっと」

 「は?」

 

 野球ボールをつかむような気軽さで、バスケットボールを掴んだ紫原の下にいた相手のジャンパーが呆けたような声を上げる。

 『暴神の御手(ゴッドハンド)

 超人的な握力と腕力、そして巨大な掌があってこそ、できる技である。

 黄瀬にすらコピーできない単純な力技こそ、紫原の特性だろう。

 しかし、紫原の行動は終わっていなかった。

 掴みあげたボールを握りしめ、右腕を振るう。

 まるでメンコを叩きつけるように振るった右手から放たれたボールは、体育館中に響く轟音を立てた。

 バウンドするボール。

 それを受け取ったのは相手コートへと逸早く切り込んだ青峰である。

 

 そのまま棒立ちとなっていた二人を抜き去ると、そのままリングへとボールを叩きこんだ。

 

 「まずは、2ポイントだな」

 「敦にも2ポイントだな」

 

 先取点を取ったせいか、青峰の顔は明るく、そのまま自陣へと戻ってくる。

 それを見ていた赤司が、二人のポイントを整理しながら答える。

 

 「っ!! 切り替えるぞっ」

 「その攻撃は読んでいるよ」

 「あっ!!」

 

 相手のリターンに、赤司は容易にスティールをすると、そのまま前線へと走る黄瀬へとパスを送る。

 

 「ナイス、赤司っち!!」

 

 それを受け取った黄瀬は、先程青峰が見せた動きで、同様に二人のディフェンスを抜き去ると、再び相手ゴールへと叩きこんだ。

 

 ジャンプボールからおよそ10秒間の出来事であった。

 

 「へへへ、やったっす」

 「おい、赤司。 こっちにもボールを寄越すのだよ」

 「俺に渡したら確実に1ポイントはもらえるぞ」

 「ねぇー、暇だから俺も攻めていい?」

 

 緊張感はないが、各々で闘志を燃やす4人の姿に、赤司は満足そうに頷いた。

 

 こうして赤司達の猛攻は第一クォーターから始まり、第二、第三クォーターと続き、そして試合終了の笛が鳴るまで一度も止まることはなかった。

 最終スコア 250対0。

 審判すら眼を逸らしたくなる虐殺劇で終幕したのであった。



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神剣アメノムラクモノツルギ

 予選が始まって数日。

 洛山高校バスケ部は、今日も視聴覚室に集まり、モニターの向こうの映像を眺める。

 黒田帝興学校。

 キセキの世代、五人全員が入学した―――弱小高校であった。

 そう、黒田帝興高校が既に弱小高校ではない。

 京都最強の一角であり、インターハイ覇者洛山高校の地位を脅かす新世代の暴君である。

 

 「ふむ、凄まじい攻撃力だな」

 

 モニターを見てそう呟くのは、洛山高校を何度も表彰台の一番上へと上げてきた名将、白金永治である。

 普段は冷静で揺るがない彼だが、額には冷や汗を滲ませていた。

 それも無理もない話である。

 全員が超エース級で、最強の矛を持っている。

 故にダブルチームなどのエースを防ぐ布陣は意味を為さず、黒田帝興高校――黒帝と対峙した時、1ON1で対処しなければならなくなる。

 だが、それこそ自殺行為になるだろう。

 

 「……全く、ここまで見せつけられると、シューターとして自信を無くすわね」

 

 キャプテン実渕は、最強シューター緑間のプレーに力無く笑みを溢す。

 ハーフライン、エンドラインとコート全域から決めることができるオールレンジショットだけではなく、シュート時の溜めという弱点を無くしたジャンプ後のオールレンジショットという神業も身につけていた。

 

 「それより、この紫原って人間辞めているだろ? 何回ゴールポストを壊してるんだよ」

 

 目の前で紫原が起こした惨事の映像を流され、センターの根武谷は顔を青くさせていた。

 自身より巨大なセンターすら今まで返り討ちにしてきた強固な体を持つ根武谷だが、自身より動きが早く、そしてパワーもあり、身長もある化け物と対峙したことはない。

 ボールを空中で掴む握力も驚きだが、それ以上にゴールポストを二度も破壊する力は既に人間の範疇を超えていた。

 

 「うわっ、俺のドリブル既にコピーされてるし……しかもこの動きって青峰ってやつのじゃん」

 

 強敵と戦うことに喜ぶ葉山ですら、目の前の相手には完全に腰が引けていた。

 葉山の眼に映るのはキセキ世代の天才、黄瀬である。

 葉山の得意のドリブルを完全にコピーし、青峰の変幻自在のプレーに組み込んでいた。

 それだけではなく、緑間のシュートなども既に手に入れた黄瀬は、間違いなく最強のプレイヤーとなっていた。

 

 「三人だけではない。 赤司と青峰もまるで怪物だな。 特に青峰は試合をするたびにキレと速度、正確さが増してきている。 たった一人で相手の五人全員を40分相手にできるほどに、な」

 

 キセキの世代のエース、青峰の力は健在だった。

 確かに黄瀬という新たなエースが生まれたが、その成長にも勝るとも劣らない速度で、青峰も強くなっている。

 コートから遠く離れた場所で撮影した映像ですら、青峰はブレて見えていたので、対峙すれば間違いなく青峰が二人、三人に見えてしまうだろう。

 残る赤司だが、特に見せることもなく淡々とプレーをこなしていた。

 だが、それでも随所でのパスやインターセプなどで、完全に相手の流れを切っていた。

 間違いなくキセキの世代の中心にいるのは赤司という王なのだろう。

 

 この時、洛山高校バスケ部の人間は誰もがこう思っていた。

 

 洛山は黒帝には勝てない、と。

 

 モニターでは三戦目の試合が終わっていた。

 最終スコアは250対0。

 一戦目、二戦目と同様のスコアであった。

 この事実を意味することは、黒帝は完全に試合を掌握しているという事実であった。

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 インターハイ予選、最終戦を迎えた前夜。

 赤司は寮の部屋で一人、パソコンの前に立っていた。

 趣味のネットサーフィンを行っていたわけではない。

 赤司は東京のインターハイ予選の結果を見ていたのである。

 

 誠凛   104対100 桐皇

 泉真館   89対 55 鳴成

 

 誠凛   111対 85 泉真館

 桐皇   121対 74 鳴成

 

 誠凛   131対 75 鳴成

 泉真館   68対 91 桐皇

 

 決勝リーグ結果。

 優勝 誠凛高校。

 

 「やはり、テツヤ。 僕の前に立ちはだかるのは君だったようだね」

 

 キセキ世代幻の六人目にして、赤司とは師弟関係にあり、袂を分れた同士。

 黒子テツヤのことを思い、赤司は声を上げる。

 電気のついていない部屋で一人、赤司はインターハイに照準を合わせていた。

 

 

 赤司が一人高笑いをしている頃。

 残る四人は、黄瀬と青峰と紫原の三部屋でトランプを興じていた。

 

 「くわっ!! やられたっす。 革命っす!!」

 「てめぇ、革命なんて汚ねぇ手を……」

 「馬鹿は貴様らなのだよ。 切り札というものは最後まで取っておくものなのだよ」

 

 悲鳴を上げる青峰と黄瀬に、緑間は頬を釣り上げる。

 脳筋コンビには、頭脳プレーは向かないのだよ、そう高らかに緑間が宣言しようとした瞬間、

 

 「じゃ、革命返し~~」

 

 紫原の手により、地獄へ叩き落とされた。

 いち早く上がった紫原に続き、青峰、黄瀬も一気にあがっていく。

 

 「よっし!! 罰ゲーム回避だっ」

 「俺もっす」

 「ば、馬鹿な……」

 

 一瞬で最下位となった緑間に、青峰と黄瀬がマジックを片手にじりじりと近づいていた。

 

 「黄瀬、肉の字は俺に任せろ」

 「じゃあ、俺は髭と目のクマを書くっす」

 「や、やめるのだよ!! 明日は早いのだよ!!」

 

 あーっ、と悲鳴を上げる緑間の横で、紫原はお菓子を口に運びながら、携帯を眺める。

 

 「あ、黒ちん。 インターハイ予選通ったんだ」

 

 おめでとー、と軽い気分でメールの返信を行った。

 こうして赤司達は、予選決勝の朝を迎えた。



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霊刀ドウジキリヤスツナ

 放たれたボールは弧を描き、リングの内側を潜る。

 その光景を実渕――洛山メンバーは立ち尽くした状態で――諦めた。

 完膚なきまでに、手心すらなく、完全完璧にすり潰された。

 ドリブルで敵陣に斬り込もうとも、ハーフラインを越えた瞬間にボールが奪われて、そのままゴールリングに叩きつけられる。

 放ったボールは、全て壁に弾かれたように防がれていく。

 全てを無に帰されたこちらの攻撃と違い、向こうの攻撃は止まることなく怒涛の勢いで、ゴールリングを揺らし続けた。

 一つ、また一つと得点差が積み重なり、そして絶望が体を纏い始める。

 

 ――勝てるはずがない。

 

 ――誰かが言ったことがある。

 インターハイを制するのは、キセキ世代が所属したチームだと。

 ならば、五人全員が揃ったこの人外チームに勝てるものはいるのだろうか?

 

 

 洛山が折れた光景を確認した赤司は、残り僅かの時間が書かれた電光掲示板を見る。

 250対0。

 当初の予定通りだった。

 緑間の放った3Pは全部で20。 そして入った回数も20であった。

 エース青峰はチーム最多の84点を叩き出し、エースの意地を見せた。

 その後に次ぐ黄瀬の66点、紫原20点、赤司に20点であった。

 

 ベンチでは、三年と二年が喜びあい、顧問の山田は咽び泣いていた。

 そんな姿とは対照的に、赤司達は次の戦いを見ていた。

 所詮は地区予選である。

 本番はインターハイだと。

 

 袂を分れた旧友との戦いを、赤司は楽しみにしていた。

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 黒田帝興高校がインターハイ出場を決めたその夜。

 とある東京の高校では、今日も夜遅くまでドリブルの音が聞こえていた。

 

 「テツくん。 赤司君達インターハイ出場を決めたみたいだよ」

 「そうですか」

 

 体育館の扉を開いて現れたマネージャー桃井さつきの報告にも、動じることなく黒子テツヤはシュートを放つ。

 放ったシュートは枠に当たり、そのままゴールリングを外れて地面へと落ちる。

 

 「やっぱり、驚いてないね」

 「はい。 赤司君や青峰君が負けるはずありませんから」

 

 赤司達が向かった京都には絶対王者――であった洛山高校がいるのは黒子も知っていた。

 それでも勝つのは赤司達だと、黒子は旧友たちの力が信じていた。

 

 「きーちゃんからメールきてたけど、皆新技を会得してインターハイに参加するみたいだよ」

 「そうですか。 こちらも用意した甲斐がありましたね」

 

 桃井の言葉は、敵対した者として恐ろしい事実だが、それ以上に嬉しいことでもあった。

 思わず笑みをこぼした黒子は、ゴールリングに向けてシュートを放つ。

 弧を描いたボールは、そのままゴールリングを通過していく。

 その光景に、桃井も満足そうに笑みを溢す。

 

 「どうかな? 『幻影の(ファントム)シュート』の出来は?」

 「六……いや七割ですね。 あとは細かい修正をしていけばいいはずです」

 

 シュートの手応えに、黒子はボールの感触を確かめながら答える。

 一見、普通のシュートのように見えるが、そのシュートフォームは独特であった。

 

 「これも桃井さんのおかげです。 僕一人ではこの答えにはたどり着けませんでした」

 

 この新フォームは間違いなく桃井がいなければ完成しなかっただろう。

 黒子の特性を本人以上に理解した彼女(マネージャー)が存在しなければ。

 そんな黒子の褒め言葉に、桃井は顔を真っ赤にしてその場に座り込む。

 

 「え、そんなテツ君に褒められるなんて、そのなんていうか、お礼というか……」

 

 一人で喜びの極地に浸る桃井を放って黒子がシュート練習を再開しようとした瞬間、体育館の扉が開いた。

 

 「おーい。 黒子、そろそろ上がろうぜ」

 

 現れたのは、赤い髪に野生じみた顔つき、日本人離れした体躯をもつ男。

 彼は黒子の新しい相棒である、火神大我であった。 

 火神大我という新たな光を輝かせること、それが今の黒子の役割であった。

 

 「はい。 火神君」

 

 既に他の部員達は帰っていた。

 黒子は、何処かへと意識を飛ばしている桃井を起こすと、そのまま体育館の後片付けを始める。

 火神にも、手伝ってもらい、体育館の明かりを消した黒子達はそのまま部室へと歩いていく。

 

 「ところでよ、黒子。 お前に貸してもらった漫画、面白かったぜ」

 

 先頭を歩く火神は、突然思い出したかのように、黒子に借りた漫画の感想を口にする。

 面白かったという簡単な感想であったが、黒子には一番うれしい言葉だった。

 

 「そうですかっ!! あの漫画が僕のバスケを始めたきっかけなんですよ!! 帝光時代でも同士は赤司君くらいでしたから、火神君にそう言ってもらえると嬉しいです」

 

 緑間や紫原は興味を示さず、青峰は漫画よりも実地だというノリである。

 唯一愛読して、共に朝まで語り合った赤司とは、個人的な趣味が違った。

 そういう意味では初めての仲間に、黒子は思わず喜びの声をあげてしまうのは無理もない話であった。

 そんな黒子の姿に火神は、眼を丸くさせて驚いていることに黒子が気づくはずがなかった。

 

 「ってことはこの前やってた、2万本シュートってこれの影響か?」

 「はいっ!! 練習は嘘をつかないと思っていますからっ!!」

 

 帝光時代のバスケ部三軍にいた頃は毎日のように読みふけていた。

 赤司や青峰の言葉もそうだが、間違いなく黒子が今もこうしてバスケができるのはこの漫画のおかげだろう。

 だが実際、練習とは大切なことだ。

 不向きにより、上達の差は個人差があれど、それども人は続けることで上達する。

 黒子も昔、赤司にこれほどまでに努力し、結果がでない人間はいないと言われていた。

 その経緯から影となり、パス特化の選手となったのだ。

 だが、それでも黒子はシュート練習を欠かさなかった。

 中学の頃から現在まで、習慣になるほどに。

 

 「火神くん。 勝ちましょう」

 「ああ」

 

 その成果を見せるために、影と光はインターハイの頂点を目指す。 



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宝刀チドリ

仕事、忙しすぎる……
もやし精神のおかげで、ぶっ倒れて入院しました。


 月日は流れる。

 地区予選を制した赤司達は、次なる決戦の舞台である江ノ島へと向かっていた。

 地区予選を圧倒的な強さで制したとはいえ、黒田帝興高校はまだ新鋭である。

 バスケ部の予算も限られており、最も安くつくバスと電車の移動で神奈川へと向かうことになった。

 青峰などはその決定には不満を唱えていたが、赤司の

 

 「なら走っていくか?」

 

 という鶴の一言で沈黙した。

 と言っても東京までは飛行機を使っているのだから、特に過酷な旅路でもなかった。

 

 「ようやくだな」

 

 窓の外の景色を眺めていた青峰が突然赤司達の耳に入るような声で呟く。

 その言葉は、新たな強敵を求めてではない。

 袂を分かった相棒との対戦を、ただ楽しみにしていた。

 しかし、楽しみにしているのは青峰だけではなかった。

 

 「しかし、赤司っち。 東京三大王者との練習試合に何か意味でもあったんすか?」

 

 青峰と同様に窓の外を眺めていた黄瀬が、首をかしげながら訪ねてきた。

 赤司達は先日、東京の三大王者である正邦高校、秀徳高校、泉真館高校との合同練習試合を行っていた。

 三校とも、洛山高校ほどの力はなかったが、それでも王者を名乗る地力は持っていた。

 しかし結果は全て250対0。 赤司達の圧倒的な勝利であった。

 それゆえに黄瀬は、あの三試合の意味を見いだせなかったのだろう。

 その疑問に赤司は答えることにした。

 

 「そうだね。 まず一つは、テツヤへのメッセージかな」

 

 東京代表に選ばれた黒子のいる誠凛高校は、この三校全てと対戦している。

 いずれも勝利を収めてきたが、全て接戦であった。

 ゆえに赤司は圧倒的な力を見せつけることで、間接的なメッセージを送ったのであった。

 この程度では僕達には勝てないぞ、と。

 

 「そして、もう一つは、だ。 涼太、古武術バスケは完璧に模倣したかい?」

 「え? まあ、とりあえず言われた通り目ぼしい選手の得意プレーは完璧に再現できるっすよ」

 

 赤司の言葉に、黄瀬は何でもないように答える。

 古武術バスケ――それが東京三大王者の一つである正邦高校の強みであった。

 武術の動きを取り入れたことにより、体の疲労のロスを防ぐ役割があるらしい。

 体力の消耗が激しい『鏡の中の貴方』を使う黄瀬には、それなりに意味のある技術だった。

 

 「ふむ、しかし、その意味はあったなのかだよ」

 「ぶっちゃけ、あの古武術バスケって俺たちからすれば無意味だろ?」

 

 が、同時に緑間と青峰の言う通りであることも確かだった。

 彼らは既に並みのプレーヤーではない。

 自身のオンリースタイルを確立した超越者である。

 

 「それになんか、アイツきもかったしねー」

 

 菓子をぼりぼりと食らう平常運転の紫原が思い出したかのように口を開く。

 そんな紫原に同調するように、黄瀬も正邦高校一年の選手を思い出す。

 

 「ああ、津川だった――すかね? 最初、やけに絡んできてウザかったすけど」

 「黄瀬に第一クォーターで20点入れられて、ベンチで号泣してたがな」

 

 黄瀬に緑間、そして紫原、青峰も忘れているが、津川は黄瀬と戦ったことがあった。

 バスケを始めて間もない黄瀬をほぼ封じ込めた津川は、間違いなく強敵だっただろう。

 が、それも昔の話である。

 今の黄瀬は間違いなく最強選手の一人。

 強敵だった程度の選手が抑えられるほど甘い存在ではなかった。

 

 「黄瀬ちんって結構、Sだよねー。 そのあと、ハゲをコピった古武術バスケで瞬殺したんだから」

 「ちょっ!! それは赤司っちの指示っすよ!!」

 

 どS疑惑が出始めた黄瀬は慌てて言い訳を開始するが、間違いなくその試合を見ていたものは断言するほどの嫌がらせだった。

 第二クォーターで完全にベンチから出てこれなくなった津川もそうだが、他の正邦高校レギュラーも少なくない動揺が走っていた。

 特に三年間、血が滲むようにして習得した技術を、十分程で盗まれ、超えられでもすれば誰だって動揺するだろう。

 勿論、被害があったのは正邦高校だけではなく、秀徳高校や泉真館高校も少なくないダメージを負っていた。

 だが、それを描いた張本人は何でもないように口を開く。

 

 「まあ、いいじゃないか。 それに本当の意味は火種を消すことだよ」

 「火種だと?」

 

 赤司の考えが理解できない青峰は、思わず顔を顰めて答えた。

 

 「ああ、各地の完膚なきまで潰すことで、僕達の最強を示しているだけさ」

 「はいはい、最強乙」

 「やっぱり赤司っちは生粋のドS王子っすね!!」

 「そこに痺れるー憧れるー」

 

 煽るような三者三様の反応に、赤司も満更でもなさそうにニヤつくとと立ち上がる。

 

 「ははは、愚民どもめ。 僕の言うことは絶対だ」

 

 最近キャラが暴走気味の赤司は、高笑いしそうなほどの楽しそうな笑みを浮かべていた。

 ちなみに忘れているようだが、ここは電車の中。

 満員に近いその中での奇行は、注目の的である。

 

 「……赤司は昨日、何の漫画を読んだのだよ。 ところで赤司」

 「ん? 何だ真太郎」

 

 そんな四人から少しだけ離れた位置を陣取った緑間が、ちらちらと赤司の方――正確には右手にあるものに視線を落とす。

 

 「何故、鋏を持っているのだよ?」

 「ふむ、そろそろ髪でも切ろうと思ってね」

 

 刃がむき出しになっている鋏を赤司は開いたり閉じたりとせわしく動かしていた。

 食い入るように鋏を見るその姿はまさに危険人物である。

 

 「いや、そこは素直に床屋か美容室に行けよ」

 「そもそも外出して、自分の手で鋏を使って髪を切る発想が新しすぎるっすよ」

 「そこに痺れるー憧れるー」

 

 再び煽る三人に、機嫌を良くする赤司、その四人を見て呆れたように笑う緑間。

 しかし、そんな悪ふざけのような時も終わる。

 車内放送が鳴る。

 次の最寄り駅は目的地である。

 

 「……さて、まずは頂点だ」

 

 先程までの笑みは消え、怖いほどまでに真剣な赤司が口を開く。

 高校最強。

 その称号を手に入れるために。

 

 赤司の言葉に残る四人は静かに闘志を燃やして頷いた。



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魔槍ゲイボルグ

 ぞろぞろと集まるユニフォーム姿の少年達。

 彼らは日本各地からこの地に集まった強豪達である。

 誰もが必勝を目指し、ただ一つの高みへと昇らんとする。

 今日、ここでバスケットボールインターハイが行われるのであった。

 

 「すげぇ、集まりようだな」

 

 あまりの人の数にそう漏らしたのは星りん高校バスケ部主将である日向である。

 彼は中学の頃からバスケをやっていたが、こうした機会に恵まれなかった。

 そしてそれは彼だけではなく、この場にいる大半の人間がそうであった。

 誰もが顔を強張らせ、キョロキョロと周囲を見渡していたが、ただ一人黒子テツヤだけは、誰かを探しているように周囲を見渡していた。

 そんな彼に相棒である火神が声をかける。

 

 「なあ、黒子。 さっきからキョロキョロして緊張でもしてんのか」

 「いいえ、火神君ほどじゃありませんよ」

 

 黒子を心配するように声をかける火神だが、彼の目元には大きな隈ができていた。

 いつものごとくよく寝られなかったようだ。

 眼を充血させている火神に、黒子は理由を口にする。

 

 「そろそろ彼らが現れると思ったのですが」

 

 彼ら――とは無論、帝光時代のチームメイトである。

 この地で再び出会うことを約束した誓いの相手でもあった。

 予選結果を知っているため、現れることは確実だが、それでも今この場で彼らの姿を確認することができなかった。

 

 「おい、黒子、火神。 そろそろ行くぞ」

 

 キャプテンの日向の言葉に、黒子は携帯の時間を見る。

 既に受付の時間が迫っており、他のチーム達も全員受付所へと向かっていた。

 

 「ういっす」

 「はい」

 

 日向達二年生の後を黒子と火神は追いかける。

 会場に入り、二年生達が話している間、黒子は再び会場内を見渡すが、そこに彼らの姿はなかった。

 そんな黒子と同様に、マネージャーの桃井も探していたのか、黒子と隣まで近づいてくる。

 

 「きーちゃんや青峰君達はまだ来ていないのかな?」

 「恐らく、彼らは目立ちますから」

 

 キセキ世代として顔を売っているという意味でもそうだが、何より個性的な面々である。

 どこにいても騒がしいことに違いはなかった。

 そう―――こんな感じに、だ。

 

 「ったく、赤司のせいでギリギリになっちまったじゃねぇか」

 「待て、勝手に僕のせいにするな。 こうなったのはあの駅員のせいだろう」

 「いや、駅員の判断は至極当たり前のことなのだよ」

 「まあ、普通にむき出しのハサミを持ち歩いていたら止められるっすよね」

 「焦った赤ちんの顔、チョウウケるー」

 

 現れた五人組に、騒がしかった会場が一瞬にして声が消える。

 その姿、その声、その雰囲気。

 そして、体を纏う覇気はまるで他のプレイヤーと一線を為していた。

 そんな彼らに黒子は笑みを浮かべて近づく。

 

 「赤司君」

 「ふ、テツヤか。 どうやらこの場所までたどり着いたようだね」

 「え、普通に電車に乗れば辿りつくっすよね?」

 「黄瀬、恐らくそういう意味ではないのだよ」

 「ああ、いつもの赤司病か」

 

 黒子と赤司が対峙すると、周囲の三人も囲むようにして近づいてきた。

 黒子はそんな中で、正面に立つ赤司に視線を向ける。

 左右違う色の眼。

 それは明らかにカラーコンタクトであった。

 また中二病が強化されましたか、と黒子はある意味戦慄を覚えながら、視線を逸らすと次に元相棒へと視線を向けた。

 

 「青峰君もお久しぶりです」

 「おお、テツ。 元気にやっているか」

 「はい。 ―――青峰君……少し変わりましたね」

 「ん? そうか?」

 「ええ……昔に戻ったそんな感じです」

 「まあ……余計なことは考えられなくなったな」

 

 目を逸らして頬をかく青峰の姿に、黒子は少しだけ肩の荷が下りた。

 唯一青峰だけ話ができていなかった。

 才能の開花によりバスケットが嫌いになり始めていた青峰を戻すことが、黒子が彼らと袂を分けた一つの理由であった。

 故に嬉しさの半面、どこか悔しさも心の中で感じていた。

 

 「青峰君っ!」

 「お、さつきか」

 

 黒子と青峰が久しぶり向き合っていると、青峰の幼馴染である桃井がこちらに駆け寄ってくる。

 そんな彼女を見て、二人っきりにしようと思った黒子は、その場からフェードアウトして、挨拶の済ましていない三人の方に歩き出す。

 そんな黒子に、いち早く気がついたのは黄瀬である。

 

 「黒子っち、久しぶりっす!!」

 

 にこやかなモデルスマイルを見せる黄瀬に、黒子は―――その脇を通って、残る二人に挨拶した。

 

 「お久しぶりです、緑間君、紫原君」

 「久しぶりなのだよ」

 「黒ちん、元気だったー?」

 

 黒子の挨拶に、緑間、紫原も答えるようにして手を上げる。

 三人共、黄瀬という存在を忘れて―――

 

 「ちょっ!! 黒子っち、今のは流石に酷いっす!!」

 「……ああ、黄瀬さん、いたんですね」

 「さんづけ?! どんだけ距離が離れているんスか!!」

 

 数か月のうちに、心の距離が凄まじく離れてしまったような黒子の反応に、黄瀬は思わず大声をあげてしまう。

 

 「いや、黄瀬君ならこの程度の扱いでいいかと思いまして」

 「ひどっ!! もう、いいっすよ!! そこまで言うなら、俺の新技でけちょんけちょんにしてやるっすから!!」

 

 涙目で宣戦布告を行う黄瀬の姿は、まるで喧嘩に負けた小学生のようであった。

 そんな彼の言葉を受け取る小学生のような男がもう一人いた。

 

 「そいつは聞き捨てならねぇな」

 

 割り込んできたのは火神だった。

 そんな彼に対しての反応は冷たいものである。 

 

 「誰っすか?」

 「っていうか、いきなり会話に割り込んでくるなよな」

 「まったく非常識な奴なのだよ」

 「空気嫁ー」

 

 好戦的な笑みを浮かべて現れた火神に対し、黄、青、緑、紫の非難が飛び交う。

 

 「ちょ、そこまで言うのか、普通!!」

 

 一斉に非難を喰らった火神は圧される気味だったが、彼らに負けじと声を張り上げる。

 そんな火神の肩を背後から叩くものがいた。

 赤司である。

 

 「ふん、なんだ、その髪の色は。 僕と被っているじゃないか。 とりあえずこの染料剤で染めなおせ」

 「ええ……なんだよこいつ……それに渡した染料剤が銀って、普通は黒とか渡すだろ」

 

 突然、強引に手渡された染料剤を握りしめた火神は、キセキの世代の恐ろしさ?をその身で実感した。

 

 「今、手持ちがそれしかないんだ」

 「普通は染料剤なんて持ち歩かないっすよね」

 「その前に銀髪使用というのが痛々すぎるのだよ」

 

 何故か自信満々に答える赤司に対し、緑間と黄瀬の慣れた突っ込みが入る。

 そんな光景を見て、黒子は赤司のぶっ飛び具合を再認識していた。

 こうしてだらだらと会話を―――というわけにも行かず、時間は刻一刻と過ぎていた。

 携帯を取り出した赤司が、時間を確認して口を開く。

 

 「ふむ、どうやら時間のようだな」

 「じゃあな、テツヤ」

 

 受付を終わらしていなかった赤司達は、かけ込むように受付所へと向かっていく。

 そんな彼らの後ろ姿を見ながら、火神は疲れたようにため息をつく。

 

 「ったく、アイツラがキセキの世代かよ……まったくふざけた連中だぜ」

 「監督さんがいたら、卒倒ものでしたね」

 

 火神の言葉に、黒子は冷や汗を流しながら答える。

 五人の成長具合の異常さに。

 

 「彼らは既に奇跡なんていう、あやふやな存在ではなくなっています」

 

 刹那の邂逅。

 だが、それでも黒子には理解ができた。

 彼らは、数段上に進化しているのだ、と。

 

 「火神君、燃えてきましたね」

 「ああ、当たり前だろうがっ」

 

 光と影は、五人の怪物へと立ち向かう。

 インターハイの幕が今、開いた。

 

 

 

 

 

 

 第一試合

 

 黒田帝興高校 - 桐皇学園高校 



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聖槍ロンギヌス

 開会式を終え、歓声が高まる会場内。

 間もなく記念すべき最初の試合が行われようとしていた。

 

 黒田帝興高校VS桐皇学園高校。

 

 観客席の上から黒子は静かにその時を待っていた。

 

 「桐皇はウチが勝ったとはいえ、間違いなく全国屈指の強豪校よ」

 「あいつらがどこまで『キセキの世代』とやり合えるか、だな」

 

 監督、相田リコが注意深く眼前で行われる試合に眼を向けていると、その隣では日向が真剣な表情で呟く。

 桐皇と誠凛は互角の実力である。

 彼らがどれだけ黒田帝興高校―――キセキの世代に渡り合えるかは、誠凛

がどれほどまで渡り合えるかということを知るには好都合な試合だった。

 真剣に試合を見守る日向達と同様に、火神も真剣な表情で目の前の試合が始まるのを待っていた。

 

 「まあな、あいつらが簡単にやられるとは思えねぇよ」

 

 自信に満ちた言葉で火神は、桐皇ベンチを見る。

 昨日の敵は、今日の友。 というわけではないが、それでも互いに全力を出してぶつかり合った仲だからこそ、火神は彼らの勝利を願っていた。

 だが、隣の黒子は複雑そうな表情でコートを見る。

 

 「桃井さん、ビデオの準備をお願いします」

 「うん」

 

 黒子の言葉通り、桃井は今から始まろうとする試合に向かってビデオをまわし始める。

 ビデオを持つ桃井の表情は黒子同様表情を曇らせており、まるで試合の結果が解っているかのような素振りで赤司達の動きを収めていた。

 

 「東京三大王者に変わる東京の新鋭、桐皇学園高校っ!!」

 

 アップをし始めた桐皇メンバーに歓声が上がる。

 新たな新星に観客も熱を上げていた。

 

 「王者、洛山高校を下した新世紀の王者、黒田帝興高校っ!!」

 「史上最強の帝光メンバーと謳われる奴らに、高校バスケの恐ろしさを見せてつけてやれ!!!」

 

 桐皇とは違い、赤司達黒帝も初の全国だったが、観客の声は厳しかった。

 これは帝光時代の悪名とも言えた。

 そんな歓声に、黄瀬は残念そうに呟く。

 

 「うお、なんかアウェーって感じじゃないっすか」

 「人とは優れたものを蹴落としたくなる生き物さ」

 「つまりは弱ぇやつの戯言かよ」

 

 黄瀬とは違い、赤司は会場内に巻き起こるブーイングを何処か楽しんでいるかのように笑い、青峰は面倒くさそうに欠伸をする。

 ブーイングが収まることはなく、赤司達はアップを終えると、そのままセンターラインへと向かう。

 

 「ほんまよろしく頼むわ」

 

 そう言って笑みを浮かべて、手を差し出したのは桐皇のキャプテン今吉である。

 黒ぶちの眼鏡の向こうの笑みは何処か胡散臭そうで、間違いなく腹に何か黒いものを抱えている曲者だった。

 そんな今吉に対し、赤司も友好的な笑みを張り付けて、手を握り返した。

 

 「こちらこそ、ようやくの全国だ。 全力で擦り潰してあげるよ」

 「は、ははは、こわいやっちゃな」

 

 赤司の眼に少し動揺したのか今吉は少しだけ視線を逸らした。

 その隣では、緑間がいつも以上に不機嫌そうな顔をして、桐皇の9番の選手を睨みつけていた。

 

 「ふん、同じ一年でシューター。 どちらが上か教えてやるのだよ」

 「ええええっ!! 何故か僕が喧嘩を売ったような感じになってるんですけど……」

 

 どういうわけか緑間に敵愾心を抱かれた哀れなシューター桜井は、助けを求めるように隣に視線を向けると、そこはこちら以上に殺伐とした空気が流れていた。

 

 「ああ? さっきからなにみてやがる?」

 「ああっ!? そっちこそ口の聞き方を教えてやろうかっ!?」

 「やってみろよ雑魚」

 

 今にも殴り合いをしそうな青峰と桐皇の5番若松である。

 青峰もそうだが、若松もガラの悪そうな容姿だったため、まるでチンピラ同士の喧嘩のようなガンつけが行われていた。

 

 「うわ……何か影薄そうな人っすね」

 「……」

 

 その隣では黄瀬が、桐皇の残る選手二人に思わず本音を溢していた。

 ガヤガヤと会話をし始めていた両チームだが、審判の制止の声を聞いて、両陣営が配置につく。

 ジャンパーは紫原と若松。

 二人は審判の笛と同時に上空へ放たれたボールに向かって手を伸ばす。

 

 「おらっ!!!」

 「ん……」

 

 気合いの入った若松のジャンプの遥か上を紫原の右手がいく。

 弾かれたボールを取ったのは、完全にボールの落下地点を読んでいた赤司である。

 

 「って、若松っ! 気合いは良いけど取られてるやないか」

 「気を取られるのはいいけど、そんな余裕はあるのかい?」

 

 赤司についた今吉だったが、次の瞬間、その場に崩れ込むようにして倒れた。

 

 「な、んやこれ」

 「頭が高いぞ」

 

 『アンクルブレイク』で今吉を倒した赤司の目の前に諏佐と若松の二人がカバーに入る。

 

 「させっか!!」

 「止める」

 

 隙のないディフェンスで、赤司の進路を阻むが、赤司の『アンクルブレイク』の前には意味は為さない。

 だがしかし、赤司が選んだ行動は、コートサイドを横断するようなロングパスだった。

 矢のような鋭いパスの先には、緑間が既にシュート態勢で待ち構えていた。

 

 「真太郎」

 「ふん、まずは一本なのだよ」

 

 緑間がシュートを放つようにその場で飛ぶ。

 赤司のパスは、緑間の左手に収まり、そのまま―――ボールは放たれた。

 

 「えええっ!!」

 「なっ!!」

 

 桜井と今吉の驚く声と共に、ボールはリングを易々と通過した。

 開始5秒の出来事であった。

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 緑間の凄技に会場内がどよめく中、黒子達誠凛も驚きを隠せなかった。

 

 「なんだあれは!!」

 「空中で撃ちやがったぞ!!」

 「しかもあの距離で、リングすら掠めないとは……」

 「これがキセキの世代……最強シューター緑間真太郎!!」

 

 誠凛二年生と火神が声を上げる中、黒子は静かに緑間の姿を確認していた。

 

 「これが新技のようですね」

 「うん、帝光時代はこんなことしていなかったし」

 

 冷静な口調の桃井ですら、驚きを隠せずにいた。

 

 「名をつけると絶対領域狙撃(エアリアル・バリア・ショット)と言ったところでしょうか」

 「テツくん……」

 

 時折何を言っているかわからない黒子の言動。

 そんなミステリアスさが桃井は大好きだった。

 完全に二人だけの世界を気づいてる隣では、真剣な表情の日向達が試合の経過を眺めていた。

 

 「桜井のスリーが完全に止められてやがる」

 「それに対し……」

 

 桜井のシュートは、緑間に止められ、赤司を経由して再び緑間の手に戻り、そして―――

 

 「また決めやがった!!」

 「どうやって撃ってやがるんだあのシュートは!!」

 「それに今のはハーフライン前だったぞ!!」

 

 緑間が再びスリーを決める。

 既に10本のシュートが決められていた。

 

 しかし動揺しているのは、日向達観客だけではない。

 プレーをする目の前の選手達も同様であった。

 桜井は、目の前の怪物に完全に呑まれていた。

 

 「ふん、この程度か。 早撃ちには自信があったようだが決まらなければ意味がないのだよ」

 「ううう」

 

 緑間の言葉に焦らせるように桜井は、クイックモーションからのスリーを放つ。

 だが、それは誰がどう見ても見当違いのシュートで、リングに触れることすらなく、ボードに叩きつけられた。

 

 「桜井、あせんじゃねぇ!!!」

 「はい、ゲットー」

 

 リバウンドで若松と紫原が飛ぶが、この戦いも誰がどう見ても勝敗が明らかだった。

 ワンハンドでボールを掴み取った紫原は、まるでハンドボールのシュートを放つような勢いで、相手コートへ駆ける青峰にパスを送る。

 

 「うしっ!!」

 

 紫原からボールを受け取った青峰の前に今吉が立ちはだかる。

 

 「はぁはぁはぁ……悪いけどここは行かせれんな」

 「ああ? どいてろウスノロ」

 

 フェイントすら入れない一回の切り返しで、青峰は今吉を抜き去っていく。

 だがゴール前には諏佐と田中の二人の壁が立ちふさがっていた。

 

 「はいはい、邪魔だ」

 

 しかし、青峰は体を逸らすようにして二人の脇をすり抜けると、そのままボール裏からのシュートで得点を奪う。

 

 「何だあのスピードは!!」

 「それに諏佐と田中を空中でかわしたぞっ!!」

 「何だあのシュート!?」

 「緑間と違ってめちゃくちゃのくせに何でアレが入るんだっ!!」

 

 青峰の超絶プレーに観客からのブーイングは消え、驚きの声が上がり始める。

 

 『型のない(フォームレス)シュート』。

 セオリーのない青峰の動きとシュートは、キセキ世代の人間ですら、絶対的な眼を持つ赤司とコピーを行うことができた黄瀬以外止めることを許されない。

 故に三年であり、全国有数のプレイヤーだろうが、青峰の敵ではなかった。

 愕然とした表情で青峰の背を見る諏佐と田中に、今吉が声をかける。

 

 「くっ、落ち着け!! ここは一本……」

 「一瞬、意識が途切れたようだね」

 「くっ!!」

 

 リスタートしたボールは一瞬のうちに赤司に奪われ、攻守が逆転する。

 奪われた今吉はすぐさま赤司の前に迫るが、赤司は既にボールを横へと放とうとしていた。

 

 「そう何度も決められてたまるかっ!!」

 「今度こそっ!!」

 

 パスの先――緑間と赤司の間には若松が滑り込み、桜井が必死の形相で緑間を抑えにかかる。

 緑間へのパスが潰れたことにより、今吉はチャンスといわんばかりに赤司へと手を伸ばす。

 が、それも全て赤司の掌の出来事だった。

 

 「ふ、僕がそう何度もありふれた手を何度も打つはずがないだろう」

 

 一瞬のうちにパスの相手を切り替えた赤司は後方へと放るようにパスを出す。

 センターラインギリギリのところでボールを受け取った黄瀬は、ゆっくりと体を沈めて溜めを作る。

 

 「やっとっすか」

 

 『鏡の中の貴方』。

 緑間のシュートを完全にコピーした黄瀬の超ロングスリーポイントがリングを撃ち抜いた。

 

 「ふぅ、やっぱり緑間っちよりは溜めの時間が長くなるっすよね」

 「当たり前なのだよ」

 

 黄瀬の一撃に完全に動揺した桐皇を見て、赤司が四人に指示を出す。

 

 「動揺を隠せないようだね。 ここで一気に叩くぞっ!!」

 「「「「おおっ!!」」」」

 

 赤司の檄により、四人の集中力が跳ね上がる。

 相手の進軍を許さないオールコートディフェンス。

 そこからは黒帝の完全なる支配時間だった。

 桐皇はハーフラインすら超えることが許されず、残る三分をただひたすら殴られ続けた。

 そうして長い第一クォーターが終わり、スコアは72対0。

 眼を覆いたくなるような凄惨な試合の幕開けであった。

 

 

 



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神槍グングニル

 ―――これは、しゃれになれへんわ。

 今吉は、吹き飛ばされながら悟った。

 隣では若松、諏佐、田中も同様に尻餅をついて、ゴールにぶら下がった怪物を見ていた。

 紫原敦。

 誰も彼の攻撃を防ぐことができなかった。

 というよりもどうすることもできない。

 何故ならば、四人でブロックしたはずが、たった一人に負けているのだから。

 いや、紫原だけではない。

 何処からでも決めてくるシューターの緑間に、キセキの世代最強スコアラーの青峰、緑間や青峰のプレースタイルを自由自在に操る天才黄瀬。

 そして彼らを統率する新世代の暴君、赤司。

 全てにおいて今吉達よりも桁違いの強さであった。

 

 今吉はキセキの世代がどれほどのものか、わかっていたつもりである。

 桐皇に来る予定であった青峰がチームに加われば、自分達四人は付属品になることを。

 キセキの世代のいるチームが優勝することを。

 だが、それでも―――

 

 「……これはないやろ」

 

 自分達のバスケができない、などそんなレベルでなかった。

 こんなものがバスケであるはずがない。

 桜井は完全に心が折れていた。

 元気が取り柄の若松ですら、声が出ていない。

 三年でいつもチームを見てきた諏佐と田中も、ただ茫然とした様子で天井を見上げていた。

 誰もボールを見ない。

 誰もボールを追いかけない。

 

 今吉は、初めてバスケットという競技が嫌いになりそうだった。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 第二クォーターに入っても試合を支配していたのは黒帝だった。

 第一クォーターでは42点を叩き出した緑間に変わり、キーマンとなったのは今までディフェンスだけを行っていた紫原である。

 紫原のパワーと高さに、桐皇メンバーは易々と点を取られ、次々に失点を許してしまう。

 結果として桐皇は、センターラインを一度も越えることすら許されずに第二クォーターを終えた。

 スコアは131対0。

 

 完全にこの試合の勝敗は決まっていた。

 

 「マジか、こいつら……」

 

 覇気のカケラすらない桐皇メンバーが控室に向かう姿を、日向は呆然と眺めていた。

 インターハイを賭けて争った仲ゆえに、この結果は信じられなかった。

 

 「ドリブル、シュート、パス、リバウンド、一つ一つのプレーのレベルが違いすぎる」

 

 その上、キセキの世代には絶対的な力、プレースタイルを持っていた。

 口元を押さえて冷や汗をかく伊月の隣では、火神が拳を強く握り締めた。

 

 「何なんだよあいつらは」

 「彼らがキセキの世代です」

 

 火神の言葉に黒子が答える。

 キセキ世代を倒す、そう豪語していた火神だが、彼はキセキの世代の強さを知らなかった。

 今まで苦戦して倒してきた強豪、好敵手達が、キセキの世代に比べれば雑魚に等しいということを。

 

 「勝てるのか……俺達は」

 「……勝つのよ」

 

 誰かが吐いた弱音に、監督のリコが力強く答えた。

 彼らに勝たなければ、インターハイを制することができないのだから。

 リコの言葉に二年生の顔つきが変わったその時―――

 

 「その言葉を聞いて安心したよ」

 

 ―――王は現れた。

 赤司誠十郎。

 キセキの世代の王であった。

 

 「っ!! お前はっ?!」

 

 突然の赤司の登場に思わず火神が大声を上げる。

 が、それも無理のないことだった。

 131対0、と勝敗は既に決していたが、試合自体はまだ終わっていなかった。

 しかし、当の赤司は火神を視界にすら入れずに、黒子の方に視線を向ける。

 

 「やあ、どうだったかなテツヤ。 といってもまだ試合は終わっていないんだけどね」

 「何でここにいやがるっ!?」

 「友人に会いに来ただけさ。 それとも君らごときに確認をする必要があるのかい?」

 

 無視しても絡んでくる火神に、赤司は心底面倒くさそうに眼を細める。

 今にも殴り合いに発展しそうな空気の中、黒子はいつも通りに赤司に話しかける。

 

 「赤司くん。 相変わらずですね、で何の用ですか」

 「確認だよ。 桃井、ビデオを回しているかい?」

 

 黒子と話していると機嫌が戻った赤司は、黒子の隣で黙っていた桃井に話しかける。

 桃井は突然、赤司に話しかけられたことにより少し動揺しながら答えた。

 

 「え、ええ」

 「ならば、僕達の動きをくまなく撮るといい。 第三クォーターは黄瀬を、第四クォーターは青峰を主軸にして戦うからね」

 

 四人のデータを取って対策を立ててほしい。

 余裕に満ちた赤司の発言に、火神が目元をヒクつかて、怒りに満ちた眼光を向ける。

 

 「てめぇ……」

 「随分余裕ね。 流石はキセキの世代かしら」

 

 火神の間に割って入るように、リコが会話に入る。

 しかし、リコも流石にそこまで舐められると頭に来たようで、額には青筋を立てていた。 

 そんな彼女を見ても、赤司はひるむことも気にすることもなく笑う。

 

 「そうだ。 でなければ僕達も楽しくないからね」

 

 そして、これも渡そう、と赤司は桃井に紙袋を手渡した。

 受け取った桃井が、紙袋の中を覗き込み、一つ取り出した。

 ビデオテープ。

 それも一つだけではなく10では効かないほどの量であった。

 

 「これは?」

 「僕達の地区予選の全試合のビデオだ。 あと練習のビデオを入れてあるから、後で確認して対策を立てるといい」

 

 自分達の力を晒すだけでなく、お土産まで持参の赤司に、火神は完全にブチ切れていた。

 絶対に倒してやるよ、と熱い闘志を飛ばして。

 

 「はっ上等だよ!! お前ら全員ぶっ倒して笑い者にしてやるよっ!!」

 「そうか、そうなる奇跡を待っているよ」

 

 火神の挑発的な発言にも、動じることも怒ることもなく、口元を緩めたまま赤司は立ち去った。

 そして、程なくして第三クォーターが始まり、黄瀬、青峰両名の活躍により、大量得点を奪っていく。

 最終スコアは286対0。

 インターハイ第一試合が終わったその時、歓声も何もかもが会場からは消え去っていた。

 その時、誰もが悟った。

 彼らには勝てない、と。

 そう、ただ一つのチームを除いて。

 

 



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神槍ミストルティン

 インターハイ初日から一夜明け。

 黒子達誠凛は一回戦を突破した後、学校での赤司に手渡されたビデオを全員で見ていた。

 

 「こうして見ると、本当にふざけた連中だ」

 

 口を開く火神だが、その額には多量の汗が流れていた。

 火神はキセキの世代を倒すと息巻いていたが、その勢いを消し去るほどビデオの内容は凄まじいものだった。

 全試合無失点のうえ、全試合250点を取っていた。

 王者、洛山もその例に漏れることなく。

 洛山を知る二年生達の表情は暗く、洛山を易々と葬った黒帝が自分達がどうすることもできない化け物だということを悟った。

 

 「すげぇループの高さだ。 それに正確さ、飛距離。 シューターの理想像だな」

 「それにあの変則ジャンプスリーは、火神くらいでないとブロックできないぞ」

 

 日向の言葉に伊月が答える。

 特に日向は同じシューターとしての格の違いを見せつけたことにより、普段よりも顔色が悪かった。

 しかし、キセキの世代の力を良く知っている黒子ですら、緑間のプレーは驚くしかなかった。

 

 「そうですね。 これが緑間君の新技なのでしょう」

 「オールレンジシュートに、ブロック不可のシュートか。 流石はキセキの世代ね」

 

 リコの言う通り、これがキセキの世代なのだろう。

 故に緑間は、脅威の一つでしかないということになる。

 次に映像に映った紫原も、緑間同様に化け物だった。

 

 「しかし、コイツが紫原か……人間じゃないよな」

 「彼を知っているんですか?」

 「ん? ああ、ちょっと因縁がある奴がいてな」

 

 日向の何か含みのある言葉に、黒子は特に尋ねることはしなかった。

 そんな彼らを見ていたリコが、割り込むように口を開く。

 

 「圧倒的な長身とパワー。 そしてスピード。 スペックだけなら間違いなく日本一といってもいいわね」

 「彼の守備範囲はゴール下全てです。 無失点の功績は間違いなく彼と赤司君ですね」

 

 リコの述べた評価に桃井が補足するように口を開く。

 紫原は、緑間のような特殊な技術は持たない。

 だが超人的なスペックで、基本プレーがスーパープレーに変貌している。

 緑間、紫原と続いた超人劇はまだ終わらない。

 次に画面に現れたのは、キセキの世代絶対エースである青峰だった。

 

 「で、コイツが青峰と……しかしこれは変則すぎるだろ」

 「彼のプレースタイルは予測不可能です。 変則なドリブルに急激な緩急をつける彼のプレーを完全に封じた者はいません」

 「あと、青峰君のプレーが昔に戻りつつある気がします」

 

 桃井の言う通り、青峰のプレーは中学三年の時と変わっていた。

 正確にはプレーではなく、心境の変化なのだろう。

 どんな相手でも手を抜くことなく、全力で潰していた。

 そういう意味では、間違いなく最後に会った時よりもプレーにキレがあった。

 

 「どういうことだ?」

 「彼の強さが圧倒的だったということに変わりがありませんが、ただ上限が見えなくなるということです」

 「話の次元が凄過ぎてついていけねぇ」

 

 手を抜くことを辞め、全力でプレーする。

 そのことで、青峰の成長が再び始まっていた。

 錆びついた刃が研がれて、再び鋭利な剣になるように。

 緑間、紫原、青峰と確実に進化を遂げていたキセキの世代の中で、一際進化を遂げている者がいた。

 天才、黄瀬である。

 

 「で、彼が黄瀬君ね」

 「こいつって、他三人のプレーに似てないか?」

 「はい、彼の能力は模倣です……しかし、キセキの世代の技は使えないはずだったのですが」

 

 リコと日向が黄瀬のプレーを見る横で黒子が補足するように答える。

 コピーできないキセキの世代の技を模倣しているということは、間違いなく壁を一段ぶち破ったのだろう。

 

 「恐らく、これがきーちゃんの新技なんだと思います」

 「ってことはコイツが一番化け物ってことじゃん」

 

 黄瀬のプレーに多量の冷や汗を流す小金井の言う通り、黄瀬は最強プレイヤーの一人として変貌していた。

 

 未完成ゆえに唯一の穴と思っていた黄瀬は、間違いなく青峰とのダブルエースになっていた。

 誰もが怪物と化していた面々を率いていたのは、やはりこの男であった。  

 

 「最後に彼が赤司君です。 僕達帝光バスケ部を束ねていた人です」

 「こいつが……しかし、なんというか」

 「うーん、なんかインパクトが薄いよね」

 「ああ、確かにポイントガードとしての腕が超一流なのはわかるが、他の四人と比べると」

 

 二年生に火神といった一年生の反応は今までに比べて薄かった。

 それもそうだろう。 前の四人と違い、赤司は唸るようなパスや冷静な判断を見せていたが、超人的なプレーは一度も映ってなかった。

 ゆえに見劣りするように見えてしまうのだ。

 

 「それは甘い考えです」

 「どういうこと?」

 「彼の能力は目です。 体の筋肉の筋一つ一つを読みとり、相手の行動を封殺する絶対的な」

 「事実、赤司君の前では青峰君達も完全に抑えられていました」

 

 黒子の説明に桃井が補足に入る。

 それほどまでに赤司のスキル『天帝の眼』は厄介なのだ。

 黒子達の説明に、リコも神妙な顔つきで頷き返す。

 

 「つまり、キャプテンに相応しい実力ってことね」

 「はぁ……何か穴とか弱点とかないのか」

 「そう……ですね。 きーちゃんの能力は恐らく制限があると思います。 ミドリンの能力にも弾数制限と同様に」

 「青峰君も紫原君も常時最高ポテンシャルでいることはできないと思います」

 「けど、それは弱点にはならねぇな」

 「はい、火神君の言う通り、普通にプレーされただけでも僕達は勝てません」

 

 突破口はないのか、と口々に意見を述べていくが、思うような戦略は出てこなかった。

 

 「白旗でも振ってみるか?」

 「それも面白いけど、まだ打つ手があるわ」

 「打つ手?」

 

 伊月の冗談に、何かに気づいたようにリコが口を開く。

 

 「ファールトラブルよ」

 「そうかっ! 黒田帝興高校の選手層は薄い!」

 「ええ、ご丁寧につけてくれた練習風景にもベンチメンバーの練習風景も映しておいてくれたわ」

 

 そこには赤司達以外の部員の練習風景が映されていた。

 二年三年の計四人。

 シュート練習やパス練習などをこなしていたが、どこか仲良し倶楽部のような空気を出し、腕前は平凡な実力であった。

 練習に厳しい赤司を知る黒子からすれば、摩訶不思議な光景だったが、今はそれを考える余裕はなかった。

 

 「見ての通り、彼らの実力は大体地区予選の初戦で消えるくらいの実力よ。 はっきり言って私達の方が上だわ」

 「つまりはファールトラブルでキセキの世代の退場を狙うということか」

 

 リコの意図に気がついた日向が口を開く。

 だが日向もその場にいる二年達もあまりうれしそうではなかった。

 ファールトラブル狙いという戦略は正しいが、あまり気持ちのいい策ではなかった。

 ゆえに、火神は慌てたように口を開く。

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ……さい!! そんな狡い手を」

 「火神君、言いたいことはわかるけど、勝機あるところを突かないのは、逆に相手に失礼だわ」

 

 勝つ方法を捨てるというのは勝負の世界において相手にも失礼だ。

 リコの言葉にも、火神は止まらない。

 

 「待ってく……ださいっす、俺がおさえ」

 「じゃあ、誰を抑えるの?」

 

 火神の止めるという発言は、到底不可能のものだった。

 もし、キセキの世代が一人しかいないのならば、火神がついて止めることもできたかもしれない。

 だが、向こうメンバーは全員キセキの世代なのである。

 

 「そうね、火神君がエースである青峰くんを抑えるとする、けど残りの四人はどうするの?」

 「それは、ダブルチーっ?!」

 「そう彼らにはダブルチームはできないの。 そもそも全員が超エース級だから、こちらの手が回らなかった奴が確実に点を取るわ」

 

 これが黒帝の恐ろしさなのだろう。

 誰もが絶対的な得点力を持っているため、誰一人としてフリーにはできない。

 つまりは一対一で臨まなければならなくなるのだ。

 

 「私達が勝つにはこれしかないのよ。 ほんの小さな確立だとしても」

 

 リコの説明に、その場にいた全員が納得しようとしたその時、黒子が立ちあがった。

 

 「僕はそうは思いません」

 「黒子君……」

 

 突然の黒子の言葉にリコは眼を丸くさせて驚く。

 そんな彼女を気にすることもなく、黒子は口を開く。

 

 「確かに監督の言うように、選手の層が薄い彼らを相手するには最良の攻略手段です」

 「なら」

 「最良では駄目なんです」

 

 最良の手段。

 それは全て赤司の手のうちだということになる。

 ゲームメイクのスペシャリストである赤司に最良で臨めば、詰め将棋のように追い詰められてしまうだろう。

 

 「赤司君はどSです。 人が驚く姿や折れる姿を見るのが大好きです」

 

 それが赤司が最強系小説を好むことになった性質だろう。

 昔、王とは人の膝を折らす存在だ、と突然語り始めた赤司の残念さを黒子は思い出していた。

 

 「恐らく僕達に勝機を見つけさせるのが目的でしょう」

 

 ―――そして、彼はそれを見越して行動を取る。

 黒子の発言に誰もが首を傾げる。

 それは桃井も同様であった。

 恐らく他のキセキの四人も赤司の思考は読めないだろう。

 

 「僕達が彼らとぶつかることになる決勝戦……」

 

 ―――スターターメンバーにキセキの世代を使わないでしょう。

 黒子は確信に満ちた表情で答えた。

 

 「は?」

 「恐らく、他の控えの四人と赤司君がスタメンになるでしょう」

 

 四人しか控えがいないのならば、キセキの世代から一人加えなければならない。

 そうなると赤司が出てくることになるだろう、と黒子は推測を立てていた。

 しかし、その考えは同じ帝光出身の桃井でも理解できなかったようである。

 

 「ちょ、テツ君なんでそうなるの?」

 「それが赤司君だからです」

 

 最強系には、温存設定というものがある。

 最初に押されつつ、これが私の本当の力だといって相手を圧倒する最強系にありがちな設定の一つである。

 

 最強系が大好きな赤司にとって、この設定も好物であり、黒子は何処の試合でやっていると思っていた。

 だが、予選では圧倒的な力で全てを葬っており、インターハイの第一試合もそうであった。

 ならば、この設定が活かせるのは最終戦である誠凛戦しかない。

 

 「よくわかんねぇけど、つまりは俺達を舐めているってことだろっ」

 

 舐められている。 そう思った火神の表情の険しさが増す。

 表情が変わったのは火神だけではなかった。

 

 「確かに気分の良い話ではないな」

 「一年坊主に口の聞き方でも教えてやらねぇとな」

 

 先程まで意気消沈していた日向達二年生の士気も上がり始めた。

 目にもの見せてやる。

 誠凛バスケ部は、インターハイの頂点を目指す。

 

 

  



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神剣クラウ・ソラス

 黒子達誠凛がビデオを鑑賞していた頃、同様に赤司達黒帝もホテルの一室で話し合いをしていた。

 まだ一回戦を終えたばかりなのに、赤司達は既に決勝の話を行っていた。

 

 「って赤司っ! それはどういうつもりだよっ!!」

 

 室内に広がる青峰の声に、動じることなく赤司は淡々と口を開く。

 

 「説明したとおりだ。 決勝……理想では誠凛と戦いたいところだが、その試合は二年、三年の四人と僕がスタメンでいく」

 

 今までキセキの世代だけで勝ち抜いてきたが、赤司は決勝で残る四人の控えを使うつもりであった。

 しかし、その案は無論残りの四人には不評だった。

 決勝では、順当にいけば彼らの仲間であった黒子のチームにあたることになる。

 そうなれば、黒子との戦いを楽しみにしている青峰や黄瀬。

 あと認めていないが緑間もそうだろう。

 熱意のない紫原ですら、補欠の二年三年にスタメンを渡すのは不快であるようだった。

 四人の視線にも、赤司は怯むことなく冷静な表情のまま説明を始める。

 

 「簡単に言えば、学校が五月蠅いのだ。 あと顧問がな」

 「はぁ? そんなのあいつらが弱いからじゃねぇの?」

 「その通りだ。 だが僕達の立場は完全なものではない。 まずは学園の信頼を得なければならない」

 

 始めは赤司達キセキの世代の快進撃に学校も喜んでいた。

 だが、やはり試合に出ていない者や試合で指揮を行えない顧問からは不満が上がる。

 強豪校ならば実力主義でも問題なかったが、黒田帝興高校は弱小高校であった。

 つまり、考え方に違いがあるのだ。

 赤司自身特に気にすることはないが、インターハイ優勝でバスケ部の待遇は跳ね上がることになる。

 ならば、ここは大人しく従うのも一つの手だ、と言うのが表向きの理由である。

 

 裏の理由として赤司の趣味の一つである『途中で最強メンバーへの入れ替え』という設定を使いたいからである。 

 

 「理屈はわかったっすけど、黒子っち達の試合じゃなくてもいいんじゃないんっすか?」

 

 それでもやはり黒子とフルで戦いたい黄瀬は代案を唱えるが、今度は赤司が否定する。

 

 「そうなると無失点記録が消えるだろう?」

 

 予選からパーフェクトスコアが続いている現状を、赤司は崩したくなかった。

 控えのあのメンバー四人を入れて、流石に無失点で抑えれると思うほど、赤司は楽観的ではなかった。

 ならば、せめて決勝まではその記録を続けたいというのが赤司の考えである。

 

 そしてもう一つだけ、決勝で控えを使う理由があった。

 

 「それにわかっているだろう。 黒子達誠凛でも僕達の敵ですらないことを」

 

 赤司は、誠凛の一回戦を見て、一回戦の相手だった桐皇と同様にパーフェクトスコアで抑える自信があった。

 二年のメンバーは他のインターハイ選手に比べて同等、もしくは少し劣る程度で、エース火神も赤司達五人の誰かがつけば完封するだろうと考えていた。

 百戦錬磨の黒子も、赤司の眼から逃れることはできない。

 

 そう感じ取ったのは赤司だけではなかった。

 

 「まあ、そうっすけど」

 「確かにそうだよねー黒ちんは頑張ってたけど、あとは雑魚ばっかりだったしー」

 「エースの火神というのも飛ぶだけのノミだったのだよ」

 「ちっ、テツの眼も曇ったのかよ」

 

 四人全員が誠凛は敵ではなかった。

 ―――自分が負けるはずがない。 自分の力を絶対的に信じ、チームメイトは自らが認める好敵手達である。

 ゆえに自分達が最強だということを理解していた。

 

 「そういうことだ。 まあ、お前達は第二クォーターもしくは後半からでも出すつもりだ」

 

 ハンデにはちょうどいいだろう、という赤司の言葉に、黄瀬が渋々といった様子で頷いた。

 

 「まあ、納得はしてねぇっすけど、わかったっす」

 「俺は赤ちんの指示に従うよー」

 「どのみちお前が意見を変えることはない」

 

 黄瀬に続くように紫原と緑間も一応の同意を示した。

 まだ返事をしていない青峰に視線が集まると、青峰は舌打ちをつく。

 

 「で、どうする?」

 「ちっ、第一クォーターだけだ。 第二クォーターからは俺も出る」

 「いいだろう。 ただし出るからには―――本気を出せ」

 

 赤司という王の命に、最強の騎士が静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 誠凛高校でビデオ観賞を行っていた黒子と火神だが、突然、今吉に呼び出されて桐皇学園高校を訪れていた。 

 

 「忙しいところ申し訳ございません」

 「かまへん、かまへん。 こっちも一回戦で負けて暇しとったところや」

 

 今吉の言葉を聞き、火神が入り口から体育館の中を覗き見る。

 体育館には三人ほどがシュート練習をしているだけだった。

 

 「何か人が少なくない……すか」

 「……ああ、試合が試合だったしな。 レギュラーで来とるんは、わいと若松だけや」

 

 今吉の言葉を聞き、再び火神と黒子が体育館を覗くと、確かに三人のうち一人は若松だった。

 試合中、あんなにほえていた若松が今は黙々とシュートを放っていた。

 しかし、そのシュートは外れ、若松は黙りこんだままボールの方へと歩いて行った。

 

 「他の三人は?」

 「田中と諏佐は……まあ気分転換と受験に備えてってところやな」

 「じゃあ、桜井は?」

 

 何でもないように尋ねた火神の質問に、今吉は一瞬言い淀んだように唾を飲む。

 そして、覇気のない笑みを浮かべて答えた。

 

 「桜井は……辞めてもうたわ」

 「はぁっ!? 何で」

 

 今吉の発言に火神は思わず大声を上げた。

 試合で戦ったとはいえ、火神は同じ一年として桜井のことをライバル意識していた。

 勿論、同じシューターである日向も桜井のことを認めていただろう。

 ゆえに、桜井がバスケ部を辞めたことが信じられなかった。

 そんな火神の反応に、今吉は呆れたように答える。

 

 「そりゃあ見ればわかるやろ」

 

 その言葉に火神は息をのむ。

 あの元気の塊であった若松ですらあの様子だ、桜井も同等のダメージを受けていてもおかしくはなかった。

 何より、試合を終えた時の桜井の表情は、完全に心が折れていた。

 

 「桜井もそれなりに自尊心が強い奴や。 特にスリーにかけてのな。 けどあの試合で完全にそれが打ち砕かれてしもた」

 「緑間君……ですね」

 

 「まあ、あと黄瀬もやな。 ワイら三年もかなりへこんだし、自尊心も傷つけられた。 けど桜井は一年や。 余計にダメージがあったんやろな」

 

 今吉達三年は残すはウィンターカップのみ。

 しかし、一年の桜井は丸三年間キセキの世代たちと競わなければならない。

 その事実が桜井の重荷になったのだろう。

 

 「実際、あの試合の後に若松と桜井が言い争いになって、うちのチームは完全に壊れてもうたわ」

 

 力無く笑う今吉の姿に黒子達は言葉を無くす。

 赤司達は勝利だけではなく尊厳すら奪ってしまった。

 

 「ウチだけじゃない。 前日に練習試合を行った正邦と秀徳も一年の退部者が出たらしいわ」

 「っ!! まさか、津川と高尾……すか」

 

 桜井だけではなく、他のライバル達が潰されていたことに火神は再び大声を上げる。

 

 「特に正邦の方は、古武術バスケも試合中に模倣されたようで、部全体にダメージを受けとるらしいわ」

 

 恐らく来年からは正邦は王者とは呼ばれへんな、という今吉の言葉通りとするならば、東京区は桐皇、正邦、秀徳の三校が潰されたことになる。

 

 「マジかよ……」

 「あいつらは化け物や。 全てを喰い尽す、な」

 「……そうですね。 昔、赤司君が言ってました」

 

 日本のバスケを変える、と―――

 赤司の言葉を聞いた今吉は、大きくため息を吐いた。

 

 「流石はキセキの世代やな……正直二度と試合したくないわ」

 

 自分らも気をつけるんやで、最後にそう言って今吉は体育館に向かって歩いていく。

 その後ろ姿は弱々しく悲しいものだった。

 

 「火神君、彼らは化け物です」

 「は、元々キセキの世代をぶっ倒すって決めてたんだ。 全員相手はちょうどいい」

 

 散って逝った戦友達の思いを乗せ、黒子達は戦うことを決めた。

 次の日、赤司達黒帝は、二回戦の相手である神奈川の雄、海常高校を279対0で破った。

 こうして赤司達の進撃は続く。

 



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名剣ドラグヴァンディル

感想の返しですが、もう少しで最終回ですので、完結後に返信しようと思いますのでご了承ください。


 インターハイ三日目。

 赤司達は、秋田代表陽泉高校を251対0で粉砕し、黒子達も接戦の末勝利する。

 試合を終えた黒子達は、帰りに近くのファミレスに寄ることにした。

 

 「お、誠凛の皆さんじゃないっすか?」

 「高尾……」

 

 案内されたテーブルの隣で、高尾がご飯を食べていた。

 その傍らには求人雑誌などが置かれており、バスケ用の鞄は置いてはいなかった。

 そんな彼の向かい席に火神と黒子が座る。

 

 「インターハイの帰りのようっすね」

 「それより、何でバスケを辞めたんだよ?」

 

 飄々とした態度は変わらず、気安い態度で声をかけてくる高尾に思わず火神は問いかけた。

 それでも高尾の態度は変わらなかった。

 

 「へぇ、どこで仕入れたの、その情報」

 「そんなことどうでもいいんだよっ!! それよりリベンジするんじゃなかったのかよっ!!」

 「火神君、落ち着きなさい。 お店の中よ」

 

 怒鳴り声を上げる火神に対し、リコが肩を叩いて注意した。

 しかし、彼女も理由は気になるのだろうか、視線を高尾に固定したままだった。

 

 「すんません……」

 「火神君の真似をするわけじゃないんですが、どうして?」

 

 大人しく椅子に座る火神に変わり、今度は黒子が問いかけた。

 そんな黒子を見て、高尾は初めて笑みを崩した。

 

 「それをお前が聞くんだ?」

 

 笑みが崩れ、ため息をついた高尾はゆっくりと説明を始めた。

 

 「俺さ、中学の時、帝光にボコボコにされたのね」

 

 その事実は黒子も初めて知った。

 しかし、帝光は全国で猛威を振るっていた中学最強である。

 ゆえに、珍しいことでもなかった。

 高尾も黒子や桃井が覚えていなかったことに、特に気にした様子もなく話を続けた。

 

 「で、高校に入ってさ、いつかリベンジしてやろうと思ってたわけ」

 

 ―――けどあいつら、全員京都行ったんじゃん?

 そう言った高尾の声はどこか安心したようで悔しそうに聞こえた。

 

 「なら全国で、って誠凛に負けたんだけど、まあ、それはいいんだけど、で、五日前に何故か練習試合することになったんだよ、正邦と合同で」

 

 合同練習については今吉から聞いていた。

 その試合が原因で、高尾がバスケ部を辞めたことも。 

 

 「連続でかかってこいっていうから、まあこっちも本気で潰してやろうと思ってたんだけど、な」

 

 確かに癪に障る話だろう。

 秀徳も正邦も東京三大王者である。

 プライドも自負も持ち合わせていた。

 

 「始めは正邦だった。 最初は静か―――なんて甘いものじゃなかった。 試合開始早々、緑間のスリーが決まり、リスタートの際、一瞬で青峰がボールを奪ってダンク。 その後タコ殴りで第一クォーターは62対0だったかな?」

 

 ほぼその時点で試合は終わっていたのだろう。

 赤司達の試合運びは、第一クォーターで心を折るほどのエグイものだった。

 

 「第二クォーターに入っても勢いは収まらなかった。 途中、紫原がダンクでゴールを壊したりしてたけど、終始キセキの世代のペースだった」

 

 紫原のゴールの下りで日向がウーロン茶を吐き出していたが、特に誰も気に留めることなく話は続く。

 

 「で、100点くらい取られた頃だったかな。 黄瀬が津川についたんだ」

 

 ―――で、ご自慢だった古武術バスケをパクられて、そのまま瞬殺されたってわけ。

 高尾の言葉に、誠凛バスケ部全員が息を呑んだ。

 そして、同時に津川が辞めた理由、そして正邦が潰れた理由も理解した。

 津川にしてみれば中学の時、競っていた黄瀬に瞬殺されたうえ、苦労して習得した古武術バスケも模倣されたのだろう。

 彼の性格上、心が折れたに違いはなかった。

 残る正邦部員、特に三年や二年は、数分で全てを模倣され、上回れたことがショックだったのだろう。

 

 「その後、取り乱した津川がファールを連発して、ファールトラブルで退場。 で、目出度く250対0のキセキのゲームが終わりってわけ」

 

 250対0。

 間違いなく赤司が設定した試合プランそのものだったのだろう。

 実際、予選の試合は全て250対0で終えていた。

 

 「で、ウチも同じようにぼこられて、終わった時に聞いたんだよ」

 

 ―――また、負けた。 次こそリベンジしてやるって。

 高尾のことだから笑みを浮かべてそう言ったのだろう。

 内心、腹が煮えかえるほどの悔しさを秘めて。

 

 「そしたら、緑間の野郎――――きょとんとした顔で『何の話なのだよ』って、その後、緑間が他の四人にも聞いて、誰も俺のことは覚えてなかった」

 

 忘れられていたのは別によかった。

 実際、何百もの戦ってきた相手を覚えるのは困難だっただろう。

 しかし、高尾が折れた言葉は次に発せられた。

 

 「最後に赤司が『次は覚えておくよ、鷲尾君』だってさ」

 

 名前を間違えた。

 そうではないのだろう。

 赤司や他の四人は覚える気も興味もなかった。

 正邦と秀徳と戦ったのも、恐らく黒子達が戦った相手だったからだろう。

 

 「そしたら思わず笑えてきてさ、何かどうでもよくなった」

 

 気が抜けたような声で高尾は説明を終えた。

 笑みを浮かべてはいたが、右手は震えていた。

 それ見た火神は尋ねるしかなかった。

 

 「バスケは……嫌いになったのかよ?」

 「嫌いになったんじゃない、どうでもよくなったんだよ」

 

 説明が終わり、用も終えていたのだろう。

 立ちあがった高尾は、レシートを取るとそのままレジの方へと歩き出す。

 

 「まあ、俺から言えることは一つ。 アイツラと試合する前に負けた方がいいってこと」

 

 立ち止まり、振り返ることもなく、高尾は最後にそう言った。

 ファミレスを去ろうとする高尾の後ろ姿に火神は叫ぶ。

 

 「っ!! 高尾っ!! 俺達とアイツラは決勝で当たるっ!! 絶対に勝つからお前も見にこいっ!!」

 

 火神の張り上げるような声に、高尾は右手だけを上げた。

 そして、誠凛高校バスケ部はファミレスから追い出された。

 

 次の日。

 赤司達黒帝は、福田総合学園を281対0で破った。

 黒子達誠凛との戦いの日は近い。

 



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名剣フローレンベルク

 準決勝は終わった。

 インターハイの覇者を決める戦いは、黒田帝興高校と誠凛高校となった。

 奇しくも帝光中学にて、共に汗を流した者同士の戦いとなった。

 

 そして今日、その戦いに幕が開ける。

 

 

 「よっしゃっ!! 今日もやるっすよ!!」

 

 試合が待ちきれないのか、控室でスクワットを繰り返す黄瀬に、赤司は携帯を手放して話しかける。

 

 「涼太、随分ご機嫌じゃないか?」

 「そりゃそうっすよ!! 相手は黒子っちっスよ?! 燃えるに決まってるっす」

 

 友である黒子と試合できることが嬉しいのだろう、普段以上に能天気な黄瀬を、青峰は鼻で笑う。

 

 「はっ、ガキかよ」

 

 普段通りのニヒルな笑みを浮かべる青峰だったが、額には大量の汗を滲ませていた。

 既に臨戦態勢な青峰を見て、今度は黄瀬が鼻で笑い返した。

 

 「何言ってるんスか、青峰っちも今日は、既にばっちりアップしてきてるじゃないっすか」

 「ああ?! 俺は、第二クォーターから出るから早めにしてただけだ!!」

 

 黄瀬にからかわれた青峰は大声を挙げて反論する。

 が、そもそも、第二クォーターから出るならば第一クォーター中にアップをしておけばいい話であった。

 つまり、青峰も黄瀬同様に元・相棒との対決を楽しみにしていたのだった。

 

 じゃれ合うように絡み合う二人に、今度は緑間が呆れた視線を向ける。

 

 「ふう、馬鹿が多すぎるのだよ」

 「そういう緑間っちが一番馬鹿っすよっ!!」

 「何デケェもの持ってきてんだ」

 

 緑間だけには言われたくない、と二人は控室の隅に視線を向けてそう言った。

 だが、当の本人の緑間はどこか得意げに眼鏡のつたに指をかけて持ち上げる。

 

 「ふ、今日のオハスタのラッキーアイテムは信楽の狸なのだよ」

 「で、順位は何位だったんだ?」

 「……5位だ」

 

 赤司の突っ込みに、緑間は気まずそうに口を開く。

 そして緑間の危惧したとおりに、二人は動き出す。

 

 「微妙っ!! 何かそれなら最下位とかの方が面白かったっす」

 「だから、眼鏡はつまらねぇっていわれんだよ」

 「占いに面白いもないのだよっ!! あと青峰、お前はいい加減にするのだよ!!」

 

 緑間に口撃を仕掛ける青峰と黄瀬に、緑間も応戦するが戦況に変化が出ることはなかった。 

 

 「けど、この置物三体持ってきて現れた時、色々と心配したっす」

 「ああ、主に頭とかな」

 

 黄瀬と青峰の視線の先には、信楽の狸―――三体が控室の隅で陣取っていた。

 青峰の心配もそうだが、緑間自身、今日の占いを気にしていたことになる。

 だが緑間がそんなことを認めるはずもなく、ベンチに持っていく用の手のひらサイズの信楽の狸を握りしめて口を開く。

 

 「上等なのだよ。 今日の試合が終わったら、いい加減決着をつけてやるのだよ」

 「は、それはこっちの台詞だ。 いい加減その眼鏡をかち割ってやるぜ」

 

 青峰の眼鏡に対する執着は置いておくことにした赤司は携帯で時間を見た。

 

 「時間だ」

 

 騒ぎで五月蠅かった控室が一気に静まり返る。

 赤司が周囲を見渡すと、既に戦闘態勢に入った最強の四人のパートナーがこちらに視線を合わせてきた。

 そんな彼らの頼もしさに赤司は思わず笑みを溢す。

 

 「さて、まずは日本一だ」

 

 赤司の言葉に四人は頷いた。

 彼らの目標の通過点が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 アップを終え、センターラインに集まる両校。

 ベストメンバーを揃えてきた誠凛に対し、黒帝は赤司のみがスタメンだった。

 他の四人の控え選手は、インターハイはおろか、地区予選の決勝も出たことはない。

 ゆえに辺りをキョロキョロと見渡したりと、落ち着かない様子だった。

 黒帝ベンチには顧問らしき男が、奇声のような大声を上げていた。

 

 そんな黒帝を見て、火神は舌打ちをうつ。

 伊月も日向も内心舐められていることに怒りを感じているだろう。

 だが、黒子はそんなことはどうでもよかった。

 目の前には、約束を交わした赤司がいた。

 

 「テツヤ、こうして君と戦えるとは感慨深いよ」

 「僕もです。 赤司君」

 

 手は交わすことはない。

 赤司と黒子が行うべきことはそんなことではなかった。

 互いの理想をぶつけ、打ち砕くことであった。

 

 ジャンプボールを行われるの、火神と、黒帝控え三年の元キャプテン須藤である。

 絶対的なジャンパーである火神に対し、背だけが高い須藤では勝ち目がなかった。

 

 「おらっ!!」

 「うおっ」

 

 あっさりと火神がボールを叩き落とすと、ボールをキープしたのは誠凛ポイントガードの伊月である。

 伊月の前に立ち塞がったのは、いち早く反応した赤司。

 だが、すでに伊月はバックパスを終えていた。

 

 「いきます」

 

 伊月の後ろから現れた黒子の秘技が炸裂する。

 『加速する(イグナイト)パス』

 キセキ世代しか取れなかった超高速パスである。

 

 「なんだ、あのパスはっ!!」

 「早ぇっ!!」

 

 コートを横断するパスに観客が沸く。

 そんなパスの受け手となったのは火神だった。

 ボールを受けとった火神の前に立ち塞がったのは、黒帝三年、樫咲と漆原である。

 だが、火神は冷静にボールを日向へと回し、フリーとなっていた日向がシュートを放つ。

 

 「おしっ!!」

 

 「先制は誠凛だっ!!」

 

 黒帝の地区予選からの無失点記録はここで途切れた。

 と同時に誠凛は初めて傷をつけたチームとなった。

 

 その事実が黒帝控えメンバー四人を焦らすことになる。

 早々とボールを出した須藤から、漆原へとボールが渡る。

 そんな不用意にプレーに、赤司が声を上げる。

 

 「っ! 後ろだ」

 「え」

 「悪いですが、逃げ切らせてもらいます」

 

 現れたのは黒子であった。

 一瞬のうちに現れた黒子が漆原からボールをスティールすると、そのままボールを大きくバウンドさせた。

 

 「だらっ!!!」

 

 それを空中で受けとった火神は、そのままゴールへとボールを叩きつけた。

 それは一瞬の出来事であった。

 変則アリウープを決めた火神は、火の灯った熱い視線で赤司を睨みつける。

 

 「舐めんじゃねぇぞ、キセキの世代」

 

 宣戦布告、だ。

 そう言うかのように、火神は悠々と自陣へと戻る。

 そのそばには影となる黒子。

 

 「ふ、なるほど。 イグナイトを取れるものがいたとはね」

 

 イグナイトを取れるということは、キセキの世代級なのだろう。

 そう―――所詮はキセキの世代級なのだ。

 

 想定よりは上だが、理想には満たない火神のプレーを読み切った赤司が動く。

 リスタートした漆原からボールを受けとると、赤司は悠々とそして堂々とした動きで、センターラインを横断した。

 

 「が、特に支障はない」

 

 スローペースから一転、ハイスピードへと切り替えた赤司は、油断していた火神をぶち抜くと、そのまま誠凛ゴールへと向かう。

 そんな彼の目の前に現れたのは、日向と伊月である。

 しかし、赤司にはその程度は無意味であった。

 

 「跪け」

 「なっ!」

 「っ!」

 

 『アンクルブレイク』

 日向と伊月の足場を崩した赤司は、悠々とゴール前に斬り込んでいく。

 そして最後の壁となった水戸部の足元を抜くように叩きつけられたボールを受けとった二年、朱鷺堂のレイアップがゴールネットを揺らす。

 

 「一つ、教えておこう。 この状態でも易々と第一クォーターを渡すわけない、と」

 

 華麗なまでのゴール演出を決めた赤司は、不敵な笑みで黒子を見た。

 第一クォーターも試合も始まったばかりである。

 こうしてインターハイ決勝は、始まった。

 



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神剣フラガラッハ

 第一クォーター三分を終えて、ゲームを優勢に運んでいたのは誠凛だった。

 だがスコアは6対12と、完全には流れを奪ってはいなかった。

 

 キセキの世代が投入されていない今で、大差を奪うしか誠凛には勝つ方法はない。

 だが、流れが乗れそうなポイントで、赤司が確実にぶった切ってくるのだった。

 

 その様子を見ていたリコが、最初のタイムを取った。

 汗を拭き、ドリンクを飲むメンバーに気負いや疲れは感じさせなかった。

 

 「流石はキセキの世代の司令塔ね。 うまく人を使っているわ」

 「ああ、確かにな。 他の四人のプレッシャーはまったくねぇ。 実際、あいつらがミスをしていなければ、もっと競ってたはずだ」

 

 スコアも流れも完全に誠凛のはずだった。

 だが、赤司の冴え渡るアシストにより黒帝に得点を許していた。

 言っては悪いが残り四人の弱小メンバーで、得点を許したのは赤司の存在のせいだろう。

 だが、それ以上に問題なことがあった。

 先程から黙りこんでいる火神である。

 

 「火神君、赤司君へ領域に入るようなプレーは禁ずるわ」

 「けど、あいつを倒さないことないはっ!!」

 

 火神はあえて赤司に挑戦するために抜きにかかった。

 だが、二本とも赤司に阻まれ、失点を生む結果となった。

 強い奴と戦いたい、エースである火神の想いと誇りがこの場では悪循環となっていた。

 

 「バスケはチームでやるものよ。 個人の勝敗で決まるものではないわ」

 「僕も監督さんに賛成です。 赤司君の眼は完璧ですし、彼の領域に入ることは得策ではありません」

 

 リコの判断と指示に、黒子も賛同を示す。

 赤司は他の四人に比べて身長や身体能力が低い。

 それゆえに守備範囲だけならば、最強の盾である紫原に劣る。

 だが、赤司の眼の届く範囲では敵はいなかった。

 つまり、赤司を1ON1で抜こうとすること自体が自殺行為である。

 

 「そうね。 単体で戦って初めて彼の真価が理解できたわ。 向こうもあのメンバーで負ける気はさらさらないんでしょうね」

 

 舐められて控え四人を入れていたが、もしかすると赤司本人はそれで抑えるつもりだったのかもしれない。

 リコの言葉に皆が頷く中、一人黒帝ベンチを見ている者がいた。

 ただ疑惑の眼を向ける―――桃井に黒子は声をかける。

 

 「桃井さん?」

 「えっと、少し気になることが……」

 「どうした?」

 

 何か気になることがあるのか、珍しく困惑している桃井に日向が尋ねると、桃井は説明を始めた。 

 

 「彼のプレーが私の想定通りなんです」

 

 データ取りのスペシャリスト、相手の成長すら読みとる桃井の眼力は、キセキの世代も認めていたほどである。

 ゆえに、その事実は別に可笑しいものではなかった。

 そのため、小金井が不思議そうに口を開く。

 

 「え、っとそれは桃井のデータ取りが完璧だったってことじゃないの?」

 「いえ、他の四人は明らかに私の想定以上のレベルアップをしていました。 それなのに赤司君だけ当てはまることに違和感があります」

 「あと、僕も少し気になることがあります」

 

 桃井と同様に黒子も一つ気になったことがある。

 

 「ベンチにいる四人が大人しすぎます」

 

 置物のように静かに試合経過を眺める青峰達。

 その姿はまるで―――

 

 「観察?」

 「恐らく、赤司君の指示だと思います」

 

 でなければあの四人が大人しくしているはずがなかった。

 もしかすると、控え四人が出てきたのには、他にも意味があるかもしれない。

 黒子には赤司の深謀を読み切ることはできない。

 だが、それでも一つだけ言えることがある。

 

 「彼は何か恐ろしいことを企んでいるかもしれません」

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 タイムを終え、誠凛に動きがあった。

 赤司の前に伊月が、後方には黒子がつき、周囲では日向が様子を見ていた。

 赤司封じ。

 第一クォーターは全て赤司が得点に絡んでいた。

 つまり、赤司さえ封じれれば、他の四人は何もできなくなる。

 誠凛達の戦術に赤司は笑みを浮かべる。

 

 「なるほど、そう来たか」

 「はい、赤司君には仕事はさせません」

 

 視野の広い伊月で、動きを捉え、影である黒子が障害になる。

 それだけでは赤司を封じることはできないが、間違いなく抑えられていることに間違いない。

 一定の距離を保つ日向が最後の防衛ラインだった。

 一人に常に二人から三人がつく大胆な布陣。

 

 リコはこの布陣が嵌まっていることに、思わず頷く。 

 

 「あのチームは赤司君がいて成り立っていたもの。 ならばその支柱を引き抜くと、おのずとボロが出るわ」

 「赤司君にボールを触れないようにすること、それだけで相手の得点源は奪える」

 

 リコと桃井の思惑通りである。

 しかし、そうなると黒帝控え四人を火神と水戸部で相手しなければならないが、そちらに至っては問題はなかった。

 

 「しゃあっ!!」

 

 火神は間違いなく天性の素質を秘めている誠凛のエースである。

 万年一回戦敗退の予備メンバーが相手になる相手ではなかった。

 

 「火神くんに任せます」

 「並みの選手では彼を止めることはできないようだな」

 

 「なるほど、『鷹の眼(イーグルアイ)』を持つポイントガードと『影』のテツヤか。 確かに僕の身体能力を考慮しても抑えること、最低でも僕の足止めはできるようだね」

 

 黒子と伊月に囲まれ、赤司は第一クォーター中一度もボールを触れることがなかった。

 まるで既にやるべきことを終えたかのように。

 その姿は、黒子には不気味に見えた。

 

 時計の針は刻一刻と動き出し、そして第一クォーターを終えた。

 スコア 6対32。 誠凛優勢で終えた。

 

 「けど、これは予定通りさ」

 

 ベンチに下がる際に、赤司がそう言ったことに誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

 



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魔槍ガ・ジャルグ

青峰無双の回です。


 第一クォーターを終え、ベンチに戻ってきた赤司に、青峰がドリンクを投げ渡す。

 

 「ちっ、赤司。 負けてんじゃねぇか」

 「試合を見ていただろう? いくら僕でも無理さ」

 

 そういう赤司だが、無理というわけではなかっただろう。

 赤司ならば一瞬の隙をつくことも、堂々と抜けることも可能だった。

 が、赤司はその選択をしなかった。

 

 「ち、まだあの『眼』は解放していないんだろう?」

 「あれは流石に消耗が激しいんでね。 後半から使わせてもらうよ」

 

 赤司はタオルで汗を拭きとりながら答える。

 『眼』は消耗が激しい。

 ゆえに赤司は種をばら撒いた後の、後半で使うつもりであった。

 新たな布陣と、とっておきの策略と共に。

 

 青峰と話していると、黄瀬がニヤニヤと笑みを浮かべて口を開く。

 

 「赤司っち、ぼこぼこじゃないっすか?」

 「中々面白かっただろう?」

 

 赤司の言葉に、欠伸を繰り返す紫原がやる気のない声で答える。

 

 「笑えるけどー、控え四人の雑魚具合がムカつく」

 「あと、顧問だな。 あれは五月蠅すぎるのだよ」

 「実際指示とか送らないで、ただ『いけっ!!』とか『そこだっ!!』とかしか言ってなかったっすからね」

 

 紫原の意見に同意するように、緑間と黄瀬も呆れたようにベンチの端で話している顧問と残りの四人の控え達を見ていた。

 頑張れなど、反応を早く、という曖昧なアドバイスしか送らず、戦術対策など全く口にしていなかった。

 だがそれも赤司の予定の一つだった。 

 

 「これで、学校への土産ができたよ。 『インターハイ優勝校にあの顧問は相応しくない』という報告がね」

 「すげーめんどくさかったっスね。 高校のバスケ部に入ってから一番疲れたっスよ」

 

 赤司は、黒田帝興高校に来て、まず一番最初に考えたのは顧問の排除である。

 最初の頃は、何も言わなかったので放置していたが、インターハイを勝つ抜くにつれ、傲慢になりつつある山田顧問は、赤司にとって悪害でしかない。

 来年度から名将と呼ばれる監督を引き込みたいと思っているので、山田顧問にはこの大会でサヨナラをしてもらうつもりだった。

 そのために黄瀬に、試合のビデオを取ってもらうように見せかけて、控えの四人の使え無さと顧問の無能を撮り続けていたのだった。

 

 「まあ、山田先生にも他の四人にもいい思い出話ができてよかったじゃないか。 来年以降からは全て僕に任せてもらうが」

 

 今年一年は―――というより赤司自身それなりの指揮はできるつもりなので、監督自体は不要だった。

 赤司達は特にゲーム運びについて話すこともなく、第二クォーターの時間が迫っていた。

 

 「おっ、第二クォーターが始まりそうっすね」

 「さて、では青峰、予定通り頼むよ」

 

 時計を見ていた黄瀬の隣に座った赤司の代わりに、コートに立つのは青峰である。

 そんな青峰を見て、黒子は一瞬目を見開く。

 

 「っ?! 青峰君……」

 「よう、テツ」

 

 青峰が黒子に何でもないように返事をすると、黒子は黒帝ベンチに視線を向けた。

 

 「赤司君が下がりましたか」

 「ああ、第二クォーターは俺が自由に動かせてもらうぜ」

 

 赤司が出ないことが意外だったのだろう。

 だがすぐに気持ちを切り替えた黒子が、青峰に鋭い視線を向けるとその背後から―――

 

 「よぅ、お前が青峰か」

 「誰だてめぇ?」

 

 火神が現れた。

 元相棒と現相棒の出会いだったが、火神と違い青峰の反応は冷めきっていた。

 

 「キセキの世代で一番強いのがお前なんだろ?」

 「はぁ……なんだこいつ」

 

 キセキの世代エースと戦えることに喜びを感じているのか、好戦的な笑みを浮かべる火神に、青峰は呆れたようにため息をついた。

 

 「強い? キセキの世代? その時点でお前に興味はねぇよ」

 

 それだけ言うと青峰は自陣へと入り、黒子達も戻る。

 そして第二クォーターが始まって三十秒。

 青峰にボールが渡り、その前には火神が立ち塞がった。

 

 「ちょうどいい、せっかくだから見てやるよ」

 「っ止めるっ!!」

 

 新旧相棒対決は、あっさりと終わることになる。

 青峰の鋭いドリブルで、火神を置き去りにした。

 

 「はい、よくがんばりましたってか」

 「な」

 「お前、びっくりするほど淡いわ」

 

 火神を抜き去った青峰の進撃は止まらない。

 目の前に立ち塞がった日向と伊月、水戸部を前にしても余裕の笑みを崩さない。

 

 「三人がかり……いや」

 「くっ」

 

 後方からの黒子のスティールをかわし、青峰はゆっくりとボールをつき始める。

 

 「テツ、俺にはきかねぇよ。 それに四人だろうが、俺には無意味だ」

 

 緩和からの急激な速度変化、そしてトリッキーなボール扱いにより、一瞬のうちに黒子達の包囲から抜ける。

 

 「な、なんだアレは!!」

 「四人同時抜きっ!!」

 

 あっさりとゴールを決めた青峰に、観客の歓声が集まる。

 そんな中、黒子は昔以上にキレている青峰に、驚きを隠せなかった。

 

 「『変則ドライブ』ですか」

 「まあ、これは序の口だ」

 

 誠凛ボールとなり、受けとった火神はカウンターを仕掛けるが、その前に一瞬で追いついた青峰が立ち塞がった。

 

 「くそっ!!」

 「お、火神だっけ? どうだ、試してみるか?」

 「ぶち抜いてやるよ!!」

 

 火神は青峰にも劣らない鋭いドリブル突破で切り抜けようとするが、既にボールは宙を舞っていた。

 

 「馬鹿かてめえ、軽い挑発に乗ってどうする?」

 「青峰君っ!!」

 

 火神から奪ったボールをつき、再び誠凛ゴールへ向かう青峰に、黒子が立ち塞がる。

 そんな黒子を見て、青峰は一呼吸、間を置いた。

 

 「テツか、ちょうどいい。 お前に見せたいものがある」

 「え」

 

 その瞬間、青峰は黒子の横を抜け、シュートを放ってゴールネットを揺らした。

 その間、黒子は足を縛られたかのように、その場で立ち尽くしていた。

 

 「何これ……」

 

 そう漏らしたのは誠凛ベンチで試合を見ていたリコである。

 その隣では青峰らしからぬプレーを見た桃井が声を上げることもできず、リングを潜ったボールを見ていた。

 

 「すげぇ何か見惚れちまった」

 「今、二回シュートしなかったか?」

 「馬鹿、今のは二回シュートしたんだよ」

 

 歓声は起きなかった。

 だが、あちらこちらでざわめく声が聞こえ、大半の人間は青峰のプレーに見惚れてしまっていた。

 それは観客だけではなく、誠凛ベンチも同様だった。

 

 「シュートフェイント後にドライブ、そしてシュート」

 「言葉通りなら簡単なプレーよ。 けど、今のはまるで別物よ」

 

 まるで―――舞踊のようだ。

 リコの言葉に、桃井は思わず唾を飲む。

 幼馴染であるゆえに桃井は、青峰のことを理解していた。

 ゆえに彼の進化が末恐ろしく感じた。

 

 突然湧き上がる歓声の中、黒子は眼を見開いて青峰を見る。

 

 「青峰君、それは」

 「あれから少し練習をしてな……」 

 

 青峰が行った練習、それは基礎の練習だった。

 変幻自在の無軌道ドリブルに大きな欠点があるとするならば、それはスタミナ消耗だろう。

 そもそも急停止からの加速や変速の切り替えと体力を消耗するプレーが多く含まれており、言うならば古武術バスケの逆である。

 青峰と言えど、高校一年。 体はまだ完全には出来上がっておらず、無理をすれば壊れてしまう。

 そこで、赤司は考えた。

 青峰のプレースタイルをもう一度見渡すべきだ、と。

 

 そこで練習をさぼって怠けていたことを含め、基礎を徹底的に磨き上げ、体作りと体力上昇に時間を注いだ。

 シュート、ドライブ、パス、フェイント、バスケの基本を徹底的に、だ。

 その指示に青峰は従順な程に行った。

 黄瀬という存在が、青峰の意識を変えたのだった。

 黙々と基本だけを行う日々。

 そんな日々を繰り返していくうちに、青峰は自分の体の変化に気がついた。

 そしてプレーにも影響が出始めた。

 黄瀬の完全コピーを、完璧に上回ったのだ。

 トップスピードが上がった。 切り返しがよりスムーズになった。 ボールが吸いつくようになった。 前ほど疲れなくなった。

 そして―――バスケの楽しさを思い出した。

 試合に勝つことが嬉しかった。

 だが、それ以上にシュートを撃つことが、パスを出すことが、フェイントができることが、ドリブルができることが、リバウンドができることが―――ボールを触れているだけで楽しかった。

 バスケをしていることが楽しかった。

 

 そして、青峰は黄瀬を抑えて絶対エースとして君臨した。

 元々のプレースタイル変則式フリースタイルの『動のドリブル』と、基本を抑えた正典のような『静のドリブル』を手に入れたのだった。

 

 青峰のプレーに誠凛に動揺が走り、ファンブルしたボールを青峰が奪う。

 

 「青峰君っ!!」

 「で、だ、それを組み合わせると」

 

 その瞬間、青峰の体がブレ―――二人になった。

 ただ茫然と立ち尽くす黒子を抜き去り、青峰は無人のゴールへボールを叩きつけた。

 

 『無限疾走(インフェニティドライブ)

 『動』と『静』を合わせて造られた青峰だけのドライブ。

 『動』のプレーの特性である無軌道さと緩急に、『静』のプレーで培った無駄の削り、滑らかな動き、体力の消耗を抑えた青峰の新技。

 それは何人ともに止められない絶対的ドライブであり、仕掛けられたものには青峰が二人に増えたように錯覚する超高速フェイントと切り返し、ドライブを組み合わせたものであった。

 

 『青峰大輝 神速への道』

 

 これが青峰のゾーンを除く全力プレーだった。

 火神を抜き去り、黒子を振り切り、伊月と日向の間を滑り、水戸部を股を抜く。

 そして戻ってきた火神すら空中でロールしてかわし、ゴールリングにボールを叩きつけた。

 スコア 10対32。

 じりじりと黒帝が追いつき始めた。

 

 青峰の真価は敏捷性である。

 ゆえにディフェンス面でもその効果を発揮する。

 

 「だから、遅ぇって」

 「しまっ」

 

 黒子のパスコースを読み切っていた青峰が、火神から奪うと一瞬のうちに誠凛リングに襲いかかる。

 

 「すげっ!!」

 「青峰一人で、追いついてやがるっ!!」

 

 観客の言う通り、青峰はオフェンスもディフェンスもほぼ一人で行っていた。

 ゆえに失点を許してしまうこともあるが、完全に青峰の得点力と誠凛五人の得点力では、青峰が上回っていた。

 その後も青峰はコート中を縦横無尽に駆け、誠凛ゴールを襲い続けた。

 スコア 39対44。

 第二クォーターを終え、得点差はたったの五点差。

 

 「まあ、とりあえずはこんなもんだろ」

 「そうっすね。 完全に追いついていたらこっちが楽しくないっすもん」

 「まあ、五点差なんぞないに等しいものだよ」

 「あーやっと出番?」

 「さて、いこうか」

 

 後半、ついにキセキの世代のベールが脱がれる。

 




あと誠凛戦が二話と最終回で残り三話でございます。
皆様の感想は読んでいます。
返信はネタバレ等もございますので、完結後に返信しようと思います。
七月完結目指します。


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名槍ガ・ボー

 後半、ついに現れたキセキの世代五人に対し、一気に会場のボルテージが上がっていくのを誠凛は感じていた。

 そんな空気に呑まれようとする部員達に、伊月と日向が前に出る。

 

 「こうなったら死ぬ気で喰らい尽くすしかないな」

 「全員死ぬ気でいくぞっ!!」

 

 日向の檄と共に、誠凛は再び力を取り戻し、コートへと戻る。

 最強の怪物を討ち果たす為に。

 

 そして隣では、赤司達黒帝も既に臨戦態勢に入っていた。

 『獅子搏兎』。

 帝光時代に学んだ赤司達のバスケ理念の一つである。

 前半試合に出ていなかった三人も、既に鋭い眼光が宿っていた。

 そんな彼らの一人である、黄瀬に赤司は声をかける。

 

 「さて、まずは予定通りいくぞ。 涼太」

 「気が乗らないっすけど、まあ赤司っちには逆らわないようにするっすよ」

 

 赤司の指示は黄瀬にとって気にいらないものだったが、リーダーの指示には従うつもりであった。

 黄瀬は、赤司の指示通り、誠凛の支柱である日向のマークについた。

 

 「っ!? 意外だな。 緑間がつくと思ったんだが?」

 「あー赤司っちの指示っす。 まずは相手の柱から圧し折れって言われましたから」

 

 赤司からのパスを受けとった黄瀬は日向の前でゆっくりとドリブルをし始め――

 

 「何?」

 「まあ、紫っち風に言うならば捻りつぶすってことっすよ」

 

 そして――動いた。

 『鏡の中の貴方』

 『変則(フォームレス)ドライブ』+『雷神ドライブ』

 

 黄瀬が選んだ技は青峰の変則ドライブと洛山の葉山の超高速ドライブを合わせた超速無軌道ドライブであった。

 青峰の『無限疾走』には劣るものの、間違いなく高校最速級のドリブルに、日向は反応すらできずその場で置き去れた。

 だが、黄瀬の攻撃はまだ終わらない。

 むしろ、これからが本番である。

 

 『誇りの強奪(プライドスナッチ)

 

 「なっ?!」

 「これはっ」

 「日向君のっ!!」

 

 誠凛がざわめく中、黄瀬はスリーポイントシュートを決めて、得点差を2点差へと縮めた。

 

 「次はそっちの番っすよ」

 「やろー挑発のつもりかよ」

 

 そしてボールは誠凛ボールとなり、伊月を中心としたラン&ガンで一気に黒帝コートへと侵入する。

 

 「させないよ」

 「くっ」

 

 伊月の前に赤司がさえぎり、その侵攻を防ぐ。

 黒子には緑間が、水戸部には紫原が、火神には青峰と黄瀬がついていた。

 『鷹の眼』で一瞬のうちに反応した伊月は、唯一マークがついていない日向にパスを送る。

 

 そのパスは絶妙なタイミングで日向に渡り、そしてスリーポイントシュートチャンスだった。

 

 「よしっ! 日向君フリーっ!!」

 

 そのプレーに思わずリコが声を上げる中、唯一黒子だけが今の一連のプレーに違和感を感じていた。

 そして赤司のあくどい笑みを見たその時、全てを理解した。

 

 「っ!! キャプテンっ!!」

 

 黒子の制止も空しく、ボールは日向の手から放たれる。

 弧を描いたボールはそのままリングに向かい―――リングに触れることすらなく、そのまま地面へと落下する。

 

 「な、にっ?」

 「日向がエアーボール?!」

 

 日向のあり得ないミスに撃った本人も同様に、誠凛に動揺が走る。

 それは火神も同様であり、リバウンドを遅れたタイミングでしてしまった。

 

 「はい、御苦労さまー」

 

 エアーボールしたボールを紫原がきっちりとリバウンドすると、そのまま動揺する誠凛に構うことなく緑間へとパスを送る。

 

 「油断し過ぎなのだよ。 黒子」

 「しまっっ!?」

 

 黒子が気づいた時には、既に緑間はシュート態勢に入っていた。

 そのままジャンプし、緑間が放ったボールは、コートの端から端まで大きく弧を描いて飛び、そしてそのまま誠凛ゴールを射抜いた。

 そこからの黒子の判断は適切だった。

 瞬時に黒子はタイムを取るようにジェスチャすると、その行動に桃井が気づいてリコに伝えた。

 

 そして開始二分で誠凛はタイムを取ることになり、得点は45対44と黒帝リードとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 ベンチに戻った黒子を待っていたのは、不満な顔を浮かべたリコだった。

 貴重なタイムアウトを使ったせいだろう。

 

 「黒子君どういうつもり?」

 「はい、そのことですが、キャプテンに聞きたいことがあります」

 

 時間はあまりない。

 黒子は先程から大人しい日向に声をかけた。

 

 「スリーを放った時、何か違和感を感じましたか?」

 「わからねぇ……あれは外す感じがしなかったような気がする」

 

 そう言って日向は頭を抱えた。

 たった一本のシュートミス。

 だが、日向にもあのミスがその程度のものではないということを感じたのだろう。

 絶望的な予感と共に。

 

 「やっぱり……そうなのかな?」

 「解りません。 ただ確かめるにもキャプテンに何度もスリーを撃ってもらうしかないですけど」

 「何度も撃つ余裕がないよね」

 

 桃井と黒子だけ全てを把握したように相槌をうつ。

 そんな彼らを見て、火神が苛立ったように声をかける。

 

 「って、どういうことだよっ!!」

 「簡潔に言います。 キャプテンのスリーポイントショットが奪われたかもしれません」

 「……どういうこと?」

 

 黒子の言葉に、リコもようやく状況の最悪さが理解できたのだろう。

 顔をしかめて尋ねるリコに、黒子は一連の状況を説明し始めた。

 

 「元・帝光バスケ部灰崎祥吾君のスキル『強奪』を喰らったかもしれません。 彼のプレーは黄瀬君のコピーに似通ったスキルで、ただ灰崎君の方は少し自分流にアレンジし、元の持ち主にそのプレーを見せつけ、相手のリズムを奪い、そのプレーを使えなくするというものです」

 

 能力が似ていたのに相性が最悪だったのは何ともいえない皮肉な話である。

 

 「青峰君達のプレーを完全にコピーできるきーちゃんなら、灰崎君の技を模倣することくらい容易かもしれません」

 「それに準々決勝で、灰崎君がいる福田総合学園と試合をしています。 おそらくその時に完全にものにしたんでしょう」

 

 スコアも281対0で破っていたため、黄瀬は灰崎に圧勝したのだろう。

 素行が悪かったとはいえ、元チームメイトに完全に利用された灰崎を黒子は哀れに思った。

 

 「っていうか、何その凶悪スキル……」

 「マジありえねぇだろ、帝光中……」

 

 小金井と伊月から覇気のない言葉が漏れる。

 そもそも、技を奪うという意味がわからない。

 まるでゲームの世界じゃねぇか、と誰が漏らした。

 

 「対策は……あるの?」

 「わかりません。 灰崎君の技は相手のリズムを奪うことで使えなくすることですから、自分のペースで撃てれば……もしくは」

 「ただ動揺している状態では、悪循環になるだけ、かと」

 

 黒子の予想では、日向のスリーポイントシュート―――だけではなくシュート自体がこの試合では使えなくなるだろう。

 灰崎の能力の逃れ方は、黒子が言ったとおりだったが、誰一人その能力からは逃れた人間はいない。

 中学時代の黄瀬も同様であった。

 

 状況を全て理解したのだろう。

 日向が、顔を上げて答えた。

 

 「わかった……監督、俺を一度下げてくれ」

 「日向君っ!?」

 「もしも、俺がそうなってたら、間違いなく足手纏いになる」

 

 そう言った日向の口元は痙攣しており、悔しさのあまり歯を食いしばっていた。

 その思い、覚悟を受け取り、リコは土田を代わりに投入することに決めたが、多くの問題は残っている。

 

 「しかし、日向抜きであいつらから得点を奪うのは難しいぞ?」

 「ああ、だから俺はなんとしても、シュートを感覚を戻してくる。 それまでは」

 「任せてくれ。 絶対に離されねぇようにする……スよ」

 

 火神は日向の眼を見てしっかりと頷いた。

 そんな火神の肩を日向は叩いてこう言った。

 

 「頼むぜ、エース」

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 タイムアウトは終わり、第二クォーター残り九分。 スコア 45対44で黒帝リードから始まる。

 コートに現れた火神の顔を見て、青峰は感心したように頷き、好戦的な笑みを浮かべる。

 

 「お? なんか気合入った顔してるじゃねぇか?」

 「あ? そんなの当たり前じゃねぇか? てめぇら五人をぶったおさなきゃならねぇンだよ」

 

 「へー、そのやる気だけは認めてやる……と言いたいところだが、お前につくのは俺じゃねぇ」

 

 少し残念そうに言った青峰の後ろから、現れたのは高校最大のプレイヤーだった。

 

 「ふぁ、さて、さっさと捻りつぶすよ」

 

 紫原の迫力にも呑まれることなく、誠凛は攻撃を仕掛ける。

 だが、攻撃の主軸の一人である日向が離脱したことは大きかった。

 強引に放り投げるように土田が放ったシュートは、リングを捉えることなくボードに当たる。

 そして、その下にいたのは紫原と火神である。

 

 「リバウンドッ!!」

 「っ!! こいつ」

 

 二人は同時に跳躍した。

 だが、先にボールに片手が触れたのは紫原である。

 

 「嘘、ここまで歯が立たないなんて」

 「さてと行こうかなー」

 

 『暴神の御手(ゴッドハンド)

 強靭な握力でボールを掴んだ紫原は、着地と同時に誠凛ゴールを目指し、ドリブル突破を仕掛ける。

 

 「あの巨体で、火神君と同じスピード?!」

 「くそっ、やらせるかよ!」

 

 今までパスを出していた紫原の突然の行動に、誠凛は対応を遅れ、ゴール前でディフェンスの壁を作ることができた。

 

 「させるかっ!?」

 「うお、伊月、土田、水戸部に黒子?! 四人がかりだ」

 「火神も後ろからきているぞっ!!」

 

 だが、それでも誠凛は完全に紫原を包囲した。

 パスを出す。

 そう考えた誠凛の考えを、あざ笑うかのように紫原は大きく跳躍した。

 ボールを両手でつかみ、弓のように背を反ると、そのまま溜めた力をゴールリングにぶつけた。

 『超新星(スーパーノヴァ)

 紫原の強大な力を全て叩きつける最強の破壊力を持つ紫原の切り札である。

 ダンプカーのようなダンクの前には、ディフェンスの壁は無意味であった。

 前方の四人を易々と吹き飛ばし、後方の火神すら尻餅をつかせた。

 

 「がっ」

 「ぐぁっ」

 「四人を、いや五人全員を吹き飛ばしたっ!?」

 「人間じゃねぇよってあれっ!?」

 

 観客は、轟音と衝撃に完成をあげるが、この『超新星』という技には一つ大きな欠点があった。

 十中八九。 ゴールを破壊してしまうことである。

 激しい音をたて、崩れるゴールに観客も選手も声を失う。

 

 「嘘でしょ……」

 

 リコがそう漏らしたように、コートで戦っていた誠凛選手も口をあけて惨状を眺めていた。

 そう彼ら五人だけを覗いて。

 

 「ヤバい、いい加減赤ちんに怒られる……」

 「てめぇ、紫原っ!! 何回もゴール壊すんじゃねぇよ!!」

 「そうっすよっ!! 折角の試合が中断されるじゃないっすか?!」

 「インターハイに来て、これで二回目か……そろそろ退場になってもおかしくないな」

 「本当にありそうで怖いのだよ」

 

 赤司達も違う意味で危険さを感じていると、コートで一人倒れている選手がいた。

 

 「っ土田君!?」

 「ごめーんー強くいきすぎたー」

 

 ダンクのブロックの際に足を挫いたのだろう。

 足首を抑えて苦悶の表情を浮かべる土田に、紫原はいつもの軽い感じで謝った。

 そんな紫原に、火神はついにキレた。

 

 「紫原っ!!」

 「よせ、火神っ!!」

 

 殴りかかろうとする火神を必死に水戸部と伊月が抑える。

 そんな火神を見て、赤司はため息を一つつくと紫原に指示を出す。

 

 「敦、彼をベンチまで運んであげなさい」

 「了解ー」

 

 大柄の土田を易々と紫原は抱かかえると、誠凛ベンチに向かって歩き出す。

 ベンチの後ろのブルーシートに、紫原が慎重に土田を寝かせると、近くにいた顔なじみに声をかけた。

 

 「さつきちんー、治療お願いねー」

 「う、うん」

 「あー、あと、次に入れる人間は丈夫なのお願いー。 間違えて捻りつぶしそうだしー」

 

 最後にリコにそう忠告した紫原は、コートへと戻る。

 しかし、コートに戻ってもゴールを修理しているために試合が始まることはない。

 仕方なくベンチに戻った赤司達が談笑をし始めて、数分後。

 ようやく試合は再開された。

 

 連続して行われた選手交代に誠凛のパスワークは乱れていた。

 その隙をつこうとした赤司の前に、ボールを持った黒子が立つ。

 

 「さて、もう終わりにしよう」

 「っまだですっ!!」

 

 流れを切るために、黒子は自分の切り札を使うことにした。

 パスではなくシュートフォームに入った黒子を見て、青峰達――四人は大きく目を見開く。

 ブロック不可の必殺シュート。

 

 「出た『幻影』シュートッ」

 

 誠凛ベンチから一年生の歓声が上がるが、現実は甘くなかった。

 

 「残念だよ、テツヤ」

 

 赤司の眼からは逃れることはできない。

 それは黒子の新技も同様だった。

 

 「僕の『眼』から誰も逃れることができない」

 

 ボールをカットした赤司は素早く、緑間へと回した。

 そこから赤司達の猛攻が始まる。

 青峰が、紫原が、黄瀬が、緑間が、そして赤司自身が攻撃をしかけ続け、第三クォーターが半ばが過ぎていた頃には、誠凛選手は誰もが疲労により肩で息をしていた。

 

 「スコア 74対44。 30点差だっ!!」

 「誠凛、後半に入って無得点のままだっ!!」

 

 水戸部、伊月、小金井の目には諦めが見えていた。

 火神の目には不甲斐なさと怒りが宿していた。

 だが、黒子だけは未だに闘志を燃やし続けていた。

 そんな黒子を、赤司は笑うことなく視界に捉え続けた。

 

 「『幻影』シュート。 流石だよテツヤ。 完成形からまた一つ成長を遂げるとはね……だからこそ、その努力に敬意を称して僕も本気を見せよう。 『天帝』から進化した新たな能力、『天空神の眼(ウラノス・アイ)』と『時空神の眼(クロノス・アイ)』の力を」

 

 黒子を捉えていた赤司の両目が淡く輝いた。

 

 『赤司誠十郎 完全支配(THE・WORLD)への道』




『天空神の眼《ウラノス・アイ》』と『時空神の眼(クロノス・アイ)』の中二臭い名前を思いついたのがこの小説を書いたきっかけでした。
もう少し話の内容を変えるべきか、とも考えましたが最強系で始まり最強系で終わるために、この結末を描くことにしました。
残り二、三話ですが、最後まで見ていただけたら嬉しく思います。


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ライトセイバー

この話はパッと見ると何の話わかりません(笑)
赤司様全開の話でございます。


 『天空神の眼(ウラノス・アイ)

 この眼は天から見下ろす目を意味する。

 すなわち、赤司の視野はコート全域に及んでおり、まるで将棋やチェスのようにコート内を眺めることができる。

 

 『時空神の眼(クロノス・アイ)

 この眼は未来を視る目を意味する。

 その上で、相手の視野、表情、から思考を読み取り、完全なる未来を見ることができる能力である。

 

 簡単に言えば、『天帝の眼』の完全強化版と言える。

 ただ、視野の広さ、相手の動きの読み取る力、ボールを追う動体視力、それらすべてが異常なまでに高まった赤司の絶対的な力である。

 ちなみに設定上、右目が『天空神の眼』であり、カラーコンタクトをつけている左目が『時空神の眼』となっている。

 赤司の片目のカラーコンタクトは、この設定のためにつけられたものであるということになるのだ。

 

 「この二つを同時に使うことにより、コート内の全選手の動きと考え、行動を予知できることになる」

 

 名前も設定も中二臭いが、その力は絶対的すぎるものだった。

 青峰も、緑間も、黄瀬も、紫原も、全てこの眼からは逃れることができない。

 まさにチートが過ぎた赤司の眼であった。

 

 「全ての選手を読み切ることにより、結果として僕は相手のパスを予測し、100%カットすることができ、こちらのパスは全て通すことができる」

 

 『盤上から見下ろす支配者(マリオネット・ダンスパーティー)

 キセキの世代四人を完全に支配下に置いた1ON1の完全拘束のフォーメーション。

 

 「そして、全選手の視野が見えるということは、僕も―――」

 

 ―――テツヤと同様にコートから消えることができる。

 

 「な、に……」

 

 パスができずに動きの止まった伊月から赤司はボールを奪うと、そのままシュートを決める。

 

 『姿無き襲撃者(ハイドアタック)

 キセキの世代四人と言う強大な光がコートに存在する事と、赤司のような全てを読み取る眼を持つ事、この二つの条件が合わさってできる技術であり、余程の勘の優れたプレイヤーしか回避できない技であった。

 無論、黒子も影の薄さから同じようなことができるが、身体能力、動体視力等が比べ物にならないほど赤司の方が優れているゆえの秘技と言える。

 

 ボールを奪い取った赤司は前線に素早くボールを送ると、受け手の黄瀬が火神をぶち抜いて一瞬のうちにゴールを決めた。

 リスタートした誠凛ボールも、赤司の指示で動いていた紫原が容易にカットし、そのままゴールをぶち抜いた。

 

 十秒足らずで4点―――いや、

 

 「くそっ!!」

 

 パスが封じられたことにより、火神は単騎で黒帝ゴールへ向かうが。

 

 「火神君、後ろですっ!!」

 「不用意すぎるよ」

 

 赤司の『姿無き襲撃者(ハイドアタック)』が火神のボールを奪う。

 詰め寄る小金井と伊月を気にすることなく、赤司はボールをサイドラインで既に準備を整えていた緑間がいた。

 

 『絶対領域射撃』

 緑間の絶技が、誠凛ゴールを撃ち抜いた。 

 

 「無様すぎるのだよ」

 

 7点である。

 スコア 81対44。

 

 絶望的な差が開きつつある中、会場にある変化が訪れた。

 歓声が、段々と赤司達黒帝を応援し始めたのだった。

 正確には応援ではなく、赤司達が決めるたびに歓声が上がるのである。

 

 「なんで、いきなり歓声が」

 「こんなのまるで俺達が」

 

 ―――悪役みたいじゃないか。

 

 「テツヤ。 気に入ってくれたかい? この演出を」

 「まさか……全てはこの為だったのですか……?」

 

 赤司の笑みを見て、黒子はようやく赤司の意図を掴み取った。

 地区予選からのパーフェクトゲームに始まり、決勝での控え選手四人の起用、そして後半からのキセキの世代の全開。

 

 「昔、言っただろう? 全ての人間は心の奥底で最強系を求めていると」

 

 赤司がやってきたことは単純だ。

 まずは圧倒的な力を見せることから始める。

 すると観客は、その一方的な試合に反感などの感情を覚えるが、それでもその光景を目に焼き付けるのである。

 そして一戦一戦重ねることにより、その感覚を慣れさせ、そして赤司達のスーパープレーを見せつけ、歓喜の心を植え付ける。

 心理的に人間は、圧倒的なものに挑戦するもの―――つまりこの場では誠凛のようなチームを応援してしまう。

 だが、決勝まで来ると赤司達のプレーが見たいと、麻薬的な依存性を求めて訪れる観客やダークヒーロー気質を好む観客が足を運ぶことになる。

 

 「人間とはストレスを抱えるものだ。 ゆえに嗜虐性というものも少なからず全ての人間が覚えている」

 

 そこで赤司達が、哀れな羊たちを慈悲なきまでに潰す。

 その光景に観客は歓喜を覚えてしまうのだ。

 

 最初に控え四人を使ったのは、観客に嗜虐性やフラストレーションをため込んでもらうため。

 紫原に怪我をした土田を運ばせたのは、周りの観客に紳士性を見せつけるためである。

 誠凛も黒帝も応援団はいなかった。

 全ては赤司が観客をそうなるように仕向けたのである。

 

 「つまりは……」

 「そうだ。 僕の眼も、この絶対的フォーメーションも、青峰の本気も、黄瀬のスーパープレーも、紫原の人外プレーも、緑間の芸術的なショットも、今まで行ってきた完全試合も、砕いてきた選手の誇りも」

 

 『王への讃美歌(ロードオブレギオン)

 全てはこの策への布石だ。

 

 歓声が上がる。

 そこからはこれまで以上に一方的に試合は過ぎていった。

 観客の声援に、さらにキレが増した青峰達に対し、誠凛は観客の重圧に潰され、イージミスが連発する。

 途中、日向が再びコートに戻ったが、シュートを撃つことすらできなかった。

 第三クォーター終了の笛が鳴る。

 

 スコア 121対44。

 誠凛の敗北が決まった。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 誠凛ベンチは通夜のような空気を漂わせていた。

 土田は負傷、日向はシュートを封じられ、水戸部はフックショットを奪われ、ゲームメイクを行っていた伊月は疲労困憊状態で先程から一言も口を開いていない。

 その光景に、リコは声を駆けることができない。

 リコ自身、赤司の采配に屈してしまったからだ。

 頼みの綱のルーキーコンビの一人で、百戦錬磨の帝光バスケ部だった黒子も、赤司の『盤上から見下ろす支配者(マリオネット・ダンスパーティー)』により完全封殺されており、相棒の火神も覇気を失っていた。

 元々、同じコートでプレーしていた赤司達五人には、ミスディレクションの効き目は薄く、天敵である赤司がいる時点で、黒子にはできることはなかった。

 

 圧倒的な敗北を覚えた誠凛ベンチに、一人の来訪者が現れる。

 

 「えっと、なんかお疲れっすね」

 

 さわやかな笑みを浮かべて現れたのは、対戦相手の一人である黄瀬だった。

 黄瀬はモデルらしい柔らかい笑みを浮かべたまま、黒子に話しかける。

 

 「やっぱ、駄目っすね。 試合が終わった後にでも聞こうかなと思ってたんスけど、今聞くっすね」

 

 ―――皆でもう一度バスケやろうよ。

 

 「なっ!?」

 「だって、こんなんじゃ絶対に勿体無いっスよ。 俺、黒子っちのこと、本気で尊敬してるし、信頼してるっす。 今のチームに黒子っちのパスが加われば、鬼に金棒っす」

 

 黄瀬の発言は、誠凛を挑発しているような言葉だった。

 あまりの発言に、桃井が慌てて駆け寄ってきた。

 

 「ちょっときーちゃんっ!!」

 「ああ、桃井っちもどうっスか? 青峰っちがアホ過ぎて勉強見てもらう人間がいなくて困ってるっす。 それに桃井っちの情報収集能力は、これからの俺達に必要っすから」

 

 無邪気な程に笑みを浮かべる黄瀬にとって、先程の発言は嫌味などではないのだろう。

 だが、聞き手側からすれば許容できないものがあった。

 

 「てめっ!! さっきからなにふざけたこといってやがるっ!!」

 「え、ええっ!! 俺、何か変なこと言ったっすか?! 黒子っち達に黒帝バスケの楽しさを教えてただけっすよ?!」

 

 胸元をつかんできた火神に、黄瀬は慌てながら訳を説明していると、場を収めることができる人間が現れた。

 

 「涼太、何をしてるんだい?」

 「あ、赤司っち。 黒子っち達を仲間に勧誘しているところっす」

 

 赤司が現れたことにより、火神の視線が赤司の方へと向くと、その間に黄瀬は赤司の傍に寄ってきた。

 そんな黄瀬に、赤司は呆れたように口を開く。

 

 「ふむ、涼太の空気の読めなささには驚いたが、強ち間違ったことは言っていないな」

 「黒子達が必要って、インターハイを簡単に制覇してるじゃん」

 

 赤司の発言に口をはさんだのは、二年で唯一口を開く余裕があった小金井である。

 だが余裕が他のものよりあるだけで、その声色は嫉妬などの暗い感情が込められていた。

 しかし、赤司にはそのようなことを気にする必要がなかった。

 

 「インターハイか。 それは別に僕達にはどうでもいい話だよ」

 「どうでもいいって……」

 「アメリカという世界の強豪国と渡り合うには、幾らでも力が必要というわけさ。 実際、控えのメンバーの強化のために洛山の無冠の五将達にも転校を勧めている」

 

 赤司にとって、インターハイは準備期間である。

 新たな技術、戦略を確かめる試験会場と言ってよかった。

 

 相手のベンチにいるのはあまり良いことではない。

 審判の眼に気がついた赤司は黄瀬を引っ張って黒帝ベンチへ向かう。

 

 「と、長話をするわけにはいかないね。 うちのメンバーが迷惑をかけた」

 「じゃあ、黒子っち。 試合終わったら後で話聞くっスね」

 

 こうして赤司達は去って行った。

 その後、第四クォーターが始まり、誠凛はハーフラインを一度も超えることなく、赤司達の猛攻に屈した。

 最終スコア 201対44。

 

 赤司達は圧倒的な力を見せつけ、インターハイの頂点にたどり着いた。




思いついた赤司様のチート技を詰め込んだ話になりました。
恐らく次回が最終回です。

ぜひ、見ていってください


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最終回 そして俺達の旅は始まったばかりだ。

 インターハイを終え、京都に戻ってきた赤司達を待っていたのは校長達の暑い声援だった。

 すぐさま、赤司は校長に例のビデオテープを手渡すと、青峰達が待つ体育館へと向かった。

 

 「遅ぇぞ、赤司」

 「黄瀬がうっとおしいからどうにかするのだよ」

 

 体育館につくなり赤司が、青峰に呼ばれて視線を向けると、そこには肩を落として落ち込むイケメンモデルの姿があった。

 

 「だって緑間っち、俺達黒子っちに振られたんスよ」

 「その振られたって言う表現はやめるのだよ」

 

 黄瀬の落ち込む姿に緑間は苛立ったように声をかける。

 そんな黄瀬に、青峰が呆れたように声をかける。

 

 「テツにもテツの道がある。 そういうことだろ」

 「そんなこと言って、青峰っちも本当はさみしいんじゃないっスか? 相棒を取られて」

 「そんなわけねぇだろが、この馬鹿が」

 

 黄瀬に何でもないように返した青峰だが、普段以上に覇気はなかった。

 青峰ももう一度黒子のパスを受けたかったのだろう。

 

 「はっはっはっ、幼馴染に続いて、相棒まで寝取られたんだ。 皆、青峰には優しくしてあげよう」

 「峰ちん、お菓子食べる?」

 「眼鏡をかけてみるか?」

 「ごめんっす、青峰っち。 モデルの女の子を紹介するのは勘弁してほしいっす」

 「てめぇらマジでぶっ飛ばすぞっ!!!」

 

 他の四人―――落ち込んでいた黄瀬にすら、からかってくる青峰は怒鳴り声をあげる。

 普段の青峰の調子を取り戻したところで、緑間が本題に入るように話を戻した。

 

 「さて、冗談はこれくらいにして、首尾の方は?」

 「問題ない。 明日からは僕が監督代行を務めることになる。 来年度にちゃんとした監督を呼ぶことになった」

 

 顧問山田五郎は、明日から陸上部の副顧問に就任した。

 来年度に新しい人材を加える間、赤司が全権利を得ることになった。

 監督の話で思い出したのか、黄瀬はもう一つの話を切り出す。

 

 「ところで洛山の人間を呼ぶ必要ってあるんスか?」

 「彼らにはまだまだ伸び代がある。 黒帝での練習で徹底的に鍛え上げようと思ってね」

 「そういえば、『鉄心』には断られたようだな」

 

 洛山の三人は、黒帝に来ることを了承した。

 ウィンターカップには規約上、出ることはできないが、来年のインターハイでは控えに置いておくことができる。

 だからこそ、『鉄心』木吉鉄平も勧誘を行ってみたのだが、

 

 「ああ、残念だけどね」

 

 断られることとなった。

 しかし、木吉は誠凛の選手である。

 そう考えると、断られて正解だったかもしれないと赤司は思っていた。

 となれば、残りは一人である。

 

 「なら『悪童』は如何するんっスか?」

 「ふむ、インターハイ帰りに立ち寄った際の練習試合で、どう転んだからわからなくなったな」

 

 あまり必要性のない人間でもあるが、やはり人材コレクター赤司として揃えておきたいところだった。

 京都に帰るまでにまだ一日ほど時間があったので、悪童・花宮真がいる霧碕第一高校に乗り込んだ赤司達は、勧誘ついでに練習試合も行ってきた。

 スコアは294対0と圧勝したのだが、当の花宮が紫原のダンクに巻き込まれ負傷した。

 それゆえに、すぐに病院に運ばれたために花宮が黒田帝興高校に来るかどうかの返事が聞けなかったのである。

 五将を揃えられなかったことを残念に思っていた赤司に、青峰が何か思い出したかのように口を開く。

 

 「灰崎の奴はどうすんだ?」

 「ああ、ヤツは入られても困る。 それにもう既に用はない」

 「そうだねー、黄瀬ちんがいればいらないしねー」

 

 五将以上であり、キセキ世代に匹敵する灰崎だが、すでに黄瀬が全てを模倣しているため、赤司には必要性が感じなかった。

 実際、灰崎に問題を起こされた際、もみ消すのが面倒であった。

 赤司の返事に、紫原を始めとした残るメンバーも同意する。

 

 灰崎の話は終わると、黄瀬は再びため息をつき始めた。

 

 「けど、黒子っち大丈夫かな?」

 「ああ? 何がだ?」

 「いや、あそこまで悲惨だとバスケ嫌いになったりするんじゃないかなって」

 

 それを行った人間の一人が心配するのはおかしな話だが、試合結果だけを見れば、そう考えてもおかしくない。

 しかし、そんな黄瀬の心配を、赤司は鼻で笑った。

 

 「それはありえないよ」

 「だな」

 「ああ」

 「そうだねー」

 

 そう赤司にはわかっていた。

 最強系を好む人間がドSとするならば―――と。

 

 「テツヤの心配より自分達の心配だ。 これからは忙しくなるよ」

 

 ―――テツヤ、世界の頂点(たかみ)で待っているよ。

 赤司達、黒田帝興高校の進撃はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 誠凛高校では、熱気に包まれた祝福が待っていた。

 創部二年で、インターハイ準優勝。

 出来すぎとも言える偉大な功績を出した誠凛バスケ部だが、彼らの表情は重く悲痛な表情を浮かべていた。

 

 『準優勝、おめでとう』

 

 その言葉が、日向達を苦しめた。

 

 「準優勝か、これは喜んでいいのかね」

 

 「わかってるだよ。 俺達は全国出場を目指してたし、結果として全国出場を果たし、インターハイで準優勝は出来すぎだ」

 

 ―――けど、敗北感しか残ってねぇよ。

 

 そう漏らした日向の言葉に誰も返すことができなかった。

 誰もが理解しているのだろう。

 準優勝という功績が、決勝の敗北で全て無に化していることを。

 

 体育館を去っていく日向達の後ろ姿を、黒子と桃井が眺めていた。

 

 「やっぱり、無理なのかな?」

 

 ぽつりと桃井はそう漏らした。

 キセキの世代は絶対的な存在であった。

 桃井は敵にして初めて彼らの脅威を知った。

 しかし、それは黒子も同じだろう。

 だが、黒子の眼は輝きを失っていなかった。

 

 「青峰君が昔言っていました。 『諦めなければ必ずできるとは言わねぇ。けど諦めたら何にも残んねぇ』と。 だから勝てないかもしれないけど、ここで諦めたら二度と彼らに勝てないと思います」

 

 黒子は約束した。

 火神に、キセキの世代をいっしょに倒そう、と。

 赤司に、自分の理想で奇跡を倒すと、と。

 青峰との大切な約束を秘めて。

 

 黒子達が話していると、突然、体育館の扉が開かれる。

 

 「おー、誰も体育館にいないんだけど」

 「? 貴方は?」

 

 体育館を見渡す男に黒子が話しかけると、男は黒子達の方に向かって歩き出す。

 

 「俺? 俺は木吉鉄平。 誠凛バスケ部の部員だよ」

 「木吉……まさか『鉄心』ですか?」

 

 木吉鉄平。

 その名を桃井は知っていた。

 赤司達キセキの世代に隠れてしまったが、絶対的な才能を持つ五人の将。

 『鉄心』それが木吉鉄平の渾名であった。

 

 「うん、そう言われてた時もあるよ」

 「そうですか……相田監督から怪我をして入院していると聞いていたので」

 

 桃井は誠凛に木吉がいると知っており、リコから怪我で入院のためにインターハイに出場できないと聞かされていた。

 

 「去年、無理しちまってな。 まあ今日から復帰なんだけど、リコとか日向は?」

 「それがインターハイの件で、少し思うことが」

 

 黒子が濁すように答えると、木吉も悟ったのか頷き返した。

 

 「あー決勝でキセキの世代と当たったんだっけ、とすると君が黒子君?」

 「はい」

 「とすると君がコンビを組んでる火神君か」

 「ちょ!! 違いますよっ!! どう見ても私は男じゃないですよね!!?」

 

 火神に、男に間違われた桃井は、慌てて木吉に詰め寄っていく。

 リコと違い胸がある桃井を男と見間違えるはずがないのだが、木吉の頭の中では何か違ったらしい。

 間違えたことに気付いた木吉は、慌てて桃井に頭を下げる。

 

 「ごめん、何かおかしいなと思ってたんだ、髪の色も違うし」

 「まずは性別からですよね?! 私、スカート穿いてますよね?!」

 

 珍しく必死な桃井を尻目に、黒子はとりあえず火神のことを伝えた。

 

 「火神君は、インターハイ後、アメリカに修行しに行きました」

 「そうなんだ。 リコや日向が絶賛するエースを見ておきたかったんだけどな」

 「え、ちょ?! 私の話聞いてますか?! テツ君、私男じゃないよ?! ちゃんと女の子だからね!!!」

 

 必死になって暴れる桃井を、黒子は抑えること三分。

 ようやく落ち着きを取り戻し顔を赤めた桃井を見て、木吉は中断された話を続けた。

 

 「話は聞いているよ。 キセキの世代、彼らは飛躍的な進化を遂げたみたいだな」

 「話……誰からですか?」

 「本人達からだよ。 一昨日、彼らが病室に見舞いに来てね。 その時、勧誘といっしょに話を聞いたよ」

 「勧誘……ですか」

 

 木吉の言葉に黒子は思わず顔を顰めてしまう。

 だが、洛山にいた五将を誘っていたのだから、木吉に声をかけてもおかしくなかった。

 

 「勿論、断ったよ。 日向達との約束があるし、俺自身、彼らには借りがあるからな」

 「―――ムッ君ですね」

 「ああ、で、折角来てくれたんだから、一勝負してね」

 「勝負っ!?」

 

 病み上がりでキセキの世代と勝負するのは、はっきり言って危険であった。

 思わず声をあげてしまう桃井に、木吉は自信満々で頷いた。

 

 「ああ―――花札でなっ!!」

 「……花」

 「札……」

 

 緊張が切れ、桃井と黒子は力が抜けたような声をあげる。

 そんな二人に構うことなく、木吉は病院内で行われた熱い?戦いを語り始めた。

 

 「流石はキセキの世代を率いる男だったよ。 コイコイを覚えたての俺では分が悪かった」

 「しかも、相手ってムッ君じゃないんだ」

 

 何故か赤司と勝負していることに、桃井は思わず口を挟んでしまう。

 花札は三人でやるゲームだから、恐らく木吉と赤司の他に緑間が入れられたのだろう。

 そもそも他の三人が花札をできると、黒子は思わなかった。

 

 「ときどき『僕の眼は未来すら見渡すことができる』とか言ってたから、少し心配になった」

 「凄いまともな対応だー」

 「安定の赤司君ですね」

 

 赤司の対応にここまで冷静に突っ込める人間はそう多くないだろう。

 話半分に聞いていた桃井と違い、赤司の安定具合に黒子は感心していた。

 

 「そして、また花札をする約束をして彼らは去って行ったよ」

 「バスケじゃないんですね……」

 「ということはムッ君達の確執は……」

 

 和やかとも言える邂逅により、確執が無くなったのでは?

 そう思った桃井の考えを木吉が否定した。

 

 「いや、寧ろ強くなったと言っていい」

 「ええ?!」

 「まさか、花札で負けたからですか?!」

 

 もし、そうならばこの人はどれ程大人げないんだ。

 そう思った黒子達の想いは良いように裏切られた。

 

 「そんな小さなことじゃないよ、彼らは……」

 

 眼を細めて鋭い表情を作る木吉の迫力に、黒子達は思わず唾を飲み込んで黙りこむ。

 

 「見舞い品のどら焼きを全部食べていったんだっ!!」

 「へぇー」

 

 脱力した。

 だが、当の本人は許せなかったのだろう。

 真剣な眼差しで詳細を語り出した。

 

 「油断していたよ。 勝負に夢中になり過ぎたせいで、紫原と他の二人の動きを見てなかったんだ」

 

 勝手に見舞い品を喰らう青峰、黄瀬、紫原にはある意味脱帽だが、凄まじいくらいに根を持っている木吉もどうかと黒子達は思った。

 

 「帰りに紫原は食べかけのポテトチップスを置いていったけど、病院じゃ食べれないから、看護婦さんに捨てられてしまったよ」

 「大変でしたねー」

 

 とりあえず、突っ込んでも駄目だ。と気がついた黒子と桃井は、そのまま木吉の話を聞き流していた。

 そしてある程度不満をぶちまけて満足したのか、元ののんびりとしたテンションに戻った木吉が、時計を見て声をあげた。

 

 「おっと、しまった。 話に夢中でリコ達を探すのを忘れてた。 じゃ黒子君に桃井君、また明日」

 「ちょ、私は女の子ですからねっ!!」

 

 マイペースを貫いて退出していく木吉に、桃井は大声で訴えかけた。

 後日、リコVS桃井VS木吉の戦いが行われたのは言うまでもない。

 

 「凄い人でした」

 「……そうだね。 そう言う意味では赤司君達に匹敵すると思うよ」

 

 実際、そう言う意味で五将と呼ばれている気もした。

 だが、同時に何とも言えない頼もしさも感じていた。

 

 「でも、希望が見えてきました」

 「うん、そうだね」

 

 木吉という存在は大きく温かった。

 その後ろ姿はまさしくエース。

 日向達二年生の覇気が戻るのもそう遠くない話であった。

 そして、エースである火神はあの敗北に唯一折れなかった人間である。

 火神はようやくキセキの世代を理解した。

 きっと、そう言うことなのだろう。

 秘策がある、と言ってアメリカに行った火神の後ろ姿は、黒子が信じる光そのものであった。

 

 「はい。 僕達の戦いはまだ始まったばかりですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『チートが過ぎる黒子のバスケ』 完

 

 




急ぎ足完結で申し訳ございません。
誤字脱字、文章等の修正はこれから行っていこうと思います。
ただこうして読んでくださった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

なお『チートが過ぎる黒子のバスケ』ですが、一応完結となりましたが、残り二つの作品の更新をしつつ、過去編などをかけたらいいなーと思います。

では皆様、また違う作品で会えたらいいですね。


康頼より。



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