ハリー・ポッターと欲望の錬金術師 (ドラ夫)
しおりを挟む

第1章 欲望の錬金術師と賢者の石
第1話 バーソロミュー・フラメル


物凄い才能を物凄い馬鹿な事に使う話です


 とある山に見すぼらしい小屋があった。

 何の変哲もない木で作られ、たいした大きさもなく、壁には蔦が絡み付いているただの小屋。

 一見何の価値もなさそうなこの小屋だが、ありとあらゆる人間が、最盛期には例のあの人でさえこの小屋を探していた。

 何故なら、ここに住んでいる人物は伝説中の伝説と言われた男。不死の錬金術師ーーニコラス・フラメルなのだ

 

 

 

 彼と妻が二人で住んでいるはずのこの小屋に、一人の男の子がいた。

 肌は白いが体はかなり引き締まっており、身長も高い。

 髪は白銀に近い程眩い金髪、所謂プラチナブロンドと呼ばれるそれは品良く切り揃えられており、何処かの国の王族の様な印象を受ける。

 そして何より瞳。見た者を惑わす淫靡な輝きを放つ、蠱惑的な紫色の瞳

 

 しかし顔は確かに美形なのだが目つきが悪く、常に不機嫌そうな顔をしているせいか、近寄りがたい雰囲気を放っている。

 そんな彼の名はバーソロミュー・フラメル。

 生きる伝説ニコラス・フラメルの孫だ

 

 バーソロミューは確かに容姿も素晴らしいが、彼の真に優れている点は外側ではなく中身、つまり頭脳だ。

 彼は一度見た事は絶対に忘れず、永遠に覚えていられた。

 また型に嵌らない柔軟な思考も持っており、簡単に知識を蓄える事が出来る彼は7歳にして、錬金術に関する歴史的な発見をいくつも成し遂げていた。

 そして何より素晴らしい事に、彼は学問を納めるという事に非常に意欲的だった。

 彼は2歳になる頃から日に18時間という学者顔負けの勉強量を毎日こなしており、それを喜びとしていた。

 脳が疲れて勝手に眠ってしまうまで勉強をし続ける。それが彼の日常だった。

 また日々様々な壁にぶつかりながらも決してめげず、ひたすら錬金術の深淵を覗かんと努力し続ける事が出来る不屈の精神も持っていた

 

 

 しかし、彼は歪んでしまった。

 彼は幼い頃より遺憾無くその才能を発揮し、ありとあらゆる賞を獲った。

 最初の頃はほとんど人間が彼を褒め讃えたが、彼のそのあまりに強大な才能故か徐々に人々は彼を恐れ、離れていった。

 また彼に嫉妬する人間も少なくなかった。

 しかしそれも無理からぬ話だった。

 人生を賭けて挑んでいた難問を、生まれて間もない彼があっさりと解いてしまうのだ。プライドを傷つけられた、というレベルではない。それは彼等の人生の否定につながった。

 しかし彼には、生まれ持った能力面は仕方がないにしても、自分以下の努力しかしていない人間が妬みから騒ぎ立てる様にしか見えなかった。

 彼は7歳にして、人間という()に失望した

 

そして彼は苦悩の末、ある結論に達した

 

 

 自分と同等の頭脳を持つ人間も、学問に対する意欲を持つ人間も居ない。

 だったら、作ってしまえばいい!

 俺様と同等の頭脳を持ち、常に学習し続ける人間を!そしてどうせなら、誰もが嫉妬する様なとびきり美しい女にしてやる!

 ジジイが賢者の石(究極の物質)を作った様に、俺様はラブドール(究極の人間)を作る!!!

 

 

 

 

いかに天才と言えど、結局彼も男の子。つまり、そういう事だ。

こうして彼の、究極のラブドール作りが始まった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 独立とダイアゴン横丁

 バーソロミュー・フラメルが究極のラブドール作りを初めてから実に四年の月日が流れた。

 彼は十一歳になり、その容姿と頭脳は益々洗練された。どちらを取っても凡そ十一歳だとは、いや十代のそれとさえ思えなかった。

 彼の容姿は綺麗だ、だとか美しい、だとかそういった言葉では最早生温かった。より一層大人びた彼を見た者は赤子や老婆であっても心奪われ、無機物でさえ彼に恋をするのでは、と言えるまでになっていた。

 また頭脳もより一層冴え渡り、恐らく彼が自分の研究の全てを公開すれば、三十年分は世界の技術が進むと思われた。

 勿論、この四年間彼は1日たりとも欠かさず勉学に励んでいる。それこそ、普通の人間であれば発狂するほどに。

 まあしかし、彼がその類稀なる能力を使って作っているのは結局ラブドールなのだが

 

 

 

 

「どうやら、俺様のメンテナンスが甘かったらしい。聴覚センサーが異常をきたしちまったみてえだ。悪いが、もう一度聞かせてくれ。賢者の石を、どうするって?」

 

「じゃから、アルバスに預ける」

 

 そして今現在、そんなバーソロミューは不機嫌の極みにあった。

 何故なら祖父であり、師匠でもあるニコラスの最高傑作、『賢者の石』を他人に渡すと言うのだ。彼にとってそれは、数少ない我慢ならない事の一つだった。

 その上激昂するバーソロミューに対し、ニコラスはその事をまるで何とも思っていないかの様な、飄々とした態度なのだ。

 その温度差がより一層、バーソロミューの感情を昂ぶらせた

 

「よし分かった。イかれたのは俺様の聴覚センサーじゃなくて、ジジイの頭らしいなぁ、おい!」

 

「別にイかれておらんわい。生涯現役じゃよ」

 

 老人、ニコラス・フラメルは朗らかに笑った。

 それに対し、バーソロミューはもうこれ以上上はないと思われていた怒りを、より一層引き上げた

 

「クソジジイ!賢者の石を渡すって事がどういう事か分かってんのか!!?」

 

「勿論、分かっておるとも」

 

 その言葉に、バーソロミューの中で何かが切れた

 

「・・・分かった。てめえの考えはよーーっく分かった!俺様から言うことはもう何もねえ!そんでもって、俺様がここにいる理由もねえ!今日をもって、独立させてもらうぜ、クソジジイ!!!」

 

 そう言って、バーソロミューは荒々しくドアを蹴飛ばし、出て行った

 

「「失礼します、フラメル様」」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 バーソロミューが座っていた場所から二歩程後ろに下がったあたりの位置に、いつの間にか二人の美しいメイドが立っていた。

 彼女達はニコラスに優美な微笑みを向けた後、それぞれ木製の古い大きなトランクを抱えると、バーソロミューの後を追った

 

「まったく、若い頃のわしそっくりじゃわい」

 

 それを見たニコラスは、やはり朗らかに笑っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

【ダイアゴン横丁】

「なあ、ハリー。『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬をひっかけてきてもいいかな?グリンゴッツのトロッコにはまいった」

 

 グリンゴッツの猛烈なトロッコに揺られたハグリッドは青い顔をしてそう言った。そんな体調のハグリッドの申し出をハリーが断るはずもなく、二人は一旦そこで別れた。

 ハグリッドはその後ふらつく足取りで『漏れ鍋』に入った。

 『漏れ鍋』は未だにハリー・ポッターに遭遇した者達の熱気に包まれており、どんちゃん騒ぎが続いていた。騒ぐ人間を強引にかき分け、ようやっとハグリッドはカウンターに行き着いた。

 顔は益々青白く、しきりに口を抑えている

 

「トム、元気薬を“ちいと”くれや」

 

 ハグリッドのいう“ちいと”というのは中ジョッキの事だ。普通の人間から見れば、全然“ちいと”ではないが、何でも大ジョッキで飲むハグリッドからすれば“ちいと”だった。

 何故大ジョッキではないのかと言うと、何分元気薬というのはその効能のせいか需要が高く、非常に高価だ。その給料の殆どを動物の飼育費にあててしまうハグリッドでは、精々中ジョッキが限界なのだ

 

「大将、グリンゴッツに行って来たんですかい。おつまみは何にいたしやしょう?……ところで、その…ポッターさんは?」

 

 ハグリッドはグリンゴッツに行く度にこうしてトムの店で元気薬を頼んでた。

 そしてこの後ローストビーフでも食べながら一杯やるというのがお決まりのパターンなのだが、今日はハリーの面倒を見なくてはならないし、ダンブルドアに頼まれている“アレ”の事もある。流石のハグリッドも自制した

 

「今日は酒は要らん。それとハリーなら、制服を買いに行っちょるわい。もう今日はここにはこん」

 

 トムはその言葉に露骨にがっかりして、奥の方へと元気薬を取りに行った

 

「はい、お待ちどお!大将」

 

 やがて店の奥から戻ってきたトムは“ドンッ!”という音と共に大ジョッキを木でできたカウンターに置いた。中には並々と元気薬が注がれている。

 しかし、ハグリッドが頼んだのは中ジョッキだ。

 ハグリッドがその事を訂正しようとすると、トムがそれを遮った

 

「彼方のお客様からです」

 

トムは恭しく、カウンターの端に座る“彼”を指差した

 

「おお!すま…ん……」

 

 ハグリッドは“彼”見て、言葉を失った。

 まず、その容姿に心を奪われた。

 魅惑的であり神秘的あり、ある種の彫刻の様な“彼”の容姿に、圧倒された。そしてその後、強烈な既視感に襲われた。

 ──“彼”は似ていた。容姿ではない。“彼”の持つ雰囲気が、ハグリッドが学校を辞める事になる原因を作った、学生時代友人だった男に

 

「ハグリッドさん、ですよね?」

 

 “彼”はそう言って微笑みながら、ハグリッドに手を差し伸べた。

 するとハグリッドは先ほどまでの既視感と嫌な記憶をすっかりと忘れた。

 そして代わりに、頭の中が彼の事で一杯になった。“彼”から差し伸べられた手に応じる事は、これ以上ないほど名誉な事に思えた

 

「俺は……そう、ハグリッドだ」

 

 ハグリッドは“彼”と握手をすると──ホンの一瞬だが──自分の名前さえ忘れそうになった

 

「よかった。僕はバーソロミュー、バーソロミュー・フラメルです。こっちの二人はアンとメアリーと言います」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 バーソロミューが座っている場所から二歩程下がったあたりの位置に、いつの間にか二人の美しいメイドが立っていた

 

「私はアンと申します」

 片方のメイド、アンがスカートの端をチョイと摘みながら挨拶した。

 アンは鮮やかな朱色の髪のロングヘアーの女性で、瞳は明るい緑色の垂れ目。胸や臀部は大きいが、バーソロミューより背は低い(と言っても平均よりは高いが)

 

「わたくしはメアリーと申します」

 

 もう片方のメイド、メアリーもやはりスカートの端をチョイと摘みながら挨拶した。

 メアリーは艶やかな藍色の髪のショートヘアーの女性で、瞳は暗い緑色で吊り目。スレンダーな体型で、バーソロミューより背は高い

 

「“フラメル”という姓から分かるかと思いますが、僕はニコラス・フラメルの血縁者です。今日は“アレ”についての事で参ったのです」

 

 バーソロミューの声は凛としていて、良く聞き取れるはずだった。しかし、ハグリッドは何故か頭に靄がかかったかの様になり、バーソロミューの言葉が上手く理解できなかった

 

「ハグリッド……僕に渡してくださいませんか?」

 

 ただ、その言葉に従わなければならない気がした

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 ハグリッドはそれが当たり前の事の様にバーソロミューに“アレ”を渡そうとした。

 しかしすんでのところで、ハグリッドはダンブルドアから命を受けている事を思い出した。にも関わらず、ハグリッドは一瞬、ダンブルドアの命に背き“アレ”を渡してしまおうかと思った。

 だがそこまで考えたところで、ダンブルドアから『バーソロミュー・フラメル宛』と書かれた手紙を預かっていた事と、バーソロミューに“アレ”を渡すな、ときつく言い付けられていた事も思い出した。

 バーソロミューに従うかダンブルドアに従うか、ハグリッドは生まれて初めて、ダンブルドアを命を裏切ろうかと考えた。

 しかしすんでのところで、ダンブルドアへの忠誠心が勝った

 

「あー……バーソロミュー、お前さんに手紙宛の手紙を預かっちょる。ダンブルドア先生からのな。そこに“アレ”についての事も書かれちょるはずだ。……すまんな、ちいと折れ曲がっちょる」

 

 ハグリッドはローブのポケットからくしゃくしゃになった手紙を取り出した。

 普段その様なことは気にしない彼だが、バーソロミューに渡す手紙がくしゃくしゃになってしまっている事が妙に恥ずかしかった。

 しかしバーソロミューは気にした様子もなく、むしろハグリッドに敬意を払いながら手紙を受け取った

 

「ありがとう、ハグリッドさん」

 

「お、おう」

 

 バーソロミューは早速、その場で手紙を開いた。

 彼が手紙を読んでる間、何か音を立てて彼の妨げをしてしまう事は何だか物凄く躊躇われた。その為ハグリッドは人生で初めて、呼吸の音にまで気を使うレベルで静かにする様心掛けた。

 幸い、バーソロミューは恐るべき速さで手紙を読み終えた為、不器用なハグリッドが窒息死するという事にはならなかったが

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 手紙を読み終えたバーソロミューは先ほどまでの優しげで儚げな雰囲気を捨て、いつもの不機嫌そうな表情を見せた。

 手紙の内容を要約するとこうだ

 

『ボーバトン魔法アカデミーへの入学か、ホグワーツ魔法魔術学校への入学か、選ぶ権利を君に与える。君の保護者であるニコラス・フラメルは君の判断に任せるとの事。なお、“アレ”はホグワーツにて保管する。それをどうするかは、君次第だ』

 

 バーソロミューの祖父であるニコラス・フラメルはボーバトンの卒業生であり、今は理事会の一人を務めている。

 当然、バーソロミューもボーバトンに入学する予定だった。

 いや、ただ入学するだけではない。

 彼はボーバトンの入試試験をトップで合格した今年度の首席生であり、また同時にそれまでの功績が認められた特待生だったのだ。故に、様々な特典がバーソロミューには付いている。

 それに、バーソロミューはボーバトンの制服が気に入っていた。

 勿論、着る方ではなく見る方だ。

その上、三年前に首席合格したフラー・デラクールという女性は非の打ち所がない美女だという噂だ。

 バーソロミューはそのフラーという女を手篭めにしようと考えていた。

 その事を考えると、ボーバトンでの学校生活は中々魅力的だった

 

 しかし、賢者の石はホグワーツで保管されるという。

 今ここでハグリッドから賢者の石を奪ってしまう事も考えたが、ただでさえ目立つハグリッドとバーソロミューが人の多いこの場所で揉め事を起こせばたちまちダンブルドアや魔法省に知られてしまう事になる。

 それは出来れば避けたかった。

 彼は散々悩んだ結果、賢者の石を、ホグワーツ魔法魔術学校をとった

 

「アン」

 

「かしこまりました」

 

 具体的な言葉が無くとも、アンは手に持っていたトランクから羊皮紙と羽ペン、インク壺を取り出した。

 それを受け取ったバーソロミューはホグワーツ魔法魔術学校に入学する旨を羊皮紙に一筆したため、封筒に入れてハグリッドに渡した

 

「それじゃあな、ハグリッド」

 手紙を渡したバーソロミューが足早に席を立つと、いつの間にかメアリーが『漏れ鍋』の扉を開いて待機していた。

 バーソロミューはそのまま、『漏れ鍋』を後にした。

 ハグリッドは去っていくバーソロミューの後ろ姿、彼のプラチナブロンドを眺めながら、真っ白なフクロウをハリーにプレゼントする事に決めた

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「ご丁寧にお前達の入学許可書まで送ってきてやがる」

 

 ダンブルドアからの手紙には俺様が作った(・・・)アンとメアリーの入学許可書まで同封されていた。 

 ボーバトンでは特待生の権限で一人部屋の予定だったし、アンとメアリーは俺様の備品扱いだった。要は、アンとメアリーを何時でも好きにできた。

 しかし、ホグワーツは四人一部屋だ。人に見られながらの趣味はねえ。

 それにマクシームと違って、ダンブルドアはアンとメアリーを人として認識してる様だ。つまり二人とも、生徒として入学させる事になりそうだ。となると、部屋も別々だ

 

「まあそれは兎も角、お前達の学用品を揃えなきゃいけねえな。大鍋や制服は俺様が作る(錬金する)として、流石に教科書と杖は買わなきゃならねえ」

 

 金なら幾らでもある。

 俺様が昔解いた問題の懸賞金がそっくりそのまま残ってる。魔法界とマグル界両方のな。アンとメアリー二人分の学用品を揃えるくらい、訳ない

 

「クヒヒヒヒヒ!ありがとうございます、ご主人様」

 

 バーソロミューの言葉に、アンは不気味な笑い声を上げながら感謝をの意を示した

 

「まあご主人様、ありがとうございます!わたくし、感謝の極みです!」

 

 対し、メアリーは目に涙を浮かべ、心打たれながらバーソロミューに礼を言った。

 この二人はバーソロミューに仕えているが、何かしらの給金の類を貰っているわけではない。そしてそれ(無償労働)は当然だと二人は考えている。

 しかし、バーソロミューから何かを貰う事が嬉しくないわけではない。むしろ二人にとって、貰うものが何であれ、それは無上の喜びだ。

 故に、バーソロミューに学用品を買ってもらえる事は二人にとってこの上なく喜ばしい事だった

 

 

 

     *     *     * 

 

 

 

 三人はまず、『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』に行った。

 埃っぽいその店には天井まで高くそびえる棚が所狭しと並び、そのどれにもぎっしりと本が詰まっている。

 敷石ぐらいの大きな革製本、ドラゴンの皮でできた人差し指程の大きさの本、英語やロシア語や韓国語などの様々な言語でごっちゃに書かれた本、逆に何も書いていない本、生きていて読もうとする者を襲う本、兎に角ありとあらゆる本が置いてあった

 

「教科書は俺様が買ってくるから、その辺の本を適当に読んでていいぞ。興味がある奴が有ったら遠慮なく言え。好きなだけ買ってやる」

 

「「冥加に余る幸せです、ご主人様」」

 

 バーソロミューは二人の反応に満足そうにすると、店主の方へと歩いて行った。

 ここにある大抵の本をバーソロミューは読破している。数少ない読んでいない本にしても、料理本だったり裁縫の本だったりといった、バーソロミューにとって興味がない分野のものだ。

 つまり、彼にとってこの店はそれほど魅力的ではない。

 しかしアンとメアリーは違う。

 彼女達はまだ作られて(・・・・)間もない。そして彼女達の知的探究心は非常に高い。彼女達からしてみれば、ここは宝の山だ。

 二人はバーソロミューが教科書を変え揃える僅かな間、黙々と本を読んでいた。

 そしてアンが六冊目の本に差し掛かった時、ふと手を止めた

 

「メアリー、これ見て」

 

 アンの呼び掛けに、メアリーは本から顔を上げた

 

「まあ、ご主人様が書かれた本ですね」

 

 アンの片手には『トロールには理解出来ない程度の錬金術-入門編 著バーソロミュー・フラメル』という本が握られていた。

 二人はその本をバーソロミューにねだり、彼はそれを快く了承した。アンとメアリーはバーソロミューにひとしきり礼を言った後、本をトランクに中に入れて大切に保管した。

 他にもアンとメアリーは幾つかの本を選び、その全てをバーソロミューは買い与えた

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』を出た後、三人は『ダイアゴン横丁』の端を目指していた

 

「次は杖だ。魔法使いの杖を買わねばならん。しかし、お前達は杖を持って良いのか?」

 

「「申し訳ございません。存じ上げていません」」

 

「……まあ、大丈夫だろ」

 

 人間以外の生物が杖を持つ事は、魔法戦士条約で固く禁止されている。

 しかしアンとメアリーがホグワーツに入学する以上、杖を持たなければならない。その辺りの事情はダンブルドアも把握しているだろうし、問題はないだろうとバーソロミューは結論付けた。

 三人が歩く事数分、扉に剥がれかかった金色の文字で『オリバンダーの店ーー紀元前三八二年創業 高級杖メーカー』と書かれた店に行き着いた。

 埃っぽいショーウィンドウには、色褪せた紫色のクッションに、杖が一本だけ置かれていた

 

「失礼いたします」

 

 メアリーが先だって扉を開けると、どこか奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。小さい店内に古臭い椅子が一つだけ置かれていて、ハグリッドがそれに腰掛けていた

 

「いらっしゃいませ」

 

 柔らかな声がした。

 声がした方を見てみると、この店の店主オリバンダー老人が一人の少年の相手をしながら出迎えた。

 その少年の杖選びは難航しているようで、カウンターには幾つもの箱が積み上げられていた

 

「時間を改めた方がよろしいでしょうか?」

 

「いえいえ、それには及びませんぞ。暫し中でお待ちを!」

 

 時間がかかりそうな雰囲気を察してのメアリーの提案を、オリバンダー老人は即座に否定した。

 少年は杖が中々決まらない焦燥感からか、人を待たせている気まずさからか、居心地が悪そうだ

 

「では、お言葉に甘えて中で待たせていただきます。ご主人様、どうぞこちらに」

 

「ああ、失礼するぞ」

 

 メアリーの呼び掛けに、バーソロミューとアンが入店した

 

「おお、バーソロミュー!こっちこいや!俺の隣に座ると良いぞ、うんそれが良い!」

 

 ハグリッドはハリーとダーズリー家で会った時と同じ位の笑みを浮かべながら、バーソロミューを手招きした。

 しかし彼はそれを手で制し、少年の方へと近づいた

 

「貴様の名前は?」

 

 バーソロミューのその問いかけに、少年は少しうんざりした。と言うのも、彼はダイアゴン横丁(魔法界)に来て以来名前を聞かれ続け、そして名乗る度に握手や抱擁、サインを求められた。

 果てには髪の毛が欲しいとか、子供の名付け親になってくれ、なんて声もあったくらいだ。

 その上、彼の口調は先程『マダムマルキンの洋装店ー普段着から式服まで』で出会ったあの生意気な男の子を思い出させた

 

「ハリー・ポッター」

 

 故に少年ーーハリー・ポッターはできるだけ手短に、バーソロミューの方も見ずに自分の名前を告げた。

 しかしそれを聞いたバーソロミューは他の人間の様に握手や抱擁を求めるのではなく、ただ後ろからハリーの右腕をじっと見つめた。

 暫く何かを考えたバーソロミューはやがて口を開いた

 

「店主、柊と不死鳥で出来た杖はあるかな?そうだな…長さは大体三十センチ前後が良い。性質は傲慢で頑固でなければなんでも。あれば彼に渡してやってくれ」

 

 何故その様な杖を?柊と不死鳥とは、実に珍しい組み合わせじゃが……。

 オリバンダー老人はバーソロミューの注文に少し訝しんだが、彼の紫色の瞳を見ると彼を怪しむ気持ちはすっかり消え失せた。

 

「おお、しかし……その条件ならピッタリの杖がありますぞ!柊と不死鳥の尾羽、二十八センチ、良質でしなやか」

 

 やがてオリバンダー老人が持ってきた杖を手に取ると、ハリーは急に指先が暖かくなったのを感じた。

 杖を頭の高さまで振り上げ、何かを切る様にヒュッと振り下ろした。

 すると、杖の先から赤と金色の火花が花火のように流れ出し、光の玉が踊りながら反射した

 

「ブラボー!すばらしい。いや、よかった。さて、さて、さて……不思議な事もあるものよ……全くもって不思議な……」

 

 老人はハリーの杖を箱に戻し、茶色の紙で包みながら、またブツブツと繰り返していた

 

「あのう、何がそんなに不思議なんですか?」

 

 ハリーはたまらず、オリバンダー老人に問いかけた。

 オリバンダー老人は淡い銀色の瞳でハリーをじっと見た

 

「ポッターさん。わしは自分の売った杖は全て覚えておる。全部じゃ。あなたの杖に入っている不死鳥の杖はな、同じ不死鳥の尾羽根をもう一枚だけ提供した……たった一枚だけじゃが。あなたがこの杖を持つ運命にあったとは、不思議なことじゃ。兄弟羽が……なんと、兄弟羽がその傷を負わせたというのに……」

 

 ハリーは息を呑んだ

 

「さよう。三十四センチのイチイの木じゃった。こういうことが起こるとは、不思議なものじゃ。杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういうことじゃ……。ポッターさん、あなたはきっと偉大なことをなさるに違いない……。『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では、偉大なことをしたわけじゃ……恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない」

 

 ハリーは身震いした。

 オリバンダー老人があまり好きになれない気がした

 

「しかし、この運命が何故わかったのですかな?」

 

 ハリーはハッとした。

 そうだ、自分のこの杖を、ヴォルデモートとの兄弟羽の杖を言い当てた人物がいた。

 ハリーはそこでようやっと、バーソロミューを見た

 

 ──美しい

 

 ただ、そう思った。

 バーソロミューとその後ろに控える二人のメイド。ハリーの語彙ではその欠片も表現できないと思える程に、彼等は美しかった。

 ハリーが今までテレビや新聞で見たタレントやアイドルでさえ、彼等の足元にも及ばないと思った

 

「まあ、なんとなくだ」

 

 先程も聞いたはずのバーソロミューの声だが、今度はまるで別物のように聞こえた。彼の声には何か魔力が秘められているような、不思議な響きがあった。

 ハリーはもっと彼の声を聞きたいと思った。しかし、もう自分の要件は済んでいる。いつまでもここにいるのは、明らかに可笑しかった。

 ハリーは杖の代金に七ガリオンを支払い、オリバンダーと二人のメイドにお辞儀されながら、名残惜しそうにオリバンダーの店を後にした

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「この二人の杖が欲しい。黒檀にドラゴンの心臓の琴線、二十五センチ前後と白樺にユニコーンのたてがみ、三十五センチ前後を貰いたい。どちらも優柔不断以外の性質ならなんでも良い」

 

「……かしこまりました」

 

 杖が魔法使いを選ぶ、と言ってもそれは完全なランダムじゃない。

 その人間の体つきや魔力の質、魂の大きさが関わってくる。

 この店主はメジャーで腕の大きさを測り、杖を予測してた様だが、体つきだけで判断してたのでは時間が掛かるだろう。

 まあそれでも長年の経験からか、中々早く杖を選ぶ事が出来るようだが。

 しかし詳しくは分からないが、ハリー・ポッターは通常の人間とは明らかに異なる魂の作りをしていた。肉体と魂の質とでも言うべきか。兎に角何かが僅かに、しかし決定的にズレていた。

 故に、杖選びに時間が掛かってしまったのだろう

 

「黒檀にドラゴンの心臓の琴線、二十六センチ、自由奔放。白樺にユニコーンのたてがみ、三十五センチ、慈しみ深い」

 

 アンが黒檀の杖を、メアリーが白樺の杖を手に取り、それぞれ振るった。

 するとバーソロミューが履いていた靴に付着した泥が落ち、服のシワが伸ばされ、身嗜みが整えられた。

 

「おお、なんとも……いやはや。ところで、あなた様は杖を買わないのですかな?是非とも、わしに選ばせていただきたい」

 

 オリバンダー老人がぐいっと身を乗り出して提案してくる。

 俺様は既に杖を持っている。その上、制限はあるものの杖を持たずとも魔法は使える。

 だが、その杖はとある事情から表に出す事は難しい。それに、何故杖を持たずとも魔法が使えるのか聞かれた時に、説明が面倒だ。

 なれば、予備として杖を持っておくのも悪くないだろう。

 それに、オリバンダー老人の気持ちは分からんでもない。俺様が不可解な事があれば解明せずには居られない様に、オリバンダー老人は客に合った杖を見つけずには居られないのだろう。

 俺様と分野は違くとも折角の同族、偶にはサービスしてやっても良いだろう

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 オリバンダー老人が暗い顔を作りながらバーソロミューに杖を渡した。バーソロミューがそれを振ると、オリバンダー老人の店の床の七割ほどが剥がれた

 

「こんな、こんな事が……」

 

 敗北だった。

 この店を先代オリバンダーから継いで以来、数え切れない程の杖を選んで来た。多少時間が掛かる時もあったが、全ての客に合う杖を提供してきた。

 しかし今日、この少年バーソロミュー・フラメルに合う杖は、終ぞ見つからなかった。この店で売られている全ての杖(・・・・・・・・・・・・・・)が、彼に選ばれなかった

 

「俺様に合う杖はないのか?」

 

「いえ、待ってくだされ!きっと、必ず……」

 

 そこまで言って、オリバンダー老人はその事を思いだした。

 売り物以外の杖(・・・・・・・)の存在を

 

「……フラメルさん。実はこの店は杖を販売するだけが仕事ではないのです。お亡くなりになった方々の杖を保管する事もまた、代々オリバンダーの仕事なのです」

 

 通常、魔法使いが死んだ際にはその杖を遺体と共に墓に埋める。

 しかし、戦いの末遺体が消えてしまったり、遺族が居らず墓が作れない場合などは、杖屋が杖を預かるのが決まりだった。

 オリバンダー老人は店のショーウィンドウにあった、色褪せた紫色のクッションの上に置かれていた一本の杖を持ってきた

 

「これは……かのロウェナ・レイブンクロー様の杖なのです。この店においてある杖の中で最も古く、最も力のある杖じゃ……。しかしこの杖は未だ、ロウェナ・レイブンクロー様に忠誠を誓っている……」

 

 

 何故この杖を持ち出したのか、オリバンダー老人自身にも分からなかった。しかし、彼は導かれる様にこの杖を持って来た。

 本来売り物でさえなく、また代々受け継い出来た、この店の看板とも言える杖を渡す事は良くない事だと思いながらも、彼にこの杖を渡さずには居られなかった。

 それはオリバンダー老人の杖職人としての好奇心からか、バーソロミューの魅力に当てられてか、兎角オリバンダー老人が震えながら、バーソロミューに杖を差し出した。

 そしてバーソロミューがいざ杖を受け取ろうとすると、杖は猛烈に暴れだした。鋭い突風が巻き起こり、熱い火花が飛んだ。

 しかし不思議な事に、オリバンダー老人とその店、二人のメイドは全くその影響を受けなかった。だがその一方で、バーソロミューは瞬く間に傷だらけになっていった。

 それを見た二人のメイドが動きだそうするのをバーソロミューは左手で制し、右手で杖を掴みとった。

 すると杖と彼の右手が眩く輝いた。そして彼と杖の接触部分から一筋の金の光が飛び出し、それはやがて人の形となった

 

『私を呼び起こす者は誰です?』

 

 美しい女性だった。

 若く、品があり、優美だった。この世にある全てを包み込む様な“愛”と“美”で溢れていた。

 どんな悪人でも彼女の前では己の罪を懺悔し、その生涯を善業に使うだろうと思えた。

 バーソロミュー・フラメルの輝きのみが溢れていた店内が、次第に彼女の輝きで塗られていった

 

「俺様はバーソロミュー・フラメル。貴様は?」

 

『計り知れぬ英知こそ我らが最大の宝なり。私の名前はロウェナ・レイブンクロー』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ストリップショー

 俺様がロウェナ・レイブンクローの杖を取ろうすると、杖に残っていたロウェナ・レイブンクロー(前主人)の魔力が暴れ出した。

 それを俺様の魔力で封じようとしたら、突然女が杖から出やがった

 

『私を呼び起こす者は誰です?』

 

「俺様はバーソロミュー・フラメル。貴様は?」

 

『計り知れぬ英知こそ我らが最大の宝なり。私の名前はロウェナ・レイブンクロー』

 

 おいおい、マジかよ。

 過去の人間を呼び起こした?何だこの現象は?

 俺様でさえ、何が起きてるのかさっぱり分からない。

 それに、ロウェナ・レイブンクローだと?

 確かに容姿のそれは伝説とも言えるレベルだが、魔女魔法使いとして肝心となるの魔力量が低すぎる。

 こいつは本当にあのロウェナ・レイブンクローなのか?

 いや待て!それ以上に不可解な事がある

 

「アン、メアリー。こいつが見えるか?」

 

 ロウェナ・レイブンクローを名乗る女を指差す。

 しかし、アンとメアリーは首をかしげるだけだ。それはオリバンダーも同じ。

 やはり、この女は俺様以外には感知できないようだ。

 アンとメアリーには許可無く俺様に近づく人間を迎撃する様設定してある。それが発動しないという事は、つまりそういう事なのだろう

 

『どうやら、私の姿は貴方意外には知覚できない様ですね、バーソロミュー』

 

「ああ」

 

 嘘はついていない。心理学と開心術を完璧に納めている俺様が言うのだから間違いない。つまり、この女もこの現象を把握出来ていない。

 ならば自分で考えれば良いだけだ

 

 ふむ、この女は杖から、ロウェナ・レイブンクローの杖から出現した。そして、この杖は未だにロウェナ・レイブンクローに忠誠を誓っていたという。

 『直前呪文』の類──『直前主人呪文』とでも言うべきか。杖の中に残っていたロウェナ・レイブンクローの魔力の魂の残り滓を無理矢理人の形にしたのか。

 しかし、そんな事が可能か?

 いや、オリバンダー曰く最強の杖と俺様の中のこれ(・・)が共鳴し合えば可能かもしれん。

 現にこの女が出現したのは杖からだが、俺様の腕からも可視魔力線(金色の光)が生じていた。

 この仮説が正しいとするなら・・・

 

 俺様が杖をオリバンダーが持っている紫色のクッションに戻すと、あの女は消えた。もう一度杖を取ると、再び女が現れた。やはり、俺様とこの女には杖を通して繋がりのようなものが出来ている様だ。

 どうやら、俺様の仮説はそう間違っていなかったらしいな。

 

「一つ質問したいのだが、俺様が杖を置いた後も貴様はそこにいたか?」

 

『ええ、居ました。……バーソロミュー、貴方と私の間に、杖を通して何らかの繋がりが出来ている様ですね』

 

「その様だな」

 

 どうやらこの女も、俺様と同じ結論に至ったらしい。

 案外、この女がロウェナ・レイブンクローというのは本当かも知れん。まあ何にせよ、俺様と同レベルの思考回路を持っているのだ、天才には違いない

 

 いやしかし、こいつは俺様の中にあるこれ(・・)の存在を知らない。となると、この女の杖と俺様の持つなにか(・・・)とが繋がったのか分からないはずだ。つまり、この女が持つ知識だけでは真実にたどり着く事はない。

 しかしそれは俺様も同じだ。

 何故この杖にこれ程(人の形を具現化する程)の魔力と魂が込められていたのか分からない。

 幾つかの推測は出来るが、所詮推測は推測。対象が未知であり、他に判例がない以上、真実にたどり着く事は決してない。

 とどのつまり、お手上げだ。

 しかしそれはあくまで一人でこの現象を解明しようとした時の話、協力者がいればまた話は別。

 要はこの女が持つ情報を貰えばいい。そして恐らく、この女も俺様と同じ結論に至っているはずだ。お互い協力しよう、とな。

 しかし、ここでまた新たな問題が発生する

 

 それは──俺様が負けず嫌いだという事だ!

 故に、俺様はこいつから情報を貰うのではなく、奪う!!!

 

『私が持つ知識を与えます。なので貴方の持つ知識も私に──何をしているのですか?』

 

 俺様とこいつには確かに繋がりが出来ている。今はこいつが俺様の魔力を吸い取って具現化している状態だ。

 そこで考えた訳だが、俺様の魔力を一時的に改造(錬金)する。吸魂鬼のそれにな!

 

『あ、ああ、ああああああ!!!やめて、私の中にそんな穢らわしい物を入れないで!』

 

「どうした?」

 

 吸魂鬼はキスで相手の魂を抜き取り、その後空いた箇所に自分の魔力を注入する事で、人間を吸魂鬼(同族)にする。

 今は魂を抜き取ってないから直ぐに吸魂鬼になる事はないが、その代わりに吸魂鬼の魔力が身体の中を犯す苦しみが増すだろう

 

『これを早く止めて!私が私じゃなくなる!杖を離して!』

 

「止めてやっても良いが、その前に知ってる事を話してもらおうか」

 

『無理ィ、無理です!こんな穢らわしい物を入れられながら、話なんて出来ません!』

 

「出来るか出来ないかじゃない、やれ」

 

『本当に無理なのにイイィィ!ああああああ!!!』

 

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 

「ほら、出来たじゃないか」

 

『ハア、ハア、ハア……貴方、ロクな死に方しませんよ?』

 

 話を聞いた限り、こいつは本当にあのロウェナ・レイブンクローだった。

 何でも、ホグワーツ魔法魔術学校を建てた後、そのあり方を巡って争いが起きたそうだ。しかし全員の力量は近く、いつまで経っても決着がつかなかった。

 そこで、『英知』を司るレイブンクローが提案したそうだ。

 自分達の魔力と魂を何らかの『魔法逸品(マジックアイテム)』に詰め、半永遠の命を得ることで、とりあえず次世代の成り行きを見守る事にしよう、と。要は先延ばしだ。

 それ(マジックアイテム)がレイブンクローの場合、杖だったそうだ

 

「他の奴らが何に詰め込まれているのかは分からねえのか?」

 

『貴方、私にあれ程の仕打ちを成しておいて、何故普通に話し掛けられるのですか?しかし、ええ…確かに分かりません』

 

 まあ、それはそうだろうな。

 他の人間が何の魔法逸品(マジックアイテム)に込められているのか知った暁には、それを破壊したり、学校外に追い出そうとする奴が居るかもしれんからな

 

「何故お前はここに置かれていたんだ?」

 

 しかしそうなると、オリバンダーの店(ホグワーツの外)に置かれていたレイブンクローは誰かの策略にあい、ここに置かれているという事か?

 

『私は……娘に逃げられたのです』

 

「は?」

 

『恥ずかしながら、私は死ぬ間際、病気で床に伏せていたのです。日に日に力が弱まって行く中、私は死を感じました。そこで思い付いたのです。通常、魔女が死んだ時にはその杖を共に埋葬します。そこでホグワーツに墓を作るよう遺言を書き、杖に私の力のほとんどを残しました。私が病気が弱り切る前に』

 

 自分達で作ったホグワーツだ。そこに墓を作っても問題はないだろう。

 それに、幾ら争いが起きたと言っても昔は旧知の仲、グリフィンドール達が墓を荒らす事はなかっただろう。

 しかし、ホグワーツにロウェナ・レイブンクローの墓があるという話は聞いた事がない。つまり失敗に終わったということだろう

 

『ええ、遺言は成されませんでした。娘であるヘレナは私から逃げました。どうしてそうなったのか、私には分かりませんでしたが。しかし、私は娘に遺言を託さなければなりませんでした。ですが私は病気になってしまいました。そこで、ヘレナの恋人に全てを託しました。そして彼が娘を連れて帰ってくるのを待っている間に──』

 

「死んでしまった、と」

 

『然り。その後どういった経緯でそうなったのかは分かりませんが私の墓は作られず、杖は当時のオリバンダーに渡されました。そして今の今まで眠っていた私を、貴方が呼び起こしたのです』

 

「なるほど……」

 

 この話は中々興味深い。

 何処が、というと冒頭の部分。レイブンクロー達が自分達の魔力と魂を魔法逸品(マジックアイテム)に込め、意思を残したというところだ。

 俺様もアンとメアリーを作った(・・・)時に同じ様な事をした。しかし、あの方法はもう二度と使えない。故にちょうど、新しい方法を模索していたところだ

 

「おい、レイブンクロー。俺様は今からホグワーツに行く。一緒に来い」

 

『さっきも言いましたが、私にあんな仕打ちをしておいて、良くそんな事が言えますね!ですが、私もこうして起きた以上、ホグワーツの行く末も見届けなければなりません。非常に、非常に不本意ですが、貴方に着いて行く事にします』

 

 創設者の一人であるこいつにホグワーツの案内させるというのは、さぞかし面白いだろう

 

「店主、この杖貰って行くぞ。幾らだ?」

 

「お代は結構です。その杖は売り物ではござらん故……」

 

 そう、この杖は本来売り物ではない。人に渡して良いものではない。

 しかし、オリバンダー老人の杖作りとしての長年感が告げていた。この杖はバーソロミューに忠誠心を捧げている、共に行きたがっている、と。

 杖の意思を人の意思より尊重するオリバンダー老人のこと、バーソロミューにその杖を託すのは半ば必然の事だった。

 しかし、バーソロミューの方はそうはいかない

 

「俺様は施しは受けない。もう一度聞く、幾らだ?」

 

 バーソロミューがオリバンダー老人を見つめた。

 すると、先程までオリバンダー老人が感じていた杖作りとしての矜持は跡形もなく消え去った。

 ただ、ここまで言ったバーソロミューに恥を掻かせたくない、その一心が頭を支配した

 

 こうしてバーソロミューは七ガリオン支払い、杖とロウェナ・レイブンクローを手にした後、オリバンダーの店を後にした

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 キングクロス駅、9・3/4番線のプラットホームに一組の、魔法使い達が言うところのマグルの家族がいた

 

「それじゃあ行ってきます、パパ、ママ!」

 

 少女は、今日何度目になるかわからないハグをした。しかし両親は困った様子を見せず、むしろ嬉しそうにハグを返した。

 それだけで、この家族の絆が確かな事が伺えた

 

「いってらっしゃい、ハーマイオニー!」

 

「何か困った事があったら、すぐに手紙に書きなさい」

 

 少女──ハーマイオニー・グレンジャーは力強く頷き、ホグワーツ特急に乗り込んだ。

それを見た両親は心の底から喜んだ。というのも、娘のあんな嬉しそうな顔を見るのが久々だったからだ

 

 ハーマイオニーは天才だった。幼い頃からその天賦の才を遺憾なく発揮し、両親を何度も良い意味で驚かせた。

 その上ハーマイオニーはその才能に慢心する事なく、常に勉学に励んだ。また正義感も強く、その才能を悪事に使う事は決してなかった。

 しかし、賢く気高い彼女が生きるには、世界は愚かで醜すぎた。

 ハーマイオニーは学ぶ意欲が高かった。当然両親はそれを応援した。つまり、ハーマイオニーを進学校に入学させた。

 しかし進学校というのは謂わば受験に向けての競争の場、大半の人間が周りに負けたくないと、蹴落としたいと思っている。

 純粋にただ学びたいと願って入ったハーマイオニーとは合わなかった

 

 また賢すぎた(・・・)彼女は周りに嫉妬され、差別の対象となった。更にハーマイオニーは正義感が強すぎた。

 自分の事は兎も角、他人が差別されているのを黙って見過ごせなかった。

 しかし多くの場合、差別を行っているのはクラスの中心にいる様な女の子。そんな彼女達に楯突けばどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。

 ハーマイオニーは目に見えて衰弱して行った。

 そこに届いたのがホグワーツからの招待状だった

 

 魔法という素晴らしい学問と未知の世界。それはハーマイオニーに再び活力を与えた。

 実際、『ダイアゴン横丁』に来た時ハーマイオニーは今まで見た事が無いほど楽しんでいた。

 買った教科書と杖を大事そうに抱えながら、不思議な味のするアイスを頬張る姿は両親をしてとても可愛らしかった。

 最も、魔法に夢中になるあまり寝不足になる程教科書を読み込もうとするハーマイオニーを辞めさせるのに、両親は手を焼いたが。

 しかしそんな事さえ嬉しいとさえ思える程、ハーマイオニーがのめり込むものを見つけた事を両親は喜んだ。

そして今、期待に胸を膨らませながら列車に乗るハーマイオニーを見て、その気持ちはより一層強くなった

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 誰かしら魔法使いが居れば相席し、魔法界の事を話してもらおうと探してみるも、まだどのコンパートメントにも人は居なかった。

 結局、ハーマイオニーは列車の中央辺りのコンパートメントに一人で座った。

 窓の外からプラットホームを淡い期待を持ちながら見てみるも、既に両親の姿はない。と言うも、両親は優秀な歯科医であり、もうすぐ今日の診察の時間だ。それ故こうして、列車が出発する3時間も前からここに来ているのだ

 

「本でも読もうかしら」

 

 何となくハーマイオニーは独り言を言いながら、鞄から教科書を取り出した。まだ買って二ヶ月と少しのそれは何年も使い古したかのようにボロボロになっていた

 

「あ、そうだわ!もうここでは魔法を使えるのよね!」

 

 教科書を読み進め二時間経った頃、ハーマイオニーはその事を思い出した。というのも未成年の魔法使いには『臭い』という物が付いていて、許可された場所以外では魔法を使う事は出来ない。

 そしてここ、ホグワーツ特急はその許可された場所の一つだ

 

「ん、ん゛ん゛……『レバロ 直れ』!」

 

 ハーマイオニーが呪文を唱えると、先程までボロボロだった教科書がたちまち新品同然になった

 

「おい」

 

「きゃっ!」

 

 ハーマイオニーが初めて魔法を成功させた喜びに浸っていると、急に声をかけられた。

 びっくりしてハーマイオニーがそちらを見ると、いつの間にかコンパートメントの扉から一人の少年が顔を覗かせていた。

 その少年は美しく、恋や恋愛に興味の無いハーマイオニーだったが、その彼女でさえ少し胸が高鳴った。

 しかし彼女は即座にその胸の高鳴りを抑えた。

 幼い頃から差別にあい、人間不信に陥ったハーマイオニーは自身の心を操ることに長けていた

 

「相席してもいいか?」

 

「え、ええ。構わな……貴方もしかして、バーソロミュー・フラメル?」

 

「ああ、俺様がバーソロミュー・フラメルだ」

 

 バーソロミューはハーマイオニーの正面に腰掛けた

 

「私、貴方の事知ってるわ!参考書を二、三冊読んだの。貴方の事『近代魔法史』『錬金術の盛隆』に書いてあった。それに貴方が書いた『トロールにわからない程度の錬金術シリーズ』も勿論読んだわ!あ、私はハーマイオニー・グレンジャーよろしくね」

 

 ハーマイオニーは一気にそう言った

 

「よろしく、グレンジャー。こっちの二人はアンとメアリー」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 バーソロミューの隣にアンが、ハーマイオニーの隣にメアリーが座っていた。

 二人は軽くお辞儀をすると、大きなトランクから紅茶とスコーンを取り出し、バーソロミューとハーマイオニーに渡した

 

「ありがとう。ねえ、どうしてアンとメアリーはメイド服を着てるの?」

 

「そう作られた(・・・・)からです、グレンジャー様」

 

「そ、そう」

 

 ハーマイオニーは良く意味が分からなかったが、これ以上踏み込んでは行けない気がした。

 というより、アンとメアリーには関わってはならない予感がした。そこでとりあえずは、出来るだけバーソロミューとだけ話す事に決めた。

 とりあえずと言っても、勿論ハーマイオニーにとってバーソロミューは大変興味深い人物だ

 

「さっきの呪文、上手く出来てたかしら?練習のつもりで簡単だと思う呪文を試してみたんだけど。あ、私の家族に魔法族は誰もいないの。だから手紙をもらった時、驚いたわ、とてもね。何かのドッキリかと思った位。でも本当だとわかって、勿論嬉しかったわ。だって、最高の魔法学校だって聞いてるもの。あら、そういえば貴方はボーバトン魔法アカデミーに入学するってきいてたけど……。『日刊預言者新聞』に書いてあったわ、貴方が首席生と特待生の両方を勝ち取ったって。二ヶ月前からとってるの。まあでも、やっぱりホグワーツよね。教科書は勿論、全部暗記したわ。それで足りると良いんだけど……」

 

 ハーマイオニーはまくりたてる様に話した。

 それに対し、バーソロミューはいつもの不機嫌そうな顔を、ほんの少し緩めた

 

「さっきの呪文が初めてだというなら、中々の才能の持ち主だ。誇っていい。学校生活云々は教科書を全部暗記してるなら、とりあえず授業には困らん。その程度(教科書暗記)の事が出来てない人間が多いからな。その点、貴様は中々見所がある。故に、貴様の疑問に答えてやろう。俺様がボーバトンを蹴り、ホグワーツに入学したのは究極の物質、『賢者の石』を追ってきたからだ」

 

 バーソロミューがこのコンパートメントを選び、入った理由は一重にハーマイオニーの容姿にあった。

 彼女自身に美容といったものに興味がないためか髪の手入れやメイクはしていないが、磨けば光る物があると思い、バーソロミューはこのコンパートメントを選んだ。

 しかし、今は容姿よりもその中身が気になった。

 彼女はマグル生まれだという。つまり、この二ヶ月程で教科書を暗記したという事だ。更には他に参考書も幾つか読んでいるという

 

(中々どうして、当たり(・・・)引いたかもしれんな)

 

 バーソロミューにとっての当たり(・・・)とはつまり、自分と同レベルになる事が出来る可能性を持った人間の事だ

 

「呪文が上手く出来てたなら、良かったわ。貴方が言うなら間違いなさそうね。これで一応学校生活はやっていけそうだわ。……でも『賢者の石』ってつまりあの、貴方のお爺さんが作った?でも確かに、ダンブルドアと貴方のお爺さんは旧知の仲だって聞いた事があるわ。預けても不思議じゃないかもね。ところで、貴方はどの寮に入るかわかってる?私、色んな人に聞いて調べたけど、グリフィンドールに入りたいわ。絶対一番いいみたい。ダンブルドアもそこ出身だって聞いたわ。でもレイブンクローも悪くないかもね……」

 

 『レイブンクローも悪くないかもね』その言葉を聞いたバーソロミューは、左斜め上のあたりを見ながらニヤリと笑った。

 ハーマイオニーもつられてそっちも見たが、やはり何もない

 

「何かそこにいるの?」

 

「ああ、レイブンクローが居る」

 

 『どういう事?』ハーマイオニーはそう聞こうとしたが、その時列車が動き出し、衝撃で体が揺れて上手く呂律が回らなかった。

 ジョークだった時の事を考え、時間が経ってからその質問をするのは躊躇われた。

 二人はその後、ハーマイオニーの呪文の練習をしたり、魔法界の事や魔術の知識を語り合った

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

「む、そろそろ時間だな」

 

 時計も見ずにバーソロミューが呟いた。

 バーソロミューは一度見聞きした事は絶対に忘れない。故に、一秒の長さ(・・・・・)というものを覚えている。つまり、彼の体内時計は完璧だという事だ。

 しかし列車がホグワーツに到着するにはまだ時間がある。ハーマイオニーがその事を疑問に思っていると、メアリーとアンがトランクを開け(すず)やクリスタル、布等を取り出した

 

「少し離れてろ。今から俺様とこの二人の学用品を作る(錬金する)。巻き込まれると、お前まで材料として使ってしまう」

 

 そう言いながら、バーソロミューは凄まじい速度で羊皮紙に文字や図形を書いていく。

 錬金術とは即ち、行程を取り除く技だ。

 (すず)を熱して溶かし、金槌で叩き形を整え固める。そうする事で初めて(すず)は大鍋となる。

 錬金術はその行程を書類上と頭の中(・・・・・・・)で行い、現実世界で行わなずとも済むようにする。

 故に錬金術師となるためには、様々な知識が必要となる。

 今日この場合(学用品作り)では大鍋や秤を作る過程、制服の編み方などを知っていなくてはならない。

 勿論、バーソロミューの頭には全て入っている

 

 バーソロミューが魔法陣を書き上げた羊皮紙の上に材料を乗せ、指を鳴らすと一瞬の光の後、見事に学用品の数々が出来上がっていた

 

「すごい……」

 

 その精度の程は、あのお喋りなハーマイオニーを黙らせる程だった。

 しかし、ハーマイオニーが本当に驚くのはここからだ

 

「よし、完成だ。そろそろ着くから、制服に着替えろ」

 

「「かしこまりました」」

 

 ハーマイオニーがギョッとしたのも束の間、アンとメアリーは何の躊躇いもなく服を脱ぎ、その豊満な肉体を惜しげも無く晒した。

 それも、ただ晒しただけではない。

 二人は見せつける様に、少しずつ服を脱いでいった。

 まず、メイド服を隠していた純白のエプロンの結び目を解いた。解かれたエプロンは重力に従い、ストンと足元に落ちた。

 エプロンの下に着ているメイド服本体、ワンピースの様に上下繋がっているそれは首から胸元にかけて三つのボタンがあり、それをゆっくりと外していった

 

 一つ目のボタンを外すと、白い鎖骨が露わになった。

 言ってみれば、鎖骨というのはそこまで隠す様なものではない。それを露出する服装をしている人間も多くいる。

 しかし、二人の鎖骨は見てはいけない物に、淫靡な物に思えた。

 次に二つ目のボタンを外すと、今度は胸元とそれを隠す下着が露わになった。アンは赤い色の、メアリーは藍色の大人びた下着を着けていた。

 二人は続いて三つのボタンを外すと、今度は胸が完全にさらけ出された。

 ハーマイオニーが唖然とする中、二人はボタンが全て外れたメイド服をゆっくりと脱いだ

 

 下着姿となった二人は続いてホグワーツの制服を、これまたゆっくりと着ていく。

 胸や臀部、脇やうなじといった箇所をバーソロミューとハーマイオニーに見せ付けながら、たっぷり二十分ほどかけて制服を着た。

 その光景は艶かしく、女性であるハーマイオニーでさえ胸が高鳴った

 

「さあ、次は」

 

「グレンジャー様の番ですよ」

 

 ハーマイオニーが驚きと羞恥に包まれる中、アンとメアリーがそう語り掛けてきた。確かに、もうそろそろ制服に着替えなくてはならない時間だ。

 しかしコンパートメント内には男性──バーソロミューが居る。

 ハーマイオニーがその事を告げようとした時、ふとバーソロミューの方を見た。見てしまった

 

「グレンジャー」

 

 バーソロミューはゆっくりと語り掛けた。

 先程までの不機嫌そうな雰囲気は消え、儚げな雰囲気を纏っている。

 彼の声を聞いたハーマイオニーは頭の中が霧がかかった様になり、思考が上手く纏まらなくなった。

 そして吸い込まれる様に彼の紫色の瞳を見ると、急に下腹部の奥のあたりがピリピリと疼いた。

 バーソロミューは音もなく立ち上がり、ハーマイオニーの頬を撫でた。

 すると撫でられた頬がじんわりと熱くなった。ハーマイオニーはこの感覚を知っていた。オリバンダーの店で初めて杖に選ばれた日、これに近い感覚を味わった。

 しかしバーソロミューのそれはずっと熱く、快楽を伴っていた。

 ハーマイオニーが熱に浮かされ、全てを彼に委ねようとした時──コンパートメントのドアがノックされた。

 その音にハーマイオニーはハッとし、頭の中の靄が消え去り、熱も引いた

 

「どういったご用件でしょうか?」

 

 メアリーがドアを開け、何事もなかったかの様に対応した。

 そこには冴えない顔をした少年が立っていた。彼はメアリーの美しい容姿に驚き、しどろもどろになりながら要件を話した

 

「ぼ、僕のヒキガエル見なかった?トレバーって言うんだけど」

 

「申し訳ございませんが、存じ上げていません」

 

 メアリーはそうきっぱり告げて、ドアを閉めようとした。

 しかし、それをハーマイオニーが遮った

 

「私も探すの手伝ってあげるわ!そのまま着替えてくるから、多分もうこのコンパートメントには戻らないわ。それじゃあ、ホグワーツでまた会いましょう!」

 

 ハーマイオニーはヒキガエルを探しに来た少年を引き連れて、違う車両へと歩いて行った。

 バーソロミューはそれを満足そうに見送った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 組み分け帽子

 ハーマイオニーがコンパートメントを出た後、バーソロミューは手早く制服に着替えた。窓から外を覗くと、深い紫色の空の下に山や森が見えた。列車は速度を落としている様だ。

 バーソロミューがローブを羽織ったちょうどのタイミングで、車内に声が響いた

 

「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていって下さい」

 

 その知らせに他の一年生が緊張で顔を青くする中、バーソロミューはやはり不機嫌そうな顔をしていた。

 列車の通路は少しでも早くホグワーツへ行こうとする一年生で溢れていたが、バーソロミューはそれでも自分のコンパートメントから動かなかった。

 汽車は益々速度を落とし、やがて完全に停止した。

 他の一年生が押し合いへし合いをしながら列車の戸を開けて外に出て、やがて人がほとんどいなくなった後、やっとバーソロミューは外に出た。

 プラットフォームは暗く、ほとんど人が居ないにも関わらず、バーソロミュー達は多くの生徒達から注目を集めた。

 もしバーソロミューが不機嫌そうな顔を解き、愛想の良い表情を浮かべたのなら直ぐにでも多くの人間が話しかけて来たことだろう

 

イッチ()年生! イッチ()年生!はこっちだ! おお、バーソロミュー!あんまり姿を見せねえから、俺に挨拶もなしで行っちまったのかと思ったぞ!さあ、ついてこいよ──あとイッチ()年生は居ないかな?足元に気をつけろ。いいか!イッチ()年生、ついて来い!」

 

 ハグリッドのその声に反応したのはハリーだ。

 オリバンダーの店を出た後、あの杖を選んでくれた少年がバーソロミュー・フラメルという名前だという事をハグリッドから聞いていた。

 ハリーは滑ったり、つまづいたりしながら、険しくて狭い小道を、バーソロミューを探しながらハグリッドに続いて降りていった。

 しかし何故か、あの目立つ容姿の彼を見つける事は出来なかった。

 みんな黙々と歩いた。ヒキガエルに逃げられたばかりの少年、ネビルが一、二回鼻をすすった

 

「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」

 

 ハグリッドが振り返りながら言った

 

「この角を曲がったらだ」

 

「うぉーっ!」

 

 一斉に声が沸き起こった。

 狭い道が急に開け、大きな黒い湖のほとりに出た。向こう岸に高い山がそびえ、そのてっぺんに壮大な城が見えた。

 大小様々な塔が立ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっていた。それを見たバーソロミューは不機嫌そうな顔をほんの少し綻ばせた

 

『あの城のデザインは私が設計したのですよ』

 

 感動する生徒達を満足そうに見渡し、レイブンクローは誇らしげに言った

 

『ゴドリックはもっとキラキラと派手に、サラザールはもっとオドロオドロしく荘厳に、ヘルガはもっとマルビを帯びて可愛くと言ったのですが、やはりこの位が良いですよね』

 

 少なくとも可愛くならなくて良かった、とバーソロミューは思った

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

 ハグリッドが岸辺に繋がられた小舟を指差した。

 バーソロミューが乗り、アンとメアリーが続いて乗った。

 バーソロミュー達は確かに全員美形なのだが、バーソロミューがあまりに不機嫌そうな顔をしているせいか、近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 その為一緒のボートに乗り、話してみたいのだがどうも気後れする様で、中々最後の一人が決まらなかった。

 しかしようやっと、一人の少女が乗り込んだ

 

「はあい、私はダフネ・グリーングラス。よろしくね」

 

 少女、ダフネ・グリーングラスは人懐っこい笑みを浮かべた。

 対し、バーソロミューは不機嫌な表情を保ったままだ。しかし一応、自己紹介だけはした

 

「バーソロミュー・フラメル。こっちはアンとメアリー」

 

 アンとメアリーが微笑みながら頭を下げた。

 簡素な自己紹介の何処が面白いのかったのか、ダフネはニコニコとしながらお辞儀を返した

 

「みんな乗ったか?」

 

 ハグリッドは大声を出した。一人でボートに乗っている

 

「よーし、では、進めえ!」

 

 ボート船団は一斉に動き出し、鏡のような湖面を滑るように進んだ。みんな黙って、そびえ立つ巨大な城を見上げていた。向こう岸の崖に近づくにつれて、城が頭上にのしかかってきた

 

「頭、下げぇー!」

 

 船頭の何艘かが崖下に到着した時、ハグリッドが掛け声をかけた。

 目の前には蔦のカーテンが広がっており、これを潜って崖の入り口に進むようだ。生徒達がみな、ぶつからないように頭を下げていく。

 しかし、この男は違った!

 この男はそれがたとえ無機物()であれ、頭を下げるという事が我慢ならなかった!

 何とも幼稚で傲慢な考えだが、彼は今の今までそれを突き通してきたのだ!そしてそれは、今日になっても変わらない!

 

「メアリー」

 

「かしこまりました」

 

 メアリーは何処かからカットラスを取り出し、蔦のカーテンを切り刻んだ。それを見たダフネは手を叩いてメアリーを褒めた

 

「恐れ入ります」

 

『わ、私が丹精込めて育てた蔦のカーテンが!』

 

 レイブンクローの悲鳴もなんのその、蔦の破片が浮かぶ湖を進み、崖の入り口へと進んだ。

 城の真下と思われる暗いトンネルを潜ると、地下の船着き場に到着した。全員が岩の小石の上に降り立った

 

「ホイ、おまえさん!これ、おまえのヒキガエルかい?」

 

 みんなが下船した後、ボートを調べていたハグリッドが声を上げた

 

「トレバー!」

 

 ネビルは大喜びで手を差し出した。ヒキガエルを受け取ると、大事そうに両手で包んだ。

 対しトレバーはまた直ぐに逃げ出す機会をうかがっていた。

 生徒達はハグリッドのランプの後に従ってゴツゴツした岩の道を登り、湿った滑らかな草むらの城影の中にたどり着いた。

 みんなは石段を登り、巨大な樫の木の扉の前に集まった。

 バーソロミュー達だけは唯一、少し離れたところから見つめていた

 

「みんな、いるか?おまえさん、ちゃんとヒキガエル持っとるな?」

 

 ハグリッドは大きな握り拳を振り上げ、城の扉を三回叩いた

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

「ホグワーツ入学おめでとう」

 

 エメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女、マクゴナガル教授が挨拶した。

 眉間に深い皺が寄っていて、とても厳格な印象を受ける。実際にはお茶目な一面を少なからずあるのだが。

 生徒達はホール脇にある小さな小部屋に集められていた。詰め込まれた生徒達は全員窮屈そうにしつつも、密着している事で得られる安心感を得ていた

 

「新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。組み分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が皆さんの家族のようなものになるわけですからね。寮は全部で4つ、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。どれも輝かしい歴史があり、偉大な魔女や魔法使いを輩出しました。ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いは属する寮の得点になりますし、反対に規律に違反した時は減点対象となります。そして学年末には最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられますから、どの寮に入るにしても皆さん一人一人が寮の誇りになるよう望みます。まもなく組み分けの儀式が始まります。準備を整え次第戻ってきますから、静かに待っていてください」

 

 マクゴナガルはそう一気に説明すると、大広間へと戻っていった。組み分けの儀式と聞いて、周りの生徒達が騒めきだした。

 生徒達の大半は、組み分けの儀式がどの様な物なのか不安で仕方がない様だ

 

「貴方はどの寮だと思う?私はきっと、スリザリンだわ。代々親戚も含めて、スリザリンなのよ」

 

 とダフネが言った。

 ダフネの家、グリーングラス家は『聖28一族』と呼ばれる間違いなく純血だとされる一族だ。そして『聖28一族』のほとんどがスリザリン寮を出身している

 

「俺様は何処の寮でも構わん」

 

「どこの寮でもいい!?ダメよ、ちゃんと考えないと。そういう考えだと、あとあと苦労する事になるわよ」

 

『私の前で堂々と何処の寮でもいいと言いますか……。ですが、その予想は間違っていないでしょう。貴方はきっと、どの寮に入ろうと問題ないと思います。……しかし、しかしです。貴方は間違いなく、レイブンクロー寮が合うと思いますよ。ええ、間違いなく。創設者の私が言うのですからレイブンクロー寮にしておきなさい。いえ、他意はないのですが、貴方はレイブンクロー寮が合う、そんな予感がします。そして私の予感はよく当たります』

 

 ダフネがもっとしっかり寮について考えないといけないと説教し、レイブンクローが滔々とレイブンクロー寮の良さを語っていると、前の方の生徒達が悲鳴を上げた。どうやら、ゴーストが横切った様だ。

 しかしバーソロミューはとっくにゴーストについての研究を済ませており、全く興味がなかった

 

「さあ、一列になって。ついてきてください」

 

 やがて戻ってきたマクゴナガルがそう告げると、生徒達はノロノロと動き出した。

 一年生は小部屋を出て玄関ホールに入り、そこから二重扉を開けて大広間に入った。そこには見事な光景が広がっていた。

 普段不機嫌そうな顔をしているバーソロミューでさえ、驚嘆と感動が入り混じった様な顔をした。

 空中には何千という蝋燭が宙に浮かび、爛々と四つのテーブルを照らしていた。テーブルには生徒、恐らく上級生が着席し、全員が期待に満ちた目で一年生達を待ち構えていた。更にテーブルの上にはキラキラ輝く黄金の皿とゴブレットが所狭しと並んでいた。

 大広間の上座には五つ目となるもう一つ長テーブルがあって、教師達が横に並び座っていた。

 マクゴナガルは驚く生徒達を一喝した後、上座のテーブルが置いてあるところまで一年生を引率し、上級生の方に顔を向け、教師達に背を向ける格好で一列に並ばせた

 

『上を見てください。あの天井はヘルガが設計したんですよ。彼女は何というか、多分にロマンチストでして』

 

 レイブンクローの言葉にバーソロミューが上を見上げると、ビロードの様な黒い空に星が点々と光っていた。

 『ホグワーツの歴史』で天井がこの様になっているのは知っていたが、やはり文字で見るのと実際に観るのとでは訳が違った。

 バーソロミューの実家も山奥にあり、常に美しい空が広がっているが、この天井には負けると思った。

 バーソロミューが天井を見ながらヘルガが如何にしてこの天井を作ったのか聞いていると、いつの間にやらマクゴナガルが四本足のスツールを置き、その上にボロボロで汚いとんがり帽子を置いた。

 やがてとんがり帽子はピクピクと動き出し、皺が人の顔の様な形になった。そしてその顔の形の様な皺を動かし、歌を歌い出した

 

『きれいじゃないけど

人は見かけによらぬもの

私をしのぐ賢い帽子

あるなら私は身を引こう

山高帽子は真っ黒だ

シルクハットはすらりと長い

私はホグワーツ組み分け帽子

私は彼らの上を行く

君の頭に隠れたものを

組み分け帽子はお見通し

かぶれば君におしえよう君が行くべき寮の名を

 

グリフィンドールに行くならば

勇気ある者が住まう寮

勇猛果敢で騎士道で

他とは違うグリフィンドール

 

ハッフルパフに行くならば

君は正しく忠実で

忍耐強く真実で

苦労を苦労と思わない

 

古き賢きレイブンクロー

君に意欲があるならば

機知と学びの友人を

ここで必ず得るだろう

 

スリザリンではもしかして

君はまことの友を得る

どんな手段を使っても

目的を遂げる狡猾さ

 

かぶってごらん! 恐れずに!

興奮せずに、お任せを!

君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

だって私は考える帽子!』

 

 帽子が歌い終えると拍手が巻き起こった。

 やがて静かになった生徒達を見届けたマクゴナガルが再び、声を上げた

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

「アボット・ハンナ!」

 

 早速、一人目の生徒が呼ばれていった。

 最初の一人目がハッフルパフに選ばれると、右側のテーブルから歓声と拍手が巻き起こった

 

「ご主人様、ABC順ですと私が先に呼ばれてしまいます。いかがいたしましょう?」

 

 本来アンに姓はないが、入学証では『Anne・Flamale』つまりイニシャルが“A”となっていた。対し、バーソロミューは『Bartholomew・Flamale』イニシャルが“B”だ。

 これではアンが先に組み分けを受ける事になる

 

『先に行く寮を決めておくのはどうです?例えば、レイブンクロー寮にみんなで入る事にしておくとか』

 

 実はバーソロミューも同じ結論に達していた。

 先に入る寮を決めておけばいいと。勇気も忠実さも賢さも狡猾さもアンとメアリーには設定して(・・・・)ある。恐らく、希望すればどの寮でも入れるだろう。

 別にどの寮でもいいが、ここでレイブンクロー寮を選ばなかったらこれから先、レイブンクローはいつまでもこの話を引きずるだろう。

 それはさぞかし鬱陶しいに違いない。

 レイブンクローの言いなりになる様で癪だったが、結局レイブンクロー寮に入る事にした

 

「……アン、レイブンクローを選べ」

 

「かしこまりました」

 

 やがて何人かの生徒が組み分けされていき、いよいよフラメル御一行の番となった

 

「フラメル・アン!」

 

 呼ばれたアンは粛々と椅子に向かっていった。

 彼女が帽子を被ること三分ほど、バーソロミューの言いつけ通りにレイブンクロー寮に選ばれた。

 美しい彼女をとったことでレイブンクローの上級生達は大いに沸き立った

 

「フラメル・バーソロミュー!」

 

 しかし、バーソロミューが呼ばれた途端、誰もが口を閉ざした。

 その理由の一つに、彼の名前が有名である事が挙げられるだろう。

 バーソロミュー・フラメルの名前は偶に新聞にも掲載されるし、本だって出版している。ハリー・ポッター程ではないにしろ、それなりに有名な人物だ。

 しかしそれならば、沈黙するのではなく沸き立つのではなかろうか?

 『あのバーソロミュー・フラメルだ!』とか『本物だろうか?』といった風に。

 しかしそうはならなかった。何故か?

 有名な人物である彼を、誰もが一目見ようと全員が見たからだ。

 組み分けの儀式にそれほど興味がなかったり、友人との談笑に夢中になっていた生徒なども全員、彼を見た

 

 ──ただ彼を見た

 

 言ってしまえばそれだけの事で、全員が口を噤んだ。

 そわそわと自分の組み分けを待つ一年生、すでに寮が決まりこれから始まる学校生活に胸を踊らず一年生、過去の自分を思い出しながら新入生を歓迎する上級生、もう何年もこの組み分けの儀式を見てきた教師陣。みなが言葉を忘れ、考えることを止め、彼を見ることにのみ腐心した。

 そして、その光景を見たダンブルドアは強烈な既視感に襲われた

 

(何もせずとも誰もが跪くこの光景はまるで……。いやしかし、あの子はフラメルの孫、その様な事は……)

 

 ダンブルドアがそう思考する中、バーソロミューは音も無く椅子に座った。

 踏ん反り返り、足を組むその姿はふてぶてしいことこの上ないが、それが妙に様になっていた。

 そして彼が帽子を被ること数分、帽子が沈黙を破った

 

「グリフィン──」

 

 しかし、帽子は途中で彼の所属する寮を告げる事を止めた。

 前代未聞だった。

 偉大なるゴドリック・グリフィンドールが作り出したとされる『組み分け帽子』が自分の判断を誤り、訂正する事など誰が予想出来ようか。

 誰もが戦慄する中、組み分け帽子はそれからも何事か口に出すが、結論を中々出さなかった。

 それから実に、三十分程時間の時間が経った。恐らく、後にも先にもこれ程組み分けに時間がかかる事はないだろう。

 もう上級生と一年生達の腹の虫が騒ぎ出す頃合いだが、バーソロミューの組み分けを急かす様な人間は皆無だった。

 やがて、組み分け帽子が諦めた様に結論を下した

 

「……レイブンクロー!」

 

 こうして、バーソロミューの寮が決まった

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 時は少し遡り、バーソロミューが組み分け帽子を被った頃

 

「ふむ、君は面白い精神構造をしておる……。智に飢え、欲望に忠実だ。しかし自分の欲のためなら狡猾にも、勇敢に、我慢強くもなれる。そしてそれに相応しいだけの才能もある。……ならばあえて、グリフィ──」

 

『何をしているのですか、ゴドリック!』

 

 組み分け帽子がバーソロミューをグリフィンドール寮に入れようとした瞬間、レイブンクローが鬼の様な形相をして止めた。

 バーソロミューはそれを不機嫌そうに眺めている

 

「ろ、ロウェナ!!!??君こそどうしてここに!?」

 

『貴方、組み分け帽子の中に自分を籠めていたのですね。その上立場を利用して自分が気に入った生徒のみグリフィンドール寮に入れるなど、恥を知りなさい!』

 

「違う!私はこの男の勇敢を讃えただけだ!」

 

『いいえ、違います!貴方は昔から、贔屓が過ぎる人間でした!サラザールもそうでしたが、彼は自分の贔屓を認めていただけまだマシです』

 

「それを言うなら、君だってそうだろう!」

 

 そのままグリフィンドール(とんがり帽子)レイブンクロー(古い杖)は口喧嘩を始めた。

 バーソロミューはそれを聞きながら、『ホグワーツの歴史』の、完全に差別無く学問の扉を開くよう提案したのはヘルガ・ハッフルパフだけだという記述を思い出していた。

 サラザール・スリザリンは純血のみに

 ゴドリック・グリフィンドールは志が高い者のみに

 ロウェナ・レイブンクローは知恵を求め続ける者のみに教育を施そうと提案した。

 しかしヘルガ・ハッフルパフだけはどの様な人間、生物にも教育を施す様に提案したと文献に残っている。どうやらそれは真実だった様だ、とバーソロミューは思った

 

「おい、何でもいいが早く俺様をレイブンクローに入れろ」

 

 資格があるならいいだろ、とバーソロミュー。

 それを聞いたレイブンクローは勝ち誇った様に言った

 

『ほら見なさい。バーソロミューの最も優れている点は勇気ではなく知恵です。本人もそれを自覚してます』

 

「フラメル、君は本当にレイブンクロー寮でいいのかね?グリフィンドール寮に入れば、君は間違いなく偉大な事を成し遂げるだろう」

 

「心を読んだなら分かるだろ。俺様はそんな物に興味はない。俺様の目的はただ一つだ」

 

 グリフィンドールはその決心が固い事を読み取り、心底歯痒く思った。何故なら彼の途方も無い才能に対し、目的があまりにあんまりだからだ

 

『ちょっと待ってください。バーソロミュー、貴方には何か目的があったのですか?』

 

 どうやら、レイブンクローはバーソロミューの目的を分かっていない様だった。

 それを理解したグリフィンドールはバーソロミューを自分の寮に入れる事が出来ないせめてもの抵抗として、レイブンクローが問いただす前に寮の名前を告げてやる事にした。

 渋々ながらだが

 

「……レイブンクロー!」

 

(本当に何故あれ程の才能をラブドール作りなどに……)

 

そう思わずにはいられないグリフィンドールだった

 

 

     ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 バーソロミューが長い組み分けを終えた後、メアリーも無事にレイブンクロー寮に決まった。

 しかしバーソロミューの組み分けに神経を使いすぎた上級生達からはまばらな拍手しか送らなかった

 

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

 

 “F”の次は“G”だ。つまり、すぐにハーマイオニーの番になった。

 ハーマイオニーはバーソロミューのいるレイブンクローか、自分が元々希望していたグリフィンドールか迷いながら歩を進めた。

 結局、決めるのは組み分け帽子だと楽観的に考えれば良いのだが、生真面目なハーマイオニーはそんな訳にも行かなかった

 

「ふむ。まず知恵はある。それを求めてもいる。しかし……志も高い。正義感にも溢れておる。迷っているね?グリフィンドールかレイブンクローか」

 

 組み分け帽子に能力と性格を認められ、ハーマイオニーは嬉しくなった。また、この帽子には誤魔しは通用しないんだ、とも思った。

 故にハーマイオニーは、正直に心の内を曝け出す事にした

 

「ええ、迷っています。私が尊敬してるバーソロミューはレイブンクローに行きました。ですが、ダンブルドア校長を始めとした偉大な魔法使い達はグリフィンドールを出ました……」

 

「君は、何か大きな勘違いをしている様だ」

 

「え?」

 

「ダンブルドアは確かに、グリフィンドールで偉大な魔法使いとなった。バーソロミューも恐らく、レイブンクローで目的を成し遂げるだろう。しかし君が彼等と同じ道のりを辿る訳ではない。大切なのは誰が何をしたかではなく、君が何をするかだ」

 

 ハーマイオニーはその言葉にハッとした。

 確かに、自分の意思がそこに介在してなかった。これではハーマイオニーが最も嫌いな、他人に頼ってばかりの金魚の糞のような奴らと一緒ではないか。

 ハーマイオニーはグリフィンドールとレイブンクローの席を見渡した。どちらの上級生、一年生も輝いて見えた。

 しかし、一際輝いている人物がいた。それは勿論、バーソロミュー・フラメルだ。

 両隣にはアンとメアリーが座っている。今レイブンクローに入ればバーソロミューと向かい合った席だ……。

 ハーマイオニーはどちらの寮に入るか決心した

 

 

 

 

 

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドールから歓声が沸き起こった。

 彼女は結局、恥ずかしがり屋だった











【知らない人の為に一応解説】

・ダフネ・グリーングラス──『聖28一族』の一人。原作では影が薄いスリザリン生。妹のアステリア・グリーングラスはマルフォイと結婚してる。
妹のアステリアは『ポッターモア』に記事があるのに姉のダフネにはない不遇の人




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 最初の夜

「ザビニ・ブレーズ!」

 

「スリザリン!」

 

 最後の生徒、ザビニがスリザリンに決まるとマクゴナガルは生徒名簿と帽子を片付けた。

 マクゴナガルは全ての片付けを終え、座っている教師陣の席に加わるとダンブルドアが立ち上がった

 

「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!

 

 ダンブルドアは満足そうに席に着いた。

 教師陣、グリフィンドール、ハッフルパフからは惜しみない拍手が送られたが、レイブンクローはまばら、スリザリンに至っては完全にシラけていた。

 バーソロミューもまた呆れている人物の一人だったが、アンとメアリーは満面の笑みで手を叩いていた

 

『あの人、幼い頃のゴドリックによく似ています』

 

クソジジイ(ニコラス)もあんな感じだった。昔の話だがな」

 

 レイブンクローは過去を、バーソロミューはニコラスに見せられた昔のニコラスを思い出した。二人は一瞬顔を引きつらせ、何も思い出さなかった事にした

 

「ご主人様、何をお取りしましょう?」

 

「何をお飲みになりますか?」

 

 見ると、先程まで何もなかった金の皿やゴドリックには料理やワインやラム酒でいっぱいになっていた。

 メアリーが料理を、アンが飲み物をバーソロミューに配膳しようとしている。

 バーソロミューは料理を忌々しそうに見ると、頭をバリバリと掻いた後、小さな声で注文した

 

「……ローストビーフとマッシュポテト。それからブランデー」

 

「「かしこまりました」」

 

 いつもより一層不機嫌そうにしながらの注文だったが、アンとメアリーは嬉しそうに料理と酒を取り分けた

 

『何故そんなに食事を嫌そうにするのです?ここの料理は美味しいですよ。ヘルガが作ったレシピを今でも使っていれば、ですが。素直じゃないサラザールでさえ、彼女の料理には舌を巻いたものです。“まるで魔法の様だ”とね』

 

 その話を聞いて、バーソロミューはより一層顔を(しか)めた

 

「だからだ。俺様は昔、自分を改造した、色々とな。その一環で五感を極限まで高めた。その時から舌と鼻が鋭敏になり過ぎてな。完璧に血抜きをしていたとしても血の味を感じてしまうし、スパイスは死ぬ程キツく感じてしまう。美味い料理ってのは、それほど手が込んでるってことだ。俺様にとって複雑に味付けされた料理は、正しく“まるで魔法の様だ”という奴だ。勿論、攻撃魔法だがな」

 

 バーソロミューがそう説明する最中、メアリーはナイフとフォークを器用に使い、ローストビーフに乗っていた塩と胡椒を綺麗に削ぎ落とした。

 マッシュポテトはソースのついた上の方をスプーンで取り除き、下の方の味付けが薄い部分のみを残した

 

「まあ毒物を感知するのには役立ってるがな」

 

 なるほど、とレイブンクローが呟くのと同時に、メアリーが一口サイズに切られたローストビーフをバーソロミューの口の中に入れた。

 バーソロミューは殆ど噛まずにそれを飲み込んだ。

 続いてメアリーがマッシュポテトを口に運ぶも、やはりほとんど飲み込む様にして食べる

 

『もっと噛まないと、消化に悪いですよ』

 

「安心しろ、胃も改造してある」

 

 バーソロミューとレイブンクローが会話する間にも、メアリーは次々と料理を口に運んで行く。

 実は、人に物を食べさせるというのは中々難しい事だ。

 介護などでそれを行うときでも、一挙動一挙動を逐一言葉に出しながら、ゆっくり行っていく。

 しかしメアリーはそんな事をせずとも、バーソロミューが口にしたい物をしたいタイミングで、食べたい量だけを完璧に口に運んだ。

 それもバーソロミューが指示を出すどころか、目も合わせない様な状況でだ。

 やがて皿に盛られた全ての料理を平らげた。

 勿論、その全てをメアリーが食べさせた

 

 食事が終われば次は飲み物だ。

 メアリーが名残惜しそうに食器を下げると、アンが嬉しそうにゴブレットを持って近づいてきた

 

「クヒヒヒ!ご主人様、失礼します」

 

 アンはゴブレットの中身を半分程程口に含むと、ゆっくりとバーソロミューにくちづけした

 

「んっ…ちゅく……ん゛ん゛ん!…ちゅう…んくっ、んくっ…ぷはっ!」

 

 二人の唇の結合部分からブランデーと性欲の匂いが漂って来た。

 バーソロミューはアンの口内にあったブランデーを全て飲み干すと、舌で口内にあった残りを全て舐めとった。そしてその後、アンの舌を思いっきり吸い上げて、やっと唇を離した

 

「クヒッ、クヒヒヒ!ご満足いただけましたか?ご主人様」

 

「ああ、悪くない」 

 

 二人のキスは僅か三分足らずだったが、アンの首筋には汗が煌めいていた。顔は赤く染まっており、肩で息をしている。それどころか目は焦点が定まっておらず、真っ赤な舌は仕切りに唇を舐めている

 

「アン、帰って来なさい。ご主人様の前ですよ」

 

「いや、構わん。俺様は少し用事を済ませてくる。お前たちは好きにしておけ」

 

 バーソロミューの言葉にメアリーは畏まりながら、アンは喜びながら頭を下げた。バーソロミューはそんな二人を満足気に見た後立ち上がり、何処かへ歩いて行った

 

「ご主人様はお優しい方ですね、わたくし共に自由な時間を与えてくださるなんて!しかしそんなご主人様のメイドがわたくしなどで相応しいのか……」

 

「いやいや、メアリーは自己評価が低すぎるぞ。それこそ、ご主人様はお優しい方なのたがら心配する事はない」

 

「アンは優秀だからそんな事が言えるのですよ」

 

「クヒヒヒヒヒ!だから、メアリーは自己評価が低すぎるって」

 

 会話をしながら、二人は恐ろしい程の量の料理を皿に盛っていく。

 ホグワーツの大き目の金の平皿が三つほど埋まった所で、ようやく二人は料理を盛る手を止めた。どの皿にもこんもりと、しかし美しく料理が盛られている。

 数瞬迷った後、メアリーはまずチキンステーキを食べる事にした。

 ナイフを入れると、黄金色の皮からパリパリと音がした

 

「あら、これ美味しいですね」

 

「うーん、そうか?メアリーの料理の方が美味しいって、絶対」

 

 それを見たアンもチキンステーキを食べたが、少し不満気だ。

 チキンステーキの次は山盛りのグリンピース、その次は熱々のコンソメスープ、次は厚切りのローストビーフ、次は・・・。

 口の中いっぱいに料理を詰め込んだり、みっともなくがっつく事はないが、ペースを落とす事もなく、ものの十数分で料理の山を平らげた

 

「さて、わたくしはデザートに行きますが、アンはどうします?」

 

「私はデザートより、こっちかな」

 

 アンが指したのは一際大きな金の皿、上には丸焼きにされた子豚が丸々一匹乗っていた

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 バーソロミューは席を立った後、教師達が座る長テーブルへと歩いて行った。

 歓迎会が佳境に入り、一年生もホグワーツに慣れてきた頃。生徒達はご馳走でお腹を膨らませ、夢見心地だ。

 しかしそれでも、ある程度バーソロミューは注目された。

 それは彼の容姿のせいか、元々の知名度のせいか、それとも先の組み分けの儀式のせいか。兎角、バーソロミューはある程度人に見られていた。そして中には熱っぽい視線を向けるも者もいたが、バーソロミューはその全てを無視した

 

『貴方、馬鹿なのですか?あんな公衆の面前でせ、接吻をするなど!それに貴方の姓はフラメル!そしてアンさんの性もフラメル!これがどういう事か分かってるのですか!!?』

 

「分かっている」

 

 レイブンクローは人に見えない。

 故に、バーソロミューは小声で返事をした。人からの好評は無視するが、悪評を流されることは我慢ならないのが彼だ。

 “見えない何かと会話してるらしい”などという評判を流される事は本意ではない

 

あれ(アンとメアリー)は俺様のものだと教えてやっただけの事だ」

 

『そうだとしても、もっと良いやり方を貴方なら幾らでも思いつくでしょうに……』

 

「さあな。それに、俺様は飲み物は女の口から飲むのが常だ。それを他人に見られるからといって辞める気はない」

 

『バーソロミュー、貴方本当に良い性格してますね。碌な死に方しませんよ?』

 

「娘に逃げられた挙句、病死した貴様に言われたくない」

 

『人のデリケートな部分をズケズケと……』

 

 あまりに無遠慮なバーソロミューの物言いに、レイブンクローは逆に清々しくなった。

 そも、バーソロミューは別に悪い人間では無い。彼はただ、自分の欲望に忠実であり、人の機嫌をとる事をせず、思った事を率直に言うだけな人物だ。

 きっと少しでも愛想や人を気遣う心を学べば、誰からも愛される人物になる。

 それがレイブンクローからの評価だった

 

(しかしバーソロミューに愛想を良くしろと言っても無理な話……。どうすれば良いのでしょうか?)

 

 レイブンクローがバーソロミューを更生させる手段ついて考えていると、生徒達から悲鳴に近い声が聞こえて来た。

 どうやら、それぞれの寮のゴーストが新入生に挨拶している様だ。ほとんど首なしニック、太った修道士、血みどろ男爵、そして--灰色のレディ。

 幸いにして、レイブンクローは考える事に夢中で気が付いていない様だ

 

(さて、どうしたものか……)

 

 バーソロミューが席を立った理由はそれだけでは無いが、レイブンクローを灰色のレディ、つまりヘレナ・レイブンクローからロウェナを遠ざける意図もあった。

 ロウェナとヘレナの確執はそう浅いものではない。ロウェナの方は話を聞いてれば嫌でも分かる。ヘレナの方も死後ゴーストになるという事はそういう事。

 今二人がここで出会えば、厄介な事になるのは自明の理。

 それは避けたい。

 しかし自分がレイブンクローに入った以上、二人の遭遇は避けられない。

 ならば自分がある程度前もって二人に話し、確執を解いた後で二人を合わせる。それがバーソロミューのとりあえずの考えだった

 

(しかし今はとりあえず、目の前の“未知”だ)

 

 バーソロミューはこれから自分の見聞がさらに広がる事を考え、不機嫌そうな顔を緩めた

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 ダンブルドアがマクゴナガルと『変身呪文で百味ビーンズを全て鼻クソ味に出来るかどうか』について話していると、件の少年バーソロミュー・フラメルがやって来た。

 マクゴナガルはダンブルドアとの会話で緩んでいた顔を引き締めた。それが生徒の前だからか、バーソロミューを警戒しての事かは分からない。

 反対にダンブルドアはほがらかな顔を使った。

 ダンブルドアは元々、何処かのタイミングでバーソロミューと話をしようと考えていた。

 賢者の石の事もそうだが、彼がその艶やかな紫色の瞳で何を見ているのか興味があった。

 その瞳はかつての親友が世界を作り変えようとした時の、欲望に燃えていた時の瞳によく似ていたのだ

 

「何か用かね、ミスター・フラメル」

 

 十中八九、“アレ”の事ではない。流石にこんな公衆の面前でする様な話ではないからだ。

 いかに他人を気にしない彼といえど、その線引きはしている

 

「用があるのは貴様ではない」

 

「ほお、誰かね?」

 

 ダンブルドアはバーソロミューが興味を示した相手に多分な興味を示した。

 何故なら“名前を言ってはいけない例のあの人”もまた、ホグワーツの教師に多大な興味を示したからだ

 

「あそこにいる、ターバンを巻いてる教師だ」

 

 バーソロミューが指し示したのは“闇の魔術に対する防衛術”の担当教師、クィリナス・クィレルだった。

 今はちょうど、隣に座るスネイプと話をしている。

 “闇の魔術に対する防衛術”、つまり闇の魔術に関わる教師である彼に興味を持つ……。それを思ったダンブルドアのエメラルド色の瞳は一瞬輝いた。『開心術』を使ったのだ。

 しかし、『閉心術』を使った様子もないのに何故かバーソロミューの心を読む事は出来なかった。

 結局ダンブルドアは観念し、バーソロミューに情報を与えた

 

「あの人はクィレル先生じゃ。しかし何故あの人に興味を持ったのじゃ?それを教えてくれるなら、クィレル先生を紹介しよう」

 

 恐らく、バーソロミューがその気になれば簡単に教師に取り入ることが出来るだろう。それ(彼の魅力)を止める事は不可能、なればせめて自分の前で

 

「杖屋でポッターと会ったのだがな、奴は二つの魂を持っていた。クィレル教授も同じく、体に本来の自分とは違う魂を宿してる。それも、ポッターが宿してるものと全く同じ魂だ。どうやったのか聞こうと思ってな」

 

 それを聞いたダンブルドアの脳内に、様々な考えが浮かんだ。

 クィリナスが去年赴いたアルバニアの森はトムが最後に向かったとされる地。元々の思い上がりな性格に闇の魔術への造詣、トムを支配しようとしても不思議ではない。しかし逆に取り込まれた……。

 それを裏付ける様な帰ってきてからのクィリナスの不自然な態度。

 弱っているトムと賢者の石を狙う誰かの存在。

 トムの不死と分霊箱。二つの魂、長年謎だったハリーの額の傷……

 

「……お主は何故それが分かったのじゃ?」

 

「俺様の目はそれ(魂を見る事)が出来るんだよ。いい加減、もう良いか?」

 

「おお、そうじゃったな。ただワシも同席しても良いかの?その代わりとは言ってはなんじゃが、個室を用意させ、思う存分話をさせよう」

 

「構わん」

 

 その言葉に、ダンブルドアはニコリと笑った

 

「マクゴナガル先生、今宵の宴を任せても良いかの?ワシは少しの間、この素晴らしい少年と共に、素晴らしい春の宵を楽しもうと思うのじゃが」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 ダンブルドアはマクゴナガルの返答を得ると、バーソロミューを連れて席を立った。

 その後クィリナスを賢者の石の話をチラつかせながら、校長室へと呼んだ。同時に隣に座るスネイプに、『目くらまし呪文』を付けてこっそりと後をついてくる様指示した。

 クィリナスは拍子抜けするほどあっさりと校長室へと着いてきた。

 やはり、彼は自身の能力を過信する帰来がある様だ

 

「こ、こここ校長、お呼びで?」

 

「いや、呼んだのは俺様だ。クィリナス教授、まずはそのターバンを取っていただけるかな?」

 

 その言葉に、クィリナスはギクリとした。

 ターバンを外してしまえば、そこにはもう一つの()があるからだ

 

「な、な、ななな何故かな?」

 

「臭うんだよ、色々とな。俺様の嗅覚は特別でな。鼻がひん曲がりそうになる」

 

 まさか本当に臭いの事を言ってるのではあるまい。となると──バレている。そうクィリナスは確信した

 

「な、なにをい、いい、い、言ってるかーー『インペリオ 服従せよ』!」

 

 クィリナスが普段のオドオドした態度からは想像もつかない様な速度で杖を抜き、これまた巨大な閃光を放った。

 しかし、ダンブルドアがそれ以上に早く杖を抜き、より強力な閃光を放った。

 ダンブルドアの閃光はクィリナスの閃光を容易く退け、クィリナスを吹き飛ばした。しかし、クィリナスは平然と立ち上がった。

 いや、体はクィリナスだがクィリナスの精神はダンブルドアの閃光により、確かに気絶していた。

 立ち上がったのは、クィリナスの後頭部にあるもう一人の()だった

 

『こうして久方ぶりに直に話す相手が貴様だとはな……ダンブルドア。貴様は俺様を笑うか?ただの影と霞にすぎない今の俺様を……誰かの体を借りなければ、こうして形を保つことすら出来ない哀れな存在となり果てた俺様を、笑うか?』

 

 その声は悲壮感と己への嘲笑に満ちていた。

 誰もが同情し、手を差し伸べたくなった。事実、クィリナスはこれ(・・)によってその身を差し出したのだ。

 しかし、今ここにそんな同情を向ける様な人間はいない。

 ダンブルドアは“無言呪文”で『捕縛呪文』を放った。クィリナスの体はロープでキツく縛られた。

 しかしクィリナスの中のもう一人の()は違った!

 ロープがクィリナスに巻かれた瞬間、()は剥がれ落ち、ゴーストの様な巨大な()の形をした靄になりバーソロミューへと向かって行った!

 

「いかん!」

 

『もう遅い!』

 

 そのままバーソロミューの体内に入ろうとし──横から何かに阻まれた。()は心底驚き、自分の置かれてる状況も忘れて叫んだ

 

『何故だ!?』

 

 焦って背後を見てみるも、しかし、そこにはやはり何も無い。だがまるでそこに誰かがいて、本当に自分を掴んでいるかの様な感触を受けている。

 先程の焦った様子からこれ(・・)をこなしているのはダンブルドアでは無い。そして、この部屋には自分とダンブルドア以外の人物は一人しかいない

 

『バーソロミュー・フラメル、貴様か!』

 

「お主、如何にして……」

 

 バーソロミューがどの様な手段を用い()を止めているのか、ダンブルドアでさえ皆目検討がつかなかった。

 また『魂の秘術』や『闇の魔術』に最も詳しい()もそれは同様の様だった

 

(ワシやトムにさえ分からぬ呪文を、この歳で……)

 

にわかには信じ難いが、それ以外考えられぬのもまた事実

 

「さて、どうするんだコレ?」

 

 バーソロミューはあっけらかんと言った。

 その様子は平常そのものであり、魔力の乱れも無い。とても闇の帝王の魂の進行を止める程の呪文を唱えている最中には見えない。

 その事にダンブルドアはより一層畏怖しながらも、勤めて平静を装った

 

「こっちへ運んで来てくれるかの?今はそやつを完全に滅する手段は持たなんだ。ここに暫くの間、保管しておこうと思う」

 

「なら代わりに、賢者の石を貰おうか?」

 

 バーソロミューのその言葉に、今度こそダンブルドアは動揺を表に出した。

 確かに、ダンブルドアが賢者の石を預かったのはヴォルデモートから隠す為であり、それが成された以上、フラメルの孫であるバーソロミューに賢者の石を渡すのは何の問題もない。

 しかし、バーソロミューはそれを知らないはずだ。と言うより、ヴォルデモートが生き残っていた事自体知らないはずなのだ。

 はずなのだが──

 

(まさか、まさか最初から仕組まれておったのか?)

 

 トムがクィリナスに憑依している事をダンブルドアに告げ、ダンブルドアがクィリナスを倒し、後の処理は全てダンブルドアがする。

 バーソロミューがした事といえば、魂だけの存在になったヴォルデモートを捕らえたことだけ。

 そしてバーソロミューは賢者の石を手に入れる。

 あまりに、あまりにバーソロミューにとって都合が良かった

 

「すまぬが、賢者の石はもう中々取り出せぬ場所に置いてしもうたのじゃ。取り出し次第渡す故、もう少しだけ待ってくれるかの?」

 

 これは本当の事だ。

 賢者の石は今現在『みぞの鏡』の中に入っている。後はもう、教師陣が作り上げた厳重な警備が成された部屋の最深部に置くだけ、という所まできていた。

 尤も、ダンブルドアはここ最近『みぞの鏡(アリアナ)』の虜になり、中々動かそうとはしなかったが

 

「分かった」

 

 そんな事を知ってかしらずか、バーソロミューはあっさりと了承した。

 その妙にあっさりとし過ぎている反応に、全てがバーソロミューの手のひらの上の様な気がして、ダンブルドアは背筋に薄ら寒いものを感じた。

 ダンブルドアがバーソロミューを見ると、やはり彼の瞳は欲望に燃えていた




クィリナス・クィレル最速退場。
多分これが一番早いと思います






【知らない人の為に一応解説】

・クィリナス・クィレル──元いじめられっ子。見返す為に闇の魔術を学んだ、ある意味スネイプと似た境遇の人間。
性格は以外と自信家で、弱ったヴォルデモートを発見し、我がものとするなりなんなりして、マーリン勲章とかダンブルドアを見返そうとか思ってた




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 アナグマの女

【校長室】

 バーソロミューを校長室から返した後、ダンブルドアはヴォルデモートの魂を『火消ライター』の中に入れた。

 『火消ライター』はダンブルドア自ら設計した物であり、()を中に留めておくことができる。尤も、その性能を出し切るには『蘇りの石』がなくてはならないのだが。しかしそれを差し引いたとしても、強力なヴォルデモートの魂を監禁する物としてこれ以上相応しい物は無いだろう。

 確かに、闇の帝王を理想に近い形で封印することが出来た。にもかかわらず、ダンブルドアの顔色は優れない

 

「セブルス、お主はどう考える?」

 

 何を、とは言わなかった。しかし言わずとも、それがバーソロミューについてである事がわからない者はいないだろう

「……まだ何とも言えませんな。何分、彼とは話したことすら有りませぬゆえ」

 

 そうは言ったものの、セブルスはある種の予感のようなものを感じていた。しかしセブルスの頭に浮かんだそれ(・・)はあまりにも突拍子なかったため、ダンブルドアに告げることはしなかった

 

(何を馬鹿な事を考えているのだ、僕は。あやつ(バーソロミュー)についていけば再びリリーにあえるなど……)

 

 自分でも何故そんな考えが浮かぶのかわからなかったが、セブルスの頭にはその考えが頭にこびりついてしょうがなかった。

 ダンブルドアはスネイプが何かしらを隠している事を直感したが、それを決して明かさぬだろうとも直感した。

 故に、ダンブルドアはスネイプ以外を頼る事にした

 

「モラルに反することじゃが、そうも言っておられんじゃろう。組み分け帽子よ、彼に何を見たか話してくれるかの」

 

 組み分け帽子に助言を乞うことは、生徒のプライベートを全て明かしてしまう事になるので褒められたことではない。しかし、できないわけではないのだ。

 事実、ダンブルドアはトムとスネイプに被られた時、組み分け帽子が何を見たのか聞いていたし、渋々ではあるものの、組み分け帽子も答えを返してくれていた。 

 しかし、今回は違った

 

「すまんが、それはできない。彼の心の内を明かすなど、私にはとてもできない。何と言われようと出来ないのだ!」

 

 それはそうだろう。なんせ、彼の目的は究極のラブドールを作ること。それを人前で言うなど、御年1023歳になるグリフィンドール(組み分け帽子)には恥ずかしくて出来なかった。

 それに今は帽子とはいえ、グリフィンドールも元は男。同じ男として、バーソロミューの欲望はとても良く分かったし、それをダンブルドア(教師)に言うことを躊躇うのは自然な事だろう。

 しかし、その事情を理解していないダンブルドアはより一層畏怖した

 

(組み分け帽子が口を閉ざすとは、帽子の心まで掴みおったのか!いやもしや、帽子が恐れる程のものを……)

 

 トムの時でさえ、こんなことにはならなかった

 

「ならばせめて、何故彼の組み分けを変更したのかだけでも教えてはくれぬかの?」

 

 組み分けを変更したのは組み分け帽子の意志であり、バーソロミューの心のうちはそこまで関係ないはず。なれば答えてくれるのでは?ダンブルドアはそんな淡い期待を持った

 

「それも言えぬ」

 

「そうか……」

 

 しかし、帰ってきた答えは沈黙。

 ダンブルドアは知る由もないが、グリフィンドールが沈黙を保ったことにバーソロミューは関係がない。

 では何故グリフィンドールは沈黙をのか?それは──

 

幼馴染(ロウェナ)に叱られたから、などと言えるわけがなかろう……)

 

 ──単なる見栄だった。

 しかし先ほども言ったが、そのことをダンブルドアは知らない。ダンブルドアにしてみれば、組み分け帽子がバーソロミューに関する何かを必死に隠している様に見えた

 

「……セブルス、お主に頼みたいことがある」

 

「何用ですかな?」

 

「お主にはクィリナスの代わりに、闇の魔術に対する防衛術を担当してもらいたいのじゃ」

 

 その役職はセブルスが長年希望していたモノだった。しかし、この状況で任されて素直に喜べるほど、彼は考えなしではない

 

「バーソロミューが闇の魔術に興味を示すかどうか、見張れという事ですかな?校長」

 

「そうじゃ」

 

 組み分け帽子ですら魅了するバーソロミュー。しかしセブルスの心のうちはリリーの愛のみが溢れており、他の要因(バーソロミュー)が入り込む余地はない、というのがダンブルドアの考えだった

 

「しかし、それでは誰が魔法薬学を為さるので?まさか、闇の魔術に対する防衛術の教師と彼の監視を命じておきながら、魔法薬学教師まで兼任せよ、とはおっしゃられないでしょうな」

 

「勿論じゃよ、セブルス。もう魔法薬学の後任は考えておる。しかしそれには、準備が必要なのじゃ。すまんが後一週間だけ兼任してもらえるかの」

 

セブルスはその言葉に、バーソロミューに負けず劣らずの不快な顔を作った

 

 

   *     *     *  

 

 

「「お疲れ様でした、ご主人様」」

 

『きゃあ!』

 

 バーソロミューが『寮まで案内する』というダンブルドアの申し出を断り、ロウェナと共に校内を歩いているとアンとメアリーが天井から降ってきた(・・・・・・・・・)

 二人によると、歓迎会はとっくの昔に終わったらしく、今は各寮に案内されそこで二次会を楽しんでいるようだ。アンとメアリーはバーソロミューを待つために、天井に張り付いて隠れていたらしい。 

 ロウェナが天井を見上げてみると、四本のフォークが深々と突き刺さっていた

 

(まさか、あれに捕まって天井に張り付いていたんでしょうか?)

 

 天井に突き刺さっているフォークをよく見ると、持ちての部分にちょうど指先くらいの大きさのへこみがついていた。ちなみに、ホグワーツの食器は金で出来ている。

 ロウェナは何も見なかったことにした

 

「そういやあ、この動く階段と廊下は貴様が作ったらしいな。なんでこんなめんどくさい作りにしたんだ?」

 

 階段が目的の階に行くのを待ちながら、バーソロミューがそんな疑問を投げかけた。

 ロウェナはバーソロミューに何かを教えられるということがとても嬉しいらしく、またそれが自分の作ったホグワーツも事となればなおさらで、人差し指をピンと立て、見事なドヤ顔を披露しながら説明しだした

 

『それはですね、一重に“魔法感”を出すためです!どういうことかというとですね──』

 

「ああ、もうわかったから説明しなくていいぞ。マグル生まれが魔法というものを実感するためだろ?神秘的であり、それなりに危険であり、良く観察すれば規則性が見えてくる。魔法の本質を良く表してるな」

 

『はやっ!貴方は本当に、教えがいというものがないですね』

 

 しかしロウェナ・レイブンクロー渾身のドヤ顔も束の間、すぐにバーソロミューが答えにいきついてしまった。ロウェナはバーソロミューの優秀さに一瞬喜んだが、それよりも知恵を説く機会を失ったことを悲しんだ

 

「しかし、本当にめんどくさいな」

 

 バーソロミューはこの動く城の規則性を既に把握していた。そんな彼の考えによれば、次の階段がこちらに来るのが三分二十四秒後、そのあと廊下を現すために同じ場所を四往復し、廊下を渡ったらまた五分十八秒ほど階段を待たなくてはならない。

 それでもまだ、ホグワーツで一番高いところに位置するレイブンクロー寮の談話室まで後半分といったところだ。

 “高みより全てを学ぶ”とかいって西の塔の天辺に談話室を作ったレイブンクローを真剣に殴りたい、とバーソロミューは思った。

 しかし、作ってしまったものは仕方がない。ならば自分でどうにかするだけだ

 

「メアリー、俺様を抱えて飛べ」

 

「かしこまりました。では、失礼します」

 

 メアリーはバーソロミューの首に手を回し、バーソロミューの顔が自身の胸に当たる形で抱きしめた

 

「飛びます」

 

 バーソロミューの耳元で、メアリーが甘くささやいた。

 そのままメアリーが予備動作なしで跳躍し、ほとんど全ての階段と廊下を飛び越えた。その距離、おおよそ15メートルといったところか。

 その二歩分ほど後にアンがいる。

 そしてメアリーが四回ほど跳躍すると、あっという間にレイブンクロー寮の談話室にたどり着いた

 

「到着いたしました」

 

「ご苦労」

 

「まあ、滅相もございません!」

 

 バーソロミューの労いの言葉に、メアリーは遠慮して見せたが、明らかに嬉しそうだ。

 言葉は弾んでるし、目じりが下がっている。

 

 さて、他の寮と違い、レイブンクロー寮に入るのに合言葉は要らない。更に言ってしまえば、そもそも肖像画がない。

 その代わり、レイブンクロー寮に入るには、鷲のノッカーがだす問題を解かなければならない。問題の難易度はまちまちで、下は幼稚園児レベルから上はダンブルドアレベルまで。最高で二週間寮に入れないことがあったらしい

 バーソロミューがノッカーを叩くと、彼がよく知っている声が出題してきた

 

『彼は全ての頂点に立つ。山も、海も、大地も彼の足元にも及ばないでしょう。もしも彼を超えたのなら、その先には死と闇が待ち受けています』

 

「答えは空だ。というかレイブンクロー、これは貴様が一つ一つ録音したのか?」

 

 どうやら答えはあっていたようで、扉が開いた。

 しかしバーソロミューはこのノッカーに興味があるようで、レイブンクロー寮へは入らず、再び鷲のノッカーが出題するのを待つことにした

 

『ええ、ついでに言うと問題を作ったのも私です。大体三千問ほど作りましたね。しかし恥ずかしながら、後半は疲れていたので、かなり難しい問題を作ってしまいました』

 

 良問というのは、ただ難しければよいというものではない。

 生徒の力量を正確に見極め、適当な問題を出さなければならない。そうしなければ生徒の成長が見込めないからだ。

 しかしレイブンクローの頭脳は優秀すぎるため、ついうっかりすると常人には難し過ぎる問題を作ってしまうのだ

 

「そういえば、何故貴様のシンボルはレイブン(カラス)ではなくイーグル(ワシ)なのだ?」

 

『それはですね、レイブンは私の一族(レイブンクロー家)の象徴で、私個人の称号ではないからです。ホグワーツを作ったのはレイブンクロー家の末裔ではなく、ロウェナ・レイブンクローだ、という意味が込められているのですよ。そして何故私個人のシンボルが鷲なのかというとですね、鷲は私がなした功績の中で二番目に偉大だからです』

 

 一番は勿論、ホグワーツだ

 

『私は自分が使役していた鷲に知恵を授けました。それまでの鷲といえば猟に使うくらいのモノでしたが、私の鷲は実に多くの事が出来ました。料理の手伝いをしてくれたり、相手を見つけて手紙を届けてくれたりです。そしてそれを見た私の弟子達はその術を教えてくれと懇願し、私は教えることにしました。しかし昔は今ほど師と弟子の距離が近くありませんでした。私は別に構わなかったのですが、私と同じ“知恵ある鷲”を使役することは恐れ多いと、弟子達は言いました。そこで、弟子たちは鷲の捕食対象であるフクロウを使役することにしたのです。そう、これがフクロウ便の始まりです。これが出来たおかげで、ホグワーツにより多くの生徒を招くことが出来ました』

 

「なるほど……。では今現在魔法使いが飼っている賢いフクロウは、貴様の弟子達が知恵を授けたフクロウの子孫というわけか」

 

『そういうことになりますね』

 

 確かに、これは偉大なことだ。

 もしフクロウがいなかったら、新聞も届かないしホグワーツの入学書も届かない。恐らく、大半の魔法使いが孤立していたことだろう

 

「ということは、他の創設者達のシンボルにも意味があるのか?」

 

『ええ、勿論ありますよ。サラザールは人類史上初めてのパーセルマウスでしたし、当時いくつもの国を滅亡させたバジリスクを使役したことで蛇がシンボルとなりました。ゴドリックは昔、大変臆病で大人たちから“子猫(キティー)”と呼ばれていたのですが、戦争の時友を守るため誰よりも勇敢に戦い“獅子(ライオン)”と呼ばれるようになりました。ちなみに、この戦いでゴドリックやサラザールの次に功績を上げた28人が後の『聖28一族』ですね』

 

 正直に言ってしまえば、サラザールとゴドリックに関してはそこまで意外性はない。

 むしろ、温和な印象が強いヘルガが何故クマなのか。そして何故クマではなく“アナグマ”と一人だけ限定されているのか。バーソロミューは多分に興味が沸いた  

 

『最後にヘルガなのですが……。恐らく、彼女の話が最も偉大で、最も古く、最も面白いでしょう。あれはそう、まだ魔法族が杖を持っていない頃の事です──』

 

 

   *     *     * 

 

 

『そしてイギリス国王はヘルガにこう言いました“お前はアナグマの穴にある傘立てだ!”とね』

 

「ハハハハハハッ!そいつは傑作だ!……フフフ、だ、ダメだ。笑いを堪えフハハハハハ!」

 

 ロウェナの言葉に、バーソロミューは今夜何度目になるかわからない爆笑をした。

 いつもの不機嫌そうな顔はすっかりなりを潜め、腹を抱えながら歳相応な顔つきを見せた。恐らく、これだけ彼が笑ったのは初めてだろう

 

『するとサラザールがこうも言いました“いえ国王様、こいつはアナグマの靴ベラの方が似合っているかと”と。あの時のイギリス国王の“しまったそれがあったか!”という顔といったらもう!』

 

「それはそうだろう!ハーハッハッハ!ハハハハハ……はぁ、はぁ、はぁ。ひ、久しぶりにい、息をきらしたぞ」

 

『……まあ兎に角、こうしてヘルガはアナグマの女になり、魔法族は杖を持つよになったのです』

 

「それはそうだろうな。ハッフルパフとアナグマ以外でそれを成し遂げるのは不可能だっただろう。悔しいが、俺様でも無理だ。まあそれにそんなことがあったのでは、魔法族が杖を持つのは当然のことだろう。しかし、アナグマの女ヘルガ・ハッフルパフか。会ってみたいな、そいつに」

 

 バーソロミューは久しぶりに、他人に興味が沸いた

 

『それは私もです。千年前の約束通りなら、ゴドリックの様に姿を変えてこの城のどこかに居るはずです。少しずつ探していきましょう』

 

「うむ!……珍しく、意見が一致したな」

 

『ですね!』

 

 バーソロミューの言葉に、ロウェナは満面の笑みを浮かべた。

 この後いくつかの問題を解いた後入ったレイブンクロー寮で、弟子達がロウェナに秘密で建てたロウェナの像を見た彼女が赤面するのは、また別の話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------

『私が長年追いかけ、真実をお伝えしてきた彼、バーソロミュー・フラメル氏がボーバトン魔法アカデミーの首席生兼特待生を辞退し、ホグワーツ魔法魔術学校に入学した事は記憶に新しい。この真実をお伝えした時、多くの方々がこう思われた事だろう“彼の才能が枯れた”と。本当は辞退したのではなく、辞退させられたのだろう、と。事実、彼は四年前に学会からパッタリと姿を消し、新たな本を出版する事もなかった。

 

しかし、それは誤りだった。大きな誤りだった!

 

彼は入学初日、かのアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア氏の目を欺き、潜伏していた死喰い人(デスイーター)のクィリナス・クィレル被告を捕らえたのだ(彼の裁判については裏面参照)!

私は今、確信に満ち溢れている。これは彼の伝説のほんの序章であり、これからも数々の偉業を成し遂げるだろうと。

これからも、彼の真実を常に伝えていこうと思う

 

         シエラ・レイントン』

 

「チッ!つまらねえ事書きやがって」

 

 クィリナスが捕まった次の日の朝刊、もうすでにあの事件は次の日の朝刊に掲載されていた。バーソロミューは新聞を数秒で読み終えると、くしゃくしゃに丸めて長テーブルの上えと放った。

 顔はいつもの倍以上不機嫌そうだ。

 今は朝食の真っ最中で、ハーマイオニーをはじめとした新聞を取っている生徒達がバーソロミューの活躍を広めていたせいか、彼は今噂の的だ

 

『まあそう怒らないでくださいよ、バーソロミュー。むしろ私の手柄を自分のものに出来た事をよろああああああああ!これダメェ、本当にダメェ!抜いてえええぇぇぇ!!!』

 

 バーソロミューは人の手柄を横取りするといった行為を何より嫌う。

 過去、そういった目的でバーソロミューに近づいて来た人間は悉く叩き潰してきた。

 ここ最近で言うなら、子供だと思い迂闊に近づいてきたギルデロイ・ロックハートを完膚なきまでに痛めつけ、『頭皮永久凍土呪文』を施して聖マンゴ送りにした後これまでの悪事を全て暴いた。ロックハートは聖マンゴを退院後、アズカバンに収容される予定だ。

 勿論、未成年であるバーソロミューが外で呪文を使ったことで『臭い』に感知され、魔法省のお世話となった。結局ギルデロイ・ロックハートが『忘却呪文』を使おうとしていたことにより正当防衛が成立し、無罪となったが。

 しかし仮に有罪となるとしても、バーソロミューは何度でもロックハートをぶちのめしていただろう。

 兎角、不正を誰より嫌う彼がそれを自分で成してしまった。レイブンクローが捕らえたヴォルデモートを、望んでいないとはいえ、自分が捕らえたものとして新聞に掲載してしまつたのだ。

 バーソロミューにとって、それは何よりの恥だった。

 恐らく、ここまで彼を不快にさせたのはニコラスを除けば初だろう

 

「……一つ貸しにしておくぞ、レイブンクロー」

 

『はい!』

 

 珍しく自身の功績を認めてくれた言葉に、レイブンクローは満面の笑みを浮かべた

 

(しかし、こいつは妙だ)

 

 昨日の出来事がすぐに新聞に掲載されることもそうなのだが、バーソロミューが気になったのはこの記事がダンブルドアを乏している点だ。

 日刊預言者新聞は魔法省、つまりはファッジと繋がりが強い新聞だ。そしてファッジはダンブルドアに恩を感じているし、また恐れてもいる。不用意にダンブルドアを乏す様な記事を書き、ダンブルドアとその信者の怒りを買うような真似はしないはずだ。

 しかし事実、ダンブルドアがバーソロミューの引き合いに出されている。これはつまり

 

(このネタを流し、記事を書くよう指示したのはダンブルドアだ。しかし何のために?)

 

 バーソロミューが疑問に思ったのも束の間、ダンブルドアが前に立ち、話を始めた

 

「おはよう諸君。昨日はよく眠れたようじゃの。尤も、よく眠りすぎて今もまだ夢見心地の生徒が少なからずいるようじゃが。その気持ちは大変よくわかるが、今はしばし老人の話に耳を傾けてもらいたい。何人かの生徒はすでに知っていることと思うが、昨日クィレル先生が死喰い人であることが分かった」

 

 ダンブルドアのその言葉に、新入生と二年生は『噂は本当だったんだ!』とはしゃいだ。

 しかし、クィリナスの指導を受けていた三年生以上の生徒たちは『授業中何かされたんじゃ?』と不安げだ

 

「安心めされい、クィレル先生が闇の陣営に与したのは今年からの事じゃ。まだ何もしておらぬじゃろう。さて、本題なのじゃが、今日魔法省がクィレル先生を引き取りに来る。その際、吸魂鬼を連れてくる。まだ学校生活を楽しみたい者はくれぐれも八階にあるウィットフリック先生の事務所、西塔の右から十三番目の窓に近づかぬことじゃ」

 

 吸魂鬼、そう聞いて生徒達はすくみ上った。どういったものか詳しく知るものは少ないが、魔法界に住む者たちはアズカバンに収容されている犯罪者の恐ろしさとそれ以上に恐ろしい吸魂鬼の話を良く知っていた。

 彼等を良く知らないマグル生まれの者たちも、周りの生徒達の尋常ではない怯え方を見て、決して吸魂鬼には近づかないようにしようと心に決めたようだ

 

「結構結構!さて、穴の開いた闇の魔術に対する防衛術の先生なのじゃが、スネイプ先生が兼任してくれることとなった。みな、拍手を!」

 

 スリザリンの上級生からは惜しみない拍手が巻き起こった。

 しかし当然というべきか、それ以外の寮の上級生は歓迎していないようだ。

 セブルスとクィリナス、両者ともよく知らない新入生はとりあえず拍手していた

 

「それから、クィレル先生の逮捕に多大な貢献をしてくれたバーソロミュー・フラメルを称え、レイブンクローに50点をあげよう」

 

 レイブンクローの生徒達から歓声が起こった。みな、口々にバーソロミューを褒め称えた。

 初日から大きく差をつけられた他寮の生徒達は面白くなさそうにしているが、中にはうっとりした顔でバーソロミューを見つめる女子生徒も少なからず居た。

 尤も、当のバーソロミュー本人は不機嫌そうにしてるが

 

「話はこれで終わりじゃ。諸君、この後の授業を授よく聞いてそのからっぽの頭に少しでも何かを詰め込むように!では解散!そーれ、教室に駆け足!」

 

『廊下を走るように言うとは、なんて校長です!』

 

 ダンブルドアの言葉にレイブンクローが抗議の声を上げたが、バーソロミューはそれを無視して教室へと歩き出そうとした。

 しかし呼び止められた。誰であろう、ダンブルドアにだ

 

「ミスター・フラメル、一週間後の土曜の夜に校長室で待っておる」

 

 それだけいうと、バーソロミューの返事も待たずにダンブルドアはさっさと何処かへ行ってしまった。

 その態度にレイブンクロー、アンとメアリーが怒ったが、意外なことにバーソロミューがそれを制した

 

「いい。それよりも、今は授業だ」

 

 彼にとって、授業というのは新たな“未知”を教わる場であり、とても心が躍るものだった




まだ2日目の朝
授業にさえ入っていないという






【オリジナル呪文解説】

・『頭皮永久凍土呪文』──その名の通り頭皮が永遠に凍土になる。二度と新芽の一つも生えない。この呪いの恐ろしさを知ったファッジは“許されざる呪文”に入れることすら検討した。
強力な呪いだが、ヴォルデモートとキングスリーには効かない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 原初魔法

原作の授業描写が少なすぎて困った。
『闇の魔術に対する防衛術』の教師に至っては授業をしている先生がほとんどいない。
授業内容を考えるのに苦労しました


「いた、彼がバーソロミュー・フラメルよ」

 

「随分と偉そうにしてるな」

 

「彼はそうできるだけの功績があるもの」

 

「でも本当に偉大な人は大抵、偉そうにしないぜ?校長もそうだし、さっき見て来たハリー・ポッターも謙虚だった」

 

「そうやって批判ばかりして、あなたも随分と謙虚(・・)ね!それに、その校長を出し抜いてたクィレルを捕まえたのは彼よ!」

 

「どうかな。校長とあいつの祖父の仲の良さは有名だ。カエルチョコレートのおまけに乗る位な。そのよしみで手柄を譲っただけかもしれないぜ?それに、これまでの功績にしたって怪しいもんだ」

 

 朝食を済ませ、ダンブルドアが話を終えた後大広間からでるとそんな声と共にバーソロミューに視線が集まった。

 尤も、それは最初のうちだけだった。

 ホグワーツの摩訶不思議な階段と廊下、扉やゴースト達のせいで一年生たちは教室に向かうだけで精いっぱいになった。

 しかしバーソロミューは城の仕組みの大半を理解していたし、そもそもこの城を作ったレイブンクローがいたのであっという間に教室にたどり着いた

 

「おお、随分と早かったですねミスター・フラメル。大半の一年生は遅刻寸前で駆け込んでくるのですが。初日からこれだけ早くたどり着けたのは貴方が二人目ですよ」

 

 バーソロミューが最初の授業である『妖精の魔法』の教室に行くと、レイブンクロー寮の寮監でもるフリットウィック教授がキーキー声で出迎えた。

 非常に背の低い教授で、授業の際はいつもを本を積んだ上に立って教鞭をふるっている。

 今はちょうど本を積む真っ最中のようで、無数の本を浮かして集めていた

 

「そしてこれで三人目と四人目だな」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 彼が立っている場所から二歩程下がったあたりの位置に、いつの間にか二人の美しい女生徒が立っていた。

 彼女達はニッコリ笑って一礼した

 

「ミス・フラメル達もいましたか、これは失敬」

 

「「構いません」」

 

 アンとメアリーは口を揃えていった

 

「「それより教授、お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか?」」

 

「おお、ありがとう。ではこの羽根を各机に置いてもらえるかな?」

 

「「かしこまりました」」

 

 二人はフリットウィックから生徒の数と同じだけの羽を受け取ると、一つ一つ丁寧に机に置いていった。フリットウィックは早速、二人の事が気に入った。

 やがて兄や姉がホグワーツに通っている一部の生徒達が教室に到着し、その後フリットウィックの話通りほとんどの生徒達が遅刻ギリギリで駆け込んできた。中には遅刻してしまう者もいたが、恒例の様でフリットウィックは特に気に留めなかった。

 流石レイブンクロー生というべきか、来た順から競うように授業の聞きやすい前の方の席に座っていった。

 バーソロミューはというと、最前列のど真ん中でふんぞり返っていた。両脇にはアンとメアリーをはべらせている

 

「みなさん、今日は最初の授業ですので、『妖精の呪文学』及び『呪文学』とは何か?どうやって勉強すればいいのか。予習復習の仕方、授業の流れと受け方、卒業に向けて合格すべき試験。『妖精の呪文学』及び『呪文学』がどの職業に就くために必要なのかを話します」

 

 その後、フリットウィックが丁寧に説明していき、生徒たちはひたすらフリットウィックの言葉を羊皮紙に書き込んだ。

 まず一年次は、簡単で魔法使いとして生きるのに必要最低限必要だと魔法省が定めた呪文のみを扱う『妖精の呪文学』を教えるらしい。そして二年次から教える『呪文学』はフリットウィックが知っておくと便利だと思う呪文を中心に、『O.W.L』によく出る呪文を習う。

 レイブンクロー生は研究家などの専門職を目指す人が多く、そういった人たちは『N.E.W.T』までの『呪文学』を取る必要がないのだそうだ。というより、『N.E.W.T』レベルの『呪文学』は大変難しいらしく、呪文学をメインに据えた人や闇祓い局や魔法省に勤めようとする人以外はほとんど取ることがないという。

 その後40分ほどかけて、フリットウィックは予習復習と授業の受け方について話した。

 といっても何も特別なことではなく、予習は呪文の練習はいいから教科書を読むようにとか、復習は習った呪文を普段の生活で使えば一年生の間はそれでいい(例えば手が届かない棚の上のモノを取る時台座を使うのではなく『浮遊呪文』を使うなど)とか、授業中疑問に思ったことはメモしておいて授業後聞いたりフクロウ便を送ってくれとか、言ってしまえば当たり前に事だ。

 しかし、何事においても大事なのは基礎だ。それは魔法であっても変わらない

 

「それではみなさんおまちかね、いよいよ呪文を教えていこうと思います」

 

 フリットウィックの言葉に生徒達が沸き立った。

 他の寮と比べて座学が好きなレイブンクロー生だが、流石に文字を書くよりかは呪文を学ぶほうが好きなようだ

 

「先ずは『浮遊呪文』を教えます。呪文を知っている人はいますか?」

 

 全ての生徒が手を挙げた。

 『浮遊呪文』は教科書の最初に書いてある呪文だ。流石に、1ページ目すら開いてない生徒はレイブンクローにはいなかった。のだが……

 

『バーソロミュー、『浮遊呪文』とは何ですか?』

 

(おいおい、こいつマジでいってんのか?)

 

 誰であろう、ロウェナ・レイブンクローその人だけが『浮遊呪文』を知らなかったのだ。

 授業中なので声は出せないが、バーソロミューはすぐにでもレイブンクローを問い詰めたくなった

 

「それでは、ミス・フラメル……は二人いましたね。ではメアリー嬢答えてもらえますか?」

 

 フリットウィックは早速、お気に入りの生徒を当てた様だ。

 他の寮では授業で当てることは嫌がらせになるが、レイブンクローでは自分の知識をひけらかす良い機会となる

 

「『ウィンガーディアム レヴィオーサ 浮遊せよ』です」

 

「よろしいよろしい!ではアン嬢、杖の振り方はわかりますか?」

 

 呪文を唱えるとき、その発音も大事なのだが杖の振り方も同じくらい大事なのだ

 

「“ビューン ヒョイ”!」

 

 アンは口で言いながら、実際に杖を振って見せた  

 

「結構結構!二人とも大変良くできています、一人二点ずつ上げます!それではみなさん、次の授業では理論を詳しく説明します。教科書を読んでおいてください」

 

 フリットウィックがそういったちょうどのタイミングで、チャイムが鳴った。

 生徒たちは『ビューン ヒョイ』と言いながら杖を振ったり、呪文の発音を確認しながら次の授業の教室へと向かっていった。

 バーソロミューは人目に付かないよう注意しながら、手ごろな空き教室に入った

 

「さっき面白い事を言っていたな『浮遊呪文』を知らないだと?」

 

『ええ、言いました。『ウィンガーディアム レヴィオーサ 浮遊せよ』という呪文も初めて聞きました』

 

「……お前は何の呪文なら知ってるんだ」

 

 一瞬冗談を言ってるのかと思ったが、どうも違うらしい。

 しかしそうなると、最も初級な呪文である『浮遊呪文』を知らないことになる。これはつまり、レイブンクローが無知、ということではなく

 

『私が知っている呪文は7つですね』

 

(やはり、昔と今では魔術の体系が大きく違うようだな)

 

 考えてみれば当然のことだ。人類はたった数年ですら大きな進歩を遂げる。

 10年違えば常識が変わり、100年違えば時代が変わり、1000年違えば世界が変わる。

 当然、魔術も大きくと異なるだろう

 

『サラザールが5つ。ヘルガとゴドリックは4つでしたね。7つもの呪文を使うことが出来たのは、歴史上でも私だけでした』

 

 そうレイブンクローはドヤ顔で言った

 

『バーソロミューはいくつ扱えるのですか?私の時代から、一体いくつ位呪文が出来たのか興味ありますね』

 

「俺様が扱えるの呪文の数は1394だ。それと、今の魔法界には4385の呪文が存在してる」

 

『……は?』

 

 

 

     *     *     * 

 

 

 

『──というのが私たちの魔法でした』

 

「ふむ……。俺様の知る魔法より強力だが、扱いずらそうだな」

 

 レイブンクローの時代の魔法はいわば、雑で原始的(ワイルド)な魔法だ。故に、『原初魔法(ワイルドマジック)』と名付けた。

 まず『原初魔法(ワイルドマジック)』は10つしかない。しかしそのどれもがアホみてえに強力だ。

 そして恐らく、現存する4385すべての呪文がこの10つの『原初魔法(ワイルドマジック)』から出来ている。

 例えば『原初魔法(ワイルドマジック)』のひとつである『攻撃魔法』は文字通り、攻撃の魔法だ。打撃、裂傷、爆撃など一撃でおおよそすべての“攻撃”を与える。現代にある『武装解除呪文』や『失神呪文』を全て混ぜ合わせた呪文というか……。

 いや、逆か。

 『攻撃魔法』を分解して『武装解除呪文』や『失神呪文』を作ったというべきか。

 他にも『呼び寄せ呪文』や『浮遊呪文』は『操作魔法』と呼ばれていた『原初魔法(ワイルドマジック)』から作られたと推測できる。

 『操作魔法』はその名の通り、あらゆるものを操作する魔法だ。浮かせることもできるし、飛ばすこともできるし、複雑な動きをさせることもできる。

 ホグワーツの無駄に複雑な廊下や階段を動かしてたのは、たった1つの呪文だったわけだ

 

 何故そんな強力な『原初魔法(ワイルドマジック)』が現代に残らなかったかといえば、習得が難し過ぎるからだろう。

 10つの魔法が分かれて4385つになったのだから、単純に考えて『原初魔法(ワイルドマジック)』1つ習得するのに現代魔法438つ習得するのと同じだけの労力を要する。

 存在する魔法が『原初魔法(ワイルドマジック)』のみのままだったら、魔法使いは一部の天才のみしかなれなかっただろう。それを防ぐために『原初魔法(ワイルドマジック)』を細かく裂いたわけだ。しかしそうなると──

 

「貴様、現代魔法にして3069,5つ分もの魔法を習得しているのか……」

 

 歳がまったく違うとはいえ、1394つの俺様は『原初魔法(ワイルドマジック)』精々三つ分というわけだ……

 

『どうです、私の凄さが分かったでしょう!……あれ?』

 

 とドヤ顔のレイブンクロー。しかし、いつものツッコミ(調教)が来ないので不思議そうな顔で“こてん”と首を傾けた

 

「……ああ、認めようレイブンクロー。俺様の技量は貴様に劣る、大きくな」

 

『あれ、え、ちょっと本当にどうしたんですか?本当に私に何もしないんですか、ねぇ』

 

 普段と違うバーソロミューの様子に、レイブンクローはついにおたおたとしだした

 

「まったく、やっと錬金術師としてクソジジイ(ニコラス)の背中が見えてきたところだってのにな……。ククク、クハハハハハハハ!ハーーーハッハッハ!!」

 

『バーソロミュー……?』

 

 突如大笑いしだしたバーソロミューに、レイブンクローは怪訝な顔をした

 

「これは“未知”だ!感謝しよう、レイブンクロー。貴様のおかげで俺様が辿らなくてはならない道が増えた」

 

バーソロミューの紫色の瞳は、新たな“未知”への欲望に燃えていた

 

 

 

   *     *     *

 

 

 

 最初の今までは授業の日から実に3日が経った。それまでは錬金術に重点を置き学習をしていたが、その日からバーソロミューは新たな呪文を覚えることを重点に置いた。

 具体的に言うと日に錬金術の学習16時間、呪文の学習4時間だったものを錬金術の学習6時間呪文の学習14時間とした

 

「『ウィンガーディアム アクシオ 本よ浮遊して来たれ』」

 

 バーソロミューが杖が振るうと、本がバーソロミューの方へと飛んできた後空中で静止した。

 何かに当たるまで呪文を唱えた者の方へと飛ぶ『呼び寄せ呪文』と、ただその場で浮くだけで横の動きのない『浮遊呪文』が見事に混ざり合っていた

 

「やっと成功か……」

 

「おめでとうございます」

 

 メアリーはバーソロミューの額に浮かんだ大粒の汗をぬぐいながら労いの言葉をかけた。アンは30冊ほどあるバーソロミューの横に積まれた本を所定の場所に運んでいる。 

 この呪文を成功させるまでに、実に30回もの失敗をしたということだ

 

「次は『運搬呪文』を加えるか」

 

 バーソロミューは一度覚えたことを忘れない。つまり、一度でも呪文を成功させてしまえば復習せずとも永遠にその呪文を使うことが可能だ。

 一度でも成功すればすぐに次の呪文へ、このメリットは大きい。しかし、バーソロミューは中々次の呪文に移れないでいた

 

「『ウィンガーディアム アクシオ ロコモーター・ブック 本よ浮遊し移動して来たれ』」

 

 本は30センチほどバーソロミューの元へと動いたものの、空中で止まってしまった。

 これは『浮遊呪文』に使った魔力が他の呪文と比べて多すぎたため、『浮遊呪文』が他の呪文を追い出してしまったのだ。

 上手く呪文を組み合わせるには、各呪文に均等に魔力を割り振らなければならない。今回の場合(3つ同時)なら1つの呪文に付き33%の魔力を正確に込める必要がある。多すぎても少なすぎてもダメ。きっちり33%だ。

 実はこれが非常に難しい。

 分かり易く言うなら、これはパンチングマシーンを三つ並べて左右の拳と頭で同時に殴り、同じ値を出すようなものだ。その際どうしても利き腕の力が強くなってしまうように、『浮遊呪文』のような簡単な呪文につい多くの魔力を込めてしまう。

 『原初魔法(ワイルドマジック)』は438つの呪文が組み合わさったもの。使いこなすには1つの呪文につき0,228310502283105%の魔力を正確に込めなければならない

 

「久々に出来る気がしねえな」

 

 四十二度目となる三つ同時呪文の失敗に、バーソロミューは初めて少し疲れたような顔をした

 

「お休みになりますか?」

 

 メアリーが膝を叩きながら言った。『お望みなら、膝枕しますよ?』という意味だ。

 バーソロミューはその魅力に少しグラついたが、すぐに気持ちを持ち直した

 

「いや、いい」

 

「かしこまりました」

 

 メアリーは少し残念そうにしながらも、大人しく引き下がった。アンはそれを見て、クヒヒと笑っている

 バーソロミューはそんな二人を見ながら昔のことを思い出していた。アンとメアリーを作った時の事を(・・・・・・・)

 

(あの時に比べれば、今の方がいくらかマシ、か)

 

 人は、一度地獄を経験すれば慣れるものだ。

 結局この日、バーソロミューは5つまで同時に呪文を唱えることに成功した

 

 

 

   *     *     *

 

 

 

「今日は『闇の魔術に対する防衛術』だ……」

 

「朝から最高のニュースをどうも」

 

 バーソロミューがホグワーツに来て最初の金曜日の朝、そんな会話が聞こえてきた。

 ハッフルパフ生とグリフィンドール生からのスネイプに対する評価は最悪の一言に尽きるが、実はレイブンクロー生からの評価はそこまで低くない。

 スネイプは確かに嫌味な性格だし、授業は難しい。しかし知恵を求めるレイブンクロー生にとって教師の性格など二の次だし、授業が高難易度であればあるほど燃えるのが彼等だ。

 そんなわけで、意味のない授業をするピンズなどと比べたら格段に評価が良かった。のだが、ここ最近のスネイプは授業を掛け持ちしているせいかなんなのか、兎角とてつもなく機嫌が悪かった。特にグリフィンドールの一年生の授業があった日からそれは顕著で、スリザリン生ですら近づかない程だった。

 そして今日は新レイブンクロー生の最初の『闇の魔術に対する防衛術』の授業なのだ

 

 そんなわけでレイブンクローの一年生が妙な緊張感に包まれながら朝食をとっていると、大量のフクロウがやってきた。

 マグル生まれは勿論の事、これほど沢山のフクロウを見るのは魔法族の子供も初めてだったので唖然としていたが、流石にもう慣れたものだった。それどころか、好きな人のフクロウをこっそり盗み見ておき、次大広間に来た時にフクロウにパン屑をあげて話のきっかけを作る強者がいたくらいだ。 

 そしてバーソロミューはというと、毎日ひっきりなしにフクロウが来ていた。

 共同研究の誘い、ボーバトン及びダームストラングからの編入の勧め、お見合いの誘い、日刊預言新聞からミニコラム掲載の依頼、新たな錬金術の教科書の作成依頼、錬金術の依頼、ニコラスへの面会の申し出、恨みが書かれた不幸の手紙、吠えメールなどが毎日計30通以上届けられていた。

 バーソロミューはそれらの送り主だけ見ると、すぐに捨てていた。しかし今日は一通だけ手紙を開いた。

 そこにはたどたどしい字で、こう書かれていた

 

『親愛なるバーソロミュー

 

金曜日の午後は授業がないはずだね。よかったら三時ごろお茶に来ませんか?

君の最初の一週間がどんなだったか聞きたいです。それと、君がきっと見たこともないものを用意しています。

そのフクロウに返事を持たせてください

 

          ハグリッド』

 

 バーソロミューはアンに羽根ペンと羊皮紙を用意させ『参加、楽しみにしておく』とだけ書いてフクロウに手紙を渡した。

 実は、バーソロミューにとってハグリッドは中々興味深い人物だった。まずその骨格が人間とは大きく異なることもそうだが、彼が手懐けている動物はまだその飼育方法が確立されていないモノが多かった。

 尤も、そのせいで多くの生徒から恐れられているのだが

 

 バーソロミューはハグリッドから以外の手紙を全て処理し終わると、早速『闇の魔術に対する防衛術』の教室へと向かった。

 何故こんなに早くに行くかというと、そうしなければ最前列に座れないからだ。スネイプとマクゴナガルの時は早くに席が埋まってしまうのだ。

 それは二人が慕われているから、ではなくスネイプとマクゴナガルは遅刻した者に容赦なく罰則を与えるからだ。まあスネイプはスリザリン生は見逃すことがあるが。何にせよ、スリザリン生ではないレイブンクロー生は、罰則を受けたくなければ早くに教室に行くしかない

 

 事実、バーソロミューが最も早く教室に付いたことは変わらないが、次の生徒が入ってくるのが他の授業と比べて圧倒的に早かった。その後順調に生徒達は教室にたどり着き、授業が始まる前に全員が着席した。

 しかし、肝心のスネイプが来なかった。やがてチャイムが鳴ると同時に、ギリギリでスネイプが滑り込んできた

 

「諸君。おでき薬を作る際は大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針をいれてはならん。でないとロングボトムのように悲惨()なる!」

 

 なんだかよくわからないが、そのロングボトムという生徒のせいでスネイプが輪をかけて不機嫌になったという事だけはわかった。

 おでき薬の調合に失敗し、悲惨()なったというロングボトムには少々同情するものの、勉学を何よりとするレイブンクロー生はそもそも調合に失敗したロングボトムに非があると思い、恨んでしまうのは仕方がないことであった。

 スネイプはレイブンクロー生が件のロングボトム少年に悪い印象を持ったことに少しだけ満足すると、ねっとりした黒髪をかきあげながら出席を取った。

 バーソロミューのところで少し止まりかけたが、順調に出席名簿は埋まっていった。どうやら、きちんとレイブンクローの一年生全員が出席しているようだ

 

「『闇の魔術』は多種多様、千差万別、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うということは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。首を一つ切り落としても別の首が、しかも前より獰猛で賢い首が生えてくる。諸君の戦いの相手は、固定できず、変化し、破壊不可能なものだ」

 

(ほう)

 

 バーソロミューは感心した。

 何分、『魔法薬学』と『闇の魔術に対する防衛術』の二教科を兼任しているスネイプが抱えているクラスの数は半端ではない。

 4寮×7学年×2教科=56クラスもの授業を受け持っていることになる。にもかかわらず、さっさと黒板を写すだけの授業に入らずに、こうして生徒の気を惹くための前口上から入ることは中々に出来ることじゃない、とバーソロミューは思った

 

「諸君の防衛術はそれ故、諸君が破ろうとする相手の術と同じく、柔軟にして創意的でなければならぬ。これらの絵は──」

 

 絵の前を速足で通り過ぎながら、何枚かの絵を指さしていく。

 それが一体何の絵なのか理解した何人かの生徒達は、鋭い悲鳴をあげた

 

「左様。これらの絵は術にかかった者たちがどうなるかを正しく表している。『磔の呪い』、『亡者の攻撃を受けた者』、そして最後に──『吸魂鬼のキス』。もうすぐ、クィレルめが施行される予定の御業だ」

 

 スネイプは愛撫するように言い、一枚の絵を指さした。

 壁に寄りかかり、ぐったりとする魔法使いが描かれている。

 その絵は一般的な魔法使いの絵と異なり、動いてはいないただの絵だったが、何か不気味な魔法がかかっているかの様だった

 

「安心したまえ。我輩の教えをキチンと学び、決められたルールさえ守ればこれらとは無縁の生活を送れるだろう。尤も、守れなかった者には保障しかねるが」

 

 生徒達はゴクリと唾をのんだ

 

「では授業を始める。教科書第4ページを開き給え」

 

 最初の3ページは目次と前書きであるため、実質1ページ目だ。

 内容は初級の『盾呪文』についてだった。杖の振り方(突き出すようにではなく、窓を拭くようにと書かれている)と呪文の発音、それから初級の『盾呪文』で防げる呪文とそうでない呪文が書かれていた。

 スネイプは『盾呪文』を実際にやって見せた後、理論を説明した。

 生徒たちはそれを羊皮紙に書き写し、次回までに暗記してくるように言われた










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 お茶会

日刊ランキング1位を取れました。
読者の皆さん、いつもお気に入りや評価、ありがとうございます


 バーソロミューは午前の授業を終えた後、大広間に来ていた。別に特別な用事がある訳ではなく、昼御飯を食べに来ただけだ。

 確かにバーソロミューは食事が嫌いだし、摂る必要もほとんどない。

 しかしアンとメアリーは違う。

 彼女達は食事をする事を好いてる。それにそもそも、燃費の悪い彼女達は1日に3kg程度の食料を最低5回は摂らなければならない。

 バーソロミューが『ザ・クィブラー』という個人作成の新聞を読んでいる横で、アンとメアリーは山ほどある料理を平らげていた。ちなみに、レイブンクローはふわふわと生徒たちの上を浮遊し、楽しそうに会話を盗み聞きしている

 

「お、この味付けは好みだ。美味いな」

 

 アンが手にしているには大きめのタンドリーチキンだ。普通のモノと比べてやや香辛料が強めに作ってあるそれは、どうやらアンのお口に召した様だ。

 ホグワーツの朝食、夕食は全て英国料理なのだが、昼食は他国の料理が中心だ。

 レイブンクロー曰く、他の国の食を知ることで少しでも国家間の溝がなくなれば、という意図があるらしい。

 今はそうでもないが、レイブンクロー達の時代の魔法族はしょっちゅう国家間で戦争していたのだ。

 せめてホグワーツの子供たちはそんなことがないように、という願いをこめてヘルガ・ハッフルパフはレシピを作ったとの事。

 今ほど情報を手に入れやすくない時代で、他国の料理の調理方法を調べるのは苦労しただろう。

 インドから来たレイブンクロー生のパドマ・パチルがさっきからひっきりなしに他国の生徒からインド料理の説明を求められている様を見て、レイブンクローは感動で瞳をにじませていた。

 尤も、そんな事情を唯一理解し、感動しているレイブンクローを見れるのは、食に興味のないバーソロミューだけなのだが

 

「インド料理まで作れるなんて、流石屋敷しもべ妖精ですね。それとも、ホグワーツにいるのが特別なのでしょうか」

 

「うーん、何とも。屋敷しもべ妖精に関して書かれてる専門書は魔法界に二冊しかないし、『ホグワーツの歴史』にはびっくりする位屋敷しもべ妖精に関する記述が無いからなぁ」

 

 屋敷しもべ妖精について書かれた本は極めて少ない。あっても、図鑑に他の生物とともに描かれている程度だ

 

「屋敷しもべ妖精なんざ、下らない。あいつらの本など書くだけ紙の無駄だ」

 

 バーソロミューは屋敷しもべ妖精が大嫌いだった。何故なら、彼らは自主性や向上心というものがまるでないからだ。バーソロミューはそういった者を何より嫌った。

 その上屋敷しもべ妖精がなまじ才能をもってるだけに、バーソロミューはより一層歯がゆく思っていたのだ

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「ああ、じゃあそろそろ行くか」

 

 二人が食事を終えたタイミングで、バーソロミューも『ザ・クィブラー』を読み終えた。時刻は二時を少し過ぎたあたりだ。

 バーソロミューが呼ぼうと思い見てみると、レイブンクローはいまだにパドマ達の上を漂っていた。

 バーソロミューにしか見えないレイブンクローを公共の場で呼ぶことは出来ない。故に仕方なく、本当に仕方なく吸魂鬼の魔力を込めることにした

 

『ひゃあ!ちょっと、急にひょあ!もう、分かってますからぁ!』

 

 

 

    ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 

「何だこの、なんだ?」

 

 ハグリッドの小屋の脇に繋がれているそれは、バーソロミューをして見たことも聞いたこともないものだった

 

「おお、お前さんがいっち番だったか、バーソロミュー!どうだ、フラッフィーは珍しかろう」

 

 ハグリッドが誇らし気にそう言った。

 フラッフィーとは頭が三つある犬、つまり三頭犬だ。

 魔法界では未だかつて発見されたことがなく、空想上の生き物とされている三頭犬が普通に飼われているのだ。流石のバーソロミューといえどこれには面食らった。

 珍しい生き物と言っても、精々がユニコーン程度だと思っていたのだ。まさか世紀の大発見を見させるられとは思いもしていなかった

 

「胴体が一つ、にも関わらず頭が三つ……神経はどうなってるんだ?頭一つ一つ独立した思考を持ってるのかそれとも……」

 

 今にもバーソロミューを喰い殺さんとするその三つの頭は、どう見てもそれぞれが意志を持っていた。

 しかしそうなると、どうやって体を動かしているのだろうか?

 三つの頭すべてが同じ動きをしようとしなければ、歩く事すら出来ない。三人で一つの体を動かすなど、はっきり言って不可能だ。

 

「こいつはな、例の“アレ”を守っとったんだが、お前さんのお陰でそれがもう必要なくなったからな。いつまでも小部屋に閉じ込めておくのは可哀相だったんで、ダンブルドア先生に頼んで出してもらったんだ」

 

 “アレ”を守っていたのなら、戦闘力も高そうだ。今は鎖に繋がれているから正確には分からないが、運動能力も低くはないだろう

 

「弱点とかあるのか?」

 

 三頭犬(ケルベロス)は三つの常に頭のうち一つは寝ていると神話にはあるが、今目の前にいるこいつはどう見ても全員が起きている

 

「ああ、あるぞ。音楽をちぃとでも聞かせりゃあぐっすりだ」

 

「ほお、という事は知能も高いのか」

 

 ある一定上の知能を持った動物、サルなどは音楽を理解出来る。こいつもその域に達しているのだろう。獰猛で、強く、頭が良い、まず間違いなく、『M.O.M;XXXXX.』レベルの危険生物だろう

 

「メアリー、少し遊んでやれ」

 

「かしこまりました。ワンちゃん、こっちへおいで」

 

「危ねえ!」

 

 メアリーは躊躇なく、フラッフィーの方へと歩いって行った。

 フラッフィーはこっちに来た(メアリー)を食い殺そうと、素早く前足を振るった。それにもし当たれば、ハグリッドでさえタダではすまない。しかし──

 

「し、信じらんねえ」

 

 牙、尻尾、爪、あらゆる武器()を振り回してのフラッフィーの攻撃を、全て簡単に避けていた

 

「ほらワンちゃん、お手」

 

 上段から振り下ろされるフラッフィーの前足を、メアリーは片手で受け止めた。そのあまりの重量に足が地面に陥没し、地面にひびがはいるが、メアリーには何のダメージもないようだ

 

「明らかに普通の犬の骨格とは異なりますね。というより結果的に犬の様な外見をしているだけで、そもそも全く別の生物だと愚考します」

 

 今度はフラッフィーの頭のうち二つがメアリーに噛み付かんと左右から襲いかかった。

 しかしそれより早く、メアリーは掴んでいた前足を思いっきり持ち上げた。フラッフィーの巨体は呆気なく宙に浮き、そのままヒョイとに投げ飛ばされた

 

「おいでおいで〜」

 

 投げ飛ばされた先にいるのはアン。

 アンは飛んできたフラッフィーを平然と受け止めた

 

「お、中々重量あるな。骨も太そうだ」

 

 その後フラッフィーをゆっくり降ろし、鎖が伸びる範囲を抜けた

 

「こりゃあ驚いた。おめえさん達、一体何者だ」

 

 アンとメアリーは、クスクス笑いながら答えた

 

「「ラブドールです」」

 

 

 

 

   *     *     *

 

 

 

 

 ハリーの機嫌は最悪だった。

 午前中にあった『魔法薬学』でスネイプに信じられないほどいびられたのだ。理不尽な質問から始まり、最後はネビルの失敗に託けて減点された。

 もし午後にハグリッドのお茶会という楽しみがなかったら、きっと午前中を乗り切れなかっただろうとハリーは思った

 

「ロン、一緒にハグリッドのお茶会に行かない?」

 

「ああ、いいよ」

 

 ロンはホグワーツ行きのコンパートメントで最初に出会った友達だ。赤毛の男の子で、ジョークとチェスが上手い。

 魔法界で生まれの魔法界育ちで、ハリーにいつも魔法界の常識を教えてくれた

 

 

「ハーマイオニーは?」

 

「勿論、ご一緒させていただくわ」

 

 ハーマイオニーはホグワーツ行きの電車がホグワーツに着く直前にコンパートメントを訪ねて来た女の子。

 物凄く慌てながらネビルのヒキガエルを探していた。もうコンパートメント内でやる事もなかったから、一緒にヒキガエルを探して仲良くなった。

 どうしようもなくスネイプに呪いをかけたくなってしまう事と、ハーマイオニーとロンがあまり仲が良くない事が、ハリーの目下最大の悩みだ。

 このお茶会を通して、少しでも二人の仲良くなれば良いと思っていた

 

「じゃあ行こうか」

 

 三時五分前に城を出て、三人は校庭を横切った。ハグリッドは『禁じられた森』の端にある木の小屋に住んでいる。

 戸口に石弓と防寒用長靴が置いてあった

 

「何ていうか、素敵ね」

 

 ハーマイオニーはこういった小屋にノスタルジーを感じるようだ。しばしの間立ち止まって小屋の外観を楽しんでいた。

 小屋に近づくと、既に誰か居るようで談笑する声が聞こえてきた。ハリーがノックしようとすると、その前に扉が開いた

 

「お待ちしておりました」

 

「えっ?」

 

 出てきたのはハグリッドではなく、バーソロミューのお付きのメイド、メアリーだった

 

「わたくしどももお茶会にお招きしていただいてたんですよ」

 

 そういえば、ハグリッドとバーソロミューは面識があったな、とハリーは思い出した

 

「待って、待って!貴女が居るってことは、その、バーソロミューも居るの?」

 

 と、ハーマイオニーが言った

 

「ええ、勿論です」

 

 ハリーはバーソロミューに会えると知ると、少しだけ嬉しくなった。オリバンダーの店であって以来、会おうとしても彼はレイブンクローの談話室に篭りきりで、会えなかったからだ。

 そんなハリーとは反対に、ハーマイオニーは急にあたふたと慌て始めた。そんなハーマイオニーの様子を見たのは初めてだったので、ハリーは驚いた。

 それと、全く接点の無さそうなバーソロミューとハーマイオニーの二人に一体どんな関係があるのか、少しだけ興味が湧いた。

 ハリーがその事についてハーマイオニーに聞こうとしたが、声を出した瞬間に、奥から響いてきたハグリッドの大声にかき消されてしまった

 

「おお、ハリー!来たのか!!まあくつろいでくれや」

 

 中は一部屋だけだった。ハグリッドが『禁じられた森』から採ってきたであろう獲物達が天井からぶら下がり、棚にはホールチーズが並べてあった。

 焚き火にかけられた銅のヤカンにはお湯が沸いている。

 部屋の隅にはとてつもなく大きなベッドがあり、その横のこれまた大きい犬用のベッドがあった。

 そこで寝ていたボアーハウンド犬はロンが部屋に入ってきた瞬間素早く立ち上がり、物凄い速度でロンに飛びかかった。

 ロンの抵抗も虚しく、顔中を舐められていた

 

「退がれ、ファング、退がれ」

 

 ハグリッドはファングの首輪を抑えるのに苦労しながら、ハリー達を招き入れた。

 ハリーが中に入ると、バーソロミューが肘掛ソファーにふんぞり返りながら座っていた。

 ソファーから二歩ほど後ろの辺りの位置にアンが控えている

 

「ひ、久しぶりねバーソロミュー。新聞で貴方の活躍を見たわ。とっても偉大な事だと思う」

 

 ハリーはあのちょっと褒め過ぎなくらいの日刊預言者新聞を思い出した。

 ハーマイオニーは少々、新聞や本を信じ過ぎるきらいがあるので、多分にその記事に感化されていた。

 しかし当のバーソロミューはというと、ハーマイオニーの賛辞の言葉に非常に不愉快そうにした

 

「俺様の前でその話をするな。あれは俺様の功績とは言い難い」

 

 バーソロミューがそうぶっきらぼうに言うと、ハーマイオニーは顔を真っ赤にして口を閉ざした

 

「おい、そんな言い方ないだろ」

 

 意外な事に、バーソロミューに反論したのはロンだった。そして更に意外な事に、折れたのはバーソロミューだった

 

「そうだな。確かに言い方が悪かった。しかし、あの件については触れられたくないのも事実だ。分かるな?」

 

「あ、ああ」

 

 バーソロミューの落ち着いた対応に、ロンは出鼻を挫かれて、すごすごと引き下がった

 

「あー、ハグリッド紹介するよ。ロンとハーマイオニーです」

 

 ハグリッドは大きめのティーポットに熱いお湯を注ぎ、ロックケーキを皿に乗せた。

 ハリーとしてはこの流れで、バーソロミュー達の紹介をハグリッドにして欲しかったのだが、ハグリッドはそれを察せなかった様だ

 

「ウィーズリー家の子かい。え?」

 

 ロンの赤毛とソバカスをチラッと見ながらハグリッドが言った

 

「おまえさんの双子の兄貴達を森から追っ払うのに、俺は人生の半分を費やしてるようなもんだ」

 

 ハリーがロックケーキにかぶりつくと、“ガリッ”という嫌な音が響いた。歯こそ折れてないものの、歯茎が傷ついたようで血の味が口の中に広がった

 

「痛っ!」

 

 ハーマイオニーから鋭い悲鳴が上がった。見ると、ハーマイオニーのやや大きめの前歯がわれて、血が滴り落ちていた。

 ハーマイオニー自身もどうしていいか分からない様で、ロックケーキ片手に口を開いたまま突っ立っていた。口から血とよだれが混じったものが溢れ出ている

 

「おお、こりゃあいかん!保健室に連れていかにゃ」

 

「いや待て。さっきの詫びに、俺様が直してやろう」

 

 そう言うや否や、バーソロミューはアンが取り出した羊皮紙に物凄い速度で何かを書き出した

 

「この羊皮紙の上に頭を置け」

 

 ハーマイオニーは数瞬迷ったものの、言われた通りに羊皮紙の上に頭を乗せた

 

「目を閉じてろ。光りで目を悪くするぞ」

 

 今度は言われてすぐに、迷う事なく目を閉じた。

 ハーマイオニーが目を閉じると直ぐに羊皮紙が光った。その後一秒ほどして羊皮紙の光が収まると、見事にハーマイオニーの血は止まっていた

 

「大きさはサービスだ」

 

 ハーマイオニーがハグリッドの小屋にあった大きな割れた鏡を見ると、出っ歯が短くなって理想的な大きさになっていた

 

「これ、錬金したの?」

 

「ああ。ふむ……このままではロックケーキが食べられないだろし、それも兼ねて、おまえ達に錬金の触りというものを教えてやろう」

 

 そう言うと、バーソロミューは再び羊皮紙に何事か聞き出した。そしてその上に、ロックケーキをちょこんと乗っけた

 

「まず、この羊皮紙には水が書かれている」

 

 ハリーが羊皮紙を見ると、そこに水滴の様な絵と、何かの化学式の様なモノが書かれていた

 

「この羊皮紙に書かれた水に、その上に置かれているロックケーキを俺様の頭の中(・・・)でひたす。その際、どの位の量の水か、どの位の時間ひたすかなどをを設定する。そうだな、だいたい二十秒ほどすっぽりひたせば十分だろう」

 

 そう言ってバーソロミューが指を鳴らすと羊皮紙が光った。

 傍目には何も変わって見えなかったが、ハリーが突いてみると、ロックケーキは良い塩梅にふやけていた

 

「とまあこんな感じだ。錬金術とは、過程を飛ばす技だ。今のはロックケーキを水にひたすという過程を取り除き、ふやけたという結果のみを残した」

 

 ハリーにはバーソロミューが何を言ってるのかよくわからなかったが、ハーマイオニーは何やら興奮していた。

 どうやらバーソロミューも最初からハーマイオニーにだけ伝えようしていたらしく、それ以上特に何も言わなかった

 

「さて、俺様はフラッフィーの観察に戻らせてもらう」

 

 バーソロミューはハーマイオニーの様子をチラリと見た後で、そう言った

 

「おお、お前さんが行きゃあフラッフィーも喜ぶだろう。またいつでも来いや」

 

「「失礼いたします」」

 

 バーソロミューについていく形で、アンとメアリーもハグリッドの小屋を去っていった。

 ハリーはバーソロミューに声をかけようとしたが、何と言っていいか分からず、結局無言で見送った

 

「フラッフィーって?まさか、また犬?」

 

 ロンがべったり顔についたファングのよだれを拭いながら言った

 

「ああ、そうだ。ただし、フラッフィーはファングとは比べ物にならねえ位大きいぞ。俺が育てたんだ。こーーんな小さい時からな」

 

 “こんーーんな”、といってハグリッドが手で表した大きさは大型犬位あった。ハグリッドは誇らし気に言ったが、ロンはそれを聞いて青い顔をした

 

「それにな、フラッフィーは顔が三つもあるんだ」

 

「一人の時も寂しくなさそうだね」

 

 ハリーは自慢気に語るハグリッドを持ち上げようと、精一杯お世辞を考えたがそれが限界だった

 

「うんにゃ、そんな事はねえ。俺がいてやらないと、あいつは寂しがるんだ。バーソロミューは大した奴だ。やっこさんのお陰で、俺はまたフラッフィーと一緒に居られる」

 

「そりゃあ最高だね」

 

 と皮肉げにロン。ハーマイオニーはそんなロンを睨んだ

 

「バーソロミューのお陰でって、彼は何をしたの?」

 

「ああ、詳しくは言えねえが、フラッフィーはダンブルドア校長に貸してたんだ。でも、バーソロミューが問題を解決しちまった。それでもう、フラッフィーが“アレ”を守る必要がなくなったっちゅうわけだ」

 

「“アレ”?フラッフィーは何を守ってたの?」

 

「おっとこりゃいけねえ!この話は無しだ。いいな?誰にも言うんじゃねえぞ」

 

 ハグリッドは慌てて誤魔化した。そして、急いでティーポット・カバーの下にあった紙切れを引き抜き、暖炉に入れた。

 ハリーはそこに何が書かれていたのか物凄く気になったが、ハグリッドは絶対に教えてくれなさそうだったので諦めた。

 その後三人で談笑を楽しんだが、ハリーの頭の中にはあの紙切れの事がずっと居座っていた

 

 

 

   *     *     *

 

 

 

「私、あの紙切れに何が書かれていたのか知ってるわ」

 

 ハグリッドの小屋を出た瞬間、ハーマイオニーがそう言った

 

「ちょっと表紙が見えたんだけど、それで分かったの。あれは日刊預言者新聞よ。日付は確か──そう!八月三日よ。内容はグリンゴッツの強盗について。七月三十一日にグリンゴッツに強盗が入ったんだけど、既に空だったって記事よ」

 

 ハリーはロンがそんな様な事をコンパートメントで話しているのを思い出した。しかし、あの時は日付までは言っていなかった

 

「僕の誕生日だ!僕、その日ハグリッドとグリンゴッツにいた!それに、ハグリッドは七百十三番金庫をから何か茶色い包みを持ち出して、空にしたんだ!ハグリッドは、ダンブルドアからの命令だって言ってた!」

 

「その“何か”をフラッフィーとかいう野獣が守ってたのか……。あいつが解決したって、どういうことだろ?」

 

「多分、その“何か”を狙ってたのがクィレルなんじゃないかしら?最近バーソロミューがした事と言えば、その事だし」

 

 と、ハーマイオニーは顔を赤らめて言った。

 またあの褒めすぎな記事を思い出してるに違いないとハリーは思った

 

「……なあ、変だと思わないか?」

 

 と、ロンが神妙な顔で言った

 

「パーシーが言ってたんだけど、クィレルはとても死喰い人になる様な奴じゃなかったらしいんだ。いつもおどおどしてて、でも生徒に優しかったらしい」

 

 でも、人は見かけによらないという言葉がある。それだけでは説得力があまり無かった

 

「それに、今世紀最高の魔法使いと言われてるダンブルドアが見抜けなくて、どうしてバーソロミューは見抜けたんだ?」

 

 それはハリーも違和感を感じている事だった。

 それに、バーソロミューは言っていた『あれは俺様の功績とは言い難い』、『あの件については触れられたくない』。

 普段傲慢なバーソロミューが、クィレルの件に関しては妙に殊勝だった。

 ハリーの中で、違和感が大きくなっていくのを感じた

 

「実は、あの件は誤認逮捕だとしたら?その“何か”を狙ってる犯人を捕まえたと見せかけて、油断させる作戦だとしたら、辻褄が合うと思わない?」

 

 ハリーは、あの日の事を思い出した。初めてバーソロミューにあった日の事を

 

「実は僕、グリンゴッツに強盗が入った日、バーソロミューに会ったんだ。あの日、彼はあそこにいたんだ!」

 

 ハリーとロンの議論が白熱する中、ハーマイオニーは黙りこくっていた

 

『俺様がボーバトンを蹴り、ホグワーツに入学したのは究極の物質、『賢者の石』を追ってきたからだ』

 

 あの日、ホグワーツ行きのコンパートメントで、バーソロミューは確かにそう言った。ハーマイオニーはその言葉が、頭から離れなかった








ハグリッドのお茶会に丸々一話使ってしまうとは……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 ナメクジ

平均文字数約8000文字でもう9話なのに、まだ最初の一週間が終わらないという……
どんだけ亀更新やねん


 ハグリッドのお茶会の次の日の夜、ホグワーツが始まって最初の土曜日の夜に、バーソロミューは校長室に呼ばれていた。

 一人で来る様言われていたので、メアリーとアンはいない。

 尤も、バーソロミュー以外に感知することの出来ない、バーソロミューから一定以上離れられないレイブンクローは近くに居るが。

 バーソロミューが校長室の前に着くと、二つのガーゴイルが道を塞いでいた

 

「チョコクランチ」

 

 バーソロミューが予め教えられていた合言葉を言うと、ガーゴイルの石像が生きた本物のガーゴイルになり、脇へどいた

 

『このガーゴイル像は、石像を変化させて生きたガーゴイル像にしたのではなく、生きていたガーゴイルを変化させて石像にしたんです。こいつら、とんでもない奴らだったんですよ。それでサラザールが怒って、この二人を石像にしたんです。使命(門番の役割)を果たしている間のみ石化が解ける仕組みになっているんです』

 

 一体どんな悪さをすれば1000年も石像にされる様な目にあうのか、バーソロミューは多分に興味が湧いた。しかしレイブンクローに昔の話を聞くと長いので、ダンブルドアとの約束がある今は我慢した

 

「大人しくしてろよ」

 

 校長室へと続く階段を登りながら、バーソロミューが子供をたしなめる様に言った

 

『あの、私貴方より歳上ですよ?』

 

 勿論、絶対の記憶力を持つバーソロミューがその事を忘れるはずがない。

 バーソロミューが校長室をノックすると、扉が素早く開いた。中には様々な魔法逸品(マジックアイテム)と山程の本が並べられていた。

 まるでニコラスの部屋の様な内装だとバーソロミューは思った

 

「おお、バーソロミュー、随分と早いの。約束の一時間前とは。感心じゃ」

 

「下らねえ世辞はいい。何の用だ?出来ることなら、早く帰って勉強したいんだがな」

 

 実際、これは本心だ。

 バーソロミューの『原初魔法(ワイルドマジック)』の研究は日々進んでいる。しかしその歩みは遅く、早く“未知”へとたどり着きたいバーソロミューは少々急いていた。

 しかしそんなバーソロミューとは反対に、ダンブルドアはほがらかに笑った

 

「ふむ、ますます関心関心。その歳で勉学の面白さに気づくとは、君は大変恵まれおるの。しかし、残念ながら、今宵の一件はお主だけの力では解決出来ぬのじゃ。故に、もう二人の協力者を待たねばならぬ」

 

「ほお、俺様だけでは解決出来ないだと?」

 

 スッとバーソロミューの紫色の瞳が細められた。その瞳には少なくない怒気が込められていた。

 一方的に呼びつけておいて、お前の力では解決とは何という言い草だ!そう告げていた

 

『バーソロミュー、大人しくしなさい』

 

 怒るバーソロミューに、先ほどバーソロミューが言った言葉をドヤ顔で言うレイブンクロー。

 ここで魔力の質を吸魂鬼のモノに変えてしまうと、ダンブルドアに感づかれるため今は何もしないが、今夜必ずお仕置きするとバーソロミューは決心した

 

「ところで、バーソロミューや。少し取引をせんか?」

 

「まずは内容を聞かせろ、話はそれからだ」

 

「うむ。今からとある場所に行き、新しい『魔法薬学』の先生を勧誘するのじゃが、それに協力して欲しいのじゃ」

 

 バーソロミューはその気になれば、いくらでも人に気に入られる事が出来た。教師を一人勧誘する事くらい訳ない

 

「それで、見返りは?」

 

「まず、授業の質が良くなる事を約束しよう」

 

 その条件は確かに、バーソロミューにとって魅力的だった。スネイプの能力は決して低くないが、今の授業体制には明らかに無理がある。いつか綻びが生まれ、授業の質が落ちていくだろう。

 それはバーソロミューの望むところではない。しかしーー

 

『それは学校として、当たり前の事です』

 

 そうしかし、レイブンクローの言う通り質の良い授業を与える事は学校側の義務であり、それを与える事が交換条件になるかと言われれば否だ。

 ダンブルドアがその事を理解していない訳がない。つまりこれは交換条件ではなく、『今から勧誘しに行く教師は確実に授業の質を上げる事が出来る、優秀な教師ですよ』という意味であり、バーソロミューのやる気を引き出す為の前口上だ

 

「次の条件じゃが、この校長室への立ち入りを許可しよう。勿論、いくつかの条件はつくがの」

 

「ほお」

 

 これもバーソロミューにとっては魅力的な条件だった。この校長室にはザッと見回しただけで少なくとも100冊以上バーソロミューが読んだ事のない本が置いてあり、実は先ほどから興味を惹かれていた

 

「そして最後に、『閲覧禁止の棚』から本を借りる許可を与えよう。しかし勿論、これもいくつかの条件つきじゃがの。どうじゃ?」

 

「……よし、いいだろう。喜べ、貴様は俺様の協力を勝ち取った」

 

『バーソロミュー!先生に何ていい方するんですか!!』

 

 今回ばかりは完全にレイブンクローが正しかったが、バーソロミューは無視した。

 あまり自分が騒ぎ立ててしまうと、ダンブルドアの声が聞こえなくなってしまうので黙ったが、今夜絶対に説教するとレイブンクローは決心した

 

「む、来たようじゃの」

 

「ああ、こいつらか」

 

 ダンブルドアは魔力の揺らぎで、バーソロミューは強化された聴覚で来訪者を察知した。

 ダンブルドアが人指し指をクイッと動かすと、扉がスルリと開いた。そして開いた扉から、ノックしようとしていた腕をからぶらせたハリーが入ってきた

 

「うむ、これでそろったの」

 

「御機嫌よう、ダンブルドア校長先生。それと久しぶり、バーソロミューくん」

 

 そしてハリーの後ろから、ダフネ・グリーングラスが微笑みながら入ってきた

 

「御機嫌よう、ミス・グリーングラス」

 

 ダンブルドアが愛想よく返事をする横で、バーソロミューは不機嫌そうに鼻を鳴らした

 

『グリーングラス、『傾国の女』の末裔ですか……』

 

 珍しく、レイブンクローも不機嫌そうにした。

 レイブンクローが『知』を、グリフィンドールが『勇』を司っているように、実は『聖28一族』もそれぞれ司っているものがある。

 各家が司るものに関してはレイブンクローの時代の戦争での活躍が由来している。例えば経済面で多大な貢献を残したマルフォイ家が『富』を司っていたりだ。

 そしてグリーングラス家が司っているのは『美』だ。

 レイブンクローの時代の戦争の最中、当時のグリーングラス家の当主は兵も杖も使わず、己の魅力のみで戦った。

 敵国に踊り子として潜入し話題を集め、興味を持って近づいて来た権力者を次々に魅了し、最後には国を虜にする。そんな彼女についたあだ名が『傾国の女』。

 その名残は今も残っており、グリーングラス家は『聖28一族』の中で最も富がなく、また歴代の当主もそれほど高い権力のある役職についていない。にも関わらず、グリーングラス家の当主は代々、魔法界に対して多大な影響力を持っている。

 グリーングラス家の力とは『美人には何となく優しくしてしまう現象』を究極的に強くした様なものだ。

 魔法よりずっと目に見えづらく、ずっと恐ろしい力。

 ちなみに、初代グリーングラスとレイブンクローは仲が悪かった

 

「や、やあバーソロミュー」

 

 何故か緊張した様子でしてくるハリーの挨拶に、バーソロミューは目で返した

 

「みな時間に正確で結構。それでは、行くとするかの」

 

「あの、先生。どこに行くんですか?」

 

「スラグホーン先生のところじゃ」

 

 ハリーはそれが誰なのか聞きたかったが、ダンブルドアはもう話は終わりと言わんばかりの態度だ。

 横を見てみるとバーソロミューとダフネはスラグホーン先生の事に対して疑問を持っていない様だったので、ハリーはそれ以上何も追及しなかった

 

『今度はスラグホーンですか。懐かしい名前がポンポン出てきますね』

 

 とレイブンクロー。スラグホーン家もまた、『聖28一族』の一つだ

 

『今代のスラグホーンは分かりませんが、私の時代のスラグホーンは才能を見抜く力がずば抜けてました。戦争で活躍した英雄達や、ホグワーツの最初の生徒の大半は彼が見つけてきたようなものです』

 

 レイブンクローのその発言で、漸くバーソロミューは合点がいった。というのも、何故このメンバーが集められたのか分からなかったのだ。

 性別も寮も能力もバラバラの三人だが、才能ある人間が好きな人間であれば、間違いなく気に入るであろう三人だ

 

「さて、では腕に捕まってくれるかの」

 

 最初にバーソロミューが腕を掴み、その次にダフネが掴んだ。ハリーがどういう事かと数瞬考えた後に掴むと、『パチンッ』という音と共に四人の姿が消えた

 

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 

「おえええええ」

 

 『姿あらわし』でスラグホーン家の前に現れた瞬間、ハリーが吐いた。まだ魔法界に来て日が浅く、箒にさえ乗った事がないハリーが『姿あらわし』の強烈な“揺れ”に耐えられないことは仕方がない事だった。

 ちなみに、バーソロミューとダフネは何でもないようだ

 

「ハリー、落ち着いたらこれを食べるのじゃ。気分が良くなる」

 

 そう言ってダンブルドアはハッカ入りキャンディーを渡した。ハリーはとても食べる気にならなかったが、あまりにダンブルドアが進めるので仕方なく食べると、たちまち気分が良くなった

 

「おい、アポは取ったのか?」

 

「そのはずじゃ」

 

「じゃあそいつは約束を忘れてるか、さもなきゃ貴様が嫌われているか、それとも……」

 

 バーソロミューは屋敷の方を鋭く見た。

 ハリーもつられて見てみたが、暗くて良く見えない

 

(暗い?)

 

 そう、暗いのだ。巨大なスラグホーン家の屋敷のどの部屋にも明かりが灯っておらず、人のいる気配が全くしなかった。

 ダンブルドアはバーソロミューの言葉に答える代わりに、懐から杖を取り出した

 

「近くに寄っておれ」

 

 そう言いながら、ダンブルドアが歩き出した。ハリーは出来るだけダンブルドアの近くにいようとした。しかしダンブルドアの歩みは早く、やや早歩きになってしまった

 

「先生、あれ」

 

「分かっておる」

 

 屋敷に近づいてみて分かったのだが、屋敷は荒れ果てていた。カーテンは破け、窓は割れている。

 ダンブルドアが玄関のノッカーを叩くと、その衝撃でドアは崩れてしまった。ダンブルドアは杖を光らせ、屋敷の中を照らした。

屋敷の中は外見以上に荒れ果てていて、足の踏み場もない程だった

 

「先生、あれ!」

 

「分かっておる」

 

 本当に分かっているのか、ハリーは問い詰めたくなった。何故なら穴の開いた天井から、おびただしい量の血が滴り落ちていたのだ

 

「ふむ、バーソロミュー、任せてもいいかの?」

 

 バーソロミューはダンブルドアの問いに答えず、黙って屋敷の中に入っていった。そして屋敷に入ってすぐの巨大な玄関ホール内をグルリと見渡し、やがて視線が固定された。

 視線の先には、折れた傘が四本ほど刺さっている錆びた傘立てが置いてあった

 

「貴方がミスター・スラグホーンですか?」

 

「ハハハハハ!こいつは驚いた!まさか一年生に見破られるとは、え!?」

 

 バーソロミューが傘立てに話しかけると、傘立てから頭が生えて大笑いした。

 見る見るうちに傘立ては姿を変えていき、傘立て本体は胴体に、刺さっていた傘は手足になった

 

「今回はまた随分と大掛かりな仕掛けじゃな、ホラス」

 

「そうだろうとも、なんせ、お前が手紙をよこした一週間前から準備したからな!」

 

 傘立てだった男とダンブルドアは笑いながら抱擁を交わした

 

「しかし、最初にお前が出し抜かれたと新聞で見たときはとうとうダンブルドアも老いに負けと思ったものだが、どうやらこの子の才能がずば抜けていたらしい!」

 

 傘立てだった男、ホラス・スラグホーンは巨大なお腹を揺らしながら愉快そうに笑った

 

「わしは少し席を外してるとしよう。この屋敷を直しておこう」

 

 そう言うと、ダンブルドアはさっさとその場を去った

 

(あの件を新聞に載せたのはこの為か。まったく、嫌なやり方をする)

 

 出会ってまだ一分ほどだが、バーソロミューはこの男が優秀な才能を持つ者と有名な人間が好きな事が良く分かった。

 最近表に出ていなかったバーソロミューの名声を再度高める為に、自分を引き合いに出しながらあの件を新聞に掲載したに違いないと推理した

 

「僕はバーソロミュー・フラメルです。改めて挨拶を、ミスター」

 

 バーソロミューが手を差し出すと、スラグホーンはがっちりと両手で掴んだ

 

「君の出した本を読んだ。専門ではないが、私は錬金術の分野にも造詣があるからね。いやいや勿論、君には劣るだろうがな」

 

「ああ、知っていますよ。預言者新聞に貴方が掲載した評論を読みました。貴方が魔法薬学ではなく、錬金術を専攻にしなかった事が残念でならない」

 

「ほっほう!まったく、お世辞が上手い!シエラ・レイントンは知ってるね?あの子は私の教え子で、いつも私の意見を大事にしてくれる。その縁であの評論を掲載したんだよ。彼女は確か、君に夢中だったね」

 

「ええ、まあ。ですがその、彼女は少し苦手です」

 

「まあ確かに彼女は美しく聡明だが、多少性格に問題があるな」

 

 バーソロミューとスラグホーンは苦笑いした。

 シエラ・レイントンとはバーソロミューの追っかけ記者で、日刊預言者新聞の編集長を任されている。ついこの間のクィレル逮捕の件を書いたのも彼女だ。

 シエラは人類で唯一、バーソロミューが苦手としてる人物だ

 

「もう一人の編集長、バーナバス・カッフも私に懇意にしてくれる。この写真立てを見てくれ!」

 

 スラグホーンは弾む様に体を揺らしながら、満足げな笑みを浮かべてドレッサーの上にずらりと並んだ輝く写真立てを指差した。

 それぞれの額の中で小さな写真の主が動いている

 

「シエラとバーナバス同様、全部昔の生徒だ。サイン入り。ハニーデュークスのアンブロシウス・フルーム、誕生日に一箱よこす。それもすべて、私がシセロン・ハーキスに紹介してやったおかげで、彼が最初の仕事に就けたからだ!後ろの列ーー君は背が高いから見えるかな?ーーあれがグウェノダ・ジョーンズ。言うまでもなく女性だけのチームのホリヘッド・ハーピーズのキャプテンだ……私とハーピーズの選手達とは、姓名の名のほうで気軽に呼び合う仲だと聞くと、みんな必ず驚く。それにほしければいつでも、ただの切符が手に入る!」

 

 スラグホーンはこの話をしている間に、大いに愉快になった様子だった。

 バーソロミューはスラグホーンが紹介したほとんどの著名人達と知り合いだったし、それ以上の者達とも知り合いだったが、それを言うとスラグホーンの気を損ねるだろうと黙った。

 スラグホーンとバーソロミューの会話が一旦落ち着いたのを見ると、すかさずダフネが話しかけた

 

「お久しぶりですね、おじ様。お母様のお茶会以来でしょうか」

 

「ああ、ダフネ、相変わらずの美貌だね。マリーは元気かね?彼女のお茶会に呼ばれる事は、私の最も楽しい行事の一つだ」

 

「お母様もおじ様を招く事を毎回楽しみにしてます」

 

 ダフネは優雅に微笑んだ。

 グリーングラス家のお茶会に招かれる事はある種のステータスなのだ。そしてスラグホーンの教え子だったダフネの母親、マリー・グリーングラスはよくスラグホーンをお茶会に招いていた。

 その後少しの間ダフネとスラグホーンは思い出話に花を咲かせた。人というのは、いつだって思い出が好きだ。特にスラグホーンはそれが顕著だ。

 二人が五分ほど話すと、ダフネは思い出したかの様に言った

 

「ああ、紹介が遅れましたね。といっても、わたくしもそれほど親しい訳ではありませんが。こちら、ハリー・ポッターです」

 

 ダフネはバーソロミューが見事な初対面を飾り、ダフネが思い出話に花を咲かせる横で、ただ突っ立っていたハリーを紹介した。

 スラグホーンはハリー見ると、まるで初めて孫を目にした祖父の様な笑顔を浮かべた

 

「僕、ハリーです。ハリー・ポッター」

 

「ほっほう!これはこれは、“生き残った男の子”ーー英雄だ!魔法界で君の事を知らない者は居ないだろう」

 

 ハリーは引きつった様な変な愛想笑いを浮かべた。しかしそれでもスラグホーンには満面の笑みに映る様で、益々巨大なお腹を揺らした

 

「君は父親そっくりだ。しかし目だけが違う。目はーー」

 

「母さんそっくり?」

 

「そう、そうだ。教師として贔屓はしてはいけないが、君の母、リリーは私の一番のお気に入りの一人だった。いつも生き生きとして、それでいて思慮深かった。私はいつも彼女に私の寮に来る様に言ったが、悪戯っぽく返されるだけだった」

 

 スラグホーンは昔を思い出して、慈しんでいる様だった

 

「どの寮だったんですか?」

 

「スリザリンだ」

 

 ハリーの頭の中でマルフォイが高笑いし、スネイプが嫌味ったらしく嘲ってきた

 

「それ、それ!その事で私を責めるな!君は母親と同じ様にグリフィンドールなのだろうな。普通は家系で決まる。必ずしもそうではないが、シリウス・ブラックの名を聞いた事あるか?」

 

 ハリーは首を横に振った。シリウス・ブラックどころか、ほとんどの魔法界の人間を知らなかった

 

「代々ブラック家はスリザリンだ。弟のレギュラスもスリザリンだった。出来れば一揃い揃えたかったが、グリフィンドールにとられた。まあとにかく、シリウスはグリフィンドールだった。そして、君のお父さんの親友だった」

 

 ハリーは先程までスラグホーンとの会話を早く切り上げたい気持ちでいっぱいだったが、父親の名前を聞いて一気に気分が変わった

 

「お父さんの事を知ってるんですか?」

 

「ああ、勿論知ってるとも。大変な悪ガキだった。いつもシリウスと悪戯ばかりしていてね。リーマス・ルーピンという男がいつも止めていた。それと、あー、何だったか…そう!ピーター・ペティグリューという小さな男の子と四人で学校中を我が物顔で闊歩していたよ」

 

 父親がそんな生徒だったと知って、ハリーはショックを受けた。しかし同時に、好奇心がメキメキと湧いてきた。

 父親の親友だった彼等から話を聞きたい、そう思った

 

「それで、シリウス達は今どうしてるんですか?」

 

 スラグホーンは苦い顔をした

 

「アズカバンに送られたよ」

 

「え?」

 

「シリウスは“名前を言ってはいけない例のあの人”の僕だった……。裏切り者だ。あの時代に裏切りはさして珍しくなかったが、それでも彼の裏切りには多くの者が驚いた。彼はピーターと大量のマグルを殺した後捕まり、アズカバンに収容されたよ。リーマスは…少し特殊な事情があってね、在学中は私が薬を調合していたがその後は、しかし……」

 

 スラグホーンは口ごもった。

 父親の親友だったシリウスが裏切り、同じく親友だったピーターを殺した……

 ハリーはそれまで実感が湧かなかった闇の帝王の恐ろしさが、沸々と体の奥底から湧き上がってくるのを感じた

 

「ホラス、ハリー達との自己紹介は済んだかな?」

 

 いつの間にかダンブルドアがハリーのすぐ後ろに立っていた。それを見たスラグホーンは、少し嫌な顔をした

 

「ああ、ダンブルドア。実に有意義な時間だった」

 

「それで本題なのじゃが、ホグワーツでもう一度教鞭を振るってはくれんかの?」

 

 ダンブルドアの言葉を聞いた瞬間、スラグホーンは癇癪を起こしたかの様に騒いだ

 

「ほーら、やっぱりそれだ!何度も言ってるが、私は戻る気はない。いや戻るにしても、学校が始まってから行くなど、考えられん!」

 

「ならば仕方がない。行くとするかの」

 

「え?」

 

 ダンブルドアの拍子抜けするほどあっさりとした言葉に、スラグホーンは意表を突かれた

 

「見込みがない様じゃからの」

 

「見込みがない?」

 

「いかにも」

 

 スラグホーンは揺れている様だった。ハリーは後少し説得すればスラグホーンは首を縦にふるのでは?と思ったが、バーソロミューとダフネが躊躇せず席を立ったのでそれに習った

 

「それでは失礼します、ミスター。また何処かで会える日を楽しみにしています」

 

 バーソロミューが非常に残念そうに言った

 

「次に会うのはクリスマスでしょうか」

 

 ダフネが微笑みながらそう言った

 

「では、さらばじゃ」

 

「さようなら」

 

 四人が玄関口まで行ったときに、後ろから叫ぶ声が聞こえた

 

「わかった、わかった。引き受ける!」

 

 振り返ると、スラグホーンは居間の出口に息を切らせて立っていた

 

「引退生活から出てくるのかね?」

 

「そうだ、そうだ。バカな事に違いない。しかしそうだ」

 

 スラグホーンは咳き込んで言った。対し、ダンブルドアはニッコリ微笑んだ

 

「素晴らしい事じゃ。ではホラス、明後日から早速教壇に立ってくれるかの?」

 

「ああ、そう言う事になるな」

 

 スラグホーンが唸った。

 バーソロミューを除いた御一行ははクスクスと笑い、門を出た。そしてすっかり暗くなった空が覆う中を、元来た道を戻った

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「あー、久しぶりにお嬢様言葉を使って疲れたわ。バタービールが飲みたいわね。とっておきがあるんだけど、一緒にどう?」

 

 ホグワーツに戻り、三人で校長室を出ると、ダフネが肩を回しながら言った

 

「俺様はパスだ。今日はまだやる事がある」

 

 それは勿論、レイブンクローのお仕置きだ。バーソロミューは決して、受けた屈辱は忘れない。それが例えどんな些細な事でもだ

 

「僕もいいや、もう今日は疲れた」

 

 と、本心からハリー

 

「そうなの?つまんない。それじゃあね、二人とも」

 

 言うや否や、ダフネは去っていった

 

(バーソロミュー・フラメル、やっぱり面白いわね)

 

 狡猾な笑みを浮かべながら、彼女は闇に溶け込んでいった













目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 ハロウィン

賢者の石編書き終わりました。
これから毎日1話づつ投稿していきます。


それと、前に投稿した10話は消しました


 スラグホーン邸から帰った次の次の日、つまり明後日。早速スラグホーンの『魔法薬学』の授業があった。ちなみに、ハッフルパフ生との合同授業だ。

 ハッフルパフ生は中々成果に結びつかないものの、努力を惜しまない者が多いためバーソロミューは中々ハッフルパフ生を気に入っていた

 

 バーソロミューが地下牢に行くと、前任のスネイプの頃とは既に様子が変わっていた。

 蒸気や風変わりな臭気に満ち、スラグホーンのお気に入りだったであろう生徒達の写真が飾られていた。バーソロミューはその鋭すぎる嗅覚のせいで吐き気を催したが、予め『嗅覚弱化呪文』を掛けていたため幾らかマシだった。

 バーソロミューがいの一番に教室に入ってきた事に気がついたスラグホーンは、その大きな腹を殊更揺らしながら熱くバーソロミューを出迎えた

 

「あ、これ、ご主人様の匂いがします」

 

 一番前にあるテーブルを目指し、バーソロミュー達が歩いていると、金色の大鍋を指差しながらメアリーがそう言った

 

「『魅惑万能薬(アモルテンシア)』だな」

 

「なるほど、どおりで。ありがとうございます、勉強になりました」

 

 『魅惑万能薬(アモルテンシア)』とは世界で一番強力な愛の妙薬だ。真珠貝の様な独特な光沢を持ち、また湯気も独特の螺旋の様な湯気が立つ。更に匂いは殊更特殊で、嗅ぐ人間の惹かれるものによって違う匂いがする。

 アンとメアリーの場合はどうやら、バーソロミューの体臭と肉料理の香ばしい匂いの様だ

 

「ご主人様は何の香りに感じるんです?」

 

「俺様は場合は女物の香水の甘い匂いと、古びた羊皮紙だな。貴様は何だ、レイブンクロー」

 

『霊体である私は匂いを嗅げません!貴方、わかってて言ってるでしょう?』

 

 生前、ガーデニングを嗜んでいたレイブンクローは、この姿になってから花の匂いや感触を味わえない事を良く悔やんでいた。

 そこをバーソロミューにからかわれ、レイブンクローは地団駄を踏んで怒った

 

「しかし、『魅惑万能薬(アルモテンシア)』は知ってるんだな」

 

『ええ、その薬は私の時代からありました。尤も、名前は『天使の泉の水(エンタムアクア)』でしたが』

 

 どうやら、レイブンクローの時代と現代とで『魔法薬学』はそう変わっていないらしく、レイブンクローも幾つかの魔法薬を知っていた。しかしやはりと言うべきか、ここ最近(ここ最近と言っても百年単位だが)出来た魔法薬は知らなかった。

 そこで古代の見地から意見を貰おうと、バーソロミューが他の鍋に入っているここ最近出来た魔法薬物についてレイブンクローに解説していると、やがて全ての生徒達が集まって来ていた。

 レイブンクローは他の人間には感知できないので、バーソロミューは解説するのをやめ、スラグホーンが来るのをひたすら待つ事にした

 

「さて、さて、さーてと!みんな、秤を出して。魔法薬学キットもだよ。それに『下級魔法薬』の32Pを開いて!」

 

 やがてユラユラと揺らめく煙の向こうから、スラグホーンが巨大な腹を揺らしながら現れた。

 教科書を開いてみると、32Pには『忘れ薬』に関する記述が書かれていた

 

「さーてと!みんなに見せようと思って、いくつか魔法薬を煎じておいた。ちょっと面白いと思ったのでね。諸君がキチンと私の授業を学び、上級生になり、N.E.W.Tを終えたときには、こういうものを煎じる事が出来る様になっているはずだ。これ等は上級生で学ぶ魔法薬だが、名前ぐらいなら、魔法界に住む人は聞いた事があるかもしれないね。これが何だか、分かる者はいるかね?」

 

 スラグホーンは一見全員に質問している様で、明らかにバーソロミューに期待していた。その証拠に、目をキラキラと輝かせながらバーソロミューを凝視していた。

 期待をかけられておいてそれに応える事が出来ないのは、バーソロミューとしては不愉快な事なので、手を挙げることにした。それを見たスラグホーンは嬉々としてバーソロミューを当てた

 

「『真実薬(ペリタセラム)』。無色無臭であり、一滴でも摂取すればありとあらゆる真実を吐く」

 

「よろしい!大変よろしい!何処でこの薬の事を知ったのかな?」

 

「『上級魔法薬』の58P、それから『危険魔法薬物』の736P、『魔法省所持非認定魔法薬』の241P、『解毒薬のない魔法薬及び魔法薬草』の198P」

 

「いや、いやいやいや、驚いた!という事は、勿論他の魔法薬についても知っているね?」

 

「『ポリジュース薬』、『魅惑万能薬(アモルテンシア)』、『龍皮薬』、『脱狼薬』、『フェリックス・フェリシス』」

 

 バーソロミューは順番に鍋を指差して言った。答えがあってるかどうかは、スラグホーンの嬉しそうな顔を見れば一発だった

 

「素晴らしい!十点あげよう、一つの魔法薬につきだ!さて、最後に上がった『フェリックス・フェリシス』だが、効能を知っている者はいるかね?」

 

 今度はバーソロミューは手を挙げず、その代わりにアンとメアリーが手を挙げた。スラグホーンはどちらを当てるか暫し迷ったが、結局メアリーを当てた

 

「『フェリックス・フェリシス』幸運の液体です。飲めば全ての企みが上手くいきます。ですがそのあまりの効能に、調合法の開示が禁止されています。また中毒性も高いので、無許可に煎じる事も禁止されています。それを煎じる事が出来るなんて、スラグホーン先生は素晴らしい魔法薬学者なのですね」

 

「いやはや。嬉しいお言葉をありがとう、ミス・フラメル!しかしどうやら、今年度の一年生は大変優秀らしい。答えは勿論正解だ!レイブンクローに更にもう十点だ。さて、この『幸運の液体』を小瓶一本、今日『忘れ薬』を見事に調合出来た生徒にあげよう!」

 

 スラグホーンのその言葉に、生徒達が沸き立った。全員が見た事もないほどの速度で材料を取り出し、穴が空くほど教科書を読み込み始めた

 

(下らねえな)

 

 しかしバーソロミューはいつもと全く変わりがない様子だった。というのも、バーソロミューはこの『幸運の液体』が好きではなかった。

 バーソロミューに言わせれば幸運とは即ち積み重ねてきた努力が突如として実を結んだ瞬間であり、間違っても薬で手に入れる様なものではなかった。

 またやる気を出すために褒美を出すというのは、バーソロミューにしてみれば邪道だった。学問とは何処までも己の為であり、そこには一切の他が入らないというのがバーソロミューの考えだった。

 褒美のためにやったと思われるのも癪だが、失敗するのはもっと癪なので、結局バーソロミューは完璧な『忘れ薬』を調合した。そして当然の如く『幸運の液体』を手にしたが、適当にベットの脇に放置した

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 スラグホーンの授業から暫くたったある日、レイブンクローとバーソロミューは魔法の解釈についての話で夜遅くまで喧嘩した。

 そしてその次の朝、流石のバーソロミューと言えど疲労困憊で、朝食と昼食に遅れてしまった。そのため今はもう主菜は下げられていて、デザートしかない状態だ

 

 大広間に着くとバーソロミューは『ヘビクッキー』と『カエルチョコレート』を手に取った。二つを金の皿の上に置くと、『ヘビクッキー』が『カエルチョコレート』を丸呑みにし、『ヘビチョコクッキー』になった。

 アンとメアリーは『ミルクハエ』を『カエルチョコレート』に食べさせ『カエルミルクチョコレート』にしていた。

 結局バーソロミューは『ヘビチョコクッキー』だけしか食べなかったが、アンとメアリーは『カエルミルクチョコレート』の他に『カムカムキャディ』、『酔っ払いプリン』、『ムカムカムカデクランチ』、『ホエールケーキ』などを山ほど平らげた

 

 バーソロミューは朝食兼昼食のおやつを食べ終えると、消灯の時間まで『原初魔法(ワイルドマジック)』の練習をする事にした。予め予約しておいた教室に入り、ここ最近ずっと考えていた呪文を練習する

 

「『インセンディオ アグアメンディ 火の水よ』」

 

 バーソロミューが呪文を唱えると、杖から水蒸気が噴出した

 

「チッ!失敗か……『インセンディオ アグアメンディ 火の水よ』」

 

 やはりさっきと結果は同じで、杖から勢いよく水蒸気が噴出するだけだ。

 実を言うと、バーソロミューの『原初魔法(ワイルドマジック)』の研究は行き詰っていた。というのも、前に練習していた『武装解除』と『麻痺呪文』の複合呪文などは同系統の呪文だった故に、比較的簡単だったのだ。

 しかし今練習している『火吹呪文』と『水呼呪文』は反対呪文であり、複合させるのが非常に難しいのだ。

 レイブンクロー曰く、成功すれば『火の性質を持った水』か『水の性質を持った火』が出るらしのだが、バーソロミューの杖からは熱された水、つまり水蒸気が噴出するだけだった

 

『バーソロミュー、貴方は少し我が強すぎます。『精霊魔法』を習得するためには、もっと自然との調和を大事にしなくてはなりません』

 

 『精霊魔法』──10ある『原初魔法(ワイルドマジック)』の一つ。『精霊魔法』といっても、別に精霊の力を使う訳ではない。単に『火』や『水』や『風』といった自然界にあるものも使う呪文を指す。

 では何故『精霊魔法』というのかと言うと、レイブンクローの時代の人間達は『火』や『水』や『風』に精霊が宿っていると考えていたからだ。

 特定の石を擦り合わせると火が起きるのは火の精霊がいるから。

 川の水が絶えることなく湧き出るのは水の精霊がいるから。

 季節によって吹く風の温度が変わるのは風の精霊がいるから。

 当時の魔法使い達はそう考えていたのだという。そしてそれらの自然現象の、精霊の力を借りる呪文を『精霊魔法』と名付けた。

 『攻撃魔法』や『防御魔法』といった『原初魔法(ワイルドマジック)』が自分の(呪文)(呪文)を混ぜ合わせるのに対し、『精霊魔法』は自分(魔力)自然(精霊)を混ぜ合わせる。

 そして我が強すぎるバーソロミューは、これが苦手だった

 

『思えば、ヘルガは自然との調和が大変上手でした。他にも『心術魔法』は他のどの魔女、魔法使いよりも優れていましたね。良く人の気持ちを汲んでくれる子でしたから』

 

 魔法の練習をしていると、事あるごとに昔の話をするのがレイブンクローの癖だった

 

「『インセンディオ アグアメンディ 火の水よ』……ちったあ進んだのか、これ?」

 

『ど、どうなんでしょう?』

 

 今度はバーソロミューの杖から餡の様な、ドロドロとした水が出てきた。どうやら温度は高い様で、グツグツと煮立っている。

 バーソロミューが杖から枯れ木を作り出し、水に浸してみると少し煙が上がったが燃える様子はない

 

「少しだけ火を水にエンチャント出来たか?しかし未だ九割以上が水の性質か……。今度は『水の性質があるを持った火』を試してみるか。『アグアメンディ インセンディオ 水の火よ』」

 

 次は杖から火が枯れ木に向かって勢いよく噴出された。今度の火は重さを持っており、枯れ木に燃え広がらず下にボトボトと落ちていった

 

『火が八割、水が二割といったところでしょうか』

 

「ふむ、今度は『火の性質を持った水』を再びやってみるか。『インセンディオ アグアメンディ 火の水よ』

 

 今度はまたしても、勢いよく水蒸気が噴出された

 

「どうやら、俺様はこっちの方が得意の様だな『アグアメンディ インセンディオ 水の火よ』」

 

 火は水の様に枯れ木に染み込み、中から枯れ木を燃やしていった。どうやらバーソロミューは『火の性質を持つ水』よりも『水の性質を持つ火』の方が得意な様だ

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

「フィルチを撒いたかな」

 

 冷たい壁に寄りかかり、額に汗を拭いながらハリーは息を弾ませていた。ネビルは体を二つ折りにしながらゼイゼイ咳き込んで言った

 

 ハリーとロンはマルフォイに決闘の呼び出しをされ、真夜中にトロフィー室に向かったのだ。そして寮に入れなくなったネビルとハーマイオニーはそれに着いて行った。

 しかしトロフィー室で待ち構えていたのはマルフォイではなく、管理人のフィルチだった

 

「だから──そう──言ったじゃない」

 

 ハーマイオニーは胸を押さえて、喘ぎ喘ぎ言った

 

「グリフィンドール塔に戻らなくちゃ、出来るだけ早く」

 

 とロン。

 

「マルフォイにはめられたのよ。ハリー、あなたも分かってるんでしょう?はじめから来る気なんてなかったんだわ──マルフォイが告げ口したのよ。だからフィルチはトロフィー室に来るって知ってたんだわ」

 

 ハリーも多分そうだと思ったが、ハーマイオニーの前ではそうだと言いたくなかった

 

「行こう」

 

 一刻も早くハーマイオニーから離れてベッドに潜り込みたかった。しかし、そうは問屋がおろさなかった。ほんの十歩と進まないうちに、ドアの取っ手がガチャガチャ鳴り、教室から何かが飛び出してきた。

 ピーブズだ。彼は四人を見ると、歓声を上げだ。

 ピーブズはポルターガイストと呼ばれる幽霊の一種で、大変な悪戯好きだった。彼を制御出来るのはスリザリン寮のゴーストである血みどろ男爵だけだ

 

「真夜中にフラフラしてるのかい?一年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、捕まえるぞ」

 

 ピーブズが意地の悪い笑みを浮かべながら、人差し指を立てて口の前でふった。ハリーはそんなピープズの態度にイライラしたが、ピーブズに騒がれてはマズイので、下手に出た

 

「黙っててくれたら捕まらずに済む。お願いだ。ピーブズ」

 

 ハリーがそうお願いすると、ロンとハーマイオニーとネビルもそれに続いた。ピーブズは四人も満足そうに一瞥すると、ことさら満足そうに言った

 

「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君たちのためになることだものね」

 

 ピーブズは聖人君子のような声を出したが、目は意地悪く光っていた。それに対し、ロンの顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。

 ハリーは『マズイ!』と思ったが、遅かった

 

「どいてくれよ!」

 

 とロンが怒鳴ってピーブズを払い退けようとした──これが大間違いだった

 

「生徒がベッドから抜け出した!──『妖精の呪文』教室の廊下にいるぞ!」

 

 ピーブズは大声で叫んだ。

 ピーブズの下をすり抜け、四人は命からがら逃げ出した。廊下の突き当たりでドアにぶち当たったが──鍵が掛かっている。

 

「もうダメだ!」

 

 とロンがうめいた。みんなでドアを押したが、どうにもならない

 

「おしまいだ!一巻の終わりだ!」

 

「黙って!」

 

 ロンの情けない声に、ハーマイオニーがイライラしながら怒鳴った。そしてハリーの杖をひったくり、一か八か鍵を杖で叩こうとした瞬間──ドアが開いた。

 教師かと思い、四人がギクリとしながらドアを見ると

 

「貴様等、ドアの前で何をしているんだ?」

 

 果たして、ドアから出てきたのはバーソロミュー・フラメルだった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 バーソロミューはハリー達を部屋の中に招き入れ、再び鍵をした。その後息をひそめること十分ほど、フィルチとピーブズは何処かへ行ったようだった。

 

「それで、何をしてたんだ?」

 

 バーソロミューの問い掛けに、ハリーとロンは気まずい思いをした。

 反対にハーマイオニーは水を得た魚のように嬉々としてハリーとロンの失態と、自分とネビルがただ巻き込まれただけである事を語り出した

 

「お前は何でここにいるんだよ」

 

 ロンがむくれながら言った

 

「魔術の研究のためだ。貴様等と違い、俺様は許可を得ている」

 

 そう言いながら、バーソロミューはハリー達の後ろを指差した。

 一体いつからそこに居たのか。

 ハリー達の後ろにアンとメアリーが立っていた。メアリーは紅茶の準備をし、アンはフリットウィックが書いた『深夜外出許可証』を持っていた。それを見たロンの顔は真っ赤になった

 

「贔屓だ!」

 

「いいや、区別だ。優秀な者とそうでない者の、な」

 

 それを聞いたロンの顔は益々赤くなった。しかしバーソロミューはどこ吹く風で、メアリーが淹れた紅茶を平然と飲んでいた

 

「皆様もどうぞ」

 

 メアリーが人数分の紅茶とスコーンを出しながら、愛想良く言った。ネビルはスコーンにかぶりつき、ハーマイオニーは紅茶を一口で飲み干した

 

「この部屋に教師やフィルチは来ない。このまま朝までここに居ても良い。それか談話室に帰るのであれば、俺様が『目くらまし呪文』──姿を消す呪文を掛けてやろう」

 

「本当にありがとう、バーソロミュー。貴方が居てくれて良かったわ」

 

「良い、気にするな」

 

 ハーマイオニーは深々とお礼を言った。慌ててそれにハリーとネビルが続いた。

 ハーマイオニーは学校を退学になるのを何より恐れていた。偶然とは言え、それを助けてもらったのだ。バーソロミューに感謝するのは当然だった

 

「ね、ねえ。あれは何?」

 

 さっきからバーソロミューを恐れてか、視線を彷徨わせていたネビルが部屋の奥にあった床の仕掛け扉を指差した

 

「あれは気にするな。貴様等には関係のないものだ」

 

 バーソロミューはぴしゃりと言った。

 その言葉にびくりと体を震わすと、ネビルはスコーンを頬張る作業に戻った。

 ハリーはあの仕掛け扉の先に何があるのか、非常に気になった。しかし偶然とは言え、退学の危機を助けられたバーソロミューの言葉に反する行動をするのは躊躇われた。

 『グリンゴッツは、何かを隠すには世界で一番安全な場所だ──たぶんホグワーツ以外ではな』ハグリッドの言葉を思い出しながら、ハリーは七一三版金庫から持ってきたあの汚い小さな包みが、今どこにあるのか、分かった気がした

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

「ハリー・ポッターの噂聞いた!?一年生なのにシーカーをやるんですって!その上、使う箒はニンバス2000ってウワサだわ!」

 

 ホグワーツが始まってから約二ヶ月、ハロウィーンの日。かぼちゃ甘ったるい匂いにバーソロミューがうんざりしていると、スリザリン生であるダフネ・グリーングラスがわざわざレイブンクローの席に来て話しかけてきた。

 クィディッチの選手、殊更シーカーは女の子にとって憧れなのだ。それが“生き残った男の子”となれば尚更だろう。それに、高級な箒を持つことはマグルで言うところの高級車を持つようなもので、多くの女の子達がニンバス2000でハリーと相乗りする事を夢見ていた。

 グリーングラスもその類なのだろうとバーソロミューは思った

 

「バーソロミューくんはやらないの?クィディッチ」

 

「あんな前時代的なルールの競技、俺様がやると思うか」

 

 バーソロミューは心底つまらなさそうに言った。

 

「シーカー一人に勝敗の全てを預け、他の人間はほぼ関与しない。その上、700あるルールを選手に開示しないなど、意味がわからん」

 

「私は見てみたいけどな、バーソロミューくんが箒に乗って活躍するところ」

 

「はっ、おだてても無駄だ。それに、出場するとしたら俺様よりアンとメアリーの方が適任だろう。恐らく、箒が無くとも容易くスニッチを掴めるだろうよ」

 

 バーソロミューの視線の先をダフネが見ると、アンとメアリーが信じられない量のかぼちゃ料理を食べていた。誰も止めなければ、この大広間にある全ての、いやホグワーツにある全てのかぼちゃを食べ尽くしてしまうのでは、とダフネは思った

 

「って、そうじゃ無くて、私はバーソロミューくんが活躍するところが見たいの!」

 

『『傾国の女』の子孫と同意見なのは癪ですが、私も同じ気持ちです、バーソロミュー。人が、バーソロミューが箒を使って飛ぶところを見てみたいですね。それと、クィディッチなる競技にも興味があります』

 

 ダフネとレイブンクローが目をキラキラさせながら言った。

 クィディッチが始まったのは11世紀、レイブンクローが死んだ後の事だ。故に、レイブンクローはクィディッチを知識として知っていても見たことは無かった。それどころか、箒で飛ぶということさえ知らなかった。

 レイブンクローの時代では、着ている服や靴に『操作魔法』を掛けて飛行していたのだと言う。箒も似たような仕組みなのだが、魔法の操作と体幹を同時にやらねばならない『操作魔法』での飛行に比べ、箒での飛行は箒の操作だけすれば良いので格段に楽だった。そういう訳で、『操作魔法』による飛行は廃れていったのでは、とバーソロミューは推測する

 

「まあ、そのうちな」

 

 そうバーソロミューは言葉を濁した

 

「そろそろ行くぞ」

 

 バーソロミューが告げると、アンとメアリーはスッと席を立った。そしてダフネもまた席を立ち、バーソロミューについて行った

 

「まだ授業の二時間前なのに、バーソロミューくんって真面目なのね」

 

「俺様以外の人間がふざけてるだけだ」

 

 次の授業──『妖精の呪文学』は週に一度、レイブンクローとスリザリンの合同授業があるのだ。そしてお察しの通り、それは今日だ。

 バーソロミュー御一行が廊下を歩いていると、一つ前のコマで『妖精の呪文学』を受けていたであろうグリフィンドール生達とすれ違った。

 どうやら今日は実際に呪文を唱えてみたらしく、『少しだけ浮いた』とか『羽は無理だったけどインク壺ならいけた』とか『ちゃんと成功したグレンジャーは口だけじゃなかったんだな』とか、大半の生徒が興奮した様子で授業の感想を言い合っていた。

 そして、ことさら興奮している生徒がいた。それは、ロン・ウィーズリーだ

 

「だから、誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。まったく悪夢みたいなやつさ」

 

 廊下の人混みを押し分けながら、ロンがハリーに言った

 

「『言い方が間違ってるわ。貴方のは『ウィンガディアム レヴィオーサ』。本当はウィン・ガー・ディアム レヴィ・オー・サ。『ガー』と長くーく綺麗に言わなくちゃ』本当、嫌味な奴だよな」

 

 ロンは大袈裟にハーマイオニーのモノマネをした。

 流石に言い過ぎだとロンの発言をハリーが注意をする前に──ロンが吹き飛んで行った。

 なんてことない、バーソロミューがロンを横から殴り飛ばしたのだ。そのままバーソロミューは、吹き飛ばされて地面にへばっているロンの方へと歩いて行った。

 そしてロンの胸倉を掴み、自分の目の辺りに持ち上げだ。ロンは同世代の中ではかなり背が高い方だが、それより更に高いバーソロミューに持ち上げられて、空で足をバタツかせた

 

「か、かひゅ」

 

 どうやらロンは歯が折れているようで、何事か喋ろうとしたようだったが、口から血と息を吐き出すだけだった。ロンの血がバーソロミューの袖を汚していくが、バーソロミューはその事を気に留めず、顔を近づけた

 

「ウィーズリー、貴様が誰を嫌い、誰を好こうが知った事ではない。しかし、俺様の前で努力する奴を乏しめる事は許さん。今回は手加減してやったが、俺様の前で再び同じ事をすれば次は容赦しない。分かるな?」

 

 バーソロミューの顔は珍しく、不機嫌そうでは無かった。

 その代わり、激しい怒りを湛えていた。蠱惑的な紫色の瞳はすっかりなりを潜め、憤怒に燃える赤紫色へと変化していた

 

「貴方達、一体何をしているのですか!?」

 

 マクゴナガルが血相を変えながら、生徒を掻き分けて乱入して来た。それを見たバーソロミューはロンをマクゴナガルの方へと放った。

 マクゴナガルは魔法でロンを浮かし、ゆっくりと地面に下ろした

 

「立てますか?」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

「ポッター、ウィーズリーを保健室へ連れて行きなさい!」

 

「分かりました。みんな、道を開けてくれ!」

 

 まだ授業が始まるまで時間があるせいか、廊下にほとんど生徒は居なかった。ハリーはシェーマスと共にロンを担ぐと、出来るだけロンを揺らさない様にしながら保健室を目指した

 

「それで、フラメル。何故この様な事態が起きたのか、説明してもらえるのでしょうね!」

 

「ムカついから殴った。それだけだ」

 

 バーソロミューはあっけらかんと言った

 

「フラメル、貴方は少々傲慢なところがありましたが、無闇に暴力は振るわない生徒だと思っていました!50点の減点と、それから貴方に罰則を貸します!今は特に罰則がありませんから、良い罰則が思いつき次第、連絡します!」

 

 そのことについてハーマイオニーは抗議しようとしたが、バーソロミューが無言呪文で『沈黙呪文』を唱えて黙らせた。

 この後ハロウィンパーティーの席で、バーソロミューがロンに暴行を加え、罰則を受ける事になった事が全生徒に知れ渡った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 みぞの鏡

 クリスマスが矢の様に近づき、ハグリッドが大広間にクリスマス・ツリーを運ぶに連れ、バーソロミューは益々不機嫌になっていった。

 レイブンクローは、スラグホーンが度々開く食事会、通称『スラグ・クラブ』が、クリスマス休暇直前に開くクリスマスパーティーのせいに違いないと思った

 

 バーソロミューは一度として『スラグ・クラブ』に参加したことはなかったが、しつこくスラグホーンはバーソロミューを『スラグ・クラブ』に出る様勧誘していた。そしてそれは周知の事実だった。

 多くの女子達が『流石にクリスマスパーティーは出るだろう』と推測していた。バーソロミューがヤリドリギの下をバーソロミューが通る度、パートナーに選んでほしい大勢の女子達が集まってきて、廊下が渋滞した

 

 どうやらバーソロミューにとって、授業に行く邪魔や本を読む邪魔をされるのは思った以上にストレスになる様だった。

 バーソロミューの他にもハリーやセドリックなどが同じ様な目にあっていたが、ハリーは嬉しそうにしていたし、セドリックは手慣れていた

 

「あら、バーソロミュー。偶然ね」

 

 クリスマスパーティー当日の昼、バーソロミューが図書室で本を読んでいると、ハーマイオニーが話しかけてきた。

 バーソロミューがロンを殴って以来、二人と気まずくなったハーマイオニーは図書室にこもっているという話だった。そしてバーソロミューが図書室にいると、いつも何処からともなく現れた

 

「ところで、今夜のクリスマスパーティーの相手は決まったの?」

 

「相手も何も。そも、俺様は出席しない」

 

 バーソロミューが本を凝視しながら言った

 

「それより、貴様はどうなんだ?随分と誘われてるらしいじゃないか」

 

 バーソロミューの言葉に、ハーマイオニーは顔を赤らめた。

 ハーマイオニーはバーソロミューに前歯を治されて以来、熱い視線を向けられることが多くなっていた。またハーマイオニーはスラグホーンにクリスマスパーティーに誘われている一人なので、パートナーのお誘いをよく受けていた

 

「まだ決まってないわ」

 

「そうか」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 二人の間に沈黙が流れた。

 時々、バーソロミューが本をめくる音以外は何もしなくなった。ハーマイオニーは初めて、沈黙が耳に痛いという事を知った。やがてハーマイオニーが意を決した様に口を開いた

 

「ねえ、良かったら──」

 

「グレンジャー、俺様のパートナーになれ」

 

 ハーマイオニーが言い切る前に、バーソロミューがぴしゃりと言った

 

「今からドレスを作ってくる。後でアンとメアリーにそれを持って行かせるから、それを着てこい。分かったな?」

 

 それだけ言うと、ハーマイオニーの返事も聞かず、バーソロミューはさっさと行ってしまった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 ハーマイオニーが談話室で待っていると、どうやって入ってきたのか、アンとメアリーが淡いピンク色のドレスを持ってやって来た。

 アンとメアリーはハーマイオニーを手早く着替えさせ、髪を整え、薄くメイクを施し、最後に香水を振りかけた

 

「ご主人様は玄関ホールにてお待ちしていますので、八時までにお越し下さい」

 

 そう言うと、二人はさっさと行ってしまった。

 まだ七時だったが、なんとなしにハーマイオニーが玄関ホールに行ってみると、バーソロミューは既に待っていた。

 プラチナブロンドをオールバックにし、ワイン色のシャツと黒色のドレススーツを見事に着こなしている。

 玄関ホールの周りには、尋常ではない数の女子生徒がうろうろしていて、ハーマイオニーがバーソロミューに近づくのを恨みがましく見つめた。

 しかし着飾ったハーマイオニーは予想以上に美しく、いつしか恨みの目は嫉妬の目へと変わっていた。

 ハーマイオニーと犬猿の仲であるパンジー・パーキンソンでさえ、貶す言葉が思い浮かばない様だった

 

「なんだ、早かったな」

 

 ハーマイオニーに気づくと、バーソロミューが声をかけた

 

「それでは、行こうか」

 

「ええ」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうに言った。

 バーソロミューはハーマイオニーをエスコートし、好奇の眼差しを向けてくる一団を離れ、大理石の階段を先立って上り始めた

 

「こないだの事、嬉しかったわ。ありがとう」

 

「ああ」

 

 ハーマイオニーの言葉に、珍しくバーソロミューは困った顔をした。

 純粋な感謝の言葉に慣れていないのだろうとハーマイオニーは思った。

 そのまま二人が心地よい沈黙の中歩いていると、スラグホーンの部屋がだんだんと近づいて来た。部屋のそばまで来ると、大人数の笑い声と、少し古い趣味の音楽、賑やかな話し声が聞こえてきた

 

「『検知不可能拡大呪文』はかけているのに、『防音呪文』はかけていないのか」

 

「わあ、素敵ね!」

 

 部屋の中に入ると、ハーマイオニーが感嘆の声をあげた。

 部屋の中はスラグホーンの魔法で他の部屋の倍以上広がっていた。また、装飾も随分と豪華になされていた。

 天井からはエメラルド、紅、そして金色の垂れ幕で優美に覆われていた。またアロマキャンドルもたいている様で、甘い匂いがムンムンと香った。

 天井の中央からは凝った装飾を施した金色のランプが垂れ下がり、中に入っている本物の妖精がパタパタと飛びながら、怪しい赤色の光を放っていた

 

「これは何かしら?」

 

 ハーマイオニーは銀のおぼんを持ってウェイターをしている、醜い小人の様な生き物を指差した

 

「屋敷しもべ妖精という生き物だ。主に純血の名家に仕える、奴隷の様な妖精だ。俺様は好かんがな。スラグホーン家は『聖28一族』だから、沢山いるだろうよ」

 

 バーソロミューは説明しながら、シャンパンとムール貝の香草パン粉焼きをとってハーマイオニーに渡した。普段はあまり食べ物を食べないバーソロミューだが、一人で食べさせる訳にもいかないので一緒に食べた

 

「これはこれは、バーソロミュー!」

 

 バーソロミューとハーマイオニーが談笑していると、スラグホーンが大きいお腹と太い声を響かせながら近寄ってきた

 

「さあさあ、こっちへ来たまへ!君に会わせたい人物が大勢いる!」

 

 スラグホーンはがっちりとバーソロミューの腕を掴み、何処かへ引っ張っていこうとしたが、バーソロミューはすぐさま腕をふりほどいた

 

「すみませんが、パートナーが居ますので」

 

 スラグホーンは信じられない、という顔でバーソロミューとハーマイオニーを交互に見た。そして驚くスラグホーンを尻目に、バーソロミューはハーマイオニーの手を掴んでさっさと歩いて行った

 

「良かったの?」

 

 強引に引っ張られたせいか、ハーマイオニーが顔を赤らめながら言った

 

「構わん。俺様“が”誰かに紹介されるのではなく、誰かが俺様“に”紹介されるべきだからな。しかし、貴様はいいのか?ここには著名な文人や権力者も多いぞ」

 

 ハーマイオニーは優秀だが、マグル生まれだ。魔法界で暮らすだけならまだしも、魔法省などで働くにはコネが必要だ。そしてここはコネを作るには絶好の場所だった

 

「いいのよ、別に」

 

 しかしハーマイオニーはあっけらかんと言った

 

「ハーマイオニー、ハーマイオニー!」

 

 二人が歩いていると、背後から大きな声が聞こえてきた。振り返ってみると、ハリーがパーバティを、ロンがパドマを引き連れて立っていた。

 ロンとハリーは着飾ったハーマイオニーを見ると、驚いて目をパチクりさせた。パーバティとパドマはうっとりした表情でバーソロミューを見つめた

 

「あら、ハリー。それと、パーバティとパドマも。楽しんでる?」

 

 ハーマイオニーはロンを無視しながら、勝ち誇った様に言った

 

「僕も居るんですけどね」

 

「あら、気づかなかったわ」

 

 ロンは顔を赤くした。掴みかかろうかとも思ったが、ハーマイオニーの後ろにバーソロミューがいたので止めた

 

「行こう、ロン」

 

 これ以上二人が邪険になってはたまらないと、ハリーがロンを引っ張っていった。ハーマイオニーはこちらを睨むロンと背後に立つバーソロミューとを交互に見て、ニンマリと笑った。

 

 やがて時間が経ち、パーティーに出席している人物も随分と減ってきた。ハリーとロン、パーバティとパドマはもう帰った様子だった

 

「今日は楽しかったわ!」

 

 ハーマイオニーは笑って見せた。それを見たバーソロミューは、ほんの少しだが、微笑んだ

 

「それは、良かったな。だが楽しい時間は終わりだ。そろそろ帰るとしよう」

 

「え、ええ。そうね」

 

 ハーマイオニーは心地よい夢を見ているときに、ラッパの騒音で無理矢理起こされた様な気持ちになった。

 バーソロミューは最後までハーマイオニーをエスコートし、グリフィンドール寮の前まで送って行っいった

 

「さっきも言ったと思うけど、今日は楽しかったわ」

 

「……そうか、俺様もだ。さ、もうおやすみ」

 

 バーソロミューは寝室を促した。

 ハーマイオニーがその言葉に従い、振り向いた瞬間、バーソロミューが呼び止めた

 

「グレンジャー、勉学を怠るな」

 

 それだけ言うと、バーソロミューは行ってしまった。まるで、今生の別れの言葉の様だ、とハーマイオニーは思った

 『俺様がボーバトンを蹴り、ホグワーツに入学したのは究極の物質、『賢者の石』を追ってきたからだ』。それは裏を返せば、『賢者の石』さえ手に入ってしまえば、ホグワーツに用はないという事ではないだろうか?

 その日、ハーマイオニーは中々寝付けなかった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 クリスマスの朝、バーソロミューの機嫌は今世紀最悪だった。というのも、今まで住所不明だった為に、何故か贈られてくるシエラ・レイントン以外からはクリスマスプレゼントが届かなかったのだ。

 しかし今はホグワーツにいると多くの人間が知っているので、山ほどのクリスマスプレゼントが届いたのだ。普通の人間ならプレゼントとは貰って嬉しい物だが、バーソロミューからしてみれば施しを受けている様でどうにも気に入らないらしい

 

「『忘れ玉』か、俺様には無縁の代物だな」

 

 バーソロミューは『忘れ玉』をプレゼントの山の中に投げ入れた

 

「チッ!こんな有象無象、幾らあっても仕様がない」

 

 クリスマスプレゼントの山だけならまだしも、もう直ぐ一年が終わるというこの時期になってもまだ『賢者の石』をダンブルドアが渡していないことが、より一層彼を不機嫌にされるべきせていた

 

「これ以上時間が掛かるのであれば、もう俺様が無理矢理奪うか?」

 

 ダンブルドアは何も、意地悪でバーソロミューに『賢者の石』を渡していないのではない。

 ダンブルドアが施した最後の守りが強すぎる為、彼自身でさえ『賢者の石』を取り出せなくなってしまった、と言うのだ。そしてそれが嘘でない事を、バーソロミューは分かっていた

 

『行けませんよ、バーソロミュー。約束はキチンと守らなければなりません。校長先生は必ず渡すと約束して下さったのでしょう?』

 

「口約束だがな」

 

『約束は約束です』

 

 レイブンクローは普段バーソロミューにあまり強く出れないのだが、こと道徳に関しての事は一歩も譲らなかった。

 レイブンクローが霊体であり、何の力も持たない以上、それを無視しても良いのだが、『原初魔法(ワイルドマジック)』を教わっている負い目からかバーソロミューはそのあたりのことに関してはレイブンクローに従っていた

 

(しかし、ヘレナ・レイブンクローは何処に行ったんだ?折角、俺様自ら母親に会わせてやろうというのに)

 

 そして、極めつけはこれだ。

 入学初日からロウェナとヘレナ、二人のレイブンクローを上手い具合に接触させようと試みていたのだが、ヘレナは何処かへ行ってしまったのだ。

 元からヘレナは内気な性格で、姿を見せないことはそう珍しくないらしい。しかし流石に今年度が始まってから一度も、と言うのは今年が初だ。

 しかしたかが1ゴーストがいなくなったからと言って騒ぐ人間はホグワーツには居らず、誰も居場所を探さないので、ヘレナが何処に行ってしまったのかは分からず仕舞いだった。

 そも、バーソロミューでさえ見つけられないものを他の人間に見つけられるとは思えないが

 

「こんな事なら、やはりクリスマス休暇は何処かへ行くんだったな」

 

『そ、そんな事言わないでくださいよ!』

 

 バーソロミューは家出中のため、クリスマス休暇に家に帰る事はない。しかし、ホグワーツに留まる理由もなかった。

 事実、バーソロミューはルーマニアに行ってドラゴンの研究をしたり、マグルの大学に行って化学を学んだり、禁じられた森で菌類の研究をしたりといったクリスマス休暇を考えていた。

 しかしレイブンクローが『ホグワーツで一緒にクリスマスを過ごしましょうよ。ねえ、そうしましょうよ』としつこく言ってくるので、ホグワーツに留まることにしたのだ

 

『暇なら、ボランティア活動でもしに行きます?』

 

 無理だろうと思いつつも、レイブンクローは生前の自分のクリスマスの過ごし方を提案してみた

 

「俺様は自分のため以外には行動しない」

 

 バーソロミューはつっけんどんに返した

 

「……閲覧禁止の棚にでも行くか」

 

『またですか……』

 

 仕方がないので、バーソロミューはここ最近閲覧禁止の棚に行く事ばかりしていた

 

「俺様は出掛けてくる。二人はガラクタの山を仕分けしておいてくれ」

 

「「畏まりました」」

 

 バーソロミューはそうアンとメアリーに命令し、図書室に──閲覧禁止の棚に向かった。

 司書であるマダム・ピンズにダンブルドアが出した許可証を渡すと、慣れな手付きでバーソロミューを通した。

 そのまま閲覧禁止の棚へとづかづかと入って行き、奥の方にあった分厚い本を引っ張り出した

 

「『血と肉と魂の錬金』、中々面白そ──」

 

『めきづんすもー!しあや、ろすさこをばえなは!!!』

 

 バーソロミューが本を開けた瞬間、ページが男の醜い顔になり、訳のわからない叫び声を上げた

 

「古代蟹座言語とは、また随分と珍しい言葉で話すな。『れいぶんくろー!きさま、よくかおをだせたな』か。貴様、こいつと、いやこの本とか?兎に角、これと知り合いなのか?」

 

『ええ、少し。『にろぬのなやぬねねすなあき!わないひよらあめなすはさぬなま!!!』」

 

 レイブンクローが古代蟹座言語で『ちょっとだまっててください!わたしにもやされくなかったら!!!』と叫ぶと、本は静かになった。

 それを見届けたレイブンクローは、ゆっくりと語り出した

 

「……この本に封じ込められているのは、古い吸血鬼の王です。大戦の頃、どうしても殺しきれなかったこいつを、仕方がなくサラザールが本に封じました。長らく忘れていましたが、こんなところに居たんですね』

 

 吸血鬼──それはかつて闇を統べた一族。

 しかし、今となっては人狼共々人間の亜種の様な存在として扱われている。そして吸血鬼達もそれに甘んじていて、基本的には人間の世界に溶け込んで生きている。

 だが今でも一部の過激派が何処かの闇に潜んでいるとの噂が絶えない。尤も、本当かどうかは定かではないが。

 しかし、彼等が闇を統べた時代も確かにあったのだ。それを人間が忘れた時、吸血鬼の時代は再来するのかもしれない

 

 結局、バーソロミューは古い吸血鬼の王が封印された本を持ち帰った

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』

 

 ハリーが謎の人物から受け取ったクリスマスプレゼント──『透明マント』で姿を隠し、深夜に闊歩していると、迂曲左折あり、謎の言葉が書かれた鏡がある部屋に行き着いた。

 ハリーが不思議な魔力に引き寄せられる様に真ん中に立つと、ハリーはおもわず叫び声を上げそうになった。というのも、自身の後ろにいつの間にか一組の男女が立っていたのだ。

 しかし急いで振り返ってみると、そこには誰もいない。だが改めて鏡を見ると、やはり一組の男女が後ろに立っている。

 暫くして、二人が何もせずただ立っている事が分かると、ハリーにも幾らか余裕が出来た。そこで後ろに立つ二人を改めてよく見てみた。悪戯っぽい笑みを浮かべる男の方は、ハリーによく似ていた。そしてその隣で静かに微笑む、とても綺麗な女性は目だけがハリーそっくりだった

 

「もしかして、パパとママ?」

 

 ハリーは囁いた。

 すると二人は微笑みながら、ハリーに手を振った。ハリーは思わず二人の手を掴もうとしたが、虚しく空を切るだけだった。

 その後どの位そうしていたか分からないほど、ハリーはその鏡の前にいた

 

「また来るからね」

 

 やがて夜が明けかけ、ハリーは何度も振り返りそうになりながらベットに戻った。そして明くる日の朝、その不思議な鏡の話を親友であるロンにした

 

「僕、君のパパとママに会ってみたい」

 

 ロンは意気込んだ

 

「僕は君の家族に会いたい。ウィーズリー家の人達に会いたいよ。他のお兄さんとか、みんなに会わせてくれるよね」

 

「いつだって会えるよ。今度の夏休みにでも僕の家に来るといい」

 

 ロンはぶっきらぼうに言った

 

「もしかしたら、その鏡は死んだ人しか移さないのかもしれないな。しかし、あのフラメルの野郎ときたら──」

 

 またこれか、とハリーは思った。あの日以来、ロンは隙あらばバーソロミューの悪口を言った。そして最後には、次会ったら決闘で倒すという言葉で締めくくられるのだ。

 しかしそんなロンの絵空事を聞いても、ハリーはちっとも気分を害さなかった。何せ、両親に会えるのだ

 

 深夜、ロンと二人でマントを着てノロノロ歩きで例の部屋を目指した。

 もしかしたら鏡がなくなってしまっているのでは?という不安がハリーの胸をかすめたが、どうやらそれは杞憂だった様だ。鏡は昨日と変わらずそこにあった。

 ハリーがマントをかなぐり捨て、鏡の目の前へと走って行った。そして昨日の様に鏡のど真ん中に立つと、やはり両親がハリーに微笑みかけた

 

「見て、ロン!」

 

「何も見えないよ」

 

「ほら!ちゃんと見て!」

 

「僕、君しか見えないよ」

 

「ちゃんと見てごらんよ。さぁ、僕のところに立ってみて」

 

 ハリーが脇へどいて、ロンが鏡の目の前へと立った。ハリーには家族が見えなくなって、代わりにペーズリー模様のパジャマを着たロンが映った。

 今度はロンの方が、鏡に映った自分の姿に夢中になった

 

「よし、そこだ、やれ!」

 

 ロンはガッツポーズした

 

「僕がフラメルの奴を倒した!あいつをコテンパンにやっつけて、それであいつが大事にしてる“石”を目の前で砕いてやった!あいつ、僕に泣きながら謝ってる!」

 

 興奮しているロンは、今度はほっぺたの辺りを触り、顔を赤くした

 

「凄いや……あの二人、フラメルじゃなくて僕に夢中になったみたいだ。僕の腕に絡みついて、ほっぺたにキスしてくれた。それに、ハーマイオニーも……」

 

 あの二人と言うと、アンとメアリーの事だろうか、とハリーは思った

 

「ロン、“石”って何?」

 

「見えないのか?!あいつが大事に抱えてた“石”さ!よく分からないけど、あいつにとって大事なものだったらしい。もう僕が砕いてやったけどね」

 

 ハリーの問いかけで、ロンはやっと惚れぼれする様な自分の姿から目を離した。そしてその興奮が冷めぬまま、ハリーを見た

 

「この鏡は未来を見せてくれるのかなあ?」

 

「そんなはずないよ。僕の家族はみんな死んじゃったんだよ……もう一度僕に見せて……」

 

「君は昨日独り占めで見たじゃないか。もう少し僕に見せてよ」

 

「君はフラメルをやっつけてる姿が映るだけじゃないか。そんなに見たいなら、今から行ってぶっ飛ばしてくれば良い。僕は両親を見たいんだ」

 

「押すなよ」

 

「押してないよ!ロンこそ、そこを退けよ!」

 

「そこまでえええええ!」

 

 ロンとハリーがいよいよ摑み合いになろうとしたところで、背後から声が聞こてきた。ロンとハリーがびくり体を震わせ、恐る恐る背後を見ると、ダンブルドアが静かに佇んでいた

 

「『みぞの鏡』は、時に固く結ばれたはずの友情を容易く解く。落胆する事はない。君たちよりずっと大人で、ずっと賢い魔法使い達も過去、何百人とそうなった」

 

 ダンブルドアは柔らかく言った。

 その様子を見て、どうやら退学させられるような事はなさそうだ、とハリーとロンは安堵した

 

「『みぞの鏡』、この鏡はそういう名前なんですか?」

 

「左様。この鏡が何をしてくれるのかは、もう気がついたじゃろう」

 

「鏡は……僕の家族を見せてくれました……」

 

「僕は…その……フラメルに勝つ姿を見せてくれました……」

 

 ロンはしどろもどろしながら言った

 

「それで、この『みぞの鏡』はわし達に何を見せてくれると思うかね?」

 

 ハリーは首を横に振った。横ではロンがハリー以上に首を振っていた

 

「じゃあヒントをあげよう。この世で一番幸せな人には、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまその姿が映るんじゃ。これで何かわかったかね」

 

 ロンがちんぷんかんぷんという顔をする横で、ハリーはゆっくり考えた。そしてとうとう、納得できる答えを見つけ出した

 

「何か欲しいものを見せてくれる……なんでも自分の欲しいものを……」

 

「当たりでもあるし、はずれでもある」

 

 ダンブルドアは静かに言った

 

「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。君はバーソロミュー・フラメルに劣等感を抱えているから、彼を下した自分の姿を見る。しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。鏡が写すものが現実のものか、果たして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でへとへとになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり、発狂したりしたんじゃよ」

 

 そう言うと、ダンブルドアは何処か遠くを見た。ハリーにはダンブルドアの瞳がいつも以上にキラキラと輝いているような気がした。まるで、瞳に涙を浮かべているような、物悲しい輝きを湛えていた

 

「先生はどうしてここにいるんですか?」

 

 ハリーはたまらず、ダンブルドアに尋ねた。ダンブルドアもまた、この鏡に魅入られてここに来たのかと思ったからだ。

 しかし、返ってきた答えは全くハリーが予期していないものだった

 

「バーソロミュー・フラメルと約束があっての。それはこの鏡でしか叶えられぬ事なんじゃが……わしの賢さ故に、難航しておるのじゃ」

 

 ダンブルドアの答えは訳が分からなかった

 

「フラメルだって!?何を約束したんですか?」

 

 ロンは飛び上がって聞いた。ハリーも気になったが、しかしダンブルドアは首を横に振るだけで、答えてはくれなかった

 

「あの、先生はこの鏡で何が見えるんですか?」

 

「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」

 

 ハリーとロンは朝顔を見合わせ、目をパチクりさせた

 

「靴下はいくつあってもいいものじゃ。なのに今年のクリスマスは、シエラ・レイントンが指まですっぽりはまるマグル界の素晴らしい靴下を贈ってくれた以外は、一足も靴下が届かなんだ。わしにプレゼントしてくれる人は本ばかり贈りたがるんじゃ」

 

 ダンブルドアはしみじみと言った。ハリーがふと足元を見ると、ダンブルドアはショッキングピンク色の靴下を履いていた。

 あの靴下が贈られた靴下だろうか?

 

「さて、この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。たとえ再びこの鏡に出会う事があっても、もう大丈夫じゃろう。夢に耽ったり、生きる事を忘れてしまうのは良くない。それを良く覚えておきなさい。さぁて、その素晴らしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな?」

 

「待ってください!」

 

 ロンが叫んだ

 

「フラメルが大事にしていた、あの“石”は何なんですか?」

 

 この夜で初めて、ダンブルドアは険しい顔つきをした。しかしロンも負けじと、鋭い目つきを返した。やがてダンブルドアがやれやれとかぶりを振った

 

「どうせ分かってしまうじゃろうから明かしてしまうが、あれは“賢者の石”じゃ。さあ、もうおやすみ」

 

 ロンは“賢者の石”がどんなものか更に聞こうとしたが、流石にそれは出来ないとハリーはロンを引っ張ってベッドまで連れて行った

 

 『みぞの鏡』を二度と探さない様にとダンブルドアに説得され、それからクリスマス休暇が終わるまで、透明マントはハリーのトランクの底に仕舞い込まれたままだった。ハリーは鏡の前で見たのものを忘れたいと思ったが、そう簡単にはいかなかった

 

「寝ていると、僕の頭を誰かが撫でる様な感触がするんだ。それでいつも飛び起きる。けど、寝起きは不思議といいんだ。冴えてるっていうか」

 

 とロンが言った。

 どうやらロンもハリーと同じくいつも魘されていた様だった。真夜中、時折ベッドを激しく揺らす音をハリーは聞いていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 母と娘

「もう我慢出来ん。俺様は十分待った。少なくとも、ダンブルドアへの義理立ては済んだはずだ。もう文句はないだろう」

 

 テストを間近に控えたある日、バーソロミューがもう我慢出来ないという様子で言った。

 流石にダンブルドアも待たせ過ぎだと思ったので、レイブンクローも特に反対はしなかった。なんせ、テストが終われば後は一週間ほどで学校は終わってしまうのだ。いかにお人好しのレイブンクローと言えど、ダンブルドアは約束を守る気がないのではないだろうかと思い始めていた。

 今日はダンブルドアがクィレルの裁判で学校に居ないので、バーソロミューはこれから『賢者の石』を取りに行く事にした

 

「アン、メアリー。誰もここを通すな。ただし、殺しは無しだ」

 

「「畏まりました」」

 

 バーソロミューはアンとメアリーに仕掛け扉を守らせた。その後、ホグワーツで唯一『姿あらわし』が出来るダンブルドア用に『転移不可呪文』をかけた

 

「『ルーモス 光よ』。ふむ、『悪魔の罠』か」

 

 光で下を照らしてみると、巨大なツタ植物がびっしりと生えていた。どうやら、フラッフィー以外の守りは今も健在の様だった。

 このツタ植物は『悪魔の罠』と呼ばれる闇の植物で、不用意に近づけばあっという間に絡め取られてしまう。

 その根源は植物というより、むしろ闇の生き物に近い。なので暗黒と湿気を好み、光と火を嫌う

 

「『ルーモス・インセンディオ エイビス エンゴージオ 雄大な光火鳥(こうえんちょう)よ』」

 

 バーソロミューは、まだ不完全の代物だが、『原初魔法(ワイルドマジック)』を使い『悪魔の罠』を照らし、燃やした

 

「メアリー、トランクをよこせ」

 

 バーソロミューが命じると、メアリーは恭しく古い大きな木製のトランクを手渡した。バーソロミューはそれを担ぐと、躊躇うことなく仕掛け扉の中へと飛び込んだ

「『アレスト・モメンタム 動きよ止まれ』」

 

 下の部屋は何キロも下にあったが、バーソロミューは動きを止める呪文を使い無事に着地した。目の前には奥へと続く石の一本道。

 周りはジトジト湿っていたが、バーソロミューは濡れるのもお構いなしにずんずんと進んでいった。やがて通路を出ると、そこには眩く輝く部屋が広がっていた。

 高いアーチ型の天井には『鍵虫鳥』と呼ばれる、鍵の形をした鳥がキラキラと無数に羽ばたいていた。

 部屋の最奥には分厚い木の扉があり、どうやらこの扉に合うたった一羽の『鍵虫鳥』を見つけるのがこの部屋の試練の様だ

 

「鍵か、ならば『アロホモーラ 開け』」

 

 一応試してみたが、やはり鍵は開かない

 

「……よし、レイブンクロー。扉の中に入って鍵の穴の形を見て来い」

 

『分かりました』

 

 バーソロミューの意図を理解したレイブンクローは扉の中に頭を突っ込んだ。そして十秒ほど鍵穴の内部構造を見ると、頭を引き抜いた。その後バーソロミューがレイブンクローのコメカミに杖を当て、白いモヤの様なものを取り出した。

 バーソロミューはその白いモヤの様なものを頭の中に入れると、物凄い勢いで羊皮紙に何か書き出した。そして書き上げた羊皮紙の上に、トランクから出した銀の塊を置いた。

 バーソロミューが指を鳴らすと羊皮紙は光り、次の瞬間には鍵になっていた。その鍵を鍵穴に入れて回すと、ガチャリという音と共に扉が開いた。

 先ほどの白いモヤの様なものは、レイブンクローの記憶だ。バーソロミューは彼女が鍵を見ていた部分の記憶を抜き出し、自分の中に入れた。そしてその記憶をたよりに、新たな鍵を作成したのだ

 

「一応、持っていくか」

 

 バーソロミューは銀の鍵をポケットに入れ、次の部屋へと進んだ。何の魔力も篭っていない代物だが、万が一にもこの鍵から自分がここに侵入したことが発覚するかもしれないからだ。

 次の部屋の試練はチェスだった。大きなチェス盤と、それにふさわしい大きな駒が並べられており、バーソロミューは黒い駒の側に立っていた

 

「魔法使いのチェスか。クソほど簡単だな」

 

 絶対の記憶を持つバーソロミューにとって、決められた通りしかないチェスは、丸ばつゲームと大差なかった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 バーソロミューとレイブンクローが『賢者の石』を求めて最深部へと歩みを進めている一方、地上ではちょっとした騒ぎが起きていた。

 クィレルを連行しに来たディメンターの影響で、禁じられた森の生物が暴れ出してしまったのだ。特にケンタウロスやアクロマンチュラ(アラゴグの家族)といった賢い魔法生物はそれが顕著だった。また賢い魔法生物というのは基本的に強い力を持っている傾向にあるため、早急に鎮圧する必要があった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、罰則を受ける予定のバーソロミュー・フラメルだった。バーソロミューを好いているハグリッドの強い要請もあって(ハグリッドは危険な魔法生物に会わせる事を微塵も危険だと思っていない。それどころか、フラッフィーに興味を示していた事もあってか、最高の罰則だと思っている)彼の罰則が禁じられた森の調査に決まった。

 しかし、いざ罰則を受けさせようという時になって、肝心のバーソロミューがどこにも居なかったのだ。

 そして今現在、現場を目撃した教師であるマクゴナガルと、担任であるフリットウィック、それからフィルチがバーソロミューを手分けして探していた

 

「先生、お話があるんです」

 

 マクゴナガルがもぬけの殻だったレイブンクロー寮を出ると、ロン・ウィーズリーが息を切らせながら駆け寄ってきた

 

「なんです?」

 

 マクゴナガルは冷たく言った

 

「重要な事なんです。バーソロミュー・フラメルの事です!」

 

 ロンがそう言うと、マクゴナガルは急に話に真剣になった様だった

 

「あいつの狙いは『賢者の石』です。校長先生が居ない今、それを取りに行っています」

 

 マクゴナガルは目に見えて激しく動揺した。

 詳しくは知らなかったが、ダンブルドアが『賢者の石』とバーソロミューに関連しての事でここ数ヶ月悩んでいるのを知っていたのだ。

 それに加え、この間の暴行事件。ちょうどバーソロミューの人格を疑っていたところだ。

 その上、バーソロミューは人間性に多少の難があるが、魔法使いとしてはこれ以上ないほど優秀だ。自分達が仕掛けた罠を突破していても不思議ではない。それに、もう『賢者の石』を狙う者は居ないと思い、ここ最近は罠の手入れもしていなかった。

 ロン・ウィーズリーの言葉を無下にするには、心当たりが多すぎた。しかし、しかしだ

 

「貴方がどこでそれを聞いたのかは分かりませんが、『賢者の石』は彼の祖父の物です。確かに今はダンブルドア先生の元にありますが、それを奪う様な真似はしないでしょう」

 

 そう、『賢者の石』は彼の祖父であるニコラス・フラメルの物だ。しかし、ロンはその反論を予想していた

 

「あいつは家を追い出されてます!」

 

 ロンの言葉に、今度こそマクゴナガルは反論の言葉がなくなった様だった。それどころか、『賢者の石』を狙っていたクィレル逮捕に協力してのは同業者を排除する為だったのか、とさえ思った。

 そして一度疑ってしまえば、疑惑が確信に変わるのはすぐだった

 

「貴方は何処でアレの存在を知ったのですか?」

 

「ハリーと一緒に校長先生から聞きました」

 

「なるほど」

 

 ダンブルドアはハリーを特別に気にかけている節があった。あの少年になら、『賢者の石』の事を話していても不思議ではなかった。

 そしてハリー・ポッターとロン・ウィーズリーは親友だ。仮にハリーだけに話したとしても、すぐにロンに話してしまう事は容易に想像がついた。

 きっとダンブルドアも自分と同じ結論に至り、二人に話したのだろうと思った

 

「では、ポッターはどうしたのです?」

 

「ハリーはクィディッチの練習をしてます。レイブンクローに負けたら、優勝を取り逃がしますから」

 

 マクゴナガルはそれを聞いてすぐに黙った。後少しのところで、悲願の優勝を成し遂げる事が出来るのだ。ハリーがロンと別れて行動していたとしても、何も不思議ではなかった。

 全ての疑問が消えたマクゴナガルは、バーソロミューを捕らえる為『賢者の石』がある部屋に向かった

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

 マクゴナガルがロンに説得されていたのと全く同じ頃、フリットウィックとハーマイオニーも全く同じ状況にあった。

 ハーマイオニーはダンブルドアが居ない今日、遂にバーソロミューが『賢者の石』を取りに行ってしまうのだろうと思った。そして『賢者の石』を取ってしまったら、彼は学校を去ってしまうと予感していた。

 ハーマイオニーは図書室で本を読むバーソロミューを観察していたが、ここ最近はとうとう読む本がなくなってしまっている様子だった。常に“未知”を追い求める彼の事、“未知”がホグワーツから無くなればここを去ってしまうとハーマイオニーは思ったのだ

 

「分かりました。それでは、確認してきましょう」

 

 フリットウィックがキーキー声で言った。彼もマクゴナガルがロンに説得されたのと同じ様に、ハーマイオニーに説得されたのだ。

 フリットウィックがハーマイオニーと共に『賢者の石』が置かれている部屋を目指していると、ドアの前でマクゴナガルとロンに出会った

 

「あら、フリットウィック先生」

 

「ああマクゴナガル先生、やはりそうなんですか?」

 

「どうやら、その様です」

 

 フリットウィックは聡明なマクゴナガルが、バーソロミューが『賢者の石』を奪うのを阻止しに来たと聞いて、ハーマイオニーの話を益々信じた。

 そしてマクゴナガルもまた、有能なフリットウィックがバーソロミューを止めに来たと聞いて、益々ロンの話を信じた。

 

「ハーマイオニー、君もあいつの邪魔をしに来たのかい?」

 

 ロンが囁いた

 

「放っておいて」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

 ロンは一瞬怒り出しそうになったが、自分の使命を思い出しとどまった。

 四人が部屋に入ると、中にはアンとメアリーが控えていた。フリットウィックやマクゴナガルを見ると、いつもにこやかに話しかけて来る二人だが、今日は何やら様子が違った

 

「どうしてお二人はここに?」

 

「お答え出来ません」

 

「あなた方がいるという事は、やはりフラメルは奥へ行ったのですか?」

 

「お答え出来ません」

 

 二人の態度に、マクゴナガルが業を煮やし部屋に踏み込もうとした。しかしマクゴナガルが第一歩を踏み出すより早く、メアリーがナイフをマクゴナガルの足元に投げた

 

「そこより一歩でもこちらに来れば、敵対行動とみなします」

 

 メアリーがナイフを指差しながら言った。いつ取り出しのか、もう片方の腕にはカットラスが握られている

 

「我々は殺しは許可されていないが、それ以外は許可されている。敵対するのであれば、痛い目にあってもらうゾ」

 

 アンが口を三日月にしながら言った。彼女の両腕には1メートルほどあるマスケット銃が握られている。バーソロミューが居ないからか、口調がいつもよりも大分砕けたものになっている

 

「我々教師を脅すのですか?」

 

 マクゴナガルの言葉に、アンとメアリーは困った様に顔を見合わせた

 

「これは困りましたね。脅しではなく、忠告の意味で申し上げたのですが……」

 

「クヒヒ!ハッキリ言っておくが、戦えば我々が勝つ。そう落胆するな。お前達が弱いのではなく、我々が強すぎるだけだ」

 

「私達はご主人様によって作られた、地球上で最も強い生物です。ご主人様が自ら設計された運動力学上最高効率の骨格に、アダマンタイトとヒヒイロカネで作られた骨。筋肉には狼人間になった吸血鬼の物を、血液には不死鳥の涙とドラゴンの血液を使用しております」

 

 メアリーが腕を思いっきりカットラスで斬りつけた。しかし皮膚と筋肉は切断されたものの、骨には傷一つ付いていなかった。また斬りつけられた部分も、ものの数秒で完治した

 

「まあそういうことだ。これは脅しではなく、忠告だ。例えドラゴンを1ダース連れてきても、我々を突破する事は不可能だ」

 

「……なるほど、よく分かりました」

 

 直感でだが、マクゴナガルはこの二人の言葉が嘘はないのだろうと思った。バーソロミューの祖父であるニコラスが『賢者の石』という最高傑作を作った様に、バーソロミューもまた『アンとメアリー』という最高傑作を作ったのだと、そう理解した

 

 そう理解した上で、マクゴナガルは一歩を踏み出した

 

 彼女は教師なのだ。相手がどれ程強くあろうと、生徒である以上、自分が間違っていると思ったのなら、正さなくてはならない。

 マクゴナガルの信念に同調する様にフリットウィックが続いた。

 フリットウィックが杖を振るうと、部屋にあった壁や床が宙に浮き、板や釘に細かく分解された。そしてマクゴナガルが杖を振るうと板は大盾に、釘は大剣へと変わった。

 続いてマクゴナガルが杖を踊らせると大楯と大剣から羽が生え、自由に飛び始めた。更にフリットウィックが杖をクルリと回すと、何処からともなく銀の兵が出現し、大楯と大剣を手に構えた

 

「凄い……」

 

 ハーマイオニーが感嘆の声を上げた。

 それもそのはず。今マクゴナガルが使った、質量保存の法則を捻じ曲げる『巨大化の術』や、フリットウィックが使った無機物に生を与える『創生の術』は、『変身術』や『呪文術』の頂点と言っても良い技なのだ。

 しかしアンとメアリーはそんな大魔法を目の前にしながら、それでも尚駄々をこねる子供を見る様な顔をした

 

「はあ、仕方がありませんね。分かっていただけないのであれば、実力行使のほかありません」

 

「手早く済ませて、ご主人様がお戻りになる前に壊れた床と壁を直さなきゃな」

 

 アンとメアリーは銀の兵達へと駆け出した

 

 

   ✳︎     ✳︎     ✳︎

 

 

「アンとメアリーが教師達と戦闘になった様だ」

 

 アンとメアリーから送られてきた音声を聞きながら、バーソロミューは言った

 

『では早く『賢者の石』を手に入れて援護に行きましょう』

 

「言っておくが、あの二人は俺様より強いぞ」

 

 アンとメアリーという切り札が使えなくなったことにほんの少しの不安を覚えながら最後の部屋に入ると、拍子抜けした事に、ただそこにポツンと鏡があるだけだった。

 バーソロミューはすぐにそれが『みぞの鏡』である事を察した。またどの様に『賢者の石』が隠されているのかも理解した

 

『この鏡、何処かで見た様な……』

 

 レイブンクローが何かぶつぶつと呟いたが、バーソロミューは焦った様に無視して、急いで鏡の前に立った。

 鏡にはレイブンクローは映っておらず、バーソロミューがただ一人で立っていた。やがて鏡の中のバーソロミューは不機嫌そうな顔を引っ込め、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 鏡の中のバーソロミューは右手をポケットの中に突っ込んだ。そして、中から血の様に赤い石──『賢者の石』を取り出し、再びポケットの中に入れた。

 すると、途端にバーソロミューのポケットの中に重みが出来た。鏡の外のバーソロミューがポケットに手を入れると、そこにはしっかりと『賢者の石』が握られていた

 

「ようやく、ようやく手に入れた」

 

 バーソロミューは初めて安堵した顔を見せた。そして急いで地上に戻ろうと踵を返した瞬間、何かが横切った

 

『そんな!』

 

 レイブンクローが鋭く叫んだ。

 バーソロミューがレイブンクローが見ている方を見ると、レイブンクローの娘であるヘレナ・レイブンクローが『賢者の石』を握りしめていた。

 本来なら石を奪われる様なミスはしないが、“不運”にもバーソロミューは石を手に入れた達成感から油断してしまっていた

 

『お久しぶりですね、お母様』

 

『へ、ヘレナ?!ほ、本当にヘレナなのですか?何のつもりでこんな……それに、どうしてここに居るのですか!?』

 

 訳が分からないと叫ぶレイブンクローに、娘のヘレナは怒りの表情を見せた

 

『とぼけてないで!またそうやって私が何も知らないと思って……私、知ってるのよ!お母様が私に復讐するために来てることを!“あの人”から全部聞いたの!』

 

 レイブンクローはヘレナの言葉に大きな衝撃を受けた様だった。自分の元を離れた娘だが、心の何処かで信じていた部分があったのだろう。

 しかし今、きっぱりと拒絶されたのだ

 

『私がこれ(・・)を見つけたのは“幸運”でした』

 

 ヘレナは見せつける様にそれ(・・)を──『火消しライター』見せた

 

『声が聞こえたの。呼んでいたのです、私の名前を『ヘレナ、ヘレナ』と。暖かな声でした。最初は何処から聞こえたのか分からなかった。けれど導かれる様に校長室に行くと、そこにはこれが、“あの人”がいた。そして昔に私を裏切った事には意味があったことや、お母様の事や、バーソロミュー・フラメルの事を教えてくれたのです』

 

 ヘレナはうっとりした顔を浮かべながら言った。そして次の瞬間には、鬼の様な形相になりバーソロミューを睨みつけた

 

『バーソロミュー・フラメル、貴方の目的は分かってる!お前に“あの人”は殺させない!』

 

 そう言うや否や、ヘレナは『賢者の石』を『火消しライター』のくぼみにはめ込んだ。それがどういう意味なのか察したバーソロミューは、怒りに震えながら叫んだ

 

「貴様ァ!それ以上は許さんぞ!」

 

『ふふっ、いい気味ね』

 

 それを見たヘレナは愉悦の笑みを浮かべた

 

『これも全て、貴方が捨てた“幸運”のおかげよ』

 

 ヘレナが取り出したのは空ビンだった。

 絶対の記憶を持つバーソロミューは、それが自分が適当に置き去りにした、全ての企みが上手くいく薬、『フェリックス・フェリシス』のビンだと気付いた

 

『これとお母様の髪飾りのお陰で、私と“あの人”の企みは全て上手くいったわ』

 

『ああ、どうして…ヘレナ……』

 

 次にヘレナが取り出したのは、レイブンクローの失われた髪飾りだった。それを見たレイブンクローは、呆然とした顔で涙を流した。

 レイブンクローは生前、ヘレナの裏切りをホグワーツの他の創始者達にさえ秘密にした。ヘレナが帰ってきたとき、また居場所がある様に、と。

 そして病に伏せる中、娘にもう一度だけでも会いたいと願いながら、娘も同じ気持ちだろうと信じながら、ゆっくりと息絶えて行った

 

『お母様の髪飾りは私に素晴らしい知恵を授けてくれました。告白しましょう、私は愉悦に浸りました。偉大はお母様を出し抜き、髪飾りを手した事に。賢いお母様に近づいた事に、深い愉悦を覚えたのです』

 

 レイブンクローは絶望に打ちひしがれ、とうとう立てなくなってしまった

 

『そしてそれだけでなく、髪飾りを寝ているウィーズリーの子孫に着けさせ、頭脳を冴え渡らせることで貴方たちの足を引っ張る様仕向けられました』

 

 ヘレナは心底楽しそうに言った

 

『そして最後に、『フェリックス・フェリシス』のお陰で私と“あの人”の『賢者の石』を手に入れる事が出来ました』

 

 うっとりした表情で『賢者の石』と『火消しライター』を見つめた。やがて、『賢者の石』が埋め込まれた『火消しライター』を使おうと、ゆっくり指を動かした

 

「それは貴様と“ヤツ”のモノではない、俺様の物だ!さあ、返して貰おうか!」

 

 バーソロミューが目に止まらぬ動きで杖を抜き取り、ヘレナを成仏させようと魔力を“神聖属性”のモノへと変えた。

 しかし──

 

『ま、待ってください!』

 

「レイブンクロー!貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!今止められなかったらマズイことなるぞ!」

 

 しかしそれより早く、とっさにレイブンクローがバーソロミューの魔力を、今まで散々自分が受けてきた“吸魂鬼”のモノへと変えてしまった

 

 

 

 カチリ

 

 

 『火消しライター』が静かに鳴り、青白い光が飛び出した。

 光はふわふわと浮遊すると、やがて人の形となった

 

『おかえりなさい、トム!』

 

 ヘレナは満面の笑みで“あの人”──『闇の帝王』トム・リドルに抱きついた

 

『えっ?』

 

 トム・リドルはニッコリとヘレナに微笑みかけると──ヘレナの胸に手を突っ込んだ

 

『と、トム?どうして……?』

 

「君の協力には感謝してるよ、とてもね。究極の物質『賢者の石』で作られた肉体。今世紀最高の魔法使いお手製の『火消しライター』で蘇らせた精神、最高だよ。でも、僕が完全に復活するにはもう一つの要素、魂が足らないんだ。そこで、ホグワーツ創始者の子孫である君の強力な魂を貰おうと思ってね」

 

『そ、そんな。私は貴方をあ、愛してたのに──』

 

 トム・リドルが腕に力を込めると、ヘレナは光の粒子となって消えた。トム・リドルの手には光る白い玉の様なものが握られていた。

 それを自身の中に入れると、それまでゴーストの様に薄かった彼の体が人間の様に濃くなった

 

「よし、これで『闇の帝王』の完全復活だ」

 

 トム・リドルは爽やかに言った

 

『お前ええええぇぇぇええ!!!』

 

 それを見たレイブンクローは激昂した。目からは涙が止めどなく流れ、美しい黒髪は逆立っていた。いつもの温和で美しいレイブンクローは見る影もなかった。

 しかしそれに対し、バーソロミューは落ち着き払っていた

 

「落ち着け、レイブンクロー」

 

『落ち着け?何を言って──ですが、ですがバーソロミュー!あいつは、あいつは私の娘を!ヘレナを!!』

 

「落ち着け!レイブンクロー!!貴様が一人で行っても、娘の様に吸収されのがオチだ」

 

『ですが、あいつは──』

 

「わかってるから、落ち着け」

 

 激しく取り乱すレイブンクローに、バーソロミューは優しく語りかけた。すると自分でも驚くほど、レイブンクローは安堵した

 

「貴様の怒りはよくわかる。しかし、霊体である今の貴様では勝てない。分かるな?」

 

 レイブンクローは涙でくしゃくしゃになった顔でうなづいた

 

「故に、代わりに俺様がケリをつけてやろう。安心して俺様に任せておけ」

 

 『俺様は自分のため以外には行動しない』。いつ聞いた言葉だったか、レイブンクローはその言葉を思い出した。そして、自分が考えてよりもずっと、バーソロミューは自分を大切にしてくれていたのだと理解した。

 バーソロミューはレイブンクローに見せた優しげな表情を消し、トム・リドルの方へと向いた

 

「俺様はバーソロミュー・フラメル!最高の錬金術師にして、この世のありとあらゆる“未知”を解き明かす者!!!ヴォルデモート、貴様に“死”という“未知”を錬金してやろう」

 

「『死の飛翔』、ヴォルデモート。その名前は使って欲しくないな。あれは若気のいたりってやつなんだ。まったく、恥ずかしいことにね」

 

 バーソロミューの言葉に対し、トム・リドルは柔かく返した

 

「僕はトム・マールヴォロ・リドル。最強の魔法使いにして、この世のありとあらゆる“魔”の頂点に立つ者。バーソロミュー・フラメル、君に“死”という“魔法”を送ってあげよう」








【オリジナル呪文解説】
・『巨大化の術』──一見すると『肥大化の術』と変わらないが『肥大化の術』が面積だけを変えるのに対し、『巨大化の術』は密度も巨大化させる事が出来る


・『創生の術』──名前の通り生き物を作れる。魔力を込める量によって寿命や大きさ、賢さが変わる。しかし生命を冒涜しているとの声が大きく、アメリカなどでは禁止させている

 ここからは余談になります。

 この話を書くためにハリー・ポッターシリーズを読み返しました。その時に『ハリー・ポッターと死の秘宝(下)』p344に書かれている
「ヴォルデモートが就職を頼みに来た夜だ!」というハリーの言葉がすごくツボに入りました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 錬金術士と魔法使い

良いサブタイトルが思いつかない。






 天才錬金術士バーソロミュー・フラメル。彼の錬金術士としての技量は疑いようがない。

 また若干十一歳という若さでありながら、あらゆる学問を満遍なく、深く納めている。

 間違い無く、ホグワーツで最も優秀な学生だろう。

 ではそんな彼の魔法使いとしての技量はいかほどか?

 ダンブルドアやヴォルデモートと同等?

 

 ──答えは否。

 

 マクゴナガルやフリットウィックはおろか、並の闇祓いの域にさえ達していない、というのが現状である。

 その理由は彼の年齢にある。

 彼の大人びた容姿と言動に忘れがちになるが、彼は未だ十一。肉体にメスを入れているため筋力や体力などは問題ないが、肝心の魔力総量は同世代の子供より少し多い程度である。

 またレイブンクローの実体化のために、普段から魔力を消費している。

 よって、彼の魔法使いとしての技量は──

 

 

   ❇︎     ❇︎     ❇︎

 

 

「ちっ!」

 

 舌打ちをしながら、大きくバックステップする。人智を超えた彼の脚力は、バーソロミューの体を容易く5メートル以上運ぶ。

 次の瞬間、先程までバーソロミューがいた所に巨大な尻尾が振り下ろされた。轟音と共に、大理石の床が発泡スチロールの様にあっさりと砕ける。

 

「『エクスペリアームス 武器よ去れ』」

 

 バーソロミューの杖から巨大な閃光が放たれ、にこやかに笑うトム・リドルの方へと向かう。

 しかし目の前に巨大な壁が現れ、閃光を弾く。

 いや、壁ではない。

 ──蛇だ。

 巨大な蛇の胴体が横たわっていた。びっしりと生えた鱗が容易くバーソロミューの呪文を弾く。

 続けざまに二、三と閃光を放つが、その全てがやはり弾かれる。強靭な鱗には焦げ目一つついていない。

 

 

 巨大な蛇の正体は蛇の王バジリスクである。

 その鱗はあらゆる呪文を弾き、ズラリと並ぶ牙にはほんの少し触れただけで死ぬ致死性の毒が滴っている。その上10メートルを超える巨大は、それだけで武器だ。

 これだけでも十分すぎるほど恐ろしいが、何より恐ろしいのは、琥珀色に光る瞳だ。

 バジリスクと眼を合わせたものは、それだけで死ぬ。例え間に何かを挟み直視しなくとも、石化してしまう。

 故にバーソロミューは瞳を閉じての戦いを余儀なくされていた。勿論彼自慢の聴覚は常人のそれを遥かに超えるが、それでも音だけで物体を把握するのは難しい。

 それがバジリスクという巨大で素早い相手となると、尚更だ。

 

「『ソラーノス・エコー 響き反響しろ』」

 

 呪文と共に、バーソロミューの杖から白い半透明の波が放たれる。波は地面や床、バジリスク、トム・リドルに当たると反響しバーソロミューの体へと帰っていく。

 これはバーソロミューが今創り上げた呪文(・・・・・・・・)だ。傾向と対策、バーソロミューが得意とするところだ。

 これによりバーソロミューは部屋の中の物体を詳しく把握していく、が──

 

「『シレンシオ・マキシマ 絶沈黙』」

 

 トム・リドルの杖から黒い波が放たれ、バーソロミューの波を喰らってゆく。バーソロミューの呪文は効力を失った。

 それどころか、

 

(──無音!)

 

 少しの物音さえしない。

 突然の無音に戸惑う中、空気を切って何かが近づく感覚を肌で感じる。

 左か、右か──

 迷ったバーソロミューは上に飛んだ。

 

「かはっ!」

 

 足裏のほんの少し下を何かが通過していくのを察知した直後、何かが飛来し胸の辺りを貫いた。

 恐らく、トム・リドルの放った何らかの呪文。

 バーソロミューは物凄い速度で吹き飛ばされ、後方の壁に激突した。大理石の壁に蜘蛛の巣状のヒビが入る。破片が背中に食い込み、血が飛び散った。

 壁に体がやや埋まり、磔になっているところに、バジリスクが口を開けて襲いかかる。

 口を開いたバジリスクの口臭は酷く、嗅覚が優れているバーソロミューは容易くバジリスクの位置を感じ取った。

 

「『アセンディオ 昇れ』」

 

 呪文と共にバーソロミューの体が上に飛ぶ。バジリスクは先程までバーソロミューがいた壁を噛み砕く。

 『粘着呪文』で天井にくっつくバーソロミューに対し、バジリスクは尻尾を振って追撃を掛ける。それを今度は『落下呪文』で下に落ちる事で回避。

 

 

 バーソロミューがバジリスクの攻撃をすんでのところで躱すのを見ながら、トム・リドルはとある疑問を抱いていた。

 先程自分が放ち、バーソロミューに当てた呪文。それは『アバダ・ケダブラ』──即ち『死の呪文』である。

 この部屋にバーソロミューを誘き寄せ、パイプを通って来させたバジリスクと戦わせる。そして不意をついてピーター・ペティグリューに持って来させた杖で自分がトドメを刺す。という構図を思い浮かべていた。

 そしてそれは現実のものとなり、予定通りバーソロミューに呪文を当てた、のは良いのだが。

 

(何故死なない?)

 

 自分は『死の呪文』──いや、『闇の魔術』に関してだけなら間違いなく世界一だ。今世紀最高の魔法使いと名高いダンブルドアでさえ、この分野に関してなら自分に一歩劣る。

 『死の呪文』に反対呪文はない。

 例えば『プロテゴ・マキシマ』や『エクスペリアームス』の様な呪文で相殺する事は出来ても、当たって尚死なないという事はありえない。

 最高の闇の魔法使いである自分にさえ、『死の呪文』から逃れる方法は分霊箱以外に思い浮かばない。

 そしてその分霊箱でさえ、直撃して直ぐ立ち直る、ましてや無傷などという事はありえない。

 十一歳の少年が『死の呪文』に対する反対呪文を考えついた? ありえない、とトム・リドルは自分の考えを一蹴した。

 

 

 恐らく、既存の技術を何らかの形で応用しているだけに過ぎない。

 幻覚系か、変身術か──その辺りの応用だろう。

 思えば、不自然な点は幾つかある。

 『死の呪文』に対する耐性はあっても、バジリスクの瞳に対する耐性はないらしい。わざわざ目を閉じて戦っているあたり、間違いないだろう。

 バジリスクの毒への耐性も、恐らくはない。まだ一撃を受けていないため明確ではないが、バーソロミューは明らかにバジリスクの牙を警戒している。

 そこまで考えて、はたとトム・リドルは思い出した。

 バーソロミュー・フラメル、彼は魔法使いではなく錬金術士である、と。

 

「『フィニート・インカンターテム 呪文よ終われ』」

 

 バーソロミューの呪文により、音が再び部屋の中に戻る。

 同時に、バーソロミューが左手に持っていた古い大きな木製のトランクを蹴り開けた。するとトランクの中から、先端が鋭く尖っている巨大な銀の鎖が勢い良く飛び出し、バジリスクに絡みついた。

 先端部分はバジリスクの鱗を貫き、鎖部分は複雑にバジリスクに絡みついている。

 なるほど。先程から何度も呪文をバジリスクの鱗に当てていたのは、バジリスクの鱗の強度を確かめるためか。そして鱗を貫ける強度の鎖を錬金した、と。

 

「『イネクション 射出せよ』」

 

 バーソロミューの目の前にある空気が勢い良く噴射され、見えない空気の弾となりバジリスクを襲う。

 そのまま眼にあたり失明させられば、しかし──

 

「『プロテゴ 護れ』、『ディフィンド 裂けよ』」

 

 トム・リドルの呪文がバジリスクの眼を守り、動きを封じていた銀の鎖を断ち切る。

 厄介だな、とバーソロミューは独りごちる。

 バジリスクに戦わせ、自分は後ろでサポートに徹する。

 トム・リドルも前面に出て戦っていたなら、一旦負けて油断したところに『死の呪文』を当てて逆転する、という手段もあったのだが……

 トム・リドルが直接戦わない分、楽ではある。楽ではあるが……以前不利な事には変わらない。

 世界最高の闇の魔法使いの補助を受けた最強の蛇、防御や回避で手一杯だ。

 

「『モーテーション・パルス 沼よ』」

 

 トム・リドルの杖から緑色の閃光が走り、床に広がっていく。すると床がうねりだし、やがて沼になった。

 バーソロミューが足を取られる中、バジリスクはスルスルの沼を抜けていく。

 何とかバーソロミューが足場を錬金した直後、バジリスクが襲い掛かった。

 咄嗟に横に飛ぶが、視覚が封じられている上に足場が不安定なせいか、反応が遅れる。

 バジリスクはその隙を見逃さない。

 バジリスクの毒牙がバーソロミューの右腕を捉えた。肘のあたりを噛みちぎられ、赤い鮮血が舞い、毒が入り込み、傷口から徐々に肉が腐り落ちていく。

 

「『ディフィンド 裂けよ』」

 

 毒の侵食を防ぐために、肩のあたりから右腕をバッサリと切断する。大量の血が噴出するが、着ているローブを錬金し包帯にすることで止血する。

 

「ぬふふふ」

 

「あ?」

 

 バーソロミューが止血を済ませた瞬間、背後に突如男が現れた。

 

「『ボンバーダ・マキシマ 爆散せよ』」

 

「ッ! 『プロテゴ 護れ』!」

 

 至近距離からの『爆発呪文』。咄嗟に『盾呪文』で防いだが相手の呪文の方が優っていたようで、『盾呪文』は吹き飛ばされ、防ぎきれなかった爆風がバーソロミューの左半身を焼いた。

 

(音が……消えた?)

 

 反撃しようとした瞬間、攻撃を仕掛けてきた男の音が忽然と消えた。

 ホグワーツでは『姿くらまし』は出来ない。ならば一体どうやって……?

 

「チュー、チュー」

 

 耳をすますと、ネズミの鳴き声と小動物が走り去る音が聴こえてきた。これはつまり、

 

動物もどき(アニメーガス)か)

 

 ネズミの動物もどき(アニメーガス)、それがあの男の能力だろう。

 しかし、これは厄介だ。

 バーソロミューは今、音と臭いだけで物体を把握している。バジリスクはその巨体故に音が分かりやすいが、ネズミの音を聴き分けるのは非常に難しい。

 かといってネズミ男の方を疎かにした場合、先程のように不意打ちを受けてしまう。そしてその痛みでうっかり目を開いてしまったが最後……

 

「『エスト ネズミよ』」

 

 トム・リドルが大量のネズミを召喚する。部屋の中にネズミの音と臭いが満ちていく。

 

 ──これは詰んだか? とバーソロミューは思った。

 

 トム・リドル本体はバジリスクに護られている、そのバジリスクはトム・リドルに護られており倒す術がない。ネズミ男のせいで回避や防御も追いつかなくなった、そのネズミ男の居場所は他のネズミが増えたせいで分からない。

 その上右腕を噛みちぎられた際に錬金術の道具が入ったトランクを落とした。眼が開けられない以上、どこに落ちているか分からない。

 いやそもそも、見つけたとしても左手は魔法に使ってしまっているため錬金術は使えない。

 

「さあ、そろそろ死のうか。『グラント・ポイズン 毒よ結び付け』、『オパグノ 襲え』」

 

 毒の牙──ペスト菌を得た1000を超えるネズミの大群が、バーソロミューに襲いかかる。

 

「『プロテゴ・トタラム 万全の護り』」

 

 『盾呪文』がドーム状に広がり、バーソロミューの体を覆い隠す。ネズミ達はドームに群がり、カリカリと齧ってゆく。

 

『バジリスクよ、叩き潰せ』

 

 トム・リドルがパーセルタングで命じると、バジリスクは直ぐさま『盾呪文』のドームに向かって巨大な尻尾を振り下ろした。

 ドームはあっけなく破れ、その直後肉を砕く音が響き渡る。バジリスクが尻尾を持ち上げると、ネチャリと血が尾を引いた。

 そして地面に残った肉片に、ネズミ達が群がる。

 クチャクチャと、ネズミが肉を齧る音が響いた。

 

 

   ❇︎     ❇︎     ❇︎

 

 

「ふむ……」

 

 意外とあっけなかったな、とトム・リドルは思った。

 まあ、手こずるよりはいいか。いや、世界最高の闇の魔法使いである自分と、サラザール・スリザリンの遺産、まあまあ強いピーター・ペティグリューの三人がかり、いや二人と一匹がかりだったんだ、むしろ手こずった方か。

 後はピーター・ペティグリューに何人か子供を攫わせて、人質と交換にダンブルドアに自殺を強要して、バジリスクを大広間に解き放って……やる事が山積みだ。

 いやその前に、ダンブルドアの切り札であるハリー・ポッターを殺すのが先か。復讐も兼ねて。

 

「ペティグリュー」

 

「な、何でしょうか我が君」

 

「君の飼い主であるウィーズリーの末弟に『服従の呪文』を掛けてハリー・ポッターを殺させるんだ」

 

「畏まりました」

 

 ピーター・ペティグリューは恭しく一礼するとネズミになり、直ぐさま走り出して行った。

 

『バジリスク、校内で暴れてこい』

 

 バジリスクはスルスルとパイプの中を這って行った。これで陽動は完璧だ。

 さて、後は自分が──

 とトム・リドルが考えた瞬間、腹部から剣が飛び出した。

 

「かっ!」

 

「やっと一人になったな」

 

 背後から剣を突き刺しているのは、先程殺した筈のバーソロミュー・フラメル。彼はそのまま剣を横に振り、右半分の腹部を完全に切断した。

 

「俺様の魔法使いとしての練度は精々ホグワーツ7年生の首席レベル、貴様に勝てるべくもない。しかし、錬金術士としての練度なら、世界の誰にも負ける気はねえ。例えクソジジイ(ニコラス)相手でもな」

 

 そう言ってバーソロミューはローブの裏側を捲って見せた。そこには、ビッシリと何かの文字や記号、図が描かれていた。

 

「死んだ後に俺様自身を(・・・・・)錬金した。時限式の錬金術を組んどいてな」

 

「なっ──!」

 

 ありえない。

 生物を錬金する、というのは錬金術の永遠のテーマだ。長い長い魔法使いの歴史の中で、それを成し遂げたものは一人として居らず、微生物の様な単調な生物でさえ成功していない。

 それを、人間という複雑な生物で成功させた? ありえない。

 しかしそれなら、目の前に立っているこの男はなんだ? 確かにさっき殺した。肉片はバジリスクの尾に付着していたし、残った破片もネズミ共に食べさせた。

 あの状態から生還するなぞ、あり得ない。

 そうそれこそ、死んだ状態から復活でもしなければ。

 それに、時限式の錬金術? そんなもの見た事も聞いた事もない。

 錬金術の仕組みからしても不可能だ。しかし、しかし──

 

 いや先ずは、バジリスクとピーター・ペティグリューを呼び、今度こそこの男を殺さなくてはならない。

 錬金術で復活できない様、今度は肉片が残らないほど完膚なきまで!

 

「『ソラーノス ひび──」

 

 『拡声呪文』を使おうとしたが、声が出ない。いやそれどころか、魔力が上手く練れない。これは──?

 

「この剣、呪文で無から生み出したものじゃねえ。とある媒体を錬金して創った物だ」

 

 とある媒体?

 

「以外と鈍いな。俺様の右腕だよ。テメーの蛇に噛まれた俺様の右腕。折角だから、まわった毒ごと錬金させてもらったぜ」

 

 一体いつの間に?

 錬金術をするには、それなりに準備がいる。

 文字や記号、図で正確な式を描かなくてはならない。そんな隙などなかったはずだ。

 グルリと、トム・リドルは部屋の中を見渡した。

 目に飛び込んできたのは血だ。バーソロミューの血、あたりに飛び散ったそれが式になっている。

 

「さて、そろそろ死ぬか」

 

 バーソロミューが指を鳴らすと、部屋中に描かれた血文字が光り始めた。やがて床や壁が型を変え、無数の剣となりトム・リドルを襲った。

 バジリスクの毒に侵された彼に、それを避ける術はない。

 

 

   ❇︎     ❇︎     ❇︎

 

 

 無数の剣が突き刺さり、剣山の様になったトム・リドルを見降ろしながら、バーソロミューは溜息を吐いた。

 ハッタリが上手くいってよかった、と。

 自分自身を錬金し直す?

 時限式錬金術?

 戦闘中に血を上手く飛び散らせ式を書く?

 そんなこと、出来るわけがない。

 バーソロミューがした事はもっと簡単だ。

 

 先ず始めに、最初に襲ってきたネズミを人間の肉に錬金する。バジリスクにそれを踏み潰させ、自分は『掘削呪文』で地中に逃げる。

 次にローブを錬金し、床に変える。ネズミたちは床になったローブの上にある錬金された人肉を貪る。

 その隙に自分は『掘削呪文』でトム・リドルの背後へ(この時、右腕を回収した上で血で式を書く)。

 そしてあたかも今その場に現れたかの様に振舞う。これがバーソロミューの立ち回りの真実だ。

 

 別にバラしてしまっても良かったが、この(・・)トム・リドルが死んだだけで他の(・・)トム・リドルは未だいる。

 みすみす敵に情報を渡す必要はあるまい。むしろ、偽の情報を流しておいたほうが有益か。

 

「「ご主人様」」

 

 一体いつからそこに居たのか。

 アンとメアリーが控えていた。

 アンの手にはネズミ──ピーター・ペティグリューが握られており、メアリーの背にはバジリスクが担がれていた。

 

「殺すな、というご命令でしたので生け捕りにしております」

 

「いかがなさいますか?」

 

「そうだな……ネズミの方は殺していい。蛇の方は『収縮呪文』を掛けた上でビンにでも詰めておけ」

 

「「畏まりました」」

 

 アンはネズミをヒョイと投げると、空中にいるそれをマスケット銃で撃ち抜いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 紫

「退学、ということでよろしいですね?」

 

 ルシウス・マルフォイの言葉に、理事全員が同意した。

 教師であるマクゴナガルとフリットウィックに大怪我を負わせ、スリザリンの遺産を殺し、賢者の石及びみぞの鏡を盗み、世界に一つしかない火消しライターを壊した生徒、バーソロミュー・フラメル。今日の議題は彼の処分についてだ。

 彼の才能は確かに惜しいが、それでもこれは流石に目にあまる。

 退学、というところが妥当だろう。

 それに今世紀最高の魔法使いであり、校長であるダンブルドアが彼の退学に乗り気なのだ。

 その上理事の中で最も権力のあるルシウスまでそれに同意したとあっては、承認せざるをえない。

 こうして、バーソロミュー・フラメル、アン・フラメル、メアリー・フラメルの三名は、ホグワーツ魔法魔術学校を退学することになったのだ。

 

 

   ❇︎

 

 

 ダンブルドアは途方に暮れていた。

 チラリと、自分の右手を見る。はたして、人差し指と中指が根元から切り落とされていた。こんな言い方をするのは難だが、その断面は見事としか言いようがなく、一種の芸術品のようでもある。

 この傷をつけたのはバーソロミューのメイドの一人、メアリーだ。

 ホグワーツに戻ったダンブルドアは、真っ先に賢者の石の元へと向かった。今回ホグワーツを離れた理由は、端的に言えば釣り(・・)だ。

 バーソロミューをはじめとして、賢者の石を狙っている者を炙り出す意味と、バーソロミューが『みぞの鏡』に何を見るのか、というダンブルドア個人の意図が隠されていた。

 

 

 

 ホグワーツに戻ったダンブルドアが早速賢者の石が隠されている部屋に行こうとすると、入り口にはアンとメアリーが立っていた。

 足元にはマクゴナガル、フリットウィック、ロン、ハーマイオニーの四人が倒れている。

 部屋の中──壁や床には切り傷がいたるところにつけられており、マクゴナガルとフリットウィックの服は赤く染まっていた。

 しかし、アンとメアリーは涼しい顔で立っている。傷一つ汗一つどころか、服に埃一つ付いていない。

 

「……これはお主達が?」

 

「達、ではありませんね。結局アンちゃんが一人で片付けてしまいました」

 

「なるほどの」

 

 ダンブルドアが警戒レベルを1段階引き上げながら、杖を抜こうとした。が、抜けない。杖が指にひっかからない。

 もう百何年もしてきた動作だ。自分がミスをするはずもなく。

 疑問に思い、見てみると──人差し指と中指が切り落とされた。

 いつの間にやら、メアリーの左手にはカットラスが握られている。そして右腕には、ダンブルドアの指が握られていた。

 メアリーの足元を見ると、大理石の床に何やら馬車がスリップでもしたかのような焦げ目が付いていた。

 それはメアリーが超高速で動き、認識不可能な速さでダンブルドアの指を切り落とした後、再び元の立ち位置に戻った証拠に他ならない。

 

「おっと、動くなよ。声も出すな」

 

 激痛が指を襲う中、ヒヤリとした感触が右のこめかみに当てられる。

 いつの間にか隣にアンが立っており、マスケット銃をこめかみに押し当てている。

 魔法使いはマグルの兵器──銃の恐ろしさなど露ほども知らない。しかし幸か不幸かダンブルドアは博識であり、銃の恐ろしさをよく理解していた。

 

 ダンブルドアが直立不動を貫く中、メアリーがコツコツと音を立てて近づいてくる。その動きは酷く緩慢で、それ故に“近づいてくる”という事実をダンブルドアに強く認識させた。

 

「ご主人様には“殺すな”と命じられていますが、他は自由にして構わないと許可をいただいてます」

 

 ゾワリと、ダンブルドアの背筋を何かが這った。

 

「個人的な事を言うのなら、私は貴方に少々憤りを感じています。貴方が最初からご主人様に賢者の石を渡していたなら、ご主人様はわざわざご自分で取りに行かれる必要はありませんでした。その為に私達に警備を命じられた、つまり──私達がお側でお仕えする時間が減ったわけです」

 

 メアリーの顔には笑みが張り付いている。

 普段大人しい人間ほど怒ると怖いというが、メアリーが正しくそれだ、とアンは思う。

 彼女が怒り、笑った時はアンであっても背筋に寒いものが走る。

 

「さて、この責任どうとってもらいましょうか……?」

 

 メアリーがこれまたゆっくりとカットラスを振り上げた瞬間、ピクリとメアリーの耳が動いた。

 

「アンちゃん」

 

「うーん、私がデカイ方をやっていいカ?」

 

「構いませんよ」

 

 どういう意味か? とダンブルドアが疑問に思う中、アンはツカツカと壁に向かって歩いて行った。そして物凄い速さで壁に手を突っ込んだ。

 そして何かを掴むと、それを無理矢理に引き抜いた。引き抜いた何かが巨大過ぎたせいで、部屋の壁が全て壊れる。

 

「クヒヒヒ。バカデカイ蛇だな」

 

「バジリスク……」

 

 壁から出てきたのは蛇の王、バジリスクだった。

 アンの手は鱗を貫き、肉に突き刺さっている。

 どうしてバジリスクがホグワーツの壁の中に、という疑問をダンブルドアが口に出す前に、今度はメアリーが動いた。

 床を引っぺがし、その下を駆けていたネズミを捕まえた。

 

「こいつらはご主人様が居られる方向から来たな。どうする?」

 

 アンがバジリスクの身体に鼻を近づけて言った。

 僅かだが、バーソロミューの匂いがする。それと血の臭いも。

 

「其方に伺いたいのは山々ですが、ダンブルドア校長をここに置き去りにする訳にも行きませんし……」

 

 動けなくなるまで痛めつけちゃいます? とメアリーが言う前に、不死鳥がダンブルドアの方へと飛んできた。そしてダンブルドアに触れた瞬間、燃えて消えてしまった。

 もちろん不死鳥が近づいて来ることに気がつかない二人ではなかったが、特に問題ないだろうと無視した。

 もう向かってはこないだろうし、例え向かって来たとしてもやはり問題はない。

 

 

 魔法使いなど、どれだけ偉大で強かろうが二人には全く関係ないのだ。

 杖を構える前に、いやもっといえば、魔法を使おう、と思う前に殺せば魔法使いとしての技量など関係ない。

 人が脳から出された指令を実際に身体で実行するまで、最短で0.11秒程度のラグがある。二人にとってそれは、『遅すぎる』のである。

 0.11秒()あれば、少なくとも視界に収まっている人間なら、首を刎ねられる。

 

 

 あの時の事を思い出し、ダンブルドアはまた一つため息をついた。

 指が切り落とされたことも問題といえば問題だが、呪いの傷ではないため、マダム・ポンフリーに言えば治してもらえるだろう。

 それより問題なのは、

 

「……やはり、忠誠心を失っておるか」

 

 世界最強の杖、ニワトコの杖がダンブルドアへの忠誠心を失ってしまったのだ。

 恐らく今の主人はメアリーだろう。

 

 メアリーとアンが服従している以上、バーソロミューは二人より強いだろう。一体どれ程の実力を持っているのか、ダンブルドアには見当もつかない。

 またクィレルから飛び出した、霊体化したヴォルデモート卿を捕らえた時の様な、ダンブルドアでさえ知らない魔法も覚えている。しかもあの時、彼は呪文を唱えていないどころか杖も持っていなかった。

 今更無言呪文を使える程度で驚きはしないが、杖を使わずに魔法を使うなど聞いたことがない。

 

 そんな彼がこの杖を欲したら……

 もうニワトコの杖を使えない以上、まず間違いなく守りきれない。

 幸い、彼はまだこの杖がニワトコの杖である事に気がついていないようだ。しかし、いつ気がつくともわからない。

 それ故、ダンブルドアは自身から彼を遠ざける事にしたのだ。つまりは──退学だ。

 

 ダンブルドアはまた一つため息を吐きながら、彼の退学用の書類にサインした。

 

 

   ❇︎

 

 

 終業式の日、大広間の垂れ幕は緑色に──スリザリンの色に染まっていた。

 フラメル家の三人が点を大量に獲得していたため、今年はレイブンクローの優勝だと考えられていたのだが、テストを間近に控えたある日彼等は問題を起こし、一人300点の減点と退学の罰を受けたのだ。

 当然レイブンクロー寮は1位の座を引きずり降ろされ、繰り上げでスリザリンが1位となった。

 

 起こした問題の内容は詳しく知らされていないが、マクゴナガルとフリットウィックが包帯だらけで宴に出席されていることや、レイブンクロー寮のゴーストが灰色の淑女から嘆きの乙女──つまりマートルに変更になったことが関係していると噂されている。

 

 

   ❇︎

 

 

「僕の腕、差し出されん」

 

 メアリーは自身の腕をカットラスでスッパリと切り落とし、鍋の中に入れた。

 次の瞬間には新たな腕が生えている。

 

「仇の血、無理矢理に奪われん」

 

 瓶詰めにしていたバジリスクから血を数滴採り、アンが大鍋の中に入れた。

 

「父の骨、捧げられん」

 

 古い大きな木製のトランクから骨を取り出し、バーソロミューが大鍋の中に入れた。すると鍋がより一層沸き立ち、白く濁った。

 そのままバーソロミューは沸き立つ鍋の中に入った。明らかに大鍋よりバーソロミューの方が大きいが、大鍋はスルスルとバーソロミューを飲み込んだ。

 2分ほどが経ったとき、鍋の中身が突如空中に舞った。それはやがて人の形になった。

 

「やれやれ、腕を生やすのがこんなに面倒くさいとはな」

 

 バジリスクに食い千切られてしまった右腕は毒に侵され、完全に腐ってしまっていた。

 彼の腕は彼自らが設計、製作した特別製であり、回復呪文や薬で治すのは不可能。そこで古より伝わる闇の魔術で体ごと新調する事にしたのだ。

 

「うむ、うむ。問題ない、か」

 

「「おめでとうございます」」

 

 右手を動かしながら、以前と変わりないか確かめる。

 バーソロミューの右手の五本指、実は中に骨が入っていない。変わりに、彼が設計した小型の杖が入っている。初めてレイブンクローに出会ったとき、レイブンクローの杖と共鳴したのはこれだ。

 またトム・リドルが放った『死の呪文』を受けて死ななかったのも、済んでのところで右手で『盾呪文』を放ったからだ。

 

 再生した右手でレイブンクローの杖を掴むと、再び繋がりが発生し、レイブンクローが姿を現した。

 

「二ヶ月ぶりか」

 

「ええ、そうですね」

 

「すっかり元通りになったようだな」

 

「お陰様で……」

 

「うーむしかし、流石はヘルガ・ハッフルパフといったところか」

 

 惚れ惚れした表情でバーソロミューが言った。あれだけクシャクシャになっていたレイブンクローの心が、ものの見事に復活している。

 

 ヘルガ・ハッフルパフが自分を封じ込めていた魔法逸品(マジックアイテム)、それは生前使っていた姿鏡。即ち、『みぞの鏡』である。

 元々普通の鏡だったあの鏡に「理想の姿を見ることでそれを目指してより頑張れるように……」という願いを込めて原初魔法(ワイルドマジック)の一つ、『心術魔法』を掛けて『みぞの鏡』にしたのだ。

 『心術魔法』とは『開心術』や『閉心術』などの元になった原初魔法(ワイルドマジック)であり、心を操ったり、記憶を覗いたりすることが出来る。これにより、『みぞの鏡』は“心の中の本当ののぞみ”を見抜いていたのだ。

 

 尤もハッフルパフの意図とは全く離れ、人を魅了してしまうあまり堕落させてしまう鏡として、『みぞの鏡』は忌み嫌われてしまったのだが。

 人を信じすぎてしまうのがハッフルパフの弱点である。

 閑話休題。

 

 みぞの鏡の中にハッフルパフが眠っていることを見抜いたバーソロミューは、レイブンクローを杖ごとその中にぶち込んだ。

 自分が右腕を治すまでの間、レイブンクローの心をハッフルパフに治療させようとしたのだ。そしてその企みは上手くいったようで、レイブンクローはギリギリ立ち直っていた。

 

「レイブンクロー、アレを」

 

「はい」

 

 レイブンクローは『みぞの』鏡に手を突っ込み、火消しライターを取り出すとバーソロミューに手渡した。中には依然として賢者の石が嵌め込んである。

 カチリ、とバーソロミューが火消しライターを鳴らすと中からフワフワと光が放たれ、やがて人の形になった。

 

 深窓の令嬢、という言葉を体現させたような女性が佇んでいた。

 真っ白なドレスに真っ白な靴、腰まで届く長い栗色の髪。

 バーソロミューでさえ、その高貴な雰囲気に呑まれかける。普段の乱暴な口調で話し掛ければそれだけで壊れてしまいそうで、非常に躊躇われる。

 この女性こそが、かのヘルガ・ハッフルパフだ。

 

「……お腹が空きました」

 

 この女性こそが、かのヘルガ・ハッフルパフだ。

 

 

   ❇︎

 

 

「いてててて」

 

 全員が寝静まったホグワーツ。灯りひとつない廊下を一人の男が歩いていた。背中にはこれでもかというほど剣が突き刺さっている。

 それでも死なないのは、体の中に流れる『命の水』のお陰だ。

 この剣は剣先が錨の様になっており、ひとつ抜くのに激痛を伴った。それゆえ男はとりあえず剣をそのままにし、後で魔法で消し去ってしまおうと考えた。

 しかし今は杖がない。とりあえずは我慢だ。

 そう、我慢だ。

 

 あの男、バーソロミュー・フラメル。奴は殺さなくてはならない。奴は危険な存在だ。今はまだそれ程ではないが、奴の成長速度は目をみはるものがある。

 それに何より、あの二人のメイド。

 ネズミに変身したピーター・ペティグリューと、蛇の王バジリスクを容易く生け捕りにしたあの二人。あの二人がバーソロミューを守っている間は、手出し出来ない。

 

 しかし、それが逆説的に弱点にもなる。

 男はやろうと思えば、非常に魅力的になれた。

 あの二人を、味方に引き入れることが出来れば…… あの二人だって人間だ、必ず弱点はある。

 しかし今はとりあえず、力を蓄えなくては。

 男はズリズリとホグワーツ城の中を歩いて行った。

 

 

   ❇︎

 

 

 セブルス・スネイプは上機嫌で歩いていた。

 今は深夜、終業式が終わった直後だ。

 今学期、初めこそ忙しさで死にそうになったが、途中からは念願の闇の魔術に対する防衛術に専念出来たし、最後にはスリザリン寮が逆転優勝できた。

 あの時のフリットウィックの顔と言ったら、スネイプは一人笑みを浮かべた。

 今日は上等な酒を飲もう、とスネイプは自室の扉を開けた。

 

「やあ、スネイプ教授」

 

 はたして、出迎えたのはバーソロミュー・フラメルだった。ソファーに腰掛け、スネイプが飲もうと思っていたブランデーを開けている。ご丁寧に、グラスは二つ揃えてあった。

 

 ──いや、彼ではない。

 

 非常によく似ているが、眼が違った。あの蠱惑的な紫色の瞳ではなく、冷たい──そうまるで深海を覗き込んだ時の様な感覚を受ける──とても冷たい青色の瞳をしていた。

 

「貴様は……誰だ?」

 

「僕はバーソロミュー・フラメルだよ」

 

 バーソロミューを名乗る少年は、手でスネイプに座る様促した。スネイプはそれを無視し、ドアの前から動かない。

 

「やれやれ、強情だね『インペリオ 服従せよ』」

 

 ──気がつくとスネイプはソファーに腰掛け、ブランデーを煽っていた。

 

「まあまず説明させてもらうと、僕は人じゃあない。僕の“本体”が造った不出来な自立人形(オートマタ)だ。魂の類が内包されていない、記憶と魔力だけを埋め込まれた、プログラム通りに動く存在だよ」

 

 そんな技術、聞いたことがない。しかし、何故かスネイプはそれが本当のことであると分かった。

 

「“本体”とは、退学になったあ奴のことか?」

 

「いいや違う。紫色の“僕”も自立人形(オートマタ)さ。と言っても、紫色の“僕”は自分が自立人形(オートマタ)である事を理解していないけどね。“僕達”は何人もいるけど、自分が自立人形(オートマタ)である事を理解しているのは僕含め三人しかいない」

 

「…………どういうことだ?」

 

 全く理解が追いつかず、スネイプはそれだけ捻り出した。

 

「もっともな質問だ。アンとメアリーを生み出した代償に、僕の“本体”は非常に弱っていてね。あと少しで死んでしまうんだ。なんとかしようにも、手足も満足に動かないから研究もままならない。そこで“本体”は考えついた。僕達自立人形(オートマタ)を造り、代わりに学習させる事を。

 現在世界中に、30人の“僕達”が散らばってる。マグルの学問を学んでる“僕”もいれば、森の奥地で動物や虫を研究している“僕”もいる。僕の“本体”は“僕達”の記憶を共有してててね、つまり普通の30倍の速度で学習出来るんだ」

 

 30倍。

 1分で30分、1日で30日、1月で30月分学習出来るということ。ただでさえ常人より学習速度の速い彼が30倍の速度で学習している、なんと恐ろしい事だろうとスネイプは思った。

 

「僕がここに来た理由だけどね、ここに送り込まれた紫色の“僕”が遂に“本体”の復活方法を見つけ出したからさ。紫色の“僕”は無意識だろうけどね」

 

「その方法とは……なんだ?」

 

「うん。ヒントはハリー・ポッターだったよ。彼は一つの体に二つの魂を宿してたんだ。そんな事出来ないし、仮にやったとしても魂同士が混ざり合って発狂しちゃうのに、彼はキチンと自我を保ってる。

 紫色の“僕”が調べたところによると、彼の中にある魂の一つはヴォルデモート卿のものだ。そして僕の調べによると、その魂を宿したのは幼少期。母親から古の『保護呪文』を受けた状態で、『死の呪文』を受けた際ヴォルデモートの魂が裂けて、ハリー・ポッターに宿ったみたいだね」

 

「まさか……」

 

「そう、そのまさかだ。『保護呪文』──いや原初魔法(ワイルドマジック)の一つ、『守護魔法』を“本体”に掛けた状態で『死の呪文』を“本体”にぶつけてもらう。

 その為の準備も始めてる。『守護魔法』を修めてる人は確保したし、術者も確保しつつある。“僕達”は無意識のうちに“本体”の命令に従ってるんだ。もちろん紫色の“僕”もね。ハーマイオニー・グレンジャーという生徒を知ってるかな? 彼女には僕を愛してもらって、『守護魔法』を掛けてもらう予定だよ」

 

 娘の仇を討つ事でレイブンクローに恩を売り、ハーマイオニー・グレンジャーを助け魅了する。バーソロミューは実によく働いてくれた。

 

「さて本題だけど、君には死喰い人(デスイーター)を斡旋してもらいたいんだ。“本体”に『死の呪文』を放つ人は多い方がいいからね。

 “本体”から提示するメリットは、君が愛した女性であるリリー・ポッターの復活だよ」

 

 なるほど。

 それは大したメリットだ。

 スネイプのリリーへの愛は未だに少しも衰えていないし、想い出も色褪せていない。

 一日たりとも彼女に会いたいと思わなかった日はない。

 しかし──

 

「舐めるなよ。我輩は教師だ。である以上、生徒を売るような真似はしない」

 

 そう言ってスネイプは懐から杖を抜き、バーソロミューの額に突き付けた。その動作は洗練されており、目にも止まらない。

 

「……言っておくけど、君が拒否しても僕には未だ未だ他のプランがある。つまり、君を殺しても何も困りはしないら。加えて言うなら、紫色の“僕”は“僕達”の中だと8番目くらいの強さだ。ホグワーツに侵入してる時点で分かると思うけど、僕はそれより強い。具体的に言うと、3番目だ」

 

「『セクタム──」

 

 スネイプが呪文を唱えようとした瞬間、ブランデーの入っていたグラスがナイフに変わり、スネイプの胸を貫いた。

 

(馬鹿な。式はない! 錬金術は使えぬ筈では……)

 

「時限式の錬金術だよ。僕は“本体”の知識を少しだけ貰ってるんだ。その中に、時限式の錬金術に関する記憶もあってね」

 

 スネイプは即座にローブから小瓶を取り出し、穴の開いた胸にかけた。するとあっという間に傷が塞がり、元どおりになった。

 

「やれやれ、今ので死んでおけばいいものを……

 僕達はそれぞれ付与された性質がある。紫色の“僕”の持つ性質は『魅了』。元々ここへはダンブルドアを魅了して、手助けしてもらおうと考えてきたんだ。大分予定は狂っちゃったけどね。

 青色の僕が待つ性質は『冷酷』だ。ちょっとキツイ人体実験なんかをする為に創り出された個体だよ。──だから楽に死ねると思うなよ?」

 

 

   ❇︎

 

 

「ハイ、チーズ」

 

 パシャリと写真を撮る。所謂“自撮り”という奴だ。スネイプと肩を並べて、記念撮影。尤も顔は剥がしちゃったから、写真を見ても誰かは分からないけど。

 

「さてさてさーてと、文字を書いておかなきゃね」

 

 スネイプの右腕をとって、ペン代わりにして壁に文字を書く。血がインクの代わりだ。

 

『ヴォルデモート卿、又の名をトム・マールヴォロ・リドルここに復活せり』っと、ウンウン。中々に達筆だ。

 

 これで争いが起きるだろう。

 後は上手く“僕”を戦いの中に入れて、死喰い人(デスイーター)と敵対させよう。彼等は馬鹿のひとつ覚えみたいに『死の呪文』ばかり使うから、実に利用しやすい。






第1章おわちっ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。