東方屍姫伝 (芥 灰仁)
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一章 その彼岸は彼女に咲く
事故


本日は晴天

空は青く、雲は白い。

陽射しは良く、気分は爽やか。

 

本日は七月二十一日

太陽は暑く、蝉の鳴き声が五月蝿い。

日当たりが強く、ベタつく汗が気持ち悪い。

 

 

そしてーー

 

 

「んー、明日から夏休みだねぇ。ね、ミコトちゃん」

 

 

空を眺め、眩しく輝く太陽に目を細めながら視線を向けていると、隣を歩く我が友人がそう声をかけてきた。

 

そう、明日から私こと桜井 命(さくらい みこと)の通う高校では夏休みが始まる。

そして今日は学校の終業式があり、授業がないおかげでこうして日が高いうちに帰宅路につけているのだ。

 

私はそうだね、と隣に歩く友人の柳 飛鳥(やなぎ あすか)に呟くとニコニコと笑いながら私の腕に抱きついてきた。

 

 

「おいおい、飛鳥……。暑いんだからそんなくっつかないでくれないか?」

 

 

私はため息をつき抱きつかれた方の腕を軽く振って、飛鳥を振り払おうとする。

 

確か今日の気温は今年一番の猛暑とか朝のニュースでやっていた気がする。

なのにこんな暑い中、ベッタリとくっつかれると暑くてしょうがない。

 

 

「いいじゃん減るもんじゃないしー」

 

 

いやいや、減るとかそんなんじゃなくて飛鳥のおっきなパイ、略しておっパイが腕に押し付けられてイラッてくるんだよ。そして飛鳥のと自分の胸とを比べると、まな板と大きな果実ってくらい違ってムカッてするんだよ。

揉んでやろうかこんちきしょー。

 

まあ冗談は置いておこう。

彼女とは幼い時からの仲でいわゆる幼馴染みというやつだ。幼稚園から始まり小学校中学校と一緒に通ってきて、クラスなどは別になったりしていたが、今でも仲睦まじく友達として過ごしてきている。

親同士も仲のいいお陰か小学生頃までは家族ぐるみで遠出をし泊まりに行ったものだ。中学生になる頃には私と飛鳥の二人っきりで某夢の国やユニバーでアメージングなテーマパークにも泊まりに行ったりしている程、私と飛鳥は仲が良い。

 

 

「ねぇ、ミコトちゃん?」

 

「なんだ?」

 

「あ……明日から夏休みだね」

 

 

飛鳥がチラチラと私の顔を伺いながら再び、先程と同じことを言ってきた。

 

 

「いや、知ってるけど……なんで二回言ったの」

 

「えっ……あ、そのぉ……」

 

 

下の方を見ながら飛鳥は言いづらそうに、なにかをぶつぶつと唱えている。

いったい飛鳥はなにを言いたいのだろうか?

私と飛鳥の仲だ。

今ごろ言いづらいことなんてないはずだが……。

 

私が飛鳥の不審な態度に疑問を持っていると、なにかを決心した様で私の腕に更に力強く抱きついてきた。

 

 

「え、えっとね明日からお父さんとお母さんが青森のおばあちゃんの家に行くんだけどね……」

 

「へぇ、飛鳥は行かないの?」

 

「十日間くらい泊まって来るみたいだし、ミコトちゃんと夏祭りの約束してたから」

 

 

そう言えば明後日くらいにある近所の小さな夏祭りに行こうって約束してたっけ、と半分忘れている状態で私は頷く。

 

 

「そ、それでね。私しばらく家で一人で留守番することになって……」

 

「そりゃあ大変だね」

 

 

高校生と言ってもまだ子供だ。

一日二日ならなんとかなるかもしないが、十日となると家事とか大変そうだ。

まあ、夏休みで時間を持て余してるからそこまでは忙しくはならないかもしれないが、このご時世だ、高校生の女の子が一人っきりで十日ほど誰も居ない家で留守番は危ないのではないだろうか。

飛鳥は男子に告られまくるほど可愛いから、変な男とかが飛鳥が一人っきりなのを良いことに、家まで来て襲ってきたら大変だ。

てか、正気の沙汰ではない。

なにを考えているんだ飛鳥のご両親は。

私の可愛い飛鳥がキズモノにでもされたらどうしてくれるんだか。

 

 

「でしょ!!」

 

 

脳内で飛鳥の心配をしていると、飛鳥が大声をあげて何かを訴えかける様に答えた。

そして耳元で大声で叫ばれたから私の耳は少しキーンとする。

 

 

「で、でさぁ、よかったらしばらく家に泊まりに来てくれないかなぁって」

 

「飛鳥の家に?」

 

 

そう尋ねると飛鳥は静かに首を縦にふる。

なるほど。まあ、夏休みは一日暇で、家に居ても寂しいだけだしな。

夜とかも食卓で一人メシってのも寂しいし。

 

 

「なら私の家に泊まりに来ないか?」

 

「え、あ、そ、それはそのぉ……」

 

 

飛鳥は下を向きながらまたなにかぶつぶつと言い始めた。

なんで迷うのだろうか?

私の家には親がいるのだ。

それも知らぬ仲ではない昔からの付き合いがある。

留守番中の大人が居ない家で過ごすよりは良いはずなのだが。

 

 

「ほ、ほら、夜遅くまで起きておきたいし……、それに声とか響いちゃったら恥ずかしいし……」

 

 

飛鳥は恥ずかしそうに言い、後半辺りはギリギリ聞こえるくらいの小声で呟いた。

 

なるほど。夜遅くまでガールズトークが飛鳥はしたいのか。

だが、 なぜ響いて恥ずかしいのだ?

普通は騒いで迷惑をかけるとかではないのだろうか。

まあ、でも良く考えてみると十日も家を空けるのは衛生的にも安全的にもあまり良くないか。

 

 

「まあ、夜遅くまでは起きときたいね。それに十日も飛鳥の家を留守にするのはあんまよくないし」

 

「ほ、ほんと!? やったー」

 

 

私がうんうんと頷いていると飛鳥は声をあげて喜んだ。

そんなに私とのお泊りが楽しみか。

友達冥利に尽きるな、うん。

 

 

「……な、ならいっぱいシようね」

 

「あぁ、いっぱい(話を)しよう」

 

 

飛鳥が顔を少し紅らめながら言ってきたので、私は笑顔で答える。

 

互いに積もる話があるのだろう。

高校に入学して数ヶ月経ったし、色々と思うことがあるのかもしれない。

もしかしたら恋とかガチなガールズトークをするかもしれないが、飛鳥は可愛いからモテる。当たり前の様に高校に入学してから何回か告白されたのだろう。ひょっとしたらその相談かもしれない。

それに誰もいない家で二人っきりだ。

親どころか誰もいない家で十日間ほど過ごすなんてちょっとした同居だな。

家事とか役割分担すると面白いかもしれない。

まあ、私は家事とかそういうのはからっきしダメだが。

 

「……うへ、ど、どうしよう、ぱ、パンツ新しいの買わないと……それに女の子同士ならそういう道具っているのかな……ネットで見とかないと……」

 

飛鳥は飛鳥で私の腕に抱きつきながら、私に聞こえないくらいの小声でなにかをぶつぶつと言っている。

多分、私と一緒で泊まりのことでも考えているのだろう。

よく考えたら泊まりってことは四六時中一緒にいるということだ。

幼馴染みの飛鳥と言え、十日間もずっと一緒にいるということは初めてかもしれない。

ふふ、また飛鳥と私の仲が良くなってしまうではないか。

まったく、明日が楽しみだ。

 

 

ーーガガッ

 

 

私が笑みを浮かべながら明日からのことを考えていると、後方から何かが勢い良く擦れる音がした。

私が何事かと後ろを振り向くと同時に私の意識は途切れたーー

 

 

 

 

 

 



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混乱

目を覚ますと知らない天井だった。

ボロボロで今にも崩れ落ちてきそうなほどのボロボロな天井。

そんな天井の下で私はなぜ寝ているのか?

 

 

「あ、茜姉さん! "雪姉さん"起きたよっ!?」

 

 

私が目を開き今の現状を考えていると、私の隣で座っている十歳くらいの少年が声をあげながら部屋から出て行く。

 

誰だあの子は?

私は寝そべっている身体を起こしながらそう疑問に思う。

そして身体を起こして周囲を見渡す。

私が今いる部屋はボロボロで天井だけでなく、壁も床もボロボロで簡単に穴があきそうなほどボロい。

どこかの廃屋だろうか。

内装的には神社や寺を思い出す。

部屋を区切る障子は部屋と部屋を区切っているはずなのに紙が張り替えられていなく穴が開いてある。おかげで隣の部屋の様子も丸見えだ。

 

 

私の今の服装も学校の制服から、所々に小さな穴が開いている茶色の着物に着替えさせられている。

ていうか、私はなぜこんなところにいる?

友達の飛鳥と学校帰りで一緒に歩いていたのは思い出せる。いつも通り何気ない雑談をしていたのも思い出せる。

だが、記憶はそこで途切れている。

飛鳥と並んで歩いていたはずなのに何故、私はこんなわけもわからないところで目を覚ましたんだ。

 

 

 

「とりあえずここがどこか確認を……あ……」

 

 

私はそう呟きながら立ち上がると、身体がふらつき尻餅をつく。

どうやら私が寝ていたところに布団が引いてあったみたいだが、綿が入っておらずほぼ布一枚で、尻餅をついても衝撃が緩和されない。おかげでお尻が痛い。

 

ていうか、今気づいたが頭が少し痛い。

今ふらついたのもそれが原因だろう。

 

 

「"雪ちゃん"っ! 安静にしておかないとダメじゃない」

 

 

私が尻餅をついている状態で頭を抑えていると、私と同い年くらいの少女が慌てながら部屋に入ってきた。

その少女は私が今きている様なボロい着物を着ており、肩にかかるくらいの黒髪。

少し飛鳥に似ているが瓜二つというわけではないのですぐに別人だとわかる。似ているのは髪型と大きなおっぱいなだけだ。後は顔が多少、面影があるくらいだろうか。

 

少女は慌てた様子で私に近寄り、私の首に手を回し思いっきり抱きついてきた。

抱きつかれてわかるがその少女はすごいやせ細っており、胸以外は脂肪が全くついていない。

 

 

「もぉ、心配したんだよ! いきなり木から落ちて気を失ったって聞いたときは心臓が止まったかと……」

 

「いや、あんた誰?」

 

 

私は少女にそう尋ねる。

抱きついてきて一方的に話していた女性は話すのを止め、私から離れ私の目に視線を合わす。

その表情は青ざめており、私の肩に置く手は震えている。

 

 

「え、じ、冗談だよね」

 

「いや、冗談とかではなく、あんた誰?」

 

 

少女の問いに私がそう答える。

私が答えると少女はさらに顔を青ざめ、気を失う様に私に抱きついてきた。

 

 

「あ、茜姉さん大丈夫!?」

 

 

少女が倒れる途端に部屋に私が目を覚ました時にいた少年が声をあげながら入ってきた。

よく見ると少年が入ってきた部屋の入り口には何人かの小さな子供がこちらを覗いており、どの子も私と同じ様にボロっちぃ着物を着ている。

 

私に抱きつく様に倒れてきた少女はうぅ、とうめき声をあげながら気絶しているし、駆け寄ってきた少年もはわわはわわ、と言いながら慌てている。

 

どうなってるんだこの状況……

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

私が目を覚ましてから半日ほどが経った。

日は完全に沈み、空は真っ暗で月がぽつんと浮かんでいる。

そのなか私は縁側に座りながら月夜を眺め物思いにふける。

 

 

「……どうしたものか」

 

 

私は溜息をつきながら今の現状に参っている。

 

とりあえずここが何処やらなんでいるのかなどの疑問はある。

だが、今の一番の問題は私を"雪ちゃん"と呼ぶ少女のことだ。

 

私が目を覚まし、私に抱きついてきた少女……名は白鷺 茜(しらさき あかね)というらしい。

彼女は私の様子を見て気絶した後はすぐに目を覚ました。

しかし、顔は蒼白しており私の肩を掴んで何度も"雪ちゃん雪ちゃん"と叫んでいた。

そしてしばらく叫んだ後、何かを諦めたのか落ち込んだ様子を見せ、部屋から出て行ってしまった。

 

その後、私が目を覚ました時に側にいた少年……小太郎という名の十歳くらいの少年に話を色々聞いた。

どうやら私?は木から降りれなくなっていた猫を助けようとしたら、木から落っこちて頭を打って気絶していたらしい。

もちろん私には猫を助けたことは身に覚えがない。

なんども少年に自分の事を覚えていないのか、と聞かれたが私は首を振り続けた。

そして少年も何かを諦めた様に部屋から出て行って、部屋には私と私のことをじっと見つめていた何人かの幼い子供だけが残った。

 

それで私は現状確認のために立ち上がり、目覚めた部屋から出てこの廃屋の中を歩き回った。

歩き回ってわかったがこの廃屋はどこかの寺の様だ。そして、この寺には何人かの幼い子供ばかりで大人が誰一人見当たらない。

寺の外を見ても木ばかりが立ち並び、どうやらこの寺はどこかの森の中に建っているようだ。

この事を確認したころは既に日が沈み始めており、見ず知らずの森に行くには危険だと思ったのと、自分の履いていたはずのローファーがどこにもなかったので寺から出ず、こうして寺の縁側に座り空を眺めているわけだ。

 

で、話は戻すがあの少女だ。

なぜ彼女は私の事を"雪ちゃん"と呼んだのだろうか。

もちろん私はそんな名前で呼ばれる所以がわからない。

先ほども寺の中を探し回っていても彼女の姿は見つからなかったし……。

彼女からは話を色々と聞こうと思ったのに。

 

てか、マジでここどこだよ……。

靴どころか私の着ていた服とか持っていた荷物はどこにいったのだ?

スマホさえあれば今のいる場所くらいはわかるかもしれないのに……。

それにママンやパパンくらいには連絡しておきたい。帰ってこない事を心配されて、警察に行かれたら少し困る。

 

 

 

「ゆ、雪ちゃん、隣座るね……」

 

 

私が溜息をついて参っていると、少女……白鷺 茜が背後から現れ、私の隣に座った、

 

噂をすればなんとやら、ちょうどよかった。

今は誰でもいい、兎に角、情報が必要だ。

 

 

「なぁ、ここはどこだ」

 

「どこって……やっぱり記憶がないんだね雪ちゃん」

 

 

私の問いに少女は悲しそうな顔をしながらも答えてくれた。

雪ちゃんとは誰? というツッコミをしたいがそれは後でいい……。

今はとりあえずここがどこなのかだけは把握したいのだ。

 

 

「記憶がないってどういうことなんだ……」

 

「だ、だってそうでしょ? 私のことを覚えてないし……」

 

 

少女はそう言いながら涙を浮かべながら私に抱きついてきた。

グスグスと泣きながら私の胸元に顔を埋めるが泣きたいのはこっちだ。

どこと聞かれ記憶がないのねってどんな展開だ。

私は記憶なし子ちゃんじゃないぞ。

 

 

「お願いだ、ここがどこか答えてくれないか?」

 

 

私がもう一度そう尋ね返すと少女は鼻をすすりながら、顔を上げて私に視線を向ける。

 

 

「本当に覚えてないの? ここは私たちが育った場所だよ?」

 

 

そう答えられると……益々、わからないんだが。

なんだ、これは何かの撮影かドッキリか?

ここまで来るとなんか全部嘘くさく見えてくる……。

 

 

「一緒に過ごしたことも和尚さんのことも覚えてないの?」

 

「いや……その……」

 

 

なんだこれは……。

頭がこんがらがってきた。

この少女の涙は嘘には見えない。

しかし、私にこの少女と過ごした記憶はないし、和尚さんにいたってはなにそれ一休さん? くらいしか思い浮かばない……。

 

 

「そ、それにわ、私とした……結婚の約束も覚えてないの……」

 

 

顔を紅らめ涙声で言われるがそんなことは覚えてない。

確か私たちは女の子同士なはずだ……。

法律的に結婚はできないし私も女の子同士で結婚する気はない。

この少女が男っていうならできるかもしれないが、こんなでっかい胸ぶら下げてる男などいるはずはない。

もしやこれは何かの詐欺か? 同性結婚詐欺か?

もしそうだとしても私にはなんのメリットもない。

 

 

「いや、ごめん……覚えてない……」

 

 

私がそう言うと少女はまたグスグスと鼻声で私の胸に顔を埋める。

泣きたいのは本当にこっちだ……。

 

ここはいったいどこなんだ……。



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過去

寺で目を覚ましてから二日ほど経った。

この二日ほどで色々と状況を理解できた。

いな、意味がわからなかったが状況だけは理解できたと言ったほうがいいのだろうか。

とりあえずこの二日間で具体的に二つのことがわかった。

 

まず一つは私がどこにいるのかだろうか。

私が今いるのはどこぞやの寺で、その寺はどこぞやの森に囲まれていることは二日前にはわかっていた。

そして昨日、寺の周りにある森に入った。

理由は少女……白鷺 茜と森を抜けた先にある集落に森で拾った薪と食べ物を交換しに行くということでだった。

そう集落……。

最初は集落っていう言い方に疑問を持った。

普通は町とか村ではないだろうかと。

それに薪と食べ物を交換とかいつの時代やねーん、と思っていた。

 

だが、いざ集落に向かうと私は開いた口が塞がらなかった。

私の目に映ったのは教科書で見たことあるような藁で出来た家に住んでいる人と、洋服などの小綺麗なものではなくボロっちぃ着物を着ている人だった。

さすがにこの光景を見るとまじなに時代だよ、と笑いながらではなく真剣に考えてしまった。

で、集落にいる人の話をチラホラと聞いていると、近頃、京に都が移り桓武天皇がウンタラカンタラという話が聞こえてきた。

 

私はこの話を聞いた途端、目眩がした。

しばらくは大仕掛なドッキリだと思おうとしたが、流石に色々と無理があると理解したので現実を受け入れた。

 

結論、私が今いるところはおそらく"平安時代"だ。

 

確か京に都を移したのも桓武天皇と言う人物がいた時期も平安時代あたりだったと思う。私は勉強が苦手だったのでよく覚えていないが……。

兎に角、この事実に気づいた時にはまじで笑い事じゃなかった……。

自分が何処にいるかと知りたいと思ったらまさか、場所ではなく時代……それも過去の世界にいると知るとか……。

もうあまりにありえなく笑ってしまい笑い事にしかけたほどだ。

 

 

そしてわかったことその二は私のことだ。

いな、私ではなくこの身体……"白鷺 雪"(しらさき ゆき)のことだろうか。

 

白鷺 雪。

寺の近くに流れていた川を鏡にして顔を確認したが、ちゃんと見覚えのある顔であり、自分の顔だとは認識できた。

髪の長さも腰にかかるほど伸びており、私の特徴といえる三白眼もしっかりと同じであった。

しかし、身体は少しやせ細っており、私の記憶にある自分の身体とは違う感じがある。

 

とりあえず私の身体を白鷺 雪と呼ぶとする。

白鷺 茜の話を聞くに白鷺 雪は十七歳の少女で、名字は一緒だが白鷺 茜とは姉妹というわけではないらしい。

そして白鷺 茜とは幼い頃にいま住んでいる寺に住んでおり、白鷺 茜も白鷺 雪も幼い時に親を亡くしており身寄りがない二人を寺の住職であった和尚さんに拾ってもらったらしい。寺の中に何人か幼い子供が居たのは寺の住職さんがすべて拾ってきたかららしい。

それでその和尚さんが三年前に亡くなり、悲しんでいた白鷺 茜を白鷺 雪が慰め、婚約したとか。

この話は嬉しそうに昨日、白鷺 茜が話していたが話がぶっ飛びすぎて私は理解できなかった。

いったい何をした白鷺 雪……、なぜ慰めた結果、婚約に至ったのかと何度もツッコミたかった。

 

まあ、今はこんな話はどうでもいい。

問題はこの後だ。

 

どうやら私……というか白鷺 雪はまじで記憶喪失ということになっているらしい。

いや、記憶喪失といっていいのかわからない。

私には一応記憶がある。

今いるところが平安時代、と言うのも知識で理解できる。

それに私には記憶喪失という実感がない。

 

とりあえず今のところ幾つかの可能性を考えた。

 

一つ、転生

二つ、タイムスリップ

三つ、憑依

四つ、夢

五つ、記憶喪失

 

どれも私の中にある知識で考えたものだ。

それぞれの根拠は一様ある。

しかし、イマイチ現実味に欠ける……。

 

一つ目の考えは確か私の記憶には意識を失う前に、何かの大きな衝撃があった気がする。

もしそれが原因で、というより今のところはその衝撃が今の現状の原因と考えている、この原因で私が死んで転生したいう考えが思いついた。

しかし、私はすぐに却下した。

もし転生するなら普通は赤ん坊からだろう。

白鷺 茜に聞く限り私は十七歳らしい。

転生して十七歳とかなんやねん。

 

二つ目のタイムスリップ。

これもすぐに却下した。

もしタイムスリップしたなら何故、白鷺 茜に私が白鷺 雪と呼ばれるのかがわからない。

それにタイムスリップとか現代的な科学ではありえない。

……まあ、いま私が平安時代にいる時点でもありえないが……。

 

三つ目の憑依。

頭をうった白鷺 雪に私が憑依したということだが、これが一番ありえるか……、と思いきや、憑依する対象が平安時代の私のそっくりさんとかどんな設定だ。

それに憑依ってなんやねん。

どんなけ私ってば中二こじらせてるんだ……。

 

四つ目の夢……。

これもありえない。

夢なら覚めておくれって感じだが一向に覚めない。てか、覚めてくれない。

 

五つ目の記憶喪失。

これは本当は私は白鷺 雪で頭をぶつけて、頭がおかしくなり、代理人格として私という桜井 命の人格が生まれた、というものだが頭打って私の人格が生まれるってなんやねん。

 

とりま、この五つはありえるかもしれないがどれもイフであり、あったらいいな、むしろこうでないといまの状況が説明できないってことばかりだ。

 

まあ、とりあえず確定的なことは私の身体は白鷺 雪で私は桜井 命ということと、私が意識をなくした時の謎の衝撃が原因でこうなったことだろうか。

 

……頭が痛くなる話だ。

いま一通り話たことをとりあえずまとめると、つまり私は平安時代に存在する白鷺 雪と呼ばれる人物であるということだろうか。

このまとめた内容だけでも自分が何を言っているのかがわからないが……。

 

結論、なぜ私がこんなことになっているかはわからないが、いま置かれている状況は理解出来ているということだろうか。

 

……まじで頭痛くなってきたわ。

 

 

「ゆ、雪ちゃん頭押さえてどうしたの? もしかしてぶつけたところがまだ痛いとか……」

 

 

私が置かれた現状に呆れていると、右隣で私の腕に抱きつきながら心配そうに眺める少女……白鷺 茜がそう声をかけてきた。

 

現在、私は寺の縁側に座り、白鷺 茜と並んで座っている。

 

二日前の夜、あれよあれよと泣きベソをかき私に抱きついていた少女も、二日たった今では一様落ち着いたのかこうして隣で私の腕に抱きつき座っている。

本人曰く、きっといつか記憶が戻るはず、戻らなくてもこれから新しい記憶を作って行こう、と言われた。

これが映画や小説などのフィクションだったら私もうるってくるが現実だと笑えないものだ。

てか、記憶が戻ると困る。

もし白鷺 雪の記憶が戻ったら私という存在がどうなってしまうかを考えるだけで怖い。

二重人格になるのか私という存在が消えるのか、どちらにしてもいい結果は招かないだろう。

 

 

「いや、大丈夫だよ。少し考え事をね」

 

 

私は心の内を理解されないよう微笑む。

白鷺 茜の様子を見るに婚約云々は除いても、白鷺 雪とはかなり仲が良かったと見る。

この子と白鷺 雪は私と飛鳥の様な関係なんだろう。

幼い頃からの友達、いまの現状を私と飛鳥で考えると私でも思うところがある。

私が白鷺 雪ではなく別人だということは白鷺 茜には言わないほうがいいだろう。

こう考えると記憶喪失という設定は幸いなのかもしれない。

 

 

「やっぱり記憶がないと不安?」

 

「いや、一人なら不安かもしれないけど、茜がいるからね」

 

 

白鷺 茜が不安そうに私の手を握ってきたが、私がそう言うと白鷺 茜はデレデレと嬉しそうに笑う。

こうしてみると飛鳥を思い出す。

私が飛鳥の事を褒めるたびにこうして嬉しそうに笑っていたものだ。

 

そういえばあの謎の衝撃があった時に確か飛鳥は私の腕に抱きついていたはずだ。

あの謎の衝撃がいま私に起こっている状態の原因ならば、飛鳥は無事なのだろうか。私みたいに平安時代にタイムスリップしてるとかはないだろうか。

……なんかそう考えると不安だ。

だが、今は飛鳥が無事であるということを願うしかない。

ていうか、よく考えてみたらまず私が無事に帰れるかどうかだ。

もしかしたらこの時代で骨を埋める結果になるかもしれない。

もしそうなら本当に最悪だ。

兎に角、早く元の時代に帰る方法を見つけなければ……。

 

 

「記憶を失ったというが、二人は相変わらず仲がいいな」

 

 

少しナイーブな気持ちになっているところ、正面から女性がそう声をかけて私に近寄ってきた。

 

彼女は上白沢 慧音。

この時代の人の一般着なのか少しぼろくなっている着物を着ており、腰に届くくらい長い美しい黒髪の女性だ。

白鷺 茜が美少女というなら上白沢 慧音は美女だろうか。

なんでも私が昨日訪れた集落に住む女性で、時々、こうして寺の子供達に文字などを教えに来てくれているらしい。

実際、私も幼い時……といっても二年前くらいまで彼女に文字を習っていたらしい。

おかげで昨日、集落にいって話した時に記憶喪失のことで思いっきり肩を揺さぶられ色々と問いただされた。

そして頭がすごいぐわんぐわんとした。

ちなみに未婚、これはどうでもいい。

 

 

「慧音先生、おはよー。今日も来てくれてありがとね」

 

「いや別にいいさ。私も子供に何かを教えるのは好きだしね」

 

 

私の隣に座っていた白鷺 茜が立ち上がって頭をさげると、笑いながら上白沢 慧音はそう答える。

この時代の人は男女問わず農作業に励んでおり、勉強する時間なんてないと思っていたがこうしてわざわざ寺に来て勉強を教えに来てるところを見るとそんなことはなかったみたいだ。

いな、もしかしたら農作業の時間を割いてでもこの上白沢 慧音はここの寺の子供にモノを教えに来てるのかもしれない。

もしそうなら上白沢 慧音は中々、面倒見がいいのかもしれない。

 

 

「雪の方は調子はどうだ。なにか思い出したか」

 

 

白鷺 茜に向ける目を今度は私に向ける。

彼女らにとっては昨日今日で何かを思い出すなら良かったのだろうが、生憎、私は桜井 命であり、白鷺 雪ではない。

残念ながら私が消えない限り、白鷺 雪の記憶は戻らないだろう。

ま、口に出しては言わないが。

 

 

「はい、記憶はないですけど調子はいいです」

 

「なにかお前に敬語で話されると気持ち悪いな。本当に記憶がないんだな」

 

 

一体、白鷺 雪とはどんな人物だったのだろうか……。

上白沢 慧音の様子を見る限り敬語を使う様な人間ではないことは確かな様だが。

 

 

「大丈夫ですよ慧音先生! 雪ちゃんの事は私がしっかり面倒を見るので!」

 

 

白鷺 茜は声をあげながら、私の腕を離れて私の身体に力強く抱きついてきた。

おかげで大きな胸がさらに密着しイラってくる。

この時代の食事は主に栄養のあまりなさそうな玄米と茹でただけの山菜などで基本みんなガリガリなはずだ。

私のいまの身体も胸はもちろん腰回りや腕などが結構細く、この身体が私の身体でないことを理解できた要因の一つとなった。

しかし、白鷺 茜の胸はガリガリな全体に比べれば胸だけはふっくらとしている。

そして理解してしまう。

これが女の子柔らかさなのかと……。

 

 

「はは、流石はお姉ちゃんだな茜」

 

「違うよ慧音先生! 私はお姉ちゃんじゃなくて、今は雪ちゃんの伴侶だよ!」

 

「……お前は変わらんな茜」

 

 

白鷺 茜の言葉に上白沢 慧音は呆れている。

実際に私も呆れている。

ていうか上白沢先生よ、伴侶ということにツッコンでおくれ。

昨日の夜だって白鷺 茜に布団に引きずり込まれかけて、身体で思い出させてアゲル、とか言われてナニかされそうになったし。

まじで白鷺 雪と白鷺 茜の関係はなんなんだよ……。

 

 

「うん、だって私は雪ちゃんの事が大好きだもん!」

 

 

白鷺 茜は満面の笑みを浮かべそう言った。

 

この娘の笑顔を見ると時々思う。

白鷺 雪はこの娘にとっては心の支えなのではないか、と。

もしそうなら一刻も早く私は元の時代に帰れる様にしなければいけない。

もし私が元の時代に戻ることになるのなら、この身体……白鷺 雪の身体は本来の記憶を取り戻すのかもしれないから。

確証はないが、なんとなくそう思う。

 

 

私はそう思いながら隣に座るこの娘(あかね)の笑顔を見つめる。

 



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人形

私がこの時代に来てから一週間ほど経った。

元の時代に帰る手立ては全くなく、私のいま置かれている状況以外は何もわかっていない。

まずこの時代にどうやってきたのかもわからずじまいなのに、どうやって帰るのかとかはわかるはずもない。

過去に飛んで自分のそっくりさんに憑依とかどこの中二設定だとツッコンでやりたい。

ていうかいま置かれている状況がファンタジーすぎて私の思考範囲外だ。

おかげで帰る方法のかの字も見つからない。マジでやばい。

このままこの時代でトルゥーエンドとかになったら洒落にならない、てかバッドエンドだ。

 

 

「雪ちゃん雪ちゃん、なに溜息ついて歩いてるの? 日が暮れちゃうよー!」

 

 

私が今後の心配をしていると私の先を歩く白鷺 茜が、後ろを振り返りながら大きく手を振っている。

私は現在、寺の周りにある森の中で白鷺 茜と日課の薪拾い中だ。

この時代ではものを燃やすのには薪が重要視されているらしい。

なのでうちの寺では集落にいって食べ物と交換しているだとか。まあ、薪なんて森に行けば簡単に見つかるからなのかそんな大層なものと交換はできないみたいだが。

だから、薪拾いついでに食べられそうな山菜などを探す。ていうか、むしろ山菜探しがメインで薪拾いがついでと言っていい。

 

 

「山菜って苦いからあんま食べたくないんだよな……」

 

 

私はそう呟きながら白鷺 茜の背中を追いかける。

実際、この時代に来てからは一日二食で玄米と山菜で時々大豆の様なものがついてくるくらいで、現代っ子な私にとっては中々、ハングリーな生活をしている。

この時代の人がなぜガリガリなのか頷ける食事内容だ。

しかも、山菜は茹でただけで苦味があまり取れてないし、玄米なんかはほとんど味がしない。

本当にママンの手料理が懐かしいものだ。

 

 

「あ、雪ちゃん綺麗な花が咲いてるよ!」

 

 

私の前を歩く白鷺 茜が急に立ち止まり足元に咲く花を凝視している。

私も立ち止まる白鷺 茜に追いつき、足元に咲く花を見る。

そこには見覚えのある赤い花が、十数くらいの数ほどそこに咲いていた。

 

 

「彼岸花だな」

 

 

私は足元に咲く花を眺めながらそう呟く。

確かこの花は九月くらいに咲く花だから、いまの暦は大体それくらいなのだろう。

私のいた時代は確か夏だったから少し変な気分だ。

 

 

「へぇ、ひがんばなって言うんだねこの花。美味しいのかな?」

 

 

この女はなんて物騒な事を。

確か彼岸花って麻痺とか起こす毒が含まれていると聞いたことがある。

そんな恐ろしいものを食べて死ぬとか本当にバッドエンドにしかならない。

過去の時代で毒死とか笑い物にもならない。

 

 

「……毒があるから食べられないよ」

 

「へぇー、雪ちゃん物知りだね」

 

 

あ、いけね。

私は記憶なし子ちゃんの設定だったんだ。

それにこの時代に彼岸花の生態に詳しい人がいるかも怪しい。

無駄な事を言うんじゃなかった。

白鷺 茜に変に疑われたら面倒だ。

とりあえず今はそれっぽい事を言って誤魔化すしかない。

 

 

「えぇ、本当に詳しいのねお嬢さん」

 

 

私がいま頭の中ででっち上げた言い訳を使おうとしていたところ、背後からその様な甲高い声が聞こえた。

私は声が聞こえた方を振り向くと、そこには赤色のこ綺麗な着物を着て、緑色の髪で瞳が紅い女の人が立っていた。

髪の色と瞳の色を見るに日本人には見えないが、顔つきは外国の人っていう感じはしない。

この時代の人は緑色の髪と紅色の目をした人とかもいたのだろうか?

いや、そんなわけはないか。

 

 

「……どなたですか?」

 

 

私がいきなり声をかけてきた女性に警戒をしていると、私と同じ様に彼女を警戒していた白鷺 茜が少し引き気味にそう尋ねた。

 

白鷺 茜が知らないのならこの辺の人ではないのだろう。

この時代の人にとっての人間関係はほぼ集落内だけで完結している。それ以外の見ず知らずの人は、余所者でしかないのだろう。

でなければ普段ほんわかしている白鷺 茜がこれほど警戒するはずはない。

 

 

「あぁ、怪しい者ではないわ。私はただの旅人よ」

 

 

女性は微笑みながら答え、私達の方に近寄り、私達の足元に咲く彼岸花の前で着物のシワを直しながらしゃがみ込んだ。

そして咲く花の前に座り込むと、彼岸花の赤い花弁を撫で始め口を開いた。

 

 

「綺麗に咲いてるわね」

 

「は、はぁ……」

 

 

私は女性の突然の言葉に拍子抜けした。

現代でも見たことない緑髪と赤眼を見て少し警戒していたが、花を慈しむところを見るとそんなに悪い人ではなさそうだ。

 

 

「あなた花は好き?」

 

 

女性は私の方に視線を向けながらそう尋ねてきた。

 

 

「えぇ、まぁ、ほどほどに……ですかね……」

 

 

私がそう言うと女性はクスリと鼻で笑う。

何かおかしいことでも行ったのだろうか?

 

 

「花の名前だけでなく、その特性まで知っていてほどほど……ね」

 

「はぁ……何かおかしかったですかね?」

 

「ふふ……」

 

 

女性はそう言いなにやら意味あり気な微笑みを浮かべて立ち上がる。

もしかしてこの時代では特に教養のないはずの農民が、無駄な知識を持っていた事に疑問でも持ったのだろうか?

もしそうなら誰かに教わったとでも言えばいいが、近くに白鷺 茜がいるのだ。

記憶喪失なのに誰かに教わったのを覚えてるのはおかしい。

 

さて、どう誤魔化すか……。

 

 

「……雪ちゃん、そろそろ暗くなるし帰らないと」

 

 

私が彼女への言い訳を考えていると、隣に立つ白鷺 茜が私の着物の裾をつまみながらそう言ってきた。

 

私はそう言われて空を見る。

確かに既に日は西に半分ほど沈み始めている。

これ以上、暗くなってしまったら、如何に知っている森の中でも灯りのないこの時代では命取りだ。

下手したら森の中で遭難なんてこともありえる。

 

 

「あー、そうだね」

 

「あら、もう帰るの?」

 

 

私が白鷺 茜の言葉に肯定すると、女性は少し残念そうに言った。

 

 

「貴女とはもう少し話したかったのだけれども」

 

「すいません、食事の用意もしないといけないので」

 

 

まあ嘘だが。

今日の食事当番は私と白鷺 茜の次に寺の中で最年長であり、私がこの世界で目覚めた時に私の看護をしていた少年の小太郎だ。

だが、ここで少しでも帰る理由があるのならこの女性も無理に私達を引き止めようとはしないはず。

これはいわゆる必要な吐いていい嘘なのだ。

 

 

「あら、そう。それなら残念ね」

 

「本当にすみません」

 

私はそう一言いい白鷺 茜の手を引きその場を離れた。

 

 

日が暮れる前に森から出るためにーー。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

私と白鷺 茜は急いで歩き続ける。

既に日は沈み、空はぼんやりと明るみがあるだけだ。あと数分もしないうちに前が見えなくなるほど暗くなるのだろう。

幸いな事に森の切り目はもう目の前で、遠目だがあのボロ寺も見えてきた。

 

 

「すっかり遅くなっちゃったね」

 

 

私の手を未だに握る白鷺 茜は二ヘラと私に笑いかけながらそう言う。

確かに夕暮れ前には帰ってくるつもりだったが少し時間がかかりすぎた様だ。

まあ理由は白鷺 茜が私と逢いびきだー、とか言いながら薪拾いや山菜集めをついでにして歩き回っていたからだが。

 

 

「小太郎くんはちゃんとご飯作ってくれてるかな」

 

「あの子なら大丈夫だろ」

 

 

まだこの時代に来てから一週間ほどしか経ってないが、小太郎はしっかり者の長男って感じだろうか。

あの寺の持ち主であった和尚さんが亡くなってからは、実質的に白鷺 茜があの寺では最年長で家事を仕切ったり幼い子供の世話をしたりとしているが、白鷺 茜のいない時は小太郎が先頭に立って頑張っていたし。

ちなみに私は家事や幼い子の世話はあまりせず、白鷺 茜の側をついて回り雑用などをしていた。白鷺 茜曰く、なんでも記憶喪失な私を独りきりにさせるのは不安らしい。

余計なお世話だ。

 

 

「そうだね、みんなのお兄ちゃんだもんね」

 

 

白鷺 茜は安心した表情でそう答える。

その表情は息子の成長を感じる母親の様であり、とても誇らしげな笑みを浮かべていた。

 

白鷺 茜にとって白鷺 雪が親友というのなら、それ以外のあの寺の子達は心配事の多い弟や妹という感じなのだろう。

だが、和尚さん亡きいま、ほとんどあの寺のことを一人で切り盛りしていた様だし、本当に十七歳とは思えんな。

なんというか家庭を支える大黒柱の様な感じだ。

 

そう考えると本来の私は……白鷺 雪はあの寺にとってはなんだったのだろうか……?

 

 

 

「あ、いい匂いがするし、ちゃんと作ってくれてたみたいだね」

 

 

白鷺 茜が鼻をヒクヒクとさせながら呟く。

話しているうちに森を抜け、目の前には子供達のいる寺が見えてくる。

空は既に暗くなり、もう少し遅ければ目の前は真っ暗になり森の中を彷徨う事になっていだだろう。

 

 

私達は森を抜けたら寺の裏口に回り山菜と薪が入っている籠を背中から下ろし、寺の裏口の横に置く。

そして、引き戸の取っ手に手をかける。

 

ここを開ければすぐ台所であり、かまどには既に炊き上がった玄米がいつでも食べられる様になっているのだろう。

そして、寺に住む十数人の子供たちがワイワイと騒ぎながら茶碗などを並べたりしているのだろう。

食事は質素かもしれないが、大勢で食べるご飯が美味しいことはこの一週間でよくわかっている。

現代人な私にとって食事の献立はあまり満足できないものだが、幼い子供に囲まれながら食べる食事は本当に美味しい。

もし元の時代に戻ることができるのなら保育園の先生とかを目指すのもいいかもしれない。

昼のお弁当を小さな子供に囲まれながら一緒に食べる、それは私にとってはとてもいい光景かもしれないーー

 

 

私はそう思いながら引き戸の取っ手を横に引き、戸を開けた。

 

 

ただいま。

戸を開けると同時に私はその言葉を言ようとしていた。

だが、開いた戸の先には私の想像していた子供たちが誰一人居なかった。

 

 

夕飯を手伝っているはずの、

騒ぎ立てているはずの、

走り回っているはずの、

笑いあっているはずの。

そんな彼ら彼女らの姿はそこにはなかった。

 

 

 

あるのは、"人形"。

人の形をしたもの。

いな、人の形をした"部品"だ。

 

 

あるものは"頭"

あるものは"腕"

あるものは"胴体"

あるものは"足"

 

 

それは本来一つのものであっただろうが、それぞれの"部品"が足らずバラバラに転がり落ちている。

大小様々。

頭の形や腕や足の長さ、胴体の大きさがそれぞれ違う。

 

唯一、共通点を上げるとするのならどれも赤い"斑点"がついていることだろうか。

"斑点"だけではない。

どの部品も赤い"水溜り"に沈んでいる。

 

 

 

 

 

 

私の見たモノ。

それはおびただしい量の"死"であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うえぇ……かはっ……」

 

 

私は"それ"を見た途端に目を背け、吐いた。

 

目の前に広がる光景は惨たらしくバラバラにされた死体であった。

中には手足が取れた胴体が転がっており、腹が喰い破られた様に裂け、腸などの赤いものが出ているものもある。

 

それが一つや二つではない。

部屋全体に転がり落ちている人の形をしていたもの。

それも全て幼い子供であろうもの。

子供特有の短い手足が、子供っぽい顔立ちをした頭が所々に転がっている。

 

 

「……え、なんで……」

 

私の後ろに立っている白鷺 茜は口元を押さえ、あまりの事にその場で立ち尽くしていた。

 

 

今日の昼ごろに笑顔ではしゃぎ、記憶喪失の私に不安を思いながらも"雪お姉ちゃん"と呼んでいた子供たちが。

今ではバラバラになって血の海に沈んでいる。

あの可愛らしい笑顔はもうどこにも無い。

 

 

遅れて気づいた血の匂い、それも子供達の死を連想させ、吐き気が収まらなかった。

私はその場に膝をつき、再び吐く。

 

 

「だれが……こんなことを……」

 

 

私は口元についている唾液を袖で拭いながら、地面に転がる死体を見ない様に部屋の中に視線を動かす。

 

しかし、死体から目を逸らしたところ、壁にまで血が飛び散っており、どうしても"死"を連想させてしまう。

 

 

「あ……あやかし……」

 

 

私が部屋中に視線を向けていると、突然後ろにいる白鷺 茜が震えた声でそう呟いた。

それは見てはいけないものを見てしまったことへの拒絶の言葉に聞こえた。

私は白鷺 茜が視線を向けていた先に目を向ける。

 

視線を向けた先は部屋の隅であり、そこには壁に背を向けて這いつくばりながらヒトであったモノに顔を埋める何かがいた。

いや、ただ這いつくばっているのではなく倒れている子供の腹を喰い破り、それを食べているヒトの形をした何かであった。

"それ"は右目の目玉が垂れる様に飛び出ており、顔は火傷をしたかの様に皮膚がただれていた。

そして腕は薔薇の花の茎の様に所々が尖っており丸太のように太い。腕の指の爪はそれぞれが鋭く尖っており、ひっ掻くだけで簡単に物を切り裂くことができそうなものだ。

身体は強靭な腕とは段違いでヒョロヒョロとしており、肋骨が浮き出るほどのガリガリ体型であった。

 

化け物。

私の第一印象はそれであった。

 

私がそちらの方を凝視していると、その化け物が死体に埋めていた顔を上げ、こちらを、私の目を見つめてきた。

私は咄嗟に目があったことに驚いて視線を逸らしてしまった。

 

 

 

だが、私が視線を逸らした途端を狙ったかの様に、化け物はこちらに突進し、鋭く尖った爪が生えた手で私の腹を突き刺した。

 

 

 



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愛ノ歌

私が死ぬのはこれで初めてでは無い。

 

いや、初めてで無いという言い方は適切では無い、人生とは一度きりなのだから。

正確に言うのなら私は私が死んだことを覚えている、ということだろうか。

 

あれは私……桜井 命にとっては一週間前のことだ。

学校帰り、幼馴染みで親友の柳 飛鳥と一緒に歩いていた時の話だ。

 

 

私はあの時、後ろから歩道に突っ込んできたトラックに轢かれて"死んだ"。

 

 

詳しい事は死んでしまい今となってはわからないが、ガードレールにぶつかりながら私と飛鳥を轢いた。

それが私の"死んだ"時の最後の記憶で、"桜井 命"としての最後に見た光景だった。

 

そしてその後、私はこの"時代"に転生(・・)したのだ。

 

実際には転生かはわからないし、死後の世界に行ったのかは覚えてない。

だが、確かなことは私はこの"時代"に生を授かった。

 

 

 

 

そして第二の人生として"白鷺 雪"として生まれた。

 

 

 

 

生まれた時や親の顔は覚えていない。

その時はまだ自分の人生が二回目だとは知らず、普通の赤ん坊として生まれたからだ。

 

一番、記憶が明確なのは白鷺 茜と……茜と和尚さんと寺で過ごしていたことだろうか。

物心がつく前に既に和尚さんに拾われ、茜と一緒にいて……。

それで和尚さんの友人の慧音先生に文字を教えてもらい、時々、茜と慧音先生の授業をサボっては頭突きをされて怒られていた。

そういえばこの頃くらいに小太郎が拾われたっけか。あの頃のあいつはよちよち歩けるくらいかで私と茜で面倒を一緒に見たものだ。

 

そして、私達が独り立ちできる年齢になった頃、和尚さんはポクリと逝ってしまった。

もちろん私は涙を流した。

だが、茜はあまりに悲しすぎて涙も出ないほどで物置の中に引きこもってしまうほど、和尚さんの死を引きずっていた。

 

私はどうしようかと迷った。

迷いはいずれか焦りに変わり……だからだろうか、あんなアホな事を口走ったのは。

 

 

 

私が茜と一緒にいてやる

幸せにしてやる

愛してあげる

愛してる

だから私に身を委ねろ、と。

 

 

 

あの時の私は頭が混乱していた。

茜が引きこもりまともに食事すら取らなかったので次は茜が、と考えてしまっていたのだ。

そして私が告白まがいな事を茜は真に受けたのか、勢いよく物置から出てきてわんわんと泣いていた。

 

 

 

どうやら茜は私の事が昔から女の子として好きだったらしい。

 

 

 

それから茜は和尚さんの事からだいぶ立ち直り、私に愛を歌うようになった。

 

私も最初は動揺した。

あの告白は慰めのつもりで言ったもので、生涯の愛を唱えたものでは無いからだ。

何度も茜の誤解を解こうとした。

しかし茜は私の言葉を受け入れず、私への愛を歌い続けた。

 

私は断り続けた。

そんなのはおかしい、女の子同士なのに、と。

だが、茜は私に愛を歌い続けた。

そしていつしか茜に言われてしまった。

 

 

 

私は"あの日"から貴女への愛が尽きない

貴女の事を一時も忘れられない

あの時の愛の歌に責任を取ってほしい、と。

 

 

 

私はそう言われたら何も言えなくなった。

確かにあの時……茜が引きこもった時に言った言葉には嘘偽りはなかった。

茜とはずっと一緒にいるつもりはあったし、幸せにしてあげたいし、愛してる。

しかし、それは同性の範囲内だったし、茜が思うようなことを言うつもりは万に一つもなかった。

 

だが、茜は私の事が女の子として好きで、私も彼女の気持ちも知らずその心に漬け込み、茜の心に和尚さんの死を受け入れさせたのだ。

 

 

結果。

私は折れ、和尚さんの死からほぼ一年後に茜の婚約を受け入れた。

 

その後はトントン拍子に物事が進んだ。

流石に同性同士での婚約はマズイと思ったので信頼できる人にしか話してない。

ぶっちゃけ寺の子供達と慧音先生くらいにしか私達の事は言っていなかった。

 

もちろん慧音先生には頭突きを喰らった。

しかし、その後に絶対に途中で投げ出すな、と言って私達の関係を受け入れてくれた。

寺の子供達はやれやれやっとか、と何やら哀愁漂う表情を浮かべていた。

 

それからしばらくは今まで通りの寺との暮らしに加え、私と茜の新婚生活が続いた。

まあ、昔から私達は一緒だったので寺での生活はそんなに変わらなかった。

しかし、新婚らしくちゃんと昼間っからイチャイチャしていたし、夜になると一線を越えるようなこともした。

同性という間違いを私は犯してしまったが、たぶん幸せだったとは思うし、茜も幸せだったと思う。

 

 

 

だが、月日が経つたびに私は段々と不安に思い始めた。

私は茜を愛しているのではなく、茜をこのような風にした自分に責任を感じているのでは無いか、と。

 

 

茜が愛してる、と言ってくれると確かに嬉しい。

しかし、本当は茜に肯定してもらうことで私は自分の犯した間違いに免罪符をうっているのではないか、と。

 

 

日に日にその思いは強くなる。

いつしか茜との情事にまで影響し、八つ当たりのように滅茶苦茶にしてしまったことまであった。茜はその事を一種のプレイとして悦んでいたが私はどんどんと不安になる。

私が茜を洗脳して、茜の人生を無茶苦茶にしたのではないか、と。

 

 

私はある日思った。

もう一度、茜との関係をやり直せたならば、と……。

 

 

 

 

だが、私が葛藤し続けるある日、事件は起こった。

木の上に登って降りれなくなった猫を助けようとして、私は足を滑らせ頭から落ちてしまったのだ。

 

その時、私は強く頭を打ってしまい生まれた時からの記憶がスッパリと何処かにいってしまった。

しかし、私はその時に前世の、いつしか終わってしまった人生の"私"を思い出した。

 

 

私の願いは叶ったのだ。

茜と、白鷺 茜と私の……、白鷺 雪の関係は記憶喪失という形でリセットされた。

憐れにも私は過去の世界にやってきたのなんだの言った。

だが、実際には過去に転生し第二の人生を生きていた"白鷺 雪"が今を忘れ、前世の、"桜井 命"の生きた記憶を思い出しただけなのだ。

 

頭を打ち"白鷺 雪"は消えた。

そして死んだはずの"桜井 命"が再び生を受けたのだ。

 

 

 

あの日から。

あの木から落ちた日から。

 

 

 

(わたし)は溶けいなくなり、命(わたし)が生まれたのだ。

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「ゆきちゃん……ゆきちゃん……」

 

 

目を開くとそこには涙を流している茜の顔が視界に広がっていた。

 

今のが走馬灯なのだろうか?

私は倒れた状態のまま少し首を起こし、腹にあいた穴を見つめる。

そこからは血がドバドバと流れており、見るからに致命傷だった。

 

 

「……ぜんぶ……おもいだした……んだ……」

 

 

私は一度、起こした頭を地面につけ、茜の顔を見ながら口を開いた。

 

 

「……ゆきちゃん、おねがいしゃべらないで……」

 

 

茜はグスグスと泣きながら私の胸に顔を埋める。

こういう時は頭でも撫でて慰めてあげたい。

しかし、残念ながらもう身体には力が入らなく、腕一本あげることもできなさそうだ。

身体は痛く無いのに身体が動かない。

これが"死"か。

 

 

「……ごめん……あかね」

 

「……ううん、違う。謝りたいのは……私の方だよ……」

 

 

私の胸に埋めた顔を上げ、涙を流したまま茜は私に視線を合わす。

 

 

「こんな……こんなみんな死んでるのに……私はゆきちゃん以外が死ぬことに……悲しめないの……」

 

「……」

 

「わたしは……ゆきちゃんに死んでほしくないよぉ……」

 

「わたしは……だいじょうぶだよ……だから……ゴフッ」

 

 

逃げて。

その言葉を言う前に私は口から血を吐いてしまった。

このままでは茜もあの化け物に殺されてしまう。

 

そういえばあの化け物はどうなった?

私の腹に風穴をあけた化け物は……。

 

 

「……ゆきちゃん」

 

 

化け物は目の前にいた。

茜の後ろに。

茜の心臓の部分に背中から手を突き刺している化け物が。

 

刺されたからなのか、茜は口から血を吐き、私の胸元に倒れこんできた。

目は虚ろでこちらを見ているが、なんの力もこもっていない視線が。

そして血を口から流し、茜は顔を私の胸元に置いて視線をこちらに向けながら弱々しく口を開いた。

 

 

「ゆきちゃん……あいし……てる……」

 

 

それが茜の最後の言葉であった。

 

茜はその言葉を呟くとコテンと力尽き、私の方に視線を向けたまま動かなくなった。

そう動かなくなった。

 

あっけないものだった。

暗くて表情はあまり見えなかったが彼女は笑っていた気がする。

 

 

「わたしも……おわりか……」

 

 

茜を突き刺した化け物はこちらに視線を向けながら、茜から抜き取ったのであろう赤い塊を貪っていた。

 

これで二度目の死か。

私は目の前の化け物を見ながらそう思った。

 

先ほどの走馬灯を見て私が……"桜井 命"が一度死に、二度目の生として"白鷺 雪"として生きていたことを思い出した。

 

なぜ過去に転生したのか、なぜ前世と同じ様な顔で生まれたのか、なぜ私は前世の記憶を思い出して今の記憶を忘れていたのか……。

思う事は色々あるが死ぬ今となってはもう考えても無駄なことなのだろう。

 

あぁ、願わくは……。

来世ではこんな化け物がいなくてご飯の美味しい世界に生まれたい。

 

そして……また茜に出会って、今度こそちゃんと正しい道で生きて……

 

 

 

 

 

「……ちがう」

 

 

 

 

 

ちがう……そんなのではダメだ!

 

私は生きたい!

生きて……茜の事をずっと忘れないでいたい!

今回は偶々、前世の事を思い出せただけで、来世では茜の事を覚えていられるとは限らない。

 

私は彼女に償いたいのだ……。

 

忘れていたことを……。

茜との関係をやり直したいと思ったことを……。

 

彼女は最後まで私に愛を歌ってくれた。

彼女は死ぬ間際まで笑顔で私に愛してると言ってくれた。

彼女は私以外はどうでもいいと言ってくれるほど私を愛していてくれていた。

 

 

 

そんな彼女の愛に自分は答えられなかった……

 

 

 

たがら、生きて彼女だけ愛して生きたい。

それが彼女に……茜に歌える、最後の愛を伝える機会だと思うから。

残りの人生を使って、茜の愛へ応えていきたい。

それが死んでしまった茜へ出来ることだと思うから。

 

 

 

 

 

 

だから生きたいーー

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アカネ……アイシテル……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼……アあぁぁぁぁぁァぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

私がそう雄叫びをあげると化け物はもう一度私を突き刺そうと腕を振り上げた。

 

そして同時に化け物の心臓部に一本の"白いトゲ"が刺さり、化け物は音も無く地面に倒れこんだ。



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妖怪

「ねぇ、雪ちゃん」

 

 

縁側に座りながら月の浮かぶ空を眺めていると、突然、茜が私の名前を呼んだ。

 

 

「雪ちゃんは……私と一緒にいれて嬉しい?」

 

 

そう聞かれると私はすぐに首を縦にふる。

 

 

「私もだよ。だって私はこんなにも雪ちゃんを愛してるんだから」

 

 

茜は繋いでいる私の手を強く握りしめ、私に笑顔を向ける。

私はその笑顔と言葉を向けられ、恥ずかしくなって顔を背ける。

 

 

 

 

「だから、これからも……一緒にいようね」

 

 

 

 

そうだね。

私はそう言われ言葉を返そうと、茜に視線を向き直すと既にそこには茜の姿はいなかった。

私は自分の右手を見る。

 

 

握っていたはずの手がそこにはなかったーー

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

私が目を開けるとそこには月が浮かぶ夜空がある。

私の横ではパチパチと音を立てながら小さな焚き火がついており、その火からでた煙が真っ暗な暗闇にユラユラと浮かんでは消えていく。

 

 

「あら、もう起きた?」

 

 

その様な声が聞こえた。

 

私は声が聞こえた方を向く。

そこには緑髪で赤眼の……夕方頃に森の中で出会った女性が木の幹の上に腰を下ろしながらこちらを見つめていた。

 

私はなぜ彼女がいるのか、と疑問に思いながら周りに視線を向ける。

ここは暗くてよくわからないが木が多いことから、ボロ寺の近くにあるあの森の中なのだろう。

なぜこんなところに?

確か私は森から寺に戻り、その後は……。

あぁ、そういえば……。

 

 

「みんな……死んだんだ……」

 

 

バラバラに転がる死体。

その死体を貪る異形な化け物。

そして…親友の……茜の最後。

 

 

「貴女、泣いてるの?」

 

 

緑髪の女性が不思議そうに首を傾げてそう言う。

私は目元を指で擦るとわずかな水滴。

あぁ、確かに自分は泣いている。

 

だが、みんなが……寺の子供達が死んだから泣いたのではない。

この涙は茜が……白鷺 茜が死んだことに嘆いているのだ。

 

 

「……そういえば私はなんでここに?」

 

 

私は目の前にいる緑髪の女性に尋ねる。

確か私はあのボロ寺に化け物に腹を突き刺され、そして茜が殺されて……。

それで私が最後の力を振り絞って声をあげたら、突き刺されて開いた腹の穴から"白いトゲ"の様なものが伸びる様に突き出てきて、あの化け物の心臓に突き刺さった。

そして、突き刺された化け物は悲鳴をあげる間も無く倒れて、私もそこで意識を失った。

 

なのになぜこんな森の中に……?

それに化け物に突き刺されて開いた腹の穴は何事もなかったかの様に塞がっている。

突き刺されたはずの着物は穴が開いているが、そこから見えるはずの穴は綺麗な肌色であり何事もなかったかの様になっている。

 

 

「私は旅人よ、今夜は貴女の家に泊めてもらおうと貴女たちの後を追ってきたの。だけど先客がいたし、血生臭かったから泊まるのは止めにしたわ」

 

 

女性はやれやれと言いたげな様子で呆れていた。

 

 

「いや、だからなんで私は……」

 

「私は貴女とお話がしたかったから貴女の家に行ったのに、あんなんになっていてね。だから血生臭い屋根の下で泊まるのは止めにして、野宿でもしながらお話ししようと思っただけよ。だから貴女をここに連れてきた」

 

「……なんであんたそんな呑気に言えるんだ」

 

 

私は睨みながらそう言うと女性はまた不思議そうに首を傾げる。

なんで人が……しかも、子供があんな無惨に死んでいたのに、この人は興味もなく何事もなかったかの様に語れるのだろうか。

例え知らない人の死だとしても情とかそう言うのは彼女には……。

 

 

「人が……死んだんだぞ……」

 

「貴女、面白いこと言うわね。たかが人が死んだだけで」

 

「だから……」

 

「人が死ぬことに悲しみを持てなんて、貴女はまるで"人"の様なことを言うのね」

 

「いったい何を言って……」

 

女性は意味がわからないかの様に首を傾げる。

なんで彼女は人の死に、どうでもいい様なそんな表情ができるのかがわからない。

それにその言い方だとまるで私が……

 

 

 

「だって貴女は私と同じで"妖怪"でしょ?」

 

 

 

女性は首を傾げながら私の方を見る。

私は彼女が何を言っているのかがわからず、何も言うことができなかったし、彼女の言葉を理解できなかった。

 

彼女は何を言っているのだろうか……?

妖怪……そんなものこの世界には……。

 

私はそう思いながら横に寝かしていた身体を起こした。

しかし、起き上がった拍子に自分の視線に何本かの白い糸の様なものが横切った。

私はその白い糸を撫でる様に触る。

そしてその白い糸が自分の頭から生えていることを知る。

 

いな、本来は生えているはずの黒い髪の毛が白くなっていたのだ。

 

 

「え……なんで髪の毛が……」

 

「えぇ、それには私も驚いたわ。夕頃に会った時は黒だったのに、夜に会いに行ったら白くなっていたのだから」

 

 

私が白くなった前髪を弄っていたら、女性は驚き様もなくそんなことを言っていた。

私は白くなった前髪を離して、自分の腰まで伸びるほどの本来は黒である髪の毛を手にとって覗き込む。

確認すると前髪と変わらず後ろ髪も白くなっており、私の髪全体が脱色したかの様に白髪に変わっていた。

 

 

「まあ、貴女は妖怪だものね。変化くらいはできるのでしょ」

 

「ちょ……妖怪って……」

 

「なに、もしかして自分が人間とでも言いたいの?」

 

「そうだっ!私は人間だ!」

 

 

私がそう叫ぶ彼女は一瞬キョトンとしていたが、直ぐに声をあげながら大声で笑いだした。

 

 

「あはははっ、滑稽だわ。貴女って本当に面白いのね!」

 

「なにが言いたいっ!?」

 

「貴女、自分の右手を見ても、まだ自分が人間とでも言うの?」

 

 

私は女性に言われ右手を見る。

 

 

「ひっ……」

 

 

私は"それ"を見ると小さな悲鳴をあげる。

私の見た先の……、右手には本来あるはずの肌色はなかった。その代わり汚れを知らない様な純白になっていた。

柔らかい感触はそこにはなく、無機質の様に硬いものが私の手についている。

いな、ついているのではなく生えている。

 

本来は肉がついているはずの右手には、脂肪がついておらず、理科室の標本などでよく見る白い手……。

"白骨化"した手が私の右腕となっていた。

 

私は恐る恐る着物の袖をめくる。

そこにあったのは白い棒状な腕。

白骨化した腕が自分の右肩部分まで続いており、腕と肩の間に漂う黒い靄の様なものを境に白骨化した部分と本来ある肌色の部分とで分かれていた。

 

 

「……うえぇぇっ!」

 

 

私はめくった袖の中を見るのをやめ、白骨化していない左手で口元を押さえながら吐いた。

 

 

「なに? 貴女って本当に自分が人間だと……あぁ、なるほど。その様子を見るについさっき妖怪になったみたいね」

 

「ど……どういうことだ……」

 

「いるのよねたまに。本来は人であったものが妖怪になるってこと」

 

 

女性はクスリと笑いながら私を見つめる。

私は口元を拭いながらもう一度、白骨化している右手を見つめる。

 

 

「なら、私は……」

 

「そう。ようこそこちら側へ、憐れな人よ」

 

 

女性はそう言いながら口元を三日月の様に吊り上げ、無機質な笑いをした。

 

 

「貴女は……」

 

「風見 幽香、それが私の名前よ。幽香でいいわ」

 

「幽香は……妖怪なのか……」

 

「えぇ、けど勘違いしないでほしいわ。貴女の家族を殺した妖怪みたいに私は人は食べないわ」

 

 

だって醜いもの、と言いもう一度クスリと笑う。

 

 

「そう……か。なら、私はどうなったんだ?」

 

「どうとは?」

 

「妖怪になったからにはなにかないのか」

 

「なにもないわ。人間みたいに掟とか風習なんてないもの。まあ、天狗とかの同種同士で住む奴らには多少はあるのだけど基本妖怪は自由よ」

 

 

自由……か。

 

 

「もしよかったら私と旅に出ない?」

 

「……旅?」

 

「そう。私ね、花が好きなの。だからぶらぶら歩いていろんな花を探してるの」

 

 

妖怪の癖に以外にファンシーなものに興味を持つのだな……、と思ったが私も今ではもう彼女と同じ存在なのだ。

 

 

「妖怪は長生きするし、余程の事がない限り死なないわ。いい暇つぶしにはなると思うのだけど?」

 

 

旅か……、そうだな。

それも悪くないかもしれない。

この女性と旅に出て、それで……私はどうしたいのだろうか?

けど……

 

 

「あぁ、そうだな。特にやりたいことはないしな」

 

 

もう私に居場所はないのだから……

 

 

「それはよかったわ。ならーー」

 

「けど、一度あの"寺"に戻っていいか。みんなと……お別れしたいんだ」

 

 

私がそう言うと彼女はまたクスリと笑う。

 

 

「別にいいわよ、でも今から行きなさい。もうじき日が出るわ」

 

 

彼女はそう言うと明るみの出てきた空に指をさした。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

私は彼女……幽香を森の中に置いて、我が家に戻ってきた。

 

外から見ればただのボロ寺。

だが、ここには色々と思い出がある。

和尚さんとの、慧音先生との、子供達との、そして……茜との……。

 

私は正面から寺に入る。

玄関には子供の死体が二つほど倒れており、バラバラになって転がっている。身体の所々に食い破られたところがあり、とても無惨な様子だ。

玄関から逃げようとしたところ殺されたのだろう。いや、玄関から入ってきた妖怪に殺されたのかもしれない。

まあ今となってはわからないが。

 

私は玄関から中に入り、床に転がる死体を避けながら歩く。

廊下を進むと一つ、二つと無惨な子供の死体を見る。

どの死体もバラバラで、流れ出た血は既に固まっており、血生臭い匂いだけが残っている。

そして、廊下を進んでいくとある部屋の前で止まる。

その部屋の前に止まると、取っ手に手を掛け引き戸を開いた。

 

そこは台所で、一番血の匂いが酷く、一番死が多い場所。

どの死体もバラバラで、元気な子供だったとは思いもできない空間。

 

 

だが、そんな死体らを見ても自然と悲しみがわかない。

いや、多少の悲壮感はあるが、あぁいい思い出だったなという程度にしか思えない。

 

私は部屋のもう一つの出入り口の方を向く。

そこは寺の裏口であるもう一つの引き戸。

そこは開きっぱなしになっており、その前にはうつぶせに倒れた妖怪と、仰向けに倒れた茜が倒れている。

 

 

「……茜」

 

 

私はそう呟きながら茜だったものに近づく。

彼女の顔は微笑んだ様子であり、悲しい様子でもあった。

顔だけを見れば寝ているだけにも思えるかもしれないが、身体を見ると心臓部分に穴が開いている。

それを見るとあぁ死んでるのだなと思い出してしまう。

そして、私は涙を流してしまう。

 

 

「あぁ、茜……私もだったよ……」

 

 

私は彼女との最後の会話を思い出す。

茜は私以外の死には悲しめないと言っていた。

私もいざ時間が経ってこの場に戻ってきても茜以外の死に悲しみはわかない。

あの時もそうだーー。

和尚さんが死んだ時も一様は泣いたが、茜が引きこもって食事を取らなくなった時も、茜が死んでしまうと泣いてしまって、和尚さんが死んだ時よりも悲しんで……。

 

 

あぁ、そうか……

私は……茜の事が好きだったのだ。

 

 

だけど、女同士だからという倫理観から彼女の愛を否定してしまった。

本当は彼女に愛を向けられ嬉しかったのに……。

誰よりも彼女と夫婦になりたかったのは私だったのだ。

だから私は彼女が引きこもった時に本能的に告白してしまい、理性的に彼女の愛を否定した。

 

 

「はは……あかね。私は本当に滑稽だよ」

 

 

本当は愛してたのに……。

もう一度、彼女との関係をやり直したいとか思うなんて白鷺雪(わたし)は馬鹿だ。

彼女の事を忘れてしまうなんて桜井命(わたし)は馬鹿だ。

 

本当は誰よりも……彼女よりも彼女を愛してたのに。

 

誰よりも彼女と手を繋ぎたかったのに

誰よりも彼女と抱き合いたかったのに

誰よりも彼女とキスをしたかったのに

誰よりも彼女とえっちなことをしたかったのに

誰よりも彼女と……

 

 

 

 

愛の歌を歌い続けたかったのに

 

 

 

 

 

「あぁ、茜……愛してる」

 

 

私は彼女を抱きしめながらそう呟く。

そして私は決めた。

 

 

 

「私があなたの……あかねの……」

 

 

 

私はそう呟くと彼女を抱き上げ、寺の裏口から外に出る。

外は既に明るく、太陽が東の空に浮かんでいた。憎ましいほど晴々とした太陽が。

 

そして私は風見 幽香のいるはずの森とは真逆の森の方に走り出した。

 

 

 

私は茜を抱えながら森の中に入ると一輪の花を目にした。

それは赤く咲いており、一つ寂しく咲いていた。

確か花言葉は悲しい思い出、独立

そして……思うはあなた一人。

 

 

私はその花を一度だけ見た。

だけどすぐに前を向き、明るくなった森の中を走り続けた。



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二章 その骸は魂を狩り続ける
虐殺


その山は魔境であった。

 

近くには大きな村がある。

だが、そこの村の人は決してその山には入るどころか近づこうとはしなかった。

 

入り込んでしまって帰ってきた人などいなかったからだ。

 

村の人は言う。

あの山には恐ろしい妖が出る、と。

天狗や河童、恐ろしい鬼なんかも出るらしい。

 

都の陰陽師も近寄ろうとはしない魔境。

そして人はこう呼んだ。

 

妖怪の山、とーー

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

とある昼下がり。

妖怪の山のとある場所に二人の青年がいた。

 

その青年達に共通していることは白髪であり、もふもふの白い尻尾と頭の上に二つの犬耳をつけている。

背中には身長と同じ程の剣を背負い、今日も今日とて彼らは山の治安を守る為、いつも通り見回りをしている。

 

 

「あぁ……、あの鬼どもめ。また俺の隠していた酒を盗りやがって……」

 

「文句があるなら力尽くで取り返しな」

 

「そんなのムリムリ。殺されるのがオチだね」

 

 

青年ら二人は世間話に花を咲かせながら歩くも、周りに視線を向け歩き続ける。

空には黒い羽で羽ばたく烏天狗らがおり、彼らは空からみえない立ち並ぶ木の下を重点的に見ている。

 

といってもここ数年、侵入者などおらず、出ても力の無い頭の悪い下級妖怪くらいだ。

下級妖怪でも何の力の無い人が襲われたら死ぬのは確実だが彼らは天狗……それも白狼天狗だ。

いくら烏天狗の下と言ってもバリバリの武闘派妖怪だ。

それに幼い頃から訓練を積んだ哨戒天狗だ。

下級妖怪くらいならイチコロだ。

まあどれだけ強くても、白狼天狗では素早い烏天狗には勝てないが……。

 

 

「てか、烏天狗どもも奴らにヘラヘラと……」

 

 

片方の青年が何かを見つけたのか背中に背負う大剣に手をかける。

 

 

「どうした?」

 

「侵入者だ!」

 

 

片方の青年がそう言いもう片方の青年も同じ方に視線を向ける。

 

青年らが視線を向けた先には絹のように美しい、白い髪をした少女が立っていた。

三白眼で幼げな顔、そして右手にはぐるぐると腕全体を巻く様に白い包帯で巻いている。

その少女は白い着物を着ており、頭に三角巾でもつければ完璧に化けて出た少女にしか見えない。

だが、たとえそれが幽霊でも侵入者は侵入者だ。

少女と青年らの視線が合うと少女はニヤリと笑いながら見つめる。

 

青年の一人が少女が笑いかけてくると同時に首にかけている木の笛を思いっきり吹き、山中に甲高い音を響かせた。

侵入者が出た時に仲間の哨戒天狗を呼ぶための笛だ、じきに応援が来るだろう。

 

 

「誰だ貴様は!?」

 

 

笛を吹いていない方の青年が背中の大剣を抜き、少女の方に向けながら大声で問う。

それでも少女はヘラヘラと笑いながらこちらを見続けている、が……。

 

 

「血の気が多いね、お兄さん」

 

 

突然、目の前にいたはずの少女が、いつの間にか青年らの背後に回っていた。

青年らは突然目の前から消えた少女の声が後ろから聞こえたので慌てて振り返った。

 

 

「な、お、お前いつのま……がはっ!」

 

 

笛を吹いた方の青年が叫びながら背中の大剣を抜いたところ、剣を構える前に包帯が巻かれた少女の右手によって心臓が貫かれた。

 

 

「……犬コロが十匹目」

 

 

少女はそう言いながら青年の胸から手を抜く。

包帯の巻かれた少女の右手は真っ赤に汚れており、その右手には白狼天狗の青年の心臓であろうものが握られていた。

 

どさり。

青年の胸から手が抜かれると青年はその場に倒れこむ。

青年の身体は倒れ痙攣していた。

心臓を取られても即死をしないところは流石は妖怪というところだろう。

だが、すぐにその青年は息絶えて動かなくなった。

 

 

「貴様、よくもっ!?」

 

 

残った方の青年が構えていた剣を突き、少女の腹に突き刺す。

少女は呆気なく刺され、刺された腹からは血がドバドバと流れ、白い着物を赤に染める。

青年は殺ったと思いはは、と虚しく笑う。

 

殺された青年は幼い頃から仲のよかった友だった。

仇は打った、そう思い興奮したまま剣を少女の腹から抜く。

少女の腹からは血が未だに出ており、白い着物の下部分は既に白いところが見当たらない。

これだけやられれば普通の妖怪でも逆転は難しい。

 

ここまでやれば自分一人でも殺れるし、もう少しで来る応援らも加わればこの少女の命は確実に殺れる。

ぶっ倒れた少女を痛ぶるのは趣味では無いが、侵入者だ。

それに仲間を……友をやられたのだ。

個人的には死よりも恐ろしい目に合わしてやりたい。

なのにーー

 

 

「やっぱ妖怪の肉ってまっず……」

 

 

だが、少女は倒れなかった。

刺された腹からは未だに血が出ているが、少女はそれが何とも無いように先ほど殺した青年の、抜き取った心臓を果実を齧るように食べていた。

 

青年はその様子を見てゾッとした。

血をだらだらと流しながらも顔色を変えず、それどころか仲間の心の臓を普通に食べていることに。

 

 

「あっ……ああぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

青年は剣を振り上げながら不気味な少女に立ち向かう。

今度は頭を狙って、この大剣で潰すつもりで……。

 

 

「うっさい……」

 

 

だが青年の剣は少女に届かなかった。

青年はその場に倒れる。

青年は何をやられたのかわからず、痛みがある部分を見つめる。

その痛みは足元からであった。

 

膝から下の部分がスッパリと切られており、皮一枚で辛うじて切られた部分が繋がっているほどだ。

血もだらだらと出ており、もう立って歩くことができないほどの重症であった。

 

だが、青年はそれとは別のモノに驚いていた。

怪我ではなく自分を切ったものに……。

 

 

「なんで……お前が……」

 

 

青年は自分を見下ろす存在に目を向けながらそう呻く。

青年の視線の先には先ほど少女に殺られたはずの青年……、その青年が虚ろな目を浮かべふらふらと立ち尽くしていた。

その死んだはずの青年の手には自分のであろう血がベットリとついた剣が握られており、胸元には絶命したはずの証明である、ポッカリと空いた赤い穴が開きっぱなしであった。

 

 

「十一匹目と……」

 

「がっ……!」

 

 

少女はそう言いながら倒れた青年の心臓部に背中から右手を突き刺し、先ほどの青年と同じ様に心臓を引っこ抜いた。

もちろん倒れていた方の青年は心臓を抜かれ、短い悲鳴をあげ絶命した。

最初に殺されたはずの青年も、今ほど殺された青年が死ぬと同時に力無くその場に倒れこみ再び動かぬ死体へと戻った。

 

少女はその死をなんとも思わず歩き出す。

少女は引っこ抜いた心臓を先ほど殺した青年の心臓と同じ様に果物の様に齧り、咀嚼する。

そしてその心臓を一口齧ると足元に投げ捨てた。

 

 

「こんな雑魚、食べてもどうしようも無いか」

 

 

少女はそう言うと一口かじった心臓を足で踏み潰した。

踏み潰された心臓は潰れ、ざくろの実が潰れた様になる。

 

 

「いち、にー、さーん、しー……全部で十匹くらいか」

 

 

少女がそう言いながら周りを見渡すと、ガサガサと草むらをかき分け、四方八方から先ほどの青年らと同じ様な姿をした……白狼天狗らが大勢やってきて少女の周りを囲んだ。

数は十人ほど。

それらは全てが先ほどの笛の音を聞きつけ、駆け寄ってきた者らだ。

そしてその全てが先ほどの青年らと同じ様に大きな剣を武装している。

先ほどと違う点を上げるなら、女の白狼天狗が三人いることだろうか。

 

彼ら彼女らは少女の足元に転がる仲間であったモノを見て、顔を歪める。

そして同時に思う。

 

目の前にいる女は敵だ、と。

 

 

「手を上げろっ! 無駄な抵抗はするな!!」

 

「……へーい」

 

白狼天狗の一人がそう言うと、血まみれた少女はヘラヘラと笑いながら両手を真上に上げた。

そのふざけた態度に忠告をした白狼天狗は怒る。

 

 

「っか……かかれえぇ!!!」

 

 

白狼天狗の一人が剣を少女の方に掲げ号令をかける。

その号令が出た途端、四人ほどの白狼天狗が少女の方に駆け寄り、剣を振り下ろした。

少女の背中、胸、足元、首に目掛けてそれらの剣は振り下ろされた。

 

しかし……

 

 

「十五匹目っと……」

 

 

少女がそう言うと切り掛かった四人はその場に血を吐きながら倒れこむ。

 

突然の事に周囲の白狼天狗は呆然とする。

彼らは手を上げた、無抵抗なはずの少女に切り掛かったはずだ……。

なのになんで……

 

 

「ひっ……」

 

 

生き残っている白狼天狗の中の一人が短い悲鳴をあげて後退りをした。

その白狼天狗は仲間の死を見て怯んだのではない。

彼は目の前に立ち尽くす"異形"なモノを見て悲鳴をあげたのだ。

 

それは未だに手を上にあげている少女である。

その少女は律儀にも未だ両手を上にあげている。

 

しかし決してその少女は無防備、ということではなかった。

その少女の背中には四本の白いモノが生えている。

その生えた白いモノは白い手……いな、白骨化している手だ。

それが少女の背中から生えており、その白骨化している手には倒れた彼らのモノであろう赤く染まる心臓が握られている。

 

 

「ほら手を上げて私は無防備だよ?」

 

 

目の前の少女はそう言いながら頭の上で手を振り、ニヤニヤと笑いながらこちらを見つめる。

少女は足元に倒れる死体に目も向けずこちらを見る。

 

 

「見てくれ。私のお腹からこんなにも血がドバドバと出ていて今にも死にそうだ、ほら」

 

 

少女はニヤニヤと笑いながら、先ほどの青年に刺された腹の傷口を、両手を上げっぱなしにしたまま背中から生えてる手の一本が、持っていた心臓を投げ捨て、傷口に突っ込みえぐっている。

その腹の傷口からはさらに血が流れ、いつ出血多量で死んでもおかしくないほどだ。

しかし、少女はニヤニヤと笑いながら傷跡をえぐり、周りの白狼天狗たちを挑発する。

その姿を見て、周りの白狼天狗たちは舐められていることに怒らず、少女の奇行に狂気を感じていた。

 

 

「……なんだ、誰も来ないのか。なら……」

 

 

少女はそう言うと溜息を吐きながら、上げていた両手を下ろす。

そして、包帯の巻かれた血塗れの右手を正面に伸ばす。

 

しかし、少女が何かをしでかす前に周りにいる白狼天狗たちが雄叫びを上げながら剣を振り上げ、少女に向かって駆け出した。

 

 

「もう遅いよ、さよなら……」

 

 

少女はそう言いながら指を鳴らす。

少女が指を鳴らすと同時に白狼天狗たちはその場に立ち止まり動けなくなる。

そして動けなくなると同時に身体が地面に沈み始め、膝から腰へ、腰から首へとどんどんと地面に沈んでいく。

彼ら彼女らは必死に悲鳴をあげながら足掻くが、足掻いても足掻いても身体は変わらず沈んでいく。

 

そしてしばらくすると悲鳴は聞こえなくなり、生き残っていた白狼天狗らは地に沈んでしまいあっという間に消えてしまった。

 

その場に残ったのは六体の白狼天狗の死体と、一人の少女だけだった。

 

 

「……噂の妖怪の山も所詮はこんなものか」

 

 

少女はそう呆れながら切られて血が流れているはずの腹を撫でる。

その腹の傷口は既に塞がっており、切られた後は残っていない。

残っているのは切られた時に傷口から流れ出て白い着物に付着した、既に乾いている赤い血の跡だけだった。

 

 

 

「さて、今日は何匹殺せるかな」

 

 

 

少女はそう呟くと妖怪の山の更に奥へ……山の頂上に向かって歩き出した。



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天魔

妖怪の山。

そこには多くの妖怪が住む。

鬼や河童、天狗など様々な種類の妖怪が住む。

 

その中で特に数が多いのは天狗だろうか。

鼻高天狗や鴉天狗、白狼天狗など様々な天狗が存在する。

妖怪の中でも、もっとも格差社会であるのは天狗たちと言っていい。

 

身分が一番低いのは白狼天狗であり、一番数が多いのも白狼天狗だ。

その上が鴉天狗でその上が大天狗、細かく言えばもっとあるだろうが代表的なのはこんな感じだ。

さて、ではその天狗社会の頂点は、と言われれば一人しかいない。

天狗の長であり、妖怪の山の長。

 

 

天魔、人々は彼女をそう呼んだーー

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「天魔様っ、天魔様っ!?」

 

 

とある昼下がり。

妖怪の山の頂にそびえ建つ大きな屋敷。

その屋敷の中で一人の黒い羽を生やした青年が、廊下を駆け抜け大声で天魔の名を呼ぶ。

 

 

「うるさい、なにごと?」

 

 

青年の前を歩く黒髪の女性は後ろを振り返り、どすの利いた声でそう言う。

この女性こそがこの山の首である天魔だ。

 

彼女は溜まりに溜まった仕事を今しばらく片付け終わり、やっと息を落ち着かせ湯浴みでも行こうかというところを止められ少し不機嫌になる。

 

 

「す、すみません!」

 

「で、要件はなに?」

 

「そ、それがーー」

 

 

青年は慌てながらも内容を忠実に伝える。

曰く、侵入者が現れたの、

曰く、中々しとめられないの、と。

 

 

「なら、大天狗どもを呼べばいい。偉そうな奴でも力はあるでしょ」

 

「そ、それが大天狗様たちも既に出動しており……」

 

 

青年は言いづらそうに顔を下に向け声をしぼませる。

大天狗でも手を焼くような輩は大妖怪級の妖なのだろうか、と天魔は落ち着いて考える。

大妖怪なら頭のいいやつが多いはずだ。

下級妖怪のように迷い込むこともないはず。

なのに何故、普通の大妖怪でも立ち寄ろうとしないこの妖怪の山に……。

 

天魔はそう考え、一つの答えを思いつく。

 

 

「もしかして鬼の奴らが暴れでもしてるの?」

 

「いえ……少女の姿をした妖怪が一人……」

 

「……はぁ、女子供片付けられないようじゃ天狗の名折れね。だから、鬼の馬鹿どもに舐められるのよ」

 

「すみません……」

 

 

けっして青年が怒られているのではないのに謝る。

その態度を見て天魔はため息を吐く。

こんなんだから舐められるのだ、と。

 

「で、そいつは何処にいるの?」

 

「こ、この屋敷の前に既に……」

 

「はぁっ!? あんたら本当になにしてんの!!」

 

「す、すみませんっ!」

 

青年は頭を下げ謝るが、天魔の怒りはそんなものでは落ち着かない。

 

「なぜそんな事になるまで教えなかったの!?」

 

確かに先ほど私に言う様な案件ではない、と言ったがここまでくれば話は別だ。

この妖怪の山は完璧な武装集団の集まりであり、妖怪の中でも武闘派が集まる山だ。

そして常時、哨戒天狗らが巡回しており空からは鴉天狗らが飛び回っている。

密やかに侵入など無理なはずだ。

 

なら、正面から堂々と?

それはもっと不可能だ。

そうなれば戦いは避けられず、下手したら数百の天狗らがすぐに駆け寄るはずだが……。

 

 

「それが……敵は一人ではなく……」

 

 

青年は言いにくそうに視線を逸らす。

その女々しい態度を気に食わず天魔の怒りはさらに積もる。

 

 

「とりあえず私も出る! 案内してっ!」

 

「は、はいっ!」

 

 

百聞は一見に如かず。

天魔は青年の話を聞くより、敵を見た方が早いと思い、屋敷の外に向かって歩き出した。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「な、なんなのこれは……」

 

 

それは屋敷の外に出るとすぐに見る事ができた。

天魔はその地獄絵図の様な光景を見てゾッとする。

 

心臓に穴をあけ血を流し、目を虚ろにしフラフラと立ちながら剣を振るってかつて味方だった者に切りかかる白狼天狗や鴉天狗たち。

傍ら身体の所々に傷を作り、かつて仲間だったモノを切り捨てる白狼天狗や鴉天狗たち。

 

数は明らかに後者の方が多い。

しかし、どれだけ切ってもかつて仲間だったモノは倒れず、腰から下がスッパリ切られ胴体が分かれても上半身だけで動こうと腕に力を入れ、ほふく前進で動き続けている。

もちろん血はダラダラと流れている。

だが、その死体であるものは止まらない。

進む事をやめないのだ。

 

 

「さ、最初は少女一人だけだったのですが……、心臓を取られたものから操られた様に仲間に攻撃をし、今ではこの様な……」

 

 

隣に立つ青年は声を震わせながら、目の前の地獄絵図から目を逸らし天魔に状況を伝える。

が、天魔は青年の話に耳を傾けず目の前の光景に見入っている。

かつて最強だと……いな、今でも最強だと思っていた自分の精兵たちが仲間割れをしているのだ。

 

 

「て、てん……ま……さ……」

 

 

天魔が目の前の光景に見入っていると、隣の青年が血を吐きながらその場に倒れこんだ。

天魔は突然、その青年がうつ伏せで倒れこんだことに理解できずにいた。

青年の胸には目の前で心臓を抜かれ戦っているものと同じ様に穴が空いている。

それは後ろから心臓を抜かれた様に……

 

 

「あんたが一番強い妖怪……?」

 

 

天魔が突然の出来事に驚いていると、その様な声が自分の足もとから聞こえた。

天魔はすぐに足もとを確認するとそこには血に塗れた包帯の巻かれた手が地面から……自分の影から這い出る様に出てきた。

 

その自身の影からは白と赤を想像させる少女が出てきた。

本来は髪も着物も右手に巻いた包帯も白色だったのだろうが、全身には真っ赤な液体がついており、最初から髪も服も真っ赤だったのではないかと疑ってしまうほど少女は赤に染まっていた。

 

天魔はその少女が現れるとその場から勢いよく背後に飛び、少女と距離をとる。

 

 

「な、何者っ!?」

 

 

そう尋ねても少女は無表情でこちらを見つめ続けるだけ。

天魔は自身の隣にいた青年を殺した事から、話に聞いた侵入者だという事を覚り、腰にぶら下げた刀に手を添える。

 

 

「取り引きしないか……」

 

 

天魔が構えると少女がポツリとそう言った。

 

 

「取り引き……ですって?」

 

「ああ。受けてくれるなら手を引いて、今後この山に一切関わらないと約束しよう」

 

 

少女が天魔に指をさしながらそう言う。

ここまでしておいて今頃取り引きとは……と天魔は思い少女を睨みつける。

 

 

「ここまでしておいて、受けてもらえると思っているの?」

 

「やっぱりだめか……まあ、いいけど」

 

 

少女は頭をかきながらそう溜息を吐く。

 

 

「……貴女の目的はなんなの」

 

 

天魔は少女の行動を理解するためにそう尋ねた。

 

 

「あんたが噂の天魔だろ?」

 

 

少女は天魔の言葉を無視し、そう聞いてきた。

天魔はその言葉にもイラつきながら素直に答える。

 

「えぇ、そうね……」

 

「なら、私の目的はあんただ」

 

少女がそう言った。

意味がわからない、天魔はそう思った。

ここから見渡すだけでも、天狗達の中からかなりの犠牲者が出ているという事がわかる。

なのにこの少女はなぜ、ここまでしておいて自分が目的だというのか、と。

 

「あんた……森羅万象の力を扱えるんだろ?」

 

少女がニヤリと笑いながらそう尋ねる。

天魔はどこで知ったのか、と思うも鼻で笑う。

 

「そんな神がかった物は扱えないわ……。正確には【森羅を操る程度の能力】ね」

 

森羅……天地の間にあるものの事だが、それを操るにも十分、神がかっていると言える。

しかし、天と地にあるものと言っても天や地が操られるわけではない。

正確には天と地の間にあるもの……つまり、生い茂る木々やそよぐ風を操れるくらい、凄くても少しだけ生きる者を操るくらいだろうか。

聞く分には木を操るだけでもすごいが彼女が天魔と呼ばれる所以は能力によるものではない。

 

鬼の様な怪力に天狗の様な素早さ、それも通常の鬼や天狗よりも優れている。

生半可な鬼では彼女に力比べでは勝てないし、素早さで言えば彼女に敵うものなど天狗の中には誰一人としていない。

 

それが彼女が天狗の中で最強と謳われる所以だ。

 

 

「はは、それでも凄そうな力だ。私は……その力が欲しいんだよ」

 

 

少女はそう言いながら自身の影に潜り込み、天魔の背後に回り、包帯の巻かれた手で天魔の背後から心臓を一突きにしようとする。

しかし、天魔は少女が影から出た途端、見えない速さで近くに生えている木の枝に飛び移る。

 

 

「それが貴女のねらいってわけね」

 

「あぁ……だから死んでくれ。そして……」

 

 

少女は自分の胸の前で手を交差し背中に力を入れる様、猫背になる。

そして少女が背中に力を入れると小枝の様に細いが人の身長と同じくらい長い白骨と化している腕を十本ほど生やした。

 

 

「天魔(あんた)の魂を狩らしてもらう」

 

 

それからは一瞬であった。

少女がそう言い木の枝の上に飛び移った天魔に向かって、飛びかかる。

天魔は腰にかかった刀を抜き、飛びかかってきた少女の首をめがけ刀を振るう。

そして天魔は飛びかかって来た少女の首を刎ねた。

天魔はあっけなく少女の首を刈り、天魔に触れさせる前に決着をつけた。

 

「なにが魂を狩らしてもらうよ。貴女が刈られてるじゃない」

 

天魔はそう言いながら少女の血がついた刀を鞘に収める。

分かれた胴と頭はドサリ、と音を立てながら地面に落ちる。

そして、天魔は死体を見下ろしながら言う。

 

「呆気なかったわね」

 

そして同時に思う。

この程度の相手に天狗らは戸惑い、大天狗どころか天魔である自分も戦地に駆り出されたのだ。

しばらく侵入者などいなかったから平和ボケでもしていたのだ、本当に怠けている、と。

稽古が足りないのではないだろうか、天魔は今回の事件に関してそう思い、改めて若手の育成を考えなければと考える。

 

天魔は視線を足元の死体から動かし、未だに殺しあっている部下の方に視線を向ける。

片方は心臓を抜き取られ死んでいるのだ、動きには覇気はないし時期に収まるだろう。

それに大天狗らもそちらを片付けている様なのですぐに片がつくのだろう。

今回の事件での脅威はあの少女ではなく、この大量の仲間の死体だったのだろう。

天魔は一度溜息をつき今回のことで色々な反省点をあげながら足元の死体に目を戻す、が……。

 

そこには切ったはずの死体が頭だけを残し、十本ほど背中に手を生やしていた"胴"が何処かに消えてしまっていた。

 

それに気づくと同時に天魔の身体が地面に落ちる。

そして正面から落ちうつ伏せの様に倒れる。

 

 

「な……なんでまだ動いて……」

 

 

天魔は自分を落とした存在を見て目を開く。

天魔を木から落とした存在は首が無く、背中からは十本の骨の手を生やした血塗れの身体。

そいつが天魔の背中に馬乗りになり、天魔の手と足を動けない様に背中から生やした骨の手でそれぞれを固定している。

 

この死体は天魔が目を離している隙に首がない状態で木によじ登り、木から突き落とした。

そして倒れた天魔の背中に馬乗りとなり、拘束したのだった。

 

 

「死んだと思った? ざんねーん、もう死んでました〜」

 

 

そう声が聞こえた。

声の主は天魔の顔の横にあり、首だけの状態となった少女であった。

首だけとなっても話す少女を見て、天魔はゾッとした。

そして少女の頭はニヤニヤと笑い、天魔の上に乗っている胴の背中から生えた骨の手に捕まれ、本来あった位置に首が戻された。

そして首が胴と繋がると、傷口がウネウネと動きながら傷を塞いだ。

 

 

「ひ、卑怯だっ!」

 

「卑怯? ノンノン、油断したあんたが悪い」

 

 

天魔は顔を歪ませ少女に言い放つが、少女は人差し指を振ってニヤニヤと笑う。

そして天魔は周りに目を向ける。

誰か助けてくれ、と。

 

 

「あ、助けなんて来ないよ? みーんな、あっちに行っちゃってるもん」

 

 

少女は未だに戦い続ける天狗らを見つめながらそう言う。

 

 

「さ、さっき言ったわよね。取り引きしましょう……」

 

 

天魔は最後の命乞いにさっきの取り引きを持ち出す。

プライドなんて糞食らえ、生きていればそれでいい、死にたくない、天魔はそんな気持ちであった。

しかしーー

 

「別にいいけど……、私の欲しいのは貴女の……心臓だよ?」

 

少女はそう言って骨の手で背中側から天魔の膨らんだ右胸を揉む。

天魔はそう言われると力なく額を地につけ、目を閉じる。

 

そして自分の人生を思い出す。

下っ端天狗として生まれたあの頃を。

厳しい訓練にも耐えたあの頃を。

結果を出しメキメキと出しどんどん出世していったあの頃を。

そして先代天魔に認められ二代目天魔になったあの頃を。

天魔となり周りから褒め尽くされたあの頃を。

もっと認めてもらいたく天魔となっても頑張り続けたあの頃を。

 

いつの間にか誰も自分に追いつけなくなり一人孤立して来たこの頃を。

そしてそれと同時に昔からの友人が結婚して行きそれを祝うこの頃を。

だからかそれを羨み自分も男を望み人肌欲するこの頃を。

だけど強すぎて誰も近づかないこの頃を。

遂には同世代の中で独り身なのは自分だけというこの頃を……。

そして何時しか妹も結婚して……。

 

 

「彼氏……ほしかった……」

 

「ぷっ……遺言はそれかい」

 

 

天魔が自分の人生に悔いてると少女は鼻で笑った。

天魔は笑われるとどんどんと涙目になり、プルプルと震えだす。

 

そして思う。

こんな幼い見た目をした少女にも負け、鼻で笑われるなど天狗として恥だ。

もう死んでしまいたい。

 

 

「来世は男が出来るといいね、じゃ」

 

 

少女はそう言いながら、包帯の巻かれた右手を振り上げる。

その言葉と同時に天魔は目を閉じた。

そして願う。

次の天魔は私の様に無様な者でないことを……。

 

 

しかし、心臓部めがけて振り下ろされるはずだった腕は、いつまで経っても振り下ろされる事はなかった。

 



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鬼神

鬼子母神ーー

 

その名は仏教にて多くの子を持った女神と覚えられているが、ここ妖怪の山では違う。

 

多くの鬼()を従え、神(はは)として君臨する鬼。

それが鬼子母神であり、鬼の首領ーー

 

 

 

「相変わらずメンタル弱いですねー、黒羽ちゃんは」

 

 

 

そんな彼女が少女の振り下ろそうとしていた腕を握りしめ、陽気に笑いながら馬乗りにされている天魔(とも)を見る。

そんな天魔は見下す鬼子母神を睨みつける。

 

 

「く……鬼どもが何しに来の……」

 

「"ども"ではありませんよー。私、単体で来ちゃいました」

 

 

突然現れた女性は睨みつけられながらもヘラヘラと笑う。

彼女は鬼子母神。

別名は鬼神。

本名は千樹 斬乂(せんじゅ ざんげ)

 

赤毛の長髪に額に伸びる二本の捻れた角、だがその顔は幼く、人間でいう十五歳くらいの見た目だ。

それも目はほんわりとしており、彼女の雰囲気はなんというか穏やかという感じがある。

 

そんな彼女の手には一本の酒瓶が握られており、それを見せつける様に天魔にお気楽な様子で見せる。

ぶっちゃけ鬼子母神は天魔の屋敷に飲みに来ただけだった。

 

天魔は溜息をつきながら彼女の来た理由を察する。

昼間っからこいつは飲んでばっかでという表情をするが、今この場では願ってもない助けだ。

それにここで鬼らが大勢来て、この騒ぎを止めてしまって鬼全体に借りでも作ってしまうことがあるならば後々めんどうなことになる。

ならばこいつ一人に借りを作って今度、酒の一本や二本を振る舞えば簡単にチャラになる、と天魔は考える。

 

 

「……鬼子母神か」

 

 

天魔の上に馬乗りになり、鬼子母神に腕を掴まれている少女が鬼子母神を睨みつける。

 

 

「はいー、あなたは誰ですかー?」

 

「お前を殺す奴だよっ!」

 

 

少女はそう言いながら背中から生えている骨の手を鬼子母神の心臓に目掛け突き刺そうとする。

 

 

「あうー、そういうつもりで聞いたんじゃないんですけどー」

 

 

しかし、その手は鬼子母神の胸には届かず、小枝の様に折られてしまう。

 

この骨の手は普通の骨とは違い、妖力で金剛石には劣るがそれくらいの固さに補強されているはずなのに折れた。

 

少女は折れた骨の手を見て、唾を飲み込む。

これが鬼子母神……鬼の頂点馬鹿力かと。

 

 

「……なぁ、鬼さん」

 

「なんですか?」

 

「あんた戦いたいだけの妖怪なんだろ? なら、この女を殺した後に相手してやるから大人しくそこで見ててくれよ」

 

 

少女がそう言うと鬼子母神は顎に手を置き、うーんと考え出す。

少女は今こうしている間でも折られていない骨の手で天魔の心臓目掛けて、突き刺そうとする。

しかし、背後に鬼子母神が立っており、いざ刺そうとしても先ほどと同じ様に全て折られるのがオチだと考え、すぐに殺す案を消す。

 

 

「たしかにー、私は戦うのは好きですね。貴女と正々堂々と戦う為には一度仕切り直した方がいいと思いますしー。でもー、黒羽ちゃんが死んじゃうのもなー」

 

「ええぇいっ脳筋バカ!? 迷う事はないでしょ! 今すぐこの女の首を刎ね……」

 

 

天魔は首を刎ねろ、と言おうとしたところで先ほどの光景を思い出す。

この少女は首を刎ねても死ななかったのだ。

では、どうすればこの少女は倒れるのかーー

 

 

「あー、黒羽ちゃんそういうこと言うんだー。見殺しにしちゃうよぉ〜」

 

「あ、まじでごめん今のなしなしっ!!」

 

「ぷーん、馬鹿っていう子は知りませーん」

 

「ちょ、後で美味しい酒あげるから許してっ!?」

 

 

少女は溜息を吐く。

調子が狂う、と。

 

 

「なぁ、鬼子母神さんよぉ。私は出来ればあんたも殺したいんだ。だから、今はこの女を殺らしてくれよ」

 

 

少女がそういうと馬乗りにされている天魔は今の自分の状態を思い出し顔を青くし、鬼子母神は忘れていたかの様に手をポンと打つ。

そして鬼子母神はしょうがないなー、と言いながら肩を回す。

 

 

「んー、申し訳ないですけどー。そのお話は無しで今すぐ……遊ビマショ?」

 

 

鬼子母神が三日月の様に微笑むと同時に少女目掛けて拳を振るう。

少女は拳を避けるため横に避けようとするが、避けきれず後方に吹っ飛んだ。

 

殴られた少女はゴロゴロと転がりながら吹っ飛んでいく。

 

 

「いっえーい、黒羽ちゃん貸しイチねー」

 

「ふん、仕方がないわね。百年もののやつ飲まさしてあげるわ」

 

「えー、口移しでー?」

 

「なわけないでしょっ!?」

 

 

鬼子母神はカラカラと笑い、助けられた天魔はホッとしながらも助けてくれた鬼子母神にイラつく。

 

そして冗談と笑いながら鬼子母神は手に持つ酒瓶を天魔に渡して、その場で屈伸をする。

 

少女を殴った時に背中の骨の手が少女の身をガードしていたのでまだくたばってはいないはず、そう思いながら手首をプラプラと動かしながら迎え撃つ準備をする。

 

「痛ってぇー、なっ!」

 

鬼子母神が身体の所々をほぐしていると、背後から声が聞こえる。

天魔の時と同じ様に、影を通しての移動術で鬼子母神の後ろから攻撃を仕掛けるが鬼子母神はスルリと避ける。

 

「後ろからの攻撃なんてひきょーですよ」

 

「当たってないくせによく言う、ねっ!」

 

少女はそう言いながら鬼子母神に駆けつけ、自分の両の手と背中から生える十の骨の手を使い拳を振るう。

顔、腹、腕、胸のそれぞれに十以上の拳を繰り出すが全て鬼子母神はガードする。

それも少女の十を超える手に対して、鬼子母神は二本の手だけを使いそれを全て防ぐ。

 

 

「あなたー、もしかしてまだ若い妖怪さんじゃないですかー?」

 

「くっ……」

 

「腕力も速さもあるみたいですけど経験が足りませんねーっと」

 

 

鬼子母神はそう言いながら拳を握り、少女の顔を殴って吹っ飛ばす。

少女は先ほどと同じ様に後ろに飛び、ゴロゴロと転がる。

しかも今回はガードをしておらず直に食らったため、無抵抗に少女は吹っ飛ぶ。

その様子を見て後ろに立つ天魔は溜息をつく。

 

 

「貴女と比べるとかわいそうでしょ」

 

「まぁそうですね。ならうちの子供とやればいい勝負を出来るかもしれませんねー」

 

「強いのか弱いのかわからないわね……」

 

 

まあ、弱いのなら殺されそうになった私はもっと弱いことになってしまうので強くあって欲しいが……、と天魔は内心思う。

 

 

「いえいえ、強いですよー。一撃ごとぐわって来ますし、うちの子に比べれば断然あの子の方が良いものをキメますね」

 

「あら、あんたにそこまで言わせるなんてあの侵入者も中々ね」

 

「でもー、経験が浅すぎますねー。頭とかお腹の当たれば痛いとこばっかり狙ってきますしぃ、それに……後ろからなら誰でも不意打ち決めて殺れるって思ってるんですも、のっ!」

 

「がっ!?」

 

 

鬼子母神がダラダラと語っている途中に、後ろに拳を振り、先ほどと同じ様に影から出てきた少女の頬を殴りつけた。

 

しかし、殴られた少女は拳に耐えその場で踏ん張る。

鬼子母神は耐えた少女の姿を見て、おー、と感心してパチパチ拍手する。

 

 

「頑丈ですねー、頑丈さも鬼並みですねー」

 

 

少女はそう言われると顔を歪める。

 

 

「お前らなんかと一緒にするな……」

 

「あ、もしかして鬼って言われるの嫌でしたー?」

 

「いや……私は鬼"以上"だっ!!」

 

 

少女はそう言いながら大きく深呼吸をする。

そしてー

 

 

 

「アぁああぁあアァああァあアアッ!!!!」

 

 

少女は声にならない声で叫ぶ。

その叫び声は相手を威嚇する様に、そして相手の脳を怯ませる様な叫びだった。

鬼子母神はその叫び声を聞くと身体を強張らせながら固まり、動けなくなる。

同じく後ろに立っていた天魔も動けなくなっていた。

鬼子母神はヘラヘラと笑いながら直立不動にその場に立ち尽くす。

 

 

「あらー、身体が動きませんね〜」

 

「ははっ! これで終わりではないぞっ!!」

 

 

少女はそう言いながら包帯の巻かれた右手を上にあげる。

少女が腕をあげると空模様が悪くなり、鬼子母神の頭上あたりを中心に灰色の雲が集まってくる。

 

 

「な……なにこの妖力はっ!?」

 

 

未だに動けないでいる天魔は、空を見上げながら目を見開き、黒雲から感じる禍々しいものに思わず声を上げる。

 

 

「よろこべ、この技はお前に初めて使うんだからなっ!!」

 

 

少女はそう言いながら上げていた手を鬼子母神に目掛けて、振り下ろす。

 

少女が手を振り下ろすと禍々しい黒雲がピカリと光り、光の柱が大きな音を立てながら鬼子母神目掛けて降り注いだ。

そして、一本の光の柱……雷が一度落ちたら空に集まった黒雲は散り、元の青空に戻る。

落雷した場所は焦げ、チリ一つ残さず消しとばした。

 

「ちっ……これでは喰えないではないか」

 

少女は消し飛んだ後を眺め、舌打ちを打つ。

落雷により焦げた場所には直撃したはずの鬼子母神どころか、近くにいた天魔までもがいなかった。

本来は鬼子母神だけを殺るつもりだったのに、天魔まで殺ってしまったら意味がないと少女は思った。

しかしーー

 

 

「ふえぇ〜、雷まで操っちゃうなんて貴女凄いですねー」

 

 

少女は声が聞こえると顔を歪め、声が聞こえた方に視線を向ける。

少女が向けた視線の先には天魔を脇で抱える鬼子母神。

彼女は近くの木の枝に飛び移っており、黒焦げになった地面を眺める。

 

 

「く……生きていたかっ!」

 

 

少女はそう言いながら鬼子母神の方に右手を向ける。

鬼子母神は何かに勘付き、枝から飛び降りる。

 

 

「ほうほう、氷まで……」

 

 

鬼子母神がそう言いながら先ほどまでいた木の枝を見ると、自分の立っていた枝が凍っていた。

 

 

「背中から手を生やしたり、影から出てきたり、雷や氷を操るなんて初めて見る妖怪さんですねー」

 

「斬乂……こいつは私の部下を殺して操ったり、首が取れても生き続ける様なやつよ。あと、そろそろ下ろせ」

 

「ほうほう、それはまた面妖な」

 

 

鬼子母神が少女の事を感心する。

天魔はというと少女を睨みながら、鬼子母神に向かい未だに脇に抱きかかえられていることに抗議を立てる。

鬼子母神はやれやれ、という顔をしながら天魔を下ろし、再び少女と向かい合う。

 

 

「えーと、今頃ですが貴女のお名前は?」

 

「死に行く奴に教えるわけないだろ……」

 

「まだ勝てる気でいるのには感心しますがー、貴女は明らかに経験不足です。このままでは勝てませんよ?」

 

「勝つんじゃない……殺すんだ……」

 

「んー……、いくら言っても無駄そうですね〜」

 

 

鬼子母神は少女の頑固さに溜息を吐く。

そして、鬼子母神はこの戦いで初めて自分から攻撃を仕掛けようと構える。

 

 

「貴女の本気はわかりましたー。千樹 斬乂、参りますっ!」

 

 

鬼子母神はそう言うと、勢いよく地を蹴り少女に向かって駆け出す。

少女は駆け出してきた鬼子母神に焦った表情を見せながら、包帯の巻かれた右手を向ける。

 

しかし時既に遅し、鬼子母神の拳は少女の腹にめり込んだ。

 

そして少女は殴られた勢いで後方に吹っ飛びかけたが、鬼子母神が吹っ飛ぶ前に、伸ばしていた少女の右手を掴む。

そして、殴る。

顔へ腹へ、鬼子母神は少女の腕を掴んでいない方の手で少女に追撃を喰らわす。

少女はなす術がなくひたすら殴られ、呻きながら鬼子母神の拳を耐える。

 

 

「これでー、終わりでーすっ!」

 

 

鬼子母神が少女の手を掴んだまま、勢いよく背負い投げをし、少女の身体を地面に叩きつけた。

地に叩きつけられた少女は僅かな空気を口から出すと同時に血も吐いた。

 

少女が叩きつけられた場所は小さなクレーターが出来ており、如何に鬼子母神が少女を力強く投げつけたのかがわかる。

 

 

「わかりましたかー? これが私と貴女の差です。ちょっと私が本気出しただけで貴女はこのザマなんですよー」

 

 

鬼子母神は倒れる少女を見下ろしながらそう言う。

少女はそう言われると舌を打ち、再び起き上がろうとした。

 

「やめておいたほうがいいですよー。感触的に骨が何本か言ってると思いますし」

 

「かっ、それがどうした……。こちとらお前らと身体の仕様が違うんだよ……この程度……」

 

少女はフラフラになりながら立ち上がろうとするが、すぐにその場に倒れ込み尻餅をつく。

そしてはあはあ言いながら息を吐く。

 

 

「ちっ……下の雑魚相手に妖力を使いすぎた……。やっぱ雑魚でも良かったから喰っときゃよかった……」

 

「なにブツブツ言っているのかはわからないけど……貴女、この後どうなるかわかってるのよね」

 

 

少女が小言を呟き悔いていると、今まで見物していた天魔が少女を見下しながら睨む。

 

 

「はっ……なんだ? 牢に入れられ慰み者にでもなるのか……。そりゃいいな、一種のハーレムだ。どうだ天魔、彼氏いない歴年齢のお前には羨ましいだろ……」

 

 

天魔はそう言いながらカチンとくる。

この状況でも舐めてくる少女を見て天魔は今にも殴りつけそうだ。

 

 

「貴様……、これだけの程をしていていけしゃあしゃあと……」

 

「黒羽ちゃんには私がいるので彼氏はいりません」

 

「斬乂ぇっ! ふざけている場合じゃないわよっ!」

 

 

鬼子母神は天魔に怒られしゅんとなる。

 

「はっ、たかが犬っころ百十二匹と鴉を五十六羽殺しただけだろ……」

 

少女はニヤリと笑い天魔を見つめる。

しかし、息切れを起こしており余裕は全くない。

 

妖力も今の戦いに加え、何人もの天狗を殺し操っていたおかげで殆ど残っていないので少女は正真正銘の大ピンチだ。

さらに妖力が切れたからか今まで妖力で操っていた天狗らも倒れ、元の死体に戻っている。

それ故、今まで死体の相手をしていた大天狗や鴉天狗、白狼天狗らが少女と鬼子母神や天魔を囲むように、少女を睨み剣を構えている。

 

 

「な……貴女そんなに……」

 

 

天魔がそう呆然すると、周りに立つ天狗らが殺せや消えろなどの罵倒を少女に浴びせる。

少女はその様子を見てくく、と鼻で笑う。

 

 

「な、なにがおかしいのっ!?」

 

「いや、私を動けなくしたのはそこの鬼なのに、私に手も足も出なかった天狗共は終わった後に声を上げ責めるだけとは滑稽だなと思ってな」

 

「あ……あなた、馬鹿にしてっ!」

 

 

天魔はそう叫び、少女の頬めがけ平手を打とうと手を振るう。

少女はニヤニヤと笑い、天魔の慌てる様子を見て滑稽に思う。

所詮、天魔もただの頭の悪い妖怪なのだと。

そして少女は来る平手の衝撃に備え目を閉じる。

 

 

パチンっーー

 

 

その頬を叩く音は少女を罵倒する中で虚しく響いた。

 

しかし、叩かれたのは少女ではない。

天魔が手を振り下ろそうとした時に少女の影から出てきた別の人物であった。

 

 

「な……」

 

 

天魔や周りの天狗はのみならず、本来叩かれるはずの少女も目を見開く。

 

場は突然と現れた少女に沈黙する。

少女の代わりに叩かれたのは少女の影から出てきた別の少女。

彼女は肩にかかるほどの黒髪で、少女と同じ様に白い着物を着ている。

そんな彼女が少女を守る様に抱きしめ、天魔の平手を食らったのだ。

 

 

「あ……茜っ!? なぜ出てきたっ!!」

 

 

少女はそう言いながら彼女を……虚ろな目をした少女の頭を抱きかかえ、周りにいる天狗らから彼女の身を守る様に胸元に引き寄せる。

先ほどと違い少女は焦りを見せている。

その姿に先程までの余裕は一切なかった。

 

そんな様子を見て天魔は思いついた様に笑い、少女らを見下ろす。

 

 

「ふふ……、どうやら貴女にとってその女は大事な者の様ですね」

 

「……茜になにをするつもりだっ!」

 

 

少女は天魔の言葉に叫ぶ。

天魔はその様子を見てさらに笑う。

 

「どうしましょうか……首を切られても死なない貴女の代わりに切り刻んでもいいし……先ほど貴女が言った様に牢に閉じ込めて慰み者にするのもいいかもしれないわね」

 

「そんなことを茜にやってみろっ、殺すぞ!!」

 

「おや、貴女は自分の心配でもしたらどうですか?」

 

 

天魔は笑みを浮かべ少女を睨みつける。

内心、天魔は勝った、と思い少女を惨めに思う。

どうやらこの女は少女にとっては大切な存在らしい。なら、少女の代わりに罰を与えるのが一番少女を苦しませるのにはいいのかもしれない。もちろん少女の方にも直接に罰は与える。そして先ほど与えられた屈辱を今こそ、と天魔は思う。

天魔は少女に戦いには負けたが勝負には勝った気でいた。

しかし…

 

 

「あれー、黒羽ちゃんなに言ってるんですかー?」

 

 

少女と天魔のやり取りを今まで黙って見ていた鬼子母神が首をかしげる。

 

 

「……なにを言っているのかしら斬乂?」

 

「なにをってー……、その子は私が倒したんだから私のものじゃないですかー?」

 

 

鬼子母神がそう言うと顔を真っ赤にして天魔は鬼子母神に怒鳴りつけた。

 

 

「なにを言ってるのっ! 今回はこいつのせいでみんな酷い目にあったのよ!? 落とし前をつけさせなきゃみんな納得しないわっ!!」

 

 

天魔がそう言うと周りにいる天狗らも声を上げて同意する。

しかし、鬼子母神は天魔がなにを言っているのかを理解できないのか首を傾げる。

 

「でもー、それは死んだ子が弱かったからじゃないですかー?」

 

「な……貴女、私の部下の死を愚弄する気!?」

 

「そんなことないですよー。けど、戦いのなかで死ねて彼らも幸せじゃぁないですかー?私なら幸せですよー?」

 

「っあ、あんたら鬼と一緒にしないでちょうだいっ!?」

 

 

鬼子母神は二ヘラと笑いながら言うが、天魔はその態度が気に入らず、相変わらず顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

そして少女はその間に二人の様子を見ながら、自身の影から出てきた少女の頭に触れ、自身の影の中にもう一度戻す。

少女がもう一人の少女が完全に影に入ると、もう安心だと言わん様にホッとする

そして思う。

今なら逃げられるのではないか、と。

 

 

「ならわかりましたー。黒羽ちゃんの代わりに私がこの子に罰を与えます!」

 

 

少女は自身も自分の影に入って逃げようとすると突然、鬼子母神に肩を掴まれる。

いきなり肩を掴まれた少女はびくっと身体を強張らせた。

そして少女は次の言葉を聞き、完全に再起不能になった。

 

 

「私がこの子を慰め者に使って毎晩可愛がりまーす。今日からこの子は私の飼猫(ペット)です!」

 

 

鬼子母神は二ヘラと笑いながら少女の頭に頬を埋める。

そして少女はその言葉を聞くと、理解の不明さに頭の中が真っ白になった。

 



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監禁

何故こうなった?

少女は溜息をつく。

 

少女ーー、白鷺 雪は自分の今の姿を見る。

右腕にはいつも通り巻かれた包帯、しかし汚れはなく真新しいものに変えられている。

しかし、それ以外は普段の自分からは全く考えられなく、何度みても溜息を吐いてしまう。

以前は純白の白装束を着ていたが、今は膝よりも短い丈で作られた可愛らしいピンク色の和服を着せられている。

そして首には奴隷の証である鉄の首輪がつけられている。

 

屈辱的だ……、雪はそう思った。

しかし、これだけならまだ我慢は出来る。

コスプレしているだけ、そう思えば何とかなる。

ーーだが、

 

 

「もー、そろそろお名前教えてくださいよー」

 

 

赤髪で二本の角を生やした少女、鬼神と呼ばれる少女の千樹 斬乂が雪の頭を自分の膝の上に乗せ、ニコニコと笑いながらその頭を撫でる。

膝枕……雪は斬乂に頭を撫でられ、時に顎下を撫でられながらそれをされている。

その姿はまるで飼い主の膝に乗せられ遊ばれている子猫の様だった。

 

そして雪は自分の唇を噛んで思う。

何故……こうなった、と。

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

 

話は数時間前まで戻す。

 

斬乂が妖怪の山に侵入をした雪をボコボコにした。

 

雪が妖怪の山の天狗らを百五十以上殺し、妖怪の山の長である天魔ーー、本名は夜鴉 黒羽(やがらす くろは)に手をかけたことにより黒羽を初め、多くの天狗らに非難されていた。

それで黒羽が今回のことに関して、雪に落とし前をつけさせようとしていると斬乂がちょっと待ったと言った。

 

斬乂は言う、その子は私が倒したのだから私のものだ、と。

 

しかし、黒羽を初め天狗らは反対した。

今回の件で多くの仲間が死んだのだ。

自分たちの手で裁きを与えると多くの者が言い出した。

だが、斬乂は譲らない。

雪の身柄は自分の者だと言い続ける。

どうしても気に入らないなら自分が罰を与えるとも言い出した。

しかし、天狗らは自分たちの手で落とし前をつけたいと言い、斬乂の言葉に反対した。

 

そして暫くは雪の身柄に対して、互いに譲らず言い合った。

 

もちろん雪は言い合うその間に逃げようとした。

だが斬乂が私の者だと言わんばかりに、雪に抱きついていたので中々逃げられない。

 

互いに結論が出ず、時間だけが過ぎていく。

そして斬乂が遂にしびれを切らし強硬に出る。

 

斬乂が突然、雪をお姫様抱っこで抱え走り出した。

 

当然、天狗達は斬乂の後を追う。

しかし、妖怪の中で最速の種族と言われる天狗らより速く走られ逃げられる。

そしてそのまま逃げ切り、山の麓あたりにある自分の屋敷まで雪を連れ込んだのだ。

 

そして斬乂が雪を自分の屋敷に連れ込むと、汚れているからと血で真っ赤に染まった白装束を無理やり脱がし、斬乂自身も服を投げ捨てて屋敷にある風呂に雪の身体を投げ込み身体を無理やり洗った。

もちろん服を脱がされる事も身体を洗われる事も雪は抵抗したが、鬼の最頂点と言われる力の前になす術もなかった。

 

風呂から上がると、以前着ていた白装束は血で汚れているからと捨てられ、新しくピンク色の丈の短い和服を与えられる。

雪は嫌だと言ったが、着ないなら全裸で過ごせと言われ渋々それを着た。

 

その後は風呂場から離れ、斬乂の寝室に連れられた。

そこで雪は鉄の首輪をつけられる。

雪がこれは何だと尋ねると、私の飼猫の証です、と言われた。

もちろん嫌だと言い雪は首輪を外そうとするが既に錠がかけられており外れない。

意外に頑丈であり壊す事も出来なさそうなので雪は渋々諦め我慢した。

 

そして斬乂が床に正座し、膝をポンポンと叩きながら膝枕をしてやるから来い、と言う。

雪は何で私がそんなことを、と言うと斬乂は笑顔で言う。

 

 

「わたしー、女の子が大好きなんですー。性的に……」

 

 

雪はその言葉を聞くとすぐさま走り出す。

しかし、すぐに斬乂に捕まり押し倒される。

そして言われる。

 

 

「わたしー、貴女みたいな強気な子が好きなんですよねー。性的に……」

 

 

雪は思った。

こいつやべぇ、と。

 

 

結果。

雪は渋々、斬乂の膝に頭を乗せる。

もちろん気分は最悪。

しかし、自分の貞操を守る為ならば致し方ない。

雪は溜息を吐き現状に耐える、耐え続ける。

 

そして今に至るーー。

 

 

「ねーねー、貴女のお名前何なんですかー」

 

「教えるわけないだろ……」

 

 

斬乂はニコニコと笑いながら何度も同じ事を聞くが、雪は顔を背けながら冷たく言い放つ。

別に隠す必要はないが大人しく教えてしまうと何か負けた気がするらしく、雪は斬乂に向かって何一つ教えない。

 

ここまで好き勝手にやられたのだ。

もう好きにはさせない、と言う変なプライドを持って雪は一向に教えない。

しかし何も教えてくれない雪を見て、斬乂は名案を思いつきニヤリと笑う。

 

 

「教えてくれないと、おねーさんがえっちな事をしちゃいますよー」

 

 

斬乂は手をわきわきとさせながらそう言うと、雪の身体に緊張が走る。

 

雪は先ほどの事を思い出す。

この鬼はガチモンの女だ、と。

しかし、ここで素直に言う事を聞いても癪だ。

どうせ胸を一回揉むとかその程度だろう。

雪は少しくらいなら我慢しようと覚悟を決め歯を食い縛る。

 

 

「や……やれるもんならやってみろっ……。お前なんかに触られてもなんとも思わなひゃんっ!?」

 

 

雪は強がりながらそう言うが、色っぽい声をあげた。

 

その声を出させた犯人はもちろん斬乂。

何をしたかと言うと雪の短い丈の和服の下から手を突っ込み、雪の秘部を撫でただけ。

だが、この時代に下着などと言う大層なものは無いので雪はノーパンである。

つまり雪は直に触られたのだ。

 

 

「お、お前どこ触ってるんだ!?」

 

「どこって女の子の一番デリケートな……」

 

「真面目に答えんなっ!?」

 

 

もう嫌だ、雪はそう思いながら泣きそうになる。

そして今になって鬼子母神に勝負を挑んだ事に後悔している。

 

 

「貴女って意外にウブなんですねー。もしかして生娘ですかー?」

 

「そ、それは……」

 

 

雪は昔を思い出す。

雪の一番好きな女の子が生きていた頃。

雪が一番愛していた女の子の事を。

そしてその女の子との何回か行った情事の事を。

その事を思い出して顔を少し赤くする。

 

 

「お、その顔は図星ですかー?」

 

「ち、ちがっ……」

 

「んー、余計に貴女のお名前聞きたいですねー。で、なんて名前なんですかー?」

 

 

斬乂が雪の頬を人差し指でプニプニと押しながら再び問う。

そして雪は諦めるように溜息を吐く。

 

 

 

「雪……、白鷺 雪だ」

 

「白鷺 雪……ふふ、貴女の髪の色を表すような綺麗な名前ですねー」

 

 

雪が言うと斬乂は微笑みながら雪の白い髪に触れる。

そして雪は綺麗と言われると不機嫌そうに顔を歪める。

 

 

「綺麗とか言うな……私は自分のこの白い髪が嫌いなんだ」

 

「えぇー、なんでなんですかー? 綺麗なのにー」

 

「……色々とあるんだよ」

 

 

雪にとっては白い髪は自分が人間で無くなった証の一つである。

彼女にとっては容易に受け入れられることでは無いらしい。

 

 

「むー、意味深ですねー。なら次の質問です」

 

「……なんだ」

 

 

雪はさらに不機嫌な顔をする。

どうせ色々とかなんですかー、みたいな事でも聞くのだろう、面倒くさいと思う。

 

 

「週何回、一人でえっちして……」

 

「名前の次に聞くことはそれかっ!? お前はおっさんかっ!?」

 

 

雪は斬乂の質問にドン引きしながら答える。

 

 

「いやいや、私は雪ニャンの飼い主ですよー。下の世話だけでなく発情期の管理も……」

 

「雪ニャン言うなっ!? それに飼い主なんかじゃ無いし、下の世話とかやらせないからなっ!! あと発情期とかないからっ!?」

 

 

完璧に猫扱いである。

ガチでこの鬼は私を飼うつもりか、と雪は不安になる。

早く目を盗んで逃げなければ貞操がやばいと……。

 

 

「もー、雪ニャンをからかうのは楽しいですねー」

 

 

斬乂はそう言いながら雪の頭を撫でる。

完全に雪で遊んでいる。

そして雪は歯軋りを立てながら斬乂を睨み、今夜枕元に気をつけろよ、と心の中でつぶやく。

 

 

「あっ、あとあれも気になりますねー。雪ニャンの能力」

 

 

斬乂は突然、思い出したように声を上げる。

いきなり真面目な質問が来た事に雪は驚き、雪ニャンと呼ばれた事はスルーする。

 

 

「あ、教えないと次は……」

 

「言うから私の足をなぞるな……」

 

 

斬乂が雪の足に手を沿わせながら着物の中に手を入れようとするが、雪はその手をピシャリと叩き、諦めたようにため息を吐く。

素直に言う事を聞く雪を見る斬乂はつまらなそうに口を尖らして、再び雪の頭の上に手を置く。

そして雪が呆れながら口を開く。

 

 

 

「私の能力は【魂を狩り盗る程度の能力】だ」

 

 

雪はそう言いながら自分の右腕の包帯を取り、骨がむき出しになっている右腕を見せ、包帯の下に隠されていた右手を開いたり閉じたりする。

斬乂はと言うと雪の能力の名を聞くと、首をかしげる。

 

 

「ほぇー、魂を刈り取っちゃうんですか。死神みたいな能力ですねー」

 

「言っておくが私は死神なんかじゃ無い」

 

「知ってますよー。こんな可愛い子が死神なんて物騒なものなわけ無いじゃ無いですかー」

 

 

斬乂が雪の頬を撫でながら言う。

そして雪は可愛いと言われることに顔を顰める。

 

 

「で、どんな能力なんですかー?」

 

「……自分の近くで死んだ魂を狩り盗る能力だ」

 

「もー、そんな言い方じゃわかりませんよー」

 

「ひゃんっ!?」

 

 

斬乂は頰を膨らませながら先ほどと同じ様に雪の下半身を触る。

触られた雪は顔を赤らめ身を縮め、憎そうに舌を打つ。

 

 

「……簡単に言うと私の近くで死んだ奴の死体を操る事ができるんだよ」

 

「あー、だからあんな事ができたんですねー」

 

 

斬乂は数時間前の黒羽の屋敷の前で見た地獄絵図を思い出し頷く。

そして同時に思う。

雪の能力がその程度のものでは無いと。

 

 

「でー、出来ることはそれだけじゃ無いはずですよー? 雷とか氷とか操ったり、影を使っての移動はなんなんですかー?」

 

「あれは……ただ文字通り能力を持った妖怪の心臓(たましい)を狩り盗って私のモノにしたんだ」

 

 

雪はそう言いながら右手の手の平を広げ、小さな電流を走らせる。

そして雪は続いていう。

 

この能力でありとあらゆる妖怪を殺してきて、能力だけでなく殺した妖怪の妖力を奪うこともできる。

ただし条件として心臓を抜き取って殺さないといけないし、その抜き取った心臓を食べないといけないと。

 

 

「だから、私は天魔とお前の心臓が欲しかったのだ。なのにーー」

 

 

雪は再びいまの自分の姿を見てため息を吐く。

殺しにきた結果、殺そうとした相手に膝枕をされ、いい様に扱われているのだ。

屈辱以外のなんでも無い。

しかし、肝心の斬乂は雪のその態度を見てもなんとも思っていないのかニコニコと笑い、雪の頭を撫でるだけ。

雪は今日何度目かのため息をもういちど吐く。

 

 

「なるほどー。で、私と黒羽ちゃんを殺してどうしたかったんですか?」

 

 

斬乂は首を傾げ、雪を見つめる。

つまり斬乂は自分と黒羽を殺して、どうなりたかったのかを尋ねる。

自分と黒羽を殺そうとしていたのだ、能力と妖力を奪ってなにか目的があったに違い無い、斬乂はそう思って雪に尋ねた。

 

 

「……ただ強くなりたかっただけだ」

 

「あ、それ嘘ですねー。私から見て雪ニャンはそんな野心家に見えません」

 

 

そう言われると雪は言葉を詰まらせる。

その態度を見て図星ですね、と斬乂は微笑む。

そして斬乂はうーんと唸った後に、思いついた様に手をうった。

 

 

「ずばりあの女の子のためですかー?」

 

 

斬乂がそう言うと雪の身体が強張る。

そんな雪を見て斬乂は図星ですね、と先ほどと同じ様に言う。

 

あの女の子。

斬乂が言うあの子とは雪の影から出てきて、天魔……黒羽に雪の代わりに叩かれた茜のことだろう。

雪は斬乂に言われると顔をそらす。

 

 

「お前には関係無いだろ……」

 

「関係大有りですねー。私は雪ニャンの飼い主ですよー?」

 

 

斬乂は雪の首につけられた首輪に触れ微笑みながら言う。

その様子を見て、雪は私はお前のペットでは無いという怨ましげな顔をしながら口を開く。

 

 

「茜を……生き返らすためだ」

 

 

雪はそう言うと、虚ろな目をした白装束を着た少女……茜が少し離れたところにある箪笥の影から出てくる。

そして雪の近くに近づき、雪の隣にちょこんと座る。

 

 

「へー、彼女は茜ちゃんって言うんですかー」

 

「言っとくが指一本触れるなよ……。触れたら今度こそ殺すからな」

 

「そんな怖い顔しないでくださいよー。変な事は今のところ雪ニャンがいるからしませんよー」

 

「私が見ていなかったらするのか……」

 

「いえ、雪ニャンに変な事をするので茜ちゃんには何もしないって言うことですよー?」

 

 

斬乂がそう言うと雪は斬乂の膝から離れ逃げようとする。

だが、すぐに頭を掴まれ斬乂の膝の上に頭を戻される。

 

 

「わ、私にも何もするなっ!? そ、それに今は……茜が見てるんだ……。そ……そういうところを茜の前で見られたら……その……」

 

「ははーん、雪ニャンは茜ちゃんにほの字なんですねー」

 

「う、五月蝿いっ!!」

 

 

雪はペシリと斬乂の膝を叩き、黙って座っている茜に視線を向ける。

彼女は虚ろな目をしながらじっと雪の方を見つめているだけだ。

その様子を見て、斬乂は言う。

 

 

「けど、見るからに彼女もう死んでますよー。瞳孔開いてますし、息もありません。もしかして雪ニャンは死体に惚れちゃう性癖なんですかー?」

 

「違うっ! 茜は生き返るんだっ!」

 

 

雪はそう言いながら頭を撫でる斬乂の手を払い、斬乂の膝の上から離れ茜の頭を胸元に寄せ抱きつく。

抱きつかれても茜は指一本動かさず、ただ座っているだけだった。

それはまるで動かない人形の様であった。

その様子を見て斬乂は首を傾げる。

 

 

「いやでもー、どうやって……」

 

「私が妖怪を殺しまくって力を奪えばいい……、そうすれば私の妖力も上がって……」

 

「でも人は一度死んでも生き返りませんよ? 彼女、見るからに人間でしょう?」

 

 

怒鳴りつける様に言う雪に対し、斬乂は茜の様子を見ながら冷静に言い放つ。

 

 

「そうだ、茜は人間だ! だけど茜の魂は私の中にあるっ! だって私はそう言う妖怪だからっ!!」

 

「貴女は死体を操る妖怪なんでしょう? 決して人を生き返らす妖怪では無いはずです」

 

「……っ」

 

 

斬乂の言うことに言葉を詰まらせる。

雪は言われると茜の目を見る。

虚ろな目をした彼女の目を……。

 

 

「違うっ……生き返るんだ……」

 

「貴女のその根拠は何なんですか?」

 

 

雪はそう言われると茜を強く抱きしめる。

そして目に涙を浮かべ、昔を思い出しながら噤む。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

かつて寺を出て、旅に出た自分を思い出す。

そして茜を殺されたことで妖怪に復讐しようと歩き回った自分を。

 

最初はボコボコにやられた。

そして夜になり眠りにつくたびに涙を流す。

寂しい辛い、妖怪になった事で何故か首を切られても死ねなくなった自分を呪いながら眠る日々を。

どれだけ首をもがれても頭が潰されても死ねない自分を不気味に思いながら眠る夜を。

どんなに妖怪に立ち向かっても返り討ちにあう、自分の弱さを……。

 

そんな中、この頃は影の能力を持っておらず影に入れずに、人を一人いれられる籠の中にいれて持ち運んでいた茜が勝手に動き出し、自分を慰める様に頭を撫でてくれた、抱きしめてくれた。

そして茜は虚ろな目をしたまま、涙を流す自分の目を拭ってくれた。

もちろん彼女は死体の身なので話すことは出来ない。

だが、死体なはずなのに動き、雪の事を慰めた。

雪は思った。

 

もしかして茜の魂は私の中にあるのでは?

 

雪はある日のことを思い出す。

とある知性のある妖怪が能力がなんちゃらと言っていたことを。

なんでも妖怪には個人の能力がそれぞれあるとか無いとか。

雪がそれを思い出した時、頭の中に【魂を狩り盗る程度の能力】という言葉が思い浮かんだ。

この時、雪は初めて自分の能力の存在を自覚した。

 

そして同時に確信する。

茜は自分の近くで死んだのだ。

きっとその時に能力で自分の中に……自分の心の中に茜の魂が入ったに違い無いと。

そして思う。

 

自分がこの能力を上手く使って、茜の魂を今持っている茜の死体に元に戻せば茜は生き返るのでは無いかと。

ならもっと自分の能力を知らなければいけない。

 

雪はそう思い妖怪にさらに挑み続けた。

もちろん最初は能力の使い方がてんでわからず、返り討ちにあう。

だが、茜の為だと思い挑み続ける。

そしていつしか自分の能力の使い方、自分の妖怪としての戦い方を理解した。

 

どうやら自分は死ねないらしい。

そう言う妖怪だからなのか、死ねない。

死にたくても、死ねない。

首をもがれてもくっつければ戻るし、潰れてしまってもトカゲの様にしばらくしたら新しく生えてくる。

それを利用して、無残に殺された様に見せかけ、相手を油断させて不意打ちで殺したりした。

おかげで沢山殺せ、沢山の妖怪の力を能力で奪った。

 

しかし、いつになっても茜は蘇らない。

自分の能力は完璧に理解したはずなのに。

 

そして思う。

自分の妖力が足りないからだと。

人を一人生き返らせるのには膨大な力が必要なのだと理解する。

 

そしてそれからも雪は茜の仇を取るついでに妖怪を殺し続け、妖怪の力を能力で奪い続けたーー

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

雪は自身の過去をかい摘んで斬乂に話した。

普段の雪ならば話す必要が無いと言い、何も言わないが何故かいってしまった。

斬乂に話してしまった。

 

 

「……なるほど、それが雪ニャンが妖怪を殺す理由で、茜ちゃんを生き返らす根拠なんですかー」

 

「……そうだ、私は必ず茜を生き返らす」

 

 

雪は目に涙を浮かべ、茜のうなじに顔を埋める。

その様子を見て、斬乂は考える。

 

茜が生き返る。

それはたぶん雪の妄想だ。

人は生き返らないし、生き返らせれない。

今の話を聞いてる限り、雪はただ弱っているところを無意識に茜の死体を操り、慰めさせている様にしか思えない。

 

しかし、それを雪に伝えてしまってはいけない気がした。

おそらく彼女は茜を生き返らせることを目標に今まで生きてきたのだろう。

曰く、彼女は元人間だったらしい。

それも成人していない少女だ。

そんな彼女にそれは貴女の妄想で彼女は生き返らない、と伝えてしまえば長年それを理由に生きてきた少女の心が折れてしまうかもしれない。

もしかして雪は強く否定するかもしれないが今の彼女の姿を見るとそれは無いと斬乂はすぐに思えた。

 

 

「茜はこんな状態になっても私を……抱きしめてくれたんだ……涙を拭ってくれたんだ。生き返るに決まっている……。茜の心はまだ中にあるはずなんだ……私が茜の魂を戻してあげれば……」

 

 

雪は涙を流しながら、抱きしめる茜の死体に向かってブツブツと呟く。

そんな様子を見て斬乂はまいってしまう。

 

明らかに彼女は心が壊れている。

本人は自覚していないが、完全に現実が見えていない。

しかもちょっと茜が生き返らないのでは、と言うだけでこの有様だ。

 

さてどうするか、斬乂は自分の顎を撫で考える。

これがただ他人の能力を奪い力を手に入れ最強になるんだー、という単純な理由で自分に挑んできて負けたのならやることは簡単だった。

斬乂自身がありとあらゆる手を使って調教し自分無しでは生きられないほどの淫乱娘にして飼い続ける、斬乂は今の話を聞く前までそう考えていた。

だが今の少女を見るにそんな方法はダメだと思えた。

人として……いや人では無いが何故かダメだと思えた。

 

彼女は……雪は心が弱い子だ。

無意識に彼女を操り、生き返らす為という大義を立て、彼女の為に殺すと言う意味の無い目標を立てる。

冷静に考えても、聞く限り雪の能力は人の魂を狩るだけのものだ。

魂を操る能力では無いし、人の生死を操るものでも無い。

彼女が生き返らないのは妖力のせいでもなんでも無いのだ。

彼女は冷静に考えればわかることが理解できずに今まで意味の無い目標を立て生きてきたのだ。

今ここで貴女の能力で茜は生き返らないと言ったら、それこそ彼女の心は完璧に折れてしまう。

 

はてどうしたものか、と斬乂は完全にまいる。

 

 

「なぁ、頼むよ……。お前の命はもう狙わないから私を解放してくれ……。私は一刻も早く、茜を生きかえらして……やりたいんだ……」

 

 

雪が涙を流し顔をくしゃくしゃにして、斬乂を見つめる。

その雪の顔は数時間前まで大勢の天狗に囲まれ勇ましく挑発していた人物とは全然違う。

ただの弱々しい少女、斬乂の目にはそう見えた。

 

たった少し言い詰めただけで数分の間にこんな性格が変わるなんて斬乂は思ってもいなかった。

それほど彼女の心は不安定なのだろう。

 

斬乂は額を押さえ今後、雪をどうするかを悩む。

 



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困惑

「まあ、取り敢えず雪ニャンは私の家で飼うことに決めました〜」

 

 

斬乂はヘラヘラと笑いながら目の前で不機嫌そうに座る天魔……夜鴉 黒羽に向かってそう言う。

斬乂の膝には先ほどまで泣きベソをかいていた少女の雪の頭を乗せ、膝枕の上で雪は泣き疲れたのかスヤスヤと寝ている。

そして斬乂の座る後ろには目を閉じて横になっている茜が寝転がっている。

しかし、茜は寝ているのではなく死んでいるだけ、動かしていた雪が寝ていたので彼女も動くことができなく、斬乂の配慮でぶっ倒れた茜を綺麗に横に寝かしたのだ。

 

 

「取り敢えずってなによ……。私は今回の件でその女を引き取りに来たのよ」

 

 

黒羽は呆れながら言う。

雪の身柄をどうするかについて話し合っている間に突然、斬乂が雪を抱きかかえ逃げ去ってしまった。

なので連れられた雪を連れ戻そうと、こうして妖怪の山の長である天魔が直々に鬼神である斬乂の屋敷にやってきたのだ。

しかし、連れ戻そうとやって来たのは良いが、肝心の少女は斬乂の膝の上で寝ていたのだ。

しかも、血だらけの白装束ではなくピンク色の和服を着て、首輪をつけられた状態でだ。

そしてとりあえず腰を下ろして話そうと斬乂に言われ、斬乂の正面に構え座っているわけだ。

 

「だから私はそいつを連れて帰るわ。うちの部下どもも良い様にされてカンカンよ」

 

黒羽はそう言いながら立ち上がる。

そして雪の腕を掴もうとしたが、雪に触れる前に斬乂に腕を掴まれ止められる。

 

「いやー、待ってくださいよ黒羽ちゃん。雪ニャンを連れてってどうするつもりなんですか?」

 

「決まってるじゃ無い? 死ぬほど後悔させて、殺すのよ?」

 

 

黒羽がそう言うと斬乂が二ヘラと笑う。

 

 

「いやー、黒羽ちゃんも知ってるじゃ無いですか。雪ニャンはどうやら死ねない体質、つまり不死身らしいですよ。それをどう殺すというのですかー?」

 

 

斬乂がそう言うと黒羽は言葉を詰まらせる。

確かにそうだ。

黒羽は思い出す。

自分が首を断頭しても死ぬどころか、首だけで話す彼女の姿を。

普通の妖怪でも首を斬られれば普通は死ぬ。

なのに首を斬られても死なない彼女は妖怪の中でもかなりの異質だ。

首を斬っても駄目ならどう殺せば良いのか黒羽にはわからなかった。

 

「う……そ、それならひたすら……死にたくても死ねないほどの目に合わせて……」

 

「雪ニャンが大人しく良い様にやられると思うんですかー? 雪ニャンは背中から手を生やす様なビックリ技や殺した相手の能力を奪って使う様な妖怪なんですよ? 私なら腕を縛られ様が拷問中だろうがぶっ殺して逃げますねー」

 

黒羽はそれを聞いてさらに言葉を詰まらせる。

その能力は先ほど説明されたが本当にとんでもない能力だ。

ほとんどの妖怪が一つか二つしか持たない能力を雪は幾つも持っていると言って良い。

そして種族柄の固有能力なのかありえない不死性までも持つ。

下手に雪を刺激してさらなる悲劇を呼ぶのはまずい。

 

 

「なら……どう落とし前をつければ良いのよ。私も不意打ちとは言え殺られかけたのよ。このまま野放しにしておけば……」

 

「ふふっ、それは心配無用なのでーす」

 

 

斬乂は不安そうに言う黒羽に向かってVサインをする。

その様子を見て黒羽は、なにが心配無用なのかと怒鳴り散らしたくなった。

しかし斬乂とは長い付き合いだ。

怒鳴り散らしてもどうもならないことはわかっているのでそれは無駄な行動だと悟る。

そして落ち着いて斬乂に問いかける。

 

 

「なにが心配無用なのよ?」

 

「私が雪ニャンの側にずーと居ます!」

 

 

斬乂は膨らんだ胸をさらに強調させ、自信満々に胸を張る。

その様子を見て、黒羽はため息をつく。

確かに鬼神であり、雪を打ち負かせた斬乂の側に雪がずっといるのなら安心だ。

もう暴れる必要はないし、暴れるものなら斬乂がすぐに取り抑えれば良い。

 

しかし、黒羽ら天狗側は雪に大人しくいることを望んでいるわけではない。

何らかの罪を彼女に与え、天狗らの今回の鬱憤を晴らさなければいけないのだ。

それに今回は大勢の死者が出た。

何のお咎めも無しだとそうした彼らが報われない。

だから黒羽は雪の身柄を天狗側が引き取り、何らかの裁きを与えなければいけないのだ。

それが天狗らの長として、妖怪の山の長としての天魔の責任なのだ。

 

それを倒したからという理由で……そして危険だからという理由で鬼側に彼女の身柄を預けっぱなしというのは色々とマズイ。

確かに雪は危険だ。

だがそれをそのままにして鬼側に預けるのは天狗としての面子に関わる。

これが天狗側に雪の身柄を持ちたい第一の理由と言っても良いだろう。

だから黒羽は鬼である斬乂に雪の身柄を預けたくないのだ。

 

 

「あんたの側に置いとくのが一番安心だけど、それじゃあ私の部下は納得しないのよ」

 

「ふふ、安心してください。きちんと雪ニャンには罰は与えますからー、ぐへへへ……」

 

 

斬乂はそう言って下品な笑みを浮かべながら寝ている雪の小さな胸を揉む。

雪は小さく、ん……と呻くだけで起きはしない。

それを良いことに斬乂はニヤニヤと笑いながら、眠る雪の胸を揉み続ける。

その様子を見て、黒羽はため息をつく。

そう言うことを言っているのではないと。

そう思いながら黒羽はふと、視界に斬乂の後ろで横になる存在を見る。

 

「なら、あんたの後ろに寝てる女を寄越しなさいよ」

 

黒羽はそう言いながら斬乂の後ろに寝転がる茜に指差す。

そう言われると斬乂は雪の胸を揉む事を止め、あー、と言いながら頭をかく。

 

 

「なによ、なんかマズイ?」

 

「いや、とりあえず何するつもりですか?」

 

「それはその女の代わりに殺すのよ。それでその女がキレたらあんたが身柄を押さればいい、どう?」

 

 

黒羽は数時間前に雪の茜に対する執着心を見て思いつく。

それなら部下の天狗らも、雪の仲間が死んだとなって多少は気がまぎれるだろう。

まあ、本当に気紛れにしかならないが。

 

しかし、斬乂がそれを聞くと苦笑いをする。

 

 

「いやー、この子もう死んでるみたいなんで殺すっていうのは無理ですねー」

 

「はあ? ならなんで……そいつは屍なんかを大切にしてんのよ」

 

「あー、それには色々ありまして……」

 

 

斬乂は黒羽から目をそらしながら言う。

その様子を黒羽はジト目で、怪しそうなものを見る目で見る。

その視線を受け、斬乂は頰を膨らませる。

 

 

「もー、私が勝ったんだから私が好きなようにしてもいいじゃないですかー!!」

 

「いや、だからそんな簡単な話じゃなくて、私達にも面子というものが……」

 

「めんつめんつ言うなら私が黒羽ちゃんのめんつぶっ壊しちゃいますよーっ!」

 

「ちょっ!? あんた何する気なのよ!!」

 

「何って黒羽ちゃんとナニしたはなフガっ……」

 

「ああああぁっ、あんた!? そ、それは事故だから忘れるって!!」

 

 

斬乂はニヤニヤ笑いながら黒羽の秘密を話そうとすると、黒羽が顔を真っ赤にして斬乂の口を両手で塞ぐ。

しかし、斬乂は止める気がないのか黒羽の塞ぐ手を退ける。

 

「えー、でも黒羽ちゃんもノリノリでしたよねー」

 

「ち、違うわっ!? そ、そんなのな、何かの間違いよ!! あれはお酒の勢い……で……」

 

黒羽は斬乂に怒鳴っていうが、斬乂の言う黒歴史の内容を思い出して顔をゆでだこのようにし斬乂から目をそらす。

 

 

「なら言っても問題ないですねー。部下の天狗達に黒羽ちゃんは中々、可愛い反応するって……」

 

「あぁー、わかったわよっ! だから、それ以上言うな!?」

 

 

黒羽はそう言いながら帰ろうと立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

これ以上言われると恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだ。

それに流石にこんなことを周りに知られれば、もう外にはいけないしお嫁にもいけない。

そうなったらマジでマズイ。

売れ残り品は本当に勘弁したい、と黒羽は思いながら恥ずかしさのあまり未だに顔を真っ赤にしながら部屋を出ようとする。

しかし、黒羽は次の言葉を聞くと立ち止まり、勢いよく斬乂にかけより肩を揺さぶった。

 

 

「えー? 黒羽ちゃんが女の悦びを知って、毎晩一人で……」

 

「ああああっ、あんた見てたの!? い、いいいいいつからよっ!?」

 

「え、これは冗談で言ったつもりですが……」

 

 

ヘラヘラと笑って話していた斬乂が突然、真顔になり首を傾げる。

そして黒羽は斬乂の胸元を勢いよく掴み睨みつける。

 

 

「……あんたマジ殺すわ」

 

「あー、えーと。なんかごめんなさい……」

 

「謝らないでよっ!? 余計惨めになるでしょうっ!!」

 

「あー、うるさいなー。静かに眠れやし……げ、彼氏なし子イコール年齢」

 

 

黒羽が勢いよく斬乂の肩を揺らしたからか、その揺れた振動が膝枕で寝ていた雪に伝わり起きてしまった。

そして起きた雪は嫌なものを見たように顔を歪め、失礼なことを言う。

 

 

「だ、誰が彼氏なし子イコール年齢よ!?あんただって同じもんでしょ! 性格悪そうだし!!」

 

「ふっ、残念ながらもう結婚してるさ」

 

 

雪は腕を組みながら偉そうに言う。

もちろん雪の結婚した相手とは茜であるが、今は死んでるし女なので結婚と言っていいか微妙なとこだ。

しかし嘘ではない、一様同意はして結婚した。

 

一方、黒羽は膝をついて頭をうなだれる。

 

 

「う、嘘よ……こんな性格悪そうな奴に結婚できてなんで私には……」

 

「黒羽ちゃん、私がいますよー。ほら、可愛い斬乂ちゃんは黒羽ちゃんの事、何時でも受け入れてあげますよー」

 

「……ぐすん、もう帰る」

 

 

黒羽は斬乂が言う意味のわからないことを無視して、ゆっくりと立ち上がり部屋から出て行こうとする。

しかし、何かを思い出したかのように振り返り、斬乂に言い放つ。

 

 

「斬乂ぇ……、絶対その女に生まれてきたことを後悔させなさいよ……。もうこの際、エロい事でもなんでもいいから……じゃ」

 

 

黒羽はそう一言言い放ち、部屋から出て戸を閉めた。

 

彼女は去り際に見事、爆弾を落としていった。

雪はその言葉を言い放たれた途端、斬乂の後ろで横になる茜を掴み、自分の影に入って脱兎の如く逃げようとする。

しかし、斬乂が見えない速さで雪の首根っこを掴んだ。

 

 

「もー、逃げる必要ないじゃないですかー。流石に生まれた事を後悔させるつもりはないですよー。むしろ女として生まれた悦びに気づかせてあげまーす」

 

「……な、何する気だ」

 

「それは……まあ、夜のお楽しみですね」

 

 

斬乂がそう言うと雪は無言で再び逃げようとする。

しかし同じく首根っこを掴まれ、また捕まってしまった。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

「くっ……放せこの鬼っ! 私をどこに連れてくんだ!」

 

 

広く、長く続く廊下。

そこは斬乂の屋敷の廊下である。

廊下から見える外の景色は既に暗い。

なので歩いている廊下も暗く、唯一ある灯りは月の光のみで廊下の先がほとんど見えないでいる。

そんな中、斬乂は雪の腕を無理やり引っ張り、雪を連れて長い廊下を歩いている。

雪は足掻きとして連れて行かれないよう床に足を踏ん張るが、斬乂の歩が止まることはなく引きずられるようにどこかへと連れて行かれる。

 

「むふふふー、今から楽しいことするので黙ってついてこればいいんですよー」

 

「余計に心配だわっ!?」

 

雪はそう言いながらも未だに足掻きを続けるが止まることはない。

雪の中の斬乂の性格を考えれば、このまま一式の布団に枕が二つ並べてある部屋に連れてかれても何もおかしくはない。

そうなれば雪は斬乂の馬鹿力により、あれよあれよと脱がされ徹夜コースだ。

それだけは避けなければ、雪はそう思いながら無駄な足掻きを続ける。

 

しかし、斬乂の歩は急に止まり、ある部屋の前で立ち止まる。

そして思う。

さらば私の貞操。

ごめん茜。

私は今から汚れてきます、と。

 

「ふへへー、今日は雪ニャンがうちに来て初めての夜です、騒ぎますよー」

 

雪の腕を未だに引っ張り、斬乂は部屋のふすまを開ける。

そして雪は覚悟すると同時に何をされるかわからない未知の恐怖に目を閉じた。

 

 

しかし、開いた先からは騒がしい声。

飲んで騒いで騒ぐ声。

 

 

雪はそのどんちゃん騒ぎを見ると、目を見開き呆然とする。

部屋は布団の敷かれた寝室ではなく、大部屋で空の酒やら食べカスなどで散らかりまくり。

それでも気にせず、頭から角を生やした輩が飲み続ける。

その部屋には、男女関係なく大量の鬼がどんちゃんと騒いでいた。

 

「おっ、かあーさんきたぞーっ!」

 

「席あけなっ!」

 

「それが噂のペットかい大将っ!」

 

斬乂が部屋の中に入る。

すると一人、また一人と飲んでいる鬼らが斬乂の存在に気付き、さらに場は盛り上がる。

そんな中を斬乂は突き進み、鬼らが斬乂のためにあけた場所に座る。

雪も斬乂に連れられ、周りを見回しながら座る。

 

「……お前、本当に鬼の頭なんだな」

 

「そうですよー。まあ、勝手に呼ばれてるだけで私も普通の鬼なんですけどねー」

 

そう言いながら斬乂は近くに置いてある酒瓶を掴み、盃につがずに酒瓶のままそのまま煽る。

そして一口で飲みきり、その空になった酒瓶勢いよく床に置く。

 

 

「鬼は毎日宴会するほどの宴会好きですよ。そしてお酒も戦いも好きです」

 

 

斬乂は一目雪を見てから、周囲を見渡す。

雪も今一度部屋の様子をみる。

 

宴会場は結構な広さで、隣の部屋を区切る襖も宴会の為か外されており、全体的に数百人くらいの鬼が飲んで歌っている。

ガタイのいい鬼、厳つい顔をした鬼に、明らかに十もいかない子供の見た目をした背の低い鬼やらと大小様々な鬼が酒を飲み交わしている。

毎日……、と言うのは言葉の綾だろうが、好きだというのなら結構な頻度で宴会を開いているのだろう。

そしてその場で出される酒やら食事やらは一体どう準備するのか、雪はそう疑問に思いながらため息をつく。

 

 

「はっ……変わった奴らだな」

 

 

酔狂な奴だと雪は言いながら近くに置いてある酒瓶を見る。

その酒の入った瓶を見る視線は興味深そうなものであり、飲んでもいいのかを悩んでいる。

 

なにぶん彼女が人間だった頃は十七であり、子供だった。

現代的には飲んではダメだが、妖怪となり永遠の十七歳の見た目となった今、アルコールなどは飲んでいいのかと懸念する。

しかし、隣では自分より少し若い見た目をした斬乂が煽るように飲んでいるので別にいいのか、と疑問に思う。

 

 

「なにいってるんですか? 雪ニャンは今日から私の飼い猫なんですよ。もちろん雪ニャンもこうした催しには毎回参加です」

 

「……マジかよ」

 

 

こんな所にいたら何時になっても茜を生き返らせれない、雪はそう思いながら再びため息をつく。

というか本当に自分はペットとしてこの鬼に飼われるのか、という不安もありより一層大きなため息をつく。

早く隙を見つけ出し、逃げなければ……。

 

雪がそう思いながら斬乂を睨んでいると、誰かが後ろから勢いよく抱きついてきた。

 

「おー、お前が母さんの飼い始めたペットかー」

 

「犬か猫かと思ったらまさかの妖怪とは、流石は母さんだ」

 

 

頭の左右に二本の角を生やす背の低い鬼と、額の真ん中に一本の角を生やした背の高い鬼がカラカラと笑いながらそう言う。

背の低いの方はヘラヘラ笑いながら後ろから雪に抱きつき、背の高い方の鬼はよっこらせと雪の隣に座る。

雪はいきなり馴れ馴れしくしてきた、背中にくっつく鬼を一瞬殺ろうとしたが隣に鬼神である斬乂がいるのですぐに諦めた。

 

「あ、私は伊吹 萃香ってんだ。よろしくなペット」

 

「私は星熊 勇儀だ。よろしくな」

 

自己紹介をしてきた鬼二人に対し、雪が思うのは馴れ馴れしい。

誰がよろしくするものか、そう思いながら雪は二人から顔を背ける。

 

 

「おいおい、無視するなよー。お前の名はなんなんだぁ?」

 

 

うりうり、と頬をつつきながら背中に抱きつく萃香。

その態度にさらに雪のイライラは募る。

今すぐ背中から手を生やして心臓をもぎ取りたいほどに。

というかもぎ取ってしまおうか、雪はそう考える。

今なら多少は昼間に使った妖力も回復しているはずだし、次は小手先だけでなく本気でやればあるいは鬼子母神に……勝てなくてもせめて隙を見つけて逃げれば。

 

「あんた無愛想だねー、とりあえずこれ飲んどきな!」

 

「がふっ!?」

 

雪が考え事をしていると隣に座る勇儀が、いきなり雪の口に瓶のまま酒を突っ込む。

その酒瓶は開けたばっかりのものらしく、ほぼ満タンだ。

雪はゴボゴボと口の隙間から、酒を零して煽るように飲まされる。

そしてどんどん雪の目が白くなっていき、顔が赤くなっていく。

 

 

雪の記憶はそこで途絶えたーー

 

 



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怨念

私は目を開けた。

そこは知らない天井で、何故ここにいるのかを目起きの冴えない頭で考える。

 

身体を起こして気付くが、自分は布団の上で寝かされており掛け布団はかけられているが、その下は全裸だった。

そう……ぜん……ら?

 

「……っ!!」

 

私は慌てて掛けられていた毛布をかぶり、自分のあられもない身体を隠す。

いな、右腕の骨の手を隠すための包帯と、首に鬼神につけられた鉄で出来た首輪をかけられていて何も身につけていないわけではない。

しかし、裸に包帯と首輪というものは何か逆に恥ずかしい……。

 

私はなぜこんなところに寝ていて、自分が全裸なのかを毛布に包まりながら思い出す。

 

確か昨日、鬼神に負けてペットになれと言われ、ここにいるのは思い出せる。

そして私の歓迎の宴会だ、と言われ鬼神の屋敷にある大部屋に連れられたのも思い出せる。

……その後は何があった?

どうにもそこからが思い出せない……。

なぜか頭が少し痛いし……。

自分の身体に巻いている毛布に頭をうずめながら昨日の事を思い出そうとするが、何一つ思い出せない。

 

 

「あ、雪ニャン起きました?」

 

 

私が必死になって昨日の事を思い出そうとしていると、部屋に大きな角を二本生やした女が入ってきた。

私はそいつの姿を見て思い出す。

 

そうだ、ここは鬼神の寝室だったはず。

私が昨日、名前や能力を聴き出されるだけに散々いびられて好きな様にされた部屋だ。

よし、何故ここにいるのかは思い出せた。

次に何故、自分が全裸なのか……

 

 

「死ねえぇぇぇっ! このクソ鬼がぁーっ!!」

 

 

私が何故、自分が全裸なのかを思い出そうとするとすぐに一つの考えが思いつき、思わず鬼神の顔めがけ跳び蹴りをする。

しかし、鬼神に呆気なく空中で足を掴まれ、私は鬼神の手により全裸で逆さ吊り状態になる。

 

「雪ニャンいきなり飛びついてきてどうしたんですか? もしかして私が居なくて寂しく思ってました?」

 

「ふ、ふざけるなっ!? お前私に何したんだっ!」

 

私は逆さ吊りに成った状態で鬼神に怒鳴る。

なにを、と鬼神は言われると首をかしげ、あぁと思いついた様に声を出す。

 

「もしかして首の鎖をつけられたのが気に食わないんですかー?」

 

「くさり……あっ」

 

私は自分の首を見て初めて気づく。

それは私の首につけられた首輪の後方にジャラジャラと繋がれ、鎖の反対側は部屋の壁に釘か何かで打ちつけられ外れない様になっている。

完璧に犬を鎖で繋ぎ逃げないようにするあれだ。

というか首輪に鎖で全裸とは中々マニアックな格好だ。

 

 

「は、外せっ! というか下ろせっ!? 」

 

 

私はそう言いながら逆さ吊りの状態で鬼神の顔めがけ足を振るうが、残念ながら短くて届かない。

 

「えー、だって外したら雪ニャン逃げちゃうじゃないですかー」

 

「当たり前だっ! こんなところにいたら……」

 

私はそう言いながら自分の今の格好に気づく。

そして慌てて自分の胸と股を両手で隠すが、なぜか涙が目から溢れ出てきた。

 

「な、何故泣くんですか!?」

 

「だ……だってこんな惨めな格好にさせられて……その上、無理やりされて……いつの間にか汚されて……茜としかするつもりはなかったのにぃ……」

 

私の目からどんどん涙が流れる。

そして私は心の中で謝る。

ごめん、茜。

私はどうやら貶されてしまった様だ。

 

「き……昨日はなにも変なことしてないから安心してください!」

 

鬼神は逆さ吊りにしていた私の身体を持ち上げ、優しく床に座らせ必死に弁解をする。

 

「ほんとか……?」

 

「ほんとですよ!? 昨日は雪ニャンが酔い潰れて起きそうになかったので、私の部屋に連れてきて着物がシワにならないように脱がしただけですよ!」

 

「うっ……私は寝てるところを……」

 

どうやら酔い潰れたところを持ち帰られ、寝てるところを良いようにされたらしい。

女同士だから子供ができるってことはないが、いつの間にか私は良いようにされ汚されて……。

う……吐き気が……。

 

「だから、何にもしてませんよ!? ちょーと胸を触っただけで本番まで入ってません!雪ニャンの身体は清いままです」

 

鬼神は必死に声をあげ、私より大きな胸を張ってそう言う。

 

「……本当に少し触っただけで他はなにもしてないんだな」

 

「はいっ、鬼は嘘つきません!」

 

私はそう言われると自分の目から流れる涙を拭き、私が寝ていたところにある毛布を掴んで身体に巻く。

 

確かに布団がいろんなモノで汚れているとか、自分の身体に違和感はないので一様は信じる。

少し倦怠感があるのも二日酔いということにしておいてやろう。

 

しかし、最近の私は本当に涙脆い。

いや、妖怪になった当初からよく涙を流す。

前世や人間だった頃はそんなに泣かなかったのに……。

 

 

「それより今日は雪ニャンに合わせたい人がいるんですよー」

 

 

私がまだ湿っている自分の目を擦っていると、鬼神は部屋の外の方にむけて手招きをする。

 

鬼神が手招きをすると部屋の外から紫っぽい髪の色をし、胸元に目ん玉っぽいネックレス? をかけている小さな少女が入ってきた。

入ってきた少女は半眼なのか目を薄めたまま私の方を見る。

 

そして少女と私の視線があうと、少女はすぐに私の視線から目を逸らした。

恥ずかしがり屋さんなのだろうか。

 

「……古明地……さとりです。白鷺……雪さんですよね?」

 

少女は私から目を逸らしながらそう言う。

どうやら本当に恥ずかしがり屋さんのようだ。

そしてどうやら私の名前は事前に鬼神に聞いていたようだ。

どうして鬼神はこんな少女を私に会わせたいと?

 

「そうだが?」

 

「とりあえず……服を着たらどうですか?」

 

「あっ……」

 

古明地に指摘されて気づく。

そういえば未だに私は全裸で、毛布だけしか羽織っていない状態だ。

 

なるほど、古明地は私のこの状態を見て目を逸らしたのか。

意外に紳士な性格だ。

別に女の子同士だから見ても良いのだが。

 

「えー、着せちゃうんですか? 雪ニャンには今日はそのまま過ごしてもらうつもりだったんですがー?」

 

こいつはマジで自重しろ……。

 

「いいからとっとと着る物を寄越せ」

 

「もう着ちゃうんですかー。もっと恥じらう雪ニャンを見たかったんですがー」

 

鬼神はそう言いながら、部屋の隅に置いてある箪笥の前に行き、私が以前来ていたのと同じような白装束を取り出して私に投げ捨てる。

そして私は言う。

 

 

「……おい、なぜこれを着せて寝かせなかった」

 

「だってー、雪ニャンの綺麗な肌に直に抱きつきながら寝たくてー」

 

 

鬼神がブーブー言いながら文句を垂れるが、私はそれを無視して貰った白装束を着る。

そして帯をしっかりと締めて、立ち上がる。

 

「け……お前が私から目を離せばどうとにもなって逃げられるのにな」

 

私はそう言いながら首に繋がれる鎖を手刀で断ち切る。

 

人間だった頃を考えれば、鉄の鎖を手刀で切るなんて行動は驚きものだろうが、妖怪となった今ではただの鎖ならなんとでもなる。

首輪の方も本当は切り取りたいが、サイズが丁度で首輪も切ろうとしたら間違えて自分の首ごとやってしまいそうだ。

まあ再生するから別にいいが、そんなことをしようとしても鬼神に無理やり止められるに決まっている。

とりあえず首輪は鬼神から逃げ切ったあとにどうにかするとしよう。

 

「で、なんでその子を私に会わせたかったんだ?」

 

私がそう言いながら古明地に視線を向けると、古明地はまたしても私から視線をそらす。

どうやら私の裸姿を見て照れていたのではなく、ただの人見知りちゃんだったようだ。

もしかして私の目つきの悪さが気に入らないのか?

 

「んー、雪ニャンにお友達でもつくってあげようと連れてきました。ほら、雪ニャンってお友達いなさそうですし」

 

「誰が友達いないだ……。そんなのはいらん」

 

「もー、またまたそう言ってー」

 

本当はほしいくせにー、と言いながら鬼神は私の脇をつついてくる。

うぜぇ……。

 

「本当にいらん。てか、早く私を解放しろ」

 

「解放はできませんね。そんなことしたら黒羽ちゃんに怒られちゃいます。それに私は雪ニャンの飼い主ですから」

 

どうやらマジでこの女は私を飼うつもりらしい。

まあ、隙を見つけて絶対に逃げるが。

 

「斬乂さん……私はこの人と友達は……」

 

古明地が鬼神の着物の袖を引っ張りながらそう言う。

大人しそうな顔をして、意外に言うんだね……。

 

「もー、さとりんも好き嫌いはいけません」

 

おい、私は野菜か……。

 

 

「いえ本当に……本当にこの人は無理です」

 

 

古明地はそう言いながら私から目を背け、気持ち悪そうに口に手を添える。

その姿を見て私はイラっとした。

 

「……はっ、なんだ? 生理的に受け付けないか。まあ、私はそこの鬼神の愛玩動物だもんな」

 

「ち、違います……。そう言うつもりで言ったのでは……」

 

「じゃあ、目ぇみて言えって」

 

「そ、それは……」

 

古明地はそろっと視線を私に向けようとするが、すぐに顔が青ざめ視線をそらす。

どうやら本格的に無理な様子だ。

 

「ざ、斬乂さん……少しいいですか……」

 

古明地はそう言いながら部屋を出て行こうとする。

 

「え、どうしたんですかさとりん? というか顔色……」

 

「……大丈夫です。それよりちょっと廊下で」

 

「え、えぇ……」

 

斬乂はそう言いながら古明地に手を引かれ、部屋の外に出ようとする。

そして私は一人部屋の外に残される。

 

 

「…………あれ、チャンスじゃね?」

 

 

私は一人になったことで思わず呟く。

 

斬乂の目はなく、今なら逃げ放題だ。

私には数年前にとある妖怪から奪い取った【影を操る程度の能力】がある。

それを使って影による転移術でここを逃げ出せば私は晴れて自由の身だ。

私は逃げられ、あのレズ鬼の性奴隷にならなくて済む、つまり万々歳だ。

 

「ふふふ……抜かったな鬼め」

 

私はそう言いながら床に手を置き、影の能力を発動させようとする。

しかし、幾ら力を込めても妖力を込めても自分の影には入り込めない。

私は能力が発動できないことに首を傾げて疑問に思う。

 

「あ、雪ニャン。言い忘れてましたが私の能力は【禁止する程度の能力】ですので逃げようとしても、今は私が雪ニャンが逃げることを"禁止"しているので逃げれませんよー」

 

私が能力の発動ができないことに疑問を感じていると、思い出したかの様に鬼神が部屋の戸を開け、顔だけを覗かせてそう言ってきた。

 

「ちなみに能力で"禁止"していることをしようと考えればピリって感じて、すぐに私にわかりますからねー」

 

鬼神が自分の頭を指で押さえながら言う。

つまり、私が能力を使おうが足を使って逃げようが、すぐにその行動がわかるというわけか。

 

「あ、それと今度からは逃げようと少しでも考えれば夜のお楽しみが一つ増える、と考えてくださいねー」

 

鬼神は一言そう言い残すと部屋の戸をピシャリと閉め、再び部屋に静寂が戻った。

 

なるほど、今までも何度か逃げようとしたがその度にすぐに捕まっていたのは鬼神の反射神経がすごいのでなく、鬼神の能力のせいだったからか。

どうやら私は鬼神が居ようが居まいが逃げられない様だ。

…………。

 

 

「…………ガッデムっ!!」

 

 

私は虚しくそう叫び膝をついた……。

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

side斬乂

 

私は雪ニャンに向かって逃亡防止のため、一つ警告をした。

そして私は部屋の戸を締め、未だに顔を真っ青にするさとりんに視線を向ける。

 

「さとりん、あの言い方は私も流石にどうかと……ってさとりん!?」

 

私がさとりんの方に視線を向けると、さとりんは膝をついて、今にも吐きそうな顔をして口元を押さえていた。

 

「どうしたんですかさとりんっ!? 顔色が……」

 

「だ、大丈夫です……、少し頭痛がしただけなので」

 

さとりんは壁に手をつきながら、フラフラと立ち上がる。

しかし今も口元を手で押さえ、明らかに異常な様子であった。

 

 

「ざ、斬乂さん……なんですかあの妖怪は……」

 

 

ぜぇぜぇ、と言いながら私にそう聞く。

私はその様子を見て、何か尋常ではないものを見たとしか考えられなかった。

 

今日は私の友人の一人であり、同じく妖怪の山にひっそりと暮らしている古明地 さとりを連れ、私は雪ニャンに会わせてあげようとしていた。

言ったように友達として、という意味もあるが本心は雪ニャンの心の中が知りたかった。

 

さとりんの能力である【心を読む程度の能力】で、私は雪ニャンの心が知りたかったのだ。

雪ニャンが私にペットと呼ばれどう思っているのか、本当はどうしたいのか、本心では本当に茜ちゃんを生き返らせられると信じているのか……。

私はそれが知りたくてズルいかもしれないが、友人のさとりんの力に頼った。

さとりんも人の心を読むとは良しとせず、最初は断られたが私が必死? に頼んだからか渋々と受けてくれた。

そしてついでに一人でいることが多いさとりんと、人を拒絶する雪ニャンには友達になって欲しかった。

まあこれは本当についでで、友達になろうがならまいがどちらでも良かったし、強要する気もなかった。

 

しかし、どうしてこうなった。

さとりんは雪ニャンを見た途端に顔を背け、顔を青くし、吐き気を訴える。

これでは雪ニャンの心を読むどころではない。

 

「な、なにってなんですか?」

 

「私……あんなに悍ましいと思う心を、見たことがありません」

 

何気に酷いことを言うさとりん。

しかし、さとりんの顔を見ても嘘や冗談を言っているわけではなさそうだ。

 

「……いったい何を見たんですか?」

 

「……怨念……です。それも一人や二人分なんてものではなく、幾千……いえ幾万の死んだものの怨霊が彼女そのものと言ってもおかしくありません」

 

さとりんはそう言いながら雪ニャンの今いる部屋を見つめる。

怨念やら怨霊、私は彼女が何を言っているのかが理解できなかった。

 

 

「彼女は……白鷺 雪は、ただの妖怪ではありません」

 

 

さとりんは語る。

曰く、彼女の心には様々な無念を持つ怨霊が宿り、彼女の心を直視して心を読むことができない。

彼女は幾百幾千の無念を持つ怨霊が集まって存在している。

心を読もうとしてもそうした怨霊の声しか聞こえてこず、彼女の声を聞くどころではない、と。

 

私にはさとりんが難しい事を言っていて、全く理解できなかった。

しかしわかったといえば、さとりんが雪ニャンの心を読むことができないということだけだ。

 

「妖怪は基本、人の心に芽生える恐怖心などの負の感情から生まれます……。しかし、彼女は違います……。彼女は……そんな生易しいものなんかじゃありません」

 

「えーと、私には今のさとりんの話がわからなかったんですが?」

 

私がそう言うと、さとりんが馬鹿を見るような目で私を見てきた。

そして咳払いを一つして語りだす。

 

「……彼女はただの器です。その器の中に話で聞いた彼女の能力である【魂を狩り盗る程度の能力】の所為なのか、尋常ではない量の魂……つまり人の霊を無意識の内に己の中に吸収しているのです。それも地縛霊から恨み辛みのある怨霊まで様々な負の霊をおそらく彼女は能力で吸収しているのです」

 

「ほぇー、無口なさとりんがよくそんな長文を話せますね」

 

私がそう茶化すとさとりんが睨んできた。

流石に悪いと思ったので私は一言謝る。

 

「こほんっ……で、問題なのはここからです。彼女の能力には私の心を読む能力と同じ様にオンオフの切り替えはできないと思われます」

 

なぜなら無意識の内に霊を身体の中に宿しているのだから、とさとりんは言う。

 

「それで長い年月を掛け彼女の心の中に多くの怨霊が溜まっていきます。そして吸収され続けるだけされ、怨霊らは彼女に囚われ成仏どころか浄化もしない……私は彼女の心を見て思いました……なぜ耐えられると」

 

 

私はさとりんの最後の言葉に疑問を感じる。

どういうことか、と。

 

 

「彼女は今でもそうした怨霊の声を聞いてるはずです……」

 

 

さとりんが私の心を読んだのか、私の疑問に答えるかの様に言う。

いや、実際に読まれたのだろう。

 

「私は彼女の心を見た途端に地獄の光景を見ている様に思えました……。様々な怨霊が恨み辛みを唱えていました。私は少しの間だけしか見てないですが相当な苦痛がありました。怨霊らからは常に死への怨み、生への執着が感じられました」

 

さとりんは思い出したかの様に口元に手をやり、気持ち悪そうにしている。

私はそうしたさとりんを心配するのと同時に納得する。

だから、さとりんは雪ニャンと友達になれないと言ったのか。

心を常に読める彼女にとっては、雪ニャンの心は地獄にしか見えないのだから。

 

「彼女は常にあの悍ましい声を聞き続けているはずです……、なのに何故彼女はあんな平気そうな顔をしているのです……」

 

さとりんが誰に尋ねるわけもなくそう言う。

 

そして私は今までさとりんが説明した事で一つの答えに思いつく。

 

 

「……友を生き返らせるためですか」

 

 

私が思いついた事を言う前に、さとりんはそう言う。

どうやらまた心を読まれた様だ。

さとりんと友達になったのは最近だからか、私にはこの感覚はまだ慣れない。

 

「……ふむふむ、彼女は友を生き返らせるために妖怪を殺し続け……。なるほど、そう言うことですか」

 

さとりんは私の心を読んだからなのか、自分一人で納得し、ぶつぶつと呟いている。

 

「あのー、さとりん。勝手に心を読んで自己完結しないでください」

 

「……すみません、クセで」

 

さとりんはコテンと頭を下げ少しションボリとしている。

その様子は少し可愛いと私は思えてしまった。

しかし、私の守備範囲にはさとりんの見た目は幼すぎて入らない。

私の守備範囲は熟すか熟さないか位の少女だ。

ちょうど雪ニャンあたりがジャストミートだ。

まあ可愛い女の子なら私は誰でもウェルカムだが……。

 

「……斬乂さんの今思っていることにはツッコミませんよ」

 

「あ、読んでました?」

 

私が聞くとさとりんは首を縦に降る。

これは失態。

 

さとりんは私のその様子を見て、ため息をつき私に背を向け歩き出す。

 

「あれ? 帰るんですかー?」

 

「ええ。とりあえず私は彼女とは仲良くなれそうにありませんし、心も読めません」

 

「まあ、そう言うの抜きにして私は仲良くして欲しかったのですが……」

 

無理ですね、とさとりんは言い残し帰ろうとする。

しかし、何かを思い出した様に私の方に振り返る。

 

 

「その……友人として忠告します。彼女は危険です、殺せないのならせめてこの山から追い出すのが賢明です。では……」

 

 

さとりんは友人、という言葉を恥ずかしそうに言い、忠告とやらを言い残すと再び前を向き、帰ってしまった。

今のさとりんを見ると出会った当時の友達とか要らないと言っていた頃のさとりんを思い出し、ずいぶん彼女も変わったものだと思う。

しかも私の身を案じる様に心配までしてくれている。

本当に私はいい友人を持ったものだ。

しかし、さとりん……。

 

 

「ごめんなさいね……」

 

 

私にはその忠告を素直に受け取ることはできない。

だって私は"彼女"を放っておく事などできないのだから。

 

私はそう思い覚悟を決めて、未だに項垂れている雪ニャンのいる部屋へと入っていく。

 

 



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暴走

「……ち、戻ってきたか糞鬼」

 

斬乂がさとりと話終わり部屋に入ると、膝を抱え項垂れる雪が睨む様に斬乂を見る。

しかし、雪は斬乂の顔を見て首を傾げる。

ヘラヘラと笑う何時もの顔、とは違い真剣そのもので座る雪を見下ろしているからだ。

 

雪はそのいつもと違う斬乂の態度に疑問に思う。

 

「ねぇ、雪ちゃん……」

 

戸惑う雪に対し、斬乂は雪の目の前に正座をする様に座り込む。

同時に雪はさらに首を傾げる。

今までは雪ニャンとかふざけたアダ名で呼んでいたのに、畏まった様子で初めてちゃんとした名で呼ばれ戸惑う雪。

だが戸惑う雪を気にせず、斬乂は雪の方に手をそっと置く。

そして雪は急に肩に触れられ、全身を強張らせる。

 

「な、なんだよ……」

 

「雪ちゃん、最初に謝っときます。ごめんなさい」

 

「え、どうい……っ!?」

 

雪が何を誤っているのかわからず、尋ねようとすると斬乂が雪に身体を預ける様に押し倒し、雪の唇と自分の唇を重ねた。

雪は最初何をやられたのか理解が不能だったが、自分がいま斬乂と唇を合わせていることに気づくと顔を真っ赤にして斬乂の肩を押し返した。

 

「は、放せっ!?」

 

雪が斬乂の肩を押し返すと斬乂は素直に雪の唇から自分の唇を離す。

そして斬乂は雪を押し倒した体勢のまま、雪の瞳を見つめる。

 

「つ、ついに本性を現したかっ! そ、それでも私はお、お前の性奴隷になる気は……」

 

「違います、雪ちゃん」

 

なにが違うのか、雪はそう尋ねようとするが真剣な表情をしている斬乂を見て言葉を詰まらせた。

そして見つめる斬乂の視線から気まずそうに目をそらす。

 

 

「雪ちゃんは私の事が好きですか?」

 

 

斬乂がそう言うと、突然の言葉に雪は首を傾げる。

なにを言っているんだ?

しかし、雪はそう思うも斬乂の目を見ない。

真剣な目で見つめられているのが怖いから。

だが、質問には真面目に応えようと視線をそらしながら口を開く。

 

「……は、嫌いに決まってんだろ。なにをわかりきったことを……」

 

「私は雪ちゃんのこと好きですよ」

 

雪が口を尖らせながら言う。

しかし斬乂は雪の答えを最後まで聞かず、雪の方を見つめそう言う。

その突然の言葉に雪は頰を少し染め、気まずそうに口を開く。

 

「そ、そりゃ私をペットだ性奴隷だ言う奴だもんな。好きに決まってらぁ」

 

「そうですね、正直に言わせて貰えば私は雪ちゃんをそう言う目で見てます。今でもこのまま服を剥ぎ取って無茶苦茶にしたい気分です」

 

斬乂は真剣な顔をしながら言う。

だからか雪は冗談に受け取れず、自分の身を抱きしめ、少しでも斬乂から己の身を守ろうとする。

しかし、斬乂に押し倒されているので全く守れていない。

なので雪は自分の頭の中で警報を起こしながら、何時でも抵抗できる様、少し身構えた。

 

だが、次の言葉で雪は完全に力が抜ける。

 

 

「けど、それと同時に私は貴女を大事に思っています」

 

 

雪は呆気に取られながら口を開けっぱなしにする。

いきなりなにを言い出すのだこいつは……、そう言いたげな顔をして背けていた目を斬乂に向ける。

そして鼻で笑う。

 

「はっ、なんだ口説いてるのか?」

 

「ええ、口説いてます」

 

冗談で言ったつもりが即答され雪は戸惑う。

 

雪は思う。

確かに鬼神はレズだ。

だが、私は違う。

私は茜が好きなだけで、他の女にムラムラするとかそんな女ではない。

返す答えは決まっている。

 

「ば、馬鹿かお前?」

 

「いえ、可愛い雪ちゃんを口説くのは馬鹿なことではありませんよ?」

 

「……っ!」

 

可愛いと言われ慣れていない雪は唯でさえ戸惑うのに、それを普段ヘラヘラと笑っている奴に真顔で言われるのだ。

雪はさらに困惑する。

 

「わ、私は女の子らしくないぞ……。胸もないし、口調も荒いし……それに……」

 

「ええ、知ってます。けど、私は"弱々しい"雪ちゃんを見て可愛らしいと思うと同時に心配にも思っています」

 

雪はどうにかして自分が斬乂の気持ちには答えられない事を伝えようとする。

しかし、斬乂からの"弱々しい"と言う言葉に雪は反応する。

 

「誰が……弱々しいだと?」

 

「雪ちゃんです。雪ちゃん、貴女は本当に弱い子です」

 

雪はそう言われると顔を歪め、斬乂を睨みつけ荒々しく声を上げた。

 

「私が弱いだと!? 私は弱くないっ! 私は……」

 

「いいえ、雪ちゃんは弱い子です。ただ強がってるだけの儚い存在です」

 

斬乂は雪の言葉を遮りそう言う。

違う、雪はそう言い返そうと口を開こうとした。

しかし、その言葉は斬乂の言葉によって遮られてしまった。

 

 

「雪ちゃん、もうやめませんか?」

 

 

斬乂の言葉に雪は言いたかった事を言わず、首を傾げた。

その前と今の言葉になんの脈絡もない。

ただ一方的に弱いと言われ、それに反論しようとしたら何かをやめろと言い出す。

全く意味がわからない。

雪は斬乂の言葉の意図がわからず呆気にとられながらも、口を開く。

 

「なにを……お前は言っているんだ?」

 

「貴女はもうわかっているはずです。茜ちゃんが生き返らないことくらい」

 

なぜここで茜が、と雪は思うがそれ以前に聞き捨てならない事を聞いた。

それを言われたことに雪は声を上げる事を我慢し、斬乂を睨みつける。

 

「お前さぁ……さっきからなに言ってんのかわかんないんだけど。突然、押し倒して汚いもん押し付けてくるわ、可愛い好きだと言ってくるわ、終いにはやめろとか意味のわからないこと言って……そして、茜が生き返らないとか……」

 

「事実ではないですか。雪ちゃんの能力の話を聞いてもそんなことが出来るとは思いませんし、それに死んだ者を生き返らせる様な神業……元人間ごときの貴女にできるはずはありません」

 

斬乂が駄目なものを見る目で雪を見る。

その視線に雪は理性が切れ、そんなことないと大きな声で斬乂に怒鳴りつけた。

そして言い続ける。

 

「お前はなにを言ってるんだっ! 茜は生き返るんだよ!! だって……だって私の能力は……」

 

雪が言葉を紡ぐ。

そして目に涙を浮かべ、それを隠す様に雪は自分の両手で自分の顔を覆い呻く。

 

「私は……茜を生き返らせないといけないんだ……生き返して……生き返して……謝らないと……貴女の愛を疑った事を……自分が嘘をついていた事を……」

 

既に斬乂の事が眼中にないのか、雪は自分の顔を覆い呻きながら独り言を言い続ける。

それはまるで己を責める様に。

そんな様子を見て、斬乂は言う。

 

 

「雪ちゃん……そんなに苦しむなら、もうやめませんか……。生き返りもしないモノを、返らないモノを追い求める事はやめませんか?」

 

 

斬乂の言葉を聞くと雪は顔を手で覆いながら黙る。

 

「私は雪ちゃんがそう苦しむところをもう見たくありません。お願いです、もう茜ちゃんの事は忘れましょう」

 

「わす……れる……?」

 

「そうです! それで私が茜ちゃんの代わりになります。私が彼女の代わりに雪ちゃんと一緒にいます。だから……だからそんな……寂しそうな顔をしないでください」

 

斬乂がそう言いながら涙を流す雪の首に、上から覆いかぶさる様に抱きつく。

雪は突然の告白に、言葉に唖然する。

そして顔を覆う手をどけ、抱きつく斬乂の横顔を見る。

斬乂の横顔は辛そうで、心の底から雪を心配している様なそんな顔。

そして雪は斬乂のそんな顔を見て言う。

 

 

 

 

「なぁ、鬼神……お前は何を言っているんだ?」

 

 

 

 

抱きつかれる中、雪は密着する斬乂の腹に向け、包帯で巻かれた右腕を刃物のように"突き刺した"。

 

 

「えっ……」

 

 

突然に自分の腹を突き刺された斬乂は呆気にとられ、一瞬なにをされたのかがわからなかった。

雪は斬乂の腹に手刀を突き刺すと、抱きつく斬乂の肩を突き飛ばし、距離を取る。

 

腹を刺された斬乂は傷口を押さえながら、立ち上がる。

幸い内臓までは届いておらず、本来なら貫通する攻撃も受け止める頑丈さは流石は鬼と言うところだ。しかし、血の流れる量が多く常人では持って数分だろうか。

だが斬乂は腹の傷を抑えるだけで苦痛には感じず、様子の可笑しい雪の方を見る。

 

そして斬乂が雪の方を見ると、いつもとは違う彼女の様子を見て驚愕する。

雪は目を虚ろにし、自身の髪を掻きむしりながら下を見ている。

そして、ぶつぶつと呟きながら何度も何度も、愛した彼女(あかね)の名を呼び続ける。

 

そんな彼女の様子を見て斬乂はゾッとする。

今まで見たことのない雪の表情を見て……、斬乂は雪にかける言葉を見つけることが出来なかった。

 

 

「馬鹿か鬼神は……茜は生き返るんだ……。なのに……なのにそれを忘れろと……? 無理だ……生き返るのに茜の事を忘れちゃったら茜が可哀想だろ? 私が覚えていてあげるんだ……。私が茜が生き返るまでの彼女の墓標になるって決めたんだ……。なのになのになのになのになのになのになのになのに……忘れることなんて出来るわけがないだろ……なぁ、茜もそう思うだろう……。はは、待ってろ茜、もう少しだ……この鬼を殺せば君は生き返る……。それまで待ってろ……」

 

 

ケタケタと笑いながら自分の髪を掻き毟る。

妖怪となって白く染まった自分の髪を何度も何度も引っ掻き、ブチブチと抜いていく。

 

雪は斬乂の方を虚ろな瞳で睨む。

そして笑う。

獲物を見つけた喜びに……。

 

 

「……またいっぱいお話ししよう! 茜ぇぇぇえっ!!!!」

 

 

雪はケタケタと笑い、斬乂に突撃する。

突撃する間に背中から十の骨の手を生やし、斬乂に飛びかかる。

しかし、斬乂は自分の傷口を押さえながら飛びかかってきた雪を足蹴にし、部屋と外を区切る障子をぶち破り雪の身体を外に蹴り飛ばした。

 

そして斬乂は外に飛び出す。

今の取り乱した雪を言葉で落ち着かせるには難しい。

ならばここは鬼らしく……大人しく、大人げなくぶん殴って止める。

 

そう思いながら斬乂はぶっ飛んだ雪を追って外に飛び出す。

しかし、外を出てすぐにぶっ飛ばしたはずの雪が斬乂に再び飛びかかってきた。

雪の目は虚ろで焦点が合っていない。

完璧に理性が外れている。

 

「待っていろ、今すぐ殺すからっ! そうすればまた君と会えるからっ!」

 

雪はそう言いながら背中から生やした手に力を入れ、バチバチとなる電流の塊で生成した棒状の槍を作り出し、それを一つ一つの骨の手に持ち、数撃ちゃ当たると言わんばかりに斬乂に向かって投げつける。

斬乂は無茶苦茶に投げられた雷槍を簡単に避け、再び雪に近づいて腹めがけて拳を入れる。

そして殴られた雪は再び後方にぶっ飛び、生えていた木に背中を打ち付ける。

 

「雪ちゃんっ! そんな事しても私は殺せませんし、茜ちゃんは生き返りませんよ! なのに……なぜ貴女はそこまでまして茜ちゃんが生き返ることを信じるのですかっ!? 貴女を……雪ちゃんにそこまでさせる理由はなんですかっ!?」

 

斬乂はそう言い、雪の方を見つめる。

しかし、雪の耳には全く届いていないのか未だにブツブツと小言を呟く。

廃人の様に項垂れる彼女を見て、再び斬乂はゾッとする。

 

 

「おぉ、母さん。凄いことになってるねぇー」

 

 

斬乂が雪の様子を見て、怯んでいると隣から煙の様に現れた伊吹萃香がそう声をかけてきた。

おそらく萃香の能力で姿を突然と現したのだろう。

 

「てか、あれ雪じゃん。母さん、どんなセクハラして怒られたのー?」

 

「萃香、今はそれどころじゃないんですよねぇ……」

 

斬乂はいつも通りヘラヘラと笑おうとしたが、今の状態では上手く笑えず顔を引きつらせながら言い返す。

その様子を見て、萃香は訳ありだねー、と勝手に理解し頷く。

 

そして雪が萃香の存在に気付いたのか、萃香の方を睨みふらふらゆらゆらと立ち上がる。

 

「鬼がまた増えたぞ茜ぇ……、たくさん殺せる……殺して殺してお前に会うんだぁ……」

 

雪はなんの脈絡のない言葉を呟き、自分の顔を覆う。

そして呪う様に、全てを呪い殺す様に呻く。

 

「萃香、手は出さないでくださいよ……」

 

「わかってるよ母さん、私は大人しく見とくさねぇー」

 

萃香はそう言いながら身体が薄くなり、再び煙の様に消える。

その様子を見て、聞き分けのいい子だと斬乂は思う。

そして雪の方を見つめる。

 

「殺す殺す殺す殺す殺すコロスころして殺して死に尽くせぇ!」

 

雪はそう言いながら地に手をつける。

地に手をつけると、雪の足元の影が……いな、雪の足元から出ている泥の様にドロドロとした黒いモノが雪を中心に広がる。

 

そしてその黒い闇から幾つもの白骨化した人の形が出てくる。

一つや二つじゃない。

百は超える屍がその闇から這い出る様に出てくる。

まるで地獄から亡者が這い出る様に。

 

その悍ましい光景を見てら斬乂は一歩後ろに下がる。

 

そんな斬乂を虚ろな目で見つめ、首を傾げ三日月の様に口角を吊り上げる雪。

そして言う。

 

 

 

死々行進百骸鬼(ししこうしんひゃくがいき)ぃ……お前もこの中に加えてやるよぉ、きしんんん……」

 

 

 

雪がそう言うと、闇から這い出た百の屍は斬乂に向かい、走り出した。

 

 

 



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骸ノ上

半世紀前ほどーー

 

彼女は、白鷺 雪は一人であった。

その頃は能力も無く、死んだ友の仇を討とうとも力が無く毎日毎日死よりも辛い目にあっていた。

 

ある時は頭を潰され。

ある時は四肢をもがれ。

ある時は腹を引き裂かれた。

 

だが、その度に損傷した場所は新しく生え、肉の塊になってでもグジョグジョと時間はかかるが再生した。

しかし、何時しか彼女は思った。

 

もう嫌だ死にたくない。

 

彼女は死なない。

しかし、それと等しい事が彼女は毎日の様に起きていた。

 

 

最初の方は何にも力が無いのに仇だと言いながら妖怪に立ち向かった。

しかし、殺された。

 

次第に彼女は自分の無力さを知り、友の仇を討つことを諦め、近くの集落を訪れた。

しかし、雪の髪色と白骨化した右腕を見られ、妖怪だと言われ石を投げられ、鉈を振り下ろされた。

そして、殺された。

 

彼女の居場所は何処にもない。

人の居る場所では妖怪である自分は否定されるので人気の無い場所で生きる様になった。

しかし、人気のない場所では別の妖怪に出会った。

そして、殺された。

 

 

『もう嫌だ……死にたい……』

 

 

死にたくないのに何度も死に。

死にたいのに死ねない。

そんな矛盾に雪は涙を流しながら何度も何度もそう呟く。

 

仇を取れない自分を呪い。

幸せそうに暮らす人を羨み。

己を殺す残酷な妖怪に怯え。

全てを呪い、彼女は恐怖に涙を流し夜を過ごした。

 

もう彼女は折れていた。

死にたくても死ねず、弱く力の無い己を呪った。

 

 

しかし、そんな時。

彼女が雪を抱きしめてくれた。

 

 

今までどんな目に遭っても、ありとあらゆる手で守った彼女の死体。

籠に入れ持ち運んで過ごし、数十年経っても腐らなかった冷たいままの彼女の死体は雪を抱きしめた。

 

突然と動いた茜の死体には雪は驚かなかった。

代わりに嬉しかった。

否定され続けた数十年で、一人だった少女を抱きしめてくれたのが彼女だったからだ。

 

雪は泣いた。

泣いて冷たいままの彼女を抱きしめた。

背中を撫でてくれる虚ろな目の彼女に抱きつきながら大声で泣いた。

 

そして泣いて泣いて泣き続ける中に"彼女"は雪に声をかけてきた。

 

 

 

「君、彼女を生き返らせたくはない哉?」

 

 

 

彼女と抱き合い、感動の涙を流していると雪でも冷たい彼女でも無い声が聞こえた。

雪は目に涙を浮かべながら周りを見る。

 

それは冷たい彼女の後ろに立っていた。

 

"彼女"は狐の面を被り、顔を見せない様にしている男物の着流しを着た黒髪の女であった。

そんな"彼女"は冷たい彼女の後ろに立ち尽くしていた。

 

雪はその突然に現れた女を見ると、冷たい彼女を守る様に抱きしめた。

そしてお前は誰だと尋ねた。

 

 

「ボク? ボクは神様さ。誰からも報われない君に予言を授けようと現れたんだ」

 

 

雪は思った。

胡散臭そうな奴だ。

しかし、彼女を生き返らせたくは無いかという女の言葉も無視できないため、敢えて何も言わない。

そしてその女は予言だ、と言い口を開いた。

 

 

「君は直に彼女を生き返らせる能力を得るだろう。 そして、いずれその能力で彼女を生き返らせるだろう」

 

 

雪は目を見開いた。

能力……、大抵の妖怪が持っている特殊能力。

昔に挑んだ知性のある妖怪が言っていた。

なんの能力も持たぬガキには私はやられんよ、と。

それは唯の見下し文句かと思っていたが。

 

雪はそう言われると、曇った瞳に僅かな光を宿す。

そしてその時、何かが頭の中を横切った。

 

 

【魂を狩り盗る程度の能力】ーー

 

 

妖怪となって雪は初めて自分の力を確信したのがこの頃だった。

そしてここまで来るのに約半世紀。

 

 

「さぁ……力も手に入った」

 

 

女は仮面の中から雪を見て、そう言う。

雪は冷たい彼女を抱きしめながら、顔の見えない仮面の向こうの彼女の目を見る。

謎の高揚感があった。

雪はもしかしたら、と思いながら彼女を抱きしめる。

 

確かに能力と思われるものをこの時自分は持ったと思った。

この女が言った通り、自分にも能力が……。

この女の言う事が本当なら冷たい彼女は……。

そう思いながら彼女は力強く冷たい彼女を抱きしめる。

 

 

 

「では黄泉返らせよう、再び愛しき彼女と共に過ごすために」

 

 

 

女はそう言った。

雪はその言葉が酷く神々しく見えた。

 

 

 

そして彼女は、白鷺 雪はこの日から。

魂を狩り続ける憐れな骸と成り下がったーー

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

雪は目の前の光景を見てそう呟く。

転がる骸。

その道はまるで三途への道なりの様に白骨と化した骸で埋め尽くされたいた。

人間であったとは思えない様にバラバラになり、白骨の頭が転がりどこの部位であるかはわからない骨がそこら中に転がる。

そしてその中心にいる人物を見て、雪は呆然とする。

 

そこにいるのは赤髪で二本角の少女、千樹 斬乂。

雪がつけた腹の傷以外は無傷で、無数に転がるばらばらとなった骸の上に立ち自分を見つめる彼女。

 

ものの数分で終わった。

豪腕な拳を振るい、襲い掛かる百の骸を薙ぎ払った。

決して雪の召喚した骸が弱かったわけでは無い。

一つ一つは中妖怪と同等に渡り歩ける程の屍らだった。

数十年分の雪の怨み辛みを込め、自分の中に宿る怨念らを召喚したものだ。

なのに、なのに彼女はそれを無傷で打ちのめした。

雪はその光景を見て、自分は勝てるのかと思ってしまった。

 

 

「雪ちゃん、今のが貴女の中に巣食う怨霊なんですか?」

 

立ち尽くす斬乂がそう言う。

 

何故、わかった。

雪はそう思った。

今のは能力が、いな能力が宿る前から聞こえてきた自分の心の中のモノを外に出したものだった。

日に日に酷くなるあの呪いの唄を表に出したものだった。

 

なのに、なぜこの鬼神は……。

雪はそう思いながら彼女を睨みつけた。

しかし斬乂はその睨みも気にせず、雪に声をかける。

 

「私にも聞こえました……骸に触れるたびに頭の中に声が聞こえてきました。憎い辛い殺してやりたいと……頭に声が響いてきました」

 

「……だから……どうした」

 

「雪ちゃんは……あんな声を毎日聞いているんですか?」

 

「うるさいっ! お前には関係無い!」

 

雪はそう言いながら斬乂に向かい走りだし、拳を振るう。

昨日と同じ様に背中から生える骨の手も握りながら斬乂めがけて拳を振るう。

 

斬乂は雪が殴りかかってくると雪の後ろに回り込み、高く上げた足を振り下ろして背中から生える骨の手を全て圧し折る。

雪は背中に回られ十数の骨の手が折られても気にせず、斬乂の顔に拳を打ち込もうとする。

しかし斬乂は雪の腕を掴み、拳を打ち込まれる前に防いだ。

 

雪は掴まれた腕を振り払おうとする。

だが力強くその腕は握られており、振り払う事ができない。

雪が必死に抵抗する中、斬乂は雪の方を見つめ口を開く。

 

「雪ちゃん、貴女はあの声を今も聞き続けているのですか?」

 

斬乂に問われ、イラつく雪。

そして怒鳴りつける。

 

「あぁ、聞こえるさっ!? 寝る時も起きてる時もいつもいつも聞き続けてるさ! 正直、頭がおかしくなりそうだっ!」

 

怒鳴りながらも斬乂の手を振り払おうと、掴まれていない方の腕を使い引っぺがそうとする雪。

しかしいつになっても離れず放されずでイラつく雪。

怒鳴りつける口は止まらない。

 

「だから、だからっ! だから私には茜が必要なんだっ! 茜に抱きしめて貰えばそうした声も聞こえなくなるほど落ち着くんだ! だけど、お前にわかるか! 冷たい茜に抱きしめられる虚しさを! 落ち着くんだけど辛いんだ! 彼女はもう居ないってわかって……彼女はもう死んでるんだって……。だから、私は……」

 

「えぇ、だから貴女には彼女が必要なんですよね、寂しい心を埋めるために」

 

雪は斬乂にそう言われると、膝をつき手で顔を覆う。

斬乂は雪にもう抵抗する力が無いとわかると、雪の腕を放し涙を流す彼女を見下ろす。

 

「わかるかぁ……頭の中で響く声が……。私が殺してきた妖怪の声が聞こえるんだよぉ……。私を恨む様に死ねとか消えろとかよぉ……。だけど、茜に抱きつかれると安心してさぁ……そんな声が気にならなくなるんだよぉ……。けど冷たくて……寂しくて……」

 

「わかってます、雪ちゃんは一人で寂しかったんですよね。そして茜ちゃんを生き返らせる事を希望に、心の呪怨に耐えてきたんですよね」

 

斬乂が雪の頭を撫でて言うと、雪は鼻をすすりながら首を縦にふる。

その光景はまるで泣きじゃくる子供が母親に慰められる様に。

 

「けど、雪ちゃん。どうしても貴女の力では茜ちゃんを生き返らせることは出来ないんですよ」

 

「そんなことない……できるんだぁ……。だって……だって神様がいったんだ……私になら出来るって……」

 

斬乂は雪の言う神様に首をかしげるが、気にせず雪の頭を撫でる。

 

「でもね、雪ちゃん。人は生き返らないのですよ……」

 

斬乂が言うと雪はわかってる、と泣きじゃくりながら言う。

 

「けどさぁ、寂しいんだ……。茜がいないと私は一人なんだよぉ……」

 

泣きじゃくる雪を見て、斬乂は思う。

あぁ、この子は本当に弱い子だ。

斬乂はそう思いながら雪の頭を撫でる。

 

身体は震え、弱々しく自分の顔を覆う彼女は心身ともにでも直ぐにでも折れてしまいそうだ。

そんな様子を見て斬乂は思った。

私が、この子を守らなければと。

 

 

「ならこれからは大丈夫です、私が貴女と一緒にいます」

 

 

斬乂はそう言って雪の震える身体を抱きしめる。

抱きしめられた雪は視線を上げ、弱々しい目つきで斬乂の目を見た。

 

「雪ちゃんが辛いと思ったら私が隣にいてあげます。寂しいと思ったら抱きしめてあげます。だから、安心してください。貴女は……雪ちゃんはもう一人じゃありません」

 

斬乂は弱々しく視線を向ける雪に向けそう言った。

雪はそう言われると涙をさらに流して、斬乂の胸に顔を埋め首を縦に振る。

そして雪は言う。

 

ありがとう、と。

 

泣きじゃくり掠れた声だったが確かにそう言った。

その答えを聞いて斬乂は満足したのかにこりと笑い、雪の頭を優しく撫でた。

斬乂は思った。

 

この子とずっと一緒にいよう、と。

 

そう思いながら雪の頭を何度も撫でた。

彼女の存在を肯定する様に。

 

 

 

彼女らは散らばる骸の上で抱きしめ合ったー

 

 



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居場所

目が覚めると薄暗い天井だった。

 

雪は寝惚けた目を擦り、外を見る。

外は薄暗く、まだ現時刻は夜中の様だ。

 

雪は何故こんなところで寝ていたのかを思い出すのと同時に、自分は何をしていたのかを思い出す。

 

確か泣き疲れて斬乂に抱きしめられたまま寝てしまったのだ。

斬乂を殺そうと躍起になり、抱きしめ慰められたあの後、そのまま泣き疲れ寝てしまった。

 

雪はその事を思い出し、ははっと乾いた笑みを浮かべる。

慰められて泣くなんてどこのヒロインだか。

私にはそんな役は向いてないな、と思いながら横に顔を向けるとそこには見知った顔が直ぐそこにあった。

雪は自分の隣にいる存在に気づくと、一瞬頭の中が真っ白になった。

しかし、直ぐ正気に戻り身体を強張らせた。

 

 

「んー……、あっ雪ニャンおきちゃいましたぁー?」

 

 

雪の隣に並んで寝ていた存在……斬乂が目を擦りながら寝惚けた目で雪を見る。

 

そして雪はこの時、初めて気づいた。

隣には斬乂が寝ており、自分は全裸で斬乂も全裸である事に。

しかも、全裸の雪に全裸の斬乂が抱き枕を抱える様に雪に抱きついており、斬乂のデカイ胸や温かい体温が直に雪の肌に当たっている。

 

「お、おおおおおいっ! なぜ私はぜ、全裸でっ! それで抱き合ってっ!?」

 

雪は抱きつく斬乂を跳ね除け、全裸の身体を隠すために自分にかかっていた掛け布団に包まる。

一緒に被っていた掛け布団を雪に取られ、素っ裸の寝惚けた鬼神が一度首をかしげるが、何かを思い出した様に手を打ち微笑む。

 

「雪ニャンは昨夜は中々、可愛い顔してましたよ?」

 

雪はそう言われた途端、顔を真っ赤にする。

 

何をされたのだろうか?

何があったのだろうか?

てか、私は何をされて可愛い顔に……?

雪はそう思いながら眠る前の事を思い出す。

しかし、どうしてもエロい事をやった記憶は思い出せず、斬乂を殺そうとして口説かれた記憶しか思い浮かばない。

 

もしかして記憶が飛ぶくらいのやばいプレイでもされたのか……。

しかし身体にナニかをされた感じはしない……。

雪は不安に思いながら自分の身体を弄るが、特に変わったところはない。

 

「はは、そんな心配そうな顔をしないでくださいよ、冗談ですよー。えっちなことは何もしてませんから」

 

斬乂はそう言いながら雪の頭を撫でる。

雪はその二ヘラと笑う態度にムカつき、拳を握った。

 

「雪ニャンが可愛い寝顔をしていたので、抱きしめて寝たかっただけですよぉ」

 

「……なら、なぜ全裸だ」

 

可愛いと言われた事に若干照れながら斬乂を睨む雪。

雪になぜかとつっこまれた斬乂は二ヘラと笑う。

 

「それはー、起きた時に恥ずかしがる雪ニャンが見たく……」

 

「死ねぇぇぇっ! このエロ鬼神っ!」

 

雪は叫びながら自分の使っていた枕を斬乂の頭目掛けて投げつける。

そして斬乂は投げつけられた枕をヒョイと掴み、自分の寝ている隣にそっと置く。

 

「やっぱり雪ニャンを揶揄うのは楽しいですねえー。このまま本当に食べちゃいたいくらい可愛いですねー」

 

「う……そ、それをしたら逃げるぞ……」

 

雪は斬乂に言われると自分の身体に巻きつける掛け布団の上から、身を守る様に自分の身体を抱きしめる。

 

「冗談ですよー」

 

「お前が言うと……冗談には聞こえんのだ……」

 

雪はそう言いながら疑い半分で安心すると再び斬乂の隣に行き、斬乂に向かい合う様に寝転がる。

そして自分の身体に巻く掛け布団を斬乂にも掛ける。

 

一枚の布団に同衾する雪と斬乂。

斬乂は普段の雪なら決してしないその行動に呆気にとられる。

雪はその唖然とする斬乂の顔を見て、顔を赤くして言い訳をするよう口を開いた。

 

「……まあ、なんだ。色々迷惑かけたし……、少しくらいはお前の好きにさせてやるよ」

 

そう言いながら雪は顔を隠すように斬乂の胸に顔を埋め、斬乂の背中に手を回して抱きつく。

先ほどは斬乂が雪に抱きついていたが、相変わり今度は雪が斬乂に抱きついた。

いきなり抱きつかれた斬乂は呆気にとられるが、うへへと言いながらニヤつく。

そして、斬乂も雪の背中に手を回す。

 

「それはお姉さんとスケベェしたいって事でおっけーですかぁ?」

 

「ば、ばかっ! 今はただ裸で抱き合って寝る事を許可しただけだっ、調子に乗るな!」

 

「今はって事はいつかは良いんですねー?」

 

斬乂がそう言うと雪は何かを言いたそうに言葉を詰まらせるが直ぐに斬乂の胸に顔を埋める。

その光景を見て斬乂の口元が緩む。

 

「もー、雪ニャンは本当に可愛いですねー」

 

斬乂は力強く雪の頭を抱きしめる。

それにより胸に埋められた雪は苦しそうに呻くが、直ぐに大人しくなる。

そしてそのまま雪も斬乂に力強く抱きついて口を開く。

 

「……なぁ、鬼神」

 

「なんですかー」

 

「私は……これからどうしたら良いと思う」

 

抱きつく雪の腕は震えている。

 

雪は茜を生き返らせる事はこの時、すでに無理だと理解していた。

それは前からも思っていた。

しかし頭に響く呪怨や孤独感、愛する者の死による虚無感。

それによって雪はどんな手を使っても再び茜を生き返らせたかった。

雪はなんらかの希望を持たなければ折れてしまう程、弱っていたのだ。

だから、無理とわかっていても偽りの希望でも信じて今まで頑張ってきたのだ。

 

だが今回、斬乂にハッキリと無理と言われ目が覚めた。

今までひたすら殺してきて初めて自分の希望を話したのは斬乂であり、初めて否定されたのも斬乂だった。

最初は心無しか、雪も斬乂の言葉を否定した。

しかし、斬乂に叩きのめされ抱きしめられ雪の存在は肯定された。

肯定され、一人でないと言われた。

ハッキリ言って雪は斬乂に受け入れられ嬉しかった。

 

だが肯定されたからどうにかなる、という話でもない。

 

茜は生き返らない、と言う事は一様は雪は理解した。

正気に戻ったというより、雪は現実を受け入れた。

しかし、茜の事を忘れたいというわけではない。

それに頭の中に響く怨霊らの声も解決したわけではない。

 

雪は妖怪になってから今までずっと茜の為に生きてきたのだ。

今まで頭の中に響く呪怨は茜を生き返らせる希望を持って、無理やり意識の外にやり無いことにしていたにすぎない。

希望が無くなった今では頭の中の自分を呪う声ははっきりと聞こえる。

雪はそうした声に頭がガンガンとし、今にも不安に思う。

何十年も前から聞こえていた声だが、聞き慣れていても不安は消えない。

はっきり言ってこの声が生涯聞こえ続ける事を考えれば、絶望的に最悪だとさえ雪は思っている。

 

むしろ生きる希望を失い、死にたい願望だけが残った。

ただ斬乂に肯定されただけで何も解決していないのだ。

 

 

「頭から……声が消えないんだよ。私が殺してきた奴らや、私じゃない奴らに殺された怨霊どもの声が頭の中から消えないんだ……」

 

 

雪は震えながら斬乂に抱きつく。

斬乂は抱きつく雪の頭を撫で、笑顔で微笑む。

雪は撫でられたことに反応するように、顔を上げた。

そして斬乂の微笑む顔を見ると自然と震える身体が落ち着く。

頭の声は消えないが、斬乂の笑みを見ていると自然と気にならないくらい落ち着いた。

 

 

「言ったじゃないですか、私が側にいるから安心だって。怖くなったら何度もこうやって抱きしめてあげますよ」

 

 

斬乂はそう言いながら雪を抱きしめ頭を撫で続ける。

前までの情緒不安定な雪だったらここで涙を流していただろう。

しかし、雪の目からは涙は出なかった。

逆に嬉しかった。

嬉しくて微笑んだ。

 

 

妖怪になって彷徨い続けて一世紀。

ようやく自分に居場所が出来た。

 

 

雪は微笑み、斬乂に力強く抱きついて目を閉じたー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、残念だった哉(かな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、妖怪の山の中にある一本の木に一人の影があった。

それは狐の面を被り、男物の着流しを着た異風な少女であり、その少女は月夜を眺めながら残念そうにため息をついていた。

 

「お姐さまぁ、ごめんなさいぃ……。私が色んなところをミスっちゃったからぁ……」

 

少女の傍ら、空色の髪をしている少女が自信無さ気に狐の面を被る少女に頭を何度も下げていた。

その空色の髪をした少女は狐面の少女とは違い、木の上に座るのではなく、空中をふらふらと飛んでいる。

そして狐面の少女の周りを飛び回り何度も何度も頭を下げている。

 

「いやいや、今回は憑(ひょう)は頑張っていた方さ」

 

狐面の少女はカラカラと笑いながら空色の髪の少女、憑と呼ばれる少女の頭を撫でる。

憑と呼ばれる少女はそう言われると、ほんとですかと言いながら嬉しそうに微笑む。

 

「あぁ、ほんとさ。天魔らに囲まれている所に"あれ"を登場させるのは中々の機転だったね」

 

「はぅ……お姐さまにそう言われると光栄ですぅ。この憑めがこれからもお姐さまの為に頑張らせてもらいますぅ」

 

憑と呼ばれる少女はそう言うと、薄っすらと消えて行きその場から居なくなる。

言葉通り煙の様に憑と呼ばれる少女は消える。

 

その様子を見て満足気に狐面の少女は微笑む。

そして、憑と呼ばれる少女が消えると同時にため息をつく。

 

 

「けど、本当に残念だった哉……。あの子なら中々、良い化け物に育ってくれると思ったのに……」

 

 

狐面の少女はそう言いながら左目だけを瞑る。

そして、男物の着流しの袖の中から一冊の冊子と、筆を取り出す。

 

狐面の少女は取り出した冊子を広げる。

その冊子には色々と書かれており、冊子の半分くらいのページを開き、元から書かれていた手記の下から付け加える様に書く内容を口ずさみながら筆を動かす。

 

 

「こうして餓者髑髏(がしゃどくろ)は恋に落ち、昔の恋を忘れ幸せに暮らせたとさ、めでたしめでたし……」

 

 

狐面の少女はそう呟き、手記に書き記すと冊子を閉じて筆とともに着流しの袖にしまう。

そして再びため息をつく。

 

 

「案外、つまらない結末だった哉……」

 

 

狐面の少女はそう落胆し、月夜を眺める。

そしてもう一度ため息をついた。

 

 

あぁ、本当につまらない……

 

 

狐面の少女は再びそう呟いて、落胆のため息をついた。

 



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約束

朝。

妖怪の山にあるとある屋敷で一人の少女が大声を出して騒いでいた。

 

「ちょっ!? 出て行くってどういうことですかー!!」

 

 

少女……、鬼子母神と呼ばれる千樹 斬乂はいそいそと白装束を着る少女に目掛けて声を上げた。

下に何も着ず白装束だけを着る少女、白鷺 雪は白装束の帯を締めながらため息をつく。

 

「出てくって当たり前だろ? ここはお前の屋敷であって別に私の家ではないんだから」

 

雪は首を傾げ、あたりまえだろと言いたげな目で斬乂を見る。

しかし、斬乂は納得いかないからか唸りながら雪を見る。

 

「昨日の夜いい感じじゃなかったですかー!」

 

「……だからなんだ」

 

雪は昨日の夜と言われ、一瞬自分らしくないことをしたと思うも、平常心で斬乂を見る。

しかし顔は少し赤くなっており、恥がないわけではない。

 

「昨日の夜の流れだと今日の夜は「斬乂ぇ、今日も寂しいんだ一緒に寝てくれぇ……」って感じになって「斬乂ぇ、やっぱりお前が好きだ……」ってなるんじゃないんですかー! それから毎晩がねっちょねちょでぐっちょぐちょな雪ニャンとの爛れた関係が始まるんじゃないんですかー!」

 

「……馬鹿が」

 

雪は斬乂の言われることを想像し、後者の台詞は兎も角、前者の台詞は言いそうで否定できなかった。

長らく人の温もりが無い生活が続いたせいか、正直昨日の夜は気分良く寝れた。

斬乂に言うと調子をこくのであまり言いたくは無いが、一緒に寝るくらいなら悪く無いと思っていた。

しかし絶対に調子をこくので言わないが。

 

「ねーねー、雪ニャーン。本当に行っちゃうんですかー。私とぬっぽりしっとりした性活を送りましょうよー」

 

斬乂がみっともなく自分に抱きつく様子を見て、雪はため息をつく。

面倒な奴に好かれたと。

 

「……お前がそんなんだから私は出て行くんだよ」

 

「えぇっ、そうなんですか! 雪ニャンは爛れるよりもらぶらぶな方がいいんですか!?」

 

「違うから……」

 

そう言いながら雪は抱きつく斬乂の頭を押し返す。

そして妖怪の山から出て行く理由を言う。

 

「私は元々はお前と天魔を殺しに来たんだ。だが、今となっては殺す理由も無い。よってここにいる理由は無い」

 

それに私を恨んでいる奴らも居るしな、と付け加えるように言う。

雪がそう言うと、斬乂はぶーぶーと言い始めた。

 

「それなら私を殺さなくてもいいんでここにいてくださいよー」

 

「お前がいて欲しくても私がいたく無いんだよ……」

 

「そ、そうなんですかぁ……」

 

雪がそう言うと斬乂はしょんぼりとしてしまった。

雪は拗ねる斬乂の姿を見て慌てる。

 

本当は妖怪の山(ここ)に居たくない訳ではない。

むしろずっと居たいくらいだ。

殺そうとしていたのに、自分を肯定して抱きしめてくれた斬乂の居るこの山に居たいのだ。

だけど、雪にとって色々とこの山に居続けるには心残りがありすぎるのだ。

 

「……私も、ここに……鬼神の……斬乂の側には居たいと思っているよ」

 

雪が言うとしょんぼりとしている斬乂の顔がぱぁー、と明るくなる。

そして、なら居ればいいと言おうとするが雪が言葉を続けた。

 

 

「だけど……私にはまだ茜の事に踏ん切りがつかないんだ」

 

 

死んだ彼女の仇を討つと言って旅に出て、生き返らせようとして多くの妖怪を殺した。

もう既に茜は生き返らないのに殺し続けた。

仕方がないとは言え、茜を理由に雪は現実から目を背け続けたのだ。

妖怪を殺した事も、自分を呪う怨霊らの声を茜を理由に正当化してきたのだ。

それを今になって正気に戻ったから忘れますって訳にはいかない。

それに妖怪の山でも多くの妖怪を殺した。

それも野良妖怪とは違い、家族がいたかもしれない天狗らをだ。

雪はその事を後ろめたく思う。

だから余計にここには居られない。

それに……

 

 

「私は……茜が好きなんだ」

 

 

雪は顔を赤くし、震えながら言う。

白装束の裾を握りしめ、斬乂から恥ずかしそうに目をそらす。

そんな様子を見て斬乂は知ってます、と言う顔で頷く。

だが、斬乂は次の雪の言葉に唖然し、目を見開いた。

 

「だから……お前とそう言う関係になるのは……まだ無理だから……。その……茜の事で心の整理ができて、落ち着いたら……もう一度ここに戻ってくるから……その時はその……宜しくお願いします」

 

「…………………………ん?」

 

何をよろしくなのか、斬乂は頭を真っ白にしながら首を傾ける。

顔を真っ赤にして自分の着物の裾を握り、恥ずかしそうに言う雪を見て、呆然とする斬乂。

そして尋ねる。

 

「えーと……、何をよろしくすればいいのですか?」

 

斬乂がそう尋ねると雪はアタフタとしながら目をそらし、口を尖らせる。

 

「だ、だからその……そう言うことだよっ!」

 

「……あ、ドロドロでヌチャヌチャでベチャベチャな事をよろしくすればいいんですねー」

 

斬乂は雪の言うことにふざけ半分でそう言う。

しかし、顔を真っ赤にした雪が無言で首を縦に振った。

首を縦に振った、その行為に斬乂は目を見開く。

 

「え、あ……、そ、それって……」

 

「一緒にいてくれるんだろ……それくらいの見返りはくれてやる……。それに……ふ、夫婦になるならそう言う営みも……するんだからな……」

 

夫婦。

流石に斬乂もそこまで求めていなかった。

別に斬乂的には雪とはちょーとエロいことさせてもらって、ちょーと火遊びするくらいの関係になりたかっただけだ。

所謂、愛人でそれ以上はなる気もないし、なるつもりもなかった。

なのに……目の前の少女は……。

 

何故こうなった……、それが斬乂の感想だった。

確かに一緒に居ようとは言った。

友人として過ごし、たまに火遊びする愛人関係を求めていただけなのに何故こうなった……。

もしかしてずっと一緒にと言うことをプロポーズとでも捕らえたのだろうか。

もしそうなら雪は相当の馬鹿だ。

ていうかそれ以前に互いの性別を考えて欲しい。

斬乂はそう思い目を閉じ、納得する様に首を縦に振った。

 

 

「えぇっ、良い家庭を気づきましょうっ!」

 

 

斬乂がそう言うと雪は顔を真っ赤にし、顔を背け、馬鹿と呟いた。

斬乂はその様子を見て可愛いなーと思い、それと同時に斬乂は思った。

雪ニャンが嫁、悪くない。

 

馬鹿な事を考える斬乂を傍らに雪はこほん、と咳払いをし斬乂に向かって指をさす。

しかし顔は未だに真っ赤である。

そして、再び斬乂から目をそらし下を向いてぶつぶつと恥ずかしそうに呟いた。

 

「というわけで私はしばらく一人になりたいんだ……。でも……私は絶対にここに戻ってくるから……その……」

 

「はいはい、わかってますよー」

 

雪が恥ずかしそうにぶつぶつと呟くと、斬乂は察した様に雪の頭を撫でる。

 

「ずっとここで待ってますし、浮気もしません。だから、安心して茜ちゃんの事にケリをつけてきてください」

 

雪はそう言われると、一瞬ポカーンとした顔をする。

それで恥ずかし半分嬉し半分に首を縦に降る。

笑って首を縦にふる。

そして再認識する。

ここが自分の帰ってくる居場所なのだと。

 

 

「あ、でもちょーと火遊びで他の女の子と遊ぶくらいは……」

 

「そ、それはダメだ、私が戻るまでそう言うことは我慢しろっ!」

 

雪が感動している中、斬乂は思い出した様に言うが、雪は慌てて言う。

斬乂はそう言われると、顔を青くし膝をつく。

神はいないのか、そう言いたげに雪を見つめる。

 

「な、ならせめて最後に雪ニャンと……」

 

「そ、そう言うことは……茜の事に踏ん切りをつけてからだと言っただろ」

 

何を馬鹿な事を、と言いたげに雪は言うとさらに斬乂は落ち込む。

そして開き直る様に顔をあげる。

 

「そんなの生殺しですー! それなら浮気しまくりですよっ! 良いんですか、雪ニャン以外の女の子と寝まくりますよー!」

 

「う……確かに……、私の勝手だな。なら、ちょっとだけは……浮気も許す」

 

雪は否定しようとするも、自分勝手すぎたかと思い渋々首を縦にふる。

そしてそんなしょんぼりする雪を見て今度は斬乂が慌てる。

 

「じ、冗談ですよ!? だから安心して行ってきてくださいっ!」

 

「だ、だよなー」

 

雪ははは、と笑いながら言うが、斬乂を見る目は全く信用していない。

何故だか雪はそう思った。

 

一緒にいてもらえる身としては文句も言えないが、斬乂に対して女の子として好きと言う恋愛感情も今では少し持ち始めている。

なれば浮気は嫉妬するし、自分だけを見て欲しいと思っている。

それに雪は中途半端は嫌いだ。

斬乂と居れば雪は絶対に友情では終わらないと思っている。

どんどん斬乂に流され、そう言うことを毎晩するのだろうと雪は思っている。

ならば、腹を決めてそう言う関係になれば良い。

即ち結婚。

一緒に居て、ずっと愛し合う存在。

それが雪の結婚のイメージであり、未来に斬乂と過ごす時になる関係だろう。

なら中途半端はダメだ。

同性だなんだ言ってる場合でもない。

前例に茜という例があるのだ。

多少は上手くいかないこともあるはずだが、同性間の恋愛もいけるはず。

雪はそう思いながら頷き、昔では考えつかなかった答えに辿り着く。

そして未だにから笑いをする斬乂を見る。

 

「だが、私が戻ってきたら浮気は許さんぞ」

 

「だからぁ、浮気なんてしませんよー……たぶん」

 

最後の言葉に不安は覚えるが、仕方がないと納得し頷く。

 

そして雪は斬乂に向かい、手の平を向ける。

斬乂は差し向けられた手に求めていることを悟り、手を差し出し雪の手を握った。

握られた雪は満足そうに微笑み、口を開く。

 

「その……お前といた時間は悪くなかった」

 

「何言ってるんですかー。戻ってきたらもっと一緒にいれるんですよー。そしたらもっとイイ時間を……うへへへ」

 

雪は斬乂の想像している事を察し、少し顔を赤くするが変に触れない様にその反応に無視をする。

そして言葉を続ける。

 

「それと色々と迷惑をかけて……」

 

「あぁ、良いんですよぉ。戻ってきたら身体で払ってもらうんで……ぐへへへへ」

 

「……」

 

まあ、最後くらい良いだろう。

好きに妄想させてやろう。

雪は察しの良い女だ、と自負しながら言葉を続ける。

 

「しばらくは別々だが、元気に過ごせよ」

 

「えぇ、そうですねぇ。……それで戻ってきたらもう私から離れられない様な淫乱娘に……うひっ」

 

「なぁ、お前さっきからわざと言ってるだろ……」

 

雪はついに呆れて斬乂の言動につっこんだ。

雪に言われる斬乂はにしし、と笑い冗談だと笑う。

その様子を見て本当か、と言いたくなった。

しかし、斬乂だから仕方がないと自己解釈をする。

その雪の呆れる様子を見て、斬乂は微笑む。

 

 

「いつでも帰ってきてくださいね。ここは貴女の帰る場所なのですから」

 

 

斬乂が微笑みながら言うと、いきなり真面目な事を言われ一瞬雪は戸惑ったが、直ぐに微笑み返した。

 

 

「あぁ、いつか……また」

 

 

雪はそう言うと自分の足に力を入れ、自分の影に潜る様に沈んでいったーー



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三章 その少女は幻想へと歩む
乙女


私が妖怪の山から立ち去って数百年ほどが経った。

 

正確にはわからないが多分それくらいだったはずだ。

風の噂で東の国に幕府が開いたやら、征夷大将軍になった武士が政治を行ってるとかの話を色々な村で聞くので、前世の知識で考えれば確か鎌倉時代あたりだった気がする。

私の前世と違う歴史を辿っているかもしれないし、私自身の記憶もあやふやなので確かな事では無いが、私が既に数百年ほど生きている存在ということは体感的には間違いない。

 

妖怪の山を立ち去って数百年ほど……。

その間に私は様々な困難を乗り越えてきた。

 

ある時は自分の中の怨霊の声に怯え。

ある時は野良妖怪どもに襲われ。

ある時は元同族であった人間に怯えられ。

ある時は陰陽師であろう輩に追われたりした。

しかし、怯え襲われ逃隠れの生活が長いこと続いたからなのか、私はなんかメンタルが強くなった。

 

自分の中の怨霊の声もなんか一種の虫の声だと思えば我慢できる。

むしろ数百年も一人でいて、そうした声を聞き続けていればなんか慣れてしまった。

 

野良妖怪どもも妖怪成り立ての昔の自分と違い案外簡単に殺せるので問題無い。

むしろ今では食料に困った時に非常食として殺して食べているほどだ。

ちなみにあんまり美味しくない。

 

人間に関してはもう勝手に怯えてろと言う感じで、ほぼ我関せずと決めている。

陰陽師はある程度、力の差を見せつけて追い返していた。

 

 

結論。

私はこの数百年ほどで、たくましくなった。

妖怪成り立ての頃の自分はピーピー喚いて、昔の自分では耐えられなかった事が今では案外しっかりと受け入れている。

流石に怨霊らの声はまだ怖いと思う事はあるが、昔ほどの恐怖はない。

 

なんというか昔に比べ、いまの私は心が穏やかだ。

既に前世も含め人間として生きてきた時間より、妖怪になって生きてきた時間が長いからかもしれないが、今の私は「人間じゃないんだ」という様な絶望的な思考より、「あー長生きするって暇だなー、今日は何しよー」くらいにしか考えていない。

 

むしろ毎日暇すぎて堪らない。

この数百年ほどでありとあらゆる事に寛大になったからか、本当に暇だ。

最近では数日前に出会った琵琶法師っぽい人に琴を教えてもらって、それの練習に費やしている事が多い。

最近ではこれが日課となっている。

 

しかし、その前の自分は本当に暇人であった。

一日中寝そべって空を眺めたり、道端に落ちてる枝を拾って何となく刀を振るう様に素振りをしたり、川辺で座り石をどれほど沢山積み上げれるかなどをして過ごしていた。

前世と違い、この時代には娯楽というものが全くなく、一人でずっと宛てのない旅をしているので決まってする事がない。

 

 

そう、する事がないーー

 

 

数百年ほど前、私が最愛の茜を生き返そうと意味の無い殺しをし続けていて、妖怪の山で鬼子母神と呼ばれる鬼の千樹 斬乂に挑み、そして敗れた。

そして、少しの間だがペットとして飼われていた。

 

それでその後も斬乂を殺そうとしたが、再び敗れ、私は茜を生き返らせる事が無理だと悟らされた。

いや、本当は最初から無理だとは何となくで思っていた。

しかし当時の私はそれどころでは無いほど精神的に弱っていた。

だからだろうか、斬乂に自分の存在が認められ嬉しくて、去り際に"あんな事"を言ってしまったのは……。

 

あの時、ずっと一緒にいてやると言われ、ずっと一人だった自分に差し伸べられた手は神々しく見えた。

数百年経った今でも斬乂には感謝してるし、今すぐにでも会いに行ってお礼を言いたいくらいだ。

しかし、しかしだ……

 

 

実は私、白鷺 雪は妖怪の山から立ち去って数百年の間、一度も妖怪の山に立ち寄るどころか斬乂に会いに行っていない。

 

 

いつかまた会おう、と言って山を飛び出し数百年。

私は一度も妖怪の山にどころか斬乂の元に行ってはいないのだ。

会いに行っていない理由は決して、迷子になって妖怪の山にたどり着けない、というものでは無い。

むしろ、何回か妖怪の山の近くに立ち寄り、斬乂の元に行こうとした。

 

なら、何故いかない? と聞かれれば私的に理由があるからだ……。

 

斬乂と別れた最初の数年ほどは心をドキドキさせながら、斬乂の元に戻ったら何をしようか、結婚式とかは挙げるのだろうか、夜はどんなすごい事をするのだろうかと一人悶々としていた。

もちろん毎日がウキウキだったと言う訳でなく、自分の中の怨霊の声や茜の事にも悩んでいた。

しかし、自分の心の内が以前と変わったからか、斬乂に肯定されたからか、また両方なのかはわからないが怨霊の声は兎も角、茜の事には案外簡単に答えは出た。

自分は死ぬ事が無いのだから前に進むしか無い、と考えて茜の事には踏ん切りはつけた。

そしてケジメとして今まで操っていた茜の死体を燃やした。

その燃え尽きた灰は骨壷に入れ、いつかちゃんとした所に埋めて供養したいため、今でも影に入れ持ち歩いている。

ケジメをつけたおかげか、茜への執着心が完全とは言えないがなくなった。

 

そして、同時に冷静になった。

 

茜の死を受け入れ心の重荷が無くなったからなのか、私の思考は普通になった。

そう、以前の弱っていた私と違い思考がクリアになった……。

そして思った。

 

 

"あれ"はないわぁ……

 

 

もちろん"あれ"とは斬乂との去り際にいった告白紛いのものだ。

いや、ほぼ告白で生涯を共に過ごそうというプロポーズだ。

むしろ夫婦になるなら……と言っていたので確実にプロポーズだ。

 

私は全てを受け入れる事で冷静になった。

あの頃の自分はどうにかしていた。

存在を受け入れられ優しくされたからなのか、斬乂の優しい言葉にコロッと心を奪われ、完全に乙女になっていた。

ちょーと優しくされただけで私は斬乂の事が魅力的に見え、雌になっていた。

この人になら何をされてもいい、むしろナニかされたいとまでも思っていた。

 

しかし、よく考えてみろ。

相手は同性で、変態だ。

嬉々として私に首輪をかけ全裸に脱がせる変態だ。

そんな所に嫁いでみろ。

確実に毎晩どころか昼間も変態の魔の手が伸びていただろう。

 

本当にあの頃、斬乂の元から飛び出していてよかった。

去り際の私がもし斬乂に留められ、あの斬乂の元に留まっていたらと考えたら今でもゾッとする。

絶対にあの頃の斬乂の事に惚れていた私ならば、悦んで斬乂に股を開き好き勝手にヤられていただろう。

むしろ現在進行形でヤられて完璧に斬乂に私は骨抜きにされていただろう。

 

冷静に物事を考えられた私はホッとしていた。

しかし、逆に恐怖に覚えた。

今、妖怪の山に戻り斬乂の元に行ったらナニをされるのだろうか……、そう考えると身体に寒気を感じた。

 

あの頃の勘違いだとは言え、私は戻ったら結婚をしようと言い飛び出した。

そして戻ってきたら借りは身体で返すような事も言っていた。

 

曰く、鬼は嘘は嫌いらしい。

だからか、私はやばいと思った。

求婚の方は冷静に考えればない、と言えば心の優しい斬乂はなかったことにしてくれるかもしれない。

しかし、身体で払う方は何ともならない……。

 

身体では払えないと言って、斬乂に駄々を捏ねられたら私は何も言えない。

一様、斬乂には借りがある。

それも私の人生を左右する程の大きな借りだ。

斬乂に会っていない、または斬乂を殺していたら、今の私はいないだろう。

今もまだひたすら目を曇らせたまま、妖怪を殺し続けるだけの存在になっていただろう。

故に私は斬乂の誘いには出来るだけ断りたくないし、断れない。

なぜならデカイ借りがあるからだ。

斬乂に約束したのにー、と駄々を捏ねられたら私は借りを返すだろう、身体で。

私は斬乂には感謝しているのだ。

 

求められたらおそらく断れないだろう。

だからか、私は斬乂の元に行くか悩んでいたらあっという間に百年ほどの月日がたった。

そしていつの日か思った。

 

 

迷子になって妖怪の山にはたどり着けなかった事にしよう、と。

 

 

もちろん斬乂の事が嫌いなわけではない。

強いて言うなら唯一の友だ。

この数百年間の否定され続けた中での唯一の理解者とも言っていい。

そんな大事な人には申し訳ないがしばらく会いに行くのはよしておく。

絶対に今、斬乂の元に行ったら結婚はまだしも性的に食われるのは間違いない。

 

もう一度言うが斬乂は私の数少ない理解者なのだ。

そういう相手とはちゃんとした付き合いをしていきたい。

おそらく、私が斬乂に性的に抱かれたりしたら間違いなく私は斬乂の前で再び乙女になるだろう。

あの弱っていた頃の自分の事を思い出して、やはり斬乂の事が好きだと勘違いし、その後も嬉々として身をまかせるだろう。

そして斬乂にならナニをされてもいいとか言い出してしまうかもしれない。

それに私はメンタルが強くなったと言ってもこの数百年間は一人だったのだ。

今の状態で斬乂に抱かれ人肌の温もりの良さを知ってしまったら、病みつきになるかもしれない。

 

それらを防ぎたいが為に斬乂とはしばらくは距離を置いとおきたい。

つまり時を過ぎさせ、約束をあやふやにするのだ。

 

そして少し経った後に会いに行って、あの頃の私は若かったのだと言うのだ。

たぶん無理かもしれないが、昔の事だと斬乂はなかったかもしれない。

無理だった場合は諦め、大人しく抱かれるが……。

 

 

まあ、とりあえず斬乂とはしばらく会うつもりはない。

約束は申し訳ないが私的にはちゃんとした付き合いがしたいのだ。

伴侶ではなく友として斬乂と過ごしたいのだ。

絶対に今、斬乂に会いに行ったら肌を重ねてしまうし、私がそれに病みつきになってしまうかもしれない。

故に斬乂とはしばらく距離を置いて、約束があやふやになるか、斬乂に抱かれても堕ちない様な精神の強さになるまでは会いに行くつもりはない。

 

感謝はしてるし礼はしたい。

しかし身体で払うのは無しで、どうしてもという場合でも最低で一度きりに私はしたいのだ。

だから、私は……

 

 

「おーい、雪。なに惚けてるんだ?」

 

 

私が昔の事を思い出していると目の前にいる女が声をかけてきた。

 

私は今、日が落ちとある暗い夜の森の中で焚き火を前にして、ある一人の少女と向かい合って座っている。

 

その少女は赤眼で私と似たような長さの白い髪を持つ。

髪には大きな赤いリボンをつけており、髪色と長さが同じせいかそれが無ければ私と見間違えるほど背姿が似ている。

 

 

そんな彼女の名は藤原妹紅。

そして私と同じ死ねない存在。

 

 

 

彼女とは一年ほど前、妖怪の多く出る森の中で出会い、殺しあった仲だ。

いな、殺しあったというより私が一方的に殺した。

 

妹紅曰く、彼女はその頃は妖怪退治を生業としていたらしい。

そして妖怪である私を見つけて殺しにかかってきた。

もちろん私は返り討ちにした。

何となく人ではないとわかったので容赦無く首を刎ね、心臓を抜き取った。

 

しかし、彼女は死なずに私と同じ様に再生した。

私とは違い身体に炎を灯し再生していたが、彼女は私と同じ様に傷一つなく見事復活した。

 

それで妹紅が復活した後は一日中殺し合った。

殺しても殺しても決着はつかなかった。

私も油断して一、二度ほど殺られたが直ぐに再生した。

互いに不死性を持つからか終わりが見えない。

それで殺し殺されている内に互いに全力を出し合い、力尽きた。

そして体力が回復しだい再開するつもりだった。

 

しかし、その後は急展開だった。

疲れた身体を横にしながら、互いに話し合ったら以外と意気投合。

互いに元人間で、不老不死。

力を持たない最初の頃は妖怪に殺されまくり、白い髪のせいで人間から疎割れる存在へ。

ありとあらゆる面で私達は共通点を見出した。

最後にはガッチリと握手をして、互いに苦労したなと涙を流したほどだ。

そしてそのままなんやかんやで妹紅と一緒に放浪の旅を続けたと言うわけだーー。

 

 

「別に、ただ昔を思い出していただけだ」

 

「あぁ、人間だったころのか。よくあるよなぁ、私も時々思い出しちゃうもんな」

 

妹紅は感傷に浸りながら首を縦に振り、私の言葉に同意する。

私はと言うと別に人間の頃を思い出していたのではないが、口に出して否定する事でもないので口には出さない。

しかし、昔の事をふと思ったからか私は妹紅の方を向き、別のことを聞く。

 

 

「なぁ、妹紅。女同士の恋愛ってどう思う?」

 

 

私がそう聞くと、妹紅は自分の身を守る様に抱きしめ私から距離をとった。

 

「お、お前……私の事そういう目で見てたのかよ……」

 

「………………っば、ばか!? だ、誰がお前をそんな目で見る!」

 

私は最初に言ったことに気付いて、そう怒鳴る。

確かに私は初恋は女(あかね)だ。

しかし、私はレズではない。

斬乂に惚れかけた事もあるが、アレはただ私が傷心で乙女だったってだけで、一種の吊り橋効果でしかない。

今の私は冷静なのだ。

いまでは斬乂の事もその様には見てはいない。

 

いや、たまに人肌寂しく思えば斬乂になら……と考えてしまうことがほんの少しある。

それで本当に、しかしでイフでもしもで外伝でも私が斬乂に今でも乙女なのなら……、と考えれば中々斬乂に会いに行けない。

私は斬乂とは良き友人としていきたいのだ。

決して恋人とかそんなのにはなりたくないのだ。

 

だから、ここらで一つ同性愛は気持ち悪いという事を妹紅に言ってもらってハッキリさせなければ。

でないと私はいつになっても斬乂に会いに行けない。

 

「ただ若い頃に同性にそう言う感情を持っていたってだけだ。もちろん今は微塵も思っていないがな」

 

私がそう言うと妹紅は納得したのかほっと一息つき、私の問いに唸りながら考える。

そして妹紅は何かを思いついたのか口を開いた。

 

「まあ、別にいいんじゃないか。自分の人生だ」

 

「意外に投げやりな答えだな」

 

「どんな言葉を期待してたんだよ……」

 

期待していた事とは違う事を言われたので正直に言ったら、妹紅にため息をつかれた。

 

確かに一様はちゃんとした答えだった。

しかし、私的にはそう言う事を求めていたのではない。

では、どういうことかと聞かれると……

 

「んー……、ありとあらゆる罵詈雑言を散々言われ、最後にはゴミを見る様な目で唾を吐きかけるくらいの否定が欲しかったな」

 

「うわ……きもっ。それは同性ってよりもドン引きだわ……」

 

私が思った事を答えると、妹紅がゴミを見る様な目で見てきた。

 

……うん、よく考えると今のは言い過ぎだ。

まるでさっきの私の台詞では私がドMの変態みたいではないか。

 

「……違うぞ妹紅。今のはただ単に私の考えは可笑しいと言う事を否定して欲しいだけで、けっして私は言葉攻めで悦ぶ変態ではないんだ」

 

「あ、あぁ、そうだよな。世の中いろんな人がいるんだ。そう言う性癖だって受け入れてくれる人は……居るさ……」

 

私がそう言うも、妹紅の私を見る目と口は全く信じていてくれていなかった。

いや信じてくれよ、もこさんや……。

 

 

 

その後、小一時間程かけて妹紅の誤解を解いたーー

 



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退屈

「暇だな……雪」

 

「あぁ……」

 

雲一つない空の下。

私と妹紅は何をする事も無く、何もない焼け野原で寝そべる。

 

この焼け野原ではつい数日前まで人間らが戦をしていたようで、私らの周りには鎧を着た死体がゴロゴロと転がっている。

それで偶々、この焼け野原に辿り着いた私達は転がる死体を探って、追い剝ぎをした。

具体的には食料などを持っていないかを探していたのだが、流石に持っていなかったので、身につけていた金目になるものだけ追い剝いでおいた。

 

まあ、私は金目のものだけで無く武士の持っていた刀などの武器を自分の影の中に収納しておいた。

こういうのは後に高く売れそうなので、あっても困りはしないだろうということでだ。

影の中で持ち運びもできるので、手間もかからないしな。

 

それで、一通りの死体を探り何もする事がなくなったので、ぼぉーっと寝そべりながら空を眺めている。

 

「暇だな……」

 

「あぁ……」

 

妹紅がため息をつきながら言う。

何度も言うな、と私も言いかけたが本当に暇なので何も言えない。

 

「なぁ……なにする……」

 

「何もする事がないから暇なんだろ?」

 

「いや、わかってるけどさ……」

 

妹紅の言葉に言い返すと、妹紅は再びため息をつく。

 

正直にいって私達は本当に何もすることがない。

数ヶ月前ほどに琵琶法師っぽい人に教えてもらった琴はもう飽きてしまったし、他に特にやりたいこともない。

本当に暇なのだ……。

 

「やばい……まじで暇だ……」

 

「……何度も暇暇言うな。余計に暇に感じるだろうが」

 

私も本当にマジで真剣に暇なのだ。

そんなにヒマヒマ言われると余計に暇だと実感してしまう。

 

「なぁ、妹紅や」

 

「なんだ、雪?」

 

「ひま……」

 

「…………あぁ、知ってる」

妹紅がそう言うとしばらく沈黙が訪れた。

人の声も聞こえない周りに無数の死体の転がる焼け野原の真ん中で、風の音を聞きながら青い空を眺める。

そして少し離れて積み上げられている鎧武者の死体を見てふと思う。

 

これだけの死体があるなら私の能力で動かして、なんとか歌劇団とか作り上げてみようか。

なんかイケそうだ。

歌は私が吹き替えをして、私が死体を操り踊りなどをさせる。

名付けて白鷺歌劇団。

今の時代では平家物語あたりが流行っていそうなので、平家物語を題材にした歌劇を行ってみようか。

それで暇潰しついでにおひねりも……

 

 

「………………はっ、くだらない」

 

 

なんか馬鹿が考えそうなことだ。

それによくよく考えてみれば死体が動いているだけでも恐ろしい光景なのだ。

普通の人間に見せるにしても、直ぐに110番されて陰陽師に追われる羽目になる。

人間の陰陽師ごときに負ける気はしないが、私は一様、人は不殺を心情にしている。

殺さず追っ払うのは面倒だ……。

 

 

「なぁ、雪……東に行かないか」

 

私が自分の脳内につっこんでいると、急に隣で寝転がる妹紅がぽつりとそう言う。

なぜ急に東の方に行こうと言い出したかはわからないが、どうせ暇なんだしどこに行こうが変わらないのでなんでもいい。

 

私がそう思っていると、妹紅が続けて言葉を言う。

 

「昔、お前と会う前に聞いた話なんだがな、なんでも東の方に楽園があるそうなんだ」

 

「へぇ、楽園ねぇ……」

 

どこ情報だよ、と思うが野暮な事は言わない。

この時代の情報源は大抵は人の間で流れる噂話だ。

大抵のものは信用できないし、多少の尾ひれはついている。

だから、楽園と言われてもただの緑の美しい綺麗な景色だけがあるかもしれない。

まあ、それでも長生きして暇人な私達には暇潰しとして見に行く価値があるものかもしれないが。

 

「その楽園ではなんでも私達みたいな異形が受け入れられる所らしくてな、人間に友好的な妖怪にとっては生きやすい場所らしい」

 

元人間の私達にはうってつけな場所ではないか、と妹紅は冗談交じりな笑みを浮かべ言う。

 

「人間に友好的な妖怪にとっての楽園、ね……」

 

「なんだ、何か不満か?」

 

妹紅が私の意味深な復唱に疑問を感じたようだ。

 

「本当にそんなところがあるのかねぇ、と思っただけだよ」

 

人間は私達のような未知で恐ろしい化け物を否定する生き物だ。

かつて人間だった頃の私もたぶんそうだったと思う。

そんな人間の中で私達みたいな化け物が受け入れられるわけがない。

 

「まあ、私も疑い半分だが妖怪の間で結構噂になってるんだよ」

 

「へぇー」

 

確かに妖怪関連の情報は妖怪に聞くのが一番だ。

妖怪関連の情報は人間の間で流れる噂話よりかは信憑性があるしな。

と言ってもどの噂も多少の尾ひれがついているので完璧には信用できないが。

しかし、火の無い所に煙は立たぬとも言うし、その東の方には何らかはあるのだろう。

それが楽園か墓場かは知らんが……。

 

「ま、もし無くても暇潰しにはいいんじゃないか」

 

「うわ……、めっちゃ上から言うんだな」

 

「お前の提案に乗ってやるんだ、有り難く思え」

 

「へぇへぇ……、有難うございます雪さま」

 

 

妹紅は私の冗談にため息をつく。

私はそうした妹紅にケラケラと笑い、身体を起こす。

 

 

こうして次の目的地は東にある楽園へと決まった。

 



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地蔵

とある昼下がり。

私と妹紅は何やかんやで東の楽園なる所へ向かい初め数日ほどが経った。

 

旅は順調。

時々、襲いかかってくる妖怪や陰陽師も難なく撃退し、一歩づつ確実に東に向かう。

と言っても旅の間に綺麗な海があるやら、見事な建築物があるとかで寄り道しまくりで当分は目的地に着きそうは無いが。

 

「あー、なんか面白いこと話せよ雪」

 

現在、私と妹紅は目立つ白い髪を隠すため笠をかぶり、とある川沿いを歩いている。

そんな中、妹紅が退屈そうに私に向かって暇潰しの話題を提供してきた。

 

暇潰しに東の方に行こうと言ったはいいもの、歩いてるだけというのはひどく退屈だ。

歩いても歩いても木や石ころばかりのある風景でつまらない。

旅中で人里に訪れれば多少は変わるのだろうが、私達は忌み嫌われるものだ。

目立つと言って笠を被って移動しても何かはバレる。

余計な厄介ごとを避けるためにも、こうして人気の無い道を歩くしか無いのだ。

 

「……面白いことねぇ」

 

私は妹紅に振られた話題をとりあえず考えることにする。

妹紅とは一年ほど一緒にいるので、お互いに話せる事は既に話きっているのだ。

最近では視線を合わせるだけで、多少の簡単なやり取りができるほどに互いの事を理解してきている。

なので、今頃なにか話せと言われても困るのだ。

 

「じゃあ、たまには互いの性癖とかのぶっちゃけた話でもするか?」

 

「……別に私はお前の性癖なんて聞いてもなんの面白みもねぇーよ、この被虐嗜好者の同性愛者」

 

「だ、誰がドMでレズだっ!?」

 

私がそう言うと妹紅はそうだよな、人には内緒にしてるもんなと言い、私は理解してるからと言いたげな目で私を見つめてきた。

どうやらこの前の私の発言を未だに引きずっているようだ。

 

「どえむでれずって言葉はわからんが実際そうなんだろ? この前の夜だって寝言で斬乂ぇ斬乂ぇって何時ぞや聞いた女の名前を呟いてたし」

 

「な……っ!? そ、そんなの何かの間違いだ!」

 

「いやいや、本当だ。それはもう頬を染めて、手を足に挟んで寂しそうに呟いていたさ」

 

妹紅がニヤニヤと笑いながらそう言うが、私は全く信じない。

流石に私が寝言でそんな事を呟くなんて事はありえない。

確かに斬乂とは早く会いたいがそんな恋する乙女みたいな仕草はしないし、するわけが無い。

 

「……妹紅、変な着色は身の為にはならんぞ」

 

「あぁ、そうだな。ま、今の話が嘘であったらならだけどな」

 

妹紅がにししと笑い、意味深な事を呟く。

そんな笑顔に私はイラっとし、拳を握る。

 

「どうやら物理的に嘘だと言わせる必要があるようだな……」

 

「お、殺るのか?」

 

「ふふふ……、殺ろうじゃないか……」

 

私がそう言いながら笑みを浮かべ、妹紅から距離を取る。

どうやら妹紅も殺る気があるみたいなので、この際だ。

どちらが上なのかをもう一度、証明してやろうじゃないか。

 

私はそう思いながら構えると、川の反対側にある近くの茂みからガサガサと音がなり、その辺りからか私の額目掛け小石が飛んできて当たった。

 

 

「いっつ……おい妹紅。なんか居るぞ」

 

 

私はそう言いながら小石の当てられた額を摩り、妹紅にそう言う。

妹紅は首を傾げ、声をあげて笑う。

 

「なんだ雪よ、怖気ついで逃げる気か?」

 

「お前ごときに怖気るわけないだろ……、今あの辺りから私の顔目掛けて石が投げられたんだよ」

 

私はため息をつき、物音がなった茂みの方に指を指す。

私がそう言うと妹紅が笑いながら、指された茂みに近寄って、小石を飛ばしてきた犯人を捜すように茂みをかき分けた。

 

「おい雪、誰もいないぞ。気のせいじゃないのか?」

 

妹紅は茂みの中をかき分けながら私に声をかけてきた。

 

いや、そんなはずはない。

確かにその辺から小石が飛んできたのだ。

というか女の子の顔目掛けて石を投げるなんてとんでも無いやつだ。

一生モノの傷がついたらどうするつもりなのか。

ま、私は傷なんてすぐに治るからどうでもいいが、もし投げてきた奴が子供なら一言注意し、大人なら股間を思いっきり蹴り上げ、妖怪ならぎるてぃーだ。

しかし、既に居ないのなら何もできないでは無いか。

 

「あ、でも、地蔵なら居るわ」

 

ほれ、と言いながら茂みをかき分け妹紅は私に見せてきた。

そこには小さな祠に置かれた笠を被った地蔵で、錫杖を手に持つ何処にでもありそうな普通のお地蔵様だ。

そしてお地蔵様の前には饅頭がお供物として置いてあり、妹紅はそれを見るとひょいと取って咀嚼した。

 

「妹紅、そんな何時から置いてあるかわからないモノ食べたら腹壊すぞ」

 

「ちょっとくらい大丈……いたっ」

 

妹紅がお供物の饅頭を食べていると私の時と同じ様に妹紅の額に目掛け、何処からか小石が飛んできた。

その小石が当たったのか妹紅は少し痛そうにしながら自分の額を押さえていた。

 

「……本当だな雪、なんか居るな」

 

妹紅は額を押さえながらそう言う。

しかし、私は今しがた小石が飛んできた方向をしっかりと視界に捉えていたので妹紅の言葉を無視し、小石が飛んできた方に歩み寄る。

そして小石が飛んできた方向……地蔵の置かれる祠の後ろを覗き込んだ。

そこに居たのは背の小さな少女で、覗き込む私に背を向ける様に蹲っていた。

 

 

「……誰だお前は?」

 

 

私がそう問うと少女は肩をびくっとさせ、顔を隠したまま目だけを動かしてチラリと私の方を向く。

そして、私と視線が合うと直ぐに目を逸らして、再び背を向けて蹲る。

 

「おいガキ、人様に向かって石ぶつけるとかどういう教育受けてきたんだ」

 

妹紅が祠の後ろに隠れる少女の存在に気づくと、少女の首根っこを掴み睨みつける。

その光景はまるで小さな子供を脅す大人げ無い大人にしか見えなかった。

 

「わ……ちょっ、放しなさい!」

 

少女は妹紅に襟首を掴まれながらも、手足を振り回し抵抗する。

しかし、妹紅にはその振り回した手足が届かず、ただブンブンと降っているだけにしかなっていない。

今まで蹲って顔がよく見えなかったその少女は、緑髪で顔立ちは結構幼く見える。

この付近に住む子供だろうか?

私はそう思いながら首根っこをつかまれている少女に声をかけた。

 

「お嬢さん、君が私達に石を投げたのかい?」

 

私がそう声をかけると暴れる少女は私の顔を睨みつけて口を開く。

 

「だったら何ですかっ! 私はただ貴女たちが無益な争いを起こしそうだったので止めようとしただけです!」

 

私はそう言われ思い出す。

そう言えば妹紅をまだ殴ってないと。

後で私にドMでレズって言ったことをしっかり誤らせなければ。

 

そして、少女は妹紅の方を睨みつける。

 

「それと貴女もお供物を勝手に食べるなんてどういう了見なんですか、罰当たりですよ!?」

 

だから、妹紅にも石が当てられたのね。

ていうか何でその前の喧嘩のくだりでは私にしか石を当てなかったのだろうか。

喧嘩の方は私だけが悪いのでは無い。

むしろ争いの種を蒔いた妹紅が悪い。

なのに何故、私だけにしか石を投げつけなかったのだろうか。

その辺りを小時間程問い詰めてやりたい。

しかし、私は妹紅と違ってその辺は気にしない、ほら私って大人だから。

 

「ま、お供物云々は妹紅が悪いとしてだ。人様に石を投げるのもどうかと思うぞ?」

 

私がそう言うと引け目があるのか、少女は暴れ回るのを止め、肩をしゅんとさせる。

 

「う……確かにそれは私が悪いですが……。しかし……私はまだ何の力も無いので貴女達みたいなおっかなそうな人を止めるのは無理なのです」

 

確かにそうだろう。

どうやらこの子は私達の喧嘩を止めようとして、妹紅の罰当たりな行いに注意を呼びかけようとしたみたいだ。

しかし、飛び出して口頭で私達に何かを言うのは、弱そうな小柄な少女にとっては怖かったのだろう。

だからか、コソコソとバレないように石を投げてそんな事をやってはいけないと伝えたかったのだろう。

やり方はどうであれ、こんな小さな子にしては中々に勇敢な行動だ。

 

ま、例え注意されても後で妹紅にはしっかりとお灸は据えるがな……。

 

「そうか、お嬢ちゃんは悪い人に注意しようとしただけなんだな。よーし、お姉さんが甘い物を上げよう」

 

「こ、子供扱いしないでください! あと、そろそろ下ろしてください!!」

 

私はそう言いながら着ている白装束の袖の中に手を突っ込んでいると、妹紅に首根っこを掴まれたままの少女が再び手足を振り回しだす。

 

「おい、妹紅、そろそろ下ろしてやれ。どうやら今回は全部お前が悪いみたいだ」

 

「な、殺ろうって言い出したのはお前だろっ!?」

 

妹紅は私に口答えをしながら、少女の首根っこを掴んだまま優しく地に下ろす。

地に下された少女は妹紅に掴まれ乱れた着物を直し、私と妹紅の方を睨みつける。

 

「貴女達、覚えておいてくださいよ……。私がもし閻魔に昇格したら絶対に地獄に落としてやりますよ……」

 

閻魔。

確か死後で地獄にて死者を裁く者の名だった気がする。

 

少女は確かにその閻魔と言った。

私と妹紅はその言葉を聞くと顔を見合わせる。

 

そして声を上げて笑う。

 

「はは、そうか。なら頑張って閻魔様にならないとなっ!」

 

「そうだ、ほれ。早く大きくなって閻魔様になれるようお姉さんがこのおむすびを上げよう」

 

妹紅が少女の頭を撫で、私は着物の袖に入っていた笹に包まれたおむすびを手渡す。

 

このおむすびは後で食べようと思ったが、まあ良いだろう。

この頃の子供は自分を偉い者に見せたがって、背伸びしたいお年頃なのだ。

確か前世では中二病と呼んでいた気がするが、この子もきっとそんな感じなんだろう。

身長的にもちょうどそれくらいの時期なのだ、こんな電波な事を言っても何もおかしくはない。

 

私がそう自己解釈をしていると、少女が顔を真っ赤にして怒り出す。

 

「信じてませんねーっ! 本当なんですよ、私は優秀な地蔵なんですからね!」

 

あぁ、そう言えば地蔵は閻魔の目だとか小さい頃に育て親の和尚さんに教えてもらった気がする。

悪い事をするとお地蔵様が地獄の閻魔様に悪事を報告するから、お地蔵様にはちゃんと手を合わせておけってよく言われたものだ。

 

ふふ、なるほど。

この少女も中々に凝った設定を作るじゃないか。

 

「そうか、ならこれはお供物だ。受け取っておけ」

 

私はそう言いながら先ほど取り出したおむすびを手渡す。

手渡された少女は怒った顔をしながらも、そのおむすびを受け取った。

 

「ふんっ、こんなもの貰ったって今回やられた仕打ちは忘れませんからね!」

 

少女はそう言いながら受け取ったおむすびを、元々置いてあった妹紅が食べた饅頭の所へ置き、地蔵に向かって手を合わせる。

どうやら饅頭の代わりに、私のあげたおむすびをお供えするらしい。

 

「ふふ、お嬢ちゃんは良い子だね。ちゃんとお供えするなんて」

 

私がそう言いながら少女の頭を撫でると、地蔵に拝んでいた少女は口を開いて怒鳴った。

 

「だから子供扱いしないでくださいっ!」

 

少女はそう言って頭の上に置かれた私の手を払った。

どうやら子供扱いをされるのが嫌いな子らしい。

まあ反抗期なのだろう、大目に見てやろう。

 

「あと私はお嬢ちゃんじゃなくて四季映姫と言うちゃんとした名前があるのですっ!」

 

「そうか、なら映姫ちゃん。立派な閻魔になれると良いな」

 

私はそう言ってもう一度、少女の頭を撫でた。

素直に応援されたからか、少女は恥ずかしそうに下を向いた。

 

 

「……う、有難うございます」

 

 

少女は顔を下に向け、言葉を詰まらせながらも恥ずかしそうにお礼を言う。

私と妹紅はそんな少女の様子を見てクスリと笑い、一言お別れを言って再び旅路に戻るため地蔵の前から立ち去った。

 

 



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隻腕

私と妹紅は山の中にいる。

その山は木が生い茂り、昼間では木漏れ日の暖かい少し快適な山である。

 

そんな山の中で私達は夕暮れ時に、今日の夕食にしようとする獲物を捕まえていた。

しかし今は冬に近いからか、山では猪や兎などの食べれそうな生き物は居らず、私も妹紅も苦戦していたのだが……

 

「なぁ、雪……」

 

「ん? なんだ妹紅」

 

私はたまたま仕留めた食べれそうな"獲物"の足を掴み、小型の刃物を自分の影の中から取り出して血抜きを行おうとしていた。

しかし、妹紅に呼び止められ私はそちらを向く。

私が見た妹紅の顔はげんなりとしていた。

私が何かしたのだろうか?

 

「いやさ……確かに食えるものならなんでも良いと言ったけどさ……」

 

妹紅は私が手に持つ"獲物"に向け指をさしながらため息をつく。

私は妹紅が何を言いたいのかわからず首を傾げる。

 

「何を言ってるのだ妹紅、ちゃんと食えるものではないか」

 

私はそう言いながら今ほどナイフで切り落とした"獲物"の足を見せる。

その"獲物"の足は鉄の様に硬いが、中には肉がギッシリ詰まっており、焼いて食べたら美味しそうだ。

 

私は今一度、後に食べることになるであろうモノを眺めてそう思った。

 

「でも、流石にそれはないわ……」

 

「いや、どれだけ否定するんだよ……。たかが"妖怪"の肉なのに」

 

げんなりとする妹紅に鉄の様に硬く黒光りした極太の蜘蛛のような脚を持つ妖怪の足を見せる。

ちなみに私の足元には他にもその脚の持ち主であった妖怪の心臓や腸、脂肪などが食べる分だけ置いてあり、既に食べやすいサイズに切り揃えてある。

 

ちなみに食べきれなさそうな量(死体)は既に埋めておいた。

結構大きな妖怪だったので埋めるのが大変だったが、能力を使って死体を操り妖怪の死体に穴を掘らせたから疲れたのは穴に埋める時だけだった。

まあ、穴を埋める時も昔に殺した妖怪から能力で奪った【土を操る程度の能力】という能力の事を死体に土を被せている途中で思い出し、その能力を使ったので言うほど疲れてはいないが。

むしろ、死体を操っていた方が掘るのに時間がかかったほうだ。

昔に能力を奪い過ぎたせいか、自分が今どれだけの能力を所有しているのかを忘れかけているのが最近の悩みだ。

 

「いや、絶対に身体に良くないってこれ……。なんか見たことのない色だし……」

 

「文句の多いやつだ、たかが血が緑色っぽいだけだろ?」

 

私はそう言いながら白装束に緑色の血を飛ばしながら、黒光る鉄っぽい脚の中に詰まっている肉を蟹の身をほじり出す様に取り出す。

 

ちなみに白装束に飛ぶ緑色の血は、川で洗い流すのではなく、つい最近に殺した妖怪から奪った【ありとあらゆる血液を操る程度の能力】という能力で血を操れるので、どれだけ返り血を浴びても能力で操って血の汚れを落とせるので洗濯いらずだ。

最近ではどれだけ返り血を浴びても、血を川で洗い流す必要がないので大助かりだ。

まあ、その能力を持つ妖怪を殺そうとした時には私の中に流れる血液を操られ、身体中の穴という穴から血液が流れ出して、大変グロッキーな状態になったのであまり良い思い出はないが。

 

 

「あ……ぁ……のぉ……」

 

 

私がつい最近あった中のトラウマ級の思い出を思い出していると、私の正面からガサゴソと茂みが動きながら呻き声が聞こえ、茂みの中から何かの手が出てきた。

その出てきた手には私の右腕と同じ様に包帯が巻かれている。

というか、その手はめっちゃ震えている。

 

「あのぉ……しょくりょうを……わけて……もらえないでしょうか……」

 

茂みの中からはピンク髪で団子状にまとめシニヨンキャップを被っている少女が、今にも死にそうなくらい弱った声をあげ、這いつくばって私達の前に現れた。

 

「その……五日ほど……なにもたべてないんです……おねがいします……」

 

どうやらこの女の人は飢えているらしい。

私と妹紅は顔を合わせ互いに頷き、とりあえず行き倒れしていた少女に水を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

 

 

「いやー、本当に助かりましたよー!」

 

ピンク髪の少女が先程とは相変わり、元気そうに私が与えた木の串に刺さった肉にかぶりつく。

 

彼女の名は茨木華扇と言うらしい。

なんでも華扇はここ五日ほど何も食べていなかったらしく、この山で飢え倒れていたらしい。

 

「あぁ……そりゃよかった」

 

私の狩ってきた妖怪肉を美味しそうに食べる華扇を見て、妹紅は顔を少し青くしながら言う。

妹紅は未だに私が狩って焼いた妖怪肉を一口も食べていない。

どうやら彼女は食欲がない様だ。

しかし食べなければこの華扇の様に飢えて行き倒れるかもしれないが、大丈夫か?

最近では冬季に入ったせいか、食べられそうな動物が表立って行動してないから困るぞ?

ま、もし妹紅が行き倒れても死にはしないので口に出して心配はしない。

むしろ行き倒れでもしたら足を引きずって移動してやるから、安心して行き倒れてくれれば良い。

 

「そういえばこのお肉はなんの肉ですか? 食べたことのない味なんですが?」

 

華扇が久しぶりの食事で機嫌が良いのか嬉々として聞いてきた。

 

「あぁ、それは妖か……」

 

「それは兎の肉だ、そうだよな雪っ!」

 

私が問いに答え様とすると慌てた様子で妹紅が口を挟んできた。

妹紅がそう言うと、華扇は変わった味の兎ですね、といいながらムシャムシャと食べる。

 

しかし、なぜ妹紅は兎の肉と答えたのだろうか?

普通に妖怪の肉と答えれば良いのに。

 

「そ、そういや華扇は妖怪だよな。雰囲気的に人って感じもしないし」

 

私が妹紅の奇行に首を傾げていると、妹紅が話題を変える様に華扇に尋ねる。

 

「えぇ、そうですね。一様、鬼です」

 

「へぇ、鬼かぁ……って鬼!?」

 

妹紅が驚く様に声を上げ、華扇の顔を見る。

そして私は何故、妹紅がそこまで声を上げて驚くのかを疑問に思う。

確かに華扇は鬼の象徴である角が生えていないが、それほど驚くことではないと思うのだが。

 

私が妹紅の驚きに疑問に思っていると、妹紅は目を見開きながら呟いた。

 

「はぁ……鬼ねぇ、本当にいたんだな。御伽噺だけの存在かと思っていたが……」

 

「えぇ、鬼は本当にいますよ。ここから東の山の方に行けば沢山いますね」

 

華扇がそう言いながら東の方に指を指す。

私はそれを言われ、ある事を思い出して肩をビクつかせる。

 

鬼の住処と言われれば一つしか思い浮かばない。

今、思い出したが"あそこ"はあっちの方角にある。

それも私達の向かっている方角と同じ方に。

しかし、それはそれでこれはこれだ。

私達の向かっている東の楽園と言うのは"あそこ"とは関係ないはず。

心配は無用だ。

 

私は焦る心を、深呼吸をして一度落ち着かせる。

それに対し妹紅は気楽そうに華扇と話す。

 

「へぇー、私達が目指している方角と同じ方なんだな」

 

「あなた方は東の方に向かわれているのですか?」

 

「あぁ、ちょっと噂の楽園にな」

 

妹紅が言うと華扇が楽園? と首を傾げるが、何かを思い出したのか口を開く。

 

「楽園とは幻想郷の事ですか」

 

「げんそうきょう?」

 

華扇の言葉に妹紅は首を傾げる。

 

「えぇ、人があまり寄り付かない辺境の地で妖怪だけが住む妖怪の楽園と聞きますね」

 

「はっ? それだけ!?」

 

「え、えぇ……」

 

華扇が言うと妹紅がなんだよー、とため息をつく。

対する華扇はヤバイことを言ったのだろうかと不安に思いながら少し戸惑っている。

 

「ま、そんなもんだろうとは思ったよ。元が妖怪の噂だったんだしな」

 

私が言うと妹紅は更にため息をついた。

元が妖怪の噂なのだ。

そりゃあ、私達みたいな人間っぽい妖怪よりも、ガチもんの妖怪にとっての楽園には違いない。

まあ妹紅は妖怪ではなく死なない化け物って方が言い方的には合っているが。

というか妖怪にとっての楽園ってなんだ?

個人的にはそっちの方が気になるが。

 

「し、しかし、本当に良いところですよ? 大きな綺麗な湖もありますし、私の住んでいた山もその辺りにありましてそこから見える景色はとっても綺麗で」

 

「あー、なんだよ。期待損だな」

 

華扇の言葉に妹紅は再びため息をつく。

まあ、妹紅が残念がるのも仕方がない。

噂では妖怪に友好的な人が多く住むと聞いていて、久しぶりに人間と交流できると思いきや、本当は人が全く寄り付かない魔境と聞けば期待外れだ。

私も個人的には人里の人間と交流して、話とか聞いてみたかったのだが。

 

……というか、聞き過ごしかけたが"私の住んでいた山"だと?

 

「……なぁ、華扇」

 

「なんですか雪さん?」

 

「その幻想郷ってのはもしかして妖怪の山に近いのか……?」

 

「えぇ、そうですよ、よくご存知で」

 

おぉ……、やばい。

本当に私達の向かう方と妖怪の山が近いなんて……。

まだ、斬乂に会う心の準備は出来ていないのに……。

いや、今までも何度か妖怪の山に立ち寄ったではないか、……そして何度もチキって引き返してきたが。

今回もそうすれば良いんだ。

妖怪の山の近くに立ち寄ってモード乙女の自分が現れれば引き返せば良いし、現れなければ立ち寄れば良いんだ。

 

「あのぉ……もしかして千樹 斬乂の、母さんの愛人の方ですか?」

 

「……あ、愛人っ!?」

 

なぜわかっ……じゃなくて何故、私が斬乂の

知り合いだとわかった……。

 

「いや、……まぁ一様は斬乂とは知り合いだが……」

 

「あ、愛人の方ではないんですか? 母さんの首輪をつけていたのでそうかなって思ったんですが……」

 

華扇はそう言いながら私の首元に指をやり、かつて斬乂につけられた首輪に指差す。

 

かつて斬乂にペットの証としてつけられた鉄製の首輪。

実は私は今でもそれをつけている。

数百年前、斬乂と別れた後に斬乂に首輪を外してもらう事を忘れており、自力で外そうと思ったが何となくやめておいて付けっぱなしにしておいたものだ。

別に他意はない。

ずっと貴女の物です、と言う意味でつけているのではなく、ただこの首輪を取るには自分の首を一度切り落とさないといけなくなるので、面倒なので取ってないだけだ。

本当に深い意味はない。

誤解されるからもう一度言うが、本当に深い意味はない。

 

私はそう自分に言い訳して一度咳払いをする。

 

「そ、そうなんだ。その……この首輪って斬乂のものって言う証なの?」

 

「えぇ、母さんに挑んで負けた人達につけられるものですね、といっても大抵は貴女みたいな少女の見た目をして母さんの趣向にあった人につけられるものですが」

 

男とか趣向に合わない女は適当にポイって感じですね、と付け足し苦笑いをする。

 

ならばこの首輪は所謂アレなのだろう。

斬乂が勝負に勝った戦利品として、自分のお目にかかった斬乂好みの女につけるもので、所詮は私はその戦利品の内の一つで……。

なんだろうか、そう考えると少しムカつく……。

 

私が自分につけられた首輪に触れながら、華扇の言葉の意味を考えていると妹紅が私の方に視線を向けながらニヤニヤと笑う。

 

「へぇー、つまり雪はその斬乂って鬼に負けてその首輪つけられてるんだ……」

 

「な、なんだよ妹紅……」

 

「いや、べつにー。斬乂っていう女の名前は前に聞いて知ってたが、その愛人だったとはねぇ」

 

「べ、別にあ、愛人じゃない……」

 

そう、愛人ではない。

それと確かに結婚の約束はしたがあれは若気の至りで今となっては昔の話だ。

今では斬乂の事をそういう対象としては見ていない。

まあ、たまにまた抱きしめて欲しいなー、て思うが深い意味はなく、ちょっと人肌恋しいだけなのだ。

そう。

本当に私は斬乂には深い感情はもう向けてはいないのだ。

 

「あ、もしかして母さんに負けて嫌々、つけられた人ですか? もしそうなら本当にうちの母さんがスミマセン」

 

「た、確かに嫌々つけられたが……今となっては別になんとも……」

 

「うわ……、首輪つけられてなんとも思ってないとか雪ってそっちの気が……」

 

「おい妹紅……お前さっきからうるさいぞ」

 

どれだけ私がドMでレズってネタを引っ張るんだ。

もうその話は終わったんだよ。

というかこの話を続けたらどんどん私のボロが妹紅に出る。

それにこれから妖怪の山がある方に向かうのだ。

変に斬乂の事を話され、変に意識とかしてしまったら色々と支障が出る。

下手したら斬乂の事が余計に恋しくなって会いたくなる。

そうなったら私の乙女モードが全開でまた斬乂に会いに行けなくなる。

 

「そ、そう言えば華扇はなんで妖怪の山に居ないんだ? というか、私の事を知らないってことはしばらく妖怪の山に居なかったんだろ?」

 

もし私がかつて妖怪の山に訪れた時に華扇がその場に居たら私の名前は覚えているはずだし、たまたま私が居た時に華扇が居なくても何らかの形で斬乂から私の名前を聞いているはずだが。

まあ、もし後者の場合なら知らないってこともあるが。

 

「それは……私ちょっと探し物をしててここ数百年間、山に帰ってないんですよ」

 

華扇は苦笑いをして、包帯が巻かれている方の手を握る。

 

「へぇ、てか百年単位で探すって凄い根性だな」

 

「はは、そう言ってもらえると光栄です」

 

華扇は苦笑いをしつつも、妹紅の言葉に答える。

 

数百年間探して見つからないのではもう何処にも無いのでは。

私はそう言いかけたがそれは野暮だろう。

華扇本人もかつて茜を生き返らせようとしていた私の様に切羽詰まった様子は見られないので、無理して否定することは無い。

まあ、見つかる事を祈る事にする。

 

私はそう思いながら華扇の幸運を祈った。

 

 

 

その後も夜通しで話をし、翌日の朝に華扇と別れを済ませた。

 



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下卑

ある日の事。

私と妹紅は着々と東に向かい歩き続ける。

私らはいつも通り白髪を隠す為に笠をかぶり、人気の無い森を歩いていた。

そんな時、妹紅が疲れたから休憩に入ろうと言った。

私としても少し疲れていたので、その提案にのった。

そして木々の間からちょうど木漏れ日が差し込んでいる場所を見つけ、そこで休息をとる事にした。

 

「はー、つかれたー!」

 

妹紅がそう言いながら座る。

どかりと妹紅は胡座をかいて座り、被っていた笠を投げ捨てる。私は内心に女子力が無いなとほくそ笑みながらも自分自身も胡座をかいて座り、笠を取る。

 

「なあー、まだその幻想郷ってのには着かないのかよ」

 

妹紅が疲れた身体をほぐしながら私にそう尋ねてくる。

 

先日、華扇と言う鬼に出会い噂の東の楽園についての話をおおまかに聞いたが、実際は妖怪にとっての楽園であり、私達みたいな半端者にとっては楽園になりうるかは定かでは無いらしい。

と言っても華扇もそれは昔の噂であり、今現在ではどうなのかわからない、と言っていたので暇潰しがてら私達は行く事にした。

私と妹紅は不死であり時間は腐る程あるのだ。

無駄という事にはならない、主に暇を潰すという事で。

 

私は妹紅の問いにはわからない、と答えた。

 

「おいおい、お前も昔はあっちの方に住んでいたんだろ、愛人の家で」

 

「……別に二日ほどお世話になっただけで住んでたとかでは無いから知らん。あと、斬乂は愛人とかじゃない」

 

「へぇー、そうなんだ二日ほど愛人の家でお世話(意味深)になったんだな」

 

「だから愛人とかじゃないって言ってるだろっ!?」

 

なんだか最近、妹紅は私の事をどうにもそういう風に見ている様だ。

というか妹紅からの私のイメージが最近ではドMでレズで既に誰かの愛人と言う風に思われているらしい。

妹紅とは既に二年ほどの付き合いと言えど、流石にその冗談はそろそろ笑えなくなってきた。

ここらでちょっと再び力の差を教え、身体に叩き込まなければいけない様だ。

 

私がそう思いながら拳を握り締め、妹紅に殴りかかろうとすると、カサカサと誰かの足音がした。

私と妹紅はその足音が聞こえた方を向くと、そこには私達と同じ様に笠を被る女性らしき人が居た。

 

 

「おやおや、先客がいましたか」

 

 

女性はそう独り言を呟きながら、被っていた笠を脱ぐ。

笠が取られ女性の顔がはっきり見える。

美しい翠色の髪で、顔も美人で綺麗系。

服装は少しボロい着物で質素なものだが、それでも女性は美しかった。

 

「隣、よろしいですか?」

 

私がその女性に見惚れていると、女性はそう言いながら私達に近づいてきた。

私は断る理由もなく、いいですよと言う。

私が許可を出すと女性は微笑みながらありがとうと言い、私の隣に正座で座る。

お礼を言うにも座るにも、一つ一つの動作に大和撫子って感じの大人びた振る舞いで私は再び見惚れる。

胡座をかく私と妹紅の女子力とはうって違う。

 

「ふふ、どちらへ向かう御予定で?」

 

「え、あぁ……ちょっと東の方に」

 

いけない、少しキョドッてしまった。

しばらくは妹紅としか会話をしてなかったので、コミュ症でも拗らせたか?

いやしかし、映姫や華扇の時は普通に話せたしそれはないか。

ならあれだ、非リア充がリア充と話すときのあれだ、女として格下すぎて怖じ気付いてるのだ私は。

 

「そうなんですか、なら幻想郷に向かっているのですね」

 

「お、姉ちゃんは幻想郷の事知ってんのか?」

 

私と違い、妹紅はかしこまらずに女性に言い放つ。

妹紅の馴れ馴れしい態度に、女性は縦に首を振り、えぇと簡潔に答える。

どうやら妹紅はこの圧倒的女子力を感じていない様だ。

野生人も妹紅くらいまで拗らせると女子力のじょの字もないのか……。

 

というか幻想郷の事を知っているという事は、この人も妖怪なのだろうか?

この人からは妖気とかは感じないが……。

 

「ちょうど私もそちらの方へと向かおうとしているのですよ」

 

「へぇ、なら姉ちゃんも妖怪なのか?」

 

私の持つ疑問を妹紅が代弁してくれた。

妹紅の質問に女性はクスリと笑い、そうですよと答える。

 

「私は鎌鼬という妖怪ですかね」

 

鎌鼬。

なんか聞いた事がある名前だ。

確か風を操る妖怪だったはず。

それがこの人の種族なのか。

 

「ふふ、お嬢様方は何という名の妖怪なんですか?」

 

女性が微笑みながら尋ねてくる。

この女性の問いは白鷺 雪という意味の名前を聞いているのではなく、女性の答えた種族的な名前を聞いているのだろう。

となれば私はどう答えたものか……。

屍を操り喰らう、死なない妖怪……私自身で知っていることはそれだけだ。

 

妹紅は妖怪というより、かつて不思議な薬を飲んで今の不死性を手に入れたと聞いたので人外と言うべきだが、私はなんなのだろうか?

自分が何者かなんて考えたことなかったな……。

 

「私は藤原妹紅って言うんだ、よろしくな姉ちゃん!」

 

私がどう答えようかと悩んでいると妹紅(ばか)は名乗る。

何という名の妖怪と聞かれ、自分の名を答えるなんて此奴は馬鹿か……。

文章的には自分の名前を答えてもいいかもしれないが、会話の流れ的にはどんな妖怪かを聞かれただけなのに……。

まあ、妹紅は妖怪でなく人外と言った方が正しいので応えようはないが。

 

そんな妹紅の様子を見て、女性は苦笑を浮かべる。

 

「元気がいいのですね。私は黒桜 刃(くろざくら じん)って言いますの、よろしく」

 

意外に男っぽい名前だ、私はそう思った。

いかにも良い所出身って感じの振る舞いと話し方なのに。

まあ、妖怪に良い所出身なんてのはないか。

私みたいな元人間ならあるかもしれないが。

 

「で、貴女のお名前は?」

 

女性は私の方を向き尋ねる。

そう言えば名乗っていなかった。

 

「白鷺 雪、……何の妖怪かは知らないです」

 

「ふふっ、そう。よろしくね雪ちゃん」

 

女性はそう言いながら私の頭を撫でる。

私は急に頭を撫でられる事には驚いたが悪い気はしなかったので、頭に置かれるその手を拒否せず大人しく撫でられた。

 

「艶々の髪ね、手触りが良いわ」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

突然言われたその言葉に私はきょどった。

貴女の髪の方が綺麗で触り心地が良さそうですと思いながらも私は素直に礼を言う。

本当は妖怪となって白くなった忌むべき髪を褒められ良い気はしないが、この女性は私のそういう事は知らないのだ。

ここは素直に礼を受け取っておこう。

 

「……ふふ、肌もツヤツヤ。お姉さん、嫉妬しちゃう」

 

「そ、それはどうも……」

 

女性は私の背中に届くほどの長い髪から、私の頬に手を移し、撫でる様に触ってきた。

またも急に触られた事に私はきょどりながらお礼を言う。

 

髪と違って肌を褒められるのは女としては悪くないな。

しかし、この女の人少しおかしくないか?

初対面の……それも会って数分も経たない相手の身体をこうもベタベタ触るのは少し失礼ではないだろうか?

まあ、斬乂には会ったその日に服を剥がれ無理やり風呂に入れられたが。

そしてどさくさに紛れ胸を揉まれたが。

 

私は頬を撫でる女性に若干の不信感を持っていると、ふと頬に触れる手を止め、私の着物の下の方から手を入れ、私の足を弄ってきた。

 

「うふふ……、足もこんなにスベスベぇ……」

 

「え……あ、あの……」

 

私は女性に足を弄られながら女性の顔を注視する。

そしてその女性の顔を見て私は身体を強張らせる。

その顔は先程の大人びた顔と相変わり、だらしなくニヤけさせており、下卑た様子でニヤニヤと笑っている。

先程までは清楚溢れるお嬢様っていう感じの顔だったのに……今では下卑た笑みを浮かべ、私の……女の足を撫で回し興奮した顔になっている。

 

そんな顔をした女性に自分の足を弄られている。

私はそう思うと顔を真っ赤にさせ、私の着物の中に手を入れ、直に足を弄る女性の手を叩き払う。

女性は私に手を叩かれると残念がった顔をする。

 

「あらあら、不快な思いをさせてしまったかしら?」

 

女性は先程の下卑た顔でなく、清楚漂うほんわかとした顔で何事もなかったかのように首をかしげる。

私はそんな女性を見て、身震いをさせる。

 

こいつはやばい……。

具体的に言うと妖怪の山で斬乂がそっちの人と気づいた時並みにやばい。

 

「い、いえ……別に……」

 

「なら、もう少し触っても良いかしら? 貴女みたいなスベスベしたお肌、中々触ることが無いので」

 

女性はそう言いながら私の足に手を置き、着物の上から軽く撫でる。

その女性の顔は先程の下卑た笑みではなく、ほんわかとした優しい微笑みを浮かべる。

その微笑みを見てちょっとくらいならと思ってしまうが、先程の下卑た笑みを思い出し私は再び身震いをさせる。

 

私は少し怖くなった。

この女性の不気味さに、恐怖を覚えた。

優しい微笑みと下卑た笑み、どちらが本当の彼女かがわからない。

 

私がそう思っていると女性が私の耳元に口を近づける。

 

 

「ねぇ、雪ちゃん……ちょっとお姉さんと二人っきりで奥の方に行かないかしら?」

 

 

女性はそう言いながら私たちの背後、木が多く生い茂る薄暗い林の方に指をさした。

その女性の言葉に私は寒気を覚えた。

 

女性の言葉に色気さなどはない。

ちょっと大事な話があるから妹紅を外して話さないか、そんな感じの誘いで下心も何もない誘いの言葉。

うっかりついていきそうな私がいる。

しかし、私の手をイヤらしく撫でる女性の手と先程の女性の下卑た顔を思い出すと震えが止まらない。

 

私は女性の誘いに緊張か恐怖かで震わせた声を出す。

 

「そ、そのちょっと……それは……」

 

「ちょっとで良いの。その間、ちょっとお姉さんの言う事を聞いてくれるだけで良いのよ、ね」

 

駄々をこねる子供を納得させるように女性は私に言う、それも私の耳元に口を寄せ、イヤらしい手つきで足を撫でながら。

 

既に私の中ではこの女性は危険な人物だ。

付いて行くはずがない。

私はそう思いながら女性の誘いに再び嫌だと言ったが……。

 

「ねぇ、お姉さんの事嫌い? もしかして変な事されると思ってるの? 大丈夫よ、雪ちゃんの嫌がる事は何もしないから。私はちょっと雪ちゃんとお話ししたいだけなの。二人っきりで語り合いたいの。ね、良いでしょ? ほんのちょっとなのよ。ねぇ、それでもダメなの? ほんの少し、少し物陰で二人っきりになって色々とオハナシしたいの……。私がこんなにも言ってるのになんで雪ちゃんはダメって言うのねぇなんでぇ?」

 

女性は微笑みながらも狂気染みた事を言いながら、私の腕を引っ張る。

その女性の態度を見て、私は完璧にこの女性はオカシイと思った。

 

「いや、私らはもう行くから……」

 

私はこの女性から逃げようと立ち上がろうとする。

そしてここを立ち去ることを伝えようと、妹紅の方に視線を向けようとした時だった。

 

 

「ぺろっ……」

 

 

私が女性から目を逸らした途端、女性が私の腕を力強く引っ張り、私の頬を撫でるように舌で舐めてきた。

 

舌で舐められた私は今日一の寒気を感じた。

そして私は私の頬を撫めた女性の顔を見てさらに寒気を感じた。

 

「うふふふふふ……、本当に美味しそうなお肌ぁ……食べちゃいたいわぁ……」

 

女性は舌で自分の唇を舐め、自身の身体を抱きしめ震えている。

あの私の足を撫で回していた時と同じ様に下卑た笑みを浮かべながら……。

 

なにをやっている。

私はそう声を出そうとしていたが、あまりの気色悪さに声も出なかった。

先程、斬乂と同じ位やばいと言ったが、この女性はそれ以上にやばい。

 

そう思っていると女性が握っている方とは逆の腕を妹紅の手によって掴まれた。

 

「おい、雪。もう行くぞ」

 

妹紅はそれだけを言い、無言で笠を私に被せる。

妹紅は一度、女性の方に目を向け舌打ちをして走り出した。

 

 

「あらぁ……もう行っちゃうのぉ残念ねぇ……」

 

 

私が妹紅に腕を引かれながらも進んでいくと、女性は一言そう言って下卑た笑みを浮かべ私の方を見ていた。

私はそんな女性の顔に恐怖し、目を逸らし前で私の腕を引く妹紅の背中を見てその場を急いで駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

 

 

「あらあらぁ……逃げられちゃったわぁ」

 

下卑た笑みを浮かべる翠髪の女性……、黒桜 刃はニヤニヤと笑いながら雪と妹紅の歩いて行った先を見る。

刃は残念、そう一言つぶやいてため息をついた。

 

 

「やあ、刃さん。久しぶり哉」

 

 

刃が悲壮感を感じていると、その背後から刃とは別のもう一人の女性の声が聞こえた。

そのもう一人の女性は狐の仮面をかぶっている男物の着流しを着た黒髪の少女。

かつて雪を狂わせるきっかけを作った少女がそこにいた。

 

刃はその狐面の少女の存在に気づくと再び下卑た笑みを浮かべる。

 

「あらあらぁ……遅かったわねぇ。憑と鏡(きょう)はどうしたのかしらぁ?」

 

「あの二人は一足早く偵察だよ。あと、もう猫はかぶらなくて良いの哉?」

 

「あぁ……、別にもう良いのよぉ。あれはただあの子を油断させようとしただけよぉ」

 

まあ思わず素が出ちゃったけど、と刃はクツクツと笑う。

そんな刃の様子を見て狐面の少女は微笑む。

そしてそんな微笑む様子の狐面の少女を見て、刃は笑む。

 

「ねぇ……、可愛い女の子に無視されちゃったからぁ中途半端でぇ、わたしムラムラしてしょうがないのよぉ。だから、貴女で発散させてくれないかしらぁ」

 

刃はそう言いながら狐面の少女に近づこうとする。

しかし、狐面の少女はそんな刃から逃げる様に飛び上がり、近くの木の枝に飛び移る。

 

「それは困る哉。ボクにはそっちの気はないから」

 

「いけずぅ……ちょっとその綺麗なお肌を"血だらけ"にしようとしただけなのにぃ……」

 

刃は狐面の少女を見て、恍惚と顔をニヤけさせる。

そんな刃の様子を見て、狐面の少女はほくそ笑む。

 

「ふふ、ならボクを切るよりさっきの餓者髑髏(がしゃどくろ)を切るといい」

 

「あらあらあらあらァ……さっきのが例のアレなのぉ?」

 

狐面の少女が言うと刃は嬉しそうに笑む。

狐面の少女は刃の言葉にそうだよ、と微笑む。

 

「ならぁ、ますます欲しくなったわぁ……」

 

刃は嬉々とし声を上げ、身を悶えさせた。

そんな嬉しそうな刃を狐面の少女は木の上から眺める。

そしてその喜びを遮る様に言葉を発する。

 

「けど、今はまだ手を出さないでね」

 

「えぇっ! なんでよぉ……」

 

狐面の少女の言葉に刃は一気にテンションを落とす。

 

「ボクには彼女が必要なんだよ」

 

狐面の少女が言うと刃は文句を言いだす。

 

「ぶー、なら代わりにアナタが私の相手をしなさいよぉ……」

 

「それはいや哉。ボクは餓者髑髏みたいな化け物じゃないからね。命は一つだけなのさ」

 

「なら、床の上でもいいわよぉ。その面の下の顔が快楽に塗れているところを私は見てみたいわぁ……」

 

「ふふ、悪くないけど好き勝手やられるのは嫌だから断らせてもらおう哉」

 

狐面の少女はクスリと笑う。

そして木から飛び降りて、刃の隣に立つ。

刃の隣に並ぶとさて、と呟いて先ほど雪等が走り去った方を見つめる。

そしてほくそ笑む。

 

 

 

 

 

 

「では、ボク等も行こうか。幻想に」

 

 

 

 

 

 

 

狐面の少女はそう言って歩き出した。

 

 

 



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向日葵

「なんだよあの女っ! いきなり現れたと思ったら雪にベタベタと触ってきてさぁ! その上、二人っきりになろうとかキモいんだよっ!!」

 

私の前を歩く妹紅がイライラとしながら一人怒鳴る。

 

現在、私と妹紅は先ほどの黒桜 刃と言う名の女性と出会った森から抜け、しばらく歩いて辿り着いた向日葵の咲き乱れる花畑の中を歩く。

その花畑は本当に向日葵しか咲いておらず、視界には向日葵の黄色が目立ち、目がチカチカとしている。

 

そしてそんな向日葵の花畑の中で妹紅は先ほどの森で出会った女性の事をブツブツと呟き文句を言い続ける。

それもあの女性に出会ってからもう一時間ほど経ったが、それだけ経っても同じことをひたすら繰り返しながら未だに女性への罵詈雑言を呟く。

 

「それに雪も雪だっ! いつものお前ならあんな奴に好き勝手やらせず、顔ぶん殴ってるだろ!」

 

妹紅が咲く向日葵をかき分けながらそう言う。

どうやら妹紅のイラつきはあの女性から私に飛んだらしい。

まあ、一時間も同じ人物にキレていたのだ、キレる目標が変わるのは仕方がない。

その相手が私なのだが。

 

というか妹紅にとっての私はそんな乱暴なイメージなのか。

それは後日じっくりと話し合わなければいけなさそうだ。

 

しかし、実際問題あの場で妹紅に手を引かれて走り出していなければあのまま足を竦ませていたかもしれない。

だから、それが引け目で私は先ほどから何一言も話さず、妹紅の愚痴を聞き続けているのだが。

 

「その……すまなかった」

 

「……たくっ、本当に仕方がない奴だなお前は」

 

私が思ったより素直に謝った事に驚いたのか、妹紅は目を見開き、私の方を一度見た。

そして私の顔を見たまま気まずそうにため息をつき、再び前を向き私の謝罪に言葉を返した。

 

私は妹紅のそんな背姿を見て、本当に申し訳ないと思う。

妹紅的にはあの女性の態度に不快を覚え、あの場から立ち去ったのだろうが、私は妹紅に助けられたと思っている。

だから今の罵倒にも文句が言えないのだ……。

 

「てか、どんなけこの花畑は続くんだよ!?」

 

私が素直に謝ったからか、イラつく妹紅は怒りの矛先を私から向日葵の花に向ける。

そして、その怒りを表す様に妹紅は手の平を広げ、妖術で火を出して怒鳴る。

 

「あぁっ、もういっその事この辺り全部燃やして焼け野原にしてやろうかっ!」

 

そうすれば歩き易くもなるだろう、と妹紅は眉間にシワを寄せながらとんでも無いことを言いだす。

 

向日葵が私達の歩む先を邪魔するように咲いているからといってもそれは酷い。

確かにこの向日葵の花畑に入ってから十数分ほどは経ち、景色は変わらず花畑から抜け出れない事でイラつく事はわかる。

しかし、これだけの向日葵が咲き乱れる広大な花畑なのだ。

それを歩きづらいから全てを燃やすと言うのはエグい。

いささかやり過ぎでは無いだろうか……。

 

「お、おい、妹紅。流石にそれは……」

 

「あ? 別にいいだろ、雑草燃やすだけだし」

 

この妹紅(ばか)には花を慈しむと言う心はないのかしら……。

確か妹紅って元貴族だろ?

数百年前の話だとしても、少しは私に貴族の娘っぽいところを見せておくれよ。

まあ、花を慈しむ妹紅もキモいから嫌だが。

 

「おぉ、抜けたぞ!」

 

私が妹紅の事に呆れていると、妹紅が嬉しそうに声を上げた。

 

妹紅が向日葵の花畑をかき分け続け見えた先には、一軒の赤い屋根をした小屋と幾つかの花壇、それと小屋の前にガーデン用の白く丸いテーブルと椅子が置いてある。

小屋や花壇、テーブルや椅子までの全ての私の今見ている光景は今の日本から考えればひどく洋風で異風な感じがした。

といつか完璧に場違いというか時代違いって感じの風景だ。

 

それに今頃気付いたのだが、前世の記憶では向日葵って確か元々は異国の花だったはず。

それなのに、外国と関わりのない今の日本に……それもこんな辺境の地に咲き乱れているはずがない。

だが、それは当然の様にそこらに咲いていて、一辺を黄色で埋め尽くすほどの壮大な花畑を築いている。

それも前世ですら見た事のない量の向日葵が私の周りに咲いているのだ。

 

私はその異様な風景に驚き、口を開きっぱなしにしていると、私の背後に気配を感じた。

 

感じからして妖怪の気配。

そしてそれはとても強大で足がすくむほどの殺気を放っており、その気配の主は明らかに私達にとって友好的な存在ではないということがわかる。

 

「……妹紅」

 

「あぁ……わかってる」

 

私が妹紅に視線を向けると、妹紅も背後からの殺気に気付いたのか真面目な顔をする。

なら話が早い、私はそう思いながらどうするかを尋ね様としたが、背後からの声にその行動を遮られた。

 

 

「ふふ……こんにちわ」

 

 

後ろから聞こえた声は高く、女性のものだとすぐにわかった。

話し声も優しそうで一見無害に感じられるが、殺気は漏れているので歓迎されている様子ではなさそうだ。

声から考え女性という事から先ほど出会った黒桜 刃が後をつけてきたのかと思ったが、声質が違う事からすぐにその考えを消した。

となると別の人物、それも感じられる殺気から大妖怪級の妖怪だろう。

それも私が今まであった中で、一番かもしれないくらいの強大な妖力のだ。

 

さぁ、どんな化け物か、私はそう思いながら後ろを振り返った。

 

「……あら、貴女は」

 

私が振り返るとその殺気の主は素っ頓狂な顔をし、今まで出していた殺気を引っ込め、私の方を見て何やら呟いた。

その殺気の主は緑色の髪をし、日傘だろうかヒラヒラとした傘をさして、今の日本では珍しい赤色のスカートを履いていた。

 

殺気も妖力もとんでもない事から、どんなゴリゴリなマッチョ女が居るかと思えば、意外と美人なお姉さん。

それも大人びた風格があり、出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでいるナイスバデーなお姉さんだ。

 

そんな人物がなぜ私達に殺気を、と思っているとそのお姉さんは口を開いた。

 

「久しいわね、五世紀ぶりかしら」

 

緑髪の女性は私の方に視線を向けながら微笑みかけてきた。

久しぶり、という事は以前あった事があるという事だろうか?

私はあまり覚えていないし、女性の態度からして妹紅でなく私に言っている様だ。

と言っても本当に覚えていない。

 

「なぁ、雪。知り合いなの?」

 

私の隣にいる妹紅が小声で尋ねてきた。

しかし私自身、彼女に見覚えが無いので首を横に振るしか無い。

 

「いや、見覚えが……」

 

私がそう言いかけると、どこからかブチっという音が聞こえた。

それと同時に恐怖を感じさせる様な笑い声が聞こえ、再び殺気を……それも先ほど感じた殺気よりも数倍ほど強く発していた。

 

私がその殺気が感じた方向を見ると、居るのはやはり緑髪の女性だけ。

そして笑い声の音源も彼女からで、彼女の眉間に血管が浮き出ている事から恐らく先ほどのブチっという音は彼女の血管が切れた音っぽい。

というか血管が切れたら本当に音ってなるんだね。

 

「ふふ……そう、覚えてない。覚えてないね……」

 

緑髪の女性がうつむきながらそう呟く。

そしてなんか髪の毛が逆立っており、マジ切れしてるっぽいのだが……。

 

「あ、あの……何処かでお会いした事が……」

 

私がそう尋ねようとした途端、女性は私の声を遮る様に地団駄を踏んだ。

それもただの地団駄な筈なのに、足元に小さなクレーターが出来たほどの強力なものを一発で。

私はその破壊力を見て身震いした。

隣にいる妹紅も、うはっと言う驚嘆を呟いて後ずさりしていた。

 

なんか彼女は私の事に見覚えがあるらしいが、もしかしてこれはやっちゃったってパターンだろうか。

絶対、これは私に忘れられてキレてるパターンだ。

しかし、本当に覚えて……。

 

「……彼岸花」

 

「え……?」

 

私が必死に彼女の事を思い出そうとしていると、緑髪の女性がポツリとそう呟いた。

 

「彼岸花の前で、会ったわよね?」

 

彼女はニコリと微笑んだ。

それはもううっかり惚れてしまいそうな素敵な笑顔で。

しかし、額に浮かぶ血管がその素敵な笑顔を全て台無しにしているが。

 

私はその無理やり作った様な笑顔に苦笑いを浮かべ、女性の言った彼岸花の前という言葉を思い出す。

 

彼岸花に緑髪の女の人……。

そう言われてみれば、なにか見覚えが……。

 

「………あぁっ、あの時の!」

 

数百年前、私が妖怪になった日。

茜と森を歩いていた時と、妖怪に襲われた後に出会ったあの緑髪の女性。

そして私と一緒に旅をしようと誘ってきた女の人。

 

 

「名前は……風見さんでしたよね」

 

 

私が確認する様尋ねると女性は満足気に首を振り、そうよと肯定する。

 

やっぱりそうだったらしい。

あの頃の彼女は今着ている洋服ではなく、和服を着ていたので、印象がなんか違く、気づかなかった。

というか、あの時は人の顔を覚えられるような精神状態ではなかったので、彼女と会ったことを余計に忘れていた。

 

そう、あの頃は妖怪となって戸惑い、色々と不安だった頃だ。

そんな時に風見さんと話して、旅に出ようと誘われて、その後に寺のみんなとお別れするといい、それで……。

…………そう言えばあの時、私って風見さんに何も言わずに茜の死体を抱えて一人で……。

 

「ふふ……」

 

私は何かいけない事まで思い出した気がしたが、風見さんのその不気味な笑い声によって思考が一度、停止した。

 

「思い出してくれて何よりだわ」

 

「えぇ……忘れてしまっていて、すみませんでした……」

 

何故か私の冷や汗は止まらない。

そしてろくに風見さんの目を合わせることも出来ない。

そして何故だか、なんかとっても危険な予感が……。

 

「それで、私が言いたいことは……わかるわよね?」

 

風見さんはそう言いながら私に近寄って、私の肩に優しく手を置いた。

言葉の一言一言には優しさが伝わる。

しかし、ビンビンと伝わる殺気と私の肩に触れる手の握力から、それが安心していい優しさでは無いという事がわかる。

 

私は声を震わせ、彼女の目を真っ直ぐに見ずに口を開いた。

 

「は、はい……お久しぶりです」

 

「えぇ、久しぶり。で?」

 

「あ、幽香さんって呼べって言ってましたねー。お、お久しぶりです幽香さん」

 

「幽香って呼び捨てでいいわ。で?」

 

「え、えーと……その服、似合ってますね」

 

「えぇ、自分で仕立てたの。で?」

 

「あ……その……、あ、昔にも思いましたけど、幽香さ……幽香って色気があって美人ですよねー。なんというかそのぉ……ボッキュボンって感じですごいです……ね」

 

「そう、ありがとう。で?」

 

「え、あの……ごめんなさい」

 

こえぇぇ……。

圧力が半端ない。

発する殺気から私を触れる手の握力も半端ない。

マジご立腹でごさる……。

あまりの怖さになんか謝ってしまった。

てか、怒ってるのってたぶんあれだろ。

昔に私が幽香を森に待たせ放りっぱなしにして、勝手に何処かに行ったのを怒ってんだろこれ?

絶対にそれでご立腹だろこれ?

 

「ふふ……それは、何に謝っているのかしらね?」

 

「その……昔にせっかく旅にへと誘われたのに……」

 

ボキっ。

私の肩から今ほどその様な音が聞こえた。

それも幽香が掴んでいる肩の方からだ。

というか完璧に私の肩の関節が外れた音。

 

私はその音に気付いた後に、幽香の肩に置く手の握力によって私の肩が外された事に気付いた。

 

「……っ!」

 

「っ……お前っ!?」

 

「も、妹紅っ、手を出すな!」

 

私は遅れてやってきた痛みに耐える様に掴まれた肩の方を逆の手で押さえた。

もちろん幽香と距離を取ってだ。

私は幽香の肩に置く手を突き放し、後方に飛んだ。

 

妹紅は私に危害を加えた幽香を睨みつけ反撃をしようとしていたが、私が声を上げ妹紅の行動を止める。

妹紅は私に止められると、なぜと言う視線を私の方に向けてきていた。

しかし、私はその妹紅の視線に手を出すなという意で、首を横に振った。

 

 

「ふふ……私ね」

 

 

私は彼女から距離を取り、妹紅の方を見ながら肩の関節をいれる。

そして幽香の方に視線を向けた。

彼女は不気味な笑い声を出しながら私の方を見ている。

そして目をギロリとさせ、口角を三日月の様に釣り上げ口を開いた。

 

「私ね……あの時、あなたの事をずっと待ってたのよ?」

 

既にその声には優しさすらもこもっておらず、怒りからか彼女の声は震えていた。

どうやら私の心当たりは当たっていたようで、やはり昔に置き去りにして行ったことに怒っているらしい。

 

「ねぇ、どれくらい待ったと思う?」

 

「あの……あの時は本当に、す……すみません」

 

「いいわよ、昔の事なのだから。で、どれくらい私が待ったと思う?」

 

許しているような事を言っているが、全く許す気がないようだ。

しかし、幽香の怒っている事は圧倒的に私が悪い。

待っていろと言い私は森を出て、そのまま幽香の元には戻らず一人で勝手に旅に出たのだ。

 

もうこれは完璧に私の土下座コースではないだろうか……。

 

「ど、どれだけ……待っててもらえたのですか?」

 

「そうね……あの森で七日ほど夜を過ごしたかしら」

 

あ、これは完璧に土下座コースだ。

あの日から七日後と言えば私は既に遥か彼方に走り去っていた。

もう完璧に私は文句の一つも言えないやつだ。

てか、よく七日も私の事を待ってくれてたな……。

 

「そ、そんなに待たなくても……置いていってくれれば……」

 

「ええ、だって貴女にも色々あると思ったもの。親族の遺体処理に荷物整理、それとお世話になった人への挨拶……あと葬式とかかしら」

 

幽香は思い出すようにそう言った。

 

「い、意外に考えて待っててくださったんですね」

 

「えぇ、でも七日目の夜に雨が降ってきて雨宿りをさせて貰おうと貴女の家に訪れたら、あるのは死体と死臭だけで貴女はもう、居なかったわね」

 

ふふ、と笑いながらそう答える幽香。

 

「おい……私にゃ何の話かわからんがぁ、話を聞いてる限りお前が悪く聞こえるのだが……」

 

妹紅がじと目で私を見る。

うん知ってると答えたいが流石にそんな呑気な答えをこの空気で言えるわけがない。

もうこれは本格的に土下座するしか……。

 

「……そう言えば、貴女の名前を聞いてなかったわね?」

 

私が土に額を擦り付けようとした途端、幽香が急にふと思いついたように私にそう尋ねてきた。

そう言えば初めて会った時には名乗っていなかった。

 

「雪……白鷺 雪です」

 

「そう、綺麗な名前ね」

 

幽香にそう言われ、どうもと私は小さくお礼を呟く。

しかし、幽香は私のお礼の言葉を無視するように再び私に近寄ってきた。

 

幽香は私の前に立っていた妹紅の隣を横切り、私に近づく。

幽香に背を向けられた妹紅はというと、私に近づく幽香の横顔を一瞬見て、諦めのため息をついた。

どうやら妹紅は完全に私を見捨て、私と幽香の事に介入する気がないらしい。

まあ、なんか幽香が怒ってるのは全面的に私が悪いっぽいから、別に見捨てず助けて欲しいってわけではないが。

てか、こんな危ない殺気をだだ漏れにしている幽香に、下手に手を出して死なれるのも面倒だ。

妹紅は死にはしないが、私に関係のすることで死なれると胸糞悪いからな……。

それに後で私のせいでという文句を言われるのも困る……。

 

 

「ねぇ、雪?」

 

 

幽香はわたしに近づき、殺気をいまだ隠さずに私の名前を呼び微笑んだ。

そして先ほどのように私の肩に手を置き、口を開いた。

 

 

 

 

二人でーー、お話ししましょうか?

 

 

 

 

幽香は無害そうな微笑みを浮かべ、そう言った。

 

 



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紅茶

二人で話がしたいーー

 

風見 幽香はそう言った。

そして私は言われるがままに黙って首を縦に振るしかなかった。

怖いから大人しく言う事を聞いた、という訳でなく、申し訳なさの大半で私は彼女の申し出に首を縦に振ったのだ。

 

と言っても罪悪感で身体が押しつぶされそうということではない。

申し訳なさはあるが、それは過去の事であり、私には遠い記憶のことだからか、言うほどまで罪悪感はない。

 

しかし……しかしだ。

風見 幽香にあれ程の殺気を出され、私の肩の関節が外れるくらいの握力を出すほどに、彼女はキレていたのだ。

なんというかそこまで怒るほどに、私に置き去りにされた事にキレられるとは思いもしなかった。

いや、普通は怒るほどの内容なのだが、今すぐ殺すみたいな殺気を出されたら萎縮してしまう。

例え、殺し合いになったとしても、私の方が圧倒的に悪いので、手を出しづらいのだ。

 

なので、とりあえず二人で話を、という言葉に首を縦に振ったのだ。

 

 

「はい、紅茶よ」

 

 

幽香がそう言いながら私の目の前に、赤色の液体が淹れられた白色のティーカップを置く。

 

私は現在、幽香に話をしようと言われ幽香の家に招待された。

向日葵に囲まれたあの赤い屋根の小屋がどうやら幽香の家だったらしい。

家と言っても小さな部屋が三つくらいしか無いこじんまりとしたものだが。

 

そして私は、と言うと幽香の家に招待され、現在、木で作られたテーブルにじっとうつむきながら座らされている。

怒った様子でお話をしようと言われたので、もっと物理的な何かによる"お話"だと思っていたが、紅茶を出された限り本当にただ話をするだけのようで拍子抜けだ。

実際にはこちらの方が私にはありがたいが……。

 

ちなみに妹紅は私は寝ると言い、幽香の家の外で雑魚寝している。

まあ、幽香が私と二人で話したいというので、仕方がなく妹紅は外で私の事を待ってくれているのだが。

 

「あ、有り難うございます……」

 

「敬語……やめてくれる?」

 

私に差し出された紅茶を飲もうとすると、幽香は私の目の前にお茶請け用であろうクッキーをドンと大きな音を立てて置き、そう言う。

そして私を見下す様に睨む。

 

「は、はいっ……じゃなくて、うんっ!」

 

私はその言葉にコクコクと勢いよく首を縦にふる。

 

もぉ、ちょう幽香さん怖い……。

美人さんなんだけどすごい怖い……。

あの目で睨まれたらもう怖くてたまらない。

 

私が幽香の態度を見てそう思っていると、幽香はテーブルを挟み私の正面に座った。

そして黙ってカップを持ち、紅茶を一口飲み、かちゃりと受け皿にカップを置いて口を開く。

 

「……雪、紅茶の味はどう?」

 

幽香は私の目を見ながら言う。

 

私はまだ一口も飲んでもいないので味を聞かれても困る。

なので私は幽香にそう言われ、一口もつけていない紅茶を慌てて飲んだ。

 

飲んでみた感想は、美味しいと思う。

といっても紅茶なんてそんなに飲んだこともないし、前世はおろかこの時代に紅茶なんてまだ普及していないので、幽香の物と他の紅茶の味を比べることができない。

 

「え、えーと、美味しい……かな」

 

「そう? お世辞はいいのよ」

 

ニコリと幽香は微笑んだが、先ほどの睨みつける様な目を思い出すと、美味しいと言えという脅されてる感がある。

まあ、不味くはなく、本当に美味しいので嘘は言ってはいない。

ただ言わせて貰えば私の口には合わないだけだ。

 

「い、いや本当に美味しいさ。外にあった花壇から採れたものかい?」

 

「……えぇ、そうよ」

 

幽香は一瞬だけキョトンとした顔をするが、すぐに私に向け笑みを浮かべ首を振った。

 

「貴女は飲める人なのね?」

 

幽香は私の言葉に肯定した後、ポツリとそういった。

私は言葉の意味が一瞬だけわからなかったが、すぐに紅茶のことだとわかった。

 

「ま、まあ……といってもそんなに飲まないが」

 

「ふふっ、ほんのたまに私の家に客が来るのだけど、そいつったらマズイからいらないとかいうのよ」

 

幽香はクスクスと笑いながら紅茶を飲む。

その客はなんて図太いやつなんだ。

出された飲み物くらい、私の様に黙って飲めってんだ。

 

「それも私が焼いた物なの、食べてみて」

 

次に幽香は私に勧めるように、テーブルの真ん中に置かれた、こんがり焼かれたクッキーを一口食べ、そういった。

 

形は丸でとてもシンプルなクッキー。

私はそれを一つ掴み、口に運んだ。

 

「あ……おいしい」

 

さっきの紅茶とは違い、クッキーは私の口に合い、とても美味しい。

私がそう言うと、幽香は満足そうによかったわ、と言い微笑んだ。

 

私はあまりの美味しさにもう一つ掴んで食べた。

まあ、美味しいのもあるだろうが、何気に甘い物なんて久しぶりだし、転生してからの今の人生の中では初めて食べるから余計に美味しく感じる。

 

てか、紅茶もそうだが幽香って何気に女子力が高いな。

私のいる部屋も鉢に植えられた花が幾つか置いてあるし、掃除もしっかりしてあるようで清潔感がある。

どうやら幽香は家庭的な女性らしい。

まあ、先ほどの殺気さえなければ本当に、素直にそう思えるのだが……。

 

「ふふ……紅茶とは違って美味しそうに食べるのね」

 

私が二つ目を口に運び、三つ目のクッキーをを口に運ぼうとしている様子を見て、幽香はクスリと笑う。

 

「あー……、ちゃんと紅茶も美味しかったぞ?」

 

「いいのよお世辞は、紅茶なんて飲み慣れてからが美味しいのだから」

 

幽香はそう言いながら紅茶を飲む。

 

なんかこの幽香を見ていると拍子抜けだ。

数分前の殺気だだ漏れの幽香とは考えられないほど、今の幽香は落ち着いており、優雅に紅茶なんかを飲んでいる。

ひょっとしたら昔の事をもう気にしていないのでは、と思うくらい落ち着いている。

といっても実際には先ほどマジで殺気を発してキレていたので、どう接すればいいのかいまいち距離感がわからないが。

 

「そう言えば、外にあった花はどう思ったかしら?」

 

幽香はふと思い出したように部屋から見える、窓の外に咲く黄色い花を見ながらそう言う。

 

もしかしてあれも幽香が育てたというのだろうか。

一見すればかなり広大な花畑で、東京ドーム何十個分と言われても信じちゃうほどのものだ。

それを一人で育てるとなると相当なものだ。

あの時、妹紅が本当に燃やしていたと思うと正直、ゾッとするね。

 

「あぁ、本当に凄いな。よく咲いてるし、とても綺麗だ」

 

「でしょう? あの花は私も結構気に入ってるものなの。西の商人に幾つか貰ったものを育ててみたの」

 

西と言えば西洋だろうか?

しかし、この時代からそっち方面の国と関わってはいなかった筈だから、おそらく中国とか朝鮮あたりから流れてきたものだろうか。

けど、紅茶とかクッキーとか幽香の住んでる家とかの洋風っぽい物を見たら、本当はこの時代でも西洋の国と関わりがあったのかもしれないな。

まあ、実際には聞かない事には確かでは無いが。

 

てか、マジであの量の向日葵を一人で育てたのか……。

昔に花が好きとか言ってた気がするが、まさかのココまで筋金入りとは……。

 

「あそこまでのモノを一人で育てるのは大変だろう?」

 

「えぇ、結構育てるのに苦労したかしら」

 

幽香はカラカラと笑いながらそう言った。

 

私は無邪気に笑う彼女を見て、こうして話してみると実際には良い人でなのでは? と思った。

幽香の浮かべるその笑顔は、先ほどの足が竦むほどにキレていた彼女からでは考えられない表情だ。

いや、実際にはキレていたのだろう。

しかし、よく考えてみればその怒っていた内容は怒っても仕方がないものだった。

彼女の怒りは正当なものなのだ。

 

後でしっかり謝なければ、私はそう思いながら幽香との会話に花を咲かせた。

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

その後も幽香とは色々な話をした。

 

部屋に置かれている花の話や、互いが旅の最中であったおもしろ話、時には幽香によって再び幽香が置いてかれた話をぶり返されたりもしていたが笑い話になり、盛り上がっていた。

話をするにどうやら幽香はもう私に置いてかれた事を怒ってはいないらしい。

むしろ、幽香はその事には怒ってないと言っていたので少しホッとしている。

 

しかし、なぜ怒っていたのかを聞こうとしたら、笑って誤魔化された。

なぜだろう、と思いはしたも考えるのは今のこの楽しい時間には無粋だと考え、首を振って忘れた。

それで、その後も幽香との楽しい話し合いは続いて行った。

 

 

そして時間が経ち、それは夕暮れ頃に起こったことだった……。

 

 

 

「おい雪っ! どんなけ話し込んでんだよ!!」

 

私が幽香と楽しくお喋りをしていると、急に妹紅が部屋の扉をバタンと勢いよく開け、入り込んできた。

私と幽香は、そのいきなり入ってきた妹紅に視線を向けた。

 

「いきなりなんだ妹紅?」

 

「なんだじゃねぇよ!? 家ん中連れ込まれて何やられてるか心配になって聞き耳立ててたら、キャハハウフフと仲良さ気に話しだすわで、完璧に私の事忘れてただろ!!」

 

妹紅が地団駄を踏み、怒鳴りながらそう言った。

そういや、妹紅の事を完璧に忘れていた。

幽香との会話が弾みすぎて、外で待たせている事をすっかり忘れていた。

 

「あー……、ごめん忘れてたわ」

 

「おまっ……マジで忘れてたのかよ……」

 

私の言葉に妹紅はため息を吐いた。

 

「はは、マジでごめん」

 

「はぁ……まあ、お前がそんなんなのはもう知ってるから別に良いよ……、というより早くここを出発しようぜ」

 

妹紅はもう一度ため息をついた後、窓から見える外の景色を見ながらそう言う。

 

外は既に日が沈みかけており、早く寝床や食料を調達せねば。

というか、食料とかはもう用意するにも遅いから今夜は抜きだろう。

 

「あら、雪。どこか行くの?」

 

私が今夜の寝床と食料の心配をしていると、幽香が私にそう尋ねてきた。

そう言えば幽香にはまだ話していなかったか。

 

「あぁ、私と妹紅は幻想郷ってとこに行こうとしてるんだ」

 

私が妹紅の方に指をさしながら幽香にいった。

しかし、私の言葉を聞き、幽香は一瞬惚けた顔をするが、すぐに大声で笑いだした。

 

「あはははっ、そ、そう。幻想郷に向かうの?」

 

「おい、何がおかしい!?」

 

幽香の大笑いに、妹紅が声をあげて反応した。

幽香はごめんごめんと言いながら笑うのを止め、呼吸を整えた。

 

 

「雪、よかったわね。ここが貴女の目指した場所よ」

 

 

私はおろか妹紅も幽香のその言葉に首を傾げた。

幽香が何を言っているのかが私には理解できなかったが、幽香の次の言葉で理解する。

 

「いや、正確には幻想郷の一部かしら」

 

幻想郷。

彼女は確かにそう言った。

つまり……

 

 

「もしかして……ここが幻想郷?」

 

 

私の言葉に幽香はニコリと頷いた。

となると……、ここは既に妖怪の山の付近で……斬乂がすぐ近くに……

 

 

「と言っても幻想郷は広いわ。ここからしばらく歩けば人里もあるし、大きな湖もあるから1日で歩き回るのはキツイのではないかしら」

 

「おぉ、人里もあるのか! やったな、雪」

 

幽香の言葉に妹紅がバシバシと嬉しそうに私の背中を叩く。

どうやら人里があったことに嬉しいようだ。

噂では人間でない者もそこでは受け入れてくれるところらしいし、人里が無いという噂もあったので妹紅にはそれが嬉しいのだろう。

まあ、噂通りの場所ならば、私達の白髪を見てもキミ悪がらないかもしれないので個人的にも楽しみだ。

 

「よっしゃ、そうと決まれば行くぞ!」

 

妹紅がそう言いながら私の腕を掴み、この場から連れ出そうとした。

が、私の身体は妹紅に引っ張られ前に進むことは無かった。

私が止まったことに不審に思ったのか、妹紅は私の方に顔を向け首を傾げた。

 

「おい、行かないのか?」

 

「いや……幽香が」

 

首を傾ける妹紅に、私は妹紅が掴む方とは逆の腕を見ながら呟く。

私が目を向けた先には幽香の手があり、その手は私の腕を引き止める様に掴んでいた。

私はなぜ、掴まれているのかという疑問を持つと同時に、お別れと昔の事についての謝罪をする事を忘れていた事に思い出した。

 

「その幽香……、今日はありがとう。あと、本当に昔の事はごめんね」

 

「……えぇ、別に良いのよ?」

 

幽香は私の腕を掴みながら、私の方に視線を向けそう答える。

私はその言葉にホッとした。

そして、掴まれた腕を見ながら放してもらう様に頼み込む。

 

「それでさ……、私達もう行くから放してくれないかな?」

 

「ふふ……何を言ってるのかしら雪は?」

 

私がお願いすると、幽香は不気味な笑い声を出して私の腕を掴む力をさらに強める。

 

私はその笑い声を聞き、今日の昼間にあった事を思い出す。

 

黒桜 刃に膝を触られ、頬を舐められた時と同じ様な……ジャンルは違うが、何か身の危険というかなんと言うか……そう、あれだ。

斬乂に初めて会った時に……感じ……た……。

 

「雪は今日からここで暮らすのよ? 毎日私と寝食を共にして、一緒に花の世話をするの。きっと楽しいわ。それに雪は可愛いもの、毎晩毎晩私が可愛がってあげるわ。わたし、喘いでる雪の姿を想像するとすごいムラムラするわ。いえ、泣き顔で許しをこう雪の姿を想像するともっとね。本当に私は今日、雪の姿を見て嬉しかったのよ? あぁ、あの時の子だって。私ね、昔にあなたを見た時に思ったの。強そうで儚そうな子だって、あの夜に貴女が涙を流した所を見て私きちゃったのよ。一目惚れだったわ。あぁ、私のモノにしたいって思ったわ。もっと雪の泣き顔が見たいって思ったの。なのに雪ったらあの日、私の事を置いてちゃって、どれだけ私が寂しい思いをしたか……。けど、今日また会えて嬉しかったわ。でも、雪ったら私の事忘れちゃってて……私少しカチンときたけどもう良いわ。あとでちゃんんとお仕置きはするけどね。でも、安心して。痛い思いはさせるつもりはないわ。可愛い雪の身体に傷をつけるなんて考えれないもの。まあ、お仕置きだから雪の嫌がる事はするけど、慣れたらきっと心地良いものになるから大丈夫よ。あぁ、雪の泣き顔を想像すると今すぐイっちゃいそう……。ねぇ、雪? 私はあなたの事が好きなの、これからはずっと一緒にいましょ?」

 

「……っは!?」

 

幽香の突然の言葉に私は一瞬、フリーズしていた。

私の腕を掴む妹紅の手も力が入っておらず、妹紅自身もポカーンと口を開け惚けている。

私も突然の言葉に惚け、幽香の言葉の意味を考えていた。

 

しかし、幽香の次の言葉によって私は意識を取り戻した。

 

「ねぇ、雪? なんで何も言ってくれないのかしら?」

 

「え……あ、そ、それは告白でおうけー?」

 

私がそう尋ねると、幽香は恥じらいもなく真面目な顔で首を縦に振った。

私はその清々しささえ感じる答えに顔を一気に真っ赤にした。

 

茜の告白を一回目とすると人生二回目の告白だ。

というか所々にムラムラとかお仕置きとかのなんかヤバイ単語が聞こえたのだが……、それも私の貞操がヤバイという意で。

 

「ねぇ、雪。今まで色々な所を放浪していたらしいけど、そろそろ腰を据えない? 私の家に住んでくれるなら衣食住には困らせないわ。雪は私の側に居てくれるだけでいいの」

 

ねぇ、どう? と幽香は首を傾げ私にそう尋ねてきた。

 

私はその幽香の言葉を聞き、なんて困る質問だと思えた。

つまり、幽香は私に一緒に居ようと言っているのだ。

しかし、先ほどの告白っぽいものの内容を踏まえ考えると、絶対にその誘いは断るべきだ。

昼間にあった黒桜 刃に比べればまだマシだが、幽香も相当ヤバそうな人だ、主に私の貞操的に。

そんな人物の家に住む様になれば毎日ナニされるかわからない。

 

答えはもちろん決まっている。

 

「あ、そ、そのー、私は妹紅と旅がしたいんだ。だから……ごめん」

 

私は幽香に腕を掴まれたまま、恋人の様に妹紅の腕に抱きつき、顔を少し赤らめ幽香の方を見る。

そして私は妹紅のモノだという主張をする様に、妹紅の腕に力強く抱きついた。

 

おそらく幽香の様な強引に物事を進めるタイプの人間は、最もらしい理由でない限り無理やり実行する。

ならばここは最もらしい理由を作り、既に私には想い人が居るという虚言で、幽香の告白を断るしかない。

名付けて私と妹紅はデキている作戦だ。

 

「なっ……お前、なに私を巻き込もうとしているんだよ……」

 

どうやら妹紅は私のしたい事に勘付いたようで、幽香に聞こえない程度に私の耳元でボソボソと話しかけてきた。

 

「頼む妹紅、今だけで良いから……。あとでおっぱい触らしてあげるから……」

 

「いや……お前のちっさいの触っても得なんてないから……」

 

冗談で言った事をそんなマジに言わなくても……。

あとそんな小さくないもん。

揉めるくらいはあるもん。

 

私が心の中で文句を言いながら唇を尖らせていると、妹紅がやれやれと小さくため息をつく。

そして、妹紅は諦めた様に私と肩を組み、自分のモノだと主張する様にふんぞり返った。

 

「悪いな幽香とやら。雪に先に唾をつけたのは私なんだ、諦めな」

 

妹紅はそう言いながら、私の首の後ろから私の胸に手を回し、無いに等しい私の胸をモニュモニュと揉み始めた。

私はマジで揉む奴があるか後で覚えてろよ、と心の中で呟きながら、気持ち良くはないが頬を紅潮させ小さく、んっと喘いで口を開いた。

 

「ごめん、幽香……。私はもう妹紅がいないとダメなんだ……だから……」

 

実際には思っていなく、もちろん虚言だ。

むしろ私が今、キモい事を言っていることに自覚して若干の吐き気があるくらいだ。

確実にこれは黒歴史決定ものだ。

しかし、後腐れなく幽香の好意を卑下するにはこれしか無い。

この手の人間は下手に断れば、多少強引にでも我を通す。

下手すれば既成事実とか言って襲われかねない。

だから、妹紅相手にこんな事を言うのは実に遺憾で嫌なのだが、私の貞操の為には仕方が無いのだ……。

 

私は内心に後悔を持ちながら恥ずかしげに呟き、幽香の方をチラリと見る。

すると幽香は顔色を変えずに口を開いた。

 

「そう。なら、私がその野蛮そうな女の代わりになるわ」

 

幽香は嫉妬のしの字も、落胆のらの字も無くサラリとそう答えた。

それが何か問題でも? って感じで幽香は私に向かって言った。

私はおろか妹紅までも、は?と首をかしげる。

 

「雪が別の……それもそんなお猿みたいな女の毒牙にかけられていたのはショックだけど、私好みに調きょ……監禁するから問題無いわ」

 

「おい誰が猿だっ!?」

 

いや、妹紅よ……ツッコむところはそこじゃ無いはずだ。

なんか調教とか監禁って言葉が聞こえて、更に私の貞操に危機を覚えたのだが……。

 

「ふふふ……だから、そんなお猿は放っておいてこっちにいらっしゃい、雪。私以外に靡く悪い子にはお仕置きしてあげるわ……」

 

幽香がそう不気味な声をあげ、どこから取り出したのかわからない縄を取り出し、ビシリと引っ張って私をその縄で縛ろうと近づいてきた。

 

「も、妹紅……にげ……」

 

何やら不穏な空気を感じ、妹紅と一緒にこの場を逃げようと、妹紅の腕を掴もうとするが私の手は空をきった。

というか既に妹紅は私の隣にはいない。

てか、既に私の視界からいなくなっていた……。

一体どこに……。

 

 

「あばよ雪ーっ、お前の事は忘れない!!」

 

 

私が居なくなった妹紅を探す為、首を動かして探していると妹紅のその様な声が外から聞こえてきた。

 

どうやら妹紅はいつの間にか外に居たらしい。

というか外にいつの間にか逃げていたらしい。

…………………………………………まじか。

 

 

「もこーっ!!!! 貴様ぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

「悪いなー、怨むんならお前の女運でも恨め!」

 

 

妹紅はそう言い残し、遥か遠くへ走り去ったのか、完全に妹紅の気配が消えた。

 

確かに昼間の黒桜 刃に続いて、幽香にまで迫られ女運は悪いかもしれないが、そんな事で私を見捨てるなよ。

私達、親友だろ?

心の友だろ?

お前のものは私のもので、私のものも私のものだろ?

ん、なんか少し違う。

 

「ふふ……、使えない護衛ね。でも、安心して雪。これからは私が貴女を守ってあげるから、ね?」

 

「……っひ!?」

 

私が妹紅にキレている間に、幽香は私の目の前に近づいており、私の頬を包む様に手で触れ撫でてきた。

その距離は今からキスでもされるくらいに顔が近かった。

というかどんどん唇が近づいてきて……。

 

 

「……ひっ、ひぃぃっ!!」

 

 

幽香の唇が私の唇に届く前に、私は幽香の肩を押し返して幽香を遠ざける。

そして私は能力で自分の影に入り込み、逃げる様にその場から姿を消したーー

 

 



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隙間

「ちくしょぉ……妹紅のやつ覚えてろよ……」

 

四方八方全てが暗い空間の中を浮き進みながら私はそう呟いた。

 

私の今いるところは通称『影ノ中』。

私の持つ能力の一つ【影を操る程度の能力】で、影に入りまた別の影に移動する際に入る空間だ。

 

そして私は先ほど幽香に迫られ、貞操の危機を感じてこの影の中に逃げてきたのだ。

 

「ちっ……いったい妹紅は何処に……」

 

私は妹紅の気配を探りながら、暗い空間の中を進んでいく。

 

私が暴漢に襲われ困っていたのに、あいつは一目散に逃げ、私を置き去りにして行ったのだ。

なので、私はあいつを見つけ、ぎるてぃーしなければいけない。

 

なのに『影ノ中』に潜り込んでから数分ほど経つが全く妹紅の気配が掴めなく困っている。

というか、この『影ノ中』は周りが暗闇のせいで外の様子が殆どわからないので、私が今どこにいるのかもわからない。

気配を感じる事は出来るのだが、外の風景を知る事が出来ないのがこの移動術の問題点だ。

普段は数メートル先の敵の背後に回り込むという使い方しかしてないので、外の様子がわからない長距離移動には適していないのだ。

 

「しかし……、追ってきたりはしてないよな」

 

私は冷や汗を流し、上を見る。

私の頭上には真っ暗な闇があるだけだが、上に手を伸ばせば直ぐにでも影の外に出ることができる。

だから、影から出た途端にもし幽香がそこにいたら……。

 

いや、そんなはずはない。

私は首を横に振り、その考えを消す。

流石の幽香にも影に逃げてく様な奴を追うことは不可能だ。

……大丈夫だよね?

 

「まあ……取り敢えず地上に出るか」

 

私はそう呟きながら、頭上に手を伸ばし暗闇の世界から脱した。

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

出た先は何処かの家の中だった。

私は影の中から顔だけを出し、視線を動かす。

 

どうやら私が出てきたところは箪笥の影らしい。

その部屋にはその箪笥の他に、小さなちゃぶ台や人の背ほどある姿見、小物入れなどが置かれ、布団が端の方に畳んであり、ここは何処かの家の寝室らしい。

私は顔だけを影から出した状態で右左と見て、安全かを確認する。

そして風見 幽香がいない事を確認するとホッと一息ついた。

 

 

「あら、泥棒かしら?」

 

「……っ!?」

 

 

私が安堵していると、頭上からその様な声が聞こえた。

突然に声をかけられたからか私の身体は一瞬強張る。

 

私はその声が聞こえてきた頭上を見る。

そして目を見開いた。

 

その声を発した人物は女性であった。

金髪で妖艶な笑みを浮かべ、顔立ちが大人びた女性。

 

そしてその女性が私のちょうど真上に居り、逆さ状態になって私の顔を見つめていた。

しかも逆立ちしてるとかじゃなく、中に浮いた状態で逆さになっている。

それも言葉に出来ないような、宙に出来た幾つもの目ん玉が覗く穴の中から上半身だけを覗かせてだ。

 

私はそんな奇怪な登場をする女性を見つめ、口を開く。

 

「あ、あー……、出るとこ間違えました。すんません」

 

私はそう一言言うと、直ぐに箪笥の影に沈み込もうと身体を潜らせる。

しかし、そのパツキンの女の人に頭をガシリと掴まれ、その行動を阻まれた。

 

「ふふ、泥棒は冗談よ。だって貴女をここに呼んだのは私ですもの」

 

女性が口元を紫色の扇子で隠しながらそう言う。

私はその女性に頭を掴まれたまま、言葉の意味がわからず首を傾げる。

 

「取り敢えず、そこから出て私と話しませんか、屍のお姫様?」

 

クスリと女性は鼻で笑い、私の頭を掴む手を放し、空間に出来た裂け目ごと女性の身体が私の正面に移動する。

女性の身体が正面に来たことにより、女性の全体像がしっかり見えるが、変な裂け目から上半身だけを出しているせいで、美女がテケテケ状態で見えシュールな光景だ。

 

「……あんた、誰?」

 

「あぁ、怪しい者じゃないわ。私、八雲 紫と申します。親しみを込めて紫と呼んでくださいな」

 

女性……八雲 紫がそう言いながら変な裂け目から身体を乗り出し、裂け目の中から出てきて畳の上に座り、そう名乗る。

私は自称怪しい者じゃないっていう人ほど怪しい人はいない、と思いながら箪笥の影から這い出る。

そして彼女の正面にドカリと胡座をかいて座る。

 

「ここ、あんたの家?」

 

私はまず今いる部屋の中を見渡しながらそう尋ねる。

私の問いに八雲 紫は首を横に振った。

 

私はふーん、と頷く。

つまり、ここは他人の家ってことか。

なら何故、八雲 紫はここに……。

 

「あんたはさっき私をここに呼んだって言ってたけど……どういうこと?」

 

「ふふ、私の能力でお姫様が入っていた空間に干渉させて貰ったわ」

 

八雲 紫はそう言いながら、指先に先ほど出したものより少し小さい裂け目を出す。

彼女の言葉の意味はよくわからないが、どうやら彼女の能力で私の能力に干渉して何かをしたらしい。

ここでその能力とは? と聞いても、素直に教えてくれなさそうなので、これ以上は聞かないが。

 

それより八雲 紫の言葉は私の言葉の真意をちゃんと答えてくれてはいない。

 

「そんな事は今はどうでもいい。なんで私をここに呼んだのかを聞いているんだ」

 

「ふふ、話に聞いているより荒っぽく話すのねお姫様は」

 

「……さっきから言ってるそのお姫様ってのはなんだ」

 

「まあ、待ちなさいな。順に話すわ」

 

八雲 紫はピシャリと口元で広げていた扇子を閉じ、言葉を続けた。

 

「まず、お姫様をここに連れて来たのは挨拶する為ね。ようこそ、私の幻想郷へ」

 

ようこそ、という割には随分と上からだ。

挨拶する為に人を連れてくるって凄い失礼な奴だ。

まあ私自身、移動する際にたまたま出たところがここって感じで、八雲 紫に連れてこられたって感じはないが。

しかし、それを抜いても話し方といい振る舞い方といいプライドが高い奴と見た。

これで金髪縦ロールとかだったら何処の高飛車なお嬢様やねーんとかのツッコミができるのだが。

 

……まあそんなどうでもいい事は置いておいて今は八雲 紫についてだ。

 

「へぇ、私の幻想郷って事はあんたが幻想郷(ここ)の最高責任者なの?」

 

「最高責任者ってほどではないけど……まあそういう認識でいいわ」

 

どっちだよ、私はそう思いながらため息をつく。

 

しかし、幻想郷の頭が私に挨拶ねぇ……。

なんで妹紅はって思ったけど、あれは一様ただの人外なだけの不死者だ。

そこまで脅威には見えなかったのだろう。

 

なら私は、と思うけど八雲 紫は私の事を知ってる風に話しているので私の過去を知っているかもしれない。

妖怪となって無差別に狩り続けた時代の私を……。

ならばあれだろう。

ここで何か問題を起こす前に、私に釘を刺しに来たのだろう。

 

「なら、新参者の私に挨拶って事はあれかな。調子こかないように釘でも刺しに来たの?」

 

「いえいえ、基本的に幻想郷(ここ)ではよっぽどの事がない限り、問題はないわ。まあ人里に攻め込まないっていうルールはありますけど、それ以外は基本は自由よ」

 

妖怪が人里を襲わないってルールがあるのか。

なら、そんなルールのあるここでは人間に取ってもある意味、楽園なのかもしれないな。

まぁそんなルールに従わないって言う妖怪がいるだろうから、安全が保障されてるわけではないが。

 

「ならなんで私だけに挨拶? もう一人、新参者がいたよな」

 

もちろん妹紅の事だが。

 

私がそれを尋ねると八雲 紫はふふ、と笑う。

 

「実はわたくし、お姫様と話してみたかったの」

 

八雲 紫がそう言いながら嬉しそうに微笑むと、私は少しだけ彼女から距離を取った。

 

私は本日、内容は若干違うが私と話したいと言ってきた輩が今のを抜いて二人いた。

一人目が黒桜 刃で、二人目が風見 幽香だ。

そして二人と関わった結果、どちらも自身の貞操が危うくなったのだ。

妹紅にも言われたがどうやら今日の私は女運が悪いらしい。

 

二人いたのならまさか三人目も……、私はそう思いながら八雲 紫を警戒する。

 

「そ、そうなんだ……。一様聞いとくけど、恋愛対象が同性とかじゃないよな?」

 

「……あぁ、花の妖怪みたいな事を警戒しているのね。安心してちょうだい、私はただの好奇心で貴女を呼んだだけだから」

 

八雲 紫は何かを察したのか、私を諭すようにそう言う。

 

「……見てたのか?」

 

「えぇ、太陽の畑に入ったあたりから私は見てたわね」

 

太陽の畑って言うのは、名前からあの向日葵ばかりが咲いてる花畑の事だろうか?

もしそうならどうやってかはわからないが、八雲 紫は随分前に、私と妹紅が幻想郷に入り込んでいた事を知っていたのか。

 

「ふふ、厄介なのものに好かれたのね、お姫様は」

 

「……うるさい」

 

あれはただの厄介ではなく、やばい人だ。

確かヤンデレという奴だろうか、絶対に彼女の愛はそれである。

てか、一目惚れとか言ってたけど……幽香は一体、私の何処が良いのだろうか?

 

「あら顔が真っ赤よ。意外にウブなのね」

 

八雲 紫がニヤニヤと笑いながらそう冷やかしてきた。

 

「…………黙れ」

 

「あら、黙っちゃったらお姫様の知りたい事がわからなくなるのだけどいいかしら?」

 

「ちっ……てか、そのお姫様って呼ぶのやめてくれ」

 

「ふふ、可愛らしくていいじゃない、お姫様?」

 

なんかこいつうざくね?

絶対こいつ私の事をバカにしてるよ。

てか、結局は八雲 紫は私にいったい何のようなの?

挨拶をしたいから、話がしたいから呼んだとか言ってたけど、絶対にそんなけじゃないだろ。

 

「……もしかして私の事をおちょくるためだけに呼んだの?」

 

「そんなわけないじゃない、伝説の"妖殺し"相手にそんな事をやったら殺されてしまいますわ」

 

八雲 紫は手に持つ扇子をくるくると回し、手元で遊ばせながらそう言う。

 

妖殺し……その呼び名の様なものは初めて聞いたが、おそらくは私の事なのだろう。

なら、やはり八雲 紫は私の事を知っている。

八雲 紫は私の過去を知って、妖殺しと呼んでいるのだろう。

 

「……へぇ、本当に私の事を知ってるみたいだな」

 

「えぇ、白装束を着た純白の死神が妖怪を狩りに現れる、なんて噂を昔は妖怪の間でよく聞きましたわ」

 

まあ、今ではその噂を聞かないが、と付け足す八雲 紫。

 

純白の死神って……。

確かに私は髪が白くていつも白装束を着てて、肌も死人みたいに白くて全身白ずくめで純白って言うのは否定しないが、死神って言うのは酷くね?

確かに昔は無差別に殺していたが死神ってほどは殺してないだろ。

大体は一日に十匹で多くても百匹少ししか殺していないのに。

 

「特に妖怪の山で天狗を殺し回ったって話には驚いたわね。千を越える天狗を殺し、天魔を倒し、鬼神と互角に戦ったのでしょう?」

 

八雲 紫は純粋に私を賞賛しながらそう言う。

そして私は八雲 紫にそう言われると、はぁ? と言いながら首をかしげる。

 

「どうしたのかしら?」

 

「いや……なんか尾ひれつきすぎじゃね?」

 

「そう?」

 

いや、絶対つきすぎだって……。

確か多くても百ちょいしか天狗は殺っていないし、天魔を倒したのは本当だけど斬乂と互角になんて戦っていない。

一方的にボコられ、一方的に負けたのだ。

いったい誰に聞いたのだその噂を……。

 

「それでその時に数百もの屍を従わせ、暴れまわった時に着いた二つ名が"屍の姫"って訳よ」

 

おわかりお姫様? と八雲 紫はウィンクをしながら答え、クスリと笑う。

 

だから、八雲 紫はさっきから私の事をお姫様呼ばわりしていたのか。

というか、私に二つ名なんてついてたんだね。

"妖殺し"とか"純白の死神"とか"屍の姫"とか私の呼び方って色々、物騒なのが多いんだな……。

もう少し可愛い奴はないのか?

例えば"笑顔が素敵な雪たん"とか……、ってそれは違う意味で嫌だわ。

 

「で、私が貴女をお姫様って呼ぶのは……」

 

「は? 二つ名に関してるのじゃないのか」

 

私がそう尋ねると、八雲 紫はそれもあるが、と言う。

私は八雲 紫の意味深な言葉に首をかしげる。

 

「だって貴女はお姫様なんでしょ? 鬼神に聞いたわよ」

 

「……は?」

 

私は八雲 紫の言葉に惚ける。

何をこいつは言っているのだろうか?

というか何でこの女が斬乂の事を知って……。

 

そう言えば八雲 紫は幻想郷の最高責任者っぽい事を言っていたので、幻想郷(それ)に含まれるらしい妖怪の山にも顔がきくのだろう。

それなら斬乂と知り合いっていうのは何もおかしくはない。

 

しかし、それが何故にお姫様と関わるのか……。

 

「鬼神が自慢そうに話してたわよ。その屍の姫は私のお姫様で伴侶だって」

 

……そういやぁ、昔に斬乂に向かって結婚しようとか言って妖怪の山を飛び出したんだった。

だからお姫様か……。

 

「い、いや……それは私がまだ若い頃に勢いで言っちゃったことで……」

 

「あらそうなの?」

 

「まあ色々あったんだよ……」

 

ちょっと優しくされて乙女になったり、裸で抱きつかれて人肌の温かさがクセになりかけたりな……。

 

てか、斬乂のやつ本当に私を伴侶として迎える気があるんだな。

言い出したのは私だが、流石に同性で結婚はないだろ……。

まあ私が人間時代の時には、正式な祝言は上げてはいないが、茜と結婚したということはあったけど。

 

「ふふ、噂よりだいぶ可愛らしい妖怪ですこと」

 

「……どんな噂なんだよ」

 

「血も涙も無く、一度狙われたら生き血を啜られ、心臓を喰らう恐ろしい妖怪って聞くわね」

 

私はそう言われて言葉に詰まらせる。

否定はできなく、実際に心臓とか食べてたからだ。

 

私が件の噂に苦笑いしていると、八雲 紫がクスクスと嘲笑するように私を見て笑う。

 

「しかし、実際に会ってみるとただの小娘……。それも恋する乙女の様な顔をする生娘ときて私……期待して損したわ」

 

八雲 紫は笑う。

私を哀れむ様な目で見て、ため息をつき落胆する。

 

そんな八雲 紫の反応を見て私は眉間にシワを寄せた。

 

「……なに、もしかして見くびられてんの?」

 

「いえいえ、見くびってはいないわ。ただ、思ってたのと違ってガッカリしただけ」

 

「それを見くびってるっていうんだろ?」

 

私が若干ドスのきいた声で言うと、八雲 紫はいやいやと否定する。

 

「ふふ……理解していないのね、貴女に先ほどの顔を見してやりたいわ」

 

「なにが言いたい……?」

 

「貴女、私が鬼神の伴侶だって言ったら……凄い嬉しそうに顔を緩めていたわよ?」

 

「……っ!?」

 

私は八雲 紫に言われ、慌てて自分の頬を摩る。

そして私が自分の顔の緩みを確認していると、八雲 紫がクスクスと笑いながら私を見る。

 

「ふふ……その反応が小娘って言いたいのよ」

 

「……だ、騙したなっ!」

 

「騙してはいないわ、だって本当に緩んでいたもの」

 

私はそう言われドキリとした。

いやいや、流石にそれはない、と。

だって、私が斬乂に告白したのはただ優しくされただけで……それで乙女になってて気持ちが高ぶっていたからで……。

 

「あら顔が赤いわよ、大丈夫かしら?」

 

「う、うるさいっ!」

 

「くす……本当にあなた、件の屍の姫? その反応を見るとありとあらゆる大妖怪を討ち滅ぼしてきた噂の妖怪様とは思えないわね」

 

八雲 紫は本当にまるきりただの小娘ね、と一言言って私に近寄り、私の耳元に口を近づけた。

そして良い事を教えてあげるわ、と言い口を開いた。

 

「鬼神と会うと、毎度一回はあなたの話をしてくれるの」

 

私は顔を真っ赤にした状態で八雲 紫に耳元でそう呟かれた。

私はそう言われると再び緊張が走り、声を裏返して言葉を出す。

 

「ざ、斬乂が?」

 

「えぇ。本当に可愛い子だって毎度のごとく言ってくるの。よかったわね、そう言ってもらえて」

 

私は八雲 紫にそう言われ動悸が走った。

そして私の頭は真っ白になり、口をパクパクとする。

 

「それとこれも聞いた話だけど、貴女と一緒に暮らす様になったら毎晩可愛がってもらえるらしいわよ。よかったわね、想い人と肌を重ねられて」

 

私はそう言われ、更に顔を真っ赤にする。

斬乂とその様な行為をしている所を想像したからだ。

そして更にお腹辺りがキュッとして、心臓の鼓動が早くなる。

 

この感情はあれだ。

私が斬乂の所を飛び出した時と同じ気持ちだ。

甘酸っぱい気持ちになるあれだ。

いわゆる乙女ってやつだ。

 

しかし、このままではやばい……。

このまま言われるとどんどんと流されて……。

 

私はそう思い、八雲 紫の言葉を止めようと口を開く。

 

「な、なぁ……もう良いから、それ以上……言わなくて……」

 

私が八雲 紫の言葉を止めようと口を挟むが、彼女は私の言葉を無視し、さらに言葉を続けるため口を開く。

 

「あぁそれと……私ね、境界を弄ることができるの。境界……いわゆる概念なんだけども、それを少し弄れば鬼神の性別を弄ることもできるわ」

 

「……いや、だから……もう……」

 

「私が協力してあげれば性別の壁を超えて……子供だって作れる様にしてあげられるわ」

 

「こ、こども……?」

 

私は八雲 紫に耳元でそう言われると、更に顔が熱くなり、鼓動が早くなる。

そして一瞬だけ惚けるが、直ぐに首を横に振り雑念を消した。

 

なぜ私はそこで照れる。

たかが女同士でも……っていう可能性を言われただけで、実際に私が子供が欲しいと言ったわけでは……。

 

「欲しいでしょう? 想い人との子供」

 

「ち、ちがっ……斬乂とはそんな……」

 

「ふふ、想像してみて……お腹の中でもう一つの生命が動くのよ? 貴女と、鬼神の愛の結晶が」

 

「だから……ざ、斬乂とそう言う関係には……」

 

「それに、子供を作るって事はそう言う行為もするってことよ。女同士ってだけでは出来ないあんなことやら、こんなことまで……ね」

 

「……あ、あんなことや……こんな……」

 

ついに私は八雲 紫の言葉に反論ができなくなってしまった。

八雲 紫が正論を言うから黙るとかではない。

ただ、私には刺激が強すぎて聞いてられなくなった。

それに……斬乂にそう言う事をされるって考えると……。

 

 

「鬼神に……愛してもらいたいんでしょう?」

 

 

八雲 紫に耳元でそう言われる。

私はその言葉に噤み、黙って首を勢いよく横に振る。

 

そんな事はない。

私は斬乂と友達としていたいんだ。

 

私はそう思いながら、首を横に振って八雲 紫の言葉を拒絶する。

しかし、私のその様子を見て八雲 紫は鼻で笑い、言葉を続けた。

 

「嘘おっしゃい、顔に書いてあるわよ。愛されたい、一緒にいたい、抱き締められたい、口づけをされたい、無茶苦茶にされたい、犯されたい、愛し合いたい、鬼神だけのモノになりたいって」

 

「……ちが、そんなこと……思って……」

 

「自信が無いからってそんな事を言わなくて良いわ。私が保証してあげる、鬼神は貴女の事を愛してるわ。だからーー」

 

 

安心して身を委ねなさいーー

 

 

八雲 紫はそう言った。

私はそう言われ、遂に頭が真っ白になる。

そして思考がグチャグチャになる。

私は斬乂の事を、一人の女として好きだとかそんな風には思ってない。

そして、斬乂も私にそう言う事を求めているのでは無い。

斬乂はただ私の身体目当てで、私が好きなだけで……。

 

しかし八雲 紫は、斬乂は私を愛してると言った。

 

もし……、もし、だ。

もしも本当にそうなら、私も斬乂の事を、愛して良いのでは無いだろうか。

 

……違うっ、私がそんな事を望んでいるわけ無い。

だって斬乂とは友達でいるって、昔にそう決めて……。

それに"茜"と同じ過ちを犯すわけには……。

 

 

「ほら、その口で言ってごらんなさい」

 

 

私は鬼神を愛してますって。

八雲 紫は私の理性にとどめを刺すように、私の耳元でそう呟き、やっと私から離れた。

そして私の赤く染まり、震える顔を見てもう一度だけクスリと笑う。

 

私は羞恥により見っともなくなった顔を、八雲 紫から隠すように両手で覆い、口を開いた。

 

「だ、だから……、私は……」

 

「あぁ、そう言えば言い忘れてたけど……」

 

私が八雲 紫の言葉を否定しようとすると、又もや彼女が私の言葉を遮った。

そして面白いものを見る様に笑い、口を開いた。

 

 

 

「ここ、鬼神の家だから」

 

 

 

八雲 紫は一言そう呟く。

そして、それと同時にガラガラと戸が開く音が聞こえた。

 



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決意

ガラリ……。

 

白鷺 雪が八雲 紫に言い負かされた羞恥で顔を覆っていると、今いる部屋の中にその様な音が鳴り響いた。

それは彼女らが今いる部屋の入り口の引き戸が開き、誰かが部屋に入ってきた合図だ。

 

そしてその入室した人物は部屋の様子を見て、首を傾げた。

片方は満足気に微笑み、片方は顔を真っ赤にし両手で覆っている。

そんな様子の彼女らを見て、その人物は首を傾げたまま口を開けた。

 

「えーと、ゆかりんが何故ここに……それに……」

 

部屋に入ってきた額に二本角を生やす赤髪の人物、鬼子母神と呼ばれる千樹 斬乂は惚けながら紫とは別の、もう一人の白装束を着た少女の方を見る。

そしてその顔を両手で覆う少女を見て、斬乂は直ぐに誰かがわかり、笑顔を浮かべた。

 

「雪ニャン……、雪ニャンではないですかー!」

 

抱き。

斬乂は雪だとわかると、すぐに雪の元に行き、雪の頭を抱きしめ自身のふくよかな胸に埋める。

そして嬉しそうに雪のつむじ辺りに自身の顔を埋め、頰ずりをする。

 

傍ら、紫は斬乂のその雪への溺愛っぷりを見てニヤリと笑う。

そしていきなり抱きしめられた事に驚き、胸が当たって更に顔を真っ赤にさせる雪の様子を見て、滑稽に思いながら口を開いた。

 

「鬼神殿、私がその子を連れてきましたのよ」

 

「おぉー、そうなんですかゆかりん?」

 

「えぇ、妖怪の山付近をウロウロとしていまして。特徴が以前に鬼神殿に聞いた少女に似ていたので連れてまいりましたわ」

 

まあ、嘘だが。

紫はそう心の中でほくそ笑みながら言った。

 

「そうなんですかー、雪ニャ……」

 

「して、どうやら本当に本人らしかったので……私はこれにて失礼しますわ」

 

斬乂が雪に真実の有無を尋ねようとすると、その言葉を遮る様に紫が言葉を被せた。

 

紫がそう言うと斬乂はそうなんですかー、と呑気に言い、お礼と別れの言葉を紫に向かって言う。

紫は斬乂に別れの言葉を言われると、いえいえと一言だけ言う。

そして雪にもお別れを言おうと、再び雪の耳元に口を寄せ呟く。

 

「お姫様、もしわたくしがさっき言った事に乗る気なら、いつでも言ってくださいね。わたくしはお姫様の為ならば協力を惜しみませんから」

 

紫がそう言うと雪は紫が何を言っているのかをすぐに理解する。

 

おそらくさっき言った事とは子供の件。

雪はそう思い立つと、顔を赤くした状態で恥ずかしそうに紫から顔をそらした。

 

「……うるさい、とっとと行け」

 

「ふふ、どうやら少しいじめ過ぎてしまった様ですわね」

 

紫の顔をまともに見ず、拗ねた様子で雪は言い放つ。

その雪の様子を見て、紫はほくそ笑んだ。

 

「ゆかりーん、もしかして私の雪ニャンに酷いことしたんですかぁ? もしそうならゆかりんでも許しませんよー」

 

「あら、それは怖い。別に酷いことはしていませんわ。けど少し不快にさせてしまった様なので慰めといてくださいな」

 

「あ、それは任せてくださーい。私、女の子を慰めるのは得意なんですよ、ぐへへへ……」

 

斬乂がいつも通りの間抜けた声で下品に笑い、雪の背中を厭らしい手つきで撫でる。

背中を撫でられた雪は身体をびくりとさせ、斬乂に抱きしめられたまま恥ずかしそうに身体を縮こめさせてしまった。

 

「なら、安心かしら。よかったわね、お姫様?」

 

「だ、黙れっ! 早くどっか行っちまえ!」

 

雪が斬乂の胸に顔を埋めながら、紫に向け声を怒鳴り散らす。

声を上げられた紫はヤレヤレと微笑みながら息を吐き、自分の足元に空間の裂け目、通称『スキマ』を開き、その裂け目に片足を入れる。

 

さて、帰ろう。

そう思った矢先に紫は最後に思い出した様に顔を上げて、雪の方を見る。

そして簡潔に。

 

 

「お姫様、お幸せにーー」

 

 

紫はそう一言言い残して、スキマの中に身体を沈ませ消えていった。

 

そして雪と斬乂の二人っきりとなった。

斬乂は紫の言い残した言葉に首を傾げるも、今はそれよりもという様子で雪の方を見た。

 

「雪ニャーン、本当にお久しぶりですねー」

 

斬乂は雪の頭を撫で、頰を緩めさせ嬉々として言葉を続ける。

 

「だいたい五百年ぶりですかー? 雪ニャンは相変わらず可愛いいまんまですねえ」

 

「……私は、可愛くない」

 

斬乂の言葉に雪は顔を埋めながら返す。

そんな雪の恥じらう姿を見て、斬乂は余計に愛おしく思い、更に頭を撫でる。

 

しかし、愛おしいと思う反面に斬乂はふと思う。

そう言えば自室に戻ってきてから、雪の顔を一度もまともに見ていない、と。

 

雪は斬乂が部屋に入ってきた時点では、恥ずかしそうに両手で顔を覆っていたし、今も斬乂が雪の顔を胸に埋め抱きしめているので、斬乂は雪の顔をまだよく見ていないのだ。

 

斬乂は久々の雪の顔をしっかり見たいと思い、雪の頭を撫でながら口を開いた。

 

「ねぇーねぇー雪ニャン、そろそろ可愛いお顔を見してくださいよー」

 

斬乂はそう言いながら雪の頰を掴み、雪の顔を無理やり上げさせようとする。

しかし、斬乂の提案を頑なに断る様に首を横に振り、しがみつく様に斬乂の胸に顔を埋めた。

 

「むぅー、なんでお顔を上げてくれないんですかー? そんなに私のおっぱいに顔を埋めるのが気持ちいんですかー?」

 

「う、うるさいっ! 誰がこんな駄肉に顔を埋めて……」

 

とは言いながらも、雪は満更でもない様子で顔をそれに埋める。

 

雪は声を上げるも、顔を上げようとはしない。

そんな反抗的な様子を見て、斬乂は悪い顔をする。

そして斬乂はニヤリと笑い、己の手を雪の頰からそろりと臀部の方に移し、サワサワと撫で始めた。

まるで電車の中で愚行を働く痴漢の様に……。

 

さぁ、屈辱の仕返しに顔を上げ、拳を握るなり罵倒をしてみろ。

斬乂はそう思いながら、雪の臀部を撫で続ける。

 

しかし、雪は黙って撫でられるだけで文句を言うどころか、顔すら上げない。

代わりにプルプルと身体を震わせながら、斬乂の背中に手を回した。

 

かつての雪ならこんな性的接触をされれば文句の一つを言うはずなのだが、と斬乂は疑問に思い、首をかしげる。

そしてその違和感を声に出して尋ねることにした。

 

「雪ニャーン、このまま何も言わないと私調子こいちゃうんですけど、良いんですかー?」

 

斬乂はそう言いながら後ろに回す手を前に持っていき、雪のお腹を撫でる。

そしてそろりと手を下の方になぞり、下半身の方に手を持っていこうとする。

しかし、斬乂の手が動くにつれ雪はビクビクと身体を震わせるだけで、それでも頑なに顔を上げようとはしない。

 

そんな様子を見て斬乂は惚けた顔をするが、何処まで雪が自分のスキンシップに耐えられるのかという好奇心が出てきた。

そして斬乂はそろりと雪の股の辺りに手を持って行こうとしたのだが……。

 

「……ほぇ?」

 

斬乂は間抜けな声を出した。

雪のある部分を触り、首を傾げた。

 

斬乂は首を傾げながら違和感を持った部分を弄る。

ジメジメと湿り、何か濡れている感じがある。

そこは雪の足の付け根あたりであり、白装束の股の部分が濡れていた。

 

「ざ、斬乂ぇ……そこは触っちゃ……」

 

斬乂がなんの湿りかを確認するため、じっくりと撫でて確かめていると、雪が斬乂の身体に力強く抱きつきながらも、震えた声で斬乂に言い放つ。

 

そんな雪の様子を見て、斬乂は察した。

そしてまさかと思い、気まづそうに口を開く。

 

「え、えーと……、雪ニャンもしかして……」

 

「だ、黙れっ! お、お前が悪いんだぞ!」

 

斬乂のその言葉に雪はやっと顔を上げて、斬乂の顔を見上げた。

 

斬乂はやっと雪が顔を上げたくれたことに顔を緩めるも、上げた雪の顔を見て言葉をつまらせた。

その上げられた顔は本来の白い肌からは想像ができないほど真っ赤に染まっており、目には涙が浮かんでいた。

一瞬、自分が調子をこきすぎて怒ってしまったのか、と斬乂は考えたが、口元を見てそれはないとすぐに思い立つ。

雪の口元はひどく緩んでおり、喜んでいる様に見えたからだ。

いや、喜んでではなく、悦んでか?

 

兎に角、雪は今現在、常日頃からは考えられない様なみっともない顔をしていた。

 

斬乂は雪のその様な思ってもいない顔を見てなんて声をかけるのかを迷っていると、雪はせっかく顔を上げたのに斬乂から目をそらし、正座した状態の足をもじもじとさせながら口を紡ぐ。

 

「……ざ、斬乂が悪いんだぞ。出会い頭に挨拶もなしにいきなり抱きついてきて……それも、厭らしい手つきで、私の身体を弄ってきて……」

 

斬乂はそんな雪の様子を見て、納得する。

そして口を開く。

 

「あぁー、つまり発情しちゃったと……」

 

「ち、違うっ!? こ、これはあれだ!! 生物としての生命本能で生殖的なあれで、つ、つまり女の身としての他者を受け入れることで……」

 

あぁ、違うそんなんじゃない。

雪は脈絡の無い台詞を言い、自分の言葉を否定する様に首を横に振る。

そして、ブツブツと唱えながらあぁでもなくこうでもないと、一人で自問自答を繰り返す。

それはまるで恋に悩む乙女の様な仕草だった。

 

斬乂はそんな悶える雪の様子を見て、口を開けたまま惚ける。

そして同時に嬉しくも思った。

かつて自分を殺すとか言って牙を向けていた少女が、こんなに見た目からして年相応に悩むとは思いもしなかったからだ。

 

斬乂的にはこのまま愛らしく悩む雪を眺め続けるのも良いが、積もった話もある故に斬乂は話題を出す。

 

「そう言えば雪ニャン、茜ちゃんの事は吹っ切れましたかー?」

 

真っ赤になりながら悶える雪は、思いも無い質問にすべての動きを止めた。

 

そして思い出す。

そう言えば自分は心の整理がしたいと斬乂の所を飛び出して、それですぐには整理をつけたが、次は斬乂と会う事に心の準備が出来ていなくて今まで過ごしてきたことを。

まあ、まだその心の準備が出来ていない状態で紫の策略により、無理やりの様な形で斬乂の屋敷の、斬乂の寝室に連れてこられたわけだが。

 

雪は斬乂の質問に答える為に口を開いた。

 

「あ、あぁ……お陰様で。茜の事は受け入れたよ」

 

「おぉ、それは良かったですねー!」

 

雪の言葉に斬乂は嬉しそうに手を合わせる。

そして斬乂はおめでとうと、伝える様に雪に視線を向けた。

対して雪はそんな斬乂の真っ直ぐな視線に耐えられなくなり、すっと目をそらす。

自分の事の様に斬乂が喜んでくれている事に雪は嬉しくなり、気恥ずかしそうにありがとう、と呟いた。

 

しかし、雪は斬乂の次の言葉に再び顔を紅潮させた。

 

「なら、私とも結婚できますねー。今日からイチャイチャし放題ですよー」

 

雪はその言葉を聞き、顔を真っ赤にさせ俯かせる。

そして眉間にしわを寄せ、悩ましげに斬乂に口を開く。

 

「そ、その……斬乂、やっぱり結婚と言うのは無しにしないか……?」

 

「え……?」

 

雪が言いづらそうに口を開くと、斬乂は呆気にとられた様子で小さな声を上げた。

雪は斬乂から目をそらし、頰を紅潮させながらも言葉を続けた。

 

「や、やっぱりさ……私達は女同士だから……ろくな事にならないと思うし、それに……」

 

いつか何処かで綻びが起こる。

雪は言葉に出さずにそう思う。

かつて茜と結婚した時に、自分のこれは愛ではなく、ただの責任感からではと言う不安感に駆られたことを思い出す。

きっと斬乂とそういう関係になってもいつか何処かで躓くに決まっている。

茜の時とは違い責任感からではないが、斬乂に傷心している所に付け込まれる様に優しくされ、その時に抱いた感情を恋愛感情と勘違いしているに決まっている。

雪はその様な考えを持ち、斬乂に言った。

 

そして、斬乂は雪のその言葉にそうですかー、と反応し納得する。

 

「まぁー、雪ニャンがそう思うなら私は別に良いですけど……」

 

斬乂はうーん、と唸りながら雪に言う。

そしてその斬乂の言葉に雪はホッとし、そらしていた目を斬乂の顔に向けようとした時だった。

 

 

「でも雪ニャンとならーー、女同士でも上手くいくと思いますよ、私は?」

 

 

根拠のない、何気ない言葉を斬乂は雪に向かって言い放った。

そして斬乂は内心思う。

まあ、エロい事ヤらせてくれるならなんでも良いや、と。

 

しかし、内心ゲスい事を考えている斬乂を傍らに雪はポカーンとした顔で呆気に取られる。

そして、顔を下に向けポツリと一筋の涙を流した。

 

「そんな……事を……」

 

雪のその聞こえにくい言葉に斬乂は首を傾げるが、斬乂は雪が涙を流している事に気付いて大丈夫ですか、と騒いで駆け寄る。

しかし、雪は立ち上がって斬乂に怒鳴り散らした。

 

「そんな根拠のない事を言うなよっ! 私は、私はお前と別れてから数百年間、ずっとお前の事を考え続けてきたんだ! だけどさっ、私達は女同士で……それも私は何の魅力もないただのガキだっ! だから、責めてはと思って……責めて良い友人でいようと自分を納得させて……」

 

息切れを起こし、涙を溢れさせる。

そして雪は言葉を続ける。

 

「けど、お前の顔を見て、私は、嬉しいって思ったんだ……。数百年前にお前に撫でられた時と同じ様にドキってしたんだ……、甘酸っぱいんだよぉ……。頑張って平常心でいようとしたけど、我慢できなくて、それどころか……弄られてみっともなく濡らして……それで……」

 

あぁ、こんなつもりじゃなかったのに。

雪はそう思う。

 

本当は先ほど言った友達で居ようって所だけで終わらせておけばよかったのに。

そしてこれからも良き友人でいようと終わらせておけばよかったのに……。

なのに、女同士でも良いなんて余計な事を言われて頭に血が上ってしまった。

それも怒りではなく、嬉しさからくる羞恥で、だ。

 

雪は思ってもいない、というか言うつもりがなかった事をベラベラと話してしまい、頭を混乱させ口を開く。

そして斬乂はそんな雪の様子を見て、雪が何を言いたいのかを理解し、泣く雪に対して斬乂は微笑んだ。

 

「そうなんですかー、そんなに思ってくれていたとは知りませんでしたぁ」

 

「う、うるさいっ……だ、誰がお前の事なんて……」

 

雪は見るなと言いながら、又もやみっともなくなった顔を両手で隠す。

しかし、そんな雪の様子を見て微笑ましく思う。

そして雪の頭に手を置いて口を開けた。

 

「それと、雪ニャンは魅力のないガキだって言いましたけどー、私にとってはちゃーんとした魅力のある女の子ですよ?」

 

微笑みながら言う斬乂の言葉に、雪はうっ……と言葉をつまらせる。

そしてここからは斬乂のターンと言いたい様に言葉を続けられる。

 

「雪ニャンは、私の事が好きですか?」

 

「……嫌いでは……ない」

 

「そうですかー」

 

鼻をすすりながら言う雪を見て、斬乂はクスクスと笑って雪の頭を撫でた。

 

斬乂と雪のその様子はまるで妹を撫でる姉の絵であった。

もちろん雪が妹で斬乂が姉だ。

しかし、背丈的には雪の方が少し大きい。

それでも、斬乂は雪の頭に手を置いて妹をなだめる様に頭を撫でる。

そして雪は満更も無く、撫でられる。

 

斬乂は思い出す。

 

過去、彼女と殺し合った時。

心が壊れた状態で、自分に牙を向ける彼女を。

そして自分がずっと側に寄り添い、彼女の寄り所になると決めた事を。

 

あの抱きしめあった夜。

自分に認められて、嬉しそうに微笑む彼女の笑顔を見て決めたのだ。

この子の笑顔を守りたい、と。

 

だから。

過去の想い人に寄りすがっていた彼女を。

過去から立ち上がり、進み始めた彼女を。

過去に振り返らず、弱く勇ましい彼女を。

 

 

 

 

自分が新しい"未来"に導いてあげるのだーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪ちゃん、結婚しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女(ざんげ)はそっと目の前の少女に抱きついてポツリと言った。

そして彼女(ゆき)は大人しく首を縦に振るのであった。

 

こうして彼女(ざんげ)は彼女(ゆき)の居場所から寄り所へとなった。

 

 

 

この日の、この時の出来事は、

白鷺 雪にとっても千樹 斬乂にとっても……

 

 

 



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月が輝く夜空。

 

そんな月の光が差す下に二人の少女がいた。

片方は狐の面を被り、もう一人は空色の髪をした少女。

そんな少女二人が月光の当たる鳥居の下にて、麓まで続く階段に並んで腰を下ろしていた。

 

その二人がいる場は幻想郷の東にある神社。

名は博麗神社と言い、夜遅いからか人っ子一人いない。

といってもこの神社は既に廃神社で管理する人すら居ない。

なので境内は手入れが行き届いておらず、荒れている。

そのおかげか、昼間であろうとも人っ子一人こんな寂れた場所には来ないのだが。

 

そんな寂れた場所にて少女二人が何を、と言う疑問はある。

しかし、二人とも人ではない。

強いて言うなら普通ではない。

 

 

「くすっ……中々、可愛い反応をするじゃない哉、餓者髑髏(がしゃどくろ)

 

 

狐の面を被った方の少女が月光浴をしていると、ふと何もない空中を眺めながらポツリと呟く。

クスクスと笑いながら滑稽な物を見る様に少女は笑った。

そしてそんな少女を見て隣に座る空色の髪をした少女が、首を傾げた。

 

「お姐さまぁ? なにを見られているのですかぁ?」

 

空髪の少女は狐面の少女の方を見て、気弱な声でそう尋ねた。

狐面の少女は尋ねられると一瞬だけ答えて良いものかと悩む。

 

「んー、憑みたいな純粋な子には言えない事かな?」

 

「ほぇー、私が純粋な事と関係ある事なんですかぁ?」

 

狐面の少女の言葉に空髪の少女、憑が首を傾げながら聞き返す。

しかし、狐面の少女は答える気が無いのか、お前は知らなくて良い事だよ、と呟いて憑の頭を撫でる。

憑は頭を撫でられ嬉しいのか、気持ちよさそうに唸りながら目を細めた。

 

あぁ、いつまでも撫でられていたい。

憑はそう思いながら狐面の少女の方に頭を近づける。

しかし、その至福の時は突然現れた者の声により、終わる事となった。

 

 

「あら、こちらでも百合の花が咲いていますね」

 

 

少女らが仲良くする中、背後からクスクスと笑いながら現れる女性。

それも不気味な空間の裂け目の中から現れ、頭を撫でられていた憑はひうっ、と言う驚きの声を上げ、身体を退けた。

 

だが狐面の少女は憑とは違って、仮面でよく表情はわからないが笑っているのだろう、不気味なモノから登場した女性を見ても怯えるどころか嬉々として声をかけた。

 

「やぁ、紫さん。久かたぶり哉」

 

狐面の少女は金髪の女性、八雲 紫に向けて手を挙げ挨拶をする。

そんな普通の挨拶をされた紫は、久しぶりと一言いった後に、つまらなそうに息を吐き落胆する様子を見せた。

その意味ありな反応を狐面の少女は見逃さず、どうしたのかと尋ねる。

 

「どうしたもなにも……、案外ちょろすぎる小娘で退屈に思っていただけですわ」

 

「あぁ、彼女かい? どうだい可愛かっただろう」

 

落胆する紫の傍ら、狐面の少女はカラカラと笑いながら話す。

 

「可愛いもなにも……噂とは全く違いすぎて他人かと思ってしまいましたわ」

 

紫の言う噂。

妖怪のみを殺す怪異。

妖怪の心の臓を喰らう怪異。

殺した妖怪を傀儡の様に操る怪異。

万の異能を操り翻弄する怪異。

そして殺しても死なない怪異。

 

これらは数百年前、下手したら今でも流れる噂だ。

それも何の力の無い妖怪だけでなく、誰もが恐れる大妖怪の間ですら流れた噂。

姿を見たものは純白の死神に殺される、なんて噂は数百年前の自分もよく聞いたものだと紫は思う。

 

それに数百年前にここらに幻想郷を立ち上げる際に、色々と手回しをした時さへも様々な彼女の噂を聞いていた。

天狗曰く、あれの通った道は地獄だった、と。

天魔曰く、あれは血も涙も無い悪魔だ、と。

覚り妖怪曰く、あんなにおぞましいモノを見た事が無い、と。

鬼連中らは普通のガキだったと言っていたが、噂からは考えられず人違いだと思っており、鬼神の言葉に限ってはあの天災(ばか)が他人に恐れを抱くはずは無いと思い冗談半分に受け取っていた。

 

紫個人も噂からどんな化け物か。

それとも狂人か、と思っていた。

 

しかし、今日の昼ごろだった。

 

白髪の少女が太陽の畑に踏み入った辺りで、彼女の存在に気づいた。

そして太陽の畑の主、風見 幽香との会話を盗み聞き、件の屍の姫だとわかった。

理由としては兎に角白いと言う特徴が当たっていた事と、鬼神から白鷺 雪という名の者が屍の姫だと聞いていたからだ。

 

それで紫は興味本位で雪と幽香の会話を聞いた。

あの血も涙も無い花畑の悪魔と呼ばれる風見 幽香と、同じく血も涙も無いと言われている白鷺 雪が一体、どんな話をしているのかをスキマの中から聞いていた。

 

件の最悪級の大妖怪らだ。

そんなのがもし手でも組んだりしたら、幻想郷最大の危機が訪れる、と紫は思って聞いていたがただの女子会で拍子抜けした。

まあ、その後の展開は爆笑もので、あの幽香がこんな小娘に、と紫はスキマの中から覗いて笑っていた。

 

そして次に紫は思い描いた人物とは違った雪に目をつけた。

最初はスキマで無理やり連れてこようとしたが、紫と同じ様に異空間に入り込んでしまったので下手に手出しは出来なかった。

だが紫の能力で、雪の入り込んだ異空間の境界を少しいじり干渉して、連れてくる事には成功した。

 

そしてその後は実際に件の屍の姫と話をしてみたが、噂の化け物とは違いただの小娘……、それも人間で言う思春期の少女の様な反応をされ紫は落胆した。

 

かつて恐れられた大妖怪がこの程度の、それも紫の言霊によって簡単に言い負かされる程の相手で紫は酷く落胆していた。

自分はこの程度のモノに、噂に踊らされ恐れていたのか。

まだ別人だと言われた方が信じられる、と紫は思った。

 

 

しかし、そんな落胆をしている紫を見て狐面の少女は笑う。

 

「あぁ、そうだろう? 正直、ボクも彼女の選んだ道には落胆したものさ」

 

カラカラと笑い、ため息を吐く狐面の少女はだけど、と付け加え言葉を続けた。

 

「だけど、そんな道でもそんな化け物が恋に目覚め乙女になるって言う展開も、面白くはない哉?」

 

狐面の少女の言葉を聞いて、紫は素ではぁ、と驚愕の声を上げ、ため息を吐く。

 

「……呆れたわ、だから私にあの小娘に会ったら、子種の事を教えれば面白い事になるって言ったの?」

 

紫は以前、狐面の少女と出会った時の事を思い出しながら呆れる。

 

「いやいや、誰しもが欲しいものだろう? 想い人との子供の一人や二人は」

 

「はいぃ、私もお姐さまの子なら沢山産んじゃいたいですぅ」

 

狐面の少女の言葉に、憑は無邪気に反応する。

そして、そんな無知な憑に狐面の少女がありがとね、とカラカラと笑いながら憑の頭を撫でた。

 

紫はそんな二人の様子を見て、更に呆れる。

 

「……貴女はいったい何を考えているのかしら?」

 

「んー…………、何も考えてはいない哉」

 

狐面の少女の言葉に紫は更に驚愕の声をあげ、ため息を吐く。

その狐面の少女は本当に何も考えていない様で、夜空を見上げながら呑気に笑っているからだ。

こいつにも落胆してしまいそう、と紫は更に大きなため息を吐くが、すぐにその考えは消えた。

 

「あ、でも、しばらくしたら餓者髑髏を中心に嵐が起こる。これは確か哉」

 

狐面の少女はさらっとその様な事を言い、それが数年後か数百年後かは言わないけど、と付け足す。

 

「……貴女、いったい何を企んでいるの?」

 

楽しみだ、と呟く狐面の少女を睨みつけた目で紫は見つめる。

 

狐面の少女と紫の関係はここ最近できたものではない。

幻想郷、とこの辺りが呼ばれる様になったくらいから彼女らは知り合い、ちょくちょくと出会い言葉を交わしてきた。

友人、とは言わないが他人でもなく、強いて言うなら知人だ。

別の言い方で腐れ縁とも言う。

 

しかし、そんな腐れ縁でも互いで腹の底を見せ合ったことなどは一度もない。

互いに言葉を交わすたびに、腹の探り合いで楽しげな会話などをしたことがないからだ。

それが友人とは言えない所以だろうか。

 

紫は一度も狐面の少女の真意を得たことなどない。

それどころか彼女が何者かすらも未だにわからない。

昔に何者かと問いたら、神様だと意味のわからない事を言われた事もある。

 

そんな意味のわからない事を言う彼女だ。

故に紫は彼女を信用したことがない。

そしてこれからもしないつもりだと内心思い、狐面の少女の答えを待つ。

 

紫に怪しまれる目で見られた狐面の少女は、んー、と紫に問われた質問を考える。

そして、思いついた様に答えた。

 

「現実、かな」

 

二文字、簡潔に答えらしいものを答える。

その答えの不可解さに、紫は首をかしげた。

しかし狐面の少女はクスリと笑い、付け足す様に言葉を加えた。

 

「君が"幻想"で、ボクは"現実"を望んでいるのさ」

 

狐面の少女の言葉に紫は眉をひそませた。

 

「……私、貴女にそんな事を言った覚えはないのだけど」

 

「そうだね、けど望んでいるんだろう? ボクはなんでも知ってるんだ、神様だからね」

 

狐面の少女の仮面の向こうから鼻で笑う声が聞こえる。

それは嘲笑とかではなく、単純な笑い。

しかし、紫はそう言われると何故かカチンときた。

だが顔には決して出さず、言葉を出した。

 

「なら……神様らしい事をしてちょうだいよ」

 

「あぁ、良いよ」

 

挑発のつもりで言った言葉を、困りもせずに即引き受ける狐面の少女。

紫はそのあまりの躊躇のない言葉に、まさか本当に、と唾を飲み込む。

 

そして狐面の少女はうーん、と悩み思いついた様に口を開く。

そして一言、予言だ、と呟く。

 

「明日、そうだねぇ……昼頃に、餓者髑髏……白鷺 雪を迷いの竹林に行かせるといい。面白いものが見られるよ」

 

狐面の少女はヘラヘラと笑いながら、予言と言えるのかどうかわからない事を言い出す。

しかし、八雲 紫は真に受けた様に聞く。

 

「それが、予言っていうの?」

 

「あぁ。まあ面白いって事はボクにとってだけどね」

 

紫はそう言われると鼻で笑った。

それだけか、と。

あそこの迷いの竹林には霧と竹のみで他には何もないのだ。

あんな辺地で何かが起こるなど……。

 

「いや、必ず起こるさ。信じられない様なら、とりあえず白鷺 雪を行かせてみればわかる哉」

 

紫が根拠のない言葉に呆れていると、まるで心を読んだ様に狐面の少女は言う。

心を読まれたか、と一瞬疑うが覚り妖怪でもあるまいしと心の中で否定した。

 

そして紫は仮面を被った少女を見て、嘲笑する。

 

「ならば何が起こるか教えなさい。それで当たってでもしていたら貴女が神様だって言葉を塵芥程度には信じてあげるわ」

 

面白いものが見える、何かが見える、となると偶然という事もありえる。

そして言葉の使い様によっては、そんな曖昧なものではどうにでもなるのだ。

それこそ面白い事が狐面の少女にとって、と言う事は、言い様によればどうにでもなる。

それに何も起こらなくても、騙された君が面白いよと言われれば癪だ。

紫はそう考えると、疑い深く尋ねた。

 

そして追及をされた狐面の少女は仕方がないな、と呟きながら口を開く。

 

「藤原 妹紅に会う。そして彼女は知ることになる哉、自分の犯した過ちに」

 

あぁ、楽しみだ。

狐面の少女は声を待ちきれない様に震わせながらそう言う。

そして面白そうに、楽しみにして待つ様に狐面の少女はクスクスと笑う。

その少女の様子は明日に特別な事があり、明日が待ちきれない子供の様であった。

といっても仮面で顔を隠し、表情がよく見えないので声だけでの判断だが。

 

しかし、そんなはしゃぐ様子を見て、紫は苦笑いをする。

そして思った事を口にした。

 

「なんで貴女は、そこまであの小娘に執着するの?」

 

単なる好奇心。

紫は狐面の少女に対する、異様な執着心を見て疑問に思う。

いつの日かは忘れたが、自分の能力さえあれば白鷺 雪は同性である斬乂との間に子供を作れるかもしれないから、それを伝えておいてくれと紫に言った。

そして、さっきほどから今現在まで事あるごとに白鷺 雪の話を出すのだ。

 

彼女と白鷺 雪の間には因縁でもあるのだろうか、と紫は疑問というよりは好奇心からその様な事を尋ねた。

 

 

しかし、返ってきた答えは思いもよらぬものであった。

 

 

「ボクの……"私"にとっての運命の人、だから……かな」

 

 

狐面の少女がそう言うと紫は今日一番の驚愕の声を上げた。

はぁ? という間抜けな声を素で出してしまった。

思いもよらなすぎる言葉に、かけるべき言葉が見つからなかった。

 

そんな紫の傍らで狐面の少女は、間抜けな顔をした紫を見て嘲笑うかの様に口を開いた。

 

「ふふ、憑がそろそろおネンネの時間だからボクは帰らせてもらおう哉」

 

狐面の少女はそう一言言うと、いつの間にか隣で船を漕いでいた憑をそっと静かに背中に背負い、麓まで続く長い石階段を下りていこうとした。

 

そして、間抜けな顔をした紫に思い出した様に振り返った。

 

「さっきの予言、絶対に餓者髑髏に伝えておいてくれよ、妖怪の賢者殿」

 

じゃないと楽しくないから。

狐面の少女は最後にそう言い残し、長い石階段を下っていった。

 

そして紫はその言葉に反応し、狐につままれたと忌々しそうに呟いて、彼女の背中を睨みつけ勢いよく舌打ちをした。

 

 

 

 



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決別

私は目を覚ます。

 

私は外からさされた太陽の日によって目覚める。

ちょうど日の出なのか、外から入る気持ちの良い日光が私を覆い暖めてくれる。

 

私は朧気な目を擦りながら目を開けようとすると、何かに抱きつかれている事に気付いた。

私を覆うそれは何か温かく、外からさされた太陽よりも居心地の良いものであった。

感触的にどうやら私もそれを覆うように抱きしめており、密着している。

 

私は目を開けた。

目を開けた先にあったのは大きな塊が二つほど。

というか女性の象徴たるものだった。

つまりおっぱい。

私はなぜそこにおっぱいが? と寝起きの頭が働かないまま、自身の身体を起こしてそれの全体に視線を向ける。

 

視線の先には赤髪の二本角を生やした幼げな少女の顔があった。

それは生まれたままの姿をした千樹 斬乂の寝顔で……。

 

 

「あぁそういや……斬乂(こいつ)と結婚したんだったわ」

 

私は斬乂の寝顔を見て全てを思い出す。

 

昨日、斬乂と再会したこと。

その時に、こいつは私が数百年も悩んでいた事を全て台無しにしたのだ。

私が友達でいようって言ったのに、斬乂はあろうことか私に結婚しようと言ってきたのだ。

そして私は斬乂がどうしてもというので、仕方がなくで、その申し出を受け入れてやったのだ。

 

……嘘である。

実際は私が顔を真っ赤にして、みっともなく顔も股も濡らして本当は好きなのに友達のままでといいと言ったが、おそらく斬乂が察して私にプロポーズしてくれたのだ。

そして私は斬乂の言葉が嬉しくて思わず頷いてしまって……。

 

「うへ……」

 

やばい、つい嬉しくて変な声を出してしまった。

私は緩む口元を少し撫でるが、嬉しさのあまりにニヤけが全くと収まらない。

 

何故なのか、自分でもわからないが兎に角、嬉しい。

斬乂と結婚できたから?

何百年も想い続けた相手に求婚されたから?

恐らくはそうなのだろう。

だけどやはり、こうも素直に喜べるのは吹っ切れたからだ。

 

以前の私は斬乂と再会したら、絶対に何をされても拒絶できないと思っていた。

以前の私は斬乂とは友人として居たいと思っていた。

以前の私は斬乂に色々と後ろめたい気持ちがあった。

 

だけど斬乂は私を魅力的だと言い、私となら上手くいくと言ってくれた。

私にはそれが嬉しかったのだ。

それに……

 

「あんなに私を……愛してくれたし……」

 

私は自分の今の姿を見て、昨夜の事を思い出しながらポツリと呟く。

私の今の格好は一糸纏わぬ様で、身体の所々に赤い斑……所謂、キスマークがつけられている。

もちろんそのキスマークは斬乂のだ。

 

私は自身のあられもない姿を見て、顔を赤面させながらもニヤニヤとする。

あんな恥ずかしい事をされたと思う羞恥心もあるが、それよりも嬉しさの方が大きくニヤニヤが止まらない。

 

あのプロポーズをされた後、私はすぐに斬乂に抱かれた。

もちろん物理的に抱きしめられた、とかではなく、性的にだ。

風呂にも入らず、求婚をされた後すぐにキスをされ、そのまま押し倒されてだ。

私も斬乂のそれらの行為に抵抗はせず、素直に受け入れ、抱かれてしまった。

 

結果、私が気絶するまで攻められ、いつの間にか目を覚ませば朝だった。

斬乂も私としてそのまま寝てしまったのか、私と斬乂は着物どころか掛け布団すらも被らず、裸が丸見えな状態で抱きしめ合った状態で寝ていたのだ。

 

人間時代に結婚していた茜とも何度かはこの様な事はしていたが、私が茜を攻めてばかりであったし、茜自身も攻めるより攻められた方が好きだった。

ので誰かにあの様に身体を貪られるのは初めてだ。

物理的に野良妖怪に貪られたことは何度かあるが、あんなにも愛のこもった貪られ方は初めてであった。

それに茜との行為は、寺に幼い子供たちではあったが同じ屋根の下に他人が居たので、そこまで激しい事をすることを抑えていたが、斬乂との行為では抑えるどころか無茶苦茶にされた。

今でも昨夜の情事を思い出せば、股が湿り、顔が熱くなる。

 

「ん……」

 

湿った股を指で軽くなぞると、濡れていた。

それを見て、顔がさらに熱くなる。

昨日あんなに散々やられたのにまだ求めるかと思いながら、両足を抱えうずくまった。

そしてこの再び火照った身体をどう収めるかを考える。

 

斬乂を起こして、と考えたがそれでは本末転倒だ、一回では済まなくなる。

ならば、仕方がないから一人で……。

 

私はそう思いながら、斬乂が起きる前に終わらせるため早速、自分の股に手を持って行きおっ始めようとした。

が、その行為は急に現れたものの声によって遮られた。

 

「お盛んね、お姫様」

 

「……っ!?」

 

私は突然に現れた存在に慌てて手を股から離し、何もしていなかった事を示す様に手を後ろに持って行った。

そして、突如目の前に現れた不気味な裂け目から、顔を覗かせるように私の方を見ている金髪の女を睨みつける。

 

「あら、続けても結構よ?」

 

「……うるさい。何の用だ、八雲 紫」

 

「そんな堅苦しい呼び方やめてちょうだい、紫でいいわ」

 

クスクスと笑いながら八雲 紫はからかうように私に向けて言う。

だれが呼ぶものかと思いながら私は八雲 紫を睨み続けた。

 

「ふふ、反抗的。鬼神との情事では反抗どころか抵抗すらしなかったのに」

 

「……み、見てたのか」

 

私が顔を真っ赤にしながら尋ねると、八雲 紫はバッチリと指で輪っかを作りながら答える。

その答えに私は更に顔を真っ赤にした。

見られていた、という事はつまりあんなみっともない格好から、あんな恥ずかしい姿を見られていたかもしれないということだ。

斬乂ならばいい。

どうせこれから嫌というほど、むしろ昨日のこと以上の恥ずかしいところを見られるのだから。

 

しかし、八雲 紫に見られていたとなると話が違う。

あんなみっともないところを斬乂以外に見られていたとなると黒歴史ものである。

どこから見られていたのかは知らないが、確実に今後ことあるごとにその事で弄られるに決まっている。

それに、昨日でわかったが八雲 紫は確実に性格が悪い。

そんな奴に弱みを見せるような真似をするなんてなんと不覚な……。

 

「ふふ、子供が欲しくなった時はいつでも言いなさい」

 

「………………誰がお前なんかに」

 

一瞬、迷ってしまった。

斬乂になら孕まされても良いかもと思ってしまった。

だが、女同士でそんな事は不可能だし、流石に性別を変えるとかそんな倫理に反する事など出来るはずがない。

 

だけど斬乂との子供、か……。

 

「あら、お漏らしてるみたい。もしかして想像しちゃったかしら?」

 

自分のお腹をポッコリと膨らましている姿を想像していると、八雲 紫が私の股の辺りをジロジロと眺めながらクスクスと笑う。

私はその様な事を言われ、すぐに顔を真っ赤にさせた。

そしてそれを隠すために何か裸体を隠すものを探し、近くに脱ぎ散らかされた自身の白装束をすぐさま掴み、袖を通し身体を隠す様に羽織った。

 

私のその慌てた様子を見て、八雲 紫は滑稽に思ったのかプークスクスと笑っている。

こいつはどこまで私をコケにするのか?

そう思いながら八雲 紫を睨みつけた。

 

「それで、私に何の用だ。まさか、私の滑稽な姿を見るためにただ笑いに来ただけか?」

 

「それもあるけど、真面目な話をしに来たのよ」

 

八雲 紫は嘲笑を止め、真面目な顔をしながら言葉を続けたーー。

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

 

「迷いの竹林……か」

 

私はいつもの通りの白装束を纏い、空を飛ぶ。

私の背中には黒い翼が生えており、その翼を羽ばたかせながら飛んでいく。

 

この黒い羽はいつぞや妖怪の山を襲った時に、鴉天狗の心臓を喰らい手に入れたものだ。

能力、というよりは特徴だろう。

私の【魂を狩り盗る程度の能力】で鴉天狗の象徴と言える黒い翼を言葉通り殺して狩り盗ったのだ。

まあ、飛行による移動などそんなにしないので使わないが。

 

 

私は空中高く飛びながら八雲 紫が言っていた深い霧が立ち込む竹林、迷いの竹林と言うところに向かう。

名前からしてぶっそうなのであまり行きたくは無かったのだが、八雲 紫がどうしても行けと言うので仕方がなくでだ。

いや、実際には脅されてだが、脅迫材料がとんでもないものだったので渋々向かうしか無かったのだ……。

 

 

「ん、あれか……」

 

私は上空から無造作に生える竹林の森を見つける。

それは風見 幽香のヒマワリ畑よりも広大で、規則性なく生える竹林だった。

ぼんやりと霧が出ているのも上空からわかり、下手に竹林内を歩き回ったら迷子になりそうだ。

 

私はとりあえず、適当な場所に降りようと視線を巡らすと見知った顔を見つけた。

 

遠目でもわかるほどの白い髪、そしてその白さでより一層と目立つ頭につけた赤いリボン。

妹紅が迷いの竹林の出入り口あたりで、しゃがみ込み惚けているのを私は見つけた。

 

そう言えば妹紅とは昨日、幽香の家で別れた限りだった。

まあ、妹紅が私を見捨てて逃げて行っただけなのだが、あれは妹紅が、というより余計な問題の種を蒔いた私が悪いと言えるのだろう。

一言二言いって置いていったことは許してやろう。

 

 

「……あ、雪じゃねえか」

 

妹紅は私が上空から降りてくる事に気付き、覇気のない声でそう言った。

私はそのいつもより元気の無い妹紅に疑問を持ちながら、妹紅の前に降り立ち、黒い翼を背中に吸い込ませる様にしまい尋ねる。

 

「どうしたんだ妹紅、元気ないぞ?」

 

「いや……」

 

妹紅は私の言葉に首を横に振る。

しかしやはり何かあったのか、妹紅はゆっくりと口を開く。

 

「昨日あの後、人里に行ったんだ……」

 

妹紅はそう切り出しながら、昨日の出来事を話し始めた。

 

妹紅は私をヒマワリ畑から置いていった後、宿を求めて人里に向かったらしい。

それで夜遅くはなったが人里らしきものは難なく見つけ、人里の中に足を踏み入れた。

しかし、いまだに夜遅くても出歩く住民らに異物を見る様な目で見られたらしい。

だが、妹紅は自分の白髪が目立つのと余所者が来たから警戒しているだけだろうと思い、人里を闊歩し続けた。

だが、しばらく歩き続けていたら陰陽師らしき人間に追われ、逃げる様に人里から出てきたらしい。

 

妹紅はその様な事を簡単にだが、言葉にして私に教えてくれ、ポツリと言う。

 

 

「幻想郷って言っても、私達みたいな中途半端じゃ人には受け入れられないんだな……」

 

 

妹紅はもの寂しげに言う。

私は妹紅のその様な様子を見て、なにも言えなかった。

 

妹紅は幻想郷という場に安楽を求めていた。

不老不死という人間あるまじき者となり、見た目すらも異形となった彼女はもう一度、人に戻りたかったのだろう。

妹紅曰く、今まで会ってきた人間らは皆、妹紅の白い髪を見てキミ悪がったらしい。

私も同じ様な経験をしてきたのでわかるが、誰かに……それも同じ人間であったものに石を投げられ否定されるのには結構くるものがある。

 

しかしそれでも、妹紅は人であり続けたかったのだろう。

人間に受け入れられ、人間になりたかったのだろう。

 

だから妹紅は幻想郷に夢を求めた。

忌み嫌われた自分にももしかしたら、居場所が出来るかも、と。

否定される事なく、もう一度人間の中で暮らせるのではないか、と。

 

しかし、現実はそんなものじゃ無かった。

幻想郷での人里にもやはり異形を否定する心は持ち合わせているらしい。

八雲 紫も言っていたが、妖怪の間でも一様は人里に攻め込むのは禁止をしているらしいが、禁止しているだけで多少の妖怪による被害はあるのだろう。

故に妹紅は異形として、又もや人に否定された。

 

私は知っている。

妹紅がもう一度、人に戻りたかった事を。

 

私は元人間とは言え、今やもう純粋な妖怪だ。

私とは違い、妹紅はただの老いる事も死ぬ事もない人外で化け物ではないのだ。

 

だから妹紅は、やるせ無かったのだろう。

人なのに人ではない。

死ねず死ぬ事のない人外。

だけど、それでも妹紅はまだ人の輪に戻りたかった事を私は知っている。

 

知っているからこそ、私はなんて返せばいいのかわからない。

掛ける言葉が、見つからないのだ……。

 

 

「ま、だけどもう気にしてもしょうがねえよな」

 

私が口を噤んでいると、妹紅がそう言いながら立ち上がり背伸びをした。

そして、悲痛な気持ちを払拭する様に軽く頬を叩き、気を引き締める。

妹紅は頬を叩くとよし、と頷いてニカリと笑った。

私はその無理やり作った様な笑顔を見て、安堵した。

 

どうやら完全にではないが、妹紅は気持ちを切り替える事が出来た様だ。

笑顔を無理やりは浮かべているが、それが妹紅なりの気持ちの切り替え方なのだろう。

そうやって無理に笑えば、自然と気分が晴れるからとりあえず笑っとけばなんとかなる、と昔に妹紅が言っていたのでこの作為的な笑顔はそういう意味のものなのだろう。

ならば、私からはとやかく言う必要がないなと思い安心していた。

 

しかし、妹紅の次の言葉により私は顔を曇らせた。

 

 

「じゃあ次はどこに行くよ、雪!」

 

 

妹紅が私に向けニカリと笑いながら、先の事を聞く。

 

そう次。

目的としていた幻想郷には辿り着いた。

しかし、そこはただ幻想郷と呼ばれる地で、人らが妖怪などの異形を受け入れる楽園では無かった。

まあ、最初からそんな夢物語があるとは思はなかったが、期待したよりは普通の人里で普通の人間が住んでいただけだった。

そうとわかればもう此処に用はない。

だから次に進もう、と妹紅は言うのだ。

前向きだ、私はそう思った。

 

 

そして、それと同時に私は今の自分の立場を思い出した。

 

 

「んー……次はいっその事、海の向こうに行くってのはどうだ? 日本とは違う文化があるって聞くし、面白そうじゃ……どうしたんだ雪?」

 

妹紅は頭を捻らせながら次の目的地の事を考えていると、私の今の顔つきを見て首をかしげた。

日本から出るのは怖いか? と妹紅は尋ねてくるが、そんな事で悩んでいるのではないのだ。

私は言わなければならない事を、妹紅に伝える為に口を開いた。

 

「な、なぁ……妹紅」

 

声を若干震わせながら口を開くと、妹紅はなんだと聞き返す。

そして、私は重しげに簡潔に伝えた。

 

 

「……ごめん」

 

 

三文字。

それだけの言葉を口に出し、私は勢いよく頭を下げた。

 

妹紅は突然と私が頭を下げ、謝罪してきた事に慌てていた。

どうしたんだ、なにがあったと慌てながらも私の心配をしてくれた。

しかし妹紅のその動揺に気にせず、私は言葉を、重要な事を伝えた。

 

「私……結婚する事になったんだ……」

 

「……はぁ?」

 

私の言葉に素っ頓狂な声を妹紅は上げた。

そして、どういうことだと聞いてきた。

しかし私は頭を下げたまま顔を上げずに、口を噤む。

そんな私を見て、妹紅はまさかと焦燥を浮かべ、口を開いた。

 

「ま、まさかあの花畑の女に無理やり……」

 

妹紅はどうやら私が幽香に襲われた、と思っているらしい。

だけど、的外れだ。

そんな最悪な展開ではない。

いや実際にはなりかけたが、幽香とはなにも無かった。

そんなバッドエンドではなく、私の結婚はハッピーエンドであるのだ。

 

「違う……」

 

「な、ならなんなんだよ!? なんでいきなり結婚とか……」

 

妹紅は意味がわからないと言いたげに顔を下に向ける。

私はそんな妹紅に下げる頭を上げ、本当の事を伝えた。

 

 

「……好きな人が私を、認めてくれたんだ」

 

「……いや、意味わかんねぇよ。私は、私はお前と……」

 

妹紅は額に手を当て、参るように首を振っていたが、私の顔を見てか言葉を噤む。

そして、何かを悟るような顔をして別の言葉をいった。

 

「……そいつは、悪い奴じゃないんだな」

 

「……うん」

 

ならいい、と妹紅は一言いい踵を返し、竹林の中に向かって歩いていく。

私は待って、と呼び止めようとすると妹紅は私の方に振り向きもせず、ふと言い捨てるように呟いた。

 

 

「雪、幸せにな……」

 

 

一言。

一言そういうと妹紅は振り返らず歩いていく。

私はそんな妹紅になに一つ言えず、行かないでと言うように、妹紅の方に包帯で巻かれた手を向けたまま伸ばす。

 

しかし妹紅は一度も振り返る事なく、歩いていった。

 

 

「ごめん……ごめん妹紅……」

 

私は涙を流しながらそう虚ろげに呟く。

そして涙を流しながら、妹紅が先ほど言いかけた言葉を思い出す。

 

『私は、私はお前と……』

 

妹紅はそう言いかけて、やめた。

しかし、私にはその後に続く言葉を何か知っていた。

そして彼女は最後、寂しげな顔を浮かべ幸せにと言ってくれた。

 

おそらく妹紅は私ともっと旅が、もっと一緒に居たかったのだろう。

妹紅にとって、私は唯一の理解者だったのだろう。

かつて人であったと言う同じ様な過去を持ち、異形と化した見た目によって人に否定され続け、死にたくても死ねない苦しみを唯一分かり合える相手だったのだろう。

という私も妹紅をそう言う風に見ていた。

既に数百年の時を生き妹紅との関わりは数年程度しか無かったが、それでも私と妹紅には、確かな絆があった。

 

 

しかし、私は斬乂と居ることを選び、妹紅を否定した。

 

 

だから妹紅はあんな淋しげに私を見つめていた。

なに一つ言わず、私を祝福し去っていった。

 

突然の別れにやるせないキモチはあったのだろう。

だが……だが妹紅はそれでもなお、私と……。

 

 

「もこう……わたし、しあわせになるから……なるからぁ……ごめん……なさい……」

 

 

 

 

だけど、こんな私でも。

まだ、"友達"だと思っていてほしいーー。

 

 

 

 

私はそう思いながら既に霧の奥に行ってしまった妹紅の歩いて行った先を見つめる。

そしてしばらく涙を流しながら、既にいなくなった妹紅に謝り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「あはははっ! 最っ高だ!!」

 

迷いの竹林より少し離れた森の中。

その中で、狐の面を被る少女が木の枝に腰を下ろしながら大声で笑う。

目の前には木しかなく、なにも笑える物はない。

しかし、少女は面白いものを見たと言う様に、腹を抱え滑稽に笑った。

そして狐面の少女は笑いながら、自分の着流しの袖から一冊の冊子と筆を取り出し、その冊子に声を出しながら書き記す。

 

「餓者髑髏は、友を捨て恋を取りました……、と。ははっ、思い通りとは言えこれほど滑稽には思えなかった哉っ!」

 

狐面の少女は書き記した冊子を筆とともに再び袖にしまい、今しがた見た光景を思い出す様に笑う。

しかし、目の前にはなにもない。

木がひたすら立ち並ぶだけで少女以外は人っ子一人いない。

しかし笑う。

面白いものを見た、と言わんばかりに笑う。

 

「あらあら、何がそんなに面白いのですか?」

 

狐面の少女が滑稽に笑っていると、少女の座る隣に金髪の女が、クスクスと笑いながら前振りもなく現れた。

狐面の少女はその金髪の女、八雲 紫の"姿"をした者の存在に気づくと労うように声をかける。

 

「いやいや、君のおかげで面白いものが見えたよ、ご苦労様」

 

「ふふ、別にいいですよ。貴女には恩がありますもの」

 

少女にそう言われると満更もない様子で、八雲 紫の"姿"をした者は照れたように答える。

そして、狐面の少女は八雲 紫の"姿"をした者の方に視線を向きながらため息をつく。

 

「しかし、紫さんがボクの予言をしっかり伝えてくれていれば、"君"に頼る事も無かったんだけどね……」

 

「いえ、私は貴女に貢献できてよかったと思っていますよ」

 

狐面の少女のため息に八雲 紫の"姿"をした者が、何て事もないように返す。

しかし、狐面の少女は納得しないのかさらにため息をつく。

 

「まあ? 紫さんが大人しくボクの言葉に従うとは思ってはいなかったけどさ、何か一言くらい言ってくれればいいのに」

 

「ふふ、冗談を。貴女は八雲 紫が言う事を聞かないことくらい最初からわかっていたじゃないですか」

 

拗ねる狐面の少女をあやすように八雲 紫の"姿"をした者は声をかける。

しかし、狐面の少女は気に入らないのか八雲 紫の"姿"をした者に目を向け、口を開く。

 

「てか、何時までそんなババァ臭い格好をしているのさ。普段の可愛い君を見しておくれ、鏡(きょう)や?」

 

「あら、可愛いなんて……」

 

八雲 紫の"姿"をした者、いな、鏡と呼ばれた女は化けの皮を剥ぐ様にサラサラと砂のような物を身体から落としながら姿を変えていく。

その姿は八雲 紫とは違い、幼げな少女で十代前半くらいのものであった。

髪も金髪ではなく、紫色の髪で後ろ髪を二つに纏め、おさげにしている。

 

そんな少女が八雲 紫の姿から変え、ちょこんと座った状態で狐面の少女の隣に座っている。

狐面の少女は姿が変わると満足気に微笑み、鏡と呼ばれる少女の頭を撫でる。

 

「嗚呼、お前はやはり愛くるしい哉。今回のご褒美に今晩は一緒に寝てあげよう」

 

狐面の少女にそう言われると、鏡は顔を真っ赤にして嬉しそうに首をコクコクと無言で縦に振る。

そんな様子を見てか、狐面の少女はニヤリと笑い調子に乗った様子で言葉をかける。

 

「そうだ、今晩だけ裸で抱き合って寝てあげてもいい」

 

鏡はそう言われ顔をさらに真っ赤にして目を見開く。

そして、視線を狐面の少女に向けいいの? と言いたげに目を向ける。

 

「ふふ、ご褒美だっていったろ? まあ、夜伽はなしだけど」

 

『なまごろし』

 

鏡は嫌味ったらしくいう狐面の少女に向け、言葉ではなく、どこから出したのか一枚の紙を取り出しそこに文字を書いて伝える。

その紙に書かれた子供っぽい文字を見て、狐面の少女は言う。

 

「でも、鏡がどうしようもなく淫らな顔をして、ボクをムラムラさせてくれたら考えが変わるかも哉」

 

狐面の少女がカラカラと笑いながら言うと、鏡は茹で蛸のように顔を赤くし、狐面の少女から顔をそらす。

そして、何かを覚悟したかの様に先ほど書き込んだ紙とは別の紙を取り出し文字を書く。

 

『ゆうわくがんばる』

 

「はは、鏡は健気で可愛いね」

 

狐面の少女は鏡のその素直な態度を見て、頭を撫でた。

鏡はあまりの羞恥に耐えられなくなったのか、木から飛び降りた。

そして、地面に沈む様に消えいなくなった。

 

その鏡の様子を見て、若いねぇと狐面の少女は呆れながら目を閉じた。

そして、狐面の下で不気味な笑みを浮かべる。

 

 

「さて、種は撒いた。次は芽が出るのを待つだけ哉」

 

 

狐面の少女は一言そう言うと、木の枝から飛び降りくく、と笑いながら森の中を歩いて行った。



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四章 その幸せは彼女を縛る
幸福


「ふん、あんたらが居なくなってコッチは清々するわ」

 

私こと白鷺 雪の目の前に座る黒髪の女性が鼻で笑い、太々しく足を組みため息をつきながらそう言う。

 

彼女の名は夜鴉 黒羽。

妖怪の山の頭で最強の天狗で、最強の妖怪。

そして私がかつて背中に馬乗りになって心臓を抜き殺そうとした女だ。

ちなみに彼氏いない歴年齢の女で、処女を拗らせる残念な女だ。

ついこないだも部下に手を出しかけ、セクハラで訴えられたと聞く。

 

 

「えー、私は黒羽ちゃんと離れ離れになるなんて哀しいですよぉ」

 

対して私の隣に座る赤髪の二本角を生やす少女が、たいした哀しみも見せずにヘラヘラと笑いながら答える。

 

彼女の名は千樹 斬乂。

鬼の頭領で、通称母さん。

そして天魔と呼ばれる黒羽に対し、斬乂は鬼子母神やら鬼神と呼ばれ、最強の妖怪ではなく災厄なんて呼ばれている。

いつもヘラヘラと笑ってはいるが私が今まで出会ってきた中で一番強い奴だ。

いや、一番やばい奴だと言っていい。

山をも砕き、海を割るくらいヤバイ。

比喩ではなく斬乂はマジでそれらを私の目の前で実践してくれたのだ。

それくらい此奴の力はヤバイ。

 

だけど良い奴。

そして斬乂は、私の伴侶だーー

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

妹紅との旅を終え、更に数百年程の月日が過ぎた。

 

妹紅と別れた後、私は泣きながら妖怪の山に戻り、斬乂の屋敷に帰った。

そして泣きながら帰ってきた私を見て、多少は取り乱していたが斬乂は私に何も聞かずに頭を撫でてくれた。

その時はその優しさに更に斬乂の事が好きになると同時に、妹紅に申し訳ない気持ちで一杯だった。

だけど、妹紅が笑ったように私も笑った。

また、あいつに会えた時に凄いしあわせだ、と言える様に私は幸せになるんだと思い泣きながら笑い、斬乂に抱きついた。

 

そしてその日のうちに斬乂は私の為に宴会を開いてくれた。

結婚式、と言うより披露宴だろうか?

沢山の人、というか鬼が私と斬乂との間を祝ってくれた。

飲んだり歌ったり踊ったりで鬼たちは大変盛り上がっていた。

その時に私は初めてお酒を飲んだ。

以前にも飲まされた様だが、記憶がないのでちゃんと味わって飲んだのはその時が初めてだった。

そして斬乂に勧められるがままに飲み、酔い潰れて、介抱という名のお持ち帰りをされたのもその時が初めてだった……。

 

 

まあ、そんな惚気は置いておいて次だ。

 

その宴会の次の日に私は妖怪の山の頂上にある天魔の屋敷に、斬乂によって連れられた。

理由は斬乂が私と天魔に仲良くして欲しかったからだとか。

まあ、斬乂が言うなら……、と私は渋々と天魔の屋敷に向かった。

しかし天魔は私の顔を見るなり怒鳴り散らし、腰の刀を抜いて切り掛かってきた。

当たり前だろう。

かつて私は妖怪の山で百を超える天狗らを殺し、混乱に陥れたのだから。

 

私が一度、斬乂の元から離れた時も、なんで逃したと天魔は斬乂にキレて一時、天魔は一方的に斬乂と絶交したらしい。

まあ、その後は色々とありなんとか仲直りしたらしい。

しかし、何故かどうやって仲直りしたのか聞いても斬乂は苦笑いを浮かべるだけで何も教えてくれはしなかった、何故だろうか……。

 

それで私は天魔の前に通され、必死に天魔に頭を下げて謝った。

当たり前だが簡単に許してもらえず、殴られ蹴られ罵倒されまくった。

斬乂が私を守る様に黒羽の前に立ってくれたが、私はその行為に甘えず大人しく天魔にボコられた、これが私なりのケジメだったから。

しかし、斬乂が必死に天魔を説得してくれ、天魔は渋々と私の事を許してくれた。

その必死に私を守る斬乂の姿に見惚れて、更に好きになったのはまた別の話だ。

 

 

そして、それからは平和に過ごした。

これほど何事もなく、何一つ考えずに暮らしたのは初めてと言ってもいい。

そんな平和な日常の中で、私は様々な人達と関わってきた。

 

 

イザコザのあった天魔とは雑談をするまでの仲となった。

最近では恋話をする仲にもなった。

まあ、一方的に私が斬乂の事に惚気るだけだが。

 

かつて私を見るに堪えないと言った古明地 さとりとは、過去の事は私の一方的な勘違いだとわかり、一様は仲良くなった。

一様、と言うのは未だに私の心を読むのが気持ち悪いからか、目を合わして話をしてくれないからだ。

まあ一様は会話をするが、未だに私と会話をする時に何処か辿々しいところがある。

 

そして昔に唯一言葉を交えた鬼の二人、伊吹 萃香と星熊 勇儀。

彼女らはよく私の元にやって来ては決闘だ、と言ってくる。

何でも鬼は闘いが好きだとかで、その二人以外にもよく私は挑まれるが、一番私との関わりがあるのはやはりその二人だろう。

ちなみにその二人との決闘は今の所は私が全勝、ぶい。

 

それと私が一番嫌いな奴、八雲 紫。

あいつはゴミでクソだ。

斬乂が怖いのか、私が一人っきりの時によく現れ、意味もなくからかい消えていく。

時には私が斬乂の隣で目を覚ますと、変な裂け目、通称スキマを広げチラリと私の裸体を見て、ちっさぷっ……と笑い消えていく。

その度に斬乂に泣きついて慰めてもらった。

いつか絶対八雲コロスというのが、密かな私の野望である。

 

最後に、意外だが私に告白してきた風見 幽香だ。

幽香はどこから聞きつけたのか、妖怪の山に私がいる事を知り、何度か妖怪の山に足を踏み入れては天狗らの包囲網を突破しながら斬乂の屋敷にやって来る。

そして、私を攫うと言って斬乂とよくボコりあっている。

ちなみに私は今日もやってるなー、と縁側でのんびりお茶を飲んでいる。

まあ、幽香は斬乂に負けると潔く私を攫う事を諦め、斬乂との決闘の後によく私と雑談をする仲だ。

時々、物陰に連れ込まれて貞操ピンチになる事もあるが、その度に私は大声で斬乂を呼び、助けてもらっている。

完璧に虎の威を借る狐である。

 

 

大まかに関わりがあったのはこれくらいだろうか。

既に千年近く生きてきたと言ってもいい私だが、これほど密度の高かった数百年を過ごせたのは妖怪の山に来たおかげだからだろう。

いな、斬乂が私を受け入れ周りに私と言う存在を紹介してくれたからだろう。

 

斬乂には本当に感謝している。

もう感謝しすぎて頭が上がらない。

というか既に頭が上がらず、尻に……というか寝床に敷かれ毎晩可愛がってもらっている。

 

そう。

この数百年の間で、一番の関わりがあったと言っていいのは斬乂だろう。

ただ私と斬乂は周りとは違い、恋人というか夫婦らしく仲良くしている。

 

新婚旅行には斬乂と二人っきりで海に行った。そしてそこで、ていやー、とか言って海をかち割ったのは今でも鮮明に覚えている、というか強烈すぎて忘れられない。

時には私は斬乂の為に料理を振る舞ったこともある。料理は人間時代に時々していた以来、全くしてこなかったので最初の方は上手く出来なかったが段々と上達し、最近では毎日作ってやってる。

寝る時も一緒で、もちろん毎晩肌を重ねてから寝ている。むしろ重ねない日など無いくらいだ。

それ以外にも色々なことをして、斬乂と過ごしてきた。

 

 

 

あぁ、しあわせだーー

 

 

 

 

私は最近、というか斬乂と結婚してからそう思うようになった。

かつて茜の死に縛られ、血みどろになっていた事が嘘みたいに私の今は充実している。

早く死にたい、今すぐ死にたいと思っていた時が遠い昔の事に思える。

最後に涙を流したのは妹紅と別れた日以来で、それ以降は多少はあったが死ぬほど悲しい気持ちにはならなかった。

 

それもこれも私が幸せなのは全部、斬乂のおかげだ。

斬乂と結婚してよかった。

最近、深々とそう思う。

 

私はそう思いながら隣に座る斬乂の腕に抱きついた。

 

 

「斬乂には、私が居るから寂しくないぞ?」

 

天魔……黒羽と斬乂が仲良く談笑する中で、私は斬乂の腕に抱きつき、コテンと斬乂の肩に自分の頭を置く。

いきなりそう言われた斬乂は一瞬、目を見開くが、嬉しそうに二ヘラと笑い私の頰をつつく。

 

「うへへ、わかってますよぉ。でも、ありがとうございますー。お礼にキスしてあげますねー」

 

「ば、ばかっ! そ、そういう事は二人っきりの時でだな……」

 

私はそうも否定しながら大人しく自分の唇を差し出し、斬乂の唇を許す。

一度キスしてから、互いに視線を合わす。

そして私はもう一度するように、唇を突き出して斬乂を求めた。

 

「……こほん、二人とも」

 

私に危ないスイッチが入りかけていると、目の前にいる黒羽が咳払いをして、ピンク色になりかけた空気を乱す。

 

「むー、黒羽ちゃん邪魔しないでくださいよー」

 

「はぁ……、盛るのは良いけど部屋でしてくれない?」

 

「あ、嫉妬してますー? いいでしょー、私の嫁は可愛いんですよー」

 

斬乂は二ヘラと笑いながら、私の肩を抱き寄せながら黒羽に自慢する。

私は可愛いと言われる事にまだ慣れなく、恥ずかしがるように顔を俯けた。

惚気る斬乂を見て黒羽はため息をつき、どうして私は……と爪を噛む。

 

「まあ、けど……あんたらのその惚気を見るのも今日で見納めなわけだから、多少は許してやるわ」

 

黒羽はため息をつきながら私と斬乂を見つめる。

 

 

そう。

私と斬乂……、と言うか鬼全体は今日から妖怪の山の下にあると言われる地獄に行く事になっている。

私は簡単に聞いただけでよくわからないが、なんでも地獄の政策とかで一部の地獄を閉鎖するとかで、その管理を鬼が引き受けることとなったらしい。

これは地獄の閻魔が決め、八雲 紫と斬乂との間で交れた話し合いらしく、その閉鎖した地獄を管理する代わりにそこでの支配権を貰えるらしい。

斬乂は兎も角、鬼らは地上にいるよりも地獄に行く事を選ぶ者が大半で、斬乂はそうした鬼らの意見を汲み取り、地獄に行く事を決めたのだ。

まあ、鬼らも地上にいる事に色々と思った事があったらしい。

 

それで当然、私は斬乂の伴侶だ。

火の中だろうが水の中だろうが地獄だろうがついて行く。

というか、斬乂から離れるとか考えられない。

だから、私は当然の様に斬乂について行く。

その事を斬乂に伝えた時の夜は今まで以上に愛されたが……。

 

とりあえず今日はこの後、妖怪の山の下にある地獄に向かうため、こうして黒羽に最後のお別れを言いに来ているのだ。

 

 

「なら、ここで雪ニャンとエロい事をしても文句言わないって事ですねー?」

 

斬乂は黒羽の言葉に調子づいたのか、私の胸を軽く揉む。

私は抵抗する事なく小さく喘ぎ、斬乂の腕に抱きつく力を更に強めた。

これも昔ならすぐに殴る行為だったが、今では斬乂が急に揉む事は慣れた事だ。

むしろ、なんか揉まれると胸が大きくなる気がするからもっと揉んでほしい。

まあ、あくまで気がするだけだが。

 

 

「やめいっ!」

 

「あたっ!」

 

おっ始めようとした斬乂を止めるように、黒羽が空になった湯飲みを斬乂の頭に投げつける。

斬乂はそれが額に当たり、痛そうに抑えていた。

私は斬乂の腕に抱きつきながら大丈夫? と尋ねるが、斬乂はまた怒られちゃいましたー、とヘラヘラ笑いながら答える。

その答えに安堵するも、私は黒羽を睨みつけ口を開く。

 

 

「黒羽、お前ちょっと部屋から出ろ」

 

「はぁ!? なんで私が部屋から追い出されるのよっ!!」

 

私の言葉にごもっともな事を言う黒羽。

しかし、私は唇を尖らせながら斬乂の腕を抱きしめ、両足同士で擦るように揺する。

 

「だって、この後すぐに出発するから……」

 

「……あんた、私の部屋で何するつもりよ」

 

「いや、まあその……したい……」

 

「……もうこいつらいやだぁ」

 

私はほんのりと顔を染めながら言うと、黒羽はため息をつきながら両手で顔を覆う。

 

だって仕方がないではないか……。

斬乂がいきなりキスなんてしてくるし、胸だって揉んでくるからその……悶々として、火照ってきて、ちょっとムラってきて……。

まぁあれだ、あそこもちょっと酷いことになっている。

 

「うひっ、雪ニャンは相変わらずえっちな子ですねー」

 

「……誰が私をこんなんにしたと思ってる」

 

「それは私ですねー、でも責任とるから大丈夫ですよぉ」

 

私が当たり前だ、と言おうとすると突然に斬乂が立ち上がり、私を抱き上げる。

いわゆるお姫様抱っこで私を持ち上げる。

私は斬乂のいきなりの行動に首をかしげた。

 

「黒羽ちゃん、ちょっと厠借りてきますねー」

 

私は斬乂の言葉に全てを察し、顔を真っ赤にする。

だが、私はその言葉に嫌とは言わず、お姫様抱っこをされた状態で大人しく斬乂の腕の中で縮こまる。

しかし黒羽は斬乂の言葉に声を上げ、勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっ!? あんたら何処でおっぱじめる気よ!!」

 

「いえいえ、ちょーと雪ニャンが我慢出来そうに無いので」

 

「だからって人ん家の厠をそんな風に使うな!?」

 

「ぶー、ケチですねー。黒羽ちゃんとシた時は良いって……」

 

「わわわわわわわわかったわ、好きなだけ使いなさいっ! だからそれ以上言うなエロ斬乂!?」

 

斬乂の意味深な言葉に黒羽は動揺しながら答える。

斬乂はその答えに満足したのか、嬉しそうに頷き、私の赤くなった顔を見る。

 

「じゃあ、雪ニャン行きましょうか」

 

「う、うん……お手柔らかに……」

 

私はそう答えると斬乂はニヤリと笑いながら、部屋から出て行く。

私はその斬乂の顔を見て、どれだけされるのだろうかと思いながらも、斬乂の顔を見て恥ずかしげに微笑んだ。

そしてそな笑みを見て、やっぱり貴女が好きですと思った。

 

 

その後。

それから一時間後に戻り、黒羽にもう一度お別れを言った。

まあ、私は涎だらだらでボンヤリとしながらのお別れだった。

そしてお別れ後、八雲 紫の案内の元で数百人の鬼を引き連れて地獄……通称、地底へと向かった。



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地底

ガヤガヤ。

私が必死に身体を動かし汗水たらず中で、その様な騒がしい声が外から聞こえてくる。

ある者は歌い、ある者は叫び、ある者は雄叫びを上げている。

そしてカチャカチャと食器が擦れる音や、パリンという食器が割れる音。

喧騒溢れ、とにかく喧しい。

 

しかし、それは聞こえてくるだけで、一方で私は汗水たらしながらひたすら身体を動かす。

はぁはぁと言いながら腰を振り、身体を動かす。

すでにどれくらいこの激しい動きを繰り返しているかはわからないが、それでも私は止まらずに身体をとにかく動かす。

 

そんな時、私がその激しい運動をする中、ガラリと戸が開く音がし、野太い声が聞こえ響いた。

 

 

「お嬢ぉ、酒が空になったんすけどどこにありやすー?」

 

私をお嬢と呼ぶ一本角の男。

そいつが空になったのであろう酒を見せつける様に私のいる部屋に入ってきた。

もう出来上がっているのか顔がほんのりと赤く、よい具合に酔っている。

 

そんな傍ら、私は男の声が聞こえてきても、それでも動かす身体を止めずに声を出した。

 

 

「お前らぁぁぁ! まだ料理出来てないのに勝手に始めてんじゃねぇよっ!?」

 

 

私はそう怒鳴りながらフライパンを火の上で振るう。

いな、動かすのはフライパンだけでなく、包丁で野菜を刻んだり、肉を炎で蒸したり、米を研いだり、炊けた米でオニギリを握ったりしている。

それだけの作業を一人で、だ。

私は背中から骨の手、通称『骨ノ手』を二十本ほど伸ばし、それぞれの手に飽きがでないくらいに手を動かして、一人でその作業をする。

 

 

今日は地底に来てからの初めての夜。

それで今はその地底にある大きな繁華街の様な場所のど真ん中で、引越し祝いの宴会をしている。

文字通りその繁華街のど真ん中でだ。

道の真ん中にドカリと座り、あの鬼(ばか)どもは酒を呷っている。

 

それで最初は酒のつまみがないから「じゃぁ私が作るー」と私は言って近くの居酒屋の様なところの台所を借りて料理を作り始めた。

まあ、あの鬼(ばか)どもは酒を飲んで騒ぐだけだから、簡単なつまみを作るだけでいいと思っていた。

地上から持ってきた枝豆やらキャベツやらを適当に茹でて塩等で味付けをするだけでいいと思っていた。

まあ、それくらいならいつも宴会で作っていたからいいかなって思ってた。

 

だが、しばらく経つと元から地底に住んでた妖怪らが宴会に加わり、鬼どもも腹が減ったと言い出し、最終的に本格的な宴会料理を作る事になっていた。

そして私は猫の手も借りたい状態でひたすら一人で炊事をしているのだ。

 

 

「いやぁ、お嬢ー。大変そうだねぇ」

 

私がガムシャラ状態でフライパンを火の上で動かしていると、急に隣から声が聞こる。

私は隣をチラリと見るとそこには萃香が今ほど焼き終わった卵焼きをうめーと言いながらつまみ食いしていた。

 

「おい萃香、疲れた。変われ」

 

「いやぁ、私は料理はてんでダメなんでね。あと、料理が足りなくなったから私は取りに来ただけなんだよ」

 

萃香はそう言い残すとじゃ、と言い残しつまみ食いをしていた卵焼きと野菜炒めが入った皿を持って煙の様に消えていく。

私はその様子を見て、手を動かしながらもため息をつく。

 

「うぅ……斬乂はどこにいるんだよぉ」

 

私はそう思いながら涙を目に浮かべる。

 

私が料理を作り出してから、斬乂は一度も私の顔を見に来てくれない。

嫁がこんなに必死に一人で料理を作り続けているのに様子すら見にこない。

これが噂の倦怠期?

いや、流石にそれはない。

だって先ほども黒羽の家のトイレであんなに愛してくれたんだ。

もう無理と言ったのにも関わらず愛し続けてくれたのだ。

ので倦怠期は流石にない。

なら、別の女を見つけて……。

 

 

ガラリーー

 

 

「っざん……、なんださとりか」

 

私が斬乂の事を考えていたら後ろの戸が開く音がなったのでまさか、と思ったら違っていた。

そこに居たのはちょこんと立っているさとりだった。

 

「なんですか雪さん、私じゃ不満なんですか?」

 

「いや……、斬乂かと思ってね」

 

「斬乂さんじゃなくてすみません」

 

さとりが嫌味ったらしく言うが、私の隣に近寄る。

手伝ってくれるの? と私が聞くとさとりは首を横に振る。

 

「人が多くて疲れてきたので、こちらに来ただけです」

 

さとりはそう言うと、置いてある唐揚げを手に取り、口に一つ持っていく。

 

さとりは心が無差別に読める妖怪らしいから、人の多いところではキツイのだろう。

といっても、私の心は読めないらしい。

まあ、私の心は多人数の心を読むより気持ち悪いらしいので、言われた時には軽くショックを受けた。

なんでも私の中にいる怨霊の声が大量に聞こえてくるらしいので、相当キツイらしい。

おかげでさとりは今でも私の目を見て話してくれない。

まあ、今ではそれはあんまり気にしていないが。

それに今もこうして私の隣に来てくれてるし。

 

「なら、手伝ってくれよ……」

 

「こんなに手があるのだから必要ないでしょう?」

 

さとりはそう言いながら、私の背から生える『骨ノ手』を撫でるように触る。

 

「いやいや、結構これ神経使うんだぞ? 一本一本に意識を向けてないと上手く動かないし」

 

私はそう言いながらオニギリを持つ『骨ノ手』の一本をさとりの目の前に動かす。

そして握っていたオニギリを一つ渡すと、さとりはありがとう、と言いながらそれを受け取って口に頬張る。

 

「しかし……、そうと言うのに器用なものですね」

 

と言いながらさとりは今いる台所の中を見渡し感心する。

さとりの視線の先には私の背から伸びる『骨ノ手』に向いており、私の背中から枝分かれする様に伸びるそれらは別々の台の上でそれぞれ別の調理をしている。

 

そんな様子を見ながらさとりは目の前に置いてある唐揚げを又もやつまむ。

 

「味も悪くないですしね」

 

「はは、そこは美味いと言っておいてくれよ」

 

私はそう言い手を動かしながらさとりに視線を向けた。

 

「だって、斬乂さんが毎日食べてる料理に比べれば、こんなもの粗食でしょう」

 

そう言いながらさとりはもう一つ唐揚げをつまんで食べる。

てか、さっきからどんなけつまむねん……。

 

「おいおい、それは私が手を抜いてるって言いたいのか?」

 

「ふふ、違いますよ。斬乂さんは本当に愛されてますねって言いたいだけです」

 

さとりはクスリと笑ってそう言う。

私はさとりのその言葉の意図を理解し、少し頬を染める。

 

「ふ、ふん……私は斬乂の嫁だからな。一様……愛情は込めて作ってるさ」

 

まあ、愛情と言うより丁寧にか。

今作ってるみたいに、『骨ノ手』を使っていっきにするのでなく、ちゃんと一から二つの手で懇切丁寧に斬乂の事を思いながらで……。

 

「そしてデザートはわ・た・し、と言ってるのでしたね。斬乂さんの心を読みましたがあれは流石の私でも爆笑ものです」

 

私がさとりの言葉で感傷に浸っていると、さとりは意地の悪い笑顔を浮かべながらもそう言い残し、つまみ食いしていた唐揚げの皿を持ち台所から出て行った。

 

私がさとりの言葉に羞恥を感じ、後ろを向くとさとりは既に居らず、戸も閉められ出て行った後だった。

というかお前も料理取りに来ただけか。

それもとんでもない爆弾を落としていって出て行ったわけだから、萃香よりもタチが悪い。

言い訳くらいはさせて欲しかった。

斬乂がどうしても言って欲しいと言ったので、仕方がなく言ったもので私が言いたくて言ったことじゃないとさとりに弁解させて欲しかった……。

まあ、斬乂がそう言われると嬉しいとわかった後は、たまにはで私からも言っていたことに否定はしないが……。

 

私はそう思いながらため息をつく。

 

まあ、知られているのがさとりで良かったという事で今はホッとするしかない。

もしこれが八雲 紫とかだったら……。

 

「あら、お姫様ったらそんな事言ってるの?」

 

「…………」

 

噂をすればなんとやら……。

いきなり私の隣にスキマが開いてその中から八雲 紫(ゴミ)が出てきた。

てか、知られてはいけない奴が出てきた。

 

「ふふ、そんなイケない事を言うお口はこれかしらー、つんつん」

 

八雲 紫がそう言いながら私の頬をつつく。

そして殺気が沸く。

 

「八雲 紫……、何しに来た」

 

「ただ様子を見に来ただけよ。まあ、あの様子を見るに地底の妖怪らと上手くいきそうでホッとしてるわ」

 

八雲 紫はそう言いながら、私が後で食べようと取っておいた焼きそばの乗った皿を取り、食べ始めた。

それは私のだ、と言うと八雲 紫はたくさんあるから良いじゃないと言い食べ続ける。

 

「ち……、てか様子見しに来たのなら何故、私の所に来る?」

 

「だって、お姫様をからかうのは楽しいですもの」

 

なんかこいつと話すと無性にイラってするな?

今すぐそのスキマから引きずり出して火のついたフライパンの上に顔を押し付けたいくらいイラってするわ。

 

「ふふ、それよりお姫様も地底に来るなんて、本当に鬼神の事が好きなのね」

 

八雲 紫はクスクスと笑いながら私の顔を見る。

 

「……当たり前だ」

 

私はそう言いながら背中から生える『骨ノ手』を仕舞う。

そして起こしていた火を消して、手ぬぐいで調理で汚れた手を拭く。

 

「あら、もう料理を作るのは終い?」

 

八雲 紫は私が調理の片付けをし始めたところを見て、そう尋ねてくる。

 

「ふん……、お前と話してたら疲れたんだ」

 

なんか、こいつが出てきて残りの料理を作るのにもやる気がなくなったからな。

外の妖怪らには悪いが料理が足らなくなったら各人で作れ。

恨むなら八雲 紫を恨め。

 

「あら、まだそこまでお姫様と私はそんなにお話はしてませんわよ?」

 

「お前と話すと神経すり減らすんだよ!」

 

「そう。なら、これからお姫様は鬼神に甘えん坊でデレデレしに行くのね?」

 

私を小馬鹿にする様に見る八雲 紫。

私はその言葉にイラっとするが、そのつもりだったので否定はできない。

 

「……うるさいっ!」

 

私は汚れた手ぬぐいを八雲 紫に向け投げつけ、その場を後にした。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「うわーん、斬乂ぇー!」

 

私は斬乂を見つけると、目を湿らせながら斬乂に抱きついた。

 

あの後、私は居酒屋の台所から出て斬乂を探した。

外に出ると、鬼だけでなく見た事のない妖怪もたくさんいて、通りで料理の減るスピードが早い、と思った。

それで斬乂は何処だろうかと探していると、意外に簡単に見つけた。

その宴会の輪の中心に居り、見知らぬ少女を二人ほど侍らして、ニヤニヤと笑いながら飲んでいた。

というかさとりも一緒に居て、仲良く話していた。

それで私はそんな可愛い少女らに囲まれる斬乂に嫉妬し、走り出して斬乂に抱きついたというわけだ。

 

 

「どうしたんですか雪ニャーン?」

 

斬乂はそう言いながら私の頭を撫でてくれた。

その斬乂からの行為に私はほっこりとする。

そして私はやっぱり何にも、と言って斬乂の膝の上に頭を乗せ寝転がる。

 

「あらあら雪ニャンは甘えん坊ですねー」

 

「だって……斬乂と離れ離れで寂しかったんだもん……」

 

私は斬乂に膝枕をされながら、甘えた声で斬乂の膝に頬を埋める。

そんな様子を見て、さとりはまたやってると言いたげな目でため息をついた。

 

「雪さん 、離れ離れと言ってもまだ一時間も経っていないでしょう?」

 

「一時間でも……、斬乂と離れていたのには変わらないさ」

 

「うへへ、本当に可愛いですね雪ニャンは」

 

斬乂はそう言いながら、膝に寝転がる私の頰に口づけをしてきた。

私は斬乂にキスをされると頬を赤らめながらも嬉しそうにニヤける。

そして唇にも、と訴える様に私は斬乂の膝の上で仰向けになり、斬乂の顔めがけて唇を尖らせる。

そんな私の様子を見て、斬乂は意地悪な顔をする。

 

「んー、雪ニャーン。欲しいものは口で言わないとわかりませんよー?」

 

「……………口が、いいです」

 

「うひ、雪ニャンは本当に可愛いですね」

 

斬乂はそう言いながら私の唇に口を持ってきてキスをしてくれる。

そして、舌を私の中に入れる。

いわゆるディープなキス。

お酒を飲んでいたからなのか、斬乂の味は少し酒の味がするけどそれも悪くない。

というか斬乂の口からする酒の味で私まで酔った気がする。

 

「うわ……パルスィ。女の子同士でしてるよ……」

 

「……妬ましい」

 

私と斬乂が口を合わせていると、今まで斬乂と話していたであろう見知らぬ少女らがコソコソと話しながら私と斬乂の行為を見ていた。

私は他人に見られていた事を思い出し、斬乂の肩を押し離した。

そして顔を真っ赤にしながら、斬乂に言う。

 

「斬乂……人前でこういう事はしないって約束、だろ?」

 

「えー……、雪ニャンから言ってきたんじゃ……」

 

「う……そうだけど……」

 

確かに私から求めたが、その前に斬乂が私のほっぺにキスをしてきたのが悪い。

だから私が斬乂に甘えるのは悪くない。

それに私を一時間近く一人にしておいたのも悪い。

 

「てか、なんで私を一人にしたんだ。私は……一人で頑張ってたのに会いに来てくれないなんて……」

 

「あ、それはえーと……」

 

私の言葉に言葉をつまらせる斬乂。

その反応を見て、先ほどから私と斬乂の方をチラチラと見ながら話している少女ら二人に、私は視線を向けて察する。

 

「もしかして……浮気してたか?」

 

「う、浮気じゃないですよっ! ただ挨拶してて話し込んでただけです!」

 

私の言葉に斬乂は慌てる様に弁解する。

私は怪しいと思いながら二人の方を見た。

 

斬乂が挨拶をしていたという少女ら二人は両方とも金髪で、片方はポニーテールでもう片方はショートボブだ。

見た目は可愛いく、胸も私よりは大きく揉める程度はある。

顔立ちもどちらも十代後半で、斬乂のストライクゾーンには入っている。

 

私が二人の様子をジロジロ見ていると、その視線に気づいたのかポニーテールの方が口を開く。

 

「黒谷ヤマメです。えーと……貴女が鬼の大将さんが話してたお嫁さん?」

 

なんて紹介したのだろうか?

まあ、間違ってはいないが普通に紹介してくれていなかったのは確かであろう。

 

「私は白鷺 雪だ。まあ一様、わたしは斬乂の嫁、だ」

 

私は恥ずかしがりながらも一言そう言うと、見せつける様に私は斬乂の腕に絡まった。

すると、睨まれる様な視線を感じる。

私は視線を感じる方に目を向けると、もう片方の金髪少女がジトーとした目で私の方を見ていた。

 

「見せる様にイチャついちゃって……、妬ましい」

 

「あ、こっちの子は水橋 パルスィっていうんだよ」

 

水橋と呼ばれる少女が私を睨んでいると、補足をする様に黒谷が紹介してくれた。

私はその紹介に答える様に、水橋の方に頭を下げる。

しかし、その会釈は水橋に無視される様に目をそらされた。

 

「はは、この子ね人見知りだから、悪く思わないでね」

 

「ち……誰が人見知りよ。妬ましい」

 

黒谷がフォローをしようとするが、水橋は変わらず爪を噛む。

私はその様子を見て苦笑いをした。

 

 

 

その後。

私は斬乂にくっつきながらも未だに慣れないお酒を飲んで過ごすも、ヤマメとパルスィとなんや感やで仲良くなった。

そしていつも通り酔い潰れて斬乂にお持ち帰りされた、まる。



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急変

それは鬼が地底に来てから、一ヶ月ほどたった事だった。

 

 

「さとりぃー、斬乂に浮気されたぁっ!!」

 

雪は涙を流しそう叫びながらさとりの屋敷、地霊殿の中にあるさとりのいる部屋に訪れた。

さとりは何事かと思いながらため息をつき、筆を置く。

そして、勢いよく扉を開け中に入ってきた人物の方に目を向けた。

 

「……藪から棒になんですか」

 

「だから、斬乂に浮気されたんだよぉ!」

 

いやそれはさっき聞いたと言わんばかりにさとりはため息をまた吐く。

さとりには雪の心が読めないので、口に出して貰わないといけないので面倒だと思いながらも、とりあえず座れと真新しいソファに座る様に勧めた。

雪は勧められるままにソファに座り、目から溢れる涙を拭きながらグスグス泣いている。

本当に面倒ごとがやって来た、と思いながらさとりは雪の正面に座った。

 

「で、斬乂さんが浮気されたと言いますが、なぜ私のところに来るのですか?」

 

「ふんっ、家出してきてやった!」

 

「……だからって私の所に来ないでくださいよ」

 

さとりはそう言うも、雪は聞いていないのか浮気された事に嘆きながらぶちぶちと文句を言い出していた。

 

「というか聞いてくれよっ! 私というものがありながら斬乂の奴ってば、金払って風俗なんか行きやがったんだ!」

 

「はぁ……」

 

そりゃ酷い、明らかな浮気だ、と思っても口には出さない。

絶対にここで下手に同調したら面倒くさいことになる。

そうだろと更に怒り、長引くだけだ。

さとりはそう思いながら適当な返事を返すが、雪は言葉を続ける。

 

「風俗だぞ風俗っ! 金払ってとか明らかに確信的な浮気じゃないかよぉ……」

 

雪はそう言い、呻きながら顔を伏せる。

そしてサメザメと泣き出す。

さとりはそんな惨めな雪を見て、ちょっとだけ同情する。

そして、ほんの少しだけ話してみることにした。

 

「雪さん、それは実際にお店から出てくるところを目撃したのですか?」

 

さとりは雪の方をチラリと見ながらそう尋ねる。

本当は目を見て話すべきだが、さとりにとっては雪の心を読むということは雪の中に巣食う怨霊の声を読むということになる。

地底に来て怨霊の管理をする事になったと言っても、未だに雪の中に大量に巣食う怨霊を見る事は慣れないので、さとりは雪の方をまともに見ることが出にない。

まあ、目をそらしてもそれらの声は普通に聞こえてはくるので、気休め程度にしかならないが。

 

雪はさとりの言葉に顔を上げ、よくわかったなと言いたい様に首を振る。

そして、その反応を見てさとりはやっぱりと言う。

 

「ま、まさかさとりも斬乂がそういう店から出てくるところを見たことが……」

 

「違いますよ」

 

雪の慌てふためく姿を見てさとりはため息をつく。

 

「おそらく、それは仕事の一環ですね」

 

「……ど、どういうこと?」

 

さとりは首をかしげる雪を見て口を開いた。

 

「斬乂さんは旧都の管理を任されているではないですか。おそらくそれの見回りでお店に寄っただけですよ」

 

「そうなの……?」

 

グスッと鼻をすすりながら首をかしげる。

そんな反応をする雪を見て、さとりはたぶんですがね、と言う。

その言葉に雪はホッとするように力を抜いた。

 

「よかったぁ……なら浮気はされて……」

 

「まあ仕事とは別で、利用するために寄ったかもしれませんが」

 

「ひぐっ……」

 

さとりの言葉にせっかく安心した雪は、再び泣き出す。

コロコロ変わるなー、と思いながら冗談ですとさとりは言う。

 

「流石にそこまで斬乂さんは尻の軽い人じゃありませんよ」

 

「いやでも……」

 

また愚図り出したところを見て余計な事をいったなぁ、とさとりは呆れる。

まぁ、尻が軽いと言っても斬乂は女にだらしがないので浮気の是非は確信を持って否定はできない。

しかし、ここで変に愚図られて滞在されては鬱陶しいので早く出て行って欲しい。

ので、帰って欲しい。

むしろ帰ってください。

 

「結婚してもう二百年近くは経つし……、私に飽きて……」

 

どうやら既に遅かったらしく、雪が愚痴り始める。

さとりはネガティブに呟き出す雪を見て、本当に余計な事を言ってしまったと思いながらフォローする。

 

「大丈夫ですよ、雪さんが斬乂さんの事をちゃんと好きならば、斬乂さんも雪さんの事を好きに決まってますから」

 

「でも……私、おっぱい小さいから飽きられても……」

 

あぁ言えばこういう……。

面倒くさい女だ。

さとりはそう思いながらどうするかを考える。

 

「まあ、そんなに気になるなら本人に聞けば良いんじゃないですか?」

 

「け、けど、本当の事を言ってくれるかどうか……」

 

「……なら、飽きられない様に努力でもしてください」

 

だから早く帰れ。

そう思いながらさとりは若干投げやりな答えを返すが。

 

「うぅ……かくなる上は八雲に頼んで、子供を作って……」

 

雪はかつて紫に言われた事を思い出しながら、どうすれば飽きられないかを考え出す。

そんな雪を見て、だから帰れよ、とさとりは思う。

てか、願う。

 

 

「な、なぁ、さとり。私と浮気しないか?」

 

「……はぁ?」

 

悩んでいる雪を傍らに見ていたら、突然その様な事を言い出してきた。

あまりにも唐突な申し出にさとりは思わず声を上げてしまった。

何をこいつは言い出す、と言いたげな顔をしながらさとりは間抜けな顔をした。

 

「い、いや……もし斬乂が浮気したなら私もしようかな、と……。そしたら、斬乂も嫉妬してくれて……」

 

「……バカですか」

 

イコールも何もない考えにさとりは呆れる。

例え、雪の浮気に斬乂が嫉妬するとしても自分を巻き込まないで欲しい。

 

「雪さん、私を巻き込まないでくださいよ……」

 

「だ、だってぇ、そういう事を頼めるのはお前くらいしか……」

 

「お断りです、面倒くさい」

 

やっぱりかぁ、と言う雪。

そんな落胆する雪を見て、さとりは逆にどうして女同士で、それも友人と浮気の真似事なんてしないんだと言ってやりたくなった。

てか、女同士で浮気ってなんだ。

男としてろ、それか知り合いに男がいないなら男でも買ってろ、とさとりは思った。

そして、雪にそういう度胸がない事は知っているので口に出しては言わないが、とも思う。

 

「というか、そんなに心配なのなら四六時中くっついていれば良いじゃないですか……」

 

「うぅ……、だって斬乂は仕事で忙しそうだから邪魔するのは……」

 

「はぁ……」

 

さとりは雪のその言葉にため息をつく。

確かに斬乂は地底に来てから、旧都の管理を任されたり怨霊らの管理を任されてはいる。

だから、その邪魔をしてはいけないというのもわかる。

だけど、邪魔しなければ良いのでは?

むしろ妻として仕事を手伝えば良いのではないだろうかとさとりは思う。

そしてその旨を雪に伝えると、雪は恥ずかしながらも口に出す。

 

「その……前に一度手伝おうとしたら、結局イチャイチャしちゃって……そのまま始めちゃったら仕事にならなくて……」

 

惚気か、さとりは呆れながら恥ずかしながらも語る雪を見る。

結婚して二百年も経つのによくそんな長持ちするものだ。

というか、そんなにイチャイチャできるのなら別に浮気の一つや二つくらいあっても良いのでは?

別に愛されていないというわけでも無いのだから。

さとりはそう思いながら呆れる。

そして言う。

 

「なら、ストーキングでもなんでもして浮気できない様、手綱を掴んでおいてください」

 

だからもう帰ってくれ。

さとりは真摯に願う。

自分も地底に来てから仕事が増えたのだから早く帰れと願う。

しかし、次の雪の言葉に更に呆れる。

 

「ストーカーとかしてたら、斬乂に抱きつきたくなっちゃいそうで……」

 

「……本当に貴女はああ言えばこう言いますね」

 

雪の惚気を聞くとさとりは遂に口に出して言ってしまう。

しかし、雪はさとりのその言葉にだって……、と文句を言う。

 

「そんなに心配なら大人しく家で、床の準備でもして待ってれば良いんですよ」

 

股濡らして待ってろ、とも言いたくなったが流石に下品なのでさとりはそこまでは言わない。

さとりのそんな投げやりな言葉に雪はうぅ、と呻きながらそうすると首を縦に振る。

 

「で、でも……今日の夜に帰って来なくて……そのお店に通ってたら……」

 

振り出しに戻った……。

さとりは段々とイライラとしてきた。

話がまた最初に戻った、と。

またあの面倒くさいやり取りをやり直すのか、と考えるとさとりは呆れを通り越して笑えてきた。

まあ、実際には笑えないが……。

むしろ泣けてきた。

そして真摯に願う。

 

「もう今日は帰ってください……。それで、もし本当に浮気してたのならまた相談に乗りますから……」

 

もう今日はなんか疲れた。

そう思いながら追い払う様にさとりは言う。

さとりの言葉に雪は元気のない返事でうん、と首を振る。

そして、雪は席から立ち上がり帰ろうとする。

 

あぁやっと帰ってくれるか、とさとりは思い安堵する。

そして雪を見届けようとさとりも同じく席を立とうとすると雪がポツリと口を開いた。

 

「その、いきなり来てごめんな……」

 

恥ずかしそうに頰を掻きながら雪は言う。

一様、悪いとは思っていたのかとさとりはため息を吐くが、そんな素直な雪の姿を見て、さとりは微笑んだ。

 

「いいですよ、友達じゃないですか」

 

さとりのその言葉に雪は嬉し恥ずかしそうに微笑む。

さとり自身も自分の言葉に若干げに恥ずかしさを覚え、雪から目を逸らした。

そして雪のその微笑みを見て、ほんのたまにだが愚痴くらいは聞いてやろうと思っていた。

そう、思っていた。

 

 

 

「では私は、夕飯を作りながら斬乂の帰りを待つ事……に…………」

 

 

ドサリーー

 

鈍い音が部屋に響いた。

その音は突然と人が倒れた音で、そこには雪がうつ伏せに倒れていた。

 

 

 

「ゆ、雪さんっ!?」

 

 

さとりは倒れた雪の側に駆け寄ったーー

 

 

 

 



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隔離

「あ、起きちゃった?」

 

私が目を開けると、そこには黒髪の少女が微笑みながら、私の方を見ていた。

その顔は随分と懐かしいもので、忘れてはいけない顔で……。

 

「"ミコトちゃん"、泣いてるの?」

 

その少女に私は涙を拭われながらそう言われる。

 

私は泣いていたのか?

なぜ、私は彼女の顔を見て涙を……。

 

「怖い夢でも見た?」

 

その少女に心配される様に聞かれるが、私は顔を横に振る。

私のその反応を見て、少女はそう? と首をかしげる。

そして、少女は急に思い立った様に私の身体を包み込む様に抱きついてきた。

温めるように私に抱きついてくる。

 

今更、気づいたが私もその少女も生まれたままの姿で衣服を何一つ着ていてない。

そして、私とその少女は一枚の布団の上に寝そべっており、向かい合う様に抱きしめあって横になっていた。

少女の大きな胸と私の小さな胸が潰し合う様にくっついており、温かな肌の感触を直に感じられる。

 

私は裸で抱き合っている事に気付いて顔を真っ赤にし、彼女の身体を否定する様に突き放した。

しかし、その少女は私のその行動に傷ついたのか眉をひそめ悲しそうな顔をする。

 

「"ミコトちゃん"……どうして、私の事を否定するの?」

 

少女の言葉に私はそんなつもりじゃ、と首を横に振る。

しかし、少女の顔付きは変わらず悲しいまま。

そして、口をへの字にしたまま私に再び抱きついてきた。

 

「"ミコトちゃん"が……、私を否定しても私は"ミコトちゃん"と一緒にいるよ? だって……」

 

 

 

私はアナタをいつまでも愛しているのだからーー

 

 

 

その黒髪の少女は言い残す様にそう言い、私の上に覆いかぶさり、唇を重ねてきた……。

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 

 

 

 

変な夢を見ていた……。

黒髪の少女と裸で抱き合いながら寝ており、最後にキスをされた夢だった。

相手の少女は見覚えのある顔だった。

だけど、思い出せない。

懐かしくはあるけど、思い出せないんだ……。

 

「雪ニャンっ! 気がつきましたか!?」

 

私が朧げに目を開けると、愛しいあの人の顔がうつる。

斬乂は私の顔を覗き込むように見ており、顔にはいつもの余裕は無く、焦燥溢れる顔付きをしていた。

 

どうやら、私は斬乂と私の住んでいる屋敷の寝室にて、布団の上で寝かされているらしい。

そう言えばさとりの家に行ってからの記憶が全くないが、何かあったのだろうか?

 

まぁ、いいか。

それより今は斬乂だ。

愛しい貴女が、そんな辛そうな顔をしているのだ。

妻として、心配しなければ……。

 

 

「ぁあ……ざんげぇだぁ、どうしっ!?」

 

私は視線に映る焦燥溢れる彼女の顔を見て、その顔に手を伸ばそうとした。

しかし、彼女の存在に気付くと同時に酷く頭痛を感じた。

それは頭が割れる様に痛く、眼球から目を抉られ、脳みそをほじくられている痛みがあった。

 

「……っ雪ニャン!?」

 

私はその痛みに耐えられなく、寝転がっている状態で頭を抑え込む。

そんな苦しむ私を見て、斬乂は大丈夫ですか!? と声を上げてくれる。

 

私はそんな慌てふためく斬乂を見て、心配してくれてる、と少し嬉しい気持ちになる。

しかし、それでも頭が痛いのは変わらずで呻きながら頭を押さえる。

 

「うぅ……ざ、ざん……げぇ……、あ、たまが……いた……い、よぉ……」

 

「え、えっと、医者っ……じゃなくてゆかりんは、とっ!」

 

私が頭の痛みを訴えると、斬乂は慌てふためき、アタフタとしている。

しかし、私はそんな慌てふためく斬乂の事を見ずに、頭を押さえて呻き続ける。

 

痛い、痛い、と呻きながら斬乂の方にユルリと目を向けた。

 

「ざん……げ……、わ、たしは……どうし、たのぉ……?」

 

「ゆ、雪ニャンっ、もういいから喋らないでくださいっ!」

 

斬乂は慌てながらも、寝そべる私の手を包み込むように両手で掴み、力強く握ってくれる。

私はあったかいなぁあ、と思いながら小さく微笑んだ。

あぁ、やっぱりこの人が好きだと再認識する。

頭がこんなにも痛くなければ、すぐに飛び起きて抱きつきたいくらいだ。

 

 

「鬼神殿? よかったですね、貴女のことをまだ覚えていてくださって」

 

私が斬乂の温かみを感じていると突如、斬乂の背後の空間が裂け、目玉がギロギロと覗く薄気味悪い裂け目が開く。

そして、その中から八雲 紫がヌルリと出てくる。

私は余計な奴が来た、と言いたげに睨もうとしたが、頭が痛いせいか目に力が入らないので視線のみを向けた。

 

「やく……も、ゆかりぃ……。なん、のようだ……」

 

「あら、無様な物ね。屍の姫殿?」

 

八雲 紫が倒れる私を見て、馬鹿にする様に言う。

しかし罵倒しているのは言葉だけで、私を見る目は憐れむような目であった。

そして私と八雲 紫の視線が合うと、八雲 紫はクスリと笑う。

その笑みは嘲笑ではなく、ただの笑み。

それも作った様な笑顔であった。

 

「鬼神殿、これが彼女の現状です。先程の件、了承いただけますよね?」

 

「……わかりました」

 

八雲 紫が斬乂にそう言うと、斬乂は辛そうな顔をして口を開く。

そして私の手を握り、一度深呼吸をした。

呼吸を吐き、覚悟を決めた様に私の手を力強く握ってきた。

 

「雪ニャン、しばらくは……別々に暮らしましょうか?」

 

「…………え?」

 

斬乂の言葉に私は目を見開く。

割れる様な頭の痛みも忘れ、斬乂の方に視線を向けた。

 

私は斬乂の突然の言葉に声を震わせながら、口を開く。

 

「な、なんでぇ……、もしかしてわたしにあきちゃったのぉ……。それとも、なにかいけないことがあってぇ……」

 

「違うんです、雪ニャン。私は雪ニャンの事が大好きです。だから、私は苦しむ貴女の姿を見たくは無いのです……」

 

意味がわからない。

私は貴女と離れ離れになる事が一番辛いのに、なんでそんな事を言うの?

 

「鬼神殿、私から説明しますわ」

 

八雲 紫が斬乂の言葉に戸惑う私を見て、斬乂に並ぶ様に寝そべる私の隣へと来る。

そして、斬乂の隣に膝をついて座り、口を開いた。

 

 

「白鷺 雪、貴女はもう直ぐで死にます」

 

「えっ……」

 

八雲 紫の改まった様な言葉に私は思わず声を出す。

どういう事、と聞きたかったが頭の頭痛のせいか言葉に出す事が億劫だった。

しかし、八雲 紫はそんな私に気にせずに言葉を続けた。

 

「正確には、貴女という人格が死ぬ、の方が正しいですがね」

 

八雲 紫は言葉を続ける。

曰く、私が地底に、旧ではあるが地獄に来た事が問題らしい。

私の能力なのか体質なのかはわからないが、私の身体は霊を、それも怨霊を身体の内に呼び寄せているらしい。

かつて、さとりにも言われたが私の能力はひたすら周りの魂、それも怨霊ばかりを吸収するおかげで私の身体の中には多くの怨霊らが巣食っているとか。

それで私に吸収された時点で、私の一部となり、その怨霊らは巣食うだけ巣食い、成仏や浄化などはする事が無い。

だから、私の身体には時を過ごせば過ごすほど、身の内に怨霊が溜まりに溜まっていく。

 

故に私の身体の中には悪しき者が沢山いるらしい。

本当はそれらの声を聞く事にもなるのだが、約数千年ほど聞き続けた声なので私は既に慣れていた。

慣れていた、だから今回の私の異常に私自身が気づく事が出来なかったのだ。

 

ここからが問題だ。

私は斬乂に付いて、元とはいえ地獄に来た事により、知らず知らずの内にそこに元々居た怨霊らを身体の内に呼び寄せていたらしい。

元とは言え地獄で、裁かれる事なく溜まりに溜まり続けた怨霊らが短期間で私の中に一気に集まってきた事が問題であった。

その一気に私の中に集まってきた怨霊らは、私の身体を一気に蝕み、耐えきれなくなった。

つまり、オーバーリミット。

私の身体をコップと例えると怨霊(みず)が溢れてきているのだ。

いや、この場合は精神論なので私の心がコップだ。

なので、私の心は既に怨霊に満たされている状態らしい。

 

だが、今ならまだ引き返す事が出来るらしい。

いや引き返すといっても呼び寄せた怨霊らは消える事がないので、私が廃人になる事をまだ防げるという意でだ。

だから、私は怨霊の少ない地上に送られる、と八雲 紫は言った。

 

 

「貴女の心はもう限界なの。これ以上、地獄の怨霊らを呼び寄せたら貴女の心は壊れ、廃人になるわね」

 

八雲 紫が一通り説明し、私は八雲 紫の言葉に頭痛で頭が働かないながらも理解する。

廃人、故に人格が死ぬと八雲 紫が言った理由もわかる。

だがしかし……。

 

「なら……なんで、わたしは……ざんげと、はなればなれに……なる……」

 

「貴女、話を聞いていなかったの。このまま地獄に身を置き続けると廃人になるのよ? だから地上に行くの」

 

馬鹿なの、死ぬの? と言いたげな目で八雲 紫は私を見つめる。

しかし、私はその言葉に馬鹿じゃ無いよ、という様に言葉を返す。

 

「わたし……、さいごまでぇ……ざん、げといっしょに……にいられるなら……それで……いいよ?」

 

私のその言葉に斬乂は哀しそうに首を横に振り、口を開く。

 

「……私の事、忘れちゃうかもしれないんですよ?」

 

それでもいい。

それでもいいから、私と一緒にいてほしい。

だって、私には貴女しか……。

"斬乂"しか居ないのだから……。

 

私は斬乂のその言葉に首を縦に振った。

しかし、八雲 紫が私に哀れむ視線を向け、斬乂の方に振り向く。

 

 

「鬼神殿、こう言っていますが……、どうしますか?」

 

「や、やっぱり……私も地上に」

 

「数百の鬼らを地底に置き去りにして?」

 

「う……それは……」

 

八雲 紫の言葉に斬乂は口を噤む。

そんな斬乂の様子を見てか、八雲 紫は口を開く。

 

「それに先ほども言いましたけど、一週間に一度は地上にスキマを繋げ、二人を会わせる事を約束します」

 

無理やりにでも貴女に地上に行かれたら困るので、と八雲 紫は付け足す。

斬乂は八雲 紫のその言葉を聞いて、眉を潜める。

そして覚悟を決めたのか、私の手を握り口を開く。

 

 

「雪ニャン、絶対にまた会いに行きますね」

 

 

その言葉はひどく虚しく聞こえた。

それは私を拒絶する言葉にも聞こえた。

私は斬乂にそう言われ、斬乂に手を伸ばす。

 

 

「いや……だ、……わたしを……ひ、とりに……」

 

「一人じゃありません、一週間に一度は地上に会いに行きます」

 

それでもいやだ。

地上に行っても私は一人になるだけだ。

また一人で、一人で孤独で一人ぼっちで……。

 

「ねぇ……な、んで……そんなこというの……? わた、しのことが……きら、いに……」

 

「違いますっ! 私は雪ニャンの事が大好きです! だから、だから私は貴女に忘れられたくなくて……」

 

「な、ら……いっ、しょに……」

 

「うぅ……」

 

斬乂が泣き出してしまった。

なんで泣くのだろうか?

なんで、斬乂は私を否定する様に握った手を放して顔を覆うのだろうか?

なぜ、なぜ……。

 

 

 

「さよなら、雪ちゃん……」

 

 

 

また一週間後に。

斬乂はそう言い残す様に言って、八雲 紫に目を向ける。

そして、八雲 紫は斬乂からのその視線に小さく頷き、私の顔の上に覆う様に右手を乗せた。

 

今から、八雲 紫になにかをされる、という事は頭痛の中がらでもわかった。

八雲 紫になにかをされ斬乂と離れ離れになる事が理解できた。

 

私はそれを塞ぐために私の顔に触れる八雲 紫の手を振り払おうとするが、痛みのせいか腕に力が入らず、八雲 紫の腕を掴むだけとなった。

しかし、私はめげずに八雲 紫の目を見て、訴えかける様に言う。

 

 

「いや、だ……わたしは、まだ……あ、なたと……」

 

「残念ながら、私も貴女の事を友人と思っているのでね」

 

だから、こうでもしても助けてやりたい。

例え、愛しき人と離れ離れになっても。

 

 

八雲 紫がそう言い残すなか、私の視界は歪み、私は意識を手放した。

 



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友ノ声

眼が覚めるとまず、輝く月が視界に入った。

視界の中に映る綺麗な月。

その月が、真っ暗な空の中心を気取る様に浮かんでいた。

 

「ざ、んげぇ……」

 

目を覚ますと私は宙に手を伸ばした。

しかし、その手は何を掴む事もなく虚空を切る。

だけど、私は求める様に手を伸ばす。

 

私の最後の記憶。

それは斬乂の涙と、八雲 紫になんらかの術をかけられた事だろうか。

おそらく八雲 紫に眠りの術か何かをかけられ、私は地上に運ばれたのだろう。

現に黒い空に浮かぶ月が、ここが地上である事を教えてくれている。

 

ふと周りを見ると、赤い鳥居と古びた木造建築が確認できた。

たぶん、何処かの神社だろう。

ここがまだ幻想郷内なのならば、ここは幻想郷に唯一ある神社の博麗神社だと思う。

たしか妖怪の山から南東の位置にある人の管理が行き届いていない神社だったはずだ。

斬乂に幻想郷を案内してもらった時にそう教えられたから覚えている。

 

 

「あ、ぁ……ざんげぇ……」

 

私はフラつきながらも、ぐらりと立ち上がった。

そして先ほどと比べれば頭が痛くない事に気づく。

多少は頭がぼぉーっとするが、苦しむ程の痛みではないので、真っ直ぐではないが立つ事はできた。

きっと八雲 紫が私になんらかの処置を与えてくれたのだろう、と思いながら私は夜空を見た。

 

「い、まいくぞ、ざんげ……」

 

私は一言呟くと、背中からカラスの様な黒い翼を生やし、黒い空めがけて飛び立った。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「やはり来たわね、雪」

 

私が斬乂の元へ行こうと、地底への入り口の一つである妖怪の山に存在する洞窟の様な場所まで飛んできた。

そして、私がフラフラになりながらも地面に着地するとその様な声が聞こえた。

 

その声が聞こえた方を向くと、一つの人影があった。

その人物は黒髪で背中から私が生やしているものと同じ様な黒い翼を背負っている女だった。

 

彼女は夜鴉 黒羽。

妖怪の山の頭の天魔であった。

 

「くろ、は……、どいて、くれ……ないか……」

 

若干に痛みの残る頭を押さえ、私はフラつきながらも言葉を発す。

黒羽は私のそんな様子を見て、鼻で笑った。

 

「残念ながら、貴女を地底に戻すわけにはいかないわ」

 

「ち……やく、もゆかりの……さしが、ねか……」

 

「そうね、半分正解よ」

 

私の言葉に黒羽は胸を張りながら答えた。

 

どうやら私が再び地底に戻る事を想像していたらしく、黒羽を使って先回りしていた様だ。

 

そして、黒羽は付け足す様に言葉を続けた。

 

「でも、半分は斬乂のためね」

 

「ざんげ、のぉ……?」

 

私の復唱に黒羽は首を縦にふる。

 

という事は斬乂が黒羽に私を地底に戻さない様に頼んだのだろうか。

つまり、斬乂は私に地底に戻ってきてほしくないという事で……。

 

私はそう考えてしまい顔を曇らせた。

 

「それ、じゃぁ……、ざん、げがわたしの……ことを、いらないって……」

 

不安になる。

もしかして私が要らないから地上に追いやったのか?

もしかして私に飽きちゃったから?

もしかしたら、私がもう必要ないから?

そう考えると、どんどん涙が溢れてくる。

 

そして、段々と不安になる。

だから余計に地底に戻らなきゃと思う。

どうして私は必要ないの、要らないの、気に入らないのって聞かないと。

私にダメな所があるなら直すから、斬乂が満足する様なえっちな娘になるから。

だから……

 

「い、やだぁ……すて、ないでぇ……ざんげぇ……」

 

「違うっ!」

 

私の言葉に黒羽は声を上げた。

私は黒羽に否定され、涙を流しながらも黒羽の方を向く。

 

「あいつは、そんなやつじゃないっ! 確かに女にはだらしないけどっ、だけどあんたの事が本当に好きだった!」

 

「そん、な……こと……しってる……」

 

斬乂は毎日毎日、私の事を好きだと、愛してると言ってくれた。

私が我儘を言っても笑ってこらえてくれたし、私が嫉妬してもそんな事ないといってキスもしてくれた。

確かに斬乂は女にだらしないけど、毎晩、私だけと一緒に寝て愛してくれた。

夜中は私を毎日抱きしめてくれて、私に一人っきりの夜を過ごさせる事はなかった。

だから私を愛してくれてるのは知ってる。

 

だけど、今はこうした私を地上に追いやって、一人にして……。

 

「さっきも! 私のところに来て、土下座までして頼んできたのっ! 頼りたくない八雲 紫にまで頼って私のところまで来て土下座をしたのよ! だから、だから私はあんたをここから先に進ませないし、あんたを消させないっ! だってっ……」

 

私は雪(あんた)の事を友達と思っているから、黒羽は掠れた声でそう言った。

 

私は黒羽のその言葉に涙を流しながらも黙って聞いていた。

そして、黒羽が言いたい事をすべて聞き終わると私は苦しながらも口を開いた。

 

 

「そん、な……ことはしら、ない」

 

 

私はフラフラになりながら歩き、黒羽に近寄った。

黒羽は舌を鳴らして、信じられないと呟いた。

 

「あんた、本当にいいの!? あんた消えんのよっ! もちろん、斬乂の事を忘れるのよっ!」

 

「べ、つに……いい、それでもざんげ……のちかくに……いれるなら……」

 

斬乂と一週間に一度は逢えると言われたが、一週間も離れ離れというのは考えられない。

私には斬乂がいないとダメなのだ。

斬乂は私が生きていくのには必要なんだ。

でないと私は一人になる。

また、一人になってしまう。

 

「ちっ……この、わからずや!」

 

黒羽にフラフラになりながらも近づく私の言葉を聞き、黒羽は怒鳴りつけて腰に下げていた刀を抜いた。

そして、私を斬りつける様に駆け寄ってきた。

どうやら、力尽くで私の事を止めるらしい。

 

私は、そんな邪魔をしようとする黒羽に向け、右手の人差し指を向けた。

 

「………かっ!?」

 

私が指を向けると同時に黒羽は目から血涙を流しながら膝をついた。

そして鼻や耳の穴からも血をダラダラと流し始めた。

 

急に訪れた身体の異常に黒羽は私の方を睨みつけた。

 

「あ、んた……なに、したの……」

 

「血を……ぎゃくりゅ、うさせた」

 

黒羽にそう言葉をかけ、黒羽の隣を通り過ぎた。

お前の相手などしていられないという様に、黒羽の方を見向きもせず、彼女の後ろにあるぽっかりと空く洞窟へと歩を進める。

 

ここから先へ行けば、また斬乂に逢える。

そうしたら、二度と離れ離れにならない様にずっとくっついていよう。

仕事の邪魔になると言うのなら後ろに経って終わるまで待っていよう。

えっちな気分になっても斬乂に頼らず、一人で慰めればいいのだ。

そして、仕事が終わったらいっぱい甘えればいい。

それで斬乂が喜ぶ事をすれば、斬乂は私を捨てないでくれる。

また愛してくれる。

もっと愛してくれる。

 

 

「だ、から……わたしは……いくんだ……」

 

 

彼女の元に……。

私が一人ぼっちにならないために。

彼女の隣に寄り添うために……。

私が孤独にならないために。

 

私がそう思いながら歩いて行くと、ドスリと背中から刃物で刺された感触がした。

 

「……行かせるわけないでしょっ!」

 

そこには黒羽が顔を血だらけにしながら私に刀を突き刺して立っていた。

私に刀を押し付ける様に、私にもたれかかりながらぜぇぜぇと言って自身の身体を支えていた。

 

「あんた……、本当に馬鹿ねっ!」

 

「すき、な……ひとの、ちかくにいることは、ばかじゃない……」

 

だから行くのだ。

例え自分という存在が消える事になっても、斬乂ならまた愛してくれる。

私がなにもできない廃人になったとしても、斬乂ならまた愛してくれる。

だって、私とずっと一緒に居てくれると言ったのだから。

私を、愛してくれると言ったから。

私を……、幸せにしてくれると言ってくれたから。

 

「わ、たしは……しあわ、せに……なりたいんだ……」

 

だから、斬乂の所に行く。

私が空っぽな人形になっても、斬乂なら私を幸せにしてくれるから。

きっと……、また私を愛してくれる。

また、私を抱きしめて一緒にいようと言ってくれる。

だから私は彼女の隣に……。

 

 

「だから、どけえぇぇぇっ! くろはあぁぁぁっ!!」

 

 

私は雄叫びを上げながら背中から『骨ノ手』を一本生やし、黒羽の腹を貫いた。

黒羽は吐血し、私の着物にしがみつく様に掴み、短い悲鳴を上げて倒れた。

私はそんな黒羽に目線も向けずに足を前に出した。

 

「ざ、んげぇ……いまいくから……」

 

私はフラフラになりながら再び歩き続けた。

しかし、歩む私の歩は重く、前に進まなかった。

私は直ぐに原因を理解した。

私の着物の裾を握りしめ、顔だけでなく腹にも穴が空いて血だらけになっている黒羽が未練がましく私の行く末を阻んでいた。

 

「行かせないわよ……、私は……斬乂(あいつ)の泣く顔なんて……」

 

「……うるさい」

 

私は掴む黒羽の手を無理やり振り払い、歩を進めた。

 

「雪っ…… あんたはいいかもしれないけど、あんたに何かあったら斬乂が泣くのよ……。それでもいいって、いうの……」

 

「……しらない」

 

私は黒羽の訴えに、振り返らず吐き捨てた。

 

「あんたも、斬乂の事を忘れたら……幸せなんて感じられ……ないのよ……」

 

「……わたしは、それでも構わない……」

 

だってそれでも斬乂は私を愛してくれると知っているから。

そして、私は斬乂に愛して貰えればそれだけで幸せになれるのだから。

 

私はそう思いながら、暗く先の見えない洞窟へと潜った。

 

 

 



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狂気

白鷺 雪は暗く、黒い洞窟の中をフラつきながらも進む。

ゆっくりながらも一歩、また一歩と進んでいく。

愛しき彼女の顔を思いながら前へと進んでいく。

 

彼女の元に戻ったら、どうしてやろうか。

私を捨てたのだ。

ありとあらゆる罵詈雑言を言い、罵ってやろう。

そして、最後には口づけの一つでもして許してやろう。

私は捨てられても彼女の事を愛しているのだ、多少の事は大目に見てやるのが嫁としての在り方だ。

 

だが、ただでは許してはやらない。

八雲 紫に頼み込んで、愛しい彼女との間に子供を作ろう。

私がお母さんで、彼女がお父さん。

女同士だが、八雲 紫は自分になら可能だと言っていた。

もし本当なら彼女と子供という確かな絆ができる。

いや、さらに深い愛を築けるのだ。

私が孕めば幾ら女にだらしない彼女も浮気なんてできないし、私を捨てたりはしない。

むしろもっと大事にしてくれる。

私と離れ離れになる事なんて考えられないはずだ。

 

そして、子供が生まれれば私は嫁からお母さんになって、私が仕事に出る彼女の代わりに子供らを守るのだ。

それで家庭を支えて、夜になったらまた新しい子供を彼女と作るのだ。

一人や二人なんて言わない、百人だって彼女が望めばどれだけでも生める。

むしろ彼女との子供だ。

幾らでも彼女の愛を受け止め、生んでやりたい。

 

雪はそう妄想をして自身の腹を撫でた。

 

「う、ふふ……ざんげぇ……まっててぇ……」

 

雪は自分の腹を撫でながら、空虚な笑みを浮かべる。

愛しい彼女の事を思うとより一層と早く会いたい、と思う。

 

雪が斬乂、斬乂とゾンビが呻く様に歩き続けていると、雪の目の前に光が見えた。

雪は洞窟の先から差し込む光を見て、笑みを浮かべた。

 

もうすぐで愛しい彼女に会える、そう思うと自然と進む歩が速くなる。

ふらふらながらも雪は歩を速め、騒めき声の聞こえる光の先へと向かった。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

「医療班はまだかっ!?」

 

「馬鹿野郎っ、先に応急処置だ!」

 

「急げっ! 頭を死なせるなど天狗の名折れだと思え!!」

 

 

雪の見た光景。

走り回る白髪の犬耳を生やした白狼天狗や、空中で指示を出す黒羽根の鴉天狗が血塗れの夜鴉 黒羽に目を向けながら騒ぎ立てていた。

天狗以外の景色も風流漂う地底の街並みではなく、ただの林。

本来はデコボコしている地底らしさの天井はなく、いつの間にか朝日のさす青い空が雪の目にはうつっていた。

 

雪はその青い空を見て、力を無くす様に膝をつく。

 

「な、んで……ちていじゃ……」

 

東から今しがた登ってきている眩しく輝く太陽を見ながら、雪は呟いた。

 

本来なら自分が向かった先は地底のはずだ。

なのに、なぜ自分は地上に……それも黒羽が倒れている事からわかるが、元いた場所に……。

 

雪はそう思いながら憎く輝かしく光る太陽を見上げた。

 

 

「おいっ、貴様っ! こんな所で何をしている!」

 

雪が惚けながら空を見上げていると、一人の白狼天狗が地底への入り口である洞窟の前にて呆然としている雪を見つけ声を上げた。

その白狼天狗の男が声を上げたことにより、周りにいた白狼天狗らも雪の元に近寄ってくる。

そして、警戒する様に背中に背負う剣を抜き雪に向けて構える。

 

しかし、雪はそんな事は気にせず口を開けたまま空を見上げる。

 

「まさか、貴様が天魔様をっ!!」

 

一人の白狼天狗が声を上げた。

見知らぬ少女が血塗れの倒れた天魔の近くに居たことにより、そう結論付けたのだろう。

それに雪の身体には背中から刺さっている黒羽の刀が貫通する様に今だに刺さっており、それを見て声を上げた白狼天狗は判断した。

 

その推理は正しかった。

実際には雪が黒羽を血塗れにしたし、再起不能にした。

 

だが、間違っている事もある。

その場に居た天狗が全て若い天狗である事が間違っていた。

大天狗やかつての雪の暴挙を覚えている者なら即座に黒羽を抱え、逃げていた。

死なず死ねずで説明不可能の能力を持つ雪の前では、全てが無力だ。

 

白鷺 雪の、"屍の姫"の前には屍しか残らない。

その場に居た天狗の一人でもその事を知っていたのならすぐに対応ができた。

屍になる前にプライドを捨てれば屍に成らずに済んだ。

なのに、若気の無知で雪に向かって剣を向けてしまった。

 

「逃げなさい、あんたらじゃ……勝てないわ……」

 

黒羽は戦闘以外に残った白狼天狗の治療を受けながら、そう呻く。

しかし、血相を変えた彼らにはその声は届かない。

自らの大将がやられた事により、頭に血が上っている。

故に黒羽の声は聞こえなかった。

 

 

「あ……あぁ……」

 

倒れる黒羽が意味の無い忠告をする中、空を仰ぎながら雪は呻いた。

雪を囲み構える天狗らは、雪のその呻きに反応をし、緊張感を上げる。

下手な動きをしたらすぐに斬りかかれるように構えていた。

 

そんな傍ら、雪は呻き頭を抱え、膝をついたままうずくまった。

そして掻き毟るように絹のように白い髪を引っ掻き、うめき声を上げた。

 

「ぁあ……、わたしは……こ、んなののぞんでいない……。こ、んなひか、りなんて……いらない……よぉ……。あな、たがわたしの……ひか、りなのぉ……。だか、ら……だからぁ……」

 

雪の突然の奇行に天狗らは怯み、歩を後ろに退けた。

涙を流しヒステリックに嘆く雪を見て、怯んでしまった。

しかしそれでもか、彼らはめげずに雪に目をそらさずに見る。

いつでも雪に斬りかかれるように、彼女を見続ける。

 

しかし、雪の次の行動に天狗らはさらに怯んだ。

 

「ざ、んげぇ……いま、あいにいく……からぁ……」

 

そう言いながら雪は髪を掻き毟るのを止め、膝をつき顔を下に向けた状態で素手で地面を、土を掘り出した。

 

土が爪の間に入り、汚れる。

勢いよく土を掘り起こすことで爪がどんどんと削れていく。

しかし、雪は気にせず地を削り、下へ地底へと目指すように虚ろな目で掘り続ける。

 

だが、雪が地底へと行きたい事を知らない天狗らは雪のその奇行を見て、頭のおかしい奴だという様に顔を歪めた。

 

いや、確かに今の雪は頭がおかしくなっている。

既に頭は痛く無いのに、言葉には覇気も呂律もなく、死にかけの病人の様にぶつぶつと呟き続けている。

それに目にも光は無く、焦点が合わない状態で虚ろな目をしている。

 

 

彼女の、雪の心は完璧に折れた。

もうすぐ会えると期待して歩んだ先には元の場所であり、明るい空が雪を照らしていた。

そして雪はその太陽を見て、もう地底には行けないし斬乂にも会えないと思ってしまった。

本当は地底と地上の間には行き来できない様に結界が貼ってあるだけだし、斬乂とは一週間に一度会えると言う取り決めが紫としてある。

しかし、結界の事は雪は知る由もないし、後者の件については雪は既に紫から聞かされていた。

それでも、雪の頭には斬乂には会えない、捨てられたと言う気持ちがあった。

 

今の雪に物事を考えるという事はできない。

怨霊による頭痛の後遺症なのか、それともたんに斬乂と離れ離れにされ精神が不安定になっているのか、はたまた両方だからなのか今の雪に理性など残っていない。

 

ただ雪は斬乂の事を思いながら、地底に行くという事しか考えられずに地を掘り続けた。

ただ穴を掘るだけで地底に行く事はできないが、それでも能力を使えば簡単に土くらいは掘れるのに雪はそれをせずに白い手を汚しながらも掘り続ける。

今の雪には斬乂に会う事しか考えていなかった。

 

「ざん、げぇ……いっぱい、こどもつくろ……? わたしが、おかあ、さんで……あなたが、おとうさん……。わた、し……おとこの、ひとのは、はじ、めてだけど……ざ、んげのな、らうけいれられるよぉ……。だ、から……わたしのことをぉ……あいしてよぉ……」

 

掘る。

掘って掘って掘り続ける。

しかし、素手で掘っているからかほんの少しの凹みにしかならない。

 

それでも雪は掘り続ける。

地底にめがけて掘り続ける。

ぶつぶつと呟きながら掘り続ける。

目を虚ろにさせ掘り続けた。

 

「……っは、と、捕らえろっ!」

 

そして、いつしかその行動に魅入っていた天狗らは一人を始め、雪に飛びかかり抑え込んだ。

突然と背中に乗りかかるように抑えられた雪は、膝をついた状態でうつ伏せになる。

 

しかし、雪は手を止めない。

背中に乗りかかられても手を止めずに掘り続ける。

カリカリカリカリ、と爪で土を引っ掻き続けた。

 

「お前、大人しくしろっ!!」

 

だが、雪の背中に乗りかかった天狗の一人が雪の行動に気に入らず、動かせぬ様に手を押さえた。

 

「ぁあ……やめてよぉ……じゃ、ましないでぇ……」

 

「な、縄もってこいっ、早く!!」

 

力無くジタバタと動く雪に、背中に乗る天狗は叫び上げる。

早く護送しなければ、というより早くこの不気味に呻く女から離れたいと思う一心に周りを急かした。

 

雪は虚ろな目をしたまま抵抗する。

手を離せと言わんばかりに手を動かすが、爪がボロボロでその痛みのせいか力が入らない。

 

早く、早く愛しい彼女に会いに行きたいのに邪魔をするな、だから退け。

そう思いながら身体を揺すり、背中に乗る天狗を振り下ろそうとする。

しかし、普段通りに身体が動かず、身体がうまく動かないのでただ揺するだけとなった。

 

「じゃ、まなのぉ……どけよぉ……。わ、たしは、ざんげぇに……あいに、いくんだよぉ……。だか、ら……ど、けえぇぇぇっ!!!」

 

雪がそう雄叫びを上げると背中から『骨ノ手』が一本伸びて、背中に覆いかぶさる様に乗る天狗の男の腹を貫く。

腹を貫かれた男は穴の開いた腹を押さえながら後ろに飛びつき、雪から距離をとった。

 

「こ、殺せっ!」

 

反撃する雪を見てか、周りにいる天狗の誰かが言う。

他の天狗らは雪の反撃を見て、警戒していたのかその号令と共に、三人ほどの白狼天狗が大剣を振り上げ雪に斬りかかった。

 

振り上げられた剣は雪の肩や背中や首を斬る。

首にいたっては皮一枚ほどで繋がっているだけで、ほとんど身体と頭が切り離されている状態となった。

常人ならそれだけで死ぬ。

 

「や、やったか……」

 

死体となった雪を見て、一人の天狗がそう呟いた。

しかし、雪はのそりと立ち上がり頭を押し付け、断頭されかかった首を無理やりくっつける様に繋げた。

首だけでなく他の斬った箇所もウネウネと傷口が動き、出血するところを塞ぐ様に回復していく。

 

そんな様子を見て、天狗らは更に警戒し雪から距離をとった。

そして、雪は自分に危害を加えた天狗らを虚ろな目つきでゆらりと見る。

 

「なんでぇ……なんで、ざんげにあいに、いくのぉ……じゃまするのぉ……。わた、しはざんげに……あい、たいだけなのにぃ……じゃまじな、いで……ぁあ……」

 

雪は呻く。

呻きながら頭を押さえる。

頭は痛く無いのに頭を押さえ、呻き出す。

 

そして、雪が呻き出すと雪の右腕から、白骨した腕を隠すためにしていた包帯の隙間から黒い煙がユラユラと発生した。

そして黒い煙が包み込む様に雪を覆い隠す。

 

 

「あ、あんたら、逃げなさいっ!撤退よ、撤退っ!!」

 

後方の方で血塗れとなって倒れていた黒羽が、ふらふらに身体を起こしながら無理にでも声を出す。

その黒羽の声が聞こえたのか、渋りながらも天狗らは雪から離れた。

 

黒羽はこれで余計な犠牲者を減らせると思いながら、黒い煙に包まれた雪の方に目を向けた。

 

「くそっ……いったい何が起きてんのよ……」

 

憎たらしく雪の方を見つめ、黒羽は呟く。

すでに黒い煙に覆われ見えなくなった雪を見る。

 

今の雪は明らかに精神が不安定だ。

それも過去、妖怪の山を襲ってきた以上に狂っている。

黒羽はそう自己解釈をし、そんな中で死者の一人も出さずに部下を撤退させた自分を褒めて欲しいと思いながらも雪の心配をする。

 

過去の敵、というか仲間らの仇だが、今の雪は自分の友の伴侶で、若干気まづさはあるが自分の友であったと思う。

それがどうして、どうして……

 

「なんで……こうなっちゃったのよ……」

 

自分の無力さを実感しながら黒羽は部下の天狗の肩を借りて、黒い煙に包まれる雪に背中を向けて歩き始めた。

 

 

それと共に大きな地響きが、幻想郷内に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「なんで……なんでこうなってるのよ……」

 

八雲 紫は妖怪の山から少し離れた状況から"それ"を見る。

妖怪の山の中腹あたりに紫は視線を向き、目を見開きながら唖然とした。

 

紫の目に映った"それ"は巨大な骸骨であった。

妖怪の山を覆い被さる様に黒い煙を発しながら巨大な骸骨は存在していた。

そしてその骸骨は隣の山の頂上を掴む様に巨大な白骨の手を置いている。

妖怪の山と同じくらい……いな、妖怪の山に覆いかぶさる様にうずくまっているので起立をすればその三倍は行くだろう。

それほどの巨大なモノが妖怪の山にうつ伏せになる様に覆い、声にもならないうめき声を発していた。

 

そして、それが現れると同時に妖怪の山を中心に地が割れ、天には黒雲が現れゴロゴロと鳴り出した。

先ほどまで晴れ晴れとしていた朝日は一瞬に消え、黒雲が全てを覆い尽くした。

 

紫はそんな天変地異の前触れの様な風景を見て、声を震わせた。

 

「私は、良かれと思って彼女を、地上に連れてきたのに……」

 

紫は憎々しくそう呟いた。

 

最初は雪の件の噂や、雪が斬乂に嫁いだ事により色々と警戒していたが、雪と話していくうちに紫はいつの間にか彼女といるのが楽しくなっていた。

一方的なからかい、ではあったがそれなりに楽しかった。

雪は認めてはいないだろうが、紫なりには一様は友人としてみていた。

 

だから、今回雪が地底に住まう怨霊らのせいで廃人になるとわかればすぐに行動した。

数少ない友人が減るのは紫なりに嫌だったので、必死に考えた。

けど、結論はこれ以上、ひどくしない為に雪を地上に連れてく事で、雪にとって愛しい斬乂と離れ離れになる結果となった。

互いに離れる事に納得はしていない様だったが、斬乂を説得し無理にでも引き離した。

それに、せめてもの打開案として斬乂と週に一度は合わせると約束をしていた。

雪はそれでも納得していなかったが、無理やりでも地上に連れていき、週一に合わせれば文句はないと思っていた。

最初は受け入れないだろうが、利口な雪はそのうち理解してくれると思っていた。

 

しかし、その考えは単純すぎたのか、雪は気が触れ絶望した。

そして気が触れ自らの力を、怨霊らを制御できなくなり暴走した。

 

紫は雪であった巨大な骸骨を見て、自分の浅はかな考えに舌を打った。

しかし、今は過去の自分を責めるよりもあれをどうにかしなければと思う。

地は割れ、天は雷鳴を轟かせている。

被害はまだ妖怪の山付近にしか出ていないが、その内に幻想郷内に広まるだろう。

ここら一帯の地は割れて、幻想郷中に文字通り雷が落ちるだろう。

そうなる前にどうにかしなければ。

 

紫がそう思いながら爪を噛み、悩んでいると隣になんの装飾もない鏡の様な板が空中に現れ、地面と水平になる様に宙に浮いていた。

そして、その鏡の中から一人の少女が現れた。

 

「ははっ、ご機嫌はいかがかな。紫さん?」

 

現れた鏡の中からヌルリと黒髪の少女が現れた。

その少女は狐の面を被る少女だ。

狐面の少女が鏡の中から現れると、現れた鏡の板を椅子に座る様に座った。

 

紫はヘラヘラと笑いながら現れた狐面の少女を見て、睨みつけた。

 

「あんた……、こうなる事がわかっていたの?」

 

「ん、なにがだい?」

 

紫の言葉に狐面の少女は白々しく首を傾げた。

そんな狐面の少女を見て紫は舌を打つ。

 

「前に言ってたでしょ、雪を中心に嵐が起こるって……」

 

「あれぇ、そんなこと言ったけ哉?」

 

トボける様に言う狐面の少女を見て、紫は眉間に皺を寄せる。

だが、狐面の少女はそんな紫の態度に気にせず口を開いた。

 

「それより、そんな事を気にしてるよりも"あれ"、どうにかした方がいいんじゃないの哉?」

 

狐面の少女が雪であった巨大な骸骨に指差しながら呟く。

紫は狐面の少女の登場に忘れかけていた雪の存在を思い出し、その方向に視線を移す。

 

雪であった骸骨は今だに妖怪の山を覆う様に、うずくまっていた。

しかし、妖怪の山の麓の地割れした部分に巨大な白骨の両手を差し込み、ひたすら土を掘り返していた。

 

そんな行動を見て、紫はゾッとする。

そんな異形な姿になってまでも地底に行き、斬乂に会いたいのかと思うと雪の執念に恐怖を覚えた。

 

「飢餓する者、飢餓する髑髏、故に餓者髑髏(がしゃどくろ)。あれが本来の彼女の妖怪としての姿、哉」

 

引ける紫に対し、狐面の少女はニヤニヤと笑いながら滑稽に呟く。

そして、顔を引きつらせている紫を見て、声をかけた。

 

「ねぇ、紫さん。彼女がどんな妖怪か知ってるかい?」

 

「……いきなり何よ」

 

狐面の少女の言葉に紫は反応し、再び視線を向けた。

 

「白鷺 雪。彼女は所謂、未練の塊だ。愛する者が死に、愛したい者が死んだ未練を抱え続ける生ける屍だ」

 

「なにが、言いたいの……」

 

「いやぁ、彼女も散々な人生を歩んできたものだ。同情してもいい。昔の恋を黄泉返らせようと孤独になって頑張ってきたのに邪魔をされ、せっかく昔の失恋を忘れ新しき恋に目覚めたのにまた引き裂かれた」

 

「だからなにが言いたいのよっ!!」

 

狐面の少女の言葉に紫は怒鳴りつけた。

そんな感情を乱した紫を見て、狐面の少女は狐面の下でほくそ笑む。

そして口を開いた。

 

「彼女は、かつて愛した……"白鷺 茜"の代わりが居ればそれでいいんだよ」

 

紫は狐面の少女のその言葉に首を傾げた。

しかし、狐面の少女はそんな紫を気にする様子も無く、語り続けた。

 

 

「彼女は愛した彼女と結ばれた」

 

「だけど彼女らは悲運な事件で殺された」

 

「だが彼女は彼女を愛し続けるために未練を残した」

 

「そして彼女は妖怪に、生を貪り続ける怨霊へと成り果てた」

 

「しかし、彼女は一人になった」

 

「いつしか愛より孤独に飢えました」

 

「そんなときに彼女に出会った」

 

「彼女は彼女に恋をした」

 

「そして彼女は死んだ彼女の事を忘れるため一人になった」

 

「過去の愛を忘れるとともに、彼女は新しい愛に目覚めた」

 

「そして彼女の恋は成熟した」

 

「しかし、ともに過ごした友を裏切ることになりました」

 

「そして彼女は幸せを選びました」

 

「そして彼女は幸せになりましたーー」

 

狐面の少女は語る。

突然に語り出した少女を見て、紫は余計に混乱した。

しかし、そんな紫にトドメを刺す様に狐面の少女はニタリと笑い言葉を発した。

 

「けど、彼女は自身の孤独を埋めてくれる愛しき彼女と間を裂かれ、不幸になりました」

 

「……私の、せいと言いたいの?」

 

「いやいや、そうは言っていないさ」

 

だけど、と狐面の少女は付け加える様にいった。

 

「彼女はただ、誰かを愛せれば、愛してもらえば、孤独でなければそれでいいんだよ。どんな男であろうが、女であろうが自分を認めて、自分を孤独にしなければ誰にでも股を開くんだよ……」

 

だから、彼女は自分を孤独にせず、愛してくれる斬乂を身体を張って求める。

とんだビッチだ、とカラカラと狐面の少女は笑った。

すべてをわかった様に言葉を発する狐面の少女を見て紫は思う、

 

「あんた、雪の事をどこまで知って……」

 

「全部、哉。彼女の頭の先から、爪先まで。果ては考えてることも全てを知っている」

 

クスクスと笑いながら答える狐面の少女を見て、紫はその言葉が冗談に聞こえなく、恐怖を覚えた。

 

そして改めて思う。

この女はヤバい……。

 

「で、このまま放っておくと……、餓者髑髏はあのまま地底に掘り進んじゃうよ?」

 

紫がさらに狐面の少女に警戒を向けていると、あっけらかんな声を出し狐面の少女はそう言う。

 

紫はそう言われるとわかっていると言いたげな顔をして、雪の方に視線を向ける。

 

今の雪は自身の巨大な骸骨の頭が埋まるほどまで地を掘り進めていた。

このまま掘られても結界が貼ってあるので地底に辿り着くことはまず無い。

しかし、あのままにしておく事は出来ない。

雪であった骸骨のいる妖怪の山は幻想郷を誇る最大の妖怪集団だ。

将来的にも妖怪の山の勢力は必要になるだろうし、いずれ幻想郷を囲むために結界を張った後に、妖怪と人間のバランスを保つ為に必ず要る勢力だ。

もし、あそこで雪であった骸骨に暴れられたら全滅する。

今は土を掘っているだけかもしれないが、地底に辿り着けないことに癇癪を起こすかもしれないし、完全に理性がなくなって暴れるかもしれない。

 

そうなる前に防がなければ、と紫は悩む。

しかし、どうやって?

やっつける?

無理だあんな巨大なモノに太刀打ちできない。

ならば……

 

「おや、彼女を封じる気かい?」

 

紫が雪であったモノの対処を考えていると、茶化す様に狐面の少女が声をかけてきた。

心を見透かされた様にその言葉を吐かれた紫は、狐面の少女を睨みつけた。

 

「あなた……、心を……」

 

「いや、読んではいない哉」

 

紫の言葉を遮る様に狐面の少女は言った。

紫はまた心に思っていた事を言われ、確信する。

こいつは人の心が読めるのだ、と。

 

「くく……さて、どう封印するの哉? 妖怪の賢者殿?」

 

挑発する様に言う狐面の少女を紫は睨みつける。

しかし、今はこんなのに構っている暇は無いと言いたげにスキマを開き、指を鳴らした。

 

「お呼びでしょうか、紫様」

 

スキマの中から金髪で金色の九本の尾を生やす女性が、紫に畏まる様に出てきた。

 

「藍、ありったけの札と封印具を!」

 

「かしこまりました」

 

紫は慌てながらも簡潔に言うと、藍と呼ばれる従者は落ち着いた様子で再びスキマの中に入り込み消えていく。

 

「九尾の式神ねぇ……。いいもの持ってるじゃないか」

 

「うるさいわね、私は忙しいの。何処かに消えなさい……」

 

「へへ、怖い怖い」

 

狐面の少女はそう言い残し、背中から倒れこむ様に座る鏡の中に身体を沈ませ消えていった。

 

そして紫は一人になった。

一人、哀れむ様に雪だったモノの方に目を向けた。

 

「……鬼神に、なんて説明すれば良いのよ」

 

紫はそう言いながらも心の中で舌を打つ。

そして唇を噛み締めて、雪であったモノの方に飛んでいく。

 

友を止める為に、封印()しにいく為にーー

 

 

 

 

 

 

朝日とともに現れた餓者髑髏。

しかし、無事に妖怪の賢者により妖怪の山にて封じられました。

 

これは"髑髏塚異変"と呼ばれ後世に残りました。

そして、その日一人の妖怪が幻想郷から姿を……。

 

 



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仮面

「あはははははっ! 計・画・通り☆」

 

狐面の少女は高らかに笑う。

赤い鳥居の上に腰を下ろし、そこから見えた"モノ"を見て狐面の下で口を開けて笑う。

 

現時刻は夕陽が昇りかけの頃。

狐面の少女は三人の少女に囲まれながら、機嫌よく足を振る。

そんな様子を見てか、狐面の少女をかこむ少女の一人で、翠色の髪をした少女がニタニタと笑いながら狐面の少女を見る。

 

「もぉー、人の不幸を見て笑うとかぁ相当クズねぇ。そこに痺れてぇ、憧れちゃうわあぁ」

 

鎌鼬、黒桜 刃が狐面の少女の脇腹をからかう様につつく。

そしてさりげなく自身と同じくらい膨らむ狐面の少女の大きな胸にも手を伸ばすが、彼女らの後ろに浮かんでいる少女の手によって、その行動は妨害された。

 

その少女は紫色の髪のおさげをたらす少女。

彼女は狐面の少女と刃の後方の宙におり、円形の鏡の板に腰を下ろして浮かんでいた。

そして二人の間に割り込む様、刃の行動を遮るためにペシリと刃の手を叩き、狐面の少女の胸を触れる前に止めた。

 

「あらぁ、鏡ぅ。貴女のおっぱい触るわけじゃないんだからいいじゃなぁいのぉ?」

 

刃は少女、鏡によってセクハラ行為を止められたが、不機嫌にはならずニタニタとした顔で鏡の方に振り向いた。

 

しかし、鏡はその言葉を気に入らないのか眉間にシワを寄せ、腰を下ろしている鏡の板に文字通り手を突っ込み、鏡の中から一枚の藁半紙と筆を取り出してその紙に何かを書き始めた。

そして、書き終わると見せつける様にその紙を刃の顔の前に突き出した。

 

『わたしのおっぱい』

 

鏡が刃に見せた紙にはその様な事が不器用な文字で書いてある。

そして、書かれた文字通りに主張する様に鏡は狐面の少女の首に後ろから抱きつく。

その時の表情は顔が物凄く真っ赤で恥ずかしそうだが、これだけは譲れないという様に狐面の少女に抱きつく。

 

そんな鏡の愛くるしい所を狐面の少女は見てか、微笑んだ。

 

「鏡のおっぱいでもない哉?」

 

その言葉に鏡は目を見開く。

なん……だと……、という様に狐面の少女に目を向けた。

 

「いや、逆になんでそう思ったの哉?」

 

『すきだから』

 

鏡はそう紙に書き込む。

狐面の少女の顔の前につきだし、その言葉に恥ずかしいからか顔を真っ赤にして、狐面の少女の背中に顔を隠す。

 

どうしてその考えに行き着く、と狐面の少女は苦笑いを浮かべた。

まあ好きにさせておこうと思い、鏡の頭を軽く撫で適当にあしらおうとしたが……。

 

「あー、鏡ちゃんずるいですぅー。私もお姐さまに抱きつきますぅ」

 

といいながら空色の髪をした少女の憑が、鏡に便乗する様に、にぱーと笑いながら狐面の少女の脇腹に抱きついてきた。

軽々しく抱きついてくる憑を見てか、鏡は機嫌を悪くした顔で睨みつけた。

そして、先ほどと同じように紙に文字を書いて伝える。

 

『ひょうじゃま』

 

「邪魔じゃないですよー。私もお姐さまが大好きなんですー」

 

鏡と憑が言い合いを始めた。

そんな間に挟まれた狐面の少女はため息をつく。

歪んだハーレムだ、と思いながらも二人の頭を撫でなだめる。

そして、この面倒くさい空気を変えるために口を開く。

 

 

「ま、取り敢えず計画はうまく進んだのも、君らのおかげ哉。ありがとさん」

 

狐面の少女はそう言い、自分の顔を覆う狐の仮面を取り、少女三人に顔を向けた。

仮面の取られた少女の顔は普通の少女の顔。

肩にかかるくらいの長さをした黒い髪に、目が大きく童顔な普通の少女の顔。

 

"狐面の少女"から"ただの黒髪の少女"になった彼女の顔を見て、少女ら三人はそれぞれ笑みを浮かべた。

 

「うへへぇ、お姐さまにそう言われると光栄ですぅ」

 

「私はまだなーんもぉ、してないけどねぇ」

 

『したがっただけ』

 

二人が言葉で、一人は手記で少女の言葉に答えた。

その言葉に少女は満足したのか、仮面を取り素顔の見えた少女が笑みを見せた。

 

「はは、君らがいたから"白鷺 雪"の心を壊せた」

 

「もー、仮面とって可愛い顔見せたと思ったらぁ、物騒な事言っちゃってぇ。お姉さん貴女のそんなゲスいところ好きよぉ」

 

「だけど、今は芽が出ただけだ。華が咲いたらこれまで以上に大変となる」

 

「お姐さまぁがそれを望むならぁ、私はついてくだけですぅ」

 

「これはボクにしか得の無い、自分勝手な"物語"だ」

 

『からだもこころもあなたとあり』

 

少女はそれらの答えに満足気に微笑む。

そして、夕陽が沈んでいく空を見て感傷に浸りながら口を開く。

 

「長かった、長かったよ。千年続いた"物語"も中盤を終え、あとは幕が再び上がればいよいよ終焉だ」

 

 

そして運命は再び動き出すーー

 

 

 

少女はそう呟き、狐面の仮面を被りなおす。

 

 

 

「それまではお別れだ、"ミコトちゃん"」

 

 

 

少女はほくそ笑む。

来る日を楽しみにーー。



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幕間 その記憶は夢を見せる
桜ノ命


「……ん、ミ……ちゃんっ!」

 

声が聞こえる。

声の質から少女のモノだとわかった。

だけど、聞こえてくる声はその少女のものだけでなく、複数の男女の声が聞こえる。

が、自分の耳に印象的に聞こえるのはその随分と近くから聞こえる少女の声であった。

 

肩を揺すられ、声をかけられている。

私はその呼びかけに答えるように伏せていた顔を起こす。

 

「……あかね?」

 

私は呼びかける声の主に顔を向けながら、ポツリと呟いた。

 

私がそう呟くと、黒髪の少女はムッとした顔をし、口を開く。

 

「もー、寝惚けてるのミコトちゃんっ!」

 

黒髪の少女は頰を膨らませながら、私の髪をワシャワシャと撫でてくる。

私はその少女にかけられた声によってハッキリと目を覚ました。

そして、視線を周りに向ける。

 

私が今いるところは教室。

学生特有の制服を纏った男女が、それぞれの友人とザワザワと騒いでいる至って普通の風景。

帰り支度をしている人がいることから、今はおそらく下校時刻なのだろう。

 

私は目を擦りながら幼馴染みの"彼女"に声をかける。

 

「あー、どんくらい寝てた?」

 

「朝からだよっ!? お昼も食べずにミコトちゃんったら爆睡してたじゃん!!」

 

そんなに怒鳴らなくても……。

私はプンスカと怒る"彼女"にごめんごめんと呟きながら自分の記憶を探る。

 

なんというか記憶が朧げだ。

寝る前の記憶が曖昧だ。

だけど、代わりに随分と長い夢を見ていた気がする。

 

トラックに轢かれて死んだと思ったら過去の世界に行っていて、それでその世界で死んだと思ったら妖怪になっていた。

そしてその世界で好きな人の為に妖怪を殺し続けたら、また別の人を好きになってその人と結婚、しかもその結婚相手は女の人で私より年下の見た目をした鬼。

で、その結婚した人と多少は淫靡に、そして幸せな暮らしを送っていたら私が重い病気に罹って倒れて、好きな人と引き離されて、それで……。

 

「ちょっ、なんでミコトちゃん泣いてるの!?」

 

"彼女"が慌てた様子を見せながらハンカチを取り出して私の目元を拭う。

"彼女"にそう言われることにより、私は自分が泣いていたことに気づき、疑問に感じた。

なぜ、自分は泣いているのだろうか、と。

とりあえず泣いている理由はわからないが、慌てる"彼女"を落ち着かせようと適当に誤魔化すため口を開く。

 

「あぁ、目にゴミが入っただけだよ」

 

「そうなの? 私が怒っちゃったから泣いたとかじゃなくて?」

 

私は子供か、と思いながらも大丈夫だよ、と"彼女"にいい笑顔を見せる。

 

そして、ふと先ほど思い出していた夢の内容の続きを思い出そうとするが、すでに忘れていた。

憶えているのは兎に角スケールのデカい夢で、中二くさかった夢だなー、くらいだ。

 

まあ、所詮は夢だ忘れよう。

私はそう思いながら机の中から教科書を引きづり出し、鞄に詰め込む。

そして、私に視線を送っていた"彼女"の方に目を向けたーー

 

 

 

「さて、帰ろうか"■■"」

 

 

「うんっ!」

 

 

 

私がそう呟くと、"彼女"は元気よく頷く。

そして、私の腕に抱きついてくる。

 

私が暑苦しいから離れろ、と言うと"彼女"は笑顔で私は寒いからくっつきたいのー、と言ってきた。

私はそんな笑顔を浮かべる"彼女"を見て、仕方がないなと思いながらも平和だな、とジジくさいことも思った。

なぜか、そう思った。

そして続けて思う。

 

 

この平和がいつまでも続いたら、とーー




桜ノ命ハ、平和ヲ望ムーー


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白ノ雪

「……ん、ゆ……ちゃん……」

 

声が聞こえた。

声質から女の人の声だ。

そして、懐かしい声。

聞き慣れているはずの声なのに、なぜかそう思えた。

 

私はゆっくりと目を開け、私の肩を揺すり小声で私を呼ぶ人物に目を向けた。

 

「……ん、■■ぁ……まだ、夜だぞ……」

 

私は無理やり起こされ文句を言い、上半身を上げる。

しかし、声をかけてきた人物は私の言葉を聞くと、眉間にシワを寄せ叫んできた。

 

「ちょっ! ■■って誰!? 寝惚けてるの雪ちゃん!!」

 

「……あれ?」

 

私は少女に怒鳴られたことで完全に目を覚ます。

 

私が目を開けるとそこにいたのは幼い頃から一緒にいて、今は女同士だが夫婦と言う歪な関係にある白鷺 茜だった。

そして、その白鷺 茜は一糸まとわずで生まれたままの姿で私を睨みつけていた。

 

「な、なんで茜は裸なんだ……?」

 

「そ、それは……今日は雪ちゃんに抱いてもらおうと……ってそれより■■って誰!? まさか雪ちゃん浮気してるの!!」

 

茜のその言葉で、私は先ほど寝惚けて言った言葉を思い出した。

 

そういえば私もよくわからないが、■■って誰だろうか?

確かその名前は先ほど見ていた夢に出てきた少女の名で、見た事もない服を着ていて茜と少し似ていた少女に私はそう呼んでいた気がする。

まあ、目覚めた今となってはもう夢の内容なんて朧げで忘れてしまったが。

 

「し、してる訳ないじゃん。私はいつも茜と居るんだよ? 私は茜、一筋さ」

 

「ほんと……?」

 

「……っ!」

 

涙目で上目遣いをしてくる裸の茜を見て、私は一瞬どきりとした。

同じ女のはずなのに、なぜか茜にトキメイてしまった。

茜の事が好きだから?

今の茜の姿がエロいから?

いや、確かに好きだが私は茜が友達として好きなだけで、女として好きな訳ではない。

時々、肌を重ねるがそれは茜が望むからで、私はどうしてもという茜の言葉と、夫婦としての義務感で……。

 

「なら……証拠にちゅーして?」

 

茜は唇を私に差し出して来た。

私は頰を染めながら求める茜を見て可愛いと思いながらも、躊躇いながらも茜の口に自分の口を押し付ける。

そして、接吻をかまし舌を絡ませると茜は悶えながらも私の背中に手を回して更に求めてくる。

私はそんな茜を見て自重できなくなり、全裸の茜を今ほど私の寝ていた布団の上に押し倒した。

そして、茜から唇を離して言う。

 

「えっちな子だね茜は」

 

私は意地の悪い顔でそう言うと、押し倒された茜は身体をモジモジとさせ私の目を見つめてきた。

 

「もぉ……雪ちゃんが悪いんだよぉ。私がえっちなのは雪ちゃんの事が好きだから、だよ」

 

そして、雪ちゃん以外にこんなところ見せないんだから、と恥ずかしそうに茜は言った。

私は茜にそう言われると、戸惑いと共に嬉しくなる。

こんな魅力的な女の子が私の事を好きだと言い、身体を求めてきてくれる。

例え同性で古きからの仲だとしても、なんだか嬉しい。

それが間違った恋だとしても、私はこのままでいいのかもしれないと思った。

それは、きっとおかしい事なのだろう。

でも……。

 

「なら、今日もいっぱい可愛がってやるよ……」

 

「うれしっあぁん!」

 

私は茜の言葉を遮り、茜の大きな乳房に顔を当て舐め始める。

茜は気持ちそうに悶え、更に求めるように私の頭を胸に抱きよせた。

私は彼女の肌の温もりを堪能して、目を閉じ感傷に浸った。

 

このまま、茜との幸せがずっと続けばいいのに、と。

大人になっても、お婆ちゃんになっても。

そして死んだ後もずっと茜と過ごせたら、私は幸せなのだろう。

 

けど、この茜と溶け合うように愛し合える時間がずっと続けばいいとも思う。

そして今の私を好きでいてくれる茜とずっと一緒にいられたら……、私はそれだけで幸せだ。

だけど、時は一瞬に過ぎるものだ。

ならばこの時間を精一杯、楽しもう。

そして幸せを噛み締めよう。

 

 

「あかね、ずっと一緒に居ような……」

 

 

あぁ、本当にそれだけが私の幸せだーー




白ノ雪ハ、愛ヲ望ムーー


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屍ノ夢

「……ん」

 

目が覚めた。

眩い光にあてられ、私は目が覚める。

 

「ここは……」

 

私は寝惚けた目を擦りながら周囲を見渡す。

 

そこは何処かの林の中で、木漏れ日が木と木の間から私に差し込む。

そして私はそこで木の根を枕代わりにして寝ていた。

 

「あぁ……夢か……」

 

私は目を擦りながら上半身を起こし、夢の内容を思い出す。

 

確か茜と肌を重ねた夢だった。

そして愛し合った夢。

それは懐かしき茜と過ごした夢であった。

 

あぁ、懐かしい。

 

「茜、お前の夢を見たよ……」

 

私はそう呟きながら、私と並んで寝転がっている彼女の顔を見る。

目を瞑り息もすることなく、本当に眠っているように見える彼女の死体を私は見る。

 

私が妖怪となって既に数十年の時を得ても腐る事なく姿形を保っている彼女の死体。

おそらく私の能力に関係しているのだろうか、茜の死体は五十年過ぎた今でも腐る事なく形を保っている。

 

私は不思議なものだと思いながら彼女の死人とは思えない柔い肌を撫でる。

しかし、撫でると死体特有の冷たさがあり、彼女の温もりは感じられない。

 

「そう考えると妙にリアルな夢だったな……」

 

ふと私はそんな事を思った。

 

そして夢での彼女との情事の温もりを思い出し、少し顔を赤くする。

私はちらりと夢の中で貪り続けていた彼女の大きな乳房を見た。

 

「いやいや、流石に茜のといえども流石にやばいって……」

 

一瞬と彼女のそれに手を伸ばしかけたが、慌てて手を引っ込む。

しかし、やはり寂しさがあったので茜の死体を抱き上げた。

 

彼女の死体は冷たく、私が抱き上げても身体に力が無く抱き返してくる事は決してない。

だけど、彼女と抱き合うと私は妙に落ち着く。

冷たく温もりは無いが茜に触れると安心する。

そして私には茜がいないと、と確信してしまう。

 

「あぁ、茜よ。待ってろ、すぐにお前を生き返らせてやるからな……」

 

私は冷たい彼女の頭をひと撫でして、彼女の身を自分の影に沈みこませる様にしまう。

 

 

そうだ。

私は彼女を、茜を生き返らせないと。

でないと私は一人なんだ。

彼女が居なければ私は誰に愛されればいいんだ。

孤独な私を誰が愛してくれるんだ。

妖怪に殺され、人に否定される異形な私を誰が見てくれるんだ……。

 

やはり、私には茜しかいない……。

 

だから、私はどんなに傷ついても殺しても彼女が生き返るならなんでもしてやる。

そして彼女が生き返ったら、夢で見た事だろうがなんだろうができる。

そう思うと私は今日も頑張れる。

 

「さて、今日も殺りますかーー」

 

私はそう呟き、頭に響く怨霊らの声に耐えながらも歩き出す。

 

私が妖怪を喰らい、力をつければ茜は生き返るはずなのだ。

だから私は殺し続ける。

今日も明日も明後日も、彼女が生き返るその日まで。

 

私がこの孤独感から解放されるその日までーー




屍ハ、孤独ヲ埋メルーー


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「……ろっ、起きろ馬鹿っ!!」

 

「ぐえっ!」

 

私がウトウトと寝ていると、突如、誰かに腹を蹴られる衝撃を受けた。

そして私は寝込みを襲われたと思い、わたしの腹に蹴りを入れてきた奴の足を掴み、手元に引っ張り転ばせ、そいつの腹の上に跨って馬乗りになる。

 

そして、蹴られた仕返しに顔面に一発拳を入れようとしたら見知った顔であった。

 

「あ、妹紅か」

 

「あ、妹紅か、じゃねぇよっ! せっかく起こしてやったのにこの仕打ちは酷くないか!?」

 

私を蹴った人物、藤原 妹紅が私に怒鳴り散らしてそう言ってきた。

 

いきなり寝込みを襲われたものだから、思わず頭をトマトにしてやろうと思っていたので妹紅だと気づかなかったら危なかった。

 

「あぁ、ごめん。昔の夢を見てたから……ってやり始めたのはお前だからな? というわけで一発殴らせろ」

 

「お前が起きないのが悪いんだろっ!?」

 

妹紅の言葉を聞き、本当に私の寝起きが悪かったのだろうとは理解はできるが、蹴って起こす事はないと思う。

もう少しデリケートに起こしてほしいものだ。

私も一様、れでぃーなのだから丁重に扱ってほしい。

 

それに昔の頃の夢を見て気が張ってて……ってどんな夢を見てたんだっけか?

昔の夢って事は思い出せるのだが、んー……あとは思い出せない。

 

 

「てか、とっとと退けよ! 重えぇんだよ!」

 

私が夢の内容を思い出そうとしていると、妹紅がジタバタとしながら私の身体を揺すってきた。

 

「む、私はそんなに重くはないぞっ!」

 

「まあ、そうだよな。余計な脂肪がついてないし」

 

妹紅がそう呟きながら私の胸あたりを見る。

私はその言葉にカチーンときて口を開いた。

 

「ああんっ! 妹紅だって私と変わらないだろ!?」

 

「お前と一緒にすんなっ! 私はお前と比べればふた回りくらい違いますよーだ、このペタンコっ!」

 

妹紅はそう言いながら私に馬乗りをされた状態で私の胸の薄さを主張する様にバシバシと叩いてくる。

その行動に更にイラッときた私はお返しにと妹紅の胸を鷲掴みした。

 

私の行動に妹紅はほんの少し紅潮させ驚き、私はしてやったりという顔をするが、妹紅のそれを掴み私の手に収まりきれないそれを、モニュモニュとすると気分が段々と沈んでいく。

そして、本当に私よりふた回りくらいあった事を知り凹む。

 

「……妹紅の癖に、生意気だ」

 

「え、なんで私が悪いみたいになってんの?」

 

いや、悪だろ……。

私のおっぱいは叩いてボヨンではなくバシバシという音の癖に、妹紅の胸はモニュモニュってなるんだぜ?

明らかにぎるてぃーだろ?

 

「てか、とっとと退けよペタンコ……」

 

「も、揉めるくらいは……あるわい……」

 

私が妹紅との格の差に打ちひしがれていると、妹紅が私の退去を催促してきた。

私は妹紅のその言葉に妹紅と私の圧倒的パイ力に差を感じ、唇を噛みしめながら妹紅の上から退いた。

 

私が妹紅の上から退くと、妹紅は身体をほぐす様に背伸びをする。

そして、今のくだらないやり取りがなかったかの様に妹紅なニカッと笑いながら私の方に振り返り口を開いた。

 

 

「じゃぁ、今日はどっちの方角に行こうか?」

 

 

その言葉に私はドキリ、とした。

妹紅と一緒に旅をする中で何度か聞いた事のある言葉。

それは特に目的地がない時に妹紅がよく私に聞いてくる言葉だ。

 

なのになぜ私は妹紅のその言葉に動揺した?

 

 

ごめんーー

 

 

私の頭にふとその言葉が思い浮かぶ。

なぜだろうか?

短い言葉な筈なのに、酷く切なく、悲しい言葉な気がする……。

 

「おい、雪。惚けてどうしたんだ?」

 

妹紅が惚ける私に心配してか、私の顔を覗き込みながらそう尋ねてくる。

私はいきなり顔を近づけてきた妹紅に頰を少し染めながら何もない事を伝える。

そして、適当な方角に指を指してあっちの方に歩いて行こうと提案した。

妹紅は私の言葉にそうだな、と言い首を縦に振るが疑問を向ける目で私を見てきた。

 

「なんでそっち?」

 

「い、いやなんとなくだ!」

 

口が裂けても適当に決めたとは言えない、と思いながら妹紅に言うと妹紅は変な奴、と言いながら首をかしげる。

そして、まあ良いかと言って私が指差した方へ向いて口を開いた。

 

 

「ま、お前となら何処だっていいや」

 

私は、私はお前とーー

 

 

妹紅のその言葉と同時に、私はまた別の言葉が脳裏に浮かんだ。

妹紅のかけてきた明るい声とは違い、その電波の様な声は辛く悲しくて、すっと頭を横切った。

 

さっきから何なのだろうか?

変な言葉が頭を横切り、無性に悲しくなってくる。

 

 

「さて、じゃあ行こうぜ」

 

雪、幸せになーー

 

 

まただ……。

また妹紅の言葉とかぶるように聞き覚えのない言葉が脳裏に走る。

 

なぜ、その言葉が聞こえてくる……。

私の中にいる怨霊の声か?

違う、そんな気持ち悪いものではなくただ純粋に悲しくて……。

 

 

「なぁ、雪……」

 

 

頭の中に聞こえてくる声に立ち止まっていると、私の前に歩く妹紅が振り返り私に手を差し伸べていた。

そして、私が妹紅の呼びかけに反応し顔を上げた瞬間に妹紅は口を開く。

 

 

「私達って、友達だよなーー?」

 

 

あぁ、そうだ。

私はその言葉に首を縦に振ろうとした。

 

しかし、なぜか頭を縦に振る事は出来ない。

なぜだろうか?

なぜ、私はその言葉に自信を持って首を振れないのだ……。

でも、確かに私と妹紅は友達で……

 

 

 

『はっ、嘘つけよ。私よりパッとでの女を選んだくせに……』

 

 

 

突然、私の周りが暗くなった。

 

そして先ほどの電波の様なものとは違い、妹紅の声ではっきりと私の頭に声が響く。

妹紅は何処にも居ず、私の周りは暗闇だけが広がっているのに、何処にもいないはずの妹紅の声が頭に響く。

 

私は突如、聞こえてきた妹紅の声に反応し、そんな事ないと首を横に振った。

 

しかし、声は止まらず聞こえてくる。

 

『なわけないだろ、私は知ってんだ。お前はただ誰かと居れるなら、相手は誰でもいいんだ』

 

違う……そんなんじゃ……

 

『あいつと結婚したのも、お前はただ存在が認められて嬉しかっただけだろ?』

 

違う……違う……わたしは……

 

『あいつと一緒に寝たのも、温もりが欲しかっただけだろ? 身体で愛されてるって事を実感したかったんだろ?』

 

そんなんじゃない、わたしは本当にあいつを……

 

『愛されれば、誰にでも身体を許す変態の癖に……』

 

違う……わたしは……

 

『なぁ、知ってるか雪?』

 

もうだまってくれ……

 

『お前はただ白鷺 茜の代わりにあの女を好きになっただけなんだぜ?』

 

もう、それいじょう……

 

『それに……』

 

もう……やめて……

 

『白鷺 茜がお前にした様にーー』

 

 

「だまれっ!!」

 

 

私はそう叫び頭を抱え、なにも無い暗闇の中で蹲る。

しかし、その妹紅に似た声は私の様子を気にすることなく、直接私の頭に響かせる様に呟いた。

 

 

 

『お前も、あの女に依存してんだよ……』

 

 

ちがう……

わたしはただ……

 

『お前の心は、とっくの昔にイかれてんだよ……、お前が白鷺 茜を生き返らせようとする前からな』

 

そんなんじゃない……

それに、妹紅の声でそんな事を……言わないで……

 

 

私は、私は本当にあ■ねを、斬■を愛してたんだーー

 

 

だから、■紅の声でそんな事を言わないで。

私は嫌な声が聞こえない様に耳を塞いだ……。




其ノ愛ハ、ハタシテ何カーー


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私は勢いよく飛び上がるように、身体を起こした。

はぁはぁと息を吐きダラダラと汗を垂らす私は呼吸を整えながら周りを見回す。

 

薄暗い部屋で灯りはなくて月光だけが頼りな部屋に私は居た。

そして、私の隣には全裸で寝ている愛しの"あの人"がいた。

 

「んにゅ……雪ニャン起きちゃったんですかぁ……」

 

私の突然の飛び起きに目が覚めたのか、愛しの"あの人"は目を擦りながら、うすら目で同じく全裸の私の方を見つめてきた。

 

「あぁ……、目が覚めてな」

 

「ふふ、怖い夢でも見ましたか」

 

私の言葉に愛しの"あの人"は笑って答えてくれた。

私はその笑顔を見て、安心すると同時に不安になってしまう。

そんな笑顔を見て、私はあの"最悪な夢"での出来事を思い出した。

 

「■乂……」

 

私は愛しの"あの人"に抱きつくように密着した。

互いに生まれたままの姿なので、くっつくと体温やら匂いやら柔らかさなどを直に感じ、変な気分になってくる。

しかし、私は丁度いいと思いながら擦り付けるように愛しの"あの人"の裸に抱きついた。

 

「どうしたんですか?」

 

「なぁ、斬■は……私の事を愛してるか?」

 

私が甘えるように愛しの"あの人"に寄り付いてそう尋ねると、愛しの"あの人"は急な言葉にポカーンとするも、すぐに微笑んで私の頭を撫でてくれた。

 

「えぇ、愛してますよ。すっごく愛してます」

 

「……あぁ、知ってる。私も愛してる」

 

愛しの"あの人"の言葉に私は顔をニヤけさせながら返し、さらに力強く抱きつく。

そして愛しの"あの人"の顔に口を近づけた。

しかし、その行動は愛しの"あの人"の手によって止められた。

 

「雪ニャン、寝る前にしたばっかですよぉ?」

 

「……うるさい、抱け」

 

私はそう言いながら私の頭を制止させた手を退けて、愛しの"あの人"にキスをする。

そして、貪りつくように舌を舐めまわした。

 

10秒ほど私が口を押し付けていると、愛しの"あの人"は私を引き剥がすように肩を押す。

 

「うへへ、気絶するほどされたのに、まだ求めるなんて雪ニャンはイケない子ですねぇ」

 

愛しの"あの人"がそう言うと、今度は愛しの"あの人"が私の唇を奪い、空いている両手をそれぞれ私の胸と股に持ってくる。

愛するように撫でられ、私は小さく喘ぎながら、さらに望むように愛しの"あの人"に身体を押し付ける。

 

「わ、わたしを……こんな風にしたのはお前のせいなんだ……。おまえが好きだから、わたしは、こんな……」

 

「ありがとうございますねぇ、お礼にいつもよりじっくりして上げますねぇ……」

 

「……う、ん」

 

私が愛しの"あの人"の大きな乳房に顔を埋めながらそう言うと、さらに私を触る手がイヤらしくなる。

私はその快感の変化を感じながら愛しの"あの人"に身を委ねた。

 

そして行為の最中にふと言う。

 

「うひ、雪ニャンは本当に可愛いですねぇ」

 

愛しの"あの人"の言葉に私の乙女はさらに疼き嬉しくなる。

そして、喘ぎながらも震えた声でお礼を言おうとすると、愛しの"あの人"が続けて言葉を言ってきた。

 

 

 

「でも、そろそろ飽きてきたので捨て頃ですかね?」

 

 

突然と、愛しの"あの人"は私の事をゴミを捨てるのと同じ感覚で言ってきた。

 

私はその言葉に、愛しの"あの人"にかけようとしていた言葉を詰まらせて愕然とした。

私は信じられない様な物を見て、愛しの"あの人"を見た。

しかし、愛しの"あの人"は続けて言葉を言ってくる。

 

「いやぁ、都合良く私にだけ股を開いてくれるのは嬉しいんですが、そろそろ雪ニャンの反応にも飽きてきちゃって」

 

愛しの"あの人"はいつの間にか私に対する愛撫では止めており、私を覚めた目つきで見てくる。

私はその愛しの"あの人"の言葉に信じられない事を伝えるため口を開いた。

 

「な、なんで……私の事を愛してるって……」

 

私が、そう尋ねようとすると先ほど見た夢と同様に、辺りが暗闇に染まる。

 

そしてそんな中でいつの間か愛しの"あの人"は普段から着ている煌びやかな着物を着ており、私は私で全裸のまま膝をつき愛しの"あの人"を見上げていた。

 

愛しの"あの人"はそんな暗闇の中で私に冷たい目を向け、私の言葉に対する返答をした。

 

「あー、それは雪ニャンの身体に、って事で雪ニャン自体にはそんなに執着はないからですねぇ」

 

「……え」

 

「私ぃ、見た目とえっちの時の反応が可愛い女の子だったら誰でもいいんですよねぇ。でもぉ、雪ニャンは長いこと抱いて飽きちゃったので、もういらないでーす」

 

「な、なんで……そんな事を……」

 

私を見下す"あの人"に震えながらも声をかけると、"あの人"はさっぱりと言い放った。

 

 

「でも良いじゃないですか? 雪ニャンも愛してくれる相手なら、誰でもいいんですよね?」

 

愛されれば、誰にでも身体を許す変態の癖にーー

 

 

その言葉は先ほど見た夢と同じ様に■紅と同じ様な言葉を言い、私の脳裏にその妹■の声が浮かんできた。

 

私は先ほど見た"夢"と同じ様なその言葉を拒絶する様に、みっともない姿のまま口を開く。

 

 

「■■はっーー、■■はそんなことは言わない!! こんなのまた夢に決まってるっ!!」

 

「えぇ、そうですね。けど……」

 

夢。

やはり夢だった。

人間の時のも、茜の為に生きた頃のも、■■と旅をしたのも、今見てた■■との夜伽も全部、夢だった。

ならば、私が今まで妖怪として生きてきたのは全部夢で、"白鷺 雪"という存在も夢だけの偽りの存在で……。

 

「これが"現実"だったんですよ?」

 

「違う……」

 

「貴女が白鷺 茜を好きになったのも」

 

「違う……」

 

「貴女が妖怪になったのも」

 

「違う……」

 

「貴女が意味の無い殺しを続けたのも」

 

「違う……」

 

「貴女が友を捨てたのも」

 

「違う……」

 

「貴女が孤独を埋める為に結婚したのも」

「違うっ!! 全部、悪い夢なんだ!!」

 

私が■を好きになったのも。

私が妖怪になったのも。

私が意味の無い殺しを続けたのも。

私が■■と旅をしたのも。

私が■■と結婚したのも。

全部、全部夢なんだ。

 

本当は私"白鷺 雪"なんて存在は私の妄想で、本当は私は"桜井 命"でトラックになんかには轢かれてなくて、ちょっと長い夢を見ているだけなんだ。

こんな、過去に転生したとか妖怪になったとかそんな夢見物語があるはずがなかったんだ。

 

だから、こんな夢は早く醒めろ……。

こんな意味のわからない夢は早く覚めて、あの"平和"だった世界に、暮らしに、私を返してくれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、そうだね。こんな悪い夢からは早く醒めるべき哉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声は、■■の声ではなかった。

それどころか■■の姿はいつの間にか消えていた。

そして、私は暗闇の先から伸びてきている変な札の巻きつく幾つもの鎖に全裸で縛られていた。

まるで封じられる様に縛られていた。

 

私がこれはなんだとジタバタと暴れているそんな時、その声が聞こえた。

 

「怖かったよね、妖怪に殺されて、人に否定されてくる人生は」

 

その声はいつの間にか私の目の前に現れた"狐面"の人物から発せられたものだった。

その"狐面"の人物は、男物の着流しを着ており、髪の毛が肩にかかるくらいの長さの黒髪の女性であった。

いや、女性というより私と同じ位の身長で少女と言える。

しかし、胸のそれは少女とは言えないほどの大きさで結構大きい。

 

その"狐面"の少女に、私は見覚えがあった。

かつて、"白鷺 茜"を生き返らせようと、私が能力に目覚めた時にキッカケを与えた女だ。

 

「……おまえ、なんだよ」

 

「ボク? ボクは神様さって前に言ったよね?」

 

「なわけないだろ……、何処に殺しを勧める神様がいるんだよ……」

 

「はは、ボクはただ白鷺 茜が生き返るかもって言っただけで殺し云々は君が勝手に勘違いしてやり出したことだよ」

 

その"狐面"は鎖に縛られて身動きの出来ない私の顔を覗き込む様に見る。

私はそんな言葉にイラつきを感じた。

 

「それに、実際に生き返った様に動いただろ? 君の能力で傀儡の様に操って」

 

「き、貴様っ!!」

 

私は耐えきれずに怒鳴り散らした。

その言葉は私の今までの全てを否定するものに等しい。

力を手に入れるまで殺されて、拭いきれないほど血で手を汚して、生き返る事のない■を、■を……。

 

「でも、君にとってもそんなに悪いものではなかったはずだ?」

 

「…………」

 

「殺す為に鬼子母神に挑み、籠絡されて愛すべきものができた。どうだい、あれも一種の女の幸せだとは思うが? えーと……彼女を想い続けたのが五百六十七年とイチャラブ期が二百三十一年で……合計七百と九十八年も好きだという感情を持ち続けれたんだ。だいたい人生十回分だね。そう考えると悪夢と言うほどでもないかもね」

 

ベラベラと独り言を話し続ける"狐面"。

私はその滑稽な物を語る様に話す"狐面"を見て、殺したくなった。

それと同時に言いたくなる。

 

「はっ……、というとなんだ? お前もその気持ちは依存やらなんやらと言うのか」

 

「んー、否定はできない」

 

ほら、みんな言う。

私と■■の関係は依存だって。

■■や■■の出てきた夢でも、それはただ私が長年の、■が死んでからの孤独を埋める為に縋りつくようにしたものだって……。

それに肌を重ねたのも、私がまた孤独にならないように繋ぎ止めるためだけの行為で……。

 

「あぁ……知ってるさ。全部、私の弱さからのものだって」

 

「ま、いいんじゃない哉。依存も恋愛の一種だと思えば素晴らしいものだとボクは思うよ」

 

私の言葉にうんうんと頷く"狐面"。

面を被っているからちゃんと私に同意してくれているかはわからない。

しかし、"狐面"は改める様に言葉を加えた。

 

 

「けど、君はそんな恋愛ごっこも含め、これは長い夢だと思ったーー」

 

「だって、そうだろ……? そうじゃないと考えられない。私は普通の高校生だったんだ。なのに、いきなり死んだと思ったら前世の記憶を持ったまま転生してて、それで妖怪になったとか、笑えないって……」

 

「あぁ、そうだろう?気づいたら "桜井 命"としてこの世界に転生してきて、"白鷺 雪"なんて呼ばれて、意味のわからない女と結婚してて、死んで、妖怪になって、平和からの真逆な殺しの生活が始まって、いつの間にか倒された敵と結婚しててとか、普通の女子高生ならまず送る事のない人生だろう」

 

「……なぁ」

 

なんでお前は私の事をそんなに知ってるんだ、と私は"狐面"を被るそいつに尋ねようとした。

しかし、言わなくてもいいと言うように私の唇に指をあてる。

 

 

「言わなくていいよ、ボクは神様だ。なんでも知ってるし、なんでも見てきた」

 

 

私は、一瞬だけそいつの言葉に飲まれ、"狐面"が本当に神様かと思えた。

喋り方はいまいち胡散臭くて信じられないが、自称なんでも知ってるというこいつに聞いておきたいことが一つあった。

 

私はその解を聞く為に口を開く。

 

「教えろ、これは夢か?」

 

「いや、"現実"だ。"桜井 命"が既に死んでいるのも、"白鷺 雪"に転生したのもすべて現実」

 

私はその言葉に失望した。

世の中、そんなうまくできているわけないかと。

 

しかし、だけどと"狐面"の少女は言葉を付け加え私に言う。

 

 

「君が、これを"夢"というならば、君の望むべき"現実"にしてはみたくはない哉?」

 

 

私はその言葉に唾を飲み込む。

その言葉の真意はわからないが、謎の高揚感がある。

 

そう。

あの時と、同じ感じだ。

白鷺 茜を生き返らせようと決めた時、私が能力に目覚めた時にこいつに予言と言われた時と同じような謎の高揚感。

縋りたくなるような言葉。

全くあの時と同じだ。

 

あの時の、■の死体に依存していた頃の私と……。

 

 

「……本当に、私が望む"現実"になるのか?」

 

「嗚呼、君が望めばボクは動こう。大丈夫、今度こそ君に損はない」

 

 

「本当に、私はこの"悪夢"から目覚められるのか?」

 

「嗚呼、君が望めば全てが元に戻る。帰りたいだろう? あの素晴らしき"青春"へ」

 

 

「本当に、私は、私が望む"平和"に帰れるのか?」

 

「嗚呼、君が望んだ"現実"が訪れればーー」

 

 

「本当にーー」

 

私は、何をこいつにさっきから縋るように尋ねているのだろうか?

私はこいつに一度、騙されていたのに……。

なのに、なぜ。

なぜ、わたしは……。

 

 

「本当に、私は"人間"に戻れるのかーー?」

 

 

涙を流してまで、"こいつ"に縋り付くのだろうかーー




其ノ哀ハ、望ム
夢ノ様ナ現実ヲーー


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五章 その屍は幻想を這う
宴会


幻想郷。

それは忘れられたモノらの集まる土地。

 

あるものは人外

あるものは妖精

あるものは妖怪

あるものは神様

 

他にも多種多様な人ならざるモノが暮らす。

 

しかし、決して幻想郷の外ではそれらの存在を知覚どころか、知る由もない。

何故なら忘れられてるから、忘れてるから。

本来、存在しないモノ。

 

 

それがそこ、幻想郷であるーー

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

本日は雪

空は曇天で、雲は黒い

白く積もるそれは幻想郷を覆っていた

 

ここ博麗神社でも雪は積もり、人々の息を白くする。

しかし、そんな雪の中でも神社ではガヤガヤと賑わっており、雪がぱらぱらと降る中でも気にせず、ビニール製の敷物の上に座り、料理を食べ酒を煽る。

そして、そこでは相容れない人と妖怪が囲み、笑いあっている。

 

今日はここ博麗神社で、宴会である。

 

この宴会は先日起きた地上での怨霊騒動の解決を祝しての席である。

その怨霊騒動……、異変とは先日に湧き出た間欠泉と共に、地底の怨霊らが地上に湧き出てきたという事件の事である。

原因は地獄の鴉やら地上の神様のせいだったのだが、ここではそこらの説明は省かせてもらおう。

 

それで、つい先日にその異変と幻想郷で呼ばれる事件は解決され、その解決祝いとしてここ博麗神社でその宴会が行われているのだ。

この宴会では、祝勝以外にも異変の首謀者と迷惑をかけられた人らが仲直りをしましょう、という意で開かれるのは幻想郷での暗黙の了解である、のだが……。

 

 

「緑ぃっ! 待ちなさいコラァァァ!!」

 

 

脇の開いた巫女服を着る少女。

博麗神社の巫女で幻想郷の結界を管理し、妖怪退治を生業とする少女。

名は博麗 霊夢。

 

冬にもかかわらず脇の開いた巫女服を着る少女が、鬼の様な形相を浮かべ同じ様な巫女服を着る緑髪の少女を追いかけていた。

 

「ひぃぃぃ!!! だ、だから、私は何にも悪くないんですってー!!」

 

霊夢と同じ様な脇開きの巫女服を着る緑髪の少女。

名前は東風谷 早苗といい、妖怪の山に近年引っ越してきた守矢神社の風祝である。

 

ちなみに、なぜ追われているのかというと今回起きた異変の原因の二人、というか二柱が半分を占めるほどの元凶であり、異変解決を義務化させられている霊夢が余計に仕事を増やされたとキレ、その二柱の巫女と言える早苗にトバッチリが来ているのである。

さらに付け加えるとその二柱は現在、神社の境内の端っこで仲良く酒を飲んでいる。

そして、その二柱は異変の事を何一つ知らなかった早苗が、謂れのない罪で追われていることに気づかず酒を煽っていた。

 

 

「あっはは、頑張れ早苗ー。捕まったら喰われるぞー」

 

追いかけっこを続ける二人を酒の肴にし、ゲラゲラと笑っている金髪の少女。

彼女は霧雨 魔理沙といい、現在は友人のパチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドと同席し、盃を傾けている。

 

「た、他人事だと思っ……」

 

「しゃっあ!捕まえたあっ!!」

 

「きゃー!? 助けて神奈子さまー、諏訪子さまー!!」

 

早苗は背中から霊夢に飛びつかれ、押し倒される。

そして、背中に馬乗りにされた状態で手足をバタバタとして助けを求めるが肝心の二柱は今だに気づかず酒を煽る。

故に早苗に助けは来ない。

なので、早苗は霊夢に下敷きにされボコスカと殴られ悲鳴をあげ始めた。

 

そんな様子を見て、魔理沙は笑っていると服の裾をくいっと引っ張られ名前を呼ばれる。

 

「ん、なんだパチュリー?」

 

「魔理沙……、眠くなってきたから膝枕してちょうだい……」

 

頰を少し染めながら、魔理沙から目をそらして言うパチュリー。

魔理沙はその頼みごとに特に断る理由はなかったので受諾しようとしたのだが、傍にいるアリスが声をかけて制止してきた。

 

「パチュリー……、抜け駆けはいけないんじゃないかしら?」

 

「知らないわ、早い者勝ちよ。貴女がチキってたのが悪いわ」

 

「……やるの?」

 

「やってやるわ」

 

アリスの言葉に立ち上がるパチュリー。

互いにニコニコとはしているが、オーラというかなんというのかが黒く、近寄りがたくて魔理沙は少し引いていた。

そしてアリスが神社の裏の方を顎で指し、パチュリーは首を縦にふり二人並んで魔理沙のそばから離れていく。

 

魔理沙は今から戦場に赴く戦士の様な二人の後ろ姿を見て、仲良いなーと思いながらも盃を傾けていた。

 

 

「あら、パチュリー様は?」

 

魔理沙が消えた二人の向かった方を見つめていると、急に背後から声が聞こえる。

魔理沙は声の聞こえた方を向くと見知った顔であった。

 

その声の主は銀髪のメイド服を纏う少女こと十六夜 咲夜である。

 

「お、咲夜じゃないか?」

 

「魔理沙、パチュリー様を知らない? 薬を持ってきたのだけど……」

 

「あー、パチュリーならあっちの方に行ったぞ、アリスとな」

 

魔理沙はそう言いながら先ほど二人の向かった神社の裏の方に指を指す。

その魔理沙の言葉に察したのか、咲夜はため息をつく。

 

「貴女も、罪な女ね」

 

「おいおい、そりゃあどういうことだよ?」

 

「私から言うことじゃないわ」

 

薬はここに置いておくわ、と咲夜は言いクスリと笑って魔理沙の元から去っていく。

魔理沙は意味深な咲夜の言葉に首を傾げるも、まあ良いやと思い、気にしない事にした。

 

魔理沙は咲夜の去っていく背中をボケーと見つめていると、とある人物が咲夜とすれ違ってこちらの方に、向かってくる事に気づく。

その人物に気づくと魔理沙は大きく手を振ってその人物の名前を呼ぶ。

 

 

「おーい! 何やってんださとり?」

 

常にうす目の少女で今回の異変の首謀者の関係者、古明地 さとりが何かを探す様に歩いているところを見つけ魔理沙は声をかけた。

声をかけられたさとりは呼ばれた事に気づくと、魔理沙の方に近寄ってくる。

 

「魔理沙……さんでしたっけ?」

 

「あぁ、霧雨 魔理沙だぜ」

 

魔理沙はさとりの疑問形に答える様に名乗る。

さとりは魔理沙の姿を見ると今回の異変解決の一端を担っていた事を思い出し、頭を下げた。

 

「魔理沙さん、今回はご迷惑かけてすみませんでした。ウチのペットが……」

 

「良いって良いって、それより誰か探してたのか?」

 

「ええ、霊夢さんに改めて謝罪をと……」

 

「それはやめといた方がいいぜ……。今、アレだから……」

 

魔理沙は呆れた顔をしながら親指を早苗に乗りかかる霊夢の方に向ける。

さとりはチラリとそちらの方を見て納得した様にその様ですね、と納得し魔理沙の方を向く。

そして、魔理沙の方をジッと見つめ首を傾げる。

 

「貴女、私のことをなんとも思わないんですね?」

 

「は? なんのことだよ」

 

いきなりの言葉に魔理沙は首を傾げる。

さとりは魔理沙のその反応を見て、口を開く。

 

「いえ、知らないならいいです」

 

さとりのその言葉に魔理沙は変な奴と、答える。

 

そして、さとりは霊夢が暴れ終わるまでその場で待とうとし、魔理沙の隣でその喧噪をジッと見つめ始める。

魔理沙は無口なさとりが隣に突っ立ち、気まずくてしょうがなく、チラチラとさとりの方を見た。

そんな魔理沙の視線と気まずいという心の声を聞いたさとりは、ふと思いつく様に口を開いた。

 

 

「魔理沙さんは……白鷺 雪という方を、ご存知ですか?」

 

 

さとりは魔理沙の方に目を向けずにポツリと尋ねた。

突然と口を開いたさとりに魔理沙は一瞬きょどるも、思考を巡らせる。

 

自分の人間関係にその様な人物は居ないどころか、名前すら聞いたことがないと思う。

魔理沙はその旨を伝えようとすると、唐突に早苗が魔理沙の膝の上に泣きついてきた。

 

「びえぇぇー、魔理沙さーん! 霊夢さんがすんごい殴ってくるんですよー!」

 

「なに言ってんのよ。あんたらの所為で私の貴重な時間が無くなったのよ、殴るだけじゃ足りないわ」

 

魔理沙に縋り付くように泣きつくボロボロの早苗と、スッキリとした顔でそれを見る霊夢。

しかし、早苗の反省していない様子を見て眉間にしわを寄せるが、視界の端に映るさとりを捕らえ、霊夢は早苗から視線を移し、さとりを見る。

 

「で、あんたは何でこんな所にいるの?」

 

「霊夢さんに、今回の件の正式な謝罪をと」

 

さとりはそう言い頭を下げるが、霊夢は律儀ね、と呟きながら手を振る。

 

「そんなの良いわよ、今回のは殆どコレが悪いんだから」

 

と、霊夢は魔理沙の膝に泣きつく早苗の背中を蹴る。

背中を蹴られた早苗はその事に文句を言うが、霊夢の一睨みですぐに子犬のように大人しくなった。

 

さとりは霊夢の心を読み、本当に怒ってないことを察しホッとする。

ボロボロになっている早苗を見て、自分も……と思っていたがその心配は杞憂だったと安心して、霊夢の言葉にさとりはもう一度頭を下げた。

 

そして、申し訳無さそうに口を開く。

 

「あの、急にこんな事を聞くのもなんですが、尋ねたいことが……」

 

さとりが改めてそう言うと、霊夢はぶっきらぼうになによ、と言い放つ。

さとりは霊夢の心を読み、聞かれる事に面倒はあるが嫌がっていない事を確認してから口を開く。

 

「白鷺 雪という人物を、ご存知ではないでしょうか……?」

 

魔理沙にした質問と同じ事をさとりは霊夢に尋ねる。

それも、先ほど魔理沙に聞いた様な適当な口調でなく、心底心配する様に霊夢にそう聞く。

 

霊夢はさとりからの尋ねに首を傾げる。

霊夢も魔理沙と同じくその名前には聞き憶えがない。

まあ、自分が名前を憶えていないだけかもしれないので特徴さえ言って貰えば、と霊夢は思う。

 

さとりはそんな霊夢の心を読み取り、口に出す。

 

「とにかく白い人なんです、髪も着てる服も、肌も白くて……それで右腕に包帯を巻いていて、首に鉄の首輪をしている人なんですが……」

 

霊夢は心を読まれた様に答えたさとりを見て少し戸惑うが、そう言えばさとりはそういう妖怪だったと思い出す。

そして、その事に若干のやり辛さを感じながらも、さとりの言う特徴と言うのを思い出す。

しかし、いくら考えても心当たりはないので、霊夢は残念ながらと伝える様に首を横に振った。

 

「てか、なんでお前はその……白鷺なんちゃらって奴を探してんだ?」

 

というかそいつは地上のやつか? と思いながらも魔理沙は、顔を曇らせその名前の人物の消息を心配する様にしているさとりを見て尋ねる。

 

「その……友人が長い事その人物に会っていないと心配していたので、私も心配に。地上の何処かに居るのは分かるのですが……」

 

普段は無愛想だと聞く地底の主の不安そうにする顔を霊夢は見て、彼女の心配する心内を理解する。

しかし所詮は他人、深く立ち入る必要はないと思い、特に口は挟むつもりはなかった。

 

だが、魔理沙が興味深そうに顔を上げて口を開く。

 

「なんつー妖怪なんだ?」

 

幻想郷では名前よりも種族名や二つ名で知られている事が多い。

天魔しかり妖怪の賢者しかりと本名よりも二つ名の方が有名な人物が居るので、魔理沙はまさかと思いながらもさとりに尋ねた。

 

さとりは魔理沙の心を読み、質問の真意を理解する。

そして、さとりはかつて"彼女"がなんと呼ばれていたのかを思い出して、その名を言った。

 

「屍の姫、と呼ばれて……」

 

「……っ!」

 

さとりの言葉に霊夢は眉をひそめ、霊夢のその僅かな動きにさとりは気づいた。

そして、その二つ名を聞いた瞬間の霊夢の心を読んでしまった。

 

「れ、霊夢さん、その話は本当に……」

 

さとりは霊夢の心を読むと、目を見開き尋ねた。

 

霊夢は面倒な事を知られたと頭をかき、ため息をつく。

そして面倒ながらもさとりに言う。

 

「……今、聞いた通りよ。詳しい事が知りたいなら、紫か天狗にでも聞きなさい」

 

霊夢はそう言いながら、さとりに背を向け逃げる様に歩き出す。

さとりがもう少し話を、と追いかけようとするも、さとりは追うことはなくその場に立ち尽くした。

 

さとりの今の顔は真っ青であり、魔理沙はそんなさとりの顔を見て心配そうに声をかけた。

そして、さとりが心を読める事を知らない魔理沙は、心配する様にさとりの背中を摩る。

 

「いえ、大丈夫です……それより、八雲 紫か天狗……というより妖怪の山の関係者の方は何処に……?」

 

「紫は知らないが……、天狗ならあそこに……」

 

魔理沙はそう言いながら、神社の境内の中心部分で一人の鬼に絡まれている射命丸 文に指差す。

 

さとりは魔理沙の指差す方を見ると、迷いなくそちらに歩いて行った。

 



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骸ノ塚

昔々、あるところに一人のお姫様がいました

 

そのお姫様には好きな人がおりました

しかしその好きな人は死に、お姫様は世界にゼツボウしました。

そして、化け物になりました

 

 

 

 

ーーパラパラ

 

 

 

 

化け物になったお姫様は新たに恋に目覚め旅に出ました

そして、長い月日が経ちそのお姫様の恋は叶いました

 

ーー

 

お姫様は幸せになりました

化け物となってたくさんたくさん殺してきたお姫様は、結婚して幸せになりました

 

 

 

ーーパラパラ

 

 

 

結婚してから月日が経ち、お姫様の王子様は遠くの国に行く事になりました

その王子様の行く先は、辛く過酷な土地でした

 

ーー

 

お姫様は王子様とともに新天地に向かいました

そしてお姫様はその新天地で王子様と幸せに暮らそうとしました

 

 

ーー

 

 

しかし、その幸せはすぐに壊れました

 

 

ーー

 

 

お姫様にはその新天地での辛く過酷な暮らしに耐え切れなかったのです

王子様はやむをえなく、お姫様を元の土地に戻しました

 

ーー

 

お姫様は引き離された後も、その事に反対し続けました

王子様のもとから離れたくないというお姫様は、いっしょうけんめいに王子様のいる新天地に行こうとしました

しかし、お姫様はその新天地に行けませんでした

 

 

ーー

 

 

そしてお姫様は再びゼツボウしました

 

 

ーー

 

お姫様はまた化け物になってしまいました

理性を無くし、自分を見失ってしまったお姫様の化け物は暴れに暴れすべてを壊そうとしました

 

ーー

 

そんな暴れまわるお姫様の化け物に、一人の賢者が立ち向かいました

 

ーー

 

そして、暴れる化け物はその賢者によって封印されました

 

 

 

 

ーーパラパラパラ

 

 

 

 

王子様はいつかお姫様にふたたび出会う事を楽しみにしていました

しかし、お姫様はもう……パタン

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「屍の姫……か」

 

 

霊夢は神社の中でちゃぶ台の上に広げる一冊の絵本を閉じ、感慨深く呟いた。

 

その霊夢の読んでいた本の表紙は『白いお姫様』と書かれているだけの絵本で、所々に破れた部分が見られ年季を感じるものだった。

 

霊夢はその絵本を閉じると背伸びをしながら畳の上に倒れるように寝頃がる。

そして、天井を見上げて思い出す。

 

まだ自分が幼い日によく読んでいた『白いお姫様』という名前の絵本。

内容は王子様がお姫様と結ばれるというよくある話だが、結末はひどく悲しく子ども心には悲しい物語であった。

しかし、この絵本を先代の博麗の巫女に買ってもらった時に、その絵本を読んだ霊夢はひどく喜んでいた事を覚えている。

五歳になる前といえど、やはり物語というものは心躍るものであったし、恋愛ものは心打たせるものがある。

今となってもその絵本にトキメキはしないが、チラリと見て昔の自分を思い出す事があるくらいだ。

 

だが、ある時からだろうか。

あれは霊夢が十を過ぎる頃、ちょうど霊夢が博麗の巫女を継いだ時に先代の巫女に話されたことであった。

 

この『白いお姫様』という話は実話であると聞かされた。

色々と脚色はされてはいるが、"屍の姫"という妖怪と地底の鬼の頭との物語を語っているものだ、と話された。

その話をされた時には霊夢にも博麗の巫女としての自覚が出始め、少女の心が無くなりかけていた霊夢にとっては所詮は絵本の物語がノンフィクションだったんだなあ、くらいにしか思わなかった。

そして、その事を話されその屍の姫が封印されている場所を教えられ、博麗の巫女の仕事の一つとして管理するよう命じられた時にはひどく萎えたものだった。

幼い時、絵本の結末を読み救われて欲しいと思っていたお姫様を、自分が管理し封印が解けないように監視し続ける。

幼かかったとは言え、ひどく滑稽だったなと霊夢は博麗の巫女として自分自身を心の中で嘲笑ったものだ。

 

「……この絵本だと、私は二人の中を引き裂く悪い魔女ってところね」

 

霊夢がそう呟き、天井を眺め続けていると廊下から足音が聞こえた。

 

「おーい、霊夢はいるか?」

 

その足跡は女の声で、霊夢を探すように歩き回っていた。

 

霊夢はその声が聞こえると、ちゃぶ台の上に置いてある絵本を押し入れにしまい声の主がいる廊下に顔を覗かせた。

 

「慧音じゃない?」

 

顔を覗かせると銀髪の女性がそこにいた。

慧音は霊夢の存在に気づくと、声を上げて近づく。

 

「そこにいたか」

 

「なんかよう?」

 

「いや、明日は早いからもう帰ろうかとね」

 

霊夢は慧音のその言葉に、寺子屋の仕事かと想像し熱心なものだと感心する。

 

「そう。ていうかもうすぐで夜明けだからもう明日じゃないわよ」

 

「はは、そうだな」

 

「酒が残ってんじゃないの?」

 

霊夢はそんなんで寺子屋の仕事などできるのかと思う。

しかし、慧音は大丈夫だと言いながら去っていった。

 

 

「そういやあ……、もう夜明けか」

 

霊夢は慧音の去っていく背中を見て、チラリと明るくなってきた外を見る。

そして、外で今だに騒いでいる奴らをそろそろ神社から追い出さなければと思い、慧音の背中を追うように外に向かった。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

「いやぁ、やめません? 本当にやめません? 今ならまだ引き返せますよ? てか、引き返してくださいお願いします……」

 

射命丸 文。

彼女は地底からやってきた鬼の星熊 勇儀に首根っこを掴まれ、引きずられるように連れられている。

 

 

先刻ーー、魔理沙とさとりは霊夢に言われた様に"屍の姫"という妖怪の事を知りたければ天狗に聞けと言われたので、その天狗である文に聞こうとした。

しかし文とは顔見知りだったのか今回の異変解決の宴会に来ていた勇儀に文は絡まれていた。

文は酒を馬鹿みたいに飲まされ死にかけていたのだが、魔理沙らが来たことにより助かったと思っていた。

 

だが、助けられたというより魔理沙らに面倒事を持ってこられたと言った方が正しかった。

さとりが"屍の姫"の居場所はどこ? と文に尋ねると勇儀も目の色が変わり文の首根っこを掴み、その場所へと案内しろと脅されたのである。

そうして今の現状は妖怪の山の中の中腹辺りを歩き、無造作に生える草木をかき分けながら進むさとりを先頭に魔理沙、勇儀、勇儀に首根っこを掴まれ引きずられる文、という図である。

 

 

「というか文、なんでそんな嫌がんだよ? 屍の姫ってのはそんなやべえぇ奴なのか?」

 

魔理沙のその言葉に文は唾を飛ばしながら反論する。

 

「やばいもなにも、その妖怪って"妖殺し"や"純白の死神"、"鬼神のつがい"って言われてるアレのことですよね!?」

 

「おいおい天狗ぅ……まさかお前、お嬢の事を悪くいってんじゃないだろうな?」

 

「めめめめめっめそうもないです勇儀さん!!」

 

文の言葉に過剰に反応し睨みつける勇儀に手をブンブンと振りながら文はごめんなさいごめんなさい、と手を擦り合わせながら謝る。

 

そんな様子を気にしずにさとりは口を開く。

 

「えぇ、その屍の姫……白鷺 雪の居場所を私は聞いているのです」

 

「ば、馬鹿じゃないですかっ!? あの屍の姫の所に行くなんて正気の沙汰じゃないですよ!!」

 

「どんなけ拒否るんだよ……」

 

魔理沙のその呆れた言葉に文はギロリと魔理沙を睨みつけた。

 

「魔理沙さんみたいな長生きしていない人にはわからないですけどねえ、相当ヤバイんですよその屍の姫ってのは!!」

 

「ほぉー、そんなにやばいのか」

 

「そうなんですよー、だから今からでも遅くありません! 早く戻りましょうよ!!」

 

魔理沙は普段のお気楽な文の様子からは考えられない焦りが見られ、少し不安に思えてきた。

そして、チラリとさとりの方に目を向けた。

 

「……戻りませんよ。文さんは道案内に必要なのでダメですが、魔理沙さんは別に戻られても構いませんが」

 

さとりは魔理沙に不安そうな目を向けられたので、魔理沙の本心を答える様にそういった。

しかし、魔理沙はビビってなんかない、と見栄を張り前を向いて歩き続ける。

さとりはそんな様子を見て、強がりをと思いながら勇儀に視線を向ける。

 

「勇儀さんも、別についてくる必要はないんですよ?」

 

「なにいってんだい覚妖怪! お嬢の居場所がわかるかもしれないってんだ。お嬢を見つけ次第、地底にいる母さんの前に突き出してやるさ」

 

「……この事を斬乂さんに知られては、困るのですが」

 

さとりは勇儀のやる気を見て、聞こえないくらいの声でそう呟いた。

そして、文に視線を移す。

 

「文さん、本当にこのまま真っ直ぐ進めば辿りつけるんですよね?」

 

「……そうです、だからもう私を解放してくださいよー。この事がバレれば大天狗どころか、天魔様に怒られてしまいますよお」

 

文はさとりに心を読まれている事がわかりながらも言葉にして言うが、魔理沙はその文の言葉に反応する。

 

「なんでその屍の姫ってとこに行くのにお前が怒られんだ?」

 

「今から行くところは妖怪の山の中では、ぜえったいに立ち寄ってはならないところなんですよお! なのに、そんな所に私が足を踏み入れるどころか余所者まで連れて行ったのがバレれば減俸か、下手したら妖怪の山を追放ですよ!?」

 

「おい、私は余所者ってか?」

 

「ゆ、勇儀さん以外です、よ……」

 

勇儀の睨みに自信なく答える文。

その言葉をさとりは聞き、自分もかつては妖怪の山に居たのだがと思いながら口を開く。

 

「大丈夫ですよ、貴女は脅されてやって来たとでも言っておけば」

 

「そ、それでも私はあんな所に行きたくありませんっ! だから離してくださいよぉ!」

 

文はジタバタと手足を動かしながら、首根っこを掴み今だに引きずる勇儀に視線を向ける。

勇儀はそんなに取り乱す文の様子を不信に思い、尋ねることにした。

 

 

「なぁ、お嬢は……今どうなってんだ?」

 

勇儀のその言葉に文は暴れるのを止め、勇儀の顔を見る。

文の見た顔は心底心配している勇儀で、その曇った顔を見て文は察し、頭をボリボリとかきながら口を開く。

 

「勇儀さんは、屍の姫の末路を知らないんですか……」

 

「末路って、なんだよ……」

 

文の言葉に勇儀は目を見開きながら文に視線を向ける。

文はそんな勇儀の顔を見て、やっぱりと思いながらさとりに視線を移す。

 

さとりはその文の視線になにを求めているのかを理解し、勇儀に言う。

 

「勇儀さん……今から話す事と見た物は、他の方……特に斬乂さんには内緒にしていてください」

 

「覚妖怪……それはどういう……」

 

勇儀が文の首根っこを掴む手を放し、さとりの肩を掴んで言葉の真意を聞こうとするが、さとりは無造作に生えていた草木の中から小さな広場にかき出て、着きましたと言い急に立ち止まった。

そして、その草むらから出て目に入ったものを見て勇儀は目を見開いた。

 

 

「おい……覚妖怪、これは……なんなんだよ……」

 

勇儀はその立ち止まった林の中にある小さな広場の中心に建てられたものを見て、目を見開く。

 

その勇儀の見た物は、一本の木で打ちつけられた杭。

高さ三メートル、直径一メートルほどの長細い木の杭で、『髑髏塚』という文字が彫られ、注連縄に縛られた杭が地面に刺さっていた。

そして、勇儀が目を見開いて見た物はその杭の前に刺さる木でできた一つの立て看板の様なものであった。

 

 

『白鷺雪ヲ此処二封ズ』

 

 

勇儀はそれを見てフラフラと歩きながら、その言葉が書かれた立て看板に触れようとするがさとりによってそれに近づく事を止められた。

 

「勇儀さん……、近づかない方がいいです。変に近づくと雪さんの放つ怨霊に蝕まれるかもしれません」

 

勇儀はその言葉にピタリと素直に止まるが、さとりの方に顔を向けどういう事かを聞きたそうに見つめた。

 

「おい……これって……」

 

「雪さんは、ここに眠っています」

 

さとりの戸惑いのないその言葉に勇儀は冗談だろ、と呟きながら頭をかく。

そんな勇儀の不安そうな顔を見て、魔理沙は首をかしげる。

そんな魔理沙の様子を見て、さとりは口を開いた。

 

「屍の姫は……、斬乂さんの、鬼の頭領の伴侶なのですよ」

 

「……なら、ここに封印されてるのって勇儀の母ちゃんってことなのか?」

 

なら勇儀の取り乱し様もわかる、と魔理沙は納得するが、勇儀は否定の言葉をかける。

 

「いや……私らは母さんとお嬢のガキじゃないが、お嬢は……」

 

魔理沙は噤む勇儀を見て、首を傾げた。

母さんとお嬢って意味的には両方とも女だよな? と口に出しはしないが心の中でつっこんだ。

 

そんなくだらない事を考える魔理沙の傍ら、文はため息をつく。

 

「……さとりさん、地底の……鬼の方々は屍の姫の事をご存知なかったのですか?」

 

「えぇ……ちなみに私もこうなっているなんて、今日初めて知りました」

 

文はその言葉にあちゃー、と呟いた。

 

「マジですか……。私はてっきり鬼神様の承知の上で、屍の姫が眠っているのかと」

 

「斬乂さんからは、雪さんが地底では生きられない故に地上で暮らすと伺っていたのですが……」

 

だから、雪は地底から出て行ったとばかりさとりは思っていたが、今の雪の状態を見てさとりは納得した。

 

こんな状態では、会えるわけないと。

 

「まさか、封印されていたとは」

 

「おい……、母さんはこの事を……」

 

「雪さんが地上に行った後、八雲 紫に雪さんと合わせるわけにはいかないと言われたらしく、地上との情報も断絶されていたおかげで何一つ知らないはずです。というか知っているなら私が読んでいます」

 

さとりのその言葉に勇儀はマジかよ、と深刻な顔を浮かべ呟く。

さとり自身も無表情を装ってはいるが、内心ではどうするかを迷っている。

 

封印を解くと言っても解き方はわからないし、たとえ解けたとしても雪は暴れた故にこうなったと文の心から知ったので解いた途端に再び暴れられても困る。

というか文の心曰く、下手に雪の封印されている杭に近づけば、雪とともに封じられている怨霊に祟られるかもしれないと言っていた。

妖怪だとしても怨霊に憑かれることは良いことではない。

故にここは妖怪の山の中でも特に立ち入り禁止になっている。

だから、無理に封印を解こうとしても、下手に近づくことも出来ない。

 

さとりはそう思考を巡らせ、ため息をつく。

そして、今現在に考えたことを踏まえ、行動に移そうと来た道を戻ろうとした。

 

さとりが歩き出す様子を見て、みんなの視線がそちらに向く。

そして魔理沙がさとりがどこに行くか尋ねようとすると、さとりが魔理沙の言葉を先立つ様に答えようとした。

 

 

「ええ、取り敢えず八雲 紫に詳しい話を聞くので、一度、博麗神社の方に……」

 

魔理沙の疑問にさとりは振り返り、魔理沙らの方を向くが、目を見開いて言葉を遮った。

驚くモノを見て瞠目させるさとりを見て、魔理沙らはその視線の先を見るために、振り向いた。

そして、魔理沙らもそのいきなり現れた人物に目を見開き、驚愕した。

 

その人物とは綺麗な緑髪を生やす大人びた女性。

そして、その女性は雪の封印される木の杭の上に立ち尽くしてニタニタと笑いながら魔理沙らの方を見下ろし口を開いた。

 

 

「はぁいーー、お姉さんだよぉ」

 

 

鎌鼬、黒桜 刃。

彼女がそこに立ち尽くしていたーー



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開始

さとりは目を瞠目させる。

 

ありえない。

私に気づかれず背後に現れるなんてありえないと、その人物に目を向けた。

 

「あらあらあらぁ、可愛い女の子がたぁくさんねぇ〜。特にそこの天狗ちゃんなんかは私の好みよぉ」

 

緑髪の女性、黒桜 刃はニタニタと笑い文の方に指を向けながら独り言を呟く。

文はその言葉に不気味さを感じ、一歩後ろに後ずさる。

 

しかし、さとりは彼女の言葉というより、存在を不気味に感じた。

 

 

ーー心が読めない

 

 

こんな事は雪以外では初めてだ。

いや、雪は怨霊の声の方が存在感があり聞こえないだけで純粋に何も読めないのは初めてだった。

 

彼女の心からは何も聞こえない、見えない、感じられない。

自分には彼女の存在が認知できない、とさとりは感じた。

 

 

いや、そんなことよりとさとりは考えを改め口を開く。

 

「貴女……、誰ですか?」

 

「んー、黒桜ぁ刃ちゃんでぇーす」

 

きゃはと作り物ぽっい笑顔を浮かべさとりの言葉に答えた。

さとりは名前を聞き、周りにいる魔理沙らの心の声に耳を傾けるが誰一人彼女の事を知らない様子であり、顔見知りはいない事を理解する。

そして刃に次なる言葉をかける。

 

「そこは私の友人の眠る場所なんで、乗っかるのはよして頂きたいのですが……」

 

そのさとりの言葉に刃は首を傾げるが、すぐに自分の足下にある木の杭の事だと気づく。

 

「ぁあー、これのことぉ?」

 

「えぇ、大事な友人が眠って……」

 

さとりはふと気づく。

雪の封じられる杭に近づけば怨霊に蝕まれるのでなかったのでは?

それなのに何故、彼女はあんなにも近づいているのに正気を保っているのか、とさとりは思う。

 

どういう事かと文の方に視線を向け尋ねようとすると、バキリと大きな音が響いた。

 

 

「うふふのふぅ〜、大事なお友達……割れちゃったねぇ?」

 

刃はそう言いながら、杭の上から地面に降り立つ。

それと同時に、雪の封じられていた杭は上から刃物で切られた様に真っ二つに割れ、地面に倒れこんだ。

 

その場に居たものは全員息を飲んだ。

あの巨大な杭を何一つ武装していない刃の手によって真っ二つになったことに目を見開く。

しかし、そんな沈黙とした中で文だけが叫んだ。

 

「ちょっ!? 貴女そんな事をやって屍の姫が目覚めたりしたらどうするんですか!!」

 

「屍の姫ぇ? 誰かしらソレェ?」

 

文の叫びに刃は知りませーん、という様に首を横に振る。

そんなふざけた様子を見て、勇儀は怒鳴る。

 

「お前! そこにはお嬢がっ!」

 

「もお、そんな大きな声で怒鳴らないでちょうだいよぉ〜。ただでさえ暑苦しい筋肉が目に毒なのに、さらに野太い声が耳に響いたら公害ものよぉ?」

 

可愛い女の子の声なら大歓迎だけどね、と刃は言うがその言葉に勇儀はキレる。

そして、握り拳を握り、刃に向かって走り出し殴りかかろうとするが……。

 

 

「私ぃ、貴女には興味ないのぉ」

 

「いっつ!」

 

刃がそう言うと、勇儀が躓く様に倒れた。

 

「お、おいっ、大丈夫か!?」

 

魔理沙は倒れた勇儀に駆け寄った。

そして倒れた勇儀をよく見ると、勇儀の両足の膝下からは何かで切られた様な深い傷口ができ、ドバドバと血が流れており勇儀自身はその斬られた傷口を痛そうに抑え呻いていた。

 

そんな呻く勇儀を見て、魔理沙はその傷口の原因を作ったであろう刃の方に顔を向けた。

そして、顔を歪ませた。

 

 

「ーーさぁ、可愛い女の子かもぉーん。そして良い音色(ひめい)を奏でて頂戴ぃねぇ」

 

 

愛の抱擁を交わす様に腕を横に広げた刃の気持ち悪く緩む口元を見て、魔理沙はゾッとした。

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「お姉様ー、フランもう少し遊びたかったー」

 

金髪の幼女、フランドール・スカーレットが昇る太陽から身を守る様に日傘をさしながら、大きく落胆のため息をつく。

そんな様子を見て、フランの隣を歩く姉のレミリア・スカーレットが妹をなだめる様に頭を撫でた。

 

「ま、朝日も出てきたことだし家に帰って寝ましょ?」

 

「でもおー」

 

レミリアのその言葉に渋々ながらも口を尖らせるフラン。

そんな駄々るフランを見て、家に帰ったら遊んであげるからとレミリアは言い、フランは手を返す様に喜ぶ。

そんな仲睦まじい二人を見て、レミリアに日傘をさす咲夜は微笑んだ。

 

 

レミリアらは今現在、宴会を行っていた博麗神社から我が家である紅魔館に帰宅しようと、名もない林の中を歩いていた。

レミリアを先頭に咲夜、フラン、美鈴、パチュリーの紅魔組みに加えアリスが何故かついて歩く。

咲夜の後ろを歩く美鈴は欠伸をしながら歩き、パチュリーとアリスは先ほどからどちらが魔理沙を愛しているのかという議論で盛り上がっていた。

 

そんなほのぼのとした風景を見て平和だなー、と咲夜は思いながらも目の前を歩く幼女二人を見てほっこりとしていると空から二人の人物が降りてきた。

 

「紅魔のみなさん、今帰りかしらー?」

 

ピンク髪の幽霊、西行寺 幽々子が空からフンワリとレミリアの前に降り立つ。

そして、幽々子の後ろに従う魂魄 妖夢が地に降り立つと顔見知りである咲夜に向け、頭を下げた。

 

レミリアは突然と現れた幽々子を見て舌打ちをする。

 

「あら、冥界の亡霊じゃない。何か用かしら?」

 

「……もしかして私ったら紅魔の吸血鬼に嫌われてるのかしら? ねぇ、どう思う妖夢ー?」

 

レミリアの嫌なものを見た様な目に、幽々子は首をかしげながら後ろに立つ妖夢に尋ねた。

しかし、妖夢は知らん存ぜぬと言いたげに首を横に振る。

そして、質問とは別の言葉を口にする。

 

「幽々子様、そんな事よりレミリアさんに聞きたい事があるのでは?」

 

「聞きたい事?」

 

妖夢のその言葉にレミリアは首を傾げた。

幽々子はその妖夢の言葉にそうそう、と呑気に口を開く。

 

「えーとね、私と妖夢が冥界に帰ろうとしてたらねぇ、たまたま空からレミリア達の事を見つけたんだけどー」

 

「そんな御託はいいから早く要件を言いなさい」

 

レミリアはそう言いながら隣にいるフランを見る。

今ではこんなにも大人しいが、早く帰って遊びたいと言い愚図りだすと面倒だと思いながら幽々子を急かす。

 

レミリアにそう言われた幽々子はせっかちねぇとクスクス笑いながら簡潔に答える様に努めた。

 

「ねぇ、なんか変な気配を感じない?」

 

幽々子はそんな事を言いながら目を周りに向ける。

その幽々子の言葉にレミリアはさらに首を傾げた。

そんなレミリアの態度を見て、言葉足らずと思い付け加えた。

 

「んー……なんていうか空気中に変な気を感じるのよねー」

 

「気? なんの事?」

 

レミリアはその言葉を聞き、気といえばという事で美鈴の方に目を向けた。

美鈴はそのレミリアの視線に気づき、首を横に振った。

幽々子はそんな美鈴を見てそう言うのではなくて、と頭を抱えながら悩む。

 

「えーと、気っていうか気配っていうか……そう、あれねあれ!!」

 

「あれってなによ……」

 

幽々子の言葉にため息をつくレミリア。

しかし、幽々子はレミリアの反応を気にせずにマイペースに答えようとした。

しかし……。

 

 

ーーざわ

 

 

空気が凍る。

音が無くなる。

そして、不穏な空気が流れた。

 

一番初めに気づいたのはレミリアと幽々子。

そして続いてフラン以外の者が気づいた。

 

「ねぇ……もしかして、貴女の言ってたアレって、コレのこと?」

 

「えぇ……けど、いつの間にこんな量に……」

 

レミリアと幽々子は視線を周りに巡らせながら言う。

そして、咲夜は感じた不穏なモノに警戒しナイフを構え、美鈴は拳を構え、妖夢は腰に携える刀を一本抜き構えた。

今の今まで言い合いをしていたパチュリーとアリスらもその不穏な空気を感じて一枚のカードを構えた。

唯一、今の状態を理解していないのはフランのみで、緊迫とした他の者らを見て首を傾げていた。

 

「幽々子様、私の後ろに」

 

「あらー、妖夢かっこいいー。さすがは私の騎士様ね」

 

「こんな空気で冗談はやめてください……」

 

「はーい」

 

幽々子がそう言いながら悪ふざけをする子供の様に舌をだす。

そして、幽々子も懐から一枚のカードを取り出した。

 

そんな傍ら、レミリアは呑気にコントをする二人を見てため息をつき、隣に佇む咲夜を見た。

 

「咲夜、私は早く帰って寝たいわ」

 

「わかりましたお嬢様、手早く片付けます。だから美鈴、頑張りなさい」

 

「え、私任せですか!?」

 

「冗談よ」

 

うちのメイドも冗談を言うようになったのだな、とレミリアは呆れながらに思うも、そんな余裕を見て頼もしく思った。

そして再び幽々子に視線を向けた。

 

「ねぇ、この気配は……、先日起きた異変の残り物かしら?」

 

「いえ……新手のモノね。地底から出てきたアレより禍々しいモノだわ」

 

幽々子のその言葉にレミリアは成る程、と呟くと共に幽々子の事を見直す。

 

「ふふ、流石は冥界のお姫様ってところね、よくご存知で。この手のモノは慣れているのかしら?」

 

「お生憎様、私の所ではこう言った類を扱ってないのよねぇ」

 

幽々子はクスリと笑った。

 

それと同時に、"アレ"が形を成して出てきた。

幽々子らを囲むように、周りの林の影から這い出て来る。

 

ーーそれは骨。

 

ーーそれは骸。

 

ーーそれは屍。

 

何十と言う黒い瘴気を漂わせながらそれらは木々の影から這い出てきた。

何十もの人の亡骸であろう骨の兵らが影より出兵する。

 

「お姉様……」

 

不気味に這い出てきた人の形をした屍をフランは見て、レミリアの服の裾を掴み"クスリ"と笑った。

そんな笑うフランを見て、レミリアはため息を吐いた。

 

「フラン、暴れすぎないようにね」

 

「うんっ、わかった!!!」

 

フランは笑いながら、這い出た屍に猛追する。

それに続き、咲夜らもふらふらと歩きながらこちらに向かう屍に走り出す。

 

そして、レミリアは鼻息を吹きニヤリと笑った。

 

「……なんでいきなり出てきたかは知らないけど、駆逐してあげるわ! 人の亡骸の形をした"怨霊"ども!!」

 

「うふ、冥界の主が命じるわー。在るべき場所に帰りなさーい、"怨霊"ちゃん!」

 

 

レミリアと幽々子はそう叫び、二人は歩く骸の集団の中に走り出した。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「うえーんっ! 眠いですー、帰りたいですよー!」

 

早苗は宴会によって汚れた博麗神社の境内の散らかる皿やゴミ、空き瓶や残飯を片付けながら嘆いていた。

 

現在の博麗神社には早苗以外には縁側でくつろぐ霊夢を除けば誰一人居ない。

なのに、なぜ早苗だけが境内に残っているのかというと、宴会の後片付けを霊夢に任されたから。

 

今回の異変で迷惑をかけたのだからこれ位はしろ、と霊夢に言われ、嫌だと言えばボコスカと霊夢に殴られる。

渋々に引き受けるも、同じく……というか今回の異変ではむしろその二柱が悪く、早苗は何一つ聞かされていなかったのに、肝心の首謀者であった神奈子と諏訪子がいつの間にか守矢神社に帰っており早苗一人残され悪者扱い。

 

早苗はその事に気に食わず、ブツクサいいながらやるも、全く終わらず泣け叫びながら片付ける。

しかし霊夢はそんな早苗に情けは無いのか、縁側でぼぉーっとしながら空を眺め黄昏ていた。

そして、早苗はそんな霊夢に泣き脅しが通用しないことがわかり、さらに駄々をこねながら片付けをする。

こんな事になるのなら魔理沙たちについて、屍の姫という者がいる場所に行けばよかったと後悔しながら早苗はゴミ袋を抱えながらゴミを拾う。

 

そんな傍ら、霊夢は空を見て黄昏ながら魔理沙たちの事を考えていた。

 

「……止めた方が、よかったのかしら?」

 

霊夢はポツリと呟く。

そして、その自分の独り言にすぐに首を振る。

 

屍の姫の封印塚は簡単には解けないように紫が結界をかけていると先代に聞いたのだ、問題なのは塚から溢れる怨霊の瘴気のみでそれ以外は特に問題無いはず……、と霊夢は一人でに魔理沙らの事を心配していた。

 

「んー、なんだぁ霊夢ぅ。髑髏塚の封印が解かれるのを心配しているのかぁ?」

 

霊夢が空を見上げながら黄昏ていると、隣に霧のようなものが渦巻き、萃香が煙のように現れた。

手には瓢箪を持っており今だに飲兵衛で霊夢はまだ飲んでいるのか、とため息をつくと同時にいつから自分の事を監視していたのかを聞きたくなった。

 

「……そんなことは心配していないわ。あの紫が絶対に解けないと自信を持って言っていたものだもの」

 

「はは、なら解けんな。まあ、個人的にはお嬢は身内だからもうそろそろ解いて欲しいんだけどなー」

 

萃香は手元の瓢箪を傾けながら言う。

 

「ムリよ、封印を解いて暴れられたら困るもの」

 

「えー、もうそろそろいいだろ? 今回の異変で地底との不可侵条約はほぼ無いと言っていいくらいだし」

 

さとりや勇儀が地底から来ていたのだから、と萃香は言う。

しかし、霊夢は首を横に振った。

 

「例え、緩くなったとしてもムリよ。私にはあの封印は解けそうに無いし、鬼神が地上に来るとか幻想郷のパワーバランスが崩れるわよ。それに……」

 

「お嬢が地底に戻ってもまた昔に逆戻り、てか」

 

萃香のその言葉に霊夢は首を縦に振る。

その霊夢の態度を見て、萃香はため息をついた。

 

「ま、そうだわな。お嬢の母さんへの溺愛っぷりはこっちが目を覆いたくなるくらいのものだったさ。それに一週間に一度は合わせるっていう約束があったのにも関わらず、お嬢は地底に無理矢理でも戻ろうとしたんだ。どっちかが地底か地上のどちらかに永住できない限り、難しいわな」

 

「あんた、詳しいのね」

 

「紫とだてに友人やってないさ。それに能力を使って地底と地上の間の結界をすり抜けてお嬢を探しに来たはいいもの、お嬢のあんな状態を母さんに言えるわけないさ……」

 

萃香はそう言いながら瓢箪を傾けるも、物思いにふけた顔をして遠くを眺めていた。

そして、呟く。

 

「母さんとは血は繋がっていないとしても、本当の親の様に思ってるからな。下手に悲せましたくはないのさ」

 

「なら、その母の番である屍の姫の事はなんとも思っていないのかしら?」

 

今まで髑髏塚の封印を解こうとしたところは見た事がないのだけど、と霊夢は意地の悪い顔で言う。

霊夢のその言葉に萃香はケラケラと笑った。

 

「はは、そりゃあそうだな。母さんの伴侶って事はお嬢も私らの母さんで親ってことだわな。その理屈だと助けなきゃおかしいってんだ」

 

「……変なことしないでよ」

 

「今はしないさ、私は勇儀と違って考えて動くずのぉ派だからな」

 

萃香のその言葉にあんたのどこが頭脳派なのかと心の中でつっこむ。

そして、その引っかかる言い方に眉間にしわを寄せ尋ねる。

 

「今はってなによ、今はって……」

 

「ま、私なりにコソコソ動いてるって話さ」

 

その萃香の言葉にさらに不安になる霊夢。

しかし、そんな霊夢の睨みつける様な目を無視して、萃香は飲兵衛を続けた。

 

そんな呑気な萃香を見て霊夢がため息を吐くと同時であった。

霊夢の目の前に空間の裂け目ができ、その裂け目の中で目ん玉のギョロギョロと動く紫特有の能力であるスキマが開いた。

そしてそのスキマの中から紫が勢いよく身体を出してきた。

 

「た、大変よ霊夢!!」

 

「なによ? というか宴会はもう終わったわよ」

 

「そんな冗談を言っている場合じゃないわ!」

 

珍しく取り乱す紫を見て、霊夢と萃香は顔を合わせて首を傾げた。

しかし、紫は二人の困惑する様子を無視して急に現れた要件を伝えた。

 

 

「し、屍の姫がーー、目覚めたわっ!!」

 

 

紫のその言葉に、霊夢と萃香は唾を飲んだ。

 



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骸兵

ーー髑髏塚異変

それは今の暦から約五世紀前に、白鷺 雪が起こした幻想郷を破滅に追いこみかけた異変だったと言われている。

地は割れ、天は轟、巨大な骸が幻想郷を覆い、その骸が宿す怨霊らで地上を覆い尽くしたと記述には書かれた。

 

そんな白鷺 雪が暴れるのを抑えるために封印したのが妖怪の賢者と呼ばれる、八雲 紫であった。

その異変は八雲 紫の手により封印するという形で決着がつき、白鷺 雪は妖怪の山でも特にひと気の無いところに神聖な木の杭を媒体とし、封印された。

そしてその封印した木の杭につけた"髑髏塚"という名に因んで、『髑髏塚異変』とそれは呼ばれた。

 

 

しかし、その異変は無事解決したがその白鷺 雪が封印された髑髏塚には、封じてもそれでも抑えきれない怨霊らの瘴気で周囲を溢れさせた。

故に誰も近づけず、近づく事を禁止した。

妖怪の山の天狗らも特にそこは危険区域として指定されたほどだった。

 

そして、封印を解いても再び暴れないという保障がないので今の今まで髑髏塚の封印は解かれることがなかったのだがーー

 

 

「紫ーー、もう一度言ってくれるかしら?」

 

霊夢は突然現れた紫の言葉に耳を疑った。

その霊夢の質問に紫は一度息を吐き、落ち着いて先ほどの言葉を繰り返す。

 

「屍の姫が、目覚めたわ」

 

その言葉を再び聞き、霊夢はため息を吐いた。

もしかして、魔理沙らが?

さとりと勇儀は屍の姫とは顔見知りなのでありえないことはない、と思いながら口を開く。

 

「……簡単に解ける封印じゃないんじゃないの?」

 

「そうなんだけど、私にもわからないわ……。気づいたら解けてて……髑髏塚の周囲の瘴気の発生具合を考えみるに、ここ数日に解けたものとは思えないのだけど……」

 

つまり、ずいぶん前から解けていた、と言いたいのだろう。

なんでそんな状態だったのにすぐに気づかなかったと聞きたいが、封印の管理は博麗の巫女である自分にも責任があるので追求することができないと思い、霊夢は口を噤んだ。

 

「で、お嬢は今どこにいるんだ?」

 

沈黙した空気の中で、萃香がそう尋ねた。

その質問に紫は頭を横に振るう。

 

「……わからないわ」

 

「ーーそ、なら私はお嬢を探してくる」

 

萃香は紫の答えに真剣な目つきでそう答え、煙の様に消えていった。

 

そして、霊夢は萃香が立ち去ってすぐに、現状確認のため口を開いた。

 

「被害は?」

 

「人里と博麗神社(ここ)は結界で護られているからいいけど……、それ以外の場所では人の亡骸の様なものが徘徊して、近くにいる者を手当たり次第に攻撃しているわ」

 

「人の亡骸とは?」

 

「ええ、人の骸骨が影から這い出てきたと報告を受けているわね」

 

紫の報告に霊夢はなるほどと思い、淡々と質問を繰り返し続ける。

 

「……その死体が歩き回るってのは、屍の姫の仕業で間違いないのよね?」

 

「十中八九……そうでしょうね。こんな事は彼女くらいにしか出来ないし」

 

「ーー敵と見なせばいいのかしら?」

 

霊夢のその言葉に紫は首を縦に振った。

紫のその肯定を霊夢は見ると、縁側から立ち上がった。

 

 

「おーけー、つまり"異変"ね!」

 

 

霊夢は口角を吊り上げ笑う。

 

その笑顔は異変解決が楽しいから浮かべるものではなかった。

ただ、自分の平穏を邪魔する輩をぶっ潰すのが楽しみで仕方がないという笑顔であったーー

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

「ちょっ!? 何だよこれ、気持ちワルッ!!」

 

迷いの竹林にて妹紅が、先ほど突然と影から出てきたゾンビの様に動く骸骨に向け弾幕を放つ。

そして来るな来るなと後退りをし、周りに視線を向けた。

 

「もこー、がんばりなさーい」

 

「お前も手伝え、馬輝夜っ!?」

 

竹に背中を預け、近くに弓を構えた従者の八意 永琳を侍らせる永遠亭の主、蓬莱山 輝夜が覇気のない声で妹紅を応援する。

妹紅はその輝夜の舐めた態度にイラつきながらも迫り来る骸骨に弾幕をぶつけ続ける。

 

「な、なんでこんなトコに落とし穴なんてあんの!?」

 

「あ、鈴仙ごめーん。それ私の仕掛けたやつだ」

 

「このクソてゐっ!!」

 

妹紅の傍でも、落とし穴にハマる鈴仙とそれを嘲笑うてゐが騒ぎながらも、歩み寄る骸骨に弾幕をぶつけていた。

 

 

「ち……、こいつらなんだよ!」

 

輝夜に向け舌打ちをするも、妹紅は周りに視線を動かしながら文句を言う。

 

影から這い出た悪鬼。

脂肪がなく、余計なモノを何一つ纏っていない骨の状態で動く骸。

それがここ、迷いの竹林でも湧き出ていた。

レミリアらと同じく、妹紅らも宴会帰りの道中に突然と影から出てきた骸骨に襲われたのだ。

 

数は数十ほどで、倒しても倒してもくたばる事は無く、剥き出しになった骨がバラバラになっても少ししたら再び接合し歩き出す。

倒してもキリがない、妹紅はそう思いながら尽きる事のない相手に攻撃を続ける。

 

新手の異変か?

前の異変から一週間も経ってないぞ、と思いながらも顔を歪ませ、ある事を思い出す。

 

「……慧音が、心配だな」

 

妹紅はそう呟きながら数少ない友人の事を思い出す。

昨夜から行っていた異変解決の宴会も慧音は自分より早く帰宅していたので、おそらくはすでに人里にいるのだろう。

もし人里にもこの様な骸骨が現れていたら?

人里には戦える人間が少ないから、おそらく慧音一人でその防犯に勤めているのだろう。

あぁ、心配だ。

 

妹紅はその様な事を思いながら一枚のカードを構えた。

 

 

ーー不滅「フェニックスの尾」

 

 

妹紅はそうスペルカード宣言をし、赤い炎弾を大量に出現させ、周りの骸骨めがけ打ち込んだ。

そして、今の攻撃で開いた骸骨の包囲網を素早く見つけ出し、そちらの方に足を向け走り出す。

 

だが、妹紅がこの場から離脱しようとすると輝夜から声をかけられた。

 

「妹紅っ!!」

 

「わりぃな輝夜! 人里が心配だからちょっくらそっちに行ってくるわ」

 

妹紅はあばよ、と軽く輝夜の方に手を振り、素早く去っていった。

 

しかし、輝夜は妹紅のその言葉にそういう意味じゃなくて、と叫んだ。

 

 

「あんたの弾幕、当たったんだけど!?」

 

 

輝夜は永琳とともに、着物に燃え移った火を消火して、去っていく妹紅に向け大声でそう叫んだ。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「うひゃぁ、おっにさーんこぉーちらぁ」

 

刃は緑色の髪に掠らせるように飛んでくる弾幕を交わし、鼻歌を交わしながら木々の間を飛び回る。

 

「ち……全然、当たらないぜ!」

 

魔理沙はそう言いながら弾幕を打ち込み、猿のように動き回る刃に向け舌を打つ。

苦戦しているのは魔理沙だけでなく、文も魔理沙に応戦する様に弾幕をはるが、同様に全く当たらない。

 

狙いが悪いなどではなく、刃がとにかく身軽なだけである。

ひょいひょいと木の枝を渡り、魔理沙らの周りを飛び回っている。

 

「あー、うぜーぜ!」

 

 

ーー魔符「ミルキーウェイ」

 

 

魔理沙はイラつきながらカードを掲げ宣言する。

そして、刃にミニ八卦炉を構え星型の魔弾を繰り出すが。

 

「うぇーいw」

 

刃はケタケタと笑いながら魔理沙の弾幕を避け、木から木へと飛び移る。

そして、魔理沙の正面に降り立った。

 

「あなたはぁ、七十点くらいねぇ〜」

 

ーーペロリ

 

刃は魔理沙の前に降り立つと、そう言いながら魔理沙の頰を舐めた。

魔理沙は刃によって頰を舐められた事により、ゾワリと肩を震わせた。

 

そして、身を抱きしめ刃から距離を取ろうとすると、目の前にいる刃が腕を上げて笑っていた。

 

「でもぉそのお肌をぉ、真っ赤に染めたらぁ、百点にぃなるかしらあぁ?」

 

「ま、魔理沙さん!」

 

刃がニタリと笑い、右腕を上げ魔理沙に向け手刀を振るおうとすると、文が風の如く魔理沙を抱きかかえ刃の前から魔理沙を遠ざけた。

 

「あらぁ、避けられちゃったぁ?」

 

刃は避けた魔理沙の方に視線を向けた。

魔理沙は刃に視線を向ける、というより刃の足元、正確には自分が先ほどまでいたところを凝視した。

その先ほどまで自分がいたところの地面はパックリと割れており、刃物で切られた様に一線切られた跡が残っている。

 

なにかで切られたのか? と魔理沙はもし文が助けてくれなければと考え、少し顔を青くして文に一言お礼を言った。

文はその魔理沙の礼に軽く答え、後方にいる足を抑える勇儀とその介護をするさとりの方をチラリと見る。

 

勇儀の足はおそらく刃の攻撃であろうものに切られ、今だに血が流れていた。

結構深くやられたのか、立って歩くこともキツそうで今だに勇儀は足を抑える。

応急処置、と言ってもただ文がたまたま持っていた包帯を足に巻きつけているだけで、すでにその包帯には血が滲んでいた。

 

せめて勇儀がこの戦いに参加してくれればもう少し楽に、と文は思う。

 

「すまないねぇ天狗。血が止まったら参加するわ」

 

文の縋り付くような視線に気づいたのか、足の痛みでキツそうに顔を歪ませながら勇儀はいう。

文はそんな勇儀の苦痛の顔を見て、怪我人に何を頼っているのだと自分に言い聞かせた。

 

「大丈夫です。私たちでなんとかします」

 

と勇儀に言うものどうするか。

文はそう思いながら刃の方を向いた。

 

 

「うふふぅ……、今度は私のターンですかねぇ」

 

 

ニヤリと笑う刃。

それと同時に先ほどまで刃が飛び回っていた周りに生える十数の木がドサリと倒れた。

 

魔理沙はその光景に唾を飲み込む。

いきなり周りの木が切り倒されたように倒れた事に。

 

周りの木々は全てへし折れたと言うより、髑髏塚の杭や勇儀の足、魔理沙を切ろうとした跡と同じく、鋭いもので切られたという感じがあった。

 

 

「うひ……紅蓮に染め、乙女を咲っかせましよぉ♪」

 

刃はヘラヘラと笑いながら魔理沙らに近づいた。

なんかヤバイ、そう思いながら魔理沙と文は後退った。

 

一歩、また一歩と刃は近づいてくる。

 

これ以上、近づかれるとと思い魔理沙と文がスペルカードを構えた。

そして、宣言をしようとした時であったーー

 

 

「ありゃぁ、たいむおーばーかしらぁ?」

 

刃が周りに目を向け首を傾げた。

 

刃の目に写ったものは影から這い出る骸たち。

それらが墓場から這い出る様に地上に這い出てきた。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

魔理沙は突然と出てきたものに目を見開く。

本来動くはずのない人骨が影から這い出てくるのを見て、魔理沙は新手の妖怪かと警戒した。

 

もちろん、文にも後方に座り込む勇儀とさとりにもそれらは見えており、勇儀が緊張した様子で口を開く。

 

「おい覚妖怪、これって……」

 

「えぇ、怨霊ですーー」

 

勇儀のその言葉にさとりは冷や汗を流しながら答えた。

さとりはその動く屍の怨霊を見てある一つの答えにたどり着いた。

 

しかし、それと同時に天から声が聞こえた。

 

 

「あんたらっ!? そんな所で何してんの!!」

 

その声が聞こえてくると同時に文は肩をビクつかせた。

 

聞いた事がある声。

しかも、今一番聞きたくない……髑髏塚(ここ)に自分がいる事がバレてはいけない人物の声だ。

 

文は空を見上げて、恐る恐る口を開いた。

 

 

「て、天魔さま……」

 

 

そこには眉間にシワを寄せ、魔理沙たちの上空にて背中から生える黒い羽を羽ばたかせる天狗。

 

夜鴉 黒羽が魔理沙らを見下ろす様に羽ばたいていた。



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疑心

射命丸 文は冷や汗を流す。

空を見上げどう言い訳をするか、または再就職先の事を考えていた。

理由は立ち入り禁止区域の髑髏塚にいるところを、上司どころか自分らの組織のボスに見られたからだ。

 

 

「む、覚妖怪と地底の鬼? それに……人間」

 

天魔、夜鴉 黒羽がそれぞれを見渡す。

そして、黒羽は文に目を向ける。

 

「そこの鴉天狗……この状況を説明しなさい」

 

「はひっ! ど、髑髏塚にて敵襲です! そこの黒桜 刃なる者が屍の姫の封印塚を真っ二つに割り、敵と見なし交戦中でした!」

 

文は綺麗な敬礼を決め、黒羽を見上げて答える。

 

完璧な答えだ、これなら自分は警備中にたまたま敵に出会い交戦した優秀な天狗にしか見えない。

決して部外者を立入禁止区域に招き込んだ裏切り者ではない。

文はそう思いながら内心満足していた。

 

しかし、黒羽は首を傾げて尋ね返す。

 

「黒桜 刃って奴は、何処にいるのかしら?」

 

文はその黒羽の言葉にそれは、と言いながら刃の居る場所に視線を向けた。

だが、すでに刃は何処にも居なく、この場に居るのは文と魔理沙、さとりと勇儀のみであった。

 

逃げられた?

文はそう思い立つといつの間にと驚愕した。

魔理沙とさとりらもどうやら空を飛ぶ黒羽に夢中になっていたようで、刃がいつの間にか居なくなっていることに気づいていなかったようだ。

 

そんな惚ける魔理沙らを見て、黒羽はため息をつき口を開く。

 

「質問を変えるわ。"だれ"がその髑髏塚の封印を解いたの?」

 

その黒羽の言葉にさとりがいの一番に反応した。

黒羽の心を読み、さとりはやはりと思いながら周りから這い出てきて自分らを囲む人骨の形をした怨霊らを見た。

 

「黒羽さんっ、それより今はこの怨霊らをどうにかしなければ……」

 

「……ええ、そうね。今でも妖怪の山中でその死体もどきが出て大騒ぎだわ」

 

「そうです。だから……」

 

「なら、単刀直入に聞くわ。"白鷺 雪"は何処にいるのかしら?」

 

黒羽のその言葉に、さとりは言葉を詰まらせた。

 

その戸惑いは負い目があるからではない。

完全に黒羽は、天魔はさとりらを疑っている。

自分たちが封印を解いたと思い込んでいる。

真っ二つに割れる封印塚を見て、立入禁止区域に足を踏み入れている自分らを疑っていると、さとりは黒羽の心を読み解きどう弁解するかを考える。

 

「おいさとりっ、こいつらどんどん近づいてくるが攻撃していいのか!?」

 

魔理沙が騒ぐ。

先ほど影から這い出てきた亡者に八卦炉を向け、警戒しながらさとりに尋ねてきた。

 

そういえばその問題もあったと周りからユラリと這い寄る亡者を見る。

そして、上空にて羽ばたく黒羽の方にも視線を向け、口を噤む。

 

「もう一度、聞くわ。"白鷺 雪"は何処?」

 

その睨みに文は完璧に萎縮をし、さとりはどう答えるかを考える。

変に刺激して戦闘になったらこちらが不利だ。

数の利はこちらにあるが、力量的には圧倒的に天魔と呼ばれる黒羽の方にある。

 

「白鷺、雪は、どこに、いるの、かしら?」

 

どんどん黒羽から感じる殺気が強くなる。

 

これは、戦闘は避けられないか。

さとりがそう考えたその時であった。

 

 

「魔理沙っーー、ぼやっとしてないでそいつらをぶっ飛ばしなさい!」

 

 

黒羽より、上。

遥か遠き天の方からその様な声が聞こえた。

 

「れ、霊夢っ!?」

 

魔理沙が声の聞こえてきた方を見上げながら驚きを見せる。

 

魔理沙の視線の先には紅白の巫女服を着て、天から急降下してきている霊夢がいた。

助けが来た、と思い気が緩むがすぐに霊夢に言われた事を思い出しカードを構えた。

 

 

ーー魔符「スターダストレヴァリエ」

 

 

魔理沙はそう宣言し、星の様な魔弾を周りにばら撒き、骸骨に打ち込んだ。

 

「や、やったかーー」

 

「まだよ魔理沙っ!!」

 

 

ーー夢符「封魔陣」

 

 

魔理沙の攻撃を喰らってもまだ立ち上がろうとしていた骸骨らに霊夢はお札を投げつけた。

そして、そのお札を貼り付けられると僅かに動きを見せていた骸骨らは動きを停止させ、サラサラと砂の様に消えていった。

 

しかし、いまだに半分ほどは残っており、約二十ほどの骸骨らが残っている。

その残る骸骨らを見て霊夢は魔理沙の隣に降りてきて舌を打つ。

 

「魔理沙、一度撤退するわよ!」

 

「お、おう……」

 

魔理沙のその曖昧な返事に気にせず、霊夢は勇儀の方に目を向け、手負いである事を確認して、文とさとりに勇儀を抱えて飛ぶ様に指示をし霊夢は空へと浮かぶ。

 

「ーー博麗の巫女」

 

霊夢らが群がる骸骨から脱するために空へと浮かび上がると、腕を組み突然と現れた霊夢にも動揺した様子を見せずに、黒羽が立ちふさがる様に霊夢を呼び止めた。

 

「……天魔」

 

「久しぶりね」

 

立ち塞がる黒羽を見て、霊夢は睨みつける様に口を開く。

 

「なんか用? 私は忙しいのよ」

 

「そう、奇遇ね。私もあの寝起きの馬鹿を殴りに行かないといけないの」

 

黒羽はそう言って霊夢より後ろに飛び、箒にまたがる魔理沙と文とさとり、その二人の肩に腕を組みぶら下がる様に飛ぶ勇儀の方を見る。

黒羽に視線を向けられた文はげっ、という顔をして黒羽から目を逸らした。

 

「あぁ、こいつらが封印を解いたって疑ってんの?」

 

霊夢のその言葉に黒羽は首を縦に振った。

 

「だってそうでしょう? そこの白黒の人間はなんでいるのかは知らないけど、そこの鬼と覚妖怪は屍の姫と面識があって……それに友好的な関係があるのだもの」

 

封印を解く理由には十分でしょ、と黒羽は霊夢の方を睨みつけた。

霊夢はそんな反抗的な様子を見て、やれやれとため息をついた。

 

「大丈夫よ、こいつらはただこの場に居合わせただけ。封印自体はここ数日で解けたものでは無いらしいわ」

 

「……っ!?」

 

霊夢のその言葉に黒羽は動揺を見せた。

そして、それと同時に霊夢の傍にスキマが開く。

 

 

「ーー霊夢、屍の姫を見つけたわ!」

 

 

紫が慌てた様子を見せて、そう騒ぎながらスキマの中から出てきた。

 

しかし、霊夢が現れた紫に声をかけるより先に黒羽が勢いよく紫に迫り、叫ぶ様に声を上げた。

 

「スキマ妖怪っ、あいつはどこにいるの!!」

 

「て、天魔がどうしてここに……」

 

「良いから早く教えなさい!」

 

「め、冥界よ、というかそんなに肩を揺すら……」

 

「そんなに遠く無いわね! 待ってなさいよあの馬鹿あぁっ!!」

 

紫の肩を勢いよく掴む黒羽が、紫の言葉を最後まで聞かず、天狗の最高速度で飛んでいく。

そしてあっという間に姿が見えなくなった。

 

紫を含め、霊夢らも文字通り風の様に去っていく黒羽の様子を見て安心すると同時に呆れていた。

 

「な、なんかわからんけど……、あれが天狗の長なのか?」

 

「え、えぇ……」

 

魔理沙の疑問に文が首をコクコクと動かして答えた。

そして、魔理沙はなんかスゲェなと苦笑していた。

 

 

「……そうだ、紫! 屍の姫が見つかったって」

 

霊夢も黒羽の慌ただしい様子を見て呆れていたが、すぐに紫が出てきた理由を思い出して声を上げた。

 

「え……えぇ、そうだったわ! あいつは冥界に現れたわ。だから、このスキマを使って一気にいくわよ!」

 

紫は言葉を詰まらせながら霊夢の方に目を向け、口を開く。

そして霊夢の目の前にスキマを広げ、その中に入る事を促した。

 

霊夢はその紫の言葉に顔を歪ませる。

その理由は開かれたスキマの中に足を踏み入れる事を躊躇ったから。

 

目がギロギロと動く不気味な空間。

そこに入れば移動は楽だが、どうしてもその不気味な空間に足を入れることに躊躇ってしまう。

だが、今は一刻も早く異変の解決に勤めなければと思い嫌々、足を踏み入れることにする。

 

そして一度、深呼吸をして足を踏み入れ様とした時であった。

 

 

「ーーれ、霊夢さん! その紫さんは"偽物"ですっ!!」

 

後方からさとりのその様な叫び声が聞こえた。

霊夢はいきなりのそのさとりの声に反応をするが、時既に遅し。

 

"紫"の姿をしたモノが霊夢の背中を押して、"スキマ"の様なモノの中に突き落とした。

 

 

「あぁーあ、バレちゃった☆」

 

 

霊夢は"スキマ"の様なモノに突き落とされると同時に、後ろに顔を向けるがその突き落とした"人物"の顔を見て、苦痛の表情を向けた。

 

"紫"の姿をしたモノは霊夢のその歪む顔を見て、三日月の様に口角を上げた笑顔を浮かべ、その"スキマ"の様なモノを消したーー

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

場所は博麗神社から少し離れた場所。

そこには石で囲まれた露天の温泉が湧き、湯気が立つ。

 

その温泉は先日に地下から怨霊と共に湧き出たものだが人影は少なく、現在では二人ほどしか入っていなかった。

 

 

「いやー、温泉なんて久しぶりに入った哉」

 

人影の一人が、湯に使り背伸びをしてリラックスをしていた。

その人影の人物は胸元がかなり大きく、全裸なおかげでそれがさらに強調されており、それだけで女とわかるのだが、顔には狐の面を被っており、全裸の狐面の少女が温泉に浸かるという少しシュールな光景になっている。

 

狐面の少女がふー、と息をつきマッタリとしていると、ふと自分の正面にいる少女が目に入り声をかけた。

 

「君も、転生してからは初めて入っただろう"ミコト"ちゃん?」

 

「……まあ、そうだな」

 

狐面の少女の正面に同じく湯に浸かる白髪の少女。

 

彼女は右腕に包帯を巻き、首には首輪をつけ、白髪が湯に入らない様に髪をタオルで纏めながら肩まで浸かっている。

その"ミコトちゃん"と呼ばれた少女は、狐面の言葉にぶっきらぼうに答えた。

 

そんな無愛想な少女を見て、狐面は笑う。

 

「五百年封印されていたけど、身体の調子は良さそうだね」

 

「ーーそうだな、幻想郷中に私の中にいた大量の怨霊を放ったからか頭がスッキリしている」

 

「それは良好。あとは"ヤツ"が出てくるのを待つだけだね」

 

少女は狐面の言葉にあぁ、とだけ答えると再び黙った。

 

そして、それと同時に騒がしい女が来る。

 

 

「もー、いつの間にぃ始めてたのよぉ〜。出遅れちゃったじゃないぃ」

 

緑髪の女、黒桜 刃が空から降りてくる。

少女が刃が現れると同時にげっ、と声を鳴らし嫌そうな顔をした。

狐面は刃が現れたら、ごめんごめんとカラカラと笑い口を開く。

 

「いやぁ、刃さんは憑と鏡と違って私の側に居てくれないからさ。勝手ながらこちらの判断で始めさせてもらったよ」

 

「けどぉ、いきなり過ぎじゃないぃ……。暇潰しに一人二人ヤれそうだったのにぃ」

 

「すまないね、お詫びに刃さん向けの仕事を頼みたいんだ」

 

拗ねる刃に狐面が悪気のない話し方をする。

しかし、刃は気にする様子はなく何よぉ〜、と首を傾げる。

 

 

「人里に行って、たくさん"人"を殺してほしい哉」

 

 

その言葉に刃はぱあー、と笑顔となり嬉しそうな顔をした。

 

「あらぁ、あらあらあらぁそんなことしちゃって良いのぉ?」

 

「うん、好きなだけ殺っていいよ? 幻想郷で唯一の人間の居場所が崩れれば、流石の"アレ"も高みの見物ともいかないだろうしね」

 

狐面の言葉に、刃は口角を吊りあげた。

 

「たぎるわぁ〜。雪ちゃんは私と全然してくれないから欲求不満だったのぉ」

 

「さ、触るなヘンタイ!?」

 

刃がヘラヘラと笑いながら先ほど"ミコトちゃん"と呼ばれた少女ーー、雪の一糸纏わぬ背中を舐める様に撫でると、気持ち悪いと言いながらその撫でる手を払い拒絶する

 

「うふふぅ、良いじゃないのぉ。死なないんだしぃ」

 

「……とっとと行ってこい」

 

「ふふ、つれないわねぇ」

 

雪が追っ払う様に刃に向け手を振る。

その雪の反応を見て、クスクスと笑い再び空に飛んでいった。

 

あいつだけはどうも苦手だと思いながら雪は温泉から上がり、髪に巻いていたタオルで身体を拭く。

 

「おや、もうあがるの哉?」

 

「……ああ」

 

「それは残念だ。その白くて綺麗な肌は目の保養になっていたからね」

 

狐面のその言葉に雪は五月蝿いと言いながら頰を少し染める。

そして身体を急いで拭き、隠す様に白装束を着た。

 

そして、雪は着物を着終わると狐面の少女に背を向け歩き出す。

そんな自分のもとから去っていく雪を見て、狐面の少女は声をかける。

 

「……君は、"アレ"と殺り合うまで動かなくていいんだけど?」

 

「……これは私の事だ。私も一思いに暴れるさ」

 

「そうかい。……けど人里には向かわないでくれよ、君には人を殺すってのには躊躇いがあるからね」

 

「……だまれ」

 

雪はそう言い残し、その場から離れた。

 

そして、その温泉に残ったのは狐面の少女だけであった。

 

 

「それに、君に合わせたくない人も居るしねーー」

 

狐面の少女は独り言でそう呟き、去っていく雪の背中を見つめる。

そして、付け加える様に狐面は雪の背を眺めポツリと呟いた。

 

 

「ーーごめんよ、ミコトちゃん」

 

 

彼女は一言そういい、目を瞑った。



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鏡神

ーー私は、病気だった

 

否、正確には病気を患っていたという意味ではなく、病的な人間であったという方が正しいだろう。

 

私は元々は人間で、親がいて何処にでもいる普通の子供であった。

しかし、すごく内気で"恥ずかしがり屋"で、人の顔を見て話すどころか声を出して話す事すら恥ずかしがっていた。

 

ーー病的な恥ずかしがり屋

それが私であった。

 

 

 

「ーーなんで、貴女はお母さんと話してくれないの?」

 

 

母にそう言われた。

 

違う。

声を出して話す事が恥ずかしいだけ。

 

 

「ーーなぜ、お前は下ばかり向いているのだ?」

 

 

父にそう聞かれた。

 

違う。

人と目を合わせるのが恥ずかしいだけ。

 

 

だが、それらの事を口に出し否定はしなかった。

 

 

ーーなぜなら恥ずかしいから

 

 

兎に角、私は恥ずかしいがり屋だった。

それも尋常なほどにだ。

 

怖いのではなく、恥ずかしい。

なぜその様な感情があるのかは理由はわからない。

ただ幼い時からそうであった。

 

 

人に私の顔を見られるのが恥ずかしい。

ーーだから、下を向いてきた。

 

人に自分の声を聴かれるのが恥ずかしい。

ーーだから、口を開かずにいた。

 

 

だからだろうか?

下を向き、何も話さない私を不気味に思った両親が私を捨てたのは……。

 

 

それは私のいた村に祀られる神様への生贄としてある日、選ばれた時だった。

 

その年は農作が上手くいかず、ちょっとした病気も流行っていた。

その頃の人々はその様な事があれば、すぐに神の怒りだといい恐れ慄いた。

 

だから、私は選ばれた。

不気味でどうでもいい私が、神への信仰の証として捧げられた。

それも両親に差し出される様に、要らないものを捨てられる様にだ。

 

 

すぐに私は村の住人らに村の外れにある神社に放り出された。

 

しかし、私の連れて行かれた場所には神なんていなかった。

あるのは神棚に納められた"鏡"だけ。

そんな何もないところに連れられた私は、家に帰る気は無く、そのまま神社の中の隅に丸くなった。

 

どうせ元に戻ってもまたここに戻ってくるだけ、と何故かわかっていた。

それと同時にもう誰とも関わりたく無かった。

 

恥ずかしがり、何も言わない私を哀れむ母も。

恥ずかしがり、下を向く私にキミ悪がる父も。

ここには居ない……。

 

寂しい、辛いそんな気持ちはもちろんあった。

だけどそれよりーー

 

 

"恥ずかしかった"

 

 

これから生きていく先で自分の顔を見られるのも、自分の声を聞かれるのも恥ずかしく、自分の存在があることにすら恥ずかしい。

 

何もない自分が恥ずかしい。

捨てられた自分が恥ずかしい。

惨めな自分が恥ずかしい。

哀れな自分が恥ずかしい。

孤独な自分が恥ずかしい。

 

ーー何もかもが、恥ずかしい。

 

 

だから、こんなに羞恥に塗れていた私は、この何もないオンボロ神社で一人朽ちるのも悪くないと思った。

しかし、そう思いながらも心残りはあった。

 

生まれながらにして恥ずかしがり屋で、言葉もロクに話さず、下を向いてばかりの私。

どうして私はそんな人間で、そんなに恥ずかしがるのかが最後に知りたかった。

 

 

「ーーなんで私は、こんなに恥ずかしがり屋なんだろう」

 

 

ポツリと、なにもない神社の中で一人呟いた。

その時、何年ぶりに口を開いたのだろうとも思いながら、自然と涙が出た。

父と母と引き離されても泣かなかった自分は、何故かその時だけは涙が出た。

 

私はふと近くに祀られる"鏡"を見た。

そして、神だと崇められるそれに私は問いた。

 

「鏡よ鏡よ鏡さんーー、私はどうして……」

 

 

 

恥ずかしがり屋さんなの?

 

 

 

私は"鏡"の神様に……。

誰もいない筈の、誰かにそう尋ねたーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはーー、自分に自信がないからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなかったはずなのに、そんな声が聞こえたーー。

 

その声は、奉られていた鏡の後ろに立つ者の声であった。

狐の面を被る私より少し背丈の高い黒髪の少女。

それが、いつの間にかそこに立っていた。

 

私は慌てて顔を隠した。

どこから現れた、と驚くよりも顔を赤面させ顔を俯かせた。

声を聞かれた。

親以外に聞かれた事のない自分の声を。

 

だから、私は顔赤くしそこにいた人物から隠れる様に身を縮こませた。

しかし彼女はそんな私を気にもせずに言葉を続けた。

 

 

「少女よ、誰からも自身という存在を隠せる力が欲しくはない哉?」

 

私の耳がピクリと動いた。

何を言い出すのか、と思ったがその話には耳を傾けざるをえなかった。

 

彼女は私のその態度に反応しニヤリと笑った。

そして、その場に奉られていた鏡に手を添えた。

 

「もし欲しいなら、手を伸ばしてごらん? この……」

 

 

 

ーー鏡の神様が、力を貸してくれるから

 

 

 

私は彼女のその言葉につられ、そろりと手を伸ばす。

彼女が触れていた古ぼけた汚れた鏡に。

名もない奉られていた"鏡の神様"にへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

それがーー、私と愛しの"あの人"との初めての出会いであった。

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「れ、霊夢さん!?」

 

さとりは声をあげ、霊夢の消えた先に視線を向ける。

そのさとりの叫びに、その場にいた他の者らは誰一人理解できていなかった。

 

突然、さとりが現れた紫を偽物だと言い、そのあとすぐに背中を押す様にスキマに霊夢を放り込む紫を見て、その場にいた者はなにがあったのかを理解していなかった。

 

 

「あーあ、案外簡単にバレちゃったなー。私の能力で完璧に八雲 紫の姿を模倣したのに」

 

「……お前、紫じゃないのか」

 

ケタケタと笑う"紫"の姿をしたモノを見て、魔理沙が口を開いた。

 

「ーーうん、私は八雲 紫じゃないよ?」

 

"紫"の姿をしたモノが紫の声そのもので愉快なモノを見る様に、魔理沙らを見る。

 

ならお前は誰だ、その問いを魔理沙が投げかけようとした時にさとりが口を開いた。

 

「霊夢さんを、どこに?」

 

「んー、私の"世界"に連れてったかな?」

 

"紫"の姿をしたモノはそう言うと、隣にスキマではなく装飾もなにもないただの四角い"鏡"を出現させた。

 

「れ、霊夢!?」

 

その鏡に映るモノを見て魔理沙が叫んだ。

鏡の向こうにはキョロキョロと周りを見回す霊夢が映っており、霊夢の周りには幾つかの鏡の様なモノが浮かんでいる世界であった。

 

魔理沙の後方にいる文らも霊夢のその様子に驚愕しており、そんな慌てふためく魔理沙らの様子を見て勝ち誇るように微笑む"紫"の姿をしたモノ。

 

そんな彼女の様子を見て、さとりは呟いた。

 

 

「ーー貴女の役割は、博麗の巫女の足止めですか」

 

「……っ!?」

 

さとりのその言葉に、"紫"の姿をしたモノは顔を歪ませた。

魔理沙はさとりのその言葉に振り向いた。

 

「さとり、お前……」

 

「ふふ、魔理沙さん。私は、人の心を読めるのですよ」

 

さとりの能力を知らなかった魔理沙に誇るようにそう言った。

 

そして、再び"紫"の姿をしたモノを見て心を読み、口を開く。

 

「なるほど、貴方達が雪さんの封印を解いたのですね?」

 

「……お前が、話に聞く覚妖怪か」

 

「あら、心を読まれるのが嫌なのですか?」

 

意地悪そうに微笑むさとりを見て、隣で肩を貸される勇儀はうわぁ、と口から零した。

 

もちろんその勇儀の軽蔑する心もさとりは読む。

しかし、さとりはそんな勇儀の反応を気にせずに言葉を続けた。

 

追い込む様に、心を折る為にーー

 

 

「貴方、好きな人が居るんですね」

 

さとりは心を読み、"紫"の姿をしたモノの心を覗き、一番強く思っていたものを探し当て、揺さぶりをかけた。

 

さとりの突然の言葉に、"紫"の姿をしたモノは顔を赤面させた。

彼女の動揺を見て、思惑通りとほくそ笑みさとりは続けて言う。

 

「そうですか、可哀想ですね。幾ら誘惑しても触れてももらえないなんて。まあ、普通はそうですよね、女同士ですもの」

 

「う、五月蝿いっ! 私の心を読むな!!」

 

"紫"の姿をしたモノは赤面した顔を恥ずかしそうに顔を押さえ怒鳴った。

しかし、それでもさとりの饒舌は止まらない。

それどころか、さとりはトドメを刺すように言葉を発した。

 

 

「しかし、誘惑する為とはいえ……、想い人の前で自慰行為をするのはどうかと思いますよ?」

 

「ーーっ!?」

 

さとりのその言葉に、"紫"の姿をした彼女は顔を赤面を通り越し、青面させた。

喉を震わせ、知られてはいけない事を知られてあ……あ……、と声にもならない声を出す。

 

さとりはその動揺する"紫"の姿をしたモノを見て今だと思い、肩に担いでいた勇儀を文に託した。

 

「文さん、勇儀さんを連れて遠くへ」

 

「え、あ……は、はい」

 

文はさとりに勇儀を託され、困惑しながらも首を縦にふる。

しかし、勇儀が納得していない様子で口を開く。

 

「おい、覚妖怪。お前……」

 

「ええ、わかっています。けど、"あの人"は今回の異変の黒幕と繋がっています」

 

さとりがそう言うと、勇儀は言葉を詰まらせた。

そして、刃に切られた動かない足を見て悔しそうな顔をする。

 

文字通り足を引っ張りかねない。

勇儀はそう思い、"紫"の姿をしたモノを睨みつけた。

 

しかし、そんな悔しがる勇儀を見て、さとりは口を開いた。

 

「……勇儀さん、雪さんの事は私に任せてください。そして、首に縄をつけてでも異変解決後の宴会に引っ張りだすので、それまではゆっくり休んでいてください」

 

「……ちっ」

 

さとりの言葉に、勇儀は舌を打った。

それは私に指を咥えて待ってろと言うのか、とさとりの言葉に勇儀はイラつく。

そして、イラつくままに声をあげた。

 

「おい天狗っ! とっとと私を治療しろ!」

 

「は、はいぃぃぃ!!!」

 

勇儀は声をあげ自分の身体を支える文に命令する。

言われた文は隣で威圧を出す勇儀にビビりながらも妖怪の山にある医療施設めがけて飛んでいった。

 

「覚妖怪っ! お前の言うことなんて聞かねぇからな! すぐに戻ってくるからそれまでくたばんじゃねぇぞ!!」

 

文に担がれ飛んでいく中、勇儀はさとりに向け言葉を残し去って行った。

さとりはそんな怪我を負っているようには見えない勇儀の元気さを見て、頼もしく見え、同時に呆れるものがあった。

 

 

「さて、魔理沙さん。とりあえずあの人を捕らえましょう」

 

「わ、私たち二人でか?」

 

「ええ、あの人の役割は霊夢さんの足止めで、異変解決をさせないための時間稼ぎです。敵の扱う兵隊は巫女の力には弱いみたいなのでね」

 

さとりの言葉に魔理沙は先ほど地上で対面していた骸骨の事を思い出す。

自分が攻撃をした時は多少は効いていたが倒すまではいかず、霊夢が骸骨に札を張った途端に砂となって消えていた。

 

魔理沙はその事を思い出し、そう言えばと呟いた。

 

「それに、あの人は黒幕と繋がっています。屍の姫を、私の友人の雪さんを誑かした人がいます」

 

「……なんでもお見通しってわけか」

 

怖いねぇ、と魔理沙は呟く。

そんな魔理沙の様子を見てさとりは気まづそうに口を開いた。

 

「その……引きますか?」

 

「ぜんぜっん、てか心読んでわかるだろ?」

 

「時には心の声だけってよりも、言葉で言われる方が嬉しいこともあるんですよ」

 

クスリと笑い答えたさとり。

そのさとりの言葉に魔理沙は恥ずかしがりながらも納得した様子を見せた。

 

そして、魔理沙はニヤリと笑った。

 

「根暗な奴かと思ったら、意外にユーモアあるやつだな」

 

「根暗は失礼です」

 

さとりがそう言うと魔理沙はごめんごめん、と適当に謝りながらも"紫"の姿をしたモノの方へと視線を移した。

 

"紫"の姿をしたモノは誰からも自分を見られないように顔を両手で隠していた。

その両手から見える素顔は紫の顔そのままなのだが、顔は真っ青で何かに怯えているようであった。

 

さとりはその怯える彼女を見て、微笑んだ。

 

「さて、貴女の心をーー」

 

 

ーー私に見せてくださいな?

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「あはははははっ☆」

 

フランドールは声をあげて笑い、骸兵の頭を徹底的に潰して行く。

時には腕力で、時には能力で骸骨の頭蓋骨を粉砕していく。

頭を潰しても、それでもくたばる事なく身体のみで動き続ける屍。

 

しかし、そんな半無敵な骸骨らをフランは笑いながら粉砕して行く。

壊れない玩具、彼女にとってはそれらの骸骨はその程度の価値でしかなかった。

どんなに不死身な化け物だろうが、フランにとっては遊び相手。

むしろ壊れない玩具にはしゃいでいる程でもあった。

 

そんな半狂乱な妹に対し、姉のレミリアは呆れていた。

 

「ねぇ、咲夜。私はもう先に帰っていいかしら? こいつらただ不死身な化け物ってだけでたいしたことないじゃない」

 

弾幕を飛ばしながら言うレミリア。

先ほどからノロノロと歩きながら自分らに這い寄る骸骨を見て、レミリアはため息をつく。

 

一度、美鈴がぶん殴って骸骨らを攻撃したが、骸骨の形をした怨霊らの叫びが脳内に響いたと美鈴が呻いていた。

しかし、その叫びはすぐに消え、物理攻撃から弾幕を使用した遠距離攻撃に切り替えたのでそこまでの被害はない。

 

触れなければ危害はなく、その危害もたいしたことのない。

それもノロノロと動く骸骨で、たいした攻撃力のないただの不死身な化け物ってだけで脅威もクソもない。

レミリアはすでにそう思い、やる気をなくしていた。

 

「うおぉぉぉ!! 勝った方が魔理沙の膝枕ぁぁぁ!!!」

 

「むきゅぅぅ!! それだけは譲らないぃぃぃ!!!」

 

傍ら、アリスとパチュリーがどちらが骸兵を多く打ち滅せるか競争までしていた。

レミリアはそんな下らない争いをしていた友人を見て更にため息をつく。

 

フラン程ではないが異変にワクワクしていた自分がいたのは確かだ。

日々たまるストレスを発散させようとしていたのも数分前のことだ。

 

なのに、いざ向かい合えばたいしたことのない、ただの雑兵。

これなら紅魔館の庭で適当に弾幕をぶっ放した方がチマチマと倒れない敵を狙うよりは開放感がある、とレミリアは思った。

 

 

「幽々子さまー、頭が! 頭に変な声が響きますうぅ!!」

 

「よーむー、また剣で切ろうとしたのー? 触れると怨霊に意識を乗っ取られるわよー」

 

「しかし、私は斬る事しか能に……」

 

頭を押さえながら呻く妖夢と、すでに骸骨を相手するのに飽きたのか妖夢の後ろに控えノンビリと宙に舞う幽々子。

 

そんなくだらないやり取りをする二人を見てレミリアは思った。

 

もう帰っていい?

というか紅魔館の方にも骸骨らが現れていないか心配なのだが、と。

 

そんな呆れているレミリアを見て、レミリアの背後を護る様に佇む咲夜は口を開く。

 

「お嬢様、妹様も楽しそうですしもう少し遊んでから帰りませんか」

 

と、咲夜は投げナイフを這い寄る骸骨に投げレミリアに提案した。

 

すでに咲夜もピクニック気分。

と言うかバーでダーツでも嗜む様に骸骨らを的に見立てて心を躍らせていた。

顔には出していないが、ここぞというばかりに咲夜もこの異変を、街中に這うゾンビを倒していくシューティングゲーム感覚で楽しんでいた。

 

そんな普段クールで瀟洒な自身の従者の楽しそうにはしゃぐところを見て、呆れてはするもたまには良いかとも思えてしまった。

普段は自分のために尽くしてくれる彼女もストレスが溜まって発散したいことだろう。

こうして年相応にはしゃがせるのもたまには良いのかもしれない。

といっても発散内容が不気味な骸骨にナイフを投げつけるというものだが。

 

レミリアは咲夜に呆れながらもやれやれと呟く。

 

「ま、そうね。フランも楽しそうだし」

 

咲夜の言葉にレミリアは、一番はしゃいでいるフランの方に目を向け、温かい視線を送る。

彼女も普段は家に閉じ籠る様な生活をしているのだから、こうして思いっきり持て余す力を発散させたいのだろう。

レミリアはそう解釈をした。

 

そして、たまには自分も羽を伸ばすか、と左手に赤い槍を出現させたその時ーー

 

 

「ーーお前らは、妖か?」

 

 

凛とした声。

優しくもあり、威圧のあるその女の声がレミリアらの耳に届いた。

 

レミリア含め、その場に居合わせたものはその声が聞こえた林の方を向いた。

そして、視線の先に一人の少女をとらえた。

 

レミリアがその少女を見てまず思ったのは"白"。

 

兎に角、白い。

肌や髪の毛も、纏う着物も右腕に巻く包帯すらも全てが白い。

白くない部分を上げるなら、それは首に嵌められた薄汚れた鉄の首輪。

 

そして、身体から溢れる黒い瘴気。

骸骨らの身体から滲み出ている黒い瘴気と同じ靄がその白い主から溢れ出ていた。

 

レミリアはその彼女から溢れ出る瘴気を見て、口を開いた。

 

「貴女が、この異変の首謀者?」

 

彼女の身体から溢れ出る黒い瘴気を見て、何となくレミリアはそう思った。

 

レミリアの言葉に彼女は首を縦に振った。

そんな彼女が首を縦に振るところを見て、レミリアはほくそ笑んだ。

 

ーーあぁ、やっとマシそうな奴が出てきた、と。

 

 

「もう一度聞く、お前らの中に人は居るか?」

 

先ほどとは違う問いにレミリアは首を振った。

純粋な人は自分の従者である咲夜がいるが、彼女は人という化けの皮を被る悪魔の犬だ。

故にこの場には人などいない。

そう思いながらレミリアは首を横に振るう。

 

しかし、そのレミリアの返しを見て白い彼女は安堵の息を吐いた。

そして、ニヤリと笑った。

 

 

「なら、そう派手にやっても死ぬ事はないな」

 

その言葉にレミリアは少しだけ頭にきた。

 

「もしかして、舐められているのかしら?」

 

「いや、舐めていないよ。私はか弱い女の子だからな」

 

彼女は普通に答えた。

何とも思わずに、レミリアの睨みにビビる事なく答えた。

 

そんな余裕ぶる彼女を見て、打ちのめすとレミリアは決めた。

 

「咲夜……」

 

「えぇ、誰にも手は出させませんわ」

 

レミリアの意図を組み、軽く頭を下げた。

咲夜のその返事にレミリアは満足し、よしと頷く。

 

そして、白い彼女に目を向けた。

 

「我が名はレミリア・スカーレット! 紅魔館の主で吸血鬼! 尋常に勝負!」

 

赤い槍を携え怒鳴り尽くすレミリアを見て彼女は、"白鷺 雪"はこう答えた。

 

 

「ーー"桜井 命"、ただの生ける屍だよ」



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鎌鼬

ーー私は人殺しだ

殺した数は、覚えていない。

だが初めに殺した者の顔はしっかりと覚えている。

 

あれは昔のことーー

私は同性の……、女の子が好きな少女であった。

同じ村のあの子が好き。

隣の家のあの子が大好き。

その様な感情を抱いたのは全員女の子。

 

そしてそんな同性を愛してやまなかった私は村外れに住む貴族の娘に恋をした。

初恋、とは言えないが心を彼女に奪われた。

 

あぁ私のモノにしたい、よくそう思った。

家の畑仕事をサボってよくその屋敷のお姫様を私は見に行った。

肌が白く、長く伸びる黒髪を恋しく想いよく屋敷の外から眺めていた。

 

お近づきになりたい……。

齢15歳くらいにその様な感情をそのお姫様に向けていた。

綺麗な貴女に触りたい。

可憐な貴女に抱きつきたい。

愛してやまない貴女と、一度でもいいから言葉を交わしたい。

 

心から思った。

どうやったら、貴女は私のモノになるの、と。

そんな事を思いながら毎日、その人の屋敷に通い覗き見をし続けた。

そしてどうやったら自分のモノになるかを考え続けた結果……。

 

殺した。

殺して自分のモノにした。

鎌で首を引き裂いて血塗れにして殺した。

そして、青く冷たい彼女に愛撫でをし尽くした。

愛してやまないお姫様が私の手に……。

最初はそう思っていた。

 

だけどーー、すぐにその"女"に飽きた。

 

殺してまで手に入れようとした彼女を、私はすぐに飽きた。

血塗れにして、殺してしまったら飽きてしまった。

私は飽きた彼女の屍を川に棄てた後にふと思った。

 

 

ーー彼女の死に顔は、美しかったなぁ

 

 

私は彼女の首に鎌を押し付けた時の事を思い出す。

 

歪む顔、溢れる涙に、震える声……。

私は彼女のその様な表情に、ときめいた。

最初は、ただ彼女が自分のモノになると興奮していたからだと思っていた。

しかしよくよく考えてみると、私は彼女の死に顔に興奮していた。

そして、彼女の首を搔き斬った時には、酷く股が疼いていた。

 

私は、彼女の死を得て理解した。

私は女の子が好きなのでなく、女の子の涙が……、美しく散っていく彼女らが好きなだけなのだ、と。

 

 

案の定、そうであったーー。

二回目の殺人、私が目をつけた隣の家に住む幼馴染の少女。

彼女を蹂躙し殺す事で、私は"私"を理解できた。

嗚呼、私はこういう人間なのだーー、と。

人を、美しい物を殺す事に快楽を得る人間なのだと理解した。

 

その事を理解してから、私の糸は切れた。

 

 

殺して、殺して殺して殺し続けて……。

村の女子は一通り殺ったので、隣の村に行き、そこも殺り終えたらまた次の村へ……。

 

 

 

殺して、殺して殺して殺し続けて……。

私はいつしか、"人"では無くなっていた。

 

 

 

 

殺して、殺して殺して殺し続けて……。

そして私は、業を背負う"化け物"となった。

 

 

 

そして、あれは私が"化け物"になってばかりの頃だっただろうかーー?

 

私が相変わらずに人を殺し続け、"化け物"となって力を手に入れたことにより近頃では容姿の整った妖怪をも殺し始めた時の事。

 

そんな時にーー、"あいつ"は声を掛けてきた。

 

 

 

「やぁ、捗っているかい"鎌鼬"?」

 

 

 

"あいつ"が、あの"狐面の女"が私と初めて会った時、私はいつも通りに人を殺していた。

そして、私のその行為を労うかの様にあの狐面の女が話しかけてきた。

 

私は先ずは、私の能力の【ありとあらゆるものを斬る程度の能力】でその女の首を切り落とそうとした。

しかし、私の飛ばした不可視の斬撃はその女に、そこに斬撃が飛んでくることがわかっていた様に呆気なく避けられ、更にその女は何事もなかったかの様に話しかけてきた。

 

「なあ"鎌鼬"、壊れない玩具に興味はない哉?」

 

私はその女の突然の質問に、意味を理解できなかった。

しかし、その女は私の反応を無視するかの様に言葉を続けた。

 

 

「ボクに従ったら、君の欲しい物が手に入るぜ」

 

私の欲しい物ーー

それはその時の私には全くの心当たりがない物であった。

 

だが、その狐面の女は私の心を見透かす様に言った。

 

 

「壊れる事のない玩具、永遠に殺し続けられる……そんな玩具を、君は欲しているのだろう?」

 

 

壊れない玩具。

人は殺したら死ぬ。

殺さなくてもそのうち死ぬ。

そして、人の散り際というものは酷く美しいもの。

 

それが永遠に、楽しめる。

それは私にとって魅力的なお話。

 

 

「ーー話を、聞こうかしらぁ?」

 

 

それが、私と"彼女"との初めての会合であった。

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「慧音っ、大丈夫か!?」

 

急いで駆けつけたおかげで息を切らしながら、妹紅は人里にいる慧音の下に駆けつける。

そんな妹紅の慌てた様子を見て、人里よりほんの少し離れた場所で見回りをしていた慧音は安堵の息を吐いた。

 

「妹紅、無事だったか」

 

「無事だったかじゃねぇよ! なんで人里から離れてこんなところに!!」

 

妹紅のその言葉に慧音は苦笑する。

 

「心配性だなぁ。別に大丈夫さ、ここらはまだ人里を守る結界内だ。おかげであの骸骨らはいないだろう?」

 

「だけどさ……」

 

「それに、人里の方にも腕のいい守護者はいるから安心さ」

 

そういう事を言っているのではない。

妹紅は口には出さずにそう思った。

 

だけど実際には慧音の言う通り、この辺りにはあの骸骨らは居ない。

人里も文字通り目の先にあるので何かがあったらすぐに逃げ込める。

そう考えれば、慧音の言葉には納得が行くと妹紅は思う。

しかしーー

 

「なぁ、慧音。なら人里の中で守ってればいいじゃないか?他の人間どもと同じように、異変が終わるまで人里の中でさ」

 

守るな、とは言わない。

だけど人里から離れ化け物の蠢く、前線にいる必要は無いではないか。

 

妹紅は心内にそう秘めながら慧音に言う。

しかし、その言葉の望みは次の慧音の言葉によって黙らされた。

 

 

「確かにそうだが……、人里を守る結界は絶対じゃないんだ。もしもの場合にも、多少の事はしておきたいのさ。何もしないまま、護れないのは嫌だからな」

 

「……馬鹿だねえ」

 

慧音のその言葉に妹紅は呆れてため息をついく。

それとその言葉になぜか安心感を持った。

此奴はそういう人間だ、と良い意味で改めて思った。

そう思いながら妹紅は慧音を馬鹿と言う。

 

そして妹紅は慧音のその言葉を聞き、ドカリとその場に座り込んだ。

 

「はっ、なら私もお前の大事なもんを護るのを手伝ってやるよ」

 

「ふふ、ありがたいな」

 

胡座をかぐ妹紅に、鼻で笑いながら慧音は礼を言う。

そして、その礼に恥ずかしそうに鼻をかぐ妹紅を見て、ふと昔を思い出す。

 

 

かつてーー、妹の様に思っていた目つきの悪い少女。

彼女は男っぽい口調に態度に、男勝りに荒っぽい性格。

だけど、とても優しく純粋であった彼女。

そして、住んでいた寺を妖の類に襲われ、居なくなってしまった"あの子"の事をーー

 

 

(妹紅と同じで、"あの子"も男勝りで優しい子であったなぁ)

 

 

慧音は何百年も前の事を懐かしみながら老けていた。

今ごろになって、そんな昔の事を思い出すのだろうか、と慧音は疑問に思いながらも妹紅の方をもう一度見る。

 

が、妹紅は眉間にシワを寄せており睨みつける様に視線を前に向けていた。

そして、どすの利いた声で見たものに口を開いた。

 

 

「……おい、なんであんたがこんなトコに居るんだよ?」

 

妹紅は睨みつける様に前から向かってくる人物に目を向けていた。

慧音はその妹紅の言葉に釣られ、妹紅の向く先へと視線を向けると一人の女性の存在に気づく。

 

長髪で翠色の綺麗な髪を持つ妖艶な女性。

それが妹紅らの正面に生えていた木々の間から妹紅らの方に歩いてきていた。

彼女……、黒桜 刃は正面に居た妹紅の睨みに気付き、言葉を発す。

 

 

「あらぁ、見た事のある顔だと思ったらぁ……、昔に雪ちゃんと一緒にいた子じゃないぃ」

 

「……こんな所に、一体なんの用だ」

 

お気楽に話す刃に、緊迫する妹紅。

 

かつて、雪と初めて幻想郷に訪れた時に出会った人物。

実に七百年過ぎぶりに出会った二人だが、妹紅は和む様子もなく、刃に警戒の心を向けた。

 

そんな殺気をビンビンに出す妹紅に、刃は怖い怖いとケタケタ笑う。

そして、何事もない様にサラリと答えた。

 

「別にぃ、ただぁ人里に血の雨を降らせに来ただけよぉ?」

 

刃のその言葉に、妹紅はおろか初対面である慧音すら警戒をし始めた。

そして、慧音は尋ねる。

 

「貴様が、この異変の首謀者か……?」

 

「……ああ、あの骸骨らの徘徊のことぉ? 首謀者ってほどじゃないけどぉ、一様関係者ねぇ」

 

その言葉に、妹紅と慧音はより一層警戒心を高める。

しかし、刃は妹紅らのその怪しむ視線に気づき、誤解を解く様に手を横に振った。

 

「まあ、骸骨云々の芸当は私には出来ないわぁ」

 

「……なら、なぜ人里を狙うような発言をした」

 

「んー、命令ってのもあるけどぉ……やっぱり殺したいからぁ?」

 

刃はにぱりと笑い答えた。

 

慧音はそんな答えを笑いながら答える彼女を不気味に思った。

無邪気そうに笑う笑顔。

殺すという事をなんとも思わぬ顔でいう彼女に、慧音は心から危険を感じた。

 

「でもぉ、私的にはぁ人里とかどうでもいいのよぉねぇー。女以外は殺す気にならないしぃ、可愛い娘にしか興味ないのよねぇ」

 

 

ーーぞわり

 

 

妹紅と慧音は刃の笑みに震える。

先ほどとは違い、無邪気なものではなく、三日月の様に口を吊り上げた不気味な笑み。

 

その笑みと同じく感じるのは膨大な妖気。

妹紅らは彼女の殺る気に構えた。

 

 

「藤原妹紅ぅ……、貴女も"死ねない"のでしょぅ?」

 

「……だから、どうした」

 

なぜ知っている、そんな事を聞くより意味深な問いに妹紅は疑問を持った。

 

刃は、自身に畏れを抱く妹紅の顔を見て、更に下卑た笑みを見せた。

 

 

「ーーだってぇ、死なないのならぁ何回でも殺せるでしょぉうぅ?」

 

 

刃がそう言うと、妹紅は彼女のその不気味な笑顔を睨みつけた。

そして、それと同時に黒桜 刃は妹紅めがけて走り出したーー

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

ーー紅符「不夜城レッド」

 

 

 

レミリアを中心に紅い十字架のオーラが現れ、雪めがけて飛んで行く。

 

現在ーー、レミリア・スカーレットと白鷺 雪が幻想郷の空で弾幕を打ち合っていた。

レミリアは背中に生える大きな蝙蝠のような羽を羽ばたかせ、雪は黒色の鴉羽を羽ばたかせ空に舞う。

といっても先ほどから攻撃をしているのはレミリアばかりで雪はひたすら避けるだけ。

 

そんな雪の態度にイラついてか、レミリアは終わらせようとスペルカードを出したが、それも今現在に雪は楽々と避けた。

 

そして、レミリアが宣言したスペルカードを雪はサラリと避けると同時にそれは地上の方からやって来た。

 

 

「お姉様ばかり楽しそうでズルいっ! フランも混ざるうー!!」

 

 

 

 

ーー禁忌「クランベリートラップ」

 

 

 

背中に宝石の様な翼を生やしたフランが、背後に幾つかの魔方陣を出現させ、そこから弾幕を打ち出しながら雪に近づく。

 

レミリアはなぜフランが、と思いながら誰にも邪魔させない様に頼んだ従者の咲夜のいる地上に目を向けた。

レミリアに視線を向けられた咲夜は流石にフラン相手を止めるのは無理、という様に頭の上でバツを作り首を振っていた。

 

その咲夜のジェスチャーを見て、ため息をするも雪めがけ弾幕を打つフランに目を向ける。

 

「フランっ、こんな相手は私一人で十分よ! 貴女は下の骸骨の相手でもしてなさい!」

 

「いやっ! 私だってこのお姉さんと遊びたいもん!」

 

レミリアの言葉に駄々をこねるフラン。

そんな様子を見てかレミリアは更にため息をついた。

 

そして雪はそんな二人を見て若干イラつき、ムッとなった。

 

「お前ら、余裕そうだな」

 

 

 

ーー雷獣「雷ノ槍」

 

 

 

雪が一枚の札を掲げ言うと、手元に雷を帯びた棒状のものが現れる。

そして、それをフランめがけて撃ち込んだ。

 

「効かないよっ!」

 

 

 

ーー禁忌「レーヴァテイン」

 

 

 

フランは背中に出していた魔方陣を消し、新たにスペル宣言をする。

そして、手元に出現させた紅い剣を振るい、雪に投げられた槍を弾こうとした。

 

しかしーー。

 

「弾けろーー」

 

雪の呟きとともに、雪の投擲した槍は爆散し、槍の形状を失って四方八方に雷を打ち込む様に弾けた。

 

その弾けた雷は雷槍を防いだフランの元に飛び散った。

しかし、フランは紙一重に弾けた電流を避ける。

 

「ねぇ、お姉さんっ! 今のすごいね!!」

 

「フランっ、もういいでしょ!? 私が相手してたのよ、元の持ち場に戻りなさいっ!!」

 

「いやだもーん、私だって遊びたいもーん」

 

フランの駄々にレミリアは舌を打った。

そして、そう言うことならとレミリアは宣言す。

 

 

 

ーー紅符「スカーレットシュート」

 

 

 

レミリアの周りに紅い大玉が幾つも現れ、小弾と中弾を混ぜながら雪めがけ撃ち込んだ。

 

「なら私が先にあいつを落とさせてもらうわ!」

 

「ははっ、勝負だねお姉様!!」

 

高らかに笑う二人の吸血鬼。

 

そして、レミリアの張った弾幕を避けながら、雪はそんな二人を見て舌を打ち叫ぶ。

 

「ほんっとうに余裕そうだなあ、ガキどもがっ!!」

 

 

 

ーー髑髏「骨ノ手」

 

 

 

雪はヘラヘラと笑う二人にイラつく。

そして宣言をすると、雪の背中から十本の骨の腕が生えてきて、その手から黒色の弾幕が打ち出された。

 

レミリアとフランは打ち出された弾幕を楽しそうに笑い、避ける。

そんな遊んでいる様な彼女らを見て、更に雪のイラつきは上がった。

 

 

「ーーあぁっ! めんどくさくなってきたあ!!」

 

雪はそう怒気を上げると、先ほど出したばかりの背中から生える骨の腕をしまい、弾幕を強制的に消す。

 

そして勢いよくレミリアらの方に黒い翼を羽ばたかせ突撃する。

 

「あら、そんな真っ直ぐ突っ込んできていいのかしら?」

 

レミリアはそう言うと、先ほど宣言したスペルを一直線に突っ込んでくる雪にめがけ打ち込む。

 

しかし、雪の特攻の勢いは止まることなくレミリアらめがけて飛んでくる。

真っ直ぐレミリアらの方に突っ込んできているので、レミリアの弾幕は身体に当たる。

だが、それらの弾幕はまるで雪の身体をすり抜ける様に過ぎ去った。

それはまるで、雪が"煙"になった様に通り過ぎる。

 

 

 

ーー煙羅「煙ノ檻〜隠〜」

 

 

 

レミリアが自身の弾幕が雪の身体をすり抜ける事に驚いていると、雪が札を掲げ新たなスペルを呼び出した。

 

それは白々とした白い檻ーー

レミリアとフランを囲む様に白い煙状のものが現れ、二人を閉じ込める様に煙は立ち塞がった。

 

「な、霧!?」

 

「いや……煙だよ。昔に喰らった煙々羅っていう妖怪の、ね」

 

レミリアの驚嘆の声に雪はクスリと笑い答えた。

それも視界の悪い煙の先からレミリアの前に顔を覗かせてだ。

 

「く……目眩しか!」

 

「そうだよ」

 

突然、煙の先から現れた雪にレミリアは怯みながら叫ぶ。

 

雪はヤられたと思っているレミリアの顔を見てほくそ笑み、レミリアの隣に飛んでいたフランの首をガシリと掴んだ。

そして、フランの口に雪は口付けをした。

 

「ーーっき、きさま!?」

 

レミリアは実妹に不埒を行う雪を見て、眉間に筋を浮かべ殴りかかった。

しかし、その拳はフランの口から雪の唇を離し距離を取る事により避けられた。

 

そして、キスをされたフランは眠そうに目を擦りながら唸る。

 

「うにゅ……う……お姉……さま……」

 

「フラン!?」

 

雪にキスをされたフランは目をうつらうつらとさせ、地上へと落ちていく。

レミリアはその意識を失った様に落ちていったフランを追う様に羽を羽ばたかせ下降し、フランの身を宙で抱きしめた。

 

そして、フランの身に起きた異変を探る様に全体を観察するが……。

 

「すぅ……」

 

「……寝てる?」

 

スヤスヤと息をたて眠るフランの様子に、レミリアは慌ててフランを追いかけた事により荒れてしまった息を整えながら首を傾げ呟いた。

 

雪はそんな二人の事を消え行く煙の中から満足げに言う。

 

「ふん、これでそいつは戦闘不可能だ」

 

「……フランに何したの?」

 

「【眠に誘う程度の能力】で眠らせた」

 

「それが貴女の能力……」

 

「いや、私の能力の一つだ」

 

ちなみにこの煙は【自身を煙に変える程度の能力】だ、と消え行く煙に触れながら自慢気に言う雪。

 

その雪の言葉に、ただの妖怪ではないとレミリアは警戒し、先ほどまで持っていた遊び心を捨て雪を睨みつけた。

 

「さぁ、異分子は居なくなった。来いよ吸血鬼、お前が幻想郷でも強い方にいる事は今の攻防で十分に分かった」

 

「あら、そう言われると光栄ね」

 

雪の挑発にレミリアは苦笑いを浮かべた。

そして、腕の中で眠るフランに目を向け彼女の身柄をどうするか迷う。

 

このまま眠るフランを抱きかかえながら闘うのは無理だし、一度地上に下ろそうにも背後から攻撃されるかもしれない。

ならこの場で起こす、といっても熟睡しており起きそうもない。

 

ならば、ここは一度地上にいる咲夜を呼びつけて……、とレミリアが考えると同時に、フランはパチリと目を開けた。

 

レミリアはフランの目覚めに嬉しそうに声を上げる。

 

「フランっ! 起きたのね!!」

 

「なにっ!?」

 

フランの目覚めに雪はあり得ないという様に驚愕する。

 

レミリアは驚く雪を傍らにフランの目覚めに喜ぶが、目をじっと開けたまま固まるフランを見て首を傾げた。

 

「ーーフラン?」

 

「…………んー、邪魔ですぅー」

 

レミリアが名を呼び惚けるフランの肩をゆすろうとすると、フランは無表情な顔から急に二ヘラと笑い、いつもとは違う口調で口を開いた。

そして、フランは抱きしめるレミリアの腕を払いのけ、雪の方めがけ飛んで行く。

 

突然のフランの奇行にレミリアは戸惑った。

雪も、眠らせたはずのフランが目を覚まし、自分の方に近寄るフランに警戒の眼差しを向けるがーー

 

 

「"桜井 命"ー、お姐さまからの伝言ですぅー」

 

 

マヌケた話し方。

そして、名前を呼ばれる事に雪は眉をひそめ気づく。

 

「お前……、"憑"か」

 

「はいー、憑ですぅー」

 

"フラン"の見た目をしたモノ……、憑は二ヘラと笑いながら首を縦に振った。

そして、言葉を続けた。

 

「お姐さまが"目標"の出現場所を予言されましたぁー。博麗神社に"真っ直ぐ"向かえだそうですぅ」

 

「……了解」

 

フランの見た目をした憑は"狐面の少女"に言われた事を思い出しながら雪に伝える。

そして、雪は憑の言葉を聞き首を振りレミリアの方に視線を向けた。

 

「……ふん、命拾いしたな吸血鬼」

 

「ちょっ!? どういうことよ!!」

 

いきなり自分の妹が敵であった女と仲良く話しているところを見て混乱していたレミリアが、雪の言葉に反応し声を上げる。

 

しかし、雪はレミリアのその言葉に耳傾ける事なく背中を向け、黒い翼を羽ばたかせその場を後にしようとしていた。

 

レミリアは逃すまいと、背を向ける雪を追おうとするがフランの姿をした憑に行く手を阻まれた。

 

「私の役目はぁ、"桜井 命"の手助けですぅー。なのでここは通しませーん」

 

「フランっ、何を言って!?」

 

「あにゃぁ、私はフランではなく憑ですよぉ〜」

 

レミリアの怒鳴りに気にせず、憑は甘えた声を出し再び名乗った。

 

憑のその言葉にレミリアは相手がフランで無いことを知り、怒気を上げる。

 

「フランに何したの!?」

 

「ちょーと、私の【意思なきモノに憑依する程度の能力】で身体を借りてるだけですよぉ」

 

近くに意識を失っている人がいて助かったです、とフランに憑依した憑が二ヘラと笑った。

 

「でも、安心してくださいー。この身体()が目を覚ましたら私は出て行きますよぉ」

 

「……その言葉を、私が信じると思う?」

 

「んー、信じてくれないんですかぁ?」

 

「ふん、当たり前でしょ!」

 

レミリアの答えに憑はため息をつく。

そして、仕方が無いと首を振る。

 

「まあ、レミリア・スカーレットが反抗するって事はお姐さまの"予言"でわかってたんですけどぉー、いざ闘うとなると怖いですねぇ」

 

「あら、私とやろうというの?」

 

「"桜井 命"の後を追われるのは困るのでぇ、この身体()を借りてぇ、阻ませてもらいますぅー」

 

故にこの身体に憑依した、と言う憑。

憑がそう言うと手元に杖の様な形状をする炎の剣、レーヴァテインを召喚する。

そして、レーヴァテインを頭上に掲げた。

 

「戦闘は苦手ですがぁ……、お姐さまの為なら頑張りますよぉー」

 

二ヘラと笑う憑はレーヴァテインを振りかぶる。

 

対してレミリアはやる気な妹の身体を乗っ取る敵を見て、ため息をつきフランの姿をした敵を睨み、口を開いた。

 

「……さっきの真っ白け女とはまだ決着がついてないのだからーー、フランの身体を返してもらったら嫌がらせついでにあの女を追いかけてやるわ。だから……」

 

 

 

ーーとっとと逝ねろ、雑魚。

 

 

 

レミリアがそう言うと手元に赤い槍、グングニルを出現させフランの姿をしたモノにめがけ翼を広げた。



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憑霊

ーー私は影が薄かった。

 

否、薄いどころか……誰からも見つけられることもできない。

私は人から認識すらされない記憶無き幽霊であった。

未練があったのか成仏もできず、生きていた頃の記憶が一つも無いだだの地縛霊。

 

 

それが私……、"憑"の昔話ーー

 

 

私は霊力がほとんど無いからか、誰にも気づかれない幽霊で、高い霊格を持つ陰陽師にすら私を見つける事が出来なかった。

同じ幽霊にも、私の存在は矮小過ぎて気づかれない。

 

故に私は、一人であった。

 

成仏できず、記憶がなくて未練すらわからずに私は現世を彷徨い続けた。

西へ行き東へ行き、左に行って右に行く。

私は途方もなく彷徨い続けていた。

 

時には、誰かに気づいてもらおうと悪戯をした事もあった。

しかし、どんなに私が悪い事をしても誰ひとり気づいてくれはしなかった。

すべて気のせいの一言で片付けられてしまった。

 

そして、私はいつしか一人が怖くて涙を流した。

誰にも気づかれず、記憶もなく行く宛もない私は、ただただ涙を流した。

 

 

誰でもいい、私に気づいておくれーー

一人でうずくまり、一人で泣いた。

 

 

こんな事なら、早く消えておくれーー

だけど、何時になっても成仏出来ない自分に泣いた。

 

 

もう、一人は嫌だーー

しかし、自分は誰からも気づかれない幽霊。

 

 

私は孤独に蝕まれながらも、ただひたすらに泣きじゃくった。

一人は寂しい、孤独は辛い。

そう思いながらも私は泣く。

しかし、誰にも見つけられない私は何時も一人。

こんな事なら、いっそ消えてしまいたい。

成仏して、こんな孤独とはおさらばしたい。

それが私の本心。

だけど、どうすれば成仏できるかわからない。

だから成仏できないのならせめて……。

 

 

ーー誰か、私を見つけて……。

 

 

私は祈った。

誰かにでなく、ただの願望として。

 

お願いだから私を見つけてください。

そして私という不確かな幽霊(そんざい)にこの世に留まる理由を教えてください。

 

私は祈って祈って祈り続けた。

そして、それはある日の事ーー

 

 

 

 

「ーー君も一人なの、幽霊ちゃん?」

 

 

 

 

綺麗な黒髪の"あの人"が……、私という不確かを見つけてくれた。

 

私に言ってくれた。

今日から私が友達だ、と。

そして、抱きしめてくれた。

今日から私たちは家族だ、と。

 

私はそう言ってもらえた事に嬉しかった。

だから私は"あの人"に、"お姐さま"に報いる為ならば……。

 

 

 

 

 

悪役にだってなれるんだーー

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

憑は舞う。

自身の能力、【意思なきモノに憑依する程度の能力】で乗っ取ったフランドール・スカーレットの身体を操り、宝石のような翼を広げて幻想郷の空を飛ぶ。

 

そして憑の相対する相手、レミリアはその宙を舞うフランに憑依する憑めがけて弾幕を打ち込んでいた。

 

「くっ……、早くフランの身体から出て行きなさいよ!!」

 

「いやですぅー。出て行ったらすぐに"桜井 命"の後を追いかけちゃいますよねー?」

 

「当たり前、でしょ!!」

 

身軽にレミリアの放つ弾幕を避けながら憑は舞う。

そして、レミリアのその解に答えるように、憑はフランの身体から一枚のカードを取り出して宣言した。

 

 

ーー禁忌「レーヴァテイン」

 

 

憑がそう宣言すると、手元に持っていたレーヴァテインを振り回し、そのレーヴァテインの矛先をレーザーのように伸ばしてレミリアめがけて切り掛かった。

 

レミリアは本来は妹のスペルカードであるレーヴァテインに驚くも、紙一重で避ける。

 

「乗っ取った相手の、スペルカードを使用する事ができるのね……」

 

レミリアは憑が振り回すレーヴァテインを紙一重で避けながら考察する。

 

先ほどから観察をしている限り多少は動きの癖などは違うが、フランのパワーやスピードはそのまま反映されていた。

つまり敵は、今はフランそのものと考えてよいという事。

そして、乗っ取られている相手がフランという事を厄介に思いレミリアは眉をひそめた。

 

このままでは、あの逃げていった白い女との決着がつけられない。

そして自分の愛してやまない実妹の唇を奪った制裁を加える事が出来ずに逃げられてしまうではないか、と少し焦りを見せる。

しかし、相手は別人とはいえフランそのもので倒すのにも時間がかかりそうだ。

短期戦、それがこの弾幕ごっこでレミリアの望むもの。

 

故にレミリアは声を上げて呼んだーー。

 

「ーー咲夜ぁ!」

 

「御意に、お嬢様ーー」

 

 

 

ーー幻符「殺人ドール」

 

 

レミリアの叫びに反応し、今ほど地上にて骸骨らと戦っていた咲夜が瞬間移動をしたように主(レミリア)の側に現れる。

そして、現れると同時に周囲に幾百のナイフを設置してフランの方へと打ち込んだ。

 

「ふぇ……ふえぇぇ〜、刃物が飛んできたですぅ〜!」

 

フランの姿をする憑は突然現れた咲夜に一瞬驚きはするも、それどころでなく飛んできた幾つものナイフをみっともない声を上げながら大雑把に身体を動かして避けた。

 

 

「お嬢様、状況を」

 

レーヴァテインを振り回す事を止め飛んでくるナイフを慌てながらに避ける憑を傍らに、咲夜は主であるレミリアに簡潔に尋ねた。

 

「あの"桜井 命"ってのに逃げられて、また別の奴が喧嘩を売ってきたわ。それもフランの身体を乗っ取ってね」

 

「なるほど。つまり私への命令は妹様の足止め、ということで」

 

「いえ、あなた一人ではフラン相手はキツイでしょう? だからーー、手早く行くわよ」

 

 

ーー獄符「千本の針の山」

 

 

レミリアがそう言うと周りに針状の赤い弾幕が現れ、フランめがけて飛んでいく。

そして、今だに飛び交うナイフの中に針がさらに加わわることで憑はより一層に必死になって避け続けた。

 

「む、ムリですぅー! こんなに避けられませぇん!!」

 

 

ーー禁弾「カタディオプトリック」

 

 

飛び交う弾幕の中を必死に避け、泣き叫びながら憑は宣言する。

すると憑の周りに大小様々な弾幕がはられ、それらを飛んでくる弾幕を相殺する様に放った。

 

そして、それらが相殺して出来た穴から飛び出す様に憑は弾幕が飛び交う密封空間から脱出した。

 

「ふえぇー、間一髪で……」

 

「隙だらけよっ!!」

 

「すぅぅぅ!?」

 

危機的状況から脱した事に憑は安堵していたら、いつの間にか背後に回ってきていたレミリアに気づいて握られ殴りかかる拳を慌てて避けた。

そして、避けられたレミリアは舌を打ち、ギロリと憑の方を睨みつけた。

 

が、その睨みつけた先のものにレミリアは拍子抜けするのであった。

 

「ひっぐ……この人、目がギラギラして怖いですよぉ。ただの幼女ってお姐さまに聞いたのに話が違うですよぉ〜」

 

レミリアの視線の先に映ったのは泣きじゃくる実妹。

というか、ギャン泣きしているフランであった。

 

涙鼻水を流し泣くフランを見て、レミリアは口を開け呆然とした。

 

「え、えーと……なんで泣いて……」

 

「だ、だってぇ……こわくてぇ……」

 

会話にならない、調子が狂う……。

レミリアは泣きじゃくる妹の姿をした敵を見てどうすればいいのか困惑した。

 

そして、どうすればいいのかと意見を求めようと後方にいるはずの咲夜に目を向けた、がーー

 

「はぁはぁ……こんな妹様、初めて……」

 

鼻血の垂れる鼻を押さえながら息を荒くする自分の従者を見て困惑するレミリア。

完璧で瀟洒なはずの自分の従者がこんな醜態を表すはずがないと、レミリアは何も見なかった様に視線を逸らした。

 

「えーんっ! お姐さまぁー!!」

 

「ちょ、そんな声あげて泣かないでよ!? ほら、これで鼻拭いて……」

 

「こ、こないでくださぁいいぃ! 怖いですぅ!!」

 

「……くっ」

 

ほとんど見たことのない妹の醜態に、レミリアは戸惑う。

いつも笑顔で元気にはしゃいで、転んだって泣いたりしないフランが、鼻水を垂らし涙を流して泣いている。

それもお姐さまと言う誰かはわからないが、そう呼ばれて泣かれると手を差し伸べたくなる。

だけど、怖いから来るなと可愛い妹に拒絶されると中々に来るものがあった。

だが、その泣きじゃくるフランは敵、……だけど身体は妹のもので……。

 

「こ、怖くないから大丈夫よ。だから、ほら……泣かないでいいわよ!」

 

とりあえず泣き止ませよう。

それがレミリアのとった選択であったがーー

 

 

「ぐす……ほんと? わたしのこといじめないですかぁ?」

 

涙目で上目遣い。

フランに憑依した憑は弱気な目で戸惑うレミリアに問いかけた。

その憑の言葉に、レミリアは虐めないわよ、と慌てながらに言うと憑はホッとした様子を見せて問い続ける。

 

「もう、憑に酷いことしたりしないですかぁ?」

 

「も、もちろんよ!」

 

「なら……"桜井 命"を追いかけるのも、諦めてくれますかぁ?」

 

「そ、それは……」

 

「……諦めてくれないんですかぁ」

 

ぐすりと鼻をすすり、再び泣きかける憑。

そんな憑の様子を、泣きじゃくる妹の姿を見てレミリアは唸った。

そして仕方がないと息を吐く。

 

「ああっ!! わかったわよっ、もう追いかけないし、貴女に危害を加えないから泣くのはよしなさい!!」

 

レミリアは折れたーー。

自身の妹の涙に、完璧に折れた。

自身の決着よりも妹の、正確には憑の願いを聞き入れた。

 

「ほ、本当ですかぁ!?」

 

パァッと笑顔を浮かべた憑。

その無邪気な笑顔を見て、レミリアは言葉を詰まらせるも首をコクリと縦に降った。

 

 

「わーい、任務完了ですぅ! これでお姐さまに褒めてもらえますぅ!ありがとうございますぅ!」

 

「ちょっ!? 抱きつかないでよ、鼻水つくでしょうが!!」

 

レミリアの言葉に喜んだ憑は勢いよくレミリアに抱きつき、抱きつかれたレミリアは突然の抱擁に慌てた様子を見せ声を上げた。

しかし、言葉で拒絶するも抱きつかれることに満更でない様子を見せていた。

 

「なら早速ぅ、お姐さまの下に行って褒めてもらいますぅ!」

 

「……は?」

 

無邪気にそう叫んだ憑。

憑のその言葉にレミリアは惚けるが、自身の腕の中で意識を手放す様にフランは項垂れた。

 

『ではぁ、またお逢いしましょお〜』

 

そして、その意識がなくなったフランの身体からは不透明な一筋の煙の様なものが立ち上り、聞き覚えのない声が辺りに響いてそれは消え去っていった。

 

しかし、レミリアはその煙のようなものと微かな声を聞き届けるよりも、フランの容態が心配でありそれどころではなかった。

 

「ふ、フラン大丈夫……って今は乗っ取られてるんだったわ……。でも、意識がないし……、咲夜ぁー! 医者呼んで、いしゃー!!」

 

「お嬢様、落ち着いてください。とりあえず妹様の涙で湿った寝顔を写真で……」

 

「そうね……って違うわよ!!」

 

「冗談です」

 

レミリアの慌てた態度を見てクスリと笑う咲夜。

その咲夜の言葉にレミリアは本当かと一瞬は疑うも、フランの事で頭がいっぱいで怒る気にもならなかった。

 

 

傍ら、レミリアの腕の中で眠るフランは、憑き物が落ちた様にスヤスヤと寝息を立てていたーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

私はーー、黒い翼を羽ばたかせて飛んでいる。

目指すは幻想郷の中枢と言われる博麗神社。

そこにあの狐の予言曰く"やつ"が……、"八雲 紫"が現れる。

そいつが私の最終目標である。

 

最終目標、といっても最初から最後まで私の目標は八雲 紫だけだ。

私の能力【魂を狩り盗る程度の能力】で八雲 紫の能力【境界を操る程度の能力】を狩り盗るのが今回の私の目標であり、あの狐が私に提示してきた計画だ。

そして、その能力を奪い私の人間と妖怪の境界を弄れば、私はーー

 

「……もう少しだ」

 

もう少しで私はーー、"人"に戻れる。

そう思えば、私の前へ進む速度が速くなる。

早く、早く人へ戻りたいと自然と翼を羽ばたかせる勢いが上がる。

 

私は考える。

人に戻ったら先ずは何をするか、を。

 

まずは前世と同じ様に学校に行きたい。

そして友達とくだらない話をしたい。

それで学校から帰って、平和な我が家でテレビでも見ながら夕飯を食べる。

それが私の平和な日常。

そして、私の望むありきたりな世界。

 

な、はずなのにーー

 

 

「……なにか、足りない」

 

平和な世界。

確かに私は望んでいる。

あの狐に唆され、長年封じられていた私は確かに平凡で平和な世界を望んだ。

普通で普遍な、女子高生に私は戻りたいと思った。

 

だけど心が、本心が何故かモヤモヤとする。

私はあの頃に、"桜井 命"が生きていた様に平和に過ごしたいはずなのに、何かに私は引っかかる。

それは、なんだろうか?

 

茜の事にまだ未練を残してる?

斬乂の事を心残りに思っている?

考えても考えても、その私の気持ちへの答えは見つからない。

 

 

「くそ……、なんだよ。この気持ちは……」

 

あいつの、斬乂の事を思い出すと私の心がよりいっそう騒がしくなる。

もしかしたら、私はまだ……と一瞬思うが、その考えを打ち消す様に首を横に振った。

 

違う。

あれはただの依存であった。

"白鷺 雪"が白鷺 茜を好きであったから、その記憶を受け継いだ私が、"桜井 命"が白鷺 茜を好きであると勘違いしただけだ。

それで、常人では耐えられない様な酷い人生を歩んできて、そんな中で出逢ったのが斬乂で、私はあいつに差し伸べられた手が神々しく見え、その手に縋り付いただけなんだ。

 

あれは、あの恋は私の偽りだ。

弱っていた私が縋り付いただけなのだ。

救われたいから私はあいつに伸ばされた手を取って、否定され続けた私を肯定してもらいたいから肌を重ねて……。

 

 

「……あぁ駄目だ。あいつの事を考えると余計に決意が鈍る」

 

私は、"桜井 命"なのだ。

本来は人であって、こんなとんでもファンタジーで生きる様な人生ではなかったのだ。

 

あの頃の様に、"友達"と並んで過ごす日常こそが私の……。

 

 

「……友達」

 

そういえば、あの頃はよく"あの娘"と一緒にいたものだ。

幼い時から一緒にいた"あの娘"と、私は毎日を平穏に無難に生きてきた。

"あの娘"とは転生した今では会うことは無いが、また会いたいと思え……

 

 

 

 

ーー"あの娘"って、誰だっけ?

 

 

 

 

私は、かつて"白鷺 茜"に似ていると思っていた"彼女"の名前を思い出そうとするが、全く思い出せない。

"白鷺 茜"に若干に面影があるのは覚えている。

しかし、名前も声も、どんな表情で私の隣にいたかを、私は思い出せない。

 

「……まあ、別にいいのか。昔の事だしーー」

 

思い出せない事は仕方がない。

それに私がこの世界に転生したのは千年以上も前の事だから覚えていないのは当然だ。

それに、もう名も思い出せないその友達とは会うことがないのだ。

そう、この計画が完遂すれば私は人に戻れる。

 

そして、新しい人生を歩めるのだからーー

 

 

 

 

 

私はそう思いながら、ふと下の方に視線を移すと、そこには見知った顔が見えた。



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再会

妹紅は息を止め、木の陰に隠れる。

自身の気配を消し、どこにいるかわからない"敵"に耳を澄まして気配を探る。

響くのは風の音だけで、それ以外は何も聞こえない。

 

妹紅は周囲に目を向けた。

林の中だからか周りには木ばかりで視界が悪く、近くに開けている場所があるがそこは人里の目の前で、あの恐ろしい"モノ"を人里の方に連れていってはいけないと咽喉を鳴らした。

 

なら、空へと飛び上がり空中戦は……となればそれも無謀である。

"ヤツ"は……黒桜 刃は不可視の攻撃を繰り出してくる。

妹紅はそれをわかり、開けた場所と言うより盾となるものが多い林を選びここで刃との闘いにのぞむ。

ーー否、コレはもう闘いに非ず。

 

 

「みぃつけたぁ!」

 

「ーーっ!!」

 

不気味な笑い声と共に、妹紅が隠れていた木が真っ二つになると同時に木の陰に隠れていた妹紅の首が物理的に吹っ飛ぶ。

首と胴体が離れ妹紅はパタリと倒れるがすぐに身体から炎を発生させ、再生させた。

 

そして、再生するとすぐに立ち上がり妹紅が後ろを振り向いた。

 

「うふぅ……、すごいぃすごいわぁ! どんなに殺しても死なないなんてすごいわぁ!!」

 

倒れた木の向こうでケタケタと笑う刃。

妹紅はそんな高笑う刃を見て、また殺られたと苦々しい表情をする。

 

妹紅と慧音が刃と戦い始め十数分ほど経つが、その短い間の中で妹紅は既に十を超えるほど殺された。

ある時はじっくり傷つけられて、ある時は今の様に瞬殺である。

死ぬのに慣れている妹紅であったがこうも一方的に殺られたのはここ久しくはなかった。

 

 

「妹紅っ、大丈夫か!?」

 

「出てくんな慧音っ!!」

 

同じく妹紅と同じ様に木の陰に隠れていた慧音が妹紅を心配する。

そんな慧音が妹紅の手助けをしようと動き出そうとすると、妹紅は怒鳴り声をあげた。

 

本当は今すぐ逃げて欲しい、と妹紅は思った。

だが、逃げる最中に刃から背後をとられたら、と考えてしまう。

目の前にいる刃は普通に息をする様に人を殺す妖怪である。

いや、誰よりも妖怪らしい妖怪であり、それが本来ある妖怪らの姿である。

即ち、コレは殺し合い……というより一方的な虐殺であった。

 

故に妹紅は恐れる。

今は不死の自分が狙われているから良いが、いつ慧音の方に矛先が向くか、と。

妹紅はそう考えると身震いをする。

自分は不死だからまだ良い。

しかし、慧音は殺されたら死んでしまうのだ。

半妖だと言っても、殺されれば死んでしまうのだ。

 

 

「ち……やっぱりやるしかないのか」

 

妹紅は慧音の事を考え、もう隠れる事を止めにした。

今の今までは見えない攻撃の返り討ちにあうから隠れながら反撃していたがラチがあかない。

そう考え、妹紅は隠れることなく目の前にたたずむ刃を睨みつけた。

 

「あらぁ、かくれんぼはお終いぃ?」

 

「あぁ、正面からやってやるよ。そしてーー、何度でも殺られてやるよっ!!」

 

 

 

ー不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」

 

 

 

妹紅の宣言と共に鳥を象った炎弾を刃に向け放った。

 

しかし、刃はその弾幕の間をすり抜ける様に避ける。

そして妹紅の方に指を鳴らして、不可視の攻撃……【ありとあらゆるものを斬る程度の能力】による斬撃を喰らわせようとした。

 

「げっ……やべぇ!?」

 

妹紅は刃が指ぱっちんをする行為を見て、それが見えない攻撃だとわかると、すぐさまに横に飛びついて避ける。

 

妹紅が横に飛びついた刹那、妹紅の後方にあった大木が何かに斬られたような切り口を残し、幾本と倒れ行く。

妹紅はそんな木々を見て、あと少ししたら自分も……と冷や汗をかき緊張を走らせた。

 

「まだぁ、終わってないわよぉ〜」

 

「……え、」

 

妹紅が唾を飲み、倒れた木々から刃の方へ目を向けようとすると、刃の言葉と共に自身の体が地面へと倒れこむ。

いや、倒れこむのではなく落ちた。

ヘソのあたりから身体が斬られ、断面から鮮血を噴出しながら上半身が下半身から滑り落ちるように地面に落ちる。

 

上半身と下半身が真っ二つになった妹紅は、薄らと目を開けながら息絶えた。

しかし、すぐに身体が炎に包まれ再び蘇る。

 

 

そして、妹紅は倒れた身体を飛び起こし、あたりを見回す。

これで何回目の死だと考えながら憎々しく自分を殺す敵へと目を向けた。

 

その敵は妹紅が死から目を覚ますたびにニヤニヤと笑っており、妹紅はその不気味さに鳥肌を立てた。

そして妹紅はそんな君悪い刃を見て純粋に尋ねる。

 

「……私を殺して、何が楽しいんだよ」

 

「なんで楽しいって……? だって楽しいでしょお、血がブワーって出るのだからさぁ!」

 

妹紅の問いに刃は迷う様子もなく答え、花畑の中心で舞う様に両手をあげクルクルと回る。

そんな刃の無邪気な笑顔を見て、妹紅は君悪さを通り越し、なんだか笑えてきた。

 

「はは……、あんた本当に螺子がふっとんでんだな」

 

「ふっとんでないわよぉ。美しいものを自分の手で終わらせられるのは一種の快感じゃなぁい?」

 

刃は妹紅の方を見てニタリと笑った。

そして、妹紅の全体を舐める様に目を見張らせ口を開いた。

 

「それにぃ、顔の造形は良いしぃ肌のハリも申し分ないわぁ……。性格は難ありかもしれないけどぉ、その辺りはぁ調教次第だわぁ」

 

「は……?」

 

突然の刃の意味のわからない言葉に妹紅は惚けた。

そんな呆然とする妹紅を見て、刃は笑った。

 

「私ぃ、貴女のことが気に入っちゃったわぁ。全体的には雪ちゃんには劣るけどぉ、自分好みに調教するのも悪くないわねぇ」

 

刃のその言葉に、妹紅はさらに身の危険を感じる。

特に貞操の危機を……。

 

「安心してちょうだぁいぃ。痛い思いだけじゃなくてぇ気持ちい快感も味あわせてあげるわぁ、……性的にだけどぉ」

 

「きもっ! お前マジでキモ……って"雪"?」

 

妹紅は刃の言葉を思い出し、間抜けな声を出した。

 

懐かしい名前。

かつて嫁に行くと別れた友。

別れた後は一度も会ってはいなかったが、きっと幸せに暮らせているのだろうと思い、邪魔してはいけないと会いに行けなかった友達。

最近ではほとんどその名は聞かないが、数百年ほど前に妖怪の山にいる鬼神の番という事でこの辺りでは雪の名前をよく聞いていた。

今では鬼が地底に行き、雪もそれについて行ってしまったと風の噂で聞いていた。

だから雪は今は地底に居るはず、なのに何故、正面にいる女からその名前が、と妹紅は首を傾げた。

 

「あらぁ、貴女知らないのぉ? その辺を彷徨っている骸骨らは、みぃんな雪ちゃんが召喚した奴らよぉ?」

 

刃はニヤニヤと笑い、ワザとらしく妹紅を煽る様にいった。

一方妹紅はどういうことだ、と思いながら言葉を噤み刃を見つめた。

 

そして、妹紅は頭の中で状況の整理をして言葉を震わせやっとの事で口を開いた。

 

 

「……雪って、白鷺 雪のことか?」

 

「ええ。屍の姫とも呼ばれてたわねぇ」

 

刃はそう肯定して、ウフフと笑い自慢げに話し出した。

 

「ほんとあの子は身体も性格も完璧よぉ。弱々しくて悲劇のお姫様でーすって考えが素敵よぉ。オマケに全身真っ白だから紅い血がよく目立つわぁ」

 

けどぉ、あの子は"あいつ"のだからぁなぁ、と刃は呆れながらため息をついた。

しかし、妹紅はそんな刃の言葉に聞き耳を持たず、顔つきを変え口を開いた。

 

「……なぁ、変態」

 

「んー、なぁにぃ?」

 

変態と言われることを気にせずに刃は首を傾げた。

そして、妹紅はそんな余裕ぶる刃を見つめながら怒気のこもった声で言った。

 

「……雪は、いま何処にいんだよ」

 

「さぁ? 私は作戦ってのをよく知らないしねぇ」

 

「なら雪はなんで、異変を……あんな奴らを幻想郷中にばら撒いたんだ」

 

「それも知らないわぁ。でも、復讐でもしてるのじゃなぁい、五百年も封印されていたのだしぃねぇ」

 

「……五百年?」

 

「知らないのぉ? 五百年前に妖怪の山を覆うほどのでぇっかい骸骨が現れたって異変。アレが雪ちゃんでぇ、つい最近まで封印されていたのよぉ?」

 

妹紅は刃のその言葉にそう言えばそんな事件があったなぁ、と思うと同時に眉間にシワを寄せた。

ということは、雪はあの異変があった日からここ最近までずっと封印されていたのか、と妹紅は思うと自分の不甲斐なさに、舌を打った。

 

そして……同時に妹紅の背後が光った。

 

 

ーー光符「アマテラス」

 

 

幾つもの短小な光のレーザーの様なものが妹紅の背後から刃めがけ飛んでいく。

妹紅はおろか刃もいきなりの強襲に驚愕しながらも身体に掠らせ紙一重で避けるが、避けきれなく何本か被弾する。

 

そして、妹紅はまるで自分を避け飛んでくるレーザーに見覚えがあり、背後からそれを打ち出している人物……、慧音の方に目を向けた。

 

 

「な、なんで隠れてないんだ!」

 

「馬鹿かっ! お前が傷ついているのにヌケヌケと隠れて怯えてられるか!!」

 

慧音のその言葉に妹紅は顔を歪ませた。

しかし、慧音はそんな妹紅のことも気にせずに口を開いた。

 

「それに……、聞き覚えのある名が聞こえたんでな、余計に大人しくなんて出来るわけない!」

 

 

ーー包符「昭和の雨」

 

 

慧音が今ほど打ち出していたスペルカードが終わると、すぐに次の符を取り出し掲げる。

次の弾幕は先ほどのレーザーよりさらに短いもので、それに光弾が混ぜられ打ち出された。

 

妹紅は必死に歯を食い縛る慧音の顔を見て、どうやら単なるお節介などではないと理解する。

そして、妹紅は仕方がないと息を吐き呆れながらにいった。

 

「慧音、死ぬなよ!!」

 

「そんな簡単に死なんさ!!」

 

 

砂煙が晴れる。

慧音の打ち込んだ弾幕によっておこった砂煙が一つの影を生み、その人物はケタケタと笑っていた。

 

「おーけー、今度は二対一ねぇ」

 

刃は身体に幾つかの傷を作りながらそこにいた。

無傷とは言わないが、それなりの攻撃を受けても倒れる事のない刃を見て二人は唾を飲み込んだ。

 

一方、妹紅らが有利に見える状況だが相手はいつでも見えない斬撃のようなものを喰らわせることが出来るし、人を殺すことにも躊躇がない。

自分は不死で死んでも蘇るからいいが、慧音は……、と妹紅は考える。

しかし、なるようになるかとヤケクソな考えで刃に向かおうとした時であった。

 

 

「ーー妹紅おぉぉぉぉ!!!」

 

 

天から声が聞こえたーー

それは空から、ちょうど自分らの頭上から舞い降りてくる声。

 

妹紅はその自分の名が聞こえた方へと視線を移すと、そこには見覚えのある彼女が居た。

彼女は黒い翼を羽ばたかせ、一枚の札を掲げそこにいた。

 

 

ーー雷獣「千ノ雷」

 

 

その彼女の、雪の宣言とともに雪の背後に小さな黒雲が生まれそこから、刃めがけ幾つもの雷が落ちた。

 

 

「え……、ちょ……雪ちゃ、ぎゃ!!」

 

落ちる落雷は刃にのみめがけ打ち出され、その落雷に当たった刃はいきなりの奇襲に対応できず難なく当たった。

そして、雪の打ち出した雷がほぼ全て当たり、刃は肌を焦がし身体を震わせながら意識を無くし倒れた。

 

 

「……雪?」

 

妹紅は倒れた刃に目を向けるより空に浮かぶ、現れた雪の方へ目を向けた。

目を見開き、妹紅は雪の方へ見た。

 

しかし、雪はしまったというように顔を歪ませ、すぐに東の方に飛んで行ってしまった。

妹紅は待て、と叫ぼうとしたら慧音が震えながら妹紅の服の裾を掴んだ。

 

「ーー妹紅、追うぞ」

 

慧音は妹紅の隣で、ポツリとそう呟いた。

妹紅は今の慧音の尋常ではないほどの焦る顔を見て、どういうことかと思う。

しかし、自分も雪に色々と聞きたい事があるために彼女を追わなければならない。

 

「慧音、雪のことを知っているのか?」

 

「本人かはわからないが、もしかしたら……」

 

あの時の娘かも、慧音はそう思う。

そして、慧音は答えを待たずに妹紅の腕を掴んで走り出したーー

 

 



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葛藤

あれは私が封印から解かれた一週間前のこと。

私の封じられていた封印塚の前で私は立ち尽くし、目の前にいた"狐"に聞かれた。

 

 

「なあ、"ミコトちゃん"。君は人になったらどうするつもりだい?」

 

あの狐に問われた。

だから、私は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー平和に、暮らしたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

ーーなぜ私はあそこで妹紅を助けた?

 

私は黒い翼を背中に吸い込むようにしまい、逃げるようにやって来た目的地の博麗神社の境内に降り立ち、着地すると同時にその場に膝をつく。

そして懺悔する様に頭を地に埋め考えた。

なぜあんな真似をしたのかをーー。

 

あれは私が博麗神社に向かうため、先を急いでいたときの事だ。

その道中で私は偶々、人里の近くを通り彼女に、かつての友に出会した。

そして、私は彼奴が追い詰められた様な顔をしていたからつい……。

 

「くそ……、なんで彼奴が、妹紅があんなところに……」

 

彼奴とは何百年も前に別れたはずだ。

そして、私と別れた彼奴は一人になって……。

 

「いや、この際そんなことはどうでもいい……」

 

問題はなぜ彼女を、人里に向かったはずの黒桜 刃に襲われていた彼女を私は助ける様な真似をしたんだ。

あの時は妹紅の焦っていた表情をふと見て勝手に手が出たが、なぜ私は妹紅を助けた。

 

私と妹紅はすでに終わった仲だ。

私が、幸せになるとか言って一方的に妹紅を突き離し別れたではないか。

それに私は、"桜井 命"は"人"に戻る為にはなんでもすると決めたではないか。

だからーー、私はあの狐の口車に乗せられたのだ。

 

「なのに、なんでーー」

 

私は彼奴の、妹紅のピンチに駆けつけたのだろうかーー?

 

わからない。

どれだけ頭を抱え悩んでも、あのとき持った"気持ち"はなんなのかが自分には……。

 

 

「おや、どうしたんですか?」

 

 

私が頭を抱え悩んでいると、膝をつく私を見下ろす様に声をかけてきた人物がいた。

その人物は緑髪で青と白という奇抜な色を使ったおそらく巫女服であろう着物を纏う少女。

その服装的にこの博麗神社の巫女なのだろうか?

 

そんな彼女が箒を持ちながら、うずくまる私の顔を覗き込んできていた。

 

「……だれだ」

 

「あ、私は東風谷 早苗です。昨年、この幻想郷に来て妖怪の山の守矢神社に住んでいるのですが……」

 

少女は言葉を止め、首をかしげた。

そして、うーんと唸りながら何かを思い出そうとするように頭を捻らせる。

 

「んー、昨日の宴会では見かけなかったですし、貴女みたいな綺麗な人なら見覚えはあると思うんですが……」

 

どうやら昨日のこの神社で行っていたどんちゃん騒ぎの事を言っているらしい。

私も遠くから少しだけ眺めていたが、昔に廃れていたあの神社が、ここ五百年で随分と活気付いたものだと思っていた。

まあ、ほんのちょっとだけ遠くから様子を伺っただけだが。

 

「……私は昨日の宴会にはいなかった」

 

「あ、やっぱりそうですか?」

 

私の訂正の言葉に東風谷 早苗という少女はパーっと笑顔を浮かべた。

しかし、再び首をかしげ疑問に思う。

 

「なら、なぜ博麗神社(ここ)にいるんですか?」

 

「お前には、関係ない」

 

「確かにそうですが……、私はこれでも神様なんですよ。苦しそうにしている人に手を差し伸べるのは当然の義務です」

 

さぁ、と言い私に手を差し伸べる東風谷 早苗。

私にはその差し伸べられた手に、なんの善意も感じられなかったが、あの狐に差し伸べられた手よりは温かみを感じた。

なんの裏もない、ただの救済。

きっと彼女の差し伸べた手には、ただの優しさしかないのだろう。

 

彼女の裏のない笑顔を見て、私はなんとなくそう思ったが。

 

「私は、苦しんではいない!」

 

私は、その差し伸べられた手を掴まずに立ち上がり背を向けた。

少しでも、こいつと関わらない様に離れようとするが、彼女は私を引き止め声をかけてきた。

 

「でも本当に苦しそうですよ?」

 

「どこがだ!!」

 

「だってあなた、泣いてるじゃないですか?」

 

彼女の指摘に、私は初めて気づく。

自分の目から流れる涙の存在に。

 

いつから私は涙を?

というか私は何故泣いている。

それよりいつから私は泣いて……。

 

私は自分の流れる涙の理由を考えながら頬を撫で、滴る涙を裾で拭う。

そして、彼女の方を向く。

 

「だまれ、私は泣いてなど……」

 

「ふふ、そうですか」

 

彼女は、私のその叫びに微笑む様に笑い私に近づく。

そして、私の手を握り口を開いた。

 

「よかったら、なぜあなたが泣いているかお話ししてくれませんか?」

 

力になります、と彼女は言う。

私は泣いてない、と言おうとしたが彼女の微笑みに……私はなぜかポロリと吐き出してしまった。

 

 

「……私は何処で間違えたのだろうか?」

 

 

私は、ふと尋ねてしまった。

なぜさっき会った様な小娘に私はこんな事を聞いているのだろうか、と思うが聞いてしまった。

 

「私は、何がいけなかったのだろうか? ただ好きな人の為に生きようとして、その好きな人の事を忘れて、新たにできた好きな人と新しい人生を歩もうとしたら、それもダメで……」

 

私は、何を言っているのだろうか。

なんでこんな思ってもいない事を、いま言う必要がある。

これではまるで私が、"桜井 命"が"白鷺 雪"として生きてきた事に後悔して、未練を残しているみたいじゃないか……。

 

「せっかく、友達を捨ててまで手に入れた幸せも無くなって、ずっと一緒に居ようと決めたのに引き離された」

 

違う。

私は、"桜井 命"がこんな事を思うはずがない。

私はただ"白鷺 雪"の人格が混ざり込み頭がおかしくなっていたのだ。

故に白鷺 茜を中途半端に好きだと思い、否定された辛い人生から逃げ出す様に白鷺 茜に依存して、だけどあの人に、斬乂に救われて……恋に落ちて……。

 

本当に、私は何処で間違えたのだろうか。

 

 

「そうですか、貴女は自分の人生が間違っていると思いたいのですね」

 

私の文脈もないただの愚痴に、彼女はなるほどと微笑んだ。

 

「あぁ、だって私は元々は平和な人生を送っていたんだ。なのに……」

 

私は彼女に握られる包帯の巻かれた右手を見る。

その包帯を解いたらそこには私の妖怪という証明である、肉も何にもない剥き出しになった醜い骨の腕がある。

そしてあの時、私は妖怪にならず白鷺 茜と一緒に朽ちていればこんな苦しい人生を歩まなくて済んだのにと思えてしまう。

 

「あなたは、今は平和な暮らしをしていないのですか?」

 

「あぁ……、だから私は"人"になって外の世界に行って、平和に暮らしたいんだ」

 

「外の世界に、ですか」

 

私の言葉に彼女は頷く。

そして、彼女は首をかしげ口を開いた。

 

「幻想郷(ここ)は、平和ではないんですか?」

 

彼女の純粋な疑問。

私は彼女の言葉に自分の腑に落ちなかった事を理解した。

そういえば、私はなぜ平和に過ごしたいと思ったのだろうか、と。

 

確かに、私は平和に過ごしたい。

無難で、何事もない普通の生活。

そんな風に私は過ごして、そして死んでいきたいと思った。

だから、私は八雲 紫の能力を奪い"人"になろうとした。

 

だがしかし私のここでの、封印され数百年無駄に過ごしたとは言え、かつての私は平和に暮らせていなかったと言えるのだろうか。

それ以前になぜ私はーー

 

「……わからない。私は、どうすればいいのかが……」

 

なぜ、私は"平和"を求めるんだ?

かつての私は、斬乂に依存していたとはいえ、間違いなく平穏に暮らせていたのに。

 

白鷺 茜が死んでから、斬乂に会うまでは確かに私は白鷺 茜の死に囚われていた。

その間はまかり間違えても平和とは言えなかっただろう。

 

しかし、それからはどうだろうか?

斬乂を殺しそこね一度別れた後は斬乂の事を想い悶々として甘酸っぱい思いをしていた。

妹紅と出会ってからは楽しい日々を送れていた。

斬乂と結婚してからは言うまでもなく、毎日が幸せで……。

 

「そうか、私はただ彼女と……」

 

 

 

ーー幸せになりたかっただけなんだ

 

 

 

斬乂と引き離され、動揺していた私は気が狂ってあんな風になった。

そして五百年という長い年月封じられ、どうしてこんな事になったと悔いながら過ごしてきた。

 

結局は、私は後悔していたんだ。

斬乂と離れ離れになった事に、封印される様な行いをした事に。

そして、私がもし妖怪でなく普通の人であり、斬乂と会って依存さえしなければ、こんなに苦しい思いはしなくて済んだと、封印されなかったと自分を責めたのだ。

 

だから、私はやり直したかったのだ。

"白鷺 雪"として生きてこなければ、五百年も封印なんてされなかった、と。

"桜井 命"として生きてこれば、私は白鷺 茜に囚われず、斬乂に依存してこなかった、と。

 

だから、私は望んだのだ。

無くなる幸せの絶頂を過ごすなら、無難に平和で緩い幸せに浸かっていた方が傷つかない、と。

 

 

でもどうしてだろうか?

私は斬乂に出会った事に後悔はしていない。

斬乂と結婚した事に私は後悔をしていない。

 

 

だって私は、彼女と居れて"幸せ"だったからーー

 

 

 

「どうやら、吹っ切れたようですね」

 

「え……?」

 

私が自問自答を繰り返していると彼女が、東風谷 早苗が私の顔を見て満足そうに聞いてくる。

そして、彼女は私の手を力強く握り微笑んだ。

 

 

「もし、また何かに悩んだりしたら是非、守矢神社に来てください。その時はもてなしますから」

 

 

彼女はそう一言言い、私に持っていた箒を手渡す。

そして、空へと浮かび上がった。

 

「ではっ!! もうそろそろ昼食の時間なので支度をしないといけないんですよお! なので相談料の代わりと言ってなんですが、私の代わりにお掃除お願いしますねー!」

 

では、と言い残し彼女は私に手を一度振り、飛び去っていった。

 

私は彼女の飛び去る背姿を見て呆然とした。

そして呆然としながら手元に持たされた箒を見て、まさかと思った。

 

 

「あちゃー、お姉さん面倒事を押し付けられちゃったねー」

 

「うおっ!?」

 

私が掃除用の箒を持ちながらフリーズしているといつから居たのか、私の隣に小さな少女が立っていた。

 

その少女は灰色っぽい髪で黄色いリボンが巻かれた黒い帽子を被っている。

そして、私の注目したのはその少女の胸元にある紫色の球体。

それは見覚えのあるもので、だけど違っている点をあげれば、それが閉じていること。

それは、古明地 さとりの持っていた第三の目。

それとほぼ同じものが少女の胸元に浮かんでいた。

 

「お前は……」

 

「皆まで言わなくていいよ。お姉さんが言いたいことはわかるから」

 

私の言葉に少女は首を振った。

 

「ま、私から言いたいことは全部あの守矢の巫女に言われちゃったから、一つだけ言わせてもらうね」

 

「……」

 

彼女は、私のかつての友達と似た様な笑顔を浮かべ、口を開いた。

 

「ーーお姉さんは、何も間違っていなかった」

 

その言葉に私はそんなわけない、と答えようとしたが、彼女の発言がそれを許さなかった。

 

「私はね、ずっと昔からお姉さんの側にいたよ。お姉さんが天魔や鬼神を殺そうとした時も、鬼神と結ばれた時も、妹紅って友達と別れた時も、地底に行った時も地底から追放された時も私はお姉さんの側にいた。お姉さんをずっと見てきた」

 

「【無意識を操る程度の能力】、か」

 

「うん、お姉ちゃんから聞いてるよね」

 

「やっぱりお前は、あいつの……」

 

私のその尋ねに彼女は首を縦に振った。

やはり、彼女は私のかつての友達に聞いた……

 

「私ね、お姉ちゃんが大好きなんだ。だから私はお姉ちゃんが危険だって言っていたお姉さんの近くにいた、監視し続けた」

 

「無意識に、か」

 

「うん、お姉ちゃんを守るためにね」

 

私の隣にいた少女が、私の正面に周り私の顔を覗き込んだ。

そして、微笑み私に言葉をかけた。

 

「でも、実際の貴女はそんなに危険だと思えなかった」

 

「……」

 

「普通だった。普通に泣いて、普通に笑って、普通に恋をする女の子。長いこと貴女を見てきたけど、私にはそう見えたよ」

 

「……普通」

 

「そう、貴女は何も間違えていなかった。普通だったから間違えてることは何もなかった」

 

「でも……私は封印されて、」

 

「ううん、好きな人と一緒に居たいのは当然のことだよ。だから貴女は間違えていない」

 

彼女は首を横に振り言った。

 

「けど、唯一間違ったと言えば今回の異変かな。こんなこと起こさなくても、八雲 紫を殺さなくても、外の世界に行かなくても、人にならなくても……、鬼神とずっと一緒に居れなくても、貴女は幸せになれた。だって貴女は一人じゃないから」

 

彼女はそう言った。

そして、私は思い出す。

私の大事なものは、私の手の届かないところに居るが、確かに私には……。

 

「貴女は地底では生きていけないけど、地上にも貴女の居場所はあるから、大丈夫だよ」

 

「でも……私はみんなに酷いことをして……」

 

そう。

私は、いろんな人を傷つけてきた。

妹紅に私は孤独を与えた。

自分の勝手で私は彼女を一人にしてしまった。

黒羽に私は危害を加えた。

自分の勝手で私は彼女の言葉に止まらず、彼女を傷つけ無理やりにも地底に戻ろうとした。

 

すべて自業自得で、自分の過ちだ。

だからーー

 

「心配しなくてもいいよ。もしダメだったとしても花畑の妖怪や、お姉ちゃんだっている。それにほら、貴女のためにここまで来た人だってーー」

 

私の苦闘に彼女は微笑み鳥居の、その先に指を向けた。

私は彼女に向けられた方を向く。

 

 

その先には、鳥居の先にある石階段を駆け登ってくる懐かしの"彼女"の声がーー



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本心

ーー私は、"彼女"に依存していた。

 

 

私はかつては人だった。

だけど私は一度死に愛してやまないモノを忘れない為に妖になった。

そして、その愛してやまないモノの仇にと、妖怪を憎み続け、殺され続けた。

 

人でも妖怪でもない中途半端な、私。

人に否定され、妖怪に殺され続けた私は力を手に入れた。

そして殺し続けた。

愛してやまないモノの復讐の為に、と殺し続けた。

途中からは復讐から蘇生の為にと目的を変えたが、私はとにかく殺し続けた。

そして、私はすでにその頃から、何かに"依存"してしか生きられないようになっていた。

私は愛してやまない彼女に、"依存"しながら生きてきた。

 

 

だけど私はいつしかーー、別の恋をした

 

 

手を差し伸べられ、一緒にいてあげると言われ私は舞い上がっていた。

ぶっちゃけ私は、愛してやまない彼女を……白鷺 茜をこの頃は既にどうでもいいと思っていた。

自分の孤独を埋められればなんでもいい。

妖怪になって否定され続けた私を肯定してくれる人なら誰でもいいと思っていた。

そんな気持ちで、私は彼女から乗り換えた。

早く彼女に、斬乂に会いたい。

そう思いながら数百年も過ごした。

 

白鷺 茜の事はすぐに開き直れた。

だって、もう彼女の事はどうでも良かったから。

だけど斬乂にすぐに会いに行くことは出来なかった。

もし、こんな私を受け入れてくれなかったらどうしようと不安に思ったから。

 

だが斬乂は、醜い私を、血に汚れ憎しみに澱んだ私を受け入れてくれた。

抱きしめてくれた、抱いてくれた、愛してくれて、愛してると言われた。

だから私は、斬乂に堕ちた。

 

私にはもう彼女しかいない。

彼女に棄てられたらこんな醜い女を誰が拾ってくれる?

復讐のために汚れた私を、簡単に茜の事を忘れ、愛されるというだけで簡単に股を開くだらしない私を誰が……。

 

だから、私は何でもしてきた。

斬乂が女が好きということをいい事に、どれだけでも身体を許して肌を重ねてきた。

彼女に求められると必要とされていると思って、どれだけでも股を開いてきた。

依存ではなく、彼女を愛していると思いたかったから私は彼女に愛を囁き続けた。

 

ーー羞恥。

そんなものはなかった。

斬乂に頼まれれば私は情事の最中にみっともないことも言った。

 

ーー自尊心。

それもなかった。

私を一人にしないでほしいからどんなに恥ずかしいこともした。

 

ーー愛。

そんなもの口だけだった。

棄てられたくないから、否定されたくなかったから……。

 

とにかく私を捨てないで。

それが私の本心で、本性。

愛なんて二の次であった。

否定しないで、認めて、私を孤独にしないで。

そう思い、私は彼女に"依存"した。

 

 

 

しかし、私は"一人"になった。

故に私はおかしくなった。

否定された、棄てられたと思って頭の中がグチャグチャになった。

そして私は意識を失い、気づいたら封印されていた。

 

 

札の貼られた鎖に何本も縛られ、私はあの杭に閉じ込められる中、ずっと空虚な時間を過ごした。

それも五百年もそこで過ごした。

 

だから、私は正気に戻った。

自分をしっかりと見つめ、頭が冷め冷静に考えた。

どうしてこうなったか、を。

 

結果、全てを"白鷺 雪"のせいにした。

お前に転生しないでいたら、あの時、白鷺 茜が死んだ時に彼女に固執していなければ私はこんな事にならずに済んだのに、と。

 

戻りたい。

あの制服を纏って学校に通っていた、"桜井 命"に戻りたい。

平和に過ごしていたあの頃へ戻りたい。

そして、全てをやり直したい。

 

そしたら。

そうしたらーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー結局はそれも、"依存"であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は弱い存在だ。

私は逃げたのだ。

 

辛い現実から、苦しい真実から逃げるために私は自分すらも否定した。

現実よりも、それっぽい幻想を求めた。

幸せな夢を見るより、そこそこの幸せがある現実を望んだ。

 

不幸になりたくない。

辛く苦しいのはもう懲り懲りだ。

だから、私は緩い幸せに甘んじようとした。

それっぽい"現実"に依存したのだ。

再び、失うかもしれない幸せが怖いから。

幻想のような幸せが怖いから私は逃げた。

 

故に私は平穏な人生を望んだ。

無難な人生を送れそうな"人"になりたかった。

無難な人生を送っていた"人"になりたかった。

それが、私の望むものだと思われた……。

 

 

 

だけど、それも違った。

私が本当に欲しかったもの、それはーー

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「ーー雪っ!!」

 

私が灰色の彼女に指差された方を見るとその先には忘れもしない、かつての友がいた。

白い長い髪、服装が同じで頭につけたリボンさえ取れば私に背姿が似ている彼女。

 

 

「……妹紅」

 

藤原妹紅。

かつての私の、友達が息をあげながら博麗神社に連なる石階段を登りやってきた。

どうやら私の後を追いかけてきたようだ。

 

「もこ……」

 

私は彼女に手を伸ばそうとした。

久々に正面から出会った彼女に声をかけようとした。

しかし、私はすぐに手を引っ込めた。

どう声をかければいいのかわからなかったから、昔の事をどう謝るかに迷い、その手を伸ばす事に躊躇われた。

だがーー

 

 

「雪っ!!」

 

 

私は抱きしめられた。

妹紅ではなく、妹紅と一緒に私の下まで来たらしい銀髪の女性。

その女性に私は力強く抱きしめられ、頭を彼女の胸元に押さえつけられた。

 

私はいきなりの抱擁に頭をさらに混乱させた。

いきなり見覚えのない女の人に名前を呼ばれ、感極まる状態で抱きしめられる事に私は身覚えがなかった。

しかし、その女性は私の名をひたすら繰り返しながら呼び、嗚咽をもらしている。

私は胸元に押さえつけられた顔をそろりと上げ、涙を流す彼女を見た。

 

何処かで見たことがある。

そう、何処かで見た覚えがある。

銀髪の知り合いなど居ないはずなのに、彼女の顔を見て、優しそうな声を聞いて懐かしさを覚えた。

 

「私だ! わかるか!? 上白沢 慧音だ!!」

 

「……慧音」

 

その名に、私は妙な引っ掛かりが生まれた。

昔に、本当に大昔に呼び慣れていた名前。

白鷺 茜と同じ時を過ごしていた時に何時でも私達を見守っていた"彼女"の名前。

しかし、彼女はこんな綺麗な銀髪でなく黒髪で、人間だった。

あれから千年は既に時が経っているのに、彼女が生きているわけがない。

 

だけど……だけど私は、彼女の名前を呼びざるをえなかった。

 

「慧音……先生……?」

 

私のその呼びかけに彼女は、慧音先生は目に涙を浮かべながらに目を見開いて頷いた。

そうだ私だ、と呟き私の身体を力強く抱きしめた。

 

私は、慧音先生に色々と聞きたいことがあった。

何故、生きているのか?

何故、髪が銀髪なのか?

今までどうしてたのか?

聞きたいことは山ほどある。

 

けど、そんな混乱する私を傍らに慧音先生は私にとって思いもよらぬことを口走った。

 

 

「ーー君が生きてて、よかった」

 

 

その言葉と同時に私の頭の中が、真っ白になった気がした。

 

私という妖怪が生まれてから、初めて言われた言葉。

私がこんな姿になりたての時には妖怪に無抵抗に殺され、異形な私は人に死ねと言われ続けた。

力を得た後も基本は、私を怨み憎みながらに殺された奴らは死んでいった。

斬乂には、好きだ愛してるとは言ってもらっていたが、心の何処かで身体だけにしか興味がないのではと不信に思っていた。

 

だから、私は今。

初めて私という個を、存在を本当に認めてもらった気がした。

そして、それと同時に私が本当に望んでいたものがなにかを理解した。

 

それは、平和な暮らしや幸せよりも大切で、私が本当に欲しかったもの。

心から望んでいたもの、求めていたもの。

本当に、私が言って欲しかった言葉。

 

そうだ、私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー誰かに、肯定されたかっただけなんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は涙をほろりと流し、彼女の背中に手を回し抱きついた。

 

「慧音先生……、わたしはいきててよかったの?」

 

「あぁ、当たり前だ……」

 

彼女は私を抱きしめ嗚咽をもらす。

そんな、彼女を見て私はさらに口を開けた。

 

「わたし、醜い女だよ?」

 

「そんなことはない、君は綺麗だよ」

 

慧音先生は私の白い髪を撫でそう言ってくれた。

 

「わたし、酷い女だよ?」

 

「いいや、君は優しい子だ」

 

慧音先生は私の頭を撫でてくれた。

 

「わたし……愛してるって言ったのに、茜の事を忘れて生きてきたんだよ?」

 

「……つらい思いを、してきたんだろう」

 

仕方がないさ、といい慧音先生は私の頭を撫でてくれた。

そして、私はその撫でられた手の温もりを感じながら目を閉じた。

 

懐かしい。

この彼女に撫でられる手の温もりが、優しさが私には懐かしすぎる。

全てが懐かしい。

隣に茜がいて、笑いあって生きてきたあの頃が懐かしくて堪らない。

 

 

 

ーーねぇ、お姉さんはだれ?

 

 

ふと……、そのような声が聞こえた。

その場には既にいない灰色の少女の声が、私の耳に届いた。

いつの間にか居なくなっていた私の……友達の"妹"のその問いかけが聞こえた。

しかし、私は彼女の存在が消えていたことには疑問に思わなかった。

代わりに別のことを考える。

 

私は茜のために生きようと決めた、と。

だから私は"桜井 命"の記憶を持ちながらも、"白鷺 雪"の名前を名乗り続けた。

いつしか、彼女のために生きることはできなくなっていたが私は確かに"白鷺 雪"として生きてきた。

 

だから私は息を吐くようにその灰色の少女の問いに、解を出した。

 

 

ーー私は、"白鷺 雪"だよ

 

 

私は、慧音先生に聞こえないくらいの声でポツリと答えた。

それは聞こえてきた彼女に向けて答えた言葉だった。

 

返事は来ない。

だけど、灰色の少女があの質問に何を込め、何を伝えたいのかは私には、わかっていたーー



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結末

「さとり様ー、どこですかー!!」

 

博麗神社から少し離れた土地。

火焔猫燐は手押し車を押しながら自身の主人である古明地 さとりを探す。

すでに宴会が終わって数時間ほどが経ったが、行き先の一つも言わずに姿を消した主人を探すがいまだに見つからない。

 

故に焦る。

何かあったのではないか、と。

先ほどからちょくちょくと出会す骸骨らに殺られたのではと気が気で仕方がない。

燐は地上にはあんなのが徘徊しているのかと身震いをしながらも、さとりの身を心配し、時には骸骨らから逃げ廻っていた。

もう帰りたい、だけどさとり様がと葛藤しながらさとりのことを探していた。

 

「うにゅぅ……お燐、まだ地底に着かないのぉ?」

 

「お空! 寝ぼけてないで探すの手伝ってさ!?」

 

燐は自身の手押し車の中で呑気に寝ている霊烏路 空に向け声を上げた。

空を乗せながら動くのは大変だからそろそろ自分で歩いて動いて欲しい。

というか呑気に寝ているのがムカつくから蹴り落としてやろうか、と思ったが可愛らしい寝ぼけ顏を見てそれは躊躇われた。

しかし、さとりを探すには二手に分かれた方が早いのではと思い、心を鬼にして叩き起こそうか、と迷っていると燐の背後から声が聞こえた。

 

「おりーん、何してるのー?」

 

聞き慣れた声。

燐はその声が聞こえると顔をぱーっと

明るくさせ、振り向いた。

 

「こ、こいし様ー、無事だったんですね!」

 

燐の目先には自身の主人の妹君、古明地 こいしがいた。

 

「まあ、私は誰からも気づかれにくいしね」

 

「そうですか……そういえば! さとり様を知りませんか!?」

 

燐はさとりが見つからない焦りから、大声をあげ、こいしに聞く。

こいしはそんな慌てる燐の姿を見て、クスクスと笑った。

 

「そんな心配そうにしなくていいよ。お姉ちゃんはアレでも強いんだから」

 

「し、しかし骸らが……」

 

「あぁ、別にあんなのどうってことないよ」

 

「で、ですけど……」

 

「大丈夫」

 

燐の戸惑いにこいしは首を横に振るった。

そして、燐を安心させるように口を開いた。

 

 

「ーーもう、異変は終わったから」

 

 

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

私が慧音先生の胸に顔を埋めていると、その横槍は入ってきた。

 

「なにいつまでも似合わない事してんだよ!」

 

「ふげっ!!」

 

突然の横からの足蹴。

軽めに蹴られたからフラつく程度で済んだが、思ったよりいいところに決まって一瞬だけ呼吸ができなくなった。

 

ちなみに蹴った本人は妹紅だった。

 

「も……妹紅」

 

蹴られた私は妹紅の方を向く。

そう言えばこいつの事を完璧に忘れていた。

 

「雪、妹紅と知り合いなのか?」

 

「え……ああ」

 

慧音先生の問いかけに私は頷いた。

そして、私は急に慧音先生に会えた嬉しさから、不安に陥った。

別れが別れだったから、どう接すればいいのかわからなかった。

 

しかし、妹紅はそんな様子を気にする様子を見せずに普通に私に話しかけてきた。

 

「てか、いつまでもくっついてんじゃねぇよっ、離れろ雪!」

 

「あ、うん……」

 

私は妹紅にそう言われると、慧音先生から離れ、妹紅の正面に立つ。

妹紅は慧音先生から離れた事に満足するとよし、と満足気に頷いた。

そして、すぐに思い出す様に私の胸元を掴み揺すり始めた。

 

「そういやあ、あの不気味な骸骨どもはなんだよ!? お前が原因だって聞いたがどういうことだ!!」

 

「そ、そう言えば雪!! なんでお前が生きて……というかなんだその白髪は!?」

 

「ちょっ、そんなに揺らすな妹紅! それに慧音先生も! せ、説明するから!!」

 

妹紅に続き、慧音先生も私に駆け寄り積もりに積もった疑問を訪ねてきた。

私が二人に落ち着く様に言うと、二人は早く説明しろと言うように私を睨みつけてきた、こわい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

 

 

 

 

私は、順番に二人に事の成り立ちを話していった。

私が妖怪になった経緯や原因を、私と妹紅の関係を、そして私がどうしてこの異変を起こしたかの説明を簡潔にした。

 

私が話している間は二人とも静かに聞いてくれていたが、私が話し終わるとすぐに慧音先生が私に再び抱きついて慰めるように頭を撫でてくれた。

 

「……辛い人生を、送ってきたのだな」

 

慧音先生は私を撫でながら、涙は流してはいないが心底悲しそうな声で私の身の上を同情してくれた。

 

しかし、私はそんな慧音先生の慰めの声に首を振った。

 

「ううん、そんな事ないよ慧音先生。最初の方は確かに辛かったけど……さっき話した斬乂って人と出会ってからは幸せだったよ」

 

「そうか、なら……よかったよ」

 

そう言いながら慧音先生は再び私の頭を撫で、私から離れた。

私は慧音先生の温もりが無くなるのを少し残念がりはするも、妹紅の方をチラリと見た。

 

私の話を聞いて、妹紅がどんな顔をするか知りたかったから。

幸せになれ、と言われ最終的には長年封印されるという不幸な結末に至った事にどう反応をするか気になったからだ。

どんな罵詈雑言を受けるかと思い、私は妹紅の方に目を向けた。

 

しかし私が妹紅の方を向くと、彼女はそんな深刻そうな顔は浮かべていなかった。

というか、むしろ引いていた。

 

「お前……女と二回も結婚してたのかよ。きめぇ……」

 

私の思っていた罵倒と違っていた。

というか酷い……。

確かに、世間的には問題があるかもしれないが、キモイは言い過ぎだと思う。

 

「……も、文句あるのか!?」

 

「いや文句はないけど……マジでお前って同性愛者だったんだな」

 

「違うから! たまたま好きになった相手が女だっただけだから!!」

 

私は叫ぶ様に言うが、妹紅はそんな必死な様子の私を見て更に引く。

 

「風の噂で聞いたが……、お前ってあれだろ? 鬼の頭領に常日頃からベッタベタしてて、いつも盛っている万年発情な淫乱女なんだろ?」

 

「ちょっ!? なにその噂!!」

 

「昔、人里に張り出された鴉天狗の瓦版に……」

 

「射命丸 文のやつかぁぁぁぁ!!!!」

 

確か昔に斬乂と趣向を変えて外でシてたときに覗き見されて載せられたやつだ……。

あの時は妖怪の山に張り出されていたやつをすぐに回収して、その記事を書いた天狗に折檻を加えたが……まさか人里にまで張り出されていたなんて……。

 

私はまさか、と思いながらチラリと慧音先生の方を見た。

しかし、慧音先生はニコニコしていて妹紅とは違いドン引きしている様子はなかった、が……。

 

「まあ、お前がその相手とそういう関係なら多少甘えるのも仕方がないと私は思うぞ」

 

確かにそう言う記事があったなあ、と慧音先生はうんうんと頷き理解者を装っていた。

どうやら慧音先生もその瓦版の存在を知っていたらしい。

というか慧音先生はいつから人里にいるんだよ。

その瓦版が出回ったのは確か六百年も前のはずなのに。

 

「……ち、違うんだ慧音先生。私は斬乂とは清く正しいお付き合いをしていて……」

 

「別にいいさ雪。まあ、外でコトに及ぶのは流石にどうかと思ったが、お前が幸せそうでよかったよ」

 

かっちり瓦版の内容を覚えているんデスネ……。

てか、一番知られたくない人の一人に知られた、それも昔の姉貴分に……。

恥ずかしくて死んでしまいそうだ……。

 

 

「というか、お前があの屍の姫とはな。そっちの方が……ってうお!?」

 

私が羞恥で顔を赤くしながら目をそらし、慧音先生が話し始めようとすると同時に、"それ"は空から降ってきた。

慧音先生はその落ちてきたものに目を見開いて驚き、一歩引いた。

 

「あ……あぁ……」

 

ドサリと音を立て、私と慧音先生の間に落ちてきた"それ"は一人の少女。

彼女は所々に傷を作り顔を真っ赤にして、私の目の前に倒れ込んだ。

 

その少女は、紫色の髪でおさげをぶら下げている少女で、最近知り合った……というか今回の異変の首謀者の一人であった。

 

「きょ、鏡っ!?」

 

私は驚き彼女の傍に駆け寄った。

その少女とはあの狐の仲間で、なぜか他人と話すときには筆談でしかコミュニケーションを取らない変わり者。

それが何故かわからないが空から降ってきた。

 

「雪、知り合いか?」

 

「あぁ、一応は仲間だったってことになるのか?」

 

私は妹紅の質問に答えながら意識が虚ろな鏡の顔を叩く。

そして、その衝撃で鏡は目を開けると私の方をそろりと見てきた。

 

「め、目が覚めたか! いったい何が……」

 

「うぅ……も、もうお嫁にいけ……ない……」

 

顔を赤くさせながら言う鏡。

意識が虚ろなせいか、いつもの筆談キャラは無く、初めて彼女の声を私は聞いた。

意外に綺麗な声じゃないか、てか喋れたのかと心の中でつっこみながら彼女に何があったのか引き続き尋ねるが、再び意識を失ってしまいそれどころではなかった。

 

 

「その子ね、最初は魔理沙と覚妖怪と戦っていたのだけどね……」

 

いったい何が、と私は思っていると不気味な笑い声とともにそのような声が聞こえ、私の目の前に"あの"裂け目が開いた。

そしてその裂け目から奴が現れた。

 

「まあ、結局は覚妖怪が心を読んで心を抉り続けて勝負にならなかったわ。それに途中から鬼の四天王やら鴉天狗が現れ余計に立つ瀬がなくなり、最終的に霊夢がその子の結界から自力で脱出してフルボッコ……。そして私はくたばったその子を貴女にプレゼントしに来たってわけよ」

 

「や、八雲……紫……」

 

「うふふ、ご機嫌麗しゅう」

 

私の目の前に開いたスキマから出てくるのは私の目の仇で……今回の異変の私の目標であった八雲 紫。

そいつが、今頃になって私の目の前に現れた。

 

「雪、久しぶりね」

 

「……あぁ、久しぶりだな」

 

しゃがみこんでいる私を見下すように見る八雲 紫。

私も嫌いな奴が現れ睨むが、そいつが出てきた理由を考えてすぐにある答えに行き着いた。

 

「……私を、また封印でもしに来たのか?」

 

「あら、されたいの?」

 

人を試すようなその態度、だから私はこいつが嫌いなんだ。

しかし、昔のはともかく今回私が暴れたのは明らかに自分の意志からのものであった。

またあんな暗く寂しいところに閉じ込められるのはごめんだが……、もしそれがケジメというのなら私は……。

 

「冗談よ、そんな心配そうな顔をしなくてもいいわ」

 

私の顔を見て、八雲 紫はそう言った。

 

「昔の話はともかく……今回の異変ではお姫様はちゃんとスペルカードルールを守ってたし、お姫様の能力なら出来たはずなのにあの変な怨霊を人里に送り込んではいなかった。今まで見る中で一番被害の少ない異変だと言ってもいいわ」

 

一番焦ったのは貴女が封印から解かれたくらいよ、と八雲 紫は呆れながらに言った。

その八雲 紫の言葉を聞いて私はホッとした。

 

しかし八雲 紫はけど、と言葉を付け加えた。

 

 

「ただで済むとは思わないこと、ね」

 

 

八雲 紫は年甲斐にもなく片目をパチリと閉じウィンクをして意味ありげな言葉を吐く。

 

私がその言葉の意味のわからなさに首を傾げていると、突然と頭上から弾幕の雨が降り注いできた。

 

「うぉっ!? なんだいきなり……」

 

私は降り注いできた弾幕を紙一重に避け、その弾幕の射出元である頭上に視界を移した。

 

私が目を向けた先には、腋の開いた巫女服を着ている少女が腕を組みながら空に浮かび、私の方を見下ろしていた。

 

そして、今にでも噛み付いてきそうな顔で怒気を上げた。

 

「あんたが屍の姫ね!! やっと見つけたわ!!」

 

その少女は眉間にしわを寄せながら私に向け言葉を発した。

私はその見覚えのない少女に急に攻撃を加えられた事に混乱していると、妹紅と慧音先生が呆れながらに口を開いた。

 

「あぁ……、今日は一段とキレてんなあの巫女」

 

「そうだな、おおかた異変解決に駆り出されたのにイラついているのだろう」

 

宙に浮かぶ巫女の姿を見て、二人は呆れながらに率直な感想を述べる。

私はその二人のそんな様子を見てどういう事かと首を傾げが、次の巫女の言葉で全てを理解した。

 

「この前、地底で起きた異変が終わったらまた異変で……あんたら妖怪はどれだけ私の平穏を邪魔すれば気がすむのよっ!!」

 

どうやら私の今回の行いにキレているようだった。

 

「えーと……、なんというかスマン」

 

「スマンで済むなら博麗の巫女は要らないわ!! 今回は無駄にあの鏡の結界から抜け出すのに手を焼いて私は何にもしてなくてイライラしてんのよ!!」

 

いや……それは知らんがな……。

というか途中から私関係ないし。

全部そこで目を回してる鏡が悪いし……。

てか、何にもしてないならいいじゃん……。

 

だが、私のそんな呆然とする様子を気にすることなく、巫女は気が悪いのかイライラした様子で私の方にお祓い棒を向けてきた。

 

「だからストレス解消がてらに私に退治されなさい!!」

 

 

 

ーー霊符「夢想封印」

 

 

 

「…………え?」

 

巫女の叫びと同時に私の周囲に、目の前に色とりどりな弾幕が設置された。

私はいきなりの急展開に何がなんだかわからないでおり、尋ねるように妹紅たちの方へと目を向けたが……。

 

「すまん雪……、こうなった霊夢は私には止めようもないんだ」

 

「ま、今回の反省ってことで」

 

慧音先生は申し訳なさそうに私から目をそらし、妹紅は指を立てて頑張れよと言うだけで助ける素振りも見せてくれなかった。

 

「ーー雪!!」

 

私がその妹紅たちの扱いに困っていると、八雲 紫が私の名を呼び声を上げた。

私は八雲 紫がまさかどうにかしてくれるのか、と期待してそちらの方を見たが、私の視界に映ったのは……

 

 

「どんまい☆」

 

 

八雲 紫のムカつく笑顔。

それが私の見た最後の光景で、気づいたら私めがけ一斉に虹色の弾幕が放たれていたーー



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六章 その狐はなにを願ったか
喧嘩


ーー今回の結末、というか経緯。

 

五百年前も昔にされた私こと白鷺 雪の封印が解かれ、本来私が宿していた怨霊と先日の異変で地底から溢れ出た怨霊らを従わせ幻想郷を混乱に陥れようとした。

そして幻想郷の危機として現れた幻想郷の賢者、八雲 紫を私が殺し力を奪うことにより計画は完遂するはずだった。

 

しかし、異変の内容としてはかつてなくショボいものだったらしい。

八雲 紫には今までで一番被害のない異変だと言われた。

触れれば発狂するという怨霊らが人里に現れれば多少の混乱はあったかもしれないとも言われたが、とにかく今回の異変は今までのよりもかつてなくショボいものだということだ。

 

それで、その緩いもの故に今回の異変では人間以外にはちょっとしたお祭りっぽいものだったらしい。

移動が遅く、触れなければたいした危害がないということでちょっとしたシューティング大会だったとか。

つまり、私の起こした異変は騒ぎになったと言えばなったが、それはお祭り気分のものだったらしい。

それを八雲 紫から聞いた途端、私はなぜかやるせない気分になった……。

 

 

……話を戻す。

今回の異変の結末としては、"失敗"。

私が、自分を"白鷺 雪"であるという事を認め、他人から肯定されることにより今回の異変の全てがどうでもよくなった。

が、それで私は良かったと思っている。

今頃はどこにいるのか、あの狐の企みはいまだにわからないままだが私自身はこの結果に満足できている。

 

出来ているの、だが。

一つだけ、腑に落ちないことがある。

 

それはあの紅白の巫女のことでだ。

 

私があの頭のおかしい巫女からの弾幕に目を覚ましたのは数十分後のことであった。

気づいたら私は慧音先生の膝の上で倒れており、全身がボロボロだった。

そして、あの巫女はどこかに消え去っており報復も何もできなかった。

故に……

 

 

「ど・畜・生っ!!」

 

 

私の鬱憤は溜まりまくり。

 

故に私は現在は戻ってきたら仕返しのためにと博麗神社に残っている。

他の人はと言えば慧音先生と妹紅は人里が心配だから一度戻るといい、八雲 紫は私が目を覚ましたら今回の異変の事で少し話をした後に何処かに消えていった。

 

そして、この場に残されたのは……

 

『わたしもふまん!』

 

博麗神社の賽銭箱を背にして座る私の隣で、同じくちょこんと座る紫髪のおさげの少女、鏡がスケッチブックに鉛筆で書かれた汚い字でそう書き記し、一人で文句を言っていた。

 

といっても鏡の視線はこちらに向いておらず、スケッチブックだけをこちらに見せてきているので表情はうまく伺えない。

まあ、頭にきているのは確かなのだろうが。

てか、なんで私はこいつと二人っきりなのだろうか?

 

「なぜお前はここにいるのだ?」

 

私はあの巫女の神社であろう博麗神社にてあの巫女の帰りを待ち、さっきの報復をしてやろうとたくらみこうしてここに残ったが、こいつがなぜどこにもいかずここに残っているのかが私は気になった。

鏡をここに連れてきた八雲 紫曰く、私へのプレゼントというわけだが、あいつの事だ。

何か裏があるに決まっている。

いやしかし、本当に連れてきただけって可能性も……。

 

『まってる』

 

私の問いに簡潔に答える鏡。

待っている、というのはあの狐をだろう。

この鏡という少女はなぜだかあの狐にベタ惚れている。

口にはしていないが、筆記という手段で愛を伝えている場面をこの一週間で私は何度か目撃してきた。

 

『あのひとはきっとわたしをむかえにくる』

 

信用の言葉。

こいつも、私と同じ様にあの狐に上手いこと吹き込まれているのか、それとも心の底から崇拝しているのかどちらかはわからない。

しかし騙されてる云々でもこの子にとっては、あの狐は大切な何かなのだろう。

 

ならば。

あの狐は私にとってはなんだったのだろうか?

 

はるか昔に茜の死体と私の前に現れ私の生き方を狂わせ、今回も人になれると八雲 紫の殺害を私にほのめかしてきた。

そう考えると私にとってはあいつは悪だったのかもしれない。

 

それに私には、あの狐が何をしたかったのかがわからない。

昔の予言も、今回の異変を提案したのもあの狐だ。

というかあの狐は私の封印をどう解いたのだ?

私の封印はあの狐が解いたらしいが、八雲 紫曰くそう簡単に解けるものではないと言っていたが……。

 

……考えれば考えるほど、あの狐は謎だ。

てか、本名すらもわからん。

 

「なあ、鏡。あの狐は、何者なんだ?」

 

『かみさま』

 

「いや……そういうの良いから」

 

『しんじてない?』

 

「当たり前だろ」

 

神なんてこの世界にいるわけないだろうが。

狐含めこいつも頭にお花畑が咲いているのか?

 

「というかそろそろ私の目を見て話してくれないか? それに普通に話せるなら筆談なんてしなくても……」

 

私はずっと目を背けているのとコミニケーションの取り方に嫌気を覚え言わせてもらったが、変える気がないのか再びスケッチブックに文字を書き首を振るった。

 

『いや』

 

鏡の拙く読みにくい字で簡潔に返答された。

しかもこちらを見向きもせずに、だ。

 

私はその態度にイラっとし、鏡の手元から筆談に使われていたスケッチブックを掠め取ってやった。

 

「……っ!!」

 

スケッチブックを掠め取られた鏡は私にそれを取られた瞬間、声にもできない驚きからか顔を真っ赤にして私が高く持ち上げていたスケッチブックを取り返そうとピョンピョンと飛び跳ねる。

しかし、私は立ち上がりそれを高くに持ち上げているので身長の低い鏡には手が届かない。

おかげで鏡はモノを取られたいじめられっ子の如く返せ返せと飛び跳ねる。

 

そんな大人気ないことをして、私は微かに勝ち誇っていると鏡は顔を真っ赤にしたまま、私からスケッチブックを取り返すのを諦めたのか飛び跳ねるのをやめた。

 

代わりに自身の手元に小さな手鏡を何処からともなく出現させた。

そして、その小さな手鏡に向けぶつぶつと呟き始めると同時に光を発し鏡の身体の姿が変わる。

 

「や、八雲っ!?」

 

「ふう、私は鏡だよっと」

 

変な手鏡が少しの発光を起こすと同時に現れた八雲 紫の姿をしたモノ。

そいつが自身をあのおチビな鏡だと名乗り、私からスケッチブックを奪い取る。

しかし、私の注意はすでにスケッチブックになく、その鏡だと自称する八雲 紫の方を凝視していた。

 

「そ、それがお前の能力なのか?」

 

「【鏡を司る程度の能力】、それが私の力だよ。ちなみにこれは鏡に映す如く人物を模倣する力」

 

と、いいながら小さな手鏡を私に見せびらかせ、八雲 紫の声色で答える鏡。

私はその八雲 紫の姿をする鏡にそう言われるも感心しながらその手鏡と鏡である八雲 紫の外面を見る。

 

「今回の異変では全く出てこない八雲 紫の代わりにこれで博麗の巫女を翻弄したりしてたの」

 

まあ、そのおかげで酷い目にあったが……とため息を吐く八雲 紫の姿をした鏡。

八雲 紫と違い子供っぽい話し方をしているそんな鏡を見て私は一つ疑問に思った。

 

「なぁ、なんでそんなにいきなり話し出したんだ?」

 

「え……?」

 

「いや、普段のお前は筆談ばかりで喋らんだろう? だからなんでかなーって」

 

さっき奪い返したスケッチブックはすでに膝の上に置いているだけで使ってはいない。

それを見て私は彼女の変化に疑問を持った。

 

私の質問に鏡は目をそらし頰を少し染めブツブツと話し始めた。

 

「そ、それは……その…………」

 

「は……?」

 

重要な部分がごにょごにょとしており聞き取りづらかったが、覚悟を決めたように唾を飲んで彼女は答えた。

 

「ひ、人に自分の声を聞かれるのが恥ずかしいの!!」

 

鏡が……というより八雲 紫の見た目をした鏡が顔をひどく紅潮させ大声でそう叫んだ。

私はその鏡の発言を耳にし呆れる様に声を出した。

 

「はあ!? つまり、筆談で話す理由って……」

 

「そうだ! 自分の素の声を聞かれるのが恥ずかしいのっ!!」

 

私の言葉に顔を真っ赤にさせる鏡。

八雲 紫の姿でその様な阿呆な発言をしているので私は新鮮に思いながらも、呆然とした。

ただの筆談キャラだと思っていたら、もっとくだらない理由だったことに口が開きっぱなしであった。

そして、呆れながらに思った事を口にする。

 

「あんなにあの狐に恥ずかしい事を言っておいてか?」

 

「そ、それとこれは別なのっ!」

 

私はここ一週間の間で鏡があの狐にアプローチをかけていた内容を思い出しながらたずねるが、返ってきた言葉はなんとも言えないものであった。

そして、なんかその子供っぽいというか初々しい様子を見てからかう気にも……。

 

いや、待てよ。

あの八雲 紫のナリで赤面キャラとか笑い物ではないだろうか?

どこか人を食うみたいな感じがあり胡散臭くしかない女が、少女の様に顔を染めるなんて滅多にあることではないのでは……。

 

「……」

 

「な、なに……その不愉快な笑顔は……」

 

「……おい、お前はあの狐とはどこまでいってるんだ?」

 

「ーーっな、なによいきなり!!」

 

私の顔を見て顔を引きつらせている鏡に私は悪どい顔をしそう尋ねた。

そして、鏡は私の言葉により想像通りに顔をさらに真っ赤にさせ、慌てていた。

私はその慌てふためく八雲 紫の姿をした鏡の姿を見て、ニヤリと笑う。

これはあの八雲 紫への復讐に持ってこいではないか、と。

 

 

「いやいや、そりゃあ他人の色恋沙汰は女としては気になるものだろう? で、どうなんだ?」

 

「くっ……」

 

「あんなことまで言うんだ、夜這いくらいはとっくにしてるのだろう?」

 

「そ、それは……してはいるけど、結局は度胸がなくて……それに私は……襲うよりも襲われたいし……」

 

「……ぷっ」

 

両手の人差し指をツンツンとつつきながらも顔を染め言う鏡を見て、私は笑いを堪える。

本人ではないが、あの八雲 紫が乙女のような仕草をし語るところを見るとどうにも笑いが止められない。

 

「ならキスくらいはしてるんだろう? 寝ているところをぶちゅーって」

 

「さ、さすがにそんな事するわけないじゃん!? するとしてもせめてほっぺとかに……」

 

「うわぁ……してんのかよ」

 

「ーーっむ、むかつくぅ」

 

真っ赤にした顔を見るなというように手で覆い、足をバタバタとさせる。

その様子を見て、私はさらに腹を抱いたくなるが必死に堪えた。

私は顔をニヤニヤと歪めその羞恥に塗れた八雲 紫の姿をした鏡を見る。

 

なんとも言えない満足感があった。

昔にひたすら私を馬鹿にしてきた八雲 紫に今ここで私は一矢報いている、と。

本人ではないが、私の心を満たすには偽物だろうと十分な光景であった。

 

しかし、そんな勝ち誇る私を見て鏡は悔しそうに顔を歪め口を開いた。

 

「くそぉ……、あんたは良いわよね……。好きな人に嫌でも抱かれてさ……」

 

「ふふ、負け犬の遠吠えだな」

 

なんかマジで気分が良い。

あの八雲 紫に食わせている感じがあって心が踊る。

いっそ弄り倒していつもスカしている八雲 紫の顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡らしてやりたいくらいだ。

てか、今ならできる。

このまま言葉でせめ続ければ、イケる。

 

 

と、思っていた私がいました……。

 

 

「……なんで、私より淫乱な女の方が幸せになれるのよお……。私にはエロさが足りないっていうの……」

 

「……はい?」

 

勝ち誇る私に悔しそうに言う鏡の言葉に私は呆ける。

私が、淫乱?何処が? と思いながら鏡に目を向けるが、その不思議がる私の反応を見て鏡は口を開いた。

 

「私には、お前みたいな羞恥心をかなぐり捨てた様な真似はできないし……」

 

「お、おい、なにを言って……」

 

「さすがに……、あんな全裸で一日過ごしたり、そのまま鎖をつけられて四つ這いになって外を散歩したり、」

 

「ーーっち、ちょっと待て!! なんでお前がそんなこと知ってんだよ!?」

 

なんでこいつは私の黒歴史知ってんの?

というかその言い方は私に露出癖があるみたいではないか。

いや、てかマジでなんで知ってんの……?

それは斬乂以外には絶対に知られたくないランキング上位に入るほどのコトなんだけど……。

 

私は目を回しながら、その鏡からの言葉に混乱させる。

そして鏡はすっとぼけた顔して、そんな状態である私に構わずに言葉を続けた。

 

 

「え? 他にもいろいろ知ってるよ? 食後に自分をデザートとして差し出したり、結婚記念日に自分を包装してプレゼントしたり、なんでもない日に紐で自分を縛って罵らせてアヘッたり……、しまいには鬼神の角で……」

 

「いうなぁぁぁ!!! 私が悪かったからもうそれ以上はいうなぁぁぁあ!!!!!」

 

や、やべぇ……。

なんでこいつがそんなことまで知ってんの。

全部事実で否定したくてもなに一つ否定できる要素がない。

先ほどまでは私が優勢だったのに、いつの間にか立場が逆になって言葉でせめられる側になっている。

というかそこまで知られてるのならこいつを殺さなければ……。

でないと私は社会的に……。

 

「その……あなたは凄いよ。あんなプライドを捨てた様な真似までして、好きな人を魅了させるなんて……。私には、恥ずかしくて真似できないよ」

 

いや……そんな貴女を尊敬してますみたいな目で私を見るな。

というか八雲 紫の姿でそう言われると逆に皮肉を言われてる感じがするから黙ってほしい。

てか、一応なにか言わないと鏡が私を変態野郎と勘違いしたままになってしまうのでせめて弁解を……。

 

「な、なぁ……た、確かに私は斬乂と肉体的な関係はあったが……流石にそう言うアブノーマルなプレイは……」

 

「ほら、この時の夜伽なんて私には絶対無理かな。こ、こんな大胆な真似は私には出来ないし……」

 

訂正を求めようと鏡に声をかけようとするが、鏡は顔を真っ赤にさせながら夢中で何かを見ていた。

それは小さな手鏡で、その鏡の中には映像の様なものが映し出されていた。

それも全裸の私と斬乂が布団の上で言葉には出せない行為をしている映像であった。

 

「……なにを見てるんだ?」

 

「"浄玻璃の鏡"っていう鏡。本来は地獄の閻魔しか持ってないんだけど、昔に弱りかけていた鏡の神様から貰った能力で私には再現可能なの」

 

「いや、その手鏡のことを聞いてるのでなくそこに映し出されているものを……」

 

「これ? これは貴女が昔にまだ地上にいた時の鬼神との営みを映し出したもので……」

 

「っどりゃぁぁぁ!!!!」

 

私は拳を振り下ろしてその手鏡を割った。

 

「なんで割るの!?」

 

「ば、馬鹿かお前は!? なんで、そんなわ、わたしと斬乂のその……そういう動画なんて……」

 

「動画じゃないよ? これは貴女の過去の記憶で、この"浄玻璃の鏡"で映し出したもの」

 

「あ、そう……っじゃなくてなんでそんなので私と斬乂の情事を見てんだよ!?」

 

「そんなの今ごろだからいいじゃん!」

 

「はあ!? 今ごろってなに!? 前から見ててたってことかよ!!」

 

だからこいつは私の黒歴史を知っているのか。

それもあんな具体的なものばかりを……。

と考えるなら、他にも斬乂としたあんなことやら……こんなことまで……。

 

突然の事実に頭を混乱させている私を傍らに、八雲 紫の姿をした鏡は少し顔を赤くして呑気に私の叫びに答えだした。

 

「それは……いつか"あの人"と、私もそういうことしたいなぁって。だから、女同士ってことで昔から後学のためによく見させてもらってたけど……レベルが高すぎて妄想程度にしか……」

 

「へ、変態っ!! 人の情事覗き見するとか頭おかしいだろ!!」

 

「べ、別にいいじゃん! てか、変態はそっちじゃん!! あんなみっともなく顔を緩ませてさ! 股まで緩いんじゃないの!!」

 

「はあ!? お前こそ私達の情事見て股濡らしてたんじゃないのか? このメルヘン妄想オナ○ニー野郎!!」

 

「そ、それひどいっ!! た、確かにひ……ひとりではしてたけどあんたらのケダモノみたいなもの見て濡らすわけないじゃんこの淫乱獣!!」

 

「ふん、恋人との行為なんてみんなあんなもんだ! 処女こじらせて夢追ってんじゃないのか?」

 

「流石にあんな変態みたいなプレイはしないわよ! あんたが変態過ぎてアブノーマルなやつじゃないと満足できないだけなんじゃないの?」

 

「ーーやんのか、ガキッ!」

 

「ーー上等よビッチ!」

 

八雲 紫の姿をした鏡は顔を真っ赤にした状態で私を睨みつけ、私もそんな鏡の額に自分の額をぶつけるように睨みつける。

 

そして鏡は私から離れる様に飛び退き、博麗神社の境内の方に移動する。

そして身体から粒子の様なものを落とし、八雲 紫の姿から本来の姿であろう紫髪のおさげの少女へと姿を戻した。

 

そして、彼女は口を開いた。

 

「不思議ね、私は恥ずかしがり屋で本来の姿で話すのは生理的なまでに無理なんだけど……、貴女と話す分には恥もなにもないわ」

 

紫髪の彼女はそう言いながら正面を向き私の方を向く。

そして私の顔をじっと見つめ笑った。

 

「だって私よりも貴女の方が恥だらけだもの、この売女」

 

「私の嫌いな八雲 紫から姿を戻したと思ったら……お前の方がなんかムカつくよ、地味娘」

 

両者のその言葉に、互いに頭にくるものがあったのかほぼ同じタイミングで舌を打つ。

そして、いざ私が目の前の小娘をブン殴ろうと足に力を入れると同時に鏡が手元に手鏡を出現させ、先ほど八雲 紫に化けた時と同じ様に鏡を発光させた。

 

私はその発光で鏡が見えなくなると、なにか別の姿に変身して襲ってくるのではと考え身体を構えた。

しかし、手鏡からの発光が収まり私の目に映ったのは予想外な人物であった。

 

それは長い二本の角に赤髪の少女で、私の……。

 

「……ざ、斬乂っ!?」

 

私はかつて愛おしく思っていた彼女を見ると目を見開き、声を上げた。

 

「ふっふーん、どうそっくりでしょう?」

 

「ひ、卑怯だろ! 斬乂に勝てるわけ……」

 

「安心して、私は姿を偽ることは出来るけど本質までは偽れないから。だから私自身は非力なままだよ」

 

見た目だけならどれだけでも加飾できるんだけどね、とため息をつく鏡。

そんな斬乂の姿に変わった鏡の言葉に、ならば……と私は勝機を見出し構えるが、鏡は鼻で笑った。

 

「あれ? もしかしてガチでバトろうとでも思った?」

 

「……は?」

 

鏡のその言葉に、私は呆けながらに声を上げた。

そんなマヌケそうな私を見てか鏡はニヤリと笑い、私に歩み私に触れられるほどの距離にまで近づいてきた。

 

そして、斬乂の姿の彼女は顔を近づけ私の耳元でぼそりと呟いた。

 

 

「……愛してますよ、雪ニャン」

 

 

斬乂の声で、鏡は私に向けてそう囁いた。

 

「ーーっ!?」

 

私は斬乂の声で耳元でそう囁かれると心臓をドキリとさせ、身をよじる。

 

彼女が本物ではないということはわかっているのに、なぜかドキリとした。

五百年ぶりの愛しいものの声で、愛を囁かれた。

私はそう思うと顔が熱くなるのを感じ、斬乂の姿をした鏡から急いで距離をとった。

 

そんな私の慌てふためく様子を見て、鏡はクスリと笑う。

 

「あんな、変態的な事ばっかりやってるくせに意外に純情な態度を見せるんだね」

 

「う、うるさいっ! てか、その姿はやっぱり卑怯だ!さっきのちんちくりんに戻れ!!」

 

「あー、そんなこと言っていいんだあ」

 

私の言葉に、斬乂の顔でニヤリと意地悪そうに笑う鏡。

そんな彼女の顔を見て、私は嫌な予感しかしなかった。

 

しかし、鏡はそんな私を気にする間もなく私に再び近づき、後ろに回り込んで背後から抱きついて口を開く。

 

「雪ニャンは、可愛いですねぇ」

 

「はぅ……」

 

耳元でまたも囁かれる甘い言葉。

偽物だとはわかるが、五百年ぶりの彼女の声に私はドキリとしてしまった。

偽物だと、わかっているのに……。

 

「抵抗しないの?」

 

「だ、黙れっ!!」

 

「ぷぷ……」

 

私の後ろから抱きつく彼女のその小馬鹿にする様な笑みに私はイラつきを感じる。

しかし見た目が斬乂なせいか調子が狂う。

というか、後ろから抱きつく斬乂の胸の感覚も本物と遜色がなく、本当に偽物かと疑問に思うほどであった。

 

「あれー、もしかして興奮してるのー?」

 

背後から抱きつく鏡が手を私の身体の前に回し、股の辺りを弄る。

そして、着物の隙間から手を中に入れ軽く触れ、私の股の滑りに気づき滑稽に笑った。

 

「ちょーっと抱きつかれるだけで湿らすなんて変態じゃん。しかもパンツ履いてないし、露出趣味でもあるの?」

 

「ちょ……や、やめろって……」

 

「いーや」

 

クスクスと笑いながら鏡は手を私の股から口元へと移し、少し湿っている指で私の唇をなぞる様に触ってきた。

私はその行動にさらに動悸を走らせ慌てながらに口を開く。

 

「ま、マジでやめろよ!!」

 

「んー? いう言葉が違うんじゃないんですかー?」

 

私の唇をプニプニと触れながら、鏡は斬乂の口調で言う。

そして、ニヤリと意地悪そうに笑い口を開けた。

 

「もっとしてください、でしょ?」

 

意地悪そうに舌を舐め私に触れる斬乂の姿をした鏡。

 

私はその言葉に、意地悪そうに言う斬乂にドキリとした。

実際は鏡のはずなのに何故か、このまま抱きしめられていたいと思ってしまう。

というか、このままいっそのこと……

 

 

「何をしてるのですか、雪さん?」

 

 

私が顔を真っ赤にし身をよじり口を開けかけていると、私でも斬乂に化けた鏡でもない第三者の声が少し上の方から聞こえた。

 

 

 

ーーそれは懐かしい声。

五百年ぶりの、彼女の声であった。

 

「さ、さとり?」

 

私の呼びかけに彼女、古明地 さとりはどうもと言いながら地上に降り立つ。

そして、空から降りてきたのはさとり一人ではなく金髪の黒い服を着る少女と一本角を生やした鬼、それとその鬼に首根っこを掴まれた鴉天狗がさとりの後ろから続く様に境内に降り立った。

 

そしてその中の一人の人物が私に駆け寄る。

 

「お嬢ぅ、久しぶりだなあ!! というかなんで母さんが地上に?」

 

「ゆ、勇儀!?」

 

私が突然の来訪者たちに呆然としていると姉御肌と言えるかつての友人、星熊 勇儀が私に抱きつく鏡を見て不審に思いながらも声をあげ私に近づく。

 

私はなぜ地底に居るはずの彼女らがと疑問に思っていると私に抱きつく鏡が声を震わせながら私から離れた。

そして、何故かさとりの方を見て恐怖に顔を歪ませた。

 

「な、なんで覚妖怪がここに……」

 

「あら? さっきぶりですね、ニセモノさん」

 

酷く怯える鏡を見て、満足そうに微笑むさとり。

私はそんな二人の様子を見て再会に喜ぶ勇儀に抱きつかれながらも、そんな様子を見て首をかしげていた。

何故、さとりが斬乂の姿をしている鏡が偽物だとわかるのかと一瞬疑問に思うが、心を読めるさとりにはそう言うのは杞憂かと納得する。

しかし、なぜ二人は知り合いで鏡がさとりを毛嫌いしているのかが私にはわからなかった。

 

「ひ、ひいぃぃ!!!」

 

「というか、もしかしなくてもいま私の友人を誑かせていませんでした? 一応、その人は人妻なんですが」

 

「し、してないから!? ちょっと悪ふざけしてただけだから!!」

 

「らしいですが……本当ですか雪さん?」

 

顔を私の方に向け冷静に訪ねてくるさとり。

そして、斬乂の姿をしている鏡は私の方に目を向け縋るような顔をして見つめてくる。

なぜだかわからないが、鏡にとってさとりは苦手な人物らしい。

 

そんな二人の顔を見て、私は口を開いた。

 

「ーー犯されそうになった」

 

「嘘つけ変態!? 股濡らしてただろうがノーパン野郎!!」

 

私の言葉に叫ぶ鏡。

そんな鏡を見て私はほくそ笑む。

そしてノーパン野郎は言い過ぎだ、私が封印された時代にパンツなんて上等なものはなかったんだよ、故に私は変態ではないとその悪口を頭の中で正当化させた。

 

 

「おや、貴女も相当な変態さんなはずなのによく人にそんなことが言えますね。帰って想い人の前で自慰にでもふけてたらどうですか? それともこの前やって失敗した猫耳のコスプ…」

 

「こ、心読むなあぁぁぁ!? もういやだあ、お前なんか嫌いだぁぁぁ!!!」

 

さとりの言葉に斬乂の顔で真っ赤になりながら涙目になり叫ぶ鏡。

そして自身の目の前に一枚の背丈ほどの姿見を出現させ、その中に逃げ込むように入っていく。

 

私はそんないきなり泣き叫ぶ鏡を見てどういうことだとさとりの方に目を向けると。

 

 

「あぁ……なんかゾクゾクしますねぇ……」

 

 

鏡が消え去ると、さとりは顔を緩ませながらそのような事を呟いていた。

そんな言葉を吐き満足げな顔をするさとりを見て、私は思った。

 

 

なんか私の友達が知らない間におかしくなっている、と。



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「じゃあ、私は他の奴らに異変が終わったことを伝えてくるぜ!」

 

「わ、私も同伴します!!」

 

「なら、わたしゃあ地底に行って彼奴らに教えに行くさ」

 

金髪の魔女っ子が溌剌と持っていた箒に跨がり空へかけるとそれを追うように、逃げる様に私を見て怯えていた射命丸 文が翼を広げ、宙に飛び出す。

そして、その魔理沙らの行動に便乗する様に勇儀は私の背中を勢いよく叩き、ニカリと笑ったあとに博麗神社に続く階段を駆け下りていく。

 

私はその三者がそれぞれ離れていく背中を見つめ、いきなり増えた人数がまたすぐに少なくなったことに寂しさを覚えるも、あの金髪の魔女っ子っぽい女の名前を聞き忘れた事に思い出す。

勇儀は昔からの付き合いでわかるし、射命丸 文は昔にちょっと色々と関わったことがある、なので二人は知り合いと言えるがあの魔女っ子の事は知らない。

なんか馴れ馴れしく、「おっす! 私、魔理沙! よろしくな!」と背中をバシバシと叩かれ、すぐに何かを思い出した様に空に駆けて行ったが……、って魔理沙があれの名前か、一応名乗ってたわ。

風のような奴だったから呆気にとられてた。

 

「なにをマヌケ面しているのですか」

 

空に駆けていき既に背が見えなくなった魔理沙の背中をぼんやりと眺めていると、私の隣に立つ小さな少女、古明地 さとりが呆れた声を出しため息をついていた。

 

「……えーと」

 

「ま、どうせエロい事でも考えていたんでしょう」

 

「考えてないからね!?」

 

言葉をつまらせる私にもう一度ため息をつき、さとりは戯言を言った。

そしてさとりは私の返しにクスリと笑い、微笑み口を開いた。

 

「なら、なんですか?」

 

「そ、それはえーと……」

 

さとりの言葉に、私は口を噤んだ。

理由は五百年ぶりに再会した友との、さとりとの関わり方がわからない。

だから、先ほどからさとりとは目を合わせず、言葉を交わしていなかったが、あの三人が居なくなり二人っきりになったことにより、無視を決め込むことは無理そうだ。

 

というかさとりはどこまで知っているのだろうか。

私が地底から追放されたこと。

私が地底に戻りたいがために暴れたこと。

私が封印されていたこと。

私が今回の異変を起こしたこと。

 

これらについてさとりは全部既知なのだろうか。

さとりは果たして、どこまで知っているのだろうか。

そして、それらのことにさとりは、私の友はどう思うのだろうか。

 

「ーー失望は、してません」

 

さとりから目をそらし、出すべき言葉を探していると彼女は私の考えを読む様に……、かつて私の心に巣食う怨霊が気持ち悪く、貴女の心は読めないと言った少女が、そう答えた。

そして、舌を出して悪戯する子供の様に口を開く。

 

「呆れはしてますがね」

 

「お前、私の心を……」

 

私の言葉にさとりは期待通りの反応だという様に笑った。

 

「そうです、読んでいます」

 

「読めなかったのでは、ないのか」

 

「ふふ、ちゃんと貴女と向き合えたということでしょうか」

 

とぼけた顔でさとりは答えるが私はどこか釈然としない。

そんな簡単なことで読める様になるのだろうか。

私はさとりの能力の【心を読む程度の能力】がどこまで有能なのかは詳しくは知らないが、過去にさとりは言った。

貴女の心だけは読めないといった。

それも私の心に巣食う怨霊の理不尽な量に、それらの声が自分の脳内に響き、私自身の声が見えないと言っていた。

 

だから、彼女は過去に私と関わる時もろくに目を合わせずに過ごしていた。

だが今は、彼女は私の目をしっかりと見つめ、微笑んでくれている。

 

確かに私と彼女の関係には五百年の空欄があったが、だからといってなにかが変わるわけでは……。

 

「本当は、貴女の心から怨霊の気配が全く感じなくなったからですけどね」

 

「……え」

 

その言葉に私は気付いた。

確かに、私の頭はひどくスッキリしていると。

五百年ぶりに封印から目覚め、何気なくこれまで行動していて気付かなかったことがおかしいほど私の頭は鮮明で、かつて蠢いていた怨霊らの呻きが最初からなかったかの様に、私の頭は落ち着いていた。

 

「なんで……」

 

「おそらく、今回の異変で悪いものが全部出て行ったからじゃないですか?」

 

私の疑念にさとりは答える。

そんな簡単なものなのだろうか。

私が長年苦しんでいたものが、あの私を呪い殺す様に鳴り響く雑音がこんな簡単に消えてしまって良いものなのか。

 

「そ、そうだ! まだ怨霊共を回収してない!」

 

私は思い出した様に声を出す。

今回の異変で召喚した、あの骸骨らを幻想郷内に徘徊させたまま、私はついさっきまで意識を失っていたのだ。

あの怨霊らは私が倒されたから消える様なものではない。

私の中にいる怨霊らを外に出しただけで、ほぼ自立して動いている様なものだ。

今もこうしている内に、私の知らぬところでその骸兵らがなにも力を持たない一般人の誰かに危害を加えていると考えると……。

 

「その辺は大丈夫です」

 

「いやそんな呑気なことではなくてーー」

 

「大丈夫です」

 

私は慌てるも、さとりのその根拠のない言葉に口を噤む。

なぜそこまで断定できるのだ、と私が口を開こうとするが、さとりは私の疑問を先読みしたのかため息をついて答えた。

 

「その辺の対策は既にしてありますよ」

 

「しかし、彼奴らに指一本でも触れたら乗っ取られて……」

 

「ぐだぐだうるさいですね……、幻想郷にいる人たちはそんなヤワじゃ無いですよ」

 

「え、い、いやでも私の問題だし……」

 

「はあ……、貴女はああ言えばこう言いますね」

 

そういうところが昔から変わらないと呆れながらにモノを言うさとり。

その言葉に失礼なと思うものの、さとりのその謎の自信はなんなのだろうか。

対策云々は本当かもしれないが、こうして呑気にしている時にも、どこかの誰かが被害にあってたら……。

 

「相変わらずのマイナス思考ですね……。もっと前向きに考えれないのですか」

 

「もしもの場合があったら大変だろ!? てか、急に心を読まれながら会話するとかむず痒いな!」

 

今までは私はさとりに心を読まれる事はなかったが、急に読まれ始めるとなにか恥ずかしい。

心を読まれるとはこんな気持ちなのか……。

 

「なに今頃恥ずかしがってのるのですか。貴女の場合は斬乂さんの心を読ましてもらって散々と見せてもらっているので、この程度ならそこまで恥ずかしく無いはずです」

 

「え……、斬乂の心の、なにを見てそれは言って……」

 

「もちろん、えっちなことです」

 

「言葉にするな!! 余計に恥ずかしくなるだろう!?」

 

「なら夜伽……」

 

「い、言いかえればいい問題じゃ無いからな!」

 

「なら貝合わ……」

 

「余計に生々しいわ!?」

 

無表情にボケるさとりに私は顔を真っ赤にさせ大声を上げる。

 

さとりの場合は心が読め、下手に発言を誤魔化せないのでタチが悪い。

というかこいつ、どこまで知っているのだ。

斬乂経由で知っているということはもしかして私の黒歴史も……。

 

「その辺りは…………………、ノーコメントで」

 

「どこまでだ!! どこまで貴様は知っている!?」

 

「今日はいい天気ですねー」

 

「今日は朝から雪だよ!!」

 

下手にボケ続けるさとりに私は声を上げる。

というかなぜ今日はこんなに斬乂関係で弄られるんだ。

鏡もそうだったが、私はまだ封印から解かれて一度も斬乂と会ってないのだぞ。

なのに何故かこんなにも斬乂のことで弄られる、しかも性事情中心にだ。

 

確かに昔は色々とシていたが、あれは既に五百年前のことだ。

あの頃はまだ私は若かったのだから、ちょっとの火遊びは仕方が無いのだ。

 

「よく言いますね、どうせこの後に斬乂さんに会ったら、すぐに抱かれにいくくせに」

 

「な、なわけないだろ!」

 

「プロポーズされてすぐに抱かれた女は誰なのやら……」

 

「そ、そんな事まで知って……」

 

「ふむふむ、雪さんはその頃には既に顎下とヘソあたりを撫でられるのが性感帯と」

 

「よ、余計な事を読むな!?」

 

そう言えば怨霊云々の話をしていたのにいつの間にこんな話に変わってしまったのだ。

というかさとりが無駄な事を言うからなんか急に斬乂が恋しくなって……。

 

「発情してきたのですか?」

 

「そ、そんなんじゃないわい!!」

 

どんだけ引っ張るのだ。

もしやこいつは私で遊んでいるのではないだろうか。

今まで心の読めなかった私で遊んでいるだろ絶対に。

 

「くす、今頃気づいたんですか」

 

「タチ悪!?」

 

「ふふ、貴女の心が読めるのは新鮮ですからね」

 

鼻で嘲笑うさとりを側に私はため息を吐いた。

そして、さとりは私のそんな呆れるような態度を見て、もう一度クスリと笑う。

 

「冗談です、昔から私は貴女の心なんて読めてました」

 

「ーーは?」

 

「能力で読まなくても、貴女は素直ですからなにを考えているのかくらいは見て分かりますよ」

 

私のマヌケた声を気にせず、さとりは言った。

私がさとりのその言葉の真意を理解せずいると、さとりは補足をするように口を開いた。

 

「いま心を読んで思いました」

 

「ーー」

 

「貴女は心通り素直で、純粋な人だって」

 

さとりは私の目を見てそう微笑んだ。

 

違う。

自分はそんな言葉で表せる様な綺麗な女ではない。

私はそんな言葉で訂正しようとしたら、さとりはわかっているという様に私の口に人差し指を当てた。

 

 

「ーー貴女は、私の思った通り素直な人でしたよ」

 

 

私がそう断定する理由はわかりますよね?

そう呟き、さとりは私の胸を撫で微笑んだ。

 

昔の私ならここで食い下がらず、違うと言い続けただろう。

血に汚れ醜い存在だと言い、その言葉を否定しただろう。

だけど、いまの私はーー

 

 

「……ありがと、な」

 

 

もう、自分を卑下する必要はない。

だって妹紅にも慧音先生にもーー、さとりにも認められているのだから。

 

「ふふ、やっぱり貴女は顔に出る人です」

 

さとりは私の顔を見て、笑ってそう答えた。

私がどんな顔をしていたかは自分ではわからない。

だが、だらしない顔をしていたのだろうとは、なんとなく想像はついていた。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「なに、まだあんた居たの?」

 

私とさとりのくだらないやり取りから数十分後。

しばらくさとりと雑談を交わしているとその声の主は突然と空から舞い降りる様に現れた。

 

腋のあいた紅白の巫女服を着る少女。

そして、私に先ほど私に不意打ちを咬ましてきた女。

そいつが神社の縁側に腰を下ろす私とさとりを睨みつけるように近づいてきた。

 

めんどくさそうなものを見て、ため息を吐く少女。

そんな彼女に対しまず最初にやる事は一つであった。

 

 

ーー雪女「氷ノ弾」

 

 

やられたらやり返す。

それが私のモットーである。

今こそ先ほどの不意打ちの仕返しをするとき……

 

「いきなり危ないわね!」

 

「きゃふん!?」

 

私の放った幾つかの氷の弾丸をすべて避け、私の顔に拳を入れてきた。

しかもパーではなくグーで、顔面にだ。

女がやる行為でも女にやる行為でもない。

 

殴られた私はそのまま後ろに倒れ、背をつけ顔を押さえて呻いて言う。

 

「お、お前! いたいけな少女の顔をグーで殴るか普通!?」

 

「誰がいたいけな少女よ妖怪。イタい女の間違いじゃない?」

 

誰がイタい女だ。

お前と私はそんなに関わりがないくせによくそんな決めつけて言えるな。

むしろ今のこいつの行いで私の中で巫女イコール野蛮という方程式が出来上がったぞ。

 

私がいまだに殴られ赤くなった鼻を押さえながら、文句ありげに巫女を睨みつけているが、巫女はそんな恨み辛みのある私の視線に気づく様子もなく、口を開いた。

 

「ま、ちょうどいいわ」

 

巫女がそう言い、ここに来る時から手元にぶら下げていた何かが入った袋の様な物を渡してくる。

私はその手渡されたものを受け取り中を見る。

そこには大根や秋刀魚といった食材が入っていた。

 

私はその渡された袋の中を確認し、なぜこの様なものをわたされた、と首を傾げていると巫女が私とは逆側のさとりの隣に腰を下ろし、猫の様に背を伸ばしながら私の疑問に答えた。

 

「昼、食べてないのよねー」

 

「作れと!?」

 

「お腹減ったから頼んだわ」

 

「自分勝手な!?」

 

「あ、雪さん。私はお茶でいいです」

 

「お前もか!?」

 

太々しく飯と茶を催促する二人に対し、私は文句を言おうと口を開こうとするが……。

 

「あ、そう言えば昔に斬乂さんを読んで知ったのですが……」

 

「すぐ作ってきますっ!!」

 

思い出す様に語り出そうとするさとりを背に、私は神社の中に入り、急いで台所に向かう。

 

そしてそれと同時に私は気付く。

さとりには、逆らってはいけないと……。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

「で、首尾の方は上手くいったのですか?」

 

台所に走り向かった雪が居なくなるのを見計らった様に口を開くさとり。

そんなさとりの言葉に縁側に大の字で寝転がる霊夢は気怠げな雰囲気を醸し出しながら答えた。

 

「えぇ……、けど精神的に疲れたわ。私も流石に半日だけで千越えの除霊なんてしたことないし」

 

「お疲れ様です」

 

あー、と疲れた呻き声を出し、横になったまま虚ろに天井を見つめる霊夢。

そして上半身を起こし、今日何度目かのため息をはいた。

 

「あんたも他人事じゃないわよ……。今回の異変の後始末として残った怨霊らの半分は私が除霊したけど、もう半分は紫が地底に送り返したから」

 

「そのことに関して忙しいのはお燐とお空なんで私は関係ありません。まあ、大変になるというなら疲れた二人を慰める程度のことですね」

 

「……あっそ」

 

「あ、エロい意味で慰めるわけではなく普通に慰めるだけなんでその辺はあしからず」

 

「なにがあしからずよ、なんでそっち方面にもっていった……」

 

霊夢はその言葉に呆れを見せる。

さとりは先ほど雪と話していたテンションがまだ残っていたと失念しながらも、クスリと笑い霊夢の言葉を濁すことにした。

 

そんな誤魔化す態度をするさとりを見て、霊夢はまあいいわ、と首を振りため息をついた。

 

「それより、"屍の姫"って言うのは想像よりも凄いのね。幻想郷中にあれだけの、千や二千の怨霊を召喚するなんて」

 

おかげでコッチは後処理が大変だったわ、と呟く。

そして、その霊夢の言葉を訂正する様にさとりは答えた。

 

「いえ、正確には自身に巣食っていた怨霊を外に解放しただけですね」

 

「へー、ならあの女は何千もの怨霊を自分の体内に飼ってたんだ」

 

「加えると今回の異変に現れた骸骨一体で怨霊十人分の力が宿っていたので合計で万は超えますね。まあ、例外を除けば怨霊なんてものは基本的に一つ一つの力はそう対したことはないので」

 

「けど、怨霊の真骨頂は精神的なもの。怨念が強ければ強いほど生ける者の心を蝕んでいく。普通の霊よりタチの悪い事には違いないわよね」

 

「だから、彼女は五百年前にああなった」

 

あの時、自分がいち早く彼女の異常事態に気付けていれば、彼女と向き合い彼女の内に増えていく怨霊らに自分が気付けていたら……。

 

それは今でも思う後悔。

さとりはそう思いながら顔を少し歪ませる。

雪の心に向き合い、怨霊らの変化に自分が気づき、少しでも早く彼女を地上に戻せていたら……。

そうしたら彼女は正常な思考で、彼女と、斬乂と離れることができたのではないか。

 

それが、さとりの後悔。

此度、地上に出て知った真実に対する自分への呆れである。

 

そして、思った。

もし今後、今回の事で雪がなにかを引きずり生きていく事になったら。

異変を起こした後悔、過去に暴走した責任。

それらを持って、引きずって生きていく事になり自分は斬乂の隣に立つ資格はないと言い出したら……。

 

 

「しかし、今となっては杞憂ですね」

 

実際に彼女に向き合い、心を読んで思った。

彼女はもう大丈夫だ。

 

理由はわかる。

その理由の人物にはまだ会ったことはない、だけど彼女らが雪の心の支えだという事は雪の心を見て、なんとなくわかった。

 

雪と同じくらい真っ白な少女と、銀髪の女性。

彼女らが斬乂に匹敵するほどの心の寄り所となったのだろう。

そう考えると、その寄り所に自分がまだなっていないのは悔しい、とさとりは思いながらもクスリと笑った。

 

これからは、自分も彼女の"それ"になればいい。

彼女と向き合い、受け入れ、受け止めればいい。

少し遅すぎたかもしれないが、今からでも遅くはないだろう。

だって彼女の心はあんなに純粋で、綺麗なのだから。

 

 

 

ーーああ、やっと私は彼女と向き合えた

 

 

 

否、まだスタートラインに立ったばかりだろうか。

ならばこれからはしっかりと彼女と、"白鷺 雪"とちゃんと向き合おう。

 

心を読むだけではない。

彼女の目を見て、心を知っていこう。

"白鷺 雪"という一人の友人をしっかりと理解していこう、まずはそこから。

 

古明地 さとりは目を閉じ、背後で炊事をする少女の事を想い、そう微笑んだ。

 

 



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不安

どんどんガヤガヤ。

右からは喧騒が、左からは下手な歌声が、目前にはチラホラと酒を煽るように呑む輩が見える。

 

空は時刻が夜中で暗く、黒い空からは白い雪がパラパラと降ってきている。

そんな中でも私の視界に映るものらはそんな事を気にせずにと、どんどんガヤガヤと騒ぎ続ける。

そしてそんな騒がしい中で私は、というとーー

 

「ねー、雪ぃ。あんたも飲みなさいよぉ」

 

「そうだぞお嬢ぅ! 今夜はめでたいんだから飲まなきゃ損だ!」

 

「お姉さんお姉さん!! フランと遊ぼうよー、弾幕ごっこしよー!!」

 

右に幽香がグイグイと酒瓶を押し付けてきて、左に勇儀が私の肩に手を回して大きな赤い盃を渡してくる。

そして膝にフランドール……という名の幼女が、胡座をかく私の足の隙間に入り込むように座り、駄々をこねている。

他にも私の目の前には慧音先生や妹紅、さとりと魔理沙とか言う魔女っ子が私を囲むように酒らしきものを飲んでいる。

 

今は今回の異変解決の祝勝会?みたいなものをここ博麗神社で行っている。

私的には昨日のさとりのとこが起こした、怨霊が地上に溢れ出す異変解決宴会の次の日にまた別の宴会をするんかい的な事を言いたいが、二日続けて狙って異変を起こした私の身としては口に出しては言えない。

というか起こした本人がその解決を祝う宴会に参加していいのだろうかという疑問もある。

何も言われないということは、居てもいいんだろうけど……。

 

しかし、これだけは言わせてもらいたい。

 

「……うるさい」

 

そんな喧騒たる中で、私は呆れながらにボソリと呟いた。

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

私の起こした異変ーー。

骸鬼異変、なんていつの間にか発行されていた某新聞では呼ばれてはいるが、その異変が終結したのは今日の事……、いや既に日は変わって昨日の事だろうか。

 

異変の終わりとしては私から溢れ出た怨霊は博麗の巫女と妖怪の賢者により、片付けられたとか。

妖怪の賢者は八雲 紫という事は昔から既に知っているが、博麗の巫女とは私の事を気絶させたあの野蛮巫女の事らしい。

よりにもよって私の大嫌いなあの二人に私の尻拭いをされるとか屈辱の極みでしかない……と言いたいが、実際に私が怨霊共をどうにかするには再び自分の中に戻す事しかできない。

なので、もし再び私の中に怨霊を戻す事になっていたら、遠からず私は過去のように精神が再び狂っていたかもしれない。

そう考えれば二人の行いにはありがたさはある、が素直にお礼はいいにくい。

まあ、その二人には遠回しに少しずつ借りを返していこう、不本意だが。

 

それで、此度の異変解決により幻想郷に再び平和が戻ったとさチャンチャン。

と、いうわけにはいかず私には何処か釈然としない気持ちはある。

私に今回の異変を起こさせた元凶と言えるあの"狐"。

異変が終わってからは一度も私はあの"狐"に会ってはいない。

このまま放置、というわけには個人的にも良しとはしないが……。

 

「……まあ今は、そんなことはどうでもいいか」

 

私は自身の目に映る騒がしい光景を見つめながら、そうポツリと呟いた。

 

見た事のない奴ら……てか女の人が多いが、どんちゃん騒いであちらこちらで楽しそうに騒いでいるその光景。

中には五百年前に見知った顔も何人か居り、私は懐かしむようにそれらを見つめる。

 

そして、ふと思った。

私は、五百年前は斬乂さえいればいいと思っていた。

斬乂さえいれば私は幸せになると思っていた。

しかし、私の欲しかったものはこんなに近くにあって、こんなに当たり前のようにあって……、自分が"それ"から目を逸らして斬乂しか見てなかったことが、今ではよくわかる。

桜井 命が望んだ"平和"も、白鷺 雪が欲した"温もり"も、斬乂への依存をやめただけでこんなにも簡単に見つけることができた。

 

私は物思いに老けながら、視線の先にいる私に大事な事を気付かせてくれた一人である彼女の方を見た。

 

 

「……な、なんだよ、見つめてきて」

 

両サイドと膝元からの絡みを無視しながら私は彼女の方に目を向けた。

しかし彼女は私の視線に気づくも、顔を歪め気色悪いと言ってきなさる。

まあ、そんな喧嘩腰な態度でも今日くらいは許してやろう、私はそう思いながら彼女に向け口を開いた。

 

「いや、お前は何百年経っても目付きが悪いなぁと思ってな」

 

「お前も人の事言えないからな?」

 

誤魔化すように鼻で笑う私に、何を言っているのだと言いたげな顔をする彼女……、妹紅は呆れたように首を傾げそう言う。

 

私はかつて中途半端な別れ方をした妹紅と再び再会することが出来て嬉しいと内心ほくそ笑んでいると、私の周りで騒がしくしている一人の内の彼女が私の頭を鷲掴み、激しく揺らしながら声をかけてきた。

 

「ちょっとー、いま私が話しかけてんでしょう? 私の酒が飲めないっていうのー?」

 

酒瓶を片手に顔を少し赤くして私に絡んでくる美少女。

その美少女こと風見 幽香は最初会った時はなぜ黙って地底に行ったと私に文句、あるいは恐喝をしてきたが今としてはこうやって私に笑いかけながら接してきてくれている。

まあ、五百年前に地底に黙って行ったのは申し訳ないとは思っているが、幽香の場合は私が地底に行くことによりストーカーのごとく追って、または私が地底に行かないようにと監禁されそうな気がしたので黙っていた方がいいと個人的に判断したのだ。

……実際は、斬乂のことであの頃は頭がいっぱいで忘れていただけだが。

 

「早く飲みなさいよ、酔い潰れるまで飲んでくれないと持ち帰れないのだけど?」

 

「サラリととんでもないこと言ったな!?」

 

「別にいいじゃない、あの鬼がいない今がチャンスなんだし」

 

私の肩に手を回し、舌をペロリと出しながら私を色っぽく見つめる幽香。

そんな幽香の態度を見て、私は貞操の危機を感じた。

が、そんな私のピンチな様子を見て、傍らにいる女が立ち上がった。

 

「おいおい、花妖怪さんよぉ。お嬢に無理やり酒のますまでは許せるが、お嬢の品格を落とすようなことはよせやい」

 

幽香の反対側に座る一本角の鬼、勇儀が立ち上がり私に引っ付く幽香を睨みつけるように見下ろす。

しかし、そんな勇儀の凄みに臆することなく幽香は笑いながら答えた。

 

「あら、私は今夜の泊まる家のない彼女に場所を提供してあげようと思っただけよ。…………まあ宿代は身体で払ってもらうけど」

 

「わたしゃあ母さんにお嬢の事を頼まれてんだ、お嬢には手出しはさせねぇよ」

 

勇儀の言う母さん。

もちろんそれは私の伴侶で旦那? の千樹 斬乂のことである。

 

本当は、今日の宴会にその斬乂は来る予定だった。

先ほど勇儀が一度地底に戻った時、一緒に斬乂も来るはずだったが、何か用事があると今日は来れなくなったとか。

まさかの浮気……と涙目にそう思ったが、さとりにそれは大丈夫と諭された。

心の読めるさとりにそう言われたら納得するしかないが、斬乂と離れてから五百年も会っておらず乗り換えられたとしてもおかしくはないとは思っている。

 

……ほんとだよ?

斬乂以外は地底の顔見知りはほとんど来てくれたし、私をお嬢と慕う鬼らだって結構な数がわざわざ地底から来てくれている。

他にもヤマメとかパルスィも来てくれてたし、そんな関わったことないけど。

だが、斬乂だけは来てくれていない。

 

「未練たらたらですね」

 

「黙れさとり」

 

ナイーブな私の心を覗いたのか、私の正面に座るさとりがドンピシャな言葉をかけてくる。

 

「仕方がないだろう、仮にも夫婦だったんだ」

 

「知ってます、その夫婦の惚気具合を私は毎日見せびらかされていて砂糖吐きまくりでしたよ」

 

「……まあ、あの頃は若かったから」

 

「あの頃と言っても当時は既に雪さんはたいして若くなかったでしょうに」

 

ため息をつきコップに入った酒をちょびちょびとさとりは飲みながら、呆れるように言ってきた。

 

私はさとりのその言葉にそういえばあの頃は私はいくつくらいだったのだろうかと、いつぞや数え忘れていた自身の年齢について考えようとすると、さとりと私のやり取りを見ていた慧音先生がクスリと笑い、話しかけてきた。

 

「ふふ、あんなにやんちゃだった妹分が、こんなに恥じらいを持てる女の子に育っていたとはな。時代は変わるものだ」

 

「け、慧音先生……」

 

「今度、その斬乂って人に合わせてくれよ」

 

慧音先生のその言葉に私は少し恥ずかしさを覚えるも、小さくこくりと頷いた。

 

かつての彼女は自分にとっては姉貴分で、私が茜と婚約を結んだ時も、誰よりも祝福してくれた人だ。

女同士なんて事にも偏見を持たずに、いつでも優しく見守ってくれて……。

 

「へ、私もこんな大雑把な女を娶るなんて奴の顔を見てみたいぜ」

 

「黙れ妹紅」

 

人がせっかく昔を懐かしみ、思い出に浸っているところを邪魔しやがって。

それに大雑把とは失礼な。

これでも一丁前に主婦をやっていたんだ。

炊事とか掃除とか専業主婦レベルだぞ。

実際にも専業主婦だったが。

 

妹紅の言葉に呆れていると、妹紅に便乗するように手を挙げ発言する魔女っ子がいた。

 

「私も見てみたいぜ! その相手ってのは鬼の大将なんだろ?」

 

興味津々に手を挙げ、私にグイグイとくる魔女っ子魔理沙。

なぜこいつが私の近くで飲んでいるのかという野暮なことは言わないが、なぜ自然に会話に入ってくるのだろうか。

しかもこいつはいちいち馴れ馴れしくて、ちょくちょく話しかけてくるも絡みがウザい。

てか、こいつ人間じゃね?

こんな妖怪だらけのところにいていいの?

 

「やっと見つけたわよっ魔理沙あ!!」

 

「ん、アリス? それにパチュリーも」

 

私が異色なものを見るように人間であろう彼女を見ていると、魔理沙の後方から叫び声を上げこちらに走ってやってくる金髪少女と、ぜーはぜーはと息切れを起こしながらノロノロとやってくる紫髪の少女が目にはいってきた。

そしてこっちに来たと思ったらすぐさま魔理沙の胸元を掴みとり、息切れを起こしながらアリスという金髪の女が魔理沙を睨みつけてきた。

 

「はぁはぁ、やっと見つけたぁ!」

 

「ど、どうしたんだよアリス……」

 

「どうしたも……なにも……ずっと探してて、膝枕してもらおうと」

 

金髪の少女のその唐突な恥じらいが見える言葉に魔理沙は、「は?」と首をかしげるが、後から来た紫髪のパチュリーと言う少女が金髪の少女よりもひどい息切れを起こしながら同じく意味のわからない事を言い始めた。

 

「ま、待ちなさいよ……アリス……わ、私の方が……いっぱい……化け物を……消したわよ……」

 

「はあ!? 私の方が多かったし!!」

 

「私の方が……多かったわ、むきゅ」

 

咳き込みながらも答える紫髪の少女。

しかし、そんな紫髪の少女の態度を見て、話にならないと言いたげな金髪の彼女はため息をつき、挑発めいた態度で顎をどこかにさすように動かし、紫髪の少女を睨みつけた。

金髪の少女のその動きに、何かを理解したのか紫髪の彼女は頷き、同じく金髪の少女を睨みつけた。

 

「むきゅ……上等……」

 

「……行くわよ」

 

「お、おい!? どこに連れてくんだよ!!」

 

二人が何やら勝手に同意をすると、金髪の少女が魔理沙の手首を掴みとりどこかに向かって歩き出す。

いきなりの二人の行動に魔理沙は動揺をしているも、私はその三人の様子を見て、その様子を止めることなく思った事を口に出した。

 

「……修羅場?」

 

「……いつか背後から刺されないといいがな」

 

私の呟きに呆れるように慧音先生が答えた。

 

私はあの三人は殺傷沙汰のようなことが起きる関係なのかと若干恐怖を覚えながらも、魔理沙を連れて行く二人の背中を見る。

あの二人は人間という感じはしないが、妖怪という感じもしない。

なんというかグレーなイメージがあった。

 

「あれは魔法使い、という種族ですよ」

 

私の心の疑問に答えるようさとりがそう言った。

そして補足するように続けて言葉にする。

 

「今の幻想郷には妖怪だけでなく、ああいうのもいるってことですよ」

 

「……ふーん」

 

私のいない五百年の間に幻想郷もずいぶんと変わったものだ。

妖怪が人間と仲良くしているし、その他の意味のわからない種族も増えた。

それによく見たらこの場には幽香とか鬼とかいうめっちゃ強い存在もいれば、妖精みたいな雑魚もいる。

それらが同じ席を囲んで、飲んでは食ってはで一緒に騒いでいる。

はたから見ればま素晴らしいが、見慣れない私にとってはその光景がなんというかーー

 

「気持ち悪い、ですか」

 

「どうでもいいことまで心を読むな……」

 

私の思っていることを読むさとりに対し、私はため息をついた。

 

「ま、それが今の幻想郷っていうものですよ」

 

「……八雲 紫の求めていた人妖の共存ってのはいつの間にか出来てたわけねえ」

 

昔は人里と妖怪の住処を隔離するだけで精一杯だったのにな、と私が思っているとさとりがその考えを正すように答えた。

 

「その辺は昔と変わりがありませんが……、大体的に変わったことといえば、人が我々に対して少し友好的になった、ということでしょうか」

 

「友好的、ね。飼い殺されてるの間違いじゃない」

 

人と妖怪は別物だ。

それに幻想郷なんていう妖怪の集まる場所で、人里がポツリとあれば自然と妖怪と仲良くするしかないし、長い年月をかけて人里の人間どもを洗脳していけば多少は妖怪に気を許すだろう。

いつ裏切られ殺されると知らずに。

それを飼い殺されていると言わずなんと言えばいい。

結局はみんな八雲 紫の手の上で踊らされているだけで……

 

「いたっ!?」

 

「また思考がマイナスになっていますよ」

 

さとりの言葉を私なりに解釈していると、さとりが私の額にデコピンをかましてきた。

私はさとりのたいして痛みのないその理不尽な一撃に、気にくわないと睨みつけるが無視をされ、ため息をつきながらトンチンカンなことを言い出した。

 

「貴女のその言い分は、八雲 紫が気に入らないだけでしょう」

 

「い、いや別にそんな、ことは……」

 

「はぁ……、八雲 紫もずいぶんと嫌われているものですね」

 

だから違う、そう言い返そうとするとさとりはしょうもないものを見るような目で私を見つめてきた。

そして、さとりはやれやれと言いながら息を吐き言葉を続ける。

 

「それに、雪さんは優しい人ですから、ほんのちょっと人里に顔を出したって誰も貴女を否定しませんよ」

 

「ち、違うし……、別に人里に行ってみたいとか……」

 

「大丈夫さ、私が説明すれば受け入れてもらえるよ」

 

「だから、そんなんじゃ……」

 

今まで私とさとりの二人の様子を見守るように見ていた慧音先生が、私に諭すように言ってきた。

 

 

慧音先生もなぜかは知らないが、今は半分は妖怪らしい。

なのに人里に住み込んでそこで教師をやっていると言っていた。

ならば人里はそこまで妖怪に対して敵対はしてないのでは、と思えるが私は人間に対して拒絶され続けてきていたので良い思い出があまり無い。

私が妖怪であるということで石を投げ、唾を吐き、時には悪い芽を摘むように鎌で腹を突き刺されたことがあった。

 

それらの事を思い出すと、もしかしたらまた拒絶されるのでは。

そう思ってしまうと中々人に対して友好的には……。

 

「またマイナス思考です」

 

「デジャブっ!?」

 

私が深く考え込んでいるとさとりが再びデコピンをかましてきた。

しかも今度はさっきよりも強めで額が少しヒリヒリしており、ちょっとだけ痛い。

 

だが、さとりはそんな涙目の私に気にすることがなく口を開いた。

 

「次、マイナスな事を考えるようなら……、あることないこと言いふらしますからね」

 

「それだけはやめてください!!」

 

さとりの言葉に文句を言おうとした私は勢いよく頭を下げ謝った。

さとりの言うあることないこととは、嘘なんて一つもなくて、すべて真実で語りそうだから怖い……と、頭を下げながら思っているとふと膝下が目に入り、フランドールがいつの間にか眠りこけ私の膝を枕にして寝ていることに気がついた。

ちなみに私の両端にいた勇儀と幽香はいつの間にか私の背後で飲み比べをしており、顔を真っ赤にしながら何かを張り合っていた。

……どおりでしばらく静かだと思った。

 

 

「えーと……、この子の保護者は……」

 

私がよく知らぬ幼女が膝で寝ている事に困惑していると、妹紅が答えてくれた。

 

「あぁ、吸血鬼の妹の方のか。いつの間にか寝てたのか」

 

「……吸血鬼?」

 

私は妹紅の言う吸血鬼という言葉に首を傾げた。

が、なんとなく心当たりがあった。

おそらくその吸血鬼とは私が異変の時に相対した奴のことだろう、この金髪幼女もその時にいたし……、というかこれも吸血鬼だったんだ。

 

「ま、そのうちメイドが迎えに来るだろ」

 

「冥土?」

 

「ほら、あそこでさっきから探し回ってるやつ」

 

妹紅の言葉に突拍子のないことを思い浮かべながらまた首を傾げていると、遠くの方からいもうとさまー、と何かを探しながら呼びかける声が聞こえてきた。

その声の主に目を向けると、ここから少し離れたところにいる銀髪でロングスカートで、エプロンを羽織っている少女を私は見つけた。

そして、私がそちらに目を向けているとたまたま視線があい、何かを見つけたようにこちらにやってきた。

 

「やっと、見つけました」

 

彼女はフランドールに視線を向けながら安堵を見せてそう言った。

どうやらフランドールの保護者のようで、見つけるなり私の方に会釈をして、私の膝元で眠るフランドールを抱きかかえ、小さな体の彼女をそのまま背中に背負う。

そして、私の方に視線を向け、何かに気付いたように話しかけてきた。

 

「貴女は確か、今回の異変の……」

 

「…………あ」

 

銀髪の彼女に話しかけられた事により、彼女が吸血鬼の姉と戦っていた時にそばにいた少女であるということを思い出す。

そして、私は少し気まずそうな感じでなんとなく彼女に名乗った。

 

「えーと……、白鷺 雪です」

 

「……十六夜 咲夜よ。紅魔館という所でメイドをやらせてもらっているわ」

 

とりあえず私は名乗ったが、意味深な視線を彼女から向けられ、少しの間を空けられてから名乗られた。

 

なんだろうか。

なんか少し彼女から警戒されている気がする。

確かに私は今回の異変の首謀者で、目の前で目をギラギラさせ、戦ってはいたが……。

もしかして私が妖怪だからだろうか。

よく見たら彼女も雰囲気的に人間っぽいし、それで避けられていても……。

 

「……某日の夜中、雪さんは斬乂さんにいつも好き勝手やられているからと主導権を握るため、夜這いをかけようとしましたが、逆に手玉に取られ……」

 

「うにゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 

突然と人の昔の秘事を語りだすさとりに、私は奇声を発しながらデコを狙いピンをした、が心を読まれ難なく避けられてしまった。

私はデコピンを避けられるも、急に何を、と言いたげな視線を彼女に向けるも、彼女はやれやれという風に語り出した。

 

「今度、マイナス思考になったらあることないこと言うって言いましたよね?」

 

「ほ、本当に言う奴があるか!?」

 

「ちなみにオチは……」

 

「いちいち言うなっ!?」

 

私が恥ずかしさで顔を真っ赤にした状態で再びデコピンをかまそうとするも避けられた。

そして、私は不意に視線をチラリと妹紅らの方に向けるが、微妙な反応をされ、私の方をじっと見つめていた。

 

「……なんだよ妹紅」

 

「いや……、ほどほどに、な?」

 

「だ、黙れ妹紅!!」

 

「まあ……、そういうとこがかわいいよ雪は」

 

「……け、慧音先生までぇ」

 

みんなして馬鹿にしやがって……。

語り出したさとりは満足そうに笑みを浮かべてるし、もう嫌……。

 

そう私が悲壮感を溢れ出していると、銀髪の少女が私らのそんなくだらないやり取りを見てなのか、小さく笑った。

 

「ふふ、面白い方ですね」

 

「だろー? こいつこんなんでも人妻なんだぜ?」

 

「妹紅、余計なことをいうな……」

 

クスクスと笑う銀髪の少女。

そして先ほどとは変わり柔らかくなった表情で彼女は私に話しかけてきた。

 

「異変のときに名乗られた時は別の名前で名乗られたので少し疑問になってたけど、貴女達の様子を見てれば、名前は白鷺 雪の方であってるのね」

 

「…………あ」

 

そう言えば最初に彼女に名乗った時には"桜井 命"と名乗っていたっけか。

……そりゃあ、次に会った時に違う名で名乗られれば少し不信にもなって、態度がよそよそしくなるわな。

 

「あ、あれは昔の名前だ。今は白鷺 雪だ」

 

「そう……、雪ね」

 

彼女、咲夜は私の名前を確認するように繰り返し呼び、一度微笑んでから私に言う。

 

「ウチのお嬢様が先ほど貴女を探していたのだけど、疲れたのか寝ちゃってね。よかったら今度暇な時に紅魔館に遊びに来てくれないかしら」

 

咲夜の言うお嬢様……、おそらくあの青髪の幼女の事だろう。

そう言えば異変中に別れた時に決着がまだ付いてなくて駄々をこねていた気がするが。

 

「ま、まあ……、暇があったらな」

 

「なら楽しみにしておくわ」

 

咲夜がそう言うと私と私の周りに軽く頭を下げ、フランドールを背にし歩き出した。

 

そして、私は微笑みながら私に話しかけてきた彼女の後ろ姿を眺めながら惚けていると、さとりが私の服の裾を引っ張って、話しかけてきた。

 

「貴女に会うのが楽しみだそうですよ?」

 

「……ただの社交辞令だろう」

 

「ふふ、屁理屈を。よかったですね、貴女を待っている"人"がさっそく一人増えましたよ」

 

「……うるさい」

 

ニマニマと笑い、人という言葉を嫌に強調して言ってくるさとり。

こいつは私の心を読めるようになってからは昔よりからかいがひどくなった気がするのだが。

 

しかし、そんな呆れる私に目も向けず、さとりはクスリと笑い話し続けてきた。

 

「案外、幻想郷の人間は我々に関して寛大ですよ」

 

「……な、なんのことだ」

 

「いえ、まだ妖怪である身が、人に拒絶される事を怖がっているようだったので」

 

「別に……」

 

怖くないし。

そう言おうとしたが、視線に妹紅と慧音先生が入り、口を噤んだ。

そして、弱々しく口を開いた。

 

「……こんな、私でも大丈夫だと……思うか?」

 

「ま、それはお前次第だろ」

 

私の弱気に妹紅が鼻で笑い答える。

 

「お前が、ペタンコな胸張って、ヘラヘラ笑って、無害そうに歩いてりゃあ、人里の奴らも敵意なんて向けないさ」

 

「ふ、目つき悪くして感じ悪そうに歩き回っている奴がよく言うよ」

 

「ぁあ? それが藤原くおりてぃーってやつだよ」

 

揚げ足をとるように笑う慧音先生に、彼女を睨みつける妹紅。

私はそんな二人を見て、いつぞや妹紅と別れなければ、私も自然にこの二人の中にもっと前からいれたのではないか、と思いながらもクスリと笑った。

慧音先生が言った妹紅の態度に笑ったのに対してもそうだが、その口ぶりからして妹紅でも受け入れられているようならば私でも大丈夫ではないだろうか、そんな気がして悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。

 

 

「私はーー、慧音先生の授業が受けてみたい、かな」

 

ポツリと、かつて幼い頃の、人間だった頃の自分を思い出しながらそう呟いた。

私のその呟きに慧音先生は首を縦に振り、いつでも来るといいと微笑みながら言う。

私の呟きの返しに、その笑みを浮かべる慧音先生を見て、私は思った。

 

どうやら私の考えすぎだったようだ、と。

私のその"答え"に自信はないが、なんとなくそう考えることができた。

 

 

 

 

 

※※※

 

「ふふ、なかなか楽しんでもらっているみたいで光栄だわ」

 

宴会中、私がさとりらと話している時に突然にその声は響いた。

 

妖艶とした金髪の女。

不気味な空間の裂け目から身を這い出し、怪しい笑みを浮かべながら、口元を紫色の扇子で隠して話す"それ"は私が数百年ぶりの大事な人らとの会談に横槍をさすように現れた。

そいつは、私がこの世で一番油断の出来ない相手で、嫌いな奴だ。

 

「……八雲、紫」

 

「はーい、雪。さっきぶりね」

 

私は睨みつけるようにそいつを見るが、八雲 紫はその視線を無視するように、お気楽に私に手を振った。

 

そんなお気楽に話しかける彼女を見て、私は顔を歪めたが、私のそんな様子を気になったのかさとりが声をかけてきた。

 

「……本当に貴女は八雲 紫が嫌いなんですね」

 

「嫌いもなにも……、こいつには何度……」

 

「別にいいじゃない。貴女は可愛いからからかい甲斐があるもの」

 

「き、きさまぁ……」

 

カラカラと笑いながら八雲 紫はそう言った。

 

私はそんな調子の彼女を見てイラつき、過去のことを思い出す。

斬乂といい雰囲気になった時にこいつは空気を読まずに現れるし、人の情事は盗み見るし、小娘と呼び私を馬鹿にしてくるし、しまいには私が一人でいる時に暇さえあればでてきて私をからかいに来る奴だ。

 

それらの行いで何度、私がこいつに殺意を抱いたことか……

 

「……しょうもないことばかりですね」

 

さとりはそんな私の心を読み呆れを見せる。

確かに私も大したことではないとは思うが、毎日毎日とちょっかいをかけられるとこっちはたまったもんじゃない。

一時はありとあらゆることが不信になって、視線を感じたら八雲 紫かも、と思う日々が続いていたりしていたのだ。

 

「ま、昔のことだからいいじゃない」

 

「……お前の場合は今昔関係なく私につきまとうだろう」

 

「もちろん、貴女をからかうのは私の生き甲斐の一つですもの」

 

私の批判に八雲 紫は笑顔を浮かべながら答える。

そんな彼女を見て私はイラつくが、彼女は話題を変えるようにそうそう、と言いながら口を開いた。

 

「今あなたに会いに来たのは他でもないわ、あなたに会わせたい人がいるの」

 

「会わせたい人っーー!?」

 

八雲 紫の言葉に私は耳を傾けようとすると、急に足元の感覚がなくなり、妙な浮遊感を感じた。

 

 

そして、景色は一転。

先程までいた賑やかしい神社の境内ではなく、私の視界には薄暗い森が写り込む。

空から雪が降り続けていることは変わらないが、私は視界の変化に驚きつつも声を上げた。

 

「八雲 紫っ!! どういうつもりだ!?」

 

「そう怒鳴らないでくれないかしら?」

 

私の叫びに答えるように八雲 紫は宙に浮くスキマの中から現れた。

おそらくは八雲 紫がスキマを使って神社からこの森に移動させられたのだと私は勘繰るが、その行動の意図がわからない。

 

だから私はその意図を説明してくれるであろう八雲 紫に視線を向けたが……。

 

「貴女、鬼神とはお逢いになられたの?」

 

「……は?」

 

思いもしない言葉に、私は呆れを見せた。

そして八雲 紫がそんな呆ける私を見て、首を傾げた。

 

「私の言葉、聞こえなかったかしら?」

 

「い、いや聞こえてる。まだ会ってはない」

 

「……そう、まだなのね」

 

八雲 紫は私の返答に少し苦々しい顔を浮かべはするも、すぐに表情を変えた。

そして、悪戯っぽく口を開けた。

 

「別の女に乗り換えられてないといいわね」

 

「ふん、もししてたらぶん殴ってやるさ」

 

「……その様子だと、鬼神とは寄りを戻すみたいね」

 

「なんだよ、もしかして私を封印した事を気にしてんのか?」

 

私の答えに安堵の様子を見せた八雲 紫に、私はなんとなくそう尋ねた。

しかし、八雲 紫は一瞬息をつまらせるような態度をとるも、なにもなかったかの様に話し出した。

 

「まあ、どっち道に貴女たち二人は再会したとしても昔の様にずっと一緒にいるということは難しいけどね」

 

私は八雲 紫の言葉をつまらせる様子を見て、もしかしてこいつは私の事をめちゃくちゃ気にかけてんじゃね、と思うも八雲 紫の言葉に答えた。

 

「別にいいさ、ずっと会えないわけじゃないんだろ?」

 

「そうねー、ぶっちゃけ今の鬼神の仕事といえば下っ端の鬼どもを纏めてるだけだし、地底の鬼どもを今まで通り纏めながら幻想郷のパワーバランスを崩さない程度になら地上にいてもいいんじゃないかしら?」

 

「それって……」

 

その言い方だと、斬乂が役割さえこなし地上で大人しくしていれば地上にいてもいいという風に聞こえるのだが、つまりはそういうことなのだろうか。

もしそうなら……、と私は期待に笑みを浮かべた、がーー。

 

「ま、鬼神がお姫様に飽きてなければの話だけれど」

 

「……さっきもそんなこと言ってたけど、なに? なんかマジであいつが私から乗り換えた様に聞こえるんだけど?」

 

「……まあ、貴女がいない五百年間は欲求不満だったとは教えておくわ」

 

「なあ、本当に大丈夫なのかっ!? なんか、いろいろとその言葉には安心できないのだが!!」

 

今日の宴会も用事があって来れないと言っていたし、まじで別の女ができて今ごろ乳繰り合ってるとかないよね?

なんか物凄い不安になるんだけど。

 

「ふふ、なら安心なさい。鬼神は貴女"も"一応は忘れず愛してたから」

 

「え、ガチなの?」

 

「ーーさて、どうかしらね」

 

八雲 紫は不安そうな私に悪戯っぽく舌を出し、ケラケラと笑いながら答えた。

そんな様子に私はイラっとし、ぶん殴ってしまいそうだった。

 

しかし、八雲 紫はそうなる前に空中にスキマを作り出し、その中に入っていった。

そして別れの言葉を言うために私の方に振り返る。

 

「じゃ、私はもう行くわ」

 

「い、いや、ちょっと待てって! なんでお前は私をここに……」

 

連れてきたのか。

そう訪ねようとした時に、スキマは閉じられ八雲 紫は言葉通り消えてしまう。

そして釈然としない気持ちのまま私は取り残されてしまった。

 

「……なんだよ、あいつ」

 

私はなに一つここに連れてきて、なに一つ情報もなく置いていった八雲 紫に文句の言葉を呟いた。

しかし、このままこの場で突っ立っていても埒があかないので、とりあえずの現状確認で私は周りを見渡す。

 

足元の傾斜からすると私の今いる場はどこかの山で、その場から見える景色は木と降り積もる雪のみ。

そして私はさらに詳しく現場を知るために背中に黒い翼を生やし翼を広げ、宙に向かって飛び出した。

 

真夜中で見えるものは全くないが、一応は夜目が効くので少しの大雑把な景色くらいは見通せた。

それで遠くの方に今だに宴会中でどんちゃん騒ぎをする明かりのつけられた博麗神社がぼんやりと見え、その神社の位置から今の位置を逆算すると、自分の今いる場が"妖怪の山"ということがなんとなくでわかった。

 

なぜ私は博麗神社から妖怪の山に、と疑問を持ったが、私は八雲 紫が私をここに連れてくる時の前の言葉を思い出した。

 

私に会わせたい人がいる。

確かそう言っていた。

いや、確かにそう言っていた。

 

「……もしかして、会わせたい人って」

 

黒い翼を広げ宙に浮きながら私はポツリと呟き、八雲 紫の言葉の真意を考えた。

否、考えたというより自身の中ですでに結論はでていた。

 

そしてーー、それと同時に後ろに気配を感じた。

 

 

「ーーざん、っ!?」

 

その気配を感じて、私は後ろを振り向いた。

きっとその人物は、八雲 紫が会わせたい人といった人物で、私の愛しい"彼女"であると思っていた。

 

しかし……、その期待はいま私に相対する人物が、私の目の前にいることに打ち砕かれた。

その人物は腰に刀をぶら下げた黒髪の女性。

そして、特徴的なのはその背中の黒い羽。

 

その、女性は言った。

宙に飛ぶ雪と同じ様に黒い翼を広げ、呟く。

 

 

「久しぶりねーー、雪」

 

 

"魔王"が、そこにいた。

 



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努力

ーー夜鴉 黒羽は、努力の塊であった。

 

出生は天狗の里で、両親の身分は天狗社会でいう下っ端の下っ端。

そんな平天狗の家で産まれたのが彼女こと、夜鴉 黒羽である。

 

彼女自身は目立った才能も特になく、刀の腕も生まれながらに立つわけではなかった。

そして、生まれからしても決して期待された天狗ではない。

しかし、彼女はそれに胡座をかかなかった。

 

努力した。

【森羅を操る程度の能力】、それが黒羽の能力。

ありとあらゆる現象を操る能力。

響きはいいが、黒羽はその能力に依存しなかった。

ひたすら訓練に励み、ひたすら刀を振り続けた。

力だけでなく、知識を身につけようと刀を握らない時間はただただ机にかじりついた。

上司に媚び諂い、ひたすら頭を下げ、望んでもいない笑顔を浮かべた。

 

ーー辛かった。

どうしてこんなに自分は頑張っているのだろうか?

そう思わぬ日はなかった。

 

自分の実力であれば、大天狗まではとはいかないが少し強い程度である上司の天狗であればすぐに首を狩れた。

能力を使えば、大天狗が相手でも張り合える。

それくらいは、自分の実力を自負していた。

だが、自分は下っ端で、上に逆らう度胸も下克上をし上に立とうという闘争心もなかった。

 

ただ、自分は意味もなく努力を続ける。

三下の妖怪として生まれ、天狗社会に生まれ、その集団の"なにか"を守るために強くなる。

その"なにか"は秩序なのか天魔なのか、はたまた自分ら種族の矜持なのか……、よくわからないがそれらを保ち続けるために自分は努力をした。

 

なぜ?

それは自身の両親に言われたから。

 

なぜ?

それは天狗社会では当たり前のことだから。

 

なぜ?

いや、理由なんて……ないのだろう。

 

 

生まれた場所が悪かった。

天狗として生まれ、その社会に放り込まれた自分を憎むしかない。

 

努力は嫌いではなかった。

しかしその努力をする理由を知らない自分が嫌いだった。

なんの意思もなく意味もなく、ただがむしゃらに頑張る自分が気持ち悪くて仕方がない。

周りに流され頑張る自分が何者でもない事に、ただ嫌悪をする毎日を過ごしてきた。

 

自分は操り人形だ。

意味もなく生きる自分に、自分を表す言葉としてそれほど最適な言葉はなかった。

 

ーーが、そんな意味のない日々にその"鬼"は現れた。

 

 

 

「お嬢さん綺麗ですねぇ、お姉さんとすけべぇなことをしないですかぁ?」

 

人形であり続けた彼女の前に、一人の鬼が現れた。

赤髪の二本の捻れ角、ヘラヘラと笑い侵入者は決して許さない妖怪の山に、彼女は正面から訪れた。

そして、見回り中の私に向けそんな下卑た言葉を吐いた。

その鬼曰く、彼女が山に侵入した理由はくだらないものでしかなかった。

 

「最近、女の子にムラムラしてしょうがないんですけどー、たまたま迷い込んだ場所にこんな可愛い子がいたので運がよかったですねぇ」

 

迷子で、同性に発情する末期の変態。

黒羽にとって、その鬼への第一印象はそんなものであった。

そして、天狗社会の十八番である"規則"に従い、黒羽は彼女を捕らえようとした。

 

しかし、黒羽は鬼に挑み、負けた。

妖怪の山の規則で、それを守り侵入者を撃退しようとした。

だが、手も足も出ないどころか、一息つくと同時に瞬殺された。

 

そして敗者の屈辱か、その鬼に下卑た手で近寄られ、黒羽は犯されそうになった。

一応は能力を駆使し、その日は逃れることができたが、その次の日もその鬼は黒羽の目の前に現れ、こう言った。

 

 

「えーと……味見程度でいいので、ね!」

 

貞操を散らされそうになったことにトラウマを抱え引きこもっていた黒羽の家にわざわざと来て、下手に出ながら鬼は現れた。

なぜこの鬼はまたもや自分の目の前に。

なぜこの鬼は自分の家の中に。

そんな疑問を抱える黒羽は、その変態に目を向けていた。

そして、黒羽はパニックになりながらも侵入者を発見した時に鳴らす笛を、山中に聞こえるように鳴り響かせた。

 

これでこの変態も終わりだ。

応援がこれば如何に強いこいつも……、そう思っていた。

しかしーー、

 

「えへへー、とりあえずこれで当分は女の子に困りはしませんねぇ」

 

その鬼は、ヘラヘラと笑いながら倒れる哨戒天狗らを見下ろしていた。

応援に来た天狗は百人ほど。

追って駆けつけた大天狗が十数人。

それら全てを、その鬼はーー、"千樹 斬乂"はひれ伏させた。

 

そして、その日は戦利品というわけか、幾人かの打ち倒した女の哨戒天狗らを何処かにへと連れて行き消えていった。

黒羽はその時の戦闘は隠れやり過ごしていたので、その後の彼女らの行方はよくわからないが、のちに鬼に拉致され帰ってきた哨戒天狗らの彼女らは、泣きながら帰ってきた。

首に外れぬ首輪をされ、屈辱にまみれ帰ってきた。

 

そんな彼女らの様子を見て、黒羽は震えた。

もしかしたら自分もこうなって……、そう思うと震えが止まらなかった。

 

 

「あの天狗ちゃん達も美味でしたけどー、私的には貴女をもっと知りたいですよねー」

 

絶望した。

数日後に、その鬼は黒羽の前に現れた。

震えが止まらず、吐き気がした。

なぜ自分狙ったように付け回すのだろうか。

ただただそう思っていた。

 

返り討ちにしようとしても、その鬼の実力は黒羽は一度の戦闘のみで既に知っていた。

故に、勝てる見込みがない。

だが負けたら何をされるのか。

そう考えると恐怖で足が竦み、今にも逃げ出したくなった。

いな、逃げ出した。

全力で、後ろを振り向かずに己の全てを出して足早に駆け抜けた。

 

しかし、その次の日も次の日も次の日も次の日も……、その鬼は黒羽の前に現れた。

そして、それと同じ回数と逃げ続けた。

 

黒羽の精神は鬼からの幾度のストーキング行為に参ってしまい、なんどか諦めてその身を鬼に差しだそうかと迷った。

 

けど、それは出来ない。

それを為したら、自分の何かが終わる。

天狗の社会に屈し続ける操り人形が、次は変態のもとに下る人形になるなど、自分のプライドが許さなかった。

 

だから、戦った。

立ち塞がる鬼に、刀を抜き戦った。

負けたとしても、すぐに立ち上がり逃げ出した。

尻尾を巻き、逃げ続けながらも戦った。

次の日も次の日も次の日も次の日も……、戦い続け、逃げ続けた。

 

そして、それが何十年、何百年と過ぎる頃にはいつの間にか黒羽と鬼は……、斬乂は戦った後に酒を交わす仲となっていた。

 

いつしか斬乂は黒羽を見る目が性的なものから好敵手というものに変わっていた。

長年、努力を惜しまず、斬乂から身を守ろうと更に努力を続けた黒羽は、いつの日にか斬乂に認められていた。

 

友人の様な関係になった後も、斬乂のセクハラは止まらなかったが、黒羽は彼女に感謝していた。

 

意味のない努力に、意味を与えてくれた彼女に。

彼女に張り合うために、努力の意味を教えてくれた彼女に。

努力の意味を与えてくれた彼女に、黒羽は感謝した。

 

 

そしていつ頃か、黒羽は彼女に惹かれていた。

自分の実力が天狗社会に認められ、その頃には数百という鬼を束ね恐れられているも、その鬼の大将と仲の良かった事で抑止力となるだろうと判断された彼女は、天狗の長ーー、天魔にへと選ばれた。

そんな時くらいからか、彼女に惹かれていた。

 

理由は、なんだったのだろうか。

強かった。

優しかった。

それもあったが、特に理由があるわけでなかった。

きっかけがあると言えば、酔った勢いで肌を重ねあったことか、天魔となり上を目指すことがなくなったからか誰かとの婚約を意識することになったことか。

両方か、あるいはどちらでもないかもしれないが、黒羽は斬乂を少し意識していた。

 

 

「黒羽ちゃーん、人肌寂しくないですかー?」

 

「……別に」

 

ーー嘘だ。

彼女に、抱かれたかった。

 

 

「うへへ、黒羽ちゃんの髪は綺麗ですねー」

 

「……そんなことないわよ」

 

ーー嬉しかった。

彼女に、もっと自分を見て欲しかった。

 

 

「黒羽ちゃんは真面目ですねー。仕事なんてサボって私と遊びましょうよー」

 

「……邪魔しないで」

 

ーーそうしたかった。

天魔の役割なんて放棄して、彼女と一緒に居たかった。

 

 

「毎日鍛錬なんかして、黒羽ちゃんは努力家ですねー」

 

「……違う」

 

ーー貴女がいるから、私は頑張れたのだ。

貴女と張り合えるために、横に並べる様にただ……

 

 

 

「斬乂が、好き……」

 

 

 

いつの日か、その恋は疑問から確実にへと変わっていた。

が、素直になれず、または女同士という抵抗が邪魔をして、彼女に想いを伝えられなかった。

彼女に流され、身を委ねるのもいいと思った。

しかし、身を委ねてしまったら、酒の勢いでしてしまった過去を思い出し、あんなことをもう一度されたら、自分は完全に堕ちてしまう。

そう思い、彼女の前では自分を偽り続けた。

 

 

だが、彼女はそんな黒羽の思いに気づかずに別の女を抱き続けた。

自分の部下を、よその野良妖怪を引っ掛け回した。

黒羽のストレスは溜まるばかりであった。

そして止めには、自分の部下を殺し周り、自分の管理する山に無断に足を踏み入れた野良妖怪に、彼女は出会った。

 

部下が殺され、自分の天魔としての格を落とした女。

その妖怪が、自分の好きであった人を誘惑し、惚れさせ、終いには逃げ出した。

気づいた時には、自分の好きである彼女が、その何処の馬の骨であるかわからないその女に目を奪われてしまっていた。

 

ムカついた。

黒羽は怒鳴り上げた。

表向きは、山へ侵入し部下を殺した事に落とし前をつけていないと斬乂に叫んだ。

しかし、本当は自分の好きな人を寝取ったあの女の息の根を止めて起きたかった。

 

だが、時既に遅し。

斬乂は完全に彼女に夢中であった。

今まで様々な女に手当たり次第に手を出していたが、その妖怪に惚れてからは全くと言っていいほど、そういうことはしなくなっていた。

 

酔った勢いという体でその妖怪が去った後に、自分に視線を向けさせようと、恥じらいを捨てて何度か肌を重ねたが、昔に一度経験した激しさは全くなく、完全に上の空という感じで、自分に向けられた愛は全く感じなかった。

 

そして、いつの間にかあの女妖怪は、斬乂の元に戻ってきており、あろうことか長年好きであり続けていた自分を差し置き、結婚する事になっていた。

 

「黒羽ちゃん……、私が責任を取るので雪ニャンが起こした不祥事を許してくれませんか?」

 

悲しい顔で、好きであった彼女にそう言われた。

 

怒る気にも、ならなかった。

完全に負けた。

長いこと一緒で好きであり続けた自分は、好きな人を完璧に取られていた。

 

だから、黒羽は諦めた。

諦めて、別の人を好きになろうとした。

無理やりにでもいいから、誰かを好きになろうとした。

そして、早々に婚約し子供でも産んでやろうと思った。

でないと耐えられない。

目の前で接吻を交わし、様々な惚気をかまされるのが苦痛でしかなかった。

 

二人で歩く彼女らを見て、本当はそこに自分がいるはずだったと思った。

二人が肌を重ねているところを目撃すると、本当は自分がそこに居たはずだったと思った。

二人の惚気を聞くだけで、なぜその話題の中心が自分と彼女ではないのかと思った。

 

敗因は、自分が素直になれきれなかった。

それだけであった。

 

最初は彼女の存在を疎ましく思い、彼女に抱かれる事を考えると嫌悪しか起きなかった。

しかしいつしか彼女を意識し始め、恋をした。

のに、彼女は別の女を好きになり、気づいたら婚約していた。

 

 

 

「……もう……どうでもいい」

 

 

 

 

夜鴉 黒羽は努力を止めた。

好きであった彼女の隣は既に埋まり、いつの日にか勝負を挑まれることがなくなり、いつの間にか自分は見向きもされなくなっていた。

 

天魔ではあり続けた。

義務だから、最後まで天魔の役割を全うしなければならなかったから。

 

まるで、あの頃の自分のようだ。

下っ端であり、規則に縛られ義務的な努力を繰り返す操り人形であった、あの頃の自分みたいだ。

 

もう、頑張る理由も意味もない。

"好きな人"はすでに"好きであった人"になり、努力する理由もなくなった。

夜鴉 黒羽は【千樹 斬乂】に、ただ努力を認めてほしかった。

それだけに努力を続け、努力する意味を見出した。

なのに、"あの女"に全てを、"愛した彼女"を奪われた。

だからーー、

 

 

 

夜鴉 黒羽は、【白鷺 雪】が嫌いである。

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「ーー私は、あなたが嫌いよ」

 

漆黒の夜を背景に振り落ちる白い雪の中で、目の前に現れた黒羽が第一声に、私に向けてそう言った。

 

暗くて黒羽の顔はよく見えないが、声色からして穏やかではないことがわかる。

そしてその第一声からも自分が心良く思われていないことは確かであった。

 

当たり前だろう。

私が彼女にした事を考えれば。

 

私が地上に追放された時、地底に無理やりに戻ろうとしてそれを防ぐ為に立ち塞がったのは黒羽であった。

そしてそれを無理やり突破して、黒羽を傷だらけにしたのは、私であった。

私は彼女の言葉に耳を貸すことなく、一方的にボロボロにしたのだ。

 

ーー嫌われて、当然である。

 

そう思った矢先、黒羽は私の考えを読んだように言った。

 

「言っておくけど、私は五百年前の事を気にしてあんたを嫌ってるわけじゃないわよ」

 

その黒羽の言葉に私は息を飲む。

そして、ポツリと呟いた。

 

「……じゃあ、なんで」

 

「最初から、私はあんたが嫌いだった」

 

それだけの話よ、と鼻で笑う黒羽。

そして、翼を羽ばたかせ私に近づいてきて言葉を続けた。

 

「さらに言うなら最初に出会った時、あの時に私を殺そうとしたからでもなく、部下を殺し回ったから嫌いというわけではないわよ。それらは一応は恨んではいるけど、嫌いな理由ではないわ」

 

「……でも結局は嫌いなのだろう」

 

「ええ、私はあなたが嫌いよ。だから、言わせてもらうわ」

 

五百年前、彼女は私に向けて友達だからと言ってくれた。

私もイザコザはあったものの黒羽とは友達だと思っていた。

けど、やはり私が妖怪の山で起こした事件や五百年前のことを含め、黒羽は私の事を恨んでしかいなかったのだろう。

やはり、私と黒羽は出会いが最悪で、それ故に仲良くはなれはしなかったのだろう。

 

私はそう思いながら、彼女の口から吐かれるであろう罵倒に、耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー私は、斬乂が好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………………は?」

 

突然の告白に、私は呆然とした。

いつの間にか暗い夜中でも互いの表情を確認できるまで近づいていた黒羽から見て、今の私の顔はすごい阿呆な顔をしているだろう。

しかし、私から言わせてもらえば、今の黒羽の顔も中々にアホらしく、顔を少し赤くしながら私を見つめていた。

 

「私はあんたは嫌いだけど、斬乂のことは好きよ」

 

繰り返す黒羽に私は、何故そんな事をいま言うのかと尋ねたくなったが、顔を赤面させるも真面目な表情をする黒羽には言おうにも言えなかった。

 

「あ、ああ……そうか。まあ、斬乂とお前は昔からの付き合いだし……」

 

「私の言う好きは友達じゃないわよ?私は、斬乂とはあんたみたいな在り方でありたかった。女同士でもいいから、結婚して、キスして、エロいことして、イチャイチャしたかった」

 

場に似合わぬ台詞に私は言葉を失う。

そんな固まる私を気にせず、黒羽は口を開いた。

 

「だけどーー、私が素直になれなくていつの間にかあんたに斬乂を盗られてたわね」

 

「……黒羽」

 

「嫌いなあなたに!! 私は好きなあいつを盗られた!!」

 

黒羽は急に叫んだ。

目に涙を浮かべ、私を睨みつけながら叫ぶ。

そんな黒羽を見て、私はどんな言葉を吐けばいいのかわからなかった。

 

「私は、毎日毎日あんたらの惚気る姿を見て正気じゃいられなかった! だから、何度も斬乂の事を忘れようとしたかったけど、できなかった!! だってーー」

 

 

ーー好きだから

 

 

知らなかった。

私は、こんなに斬乂の為に叫ぶほど黒羽が斬乂を好きなことに。

それなのに私は過去に黒羽に向けて、無意識に斬乂との生活が楽しいと自慢していた。

彼女の前で普通に斬乂と唇を交わしてもいた。

なのに、私は……。

 

「私は、斬乂が好きよ!!」

 

「……」

 

「だから、私はあんたを許す!!」

 

「……え」

 

私は彼女になんと言おうか、そう悩んでいる時に黒羽は突拍子もない事を言った。

 

何を許すのか。

何を許されるのか。

何故、許されるのか。

色々とわからないことが多いが、なんで、黒羽はそんなことを言い出したのだろうか。

 

困惑する私を気にすることなく、黒羽は言葉を続けた。

 

「あんたが最初に私を殺しかけた時のも、五百年前に暴れ回ったのも斬乂の顔を立てて許してやるわ!」

 

「いや、意味が……」

 

「あんたは嫌いだけど、斬乂の事は好きだから許すって言ってるのよ!」

 

「なんだよそれ……意味わからないよ……」

 

目に涙を浮かべながら、黒羽は私にビシリと指を向けてそう言う。

私はそんな黒羽を前にし、その彼女の言葉に困惑した。

理屈がなく、意味不明な言葉に私は頭を抱えた。

私が黒羽にした事はその程度で許されるものではない。

もっと責められておかしくないのに、そんなに簡単に許されては、私の気が済まない。

 

「馬鹿じゃないのか……。私はお前を傷つけまくっているんだぞ。恨んでるんだろ、私がお前と出会った時に殺しかけたことも部下を殺したのも、五百年前にお前を傷つけたことも……斬乂をとったことも」

 

「ええ、本当なら今ここであんたを殺したいくらいだわ」

 

「なら……」

 

「でもっ、あんたが居なくなったら斬乂が悲しむ!!」

 

黒羽の言葉に、私は口を噤んだ。

そして、黙って斬乂の言葉を聞き続ける。

 

「いつもヘラヘラしているあいつが、あんたが地上に追い出された時はあいつは泣きながら私を頼ってきたわ! だから私は、もうあいつの悲しむ顔を見たくない! あいつは、あんたの事を愛してるの! だから、だからーー」

 

「……」

 

「私は、あんたを許す!!」

 

黒羽はもう一度、そう言った。

そして、黒羽は指をさした。

 

「この先に斬乂がいるから行きなさい。これ以上、斬乂を悲しませるような真似をするなら、私はあんたを許さない!!」

 

その黒羽が指差す先はおそらく、"あそこ"であろう。

私と斬乂の思い出が詰まったあの場所。

そこに、斬乂がーー。

 

「……黒羽、私はーー」

 

「黙りなさいっ、そしてとっとと行け!! 次に斬乂に悲しい思いをさせるなら私があいつを寝取るわよ!!」

 

「……昔の事は、本当にすまなか……」

 

「そう言うのいいから早く行きなさい!!」

 

うじうじする私が気にくわないのか、私の背中を叩き促してくる。

彼女の顔にはいつの間にか涙は見えず、昔通りの凛とした顔が私の目に映りこむ。

 

私はそんな黒羽の顔を見て、クスリと笑ってしまった。

どうやら、彼女は今は私に謝罪をさせてくれる様子はなさそうだ。

後日もう一度、今度は斬乂と一緒に会いに行こう。

そして、たくさん責められた後に、謝らして貰おう。

 

私はそう思いながら小さく頷いた。

 

 

「ーーありがとう、黒羽」

 

私は一言そう呟き、黒羽が示した方向に向け飛び出した。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「……なにが、ありがとよ」

 

飛んでいく雪の後ろ姿を見守りながら、ポツリと黒羽は呟いた。

 

黒羽は雪の今の様子を見てなんとなく大丈夫だと思った。

昔なら、斬乂以外のことはどうでもいいと泣き叫んで、自分の言葉に耳を傾けることはなかったであろう。

しかし、あれだけ責められ、寝取る宣言をされたのに平然とお礼を言えるとなれば、彼女は少しは変われたのだろう。

今なら、自分の好きであった人に会わせても、なんの問題はない。

それを確認できただけでも、八雲 紫に頼んで二人っきりにさせて貰った甲斐があるものだ。

まあ、ついでに斬乂の下に導く役割を押し付けられたのは癪だが。

 

黒羽はそう考えながらクスリと鼻で笑った。

 

「ふん、私も馬鹿ね」

 

わざわざ未練たらしく、斬乂が好きだというなんて。

もうとっくの昔に、彼女の事は諦めているというのに。

 

「……あぁ、早くいい相手探さないとなー」

 

黒羽はそう呟いた。

そして同時に昔の仕返しにと雪の事を殴り忘れてたなー、と思いながら頭をかいた。

 

 

嫌いだけど、【白鷺 雪】を少しは好きになろう。

そうすれば、少しは【千樹 斬乂】を諦められる。

 

 

あの二人は悔しいけど、お似合いだから。

好きな人が幸せそうなら、それでいいじゃないか。

【夜鴉 黒羽】は、そう思いながら白い雪の降る中で、白い息を吐いたのであった。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

私は飛ぶ。

飛んで飛んで、飛んでいく。

いち早く彼女の下に行くために。

彼女に、斬乂に会いに行くために。

 

黒羽は言った。

この先にいる、と。

八雲 紫は言った。

会わせたい人がいる、と。

 

その会わせたい人が黒羽なのか、斬乂だったのかは知らないが、黒羽の言葉から斬乂が地上にいる事は確かなのだろう。

 

場所はおそらく、"あそこ"である。

黒羽には方角しか言われてないが、なんとなく私にはわかった。

なんとなくそれはわかった。

だからーー、

 

 

 

「ーーやあ、また会ったね。"ミコトちゃん"」

 

 

 

暗い空に浮かぶ狐面の少女が、私の前に立ち塞がる。

どうやら私の闘いはまだ終わっていないようだ。

 

私はそう思いながら、スペルカードを構えた。



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二人

「いやいや、そう身構えないでくれない哉」

 

狐面を被る少女。

そいつが仮面の下でケタケタと笑いながら私にそう言い放った。

その狐の足場は板状の鏡が浮いており、それを足場にして狐は私に対するように宙に浮いている。

 

私はというと、本名がわからぬその狐に向け鋭い目を向けた。

 

「……なんの用だ」

 

「別にただ話に来ただけ、だよ」

 

狐はそう言うと頭の後ろに手を回し、つけている狐の仮面の紐をほどく動作をした。

そして、紐が解けると仮面を取り、その狐は……いや"少女"が今まで決して私には見せなかった素顔を見せた。

 

私は、その狐の素顔を見て、目を瞠目させた。

見覚えのある顔に、私は目を見開き震えた声でその名を呼んだ。

 

「……あ、"茜"?」

 

「違うよ、"私"は"白鷺 茜"じゃない」

 

狐はクスリと笑いながら首を横に振った。

 

そんなはずはない。

と、私は言おうとしたがよく見ると、顔の面影が私の知っている彼女とは過ごし違う気がした。

既に千年近く経っているから、茜の顔は鮮明に覚えているわけではないが、確かに目の前にいる狐は、私の愛した"白鷺 茜"に似ており、だけどなんとなくだが彼女ではないという事はわかった。

というか茜は既に死んだのだ。

生きているはずがない。

 

「そう、白鷺 茜はすでに死んでいる」

 

「……お前も、心が読めるのだったな」

 

「覚妖怪と違って、"見える"のは心だけじゃないけどね」

 

普通の少女のように笑う狐に、私の今までの彼女への印象に違和感を持つ。

私の思う狐の仮面の下は、いつもニヤニヤと笑っており、八雲 紫よりも胡散臭いイメージがあった。

しかし、実際にその仮面の下はというと顔が茜に似ており、普通の少女のように笑う拍子抜けな顔であった。

 

「でも、"私"の素顔を見て白鷺 茜と間違えるなんてさぁ……」

 

「……なんだよ」

 

「いやあ、"ミコトちゃん"の彼女への愛はその程度だったんだね」

 

訂正。

顔は普通でも私の中でのこの狐のイメージは最悪である。

まあ、確かに斬乂に乗り換えてる時点で、こいつの言う事は正しいのかもしれないが。

 

「"ミコトちゃん"は酷いなー。こんな可愛い子に向かって性格ブスだなんて」

 

「そこまでは言ってない。てか仮面とったら性格めっちゃ変わったな……」

 

「こっちの話し方が素かなー。あの"哉"とか"僕"って言う話し方はミステリアスぽくって可愛いでしょ?」

 

「……ただの痛いやつか」

 

「そういうこと言っちゃうんだー。"ミコトちゃん"だって男勝りな話し方する癖に」

 

「私のはこれが素だ、それとその"ミコトちゃん"って言うのやめてくれないか?」

 

頬を膨らませながら拗ねる様子を見せる狐に向けて、私はそう言う。

その名前はすでに捨てたものだし、さらに言うならばそれは【桜井 命】という前世の名前だ。

今の私は【白鷺 雪】であり、その【桜井 命】でも"ミコトちゃん"でもない。

なんて呼ぶかはかってだが、その呼ばれ方はなんか今の私を否定されているみたいで気にくわないのだ。

 

「……うん、私は【白鷺 雪】を否定してるの」

 

またもや私の心を読む狐。

ぎこちない笑顔で彼女は私にそう言い放ち、私は耳を傾けた。

 

「……なに?」

 

「私、【白鷺 雪】なんて消えちまえって思ってるの」

 

私の心を再度読み、気にくわない言葉を吐く狐。

そんな狐の言葉を聞き睨みつける私に答えるよう、狐は言葉を続けた。

 

「だから私はアナタに嫌がらせをし続けたの。アナタの家である寺に妖怪を差し向けたのも、白鷺 茜やアナタを殺させたのも、半世紀くらい荒んだアナタを見続けたまま放置したのも、嘘の情報を教え妖怪を殺しまくらせたのも、またもや今回の異変でアナタを誑かせたのも、全部、全部、ぜーんぶアナタが気にくわないから」

 

「……おい、私の家に妖怪を"仕向けた"って」

 

私の知らない情報に、私は眉をひそめる。

狐は私のその反応を見て、クスリと笑い答えた。

 

「うん、私。【白鷺 命】と【白鷺 茜】が気にくわないから殺そうとしたの」

 

私は、殴りかかりそうになった。

よくも私を、茜を殺したと殴りかかりそうになった。

信憑性はないが、こいつならやりかねないと思ってしまった。

だけど……、その理不尽な言葉を吐いた"そいつ"は残虐に笑うわけでなく、ただただ悲しそうにそこに立っていた。

その悲哀的な顔をする理由が私にはわからなかった。

だから、私は殴るのは後にして今は話してみることにする。

 

「ほんと、笑っちゃうよね。ちょーとつつけば直ぐにピーピー鳴く鳥みたいに私の手の上で踊ってさ……」

 

「なんで……、そんなことを?」

 

「言ったでしょ? 私はアナタが気に入らない」

 

「なぜ、私なんだ……」

 

「お前が、"あの人"に似ているからだよ……」

 

唇を噛み真意を聞き出そうとするも、"彼女"は悲しそうな顔で答える。

そして、その少女はため息をつき口を開いた。

 

「【白鷺 雪】、どうしても鬼神の下に行こうとするの?」

 

「……なんだよいきなり」

 

「私と、来ない?」

 

私が気にくわないといった少女が、矛盾めいた事を言う。

その誘いの言葉に私はどこか引っかかりながらも、すぐに首を横に振った。

 

しかし、そんな否定を見せる私の態度に少女は反論をする。

 

「……アナタが望むなら、私はなんでもするよ? 【白鷺 茜】に似てるなら彼女の代わりになってあげられるし、どんなけでも依存させてあげる。浮気性の鬼神と違って、私は一途にアナタを愛してあげられるよ?」

 

「……お前は、私が嫌いなんだろ?」

 

その言葉は、嫌いな奴に言える言葉でも、ましてや同じ女に言う言葉ではない。

まるでその告白の様な言葉を吐く、彼女に私はそう呟くが、彼女は首肯した。

 

「うん、私は【白鷺 雪】が嫌いだよ」

 

「なら……」

 

「でも……、もうどうでもいいや」

 

その放たれた諦めの言葉を吐く彼女は、どこか悲しそうな目をし、黒い雪雲を見上げながらそう呟いた。

 

「もう、私にはアナタを殺せる見込みがないの」

 

「私を殺す?」

 

どんなに殺されても、死んでも生き返る私を殺す。

そんなことは、目の前にいる彼女はすでに既知のことだろう。

 

そんな意味の不明な言葉を吐いた彼女に私は視線を向けていたが、彼女は首を横に振り訂正した。

 

「私の目的は【白鷺 雪】を精神的に殺すこと。そして、私に依存させてペットみたいに扱ってやろうと思ったんだけど……、先に取られちゃったからね」

 

「斬乂のことか?」

 

「うん、まんまと寝取られちゃったよ。【白鷺 茜】に続いて鬼神にまで寝取られるなんて、私も見る目がないなーって思っちゃったよ、はは……

 

自棄になって笑う。

絶望な表情を見せて笑う彼女を見て、私は意味がわからないでいた。

精神的に殺すと言いながら、私に好意を持っている様な表現をする彼女に、私はただ困惑するだけであった。

 

「あぁ……、あの貴族崩れとか鬼神が居なければ今頃は"ミコトちゃん"は私のものだったのに」

 

「お前は……結局、何がしたかったんだ」

 

「別に……ただ"現実"に戻りたかっただけ」

 

「……現実」

 

こいつは、少し前の私のことを言う。

斬乂と引き離され生きる事がどうでもよくなり、依存する対象がいなくなったから今度は前世の平穏な生活に縋り始めた私に、彼女は似ている。

 

「ねえ、白鷺 雪? もう一度言うけど、私と来なよ。そして"外の世界"で暮らそう。学校に行って、くだらない人生を送ろう」

 

「……」

 

「大丈夫、八雲 紫の能力を奪って人間になれなくても、妖怪のままで学校に通えるよう私がどうにかするから。だから、もう一度あの平穏な時間に……」

 

「……悪いな」

 

私に縋るように言い寄る彼女に、私は視線を逸らさず彼女に言う。

 

心苦しかった。

いかにこいつが、私の人生を狂わせていた敵であろうが、こんな風に目から"涙"を流しながら縋る彼女を突き放つ言葉を吐くのは。

 

「そんなこと……言わないでよ……。いいじゃん、鬼神のこと諦めて、天魔に譲っちゃえば。もう知ってるんでしょ……天魔の気持ちも……」

 

「聞いたよ」

 

「なら、鬼神は天魔に任せて私と来てよっ! 私を、もう"一人"にしないでよ!!」

 

私は、彼女がすでに何を言っているのかはわからない。

なぜ、こんなにも私に固執するのもわからない。

だけど、私に言えることは限られる。

 

あぁ、ごめんよ。

今の私にはこれしか言えない

それでも、私は……

 

 

「ーーどんなに言われても、私は斬乂と幸せになりたいんだ。だから、お前にはついていけない」

 

茜に似ているからか、彼女の涙は見たくないと思う。

本当なら、彼女の言葉に耳を傾け一緒について行ってあげたい。

いや、少し前の私ならついて行ってしまったかもしれない。

 

だけど、私は気づいたんだ。

 

「私は、【白鷺 雪】で、【千樹 斬乂】の嫁だ」

 

昔は、斬乂に引っ付き依存しっぱなしだった。

ぶっちゃけあの頃は、私は彼女に依存さえできていれば、愛なんてどうでもいいとさえ思っていた。

だけど、私の大事な人たちが教えてくれた。

斬乂に依存できなくなっても、捨てられても、私には別の"ナニカ"があるんだって。

 

だから、今度は斬乂だけでなく周りに目を向けて、それで、斬乂のとなりに寄り添いたい。

今までは一方通行だったけど、今度はちゃんと愛し合って、向き合って、彼女のとなりにいて胸を張って生きていきたい。

 

もう、"ナニカ"に依存するのはやめて、代わりにその"ナニカ"を手放さないように、守りながら生きていくんだ。

 

だからその一歩として、私は斬乂とやり直したい。

過去をなかった事にせず、それでいてもう一度、やり直したい。

 

【桜井 命】としてではなく、【白鷺 雪】として。

過去に、茜との関係をやり直したいと思った時とは違ってちゃんと自分で。

別の誰かに押し付けるのでなく、【白鷺 雪】としてやり直したい。

彼女のとなりで、イチからやり直したい。

 

 

「だからーー、私は斬乂のもとに行くんだ」

 

 

私の決意の言葉。

普段は仮面で隠していた素顔に涙を垂らしながら泣く彼女に向け、私はそう言い放った。

 

彼女は納得がいかないのか、鼻水をすすり口を開いた。

 

 

「……また、鬼神のもとに居たら嫌な思いをするかもよ?」

 

「そんときゃあ、なんとかするさ。今度は二人でさ」

 

 

 

「……知ってるでしょ? 鬼神は、アナタには下心しかないって」

 

「……まあ、今となっちゃ私も……えーと、下心がないとは言えないからね……」

 

 

 

「……淫乱変態股ゆるビッチ」

 

「はは……、めちゃくちゃ言うな。……まあ、否定はできないけど」

 

 

 

「……さんざん弄ばれた後に浮気されて、捨てられちゃえ」

 

「その場合は、私が首根っこひっぱってでもしがみついて、逃がしはしないさ」

 

 

 

「……変態」

 

「おい、今なに考えた!?」

 

 

 

「冗談だよ。捨てられたら、私が貰ってあげる」

 

「はん……、捨てられないように努力するさ」

 

 

 

「貰ってあげる、から」

 

「……ま、まあ、もしもの時は考えるさ」

 

 

 

「ふふ、なら絶対に寝取ってやる」

 

「え、なにを? 斬乂はやめてよ?」

 

 

 

「鬼神を寝取るとなると……、私の身体がもたないかな?」

 

「な、なら私を……?」

 

 

 

「うん、ペットにして飼ってあげる」

 

「そういうプレイは……斬乂で間に合ってるから……」

 

 

 

「ふふ、やっぱり変態さんだね」

 

「言い始めたのはお前だろ……」

 

 

 

「……ねぇ、"ミコトちゃん"」

 

「……雪だ」

 

 

 

「なら"ユキちゃん"、愛してる」

 

「……悪いな、もう私の隣は埋まってるんだ」

 

 

 

「知ってるよ。だから、これが最後」

 

「……ああ」

 

 

 

「"ミコトちゃん"、ずっと愛してた」

 

「…………」

 

 

 

「ーーだから、"ユキちゃん"。私と一緒にいてください」

 

 

その彼女の言葉に私は無言で首を振る。

そして、翼を広げ、私は彼女のもとに向かおうとした。

目の前にいる彼女ではなく、私の事を待っているであろう彼女のもとに……。

 

 

「"ユキちゃん"っ!!」

 

 

彼女の隣を過ぎ、背を向けたところで、その名前も知らない彼女に名前を呼ばれた。

【桜井 命】の名ではなく、【白鷺 雪】の名を。

 

 

「……"私"のこと、覚えてる?」

 

 

その意味のわからない問いに私は首を横に振った。

私は振り返らず、泣きながら聞かれた彼女の問いに答えた。

そして、その問いを答えてからは、彼女は黙りであった。

 

その問いの意味はわからなかったが、私は心の中で一言、すまないと言い前に進み出す。

 

私は、そんな彼女に口で一言もかけず、進みだした。

 

 

 

 

 

 

愛しの彼女のところへと……。

 

 

 

 

 

 

 



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終幕
その花は、咲いていた


月日は流れた。

私の封印が解かれ、私の起こした異変から早半年ほどが経ち、幻想郷ではいつの間にか初夏に見舞われていた。

ここ半年ほどで幻想郷に起こったことといえば、地底からなんかでっかい船が現れたとか、幻想郷になんかでっかい人影が現れたとかの騒ぎがあり、こんな事が今の幻想郷では起こるのだなー、と呆れる毎日であった私である。

 

まあ、私とは言えば特に変わり……はないとはいえないが、不幸なく暮らせていた。

いえ……、とっても幸せです。

 

 

「なにニヤニヤ笑ってんのよ?」

 

私が一人ナレーション? している中、私の目の前に太々しく座り、暑いからか机に項垂れる黒髪の女性が話しかけてきた。

 

「……いや、幸せだなーって」

 

「はん、でしょーね。毎日、しっぽりときめこんでしょうねー。いやだわー」

 

「おっさん臭いぞ、黒羽」

 

黒髪の女性、夜鴉 黒羽がかったるそうに口を開き、私にジト目を向けてきた。

 

今、私は妖怪の山の頂上にある黒羽の仕事場兼自宅にお邪魔してもらっており、世間話という体で会いに来ているのである。

が、来て早々、私の幸せそうな笑みを見て気にくわないのか鼻で笑い嫌味を吐くように口を開いた。

 

「いいわねえ、あんたは。めんどい仕事も押し付けられず家庭に入ってのんびり専業主婦……。私もなりたいわあ」

 

「……うん、黒羽も早く見つけるといい」

 

嫌味たっぷりに言ってくる黒羽に対し、私は左の薬指にはめられた銀色に光る"指輪"に触れながらそう言った。

 

 

半年前……。

私は、あの狐の仮面をかぶった少女と別れてから、彼女の……斬乂のもとに向かった。

彼女の待っていた場所は、五百年前に私と斬乂がまだ地上で暮らしていた時の家。

そして、私が斬乂にプロポーズされた思い出の詰まった場所。

 

そこで、私は斬乂と五百年ぶりに再会した。

 

屋敷の前で、降り積もる雪にまみれながら、斬乂は私のことを待ってくれていた。

最初はなんて話をはじめようか戸惑った。

愛してる、大好き、積もり積もった言葉はあった。

 

だけど、私は最初に謝った。

ごめんと言って、頭を下げた。

 

いきなり謝られて、斬乂は驚いていたが、私の頭を優しく撫でてくれて、抱きしめてくれた。

そして、その後に今でも私の指にハマっている……、指輪をはめてくれた。

なんでもすぐに地上に来れなかったのは地底で、ずっとこの指輪を探していたかららしい。

 

斬乂曰く、私が五百年封印されている間は、私が斬乂に愛想を尽かし何処かに行ってしまったと勘違いしていたらしい。

私は八雲 紫がなんと私がいなくなった事を説明したのだろうかと呆れてはいたが、彼女は私が地上にいると聞きつけて急いでその指輪を見繕ってきたとか。

それで、私を抱きしめてーー、

 

『もう一度、私とやり直してはくれませんか?』

 

その指輪を渡して、私にそう言った。

 

傑作だった。

思わず私は笑ってしまった。

捨てられたと五百年前にわめいていた自分に笑え、愛想を尽かされたと勘違いしていた斬乂に笑った。

 

笑って笑って笑って……、涙を流しながら私は斬乂のその言葉に頷いた。

 

そして、私は泣きながら差し出された指輪を受け取り、少し会話を交わした後、少しいい雰囲気になって、その気になった斬乂に、私と斬乂が昔住んでいた屋敷の中に連れられ……まあ、そのあとは……想像に任せる……、すごかったとは言っておくが。

 

で、それからの半年間はずっと斬乂と一緒である……とは言えない。

いや、毎日は一緒にいれる、制限付きでだが。

 

その制限とは一日の半分、日が出ているうちは斬乂は地底にいなければいけない、これが八雲 紫が私に出した条件である。

以外にもまともな条件で私はびっくりしたのは過去の話だ。

他にも、妖怪の山から出てはいけないなどの制限もあるが、私は斬乂とは毎日顔をあわせる事ができる。

なので私と斬乂は今は妖怪の山の、昔住んでいた屋敷にそのまま住んでいる事になる。

 

まあ、条件により昼間は斬乂が鬼神としての仕事で地底に戻ってしまうが、夕方には帰ってきてくれるし、ちゃんと私の作った夕飯も食べてくれる。

あとは……まあ、夜はイロイロと相手をしてもらえるので文句はない。

問題があるとすれば、日の出前に斬乂が家を出て地底に行ってしまうので、見送りのために早起きなのが大変。

 

ま、斬乂が仕事に行っている間は主婦業に勤しんだり、こうして暇潰しに黒羽などの知り合いのところに出向いたりしている。

 

 

 

「けっ、嫌味ね」

 

嫌味なく言ったつもりだが、どうやら黒羽には嫌味に聞こえたらしい。

まあ確かに黒羽曰く、昔は斬乂が好きで、私が斬乂を寝取ったようなことも言っていたので嫌味に聞こえるかもしれないが……。

 

「ま、まあ……もしもの場合は、斬乂を分けてやってもいいけど……」

 

「はぁん、余裕ね」

 

「お、お前になら少しぐらい斬乂を取られてもいいと思ってるんだよ……」

 

私の好意を鼻で笑う黒羽。

というか、今の言葉は斬乂の二股を許可しているのではと言い終わってから気づくが、きっと斬乂なら私も愛してくれるから大丈夫だと変な信用をしながら私は自己解釈をする。

 

「そ、それに……責任取ってもらうって言ってもらったから……大丈夫……」

 

「ふーん、責任ね。オメデタでもしたの?」

 

ケラケラと笑いながら冗談半分に言う黒羽に、私は自分のお腹をさすりながら顔を染め……頷いた。

 

 

 

 

「…………………………………………………はあ?」

 

 

 

 

黒羽は一瞬遅れて、声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東方屍姫伝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終幕

〜その花は、咲いていた〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

「う、うるさいぞ二人とも……」

 

場所は変わり人里のとある甘味屋。

外に置かれたベンチに座りながら、私の両端に座る妹紅と慧音先生が驚愕の声を上げる中、私は顔を少し染め、肩をすぼめ、先ほど訪れた黒羽と同じような反応をする二人に恥ずかしさを見せながらも呟いた。

 

もちろん、二人の驚く内容は私が今でもさするこのお腹にいる彼か彼女かわからない、"小さな命"にだ。

つまり……、私は今……。

 

「ちょ、お、お前っ!! そ、それってそのお前の腹ん中に……」

 

羅列のまともでない妹紅の言葉に私は首肯した。

 

「うん、私の"子"だ。永琳さんが三ヶ月だって……」

 

「あ、相手はだれだ!?」

 

私の呟きに、慧音先生が私の肩を揺さぶり、私がさするお腹を見つめる。

その、お腹の中にいるであろう"子"に目を向けながら、慧音先生は目を回しながら叫んでいた。

 

私は慌てる慧音先生をなだめながらも、その質問に答えた。

 

「もちろん……斬乂に決まっているだろ?」

 

「い、いや雪!? それ以前にどうやってガキを!!」

 

「も、妹紅……それはその……太くてたくましい斬乂をこう……私に……」

 

「顔を紅らめながらキモいこと言うな!? 私が聞いてんのは女同士でどうやっててってことだよ!!」

 

顔を赤くし、斬乂との夜の営みを思い出しながら答えようとすると、妹紅は私の頭を思いっきり叩く。

そして、質問の意図を理解した私はさらに顔を紅くしてうつむいて答えた。

 

「……永琳さんに、女同士でもできるお薬を……」

 

恥ずかしいからこの先は言えなかった。

"アレ"が生える薬を妹紅経由で知り合った薬師の永琳さんにちょっとイロイロと話したついでに何錠か貰ったので斬乂に盛ったとは決して口に出せる内容ではなかった。

ちなみに最初に服用させた後も斬乂に服用させる機会が多いからか消費が激しいので、ちょくちょくと追加をもらいに行っていることも内緒だ。

 

「はぁあ!? お前さっき三ヶ月って言ったよな!! 私がお前を永遠亭に連れてったのも……」

 

「毎日してれば……嫌でもできる……」

 

「……慧音、ダチの性事情を聞かされるってこんなキモい気分なんだな」

 

「……言ってやるな」

 

キモい気分とは失礼な。

そして慧音先生も妹紅の意見に同意するような反応はするなよ。

別に好きな人の子供を孕めることは幸せだろなことだろう?

それにそういう行為も愛を確かめ合うものにもなるし、別に気持ち悪いものではないではないか。

 

「はあ……お前から色んな惚気は聞いていたが、まさかガキが出来たとは……」

 

「ゆ、雪! ちゃんと認知はされているのだろうな!?」

 

「うん……責任取ってくれるって」

 

まあ、出来た当初は斬乂も顔真っ青で、私自身もマジで出来るのか永琳さんパネェ……とは思っていたし、出来てしまって堕ろしましょうなんて事を斬乂に言われたら私とて離婚を考えたものだ。

だけど、ちゃんと責任は取るって言ってくれたし……

 

「それに……、あと千人は産んでもらうつもりって……斬乂はりきっちゃって……」

 

「それだとお前は年中妊婦だぞ?」

 

「いや、妹紅よ。つっこむとこはそこじゃないぞ?」

 

「わ、私も……その分エッチできなくなるから控えようって言ったけど……産んだらその分頑張るって言って……私も、頑張ってみようかと……。だから、今は禁欲中で……」

 

「雪!? 足をそんな風に揺するな! 人里だぞここは!?」

 

「大丈夫……家までは我慢できる……」

 

「禁欲はどうなった!?」

 

一人でするのはまだセーフ。

私はそう思いながら、妹紅と慧音先生にお別れを言ったあと、妖怪の山の方に帰って行った。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「で、雪さん。今から果たしてどこに行くんですか?」

 

私が妖怪の山の山道を歩く中、後ろの方からさとりの声が聞こえた。

 

人里から帰り、私が妖怪の山にある自宅に戻り、イロイロと発散しようと寝室に向かったらそこには先客でさとりがいて、なんか勝手に人の布団のでグースカと寝ていたので私は唖然とした。

確かこいつも地底では権力者の一人で決して暇ではないはずなのにどうして……、と私は人ん家で眠る幼女の事を思いながら仕方なく、と厠に行ってスッキリした後にさとりを起こしてやった。

まあ、さとりには私が直前まで隠れてやっていた行為はバレバレだったのが赤面ものだったが、さとりになら仕方がないと変に納得する私がいた。

で、終わったら良かったが……、無理やり起こされたのが気に触れたのか、散々いじられて私は涙目でした、はい……。

 

と、私は数分前の事を思い出しながら山道を歩き、さとりの質問に答えた。

 

「……べつに、ただの墓参りだ」

 

「へえ、誰の?」

 

「……心を読んで分かってるくせに」

 

皮肉であろうさとりの言葉にため息を吐きつつも、私は目的に到着し、ここだとさとりに呟いた。

 

そこは今まで通ってきた草木が生い茂る場所とは違い、随分と開けた場所で、ちょうど幻想郷全体を見渡せるような山崖の様なところである。

そして、その幻想郷を見渡せるような場所に、ポツリと小さな墓石が置かれており、そこには『白鷺 茜』と書かれている。

 

そう。

ここはかつて私が婚約していて、幼馴染であった彼女の……茜の眠る墓である。

 

「ふーん、これが雪さんの元サヤの……」

 

「……元サヤ言うな」

 

さとりの言葉に私は呆れながらも、私は持ってきた花束と線香を置き、茜に向かって手を添えた。

 

かつて、私が茜を生き返らせようと残しておいた死体。

いつぞや斬乂の事を愛してから燃やした彼女の亡骸。

そして……ここ最近までずっと私の『影ノ中』に収納していた茜の灰。

 

私はその茜の灰を、ようやくどこか落ち着いた場所に埋葬することができたのは半年前の話。

斬乂に目ばかりがいって、すっかり彼女の事を忘れており、周りに目を向けるようになってからようやく彼女の亡骸を思い出し、ここに埋めた。

 

慧音先生にも何度か手を合わせに来てもらっていて、私以外にも彼女の事を覚えている人がいて、確かに茜は昔に生きていたことが実感できた。

 

斬乂に手を合わしてもらったときや、私のお腹に赤ちゃんがいるという報告をした時は、茜を裏切った気持ちにはなるが、笑って許してくれたら、良好だと常日頃から思っている。

 

「雪さんは……アナタの元サヤは今では、鬼に孕まされて毎日幸せそうにアヘッているので心配ないです」

 

「人聞きの悪いこと言うな……」

 

私と同じように拝みながらとんでもない事を言うさとりの頭を叩いて、私はその場を立つ。

 

一通りすることが終わったので帰るぞ、さとりにそう言って立ち去ろうとした時に、その茜の墓の隅にポツンと咲く一つの花が目に入る。

 

 

ーーそれは赤い花で、今は初夏のはずなのにひどく季節外れに咲いていた。

一つ、寂しく咲くその赤い花は、沈んでいく太陽の日に当たり、綺麗な"茜色"に染まっていた。

 

 

 

その花の花言葉はーー、"思うはあなた一人"。

 

 

 

何かを言うように。

その茜色の花は、咲いていた。

一つ寂しく、咲いていたーー。

 

 

 

「……愛してたよ、"茜"」

 

 

 

かつて誓ったその花に、私は一言呟いた。

 

 

 

「……また、来るから」

 

 

 

その咲いた花を背に、私は歩き出した。

愛しい、彼女のところへと……。




東方屍姫伝ー完ー


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絶章
始まりは、そんなもの


ーー始まりは、なんだったのだろうか?

 

私が"平凡"であった事?

いや、今はもう"普通"ではない。

 

私が"彼女"を愛した事?

いや、今はもうそんな事はどうでもいい。

 

私がこんな"能力"を手に入れてしまった事?

いや、そんなものがなくてもこの憎しみは無くならない。

 

 

 

 

 

ーーなら、私が"死"んだ事から全ては始まったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私こと【柳 飛鳥】が死んだ時から、物語は始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この絶望の始まりは、そんなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ!! 哀れな少女よ!! 迷える子猫ちゃんよ!!」

 

目が醒めると、私は白い空間にいた。

そこでは、狐の面を被るヘンテコな人物と、私しかいなかった。

 

「……あれ、私はーー」

 

「テンプレな反応ありがとうございまーす」

 

「アナタは……?」

 

「どうも、神様です!!」

 

その中性的な声で、戯けた声で話す彼か彼女かわからない人物は、自身を神だと名乗っていた。

 

頭がおかしいのでは、そう思えたが、私を囲う世界が真っ白で何もない事に、自分の頭のおかしさを疑った。

 

そう。

さっきまでは、学校の帰り道であった。

明日から夏休みで、幼馴染でちょっぴり女の子として意識していた"彼女"と並んで帰る道。

そこで私は……。

 

「そう!! トラックに轢かれ事故にあった!! 可哀想に!! あのまま順調に行けば、愛した彼女に愛され、抱かれ、永遠を誓えたのかもしれないのに!!」

 

そうだあの時、後ろから何かが来て……。

そこから自分の意識がなくなった事を思い出す。

 

そして、私は先ほどまでいた"彼女"の心配をした。

 

「そうだ!? ミコトちゃんは!! ミコトちゃんはどこ!?」

 

「あぁ、運命とは残酷なり……、どうやら迷い込んだのはアナタだけの様だ」

 

「何意味のわからない事を言ってるの!! ミコトちゃんは、ミコトちゃんはどこなの!!」

 

いや、実際に私は"彼女"の心配などしていなかったのだろう。

自分が死んだ、そのことから目をそらす為に、目の前にいる狐の面を被ったふざけた道化になんでもいいから叫び散らしたかっただけなのだった。

 

しかし、そんな焦る私を前に、その"道化"は淡々と言葉を返した。

 

 

「それがーー、アナタの"願い"、哉?」

 

 

私は口を噤んだ。

意味のわからないその言葉。

 

だが、私を見るその狐の面を被ったその"道化"は続けて口を開いた。

 

「君がここに迷い込んだのも、一つの運命だ。私が、君の"願い"を、"一つ"だけ、叶えてみせよう」

 

願い。

そんな事はどうでもよかった。

いきなり死んだと言われ、自身にも死ぬ時の記憶があり、恐怖で内側が冷静ではいられなかった。

 

だからーー、

 

「助けてよぉ……ミコトちゃん……」

 

私の、幼い時から好きであった人物の名に縋る。

弱気な自分をいっつも引っ張ってくれて、誰よりも男らしく自分を守ってくれた"彼女"の名を呼んだ。

 

私の呟きに、その"道化"は笑った。

 

 

 

「良い哉、良い哉!! それが君の"願い"だね!!」

 

 

 

「けど、悪いね!! 私では既に死んだ人の命に干渉するのは難しい!!」

 

 

 

「だから!! 私の世界にいる君に、干渉しよう!!」

 

 

 

「見つけ給え!! その"目"で愛しの君を探して見せよ!!」

 

 

 

「そして今日からそれが君の生き甲斐で!! 生きる使命で!! 君の生きるための"願い"だ!!」

 

 

 

「さあ!! 見せて見ろ!! 魅せて魅せよ!! 私のこの"退屈"を、満たして観せろ!!」

 

 

 

 

その"道化"は私の頭に触れ、"ナニカ"を与えた。

そして、私の意識はなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めようか、哀れな少女の道化劇をーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれが始まりであった

 



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愛から、憎しみへと

次に目が覚めたのは、見知らぬ森であった。

 

あの白い空間で、見知らぬ狐の"道化"に頭を触れられたのが自分にとってまだ新しい記憶。

なのに、いつの間にかこんな整備もされていない、荒れ果てた森の中に、私はいた。

 

「やぁ……次はなんなのぉ……」

 

意味のわからない状態が続き、私はその場にうずくまった。

怖くて怖くて怖くて、うずくまる。

ミノムシの様にうずくまり、私は丸まった。

着ていた制服のスカートが汚れるも、気にせず私は地べたに座り込んだ。

 

最初はパニックが続き、その場にうずくまるだけであった。

しかし、次第に落ち着きを取り戻し、自分が死んだこと、先ほどの白い空間での出来事を自分の中で整理した。

が、なぜ自分は死んだはずなのに、あの空間はなんだったのだろうか、あのハイテンションな道化は何者だったのだろうか……次々と、謎は深まるばかりであった。

 

そして、また気分が沈む。

 

時々、森の中を歩き続けるが何もなく、出口も見当たらなく、また気が沈む。

けど、おかしな事に気付いた。

 

空の色が変わっていっても、いつになっても自分のお腹は空かなかった。

喉も乾かず、空腹もなく、空色は変わり、いつの間にか夜になっても私は睡眠を必要としなくなっていた。

 

それが、私が気づいた自身の最初の異変。

これに気がついたのがこのよくわからない場所に来てから約一週間後のことであった。

 

飢える心配はないから安心した、がそれでも場面は変わらず自分は迷子のまま。

森の中をひたすら彷徨い、現状のよくわからない中で私はただ一人呻くだけ。

 

「ミコトちゃん……助けてよぉ……」

 

私は身体的には何故か劣化はなかったが、精神は衰弱しきっており、いつの間にかひたすら好きな"彼女"の名前を呼び続けていた。

 

そんなある時、一本の赤い糸が【見えた】。

 

「……これは」

 

空中でウネウネと動くその赤い糸。

精神の限界でついに幻覚を見始めたかと思ったが、その赤い糸は森の奥まで続いており、私を何処かへ導く様に、その糸は伸びていた。

 

私は、無言でその糸に触れ、伸びる先へと歩き出した。

 

歩いて歩いて歩いて……いつの間にか森を抜けていた。

 

それでも私は歩き続けた。

歩いて歩いて、何度も日は変わるも歩き続ける。

不自然と疲れない身体を駆使し、その糸をたどって歩き続けた。

 

そして歩き続けた先に、私は"彼女"を見つけた。

がーー、

 

 

「雪ちゃん雪ちゃん!! 帰ったら何する? お風呂? ご飯? それともわ、た、し?」

 

「はは、お腹が減ったからご飯かな」

 

「むー、新婚さんなんだからそこは私って言ってよおー!」

 

「わかってるよ、茜は夜にゆっくりと、ね?」

 

「も、もう! 雪ちゃんのえっち!!」

 

 

 

三白眼で自慢の黒髪、だけど胸は平均以下で男勝りの話し方。

まさしく"彼女"で、私の愛した"彼女"。

 

そんな"彼女"の隣には、私に似た面影のある女。

そいつが胸からぶら下がる駄肉を押し付けながら、自分の探していた"彼女"と二人っきりで森の中を歩き、あろう事か愛しの"彼女"が私に似ている"それ"の額にキスをしていた。

 

私は、呆然とその場に突っ立った。

そして、ゆっくりとその二人の後を追う。

 

追った後に見つけたのは、ボロい寺。

その中には十人以上の小さな子供がおり、その子供らと仲睦まじく夕飯の支度をし出す二人。

 

そしてーー、夜になり幼い子らが寝静まったところで二人は裸となり……。

 

 

「……あ……あぁ……」

 

 

重なる二人。

悦なる声。

淫かな音。

 

 

「……ち、違う……あんなの……ミコトちゃん、じゃ……」

 

 

 

聞きなれた声。

だけど呼ぶ名は【飛鳥】ではなく【茜】。

 

 

 

「……やだ……こんなの、違う……なにかの……」

 

 

 

耳を塞ぐ。

だけど、目には絡み合う二人が。

 

 

 

 

「見たくない……こんなの!! 【見たくない】っ!!」

 

 

 

 

私は、走り出した。

涙を流し、再び森の中へとーー。

 

 

それが、最初の絶望であった。

 

 

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

気づいたら、森の奥にいた。

最初にいたのとは別の森だろうが、また私は森の奥に戻ってきていた。

 

走る事に気が済み、私はその場に止まる。

走って乱れた息を整える間もなく私は口を押さえ、その場にうずくまりながら嘔吐した。

自分の見たものを忘れる様に、なにも食べておらず出てくるはずがないのに、ゲーゲーと吐き続ける。

 

そしてーー泣きながらその場にうずくまった。

見たものを思い出しながら、その場にうずくまった。

 

好きであった人が、よくわからない場所で、よくわからない女と肌を重ねていた。

それが、気持ち悪くて、嫌悪感があって、悪寒があって、……憎悪が芽生えた。

 

自分が、こんなに寂しい思いをしていたのに、愛した"彼女"は……。

 

 

「うぅ……お母さん、お父さん……」

 

 

次に縋ったのは、両親であった。

今頃は青森のおばあちゃんの家にいるであろう……、いや自分が死んだから今頃は葬式か……。

 

「はは……、なら私は幽霊なの、かな」

 

今頃、死んだはずの自分がこうして生きているのかを疑問に思った。

そして納得する。

だからどんなに走っても疲れないし、お腹も減らないし、喉も乾かないのかと。

 

「……はは、惨めだなー。わたしって……」

 

死んだ後も、未練がましく思い出したのは"彼女"で、自分が死んだことよりも"彼女"の名を一番に叫び、寝取られた様な場面に出くわしてようやく現状を理解するなど、自分はなんて愚かなのだろうか。

 

「……もう、どうでもいいや」

 

もう眠ろう。

眠気もないのに、そう思った矢先、声が聞こえた。

 

 

 

「くすん……くすん……寂しいよぉ……」

 

そんな声が、聞こえた。

かすかに聞こえた声を頼りに、私は立ち上がり歩き出した。

全てがどうでもいいとは思ったが、私はその自分と同じ様なことを呟くその少女の声が気になった。

 

その声の主は思ったより近くにおり、私の位置の草木を挟んだ向こうにその少女はいた。

その少女は、綺麗な空色の髪をしており、幼げな少女であった。

 

そして、ひどく"透明"であった。

その少女の反対側にある木が少女の身体を通して、透き通って見えるほど少女は透明であった。

 

私は、唾を飲み込んだ。

そして、この出会いこそが私に眠っていた"能力"の気づくきっかけであった。

 

 

 

 

これがーー、私の愛から憎しみへと変わった復讐の物語のキッカケであった。

 

 



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そして憎悪は薄れ、愛が芽生える

【見て見せる程度の能力】

 

それが、私があのふざけた狐面の"道化"に与えられたであろうもので、それの存在に気づいたのは空髪の幽霊幼女と出会った時であった。

 

この【見て見せる程度の能力】とは、名の通り、【見る】能力だ。

 

私が【見た】あの赤い糸しかり。

私が【見つけた】幼い幽霊、"憑"しかり。

私は、【見る】ことに対して、不思議な力を得た。

 

おそらく、あの自称神様の贈り物だとは思っていた。

あれ以来会えていないから定かではないが、おそらくはそうであろう。

 

いろいろ試してみた。

遠くのものが【見える】千里眼のようなものが使えた。

【見た】ものの知りたい情報がなんとなくわかった。

他人の心を【見る】事もできた。

または他の人の目に別のものが見えるように、【見せてみる】事もできた。

明日の天気を予想するなどちょっとした未来も【見る】事もできた。

この目に写ったありとあらゆるものが私には、【見えた】。

 

それ故にわかった。

ここが、私の暮らしていた遥か千年以上前の日本であったことに。

そして、そこで私が愛しの"彼女"に似ていた【白鷺 雪】という人物が、私の探していた"彼女"とは別人で、私と同じく過去に飛んできたとか転生したとかではなく、全く毛ほども関係ない人物であったことを、私はこの【見て見せる程度の能力】で【見て】理解した。

 

「はは……、なにが君の願いを叶えてあげようだ」

 

私はその事実がわかった途端に、笑った。

すべてを【見て】理解した。

私はただこの【見る】能力を植え付けられただけで、あのよくわからない"道化"に捨てられたのだと。

私の能力は実際に目で【見】ないとわからないので神の存在は不確かだが、実際にこの目で私は愛しの"彼女"を探したりしてもどこにも【見】当たらず、関係がある人物といえば"彼女"に似た【白鷺 雪】にしか心当たりがなかった。

 

「……結局は私は騙されたんだ」

 

"あんなもの"を【見】せられて、その反応を面白がられたに違いない。

全くいい趣味だ……。

 

 

「ーーなわけで、すむわけないじゃん!!」

 

なら……なら私はどうしてこの"場所"に来た。

こんな見知らぬ人が多い時代に、連れてこられた。

 

私が、どういう思いで愛しの"彼女"を想っていたか。

私が、どういう思いであの最低な"光景"を見ていたことか。

 

私が、如何に【桜井 命】を想っていたか、あの"道化"は理解していない。

 

「……憎い」

 

なにがって?

それは全てが。

世界が、神が、愛しの"彼女"に似る【白鷺 雪】が憎い。

 

私を馬鹿にしたように用意した"偽物"を。

自称神である狐面の"道化"が用意した、【白鷺 雪】が気にくわない。

 

「……無茶苦茶にしてやる」

 

そして私のこの"恋"を滅茶苦茶にしたように、私も台無しにしてやる。

【白鷺 雪】の恋心を、人生を、自尊心を、愛情を、尊厳を、権利を、感情を、想像を、夢を、幻想を、自立心を、人権を、生活を、平穏を、家庭を、全てを……私が壊してやる。

それで【白鷺 雪】の心を徹底的に壊した後に、私の人形として飼ってやる。

私の愛した"彼女"に似たその容姿を思う存分、可愛がって、可愛殺してやる。

 

それまでは、私は愛しの"彼女"である【桜井 命】に似た、【白鷺 雪】に酷いことをする。

心を鬼にして、悪魔にして、"狐"のように騙し続けてやる。

 

「……【見てろ】、道化師」

 

お前を楽しませてやる。

思い通り、楽しませてやる。

 

だからーー、

 

 

「【桜井 命】を手に入れて、"僕"はお前を嘲笑ってやる!!」

 

 

それまでは、【柳 飛鳥】におやすみなさいだ。

 

 

 

 

ーーそれが、"僕"の絶望への抗いであった。

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

ーー最初は、【白鷺 雪】を洗脳した。

 

いや、洗脳というより夢を【見せた】。

木から落ち、頭を打ち気絶して意識が朦朧としていた【白鷺 雪】に、偽りの記憶を見せた。

 

それは私の知る限りの【桜井 命】の記憶で、夢の終わりには私の覚えているトラックに轢かれ死んだ記憶を植え込んでおいた。

そして、目覚めた時は自身が転生した【桜井 命】という人格であると勘違いをし、【白鷺 茜】の事を忘れていたのは傑作であった。

まあ、それをさせたのは私であるが。

 

そして、その後すぐに【白鷺 茜】を殺しに、私が能力で視線誘導させて連れてきた野良妖怪に、殺させた。

【白鷺 雪】が【白鷺 茜】を殺された未練により、妖怪化する事は、私の【見て見せる程度の能力】の一つである未来を【見る】力でわかっていた。

この時、私の思い描いたように、物事が上手く進んだことに笑いが止まらなかった。

 

 

ーーーー

 

 

その後も、思い通りに【白鷺 雪】は【白鷺 茜】の仇にと妖怪を殺しまくろうとしていたが、逆に返り討ちにあい殺されていた、それも想定通り。

 

おかげで【白鷺 雪】の精神はどんどんと擦り切れていく。

 

 

ーーーー

 

 

半世紀経った頃に私はかつて出会った幽霊幼女の憑に死んだはずの【白鷺 茜】に取り憑かせ、生きているように動くそれを【白鷺 雪】に見せてやった。

その時が私と【白鷺 雪】の初めての会合であり、【白鷺 雪】にとって騙された最低の記憶。

 

この時、すでに彼女の心は壊れており、私が救いの手を伸ばし、彼女を私に依存させても良かったのだが、まだ心の底に【白鷺 茜】の記憶が巣食っていたのが【見て】わかった。

それが気にくわない。

だから、私はもっとこいつの心を壊すために、嘘の情報を教えた。

 

妖怪を壊しまくれば、【白鷺 茜】は生き返る、と。

 

 

ーーーー

 

 

その後も想定通り。

思ったように【白鷺 雪】の心は壊れていった。

 

【魂を狩り盗る程度の能力】

その能力のせいで彼女はどんどんと心を壊していく。

自分の殺した妖怪の魂に……怨霊に取り憑かれ、自身が狂っていく。

まさに自業自得。

昔より一層と【白鷺 茜】に依存していたが、壊れれば壊れるほど扱いやすくなるのでその辺は放置。

 

もう、【白鷺 雪】の思うそれは愛ではなく、依存。

滑稽であった。

 

私はというとしばらくは、放置で大丈夫であろうから、今後のために仲間を集めようとしていた。

 

 

ーーーー

 

 

ここで想定外のことが起こった。

【白鷺 雪】が別の女に恋をした。

予定外で、想定外だった。

自分の能力は完璧にすべてを予知できるわけではない事は知っていたが、こんなところで綻びが出るとは思わなかった。

 

が、それは依存の対象が【白鷺 茜】から【千樹 斬乂】に変わっただけ。

それも女遊びの激しいことで有名な奴が相手だ。

さんざん遊ばれ捨てられちまえ。

そしてその後に私が拾って甘やかしてやるよ、と余裕をこきながらその場は【見て見ぬ】振りをする。

 

 

ーーーー

 

【白鷺 雪】に友人ができた。

名は【藤原 妹紅】。

 

こいつのせいで【白鷺 雪】の壊れた心が少しずつ安定していってしまっていた。

由々しき事態。

このままいけば【白鷺 雪】が過去の事を忘れ、自分は一人ではないと前を向いて生きるかもしれない。

それだけは許せない。

 

私は、【白鷺 雪】という人格を殺さなければ。

でなければ私は何のために生きて……。

 

 

ーーーー

 

 

【白鷺 雪】が、【千樹 斬乂】と婚約した。

そんな幸せは許せない、そう思えたが滑稽な事に【白鷺 雪】は友情より愛を取るため【藤原 妹紅】と道を違えた。

そのおかげで【白鷺 雪】はますますと【千樹 斬乂】へと依存心を高めていった。

 

彼女が居ないと自分は生きていけない、【白鷺 雪】はそう思う様になっていた。

このままいけばますますと彼女は壊れていく。

 

私の予言で言えば、このままいくと……二百年後が楽しみだ。

 

 

ーーーー

 

 

【白鷺 雪】が暴走した。

依存して依存し尽くして、離れ離れとなった【千樹 斬乂】のもとへ戻ろうと、彼女は正気ではなくなった。

そして、封印された。

 

ザマァみろ。

このままいけばお前の人生無茶苦茶だ。

いや、すでに無茶苦茶である。

あとは私が彼女の封印を解き、私に依存させれば良い。

もう私しかいないと、依存させれば良い。

 

それまでは、しばらくは放置だ。

 

 

ーーーー

 

 

私は、【白鷺 雪】が封印されている日々を退屈に過ごしながらも考えていた。

 

この"世界"の時はどうやら私がいた"世界"と歴史が似ているらしい。

いや、もしかしたら本当は過去の世界に飛ばされただけなのかもしれない。

妖怪とかそんなものはいなかったが、私が気づいていなかっただけで、私の身近にいたのかもしれない。

そして、そのまま行けば私の元いた時代に戻るかも……。

まあ、そんなことはどうでもいいか。

 

それよりも、【白鷺 雪】の封印が解けたらどうしようか。

おそらく妖怪であるから自分は不幸になる、と自身を否定しだすと【見て】いるし、私がかつて【見せた】偽りの夢のせいで自分を【桜井 命】であると思い、【千樹 斬乂】と離れたことにより依存するものがいなくなり、今度は"それ"に依存するように現実逃避をしだすだろう。

そして、その後は昔の様に人間のような暮らしに戻りたいと思う【白鷺 雪】を、私は【見た】。

 

なら、私は……。

悪くないか。

そういう、未来も、"現実"も……。

 

かつて、平和に暮らしていた自分。

今では、変な憎しみを持ち、すでになにを憎んでいたかも忘れたが、そういう未来も、悪くない。

 

ーーそういう、夢のような"現実"も……悪くない。

 

 

ーーーー

 

 

【白鷺 雪】の封印が解けた。

今こそ私の人生の集大成。

 

そしてもう少しで【桜井 命】と平和に暮らせる。

もう少しで、"ミコトちゃん"に……

 

 

ーーーー

 

 

……いつから、だろう

 

 

ーーーー

 

 

ワタシが、変わってしまったのは

 

 

ーーーー

 

 

愛していたのに、憎しみに変わってしまったのは

 

 

ーーーー

 

 

憎んでいたのに、憎む相手を忘れたのは

 

 

ーーーー

 

 

ワタシはダレを憎んでいたんだっけ?

 

 

ーーーー

 

 

なんでワタシは、【白鷺 雪】を【桜井 命】と勘違いを

 

 

ーーーー

 

 

そしてなぜワタシは、【桜井 命】と"現実"に戻りたいと

 

 

ーーーー

 

 

…………………?

 

 

ーーーー

 

 

……ああそうか

 

 

ーーーー

 

 

ワタシが欲しかったのは

 

 

ーーーー

 

 

あの"道化"に"願った"ことは

 

 

ーーーー

 

 

ただ、【桜井 命】と

 

 

ーーーー

 

 

"ミコトちゃん"と

 

 

ーーーー

 

 

夢のような"現実"に戻って

 

 

ーーーー

 

 

昔の様に、ただ……

 

 

ーーーー

 

 

 

"二人"で、一緒に過ごしたかっただけなんだ

 

 

 

ーーーー

 

 

それがーー、【柳 飛鳥】の"願った"ことなんだった

 

 

ーーーー

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ……、また来たのかい?」

 

うずくまる私の背後に二つの人影が見えた。

その影は二つとも自分よりかは小さいが、地べたにうずくまる自分よりは背丈が大きかった。

 

その二人が、私を心配そうに見つめながら言葉をかけてきた。

 

「お姐さまぁ……、いつまでこんなところにいるんですかぁ……」

 

『くさる』

 

弱々しく呟いた憑と、スケッチブックに文字を書き言葉を伝えてきた鏡が、背後から私の正面に回り込みそう言ってきた。

しかし、私は"いつも通り"二人を無視する。

 

私の今いるところは名前も知らぬ森の中。

幻想郷の何処かの森、というのは確かだ。

 

そして、私はその森の中で一人うずくまる。

 

昔の様に。

今度は狐の面で素顔を隠して、森の中でうずくまる。

 

 

なにもかも失敗した。

あれからどれだけの月日が経ったのだろうか。

【白鷺 雪】が【千樹 斬乂】を選び、彼女のところへと向かったあの日から……。

 

「いや……失敗することは、【白鷺 雪】の封印が解けたときからわかっていた」

 

そのころはすでに失敗が【見えて】おり、どんな手を使って避けようとしても、結局は失敗に繋がっていた。

所詮は、私は【見る】ことにしか能がないのだ。

【見える】だけで、運命に抗う事もできない。

 

結局は、私はあの狐の"道化"の思い通り、私自身も"道化"であったのだろう。

 

「……死にたい」

 

初めて、そんなことを思った。

今までは【白鷺 雪】の事で頭が一杯で、それが生き甲斐であったが、それが潰えたとなると……私はどうやって生きていけば……。

 

 

「し、死なれたら困りますぅ」

 

『しなないで』

 

ただの呟きに、真剣な反応で答える二人。

私はそんな二人を一瞬見るも、すぐに下を向く。

そしてまた"彼女"の事を考える。

 

今頃、【白鷺 雪】はなにをしているだろうか。

【見れ】ばすぐにわかることだが、【見る】事が怖くて仕方がない。

 

もし私の目に映り込むのが【千樹 斬乂】との幸せな光景ならば。

そう思うと、【見る】に【見れなかった】。

 

もし私の目に映り込むのが【千樹 斬乂】との情事の光景ならば。

そんなのが映り込めば、私はさらに死にたくなる。

あの【白鷺 茜】との行為が再び頭に過ぎり、自分の頭をカチ割りたくなる。

 

もし私の目に映り込むのが【白鷺 雪】の幸せの表情なら……。

私のしてきた事は、すべて無駄であったということである。

 

「……"僕"は、何のために生きているんだ」

 

死にたい。

どんどんとその感情が強くなる。

 

ああ、これこそが絶望か。

【白鷺 雪】の味わった、絶望か。

 

笑えてくる。

これは、【白鷺 雪】の人生を無茶苦茶にした私への、罰なのかもしれな……。

 

 

「私はぁ、お姐さまに生きていてもらって良かったとおもってますう!!」

 

 

気の沈む私の耳に、その声は聞こえた。

気弱だけど元気のいい憑が、目に涙を浮かべながらそんな事を叫んでいた。

 

「わた……しも……、アナタに……いきて……ほし、い」

 

普段、全く話さず筆談で交わす鏡が、顔を真っ赤にし恥ずかしがりながらも文字でではなく、ぎこちなく口を開いて自分の思いを伝えた。

 

そんな二人の言葉に、私は顔を上げた。

顔を上げて、二人の顔を見た。

 

 

「私がこうして一人じゃないのもぉ、お姐さまのおかげですぅ」

 

「わたしも一人じゃ……ないのは……アナタの、おかげ、です」

 

「だから、死ぬなんて……」

 

「いわない、で」

 

涙を流しながら私に抱きつく二人。

私は、そんな感情的になる二人を【見て】、目を【見】開く。

その二人の心を【見て】、本心を【見て】その言葉に偽りがないことが伝わる。

そして、如何に二人が私の事を大事にしているのが【見え】、愛されているのが【見て】わかる。

 

そんな純粋な二人にかける言葉は、一つしかなかった。

 

 

「……もう、お前らは自由だ」

 

 

刃さんはすでに私にお別れを言い、何処かに行ってしまった。

おそらく、また誰かを殺す為に何処かに行ったのであろう。

だけど、この二人は今もまだこうして私のところに……。

 

 

「私の居場所は、お姐さまのとなりですぅ!!」

 

「アナタと……いっしょが、いい……」

 

知ってるよ。

【見て】、知ってる。

 

憑は私を本当の姉として見ていることも。

鏡が私の事を女として意識していることも。

 

ーー私は、愛されていると【見て】知っている。

 

なら、私はどうする?

このまま二人に流され、家族ごっこを続け、恋人ごっこでも始めるか。

違う、私の望んだのは【白鷺 雪】と、"ミコトちゃん"との日々で……。

 

 

「もう、やめましょう……、お姐さまぁ」

 

「……なにをだい?」

 

馬鹿が。

引き返したところで、私にはそれしかないのに。

 

 

「アナタが、ひどいことをするのは……にあわない」

 

「……お前が、"僕"のなにを知っている」

 

阿呆め。

私の憎しみは、愛への裏切りへの復讐は終わらない。

 

 

 

その為に、私はお前らを利用してきたのだ。

ヘラヘラと私についてくるお前らを、利用したのだ。

 

 

 

 

「私はぁ、お姐さまの笑顔が見たいです」

 

「なら、【見れ】ばいいだろう?」

 

"ミコトちゃん"が手に入れば、いつでも笑ってやる。

 

 

「わたしは……アナタと、しあわせになりたい」

 

「なら、【見て】ろ」

 

"ミコトちゃん"と幸せになるところを、わたしの隣で。

 

 

 

 

その為ならば私は鬼にだって、悪魔にだって、"狐"にだってなれるんだ。

他人を蹴落として、私は幸せになる道を選べるのだ。

 

 

 

 

「お姐さまにとってぇ、わたしとはどういう存在ですかぁ……」

 

「ただの、道具だよ」

 

憑はただの【白鷺 茜】の死骸を操るためのカードだ。

 

 

「わたしは……アナタのなんですか……」

 

「ただの、駒だよ」

 

鏡はただの【白鷺 雪】を欺くためのカードだ。

 

 

 

 

そう。

私は鬼で、悪魔で、"狐"だ。

こんな純粋な二人だって平気で騙せるんだ。

 

 

 

 

 

「なら、お姐さまはなんで私を……」

 

「たまたま君がそこに居たから、話しかけただけだよ」

 

一人で寂しかったから、私は憑をそばに置いた。

 

 

「わたしは……なんで……」

 

「別に、理由なんてないよ……」

 

昔のうずくまる自分に似ていたから、鏡に手を差し伸べた。

 

 

 

 

あれ?

違う、そんな理由じゃない。

そんな理由で二人を助けたのではない。

もしそうなら私はいい人で、鬼でも、悪魔でも、"狐"でもなくなって、ひどい人ではなくなってしまう。

 

 

 

 

 

「わたしはぁ、お姐さまに愛されてますかぁ……?」

 

「わからない……」

 

なにもわからない。

 

 

「わたしは……アナタに、あいされて……ますか?」

 

「わからない……」

 

もう、なにもわからない。

 

 

 

 

疲れた。

もう、なにも【見た】くない。

 

 

 

 

「なら、今からでもいいので私を……」

 

「あいして……ください……」

 

……なぜ。

なぜそんなことが言える。

駒だ道具だと言われ、そんなことがまだ言える。

 

 

 

 

「"僕"はクズだ」

 

 

 

 

平気で、"一人の少女"の人生を無茶苦茶にしたのだ。

裁かれて当然だ。

罰せられるべきだ。

死んでもいい人間だ。

 

 

 

 

「……知ってますぅ」

 

「けど、アナタは……わたしたちをひとりにしないでくれた」

 

「だからぁーー」

 

「……いいひと」

 

そんな……わけ……。

そう言おうとした時に、二人が私の頭に結びつく狐面の紐を解き、その"狐"の面を取り私の素顔を露わにする。

邪魔な仮面がなくなり視界がクリアになった私は、二人の顔を"見た"。

 

能力ではなく自分の"目"で、はっきりと"見た"。

 

 

「……やり直しましょう、私達でぇ」

 

「まだ……まにあう、から」

 

なぜ、そんな希望を"見る"ように二人は笑うのだろうか。

 

 

「まずはぁ、【白鷺 雪】に謝りましょう」

 

「それから……、さんにんで、やりなおしましょう」

 

なぜ、そんなに私のことを真っ直ぐに"見れる"のか。

 

 

「なので、そこから……」

 

「はじめ、よう」

 

なぜ、私を信用するように"見ている"のか。

 

 

信じても、良いのだろうか?

この二人を。

哀れな私を、この二人は救ってくれるとでも……。

 

 

憑と鏡。

その二人は呆ける私を"見て"、二人で顔を合わせクスリと笑った後に、合わせるように口を開いた。

 

「とりあえず、お姐さまのぉ……」

 

「"なまえ"を……おしえてください……」

 

二人は、かつて捨てた私の"名"を聞いてきた。

この世界に来てから一度も呼ばれていないこの"名"を、この二人は純粋な言葉で聞いてきた。

そういえば誰にも教えてなかったな、と私は思い出した。

 

私は、二人のその笑顔を見て馬鹿馬鹿しいと、笑った。

そしてーー、

 

 

 

 

「ーー"私"の名前は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はどうすればいいのだろうか。

 

まだそれは決めてはいない。

だけど、とりあえずは目の前のものを"見て"から、決めていこう。

この二人と私の……"三人"で……。



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二部 "桜ノ命"編
カミガミノアソビ


ーー目は開かない。

私が盲目になったわけではない。

しかし、目を開こうと意識をしても見えるべき風景どころか自身の姿さえ己の目に映ることはない。

 

ーー口も開かない。

ここはどこ?

その言葉を唱えるどころか、呟こうと意識しても口が動く感覚がしない。

それどころか自身に不思議な浮遊感があり、己の身体の感覚すら感じない。

 

ーー私はなにを?

明日から夏休みだね……、そのような会話を昔馴染みの幼馴染としていたのは覚えている。

しかし、そこから先を思い出せない。

 

ーー身体も、意識も、空白に感じる。

ここはどこだ?

いまはいつだ?

私は何をしている?

 

 

 

 

 

 

 

ーーわたしは、なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごきげんよう!! 客人よ!!」

 

私が困惑する中、そんな馬鹿でかいセリフと共に"それ"は現れた。

 

歌舞伎か何かの舞踊で使っていそうな"狐の面"をつけ、中性的な声を発し男か女かもわからない存在。

自身の姿を捕らえることができなかった目は、なぜかその狐の面をつける存在を見つめることができた。

 

 

ーーここはどこで、おまえはだれだ?

 

 

訳も分からぬ状態だが、冷静とそう問いかけようとすることはできた。

しかし、あくまで問いかけようとしただけで口から発せられるべきその言葉はあるかわからない自身の口から発せられることはなかった。

 

だが、その狐の面をつける存在が見えるというなら、なぜ私の目は"私"を捕らえないのか?

そう疑問に思っていると、私の疑問にその怪しげな"狐"は簡単に答えてくれた。

 

「どうやら色々と困惑しているようだ! だが仕方なし!! しかし、言わせてもらおう哉!!」

 

変に高いテンションで、"狐"は言った。

 

 

 

 

 

 

「死んでしまうとは情けがない!!」

 

 

 

 

 

その変な存在は某ゲームの王様のセリフを高らかに言う。

私は思わぬ言葉に、は? という言葉を脳内に浮かべるだけであった。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

その言葉に、私は暫く呆然としていた。

 

ーー私が、死んだ?

 

言葉にはできないが、脳内というか意識上にそう呟きながら私はここに来て初めて混乱をし始める。

 

子どもの頃から貴女は小さいのに大人びている、と近所のおばさんたちから言われ、クールで大人びていることを自称している私が……、滅多に動揺することがなかった私が生まれて初めて取り乱し、頭の中が混戦としている。

 

 

「おっとお!! どうやら今宵の客人も、己の置かれた立場を理解していないようだ!!」

 

 

テンプレ反応あざーす、と言いたげな様子でそれは嘲笑うかのように私を見下ろした。

そして、ケタケタと笑いながら言葉を続ける。

 

「私は神様!! 迷える仔羊を導くありがたい存在さ!! それで、君は死人……いな、肉体を持たぬ(タマスィ)さ!!」

 

ーー私が、死んだ?

 

「ザッツライッ!!」

 

私が思ったことを読むように、それは答えた。

私は突然の返答に困惑し、そんな様子を見て自称神様は笑いながら答えた。

 

「そう!! 君の最後は交通事故!! トラックに轢かれて、バラバラでグチャグチャな最後さ!! ああ、とても憐れ!! 今頃はご両親もグチャグチャで面影のない娘を見てさぞ悲しんでいることであろう!!」

 

ーー……あぁ、そういえば。

 

そうだ。

私は、確か学校の帰り道に……。

 

「うら若き少女っ……! それはバラバラとなり、若くして亡くなった!! あぁ、可哀想に!! これからの未来ある若者をよくも運命は終わらせてくれたようだ!!」

 

ーー自称神様が、運命とか……

 

「おや? 思ったより冷静だね」

 

自称神様のボケ?に私は呆れながらに呟いた(思った)。

そして、どうやらそんな私の呆れた様子を見てか自称神様は首を傾げた様子だった。

 

「以前に迷い込んできた子猫ちゃんは泣き叫びながら、想い人の名を叫んでいたが……、どうやら今宵の仔羊は中々見所があるようだ!」

 

自称神様はケタケタと笑い、嬉しそうに笑いあげた。

そして、その自称神様は続けて言葉を放った。

 

 

 

 

「ーーさて、では君の"望む"ものはなに(かな)?」

 

 

 

あまりの急な言葉。

なんの脈絡もなく、"それ"は私に尋ねた。

 

私が突然のその言葉に、今日何度めかの動揺を見せるとその自称神様はくくくっ……、と怪しげに笑った。

 

「以前の子猫ちゃんは、"想い人"との日常を願った!!では、今宵の仔羊はなにを"望む"の哉?」

 

ーー望み?

 

「そう!! 私は神様さ!! 運命に挫け、叶えるべき夢も進むべき未来にも進めなかった憐れな仔羊に、せめてもと思い死後に"一つ"だけ望みを叶えてあげることのなにが悪いの哉!!」

 

笑いながらも、先ほどのおちゃらけた感じとは違い、力ある言葉で自称神様は力説する。

 

私は、そんな胡散臭い様子を感じながらも色々とありすぎて理解が追いつかず、いつの間にか自分が死んだという疑いすら消え失せていた。

しかし、一周回って冷静になったのかその自称神様の言う"望み"という言葉を聞いて、私は少し考えた。

 

望み、願い。

その自称神様は、この私の願いなるものを叶えてくれるといった。

死んだ、と言う自覚は未だにわかず、もしかしたらこの時ももしかしたら阿呆な夢で、本当は私の一夜に見る壮大で、ちっぽけな自問自答な夢かもしれない。

もしそうなら自称神様は内なるもう一人の私で、深層心理がウンタラカンラタと、己の欲望がナンタラとなり、少ししたら目が覚めていつも通りの目覚めが来るのかもしれない。

そして、トラックに轢かれて死んだというのももしかしたらなんの脈絡もないくだらない夢なのかもしれない。

 

 

「ふふ、どうやらまだ信じていないみたい哉?」

 

 

今この時間は果たして事実か現実逃避か否かを考えていると、自称神様が待ちきれずか私に話しかける。

私はいきなりのことで信じろという方が無理だろうと思いながら、自称神様に向け言葉なのか念話なのかよくわからない現象で語りかけた。

 

ーーお前は私に何を求める?

 

「おや!! 神様が不幸な仔羊に救いの手を差し伸べることの何が悪い!! 」

 

ーーその救いとは?

 

「仔羊が次なる世界にて求めるもののことさ!! 前世ではなし得なかったことを!! 次の生では叶えたいとは思わないかい?」

 

ーー次なる世界?

 

「おっと? 説明していなかったね!!」

 

次なる世界。

私は自称神様が言ったワードの中で気になる言葉を呟くと、うっかりしてたと言いたげな様子で自身のアタマをコツリと叩いた。

 

「そう!! 君は転生するのさ!!」

 

ーー転生?

 

「聞いたことはない哉? 異世界転生!!」

 

ーー知らん。

 

「おっと!? 最近の若者の癖に知らないとは!!」

 

失礼な……。

最近の若者が万に通じていると思うなよ。

私はそのイセカイテンセイ? なるものよりも可愛い可愛い幼馴染と遊んでいる方が楽しいのだ。

……そういえば。

 

 

ーー自称神様よ。

 

「なにかな?」

 

ーー私がトラックに轢かれて死んだのなら……。

 

 

私の隣に歩いていた"幼馴染"はどうなった?

私は自称神にそう問いかけた。

 

そして、その問いかけを自称神様が聞くと、神はクスリと笑い、何かを誤魔化すように呟いた。

 

「神のみぞ知る、ってところかな? 」

 

ーーそれは知っていると?

 

「さあ? 想像に任せるよ」

 

先ほどまでのように笑って誤魔化すのではなく、白々しくその自称神様は私の問いに答えた。

そして、その様子を見て答える気がないのも私にはわかった。

 

ーーなら、私の願いは……

 

「先に言うけど、『幼馴染は無事か?』とかそういうつまらないのはなしだよ! 私は一つだけ叶えるとは言っても、なんでも叶えるとは言ってないからね!!」

 

生き返らせろと言われても困るしね。

自称神様はくつくつと笑いながら私の先手を打って来る。

私はそんな自称神様の様子を見て、けちん坊と思いながら心の中で自称神様に向かって唾を吐きかけた。

 

「どうやら言葉足らずだったよう哉? 私の叶える"望み"とは次の生……来世でどうなりたいかさ!! 金が欲しい、名誉が欲しい、女が欲しいエトセトラエトセトラ!! 次の人生で生まれた時から持つ幸せなアドバンテージを!! いまここで!! この神自らが【聞き】届けてあげようということさ!!」

 

その自称神様の力説に私は理解した。

つまり、私の望むものとは来世で自身が有利になる自称神様からの"プレゼント"を決めろということだ。

 

もし、本当にそんなことができるのならこいつは自称神様ではなく本当に神様なのだろう。

 

本当に、できるならだがな。

まだ、本当に自分が死んだのかも定かではないしな。

だが、まあーー、本当に願いが叶うなら……。

 

私は内心でため息をつきながら、ぼそりと呟くように自称神様に言った。

 

 

 

 

 

ーーなら、私の願いは【ーーーーーーー】

 

 

 

 

 

 

己の、願いを……。

"神"に願ったーー。

 

 

そして、私が願いを言い終わるとその"道化"は高らかに笑った。

 

 

 

 

「あぁ!! ああ!! 了解した!!了解した!!」

 

 

 

 

 

「良き哉!! 良き哉!! その"願い"は大変良き哉!!」

 

 

 

 

「その自己中心的な願望!! 欲望!! まさしく傲慢!!」

 

 

 

 

 

「凡人が【聞いた】ら【聞く】に耐えない"その"願い!! 私が確かに【聞き】届けた!!」

 

 

 

 

「さあ!! 【聞かせて】おくれよ仔羊よ!!」

 

 

 

 

「その傲慢がどこまで【聞く】に耐えるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その傲慢が!! どこまで叶えられるかを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その"道化"の高笑いとともに、私の意識は薄れて言ったーー。

 

 

そして、最初に言っておこう。

これは私の、【桜井 命(さくらい みこと)】の傲慢を語り【聞かせる】物語だ。

 



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一章 その盲目少女は何を聞くか
新聞


私の朝はピピピッとなる目覚まし時計の音を聞くところから始まる。

針は四のところをさし、外は薄暗くまだ日の出前である。

 

私は未だ開こうとしない眼をこすりながら煩くなるその目覚まし時計を止め、大きな欠伸をした。

 

「……ん、あさですかぁー?」

 

情けなく欠伸をした後、よしと気合を入れ直し私は起きようとすると、私の隣で寝ている全裸の少女が寝ぼけながら目を開き、起き上がろうとする私を見上げる。

 

私はそんな寝ぼける様子を見せる愛しの人を見て、微笑んだ。

 

「ああ、おはよう斬乂」

 

千樹 斬乂ーー、私は愛しの彼女を見つめながら優しく彼女の頬を撫でた。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

ーー私こと、白鷺 雪の朝は早い。

春先で少しひんやりする中、生まれたままの姿で起きる私は枕元に散らかるお馴染みの白装束を羽織り、未だ寝ぼける旦那様(ざんげ)を背中に台所に向かう。

 

時刻はまだ午前四時ちょっとで、日も出ておらず少し起きるには早いなか私は台所のところにかけられたエプロンをつけ、冷蔵庫を開ける。

昨日のうちに炊いておいたご飯を出して、それを電子レンジに入れて温め始める。

 

続けて私は電子レンジでご飯を温めるとともに、収納棚からフライパンを取り出し、ガスの元栓を開けて火をつける。

私は未だ見慣れないひねるだけで火がつく河童製のそれを見て、うおっと驚きながらもフライパンに油を乗せ、卵を割った。

 

私が調理を始めると背後から襖の開く音がした。

 

「……ふあぁ、あさごはんはいらないって何度も言ってるじゃないですかあー」

 

まだ目が覚めていないのか目をこすり大きな欠伸をし、文句を垂れながらいつも通りの大きな声を張り上げる斬乂。

私はそんな彼女に目を向け、呆れながら返事をする。

 

「なにをいっている? 朝は大事だぞ?」

 

「そうかもですけどー、ただでさえ私に合わせて早く起きてくれてるのに朝食まで準備してもらうのは何か申し訳ないですよー」

 

「別にいいだろう? 仕事に行く旦那の朝食を作るのは妻の役割だ」

 

「むー、それよりも私はもっと雪にゃんとニャンニャンしたいんですぅー」

 

斬乂は無邪気な様子で私の背後が抱きついてきた。

私はいきなりの斬乂ののしかかりに慌てて火を止め声をあげる。

 

「ーーっこ、こらっ!?」

 

「いいじゃないですかー。雪ニャンだって昨日の夜はもっととか言いながら甘えて……」

 

「と、時と場所を考えろ!?」

 

この前だって朝に盛ってしまい止まらなくなり、いつまでたっても地底に行かない斬乂に呆れをなした八雲 紫が、行為中にもかかわらず頭上にタライを落として止められたばかりだというのに……。

 

私はそう思いながら斬乂を引っぺがして、焼きあがった目玉焼きをさらに移し替え、昨日の残りの味噌汁を温め直す。

そんなつれない私を見てか斬乂はぶーたれながらも冷蔵庫を開き、作り置きの冷えた麦茶を取り出して、台所から出てすぐの部屋に行き、卓袱台の前に座る。

私も電子レンジから温めたご飯を取り出し、目玉焼きと一緒に斬乂のもとに運び、斬乂の前に置いた。

 

「ま、こういう生活し始めたころに比べれば昨日の残り物ばかりで、朝食を作っている感じはしないがな」

 

「それでいいんですよー。最初の頃なんて午前の二時起きで朝食を作るとかアホとしか言いようがないですよー」

 

「い、いいじゃないか……。私は家にいるばかりで斬乂に何もしてやれないし……」

 

「そんなことないですよー。夜は色々とお世話になってますぅ」

 

主に布団でね、とうひひと笑いながら斬乂は私の出した目玉焼きに醤油をかけながら私の姿をジロジロと見る。

そんな斬乂の下卑た目に晒されるも悪い気はしないと私は思いながら顔をほんのりと赤くし、逃げるように台所へと戻り温め直している味噌汁を取りに行く。

そして、そんなやり取りを毎度迎えながら私の1日は始まって行く。

 

これは、私こと白鷺 雪が起こした骸鬼異変からもう少しで四ヶ月が経とうとする日の事である。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

「ちーす! 雪いるかー?」

 

私が斬乂を地底に見送り、掃除と洗濯物を一通り済ませこれから一息つこうとした時にその白黒の魔法使いは現れた。

 

妖怪の山の麓にある私と斬乂の暮らす屋敷。

数ヶ月前までは数百年単位で使っていなかったから相当ボロボロではあったが、地底の鬼らの協力により新築同然と綺麗になり、家具や電化製品などは妖怪の山に住む河童などが鬼の大将である斬乂にみかじめ料といい持ってきたものが多数ある。

特に住み心地は悪くなく、不満があるとすれば八雲 紫の出した斬乂は1日の半分は地底で過ごす、というよくわからない条件くらいだろうか?

なんか妖怪のパワーバランスがどうのとか言っていたがそんなこと知ったこっちゃない……のに斬乂は一応は律儀に守っている。

 

しかし、制限はそれくらいで私としては何不自由なく平和に暮らしている。

時々、買い物に人里に出たり、黒羽のところにお茶を飲みに行ったり、茜の墓参りに行ったりと自分なりに今の生活を謳歌している。

まあ、他に文句があるとしたら……

 

「おーい……っているじゃないか?」

 

白黒の魔法使いは手に持つ竹箒で襖を勢いよく開け、私の様子を見るなり一言いい、もらうぜーとか言いながら図々しくも私の前に座り今から食べようとしていた煎餅の袋を開けボリボリと食いだす。

 

「はぁ……、あのなぁ……」

 

私のいう文句……。

それはここ幻想郷に住む奴らは異常にフレンドリーな事……いや、図々しい。

人の家に平気に上がりこむわ、人里を歩いていたらいきなり肩を組んで話しかけてくるわ、人が人里の甘味処で食べていた団子を平気で横からかっさらうわ……。

しまいには私と斬乂が夜中にいちゃいちゃ、というかいざこれから行為を嗜もうとする時にも宴会やるぞと上がり込んでくるわと……。

まあ、ほとんどはこの白黒の魔法使い……霧雨 魔理沙が元凶なんだが。

 

私はボリボリと煎餅を齧る魔理沙に呆れながら煎餅の袋を取り返し、私も同じように煎餅を齧りながら問いかける。

 

「で、なんのようだ白黒?」

 

「そうそう!とりあえずこれ見な!!」

 

「……天狗のところの新聞?」

 

煎餅を咀嚼しながら魔理沙は私に一紙の新聞を寄越してきた。

私は煎餅をボリボリと齧りながら渡された新聞に目を通す。

 

内容は先日起きた地底から来たでっかい船のことや、その異変の元凶であった奴らの密着インタビュー、他にも人里で起きた些細な事件や博麗の巫女がまた何かやらかした、などくだらないことが書いてあった。

しかし、軽く見る感じでは特に気になることは……。

 

「違う違う、その裏だ」

 

「……裏?」

 

私は魔理沙の指摘に言われるがままに新聞を裏返すと、一面とは言わないが半分ほどの記載で書かれた内容に私は目を向けた。

 

 

 

『"屍の姫"と瓜二つ!? 博麗神社で奴隷生活か?』

 

 

 

屍の姫。

その二つ名に私はまず目がいった。

内容を読み進めていけば、外から来た外来人でその人間は黒髪ではあるがまるで私の生き写しで、現在は博麗神社で匿われ中であるという事だ。

 

「……これは?」

 

「あぁ、なんか昨日神社の境内にいきなり現れた外来人らしいぜ」

 

「外来人と……私はまだ会ったことないな」

 

幻想郷の外から迷い込んでくる人間、と私は外来人については把握しているが……、一説には八雲 紫が野良の妖怪の餌用に連れて来たり、気まぐれの遊び感覚で連れてくるとは聞いたことがある。

つまり、八雲 紫が全ての元凶、と私が慧音先生の外来人の話を聞いて思ったことである。

 

「私も今日のこの新聞を見て本当かどうか気になっちまってさー。物見ついでに瓜二つというお前を連れてって本当にそっくりか比べて見たいなー、てな!」

 

「……ふーん」

 

つまりこいつはそのそっくりさんと私を比べて面白がりたい、と。

まあ、クール系美少女を自称するいつもの私ならくだらない、と鼻で笑って魔理沙の首根っこを掴み追い出していただろう。

だが、私と瓜二つ、と言われて私の元妻の白鷺 茜と、その茜と瓜二つであった数ヶ月前にほんの少しの間だけ私と行動を共にしていたあの"狐の面"の少女のことを思い出す。

 

あれからなんの音沙汰もないし、関係はないとは思いたいが……。

 

「まあ、人里への買い物ついでに行ってみるかね」

 

ちょうどもう少しで味噌がきれそうだった気がするしね。

そう思いながら私は必要なものを持ち、魔理沙と共に博麗神社に向かった。

 



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盲目

ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある絶望。

 

それはごく普通の小学校での出来事。

どこにでもいるような普通の気弱そうな少年が、数人のクラスメートに囲まれクスクスと笑われている。

その少年は時には頭を叩かれたり、少年の持つノートがビリビリに破られたりして直接的な被害も受けたりしていた。

いわゆる、"いじめ"という奴だった。

 

少年は、やり返そうとはしない。

言われるがままに、やられるがままにされ下を俯き、ただ苦痛が過ぎるのを待つだけ。

だが、その悲劇は決して終わらない。

 

少年はただただ蹂躙される。

心を、誇りを、人格をーー。

 

 

ああ、いつになったら終わるのだろうか?

少年は願う。

この苦痛の時間を耐え忍び、いつか終わることを。

 

だが、終わることはない。

次の日も次の日も少年は蹂躙される。

 

誰も助けてくれはしない。

見て見ぬ振りか、同じく面白がるか……。

 

それはただ幼き子供らの無邪気な娯楽。

しかし、少年にとってはたまったものではない。

故に少年は思う。

 

 

『死んだら、この地獄が終わるんだ……』

 

 

死んだらこの地獄から解放される。

ーーただ今の状態の脱却を……。

 

死んだら幸せになれる。

ーー夢のない人生に終わりを……。

 

死んだら救われる。

ーー来世は、イジメられないといいな……。

 

そして、少年は飛び降りた。

自分の通っていた小学校の一番上の階の窓から飛び降りた……。

 

 

次の人生こそは……、そう思いながら少年は死んだ。

"私"はそんな少年の背中を見届けながら、夢から覚める。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

妖怪の山の麓にある私の屋敷から箒に跨り空を飛ぶ魔理沙の後ろについていき、私は博麗神社の境内に降り立つ。

私は境内に降りると背中に生やした飛行用の黒い翼をしまいふぅー、と一息ついた。

 

ここしばらくは長距離の移動をしておらず、しても山から近い人里程度にしか出かけていなかったな、と自分の運動不足を感じながらも件の私と瓜二つの超絶美少女は何処かと博麗神社の境内を見渡す。

そして、真っ先に目に付いたのは神社の本殿の縁側に群がる人だかりであった。

 

「あら? 魔理沙と……噂をすればなんとやらね」

 

その人だかりの中心に座る巫女服を着た少女、博麗 霊夢と視線が合う。

そして、霊夢の発言とともに彼女に群がっていた少女らの視線が一気に私達の方に向いた。

 

「あー、白いおねーさんだあ!!」

 

まず私にアクションを仕掛けてきたのは群衆の中から飛び出してくる金髪サイドテール幼女こと、フランドール・スカーレット。

紅魔館という悪趣味な真っ赤な豪邸に住んでいるのは慧音先生談であり、私の起こした異変後にちょくちょくと私の屋敷に姉妹揃って遊びにくる吸血鬼の妹の方だ。

ちなみに主に屋敷にくる要件としては弾幕ごっこ……、ではなく私の作ったお菓子。

遊びに来始めた当初は異変中の決着をつけると言い乗り込んで来たが、来た時が運良くか悪くか私のおやつタイムで、私が食べようとしていたお菓子を与えると大層喜び、その後もちょくちょくおやつ目的で来るようになった。

 

私を見つけて嬉しそうに飛びかかるフランを私は受け止め、再び霊夢の方に目を向ける。

しかし、人の数が少し多くて集団の中心が上手く見えない。

 

「ふふ、流石の貴女もこの件には興味を抱いたみたいね」

 

なんとか見ようと顔を動かし、見える位置に移動しようとしていると、小さくて今まで見えなかったフランの姉のレミリアと目があった。

そして、その背後にはレミリアの従者の十六夜 咲夜が控えていた。

 

「この件というと……、新聞の?」

 

「そうよ、見てみなさい」

 

レミリアが見てみろと言わんばかりに集団の中心に視線を向け、私はどれどれと集団を割って覗いてみた。

 

そして私は件の人物を見て、唾を飲み込む。

その集団の中心にいたのは霊夢の肩に頭を預けて眠る一人の黒髪の少女。

その少女が着ているのは見慣れない服装で、たしか幻想郷の外の世界の寺子屋に通う子供らの着る"制服"なるもので、半袖の白いワイシャツにネクタイをして紺色のスカートを履いている。

その格好から確かに幻想郷の外から来たのだろうと思わされる。

だが、そんな服装よりも私は別のことに目を見開いた。

 

その少女は完璧に瓜二つで確かに似ていた。

黒い長髪に、毎朝鏡で見覚えのある顔立ち。

なぜか眠っていて目元は分かりにくいが、開けると少し鋭そうな目元。

違いといえば若干に私の見た目よりも幼い感じがすることくらいで確かに私に似ている。

 

「おー、確かに似てるぜ! てか、なんで寝てるんだ?」

 

「それよそれ……。日向ぼっこしてたら急に眠くなって来たー、とか言いながら呑気に寝始めるのよ……」

 

「そりゃまた難儀な」

 

「いやはや、雪も子供の時はこうやってよく日向ぼっこをしながら寝ていたものさ」

 

「慧音先生も居たのか……、というかいつの話をしてるんだか」

 

私と同じく魔理沙もその少女を見て感心をしていると、集まる集団のうちの一人である慧音先生が私の方を見て懐かしむ様にそう言った。

慧音先生のいう子供の頃というのは私がまだ人間の頃の事でうん百年前の話をしているのだろうが、流石に大勢のところでそんな話をし始めないで欲しいものだ。少し恥ずかしいから。

 

ここで私は初めてこの集団の一人一人に目を向けた。

知らない顔もいれば知っている顔もある。

紅魔館の吸血姉妹にその従者、慧音先生の他にもここには集まってきており、普通の妖精よりは強そうな氷精や顔なじみの天狗、妖怪の山に住む緑色の巫女などエトセトラエトセトラ……。

 

おそらくはここにいる奴らの大半は私と同じ様に新聞の記事を見てきたのだろう。

そう思いながら私は周りの群衆から再び私のそっくりさんへと目を写した。

そして、私が目を向けると同時にその少女は小さなうめき声と共に目をゆっくりと開けた。

 

「……ん、だれかいるのか?」

 

その少女は目を緩やかに開け、周りを見回す。

私はその目を開けた少女を見て、特徴的な三白眼がますます私に似ているなと思い、周りの奴らも少なからずはそう思っているのだろうこの場にいる全員がその少女に目を向け、感嘆の声をあげる者もいた。

そして、その少女は意識を覚醒させ周りを見回し、何かを探す様に周りを見渡す。

そんな様子の少女を見て隣に座る霊夢がその少女の手を握りながら声をかけた。

 

「昨日話したでしょう?あんたの噂を聞きつけてきたここの住民よ」

 

「……ああ、幻想郷とかの話な。それにしても人の気配が多い感じが……」

 

「ふん、暇なのよこいつらは」

 

「そうか暇なのか」

 

霊夢の声に淡々と答える少女。

私はそんな話す少女の様子を見て、違和感を感じた。

見た目だけでなく声も私と全く一緒で気持ち悪さを感じるというのもあるが、それよりも複数の人に見つめられているにもかかわらず気にした様子を見せずに隣にいる霊夢の方しか見ていない様子に私は違和感を感じた。

他の人も少女の様子に違和感を感じたのか、隣にいる人と視線を合わせたり、眉を寄せ首を傾げている様子を見せていた。

 

そんな私達の様子を見て霊夢は気づいたのか、ため息をついて私達の心の中の疑問に答えてくれる。

 

「実はこいつ……、目が見えてないのよ」

 

「……目が? 視力がないのか?」

 

「ええ、そうよ。と言ってもぼんやりと霞む程度には見えるみたいだけどね」

 

慧音先生の疑問に霊夢が答える。

私はその事実を聞き、少女の顔を再度見つめる。

私と似ている目元は一見すれば何の変哲もない様には見える。

今まで盲目の人に出会ったことがないからわからないが、瞳の色も普通の人と変わりがなく、目に腫れ物ができているわけではないのに、何も見えないというのはあることなのだろうか?

 

「この雪モドキが来た経緯はわかってるのか?」

 

「原因不明よ……。たぶん普通の迷い込んで来た外来人とは思うのだけど、この子が言うに昨日の夜中に気づいたらここにいたと神社の境内に立ち尽くしていたのよ」

 

魔理沙の質問に呆れた様子に答える霊夢。

しかし、大半の人はそんな霊夢の様子を放って少女の顔をジロジロと見つめ、少女の方も自分の周りを探る様に目を細めながら周りにいる人々を頑張って見ようと奮闘していた。

 

「で、ちょうど私も雪のところに向かおうとしてたのよ」

 

「私のところに?」

 

「顔が面影どころか瓜二つだから心当たりがあるかと聞きに行こうとしたけど、そっちから来てくれたのは都合が良いわ」

 

なるほどね、私は納得しながら少女の顔を見るが、心当たりなんてものはない。

強いていうなら私にとてもそっくりだね、ってところだ。

顔どころか声も似てるとか……双子ってよりドッペルゲンガーだ。

 

私はそう思いながら少し恐怖を感じつつも、少女の顔をジロジロと見ていると目が見えていないはずの少女と目が合い、微笑んだ様子を見せて口を開く。

 

「おや、君が私と似てる"白鷺 雪"さんかい?」

 

どうもよろしく。

そう言いながら少女は私に手を伸ばして握手を求めて来た。

 

目が見えないはずなのに、まるでそこに私がいることが見えているように握手を求めるその少女を見て私は、ほんの少し冷や汗をかきながらもその手を握った。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

場面は変わり神社の一室。

現在ここにいるのは家主の霊夢と盲目の少女、魔理沙、慧音先生と私の計五人で野次馬として来ていた他の人たちは霊夢の一声により無理やり帰らされた。

そして、落ち着いて話そうということで室内に招かれたわけだ。

 

「で、本当に目が見えないのか?」

 

私はよっこらしょと床に座ると共にその質問を盲目の少女に投げかけた。

 

「……この声は、雪さんかな。そうだよ、私はほとんど見えていない。見えてもぼんやりとそこに何かがあることが分かるくらいさ」

 

「そのわりにはさっきはすんなりと雪がいることを理解していたがな」

 

「それは私に似た声が目の前から聞こえたから、何となくそっちの方にいるのかなと思っただけさ」

 

私が目が見えないことに納得できていないでいると、魔理沙が私の思う原因の一つを代弁してくれた。

そして少女はその疑心の言葉に対し普通に答えた。

 

「おいおい二人とも、そんな疑った聞き方をするな。さっきだって霊夢の誘導があっても壁にぶつかったりしていただろう」

 

慧音先生が私達の様子を見て、叱りつける様に言う。

その言葉に私はそう言えばと思いながらこの部屋に案内される先ほどの出来事を思い出す。

一応は霊夢に腕を引っ張られながら少女はここまで移動して来たが、周りが本当に見えていないのか壁にぶつかったり、曲がり角で何度も足の指をぶつけていたし……。

もしかしたら本当に目が見えなくて、今までも色々と苦労して来たのかも。

もしそうなら疑うのは本当に失礼だよな。

 

「……そうだな、疑ってすまないな」

 

「あー、私もすまなかったぜ」

 

「いやいや、別になんともないさ」

 

私と魔理沙が謝罪をすると、その少女は気にしてなさそうに手をひらひらさせて答える。

そして、私たちが謝る様子を見て慧音先生は満足そうにうむと頷き、話を切り出した。

 

「それで霊夢、他の者を帰して私と雪に残れと言った要件はなんだ? 」

 

「ああ、それね。魔理沙はなんでかいるけど……まあ、本題に入りましょうか」

 

魔理沙はいいんかい。

私はそう思いながら霊夢に残れと言われた理由を聞くため霊夢に目を向ける。

 

「別になんてこと無いわ。この子の面倒を二人のどちらかにお願いしたいだけのことよ。外に帰すにしろ、幻想郷に住まわせるにしろ準備がいるわ」

 

「ふむ、なるほど。それまでの面倒を見ろと」

 

「そうよ。私がいつまでも面倒を見るわけにはいかないしね。ま、本人の希望は幻想郷に残る方向らしいけど」

 

「そうなのか? えーと……すまないが名前は?」

 

「……ああ、私の名前か?」

 

そう言えばと慧音先生が盲目の少女に尋ねた。

私もそう言えばなんやかんや今まで聞けてなかったし、自分に似てるからあまり他人であるとは思えなかったから意図として聞かな……

 

 

 

 

 

 

 

「私は、【桜井 命】だ」

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

私は、今日一番で動揺を見せただろう。

私の外見と似ていることや私と同じ声を発することよりも、私はその名前を聞いて自分の耳を疑った。

いや、ぞっとした。

その聞きなれた名前を聞き、恐怖を感じた。

 

だって、その名前は……。

私の、かつて【白鷺 雪】を名乗り始める前の名前で、私の前世の名前のはずじゃ……。

 

「ははっ、どうやら名前まではこいつとは違うみたいだな!」

 

私が動揺する傍ら、魔理沙は気にする様子もなく私の肩をバシバシと叩いてくる。

その衝撃により、思考の海に沈みかけていた私は意識を取り戻した様に顔を上げ、少女の……、【桜井 命】の顔を見直した。

 

顔を上げると私と彼女の目が合う。

そして、私は再び恐怖を感じた。

 

まるで私の動揺をあざ笑うかの様に。

ーーその少女がニヤリと笑った気がした。



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薬師

ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある孤独。

 

一人の十四、五くらいの少女がいた。

その少女はいつも一人で狭いアパートの一室で留守番をする。

父と母はたまにしか帰ってこない。

どちらも愛人のところへ行き、少女は一人うずくまる。

 

父はもう数年も見ていない。

母は時々は様子を見に来てくれるが、数日分のカップ麺の入った袋を置いていくだけで、少女とは一言交わしてすぐに出て言ってしまう。

少女は痩せ細った体で、置いていかれたカップ麺の蓋を開け、お湯も入れずに麺をボロボロと齧りだす。

 

中学生になる少女だ。

普通ならばたいていのことは一人でできる。

しかし、電気や水道などのライフラインも止められ、少女の存在は世間から認知されず学校にすら通っていない。

故に少女はなにも知らない。

生まれた頃からこの狭いアパートの中でしか、彼女の世界は構築されない。

 

日の当たる世界では彼女くらいの子らは中学校に通い、青春を謳歌し、異性に想いを寄せる頃であろう。

しかし、少女はこの狭いアパートの一室と記憶には薄い父と、たまにしか来ない母が全てである。

 

だから、少女は願う。

当たり前の生活をではない。

恵まれた環境を望むわけでもない。

ただ、願う。

 

ーーお父さんと、お母さんに会いたい。

 

骨と皮でしかない細腕を天井に伸ばし、死にかけの少女は思う。

生まれてこのかた父と母以外と言葉を交わしたことはない。

十数年間、このアパートの外から出たことのない少女にとってはただ父と母が全て。

少女は父と母を思いながら衰弱する。

そして、目を閉じこの世を終える。

 

"私"はそんな少女の終わりを、ゴミだらけの部屋の片隅からただ見るだけ。

"私"にはただ彼女の願いを、【聞く】ことしかできない。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

ーー私は誰だ?

 

【桜井 命】か?

それとも【白鷺 雪】か?

いや、もうその答えは出ている。

 

私は【白鷺 雪】であり、【白鷺 雪】として生きていく事を、数ヶ月前の異変で決めた事だ。

故に、今頃になって目の前に【桜井 命】と名乗り出る輩が現れても気にはしても、こんなに動揺する必要はないはずだ。

 

それに、【桜井 命】として生きてきた前世のことは既に昔のことすぎて覚えてもいない。

はたして私は【桜井 命】として生きてきたことがあったのだろうか? そう思えるほどに私の中から【桜井 命】として生きた記憶がなくなっている。

むしろ【白鷺 雪】として生きてきた記憶の方が鮮明であり、【桜井 命】よりも【白鷺 雪】として過ごしてきた幼少期のことの方がひどく覚えている。

というより、【桜井 命】という存在はあの頃の私が作り出した妄想であると思ってもおかしくなく、今となってはその名すら忘れかけているほどでもあった。

 

なのに、なぜ今頃になってその名を、【桜井 命】と名乗るものが現れ、さらに私と写し鏡の様に似ている少女が現れたのか。

 

私は疑心に思いながら後ろを歩く、黒髪の少女をチラリと見る。

 

「いやー、うっかり幻想郷(ここ)に来た時に杖を無くしてしまってね。それも見知らぬ場所だから一人で満足に歩けないから、こうやって親切に介助してもらって本当に助かるよ」

 

「いいってもんよ。それよりただでさえ見知らぬ土地にいきなり来たってだけじゃなくて、そこから目が見えない状態なのに命って意外に冷静なんだな」

 

「まあな。生まれた頃から視力が弱いから、知らない場所に気づいたらいるっていう状況は慣れてるのさ」

 

「ほー、そんなもんなのか」

 

背後で魔理沙と楽しげに話す私のそっくりさん。

私は再び私と同じ見た目で、声で話す彼女を見て小さな恐怖を感じる。

得体が知れず、自分とこれほどに似る人物が目の前にいるのだ。

彼女の前で動揺を隠せている事に褒めて欲しいくらいだ。

 

「ほーん、あれが噂の双子なー。くりそつだなー」

 

私の隣を歩く私と背格好の似る藤原 妹紅がそう呟きながら呑気に笑っている。

私はそんな彼女をみて、他人事だと思ってと小さく呟く。

 

私たちは現在、幻想郷の一部に位置する迷いの竹林というだだっ広い竹林の中を歩いている。

そして目的地としてはその竹林の中にあるという永遠亭であり、私の背後を歩く桜井 命の自称見えないという目を見てもらおうという事でそこにいる医者に見てもらうそうだ。

なんでも、そこの医者は外の世界に住む医者よりも数段に腕が上という事で、外の世界では手がつけられなかったことでもそこに行けばどうにかなるかもしれないということでだ。

そして、もし治れば幻想郷で暮らすにせよ外に戻るにせよ便利だろということらしい。

まあ、本人曰く外に戻る気はないらしく、理由を尋ねてもヘラヘラと笑って誤魔化し続け、答える気が本人にないので、その件については保留にしている。

 

私に言わせれば怪しさしかないが、どうにも幻想郷のやつらの多くは他人を信じすぎているのか、自身を過信しているのか、他人に対して軽い気がする。

今日はこの後に人里で会議があるからと別れた慧音先生に至っては、泊まるアテがないなら暫く私の家で過ごせば良いとか言うし……。

 

ちなみに今ここにいるメンツは私と妹紅、魔理沙と桜井 命のみであり、先ほどまで一緒にいた慧音先生は先ほども述べた様に私用で、霊夢に関してはメンドいから後は頼んだと丸投げである。

そして、仕方がないから神社から竹林まで三人で移動したが、竹林の入り口前でたまたま妹紅と出会い、面白そうだからという事で一緒についてくる事になったのである。

 

「ま、せいぜいお前の旦那に見間違えられて寝取られたりしないよう気をつけるんだな」

 

「……そんなことは……ない、と信じたい」

 

ここ最近は私としか寝てないって言ってたし、別の女の匂いもしないから大丈夫だとは思いたい。

というか見間違えられることよりも、雪ニャン二人で雪ニャン丼ですぅ、とか言いながら喜びそう。

まあ、私が二人の状況とか今までなかったから知らんけど。

 

「その言い切らないところ、やっぱりお前だわ」

 

呆れた様子で呟く妹紅。

私はそんな一番の友達と思える彼女と話す事で桜井 命に対する不安をほんの少し取り除かれた気がした。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

あれから暫く歩き、どれほどか歩いたところで目的地の場所に着く。

そして、現在は目的である桜井 命の診察中である。

 

「うーん、見たところ目に異常は見られないわね……」

 

診察室、といつか立派なソファのある応接室のようなところで桜井 命の目に光を当てながら考え込む変わった配色のナース服を着る女性。

名を八意 永琳といい、この永遠亭で医者……というより薬師をしているらしく、この人とはまた別に永遠亭の家主がいるとか。

そして、妹紅がその家主に用があるといい永遠亭について早々どこかに行ってしまった。

 

なんか鼻歌を歌いながらその家主の部屋に向かっていったので、私といるよりも楽しそうじゃない?、と少し嫉妬するところもあったが、私には斬乂がいるし、もしかしたら妹紅にも春が来たかもしれないので温かい目で見守ってやろう。

と、いう考えは数分後に爆発とともに屋敷が揺れ、妹紅の怒号と誰かの叫び声が聞こえたことから、それはないと直ぐに頭の中で訂正した。

 

なので、なぜか暴れ回る妹紅はさて置き、現在は八意薬師と桜井 命、付き添いの魔理沙と私のみである。

 

「目は生まれた時から?」

「ええ、そうです」

 

「指は何本に見える?」

「んー、二……いや三本?」

 

「ーーっいた!?」

「ふむ、顔にものを投げつけられても避けるどころか瞬きをしないとなると反射神経もなし……、そしてロクにものも見えてない感じと」

 

カレーにすきやき、洋風にオムライスなんかも……、味噌は切らしてるから味噌系はなしだな。

私は淡々と行われる桜井 命に対する八意薬師の医療的質問に耳を傾けながら、そんな感じに今日の夕飯は何にしようと考えていた。

というか、付き添いには魔理沙だけで十分だった気がする。

もうそろそろ夕飯の準備をしないと斬乂の帰りに間に合わないのだが……。

 

「見たところ異常はないけど、簡単な検査からしては目が見えてないのは確かね」

 

「外の世界でも医者にそう言われ匙を投げられたさ。生まれつきのよくわからない病さ」

 

「……生まれつき、ね。一応は脳検査もしておきましょうか」

 

八意薬師は眉間にシワを寄せながら、「うどんげー!!」と大きな声で呼び、すぐに廊下の方からドタバタと足音が聞こえ、桜井 命とはまた少し違う制服姿のうさ耳少女が部屋の戸を開ける。

 

「どうしました師匠ー?」

 

「ちょっとその子の脳と目のレントゲン検査をお願いするわ」

 

「了解です! では、こちらへ」

 

「あ、そうそう。あなたは少しここに残ってちょうだい」

 

そう言われて桜井 命と魔理沙は立ち上がり、私もついていこうとすると、なぜか八意薬師に呼び止められる。

私はなぜ? と思いながら渋々、魔理沙に先に行くように促し、桜井 命を連れて出て言った。

 

そして、初対面である八意薬師と向き合いながら私は残され、変な緊張感を覚えるもすぐに八意薬師の会話から切り出された。

 

「ふふ、悪いわね。貴女とは初対面……というより噂をかねがね聞いてるから一度話を聞いてみたかったのよ」

 

「は、はあ……」

 

噂ってなんだろう?

私の噂でろくなものを聞いたことがないのだが……。

特に私と斬乂関係で。

 

「名前は、雪であってたかしら?」

 

「あ、ああ、そうだな」

 

「ふふ、話し方までさっきの黒髪の娘とそっくりね」

 

彼女はくすくすと笑うも悪気は感じられない。

それに私もそう思うので特に反論はない。

しかし、私だけ残されたのが気にかかるので聞いてみることにする。

 

「で、私になにか用か?」

 

「言ったでしょう? 一度話して見たかっただけだって」

 

「そ、なら帰って大丈夫か? そろそろ夕飯を作り始めないといけないんだ」

 

でなければ斬乂が帰ってくると同時に飯にありつけなくなる。

別に斬乂は夕飯が遅れても文句を言うことはないと思うが、私としては夕飯が遅れることにより斬乂に甘える時間が減って大変困るのだ。

主に次の日に消化不良で一日悶々とする日を過ごさなければならないからだ。

 

私がそう思っていると彼女は懐からゴソゴソと物を探り、それを机の上に取り出した。

 

「まあ、そう言わずに」

 

「ん、これは?」

 

八意薬師はゴトリと私の前になんらかの薬品が入った瓶を置く。

中に入る薬品は普通のカプセルタイプのように見える。

 

「雪、あなたって確か地底の鬼の大将と婚約を結んでいるのだったわね?」

 

「……藪から棒になんだ?」

 

突然の話題振りに私は首をかしげた。

まあ、その通りだから言い訳をするつもりはないし、数ヶ月前に私が起こした異変について書かれた新聞記事にも私と斬乂のことについて書かれていたらしいから知っていてもおかしくはない。

 

私は八意薬師のいきなりの問いかけに首をかしげていると、そんな様子の私を見て彼女はやれやれと言うようにため息をつき、言葉を続ける。

 

「ほら、私って薬師でもあるけど医者の真似事もしてるのよ。そしてその医者の役割としては女性のメンタルケアなんかも含まれているわ」

 

「……? 何がいいたいんだ?」

 

「率直に言うわ。いまの"性"生活に満足はしてるかしら?」

 

「ーーっはあ!?」

 

私はいきなりの他人からの自分に対する性事情の質問に声がひっくり返るくらいの大声を出してしまった。

しかし、彼女はそんな私を気にかけることはなく話を続けた。

 

「ほら、貴女と例の鬼の大将って数百年の付き合いがあるのでしょう?」

 

「え? ま、まあ……、初めて会ってから千年以上経ってるし……結婚決めたのも、数百年前で、そこから二百年くらい同棲してから五百年くらい別居(封印)してたけど、最近一緒に暮らし始めて……ってなんで初対面のお前にこんなことを話してるんだ私は!!」

 

「ふーん、で? 性行為は週に何度?」

 

「ーーっはあ!? な、なんで、お、おおっお前にそんなことを……」

 

「ま、噂に聞く鬼の大将の性欲と貴女の淫乱さからほぼ毎日ってのは知ってるからそれはいいわね」

 

「ち、ちがうわい!?」

 

斬乂の性欲の凄さは認めるが、私が淫乱とは聞き捨てならん!!

誰だそんなことを言ったのは!!

 

「けど、毎日してるなら心配だわ……」

 

「だから……毎日は……」

 

してない……とは言い切れません、はい。

というか、本当になんで私は初対面の人とこんな話を……。

 

「まあ今はまだいいかもしれないけど……、パートナーとの性行為が日常化して作業化し始めたらそれはもう倦怠期の始まりよ?」

 

「いや……、斬乂にかぎってそんなことは……」

 

「それも話を聞くかぎり浮気性のある相手。家で待つ奥さんは心配になるわよね」

 

「……いや、だから斬乂にかぎっては……てか、誰が奥さんだ」

 

「だから、家で待つ奥さんはそれを繋ぎ止めるために日々に工夫を凝らすしかないわ……。けど、足りない! それだけじゃ足りないわ!!」

 

「……ねえ、なにこの茶番?」

 

「そんな貴女にこれよ!!」

 

「………………めんどくさいからもう好きにして」

 

呆れながら話を聞き続ける私を無視して八意薬師はなにやら熱弁に語り出し、最終的には先ほど出した薬品を私の方に近づけた。

私としてはこの薬より夕飯の方が気になるのだが……。

 

「……で、これは?」

 

「女同士でも性行為を可能にして子供ができる薬。つまり、"アレ"をはやーー」

 

「も、もう帰る!!」

 

この展開は読めたわ。

いつぞや斬乂と再会する前に八雲 紫に転がされまくって、精神的にズタズタにされた時とデジャブってるわ。

 

「まあ、待ちなさい」

 

「ぐえ!?」

 

部屋から出ていこうとする私の背後にいつの間にか回り込み、首根っこを掴まれ行く手を阻まれた。

私は力強く脱しようとするも、意外に彼女の腕力が強く逃げることができない。

 

彼女の細腕のどこにこれほどの力が。

これだから幻想郷の容姿詐欺は困る、そう思いながら私は必死に逃げることを考えようとするも、八意薬師の耳元で呟く快楽やら深い愛などの甘い言葉に私は唾を飲んだ。

そして、私はその言葉を聞き顔を赤くしながら答えを返す。

 

「……べ、別に……、私も斬乂もそういうのは……」

 

「そう、ならいらないかしら?」

 

「そ、それは……」

 

「別に使わないならいいわ。とりあえず貰っておきなさい」

 

「……そ、そこまでいうなら」

 

「あら、貰ってくれるの? よかったわ! ちょうど試作で治験相手を探していたのよねー」

 

つまり実験台な。

だから、うまいこと私を乗せようとしたのね。

はは、私ってちょろいね……。

だけど、そう思いながらもしっかりと自分の懐にそのオクスリをしまう辺り、私の底が知れてるのだと思う。

 

まあ貰っても使うとは限らないけどね?

本当だよ? 使う気ないし使わないからね?

 

と、心の中で弁明しながらも顔を真っ赤にしてかなりの恥ずかしさを隠しつつ、あまりのことに魔理沙と桜井 命の事を忘れたまま私は急いで自宅に帰還した。




ーー後の薬師は語る
「冗談半分で作った薬を、冗談半分で渡したのに本当にデキるとは思っていなかったわ。けど、結果オーライね!! 後悔も反省もしてないわ!!」


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夫婦

ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある惨劇。

 

それはとある国の出来事。

飛び交う弾丸、漂う硝煙の香り、やむことのない血の雨、転がる肉塊……、それはいつの時代でも繰り返してくる悲惨な争い。

 

戦争、紛争。

それは人が生きていく上で起こりうる争い。

 

時には勝利の喝采が、そして敗北の悲嘆が。

時には鼓舞する雄叫びが、そして悲鳴が聞こえる。

 

多くの緑が、罪なき生命が、力無き子供が消えていく音が聞こえる。

助けてと呼ぶ声が、死にたくないという叫び声がどこからともなく聞こえてくる。

 

人同士の醜い争い。

それは全てを終わらせる。

人の命を、生活を、文化を奪い去っていく。

 

なぜ続ける? なぜ終わらない?

力無きヒトの言葉。

その言葉は叶う事も、誰かに届く事もない。

届くことなく己の内に消えていく。

しかし、"私"にはその言葉が【聞こえてくる】。

 

だけど私は目を逸らして、背中を向ける。

"私"はその夢の中で、戦場に流れる血溜まりを歩き、生き物ではなくなったただの肉塊を踏みしめながら道を行く。

 

ーーあぁ、この世は悲劇にあふれている。

そう悲嘆しながら、道を行く……。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

私は手を震えさせながら食事を台所から部屋へと運ぶ。

顔には変な汗が浮かび、手汗もひどい。

 

「……やって、しまった」

 

卓袱台に置いた今日の献立のご飯とお吸物、漬物といった質素な夕飯を見下ろしながら後悔の念と共に私は呟いた。

 

私はあれから永遠亭から逃げるように帰ってきた。

帰る途中にそう言えば魔理沙と桜井 命の事を忘れて帰ってきたことを思い出したが、戻る気にもなれずそのまま帰ってきてしまった。

 

そして、妖怪の山にある屋敷に帰って来るも先ほどの八意薬師とのやり取りをどうしても思い出してしまい、考え込んでしまう。

 

いつぞや八雲 紫にも言われたことだが、八意薬師の会話からや、最後に受け取ってしまった"モノ"のことを考えるとどうしても()()()()行為を斬乂とすることや、その結果により子供ができてしまうことを考えてしまう。

 

別に斬乂とは普通に、というより人並み以上の夫婦よりも夜の営みの回数をこなしている自覚もあるし、今ごろやり方が変わるだけで斬乂に抱かれることに恥ずかしさを覚えることはない。

むしろそういうことにほんの……、というより結構興味はある。

ましてや子供も別に悪いことではないと思っているし、正直に言えば斬乂に孕まされるならばドンと来いである。

 

女としての快楽と幸せが両方得られるのならば良いことでは、そんな事を思いながら夕飯を作っていたら私はやってしまった。

 

「ば、馬鹿か私は……」

 

手元にあるお吸物を見ながら私は呟く。

なぜかって?

雪は、夕飯に、薬を、いれてしまった、からさ。

八意薬師に貰った薬を、私は斬乂用に装ったお吸物にいれてしまったのだ。

それも無意識に、惚けながら斬乂との事を考えながらだ。

気づいたときにはもう遅く、カプセル状の薬品は温かいお吸物の中に溶けてしまいどうする事も出来なかった。

 

「つ、妻としてあるまじき行為だ……。旦那の食事にい、一服盛るなど」

 

「そのわりに捨てることなく、食べさせる気満々で食卓に運ぶのねお姫様は」

 

「……っ!!」

 

後悔するように卓袱台の上で頭を抱えていると、私の頭上にいきなり空間の裂け目が現れ、そこから一人の女性が顔を出す。

私はいきなりの声に驚愕しながらも、その聞き慣れた声から誰だか想像ができ、そいつの顔を睨む。

 

「……何の用だ八雲 紫」

 

「いえ、ただ面白そうな事になりそうだとずっと見ていただけですわ」

 

「……いつから?」

 

「神社から」

 

最初から、というよりかなり前の時点でこいつは私をつけていたのか。

とんだ暇人である。

というか、神社からって……。

 

「もしかして、桜井 命に関して覗きを?」

 

「ま、最初はそうだったわね」

 

ああ、やはりか。

さすがに幻想郷の重役の一人である八雲 紫にとって彼女は放ってはおけない人物であったか。

というより、そう思っているのは私だけで八雲 紫的にはただ私に似てるというだけで興味を持っていたのだろう。

見た感じ私にそっくりと言っても、桜井 命は人間っぽいし。

 

「お前、あの桜井 命ってやつのことは……」

 

「さあ? 私は"アレ"に関しては何も干渉をする気は無いわ。今の所はなんの脅威も感じないしね」

 

幻想郷の管理者の一人で、思慮深いあの八雲 紫がそういうのなら、今の所は脅威はないのかもしれない。

なら、私も心配する必要はないのか。

 

「けど、それは"幻想郷"にはって事で"あなた"個人にはあるかもね」

 

「……なにがいいたい?」

 

「ドッペルゲンガーみたいに、本物である貴女の立ち位置が奪われるかもしれないわよ?」

 

なわけあるか。

八雲 紫の冗談の言葉に私は呆れながら笑い返した。

そんな薄い反応をする私を見て、彼女はつまらなそうな様子で話を続けた。

 

「まあ、とりあえず彼女からは妖力とかも感じないし、見たところ普通の人間って感じだから私からは何も言うことはないわ」

 

「あっそ、なら早く帰れ」

 

「ふふ、わかったわよ」

 

「ちょっ!! いま何をーー!?」

 

八雲 紫は私の言葉に対し、素直に聞き入れたと思ったが、去り際に私と斬乂のお吸物の中によくわからない粉末をそれぞれに入れていき、スキマと共に消えていった。

 

あのクソババア……、最後の最後に何をしていった?

毒、と言うことはないだろうが私ののみならず斬乂のものにまで……、しかも、斬乂に至っては私の盛ったものも入っているから、変な反応を起こしあって毒物に変わっていたりしたら……。

というか、八雲 紫に盛られた時点でまともに食えたものではない。

私がそう思いながら二人分のお吸物を台所に捨てに行こうと立ち上がろうとすると、玄関の方から斬乂の帰ってきた声が聞こえてきた。

私はその斬乂の声にいつもの習慣ではーい、と返事をし、捨てに行こうとしたお吸物を一旦机の上に置き直し、斬乂が帰ってきた嬉しさから玄関の方に急いで走って鍵を開けに行く。

 

「お、おかえり斬乂!」

 

「ただいまですぅ、雪ニャーン」

 

私のおかえりの声とともに斬乂は私にハグをし、帰ってきて早々唇を重ねてくる。

私はその斬乂からのいつも通りの帰ってきた時の挨拶に答えるように斬乂の背中に手を回して、私も斬乂の行動に答えた。

 

「ーーっん、はぁ……」

 

「うへへぇ、ごちそうさま。あとはお腹が空いてるので続きはご飯を食べた後でしましょうねえ」

 

「……う、うん」

 

斬乂からの激しいキスにより私は頰を染めながら、斬乂の腕に抱きつき、食事の用意してある部屋へ向かう。

私は後で続き、と言われたことに今日はどんな風に甘えようかと惚けながら移動し、私と斬乂は部屋の中に入って食事の並ぶ前に座る。

しかし、斬乂は眉をひそめて首をかしげた。

 

「あれ? 今日はなにか量が少ない感じがしますが……」

 

「え、あ、ごめん……。ちょっと、今日は忙しかったから」

 

斬乂が目の前に並ぶ、ご飯とお吸物と漬物のみの机の上のものを見て首を傾げる。

そして、斬乂の言葉により私がションボリとすると斬乂は気にした様子を見せずに私の頭を撫でてくれる。

 

「いえいえ、大丈夫ですよお。もし足りなかったらあとでお酒でも一緒に飲みましょ?」

 

「ん、すまない……。なら、おつまみはしっかり作る」

 

「なにいってるんですかー? おつまみは、ここにあるでしょう?うへへー」

 

「ーーっん」

 

私の臀部をイヤらしい手つきでさすりながら、下卑た笑みを浮かべた。

つまり、お酒を飲みながらいい気分で二人でーー、そう思うとお腹の下のあたりがキュンキュンとして待ち遠しくなる。

 

しかし、斬乂はそんな発情しかける私に気づく様子はなく、私の尻をさすりながら何かを思い出した様に呟いた。

 

「あー、そういえばさっきゆかりんに会ったんですけどー」

 

「八雲 紫 にって……、あっ!!」

 

斬乂の突然の言葉に私は目の前に置かれる毒物の事について思い出す。

まだ処理してない、そう思うのも束の間で斬乂がいただきますと言いながら、運悪くお吸物から飲み始めてしまった。

そして斬乂は口元をすぐに押さえた。

 

「ゴホゴホっ!!」

 

「ざ、斬乂!? 大丈夫か!!」

 

お吸物を少し飲むと同時に咳き込み始める斬乂。

私は慌てながら斬乂の背中をさすり、声をかけた。

しかし、咳はすぐに収まるも、別の問題が起きた。

 

「ゆ、雪ニャン……、こ、これ」

 

「す、すまない!! 先ほど八雲 紫が盛って、処理をするのを忘れてーー」

 

私はほんのり赤くなる斬乂の顔を見ながら、斬乂の向ける視線の先を見て、目を向ける。

私は八意薬師の渡された薬の事を思い出しながら、徐々に大きくなっていく斬乂の下半身の"それ"を見て、驚愕した。

 

「えーと……、これってもしかして、ちんーー」

 

斬乂が滅多に見せる事のない驚愕の顔を浮かべながら下半身を弄る。

私はそんな"それ"を見て、本当にそんなことが、と思いながら八意薬師の顔を思い浮かべた。

 

「ゆ、雪ニャン? もしかして今日の夕飯になにかいれました?」

 

「っ、そ、それは……その……」

 

やっぱり説明しないといけないよね。

私はそう思いながら顔を赤面させ、私は呼吸をして覚悟を決めて斬乂に事の経緯を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

少女説明中……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成り行きの全てを話すと、斬乂はほえー、と驚嘆の声をあげながら恐る恐るした様子で聞いてくる。

 

「つまりー、雪ニャンは私との間に子供を?」

 

「ま、まあ……、不慮ではあったがほ、欲しいと思ったから無意識とはいえ……一服盛ったのだとは思う……」

 

私の言葉に、斬乂は頭を掻きながら悩む様に答えた。

 

「だから……、ゆかりんはあんな事を言ったのですかぁ」

 

「……や、八雲 紫がどうかしたのか?」

 

「えーと……、ここしばらくほど屋敷から出なければ地底に行かなくて良いからと言われて、こんな粉末(モノ)を渡されたのですが……」

 

と、いいながら斬乂は懐から先ほど八雲 紫がお吸物に入れていた粉末状の薬と似た様なものを取り出す。

私はそれを見て斬乂にも手を回されていた事に気づく。

そして八雲 紫の出した斬乂に対する本来の制約外である地底に行かなくていいという言葉に対する意味にも感づいた。、

 

つまり、久し振りに斬乂と一日中……ではないかもしれないがしばらくほど二人きりでずっと……、しかも、八意薬師から貰った薬の事も考えると……。

 

そして、私は恥ずかしながらも口を開いた。

 

「……ざ、斬乂は、私と、こどもをつくるのは、いや、か?」

 

「い、いえ……いやという訳ではありませんが、いきなりの事で頭が追いついて……」

 

「わたしは……、斬乂になら、孕まされ、たい……から…………いいぞ?」

 

「ーーっ!!」

 

私が斬乂の着物の裾を握りながら恥ずかしい事を言ってると自覚しながらも、勇気を出して呟いた。

斬乂はそんな弱々しい私の様子を見てナニカが来たのか、ガバッと立ち上がり私を抱え上げ、まだ夕飯も食べきっていないのに隣の部屋に走り出す。

私は抱え上げられても、この後のことを考えてしまうと抵抗することなく黙って斬乂の腕の中で小さくうずくまることしか出来なかった。

ーーそしてこのあと滅茶苦茶セッ(ry

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

場所は変わり人里にあるとある小屋。

その小屋は人里の守護者である上白沢慧音の家であり、現在は家主の慧音の他に三人の人物を交えて夕飯を取っていた。

 

「すまないね慧音さん。住まわせてもらうだけでなく、夕飯まで頂いて」

 

「いいさ、困った時はお互い様だ。いきなり慣れない場所で疲れただろうからゆっくり休むといい」

 

「そうだぜ! 私も昼飯食ってなかったから腹ペコだぜ!」

 

「お前は少しは遠慮しろ……」

 

慣れた手つきで箸で皿の位置を確認しながらおかずを食べる命に対し、ガツガツと食べていく魔理沙。

そして、そんな遠慮のない魔理沙を見て呆れながらもよく噛みながらご飯を食べていく妹紅。

 

少女ら四人は現在は慧音宅で夕飯であり、竹林からの診察の帰り道ののちに、命がしばらく居候する予定の慧音宅まで送るついでに夕飯にありついていた。

そして、慧音は食事をとりながら今日の診断結果について聞く。

 

「そういえば診察の結果はどうだったんだ?」

 

「ああ、やっぱりよくわからないと言われたよ。一応はもう一度再検査したいからまた来て欲しいと言われたけどね」

 

「もし見えないままだったら、今後の生活は大変だよなー」

 

「その辺は大丈夫さ。杖さえあれば安全な場所なら普通に一人で歩けるしね」

 

「へー、そんなもんなのか」

 

命の言葉に魔理沙はモグモグと箸を進めながら軽い相槌を打った。

そして、慧音が思い出した様に呟く。

 

「一応はしばらくの間、うちに住んでいいがその後はどうするんだ?」

 

「んー、今の所は考えてないかな。けどいつまでもお世話になる訳にはいかないし、目が見えなくても手伝えそうな所にでも雇ってもらおうとはとりあえず考えてはいるさ」

 

「やっぱり外に帰るって選択肢はないんだな」

 

「まあ、今の所はないかな」

 

慧音の問いに曖昧な答えで返してくる命に対し、慧音はどうしてかと聞こうとしたが、盲目のことで外で色々と苦労したかもしれないので、少し聞きづらかった。

なのでしばらくは様子を見る、ということが慧音としての考えである。

 

そんな事の傍に妹紅は箸を咥えながら命の顔をじっと見つめ、本当に雪にそっくりだなと思いながら口を開く。

 

「なんか黒髪の雪を見てるみたいで違和感があるな」

 

「そうか? 私としては子供の頃の雪を見てるみたいで懐かしいぞ」

 

「あの雪に子供の頃なんてあったんだなー」

 

「おお、あるぞあるぞ。なんなら今よりも生意気でお転婆だぞ」

 

「はは、ならあいつの子供の頃は猿か何かだな」

 

慧音と妹紅が笑いながら、今はこの場にいない雪のことについて笑い合う。

魔理沙に至っては既に会話に混ざらず、モグモグと飯を食べることに集中しており、話すら聞いていなかった。

が、二人の会話を聞き、命はクスリと笑って会話に挟む。

 

「慧音さんと妹紅さん。二人は白鷺 雪と他に比べれば深い交流があるんだよな?」

 

「ん、まあ私は雪が子供の頃から知ってるしな」

 

「私もしばらく旅を一緒にしていたけど」

 

二人のその言葉に十分だと呟く。

そして命はならと尋ねた。

 

 

ーー白鷺 雪のことを、教えてもらえはしないだろうか?

 

ぜひ仲良くしたいからね。

そう付け足して、【桜井 命】に似る【白鷺 雪】について聞き始めた。




後の妖怪の賢者は語る
「鬼神には精力剤を盛りましたわ。そして、お姫様にはちょくちょく口にするものに先回りをして媚薬を仕込みましたわ。反省も後悔もしてません。むしろ感謝してほしいですわ」


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傾聴

ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある必然。

 

それは死。

望まぬ死が溢れてる。

自殺にあらず。

不慮の事故、病、寿命、運命により定められた人生の終着点。

 

今日も死ねば、明日もどこかで顔も知らぬ人が死ぬ。

もしかしたら自分の身近な人を失う事も、誰しもが通る道である。

それは親であり、友であり、恋人かもしれない。

自分が拒絶しても周りが否定しても、それは変わらず訪れるもの。

 

ーーあぁ、なぜこの人が死なねば。

それは人類共通の定めである。

 

ーーあぁ、死にたくない。

それでも死はいずれか訪れ、己を連れ去っていく。

 

ーーあぁ、なぜ人は死ぬのか?

それは神のみぞ知る事だ。

 

人はいつか死ぬ。

今日か明日かもしれないいつか死ぬ。

それは、生を望む者にとってひどく残酷なこと。

今このときでも誰かが世界中のどこかで死んでいる。

今日も"私"には何処かの誰かの命が途切れる音が【聞こえる】。

 

ーーあぁ、また死んだ。

"私"はそう夢の中で呟いた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

ーーとある人里の守護者は語る

『雪か? 雪は幼い頃はヤンチャで男の子みたいなやつでな。それでよく姉妹同然の茜という子を連れて遊びまわっていたものさ。そして、私はその二人に文字などを教えたりしてな。私はあの子らにとって母親の代わりだったのだ。それがいつの間にか妖怪となっていたのは驚きだったし、ましてや婚約して幸せそうに今を暮らしている。知ってるか? 雪の料理は上手いんだ。頑張ったのだろうな』

 

 

ーーとある不老不死者は語る。

『あ? 雪か? 雪は……なんて言ったらいいんだかわかんないが、まあ親友かな。長い間旅をしていたのもあったが、同じ死ぬ事がない身だからな。長いこと仲良くしたいし、もし今の周りの奴らがみんなおっ死んじまったら、私と雪と、あとはあの竹林の奴らが残るんだろうな。だからさ、私は雪とはいつまでもダチでいたいと思ってるさ』

 

 

ーーとある白黒の魔法使いは語る。

『私はここ最近関わりを持ったばっかりだからよく知らんが……、まあ素直なやつだと思うぜ。それにあいつの飯はウメェからたまに食いに行くぜ! ま、まあ……時間が悪かったらその……気まずいものを見ることがある、がな……』

 

 

ーーとある吸血鬼のメイドは語る。

『雪? 彼女は私の主人であるお嬢様とその妹様がよくお世話になっているわ。最初はただ弾幕ごっこをやりにいったはずだったのに、いつの間にか餌付けされ……懐いちゃってね、彼女の屋敷にはお嬢様たちに付いてよくお茶に行くわ。えーと、桜井 命だったかしら? 貴女も良ければ紅魔館に来てちょうだい。雪に似てる貴女にお嬢様は興味をお持ちなの。我が主人は大変喜ぶわ』

 

 

ーーとある半霊は語る。

『白鷺 雪といえば……、屍の姫のことですか? 私は直接言葉を交わした事がないですが、祖父が若かりし頃に一度会った事があるらしく、ひどく美しく白い髪が透き通った肌によく映えたといっていましたね。あと、白い全身に返り血を浴びた様子はまるで地獄から来た純白の死神のようで危うく殺されかけた事があるともおっしゃっていました。私も一度は斬り合いたいものです』

 

 

ーーとある花好きの妖怪は語る。

『私の可愛いお人形よ。あのクールぶってる顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいと思ってるわ。あの鬼神さえいなければ今頃は私の性奴隷(ペット)ね。え? そんな事を聞いてるのではない? というか、貴女よく見てみれば雪にすごいそっくりね人間。ちょっと私の家に……って走って逃げちゃったわ、残念ね』

 

 

ーーとある天狗は語る。

『し、屍の姫ですか? ありゃー、バケモノですよ。私の上司が言ってましたね。その昔に何百の天狗を殺しまわって、今の伴侶である鬼神とも互角に戦った事があると。それにかなりの外道で、私も昔に羽を毟られて、火のかかった鍋に全裸で入れられて茹でられた時は本当に死ぬかと……』

 

 

ーーとある現人神は語る。

『あぁ、雪さんのことですか? ときどき人里で買い物をしてる時に会いますねー。最近じゃあ、雑談もよくしますね。知ってます? あの人って結構料理好きで、旦那様に毎日手作りを作っているそうなんですよー。いいですよねー、お嫁さんですよお嫁さん! 少し憧れますねー!』

 

 

ーーとある正体不明は語る。

『あー、白鷺 雪ってあの鬼神の伴侶でしょ? 地底にいた頃に一度だけ見たことあるけど、なんと言うか……、ずっと鬼神にべったりしてる感じだったかなー? まあ、何百年前に見たきりだからよく覚えてないけど?』

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

桜井 命が神社の境内に現れ三日が経ち、慧音宅に居候を始めてから二日目の昼ごろ。

人里の道中、そこで二人の少女が目的もなく、歩き続ける。

 

「んー、だいぶ聞き歩いたな。結構人里にも白鷺 雪の知り合いはいるものだ」

 

慧音に用意してもらった杖をコツコツと鳴らす盲目の少女はそう呟きながら、隣を歩く魔理沙に語る。

そんな呟きに魔理沙は首を傾げながら尋ねた。

 

「なー、人里を案内してほしいって言うのはわかるが……、なんでそんなに雪の事を聴き歩くんだ?」

 

命が人里の中を杖を鳴らしながら歩く道中、魔理沙と挨拶を交わして行く人や命を雪と勘違いしたりして話しかける人や新聞を見て件のそっくり者と気づく者、様々な人に命は【白鷺 雪】について尋ねまわっていた。

雪に似ていると毒牙にしようとした花妖怪がいて命が全速力で逃げ出しだ後も、呆れずに聴き続けている様子を見た時は懲りないなと魔理沙は思ったほどだ。

 

命はそんな呆れている魔理沙の気持ちに気づく事なく、魔理沙の問いに答える。

 

「うーんなんでかって言われたら……、自分に似ている人の事は知りたくならないか? もしかしたら中身も自分と一緒かもしれないしな」

 

「んー?そんなもんなのか?」

 

「生まれつき目が見えないぶん、好奇心が旺盛なのさ」

 

微笑を浮かべる命を片目に、魔理沙はそんなものかと納得し、次に案内する場所を考える。

目ぼしい場所も思いつかないし、次は人里の外に連れて行こうかと考えるも、どこに連れて行くか迷う。

幻想郷はけっこう広い。

東西南北、天から地へと幅広く、案内するにも1日では回りきれない。

なら近場のどこかでも……。

 

魔理沙がそう考えていると目の前に小さな妖力を感じた。

その妖力は霧状のものとして視認され、それが固まっていきそれは魔理沙らの目の前に姿を現した。

 

「やぁー、魔理沙ぁ」

 

「お、萃香じゃないか」

 

目の前に現れたのは左右から捩れた角を生やした茶髪の小鬼。

見た目は幼女で中身は酒豪の伊吹 萃香が現れた。

 

こいつが人里で珍しいなと魔理沙は思いながら、初対面であろう命に萃香のことを紹介する。

そして、命自身も自己の紹介をしようと手を伸ばした。

 

「初めまして、桜井 命だ。盲目で視力が悪いが、よろしく」

 

「おう、よろしくー。で? 私にも"白鷺 雪"について尋ねるのかあ?」

 

「お、よくわかったな」

 

萃香が伸ばされた手を握り、握手で答える。

そして、先ほど萃香自身が霧状となり観察していた雪の事を聞き回っていた雪似の人物に対して、率直に答えた。

 

「言っておくが白鷺 雪は……、お嬢は私ら鬼にとっては妹みたいなもんなんだ。もしお嬢の身に何かあれば自身の危機のように返り討ちにしてやるし、悲しませるような事があればーー、全力で潰すぞ人間?」

 

珍しく見る萃香の真面目な顔。

魔理沙のみならず、周辺の歩き去る人々も萃香の気迫に押され、恐怖に襲われる。

しかし、そんな中で命だけは変わらず口を開いた。

 

「それは、忠告として受け取れば?」

 

「いやぁ、変に嗅ぎ回っているように見えたから誤解されないように気をつけろってことさ」

 

「ふふ、そうか。なら気をつけるよ」

 

萃香の言葉にクスリと笑う。

そして、萃香はそれだけさぁ、と言い残して再び霧状となり消えていった。

そして消えていった萃香を見送った命は何事も無かったかのように魔理沙に話しかける。

 

「さ、次は噂の地底でも行こうかな。あそこは白鷺 雪の知り合いが多いそうだからいい話が聞けそうだ」

 

「おいおい……、いま言われたばかりだろうが。これ以上、普通の人間が妖怪の事に踏み込むのはやめておきな」

 

次は噂の激ヤバなバケモノの鬼神本人がでてきそうだ、魔理沙はそう思いながら変にこだわる命を止める。

命自身は魔理沙の言葉に、なら仕方がないと呟き諦めの様子を見せた。

そして、代わりに思いついたように口を開く。

 

「なら、次は幻想郷で起こるっていう可笑しな事件……"異変"ってものを聞きたいかな?」

 

「お、それなら私が教えてやるぜ!! 実は私も異変解決を生業にしてるからな!!」

 

「おっとそれは楽しみだ。ならどこかで落ち着いてよく聞かせてくれ」

 

「ああ、任せな!!」

 

魔理沙は胸にドンと拳を当て、命の手を引っ張りながら近くの甘味処へと行く。

そして店の前に広がるベンチに腰を下ろして、店主にお茶と適当な甘味を注文する。

 

「で、話を聞いてもいいか?」

 

「あぁ、いいぜ! なにから話したものかな……」

 

と、魔理沙は顎に手を添えながら思い出し、自身の経験してきた異変について語り出す。

 

最初は、幻想郷を紅く覆った霧の話。

そして、春が奪われ冬が終わらぬ話。

それは、三日ごとに行われる百鬼夜行の話。

あれは、月が沈まず終わらぬ夜の話。

それからも、あらゆる花が咲き乱れる話、奇妙な異常気象の発生する話、温泉と悪霊が湧き出てくる話。

そして最後は幻想郷の空に宝船が現れた話。

他にも異変という訳ではないが、野良の妖怪をやっつけた話や月に行った話、外からやってきた神様の話などを魔理沙は語る。

 

命はその魔理沙の話に耳を傾け、静かに傾聴をする。

時にすると約一時間ほど。

すでに出されたお茶は空であり、皿の上に乗るみたらし団子もすでに串だけとなっていた。

しかし魔理沙は自分の武勇伝を語り続け、命も驚く事なくただ平然と耳を傾け続けた。

そして、魔理沙はここ最近の異変の詳細を語り、話を締めくくろうとしたが、最後にもう一つだけ語っていない異変について思い出す。

 

「ああー、あと"あれ"もあったな……」

 

「お、次はどんな異変を語ってくれるんだ?」

 

「"骸鬼異変"っていう異変があったんだが……」

 

命の期待の声に魔理沙は唸りながら迷う。

魔理沙としてはこの異変の首謀者は雪となっており、雪に変にこだわる彼女に話してもいいものかと考える。

先ほども萃香に釘を刺されたばかりだし、これ以上雪の話をし、飛び火をして私まで面倒を受けることになるのはごめんこうむる。

そう思い魔理沙は言葉を適当に濁して説明した。

 

「まあ、そんなに多く語る異変ではないさ。ただ、幻想郷に骸となって現れた怨霊が溢れかえるだけの異変ってだけだったぜ」

 

「それはいつ頃の話で?」

 

「んー、いつだったか……確かあれは去年の年末あたりだったかーー」

 

魔理沙がそう答えると、今まで魔理沙がどんなに盛り上がりそうな話題を振っても一定の表情を浮かべていた命がこの時初めて、表情を崩した。

 

「そうか。それは異変続きで大変なことで」

 

「はは、それは違いない! あの時は二日続きで霊夢もカンカンだったぜ!」

 

「ああ、博麗の巫女には()()に同情するよーー」

 

魔理沙はケラケラと笑うも、命が最期に呟いた言葉を聞くことはできなかった。

魔理沙は、命のその呟いた言葉の意味に、浮かべた笑みに気づくことは、できなかったーー。

 



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二章 その歌姫は幻想に歌う
歌姫


ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある悲哀。

それは愛する子を亡くす母の夢。

 

ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある死。

それは看取られることなく孤独に死に行く老人の夢。

 

ーー夢を見た。

その夢はどこにでもある偶然。

それは不慮の事故にて若くして命を亡くす少女の夢。

 

 

見慣れた、聞き慣れた悲劇に"私"は耳を塞ぐ。

しかし、それは運命が、神が許さない。

聞きたくなくても、【聞こえて】しまう。

 

ーー声が聞こえる。

誰か助けて、という命乞いが。

ーー声が聞こえる。

誰か助けて、という願望が。

ーー声が聞こえる。

誰か助けて、という懇願が。

 

耳を塞いでも、それは聞こえてくる。

まるで地獄の底で亡者が呻くが如く私の足を引っ張りこみ、悲しみの渦へと引き込もうとする。

 

だけど、私はその亡者を蹴っ飛ばして前へ行く。

私の"目的"のために立ち止まることなく。

ーー私は前を、歩き続ける。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「霊夢! 霊夢!!」

 

時刻は日付けが変わる頃。

博麗神社の境内にて一人の女性が声を上げていた。

 

神社の主の博麗 霊夢はこれから寝床に着こうとしていた時に、突然の来訪者が来たことによりイラつきながらも、寝巻きのまま縁側から外に出る。

そして、突然の来訪者にしては珍しい人がおり、少し驚きながらも返事をした。

 

「慧音じゃない? あんたがこんな夜中に珍しいわね」

 

「こ、こんな時間に申し訳ないな霊夢」

 

急いでここまで来たのか、呼吸を乱した状態で話す。

霊夢は慧音にとりあえず落ち着きなさいと声をかけ、呼吸を整えさせようと促すが、慧音はそれどころではないと声を張り上げた。

 

「命がっ、命がどこにもいないんだ!」

 

「命が?」

 

「先に寝床についたのは確認したのだが……、気づいたら布団の中はものけのからで、家の中をどれだけ探してもどこにも見当たらないんだ!」

 

「眠れなくて散歩でも行ったんじゃないの?」

 

「あの子は! 目が見えないんだぞ!」

 

気が気で仕方がない慧音はそう張り上げた。

慧音曰く、一応は家の周りも一通り確認してから博麗神社に来たがそれらしき人物はどこにも見当たらず、現在も人里の一部の人に捜索を手伝ってもらっていると語る。

しかし、慧音が目を離したのは一瞬で、そんなに遠くに行っているはずもないのに家の周りにもおらず、複数人で探しても見当たらない。

なので、こうして助けを借りに博麗神社に慧音は来た。

 

霊夢は慧音の話を一通り聞き、頭を悩ませた。

自分の本業は巫女と妖怪退治で、迷子の捜索は博麗の巫女の仕事にあらず。

それも元から人里に住む人間がではなく、ここ最近に外から来た外来人がだ。

正直にいってめんどくさい。

 

「少し時間を置いて見たら? もしかしたら、朝にはひょっこり戻ってくるかもしれないわよ」

 

「そんな悠長なことを言ってる間に、あの子に何かがあったらどうする!」

 

「そう言われても……」

 

話に聞くかぎりは、手を尽くすかぎり探したようだが、案外と誰かの家で保護されているのかもしれない。

最悪、幻想郷のルールを破った妖怪が人里に手を出して、攫っていったのかもしれないが。

そうなれば、博麗の巫女である自分の仕事であるが、夜中の闇夜に隠れて攫っていく妖怪など手を焼くに決まっている。

人里の人ならまだしも、外から来た人間を助ける義理など……。

 

「あの子は、雪に似てるんだ……。私怨かもしれないが、"次"こそは守ってやりたいんだ。何かがあってからでは……遅いんだ……」

 

慧音が思い出すのはまだ自分が純粋な人の身で、まだ雪や茜が生きていた頃の話。

そして、血に塗れた寺の中を見て、涙を流しながら膝をつく自分の姿。

次こそは……、そんな決心と覚悟の表情を彼女は見せた。

 

そんな慧音の悔やみきれない顔を見て、霊夢はため息をついた。

そんな顔をされて、そんなことを言われたら博麗の巫女というよりも、一人の人としてどうにかするしかないではないか。

 

「…………はあ、仕方がないわね。私も探すのを手伝うわよ」

 

「ほ、ほんとか!?」

 

「その代わり今度雪を連れて来なさい。久し振りにあいつの美味しいご飯が食べたいわ」

 

その言葉に慧音は任せろと言おうとした。

しかし、その言葉と同時に幻想郷に響き渡る、巨大な叫び声が上がった。

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

「ーー世界が、私を呼んでいる」

 

少女はポツリと呟いた。

盲目の少女は手元に持つ杖を振り回し、ヘラヘラと笑いながら杖をクルクルと回して遊ぶ。

 

少女がいるのは、とある山の頂。

景色が良く、夜に映える月がとても美しく見える。

しかし、少女の見るのは月にあらず。

 

「見えなくてもわかる。この幻想郷は幸せに満ちている」

 

少女は山の頂より、幻想郷を見下ろす。

常人ならば、山の上から見る景色など灯りがない限り暗闇が邪魔をして見ることはできない。

ましてや少女は盲目で、マトモに物を見ることもできない。

しかし、何かを見て……いな、【聞いて】少女は笑う。

 

「さあでは、今宵より始まる"物語"は全て揃った」

 

少女は見えぬ眼を閉じ、歌を歌う。

その歌は、決して死ぬことのない少女の歌。

題目はーー

 

「さあさあ。今宵は皆に【聞かせ】よう、 哀れな哀れな"少女"の物語を」

 

 

「唄う。謡う。詠う。歌おう、私の"目的"のために」

 

 

「幻想郷の諸君よ。私の"傲慢"な"願い"のために、踊りたまえ」

 

 

「ーーでは、始めよう」

 

 

 

「私のためのーー、私だけの救済劇を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

では、刮目せよ。

今宵の題目はーー、【屍の姫】。

どうか、ご覧あれーー。



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再来

それはーー、かつての天変地異の再来であった。

 

己の身から発する黒煙とは相反する白い巨体。

隣の山の頂を掴むほどの大きな白骨の手を持ち、妖怪の山を覆うほどの巨大な一体の骸骨。

それが現れるとともに天には黒雲が現れ轟が、地は妖怪の山を中心に地割れが起こる。

 

「まるで、五百年前の"髑髏塚異変"の再来ね」

 

今にも世界が滅びそうな景色を見て、八雲 紫は妖怪の山に現れた骸骨のさらに上空から見下ろすようにポツリと呟いた。

 

「霊夢。私は五百年に"アレ"を封印することしかできなかったけど……、貴女ははたしてどうするのかしら?」

 

八雲 紫は過去の苦渋を思い出しながらも微笑む。

そして、突如現れた巨大骸骨に慌てふためく妖怪の山の面々を見つめた。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

「ああああああもおおおおおおおぉ!!!!!! こんどはなによおおおおおおお!!!!!」

 

妖怪の山より少し離れた山の中。

その声の主は頭を抱えながら叫び声をあげる。

役職天狗の長、通称は天魔、名前は夜鴉 黒羽。

そんな天狗の長は大勢の部下の目の前でなぜ発狂をしているのか。

 

それは今から三十分前ほど時間を遡る。

なんの前触れもなく、いつぞやこの山に白鷺 雪が暴走して現れた巨大な骸骨。

それが三十分前ほどに出現し、問答無用に暴れまわり、木々を破壊する。

止めに入ろうとした哨戒天狗も、初っ端から引っ張り出した大天狗も、妖怪の山三回りほど大きい巨大生物には手も足も出ず、数十分たった今では既に妖怪の山は半壊どころか全壊であり、大損害である。

唯一救われた点といえばその巨大生物はその場から移動をする様子は見えず、ただ我武者羅に白骨の腕を振り回すだけ。

しかし、いきなり現れた巨大骸骨の出現点が近かった天魔である黒羽自身の屋敷を初め、下っ端天狗の住処すら一掃され、その巨大骸骨は多くのものを吹き飛ばして行った。

はっきりと言ってその場から動かないことが救いと言ってもそれは幻想郷全体の事を考えればの話であり、妖怪の山に住んでいる天狗らにとっては早くどっかに行ってくれである。

 

そして現在の天狗らは、天魔を中心として重傷者を除く行動可能な部下を集め、妖怪の山よりほんの少し離れた山の中にて天狗らの作戦会議中である、はずだったのだが。

 

「あやや、天魔様は狂乱してらっしゃいますね」

 

集まる天狗の中の一人、射命丸 文は苦笑いを浮かべながら黒羽を見て呆れる。

そんな呆れる文を片目に、隣で立つ白狼天狗の犬走 椛は苦笑をしながらも、己の長である黒羽をかばう様に口を開いた。

 

「仕方がないですよ文さん……。話に聞く限り、天魔様が就任してから"屍の姫"に襲撃を受けるのはこれで三度目らしいですから」

 

「ま、今の所は屍の姫(仮)ですがね」

 

巨大骸骨の襲来から三十分ほど経ったが、もちろん天魔である黒羽は何もしていないわけではない。

部下に命令をして妖怪の山に住む妖怪の避難誘導や、巨大骸骨に対する情報収集などを行ってきた。

そしてその情報収集のうちの一つに白鷺 雪の屋敷に行き、白鷺 雪の存在の有無の確認を黒羽は命じた。

しかし結果は白鷺 雪どころかこの時間帯ならば屋敷に既に帰ってきているであろう鬼の大将である千樹 斬乂の姿も見当たらなかった。

鬼の大将は地底からまだ帰ってきていないとし、確信的な結果ではないにしろあの巨大な骸骨を仮ではあるが白鷺 雪と黒羽は体裁上そう判断した。

また、五百年前の髑髏塚異変よりも活動が活発的なことから脅威を五百年前のそれよりも高く見ている。

そして、現在の課題はあの巨大骸骨をどうするかであり、どのように討伐するかである。

 

しかし、その指揮を取るべく肝心の天魔は現在は頭を抱えながらトンチンカンなことを呟いていた。

妖怪の山の長として弱き妖怪らを守りながら避難を誘導したり、下手に戦闘をするのではなく一度退避をして状態を立て直し、情報収集を行ってから迎え撃つよう指示を出すところまではよかった。

冷静そのものに部下を動かし、その姿はまるで歴戦の将そのものであった。

しかし、現在は一時緊迫した状態から離れたからなのか、先ほどの凛々しさはかけらも見えず、頭を抱え発狂し半泣き状態。

そんな一組織の長の慌てっぷりを見て、古参の大天狗らはやれやれと眉間にしわを寄せ呆れ、大天狗らと同じく黒羽の素を見慣れた天狗らは苦笑を浮かべる。

 

「あぁ……秘蔵の酒が……。私が婚儀を結んだ時に開けようとした酒がぁ……」

 

「ごほん……、大将殿? 冗談を言われるのはそれまでにしてはいかがか?」

 

「うぅ……それは私が死ぬまで結婚できないって意味かああああ!!!」

 

痺れを切らし指示を出しては、と遠回しに言ったつもりの一人の大天狗に当たり散らすように、腰にかけた日本刀を投げつけてその大天狗の頰をかすめた。

周りはそんな理不尽な八つ当たりを見て、冷や汗を流した。

もうそろそろ誰か止めてやれよ、そう思った矢先に天狗らにとってその茶番を終わらせる救世主が現れた。

 

「巨大な骸骨が現れたから何事かと慧音の頼みを放ってわざわざこっちの方に来たけど……、この状況はなんなのかしら?」

 

「……博麗の巫女か?」

 

この混沌とした空気を壊すが如く空から現れた霊夢。

そして霊夢が現れると同時に、今まで慌てふためいていた黒羽がピタリと身体を落ち着かせ、今までの様子が嘘だったかのようにいつもの凛々しい雰囲気に戻った。

 

「貴女が来るのをずっと待っていたわよ? 各隊、避難は済ませたかしら?」

 

「妖怪の山の下々の者の避難終わりました!!」

 

「避難誘導、殿(しんがり)共に撤退済みです!!」

 

「守矢神社の二柱が自身の神社が倒壊したことにより卒倒して気絶しています! 現在は守矢神社の風祝が担いで共に避難中です!!」

 

「なら手を貸すなりして借りを作って来なさい!」

 

黒羽に命令され忙しく動き出す天狗ら。

そして、霊夢は近くにいる白狼天狗に話しかける。

 

「で? 状況は?」

 

「数十分前に屍の姫(仮)が妖怪の山の上空に出現して、ものの数分で妖怪の山を全壊。並の攻撃では硬すぎて無傷、攻撃が通ってもすぐに再生。故に一時撤退を」

 

「屍の姫? ならあれは雪なの?」

 

「今のところはそう判断を」

 

「はっ! そう判断を出したけど、あんなのが雪なわけないじゃない!!」

 

霊夢の問いに業務的に答える白狼天狗に割り込み、黒羽が鼻で笑いながら霊夢に近づいて言葉をかけた。

 

「確かに"あれ"は数百年前に現れた巨大骸骨の再来ね。天は轟、地は割れる。黒煙と共に現れる屍の姫そのものよ」

 

「じゃあ、雪じゃないという根拠は?」

 

「いま幸せに生きてる"あいつ"が! あんな姿になるわけがないわ!!」

 

根拠はそれだけ。

黒羽は思い出す。

五百年前に現れた"あれ"は雪の抱える怨霊が暴走して、雪の絶望の表情と共に現れた。

黒羽は知っている。

雪は、今は幸せに生きていることを。

ただ、根拠はそれだけのことで、それ以外はなにもない。

霊夢はそんな不確かな根拠にただただ呆れた。

 

「なら、雪の存在は確認できてるの?」

 

「部下があいつの家に行ったけど居なかったらしいわ。けど、あの斬乂(ばか)もいなかったらしいから、どうせ今頃どこか人気のない場所でイチャついてるんでしょうよ!!」

 

それでもあんなバカでかいのが現れればすぐに気づくでしょうに、と霊夢はさらに呆れるが、口には出さず心の内に飲み込む。

どっちにしろあれは幻想郷の敵で、最終的にはぶっ飛ばす予定の相手だ。

雪であろうが誰だろうが、自分の安眠を邪魔したやつを気晴らしにボコるだけなのだ。

 

しかし、あんなデカイのをどうボコボコにするか、霊夢がそう考え始めていると黒羽が自身の呼び名を呼びあげた。

 

「博麗の巫女! 」

 

「なによ?」

 

「命令よ! 私と共にあれを討ちなさい!!」

 

そのために何十分も貴女を待っていたのだから。

突然の申し出に霊夢は一瞬だけ惚けるも鼻で笑って答えた。

 

「はん、天狗様は上からなことで……」

 

黒羽の上から目線の言葉に霊夢はため息をつき、やれやれと言いながらも払い棒を肩に担ぎ頷く。

その返しに満足そうに黒羽は頷き、気合を入れた。

 

「遅くなったけどーー、反撃開始よ!!」

 

"屍の姫"討伐戦ーー、開陣。



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"少女"

霊夢と黒羽は上空にて、既に元の面影も無くなった荒廃した妖怪の山にて未だに腕をぶん回して暴れる巨大骸骨を見下ろす。

そして、頭上ではいつ自分らに落雷するかもわからない黒雲からの轟を聞きつつも、霊夢は呑気に口を開いた。

 

「あんなに暴れちゃって、もうあの山には住めないわね」

 

「いいわよ別に。また、一から作り直せば」

 

メンツは丸潰れだけどね。

ついでに今回の責任で私も地位を追いやられて、のんびり生活でも送りたいわ。

黒羽は心の中でそう自嘲しながらも、背後に控える天狗に声をかけた。

 

「各員、配置にはついた?」

 

「はっ、指示された通り」

 

「ならあんたも下がってなさい」

 

「御意に」

 

淡々としたやり繰りを終え、黒羽自身も名を覚えていない天狗は消え去った。

霊夢は黒羽のやり取りを一通り見て、ふと思った事を口に出した。

 

「……別にあんなの私一人で十分なんだけど、一応聞くわ」

 

「なにかしら?」

 

「なんで大将であるアンタが前線に出て、他の天狗には取り逃さないようになんて面倒な建前つけて下がらせたわけ?」

 

霊夢の単純な疑問に黒羽はそうね……、と呟きながら、遠すぎて見えることはないが巨大骸骨を囲むように散り散りとなる天狗らの方を一度見てから答えた。

 

「別に。理由なんてくだらないものよ」

 

「ふーん、天狗ならほとんどの奴らが自分たちの住処をこんな滅茶苦茶にされて苛立ってるものだと思ったけど」

 

「そうね……、ついでに言うなら私の事を気に食わなくて、今後これをネタに突っかかってきそうな奴らも出てきそうね」

 

主に大天狗とか煩そうね、とまたもや自嘲しながら自分の今後を考える。

これを気に本当に引退してやろうか、そう思っていると二人に大きな声を出して近づいてくる存在があった。

 

「れ、霊夢さーん!! 神社が! 神社がっ!!」

 

大きな泣き声とともに緑髪の巫女服を着た少女。

東風谷 早苗が上空にて佇む霊夢の姿を見て、急いだ様子を見せて近づいてきた。

 

「あら早苗じゃない? 神社がどうしたのよ?」

 

「き、聞いてくださいよ!! あの大きな骸骨がいつの間にか現れて暴れて神社が吹っ飛んでそしてそのショックで神奈子さまと諏訪子さまがーーーーーっ!!!!!」

 

「ああ、そういえばアンタらも妖怪の山に構えてるのだったわね」

 

泣き喚く早苗を見ながら妖怪の山を見つめ、確かに守矢神社の本来あった場所を探すが、他と同様に吹き飛ばされたのか荒廃となっていた。

霊夢は内心に自分の所じゃなくてよかった、と思いながらもおちゃらけた様子で口を開く。

「ま、これを気に転職でもしたら?」

 

「うぅ……本当に私たちはこれからどうすれば……」

 

「私としてはライバル神社の廃業万歳、だけどね」

 

「ひどいですぅー!?」

 

冗談八割の霊夢の言葉にさらに泣き崩れる早苗を見て、黒羽は先ほど部下たちの前で見せた醜態を思い出す。

緊迫する部下たちの気持ちを和らげるためにしても、あの茶番はやり過ぎたかと少し恥ずかしい気持ちになりながらも、二人のくだらないやり取りを見ていてそろそろ行動を起こさないとまた大天狗共に後でドヤされてしまうと思い、そろそろ口を挟む。

 

「ま、アンタも自分の住処を潰されて巨大骸骨(あれ)に思ってることがあるでしょうに」

 

黒羽の言葉に早苗は泣きながらも小さく頷く。

そして、その早苗の返しに満足そうに黒羽は笑う。

 

「なら今から私が巨大骸骨(あいつ)を吹っ飛ばすから、手を貸しなさい」

 

「え、は、はい!」

 

「……吹っ飛ばすってあんなのどうすんのよ?」

 

早苗は流れで返事をしたが、霊夢は妖怪の山よりも何回りも巨大な骸骨を見て呆れた。

 

五百年前に起きた髑髏塚異変と同じ様に封印する、という手もあるが、封印したその後の管理は自分の管轄になるので、仕事が増えるのだけは避けたい。

まあそんな事を言ってられる状況ではない事はわかっているが。

と、霊夢は思いながらも黒羽の言葉に耳を傾けた。

 

「部下の話だと、生半可な攻撃では傷もできず、できてもすぐに再生するらしいわ」

 

「げっ! めんどくさ……」

 

「なら超怪力でぶっ飛ばすんですね!」

 

黒羽の説明に霊夢は顔を歪ませ、早苗はその場でシャドウボクシングをしながら黒羽に期待を込めた目を持って見る。

黒羽はそんな早苗の言葉に苦笑を浮かべながらもそれは無理と首を振る。

 

「でも、そんな感じかしらね。ま、アンタらは黙って私の言う事を聞いて、囮でもしてなさい」

 

「なによそれ……」

 

「部下にでも囮くらいならできるけど……、間違えて消し炭にしちゃったら困るでしょう?」

 

「それは私達なら消し炭になってもいいってことかしら?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

含みのある笑みを浮かべる黒羽に対し、霊夢はやれやれと思いながらも、囮で終わるつもりはさらさらない、と最後に言い残し霊夢は骸骨の方に飛んでいく。

そして、早苗もそれに続く様に黒羽の方を一度見て、頭を小さく下げた後に霊夢に続いて骸骨の方に飛び去っていった。

 

黒羽は二人が飛び去っていく様子を見て、人間の相手は疲れると一度ため息をつきつつも、ここにはいるはずのない人物に声をかける。

 

「スキマ妖怪、見てるんでしょう?」

 

「ーーあら、よく居るってわかったわね?」

 

黒羽の呟きに、空間にスキマを開け素直に現れる紫。

そんな紫を一瞥し、呆れた様に答える。

 

巨大骸骨(あれ)が現れて、アンタが黙って見てるはずないもの」

 

「それもそうね。それでも貴女の側に隠れていたとは限らないけどね」

 

「現れるわよ。一番に"屍の姫(あれ)"に因縁があるのは私で、そんな面白そうなものを近くで見たがるのがアンタよ」

 

「そう。まあ、そういうことにしておいてあげますわ」

 

黒羽のよくわからない推測に紫はクスリと笑う。

黒羽はそんな紫の誤魔化す表情を見て、時間のない中で簡潔に呼び出した用件を伝える。

 

「率直に聞くわ。あれは、雪なの?」

 

「いえ違いますわ」

 

聞かれる内容がすでに想像できていたからなのか即答をする紫の言葉を聞き、黒羽は喜びも悲しみも見せずに続いて尋ねた。

 

「なら、雪と、斬乂は無事なのね?」

 

「ええ。まあ少々、ここ数日は鬼神の()()で、お二方は隠れていますがね」

 

「あっそ。まあ、無事ならいいわ」

 

紫の言葉にやっぱりただ人気のない場所でイチャイチャしてるだけだったじゃないの、と呆れはするも、なんやかんやで安心する黒羽。

他にもあれの正体についてなど聞きたいことは山ほどあったが、黒羽は今は安堵に酔いしれたい気分であった。

そして、安心すると同時に黒羽は腰に掲げる日本刀の鍔を撫でる。

 

「ふふ、これで気兼ねなくーー」

 

 

 

 

 

ぶっ殺せるわーー。

 

 

 

 

 

黒羽のその笑みに八雲 紫はほんの少し。

ほんの少しだけひたいに冷や汗を流し、恐怖を抱いた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

ーーとある少女は"それ"を見て、目を見開いた。

それが現れたのは妖怪の山と呼ばれる山の方角。

かつて見たことの、かつて"自分"がきっかけとなり呼び起こした"バケモノ"を見て、茫然と口を開けたままになる。

 

それが現れたとともに人里の人々は"それ"から発せられる大きな叫び声とともに眠りから目を覚ましたのかぞろぞろとそれぞれの家から覗き出てきて、"それ"を見た途端に悲鳴をあげながら家の中に戻ったり、遠くの方に逃げようと走り出す。

 

しかし、"私"は逃げもせず、室内に戻ろうともせずに茫然と立ち尽くした。

 

「……なにが、起こってるの?」

 

"私"は顔につけている"狐"の面を取り外し、茫然としながら巨大骸骨(それ)を【見た】ーー。



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四度目

ーー私は、自分が最強だなんて思ったことはない。

はっきりいって今の天魔(ちい)で居られるのは、鬼子母神である鬼の大将である斬乂とかつて妖殺しと恐れられた"屍の姫"雪と友好的な関係を築いており、この二人が天狗社会の脅威にならぬよう抑止力として据え置かれているものだ。

でなければ、私なんかが天魔(さいきょう)の地位に置かれ続けるわけがない。

 

一般の天狗よりかは自分の方が優っていると思う。

しかしそれは同族同士では、の話である。

剣の腕であれば冥界の庭師のジジイの方がよっぽど腕が立つ。

身体能力であるならば斬乂の方が格上だ。

能力に関しては八雲 紫の方がチートである。

私は所詮、天狗の中ではある程度の剣が扱え、ある程度の体術の心得があり、能力に関しては部下の方が自分より有用なものを持っていると自覚している。

ましてや、今はスペルカードルールなんていう弱者でも強者に勝てるという決闘が主流の時代だ。

単純な力だけでモノを言う時代はもう終わりに近づいているのだ。

 

だけど、かつて私は努力で天狗社会を上り詰めてきた。

今も昔も絶対的な才能(ギフト)の前には敵うとは思っていない。

自分に出来ることといえば自分が持ちうる努力(ギフト)で戦うことだけ。

それ故に斬乂に、私がかつて想ってきた相手に長年と均衡し続けられた所以だ。

 

あの時、努力を続けなければどうなっていたんだろう?

今頃、斬乂に敗れて性奴隷にされていたか、またもや使い捨てられて心身共に廃れ自害していたか。

それとも、白鷺 雪の様に結ばれ、婚約を結んでいたか。

まあ、どう考えても関の山で都合のいい愛人であろう。

私には白鷺 雪の様に素直になれるような感性は持ち合わせていないのだから。

 

ああ、そうそう。

私は結局は白鷺 雪には結局一度も勝てなかった。

一度目は、最初に出会った時。

結局は斬乂に助けられたが、あのままだったらきっと私は殺されていただろう。

二度目は、斬乂を盗られた時。

気づいたら、私が本来いた場所にあの子は居て、大切なものを奪っていかれた精神的な敗北。

三度目は、(あなた)が消えた時。

あれはただ、あの子を傷つけたら斬乂が悲しむと思ったから。

一度目と二度目はただの油断、三度目はただ情が湧いて、油断した。

つまりほとんどどころか全部が油断。

 

あの()に対しては、はっきりいって剣術も体術も自身の方が優っていると思う。

能力に関してはあっちの方が上だけど、最初から油断なく一対一の勝負では私の方が勝つと思っている。

だが、今のところは一度も勝てたことがない。

 

もう一度言う。

私は所詮は努力だけ。

産まれながらの才能もないただの天狗。

あとは、ほんの些細な繋がりで今の天魔(ちい)にいる凡人だ。

周りが何と言おうが、少なくとも自分はそう思っている。

 

そんな私だけど。

私はもう二度と屍の姫(あいつ)にだけは負けたくないーー。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

霊夢は巨大な骸骨を飛び回り、ひたすらに弾幕を打ち込んでいく。

しかし、ほとんどの弾幕は弾かれ、さらに近づこうにも巨大骸骨が虫を払うかのように腕を振り回し近づくことも叶わない。

封印しようにもこんなに暴れ回られたら、詠唱どころか近づいて封印具を取り付ける事もままならない。

 

「れ、霊夢さん、あんなのどうしろっていうんですか!?」

 

態勢を立て直すために一旦距離を取り、どうするかを思考する霊夢に対し、息切れを起こしながら必死に逃げ回っていた様子が見られる早苗が霊夢に近づく。

そんな早苗の様子を見ながら、霊夢はため息をつく。

 

「知らないわよ? 私が聞きたいくらいだわ」

 

「というか幻想郷にあんなバケモノみたいな妖怪がいるなんて……」

 

霊夢の答えに絶望的な表情をする早苗。

霊夢自身も今までの巫女人生で、図体だけならばこれだけの巨体は初めて出会ったくらいのバケモノだ。

しかしーー、

 

「それなんだけど……、おそらくあれは妖怪の類じゃないわ」

 

「え?」

 

「私も文献で読んだ程度だけど本当の"屍の姫"は自分でも操りきれないほどの禍々しい妖気を放っているらしいわ。だけど、屍の姫(あれ)は禍々しさどころか妖気を一欠片も感じないしーー」

 

「隠しているとかではないんですか?」

 

「あんな理性もなく暴れまわっているやつがそんな芸当を持ち合わせてると思う?」

 

霊夢の説明に早苗はなるほどと納得する。

そして、霊夢自身も巨大骸骨を見て、今ほど自分が言った言葉について深く考えた。

 

あの骸骨からは妖気どころか霊力、神力、気など生きるものならば大抵のモノが持っているであろう"力"の気配なるものを全く感じ取ることができない。

早苗の言う通り中には自分の力をコントロールすることが出来るモノもいるが、あれはそんなことが出来る生物には見えない。

というより、生物というより巨像。

暴れまわっているもその場から一歩も動くことはなく腕を振り回すだけで、生命という気配はその巨大骸骨からは感じることができない。

まるで命なき動く巨像である。

それっぽく言えば自立稼働人形(ゴーレム)である。

しかし、そうなると今度はそのゴーレムを動かす術者を探さなければならないし、仮に術者が居たとしてもこんなにも巨大な巨像を動かす燃料はどうしているのか?

たとえ何とかなっても多少は巨大骸骨から妖気や魔力の類を感じらはずだが……。

 

「ぁあ! 頭痛くなってきたわ!!」

 

「うぇ!? いきなり叫んでどうしたんですか?」

 

「あんたと違って頭つかってたのよ!! あんたもなにか案ぐらいーー」

 

能天気な早苗に向かって霊夢は怒鳴り散らそうとしたが、視界に一人の鴉天狗の姿が目に移る。

その鴉天狗は雄叫びとともに黒い翼を羽ばたかせ、手に持つ刀を抜き身に、巨大骸骨に向け刃先を向ける。

まるで、剣一本で自身の何千倍も巨大な骸骨に立ち向かおうとーー。

 

「んな、無茶なーー」

 

霊夢がそんな冗談でも見るかのようにその鴉天狗、黒羽について呟こうとすると同時に、黒羽は巨大骸骨の二の腕の辺りを一刀両断し、巨大骸骨の腕を一本斬り落とす。

そして、巨大骸骨が残ったもう片方の腕で突如現れた黒羽に掴みかかろうとするも黒羽はすかさずそれを避け、つけ込むように胸元まで潜り込みもう片方の腕を切り落とす。

そして巨大骸骨は両腕があっという間になくなり、今まで乱雑に振り回して居た両腕は地に落ちた。

 

「すごいですね! あっという間に無力化をーー」

 

「ーーまだよ!!」

 

霊夢の叫びとともに巨大骸骨は上半身を振り回し、巨大な図体を生かして面積の広い胴体と頭蓋骨を使い、飛び回る黒羽目掛けて振り回す。

しかし、黒羽はすかさずそれを避け続けながら今度はむき出しになる所々の骨に切り掛かり、そして再生しかける斬り口に再び刀を通して再生の速度を遅れさせる。

 

巨大骸骨は図体に比べ決して遅くなく、その見た目によらない速度からの強烈な張り手の一発でも喰らえば、誰であろうとタダでは済まないであろう。

遠目から見れば、巨大骸骨に比べ黒羽はハエである。

しかし、黒羽はその骸骨の速度を上回り、さらに頑丈な筈の肉体(ほね)を刀一本で両断してみせている。

 

そんな勇敢に飛び回る黒羽を見て霊夢は自嘲する。

 

「はっ、私が頭を回すなんてらしくなかったわ!!」

 

いつだって最後はゴリ押しで自分の(ギフト)を信じて前に進んできたのだからーー。

霊夢はそう思いながら、懐から一枚のカードを取り出した。

 

✳︎✳︎✳︎

 

いつ振りだろうか?

こんなに全力で空を掛けるのはーー。

 

怪物の腕を両断し、達磨状態になった相手を私は全速力で斬り続ける。

再生を防ぐために再生しかけるところを再び斬りつけるが思ったよりも再生速度が遅く、見たところ傷口から再生する仕組みなようなので、肩から斬り落とせば、暴れ回していて邪魔臭い腕も当分使い物にならなくなる。

 

しかし、近づいて改めて思う。

このデカブツは図体の割に素早く、その分、一撃が重そうであり喰らえば一発でお陀仏であろう。

 

であれば私がすることは一つしかない。

ひたすら避けて、斬りかかる。

とても簡単な作業だ。

私はそれ故に余裕ができて、昔を思い出す。

 

全速力で飛ぶのはおそらく天魔になってから一度もなかったと思う。

下っ端時代の訓練中も私は他の訓練に体力を残したいために全速力で飛ぶ事はほとんどなかった。

私が思う存分に翼を広げたのは、おそらくあの斬乂(ばか)に貞操を狙われ逃げ続けていた時くらいだ。

唯一と私が誰にも負けないと自慢できる事は逃げ足の速いこと。

これも日々、あの斬乂(ばか)から逃げるに徹した努力の賜物だと思う。

まあ、ここ最近だと部下の射命丸 文にそろそろ自慢の速さすらも負けそうであるが、まだ大丈夫だと思いたい。

 

「ーーっ!」

 

間抜けな事を考えていると手の平に痛みを感じた。

私は流し目で刀を握る手元を見ると、手は真っ赤に腫れており、爪が割れたのか出血も見られる。

おそらくはただでさえ頑丈な骸骨の骨を無理やりに斬りつけて一刀両断したことの代償であろう。

別に私は剣豪ではないし、多少は普通の鬼どもよりかは腕っ節はあると自負はするが、"あれ"が相手であると私の身体ではそう簡単に無傷で勝てるわけはなく、尋常な硬さではないようだ。

しかしーー、

 

「まあ、"屍の姫(あなた)"を倒せるなら安い代償よね?」

 

私はそう呟きながら空虚な巨大骸骨の目を見る。

そして上半身を支える背骨すらも今まで少しづつ与えてきた斬撃が功を成し、上半身と下半身を両断し完全に巨大骸骨の顔を地につけた。

これでしばらくしたら再生はするだろうが、巨大骸骨の動きは完璧に封じた事となる。

 

私は上空から地に伏せる巨大骸骨を眺めながら、余韻に浸った。

 

最初からわかってはいた。

こんな骸骨が"(あいつ)"ではない事は。

あの子ならいつもはもっと禍々しい妖気を垂れ流していた。

まあ、今は前回の異変以降で内に潜む怨霊がいなくなったからか、あの子から妖気をほとんど感じなくなったが、それでもあの子がそんな姿になる時はきっとあの頃のようにこの世を恨むような妖気を垂れ流すのだろう。

だからなにも感じず、空虚な"屍の姫(あなた)"が雪であるとは一度も思っていない。

けどーー、

 

「ねぇ、知ってる"屍の姫"。私は貴女に三度負けているの」

 

一度目は、最初に出会った時。

二度目は、斬乂を盗られた時。

三度目は、(あのこ)が消えた時。

 

どれも敗因は、油断。

そして"白鷺 雪"に負けて、"屍の姫"に負けた。

一人の兵士として破れ、一人の女として負けた。

 

わかっている。

いま、私の目の前にいる屍の姫(あれ)(あのこ)ではないことは。

だけど、私の自己満足で、自己完結でいいから言わしてもらいたい。

 

「ーーやっと、」

 

 

 

ーー神羅「覇王・第六天魔王」

 

 

 

その宣言とともに、私の背後には無数の陣が浮かび上がった。

この技は、唯一私が放てる絶対的破壊砲。

過去一度、私が斬乂にライバルと認められる前に追い込まれ、無理やり放って斬乂とともに共倒れになった一撃必殺。

それを、地に伏した達磨状態の骸骨に向け撃ち放つ。

そして私は"それ"に向かって、最後に微笑んだ。

 

「やっと、"屍の姫(あなた)"に勝てたわーー」

 

 

ーーさよなら"屍の姫"。

 

 

無数の火柱に呑まれ、地に伏した骸骨は灰燼とともに消えさった。




無理やり終わらせた\(^o^)/


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再幕

「あー!! つっかれたー!!」

 

黒羽は息を深く吐き、落下するように地上に落ちた後に大の字に広がり、空を見上げた。

時刻はまだ夜中、だいたい日が変わってから二時間ほど程度。

鳴り響いていた轟は巨大骸骨の消滅とともに消え去り、空にはちょうど月が浮かび、夜はこれからだという様に物静かな有様であった。

 

「さすが天狗最強様ね。結局はあなた一人でやっちゃったじゃない」

 

全身を脱力状態にして地に寝転がる黒羽を見下ろしながら霊夢と早苗は空から降りてきた。

そんな皮肉の言葉に、黒羽は小さく笑ってから答えた。

 

「別に、思ったよりも弱かっただけよ……」

 

「け、けど、すごいですよ!! あんなでっかいのをズバズバ斬って消し飛ばしちゃうなんて!!」

 

皮肉を言う霊夢に比べ、早苗の純粋な言葉に黒羽は少し恥ずかしさを思いながらも、小さくどうもと呟く。

そして恥ずかしさを隠す様に皮肉いた言い方で返した。

 

「……ま、消し飛ばしたのはそのデッカいのだけじゃないけど」

 

黒羽はそう呟きながら自分の周りを見渡した。

 

確かに黒羽は巨大骸骨の骨の一本も、灰の一欠片も残らず燃やし尽くした。

しかし、それだけではなく黒羽の一撃により、巨大骸骨が暴れまわっていた時よりもさらに荒廃と化した妖怪の山も、また目を当てられない状態になっていた。

黒羽の放った炎自体は巨大骸骨の消滅とともに自然と消えていったが、その炎に焼かれわずかに残っていた木々も緑残る大地も完璧に燃え尽きた。

 

巨大骸骨の手により、元より悲惨な状態であったのもあるが完全に妖怪の山を元の状態に戻すのは百年はかかるであろう。

いざとなったら全て巨大骸骨の所為にすれば良い、と黒羽は思うが、その巨大骸骨の件で私に対しどれだけの責任が来るのだろうかと考え身震いを起こした。

 

「……この際、このまま隠居して嫁入りも悪くないかしら」

 

「いきなりなによ、落下した時に変な所でもぶつけたのかしら?」

 

「……ただの独り言よ」

 

霊夢の呆れた顔を見て、黒羽は口に出てたかと呟いた。

そしてそうは言ったものの自分に嫁入りする相手がいない事を思い出し、いまごろ何処ぞやでイチャついているであろう某百合夫婦のことを妬みながら、唾とともに言葉を吐く。

 

「それより私は久しぶりに全力を出したから疲れたわ……。後は、任せたわよ博麗の巫女」

 

「ふん、わかってるわよ」

 

黒羽の言葉に霊夢は頷く。

しかし、早苗はその二人のやりとりの意味がわからず首を傾げた様子で霊夢になんのことか尋ねた。

 

「えーと、なにを任されたのですか?」

 

「……あのデカイのを裏で操っていた黒幕探しよ」

 

「え? 黒幕がいるんですか?」

 

早苗の言葉に、霊夢は呆れた。

あんな理性のかけらもない巨大生物が、なんの前触れもなくいきなり現れ暴れまわるなど誰かの導きがない限り早々ありえない。

 

そう伝えようと、霊夢が口を開けかけた時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそう。この"事件"には黒幕がいる」

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた。

霊夢でも、早苗でも、黒羽でもない。

この場にいない第三者の声が聞こえた。

 

コツコツと杖を鳴らしながら、軽快なステップとともに何処からともなく現れ、まるでその場に最初からいたかの様に言葉を放った少女。

そして、突然と現れた少女はおちゃらけた様子で言い放つ。

 

「ーーそう、私とかね?」

 

「……命」

 

桜井 命。

彼女の登場に、霊夢は息を飲んだ。

 

慧音曰く、いつの間にか家からいなくなったという盲目少女。

そんな彼女と初対面な黒羽は目を見開き、早苗は首を傾げて声をかけた。

 

「命さん……ですよね? なんでこんなところに……」

 

「ん、この声は早苗さんかな? いや、すまないね。思ったよりも"骸骨(かのじょ)"は乱暴者だったようで、君のところの神社まで消し飛ばしてしまったよ」

 

「……その言い方だと貴女が私の屋敷を吹き飛ばした犯人で間違いなさそうね」

 

黒羽の呟きに、命は微笑んで首を縦に振った。

そして、地面に倒れはしながらも睨みつけた。

 

「あなた……こんなことしてタダで済むと思っているの?」

 

「こんなこと、とは?」

 

「私の! 私らの住処をこんな滅茶苦茶にしてよ!!」

 

黒羽の叫び声に命はああ、と手を打ち、周りを見渡した。

そして、すまないねと呟く。

 

「その様子だと思ったよりも被害が甚大なようだ。なにぶん目が良い方ではないので、その辺りは"骸骨(かのじょ)"に任せきりだったからね」

 

「はっ、おかげで元の景色を見る影もないわ……」

 

「はは、それは悪かった。責任を取ってキチンと元に"戻して"おくよ」

 

「……は?」

 

その呟きに、黒羽はマヌケな声をだした。

しかし、命は気にした様子を見せず、目を瞑った様子で指を構えーー、

 

 

「【屍の姫】、これにて閉幕ーー」

 

 

その言葉とともに指を鳴らす。

そして、その言葉と同時に周りの景色が変わった。

 

荒廃した大地には緑が戻り、吹き飛んだ筈の木々は再び生い茂る。

まるで時が戻ったかのように。

ーー否、最初から何もなかったかのように。

 

霊夢は、その異風な状態に瞠目させ、声を震わせた。

 

「……こ、これはなによ?」

 

「如何だったかな、 五百年前の悲劇の"再現"は?」

 

「あんた、何者よ?」

 

「ん? 私かい? 私は"神様"ってところかな?」

 

ーー全知全能、なんでもありの理不尽さ。

その言葉に、霊夢は自暴自棄に笑った。

神力の欠片も感じない、だけど今起きた"奇跡"に対してどう説明すれば良いのだろうか。

まるで最初から何もなかったかのように、あの災害の様な爪痕を最初からなかったかの様にした"奇跡"。

それはまるで本当にーー、

 

「突っ立ってないで! とっとと動きなさい馬鹿!!」

 

「おっと!」

 

命の言葉に対し、驚愕の様子を見せていた霊夢が呆ける間。

黒羽はすかさず刀を抜き取り、命に向かって振り下ろすも、命はその刀を避け、距離を取った。

黒羽は不意打ちの太刀筋を避けられたことに舌を打ちながら霊夢に対して叫んだ。

 

「なに突っ立ってんのよ!! 妖怪退治はアンタの領分でしょ!!」

 

「いや、妖怪ではなく、神様って……」

 

「アンタに話しかけたんじゃないわよ! それに何処にアンタみたいなこんな弱そうな神がいんのよ!!」

 

再び刀を振り回し、命に斬りかかる黒羽。

彼女は先程まで全身脱力で力を使い果たしている様子を見せていたのに、今となっては最初からなにもなかったかの様に動いている。

硬い骨を断ち続け血だらけ腫れだらけだった手も、見たところ外傷はなく健康そのものであった。

それはまるで本当に"時"を戻したかの様に。

原理はおそらく能力だろうが、何の能力かは……。

 

そこまで考えるも、霊夢は考えるだけではキリがないと余計なものを頭から払うかのように首を横に振った。

 

「ふん、そこの天魔の言う通りだわ! どこにそんなモヤシみたいな神様がいるって言うのよ!!」

 

「れ、霊夢さん! 本当に神様だったらーー」

 

「知らないわ! 神様だとしても私の安眠を妨害しただけで万死に値するわ!!」

 

そんな言葉とともに霊夢は懐から一枚の札を取り出す。

巨大骸骨戦では晴らせなかった鬱憤をいま晴らすと言いたげに笑った。

そんな交戦する気満々の霊夢は見て、黒羽は頷いて早苗の方に目を向ける。

 

「そこの守矢の巫女!!」

 

「は、はい!!」

 

「うちの天狗らにそのまま待機って伝えときなさい!! ここは私と博麗の巫女で十分よ!!」

 

「え、で、でも私も……」

 

「ついでにアンタんとこの神さんと神社の安否でも確認してきなさい!!」

 

「は、はい!!」

 

遠回しにアンタ邪魔だから早くどこか行け、と言う言葉と黒羽の気迫に押され早苗は、流されるままに頷き、飛び去っていく。

 

「おや、良いのかい行かせて?」

 

「ちんちくりん相手にコンビネーションもクソもない相手と共闘しても邪魔なだけ、よ!」

 

と、言いながら黒羽は刀を首めがけて振り落とすも命はクルリと避けた。

 

「ち……、ホントすばしっこいわね」

 

「どうだい?かつて "屍の姫"にこの山を迫られた時もこんな感じだっただろう?」

 

「そんなことないわよ! あん時は一発であいつの首を落とし……ってなんでアンタがそんなこと知ってーー」

 

 

ーー夢符「封魔陣」

 

 

黒羽の疑問とともに、黒羽諸共狙う様に投げられた札の弾幕。

その弾幕が来ると同時に命と黒羽は距離を取り、黒羽に至ってはその弾幕を打ち込んだ本人に睨みを効かせた。

 

「あんたバカ!? 一緒に私も巻き込まれそうだったのだけど!!」

 

「は? 一緒に狙ったに決まってんじゃない? アンタが負傷して退場しても私一人で十分なのよ」

 

「な……っ今代の博麗の巫女ってバカなの!? 一応は私は天狗最強の天魔よ!!」

 

「なら私は、妖怪退治のスペシャリストの博麗の巫女、よっ!!」

 

怒鳴り声をあげる黒羽に対し、霊夢が知らぬ顔をして今度は命に向かって突っ込む。

札をばら撒き、針を投げつけ、怒涛の攻撃を喰らわせる中……、命は涼しげな顔で避け続けた。

 

「ふふ、どれだけ繰り返そうと私には攻撃が届かないよ。だって"私"は神様なんだから」

 

「神だろうと神で無かろうと関係ないわよ! 私はアナタをぶっ飛ばすだけなんだから!!」

 

「それは、"異変"の黒幕として?」

 

「はん!! デカイ化け物が出ただけで幻想郷では異変なんて言わないわよ!!」

 

そんな化け物とコチとら日常的にかは変わってきてるのだから。

そう呟く霊夢に対して、命は笑った。

そして、怒涛の攻撃を喰らわせる霊夢から一旦距離を置き、ニヤリと笑う。

 

「そうか! あの程度では"異変"と受け取ってもらえないのか!!」

 

「当たり前でしょう? 一匹一匹の妖怪相手に異変なんて呼んでたら幻想郷ではキリがないわ」

 

「だから、私は妖怪では……」

 

命がそう言いかけようとするも諦めた様子で息を吐き、まあその辺はこだわらなくて良いかと頭を掻く。

そして、再び霊夢に目を向け、クスリと笑った。

 

「では、幻想郷でいう"異変"とはどの程度を言うんだ?」

 

「はん! 少なくともでっかい骸骨が出て来る程度は異変なんて言わないわよ!」

 

「……うちの所は危うくその骸骨のせいで崩壊しかけたけどね」

 

霊夢の言葉に、黒羽は一応は戻ったが妖怪の山が荒廃していた数分前の事を思い出し、呆れたように笑っていた。

そんな呆れる黒羽の様子を見て、命は首をかしげる。

 

「と、申しているが?」

 

「別に今となっては戻ったから良いのよ!」

 

「はは、なら直さなければよかったかな?」

 

命は笑いながら霊夢に言葉を返すが、ならどうするかと顎に手を置きながら考える。

霊夢はそんな思考に耽る命を見て、疑問に思った。

 

「というか、アンタはなにがしたいのよ? 幻想入り数日後に異変を起こそうだなんて前代未聞よ?」

 

「んー、私の"目的"のためかな?」

 

「それが異変を起こすのと何が関係あるのよ?」

 

「それは、終わってからのお楽しみさ!!」

 

少女は杖を振り回し、着飾る制服のスカートの裾を掴む。

そして、"道化"のように開幕の挨拶を始める。

 

「では、始めようか! ここからが本番だ!!」

 

ーー幻想に一人、歌おう。

 

「ではでは、物語第二幕!!」

 

ーーそれは、紅い霧

 

巨大骸骨(あれ)が異変でないのなら!!」

 

ーーそれは、終わらない冬

 

「かつての異変を呼び起そう!!」

 

ーーそれは、月が沈まぬ永夜

 

「題目は!!」

 

ーー『幻想曲・幻想ノ記憶』

 

 

 

 

 

「今宵はまだまだ終わらないよ?」

 

 

 

 

 

終わらない夜が始まるーー。




私は何を書いているのだろうか?


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模倣犯

幻想郷に再び紅い霧が覆われた。

春先なのにまるでいつかの日の様に雪が降り始めた。

紅く覆われた霧と降り続ける雪の向こうには僅かに見える月が浮かぶ。

 

それはまるで何時ぞやの"再現"。

霊夢は突如現れた紅い霧と降り始めた雪に驚嘆し、たった今ほどおかしな呪文の様なものを唱えた命に対して目を向けた。

 

「……アンタ、いま何をしたの?」

 

巨大骸骨(あれ)が異変にならないのなら、かつての"異変"を起こせば"異変"と認められるかな、と?」

 

「バカな理由ね。アンタの"目的"ってのは異変を起こす事なの?」

 

「いや、その先にある"モノ"が目的さ」

 

命はそう呟き、手に持つ杖を振り回す。

そして、杖を霊夢らの方に向けた。

 

「霊夢さん? 気づいていないかもしれないが、私が呼び起こしたものは紅い霧や季節外れの雪だけではないよ?」

 

「……ええ、終わらない夜、でしょう?」

 

霊夢はそう答えながら空を見上げ、紅い霧にぼんやりと浮かぶ小さな月光を見て、先程とは違う月の位置の存在に気付く。

そして、先程の巨大骸骨や紅い霧、季節外れの雪、月の異変、と聞き覚えのあるキーワードを辿り、ある一つの結論に辿りつく。

 

「"模倣犯"ってところかしら?」

 

五百年前の髑髏塚異変に、自分が解決してきた三つの異変を思い出す。

そして命は霊夢の言葉を聞き、首を縦に振った。

 

「ま、そんなところかな。私に出来ることは【聞いたこと】を誰かに【聞かせる】事だけだからね。だから、私は【聞かせる】んだよ?」

 

「あら? 何を聞かせてくれるのかしら?」

 

「この世の"悲劇"を、かな?」

 

盲目少女は、杖を振り上げた。

そして先程と同じ様に呪文を、"歌"を歌う。

 

「ーー夢を見た。それは惨劇。終わらぬ戦争、続く紛争。飛び交う弾丸、降り続く血涙、死に倒れる人々。嗚呼、それはとてもとても悲劇的ーー」

 

 

 

 

ーー題目『現代の殺戮悲劇ショー』

 

 

 

ドシン、とともに霊夢達の周りに金属質な箱のようなものが複数も落ちる音がする。

霊夢は自分らの周りに突如降り注いできた"それ"を見て、目を凝らす。

紅い霧と降り続ける雪により、視界はあまり良くなく、見ることに苦労をし、辛うじて見えても、その物体は霊夢らには見覚えのない存在。

それは幻想郷にはあるはずもない兵器で技術。

通称ーー、"戦車"。

 

それらが現れ、命は最後に捨て台詞を吐く様に口を開く。

 

「今回の異変はすごいシンプルさ。私を倒せば勝ちだ」

 

「あら、"模倣犯"程度で異変と認識されると?」

 

「ふ、君が思ってなくても今頃、人里どころか幻想郷全体でかつての異変が起きてパニックだと思うよ? 魔理沙さんなら手当たり次第に異変の黒幕を探してるんじゃないかな?」

 

命の言葉に霊夢は呆れた様に笑った。

魔理沙どころかレミリアや妖夢辺りなんかは自分の起こした異変が再度起きていることを知れば、真相を晴らすために真犯人を見つけるべく走り回っていそうだ。

 

「けど、私がアンタをぶっ飛ばせば万事解決ね」

 

「あぁ、そうだ。だから、これが異変と認められるまで精々、霊夢さんを精一杯困らせてやろう」

 

「アンタ、性格悪いってよく言われるでしょう?」

 

「そうかな? まあ、そういうことにしておいてあげるよ」

 

クスクスと笑う。

そして命は(タクト)を構えた。

 

「では、始めようか?」

 

 

 

 

ーーミコトちゃん……ファイヤッ!!

 

 

 

 

 

いきなりの合図とともに、霊夢らの周りに聳える戦車が一斉に火を噴く。

その合図とともに、戦いの火蓋は切られたーー。

 

✳︎✳︎✳︎

 

少女は走る。

先程まで荒野と化していた山が、いつの間にか元の緑豊かな山に戻ったことも気づかないほど必死に走り続ける。

 

走って走って走って、息を切らしても転んで足を擦りむこうとも、すぐに立ち上がり走り続ける。

 

いつの間にか紅い霧と季節外れの雪が降り続け、視界が奪われようと足が取られようと少女は前を【見て】走り続ける。

 

「もう……少し……」

 

少女は人里から此処まで一人で走ってきた。

そして紅い霧と降る雪の先に大きな屋敷を見つけ、辛辣な顔を浮かべ、戸を叩く。

 

「はぁ……はぁ……"ユキちゃん"!! "ユキちゃん"!!」

 

少女が"彼女"にモノを頼める立場でないことはわかっている。

しかし、無力で、【見る】ことしかできない少女は、大きな声で、"想い人"の名を呼び、助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

ーー"ミコトちゃん"を、助けてあげて!!

 

 

 

 

 

 

少女は叫んだ。

"自分"のために戦う少女の名を叫ぶ。

 




めちゃ短い
申し訳ない(T_T)


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