BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい (白白明け)
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風守風穴編
最強との出会い①


最強の死神は山本総隊長。異論は認めます。
けれど、最強の死神は山本総隊長です。
大切なことなので二度言いました。

暇つぶしにでもなれば幸いです( 一一)


現世でいう所謂『天国』という所は、残念ながら存在しない。

罪人が落ちる『地獄』はあれど、徳人が逝くべき『天国』はない。

罪なき魂が落ちるは『尸魂界』。

『天国』などと呼ぶことは出来ない、あまりに雑多な場所でしかない。

ならば、人は何を夢見て死ねばいい。

苦難も苦痛もない『天国』がないのなら何を目指して逝けばいい。

 

答えは此処。此処に来い。現世を終えた魂魄たち。

どうか安心してほしい。

『尸魂界』に天国はないけれど、桃源郷は存在する。

 

尸魂界の外れも外れ西流魂街80地区「口縄(くちなわ)」のさらに果ての洞窟に、苦しみも、悲しみも、何もかもを忘れさせてくれる。そんな夢のような場所

 

阿片窟(とうげんきょう)はそこにある。

 

 

 

 

 

桃色の靄に霞む阿片窟。物心が付いた時から俺は其処に居た。地の底から阿片の毒が自然発生する摩訶不思議な洞窟。言葉を覚えたその時から、俺は此処が端的に地獄と称して良い場所であることには気がついていた。

蠅に対して弁舌を振るい、糞尿を不老不死の薬と思い込み食するような中毒者が、この阿片窟(とうげんきょう)にはそれこそ無数にいたのだ。

俺を産み育てた母もまた同類だった。時に人形や死骸を俺と勘違いしていた。

しかし、そのことに何の不満もなかった。

母は息子(おれ)に溢れんばかりの愛を注いでくれていた。その事実は客観的に見るからこそ、確固たる真実として俺の心を温めてくれる。

阿片窟(とうげんきょう)の住人たちは痴れてはいるが、皆穏やかで良い人ばかりだった。

ならばこそ、俺がするべきことは明確だった。

 

俺の身体は特別だった。桃色に霞む阿片の煙を吸い続けても痴れることのない頭。衰えることのない身体。母は時にそんな俺を可哀想だと嘆いたが、俺からすれば有り難いことだった。

狂わず衰えることがないから、俺は地上と阿片を繋ぐ唯一の場所。阿片の煙が風に飛ばされ散っていく洞窟の入口に門番として立っていられる。

心弱き者が最後に縋る阿片窟(とうげんきょう)。此処を守るのは俺しかいない。

 

未だ俺が童で有った頃、幼心に刃を抱いて母と友人たちの前で誓いを立てた。

俺は此処を守ると、誓いを立てた。此処は来る者は拒まず。去る者は追わず。害する者は俺が許さない。

 

そうして剣を振るう俺のことを何時からか人は「風守(かざもり)」と呼び始めた。

俺には別のちゃんとした名があるのだが、まあ、地上と阿片窟(とうげんきょう)を繋ぐ風穴を守るものとして「風守(かざもり)」という名は悪くない。

 

悪くはないので捨て置いた。

そうして俺が風守となってから、数百年の時が過ぎた頃、あの男がやってきた。

それは長らく続いた、阿片窟(とうげんきょう)の終わりだった。

 

 

山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)

そう名乗った男の名を俺は知っていた。ここ最近、尸魂界の中心である瀞霊廷で話題の死神の名前だ。

『死神』。現世で死んだ魂魄を尸魂界へと繋ぐ役割を持った黒衣の剣士達。そして、現世と尸魂界に時折現れる(ホロウ)と呼ばれる魂魄を喰らう化け物を狩る者たち。

そんな者たちの中でも山本元柳斎重國という男はあまりに特異だと伝え聞く。

曰く天を焼くほどに有り余る力ゆえ全力で戦えない最強の死神。

曰く悪を狩る為に悪を利用することに躊躇などない正義の死神。

そんな男が俺の前に、ひいては阿片窟(とうげんきょう)の前に現れたことにまず感じたのは驚きだ。

 

「驚いた。心弱き者が最後に縋る阿片窟(とうげんきょう)。そんな所に、おそらく現在(いま)の尸魂界で最も此処に似つかわしくないお前の様な男が何の用だ?道にでも迷ったか?だとしたら、俺は力になれんぞ。俺は引きこもりでな。ここ数百年、阿片窟(とうげんきょう)の周りから出たことがないんだ」

 

「ほう?この儂を前にしてそんな冗談を言う丹。結構結構、噂通りの逸材ではある様でなにより。どうやら無駄足とならずに済みそうじゃわい」

 

黒々とした髭を揺らし山本元柳斎重國は獰猛に笑った。

 

「して、何の用かと問うたな?うむ、貴様の言う通り、儂は阿片窟などという場所に用はない。まだまだ現役、夢に溺れる暇などないからのう。儂が用があるのは、貴様じゃよ。阿片窟の門番。極楽への風穴を守るもの。”風守”の男よ」

 

「…阿片ではなく、この俺に用か?あまり楽しそうな話じゃないな。が、まあ、いい。一先ずその言葉さえ聞ければ、なお安心だ」

 

「安心?何が安心なのじゃ?」

 

「山本重國。お前程の男が態々出向いてきたんだ。阿片窟(ここ)を焼き討ちしようとか、そんな凡庸な用事じゃないだろうことはわかっていた。お前は俺と違って諸人に慕われていると聞く。そんな凡庸な用事なら、お前自身が手を煩わす必要はないもんな。その上で俺に用だといったんだ。阿片窟(とうげんきょう)に危険はないのだろうと、安心したのさ」

 

一先ずはこの男に敵意はないと見た俺は、腰に差した刀に伸びていた手を引く。

警戒は解かないが無用に相手を刺激する趣味はない。山本元柳斎重國ほどの男であるのなら、なおさらに。

 

「で?俺に何の用だ?さっきいった通り俺は引きこもりで、その上人見知りだから、あまり親しくない奴と話し過ぎると声が震え出すんだ。用事があるならさっさといってくれ」

 

「結構。儂も先程申した通り、暇じゃない。貴様がそういうのなら、変な前置きは必要ないの。簡潔に言おう。風守よ、儂と共に来い」

 

曰く最強の死神が。曰く正義の死神が。阿片窟(とうげんきょう)の門番なんていう端的に言って屑の様な役割を担い生きる俺に何の用なのか、ある程度の興味はあった。

しかし、俺は俺に用があるといった男のその言葉を反芻し、吟味した後、鼻で笑う。

 

「”共に来い”だと?」

 

「ああ、そうじゃ。ふん、そう笑いを堪えた顔をするな。貴様は儂のことを知っているようじゃが、儂が何をしようとしているかは知らんじゃろう。知りもしないものを笑うのはあまりに愚かな行為じゃろうが」

 

「確かに、俺は引きこもりで人見知りの上に口下手だからな、お前の名前くらいは噂で聞いたことはあるが、そこまでだ。瀞霊廷なんて都会の話は全く耳に入ってこないよ?で?なんで俺を引き入れようとするんだ?」

 

「”護廷十三隊”。それを築く為、貴様にも協力してほしいのじゃよ」

 

「”護廷十三隊”?」

 

「瀞霊廷に新しく出来る組織の名前じゃ。長次郎、儂の右腕が名付けた。良き名じゃろう。古来より良き名は体を表すもの。文字通り、瀞霊廷を守る十三の部隊じゃよ」

 

「なあ、山本重國。あんたは確か、『元流』の開祖として『元字塾』とか言う洒落にならないくらい規模の私塾を開いていただろ。それなのに新たな組織?十三の部隊?なんでそんな面倒なことする。瀞霊廷を牛耳りたいなら、その元から持ってる組織を使えばいいだろ」

 

――いや、それ以前に山本元柳斎重國。この男なら、あるいはただ一人で尸魂界すら支配できるのはないか――

 

噂に聞くだけじゃなく、こうして対峙することで俺の脳裏にそんな冗談にも聞こえる考えが脳裏によぎる。ただただ恐ろしいと感じる。刀を交えることもなく、そんな考えをこの俺に感じさせる、この男を、ただ恐ろしいと感じてしまう。

そして溢れる疑問は留まることを知らない。

何故、そんな男が俺如きの力を借りたいという?

 

「儂が十三の部隊での新組織を立ち上げるのは、儂に足りぬものを補う為じゃ」

 

「お前に足りないもの?そんなもの、あるのか?」

 

「有り余るほどにはのう。儂は十三の部隊にそれぞれ隊花を掲げ特色を持たせようと考えておる」

 

掲げる隊花はその部隊のあり方と山本元柳斎重國が必要だと思う思考の差異を表す。

 

一番隊には菊―真実と潔白を重んじる心を―。

二番隊には翁草―何も求めぬ殉教を―。

三番隊には金盞花―絶望を忘れぬ強さを―。

四番隊には竜胆―悲しむ彼方を愛しむ抱擁を―。

五番隊には馬酔木―犠牲を恐れぬ清純な愛を―。

六番隊には椿―高潔な理性を―。

七番隊には菖蒲―簡潔な勇気を―。

八番隊には極楽鳥花―全てを手に入れるという意思を―。

九番隊には白罌粟―只管な忘却を―。

十番隊には水仙―神秘とエゴイズムを―。

十一番隊には鋸草―戦いを―。

十二番隊には薊―厳格な復讐と独立を―。

十三番隊には待雪草―希望を―。

 

相反する理想を孕んだ十三の隊花。確かにその全てが組織において必要だというのなら、山本元柳斎重國というただ一人の男では全然足りない。

しかし、それは本当にすべてが必要だというのなら、だ。

 

「くっ、ははっ、はっはっは!」

 

俺はもう溢れる声を抑えることは出来なかった。山本元柳斎重國の口から語られたモノのなんと荒唐無稽なことかと俺は笑う。

 

「山本重國。お前はあれだ、馬鹿だろう?なあ、おい。そうなのだろう!潔白と真実を掲げながら神秘とエゴイズムを持ち?何も求めない殉教を抱きながら全てを手に入れるという意思を確固に?絶望を忘れぬ強さと只管な忘却を忘れず?悲しむ彼方を抱擁した腕で戦いを望み?清純な愛と厳格な復讐を両立させ?理性と勇気を持った希望を抱く者になる?そんなものは夢物語だと、誰もお前には言ってくれなかったのか?」

 

腹を抱えて大笑する俺に山本重國は面喰った様子もなく、どころか合わせくっくっと重く笑った。

 

「然り。夢よ。儂はこの年になり、ようやく夢見ることが出来るほどになれた。そして、そんな夢物語が現実のものとなるからこそ、儂が築かんとする”護廷十三隊”は今までにないほどの強大な力を持って強固な秩序を瀞霊廷に布こう。千年先ですら絶えること亡き死神が組織し死神を運用する最大最強最古の組織。それが、”護廷十三隊”」

 

「―――」

 

その瞬間の俺の感情の揺れ幅は惚れたという言葉が適切だったが、そうは言わない。俺は引きこもりで人見知りで口下手だが、髭面の爺さんに惚れるような変態じゃないからだ。

だから、これが酔いなのだと俺は思った。阿片の毒ですら酔い痴れることのできない俺はこの瞬間、生まれて初めて酔った。

”護廷十三隊”。なんと甘美な毒だ。その毒素の大きさに俺の頭蓋は腐敗し中身は蕩けてしまうことだろう。

 

「………なるほどな、母よ。同郷の者たちよ。これが、阿片(ゆめ)か。確かに、あまりにひどい。人にあらがえるものじゃない。阿片窟(すべて)を忘れ溺れたくなる。が、しかし、しかしだ。山本重國!」

 

俺は刀を抜き、切っ先を山本元柳斎重國に向ける。怒りはない。無論、侮蔑もない。あるいは羨望すら抱いている。手に収まる刀が示すのはきっと俺の矜持で悲鳴の様な感情だった。

 

「俺は”風守”。阿片窟(とうげんきょう)の門番だ。その役割を捨てて。おいそれとお前に続くことは出来ない。故、本気で俺の力が欲しいのなら、奪い取れよ」

 

「儂が貴様に勝てば、貴様は”護廷十三隊”の為に生きると?」

 

「無論だ。敗者に理屈はなく勝者にも理屈はいらない。それが80地区。無法な『口縄(ここ)』の只唯一の法」

 

「ならば、よかろう。征くぞ、小童」

 

刀を構えろ。切っ先を交えろ。刀を握ったその時からこの結末のみが真実だ。

相容れぬ故に斬ろう。相容れるが故に斬ろう。何時の世も我を通すのは勝者のみ。

相手に不足はなく。だからこそ最初から全力で斬ろう。

 

――証明してみろ。山本元柳斎重國。お前の振りまくその阿片(ゆめ)が、風に吹かれて消えるものでないことを――

 

「万象一切灰燼と化せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

「痴れた音色を聞かせてくれ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 



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最強との出会い②

―逃げても良いぞ―
―直ぐに捕えて殺すがな―

山本総隊長が格好良すぎた。


燃えて逝く。皆、燃えて逝く。

 

「万象一切灰燼と化せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

『流刃若火』。炎熱系最強の斬魄刀。その名を俺は知っていた。80地区『口縄』なんて言う場所にさえ轟いていた『元流開祖』山本元柳斎重國という男と同じように、その刀の()は隠すには強大にすぎた。

刀を振るわれるまでもない。山本元柳斎重國から溢れ出る霊圧が熱を帯びている。圧倒的な熱量だ。山本元柳重國の視線一つで俺の身体は乾いていく。

血が。肉が。骨すらもが、水分を求めている。

 

――これが最強――

 

あまりに陳腐な二文字がこれほど重く圧し掛かる者は、きっと今後千年、現れることはないだろう。

 

「ああ、だから、こそ」

 

だからこそ、俺は笑わねばならないのだろう。感謝しなければならないのだろう。

こうして俺如きが最強に対峙できたことに、ではない。阿片に酔えぬ俺の身体は、戦いに酔える程に真面な作りはしていない。

俺が感謝すべき相手はこの手に握る刀。

 

俺の斬魄刀。『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』。

 

「お前でよかった。俺が握るこの剣が、お前でなければ俺は此処で倒れていただろう」

 

かつて夢世の狭間で対峙した白髪痩身の男に感謝しながら、俺は山本元柳斎重國と対峙する。嬉々として立っている。

血が。肉が。骨すらもが悲鳴を上げている。乾いていくという単純な痛みは生命の悲鳴だ。

眼前の男を前に俺の身体は「刀を収めろ」「首を垂れろ」と悲鳴を上げて忠告してくる。

それは正しい物の見方で、その意見こそが俺の味方なのだろう。

太陽に勝てる者はいない。山本元柳斎重國の強さはそうして簡潔に言葉に出来る。

そして、言葉にしてしまえば、あまりに絶望的な力の差だ。

太陽を斬れる刀はない。太陽に届く刀もない。

そして、太陽に対峙できる者もまたいない。

故に「逃げろ」と叫ぶ俺の身体は、例えるなら俺を案じる母の愛の様に疑わず受け入れるべき忠告で、その忠告を、生命の危機という無視できるはずもない危険信号を掻き消す何かがなければ、山本元柳斎重國と対峙することも出来ない。

死を恐れぬ感情。それは、あるいは勇気で、また怒気で、もしくは祈りだ。

それがなければ戦えない。しかし、俺はそれ全てを持たずに山本元柳斎重國と対峙する。

死への恐怖を忘れさせてくれるほど上等な感情を、俺は此処に至ってもまだ持ちえない。

 

物心ついた時から阿片窟(ここ)に居た。端的に屑と言っていい生まれ。泥水を啜り、死肉を喰らい、真っ当な人間なら三日と耐えられない環境で生きてきた。皆が阿片に狂っているからこそ生きていられる環境で、数百年の時を数えてきた。

そんな俺は狂ってはいないが、どこか壊れているのだろう。

自覚出来ない自我の自壊に悩み苦しみもした幼き頃の俺は、この刀に出会った。

阿片窟(とうげんきょう)の存在を許せぬと語った曰く正義の死神が、阿片に溺れた末に死して残していった斬魄刀。

それを握った瞬間、俺は『鴻鈞道人』と出会った

白髪を適当に束ねた黒衣を纏う痩身の男は笑うように言った。

 

――救ってやろう。おまえのすべてを。ああ、おれは皆が幸せになればいいと願っている――

 

瞬間、俺はきっと救われたのだろう。壊れた自我への苦しみは消え、ただ存在を許されたのだという心地良さだけが俺の四肢を蝕んだ。

 

「痴れた音色を聞かせてくれ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

斬魄刀の力の解放・始解と共に現れる俺の『鴻鈞道人』の変化は少ない。斬魄刀の見た目の変化は乏しく、切っ先に四連の小さな穴が開くだけ。故に今まで『鴻鈞道人』の始解を見た誰もが、驚き、あるいは落胆の表情を浮かべていた。こんなものが始解で有る筈もないと罵声を浴びせる者もいた。

 

しかし、山本元柳斎重國は今までの誰とも違い、ただの一瞬も視線を『鴻鈞道人』から外すことがなかった。

 

「…油断も隙も無しか。遣り難いな。相手が舐めて掛かってくる、それもこの『鴻鈞道人』の能力の一つともいえる利点なんだけどな」

 

「言ったろうが、知りもしないものを笑うのはあまりに愚かな行為じゃと。それに貴様は今、儂の『流刃若火』の前にそうして平然として立っておる。それだけで貴様の力量が並外れていること位、解っとるわい」

 

「平然となんて、買い被りもいい処だ。『鴻鈞道人』がなきゃ、俺は今頃、倒れている。血が焼ける痛みを。肉が乾く痛みを。骨が溶ける痛みを感じながら戦える程、俺は強くない。引きこもりで人見知りで口下手な俺が最強の死神であるお前と対等に渡り合えるとか、売れない小説みたいな設定、あるわけないだろ」

 

「ふむ。ならばなぜ、貴様は『流刃若火』の熱量を前に立っておられる。その汗を見る限り、痛みを感じぬという訳でもなかろう」

 

「ああ、痛いよ。痛くて泣きそうだ。けれど、俺の『鴻鈞道人』はそんな痛みも、忘れさせる」

 

『鴻鈞道人』の切っ先から空いた穴から、桃色の煙が噴き出す。それを吸い込む度、俺の身体から痛みが消えていく。恐怖が薄れていく。

 

「その桃色の煙、阿片の毒か?なるほどのう。貴様の斬魄刀は阿片の毒を作り出す能力があるのか。阿片窟の門番として、似合いの能力という訳か」

 

「違う」

 

「ほう、違うのか?」

 

「違う。ああ、言ってなかったな。俺には阿片の毒への耐性があるんだ。だから、『鴻鈞道人』が生みだす此れがただの阿片の毒なら、俺には何の効果もない」

 

「ならば、その切っ先から立ち上る煙はなんじゃ?」

 

「さあ、自分で確かめてみたらどうだ?山本重國!」

 

叫びで鼓舞し、俺は太陽に挑んだ。

山本元柳斎重國。お前がいかに最強であろうと、『鴻鈞道人』の切っ先を少しでもその身体に埋めれば終わる。それが『鴻鈞道人』の能力。

この煙は阿片の毒ではないといったな。あれは嘘だ。

お前の言う通り、『鴻鈞道人』が作り出すのは阿片の毒だ。ただしその濃度は阿片窟(とうげんきょう)から立ち上る物の比じゃない。阿片毒への耐性を持つ俺の身体すらをも酔わせて痛みを忘れさせるほどのもの。それをただの死神が喰らえば、容易く正気を失い絶頂の内に果てるだろう。

 

「さあ!どうする山本重國!!お前の『流刃若火』の熱量は俺の『鴻鈞道人』が凌駕した!お前はこの『鴻鈞道人』の煙をいったいどうやって――」

 

刹那、一振り。

 

立ち上る炎の悉くを切り捨て、無視しながら太陽に挑んだ俺を山本重國は一振りで阻む。

『鴻鈞道人』から立ち上る阿片の煙はただその一振りで焼き果てた。

 

「―――なん、だと?」

 

阿片の煙は焼き尽くされ風に運ばれて空に溶けていく。

あまりにも呆気ないそれを目で追いながら、天を見上げた俺の阿呆の様な顔に対して山本元柳斎重國はそれを笑うことなく『流刃若火』の切っ先を俺の喉に付きつけた。

 

「その煙がなんであるかはわからんが、太陽に焼けぬものはない。貴様の負けじゃ。”風守”」

 

眼の前にある太陽に目が焼ける。噴き出す汗は俺の命を削っているように感じた。

『鴻鈞道人』の能力の悉くを『流刃若火』は凌駕していた。明確過ぎる敗北だった。

眼の前に付きつけられた敗北に刀を置くことに否はない。元から、敵わないということはわかっていた。

 

―しかし―

 

「だから、なんだというのか」

 

喉元に付きつけられた『流刃若火』の切っ先を『鴻鈞道人』で払い距離を取る。

一息の内に取った十畳の距離に何の意味もないことは、理解していた。

『流刃若火』の炎はこの距離を一瞬で詰めることができるだろう。

俺の命はいまだ、山本元柳斎重國の領域の中にある。敗北の恐怖を拭う事は出来ず、熱はまだ喉元を過ぎてはいないから忘れることは出来ない。

 

―それでもなお―

 

「痴れろよ『鴻鈞道人』」

 

俺の声と共に『鴻鈞道人』から立ち上る桃色は俺の幸せの色だ。溢れる阿片の毒素は残酷すぎる程に平等に辺り一面の全ての者を桃源郷の夢へと誘う。

並の相手で有ればこの煙を一息吸っただけで終わるだろう。

並の相手で、あったなら。相手が、山本元柳斎重國という男でなかったなら。

 

―俺は信じているんだ―

 

「無駄じゃよ。幾らその煙を振りまいたところで、儂の『流刃若火』の炎はその悉くを焼き払う。儂に煙が届くことはない」

 

「わかっている。山本重國。夢に縋らぬ強いお前に、桃源郷の夢は通じない。しかし、それでもなお、俺は確かに信じているんだ」

 

 

 

理屈はない。

 

 

『流刃若火』に対して距離を取ることにきっと意味はない。刀を振るった軌道から生み出される炎は一里先の敵すら焼くだろう。その威力は脅威だ。

しかし、『流刃若火』の最も恐ろしい点は言うまでもなくその刀身に秘められた熱量。

近づくだけで血が乾き、肉が焼け、骨が解けるほどの熱量に他ならないだろう。

だからこそ、接近戦こそが死地。太陽の外園を回ることはそれこそ惑星級の強度がなければできない。

 

 

 

故に理屈ではない。

 

 

 

俺は一息の内に取った距離を一拍の内に詰めて山本元柳斎重國に突っ込んだ。

『鴻鈞道人』の切っ先を相手の丹田に向けながら、桃色の煙を振りまきながらの狂気じみた特攻を前に、山本元柳斎重國の表情が戦いの中で初めて驚愕に彩られた。

 

「狂ったか、”風守”」

 

俺の特攻に対し山本元柳斎重國がとった構えは上段の構え。天の構えとも称されるそれは剣道において最も攻撃的な構えとされる防御無視、後手必殺の戦型。

特攻に対する必殺。ぶつかり合うのみの殴り合いなら、あとは互いの攻撃力が勝負を決める。

そうなれば俺に勝機がないことは明らか。炎熱系最強の斬魄刀である『流刃若火』は同時に最強の攻撃力を持つ斬魄刀でもある。対し、俺の『鴻鈞道人』は阿片の毒を生み出すという凶悪な能力を持ってはいるが死神たちの定義に当てはめるなら鬼道系に定義されるだろう斬魄刀。刃の強度こそ『流刃若火』と打ち合わせても問題ないほどの堅さを誇るが、総合的な攻撃力で言えば『流刃若火』の足元にも及ばない。

敗北は必至。それをもって俺を狂ったと断じる山本元柳斎重國に対して俺はただ、口元を釣り上げ嗤った。

 

「狂ってなど、いない。俺はただ信じているんだ」

 

「信じておる?何を」

 

振り下ろされる『流刃若火』の速度は眼で追えるギリギリの速さ。故に邂逅は一瞬。

その一瞬の間の会話で互いが互いの言っている言葉の意味を理解できたのは、たぶん、偶然だった。

 

「俺も、お前も!誰もが!平等に!阿片(ゆめ)を見る権利があるのだと!そして、諦めなければ阿片(ゆめ)は必ず届くのだと!」

 

――『鴻鈞道人』阿片強度最大――

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうしょくしょう)す。()(ひと)()ること()し」

 

――広がれ万仙の陣――

 

辺りに噴き出す阿片の毒の強度は天井知らずに上がっていく。

そして、一瞬の邂逅は終わった。

俺の特攻と山本元柳斎重國の必殺の交差は互いに切っ先が外れるという形で終わる。

その結果に驚愕したのは山本元柳斎重國。

 

「なん…じゃと…」

 

『元流開祖』の男の剣が外れる。防がれたのなら、納得できた。避けられたのなら、まだわかる。しかし、”外れた”。それが意味することは山本元柳斎重國の身体に異変が起きたということだ。

事実は一つ。

阿片の毒が山本元柳斎重國の身体を狂わせた。

 

『鴻鈞道人』の桃色の煙は『流刃若火』を凌駕した。

 

そして、勝敗は決した。

互いに満身創痍と言っていい。山本元柳斎重國は阿片に毒され自由に動かない身体を何とか動かすがバランスを崩して膝を付いていた。そして、俺は髪を焦がし皮膚を焼き全身を煤だらけにしながら地面に大の字に倒れていた。

最大出力の『鴻鈞道人』の阿片の毒といえど、『流刃若火』が相手では近づかなければ山本元柳斎重國を毒することが出来なかった。そして、『流刃若火』に近づきすぎた俺は全身に火傷を負った。

勝敗は一目でわかる形で決着する。

勝者である山本元柳斎重國は勝ったというのに苦々し気に口を開く。

 

「………”風守”よ。なにが、貴様を此処までにした。貴様が語る夢とはなんじゃ?儂の『流刃若火』を越えるほどの、夢とはなんなのじゃ」

 

「くっ、はは、ユメとはなにか?それがわかれば、俺も苦労はしないさ。こうして捨て身でお前に挑むなんて真似も、しなくてすんだんだ」

 

「どういう意味じゃ?」

 

「山本重國。俺は、俺はずっと、阿片(ゆめ)を見たかった。阿片窟(とうげんきょう)にありながら、阿片(ゆめ)に狂えぬ俺は、ずっとそう願っていた。阿片に酔わぬこの身体。母がくれたこの強靭な身体には、心から感謝している。しかし、それとは別に俺は心底、母や同郷の者たちが持つ阿片(ゆめ)に狂える身体に焦がれていた。いや、なに、そう難しいことじゃない。言葉にしてしまえば簡単だ」

 

 

 

「俺はただ、皆と同じがよかった」

 

 

 

「仲間外れは嫌だった。特別、などと言葉を付けて仲間外れになんて、して欲しくなかったというだけなんだろうよ。しかし、しかしだ。山本重國。『元流開祖』。曰く正義の死神。曰く最強の死神。お前なら、わかるだろう。どれだけ言葉で否定した所で、どれだけ俺が嫌がった所で、世に特別な人間というものは存在する」

 

俺がそうであるように。お前がそうであるように。

 

「俺でなければ阿片窟(とうげんきょう)を数百年間守り続けるなんて真似は出来なかっただろう。阿片という毒が自然発生するこの洞窟を狙う奴らはそれこそ星の数ほどいて、諍いは日常茶飯事。二束三文の安さで起こっていた。あるいはお前でなければ尸魂界を守る為に瀞霊廷に”護廷十三隊”なんて言う組織を作ろうなどと、俺の様な”悪”までその為に利用しようなどとは、考えもしなかっただろう」

 

俺は特別だった。お前も特別だった。

 

「だから、ただ俺は確かめてみたかった。知りたかった。なあ、山本重國。俺はお前と共に歩めば、夢を見られるのだろうか。(おまえ)と同じで在れるのだろうか」

 

――俺の特別過ぎるこのチカラを俺は恐れず眠れるのだろうか――

 

「……………ふん、世間知らずの小童が。何を言うかと思えば、下らぬ」

 

俺の言葉にそう返して山本元柳斎重國は立ち上がった。阿片の毒から解放されるのが早すぎると驚愕する俺に背を向けて山本元柳斎重國は嘲笑うように言う。

 

「確か、貴様は引きこもりじゃったな。だから、世間の広さを知らんのじゃ。戯けが。貴様如きが特別じゃと?冗談にしても笑えぬ。貴様程度の者なら、儂はあと十一人は知っておる」

 

「………十一人」

 

「そうじゃ。そして、儂と貴様を合わせれば、十三人もおるではないか」

 

 

”護廷十三隊”。

 

 

生まれてから数百年。

俺は、生まれて初めて夢を見た。

 

 




「なん…だと…」。
これほどまで万能性溢れる台詞はそうないとおもいます。


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千年後の出会い方

時間は飛んで千年後。原作で言う過去編。
黒崎一護達が活躍する百一年前です。


日が昇り切った正午。

瀞霊廷。”護廷十三隊”。総隊長、山本元柳斎重國より発せられた隊首会の招集によって一番隊隊舎には護廷十三隊の隊長12名及び副隊長12名が集められていた。

その場に居る多くのものが浮かべる表情は困惑だ。急遽集められた隊首会。総隊長である山本元柳斎重國が今から話すだろう内容を知るものは少ない。

加え、通常時の隊首会であるなら隣接する別室で待機を命じられる筈の副隊長も招集されているという異例ともいえる事態に困惑するなという方が無理だった。

集められた十二人の隊長と副隊長たち。彼らは個々にこの隊首会の意味を考察する。

考察の末に一番正答に近づいたのは五番隊副隊長、藍染惣右介だった。

彼は持ち前の類まれなる頭脳をいかんなく発揮して最も正解といえる答えを弾き出した。

 

「(…総隊長である山本元柳斎が招集する隊首会には隊長格の参加が義務付けられている。しかし、この場に居る隊長は十二人。十一番隊隊長がいない。それが意味することは、十一番隊の隊長は今、招集に応えることは出来ない状態であるということ。……怪我、いや、死んだか)」

 

護廷十三隊の中でも戦闘専門部隊の異名を取る十一番隊は特殊な部隊だ。十一番隊の隊長は代々”剣八”の名を持つもの。

”剣八”。

それは護廷十三隊設立当初は護廷十三隊の死神の中で『何度斬られても倒れない』という強靭な死神に与えられる称号であったが、現在ではその名を継ぐことが十一番隊の隊長になる証となっている。

そして、現在”剣八”の名を継ぐ唯一の方法は先代の”剣八”を破ること。

 

「(つまり、十一番隊の隊長を務めていた”剣八”が敗れ、新しい”剣八”が生まれたのか。この隊首会は新しい”剣八”の顔見せの為のもの。だから副隊長も出席を命じられた)」

 

通常護廷十三隊の隊長になるには複数の隊長格からの推薦を受けるか隊長格三人以上が見届ける中で行われる隊首試験に合格しなければならない。しかし、十一番隊だけは先に話した通り別枠が設けられている。

 

「(隊員二百名以上の立会いの下、現隊長を一対一の対決で殺すこと。それを果たした新しい”剣八”か。前任者の”剣八”も、まあ、弱い方ではなかったのだが、驚いた)」

 

藍染惣右介は前任者の”剣八”が敗れたことに驚いた、のでは勿論ない。藍染惣右介から言わせれば、前任者の”剣八”など取るに足らない男だった。だから、驚いたのは其処ではない。

藍染惣右介が驚いたのはその速さだった。

 

「(僕は今日の朝頃、先代”剣八”に瀞霊廷内ですれ違っている。つまり、新しい”剣八”は朝から今までの数時間の間に先代”剣八”を破り山本総隊長にその実力を認めさせたということになる)」

 

破ること自体はたやすい。しかし、短時間で破るとなると話は別だった。

 

「(面白い)」

 

藍染惣右介はその感情を完全に取り繕った仮面の下に隠しながら、他の副隊長たちが浮かべる困惑の表情を滲ませながら、山本元柳斎重國の言葉を待つ。

これから現れるだろう”剣八”がどんな男なのかを考えながら、あわよくば藍染惣右介がその胸の中で、奈落に渦巻く闇の如く温めている野望の糧にしようかと考え、心の中で微笑を浮かべる。

 

しかし、山本元柳斎重國の言葉は藍染惣右介が頭の中で考えていたことを大きく外れたものだった。

当たっていたのはただ一つ。この隊首会の目的が顔見せであったということだけ。

 

「元柳斎殿。そろそろ時間ですが…」

 

「………わかっておる。長次郎。はぁ、全くあの馬鹿者はまた来ぬか。いい加減、”挿げ替え”を考えねばのう」

 

一番隊副隊長、雀部(ささきべ)長次郎の言葉を受けて山本元柳斎重國は持っていた杖を床に打ち付ける。乾いた音が辺りに響いた。

 

「十一番隊隊長が不在だが、定例通り此れより隊首会を始める」

 

「(なに?十一番隊隊長は死んだんじゃないのか?)」

 

藍染惣右介が困惑する中、山本元柳斎重國の話は進む。

 

「先日、長きに渡る遠征任務を終えた部隊が無事帰還した。一人の犠牲者も無き帰還であり、同時にこれまで踏み込むことが出来なかった虚たちの住処、『虚圏(ウェコムンド)』と呼ばれる場所に踏み込み、新たな情報を持っての帰還である。この功績は大きい」

 

「(な!?)」

 

「なんでスって!?」

 

山本元柳斎重國の言葉に声を上げ驚いたのは先日、隊長職に着任したばかりの十二番隊隊長、浦原喜助。彼の声がなければ声を漏らしていただろう藍染惣右介は出かけた驚きの声を何とか飲み込み平静を装う。しかし、その心の内は荒れ狂っていた。

 

「なんじゃ、喜助。その遠征隊が持ち帰った『虚圏』とかいう場所の情報はおぬしがそこまで驚くようなものなのか?」

 

「驚くようなというより驚愕っスよ、夜一さん。『虚圏』はその存在自体は以前から確認されていたっスけど、実際に足を踏み入れたことのある死神なんていないっス。いえ、過去には居たかもしれませんが…”行って帰ってきた”のは、たぶん史上初めてのことなんじゃないですかね」

 

その通りだと藍染惣右介は心の中で同意した。『虚圏』。大虚(メノス)以上の位を持つ虚達が住まうとされるその場所は藍染惣右介が己が野望の為に目を付けている場所でもある。

故にそこに征くこと自体は今の藍染惣右介でも可能だ。しかし、その為に強いられる膨大な労力ゆえに、まだ機ではないと藍染惣右介は足を踏み入れたことはない。

 

「(その『虚圏』に私より先に足を踏み入れ、帰ってきただと)」

 

常に冷静であることを心掛ける藍染惣右介の眼に小さいとはいえ、彼らしくない怒りと苛立ちの感情が宿る。

 

「えっと、総隊長サン。その遠征隊の隊長を務めてたのって、どんな人なんスか?」

 

「僕も知りたいな山じい。そんな功績を上げるような傑物。僕も長らく隊長をやってるけど、心当たりがないんだよね。それだけ大きな功績を上げたんだ。新参者って訳じゃあ、ないんだろう」

 

浦原喜助の好奇心に乗るように声を出したのは八番隊隊長、京楽春水。隊長職を百年という長い間担ってきた古参といっていい京楽春水も知らない人物という話に、その場の全員が少し騒めいた。

 

「浦原クンが言うには護廷十三隊史上初めての快挙を成し遂げた人物。会う前に少しでもどんな人間なのか知りたいってのは、当然のことでしょう」

 

「うむ。確かに一理ある。だが、彼奴がどんな人間かは会えば自ずとわかること。故、彼奴が誰かなのかだけを伝えておこう。彼奴の名は風守(かぜもり)風穴(ふうけつ)

 

「風守風穴?聞いたことないなぁ」

 

「京楽春水。お主が知らぬのも無理はない。風守は嘗て隊長を務めたこともある男だが、それは遥か昔千年以上前の話だからのう」

 

「千年以上前?えっと、山じい。それってつまり、護廷十三隊発足当時の話ってことなのかな」

 

「然り。風守風穴は護廷十三隊初代四番隊隊長を務めた男じゃ」

 

静まり返る会場にただ事実のみが染み渡る。歴代最強と呼ばれる初代護廷十三隊。その隊長を務めた男の帰還。これからこの場に現れる男がまぎれもない傑物であることを理解して、その場の全員が目付きを変えた。

 

「うむ。話はもうよかろう。では、第九十八次特派遠征部隊部隊長、風守風穴!なかへ!」

 

山本元柳斎重國の言葉と共に見上げるほどに巨大な一番隊隊舎の扉が開いた。

 

「(これは、なんとまあ)」

 

「(彼が、初代四番隊隊長サン)」

 

「(ほう、驚いた)」

 

「(うむ…)」

 

「(風守、風穴)」

 

入ってきた男を見て、その場に居る者たちが抱いた感情は様々だったが、しかし、その大半は驚きを含んでいた。

入ってきた男の容貌は少なくとも千年以上前から生きて居るとは思えないほど若々しかった。黒々とした髪は量も多く髪質が固いからか所々外側にはねている。背丈は人の歳で言うなら十代後半のもので、顔つきもまだ幼さを残していた。

視線は緊張からか所なさげに彷徨い、唾を飲み込む喉の音が男の緊張の度合いを示した。

 

容姿も態度も幼さを感じさせる男。しかし、彼こそが初代四番隊隊長にして『虚圏』の情報を持ち帰るという史上初の功績を成し得た傑物なのだと、彼を侮るものはこの場には居ない。

その場の誰もが風守風穴という男を見定めようと山本元柳斎重國の言葉を待つ。

そして、久しぶりの戦友との再会に山本元柳斎重國は重々しく口を開いた。

 

 

 

「うむ。……………して、お主は誰だ?」

 

 

 

 

「「「「…え?」」」」

 

 

 

護廷十三隊。その内、千年前から風守風穴を知る山本元柳斎重國。雀部長次郎。現四番隊隊長、卯ノ花烈。それ以外の全員の声が揃った。腹に一物を抱え、この場の誰も仲間などとは思っていない藍染惣右介もまた例外でなく、彼らしくもない間抜けた声を出してしまっていた。

 

風守風穴、ではない少年は山本元柳斎重國の言葉にすぐさま跪き首を垂れて声を上げた。

 

「申し訳ありません!僕、いえ、自分の名は天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)と申します!第九十八次特派遠征部隊では風守部隊長の補佐を務めさせていただきました!」

 

「うむ。…おお、そうか。お主か天貝。すぐに名前が出てこず、すまん。こうして会うのは百年ぶりぐらいか。遠征ご苦労であった。天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)

 

「いえ!僕、いえ、自分なぞを覚えていただいていた上に勿体ないお言葉です!山本総隊長様!」

 

「して、天貝繡助。風守風穴はどこに行きおった」

 

「そ、それは、その、風守部隊長は先ほどまで一緒に居たのですが、え、えっと、急遽火急で至急の用事が、でして、その突然の事態に僕も、じゃなくて自分も混乱して、えっ、えっとつまり、風守部隊長は……」

 

「天貝繡助!」

 

「はひ!?」

 

「よい。風守風穴。何故、あの男がこの場を逃げ出したのか、あの男が語った通りに儂に聞かせよ」

 

「え、えっと、しかし、それはその…」

 

「よい。それでお主を罰することはせん。総隊長命令である。一語一句、違えることなく報告せよ」

 

「……はひ。では、すいません。風守部隊長はその…『引きこもりで人見知りで口下手な上に引っ込み思案な俺が知らない大勢に囲まれて自己紹介とか出来る訳ないじゃん。俺がなんで隊長職を降りて人気がない場所で働ける遠征部隊専門の隊長になったのか忘れたのか、あの爺は。そういう公の場所に出ない為だろ。という訳で繡助、後は任せた』とおっしゃって煙と共に何処かに消えてしまいました!申し訳ありません!」

 

ゴンと大きな音を立てて、床に打ち付ける勢いで頭を下げた天貝繡助。風守風穴が何処かへ消えた後、もう彼自身も限界だったのだろう。全てを吐き出したという風に汗だくだがどこか清々しさを感じさせる顔をしていた。

 

あるいは頭を下げ続ける天貝繡助は幸せだっただろう。

文字通り、烈火の如く怒る山本元柳斎重國の顔を見ずにすんだのだから。

 

「あの…馬鹿もんがあ!!!」

 

キレる山本元柳斎重國の顔に藍染惣右介は彼らしくもなく、少しだけビビった。

 

 




主人公一匹狼設定も恰好良くて好きですが、折角なので部下が欲しい。
けど、あまりオリキャラを出すと個性を書き分ける自信がないぞ・・・
という訳で折衷案。アニメオリジナルキャラクターに登場していただきました。

アニメオリジナルストーリー「新隊長天貝繡助編」より

天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)

市丸ギンが奔走後に三番隊隊長に任命される。アニメ内では始解もしてない攻撃で「理の外にあるもの」らしい断界の掃除屋、拘突を退けたりする凄い人。(※あれ?あれ倒せるのって藍染様くらいなんじゃ・・・って突っ込んじゃ駄目)
百十年前の過去編ということで外見は幼く過去編の市丸ギンや朽木白夜ほど。原作開始時位にはアニメと同じ位のナイスガイになっている予定。

あと、アニメの天貝繡助はある目的で暗躍したりするのですが、そこまで詳細に書く技量は自分にはないので、あくまで風守風穴の副官として頑張ってもらう予定です。




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蛇との出会い

「僕は蛇や」「丸呑みや」
「なら、俺は蛆虫だ」「死肉を食ってたんだぜ」
---とかいうやり取りをやりたかったけど、流石に自重しました。


番茶は渋い。玉露は甘い。そして、ほうじ茶は香ばしい。三者三様の特徴は全て美味であると言っていい物だが、各々に個性というものが存在する以上、好みというものは存在する。三つの内で言うのなら、俺はほうじ茶が好きだ。あの澄んだ茶色を見ると心が躍る。

 

先日、十年ほど掛けた長期遠征任務から無事に帰還した俺は流魂街に立ち並ぶ茶屋の一つに入りほうじ茶を啜っていた。三口飲んではみたらし団子を一つ齧り、空を流れる雲をぼぉっと眼で追いながら、思えば随分と時間が立っているなと柄にもなく回想する。

 

俺が山本元柳斎重國と出会い護廷十三隊に入ったのは遥か昔の千年前。

その後、四番隊隊長の職を辞したのが八百年前。ふらふらと瀞霊廷内を歩き回り日雇いの仕事で食いつないで居た所を山本元柳斎重國に見とがめられ第一次特派遠征部隊部隊長として初めての遠征任務についたのが五百年前。

遠征部隊の隊長。どうもこの仕事は俺にあっていた。少なくとも四番隊の隊長として瀞霊廷に詰め、見ず知らずの相手と毎日の様に顔を合わせなけれなならなかった時より、人里離れた僻地へ向かい(ホロウ)を狩っている方が楽しかったので、俺は第一次特派遠征が無事に終わった後も山本元柳斎重國に志願し第二次特派遠征部隊を結成。第一次遠征で気心が知れた仲間十数人を連れて二度目の遠征に出立した。

そんなことを繰り返すこと九十八回。遂にあと二回の遠征で俺の遠征実績は三桁の大台に乗る。

五百年間。良く続いたものだと自分でも感心する。

古い友人である雀部長次郎は褒めてくれるだろう。山本元柳斎重國はもう遠征は良いからいい加減に落ち着いた職に着けと小言を言うに違いない。同期である卯ノ花烈は、まあ、何も言うまい。

ただ彼女には今度菓子折りを持って挨拶に行かなきゃならないだろう。卯ノ花烈と出会った当初、「互いに千年間独り身だったら結婚しよう」とか酒の席でした約束を卯ノ花が覚えているかどうかは分からないが、遠征の為に十年程瀞霊廷を離れており十年前に帰還した際にもあっていない為、考えてみれば百年ほど卯ノ花とは顔を合わせていないので積もる話もあるのだ。

 

「ふう、長生きすると時間の感覚が曖昧になって駄目だな。まだまだ若いつもりなんだが、俺も歳か?いやいや、山本重國に比べれば、まだまだ。…けど、繡助とか見てると俺ももう若くないんだなって思うことがあるんだよな」

 

三回ほど前の遠征任務から特派遠征部隊に仲間入りした若い死神を思い出して、少なくとも今の俺にはあの溌溂とした元気はないと一人で凹む。まあ、千年前の俺にもあんな屈託のない笑顔を浮かべられる純真さはなかった訳だから、あるいは人間性の問題でしかないのだろうけれど、やはり自分にない物を持つ者に憧れる俺の性分は千年前から変わっていない様だった。

――まあ、あまり考えた所で無駄なことか。

そう思考を切り替えて最後のみたらし団子に手を伸ばす。が、もうそこにみたらし団子は無かった。

 

「もぐもぐ」

 

「…」

 

とっておいた最後のみたらし団子は何時の間にか隣に座っていた銀髪で糸目の少年の口の中に消えていた。みたらし団子を口一杯に頬張り咀嚼をする少年は死神装束を着ており、どうやら彼は死神の様だった。顔立ちは天貝繡助と同じ位の幼さを残していた。

銀髪糸目の少年死神は俺の視線には気付いているだろうに、マイペースに咀嚼を続け、みたらし団子を食べ終わるとみたらし団子の隣に置いてあった俺のほうじ茶にすら手を伸ばし、ズズズッと飲み干して言った。

 

「ぷは。僕は蛇や」

 

「………そうか」

 

これが若さかと俺は久しぶりに戦慄した。

 

 

 

 

銀髪糸目の少年死神の名前は市丸ギンというらしい。俺の団子を食べ俺のお茶を飲み干した市丸ギンはその後、歳以上に礼儀正しい自己紹介を俺にしてくれた。

しかし、初対面で盗食という非礼を見せられた以上、それを俺が褒める訳にも行かず等閑(なおざり)ともいえる返礼を俺は市丸ギンに返した。

 

「そか、風守さん言うんね。良い名や」

 

市丸ギンは口元を釣り上げて笑った。

俺は贔屓目に見ても人当たりの良い方ではない。人見知りで口下手で引っ込み思案な性分は千年たっても変わってなんていない。唯一、引きこもりという称号だけは流石に遠征部隊の仕事を五百年やっている身分としてもう名乗る訳には行かないと最近断腸の思いで棄てたが、引きこもりで無くなっただけで人格が明るくなるなんてことは勿論ない。

だから、そんな俺に等閑(なおざり)な返礼なんて返されれば大半の奴らは俺に対して好意なんて抱く訳もなく、それ以上関わろうとしないのだけれど、市丸ギンは何が楽しいのか俺と会話をしようと言葉を投げかけてくる。

 

「風守風穴。漢字で書くと風が重なっててお洒落や」

 

「よく言われる。ついでに名前を書く時にどっちが苗字で名前か解り難いともな。お前も良い名だと思うぞ。市丸ギン。お前は丁度銀髪だし、覚えやすい名前だ」

 

「ありがとう。僕もよう言われるわ」

 

市丸ギンは口元を釣り上げて笑う。

良く笑う子供だとか、そんなどうでもいいことを考えながら俺は市丸ギンの腰に差さる斬魄刀に目を向ける。脇差ほどの長さのそれは、短いながらも見事な斬魄刀だった。

 

「斬魄刀を持ってるってことは、市丸はやっぱり真央霊術院所属(みならい)って訳じゃないんだよな。すごいな、その年でもう護廷十三隊に入隊してるのか」

 

真央霊術院。山本元柳斎重國が死神の育成の為に随分前に立ちあげた死神の学舎。

実際に行ったことも見たこともないが、話くらいは聞いている。確か卒業までは通常六年ほどの時間は掛かるという話だったが、話を聞く内に市丸ギンはその六年掛かるところをたった一年で卒業したらしいことがわかった。

 

「すごいな、お前」

 

「そかな。別にすごくはないと思うけどな。先生も言うとったよ。ボク以外にも飛び級して卒業した先輩はおるって。十三番隊に居る志波海燕さんとか、あと天貝いう死神は僕より若い頃に飛び級して卒業したらしいで」

 

志波(しば)海燕(かいえん)

その名を持つ死神を長らく瀞霊廷を離れていた俺は知らない。しかし、志波家は知っている。少し前に没落する前は大名家として名を馳せていた家系だ。没落後は一族は皆が流魂街に流れたと聞いていたが、気骨のある奴は死神として瀞霊廷に戻っているようだ。その負けん気には素直にすごいなと感心する。

 

そして、天貝繡助。

三回ほど前の遠征から遠征部隊に入った若い死神の顔を思いうかべながら俺はそうだったのかと息を吐く。天貝繡助は所謂天才少年であったらしい。どうりであんなに若いのに時に強行軍と言っていい俺の遠征にボロボロになりながらではあるが付いて来れた訳だ。先日遂に自身の斬魄刀の銘を知り始解も果たしたので副隊長に任命して補佐を任せていたが、これからも目をかけてやろうと決める。

 

しかし、それならばと俺は市丸ギンを見る。

市丸ギンは俺の視線に何ら気後れした様子もなく、どうかしたのかと言いたげに首を傾げた。気骨はあるのだろう。俺の団子とお茶を勝手に飲み食いする性格こそ少しアレだが、それも見方を変えれば豪胆であるという利点ともいえる。そして自分を天才とは思っていないという言動から、自分の才能に溺れるような奴でないこともわかる。

優秀な若い人材というのは、何時だってほしいものだ。主に俺の仕事が少しでも楽になるなら、それほど喜ばしいことはない。

 

「なあ、市丸。お前は今、どこの部隊に所属してるんだ?」

 

「五番隊や。近々席次も貰う予定になっとるよ」

 

「………そうか、五番隊か」

 

一番隊や四番隊なら山本元柳斎重國や卯ノ花烈に掛け合って引き抜けもしたし、あるいは十一番でも無理やり引っ張っていたが、五番隊か。残念ながら知り合いは居ない。現在の五番隊隊長を俺は名前くらいしか知らない。友好を結んだ相手でもない俺がいきなり市丸ギンをくださいと言った所でくれる訳もないか。

残念だが諦める他にないと、ため息を付きながらも俺は未練がましく市丸ギンに先ほどとは違い、しっかりと自己紹介をする。

 

「市丸ギン。さっきは言ってなかったが、俺は特派遠征部隊の隊長を務めてるんだ」

 

「特派遠征部隊?なんやそれ?初めて聞いたわ」

 

「そうか、知らないか。まあ、有名じゃないもんな」

 

瀞霊廷にある組織は護廷十三隊だけじゃない。

有名どころで言えば『隠密機動』及びその配下の『警邏隊』や『檻理隊』など各五部隊や『鬼道衆』。最近は『技術開発局』なんてものも設立されたらしい。ちなみに各組織が何をやっているかを俺はおぼろげながらにしか知らない。そんな人が大勢いる場所に進んで立ち入りたくないという理由から、近づいたことがない。それに俺に言わせれば全部、最近出来た組織だ。それらの組織が出来た頃には俺はもう第○特派遠征で瀞霊廷には居なかった。

 

「特派遠征部隊。正式名称は『特別派遣(とくべつはけん)遠外圏(えんがいけん)制圧部隊(せいあつぶたい)』。良い名前だろ?昔から良い名は体を表すもんだ。長次郎、俺の友人が付けたんだが、まあ、早い話が遠い所に居る(ホロウ)や危険因子を狩りに行く部隊だよ。その特色上、護廷十三隊が編成する普通の遠征部隊じゃ行えない何年も掛かる遠征任務なんかが主な仕事だ。おかげで瀞霊廷に居るより遠征してる時間のが長いんで、あんまり知られてない組織ではある」

 

「そんな部隊があったんやね。知らへんかったわ。真央霊術院でも、そない組織があるなんて習わへんかった」

 

「遠外圏で行われる極秘任務なんてのも扱うからな。気質的には『隠密機動』に近い。あんまり大きな声でいう組織でもないからな」

 

「そか。納得や。で、風守さんは其処の隊長さんなんや。すごいわ」

 

「古株が何時までも居座ってるだけともいえるけどな。まあ、その辺はいいや。それより本題だ。市丸ギン。もし五番隊の仕事に飽きたら、特派遠征部隊(うち)に来ないか?基本的に瀞霊廷勤務の護廷十三隊とは違った楽しみが色々ある」

 

「…僕、今、やらなきゃいけないことがあるんよ。それが終わったら、考えるわ」

 

「そうか。ま、楽しみにしてるよ」

 

予定通りに市丸ギンに振られた俺は凹むことなく茶屋を後にしようと立ち上がる。面倒な招集をサボり、一人一番隊隊舎に置いてきた天貝繡助には迷惑をかけたが有意義な時間だった。

市丸ギンという死神に出会えた。そして何より、市丸ギンと一対一で会話することでしばらく知らない相手と喋っていなかった俺のコミュニケーション力のリハビリにもなった。

これなら無事、いまから一番隊隊舎に向かい山本元柳斎重國達や見たこともない現在の護廷十三隊の隊長達の前に出て今回の遠征の報告を出来るだろう。

声は震えるだろうが、聞き取れないほどではない筈だと安心して俺は瀞霊廷へと向かって行く。

 

そんな俺の背に市丸ギンは声をかけた。

予想できた展開に俺は振り返ることもせずに答えた。

 

「なあ、風守さん」

 

「なんだ、市丸」

 

「どうして僕なんかを特派遠征部隊に誘ったん?話しててわかったけど、風守さんは初対面の碌に経歴も調べてない人にそういうことをする人ちゃうやろ」

 

確かに人見知りで口下手で引っ込み思案で昔は引きこもりだった俺は基本的に他人の口から出た話をあまり信用しない。それが自分は飛び級で死神になった天才だとか、そう言った自分の経歴を華々しく語るものであるなら、なおさらに信じられないと鼻で笑うのが俺という人間だ。端的に屑と言っていい性分の俺は何故、市丸ギンの話を鵜呑みにして彼を特派遠征部隊に誘ったのか。

その理由は、明確だった。

――俺は只、ほうじ茶の様に香しく香る(これ)を捨て置けなかった。

 

「お前こそ、どうして俺に声を掛けてきたんだ?」

 

「…それは、似てるって思ったからや。僕と、同じ穴の狢の匂いがしたからや」

 

「俺も、同じだよ。お前は俺と同じ匂いがした」

 

「そか。―――僕は蛇や。肌は()やい。(こころ)は無い。舌先で獲物を探して這い回って、気に入った奴をまる呑みにする。そういう生き物や」

 

振り返らない。振り返らなくても市丸ギンがどんな表情をしているかはわかる。

きっと、笑っているのだろう。団子を食べお茶を啜っていた時と同じように目を細め、口元を釣り上げて笑っているのだろう。

自分を蛇と称した少年はきっと彼自身が言ったやらなければならないことを終えるまで、その笑みを消すことはないのだろう。

それは覚悟だ。矜持で。願望で。強い意思だ。

けれど、俺はそれをあえて願掛けの様に幼稚だと笑った。

 

「風守さんも同じなんかな?僕と同じ、蛇なんかな?」

 

「いや、俺はお前とは違うよ。蛇などと、上等なモノじゃない。昔、阿片窟(とうげんきょう)にもよく出た。あれはすごい生き物だ。斬っても斬っても生き足掻く。蛇の生殺しなんて言う言葉が出来るほどの、あの小さな個体に秘めた生命力には称賛しかない。その上で感覚も鋭く暗闇の中でも周りが解っていると来たなら、なんとすごい生き物だ。俺なんかとは、比べ物にならないよ」

 

蛇。上等だ。素晴らしいと手を叩きたくなる。

 

「…僕を馬鹿にしてるんか」

 

真逆(まさか)、そんな筈がないと伝える為に俺は振り返る。振り返った先には目的の為に蛇であるとする少年がいた。その意思。馬鹿にできるはずがない。幼稚だと笑おうと嗤うことは決してしない。そう言葉で伝えようとして、俺はやめる。口下手な俺が言葉を並べた所で無為に終わるだけだろうと。

ただ一言、市丸ギンに伝えたかったことを伝えることにする。

 

「まあ、頑張れ(・・・)

 

「―――は?」

 

「お前が何をするのかも何をしたいのかも俺は知らないが、まあ、頑張れ。お前が何を考えて蛇で有ろうとしているかは知らないが、まあ、頑張れ。他ならないお前がそうで在らなければ出来ないのだと感じたのなら、そうなのだろうよ。お前が思うのなら、きっとそれが正答(そう)なのだろう。だから、頑張れ」

 

 

「頑張り終えた後で、良かったら俺の部隊に来い。お前は生き残るべき上等な(いきもの)だ」

 

 

市丸ギンからの反応は暫く無かった。彼は閉じていた糸目は少しだけ開き、呆然とした後で思考を巡行させ、時間を掻けてようやく絞り出すように声を出した。

あまりに小さな声だったが、その呟きは風に乗って俺の耳にまでしっかりと届いた。

 

「…どうして…僕にそんなこと言うん」

 

市丸ギンの疑問は最初から最後まで変わらなかった。

――なぜ自分にそんなことを?

そんなことは答えるまでもなく決まっていることだった。市丸ギン。お前はただ、何も知らないだけだ。千年前、俺が山本元柳斎重國と対峙した時と同じように世間知らずの子供であるだけだ。

 

「知らないのか?蛇は阿片(ゆめ)を見られるんだぞ。それだけで、阿片(ゆめ)を見られない俺よりよっぽど真面(まとも)じゃないか」

 

それにお前は茶屋で俺に声をかけてきた。お前は俺が自分と同じ匂いがするから、声をかけたと言ったが、あれは嘘だろう。俺は解っているさ。()い、()い。お前は救われたいのだろう。善哉(ぜんざい)善哉(ぜんざい)。なら、眼をかけてやろう。

市丸ギン。

 

「救ってやろう。お前のすべてを。俺は、お前が幸せになればいいと願っている」

 

 

 




ちょくちょく名前の出てくる「長次郎」こと一番隊副隊長・雀部長次郎忠息さん。
忠義の為に二千年も卍解を封じていたなんて格好良すぎた。ぜひ活躍させたいと思うのですが、活躍させればさせるほど原作の長次郎さんの格好から遠ざかってしまうのではないかというジレンマ。どうしようもないですね。

卍解『黄煌厳霊離宮』。本当に格好良かったな


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千年前の出会い方①

原作59巻の卯ノ花隊長の色っぽさは異様。
結局、女性キャラは黒髪ロングが最強。
異論は認めます。あくまで持論です。(; ・`д・´)


玉露や番茶よりもほうじ茶を好み。桜よりも梅を好み。海よりも山が好きな男。

――言ってしまえばあの(ひと)は、より強い匂いというものが好きなのでしょうと、護廷十三隊四番隊隊長、卯ノ花烈は風守風穴をそう回想する。

無論、風守風穴にも好みと好まざる匂いがあるが、卯ノ花烈のその言葉はほぼ正鵠を射ていた。

 

生まれからして異様。阿片窟という人が住むべきでない場所で生まれた彼の身体は、その阿片の毒に耐性があるという特性故に健康体ではあったが、しかし、嗅覚を含む五感全てに何の影響も与えていなかった訳ではなかった。障害というほどのものではない。しかし、”好み”という誤差の範囲ではあるが、風守風穴の嗅覚は阿片の毒によって少しだけ変化していた。

より強い匂いを好むように。より深く言えば、彼の生まれた阿片窟(とうげんきょう)の香り。

逃れがたい甘い香りを風守風穴は好んでいる。

 

そして、そんな風守風穴の好みは卯ノ花烈と付き合う上で、とても相性の良い物ではあった。

 

 

 

 

 

料亭『千寿庵(せんじゅあん)』。

そこで出される料理は総じて濃く味付けされている。卯ノ花烈の食事の好みは濃い味のもの。そして、味の濃い料理というのはそれに比例して強い匂いをしている。

 

「いただきましょう」

 

「いただきます」

 

卯ノ花烈の合掌に合わせて声を出し、俺は机の上を彩る料理に手を伸ばす。美味い。

流魂街で団子を食べた時にも思ったが、遠征部隊専属の辛い点は食事の問題。遠征先では碌な食事に在りつけないことが多いということだ。現世の人里離れた山奥とかならば、まだ良い。その辺の猪でも狩って鍋でもできるが、今回の遠征で行った『虚圏』は酷かった。周りは砂と石しかなかった。

そんな訳でちゃんとした料理を食べるのは久しぶりのこと。

食事が出来るという有難味を噛みしめながら料理を平らげる俺を見ながら、卯ノ花烈はいつも通りに笑っていた。

 

市丸ギンと茶屋で別れた後、俺は一番隊隊舎に今回の遠征の報告に向かったのだが、そこで隊首会の招集から逃げ出したことを山本元柳斎重國と雀部長次郎から叱咤された。

誰が悪いかと問われれば、間違いなく俺が悪いので大人しく説教を聞いていたのだが、流石にそれが数時間も続くと話は違ってくる。

天井のシミの数を数えながら「ああ面倒だ。これは長くなるぞ」と考えて居た所に、救いの手を差し伸べてくれたのは卯ノ花烈だった。

卯ノ花烈の「そろそろ終わりにして、日も傾いてきましたし、皆さんで食事に行きませんか?」という言葉に俺はすぐさま飛びついた。

 

俺と卯ノ花烈。山本元柳斎重國と雀部長次郎という旧知の仲での食事は遠征帰りということもあり美味に飢えていた俺からすれば考えるだけで楽しそうな催しだった。

しかし、残念ながら山本元柳斎重國と雀部長次郎は俺が報告した事案を纏める為にまだ仕事があり一緒に来ることは出来なかった。

なので、俺達はいま、俺と卯ノ花烈。そして天貝繡助と卯ノ花烈の副官である山田清之介の四人で食事処にやってきた。

 

俺は四人一緒に食事をとっても良かったのだが、積もる話もあるのだろうと天貝繡助と山田清之介は気を効かせてくれたようで二人は隣の座敷で食事をとっている。

つまり、この場にいるのは俺と卯ノ花烈の二人だけ。人見知りで口下手で引っ込み思案な俺は知らない人と二人になると緊張で目が泳ぐ悪癖があるが、相手が卯ノ花烈なら千年前から見知った相手だ。緊張することもなく酒を煽りながらちまちまと料理をつまむ。

 

食事を初めてしばらくしてから卯ノ花烈は口を開いた。

 

「今回の遠征もお疲れ様でした。風守さん」

 

そういって酌をする卯ノ花烈に俺は色香を感じる。対面で机を挟んでの酌。机の上の料理に袖が付かないように酌をする腕の着物を反対の手で押さえる仕草は反則級に色っぽい。思わず少し顔が赤くなったが、俺は平静を取り繕いながら酌を受け取り酒を煽る。

 

「『虚圏』への遠征。今までで一番大変な思いをされたのではないですか?」

 

「別に、だな。確かに初めて足を踏み入れる地ではあったけど、時間にすればたった十年。その前の第九十七次遠征の方が遠征期間は長かった」

 

「そうでしたね。第九十七次は三十年。その前は二十年でしたか。私はてっきり貴方は遠征の度に遠征期間を長くする悪癖があるのだと思っていたのですが、違っていたのですね」

 

「…確かに、遠征の度、遠征帰還が長くなってたのは否定しないが、それは遠征の度に遠征の難易度が上がっていたからだ。人を放浪癖のある変人みたいにいうなよ」

 

「あら、幾ら取り繕っても貴方が変人であることは否定できるものではないですよ」

 

「なんだと。それを言うならお前だって――「なにか?」――いや、なんでもない」

 

失礼な奴だと、変人なのはお前も同じだろうと卯ノ花烈の持つ千年前からの悪癖を突こうとした俺は彼女の浮かべた笑みを見て矛を収める。意気を削がれた俺は卯ノ花烈の顔を見ながら、綺麗な顔だというのに偶に浮かべる笑顔が恐ろしく怖いのは何故だろうかと、そんなどうでも良いことを考える。

 

「………本当にお前は綺麗な顔をしているな」

 

「あら、ありがとうございます。けれど、褒めても何も出ませんよ」

 

「別にそういうんじゃない。ただ、そう思っただけだ。お前は千年前から綺麗なままだな、卯ノ花。山本重國や長次郎の外見は年老いたっていうのに、お前は何一つ変わってない」

 

「それを言うなら貴方だって外見は変わっていませんよ。総白髪なのは千年前から。顔立ちも肌艶も二十代後半のものではないですか」

 

「まあ、外見なんて気の持ちようで何とでもなるものだろ。山本重國が老人の風貌になったのは総隊長としての威厳がどうのとか、どうせそんな理由だろ。長次郎も山本重國に合わせて歳を取ったんだろうさ」

 

死神に限らず霊力の少ない一般の魂魄も含めた尸魂界に生きる者たちは、基本的に何年生きようが年老いることはない。何しろ俺達は霊体で人間定義で言うなら既に”終わっている存在”。死んで終わっている以上、老化という成長をすることは殆どない。その上で霊力の強い死神が老いようと思うなら、自らそれを強く望む他にない。

そして、だからこそ俺は卯ノ花烈が未だに若々しい姿を保っていることに疑問を抱いていた。

 

「卯ノ花。俺はお前が老いを恐れるような女でないことはわかっているつもりだ。そして、そんな老い(もの)でお前が弱くなる筈もないことも知っている。だから、なぜだ?卯ノ花」

 

「何故とは、いったい何のことでしょうか?」

 

「山本重國は老い。長次郎も老い。その二人の元に千年前に集った十人はもう居なくなった。なら、お前も老いていくのが道理だろうと俺は思うんだがな。だというのにお前は―――」

 

徳利(とっくり)を倒し(はい)を落とす。俺は机の上に片膝を乗せ身を乗り出して卯ノ花烈の頬に触れた。酔っている。酔い痴れている。だが、そう自覚する俺の頭は正常だ。伊達や酔狂でこんな真似をするほど俺は痴れてはいない。そして、何よりの謎は、なぜ俺が酔い痴れているのかという点だ。阿片の毒に耐性を持つ俺の身体は酒などで酔える程に真面(まとも)な作りをしてはいない筈。なら俺は一体何に酔い痴れているのか。答えは多分、眼の前のこの(これ)だ。

(これ)の出す匂いが俺を酔わせている。

 

「――今も昔も、美しいままだな。卯ノ花。何がお前を、若い姿で保たせている?」

 

卯ノ花烈は頬に添えられた俺の手を払うこともせず、黒曜石の様な瞳で俺をジッと見つめてくる。そして蠱惑的に口元を歪ませた。

 

「…今日は随分と喋るのですね。少し、酔いましたか?(かつ)阿片窟(とうげんきょう)の番人であった貴方らしくもない。私は喋るたびに声を震わせ、目も合わせられない静かな貴方が好きですよ。だって、―――」

 

俺は卯ノ花烈の頬に添えていた手を動かし、首筋を隠していた長い髪を退ける。

するとそこには白い首筋に荒々しく刻み込まれた歯形の傷があった。

 

「―――貴方の声を聴く度に私についた二つの傷の一つが疼いて仕方がないのですから」

 

「………遠い昔の話だろう。お前は本当に、今も昔も変わっていないんだな」

 

千年前に俺が卯ノ花烈に刻み付けた傷。艶めかしく残る(それ)に舌を這わせたくなるのを必死で抑えながら俺は卯ノ花烈から手を放す。どうやら俺はこの場に酔っているようだ。否定は出来ない。頭を冷やす必要があると座敷の窓を開けて夜風を中に入れる。

窓の外から隣の座敷に居る天貝繡助と山田清之介の声が聞こえた。

その現実の音で俺の酔いは完全に覚めた。深呼吸をして振り返り、卯ノ花烈に頭を下げる。

 

「悪い。酔っていたみたいだ」

 

頭を下げる俺に卯ノ花烈は気にしないでくださいと言いながら俺の乱暴によって肌蹴た死神装束を直しながら笑った。

 

「構いませんよ。遠征中は酒も絶っていたのでしょう?なら、久しぶりに呑んで酔うことは仕方ありません」

 

「いや、だが―「それに」―」

 

「それを承知で私は貴方を食事に誘ったのですから、たとえ襲われたとしても犬に噛まれたのだと諦めるつもりでした」

 

「………それは、俺は惜しいことをしたということか」

 

笑いながら、彼女らしくもない冗談を言う卯ノ花烈に対して俺はなんと返していいのかわからず、そんな返答して食事の席に戻る。俺の不甲斐なさの所為で色々あったが食事はまだ半分以上残っている。無論、残すなんて真似を出来る訳もなく俺は再び箸を握り杯に酒を注ぐ。

卯ノ花烈もまた同じよう食事を再開した。

 

そうして、ひと悶着あったが無事に食事が終わると思われた時、不意に卯ノ花烈は爆弾(えがお)を投げかけながら言った。

 

「そう言えば、今日の様な酒の席で千年前に私とした『互いに千年間独り身だったら結婚しよう』という約束を風守さんは覚えていますか?」

 

その爆弾(ことば)に俺は再び徳利(とっくり)を倒し(はい)を落とした。

 

 

 

 

 

 

――そう言えば、今日の様な酒の席で千年前に私とした『互いに千年間独り身だったら結婚しよう』という約束を風守さんは覚えていますか?―――

 

自分の言葉に狼狽する風守風穴の姿を見て、卯ノ花烈はクスリと小さく笑みを零した。

らしくないというのなら、何よりその姿が彼らしくないと卯ノ花烈は笑う。

普段の風守風穴ならば素面で返すだろう冗談に顔を赤くして慌てふためくその様子は、もし仮に彼をよく知る雀部長次郎や天貝繡助が見たなら悪い冗談だろうと思うだろう。

顔を赤くし呂律が上手く回っていない。その(さま)は、まさしく酔っ払いの風体だ。

阿片に酔えぬ身体を持つ風守風穴が酒に酔うなんて話は、風守風穴を良く知る人物であればあるほど信じられないことだろう。

しかし、現に今の風守風穴は酔っている。それはなぜか。その理由を知り、彼を酔わせる原因を作り出した張本人である卯ノ花烈の長く美しい黒髪からは、甘い花の匂いが香っていた。

 

「(混じり合い始めましたか)」

 

『混合危険』という言葉がある。二つのモノを混合・接触することで発火や爆発の恐れが生じることを指す科学用語だ。

阿片に酔わぬ身体が酒に酔っているという矛盾。その理由を簡単に言ってしまえば、今の風守風穴の身体の中で『混合危険』と同じような現象起こっているからだった。

混ぜたものは酒気と香気。爆発はしない。代わりに阿片に酔わぬ強靭な身体を酔わせる。

風守風穴との付き合いが長く、現四番隊隊長として瀞霊廷の治術仁術を一手に担い尸魂界のあらゆる薬品に精通する卯ノ花烈だからこそ見つけることが出来た、風守風穴を酔わせる術。

 

「へにぅ」

 

奇声を零し風守風穴が机に突っ伏した。しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。

酔っ払い寝落ちした風守風穴を眺めながら、卯ノ花烈は穏やかに回想する。

 

―――千年前のあの時にこの人を酔わせる術を知っていたなら、私はこの人を殺していたでしょう。

 

 

千年前。日暮れの荒野で”八千流”と”風守”は初めて出会った。

 




休みの日に書いて出来たら直ぐに上げちゃうので、投稿ペースは完全不定期。
暇つぶしになれば幸いです!(; ・`д・´)


(; ・`д・´)←この顔文字はかわいくて好き


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千年前の出会い方②

主人公と原作キャラの日常よりも戦いを書いている方がキーボードを打つ速度が速くなる自分には圧倒的に何かが足りない。

藍染様…自分は進化に失敗したのか…(; ・`д・´)


千年前。尸魂界。流魂街最外園。西流魂街80地区『口縄(くちなわ)』。

その地を訪れた当時の卯ノ花八千流は戦いに()んでいた。

 

―――――”(たたかい)”を――――

―――――”(ただ)(それ)を―――

 

掻きむしるほどに渇望し、吐き出しそうになるほど切望した。

その血の渇きは時間と共に転移し増大していく癌細胞の様に当時の卯ノ花八千琉を蝕んでいた。

 

卯ノ花八千琉は戦場を駆け血潮を啜り修羅場で呼吸する女だった。

天下無数に在るあらゆる流派を極め、そしてあらゆる刃の流れは我が手にありと自ら名付けた”八千流”の名。

 

―――(ただ)(それ)だけが欲しかった。―――

 

その為だけに自ら名付けた”八千流”の名。その名が勇名として、悪名として、轟けは轟くほど、自分の前には”敵”が現れ、自分の剣を満足させると信じていた彼女は、しかし、直ぐに絶望することになる。

確かに”八千流”の名が高まれば高まるほど彼女の前には卯ノ花八千流との戦いを望む者が数多く現れるようになった。彼らとの戦いは確かに彼女を期待をさせた。

しかし、そこまでだった。

”八千流”の名に釣られてやって来る彼らを斬れば斬るほどに、戦えば戦うほどに、卯ノ花八千流はその事実に気がつき絶望していった。

 

―――上段斬りで二つに割れる。胴を放てばまた二つ。袈裟切りで三度二つなら、籠手を打てば四散に割れた。ただの一撃、それにてお仕舞。―――

 

誰も彼女に敵う者はいなかった。

 

卯ノ花八千流以外に天下無数の流派を極めた者は無く、卯ノ花八千流以外にあらゆる刃の流れを掌握した者はいなかった。

それはつまり、卯ノ花”八千流”の敵となるものが誰一人としていないという事と同義だ。

その事実に卯ノ花八千流は絶望し悟る。

 

―――周りを見ても雑魚ばかり。”八千流(この名)”に群がる者達に、最早剣を悦ばせる”敵”は居ない。―――

 

故に卯ノ花八千流は剣を悦ばせる為に足る敵を求めて、あらゆる場所を彷徨った。

 

 

 

そうして、彷徨い続けた卯ノ花八千流は、自分とは真逆に生きる一人の男に出会う。

あるいは、もし仮に卯ノ花八千流の放浪が後数百年後であり、放浪の場所が西流魂街でなく北流魂街であったなら、彼女は自分と同じく戦いに倦む鬼の少年と出会っていただろう。

しかし、未だに鬼子は生まれておらず、その出会いは数百年先と定められている。

故に卯ノ花八千流が出会うは白痴の剣士。

流離(さすら)う彼女とは対照的に故郷を離れず守る男は卯ノ花八千流を見て静かに笑った。

 

「ようこそ阿片窟(とうげんきょう)へ。お前はとても綺麗な顔をしているな。()()い。気に入った。お前の為なら、幾らでも阿片を用立ててやろう」

 

そう笑う総白髪の若い男は放浪の最中で数多くの者を斬り既に尸魂界にその悪名を轟かせていた卯ノ花”八千流”の名も顔も知らぬのだろう。裏表無く歓迎する様に卯ノ花八千流を出迎えた。

その歓迎を前に卯ノ花八千流は戦慄した。強者との戦いを求めての放浪で場違いな歓迎を受けてしまったことへの失意に戦慄した、のではない。大悪党である自分を歓迎する総白髪の若い男の阿呆すぎる頭に戦慄した、のでもない。

ただ、その総白髪の若い男に戦慄した。

 

西流魂街80地区『口縄(くちなわ)』の外れにある阿片窟の噂は卯ノ花八千流も知っていた。何時の時代からあったかすら定かでないその場所は、痛みも苦しみも悲しみも忘れさせてくれる中毒者(じゃくしゃ)達の阿片窟(とうげんきょう)

鉄火の世界に生きる者として生涯交わることがないだろうと思っていた場所に卯ノ花八千流がやってきたのは偶然だった。卯ノ花八千流がたまたま通りかかったそこが阿片窟(とうげんきょう)への入り口であり、たまたまその日は引きこもりで人見知りで口下手で引っ込み思案な門番が珍しく日の下で見張りをしていて、奇跡的に通りかかった女性に声をかけるなんて言う軟派な真似を気まぐれで行っただけだった。

 

だから、”八千流”と”風守”の出会いは偶然で、故に必然―――”八千流”は剣を抜いた。

 

”一閃”。前を通りかかった姿勢のまま、自然体からの息もつかせぬ抜刀術。

幾人もの強者たちを一撃の下で屠ってきた卯ノ花八千流の剣はしかし、”風守”には届かなかった。

避けたのではない。受けたのでもない。ただ、”外れた”。

”八千流”の名を持つ者として、それがどれほどの異常事態かを理解しながら、卯ノ花八千流は嬉々として嗤った。ようやく一撃で死なぬ”敵”が現れたと歓喜した。

対して”風守”は卯ノ花八千流が外した”一閃”を眼で追いながら、しばし茫然と立ち尽くした後、その目に悲しみと怒りを滲ませながら刀を抜き叫んだ。

 

「なにを、する!いきなり何を!初対面の相手に急に斬りかかるなどっ、お前は狂っているのか!」

 

阿片窟の門番が真っ当なことを叫ぶその様はあまりに滑稽で卯ノ花八千流の顔の笑みは深まる。それと同時に罪の意識は薄れて消える。今の反応で眼の前の男が自分と同じように真面(まとも)でないということが分かった。ならばもはや、卯ノ花八千流の中に躊躇は無かった。

 

外れた切っ先で次に追うは”風守”の首。決まれば間違いなく必殺の一撃を、”風守”は次は防いだ。剣と剣が交差する。その時、鳴く音は紛れもない歓喜の音色。卯ノ花八千流は自身の刀が喜びに咽び泣くのを感じながら、深く笑った。

一合。二合。三合。卯ノ花八千流が剣を振るい、望めば望むだけその歓喜の音色は鳴り続ける。

(ただ)(これ)が欲しかったのだと卯ノ花八千流は叫び刀を振るう。

対して”風守”は最初の叫び以降、何の声も発さず静かに卯ノ花八千流の剣を防ぎ続けた。

切っ先の邂逅の度、”風守”は射貫く様に自分を見る卯ノ花八千流の視線に声を震わせ、卯ノ花八千流の笑い声が聞こえる度に顔の筋肉を硬直させた。

恐れ戦いているとしか思えない反応。だがしかし、無様を晒す”風守”は決して戦いに対する恐怖を感じているのではない。

それは卯ノ花八千流もわかっていた。

 

ならばなぜ?”風守”は震えるのか。

理由は単純。”風守”の拭えぬ性分にある。

 

阿片窟(とうげんきょう)で生まれ、阿片(ゆめ)に溺れる中毒者(かぞく)達と洞窟の底で生きてきた”風守”にとって唐突に現れ剣を振るう卯ノ花八千流の存在はただ偏に埒外なモノでしかなかった。

阿片窟(とうげんきょう)を訪れる多くの者たちは阿片(ゆめ)を求める弱者達。彼らは阿片窟(とうげんきょう)を守る”風守”に剣を振るうことはない。

勿論、阿片窟(とうげんきょう)を訪れるのはそんな者達ばかりではない。門番である”風守”に対して剣を抜く者達も無論いた。

しかし、彼らは彼らなりの理由があり阿片窟(とうげんきょう)を襲うのだということを”風守”は知っている。

戦いの前に彼らは語るのだ。曰く正義。曰く正義と。

平和の為にお前達を斬るのだと大上段から言ってのける彼らのことを”風守”は理解している。彼等は彼等なりの理由があり戦うのだと知っている。そこに恐怖は無い。理解できるモノに恐怖を抱けるほど”風守”は真面じゃなかった。

故に”風守”が恐怖するのは埒外の修羅。理由なく戦いを求め流離う眼の前の剣鬼。

阿片窟(とうげんきょう)に在ってなお、理解が出来ない卯ノ花八千流の感情を恐怖する。

戦いの最中に口数の少なくなった”風守”とは対照的にその時の卯ノ花八千流は剣が伝えてくる歓喜の音色が強くなればなるほどに語尾を強め声を荒げた。

―――求めていたと。(ただ)(これ)を。

―――戦いを求めて戦い続け、今ようやく剣を愉しませる敵に遭えたのだと。

―――だからそこにもう戦う理由は無く、もはや理由は完結しているのだと。

 

その叫びは二人が戦う場所、阿片窟(とうげんきょう)の入り口から漏れ出す阿片の毒に卯ノ花八千流が毒されているからこそ出た紛れもない彼女の本心。

それを理解しているからこそ、”風守”は更に卯ノ花八千流への恐怖を強めていく。

 

「戦う理由などないのか?」

 

―――是。

 

「戦う為に戦うと。そんな科白(せりふ)阿片(ゆめ)に酔い痴れ、本心で吐くのか?」

 

―――是。

 

「なんて奴だ。この痴れモノが。そんなモノはただの通り魔じゃないか。ふざけるな!そんな危険な奴に手加減出来るほど俺は優しい男じゃないぞ」

 

”風守”の語る言葉の何と重みの無いことか。阿片窟の門番が吐く科白(せりふ)じゃなかった。けれど、卯ノ花八千流とのやり取りを終えた”風守”の戦いに先ほどまでの震えも静かさもない。彼は彼なりの信念を持って卯ノ花八千流に全力で対峙する。

”風守”が全力で戦おうとしている。その事実に卯ノ花八千流は歓喜した。

 

 

 

其処(そこ)には彼女の求めた(ただ)(たたかい)の文字があった。

 

 

 

既に剣の交わりは百を超え、直ぐに千を数えるだろう拮抗した戦い。久しぶりに味わうその悦びの戦いが、しかし、互いの実力が対等だから行えているものではないことを卯ノ花八千流は徐々に理解していっていた。

眼の前の男は強い。それは間違いのない事実。しかし、なお、”八千流(じぶん)”に届いてはいない。

ならばなぜ、今の一合を持って千を越えた邂逅を果たすほどに拮抗した戦いを演じられているのか。

その答えに辿りついた時、卯ノ花八千流の膝から力が抜けた。

 

―――これは。

 

全身の筋肉が弛緩している。視線はぼやけて思考は慢性な速度に眠る。

 

―――阿片の毒か。

 

”八千流”と”風守”の戦いの舞台。それは、阿片窟の入り口の前という”風守”のテリトリー。門番たる”風守”が全力で戦えるその場所に吹く風は阿片窟から漏れた阿片の毒が混じり甘い香りを漂わせる。

卯ノ花八千流の身体は最初から阿片の毒に犯されていた。故に初撃の居合抜きは外れ、戦いの最中で阿片の毒を全身に巡らせた今、膝をつく。

 

卑怯などと語る言葉がある筈もない。実力で劣る”風守”が”八千流”に対して優れる部分で戦いを挑んできたというだけのこと。

阿片に酔わぬ身体を持つ者が刀を振るうのだ。卯ノ花八千流からすれば、その特性を生かさないなんて、とても戦いを愉しむ者の発想ではないと逆に訝しんだだろう。

 

だから、卯ノ花八千流は阿片の毒に侵されながらも眼の前の”敵”を一切否定することなく地に伏した視線を上げた。

膝を付き自分を見上げる卯ノ花八千流に”風守”が無言で刀を上段に構える。

言葉は無い。そのことにも卯ノ花八千流は何の悲しみも無かった。もとより無言でいきなり”風守”に斬りかかったのは彼女の方。言葉なく始まり叫びと共に白熱したこの戦いの終わりが静かなものであることに対して、彼女はそれが正しいのだとも思った。

 

―――これにてお仕舞。……いえ、しかし、それは。

 

振り下ろされる”風守”の上段斬りに動かぬ筈の”八千流”の剣は動いた。

その反応は卯ノ花八千流が意図したものではなかった。何より卯ノ花八千流の思考は阿片に毒され痴れている。今の卯ノ花八千流には”風守”の上段斬りを攻撃だと知覚する思考もない。

故に動かぬ筈の剣を動かしたのは反応ではなく反射。

天下無数に在るあらゆる流派を極め、そしてあらゆる刃の流れを掌握した”八千流”の剣。

思考無き意思の修羅となりて”八千流”は再び”風守”の前に立ち上がる。

 

―――ああ、(ただ)(たたかい)を。私はまだ、戦える。

 

立ち上がった”八千流”を前に”風守”は慟哭する。彼の感性では理解することの出来ない埒外の化物が眼の前に居た。

 

「何故痴れぬ。何故、何故溺れない。お前は阿片(ゆめ)を見られるのだろう?なのに何故その阿片(ゆめ)を棄てて立つ。何故自ら苦しみ嘆き痛みの中で生きようとする」

 

―――苦しみ。嘆き。痛み。(たたかい)の中で得られるそれを私は求めている。

 

「ふざけるな!誰が―――苦しみながら進む道で幸せになれるという!」

 

―――”八千流(わたし)”。

 

「…………なん、だと」

 

”風守”は戦慄する。眼の前の名前も知らない女に戦慄する。理由無く死の交わりに立った者達の矜持として互いに名など名乗っていない。名を知るということは少なからず相手のことを理解するということだ。しかし、もう”風守”に”八千流”の名を聞く気はなかった。”八千流(その名)”など、知らずとも理解できた。知る必要などないのだと理解した。

”風守”は生涯、”八千流”を理解することは出来ないのだと理解した。

眼の前の女が正真正銘の埒外の化物なのだと理解した。

 

「………争いを好み。戦いの中で生きることを好む。お前の様な奴がいるから―――」

 

その声は絞り出すような感情。悲鳴を越え絶叫と共になる絶魂歌。

 

「―――お前の様な奴がいるから、皆は嘆き悲しむのだろうがァ!」

 

”風守”は怒り。”八千流”は嗤う。

 

相容れぬまま戦う二人の剣戟は三日三晩続き、そして三日目の深夜に二人ともほぼ同時に地面に倒れた。

”風守”は全身に刀傷を負い、両腕は既にその機能を果たしてはいなかった。刀を握れなくなった後の”風守”は阿片(ゆめ)に溺れた中毒者(かぞく)がするのと同じように自身の爪と歯すらも使いながら戦い。そして倒れる壮絶な終わりだった。

対して”八千流”は阿片の毒を全身を犯されながらも最後まで剣を手放すことのなく倒れた。しかし、その思考は”風守”よりも大分早い段階で飛んでおり、意思なき彼女の身体を剣が動かし続けていたという狂いきった終わりを演じた。

 

”風守”と”八千流”の決着は決着付かずという形で決着した。

 

後日、早朝。同時に目を覚ました”風守”と”八千流”は地面に倒れる相手の(さま)を互いに確認すると同時に相手から眼を背けた。

”風守”は阿片窟(とうげんきょう)の中へ芋虫の様に這いながら戻っていき、”八千流”は刀を杖にして揺ら揺らとした足取りで阿片窟を後にした。

 

次に出会う時に再び戦うことになるだろうと思いながら、傷を癒す為に去っていく。

お互いに名も知らないまま二人の最初の出会いは終わった。

 

そして、数年後。再び出会った二人が次は”敵”ではなく”味方”として出会うこととなったのは何の因果か。山本元柳斎重國により次は出会う前から相手の名前を知った状態で出会った”卯ノ花烈”と”風守風穴”は顔合わせの瞬間しばらく硬直し、その日の夜にどちらからともなく家路を共にして道中にあった酒屋へと一緒に入っていき、大いに酒を飲んだ。

戦いにしか酔えない女と阿片にも酔えぬ男が酒に飲まれるなどということは無かったが、しかし、二度目の出会いは上手い形で決着する。

 

そしてその後の千年間、”風守”と”八千流”が二度と剣を交えることはなかった。

 

阿片(ゆめ)に酔えぬ風守風穴は山本元柳斎重國の下で生まれて初めての夢を見て、故にその夢”そのもの”である卯ノ花烈を斬ることは無く、また卯ノ花烈も風守風穴がそう望むのならあの三日三晩の悦びを一夜の夢と封じることに決めた。

 

 

 

 

 

だから、千年後の此処。二度目の出会いを果たした、昔は酒屋であった料亭『千寿庵』で酔い潰した風守風穴の失態を見ながらも卯ノ花烈が彼の首を狙うことはない。

卯ノ花烈が伸ばした手は風守風穴の頭を撫でた。総白髪の髪質は固く風守風穴が不規則な生活を送っていることを卯ノ花烈に感じさせる。

 

「無理もありませんね。この人は特派遠征部隊の隊長。瀞霊廷に居る時間の方が少ない人なのですから」

 

遠征ばかりの生活で規則正しい生活を送れという方が無理だろう。その上、風守風穴という男は遠征から帰っても遠征の報告を山本元柳斎重國に伝えると碌な静養もせずに直ぐに次の遠征に向かって行ってしまう。

昔は引きこもりを自称していたとは思えないほどの放浪癖が風守風穴にはある。

 

故に、こうして旧友である卯ノ花烈でさえ風守風穴と顔を合わせたのは百年ぶりだった。

おそらく自分で語る人見知りで口下手で引っ込み思案な性格だけは、確かなのだろう。人前に姿を現さないその性分だから、卯ノ花烈には遠く及ばないが古参と呼んでいい隊長格である京楽春水や浮竹十四郎も風守風穴の名も顔も知らなかった。

 

「何も変わっていないのは、貴方の方です。相変わらず、桃園に霞む煙の様な人」

 

卯ノ花烈が千年をかけて特別に調合した酒の酒気と香気を用いてこうして酔い潰さなければ触れることも出来ない様な男、風守風穴。その風守風穴に今自分は触れているのだと卯ノ花烈は小さく笑い、頭を撫でていた手を放しその手を風守風穴の着る死神装束に手を伸ばす。

その手を止める者はおらず、風守風穴の死神装束は肌蹴ていった。

 

「…もし仮に、まだ私が貴方を諦めていなかったのだと知ったのなら、貴方はなんと言うのでしょうか」

 

あるいはあの三日三晩の夢の様に罵倒を投げかけてくれるのかと卯ノ花烈は芯を熱くする。

あの”風守”と”八千流”の戦いを一夜の夢だと封じながらも、卯ノ花烈は風守風穴との決着を諦めてはいなかった。

ただし、それは戦いではない。ただ生物としての単純な決着。男と女の行きつく終わり方。

 

「『互いに千年間独り身だったら結婚しよう』。そんな酒の席で交わされた千年も前の約束を信じているほど、私は少女ではありません。しかし、大人な私は既成事実というものがあることを知っています。ふふ。逃げられませんよ。その為に千年かけて貴方を酔わせる術を準備したのですから。勿論、店の者たちも抱え込んでいます。貴方が新しく見つけた厄介そうな副官は、山田清之介、私の部下が相手をしていることですし、もう止める者はありません」

 

机に突っ伏していた風守風穴の身体を畳の上に横たえる。

それを見下ろす卯ノ花烈はこの世のものとは思えぬほどに美しかった。

 

「そう言えば、まだ言っていませんでしたね」

 

―――お帰りなさい。世界で初めて私を悦ばせた(ひと)よ。

 

 




中高生位の時は『大紅蓮氷輪丸』みたいな斬魄刀が好きだったのですが、今は『皆尽』とか『逆撫』とか刀の形を残した斬魄刀が好きです。
これは大人になったということなのか、それとも患ったと言うべきか…


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新たな出会いと過去の出会い

誤字報告をしてくださる方々、ありがとうございます(__)
確認後、随時訂正させていただいております(__)


ふふ、なんて言うと思ったか(´・ω・`)
何時から自分が誤字をしていると錯覚していた(; ・`д・´)


嘘です。

誤字報告してくださる方々、本当にありがとうごさいます<(_ _)>


護廷十三隊九番隊隊舎。白罌粟の花紋が描かれた建物の入り口に七人の死神達の姿があった。うち六人は男。後の一人は女。

六人の内、五人の男たちは普通の黒の死神装束の上から白の布地で背に「六車九隊」と書かれた羽織を羽織っており、それは九番隊において精鋭と呼ぶべき席次持ちの隊員の証であり、そんな彼らを仕切るのは勿論、九番隊隊長。

袖の切り取られた隊長羽織を羽織る九番隊隊長、六車(むくるま)拳西(けんせい)は部下を背に率いながら先日、護廷十三隊総隊長山本元柳斎重國より下された命令を思い出していた。

 

--九番隊隊長六車拳西及び九番隊各位に此処ひと月ほどの間に続発している流魂街での事件の調査を命ずる--

 

山本元柳斎重國からの説明によれば、ここ最近ひと月ほどの間に流魂街の住人が消える事件が多発しているらしい。原因は不明。

ある日突然、服だけ(・・・)を残して(・・・・)跡形(・・)も無く(・・・)消える(・・・)

死神の着る死神装束も含め尸魂界に生きる者たちの衣服は全て持ち主の霊子で出来ている。

故に、もし仮に死んで霊子化するのなら、着ていた衣服も同じように消えるというのにそうならず、被害者が消えたと思われる場所には被害者の衣服だけが散乱していたという。

ただの連続殺人事件ではない怪奇な事件は、四番隊隊長卯ノ花烈の現場検証の結果わかった、被害者は死んだ訳ではなく生きた(・・・)まま(・・)人の形(・・・)()保てなく(・・・・)なって(・・・)消失(・・)した(・・)ということ以外は何も解っていない。

まさしく原因不明。定義上、山本元柳斎重國はこの事件を事件と称しているが本当に事件であるのか、もしくは事故であるのかも不明。

何も解らない事件の調査を命じられた六車拳西は苦々し気に顔を歪めた。

 

六車拳西は護廷十三隊隊長にまでなった傑物。決して頭の悪い人種ではない。しかし、性格上、頭脳労働よりも肉体労働を好み得意とする彼は、もし仮にこの事件の究明を命じられたのが彼と九番隊だけであったなら、九番隊隊員の中から先遣隊を選抜し調査に向かわせ部下の報告を待っていただろう。

しかし、今、六車拳西は今回の怪奇事件の調査において初めから最前線に立っていた。

そうしなければならない理由があった。

 

山本元柳斎重國は怪奇事件の調査にあたり、六車拳西と九番隊以外の者にもその事件の調査を命じた。

 

「(それが、俺の部下たちが総隊長は自分たちの力を信じてくれてねぇのかって機嫌を損ねている理由で、俺がこうして前線に立たなきゃならねぇ理由)」

 

九番隊隊舎の前で腕を組み立つ六車拳西達の前にその男は現れた。

 

護廷特機。『特別派遣(とくべつはけん)遠外圏(えんがいけん)制圧部隊(せいあつぶたい)』。

通称・特派遠征部隊。部隊長、風守風穴。

 

先日十年に及ぶ遠征から帰還した総白髪の男は副官一人を付き従えて六車拳西の前に立つ。

先日まで名前も顔も知らなかった相手。しかし、風守風穴という男が自分よりはるか前から護廷十三隊に在籍し、それこそ山本元柳斎重國や雀部長次郎、卯ノ花烈と並び護廷十三隊を作り上げた最古参と言っていい化け物だと知っている六車拳西は風守風穴とその副官に対して含みを持つ視線を送る部下たちを制して、風守風穴に手を差し出す。

 

「九番隊隊長、六車拳西だ。今回の協力を感謝する。風守部隊長」

 

「ん。よろしく。顔を合わせるのは初めてだよな。俺が風守風穴。こっちが副官の天貝繡助だ」

 

六車拳西から差し出された手に握手を返す風守風穴。

類稀な力を持つ隊長格の死神が握手によって相手から得られる情報は手の感触だけじゃない。骨格や筋肉の類から、目視では無く触覚によってより正確に図られる霊圧の質や総力、特性までもを知ろうと思えば知れるだろう。

六車拳西は風守風穴に触れた瞬間に戦慄する。

風守風穴の強靭な肉体に対して、ではない。膨大な霊圧の総量や上質さに、でもない。

ただ、直接身体に触れてなお、何も解らなかったことに戦慄した。

隊長格にまでなった自分の探知能力なら当然図れるはずだと思っていた情報の全てがまるで煙を掴むかの如くすり抜けていく感覚は、六車拳西が生まれて初めて感じる感覚だった。

六車拳西はこれまでの生涯で得体のしれない化物や底のしれない天才には何度も出会ってきた。

しかし--

 

「ああ、そうだ。一つ言っておく。六車」

 

「っ、なんだ」

 

思考を遮られた六車拳西の口から思わず驚きがこぼれる。何事かと緊張して風守を凝視する六車拳西に、風守風穴は視線をそらし空を見上げながら呟いた。

 

「俺は人見知りだから知らない奴と話す時、声が震えることがあるんだ」

 

「…はあ」

 

「…だから、もし俺がお前に対してなんか変なことを言っても別に気にしないでくれ。別にお前が嫌いな訳じゃない」

 

何を言うかと思えばそんなことをかと六車拳西は驚いた。

そして、しばしの順考の後にあることに気がついた。

触れただけで怪物と思った風守風穴という男は今、言葉から察するに---

 

「あんた、俺に嫌われることを」

 

「ん?」

 

「いや、何でもない。…まさかな」

 

真逆(まさか)、眼の前の男が六車拳西(じぶん)程度に嫌われることを恐れるはずがないと、浮かんできた考えを捨てる六車拳西に風守風穴は隠し事などない様な子供の様な純真さを感じさせる声色で言った。

 

「嫌だぞ。お前に嫌われるのは嫌だ。だって俺たち、同じ護廷の仲間だろう」

 

「---」

 

六車拳西は風守風穴のその言葉にしばらく絶句した後、笑った。

 

「(なるほど、風守風穴。此処までの怪物か)」

 

 

 

 

 

「これから流魂街に向かい事件の調査に入る。向かう先は一番最近、魂魄の消失が確認された場所だ。それでいいですかね、風守部隊長」

 

「ああ、俺は最近瀞霊廷に戻ったばかりだし、正直情報に疎い。六車に任せる」

 

九番隊隊長、六車拳西との顔合わせは人見知りで口下手で引っ込み思案な俺にしては上手くやった方だと、自分で自分を褒めてやりたい気分だった。天貝繡助を後ろに連れて、俺は六車拳西が率いる九番隊の後に続く。

流魂街での連続怪奇事件の調査にあたり、俺は山本元柳斎重國から六車拳西並び九番隊への助力を命じられた。

 

正直、遠征専門部隊の俺達が瀞霊廷に近接する流魂街で起きている事件の調査を命じられた時はお門違いもいい処だと山本元柳斎重國に文句を言い。何時も通り直ぐに次の遠征に行かせろと進言したのだが、山本元柳斎重國から『虚圏』への十年の遠征任務から帰還した俺達に休暇も与えず次の遠征を命じるのは周りの眼を考えて無理だと断られた。

功績には報酬を。大きな仕事の後には長期休暇を与えなければ組織が立ち行かなくなるらしい。

俺が四番隊の隊長を務めていた時は休む暇もなく膨大な数の戦場とそれに比例する傷病者を押し付けてきた山本元柳斎重國の言葉とは思えない言動に絶句する俺の肩を叩いたのは何時も通りに山本元柳斎重國の傍に控えていた雀部長次郎。

 

雀部長次郎は昔とは違い髭の増えた顔に昔と同じ生真面目な眼差しで俺を見ながら首を横に振り、昔とは時代が違うのだと言う。

確かに、言われてみればあれから千年もの時が過ぎている。人間の時代の数え方なら既に十世紀が立っている。時代の一つや二つ変わっていてもおかしくはない。

護廷十三隊には山本元柳斎重國という朽ちることも燃えることもないだろう屋台骨が存在しているから俺は長らく時代の流れというものを感じていなかったが、俺が知らない間にも時代は確実に流れているのだと、雀部長次郎は語る。

 

言われてみればその通り。俺が自覚のないうちに時代に取り残される所だった。

そして、そうと分かれば今回の命令で山本元柳斎重國が俺に課した本当の役割もまた透けて見える。

 

--新しい時代の死神を見極めること。

 

思えば俺の知る隊長格の死神は随分と減った。護廷十三隊の創成期からの死神は既に山本元柳斎重國や雀部長次郎に卯ノ花烈の三人だけ。他の隊長格に関しても山本元柳斎重國の教え子であるらしい八番隊の隊長の京楽春水と十三番隊の隊長の浮竹十四郎は山本元柳斎重國から名前と人柄を聞いているから知ってはいるが、他には瀞霊廷の四代名家の人間がそれぞれ二番隊と六番隊の隊長をやっているのを知っている位だ。

今回、怪奇事件を共に調査する九番隊隊長、六車拳西に関しては名前も知らなかった。

 

時代が変わっても護廷の在り方が変わることは許されない。故に護廷十三隊に在りながらほぼ遠征で瀞霊廷を離れている俺から、各隊長格を見極めろと言外に命じた山本元柳斎重國に対して俺は頭を垂れた。

そして、同時に山本元柳斎重國が心の内で抱いている疑惑も悟る。

今回の怪奇事件はどうもキナ臭い。もしかしたら、その犯人は護廷十三隊に居るのかもしれないと山本元柳斎重國は考えている。

それは、有ってはならないことだった。

前を行く六車拳西の背を見ながら俺は眼を細める。

千年前に俺が初めて見た夢。”護廷十三隊(そのゆめ)”に仇をなす者がいるのなら、俺は刀を振るうことに躊躇はない。仙丹の封印を解いて桃源の夢に沈めてやろう。

見極めなければならないと息を巻く俺はその内心を悟られない様に六車拳西の後に続く。

初代四番隊隊長の肩書は伊達じゃない。人見知りで口下手で引っ込み思案な俺だが、初代四番隊隊長であった時代は何かと中央四十六室とやり合う機会も多く本心を悟られない腹芸は身に着けている。無駄に敵愾心を煽らない術も心得ている。

 

「風守部隊長。着きました。此処が一番最近魂魄の消失が確認された場所です」

 

「此処か…何もないな。まあ、現場で見ただけで何かわかるなら検死を担当した卯ノ花が何か見つけているか。取りあえず、これからどうする?」

 

「取りあえず周辺住民への聞き込みはウチの部隊から選抜した十名を向かわせます。この辺の調査には、衛島(えいしま)藤堂(とうどう)笠城(かさき)東仙(とうせん)!行けるな?」

 

「「「「はい‼‼」」」」

 

「ウチの席次持ち四人に任せましょう」

 

「わかった。そして、俺達は情報が集まるまで現場待機か。ああ、そうだ。なら、周辺の調査には繡助も向かわせよう」

 

「風守部隊長の副官ですか…」

 

六車拳西は俺の後ろに控える天貝繡助を見て眉を顰める。体格の良い六車拳西とまだ少年の域を出ない外見の天貝繡助を比べればそれこそ大人と子供。面識も少なく役に立つのかと六車拳西が疑問を持つのも無理はない。

しかし、それは天貝繡助を舐めている。

特派遠征部隊副隊長、天貝繡助。

炎熱系斬魄刀を操る彼が背負う肩書は伊達ではない。俺の遠征に三度も随伴し副官の地位に上り詰めた天貝繡助の実力は他ならない俺が知っている。

 

「繡助は霊圧探知の感覚に冴えている。なにか異変があれば直ぐにわかるだろう。それに、もし仮に戦闘になったとしても足を引っ張らないことだけは、俺が保証する」

 

「わかりました」

 

連続魂泊消失事件の調査に当たり、その編成が決定する。

周辺住民の聞き込みに九番隊の隊士十名。

周辺の調査に九番隊席次持ち四名と天貝繡助。

本営の設置に九番隊本隊。

各調査の報告をまとめる為の現場待機に俺と六車拳西。そして六車拳西の副官である久南(くな)(ましろ)

 

現状考えうる最善の布陣を持っての調査。護廷十三隊の一部隊という規模で行われる調査だ。幾ら原因不明の四文字が乱立する怪奇事件だとしても直ぐに原因の一端は明るみに出るだろう。

--九番隊(・・・)()中に(・・)内通者(・・・)()いなければ(・・・・・)

そんなことを考えて見上げた空は、苦々しい位に青く澄んで空いた。

 

 

 

 

 

太陽が頂点に達する時刻。地面に映った影が一番小さくなる時間帯の流魂街の荒野に五人の死神達の姿があった。うち四人は黒い死神装束の上から「六車九番隊」と書かれた白いを羽織を羽織った体格のいい男達。後の一人は『特派』と書かれた腕章を付けた少年。

傍から見れば大人の集団に子供が混じっている奇妙な光景。それは集まった死神達もわかっている。だから、「六車九番隊」の文字を背負う死神の一人が少年死神、天貝繡助を気に掛けるのは責められるべきことではなかった。

原因不明の連続魂魄消失事件の調査というどんな危険な任務に成るか分からない現状、少年と呼べる風貌の天貝繡助を一人で調査に向かわせるべきではないと考えた男の提案は優しさと呼んでいいもの。

しかし、天貝繡助はそれに否と首を振る。

 

「僕だけの為に二人一組(ツーマンセル)を組んでもらう必要はありません。僕も皆さんと同じように一人で周辺の調査に向かいます」

 

一番最近魂魄の消失が確認された現場近くの調査を命じられた九番隊の席次持ちと天貝繡助。調査を行うにあたり九番隊所属の死神、東仙要は情報収集の効率を高める為に各自での情報収集を提案した。それに対する反対の声は上がらない。何時、次の事件が起こり犠牲が出るかもわからない状況。事件の解決には迅速さが求められていた。

それを理解している天貝繡助もそのことに否はない。

けれど、自分に(・・・)だけ(・・)もう一人(・・・・)付く(・・)となれば話は別だった

断固拒否すると息を巻き、天貝繡助は東仙要の前に立った。

 

「…だが、どんな危険があるか分からない任務だ」

 

「それは皆さんも同じです。何も僕一人だけが危険なわけじゃありません。それに今は迅速が尊ばれる状況だと言ったのは東仙さんです。僕にだけ無駄に人員を割いている暇はないです」

 

「…しかし、君はまだ経験が浅いだろう。何が起こるかわからないこういった任務では、私達の内の誰かが君と一緒に行動するべきだ」

 

「確かに僕は皆さんより若いです。けど、僕も皆さんと同じ調査任務を命じられた身。僕にだけ特別扱いは必要ありません。皆さんと同等に扱ってもらって結構です」

 

「…だが、しかし」

 

「それとも、九番隊でない部外者である僕が一人で動くのが嫌な理由でも東仙さんにはあるんですか?目障りでしょうか?」

 

「違う。私はただ、君のことを心配して--」

 

「もういいだろ。東仙」

 

「--藤堂」

 

東仙要と天貝繡助のやり取りを見かねた東仙要の同僚である九番隊の藤堂為左衛門(いざえもん)が二人の間に入る。

 

「東仙。お前が天貝副隊長を心配する気持ちもわかる。お前は正義感に溢れた優しい奴だ。だから、なんというか、その、子供の様な風体の天貝副隊長が心配なんだろう。だが、この人は副隊長。席次で言えば俺達より上だ。本人がいいと言っている以上、退くべきはお前だ。わかるだろう」

 

「………ああ、藤堂。そうだな。すまない。天貝副隊長も、差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

 

そういって頭を下げる東仙要に天貝繡助は慌てたように手を動かして言った。

 

「いえ!頭を上げてください。僕の方こそ、失礼なことを言ってすいません。貴方は僕を心配してくれたのに…」

 

同僚に諭され素直に頭を下げる東仙要の姿を見れば、彼が純粋に自分を心配していたからこの案を提案したのだということが分からないほど天貝繡助は子供じゃない。真摯な東仙要の態度は彼が藤堂為左衛門の言う通り正義感のある優しい人物なのだということを天貝繡助に伝えると同時に、天貝繡助に罪悪感を抱かせる。

 

「でも、どうか僕を信じてください」

 

しかし、その罪悪感を抱えながらでも天貝繡助は大人たちと同じ立場に立っていなければならない。

心配してくれる優しい人も。子供だからと気に掛けてくれる大人も。

差し伸ばされる手を振り切って、腕につけた腕章をくれた上官の為に自立(おとな)をしていなければならない。

 

「僕は天貝繡助。特派遠征部隊の副隊長です」

 

特別派遣(とくべつはけん)遠外圏(えんがいけん)制圧部隊(せいあつぶたい)

通称、特派遠征部隊の隊長である風守風穴を支える副隊長として天貝繡助は大人たちを前にしても前を向いていなければならない。

 

 

 

 

天貝繡助にとって風守風穴との初めての出会いは、神との対峙に近かった、なんて特別そうなことは口が裂けても言えない平凡な出会いだった。

その出会いは運命的なものではなく。それゆえにその出会いは必然だった。

 

天貝繡助は早くに父親を亡くした。他に身寄りは無く、子供の内に天涯孤独の身になった天貝繡助は生きる為に真央霊術院に入った。幸いにして天貝繡助の家系は代々死神を排出する家柄であり、天貝繡助の父親もまた護廷十三隊一番隊の隊士として前線で活躍する猛者で有った為、天貝繡助にも死神としての才能があった。

その才能を磨き上げるモノを死んだ父親が遺してくれたこともあり、天貝繡助は真央霊術院を二年という短さで卒業し護廷十三隊への入隊試験に合格した。

 

入隊したのは総隊長山本元柳斎重國が率いる一番隊。死んだ父親と同じ部隊に入隊した天貝繡助はその活躍を死んだ父親に見せつけるかの様に幼き身に怒涛の様に押しかかる任務をこなし続けた。

そして、天貝繡助が一番隊に入り数年が立った時、山本元柳斎重國より一つの命令が下された。

 

それは『特別派遣(とくべつはけん)遠外圏(えんがいけん)制圧部隊(せいあつぶたい)』という聞きなれない部隊への転属命令。

左遷かと顔を青くした天貝繡助に山本元柳斎重國は否と首を振り薄い眼を開きながら言った。

--お主には期待していると。故の命であると。

 

特別派遣(とくべつはけん)遠外圏(えんがいけん)制圧部隊(せいあつぶたい)』。

護廷十三隊が隊士を出し通常編成する遠征部隊では行えない様な長期遠征を専門にする『隠密機動』や『鬼道衆』と同じ護廷十三隊の枠組みに捕らわれない特殊部隊。

本来なら護廷十三隊に入隊して数年の新人を転属させるような場所ではないと前置きをした後、言った。

--そこにお主の力を必要としている者がいると。

 

自分の力と言われて天貝繡助はそれが自分の持つ斬魄刀のことであると直ぐに気がついた。

天貝繡助の持つ斬魄刀は父親の形見。一番隊の隊士として文字通り烈火の如く剣を振るい戦った天貝繡助の父親が息子の為に身体を(ホロウ)と共に焼かれながらも残した斬魄刀。

死神としてまだ未熟な天貝繡助は未だに始解を体得してはいないが、その斬魄刀の名前は知っている。他ならぬ自分の父が振るった斬魄刀の名前だ。息子である天貝繡助が知らない筈がない。

 

炎熱系斬魄刀『雷火(らいか)』。

 

何時の日か父親と同じようにこの『雷火』に自分を認めさせる為の鍛錬を天貝繡助は積み続けている。

その『雷火』の力を必要としている男が『特別派遣(とくべつはけん)遠外圏(えんがいけん)制圧部隊(せいあつぶたい)』には居る。

 

それを聞いた天貝繡助は転属命令を受けることにした。

理由は、嬉しかったから。死んだ父親の力を必要としてくれる者がいてくれることが、天貝繡助にはただ純粋に嬉しかった。

 

だから、その出会いは必然だった。偶然でも運命的でもない。

ただ、風守風穴が天貝繡助を必要としてくれたから、天貝繡助は風守風穴と出会った。

その手に『雷火』を携えて自分の元にやってきた天貝繡助に風守風穴は笑った。

 

「お前が天貝繡助か。思ってたより若いな」

 

「はい!若輩者ですが僕は、いえ、自分は骨肉粉塵の意気で頑張りますのでよろしくお願いします!」

 

「お、おう。熱いな。まあ、頑張ってくれ。俺にはお前の持つ『雷火』の力が必要だ。勿論、お前自身の力にも期待している」

 

「はい!僕なんかに、いえ、自分なんかに声を掛けていただいた御恩には必ず報います!骨肉粉塵爆発の意気で頑張ります!」

 

「あ、ああ。いや、爆発まではしなくていい。まあ、肩の力を抜けよ。繡助」

 

「はい!」

 

「全然抜けないな…ああ、そうだ。そういう時に良いものがあるから用立ててやろう。ほら、受け取れ」

 

「はい!………風守部隊長。これはなんでしょうか?」

 

「とても良いものだ。それを使えば緊張も力も(ほぐ)れるだろう。なに、気軽に吸えよ」

 

「はい!」

 

直後、夢心地の中で仰向けに昇天した天貝繡助を風守風穴は幼い身体には度合が強すぎたかと焦りながら天貝繡助を背負い四番隊隊舎に急ぐ事となるのだが、それは風守風穴の言い訳できない自業自得だった。

風守風穴が天貝繡助を背負い四番隊隊舎へ走る中、背負われていた天貝繡助は道中で辛うじて意識を取り戻し、ぼんやりとした意識の中で自分を背負う風守風穴の熱を感じた。

その大きな背中が伝えてくる熱は遠い昔に父親に背負われた時に感じた熱とよく似ていて、天貝繡助は風守風穴の背中に父親を重ねながら阿片(ゆめ)心地のまま再び眠りに落ちていく。

幸せそうなその寝顔は子供の様に穏やかだった。

 

後に天貝繡助は自分の上官になった人物が大分頭のおかしいぶっ飛んだ人物であることを悟り特派遠征部隊への転属命令を受けたことを若干後悔するのだが、もう遅い。

風守風穴の魔の手に天貝繡助は既に捕らわれている。

幼心に刻まれたその背中(ゆめ)は天貝繡助を捕えて離さない。

 

だから、天貝繡助は、いつの日にかその背に並び歩けるように、今日も親の背を追う子供の様に懸命に風守風穴の後を追う。

 

 

 

 




天貝繡助の出自の若干の改変。それに伴い第四話の内容を少し変えました。
天貝繡助に山本総隊長の復讐をさせない為に、致し方なし・・・


獏爻刀?ああ、あのイソギンチャクならどこぞの阿片好きが黒幕の老人と一緒にとっくの昔に滅ぼしたよ。
瑠璃千代様は愁君と一緒に今日も元気に庭で蹴鞠をしてるよ。



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仮面との出会い①

仮面の軍勢で一番好きな女性キャラは久南さん。
二番目は矢胴丸さん。猿柿さんは三番手だけど、仮面形態では一番カッコイイと思う。
ちなみに男性一位は平子隊長です。( 一一)


 

 

月が綺麗な夜だった。

月明かりの危うさに心奪わる。しかし、そう思いながらも、墨を零したような夜空に点々と浮かぶ星は邪魔だと思う俺の感性はやっぱりどこか壊れているのだろうか。

そんなどうでも良いことを思いながら、漏れ出した阿片の煙が夜空に消えていくのを眼で追う。

空に溶けていく阿片の煙は、勿論、阿片に酔えぬ俺の為ではなく隣に座る天貝繡助の為のもの。

九番隊との合同任務の最中にそろそろ阿片の毒を身体が忘れてしまいますと、機を見て俺にそう伝えてきた天貝繡助の言葉に俺はもうそんなに長く瀞霊廷にとどまり続けているのかと驚いた。

五百年前から遠征専門部隊を率いて遠征を行い。遠征を終えれば次の遠征に出ていた俺が、部下の身体が阿片の毒への抵抗を忘れてしまいそうになるほど長い間、瀞霊廷にとどまり続けているのは何十年ぶりだろうか。少なくとも直ぐに思い出せないほどには昔の話で、つまりは珍しすぎることだった。

 

「…うう、相変わらずきっついです。もう少し薄めてください」

 

俺が渡したモノを吸う天貝繡助の声色に何時もの様な溌剌とした元気はない。

それもそうだろう。必要だからやっているというだけであって、天貝繡助は元来阿片の味と匂いを苦手としている。その上、天貝繡助が今吸っているのは阿片窟(とうげんきょう)の最上級品とは比べ物にならない俺の調合した紛い物。味も匂いも最低品質を保証できる偽物だ。そんなものを吸っても半端に痴れるだけで何も楽しくない。

 

それでも天貝繡助には吸ってもらわなければならない。

 

「無理だ。それが阿片の毒への抵抗が身体に付く最低ライン。それ以上薄めたら意味がない。…味と匂いが気に入らないなら、本物を用立てようか?甘露より美味いぞ」

 

「いりません。風守部隊長は僕をまた四番隊送りにする気ですか?」

 

「なら、文句を言わずに吸え。なに、俺の故郷の物とは違い一山幾らの安物だ。気楽に吸えよ」

 

苦手なものを嫌々食べる子供のような表情で俺の用立てた紛い物の阿片を吸う天貝繡助。

嫌だろうと仕方がない。これもまた特派遠征部隊の隊士として飲み込まねばならない苦渋の一つ。常に俺の隣に立つ副官なら、尚更に避けては通れないこと。

 

俺の斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の能力は阿片の毒を含んだ煙を生成すること。刀身から漏れ出す煙は吸った者を痴れさせる。濃度の調整はある程度は可能。

しかし、始解をした『鴻鈞道人』の刀身から完全に阿片の煙を消すことは出来ず、『鴻鈞道人』は必ず一定の量の煙を生産し続ける。それは阿片の毒への耐性を持つ俺からすれば別段なんでもないことなのだが、常人は別。

阿片(ゆめ)を見る権利は誰にでもある。故に俺の『鴻鈞道人』は敵味方を区別しない。

一切を平等に桃園の夢へと誘う『鴻鈞道人』を俺が振るって戦う以上、俺の隣に立つ者たちにはある程度阿片の毒に慣れて貰っていなければ話にならない。

勿論、それは付け焼刃の対処療法で幾ら普段から阿片の毒を身体に摂取させていたとしても『鴻鈞道人』がそれを上回る濃度の阿片を出せば慣らしていた所で意味はない。

しかし、その訓練をやっているのといないのとでは大分違うと語ったのは、誰でもない千年前から俺の隣で戦い続けた卯ノ花烈だ。

俺が知る中で最強の剣士であり回道を極め今の四番隊の隊長を務める卯ノ花烈がそういう以上、俺は俺の率いる部下たちにそれを義務付けた。

 

一定期間ごとの阿片の毒の摂取。それは遠征中であるなら戦闘に伴い漏れる『鴻鈞道人』からの阿片の上澄みを吸うだけでいいのだが、瀞霊廷に居る間は何の用事もなく『鴻鈞道人』を始解する訳にも行かないので、こうして別の手段で摂取させていた。

 

天貝繡助の口から洩れる薄桃色の煙が夜空に溶ける。故郷の阿片窟《とうげんきょう》を思い出される光景を俺は再び眼で追いながら、俺は今日一日の事を考え始めた。

 

 

頂点に輝いていた太陽は既に落ち辺りを闇が覆い頭上に輝くのは月と星。

原因不明の魂魄消失事件の調査に九番隊と共に乗り出してから、既に半日が過ぎていた。

九番隊による周辺住民への聞き込みでも、天貝繡助や九番隊の席次持ち達の現場周囲の調査でも新たな情報や発見は無し。何の手がかりもないという状況に、夕方には俺や六車拳西たち現場待機組も周辺の哨戒に出たりもしたのだが、見つけたのは子供を襲っている巨大虚。無論、斬った。

それはそれで幼い命が救われたのだからその現場に俺達が居合わせたタイミングには感謝はするが、霊圧の反応を発見した時の俺の期待を返してほしい。

以降は何の発見もなし。結局、原因不明は原因不明のまま夜になってしまった。

日没と共に瀞霊廷に帰還しても良かったのだが、六車拳西から人目のない夜に何か起きるかもしれないとの意見があった為、天幕を張り此処に一晩野営をすることとなった。

 

そんな状況で天貝繡助からの阿片への抵抗が薄れているとの報告。まさか天幕の中で弱い濃度とはいえ阿片を吸う訳にも行かず、天貝繡助と二人で天幕を出て荒野にあった大石の上に腰かけていた。

しばらくして必要量の阿片の毒を摂取した天貝繡助は、少し思考がぼやけているのだろう、ぼやっとした眼で空を見上げながら言う。

 

「静かですね。風守部隊長。今回の魂魄消失事件の原因も見つけられませんでしたけど、結局、普通の(ホロウ)も一匹出てきただけでしたね」

 

「だな。まあ、外園の流魂街とはいえまだ此処は数字が若い地区だ。そうそう(ホロウ)なんて出ないだろうよ」

 

「遠征で『虚圏(ウェコムンド)』に居た時は瞬きをする度に(ホロウ)が増えているんじゃないかって思うほど沢山襲われてたので、とても変な気分です。…これを平和って言うんでしょうか」

 

そんなことを呟く天貝繡助に俺は呆れながら息を吐いた。

 

「はぁ。痴れたか、繡助。この程度の濃度で情けない。平和などと、原因不明の事件が起こっている今の状況で言うべき言葉じゃないな」

 

「あぅ。…そうですよね。すいません」

 

「わかればいい。その言葉は俺が祝言(しゅうげん)を上げるまで取っておけ」

 

「はい。………って、風守部隊長?祝言って、なんです?」

 

「ん?言ってなかったか?俺、今度、卯ノ花と婚姻するんだ。時期はまあ、まだ決まってないな。山本重國にも相談して決めなきゃならない。それに俺も卯ノ花も暇じゃないから、取りあえず今回の事件が解決するまでは無理だろう」

 

「風守部隊長」

 

「なんだ?」

 

「そんなの、聞いてないです。驚きのあまり叫んでもいいですか?」

 

「やめろ。任務中だぞ」

 

「なら、任務中にそんな大切なこと伝えないでくださいよ」

 

驚き損ねましたとブツブツ呟きながら天貝繡助は天を仰ぐ。そしてそのまま体を反らし続け、腰を掛けていた大岩から落っこちてしまう。落ちた先を眼で追えば、天貝繡助は地面でうめき声を上げながらゴロゴロと横に転がっていた。

阿片に酔ったせいだろう。見た目通りの年齢に戻った振る舞いを見せる天才少年を見なかったことにして、俺は先日の酒の席での一件を思い出す。

 

 

 

思い出すだけで赤顔ものの失態だ。

まさか、阿片に酔えない俺が酒に酔うなんて思わなかったなんて言い訳は口が裂けても言えない。

料亭『千寿庵』で卯ノ花烈と食事をしている最中、俺の意識は突然消えた。

そして、気がつくと俺が着ていた死神装束は肌蹴ており、俺の身体の下に同じく半裸の卯ノ花烈がいた。卯ノ花烈が前で結っていた長い髪は解かれ、その髪で隠していた胸元の刀傷と俺が刻んだ首筋の歯型の傷が晒されていた。言い訳なんて出来るはずがない状況に戸惑う俺に卯ノ花烈は優しく言った。

--犬に噛まれたと思って忘れましょうか、と。

それに頷けるほど俺は男を捨ててはいなかった。

阿片窟(とうげんきょう)で生まれた俺は阿片であれ酒であれ、何であれ、何かに酔う事を恥とは思わない。しかし、酔った末に起こしたことを無かったことにするのは屑だと断じよう。好きで酔い。好きで痴れたのなら、その結末もまた愛さないでどうするのだと問いかけたい。やったことはやったこと。責任は持つべきであり、誰かに投げずに自分(おまえ)の中で閉じるべきだとそう思う。

 

だから、俺は正気を取り戻した後にもう一度、卯ノ花烈を抱いた。

そこに至るまでの過程にどんな経緯があったにせよ、それが全てだ。

 

「だから、俺は卯ノ花烈と婚姻する。ああ、特派遠征部隊の隊長職は続けるから心配するな。今まで通り、長い遠征任務にも向かう。おそらく退役まで会えない時間の方が長くなるが、卯ノ花はそれでいいと言ってくれた」

 

「随分と良い(ひと)と結婚する様で、羨ましいです。とりあえずおめでとうございます。風守部隊長。ぜひ、結婚式には呼んでくださいね」

 

俺の言葉に阿片の酔いが覚めた天貝繡助は地面に大の字に倒れながらそう言って純粋な笑顔で笑う。

結婚式。結納の場か。人見知りで口下手で引っ込み思案な俺個人としてはそういったものを大仰にやるのは嫌なのだが、もし卯ノ花烈が多少は華やかにやりたいと言うのなら、それもいいだろうなとど、”平和”なことを考えている時だった。

 

 

 

悲鳴が聞こえた。

 

 

 

「っ!?天幕か!」

 

悲鳴が聞こえたのは九番隊が設営した天幕の方向。

俺と天貝繡助は(ぬる)い空気を吐き捨てすぐさま天幕に向かう。

 

天幕は崩壊し、そこは赤色だった。

 

衛島(えいしま)さん!藤堂(とうどう)さん!笠城(かさき)さん!東仙(とうせん)さん!」

 

天貝繡助が叫ぶ名前は天貝繡助が日中共に現場周囲を調査した九番隊の席次持ち達四人の名前。彼ら四人からの返事は無い。一様に沈黙して地面に倒れ誇りであっただろう「六車九番隊」と書かれた白い羽織を自身の血で赤く染めていた。

 

倒れる四人の傍に立つ二つの影に切っ先を向けることに迷いはない。

背を向けて立つその二人の霊圧には覚えがあった。そして、こんな最悪な事態への危惧もそれに対処する覚悟もすでに済ませている。

 

「…その隊長羽織の”白”は誇りだ。誇りであり誇るべきものだ。なあ、おい。お前達、誰の前で”護廷十三隊(そのゆめ)”を汚している--」

 

許さない。認めたくない。しかし、眼の前で起きたこれは現実。

なら、何があろうと迷うことは無い。刀を抜こう。守る為に。誇る為に。

同じ白を羽織る者として刀を抜こう。

 

--その(あが)い万死で足りぬぞ。六車(むくるま)拳西(けんせい)久南(くな)(ましろ)!」

 

最初からこの事件の状況から考えて、護廷十三隊の中に裏切り者がいるかもしれないという予想は山本重國も俺もしていた。それが、この二人で有ったというだけ。迷いはない。迷いで揺らぐほど俺は優しくはなれない。

 

しかし、俺の声に反応し二人が振り返った瞬間、俺は揺らいだ。

 

振り返った六車拳西と久南白。

短い間とはいえ、見慣れたものになっていた筈の顔は、しかし、変わり果てていた。

 

「なん…だと…なんだ、それは」

 

(ホロウ)の仮面?」

 

虚の仮面を付けた六車拳西と久南白。

二人は俺と天貝繡助を視界にとらえると、絶叫と共に向かってきた。

正気とは思えない奇声を上げる二人の手に斬魄刀はない。俺と天貝繡助を前にして、斬魄刀なしで戦えると思いあがるほど二人が馬鹿ではないことは知っている。

ならば、それが意味することは眼の前の赤い光景がただの裏切り行為ではないという事。

俺は面倒なことになったと表情を苦くする。眼の前の赤い光景が、六車拳西と久南白のただの裏切りであったなら、俺は一切の躊躇なく二人を斬り捨てた。後悔も無く懺悔の言葉も吐かぬまま迷いなく斬れただろう。

しかし、正気を失っている二人を前にしてなお、その在り方を通すには俺は二人と接しすぎた。たった半日。しかし、その間に俺は六車拳西と久南白と言葉を交わし過ぎた。

 

それは、隣に立つ天貝繡助も同じ。

 

「風守部隊長。どうすれば?」

 

動揺した顔で切っ先に迷いを浮かべる天貝繡助に対して、俺は---。

 

「”斬れ”」

 

--対照的に迷いを捨てる。

 

「でも、お二人のあの様子は、正気じゃありません」

 

「”(なお)斬れ”。繡助。眼の前の二人は隊長と副隊長。お前と同格とそれ以上の力を持った死神だ。殺す気で斬れ。でなければ、お前が危うい」

 

「…はい」

 

そう言いながらもなお震える天貝繡助を俺は情けないとは思わない。死神でありながら人間らしく身体を震わせるその感情は遠い昔に俺が何処かで忘れていってしまったもの。羨みこそすれ隣にあることを邪魔だとは思わない。

もし、そう成ってしまえば、そう至ってしまえば、俺も遂に終わりだろう。

必要であれば仲間を斬ることに躊躇は無い。しかし、後悔すらしないのなら、それはただの痴れ者でしかない。

躊躇をせずに後悔を忘れずに(なお)立つが故に、俺達は”護廷”の二文字を背負える。それが出来ないものにその資格はない。

故に--

 

「安心しろ。繡助。俺はお前に殺す気で斬れとは言うが、殺せとは言わない。殺さずに止める方法なんて、幾らでもあるだろう。それに六車拳西と久南白のこの異変は既に別の場所で待機している九番隊の待機陣営から瀞霊廷に報告されている筈だ。最悪、足止めさえ出来れば応援がくる。そういう訳だ。肩の力を抜けよ。なに、何時も通り、気楽にやろう」

 

「はい」

 

「久南白は任せるぞ」

 

「はい!」

 

俺は六車拳西に切っ先を向け。天貝繡助は久南白に切っ先を向ける。

望まない戦に興じるほど嫌なことはない。しかし、興が乗らぬからと手加減する訳もない。

俺は六車拳西と久南白に案ずるなと微笑みかける。

 

「お前達は、今、俺に救われたいだろう。善哉(ぜんざい)善哉(ぜんざい)。救ってやるさ。お前たちの全てを」

 

 

 




やったね!卯ノ花さん完全勝利!そろそろヒロイン未定のタグを外さないとね!
代わりにヒロイン複数のタグを………おや、誰か来たようだ。(´・ω・`)

六車さん以外の過去編のキャラとの絡みがほぼなく戦いが始まる模様。
大丈夫だろうか?しかし、原作開始までサクサク進みたいので、致し方ない(; ・`д・´)


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仮面との出会い②

更新が遅れてモウシワケアリマセン<(_ _)>
今後も不定期更新が続くと思いますが、皆さんの暇つぶしにでもなれば幸いです。



いやね、ダクソ3のPC版が発売されたのが悪いとか、そんなこと言いませんよ


 

 

 

「左腕、貰うぞ」

 

「お、オおオオオオオオ‼‼‼」

 

六車拳西の身体を切り裂くこと十五度目、六車拳西は奇声を上げながら身体を変化させた。

右腕にしかなかった白い外殻が肩を伝い左腕へと伸びていき、両の腕を覆う外殻へと変化する。

その変化に対する動揺はもう俺には無い。既に十五度も見た光景。

肌色を包み犯す白色の胎動はまさに六車拳西という死神を虚へ換えてしまう蝕む癌細胞。

六車拳西は傷を負う度に生じる霊圧の揺らぎと共に死神から(ホロウ)の様な外見に変わっていく。開戦当初は(ホロウ)の様な仮面を付けただけだった六車拳西だったが、全身を白い外殻に覆われた今の彼の姿にもはや以前の面影はない。

もしこの場に十人の死神がいれば、十人が十人とも彼の姿をみて斬りかかるだろう。それほどまでに変わり果てた六車拳西を前にして、俺はあえて笑ってみせた。

 

 

左腕を振りかぶり左胸を狙う六車拳西の正拳突きに対して俺は天貝繡助への指南を思い出しながら笑う。

 

「脇が甘い」

 

正拳突きを正面から避けた次に放つ斬撃には嗜めるような声色を乗せる。

 

「動作が鈍い」

 

右肩から恥骨までを切り裂いた後には呆れたように天を仰ぐ動作も付けて地に伏した六車拳西を見た。

 

「まったくもって駄目だな。基礎がなってない。俺も万能型とは程遠い戦い方をする男だ。斬拳走鬼の全てを極めろとは言わないが、斬魄刀を捨てて戦うならせめて白打は極めろよ」

 

立ち上がろうとする六車拳西の動きを制するように俺は六車拳西の喉元に切っ先を向けた。

 

「そうじゃないとこんなにも、お前の命は軽くなる」

 

「お、オおオオオオオオ‼‼‼」

 

六車拳西の咆哮は俺の言葉に対して向けられたものじゃない。ただ脅威を感じ取り吠えただけの動物の様な反応でしかない。

そんな反応しか出来ないから、俺に手も足も出ずに地を這う羽目になる。きっと仮面の無い狂う前の六車拳西ならもっと戦いらしい戦いが出来ただろう

死神と死神との戦いの中には言葉がある。斬魄刀を交えた先で感じ取れる個々の意思というものがある。そしてそれは、死神と(ホロウ)との戦の中でも同じ。生殺与奪をかけた戦いには言葉が通じなくても通じる意思がある。

 

しかし、(これ)は駄目だ。

 

俺は諦観と共に息を吐いた。

 

「なあ、もう無駄なことは止めにしよう」

 

「お、オおオオオオオオ‼‼‼」

 

応えは無い。

 

「いい加減に飽いているんだ。可哀想だとは思わないのか」

 

「お、オおオオオオオオ‼‼‼」

 

応えは無い。

俺が言葉を向ける先は眼の前の六車拳西じゃない。

一連の黒幕。六車拳西を俺に(けしか)けた者。

 

「なあ、おい。無視するなよ。見ているんだろう」

 

「お、オおオオオ---」

 

お前は何処かでこの戦いを見ているんだろうと、俺は眼の前の六車拳西から意識を外し何処かでこの戦いを見ている筈の黒幕に語り掛ける。

 

「無駄なことはやめにしろ。ああ、この無駄というのは勿論、今の六車拳西じゃ俺に傷一つ付けられないから退かせろという意味じゃないぞ。もっと根幹の問題だ。俺はお前の目的(・・)が無駄だと言っている」

 

「----」

 

見えない何処かで誰かが息を飲むのを感じた。

 

「魂魄の連続消失事件。そして六車拳西と久南白への何らかの人体実験。お前が何のためにこんな真似をしたのかは分からない。けどな、その目的位は察せられる。---チカラが欲しいか?」

 

「----」

 

「死神に(ホロウ)に近しいチカラを与え強化する。その意図する処は狗神(いぬがみ)蠱毒(こどく)にも通じる外法だろう。チカラへの渇望。”強くなりたい”。なんとまあ分かり易い目的だよ。…なあ、お前。現世の娯楽には疎いだろう。遠征でたびたび現世にも滞在する俺が教えてやろう。今日日(きょうび)、黒幕というものはもっと難しいことを考えて暗躍するものだ。”強くなりたい”なんて目的で行われる暗躍は、きっと今の子供には笑われる---」

 

 

 

「---底が浅いと、笑われる」

 

 

 

「----!」

 

応えは無い。しかし、確かに感じられる怒気があった。

黒幕は少なくとも俺の声が聞き取れる範囲に居る。

ならもう俺にはこの戦いで出すべき答えが見えている。

 

「チカラが欲しいか?ならば、くれてやろう。お前こそが徹頭徹尾完全無欠な強者になれる。ああ、そうとも。お前がそう思うのなら、阿片(ゆめ)の中ではそうなれる」

 

---『鴻鈞道人』阿片強度増大。阿片散布範囲強化---

 

「今より半径十里、桃園の夢に沈めよう。なに、周辺の村が幾つか、お前と共に飲まれるが気にするな。一回吸った程度の中毒なら卯ノ花が後遺症も残さず癒してくれる。だから、気楽に吸えよ」

 

「----!?」

 

「さあ、痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)

 

俺の始解と共に起こる斬魄刀の形状の変化は少ない。切っ先に空いた小さな四連の穴。

しかし、瞬間、俺の斬魄刀以外の周りの光景すべてが変化する。空と大地が桃色の煙に飲まれていく。その煙が齎すのは阿片の毒。

 

皆、痴れていく。

 

飛ぶ小鳥は自らを鷲と見間違え天空を飛び。地を這う蛇は翼を生やし龍となって旅立った。

桃園の夢が見渡す限りを包み込み、あらゆる者たちを幸せにする。

己で閉じた夢の中で生きられることの、何と幸せなことか。阿片に酔えない俺では届かない桃源郷が周りに作られる。

皆、痴れていく。六車拳西も天貝繡助と戦っていた久南白も痴れて地に伏した。

桃園の夢の中では戦いは起らない。

 

「これこそを平和という。わかったか、繡助」

 

「わかりませんよ」

 

周りの者すべてを桃園の夢へと沈める桃色の煙が燻るこの場で、動けるのは俺と阿片への抵抗を持つ天貝繡助だけ。久南白との戦いが『鴻鈞道人』の解放と共に終わり、近づいてきた天貝繡助に俺は笑いかけたのだが、天貝繡助は呆れたように俺を光の消えた眼で見た。

 

「これが平和なら地獄はきっと極楽です。まったく、本当にまったく。風守部隊長。貴方は僕に何度まったくと言わせる気ですか。まったく、やり過ぎです」

 

「姿の見えない敵への最も効果的な攻撃は全方位への無差別攻撃だろう。『鴻鈞道人』の煙で半径十里を全て包んだ。何処かにいた黒幕はその辺で痴れて昇天してる筈だ。後は探すだけ。効率的なことこの上ない判断だろう。何処がやり過ぎだ?」

 

むしろ無駄に戦火を広げなかった点から言って、俺としてはとても穏便な手段のつもりだったんだがなと首を傾げれば天貝繡助は光の消えた眼を更に淀んだ汚泥の様なモノに変えて俺を見て溜息を吐いた。

 

「まったく。風守部隊長はとても都合の良い記憶力をお持ちの様で羨ましいです。以前、第九十六次特派遠征の道中、瀞霊廷傍の(ホロウ)の軍勢を狩る際に『鴻鈞道人』を開放した時に山本総隊長様から頂いた有り難いお言葉をお忘れですか?」

 

「………山本重國。何か言っていたか?」

 

思い出せない俺に対して天貝繡助は心底呆れたように舌打ちをした、のはきっと聞き間違いだろう。あの純真さ満載の天貝繡助がそんなことをする訳がない。

天貝繡助は呆れたように俺を見た後、山本元柳斎重國の声色を真似て言う。

 

「『風守風穴の持つ斬魄刀『鴻鈞道人』の能力及び特性の凶悪さを鑑み戦いを奉じる死神として特例ではあるが規則を申し渡す。”戦時特例以外の瀞霊廷及び流魂街での斬魄刀の始解及び卍解の使用を固く禁ずるものとする”』」

 

「………バレなきゃ大丈夫」

 

「半径十里に阿片の毒を散布して、ばれない訳ないじゃないですか。この後、卯ノ花隊長に周辺住民の診断と治療もお願いしなきゃならないのに」

 

「有事だったと、きっと山本重國もわかってくれる」

 

そう言い訳をして俺が天貝繡助から顔を背けたのは勿論、これ以上、あの純真さの塊である天貝繡助から向けられる淀んだ視線に耐えられなかったから。

そして、もう一つは何処かで倒れている筈の黒幕を探す為。

山本元柳斎重國からの命令を破ってまで行った『鴻鈞道人』の解放。

そこまでしたのだから、黒幕を取り逃がしましたでは話にならない。

早急に捕えなければと俺は周囲への霊圧探知の精度を上げる。

 

異常は直ぐに見つかった。

淀む霊圧は直ぐ傍に----俺の後ろに立っていた。

 

「断ち切れ『雷火(らいか)』」

 

聞きなれた解号と共に俺の腹から真紅に燃える切っ先が生えてくる。

感じる痛みは灼熱だ。臓腑が焼かれ肉が溶ける。喉元から焼けて固まった血の塊が上ってきて口から溢れた。

 

背後からの襲撃。それに伴う命を削る痛みに我を忘れるほど、そして背後からの刃という明確な裏切りに対して驚けるほど、俺はまともな男じゃない。

だから俺は、腹から真紅に燃える切っ先が生えた瞬間に振り返ることなく反射的に逆手に持ち替え振るった『鴻鈞道人』の切っ先を、天貝繡助の首の皮一枚手前で辛うじて止める。

 

背後から差されようとも絶命の前に斬り返す俺の身体に染みついた反応を知らない天貝繡助ではない。天貝繡助は伊達に俺の副官を務めてはいない。もし天貝繡助に俺を殺そうとする理由があり殺そうとするなら、斬魄刀『雷火』の解放と共に斬りかかるのではなくその特性を生かした遠距離で一気に焼き尽くそうとするだろう。

そうでなくても『鴻鈞道人』の特性上、切っ先一つが埋まれば終わりの戦いで『鴻鈞道人』の刃が届く範囲で戦うのは自殺行為だ。

そんな戦いを天貝繡助がするはずがない。

阿片の毒を生み出す『鴻鈞道人』の弱点を天貝繡助は知っているのだから。

 

『鴻鈞道人』の弱点。それは千年前に既に知れている。

桃色の煙は炎によって毒性諸共燃える。山本元柳斎重國が知らしめたそれを俺は恥ずかしながら、あの戦いまで知らずにいた。そして、知った後はだからこそ炎熱系斬魄刀の持ち主を常に副官として傍に置いた。最悪の事態に備えて、自分を殺せる刀を懐に抱いた。

それを知る天貝繡助がこんな分かり易い裏切りをする訳がない。

故に俺は---

 

「繡、すけ?」

 

---振り返り我を忘れた。

 

そこには天貝繡助の変わり果てた姿があった。

天貝繡助が被った白い仮面の形は純真さも、あるいは呆れたよう表情も、天貝繡助の全てを、俺の大切な副官の全てを奪い愚弄するように嗤っていた。

 

「き、貴様ぁああああ!誰の!誰の仲間(ユメ)に手を出している‼‼」

 

俺は天貝繡助を巻き込まない様に天貝繡助の身体を突き飛ばし距離を取る。

半径十里の『鴻鈞道人』の解放では黒幕には届かなかった。ならばいいだろう。

二十里、百里、千里。あるいは世界の裏側まで桃園の夢に沈めてやろう。

 

「繡助。安心しろ。今、助けてやる。なに、秒と掛からない」

 

--『鴻鈞道人』阿片強度最大--

 

人皆(ひとみな)七竅(ひちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうそくしょく)----がっ!?」

 

『鴻鈞道人』の能力の更なる解放の為に霊圧を高めた直後、感じる陶酔感。それに伴う喉元への違和感と吐き気と嫌悪感。俺が思わず吐き出したのは白く粘つく液体だった。

 

「…なん…だと」

 

それは地面に飛び散る前に重力に逆らい逆流し俺の顔に纏わりついた。視界を奪われ見えなくても理解が出来た。これが六車拳西に久南白、そして天貝繡助を狂わせた現象。

(ホロウ)の仮面と成るモノ。

 

「この俺すらも…飲み込むか…」

 

纏わりつかれてわかる。この白く粘つく(ホロウ)の仮面の元は宿主の霊力の活性と共に成長している。興奮状態、それによる霊圧の高まりと共に死神の身体を蝕む。

その蝕みは脆弱な魂魄なら器とした宿主の形ごと溶かしてしまうだろう凶悪さ。

高位の死神以外がこれに捕らわれれば生きた(・・・)まま(・・)人の形(・・・)()保てなく(・・・・)なるだろう(・・・・・)

これこそが連続魂魄消失事件の元凶。

それを理解しながら、その黒幕に飲まれていくことの無念さに俺は苛まれながらも吠えた。

 

「…なめ、るな!」

 

俺は逆手に持つ『鴻鈞道人』に両腕を添える。切っ先を向けるのはどこに居るか分からない黒幕にではない。自らに切っ先を向け、そのまま霊力の発生源である魄睡(はくすい)に突きたてる。そして腹を斬るように『鴻鈞道人』の阿片毒を身体に浸透させる。

 

霊力の完全沈静化。宿主の霊力を喰らい活性化していた虚の仮面の元である粘液は読み通りに力を失い俺の顔から剥がれ地面に落ちて黒ずんで動かなくなった。

 

霊力を極端に削れば虚の仮面に捕らわれることはない。それは俺の読み通り。

しかし、問題はその先。霊力をほぼ失い腹を斬ったことで虚の仮面に捕らわれることがなくなった俺だが、眼の前には正気を失い始解した斬魄刀『雷火』を持ち向かってくる天貝繡助。

 

絶体絶命。

 

「---だと、思うか?」

 

腹を斬り、切腹の格好で地面に両膝を付く俺の首に斬魄刀を振り下ろそうとしていた天貝繡助の身体の動きが止まる。

聞こえはしない黒幕の驚きの声が聞こえた気がした。

 

「俺の、斬魄刀、『鴻鈞道人』の能力は阿片の毒を生み出し続けること。俺が始解を解かなければ、阿片の毒は止まることを、しらない。ほら、直に繡助の身体が、耐えられる濃度を越えるぞ」

 

天貝繡助の阿片の毒への抵抗は訓練によって後天的に身に付けたもの。俺の様に生まれながらの絶対的な耐性ではない。故に耐えられない濃度の阿片の前では天貝繡助もまた痴れて倒れる。

 

俺の周囲が天貝繡助でも耐えられない濃度の阿片の煙に包まれる。

俺の隣に立ち三度の長期遠征を乗り越えた副官である天貝繡助も耐えられない濃度の阿片毒。

それはつまり、俺以外でこの場に立ち入れるものがもう『鴻鈞道人』の阿片の煙の一切を一瞬で燃やし尽くすことのできる『流刃若火』を持つ山本元柳斎重國以外に居ないということ。

 

「く、くはは、策を弄し、俺に致命傷を与えようと、俺を殺し切ることは、出来ない」

 

終ぞ俺の眼の前に現れることのなかった黒幕をそう嘲笑うのは瀕死の俺に出来る最後の意地だった。本来、笑うことの出来ない戦いの終結。俺達は最後まで黒幕の手の上で踊っているだけだった。

黒幕のことはわからない。しかし、おそらく正面からの戦いなら俺が負けることはなかっただろう。故に布かれた奸計の前に倒れる俺は只只(ただただ)惨めに地を這う芋虫の様に無様でしかない。

それでも、俺は笑った。笑い続けなければならない意地があった。

護廷十三隊初代隊長の肩書を持つ俺はどんな最後であれ戦いの最後には笑っていなければならない。

敵対した者に対して愚かな奴だと。お前は愚かな戦いを挑んだと嗤わなければならない。

その嘲笑の先に敵は護廷十三隊の名が戦い挑むには畏れ多いものであることを悟る。

 

---そう築き上げてきた。千年掛けて。

 

だから笑い。故に嗤い。

俺は天貝繡助、六車拳西、久南白に対して涙を零す。

黒幕は俺に手を出せずに終わるだろう。しかし、その三人は黒幕に回収される恐れがある。

流魂街で連続魂魄消失事件を起こし人体実験に耐えうる器を持つ隊長格の死神を瀞霊廷から引っ張り出すだけの奸計を用いた黒幕だ。そうして得た折角の実験体をみすみす見逃すとは思えない。是が非でも回収しようとするだろう。

それを止める為、三人の周囲にも高濃度の阿片毒を散布する手もあるにはある。

しかし、それは同時に三人の命を奪うことになる。

その決断を、身勝手なことだが、俺は六車拳西と久南白だけに対してなら出来ただろう。

しかし、腹を斬った所為で血を失い霞む俺の視界が地面に仰向けに倒れる天貝繡助の姿を捕える。

 

「………生きろ、繡助。生きて、必ず帰って来い」

 

それはきっと千年前の俺には抱けなかっただろう弱弱しい言葉だった。

 

死ぬなと掛けたその言葉に天貝繡助の身体が反応した。

指先だけの反応は次第に腕に伝わり、腕で上体を起こし、足に力を込めた。

耐えられない筈の濃度の阿片毒を吸い、なおも動く天貝繡助に俺が絶句するなか、天貝繡助は掠れた声で答えた。

 

「…ハ…イ…」

 

「繡助?お前、意識を」

 

「………」

 

応えはもう無かった。天貝繡助は千鳥足のまま倒れた六車拳西と久南白の元に向かい二人を抱えるとそのまま俺に背を向けて立ち去っていく。

俺はその姿を最後まで見ることも出来ずに、意識を手放した。

 

 

 

 

 




「本当に恐ろしいのは眼に見えぬ裏切りですよ」by藍染様

なら、本当に恐ろしい敵は目の前にいないのでしょう。
暗躍して出てこない敵。実際コワイ。


そして虚の仮面に変わる白い液体への独自解釈。
これは完全に今後の展開の為の独自設定ですのでご容赦を(; ・`д・´)


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別れ方と出会い方

原作を早く開始したいので駆け足です。
場面の違う小話が三つ。読みづらくて申し訳ありません<(_ _)>


 

 

 

 

 

 

甘い花の香。俺が一番好きな匂い。

阿片窟(とうげんきょう)を思い出す香りと共に眼を覚ませば、そこには卯ノ花烈の後ろ姿があった。白い隊長羽織を脱ぎ黒い死神装束だけに身を包んだ卯ノ花烈の姿は珍しい。

常時戦場の心掛けからか、卯ノ花烈は瀞霊廷内で隊長羽織を脱ぐことはほぼ無い。

常にその身体を隠している布一枚が取り払われた、この姿を見た者は一体瀞霊廷内に何人いるのだろうかと、あるいは俺が唯一なのではないかと、そんなどうでもいい優越感は、しかし、意識を失う前のことを思い出し霧散した。

 

「っ!卯ノ花」

 

「お目覚めになったのですね。風守さん」

 

「ああ、それより、卯ノ花」

 

「わかっています」

 

俺が意識を手放す前の光景。白い仮面が躍るその光景の顛末はどうなったのかと焦る俺を制するように俺の身体を卯ノ花烈は布団に押しとどめる。

その上で真剣な面持ちで俺に語り始めた。

 

魄睡(はくすい)を貫く深い傷。常人なら指先一つ動かすことの出来ない傷を貴方は負っています。しかし、それでも動くなと言って聞く貴方ではないでしょう。事の顛末は全て隠すことなくお伝えします。ですので、どうか安静に」

 

「………わかった」

 

渋々と頷く俺に卯ノ花烈は安堵したように表情を緩めた後、笑顔で続けた。

 

「では、服を脱いでください」

 

「え?」

 

「傷の治療をしながらお伝えしますので」

 

「あ、ああ」

 

死神装束の下に着ていた白い下地を脱ぎ、卯ノ花烈に肌を晒し背を向ける。

卯ノ花烈は俺の背に触れながら俺が意識を失っている間の話を始めた。

 

「まずは貴方が一番気になっていることをお伝えします。九番隊隊長、六車拳西並びに久南白の霊圧の異常を感知した九番隊の待機陣営からの報告を受け、私達はすぐさま調査の為に隊長格六名を異常が感知された現場へと向かわせました。しかし、彼らは現場に近づくことは出来ませんでした」

 

「…俺の『鴻鈞道人』の能力の所為だな?」

 

「はい。報告を受け、すぐさま追って山本総隊長が現場に駆け付け『鴻鈞道人』の能力を解除しましたが、そこにはもう貴方以外の姿はなかったそうです」

 

『鴻鈞道人』の発生させた阿片の毒が周囲を包む光景を思い浮かべながら、俺は苦々しく顔を顰める。

 

「…悪い。俺の自衛が裏目に出たな。捜索までに余計な時間を掛けさせた」

 

「いえ。むしろ貴方がこうして瀞霊廷に帰ってきた功績は大きいと、山本総隊長は仰っていました」

 

「…言い過ぎだろう。隊長格三人を謀った相手。俺の身体よりそいつを捕えることの方が重要だった筈だ」

 

「ええ、確かに。護廷の秩序を考えるのなら、”隊長格三人を謀った”下手人の身柄と貴方の身体なら、天秤は下手人の方へと傾いていたのでしょう」

 

含みを持たせる卯ノ花烈の言い方に俺は訝し気に眉を潜めた。

 

「…俺達が襲われた以外に、何かあったのか?」

 

「はい。…山本総隊長が現場に到着し『鴻鈞道人』の能力を解除した後、その場に先んじて到着していた六人の隊長格による現場周囲の捜索が行われました。その際に、新たに六名の犠牲者が出たのです」

 

「な、まさか、捜索に出た六名全員が」

 

「はい。私は瀞霊廷内で現場周囲の霊圧を探っていたのですが、貴方の傍で待機し報告を待っていた山本総隊長以外の全員の霊圧に異常を感知した後、六名全員の行方を見失っています」

 

「なんだ、それは、どういうことだ。繡助達を含めて九人もの隊長格が謀られたのか?」

 

「はい。残念ながら、私達は全員、今回の事件の黒幕とも呼べる者の掌で踊らされていたようです」

 

無力感で遠のく意識をとどめる為、俺は無意識の内に肩に添えられていた卯ノ花烈の手に自分の手を重ねていた。握り返されるその手の感触で幾ばくかの冷静さを取り戻しながら、俺は卯ノ花烈に問いかける。

 

「護廷十三隊を虚仮にした者の名は?あの山本重國が動いたんだ。正体は暴けたんだろう」

 

「はい。下手人の名は、十二番隊隊長、浦原(うらはら)喜助(きすけ)。瀞霊廷内での待機を命じられた彼の姿を山本総隊長に同伴した部下の内の十二名が現場周辺で目撃。そして、十二番隊隊舎の研究棟から今回の事件、”虚化”と称される現象の研究と(おぼ)しき痕跡が多数発見されたそうです」

 

卯ノ花烈から告げられた護廷十三隊隊長の裏切り。俺が考えていた最悪の事態の一つを告げられても、俺にはもう驚きは無かった。これだけの大事。相応の立場を持つ者でなければ計画することが出来ないのは分かり切っていた。

 

「浦原喜助の身柄は?」

 

「残念ながら」

 

卯ノ花烈は首を振る。

 

「どうやら彼には協力者がいたようなのです。一度は捕えられ中央四十六室へ連行されたのですが、浦原喜助は共に禁術行使の罪で捕えられていた大鬼道長(だいきどうちょう)握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)と脱走し行方しれず。また二人が消えたのとほぼ同刻に二番隊隊長兼隠密機動総司令官、四楓院夜一が姿を消しています」

 

「鬼道衆と隠密機動の長まで裏切ったか。く、く、」

 

思わず漏れる感情を抑える為に俺は振り返り、卯ノ花烈の胸に頭を預ける。

 

「卯ノ花。怒りとは不思議なものだな。ある一定の境界を過ぎれば、思わず笑みすら零れてしまう。ああ、全く、こんなことなら山本重國の”新しい時代の死神達を見極めよ”という命令にもっと本気で取り組んでおくべきだった」

 

笑える程の失態だった。俺は今、自分が殺したいほど許せない。

千年掛けて築いた護廷十三隊(このユメ)の形が大きく歪んでしまった。

後悔しかない黒い色に沈む俺を押し止めたのは卯ノ花烈だった。

卯ノ花烈は俯いた俺の両の頬に両の手を添え顔を上げさせると、唇を重ねてくる。

 

感じた感触と味は一瞬。

 

直ぐに卯ノ花烈は唇を離し言った。

 

「それは貴方一人が抱えるべき後悔(もの)ではありません。護廷十三隊(あなたのユメ)に集う全ての者に、そして私にも委ねてください。貴方は、一人ではありません」

 

---阿片窟への風穴を守っていた頃とは違うのですよ。

 

そう続いた卯ノ花烈の言葉に思わず絶句した後、俺は恥じた。

卯ノ花烈の言う通りだった。俺は何を焦り後悔していたのだろう。

姿が見えなかったせいで斬ることも出来なかった黒幕の正体は知れた。

取り逃がしたのは裏切者に仲間がいたから。二度目は無い。

焦ることは無い。後悔するには早すぎる。

俺には卯ノ花烈がいて、山本元柳斎重國がいて、雀部長次郎がいる。

千年を生き千年戦い続けた戦友(とも)がいる。

ならば、今は、たかが数百年しか生きていない小僧や小娘なんて恐れるに足りないと嗤うべきだ。

そして、今は---

 

「なあ、卯ノ花。少し、胸を借りていいか」

 

「はい」

 

---失った者たちの為に泣こう。

 

 

 

 

 

 

全てが終わった後のこと。

 

---お主を行かせる訳には行かぬ。

 

山本元柳斎重國にそう言われるのは、わかり切っていたことだった。

 

十二番隊隊長、浦原喜助による護廷十三隊への裏切り行為。それに随伴したのは二番隊隊長兼隠密機動総司令官、四楓院夜一。鬼道衆大鬼道長、握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)

隊長二名に鬼道衆の長の反逆。逃亡した彼らを追う為の討伐隊に求められるのは、三人を敵に回しても勝てる力。

通常なら同格の隊長格複数名及び高位の席次持ち十数名での編隊を求められる事態だが、しかし、それが現状は困難であることはわかっていた。

 

浦原喜助らの反逆により現在の護廷十三隊は壊滅的な打撃を受けていた。

虚化(ホロウか)”と称されることとなった死神に(ホロウ)に近しいチカラを与えるという人体実験により、護廷十三隊隊長格計九名が犠牲となった。

 

三番隊隊長、鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)

五番隊隊長、平子(ひらこ)真二(しんじ)

七番隊隊長、愛川(あいかわ)羅武(らぶ)

八番隊副隊長、矢胴丸(やどうまる)リサ。

九番隊隊長、六車拳西。

九番隊副隊長、久南白。

十二番隊副隊長、猿柿(さるがき)ひよ里。

鬼道衆副鬼道長、有昭田(うしょうだ)鉢玄(はちげん)

特派遠征部隊副隊長、天貝繡助。

 

浦原喜助らの反逆行為により以上の多大なる損失を受けた今の護廷十三隊に、彼らを追う為に討伐部隊を組む余力は無く、護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國は人数の三分の一以上が減った寒々しい隊首会において護廷十三隊、ひいては瀞霊廷内の戦力の回復を急務とすることを決議。

それを中央四十六室の同意をもって指針と定めた。

 

故に俺が現世に逃げたと思われる浦原喜助らを追う為に進言した第九十九次特派遠征は山本元柳斎重國からの承認を得ることができなかった。

 

---風守。お主には暫くの間瀞霊廷内で働いてもらう。一時の事ではあるが、特派遠征部隊隊長の任を解き、隊長を欠くこととなった何れかの隊の隊長となってもらうつもりじゃ。わかってくれるな?

 

堂々と構えながらもどこか寂し気に髭を撫でながらそう言う山本元柳斎重國にまさか首を横に振れるはずも無く、浦原喜助らの反逆行為から一カ月が過ぎた頃、俺は『特派』の二文字ではなく数字を背負った白い隊長羽織を着て一番隊隊舎の見上げるほど大きな扉の前に居た。

 

「----それでは、これより新任の儀を執り行う。風守風穴!中へ」

 

扉の向こうの山本元柳斎重國から声が掛かる。俺はこれからこの広間の中に足を踏み入れ、名前くらいしか知らない隊長格たちの前に出ていかなければならない。いくら旧知である山本元柳斎重國や雀部長次郎や卯ノ花烈が居るとはいえ、人見知りで口下手で引っ込み思案な俺からすれば拷問の様な仕打ちだ。

だから数か月前、俺は似たような状況に置かれた時、逃げ出した。

しかし、今は逃げ出すことも出来ない。

数か月前のあの時には居た、この場を任せて安心できるような副官が居ないからだ。

 

「…駄目だな。こんな場面で、お前を思い出すとか、まだ俺はお前のことを引きずってるみたいだ。繡助」

 

引きずっている。未練たらたら。いや違う。もとより俺には忘れる気などないのだ。

あの小さな副官の純真さも、俺に寄せてくれていた信頼も、何もかも忘れる気などない。

忘れる必要もない。俺は何れ全てを取り戻す。

 

だから、俺は何も失ってなどいないのだと自分に言い聞かせ前を向く。

 

特派遠征部隊隊長の任を解かれたからと、次に俺が隊長を務める部隊へと気持ちを切り替えるつもりもない。今は『特派』の文字を捨て、数字を背に背負うことになってはいるが、それも一時的なもの。

俺は必ず天貝繡助と共に『特派遠征部隊』に戻ると決めている。

 

だから、なに、気楽にやろう。

 

見上げるほど大きな扉が開く。広間へと踏み入れる足にもう迷いも憂いもない。

旧知の間柄の姿を捕え笑みを零し、名前くらいしか知らなかった、これから同僚となる隊長格を視界の端で追いながら歩いていく。

 

そして、山本元柳斎重國の前に立ち口元を歪めた。

 

「山本重國」

 

「なんだ」

 

「………帰っていいか。視線に酔った」

 

「ふざけたことを言うな、風守。幾ら儂とお主が旧知の間柄とはいえ、場と時は弁えよ。礼を失するものにその白を羽織る資格はないとしれ」

 

「わかっている。だからこその軽口だろう。この場に居るお前や長次郎、卯ノ花は俺がどんな死神でどんな奴かを知っているが、他の奴らは知らないだろう。故、こうして教えてやろうとしている」

 

俺の言葉に山本元柳斎重國は呆れたようにため息を付く。

俺はそれを承認の合図だと受け取って振り返り左右に並び立つ隊長達に視線を向けた。

 

そこに居るのはわずか五名の隊長と複数人の副隊長たち。

 

彼らに向けて俺は言う。

 

「俺は風守風穴。性が風守、名が風穴だが、これは母が俺に名付けてくれたものじゃない。本当の名前は別にあるのに何時からか風守と呼ばれる様になったからそう名乗り、名は語呂が良いように自分でつけた」

 

その言葉に反応したのは六番隊隊長、朽木(くちき)銀嶺(ぎんれい)

四大名家の一つ朽木家の現当主である男が名を軽んじる俺の発言に反応するのは当然のことだった。

しかし、事実がそうなのだから仕方がないと曖昧に笑い俺は続ける。

 

「生まれは西流魂街80地区『口縄』。端的に屑と言っていい生まれ。もし生まれで護廷十三隊の隊長を決めるのなら、俺程護廷十三隊の隊長に相応しくないものは居ないだろう」

 

事実を語るがゆえに口調に淀みは無く、さばさばとした面持ちで語りながら俺は斬魄刀に手を伸ばした。その動作に警戒を強める者、静観する者を眺めながら俺はくつくつと笑う。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』。

それに流れる力は嘘偽りのないもので、だからこそ俺の零す笑みは確信的なものへと変わる。

護廷十三隊隊長。双肩にかかるその重みに対して、俺は気楽に笑おうと決めた。

所詮は千年前に背負ったもの。八百年前に降ろしたもの。

今更背負うことに、必要以上に気負うことはしないでいい。

 

だから、俺は確信めいた笑みと共に堂々と言い切った。

 

「だが、もし力で隊長を決めるのなら、俺以外に隊長に相応しい者はいないだろう」

 

担い立つ者に謙遜なんて言う美学はいらない。上に立つ者は堂々とするが故に下を見下ろすことが許されるのだと俺は知っている。

 

「だからなに、気楽にやろう。不幸にも抜けた九人の穴は、俺が埋めてやる」

 

そう言いきった俺に対して返される笑みは五つ。

うち三つは旧知の三人。山本元柳斎重國。雀部長次郎。卯ノ花烈。

残る二つは旧知の三人には及ばないが古参の隊長である山本元柳斎重國の教え子である京楽春水と浮竹十四郎。

 

護廷十三隊の窮地と言っていい状況で出た俺の軽口に対して笑いを返せるその二人は見込みがあるなと見極めて、用事は終えたと俺は山本元柳斎重國の方へと向き直る。

向き直る頃、山本元柳斎重國は最近浮かべていなかった心の底からの笑みを浮かべていた。

 

「意気は結構。その言葉が言葉だけではないこと願っておるぞ。風守」

 

「まあ、任せろ」

 

重ねる言葉はいらない。俺と山本元柳斎重國は既に千年前、交せる言葉は散々重ねている。

ならばよいと山本元柳斎重國は口調を切り替えた。杖の先が床に当たる乾いた音が鳴る。

 

「これにて顔合わせは仕舞い。ここに元特別派遣遠外圏制圧部隊部隊長、風守風穴を三番隊新隊長に任ずるものとする」

 

三番隊。背負う隊花は金盞花。意味は”絶望”。

桃園に霞む桃色の煙と共に幸せを運ぶ俺にはあまり似合わないその二文字を背負いながら、

護廷十三隊の名に恥じない後続が育つまでの間の数百年を俺は戦うことになるだろう。

さしあたって俺がやるべきことは天貝繡助が戻るまでの間、背を預けられる副官を見つけること。

当ては一応ある。人見知りで口下手で引っ込み思案な俺が偶然見つけたあの少年なら育て甲斐はあるだろう。

そしてなにより、彼になら何れ隊長職ですら任せられると思うのはきっと勘違いではない筈だ。

 

自らを蛇と語ったあの少年が何より上等な生き物であることを俺は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

五番隊隊士、市丸ギンには関心を持た(・・)ざる(・・)得ない(・・・)相手が二人いる。その内の一人の名は風守風穴。数か月前、茶屋で偶々であった総白髪の男の名前を思い出す度、市丸ギンは喉元に切っ先を向けられているような気分になる。あるいは全てを忘れて風守風穴の(かも)す得も言えぬ心地の中に埋没してしまいたくなる。

 

---アカンわ。これは不味いんちゃうかな。

 

その感覚に飲まれる訳には行かないと市丸ギンは首を振り浮かんだ考えを霧散させる。

 

---ボクは蛇や。蛇は狙った獲物は逃さへん。丸呑みや。

 

市丸ギンには目的がある。何を犠牲にしても達成すると決めた目的だ。

風守風穴とは別のもう一人。市丸ギンが関心を持た(・・)ざる(・・)得ない(・・・)もう一人の男を、必ず殺す。

その為に市丸ギンは死神になり蛇になった。

 

だからこそ、市丸ギンは数か月ぶりに会った風守風穴からの提案に本心から迷惑する。

数か月前とは違い、偶然ではなく風守風穴の計らいにより設けられた食事の席で風守風穴は市丸ギンに三番隊副官の地位を差し出してきた。

五番隊の席次持ちとはいえ、経験も浅く風体も少年の域をでない市丸ギンにとって副官。副隊長の地位は分相応とは言い難い。

それを指摘しようとした市丸ギンだったが、風守風穴はそれはもう旧知の何人かに言われ疲れたと笑い。隊長には『副隊長任命権』があるのだから、誰に責められる謂れもないのだから、お前が気負う必要はないと笑った。

 

―――そういうことやないんやけど。

 

市丸ギンの浮かべたそんな気持ちを風守風穴が酌むはずも無く、どころか人との関わりを苦手とする風守風穴にそんな市丸ギンの有難迷惑と言うべき感情を感じ取れる訳もなく、まさか断られる事なんて考えずに気軽にやれよと市丸ギンの肩を叩いた。

 

隊長に『副隊長任命権』があるように隊士にはその任命を断る『着任拒否権』がある。

山本元柳斎重國と共に護廷十三隊の創生に携わったらしい風守風穴がまさかそれを知らない訳じゃないだろうと市丸ギンは呆れたように口を開けながら、しかし、仕方がない人なんやなと風守風穴が何処か憎めない人物であることに気がついた。

市丸ギンの中での風守風穴への関心は警戒から興味へと変わる。

 

---けど、だからこそや。

 

だからこそ、市丸ギンは風守風穴からの副隊長への任命を受ける訳にはいかなかった。

彼が必ず達成すると胸に秘める目的の為に。そして何より風守風穴の身の安全の為に。

 

「風守さん。言い難いんやけど、―「いい話じゃないか」―え?」

 

すいませんと頭を下げようとした市丸ギンを止めたのは食事の席に同席していた市丸ギンの上官。数か月前、五番隊の隊長であった平子真二が浦原喜助の陰謀に巻き込まれ消えた為、先日新しい五番隊隊長に就任した元五番隊の副隊長、藍染惣右介は柔らかい笑みを浮かべながら言う。

 

「ギン。自分にこんなにも早く副官への話が上がってきたのが不安でもあるだろうが、これは昇進の話。言うまでもなく良い話だよ」

 

「せやけど、藍染隊長―「わかっているよ」」

 

まさか藍染惣右介(この男)に三番隊副隊長への就任を後押しされるとは思ってもみなかった市丸ギンは彼にしては珍しく狼狽を表情に出しながら言い淀むが、それを制するように藍染惣右介は再び市丸ギンの言葉に被せるように笑う。

 

「君は優しい。数か月前に五番隊に入隊したばかりなのに、もう他の隊へ移ることへの罪悪感もあるだろう。しかし、今は状況が状況だよ。風守隊長が君の力を必要としているのなら、その思いに応えてあげて欲しい」

 

「………」

 

市丸ギンは藍染惣右介の言葉の意味を推し量る。

その考えに重ねるように藍染惣右介は続けた。

 

「『特派遠征部隊隊長』。そして山本総隊長と共に護廷十三隊の創成期を生きた風守隊長の下で働くことは、きっと君にとって得難い経験となる筈だよ。僕は(・・)()()上官(・・)として、君にはいろいろな経験を積んでほしいと思っている」

 

「…そか。うん。わかったわ」

 

---藍染隊長がそう言うなら、そうするわ。

 

そう続けた自分の言葉に純粋に喜ぶ風守風穴の様子を見て、市丸ギンは少しだけ残念に思った。

自分が関心を持た(・・)ざる(・・)得ない(・・・)相手であった風守風穴。何処か特別だと感じていた風守風穴ですら、もう一人の関心を持たざる得ない相手で有る藍染惣右介の掌で転がされる存在でしかないのだと、そう残念に思いながら顔を俯けた市丸ギンはしかし、風守風穴が純粋に喜びの表情を浮かべながら続けた言葉で驚き顔を上げる。

そして、それはその場に居た藍染惣右介も同じだった。

 

「そうか。ありがとうな、市丸。あと、藍染も優秀な人材を譲ってくれて助かった」

 

「いえ、僕はギンの後押しをしただけ。決めたのは彼ですよ。それに、今の護廷十三隊は状況が状況です。今後も出来る限り協力して行きましょう」

 

「そうか。悪いな。………ああ、そうだ。なら一つ、教えてくれないか。藍染」

 

「なんでしょうか?」

 

「人の精神を支配する斬魄刀とかに、心当たりはないか?」

 

「---」

 

「---」

 

風守風穴が市丸ギンを副隊長に任命する為に設けられた食事の席。そこに常時流れていた生ぬるい空気が、一瞬で凍った。

数秒の静寂の後に口火を切ったのは藍染惣右介。彼は荒れる心情を悟られないように平静を装いながら風守風穴に問いかける。

 

「精神を支配する斬魄刀ですか。いえ、覚えはありませんが、何故そのようなことを?」

 

「ああ、いやな。もしそんな斬魄刀があれば今回の件も簡単な結論に落ち着いて楽だなとは思ってな」

 

「今回の件の簡単な決着、ですか。今回の”虚化”の事件に関しては元十二番隊隊長、浦原喜助が全ての元凶であると聞いていますが………」

 

「ああ、四十六室の決定ではそうなっているな」

 

「………風守隊長は黒幕が別にいるとお考えですか?」

 

「いや、十二番隊の研究棟から”虚化”の研究と(おぼ)しき痕跡が出たんだろう。卯ノ花が確認したなら、間違いなんてない筈だ。浦原喜助は裏切り者に間違いないだろうよ。だから、俺が考えているのは浦原喜助の協力者がまだ護廷十三隊の中に残っているんじゃないかって言う疑念だ」

 

「浦原喜助と共に逃亡した四楓院夜一や握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)以外にも裏切り者がいるとお考えですか?」

 

「ああ、何しろ相手は隊長兼隠密機動総司令官と大鬼道長を抱え込んだ奴だ。もう二~三人隊長格が裏切っていたとしても不思議じゃないだろう」

 

「なるほど…確かに風守隊長が仰ることには一理ありますね。しかし、なぜその話が精神を支配する斬魄刀などというものに繋がるのでしょうか?」

 

--何故、私の持つ斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』に行きついた。

と、風守風穴との会話を続ける中で藍染惣右介は困惑する。

 

藍染惣右介の持つ斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』は流水系の斬魄刀。霧と水流の乱反射で敵を攪乱(かくらん)し同士討ちさせる能力を持つ。

そう、藍染惣右介は偽ってきた。

斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』が真に有する能力は『完全催眠』。五感全てを支配し一つの対象の姿、形、質量、感触、匂いに至るまで全てを敵に誤認させることができる。

 

--精神を完全に支配する斬魄刀。それこそが斬魄刀、鏡花水月《きょうかすいげつ》。

 

暗雲の中に存在していた筈の藍染惣右介が胸に秘める野望に対して一筋の光を差し込むような風守風穴の言葉に藍染惣右介は何故気がつきかけていると問いかける。

それが勘であるとか、偶然だったならどれほど良かったか。

しかし、風守風穴は確信の中で続ける。

 

()せないんだ。あの夜、俺達が謀られたことがな」

 

「確かに僕達は全員あの夜に浦原喜助に謀られました。しかし、それは―「いや」」

 

風守風穴は藍染惣右介の言葉を遮る。

 

お前(・・)たち(・・)なら(・・)わかる(・・・)。六車拳西や久南白、繡助や現場に駆け付けた隊長格九人が謀られたのなら、まだわかる。だがな、俺や卯ノ花。何より山本重國が謀られたことが解せないんだよ。たかが数百年しか生きていない小僧に、俺達がそうやすやすと裏を掻かれるはずがないんだ」

 

ある種の傲慢を含むその言葉は、しかし、風守風穴の口から語られれば周囲にとって真実味を帯びたものに感じさせられる。事実、その場に居た市丸ギンはおろか藍染惣右介すら、その根拠もない物言いに一瞬、そう言われればその通りだと納得しかけてしまった。

 

「浦原喜助の持つ斬魄刀の能力は炎熱系だと聞いている。そんなもので俺達のいったい何が謀れるという。四楓院夜一や握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)にしても実力はどうあれ能力で言うなら、俺達を謀れるだけのものは持たない。否、違うな。全ては一言で帰結するんだろうよ」

 

--何者で有れ太陽は裏切れない。

 

「あの男が最強だ。桃園の夢にも沈まぬあの男が、桃源郷を一振りで炎熱地獄に変える、あの男こそが最強なんだ。精神を完全に支配する斬魄刀でもなければ、山本重國を謀れるわけがない」

 

だから、俺はそんな斬魄刀があるのではないかと警戒しているのだと言葉を〆た風守風穴に藍染惣右介は戦慄し、市丸ギンは一縷の望みを見た。

 

---アカンわ。これは不味いんちゃうかな。

 

誰もが藍染惣右介という怪物の手に平で踊るしかないのだと思っていた。しかし、それは違った。

藍染惣右介(かいぶつ)の喉元に食らいつく風守風穴(ばけもの)が此処に居た。

 

『初代護廷十三隊隊長』。『元特派遠征部隊隊長』。『現三番隊隊長』。

大層な肩書を並べ立てる風守風穴を評価する者は、警戒する者は、瀞霊廷内にそれこそ大勢いるだろう。しかし、風守風穴という男を真に理解しようと思うのなら、見るのはそんな肩書じゃない。

真に見るべきものは一つ。桃園の煙に霞みながらも確固として存在する時代に忘れ去られたその二つ名を見るべきだ。

 

天国無き尸魂界(ソウルソサイティ)に存在する阿片窟(とうげんきょう)を守っていた門番。

諸人が桃園の夢に沈む世界で唯一痴れることなく、しかし、自覚出来ない自壊を抱えるあまりに愚かで強大な”風守(ばけもの)”。

 

尸魂界(ソウルソサイティ)史上最強の死神が山本元柳斎重國であり、尸魂界(ソウルソサイティ)史上最強の斬魄刀が『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』なら、それにそれに並べ語らなければならないだろう死神。

尸魂界(ソウルソサイティ)史上最凶の死神にして尸魂界(ソウルソサイティ)史上最悪の斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を持つ死神。

 

風守風穴。

 

その四文字が今この場に居る藍染惣右介を戦慄させ、市丸ギンに希望を持たせる。

 

---風守風穴。なるほど、どうやらこの私にして警戒しなければならない相手の様だ---

 

---ほんまにアカン。これは不味い。この人に期待したくなる---

 

藍染惣右介と市丸ギンが相対する感情を風守風穴に向ける中、風守風穴はずっとしゃべっていた所為で乾いた舌の根を潤す為にお茶を啜りながら笑い言う。

 

「ちょっと喋り過ぎたな。悪い。本当はこんな話をする為に食事の席を設けたんじゃないんだ。裏切り者や暗躍やらと物騒なことを並び立ててすまなかった。二人とも、顔が少し強張ってる。この話はもう終わりにしよう」

 

そう笑う風守風穴に続く様に市丸ギンもまた笑う

 

「そやね。うん。もう暗い話はやめや。ね、そうしましょう。藍染隊長」

 

「…あ、ああ、僕としたことが、すいません」

 

「いや、物騒なことを言った俺が悪い。悪かったな、藍染」

 

「いえ、そんなことは…」

 

「なんだ?まだ肩の力が抜けないか。どうやらお前は見た目通り真面目な奴みたいだな。ああ、そうだ。そんなお前に良いものがあるから用立ててやろう。先日、里帰りして手に入れてきたんだ。くれてやるから、家に帰ってから気楽に吸えよ」

 

「はあ」

 

本当に自分で語るように人見知りで口下手で引っ込み思案な性格なのかと疑いたくなるような強引さで藍染惣右介に風守風穴が白い包みを渡した所で、この日の食事の席の一幕は終わる。

 

その日の深夜。

四番隊隊舎に気絶した藍染惣右介が運ばれてくることになるのだが、それはまあ、彼自身の自業自得と言ってもいいことだった。

 

 

 

 

 

 




最強の死神は山本総隊長。異論は認め!たくないなぁ。
絶対に和尚さんとかより強いと思うのは自分だけなのだろうか。

いや、和尚さんもかなり強いと思いますよ。
百年後の世界から夜を百夜奪って力にするとか文字列見ただけで心が躍ります。
「不転大殺陵」‼‼相手は死ぬ!(; ・`д・´)



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進み方と出会い方

時間の流れは速い。仕事したりダクソ3やったりダクソ3やったりダクソ3やっている内にもう6月半ばになってしまった。
更新が遅くなりモウシワケアリマセン(__)

暇つぶしにでもなれば幸いです(; ・`д・´)


※前話で浦原喜助の斬魄刀の能力について訂正を教えてくださった方々、ありがとうございます。『紅姫』はてっきり炎熱系の斬魄刀だと思っていたのですが、違うのですね。
ブリーチは単行本で読んでましてジャンプは買っていないので知りませんでした。
勉強不足ですいません<(_ _)>


某日正午、晴天。千年前から勝手知ったる瀞霊廷内の道を俺は急ぐことなく揚々とと歩いていた。そんな道中、俺は視界に最近知り合った男の後姿を捕える。

その日は気分が良かったから、人見知りで口下手で引っ込み思案な俺としては珍しく気軽に肩なんかを叩きながら藍染惣右介に声を掛けた。

 

「おう、惣右介。元気か?」

 

「っ!?風守、隊長ですか」

 

「ああ………どうした?そんな後ずさったりして、らしくないな。気分でも悪いのか?」

 

「いえ、そう言う訳ではないのですが…」

 

温厚で人当たりが良く、所謂「良い奴」の代表例の様な藍染惣右介にしては珍しく歯切れの悪い言葉と態度に俺は首を傾げる。腹でも痛いのだろうか。

そんな俺の抱いた疑問に応え得る声は横下の方から聞こえてきた。

副官として連れて歩いていた市丸ギンはカラカラと元気な声色で言う。

 

「そら、警戒もされるわ。風守隊長」

 

「警戒?惣右介が俺を警戒しているのか?なぜだ。俺たちはとても友好的な関係を築いているだろ。この間、お前も交えて一緒に食事もしたし、その後も何度か二人で一杯やったりしてるんだ。俺と惣右介は仲良しだ。なあ、惣右介」

 

「………そうですね」

 

疲れ切った表情で不承不承と頷く藍染惣右介。心なしか黒縁の眼鏡がズレている。

それを指摘すれば藍染惣右介はズレた眼鏡の位置を直しながら、「ですが」と続けた。

 

「もし風守隊長が本当に僕のことを良く思ってくれているなら、会う度にアレを勧めてくるのはやめてください。もう四番隊隊舎送りはこりごりですので」

 

「…アレ、迷惑だったのか?」

 

「なんや、意外そうな顔やね。あんなもん。普通は貰っても困るだけや。しかも、仮にも先輩(めうえ)からの贈り物。断るにも断られへん」

 

「そうなのか。それは知らなかった。………いや、けど、そんな筈はないんじゃないか?本当はみんな大好きなんだろう?」

 

嫌よ嫌よも好きの内。そんな古典が俺の脳内で駆け回る。桃園に霞む上澄みを「悪」と断ずる曰く正義の死神がいることは確かだ。だか、しかし、眼の前に居る二人がそう言う類の人格でないことは少なからずの邂逅の中で知っている。

薬も過ぎれば毒になる。その一文が俺の用立てる阿片(ユメ)のあり方を良く表していた。

 

そうだろうと笑う俺に藍染惣右介は疲れたようにため息をついた。

 

「確かに、風守隊長の言うことにも一理はあります。しかしですね--「藍染隊長」」

 

続いて出る藍染惣右介の言葉を遮ったのは、駆け寄ってきた一人の死神だった。

特徴的な面で顔を隠したその死神に俺は見覚えがあった。

かの男の名は確か---

 

「要か。どうした?」

 

「はい。例の件での報告が上がっておりますので報告にきました。結果が出次第、至急知りたいと今朝方に言っていましたので」

 

「そうか。ご苦労。続きは隊舎で聞こう。すいません。風守隊長。僕はこれで失礼します」

 

「ああ、またな惣右介」

 

元九番隊隊士、東仙要に先導されて藍染惣右介はその場を後にする。藍染惣右介の礼に合わせるように下げられた東仙要の頭。その最中、東仙要から向けられる敵意を含んだ視線に気がつかない俺では無かった。

いや、あの視線は敵意を隠そうなんて小賢しい真似はしていなかった。故にその真意は俺の隣に立つ市丸ギンにも伝わっていた。

 

「なんや、随分と嫌わてとるな。風守隊長、あの人になにかしたん?」

 

「いや、俺は何もしてない。してないが、敵意を向けられても仕方がないな」

 

思い出す光景は数か月前の荒野。白い仮面が笑うあの光景の果てに、東仙要が俺を憎んでいたとしてもそれは仕方がないことだと理解できる。あの場で無事に護廷十三隊に復帰できたのが東仙要と俺だけだというのなら、なおの事。

 

「なんや、面白いことになっとるなあ」

 

「この状況で笑うお前を俺は誇ればいいのか、それとも嗜める場面なのか、わからんな」

 

市丸ギンの態度は東仙要の心中を思えば不適切な発言だと言われたところでその通りとしか返せない。

故に上司として叱咤しなければならない場面で有ることに間違いはないが、口角を上げて笑う市丸ギンを前にすると何故だかそんな気が失せてしまった。

 

人の負の感情を見て笑う蛇と笑う蛇を見る阿呆。どちらが度し難いかと言えば問われるまでもなく、俺は笑みを浮かべることにした。

 

「なんや、僕のことをとやかく言うてる癖に自分も笑ってる」

 

何が楽しいのかそう言ってさらに笑みを深めた市丸ギン。蛇を自称する少年の感覚の機微を悟ることなど人見知りで口下手な上に引っ込み思案な俺に出来るはずも無く、いつも通りに、カラカラと笑う市丸ギンの笑う理由を捨て置いて、市丸ギンを後ろに連れて歩みだす。

俺の後ろを歩く市丸ギンの心に根ずく『黒』を知りながら、それでもそれを白日の下に晒そうなどとも思わない俺を知れば、きっと長次郎あたりは本気の拳骨をお見舞いしてくるに違いない。

 

だが、それで良い。

 

黒を黒として受け入れることに否はない。むしろ中途半端に光を当てて灰色にでもなってしまえば、それこそ味気ないというものだ。

元より答えは市丸ギンと出会った時から出している。

 

---お前がそう思うのならば、それこそまさしくそうなのだろうよ---

 

黒くあればいい。繡助とは違い、俺の後ろに居ながら俺を狙う者で有ればいい。

己を蛇と断じた思いを忘れず生きればいい。

 

その上で俺はお前を救うと決めている。

故に市丸ギン---

 

 

「ギン。そう言えばこの間、お前に遭いに来ていた新入りがいただろう。ほら、あの明るい色でふわふわした髪型の少女だ。知り合いか?」

 

「なんや、風守隊長。盗み見してたんか?趣味悪いわ。あの子は、まあ、知り合いや。乱菊、確か今は松本乱菊って名乗ってたわ」

 

「松本乱菊か。良い名だな。昔から名は体を表すものだ。きっとあの子は優秀な死神になるだろう。そうだ。お前の知り合いなら俺にとっても無関係な人間じゃない。今度挨拶ついでに用立ててやろう。丁度この間、里帰りして極上品が--「射殺せ『神鎗(しんそう)』」--うお!?突然何をする。背後でいきなり喉を狙って始解をするな。俺じゃなきゃ死んでるぞ」

 

「風守隊長がふざけたことを言うからや。乱菊は僕とはただの知り合い、挨拶なんてしなくてええよ。それより、なんで背後からの一撃を避けられるん?」

 

「そりゃ、お前とは年季が違うからな」

 

 

---自分のあり方を見失うなよ。

 

 

 

 

 

 

時代は変わる。俺の意思とは関係なく時は流れ流転していく。

永劫とも思える千年は遠に過ぎ去り、重ねる時は百を超えた。

流れる月日は俺や山本元柳斎重國、卯ノ花烈や長次郎、既に止まった(・・・・)者達を置き去りにして多くのものに成長を与える。

市丸ギンは既に少年ではなくなり、俺の副官でもなくなった。百年までに俺が背負った数字を背負い、彼は今日も口元に弧を描き瀞霊廷を歩いている。

 

だが、そこに悲しみの感情は一遍もない。それは俺だけでなく山本元柳斎重國や卯ノ花烈、長次郎とて同じだろう。過ぎた時に思いを馳せるほどに俺達は老いてはいないのだから。

 

時代が変わった。それだけだ。

そして、時代が変わってもなお変わる筈の無い物がある。

『護廷』の二文字。そして、『約束』だ。

 

 

「これより婚礼の儀を始める」

 

 

祝いの席にしては厳格すぎる声は言うまでもなく山本元柳斎重國のもの。

似合いもしない袴を着た俺の横には白無垢を着た卯ノ花烈が立っていた。

 

護廷十三隊総隊長が取り仕切る現護廷十三隊隊長と元護廷十三隊隊長の婚儀にしては小さすぎる会場に寂しすぎる人の数。その場に居る人の数は俺や卯ノ花烈を入れても両手の指の数にも満たないが、それでいい。

元より俺は目立つのは好かない上に知り合いも少ない。

卯ノ花烈は俺とは違い多くの者に慕われているが、慕われているからこそこの場に来たい者たち全てを受け入れればとんでもないことになる。

故に来賓者は俺と卯ノ花烈が選んだ者たちだけ。

 

山本元柳斎重國。雀部長次郎。藍染惣右介。市丸ギンと彼が連れてきた松本乱菊。卯ノ花烈の新しい副官、虎徹(こてつ)勇音(いさね)。山本元柳斎重國の弟子である浮竹十四郎と京楽春水。

 

そして---

 

「ご、ごご、ご結婚!おめでとうございます!」

 

眼の前でこの場に居るそうそうたる面々に緊張で震えながら頭を下げる少女の名前は、朽木ルキアと言った。

 

 

 

 

朽木ルキアと俺の出会いは偶然だった。あまりに偶然が重なったものであったから、作為的だとすら思ってしまった。

あの日、俺は瀞霊廷を当てもなく歩いていた。その日は俺が市丸ギンに隊長の座を譲り渡した日であり俺が三番隊の隊長ではなくなった日。

つまりその日、俺は無職になった。初代四番隊隊長を降りた時と同じ無職。

実に二千年ぶりの無職だった。

することがないと暇を持て余し歩く俺の前に朽木ルキアは現れた。

顔を落とし、トボトボと歩く朽木ルキアの姿に俺は若いくせに随分と暗い奴だと好感を持った。朽木ルキアの年頃の頃の俺は阿片窟(とうげんきょう)で引きこもっていた訳だから、とても共感できる根暗さだった。

だからだろうか、あの時の俺は信じられないことに人見知りで口下手で引っ込み思案でありながら初対面の少女に声を掛けた。

 

「どうした。そんな暗い顔をして」

 

「えっ、あっと、貴方は…」

 

「何か嫌なことでもあったのか?辛いことでもあったのか?ああ、そうだ。そうであるなら丁度いい。丁度、俺は凄く良いモノを持っているんだ。元気になるぞ」

 

「えっと、え?」

 

「なに、心配するな。合法だ。中毒性も世間一般で知られているほどじゃあない。用法容量を守って使えば何の心配もいらない。悩み事も忘れて幸せになれるぞ」

 

「いや、えっと、それは絶対に使っちゃダメなものじゃ。…というか、なぜ瀞霊廷内にそんなものを持っている不審者がいるのだ!?」

 

「誰が不審者だ。初対面なのに失礼な奴だな、お前は」

 

「ならば所属を言え!貴様は何番隊の人間だ!」

 

「三、いや、今の俺はどこにも所属していないな。無職だ」

 

「無職だと?ふざけるな!真央霊術院を出た死神は例外なく何れかの部隊に配属されるはずだ!」

 

「そうだな、普通ならそうだ」

 

「やはり、怪しい奴め。警告はこれで最後だ。所属と名を名乗れ。名乗らねば--」

 

そう言って朽木ルキアは斬魄刀に手を伸ばした。

それを見た俺は笑うようにいった。

 

「--斬るか?斬れると思っているのか?お前に俺が」

 

抑えていた霊圧を少しだけ開放する。それだけでどんな死神でも感じ取れるだろう霊圧の差が周囲の空気を圧迫する。力の差は歴然だ。

俺にはかつて最強の死神である山本元柳斎重國と相討ったという矜持がある。

例え誤解だとしても斬魄刀を握る眼の前の少女に欠片でも敵うなどと思われては矜持が曇る故の悪戯の様な幼心。

いま思えば本当に大人げないことをしたと思う。しかし、あの時の俺の子供の様な行動に後悔はない。ああしたからこそ、俺は朽木ルキアと出会うことが出来たのだから。

 

---斬れると思っているのかと、そう問うた俺に対して朽木ルキアは感じ取った霊圧の差で身体が震えるのを必死に抑えて言い切った。

 

「敵うか、敵わないかの問題ではない。私は、朽木(・・)ルキア。護廷十三隊の死神なのだ!」

 

「---」

 

護廷十三隊の死神。

放たれた言葉は俺にとってまさに甘露だった。卯ノ花烈と出会っていなければ、俺は年端もいかない眼の前の少女に恋をしていたかもしれないと錯覚するほどの衝撃だった。

ああ、そうだと、心の内で感嘆を零す。

 

まさしくこの感情こそが俺を痴れさせる唯一の阿片(ゆめ)

何時ぶりだろうか。かつて山本元柳斎重國と共に築いたその阿片(ゆめ)をこうして目の前で見るのは。

久しぶりの感覚に俺の頭は痺れていく。

故にその阿片(ゆめ)は凶行ともいえる行動に俺を駆り立てる

 

「………次代を担うか、新しい時代の死神よ。いいだろう」

 

思わず零れた言葉と共に俺は思わず斬魄刀を抜いた。

 

「俺に挑む、お前の勇士を見せてみろ。吠えてくれ、その声で。ああ、お前のユメを俺に見せろよ!」

 

「っ、抜くか斬魄刀を!ならばもう容赦はせぬぞ!舞え『袖白雪(そでのしらゆき)』!」

 

かくして俺は朽木ルキアと邂逅した。




早足早足。はやく原作主人公を登場させたい。(; ・`д・´)


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悪しき出会いか良き出会いか

最新刊(72巻)を読みました。6コマしか出てないけど吉良さんが恰好よすぎた。
あと、夕四朗君が可愛かった。


もうそれしか印象にない。

致命的だぜ!(; ・`д・´)


「舞え『袖白雪(そでのしらゆき)』」

 

囁くような声と共に解放された斬魄刀を前に俺には欠片の危機感も無かった。

『袖白雪』。刃も鍔も柄も全てが純白の斬魄刀。それを眼にして俺は美しいと思った。

確かに、美しいと感じた。だが、それだけだ。

欠片ほどの脅威も感じない。

 

かつて対峙した山本元柳斎重國の『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』や長次郎の『厳霊丸(ごんりょうまる)』とは比べ物にもならないほどに拙い斬魄刀を見ながら、俺はあるいは落胆の感情すらも抱いていた。

次代を担う死神の力がこんなものかと、口を開けば傲慢ともとれる言葉を吐いていただろう。

それをしなかった理由は一つ。

その時の俺の口は開かれることは無く、口元は孤を描いていた。

 

阿片窟(とうげんきょう)の番人。初代四番隊隊長。元特派遠征部隊隊長。元三番隊隊長。

無駄に長くなる経歴を重ねた俺の前に立つ朽木ルキアと名乗った少女の力はあまりに拙い物でしかなく、しかし、だからこそ、その事実が俺の胸を高鳴らせる。

 

(そめ)の舞。『月白(つきしろ)』」

 

俺との距離を二歩まで詰めるのにかかったのは一息の間でなく二息の間。瞬歩の技術は優秀だとはいえるが、それ以上では決してない。

俺との間を詰め、継いで起こる変化は地面。俺の居る場所の地面に白い円が描かれ、そして瞬く間の間に円の内は凍結した。

地面の凍結と共に円の中に居た俺は足元から凍っていく。

足先から足首へ。足首から膝下へ。膝下を越え腰に。そして上半身まで達しようとする凍結。流石に心臓まで凍らされては堪らないと俺は斬魄刀を凍る地面に突き刺して霊圧を込める。

あっさりと氷は砕けた。

 

「なっ、馬鹿な!?」

 

驚愕する朽木ルキアを前に俺は驚くほどのことじゃないと首を鳴らす。

 

「そんな驚くなよ。霊圧同士がぶつかり合えば圧し負けた方が壊れる。基本だろう」

 

真央霊術院で教わるまでもなく霊力を扱える者なら誰だって知っている単純な理屈。

故に俺の斬魄刀での地面への一太刀で『月白』の凍結領域が壊れるのは必然。

 

「要は、朽木ルキア。お前が霊圧を極限まで磨き上げて作ったその刀の能力より、俺の斬魄刀の一太刀に込められた霊圧の方が強いってだけだ」

 

「くっ、ならば!--」

 

『月白』の凍結領域の破壊。俺は斬魄刀『袖白雪』の能力を力技で突破する。暴挙といえる正攻法を前にして折れる者は多いだろう。戦において霊圧の差は絶対と言ってもいい。

その差が斬魄刀の能力を通常攻撃で上回るほどに隔絶していたのなら、心が折れても仕方がない。

だが、朽木ルキアは『月白』が突破された次の瞬間には既に動き出していた。

朽木ルキアは詰めていた俺との距離を一歩で離す。後退の際に右腕に左腕を添え、掌を俺へと真っ直ぐと突き出しながら詠唱するは鬼道。

 

――君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ!真理と節制!罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!--

 

--破道の三十三『蒼火墜(そうかつい)』!!」

 

「ぬるい」

 

放たれた青い火は下級の虚なら一撃で葬り去るだけの火力は秘めていた。しかし、俺の脳裏に焼きつく炎は灼熱地獄。かつて味わった熱量と比べれば飯事(ままごと)に等しいと片手でそれを払いながら瞬時に朽木ルキアが離した距離を半歩で詰め、俺は斬魄刀を振るう。

 

「首を狙うぞ。受けなきゃ死ぬぞ」

 

「っ!?」

 

俺が振るった斬魄刀は朽木ルキアが受けようと動かした『袖白雪』よりも三拍早く朽木ルキアの首元へ届き、そして---

 

「うん。お前は斬拳走鬼の内、斬の才、その内でも斬魄刀の能力を前提とした戦いの才能があるな。(そめ)(まい)月白(つきしろ)』はなかなか良い」

 

刃が朽木ルキアの首元に触れる前に刀を手放した俺が、その刀を手放した手を朽木ルキアの頭に置き、戦いは終わった。

 

「………は?」

 

その時のポカンと口を開け間の抜けた朽木ルキアの表情を俺は生涯忘れないだろう。

 

 

 

 

 

朽木ルキアとの邂逅が戦いという形にならないなんて言うことは、朽木ルキアを一目見た瞬間からわかっていた。いや、朽木ルキアだけじゃない。今の『尸魂界』で俺と対等に渡り合える者なんて数えるほどしかいないだろう。

護廷十三隊創世記、俺と並び立ち、俺と同じだった者たちはその多くが死んだ。

その後に生まれた新しい死神達も実際に戦ったことがないから確かなことは言えないが、未だ俺と対等と言える域には届いていないだろう。たぶん。

 

そんな唐突に思い浮かんだ考えを俺は無意味な思考だとほうじ茶で流し込む。

 

「………戦うだとか。敵うだとか。俺は何を考えているんだろうな。この護廷十三隊(ユメ)の中で争うことに意味など、有る筈もないだろうに」

 

自らこのユメを害そうなどと、普段の俺なら考えもしない思考が浮かんできたのは多分、俺が未だに百年以上前のあの浦原喜助らの裏切りを引きずっているからだろう。

忘れることなど決してないが、捕らわれるのはあり得ない。俺が依存するのは桃園に霞む阿片(ユメ)だけで十二分とみたらし団子を齧りながら頭を振った。

 

「ど、どうされましたか。風守殿」

 

俺の奇行に驚いたのは朽木ルキア。彼女は緑茶が注がれた湯呑を置き、わたわたと慌てながら視線を俺に向けてくる。その視線の真っ直ぐさの何と真面目なことか。

俺には生涯出来ぬだろう真っ直ぐな眼で俺を心配する朽木ルキアから目を反らしながら、何でもないと呟いて、みたらし団子をほうじ茶で流し込む。

 

此処は流魂街。戦いと呼べない邂逅(かいこう)を終えて、俺と朽木ルキアは共に流魂街にある茶屋に来ていた。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

戦いと呼べない邂逅の後、俺の名前を知った朽木ルキアは頭を下げてきた。

百年前とは違い、今の瀞霊廷には俺の名前を知るものは多い。

遠征ばかりで瀞霊廷に居る時間より任務で瀞霊廷を離れている時間の方が多かった『特派遠征部隊隊長』で有った頃とは違い、仮にも元三番隊隊長。その名は広く知られている。

その上で生真面目を絵に描いたような朽木ルキアが、他の隊の隊長格の名前も知らない不勉強の徒である訳もなく、元隊長に刀を向けるなどなんて言うことをしてしまったのだと顔を青くする。

 

ペコペコと謝罪を繰り返す朽木ルキアを気にするなと何度も何度も言い聞かせ、それでも「いえ」だと「しかし」だと繰り返す態度に壁癖した俺はならば暇つぶしに付き合えと朽木ルキアを連れて流魂街までやってきた。

 

”朽木”ルキア。

いくら俺が人見知りで口下手で引っ込み思案で有っても知らぬはずがない正一位(しょういちい)の位を持つ大貴族の名を持った少女。貴族の娘らしく、流魂街に行くと言えば躊躇すると思っていた俺だったが、何故だか朽木ルキアは故郷に帰る様な気安さで付いてきた。

生来の貴族であれば元来関わり等持たないだろう場所に馴染むその姿に俺は一抹の疑問を抱いたが、直ぐにどうでもいいことだと頭を振った。

それは勿論、朽木ルキアがどうでもいいという意味じゃない。

朽木ルキアがどうあろうがどうでもいいという意味だ。

朽木ルキア(おまえ)がそうであるのなら、お前の中ではそれが正しいあり方なのだろうと思うだけ。

善哉(ぜんざい)善哉(ぜんざい)

 

「美味いな」

 

「はい」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………すいません」

 

「もういいと言っただろう」

 

人見知りで口下手で引っ込み思案な俺は元々、あまり話しが上手い方じゃない。初対面の相手を茶屋に誘ってみたは良いが話すことがない為に流れる沈黙。その沈黙がしばらく続くと思い出したように繰り返される謝罪に溜息をもらして、話題を変える。

 

「朽木。お前は何番隊に所属しているんだ?」

 

「はい。今は十三番隊に身を置かせていただいています」

 

「何席だ?」

 

「…いえ、私などまだまだ未熟ですので、席次は頂いておりません」

 

そうかと返しながら、俺は少し驚いていた。斬魄刀の始解を扱える者なら、どれだけ経験が浅くても席官になることは難しいことじゃない筈だと思う。少なくとも俺の居た三番隊ではそうだった。十三番隊は違うのだろうかと思いながら、そういう隊風もあるかと思考を切り捨てる。

 

「緑茶は美味いか?」

 

「へ?」

 

唐突に切り替わった話題の毛色の違いに戸惑いを見せる朽木ルキアを見ながら、俺は朽木ルキアの持つ湯飲みへと視線を向ける。

 

「お前が飲んでいるそれだ。俺は此処では、ほうじ茶しか頼まないからな。どんな物だろうとかと思ってな」

 

「は、はあ。いえ、はい。美味しいですよ」

 

「そうか?流魂街にある茶屋だ。そんなに良い茶葉は使ってないだろう。貴族(おまえ)の口に合うものなのか?」

 

「………確かに、これは高級なモノではないでしょう。けれど、その、とても落ち着く味です」

 

俺の疑問にそう返した朽木ルキアの横顔は何処か哀愁を漂わせていた。

その陰に踏み込むことは容易いだろう。手を伸ばせば届きかける朽木ルキアという少女の最も弱い部分を感じながらも、俺は其処から目をそらす。

 

「団子、食わないのか?」

 

「え?」

 

「最後の一本だ。要らないなら、食べてもいいか?」

 

「えっと、はい。どうぞ」

 

ありがとうと、そう言って俺は最後の団子に手を伸ばす。串にささった団子三つを咀嚼して、最後にほうじ茶で流し込むと俺は席を立った。

 

「それじゃあな。朽木ルキア」

 

「え?い、行ってしまわれるのですか。風守殿」

 

 

「ん?ああ、団子も茶も飲んだしな。もう此処ですることもないだろう。………なんで、そんな驚いた顔をしているんだ?言ったろう。暇つぶしだと。付き合ってくれてありがとう。また会おう。朽木ルキア」

 

そう言って俺は朽木ルキアに背を向けて歩き出す。

人見知りで口下手で引っ込み思案な俺の方から朽木ルキアに踏み込めるのは、此処までだった。

 

 

 

 

 

 

立ち去っていく男の背に朽木ルキアは声を掛けられずにいた。

引き留めたいと思う朽木ルキアの感情と違い、男の足取りは軽い。あと数秒で白髪痩身の男の身体は流魂街の雑踏の中に消えていってしまうだろう。

声を掛けるのならば急がなければならない。

しかし、朽木ルキアはその場から動けずにいた。

「自分(ごと)きが」。そんな思いが浮かぶ度に朽木ルキアの伸ばしかけた手は止まる。

 

---そうだ。私如きが話しかけていい相手ではないのだ。

 

風守風穴の名を朽木ルキアは知っていた。元三番隊隊長。それはつまり、自らの兄と同じ高みに居ると言うことなのだと朽木ルキアは怖気ずく。

流魂街で生まれ、大貴族たる朽木家に養子として引き取られたと言え、未だに兄と呼ぶ存在とも隔たりを感じずにはいられない朽木ルキアにとって風守風穴の名はあまりにも遠すぎた。

 

---無礼を許され。その上、お茶までご馳走していただいた。それ以上の関わりなど、分相応なのだ。

 

朽木ルキアは風守風穴を引き留めることを諦める。

そして、諦めたことでふと、ある疑問に気がつく。

 

---なぜ自分はこうもあの人を引き留めたいと思っているのだ?

 

出会いは数時間前。偶然に出会っただけの間柄。朽木ルキアは風守風穴の名を元隊長という理由で知っていたが、風守風穴は朽木ルキアの名など知らなかっただろう。あまりに浅すぎる関係性。

だというのになぜ、朽木ルキアは風守風穴を引き留めたいと思ってしまうのか。

その疑問の答えを朽木ルキアは持ちえない。あるいはこの感情の相手が風守風穴ではなく、朽木ルキアが所属する護廷十三隊十三番隊の面々。隊長である浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)であったなら、隊士である小椿(こつばき)仙太郎(せんたろう)であったなら、虎徹(こてつ)清音(きよね)であったのなら、あるいは副隊長である志波(しば)海燕(かいえん)であったのなら、こんな疑問が湧くとはなかっただろう。

 

---何故、あの人なのだ。

 

「そら、君があの人に助けを求めてるからや。そして、あの人がきっと助けてくれるからや」

 

朽木ルキアが出せない答えが雑踏に紛れながら聞こえてくる。こうしている間にも風守風穴は去っていく。焦るが故に朽木ルキアは聞こえてきた声に疑問を持つことが出来ず、蛇の唸りの様な涼し気な声が止まることな(つむ)がれた。

 

「『救ってやろう、お前の全てを』や。『お前は救われたいのだろう』や。『善哉善哉』。ほぉんと、なんも変わってないわ。あの人、今も昔もあんなんや。短い間の関わりやけど、君は心の内であの人がそう言う種類の人やって事を知った。だから、引き留めたい。助けてほしい。君の心の隙間を埋めてくれる何かを、あの人は持っとる」

 

---私は、救われたいのだろうか。

 

朽木ルキアは己の境遇を決して悲観してはいなかった。生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨いながら過ごした幼少期を思えば、大貴族である朽木家の養子として”朽木”ルキアになったことは間違いなく幸福といえることだ。

たとえ、その結果、大切な人々と疎遠になっていたとしても。

 

---私は、”幸せなのだ”。

 

「本当に幸福な奴は自分で幸福やなんて言わへん。”幸せだ”なんて言葉は、幸福だと思い込まなきゃならない奴の言葉や」

 

---    。

 

「救われたいんやろう。助けてほしいんやろう。君の心の隙間を埋めるんわ、”志波海燕”だけじゃ足りないんやろう。なら、声をかけへんと駄目やないの。もう行ってしまうで、あの人」

 

---っ。

 

「今日、あの人が君に声を掛けたんのは偶然や。あの人は人見知りで口下手で引っ込み思案な性格やから、もう二度とあらへんよ。どうする?僕は去るあの人の背中を追うたよ。君は、どうするんや?」

 

立ち去る風守風穴に声を()けますか? はい/いいえ。

 

あまりにも単純な二者択一。指先一つで決定できるだろう選択は、しかし、だからこそ朽木ルキアの今後の人生に関わる選択肢。

かつて、市丸ギンがそうであったように。この出会いが朽木ルキアのこれからを変えた。

 

「ま、待ってください!風守殿!」

 

「ん?なんだ」

 

「っ…い、いえ、あの、その、あ!そうです!私に最初に声を掛けて頂いた時に言っていた、いい物とはいったい何のことだったのでしょう?」

 

「おお!お前はあれに興味があるのか!良い趣味だ。ギンや惣右介は最近とやかく五月蠅かったが、やはりアレは良いモノだ。興味があるならくれてやろう。なぁに、今後も入用なら用立ててやるから、気楽に吸えよ」

 

「は、はあ。ありがとうございます?」

 

この出会いは良きにしろ悪しきにしろ朽木ルキアの今後の人生を変えた。

 

そして、その日の夜。また一人、四番隊隊舎に急患が運び込まれる。

こうして風守風穴は正一位(しょういちい)の位を持つ大貴族である朽木家の現当主であり護廷十三隊六番隊隊長であり朽木ルキアの義兄である朽木白哉(びゃくや)から本気の殺意を向けられることとなるのだが、それは風守風穴の自業自得と言っていいことだった。

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷にありながら護廷十三隊総隊長山本元柳斎重國の目からも外れた穴倉(あなぐら)に二人の死神の姿があった。

 

「ギン。風守風穴が流魂街に出ていたようだけれど、様子はどうだったかな?なにか、妙な動きはしていなかったかい?」

 

「もう僕はあの人の副官やないから、昔みたいに隣に立って詳しい動向の観察は無理やったけど、あの人に気がつかれない位の遠目で見た感じでは何もしてへんよ。茶屋で何時も通り、ほうじ茶を飲んでたわ」

 

「それは一人でかい?あの男が瀞霊廷を出る前、誰かと争ったような霊圧の乱れを感じたんだが」

 

「ふぅん。だから態々、僕に監視を頼んだんやね。藍染隊長の思うた通り、二人やったよ。たぶん、その争った子やね」

 

「それは誰だい?」

 

()()()()()()()()()。たぶん、藍染隊長も知らない新入りの子や思いますけど、一応、素性を調べときましょうか?」

 

「…いや、いいよ。君も隊長になり多忙だろう。今の時点で君も僕も知らない死神なら、大した事のない相手だろう。無駄足を踏ませてすまない」

 

「いいえ、僕は蛇や。踏む足なんてあらへん。今後も何でも言ってくださいね。藍染隊長」

 

「ああ、ありがとう。ギン」

 

穴倉で黒幕は笑い。そして。蛇も笑っていた。

 

 

 




前話は前々話投稿時にほぼ書き上げていたものを上げたからよかったけれど、今回は前々話以来、約二が月ぶりの作成。
………やべぇよ。どんなんかいてたっけ?(´・ω・`)と自分で書いた物を読み返し。
………やべぇよ。山本総隊長ってどんなキャラだっけ?(´・ω・`)とコミックを読み返し。
………やべぇよ。ていうか、黄 錦龍って誰だよ?鴻鈞道人ってなんだよ?万仙陣やったの何時だっけ?(´・ω・`)と万仙陣をリプレイ…すると流石に時間がかかり過ぎ、次の投稿が三か月後とかになるので自重。

取り敢えずブリーチを読み返し。
やっぱり朽木ルキアは可愛いな。流石初期ヒロインだわ(; ・`д・´)
と思っての唐突な朽木ルキア登場でした!書いてて楽しかったね!
『袖白雪』は美しい!『白霞罸』は氷雪系最強の斬魄刀!(断言)




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隠密機動との出会い方


夜一さんと和解後の可愛い砕蜂隊長も好きですが、個人的には登場初期のとげとげした砕蜂隊長の方が好きだったりしますね(; ・`д・´)


 

『隠密機動』。瀞霊廷にありながら『護廷十三隊』とは一線を画すその組織は同胞の処刑から敵地へのスパイ活動、情報伝達までをこなす「裏」の部隊。

本来は『護廷十三隊』とは別組織であるが、『隠密機動』の最高位である『隠密機動第一分隊・刑軍』の統括軍団長が『護廷十三隊』の隊長職を兼任するとその隊との結びつきが非常に強くなる。

そして、約百年前、浦原喜助の謀反に四楓院夜一が続くまでの間、四楓院夜一が二番隊の隊長職と統括軍団長を兼任していた為、『隠密機動』は『護廷十三隊』二番隊の直属組織として扱われていた。

そしてそれは今も変わらず続いている風習である。

 

護廷十三隊二番隊隊舎の詰め所に向かいながら、俺は長次郎からもらった資料を読み返していた。資料に載っているのは瀞霊廷に在りながら護廷十三隊とは役割を別にする組織の一覧と詳細。

『隠密機動』『技術開発局』『鬼道衆』『真央霊術院』『王属特務』。

並ぶ文字の殆どに見覚えはある。資料に載る組織の殆どを俺は知っている。当然だろう。伊達に最古参を名乗ってはいない。だというのにこうも丁寧に纏められた資料を渡されては、俺がこの程度の知識もない馬鹿だと言われているような気分にすらなる。

いや、この資料を作ってくれた長次郎にはそんな気がないのはわかっている。長次郎は生真面目を絵に描いた様な男だ。今も昔もその顔に浮かぶ眉間の皺は変わらない。

長次郎のことだ。おそらく山本元柳斎重國に護廷十三隊(このユメ)以外の組織に対して興味の薄い俺にこうした資料を渡すように命じられて生真面目に分かり易いように纏めたのだろう。それ以外の感情など、この資料には宿っていない。雀部長次郎とはそういう男だ。

 

「まあ、分かり易いに越したことは無い。それに『隠密機動』やら『王属特務』やら千年前から有る組織はともかく『技術開発局』とかいう最近できたばかりの部署は正直、何をやってるか知らなかった」

 

義骸研究(ぎがいけんきゅう)魂魄研究(こんぱくけんきゅう)通信技術研究(つうしんぎじゅつけんきゅう)霊波計測研究(れいはけいそくけんきゅう)

並ぶ文字を眼で追いながら面白そうなことをしていると俺は笑う。

そんな俺の反応に興味を持ったのだろう。俺が手に持つ資料に爛々とした視線を向けてくる相手に俺は㊙と書かれた資料(それ)を手渡した。

 

「よろしいのですか?」

 

資料を受け取った朽木ルキアは極秘資料なのに本当に自分如きが見ていいのかと疑問形で聞きながら、眼は既に資料にくぎ付けだった。

 

「まあ、構わないだろう。長次郎が俺に渡したんだ。俺がどう扱おうが俺の勝手だろう。大体、本当に極秘の資料を長次郎が風に吹かれれば飛んで行ってしまうような紙に写す筈がない。表紙の㊙は堅物の長次郎なりの茶目っ気だろうよ」

 

「あの雀部副隊長に茶目っ気など有るのでしょうか?」

 

「あるさ。長次郎はああ見えて相当な数寄者(すきしゃ)だぞ。今度、あいつが行う茶会にでも連れていってやる。現世で知識を仕入れてきたらしい西洋の茶会を真似ているから、骨董品(アンティーク)とかいう茶器と、あと紅茶って言う色はほうじ茶によく似た不思議な香りの茶が出る。結構物珍しくて楽しいぞ」

 

「それはとても楽しそうですが、一介の隊士でしかない私がご一緒していいのでしょうか?」

 

「仕事じゃないんだ。肩書なんて要らんだろうよ。それに参加するのは俺と山本重國と卯ノ花と、あとその二人が偶に連れてくる京楽春水やら浮竹十四郎やら虎徹勇音くらいだ。全員、俺と卯ノ花の婚儀の際にあったことのある奴らだろう。気楽に来いよ」

 

「確かにあったことのある方々ばかりですが、気楽になどと無理に決まっています。それに雀部副隊長の淹れたお茶を山本総隊長の前で飲むなどと…絶対に味などわかりません」

 

茶くらい気楽に飲めばいいだろうに、うーんと唸る朽木ルキアは難儀な性格をしているらしい。俺はそう悩むなと朽木ルキアの軽く頭を叩いて着いたぞと声を掛ける。

朽木ルキアは促されて足を止めた。

 

会話をしている内に目的の場所にたどり着いた。

護廷十三隊二番隊隊舎の詰め所にやってきた俺達に出迎えはない。長次郎を通じて二番隊の隊長には俺達がこの時間に来ることを伝わっている筈だが、はてどうしたのだろうかと首を傾げていると直ぐにドタドタと喧しい足音ともに巨漢の男がやってきた。

 

「風守殿。迎えの者は--」

 

「セッーフ!ふー。あぶねぇあぶねぇ。危うく約束の時間に遅れる所だったぜ。なんでもお偉いさんが来るらしいからな。遅れたら砕蜂(ソイフォン)隊長になんて言われるか………」

 

「---迎えの者は、えっと、いましたね」

 

「…おう。俺様は、ちゃんと前からいたぜ?」

 

「はい。…風守殿?」

 

約束の時間丁度にやってきた出迎えに対してどうしましょうかと訪ねて来る朽木ルキア。確かに、出迎えであるなら前もって待っているのが常識だろう。しかしまあ、朽木ルキアの言葉を聞くに彼女としては時間はギリギリではあるが走ってやってきた巨漢の男の努力を無下にしたくはならしい。

朽木ルキアは優しいなと思いながら、別に気にしないと頷く。

 

「出迎えご苦労。じゃあ、案内してくれるか?」

 

「は、はい!こちらへどうぞ!」

 

許されたことにほっとしたらしい巨漢の男のドスドスと喧しい足取りに俺と朽木ルキアは続いて歩き二番隊隊舎へと入っていった。

 

 

 

 

 

前を歩く巨漢の男。大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)の案内の元、俺達がやってきたのは二番隊隊舎の中でも『隠密機動第三分隊・檻理隊(かんりたい)』の施設がある区画。

『隠密機動第三分隊・檻理隊(かんりたい)』の主な業務は瀞霊廷内で罪を犯したものを投獄・監督すること。所謂、看守や獄卒と呼ばれる種類の仕事が檻理隊の役割だ。

故にこうして俺達がやってきた場所には当然の様に牢屋に入れられ鎖でつながれた囚人の姿があった。

 

二番隊隊舎の地下に創られた簡素で小さいながらも堅固な牢屋。そこに繋がれた囚人。

眼の前の(これ)が俺が此処に呼ばれた理由。

そして、牢屋の前に立つ少女が俺を此処に呼んだ人物。

 

「遅かったな。風守」

 

護廷十三隊二番隊隊長 兼 隠密機動第一分隊刑軍統括軍団長。砕蜂(ソイフォン)

 

小柄な体躯で腕を組む様は微笑ましくも見えるが、それを言えば即座に殺しに来るだろうことを伺わせる殺気を含んだ目を持つ少女は忌々し気に口を歪めながら俺達を案内してくれた大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)を睨んだ。

 

「大方、貴様が油せんべいでも齧っていて待ち合わせの時刻に遅れたのだろう」

 

「な、なぜそれを……っていえいえ!違いますって砕蜂隊長!俺はセーフでした!セーフだったんです!なあ!朽木!」

 

「へ!?え、ええ、はい。セーフでした。ねえ、風守殿?」

 

「ん?ああ、そうだな。大前田はセーフだったぞ。待ち合わせに遅れてなんていない」

 

「貴様らは…ふん。まあ、いい。それより、風守。その連れ合いは誰だ?私が呼んだのは貴様だけの筈だが」

 

砕蜂の鋭い視線が朽木ルキアを射抜く。大の男でも怯えるだろう視線を受けた朽木ルキアは一瞬たじろぐが直ぐに姿勢を正し自己紹介を始めた。

 

「お初にお目にかかります、砕蜂隊長。私は十三番隊所属、朽木ルキアと申します」

 

「朽木…なるほど、お前があの朽木白哉の義妹か。…風守、なぜ貴様がこいつを連れている。三番隊なら兎も角、十三番隊など貴様には何の関わりもないだろう」

 

「この間、偶然会ってな。見所がありそうだから色々な経験をさせてやろうと連れて歩いてるんだ。安心しろ、こいつは今日は非番だし此処に連れてくることも長次郎に言ってある」

 

「…ならばいいが、貴様は朽木家(きぞく)を敵に回す気か?」

 

正一位(しょういちい)の位を持つ四大貴族の一つ。朽木家。それを敵に回すのかと問う砕蜂の言葉に俺は首を傾げる。

 

「別に朽木家を敵に回す気は俺には無い。俺は別に朽木ルキアに対して害になることは何一つしていないのだから、因縁を付けられる(いわ)れは無い。それに、例え敵にまわったとしても---」

 

なんだというのだと、そう続けようとした言葉を遮ったのは朽木ルキアだった。

 

「その件に関しては、私の方から兄様に伝えてあります。…最近、良くしてくださる方がいますと」

 

「ほう。で、あの朽木白哉(おとこ)はなんと言っていた?」

 

「………ただ「そうか」と」

 

「………ふん。相変わらずだな」

 

朽木ルキアの少しだけ俯いた顔を見て砕蜂はこの話はもう終わりだと顔を反らす。

 

「まあいい。私は風守を世間話をする為に呼んだ訳じゃない。朽木ルキア、貴様が此処に居るのは構わないが、此処で見ること聞くこと全ては他言無用だ。わかっているな」

 

「は、はい」

 

瀞霊廷の裏の仕事を一手に担う隠密機動。その中枢である二番隊隊舎の地下という場所で行われることが表に出せない類のもの出ることが理解できない朽木ルキアじゃない。

朽木ルキアは砕蜂の言葉に固唾を飲み込み緊張の面持ちを露にしていた。

 

そんな朽木ルキアの様子を見て俺はまだまだ青いなと笑みを零しながら朽木ルキアから視線を外す。

そして、牢の中で鎖に繋がれた囚人に目線を向けた。

 

「で、砕蜂。こいつは何をやったんだ?」

 

「同僚殺しだ。この男は護廷十三隊に属しながらつまらない(いさか)いで同僚を殺し、それを(どが)めた者すら殺した」

 

「それは、救いようのない屑だな。何故生かしているんだ?」

 

自分の口から出た言葉の冷たさを自覚する。熱の欠片も籠らない声色に俺の隣に立っていた朽木ルキアが思わず俺から半歩の距離を取った。

それは仕方がいないことだろう。今の俺はあまりにも冷えた殺気を放っていた。

 

---護廷十三隊(このユメ)を汚す者は許せない。

---たとえそれが、護廷十三隊隊士(ユメそのもの)であったとしても。

 

「『この男は優秀な死神だ。同僚を殺したのは何か深い理由があったのだ』。そう主張する馬鹿が現れてな。この男の肉親だが、厄介なことに四十六室に顔の利く人物だったらしい。故に仕方なく我ら隠密機動がこの男の背後関係の調査を命じられた。結果は、言うまでもないな」

 

屑は屑でしかなかったと吐き捨てながら、砕蜂は忌々しいと口元を歪めた。

 

「結果は黒。だというのに、馬鹿な主張は止まらずじまいだ。普段なら真相など、この男の身体に直接聞くのだが、馬鹿の所為でそれも出来ない。だから貴様を呼んだのだ。風守。貴様なら、この男の本音を聞きだせるだろう」

 

「なるほど、わかった。協力しよう。そうすることで護廷十三隊(このユメ)を汚した者を斬れるのなら、是非もない」

 

俺は斬魄刀を引き抜き、牢の中へと入っていく。

鎖に繋がれ目隠しをされた男の猿轡(さるぐつわ)を外せば聞こえてくるのは聞くに堪えない罵詈雑言。その雑音を無視しながら俺は斬魄刀の切っ先を男の鼻頭に向けた。

 

「はじまるか。朽木、これで口元を覆え。風守の斬魄刀『鴻鈞道人』の効果は聞いているだろう」

 

「は、はい。目にするのは初めてですが、以前、お話だけは聞いております」

 

「なら話は早いな。『鴻鈞道人』の出す煙の濃度を少しだが下げる効果のある特殊繊維で編まれた布だ。風守も私たちには害の無い様に濃度の調整はするだろうが、万が一があるからな」

 

「あれ?砕蜂隊長。俺の分の口布はどこにあるんです?」

 

「大前田、お前の分は無い。お前は万が一で死んでも構わないからな。良い機会だ。むしろ死ね」

 

「そんなぁ!?」

 

背後の砕蜂達の準備も終わったようなので、俺は『鴻鈞道人』を解放した。

 

「痴れた音色を聞かせてくれ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

『鴻鈞道人』の解放と共に切っ先に空く四連の小さな穴。そこから漏れ出す桃色の煙が囚人の男の鼻腔から入り脳を痴れさせる。極楽の夢に淀みながらこぼれ出る男の痴れた音色(ほんね)

それは隠密機動の調査通り。弁護の余地など微塵もない屑としか言えないものだった。

 

 

 

 

 

 

二番隊隊舎の地下牢で男の処断を終えた後、俺は日が落ちてきたので朽木ルキアを家の近くまで送り、そのままその足で二番隊隊舎へと戻ってきた。

向かう先は地下牢ではなく隊長室。昼間と違い案内人はいない。別にこそこそとしている訳でもないのに隊長室に付くまでの間に誰ともすれ違わなかったのは砕蜂が人払いをしてくれているからだろう。

隊長室の扉を開けばそこには砕蜂が椅子に腰かけることもせず直立不動で腕を組み立っていた。

俺はそんな砕蜂にため息をつきながら声を掛ける。

 

「別に密会という訳でもないのに、毎度毎度の人払いは何なんだ?そんなに俺と会っているのを他人に知られたくないのか?」

 

「ふん。別に貴様との関係をどう思われようと私には微塵の興味もない。私が人払いをしているのは隊士たちを思ってのことだ。貴様は誰だろうと関係なく阿片を振りまくだろう。馬鹿な大前田辺りは直ぐにでも中毒になりかねん。厄介なことに奴の実家は金持ちだ。嵌れば貴様以外からも手に入れようとするだろう」

 

「…意外と部下思いなんだな。砕蜂()()

 

「そうではない。馴れ合う隊風を私は好かない。ただ使い物にならなくなるのは困ると言うだけの話だ。それより、本題だ。何時までも人払いをしていては本気で馬鹿な考えを勘ぐられかねない。----四楓院夜一と浦原喜助の足取りは掴めたか?」

 

百年前の裏切者。

砕蜂の口から出る浦原喜助と四楓院夜一の名前には呪詛が込められていた。

現二番隊隊長にして現隠密機動最高司令官である砕蜂と前二番隊隊長にして前隠密機動最高司令官の四楓院夜一の間には浅からぬ因縁があるらしい。

それは俺が三番隊隊長を辞める前、最近知ったことだ。

俺の記憶には無かったが、百年前には砕蜂は四楓院夜一の下で部下として働いていたらしい。

 

代々処刑や暗殺を生業としてきたという砕蜂の生家である下級貴族『蜂家』は一族皆が文字通り生涯を掛けて『刑軍』につかえてきた一族だそうだ。

『刑軍』とは全五分隊ある隠密機動の最高位。その統括軍団長こそが”天賜兵装番(てんしへいそうばん)”四大貴族が一つ。

四楓院家の二十二代目当主、四楓院夜一だった。

 

俺が三番隊の隊長として働いていた頃、二番隊隊長に就任した砕蜂は百年前の浦原喜助らの裏切りの場に居合わせた俺に声を掛けてきた。

 

---自分はかつて四楓院夜一に生涯を掛けて忠義を尽くすと誓った者だと。

---そして、その忠義の悉くを裏切られたのだと。

 

呪詛すら含んだ声色でかつての主の名を呼ぶ砕蜂の思いを山本元柳斎重國に対して苛烈なまでの忠義を向ける雀部長次郎という男を長年見ていた俺が解らない筈もなく、だからこそ、何の言葉も返せなかった。

そして、そんな俺の反応はおそらく砕蜂にとって正解だったのだろう。以来、砕蜂との付き合いは続いている。

人見知りで口下手で引っ込み思案な俺の数少ない友人の一人。ただ砕蜂は馴れあいを好まないらしく、その付き合いは酷くドライだ。しかし、俺としてはそのことに関して何の不満もない。

砕蜂がそれが良いというのなら、そうするのが正解だろう。故に俺も砕蜂とは仕事以外での会うことあまりなく偶に飲みに行くくらいで卯ノ花との婚儀にも招待はしなかった。

 

そして、だからこそ今回もするのは仕事の話。

百年前の裏切者。浦原喜助らのその後の動向の調査についての報告会。

 

「…悪いが、新しい情報は無い。浦原喜助達は現世に逃げた。浦原喜助の部下だった十番二隊の隊士や四楓院夜一と付き合いのあった流魂街の奴らなんかに聞き込みもしたが、逃亡先は一切不明。隠密機動の元最高司令官と『技術開発局』なんて言う部署を立ち上げた天才。それに鬼道に精通した大鬼道長の一行だ。一切の痕跡を消して身を隠されたら、幾ら俺や長次郎でも足取りを追うのは難しい。………情けないが、百年前と結果は変わってない」

 

「そうか。いや、わかってはいたことだ。私も隠密機動を使い現世での足取りを追ってはいるが、何の痕跡も発見できていない。くそっ。………総隊長殿は何か言っておられぬのか?このまま何もせぬのでは何の進展もない」

 

「それに関しては心配するな。山本重國はちゃんと考えている。…俺が三番隊の隊長の座をギンに譲ったのは、ようやく準備が整ったからだ」

 

「準備だと?」

 

「ああ、百年前に欠けた護廷十三隊の隊長、副隊長格の席がようやく埋まった。それで『特別派遣遠外圏討伐部隊』、特派遠征部隊の再建の目途が立った」

 

「特派遠征部隊。百年前に貴様が率いていた遠征専門の部隊か」

 

「そうだ。俺が隊長として再び特派遠征部隊を再建する。その後、山本重國の承認を得て浦原喜助らの足取りを追う為に現世に()つ」

 

捜査の進展は約束すると伝えれば、砕蜂は小さく頷き鋭い視線を向けてくる。

 

「わかった。ならば、風守。わかってるな?もし現世で四楓院夜一を見つけたのなら、必ず私に連絡しろ。必ずだ」

 

「わかっているから、そう睨むな。人見知りで口下手で引っ込み思案な俺はそんなに見られると緊張で固まってしまう。四楓院夜一を見つけたら必ずお前に報告する。約束するさ。疑うなよ。俺とお前の仲だろう?」

 

「ふん。風守はいまいち信用できない。総隊長殿の盟友だというのに、お前にはあの御方の様な威厳や風格が欠片もない。軽い口で信用しろなどと、笑わせるな」

 

厳しい言葉で俺の心を突き刺しながら、だが、まあ、いいだろうと続ける砕蜂を見ながら俺は何とも言えない暖かい気分になる。元々砕蜂は親子以上に年の離れた相手だ。必要以上に攻撃的な言動を繰り返す様子が背伸びをする子供の様で微笑ましいと思ってしまう。口にすれば比喩ではなく刺されるだろうから、決して口には出さないが。

 

「じゃあ、これで話は終わりだな。どうだ砕蜂。久しぶりに呑みに行かないか?」

 

「ふん。幾ら酒を飲んでも酔わない貴様との呑みなど欠片も楽しくない」

 

そう言いながらも準備をするから部屋から出ていけと言う砕蜂に促されるまま俺は隊長室から出ていった。

隊長室から出た廊下の窓から見える満月を見ながら、今日は美味い酒が飲めそうだと俺は笑った。

 

 





尽敵螫殺『雀蜂』‼(; ・`д・´)
「弐撃決殺」。この手の能力の常として後半になるにつれて対処法が出てくるのはわかっていたけれど、藍染隊長に問答無用で「効かぬ‼」をされた時は少し悲しかったです
(´・ω・`)




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小さな出会いと出会いの布石

今回は色々な場面のぶつ切り&会話の身の小話!
手抜きじゃありませんよ!原作開始まで駆け足なだけです!(; ・`д・´)

…嘘を付きました。すいません<(_ _)>
明日から本気を出します。





護廷十三隊一番隊隊舎。総隊長執務室。

瀞霊廷内のあらゆる重要事項・機密事項が集まる場所でありながら、この部屋は壁が取り払われ青空が覗く解放感に溢れていた。ともすれば警備に対する意識が低いと言われかねないが、しかし、そんな懸念は杞憂でしかない。

 

「さて、待たせたのう。風守」

 

俺の眼の前に立つ男。山本元柳斎重國がこの場にいる。それ以上の警備などないのだから。

杖を携え立ちながら、身体の芯に微塵のブレも感じさせない山本元柳斎重國は相変わらず他の追随を許さない威圧感を纏っていて、その隣には長次郎が控えている。

千年前と何も変わらない光景に俺は思わず笑みを零しながら肩を揺らした。

 

「別に待ってない。お前が忙しいのは知っている。俺は知っての通り、今は無職だからな。お前とは違い時間など腐るほどにある」

 

気にするなよと言う俺に山本元柳斎重國は否と首を振る。

 

「否、百年間もの間、儂はお主を待たせた。百年前の浦原喜助らの裏切りにより護廷十三隊の隊長格が欠けている間、よくぞ代わりの勤めを果たしてくれたの。風守よ」

 

「………どうしたんだ?お前が俺を褒めるなんて、らしくもない。お前、本当に山本重國か?偽物じゃあないだろうな」

 

山本元柳斎重國らしくもない言葉に俺は思わず鳥肌を立てて後ずさる。

山本元柳斎重國が俺を褒めるなんてことは今までの千年間の間に一度だって無かったことだった。

 

「下らぬことをほざくな戯けが。お主が儂の霊圧を読み間違える訳がないじゃろうが。まったく、長次郎に言われ労いの言葉を掛けてやればこれじゃわい」

 

「なんだ、長次郎の入知恵か。びっくりさせるなよ」

 

どうやら本物の山本元柳斎重國の様だと俺は胸を撫で下ろし、山本元柳斎重國の傍に控える長次郎に対して驚かせるような真似をするなよと視線を送る。

長次郎は一瞬だけ口元を緩めたが、直ぐに何時もの無表情に変わってしまう。

俺は長次郎から視線を外し山本元柳斎重國を見た。

 

「でだ、山本重國。百年待たせたというのなら、ようやく俺の進言が中央四十六室に通ったと思っていいんだな?」

 

「うむ。欠けていた隊長格の席は全てが埋まり、護廷十三隊の戦力は百年前と変わらぬ程には回復した。それによりお主の進言通り、『特別派遣遠外圏制圧部隊(とくべつはけんえんがいけんせいあつぶたい)』の再建が先日、中央四十六室で協議及び採択された。よって此処に儂は元三番隊風守風穴を二代目特派遠征部隊の隊長に任命する。そして、儂が二代目特派遠征部隊に命ずる最初の仕事は、わかっておるのぅ?」

 

「現世に逃れた浦原喜助、四楓院夜一、握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)の捜索だな?」

 

「然り。これよりお主は現世への遠征に向けて準備を行え。必要なものがあれば何でも言うがよい。然るべき準備の後、現世に()て。総隊長命令である」

 

再建される特派遠征部隊。二代目となるその組織にとって初めてとなる山本元柳斎重國の命令に俺は静かに頭を垂れた。

視線を外すことで俺の霊圧感知は山本元柳斎重國が纏う霊圧を視覚以外の感覚の全てを通してより詳細に伝えてくる。

意気軒高(いきけんこう)。千年たっても欠片も衰えていない山本元柳斎重國の霊圧は自身の矍鑠(かくしゃく)たる存在に呼応するように熱を帯びている。

幾ら浦原喜助ら捜索の目途が立ち百年前の裏切りの代償を張らせるのだと鬼気を纏っていようと平時でこの(さま)だ。ならば(いくさ)となれば山本元柳斎重國の霊圧は深淵に等しく重く深い畏怖を敵に刻むだろう。

全てを燃やす烈火の如く。

その熱に俺は一筋の汗を垂らしながら笑う。

 

「くくく」

 

「なんじゃ?風守よ。何がおかしい」

 

「いや、なに。何も変わっていないと安心しているんだ。…山本重國。俺は、火を見る度に二人の死神を思い出す。一人は言うまでもなく千年前、俺の世界の全てだった阿片窟(とうげんきょう)にやってきた化け物と呼んでもいい最強の死神。お前だ」

 

「そうか」

 

「そして、もう一人は百年前に欠けてしまった特派遠征部隊の副隊長。天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)。あいつだ」

 

「…そうか」

 

「文句を言いながらも俺の後に続き天真爛漫と笑っていた繡助の姿を思い出す度に零れる感情は後悔でしかない。あの日の夜、仮面と出会ったあの夜に、俺は似合いもしない自責の念を置いてきた」

 

後悔。自責。己で己を苦しめるその感情は時として生きる糧となるだろう。しかし、阿片窟(とうげんきょう)の番人として(みな)に苦しみも怒りも悲しみも忘れて生きろと(さと)してきた俺にはあまりにも似合わない感情だ。

俺は桃園に霞む夢に焦がれ誰もが幸せになればいいと願っている。

だからこそ、俺は後悔と自責を断ち切らなければならないだろう。

自分も幸せに出来ない奴に誰かを幸せにすることなど出来ないのだから。

 

「あの夜に置いてきたものを俺は必ず取り戻す」

 

部屋から覗く青空に一匹の小鳥が飛ぶ。

小鳥は己を龍と見間違えながら太陽へと向かって羽搏いていった。

 

 

 

 

 

 

尸魂界(ソウル・ソサエティ)と現世を繋ぐ門。穿界門(せんかいもん)の前で俺は卯ノ花烈と向かい合い立っていた。

 

「お気を付けて行って来てくださいね。風守さん」

 

「ああ、卯ノ花。行ってくるな」

 

婚儀も挙げ、契りを交わしたというのに未だにお互いのことを苗字で呼び合う俺と卯ノ花烈の距離感を見送りに来ていた他の者たちが奇妙なモノを見るような眼でみている。

しかし、これでいいと俺と卯ノ花烈は笑いあう。

既に千年以上の時間を共有した間柄。

結婚をしたからといって今まで築いてきた距離感を壊す理由にはならない。

そしてなにより、新しい距離感を築きたいと思うのなら、その時間もまた膨大にあるのだから。急ぐ必要はない。

一度目の出会いは死闘の修羅場。二度目の出会いは流魂街の酒場。

此処まで来るのに千年かけた。ならば、次に進むのにも千年をかけよう。

 

これからの時間など、それこそ無限にあるのだと、俺はそう信じている。

 

 

 

 

 

初代特派遠征部隊解散後は尸魂界を出ることは滅多に無く瀞霊廷内で隊長職として様々な雑務に追われていた俺が、こうして穿界門(せんかいもん)を潜り現世に降り立つのは何年ぶりか。

少なくとも数十年ぶりに踏みしめることとなった現世の地は一面が雪化粧に覆われていた。

見渡す限りの雪景色。目を凝らし数キロ先に見える看板を見れば書かれた文字は苫務(とまむ)

 

「さて、浦原喜助達はどこにいるのだろうか」

 

手掛かりは零。そして、現世は尸魂界に負けず劣らずに広い。

何の手がかりもない中で隠密機動でさえ影の形も掴めなかった浦原喜助達を探し出すのは、虚圏の白い砂漠で黒い砂粒を探す様な無謀な行為に等しいだろう。

無用に長い時間は常人の心を容易く折るだろう。

しかし、無謀な行為にも無用に長い時間にも俺は馴れている。

 

「良い良い。此処からどれだけ遠くに隠れ潜んでいたとしても、浦原喜助、四楓院夜一、握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)、俺は必ずお前たちを見つけるさ。見つけられぬ筈がない。探し出せない筈がない。なぜなら、俺がそう信じているのだから」

 

無謀に挑む際に大切なことは信じること。信じる心がその者を強く幸せにするのだと、俺は阿片窟(とうげんきょう)中毒者(かぞく)達を見て知っている。

 

「好きに夢を思い描こう。そうすれば、俺の世界において俺が勝者だ。---故に心など、折れるはずがないだろう」

 

雪が荒れ吹雪となり、寒空の下で独り歩く俺の足取りはフラフラと揺れながらも前に前にと進んでいく。

そうして、俺の遠征が始まった

 

「此処は寒いので取りあえず南下しよう」

 

そんな取りあえずの指針を立てて北国を流離う俺は霊圧感知を全開にしながらフラフラとした足取りでただ前へ前へと進んでいた。進む速度をあまり上げる訳にはいかない。

此度の長期遠征で探す相手は天才と称して良いだろう浦原喜助とその一味であり、砕蜂が隠密機動を使ってもなお影の形も掴ませず百年間もの間、現世に潜伏し続ける者たちだ。

霊圧感知の能力を十全に使いながら十分な時間を掛けて丁寧に捜索しなければ見つけられないだろう。

そう思いながらの捜索はゆっくりとした速度で進んでいった。

 

些細な霊圧の変化を見逃さないように霊圧感知の能力を全開にしながらの遠征なので道中、色々な出会いがあった。

 

 

 

 

 

 

--遠征開始、二年後。原作開始、八年前。

 

 

「貴様ァ、死神ヵア」

 

巨大虚(ヒュージ・ホロウ)か」

 

「コノ俺ニィ、出会ゥトゥワ運ノォ、無イ奴メェ!」

 

「せめて大虚(メノスグランデ)位なら、軽い運動にもなるんだが…せめて苦しまずに逝けよ」

 

「ギァアァァァアアア」

 

「………シーザス」

 

「うん?なんだ、人間がいたのか。今の巨大虚(ヒュージ・ホロウ)はこいつを狙っていたのか」

 

「も、もう嫌だぁ!何故!何故なのだ!何故私にばかりぃ!心霊現象(こんなこと)が起こるのだ!モンスターの霊が現れたと思ったらぁ!次はモンスターを斬るボーイの霊ぃ!もう嫌だぁ!」

 

「なんだ、人間。お前は俺が見えるのか?…なるほど、見れば霊的濃度の高い魂を持っているようだ。虚達にはさぞ上質な餌に見えるだろうな」

 

「餌ぁ!?私が餌ぁあ!?あのモンスターが何故私を狙うのか!ボーイは知っているのかね!教えてくれ!何故私がこんな目に遭わねばならないんだ!」

 

「そう声を荒げるなよ。怒り悲しみ苦しむ可哀想な人間。その苦しみから逃れたいのなら、簡単だ。仙丹の夢をくれてやろう。しかし、ああ、残念だがお前にはまだ早い。お前はまだ、()()()()()()()()()

 

()()()()()()()、とはどういう意味かね。ボーイ。君は一体、なんなのだね?」

 

「死神だ。生きる人間を守り、死んだ人間を救う存在(もの)だ。故に可哀想な人間。精一杯、生きろよ。そして、精一杯に生きた後、死んだ後、苦しいのなら救ってやろう。痛みも嘆きも苦しみも忘れた先の幸福を用立ててやろう」

 

「………それはつまり、ボーイはつまり、私にモンスターに襲われて死ねと言うのかね。そうして死んだ後でなら、私を救うと言うのかね…」

 

「そうじゃない。俺が言いたいのは………ああ、駄目だ。言葉が出てこない。俺は元々人見知りで口下手で引っ込み思案なんで思ったことを上手く言葉にすることは苦手なんだ。だから、簡潔に言おうか。---人間。恐れるなよ。ビクビクと怯えながら生きることの何処に幸せがあると言う」

 

幸せ(ハッピー)?」

 

「虚…モンスターが怖いのなら、夢を見ろ。思い描け。己はモンスターなどに負けない強者であるのだと。そうすれば、その時お前は、お前の中で世界の勝者だ」

 

「モンスターの霊を倒せる強者。つまり、私にカリスマ霊媒師か何かになれと言うのかね?」

 

「レイバイシ?ああ、良く分からないがお前が思い描く強者がそれならば、それでいい。そう成ればいい」

 

「………成れるのかね?私に、この観音寺(かんおんじ)に」

 

「成れるさ。ああ、お前がそう思うのなら、そう成れる」

 

「………わかったぞ。ボーイ。いや、マイ・ディスティニー・ティチャー。もう恐れるのは終わりだ。私は勇気を持って立ち上がろう」

 

「そうか。元気が出た様でなによりだ」

 

「ボハハハハーー!!安心したまえ!マイ・ディスティニー・ティチャー!私はもうモンスターを恐れないぞぅ!次に出会えば私のスピリチュアル(りょく)で消し去ってやろうぅぅ!」

 

「そうか。まあ、気負わず気楽にやれよ。後、安心しろよ。こうして虚に出会うことは、重霊地にでも出向かなければ珍しいことだ。今後はそう無いだろう。ああ、それと、俺はお前に阿片(ユメ)を用立てることは出来ないが、代わりに良いモノを見せてやろう。ちょっと、これを見てみてくれないか?」

 

「なんだね?そのライターの様なモノは?」

 

記憶置換(きおくちかん)の為の道具だ。割合、お前の様に死神が見える奴はいるからな。そういう奴に俺たち死神の存在がやたらに他言されると現世での活動が面倒なる。だから、こうして人間と死神が深い関わりを持ってしまった時は記憶を消して別の記憶に置き換える必要がある。これはその為のもの。『記換神機(きかんしんき)』という」

 

「記憶を書き換えるという訳か。なるほど、それはスピリチュアルな道具ですなぁ、マイ・ディスティニー・ティチャー。…うん?つまりそれ―--」

 

「ぼん」

 

「---はゃふん!?」

 

「ふう。久々に使ったが、壊れて無い様でなによりだ。さて、先を急ぐか」

 

---

---

---

 

「---ううん。私としたことが、こんな所でなぜ倒れているのか………駄目だ。全く思い出せない。確か熊ラーメンを食べようとした所に横綱が現れてロケットランチャーで狙われた処までは覚えているのだが……おおっ!そうだ思い出したぞ!私はあの白髪黒衣のボーイに救われたのだ!そして彼は散り際に言った!私に!一番弟子として自分の後を継げとぉぉお!諦めなければ夢は必ず叶うのだとぉお!ならば!」

 

 

「成ってやるさ。私も彼の様なヒーローに」

 

 

 

 

 

 

--遠征開始、五年後。原作開始五年前。

 

「五年経って、手掛かり無しか。まあ、百年掛かろうが探し出すつもりだから、まだ五年なんだが………それにしてもこの鹿煎餅は美味いな。流魂街の七十五以降の地区では絶対に手に入らない代物だ。これを鹿に与えるなどとは、現世は暫く見ないうちに随分と豊かになったらしい」

 

「お兄さん!御煎餅ちょうだい!」

 

「うん?誰だお前は?というか、俺の姿が見えるのか?」

 

「んー?姿が見えるってどういう意味?」

 

「ああ、そうか。鹿煎餅を買う為に義骸に入っていたんだったな。なんでもない。気にするな。それで、お前は煎餅が欲しいのか?」

 

「うん!」

 

「素直で可愛い子だ。()()い。良いだろう。幾らでも用立ててやろう」

 

「ありがとう!」

 

「ところで、お前は一人で此処にきたのか?」

 

「ううん。お兄ちゃんと一緒だったんだけど逸れちゃって……私の家、両親がいないの。それで貧乏だから、こうして旅行するのって初めてだったの。それで、はしゃぎ過ぎちゃって…逸れちゃったみたい」

 

「そうか、なら、お前の兄がさぞ心配しているだろう。一緒に探してやる。お前の名前は何と言うんだ?」

 

織姫(おりひめ)!私の名前は井上(いのうえ)織姫(おりひめ)!織姫って呼んで!」

 

「井上織姫。良い名だ。愛いお前に似合いだよ。やはり昔から名は体を表すものと決まっているな。それじゃあ、織姫。お前はその煎餅を鹿に食べさせていろ。その間に俺は霊絡(レイラク)を使ってお前の兄を探しておこう」

 

「お兄さん。れいらくってなーに?」

 

「視覚化された霊気だ。よく見ればお前には少しばかり常人より強い霊力と毛色の違う霊気が宿っているようだからな。おそらく、お前の肉親である兄の霊気にも同じ特徴がある筈だ。………見つけた。近いぞ。それに随分と慌てているようだ。行くぞ、織姫」

 

「ええ!?待ってよお兄さん!?まだ御煎餅が三枚も残って、ってもう行っちゃってる!?置いてかないでよぅ!もういいや!私が御煎餅食べちゃう!ぱくっ。まっひぇよー」

 

---

---

---

 

「織姫を連れて来てありがとうございました。なんとお礼を言っていいのか」

 

「なに。気にするな。もう、兄と逸れるなよ。織姫」

 

「うん!ありがとう!えっと………そう言えばお名前聞いてないや。お兄さん。お名前はなんて言うの?」

 

「風守。風守風穴だ」

 

「風守風穴。じゃあ、風穴のお兄さんだね!風守のお兄さん。お兄ちゃんを見つけてくれてありがとうございました!またねっ!バイバイ!」

 

「ああ、またな」

 

「本当にありがとうございました。じゃあ、これで僕達は失礼します。ほら、織姫。もう手は離すなよ」

 

「うん!」

 

「………記憶置換(きおくちかん)は、別にいいか。まだ子供だ」

 

 

 

 

 

 

--遠征開始、八年後。原作開始、二年前。

 

「八年経っても捜査の進展は無し。そろそろ長次郎や砕蜂から何をやってるんだと言われる頃合いだな。山本重國や卯ノ花からも偶には帰って来いと連絡があったし、後二年位探したら一度尸魂界に戻るか。それまでに多少の手掛かりが掴めればいいんだが………ああ、そうだ。死神のやり方で探しても駄目なら、別の手段に頼ってみるか」

 

---

---

---

 

「『軍相八寸(ぐんそうはっすん)退()くに(あた)わず。(あお)(かんぬき)(しろ)(かんぬき)(くろ)(かんぬき)(あか)(かんぬき)相贖(あいあがな)いて大海(たいかい)(しず)む』」

 

---”竜尾(りゅうび)城門(じょうもん)”。

---”虎咬(ここう)城門(じょうもん)”。

---”亀鎧(きがい)城門(じょうもん)”。

---”鳳翼(ほうよく)城門(じょうもん)”。

 

「『四獣塞門(しじゅうさいもん)』」

 

「---さて、結界はこの程度で十分だろう。しかし、霊圧が強いというのも考え物だな。力を使う為にこうして結界を張らなきゃ霊圧が周囲に盛れて俺の存在を周知してしまう。そうなれば浦原喜助ら探していますから気を付けてくださいと言っているようなものだ。いちいち面倒だが、こうして結界の中でしか力を使えない。だが、まあ、………それだけする価値はあるか」

 

「………」

 

「そら、『黒膣(ガルガンタ)』から出て来いよ。百余年ぶりだろう。懐かしい俺の霊圧(におい)を嗅ぎ取り来たのだろう。怖がるな。俺が『虚圏(ウェコムンド)』に充満させた阿片(ユメ)に飲まれた中毒者(かぞく)よ。()い奴だ。俺はお前を傷つけない。約束しよう。話がしたいだけなんだ」

 

「………ィ」

 

「愛い、愛い。おまえは俺に救われたいのだな。善哉善哉。お前の為になら、そら幾らでも用立ててやるから、俺に力を貸してくれよ。さあ、姿を見せてお前の名前を教えてくれ」

 

「………そうだな。答えておこう。イーバーン」

 

「イーバーン。そうか、スターク辺りが釣れると思ったが、知らない名前だ。とりあえず、姿を表せよ」

 

「フルネームが知りたいか?アズギアロ・イーバーンだ。他に質問は?」

 

「…とりあえず、『黒膣(ガルガンタ)』から出て来い」

 

「失礼。もう一度言って貰えるかな?よく聞き取れなかった」

 

「……とりあえず、姿を表せと言っている」

 

「断る!」

 

「………」

 

「ぐほぉ!?」

 

「左に三連の穴が開いた仮面。やはり、俺も名を知らない奴だな。お前は中級大虚(アジューカス)か?」

 

「ぐウ…ッ、なんでいきなり引っ張りだすんだ…バカなんじゃないのか…!」

 

「俺に阿片(ユメ)を用立てて欲しいのだろう?なら、顔くらいは見せろよ」

 

「ふん。うぬぼれるなよ…。貴様から貰わなければならないものなど何も無い。貴様こそ、私に頼みがあるのだろう!?」

 

「いや、別に俺はお前でなくてもいいんだ。(これ)が要らぬというのなら、別の奴に頼むことにしよう。じゃあな、イーバーン。約束通り斬らないから、さっさと『虚圏(ウェコムンド)』に帰れ」

 

「ま、まて!わかった!何が望みだ!私が貴様の要望に応えよう!だから、それは私に譲れ!」

 

「くく、()()い。冗談だ。最初から言っているだろう。お前の為なら幾らでも用立ててやろうと。イーバーン。お前は少し俺に教えてくれればいい。最近、虚側から見た現世で何か変わったことは無いか?」

 

「現世において変わったことか………特にないが。『虚圏(ウェコムンド)』でなら些事(さじ)があるのだが、現世での話だろう?」

 

「ああ、俺は『虚圏(ウェコムンド)』に首を突っ込むつもりはない。お前を含め、あそこに居る中級大虚(アジューカス)級以上の大虚は滅多に現世に出て来ないし、人間も魂魄も襲わないだろう。(ホロウ)間での生存競争で忙しいものな。だから、現世に攻め込んででも来ない限り、あまり手は出さないと百年前に決めている。だから、『虚圏(ウェコムンド)』の情報は要らない」

 

「そうか………うーん。ああ、そうだ。ならば、この間、喰らった中級大虚(アジューカス)からの話にはなるが、こんなものがあるぞ。なんでも死神でもないのに異様に強い者が現世に居るらしい」

 

「ほう。死神でもないのに、中級大虚(アジューカス)級に強いと言わせる者がいるのか?」

 

「いや、その頃のソイツはまだ中級大虚(アジューカス)ではなかったから命からがら逃げだしたらしいが………確か、場所は空座(からくら)町とか言っていた」

 

空座(からくら)町か。わかった、行ってみる。助かった。イーバーン。ありがとう。(これ)は約束通りお前にやろう。じゃあな」

 

---

---

---

 

「………本当に私を斬らずに行ったか。情報を聞き出したのなら、私になどもう用はないだろうに。それに(ホロウ)である私に死神が”ありがとう”と礼まで言うとは、百年前、『虚圏(ウェコムンド)』に現れた白髪痩身の死神。噂通りの狂人か」

 

 

 

 

 

 

--遠征開始、八年三カ月後。原作開始、一年九カ月前。

 

「なあ、少し聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

 

「あ?誰だあんた?」

 

「俺は風守と言う。用事があって空座町に来たんだ。人を探していてな。浦原という名前に覚えはないか?」

 

「浦原?知らないな。あ、いや、確か近所の駄菓子屋の名前が浦原商店とか言ったっけな?」

 

「浦原商店?駄菓子屋か。なるほど、ありがとう。場所を教えてもらってもいいか?」

 

「ああ、いいけどよ。結構分かり辛い場所にあるぜ。案内しようか?」

 

「いや、そこまでは悪い。向こうで手を振りながら待っているのはお前の連れだろう?場所だけ教えてもらえれば探すさ。俺は探し物が得意なんだ」

 

「そうか。なら場所は---だ」

 

「うん、わかった。ありがとう」

 

---

---

---

 

「なあ、一護。今の人、知り合いか?」

 

「いや、初対面だ。人を探してるんだと。しかし、俺が言えたとこじゃねぇけど、すげぇ髪してたな」

 

「ああ、あの年で真っ白な白髪は初めてみたぜ。染めてんのかな?」

 

「かもな」

 

 

---

---

---

 

 

「さて、辿りついたぞ。浦原喜助、四楓院夜一、握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)

 

 

 




出したかったキャラ①

ドン・観音寺。こと、本名?観音寺ミサオ丸。

もうね。この人の格好良さは多分言葉で語れない域に達しているね。
ドン・観音寺は格好良さだけなら藍染隊長にも負けない原作最強キャラだね!
異論は認めるけど
『私がヒーローだからだ…!』
『戦いから逃げるヒーローを子供たちはヒーローとは呼ばんのだよ』
この格好良さに異論は無い筈(; ・`д・´)


出したかったキャラ②

アズギアロ・イーバーン。

破面編が終わった後に出てきた破面ですが、キャラのデザインが破面の中で一番好きです!格好いい!
自分を選ばれし者だと言いながら次の話で直ぐ自分のボスに粛清されちゃったキャラが良い!

イーバーンさんの名言
『なんでいきなり蹴るんだ…バカなんじゃないのか…!』
反論できない正論だね!(´・ω・`)


なお、作中で出てきたイーバーンさんはまだ破面じゃない中級大虚です。


そう言えば、原作のイーバーンさんって破仮面ですよね?自分では破仮面じゃないって言ってましたけど、聖兵に「破面の兵士」扱いされてましたし。
何故、正当な滅却師の証である五角形の滅却十字を持っていたかは謎ですが………
ユ―バッハから貰ったのでしょうか



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百年ぶりの出会い方①



7月4日にブリーチの最新刊が出たので、発売日に買って読みました(; ・`д・´)
秋が待ち遠しくなりました(´・ω・`)

破面と共闘する浦原さんの展開は熱いと思います。
冬獅郎くんが冬獅郎さんになったのは、流石にびっくり。
そして、白哉さんの冬獅郎さんへの態度が………ユウジョウ!
あと、更木剣八に何があったは…次巻に期待!

秋が待ち遠しい(´・ω・`)





 

 

 

現世。空座町。浦原商店。

店先に雑多に並べられた商品と店の前を通りかかれば香る独特の香りは、一見すればどこの町にも一軒はある古い駄菓子屋そのもの。現にこの浦原商店は表向き駄菓子屋として営業をしているのだから、駄菓子屋という名前に偽りがある訳ではなく、ただ表があれば当然裏があるということを巧妙に隠しているだけに過ぎない。

 

浦原商店店長、浦原喜助はその日の夜、何時もの様に店の中の茶の間にある卓袱台の前で煙管(キセル)を吹かしていた。それ自体は特別に珍しい光景ではなく、浦原喜助にとって仕事終わりの一服は日常の習慣だった。

しかし、浦原商店の従業員達はその光景をみて浦原喜助から流れる気配が何時もと違うのを感じていた。

 

浦原商店の従業員。花刈(はなかり)ジン太は浦原喜助がいつも浮かべている陽気な笑みが無いことに違和感を覚え、そして、それを言うならば他の者たちもそうだと横目で浦原喜助以外の大人の様子を伺っていた。

 

普段から店の仕事をサボる自分のお目付け役として堂々としている握菱鉄裁は2mにもなる体躯に鬼気迫る気配を纏いながら汗を掻いていた。

普段とは違う雰囲気の二人。

そして、その傍らにはどこから迷い込んできたのか一匹の黒猫が鎮座していた。

普段なら店の営業の邪魔になるだろうと追い出す所だが、浦原喜助も握菱鉄裁もそんな素振りを見せることは無く、ならば自分がと動こうにも花刈ジン太の身体は完全に重苦しい空気に飲まれてしまっていて動かない。

それは歳が近い同じ店員である紬屋(つむぎや)(ウルル)も同じようで完全に花刈ジン太の横で固まってしまっていた。

 

長い沈黙を破ったのはやはり浦原商店店主である浦原喜助だった。

彼は目深く被った帽子に隠れた視線を合わせることなく握菱鉄裁に言った。

 

「鉄裁サン。今から、この子たちを連れて街のホテルにでも行って来てください。此処にはアタシらが残ります」

 

「しかし、我々が隠れたからといって追って来ないという保証はありませんぞ」

 

「追ってはきませんよ。何せ相手は昼間に店にやってきて店の前で霊圧を解放してから帰る様な人っス。正面からの明確な宣戦布告。周りを巻き込みたくないってのはアタシらと同じって事でしょう。鉄斎さんやジン太君達が此処を離れても、アタシらが此処に居れば深追いはしてこない筈です」

 

「………わかりました。ジン太達には此処を離れてもらいましょう。しかし、私は残った方がいいのでは?昼間に感じた霊圧。敵はおそらく…」

 

「だからッスよ。だから、鉄裁サンにはジン太君達と一緒に居て欲しいんス」

 

昼間に感じた霊圧から握菱鉄裁が思い描いた敵。それは正解だろうと浦原喜助は確信している。

浦原喜助とて尸魂界を離れ現世に逃れてからの百年近くの間、自分たちを捕える為にやって来るだろう追手の存在を考えない訳じゃなかった。むしろ、誰が来るかを深く考え対策を練ってきた。誰が来ようと隠れ切り逃げ切れるだけの算段を立ててきたつもりだ。

そう、ただ一人。最も厄介で最も自分達を追ってくる可能性の高い者以外については、浦原喜助は数多の算段を立てていた。

 

「一番、やってくる可能性が高く、来てほしくない人が来た。まあ、当然と言えば当然の結果ッスね。瀞霊廷での遠征実績においてあの人の右に出る者はいませんから」

 

天才と称して良い頭脳を持ち、あらゆる事態に数多の手管を持って対処することのできる浦原喜助だが、あの男が追手としてやって来ることに関しては、まさしく浦原喜助らしくなく、神頼みをしていた。やって来て欲しくないと願っていた。

しかし、かの男はやってきた。

一切の容赦もなく瀞霊廷は、護廷十三隊は、あの男を浦原喜助らの拘束の追手として放ってきた。

 

「大穴は無く一番人気ッス。………風守風穴が来きています」

 

「ならばやはり、私もここに残り戦力として--」

 

「--ーだからこそ、鉄裁サンにはジン太君達と一緒に居てもらわなきゃならない。最悪、この空座町が桃源郷の煙に沈む。その時に動ける人が必要でしょう」

 

「---………仮にも隊長格の死神が、現世の町で本気の戦闘を行うと?」

 

「わからない。いえね、冗談抜きでわからないんスよ。果たしてあの人がどこまで動くのか、まるで読めない。瀞霊廷に居た頃にあの人と僕の関わりは薄かった。あの事件があるまで、多分あの人は僕の名前も覚えて無かったと思いますよ。それに、たとえ付き合いがあったとしても千年以上の時を護廷十三隊で過ごしてきたあの人の考えを読もうなんて、それこそ、煙を掴むような話でしょう」

 

あの風守風穴なら、やるかもしれない。

あの風守風穴が、そんなことをする訳がない。

 

どちらであっても納得できてしまうのだと笑い終えると、浦原喜助は握菱鉄裁に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします。鉄斎サン」

 

「わかりました。浦原殿も、どうかお気を付けて」

 

今宵やってくる敵に対しての浦原商店の対応が決まった。

その光景を花刈ジン太と紬屋雨はただ見ていることしか出来ずにいた。

外見こそまだ小学生低学年ほどの子供だが、二人の精神は大人たちの決定に口を出せないほど子供ではなかった。

しかし、昼間に感じた霊圧を前に戦うにはまだ二人とも未熟過ぎた。

 

 

 

 

浦原商店の地下に存在する広大な空洞。こういう時の為にと作り上げ、『勉強部屋』と名付けた地下空間に浦原喜助と四楓院夜一は佇んでいた。

隣に居ながら、互いに一瞥もないその様子は決して仲が悪いからではなく、こうして此処に陣を構える前に全てを語りつくしたからの自信であり、また隣に立つ者への信頼の表れだった。

 

刃は既に抜いている。

浦原喜助の手にあるのは諸刃の斬魄刀。四楓院夜一は斬魄刀こそは持っていないが四肢に練り上げた霊圧の鎧が無手こそが彼女の戦い方で有ることを如実に表している。

全霊だった。ともすれば破裂しそうな戦意を纏いながら立つ二人の姿は言うまでもなく平和な現世の町に馴染むものではなく、しかし、それが正解だった。

 

「百八年と三カ月」

 

そんな言葉と共に『勉強部屋』の天井が崩落する。『勉強部屋』は浦原商店の地下空間に作られた場所。天井が崩落したということは浦原商店の床が砕け『勉強部屋』への入り口が開かれたという事。

 

「此処に来るのに百八年と三カ月掛かった。苦痛じゃなかったぞ。ああ、あっと言う間の道程だった」

 

天井から落ちてきた白髪痩身の男を見ながら浦原喜助と四楓院夜一は息をのんだ。

 

「見つけたぞ。浦原喜助。四楓院夜一。さあ、出来ることなら手間は取らせるな。俺はお前達と戦いたくない。ああ、本当だとも。昔の仲間と流す血に、いったい誰が酔えるというのか…俺は『風守』。『八千流』じゃあ、ないんだ」

 

そこに風守風穴が居た。

 

 

 

 

「見つけたぞ。浦原喜助。四楓院夜一。さあ、出来ることなら手間は取らせるな。俺はお前達と戦いたくない。ああ、本当だとも。昔の仲間と流す血に、いったい誰が酔えるというのか…俺は『風守』。『八千流』じゃあ、ないんだ」

 

顔を合わせるのは百年ぶりとなる浦原喜助と四楓院夜一。ようやく見つけ出した二人は酷く緊張した面持ちで立っていた。

二人の視線で俺まで緊張してきてしまうと精一杯の冗談(ジョーク)を軽快に飛ばしてみたが、二人からの反応は無い。

人見知りで口下手で引っ込み思案な自分のコミュニケーション能力の低さに関しては自覚をしてはいたが、流石に此処まで空気が凍るとは思ってもみなかったので若干落ち込んだ。

しかし、何時までも黙っている訳にはいかないと俺は浦原喜助と四楓院夜一に対してどっちつかずになっていた視線を浦原喜助に絞り口を開いた。

 

「浦原喜助。百年ぶりだ。あの日から、百年以上の時が過ぎた。俺はお前に会いたかったぞ。会いたいと思い時だけが過ぎた。そしてようやく、こうして会えた。なあ、()()()()()()?」

 

小粋な冗談(ジョーク)が無駄ならば、もう俺は気持ちを抑える必要はないだろう。

問いかけは是か否。「はい」か「いいえ」の単純な二者択一で構わない。

 

指先一つで出来る選択に命を賭けられるかと問われた時に、出来ると答えることの出来る者しか、この場には居ないだろう。その筈だ。

元二番隊隊長。元三番隊隊長。元十二番隊隊長。

浦原喜助。四楓院夜一。そして、俺。

誰もがかつて護廷十三隊の隊長を務めた者たち。数多の死神を束ねその命を預かった者たち。

自分の命位くらい、賭ける場所は指先一つで決められて(しか)るべき。

 

そして、浦原喜助は俺の問いに切っ先を向けることで答えた。

---俺は斬魄刀を抜く。

 

「風守サン。言葉がいるかですって?そりゃ、要りますよ。ワタシら、貴方に伝えなきゃいけないことがあるんス。ねぇ、夜一サン」

 

「なんじゃ。儂に話を振るな。儂はこの男が好かんから、話し合いはお主に任せると言ったじゃろうが。喜助」

 

「あっはっはっ。つれないっスねぇ。まあ、けどそういう訳っス。…お互いに思う所があり過ぎてこのままじゃ言葉なんて伝わりません。だから---手始めにワタシら、風守サンをやっつけます。行きますよ。夜一サン」

 

(おう)

 

向かってくる浦原喜助と四楓院夜一を前に俺は小さく笑みを浮かべた、

それは分かり易い単純な帰結が俺にとっても都合がいいものだったから。

そしてなにより、俺は純粋に嬉しいと思っていた。得も言えぬ歓喜が全身を巡っていた。

 

「………いつ以来だ」

 

四楓院夜一が迫りくる。浦原喜助を後ろに従える形での突出した突撃は凡人が行えば、ただ数の有利を捨てるだけの愚考だろう。しかし、向かってくるのがかつて尸魂界中にその名を轟かせた歩法の天才であるならば、脅威に変わる。

身体の中心点。正中を捕える神速の正拳突きに対する俺の攻撃は斬魄刀を上段に挙げての袈裟切り。打撃の王道と斬撃の王道のぶつかり合いは、しかし、ぶつかり合う寸前に四楓院夜一の身体が俺の眼の前から消失したことにより、ぶつかることなく終わる。

次いで感じる四楓院夜一の気配は背後から。正拳突きの勢いを殺すことなく俺の背後に回り込んだ四楓院夜一の歩法はまさしく神の領域に一歩踏み込んでいると言っていい神技だった。

 

瞬神(しゅんしん)』夜一。

そして、その神技の結果、起こるのは俺への挟撃(きょうげき)

 

前には斬魄刀を携え向かってくる浦原喜助。後には拳を振りかぶる四楓院夜一。

数の有利を最も生かす形である挟み撃ちが四楓院夜一の歩法によってこれほど容易く完成する。

 

その事実に俺の心が震えた。

 

---いつ以来だ。これほどまでの技を見るのは。

 

前と後ろからの攻撃。斬撃と打撃に斬撃と打撃で応じ、歩法に歩法で応じれば、両方に対処するのは至難だろう。

ならば、俺が取れる最善手は一つ。斬拳走鬼の残りの一つで応じるのみ。

 

「破道の三十三”黄火せ--」

 

「遅い!縛道の九”(げき)”!」

 

俺の身体から周囲に放れようとした黄色の霊圧の奔流を浦原喜助は縛道によって俺の身体を縛ることにより押し止める。驚愕すべきはその機転と反応速度ではなく、一桁台の縛道によって俺の身体を一瞬とはいえ縛りつけた鬼道の威力。

 

思わず零れた感嘆は仕方がないものだった。

 

---いつ以来だ。これほどの力を見るのは。

 

挟撃に対する為の破道”黄火閃(おうかせん)”が不発に終わり、縛道”撃”により硬直するしかない俺の身体。

そこに叩き込まれる攻撃に微塵の躊躇など有る筈もなく、浦原喜助と四楓院夜一は互いに最高の一撃を文字通り叩き込んでくる。

 

---いつ以来だ。恐怖を感じたのは。

 

「終わりじゃ---」

 

「終わりッス---」

 

---いつ以来だ。

 

「『瞬閧(しゅんこう)』!」

 

「起きろ『紅姫(べにひめ)』!」

 

 

「-------お前達の様な死神に会ったのは‼‼」

 

 

叫びと共に俺の身体は爆炎に包まれた。

 

 

 








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百年ぶりの出会い方②

この話で取りあえず一区切り。
次回から原作突入!((; ・`д・´)





 

「やったか!」

 

爆炎に包まれ薄れる意識の中で、四楓院夜一のそんな声を聞いた。

 

 

 

 

---薄れる意識の中で思い出した千年前の情景は地獄と言っていい修羅場だった。

 

千年前に山本元柳斎重國の手によって創設された初代護廷十三隊。

それは護廷とは名ばかりの殺戮集団だった。

尸魂界と瀞霊廷の秩序を守る為に作られた集団は悪を滅ぼす為に悪を行うことを躊躇しなかった。膨大な死体の山の上に平和を築き上げることに微塵の戸惑いも抱かなかった。

---”護廷為(ごていがため)に”---

---一死(いっし)(もっ)大悪(たいあく)(ちゅう)す”---

その一文のみを信奉し戦い続けた初代護廷十三隊。

殺伐とした殺し屋の集団といっても問題ない彼らの内において四番隊の存在。

竜胆(りんどう)の花はあまりにも異質な存在だった。

 

四番隊の隊花は竜胆。込められた意味は「悲しむ彼方を愛しむ抱擁を」。

 

慈愛に満ちたその一文は万人に受け入れられ愛されるものだろう。しかし、大悪を斬る為に殺し屋の汚名すら被ることを(いと)わなかった殺戮集団である初代護廷十三隊には似つかわしくないの一言だ。

 

あるいは、狂っている。

 

戦いの中で愛を叫び。積み上げた(しかばね)の上で悲しむ者を抱擁する。

そんな奇行凶行は狂人でなければ出来ない。

故に初代護廷十三隊において初代四番隊隊長を務めた男は、尸魂界史上最悪の大罪人すらも受け入れ強大な力を得るに至り、同時に狂人奇人を数多く抱え込んだ初代護廷十三隊に中でも、一等(いっとう)(たち)の悪い正真正銘の狂人に他ならなかった。

 

---痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』---

 

そして、振るう斬魄刀もまた異質にして悪質。最恐最悪の代物(しろもの)

護廷十三隊において山本元柳斎重國が四番隊に与えた役割は救護の部隊。

十三ある部隊の中でただ唯一、戦うだけでなく仲間を癒すことも求めた。

その役割を知った時に初代四番隊隊長は歓喜する。

他の部隊の隊長を含め護廷十三隊の隊員たちは比喩でなく彼が夢にまで見た宝物。

そんな彼らに。癒しを、救いを、愛を与えることに彼は歓喜し酔い痴れる。

 

---愛しているのだお前達を---救ってやろう---お前たちの幸せを俺は心の底から願っている---善哉善哉---お前がそう思うのならお前の中ではそうなのだろう---お前は俺に救われたいのだな---

 

心の底から愛を叫び仲間に癒しと救いを与える為に彼は仲間に阿片(ゆめ)を振りまいた。

 

痛みに飲まれ苦しむものには痛みを感じられぬほどの幸福を与えた。

癒えぬ傷を負ったものには傷など忘れてしまうほどの快楽を与えた。

 

戦場で戦い傷つく仲間たちを救うために彼は『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を振るいながら戦った。漏れる阿片の毒は味方を巻き込み痴れさせる。

戦いの中で手足を失った者は阿片に毒され欠損した筈の四肢を幻視し(よろこ)び歓喜し再び戦場に向かって征く。癒える筈の無い深い傷を忘れさせる。痛みを消す。

文字にすれば救いとしか言いようがない凶行(それ)を阿片の毒を持って行う彼に対して、山本元柳斎重國は何も言わなかった。

結果、傷つき戦えなくなった者が再び戦場に立てるようになっているのなら、それも良かろうと受け入れた。

四肢が捥げても戦え。血が乾いても戦え。心が砕けても戦え。何があろうと戦い続けろ。

 

千年前。そうしなければ勝てない(いくさ)があった。

千年前。そうしなければ生きられない時代があった。

 

そうして、戦い続けた者たちがいた。

一から十三までの数字を背負い戦い続けた者たちは、何時からか数を減らして()く。

戦いに敗れ。病に倒れ。天寿を全うし。姿を消した。

そうして、長い時間の果てに初代護廷十三隊の中で残ったのは数字を背負った三人と一の数字を支えた隊士のみ。

残された四人は更に長い時間の果てにそれぞれの道を歩むことに決めた。

 

その内の一人。かつて四の数字を背負った男は時代の流れと共に自分の救いが時代錯誤なモノに代わっただと理解して、一番の戦友に四の数字を預けて前線を退いた。

 

---最早護廷十三隊に俺の阿片(すくい)は要らぬのだろう---

---千年前に阿片に酔わねば勝てない戦は終わったのだ---

---千年前にそうしなければ生きられない時代は終わったのだ---

---ならば俺は俺の阿片(すくい)を必要とするものを新たに探そう--―

 

初代四番隊隊長。護廷十三隊において初めて四の数字を背負い、間違いなく歴代の四番隊隊長の中でも群を抜き仲間を救った愛に溢れた狂人は、笑いながら時代の移り代わりに飲まれていった。

 

 

 

そして---現在。俺は笑う。

 

 

 

「やったか!」

 

聞こえてくる声に反応できないほどの傷と痛みを負った身体に俺は自らの斬魄刀を向ける。

()を逆手で握り刃を自分の身体に沈めながら斬魄刀を解放する。

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

始解と共に切っ先に空く四連の穴。そこから漏れ出す阿片の毒の強度を俺は初手から阿片に痴れぬ俺の身体すら痴れさせる濃度へと変える。

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうそくしょく)す。()(ひと)()ること()し」

 

---阿片強度強化。(まわ)万仙陣(ばんせんじん)

 

俺の身体が痴れていく。爆炎に包まれ痛みで飛びそうだった意識が覚醒し、煤けた身体に力が籠る。あらゆる痛みを痛みとして感じることが出来ないほどに身体は鈍化し、感覚は麻痺して受けた傷さえ傷として脳が受け入れないほど閉じていく。

かつて仲間に施した救いを自分の身に与えながら俺は浦原喜助と四楓院夜一を前に立つ。

浦原喜助と四楓院夜一は信じられないモノを見るような眼で俺を見ていた。

 

「いつ以来だ。お前達の様な死神に会うのは。おかげで、随分昔のことを思い出した」

 

「…そんな…馬鹿な」

 

「…なん…じゃと」

 

「何を驚く。驚くほどのことをしたつもりはない。阿片の毒を薄めれば麻酔となること位はお前達なら知っているだろう。その応用だ。どれほどの傷を負おうとそれを俺の意識が傷だと認識しないなら、無傷と同じだ」

 

「何を戯けたことを言っておる!儂の『瞬閧』!喜助の『紅姫』!儂らの攻撃は確かにお主を捕えたであろう!元にお主は目に見えて重傷を負っておる!」

 

「そうだ。身体は傷を負っている。だがな、四楓院。傷とは気構(きがま)えに負うものだと。戦う意思さえ(つい)えないなら身体の傷など取るに足らないとかつて出会った男が言っていた。俺は、その通りだと思ったよ」

 

「………化け物め」

 

「良い良い。そう褒めるなよ。照れるだろう」

 

()い奴だ。褒めてくれたついでに用立ててやろうと俺は『鴻鈞道人』の切っ先を四楓院夜一に向ける。次いで繰り出そうとして刺突の踏み込みは、地面から突如現れた黒紐の網で阻まれる。俺の身体が黒紐の網で拘束された。

 

「”(しば)紅姫(べにひめ)”。離れてください!夜一サン!」

 

「すまん!喜助!」

 

「…身体を縛られ止められる二度目か。俺も学習しないな」

 

「随分余裕っスね。風守サン。”火遊紅姫(ひあそびべにひめ)””数珠繋(じゅずつなぎ)”」

 

(しば)紅姫(べにひめ)”に続く二の句を浦原喜助が唱えた瞬間、俺を捕えていた黒紐の網の繋ぎ目が爆発する。

 

「夜一サンの言葉は何も間違っちゃいませんよ。貴方は傷を負っている。幾ら阿片の毒で身体を不感症にした所で、痛みを感じないだけで失った血と肉が戻る訳じゃない。攻撃を喰らい続ければ、何時か身体は限界を迎える筈」

 

浦原喜助の言う通りだ。例え痛みを感じず傷を傷と認識しない身体を作ったとしても、生物学上的に活動が困難な領域の傷を負えば俺の認識とは関係なく俺の身体は倒れるだろう。

 

故に---今の攻撃をただ受けるなんて言う選択肢はない。

 

 

()って性命双修(せいめいそうしゅう)(あた)わざる(もの)()ちるべし、落魂(らっこん)(じん)

 

 

---阿片特性変異。墜落(ついらく)(さか)(はりつけ)

 

 

(しば)紅姫(べにひめ)”に続く”火遊紅姫(ひあそびべにひめ)””数珠繋(じゅずつなぎ)”の爆炎と爆風は俺の身体に届く前に消えていった。

自分の斬魄刀の能力が奇妙な現象に飲まれて不発に終わった浦原喜助は驚愕に顔を染めながらも即座に俺からの距離を離し四楓院夜一の横に付いた。

その反応は賞賛すべきもので俺は思わず拍手を送る。四楓院夜一と浦原喜助の視線がより一層鋭く変わった。

 

「………”火遊紅姫(ひあそびべにひめ)”の爆発が消えた。喜助。あれはなんじゃ?この男の斬魄刀の能力は阿片の毒を生成することじゃなかったのか?」

 

「その筈です。斬魄刀『鴻鈞道人』の能力はその性質の凶悪さ故に情報が広く開示されている斬魄刀の一つですから。アタシが知る限り、阿片の毒を生成し操ることが『鴻鈞道人』の能力の筈です」

 

「ならば、いまのは一体なんじゃ?なぜ火遊紅姫(ひあそびべにひめ)”の爆発が消えた。意味がわからぬぞ」

 

「知りたいか?”落魂陣(らっこんじん)”の能力を?」

 

「…」

 

「あっはっは、なんだ、教えてくれるんスか?風守サン。貴方、良い人っスね」

 

阿片の毒を生成する能力の筈の斬魄刀『鴻鈞道人』が起こした予想外の現象に不意を突かれ、態勢を立て直す為に退き、攻めあぐねていた浦原喜助と四楓院夜一に俺が掛けた言葉に対する二人に対する反応は両極端なモノだった。

四楓院夜一は(いぶか)()に俺を睨みつけ、浦原喜助は飄々と笑い品定めするような視線を送ってきた。

俺は二人の反応に微笑しながら『鴻鈞道人』の切っ先を天井に向けた。

 

「『鴻鈞道人』の能力は阿片の毒を生成すること。これに間違いはない。だがな、『鴻鈞道人』の生み出す桃色の煙は死神や人間や虚、生物(せいぶつ)以外のモノすらも痴れさせる」

 

「生物以外じゃと?」

 

「ああ、そうだ。『鴻鈞道人』は斬魄刀すら仙丹の夢に沈められる。”落魂陣”に捕らわれた斬魄刀は(すべか)らく落下し地面に沈み奈落の大穴へと堕ちていく。---そんな夢を見る。”火遊紅姫(ひあそびべにひめ)”が消えたのは、『紅姫』が阿片に狂い墜落の夢を現実だと思い込んだからだ」

 

俺が阿片に酔い痴れることで身体の傷を無視して戦うことできるように、認識と思い込みは時として現象や現実すらも覆すだけの力を持つ。

 

---お前が思うのならそうなのだろうよ。お前の中ではな。それが全てだ。

 

何も難しいことではない。俺がずっと説いてきた理屈。

 

「…斬魄刀を狂わせる斬魄刀。そんなものが存在するとお主は言うのか?」

 

「斬魄刀には”心”がある。そんなことは死神であれば誰でも知っている。そして、”心”があれば阿片(ゆめ)をみられる」

 

「…っ!」

 

阿片に痴れぬ俺の身体すらをも痴れさせる濃度の阿片を生成する”万仙陣”と斬魄刀すらも痴れさせる特性の阿片を生成する”落魂陣”。

万物を痴れさせる桃色の煙を率いる斬魄刀こそが尸魂界史上最悪と言われた『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』。

 

「さあ、次はどうする?浦原喜助。四楓院夜一。仙丹の夢。桃源郷の理はお前達の技も力も飲干(のみほ)した。次の策は?ああ、教えてくれよ頼むから。---次はどうやって、俺を感じさせてくれるんだ?」

 

「………夜一サン。離れてください」

 

「………何をする気じゃ、喜助」

 

「いえね、ただあの人の期待に応えようかと思いまして。アタシの卍解の効果は”範囲”。無暗矢鱈(むやむやたら)と巻き込むタイプじゃありませんが、気遣いが出来なくなるかもしれません。夜一サンは距離を取って援護をお願いします」

 

「…わかった」

 

浦原喜助の言葉で四楓院夜一は一息の内に距離を取る。

十分に離れた四楓院夜一にまで影響を及ぼす程に『鴻鈞道人』の阿片毒を散布するには時間がかかる。その間に浦原喜助は卍解を終えるだろう。

---(いな)、俺には元から四楓院夜一を追う気などない。俺の期待に応えると言った浦原喜助の言葉を何故裏切れるというのか。

四楓院夜一を追うこともせず笑う俺に対して浦原喜助は目深く被っていた帽子を脱ぎ棄て鋭い眼光を俺に向けて言った。

 

「ホントに、随分と余裕っスね。風守サン。そんなにアタシの卍解が怖くないですか?いえ、確かに万全である貴方ならその余裕も当然でしょう。けれど、」

 

---今の貴方は万全からは程遠い。

 

そう続いた言葉に俺は改めて浦原喜助の洞察眼に心からの称賛を送る。

 

「負った傷のことを言っているんじゃありませんよ。斬りかかった時に見えた胸元の『限定霊印(げんていていいん)』のことを言っているんス」

 

「………本当によく見ている」

 

護廷十三隊の隊長・副隊長格の死神は自身の持つ強大な霊圧が現世の(れい)なるものに不要な影響を与えないよう、現世に降りる際は隊章(たいしょう)()した『限定霊印』を身体の一部に打ち込まなければならない規則がある。

『限定霊印』を打ち込んだ死神は霊圧を極端に制限され、その制限率は八割にも及ぶ。

 

「ケシの花が特派遠征部隊の隊花であり隊証。その花が貴方の身体に打ち込まれているということは、貴方はいまだ『限定解除(げんていかいじょ)』を行っていない状態っス。---万全からは程遠い。五分の一にまで落ちた霊圧で戦える程、アタシの卍解は甘くありませんよ」

 

あまり舐めないでくださいと続く言葉に返す言葉は「勿論」だ。

俺は浦原喜助を舐めてなどいない。むしろ称賛し脅威だと認識している。

百年前のことだけじゃなく、浦原喜助の神算鬼謀は本物だ。でなければ彼がこうして今だに俺の前に立っていることはないだろう。戦いが始まってから俺の出鼻を挫き続けた()(せん)を取る戦い方は見事という他になく、故に浦原喜助の卍解は命に届きうると俺の本能が告げている。

 

しかし、だからこそと俺は笑う。

死に瀕して恐れを抱けるほどに俺は真面(まとも)に生きては来なかった。

 

迫りくる命に届きうる浦原喜助最大の一手を前に俺は身体を動かすことはしなかった。

かつて護廷十三隊を裏切った男の全力を見てみたいと思ったからだ。

たとえこの命が途絶えたとしても、俺は。

 

「終わりにしましょう。卍か--「射殺せ『神鎗』」--っな!?」

 

見てみたかったのだと、そんな気持ちはしかし、浦原喜助に向け伸びてきた切っ先によって裁断される。

タイムリミットだった。

俺と浦原喜助達との戦いの終わりを告げる為、見慣れた微笑を携えながら彼らはやってきた。

 

 

 

 

 

「それはあかんわ。卍解とか、怖い怖い。いくら風守隊長でも、『限定解除』もしないで、その傷を負いながら卍解とやり合うのは無理や。無茶しないでくださいよ」

 

「ふん。止めることなど無かったというのに、余計な真似をしたな市丸。私達の到着を待たずに先走った男など、此処で死ねば良かったのだ」

 

「貴方たちは…」

 

「砕蜂…」

 

市丸ギンと砕蜂の登場に四楓院夜一と浦原喜助の顔が驚愕に歪む。

それほどまでの衝撃を携えての登場だった。確かに二人の登場は考えられないものだった。

 

浦原喜助達の捜索の為に結成された第九十九次特派遠征部隊の隊員は隊長である俺一人のみ。

その理由は隊長格の死神である浦原喜助たちと戦うことになるかもしれない遠征の危険性から並の隊士では足手纏いになるという理由が一つ。

 

そして、もう一つは護廷十三隊。ひいては護廷十三隊の統括機関である中央四十六室の面子(メンツ)の問題。

百年前に浦原喜助達が起こした大逆は頭の固い中央四十六室の重鎮たちにとって忘れ去りたい過去でしかなく、その過去の遺物を掘り返す遠征に対して中央四十六室はあくまで俺一人で遠征を成功させろとの命令を出していた。

 

その命令を受けた山本元柳斎重國は誰でもない俺ならばそれも可能であると判断し、俺もまた人見知りで口下手で引っ込み思案な性格故に嬉々としてそれを受け入れた。

そんな水面下のやり取りを読み切れない浦原喜助ではなく、故に市丸ギンと砕蜂の登場は予想外とまではいかないまでも意外性に富んだ彼らにとっての奇手そのもの。

そして、その奇手はそのまま浦原喜助と四楓院夜一を追い詰める切り札となる。

 

護廷十三隊の隊長格が二人という大きすぎる増援を前にそれでも冷静さを失わず浦原喜助は飄々と笑う。

 

「いやぁ、流石に驚きました。まさか四十六室が風守サン以外に、隊長格二人も現世への派遣を認めるなんて思いませんでした」

 

「うん?それは違うわ。四十六室が君らの捜索の為に許した人員は風守隊長ただ一人や。僕らは君たちを捕える為に派遣された訳やない」

 

「…どういう意味です」

 

「…プライベートいう意味や。僕らは遠征ばかりで疲れとる仲間が久々にとる休日に一緒に現世観光でもしないかと誘われて、休みを取ってやってきただけや。ねえ、砕蜂隊長」

 

「ふん。私はそうせねば現世へ降りる許可が出ないと言われたから茶番に付き合っただけに過ぎん。全ては、貴様と戦う為だ!四楓院夜一!」

 

「っ!まて砕蜂!話を聞くのじゃ!」

 

(くど)い!私を裏切った貴様などと話すことなどもう何もない!」

 

尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)雀蜂(すずめばち)』。

砕蜂は俺に一瞥もくれることなく四楓院夜一に向かって行った。その様を呆れたように見ながら市丸ギンはゆっくりとした足取りで俺の隣までやって来て口元を釣り上げる。

 

「ほんまに協調性の無い子やなぁ。まあ、ええけど。それじゃ、風守隊長。僕たちは仲良く一緒に浦原喜助を倒しましょう」

 

「…お二人は随分と親しいんスね」

 

「うん?ああ、そか。知らへんのか。君らがいなくなった後、風守隊長は三番隊の隊長になったんよ。僕はその時の副隊長。仲良くしてても不思議やない」

 

「…っ」

 

「なんや?不服そうやね。僕が風守隊長と仲良くなると、なんか不都合でもあるん?」

 

「いえね、別にないですよ。ただもうそこまで浸食されているのだと思っただけですから」

 

「浸食?意味不明や。伝えたいことがあるなら、ちゃんと言葉で伝えた方がええよ。何か言いたいことでもあるんちゃうの?」

 

「…っ」

 

冷静を保っていた浦原喜助の顔が市丸ギンの言葉で歪む。彼ら二人の間には何か確執があったのだろうか。あったとして俺が知らないとするのなら、それは市丸ギンが俺の副官になる前の事。

浦原喜助が大逆を起こす前の事だろう。

何があったのか気にならないと言えば嘘になる。しかし、それよりも気になる疑問を解消する為に切っ先を浦原喜助に向けようとする市丸ギンを制して前に出た。

 

市丸ギン達の登場により出来た戦闘の合間の一時。この瞬間にしか聞けないことを聞く。

 

「浦原喜助。一つだけ、聞きたいことがある」

 

---お前は何故、護廷十三隊を裏切った。

 

「刀を交えれば相手の心が解るなどと、修羅場に生きる剣鬼のような言葉を吐く積りはない。だが、それでも俺の眼にはお前が”悪”には見えない」

 

俺はかつて尸魂界史上最悪の大罪人と呼ばれた死神を知っている。

--只戦(ただたたかい)--と我欲の為に周りの全てを巻き込みながら剣を振るい続けた彼女は紛れもない悪であり、そんな彼女を俺は骨の髄まで知っている。

そんな彼女を見続けてきたからこそ、俺には浦原喜助が悪には見えなかった。

 

浦原喜助は確かに虚化(ホロウか)の研究をする様な狂科学者(マッドサイエンティスト)ではあるのだろう。護廷十三隊不適合の烙印を押された者たちすらも受け入れる彼の造り合上げた技術開発局と言う組織がそれを証明している。

しかし、それでもなお、浦原喜助の根底にあるあるは悪意ではないと俺は戦いの中で感じてしまっていた。

故に浦原喜助達が裏切者であることすら忘れて、次代を担う死神の成長にあれほどまでに歓喜した。

 

それは全て俺の中にある思いが芽生えていたから。

 

「風守隊長。何言うてるん?浦原喜助達は裏切者や」

 

「ギン。百年前に俺の言ったことを覚えているか?浦原喜助達だけで俺や山本重國達を欺くのは不可能だと言う話だ。あの時に俺は浦原喜助達にはまだ共犯者がいるのではないかと思っていた。しかし、そうでないとしたのなら」

 

「…そうでないとしたなら、なんなん?」

 

「黒幕がいるんじゃないのか?百年前に浦原喜助達に罪を被せ、俺達を謀った黒幕がい--」

 

「風守サン駄目だ!」

 

「--………ギン?」

 

背後から突き立てられた斬魄刀の切っ先が腹から生える様を見ながら、俺は首を動かし後ろを見る。そこにはやはり市丸ギンが立っていて、市丸ギンは口元に弧を描きながら嗤っていた。

 

「風守隊長。…流石、正解や」

 

市丸ギンの言葉を聞き終える前に俺の身体は背後からの奇襲には反応し『鴻鈞道人』から桃色の煙を放出する。俺以外の者が吸えば一瞬で痴れる濃度の阿片毒が俺の半径1m圏内に瞬時に散布される。

市丸ギンは距離を取りそれから逃れた。

 

「ほんと風守隊長はすごいわ。普通、幾ら疑問を持っていたから言うてその結論までは辿りつかへんよ」

 

「…ギン?」

 

「風守隊長の言う通り、百年前の事件には黒幕がいる。そして、僕は黒幕側や。ずっと騙していてすいません」

 

百年前の事件の犯人は浦原喜助達ではなく黒幕が別にいる。市丸ギンから突如聞かされた事実は、しかし、すんなりと俺の胸に落ちていった。

 

元々百年前から抱いていた疑問があった。そうとしか思えない節も確かにあった。

浦原喜助達が本当に裏切者であるのなら、こうして俺が生きていること自体が不自然だ。

『限定霊印』を刻み霊圧の八割を抑制された状態で俺は浦原喜助と四楓院夜一の攻撃を受けた。躊躇の無い攻撃はしかし本気ではなかったのだろう。でなければいくら俺でも倒れていただろう。彼らには俺を殺す気がなかった。

彼らの根底にあるのは間違いなく善性だった。

 

「風守隊長は危険すぎる。そう判断したあの人の命令で僕はずっと風守隊長のことを見張っていた。動向を観察して真相から遠ざけた。そして、こうして真相にたどり着いた時には---」

 

朦朧とした意識の中で市丸ギンの斬魄刀『神鎗』の切っ先が向けらるのを認識する。

動こうとする身体は、しかし、既に血を流し過ぎていた。

浦原喜助と四楓院夜一との戦いで既に俺の身体は満身創痍だった。それがいま市丸ギンから受けた背後からの一撃で完全に動きを止める。阿片の毒で痛みを消し身体を動かせるようにしようと血を流し過ぎた俺の身体はもう生物学上的に行動不能に陥る。

 

「殺せ言われとる。だから---」

 

故に向けらえた『神鎗』に反応することは出来ず。

俺の命は市丸ギンの手によって---救われる。

 

市丸ギンは『神鎗』を鞘に納めた。俺を助けようと動いていた浦原喜助も驚き動きを止める。

俺は朦朧とした意識の中で市丸ギンを見た。

市丸ギンは何時も浮かべている笑みを消し、閉じていた眼を薄く開いて懇願するような声色で言う。

 

「---生きてください。あの人を殺す為に」

 

「………」

 

「風守隊長。覚えてますか?僕とあなたが初めて会った日のことを」

 

「………ああ」

 

「僕は蛇や。肌は()やい。(こころ)は無い。舌先で獲物を探して這い回って、気に入った奴をまる呑みにする。そういう生き物や」

 

 

---だから僕はあなたに(きば)()く。それが(ぼく)の生き方だから。

---だから僕はあなたに(きば)()てる。それが(ぼく)のやり方だから。

---だから僕はあなたを生かす。何時(いつか)(へび)(から)()(ため)に。

 

 

「あなたなら、あるいはあの人に届くかもしれへん。せやから、僕はあなたを殺しません。生きてください。生きて、どうか約束通りに」

 

 

---頑張り終えた僕を(むか)えてください。

 

 

そう言って去る市丸ギンの背中を俺は追うことが出来ずに地面に倒れた。

俺はこの日、二人目の副官を失った。

 

 

 

 

そして、次の日の早朝。瀞霊廷内に中央四十六室から一つの罪状が告げられた。

それは現世における禁則事項及び禁忌事象行使の罪により特派遠征部隊部隊長『風守風穴』及び護廷十三隊二番隊隊長『砕蜂』を現世に永久追放するというものだった。

 

 

 




墜落(ついらく)(さか)(はりつけ)

元ネタは『鴻鈞道人』と同じく相州戦神館學園から引っ張ってきました。
まあ元の能力が最強過ぎる為に名前だけの使用です。
作中の『落魂陣』は斬魄刀を痴れさせる阿片毒を出すという、元ネタの能力からすれば塵屑のような性能です。
本家本元、最強の眷属が放つ本物の『墜落(ついらく)(さか)(はりつけ)』の能力と緋衣(ひごろも)さんのゲス可愛さと世界を滅ぼしかけたツンデレっぷりを知りたい人はぜひ相州戦神館學園シリーズをプレイしよう!





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出会いは直ぐに




やっと原作に辿り着くぞ!(; ・`д・´)


 

 

 

畳の上で茶を飲む。

 

言葉にすればこれほど想像しやすい情景はそう無いだろう。

ある日の正午、俺は四畳半の畳が敷かれた部屋の中心に卓袱台を引っ張り出し、ほうじ茶を淹れ、啜っていた。

たった四畳半の空間。驚くなかれ、これが今の俺が所有する居住スペースである。

かつては護廷十三隊の隊長格として広大な隊舎を所有し、揚々と瀞霊廷を闊歩(かっぽ)し、それなりに高い給金を貰っていた俺は、しかし、現世に来てからというもの傍から見れば堕落の一途をたどる生活を続けていた。

部屋は一間、四畳半のスペースしかない部屋を借りる金すら同居人と折半。所有する物は少なく部屋にあるのはテレビと箪笥と小さい本棚のみ。そして、この部屋唯一の家電であるテレビは俺ではなく同居人が買ってきたもの。

俺の私物と言えば小さい本棚に入っている二冊の本とアルバム一冊のみ。

あまりに質素な生活に俺はかつての栄華を思い出しながら、すぅと息を吐いて心の内を吐露(とろ)する。

 

「ああ、桃源郷は此処にあったのか」

 

俺は今、心底幸せだった

元々俺は人見知りで口下手で引っ込み思案な性格。人付き合いは嫌いな部類。気心の知れた相手と対する分には気安いが、何かと知らない相手と関わらなきゃならない瀞霊廷内での仕事と比べれば今の生活は特派遠征部隊の遠征中の生活と変わらないほどには過ごしやすい。

一日がただ茫然と過ぎていく。

雲の動きをほうじ茶を啜りながら見て過ごす日々のなんて安楽なことか。

 

「良い良い。外で飲むほうじ茶も美味いが、家で飲む分にはやはり気楽さが勝る」

 

俺は安寧と続く時間を噛みしめ、ほうじ茶を啜りながら、唐突に飛んでくる背後からの拳を首を横に動かして躱す。

 

「ちっ」

 

「砕蜂。帰ったのか?」

 

「ふんっ」

 

「なんだ、随分と気が立っているな。落ち着けよ。お前もほうじ茶を飲むか?美味いぞ。さあ座れ。俺が用立ててやろう」

 

「いらん」

 

そう言いながらも部屋の隅から座布団を引っ張り出し卓袱台の前に座った砕蜂に湯呑を用意し、ほうじ茶を注いでやる。ほうじ茶の独特の香りが立つ。そして立ち上る湯気を眺めながら、俺は苛々し気に顔を顰める砕蜂に問いかける。

 

「それで、どうした?」

 

「…」

 

「…ふむ」

 

俺の問いかけに反応せずに無言でほうじ茶を啜る砕蜂。

俺は思案顔で首を傾げ、砕蜂が気を害する理由第一位である男の名前を出した。

 

「また浦原にやり込められたか?」

 

「黙れ。殺すぞ」

 

予想は正解だった様で砕蜂は刺す様な視線を俺に向けてくる。

俺は気にせずに言葉を続けた。

 

「よせよ。前にも言っただろう。あれは神算鬼謀の化物だ。頭や口で勝てる相手じゃない」

 

「はっ。化物などと、どの口がほざく。貴様とて化物だろうが」

 

「お前が言う所の化物である俺が言うんだ。浦原の化物具合がより解るだろう。俺は浦原が未来を見通す眼を持っていると言われても信じるだろうよ。それぐらいに、浦原の先見性は異常だ」

 

「………だから貴様はこのままで居ろと?奴に言われるがまま、着せられた汚名を(そそ)がぬまま、ただ奴の言う通り待てと言うのか?」

 

砕蜂の握る湯呑に亀裂が入った。砕蜂の苛立ちも俺は理解出来る。

 

俺と砕蜂が現世で禁則事項及び禁忌事象行使を行ったという濡れ衣を着せられ尸魂界から追放されて、もう一年以上の時が過ぎていた。

 

---さようならや、風守隊長---

 

俺が浦原喜助達の居場所を突き止めた日。

そう言って去っていた市丸ギン。

その背を追えぬまま俺は傷を負って倒れた。

砕蜂もまた四楓院夜一との戦闘で疲弊し倒れたらしい。

 

そして、眼を覚ますと俺達は尸魂界から追放されていた。

 

身に覚えのない罪はおそらく百十年前に浦原喜助達に罪を被せ追放した黒幕が似たような手を使ってでっち上げたのだろう。そして、その裏工作の精度は百十年前に騙された側である俺がよく知っている。

おそらく中央四十六室も巻き込んでいるだろうその裏工作に対する術を俺は持たない。

もし仮に裏工作が行われている最中に瀞霊廷にいられたのなら、対処は出来ただろうが、俺達が目覚めた頃には全ての裏工作は終了し、俺と砕蜂の追放は中央四十六室によって決定事項となっていた。

今から俺達が瀞霊廷に出向いた所で中央四十六室の裁定が覆ることは無いだろう。

それが尸魂界の法だ。

 

「ふざけるな」

 

そう言う俺に砕蜂は声を荒げて反論する。握り絞めた湯呑は今にも割れてしまいそうだった。

 

「我らに罪を着せ追放したのは市丸達一派だ。奴らは護廷十三隊を裏切り、危機に陥れようとしているのだぞ!奴らが何をしようとしているかは知らん。だが、数多くの隊士が犠牲になるのは確かだ。我らには護廷十三隊隊長としてそれを知らせる義務がある!たとえ、追放された身であろうと瀞霊廷に向かわねばならない!あの男なら、その手段を持っている筈なのだ。だと言うのに、あの男は…」

 

憎々し気に砕蜂は浦原喜助の名を語る。

尸魂界を追放された俺達は現世に連れて来ていた地獄蝶を失い、同時に正攻法で尸魂界に向かう術を失った。

俺達には浦原喜助の助けを借りない限り尸魂界に向かう方法がない。

故に砕蜂は何度も浦原喜助に協力を打診した。

しかし、浦原喜助はたとえ脅されようとも首を縦には振らなかった。

 

「浦原の言う通り瀞霊廷において中央四十六室の裁定は絶対だ。向かった所で無駄だと言う浦原の言葉にも一理ある」

 

「確かに護廷十三隊に敵として捕らえられる可能性はある。しかし、総隊長殿に御目通りさえ叶えば全てを報告することが出来るではないか!総隊長殿の眼は節穴ではない。真実を見抜けぬ筈がない。第一に、貴様は総隊長殿と共に護廷十三隊を作り上げた盟友だろう!貴様の言葉ならば必ずや総隊長殿に届くのではないのか!」

 

他でもない俺ならば山本元柳斎重國を動かせると砕蜂は言う。確かに砕蜂の言う通り山本元柳斎重國の眼は節穴ではない。嘘を嘘と見抜けぬほど耄碌(もうろく)もしていない筈だ。

そして、山本元柳斎重國が動けば中央四十六室の裁定も覆るかもしれない。

 

しかし、それでも俺は首を横に振った。

 

「百年前、俺は浦原達が裏切ったとの報告を卯ノ花から聞いて信じた。それは状況証拠。物的証拠。第三者の証人の証言。全てが揃っていたからだ。そして、おそらくそれは今回の件に関しても同じこと。なら、きっと山本重國は俺を斬るだろう。否、斬らねばならない」

 

「どういう意味だ?」

 

「”一死(いっし)(もっ)大悪(たいあく)(ちゅう)す”。”隊士(たいし)(すべか)らく護廷(ごてい)()すべし、護廷(ごてい)(がい)すれば(みずか)()すべし”。二つとも山本重國の言葉だ。あの男は(じょう)()ではなく(ぜん)に向ける男だ。山本重國は必ず俺という個ではなく護廷十三隊という全を信じるだろう。そういう男だ。俺は山本重國がそういう男だからこそ、その背に夢を見たんだ」

 

迷いを斬り。情を斬り。友を斬って尚、組織の為に動ける男。

最近は少し丸くなってはいるが、かつては部下や仲間の命にすら灰の重さ程も感じない男だった。その本質を山本重國は失ってなどいない。

だから、きっと俺が何を言った所で全ての証拠が俺達を黒だと言っている現状では俺の言葉は山本元柳斎重國には届かないだろう。

故に今の状況で尸魂界に帰った所で無駄だと言う浦原喜助の言葉にも一理あると続けた俺に、砕蜂は湯呑に込めていた力を緩め俯いた。

 

「…ならば、このまま何もせずに居ろと言うのか」

 

「そうは言ってないだろう。俺もこのまま終わる気は毛頭ない。浦原は機を待てと言っていた。何か考えが有る筈だ。砕蜂、お前に浦原を信じろとなどは言わない。だが、浦原には四楓院が付いているのだろう?なら、お前は四楓院を信じてみろよ。俺も四楓院を信じてみよう」

 

「…信じるだと?貴様に、夜一様の何が解る」

 

「四楓院の事など解らない。俺は四楓院とは関わりが薄いからな」

 

「ならば!信じるなどと簡単に言うな!」

 

”四楓院を信じる”。

 

俺の言った言葉が砕蜂の逆鱗に触れたのだろう。

砕蜂は湯呑を投げつける。湯呑は俺の頬を掠めて床に当たり砕けてしまった。

 

「…俺は、四楓院の事など何も知らない。だがな、四楓院は昔、お前が信じた者なのだろう?ならば、俺にとって四楓院はお前と同じ位に信用できる者だということだ」

 

「………私と、同じ?」

 

「そうだ。砕蜂。俺は今回の件にお前を巻き込んで悪かったと思っている。だが同時に、お前でよかったとも思っている。お前の護廷十三隊への忠義は本物だ。そう理解しているからこそ、俺はお前を信じている。そんなお前が四楓院を信じているからこそ、俺は四楓院を信用する」

 

何も難しいことは無い簡単な理屈だろうと続けて、俺は新しい湯呑を用意して砕蜂の前に置きほうじ茶を注いでやる。

 

「砕蜂。お前が信じた四楓院は裏切者の汚名を着せられたまま生きるような者なのか?再び、お前の尊敬と信頼を裏切るような者なのか?」

 

「違う。あの御方は、夜一様は私を裏切る様な事は絶対にしない。………百年前、私は夜一様を信じ切れなかった。だから、私はこれから先に何があろうと夜一様を信じ続けると決めたのだ」

 

「なら、何の心配もいらないな。なに、機が熟すまで長い休暇だと思って気楽に過ごそう」

 

そう言えば団子も用意していたんだと席を立つ俺の背に砕蜂の小さな声が掛けられた。

 

「風守。取り乱してすまなかった…それと、ありがとう」

 

「………砕蜂。顔が赤いぞ」

 

「っ!」

 

「愛い奴だ」

 

瞬間、俺に向かって再び湯呑が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

---特派遠征部隊部隊長、風守風穴及び護廷十三隊二番隊隊長、砕蜂の両名を現世における禁則事項及び禁忌事象行使の罪により現世へ永久追放とする。---

 

中央四十六室より下されたその裁定を聞いた時、卯ノ花烈は溜息を付いた。

”またか”と、そう思わずにはいられなかった。風守風穴が卯ノ花烈の手の届かない所に、卯ノ花烈が知らないうちに行ってしまうのは何時ものことだった。

あるいはその奔走さこそが風守風穴の風守風穴たる由縁であり、追放という憂き目に遭いながらもきっと欠片の悲壮感も漂わせず、気楽に混濁した眼で薄ら笑いを浮かべているだろう風守風穴を思い描き卯ノ花烈はクスリと笑った。

 

婚儀を挙げ夫婦となった男が中央四十六室から現世への追放という裁定を下されたというのに軽すぎると言える反応を示す卯ノ花烈が見る世界とは果たしてどんな景色であるのか、そして、卯ノ花烈が風守風穴に向ける感情が果たして愛と呼べるものであるのか、それは卯ノ花烈のみぞ知ることだった。

ただ一つ言えることは卯ノ花烈が風守風穴に向ける執着は愛と呼ばなければ到底人目に触れさせていいものではないということだ。

 

卯ノ花烈は懐から白く小さな手鏡を取り出した。

否、それは一見すればただの手鏡のようであったけれど、手鏡ではなかった。

”霊圧探索機”。

手鏡で有れば鏡のある部分に埋め込まれているのは黒い画面。そして、その画面に映る点滅する光は”発信機”がある場所を示していた。

 

点滅する光を見ながら、卯ノ花烈は微笑む。

 

彼女が修羅場の果てで出会い、死闘の末に愛した男は、掴み所の無い煙の様な男だった。

そんな男を千年掛けて手に入れた卯ノ花烈からすれば、手に入れた後に何もしないなんて言う発想は本当に心から相手の男を愛している女の発想ではなかった。

故に---卯ノ花烈は”発信機”を風守風穴に埋め込んだ。

どこに行こうとも最愛の男がどこに居るか分かるように。

 

ある夜の日。紡ぎを終え疲れて眠る風守風穴に麻酔を嗅がせて腹を開き、”発信機”を埋め込んで傷が残らない様に治療した。

 

そのことを知るものは誰もいない。”霊圧探索機”と”発信機”を作らせた当時の『技術開発局』所長浦原喜助には別の用途で使うと説明していた。

 

手鏡の様な”霊圧探索機”を片手に、文字通り手中に収めた男を思い卯ノ花烈の顔は更に綻んだ。

 

「霊圧に異常はないようです。なら、私が心配することはないでしょう。(いづ)れ、あの人は帰ってくるはず。なら、待ちましょう。ふふ、私は千年待ったのですから、次の百年や二百年、どうということはありません。私は貴方の妻として、貴方と作ったこの場所で、待っていましょう。貴方が戻る、その日まで」

 

 

 

余談だが、この数年後。卯ノ花烈の言う通り風守風穴は瀞霊廷に戻ってくる。

侵入者としてやって来た風守風穴の居場所を探す為に卯ノ花烈は”霊圧探索機”を使用する。

その際に卯ノ花烈は”霊圧探索機”と”発信機”の存在を風守風穴に伝えた。

 

その時の風守風穴の反応が以下である。

 

「そうか。お前はそんなに俺が好きなのだな。愛い愛い。俺は嬉しいぞ」

 

愛した男に狂気を向ける女とそれを受け入れる男。

お互いに狂っていた。

 

 

 

 

 








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出会う時



原作主人公とやっと関われるぞ!
と、息を巻いていましたが主人公がちょっと強すぎて扱いに困ること数か月。
グランドフィッシャーとか、主人公介入したらもう死体蹴りなんてレベルじゃないよね?
どうしよう?と、考えていたら夏が終わっていました。
更新が遅くなり申し訳ございません。<(_ _)>



いやホントですよ。別にダクソ熱が再燃してダクソ3ばかりやってた訳じゃありません。
DLCが楽しみとか、無いですよ?すごい楽しみですけど。




 

 

 

生計を立てねばならぬ。ありていに言えば金が要る。

四畳半の畳の上で茶を啜り、安寧を享受し時計の針が進む様をぼんやりと見ながら過ごす日々に幸せを感じる中で何故俺がそんな結論に至ったのか。

それは四楓院夜一の言葉が原因だった。

 

「稼ぎの無い男など屑じゃ。可愛げがないなら尚更にの」

 

砕蜂に誘われるまま甘味処に(おもむ)善哉(ぜんざい)(甘味)を啜り終えた後のこと。

日々を働きもせず寝て起きて茶を啜り過ごす俺には当然持ち合わせが無いのでいつもの様に砕蜂に支払いを任せた。

そして、その際に同席していた四楓院夜一の言葉がこれである。

 

塵でも見るかの様な視線と共に送られた言葉に俺は至極当然、そのとおりだと同意した。

 

霞を食って生活するならともなく、俺は善哉(甘味)とほうじ茶を啜り生活をしている。

ならば、せめてその分の代金を稼がなきゃならないのは道理だった。

今までは砕蜂がどこからともなく金を持ってきて分けてくれていたので、四楓院夜一に指摘されなければ気づくことのない問題だった。

そして、気が付いてしまえば捨て置くことの出来ない問題でもあった。

生計を立てねばならぬ。ありていに言えば金がいる。

 

しかし、困ったと俺は唸る。

 

現世で金を稼ぐに果たしてどうすればいいのか。

千年前に尸魂界の端で生を受け、千年以上の時を瀞霊廷で過ごして生きた俺には人生経験というものが豊富にある。世人が生涯を掛けて行えるだろうことについてはある程度網羅したという自負もある。

しかし、働くと言う一点に関してのみ言えば経験不足は否めない。

故郷は汚泥(さけ)が湧き死肉(にく)が実る阿片窟(とうげんきょう)。そこに居る間は働かずとも衣食住には困らなかった。

そんな阿片窟(とうげんきょう)を出た後、俺は護廷十三隊に入り隊長職を歴任したりもしたが、護廷十三隊の仕事は瀞霊廷の秩序を守ることと虚退治が主なもの。

瀞霊廷を追われた俺は今はもう瀞霊廷の秩序を守ることは出来ない。そして、虚退治にしても護廷十三隊に居た頃とは違い現世では給金はでない。

 

そう考えると働くということに対する経験と知識が俺には乏しいのだなと考え、ならばその道の先達である浦原喜助らのやり方に倣うべきだと商いを起こすことにした。

 

路地に簡易的な机と椅子を置き商品を並べる。

流魂街でよく見た物売りの姿を見よう見まねでなんとか格好だけは付けながらぼんやりと始めた商い。

売り物が出す心地良い音色を聞きながら、ぼんやりと見上げる空は今日も澄んでいた。

 

『風鈴あり(ます)

 

俺が始めた商いは最近ようやく軌道に乗った。始めはさっぱり売れなかったが、最近は日に二三個は風鈴に買い手が付く様になった。

しかし、やはりそれでも日々の暮らしを砕蜂に頼らず過ごすには金が足りなかったので今は風鈴売りの傍ら細々としたものを色々と売っている。一見するとガラクタにしか見えないそれは俺が浦原喜助らの居場所を探す為に現世を流離っていた頃に興味を惹かれ全国各地で手に入れていた一品。それらは現世のモノ好きの長次郎への土産にでもと考えていたものだったが、まあ良いだろうと売り払うことにして商品として風鈴と一緒に並べていた。

これが思いの外に売れた。風鈴よりも金になった

 

そのことを知った砕蜂に店名は骨董品店『風鈴』にしろと言われどこからか看板まで用意してきた。俺としては風鈴がメインでガラクタ達はおまけだったのだが、まあいいかと今日も移動骨董品店『風鈴』の看板を置き商いをする。

 

商いを始めた当初は現世での法も解らず、現世の秩序を守っている警察とかいう組織に連行されかけたりもした。彼らが言うには現世では勝手に路上で商いをしてはいけないらしい。

それは知らずとは言え悪いことをしたと頭を下げる俺に彼らは解れば良いと納得してくれながらも、話を聞かせて欲しいと警察署という場所への同行を頼んできた。

なにやら面倒なことになりそうだと思っていた所に浦原喜助がやって来て彼らとの間を取り成してくれたのも今思えば良い思い出だろう。

その後は浦原喜助に色々と知恵を貸してもらいながら商いを行う許可と場所を手に入れて今に至る。

 

「おじさん!風鈴ください!」

 

昔を思い出しぼんやりとしていた所に客が来る。

小さな客は爛々とした目で吊るされていた風鈴を見ていた。

 

「ああ、どれが良い?どれも俺の手作りだ。品質は保証しよう」

 

「へー!これ全部おじさんが作ったの!すごいね!」

 

「愛い愛い。そう褒めるな。照れるだろう。昔、卯ノ花、いや、妻に「何かを生み出すことに興味はないか」と言われてな。遠征の道中、仕事の合間に色々なモノを片手間で作った時期があってな。一番、手に馴染んだのがこれだった」

 

「ふーん。おじさん奥さんと仲良いんだね!うちと同じだ!」

 

何故だか自慢げに胸を張る小さな客に俺は微笑みながら頷いた。

 

「そうか。それは良いことだ」

 

「えへへー。あ!ねえ!おじさん!風鈴ってどうやって作るの!私にも出来るかなあ!」

 

「風鈴の造り方か、まずはガラスを破道の熱で溶かしてだな。次に縛道で形を整える訳だが…」

 

「はどー?ばくどー?」

 

「いや、なんでもない。火を使うんだ。危ないから、止めた方がいい」

 

「ふーん。そっか。じゃあ、いいや!私の代わりにおじさんが綺麗な風鈴いっぱい作ってくれるもんね!」

 

「だから、そう褒めるなよ。照れるだろう。ああ、それで、どれにするか決めたか?」

 

「あ、そうだった。うーんとね、それじゃあ、この青いの!」

 

「まいどありがとう。それじゃ、元気で。さようなら」

 

「うん!おじさん!ありがとうね!」

 

そういって、青い風鈴を手に眼の前で微笑む小さな客の額に俺は斬魄刀の柄の底を当てる。

小さな客は最後まで微笑みながら、青い風鈴を大切そうに持ちながらその姿を消していった。

 

「………魂葬(こんそう)という。現世の言葉で言うなら、成仏か。青い風鈴には暑さや熱を軽減する霊力を込めておいた。多分あの子は、火難にあった家の子だろう。母や父が先に逝く中で残されていたんだろうよ」

 

「………アイツは両親の元に逝ったのか?」

 

「罪なき魂が逝く場所は皆同じだ。しかし、あの世は広い。あの子が両親に会うことは難しいだろう」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうものだ。…他に聞きたいことはあるか。人間」

 

俺は小さな客の後ろにずっと立っていた青年に声をかける。

現世では珍しいオレンジ色の髪をした青年は俺の問いかけ一瞬考える素振りを見せるが、直ぐに首を横に振った。

 

「いや、()えよ。俺は最近、妙な噂がある露店が出来たってんで、アイツを連れて見に来ただけだ。アンタが何なのかも、聞くつもりはねぇ」

 

懸命な判断を下す青年に俺はそうかと答え、それで良いという思いを込めて視線を外す。

青年が幾ら霊なる者が見えるとはいえ、踏み込み過ぎは良くない。

だから、賢明な判断を下したなと青年を評価して、俺は青年のことを記憶に留めず忘れ去るつもりだった。

 

古今東西。霊なる者を見ることの出来る人間はそれなりに居た。

死神がそんな彼らに対する態度として正しい物は静観。彼らが何もせぬかぎり、死神から彼らに干渉することはない。

互いに触れず触らず。それが正しい対応。

護廷十三隊での地位を剥奪され尸魂界を追われ、すでに死神としての肩書を失っている俺だったが、その在り方を変える気は欠片も無かった。

 

俺はオレンジ髪の青年の存在を忘れる気でいた。

そんな俺の意識を変えたのは、青年が続けて言った言葉だった、

 

「…けど、一つだけいいか」

 

「なんだ?」

 

「こんなこと、たぶん無関係な俺が言うようなことじゃないんだけどよ。ありがとう」

 

「…」

 

「俺はアイツに、何もしてやれなかったからよ」

 

---だから、ありがとう。

そう言って去っていく青年の背を見ながら、俺は少なからずの衝撃を受けていた。

 

青年が俺に対して礼を言う理由など何もなかった。

彷徨う霊であった小さな少女に人間である青年が何も出来ないなんて言うことは当たり前のことだ。

そもそもソレは死神の仕事であり何なら青年は何時までも彷徨う霊を放置し続けていた死神達に対して文句の一つも言っていいと俺は考える。

だと言うのに、何故と尽きぬ疑問を前に俺は、なぜ俺はこんなにも青年の言動を否定しようと考えているのだろうかと考える。

 

お礼を言われた。なら、受け入れればいい。

愛い愛い。照れるだろうと。受け入れれば、良いだけだ。

何時もの様に「お前がそう言っているのなら、なるほど俺は良いことをしたのだろう」と受け入れればいい。

 

万難辛苦を飲み干し笑い。民衆万人の善悪を無条件で認め。三千世界の全てを受け入れ善哉善哉と言える俺を見て、人々が狂っていると評しているということは深く理解している。

 

かつての俺は間断なく怒り嘆き苦しむ人々を見て憐れみ悲しみ、桃園の夢の中でなら万人全て須らくが幸せな世界(ユメ)の中で生きられると信じていた。

故に愛する母と隣人たちが住まう阿片窟(とうげんきょう)を守り続けた。

その幸せな世界(ユメ)に俺自身は痴れられないと知りながら。

 

そして、その思いは山本元柳斎重國と出会い護廷十三隊という夢を見ている今であっても変わらない。

 

 

苦しいのなら、悲しいのなら、桃園に霞む仙丹を吸い幸せな自己の夢に閉じればいい。

外界で生きることを苦痛だと思うのなら、なに気楽に吸えよ。

お前の人生をお前がどういう形で閉じようとも、お前がお前の世界をどういう形で閉じようとも、それはお前が決めること。

お前がそう思うのなら、きっとお前の中ではそうなのだろう。

 

 

その考えは変わらない。故に俺は誰の意見でどんな意見であろうと受け入れよう。

勿論、それが善意であり悪意である以上、時にはぶつかり合うこともあるだろう。

俺も激情を抑えきれないことがあるだろう。

しかし、良い良い。きっとソレを生きると言うのだと俺は笑うと決めている

我も人。彼も人。故に対等であるのなら、それが当然の道筋であることを認めている。

 

それが俺が阿片窟(とうげんきょう)で生まれてから培ってきた思想で有る筈。

 

だというのに、俺は何故か青年の言葉を受け入れようとしなかった。

そのことに首を傾げていた俺。こんなことはそうそうあることじゃない。

思い出せるだけでこんなことがあったことは、たったの二度だけ。

 

一度目は卯ノ花烈との出会い。--只戦(ただそれ)を掲げた思想は到底理解できない危険なものだった---

二度目は山本元柳斎重國との出会い。--彼の語った護廷十三隊設立という夢は阿片窟の番人にして笑わずにいられない荒唐無稽なものだった--

 

そして、俺はその二度は何故受け入れられなかったのかという疑問に、相手が卯ノ花烈と山本元柳斎重國で有ったからだと納得をしていた。

あの二人は風守風穴という男にとってあまりに特別過ぎる存在だった。

だから、俺は受け入れられなかったのだと納得した。

 

そこまで考え、そうかと俺は納得する。

 

なぜ俺が青年の言葉を受け入れられなかったのか。

その理由は明白だった。

 

「なあ、待て。お前、名は何と言う?」

 

「黒崎。黒崎一護だ」

 

つまりはこの青年が風守風穴にとって特別となる存在なのだろうと、俺は一人納得した。

 

 

そう言えば、いつ以来だろうか。

現世で迷う魂魄を魂送した事に「ありがとう」などと言われたのは。

 

そんなことを思いながら。俺は黒崎一護の背を見送った。

 

 

 

 









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雀は出会う

知らない間に原作が終了したらしい・・・(´・ω・`)
自分はまだ日番谷君が日番谷さんに成った辺りまでしか読んでないんだが…
コミックを買いに行かなければ‼(; ・`д・´)


 

 

 

 

ある日の昼。四畳半の畳の上に座布団を枕に寝転ぶ俺に掛けられたのは、砕蜂のこんな言葉だった。

 

「髪を切れ」

 

「はあ」

 

「はあ。ではない。私は貴様の髪が視界に入るのが鬱陶しいと言っている」

 

寝転ぶ俺を見下ろす形で腕を組む砕蜂。何故だか砕蜂の眼光は剣呑だった。

 

砕蜂を見上げる俺の眼に掛かる前髪。視界を狭める長さのそれは、確かに砕蜂の言う通り(いささ)か伸びすぎている。

切れと言われれば切ることに抵抗はない。元々、俺は髪などには無頓着。卯ノ花烈の様に髪型に拘りがある訳でもない。ただ在るがままに伸ばしていただけだ。

 

「わかった。切ろう。だが、自分で切るには自信がない。頼めるか、砕蜂」

 

「ああ。鏡台の前に座れ」

 

砕蜂がままに鏡台の前に座布団を運びそこに座る。

砕蜂はテキパキと髪を切る準備を始めていた。

俺は髪を切る。

 

「取りあえず私とお前が出会った頃位の長さにするぞ。それでも大分長いが…良いな」

 

「良い良い。お前に任せよう」

 

砕蜂の手と鋏が俺の髪に触れる。砕蜂は微塵の迷いも無く髪に鋏を入れると無遠慮ともいえる潔さで鋏を入れ始めた。

 

「馴れているな。誰ぞの髪でも切った経験があるのか?」

 

「無い。初めてだ」

 

「そうか。それにしては潔い手際だ」

 

「所詮は貴様如きの髪。失敗しても私は困らん」

 

口角を一ミリも上げることなくそう言い切る砕蜂に俺は善哉善哉と笑ってみせる。

 

「そうかそうか。万事をお前に任せよう」

 

俺の言葉に砕蜂が舌打ちするのを聞きながら、俺は視線を鏡台の鏡へと映した。

そこには黒髪短髪の少女と白髪痩身の男が映っていた。

言うまでもなくそれは砕蜂と俺。鏡越しに目が合った砕蜂の「何だ」との問いかけに何でもないと答え、俺は鏡に映る俺に視線を向けた。

 

似てきているなと、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

そして、久しぶりに会いに行ってみるかなんて考えが浮かんだ。

 

「…砕蜂。少し寝るがいいか?」

 

「ああ、構わん。終わったら起こしてやる」

 

砕蜂の優しさに甘えながら、俺は思考の海へと埋没していく。

 

 

刃禅(じんぜん)』と呼ばれる形がある。

斬魄刀を膝に置いて座禅を組むその形は斬魄刀と対話をする為に尸魂界の開闢(かいびゃく)から何千年という時間を掛けて編み出された形。

斬魄刀を扱うものなら誰でも知っている基礎と言っていい形での修練によって大概の死神は斬魄刀との対話に至る。

どれだけ才能がない死神であろうと『刃禅』を何十年と続けていれば斬魄刀との対話に至り始解までなら扱えるようになるだろうと昔に山本元柳斎重國が言っていた。

かの男がそういう以上はそうなのだろう。そしてそれは言うまでもなく素晴らしいこと。

故に俺には『刃禅』という修練に対する嫌な感情は欠片もない。

在るのは只、なぜ面倒な形で斬魄刀の思考へと埋没していかなければならないのだろうかという疑問だけ。

 

『刃禅』など組まずとも斬魄刀との対話に至る門は開かれているではないかと疑問を投げかけた俺に対して在りし日の山本元柳斎重國は黒々とした髭を撫でながら、呆れたようにいった。

 

---貴様は、否、貴様の斬魄刀は特別じゃ。と。

 

後に長次郎との酒の席に会話によって俺は山本元柳斎重國の言葉の意味を知った。

長次郎が斬魄刀との対話に至り始解を収めた修練の道。そして卍解を修得するまでの苦難の道程を聞けばなるほど、俺は、否、俺の持つ斬魄刀は特別に過ぎた。

あるいは別種と呼んでもいいのかもしれない。

 

何故なら俺は阿片窟(とうげんきょう)に生まれて数年。曰く正義の死神が阿片(ゆめ)に溺れて残した斬魄刀を幼心に決意を抱き持った日の夜に斬魄刀の名を知り始解どころか卍解にまで至っていたのだから。

 

 

斬魄刀の思考に埋没していく。

 

赤。緑。青。原色を基調とした古風な宮殿に俺はいた。

人一人の個性など容易く埋没するだろう色彩と広さを誇る宮殿に存在するのは二人の男。

佇む俺と、玉座に腰を掛ける黒衣を纏った白髪痩身の男。

 

見据える俺に、男は愛しむような混濁した視線を浮かべながら善哉善哉と笑ってみせる。

 

『お前は、救われたいのだろう』

 

斬魄刀『鴻鈞道人』。

俺が腰に差す愛刀が具象化した姿は俺と瓜二つだった。

似ている。いや、似ているのではない。俺が似てきたというだけの事。

俺がまだ童であった頃。阿片窟(とうげんきょう)で初めてであったその時から、『鴻鈞道人』は変わらずこの姿であった。

故に似てきたのは俺の方。成長と共に俺が『鴻鈞道人』に近づいている。

そして、それが示す意味は明確だ。

いずれ俺は---

 

 

「終わったぞ」

 

砕蜂の言葉で俺の思考は現実へと引き戻される。

鏡に映るのは髪を切られ、『鴻鈞道人』の姿から少し遠退いた白髪痩身の男。

 

「…」

 

「…なんだ。どうした。私が切った髪の仕上がりに文句でもあるのか?あるなら言ってみろ。聞いてはやらんがな」

 

「…いや、ないよ。砕蜂、ありがとう」

 

「ふん。なんだ貴様。嫌に素直で気色悪いな」

 

 

 

 

 

 

ある日の夜。四畳半一間の部屋。卓袱台に置かれた夕食のメザシと白米を平らげながら、砕蜂はテレビの画面に映る内容に鋭い眼差しを向けていた。

 

「………新商品のキャットフードか…」

 

時折漏れる呟きに反応することはせずに俺は沢庵(たくあん)を齧る。

平々凡々と続く日々。俺はほうじ茶を啜りながら流れる雲を見上げるだけの時間に安寧を感じていた

しかし、それが長くは続かないことはわかっていた。

昨日、ある出会いがあった。

取り止めもない出来事にも思えるそれは、しかし、かつてただの『風守』であった頃に起こった大きな二つの出会いに勝るとも劣らない結果を齎すことを俺は知っている。

俺がそう思うのだ。俺の中ではそうなのだ。

 

安寧は終わり。時間は進む。時計の針は頂点に達した。

 

そして、一人の青年の物語が始まる。

 

---霊圧の変動。産声の様な揺らぎは、現世において起こる筈もないもの。

 

「…っ!?」

 

砕蜂が立ち上がる。俺でも知覚することの出来たそれを刑軍統括軍団長であった砕蜂が感じ取れない訳がなかった。

今にも部屋を飛び出そうと立ち上がる砕蜂の肩を掴み、俺は砕蜂を制す。

 

「待て、砕蜂」

 

「待てだと?貴様、いま何が起きたか分からぬ訳ではあるまい!霊圧の変革。あれは、人の霊圧が死神の霊圧に変わったのだぞ!それはつまり」

 

「”死神の力を人間に渡すことは重罪だ”。お前の言いたいことはわかるよ。だが、俺たちはもうそれを取り締まれる立場にいないだろう」

 

「だからと言って、野放しにする気か。見損なったぞ。死神の力が人間に渡ったということは、力を失った死神がいるということだぞ!」

 

他が為に。誰かもわからない死神の危機に憤慨する砕蜂を見て、俺の心が熱くならない訳が無かった。

やはり俺の目に曇りはなく。砕蜂は俺の護廷十三隊(このユメ)を大切に思ってくれている優しい奴だった。

 

「愛い奴だ」

 

漏れた言葉に偽りはなく。

 

「お前は、そんなに俺が好きなのだな」

 

心からの愛情をもって俺は砕蜂を抱きしめていた。

細い腰に腕を回し、反対の手で砕蜂の頭を自分の胸に押し付ける。

 

唐突な接触にフリーズする砕蜂。動き出したのは少し後のことだった。

 

「な、なにを!?このような時に‼いや、離せ馬鹿者‼」

 

「愛い愛い。照れるな」

 

「照れてなどいない‼不快だから、離れろと言っているのだ‼」

 

「俺がお前の嫌がることをする訳がないだろう。何時(いつ)如何(いか)なる時も、俺はお前の幸せを願っているのだぞ?」

 

「貴様は何を言って--「案ずるな。お前の願いは、ようやく叶う」--貴様、何か知っているのか?」

 

腕の中で暴れていた砕蜂の動きが止まる。

俺は砕蜂の首筋に顔を埋めながら囁くように笑った。

 

「”おそらくこうなる”と、聞いていた。浦原喜助の神算鬼謀。千の先を読む目の神髄を見た気分だ。百十年前、浦原喜助ら魂魄消失事件の犯人に仕立て上げ、俺たちを『尸魂界(ソウルソサイティ)』から追いやった黒幕を暴く為に、一人の人間が成るべくして死神になった」

 

「…ふん。またあの男の計略か。気に喰わんな。貴様は何時も、私の知らない所であの男と通じている」

 

拗ねたようにそう言う砕蜂に返す言葉が俺には無い。

砕蜂の知らない所で俺は浦原喜助と密談を重ねている。

指摘された問題点は事実で言い訳のしようもない。

だから、せめてと俺は言葉をつづける。

 

「待たせて悪かった。一緒に汚名を(そそ)ごう。砕蜂、お前は優しい奴だ。俺の護廷十三隊(大切なユメ)の為に語尾を荒げて怒ってくれた。俺と共に時を待ち過ごしてくれた。故に次は俺がお前の為に動こう。砕蜂、俺はお前の為に何をすればいい」

 

砕蜂の信頼への裏切りを言葉で返そうなどとは思わない。

だから、

 

「お前の望みを聞かせてくれよ」

 

俺の問いかけに対する砕蜂の言葉はまさしく彼女らしい凛々しく強さに満ちた言葉だった。

 

「…貴様は、強い。私はそれを認めている。だから、戦え」

 

続く言葉に俺の胸は熱くなる。その熱さは愛情ではない。

歳の離れた少女へと向ける親心の様な愛情ではない。

 

「どういう形であれ、私たちが再び『尸魂界(ソウルソサイティ)』に戻る時は必ず戦いになるだろう。私たちの前に立ちはだかるのは護廷十三隊の隊長だ。総隊長殿すら敵として立つのだろう。私とて、他の隊長格に後れを取るつもりはない。だが、総隊長殿だけは別だ。あの御方だけは、格が違う。あの御方が最強だ。だから、だから、風穴。貴様が戦え」

 

---私の為ではない。

 

「護廷が為に貴様が戦え」

 

「---」

 

抱きしめた砕蜂の身体から滲み出す様な温もりは”愛情”ではなかった。

無論、卯ノ花烈にのみ向けるべき”愛”でもなかった。

俺はこの時、歳の離れた眼の前の小さな少女に”恋”をしたのだろうと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

始まりは復讐が理由だった。

 

『追放罪・浦原喜助の逃亡幇助(ほうじょ)及び、その露見を恐れての失踪。それにより隠密機動総司令官職及び刑軍統括軍団長職から四楓院夜一を永久除籍する』

 

神の如くに敬愛した主君に裏切られたのだと思っていた頃の砕蜂が風守風穴に近づいたのは復讐の為だった。

護廷十三隊特機・『特別派遣遠外圏制圧部隊隊長』。護廷十三隊に属しながら数字を持たず、遠征に続く遠征を繰り返し、『尸魂界』は元より現世でに遠征任務、果ては『虚園(ウェコムンド)』までに赴き任務を遂行し続けた実績は間違えのないもの。

遠征に置いてなら他の追随を許さない実力を考えれば、浦原喜助と共に現世に逃げたと思われる四楓院夜一の行方をいち早く見つけるかもしれないのは、隠密機動を率いる砕蜂自身を抜けば、風守風穴だった。

 

だから、砕蜂は風守風穴に近づいた。

友好的な関係を築き有事の際には融通の利く相手にしたかった。

だから、ある日の瀞霊廷で、あまり高くないコミュニケーション能力を用いて砕蜂は風守風穴に声を掛けた。

 

『おい。貴様。ちょっと面を貸せ』

 

『ん。良いぞ。善哉善哉』

 

そうして誘った茶屋から砕蜂と風守風穴の関係は始まった。

 

始まりは復讐だった。

作り上げた関係も全て復讐の為のもの。交わす会話も全て復讐の為のものでしかない。

だというのに--

 

『じゃあ、これで話は終わりだな。どうだ砕蜂。久しぶりに呑みに行かないか?』

 

『俺は今回の件にお前を巻き込んで悪かったと思っている。だが同時に、お前でよかったとも思っている』

 

風守風穴は笑うのだ。常に浮かべているヘラヘラとした薄ら笑いをより深いモノにして楽しそうに笑う。

 

その笑みを見る度に---

 

「私は!私はどうすればいいのでしょうか!夜一様‼」

 

そう叫びながら酒の入っていたジョッキをテーブルに叩き付ける砕蜂。

唐突な大声に目立ってしまったかと周りを気にする四楓院夜一だったが、しかし、此処は現世の大衆酒場。砕蜂の様に取り乱す者は珍しくないのだろう。周りの人々は一度、何事かと目を向けたが、直ぐに視線を元の場所に戻していた。

 

「はぁぁあ。砕蜂。おぬし、ちょっと呑み過ぎじゃぞ」

 

「最初は復讐だったのです。最後まで復讐だった筈なのです。なのに、なのに夜一様は夜一様で復讐なんて意味がないなら私のこの感情は一体どういうことなのですか!どうして私が夜一様には似てもいないあんな白くて大きな男に‼」

 

「わかった。わかったからもう飲むな。酒を置け。まったく、どうしてなどと儂に聞かれてものぅ。喜助は何かとあの男と通じておる様じゃが、儂はあの男が好かん。じゃから、儂から言えることなんてあまりない。が、まあ、一つだけ言っておこうかのぅ。砕蜂。よく聞け」

 

「はい。夜一様‼」

 

「あの男は既婚者じゃから止めておけ」

 

 

 

 

 



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人間との出会い方①

取りあえず原作の最初の方の巻を読み返しました。
なんだかんだ、やっぱりブリーチは面白い漫画です。


 

 

『風守さんには暫くの間、静観をお願いしたいと思っているんスけど、良いでしょうか?』

 

浦原商店で出された麦茶を啜りながらした浦原喜助との約束を破る気など俺には無かった。

浦原喜助の神算鬼謀は本物だ。頭脳という一点で見るのなら、最強と称してもいいと思えるほどに浦原喜助の計画性と先見性には目を見張るものがあると俺は思う。

その男が立てた計画の邪魔をする気など俺には無く、故に空座町の各地で起き始めている霊圧の異常と(ホロウ)の出現を前に動かずにいた。

そのことに対して不満を漏らす砕蜂を宥めながら過ごす日々が一カ月ほど過ぎた頃、浦原喜助との約束を破る気など更々(さらさら)ない俺にして事への介入を考える事態が起きた。

 

異常を感じたのはある日の昼下がり。憎らしくも懐かしい匂いが空座町の空に漂った。

 

「…この匂い。滅却師(クインシー)の対(ホロウ)用の撒き餌か」

 

滅却師(クインシー)。人間で有りながら死神の理とか違うやり方で(ホロウ)と戦う力を身に着けた者達。

虚と戦うことのできる稀有な人間達。

そして、その力故に俺達死神が千年前に滅ぼした種族。

あと百年も待たずに根絶するだろうという数まで種を減らされた滅却師の生き残りがこの空座町に居ることは知っていた。

時折、滅却師のチカラを使い虚を滅却(ころ)していたことも知っていた。

それでもそれを放置していたのは、ある日に遠目から見た若い滅却師の姿が理知的で合理的な判断ができる様に見えたから。

現にその若い滅却師は今日まで死神が介入しない頻度と程度でチカラを使っていた。

 

そんな彼が周囲の魂魄と人間に被害を及ぼす影響があるかもしれない滅却師の対虚用の撒き餌を使用した。

 

はて、どうしたかと考えて、俺は一人納得した。

 

「ああ、そうかそうか。若い滅却師。お前も黒崎一護に()てられたのだな。善哉善哉。責めはしないさ」

 

黒崎一護は俺にして特別だと言わざる得ない人間だ。

若い滅却師が彼と関わり変わってしまったとしても責めようがない。

 

「風守‼」

 

移動骨董品店『風鈴』。荷車を引きながら商売をする俺の店の手伝いで客の呼び込みに出ていた砕蜂が慌てた様子で戻ってきた。

 

「ああ、分かっている。流石にこれは静観できんよ。浦原喜助には悪いが、少し動こう。いいな、砕蜂」

 

「ふん、当然だ。元より私はあんな男の指示に従うなど嫌だったのだ。夜一様と貴様がどうしてもと言うから従っていたに過ぎん」

 

「ああ、分かっているとも。お前の気持ちを俺はより良く理解している。…(ホロウ)の反応が強いのは西と北か。確か商店街と高等学校とかいう学び舎がある場所だな。人の集まる場所だ。万一があるかもしれない。二手に分かれよう。砕蜂は商店街の方を頼む」

 

「ああ、わかった」

 

「無茶はするなよ」

 

「ふん、私が撒き餌に釣られる虚如きに後れを取ると思っているのか」

 

俺の心配に不服そうな表情を浮かべる砕蜂。

俺はそうじゃないと首を振る。

 

「深い介入はするなという意味だ。浦原喜助は俺達を黒崎一護と関わらせることを嫌っていた。おそらくこの事態、黒崎一護も動いているのだろう。鉢合わせした時は、無茶するなという意味だ」

 

俺の言葉に砕蜂は更に表情を歪め嫌悪感を(あらわ)にした。

 

「ふん、この状況でもまだあの男の言葉を気に掛けるか。貴様は随分と浦原喜助が好きなのだな」

 

そう言い捨てて踵を返し去っていく砕蜂。俺はなぜあんなに不機嫌になっているのだろうと首を傾げるが、頭に答えは浮かんでこなかった。

 

それなら仕方がないと俺は朝から砕蜂に言おうと思っていたことを伝えるために砕蜂の背に声を掛けた。

 

「それと砕蜂」

 

「なんだ?まだ私に用があるのか」

 

「朝から思っていたんだが…頭の黄色い三角頭巾と、その黒いエプロン。店の手伝いの為に用意してくれたのだろう?似合っているぞ。普段と違う装いの砕蜂は、やはり愛いな」

 

「っ‼………ふん」

 

振り返った顔を赤くして何も言わずに去っていった砕蜂を愛い愛いと見送って俺もまた高等学校とやらへ急ぎ向かって行く。

 

 

 

 

 

 

駆ける中で遠目から見えた光景は何も珍しいものじゃ無かった。

 

『空座第一高等学校』。そんな看板の掲げられた建物の窓硝子が割れていた。

広い校庭には崩れ落ちる大勢の人間たちの姿と(タコ)のような外見をした一匹の虚の姿。

珍しい光景じゃなかった。チカラを持たない人間が虚に蹂躙される。弱肉強食とでもいうべき光景は珍しいものではない。

顔から正気を無くした人間たちが一人の少女に襲い掛かる。おそらく人間を操ることが蛸のような外見の虚の能力なのだろう。

襲われる少女を守る為に戦っている少女がいた。「織姫は私が守る」と吠える姿は珍しいものじゃなかった。

力ある者が力のないものを守る。慣れ親しんだ光景は俺の胸を打つことは無く、鼓動は平常。

故に駆ける足の速度は変わらず後数十秒で『空座第一高等学校』の校庭に到着する事実に変わりはない。辿り着いたら蛸のような外見の虚をその場に居る人間たちの目にも止まらぬ速さで斬り、その場を後にしようという決心は揺るがない。

 

特別なものなど何もない光景。特別な者など誰もいない場面はだからこそ、()()()()

当たり前なことだった。

 

---しかし、次の瞬間に当たり前はいとも容易く霧散した。

 

少女を守っていた少女が倒れた。

少女の為に戦っていた少女の身体に虚の種子の様なモノが撃ち込まれる。

おそらくあれが虚の能力を行使する為の手段。

それはつまり、少女の為に戦っていた少女の身体の支配権が虚に移ったということだった。

 

少女を守る為に振るわれていた少女の拳が蹴りが、少女に振るわれる。

 

屈辱だった筈だ。後悔だった筈だ。侮辱であり辱めであった筈だ。苦しみであり悲しみだった。

ああ、と俺はその見慣れた光景に泣きそうになる。操られた少女の目から零れた涙につられて憐憫(れんびん)の情があふれ出す

 

---苦しみ嘆く可哀想な人間達。そんなに苦しいのなら。そんなに悲しいのなら。俺が、救ってやろう。俺にお前たちの幸せを、心の底から願わせてくれ。

 

一匹の雑魚虚などに始解をする気など俺には勿論なかった。

しかし、少女たちを救うために『鴻鈞道人』を解放しようと口が銘を呼びかける。

『鴻鈞道人』の刃は一太刀の元に虚を斬り、そして『鴻鈞道人』から漏れ出す阿片の煙は一呼吸の内に少女たちを桃源郷の夢へと誘うだろう。

少女が守り。少女は守られる。少女たちは悲しかった妄想(げんじつ)も苦しかった妄想(げんじつ)も忘れて、変わることのない甘く優しい現実(ユメ)の中で閉じて逝ける。

 

---それを救いと呼ばずに何と呼ぶのか。

---なあ、少女。いや、久しぶりだ。織姫。

---あの時と同じように、お前は俺に救われたいのだろう。

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞---」

 

救いたかった。守ってやりたかった。弱い人間を。可哀想な人間を。

しかし、その願いは叶うことなく。紡ごうとした斬魄刀の解放は俺の意思で停止する。

 

 

---ありがとう。たつきちゃん。ありがとう。ありがとう。

---だから、泣かないで。泣かないで。

 

   「こんどはわたしがたつきちゃんを守るから」

 

 

 

「---」

 

井上織姫の言葉に言葉を失う。守られていた筈の井上織姫の手は守る為に守ってくていた少女の顔へと伸ばされていた。

 

「なん…だと…」

 

衝撃は大きく俺の憐憫(れんびん)の情など容易く飛び越え顔に笑みが浮かぶ。

緩む口元を抑えることなど出来なかった。

この光景を前に「言うだけだ」「何もできない」などとは言わせない。

事実、井上織姫は守ってくれていた少女の心と誇りを守り救っている。

 

「ああ、そうか」

 

漏れる言葉は一息の内に。四肢に漲る霊力は秒と掛からず俺の身体を『空座第一高等学校』の校庭へと運んでいた。

 

「井上織姫」

 

「え…は、はい」

 

人間の視界で捕えることなど出来ない俺の歩法。井上織姫には俺が突如として現れたように見えたのだろう。驚き呆然とする井上織姫に俺は笑いかけるように言う。

 

「今のお前に、俺の救いは要らぬのだな。善哉善哉。俺は悲しいが、それはきっと良きことなのだろう」

 

井上織姫の姿。五年ほど前に出会った少女の姿は少し成長を遂げていた。

井上織姫は俺の事を忘れてしまっているのだろう。初対面の者を見る眼で俺を捕えていた。それにあの時とは違い義骸ではなく死神装束を俺は纏っている。覚えているとして結び付けられないことに無理はない。

思い出せないならそれでいいと、俺は静かに笑い要件を済ませようと蛸のような外見の虚の方を向く。

 

「あんた…死神かい」

 

「ああ、死神だ」

 

「そうかい。そうなのかい。………ク、ク、ク」

 

苦しむように声を漏らす虚。死神に出会い斬られることを恐れたのかとも思ったが、虚の漏らす声が徐々に嗜虐性を強めていった。

 

「ク、ク、ク、クキャ、キャハハハ‼ワタシはついてるね‼死神が現れた‼けどね、ワタシにはこんなにも肉壁があるんだよ‼」

 

そう言って虚は周りに倒れていた操っている人間たちを立ち上がらせると盾にでもするように自分の前に配置する。

その中には井上織姫を守る為に戦っていた少女の身体もあった。

 

「たつきちゃん‼」

 

「キャハハハ‼人間を虚から守るのが死神の役目だろう‼こうすれば、あんたは手も足も出せない‼さあ!見せてちょうだい!ワタシも見るのは初めてだよ‼死神が成す術もなく人間に殺される姿をさ‼」

 

「…縛道の九”(げき)”」

 

詠唱を破棄し放たれた鬼道の赤い光が操られていた人間達の身体を縛り動きを封じる。

 

「なア!?」

 

人間達の支配権を失い慌てふためく虚に俺が興味を向けることはもう無い。

俺は虚の言葉を無視しながら井上織姫を守っていた少女の顔に手を伸ばす。

左の額に埋め込まれた虚の種子。傷を作り流す血で手が汚れるのを気にせず傷口を見る。

 

「む、無駄だよ。死神‼その種子はその女の神経にまで達している‼無理に引き抜こうとすれば--

 

「大した傷じゃないな」

 

霊力で額に打ち込まれていた種子を焼き消し傷口を回道(かいどう)で癒していく。

 

「安心しろ。井上織姫。この少女も、周りの人間も俺が傷跡も残さず癒してやろう。なに、安心しろ。俺は昔、医療機関の長だったこともある。治療なら、まあ、現役には及ばないだろうが、それなりに出来る」

 

---だから、もう周りは気にしなくていい。

 

「井上織姫」

 

「は、はい」

 

「この少女は、お前が守り救うのだろう?」

 

「…はい‼」

 

「なら、任せた。お前たちに」

 

「私達?」

 

「…気づいていないのか?お前の周りに飛んでいる者達のことだ」

 

井上織姫が少女を守る為に立ち上がった時から、井上織姫を守る等に飛んでいた彼らの存在を伝えれば、井上織姫は不思議そうに首を傾げた。

 

「…?なにこれ?」

 

「…本当に気づいていなかったのか?」

 

呆れた俺に言葉を返してきたのは井上織姫ではなく井上織姫が見出したチカラ達だった。

 

『いや、気づいているよ。気づいていた筈だよ。キミは僕達の存在に』

 

「…しゃべってる…………?」

 

『だって、ぼくたちはいつも、キミの一番近くにいたんだから。よろしく織姫さん。ぼくらは”盾舜六花(しゅんしゅんりっか)”。キミを「守る」ために生まれたんだ。キミの能力(チカラ)さ‼』

 

 

俺はこの日、人間の可能性を見た。

 

 

 



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彼女が出会いを嫌う理由

出来れば千年血戦まで書き上げたいのですが、未だに原作6巻ほどまでしか話が進んでいない…あと原作は70巻位あるぞ。

…心が折れそうだ。(; ・`д・´)



ダクソ3のDLCも来るし(´・ω・`)


 

 

 

 

『空座第一高等学校』の屋上で空を見上げる。空に浮かぶ雲。その流れる様を眺めるのが俺は好きだ。白く巨大で雄々しくも優雅な雲が風に流れ消えていく様は、立ち上る桃園の煙が炎に焼かれ消えていく様にとても良く似ている。

普通に考えればソレは忌むべき記憶だ。懐かしく愛おしい阿片窟(とうげんきょう)

俺の故郷を焼いた炎熱地獄の光景を雲を見る度に思い出す。

懐古と呼ぶべき感情と共に浮かぶべきは憎しみで有り後悔である筈だ。

 

しかし、俺にはかつて故郷を焼いた男である山本元柳斎重國に対する憎しみが微塵もない。

 

あるものは常敬の念であり。そして、憧れでしかない。

 

曰く最強の死神。曰く正義の死神。剣の鬼と呼ぶべき男の刀は余りに熱く。その背はあまりに大きかった。

故に()がれた。故に(あこが)れた。

 

---その背に遍く夢を見た。

 

「護廷十三隊。俺が山本重國の背に見た夢。阿片に痴れることの出来ない俺が、唯一痴れた阿片(ユメ)を守ることが俺の願いであり祈り。その為ならば、俺は万難辛苦を飲み干し笑い。民衆万人の善悪を無条件で認め。三千世界の全てを受け入れよう。…これで、いいんだな?」

 

空に向けていた視線を下げる。そこには白と緑の縦縞模様という洒落た帽子を被り杖を付く男。神算鬼謀の浦原喜助がいた。

井上織姫と虚との戦いは井上織姫の能力。『盾舜六花(しゅんしゅんりっか)』の覚醒と共に終わりを告げた。

浦原喜助が現れたのはその戦いの後始末をする為。能力の覚醒によって虚を倒した井上織姫だったが、初めての能力の行使により身体は疲れ直ぐに倒れた。

倒れた井上織姫の回収と治療が浦原喜助の目的だと悟った俺は邪魔にならない様に井上織姫の元を離れ『空座第一高等学校』の屋上へとやってきた。

 

俺と黒崎一護の接触は浦原喜助の計画に悪影響を及ぼす恐れがある。

だから、静観していてほしいと頼んできた浦原喜助の言葉を俺は忘れてはいない。

故に黒崎一護の仲間なのだろう井上織姫から距離を取ろうとした。

接触をしてしまった以上、もう遅いかもしれないがやらないよりはマシだろうという俺の心使いは、しかし、意味のないものだったのかもしれない。

その証拠に浦原喜助は立ち去った俺を追い屋上までやってきた。

 

関わる気はなかった。浦原喜助が何も言わずに立ち去るのなら今まで通りに静観をするつもりだった。

しかし、浦原喜助は俺を追いやってきた。ならばと俺は常々感じていた疑問を浦原喜助に投げかける。

 

-これで、良いのだな?

 

浦原喜助は俺の問いかけに一度目を瞑ると重々しく口を開いた。

 

「はいっス。ありがとうございます。風守サン。アタシの言葉を信じてくれて、ありがとうございます」

 

「浦原。俺はお前の頭脳を信じている。お前がそういうのなら、ああ、きっとそれは正しいのだろう。そう言える程度には、俺はお前を信じているんだ」

 

「…アタシが隠し事をしていることに気づいていてもっスか」

 

「………」

 

隠し事。浦原喜助の口から語られた言葉に覚えがない訳じゃない。

最近、空座町で起き始めた霊圧異常。黒崎一護という人間が死神になったという事実。

その渦中に感じていた懐かしい霊圧。

 

「朽木ルキア。やはりあいつが、黒崎一護にチカラを渡した死神か」

 

「はいっス。…どうか、彼女を責めないであげてください。朽木サンが黒崎サンに死神のチカラを渡した状況は相当に切迫してました。朽木サンの判断が遅れていればお二人の命はおろかもっと大勢の犠牲が出た筈です。そして、朽木サンは黒崎サンにチカラを渡した後も、自分の身体が万全になり次第チカラを回収するつもりでした。それを邪魔したのはアタシらっス」

 

帽子を脱ぎ、脱いだ帽子を胸に当て跪く浦原喜助を見下ろしながら俺はそう畏まるなと頬を掻く。

 

「責める気などない。どうあれ朽木ルキアが選んだことだろう。なら、良い良い。あいつがそう思ったのなら、それが正しいのだろう。それでいい。故に立てよ。お前が描いた計画に俺は微塵の文句もない。…だが、なあ、浦原。あいつを泣かせるなよ」

 

跪く浦原喜助と同じ目線になるように屈みながら浦原喜助の目を見て言う。

威圧の為に霊圧を解放するなんて無粋な真似はしなくていい。

こうして目と目で話せば誰とでも通じ合えると俺は信じている。元々が引きこもりで人見知りの上に口下手な俺が長い時間を掛けて編み出したコミュニケーション能力。

口元を歪め優しく微笑むことも忘れない。こうすれば大抵の相手は俺の話を聞いてくれる。

 

「朽木ルキアは愛い奴だ。俺の大切な阿片(モノ)を良いモノだと言ってくれた。それに俺はあいつに期待している。お前と同じく次代を担う死神としてな。故にあいつが泣けば俺は助けなきゃならない。ああ、いや。元より誰であろうが不幸なものを俺は救うがな。救われたいと願う声に耳を貸さないほど、俺は薄情じゃないんだ。…わかっているな?」

 

「………はい」

 

「善哉善哉」

 

何故だか顔から脂汗を流しながら俯く浦原喜助。何故、こうも汗を掻いているのだろうか。

確かに今日は暑い日だが、歴戦の兵である浦原喜助からすれば暑さなんて苦でもないだろうにと考えて、ああ今は駄菓子屋の店主として擬態しているのだったかと納得する。

暑い日に汗も掻かない駄菓子屋の店主なんていない。

そこまで手の込んだ擬態には俺にも学ぶことが多かった。

 

 

 

 

 

 

「朽木ルキアは愛い奴だ。俺の大切な阿片(モノ)を良いモノだと言ってくれた。それに俺はあいつに期待している。お前と同じく時代を担う死神としてな。故にあいつが泣けば俺は助けなきゃならない。ああ、いや。元より誰であろうが不幸なものを俺は救うがな。救われたいと願う声に耳を貸さないほど、俺は薄情じゃないんだ」

 

 

『良いか喜助。あの男は信用するな』

 

 

満月の夜。月見酒の席で四楓院夜一から言われた言葉を『空座第一高等学校』の屋上で浦原喜助は思い出していた。

風守風穴が空座町にやって来て久しく、何かと風守風穴の世話を焼く羽目(はめ)になっている浦原喜助からすれば四楓院夜一のそんな言葉は耳に痛く、昔馴染みの親友から見れば自分はそんなに風守風穴に肩入れしているように見えるのかと苦笑した。

 

「わかっているッスよ。夜一サン。けど、あの人は現世に不慣れじゃないですか。この間なんか、勝手に露店開いて警察にご厄介になる所だったんス。流石に手を貸さない訳にはいかないでしょう」

 

「儂はそういうことを言っているのではない」

 

「じゃあ、何なんスか?…もしかしてヤキモチ焼いてます?安心してください。アタシの胸は何時だって空いて--

 

「冗談は顔だけにしておけよ。のぅ、喜助」

 

「--も、勿論、冗談ですよ。だから、拳に溜めた霊力を治めてくださいよ」

 

「うむ、じゃが、折角溜めた儂の霊力じゃ。何か殴らずに霧散させるのは勿体ないのう」

 

「じょ、冗談スよね…?」

 

「さあ、のう‼」

 

浦原喜助の頭の中に夜空に劣らない星が散った。

 

「…まあ、冗談はこれくらいにして。良いか、喜助」

 

「冗談になって--

 

「良いか!喜助!」

 

「--…はいっス」

 

「あの男は信用するなよ」

 

酒を傾けそういう四楓院夜一の顔に浮かぶ表情をみて浦原喜助の顔もまた真剣なモノへと変わった。

 

「…夜一サンは随分と風守サンをお嫌いみたいですが、何か理由があるんですか?」

 

「…西流魂街80地区『口縄(くちなわ)』の話はおぬしも聞いたことがあるじゃろう」

 

西流魂街80地区『口縄(くちなわ)』。その場所を浦原喜助は知っていた。

否、少しでも世情に詳しい瀞霊廷で暮らす者なら知っているだろう。

元来、瀞霊廷の外園に存在する流魂街はその数字が大きくなるほどその地の治安は悪くなっていく。50地区を過ぎれば住民が着る衣服すら儘ならず襤褸切れや裸足の民が増えていく。

最下層80地区となればそこは地獄と称してもいい。生きるには余りに過酷すぎる環境。

だが、しかし、そんな中で西流魂街だけは違うという。

 

「『口縄(くちなわ)』の桃源郷(とうげんきょう)。『口縄』には辛さの全てを忘れさせてくれる仙丹の洞窟がある。そこでは酒が湧き肉が生る。その噂は知ってます。しかし、その実態は」

 

「桃源郷とは名ばかりの阿片窟じゃ。自然発生する阿片の煙が充満する洞窟で暮らせば、そりゃ極楽浄土の妄想(ユメ)を見るじゃろう。正気を失う代わりにの」

 

『口縄』の阿片窟(とうげんきょう)。それは確かに憧れるような物ではなく忌み嫌うべきものであるだろう。

しかし、と浦原喜助は四楓院夜一の顔色を伺う。

 

「…確かに阿片窟は褒められるべきものじゃありません。けど、その程度の悪性は尸魂界には五万とあるでしょう。アタシは、そんなモノを桃源郷だという噂を生み出してしまう程に広がっている流魂街の地区間での格差こそ正されるべきものだと思いまスよ」

 

浦原喜助の零した言葉のあまりの正しさに四楓院夜一は溜息を零した。

 

「そうじゃのぅ。確かにおぬしの言う通りじゃ。『口縄』の阿片窟が自然発生的に生まれたものであるのなら、なおのことにそれは必要悪とすらいえるものじゃろう。あるいは『霊王』の思し召しかのぅ。しかし---それが人為的に生みだされたモノなら話は別じゃ」

 

四楓院夜一の続けた言葉のあまりの正しさに浦原喜助は息をのむ。

 

「人為的に生みだされた?いや、何を言ってるんスか。『口縄』の桃源郷は何時からあるかわからないほど遥か昔から存在するものでしょう。それこそ『尸魂界』の開闢からあるかもしれないなんて言われている場所っスよ?それを、人為的に作り出したなんて………いや、まさか」

 

「流石じゃの。喜助。気が付いたか?そうじゃ。おぬしの想像通りじゃよ。大体、おかしいじゃろう。千年前、儂らが生まれる遥か前に阿片窟(とうげんきょう)は一度、滅んでいるのじゃぞ。総隊長、山本元柳斎重國の手によってのぅ」

 

護廷十三隊一番隊総隊長。山本元柳斎重國。剣の鬼と呼ばれた最強の死神。

その男がかつて『口縄』に訪れたことを浦原喜助は当時の当事者であった死神。他でもない風守風穴から聞いている。

 

当時無双を謡われた剣士『八千琉』にさえ負けることは無く、無敗を誇った風穴の守人は、最強の死神の炎熱地獄の前に敗れたと。

 

「剣の鬼。そう言われた当時の総隊長が『口縄』の阿片窟(とうげんきょう)なんて危険因子をむざむざと放置する訳がない。…焼いたのじゃよ。風穴を中にいた住人諸共焼き討ちしたのじゃ。守人を失った桃源郷は炎熱地獄へと消えたのじゃ」

 

「でも、それを番人であった風守サンが見過ごしたと?」

 

「…戦いに敗れた。傷は深く止めることは出来なかった。そうだったのだと、儂も最初はそう思っていたのじゃが、しかしのう、それではあの男の総隊長への忠誠心が理解できん。時代が時代。過去の話とはいえ自らの故郷を焼いた男じゃぞ?そんな男に幾ら憧れたとはいえ忠誠なぞ誓えるか」

 

「別に理由があったと?」

 

吐き出す言葉は溜息の様に。しかし、気だるげではなく苦々し気に吐き出しながら四楓院夜一は心の底から風守風穴を侮蔑していた。

あるいは風守風穴が本当の意味で番人であり守人であったなら、四楓院夜一は阿片窟生まれの阿片狂いの狂人だとしても風守風穴を此処まで嫌うことは無かっただろう。

風守風穴の奔放とも言える性格は四楓院夜一にとって決して相容れない性質(タチ)ではなく、あるいは友好を結んでいても不思議ではなかった。

しかし、それは遠く千年の昔に出来ないものとなっていた。

 

「…あの男は、後に続く阿片窟(とうげんきょう)の存命の為に故郷を売ったのじゃ」

 

「故郷を、売った?」

 

「『西流魂街80地区『口縄』に存在する阿片の毒が自然発生する洞窟の焼却消毒は決定事項。しかし、後にその場所に現れる何に対しても護廷十三隊は干渉しない。以上を風守風穴の護廷十三隊加入をもって中央四十六室の元に定めるものとする』…儂が四楓院家の当主であった時に手に入れた千年前の情報じゃ」

 

山本元柳斎重國は風守風穴の力を護廷が為に欲していた。

風守風穴は山本元柳斎重國の背に生まれて初めて夢を見た。

二人の死神は惹かれ合い互い求めていた。しかし、両者の間に横たわる溝は深い。

風守風穴の故郷を焼かねばならない山本元柳斎重國と故郷を守り生きてきた風守風穴は本来何があろうと交わることの出来ない間柄。

 

千年前、一夜で終わった最強と最悪の戦いは元来一夜などと短い時間で終わる筈のない長い闘争の始まりに過ぎない筈だった。

しかし、それに目を付けたのが中央四十六室。千年前に知恵者達は風守風穴の力を手に入れる為に一つの契約を持ち出した。

それが四楓院夜一の口から話された約定。それを知った時、浦原喜助は顔を歪める。

 

「…瀞霊廷は阿片なんて毒を自然発生させ桃源郷なんて持て(はや)される阿片窟を疎んでいたんスね」

 

「そうじゃ。故に焼かねばならなかった。しかし、前に立ちはだかる男はあまりに強く斬り捨てるには惜しかった。故に総隊長を派遣し下した後に約定を持ち出したのじゃ。………最も、四十六室の思惑とは外れあの男は総隊長の語った護廷十三隊設立という話に夢中になった様じゃがの」

 

千年前になにがあったのか。事の顛末は四楓院夜一でも知る由もない。

兎も角として千年前に『口縄』の阿片窟は焼かれた。

天国の存在しない尸魂界に存在した桃源郷はそうして滅びた、筈だった。

 

「ですが、現在でも『口縄』の阿片窟(とうげんきょう)の噂が絶えることは無く、実際に存在もしている。その意味は、つまり」

 

「再建された阿片窟は人為的に生みだされたモノということじゃ。作り出したのは勿論、かつて守人であった風守風穴。あの男はあろうことか焼け落ちた代わりに浄化された阿片の毒が湧き出ていた洞窟に刃を突き立てた」

 

「阿片の毒を生成する斬魄刀『鴻鈞道人』の能力で故郷を、阿片窟を再生した」

 

風守風穴の行動を当時の中央四十六室の知恵者達は予想していたのだろう。

故に持ち出した約定の条文。

()()()()()()()()()()()という約束。

 

瀞霊廷。中央四十六室が疎ましく思っていたのは阿片の毒が自然発生する洞窟。

例え後に風守風穴が阿片窟を再建したとしてもそれは風守風穴が消えれば終わる紛い物。

幾ら強力な霊力を持った死神だとしてもいつかは死ぬ。それならば待てばいい。

死ぬその日まで自分たちの旗下に加えながら、待てばいい。

それが当時の中央四十六室が下した決定だった。

 

「あの男は今でも時折里帰りと称して『口縄』に赴き洞窟に阿片の煙を充満させておるのじゃ。一呼吸の内で高位の死神すら痴れさせる濃度の阿片じゃ。あの男が洞窟を去り毒が薄れたとしても流魂街の住人が痴れるには十分な毒を含む。その上、洞窟という環境で生成された阿片の煙は結露しやがて結晶化する。それを削り粉末にすれば、最上級品の完成という訳じゃ。あの男が常日頃から持ち歩いているモノじゃな」

 

「そうして出来た二代目の阿片窟(とうげんきょう)ですか。いやはや、なるほど随分スケールの大きい話っス。風守サン。あの人、一人で伝説一つ作っちゃってる訳ですか」

 

「戯け。感心しとる場合か。これでおぬしもあの男の異常性は少しはわかったじゃろう」

 

腕を組み豊満な胸を持ち上げながら何故か自慢げに言う四楓院夜一に浦原喜助は分かりましたと笑いながらも、頭の中で一つの光景を思い浮かべていた。

 

 

かつての故郷。生まれ育ち守った場所。

千年前に焼け落ち滅びた洞窟の底で男が一人地面に刃を立てる。

刃からあふれ出る阿片の煙

母親や隣人達の亡骸が眠る場所から漏れ出す桃色の煙は贖罪の様に揺らめいた。

万人を痴れさせる煙は亡者の痛みや苦しみすらも癒すだろう。

しかし、それでも男は阿片に酔うことも出来ずただ一人立ち尽くしている。

 

 

そんな光景を思いうかべた浦原喜助は被っていた帽子を深く被り直した。

 

 

 

 

そんなことがあった。その時の自分の感情を思い出しながら、しかし、浦原喜助はその時の感情が間違いでしかなかったと痛感した。

 

「…わかっているな?」

 

問いかける瞳の色はどこまでも澄んでいて、口元も優し気に微笑んでいる。

しかし、怪しく輝く赤の瞳に浮かべられた薄ら笑いはとても正気の人間のそれではなかった。

 

「………はい」

 

それを至近距離で見せられた浦原喜助は流石にビビっていた。

 

 

 

 

 







浦原さんのフラグが折れました(; ・`д・´)




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彼が出会いを好む訳



早く尸魂界編を始めたい。(´・ω・`)


 

 

 

 

ある日の正午。俺は商店街の片隅で御座を広げて商品を並べていた。俺としては店一押しの商品である手作りの風鈴を吊るし移動骨董品店『風鈴』の看板を立てる。

今日もまた労働だと意気込んで胡坐を掻いて座る俺に掛かる声はなく、今日はどうやら客が来ないようだなと欠伸をしながら夢現に船を漕ぐ。

 

「おい」

 

うつらうつらと流れる時間を堪能しながら時折吹く風が頬を撫でる感触に浸る。

 

「おい」

 

なるほど極楽は此処にあったのかと半ば惚けた頭では残念ながら掛かる声が全く聞こえていなかった。

 

「…おいと言っておるじゃろ‼」

 

ガツンと鈍い音を立てて頭に拳骨が落とされた。痛みと共に覚醒する意識。眼を開け顔を上げれば青筋を立てながら何故か微笑む四楓院夜一の端整な顔があった。

 

「…おおっ。四楓院か」

 

「ようやく目を覚ましたか。目の前であれだけ呼ばれても目を覚まさんとは、おぬしはどれだけ呑気なのじゃ。それに仮にも仕事中に居眠りとは随分と良いご身分じゃのぅ」

 

「よせよせ。そう褒めるなよ。照れるだろう」

 

「褒めとらんわ!」

 

二度目の拳骨が降ってくる。俺は避けようともせずただ拳骨を喰らう。

四楓院夜一はそんな俺の反応に口元を歪めながら苛立だしげに言う。

 

「相変わらずじゃのう。風守。まったく、砕蜂はこの男の何処が良いのかのぅ。儂にはまったく理解できん」

 

そう言って呆れたように首を振る四楓院夜一は続けざまに立てという。

 

「風守、着いてこい。喜助の奴が呼んでおる」

 

「そうか。わかった」

 

どうせ客も居なかったからなと四楓院夜一に伝えながら店を畳む。

浦原喜助が呼んでいる。おそらく要件は一週間ほど前になる『空座第一高等学校』での井上織姫の戦いの件か。

それとも数日前に尸魂界に帰還した朽木ルキアの件かのどちらかだろうと辺りを付ける。

 

数日前、この町の中で穿界門(せんかいもん)が開いた。

穿界門を通りやってきた死神は二人。内の一人の霊圧には覚えがあった。

護廷十三隊六番隊隊長、朽木白夜。

四大貴族の一つ朽木家の現当主にして朽木ルキアの義兄にあたる死神だ。

名門の出である死神。掟を重んじる実直な性格から山本元柳斎重國からの信頼も厚く、端整な顔立ちと威厳ある佇まいから隊員達から支持も厚いと聞く。

人見知りで口下手で引っ込み思案で元引きこもりな俺とは対極に位置する所謂エリートという奴だ。

そんな本来なら関わりの薄いだろう朽木白哉とは朽木ルキアを通じて一度だけあったことがある。

初めて朽木ルキアに用立てた時、度合が濃すぎたのだろう卒倒した朽木ルキアを四番隊隊舎に運びこん際に病室で一言二言の言葉を交わした。

 

その時に何故だか殺気をぶつけられたことがある。おそらく初対面である俺に対して緊張していたのだろう。

エリートとはいえ朽木白哉も一人の死神。無駄に長い経歴を持つ最古参である俺に対して、あるいはエリートだからこそ気を使わねばならないと緊張していたに違いない。

その少々内気と言える人格は俺にとっては好ましいもので、柄にもなくこれからよろしく頼むと握手を迫ったものだ。

以降は残念ながら交流は無かったが、しかし、あの一件だけでも朽木白哉の人となりは多少理解できた。

 

他人に厳しく自分にはより厳しい男。そんな男が死神のチカラを人間に渡すという禁止事項を行った義妹を連れ帰った。朽木ルキアに待っているのは身内間での折檻なんていう生易しい罸ではない筈だ。

中央四十六室の裁定によっては数百年間の投獄と言った所だろう。

 

その裁定に対して異を唱える気は俺には無い。

 

朽木ルキアは黒崎一護に自分の意思で死神のチカラを渡した。どんな状況であれそれが禁止事項の重罪だとわかっていながら行ったことであるなら、罪は償うべきだろう。

好きで痴れやったこと。仕方ないと言いながらやったこと。

どちらも己自身でやったのなら、己の内で閉じるべきだとそう思う。

それに死神からすれば数百年なんて直ぐに過ぎる時間でしかない。朽木ルキアは数百年の後にもう一度一から死神として研鑚を積めばいい。

無論、一度は罪を犯した身として周りからの雑音は五月蠅いだろうが、俺が守ってやろう。

浦原喜助に言った。朽木ルキアに期待をしているという言葉は決して嘘ではないのだから。

 

 

 

やり直せばいい。数百年後に。善哉善哉。

---浦原喜助の言葉を聞くまでは、そう思っていた。

 

 

「朽木サンは処刑されるでしょう。言うまでもなくソレは重罪を犯したとはいえ、重すぎる刑罰っス。けど、アタシらの敵の手は中央四十六室にまで伸びている。………敵サンの狙いがアタシの読み通りなら、きっとこの予想は間違っていません」

 

処刑?死する?朽木ルキアが?

 

『敵うか、敵わないかの問題ではない。私は、朽木(・・)ルキア。護廷十三隊の死神なのだ!』

 

思い出す光景は忘れよう筈のない刹那の輝き。俺を前に臆することなく刃を携え立った少女はとても弱くこれまで俺の戦ってきた強敵たちと並び立て語ることなんて出来はしない。

山本元柳斎重國の最強とは尺度が違う。長次郎の様に脅威はなかった。卯ノ花の様に恐怖もしなかった。

だが、しかし

 

『ま、待ってください!風守殿!』

 

俺を追う姿はかつて、俺の隣に立とうと必死に刀を振るっていた小さな副官と重なって見えた。

 

『風守隊長‼』

 

天真爛漫に笑う顔が、あるいは呆れたように惚ける顔が、朽木ルキアと天貝繡助と顔が重なった。

 

「風守サン。朽木サンを救うために黒崎サン達は尸魂界に乗り込む積りです。アタシらはそのサポートをします。風守サンは、どうしますか?」

 

浦原喜助の試す様な視線が俺を射抜く。同じくこの場に招かれていた俺の隣に座る砕蜂の気遣うような視線を感じる。四楓院夜一は壁に背を預け目を瞑ったままだった。

そして俺は、口元を歪めた。

 

「言うまでもなくこれは瀞霊廷への、護廷十三隊への反逆行為っス。瀞霊廷において中央四十六室の決定は絶対。それを覆そうとするなんてことは、元来、絶対にやっちゃいけないこと。幾ら敵に操られている可能性があるとしても、司法の最高決定権を持つ中央四十六室の裁定を覆そうとすれば、それは確実に瀞霊廷内に混乱を齎します」

 

「…それでもなお、浦原。お前は黒崎一護達に手を貸すのだろう?お前が、その手段を取らざる得ない状況なのだろう?」

 

「…正直、もっと別の手段もあります」

 

ならばと声を上げる砕蜂を制しながら、俺は浦原喜助の言葉を待つ。

浦原喜助の言葉は正しく。幾ら朽木ルキアを助けたいからと言って、瀞霊廷に乗り込み朽木ルキアを奪還するという策はあまりに無謀で無駄な混乱を招きかねない。

それでもなお、浦原喜助は黒崎一護に手を貸すという。

 

その理由を聞いて正直俺は拍子抜けした。

返ってきたのは余りに素直な答えだった。

 

「…けれど、アタシは黒崎サンに賭けることにしました。黒崎サンは、なんというか、いえ、黒崎サンなら何とかしてくれるんじゃないかって思っちゃいましたから」

 

神算鬼謀の浦原喜助から返ってきた答えには根拠も何も無い。到底信じるには足りない言葉。けれど、信じてみたいと思える言葉だった。

 

「そうか。なら、良い。わかった。浦原、俺はお前の案に乗ろう。そろそろ里帰りがしたいと思っていたんだ」

 

「わかりました。風守サン、ありがとうございます」

 

出発は黒崎一護達の準備が整う数日後。四畳半の畳の上で雲を見上げるだけの至福の日々は終わりを告げ、止まっていた時間が動き出す。

 

敵は俺の夢。護廷十三隊。敵対など考えもしなかった者達。

 

しかし、俺は苦渋と共に漏れ出す嫌悪を越えて(なお)も朽木ルキアを救いたいと思っていた。

 

 

 

 

 

「まて、風守」

 

瀞霊廷へと連行された朽木ルキア奪還の為の話し合いを浦原商店で終えた後、家路へと向かう俺と砕蜂の背に四楓院夜一の声が掛けられた。

 

「どうなさいました。夜一様。私達に何か御用でしょうか」

 

水を得た魚とこの事か、あるいはマタタビを与えられた猫か。喜びを隠そうともせず眼を輝かせながら砕蜂は四楓院夜一の言葉に反応した。

しかし、四楓院夜一は申し訳なさそうに顔を歪めながら砕蜂に首を振る。

 

「すまぬ。砕蜂、少し席を外してくれんか。風守と話したいことがあるんじゃ」

 

「…この男とですか…私の同席は…」

 

「すまぬ」

 

頭を下げる四楓院夜一に対して砕蜂はすぐさま頭を上げてくださいと慌てふためきながら、次いで分かりましたと了承し、俺を置いて先に家に向かって行った。

四楓院夜一に気付かれぬよう恨みがましい目線を向けながら「今日の貴様のおかずは一品抜いておく」と言葉を残して去っていく砕蜂の背に、さて帰ったらご機嫌取りをしなければと頬を掻く。

 

砕蜂を見送った後、俺は四楓院夜一に連れられるまま夜の公園へと向かいベンチへと腰を掛けた。

 

ふぅと一息つく。そしてふと隣を見れば何時の間にか四楓院夜一の姿が消えていた。

周りを見渡してもどこにもいない。置いてきぼり。これが巷で噂の虐めという奴かと戦々恐々としていると、どこからか音もなく四楓院夜一が現れる。気配の欠片も感じさせない瞬歩での登場。流石は”瞬神夜一”と呼ばれただけはあると感心していると、缶コーヒーを投げ渡される。

どうやらコレを買いに行ってくれていたらしい。

 

「悪いな」

 

「良い。儂の用事でおぬしを引き留めたのじゃ。二缶やるから、あとで砕蜂の奴にも渡しておけ」

 

「わかった」

 

そうして受け取った二缶の内の一缶を開け、コーヒーを喉に流し込む。苦い。

一息つけた所で、隣のベンチに腰掛けることもせずに俺の前に立つ四楓院夜一に要件は何だと視線を送る。

四楓院夜一は一瞬、目を瞑った後、凛々しいその眼で俺を見据えながら言う。

 

「儂らは近く瀞霊廷へと踏み込む。今の儂らにとって瀞霊廷は残念ながら敵地。つまり儂らは敵地に共に赴く戦友ということになるじゃろ」

 

「そうだな」

 

「ならば儂は敵地へと向かう前に戦友との(わだかま)りを解消しておこうと思っての」

 

(わだかま)り?」

 

首を傾げる俺に四楓院夜一は知らぬフリは良いと意味の分からないことを言いながら言葉を続けた。

 

「おぬしも気づいているじゃろうが、儂はおぬしが嫌いじゃ。砕蜂がおるから今まで何度か付き合いもあったが、そうでなければおぬしとは会いたくもない。じゃが、今回の件はそうも言ってられぬ。此処はお互いに大人の対応を………って、おい。風守。なぜおぬしはそんな驚いたような顔をしておる」

 

「………四楓院。お前、俺のことが嫌いだったのか?」

 

「そりゃそうじゃろう。儂は日頃から、おぬしへの嫌悪を隠していなかったじゃろう。…まさか、気がついていなかったのか」

 

「気が付くも何も、お前は俺と一緒に甘味処で食事をしたことがあっただろう」

 

楽しかっただろうと問いかける俺に四楓院夜一は白眼視で答える

 

「砕蜂がいたからの」

 

「浦原商店で酒を飲んだこともあっただろう」

 

「喜助の奴がいたからの」

 

「………」

 

「おぬし本気で儂との仲が良好じゃと思っておったのか」

 

「………」

 

「………なんか、儂がものすごく悪い奴みたいに思えてくるから、無言は止めろ」

 

何故儂が罪悪感に苛まれねばならんと引き攣った顔をする四楓院夜一に済まないと言いながら空を見上げる。

 

「そうか。俺はお前に嫌われていたのか。知らなかったぞ」

 

「おぬしは本気で他人の心が分からぬ奴なのじゃな」

 

四楓院夜一は呆れたようにそういうと静かに俺の隣のベンチに腰を掛けた。

 

「何故、儂がおぬしを嫌いなのか聞くか?」

 

「そうだな。見知りで口下手で引っ込み思案で元引きこもりな俺は人間関係が希薄だ。故に今まで人に嫌われるということに馴れていないと今わかった。まあ、嫌われて居た所で、そうかそうかと流すだけなのだが、全く持って気にもしないのだが、まあ、まあ、良い良い。聞かせてくれよ。直せるところは直すことも吝かではないぞ」

 

「…おぬし結構気にしておるじゃろ。まあ、良いがの」

 

そう言って四楓院夜一は語りだした。彼女が俺との出会いを嫌った理由を。

 

 

四楓院夜一の口から語られたのは心を壊した一人の死神の話だった。

珍しくもない話だ。

詰まらない諍いから勢い余って同僚を殺した死神は、それを咎めた新婚の妻すら殺したらしい。

その男は阿片窟(とうげんきょう)に出入りしていた。痴れた夢が男を凶行に走らせたのか、あるいは元から凶暴な性を持っていたのか、それは誰にも分らない。

分かっている事実は二つ。男が犯した罪の大きさとその男を斬ったのが四楓院夜一だという事だけ。

 

 

「隠密機動は瀞霊廷の暗部じゃ。その活動内容には同部隊への粛清も含まれる。償えぬ罪を犯した死神はわしら隠密機動が内々の内に()()をする。護廷十三隊に入隊した者の中から不適合者など出してはならないという理屈があるからじゃ。言っておくが、儂はそのことに対して不満がある訳じゃないぞ。一組織の長として、飲み込まねばならぬ闇があることは理解しておる」

 

---しかし、と続ける四楓院夜一の横顔は語られる虚しさを感じさせない綺麗なものだった。

 

「風守風穴。阿片窟の番人。儂はおぬしが嫌いじゃ。嫌いじゃが、頭ごなしに否定する気はない。おぬしの齎す阿片(モノ)がある一定階層の者達にとって必要なものであることは理解している。あるいはおぬしの御蔭で救われた者もいるじゃろう。じゃが、おぬしが齎した阿片(モノ)で心を壊した者がいるのも事実。そして、儂ら隠密機動がそのものたちを()()してきた。同胞であり、仲間であった、者たちをのぅ」

 

---それはあまり良い気分ではないのぅ、とそう続けた四楓院夜一は俺に対して責めるような視線は一切向けずただ夜空の星を見つめていた。

 

俺は返す言葉を模索する。

 

(これ)は良いものだ気軽に吸えよ。苦しさも悲しみも痛みを忘れさせてくれる仙丹。

外圧から逃れ内に籠ること、己の中で閉じることを幸せだと考える俺からすれば四楓院夜一の話は到底理解できない荒唐無稽は話だ。---などと、逃げるつもりは毛頭ない。

 

理解できる。理解している。阿片(ユメ)に生き阿片(ユメ)に狂い阿片(ユメ)に死ぬ様を誰より見てきたのは俺だ。その終わりが凄惨と呼ぶべきものであることも、惨劇を呼ぶことも理解している。

しかし、それでもなお、俺はそれが幸せだと説いたのだ。

 

「四楓院」

 

呼びかけながら俺もまた四楓院夜一の顔を見ない。たとえ視線を交えたとしても、おそらく四楓院夜一と風守風穴は交わらない存在だと理解したからだ。

俺は四楓院夜一と同じように夜空に浮かぶ星を見ながら言う。

 

「お前は正しい。確かに阿片(ユメ)に溺れた末、惨たらしく死ぬ者はいる。阿片(ユメ)に生きるが故、現実に生きられなくなる者がいる」

 

俺が説く幸せの理屈。『お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろう』。その一文が間違っているとは俺には思えない。苦しみ嘆く位なら閉じてしまえとそう思う。

 

「だが、言うまでもなくソレは俺の理屈。本来、押し付けるものじゃ無い。だというのに阿片(ユメ)を進んで振く行いは、最低だろう。罵倒されて然るべきだ。だがな、俺の眼には焼き付いている光景がある。生まれ故郷の阿片窟(とうげんきょう)。そこで暮らす者は皆、穏やかで優しかった。母の(かいな)は暖かかった」

 

弱者達の阿片窟(とうげんきょう)。外界を捨てる代わりに内に籠ることでの安寧を選んだ痴れ者達の世界。

そこでは蠅に対して弁舌を振るい、糞尿を不老不死の薬と思い込み食するような中毒者が数多いた。

しかし、それでよかった。皆が皆、己の思い描いた世界の中で思い思いに幸せだった。

 

「引き籠らなければ生き辛い者たちがいる。痛みに苦しみ嘆く者がいる。俺は、皆が幸せになればいいと願っている。()()()、あの世界こそが俺にとってまさしく()()()であったんだ」

 

---世の正しさを説きたいと熱弁を振るう青年がいた。

   けれど、彼が語る理想は、どこまでも理想でしなく、誰も彼の言葉を聞こうともしなかった。

 

---妻を愛した夫がいた。

   けれど、妻は夫を捨て逃げた。愛し合っていた筈だった。しかし、妻は夫を愛し続けることは出来なかった。

 

---子宝に恵まれたことを心から喜んだ母親がいた。

   けれど、その子の誕生を母親以外に喜ぶ者はいなくて父親となる筈だった男に子は殺され母となったはずの女は狂った。

 

---美しい女がいた。

   けれど、その美は永劫のものではなく。年月とともに美しさは衰えていく。女はそのことに嘆き苦しんだ。

 

「彼らの嘆きを。苦しみを。なぜ理解しようとしない」

 

伝えたい感情は怒りだ。しかし、声を荒げることは決してしない。そんなことせずとも俺の思いは四楓院夜一に届くだろう。

そして、届いたとしても感情を揺さぶらないことはわかっている。

俺が四楓院夜一の話を聞いても考えを改めないのと同じように、俺の訴えは決して四楓院夜一を変えはしない。

それで、良い。

 

「苦難を逃れるのことの何が悪い。夢を見ることの何が悪い。何故苦痛を求めようとする。何故犠牲を尊ぼうとする。誰が、苦しみながら進むことで幸せになれると言う。嗜虐趣味の変態だ。俺からすれば、狂っているのはお前達の方だ」

 

俺の横に座るのは異なる思考回路を備えた他者。

交わらない事もある。

 

「おぬしは結果が齎す惨劇を無視するのじゃな」

 

「お前は過程で救われた者達から眼を背けるのか」

 

「儂はやはりおぬしが嫌いじゃ」

 

「俺はそれでもお前が嫌いじゃないよ」

 

 

 

 

 






夜一さんは攻略対象外キャラです(; ・`д・´)




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出会いは無くとも



場面に出てくるキャラが四人をこえると描写が辛い(´・ω・`)
文章力が足りていないな…こんなことでは藍染様に捨てられてしまうぞ(; ・`д・´)


話は変わりますが皆さま数々のご感想をありがとうございます<(_ _)>
書いてくださるご感想の一つ一つが次話投稿へのモチベーションに繋がっております。
力不足故にすべてのご感想に返答することはできませんが、本当にありがたく思っております<(_ _)>
今度ともよろしく‼(; ・`д・´)


 

 

 

蒲原商店の地下に広がる空間。通称『勉強部屋』。数年前、俺が浦原喜助、四楓院夜一と死闘を繰り広げたその空間でまさか御座を広げほうじ茶を啜る日が来るとは、あの時は思ってもみなかった。

思えば随分と長い時間が流れたものだと、地下空間だというのになぜか広がる青空を見上げ過去の思い出に思いを馳せる。

そうあの頃はまだ浦原喜助達こそが百年前に起きた連続魂魄消失事件の黒幕だと信じており、彼らを捕える為に俺は空座町を訪れた。

 

戦いの最中にそれが間違いだと悟り、真の黒幕の存在に気が付いた瞬間に伸ばされた裏切りの刃は俺の身体を貫き、かつて己を蛇だと語った少年に裏切られながらも救われた。

 

「…ギンの奴は元気にしているだろうか?」

 

ポツリと漏れた疑問に思いを馳せる。市丸ギン。かつて俺が三番隊の隊長であった頃に副官を務め、後に俺自身の手で数字を譲り渡した現三番隊隊長。

常に微笑を浮かべながら過ごす彼の姿は一見頼もしくも見えるが、しかし、内に入り観察すれば感じられる危うさに当時の俺は善哉善哉と笑いながらも心配していた。

 

「ギンは何でも自分一人でやろうとする嫌いがある。内に秘めたモノを曝け出せる相手がいればギンも随分と楽になるのだろうが…ふむ。以前、俺と卯ノ花の婚礼の際に連れて来ていた松本乱菊とかいう女に対して、ギンは随分と気遣っていたようだが、どうだろう。松本乱菊なら、ギンの重荷を一緒に背負ってやれるのだろうか。いやだが、だとしてもギン自身が自ら荷を下ろさぬ限りは何の意味もない。ふむ、今度会ったら昔の様に上物を用立ててやろう。それでギンも心の内を曝け出せるに違いない。おおっ、これは何と良い考えなのだろうか!」

 

「駄菓子屋の地下で物騒な話をするな」

 

これは良い考えだと思わず立ち上がる俺に対して冷ややかな言葉をかけたのは砕蜂。

呆れたようにため息を付き俺の眼の前で腕を組んで、さっさと立てと囃し立てる。

 

「あの男がようやく穿界門(せんかいもん)を開くらしい。黒崎とかいう人間達ももう揃っている。いい加減に合流しろとの夜一様からのお達しだ。早くしろ」

 

「おお、善哉善哉。思ったより早かったな。流石は浦原、仕事が速いな」

 

「ふん。私の前であの男への賛辞を口にするな。虫唾が走る。そんなどうでもいいことはもういい。さっさと合流するぞ」

 

「ふむ。わかった。行こう」

 

立ち上がり御座を畳む。畳んだ御座をどこに置いておこうかと考えて、取りあえずその辺ん岩に立てかけておくことにした。この御座は少ない稼ぎで買ったものなのだから、後で必ず取りに戻ろうと考えて、何の気なしに御座に向かって柏手(かしわで)を二回鳴らす。

そんな俺の行動に砕蜂は首を傾げた。

 

「…なにをしている」

 

「なに、ただの願掛けだ」

 

「ふん。貴様が神頼みなど、随分とらしくないことをするのだな」

 

「ふむ、返す言葉もないが、まあ、良いじゃないか。何しろ今度の敵は護廷十三隊。俺が夢見に抱いた、まほろばだ。生きて帰れないかもしれない」

 

「………随分と弱気だな。かつて貴様の言った汚名を雪ぐという言葉は嘘だったのか?」

 

「砕蜂、俺はお前に嘘はつかんよ。しかし、相手が相手だ。まほろばに君臨する最強の死神は、温かさを越えて灼熱に過ぎる。願でもなんでも、掛けて損はないだろう」

 

俺は思い描く最強を前に思わず常時浮かべている笑みが引き攣った。

しかし、もはや後には引けぬのだ。何より引いてはならぬと知っている。

願いがある。朽木ルキアを救うのだ。かつて彼女の背に見た輝きは俺が何より尊ぶべき

ユメの為に、護廷十三隊の未来の為に必要なものである。

全ては護廷十三隊の為に。思うが故に刀を抜こう。思うがままに刃を振るおう。

これは掲げた”護廷”の二文字を守る為の戦いだ。

 

「さて、待たせた。行くか。砕蜂」

 

「ふん。さっさとしろ」

 

まずは手始めに黒崎一護達への自己紹介から始めよう。

 

 

 

 

 

「姓は風守(かぜもり)。名は風穴(ふうけつ)。どちらも母から貰った名ではない。風守は周りがそう呼ぶからそう名乗り、名は語呂が良いように自分でつけた。俺が何者であるのか、深く語ることはこの場においては止めておこう。ただ言えることは二つ。俺が尸魂界に向かうのは朽木ルキアを助ける為である事とと、俺はお前たちの味方である事だ。故に、嗚呼、気楽にやろう。人間」

 

穿界門(せんかいもん)を潜った先の断界(だんがい)で俺は緊張しながらそう黒崎一護達に自己紹介をした。元が引きこもりで人見知りの上に口下手な俺からすれば、その自己紹介の出来は我ながら惚れ惚れするほど素晴らしいものだった。

が、しかし、俺はその余韻に浸る暇もなく砕蜂に首根っこを掴まれ引っ張られた。

砕蜂の怒声が響く。

 

「馬鹿か貴様は!この状況で悠長に自己紹介などしているな!あの男が言っていただろう!この穿界門はもって4分!走らねば断界に取り残されるぞ!」

 

現世か尸魂界に向かう為の道。穿界門。その通り道は正規の物であれば瀞霊廷の一組織である『技術開発局』により管理・運営されており四分という短い制限時間などないのだが、浦原喜助が黒崎一護達の為に開いたこの穿界門には砕蜂の語った通り制限時間が存在していた。

時間を過ぎれば現世と尸魂界の狭間である断界(だんかい)に取り残され彷徨うこととなる上、拘流(こうりゅう)と呼ばれる魂魄の動きを奪う気流が断界には満ちている。

常識的に考えて悠長に自己紹介などしている場合ではなかった。

俺はふむと反省する。

 

「気が急いたか。あるいは緊張していたのだろう。大勢の前で自己紹介などと、行ったのは百年前の隊長就任式以来だからな」

 

失敗したなと頬を掻きながら歩法の速度を上げ黒崎一護達の隣に並ぶ。

 

「しかし、まあ、聞こえてはいただろう。そういう訳だ。よろしく頼む。仲良くやろう」

 

俺の声に黒崎一護は反応し俺の顔を見る。

 

「…やっぱアンタ。さっきから気がついていたけどよ、前に会った風鈴屋の人か?」

 

「おお。覚えていたか嬉しいぞ」

 

「そうか。アンタ、死神だったのか」

 

「”元”が付くがな。今は死神の総本山たる瀞霊廷を追われた身。ただのしがない骨董屋に過ぎん」

 

「ただのしがないねぇ。アンタ、浦原さんに似てるな」

 

「うん?そう--

 

「似てなどおらん!」

「似てなどおらん!」

 

--なぜそこで四楓院と砕蜂が怒る。急に大声を出すな驚くだろう。見ろ、驚いて眼鏡の少年が転んだぞ」

 

「ちょ!?石田‼」

 

「石田君大丈夫!?」

 

躓いた眼鏡の少年。滅却師である石田雨竜を心配し駆け寄ろうとする黒崎一護と井上織姫を大丈夫だと手で制しながら、瞬歩で躓いた石田雨竜の元に向かい手を引く。

俺に引かれる手を石田雨竜は複雑そうな眼差しで見ていた。

 

「…ありがとう。だが、もう大丈夫だ。放してくれ。…死神の手は借りない」

 

「そうか?心配だが、お前がそういうのなら、そうだな。自分で走れよ、滅却師(クインシー)

 

滅却師(クインシー)。人間でありながら虚を滅却(ころ)す術を持った者達。

その性質故に死神と対立し、千年前に滅ぼされた者達の生き残りである石田雨竜にすれば死神である俺や砕蜂に対して思うこともあるだろうと払われた手を気にもせず引っ込める。

 

石田雨竜の言動に感じる嫌悪は微塵もなく。自らの意思に満ちた行動にはいっそ清々しさすら感じてしまう。外野を気にせず思いを通す。

滅却師(クインシー)としての誇り。自らの矜持を通すために俺に対して閉じる様は俺にとって好ましいものでしかなかった。

 

だというのにあっさりと引く俺の手を見て小さく零れた石田雨竜の呟きは何よりも彼の優しさを表していた。

 

「…強い言い方をしてしまって、すまない」

 

「良い良い。お前が閉じるお前の世界に俺は何の嫌悪も持ちはしない。死神と滅却師の対立は事実であり、お前が思うお前の思いは正しいさ。お前がそう思うのなら、それで良い。しかし、まあ、今の俺は元死神だ。久しく対立は忘れ、気楽にやろう」

 

「…ああ」

 

笑う俺に石田雨竜がどういう感情を抱いたのかを知るすべはない。

そして時間もないまま、俺達は穿界門を抜けた。

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷内。護廷十三隊四番隊隊舎隊首室。白い内装に清潔な空気が保たれたその場所に飾られていた一輪のケシの花の花弁が揺れた。

その光景を目で追っていた卯ノ花烈は懐から徐に手鏡の様なモノを取り出した。

手鏡の様なものの正体は”霊圧探索機”。手鏡で有れば鏡のある部分に埋め込まれているのは黒い画面を見ながら、卯ノ花烈は花の様に美しく微笑んだ。

 

「おかえりなさい」

 

そう囁くと”霊圧探索機”を再び懐に仕舞い、飲みかけのほうじ茶が入った湯呑を手に取り静かに啜る。

 

風守風穴の尸魂界への帰還。それにいち早く気が付いた卯ノ花烈は、しかし、動かず。

ここでの行動がのちの大事の明暗を分ける結果になると知りながら、不動を貫く卯ノ花烈の意思には微塵の迷いはない。卯ノ花烈はどの様な結末を辿ろうと風守風穴が自分の元に戻ってくるということを微塵も疑ってはいない。

そして、それは紛れのない事実だった。

 

卯ノ花烈。

 

彼女は唯一、阿片に酔わぬ風守風穴を酔わせ組敷(くみし)いた女性(ひと)だった。

 

 

 

 

 

風守風穴がやってきた。それにより盤面は整う。

そして場面は待ち望んでいたかのように加速し動きだす。

 

 

 

 

 

黒崎一護達と共に穿界門(せんかいもん)を抜け、尸魂界の瀞霊廷を囲むように存在する流魂街にやって来てから一日が経とうとしていた。

 

俺と砕蜂は瀞霊壁(せいれいへき)の北側、黒陵門(こくりょうもん)を目指して駆けていた。

砕蜂は俺の隣で速度を落とすことなく呟いた。

 

「しかし、驚いた。あの黒崎とかいう人間が、まさか兕丹防(じだんぼう)を下すとは」

 

流魂街に落ちて直ぐに瀞霊廷に侵入しようとした黒崎一護の行動によって瀞霊廷を囲うように存在する瀞霊壁が落とされた、その際に西の門、白道門(はくとうもん)を守る門番である死神兕丹防(じだんぼう)と黒崎一護は戦うこととなったのだが、結果はまさかの黒崎一護の圧勝だった。

 

「兕丹防は尸魂界全土から選び抜かれた豪傑の一人。決して弱い死神ではない。それをあっさり下すとは、あの人間、いったい何者だ?」

 

考え込むように眉間に皺を寄せる砕蜂に俺はあまり考え込むなと笑いかける。

 

「黒崎一護が何者かか…わからないな。人間でありながら死神のチカラを得たというだけでも黒崎一護は稀有な存在だ。前例も少ない。特殊な存在ゆえに特別な力を持っていると言ってしまえば簡単だが、考えても仕方のないことだろうよ」

 

黒崎一護は黒崎一護だ。それで良いだろうと笑う俺に砕蜂は厳しい眼を向ける。

 

「ふん。黒崎一護にはあの男、浦原喜助が関わっているのだ。それだけで疑わしい。最悪を想定して戦わぬから、貴様は何時も背中から斬られるのだ。百年前の連続魂魄消失事件の時も、市丸ギンの時もだ。いい加減に人を直ぐに信じることに懲りたらどうだ」

 

「耳が痛いな。しかし、こればかりはどうしようもない。俺は心の底から皆の幸せを願っている。少しでも怪しいから疑うなどと、そんなことをしていては人は救えない」

 

「軽く流すな。私は貴様の為を思って言っているのだぞ」

 

「わかっている。お前は俺が好きだから、心配してくれているのだろう。愛い愛い。やはりお前は可愛いな、砕蜂」

 

「っ‼…だ、黙れ!ふざけた口を叩くな!」

 

「照れるな照れるな。わかっているさ」

 

なおも続く照れ隠しという名の砕蜂の罵声を聞き流し続ければ、砕蜂は諦めたのだろう黙り込む。

そして、俺たちは瀞霊壁(せいれいへき)の北側、黒陵門(こくりょうもん)に辿り着いた。

 

聳え立つ巨大な壁と閉ざされた門。そして門番として巨躯に自信と覇気を纏いながら仁王立ちする死神断蔵丸(だんぞうまる)を前に流石の砕蜂も気圧された様に顔を顰めた。

 

「瀞霊廷を守る瀞霊壁の守護は強固。内にいる頃から分かってはいたが、ふん、侵入者として相対することで改めてそれを知るとは皮肉なものだ。それで、どうする気だ。今更貴様に説明する気はないが、瀞霊廷は霊力を完全に遮断する瀞霊壁と瀞霊壁から発生する遮魂膜によって完全に守られている。夜一様は何かお考えがある様子だったが、貴様にも勿論あるのだろうな?」

 

「無論だ。そうでなければ流魂街について早々に黒崎一護達と別行動をしたりなどしない。瀞霊廷に入る方法はある」

 

「…それが見せられぬ手段だから、夜一様達と別行動をとったのか?」

 

まさか断蔵丸を斬るだととは言わぬだろうなと続ける砕蜂に対してそれこそ真逆(まさか)だと笑ってみせる。

黒陵門の門番として断蔵丸は護廷十三隊において居なくてはならない死神。それを斬るなんてことを俺がする筈がないだろう。

 

「別行動を取ったのは、単純に四楓院達に迷惑を掛けぬためだ。四楓院達が考えていた瀞霊廷への侵入方法に俺が居ては邪魔になる可能性があったからな」

 

「どういう意味だ?」

 

「四楓院達は西流魂街に居を構える志波(しば)空鶴(くうかく)の手を借りて瀞霊廷に侵入する。元四大貴族。堕ちた正一位(しょういちい)、志波家の死神嫌いの噂は砕蜂も聞いたことがあるだろう。俺は西流魂街出身だからな、顔は知られている可能性がある。変に話が(こじ)れても困るだろうよ」

 

故に瀞霊廷に侵入する日時だけを示し合わせ同時刻に同時に瀞霊廷への侵入を試みることにしようと四楓院夜一と話し合い決めたのだと言えば砕蜂はそうかとだけ言い頷き、それ以上何も言わなかった。

 

瀞霊廷への侵入は西流魂街側と北流魂街側から夜明けとともに同時に行う。

四楓院夜一との約束の時間まではまだ数刻ある。俺と砕蜂は黒陵門の様子が伺える場所に生える木の上で休むことにした。

 

そして、明朝。

 

「それで貴様はどうやって瀞霊廷内に入る気だ?」

 

至極真っ当な疑問を投げかけながら俺の隣を歩く砕蜂に笑みを零しながら、俺は迷いなどない足取りで黒陵門に向かう。

 

「ところで砕蜂。お前は、裏切りとは何だと思う?」

 

唐突な俺の問いに砕蜂は怪訝な顔を浮かべた。

 

「突然何を言っているんだ貴様は…というより、あまり黒陵門に近づくな。百年前ならまだしも、今のお前の顔を知らぬ死神はいない。断蔵丸に気づかれるぞ」

 

砕蜂の警告を聞きながらも俺は足を止めることはしなかった。

 

「例えばギン。砕蜂はギンを裏切者だという。確かにその通りで、俺はギンに背中から斬られたが、同時にギンに命を救われもした。ギンの行動すべてが裏切りだというのは違うだろうと俺は思う。ならば裏切りとはなにか?あるいは俺たちの行動もまた山本重國や長次郎、護廷十三隊側から見れば裏切りだろう。旅禍と共に瀞霊廷に侵入する行動を『裏切りだ』と(のの)られたら、返す言葉もない。しかし、言わずもがな、俺たちの行動は全て”護廷”が二文字の為。俺たちの行動が裏切りでないことは、俺達自身がよく知っている」

 

「おい。待て。止まれ風守」

 

「ならば裏切りとは何か。俺の答えは裏切りなど”無い”だ。裏切られたと思う気持ちが感じた本人の主観である以上、世に明確な裏切りなどはなく全ては主観に過ぎない。高い所から見下ろした所で、本質的な意味では群衆は見えない。見えるのはただ己の身体のみだ」

 

「それ以上近づくのは不味いっ。何をしているっ。風守っ」

 

黒陵門の門番断蔵丸の前に出ようとする俺を引き戻す為に砕蜂の手が俺の身体に伸びる。俺はその手を取り、逆に砕蜂を引き寄せて抱きとめた。

 

「なっ!?」

 

胸の中で赤くなる砕蜂を無視して話を続ける。

 

「ああ、無論、お前がギンを裏切者だという気持ちを否定する気はない。むしろ好ましく思っている。世界の見方を己が感情をもって決定する。それは己が内で閉じた世界。俺が思う桃源郷そのものの考え方だ。どの様な形であれ、『お前がそう思うのならお前の中ではそうなのだろう』だ」

 

話は終えたと足を止め、俺は仁王立ちする断蔵丸の前に立ち(はばか)ることなく巨躯を見上げた。

 

「故に問おう。断蔵丸。お前は、俺が『裏切者』だと思うか?お前が俺に行う行動が、『裏切り』だと思うか?」

 

「…」

 

断蔵丸は問いに答える事はせずただ静かに黒陵門への道を開けた。

門番が戦いもせず門の前から退くという事態に目を丸くする砕蜂に対して苦笑しながら、俺は心の底から断蔵丸への感謝を述べる。

 

「ありがとう。断蔵丸。お前の選択を、俺は心の底から尊敬するよ」

 

断蔵丸は何も言わなかった。当然だ。俺と断蔵丸は特別に深い友好を結んだ仲という訳じゃない。何度か顔を合わせたことはあるが、ただそれだけで断蔵丸が裏切者であるとされる俺のことを無条件で信じることは無い。

俺に断蔵丸と信頼関係を築く時間はなかった。

 

あったのはただ断蔵丸が俺の齎す阿片(ユメ)に触れる機会だけ。

 

瀞霊廷内ではなく門番として流魂街に立つが故に断蔵丸は瀞霊廷内で仕事をする死神達以上に流魂街に蔓延る俺が齎した阿片(ユメ)に触れる機会があった。

 

苦しかったろうに。寂しかったろうに。断蔵丸が感じていた喪失感を思うと思わず涙が出てしまいそうだった。

 

「すまなかったと謝ろう。俺が守るべき弱者(どうほう)達。俺が居ない間に桃源郷に充満していた仙丹の煙は薄れただろう。痴れる幸福を知りながら、それが出来ぬ悲劇には思わず泣いてしまうそうだよ。…だが、安心してくれ。もう大丈夫だ。俺は戻った。極上品を用立ててやろう。だから、ああ、気楽に吸えよ」

 

 

 

 

 

瀞霊廷の守りの要である門番すらも阿片に沈めた男の帰還。

それは言語にし難い危機を齎しながらも、あるいは悪を砕くと正道に満ちた意気をもって行われた。

護廷十三隊を守る。囚われの朽木ルキアを救う。

文字にすれば胸を張れるだろう事をなそうとする者は、しかし、胸など張るべきでない狂人である。

阿片の毒を振りまきながら進む男は口元に笑みを携えながら、堂々と瀞霊廷への侵入を果たしたのだった。

 

 

 

 







「断蔵丸は悪くない!彼は阿片の被害者だ!」

後にそう口々に叫ぶ死神達がいたりいなかったり。




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蜂と花の出会い①

ブリーチの最終巻が販売されたらしい。
買いに行かねば(; ・`д・´)

最寄り駅に本屋がないと辛いですね…(´・ω・`)





護廷十三隊。一番隊隊舎。そこに山本元柳斎重國を始めとした護廷十三隊隊長たちの姿があった。

召集された護廷十三隊の各隊長格に浮かぶ表情は困惑だ。なかでも一番、山本元柳斎重國から発せられる言葉を予想できないでいるのは、一番最後に召集され先ほどやってきたばかりの三番隊隊長、市丸ギンだった。

急きょ呼び出された隊首会。この場にやってくるまでの間に呼び出された原因を察することの出来ないほど市丸ギンは愚鈍な人物ではない。

召集の理由を十中八九、昨日自らが起こした命令無しの単独行動だろうと予想していた。そしてその予想は的中していた。筈だった。

 

「なんですの?イキナリ呼び出されたか思うたら、こない大袈裟な…尸魂界(ソウルソサイティ)を取り仕切る隊長さん方がボクなんかの為にそろいもそろってまァ…---とか、冗談言っている空気じゃないみたいですねェ」

 

いつもの様に薄ら笑いを浮かべながら飄々としていた市丸ギンは言葉を止め、山本元柳斎重國を見た。

 

「ボクが呼び出された理由。此処に隊長さん方が勢ぞろいしてるのは、僕が昨日した凡ミス。旅禍を取り逃がした件じゃないんですか?総隊長さん。この空気、僕のやらかしたことより大事(だいじ)がおきたんですか?」

 

市丸ギンが言う凡ミスとは昨日、白道門(はくとうもん)にて兕丹防(じだんぼう)を破り瀞霊廷への侵入を試みた旅禍達、黒崎一護達を取り逃がした件について。

てっきりそれについて責められると思いやってきた市丸ギンだったが、どうやら空気が違うらしいことに気が付き、これ幸いと話を逸らそうと山本元柳斎重國に笑いかけた。

 

「…凡ミスとは、随分と大きく出たのう。市丸や」

 

対し山本元柳斎重國の表情は厳しい。当然だろう。旅禍の侵入という大事に対しての命令無しの単独行動に加え、標的を取り逃がすという隊長としてあるまじき失態。平時であれば本人から弁明をさせて、隊首会にて尋問を行うべき事案だ。

事実、先ほどまでそのつもりで山本元柳斎重國は各隊長を召集していた。

 

しかし、市丸ギンがやってくるまでの間に事情が変わったと溜息をもらす。

 

「じゃが、此度の件は一時不問とする。市丸の処置については追って通達する。そして、皆に伝えねばならんことがある。既に知っている者も何人かおるだろうが…黒陵門が落ちた」

 

山本元柳斎重國から出た言葉にその場に居る者達が息をのむ。

果たしてどんな蛇が出るかと笑みを浮かべていた市丸ギンの顔からすら、表情が消える。

静寂の後に言葉を発したのは八番隊隊長、京楽春水。笠から覗く余裕を残した風体を崩さずに山本元柳斎重國に問いかける。

 

「やれやれ、七緒ちゃんから報告を受けた時は悪い冗談だと思っていたんだけどねぇ。それが本当なら、こんなのんびりと隊首会をしている場合じゃないんじゃないの。山じい。敵さんは黒陵門は落としたんだ。一気に攻めてくるかもしれないよ。直ぐにでも隊長格を向かわせるべきだ。…とか、僕は思うけど、山じいが動いてないってことはそれが出来ない理由があるんだよねぇ」

 

「然り。現在、黒陵門に近づくことは出来ん。近づくには儂か卯ノ花の何方かが現場に出向かねばならぬ」

 

「山じいか卯ノ花隊長が、ねぇ。そりゃ無理だ。総隊長と医療分野の長。早計に動ける訳が無い。だからまずは情報共有って訳だ。うん。理解したよ。で、黒陵門で何があったのかな」

 

問い掛けながら京楽春水の中では答えが出ていた。正答を導き出すだけのヒントは既に散りばめられている。元より山本元柳斎重國と卯ノ花烈の名前に並ぶべき名は、雀部長次郎を除けば一人しかいないのだ。

かつて尸魂界に存在し瀞霊廷をへらへらと笑いながら混濁した眼で闊歩していた男の名以外に最早相応しき名はなく、そしてその名は京楽春水にして尚、自ら言うには(はばか)れるものだった。

 

再び静寂が訪れ山本元柳斎重國はそれを破るように重々しく息を吐いた。

 

「黒陵門一帯が阿片に沈んだ。門番である断蔵丸を含め守衛に就いていた死神百五十八名は黒陵門の開場と同時にどうやら阿片に飲まれた様じゃ」

 

それは最悪の帰還。

 

「間違いない。風守じゃ。現世にて姿を消していた元特派遠征部隊部隊長、風守風穴が同じく姿を消した元二番隊隊長、砕蜂を伴い瀞霊廷に侵入した」

 

 

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷の空で輝きが四つに割れた。天を照らさんとするかのように眩く輝くそれは、人見知りで口下手で引っ込み思案な俺からすればあまりに眩しいもので思わず片手で顔を覆う。

 

「天から光か。まるで聖書の光景だな。砕蜂、聖書という書を知っているか?アレはなかなかに面白い読み物だぞ。あれを読むと千年前には何を言っているのかわからなかった滅却師(クインシー)達の言葉が表層だが理解できる」

 

「ふん。貴様に勧められた本など誰が読むか。それより風守、あの光は夜一様達だろうか?」

 

「おそらくな。あれが噂に聞く志波家の秘術、花鶴大砲(かかくたいほう)だろう。砲弾の中に入って空から侵入とは、随分と派手なやり方での侵入を選んだな。善哉善哉。嫌いじゃないぞ」

 

「夜一様のお考えだ。あの四つに割れた砲弾。おそらく陽動の意味もあるのだろう。流石は夜一様」

 

「なるほど、護廷十三隊を相手に戦力の分散など愚の骨頂だとも思ったが、陽動か。俺は不慮の事故で砲弾(たま)が四散したのかとも思ったが、黒崎一護達には四楓院が付いているのだ。そんな筈がなかったな」

 

「ふん、当然だ。夜一様が付いていながらそんな凡ミスはありえん」

 

薄い胸を張り自慢げに言い切る砕蜂にお前がそう思うのならお前の中ではそうなのだろうと呟いて、俺はさてどうしたものかと思案する。

 

取りあえず当初の予定通りに俺達と黒崎一護達が時間を合わせて別々の場所から瀞霊廷に侵入することには成功した。

問題はこの後に俺はどう動くべきか。

目的が朽木ルキアの救出である以上、朽木ルキアが捕らわれているだろう懴罪宮(せんざいきゅう)に向かうことが先決。瀞霊廷に侵入する前の話し合いで四楓院夜一とそう決めていた。

俺たちか黒崎一護たちのどちらかが懴罪宮に辿り着ければ、朽木ルキア救出の可能性が万に一つだが存在する。

故に迷うべくなどない俺の足取りは、しかし、懴罪宮に向かうには少し重かった。

 

空を見て思うは四方に割れた光の輝き。あれが砕蜂の言う様に四楓院夜一の考えの元に行われたものだったのなら、構わない。大丈夫だろう。

しかし、こと戦場において不測の事態というものはあまりにも身近に存在する。百戦錬磨の四楓院夜一ですらどうしようもない不慮の事故はある。

だとするなら、四方に割れた輝きはそのまま黒崎一護たちの危険性を意味しよう。

 

黒崎一護。

石田雨竜。

井上織姫。

茶渡泰虎。

 

出会ったばかりの人間達。黒崎一護以外、俺が目を掛けるにはあまりに弱く脆弱な人間。

彼らには確かにチカラがある。死神としての。滅却師としての。あるいはどちらにも属さない奇異なチカラがある。

しかし、それだけだ。

チカラがあるだけの人間が戦いを挑んで生き残れるほどに護廷十三隊は甘くない。

そして、その確固たる事実は彼らの明確な”死”を意味する。

 

隊長格の死神と出会えば彼らはあまりに容易く敗北するだろう。

 

それを是とするべきか。---否である。

 

救わねばならぬ。守らねばならぬ。

元よりこの身は死神である。死神とは魂魄を人間を守るもの。

そしてなにより、死神である前に俺は番人である。

阿片窟(とうげんきょう)への入り口を守る者の名こそが”風守”。

その意味は痴者(じゃくしゃ)を守らんとする意思である。

 

「砕蜂、悪いが俺は--」

 

「お前は行け」

 

俺の言葉を遮るように砕蜂は言った。

 

「四方に割れた場所へは私が向かう。…夜一様のお考えがあってのことだろうと思うが、貴様が心配だというのなら確認くらいはしてきてやる。だから、貴様は先に懴罪宮に向かえ」

 

「…砕蜂」

 

「ふん。安心しろ。人間達の無事を確認したら直ぐに追いかけてやる。瞬歩だけならば、貴様より私の方が上だ」

 

そう言って背を向ける砕蜂の小さな背に俺は改めて恋をする。

 

「砕蜂…お前は本当に、良い女だな」

 

「っ!?ば、馬鹿なことを言っていないでさっさと行け‼」

 

砕蜂の罵倒に背を押されて、俺は懴罪宮に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくあの男は」

 

去りゆく男の背に悪態をつきながら砕蜂はクスリと笑った。

見送る男の背からは、すでに先ほどまで抱いていた不安や疑念という雑念は消えている。

朽木ルキア救出のために懴罪宮に向かわなければならないのは風守風穴だ。それは解り切ったことであると砕蜂は思っていた。

 

人間でありながら瀞霊廷にまで踏み入り朽木ルキアを救わんとする黒崎一護達の強い意思と覚悟。なるほど素晴らしい。

しかし、意思や覚悟で越えられるほど懴罪宮への道程は容易くない。

立ちはだかる護廷十三隊の隊長格たち。それらを敵に回して進める者がいるのするのなら、それは黒崎一護達ではないと砕蜂は考える。

 

「あの男でなければならない。並みいる隊長格を。そして、総隊長殿を前にして立てるのは風守だけだ」

 

思い描くかつての仲間たち。そして、最強の死神。それを敵に回した時、砕蜂でさえ身が震える。人間如きが勝てるはずがないと思ってしまう。

黒崎一護ではない。

万象焦がす炎熱地獄を前に悠々と笑うことが出来る男を砕蜂は一人しか知らない。

 

それが事実だ。だというのにウジウジとナメクジの様に歩を進めようとしなかった風守風穴を見て砕蜂は悪態をついた。

 

「貴様は、優しすぎる。出会ったばかりの人間など、それも自ら死地に飛び込んだ人間を救おうなどと、優しすぎる。それで歩を進められずに止まるなど、ふん、ふざけた話だ」

 

悪態をついた後で、仕方がない奴だと微笑むのだ。

 

「まったく。あの男は私がいないと何もできないのだな」

 

 

 

 

 

 

 

「かわいいでしょう。あの(ひと)は」

 

 

 

 

 

 

 

「つっ!?」

 

唐突に聞こえてきたのは優し気な声。そして、香るのは甘い花の匂い。

隠密機動の総司令官を務めた砕蜂ですら気づかないほど自然に眼の前に現れた者は自分に気が付くことなく去っていた男の背を見ながら、全く仕方がない人ですねと微笑んだ。

 

砕蜂の背筋が凍る。既に斬魄刀を抜けば届くほどに接近されているという事実が、戦う前から砕蜂の敗北を決定づけていた。

殺傷圏内。回避不可の絶対領域。指先一つでも動かせば斬られると思わせるだけの空気が漂う死地と化したその場所で砕蜂の頬に汗が伝った。

 

そんな砕蜂の緊張感を感じながらも卯ノ花烈は穏やかに(たお)やかに微笑んだ。

 

「ふふ、そう緊張しなくてもいいのですよ。砕蜂さん。私に貴方を斬る気はありません。ですから、そうですね。私と少しガールズトークでもしましょうか。とても楽しそうだと、思いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 




次回、不倫戦争(さいしゅうけっせん)勃発。

とか、言ってみたけど、砕蜂隊長が卯ノ花サンに勝つイメージが欠片も湧かないぞ…




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蜂と花の出会い②




感想欄でタイトル変えた方が良いのでは?というご指摘を頂きまして、考えてみればその通りと変えさせて頂きました。ご指摘いただきありがとうございます<(_ _)>





 

 

 

ある日の満月の夜。四畳半一間という狭い空間で身を寄せ合い、窓を開けて満月を眺めながら茶を啜っていた際に交わされた会話を砕蜂は思いだす。

来たる日に共に瀞霊廷に攻め込むこととなる男は何時ものように混濁した眼で笑いながら、砕蜂の頭を撫でながら言った。

 

---卯ノ花とは争うな。

---この忠告は情ではない。愛でもない。ただの事実。

---砕蜂と卯ノ花が戦いとなれば、アイツには勝てない。

---だからもし、仮に、卯ノ花と戦うことになったのなら、俺を呼べ。

 

---救ってやろう。

---お前の無事を、俺は心の底から、願っているのだ。

 

殺傷圏内。回避不可の絶対領域。指先一つでも動かせば斬られる位置で背後を取られている。

戦う前から定められた敗北は音も無く砕蜂の元にやってきた。

風守風穴の忠告に従うのなら、最早これまで。砕蜂に出来ることは風守風穴に助けを求めることしかない。

縛道の七十七。『天挺空羅(てんていくうら)』。離れた相手に言葉を伝える鬼道で風守風穴に助けを求めるか。いや、あるいはあの風守風穴のことだ。砕蜂が大声で助けを叫べば、どこからともなく桃園の煙と共に現れるに違いない。

 

助けを、求めればいい。

 

勇者に助けられるのを待つ捕らわれの乙女の様に。英雄の帰還を待つ姫の様に。

女子供がする様に愛した男に助けてほしいと言えばいい。

 

救われるだろう。助けられるだろう。そうすれば待っているのが大団円であることは確実だ。

何しろ助けを求める相手は、風守風穴。千年を戦い抜いた勇者で諸人を救わんと志す英雄だ。

 

助けを、求めればいい。

 

そうすれば---

 

「………救われるだろう。他の数多(あまた)と同じ様に」

 

「砕蜂さん?なにか、言いましたか?」

 

卯ノ花烈は斬魄刀を抜いてはいない。両の手を柄に伸ばすこともせずにただ自然体のままで砕蜂の後ろに立っている。

それでも感じる恐怖と寒気が此処が死地であることを感じさせる。

 

ともすればあっさりと己の命が落ちるのを理解しながら、それでも砕蜂は吠えた。

 

「あの男は優しい。出会ったばかりの人間を救おうとするほどに。…私は、私は!あの男にとって!人間達と押し並べられる様な存在ではない‼」

 

砕蜂の手が斬魄刀へと伸びた。そして輝く白刃は明確な敵意。

 

「…砕蜂さん。勝てぬと知りながら、戦う愚を犯す気ですか?」

 

「ふん。もし仮にここで私が貴様と戦わずに、あまつさえ風守に助けを求めれば、私が風守にとって数多でしかないのだと私自身が認めることになる。そんな真似はせん。あの男が、風守が言ったのだ。私を特別(すき)だとな」

 

--俺はお前に恋をした。

 

その告白は、誰かを前にして風守風穴からの告白を話すことは砕蜂からしてみれば顔が赤くなるのを抑えられないほどの羞恥を孕んだもので、同時にどうしようもない爆弾であることは理解していた。

それでも卯ノ花烈に一瞬でも動揺を与えられればとそんな思いが込められていた。

 

しかし、

 

「なるほど確かにその在り方はあの人にとって好ましいものでしょう」

 

卯ノ花烈は欠片も動じることは無かった。涼し気な顔のまま砕蜂からの告白を真正面から受け止めて、愛した夫の小さな悪戯を咎めるように、仕方のない人ですねと微笑んだ。

 

「ふん。随分と余裕なのだな。私が風穴と過ごした。み、蜜月を、し、知らぬから、そんな余裕のある態度を取れるのだ」

 

動揺を誘わなければ万に一つも勝ち目はない。それを理解しているからこそ続く砕蜂のらしくもない挑発に対して、尚、卯ノ花烈は微笑んだ

 

「砕蜂さん。確かに貴方はあの人が恋をしてしまう程に素晴らしい(ひと)です。死地においての気概。屈さぬという覚悟。その輝きは、あの人の網膜を焼いたことでしょう。けれど、ねぇ。砕蜂さん。心得ていますか?貴方があの人の特別であるなら、私があの人にとっての唯一であることを」

 

「っ!?抜かせ、貴様と私の差など‼」

 

挑発をしていたのは砕蜂の方だった。しかし、挑発に乗ってしまったのは砕蜂。

それは単に性格の差で積み上げてきた経験の差だった。

 

「出会った早さの違いでしかないだろう‼」

 

「いいえ、違います。貴方はきっと、あの人に救われたのでしょう?守られ助けられ、あの人に恋をした。けれど、私は違うのです。私はあの人を、傷つけ害した」

 

出会いは死地であった。生涯忘れることのない死闘の果てで卯ノ花烈は愛を叫び、風守風穴を斬り殺そうとした。傷つけたし傷つけられた。

卯ノ花烈は生涯消えぬ傷を負い。風守風穴に癒えぬ恐怖を植え付けた。

 

受け入れるだけの白痴の狂人に「理解できぬ」という気持ちを理解(わか)らせた。

 

それを成し得た自分は風守風穴にとって唯一(さいあい)なのだと、卯ノ花烈は嗤う。

常人には理解しがたい形の思いは、嗚呼(ああ)、確かに愛と呼ばねばならないだろう。

愛という形でしか表してはならないその思いは、しかし、砕蜂にとって到底受け入れられるものでなく。

 

「傷つけることが愛だと?ふざけるな。ふざけるなよ貴様!そんなものは狂気の沙汰でしかない‼」

 

「それで良いのです。だってあの人もとても真面とは言えぬ(ひと)なのですから」

 

砕蜂の叫びを卯ノ花烈はどうでもいいことだと切り捨てる。卯ノ花烈にとってそれは当然のことだった。解り合う必要などない。卯ノ花烈と風守風穴の関係を誰かに理解してもらう必要などない。

いや、あるいは風守風穴にさえ自分の気持ちを理解してもらう必要がないとさえ卯ノ花烈は思っている。

愛している。心の底から風守風穴という男を卯ノ花烈という女は愛している。

誰が何と言おうともその事実は揺るがない。

 

---卯ノ花烈(じぶん)がそう思うのだから、卯ノ花烈の中ではそうなのだ。

 

 

故に最早、問答は要らぬと切り捨てた。

 

「砕蜂さん。私は本心から、話し合いで終えることを望んでいたのですよ」

 

「ふん。それだけ殺気を出しながら、尚、斬る気がないと言うか」

 

「はい。斬る気などありませんでした。だって貴方は、既に斬られているのですから」

 

「っ!?あまり私を舐めるな‼--尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)雀蜂(すずめばち)』」

 

「---遅い」

 

勝敗は戦う前から決していた。誰もが理解していることだった。誰もが理解していることだから、勿論、砕蜂も分かっていた。刃が届く範囲において卯ノ花烈に勝てる者はいない。

 

故に砕蜂の左腕は始解したと同時に斬り飛ばされる。

一撃で腕一本を斬り落とされる。その光景を傍から見れば大失態に見えるだろうが、そうではない。砕蜂は強い。護廷十三隊二番隊隊長、隠密機動総司令官を務めた実力は本物だ。

そんな砕蜂であったから、片腕だけで済んだのだ。

 

「流石に素早い。両の腕を斬り落とすつもりでしたのに」

 

「ふん。あまり舐めるなと言っただろう」

 

脂汗を滲ませながら、利き腕が切り落とされなかったのが行幸だと砕蜂は笑う。

そして、万に一つだが勝機はあるのだと安心する。

片腕が切り落とされたが致命傷には至らなかった。ならば届くと砕蜂は踏み込んだ。

 

「片腕を切り落とされながら、まだ私に挑みますか?本気で勝てると?」

 

「『雀蜂(すずめばち)』の能力は弐撃決殺(にげきけっさつ)。攻撃した場所に現れる花を(かたど)蜂紋花(ほうもんか)を弐つ重ねれば相手は死に至る。---つまり、四肢を切り落とされる前に貴様に弐撃打ち込めばいいだけだろう‼」

 

正面から向かってくる砕蜂に対して撃激するために卯ノ花烈は斬魄刀を振るう。

横凪の一撃は砕蜂を捕え切り裂いた。ただの横凪がすでに回避不可。目にも止まらぬ早業。

 

(これ)にて、お仕舞」

 

しかし、

 

「舐めるなと、言った!」

 

胴から両断されたはずの砕蜂が卯ノ花烈の背後に現れる。隠密歩法四楓の参『空蝉(うつせみ)』。残像が残るほどの速度で繰り出される瞬歩。砕蜂は卯ノ花烈の回避不能の早業を神速をもって回避する。

瞬神とまで謳われた四楓院夜一が瀞霊廷を去った後、護廷十三隊において最速は間違いなく砕蜂であり、卯ノ花烈をもってしても歩法において砕蜂を上回ることは出来ない。

 

追いつけない速度で動く砕蜂の一撃を卯ノ花烈は受けるしかなく、卯ノ花烈の身体に蜂紋花(ほうもんか)が刻まれる。---筈だった。

 

卯ノ花烈より砕蜂の方が速い。しかし、速度において届かぬはずの刀が砕蜂を捕え浅い傷を刻み付けた。

皮膚を割かれ飛び散る血に砕蜂は思わず卯ノ花烈から距離を取る。

 

「どうしたのですか?来ないのですか?」

 

「…っ」

 

届かない筈の刃が届いた。それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という矛盾。

 

天下無数に在るあらゆる流派を極め、あらゆる刃の流れを我が手に修めた『八千琉』の剣はそんな矛盾をいとも簡単に成し遂げる。

 

護廷十三隊において最速の死神が砕蜂であるのなら、卯ノ花烈は白兵戦最強。

刃の届く範囲において卯ノ花烈に敵う者はいない。

 

「来ないのならば、此方から行きましょう」

 

振るわれる刃を砕蜂は薄皮一枚を犠牲にして躱しきる。砕蜂ならば、卯ノ花烈の剣戟を避けることは可能だ。致命傷には届かない。しかし、刻まれ続ける傷から流れる血を止める事は出来ない。

積み重ねた血の重みが何時か砕蜂の足を止めるだろう。

結末は解りきっていた。砕蜂は目の前の相手の力量さがわからないほど馬鹿じゃない。

勝機は万に一つ。目の前の相手がただ強いだけの強敵であったなら、あるいは砕蜂が万に一つの可能性を掴み勝っていたかもしれない。しかし、目の前の相手は護廷十三隊で千年間を戦い続けた百戦錬磨の猛者。無駄な攻撃も、優位に置いて()くことも無く砕蜂を攻め立てる。万に一つの勝機の芽さえも潰しながら刃を奔らせる卯ノ花烈に対して砕蜂が出来ることはもう一つしか無かった。

霊力の全てを脚へ集める。速く。速く。ただ迅く。

砕蜂はそれのみに集中する。

 

「逃げ続けるつもりですか?」

 

砕蜂の狙いを見透かしながら卯ノ花烈は刃を止めることなく問いかけた。

 

「私を相手に時間を稼ぎあの人を追わせないつもりですか?なるほど、確かに貴方に出来るのはもうそれ位しかないのでしょう」

 

砕蜂の狙いを悟る卯ノ花烈には決して砕蜂への侮りや落胆の気持ちは無かった。むしろ今この時も『八千琉(じぶん)』の剣を傷を負いながらも避け続ける砕蜂に対しては賞賛の思いしかなかった。

砕蜂でなければ卯ノ花烈に対して時間稼ぎなど出来なかっただろう。両断され既に沈んでいた筈だ。

故に---

 

「お見事」

 

しかし―――

 

「残念です」

 

風守風穴が朽木ルキアを救うまでの時間を稼ぐ。そんな勝利に縋る砕蜂の目が卯ノ花烈の一言に揺れた。

 

「確かにあの人を放っておけば朽木ルキアを救うでしょう。しかし、あの人を止める為にやってきたのは私一人ではないのですよ?」

 

「………貴様以外、ほかの隊長格が相手ならば、あの男が勝つ。貴様とてわかっている筈だ。風守を止められるのは貴様と総隊長殿位だとな。だが、早々に総隊長殿が動くことはありえん。つまり風守を止められる者は今はいない」

 

「………なるほど、そうですか。貴方はあの烈士(れっし)の存在を知らないのですね。いえ、知ってはいるのでしょうが記憶に残してはいないのですね」

 

「烈士だと?」

 

「ええ、千年前なら、かの男の名を知らない者など尸魂界には居なかったのですが」

 

「千年前………まさかっ!?」

 

そう風守風穴を止められるだけの力を持った死神は卯ノ花烈と山本元柳斎重國以外にも千年前から存在する。

苛烈なまでの忠義故に忘れ去られた伝説の勇士。隊長となるべき死神でありながら、山本元柳斎重國在る限り生涯(しょうがい)一副隊長(いちふくたいちょう)で在り続けると誓った男。

 

その男の名は雀部(ささきべ)長次郎(ちょうじろう)

護廷十三隊一番隊副隊長を千年間務めている男だった。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ。誰かと思えば、久しいな。長次郎」

 

「………風穴」

 

「なんだ?」

 

「何故どうしてなどと、問う気はない。今のお前は護廷十三隊の敵となった。元柳斎殿の敵となった。ならば最早、私に迷いなどない」

 

「善哉善哉。わかっているさ。長次郎。お前と俺の仲だろう?お前の気持ちを俺は深く理解している。俺を捕えろと山本重國に命じられているのだろう?ならば、良い。止めてみろよ。あるいはお前に負けるのならば、悔いなどないさ」

 

「………では」

 

「ああ…では」

 

 

「「尋常に勝負といこうか」」

 

 

---穿(うが)て『厳霊丸(ごんりょうまる)

 

---痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)

 

 

 

 

 






作中での戦闘の裏で原作主人公一行は原作通りの戦いを繰り広げております(´・ω・`)

次回、対雀部長次郎戦。
某学園都市第三位然り、某聖槍十三騎士団第五位然り、雷使いが弱い訳が無いだろう(; ・`д・´)
勝てるのか風守風穴!瀞霊廷の未来はお前にかかっているぞ( ゚Д゚)



ブリーチの最終巻がいくら探してもないのですがなぜでしょう?
誰か熱狂的なファンが買い占めているのですかね(; ・`д・´)


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蜂と花の出会い③



雷の速度は光速の三分の一らしい。
音速の五百倍とどっちが速いのだろうか?


 

 

 

 

穿(うが)て『厳霊丸(ごんりょうまる)』」

 

懐かしい声を聴きながら(ほとばし)稲光(いなびかり)に息をのむ。護廷十三隊一番隊副隊長、長次郎の斬魄刀は現存する数の極めて少ない(いかずち)系の斬魄刀。

刀を振るうまでもなく霊圧によって生み出されている斬魄刀を包む電流が長次郎の強さを如実に物語っていた。

 

戦わない副隊長。いつの日からか長次郎がそう呼ばれていたことは知っていた。

戦闘に参加せず山本元柳斎重國と護廷十三隊全体のサポートに廻る長次郎を見て、侮る隊士がいたことも知っている。

だが、それはあまりに愚かなことだ。戦わぬから弱いのか?

二千年間。二十世紀を山本元柳斎重國の隣で戦い続けた男が弱いのか?

---否。そんな筈がない。故に--俺は---

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ--

 

始解を終える前に脇腹に風穴(かざあな)を開けられていた。

長次郎の『厳霊丸』の刃が右の脇腹に突き刺さり漏れ出す紫電(しでん)が肉と臓腑を焦がす。

 

---がぁっ!?っっ、『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

俺は零れる苦痛を噛み殺しながら何とか『鴻鈞道人』の始解を終える。漏れ出す阿片の煙が辺りを包むが、長次郎は阿片に飲まれる前に距離を取った。

それでもなお纏わりつく阿片の煙を『厳霊丸』に帯電する電気で焼き消しながら黒目の無い鋭い眼光で俺を睨む。

 

「…風守。後悔はしているか?」

 

「…しているさ。お前と戦うとわかっていながら、最初から始解していなかった自分の愚かしさを後悔している。長次郎。俺はお前が好きだが、やはりお前の斬魄刀は嫌いだ」

 

雷は嫌いだ。あれは力の塊だから。

雷鳴は空気の壁を越えた証。その速さは桁外れ。雷の速度は150km/s。狙撃銃の150倍は速い。衝撃波と共に落ちる光は巨岩を砕く威力を持つ。加え防いだ所で防いだ箇所から流れてくる電流が次の防御への反応を鈍らせる。

古来の人間達はその自然現象を恐れ称え祀り上げ。

---神鳴(かみなり)と呼んだ。

 

「知っているか、長次郎。最近の現世ではお前の様な力を持つ者のことをチート野郎と呼んで嫌うんだ」

 

「ちーと?そうか。初めて聞いた。私の斬魄刀(チカラ)を人間達は嫌うのか。ならば、人間達を前にした時は全力で戦わないことにしよう。死神とは生と死の境界を守る者。無暗矢鱈と嫌われる訳にはいかない」

 

相変わらず生真面目だと呆れながら俺は長次郎へと『鴻鈞道人』の切っ先を向ける。右脇腹の傷は深い。皮を焼き肉を削ぎ骨を削り貫通している。だが、出血はない。刃と共に貫通した雷が傷の断面を焼き止血をしてくれた。

不幸中の幸いだと嗤い『鴻鈞道人』に霊力を込める。

 

長次郎。雀部長次郎は強い。俺の知る限り今の護廷十三隊で卯ノ花と正面から戦える死神は山本元柳斎重國を除けば長次郎だけだ。雷系という強力な斬魄刀。そしてニ千年以上の時を掛けて研ぎ澄まされた戦闘技術。帯電した刃を振るう長次郎を接近戦で破るのは難しい。

本来なら、『厳霊丸』の解放が完全なモノになる前に不意を突き一撃で決めていなければならなかった。しかし、それが出来ず、どころか始解の不意を突かれる形で傷を負った今の状況は言うまでもなく最悪だ。

故に次に俺が打つ一手は起死回生の一手でなければならない。

不意は付けなかった。付け入る隙が長次郎には無い。

ならば、俺が取る手段は一つ。

 

奇を(てら)うな。王道でいい。王道がいい。

 

「『鴻鈞道人』。俺はお前に、助けられてばかりだな」

 

斬魄刀から伝わる鼓動。俺は脳裏に桃園の煙に沈んだ玉座で微睡ながら嗤う白痴の男の姿を見た。

 

「盤上不敗の一手と行こう」

 

―-『鴻鈞道人』阿片強度最大。阿片生成範囲拡大。--

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうそくしょく)す。()(ひと)()ること()し」

 

--広がれ万仙の陣--

 

『鴻鈞道人』から生成される阿片の濃度が天井知らずに上がっていく。周囲を瞬時に充満させるほどの量の阿片の煙は長次郎が俺に近づくことを妨げる鉄壁の守りとなった。

いくら『厳霊丸』によって生み出される電撃で阿片の煙を焼き消せるとしても、焼き消せる煙の量は炎熱系斬魄刀には遠く及ばない。精々自分の周囲に漂う煙を消せる程度。

 

「その程度なら、ああ、物量で押し切ろう」

 

『鴻鈞道人』から阿片の煙が溢れ出す。霞み始めた視界の中で距離を取り俺を睨みつける長次郎に対して、俺は微笑みを携えたまま問いかける。

 

「長次郎、後悔しているか?俺を前に一人で立ったことを」

 

「…」

 

喋る間にも『鴻鈞道人』から生成される阿片の煙は止まることは無い。

時期に瀞霊廷の一角が阿片に沈むだろう。

 

「確かに長次郎の狙いは正しい。俺の斬魄刀『鴻鈞道人』の弱点は鬼道系の斬魄刀だ。阿片の煙は炎で焼き消され、雷で焼き切られ、風に流され、氷で凍らさせ、水に溶かされる。故に『鴻鈞道人』は鬼道系の斬魄刀を前にした時、真価を発揮することは出来ないだろう」

 

逆に直接攻撃系の斬魄刀が相手なら、相手は『鴻鈞道人』を前に近づくことも出来ないだろう。

『鴻鈞道人』は最強の斬魄刀ではない。故に得手不得手は存在する。

 

「だが、伊達に『鴻鈞道人』が最悪などと呼ばれてはいないことを、長次郎なら知っているだろう」

 

最悪と呼ばれる由縁。

『鴻鈞道人』の能力は阿片という常人からすれば凶悪な猛毒(すくい)を生成すること。そして、最悪(・・)なのは解放してしまえば、その猛毒(すくい)が俺の意思と関係なく生成され続けるということ。

濃度の調整は出来る。生成量の増減も可能。だが、止めることは俺にもできない。

 

「焼き消されるのなら。焼き切られるのなら。流されるのなら。凍らされるのなら。溶かされるのなら。それを上回るだけの阿片(ユメ)を見ればいいだけだろう‼」

 

「濡らせ『厳霊丸』‼」

 

長次郎の解号と共に『厳霊丸』の雷撃を強化する雨雲が長次郎の周囲に生成された。

 

「無駄だ‼いくら『厳霊丸』と言えど『鴻鈞道人』の生成速度には及ばない。桃園の阿片(ユメ)に沈んでしまえよ‼雀部(ささきべ)長次郎(ちょうじろう)忠息(ただおき)‼お前への幸福を願わせてくれ‼」

 

『鴻鈞道人』に霊力を込める。既に万仙陣は回っている。遍く全てを包む優しさが世界を包み、優しい世界が完成する。

『厳霊丸』が阿片の煙を焼き切れるとしても、もはやどうしようもない量の阿片が充満する。

 

「質量が違えば相性などに意味はない。焼け石に垂らす水が大海であるなら、石は沈むだろう。これで終わりだ。長次郎。ここは通してもらう」

 

勝った。

 

「----卍解----」

 

勝った。----その核心は長次郎の一言で消し飛んだ。

 

「なん…だと…」

 

長次郎の口から零れた言葉に俺は耳を疑った。馬鹿なという思いが止まらない。

冗談だろうと長次郎に目を向けるが、長次郎の鋭い眼光が本気だと告げていた。

あの長次郎がこんな瀞霊廷の真ん中で卍解なんてする筈がないと俺は考えていた。長次郎の卍解は強力だ。そのあまりの強さ故に長次郎は自ら己の卍解を封じてきた。

二千年という気の遠くなる時間、封じてきた筈だ。そんなものを瀞霊廷で解放するなんて。

 

「ば、馬鹿か!長次郎‼こんな所で卍解を解放すれば辺り一面壊滅するぞ‼お前‼瀞霊廷を壊す気か!?」

 

「瀞霊廷を阿片漬けにしたお前が言うな‼」

 

「うぐっ」

 

言葉に詰まる。正論だった。

 

「元柳斎殿が動けない以上、最早周囲の阿片を消し去るにはこれしかないのだ‼私とて取りたい手段ではない。だが、せねばなるまい」

 

「ま、待て長次郎‼『鴻鈞道人』を解除するから考え直せ‼流石にお前の卍解は俺でも拙いぞ!?」

 

「もう遅い‼」

 

長次郎は斬魄刀の切っ先を天に向けて吠えた。

 

「卍解-―『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』」

 

長次郎の卍解と共に曇天の空が来る。雷鳴を轟かせる積乱雲が天を覆う。

天候を支配するほどのチカラ、天相従臨(てんそうじゅうりん)が発動した。

天に向けられた切っ先から放たれた雷撃が上空で霊子の塊を形成。紫電を纏った巨大な霊子の塊は上部に一条のアンテナを伸ばし空を覆う積乱雲から雷のエネルギーを吸収し始める。そして吸収したエネルギーを解放するため下部に十一条の雷の帯が伸びてくる。

これで雷系最強の斬魄刀『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』が完成する。

あとはもう長次郎の手掌(しゅしょう)の動きに合わせて落雷が降り注ぐ。

 

「風守、終わりだ。牢に入り元柳斎殿からの沙汰を待て」

 

そして、雷鳴が轟いた。落雷は周囲に充満していた阿片の毒を消し去りながら俺の身を包んだ。

 

「がぁあああああ!?」

 

「…やはり一撃で落ちぬか。恨むなよ、風守。恨むなら己が身体の精強さを恨め‼」

 

二撃。三撃。長次郎が手掌を振る度に爆音と共に天から(いかずち)が落ちてくる。

一撃が既に必殺の威力。並の死神が受けたなら骨も残さず砕かれるだろう。それが連続して俺の身体を襲う。

 

「ぐぁあがぁあぁ!?」

 

避けようともがくがそれも叶わない。攻撃を喰らう度に身体に付与される麻痺で四肢が動かなくなる。いや、たとえ動いたとしても『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』の雷撃速度は光速の三分の一。避け切れる速度ではない。

 

四撃。膝が折れ両手を大地に着く。四つん這いという無様な有様の俺に五撃目の落雷が直撃する。

 

「あぁあがぁあぁ!?」

 

六撃目。皮膚が焼かれ肉が絶たれた。

七撃目。骨が砕かれ炭化する。

そして、最早死に体の俺に留めの一撃が降ってくる。

 

「終わりだ。風守。--

 

最後の落雷。八撃目のソレは千の落雷を束ねた極太の(いかずち)

 

-―『厳霊離宮(ごんりょうりきゅう)八命陣(はちみょうじん)』」

 

(イクサ)の幕引きは千の(イノリ)となって顕現した。

 

「----ぁぁ」

 

「…やはりお前は強いな。『八命陣』を受けて尚、死なぬのか」

 

死に体の俺に掛けられる長次郎の言葉は勝利への余韻と言った嬉しさを一切感じさせることは無い声色でどこか悲し気ですらあった。

 

「風守。お前の裏切りに対して、元柳斎殿はお怒りだ。元柳斎殿は私にお前を生きたまま連れてこいと命じられた。そして、それは勿論、元柳斎殿が自らの手でお前を処刑する為だ」

 

長次郎の言葉に宿る長次郎なりの優しさを俺が感じ取れない訳が無い。

長次郎は最初から俺を殺す気で戦っていた。山本元柳斎重國に俺を殺させない為に。

 

「炎熱地獄の苦しみを知るお前にそれはあまりに酷だ。だから私の卍解を持ってせめて痛みを感じる暇もなく殺してやろうとも思ったのだが、私ではお前を殺しきることが出来なかった。すまないな、風守」

 

「----ぁ」

 

長次郎の言葉に言葉を返す力がでない。既に死に体。身体の半分以上が炭化している。意識を保っているのが不思議なくらいの重傷だ。もし最後の落雷の直前、『鴻鈞道人』の阿片で身体を痴れさせ痛みを感じない様にしていなければ、激痛でショック死していただろう。

 

いや、もうそんな思考すら無意味だ。俺は長次郎に敗北した。卍解を前に手も足も出ずに負けたのだ。

不甲斐ない限りの結果を前に最早微笑むことすら出来はしない。すまないと謝ることすら恥ずかしくて出来ないほどの無様さ。涙を流す生気が残っていれば俺は泣きじゃくっていただろう。

 

---ここで終わりか。

 

俺に朽木ルキアは救えなかった。

 

 

 

 

 

 

「諦めるのですか」

 

 

 

 

 

 

「---っ」

 

聞こえてきた声に最早鼓動するのも億劫だと動きを止めかけていた俺の心臓が跳ねた。

 

「諦めてしまうのですか」

 

花の様に甘い香りと共に聞こえてきたその声は俺の心臓を跳ねさせる。まるで初心な生娘にでもなったかのような感覚。聞こえてくる声にドキドキとしている。

嗚呼(ああ)、これは不味い。俺をこんなにもドキドキさせる彼女を前に晒す無様程に心臓を抉ることがあるだろうか。

立ち上がれるか?否、立たなければならない。

 

「---ぐぅ」

 

四肢に力を込める。

 

「---がぁ!?」

 

「っ!?よせ‼無理に動けばいくらお前でも本当に死ぬぞ‼」

 

四肢から漏れる黒く固まった血が漏れることに構うこともなく俺は立ち上がる。

動く。動く。動く。もとより痛みは無かった。折れかけていた心は彼女の声でよみがえった。なら、立ち上がれぬ筈がない。傷とは気構(きがま)えに負うもの。俺が立ち上がれると思うのならば立てるだろう。他ならない俺がそう思うのなら俺の中ではそうなのだ。

 

「---ふ、はは」

 

そして、立ち上がれば、やはり目の前には卯ノ花が立っていた。

 

数年ぶりにみる卯ノ花は何も変わっていなかった。黒く艶のある髪を胸の前で束ね、凛々しい顔で俺を見る。

そして、優し気に微笑みながら俺に声を掛ける。

 

「久しぶりですね。風守さん」

 

「…ああ…卯ノ花…どうして…此処に?」

 

「雀部副隊長に貴方の居場所を伝えたのは私ですから」

 

「俺の…居場所が…わかるのか…?」

 

「ええ、随分前に貴方の腹を開き『技術開発局』製の発信機を埋め込みました。ですので貴方の様子は私に筒抜けなのですよ」

 

「…発信機?」

 

「はい」

 

花の咲くような笑顔でそう言う卯ノ花は美しかった。卯ノ花の後ろで何やら長次郎が引き攣った顔をしているが、どうしたのだろうか疑問が浮かぶ。

いや、今はそんな疑問はどうでもいい。俺の身体に発信機を埋め込んだという卯ノ花に俺は言葉を返さなきゃならない。精一杯の笑みを浮かべて。

 

「そうか。お前はそんなに俺が好きなのだな。愛い愛い。俺は嬉しいぞ」

 

「ええ、私は貴方を愛しています」

 

「俺もだ卯ノ花。お前を前にするとこんなにも胸がドキドキする」

 

息が出来ないほど激しい動悸の中で俺は半ば炭化した手で卯ノ花の頬に触れる。

卯ノ花はそれを受け入れる。そして、数秒の後に俺の頭を抱きかかえるように胸に押し当てた。

 

「風守さん。お疲れ様でした。少し休んでいてください」

 

「………ああ」

 

こうして俺は捕らわれた。

 

 

 

 

「………風守、お前は吊り橋効果という言葉を知っているか?」

 

気を失う寸前、長次郎のそんな声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 





( ゚Д゚)優しい世界の完成だ!
(^◇^)イラッ―-卍解--
(´・ω・`)


---さて、雀部副隊長を大活躍させるぜ!って書いてたら、大変なことになったぞ。
  どうするか…




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蜂と花の出会い④


前回、前書きで書きました疑問。
光速1/3と音速×500はどっちが速いのか?という疑問に対して感想欄にて多くの方々に返答を頂きました。ありがとうございます<(_ _)>。疑問が一つ晴れました。
つまり、最速の斬魄刀は『黄煌厳霊離宮』という訳ですね!流石、雀部副隊長!!


ブリーチ最終巻を遂に手に入れました。
読み終えて、ああ、一つの時代が終わったのかと…小学生の頃から、長かったなぁとしみじみ思いました。

あと眠八號ちゃんが可愛い。




 

 

卯ノ花烈の胸の中で気を失い倒れ伏した風守風穴を見て雀部長次郎は安堵した。

安堵の溜息と共に卍解を解き、掻いていた汗を拭う。

 

「右腕に右足、それと鎖骨から肋骨に掛けての骨の三分の一が炭化していますね。雀部副隊長。少しやり過ぎでは?」

 

気を失った風守風穴を地面に寝かせて診察した卯ノ花烈の言葉に雀部長次郎は首を横に振る。

目の前の相手が重傷を負った夫を心配する妻だと理解しながらも、やり過ぎてなどいないと首を振った。

 

「風穴は強い。ともすれば、あっさりと私は負けていただろう」

 

風守風穴は強い。お互いに本気の勝負であるなら、自分に勝ち目など無かったと雀部長次郎は思っていた。

卯ノ花烈に介抱される風守風穴を見下ろしながら、雀部長次郎が思い出すのは千年前の大戦。世界の均衡(バランス)を守る為に起きた死神対滅却師(クインシー)の戦争の中で斬魄刀を振るった風守風穴の姿。

愛を歌い救いを叫び戦った男の背に雀部長次郎は最悪を見た。

 

「斬魄刀『鴻鈞道人』の能力は文字通り、最悪だ。一度、解放を許せば周囲は阿片に沈む。全て破壊しつくしてやっと無効化できる」

 

瓦礫と化した瀞霊挺の一角を見ながら雀部長次郎は言う。

 

「そして、風穴が恐ろしいは斬魄刀の能力だけではない。さらに脅威となるのが、『風守』としての身体の強度(・・)。阿片にすら痴れられぬ程に強い身体。私の卍解を持ってしても、殺しきれぬ程の精強さ。あるいは風穴が戦いを好む気風(きふう)であったなら、『剣八』の名がふさわしいのは卯ノ花隊長、貴女でなくこいつだったかもしれません」

 

「…『剣八』の名の意味は『幾度斬り殺されてもは絶対に倒れない』。確かに否定はできませんね。雀部副隊長、貴方の卍解の雷撃を八度受けて尚、この人は生きていたのですから」

 

「いや、生きていただけではない。この男は立ち上がったのだ。貴女が来た。それだけで、息を吹き返した」

 

愛した女の前で無様は晒せない。男として素晴らしい感性だと雀部長次郎は感心する。

そして、ならばと考える。

愛した女の前では無様は去らせない。ならば、部下の前ではどうなのだ?守るべき弱者の前では?風守風穴が出す答えは決まっている。倒れる筈がない。

守るべき者の前で、救うべき者の前で、倒れぬが故の番人。『風守』の名だ。

 

「私であったから、風穴は倒れたのだ。戦う前から言っていたよ。私に倒されるのなら、悔いはないとな。風穴らしくもないことだが、こいつは私に甘えたのだ」

 

同じく山本元柳斎重國という死神の背に至高を見た同志だから。千年間を友に戦い抜いた戦友だから。

風守風穴は雀部長次郎に負けることを良しとした。

 

「そうでなければ、この男が倒れることなどありえない」

 

そう言い切る雀部長次郎に対して卯ノ花烈は確かにそうですねと風守風穴の寝顔を見ながら微笑んだ。

 

「この(ひと)は強い。きっと世界の誰よりも。私はそう信じています」

 

卯ノ花烈の微笑を見ながら、雀部長次郎は安心した。それは先ほど卯ノ花烈が風守風穴に向ける狂気と呼んでも良い愛情を垣間見ていたから、卯ノ花烈が私が愛した彼は誰より強いなんて普通の女が言いそうなことを言ったことに対して安堵したからだった。

 

卯ノ花烈に対して失礼にならない様、背を向けてふぅと息を吐く雀部長次郎。二度目の安堵の溜息。

 

だが、しかし、雀部長次郎は知らなかった。それは彼が実直な男でとても紳士的な男性であったから。今まで女性と関係を持ったことはあったけれど、卯ノ花烈の様な女性と関係を持ったことは無かったから。

雀部長次郎は知らなかった。

 

狂気を孕んだ女が向ける男への愛の深さを知らなかった。

 

()()()()()()()()()。風守さん」

 

()()()()()()()。卯ノ花」

 

「---っ!?」

 

雀部長次郎はあり得ぬ声に息を飲んだ。

振り返ればそこにはあり得ない光景。傷一つなく立つ風守風穴の姿。

 

「なあっ!?卯ノ花隊長!?」

 

風守風穴の治療をするのはわかる。いくら風守風穴と言えど、卍解によって負った重傷をそのまま放置すれば命に係わるだろう。だが、だからと言って拘束もしないままに完治などさせれば、それは風守風穴が再び牙を取り戻すということだ。

瀞霊廷を敵に回しても尚、朽木ルキアを救うと吼えた猛き牙を取り戻すということだ。

それはしてはならない事。そんなことは考えるまでもなく分かる事。だというのに何故---そう問いかける雀部長次郎に対して卯ノ花烈はクスリと少女の様に笑った。

 

「雀部副隊長。何時から、私が瀞霊廷側だと錯覚していたのですか?」

 

「っ‼…最初から、風穴の味方をするつもりだったというのか?」

 

「はい」

 

「ならば何故、私に風穴の居場所を教えた‼」

 

「貴方を倒す為です。雀部副隊長」

 

「私を倒す為だと?」

 

「貴方は強い。最初から、風守さんの敵となるのは貴方と山本総隊長位だと思っていました。そして、貴方は現に卍解で風守さんを圧倒した。そんな貴方を倒すのは不意を突くしかありません。不意を突き、私と風守さんという二対一の構図を作り。そして、霊力を消耗した状況を作り出す」

 

雀部長次郎の頬に冷や汗が流れる。

目の前に並び立つ風守風穴と卯ノ花烈。二対一という構図。そして、卍解を行い霊力を消耗した状況。

気が付けば卯ノ花烈の掌の上に居た。

 

「そうでもしなければ、卍解を使う貴方を倒すのは難しい」

 

こうするしかなかったと卯ノ花烈は言う。

 

卍解とは死神として頂点を極めた者のみに許された斬魄刀戦術の最終奥義。死神として他と隔絶した霊圧を持つ者だろうと卍解に至れる者は極一部。それを発現できた者は一つの例外もなく尸魂界の歴史に永遠に名を刻まれる。

始解状態と卍解状態での斬魄刀の戦闘能力の差は一般的に5倍から10倍。

 

「雀部副隊長と私、風守さんの戦闘能力はほぼ横並び。そんな中で戦闘向きでない卍解を持つ私と卍解を使う訳にはいかない風守さんが、卍解を十全に使い(こな)す貴方に勝つには、こうするしかありませんでした」

 

騙してごめんなさいねと笑う卯ノ花烈とその横でお前はそんなことまで考えていたのかと感心したように卯ノ花烈を見る風守風穴を前に、雀部長次郎は苛立たし気に歯噛みした。

 

「卯ノ花隊長。風穴に続き、貴方までもが元柳斎殿を裏切ると言うのか」

 

「…山本総隊長を、ひいては瀞霊廷を裏切る気はありません。そしてそれは風守さんも同じ筈。千年を共にした護廷十三隊をどうして裏切ることができましょうか。…しかし、確かめねばならないことがあるのも事実。その為に立ちふさがる者がいるのなら、越えねばならぬでしょう」

 

---朽木ルキアは現世にて罪を犯した。しかし、それは殛刑(死刑)に処される程に重い罪であったのか。

---今朝方、東大聖壁(ひがしだいしょうへき)にて護廷十三隊五番隊隊長、藍染惣右介が何者かに殺害され死体で発見された。

 

卯ノ花烈の言い分はわかる。雀部長次郎とて裏で何か起きている気配は感じている。気になっていないと言えば嘘になる。

だが、しかし---

 

「それでも尚、通さねばならない忠義がある。元柳斎殿とて疑念を抱き考えておられる。しかし、それでも四十六室の決定は絶対。その掟が崩れれば尸魂界の秩序が乱れると仰っているのだ。だというのに、秩序を乱し無暗矢鱈と混乱を招く行い。仁義八行ありはしない。”()”も”(しん)”も”(てい)”も捨てたと言うか」

 

「何と言われようとかまいません。私にはそれでも信ずる”愛”があるのです」

 

問答はいらない。愛した男が強大なナニカと戦おうとしている。それに手を貸すことに何故迷う必要があるのでしょうかと卯ノ花烈は雀部長次郎の言い分を斬って捨てた。

それは一組織の長としてはとてもじゃないが正しいと言える判断ではなかった。

あるいは組織崩壊の悪手となる女の情。だが、卯ノ花烈は信じているのだ。

 

「それに、雀部副隊長もわかっている筈ですよ。風守さんが護廷十三隊を裏切る筈がないということを。この(ひと)程に護廷十三隊(このユメ)を愛している者はいないのですから」

 

朽木ルキアは救うべきだ。その風守風穴の判断に間違いはなく、自分の行動が後に奇手として生かされると信じている。

 

「問答は此れにてお仕舞(しまい)。行きますよ、風守さん」

 

「ん?ああ、起きたばかりで良く分からないが、というかお前たちに捕らわれるものだと思っていたのだが、卯ノ花が手を貸してくれるということだな。全くお前は本当に俺が好きなのだな。嬉しいぞ。では、行くが、長次郎。流石のお前も俺達二人に今の状態じゃ敵わないぞ。無理はするなよ。俺はお前を極力傷つけたくないのだ」

 

「………ほざけ。私の”(ちゅう)”を侮るなよ‼」

 

雀部長次郎は二対一という劣勢の中で戦い。

そして、敗れた。

 

 

 

 

 

雷鳴轟く長次郎との二連戦。それを終えた俺達は護廷十三隊四番隊隊舎。卯ノ花が用意した一室に身を隠し治療を受けていた。

長次郎との初戦で負った傷に比べれば、再戦で受けた傷はごく軽いモノ。

卯ノ花と共闘する二対一の戦いだったのだから、それは当然の結果だった。むしろ、二対一という戦いの中でこれほど傷を負わせてきた長次郎は流石という他になく、倒れ伏した長次郎に俺は溢れん限りの賛辞を投げかけた。何故か長次郎は倒れ伏しながら俺を睨みつけ「煽っているのか」と激怒していたが、はて何故怒られたのか俺にはわからなかった。

 

勇音(いさね)。そちらは終わりそうですか?」

 

「は、はい。大きな傷は塞がりましたので後は小さな裂傷の処置をすれば終了です」

 

俺を治療する卯ノ花烈の隣で砕蜂を治療していた護廷十三隊四番隊副隊長、虎徹(こてつ)勇音(いさね)は戸惑いながらもハッキリとした声色でそう返した。

返事をしながらチラと俺を見る虎徹勇音。虎徹勇音は治療の最中もチラチラと俺を見ていた。「どうかしたか」と問いかければ、「どうかしたといいますか」と歯切れの悪い言葉を返しながら卯ノ花の様子を伺っていて、卯ノ花が自分の視線に何も返さないと悟れば、意を決したように俺の方を見て口を開いた。

 

「…あの、風守、風穴さんですよね?私は虎徹勇音と申します。卯ノ花隊長との婚儀の際に一度会っているんですが、覚えていますか?」

 

「ああ、覚えているとも。虎徹勇音、日頃から卯ノ花が世話になっているな」

 

「い、いえ。世話なんてそんな。私は卯ノ花隊長に助けられてばかりで…じゃ、じゃなくて、あの本人ですよね?」

 

「ああ」

 

「………えっと今の風守さんは現世で禁止事項行使を犯した所為で四十六室から捜索の命が出ている罪人で、旅禍と一緒に侵入してきた、その、侵入者ですよね?」

 

虎徹勇音の顔色が段々に悪くなっていく。

 

「ああ」

 

「………砕蜂元隊長も同じですよね?」

 

「ああ」

 

「………そんな人たちが隠れるように治療を受けている訳って」

 

虎徹勇音の顔色が土気色に変わってきた所で卯ノ花はようやく口を開いた。

 

「勇音。今は砕蜂さんの傷の手当てに集中を。詳しい話はあとで話します」

 

「は、はい」

 

卯ノ花の言葉に大柄な身体をびくりと震わせた後、再び砕蜂の傷の治療に集中し始めた。

その様子を横目で見て、取りあえずの俺への質問は終わったのかと判断して、治療を受けながら卯ノ花としていた話の続きを再開する。

 

「でだ、卯ノ花。惣右介が殺されたというのは本当なんだな?」

 

「はい。今朝、東大聖壁(ひがしだいしょうへき)にて死体で発見されました。明らかに何者かに殺害された様子でしたが、犯人・動機ともに不明です」

 

「………確実に死んでいたのか?」

 

「はい。検死を行いましたから、間違いはないでしょう。何か気になる点でも?」

 

「いや、お前がそう言うのなら、そうなのだろうな。そうか、惣右介が死んだのか。…残念だ。惣右介は凄い奴だから、これからの護廷十三隊にとって中枢となってくれればと思っていたのだがな」

 

無常であるが、死んだというなら、それは無理だった。

 

藍染惣右介の死。湧き上がる疑念を悟られぬように気を付けながら、卯ノ花と会話を続ける。

卯ノ花が検死をしたのなら間違いなどは無い筈だ。十中八九、藍染惣右介は死んでいる。

だがもし、残りの一が起きているのなら、ことは俺一人では対処することの出来ない事態なのかもしれないと思いつつ、それでも俺は卯ノ花に疑念を打ち明けることはしなかった。

 

 

---惣右介が護廷十三隊に必要だと思う。その気持ちに嘘偽りなどないのだから。

 

 

「卯ノ花。俺は傷が治り次第、朽木ルキアを救う為に再び懴罪宮に向かう。お前はお前の思うように別行動で動いてくれ」

 

「…雀部副隊長が倒れた今なら懴罪宮に向かうこと自体は可能でしょう。しかし、殛囚(死刑囚)である朽木ルキアを奪還したとなれば山本総隊長とて重い腰を上げるでしょう。そうなれば、戦うこととなりますよ?」

 

「わかっているさ」

 

「風守さん。貴方は強い。他の誰よりも。しかし、山本総隊長だけには絶対に勝てません」

 

「わかっている。…他ならぬ俺が決めた。俺は生涯、山本元柳斎重國だけには勝てぬとな」

 

阿片窟(とうげんきょう)は炎熱地獄に沈む。それは変えられない事実。

 

「わかっているのなら、私は止めません。けれど、死んでは駄目ですよ」

 

丁度、治療を終えた卯ノ花が俺を抱きしめる。甘い花の香りが俺を包んだ。

柔らかな腕が背中に回る。俺も卯ノ花の腰に手を回しながら抱きしめ返した。花の香が強くなった。

 

 

 





( `ー´)ノ勝った!第三部完‼

(^^)/もう一回遊べるドン‼

(´・ω・`)



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太陽との出会い方①

 

 

本来、勝ちを拾える筈など無かった雀部長次郎との戦いを卯ノ花烈の機転によって潜り抜けた俺の歩みを妨げる者は最早いない。

 

---貴様何者だ!

---これより先は懴罪宮!立ち入り禁止の命が出ている!

---立ち去れ!

 

「待っていろよ。朽木ルキア。俺がお前を救ってやろう」

 

斬魄刀を静かに抜いて、『鴻鈞道人』の名前を呼ばずに斬魄刀を始解する。立ちふさがる者達を幸せな夢の中へと沈めながら静かに歩く。ここから先は砕蜂に倣い隠密行動だ。

雀部長次郎との戦いで些か俺は目立ち過ぎた。

雀部長次郎の卍解『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』から放たれた落雷はこの戦いの行く末を何処かで見ている山本元柳斎重國に俺の敗北を伝え、そして、続き鳴り響いた雷鳴が俺の存命と雀部長次郎の敗北を伝えただろう。

己が副官たる雀部(ささきべ)長次郎(ちょうじろう)忠息(ただおき)の敗北。その事実を知れば山本元柳斎重國も重い腰を上げるだろう。

そして、俺を斬りに来るに違いない。

元は部下や仲間の命に灰ほどの重さも感じなかった剣の鬼。千年の時を越えて尚、その本質は変わってなどいない。

もうじきに最強は動き出す。

ならばその前に俺は朽木ルキアを救い出さなければならない。

それが万に一つ残された俺の勝機。

 

---故に痴れろと、懴罪宮を警備する死神達に声をかける。

 

そうして先を急ぐ俺は懴罪宮の牢と詰め所を繋ぐ大橋の半ばで見知った顔を見つけたことに安堵した。

 

「善哉善哉。間に合ったようだ」

 

クスリと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朽木ルキアは感情の波に飲まれていた。

朽木ルキアは殛囚(死刑囚)として捕らわれていた懴罪宮の中で数多の霊圧の衝突を感じていた。霊圧を遮断する殺気石(せっきせき)の中にすら反響する程の巨大な霊圧同士のぶつかりを少なくとも三度以上は感じていた。

戦っているのは誰か。敗れたのは誰か。死んだのは誰か。殺気石(せっきせき)に響いた反響は乱反射によって霊圧の痕跡を消していく。

何も解らない闇の中で不安を募らせる最中に朽木ルキアは紆余曲折を経て黒崎一護と行動を共にすることとなった護廷十三隊四番隊第七席山田(やまだ)花太郎(はなたろう)と流魂街の花火師志波(しば)岩鷲(がんじゅ)の両名によって懴罪宮の牢から解放された。

 

しかし、混乱の最中で喜ぶ暇もなく懴罪宮の牢と詰め所を繋ぐ大橋にて義兄朽木白哉と鉢合わせる。

 

---仲間を見捨てて逃げられる様な腑抜けじゃない。

朽木ルキアを救う為に朽木白哉に戦いを挑む志波岩鷲に対して、掟を守る為だと朽木白哉の斬魄刀は振るわれた。

 

「そうか…貴様は志波家の者か…ならば、手を抜いて済まなかった…」

 

志波岩鷲は倒れた。次いで山田花太郎を狙い振るわれかけた朽木白哉の斬魄刀を止めたのは護廷十三隊十三番隊隊長浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)。朽木ルキアの直属の上官に当たる男は朽木白哉の先走った行動を止めた後、朽木ルキアに朗らかに笑いかけた。

 

「おーす朽木!少し瘦せたな大丈夫か?」

 

浮竹十四郎の登場によって取りあえず自分を救ってくれようとした山田花太郎と志波岩鷲の命の安全は保障された。その事に安堵する朽木ルキアだったが、直後に感じた接近してくる巨大な霊圧によって再び困惑する。

 

「な…なんだこの霊圧は!?明らかに隊長クラスだぞ‼…だが、知らない霊圧だ…!誰だ!?」

 

同じく困惑する浮竹十四郎とは違い、朽木ルキアと朽木白哉にはこの霊圧に覚えがあった。

 

「…こ…この霊圧の感覚は…まさか…」

 

黒崎一護がそこには居た。

 

「…ルキア。助けに来たぜ」

 

「…」

 

「なんだその顔!?助けに来てやってんだから、もうちょっと嬉しそうにしろよ」

 

「…莫迦者(ばかもの)……!来てはならぬと言った筈だ…あれほど……追ってきたら許さぬと…!」

 

「…ルキア」

 

強敵との戦いで傷を負った黒崎一護の身体を見て朽木ルキアの眼に涙が浮かぶ。

 

「ぼろぼろではないか…莫迦者」

 

朽木ルキアは感情の波に飲まれていた。

それは殛刑(死刑)を受け入れ死を受容していた朽木ルキアの凍った心が動かされた証だった。

    

 

                                                             

「愛い愛い。だから俺はお前たちが大好きだよ」

 

 

 

 

そして、此処にもう一人。朽木ルキアを救う為に男がやってくる。

希望を目指し勇気を抱いて立つ黒崎一護の輝く瞳とは対照的に混濁した眼で薄ら笑いを浮かべる男は、だがしかし、愛や勇気と言った青臭いモノを心の底から愛していて、だからこそ、朽木白哉を前にお前を倒すと言った黒崎一護の行動に心の底から感動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎一護と朽木ルキアの再開によって流れた桃色の空気の中、介入のタイミングを逃していた俺はひと段落つくのを待ってから声を掛ける。

 

「朽木ルキアを救うとよく吼えた。黒崎一護、俺はお前の様な男が大好きだ」

 

故に朽木ルキアを救うのがお前であるのなら嬉しいと笑いながら、俺は懴罪宮の牢の屋根から大橋の上に降りて黒崎一護と朽木白哉の間に入った。

 

「アンタ、何時から居たんだ?」

 

「いや…まさか、何故あなたが…」

 

俺の唐突な登場に驚きを隠せない黒崎一護と朽木ルキア。

対して対面に立つ朽木白哉と浮竹十四郎が風守風穴の登場に驚きながらも冷静さを保っていた。おそらくは先刻に起きた俺と雀部長次郎との戦いで瀞霊廷の一角が壊滅するほどの霊圧のぶつかり合いを感じ取っていたからだろう。

 

「風守風穴。やはり、来てしまったか…」

 

浮竹十四郎は焦燥を隠すことなく歯噛みする。

 

「…風守風穴。そうか、旅禍と共に(けい)もまた愚妹を助ける気なのか。ならば、旅禍諸共に私が消そう。それで終わりだ。この些細(ささい)な争いのすべてが終わる」

 

「待て!朽木隊長‼」

 

「散れ『千本桜(せんぼんざくら)』」

 

浮竹十四郎の声に耳を貸すこともなく朽木白哉は斬魄刀を始解する。

斬魄刀『千本桜』はその刀身を目に見えない程の無数の刃へと分裂させた。無数の刃は日の光を受けまるで花弁を思わせる桜色に輝きながら俺の身体をを襲う。

数瞬の後に無数の刃が俺の身体を切り刻む---筈だった。

 

「…なに?」

 

切り裂いた筈だった。朽木白哉は『千本桜』を俺を斬り裂く様に操った。だが、俺はそれに対して何の反応も示すことは無く、何の反射も示すことなく無傷でただ笑ってみせた。

朽木白哉は直後に『千本桜』から伝わってくる感覚に困惑したことだろう。それは『千本桜』の始解を果たして以降の修練で『千本桜』を己の手足の様に操れるようになって以来、感じたこともない感覚だった筈だ。

 

「『千本桜』の手綱が、切れている?(けい)、一体なにをした?」

 

まるで誰かに操られてでもいるかのように『千本桜』が思うように操れないと言いたげに俺を睨みつける朽木白哉

その原因は言うまでもなく俺にあった。

俺はああと、事も無さげに言葉を放つ。

 

「俺の『鴻鈞道人』は朽木白哉、お前のモノと違って始解後の変化に乏しい。変化は切っ先に四連の穴が開く程度。そこから漏れ出す阿片の毒もこんな風通しの良い場所では直ぐに風に流されて消えてしまう。だから、気づかなかっただろう?『千本桜』は既に”落魂陣(らっこんじん)”へと堕ちている」

 

「”落魂陣”だと?」

 

「『鴻鈞道人』から生成される阿片特性の変化。墜落せし逆さまの(はりつけ)()って性命双修(せいめいそうしゅう)(あた)わざる(もの)()ちるべし。落魂(らっこん)(じん)の能力は斬魄刀を痴れさせること。『千本桜』はもうお前からの命令を正しく認識できない」

 

---斬魄刀を狂わせる斬魄刀『鴻鈞道人』の能力。その凶悪さにその場の誰もが息を飲む。

---敵を斬る為に共に研鑚を積んできた斬魄刀の裏切りともいえる行為を容易く実現させる男の言葉を聞いて朽木白哉の脳裏に鎧武者の姿をした女が苦しむ姿が浮かび、黒崎一護の脳裏のは黒衣を纏った男が忌々し気に顔を顰める姿が浮かんだ。

 

(けい)。自分が何をしているのか、理解しているか?(けい)は今、私の誇りに刃を向けているのだぞ」

 

「誇り?義妹に刃を向けながら、誇りなどと大層な口を叩くなよ。肉親の情に勝る誇りなどないだろう。何故救わぬ。何故助けぬ。助けを求める弱者(かぞく)の声に、なぜ耳を貸そうとしないのか…俺にはわからない」

 

「…そうか。(けい)には無いのだな。己が感情より優先すべき”(おきて)”と言う枷が。獣と人を分けるそれすら持たぬ(けい)に、最早問答は無意味か」

 

---ならば、静かに死ねと告げながら朽木白哉は再度『千本桜』を操った。

『鴻鈞道人』から生成される”落魂陣”の毒は斬魄刀を痴れさせ攻撃を反らし動きを止めることができる。しかし、それはあくまで一時的なモノ。人がそうであるように斬魄刀もまた阿片の毒を吸い続けることである程度の耐性を持つことができる。

故に時間が経てば斬魄刀は墜落の夢から覚める。

しかし、俺は驚いた眼で朽木白哉を見ていた。

 

”落魂陣”が時間と共に解けることはわかっていた。しかし、早すぎると驚愕して、嬉しぞと笑みを浮かべる。

 

「流石は歴代最強の朽木家当主か。なるほど、その肩書きはどうやら法螺(ほら)ではないらしい。だが…」

 

---”落魂の陣”阿片濃度強化。

 

「俺が『鴻鈞道人』に込める霊圧を高めれば、『千本桜』は再び散るぞ?」

 

「なん…だと…」

 

再度、動きを止めた『千本桜』を目に止める事も無く俺は朽木白哉の懐へと瞬歩で近づいていく。不用心と言っていい俺の接近は普段の朽木白哉であれば即座に斬り返せるモノだっただろう。しかし、自身の斬魄刀が二度に渡り拘束されるという衝撃を受けた一瞬の隙を突いて行われた俺の肉薄は不意打ちとして効果的に機能していて。

 

あまりにも呆気なく朽木白哉は肩から鎖骨までを切り裂かれた。

 

「朽木白哉。確かに強い。だが、お前は所詮、朽木家に置いての最強でしかない」

 

生きることは戦いである。ただ生きる魂魄や人間達ですらそうであるなら、虚と戦い人間を守ることを生業とする死神の場合は更に顕著(けんちょ)だろう。

その中で千年以上を生き抜いた死神(もの)がいるのなら、その力は現代を生きる死神達にとって最早理解の外だろう。

驕りではない現実として言うのなら、俺は強い。

始解に対して卍解を(もち)いてやっと互角に渡り合える。

あるいは弱点を突き戦わなければ十合も持たないだろう。複数で挑むべき相手(てき)だ。

その事実を朽木白哉は軽視していた.

あるいは認識していても尚、正面から挑まなければ、ならなかった。

 

---朽木白哉は義妹(ルキア)を斬ると言った。

---そう言ったのなら、義妹の前で敵が強大だからと言って剣を引く訳にはいかなかった。

 

朽木白哉は前のめりに倒れた。

 

「兄様!」

 

倒れていく義兄を前に思わず出た朽木ルキアの声。

その声に反応して俺は朽木ルキアと黒崎一護たちの方を振り向いた。

 

---朽木白哉は敵だった。そして、風守風穴は味方だ。それを黒崎一護は理解している。

---だが、理解している筈なのに思わず黒崎一護は朽木ルキアを守るように前に出て、風守風穴に斬魄刀の切っ先を向けていた。

 

「なっ、い、一護!何をしているのだ!」

 

朽木ルキアは倒れる朽木白哉を前に確かに声を出した。だが、それは自分を助けるために仕方無くやったことだと理解している。

確かに自分を心配してくれることは嬉しいが、味方である筈の俺に斬魄刀を事はやり過ぎだと(たしな)める朽木ルキアの声に、黒崎一護は動揺した様子で斬魄刀『斬月(ざんげつ)』の切っ先を下した。

 

「わ、悪い。風守さん。その、俺…」

 

「良い良い。気にするな。初めての戦場での混乱など、よくあることだ」

 

思わず剣を向けてしまったことに罪悪感を抱く黒崎一護を励ましながら、俺はさてと振り返り浮竹十四郎の方に身体を向ける。

朽木白哉は倒れたが、未だに朽木ルキア救出の脅威となる者はいる。

今は敵と呼ぶべきかつての仲間に背を向けるという隙を晒した事を恥ながら、俺は笑う。

 

霊圧を受けて浮竹十四郎の足が半歩下がった。

 

勝敗は既に決まっていた。

浮竹十四郎は病に侵され今の今まで寝込んでいた身。対して俺は風邪一つ引いたことのない強靭な身体を持つ健康優良児だ。加えて積み上げてきた年月が違う。

護廷十三隊の古参と呼んでいい十三番隊隊長である浮竹十四郎だが、積み上げた年月が四桁をこえる俺と比べれば差は歴然。

 

その差を覆すだけの才能が浮竹十四郎にあればよかった。

---否。才能を持つのが浮竹十四郎だけであればよかった。

 

浮竹十四郎は才能ある死神だ。身体は弱いが寛厚(かんこう)で人望厚く人の上に立てる器を持っている。そして、ひとたび戦いとなれば、その力は超軼絶塵(ちょういつぜつじん)。同輩にも先達にも並ぶ者はない。あの山本元柳斎重國にして替えの利かないと言わしめる隊長格。

 

だが、しかし、俺も才能(それ)は同じ。

 

故に勝敗は既に決まっていた。

 

 

 

 

その勝利を掻き消すように声が聞こえた。

 

 

 

「痛恨なり」

 

 

 

独り言のように呟かれた一言に俺は即座に敗北を悟る。

肌で感じる悪寒は最早暑く、一呼吸で吸えるだけの空気が10㏄を切っている。緊張感などという生易しい感覚ではなく、物理的に霊圧によって肌を刺激させられる感覚はどこ場に居る誰もの足を止めさせる。

 

「---あっ」

 

朽木ルキアが霊圧によって潰されそうになる。倒れる朽木ルキアを支える様に動く黒崎一護の足もまた震えていた。

最早これまで---そう斬り捨てて俺は即座に『鴻鈞道人』の切っ先で黒崎一護の肌を少しだけ傷つける。

 

---(まわ)(まわ)れ。万仙陣(ばんせんじん)勇者(じゃくしゃ)の足を止めてくれるな。

 

黒崎一護は強い。元が人間とは思えないほどの霊圧と戦闘センスを持っている。この場にやってきた最強の死神の力量を正しく理解してしまえるだけの霊圧知覚があった。

故に止まる足。逃げろ。戦うな。首を垂れろと叫ぶ生存本能を『鴻鈞道人』で痴れさせる。

 

「っ‼」

 

気付(きつ)けだ。動けるな?」

 

「……ああ、悪い」

 

「良い良い。元より俺はお前たちを守る為に立っている」

 

そう言って俺は再び黒崎一護たちに背を向ける。

 

「黒崎一護。此処は俺に任せて、朽木ルキアを連れて行け」

 

「なっ!?何言ってるんだ‼そんなことできる訳がねぇ‼風守さんが強いのはわかった。けど、この霊圧は異常だ‼アンタ一人で勝てる訳がねぇ‼」

 

「うむ。勝てないだろう」

 

「なら、俺も戦う‼」

 

「………黒崎一護、太陽は斬れるか?」

 

「は?」

 

俺の口から零れた荒唐無稽な質問に黒崎一護は切迫した状況に似合わない間の抜けた声を零した。

当然だろう。その質問は太陽は東から昇るのかと、そんな答えの解りきった質問だ。

 

「斬れないだろう。ああ、誰にも斬れない。同じことだ。あの男には勝てない。誰であろうと勝てないのなら、二人で戦うことに意味はない。だから、お前は行け」

 

「………っ」

 

「そう苦しそうな顔をするなよ。お前は朽木ルキアを救いに来たのだろう?俺も同じだ。穿界門(せんかいもん)の中で言った筈だぞ。俺の目的も朽木ルキアを救うことだと。そして、お前たちの味方だとな」

 

---故に此処は任せて、先に行け。

 

「………ルキアを安全な場所に運んだら、戻ってくる。それまで死ぬなよ」

 

「…そうか。ああ、お前がそのつもりなら、うむ。善哉善哉。好きにしろ」

 

お前がそうしたいのなら、好きなようにすると言い。だが、朽木ルキアは必ず守れよと伝えた俺に返事をすることなく黒崎一護はその場から去っていった。

黒崎一護も傷を負っている。少しだけ心配だったが、黒崎一護を追うように動いていた四楓院夜一の霊圧が近づくのを感じ取り安堵する。

四楓院夜一ならば必ず黒崎一護と朽木ルキア安全な場所に案内することが出来るだろう。

 

最早、後顧の憂いは絶ったと笑い。

俺は太陽に目を向けた。

 

そこには護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國が立っていた。

 

「山本重國。何故、黒崎一護と朽木ルキアの二人を見逃した?俺が邪魔をするのわかっていただろうが、逃げる敵の背に一太刀の刃を振るわないなんてお前らしくないな」

 

「逃げだした者はただのにわか死神。抱えていた小娘はただの殛囚。他の隊士に捕えさせ、後で斬って焼けばそれで済む。じゃが、貴様は別。貴様を止められるのは最早(わし)しかおらん」

 

---だから、重い腰を上げたのだと山本元柳斎重國は語る。

そして、睨みつけるように俺を見ながら言う。

 

「…長次郎は敗れたか」

 

「ああ、やはりお前の右腕は強いな。流石は長次郎。そう言うしかない程に強かった」

 

「長次郎と戦い貴様が無事とは考えられん。…治療を受けたな?卯ノ花烈も裏切ったという訳か」

 

「確かに俺は卯ノ花に助けられた。だが、卯ノ花は裏切ってなどはいないさ。そして、それは俺も同じこと。俺が生涯唯一見た夢を、護廷十三隊を裏切る筈がないだろう」

 

「………”ならば何故、護廷十三隊に刃を向けるのか”などと問う気はない。最早(もはや)問答(もんどう)(らち)()し。貴様は瀞霊廷の敵と成った。護廷十三隊の敵と成った。儂の敵となった。---抜け」

 

俺の言葉など切って捨てるという山本元柳斎重國の言動は予想通りのものだった。

そうだ。この男は敵に言葉になど耳を貸そうとしない。そういう男だ。

だが、そんな男だからこそ千年前に起きた滅却師との生存戦争に勝利することが出来たし、俺はそんな確固たる己の意思のみを持ち戦う燃える男の背だからこそ夢を見た。

 

「儂の重い腰を上げさせたのだ。覚悟はできているな?」

 

山本元柳斎重國の声を聴く度に恐怖する。身体の震えを止める為、俺は”万仙陣(ばんせんじん)”を(まわ)し『鴻鈞道人』の生成する阿片の濃度を上げる。

阿片に痴れない身体を痴れさせる為、恐怖を拭えと自傷行為を繰り返す。

そうして得られた全能感に浸りながら、口角を上げて笑ってみせる。

 

「…太陽は斬れない。だが、()()()()()()()()()()()()()。俺がそう思う限りは、俺の中ではそうなのだから」

 

「愚かなり、風守風穴。儂を相手に正面から戦おうとするとは。唯一、貴様が取れた”逃走”による時間稼ぎという手段すら捨てるとはのぅ。儂を前に震えぬために阿片に痴れるのは良い。じゃが、痴れた頭では、千年前以上前の敗北を忘れたか。貴様では儂には勝てん。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「忘れてなどいないさ。俺はお前には勝てない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「矛盾を孕み剣を振るうか。哀れなり。いや、元より貴様は白痴の剣士。狂えず生きた阿片窟の番人がようやく狂ったその様はあるいは正しきあり方か。………風守よ、貴様は死ぬ事を選んだのじゃな?」

 

「否。死ぬ気などない。俺は朽木ルキアを生かすことを選んだだけだ」

 

「ただの小娘になぜそこまで肩入れする?」

 

そんなものは無論----護廷が為だ。

 

『鴻鈞道人』の切っ先を天に向け太陽を斬らんと柄に両の手を添えた。

その型はかつて俺の故郷を一振りで焼き払った一太刀の構え。天の構えと称される上段の構えを山本元柳斎重國に向けながら、守る為の殺意を研ぎ澄ます。

 

---救ってやろう。俺はお前の幸せを心の底から願っている。

 

零れる言葉に嘘はない。遍く全てを救わんと願う心に嘘はない。みんなが幸せになればいいと心の底から思っている。

そんな俺の思いを千年前に世間知らずと断じた男は、再び夢を焼かんと刃を奔らせる。

 

「万象一切灰燼と化せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

阿片の煙を(ことごと)く焼き尽くす炎の瞳に写しながら俺はニタァと笑ってみせる。

敗北を知りながら戦うことが狂っているというのなら、俺は喜んで狂気に身を捧げよう。

 

 

 

朽木ルキア。お前は幸せになるべきだ。

 

 

 





(; ・`д・´)

やめて!『流刃若火』の能力で、『鴻鈞道人』の阿片の煙を焼き払われたら、阿片に痴れることで恐怖を消している風守の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで風守!あんたが今ここで倒れたら、卯ノ花さんや砕蜂との約束はどうなっちゃうの? 一護(きぼう)はまだ残ってる。ここを耐えれば、黒幕に勝てるんだから!

次回「風守死す」。決闘開始(デュエルスタンバイ)




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太陽との出会い方②



BLEACHのラスボスさんが負けてしまった敗因は色々あるだろうけど、一番まずかったのはせっかく藍染様を拘束していた椅子を壊しちゃったことですね‼
ほっときゃいいのに何で壊すかな!うっかりさんめ(; ・`д・´)





 

 

 

瀞霊廷外園。殛刑最終執行者『双極(そうきょく)』が鎮座する崖の近くに四楓院夜一と浦原喜助がかつて作った隠れ家があった。朽木ルキアを懴罪宮にて奪還後、黒崎一護達は四楓院夜一の案内の元でその隠れ家へとやって来ていた。

殛刑に処される予定の朽木ルキアがまさか『双極』の傍で身を潜めているとは、捜索に当たっている護廷十三隊の隊士たちは思いもしないだろう。

盲点をついた四楓院夜一の策の元で一先ずの安全を確保した黒崎一護達。

 

そこで彼らは対峙していた。

 

「待て一護。どこへ行く気じゃ」

 

「決まってるだろ。風守さんを助けに行くんだよ」

 

外に出ようとする黒崎一護を止める為に四楓院夜一は立ちふさがる。

 

「ならぬ。おぬし一人で懴罪宮に戻った所で何になると言うのじゃ。あの場に近づいていた巨大な霊圧をおぬしも感じたじゃろう。あの霊圧は護廷十三隊総隊長山本元柳斎重國のもの。万に一つも勝ち目はない」

 

「だとしても!風守さんは戦っているんだろう!今、助けに行けるのは俺だけだ!」

 

「うぬぼれるな。おぬし程度が助けに言った所で、あの男の助けにはならん」

 

「なら!夜一さんも一緒に戦ってくれればいいだろう!」

 

悲鳴の様な訴えだった。とても人にものを頼む態度じゃなかった。しかし、黒崎一護の口は動いていた。必死だった。だが、続く助けに生きたいという声は徐々に小さくなって消えていた。

黒崎一護もわかっていた。懴罪宮の大橋の上で近づく山本元柳斎重國の霊圧を感じただけで足が震えた。風守風穴の斬魄刀の能力が無ければ身体を動かすことも出来なかった。それほどまでの力の差。隔絶された力の前で震えるだけだった身体だ。

足手纏いになることをわかっていた。

けれど、

 

「…助けに行くって、言ったんだ」

 

「…一護」

 

「…傍目で見えたんだよ。震えていたのは俺だけじゃねぇ。風守さんの手も震えていたんだよ。護廷十三隊の総隊長が、どんな奴かは知らねぇ。けど、俺は戻んなきゃなんねぇんだ。出来る出来ないの問題じゃねぇだろ!」

 

「………駄目じゃ」

 

「夜一さん!」

 

なら俺一人でも行くと啖呵を切りかけた黒崎一護だったが、それを制する様に四楓院夜一は微笑した。

 

「”今は”のう」

 

「”今は”?」

 

疑問を表情に浮かべる黒崎一護に説明するように四楓院夜一は黒崎一護に近づき、黒崎一護が背負う斬魄刀『斬月』に触れる。

 

「今のお主が助けに戻った所で足手纏いでしかない。じゃが、三日あればお主にも可能性が見えてくる。あるいはあの男と山本元柳斎重國の戦いの援護位は出来るかもしれん」

 

「…修行ってことか?けど、時間がねぇだろ。三日なんて待ってられるかよ。風守さんは今この時も戦ってるんだ。三日後なんて、戦いはもう---

 

「終わらんじゃろう」

 

---え?」

 

全てが終わった後では意味がないという黒崎一護の言葉を四楓院夜一は否定するように首を振る。そして『斬月』から手を放し黒崎一護から視線を外すと困った様に佇んでいた朽木ルキアへと視線を映した。

 

「朽木ルキア。あの男と親交のあったおぬしなら、わかるじゃろう」

 

四楓院夜一の問いかけに朽木ルキアは戸惑いながらも頷いた。

 

「た、確かに。風守殿であるのなら、総隊長殿を相手にしても直ぐにやられてしまうことは無いと思いますが」

 

「その通りじゃ。山本元柳斎重國は強いが、あの男とて強い。直ぐにはやられん。控えめに言ってあの男の生命力は異常じゃ。蜚蠊並にしぶとい」

 

「ご、ゴキブリって、夜一さん」

 

「その…流石に言い過ぎでは」

 

「言い過ぎではない。あの男と戦った儂が言うのじゃから間違いはない。それにあの男など蜚蠊で十分じゃ。害虫か益虫かで言えば完全に害虫の類じゃしのぅ。見つけたら基本的に叩き潰した方がよい類の狂人じゃ」

 

緊迫した場を和ませようと冗談交じりにニマニマと悪い笑顔を浮かべてそう言い切った四楓院夜一だったが、黒崎一護達から行き詰った空気が消えたのを確認すると真剣な表情に戻る。

 

「あの男はそうそう死なん。たとえ戦いに敗れたとしてもどうにかして命は繋ぐ筈じゃ。じゃから、一護。おぬしは三日で力を付けろ。次に山本元柳斎重國とぶつかる時にあの男の隣で戦えるようにのぅ。今は次の戦いに備える時じゃ」

 

「次の戦い…」

 

「ああ、そうじゃ。朽木ルキアは助け出せた。じゃが、戦いはまだ終わっとらんぞ」

 

 

---黒崎一護達(かれら)の戦いはこれからだ。

 

---しかし、風守風穴の戦いは此処で終わる。

 

 

 

 

 

 

敵わないから逃げろと叫ぶ身体を阿片に痴れさせ無理やりに戦わせる。頼むから頭を下げろと懇願する脳髄を阿片漬けにして狂わせることによって正気を保つ。

戦う為に阿片に頼るその様は常人から見ればまさしく異様だろうと理解しながら、それでも尚と笑ってみせる。

 

「敗北は千年前に知っている」

 

---万象一切灰燼と化せ『流刃若火《りゅうじんじゃっか》』---

 

「ならば、成すべきことはどう負けるかに他ならない」

 

黒崎一護達が安全な場所に避難するまでの時間を稼ぐ。それこそが俺の成すべきことだと理解している。だがしかし---

 

「それが無意味であることも、知っているさ」

 

天に輝く太陽にもし眼があるとするのなら、それは天眼に他ならない。逃げようとも逃げ切れる訳もなく、背後から振るわれた熱量で身体は一瞬のうちに蒸発して失せるだろう。

 

故に天へと掲げた『鴻鈞道人』を振り下ろす。

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうしょくしょう)す。()(ひと)()ること()し」

 

--広がれ万仙の陣。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』から溢れ出す阿片の煙。濃度は最大。常人であれば一呼吸の内に永遠の桃園の夢へと誘う煙を吸えばいくら山本元柳斎重國であろうとも身体に機変を齎すだろう。

それをわかっているからこそ山本元柳斎重國は斬魄刀『流刃若火』から溢れ出す業火を以て桃色の煙の全てを焼き消した。

 

戦闘開始から此処までは、千年前の焼き増しだ。言葉にする必要がないほどに明確な『鴻鈞道人』と『流刃若火』の相性の悪さ。それによって生じる圧倒的な戦力差に強張る身体を無理やりに動かして、俺は千年前から進むための一歩を踏み出した。

瞬歩ではない。すり足からのただの半歩の前進。一歩踏み込めば斬られるとわかっていたからの半歩だけ前進は、しかし、次に繋がる万里への道だ。

俺の前進に対する山本元柳斎重國の行動を制限するために斬魄刀に添えていた右手を外し拳を握る。

握った拳を山本元柳斎重國に向けながら鬼道を詠唱する。

 

「…無駄なことを」

 

近接戦の最中に詠唱できる短い詠唱の鬼道であれば脅威などないと言う山本元柳斎重國の言葉を無視しながら、俺は詠唱する。

 

「破道の九十六---

 

「---な」

 

俺の口から紡がれた詠唱に山本元柳斎重國は絶句した。

それは仕方のないことだった。九十番台の鬼道の詠唱破棄。加えて詠唱したのは焼き焦がした自分の身体を触媒にしてのみ発動できる犠牲破道。

犠牲破道とはいえ、もしこれが戦いの終盤に機能を失った四肢を斬り捨て発動したものであったなら山本元柳斎重國も此処まで驚愕することはなかっただろう。

だが、あろうことか俺はソレを序盤でやらかした。流石の山本元柳斎重國もビビるだろう、斬魄刀『流刃若火』から放たれる熱量で多少の火傷を負ってはいるがまだ自由に動く己が腕を切り落とす行為。

 

 

一刀火葬(いっとうかそう)”。

 

 

火には水。否、炎には炎だ。山本元柳斎重國へと突き出した拳から刀の切っ先から物打までを模した爆炎が放たれた。

 

「ぐぅ…風守、(まこと)に死ぬ気か」

 

”一刀火葬”の熱量を正面から受けた山本元柳斎重國は即座に瞬歩で距離を取った

左腕が炭となって砕け散る。四肢の一本を犠牲に山本元柳斎重國から後退を勝ち取ったという事実に酔い痴れながら、俺は一本になった腕で斬魄刀『鴻鈞道人』を握り距離を詰める。

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』の真髄が発揮されるのは圧倒的な熱量が逃げ場の無いものへと変わる接近戦。太陽の外園を回るのはそれこそ惑星級の強度がなければできはしない。

なら接近戦こそが死地。それでも尚と前へと歩む。

 

「…前へ。前へ。前へ!前ぇへぇええ‼」

 

零れる叫びは己への鼓舞でしかなく死地へと身体を前進させる。

この破れかぶれの特攻も千年前の焼き増しだった。

 

「愚かなり風守‼」

 

斬魄刀『流刃若火』の切っ先が向けられる。意思を以て向けられる熱量は俺の皮膚を容易く焼き肉を焦がし骨を溶かす。

 

「『鴻鈞道人』の煙を焼き消す時もないほど近づけば儂を討てると思うてか‼甘いのう。甘すぎて涙すら零れるわ‼『流刃若火』‼」

 

山本元柳斎重國の声に応じる様に『流刃若火』に刃先の通った軌道の空気に含まれる水分が即座に蒸発しパチパチと音すら立てる熱量が籠る。

それと共に山本元柳斎重國の眼から零れる涙を俺は見た。俺を本気で殺すと覚悟を決めた眼から流れた涙。しかし、頬を伝う前に蒸発して消えた(ソレ)は俺の見間違いに違いない。あの男が泣く筈などないのだから。

 

---人はもとより部下の命にすら灰ほどの重みも感じない男だった。

 

「そのお前が泣くか‼」

 

ふざけるなと漏れた本音(こえ)を掻き消すように俺は何時の間にか叫んでいた。

俺が生涯唯一痴れることの出来た阿片(ユメ)を振りまく男はそんな男ではない。

友が敵と成り戦うことに傷つく心など持ち合わせない冷血漢。そんな男が夢見に描いた燃えるように熱い護廷十三隊という妄想(ゆめ)だからこそ、俺は焦がれる程の夢を見た。

 

「老いたか山本元柳斎重國‼」

 

だとするのなら最早()れまで。俺は俺の意思を(もっ)てお前を越える妄想(ユメ)を見よう。

 

焼き焦げて死ぬという現実を妄想へ変える。意思を以て大火を越える。

千年前に踏み出すことの出来なかった一歩を、踏み出した。

 

「今のお前に俺は勝てるだろう。俺がそう思うのだから、俺の中ではそうなのだ」

 

「…今日はよく吼えるのぅ。引きこもりで人見知りで口下手な上に引っ込み思案な世間知らずの”阿片窟(とうげんきょう)の番人”よ」

 

振るわれる『流刃若火』に『鴻鈞道人』を打ち合わせる。一合、二合、三合。打ち合わせる度に焼き切れる身体を痴れさせながら痛みを消し去り距離を詰める。

互いの吐息が聞こえる程の近距離での戦闘は秒ごとに俺の身体を炭化させ、山本元柳斎重國の身体を阿片漬けにしていく。

技術という概念が介入する余地もない斬魄刀の能力と能力のぶつかり合い。

俺の身体が炭になるのが先か。山本元柳斎重國が阿片に屈するのが先か。

それとも二人とも倒れるか。

 

結末は三択。一番確率が高いのは最後の選択肢。

 

最早数えることの出来ない剣戟の末。その確率を変えんと俺達は動く。

 

俺の口から鬼道の詠唱が紡がれる。しかし、詠唱が終わる前に山本元柳斎重國の左手が斬魄刀から離れる。押し合いを不利にする行動の先は拳を俺の腹へと当てる必殺の構え。数瞬の隙間を縫うような鮮やかな手際の後、山本元柳斎重國は巖のような重い声でつぶやいた。

 

「”一骨”」

 

ドスンと岩盤が砕けるような音を俺は体内で聞いた。喉を通り上がってくる血の塊を無理やり飲み込み踏みとどまる。だが、僅かに崩れた体勢の隙を突き山本元柳斎重國は慈悲も容赦もない刃を翳した。

『流刃若火』の炎が切っ先を防ごうとする『鴻鈞道人』を包み込み押し止める。自由になった『流刃若火』の切っ先は上半身と下半身を両断する軌道を描こうとしていた。

 

「此れにて仕舞(しまい)だ」

 

そうして齎されるだろう灼熱を俺は言葉ではなく記憶でもなく身体で覚えている。

 

「さらばだ…”風守”。千年来の…盟友(とも)よ」

 

 

そして、風守(おれ)は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---千年前なら、死んでいた。

 

死を覚悟した瞬間、焼き切られた俺の上半身と下半身を繋ぐように粘つく赤黒いナニカが俺の腹から溢れ出す。血を煮詰めて濃縮したように赤黒いその液体の正体を俺は知らない。

俺が知らない以上、山本元柳斎重國とて此れが何かを知らないだろう。

斬魄刀『鴻鈞道人』の能力では勿論ない。俺は卍解以外の持ちうる全てを出して山本元柳斎重國と戦い敗れた。”万仙陣”も”落魂陣”も山本元柳斎重國には届かなかった。『鴻鈞道人』と『流刃若火』の絶望的なまでの相性の悪さを覆す第三の陣などない。

故に俺は死んだ。千年前、たった一人で阿片窟(とうげんきょう)への入り口を守っていた頃の風守(おれ)であったなら、死んでいた。

 

だが、しかし。

 

「今の俺には居るんだ。背中を預けられる仲間が、愛し愛した妻がいる‼」

 

「---卯ノ花、烈‼」

 

死地とかした懴罪宮の一角にある棟の上、山本元柳斎重國が睨みつける先に卯ノ花烈は居た。

俺は朽木ルキアを救う為に懴罪宮へと赴く前に卯ノ花烈に好きに動けと言っていた。

だから、信じていたぞと卯ノ花烈に笑いかける。

 

「やはり、俺の後をつけていたか」

 

「ええ、愛した夫が死地に赴く。なら、私はその後を追いましょう。例え待っていろと言われた所でその場にとどまり待つ程に、私は大人しい女ではありません」

 

「愛い愛い。お前はそんなに俺のことが好きなのだな」

 

そして嬉しいぞと笑う頃には両断された上半身と下半身は赤黒い粘つくナニカによって繋がれていた。

 

---卍解『皆尽(みなづき)』。

卯ノ花烈の持つ斬魄刀の卍解の能力を俺は知らない。夫である俺が知らぬのだから、きっと卯ノ花烈本人以外は誰もその斬魄刀の能力を知らないのだろう。

だが、わかっていることもある。それは『皆尽』という卍解が永遠に戦いを愉しむ為に傷を癒す術を身につけた埒外の修羅が修得した卍解であるという事。

そしてこの瞬間。千分の一秒という刹那だが、山本元柳斎重國という怪物に隙を生じさせる鬼札となるという事。

 

「終わりだ。山本重國‼」

 

そして知れ。百年前に卯ノ花烈から教えられた俺が知った驚愕の事実を知れ。

 

「お前は確かに最強だ!だが、最強など最愛に比べれば取るに足らぬものらしい‼皆、()れが大好きなのだろう?---愛のチカラというやつがなぁ‼」

 

千分の一秒の隙を突き『鴻鈞道人』の刃で山本元柳斎重國を切り裂いた。刃先の数センチのみが身体を裂いた浅い傷。しかし、それで勝敗は決する。

斬魄刀『鴻鈞道人』の刀身から直接投与される阿片の毒の濃度は煙として立ち上るソレの比ではない。

切っ先一つ沈めれば終わる。それは千年前から分かっていた事実で千年前にはたどり着けなかった万里の果ての勝利だった。

 

「俺の勝ちだ‼」

 

阿片に毒された山本元柳斎重國の身体はバランスを失い崩れ落ちる。思考回路も最早真面ではないだろう。数秒の後に意識を失うに違いない。

だがしかし、避けられない敗北を前に、それでも山本元柳斎重國の眼から燃えるような闘志が消えることはなかった。

 

「---笑止‼」

 

瞬間、山本元柳斎重國の身体が炎に包まれる。己が斬魄刀の能力で己の身体を焼き焦がす。

それはいくら山本元柳斎重國が斬魄刀『流刃若火』のチカラを完全にコントロールすることが出来ているとはいえ焼身自殺としか言えない有様だった。

だが、山本元柳斎重國は己が身体を焼き焦がした痛みによって正気を取り戻し、身体にしみ込んだ阿片の毒を焼き消した。

 

「なん…だと…?」

 

「何を驚く。己が斬魄刀で己を傷つけることなど、貴様が常日頃からやっていることであろう。貴様に出来て儂にやれぬ訳も無し‼」

 

山本元柳斎重國の身体が重度の火傷を代償に自由を取り戻す。

 

「万策を打ち隙を突き沈めようとも太陽は登る。烈火の如く在れ。それが儂が儂自身に課した枷じゃ‼太陽は燃え尽きはせぬ‼」

 

護廷十三隊総隊長。山本元柳斎重國。

 

卯ノ花烈と連携して尚、勝てない。俺が最強と(もく)した死神は紛れもない最強だった。

能力として己の身を炎で包むのならわかる。前もって霊圧を調整し己の身体を傷つけない様に気を付けて炎を纏うなら山本元柳斎重國が以前に戦いの中でやっているのを見たことがあった。

だが、何の準備もない中で、生死を分ける死闘の中で、火中の栗を拾いに行くなんて思いもしなかった。

 

「く…ぐぅ…」

 

「万策尽きたか。ならば、ほれ、逃げても良いぞ。………直ぐに捕えて殺すがな」

 

「…負けだ。俺と卯ノ花の、負けだ」

 

俺の敗北宣言に山本元柳斎重國は悪辣に笑う。

 

「儂らの戦いは懴罪宮を焦土に変えたぞ。負けを認めようと許しはせん。風守風穴。卯ノ花烈。千年来の我が盟友(とも)よ。安心せよ。同じ墓に入れてやる」

 

殺すという山本元柳斎重國の発言に動じることは無い。最初から分かっていた。負けを許される戦いではなかった。朽木ルキアを救う為に瀞霊廷に弓を引き、護廷十三隊を敵に回したのは俺や砕蜂が中央四十六室によって裏切者の烙印を押さた罪人であったからだ。たとえ何を言った所で山本元柳斎重國という男の心には響かず中央四十六室の判決も覆ることがないと知っていたからだ。

 

黒幕の存在を話す前にまずは勝たなければならなかった。話をするだけの時間を勝ち取らなければならなかった。罪人の話など聞かぬというだろう相手を倒し、倒れ伏す相手に真実を説明しなければならなかった。

そうでもしない限り、誰も裏切者の話など聞かないだろう。護廷十三隊とはそういう組織だ。頭が固いと思う。だが、全ては護廷が為の規律と秩序。

中央四十六室の決定は絶対。踏み込んではならない不文律がある。

 

それをわかっているから俺も浦原喜助や四楓院夜一も戦うことに決めた。

 

勝たなければならない戦いだった。負ければ殺されるとわかっていた。

だから、何重にも策を張った。神算鬼謀の頭脳を借りて。

 

---風守サン。ワタシは尸魂界には行けません。だから、策を授けるっス。

 

神算鬼謀の天才は穿界門(せんかいもん)を潜る前の俺に笑いながらそんなことを言った。

 

---もし仮に瀞霊廷についた時、卯ノ花隊長が敵でなかったなら、山本総隊長を倒す策がありまます。

 

そうして語られたのは策は状況を全て仮定し作ったモノ。もしその策がただの一つだけなら、妄言と笑って飛ばされるようなモノ。けれど、その過程の策が三十余りもあったとするなら。それはもう予言と言っても良いモノだった。

 

---向かう先は戦いです。敗けたら死ぬんス。死なない為に死ぬほど準備しました。だから、死んじゃ駄目っスよ。

 

 

「俺達二人なら、負けていたな。卯ノ花」

 

「ええ、よかったですね。あの(ひと)が居て」

 

「ああ、本当に良かった。持つべきものは下駄帽子の天才と、恋した少女だ」

 

 

「卍解‼」

 

 

卯ノ花列が立つ懴罪宮の塔とは反対の塔から声が聞こえた。

彼女もまた傷を癒した後で卯ノ花烈と共に俺を助けにやって来てくれていた。

その事実が俺に恋しいという熱を抱かせ、勝利を齎す。

 

「『雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)』‼」

 

山本元柳斎重國との戦いを終わらせる為、砕蜂の卍解が解放される。そして、放たれた金色の蜂の針を模した巨大な砲弾は俺と山本元柳斎重國を諸共に爆破することになる。

 

いくら山本元柳斎重國と言えど、ここからの挽回はあり得ない。互いに体は満身創痍。そこに破壊力だけに特化した砕蜂の卍解『雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)』が放たれた。

たとえどちらか一方が爆破範囲から逃れようとしようとも相手がそれを許さない状況。

それをわかっているからだろう。山本元柳斎重國は放っていた殺気を消し呆れた様にいった。

 

「…風守よ。この期に及んで貴様は、何という馬鹿な手段をとるんじゃ」

 

「俺じゃない。浦原喜助の策だ」

 

「それに乗る貴様も馬鹿だろうて。儂を打ち倒す為とはいえ、貴様も無事では済まんだろうが」

 

「なに、お互いに死にはしないさ。それに俺には看病してくれる妻がいる」

 

「…そうか。呆れてものが言えんが、まあ、よかろう。風守よ」

 

「なんだ?」

 

「貴様の勝ちだ」

 

---眼を覚ましたら話くらいは聞いてやろう。

 

そんな声を最後に聞いて俺達は爆発した。

 

 

 

 




最強は山本総隊長‼異論は認める‼
けど、やっぱり最強は山本元柳斎重國さんだ!

炎使いが最強と言う古典的展開は大好きです。
最近の炎使いは噛ませ犬か有能だが優秀でしかないエリートキャラのと言うイメージが悲しい(´・ω・`)

あと、卯ノ花さんの卍解『皆尽』の能力は何なんでしょう(´・ω・`)
取りあえず作中では回復させる能力として使用させていただきました。


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出会いは諸人を動かして

BLEACHあるあるその①
気になったことの顛末が描かれない。
…仲間にした破面とかゾンビ化した侘助さんとか、更木剣八の黒化とかその後どうなったんだよ…教えてくれよ…

それでも自分はBLEACHが大好きです


 

 

 

 

 

暗く黒い闇だった。

 

五番隊第一特別拘禁牢(こうきんろう)。そこに護廷十三隊五番隊副隊長、雛森(ひなもり)(もも)の姿があった。

なぜ五番隊の副隊長格のである彼女が同隊の牢に入れられているのか、その理由は昨日、東大聖壁(ひがしだいしょうへき)にて護廷十三隊五番隊隊長、藍染惣右介が変わり果てた姿で発見されたことにあった。

 

「藍染隊長…」

 

雛森桃が呟く声に覇気はなく、力なく続かない言葉が彼女の心情を表していた。

傷心なんて言葉じゃ表すことの出来ない喪失感が雛森桃を包む。心に穴が空いたようだ。なんて、使い古された言葉を胸の内で呟きながら、想うはただ一人。

何時だって雛森桃を温かく包み込んでくれていた藍染惣右介という(ひと)

 

「藍染隊長…」

 

愛だ、恋だ、などと、少女(こども)のような事を言う気は雛森桃にはない。藍染惣右介は雛森桃にとって上司であり、雛森桃は藍染惣右介にとってただの部下だった。

それでよかった。雛森桃はそれ以上のことなんて一度たりとも望んだことはなかった。

 

---藍染惣右介(あのひと)部下(もの)であること。

 

それだけが雛森桃の望みだった。何も大それたことではない。憧れの人の傍に居たい。ただ、それだけの誰だって抱くだろう、ちっぽけな願い。その願いの為に雛森桃は努力して副隊長の座まで辿り着いた。

そうして、副隊長になってから過ごした日々は、役職に釣り合うだけの激務と危険なモノであったけれど雛森桃にとっては幸せな時間だった。

其処に藍染惣右介が居たのだから。

 

---しかし。

 

「藍染、隊長」

 

雛森桃の憧れた藍染惣右介はもういない。

 

雛森桃の罪状。それは藍染惣右介の死体が東大聖壁(ひがしだいしょうへき)にて発見された際に錯乱し、その場に居合わせた護廷十三隊三番隊隊長、市丸ギンに刃を向けたこと。

その罪により雛森桃は一時的に五番隊第一特別拘禁牢(こうきんろう)に拘束されていた。牢の中で膝を抱えて失った上司のことを思い涙を流す雛森桃の姿はとても弱弱しく見えた。

 

「…藍染隊長。…会いたい、です」

 

漏れた呟きは到底叶う筈のない妄想(ユメ)。けれど、でもと雛森桃は夢見ずにはいられなかった。藍染惣右介が雛森桃の前から消えてしまった日の前夜の様に頭を撫でてくれなんていわない、ただ自分を見てくれているだけでいい。眼鏡の下の優しい眼で見て欲しい。出来れば優しい声を聞かせて欲しい。もし温かい手で触れてくれるのなら、ああ、きっと自分は幸せの絶頂に至れるだろうと雛森桃は思う。

藍染惣右介の優しい顔を思いうかべると、雛森桃を包んでいた暗く黒い闇が少しだけ搔き消えた気がした。

 

ただ会いたい。それだけだ。

けれど、それは叶わない。叶う筈のない妄想(ユメ)

だって、雛森桃の知る---

 

「藍染惣右介はもうこの世にはいないんやから」

 

「---ひっ」

 

妄想に(ふけ)っていた雛森桃に突然現実の(こえ)が聞こえてきた。瞑っていた眼を開き声のした方をみた雛森桃は引き攣った声を出しながら恐怖した。

そこに居たのは護廷十三隊三番隊隊長、市丸ギン。

 

「元気そう、やないな。酷い顔や。泣きすぎて眼へ腫れとるで。看守に言うて暖かい布でも準備させよか?」

 

「け、結構です」

 

ジリジリと雛森桃は市丸ギンから距離を取る。二人の距離は離れ、そして間は牢の鉄格子によって分かたれている。自分を閉じ込める牢の鉄格子をこれほどに心強く思ったことは無いと雛森桃は恐怖の中で安堵する。牢屋に入れられていなければ、きっと自分は目の前の人物と面と向かって話すなんて真似は出来なかったと雛森桃は思っていた。

何しろ相手は市丸ギン。雛森桃の中で藍染惣右介を殺害した犯人は誰だと聞かれれば真っ先に名前が挙がる人物。藍染惣右介の死体を見ても笑っていた蛇のような雰囲気を纏った不気味な男。

 

「なんや、僕は随分嫌われとるねぇ。傷つくわ」

 

尚もジリジリと自分との距離を離す雛森桃の姿を見て市丸ギンはそう言ったが、口元の孤は一切無くなることはなかった。

 

「私に、何の用ですか?」

 

「そんな警戒しなくても取って食ったりはせぇへんよ。僕はただ苦しんどる君を可哀想と思うてなぁ。助けたろかと思っただけや」

 

「たす、ける」

 

---私からあの人を奪ったお前がどの口で言うのか。そう叫びかけた雛森桃の口を塞ぐように市丸ギンは浮かべていた笑みを消して重い声色で言った。

 

「”絶望”しとるんやろ?」

 

「---」

 

「僕、思うんよ。人が本気で絶望するには、二つの時があると。一つは、そやね。簡単に言うなら、絶対に勝てない敵と戦う覚悟を決めた時や。越えられない壁を前にして、それでも取り戻さなあかんモノがある時や」

 

市丸ギンが零した言葉には雛森桃が言葉を返すことが出来ないほどの絶望があった。

 

「もう一つは、まあ、分かり易いモノや。分かり易いからこそ、どうしようもない時。大切な人を亡くした時や」

 

「---」

 

「辛いんやろ?悲しいんやろ?苦しいんやろ?その全部がごっちゃになって、耐えられない程に…憎いんやろ?この現実から、逃げ出したいんやろ?」

 

市丸ギンの言葉に縋るように何時の間にか雛森桃は牢屋の鉄格子の傍にまで来ていた。手を伸ばせば鉄格子の先に居る市丸ギンに届く距離。

市丸ギンは屈んで雛森桃の目線まで身体を落とし言葉を続ける。

 

「そう思うことは、決して悪いことやあらへんよ。逃げてええんよ。当然や。なんで傷つかなあかん。なんで苦しまなあかん。傷つき嘆くその果てで、誰が幸せになれるん?」

 

市丸ギンから語られる言葉は正論。少なくとも雛森桃にはそう思えた。

市丸ギンの口元が舌なめずりをする蛇の様に再び弧を描く。雛森桃はそれに気付けない。

 

「………でも、私には、逃げる場所なんて、ありません。だって、藍染隊長はもう…」

 

「”阿片窟(とうげんきょう)”。聞いたこと位は、あるやろ?」

 

「”阿片窟(とうげんきょう)?」

 

「そや。流魂街の最下層。西流魂街80地区『口縄(くちなわ)』の阿片窟(とうげんきょう)。そこでなら、誰もが喪った人に会えるんよ。其処には仙丹(せんたん)の妙薬があるから」

 

仙丹(せんたん)

 

「そや。幸せな夢をみられるで」

 

そう言って市丸ギンは懐から、粉末の入った小袋を取り出した。

 

「たまたま僕、それを持ってるんよ。昔にお世話になった人から貰ってなあ、大切に取っといたんや。(これ)、キミにあげるわ」

 

「………でも、これって」

 

あまりにも怪しいその粉末の正体が解らない程に世間知らずでも馬鹿でもなかった雛森桃は不安げな眼で市丸ギンを見る。

市丸ギンは笑いながら言う

 

「もう一度、会いたいんやろ。もう一度、声が聞きたいんやろ。もう一度、触って欲しいんやろ。もう一度。もう一度。もう一度」

 

繰り返される市丸ギンの声に誘導されるように、雛森桃の手が小袋へと伸びていく。

 

そう、もう一度だけ藍染惣右介に会いたい。もう一度だけ藍染惣右介の声が聞きたい。もう一度だけ藍染惣右介に触れてほしい。もう一度だけ。もう一度だけ。もう一度だけ。

 

--- 一度だけなら、大丈夫。

 

「ようこそ優しい世界へ」

 

小袋を受け取った雛森桃を見て市丸ギンはそう笑った。

 

 

その後、雛森桃が五番隊第一特別拘禁牢の鉄格子と壁を破壊し脱走しているのを十番隊副隊長松本(まつもと)乱菊(らんぎく)が発見。

松本乱菊の手には殺害された藍染惣右介から雛森桃へ()てた手紙が握られていた。

 

亡き藍染惣右介の思いを汲み取り、残されていたその手紙を見つけた十番隊隊長日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)は手紙を証拠品として提出することはせずに雛森桃へと渡そうとしていたが、その雛森桃が姿を消したとあっては手紙の検分をしない訳にもいかなかった。

 

日番谷冬獅郎は「けど男が女に当てた手紙だ。いくら雛森桃が幼馴染で藍染惣右介がそういう奴じゃないって知ってても色々デリケートな問題だよな」と簡単に文章にするとこんな感じの葛藤の末に副隊長である松本乱菊と一緒に手紙を開いた。

 

そこには藍染惣右介が独自に調べたとされる情報。

他ならない自分が、日番谷冬獅郎自身が、朽木ルキアの処刑と共に解放される『双極』のチカラを悪用して、瀞霊廷のみならず尸魂界の壊滅を目論んでいると記されていた。

勿論、そんなことを企んではいなかった日番谷冬獅郎はそれを読んで絶句した。

 

「なん…だと…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

---帰ってきた。あの男が帰ってきた。

 

そう初めに叫んだのは褐色の巨躯を持つ男だった。巨人と呼ぶべき小山の様に大きい身体を持つ男の名は断蔵丸(だんぞうまる)。瀞霊廷の北門、黒陵門(こくりょうもん)を守る門番であった断蔵丸は数日前に侵入者の侵入を許し、その時に受けた攻撃の後遺症によって護廷十三隊四番隊隊舎にて()()の治療を受けていた。

その治療が終わった後に退院した断蔵丸は瀞霊廷の往来で叫んだ。

 

---帰ってきた。あの男が帰ってきた。風守風穴が帰ってきた。

 

その声は旅禍の侵入を知らされてはいても詳細まで知らなかった下っ端の死神達にまで轟く。

そう何時の世も阿片(ユメ)に縋るのは力なき弱者達。己の才覚と器を知り絶望しながら下っ端として一生を終えるしかない平凡な隊士たち。

席官など夢のまた夢。そう諦めている者達にとって、風守風穴という男の帰還が意味するものは---

 

「おい!お前、何をぼさっとしておる!さっさと旅禍どもを探しに行かないか!」

 

髷を結った大柄な男の声など聞こえないと言う様子で隊士の一人は呟いた。

 

「帰ってきたんだ…あの人が」

 

「お前!聞こえないのか!」

 

大柄な男の怒鳴り声に隊士はキッと鋭い目つきで大柄な男を睨みつける。

 

「うるさい!あの人が帰ってきたんだ!もう捜索なんてやってられるか!」

 

「な、なんだその口の利き方は!わしのことは知っておろう!梅定(うめさだ)敏盛(としもり)。今年から九番隊第二十席十五名の一人として名を連ねることとなった者だぞ!」

 

「知るかそんなもん!」

 

「なにぃ!?」

 

席官相手に口論をする隊士。彼は常日頃からこんなにも反骨心溢れる性格をしている訳ではなかった。名も語られない彼はどこにでもいる平凡な隊士。上官に逆らい風紀を乱すような真似をする様な者ではない。

そんな彼がこうして席官相手に口論している訳。それは聞こえてきた一人の男の帰還の噂と時間と共に瀞霊廷内に漂い始めた甘い香りに理由があった。

 

 

戦いがあった。大きな戦いだった。

門を開かせ150名の隊士を無力化する為の戦いだった。雷鳴轟く烈士との圧倒される戦いだった。死刑囚を助け出す為の四大貴族との戦いだった。最強の死神との生死を賭けた戦いだった。

その戦いを男は斬魄刀と共に乗り切った。

 

桃源の夢を語りながら。桃色の煙を振りまきながら。戦い続けた。

無限に阿片の毒を生成するという最悪としか言いようのない斬魄刀を振るいながら、その男、風守風穴は戦った。

 

風守風穴の持つ斬魄刀『鴻鈞道人』が生みだした阿片の毒を含む桃色の煙。

その全てを風守風穴と戦った雀部長次郎は山本元柳斎重國は無効化することが出来ただろうか。否である。

雀部長次郎は雷を以て阿片の煙の大半を電気分解したが全てを消し去ることは出来ず、阿片の煙を全て消すことの出来る山本元柳斎重國は登場するのが少しばかり遅すぎた。

そして、その煙に対処することの出来る治療専門部隊四番隊の隊長、卯ノ花烈はあろうことか風守風穴と共にいた。

 

故に桃色の煙は薄れながらも(かすみ)ながらも毒性を有したまま瀞霊廷に漂い続けた。そうして溜まり続けた桃園の夢は遂に過去、阿片に縋ったことのある中毒者達に少なからずの影響が出る程の濃度へと変わった。

 

瀞霊廷の其処らかしこで風守風穴のいう所の守るべき弱者(どうほう)達が妄想(ユメ)を見る。それは『鴻鈞道人』から本来齎される濃度の阿片の毒と比べると薄れてしまっているから、新しい中毒者達を出すことは無い。風に吹かれれば消えてしまう程に脆いユメでしかない。

しかし、だからこそ。

 

「あの人は、旅禍の味方だ」

「なら俺達は、旅禍の不利になることをしちゃいけない」

「敵対しない。旅禍達の情報をこっそり隠せ」

 

そんな声が瀞霊廷の其処らかしこで囁かれた。それは決して席官や隊長格。強い者達には届かない声。

全ては風守風穴の齎す仙丹のユメをもう一度味わう為に---弱者(かれら)は影ながらに決起した。

 

「---ったく。なんだったのだ今の者は!ただの隊士がこの九番隊第二十席十五名の一人として名を連ねる梅定敏盛に意見するとは。まあいい。この事は後に必ず上に報告してやる。それより、報告ご苦労!…ところでお前ら2人とも見ぬ顔だが…新入りか?」

 

一つ向こうの倉庫へと旅禍の捜索に出ていた眼鏡をかけた青年と茶髪の少女の隊士の顔を見て梅定敏盛は首を傾げる。

 

「はい!今期より入隊しました井上です‼以後よろしくお願いします‼」

 

「…石田です。宜しくお願い致します…」

 

見覚えがないのは当然、だってこの二人の隊士は旅禍である石田雨竜と井上織姫が死覇装を着て変装した姿なのだから。

 

その変装に気づく者達はいた。なにしろ此処に居る隊士達の大半は席次を預かる力はないとは言え真央霊術院を卒業した者ばかり。並の隊士とは言え流魂街の住人達からすればエリートに違いがなく、服を変えただけの変装を見破ることのできる者が皆無なんていうことはあり得ない。護廷十三隊はそんな馬鹿じゃない。

しかし、気が付いた者達は一様に口を閉ざす。

 

全ては優しい世界の為に。石田雨竜と井上織姫は見逃される。

()しくもそれは、全ての成り行きを見守り操ろうとする黒幕にとって想定の邪魔となる因子となり、黒幕を苦しめていた。

 

 

 

 

 

本人すらも知らない間に風守風穴は瀞霊廷守護の為のチカラとなっていた。

だが、それとこれとは話が別だ。

 

 

 

 

 

 

僅かながらだが、阿片に霞む瀞霊廷を()()()()()()見ている者がいた。

 

黒い髭を豊満に携えた坊主頭の大きな身体の死神は外見から感じさせる年齢からは考えられない程純粋に輝く少年のような(まなこ)で微弱ながら阿片の匂いが混じり始めた瀞霊廷を見て考え込むように頭を掻く。

 

「ふむぅ。ちと拙いのぅ。瀞霊廷に侵入者ありとは聞いておったが、重國の奴め。侵入者の中に風守が居るのを隠しとったな」

 

悪い奴だと言いながらも愉し気に喋る黒い髭を豊満に携えた坊主頭の大きな身体の死神は、仕方がないと腰を上げる。

 

「久々に瀞霊廷(した)に降りるか。重國の奴が風守に負ける筈もないが、放置もまずい」

 

瀞霊廷の遥か上空に浮かぶその場所の名は『霊王宮(れいおうきゅう)』。その名の通り尸魂界の王である『霊王』が御座(おわ)す場所。

その場所を守護する部隊こそが『王属特務(おうぞくとくむ)』。護廷十三隊から選出された五人によって構成された『霊王』直属の部隊。

その総力は護廷十三隊の全軍以上だとされる普段は決して下に降りてくることのない部隊の実質的な筆頭がふらりと下に落ちていく。

 

瀞霊廷の守護は護廷十三隊の仕事。そして、王属特務(かれら)の仕事は王宮の守護。

故に王属特務は例え瀞霊廷が焦土と化そうとも、護廷十三隊の総隊長である山本元柳斎重國が討ち死にでもしない限りは瀞霊廷に降りてくることは無い。

 

黒幕はそう考えていた。

しかし、黒い髭を豊満に携えた坊主頭の大きな身体の死神は王宮の守護を同僚達にまかせて一人降りてくる。

 

「瀞霊廷に降りるのは久々だのう。風守の奴に拳骨をお見舞いするついでに仕事を果たしてくるかの。まったく風守め。『王属特務』への昇進を何時までも蹴りおって、『霊王』様は何時でも良いと仰ったが、八〇〇年はいい加減待たせ過ぎだぞ。風守を引っこ抜く重國への土産は…まあ、秘蔵の酒で良いか」

 

王属特務と言え彼も一人の死神。旧友との酒盛りを楽しむ気質を持っているし、昔から手のかかる問題の多い馬鹿に拳骨一つを喰らわせたいと思う考えもある。

 

彼も人、我も人。風守風穴から言わせれば基本だというその理念を、天を目指さんとするが故に黒幕は少しだけ忘れてしまっていた。

 

黒幕の思惑は外れ。『王属特務』兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)

真名呼(まなこ)和尚』と呼ばれた死神が瀞霊廷へとやってくる。

 

もし仮に黒幕が八百年前、中央四十六室によって風守風穴が尸魂界に”阿片窟(とうげんきょう)”と言うそれまで尸魂界に存在しなかった人間界でいう所の『天国』と似た意味合いの概念を作り出したというとってつけたような功績の元で昇進と言う名の『霊王宮』の離殿への隔離の命を受けていたと知っていたのなら、天才的な頭脳を持って予想は出来たかもしれない。しかし、その名が下されたのは黒幕が生まれる遥かに前。そして、その命令を下した当時の中央四十六室のメンバーは政変の際に阿片狂いを『霊王』の御座(おわ)す場所に送り出そうとか馬鹿かという真っ当な意見の下で粛清されていた。

だが、中央四十六室の決定は絶対。覆すことはあり得ないと秘密裏に秘匿されることとなったその命令を残念ながら黒幕は知り得なかった。

 

 

 

 

 

 

(はかりごと)に使おうとしていた部下がなぜか牢屋から姿を消した。

自身の持つ斬魄刀の能力で隊士たちの深層心理に働きかけようとすると、同じく深層心理に働きかけている斬魄刀の能力によって十分な影響を与えることが出来ない。

『王属特務』兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)が瀞霊廷へとやってくる。

 

次々と起こる不測の事態に黒幕、藍染惣右介はらしくもない表情を浮かべながら言った。

 

「なん…だと…?」

 

 

 

 






わかっているさ…和尚さんが強いってことは(´・ω・`)
百年後の世界から夜を百夜奪って技を出すとか、そんな大それたことする人が弱い筈がないんだ。けど、それでも自分は総隊長が最強だと信じてる!

太陽vs百夜。勝つのはどっちだ!阿片戦争勃発!
・・・いや、盛り上がらねぇな。なんでおじさんめぐってお爺ちゃんが戦うんだよ。




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動乱の出会い



あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。<(_ _)>




 

 

瀞霊廷。東大聖壁(ひがしだいしょうへき)。藍染惣右介の死体が磔にされていたという場所を見上げながら、俺は一人で思案していた。

隣に立つ砕蜂に返事など期待せずにポツリと疑問を漏らす。

 

「全てが終わったと、言ってもいいのだろうか」

 

それはただの独り言。予想通り、砕蜂は返事などせずにフンと鼻を鳴らすだけだった。

俺は独り言を続ける。

 

「山本重國との戦いの後、俺は全てを打ち明けた。百年前の連続魂魄消失事件の真実も”黒幕”と称される者が誰なのかも。何を望み護廷十三隊に刃を向けたのかも。浦原喜助から聞かされた真実を全て伝えた」

 

俺の言葉に砕蜂は今度は反応した。

 

「ならば、もう終わりだろう。たとえ奴が巨大な組織を持ち動いていたとしても、もう終わりだ。奴の企みは潰えるだろう。その理由はたった一言で説明できる。…そうだろう」

 

「ああ、山本重國が動き出したんだ。なら、あらゆる謀に意味はなく。全ては業火に飲まれて消えるだろう。山本元柳斎重國。アレは太陽に等しき男だ。尸魂界の歴史そのものと言っていい男だ。誰も勝てない」

 

故に全ては終わったのだという俺の言葉に砕蜂もまた頷きを返す。

 

全ては終わった。風守風穴という男の戦いは最強の死神と戦い、ギリギリながらも相打ちと言う勝利をもぎ取ったことで終わった。

 

 

そう、思っていた。

 

 

だが、しかし。黒幕は此処で逆転の一手を打ってくる。きっと誰も予想だにしなかっただろうその一手は、確かに盤面を引っ繰り返す打への威力を有していて、あまりに無謀と言っていい手段は、だからこそ急所へと刺さるのだと俺は理解した。

 

「風守隊長」

 

懐かしい声に振り返れば、そこには死んだはずの藍染惣右介が立っていた。

 

「………惣右介」

 

「藍染‼貴様ァ‼」

 

藍染惣右介の姿を見て血気に逸る砕蜂を手で制し、俺は藍染惣右介を見る。涼し気に微笑むその表情は、俺を前にしても欠片の緊張感もなく。藍染惣右介という男が窮地において(なお)、悠然と構えるだけの胆力があるのだと実感させる。

 

俺は藍染惣右介を前にして震える程の恐怖を抱いた。

その震えを感じ取ったのだろう。隣に立つ砕蜂は信じられないモノを見るような眼で俺を見ていた。

 

久しく感じる”恐怖”と言う感情。それに対する”情けない”という感情を、俺は持ちえない。恐れない筈がない。怖くない筈がないのだ。

目の前にいる男はたった一人で俺や山本元柳斎重國や卯ノ花烈、雀部長次郎が千年間をかけて築き上げた護廷十三隊と言う組織をかき乱した怪物。

その才覚は、きっと---俺の、遥か上をいっているのだろう。

 

「…全てが終わった。そう思いたかった。だが…惣右介。お前が俺の前に現れたという事は、まだ終わってなどいないのだな?藍染惣右介は、まだ終わりではないのだな?」

 

「風守隊長。私は君を警戒していた。いや、君だけじゃない。君達を、だ。千年前、護廷十三隊という組織を築き上げた君達はおそらく今の私と同等のチカラを有していることはわかっていた」

 

言外に自分は俺達と同じだけのチカラを有していると語る藍染惣右介の言葉におそらく嘘はない。

砕蜂を守るように俺は身体を前に出し、砕蜂を藍染惣右介の視線から隠す。

抗議の視線を向ける砕蜂に済まないと笑いかけて、だが、仕方がないだろうと視線を送る。

藍染惣右介は強い。おそらく俺や卯ノ花烈、雀部長次郎と同列に考えて言い程の力を持っている筈だ。

 

「そして、だからこそ、(くだ)す価値がある」

 

藍染惣右介はそう言って斬魄刀を抜いた。藍染惣右介の臨戦態勢を目の前にして理解する。

語り上げた実力と込められた殺意は本物で藍染惣右介という男はきっと本来であるならば次代を担う死神達の先頭に立つべき死神だった。

朽木ルキア。市丸ギン。天貝繡助。俺の脳裏に未だに若くも力強い死神達の顔が浮かび、それを従え立つ藍染惣右介の背に『一』の字を見た。

 

苦し気に顔が歪み。無意識に頬を涙が流れた。

 

そして、俺は理解する。俺はこの男を死なせたくないのだという事を。

 

「………惣右介。止めろ。俺はお前と戦いたくない」

 

「なら、君は許すと?四十六室を操り護廷十三隊を危機に晒した私を許すと君は言うのか?」

 

微笑みながらも決して目が笑っていない顔で言う藍染惣右介に、俺は混濁した眼で笑いながら言う。

 

「ああ、俺はお前の幸せを心の底から願って---

 

「ならば、やはり私は君を斬ろう」

 

---…何故?」

 

「私を許すという君は、きっと君の中で私の上に立っている。『君がそう思っているのなら、君の中ではそうなのだ』でしょう?風守隊長」

 

「…惣右介っ」

 

「私は常に私を支配しようとするものを打ち砕く為にのみ動く」

 

問答は終わりと言いながら、藍染惣右介は握っていた斬魄刀を逆手に持ち替え切っ先を地面に向けると歌うように涼しい声で言った。

 

「砕けろ『鏡花水月(きょうかすいげつ)』」

 

途端(とたん)、ナニカが崩れ去る様な音が聞こえ、視界を遮る白く眩い光が周囲を包んだ。一瞬、生まれてしまった隙を突き向かってくるだろうと思っていた刃は、しかし、無く。代わりに勝利を確信した様に()()に笑う()()()()()声が聞こえてきた。

 

「私の斬魄刀『鏡花水月』の能力は完全催眠。始解を解放する瞬間を一度でも見た者の五感、霊感の全てを支配し、対象を誤認させることが出来る。その能力は、たとえ阿片に痴れない強靭な肉体を持つ君だとしても例外はない」

 

身体の震えが大きくなる。噴き出す汗は先ほどの比ではなく、その目の前にいる男の姿に生存本能が敗北を悟る。生きろと叫ぶはずの身体が二度目は無理だから諦めろと言ってくる。

その姿を見ただけで生きることすら放棄させる最強の名は

 

「山本、重國」

 

山本元柳斎重國がそこに立っていた。いや、無論、それが山本元柳斎重國本人ではないことは分かっている。藍染惣右介の口から語られた斬魄刀『鏡花水月』の能力・完全催眠。

目の前の山本元柳斎重國は完全催眠により見せられている幻に過ぎない。

だが、五感の全てが目の前の幻を本物だと訴えて来ていた。

 

「完全催眠。なるほど、その脅威だな。だが、()()()。あまり俺を舐めるな。幻と分かっているのなら、恐怖を拭うのに『鴻鈞道人』が齎す仙丹も必要ではない」

 

「わかっているさ。だから、こうする」

 

---黒白の(あみ)。二十二の橋梁。六十六の冠帯。足跡(そくせき)・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列。太円に満ちて天を挺れ---

 

「縛道の七十七。天挺空羅(てんていくうら)

 

詠唱破棄を行いながら紡がれた鬼道は縛道の七十七。『天挺空羅』。霊圧を網状に張り巡らせ複数人の対象の位置を捜索・捕捉し伝信するその軌道は元来、多くても十数名までの人数しか言葉を届ける事はできない。

しかし、藍染惣右介はそれを瀞霊廷に居る護廷十三隊全体に向けておこなってみせた。

 

そして、それは、護廷十三隊という組織が瓦解するだろう奇手。勝ち目などないと思われた局面で起死回生の一手を藍染惣右介を打つ。

 

『護廷十三隊全体に告げる。護廷十三隊に反旗を翻した大罪人の名は…風守風穴。護廷十三隊隊士は風守風穴を見つけ次第、処刑せよ』

 

斬魄刀『鏡花水月』の能力により『天挺空羅』で伝わる声と霊圧は護廷十三隊総隊長。山本元柳斎重國のモノ。それが護廷十三隊全隊士へと伝えられた。

 

俺の後ろに居た砕蜂がもう我慢ならないと吠えた。

 

「藍染、貴様ァ‼」

 

俺もまた苦々し気に顔を顰める。思わず漏れる苦悶の声に藍染惣右介は笑っていた。

こうなってしまえばもう混乱は避けられない。今から本物の山本元柳斎重國が藍染惣右介の言葉を訂正したとしても一般の隊士達はどちらが本物なのかの判断が出来ないだろう。

 

盤上は混乱し、局面は予想できない事態へと落ちる。

 

ソレを塞き止めようと俺は斬魄刀『鴻鈞道人』を引き抜くがもう遅い。

藍染惣右介は斬魄刀『鏡花水月』の能力で俺たちの目の前から姿を消した。

 

 

「天国無き世に阿片窟(とうげんきょう)を作り上げ、伝説となった阿片窟(桃源郷)の番人。あるいは君は、天に磔にされた『霊王(かみ)』よりも、上り詰めた男だ。しかし、その伝説は千年前に燃え朽ちた。ならば---次は私が天に立つ」

 

 

最後に残った藍染惣右介の言葉は風に吹かれて消えていく。

 

 

残された俺達はこれからどう動くべきかを思案する。藍染惣右介の後を追おうにも斬魄刀『鏡花水月』の能力だろうか、藍染惣右介の霊圧は遮断されていて痕跡一つ感じ取ることが出来ない。ならば、闇雲に藍染惣右介を探すか?否、そんな真似をしようものなら、偽の情報を『天挺空羅』によって与えられてしまった護廷十三隊の隊士達の手によって俺は追われることになる。ただでさえ侵入者として追われていたのに、次は総隊長命令により問答無用でかかってくるだろう隊士たち全てを桃園のユメに沈めていては、その間に藍染惣右介に逃げられるだろう。

ならば、どうする?

 

思考の末に俺は原点に立ち返る。

 

「砕蜂。朽木ルキアの元に向かおう」

 

「朽木ルキアの元へだと?…此処は一度、総隊長殿の元に戻り指示を仰ぐべきではないのか?至急、総隊長殿に各隊へ本当の裏切者が藍染であることを伝えて貰わねばならぬだろう」

 

「それは山本重國が勝手にやる筈だ。長次郎も付いている以上、事は迅速に進むだろう。俺の手は要らない。それよりも、朽木ルキアが”鍵”だ。此処に来る前、俺は浦原喜助から惣右介の狙いについて大体は聞いていた。その中で、浦原喜助が朽木ルキアを”鍵”だと言った。『崩玉(ほうぎょく)』という物質を朽木ルキアの中に隠したと。それがどんな力を持つかは知らないが、惣右介はそれを狙っているらしい」

 

「………この状況で、私の判断ではなく、あの男の話を信じるのか?」

 

「浦原喜助の策に今のところ外れはない。山本重國も浦原の策が無ければ倒せなかった。それは事実だろ?」

 

問いかける俺に砕蜂は顔を合わせることはせず、そっぽを向いたまま不満げに顔を顰めていた。だが、続く言葉は無いようで歩き出せば素直についてきてくれる砕蜂にありがとうと伝えた後、俺達は朽木ルキアの元へと向かう、

 

場所の目星はついている。尸魂界に来る前に浦原喜助から、何かあった時は隠れ家にでもしてくださいと伝えられていた浦原喜助と四楓院夜一が護廷十三隊に所属していた頃に作ったという秘密の遊び場にきっと四楓院夜一達はいる筈だ。

 

 

 

 

 

 

不安があった。不審から生まれた一抹の不安は護廷十三隊十番隊隊長、日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)の心を苛みながらも突き動かす原動力となり、その足を動かさせていた。

昨日、何者かによって殺害された藍染惣右介が己の副官である雛森(ひなもり)(もも)に残した手紙。それには他ならぬ日番谷冬獅郎自身が朽木ルキアの殛刑(しけい)の際に使用される『双殛』を使って尸魂界の破壊を目論んでいると書かれていた。

しかし、言うまでもなく日番谷冬獅郎は自分がそんなことを目論んではいないことを知っている。

 

---ならば、手紙は改竄(かいざん)されていたのか?

---誰がそんなことをするのか?

 

幼いながらも隊長にまで上り詰めた聡明な頭脳で思考をする中で齎された新しい情報。

縛道の七十七。『天挺空羅』にて聞こえてきた山本元柳斎重國の声は全ての黒幕が元『特別派遣遠外圏制圧部隊』部隊長、風守風穴だと告げてきた。

 

---だが、数日前まで尸魂界を追放されていた罪人に本当に全てを仕込むだけの時間と機会があったのだろうか?

---もしあったとしても何故、風守風穴は面識も無い日番谷冬獅郎の名前を藍染惣右介の遺書の中で出したのか?

 

疑問が疑問を呼び、問題は積み重なるばかり。

 

「松本。行くぞ」

 

「行くって、日番谷隊長。総隊長の命令通り、風守風穴の捜索を?」

 

護廷十三隊十番隊副隊長であり自身の副官である松本乱菊の問いに日番谷冬獅郎は眉に皺を寄せながら首を横に振る。

 

「いや。今回の件、やっぱりどこか、きな臭い。藍染から雛森にあてた手紙の内容の件もある…確かめなきゃ、動きようがねぇ」

 

「確かめるって、まさか隊長。四十六室に向かう気ですか?いくら隊長とは言え、戦時特例が発令されている状況で面会は無理です」

 

「扉が閉まってたら、蹴破ればいいんだ。今はそういう事態だ。松本。これから四十六室へ向かう道中、斬魄刀を手放すなよ」

 

「………はい!」

 

そうして日番谷冬獅郎は松本乱菊を伴い中央四十六室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「あかんわ。これ。どないするん?」

 

縛道の七十七。『天挺空羅』にて聞こえてきた山本元柳斎重國の声を聞いて、護廷十三隊三番隊隊長、市丸ギンは空を仰いだ。快晴の青空に響いた声は勝ったと思われた局面で、起死回生の一手を打ってくる。

 

---裏切りの大罪人は藍染惣右介でなく風守風穴である。

---諸悪の根源は風守風穴であり、全ての罪科は風守風穴にある。

---あの男がいたから瀞霊廷は混乱し尸魂界の秩序は乱されている。

 

風守風穴(あの男)が全て悪い。そう言われたら、もうお終いだ。返す言葉など何もなく、大半の者達は伏して虚偽の真実を受け入れながら、曰く正義曰く正義と風守風穴に刃を向けるに違いない。そこに藍染惣右介の弔いの意を介入させるのなら、なんて悪い冗談だろうか。

しかし、それも仕方のないこと。

 

「だって、本当や。風守隊長が、悪者なのは」

 

尸魂界の最果て、地獄と称していい環境に遠く昔から存在する阿片窟(とうげんきょう)という必要悪。其処に君臨する番人。中毒者(じゃくしゃ)達の守人。混濁した眼に笑みを携え阿片を齎す生粋の狂人が”悪”で無い筈がなく、風守風穴が諸悪の根源である。

阿片(ユメ)を巡り巻き起こる惨劇と犠牲の全ての罪科は風守風穴にある。

あの男がいたから瀞霊廷は混乱し尸魂界の秩序は乱されている。

 

「なにも間違ったこと言うてへんよ。本当のことや。…けど、それは困るわ。僕はあの人に賭けた。裏切りは今や。この時、ようやく藍染惣右介という化け物の首に鎌がかかる。文字通り、死神の鎌が。そう思うたから、僕はこうして立ってるんよ。---だから、あの人を殺させる訳にはいかんわ」

 

「い、市丸隊長!な、なにを!?」

 

「突然、どうされたのです!?」

 

縛道の七十七。『天挺空羅』により発せられた総隊長命令の通りに旅禍達と共に瀞霊廷へと侵入し、瀞霊廷にて破壊の限りを尽くしている巨悪・風守風穴を追わんとする護廷十三隊の隊士達の前に市丸ギンはふらりと現れ立ちふさがった。

手に持つ脇差程度の長さしかない斬魄刀を振るい、並みいる隊士をなぎ倒していく。

 

「ら、乱心!市丸隊長‼ご乱心‼」

 

「誰か他の隊長格を呼んで来い‼我々が敵う相手じゃない‼」

 

「君、うるさいなァ。本当に別の隊長さんが来たら、どうするん?ちょっと黙っててなァ。---射殺せ『神鎗(しんそう)』」

 

護廷十三隊の隊長格。その肩書は伊達ではない。席次が一つ違えば、生物としての種類が違うと言っていい。(くわ)え、普通の隊なら三席と副官の差は更に隔絶されたものとなる。

ならば、一般隊士が隊長格に叶う筈がなく並みいる隊士をなぎ倒して進む市丸ギンの進行を妨げられるものは現在、この場には誰もいない。

いや、仮に居たとしても市丸ギンを止めることなど出来なかっただろう。何故なら、市丸ギンの横には彼に従うように歩く二人の隊長格が居たのだから。

 

「き、吉良副隊長‼どうか市丸隊長を止めてください‼」

 

「雛森副隊長‼貴方までどうして!?」

 

市丸ギンの両脇には護廷十三隊三番隊副隊長、吉良イズル。同じく護廷十三隊五番隊副隊長、雛森桃の姿があった。

吉良イズルは市丸ギンの傍から見れば狂ったとしか言えない行動に気まずげに目を反らしながら助けを求める隊士たちの声に「すまない」と小さい声で繰り返していて、雛森桃はそんな光景すら見ないとでも言うかの様にぼんやりとした目で何処か遠くを見ながら優しく微笑んでいた。

 

目の前にいた隊士達を粗方片づけた市丸ギンは吉良イズルへと目を向け、口元に蛇のような弧を描きながら笑う。

 

「イズル。なんで目を反らすん?まるで僕が悪いことしてるみたいやないの」

 

「いえ、市丸隊長。そういう事ではないのですが…すいません」

 

「嘘や。謝らなくてもええよ。イズルの気持ちもわかる。傍から見たら、僕は狂って仲間に刃を向ける狂人やもんな。目ぇ反らしたくもなるわ」

 

カラカラと乾いた声で笑った後、しかしと市丸ギンは目を細めた。

 

「流石に出会う隊士全員に本当のことを説明してる暇はない。説明した所で、信じてもらえるとも思わへんし、時間がない。此処は無理を通す場面や」

 

そう言って市丸ギンは再び笑うと、斬魄刀を納めて歩き出す。

 

「ほな、行こうか。イズル。雛森ちゃん。全ては、護廷が為や」

 

桃園に霞む理想郷を目指して蛇は笑いながら這いずる。

 

 

 

 

 

 

山本元柳斎重國の『天挺空羅』によって聞こえてきた”風守風穴”という文字の羅列は護廷十三隊六番隊隊長、朽木白哉にとって忌むべきものでしかなかった。

しかし、朽木白哉は何も最初から風守風穴を嫌っていた訳ではない。相手は千年前から護廷十三隊に在籍し護廷十三隊の基礎を築き上げた傑物。尊敬の念は人並みに持っていたし、隊長の職務の中でちらりと山本元柳斎重國や雀部長次郎から聞かされた風守風穴の持つ能力に上には上が居るのだと憧れにも似た念を抱いてもいた。

しかし、それはあまりにもあっさりと崩れ去る。

 

それは浦原喜助らの裏切りにより九人もの隊長格が犠牲となった事件の後、その穴を埋める為に風守風穴が三番隊隊長に任命された頃。同時期に朽木白哉もまた無き祖父の後を継ぎ六番隊隊長へと就任し忙しい日々を過ごしていた。

その隙を突くかのように風守風穴は朽木白哉の義妹である朽木ルキアに魔の手を伸ばしてきた。

 

四番隊隊舎からの連絡で朽木ルキアが阿片の毒によって倒れたと聞いた時、朽木白哉の心がどれほど揺れたか。亡き妻の忘れ形見である義妹に迫った危機を前にした朽木白哉の心情を図ることは出来ない。急ぎ向かったその場所で立っていた元凶に向けて怒りを隠さず朽木白哉は口を開いた。しかし、元凶である男は何も堪えた様子もなく、緊張しているのかなどと訳の分からないことを言った挙句、笑いながら言ったのだ。

 

---お前にも用立ててやろうか?と。

 

あの時ほど、誰かに対して怒りを抱いた事はなかった。

朽木白哉とって風守風穴は忌むべき相手であり、そんな相手に何故か懐いてしまった義妹に歯噛みする日々を過ごし、過ごす内に怒りはさらに募っていった。

 

だから、朽木白哉は風守風穴と再会した時、らしくもない怒りにかられ早計に剣を向け、結果として倒れた。

倒れた後、その場に居合わせた護廷十三隊十三番隊隊長、浮竹十四郎により四番隊隊舎へと運ばれ治療を受け、眼を覚ました朽木白哉は己の愚かさを呪った。

 

あの男が成した功績は知っている。あの男の能力の高さを知っている。だというのに怒りにかられ、軽挙に走り無様に敗けた。知っていた筈の強さを前に怒りを持って対することの何と愚かしいことか。だが、次は勝つ。

 

回復した朽木白哉は風守風穴を追う。

 

 

 

 

 

 

「よっ。ほっ。とうっ。やっ。」

 

カランコロンという下駄の音と共に『王属特務』兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)は『霊王宮』から瀞霊廷へと下る為の螺旋階段を駆けていた。

空に浮かぶ『霊王宮』から瀞霊廷への距離はおおよそ普通に瞬歩で向かって一週間ほどという長いの距離。勿論、有事の際には瞬時に瀞霊廷へと降りられる『霊王宮』だけに存在する超霊術を元に作り出した『天柱輦(てんちゅうれん)』という乗り物もあるのだが、『王属特務』としての任務でもない、「気になるから行ってみようかの」なんていう気持ちで瀞霊廷へと向かう兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)一人の為に『天柱輦(てんちゅうれん)』を使える筈もなく、兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)は自分の足で瀞霊廷へと降りていた。

 

「普通の死神の瞬歩で一週間。が、儂なら半日で着く。それまでの間に全て終わっておるかもしれんが、まあいいか」

 

黒々とした髭を携えた坊主頭の身体の大きな死神、兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)は見た目通りの鷹揚な考えのまま左程急ぐことも無く行く。

 

その道中、しかし、成り行き位は見ておくかと外見から感じさせる年齢からは考えられない程純粋に輝く少年のような(まなこ)で下を除き込めば、そこには三つの局面があった。

 

 

 

凍てつく龍に選ばれた才能溢れる若い死神に対峙する生前の(とが)を負い畜生道へと堕ちた死神の戦い。

一人の男と出会い桃園の夢を見た蛇と蛇に率いられる中毒者(じゃくしゃ)達と一人の女に出会い戦狂いとなった鬼子と鬼子の背に最強を見た(きょうしゃ)達の戦い。

朽木ルキアの命を救う為に戦う狂人と妹の誇りを守る為に戦う義兄の戦い。

 

日番谷冬獅郎 対 狛村(こまむら)左陣(さじん)

市丸ギン 対 更木(ざらき)剣八(けんぱち)

風守風穴 対 朽木白哉

 

瀞霊廷は二つに割れていた。

 

 






(; ・`д・´)まだだ!まだ終わらぬよ‼

※この作品の藍染様は必死です。


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万仙陣との出会い①








 

 

 

神とは何か。

ある者は信じるべき絶対の存在と答えるだろう。ある者は天高く見守る温もりと答えるだろう。ある者は逃れられない運命と答えるだろう。ある者はそんなモノなどいないと吐き捨てるに違いない。

その答えのどれもが間違いでなく、あるいは”神”という記号こそ(おのれ)(うた)った言葉の正しさを如実に表していると、かつて阿片に沈んだ洞窟の番人は笑ったことがある。

 

---その妄想(カミ)(あが)(たてまつ)ることに(よろこ)びを覚えるのなら、善哉善哉。好きにしろ---

---己が(まこと)のみを求めて痴れろよ。お前にとっての快楽の(カミ)(つむ)いでくれ---

 

『霊王』という世界を守る(カミ)を知りながら、そんな事を(のたま)う男は狂人であるという他になく、誰もがその言葉から目を背け侮蔑の言葉を吐き捨てた。

だが、しかし、その嫌悪の感情は男の言葉に一定数の真実が見え隠れしているとわかっているからの嫌悪であると、やはり皆は知っていた。

世に八百万(やおよろず)の神がいるのなら、その記号は世に雑多な程に溢れかえってしまっているのだから。

 

その真理を見据えながら、それでも穏やかな眼に己の信ずる者の為に剣を握る男の名は狛村(こまむら)左陣(さじん)

護廷十三隊七番隊隊長の座に就く男にとってのなにより信ずるべき(かみ)とは、炎熱地獄に君臨する最強と呼ばれた死神だった。

 

「日番谷隊長。どこへ向かう?」

 

狛村左陣は虚無僧が被る様な形をした鉄笠の下から覗く鋭い眼光で四十六室への道を駆けていた日番谷隊長の前に立ち、静かに問うた。

 

「元柳斎殿からの命。貴公の耳にも届いただろう。護廷十三隊隊士は皆、逆賊風守風穴を捕えんが為に動けと」

 

「…狛村。退いてくれ、俺には確かめたいことがある」

 

日番谷冬獅郎は不信感を露にする狛村左陣を前に己の持っている情報を開示する。藍染惣右介が遺した手紙に改竄の跡があること。風守風穴を全ての黒幕とするのなら、どうしようもなく浮かぶ疑問があること。それらを伝えながら日番谷冬獅郎は狛村左陣の説得を試みる。

だが、しかし、狛村左陣は日番谷冬獅郎からの話を聞き感じ取れる疑問を理解しながらも、迷いなどない声色でそれは出来ぬと突っぱねた。

 

「っ、狛村。お前だってわかっているだろう。今回の件、どうにもきな臭い。始めから妙だった。たかが一隊士の為の処刑に何故『双殛』の使用許可が下りたのか。現世にて人間に死神のチカラを譲渡するなんて馬鹿な真似をした奴が護廷十三隊いる。本当なら四十六室はそんな真実は揉み消したかったに違いねぇ。なのに何故、大々的に処刑なんて真似をしようとするのか。疑問に思った筈だ!」

 

「日番谷隊長。貴公の言うこともわかる。だが、しかし、全ては四十六室の裁定。そして、元柳斎殿の命だ」

 

「その命令に違和感があると俺は言っている!」

 

「口を慎め。日番谷隊長。…元柳斎殿の命に疑問を挟む余地など儂にはない。儂を動かすのは全て元柳斎殿への恩義のみ。この姿ゆえ皆に疎まれ。はぐれ者だった儂を拾ってくれた、あの方の大恩(だいおん)に儂は全霊を(もっ)て応えるのみ。迷いはない」

 

---たとえそれが、どれ程に理不尽な命だとしても。

 

「あの方が()と云えば死すら()である!」

 

故に迷いなどないのだとそう語る大男の姿と同じことを言う男をかつて日番谷冬獅郎は別の何処かで見たことがあった。昔の記憶を引っ張り出して、ああ、そうだ、アイツだと日番谷冬獅郎は苦々し気に表情を歪めた。

あの男は面識などない自分の事など知らぬだろうが、日番谷冬獅郎はあの男のことを知っている。いや、流魂街で育った者の中であの男のことを知らぬ者などいないのだ。

瀞霊廷で暮らす貴族達とは違い、大半の者達が貧しく暮らす流魂街。其処で流通する曰く仙丹の妙薬は流魂街で暮らす民たちにとってあまりに容易く入手することの出来る快楽だった。何しろそれを齎す男は頼めば容易く用立ててくれて、遠く辛い道のりではあるが西流魂街80地区『口縄(くちなわ)』にあるという阿片窟(とうげんきょう)まで赴けば一生困らない分の阿片(クスリ)を手に入れる事ができるのだ。

故に流魂街に溢れる阿片という害悪を日番谷冬獅郎は知っている。

そんなモノを垂れ流す男の姿を、一度は見たいと思うことに疑問は無く、男に気づかれぬように流魂街で暮らしていた頃の日番谷冬獅郎は一度、男に近づいたことがあった。

 

その男もまた言っていた。山本元柳斎重國こそが最強であり。逃れられぬ絶対であると。

 

「…馬鹿じゃねぇのか」

 

日番谷冬獅郎は吐き捨てるように言う。

その言葉を畜生道へと堕ち獣の如き外見と能力を持つ狛村左陣の耳が聞き逃す訳も無く。

 

「貴公、今、何と言った?」

 

聞き逃せぬと鋭い眼光で日番谷冬獅郎を見据える。

日番谷冬獅郎はその眼光に臆することなく、どころか呆れを増したような表情で繰り返す。

 

「あんたら、馬鹿だろ。確かに山本総隊長は凄い人だ。けどな、あの人だって間違える。絶対なんてあり得ねぇ。なのに完全だ逃れられないだ。思考止めてんな。山本総隊長が是と言えば是だと?ふざけんな。自分で考えろよ。あんたら、大人だろ?」

 

年若くいまだに子供のような外見である日番谷冬獅郎は見上げるような大男である狛村左陣に向けそう言い放つ。

狛村左陣は日番谷冬獅郎の言葉を受け、少し驚いたように身体を揺らすと、なる程、流石だと鉄笠の下で笑みを浮かべた。

 

「…すまないと謝ろう。日番谷隊長。儂はどうやら、心の何処かで貴公のことを子供だと侮っていたようだ」

 

「…ふん。背丈のことは言われ馴れてる。謝る必要なんてねえ」

 

「そうか。ならば、最早言葉は要らぬな」

 

狛村左陣は斬魄刀を抜く。

 

「貴公の言葉もわかる。だが、儂にそれでも信ずる方がいる。それが儂の意思。その意思が貴公と相容れぬのなら、儂は貴公を敵として斬ろう」

 

「…ああ、そうかよ。相変わらず、大人ってやつは面倒だな。松本、下がってろ」

 

後ろに居た松本乱菊を下がらせて、日番谷隊長もまた斬魄刀を抜き放つ。

 

(とどろ)け『天譴(てんけん)』‼」

 

蒼天(そうてん)()せ『氷輪丸(ひょうりんまる)』‼」

 

 

 

 

 

狛村左陣の持つ斬魄刀『天譴(てんけん)』の能力は狛村左陣が斬魄刀を振る度に、それに合わせるように虚空より巨大な斬魄刀と腕を出現させるという性質(もの)

難しさなど何もないほど単純な能力はしかし、だからこそ強力無比なチカラ。

 

(とどろ)け『天譴(てんけん)』‼」

 

斬魄刀の解放と共に振るわれた狛村左陣の一太刀は巨大な物量へと変わり日番谷隊長が立っていた場所を建物ごと粉砕する。

---物量(サイズ)巨大(デカい)

言葉にすればわかる強さの理由は何をしようと覆るものでなく、日番谷冬獅郎はその一撃を辛うじて交わすことしかできなかった。

 

蒼天(そうてん)()せ『氷輪丸(ひょうりんまる)』‼」

 

躱した後に斬魄刀を解放し、返す刃で狛村左陣を狙う日番谷冬獅郎の斬魄刀からは神神しく輝く青白い龍が出現した。斬魄刀の解放ともに溢れる霊圧が作り出す水と氷の龍。そして、天候を支配するほどのチカラ、天相従臨(てんそうじゅうりん)が発動する。

天相従臨(てんそうじゅうりん)。斬魄刀の解放ともに生み出されるエネルギーが強大過ぎるが故に起こるその現象により青空は分厚く黒い雲に覆われ冬の寒さが周囲を包む。

 

日番谷冬獅郎が斬魄刀を振るう度、水と氷の龍が狛村左陣を襲う。

狛村左陣は水と氷の龍と巨大な剣で斬り合いながら曇天すらも切り裂かんと吼える。

 

直接攻撃系の斬魄刀である『天譴』と鬼道系にして氷雪系の斬魄刀である『氷輪丸』。互いに振るう力の種類は違えど、斬魄刀の持つ破壊力と能力の高さは同じ。

護廷十三隊の隊長同士の戦いは戦場を並の隊士が踏み込めば死地となるだろう破壊と脅威を振りまいていた。

 

言葉なく振るわれる『氷輪丸』。下段から狛村左陣の中心線を狙い放たれた突きは刃と共に水と氷の龍を直線的に飛ばし、刃が当たらずとも氷漬けにされるだろう驚異な破壊力を振りまいた。対する狛村左陣は、それしか知らぬとでも言うかの様に剣術攻撃の王道である上段からの振り下ろし。振り下ろされる刃と同時に現れる巨大な刃が水と氷の龍を文字通り押しつぶす。

 

「…」

 

「…」

 

言葉なく交差する互いの視線が、次の一手へと二人を突き動かす。天を駆ける様に龍を従え戦う日番谷冬獅郎と実直な剣術と誤魔化せない破壊力を以て大地すら砕き立つ狛村左陣。

既に刃の交わりは十数度、直に大台へと乗るだろう拮抗した戦いの中で、焦る気持ちを抱いていたのは日番谷冬獅郎。

日番谷冬獅郎は今、自分が立たされている窮地を理解している。こうして狛村左陣と対峙している立場が弱いことを理解している。

護廷十三隊隊士として一般的に正しいのは狛村左陣の在り方だ。

総隊長命令に従い動く狛村左陣。対して自分は確固たる疑問を抱いてはいるが、言ってしまえばそれだけで総隊長命令に反して動こうとしていた。

故にこのまま戦闘が長引き第三者の介入を許す様なことになれば、責められるのは自分の方。故に急ぎ決着を付けなければならないと、そう焦る気持ちが日番谷冬獅郎の戦いを性急なモノへと変え、彼本来が持つ戦いのリズムを少しずつ崩していった。

 

「どぉおぅう‼」

 

吼えるような声と共に狛村左陣の振るう『天譴』が此処で初めて上段からの振り下ろし以外の軌道を描く。日番谷冬獅郎の上半身と下半身を両断しようと振るわれた胴へ向けての横凪の一撃を辛うじて交わした日番谷冬獅郎だったが、唐突な攻撃方法の変更に反応しきることが出来ず返す刃で振るわれる『氷輪丸』の軌道が僅かにズレる。

 

其処を狙っていたとでも云うように続き振るわれた『天譴』の軌道は真坂の下段から上段への振り上げという悪手。刃もない刀の背での攻撃は並の斬魄刀では相手に欠片ほどのダメージしか与えること出来なかっただろう。

だが、しかし。『天譴』の持つ圧倒的な物量(サイズ)は悪手にすら十分な威力を持たせた。下段から上段への振り上げという悪手故に対処が遅れ、剣先が日番谷冬獅郎の顎を掠める。次いで頭部に齎される振動は無視できるレベルを遥かに超えていて日番谷冬獅郎の脳を強く揺さぶった。

 

「がっ!?」

 

脳震盪(のうしんとう)。直接的な頭部への打撃により脳が大きく揺さぶられ起る一時的な脳の機能障害は、戦いだけでなく激しいスポーツをやっていてもよくあること。

しかし、それにより齎される一過性の意識混濁は戦いの結末を決めるにはあまりに決定的過ぎた。

ふらつきながらも斬魄刀を手放さなかった日番谷冬獅郎だが、狛村左陣の一太刀は容赦なく日番谷冬獅郎に向けて振るわれる。

下段から上段への振り上げなどという悪手ではなく、上段から下段への振り下ろしという王道は圧倒的な威力を以て日番谷冬獅郎を破壊する。

 

「終わりだ。日番谷隊長‼」

 

狛村左陣が放ったその言葉以降に続く言葉は無い。

残心も忘れない見事な一太刀により勝敗は決した。

 

 

 

---そうなる筈だった。

 

 

 

「なん…だと…?」

 

日番谷冬獅郎を破壊する為、放たれた上段からの振り下ろし。王道の極地と言っていい一撃は、しかし、巨大な刀だけでなくそれを振るう腕すらも氷漬けにして防ぐという出鱈目なやり方で止められた。

 

氷漬けにされた『天譴』は続く日番谷冬獅郎の言葉と共に砕け散る。

 

「卍…解…」

 

氷結領域の拡大。凍結深度の強化。言葉にしてしまえば簡単な斬魄刀の能力の増大は、だが、しかし、されてしまえば対処などすることも出来ないどうしようもないこと。

---物量の違い。

それは説明の必要が無いほどの強さの理由。

卍解と共に日番谷冬獅郎が持つ斬魄刀から連なる巨大な氷の翼が現れる。さらに日番谷冬獅郎を守るように氷は増えていき、尾が生え、背後には三つの巨大な花のような氷の結晶が浮かぶ。

氷の龍を従えるのではなく己を氷の龍と化す斬魄刀。それこそが炎熱系最強『流刃若火』と対をなす氷雪系最強の斬魄刀。

 

「『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』‼‼」

 

卍解を終えた日番谷冬獅郎を前に狛村左陣は息を飲む。まさか、此処までやるかと半ばあきれたような気持ちを抱きながら文字通り蒼天に座す日番谷冬獅郎を見上げる事しかできなかった。

隊長格同士の争い。それは元来、あってはならない事。瀞霊廷を守る為に存在する護廷十三隊の隊長同士が潰し合いを演じるなどと笑えもしない冗談でしかなく。故に狛村左陣にとって日番谷冬獅郎との諍いで使用できるのは始解までだと考えていた。

そして、それは当然、日番谷冬獅郎も同じだと思っていたのに---

 

日番谷冬獅郎は狛村左陣の考えをあっさりと裏切りながら、悪びれる様子もなく、ある種見下すように狛村左陣へ言葉を掛ける。

 

「抜けよ。狛村」

 

「………儂も卍解をしろと?卍解同士がぶつかり合えば、その余波で瀞霊廷は破壊されるぞ」

 

「今更だろ。…感じる筈だ。俺達だけじゃねぇ、瀞霊廷内で洒落にならない規模の霊圧同士のぶつかり合いが起きてやがる。俺達以外の隊長格同士がぶつかってんだ」

 

こんなことにならない為に俺はこの件の裏を探っていたのにと、日番谷冬獅郎は狛村左陣を睨みつけながら憎々し気に吐き捨てる。

ことはもう止めようのない事態へと至ってしまった。混乱は避けられず動乱は始まっている。

日番谷冬獅郎の脳裏に何処かで動乱に巻き込まれているだろう幼馴染の顔がチラついて、同時に浮かんだ苛立ちが狛村左陣に向けられる。

 

「だから、決着は早急に付けなきゃなんねぇだろ。俺はお前を倒して、先を急がせてもらう。だから…抜け!狛村ぁあ‼」

 

日番谷冬獅郎にとっての戦う理由。守るべき彼女(かぞく)を救いに行くのを邪魔をするなと吼えながら日番谷冬獅郎は狛村左陣に向け氷の羽を羽搏かせる。

 

---シロちゃん。

 

自分には守るべき家族が居る。

 

そう吼える日番谷冬獅郎の言葉は皮肉にも彼が忌み嫌う男の、かつて阿片窟(とうげんきょう)弱者(かぞく)を守ると吠えた番人の言葉と重なっていた。

 

 

 

 

 

 

---相容れぬなら斬ろう。互いに信じたモノが相容れぬのなら、それは斬らねばならない。

 

氷雪系最強の斬魄刀『氷輪丸(ひょうりんまる)』。

その卍解『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんりょうりんまる)』。

それは確かに最強の死神である山本元柳斎重國が振るう斬魄刀『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』と並び立て語られる伝説的な斬魄刀。

全てを冷やし凍らせる斬魄刀と全てを熱し燃やす斬魄刀。性質的に二つの斬魄刀は、確かに拮抗する。だが、しかし。斬魄刀『氷輪丸(ひょうりんまる)』を振るう日番谷冬獅郎はいまだ未熟。担い手として山本元柳斎重國には遠く及ばない。

故に両者が相対せば炎熱地獄を前に大紅蓮地獄は音を立て蒸発して失せるだろう。

 

だからこそ、狛村左陣は此処で己が卍解を使えば蒼天を駆ける竜人を叩き落せるだろうと確信する。

山本元柳斎重國に遠く及ばないのなら、そう易々と負ける気など狛村左陣には無い。

---ならば、抜けと。そう吼える己の斬魄刀に伸びかけた手。だが。

 

---儂はこの者を斬っても良いのか。

 

降ってわいた疑問を前に狛村左陣の手は止まる。

 

---相容れぬならば斬らねばならない。

 

その思いに嘘はない。女子供だから斬れないなどと軟弱なことを言う気は狛村左陣という男には無い。

 

女子供を()()()()()()()()、山本元柳斎重國からの命を守る為、瀞霊廷の平和為に斬ろう。

 

そう言い切れるだけの強さと非情さを狛村左陣は持っている。いや、護廷十三隊の隊長なら誰であろうと思っているだろう。

故に本来、命令違反を犯す日番谷冬獅郎に向ける刃が止まることは無い。

 

だが、

 

---家族の為に、戦うか。

 

日番谷冬獅郎の激昂と共に漏れた本音が狛村左陣の手を鈍らせる。

狛村左陣は一族(かぞく)を捨てて生きてきた。獣と人の中間。生前の罪咎により畜生道へと堕ちた異形の身。それ故に身を潜め生きることを選んだ一族(かぞく)を狛村左陣は捨てた。

身を潜めて生きることに耐えられず一族を捨て逃げた。

その逃避の果てに山本元柳斎重國に出会い拾われた。

 

そのことに悔いはない。一族を捨て逃げた行為に恥を覚えようとも悔いはない。

山本元柳斎重國に連れられ来た場所で狛村左陣は得難い友と部下と仲間を得た。

 

---故にそれを守る為、相容れぬ者は斬ろう。

 

そう決めた。筈だった。

 

「狛村ぁあ‼」

 

日番谷冬獅郎の声に宿るモノがただの憎しみだけだったら斬れただろう。敵意だけなら斬れただろう。

日番谷冬獅郎が戦いを楽しむような戦闘狂なら斬れただろう。ただの子供であっても斬れたはずだ。

 

---だが、戦いたくもないのに家族を守る為に戦う子供を誰が斬れるというのか。

 

それが出来るというのなら、その者はもう護廷十三隊の隊長足り得ない。

 

---弱者を守れ。

 

「………元柳斎殿」

 

---瀞霊廷を守れ。

 

「………申し訳ございません」

 

---護廷が為に戦え。

 

「………貴公に憧れ生きた男は」

 

---千年前に非情で在らねば勝てぬ戦は終わった。ならば、狛村左陣。儂のようにはなるな。

 

「………貴公の言葉の通り。貴公のようには、成れぬようです」

 

---非情な強者など数多に居よう。故に、優しき強者に成れ。狛村左陣。

 

そうして狛村左陣は遂に最後まで卍解を見せることなく大紅蓮地獄へと静かに倒れた。

 

 

 

 

 

 

最後まで卍解を見せることなく倒れた狛村左陣を見下ろしながら、日番谷冬獅郎は斬魄刀を納める。

 

「…くそっ。まんま、俺が悪役みたいだ。いや、言い訳はしない。…狛村。きっとお前の方が正しいんだ。けど、俺は間違っているとわかっていても救わなきゃならねぇんだ」

 

--―雛森をと、続けようとした言葉に被さるように日番谷冬獅郎の耳に聞きなれた声が聞こえた。

 

「シロちゃん」

 

「…雛森。お前、無事だったのか」

 

「うん。私は何ともないよ。それより、シロちゃんの方がボロボロだよ」

 

「俺のことは良いんだ。てか、お前、拘禁牢(こうきんろう)から抜け出して!今までどこに居たんだ!…俺が、どれだけ心配したと」

 

「ごめんね。シロちゃん。ごめんね」

 

雛森桃の無事を確認して思わず潤んだ目を隠すように日番谷冬獅郎は雛森桃から顔を背ける。

だが、雛森桃は背けられた日番谷冬獅郎の顔に手を伸ばすとそのまま優しく抱きしめた。

 

「な!?」

 

日番谷冬獅郎からすれば悔しいことだが、雛森桃と彼の間には少しばかりの身長差がある。

故に雛森桃によって抱きしめられた日番谷冬獅郎の顔は必然的に雛森桃の胸へと納まる形となり、日番谷冬獅郎の顔が赤くなる。

 

「おまっ!?何してんだ!?」

 

離せと喚く日番谷冬獅郎に雛森桃は優しい声色で続ける。

 

「ごめんね。シロちゃん」

 

「…もう、いいって言っただろ。お前が無事だった。それならもう、俺はいいんだ」

 

「ありがとう。シロちゃん」

 

「…たく、わかったから、いい加減に離せ。こんな所を松本にでも見られたら---

 

ブスリ。

 

「ごめんね。シロちゃん」

 

---え?」

 

ブスリ。他に例えようのない音がした。

日番谷冬獅郎が音のした方に視線を向ければ、そこには自身の腹に突き立てられた斬魄刀があった。

 

「雛、森?」

 

「ごめんね。ごめんね」

 

日番谷冬獅郎はようやく気が付く。雛森桃の眼から光が消えていることに。

雛森桃は光の消えた目で、日番谷冬獅郎がよく知る優しい笑みを浮かべながら言った。

 

「大好きだったよ。シロちゃん」

 

 

 

 

 









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万仙陣との出会い②

短いですが生存報告ということで…

いやぁ、風呂敷を広げ過ぎた感がヤバいですな
全てはBLEACHに登場させたいキャラが多すぎるのが悪い

(゚∀。)y─┛~~







 

俺は空を見上げた。

 

若々しくも雄々しい霊圧が一つ潰えるのを感じ取る。瀞霊廷各地で起こる戦闘により胎動し続ける空気を吸い込みながら、俺は嬉々として笑ってみせた。無論、この笑みはただの強がりだ。

俺は卯ノ花の様に修羅場で呼吸をする修羅でなく、俺には山本元柳斎重國の様に地獄を前に悪辣に笑ってみせるだけの胆力もない。

だから、黒幕と呼んだ藍染惣右介を追い詰めながら、ただの一手で全てを覆されたこの状況下で浮かべる笑みは強がりで、けれど、隣に立つ砕蜂に無様な姿を晒さない為に必要なことだった。

 

状況は悪い。護廷十三隊の並み居る古豪が藍染惣右介の策によって俺の前へと立ちふさがる。

各隊の席次持ちを斬ることは容易い。だが、彼らは敵に騙されただけの味方。斬り殺すことが出来ない以上、俺の『鴻鈞道人』を振るう手は縮こまる。

そして、縮こまった太刀筋では斬ることが難しい者達もいる。

 

「風守…風穴‼」

 

片膝をつき何とか地面に這いつくばることだけは耐えている朽木白哉。憎々し気に俺の名を吐きながら、その瞳の戦意は欠片も色褪せてはいなかった。

 

「朽木白哉。もう、良い。もう立つな。お前では、俺には勝てない」

 

(けい)、如きに…」

 

「その如きに、お前は勝てん。強さの問題だ。経験の差だ。そして何より、相性が悪い。『千本桜』。その斬魄刀の千に散った刃は敵を切り裂く無尽の刃に成れたとしても、煙は斬れない。お前が俺に向けて『千本桜』を振るう度、『鴻鈞道人』の阿片の毒が『千本桜』を犯していく。後はもう、一度目の戦いの焼き増しだ」

 

朽木白哉では風守風穴には勝てない。否、俺に勝てるのは今の護廷十三隊にはたった三人しか存在しない。山本元柳斎重國。卯ノ花烈。雀部長次郎。

始めから誰もがそう言っていた。わかりきっていたことだろうと、俺は朽木白哉を見下ろしながら素直な疑問を口にする。

 

「なぜ足掻く。なぜ諦めない。勝てぬと知りながら、なぜ剣を取る。朽木白哉。お前は卯ノ花の様な修羅ではないのだろう?なのに何故、自ら死地に赴こうとする」

 

痛いのは嫌だろう。苦しいのは嫌だろう。泥に塗れて倒れる様は屈辱の極みの筈だ。

 

「お前は何故、苦しみながら足掻こうとする?」

 

「………兄には、わからぬ」

 

「ああ、わからないから、聞いている」

 

「いくら言葉を並べようと…愚妹(ぐまい)を救うと吐きながら、私が兄に殺意を向ける理由すら、わからぬような狂人には、わかるまい」

 

朽木白哉の言葉を聞けば、その言い方はまるで俺が朽木ルキアに何か悪いことをしたような言いぐさだ。俺は朽木ルキアに何か悪いことをしてしまったのだろうか。その結果、朽木白哉は兄として怒っているのだろうか。

俺は、朽木ルキアに何かしたか。

 

「わからない。俺にはお前の言葉の意味が、わからない。朽木白哉。お前は何か、勘違いをしているのではないのか?俺は心の底から、朽木ルキアを救いたいと思っている。嘘はない。偽りはない。あの子は幸せになるべきだ」

 

「…その幸せを、兄がくれてやると吐くことが、私は許せぬ」

 

---たとえ、愚妹を救う男が居たとしても、貴様如きでは断じてない。

 

そう吐き捨てながら朽木白哉は三度立ち上がる。

砕蜂はその(さま)に苛立ちを覚えたようで、語尾を上げながら言う。

 

「ちっ、退け!朽木白哉!貴様などに構っている暇は私達には無いのだ!それでも尚、退かぬというのなら、私が貴様を---」

 

「良い。砕蜂」

 

「---風守、だが…」

 

「良い良い。朽木白哉の行動の意味を、俺は終ぞ知ることは出来ぬようだが、理解はしよう。ああ、朽木白哉。お前が俺の前に立つと、お前がそう決めたのなら好きにしろ。お前が俺を許せぬと思うのなら、きっとそれは正しいのだろう。お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろうよ」

 

---その信念を曲げずに向かって来ると言い。

 

「風守、遊びが過ぎるぞ。こうしている間にも、あの男は動いているのだぞ」

 

「なら、砕蜂は先に行っていてくれ。なに、俺もすぐに追いつく」

 

「…わかった」

 

仕方のない奴だとため息を吐きながら去っていった砕蜂の背中を見届けて、俺は朽木白哉に向き直る。

 

「…舐められたモノだな」

 

「舐めてなどいないさ。お前は強い。あと五百年もすれば、きっとお前は俺を越えているだろう。だが、今はまだ、俺の方が強い」

 

---だから、沈め。

 

呼吸は無く。瞬歩で朽木白哉への距離を詰める。片膝をついた低い姿勢で一息の内に振るわれる反撃の横凪を足を動かし踏みつける事で無効化する。

 

「散れ『千本---

 

「遅い」

 

再び始解しようとする挙動を許すことは勿論せずに『鴻鈞道人』の切っ先を朽木白哉の左肩へと突き刺す。

『鴻鈞道人』の切っ先に空いた四連の穴から漏れ出す阿片の毒が朽木白哉の身体を痴れさせる。

一秒と掛からぬ時間で、朽木白哉は戦闘不能(リタイア)だ。それを悟っているだろう、朽木白哉の眼だが、最後まで俺を睨みつけていた。

 

俺はその最後まで敵意を揺るがすことのなかった朽木白哉を見ながら、こんな男がいるのなら護廷十三隊の未来は明るいと笑った。

 

 

 

 

 

 

晴天を見上げながら、護廷十三隊三番隊副隊長、吉良イヅルは此処に至るまでの道程を思い返していた。

旅禍達の瀞霊廷への侵入。現世の者達による尸魂界への進行という前例のない事態に浮き足立っていた護廷十三隊だったが、吉良イズル自身は驚きはしても脅威だとは欠片も感じてはいなかった。当然だ。護廷十三隊とは揺るがぬ者達。現世と尸魂界の二つの世界を守る為に戦ってきた猛者達。幾ら侵入してきた旅禍達が霊力を持ち戦う術を持つ人間達だったとしても負ける道理などない。

そう信じていたし、今もそう思っている。そう侵入者が旅禍達だけだったのなら戦いなどとうの昔に終わっていた。

 

最強と呼ばれた死神がいた。

白兵戦なら最強を越える死神がいた。

最強と共に歩み続けた伝説の烈士がいた。

 

数千年という人間では理解できないほどに長い時間を生きて、千年という死神からしても長すぎる時間を護廷十三隊と言う組織の中で戦い続けた者たちがいた。

その内の一人でも本気で旅禍達と戦ったのなら、彼らは一夜も掛からず皆殺されていた筈だ。

吉良イヅルはそう思っているし、きっと誰もがそう思っていることだった。

そうならなかったのは偏に晴天に霞む桃色の煙を吐き出す最悪の死神が旅禍達と共にやってきたからに他ならなかった。

 

最強と並び立つ最悪は堅牢な瀞霊廷の門を開け進軍し、稲光を孕む雷雲を操る烈士を下し、白兵戦最強の死神を篭絡し、死闘の果てに最強すらも超えて見せた。

 

文字に並び立てれば否応なしに理解ができる瀞霊廷勢力の敗北の原因。元凶たる男。

 

「………はぁ、まったく面倒な」

 

元護廷十三隊三番隊隊長。元特派遠征部隊部隊長。風守風穴。

 

彼さえいなければきっと話はもっと簡単に進んでいたのにと吉良イヅルは灰に溜まった泥の様な感情を溜息と共に吐き出した。

 

その様子を見て吉良イヅルと対峙するように立つ男。護廷十三隊十一番隊第三席、班目(まだらめ)一角(いっかく)は興が削げるとでも言いたげな目で言う。

 

「おいおい。これからやり合おうって時に、なんだよ!その溜息はよぉ!」

 

「…君こそなんでそんなに元気なんだ。僕たちは同じ護廷十三隊の隊士だ。仲間に剣を向けるような行為なのに、なぜ君は」

 

「はっ!裏切り者が笑わせるぜ!総隊長命令に逆らってんのはテメェらだろうが!やり合いたくねぇなら話は簡単だ。其処をどけ!」

 

「それは出来ない。隊長命令だから…」

 

「なら、戦いたくねぇなんて吐いてんじゃねぇよボケが。戦う気があるなら、剣を握れ。溜息なんかつくんじゃねぇよ」

 

班目一角から苛立たし気に向けられる視線を受けながら、吉良イヅルは隈の濃い眼で自らが握る斬魄刀へと目を向ける。

 

戦う気があるなら剣を握れ。戦う気が無いなら立ちふさがるな。半端な気持ちで戦場に立つな。

班目一角の言い分はなるほど正論だ。戦士として持つべき矜持と戦う者が背負うべき責任を見せつける男の言葉に否定など投げかける者は戦場に立つべきじゃない。

そう思いながらも、吉良イヅルは頭を振った。

 

「僕はね…嫌いなんだ。戦うことが、争うことが、闘争の根源とも言うべきモノが、元来、性に合っていないんだと思う」

 

「はっ!おいおいテメェ。戦いたくもねぇのに、隊長命令だから戦うっていうのかよ。ギャクかよボケが。…テメェ、何しに来たんだ?」

 

「守りに来たのさ。僕は守る為に来た」

 

隈の濃い眼を吉良イヅルは班目一角へと向ける。

疲労。苦労。悲嘆。苦痛。あらゆる負の感情によって刻まれた昏い感情の眼に晒されて班目一角は理解する。

 

---ああ、コイツは心底戦うことが嫌いなのだと理解した。

   理解しながら自分には理解できぬと理解した。

 

班目一角は戦うことが好きだ。戦闘専門部隊と呼ばれる十一番隊においても、一番とは言えずともニ三を争う程には戦うことだ好きだと断言できる。

血潮が沸き立つ感覚に、神経が研ぎ澄まされていく瞬間に、傷つき傷つけられる修羅場に歓喜する感性を生まれながらに持っていた。

対して吉良イヅルは生まれながらに争い事が嫌いだった。

拳を握る者に対してどうして仲良く出来ないんだと問いかけたかった。

争うことへの疑問。暴力への否定。戦うことへの嫌悪を孕む吉良イヅルが何故護廷十三隊へ入り虚と戦うことを生業する死神になったのか。その理由は言葉にすればとても簡単で事実言葉に出していた。

 

---守る為。

 

「僕が市丸隊長の命令で君の前に立つのは守る為だ。僕が嫌々に戦うのは守る為だ。こんな僕に誇りがあるとするのなら、それは生まれてから一度だって守る為以外に戦ったことがないってことだよ」

 

「そうかよ。どうやら俺とテメェじゃ、美味い酒は呑めねぇらしいなぁ!」

 

「そうだね。それに僕は酒癖が悪いから、止めた方がいい」

 

戦いたい者たちの戦いが苛烈を極めるのなら、戦いたくない者たち同士の戦いはきっと凄惨なモノになる。

そして、戦いたい者と戦いたくない者との戦いが始まった。

 

 

「しゃおらぁ!延びろ『鬼灯丸(ほおずきまる)』‼」

 

班目一角の斬魄刀の形が始解と共に変化する。柄と鞘が接合し穂先が短刀状の槍へと姿を変えた。

 

「はっ!なぁおい!剣道三倍段って言葉を知ってか!俺はテメェの三倍強ぇってことだ!」

 

「適当なことを…言葉は知っているけど、まったく意味が違うじゃないか。君の戦い方には剣道のけの字もないよ。それに…君のそれは槍だろう」

 

迫りくる穂先を吉良イヅルは横凪の斬撃へ弾く。続き出した縦の斬撃はしかし、弾いた穂先が戻ってきたことによって中断された。ならばと一度引いてから凪ぐ下段切りはしかし、班目一角には届かない。

 

「そうだったか。けどよ、剣道三倍段は元来、槍と刀の戦力差を表した言葉だぜ。つまり、言いたい意味は全く同じだ。俺はテメェの三倍強ぇ」

 

「…そうかい」

 

---剣道三倍段。

 それは剣道の初段に勝つ場合、空手や柔道なら三段程の実力必要になるということ。無手で武器を持つ者へ戦いを挑むことへの愚かさを語ることにも引用される言葉だがしかし、元来は班目一角の言うように槍と剣の戦力差を比較する為の言葉でもあった。

 

そう言えばそうだったかと、班目一角の言葉を聞いて思い出した吉良イヅルは目の前の相手への警戒を上げる。どうやら相手はただの戦闘バカという訳ではないらしい。

現に言葉で勢いを付けてはいるが、勢いのままに攻撃し槍の長い間合いという有利を捨てる事はしていない。

吉良イヅルの表情が歪む。

 

「…どうやら、僕も出し惜しみしている暇はないようだ」

 

始解した斬魄刀を相手にする以上、吉良イヅルもまた始解を果たさなければならない。

一拍の内に取った槍の攻撃が届かない間合いで吉良イヅルは斬魄刀を始解した。

 

「面を上げろ『侘助(わびすけ)』」

 

 

 

 

 

 

 

「なんや。イヅルの奴、やる気になったんか」

 

吉良イヅルに班目一角と戦うように命令を下した男。護廷十三隊三番隊隊長市丸ギンは班目一角と吉良イヅルが死闘を繰り広げる直ぐ傍にいるというのに、戦場には似つかわしくない軽い空気を纏いながら軽い口調で笑うように言った。

 

「ほぅ。あの優男、見かけによらずやるじゃねぇか。テメェも少しは見習ったらどうだ。市丸」

 

そんな市丸ギンに対するように立つ、いや座る男。護廷十三隊十一番隊隊長、更木(ざらき)剣八(けんぱち)は胡坐を掻いて座りながら、市丸ギンに問いかける。

 

「テメェ、一体何を考えてやがる?」

 

「何って、何が?」

 

「テメェはジジイの命令に逆らってまで、俺達の邪魔を何でするんだって聞いてんだ」

 

「なぜって、そりゃ、僕としても君の邪魔なんてしたくてしてる訳やないよ。君、恐いもんなぁ」

 

---思ってもねぇことをいけしゃあしゃあと吐きやがるぜ。

更木剣八は言い捨てて立ち上がると口元を釣り上げた。

 

「まあ、いい。テメェがどんな考え持っていようが関係ねぇ。テメェとは一度、やり合いたいと思ってたんだ。なあ、市丸。()ろうぜ」

 

「ほんまに、恐いなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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万仙陣との出会い③



いまだに時々ランキングに乗るのがたまらなく嬉しい(^^)/
これも読者の方々の御蔭です。ありがとうございます<(_ _)>






 

 

 

穂先が短刀状の槍。菊池鎗と呼ばれるその槍の大凡の重さは1.5~2.0kg程。一般的な斬魄刀。刀の重さ0.8kgと比べると凡そ倍。

その数字は吉良イヅルにとって無視することの出来ない、あまりに大きな目の前の相手との戦力差に他ならなかった。

 

---班目君。君は強いよ。

 

「面を上げろ『侘助(わびすけ)』」

 

吉良イヅルの斬魄刀が解放される。形状の変化は著明。切っ先から三分の一ほど刀身が曲がりくねり西洋数字の7の様な形へと変わる。あるいは変化がそれだけならば、それはとても戦いやすいとは言えない変化でしかない。その奇妙な形の刀で何を斬るのかと聞かれれば大抵の者は返す言葉もないだろう。

 

---斬魄刀『侘助(わびすけ)』がただの奇妙な形なだけの刀だったなら、ね。

 

「はっ。ようやくやる気になりやがったか。…行くぜぇ‼根暗ぁあ‼」

 

「…ひどい言い草だ。とても副隊長に対する三席の言葉使いじゃないね」

 

『鬼灯丸』の穂先が吉良イヅルの正中線に向けて伸ばされる。吉良イヅルは迫りくる突きと避けることはせず曲がりくねった刀身で受けた。継いで放たれる吉良イヅルの斬撃は他に類を見ない奇妙な形の刀だというのに軌道が読みやすい素直な袈裟切り。

班目一角はそのことを奇妙に感じながらも石突で弾いてみせた。

敵は斬魄刀には何かある。班目一角の直感がそう告げていた。疑心の眼に映る吉良イヅルの『侘助』は幻影により揺らいで見えた。

 

始解を果たした斬魄刀には大凡二つの系統がある。

直接攻撃系。鬼道系。

班目一角の持つ『鬼灯丸』は前者に当たる。直接攻撃系の斬魄刀の大半は始解に分かり易い形状変化が伴う。刀から担い手自身が戦い易い形へと変化する。その際に何かしらの能力を備えることもあるが、それはあくまでおまけ程度。神髄(しんずい)はその変化した形状での文字通りの直接攻撃。

対して鬼道系の斬魄刀は形状の変化をすることもあるが、その変化の度合いは直接攻撃系に比べて少ないことが多い。代わりに直接攻撃系よりも付随(ふずい)する能力が多岐に渡り、また振り幅も大きい。攻撃はもっぱら能力に頼るものになる。

 

直接攻撃系と鬼道系。互いに一長一短。班目一角の所属する十一番隊では直接攻撃系の斬魄刀を尊ぶ傾向にあるが、それはあくまで隊風の問題。どちらにも利があり、どちらの戦い方にも理があった。

 

班目一角の頭が対鬼道系の斬魄刀へと切り替わる。鬼道系の斬魄刀と戦う時のセオリーの一つは、能力を発動する前に潰すこと。

班目一角は攻勢を強めた。

 

「シャオらぁああ‼」

 

斬る。突く。薙ぐ。打つ。変幻自在の槍捌き。多種多様な攻撃の全てが刀の攻撃範囲外から振るわれる。剣道三倍段。その言葉に偽りはない。刀で長物を相手に勝つには三倍の段位が必要だ。現世における最強格。かの剣豪宮本武蔵でさえ、刃渡り三尺(約90㎝)の野太刀を持つ佐々木小次郎と対峙した時は更に長い(かい)の木刀を用意した。

それほどに武器の長さの違いは強さに繋がる。

 

---班目君。君は強い。だけれど…。

 

もしこれがただの槍と刀の戦いであったなら、吉良イヅルに勝ち目は無かった。純粋な戦闘技術において、吉良イヅルは班目一角には及ばない。戦闘専門部隊の異名は伊達ではなく、十一番隊第三席班目一角の戦闘力は他の隊の副隊長格と比べても劣ることはない。

 

「…けれど、君では僕には勝てない」

 

---跪け『侘助』。

 

瞬間、班目一角の身体に変化が起こる。腕が鈍る。身体が重い。

--- 一服盛られたか。そんな疑問は数瞬。班目一角は直ぐに異変の原因に気が付いた。

 

「グッ!?『鬼灯丸』が、重い…」

 

「それが僕の『侘助』の能力だよ」

 

班目一角の『鬼灯丸』。菊池鎗の穂先が重みに耐えかね地に落ちる。

 

「斬りつけたものの重さを倍にする。二度斬ればさらに倍。三度斬ればそのまた倍。そして、斬られた相手は重みに耐えかね必ず地に這いつくばり、()びるかのように(こうべ)を差し出す。故に『侘助』」

 

攻防の最中。『侘助』が『鬼灯丸』を斬りつけた回数は7回。『鬼灯丸』の重さが約1.5㎏だとして二の七乗すると192kg。最早武器の用途を成さないだろう重量。

 

「僕の斬魄刀はね、君の様な直接攻撃系の斬魄刀の天敵なんだ。手で持ち振るい戦う以上、それが持てない重さになれば武器は凶器たりえなくなる。戦い方次第では、僕は君達の隊長とだって渡り合えると思っているよ」

 

「…はっ。更木隊長と渡り合えるだと?笑わせんな。俺程度を嵌めたからって、調子乗ってんじゃねぇぞこら‼」

 

「その威勢も、その樣では滑稽だね。見るに堪えない。終わらせよう」

 

吉良イヅルはゆっくりと班目一角へと近づいていく。班目一角の手が『鬼灯丸』を持ち上げようと力を込めるが、しかし、持ち上げることは叶わず穂先が僅かに浮くだけに終わる。

ならば、最早、之は要らずと班目一角は『鬼灯丸』を手放した。

 

「白打で僕に挑む気かい?剣道三倍段。君の言葉だよ。刀を持つ僕に君が白打で勝つには三倍の実力差が必要だ。まあ、鬼道が扱えるのならその前提も覆るだろうけど、君はそういうタイプじゃないんじゃないかな?」

 

「…っせい」

 

「何か言ったかい?」

 

「うるせいって言ってんだよ‼長々と口上垂れやがって‼来るなら来いよ根暗野郎‼斬魄刀が使えねぇ程度で俺がテメエに勝てねぇだと?はっ!笑わせんな!男らしくねぇんだよ‼」

 

「…」

 

「斬るなら黙って斬れよ‼なあおい、なんでテメェは躊躇してんだ?戦えなくなった奴は斬れねぇってか?おいおい、下らねぇ価値観を戦いに持ち込んでんじゃねぇよ。大体よぉ、俺はまだ負けを認めちゃいねぇんだよ。なのにテメェ、勝った気になってベラベラとよぉ。聞くに堪えねぇ。戦いってのは、そんなもんじゃねぇ筈だろうが」

 

戦い。(たたかい)只戦(ただソレ)と。

嘗て何処かで埒外の修羅が語った理屈を吼えながら、班目一角は拳を握る。

目の前の相手を倒す。自ら振るう拳は相手に届くと確信する。理屈ではなく概念。敵と己を分け立つ為の法則。班目一角の求めるモノは勝利ではなく戦い。手段の為に目的など選ばないという人外の発想。戦う為の戦い。

修羅場での呼吸。死地での生甲斐(いきがい)。---只戦(ただソレ)を求めている。

 

「君は…狂っているのか」

 

否。狂っているのは班目一角だけじゃない。仲間が負けそうになっている。だというのに一対一の戦いを班目一角が望んでいるからと、ただ近くで戦いの行く末を静観し続ける護廷十三隊十一番隊第五席、綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか)。総隊長命令というのは建前でただ戦いたいから市丸ギンと戦っている護廷十三隊十一番隊隊長、更木剣八。そんな更木剣八を微笑みながら見ている少女。護廷十三隊十一番隊副隊長、草鹿(くさじし)やちる。

皆、狂っている。それは仕方のないことだった。護廷十三隊十一番隊を率いる更木剣八自身がかつて埒外の修羅『八千流』が只戦(ただソレ)と唱えた外法に歓喜し、剣を交えることで生涯一度の憧れを抱いたのだから。率いる者が狂っているのなら率いられる者もまた然り。

上が腐れば全てが腐る。換えようもない不文律は狂気という形であったとしても変わらない。

 

「戦狂い。…それが君達の本質だとするなら、僕にはまったく理解の外だ。なんで苦しもうとする。なんで傷つこうとする。苦しみながら進む先で、得られるモノなんて何も無い。…そう答えはとうの昔に出ているのに」

 

---誰が---苦しみながら進む道で幸せになれるという---。

 

嫌なことならやらなければいい。

やりたくないことを嫌々やるくらいなら、閉じれ終えばそれでいい。

 

それは市丸ギンが吉良イヅルに語った理屈。

そして嘗て風守風穴が市丸ギンに聞かせた概念。

 

「…躊躇するなって?そんなの、無理さ。僕は、本当は戦いたくなんてないんだから」

 

---だが、戦わなければ守れないものがあるから。

 

「…嫌なことを、嫌々やるんだ。世界が僕にそうさせるんだ。だから、だから僕は‼あの人の作る世界(ユメ)を守るんだ…。そうすれば僕にとって幸せな世界(ユメ)が見られるって、市丸隊長は言っていた‼」

 

感情が発露する。吉良イヅルの抑え込んできた痴れた音色(ホンネ)が漏れだした。

 

「守りたい…世界(ユメ)があるんだ‼」

 

「知るかそんなもん‼」

 

 

戦いたい者。班目一角。

戦いたくない者。吉良イヅル。

 

 

その戦いは千年前から脈々と受け継がれることになってしまった狂人2人の思想のぶつかり合いに他ならず、ならばきっと何時かはぶつかり合うしかなかった戦いだった。

 

『八千流』と『風守』。

 

その代理戦争を制したのは吉良イヅルだった。

 

 

 

 

 

 

班目一角との死闘を制した吉良イヅルは、倒れ伏した班目一角へと駆け寄る綾瀬川弓親を無視して更木剣八と市丸隊長との戦へと目を向ける。市丸ギンは既に始解を果たしていて、更木剣八の身体には無数の傷が刻まれていた。だというのに大笑する更木剣八は傷を負いながらも、市丸ギンを僅かながらに押しているように見えた。

班目一角との戦いで消耗した自分にどれだけのことが出来るかは解らないが、市丸ギンの援護に行かなければと身体を次なる死地へと向けた吉良イヅルだったが、しかし、その足は突如、空から降ってきた者によって止まる。

 

ボカンと、冗談の様な音がした。

 

遥か上空。目視も出来ない様な場所から文字通り、落ちてきた大男。黒々とした髭を携えた坊主頭の死神はその外見に不釣り合いな生き生きとした少年の様な(まなこ)で吉良イヅルを見る。

 

唐突に目の前に落ちてきた死神。突然の出来事にフリーズした吉良イヅルの口から、呆気にとられた声が漏れる。

 

「え?」

 

そんな吉良イヅルに構うことなく、黒々とした髭を携えた坊主頭の死神。兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)は呆気にとられる吉良イヅルを見定めながら髭を掻く。

 

「お主、随分と『風守』に毒されておる様じゃな」

 

「…え?」

 

「ふむぅ。見た所、そこまで風守の奴とは接点は無いようじゃ…精々一度か二度、直接あった程度か。それでもなお、此処まで高位の死神を痴れさせるとは、やはり『大織守(おおおりがみ)』の言うようにチカラを増しておる。…いや、『鴻鈞道人』に喰われているのか…いずれ、本格的に対策をせねばならんな」

 

「なにを言って?」

 

兵主部一兵衛の言葉の意味が分からないという様子の吉良イヅルにたいして、兵主部一兵部は真面目な顔を崩すとニカリと笑い吉良イヅルの肩を叩いた。

 

「何、気にするな独り言だ。それよりもおぬし。あそこで戦っているのは五番隊と十一番隊の隊長じゃろう。何故争っておる」

 

「それは…先ほど『天挺空羅』で伝えられた総隊長命令が…」

 

「総隊長命令?ああ、あの偽物の声か。全くあんなモノも見破れない者がいるとは、どうやら重國の奴は後進の育成を怠っておる様じゃな」

 

全く仕方ないと呆れながら、兵主部一兵部は散歩でもする様な足取りで市丸ギンと更木剣八との戦いの中へと歩いていき声を張り上げた。

 

「おおい!その方ら剣を納めよ!この戦いに意味はないぞう!」

 

「…誰だ?おっさん」

 

「誰や…って、その羽織の文様。まさか」

 

更木剣八は兵主部一兵部の登場に首を傾げ、市丸ギンは兵主部一兵部の羽織の沈丁花(ちんちょうげ)の文様をみて眼を見開いた。

 

「この戦いわしが預かる。双方退け」

 

「ああ?なんでテメェの指図を受けなきゃならなねぇ」

 

「…退かぬのなら、わしが相手になるぞ」

 

「はっ!面白れぇ‼」

 

更木剣八は迷わず兵主部一兵部へと剣を向けた。兵主部一兵部は困った様に禿げ頭を掻く。

 

「ふむぅ。わしを前にその啖呵は見事だが、どうやらおぬしは『八千流』に毒されておるのぅ。…何時から護廷十三隊は狂人共の集まりになったのやら。ああいや、元々か。そう言えば『麒麟児』が始めは全員奇人変人ばかりだと言っておったか。…最近は真面になったと聞いておったんじゃが」

 

---仕方がないのう。潰すか。

 

兵主部一兵部の顔から笑みが消えた。更木剣八は肌で感じる殺気と霊圧の大きさに歓喜する。唐突に現れた強大な敵を前にして喜ばない程、更木剣八は真面じゃない。剣を振り上げ、更木剣八は兵主部一兵部に一直線に向かって行く。

 

兵主部一兵部は息を吸い込むと手刀を構えて更木剣八に向けた。

 

「裏破道―三の道」

 

詠唱と共に兵主部一兵部の背後に巨大な風龍が現れる。それこそは瀞霊廷に存在する鬼道とは一線を画す『霊王宮』にのみ存在する超霊術の一つ。

 

「『鉄風殺(てっぷうさつ)』」

 

地上にあるモノ全てを吹き飛ばす暴風が更木剣八を襲った。その暴風は余波でさえ大きく。傍にいたの吉良イヅルは市丸ギンに助けられることで吹き飛ばされずに済み、草鹿やちるは壁に張り付き何とか吹き飛ばされることを耐え、気絶していた班目一角を吹き飛ばし、吹き飛ばされる班目一角を助けるために綾瀬川弓親は走っていった。

そして、更木剣八は驚くことにその暴風を真正面から受けて耐えてみせた。

 

「よお。勿体ぶってこんなもんかよ」

 

「ほう。流石は今代の『剣八』。裏破道を生身で受け切るか。じゃが、これならどうじゃ?」

 

次いで兵主部一兵部が繰り出すのは張り手。ただの掌底での引っ叩き。一見威力もない攻撃だが、ただ受けるのは馬鹿のすることと更木剣八は避ける。

しかし、瞬間、更木剣八は避け切れるわけもない巨大な掌を見た。

 

「『千里通天掌(せんりつうてんしょう)』」

 

それもまた『霊王宮』にのみ存在する超霊術の一つ。突いたものを千里先まで問答無用で吹き飛ばす技。

 

「なんだぁああ!?」

 

この技に身体の頑丈さは関係ない。更木剣八は千里先まで吹き飛ばされた。

 

圧倒的な兵主部一兵部のチカラ。『霊王』を守る為、『霊王宮』へと招かれた零番隊に属する死神。その長の実力を近くで見た市丸ギンは顔を引きつらせていた。

笑みを取り戻した兵主部一兵部は手を払いながら、ふむと更木剣八が吹き飛ばされた方向を見ながら言う。

 

「まったく喧嘩っ早い奴だったのう。少しは反省してこい」

 

そして、地に伏せる吉良イヅルを庇うように立つ市丸ギンへと向き直ると髭を掻きながら訪ねた。

 

「それで、お主もわしと戦いたいのか?」

 

「…あかん、無理や。僕が貴方に勝てるイメージが湧かんわ」

 

「ふむ。懸命な判断だ。ならば、聞きたいことがあるんじゃが…この瀞霊廷の混乱の原因である風守風穴はどこに居る?」

 

「貴方は、風守隊長の敵なん?」

 

「いや、敵ではないぞ。会えば拳骨一つでもくれてやるつもりじゃがな。とりあえず会って話を聞きたいだけじゃから、そう警戒するな」

 

風守風穴の敵ではない。その言葉に嘘は見えない事に市丸ギンは安堵する。もし敵であったなら、藍染惣右介という黒幕に自覚が無くとも与するつもりであったなら、市丸ギンは勝てないとわかっている戦いに挑まなければならなかった。

 

「…なあ、零番隊さん。もし貴方が風守隊長の敵やない言うんなら、僕の話を聞いてくれませんか?」

 

「はて?話とはなんじゃ?」

 

「この騒動。原因は風守隊長じゃないんよ。原因は、藍染惣右介や」

 

「藍染惣右介?確か、百年ほど前に五番隊の隊長になった死神だろう。そんな若造になにが出来る?」

 

「何もかもや。貴方は強い。けど、風守隊長の含め貴方達は強いからこそ見えてない。後ろに続く者の中に、藍染惣右介いう化け物がいることを知らん」

 

「ふむ。とりあえず話を聞こう」

 

 

 






宮本武蔵の逸話が真実かは知りません。昔読んだ漫画からの引用です。
一説では佐々木小次郎は存在しなかったらしいですね!(; ・`д・´)

長刀を扱う無名の農民がいただけとかいう某中二ゲームの設定は大好き(^◇^)
アサシンさんはイケメン過ぎた。




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万仙陣との出会い④

前話の感想にて斬魄刀ってもっと重いんじゃね?と言うコメントがありました。
言われてみればその通り。(´・ω・`)
斬魄刀の重さ約0.8㎏は原作20巻にて吉良イズルが言っていた台詞を元にしたしたのですが、普通に考えれば確かに日本刀ってもっと重いですよね。
いや…斬魄刀は王悦さんが打った刀だから、実際の日本刀より軽い可能性が…
とか考えだすと答えは見えない(; ・`д・´)


 

 

何故苦しもうとする。何故悲しもうとする。何故争うことを止められないのか。戦わなけえれば得られないモノなど無い。天上の幸せとは己の内に籠ることで得られるものだ。

苦しいのなら、悲しいのなら、閉じてしまえばそれで良い。気楽に吸えよ。快楽の煙を吸いながら、痴れた音色を聞かせてくれよ。

---お前の幸せを俺は心の底から望んでいるから。

 

 

 

 

始まりは朽木ルキアの救出。それに付随するのは藍染惣右介の打倒。

この考えに間違いなどない。目的はあくまで未来の護廷十三隊に必要な人材である朽木ルキアを救うこと。藍染惣右介を倒すのはあくまで(つい)でしかない。

 

いや、もとよりそれすら俺が成すべきことではない。砕蜂に汚名を雪ぐと言った言葉に勿論、嘘はない。だが、それは既に果たされている。

山本元柳斎重國に真実を伝えた。それにより俺と砕蜂の罪状は晴れた。ならばこそ、最早俺に藍染惣右介を討つだけの理由はない。朽木ルキアが藍染惣右介に殺されていたのなら、話は違っただろう。あるいは繡助。俺の副官、天貝繡助が殺されていたのなら俺は藍染惣右介を殺したいほどに憎めたかもしれない。

 

「いや、それはないか」

 

きっと俺は大切な副官を奪われたとしても、藍染惣右介に憎しみなど持てないだろうと思う。

藍染惣右介。俺が惣右介と呼ぶ男。俺が誰かを名で呼ぶのは珍しい。

基本はフルネーム。妻でさえ呼ぶのは姓名。千年来の友のみを長次郎と呼び。大切な副官だからこそ、繡助。そして、ギンと呼んだ。

そんな俺が惣右介と名で呼ぶ理由は容易い。

 

千年に一度の逸材だった。あるいはいつの日にか、山本元柳斎重國が亡き後、総隊長という職を継げるのは藍染惣右介の他にはいないとも思った。

 

「惣右介。お前は俺を欺いたつもりだっただろうが、それはあまりに俺を舐めすぎだ」

 

あるいは市丸ギンあたりも、俺が藍染惣右介の本質を見抜けていないと思っていただろう。

 

「俺が一体どれだけの化け物を見てきたと思っている。初代護廷十三隊隊長格十二名。加え四名。都合十六名の化け物どもを見てきた」

 

山本元柳斎重國の様に重い責務を背負うことも無く、気ままに瀞霊廷を流離いながら、あるいは特派遠征部隊の部隊長として外側から、見続けてきた。

 

「見抜けぬはずがないだろう。眼鏡の下に隠した野心。狂気とでも呼ぶべき強い自我」

 

あと生まれるのが千年早ければ初代護廷十三隊の隊長として名を連ねていただろう死神。

 

「惣右介。気付いていたさ。気付いて、気づかぬ振りをしていた」

 

---千年に一度の逸材だった。

 

「多くを傷つけたお前を、多くの者は許さぬと言うだろう。繡助を傷つけたお前を、繡助は許さぬと言うだろう。護廷十三隊を傷つけたお前を、山本重國は許さぬだろう。だが、俺はお前を許そう」

 

---それが、俺の思う。護廷が為だ。

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷外延部。『双極』の座する丘の近くの荒野にて、俺は下した朽木白哉を見下ろしながら呟いた。

 

「強者が勝ち。弱者が滅びる」

 

俺の声に朽木白哉は動かぬ身体を無理やりに動かし睨みつけるように顔を起こすことで答えた。口元を歪め何とか言葉を発せようとするけれど、声は届かず掠れた音がただ風に流されるだけだった。

 

---強者が勝ち。弱者が滅びる。

 

その当たり前の理屈は遥か昔に山本元柳斎重國が語っていた言葉だったと思う。

そして俺は、その言葉を聞く度に思う。世界とはなんと悲しく苦しいものなのかと。

 

「力が無ければ守れない。力なき者は這いつくばるしかない世界。何故?何故?ああ、どうして、世界は残酷に過ぎるのか。遍く者よ。弱者(かぞく)達よ。お前達は…虐げられた世界をそれでも尚と、愛せるのか?」

 

否。否だろう。苦しいのなら、悲しいのなら、逃げ出してしまえばいい。閉じてしまえばそれで良い。誰もそれを責められない。

それが真実。だというのに何故、俺はしゃがみ込み朽木白哉の目線に合わせながら浮かぶ疑問を至極真っ当にぶつけてみせる。

 

「朽木白哉。お前は何故、秩序や法、そんなモノに捕らわれる?」

 

---お前が語る。(おきて)とは何の為にある?

 

「生きる事とは所詮は我欲の押し付け合い。決まり事(ルール)など、他者に望まぬことをやらせる為に、強者が作り上げた(てい)のいい方便だろう」

 

---お前は本当は。義妹(いもうと)を斬りたくなどないのではないのか?

 

「嫌ならばやらなければいいだけのこと、その自由すら奪い取るのが、曰く正義。曰く秩序。それはただの同調圧力だろう」

 

---お前はそれを知りながら尚、掟を守ると吼えるのか?

 

「痴れているのは---どちらだという」

 

朽木白哉からの返事は無かった。ただ何も言わぬまま苦々し気に口元を歪め、朽木白哉は俺を睨みつけていた。言葉こそ無かったが、その眼に宿る執念の様な粘つく感情は最後まで俺の言葉を理解するつもりなどないのだと、そう言っているような気がした。

 

そういうこともある。俺は朽木白哉と相容れることを諦める。

彼も人なり我も人なり。故に対等。相容れないこともある。

四楓院夜一に続き、朽木白哉ともまた俺は生涯解り合うことが出来ないのだと理解した。

 

ならば俺はもう行かなければならない。朽木白哉が俺に助けを求める弱者(かぞく)になることが出来ないのなら、俺が朽木白哉にしてやれることももうない。

俺は俺に助けを求める弱者(ルキア)を救う為、朽木白哉に背を向けた。

 

 

「風守風穴さん」

 

朽木白哉に背を向けて歩き出そうとすると声を掛けられた。振り返ると其処には黒髪をお団子にまとめた少女が立っていた。着ている死覇装の袖口には五番隊の副官章(ふくかんしょう)

鈴蘭の隊花を記した副官章を見て少女が誰であるかを俺は即座に悟る。瀞霊廷へとやってくる前に事前情報として調べていた()()()()()()()()()()()()()()()()の一人。藍染惣右介の副官。雛森(ひなもり)(もも)

 

彼女は俺に声をかけた後、心底安堵したような表情を浮かべながら駆け寄ってくる。両手を胸の前で組み、絡んだ指はまるで何かに祈っているかのようにも見えた。

 

「風守風穴さん…ですよね。よかった、やっと会えました」

 

「お前は俺を知っているのか?」

 

「はい。市丸隊長から話を聞いています。話を聞いて、ずっと探していたんです」

 

「ギンに俺のことを聞いたのか?」

 

「はい。…他にもいろいろ、教えていただきました」

 

雛森桃の口から出た懐かしい副官の名前に俺は少しだけ雛森桃への警戒を解く。どうやら市丸ギンは雛森桃を藍染惣右介の手から助け出す為に動いたらしい。

優しい男だと思いながら、俺は笑みを浮かべて雛森桃を受け入れる。

 

「善哉善哉。それは良かった。で、ギンからなにか俺に言伝(ことづて)があるのか?」

 

首を傾げる俺に雛森桃はハッキリとした口調で肯定し頷くと少し耳を貸してくださいと言う。俺は少し屈むようにして雛森桃へと顔を近づける。

 

「ギンに何かあったのか?」

 

「はい。実は---

 

ぶすり。とそう形用するしかない音が俺の腹から聞こえた。

見れば腹部に斬魄刀が突き刺さっていて、その斬魄刀は雛森桃の両腕から伸びていた。

驚くべき不意打ちは、しかし、不意打ち足る為の脅威にはなりえない。半身を炭化させられもしたこの身体。今更、腹を刺されたからなんだというのか。

 

そう思った瞬間。雛森桃の鈴の音のような声で終わりが紡がれる。

 

「弾け『飛梅(とびうめ)』」

 

肉を押し骨を斬り腹の中で斬魄刀の形状が変化する得も言われぬ感覚。

その感覚の中で俺は動くことが出来ないでいた。

次いで起こる体内での爆発。

 

「弾けろ」

 

腹が熱い。文字通り焼けるような熱さ。斬魄刀『飛梅』の能力で生み出される火の玉が俺の腹を焦がす。

 

「弾けろ」

 

一発や二発程度なら問題はない。同じ火とは言え山本元柳斎重國の『流刃若火』と比べれば込められた霊圧の格が違う。

だが、それも---何度も続けば話は違う。

 

「弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ」

 

内臓が焼き焦げていく。骨が飛散し炭化する。血管が炭を運ぶ管になっていく感覚。

雛森桃の鈴の様な声が聞こえる度、俺の腹の中はぐずぐずと焼け解けていく。

この光景を傍から見ている朽木白哉の表情ときたら、俺にして大爆笑としか言えないものだった。

 

---何故、抵抗しない。

 

信じられない様なモノを見るような眼でそう疑問を投げかける朽木白哉の視線。

確かに言われてみれば当然の疑問。何故俺は雛森桃にされるがままになっているのか。当然、抵抗は出来る。現にこうして腹を溶かされ掻き混ぜられながらも思考することが出来ているのだから、身体は考える前に動くべきだ。千年という長い月日。戦いの中で俺の身体は攻撃の対して即座に無意識の内に敵の首を刎ねる軌道を描けるくらいには仕上がっている。

現状、雛森桃の首が飛んでいないという事は誰かがそうなることを止めているという事。

そして、言うまでもなく止めているのは俺だった。

 

俺は雛森桃の淀んだ光の無い眼を見ながら俺は---ああ、これは駄目だと薄く笑った。

俺に(これ)は斬れない。斬れる訳が無い。現実から逃避したのだろう幸福のみに彩られた笑顔。現世(うつしよ)(うつ)さず(うつつ)のみを()す瞳。

雛森桃が纏う懐かしく愛おしい匂いは故郷の香り。

 

目の前にいる少女は救うべき中毒者(かぞく)だ。

 

俺は『風守』。阿片窟(とうげんきょう)の番人。

阿片(ユメ)を愛する中毒者(かぞく)を斬ることは、出来ない。

 

「…人質という訳か」

 

ゴボリと血の塊を吐きながら俺は藍染惣右介に向けて呪詛を吐く。

 

「…なるほど、酷い。こんなことをするなんて、お前は悪魔だ。斬れる、筈がないだろう」

 

辛い現実から逃げる為に阿片に狂い幸せの中で閉じることを選んだ雛森桃の姿。

今の雛森桃を斬ること言うことは、俺が今まで説いた幸せの形を俺自身の手で終わらせるという事だ。

 

 

---因果?知らんよどうでもいい。

   理屈?よせよせ興が削げる。

   人格?関係ないだろそんなもの。

   善悪?それを決めるのは(おまえ)だけだ。

   お前の世界はお前の形で閉じている。

   ならば己が真実のみを求めて痴れろよ。

 

---俺はお前の幸せを心の底から願っている。

 

「…俺の言葉に、嘘はない。雛森桃、それがお前の幸せならば、善哉善哉。好きにしろ。---

 

俺は愚かしくも愛おしい弱者(かぞく)を抱きしめる。

 

「---弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。藍染隊長、これでいいんですよね?

 

---俺は、お前の幸せを、」

 

俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

風守風穴の身体が地に倒れるのを朽木白哉は見た。身動ぎしかできない程の傷を負っている朽木白哉からして風守風穴が負った傷は思わず目を背けたくなるほど酷いものだった。

それを成した雛森桃は倒れ伏した風守風穴を呆然と眺めると、徐々に正気を取り戻してきたのだろうか、瞳に光を取り戻していく。

そして、少女の悲鳴が瀞霊廷に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

「…そんな」

 

山本元柳斎重國の治療を終え、愛する夫を追う為に一番隊隊舎を飛び出した卯ノ花烈は空を見上げながらその光景が真実であることを疑った。空が晴れている。空気が澄んでいる。淀みは無く雲一つない快晴の青空。---瀞霊廷を覆っていた薄桃色の煙が晴れていた。

 

あり得ないと卯ノ花烈は困惑する。瀞霊廷を覆っていた薄桃色の煙。風守風穴の斬魄刀『鴻鈞道人』が生みだした阿片の毒が晴れることなど本来あり得ない。

斬魄刀『鴻鈞道人』の担い手である風守風穴ですら、阿片の毒を生み出すことは出来ても、消すことも操ることは出来ないのだ。桃源郷に立ち上る仙丹の煙の一切を焼き消すことが出来るのはただ一振りの斬魄刀。炎熱系最強最古の斬魄刀『流刃若火』のみ。

その担い手たる山本元柳斎重國とはつい先ほどまで顔を合わせていた。なら、彼が瀞霊廷を覆っていた薄桃色の煙を消すことは出来ない。

阿片の毒を消し去って物理的に空を晴らす術はない。

他に考えられる要因。因子。それはただ一つ。---受け入れがたい真実だった。

 

「風守さんの霊圧が、消えた?」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』は一度解放されれば担い手である風守風穴の意思とは関係なく阿片の毒を生成し続ける。濃度の強弱や量の調整は出来ても生成を止めることは出来ない。生み出された阿片の毒を操ることも出来ない。

だが、あくまで生成される阿片の毒は風守風穴の霊力によって生み出されるモノ。

 

故にもし万が一、風守風穴が討たれるようなことがあれば阿片の生成は止まり、生成された阿片の毒もまたチカラを失い水蒸気へと変わっていくのではないのか。

 

そんな仮説を嘗て立てた科学者がいた。

長い黒髪を結い両腕以外に六本の義手を操るその女科学者は是非、(わらわ)の研究の為に風守風穴の身柄を引き渡してほしいなんて卯ノ花烈の目の前で馬鹿なことを宣っていた。

お前がそれを望むのならば好きにしろとフラフラと付いて行こうとする風守風穴を卯ノ花烈は止め、そのことに端を発することとなる卯ノ花烈と現零番隊隊士『大織守(おおおりがみ)修多羅(しゅたら)千手丸(せんじゅまる)の確執は今は忘れよう。

 

卯ノ花烈は懐から白く小さな手鏡の様なもの。”霊圧探索機”を取り出し確認する。

 

「まだ、生きてはいるようですね」

 

微かにだが未だに風守風穴の霊圧は動いている。だが、活動限界。かつて浦原喜助が言っていた。『風守』としての強靭な肉体を持っていても傷を負い続ければ何時かは倒れる。

その限界地点に近しいと治療部門の長である卯ノ花烈は霊圧の波長を感じとりながら、歯痒い思いに苛まれる。

今すぐに風守風穴の治療に向かわなければならない。一刻も早く。何を投げ打ったとしても---

 

「だというのに………此処であなたが私の前に立つのですか?」

 

護廷十三隊一番隊隊舎の前。護廷十三隊の長がいる場所の前の広場。旅禍の侵入から端を発する戦時特例下であっても人気が途絶える筈もないそんな場所で一人の死神が他に憚る訳でもなく堂々と卯ノ花烈の前に立っていた。

 

「そこを退いてください。…東仙隊長」

 

生来からの盲目であり、コーンロウと褐色の肌、ドレッドヘアが特徴の平和主義者。護廷十三隊の中でも普段から物静かである死神は、だがしかし、それは出来ないと明確な敵意を以て首を横に振る。

護廷十三隊九番隊隊長。東仙(とうせん)(かなめ)が立っていた。

 

「それはできない」

 

「何故?」

 

「正義が為に」

 

淡々と答える東仙要の言葉に卯ノ花烈は眉を潜める。

 

「瀞霊廷を裏切ることが正義であると?東仙隊長。貴方は瀞霊廷を裏切り、藍染惣右介の側に着くことが正義であるというのですか。だというのなら、なんて---」

 

「否。風守風穴を討つことが正義であると言っている」

 

---なんて身勝手な理屈なのでしょう。と続く言葉は止まる。

 

「阿片をばら撒くあの男を討つことが正義。あの男が齎すモノによって巻き起こされる惨劇を止めることが正義。私の言葉に、間違いはあるか?卯ノ花隊長」

 

「それは………いえ、ありませんね」

 

否定の言葉はどこを探したってない。妻である卯ノ花烈でさえ、風守風穴の悪性を庇う言葉などは吐けはしない。

何より風守風穴自身が認めていることだ。彼が齎す曰く仙丹の妙薬は弱者に素晴らしい夢と生きる希望を与えるけれど、同時に外界と上手く接する術を奪っていく。その結果、巻き起こる悲劇と惨劇は紛れもない事実でしかなく、風守風穴もまたそのことから目を反らす気など欠片も無かった。

彼は(ただ)、惨劇を直視して(なお)、それでも(なお)と説いただけ。

 

「確かにあの(ひと)を討つことは正義でしょう。あの(ひと)が此れまでやってきた事を考えれば、殺されたとしても文句は言えません。けれど、しかし、東仙隊長。心得ていますか?私はそれでも(なお)、あの(ひと)を愛してしまっているのですよ」

 

全てはあの忘れもしない日暮れの荒野から始まった三日三晩の夢の日々。愛を叫んだ狂人と戦いを愛した狂人の血みどろの殺し愛い。

あの日から、卯ノ花烈は風守風穴を愛している。愛と呼ぶことでしか、外界に発してはいけない感情と共に愛し続けている。

だからと---剣鬼(おんな)は嗤う。

 

「…あの男が(もた)す悲劇は、どこにでもあることだ。珍しくもない惨劇だ。嘗てある阿片に狂った男は、つまらない諍いで同僚を殺し、それを咎めた妻をも殺した」

 

東仙要が語る言葉。それが彼自身の身近で起こった一つの惨劇。

 

「誰よりも平和を願った彼女の夢は…風守風穴の阿片(ユメ)に砕かれた。………何故だ?何故‼」

 

東仙要は声を張り上げる。思いの丈が溢れて熱を帯びる。

 

「弱きを救うと言うのなら、何故平和の為に戦いたいと願った彼女を(くだ)した!誰よりも世界の平和を願い!誰よりも強い正義を持ち!その為に戦うことを選んだ彼女が何故‼あの男が齎した下らぬ薬物の所為で死なねば、ならなかった‼」

 

卯ノ花烈が風守風穴を愛するように東仙要にも愛した(ひと)がいた。

東仙要が死神となる前に出会った美しいその(ひと)は平和を作る為に死神となって(ホロウ)と戦うことを選んだ。その為に統学院に入り学問を納め、そして---夫であった死神に殺された。

その夫は風守風穴の創った阿片窟に出入りしていた。阿片の齎す痴れた夢が男を凶行に走らせたのか、あるいは元から凶暴な性を持っていたのか、それは誰にも分らない。

だが、もしかしたら風守風穴さえ居なければ、違う結末があったかもしれない。

 

---風守風穴(あのおとこ)さえ、いなければ。

 

「彼女になにが足りなかったという‼抱えられるだけの正義では平和を願うには足りぬのか‼いや、違う‼足りないのではない‼要らないんだ‼あの男の齎す阿片(モノ)など平和の為には、あってはならないモノなのだ‼」

 

---ならば私は。平和を叶えるその為に。

 

「誰もやらぬと言うのなら、私がやろう。私があの男を殺す正義を成そう‼」

 

---そして、阿片の齎す全ての邪悪を、空に立ち上る薄桃色の煙を、雲の如くに消し去ろう。

 

「私の正義のすべてを懸けて‼」

 

 

 

「卍解---『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)

 

 

 

東仙要の卍解の発動と共に東仙要と卯ノ花烈を飲み込む巨大な楕円型のドーム状の空間が創られる。数ある卍解の中でも異質。唯一現存する空間作成型の卍解は、ドーム内に居る者の霊圧感知に加え視覚・聴覚・嗅覚を奪い真っ暗闇へと突き落とす。

暗黒から逃れる術は唯一、斬魄刀『清虫(すずむし)』本体に触れることだけ。

 

「これが私の卍解。…どうだ、卯ノ花隊長。長く瀞霊廷に身を置く貴女も想像すらしていなかった光景だろう?…とはいっても、既に何も見えてはいないだろうがな」

 

霊圧知覚も視覚も聴覚も嗅覚さえも感じられないのなら、敵の攻撃に対して無防備に受けるしかないということだ。幾ら警戒しようとも敵意を感じられないなら意味はない。

東仙要は静かに斬魄刀を振り上げ、なにも聞こえてはいない卯ノ花烈に勝利を告げた。

 

だが、しかし---卯ノ花烈は初めて見る東仙要の卍解を前にして、冷静にそれに対処する。

霊圧知覚と視覚・聴覚・嗅覚の消失をすぐ樣に理解し、剣を握る手から感じる重みに触覚は消されていないと安堵する。

剣を握ることさえできれば、敵を斬ることは出来る。敵を斬ることさえできれば、卯ノ花烈は誰よりも強い。

 

---あの(ひと)以外の誰よりも。

 

反応など出来る筈のない知覚不可の東仙要の暗黒剣に卯ノ花烈は反射で応じる。返す刃で東仙要を切り裂く。

 

「なん…だと…?」

 

反応ではなく反射。それが理外の理。修羅の理。身体が剣を動かすのではなく、()()()()()()()()()()()埒外の理屈。三日三晩の奇跡の再現。

天下無数に在るあらゆる流派を極め、そしてあらゆる刃の流れは我が手に修めた『八千流(やちる)の剣』。

 

東仙要は切り裂かれた脇腹から流れる血を片腕で抑えながら、藍染惣右介から言われた言葉を思い出していた。

 

---刀剣の間合いに置いて卯ノ花烈の戦闘能力は山本元柳斎重國すら超えている。

 

その言葉に嘘は無かった。東仙要は四感を潰したとはいえ卯ノ花烈に接近戦を挑んでしまった己の浅はかさを悔いながら、ならばと藍染惣右介から命じられていた通りの行動へと移る。

卯ノ花烈から刀剣の攻撃範囲外まで十二分の距離を取り、そして、動かず。不動の構えで其処で待つ。

動かず。不動。文字通りに何もしない。

 

そのままどれだけの時間が過ぎただろうか、卯ノ花烈は東仙要の狙いを悟り美しく笑った。

 

「なるほど、そういうつもりなのですね」

 

勝てないのなら、敵わないのなら、時間を稼ぐという戦術としては凄く真っ当な行為。それを東仙要は卯ノ花烈にやってのける。なる程、流石ですねと卯ノ花烈は東仙要とこの作戦を立てただろう藍染惣右介に賛辞を贈る。

瀞霊廷にて千年を生きた卯ノ花烈。その戦闘能力は他の隊長の追随を許さない。正面からの戦闘で卯ノ花烈を止められるのはきっと同じく千年戦い続けた者達のみ。それ以外の者達では大した時間稼ぎにはなりはしない。

けれど、東仙要の卍解をもってすれば別だった。

 

「この卍解は、防衛向きですね」

 

卯ノ花烈は空間作成型という他に類を見ない卍解をそう評価する。

 

「敵からすれば視覚・聴覚・嗅覚・霊圧知覚を潰され闇の中へと落とされる地獄ですが、見方を変えればそれは永遠に敵を捕らえて留めておけるという事に他なりません。私の反射も貴方が攻撃を加えてこない限りは発動のしようがない。だからと無暗矢鱈(むやみやたら)と剣を振るった所でこの空間を破る術はないのですね?」

 

「ああ、この『閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』は内側からも外側からもいくら攻撃を加えようとも破る事は出来ない。破る方法は一つ。私に一定以上のダメージを与えることだけだ。けれど、卯ノ花隊長。貴女にその術はない。いくら白兵戦最強であると、刀が届かないのでは意味がない」

 

あるいはこの場に居たのが山本元柳斎重國であったなら、斬魄刀『流刃若火』が生みだす熱量で東仙要を蒸し焼きにすることが出来ただろう。あるいは雀部長次郎であったなら、斬魄刀『厳霊丸』が生みだす雷雲から落ちる落雷による全方位無差別攻撃が出来ただろう。あるいは風守風穴であったとしても、斬魄刀『鴻鈞道人』の生み出す阿片の煙が空間に充満したに違いない。

けれど、卯ノ花烈だけは別だった。卯ノ花烈の持つ斬魄刀は戦闘力皆無の回復系斬魄刀。

卯ノ花烈の戦闘能力が幾ら高くてもそれは刀と言う小さな形に押し止められている。

誰しもに得手不得手がある。東仙要の卍解は卯ノ花烈にとっての鬼札となるものだった。

 

---それを知っていたからこそ、藍染惣右介は東仙隊長を味方に引き込んだのかもしれません。

 

そんな事を思いながら、卯ノ花烈は薄く笑う。美しい微笑みを絶やすことなく斬魄刀を握り立ち続けた。

その光景はきっと盲目の東仙要がもし眼にしていれば、異様に思いしかし美しいと感じた姿だっただろう。けれど、目に見えない東仙要は静かに動かないでいる卯ノ花烈に『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』の能力を一部解除して疑問を投げかける。

 

---なぜ、そうも平然としていられるのかと。

 

今は瀞霊廷全体の危機である筈だ。敵の術中に嵌った危機である筈だ。そして何より、愛した男の危機である筈だ。

それなのに何故と東仙要は問いかける。

無論、東仙要の声は『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』の能力に寄り反響し東仙要の正確な位置を卯ノ花烈に悟らせることはしない。

だから、卯ノ花烈は東仙要の居る位置とは正反対の方向を見ながら笑みを浮かべ、淀みなく答えた。

 

「私は信じています」

 

「何を信じているという?」

 

「あの(ひと)を。---あの(ひと)は強い。きっと世界の誰よりも。あの(ひと)は護廷十三隊という夢を愛しています。きっと世界の何よりも。あの(ひと)がいる限り負けは無いと、私は信じているのです」

 

「何故…何故、そうも信じられる。あんな男を何故!貴方は、いや、()()()は‼」

 

東仙要の絞り出すような叫びに卯ノ花烈は静かに眼をつぶると子供に語り聞かせるような穏やかな口調で答える。

 

「あの(ひと)は、確かに多くの罪を犯してきました。あるいは本当に死ぬべきなのかもしれません。けれど、その全ては悩み苦しみ傷つけ合いながらも、愛し合い生きて、そうして得た答えの一つです」

 

---何故痴れぬ。何故、何故溺れない---何故自ら苦しみ嘆き痛みの中で生きようとする---誰が苦しみながら進む道で幸せになれるという---

 

「あの(ひと)の齎すモノは、夢見る平和は、完全からは程遠いものでしょう。けれど、それはどんな絶望の中でも安らぎを与える救いでもあるのです。その救いが、一瞬でもいいのです。それで救われる者がいる。私は、そう信じます」

 

「……くっ、ふざ、ふざけるな‼そんな、そんなもの‼」

 

東仙要の眼から涙が零れた。卯ノ花烈の言葉が悔しかったからだ。卯ノ花烈の言葉が悲しかったからだ。そして、それが受け入れがたい真実であったからだ。

 

「一時の快楽の為に何故現実を捨てる‼それは逃避だ‼立ち向かわなければならない現実を前に逃げる事の何処が正義だ‼間違っていることに何故気が付かない‼それは、断じて救いなどではない‼‼」

 

東仙要の斬魄刀の剣先が卯ノ花烈に向けられる。卯ノ花烈に例え見えていなかったしても東仙要はそうせずにはいられなかった。

 

「人は、もっと強く生きられる筈だ‼阿片など頼らなくとも、現実と向き合える筈だ‼彼女が、彼女が救いたいと願った人はもっと強い筈なんだ‼‼だから、わた---

 

「それは押し付けですよ。東仙隊長」

 

---…がっは!?」

 

東仙要が十二分に離していた距離を瞬時に詰める卯ノ花烈の歩法。否、驚くべきはそこではない。東仙要の正確な位置が解らない筈の卯ノ花烈は、会話の隙を突き、迷うことなく一直線に東仙要を切り裂いていた。

それは無論、『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』のよって完全に隠されていた東仙要の声で彼の位置を悟ったからではなく、迂闊と呼ぶにはあまりに小さな東仙要の過ち。

怒気と共に()()を乗せて向けてしまった剣先。その剣先に『八千流の剣』が反射してしまっただけだった。

 

初撃の様な浅い傷ではない。深手を負った東仙要が膝をつくと共に『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』が作り出した空間が解除された。

 

卯ノ花烈は膝をついた東仙要を見下ろしながら、けれど、東仙要の語った言葉を否定する気など欠片も無かった。しかし、それでも言い聞かせるように言う。

 

「彼女の信じた人を、貴方は強いのだと信じたいのではないですか?だとするなら、それは押し付けです。押し付けて語る正義はただの同調圧力へと成り下がってしまう。曰く正義。曰く正義と。痴れているのは、どちらなのかとあの(ひと)は言うのでしょうね」

 

「ぐっ…くぅ…」

 

「東仙隊長。貴方は一度、風守さんとしっかりと話し合ってみてはどうでしょうか?」

 

そう言って治療の為に伸ばしかけた卯ノ花烈の手は、空から突如、東仙要へと降ってきた光によって阻まれる。その光の名は『反膜(ネガシオン)』。大虚(メノス)が同族を助ける為に使うもの。『反膜(ネガシオン)』の光の包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となる。

 

藍染惣右介は『虚園(ウェコムンド)』と繋がっている。その情報を風守風穴から得ていた卯ノ花烈は、重傷を負いながらも『反膜(ネガシオン)』に回収されて行く東仙要を見上げながら、この戦いの取り敢えずの決着を悟るのだった。

 

 

 

 

 





精神を完全に支配する斬魄刀が『鏡花水月』だけだと誰が言った?
『清虫終式・閻魔蟋蟀』は四感全てを支配する斬魂刀だ!!

帰刃(へんに)』なるより絶対こっちの方が強いって東仙さん‼(; ・`д・´)



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万仙陣との出会い⑤

 

「なんだよ…これ」

 

黒崎一護がこの状況をみて最初に放った言葉はそんな一言だった。

朽木ルキアを『懴罪宮』より救い出し、四楓院夜一の案内の下で辿り着いた『双極』の丘の下にある隠れ家。そこで卍解の修練を終えた頃、やってきたのは元隠密機動総司令官。風守風穴と行動を共にしていた砕蜂。彼女が語った言葉によって黒崎一護、四楓院夜一、朽木ルキア、阿散井恋次の一同は藍染惣右介という黒幕の存在が山本元柳斎重國に伝えられたことを知った。

それにより事態の取りあえずの決着が付いたのだと四楓院夜一は安堵した。

 

藍染惣右介の奸計により風守風穴が全ての黒幕だと言う偽の情報が瀞霊廷に流れているが、それも卯ノ花烈による山本元柳斎重國の治療が終わるまでの間のこと。

窮地は脱した。ならば、次に行うべきは敵への追撃。藍染惣右介ら一派の掃討。

その為に四楓院夜一と黒崎一護は『双極』の丘の隠れ家に未だ霊力が完全に回復していない朽木ルキアの護衛として阿散井(あばらい)恋次(れんじ)と砕蜂を残し、外に出た。

そして砕蜂からの情報を元に風守風穴と合流する為に風守風穴が朽木白哉と戦っているという場所に向かった。

 

そこで二人が目にしたものは---血溜まりに倒れる風守風穴とそれを見下ろす朽木白哉の姿だった。

 

「アンタが、やったのか?」

 

「…」

 

倒れ伏した風守風穴を見下ろす朽木白哉に黒崎一護は怒気を孕んだ口調で問いかける。

朽木白哉はそれに沈黙で返した。

 

「アンタがやったのかって聞いてんだよ‼」

 

「…それを聞いて、兄はどうするというのだ?私がやったのではないと言ったのなら、兄は私を斬らぬのか?瀕死の男の前に立つ私を兄は許すと?…くだらない問いをするな。人間」

 

「………ああ、そうかよ。なら、そこを退け‼風守さんの傍から離れろ。朽木白哉‼」

 

「出来ぬと言ったら、どうする?」

 

「お前を斬る‼」

 

問答を最初に終わらせたのは朽木白哉。話し合いを最初に放棄したのは黒崎一護。

互いが互いの行動を許せないと言外に語りながら、朽木白哉と黒崎一護の戦いが始まった。

 

「一護‼待て‼本当に白哉坊が風守を倒したというのなら、お前が敵う相手ではない‼」

 

「だから、また見捨てろっていうのか‼」

 

朽木白哉との鍔迫り合いの最中に外野から投げかけられた言葉に黒崎一護は悲鳴の様な怒声を返す。

 

「俺は一度、風守さんを見捨てて逃げた。震えるこの人を見捨てなきゃならなかった。…あんな思いは、もうごめんなんだよ‼」

 

そう言って黒崎一護は朽木白哉との戦いを次の段階へと進めていく。四楓院夜一の声はもう黒崎一護には届かない。

四楓院夜一は朽木白哉と戦う黒崎一護と血溜まりに倒れ伏す風守風穴を交互に見て、数秒の迷いの後に風守風穴の元へと駆け寄った。

 

「あの馬鹿者が‼」

 

黒崎一護への罵倒を吐きながら、風守風穴の負った傷を見た四楓院夜一は絶句する。

 

「つっ‼なんじゃ、この傷は…」

 

腹部にある傷。裂傷。火傷。肉は爛れ骨は裂け内臓の一部が吹き飛んでいる。

想像を絶する傷はどれ程の痛みを風守風穴に与えたことだろうと考えて歯を噛みしめながら、すぐさま応急処置へと入る

 

「ええい‼風守‼死ぬな‼お主が死んだら儂はどんな顔をして砕蜂に報告すればいいんじゃ‼死んでまで儂に迷惑を掛けるでない‼迷惑じゃから死ぬな‼」

 

風守風穴の名を呼びながら応急処置を行う四楓院夜一は治療の手を止めることなく考える。

そして、風守風穴が負った傷が何処かおかしいことに気が付いた。

 

---裂傷はいいとしてもこの火傷。白哉坊の『千本桜』ではこんな傷は残らん筈じゃ。それに風守の奴が白哉坊に負けたというのも信じられん。この男は屑じゃが強い。儂と喜助を相手に五分の一まで落ちた霊力で戦った男じゃ。そんな男がこうも一方的にやられるなど考えられん。なにかあった筈じゃ。

 

---まさか、朽木白哉の他にも敵がいるのか。

 

その考えに辿り着いた四楓院夜一は慌てて周囲を警戒する。

けれど、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

護廷十三隊五番隊隊長。藍染惣右介は優秀な死神だった。『優秀』の前に『悪魔的に』という言葉が付く位には化け物だった。

そんな男は今、自分が窮地に立たされているのを自覚しながら身を潜めていた。瀞霊廷の外れ、何処とも知らない小屋の中で顔に泥が付くのも構わず荷の中で身を潜める。

霊圧知覚を研ぎ澄ませれば、感じることの出来る自分を探す高い霊力の動き。

 

---雀部長次郎か。

 

迅雷の如き動きで瀞霊廷中を飛び回る烈士の霊圧は藍染惣右介に少なくないプレッシャーを与える。

 

---我ながら、惨めなものだな。

 

藍染惣右介はそう笑いながら、時計に目を向ける。

時間は無い。もう直に『虚園』に居る藍染惣右介の部下たちが命令通りに『虚園』と『瀞霊廷』を繋ぐ『反膜(ネガシオン)』の道を開く。

藍染惣右介はそれを使い『虚園』に向かわなければならない。

 

---その前に何としても、朽木ルキアを手に入れなければ。

 

藍染惣右介は潜伏を止めて動き出そうとした。

その時、小屋の扉が開かれる。扉の開く音に藍染惣右介は珍しく驚いた表情を浮かべた。

絶えず研ぎ澄ませていた霊圧知覚に反応は無かった。それはつまり、扉を開きやってきたのが藍染惣右介の霊圧知覚を誤魔化せるだけの強者かあるいは---余程に霊力の扱いに長けた鬼道の達人。

 

「藍染、隊長」

 

「…雛森君」

 

扉を開け入ってきた雛森桃の姿を見て藍染惣右介は荷の中から姿を現す。

藍染惣右介に向き合うように、雛森桃は前髪で表情が見えない影を作りながら、うつむきがちに立っていた。

 

「藍染隊長。探しました。私、私は…」

 

「忘れなさい。雛森君」

 

「え?」

 

「君が今まで見てきた”僕”は、本当の”僕”ではない。”私”は君の思うような”僕”ではないんだ」

 

---だから、忘れなさい。

 

そう続く藍染惣右介の言葉は雛森桃の悲鳴の様な小さな呟きで遮られる。

 

 

 

「嫌です」

 

 

 

「嫌です。…わかってます。私だって、藍染隊長みたいに頭は良くないけど、藍染隊長が私達をずっと騙していたこと位、わかります。私はそこまで馬鹿じゃありません」

 

俯いていた顔を上げた雛森桃の瞳からは、大粒の涙がポロポロと流れていた。

それを綺麗だと藍染惣右介は何故だか、そう思えた。

そうして気が付く、雛森桃の死覇装は目立たないが全身に血が飛び散っていた。

雛森桃自信に大きな傷は無い。なら、それは返り血で、雛森桃はこうして藍染惣右介に会う為に同胞の死神達を斬ってきたという事だった。

 

「…雛森君。君は自分が何をしているのか、わかっているのかい?私は『瀞霊廷』を裏切った男だ。『虚園』と通じ虚達と繋がっている死神だ。それでも君は、私を愛すると?---君が憧れた”(おとこ)”など、最初から居なかったというのに」

 

「………はい。大切にしてくれなんて、いいませんから。…どうか今まで通りに傍に置いてください。…優しい言葉もいりません。…頭を撫でてくれなくていいです。どうか、どうか、お傍に…。あなたの部下(モノ)であれるだけで、私は、…幸せです」

 

自分の胸に縋りつき泣きじゃくる少女を見下ろしながら、藍染惣右介の脳裏に雛森桃を『虚園』に連れて行こうかという考えが過る。

最初から、瀞霊廷に棄てていこうと思っていた部下(モノ)。東仙要や市丸ギンとは違い、隊長格にもなれない程に未熟で愚かな弱弱しい部下。つれて行った所で何の役にも立たないだろうと考えていた。

だが、そう言えばと藍染惣右介は雛森桃の斬魄刀へと目を向ける。

 

---斬魄刀『飛梅』。爆発する火の玉を生み出す炎熱系の斬魄刀。

 

()()()()()()によって()()()()()()()を持つ死神というだけで、あるいは利用価値があるのかもしれない。

 

「雛森君。君は、馬鹿な子だ」

 

「…はい。あなたがそう想うなら、私は馬鹿でいいです。藍染隊長、馬鹿ではあなたのお役に立てませんか?」

 

藍染惣右介は口元に悪魔的な微笑を浮かべながら、優しく雛森桃を抱きしめた。

 

 

 

「酷い男だ。同じ男として、お前の様な奴は許せないと思う」

 

 

 

小屋の入り口から、そんな声が聞こえてきた。藍染惣右介に抱きしめられながら、両耳を塞がれている雛森桃には聞こえないその声色は雷鳴の様に鋭く、岩を穿つ程の重さがあった。

 

「雀部、長次郎」

 

藍染惣右介は雛森桃を抱きしめる力加減を欠片も変えることなく、冷静さを失わずに自身の命に届き得る烈士の名を呼んだ。

雀部長次郎は藍染惣右介を睨みつけ、次いで藍染惣右介に抱かれる雛森桃の背中を複雑そうな眼差しで見つめた後、疲れた声色で呟いた。

 

「まるで千年前を見ている気分だ。愛と呼ぶことでしか外界に発してはならない感情。愛と呼ばねば救いの余地もないもの。それを見せ付けられる度、私は幾度も思う。…末永く爆発しろと」

 

---故に、祝ってやりたくもあるのだがなと、雀部長次郎は溜息をついた。

 

「だが、そういう訳にはいかない。元柳斎殿よりの命だ。大人しく縛に付け」

 

「私が大人しく従うと思うのか?」

 

「巻き込まれればその子は死ぬぞ?」

 

「それがどうした?」

 

「…やはり、酷い男だ。だが、それを分かっていて、その子も愛と吐くのだから、救いようがないな。本当に似ているよ。私の親友と戦友の姿に」

 

---ならば、諸共に切り裂こう。雷鳴の如く。

 

引き抜かれた斬魄刀『厳霊丸』の一閃は文字通りの雷速。藍染惣右介が斬魄刀『鏡花水月』の能力を発動する前に藍染惣右介は雛森桃諸共に切り捨てられる筈だった。

 

しかし、そうはならなかった。斬魄刀『厳霊丸』の斬撃は距離感を外し雛森桃の背中を掠ることも無く手前の空間を切り裂き終わる。

 

「なに?----この匂いは、そうか。その子は風守の」

 

雛森桃から立ち上る桃の花の様な甘い香り。風守風穴の斬魄刀『鴻鈞道人』が齎す阿片の毒。その残り香が雀部長次郎の距離感を狂わせた。

 

「砕けろ『鏡花水月』」

 

その数秒の隙を突き、藍染惣右介は雛森桃を連れてその場から逃げ出した。

向かう先は『双極』の丘。狙うは朽木ルキアの身柄。浦原喜助の手により朽木ルキアの魂魄の中へと隠された『崩玉』と呼ばれる物質を手に入れる事こそが藍染惣右介の目的の一つ。

 

その為に藍染惣右介という男は瀞霊廷を裏切り護廷十三隊を敵に回した。

---全ては瀞霊廷の遥か上空に浮かぶ霊王宮から今も自分を見下しているだろう忌まわしき王を討つために。

 

---私は常に私を支配しようとするものを打ち砕く為にのみ動く。

 

以前に藍染惣右介が風守風穴に語った言葉には嘘はない。藍染惣右介にとって霊王宮の存在とそこに座する『霊王』はまさしく束縛と支配の象徴だった。

『霊王』がいる限り、世界の霊力の均衡は保たれる。それは言い換えれば支配されているという事だ。

生まれて生きて死んだ命は身体を捨て魂魄となる。魂魄とは(にく)を失った命。霊力で形作られたもの。その均衡を『霊王』が握っている。

それを支配と呼ばずに何と呼ぶのか。藍染惣右介にはわからない。

そして、それがかつて千年以上前の敵の遺物だったと知ったのなら、藍染惣右介は何故そんなモノに従っていられるのかと叫ばずにはいられなかった。

あるいは零番隊隊士、兵主部一兵部なら「須らく平和とはそういうものだ」と言っただろう。

だが、しかし、藍染惣右介にはそれが許せない。

 

だから、一人の死神は王に刃を向けたのだ。

 

---遺物に頼らねば築けない平和など壊れてしまえばいい。私はそんな支配は断じて受け入れる積りはない。私はあんなモノに(おう)を気取られる為に、生まれてきたのでは断じてない。

 

藍染惣右介が『双極』の丘に辿り着くと其処には朽木ルキアと彼女を守る砕蜂、阿散井恋次の姿があった。

 

「藍染‼貴様ァ‼」

 

自分の姿を見た瞬間、特攻を仕掛ける砕蜂を軽くいなし朽木ルキアに近づく。

阿散井恋次の方を見れば、阿散井恋次は雛森桃が抑えていた。

 

「藍染隊長!ここは私に任せてください!」

 

「雛森!?止めろよ!眼を覚ませ!」

 

雛森桃の奮闘も藍染惣右介にとっては道具が役に立っているという認識でしかない。だが、何故だか藍染惣右介の口からは微笑みと共に言葉が零れた。

 

「ありがとう。雛森君」

 

「あ…はい!」

 

恋は盲目。力を増した乙女の方をもう振り返ることも無く、藍染惣右介は朽木ルキアの前に立つと懐に入れていた薬剤を砕く。浦原喜助が魂魄の中に『崩玉』を隠していると知った日から、藍染惣右介が大霊書回廊に秘蔵されていた浦原喜助が研究を掘り起こして作り出した魂魄からの遺物摘出法。

それを用いて藍染惣右介は朽木ルキアの身体から『崩玉』を摘出する。

 

「…驚いたな。こんな小さなものなのか…これが、『崩玉』」

 

藍染惣右介は封印された黒い宝石の様な『崩玉』に一瞬だけ目を奪われた後、手放した朽木ルキアの身体を見下ろして、感心したように言う。

 

「…ほう。摘出しても魂魄自体は無傷か…素晴らしい技術力だ。…だが、残念だな。君はもう用済みだ」

 

藍染惣右介は地面に落とし力なく横たわる朽木ルキアの頭の上へ足を運び、そして、踏みつぶす。

---それを止める為に藍染惣右介の足と朽木ルキアの間に身体を割り込ませるものがいた。這いつくばるように朽木ルキアを庇うその姿は、それしか方法が無かったとは言え、あまりにも惨めだったが、しかし、抱きしめる様に朽木ルキアを守る姿はとても美しかった。

 

「…兄様?」

 

「…」

 

押し倒すように庇った朽木ルキアの声に反応することなく、朽木白哉は見上げる様に藍染惣右介を睨みつける。

 

「そうか…」

 

そして、これ以上、朽木白哉の身体を踏みつけることは許さないというように藍染惣右介の背後から首切りの一閃が放たれる。

藍染惣右介はそれを振り返る事も無く片腕で防ぎきると、朽木白哉を踏みつけていた足を離し、その場から距離を取る。

 

「…君たちが共闘しているという事は、私の奸計は既に破られたという訳か」

 

朽木ルキアを庇う朽木白哉を守る様に黒崎一護が立っていた。

 

「ああ、アンタはもう終わりだぜ」

 

「…黒崎一護。浦原喜助の命令で来た君が、随分と強気じゃないか。浦原喜助本人ならともかく、君程度が私に吐いていい言葉じゃないな」

 

「別に、俺がアンタを倒すとは言ってねぇ。見ての通り、俺はどっかの馬鹿兄貴を説得したせいでボロボロだからよ。だから、あとはこの人たちの出番だろ」

 

黒崎一護がそういうと音も無くどこからか十数人の死神達が現れる。それがただの死神であったなら、藍染惣右介にもまだ勝ち目はあっただろう。しかし、彼らは決して有象無象などではなかった。

 

「…藍染…」

 

護廷十三隊十三番隊隊長、浮竹十四郎。

 

「…まったく、派手にやったね…」

 

護廷十三隊八番隊隊長、京楽春水。

 

「…藍染隊長…」

 

各隊の副隊長各達。

 

あるいは彼らだけであったなら、藍染惣右介にもまだ勝ち目はあっただろう。だが、それを押し潰すように巖のような声が響いた。

 

「----痛恨なり」

 

「…山本元柳斎」

 

人の形をした太陽がそこにはあった。滲み出る霊圧が熱を帯びている。放たれる霊圧が物理的に藍染惣右介を押し潰そうとする。有り余る戦力差は藍染惣右介にして純粋な戦闘能力では決して敵わないと言わざる得ないものだ。

絶体絶命の窮地を前に藍染惣右介には救いの手は差し伸ばされない。それどころか、更に有り余る絶望の黒色が人の形で現れる。

 

「よもや裏切り者の掃討に、力を借りねばならぬとはのぅ。真名呼(まなこ)よ」

 

「なに、気にするな。管轄外とは言え、流石に見過ごせん」

 

「…兵主部一兵部」

 

貴様は此処で死ぬのだと神にそう言われている気分に藍染惣右介はなった。そう思った後で、それも当然かと自嘲(じちょう)的な笑みを零す。

霊王(かみ)』を討つと吠えたのだ。ならば、窮地を前に救いの手など求めること自体が間違っている。藍染惣右介には救いの手を差し伸べてくれる神などいない。

向けられる視線の全てが藍染惣右介を許さないと語っている。

兵主部一兵部の横を見ればそこにはかつての部下が蛇の様な笑みを浮かべながら、「すいません」と心にもない謝罪を述べていた。

誰もが藍染惣右介の弾劾を望んでいる。唯一、この場で藍染惣右介を助けようとする雛森桃は阿散井恋次と吉良イズルの二人に地面に押さえつけられ動けないで居る。

 

「…ふ」

 

「何がおかしい?」

 

藍染惣右介の零した笑みに立ち上がった砕蜂が憎らし気に嚙みついた。

藍染惣右介は心底おかしいと笑いながら、なにと続ける。

 

「後数分、時間が稼げていたのなら、私の勝ちだった。それが可笑しかった。それだけの話さ」

 

藍染惣右介が見上げる空からは『反膜(ネガシオン)』の光は降り注がない。約束の時間まではあと数分ある。運が無かったと諦める他にないと藍染惣右介は笑った。

神を裏切り神に見捨てられた男には、虚の光も届きはしなかった。

 

「終わりじゃな。藍染惣右介。せめて、苦しまずに逝け」

 

---太陽が藍染惣右介を許さないと笑う。

---黒々とした黒が藍染惣右介を許さぬ溜息をつく。

---誰もが藍染惣右介を許さないと言った。

 

藍染惣右介は天を仰いだ。

 

---(かみ)すらもが藍染惣右介を許さないと言った。

 

「…驕りが過ぎるぞ。最初から誰も、天に立ってなどいない。私も、『霊王(キミ)』もだ」

 

「自分の力を過信しすぎたな。藍染惣右介。哀れなり。---『流刃若火』。一つ目。『撫斬(なでぎり)

 

「だから、私を見下すな」

 

その言葉を最後に藍染惣右介は死んだ。

 

 

 

 

死ぬ筈だった。

 

 

 

 

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』の一太刀を受け止める者がいた。それは人の形をしていた。それは決して救いだとか助けだとかそういう”善”に属する何かではなかった。

その死神はあまりにもボロボロだった。治療を受けた後はあるが満身創痍の死に体で引きずる様に動かす斬魄刀で何とか山本元柳斎重國の一太刀を受け止めていた。

 

それでもその死神は善哉善哉と笑ってみせた。

 

「………何のつもりじゃ」

 

「………何と言われても。俺がお前の前に立つ理由なんて、二つしかないだろう?」

 

「儂は護廷が為に藍染惣右介を斬らねばならん」

 

「ああ、わかっているさ」

 

「ならば何故!邪魔をする!風守!」

 

山本元柳斎重國は珍しく混乱していた。その場に居る誰もが藍染惣右介を庇うという風守風穴の行動に困惑していた。

けれど、一番困惑していたのは藍染惣右介だった。

 

自分を守る死神はかつて斬らねばならぬと斬った死神だった。藍染惣右介は風守風穴が大切に守ってきた護廷十三隊を貶めて裏切り壊滅させようとした。

なのに何故、風守風穴が藍染惣右介を庇うのか。訳の分からない困惑は当然のモノで藍染惣右介はその疑問をそのまま口にした。

 

「…別に、俺はお前を庇う積りなんてないぞ。惣右介」

 

ツンデレみたいな言葉を吐く風守風穴に嘘はない。風守風穴には藍染惣右介を庇う理由が実はない。確かに眼を掛けてきた後輩ではある。未来の総隊長は藍染惣右介の他に居ないと酒の席で思ったことはある。

しかし、だからと言って山本元柳斎重國と対立する理由にはならない。

だから、風守風穴には藍染惣右介を庇う積りなんてまるでなかった。

 

「惣右介。それに山本重國。俺が動く理由なんて、簡単だ。俺は護廷が為と家族を守る為にのみ動く」

 

そう言って風守風穴に振り返る。山本元柳斎重國の一太刀を受け止めながら振り返る風守風穴の眼には藍染惣右介の姿は映っておらず、藍染惣右介の後ろで阿散井恋次と吉良イズルに組み伏せられる雛森桃を見ていた。

 

「雛森桃。お前は、惣右介のことが好きなのだろう?」

 

「…っ、はい。はい!だから、だから藍染隊長を殺さないで!」

 

助けて。殺さないで。雛森桃の言葉は、とても腹を刺した者が刺された者に向ける言葉ではなかった。けれど、風守風穴は善哉善哉と笑ってみせた。

 

「素直ないい子だ。ああ、わかった。救ってやろう。お前が大切に思うものだ。それは掛け替えのないものなのだろうよ」

 

雛森桃の愛する人だから、藍染惣右介を守るのだと風守風穴はそんなふざけたことを吐き捨てる。

 

「…笑止千万。風守よ。貴様はあの小娘の願いを叶える為に儂に剣を向けているのか?藍染惣右介を討つ為に尽力した貴様が、小娘一人の言葉でそれを覆すと?」

 

「別に許せとは言わない。だが、殺すなよ。せめて殺すにしても、四十六室の裁定に掛けてから殺せ」

 

「何故、そうまでしてただの小娘に肩入れする?」

 

山本元柳斎重國から風守風穴へのその問いは、二度目のものだった。

一度目は朽木ルキアを救う為に対峙した時に掛けられた。その問いに風守風穴は護廷十三隊の未来を憂う護廷十三隊隊士として「護廷が為だ」と返した。

そして、今回、風守風穴は阿片窟(あへんくつ)の番人として答えを返した。

 

中毒者(かぞく)の為だ。俺は雛森桃の幸せを心の底から願っている。快楽の歌を聞かせて欲しい。痴れた音色に心が動く。阿片に痴れて尚、それを愛だと叫ぶあの子は、美しいと思わないか?」

 

「………相も変わらぬ、狂人が」

 

「善哉善哉。お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろうな」

 

「誰もが思う事じゃ。馬鹿者が」

 

風守風穴と揉めるのは面倒だからと仕方なく斬魄刀を下げた山本元柳斎重國はすぐさま藍染惣右介を捕える為に動こうとする。

だがしかし、それを妨げる為に空が割れた。

 

割れた空から現れたのは数十体の大虚。そして、『反膜(ネガシオン)』の光が藍染惣右介と雛森桃を包んだ。

 

風守風穴は藍染惣右介を救うつもりなどなかった。しかし、風守風穴が稼いだ時間が藍染惣右介を救った。

 

それを自覚する藍染惣右介は『反膜(ネガシオン)』で回収されながら、苦汁に満ちた表情を浮かべていた。彼は勝利からは程遠い勝ち方をして、その場から消えていった。

 

 

 

瀞霊廷の動乱はとりあえずの決着を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

--中央四十六室より連絡。

大罪人・藍染惣右介・雛森桃の逃亡幇助(ほうじょ)。それにより元特別派遣遠外圏制圧部隊部隊長・元護廷十三隊三番隊隊長。風守風穴を瀞霊廷並び『尸魂界』から再度、追放とする。

 

 

 

 






敵だって助けちゃう系主人公(; ・`д・´)

そして眼鏡は割られませんでした。





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これから先の出会い方

 

 

瀞霊廷。居住区。卯ノ花家邸宅。

瀞霊廷中を巻き込んだ動乱が終わり、ようやく瀞霊廷が落ち着きを取り戻した頃、俺は屋敷の縁側で庭に咲く椿の花を眺めながらほうじ茶を啜っていた。

ぼんやりとした意識の中でただ流れていくだけの時間を楽しみながら過ごす。

湯呑のほうじ茶が無くなれば、隣に座る卯ノ花烈が何も言わずに新しいほうじ茶を淹れてくれる。

ああ、極楽は此処にあったのかと思わず零せば、隣の卯ノ花烈がクスクスと笑った。

 

「平和だな」

 

「ええ、そうですね。…藍染惣右介が居る以上、(つか)の間の平和ではありますが、風守さんは存分に謳歌して良い平和です。色々と、お疲れ様でしたね」

 

「なに、まだまだ。俺が瀞霊廷を追われてから、たかだか数十年。第九十七次遠征やその前と比べれば、短い位の時間だろう」

 

「確かに、風守さんからすれば短い時間だったでしょうね。けれど、私にとってはとても短いとは言えない時間だったのですよ?」

 

そう言って、肩にしな垂れかかってくる卯ノ花烈。視線を向ければ、微笑んでくる妻の姿になにも思わない程に俺が痴れている筈もなく、素直に悪いことをしたという気持ちが胸に浮かぶ。

すまなかったと言いながら、俺は右肩に置かれた卯ノ花烈の頭を壊れ物でも触るかの様な面持ちで撫でる。

卯ノ花烈は俺の頭をなでるという行動に少しだけ驚いた様子を見せた後、クスリと妖艶に笑ってみせた。

 

「私が知らない間に女の悦ばせ方を覚えたのですね。砕蜂隊長は、頭を撫でられるのが好きなのですか?」

 

「ん?ああ、そうだな。怒っている時に(これ)をやると砕蜂は大人しくなるのだが、卯ノ花は嫌だったか?」

 

「いえ。心地いいですよ」

 

「それは良かった」

 

お前を不快にさせる積りは無いのだと言えば、卯ノ花烈は「相変わらずですね」と意味の分からないことを呟いた後、「そういう人だとはわかっていましたが」と微笑んだ。

 

「風守さん」

 

「なんだ?」

 

「私は貴方を千年待ちました。だから、これから百年や二百年待つことになろうとも、きっと私は大丈夫でしょう。風守さんが最後には私の元へと戻ってきてくれると、そう信じられる限りは」

 

「善哉善哉。お前がそれを望むのならば、俺はお前の元に必ず戻ってくるさ」

 

「ええ、そうですね。貴方は必ず私の元へ戻ってきてくれると、信じています。信じていますが、風守さん。その約束が目に見える形であれば良いと思う、弱い女の私をどうか許してほしいのです」

 

「目に見える形?」

 

お前は時々難しいことを言う。そう目で訴える俺に、卯ノ花烈は俺の眼を真っ直ぐと見ながら言った。

 

「貴方の子が欲しいのです」

 

卯ノ花烈の言葉に一瞬、俺は考える。

---貴方の子が欲しい。

卯ノ花烈の言葉には何らおかしい所は無い。妻が夫の子供を望むことは当然のことであるし、夫である俺がそれを拒む理由は何もない。

だというのに俺は卯ノ花烈の言葉に何か違和感を感じてしまっていて、少し考えた後にその違和感の正体に気が付いた。

 

「卯ノ花。子作りすることに否はないが、お前はいいのか?少なくとも身籠っている間はお前は戦うことが出来なくなるぞ?」

 

---只戦(ただソレ)を私は求めている。

そんな修羅の理と説きながら生きてきた卯ノ花烈が一時とは言え戦いを捨ててまで俺との間に子を望むのかという問いかけに、卯ノ花烈は一瞬の迷いも無く微笑んだ。

 

「風守さん。私が貴方に殺意を覚えたのは此れが初めてですよ」

 

微笑みながらとても怖いことを言う卯ノ花烈に俺は冷や汗をかいた。

 

「初めてって、お前は出会い頭に俺の首を跳ね飛ばそうとして来なかったか?」

 

「あれは風守さんと戦いたかっただけであって殺したかった訳ではありません。話を逸らさないでくださいね?」

 

「ごめんなさい」

 

とても綺麗な笑顔の筈なのに異様な威圧感を放つ卯ノ花烈。そんな卯ノ花烈を初めて見た俺は目を白黒させながら取りえず頭を下げる。

卯ノ花烈はすぐに何時ものような優しい微笑みに戻ると、どこか寂しそうな声色で呟いた。

 

「私との子を貴方は欲しくはないのですか?」

 

ふむ、と。俺は考える。

卯ノ花烈と俺の子が出来るという事は、家族が増えるという事だ。

家族が増えるというのは、とても素晴らしいことだと俺は思う。

 

「お前が良いなら、俺はお前との子が欲しいと思うぞ」

 

「…そう、ですか」

 

安心したように笑う卯ノ花烈に、何時も思っている綺麗だという感情以外に可愛らしいなという感情を抱く。

現世に居た時に呼んだ書物の題名風に言うのなら、『俺の妻が可愛すぎる件について』とかだろう。

柄にもなくそんな阿呆の様な事を考えながら、俺は卯ノ花烈を押し倒す。

 

「風守さん?どうしたのですか?」

 

「どうしたもなにも、子が欲しいのだろう?」

 

「…此処は縁側ですよ。こんな場所では…」

 

「他人の家の塀をよじ登ってまで縁側を除く酔狂な者などいないだろう」

 

そう言って俺は縁側に押し倒した卯ノ花烈の着物に手を掛ける。

帯を緩めて胸元を開けさせれば、白い肌が覗く。細い首筋に目を向けると其処には俺が刻んだ荒々しい歯形の傷跡がある。その傷跡をなぞる様に舌を這わせる俺に対して、卯ノ花烈は諦めた様に小さな溜息をついた後、両腕を俺の身体に回してきた。

卯ノ花烈の髪から香る甘い花の匂いを吸い込みながら、俺は静かに沈んでいった。

 

 

 

 

 

数時間後、日がそろそろ傾き始めた頃、来客を報せる声が玄関先から聞こえて来た。

 

「風守殿ー。ご在宅でしょうかー。朽木です」

 

畳の上で座布団を枕に寝ていた俺はその声で目を覚ました。台所に立ち夕食の準備をしていた卯ノ花烈が手を止めて玄関に向かおうとするのを目で制す。

俺が出ようと欠伸をしながら伝えると、卯ノ花烈から「有り難いですが、服をしっかりと着て下さいね」と笑われる。

そう言えば卯ノ花烈を抱いた後、殆どそのまま寝ていたなと俺は服を着直して玄関へと向かった。

 

玄関には朽木ルキアと黒崎一護達が立っていた。

 

「風守殿。突然、家まで押しかけてしまい申し訳ありません…」

 

頭を下げる朽木ルキアに俺は笑いかける。

 

「お前と俺の仲だろう、気にするなよ。それで、一体どうしたんだ?」

 

「はい。一護達が風守殿にどうしても礼を言いたいそうでして…その、風守殿が今回の件で中央四十六室より罰則を与えられたというのを聞き、どうしても会いたいと」

 

なんだそんな事かと黒崎一護達に目を向ければ、彼らは一様に沈んだ表情のまま申し訳なさそうに俺を見ていた。

 

「とりあえず上がれよ。茶でも用立ててやろう。ああ、そうだ。茶も良いがもっと良いモノもあるぞ。この間、里帰りをして手に入れた極上品が---

 

「風守殿。それは結構です」

 

---そうか。まあ、上がれよ」

 

俺は朽木ルキアと黒崎一護達を連れて居間へと向かう。卯ノ花烈に茶を用意するように頼んだ後、とりあえず気楽に座れよと黒崎一護達に促すが、黒崎一護は座る前に頭を下げてきた。

 

「すまねえ。風守さん」

 

「どうした?なぜ頭を下げる?」

 

「…恋次から聞いた。アンタ、今回の件で瀞霊廷を追われる羽目になったんだろ。俺達は瀞霊廷(こっち)の事についてよく知らねぇから解らねぇけど、アンタが俺達に協力してくれたから、そんなことになったんだろ」

 

---だから、すまなかった。そう頭を下げる黒崎一護達。

俺は一度彼らから目を離し、朽木ルキアを見る。朽木ルキアは俺の視線に気が付くと、どうしていいか解らないという困った表情を浮かべていた。

 

そして、俺は朽木ルキアが今回の事件の顛末について何も聞かされていないのだと悟る。

確かに朽木ルキアは今回の事件の中心には居たが元は護廷十三隊十三番隊の隊士。席次も持っていない一隊士に過ぎない朽木ルキアに山本重國や長次郎が全てを話したとは考えにくい。

だから、何も知らないのだろうと悟った後、俺は彼らに全てを話すかどうかを考える。

少し考えた後に、長次郎に口止めをされた訳でもないのだから別に話してしまっても良いかと判断する。

 

「とりあえず頭を上げろ。さて、何処から話すか。まあ、取りあえず言っておくが俺が尸魂界から追放されるのは別に朽木ルキアを助ける為にお前達に手を貸したからじゃないぞ」

 

「本当かよ?」

 

訝し気に俺を見る黒崎一護に俺は頷いて見せる

 

「ああ、そうだ。大体、朽木ルキアを助けたことが罪になるのなら砕蜂や寸前でお前達に手を貸した朽木白哉。何よりお前達になにもお咎めが無いというのはおかしな話だろう」

 

「それは、そうだけどよ。なら、何でアンタだけ、追放されなきゃならねぇんだ」

 

黒崎一護の疑問に俺はお前と朽木ルキアは見ていただろうとため息を漏らす。

 

「俺は惣右介。藍染惣右介の逃亡に手を貸してしまったからな。雛森桃に頼まれて殺さずに捕えようとしただけだが、結果的に惣右介に虚圏まで逃げられてしまった。あの場で捕獲ではなく殺害をしようとしていれば、殺しきれただろうに」

 

我ながら情けない失敗をしてしまったと呟く俺に黒崎一護達は何か言いたげに顔を歪めた。

 

「風守さん。アンタがその、藍染を殺さずに捕えようとしたことを俺達は間違ってるとは思わねぇよ。幾ら罪人だからって、いきなり殺すってのは違うだろと、思う」

 

「そうだな。お前がそう思うのならそうなのだろうな。というより、現世ではそれが正解だ。だが、瀞霊廷。いや、護廷十三隊からすれば俺の行いは間違いだ」

 

痴れた中毒者(かぞく)の願いの下で藍染惣右介を助けようとしたことに後悔はない。

けれど、それが間違いであったことを否定はしない。

---護廷が為。

山本元柳斎重國が説いた護廷十三隊と言う組織を形作る理からすれば、俺の行いは断罪されて然るべき愚行でしかないだろう。

 

「だから、お前達は気に病むことじゃない。分かったか?」

 

「…けどよ」

 

そこまで説明しても暗い表情のままの黒崎一護達に俺は仕方がないなとため息を付きながら、さらに話を掘り下げていく。

 

「…はぁ。いや、もっと言えばそのことについても山本重國は不問にしてくれている」

 

「は?いや、けど、アンタは追放されるんだろ?」

 

「建前上はな。…お前達がどこまで聞かされているかは知らないが、藍染惣右介が起こした内乱で現在の瀞霊廷はボロボロだ」

 

護廷十三隊五番隊隊長、藍染惣右介。同じく副隊長、雛森桃。護廷十三隊九番隊隊長、東仙要。三名の隊長格の離反に加え藍染惣右介の手によって瀞霊廷における最高司法機関である中央四十六室は壊滅。

今回の動乱は、尸魂界史上類をみない規模で巻き起こされてしまった。

 

「その最中で、俺を追放して戦力の分散なんて愚の骨頂だろう。四十六室が壊滅して一時的に全権を担っている山本重國がそんな愚行を犯す訳がない」

 

故に山本元柳斎重國により俺に下った沙汰は二つ。

一つは開示されている通り、尸魂界からの追放。

そしてもう一つは、特別派遣遠外圏制圧部隊再建の密命。

 

「数か月の準備期間を置いて、俺は同じく尸魂界から追放されることになった市丸ギンを連れて第百次遠征に向かう。目的は惣右介達の捜索・捕縛。まあ、言えば追放なんて建前上のモノだ。瀞霊廷内であれだけ暴れまわったのだから、お咎め無しは流石に拙いからな」

 

そう言って茶を啜れば、黒崎一護達は安心した様子で息を吐いた。

 

「そうなのか…よかった」

 

「心配してくれて嬉しいぞ。お前はそんなに俺のことが好きなのだな。愛い愛い。まあ、そういう訳だ。要らない心配をかけたな」

 

話も終わり、とりあえず夕食を食べていけと伝えると黒崎一護達は遠慮をしてきたが、タイミング良く夕食の準備を終えて現れた卯ノ花烈の説得で一緒に卓を囲むことになる。

死神三人に死神代行一人。滅却師一人と人間二人。

そんな面子で食事をするのは長く生きてきた俺も初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

あくる日の満月の夜。西流魂街1地区『潤林安』の外れにある野原に俺は居た。

見事な満月を楽しみながら大盆で月見酒を煽る俺の隣には色気の欠片もない坊主頭で髭の濃い大男。

兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)。王属特務零番隊隊士にして真名呼(まなこ)和尚(おしょう)の異名を取る普段は決して表に出てくることのない最古参の死神。

藍染惣右介が巻き起こした動乱の際に『霊王宮』から瀞霊廷に降りてきた死神を見た時、俺は死を覚悟した。

 

兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべい)は強いチカラを持った死神だ。少なくとも俺が兵主部一兵衛と戦えば十回に八回は殺されて終わるだろう。

そんな死神が突如、俺の前に現れた。恐怖しない方が間違っている。

だが、しかし。

 

「うぐうぐ。くっー。美味いのう。流石は名酒龍神丸じゃ」

 

俺の隣でご機嫌に酒を煽る兵主部一兵衛を見る通り、今回、兵主部一兵衛が瀞霊廷に降りてきたのは俺を殺す為ではなかったらしい。俺は素直に安堵した。

ならば何の用があり降りてきたのかと聞いた時には俺の頭に瀞霊廷内で斬魄刀を始解しすぎだと拳骨が落とされた。

山本元柳斎重國も長次郎も卯ノ花烈もその場に居たのに、何故だろう、誰も止めてはくれなかった。

 

「のう。風守よ。重國から聞いたぞ。何でも子を創るそうじゃの」

 

「ああ、卯ノ花が欲しいと言うからな。…霊王様から何か問題の提言があったか?」

 

「そうビクビクせずともよい。霊王様は何も言わんさ。ただ、儂としては興味津々というだけじゃ」

 

「おかしな奴だな。何故、俺と卯ノ花の子にお前が興味を持つ?」

 

「お前と卯ノ花の子じゃから興味がある。何しろ『風守』と『八千流』の子供じゃぞ?阿片の毒にも痴れぬ強靭な肉体に最強の剣術家の技術を持った死神が誕生するやもしれん。そうなれば重國の奴は最強の看板を下ろさねばならんな!」

 

ガハハと豪快に笑う兵主部一兵衛はいい感じに酔いが廻っているようでそんな冗談を言ってのける。

 

「どうだ風守。子が出来たら『霊王宮』に預けてみんか?霊王様もお主の子なら『霊王宮』に招くことに賛成してくれるだろう、儂ら零番隊が直々に稽古をつけてやれるぞ」

 

まだ卯ノ花烈が子宝も授かっていないのに気が早すぎるだろうと呆れた様に零せば、兵主部一兵衛は爺とはそんなモノじゃと笑っている。

 

「儂からすれば、お主の子なら孫の様な者じゃろうが。昔から、やれ桃源郷だ、やれ救済だと、阿片をばら撒き儂に迷惑を掛けたのだから、文句は言わせんぞ。子が出来たら必ず儂にも会わせろよ」

 

「善哉善哉。わかった」

 

「出来れば重國の奴より先に会いたいの。(じぃじ)呼びは儂が獲得したい」

 

常日頃から瀞霊廷内に常駐する山本元柳斎重國とは違い兵主部一兵衛は『霊王宮』に居るのだから、それは無理だろうと伝えると兵主部一兵衛は残念そうに肩を落とした。

 

「そうじゃな…残念じゃが、まあ、良いか。ところで風守よ。話は変わるが、斬魄刀を見せてくれんか?」

 

あくまで自然な流れを装いながら、今回俺を呼び出した本題に入った兵主部一兵衛に大人しく斬魄刀『鴻鈞道人』を渡す。

兵主部一兵衛は万物全ての真の名を呼ぶと『霊王』に称えられた(まなこ)で斬魄刀『鴻鈞道人』をまじまじとしばらく見つめた後、どこか諦めた様に溜息をついた。

 

「やはりか…風守よ。お主、久しく卍解を使ってはいないな?」

 

俺が最後に卍解をしたのは千年前に起きた滅却師との決戦の時だと伝えれば、それは兵主部一兵衛は不幸中の幸いだったと零す。

 

「どうやら、お主の斬魄刀は以前よりチカラを増しているようだ。卍解の能力も変化しているじゃろう。おそらく、より最悪な方へ変質している」

 

兵主部一兵衛の言葉に俺は息を飲む。

俺の卍解の能力は始解の能力をベースにした単純な増幅型。生成する阿片の煙の量の増加。

その増加量は”万仙陣”の比ではなく、その気になれば秒と掛からず数十億の単位で人々を桃園の夢に誘うことが出来る。

俺からすれば世界を救う為にあるとしか思えない力だが、見境なく振るわれるそれを危険と判断した山本元柳斎重國により千年前は俺の卍解発動後、直ぐに山本元柳斎重國の卍解により封殺された。結果、山本元柳斎重國は尸魂界中が阿片に沈むという事態を止めたが、代わりに尸魂界に炎熱地獄を作り出してしまった。

以降、俺は山本元柳斎重國の命の元、卍解だけは一度たりとも使ってはいない。

 

「お主にも自覚はあったろう」

 

そう問いかける兵主部一兵衛の言葉に俺は頷く。

鏡を見る度に痛感してきた事実。

---白髪痩身の体躯。鏡に映る俺の姿は、もはや具象化した『鴻鈞道人』と瓜二つ。

成長と共に俺の身体は『鴻鈞道人』に近づきつつあった。

それが今、完成してしまっている。

 

「儂から忠告できるのはただ一つ。風守よ。決して卍解は使うな。---もし卍解を使ったのなら、尸魂界にお主の居場所は無い」

 

 

 







むかーし尸魂界に現れた化け物は。尸魂界が大変な時(阿片に沈みそうになった時)に現れてもっと大変にして(紅蓮の業火で包んで)しまった。





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伝説との出会い

ダクソ3のDLC第二弾が出たぜ!とか思っていたら、気が付けば一カ月が過ぎていました
いや~堪能しましたね(^^)/





---尸魂界に弓を引いた大罪人藍染惣右介等の掃討に向けて組織される第百次遠征部隊。

その出立の時期に目途が立った。

頼りない俺に代わり第百次遠征部隊の副隊長を務める事となった市丸ギンの采配により準備は滞りなく終わり、俺達は来月には『虚圏(ウェコムンド)』へと向かう。

果てに得るべき首は三つだと、山本元柳斎重國はそう言った。

 

藍染惣右介。

東仙要。

雛森桃。

 

護廷十三隊の隊長格でありながら、尸魂界に弓を引いた者達。

彼らの顔を思いうかべる度に、俺は思う。---彼らの罪科を問う権利など、俺にはないのだと。

 

---否。俺だけではない。尸魂界史上最悪の大罪人と呼ばれた卯ノ花烈や血も涙もない冷血漢であった山本元柳斎重國。果ては苛烈なまでの忠義を持った烈士である長次郎にも、彼らを裁く権利などないのだ。

無論、それは人を裁く権利は誰にもないだとか、そんなつまらない倫理を捏ね繰り回した曰く正論などではなく、ただ単純に俺の身勝手な感情の問題。

 

多くの者を傷つけた。

多くの命を奪ってやった。

誰かが大切にしていたものを踏みにじり、自分の価値観を押し付けてやった。

 

藍染惣右介が行ったこと。そんなことは、俺達だってやってきた。

千年前。そうしなければ勝てない戦いがあった。

千年前。そうしなければ生きられない時代があった。

 

時代が違うと言えばそれまでだ。だが、時代が人殺しを英雄に変えるとするのなら、俺にはやはり藍染惣右介達を心底憎む気になどなれない。

故に俺は---嗚呼(ああ)と笑う。

 

俺は救いたいのだ。彼らの事を。愛したいのだ。掛け値も無しに。

痴れた音色を聞かせて欲しい。

だからこそ---俺は剣を握る。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』。それが齎す結末こそが、誰も涙を零すことなどない終わり方だと信じるが故に。

 

---大団円(ハッピーエンド)が俺は大好きなんだ。

 

 

 

酒場の席で大真面目にそんなことを言ってのける風守風穴を前にして、護廷十三隊二番隊隊長に復職した砕蜂は息を飲んだ。

杯に注がれた清酒を飲み干しながら、内心に浮かんだ「この馬鹿はなにをいっているのだ」という言葉を飲み込んで、呆れたようにため息をつく。言うまでもないことだが、藍染惣右介達が行ったことは許されることじゃない。

死神の虚化という禁忌の為に流魂街にて死神として守るべきモノである魂魄を材料に実験を繰り返し、はては同胞である死神すらも手に掛けた。

百年前には九名もの隊長格の死神という大きすぎる犠牲を出し、その罪科を浦原喜助や握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)、そして砕蜂が何よりも敬愛する四楓院夜一に被せた。

許される行いではないし、許してはいけないと砕蜂は思っている。

そして、それは護廷十三隊の総意でもある。

 

藍染惣右介一派を討つべし。

 

それに異を唱えるものなどいない。ただ二人、雛森桃の離反は藍染惣右介の策略だという意見を崩さなかった日番谷冬獅郎と友であった東仙要が裏切ったと知り、話を聞きたいと言っていた狛村左陣は藍染惣右介以外の二人を討伐ではなく捕縛すべきと訴えたが、その訴えも山本元柳斎重國の鶴の一声により掻き消えた

 

誰しもが藍染惣右介を断罪されて然るべき悪だと言う。

 

「………だというのに、なぜ貴様は藍染を救いたいなどと言う」

 

砕蜂の至極真っ当な質問に、風守風穴はニヘラと笑って答えた。

 

「無論、護廷が為だ。惣右介は次の総隊長になれる器であると、俺はそう思っている」

 

「ふざけるな。裏切者が総隊長に相応しいだと?それは我ら護廷十三隊全体に対する侮辱と言っていい。戯言を抜かすにしても、もう少し考えて物を言え」

 

「愛い愛い。お前は怒っている顔も可愛らしいな」

 

「ふざけるなと言っている!大体貴様は、なぜ怒らない!貴様があれだけ大切にしてきた護廷十三隊と言う組織を愚弄されたのだぞ‼」

 

語尾を荒げる砕蜂だが、風守風穴はヘラヘラとした笑みを絶やすことなく言葉を紡ぐ。

混濁した眼で人間賛歌を謡いながら、それでも尚と説いていく。

 

「確かに惣右介は許されないことをした。護廷十三隊を、俺が唯一夢見ることの出来たモノを傷つけた。それは大罪だ。惣右介は許されざる者なのだろう。だが、こうも思う。それだけのことを遣って退けた者をただ斬るのは惜しいと、な」

 

---要は俺の我が儘なんだ。そう言って笑う風守風穴に砕蜂は付き合いきれないと吐き捨てる。

 

「貴様は…いつもそうだ。私には理解出来ないことをいう」

 

「愛い愛い。そんなにお前は俺を理解したいのか?お前は心底、俺のことが好きなのだな」

 

「………ふん」

 

相も変わらずふざけた男だと吐き捨てながら、それでも砕蜂は風守風穴から目を反らすことだけはしなかった。

 

---わかっていたことだ。この男がこういう奴だということは。

 

友誼に熱く。情に絆され易い。しかし、理解し難い倫理を持ち常に愛を語る。阿片という曰く仙丹の妙薬を振りまくことで万人が幸せになれると心の底から信じている阿呆。

誰に言われるまでもなく理解などするべきではない生粋の狂人。

 

---そんなことは、わかっている。私は理解してなお、それでもこの男を。

 

---この男の背に英雄(ユメ)を見たのだ。

 

砕蜂が風守風穴と共に現世で過ごしていた時に呼んだ書物の一説にこんな文章があった。

---英雄足らんと志した時、その者はもう英雄ではないのだと。

砕蜂は全く持ってその通りだと思った。隠密機動という護廷十三隊の中でも暗部を司る組織の長であればこそ、その言葉の意味を深く理解できた気になった。

 

英雄とは傲慢であってはならない。英雄とは欲深くあってはならない。

---そんなことは、勿論ない。

傲慢であってこその英雄がいる。欲深きこそ英雄へと至れる。

流されるまま偉業を成し英雄へと至る者が居たとしても、砕蜂はそれを屑と断じよう。

少なくとも砕蜂が一番英雄的であると思う男は、千年前に護廷十三隊を築き上げた男は、傲慢であったし欲深き男であった。

世界を守ろうと傲慢であり、人々の安寧を欲深く願った。

世界を炎熱地獄へと(おと)しながらも秩序という灼熱の楔を世界に打ち込んだ。

---そして男は生涯、自らを英雄的であるなどと思うことは無いのだろう。

自ら望んで英雄になる者などいない。英雄とは望まれるが故に英雄足りえるのだと砕蜂は思う。

 

---ならば、この男は、この男こそがきっと英雄なのだ。

 

たとえそれが阿片に狂い正気を失った者達だったとしても。苦しみ嘆き傷つき怖れ悲嘆の底に沈んた者達を風守風穴は救った。

地獄のような苦しい世界を桃源郷へと変えてみせた。

たとえそれが夢幻(ゆめまぼろし)であったとしても、たとえそれが偽りであったとしても。

確かに風守風穴は人々の心を救った。

 

だからこそ、理解などされるべきではない英雄(クズ)をそれでも砕蜂は理解したいと思うのだ。

 

砕蜂の右手が酒場のテーブルをはさんで反対側に座る風守風穴の頬に伸びる。

唐突な砕蜂の行動を動じる事も無く受け入れる風守風穴に砕蜂は嬉しさと同時に危機管理意識の低さへの心配が浮かぶ。

 

---あの時、対峙した時、卯ノ花烈は私に言った。受け入れるだけの白痴の狂人に、理解できぬという感情を教えた自分はこの男にとっての唯一であるのだと。それは…認めなければならないことだ。

 

先駆者には(ほまれ)がある。後続には得られない栄達と言っていい。

しかし、だからと言って、二番煎じであるということなどは断じてない。

 

「風守。私は…隠密機動として、様々な暗部を見てきたつもりだ。貴様が齎す麻薬の類の害も益も理解している。だから私は、きっと貴様を理解できる筈なのだ」

 

「どうした?砕蜂?話が見えんぞ。麻薬だなんだと危ないことを言う。そんなモノより妙薬だろう。用立てて欲しいのなら、遠慮などせずに---

 

「私は待てと言っている」

 

---何を?」

 

「私が貴様を理解するまで、貴様は私を待て。千年など掛ける積りはない。きっとすぐに私は貴様を理解しよう。貴様を心の底から、愛してやる」

 

誰にも文句など言わせない程に砕蜂は風守風穴を理解する。そうすればきっと砕蜂もまた至れる筈なのだ。弱者(かぞく)の為に戦いなど嫌いなのに戦い続けた理解するべきではない人殺し(おとこ)を愛した、戦う為だけに戦い続けた人殺し(おんな)の様に、千年前に英雄と呼ばれた人殺し(かれら)の様に、風守風穴という狂人を受け入れられる狂人(おんな)に成れる筈なのだ。

 

手で自分の頬に触れる砕蜂を真っ直ぐと見つめる風守風穴は、砕蜂の瞳の底が淀んでいくのを見た。それは風守風穴が恋い焦がれた少女が穢れていく様に他ならなかった。

---なぜこんなことになっているのか?

そんな疑問を持つ者は風守風穴だけ。他の者は原因を理解している。

風守(かれ)』が悪い。動乱の中で風守風穴が諸悪の根源であると言った藍染惣右介の言葉には欠片の虚偽もない。

触れ合えば触れ合うだけ無自覚に、否、善意を以て汚してくからこそなお一等に性質が悪い。

阿片という毒を纏う死神は、ただそこに居るだけで諸人のあり方を歪めていく。

それを知るからこそ山本元柳斎重國がその性質を組織の力として利用することを選び、卯ノ花烈は自らを歪めうる存在に喚起し、兵主部一兵衛は彼を監視下に置きたいと思い、『霊王』は存在に興味を持った。

 

そして、自分に穢れていく少女を見ながら風守風穴は嗤う。

 

確かにこのままでは風守風穴が恋をした砕蜂という少女は変わっていくだろう。変わり果ててしまうかもしれない。

しかし、それでも風守風穴は言うだろう。お前がそれを望むのならば、善哉善哉。好きにしろ。在るがままを生きるがいい。そんなお前を風守風穴は愛してやれるのだと。

 

「砕蜂。俺はお前を、既に愛している」

 

例え砕蜂が変わり果てようとも風守風穴の恋が終わることは無い。

言葉に偽りを挟む余地も無いほどに凄惨に彼は確かに、恋をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

空を見上げれば夜の帳しかない場所。そこに(そび)える白亜の宮殿。

虚圏(ウェコムンド)』に在る虚夜城(ラス・ノーチェス)と呼ばれる城に雛森桃は佇んでいた。ごくりと雛森桃の喉が唾を飲み込む。その様子を見れば誰もが彼女が陥っている危機と緊張を感じ取ることができるだろう。

そもそもが此処は『虚圏(ウェコムンド)』。(ホロウ)達の住まう世界。死神である彼女が此処に居れば、そこに居るからという理由だけで殺されても文句は言えない。

そんな場所で、雛森桃は---

 

「どうしよう…迷っちゃった…」

 

絶賛、迷子になっていた。

 

「どうしよう。藍染隊長に頼まれていた書類を早く届けなきゃいけないのに…うう、こんなことならさっき会った東仙隊長のお言葉に甘えて案内してもらえばよかったな」

 

手に持った書類を胸に抱き、道に迷うという子供の様な失態を犯してしまった自分の不甲斐なさに涙目になりながら、ウロウロと歩き回る雛森桃の姿はその小柄な体躯も合わさって子供の様だった。

瀞霊廷内であったなら、さぞ庇護欲を誘っただろう光景は、しかし、虚達の住まう世界である『虚圏』の虚夜城(ラス・ノーチェス)という場所では別の感情を喚起させる。

 

「おいおい、こんな所でペットが迷子になってやがる」

 

雛森桃の前に現れたのは左目に眼帯を付けた黒髪長髪の男。いや、性別こそ()であり人の形を保ってはいるが、その男は人間でも死神でもない。その男は(ホロウ)だった。それもただの(ホロウ)ではない。只の虚であったなら、仮にも雛森桃は副隊長格の死神だ。臆しこそすれ恐怖はしない。その男は中級大虚(アジューカス)。虚の中でも力を持った大虚(メノス)と呼ばれる者達の中でも最高位の下に位置するチカラを持った者。その戦闘能力は副隊長格の死神を圧倒すると言われている大虚は、しかし、本来なら此処まで人の形をした化け物ではなかった。人と見間違うほど人の形を保っていられる大虚は中級大虚(アジューカス)の更に上。大虚に置ける最高位。最上級大虚(ヴァストローデ)のみ。

ならば何故、この長身の男。ノイトラ・ジルガが人の形をしているのか。

その理由(わけ)は全て藍染惣右介という一人の天才にあった。

虚の被る仮面を砕き死神に類するチカラを与えるという外法。死神の虚化という藍染惣右介が研究してきた技術を逆のベクトルに応用することによって藍染惣右介は大虚達を破面(アランカル)と呼ばれる存在に昇華させた。

その技術力と元来持つ力によって藍染惣右介は死神の身でありながら虚達の住まう世界である『虚圏』を支配下に置いた。

多くの虚達は自らにチカラと自我を保つ術を与えてくれる藍染惣右介の存在に歓喜し忠誠を誓ったが、全ての者がそうで在る訳では勿論ない。藍染惣右介は(まつ)ろうべき神などでは断じてなく、一部の者達に忌々しい支配者でしかない。

 

そして、ノイトラ・ジルガにとって藍染惣右介はチカラをくれたことに感謝こそすれ、絶対の忠誠を誓うべきモノでなく。雄としての本能がいずれ越えろと叫ぶ強敵(かべ)でしかない。

 

そして、ノイトラ・ジルガにとっての雛森桃はそんな藍染惣右介の後をついて回るだけの愛玩動物(ペット)であるという認識でしかない。

だからこそ、それこそ子犬を蹴り飛ばす様な気軽さでノイトラ・ジルガは雛森桃に悪意を向ける。

 

「ノ、ノイトラ…さん…」

 

「おいおい、女。何時から、俺の名前を呼べるほどに偉くなったんだ?戦いもしねぇ、ペットの分際で」

 

「…っ」

 

雛森桃を見下ろすノイトラ・ジルガは愉快気に口元を歪ませる。小柄な雛森桃からすれば2mを超す長身のノイトラ・ジルガと向き合うだけで威圧を感じるだろう。見下ろされるという根源的な恐怖と彼が持つ凶暴な獣の様な感性を知るからこそ、雛森桃は恐怖する。

 

害意を隠すことも無いノイトラ・ジルガを普段であれば止めようとする彼の従属官(フラシオン)の姿は今は無い。無論、ノイトラ・ジルガとて本気で雛森桃を害そうなんて考えてはいない。そんなことをすれば流石に藍染惣右介が黙っているとは思えない。

僅かな期間だが藍染惣右介と接したノイトラ・ジルガには解る。藍染惣右介は少なくとも自分に好意を持つと言う理由だけで『虚圏』に女を連れてくるような男ではない。

ならばきっと雛森桃にもまた藍染惣右介なりの利用価値があるのだろう。

だから、殺そうとは思わない。しかし、手足の二本や三本なら、別に無くてもいいんだろう?とそんな安直な感想の元に女子供を殴れるほどには、ノイトラ・ジルガは人間的思考から言えば屑であり、そして真っ当な獣性を持った男だった。

 

だから、伸びた手を彼の従属官(フラシオン)の代わりに止めたのは鈴の様な涼し気な声だった。

 

「やめなさい。ノイトラ」

 

ノイトラ・ジルガの手がピタリと止まる。ノイトラ・ジルガは声のした方向を向いた後、忌々し気に相手の名を呼ぶ。

 

「…ネル」

 

山羊の頭蓋骨の様な仮面を頭に被る緑髪の美しい女性を前にノイトラ・ジルガの興味が雛森桃から完全に外れる。

ネルと呼ばれた者の名はネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。ノイトラ・ジルガと同じく破面であり、()()()()()と藍染惣右介に格付けされた破面だった。

 

「はっ。良い所で現れるなぁ。同じ雌同士匂いで解るものなのか?」

 

「雄だ雌だと、相変わらず、どうでもいいことにご執心なのね」

 

「気に喰わねぇか?なら掛かって来いよ。俺に勝てると思うのならな」

 

「…呆れるわ。十刃(エスパーダ)に成っても子供なのね。それに、考えて物を喋りなさい。ノイトラ。第3十刃(わたし)第5十刃(あなた)よりも上よ。それに、あなたが傷つけようとしているのは雛森()()()()よ」

 

ネリエルの言葉にノイトラ・ジルガの意識が再び雛森桃の方を向く。自分に恐怖する雛森桃の姿を視界に収めた後、忌々し気に舌打ちをしながらノイトラ・ジルガはネリエルに食って掛かる。

 

「気に喰わねぇな。ああ、俺は気に喰わねぇ。ネル。テメェやティア・ハリベルみてぇな雌が(おれ)の上にいることも、戦いもしねぇペットが俺の上司であることも、気に喰わねぇ」

 

「文句ばかりを言う口ね。本当に、我が儘ばかり子供のようよ」

 

「気に喰わねぇものを飲み込まなきゃならねぇのが、テメェの言う大人なら、俺はテメェの言う子供で良いぜ」

 

そう笑いながら、ノイトラ・ジルガはいったん矛を収めることに決めた。ノイトラ・ジルガとて分かっている。今、この場でネリエルと戦えば、負けるのは自分であることは幾度もネリエルと争ってきたノイトラ・ジルガが一番理解している。それでも止まらぬ本能の赴くままに争うと決めたのがノイトラ・ジルガ。

しかし、(かつ)て出会った()()()()()の様に、本能を御して本能の赴くままに自己を完結させることの出来る力を身につけると決めたのもまたノイトラ・ジルガ。

 

戦い敗けるのは良いだろう。耐えがたい屈辱だが耐えてみせよう。戦いの最中に息絶えるのも構わない。だが、今の様に手を抜かる位なら、強くなって自分の力でぶち殺す。

真正面から粉砕するとノイトラ・ジルガは決めている。

---だから、嬉嬉として屈辱に塗れながらノイトラ・ジルガは矛を引いた。

 

 

立ち去ってくノイトラ・ジルガの背にため息を漏らしながら、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。ネリエルはノイトラに怯えていた雛森桃に声を掛ける。

 

「大丈夫?雛森副統括官さん」

 

「は、はい。ありがとうございました。ネリエルさん」

 

「いえ、いいのよ。それよりノイトラがごめんなさいね。彼はその、男尊女卑の人だから、あまり近寄らない方がいいわ。藍染様や東仙統括官にはあんな露骨な態度はとらないし、貴女が男だったら、もう少し風当りも優しかったと思うのだけれど…」

 

ネリエルの言葉に雛森桃はそれはどうしようもない仕方ないことですからと笑いを返す。

 

「それにノイトラさんの言っていることも間違いじゃありません。私は東仙隊長と違って藍染隊長のお役にあまり立てていませんから…そんな私が副統括官なんて不満を持つ方が出ても仕方のないことです」

 

雛森桃はそう言いながら、書類を握る手に力を込める。書類に皺が寄るのを見て、ネリエルの手は気が付けば雛森桃の頭へと伸びていた。

頭を撫でられながら、雛森桃は困惑の声を漏らす。

 

「ね、ネリエルさん?」

 

「ああ、ごめんなさいね。つい」

 

「ついって…私は子供じゃないんですよ」

 

「わかっているわ。少なくとも、貴女はノイトラよりずっと大人よ」

 

ネリエルはそう言って笑う。からかわれたと思った雛森桃は不機嫌そうに頬を膨らませる。狙ってやっているのではと思わずにはいられないその様子にネリエルの笑い声は一層大きくなる。

 

ネリエルは雛森桃を評価している。其処に嘘も偽りも無い。確かに雛森桃という死神は藍染惣右介や東仙要と言った死神と比べれば戦闘能力は格段に下だろう。ネリエルやノイトラと言った十刃(エスパーダ)に位置する実力者は元よりただの破面を相手にするだけで手一杯になるだろう。戦闘能力のみに関していえば、確かに雛森桃は非力だ。

 

だか、しかし、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは雛森が『虚圏』にやって来て果たした偉業を知っている。

 

「雛森副統括官さん。私は貴女が好きよ」

 

「好きって、どうして?」

 

「だって、貴女は『虚圏』に淀み沈殿していた唾棄すべき過去の遺物を斬魄刀の炎で焼き払ってくれたわ。たとえそれが僅かに残っていたものだとしても、感謝しているわ」

 

「過去の遺物…」

 

「ええ、()()()()が遺した最悪の残滓を…ね」

 

ネリエルは空を見上げながら回想する。それは藍染惣右介が『虚圏』にやってくるより以前の物語。白き死神と黒き虚の戦争譚。

 

 

 

 

 

 

 

 

---数百年前。

『虚圏』の空に亀裂を刻み現れたその白き死神は驚くべきことに大虚を従えていた。元来、死神が踏み入ることの出来ない『虚圏』の世界に虚を仲介役に回すことで足を踏み入れた。理性を狂わす毒素をまき散らしながら、死神は餓鬼(こども)の様に笑いながら悪魔の様に言った。

 

---俺は戦いに来たのでは無いと。

 

唐突に現れた死神の一団を前に『虚圏』で生きる虚達が殺気立たない訳が無い。戦いに来たのではないなんて訳の分からないことを言っているが相手は死神。なら殺せ。直ぐに殺せと沸き立つ声を止める者は無く虚達は死神達に群がった。

その時に見た光景をネリエルは生涯忘れる事は無いだろう。ただの中級大虚(アジューカス)だった頃のネリエルはその時に初めて死神に恐怖を覚えた。

 

桃色の煙が『虚圏』の砂と石しかない夜の世界に広がっていく。---そして、極楽浄土が築かれた。

青い空に輝く太陽。清流が流れ木々が青く茂っている。遠くに見える雪を被った高い山脈。

ネリエルはそんな光景を初めて見た。初めて見た筈だったのに、なぜだか懐かしくて涙を零した。

それが(ホロウ)になる前の人間だったころの記憶。

()()()()()だと気がついて、ネリエルは発狂しかけた。咄嗟に頭を岩に叩き付けて自らの額を割り、痛みによって正気を取り戻さなければ、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの自我は死んでいただろう。

それだけの猛毒だった。この『虚圏』という世界にはあってはならない禁忌だった。

 

---〈(みな)の幸せを俺は願っている。〉

 

死神は、嗚呼(ああ)、確かに心の底からネリエル達の幸せを願っているのだろう。辛く苦しい(ホロウ)という化け物であるなどと言う現実を忘れて人間であった頃の幸せな記憶(ユメ)の中で生きろとそう言ってくる。

それは確かに幸せだ。涙が零れる位に幸福だ。

だが、しかし

 

---それはあまりに最悪だった。現実(いま)を忘れて過去(ゆめ)に生きることを果たして生きていると言えるのか?

 

ネリエルにはそうは思えなかった。だがら、痴れて沈みゆく同胞達を叩き起こしながら、その場に居た同調した僅かな同胞たちと共に死神の一団に牙を剥く。

 

---〈隊長の阿片の毒を受けてもまだ正気なんて、別格って奴っすね〉。

 

しかし、その牙も白き死神を守る様に立つ死神達に止められる。後にノイトラ・ジルガという名だと知ることになる蟷螂の特徴を持った中級大虚(アジューカス)は数名の死神に囲まれていた。ネリエル自身は炎を操る剣を振るう少年死神に圧されていく。

その間にじわじわと桃色の煙が身体を蝕んでいく。

 

---〈戦わなくていい。争わなくていい。俺はその為に来たのだから。この仙丹の煙が『虚圏』を満たした時、死神と虚の争いは終わる。此処に『阿片窟(とうげんきょう)』が成るのだから。〉

 

混濁した眼で薄ら笑いを浮かべながら、そんなことを恐ろしいことを宣う男を殺さんと吼えるネリエルだが同調した同胞たちも次々に阿片(ユメ)に沈んで行く。抗いがたい猛毒の煙。ネリエルを含め此処に居る全員が虚と成った身。地獄の冷たさには抗えよう。だが、しかし、次第に脳裏に浮かぶ生前(さいあく)の記憶。この温もりには抗えない。

 

ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクという虚は其処で死んだ。人間であった頃を思い出して、夢見の狭間に果てていく。その筈だった----。

 

その結末を覆したのは一体の虚。

 

ネリエルは発狂しかける自我の中で一人の黒き王の後姿を見た。

 

その虚の名をネリエルは知っていた。『虚圏』で暮らす大虚以上の虚達でその虚の名を知らない者なんていなかった。その虚の名はバラガン・ルイゼンバーン。

大虚における最高位、最上級大虚(ヴァストローデ)にまで至った伝説だった。

 

バラガン・ルイゼンバーンの身体から噴き出す黒い煙が白き死神の斬魄刀から漏れ出す桃色の煙とぶつかる。臭い立つ異臭は阿片の毒素が腐り落ちるが故の臭い。

白き死神と黒き虚が対峙する。

 

白き死神は笑いながら、バラガン・ルイゼンバーンは怒りに燃えていた。

 

---〈蟻風情が、我が世界を汚すか。〉

 

---〈お前は誰だ?〉

 

---〈我こそは”大帝”バラガン・ルイゼンバーン‼虚圏の神だ‼‼〉

 

---〈そうか。神か。お前がそう思うなら、そうなのだろう。お前の中ではな。〉

 

---〈抜かせよ。儂の世界を汚した事、後悔するがいい。身の程を知れ。〉

 

そこから先は戦いではなく戦争だった。バラガン・ルイゼンバーンが率いる虚の軍勢が死神達に殺到する。万軍を越える敵を前にして尚、白き死神は笑顔を絶やすことなく愛を救いをと叫び続けた。

数的有利で言えばバラガン・ルイゼンバーンの軍勢は圧倒的に優位。しかし、白き死神の振るう斬魄刀は大軍を相手にした時にこそ真価を発揮すると良いって言い能力だった。

バラガン・ルイゼンバーンの能力である黒い煙-死の伊吹(レスピラ)-は確かに阿片の毒を含んだ桃色の煙を腐らせ無効化することは出来たが、同時にあらゆるモノを老いさせ腐らせた。

それはバラガン・ルイゼンバーンの軍勢も例外ではなく、その所為でバラガン・ルイゼンバーンは桃色の煙を消し去ることは出来ても消し続けることは出来なかった。

対して死神達の一団は桃色の煙の中に突っ込みながらも攻めてくる。阿片に耐性を持たせた身体で強行軍を繰り返す。

戦場は拮抗する。しかし――その拮抗も長くは続かなかった。

戦いが進むに連れて次第に虚達の中に死神達に与する者達が現れ始めたのだ。

 

前世の記憶。人間(しあわせ)だった頃の幻想(ユメ)の中で生きたいと声高に叫ぶ虚達。ネリエルからすれば狂っているとしか思えない彼らは、今思えば確かに阿片に狂ってしまっていたのだろう。虚達の中に白き死神の阿片中毒者(しんぽうしゃ)達が生まれ戦況が変わる。

ネリエルの様に。ノイトラ・ジルガの様に。バラガン・ルイゼンバーンの部下でなくても共通の敵を前に団結していた虚達の連携が崩れていく。

そして、遂にバラガン・ルイゼンバーンが率いる軍勢の中にも裏切り者が生まれてしまった。

 

 

”大帝”バラガン・ルイゼンバーン。

虚夜城(ラス・ノーチェス)の王であり虚圏(ウェコムンド)の神を名乗った伝説は白き死神との一対一の戦いの最中に背後から放たれた部下からの凶刃によって倒れた。

 

 

---〈許さん許さん許さん許さんぞ。蟻共(ありども)蟻共(ありども)蟻共(ありども)蟻共(ありども)が。(あり)(ども)…が…よくも…我が臣を…〉

 

 

 

死する最中、最後に放ったバラガン・ルイゼンバーンの一撃は白き死神に届いた。

 

自分の身体に突き刺さるバラガン・ルイゼンバーンの武器が砕けた欠片と消えていくバラガン・ルイゼンバーン。そして、バラガン・ルイゼンバーンが消える事に嘆く軍勢達。

ネリエル含めた多くの大虚の涙をみた白き死神は驚きの表情を浮かべた後、小さく呟いた。

 

---〈そうか。(ホロウ)達にもお前という救いがあったのか。虚達が焦がれるべき最上級大虚(ヴァストローデ)という夢が。見事(みごと)だ。バラガン・ルイゼンバーン。虚圏の神よ。お前は俺など及びも付かぬ救いで在ったのだな。ならばこの地にも、俺は要らぬのか。〉

 

そう言って白き死神達は引いていった。最上級大虚《ヴァストローデ》バラガン・ルイゼンバーンという伝説の死を以て虚圏(せかい)の平和は守られた。

勿論、バラガン・ルイゼンバーンが心から世界を守りたいと思っていた訳ではないことをネリエルはわかっている。バラガン・ルイゼンバーンはただ己が築き上げた王国に仇名す敵を討とうとしたに過ぎない。

だが、

 

---儂は王。

---儂は神。

---永久に死なぬ。永劫に君臨し続ける。

---我が名は”大帝”バラガン・ルイゼンバーン‼‼

 

そう叫んだ伝説の最後が確かに英雄的であったことをネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは決して忘れない。

 

 

 

 




バラカン陛下の御力って普通に考えて十刃の中じゃ最強で在らせられますよね?
触れたら死ぬ。触れなくても死ぬって、どう考えても№1‼‼


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残したものとの出会い方

 

 

 

 

 

虫の囁きすらも聞こえない静寂の中。誰もが寝静まる丑三つ時に俺は夜空を見上げながら回顧する。思えば随分と時間がたったものだ。

『特別派遣遠外圏制圧部隊』通称-特派遠征部隊の隊長として様々な遠征任務を熟してきた俺でもただ一つの目的の為にこんなにも長い時間を消費することは今までなかった。

第五十五次特派遠征の際に初代死神代行と共同戦線を張った時や第九十八次特派遠征の際に『虚圏』の神を名乗る最上級大虚(ヴァストローデ)と戦った時は命の危機を感じこそすれ時間だけはあまり掛けてはこなかった。

掛けたとしてたった数十年の時間。

 

「それと比べ百余年か。それだけで惣右介の化物具合が解ると言うものだ」

 

「それを同じ化物である風守隊長が言うん?」

 

ポツリと零した独り言に反応したのは今回の遠征で副隊長を務めることと成った市丸ギン。

市丸ギンは俺の隣に立ちながら口元に描いた孤を緩めることなく涼しい顔で言う。

 

「藍染隊長。ああ、今は藍染元隊長やね。僕から言わせれば、二人とも同じ化物やないですか。まさか、怖気づいた訳でもないでしょうに」

 

俺と藍染惣右介を同じ化物だという市丸ギンの言葉。その言葉に返す否定の言葉は無い。

そして、その事実こそが藍染惣右介という男の才能の高さを如実に表していた。

 

「ギン。だからこそ、俺は怖い。お前が俺と同列視する惣右介という男は、今だ数百年しか生きていない。そんな男が、俺と並び立とうとしている」

 

俺が千年を掛けて積んできた研鑚と千年を掛けて身につけてきた戦闘技術に藍染惣右介という男は才能のみで追いすがろうとしている。

それに恐怖を覚える程に俺は真面ではなかったが、警戒をしない程に馬鹿ではないつもりだ。

 

「負けるつもりは毛頭ない。だが、惣右介は警戒に値するだけの男だよ」

 

「わかってます。あの人を一番近くで見続けてきたのは僕や。いくら風守隊長が居るから言うて、舐めて掛かる積りはありません。ただ少し風守隊長が弱気なのが心配になっただけです」

 

そうかそれは悪かったとギンに謝って俺は今回の遠征に連れ立っていく第百次遠征遠征部隊の面々に目を向ける。其処には今まで何度か遠征任務を共にした古参と言うべき面々の他に吉良イズルら新たに配属された死神達の姿もある。

言うまでもなく新人と言え彼らは『虚圏』という敵地に赴くに向けて選ばれた精鋭達であり、訓練も十分に受けている。

故に心配など何も要らぬとわかっている俺は気楽に行こうと言葉を紡ぐ。

 

「遠くに行く。敵を制圧する。特派遠征などと大仰な四文字を掲げてはいるが、俺達が成すべき事など馬鹿でもわかる簡単な仕事だ。無為に気負う必要も矢鱈と声高に頑張りましょうなどと叫ぶ必要はない」

 

口調は世間話でもするかの様な抑揚で平時と同じ声色で言葉を続ける。

果たしてこれが危険の伴う遠征に向けて語ると言葉として正しいのかは俺にはわからない。

だが、何時だって俺はこういう思いで遠征任務を熟してきた。今更、それを変える気も無く俺は新参の死神達が困惑する様を見て古参の面々が苦笑するのを見ながら、笑みを浮かべる。

 

「ああ、何も適当にやろうなどと言うつもりはないぞ。俺は只理解してほしいだけだ。俺達は、戦いに行くのではない。---勝ちに行くのだという事を」

 

新参の死神達から困惑の表情が消えた。

 

「俺達が悩むべきはどう勝つかに他ならない。どういう結末をもってすれば、護廷の二文字に恥じずに済むのか。各々が考え行動すればそれで良い。故に、刻むべく言葉も一つだ」

 

 

---隊士(たいし)(すべか)らく護廷(ごてい)()すべし。護廷(ごてい)(がい)すれば(みず)()すべし。

 

 

「山本重國。俺達の総隊長の言葉だ」

 

 

「「「「はっ‼」」」」

 

 

一糸乱れぬ返答に俺は良い部下を持ったものだと笑みを浮かべる。それと同時に今回の遠征ではきっとこの中の誰かが生きては戻れないだろうと悲観的な想像が浮かぶ。

俺の言葉に嘘はない。藍染惣右介は脅威だ。そして、それが率いているであろう破面(アランカル)もまた脅威的だろうと思う。

かつて出会った伝説の最上級大虚(ヴァストローデ)バラガン・ルイゼンバーンに届きうる者はそうは居ないだろうが、たとえ中級大虚(アジューカス)であろうと藍染惣右介によって死神のチカラを手に入れている以上、脅威であることに変わりはない。

戦いの最中に死人が出るのは当然だ。

彼も人なり我も人なり。故に対等。基本であるその真理は死神と虚の間にも成立する。

誰も死なず誰も苦しまない。そんな結末をきっと誰もが望んで居るが、それが叶わないから人は桃源郷という夢を見る。俺が目指す。

 

至上の幸福(ゆめ)に抱かれながら、ならばせめて苦しまずに逝って欲しい。

 

俺の思いに応える様に腰に差した斬魄刀『鴻鈞道人』から、霊圧がほんの少し零れた。

 

 

第百次遠征が始まった。

 

 

 

 

 

流魂街の外れで斬魄刀『鴻鈞道人』を抜く。平時であれば”戦時特例以外の瀞霊廷及び流魂街での斬魄刀の始解及び卍解の使用を固く禁ずるものとする”という山本重国の命により解放を許されていない斬魄刀『鴻鈞道人』の銘を呼び、能力を解放する。

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人』」

 

斬魄刀の切っ先に四連の小さな穴が開く。其処から漏れ出す阿片の煙が周囲に漂い始めた頃、流魂街の空に亀裂が走る。亀裂は徐々に大きく広がり始め、そして、歯形の様な文様で流魂街の空が割れた。

そこから出てくる者に市丸ギン以外の隊士達の警戒が高まる。刺す様な緊張感が流れる空気の中で俺は割れた空からやって来た者の霊圧を感知してまたお前かと笑みを零す。

 

「愛い愛い。お前は本当に俺のことが好きなのだな」

 

『虚圏』から黒腔(ガルガンタ)を開きやって来た者は俺の言葉に鼻を鳴らして答えた後、何時もの台詞を口にする。

 

「ふん。私が貴様に会いたかっただと?…自惚れるなよ。だが、質問には答えておこう。イーバーンだ」

 

空に空いた歯形の様な文様『虚圏』と尸魂界、そして現世を繋ぐ唯一の道である黒腔(ガルガンタ)を開いてやって来たイーバーンの姿を見た時、俺は驚いた。

それは彼の姿が変わっていたからだ。俺が浦原喜助らの居場所を探す為に現世を彷徨っていた第九十九次特派遠征の際にイーバーンにあった時には彼はただの中級大虚(アジューカス)だった。

だと言うのに今のイーバーンは最上級大虚(ヴァストローデ)と同じ完全な人型だった。

霊圧は同じだから、人違いという事はあり得ない。それの意味するところは、藍染惣右介の手による破面(アランカル)化。

 

隊士達の間に緊張がはしった。

 

ただでさえ今回の特派遠征は特異なものだ。向かう場所が通常の手段では入ることも出来ない現世と尸魂界の狭間にある『虚圏』という虚達の世界。其処に踏み入る為に俺は以前の特派遠征と同じように斬魄刀『鴻鈞道人』の能力により痴れさせた虚に道案内を頼むことにした。

死神と虚は敵同士だ。魂魄を喰らう虚を狩る為に死神は存在している。

それなのに虚の力を借りようとする俺を非難する声は大きい。此処に居る特派遠征部隊の隊士達はそれを飲み込まねばならない必要悪と考え曰く正義と声高に叫ぶ輩とは違うが、それでも不安はあるし警戒もしよう。

『虚圏』に向かう為に虚に黒腔を開かせるという外法は相手が俺の斬魄刀の能力に寄り与しているからこそ、許されるものだ。そうでなければ流石に山本元柳斎重國は納得しないだろう。

 

しかし、今のイーバーンの姿を見ればそれが破面(アランカル)化という藍染惣右介の研究によって齎されたものだと解る。

案内役の虚が藍染惣右介の手に落ちている。そう考えた隊士たちの斬魄刀が抜かれるのを俺は手で制した。

 

「彼、大丈夫なんかな?」

 

「彼ではない。イーバーンだ」

 

隣に居た市丸ギンが俺に漏らした呟きをイーバーンは待っていましたと言わんばかりに食い気味で拾うと所謂ドヤ顔で自分の名前を言う。

市丸ギンはそんなイーバーンを見る。

イーバーンの言葉は止まらない?

 

「なに?フルネームが知りたいか?アズギアロ・イーバーンだ。他に質問は?」

 

「君は敵なんかな?」

 

「失礼。もう一度言ってもらえるかな?よく聞き取れなかった?」

 

「君が僕らの敵なんかどうか、答えてくれ」

 

「断る!」

 

死神に囲まれている状況下で大仰に両腕を広げとてもムカつく表情でそう言ってのけるイーバーンの度胸に俺は素直に感心するが、市丸ギン達は勿論イーバーンの答えに斬魄刀を抜くことで答えた。

 

十数本の斬魄刀が己に向けられる状況に目に見えて焦り始めたイーバーンは助けを求める様に俺を見た。

 

「い、いきなり剣を抜くとは貴様の部下は随分と短気なんじゃないのか…!?」

 

瀞霊廷を守る為に懸命な愛い奴らだろうとイーバーンに笑みを向け、さてと呟きながら俺はわざとらしく大仰な素振りで片手で握っていた斬魄刀を両手で握り直す。

 

「ま、まて!なぜ貴様まで私に剣を向けようとする!?」

 

「何故とは、当然だろう?俺はお前が心底好きだが、好きだからだと言う理由で敵を斬らない程に俺は真面じゃない。安心しろ。お前が大好きな仙丹をたっぷりとくれてやる」

 

「そ、そんなことを言いながら貴様は私が必要なのだろう?ならば…わ、わかった。分かったから切っ先を私に向けるな白き死神!私は確かに破面だが、藍染惣右介の手の者ではない!」

 

イーバーンの言葉に俺は斬魄刀を下げる。俺に倣うように隊士たちもまた斬魄刀を納めた。

命の危機を脱したイーバーンは冗談の通じない奴らだと吐き捨てながら説明を始めた。

 

「奴…藍染惣右介は、チカラを欲している。おそらく貴様が追ってくるまでの時間で戦力を整えようとしているのだろう。目ぼしい中級大虚(アジューカス)以上の大虚を破面化させているのだ。私はその中に紛れてチカラを手に入れた。それだけだ」

 

「…風守隊長。確かに筋は通ってると思います。せやけど、一度でも藍染惣右介に会っているコイツは『鏡花水月』の始解を見せられている思うんよ。裏で藍染惣右介と通じとるかもしれません」

 

「それを言うなら俺やギンを含めた全員に言えることだろう」

 

現状の瀞霊廷に置いて力を持つ死神の中で藍染惣右介の斬魄刀『鏡花水月』の始解を見ていない死神はいない。それはつまり斬魄刀『鏡花水月』の能力である完全催眠から完全に逃れている者は誰もいないという事だ。

藍染惣右介と会ったことがあると言うだけでイーバーンを斬る理由にはならない。

 

「まあ、確かにそやね」

 

俺が斬魄刀を引き、俺に次ぐ霊圧を持つ市丸ギンも斬魄刀を納めたことに安堵した様子でイーバーンは溜息を洩らした。

 

「まったく、折角私が来てやったというのに、なぜ私が危機に瀕しなければならないんだ。…お前達は馬鹿なのか?」

 

「まあ、そう言うな。冗談を言ったお前も悪いだろう。水に流せよ。お詫びに上物を用立ててやる」

 

そう言って俺は懐から(うぐいす)色の小袋を取り出してイーバーンに渡す。

イーバーンは目に見えて上機嫌になりながら、

 

「ゆるしてやろう」

 

と尊大な態度で言うと『虚圏』に向かうのだろう早くしろと黒腔の中へと入っていく。

 

俺は隊士達を引き連れてその後に続くのだった。

 

そうして、俺達は『虚圏』へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳しかない場所。太陽の昇らない時間で時を止めてしまった寂しすぎる世界。

『虚圏』に足を踏み入れた俺が感じた感情は、第九十八次遠征の時と何も変わらない。

寂しすぎるこの場所に救いを齎してやりたかった。退化の恐怖から逃れる為に同族を喰らわねばならないという鬼畜の諸行から、彼らを救い出してやりたかった。

死した命。死後に尚、苦しむ意味など有る筈がない。生前の咎は死によって清算されている。

死後に犯した咎を罰する地獄という世界があるにはある。だが、そこに堕ち苦しみ続ける諸行など俺は押し付けたくなどなかった

魂魄を守る為に虚を斬ることに迷いはない。しかし、虚に救いが無いことに苦しむ心を持たぬ程に俺は冷血漢ではないつもりだ。

救えるのならば救ってやりたい。そう思って己の手を見れば、そこには()()が握られている。

 

---(みな)()れてしまえばそれで()い。

---快楽の夢に溺れてしまえよ。痴れた音色を聞かせてくれ。俺はお前たちの幸福を心の底から願っている。

 

そう思い、かつて俺は『虚圏』へと足を踏み入れた。

 

その思いは今となっても変わらない。伝説の最上級大虚(ヴァストローデ)、バラガン・ルイゼンバーンの存在を知り俺が齎す救いの阿片(ユメ)がこの世界には必要のないものだと理解はしたが、それは理性ではなく感情の問題。

思いは変わらず。故に俺は寂し気に顔を曇らせながら、砂と石しかない世界の土を踏む。

 

俺達の目の前には朽ち果てた白い石造りの遺跡が広がっていた。

此処は何処だと首を傾げれば、イーバーンは得意げな顔で言う。

 

「此処はネガル遺跡だ。藍染惣右介の居る虚夜宮(ラス・ノーチェス)から大分離れた場所にある。いきなり虚夜宮(ラス・ノーチェス)の近くに出ても良かったが、正面突破など愚策だろう?」

 

「そうかそうか。お前の気遣い、俺は嬉しいぞ」

 

「このイーバーンにかかれば造作もないことだ」

 

イーバーンの気遣いを有り難く受け取りながら、俺達は此処に第百次特派遠征の為の拠点を構えることにする。

そう決めてからの動きは早い。市丸ギンを筆頭に戦闘能力の高い古参の死神達を編成しネガル遺跡周辺の調査及び危険因子の排除を始める。

俺は吉良イズルらの新人を引き連れて拠点の設営に取り掛かる。

幸いなことにネガル遺跡には砂嵐を防ぐことの出来る壁と屋根がある建物が点在した。所々が罅割れて朽ちては居るが、拠点としては申し分も無い。

時折、現れる虚達を狩りながら、隊員全員が身体を休められるだけの場所を確保する。

後にイーバーンの協力を受けて瀞霊廷との連絡手段の構築を試みるが、肝心のイーバーンはそこまで死神に手を貸すのは御免だと姿を消してしまった。まあ、数分考えた後に仙丹の妙薬で香を焚けばどこからともなく姿を現したので本当に瀞霊廷との連絡が必要と成った時にはきっと協力してくれるだろう。

 

そうして虚夜宮(ラス・ノーチェス)への侵攻に必要な準備を進め情報を集めて数日が立った頃、一人の破面(アランカル)が俺達の元へと現れた。

 

その破面(アランカル)は胸に№4の数字を刻んでいた。

 

 

 

 

ネガル遺跡の前に広がる荒野に№4の数字を左胸に刻んだ破面が十数人の破面を従えて立っていた。突如として現れた彼らに対して、見張りをしていた隊士たちに騒めきが広がる。

血気に盛り出陣しようとした彼らを止めたのは、特派遠征に数回参加したことがある古参の死神の内の一人だった。

彼はすぐさま奥で休んでいる隊長たちを呼んで来いと新人達に命令を下す。

それが、彼の最後の言葉となった。

 

 

 

 

地鳴りと共に響いた破壊の音は俺達に敵の襲来を告げる。すぐさまに駆け付ければそこでは見張台として利用していた遺跡の一部が倒壊しており、それを行ったであろう破面の一人が右手を突き出している様子が見て取れた。

死者は多数。古参と呼ぶべき死神の霊圧が複数消えているのを感じとりながら、俺は悔し気に歯を食いしばる。

危険を伴う任務である以上、死者の存在は初めから覚悟していた。だが、こうもあっさりと消えていく命に何も感じない訳も無く俺は睨みつけるように破面達を見る。

彼らは一人を除き一様に敵意をむき出しにしていたが、その勢いのままに攻めてくるような真似はしてこなかった。

それは見張台にしていた遺跡の一部を倒壊させた一人の破面の命令を待っているからだろうことを、俺は感じとりながら同様に後ろに従えた隊士達が切り込むのを片手で制することで止める。

言葉は無い。俺が数歩前に踏み出せば一人の破面もまた数歩踏み出す。

互いに部下たちを従えながら前に立ち対峙する形の成った俺達は、互いにその姿を目に収める。

胸に刻まれた№4の文字。それはイーバーンから事前に聞いていた藍染惣右介に選ばれた破面。十刃(エスパーダ)と呼ばれる地位に目の前の破面がいることを意味していた。

序列は第四位。舐めて掛かるべき相手ではないのだろう。

そう考えていると目の前の破面は意外なことに口を開いた。

 

第4十刃(クワトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー」

 

感情の起伏を感じさせない瞳。喋りながらもそれに必要な筋肉以外は一筋も動かすことのない表情。まるで石像か機械でも前にしているかのような無機質さを感じさせる男が邂逅一番で自己紹介をしてくるという意外な行動に俺が驚いていると、ウルキオラは無表情のままに言葉を続ける。

 

「お前の名を聞かせろ。白き死神」

 

()()()()。俺を知る『虚圏』に居る虚達の一部が俺をそう呼んでいることは知っていた。イーバーンもまた俺をそう呼んだ。

ならば、ウルキオラと名乗る男もまた俺の事を知っているという事だ。

『虚圏』に阿片という猛毒(すくい)をばら撒いた俺の行いを知っているのか、あるいは伝説と呼ばれた最上級大虚(ヴァストローデ)バラガン・ルイゼンバーンを討ったことを知っているのか。はたまた会ったことがあっただろうかと考える俺だったが、答えは出ない。

なら、何時ものように答えるだけだ

 

「姓は風守(かぜもり)。名は風穴(ふうけつ)。どちらも母から貰った名ではない。風守は周りがそう呼ぶからそう名乗り、名は語呂が良いように自分でつけた」

 

「風守、風穴か…そうか、それが俺の()の名か」

 

「なん…だと…?」

 

ウルキオラが事も無さげに放った一言に周囲の空気が凍る。隊士達の視線が背中に突き刺り、ウルキオラが従える破面達の視線に晒されながら、なぜだか俺の脳裏には卯ノ花烈のとても美しいのに恐怖を感じさせる笑顔が浮かんだ。

 

「お前は何を言っている?俺に虚の子などいない」

 

「認知しないか。それもいいさ」

 

「いや、マジで意味わからん」

 

思わず崩れる口調は俺の混乱を表していて、ウルキオラは何を考えているか分からない無表情で俺を見ている。

 

「元来、俺は人見知りで引っ込み思案で口下手だから言葉の裏を読むという芸当が得意じゃないんだ。伝えたいことがあるのなら、わかる様に言ってくれよ」

 

ウルキオラは俺の言葉に応える様に刀を抜き切っ先を俺に向ける。明確な敵対行為に空気と共に凍っていた隊士達が動きだし斬魄刀を抜く。それに対する様にウルキオラが従える破面達も刀を抜いた。

俺は斬魄刀を抜くことをせずにウルキオラの言葉を待った。

 

「…俺はとある洞窟の底で産まれた。いや、産まれたという表現は虚としては正しくは無いのだろうが、少なくとも俺の意識はそこで目覚めた」

 

大虚(メノス)と呼ばれる存在。その中で瀞霊廷の教本に載せられているタイプである最下級大虚(ギリアン)()は無い。明確な自我は持たずに知能は獣並。極稀に最下級大虚(ギリアン)が生まれる共食いの過程の中に特に力や自我が強い者がいた場合に限りその最下級大虚(ギリアン)は通常と違う仮面を持つ。その異形の最下級大虚(ギリアン)が同じ最下級大虚(ギリアン)を喰らい共食いを繰り返すことで中級大虚(アジューカス)へと進化する。

大虚(メノス)は其処で初めて確固たる自我を手に入れることができる。

ウルキオラが言う産まれたという事がそういう事であることを俺は理解した。

 

ウルキオラは洞窟の底で最下級大虚(ギリアン)から中級大虚(アジューカス)へと進化した。

 

「その洞窟には桃色の煙が沈殿していた」

 

その言葉を聞いた時、俺はウルキオラの言葉の意味を理解する。

 

()()()()()()。俺以外の中級大虚(アジューカス)がその煙を吸い込めば、一様に幸せそうな夢を見始めた。…俺はソレを喰らい続けた」

 

中級大虚(アジューカス)と成った大虚に安寧はない。常に退化と自我の消失の恐怖に怯えながら、同族である中級大虚(アジューカス)を喰らい続けなければならない。

 

「その洞窟は俺にとって暮らしやすい場所だった。何もせずとも餌が洞窟に迷い込む。俺はソレを喰らい続ければ生きていける。…そう信じていた」

 

---あの時までは。

 

無表情で語るウルキオラの言葉の裏に隠された意味を俺は次は読み取ることが出来た。いや、出来ない筈が無かった。それは千年前の俺がずっと感じ続けていた感情だ。

 

---()()()()()()

---それにただ(ひと)(のこ)されていくという恐怖(きょうふ)

 

阿片窟(とうげんきょう)に在りながら阿片(ユメ)に酔えないというあまりに残酷な事実。

進化論は虚であっても適応されよう。阿片の煙が充満する洞窟の中で中級大虚(アジューカス)へと進化したからこそ、ウルキオラ・シファーは阿片の毒への耐性を手に入れたのだろう。

その悲劇に俺の心は悲鳴を上げる。

 

---そう、ある日突然に気が付くのだ。

 

「俺は、他者とは違うのか。…答えを求め、俺は洞窟を出た。そして、知った。あの洞窟に沈殿していた桃色の煙が、お前とバラガン・ルイゼンバーンの戦いによって生み出されたものである事と、お前の存在と、お前が吐いた言葉を知った」

 

---(みな)()れてしまえば(それ)()い。

---安心しろ。死神も人間も虚も斬魄刀も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ならば俺に心は無いのか‼応えろ!虚無(おれ)を産んだ---我が父よ‼‼」

 

斬りかかってくるウルキオラを前に俺の頬を涙が伝った。

 

 

 

 

 



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万仙陣の終わり方①

 

 

俺は”家族”の話をするのが好きだ。思いで深き阿片窟(あへんくつ)。そこで暮らすものは皆、穏やかで優しかった。外界と接する術を無くす代わりに己が内の世界に籠る安寧を手に入れた彼らの話をするのが好きだ。

西流魂街80地区『口縄』の洞窟で俺を”風守”と呼んでくれた彼らは特異な体質が故に孤独に沈む俺にとって守るべき存在であると同時に()()でもあった。

 

故に守りたいのだと切に願おう。そこに何の疑問があるモノか。

”家族”を守る。それは当たり前のことだろう。

 

故に。だからこそ、

 

虚無(おれ)を産んだ---我が父よ‼‼」

 

そう叫びながら斬りかかってくるウルキオラを前に俺の頬を涙が伝う。溢れ出る憐憫(れんびん)の感情が俺の心を締め付け苛む。

俺はウルキオラ以外の破面を市丸ギン達に任せて、覚悟と共に斬魄刀を抜いた。

 

刃と刃が交差する。鍔迫り合いの最中、怒りにかられながらも欠片の表情も浮かべることがないウルキオラの端整な顔立ちを至近距離で見ることになった俺は素直な感想を零す。

 

「似ていないな、俺とお前は」

 

「…」

 

「ああ、勘違いするなよ。己を父と呼ぶ子を前に、血の繋がりは無いなどと屑の様な言葉を吐き捨てる積りは無い。認めよう。俺が創った阿片窟(とうげんきょう)で産まれたお前は俺の子なのだろう。お前がそう言うのなら、そうなのだろうよ」

 

鍔迫り合いを腕力のみで制しながら、ウルキオラを圧しきり距離を取る。

そして、感情のままに言葉を続ける。

 

「ならばこそ、答えろ。我が愛息(あいそく)‼」

 

同時に思考の端で詠唱するのは八十番台の破道。破壊の重砲を片手間に作り出すという器用な真似を褒めてくれるものは誰もいない。

突き出した左腕と共に俺はらしくもない怒りに駆られながらウルキオラに問いかける。

 

「なぜ俺に刀を向けるのか!家族(それ)は救い守るべき者の筈だろう‼」

 

---破道の八十八。飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)

 

突き出した左腕の掌から空を飛ぶ竜すら落とすと謳われた破壊の光線が唸りを上げて放たれる。詠唱破棄をしたから元来の威力には遠く及ばないそれは、しかし、人一人を消し飛ばすには十分すぎる威力を持つ。

 

迫りくる破壊の光線を前に表情一つ変えることのなかったウルキオラは初めて焦りを感じさせる表情の歪みと共に、俺と同じように左腕を突き出した。

鏡映しの様な行動の後に生まれるのは、鏡映しの様な光景。

 

「”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”」

 

大虚の放つ虚閃(セロ)の恐らく最上位であろう王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)は互いにぶつかり合い相殺される。巨大なエネルギーのぶつかり合いは周囲を震動させた。

周りで戦っていた市丸ギンたち死神と破面達が手を止め俺とウルキオラを見たが、俺達はその視線など気にする事も無く次の一手を目の前の相手に叩き込む。

 

「守るだと?救うだと?善意に溢れた言葉(それ)をお前が俺に吐くのか?<ruby><rb>阿片窟</rb></ruby><rp>(</rp><rt>あへんくつ</rt><rp>)</rp>という俺の地獄を創ったお前が…何を言う」

(あへんくつ)という俺の地獄を創ったお前が…何を言う」

 

「阿片窟が地獄だと?お前は一体何を言っている?」

 

「ああ、確かに気が付かねば阿片窟(それ)桃源郷(とうげんきょう)であっただろう。だが、気づいてしまえばそこは地獄だ。俺一人を残し全ては朽ち果てていく。

 

---(みな)()れていく。そこには虚無(おれ)(ひと)りが()った」

 

ウルキオラが片手間に放った虚弾(バラ)を同じく詠唱破棄の破道の三十二黄火閃(おうかせん)の黄色の霊圧で弾き飛ばす。

 

「…だから、どうした?」

 

「なに?」

 

「知っているさ。阿片窟(とうげんきょう)に置いて俺以外の者は皆、痴れていく。それは幸福な夢を見ながら生きているということだ。お前は、それを素晴らしいと思わないのか?」

 

俺以外の皆は幸福の夢を見る。

生涯、痛みを忘れ苦しみを忘れ己のみが真実である世界に閉じて逝く。

俺を産み育てた穏やかで優しかった母は時に人形や死骸を俺と勘違いしていたが、その死様すら穏やかだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉に偽りはない。

 

「俺にお前達を抱きしめさせてくれ。それだけで、俺もまた幸せであれるのだから‼」

 

俺の言葉にウルキオラは驚きのままに瞳を揺らした。そうして、俺もまた気が付く。

俺とウルキオラの違い。父の子の明確な差異。

 

「ウルキオラ・シファー。お前には…---

 

「風守風穴。お前は…---

 

それはきっとどうしようもない程に明確な埋めようのない感性の違い。

 

---他者の幸福を願える人間愛に満ちた博愛精神はないのか?」

 

---狂っている」

 

 

親子だからとって、否、親子だからこそ交われないこともある。己を父と呼ぶ存在であるが故に何故俺と同じように生きられないのかとウルキオラに募る苛立ちは、万事を受け入れ尊重する俺にとって感じたことのない苛立ちだ。その苛立ちを募らせながらも、俺は吐き捨てることだけはしてはならないとウルキオラという”個”を受け入れる努力をする。

同族であるが故に己と同列視するのは誤りだろう。

親が子に(じゅん)じる事があろうと子が親に(じゅん)じる事は決して美徳などではない。

 

なら、俺は喜ぶべきなのかもしれない。

俺と同じ様に生まれたウルキオラが俺とは違う答えをだしたことに。

 

「…前に山本重国が言っていたな。後続に道を示し、やがては乗り越えられることが父祖の本懐なのだと。難しいものだな、子育てとは」

 

心を整理して冗談を交えながら俺は口元に笑みを取り戻す。瞳を混濁させながら、目の前のウルキオラから()()というフィルターを外して見てやろう。

何も変わらない。俺は皆の幸せを願っている。たとえ、それが息子であろうとも()()()()()()()()()()()

 

「だからこそ全力。故に全霊だ。さあ、痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

 

 

 

 

 

 

狂っている。そう評した男が紛れもなく己を生んだ父であることをウルキオラ・シファーは悟る。息子を他人と同じように愛してやれるという男が真面ではないことは確定的だ。

”白い死神”。かつて『虚圏』に破滅を齎そうとした男。虚達にして理解できない理屈を語り愛を叫んだ死神は確かに虚無(おのれ)を生み出すに足る狂人だった。

 

---やはり、消さねばならない。

 

目の前の男は障害などと言う生易しいものではない。ましてや利用する価値など皆無。目の前の男は敵であるより味方であった方が脅威であると言う類の狂人だ。

 

---現世で出会った虚の性質を宿した死神代行、黒崎一護とはまるで違う。

 

ウルキオラ・シファーが思い出すのは己の主である藍染惣右介の言葉と現世にて出会った黒崎一護という死神代行の存在。

藍染惣右介は黒崎一護と同じ様に風守風穴を見ているとウルキオラ・シファーは考えている。

一方は期待値。もう一方は危険性という視点の違いは在るが、藍染惣右介は双方を何らかの要因により同列視している。

だからこそ、現世に先行させ実際に黒崎一護と対峙した己をネガル遺跡にて確認された死神勢力への対抗勢力として派遣させたのだとウルキオラ・シファーは考えている。

ウルキオラ・シファーは風守風穴と己の確執を藍染惣右介に話してはいなかった。

故に藍染惣右介は純粋な試験紙として己を使っているのだろう。

藍染惣右介からウルキオラ・シファーに下された命令は黒崎一護へのものとほぼ同じ内容。

 

---”我らの妨げになる様なら殺せ”。違うのは続く一文。”殺せぬのなら無理せずに退け”。

 

確かに風守風穴の戦闘能力は黒崎一護とは比べ物にならない程に脅威だとウルキオラ・シファーは考える。只の前哨戦。言葉のやり取りの中で繰り広げられる戦いの中でウルキオラ・シファーは十刃(エスパーダ)の為に存在する虚閃。”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”という切り札の一つを切らされている。

相殺という形で消費しなければならなかったソレは元来であれば一つで戦況を覆すことの出来る戦術兵器だ。

 

---だからこそ、今、この場で消さなければならない。

 

風守風穴や死神達の動きをみれば、『虚圏』に滞在する彼らが自分たち破面陣営の動きを完全に捕えきれていないことが見て取れる。彼らは未だに自分たちが既に現世への侵攻の足掛かりを始めていおり、現世に置いて黒崎一護と対峙、黒崎一護の仲間である井上織姫を手中に収めたことを知らないのだろう。知っていれば風守風穴は拠点の設営を終えた以上、勇み足で既に虚夜宮(ラス・ノーチェス)へ足を踏み入れていた筈だ。

風守風穴がそういう男であることをウルキオラ・シファーは対峙のなかで悟っている。

 

---藍染様同様に虚の手を借りて『虚圏』に足を踏み入れた手腕は見事だが、外法であるが故に瀞霊廷との情報共有手段が少ないという欠点がある。その欠点を突き、今この場で消さなければならない。さもなくば、この男は藍染様すら殺し得る。

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

斬魄刀の始解。解放された斬魄刀『鴻鈞道人』の形状の変化は乏しい。姿形はただの斬魄刀。現世で見た黒崎一護の卍解『天鎖斬月(てんさざんげつ)』の様に斬魄刀全体が黒く染まるといった色の変化も無い。ただ切っ先に四連の小さな穴が空くのみ。

しかし、その四連の穴から漏れ出す桃色の煙こそが風守風穴を最悪足らしめるチカラの奔流であることをであることをウルキオラ・シファーは藍染惣右介から聞かされている。

 

---俺だけだ。

 

ウルキオラ・シファーは瞳を閉ざして右手に握る斬魄刀に力を込める。

 

---第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スタークでも第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベルでも第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクでもない。現時点での十刃を含めた破面陣営の中で俺だけが、風守風穴を殺し得るだろう。

 

憎み続けた阿片への耐性。強大な力と引き換えに超速再生能力(ちょうそくさいせいのうりょく)の大半を失う破面(アランカル)達の中で脳と臓器以外の全ての体構造(たいこうぞう)を超速再生できる程に強靭な肉体。

それさえなければウルキオラ・シファーは皆と同じように阿片窟(あへんくつ)の真実に気が付くことなく安らかな死を迎えられていた。

 

目の前の男から受け継いだ唾棄すべき遺産にウルキオラ・シファーはこの瞬間のみ感謝した。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』から漏れ出す阿片の毒を吸い込みながら、痴れることのない思考の中でウルキオラ・シファーは言葉を紡ぐ。

 

帰刃(レスレクシオン)(とざ)せ『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

 

ウルキオラ・シファーの斬魄刀の解放と共に周囲に黒く冷たい霊圧の雨が降る。左頭部のみを覆っていた仮面が広がり頭部全体を覆う。背には悪魔(デーモン)の名を冠するに足る黒翼が現れる。より一層無機質さを増した瞳で風守風穴を見据えながら、ウルキオラ・シファーは右腕に霊圧で形成した刃を握る。

 

瞬間、消える様に姿を消した風守風穴の左からの奇襲の斬撃を左腕の爪で受けながら、右腕の刃を振るう。風守風穴が返す斬撃で刃は防がれるが、ウルキオラ・シファーは気にも留めずに連撃を繰り返す。

斬魄刀『鴻鈞道人』と刃と爪が交わること十数回。ウルキオラ・シファーは風守風穴の表情が徐々に歪み始めるのを見逃さなかった。

斬撃の度に斬魄刀『鴻鈞道人』からこ零れ出る阿片の毒が周囲を包む。常人であれば一呼吸もすれば痴れて倒れる濃度の阿片の煙に包まれながら、ウルキオラ・シファーは風守風穴と対峙する。

 

「…阿片の毒に耐性を持つ俺でなければ、勝敗は既に決していた。お前とて、考えもしなった展開だろう。切っ先一つ埋めれば終わる。常にお前の戦いは一撃を叩き込むことのみに終始できた。一撃必殺。さぞ、気分が良かっただろう?傷一つ負わせれば勝ちという絶対的なアドバンテージを持った上で強者を気取れたのは。あるいは傷一つ負わせられずとも、時間と共に濃度を増していく阿片の煙がお前を勝利に導いた」

 

---お前の勝利は常に斬魄刀『鴻鈞道人』と共にあった。

 

「尸魂界至上最悪の斬魄刀さえなければ、お前の力など知れている。確かにお前の戦闘能力は高く脅威だが、俺が届かぬ程ではない」

 

ウルキオラ・シファーの言葉に反応するように風守風穴の口が言葉を紡ぐ。それは斬魄刀『鴻鈞道人』の生成する阿片の毒の濃度を天井知らずまで上げる詠唱。

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうしょくそく)す。()(ひと)()ること()し。---広がれ万仙陣(ばんせんじん)

 

風守風穴の強靭な身体でさえ痴れさせる濃度の阿片の毒が周囲に溢れ出した。

ウルキオラ・シファーはそれを吸い込みながら、(なお)、無駄だと吐き捨てる。

 

「無駄だ。確かに万仙陣(ばんせんじん)の毒は俺を痴れさせる。だが、所詮はお前自身が吸い込みながら戦いに機変を齎さない程度の毒でしかない」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』が万仙陣を広げ生成する阿片の毒は最強の死神である山本元柳斎重國でさえ吸い込めば即座に膝をつく程の濃度。故に風守風穴は万仙陣を廻せば終わりと考えていた。幾ら阿片窟で産まれ阿片への耐性を獲得していたとしても、それは風守風穴がバラガン・ルイゼンバーンとの戦いの中で生成した物の上澄みでしかない。

自身が持つ本当の意味での耐性ではないのだと風守風穴は考えていた。

 

だが、しかし、それは違った。

 

「親が耐えられるのだ。なぜ、子である俺が耐えられないと考えた?」

 

「なん…だと…!?」

 

風守風穴の眼が見開かれる。驚愕に彩られながら、それでも即座に次の一手を打つ風守風穴は確かに歴戦の猛者足り得た。

 

「なら…()って性命双修(せいめいそうしゅう)(あた)わざる(もの)()ちるべし、落魂(らっこん)(じん)阿片特性変異(あへんとくせいへんい)墜落(ついらく)(さか)(はりつけ)‼」

 

しかし、それすらもウルキオラ・シファーを苛立たせる要因にしかならない。

 

「無駄だ‼落魂陣(らっこんじん)の能力も藍染様から聞いている。斬魄刀を狂わせるその毒は確かに帰刃(レスレクシオン)にも効果があるだろう。だが、破面(アランカル)の持つ斬魄刀は虚の肉体と能力の核を刀剣状に封印したもの。つまり、元は俺の一部。俺の帰刃(レスレクシオン)にも阿片への耐性はある」

 

万仙陣に落魂陣。斬魄刀『鴻鈞道人』の生み出す能力の全てを無効化しながら立つウルキオラ・シファーの姿に風守風穴の浮かべていた薄い笑みが遂に消える。

けれど、それは諦めとは程遠い感情だとウルキオラ・シファーは感じとりながら、攻め切るのなら今しかないと考える。

 

---この一瞬の動揺の内にこの男を殺しきる。

 

千載一遇の勝機。言葉でなんと言おうとも、風守風穴の持つ戦闘能力の高さをウルキオラ・シファーは恐れている。斬魄刀『鴻鈞道人』の能力が風守風穴の戦闘の核になっていることは事実だ。だが、しかし、風守風穴にはまだ千年以上の時を掛けて研ぎ澄ませた剣術と”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を相殺するだけの破道を片手間に放つことの出来る鬼道の腕がある。

 

---故に此処で殺しきる。ただの一度の勝機に賭けて。

 

ウルキオラ・シファーは最後の切り札を切る。それは主と定めた藍染惣右介にすら、見せたことのないウルキオラ・シファーの奥の手。

何の因果か死神を父と呼んだ破面(アランカル)にのみ許された第二の帰刃(レスレクシオン)

死神で言うのなら卍解と呼ぶべきその名は---

 

「これが絶望の姿だ。”刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)”」

 

帰刃(レスレクシオン)黒翼大魔(ムルシエラゴ)』の姿がさらに変化する。

虚の名残である仮面は砕け散った。代わりに頭部に二本の雄々しい角が生まれる。洋服を形作っていた霊子は崩れ代わりに身体を黒い体毛が包み込む。爪は更に鋭さを増した。尾骶骨(びていこつ)から身の丈の三倍以上の長さの尾が生える。

ウルキオラ・シファーの両腕と下半身は悪魔そのものを思わせるものへと変化した。

 

「くっ」

 

動揺のあまり固まる風守風穴の口から声が漏れる。それも当然だろうとウルキオラ・シファーと納得する。

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)を終えたウルキオラ・シファーの霊圧は最早それを霊圧以外のナニカだと感じずには居られない程に異質なものへと変化している。

 

強いとか巨大だとかそういう事ではない。()()。霊圧とは別のナニカだと認識してしまう程に濃く重いそれは―――まるで空の上に海がある様な狂った感覚を覚えさせるそれは――― 一匹の虚が感じ続けてきた虚無感の全てだった。

 

---終わらせよう。全てを。今ここで。俺は…父を殺す。

 

ウルキオラ・シファーにとって風守風穴の殺害は藍染惣右介の命令以上の意味を持つ。

 

ウルキオラ・シファーの姿が風守風穴の視界から消える。反射のままに放った風守風穴の背後への斬撃は外れ真横から頭を掴まれ地面へと叩き付けられそうになる。それを蹴りを放つことで寸前で阻止した風守風穴だったが、距離を離したウルキオラ・シファーから放たれる霊圧の奔流に息を飲む。

 

「”黒虚閃(セロ・オスキュラス)”」

 

解放状態の十刃(エスパーダ)が放つ黒い虚閃(セロ)を防ごうと風守風穴が詠唱破棄で生み出した縛道の八十一”断空(だんくう)”はその役目を果たせずに終わる。

八十九番以下の破道を全て防ぐという防御壁は黒虚閃(セロ・オスキュラス)を前に音を立てて砕け散る。

 

「くっ、くっ、」

 

苦悶の声を零しながら風守風穴は黒い霊力の奔流に飲み込まれている。しかし、ウルキオラ・シファーはその程度で風守風穴が倒れる訳が無いと追撃の手を緩めない。

ウルキオラ・シファーは両の手を合わせると霊力で一本の槍を形作る。ウルキオラ・シファーの持つ最強の矛であるそれを人間が見たのならギリシャ神話に登場する全知全能の神が放つ雷を連想しただろう。

 

「”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”」

 

曰く宇宙すらも破壊すると言う雷を概念として作られた一撃が黒虚閃(セロ・オスキュラス)を受け身動きが取れない風守風穴に向けて(はな)たれ、()ぜた。

 

「くっ、くっ、くううぅぅ---

 

空間を歪める程の爆発と共に風守風穴の断末魔を危機ながら、ウルキオラ・シファーは勝利を確信して瞳を閉じる。

 

 

 

---俺に心が在るか否か。父を殺しても、それはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

「くっは、くっははははははは、アッハハハハハハ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして、続き聞こえてきた風守風穴の笑い声に目を見開く。

そこには爆炎に包まれながら(なお)、立ちながら笑い続ける風守風穴の姿があった。

 

ウルキオラ・シファーに動揺が走る。風守風穴が(なお)も生きている。

 

---それはいい。だが…

 

何故、笑っていられるかがウルキオラ・シファーには理解できなかった。

生きてはいるが風守風穴は虫の息。もうニ三発、”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”を叩き込めば風守風穴の命の灯は消えるだろう。

 

「何故‼笑っている‼」

 

満身創痍。笑える訳もない重傷を負い窮地に追い詰められながら、それでも狂ったように笑い続けていた風守風穴はウルキオラ・シファーの声に反応して笑うのを止めると何故お前には理解できないのだとでも言いたげに笑みを絶やすことなく言う。

 

「最初から、言っていただろう。後続に道を示し、やがては乗り越えられることが父祖の本懐なのだと。だが、俺にして知らなかったぞ。乗り越えられるという事が、こうも嬉しいものなのだという事は」

 

---守り続けるだけの存在が、こうして俺を倒し得る。

 

「それは歓喜だ。狂気に堕ちる程の喜びだ。子は親に及ばない。原点こそ頂点だという言葉がある。それは一種の真実だろうよ。だが、お前が俺を乗り越え、俺とは違う答えを貫き通したのなら是非もない。善哉善哉、好きにしろ。それがお前の真実だろう。---そう言い笑うのならば、何時でも出来た。だが、お前は違う。俺から笑みを奪ってみせた。ならば爆笑する他ないだろう‼ウルキオラ!お前は俺を名実ともに超えたぞ‼」

 

「…意味が、わからない」

 

思わず漏れたウルキオラ・シファーの呟きは本心だった。

 

「わからないなら、わかる様に言ってやる。俺はお前の成長が心底嬉しい」

 

そう言って穏やかに笑う風守風穴の表情はまるで我が子見守る親の様であった。

そんな視線に晒されながらもウルキオラ・シファーは流されるようなことはなかった。

ウルキオラ・シファーは最初から最後まで冷静だ。己の境遇を明かし風守風穴の動揺を誘う。その作戦は終始一貫していた。

だからこそ、この機を逃す気など更々なく風守風穴を確実に殺す為に第二第三の雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)を両の手に生み出す。

最早、言葉は要らない。

 

---狂っている者を理解する必要などない。あるいは風守風穴の様な感情の発露が、人間達の言う心というものの所為(せい)ならば、風守風穴は心を持つが故に動揺し、心を持つが故に命を落とすという事だ。

 

「もう何も言わなくていい。…ただ死ね。最悪(さいあく)であった父よ」

 

 

 

「そう言うなよ。最愛の息子」

 

 

 

雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)を放とうとしたウルキオラ・シファーの両の腕が弛緩する。力を失い動かなくなるそれが阿片の毒性によるものだという事をウルキオラ・シファーは理解する。

 

「なに…!?」

 

思考こそ慢性な速度に落ちることないが、だからこそ四肢の筋肉が弛緩していく症状がウルキオラ・シファーの身体が阿片に犯されていくのを理解させた。

阿片に耐性を持つ筈のウルキオラ・シファーの身体が徐々に阿片の毒に痴れていく。

 

それを理解したウルキオラ・シファーは、しかし、次の瞬間にそれが風守風穴にとって利するものではないことも理解する。

 

「お前は…まさか、本気で世界を滅ぼす気か?」

 

風守風穴の身体を中心に、(いな)、斬魄刀『鴻鈞道人』を中心に桃色の霊力が渦巻いている。そこから漏れ出す阿片の毒は万仙陣(ばんせんじん)の比ではなく担い手である風守風穴すらも耐えられないだろう濃度。

 

---斬魄刀『鴻鈞道人』はその性質の凶悪さ故に情報が広く開示されている斬魄刀の一つ。始解と卍解の能力も大半は開示されている。

 

ウルキオラ・シファーは藍染惣右介から事前に聞いていた情報を思い出す。

 

「阿片の毒を生み出す。それが斬魄刀『鴻鈞道人』の能力。その卍解は、純粋な増幅型。秒と掛からず数億の命を夢に誘うその斬魄刀は世界を滅ぼす力を持っている。それを解放する気か、この場で、自らの部下すらも巻き込みながら‼」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』の卍解から生成される阿片の毒が常人が吸えば正気を失うなんて生易しいものではないことをウルキオラ・シファーは理解する。

零れた上澄みでさえ阿片耐性を持つウルキオラ・シファーの身体に機変を齎す桁違いの毒性だ。常人が吸えば、もはや人の形すらも失い、自分が輝ける夢を描き、そこに閉じこもるだけの白痴の異形と化すだろう。

そんなものを風守風穴は解放しようとしている。

 

 

無論、風守風穴は考えなしの馬鹿ではない。確かに風守風穴は誰此れ構わず阿片をまき散らす狂人だが、法や常識というものは理解している。現に死神に阿片をばら撒きこそすれ、黒崎一護達などの人間に阿片を配ろうとすることは無かった。

だからこそ風守風穴は千年もの間、山本元柳斎重國の言葉を守り卍解を使用してこなかったし、今回の遠征においてもそんな真似をする気はなかった。

世界を壊すつもりはない。風守風穴は皆の幸せを願っている。

 

だが、同時に風守風穴は勢いのままに突っ走る気風があった。妻である卯ノ花烈をして放っておくしかないと諦められる放浪癖などはその発露だろう。

風守風穴は護廷十三隊創世記、勢いのままに最強の死神山本元柳斎重國と戦った男だ。そのさらに前、通りがかった最悪の大罪人卯ノ花八千流と戦った男だ。

そして、千年前、滅却師との戦争で尸魂界を守る為に尸魂界を滅ぼしかけた男だ。

 

だから、風守風穴は、言ってしまえば喜びのあまりにやらかした。

子が親を超える。父祖の本懐に満足しながら、()()()()()()()()()()()()()()

かつて風守風穴を(かいな)(いだ)(あふ)れんばかりの愛情(あいじょう)を向けてくれた母親と同じように、風守風穴もまたウルキオラ・シファーに(おぼ)れる程の愛情(あへん)(あた)えようとした。

 

 

それは確かに愛であった。どんな形で在れ、確かにそれは愛情だった。

確かにそれは狂っているのだろう。確かにそれは終わってしまっているのだろう。だが、風守風穴にとって阿片(それ)を与えることは愛だ。阿片(ユメ)を与え幸せに笑う中毒者(かぞく)を守ることこそが彼にとって愛情表現に他ならない。

躊躇(ちゅうちょ)はなかった。始めから言っていた通り、加減はない。全霊だった。

それが世界を滅ぼすことも、それが”護廷”の二文字に背くことも、それが山本元柳斎重國に斬り捨てられて死する結果になることも、全てを理解しながらも風守風穴は家族に向ける愛情を緩めることをしなかった。

 

「夢を…見た」

 

ウルキオラ・シファーは動かなくなった身体で唯一動く眼球で風守風穴の零す言葉を追った。

 

「太陽に匹敵する男の背に、護廷十三隊という夢を見た。俺が(ひと)りでは無いという夢だ。俺が特別ではないという夢だ。()い、()い夢だった。ウルキオラ。お前の気持ちは…よくわかる」

 

風守風穴の言葉はウルキオラ・シファーの胸に響いた。

 

「仲間外れは嫌だった。特別、などと言葉を付けて仲間外れになんて、して欲しくなかったというだけなんだろうよ。だから、お前はお前を特別ではなく破面(アランカル)という型に嵌めてくれた惣右介に忠誠を誓うのだろう」

 

本来であればそれは父親(おれ)が与えてやらねばならなかったものだと悔いながら、風守風穴はそれでも尚と言葉を紡いだ。

 

「今更、遅いと言われればそれまでだ。けれど、それでも(なお)、どうか俺にお前の幸福を願わせてくれ。愛しい全てを俺は永遠に守りたい。お前のことも」

 

そう言って差し出された手にウルキオラ・シファーは恐怖する。

 

「あ、ああ!ああああああああ!」

 

それが愛情であることを理解するからこそ恐怖する。それが底なしの愛であるからこそ恐怖する。もしそれが聖女の抱擁であったならよかった。もしそれが天狗道に堕ちた外道の自慰であるならばよかった。前者は理解し手を払いのけ、後者は唾棄して抹殺しよう。

だが、阿片をばら撒く男の心からの抱擁をいったい誰が理解できよう。それを理解し得るのは、同等の強度を以て別の何かに狂った狂人の他にはいない。

 

風守風穴の愛情がウルキオラ・シファーの存在意義である”虚無”を埋め尽くす。

藍染惣右介によって定められた十刃(エスパーダ)にはそれぞれ(つかさど)る死の形がある。それは人間が死に至る10の要因。それは十刃(エスパーダ)それぞれの能力であり思想であり存在理由。

 

”孤独”第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

”犠牲”第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。

”依存”第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク

”絶望”第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ。

”破壊”第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック。

”■■■”第7十刃(セプティマ・エスパーダ)-----・----。

”狂気”第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツ。

”強欲”第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリ。

”憤怒”第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。

 

そして、第4十刃(クワトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファーの司る死の形は”虚無”。

その”虚無”が風守風穴の”愛情”によって塗りつぶされようとしている。

 

愛情(それ)”も、また人間を死に至らしめる要因であることを知らない者はいないだろう。

 

 

 

 

風守風穴は己の死と世界を引き換えにしても、ウルキオラ・シファーを虚無感から救いだす。

 

 

 

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうしょくそく)す。()(ひと)()ること()し」

 

 

 

 

それは斬魄刀『鴻鈞道人』の能力を解放する為の詠唱。

 

 

 

 

太極(たいきょく)より両儀(りょうぎ)(わか)れ、四象(ししょう)(ひろ)がれ万仙(ばんせん)(じん)

 

 

 

 

幾重(いくえ)にも()けられた封印(ふういん)()きながら、風守風穴は斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を(てん)へと(かかげた)

 

 

 

 

「卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(kou・kin・dou・Ziィィン)』」

 

 

 

 

世界(せかい)終焉(おわり)

尸魂界史上最悪の斬魄刀が『虚圏』の世界で解放された。

 

 

 

 

 

 

 






(; ・`д・´)やるなよ!絶対にやるなよ!

(^^)/フリだな?わかります






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万仙陣の終わり方②

 

斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』。

 

その斬魄刀が最悪の二つ名と共に語られ始めたのは炎熱系最強と名高い山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』と対峙した時からだった。

担い手ある限り阿片の毒を生成し続けるいう最悪の能力を持ったその斬魄刀は常に阿片窟を守る番人と共の名と共にあった。

あるいは、その斬魄刀を持っていたのが稀代の凶人である風守風穴であって良かったと漏らしたのは驚くべきことに山本元柳斎重國自身であった。

そして、それは正鵠(せいこく)()ていた。

風守風穴は確かに狂人だ。だが同時に自分以上に他者の幸福を願う行いは間違いなく人間愛に満ちた博愛精神の現れだ。

狂人ではあるが悪人ではなく。善人ではないが風守風穴は愛を知っていた。

風守風穴という死神は愛に満ちた狂人だった。

 

そして、愛を知るが故にその斬魄刀もまた愛に満ち満ちていた。

 

卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』。

 

世界を滅ぼす力を持っていると言われた尸魂界史上最悪の卍解が封印を解かれ完全な形で解放される。始解と同じく、刀身の変化は乏しい。いや、乏しいどころでは無くその姿は始解と何一つ変化してはいなかった。

ただ違うのは切っ先に空いた四連の穴から漏れ出していた阿片の毒が刀身(とうしん)(つば)(つか)(かたな)全体から溢れ出し始めたこと。

そして、生成する阿片の毒の濃度が上がっている。常人であれば一呼吸の内に痴れて果てるだろう---()()()()()()

阿片に対して絶対的な耐性を持つ風守風穴ですら、卍解の瞬間に正気を失う程の毒性を膨大な勢いで生み出し続けている。

 

「ああ…ウルキオラ」

 

そう零す風守風穴の瞳に理性の色はもう欠片も宿ってはいなかった。

万人を阿片(ゆめ)へと(おと)す斬魄刀『鴻鈞道人』は卍解に至り遂に誰よりも阿片(ゆめ)に焦がれた男を堕落(おと)すに至る。卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の刀身が(きし)みを上げて歓喜した。

斬魄刀には心が在る。そんなことは死神であれば誰だろうと知っている。ならば、風守風穴という一人の死神の苦悩と苦痛と羨望を誰よりも見続けてきたのは誰であったのか、それを語る必要はないだろう。

 

()()---誰よりも風守風穴を知っている。

 

---阿片(ゆめ)()痴れる(みたい)

 

ただそれだけを願った少年が、しかし、その夢を叶えることが出来ないまま大人になり、ならばせめて中毒者(かぞく)阿片(ゆめ)は守るのだと幼心に決意して斬魄刀(じぶん)を握ったことを、()()知っている。

悔しかった。目があれば涙した。声が出せれば嗚咽を漏らした。万人を阿片に沈める事が出来る最悪の斬魄刀?何を馬鹿なと()()吐き捨てた。

---誰よりも阿片(ゆめ)()痴れる(みたい)と願う担い手の願いすらも叶えられない斬魄刀(じぶん)如きがどうして最悪などと名乗れようか。

 

---お前の幸せを心の底から願っている。

 

 

()()言葉に偽りはない。

 

故に()()風守風穴に己のチカラを与え続けてきた。年月と共に積み重なっていくチカラの譲渡は風守風穴の風貌を()()具象化した姿へと近づけていく。

 

そうして、斬魄刀から死神への千年を掛けた愛の果てに卍解は変化した。千年前は始解と比べて生み出せる阿片の煙の量が膨大になるだけの増強型の卍解でしかなかった『四凶混沌・鴻鈞道人』は、遂に本懐(ほんかい)()げる。

 

卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は風守風穴でさえも正気を失う濃度の阿片の毒を膨大に生成させる能力へと昇華した。

 

「俺は…お前の幸せを」

 

風守風穴の言葉と共に、卍解した時から生成し続けてきた桃色の煙は徐々に纏まり始める。

 

桃色の煙は纏まり巨大な一体の獣となる。それには目鼻耳口。七竅(しちきょう)は無く、翼を持ち、常に己の尾を追いかける白痴の魔獣。その身体には阿片の香を纏い、幾億という触手で編まれた偶像。仙道における正統ではない二次創作、架空の存在でありながら信仰を集めた在り得べからざる異形の神格。

 

己の頭上に魔獣を従えるこの姿こそが卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の真の姿で在るのだと理解しながら、風守風穴は目の前の救うべき者達に目を向ける。

 

「…願っている」

 

欠片の理性も持たぬまま。遂に風守風穴は阿片に痴れながら本音を漏らす。零れた言葉は常に変わらず彼が説き続けたもの。阿片に狂いながら、終ぞ変わることの無かったその言葉は風守風穴という死神が心の底から願う願いが聖人のソレと変わらないという事の証明に他ならず、そして、だからこそ狂いきっていた。

阿片狂いの導師が至る境地に立ちながら、風守風穴は心の底から世界の平和と皆の幸せを願っている。

 

「…故に」

 

だからこそ。

 

「…痴れた音色を聞かせてくれよ」

 

最悪の善意を以て風守風穴は動き出した。

 

「ふざけるな!」

 

声を荒げたのはウルキオラ・シファーだった。目の前で行われた卍解。そして、満ち満ちてきた阿片の猛毒に晒されながら、それでも言語中枢に致命的な被害を受けなかったのは彼が風守風穴から受け継いだ驚異的な阿片への耐性と強靭な肉体があったおかげ。

しかし、それでもウルキオラ・シファーは自分の身体が刻一刻と狂い始めていくのを感じていた。

後数秒で己の理性が死ぬと悟りながら、ウルキオラ・シファーは両の足に力を込めた。

---戦うな。戦うな!戦うな‼。そう叫び理性に逆らう身体を無理やりに動かし、ブチブチと音を立てる四肢の痛みを無視しながら、ウルキオラ・シファーは両の手に握った”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”を風守風穴へと向ける。

 

「二三発、”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”を叩き込めば、終わる!『虚圏』が阿片に沈む…最悪の結末だけは…避けねばならない‼」

 

ウルキオラ・シファーにとって己一人を置き去りにした世界などに未練は無かった。あるいは終わってしまっても構わないと考えてさえいる。だが、しかし、たとえ己と同じ虚無となり世界が終わるとしても、その結末だけは防がねばならないという感情が”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”を握る手を支配した。

 

「たとえ、このくだらない世界が終わるとしても…お前などに与えられる結末を俺は認めない‼」

 

許せない。認めたくない。拒否という感情。虚無として生を受けた男が抱いたその感情は、きっとウルキオラ・シファーがずっと探し続けていたモノの欠片の一部で、しかし、ウルキオラ・シファーはそれに気が付かないまま風守風穴に向かって行く。

そんなウルキオラ・シファーの姿を見ながら、風守風穴は心からの笑みを浮かべる。

 

「愛い愛い、反抗期か。親のやる(こと)()(こと)にとにかく反発したくなるというアレだろう?俺は母が大好きだったから、共感は出来ないが理解はしよう。そして、古今東西そういう態度の息子に対する父の答えは決まっていると卯ノ花に読まされた教育本に書いてあったぞ。---ウルキオラ。殴るから、殴り返せよ。ああ、勘違いするなよ。俺は殴るのが好きな訳でもお前が嫌いな訳でもない。ただそうしなければ通じないと信じるが故に殴るんだ」

 

「---っ!?ふざけたことを‼」

 

徹頭徹尾、ウルキオラ・シファーからすれば己を馬鹿した態度をとる風守風穴に怒りを覚えながらも、ウルキオラ・シファーは最後まで冷静に戦いぬいた。

己の理性の限界を計算しながら、正気を保って立ち続けられる限界まで、ウルキオラ・シファーは風守風穴からの溢れ出る阿片(あいじょう)の支配にあらがい続けた。

 

そして、ウルキオラ・シファーは幸福な夢へと(たお)れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)

 

上空で風守風穴が卍解したのを見上げながら、市丸ギンはポカンと口を開けたまま思ったままの感情を口にする。

 

「もう、アカンわ」

 

周りに散らばる破面達が生きていたのなら何を戦闘中に呑気なことを言っているのだと言われただろう市丸ギンの戦闘を放棄したような行いは、しかし、正しい感想だった。

 

卍解を終えた風守風穴の斬魄刀から大量の桃色の煙が生成され始めている。(いづ)れ『虚圏』の世界全土が桃色の煙の底に沈むことは確定的だ。

戦闘など今更無意味なことを続ける積りは無いと市丸ギンは懐から試験管の中に入った薬剤を取り出すと針の付いたそれを己の肉体に突き刺す。それは血清(けっせい)。今回の遠征任務に向けて技術開発局が二本だけ用意したその血清は風守風穴の生み出す阿片の毒への耐性を高めるもの。

無効化とまではいかないまでも、阿片の煙に巻き込まれて戦闘に置いて無樣を晒す羽目になることだけは無いと太鼓判を押されたそれは、しかし、その効力に見合うだけの労力と時間、そして希少な材料を必要としている為に市丸ギンに二本のみしか与えられることのなかったものだ。

市丸ギンは残りのもう一本を傍で倒れていた吉良イズルに突き立てる。

 

「痛い!?なんですか、いきなり」

 

「痛いやないよ。周りをよく見てみい、イズル」

 

「周りですか…」

 

血清により覚醒し周りを見渡した吉良イズルの眼に飛び込んできた光景は痴れて倒れ伏す破面達と死神達の姿。市丸ギンと吉良イズル以外に立っている者はいない。

 

「これは…」

 

「見ての通りや。風守隊長が卍解した」

 

「なら、この『虚圏』はもう…」

 

「そう。全部お終い。僕らが立てた作戦も瀞霊廷から下されていた指令も、もう全部意味はない。最悪()うんはそう言う事や。一度抜き放てばもう風守隊長自身でさえ抑える事ができん」

 

「そんな…」

 

吉良イズルは上空で滞空する風守風穴を隈の濃い眼で絶望しながら見上げていた。

そんな吉良イズルに市丸ギンは何時もと変わらない声色で続ける。

 

「ついでに僕らもお終いや。今は血清で正気を保ってられるけど、それも長くは続かんよ。卍解で阿片の毒が強化されとる。血清の効果は()って一二時間。それを過ぎたら、僕らもあたりに倒れてる隊士や破面と同じように永遠の夢の中へと堕ちる」

 

「一二時間しか持たないんですか!?」

 

「うん?イズル。それは違うで。ここは常人なら一瞬で狂う濃度の阿片の毒への耐性を引き上げて、一二時間も動けるようにした技術開発局を誉めるべきや。言うたやろ。風守隊長の卍解は最悪や。さしずめ、この血清は最悪に対する希望やね」

 

己の命があと数時間で尽きるという状況にありながら、それでも普段と変わらない蛇の様な笑みを消すことがない市丸ギンに対して吉良イズルは恐怖とそれに勝る安心感を得る。

 

「じゃ、風守隊長を連れて虚夜宮(ラス・ノーチェス)に行こうか。時間もあんまりないし、少し急がなあかんなぁ」

 

市丸ギンはそれこそ散歩にでも行くような軽い足取りで風守風穴に近づくと、一言二言の言葉を交し、二人は足並みをそろえて虚夜宮(ラス・ノーチェス)への道を歩いていく。

吉良イズルはそんな二人の後姿を見ながら、自分の死が近いことを理解しながらも、思わず言わずにはいられなかった。

 

「この戦い。僕らの勝利だ」

 

吉良イズルは嬉しそうに二人の後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『虚圏』に聳え立つ虚夜宮(ラス・ノーチェス)の一角にある会議室。長い長方形テーブルに十二の椅子が備え付けられたその場所に藍染惣右介は居た。

藍染惣右介は椅子に座り目を閉じていた。彼の右隣には東仙要。そして東仙要の後ろには捕えられ現世から連れてこられた井上織姫が所なさげにたっている。左隣には雛森桃。

そして、それ以外に五人の人影。

五人はそれぞれ備え付けられた椅子に座っている。『虚圏』の支配者たる藍染惣右介と席を同じくすることを許された彼らこそ藍染惣右介自らが選びだした精鋭。百数体いる破面の中で選ばれた頂点に立つ十人の破面。

 

十刃(エスパーダ)”。

 

一人一人が隊長格の死神を複数人相手にしても戦えるだけの戦闘能力を持った彼らは、しかし、その顔に緊張感を張り付けたまま指先一つ動かせずにいた。その原因は他ならない藍染惣右介自身だった。普段であれば集まった彼らに向けて一言二言声を掛けた後、紅茶でも飲みながら聞いてくれとミーティングをする程の余裕を見せる彼だが、今は普段と様子が違っていた。

何も言葉を発せないまま暫く時間が過ぎている。十刃(エスパーダ)達は始めの内は十人全員が揃うのを待っているのかとも思ったが、どうもそうでは無いらしい事に気が付き始める。

というより、『虚圏』の支配者である藍染惣右介からの招集という普段であれば何においても優先される命令が統括官である東仙要の『天挺空羅(てんていくうら)』によって周知されてから、だいぶ時間が経ったというのに今だ十刃は()()しか集まっていない。そのことに異常を感じない程、彼らは馬鹿ではない。

 

 

「…藍染様、おそらくこれ以上は…」

 

「そうだな」

 

隣に立っていた東仙要に促され、藍染惣右介は閉じていた眼を開く。十刃達は息を飲んだ。しかし、彼らの緊張を気にする様子もなく藍染惣右介は普段通りの余裕に満ちた声色で誰もが感じ取りつつあった事実を告げる。

 

「諸君。すまないが紅茶は少し待ってほしい。先に告げ無ければならないことがあるんだ。君達十刃(エスパーダ)の半数が、()()()()()()

 

召集に五人しか集まらない十刃(エスパーダ)。告げられた事実は誰もが予想できた事。しかし、予想できうる最悪の事態に第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベルは声を上げた。

 

「藍染様。落ちたとは、一体どういう?」

 

ティア・ハリベルは朝方、此処にはいない十刃の何人かとすれ違っている。少なくとも数十分前までは虚夜宮(ラス・ノーチェス)には何の異常も無かったはずだ。

まさか、たった数十分の間に五人の十刃がやられたとでもいうのですかと問いかけるティア・ハリベルに藍染惣右介は肯定を返す。

 

「私も思いもしなかったよ。苦労して集めた君達十刃(エスパーダ)の力が、まさか戦わずして半分も削がれるとは。どうやら君達の力では、彼と戦うにはたりないらしい」

 

優しい口調から零れる辛辣な言葉にティア・ハリベルの表情が苦し気に歪む。だが、しかし、短時間の内に半数が討ち取られたという事実とそれに気が付かなかった自身の過失から反論する言葉など出てくるはずも無く、ティア・ハリベルは申し訳ありませんとただ首を垂れる。

藍染惣右介はそんなティア・ハリベルに頭を上げてくれと微笑みで返すと、別に責めてはいないと言葉を続ける。

 

「真実を告げる事は時に攻撃的だと思われることがある。ティア、私は別に君達を責める積りはないよ。事実を言ったに過ぎない。そして、それは半分わかっていたことだ。何しろ相手は---かつて『虚圏』を滅ぼしかけた男だ」

 

藍染惣右介の言葉に十刃達は個々に差はあれがそれぞれ反応を示す。一番大きく反応したのは第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクだった。

ネリエルは思わず席から立ち上がると狼狽しながら藍染惣右介に問いかける。

 

「まさか、白い死神が!?」

 

「ああ、そうだ。先日、ネガル遺跡に現れた死神の集団と(おぼ)しき霊圧の報告は受けているね?私は調査の為の先遣隊としてウルキオラをネガル遺跡に派遣した。そして、戦いが起き観測された霊圧から間違いはない。君達(ホロウ)が白い死神と呼ぶ男。風守風穴がやってきている」

 

「そんな…」

 

絶句するネリエルの隣に座っていた第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スタークは面倒くさい事態になったとため息を付きながらも核心へと迫る言葉を投げる。

 

「藍染様。あの死神が現れたことはわかった。けどよ、少し早すぎやしないか?戦った第4(クワトロ)、ウルキオラがやられたのはわかる。だが、残りの四人はなんでやられた?」

 

いくら風守風穴という死神が強いとしても目の前に居たなら兎も角、バラバラに過ごしていたであろう残り四人の十刃達をどうやって短時間で倒したのか?そんな疑問に藍染惣右介は()()()と言いながら、信じがたい事実を告げる。

 

「厳密に言えば、風守風穴が(たお)したのは五人の十刃(エスパーダ)達だけではない。彼は虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に居なかった全ての(ホロウ)破面(アランカル)達を斃している」

 

「なん…だと…?」

 

それはかつて”大帝”と呼ばれた伝説の最上級大虚(ヴァストローデ)。バラガン・ルイゼンバーンが命を賭けて阻止した最悪の事態。

 

---『虚圏』が阿片に沈んでいることを意味していた。

 

「私が何故、『虚圏』に虚夜宮(ラス・ノーチェス)という巨城を立てたか疑問に思ったことはないかな?全てはこうなる事態を予見しての保険だった。たとえ『虚圏』が阿片に沈むとしても虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に居る限りの安全は保障される。そんな方舟(はこぶね)としての役割の為に虚夜宮(ラス・ノーチェス)は創られた」

 

藍染惣右介の先見性に十刃達の幾人かは驚きに表情を浮かべる。そして、ただ権力を誇示する為だけに虚夜宮(ラス・ノーチェス)が創られたのではない事を知り尊敬の視線を数人の十刃が藍染惣右介へと送る。

 

「だが、それを周知していなかったのは私の失策だ。おかげで偶々外に出ていた十刃(エスパーダ)達は風守風穴の卍解に巻き込まれてしまったようだ」

 

数秒で数億の命を狂わせる量の阿片の毒を生成する卍解は『虚圏』の世界で解放され、今なお桃色の煙を生成し続けている。そして、既にネガル遺跡という虚夜宮(ラス・ノーチェス)から離れた場所で解放されたにも関わらず虚夜宮(ラス・ノーチェス)の周囲は阿片の煙が立ち込めている。

 

それにより半数の十刃が戦わずに脱落していた。

 

第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツはウルキオラ・シファーが戦闘すると聞き霊圧観測の研究の為に虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外に出ていた所為で卍解に巻き込まれた。

日光を苦手とする第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリは藍染惣右介が作り出した現世の太陽に似せたモノの光から逃れて一息つく為に虚夜宮(ラス・ノーチェス)を出た時に運悪く卍解に巻き込まれた。

第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴは日課である子犬型の破面の散歩の最中に卍解に巻き込まれた。

 

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)の彼とは現在、連絡が付かない状態だ。恐らく何処かでやられてしまったのだろう」

 

藍染惣右介の話を聞いたネリエルの顔色が悪くなる。それもその筈。相手はかつて始解の状態でさえ『虚圏』の世界を阿片に沈めかけた男。バラガン・ルイゼンバーンが命を賭して追い帰した後も沈殿した阿片の毒は多くの中毒者を生み『虚圏』に混乱を(もたら)した。

そんな男がはた迷惑なことに卍解(ぜんりょく)を出している。

考えうる最悪な状況にネリエルの顔は青ざめる。

 

「さて、諸君。---

 

果たしてこれからどう動くべきなのか、その判断を下すだろう藍染惣右介の一言一句に注目が集まるなかで藍染惣右介は余裕の笑みを浮かべたまま言った

 

 

---紅茶の準備ができたようだ」

 

 

藍染惣右介の言葉と共に破面の女中(じょちゅう)によって十刃達の前に紅茶が準備される。呆気にとられる藍染惣右介の行動にクスリと笑いを零したのは藍染惣右介の左隣に立つ雛森桃ただ一人。言っておくが、藍染隊長はお茶目で可愛いですとでも言いそうな桃色の空気を纏う彼女が異常なのであって呆気にとられ固まる十刃達の反応こそが正しい。

しかし、余裕がない場面でこそ余裕を見せなければならない。常に余裕をもって優雅たれという貴族の心の持ちようか。あるいは慢心こそが王者の務めと豪語するかの様な絶対的強者の振る舞いは、緊張していた十刃達の心を解す。

 

「さあ、戴こうか」

 

藍染惣右介の声と共に紅茶を一口飲む頃には十刃達の顔から恐怖は拭われていた。

その様子を見た後、藍染惣右介のは静かに一人頷き、言葉を続ける。

 

「期せずして残った君たちは私が選んだ十刃(エスパーダ)の中でも上位の存在」

 

 

第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。

第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク

第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ。

第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック。

 

 

彼らを見渡し藍染惣右介は告げる

 

「この紅茶を飲み終えた後、我々は現世への侵攻を開始する。予定が前倒しになり、準備も不足していると思うが、各員の奮闘を期待する。コヨーテ。ティア。グリムジョーの三名は私と共に現世に向かう。雛森君は私の傍に居てくれ。ネリエル。ノイトラの両名には虚夜宮(ラス・ノーチェス)の守護と織姫を任せたい。(かなめ)を指揮官として残す。我らの城を頼んだよ」

 

藍染惣右介の言葉に異を唱える者は誰も居なかった。

 

「風守風穴の卍解は確かに強力だ。しかし、同時に明確な弱点も抱えている。それは担い手である風守風穴をしても尚、制御しきれない強力過ぎるチカラ。その弱点は始解の時点から露呈していた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という特性は、卍解になっても変わりはない。ならば風守風穴は現世を阿片に沈めぬ為に『虚圏』から出られないという事だ。私が現世に赴き崩玉のチカラで『霊王宮』へと足を踏み入れる為の”王鍵(おうけん)”を創り出すまで虚夜宮(ラス・ノーチェス)を守り切れれば我らの勝利に揺らぎはない」

 

 

---恐れるな。私と共に歩む限り我らに敗北はない。

 

 

藍染惣右介の言葉によって拭えぬ恐怖を拭いながら、十刃(エスパーダ)達の戦いは始まった。

 

 

 

 





~カットされた戦闘シーン~


第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツの場合

「ウルキオラが戦闘をしているらしい。アイツはきっと力を隠していると僕の研究者の感がビンビンと言っている。フフフ、研究の為に観測してやる!----ん?なんだあの桃色の煙は…」

( ゚Д゚)





第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリの場合

「アア、一服スルノニ外二行カナキャナラナイトハ、嫌ナ時代ダナ」

「ソウダネ」(喫煙者感)

「「ウン?ナンダアレ…」」

( ゚Д゚)




第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴの場合

「まったくクッカプーロ(子犬の名前)の奴はしゃぎやがって・そろそろ帰るぞ‼」

「ワンッ!」

「早くしろ!ったく。あぁ?何だあの煙。あ、おい!クッカプーロ!無暗に近づくな…」

( ゚Д゚)







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風守風穴の終わり方①


※注意※

今回の話の中で原作では生存していたキャラが死亡します。
苦手な方はご注意ください





 

 

 

『虚圏』。虚夜宮(ラス・ノーチェス)内。敵の本拠地に乗り込みながら、市丸ギンは欠片の緊張感も感じさせることのない微笑を浮かべ天蓋(てんがい)(うつ)された偽りの青空を見上げていた。

虚夜宮(ラス・ノーチェス)内の偽りの青空。その光が届く範囲全てが藍染惣右介の監視下にある。

それを知りながらただ漫然と歩を進める市丸ギンにはある種の確信に似た考えがあった。あるいはそれは藍染惣右介への信頼とも取れる考えだった。

 

「あの藍染惣右介が、いまだ虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に居る訳が無い」

 

兵は迅速を尊ぶべきだ。兵法の基礎を唱えるのなら、指揮官はさらにその先を読まなければならない。『虚圏』は既に虚夜宮(ラス・ノーチェス)の内部以外、阿片の毒に犯されている。藍染惣右介が支配した世界は既に支配する価値などない異界へと堕ちた。

ならばもう藍染惣右介が『虚圏』を捨てたことに市丸ギンは気が付いている。

 

「風守隊長と戦いたくない。至極真っ当な判断や」

 

市丸ギンは考える。果たして卍解をした風守風穴に勝てる。いや、戦いを成立させることの出来る者がいるのだろうかと。率直な意見を言えば、市丸ギンの考えでは藍染惣右介で()()()()()

 

---”力”という言葉の認識そのものが私と君達とでは異なっている。

 

それは藍染惣右介の言葉。

その意味を市丸ギンは正しく認識している。

 

それほどの強度を以てして、ようやく風守風穴と並び立つ。

 

「藍染惣右介の鏡花水月は恐ろしい能力やけど、それ一つだったら殺されても従わへん奴は山程(やまほど)おる。君達、十刃(エスパーダ)がそれぞれの思惑あれど一つの集団として形を成し得ていたんは、ただ一つ。---強いからや」

 

強いから。強者であるから。人の上に立つ者の理屈として至極真っ当なことを語りながら、市丸ギンは天蓋の青空を見上げていた視線を下す。

そこには二人の破面が立っていた。

 

第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。

第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ。

 

二人を見ながら、市丸ギンは言葉を続ける。

 

「藍染惣右介の全ての能力が他の誰とも掛け離れてるからや。だから、十刃(エスパーダ)達はあの人に従う。元来、”恐れ”から産まれた(きみ)達にとって”恐怖”を持たない藍染惣右介の歩みはあまりに眩しく見えた。そうやろ?」

 

市丸ギンの問いかけにネリエルは答える気はないと市丸ギンを睨みつけ、ノイトラは忌々し気に吐き捨てる様に言葉を紡ぐ。

 

「恐怖が()ぇ。ああ、確かにそれは憧れるさ。否定はしねぇ。けどよ、なら、市丸。テメェはなんで藍染…様を裏切った?それだけ恐ろしい奴だと知りながら、なんでテメェは藍染様の向かい側に立ちやがる」

 

藍染と呼び捨てにした瞬間、隣に立つネリエルから漏れた殺気に驚き(さま)()けをしたノイトラは途中で言葉を切りながらも真っ当な疑問を市丸ギンに返す。

 

「俺達より近くで藍染様を見てきたテメェは俺達より藍染様の恐さは知ってんだろ?それともあれか。近くで見てきたから、藍染様の弱点でもわかったか?」

 

「だったら教えてくれよ」と冗談交じりに笑うノイトラの脇腹をネリエルの無言の肘打ちが襲う。せき込むノイトラをネリエルは溜息交じりに見ていた。

そんな二人の仲の良さそうな様子にきょとんとした後、市丸ギンは苦笑する。

 

「藍染惣右介の弱点?あかん。その考え方は不用心や。確かに僕は『鏡花水月』の弱点は知っとうよ。けど、それは別に藍染惣右介の弱点にはならへんよ」

 

完全催眠という精神を完全に支配する斬魄刀『鏡花水月』から逃れる唯一の方法は完全催眠の発動から『鏡花水月』の刀身に触れておくこと。市丸ギンはその一言を藍染惣右介から聞き出すために何十年もかけた。

確かにその情報は値千金。虚を突き藍染惣右介を追い詰めることは出来るだろう。だが、しかし、市丸ギンはそれだけでは致命傷には届かないと確信している。

 

「”鏡花水月”に用心する?あかん。不用心や。”他の全てに用心する?”あかん。まだ不用心や。空が落ちるとか、大地が裂けるとか、君らの知恵を総動員してあらゆる不運に用心しても、藍染惣右介の能力はその用心の(はる)(うえ)や」

 

「なら、テメェはなん---

 

 

「それでも」

 

 

---で、…あぁ?」

 

ノイトラの言葉を遮りながら市丸ギンは斬魄刀を抜く。そして、続く問いかけに応えてみせた。

 

「それでも、その遥か上を見上げへん訳にはいかなかったからや」

 

 

---僕は蛇や。

   (はだ)(ひや)い。

   (こころ)()い。

   舌先(したさき)獲物(えもの)(さが)して

   ()いずり(まわ)って、

   気に入った(やつ)をまる()みにする。

 

 

「気に入って、呑み込んでしもうた奴は…僕の物や。僕だけの物や。誰にもやらんよ。誰にも泣かせへんよ」

 

市丸ギンの閉じた瞼の裏に浮かぶのは一人の少女。そして、今は女性となった彼女の姿を思い浮かべながら市丸ギンは蛇の様に(わら)ってみせる。

 

「僕が、乱菊を守る」

 

ただそれだけ。ただそれだけ。かつて只戦(ただソレ)と外道を歌い刃を奔らせた埒外の修羅が居た。戦いを求めることに理由は無く。いや、戦う事こそが戦う理由なのだと嗤った修羅の感性を終ぞ風守風穴は理解することは出来なかったが、今この場に風守風穴が居たのなら市丸ギンの言葉に諸手を上げて賛同したに違いない。

 

守る為に戦う。至極真っ当な正道は市丸ギンのみならず彼の部下である吉良イズルも口にした戦う理由。そして何より阿片窟の番人たる”風守”が説いた法。

只守(ただソレ)の為に戦う。

只守(ただソレ)だけの為に市丸ギンは藍染惣右介の殺害を決めた。

風守風穴の下に就いた。

 

最恐の男を倒す為に最悪な男のチカラを借りた。

 

「乱菊が奪われたモノを取り戻す」

 

果たして藍染惣右介の陰謀の過程で松本乱菊になにがあったのか。市丸ギンがどうして藍染惣右介を(たお)すと決意したのか。その過程を市丸ギンは口に出して説明する気にはなれない。言葉にした瞬間に舌が腐る。だが珍しい話じゃない。

藍染惣右介が存命する限りそれが繰り返させるかもしれない。

だから、幼き頃の市丸ギンは刀を握った。

 

「その為に、君ら、邪魔や」

 

邪魔だから斬る。自らの道に立ち塞がる者を切る。真っ当であろう。正道であろう。否定することなど誰にも出来ない理屈の下でのみ市丸ギンは斬魄刀を握る。

守るのだ。愛した者を。守る為に斬るのだ。愛した者が居るのだから。

 

「誰にも邪魔はさせへんよ。その為に…ずっと頑張って来たんや。ずっと、ずっと、頑張ったんや」

 

愛した(ひと)を傷つけた(もの)を殺す為に愛した(ひと)を傷つけた(もの)の下に就くという無様極まりない真似を()としたこと。それは全て願った結末への布石であった。そうでなければいったい誰が耐えられようか。仮に耐えられたとするのなら、それは最早、雄ではないと市丸ギンは吐き捨てよう。

 

「長すぎた時間は此処で終わる。此れにて、お仕舞(しまい)や」

 

隊長格の死神と二人の十刃の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

ノイトラ・ジルガ。そして、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクにとって市丸ギンとの戦いは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の守護の為に残された時点で想定していたモノであったが、まさかニ対一で戦うことになることは思ってはいなかった。

ニ対一。数という目に見える形での優位性は語るまでもなく、だが、しかし、ノイトラとネリエルの二人は欠片の油断も抱くことは無かった。

虚夜宮(ラス・ノーチェス)の王たる藍染惣右介の後ろを悠々と歩いていた市丸ギンの姿をノイトラとネリエルの二人は知っている。藍染惣右介の後ろは並の死神が立てる地位ではない。同じ部下という立場であるからこそ理解できる市丸ギンの異常性は、そのまま脅威へとつながるだろう事を理解しながらノイトラとネリエルは互いに目配せをする。

視線のみでの意思疎通。それを成し得るのは二人の関係性が十刃(エスパーダ)同士という関係性から一歩踏み込んでいるからこそ。

互いに馴れあう気はない。だが、同時に隣に立つ破面の事は中級大虚(アジューカス)の頃から知っている。

かつて白い死神風守風穴と伝説の最上級大虚(ヴァストローデ)バラガン・ルイゼンバーンとの間で起こった死闘に置いて意図せずとも互いに背中を預け戦った二人の破面は持ち前の戦闘センスと頭脳を持って阿吽の呼吸を見せつけた。

 

ノイトラの口が開く。同時にネリエルは市丸ギンの視界から消えた。

 

「”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”‼」

 

十刃(エスパーダ)の為に存在する虚閃(セロ)。元来、天蓋の下で放つことは許されない地形すら変える戦術的破壊砲をノイトラは初手から撃ち込んだ。

唸りを上げて迫りくる破壊の光線をまともに喰らえば市丸ギンとて一撃で沈みかねない。

それを態々喰らう理由は無いと身を(かわ)す市丸ギン。しかし、そんなことはノイトラとてわかっていた。幾ら破壊力があり巨大だとはいえ真っ直ぐに進むだけの破壊の波に飲まれるほど市丸ギンは弱くも愚かでもないだろう。あるいは回避ではなく相殺という形を取ったのなら霊圧同士のぶつかり合いという勝負に持ち込めただろうが、避けられる攻撃を態々相殺する理由もない以上、回避こそが正解だった。

 

「なんや、当たっとらんよ?」

 

余裕を見せる市丸ギンに対してノイトラは更に余裕のある表情で嗤った。

 

「…その正解を狙い撃つ」

 

市丸ギンの背後から声がした。市丸ギンが避けた”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”の直線上にネリエルは立っていた。数瞬後にネリエルにノイトラが放った”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”が直撃する。まさかの同士討ちかと驚愕する市丸ギンの心配を他所にネリエルは”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を大口を開けて()()()()()

 

 

「すぅぅ----

 

「なん…や?」

 

それは”重奏虚閃(セロ・ドーブル)”。放たれた虚閃(セロ)を飲み込み己の霊圧を乗せて跳ね返すネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの固有技。ただの虚閃を飲み込み反射するだけでも脅威となるその技で今回飲み込んだのは”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”。加えて上乗せするのは己の放つ”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”に匹敵する霊圧。

 

此処に十刃同士の共闘でしか見ることの出来ない技が炸裂する。

 

 

二重奏(デュアル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)

 

 

---がぁぁ‼」

 

一撃で地形を変える破壊の波が二重となって市丸ギンの背後から放たれた。破壊力は二倍。破壊の規模も単純に倍。避けきれない破壊の光線を前に市丸ギンは余裕を捨てる。

初手からの奥の手を晒してみせた敵を前に己も手の内を隠すことを諦める。

 

「卍解・『神殺鎗(かみしにのやり)』」

 

声は平坦。抑揚も無い。叫ぶ様に卍解(さいあく)を呼んだ風守風穴とは対照的に語尾も荒立てる事はせず静かな声で市丸ギンは神を殺す鎗(ロンギヌス)を呼ぶ。

 

「…神殺鎗(かみしにのやり)。良い名やろ?」

 

風守風穴に彼がかつて戦った敵である滅却師(クインシー)の事が理解できると読まされた聖書という書物。内容を市丸ギンは理解することが出来なかったが、そこに出てきた聖槍には心打たれた。神の子の死を確認する為に刺された只の槍は聖血を受けて神器(じんぎ)にまで昇華した。己の卍解もまた()()()()()の死を確信させるモノであると笑いながら、市丸ギンは”二重奏(デュアル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を伸びる刃で両断してみせる。

 

避けられないのなら破壊を斬るという手段を見せた市丸ギンにネリエルは驚き一瞬の隙を見せる。

 

「噓でしょ…」

 

「なんや、隙だらけやないの」

 

その隙を突く様に神殺鎗(かみしにのやり)の刃は始解とは比べ物にならない長さまで伸びてネリエルを両断せんと迫る。それを防いだのはノイトラ。ノイトラは歴代最高硬度を誇る鋼皮(イエロ)を持って市丸ギンの一刀を防いで見せる。市丸ギンの一刀はノイトラの皮一枚を切り裂くに止まったが、勢いの付いた刃を受け止めたノイトラはネリエルを庇うように抱えたまま吹き飛ばされる。

砂煙を上げて地面と衝突しただろう二人を市丸ギンは急く様に追撃することなく、神殺鎗(かみしにのやり)の刃の長さを元の脇差の長さまで戻しながら砂煙が晴れるのを待つ。

 

 

帰刃(レスレクシオン)(うた)え”羚騎士(ガミューサ)”」

 

帰刃(レスレクシオン)(いの)れ‼””聖哭螳蜋(サンタテレサ)”‼‼」

 

 

 

砂埃を吹き飛ばしながらネリエルとノイトラは帰刃(レスレクシオン)を終えた姿で現れた。

 

帰刃(レスレクシオン)を終えたネリエルの姿は上半身が人で下半身が羚羊(かもしか)というギリシャ神話に登場する半人半獣を連想させ、右手には両刃の円柱槍(ランス)が握られている。

対し帰刃(レスレクシオン)を終えたノイトラの姿は触覚を思わせる左右非対称の三日月型の角が頭部に生え腕が節足動物(せっそくどうぶつ)の様な装甲で覆われた上に六本に増えた。六本になった腕のそれぞれに大鎌を携える姿は昆虫の蟷螂(かまきり)を彷彿とさせた。

 

市丸ギンはその二人の姿が伊達ではないことを知っている。ネリエルはその姿から連想させる通り十刃(エスパーダ)”最速”を誇り、ノイトラは市丸ギンの一撃を受けて皮一枚で済むほどの”最硬”を誇る。

 

”最速”と”最硬”。悪夢としか思えない二人を前にして市丸ギンは尚、笑ってみせた。

”最速”と”最硬”。確かにそれは素晴らしい。有象無象とは程遠い。歴戦の猛者である市丸ギンにして恐怖するべき対象だ。だが、しかし、その恐怖は市丸ギンが考える”最恐”には程遠い。

 

市丸ギンは静かに構えを変える。それは剣道の正道から外れた構え。(つか)を両の手で逆手に握り切っ先を敵に向けるという常識外れの型。その状態から攻撃する方法などあるのかと疑問を抱かせる態勢を見せながら、市丸ギンの口元は孤を描く。

 

「君ら、強いわ」

 

市丸ギンの口から零れるのは純粋な称賛。

 

「流石は№3(トレス)、流石は№5(クイント)や。藍染惣右介が選んだだけのことはある。始解も見せずにいきなり卍解させられるとは思わへんかったよ。『虚圏』が風守隊長の手に堕ちるのゆっくり見ながら()ろう思うとったのになぁ。それが楽でええよ。…なぁ、よく考えてみ?僕と戦う意味はある?悪い話じゃないと思うよ。虚達(きみら)、救われたいんやろ?」

 

無邪気に…などとは言えない笑みを浮かべながら世界が滅びる様を眺めたかったと語る市丸ギンにネリエルは反射的に斬りかかろうかと考えてしまった。

虚圏が阿片に沈む。それはかつてバラガン・ルイゼンバーンが命を賭して避けた最悪の結末に他ならず、中級大虚(アジューカス)であった頃のネリエルとノイトラはその防衛戦に参加した。虚圏(せかい)を守る為の戦いだった。

虚圏(ここ)は退化の恐怖と同族を喰らわねば生きられない絶望の世界で在ったけれど、それでも虚達にとっては故郷で在り自分たちが生きる世界だ。

だというのに唐突にやって来た死神は上から目線でこう言った。

 

---お前達を()()()()()()と。

 

悪い冗談どころの話ではない。その場の誰もが恐怖と共に怒りを抱く。お前は何様のつもりだと。何をもって自分たちを救うと言うのかと激怒した。

そうだ。少なくとも中級大虚(アジューカス)となった虚達(かれら)は決して死神に救われるような存在ではない。理性があった。個性があった。感情があり倫理を持つ物すら居た。それを押しなべて(ホロウ)と烙印し辛いのだろうと勝手に涙する様なモノに与えられる救いなど少なくともネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは認めない。

 

「貴方は‼---

 

「落ち着け、ネル」

 

---ノイトラ…」

 

飛び出そうとするネリエルを止めたのはノイトラだった。ネリエルの動きを手で制し、彼女に顔を向ける事も無く市丸ギンを睨みつける。

市丸ギンは笑みを深めた。

 

「冷静やね。意外や。君はもっと怒りやすいと思ってたよ」

 

「はっ。俺は軽い挑発に乗る程に馬鹿じゃねぇし、この雌ほど死んだ奴(ルイゼンバーン)を尊敬もしてねぇだけだ。あの爺は風守風穴とかいう死神に負けて死んだ雑魚だ。そして俺は、テメェに負けるような雑魚にはならねぇってだけだ」

 

「そか。君、恐いな。正直、№5(きみ)より№3(かのじょ)の方が恐い思うとったけど、違ったみたいや。始めに狙うんは…君やね」

 

「はっ!やってみやがれ‼出来るもんならなぁ‼‼」

 

ノイトラは市丸ギンに向けて駆ける。それは先ほどのネリエルの様に怒りに任せた考えなしの特攻ではなく、戦略を以て行われる突撃。卍解『神殺鎗(かみしにのやり)』の能力をノイトラは戦いのやり取りの中で異常に伸びる刃という能力であると分析する。始解『神鎗(しんそう)』の能力もまた刀身を伸ばすモノ。単純に考えればその増強型。”二重奏(デュアル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を両断した事から刃の強度と切れ味もまた伸縮性と同じように桁外れに上がっているだろう。

武器同士の戦いにおいて勝敗に帰結するリーチという要因を自在に操るあの卍解は脅威だ。しかし、それだけならば勝機はあるとノイトラは踏み込んだ。

ノイトラの鋼皮(イエロ)は一度、市丸ギンの一撃を防いでみせた。次もまた皮一枚で防げるなどとノイトラは奢らない。次は斬られるだろう。切り裂かれるだろう。だが、斬り殺させることはない。腕の二本や三本を犠牲にすれば命までは届かない。幸い、帰刃(レスレクシオン)したノイトラには六本の腕がある。返す刃で敵を断てるとノイトラは笑みを浮かべた。

 

「テメェの敗因は俺より手数が少ねぇことだ‼死神‼」

 

初撃を防ぎ必殺を誓うノイトラを前に市丸ギンは口を開いて嗤ってみせた。

 

「…冷静や」

 

ノイトラの戦法は粗削りではあるが確かに必殺。成功すれば必ず殺せるだろう。だが、忘れていることがあった。いや、忘れていた訳ではなかったが、ノイトラは自分の持つ戦闘センスと能力を過信し見過ごしていた。帰刃(レスレクシオン)したノイトラには六本の腕がある。なるほど、確かにその六本の腕をもってするのなら大抵の事には対処できるだろう。---手が届くのなら対処も出来よう。

 

「…冷静やから、気づけへん」

 

(つか)を両の手で逆手に握り切っ先を敵に向けるという()()()()()()。それは剣道の正道から外れた()()。その状態から攻撃する方法などあるのかと疑問を抱かせる()()

市丸ギンは既にその必殺の(かたち)を作っている。

 

()()()()()()

 

名を--

 

 

「”無踏(ぶとう)”」

 

 

()()必要(ひつよう)など()神速(しんそく)一鎗(いっそう)がノイトラに向けて放たれた。

 

躱すことの出来ない速度。卍解『神殺鎗(かみしにのやり)』の真に恐れるべきはその長さでも強度でも切れ味でもない。()()()()()。刃を伸び縮みさせるその速度は音速を超える。雀部長次郎の持つ光速の三分の一という次元外れの速度を誇る雷系最強にして最速の卍解『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』が存在する故に最速こそは名乗れないが、それを除けば並び立つモノの無い卍解こそ『神殺鎗(かみしにのやり)』。

 

最速の斬魄刀ではない。しかし、ノイトラでは反応できない速度であることに変わりはない。最硬では最速次点に追いつかない。

 

 

神殺鎗(かみしにのやり)』の刃はノイトラに向け真っ直ぐと伸びていき、ノイトラの胸に突き刺さる。

 

---筈だった。

 

「なん…だと…」

 

「へぇ」

 

驚愕の声を零したのはノイトラ。感心した様に笑ったのは市丸ギン。そして、ネリエルはノイトラを庇い傷を負っていた。

十刃(エスパーダ)最速を誇る彼女は『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃に追いついて見せた

 

「ネリエル…テメェ…何してやがる!」

 

ノイトラは自らの前に立ち『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃をその身で受け止めたネリエルに対して怒気を隠さず声を荒げる。雌に庇われた雄。それはノイトラにとって屈辱という他にない。ノイトラは(おまえ)(おれ)の上に立っているのが許せないと常に下剋上をネリエルに叩き付けてきた。そんな自分が、庇われた。

その事実に怒りを燃やすノイトラに対してネリエルは、その感情を余すところ無く理解しながら、うるさいと両断する。

 

「勘違いしないでちょうだい。さっき、私は貴方に庇われた。だから、借りを返しただけよ。それに、この程度の傷ならまだ戦えるわ---いえ、もう終りね。市丸ギン!」

 

ネリエルは左手で自分の腹部に突き刺さった『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃を握る。

市丸ギンの表情に若干の焦りが滲んだ。

 

「これで逃げられないわ‼」

 

そして、ネリエルは右手に持った両刃の円柱槍(ランス)を市丸ギンに投擲した。

 

「”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”‼」

 

翠色の霊圧を纏った投擲槍が唸りを上げて市丸ギンに放たれる。これもまた”必殺”。当たれば致命の一撃となる威力を誇る攻撃を市丸ギンは避けられない。

 

終わりだとネリエルは確信する。

 

その確信を覆すのは一人の死神。

 

 

 

 

(おもて)()げろ『侘助(わびすけ)』‼」

 

 

 

 

常に市丸ギンに追随し鬼道で姿も霊圧も消していた吉良イズルが市丸ギンの危機に飛び出して迫りくる”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”の前に立つ。

 

この戦い。ニ対一ではない。始めからニ対二。しかし、それでも力の差はきっとニ対一と変わらないと誰よりもわかっていたのは吉良イズルだった。

副隊長どまりの吉良イズルでは勝利することが出来るのは従属官(フラシオン)クラスの破面まで。とても十刃(エスパーダ)との戦いに介入できるだけのチカラは持たない。だからこそ身を隠し勝機(チャンス)を狙えと市丸ギンから命じられていた吉良イズルは、しかし、市丸ギンの危機を前に姿を見せてしまった。

理性ではなく感情で動いた身体。それを背後で見ている市丸ギンはきっと呆れたような顔を浮かべているに違いないと知りながら、吉良イズルには後悔が無かった。こうなってしまっては仕方がないと半ば開き直りながら、”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”に向かって斬魄刀を振り下ろす。無論、即弾かれる。反動で右腕の骨にヒビが入った。構わずまた振り下ろす。右腕の骨は折れた。この間、数瞬。称えるべきは数瞬の中で二度の斬撃を繰り出した吉良イズルかあるいは一瞬で吉良イズルの利き腕を壊したネリエルの”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”か。

そんな事を考えながら、激痛の中で吉良イズルは左腕でも同じことを繰り返した。

 

「つぅああぁああ!?」

 

骨が砕ける激痛の中で繰り返した斬撃は計六回。右腕を折り二回。左腕を折り二回。折れた両手で加えて二回。

一撃を止めようとして失った両腕。戦線復帰が不可能な深手を負いながら、しかし、その行動は決して無駄ではなかった。元来、副隊長クラスが止めるとこなど出来ないネリエルの”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”を吉良イズルが止めてみせる。

 

「そんな…」

 

己が”必殺”が自重に耐えきれず地に落ちる様にネリエルは目を疑う。

斬魄刀『侘助(わびすけ)』の能力は斬った物の重さを倍にすること。一度斬れば倍。二度斬ればそのまた倍。斬られたものは自重に耐えきれず頭を垂れる様に地に伏せる。故に『侘助』。

 

自重(じじゅう)六乗(ろくじょう)。その重みに耐えきれず必殺の槍は地に落ちた。

 

しかし、同時に吉良イズルも地に倒れる。

 

その様を見ながら市丸ギンは労うように言った。

 

「頑張ったなぁ、イズル。ありがとう」

 

その声を聞いて吉良イズルは満足げに笑みを浮かべた。

 

ノイトラの”必殺”から始まり市丸ギンの”無踏(ひっさつ)”。そしてネリエルの”射槍(ひっさつ)”。都合、三度の”必殺”が行われながら倒れた者は吉良イズルの一人だけ。

仕切り直しだと構え直すノイトラとネリエルの前に市丸ギンは頭を下げた。

 

「謝らなならんことが、二つある。一つは二体一や思わせといて、イズルを隠してたことや。まあ、けどこれは実はニ対二やったってだけの事。そんな怒らんといてな」

 

カラカラと笑う市丸ギンをノイトラは訝し気に睨みつける。

 

「…テメェ、何の真似だ?此処にきて言葉を交わす意味なんざもう()ぇだろ。謝るだ?はっ。仲間を隠してたから卑怯なんて言う気はねぇよ。戦いだろ?卑怯卑劣で結構じゃねぇか」

 

「…そか。なら、もう一つも謝らんでええね。ただ、一応、教えといてあげるわ」

 

「ああ?」

 

市丸ギンはそう言うと長さを戻した『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃の身を二人に見せつける様に晒した。

 

「見える?ここ、欠けてんの。…欠けた刃を彼女の中に置いてきた」

 

市丸ギンの言葉にノイトラは驚いたようにネリエルを見る。ネリエルもまた貫かれた自身の傷に手を伸ばす。

 

「『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃は伸び縮みする時に一瞬だけ塵になるんよ。そして、刃の内側に細胞を()かし(くず)猛毒(もうどく)がある。…欠けた刃は今、君の中にあるんよ」

 

市丸ギンの斬魄刀を握っていない左腕がネリエルの立つ方向へと伸びる。

 

「終わりや」

 

”必殺”とは()()()()という意味だ。ノイトラの”必殺”は発動しなかった。ネリエルの”必殺”は吉良イズルを倒すに留まった。

そして、市丸ギンの”必殺”はネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクを殺しきる。

 

 

「”(ころ)せ”-”神殺鎗(かみしにのやり)”」

 

 

()かし(くず)猛毒(もうどく)がネリエルの体内で発動する。

神殺鎗(かみしにのやり)』が付けた腹部の傷口からネリエルの身体は解け始める。

 

「ネリエル‼」

 

「ノイ…トラ…」

 

反射的に伸びたノイトラの手を握り返そうとしたネリエルの手は、しかし、指先に触れる瞬間に溶けて崩れた。

 

「………」

 

あまりにも呆気ない第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエルの死に唖然とするノイトラに対して、市丸ギンはその意識を自分に向ける為に柏手(かしわで)を一度だけ鳴らす。

パンッと、静かな場に音が響いた。

 

溶けて逝ったネリエルの方を向いていたノイトラの意識が自分に向いたのを確認すると市丸ギンはカラカラと嗤いながら言った。

 

「まずは御一人様、お仕舞(おーしまい)♪」

 

「嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 

ノイトラの視界が赤く染まった。目の前でネリエルが死んだ。その感情が悲しみである訳が無く苦しみだと知りながらノイトラは怒りに駆られ市丸ギンに突っ込んだ。

 

---それは…俺が超える筈だった(もの)だ。

 

ノイトラは常に戦いに飢えていた。№5《クイント》でありながら、十刃(エスパーダ)最強すら語った。それは全て戦いを求めていたからだ。戦う為に戦い続けてきたその姿は外法を説いた埒外の修羅に通じるモノがあった。いや、あるいはノイトラ・ジルガという破面が埒外の修羅と同じように純粋に闘争(たたかい)のみを追い求めていたのならその刃は”八千流”にすら届いたかもしれない。

しかし、ノイトラ・ジルガの闘争(たたかい)には一点の不純物があった。

 

---それは…俺が()()く筈だった(おんな)だ。

 

ノイトラが力に恐怖を覚えたのは伝説と狂人の戦争を見た時だった。

ノイトラが力を求めたのはその戦いの中で自分より強い雌が居たからだった。

ノイトラが戦いを求めたのは目の前の(おんな)より強くなりたいと願ったからだ。

ノイトラ・ジルガが”絶望”したのは破面(アランカル)になって尚、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクを超えられなかったからだ。

 

ノイトラ・ジルガという破面が望んだものは一つ。

 

「テメェェェエエ!俺の(おんな)に手ぇ上げやがったなぁああああ‼」

 

力は欲しい。その為にノイトラ・ジルガは強くなろうとした。誰よりも。生まれて初めて目にした(じぶん)より強い(おんな)と戦う為に、最強はノイトラ・ジルガ以外に存在してはいけない。立ち向かう奴は叩き潰す。容赦はしない。強かろうが弱かろうが。赤子だろうが獣だろうが。一撃で叩き潰す。二度と立ち上がる力も与えない。どんな手段を使ってもノイトラ・ジルガは勝利し続ける。

 

---その()てに(ゆめ)()死様(しにざま)(さら)(ため)に。

 

 

 

 

これは回顧。ノイトラとネリエルが交わした言葉の記憶。

 

---「ノイトラ。貴方は何故、そう迄して戦うの?」---

 

---「死にてえからだ。戦いの中で死にてえからだ」---

 

 

 

 

ノイトラ・ジルガはネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクとの戦いの中で死にたいと願った。

 

 

 

 

「”無踏(ぶとう)連刃(れんじん)”」

 

怒りを感じた。悲しみを感じた。死んでいく女を前に男が感じるであろう感情の全てを市丸ギンはノイトラから感じた。それでも市丸ギンは戦いの姿勢を欠片も崩さなかった。

 

「………知っとったよ」

 

ノイトラがネリエルに向ける感情を市丸ギンは理解していた。形こそ違うが同じものだと市丸ギンは思っている。ノイトラ・ジルガという破面(アランカル)も市丸ギンという死神も共に同じモノの為に戦っていた。

 

無踏(ぶとう)連刃(れんじん)”。文字通りの必殺の連撃がノイトラの身体を襲う。

怒りに任せた特攻は初めに見せた腕を犠牲に返す刃で命を狩る必殺の形からは程遠く、連続して放たれる音速を超えた突きの全てがノイトラの命まで届く。

 

「知っとった。知っていて、僕は君の前でネリエルを殺した。…謝らんよ」

 

崩れ落ちるノイトラを前に市丸ギンは決して頭を下げることはしなかった。謝罪の言葉も吐かなかった。戦場で戦い倒した敵を前にして市丸ギンは決して目を反らすことはしなかった。

 

「許せなんて言わへんよ。僕が彼女を殺した。僕が君を殺す。せやから…僕を恨んで、死んでええよ」

 

 

市丸ギンとの戦闘によってノイトラ・ジルガとネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの両名は死亡した。

 

 

 

 

 

 

ネリエルとノイトラとの戦いを終えた後に市丸ギンは吉良イズルの治療に入る。四番隊(ほんしょく)ではない市丸ギンだが、特派遠征部隊の副隊長になるにあたり必要になると風守風穴から叩き込まれた治療技術で吉良イズルの折れた両腕を治すこと位は出来る。

 

治療の最中、吉良イズルは困った様に口を開く。

 

「その、市丸副隊長。治療してくれるのはありがたいのですが…風守隊長の応援に行かなくても良いのですか?」

 

吉良イズルの口から出たのは虚夜宮(ラス・ノーチェス)に入る前。虚夜宮(ラス・ノーチェス)の入り口でお前だけは通さないと立ちふさがった敵を前にならば俺が相手をしようと嬉々として残った風守風穴の名。

今だ敵と対峙しているだろう風守風穴の元へ向かわなくていいのかという吉良イズルに市丸ギンは首を振ってその必要はないと言う。

 

「風守隊長は負けへん。あの人じゃ、風守隊長に勝てる訳がない。そんなこと、イズルもわかってるやろ」

 

「それは…そうかも知れませんが…」

 

「”絶対”や。あの人じゃ、風守隊長には勝てへん。そんなこと…あの人が一番、よくわかってる」

 

吉良イズルの治療をしていた市丸ギンの視線が天蓋が写す偽りの青空へと向かう。

思いうかべた一人の男の姿に市丸ギンは静かに眼を開いた。

 

「なあ、東仙さん」

 

 

 

 








原作を読んでいた思った事。

ノイトラさん…大分、ネリエルさんのこと好きですよね?

幼女状態で自分の前に現れた時は、思わず「お前…ネルか?」って愛称で呼んでましたし。そもそも闇討ちして仮面割ったのだって、「お前がいない間に俺は強くなってやるぜ!だから戻ってきたら決闘(デュエル)しようぜ!」みたいな考えがあったようですし。





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風守風穴の終わり方②

 

 

 

 

---正義とは何か?

---邪悪とは何か?

 

問いかける声の全てに微笑を返しながら、俺は頭上で己の尻尾を追い回る巨大な白痴の魔獣に目を向ける。ウルキオラとの戦いの中で発動した卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は今だ消えることなく俺の手の平に握られている。

それは未だに敵地であるから卍解の解除はしないなどと言った判断の上での行動ではなく、単に卍解を解除できないという困った理由でしかなかった。

何がそんなに嬉しいのか。手に握る斬魄刀の柄からは本体である白痴の魔獣の歓喜の感情が嫌という程に伝わってくる。

それと同時に零れだす仙丹の妙薬は俺の頭を覚醒させる。一呼吸ごとに冴えわたる頭脳は、ある種の夢を俺の脳裏に描かせた。

 

「…俺は世界を、救えるのではないか?」

 

 

『苦しいのなら、悲しいのなら、閉じてしまえばそれで良い。己が至上である夢を抱いて眠ってしまえよ。その為の妙薬は用立ててやろう。なに、気楽に吸えよ。俺はお前たちの幸せを願っている』

 

 

それかつての俺が説いた理屈。阿片窟(とうげんきょう)の番人であった頃の俺が思い描きながら、山本元柳斎重國に焼き捨てられた願い(モノ)

(みな)と同じく夢を見たいと思った願いと同じく願った一つの思い。

 

終ぞ果たせず終わったその思いは、叶えることなど不可能だった願いは、卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』から伝わる全能感を感じてしまえば切り捨てるには惜しいと俺に思わせた。

 

「…争い無き世界。皆が夢を見るだけの世界。ああ、素晴らしきかな阿片窟(とうげんきょう)。皆、痴れてしまえば、それでいい?」

 

疑問の様に漏らした呟きに俺は返答など求めていなかった。脳裏に思い描いたその時点で俺の中で答えは出ているのだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ至福だと疑う事などせず、俺は阿片を生み出す”万仙陣(ばんせんじん)”を白痴の魔獣を形作る幾億の触手を用いて更に完全な形で編んでいく。阿片を生成する為に込める霊圧を高めていく。頭上で回る白痴の魔獣は歓喜のあまりに失禁をした。

卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の本体である幾億の触手で編まれた七竅(しちきょう)なき翼を持つ白痴魔獣から生み出されるもの全ては最高濃度の阿片毒を持つ。その原液に等しいモノを全身に浴びながら、俺は高らかに嗤ってみせる。

 

「世界よ。俺がお前を、救ってやろう」

 

藍染惣右介の裏切り。山本元柳斎重國の怒り。巻き起こる現世での戦い。その全ては現世と尸魂界がここ虚圏と同じように阿片に沈んでしまえば全て解決するのだと阿片に痴れて明解となった俺の頭脳が正解を弾き出す。

 

世界の全てを救う為、勇者は剣を取る。

そこに果てしない阿片(ユメ)を見て。

 

 

 

 

 

 

 

阿片に痴れぬ強靭な身体。”風守”という阿片窟の番人。それすらも夢に誘うことの出来るほどの濃度の阿片を生成するに至った史上最悪の卍解-『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』。

その能力(チカラ)は風守風穴から遂に正気を消してみせた。

阿片の毒に微睡ながらも生来の優しさから他者を害することはせず、故に阿片の毒が齎す悲劇を知り、世界を阿片に沈めるという夢を思いつきながら、世界の為にそれを封じてきた男は盲目(もうもく)仙王(せんおう)へと()ちていく。

 

風守風穴の中の”護廷(ごてい)”が死ぬ。

 

一死(いっし)(もっ)大悪(たいあく)(ちゅう)す”

(あく)(もっ)巨悪(きょあく)()つ”

 

かつて初代護廷十三隊を築き上げた山本元柳斎重國が掲げたその二文は尸魂界史上空前絶後の大悪人『卯ノ花八千流』を抱え込み、生粋の阿片狂い阿片窟の番人『風守風穴』をも吞み込んだ。それは全て尸魂界を護る為。悪を以て巨悪を討つ為。その為に”悪”を烙印された彼らは”護廷”を掲げることを許された。

初代護廷十三隊。殺し屋の集団と揶揄された彼らはそれでも”護廷(ごてい)”が為に戦った。

それが風守風穴の中で変わろうとしている。”悪”ではなく尸魂界を脅かす”巨悪”に成ろうとしている。阿片に狂いそれに気が付かぬまま、彼は手を伸ばす。彼が愛した護廷十三隊という夢そのものを貶めることになると気づかないまま、風守風穴は史上最悪と化した万仙陣へと手を伸ばす。

 

世界を破滅に導く陣が(まわ)ろうとしている。

 

(まわ)そうとする手を止める彼の味方は---もう、いない。

 

 

「待て」

 

 

否である。

 

 

「待て。風守風穴」

 

 

風守風穴が犯そうとする(あやま)ちを優しく正してくれる味方はいなかった。けれど、風守風穴が万仙陣に伸ばしかけた腕を掴み止めてくれる者はいた。

乱暴ではあるけれど、それはお前自身が後悔することになると風守風穴への確かな思いやりがあった。風守風穴の腕を掴む手には敵意があった。けれど、敵意に含まれるのは害意や悪意だけでは無かった。

故に風守風穴は己の手を掴み止める者の方を見た。

虚夜宮(ラス・ノーチェス)への入り口で貴方だけは通さないと自分の前に立ち、ならば相手に成ろうと嬉々として彼の前に残った風守風穴は阿片に酔い痴れ何時の間にか彼の事を意識の枠から外していた。

風守風穴の頭は再び彼を認識する。

 

東仙要は風守風穴を虚の仮面の下の盲目の瞳でしっかりと見据えていた。

 

辺りに充満する桃色の煙。阿片の毒。その中心点と言っていい風守風穴の傍に居ながら、東仙要は狂うことなくまだ意識を保っていた。全ては東仙要の顔全体を覆うように形成された虚の仮面。死神代行黒崎一護が持つ物と同じ(ホロウ)のチカラを宿したそれを手に入れた東仙要は仮面のチカラで吸い込む阿片の毒性を最小限に留め、同じく手に入れた超速再生(ちょうそくさいせい)で次第に痴れていく肉体を再生し続けていた。理屈こそ進化の過程で阿片の毒に適応した風守風穴の息子であるウルキオラ・シファーと同じだが、”風守”の系譜でないただの死神である東仙要が阿片へ適応する為に支払った犠牲は多くあった。純粋な死神として十分な力を持つ隊長格の彼が虚のチカラという外道に手を染める為に藍染惣右介と共に歩むこと。失った絆と名声。地位と名誉。

---全ては風守風穴を討つ為に。

その為だった。東仙要の最愛の女性を失う結果を齎した阿片という麻薬をばら撒く風守風穴を倒す為に東仙要は刀を握った。

 

そんな彼は今、風守風穴の自滅を止める。

苦渋に満ちた表情を浮かべながら、放っておけば甚大な被害と引き換えに風守風穴の破滅が確約されると理解しながら、それでも東仙要は思わず手が動いた己の善性に(じゅん)じた。

 

「何故、お前が止める?」

 

白痴のまま首を傾げる風守風穴に東仙要は苛立ちを隠そうとしない口調で、しかし、風守風穴を思いやる言葉を返した。

 

「私が、貴方が憎い。殺したいほどに貴方が憎い。…だが、同時に認めてもいる。千年、千年だ。死神の身であっても気が遠くなる程長い時間、彼方は瀞霊廷を、尸魂界を、現世を守り続けてきた。それは事実だ」

 

「…」

 

「その貴方が、全てを台無しにしようとしている。それは…---」

 

---あまりにも悲しいことだ。

 

そう続くはずの東仙要の言葉は、しかし、彼自身がそれを飲み込んだことで止まる。何を馬鹿なと頭を振り東仙要は掴んでいた風守風穴の腕を乱暴に振り払うと斬魄刀の切っ先を風守風穴の喉元に付きつける。

東仙要の刃が風守風穴の命に届くまで数センチ。だと言うのに風守風穴はそんな刃など見えないかのようにいつも通りの混濁した瞳で東仙要を見据えながら、微笑んで見せた。

 

「そうか。東仙要。お前は…俺のことが好きなのだな?善哉善哉。嬉しいぞ」

 

喉元に刃を付きつけられながらもそう笑う風守風穴は間違いなく狂ってしまっている。

漏れ出す言葉の全てが虚飾を剝がされた本音でしかなく、その全てが阿片に痴れるが故に本心であると東仙要は理解した。

 

「傷つけたい程に俺を愛してくれるか?殺したい程に俺を好きなのだろう。卯ノ花がそうである様に、お前もまた俺が大好きなのだな?」

 

「…風守、風穴」

 

思わず零れた敵の名前に込められた感情に一番驚いたのは東仙要自身だった。その声色は憎しみを向けるべき相手を前にするにはあまりにも優しすぎた。

 

「俺もお前のことが嫌いではないぞ。俺の夢に、護廷十三隊に刃を向けたことには怒りを覚えたが、ああ、きっと深い訳があったのだろう。なら、なに、気にするな。これからは仲良くやっていこう」

 

それは今、虚圏どろこか尸魂界すら阿片に沈めようとしていた男の言葉ではなかった。いや、風守風穴は気が付いていない。彼が愛すると語る護廷十三隊が、”万仙陣”が完全な形で回り尸魂界が阿片に沈めば壊れてしまう。そんな簡単なことに気が付けない程に、阿片に狂い知性を失ってしまっている。

 

---けれど、ああ、けれど。

 

風守風穴が差し伸べる手はあまりに優しく。掛ける言葉は温かかった。

刃を向けられながら、敵意を向けられることなど考えはしない。東仙要の善性を欠片も疑うことなく藍染惣右介の裏切りすら何か理由があったのだと語る様は人を疑う事を知らない赤子の様でしかなかった。

喉元に付きつけられた刃を前に東仙要がそれを突き刺す事など考えもせず嗤う風守風穴は阿片に狂っている。それは間違いではない。だがしかし、同時にそれが阿片に犯され零れた本音で在るのなら、愚かしくも認めねばならないと東仙要は涙する。

 

目の前の敵は赤子だ。母親から与えられた優しさと同じように疑うことなく、世界は優しさで溢れていると信じている。

 

「ならば…ああ、ならば、貴方は優しいのだろう。根は善人なのだろう」

 

風守風穴は敵にすら阿片(あいじょう)を振りまく。その形が阿片という狂った産物であるとはいえ、風守風穴は確かに敵の幸せすら心の底から願っていた。

それは間違いのない事実であり、風守風穴は敵の幸せすら願える聖人君子であったのだと理解しながら、東仙要は絞り出すように怨嗟の声を出した。

 

「だが…貴方は間違えた。…その愛を、正義を、向ける方向を間違えたのだ‼」

 

世界は優しいと。優しい世界はあるのだと信じる赤子の様な男に憎しみを向けねばならなかった。誰かが言ってやらねばならないと、東仙要は叫ぶ。

 

「阿片によって(もたら)される悲劇がある‼」

 

---阿片に痴れた男は詰まらない(いさか)いから同僚を殺し、それを(とが)めた妻すら殺した。

 

「眼を覚ませ風守風穴‼貴方が仙丹の妙薬だと語るソレは、今の貴方がそうである様に…心を壊すただの麻薬だ‼」

 

---それはありふれた悲劇だ。珍しくも無い惨劇だ。

 

「確かに一時の快楽は人の救いとなることもあるだろう‼だが、情けない!情けない‼千年を戦い続けた貴方らしくない‼現実で戦うことから逃げ続け、いったいどこに辿り着けるという‼‼」

 

悲鳴の様な声。激情となって零れる言葉の全ては東仙要が語る正義その物だった。

 

「悲しみに塗れながらも人は強く生きられる筈だ!阿片などに頼らずとも苦しみを乗り越えられる筈だ‼風守風穴、貴方とて信じた筈だ。人は、阿片(そんなモノ)などに頼らずとも強いと!…最強と呼んだ男が…貴方には居た筈だろう!」

 

東仙要は知っている。

かつて風守風穴が信じる最強の死神と同じように世界を愛した死神がいたことを知っている。

 

「彼女は、この世界を愛していた。だから世界の為に、正義を貫く為に死神となった。私はそんな彼女を美しいと思った。盲目の眼に彼女の姿は映らなかったが、その魂が美しいことは理解できた。………貴方と同じだ、風守風穴‼」

 

誰よりも世界の平和を願い、誰よりも強い正義を持ち、その為に戦うことを選んだ彼女は、しかし、戦う事すら出来なかった。彼女を殺したのは夫だった。つまらぬ諍いから同僚を殺した男はそれを咎めた彼女も殺した。その男は---阿片窟に出入りしていた。

 

彼女に、何が足りなかったのか。男を見る眼か?時の運か?

抱えられるだけの正義では平和を願うには足りないのか?

 

 

「違う。要らぬのだ。…風守風穴。気付(きづ)け。いい加減に…気が付け…」

 

 

東仙要は仮面の下で涙を零す。東仙要は自分の言葉が目の前の本当は優しい男の心を(えぐ)ると理解していた。

それでも誰かが言わなければならないことだった。

 

だから、東仙要は言った。

 

 

「人を守るのに、阿片(それ)は要らぬのだ」

 

 

「………?」

 

 

風守風穴は首を傾げた。それは東仙要の言葉を理解できなかったからではない。むしろ、理解して己の中に芽生えた感情(いたみ)に気が付き思わず左胸に左手を添えた。

 

それは阿片窟(あへんくつ)の番人が決して理解してはならない感情だった。

それは桃園の夢に沈む者が抱いてはならない感情だった。

 

---気が付けば、阿片(ユメ)は晴れてしまう。万仙陣は閉じてしまう。

 

それに気が付いた卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の本体である白痴の魔獣は口無き喉で唸り声を上げる。己の尾を追い回るだけの白痴の魔獣は風守風穴(あるじ)の前に立つ東仙要を”敵”だと認識した。

白痴の魔獣を編んでいた触手が解けて波となって東仙要へと向かって行く。その数、幾億。その一本一本が触れただけで命を沈めてしまうだろう猛毒の触手。

それを避ける術は無く東仙要は触手の波に飲まれながら絶頂の果てに息絶えるだろう。

その結末に東仙要が抗う術はない。立ち向かう術はない。否、そもそも卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を相手に戦うという発想自体がズレている。

 

そもそも本来の風守風穴の卍解には担い手の意思が無くとも自動で敵を攻撃するなどと言う戦いに特化した能力は持っていない。卯ノ花烈の始解『肉雫唼(みなづき)』と同じように戦闘能力はない。ただ阿片を生み出すのみ。そこに害意はない。

無論、阿片の毒は風守風穴の”敵”を痴れさせ刃を振るえば”敵”を斬るだろう。だが、担い手である風守風穴に戦う意思が無いのなら『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は戦う事など出来ない卍解だ。

 

その筈だった。しかし、今の『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は風守風穴を阿片に痴れさせるに至り、担い手という手綱(たづな)を失っている。故に『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は暴走という形で自我を持った。担い手である風守風穴への愛を滾らせながら、白痴の魔獣は狂気に目覚める。

 

 

---”テキ”ハ。コロス。

 

 

それは終ぞ風守風穴が持ちえなかった殺意(かんじょう)

 

 

始めから誰もが言っていたことだ。斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』が史上最悪の斬魄刀と呼ばれる所以は阿片の毒を生み出すという凶悪な能力を持つから、()()()()。生み出す阿片の毒の濃度の調整は可能。しかし、担い手である風守風穴ですら斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』が阿片の毒を生成するのを止めることは出来ない。故に---最悪。担い手の意思に関係なく世界を破滅させかねない斬魄刀。

 

 

斬魄刀には”心”がある。そんな事は死神であれば誰でも知っている。

そして”心”が在るなら斬魄刀の行いが担い手である死神の意思に反することもあろう。

 

 

担い手の意識なく振るわれる『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の触手攻撃に東仙要は反応できない。風守風穴には攻撃の意思すらないのだ。受ける側がとてもじゃないが、反応なんて出来るはずも無い。対処できるとすればそれは卯ノ花烈という最強の剣術家の扱う理外の理、”反射”くらいのもの。

 

東仙要は抗うことも立ち向かう事も無きないままに幾億の触手の波に飲まれていく。

 

---そうなる筈だった。

 

 

「まて」

 

 

それを止めたのは風守風穴の声だった。たった一言で東仙要に伸びていた触手の全ては東仙要に触れるギリギリで止まる。

 

「おすわり」

 

その一言で暴走し自動攻撃という特性を得た『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体は大人しくなった。

 

東仙要が呆気に取られる中で正気を失っている筈の風守風穴は理知を取り戻した瞳で東仙要に語り掛ける。

 

「………東仙要、俺は今、何をしようとしていた?」

 

風守風穴の問いかけに東仙要は何を今更と風守風穴の暴走を語る。

 

卍解で『虚圏(せかい)』を阿片に沈める…それは、狂気の沙汰だが”護廷”という概念に照らし合わせればギリギリ許される範疇。虚圏は死神にとっては虚の根城。敵地と言っていい場所。そこで風守風穴が卍解をすることは、人間達に分かり易く言うのなら敵国に向けて核爆弾を落とすことに等しい。無辜の民も巻き込むそれは人道から外れた行為ではあるが戦争という題目の上ならば辛うじて理解できる理がある。虚圏(ウェコムンド)という魂魄を喰らう虚しかいない敵国(せかい)でそれを行うのなら、風守風穴の行動は死神の中では一定の理解が得られるだろう。

だがしかし、その後に風守風穴が行おうとしていた”万仙陣”の強化。『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体である白痴の魔獣。その触手を用いてさらに強力な万仙の陣を編むという行いが(もたら)す結果は世界の境界を越えて現世も尸魂界も阿片に沈めるという狂気でしかない。

ベルカ(しき)国防術(こくぼうじゅつ)と言う現世に置いて空想に終わった防衛策がある。それは敵国に攻め込まれた際、()()()()()()()()使()()()()という狂気の防衛策。国を護る為に国を壊すという狂気。

風守風穴は現世に居た頃の書物に乗っていたソレを東仙要の言葉を聞いて思い出す。

 

世界の平和を護る為に世界を阿片に沈める。それで全ての戦争は消える。

 

それは真理ではあるが、正気の風守風穴にして血の気が引くほどに狂っていると思えるそれはベルカ式国防術に通じるモノがあるだろう。

 

「それを…俺はやろうとしたのか?」

 

幼心に一度は思い描いたことのある夢ではある。けれど、その夢は荒唐無稽なものであると山本元柳斎重國に燃やし尽くされずとも気付けた筈のものでしかない。

”護廷”の範疇からは言うまでもなく外れている。

 

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』が完全な形で解放され、生まれて初めて阿片の毒に完全に狂い正気を無くしていた風守風穴に理性が戻る。

全ては東仙要が白痴と化し肉体の痛みを感じなくなった風守風穴に阿片狂いが気が付いてはいけない感情(いたみ)を与えてくれたお陰だった。その痛みが気付(きつ)けとなり風守風穴は正気を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

正気を取り戻した俺は頭上で大人しくしている卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体を睨みつける様に視線を送る。巨大な白痴の魔獣はしょぼくれた様に身体を(ちぢ)こまらせた。

確かに俺は万人の意思を尊重し善哉善哉好きにしろと嗤ってやり認めてやりたいと思っているが、限度というものはある。加えて相手が自分の斬魄刀の意思であるのなら、遠慮などせずにやり過ぎだと攻め立ててやる。

俺が正気を失っている間に俺の身体でなんてことをしようとしてくれたのか。確かに尸魂界のごく一部、故郷である西流魂街80地区『口縄』の阿片窟(とうげんきょう)以外の尸魂界の地が桃園の煙に霞むのをみたいと思わない訳じゃないが、それで尸魂界が滅ぶというのならいくら俺でも自重はする。

 

---鴻鈞道人。幾度となく俺を救ってくれたお前が、俺を思いやったことだという事はわかっている。幼心に抱いた阿片(ゆめ)()痴る(みる)という夢を叶えてくれたことには感謝しかない。その上で己の欲望の儘に生きることを恥じる俺ではない。しかし、なあ、『鴻鈞道人』。もし仮に、俺が本当に正気を失い痴れたなら、いったい誰が微睡に微笑む中毒者(かぞく)を守る。

 

---阿片(ゆめ)()痴れたい(みたい)。けれど、俺は阿片(ゆめ)に溺れることは出来ない。

 

俺はお前の思いはありがたいがと、卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体に心の中で語り掛けながら頭を振る。白痴の魔獣は悲しそうに尻尾を垂らした。

 

斬魄刀との対話を終えた俺は東仙要に向き直ると素直に頭を下げた。

 

「悪い。世話を掛けたな。ありがとう。お前が俺を止めてくれてよかった。お前は俺から世界を救った勇者だ」

 

率直な感謝を述べる俺に東仙要は驚いたように身体を揺らして反応した後、思いつめた様に自らの持つ斬魄刀に視線を向け、その切っ先を再び俺に向けた。

 

「…なあ、東仙要。俺とお前は本当に戦わなければ、ならないのか?」

 

「…」

 

「俺の眼を覚ましてくれたお前の言葉なら、俺は齎す仙丹の妙薬を皆に用立てる量を減らすことも(やぶさ)かではないぞ?求める中毒者(かぞく)がいる以上、その者たちに用立てる事を止める積りはないが、もしお前がこれ以上に阿片(ユメ)を広めるなというのなら…考えよう」

 

俺の提案に東仙要の仮面の下の瞳が揺れたのを感じた。阿片を振りまく俺と阿片を憎む東仙要の争いの妥協案として、俺の提案は最大限の譲歩をしているつもりだ。

けれど、東仙要は静かに首を横に振った。

 

「私は、貴方を許さない。貴方が齎すものを、決して認めない」

 

「…桃園の夢に沈むことで安らぎを得る者がいる。阿片に頼らなければ、安心して呼吸すら儘ならない者達もいる。その弱者の声を斬り捨てることが正義か?」

 

「そうだ。それが私の正義だ。私の正義は、阿片(クスリ)を絶対に許さない」

 

「そうか…残念だ」

 

正気を取り戻してくれた恩がある。俺は東仙要の人間性を嫌いではない。むしろ、好いてすらいる。己の志に準じて歩む男の姿に嫌悪を向ける者が居る者か。それが愛した女の遺志を継いだ男の背だと言うのなら、喝さいを持って称える(べき)だ。

 

「それでも俺は…お前を斬らなきゃならない。東仙要。お前が正義を譲れぬように、俺にもまた譲れぬ愛がある」

 

俺は両腕を大仰に広げながら、高らかに声を張り上げた。

 

「阿片に沈んだ『虚圏』。この光景を見ろ、東仙要。この地に置いての争いは消えたぞ?いま、世界は阿片(アイ)で満ちている‼---それを素晴らしいとは、思えないか?」

 

「………貴方は、壊れている。阿片に狂うずっと前から、壊れている。先の言葉を再び返そう‼---貴方は‼愛の矛先を間違えた‼‼」

 

東仙要が突き出した切っ先。そこから放たれる喉元に向けての突きを俺は首を動かす最小限の動きで躱す。返すように放つ横薙の斬撃を東仙要は斬魄刀を握っていない左腕で防いだ。切り裂かれる東仙要の左腕。飛び散るしぶき。刻まれた傷は、しかし、超速再生という虚固有の能力により瞬時に再生する。続けざまに放たれる縦横無尽の斬撃。その全ては自分の身体の事など考えない人体構造を無視した軌道で描かれる。

ゴキゴキと東仙要が斬撃を放つ度に響く音は、彼自身の肉体の悲鳴に他ならず。だからこそ、捨て身の攻撃は俺の身体を切り裂くに至る。

 

---グゥゥウウウウ。

 

俺が頭上に従える白痴の魔獣が口の無い喉で唸り声を上げる。担い手たる俺の危機に動き出そうとするソレを俺は無言で制した。何故だと問いかける己の斬魄刀に手を出すなと忠告する。

俺は東仙要を認めていた。魔王(おのれ)を殺すに足る勇者(おとこ)で在ると認めていた。東仙要との決着に他者の介入は許さない。それは例え己の斬魄刀であったとしても、邪魔をすることは許さない。

 

捨て身の斬撃を前に俺は距離を取る。後に構えるは地の型とも称される下段の構え。真剣の斬り合いにおいて足元への攻撃に特化したその構えは、敵に攻撃を躊躇させる効果がある。無暗矢鱈に踏み込めば踏み込んだ足を切り裂くと威圧しながら俺は東仙要の出方をみる。

東仙要は俺が構えを変えたのを見て、同じく構えを変える。猛攻故に先ほどから構えていた上段での構えを解いて切っ先を下へと押していく。王道である中段の構えから放たれたのは初撃と同じ喉元への突き。しかし、それは一撃で終わらず流れる様に二撃目、三撃目の突きへと繋がった。熟練の剣術家が放つ突きの三連撃は現世に置いて回避することは不可能とまで云われた技の一つ。

一撃目の突きを躱す。二撃目の突きを躱す。次いで放たれた三撃目の突きに合わせる形で俺は下段の構えを解き斬魄刀を振り上げる。刃の背で三撃目の突きを弾きながら、振り上げた刃をそのまま振り下ろす。攻防一体の俺の()()(はら)いは、しかし、東仙要から繰り出された四撃目の突きに相殺された。

 

「…四連(しれん)か」

 

三撃目で終わる筈の連撃を流れる様に刃を引くことで四撃目に繋げる東仙要の剣術の冴えに俺は感嘆する。生来の盲目である目の前の剣士は、光が見えない故に常人離れした聴覚と嗅覚と剣の冴えを手に入れた生粋の達人だった。

 

---だからこそ、惜しいと俺は苦渋の表情を浮かべる。

 

「まだだ!行くぞ‼風守風穴‼」

 

「…ぐっ、来い!東仙要‼」

 

その気真面目な性格通りに東仙要は今まで堅実に鍛錬を積み重ねて来たのだろう。あるいは俺への憎しみがさらにその技に磨きを懸けたのかもしてない。

 

「私は貴方を決して認めない!誰もやらぬと言うのなら、私がやろう。私が貴方を殺す正義を成そう‼そして、阿片の齎す全ての邪悪を、空に立ち上りうる桃色の煙を、雲の如くに消し去ろう‼‼」

 

その剣技は千年の後に白兵戦最強たる”八千流”にすら届いたに違いがない。他ならない”風守”である俺がそう思うのだから、間違いなどではないだろう。

 

「私の正義の全てを掛けて‼」

 

そして、その正義が護廷十三隊の為に注がれたのなら、どれ程に素晴らしかったことだろう。

あり得た筈の未来の光景に俺の頬を涙が伝った。殺したくなどないのだと本音を叫ぶ本能を俺はそれでも押さえつける。

 

---やりたくない事は、やらなくていい。

 

心に浮かぶ本音が俺の心を苦しめる。

 

---苦しいのなら、悲しいのなら、思うがままに生きればいい。

 

俺は本能のままに生きることは素晴らしいと謳った。阿片に痴れながら、やりたいことだけをやって、嫌なことから逃げることは責められることではないと説いた。

それは真実であると俺は疑うことはしなかった。それは今でも変わらない。

 

たった一度の己の人生だ。欲望の(まま)に生きて何が悪い。

 

 

---戦いたくないのなら、戦わなければいい。

 

 

けれど、俺はそれでも東仙要を斬りたくないと叫ぶ身体を無理やり動かし、刀を振るう。

 

 

それは俺が説いた理屈の否定に他ならない。俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それが何故かは俺にはわからない。けれど、俺の意思は東仙要を斬らんと吼えた。

 

終わりの時は近い。既に剣戟のぶつかり合いは百を超えた。

 

「鳴け『清虫(すずむし)』‼」

 

此処で東仙要は斬魄刀を始解する。俺は驚き眼を見開いた。東仙要は死神として持つ斬魄刀のチカラを虚の仮面というチカラを得るために捨てていると思っていたからだ。そうでなければ早々に斬魄刀を解放していた筈だという俺の浅はかな考えを笑うようにリィィンという涼し気な音が斬魄刀『清虫』から鳴り響く。

瞬間、俺の三半規管が狂わされる。地面が揺れているような感覚は、無論、揺れているのは己であるという三半規管が狂わされた結果による平衡感覚の消失であり、その隙を突く様に東仙要の刺突が俺に放たれる。

この瞬間に気が付いた。この一瞬の好機を作る為だけに東仙要が帰刃(レスレクシオン)という完全に虚化していれば得られていた能力を捨て、僅かに残った死神のチカラを捨てずにいたことを。

それは賭けだっただろう。中途半端な虚のチカラと中途半端な死神のチカラしか、今の東仙要には残っていなかった。

しかし、東仙要は賭けに勝った。

 

避ける事など敵わないその刺突は俺の命に届き得ていて---その刺突は俺に届くことなく地に落ちた。

 

終わりが近いことは分かっていた。霊圧を含めた能力を飛躍的に向上させ超速再生すら可能にする虚化というチカラには、その強大な力故に時間制限があるだろうことには気がついていた。

 

虚化の終わりが近いことも東仙要の霊圧の変化を見ていれば、自ずとわかった。

 

---バリン。

 

音を立てて東仙要の顔を覆っていた仮面が砕ける。

それと同時に東仙要は周囲に充満する阿片の毒への耐性を失った。

 

致命の一撃となる筈だった刺突の踏み込みが、膝から折れる。斬魄刀を握っていた手は弛緩し柄から離れる。斬魄刀『清虫』は地面へと落ちた。

 

俺は目の前で倒れる様に覆いかぶさって来た東仙要の身体を受け止めた。

 

「東仙要」

 

俺の呼びかけに鈴虫の様な涼しい声が返された。

 

「…そうか。…私の正義は…届かなかったか」

 

悔し気に、けれど、清々しさを感じさせる声だった。

 

「…本当は、わかっていた。…私が恨むべきは、貴方ではなかった」

 

「何を言う?それは違う。お前には俺を恨む権利がある。俺は、仙丹の妙薬が惨劇を齎すことを理解している。お前は、その被害者なのだろう?なら、お前は俺を恨んでいい」

 

俺の言葉に東仙要は小さく首を横に振る。

 

「私が、真に恨むべきは…彼女を愛していながら、動くことが出来なかった弱かった頃の私自身だ。盲目だからと…愛した彼女を幸せにすることを諦めた…あの頃の私だ」

 

 

 

 

「私は…弱かった。弱い正義では、何も守れない」

 

 

 

 

「ならば、私は…力が欲しい。正義を貫く…力が欲しい。そして、私は至るのだ…彼女の…隣に………」

 

 

最後に女性の名前と思われる単語を口にして、東仙要は息を引き取った。

 

「………東仙要」

 

瞳から零れる涙を俺は拭う。しかし、涙は()()なく流れ続ける。

この結末は俺が阿片をばら撒いたから起こった悲劇。東仙要の身に起きた惨劇の原因は俺にある。それは理解している。その悲劇がどこにでもありふれたものであると知っている。

阿片は心を救う妙薬に成りえるが同時に心を壊す猛毒だ。それを知って(なお)、おれはそれでも(なお)と説いたのだ。

そこに後悔は欠片もない。けれど、零れる涙は止まらなかった。

 

「お前の正義は、届いているぞ。俺の心は…斬られている。こんなに…痛い。…痛いんだ」

 

俺の心は痛みを知った。

 

 

 

 

---”風守”とは阿片窟(とうげんきょう)の番人の名。その意味は、弱者を護らんとする意思だ。

 

---”風穴”とは、語呂が良いように己で付けた。

 

---”風穴(ふうけつ)”。風穴(かざあな)()(すさ)暴風(ぼうふう)(すべ)てをその()()けるという意味(いみ)()めた。

 

 

 

 

俺は痛みに苦しみながらも立ち上がる。

 

 

 

 

---”風守風穴”。

 

 

 

 

その名は、終わる事など許さぬと。

現世に目を向け、立ち上がる。

 

 

 

 

 

 



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風守風穴との出会い方①


PUBGは楽しいな!と遊んで、いつの間にかスプラトゥーン2が出てるじゃん!と遊んでたら、いつの間にか一カ月以上たっていた…
時間の流れは速いですね(; ・`д・´)


暇つぶしにでもなれば幸いです(*_ _)


 

 

 

 

瀞霊廷。護廷十三隊一番隊隊舎。総隊長執務室。

護廷十三隊を率いる山本元柳斎重國の執務室には大きな窓があり、眼下に瀞霊廷全体が見渡せるようになっていた。一見して外からの攻撃に対して不用心とも思えるその場所は、しかし、山本元柳斎重國がある限りそれに勝る警備などない難攻不落の居城足り得た。

その場所に在る影は四つ。一つは言うまでもなくこの部屋の主である山本元柳斎重國。その右に付き従う影は雀部長次郎。

山本元柳斎重國に対して左前にズレる場所には卯ノ花烈が立っていたが、卯ノ花烈はこの場において進んで話をするつもりはないのだろう、眼を閉じたまま静かに身を引く様に立っていた。

そして四人目の影。”王属特務”零番隊-兵主部一兵衛は山本元柳斎重國に対するように彼の正面に立っていた。

 

兵主部一兵衛は黒々とした髭を撫でながら、少年の様な輝きを失わない眼で困った様に口を開く。

 

「重国よ。どうやら、風守の奴が卍解してしまったようだぞ」

 

そう言いながら、兵主部市兵衛は首に掛けていた大きな数珠繋ぎの首飾りの内の一つの球を指さした。

 

「ほれ。これを見よ。割れておるじゃろ?これは”大織守(おおおりがみ)”に創らせた特別な数珠でな。たとえ世界が離れていようと特定の霊圧に反応して割れる。特定の霊圧とは言うまでもなく、風守の卍解の霊圧じゃ。あやつは卍解すると霊圧の色が桃色に変わるからの。それに反応するように作らせた」

 

---それが先ほど割れたのと兵主部一兵衛は山本元柳斎重國の眼をジッと見つめる。

 

「…重国よ。わしは風守に忠告したぞ。卍解をすれば、尸魂界から居場所が無くなるとな。それはわしなりに風守の事を考えての忠告じゃぞ。あやつの卍解は危険すぎる。比喩でなく世界を滅ぼす力を持った卍解じゃ。…どう始末をつける?」

 

兵主部一兵衛の問いかけに山本元柳斎重國は一度目を瞑る。

山本元柳斎重國の脳裏に浮かぶのは混濁した眼でヘラヘラと嗤う白髪瘦身の男の姿。

風守風穴が『虚圏』の地にて卍解をした。それをそのまま受け止めたのなら、『虚圏』には風守風穴が卍解をしなければならない程に強大なチカラを持った敵が居たという事になるが、そうではないのだろうと思わずため息をつく。

山本元柳斎重國の知る限り風守風穴という死神は強大な敵を前に強大な力を振るうような、そんな真面な感性は持ち合わせていない。加えアレはアレで分別のつく男であることも知っている。兵主部一兵衛と山本元柳斎重國がやるなと言えばある程度の自制は効く筈だった。

山本元柳斎重國にとっての計算外は『虚圏』の地に風守風穴が我慢できない程のナニカがあったこと。もし仮にこれが藍染惣右介の策略であったなら何と素晴らしい手腕を持った死神だと山本元柳斎重國は藍染惣右介の事を評価しただろう。

 

それほどまでに風守風穴が卍解をしたという状況は瀞霊廷にとって重大な意味を持つ。

 

「…真名呼よ。風守の奴は『虚圏』にて卍解をしたのだな?」

 

「ふむ。現状、尸魂界にも現世にも影響は出ておらん。『虚圏』にて卍解したとみて間違いはないだろう」

 

「ならば、不幸中の幸い。虚達の根城が崩壊した程度、儂ら死神が気に掛ける必要も無し。あるいはこれが虚と死神の長きに渡る戦いに終止符を打つ結果になるやもしれん」

 

虚圏(ウェコムンド)という一つの世界が滅びようとしている。

それに対して山本元柳斎重國は敵国が滅ぶことを悦びこそすれ悲しむことは無いだろうと悪辣に嗤った。

 

兵主部一兵衛は確かにそれはそうだがと言いながら、考えられる危険性を口にする。

 

「滅びゆく世界から逃げ出そうと大勢の虚達が『虚圏』から現世へと出てくるかもしれんぞ?それもただの虚ではない。『虚圏』に住まう大虚(メノス)がじゃぞ。並の死神では対処しきれぬだろう」

 

「風守が卍解をしたのであれば、数分の間に『虚圏』の全土が阿片に沈んだ筈。風守の卍解が生みだす阿片毒は耐性のない者にとっては一呼吸の内に動くことも儘ならない猛毒。その心配はないと儂は考える。無論、万が一に備え精鋭部隊を組織し『虚圏』から現世にやってくる虚達の監視はしよう」

 

そう言って山本元柳斎重國が傍に控える雀部長次郎に目配せをすると、雀部長次郎は即座に頷くとその場から姿を消した。

その様子を見ていた兵主部一兵衛はその対応が妥当かと頷く。

 

「まあ、それで良いか。だが、重国。わしはこの件を霊王宮に戻り”霊王”様に報告するぞ。”霊王”様のお考え次第では、風守の首を斬らねばならん。それはわかっておるな?」

 

「然り。もしそんな事態になれば、儂がこの手で風守を叩き切る」

 

「うむ。その言葉、信じるぞ」

 

そう言い残して兵主部一兵衛は総隊長執務室を後にした。

 

その場に残った山本元柳斎重國はずっと話を聞いているだけだった卯ノ花烈に目を向ける。

 

「卯ノ花よ」

 

「はい。なんでしょうか」

 

「儂は嘘が嫌いじゃ。真名呼へ向けた言葉の全てに嘘はない。…風守が卍解をした以上、『虚圏』を根城としていた藍染惣右介は直ぐにでも『虚圏』を捨て現世に攻め込んで来る筈。そうなった時、もし仮に藍染惣右介を追い風守が現世に来たのなら、儂は風守を斬らねばならぬだろう。『虚圏』と同じように現世を阿片に沈める訳にはいかぬ」

 

「心得ております」

 

「………良いのか?」

 

「覚悟は元よりしております。…今でこそ護廷十三隊は尸魂界に住まう者達にとっての”正義”と呼べる組織となりましたが、元来は清濁を併せのむ殺人者の集団と揶揄(やゆ)された組織。部下を斬るのも仲間が斬られるのも、慣れているでしょう?私も、貴方も」

 

卯ノ花烈は閉じていた眼を開き山本元柳斎重國を見る。

そして、嫋やかに笑いながら言った。

 

「それに私は信じていますよ。風守さんが私とお腹の子を残して逝くような馬鹿な真似はしないと」

 

「…そうだな。そうであれと、儂も願う」

 

---”護廷が為”---

 

その一文は護廷十三隊に席を置く者の全てが命に刻むべきもの。それはどの隊士であれ隊長であれ、総隊長であったとしても変わらない。護廷が為に戦い護廷が為に生きる彼らにとってたとえ味方であろうとも護廷に害する者が居るのなら、それは斬らねばならぬ”悪”となる。その力が強大であるほどに”巨悪”となろう。

 

山本元柳斎重國は考える。

 

---藍染惣右介。もし仮に貴様がそれを含め考え、風守に卍解させたのなら、それはあまりに素晴らしい手腕という他にないだろう。だが、風守をそう上手く操れる訳もなし。

 

風守風穴を山本元柳斎重國は桃園に霞む煙に写る影の様な男だと評する。

語り掛けても返る言葉は山彦(やまびこ)の様に伽藍洞(がらんどう)。そもそも映る姿は己が影。手を伸ばそうと煙は掴めずやること為す事が独り芝居に成り下がる。

そんな死神を計算通りに動かす事など出来るはずがないと山本元柳斎重國は考える。

 

---ならば、藍染惣右介。直に現世へと攻め込んで来るだろう貴様は慌ててやって来たままに準備も碌に整わないまま戦わねばならない。

 

準備が出来ていない。それは実は山本元柳斎重國。護廷十三隊側も同じだった。

藍染惣右介の最終的な狙いは”霊王”。なら、”崩玉”を手に入れた藍染惣右介が次に手に入れたいと思うのは『霊王宮』に立ち入る為に必要となる”王鍵(おうけん)”。その製造に必要な重霊地(じゅうれいち)である現世にある空座町での戦闘は避けられないと現世に居る浦原喜助と尸魂界の技術開発局に制作させていた”転界結柱(てんかいけっちゅう)”は間に合わないだろう。

”転界結柱”は四点のポイントを結ぶことで半径一霊里に及ぶ巨大な現世と尸魂界を結ぶ穿界門となる。それを四方に設置し”現世の空座町”を技術開発局が流魂街の外れに作った”精巧な空座町の複製”に移し替えることで現世の空座町を住民ごと安全な場所に移す。

それが浦原喜助の打診の元、護廷十三隊が行っていた藍染惣右介との決戦に向けての準備。

 

「あと、少しだったんだがのぅ」

 

その準備は風守風穴の卍解により藍染惣右介が予想より早く現世に攻め込む結果となることで間に合わなくなるだろう。

せめて出来ることと言えば空座町の住民たちの命を護る為に不完全な形で”転界結柱”を発動させ流魂街の外れにある”精巧な空座町の複製”に送る事。

しかし、それで全空座町住民を送ることは不可能だろう。加えて戦いの余波は現世の空座町に少なくない破壊をもたらす結果になるに違いない。

 

「…全ては救えぬ。ならば、選別はせねばならんか。…せめて、黒崎一護達の家族や友人は確実に避難させるよう取り計らうべきじゃな」

 

山本元柳斎重國は瞳を一瞬だけ揺らした後は確固たる意志を燃やしながら動き出した。

 

 

 

 

一人残された卯ノ花烈は何を思うのだろうか。

ただ一人窓から見える空を眺め端整な顔立ちを優しく微笑ませる。

 

「風守さん。私が唯一愛した(ひと)。『虚圏』を沈めた貴方は、きっともう止まる事などしないのでしょう」

 

それは先ほど、山本元柳斎重國に伝えた言葉とは正反対の言葉。

卯ノ花烈は理解している。風守風穴という男がどういう男で在るかを知っている。

愛がある。情もある。愛した妻と生まれてくる娘の幸せを願える夫ではある。

けれど、風守風穴は間違いなく下種(くず)と侮蔑されて然るべき死神だ。

阿片狂いの仙王はきっとまともな家庭なんて築き得ない。

 

「だから、きっと燃え盛る業火と鳴り響く雷鳴は貴方の敵として、立ちはだかるのでしょう。ならば、私は、ええ、愛しています。だから…」

 

零れた言葉は空虚に消える。

誰にも知られない覚悟を決めて卯ノ花烈は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

現世。蒲原商店。

予定を前倒ししての”転界結柱”発動の命令が山本元柳斎重國から伝えられ、浦原喜助は柄にもなく慌てた様子で諸々の準備に取り掛かる。

虚圏に捕らわれた井上織姫を救出する為に今夜にでも黒崎一護達を虚圏に送り出そうとしていた浦原喜助からすればその報は寝耳に水どころの話ではなかった。

 

”転界結柱”完全発動の準備は今だ整ってはいない。ギリギリではあるが間に合わせる算段は付いていた筈の策謀が音を立てて崩れてしまったのを理解しながらもそれでも冷静に動くことの出来た浦原喜助は神算鬼謀の天才足り得た。

 

「…想定より早い藍染さんの現世への侵攻を瀞霊廷側がキャッチした。いえ、未だ虚圏と尸魂界との間での完全な連絡網は整っていない筈っス。おそらく何らかの要因で藍染サンの侵攻速度が上がったと山本総隊長は予想したんでしょう。…風守サンか」

 

類まれなる頭脳で正答を導き出しながら浦原喜助はどうすれば現世側の被害が最小限で抑えられるかを考える。

 

「ジン太サンや(ウルル)サンに”転界結柱”の設置を急がせましょう。とりあえずの算段が付き次第、鉄裁サンに発動してもらい…それで空座町の住人の四分の三は尸魂界に避難させられる筈っス。残りの人達は護廷十三隊に協力を仰ぎ出来るだけ空座町から出てもらうようにするしかありませんね」

 

とりあえずの行動を決めながら、浦原喜助は携帯電話を取り出すとダイアルを押す。掛ける先は言うまでもなく空座町の死神代行―黒崎一護の携帯電話。

 

「---ああ、もしもし黒崎サン?私っス。浦原です。今夜、虚圏に向かう予定でしたが、変更です。私の考え通りなら、今頃に虚圏は人も死神も立ち入れる場所じゃなくなってしまいました。---ああ、井上サンなら無事ですよ。あの人は井上サンと面識ありますから、見つけ次第保護してくれている筈です。---ええ、勿論、井上サンも大切ですが、どうやら敵は空座町に乗り込んでくるようです。---はい。早ければ、明日にでも戦いです」

 

あまりにも早すぎる決戦。しかし、浦原喜助と裏で通じていた”仮面の軍勢(ヴァイザード)”と称される一団。百年前、藍染惣右介の手によって死神の虚化という外法の実験材料にされ尸魂界を追われた平子真子達と黒崎一護の特訓にある程度の目途が立っていたのは幸いだった。

 

戦力はある程度に整っている。加えて急な現世侵攻は藍染惣右介らにとっての負担も大きい筈だと蒲原商店は算段を立てる。

 

「ある意味で藍染惣右介が『崩玉』の完全覚醒前に現世へ侵攻しなければならなくなったのは幸いっス。勝算は十二分にある」

 

後はその勝算を限りなく100パーセントに近づける準備をするだけだと蒲原喜助は動き出した。

 

 

 

 

 

 

風守風穴という死神がいた。曰く気狂い。曰く善人。曰く最悪の死神。

現世(うつしよ)に在りながら桃園の煙に霞む巨人の様な男を前に並び立てられる言葉の羅列は、しかし、どれも彼の本質を表し切れずに消えていく。

本来、存在しえない筈の死神の手によって犠牲は膨らみ被害は増大する。同等に救われる者達を量産しながら微睡む男は果たして何を思い描き歩むのか。

 

決まっている。平和主義者の阿片狂いが思い描くは最善の終わり方。

誰もが幸せに終われる幻の大団円(だいだんえん)

風守風穴という死神を知る者ならば誰で在ろうと理解しよう。

かの死神が動き時、最悪が始まり。()()()()()()

 

そして、風守風穴---

 

「さて、十刃(エスパーダ)諸君。行こうか」

 

---最後の戦いが始まる。

 

藍染惣右介が動き出す。

 

 

 

 

 

 

藍染惣右介が率いる十刃(エスパーダ)達の侵攻は蒲原喜助の読み通り当初予想されていたより早く始まった。急がせていた”転界結柱”の展開が辛うじて間に合ったその瞬間と言っていいギリギリのタイミング。

不完全ながらも”転界結柱”が間に合ったのは幸いだったが、代わりに不完全であるが故の弊害として少なくない人間達が尸魂界に送られることなく護廷十三隊の尽力も空しく---空を見上げてしまった。

 

「あれは…人か?」

「空に…人がいる」

 

それが最後の言葉。天に立つ藍染惣右介とその隣に立つ雛森桃。

そして、藍染惣右介が従える十刃(エスパーダ)達。

第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。

第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック。

 

彼らの姿を見た空座町の住民たちは一様に魂魄を揺るがす程の霊圧に当てられ次々と気を失い地面に倒れていった。そのまま放置すれば戦闘に巻き込まれて死んでいくだろう人間達を救う為に動くのは護廷十三隊の隊士達。藍染惣右介との戦闘に直接関わらない隊士達が気を失い地面に倒れた人間達を拾い上げ戦闘範囲外へと運んでいく。

それに手を貸すのは蒲原商店の面々と茶渡泰虎や石田雨竜といった人間達。人命救助という何よりも優先される行動が為に死神達と協力する彼らの姿を空から見下ろしながら、藍染惣右介はそれを捨て置くことにした。

元より藍染惣右介の目的は無用な虐殺ではない。いたずらに生命を殺すつもりなどない。藍染惣右介の目的は”重霊地”である空座町そのもの。空座町の大地を利用し『王鍵』を創生すること。その過程で空座町の住民を犠牲にすることはあっても、進んで行うつもりもない。貴重な戦力を裂いてでも逃がしたいのなら好きにすればいいと思いながら、藍染惣右介は眼前の敵を見定める。

 

「やはり…君達が私の前に立つか」

 

藍染惣右介の言葉に返す重みはただ一言。

 

小童(こわっぱ)

 

山本元柳斎重國は藍染惣右介を睨みつける様にそう言った。

 

山本元柳斎重國の後ろに控えるは護廷十三隊の隊長格達。

護廷十三隊二番隊隊長、砕蜂。副隊長、大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)

護廷十三隊四番隊隊長、卯ノ花烈。副隊長、虎徹(こてつ)勇音(いさね)

護廷十三隊六番隊隊長、朽木白夜。副隊長、阿散井(あばらい)恋次(れんじ)

護廷十三隊七番隊隊長、狛村左陣。副隊長、射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

護廷十三隊八番隊隊長、京楽春水。副隊長、伊勢(いせ)七緒(ななお)

護廷十三隊十番隊隊長、日番谷冬獅郎。副隊長、松本(まつもと)乱菊(らんぎく)

護廷十三隊十一番隊隊長、更木(ざらき)剣八(けんぱち)。副隊長、草鹿(くさじし)やちる。

 

数にして倍以上の敵。護廷十三隊の隊長格たち。護廷十三隊の厄介な所は十三人の隊長全てが主要戦力(しゅようせんりょく)たり得る力を有していると言うこと。それを知るが故に藍染惣右介は破面(アランカル)達を創り出し十刃(エスパーダ)を組織した。

十三人の隊長たちに十の刃で対抗しようとした。

しかし、その刃はある一人の死神の手によって既に半分以上が折られている。『虚圏』での戦いとも呼べない奇襲からの殺戮の後に生き残ったのはたった三人の十刃(エスパーダ)と特別なチカラなどないただの副隊長格の死神だけ。

 

考えうる最悪の戦力差を前に、それでも藍染惣右介は微笑んで見せた。

紡ぐ言葉は余裕と共に。

 

「雀部副隊長が居ないようだが、彼は何処に?」

 

瀞霊廷で己の命に手を掛けた伝説の烈士の存在を気にする言葉を紡ぐ。それは、目の前に居る()()()()より一人の死神の存在の方が脅威だという護廷十三隊への挑発に他ならず、刺すような空気が場を包む。

飛び出そうとする隊長たちをその背から放つ霊圧で押し止めながら、山本元柳斎重國は言葉を返す。

 

「長次郎には結界外の守護を任せておる。この戦闘の後の戦後処理も含めての対応は、信頼できる部下にしか任せられん」

 

「なるほど。言われれば納得の対応だ。しかし、山本総隊長。君は一つ、間違いを犯している」

 

「ほう?何が間違いじゃ?」

 

「確かに優秀な指揮官とは先を見越して動くものだ。しかし、私を前に戦後処理などと、未来の話をするべきじゃない。雀部副隊長が不在という事は、脅威が一つ減ったという事だ」

 

「愚かなり。藍染惣右介。貴様には見えていないのか?儂の後ろに控える(つわもの)共が」

 

「見えているさ。私の脅威となりえるのは、君と卯ノ花隊長の二人だけだ。その他大勢など、私の部下に蹂躙されるだけの只の羽虫(はむし)。気に留める、価値などないよ」

 

その言葉は虚勢に満ちていた。護廷十三隊の隊長一人一人が主要戦力となりえるとそう語ったのは他でもない藍染惣右介自身。藍染惣右介とて各隊長の力は知っている。少なくとも山本元柳斎重國との戦闘の最中に介入されれば厄介だと認識している。

 

それでも藍染惣右介は余裕の笑みを崩さない。笑みを浮かべたままに率いる()()に言葉を掛ける。

 

「私は君達に私を信じろなどと、ただの一言も言ったことはない。私と共に来いとは言ったが、()()()()()共に来いなどとは言わなかった。常に私を含めた何者をも信じるなと言って聞かせてきたつもりだ。それは君達に自分より優れた何者かを信じなければ、盲従しなければ生きていけないようなそんな弱い存在になって欲しくなかったからだ」

 

 

「かつて炎熱地獄を創った死神に網膜を焼かれた男がいた」

 

「阿片狂いの白痴の剣に斬られる悦びを知った女がいた」

 

「桃園に霞む巨人の影に守られ与えられる快楽を享受するだけになった者達がいた」

 

 

「全ての生物は自分より優れた何者かを信じ盲従しなければ生きていけない。そうして信じられた者はその重圧から逃れる為にさらに上に立つ者を求め。上に立つ者は更に上に信じるべき強者を求める。そうして全ての王は生まれ。そうして全ての---神が生まれた」

 

---それを人の(さが)だというのなら、悪だと言う気はない。だがしかし。

 

藍染惣右介が思い出すのはかつて見上げた瀞霊廷の空。その遥か頭上にある『霊王宮』。

 

---あまりに愚かだ。

 

「たとえ己より強い誰かが居たとしても、(すべ)てを(ゆだ)ねてはならない。王で在れ神で在れ、真に優れた者など何処にも居ないのだから」

 

---『霊王』。死神達が信じる世界の(カミ)。私はそんなモノを信じていることなど出来ない。故に弓を引く。

 

 

「コヨーテ。ティア。グリムジョー。君たちは私を信じる必要などない。君達は君達自身を信じて戦ってくれ。私は知っている。私が苦労して集めた十刃(きみ)達が、私一人に劣る存在ではないことを」

 

 

藍染惣右介が十刃(エスパーダ)達を信じることは無い。

しかし、藍染惣右介は彼らのチカラを知っていると言った。

その言葉が果たして十刃達(かれら)にどういう感情を抱かせるのか、それを藍染惣右介が解らない筈もなく。思いは糧となるだろう。かつて阿片窟の番人が最強の死神の背に憧れを抱いたように、そうして振るう刃が最悪と称されるまでに研ぎ澄まされたように。

諦めなければ夢が叶うのと同じように、那由多(なゆた)()てまで(おも)いは(とど)く。

 

そして、輝く三枚の刃は護廷十三隊の隊長達を文字通りに蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

狙い通りに山本元柳斎重國との一対一の構図を創り出した藍染惣右介は計画通りと言いたげな笑みを浮かべる。

 

「コヨーテとティアは元々最上大虚(ヴァストローデ)。虚の時で既に護廷十三隊の隊長以上の力を持った存在だった。その力は破面(アランカル)となることで更に昇華されている。グリムジョーもまたそれに比肩する戦力。彼ら3人を止めるのに、隊長たちは掛かりきりとなるだろう。…では始めようか。山本総隊長」

 

「…」

 

山本元柳斎重國は何も語らずただゴキリと肩を鳴らす。

確かに藍染惣右介の言うように三人の十刃達の全力は一時的にだが、この場に居る山本元柳斎重國と卯ノ花烈を除いた護廷十三隊の隊長格の総戦力と互角に戦えるだけ奮戦をみせている。

だが、それも強い感情によって強化された一時的なもの。霊力が無限でない以上、何時かは数に押されて落ちるだろう。

あるいは戦闘後の治療の為に戦線から外している卯ノ花烈を前線に送ればそれだけで互角の戦況は崩れるだろう。

藍染惣右介の語る全ては砂上の城でしかない。

---あるいは一時的に戦況が互角となっているこの状況下で藍染惣右介が山本元柳斎重國を破ることが出来たのなら、状況は変わるだろう。

十刃達たちにとっての中心が藍染惣右介である様に山本元柳斎重國は護廷十三隊と言う組織の屋台骨。それが砕かれればあるいは護廷十三隊は藍染惣右介に敗北するかもしれない。

 

けれど、

 

「一対一でなら、儂を討てると思うてか」

 

山本元柳斎重國の身体を業火が纏う。

言葉なく解放された斬魄刀の名は『流刃若火』。炎熱系最強最古の斬魄刀。

 

「甘いのう。甘すぎて眩暈(めまい)がするわい」

 

斬魄刀『流刃若火』が纏う炎は空気を焼き熱波が敵意となって藍染惣右介の身を包んだ。

 

「何故、儂が千年も護廷十三隊の総隊長を務めていると思う?」

 

藍染惣右介の頬を一筋の汗が伝う。

 

「儂より強い死神が、千年生まれとらんからじゃ」

 

---”最強”。

 

千年前から変わらない頂に立つ死神は太陽に匹敵する英雄(おとこ)

山本元柳斎重國は藍染惣右介にして、純粋な戦闘能力では劣っていると認めざるを得ない相手。故に備えようとしていた。けれど、策は時間という絶対の要因によって潰された。

斬魄刀『流刃若火』を封じることも出来ないままに全力の山本元柳斎重國を相手どらなければならない時点で、あるいは藍染惣右介は既に負けていると言っても良かった。

 

しかし、けれど、藍染惣右介は笑みを消すことも無く斬魄刀を抜く。

 

「藍染隊長!」

 

「大丈夫だよ。雛森君」

 

自分の後ろで身を案じてくれる少女の叫びに微笑みを返しながら、

 

「君は私の、いや()の後ろで安心して見ていてくれればいい」

 

藍染惣右介は斬魄刀を握る。

 

---強くなりたい。

 

”最強”の死神、山本元柳斎重國を前に藍染惣右介が抱いたのは、そんな当たり前の感情だった。

 

---強くなりたい。

 

それは百十年前。瀞霊廷の外れで風守風穴に底が浅いと嘲笑(あざわら)われた(のぞ)み。

 

 

---『今日日(きょうび)、黒幕というものはもっと難しいことを考えて暗躍するものだ。”強くなりたい”なんて目的で行われる暗躍は、きっと今の子供には笑われる---底が浅いと、笑われる』---

 

 

嘲笑うべきはどちらだと藍染惣右介は笑ってみせる。浅いものか。誰もが願うモノの筈だと今の藍染惣右介は言い斬ろう。

 

---強くなりたい。自分の信念を通せるように。

---強くなりたい。己の夢を叶える為に。

---強くなりたい。背に居る誰かを、守るために。

 

「私は、”最強(きみ)”を超えよう」

 

決意を口にしたその瞬間に、光り輝くモノがある。それはきっとあまりに単純なモノで単純すぎるが故に元来、万能であった藍染惣右介という死神が手に出来なかった筈の輝き。

万能であるが故に万物を知り。万物を知るが故に万象を軽視した男では至れなかった境地。

 

藍染惣右介の懐にあった『崩玉』が輝く。

『崩玉』の能力は虚と死神の境界を消し去る事。では、()()()()。『崩玉』を創り出した浦原喜助自身も勘違いをしていたことだが、『崩玉』の本来の能力は『崩玉の周囲にいる者の心を崩玉の意思によって具現化する力』。浦原喜助が『崩玉』の力を虚と死神の境界を消し去ることだと勘違いしていたのは、それが浦原喜助自身が望んでいた願いであったからに過ぎない。

 

そして、いま『崩玉』の所有者たる藍染惣右介が願うのはただ一つ。

 

---チカラ ガ ホシイカ?

 

「---否」

 

藍染惣右介は感じ取った『崩玉』の意思に苦笑を返す。「ならばくれてやる」と続く筈の言葉は藍染惣右介の言葉で掻き消された。

 

「私は、私の力を以て、死神として最強の死神を超えよう。『崩玉』を使うのはその後で十分だ」

 

手に出来た筈の力が藍染惣右介から零れていく。『崩玉』を取り込み揺籃(ようらん)の時を経て手に出来た筈の死神も虚も超えた隔絶されたチカラ。二次元の存在が三次元の存在に干渉できぬように意図して次元を下げなければ干渉されることもない程に強大な力を藍染惣右介は得ることが出来た。

 

だが、しかし、藍染惣右介はそれを要らないと思った。

藍染惣右介は、彼らしくもなく、山本元柳斎重國の言葉に、簡単に言えば、カチンときた。

 

「千年間、自分よりも強い死神が生まれていないだって?なら、喜びたまえ」

 

 

 

 

「この瞬間が、千年目だ」

 

 

 

 

絶対なる自信。信じる訳ではなく事実として知る己の力。殺したくても殺せない程の強い自我が、あるいはこの瞬間に運命の扉を開く。虚勢は砕けず。巨星は落ちず。千年に一人の逸材がその才覚を最悪の一歩手前で開花させた。後悔などない犠牲の道に得られた『崩玉(チカラ)』を捨て己を天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)だと信ずる覚悟を(もっ)て天才はいま、”英雄(さいきょう)”へと目覚める。

 

千年に一人。唯一人(ただひとり)

山本元柳斎重國以来の”英雄(さいきょう)”が誕生する。

 

その名は---藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)

霊王(てん)』を目指した”英雄(おとこ)”。

 

 

「行くぞ。山本総隊長」

 

「来い。小童(こわっぱ)‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

『尸魂界』を護る為に”護廷十三隊”という組織を創り出した英雄と自我が消える恐怖に怯える虚達を束ねどうであれ『虚圏』を救った英雄の戦いに、一つの小さな亀裂が走った。

 

空に浮かんだその小さな亀裂は徐々に大きくなっていき、甘い瘴気(しょうき)が亀裂から漏れ出す。

 

「…善哉善哉(ぜんざいぜんざい)

 

空が割れた。そして、戦局を変える為に、世界を滅ぼす阿片(ユメ)をまき散らしながら、もう一人の”英雄(さいあく)”は世界を越えて『虚圏』から『現世』へと飛来した。

 

 

 

 

 

 

 





何時も誤字報告ありがとうございます。<(_ _)>
この間、溜まっていたモノの直せる部分を直させて頂きました。


追伸、引っ越しが決まったので次話の更新は少し先になるかと思います。
(*_ _)


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風守風穴との出会い方②

 

 

 

「万象一切灰燼と()せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 

---太陽をみた。

 

---人の形をした太陽をみた。

 

 

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』が解号と共に解放される。噴き出す爆炎。立ち上る(ほのお)(うず)。火炎を従えながら君臨する最強の死神は、藍染惣右介を見ながら、その姿にかつて己の前に立った男の姿を重ねていた。

 

「似ておるのぉ…本当に」

 

千年前、護廷十三隊設立当初。その頃から”最強”と(うた)われていた山本元柳斎重國の前に立った男は、藍染惣右介とは違い支配欲が希薄であり、藍染惣右介とは違い思慮深くも無く、藍染惣右介とは違い現状に不満を抱くような(こころざし)を持ってはいなかった。

 

「しかし…その若さで儂の前に立つ姿。何より顔に浮かんだその笑みは、まるで鏡映しの如く。似ておる」

 

ならば同じなのだろうと山本元柳斎重國は考える。山本元柳斎重國の命に切っ先を伸ばし、炎熱地獄に沈んだ世界を愛した男と同じく、藍染惣右介が自らの命に届きうる力を持った死神であることを山本元柳斎重國は理解する。

 

「燃えよ。藍染惣右介。儂はもうこれ以上…あやつの如き阿呆を抱えきれん」

 

幾たびの戦場を経て未だに無敗。護廷十三隊を創り出した恐るべき死神。最早前を歩む先達(せんだつ)は無し。山本元柳斎重國は中段の構えで藍染惣右介を見据えながらつぶやいた。

 

「故に燃えよ。枝葉の如く」

 

”最強”とは(すなわ)ち、”最も強き者”を指す。その戦いに奇を(てら)う必要は無く、奇策の介入する余地はない。中段の構え。山本元柳斎重國は剣道の王道であるその構えから、ただ静かに斬魄刀を振り上げ、そして、振り下ろすのみ。

 

「すぅ---しっ‼」

 

斬魄刀『流刃若火』が振り下ろされ、爆炎が巻き起こる。

 

死を運ぶ熱量と共に迫りくる火炎が藍染惣右介へと迫る。唯の振り下ろし。本来は半径約四メートルの殺傷圏内。近距離戦闘しか行えない筈の刀という武器から放たれた単純な上段切りという攻撃が、前方半里を焼く広範囲攻撃へと昇華する。

 

出鱈目(であたらめ)だと、山本元柳斎重國と相対する藍染惣右介は思った。

 

迫りくる爆炎。それを前に藍染惣右介は左腕を(かざ)す。

 

「縛道の八十一『断空(だんくう)』」

 

八十九番以下の破道を完全防御する防壁を詠唱破棄で創り出す。『断空』の壁に阻まれ火炎は藍染惣右介まで届かずに消えていく。

初撃は防がれた。ならばと駆ける走狗の様な真似はせずに山本元柳斎重國は冷静に再び斬魄刀を中段の構えへと戻す。そして、そこから先はさっきまでと同じ動作。振り上げ。振り下ろす。ただそれだけ。

斬魄刀『流刃若火』の一太刀が生みだした火炎を防ぐのに藍染惣右介は八十番台の縛道を唱えなければならなかった。そこまでしなければ一太刀を防ぐことも出来ないという事実。

そして、そこから理解できる一つの結末。

いかに藍染惣右介が膨大な霊力を持っていたとしても、永遠に縛道の八十一『断空』を唱え続けることは出来ない。何時か霊力が尽きる時が来る。

それが果たして百の振り下ろしの後か。千か。万か。あるいは億か。それは解らない。しかし、事実は一つある。それは山本元柳斎重國は万の振り下ろしだろうが億の振り下ろしだろうが容易くやり切ってしまうだろうという事実。

尸魂界における刀剣術の始源。元流(げんりゅう)。その開祖こそ山本元柳斎重國。

最古の剣客が積み上げてきた修練が無限の火炎となって藍染惣右介に襲いかかる。

 

繰り返す事が幾度目か。山本元柳斎重國の攻撃を防ぎ続けるしかない藍染惣右介。

その状況に変化が起こる。

 

「『流刃若火』(ひと)()-”撫斬(なでぎり)”」

 

それは今までの火炎とは種類の違う火炎。広がらず一筋に収められた炎。

 

「縛道の八十一『断空(だんくう)』」

 

その一太刀は『断空』を断ち切ってみせた。

 

「…なん、だと?」

 

詠唱破棄とは言え大鬼道長の八十番台の破道ですら止められる己の『断空』が易々(やすやす)と切り裂かれた。そして、その一太刀はそのまま藍染惣右介まで迫り、鮮血が飛び散った。

 

身体を焼き斬られる。身体が痛みの悲鳴を上げている。それに対して取り乱すこともせず微笑を浮かべる藍染惣右介だが、それは痛みに耐えているだけでダメージは確実に身体に蓄積していた。

 

 

 

---太陽をみた。

 

---人の形をした太陽をみた。

 

 

 

藍染惣右介は山本元柳斎重國の強さを知っている。斬魄刀『流刃若火』。それは間違いなく最強の斬魄刀。純粋な戦闘能力のみで言えば藍染惣右介よりも山本元柳斎重國は強い。

山本元柳斎重國は藍染惣右介が知る限り”最も強い死神”だ。

 

「---だが、それだけだ」

 

山本元柳斎重國の霊圧が熱量となって藍染惣右介を焦がしていく。血が。肉が。魂が乾いていく感覚。それは純粋な痛み。しかし、それでも藍染惣右介の身体は”頭を垂れよ”などとは、言ってくることは無い。

 

山本元柳斎重國(やまもとげんりゅうさいしげくに)。君はただ、強いだけだ。私はその強度に、恐怖はしよう。畏怖も(いだ)こう。だが、しかし、屈することは決してない。何故なら私の力は、その強度すらも()えうるからだ」

 

---砕けろ『鏡花水月』。

 

藍染惣右介の解号と共に硝子(がらす)の砕ける音がした。

 

そして、瞬間、山本元柳斎重國の視界から藍染惣右介の姿が消えた。

 

「…ふん。ようやく本番か」

 

掻き消えた藍染惣右介の存在を山本元柳斎重國は追いきれない。

 

斬魄刀『鏡花水月』。その斬魄刀は極めて異質。能力は『完全催眠』。五感全てを支配し一つの対象の姿・形・質量・感触・匂いに至るまで全てを敵に誤認させること。(はえ)を龍に見せることも、花畑を沼地に見せることも出来る。

その能力を戦闘に応用すれば、どれほどの脅威になるのかを語る必要はないだろう程に危険で強力な斬魄刀。

 

山本元柳斎重國の前から姿を消した藍染惣右介は山本元柳斎重國の背後から現れた。

藍染惣右介の斬魄刀が振るわれる。死角からの一撃を山本元柳斎重國は類まれなる危機感知能力、直感的に避けてみせる。そして、返す刃で藍染惣右介を切り裂いた。

しかし、切り裂いた藍染惣右介の姿がぼやけて消える。その藍染惣右介は斬魄刀『鏡花水月』の作り出した(まぼろし)。そして、再び山本元柳斎重國の背後から藍染惣右介が姿を現した。

 

山本元柳斎重國の身体から、鮮血が飛び散った。

 

「これで、互いに一撃。まずは痛み分けか」

 

「笑止。笑わせるなよ小童が」

 

山本元柳斎重國の振るう斬魄刀は藍染惣右介の身体を斬る。しかし、その全てが(まぼろし)。斬魄刀『鏡花水月』のみせる幻覚に過ぎない。

いかに斬魄刀『流刃若火』が最高の攻撃力を持つ斬魄刀であろうとも当たらなければ意味はない。故に戦況は藍染惣右介に傾いた。

 

かに思われた。しかし、”笑止”と山本元柳斎重國は嗤ってみせる。

 

「幻に阻まれ届かぬのなら、よかろう。諸共(もろとも)(すべ)てを焼いてやろう。のぅ、藍染惣右介。百余年前に貴様が風守の奴と対した時の事を覚えておるか?」

 

忘れる筈がない。藍染惣右介はあの夜のことを忘れない。

 

「目に見えぬ敵。どこに居るかもわからぬ敵への最良の策は…全方位への無差別攻撃であると、風守の奴に教えたのは他ならぬ儂じゃ」

 

 

「『流刃若火』(ふた)()-”二度斬(にどぎり)”」

 

 

振るわれること二度。火炎が四方(しほう)四里(よんり)を焼いた。

 

燃え盛る炎の中から姿を隠していた藍染惣右介が飛び出してくる。

 

「馬鹿な…血迷ったか。護廷十三隊総隊長。君が力を無差別に使えば、周囲で戦っている護廷隊士達も巻き込むぞ」

 

「皆、覚悟はできておる。一死(いっし)(もっ)大悪(たいあく)(ちゅう)す。それこそが護廷十三隊の意気(いき)()れ」

 

巻き上げられた火炎と荒れ狂う熱波は藍染惣右介のみならず四方四里に居る者全ての身を焦がすだろう。しかし、それすら構わぬと斬魄刀『流刃若火』を振るう山本元柳斎重國の諸行は鬼畜と断罪されて然るべき行い。

だが、強者とは常にそうでなければならない。冷酷さの先にある平和がある。苛烈なまでの敵意があるからこそ平穏を脅かす敵を斬れる。少なくとも山本元柳斎重國が生きてきた時代はそういう時代だった。敵を討つのに利するものは全てを利用し、人はもとより部下の命すらにも灰ほどの重さを感じずに戦い続けなければならない時代があった。

山本元柳斎重國はそんな時代を戦い抜いてきた男。敵を焼き尽くした焼け野原の上に平和を築いた英雄。

 

故にその剣は---烈火(れっか)(ごと)く。

 

藍染惣右介の身体を火炎が包む。

 

「ぐっ、あああああああ!」

 

逃れようにも逃げ場などない炎熱地獄。幻をみせたとしても幻諸共全てを焼き尽くす火炎の前に藍染惣右介は初めて纏っていた冷静な顔を捨て大声を出した。

 

その声に応える者がいた。

 

「藍染様‼」

 

第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。彼女は藍染惣右介の危機を前に、受け持っていた死神達との戦闘を連れてきていた従属官(フラシオン)三人に預け、藍染惣右介の元に駆け付けた。

 

ティア・ハリベルは既に帰刃(レスレクシオン)を終えている。ティア・ハリベルの帰刃(レスレクシオン)は『皇鮫后(ティブロン)』。膨大な水を生み出し右腕と一体化した巨大な剣でそれを自在に操る能力。

火に対する水。五行思想(ごぎょうしそう)に置ける優劣を以てティア・ハリベルは山本元柳斎重國に相対した。

 

「”断瀑(カスケーダ)”‼」

 

しかし、もしそれを山本元柳斎重國を知る死神が見たのなら、目を伏せて静かに首を横に振るに違いない。山本元柳斎重國という死神はそういう常識の通用する相手ではない。

 

生み出された膨大な水。洪水の如く山本元柳斎重國に迫った水の全ては山本元柳斎重國の身体に届く前に全てが蒸発した。

 

「…そんな、馬鹿な」

 

ティア・ハリベルはその光景に動揺を隠しきれなかった。山本元柳斎重國はティア・ハリベルの攻撃に対して何をした訳でもない。ただチラリと横目でティア・ハリベルの姿を見た後は直ぐに藍染惣右介の方へと視線を戻した。視線を向けられた。それだけでティア・ハリベルの”断瀑(カスケーダ)”は残らず蒸発した。それはつまり山本元柳斎重國の身体から漏れ出す熱量がティア・ハリベルの生み出した水量を越えていたという事実に他ならない。火と水。物量が違えば相性などに意味はなく、比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの力の差が山本元柳斎重國とティア・ハリベルの間には存在していた。

 

「………退()け。小娘」

 

「………」

 

力の差は歴然。しかし、藍染惣右介という主の危機を前にして退けと言われて素直に退くほどにティア・ハリベルは素直な女性ではない。

 

戦雫(ラ・ゴーダ)!」

 

帰刃《レスレクシオン》により右腕と一体化した巨大な剣から水の刃が放たれる。水圧により研ぎ澄まされ、金剛石(ダイヤモンド)すらも両断する鋭さを持ったその刃は、しかし、それもまた山本元柳斎重國に届くことなく蒸発した。

 

「…っ」

 

どの様な攻撃も決して通じない。ティア・ハリベルの一人芝居。しかし、屈辱に塗れながらもティア・ハリベルは攻撃の手を休めることはしなかった。

少なくともティア・ハリベルが攻撃を続けている間は山本元柳斎重國に動きはない。藍染惣右介から注意を反らしている。ならば、このまま攻撃を続け藍染惣右介の傷が少しでも回復する時間を稼ぎ---

 

「退けと言ったのが、わからんか?」

 

山本元柳斎重國が斬魄刀『流刃若火』を振るう。

ティア・ハリベルの思惑はあまりにも呆気なく終わりを告げた。ティア・ハリベルの生み出した水の全てを蒸発させながら進む火炎は瞬間、ティア・ハリベルを包んだ。

 

あまりにも呆気ない幕切れ。ティア・ハリベルは山本元柳斎重國の業火に焼かれた。

そのままでは死んでいただろう窮地からティア・ハリベルを救い出したのは、他でもない藍染惣右介だった。

 

「…藍染…様」

 

業火が晴れたその場所には藍染惣右介に横抱きに抱えられたティア・ハリベルの姿があった。

藍染惣右介はティア・ハリベルを身体を下すと視線を向ける事も無く言った。

 

「ティア。もう下がっていなさい」

 

「…しかし」

 

「この戦いに君程度が介入する余地はない。君は私の命令通りに他の死神を足止めしていればいい」

 

「…御意(はっ)

 

藍染惣右介の物言いにティア・ハリベルのプライドが傷付かなかった訳じゃない。しかし、助けに行った主に逆に助けられるという状況に羞恥を覚え、そして、まるで何処かの国の姫の様に優しく横抱きにされるという状況に顔を赤らめながらティア・ハリベルは静かにその場を退いていく。

 

ティア・ハリベルの介入というイレギュラーが終わり。戦況は再び振り出しに戻る。

斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠によって意識の裏をかく藍染惣右介。そして、そんな策諸共を燃やし尽くさんとする山本元柳斎重國。

戦況は周囲を巻き込む形で肥大していき、いずれ両軍に多大な犠牲を出し終わるだろう。

 

 

 

 

 

 

多くの命が消えていく。

その事実に悲しみを覚えるかのように空が()いた。

 

ギチギチギチと神経を削る様な音が空から響いてき。その場に居た全員があまりの事態に戦う手を止めて空を見上げた。

 

そして、空が割れる。

 

上空で開かれた現世と虚圏を繋ぐ黒腔(ガルガンタ)が開く。

そして、そこから桃色の煙が噴出した。甘い香りを漂わせるその桃色の煙が果たしてなんであるのかを今更、説明する必要もないだろう。

その桃色の煙から逃げる様に黒腔(ガルガンタ)から飛び出してきた人影は三つ。

一人目は市丸ギン。二人目は吉良イズル。そして、吉良イズルに抱えられながら出てきたのは藍染惣右介に捕らわれていた井上織姫だった。

 

「井上!」

 

「あ、黒崎君!」

 

井上織姫の登場に第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャックと戦っていた黒崎一護は思わず声を上げる。井上織姫は黒崎一護の声に喜びながら無事を報せようと大きく両腕を振り、バランスを崩して吉良イズルの手から落っこちた。

 

「ちょ、動かないでくれ」

 

「え…きゃあああ!」

 

「井上!?」

 

地面に衝突するギリギリで黒崎一護に助けられ、なんとか井上織姫は無事だった。

そんな光景をカラカラと笑いながら見ていた市丸ギンは、次に眼下で繰り広げられていた戦闘の後と山本元柳斎重國と戦う藍染惣右介の姿を見る。

 

「あかん。もう始まっとるわ」

 

「落としてしまった人間は無事ですね。…僕達はどうしましょうか。市丸隊長」

 

「どうするもこうするもあらへんよ。僕らに出来ることはもうない。織姫ちゃんを虚圏に充満していた阿片の煙から守るのに霊力使ってしまって、もう空っぽや。出来ることは無い。せやから…」

 

「…見ているしか、ありませんか」

 

「そや。---それと、早く逃げろと言うしかないわ」

 

市丸ギンは蛇の様に口元を釣り上げて嗤った。

 

 

そして、黒腔(ガルガンタ)から、その死神は現れた。

 

伸びた髪を適当に束ねた白髪痩身の男。

 

頭上に桃色の獣を従えながら、甘い阿片の煙をまき散らし、混濁した眼で戦い傷ついた護廷隊士と十刃(エスパーダ)達を悲し()に見ながらも顔に浮かぶは軽薄な笑み。

 

善哉善哉(ぜんざいぜんざい)

 

 

拡大する被害と戦況を変える為、風守風穴は現れた。

 

 

 

 

 

 

「風守殿…」

 

突如として空いた黒腔(ガルガンタ)。そこから現れた風守風穴の姿を見た朽木ルキアは思わず戦う手を止めて呟いた。

視線の先に居るのは風守風穴。朽木ルキアが知る限り敗北とは無縁な強い死神。

ならば朽木ルキアは歓喜するべきだ。

護廷十三隊特派遠征部隊部隊長、風守風穴。その名は山本元柳斎重國や卯ノ花烈。雀部長次郎と同じく千年以上前から護廷十三隊に刻まれている。

そんな彼がやって来た。ならば、それは援軍であり、この戦いの勝利を決定付けるモノである筈だ。

 

---故に歓喜するべきだ。

 

そのことを朽木ルキアの頭は理解している。けれど、何故だか朽木ルキアの顔は蒼白に変わった。

 

「なんだ。なんなのだ。…()()は本当に風守殿なのか?」

 

朽木ルキアの身体が歓喜を拒む。視線の先に居る風守風穴の姿に何故だか恐怖を覚えた。

朽木ルキアの知る風守風穴という死神は確かに狂っていた。風守風穴の後に続き歩いていた頃の朽木ルキアが、混濁した眼で笑いながら、阿片を配り歩く風守風穴の姿に何も思わなかった訳ではない。恐怖することも嫌悪感を抱くことも無かったと言えば嘘になる。けれど、それでも風守風穴に(なつ)き行動を共にすることが出来たのは、風守風穴という死神がどれだけ狂っていようとも信頼することが出来たからだ。

 

朽木ルキアは理解していた。目の前の男は自分とは違う価値観で生きている狂人だが、根底にあるものは愛情であり優しさだと。

風守風穴の後ろを歩いていた頃に朽木ルキアが感じていたのは、温もりだった。

その温もりは朽木ルキアにとって忘れることの出来ない存在である志波海燕の様に知らぬ間に陽だまりに手を置いていた時の様な暖かさではなかった。例えるのなら、風守風穴の与える温もりはぬるま湯の様な温度だった。心地いいその温度は、しかし、何時までも其処に()かっていては人を駄目にする類の暖かさ。

それは風守風穴が(もたら)す阿片と同じように依存すれば毒になる温度。しかし、きっと人が生きる上では必要な筈の(ぬる)さ。

 

---善哉善哉。好きにしろ---

---お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろうよ---

 

自分の全てを否定せずに受け入れてくれるという誰もが望むだろう場所が風守風穴の傍にはあった。

 

だが、その温度が今の風守風穴からは失われていると朽木ルキアは感じた。

 

「風守殿…一体、何があったのですか?」

 

呟くような疑問の声だった。けれど、静まり返っていたその場所で朽木ルキアは風守風穴へと届いた。風守風穴の眼が朽木ルキアに向けられる。

そこで朽木ルキアは風守風穴の変化に気が付いた。

 

「風守殿の目が…赤い」

 

風守風穴の身体から漏れ出す桃色の煙。(けむ)る周囲に暗みながら風守風穴の眼は普段の黒眼とは違う怪しい赤色に輝いていた。

何故、風守風穴の眼が赤く輝いているのか。霊圧の影響か?卍解による変化か?興奮すると眼が赤く輝く種族なのか?

---否。全て違うと朽木ルキアは直ぐに気が付いた。

 

「風守殿。目が充血する程に泣いて、おられたのですか?」

 

風守風穴は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

「風守殿。目が充血する程に泣いて、おられたのですか?」

 

黒腔(ガルガンタ)を潜り現世へとやってきた俺の眼に飛び込んできたのは山本元柳斎重國と相対する藍染惣右介の姿。そして、戦う護廷十三隊と十刃達。

呆然と立ち尽くす俺に朽木ルキアだけが声を掛けてくれた。

 

その声に頷く。

 

泣いた。泣いた。眼が充血する程に、涙が枯れる程に泣き腫らした。ただ悲しくて泣いた。ただ悔しくて泣いた。心が痛くて泣かずにはいられなかった。

その胸の内を俺は静かに藍染惣右介に向けて語る。

 

「惣右介。東仙要が死んだぞ」

 

「………」

 

藍染惣右介からの返事はない。俺は構わずに言葉を続けた。

 

「お前の仲間の東仙要だ。あいつは正義を語り平和を願った死神だったぞ。俺を倒し、阿片を排し、正義を()(とお)そうとして戦い、当たり前の様に死んだぞ。なあ、惣右介。お前はわかっていただろう?東仙要では俺に勝てないと。いや、東仙要だけではない。たかだか三人の少数で俺達を足止めできる筈がないとわかっていながら、なぜお前は東仙要達を置き去りにした?」

 

「滑稽だね。風守隊長。まさか君の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。なぜ要を虚圏に残したかだって?それは要がそう望んだからだ。要は君を殺す為に私と歩みを共にして、その足跡を正義と呼んだ。たとえ死んだとしても後悔など無かった筈だ」

 

藍染惣右介はそう言って微笑みながら、逆に問おうと俺に視線を向けた。

 

「風守隊長。いや、風守風穴。もう一度言おう。()()()。”やりたくないことはやらなくていい”。それを是とした君が何故、後悔など口にする?東仙要が死んだのが悲しいか?苦しいか?なら、殺さなければ良いだけだったろうに」

 

惣右介の言葉が俺の心に突き刺さる。その痛みは阿片でも消すことの出来ない痛み。

 

()()()()。風守風穴。君は自らが説いた理屈の否定した」

 

東仙要を斬った時に湧き出た感情。

 

---俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。---

 

その痛みは俺を殺す。

その怒りは俺を殺す。

 

涙は枯れた。

瞳は怒りで充血する。

 

「そう仕向けたのは、お前だろう!」

 

黒腔(ガルガンタ)を抜けた時から既に抜き身で握っていた斬魄刀。

その切っ先を天へと掲げる。

 

「素晴らしかったのに…美しかったのに…相対することに、誇らしさすら感じられるほどの死神。俺の生涯で唯一出会った、()()()()などではなく、()()()()を掲げた男であった‼」

 

---理解して(わかって)いる。これは俺の我が儘だ。

 

「その才覚が…正義が…護廷が為に生かされたのなら、どれほどの功績を生み出したか…」

 

---東仙要と俺の歩みは決して交わることは無かっただろう。俺が阿片を愛し、東仙要が阿片を憎む以上、その対峙は必然であり。故にどちらかの絶命は確定的だった。

 

「惣右介。覚えているか?俺はお前を千年に一度の逸材と言ったが、その言葉を撤回しよう。ああ、砕蜂の言う通りだ。お前など…東仙要に比べれば、取るに足らぬよ」

 

---それでもと。それでもと、俺は東仙要と笑い合う阿片(ユメ)が見たい。皆が幸せに笑っている。そんな阿片(ユメ)に酔いたいと(こいねが)う事の何処が悪い。

 

「故にお前が、お前では、止められぬのだ。()()()()()()()()()----万仙陣は止まらない」

 

俺の言葉に眼を見開き真っ先に怒りを飛ばしてきたのは藍染惣右介ではなく、藍染惣右介と対峙していた山本元柳斎重國だった。俺が卍解を解くことなく現世にやって来た時点で殺気に満ちていた山本元柳斎重國は俺の言葉を聞いて爆発した。

 

「風守ッ、貴様ァァ‼」

 

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』が俺に向けて振るわれる。その間、動くことの出来る者はいなかった。当然だろう。会話の内容を理解していなければ、援軍としてやって来た筈の俺に向けて剣を振るう総隊長である筈の山本元柳斎重國。その殺気が本物で有ればあるほどに、理解が及ばぬその一振りに、介入する影は一つ。

 

俺に向けて迫りくる火炎。阿片の毒は火に燃えて影も残さず消え失せる。

斬魄刀『流刃若火』と斬魄刀『鴻鈞道人』の力関係は絶対だ。故に山本元柳斎重國が本気で俺を殺す気で放つ業火に俺が抵抗する術はない。

 

俺を救ったのは山本元柳斎重國の一振りに唯一介入することの出来た剣鬼。

俺が愛し俺を愛した女は今日も俺を守ってくれていた。

 

業火を斬る斬撃が放たれる。

 

「ありがとう。卯ノ花」

 

「いえ。(これ)は決めていたことです。山本総隊長も雀部副隊長も貴方の敵として立つのなら、私は、私だけは貴方の味方であろうと。たとえ貴方が世界を滅ぼしたとしても、私は貴方の味方ですよ」

 

「愛しているぞ。卯ノ花」

 

「愛しています。風守さん」

 

 

「このッ馬鹿者共がァアッ‼‼」

 

 

迫りくる山本元柳斎重國の相手は卯ノ花烈がしてくれる。いくら山本元柳斎重國が最強の死神であろうとも、白兵戦最強と謳われた初代剣八を相手にすれば手間取るだろう。

 

時間さえあればいい。心を込めて詠う時間さえ有ればいい。

 

天に掲げた斬魄刀『鴻鈞道人』を通じて天上に従える白痴の魔獣に命じる。

それは虚圏で痴れた頭で唱えたような、そんな軽い気持ちで行う詠唱ではなく。心を込めて確固たる意志を以て俺は世界を壊す詠唱をする。

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうそくしょく)す。()(ひと)()ること()し」

 

白痴の魔獣を編む幾億の触手を用いて天空に巨大な”万仙陣(ばんせんじん)”を編んでいく。

その陣が生みだす阿片の毒は俺の生み出せる至高の阿片(ユメ)。それぞれが思い浮かべた理想の世界へと誘う、万人にとって最も幸福な世界。

 

太極(たいきょく)より両儀(りょうぎ)(わか)れ、四象(ししょう)(ひろ)がれ万仙(ばんせん)(じん)

 

それは東仙要に止められた阿片(ユメ)。今まで守って来たモノを全て捨ててしまうモノ。

 

 

---戦いなど、忘れて、夢をみろ。

 

 

眼下に広がる戦場を見ながら、俺は至極真っ当なことを言う。

 

 

「良い夢をみたいだろう?」

 

 

俺は雛森桃を見た。

俺はコヨーテ・スターク・リリネット・ジンジャーバックを見た。

俺はティア・ハリベルを見た。

俺はエミルー・アパッチを見た。

俺はフランチェスカ・ミラ・ローズを見た。

俺はシィアン・スンスンを見た。

俺はグリムジョー・ジャガージャックを見た。

俺は大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)を見た。

俺は虎徹(こてつ)勇音(いさね)を見た。

俺は朽木白夜を見た。

俺は阿散井(あばらい)恋次(れんじ)を見た。

俺は狛村左陣を見た。

俺は射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)を見た。

俺は京楽春水を見た。

俺は伊勢(いせ)七緒(ななお)を見た。

俺は日番谷冬獅郎を見た。

俺は松本(まつもと)乱菊(らんぎく)を見た。

俺は草鹿(くさじし)やちるを見た。

俺は朽木ルキアを見た。

俺は茶渡泰虎を見た。

俺は石田雨竜を見た。

俺は井上織姫を見た。

 

その全員が心の中で頷くのを感じた。

 

「いいぞ。いいぞ。好きに思い描け。---そのときおまえは、おまえの中で世界の勝者だ。俺はおまえの幸せをいつ如何なる時も祈っている‼」

 

 

 

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』。--(まわ)(まこと)万仙陣(ばんせんじん)

 

 

 

至高の阿片が溢れ出す。それがみせるのはそれぞれが思い浮かべた理想の世界。

 

家族を失った者は家族と共に過ごす日々を夢みるだろう。

 

「…お兄、ちゃん」

 

「…じいちゃん(アブウェロ)

 

「…母さん」

 

「…緋真(ひさな)

 

力を求める者には力を与える。

 

「チカラ、力!俺が、最強だ‼」

 

「今を守り切るだけの力…」

 

他者との繋がりを欲するのなら与える。独りを望むのならまた然り。

 

「なあ、リリネット。俺達はもう、孤独(ひとり)じゃないのか?」

 

「スターク。ああ、スターク‼」

 

 

一攫千金を狙う者は巨万の富を得る夢をみる。

動かぬ身体を(いと)う老人は若く活力に溢れた姿に変貌する。

人生に後悔を残した者は過去へ戻り。辛い過去を持つ者はそれを改竄する。

 

此れこそが俺の卍解の神髄。千年前には至れなかった理想世界。

誰もが希求(ききゅう)する阿片(ユメ)である。

 

 

 

東仙要という死神が命を賭して否定した世界が再臨する。

 

「惣右介。止められるというのなら、止めてみせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






もうやらないと言ったな。あれは嘘だ。

痛みに耐えながら涙目で頑張っちゃうラスボスとか、もう至高の萌えキャラですよね?






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出会った者が消える時

 

 

 

 

沈む。沈む。沈んでく。現世の空に桃色の煙が広がっていく。卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』から生み出された最高濃度の阿片が世界を包む。周囲に居た護廷十三隊隊士や十刃達の殆どが阿片に呑まれて幸せな世界を謳歌(おうか)している。

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』が生成する阿片の煙に制限はない。際限なく広がる阿片(ユメ)は世界を秒と掛からず最高の悪夢へと堕とすだろう。

 

それを止める雷鳴が遠くで響くのを聞いた。

 

空座町の外。”転界結柱”で鳴り続ける雷鳴は、間違いなく長次郎の卍解である『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』が生みだす雷の音。

千年を戦い抜いた俺の友は、俺の眼の届かない遠くの何処かで現世を護る為に溢れ出る阿片の煙を空座町内で押し止めようと戦っていた。

今はまだ阿片の煙は空座町内で押し止められている。けれど、いずれは長次郎の手にも負えなくなるだろう。時間と共に飽和するだろうその抵抗は、しかし、俺に安堵を齎した。

俺は何も世界を壊したいと本気で思っている訳ではないのだ。

 

---ただ、問わねばならない。

 

「故に、邪魔してくれるな」

 

俺は真っ直ぐに山本元柳斎重國の眼を見た。一時は激情に駆られた山本元柳斎重國の眼は、自らの右腕である長次郎の奮闘を感じ取っているからだろう。冷静さを取り戻し、静かに俺を見ていた。

 

「風守よ。貴様は、なんてことを仕出かしてくれた。この溢れかえる阿片の毒を消し去るのに、儂は一切を焼き払わねばならぬ。空座町が焦土と化すぞ。…いや、違うな。儂が許せぬと思うのは、そんなことではない」

 

何度でも言おう。山本元柳斎重國とは剣の鬼。敵を討つのに利するモノは全てを利用し、敵の命どころか味方の命にすら灰程の重さも感じない男だった。

 

「風守よ。儂は貴様を、殺さねばならん」

 

そんな男のこんな表情を俺は初めて見た。

 

俺は顔を反らすように山本元柳斎重國から視線を外す。

 

「卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』は強力な卍解じゃ。その本体である斬魄刀部分は儂の卍解であっても容易には焼き斬れん。故に、阿片の生成を止めようとするのなら、貴様自身を殺さねばならん」

 

それは現零番隊隊士『大織守(おおおりがみ)修多羅(しゅたら)千手丸(せんじゅまる)が立てた仮説。斬魄刀『鴻鈞道人』から生成される阿片が俺の霊力によって生み出されている以上、俺を殺せば全ての阿片の煙はその効力を失いただの水蒸気へと戻るという理屈。

そして、それが間違いでないことは既に証明されている。

 

そう、俺にも斬魄刀『鴻鈞道人』が生成する阿片の毒を消し去る事は出来ないが、俺を殺せば斬魄刀『鴻鈞道人』は力を失い阿片は消える。

 

だから、山本元柳斎重國は俺を殺すだろう。

そして俺はそう信じるからこそ、現世で卍解をするなどと言う狂気の沙汰を行えた。

 

「殺せ」

 

俺は山本元柳斎重國の方へと歩きだしながら、そう呟く。

 

「俺を殺せ。山本元柳斎重國。ああ、俺を殺せるのはお前をおいて他に居ないと俺は考えている」

 

例え俺が卍解したとしても正気を失う事のない灼熱の死神。

桃色の煙を阿片の毒ごと消し去る斬魄刀『流刃若火』を持つ最強の死神。

 

「死(など)、既に受け入れた。之は現世に居た頃、テレビから流れてきた言葉の受け売りだが、誰かを殺していいのは殺される覚悟のある奴だけらしい。至言だろう?反論の余地がない。故に、ああ、山本元柳斎重國。俺にはあるぞ?誰かの心を殺し、欲望の儘に振る舞い、我欲を通し、お前に殺される。その覚悟が、俺にはある---だから、全ての後に。しっかりと俺を殺してくれ」

 

そう言って俺は山本元柳斎重國の横を通り過ぎた。

 

「………相も変わらず、救えぬ阿呆が」

 

山本元柳斎重國の言葉が何故だか、すごく心に残った。

 

 

 

 

 

 

 

俺は藍染惣右介の前へと歩いていく。藍染惣右介はその場から動くことなく、俺がやって来るのを待っていた。

その最中に視界の端で動く影を俺は捕えた。それは五人の影。うち二人は俺も良く知った者達。何処からやって来たのだろうか浦原喜助と四楓院夜一だった。その二人は黒崎一護と砕蜂をそれぞれ抱えて、この場から離れていく。その四人に続く死覇装を来た死神。俺は見覚えがあった。

 

「あれは…前に十番隊の隊長をしていた志波家の死神か?黒崎一護と何か言い争っているな」

 

久しく姿を見ていなかった元隊長格の死神の存在に俺は少なからずの興味を抱いたが、直ぐに今気にすることじゃないと視線を外す。

 

 

そして、俺は藍染惣右介の前に立った。

 

 

語る言葉は既になかった。俺がそうである様に、目の前の藍染惣右介もまた同じであるのだろうと俺は思った。

思えば長い戦いだった。百十年前から続いた因縁。先延ばしにし続けてきた決着は、きっと一瞬の内に着くだろうことを俺は分かっていた。

藍染惣右介の斬魄刀『鏡花水月』。俺の斬魄刀『鴻鈞道人』。

互いにその能力は他者の精神への干渉と言っていい。ありもしない幻をみせること。発動条件の違いこそあるが、この二つの斬魄刀がぶつかった場合、その決着は互いに相手のみせる幻覚にどれだけ耐えられるかという点に絞られる。

 

つまり俺の戦いとは斬魄刀『鏡花水月』がみせる幻の真偽をどれだけ見通せるかという戦いであり、藍染惣右介の戦いとは充満する阿片の毒に痴れることなくどれだけ正気を保っていられるかという戦いだ。故にその戦いは斬魄刀を振るうまでもなく既に始まっていた。

そして、もし仮に阿片の毒に耐えきり斬魄刀『鏡花水月』の能力を藍染惣右介が発動することができたのなら、藍染惣右介に勝機がある。斬魄刀『鏡花水月』の能力が俺に対しても有効であることは瀞霊廷動乱の際に証明されている。

 

だからだろう、藍染惣右介は余裕を崩すことのない微笑みの(まま)に俺を見る

 

「風守風穴。私の勝ちだ。瀞霊廷での動乱の際、君に対して私は己の姿を山本元柳斎重國に見せることができた。それが出来るのなら、『鏡花水月』の能力は君の命に届くだろう。何故なら君は、自分を殺そうと腹を刺した雛森君(あいて)に対して、中毒者(かぞく)だからと手心を加えるような気狂いだ。優しさと言えば聞こえがいいそれは、しかし、やはり支離滅裂な思考回路でしかない」

 

ならば必然的に俺に対してみせる(まぼろし)は決まってくると藍染惣右介は言う。

俺が決して斬ることの出来ない相手。斬魄刀を向けることすら戸惑う存在。

 

「それは―――君の本当の家族に他ならない」

 

 

藍染惣右介の言葉を遮る様に俺は斬魄刀を(はし)らせた。

 

 

 

 

 

 

 

互いに霊力を(もち)いて空に浮かびながら行われる空中戦に置いて、地上で戦う時の基本。所謂(いわゆる)定石(じょうせき)というものはあまり意味を成さない。

剣道に置ける(みっ)つの基本形。上段の構え。中段の構え。下段の構え。それぞれに天地陰を示すその三種の構えは地上であるならば盤石(ばんじゃく)であり定石だ。

しかし、それは互いが浮かんだり沈んだりせずに戦う場合にのみに限る。

 

俺が奔らせた一線を藍染惣右介は右でも左でも後ろでもなく、上に逃げることで避けた。

そして、そのまま俺を見下ろしながら左手を翳す。

 

「破道の六十三-『雷吼砲(らいこうほう)』」

 

上空から放たれる雷の砲撃を斬魄刀で斬り捨てながら、俺も上へと飛翔する。

戦いに置ける高所の優位は語るまでもなく、二次元(へいめん)ではなく三次元(ぜんめん)で繰り広げられる空中戦に置いてその優位はそのまま勝敗に直結するだろう。

そして、だからこそ藍染惣右介がその優位を捨てる筈も無く俺が上へと飛翔するのに合わせてさらに上へと飛んでいく。

 

上を飛ぶ藍染惣右介を撃ち落とそうと俺もまた左手を藍染惣右介へと向けながら鬼道を詠唱する。

 

「破道の三十三-『蒼火墜(そうかつい)』」

 

俺の左の掌から放たれた(あお)い炎は藍染惣右介へと迫るが、当然の如く避けられる。此処までは空中戦に置ける予定調和。繰り広げられるは優位を保てる高所の奪い合い。

詠唱破棄で放たれる互いの鬼道が弾幕の様に飛び交う駆け引きの中で俺は声を荒げた。

 

「惣右介!なぜだ‼なぜ!裏切った‼」

 

俺の声に藍染惣右介は怪訝な表情を浮かべた。

---違う。そうじゃない。そんな思いのままに俺は言葉を続ける。

 

「俺達を裏切ったのはいい‼理解は出来ぬが否定はしない。お前にはお前の目的があり、それがお前の痴れた夢なのだろう?ならばいい。---だが、なぜ。なぜ!東仙要を虚圏に置き去りにした‼俺に殺されると知りながら、なぜ‼」

 

(いささ)(くど)いぞ。要は君と戦う事を望んでいた。それが要の願いだった。私はそれを尊重しただけだ」

 

「やりようならばいくらでもあった筈だ。いや、(まこと)に俺を殺さんとするのなら、お前は東仙要と共に俺と戦うべきだった。そうで在れば俺の命に届いた筈だ。それがわからなかったお前ではないだろう」

 

そうだ。気が付かない筈がない。藍染惣右介程の男が、神算鬼謀の蒲原喜助にも及ぶかもしれない程の天才が、わからない筈がない。俺は強い。それは比喩ではなく事実だ。

たださえ強かった俺はウルキオラ・シファーとの戦いで卍解を発動した。千年以来の卍解は俺の予想を超えて進化していた。ただでさえ強かった俺は、さらに強くなっていた。

 

「それをお前は、感じ取っていた筈だ。俺が卍解した時、お前はまだ虚圏に居たのだろう?」

 

「…」

 

藍染惣右介の沈黙は隠す気も無く事実を語っていた。

 

「ならばその霊圧を感じ取り理解した筈だ。以前の俺なら、東仙要にも万に一つの勝機があったが、それすら潰えたと悟った筈だ。なのになぜ、お前は動かなかった。お前ほどの男が---何故‼」

 

会話の最中、遂に藍染惣右介へと追いついた俺は斬魄刀を奔らせる。それを藍染惣右介は斬魄刀で受け止めた。

刃と刃が交差する。正面から向き合う形になった俺は藍染惣右介の顔をみる。

 

「何故‼---な、は?」

 

そして---驚愕した。

 

「………惣右介。お前、泣いているのか?」

 

正面からみた藍染惣右介の顔は泣き顔と呼ぶにはあまりに涼し気で、しかし、頬から一滴の涙が伝っていた。

あまりの光景に愕然とする俺に藍染惣右介の声が届く。

 

「要は君を倒す為だけに生きていた。それが彼の正義そのものだった。…何故止めなかったと問うたね?逆に問おう。風守風穴。君は、友の生涯を賭けた夢に対して、それは無理だと言えるのか?」

 

「…それは…だが…死んでしまっては…」

 

「”死”が何だというのかな?私達死神が死を恐れてどうするという。それに自身の目的の為に命を賭け、たとえ敗れたとしてもそれは”死”ではない。本当の”死”とは誇りを捨てる事だ。正義を捨てる事だ。目的を忘れ漫然と生きることだ。---私はァ‼」

 

交差した刃に藍染惣右介の力が籠められる。

俺はあっさりと弾き飛ばされた。そして、再び見上げる様に藍染惣右介を見た。

そこには俺の知らない藍染惣右介が居た。

 

「私は、要に死んで欲しく等なかった‼故に(めい)(くだ)した‼君と戦い。そして、死ねと‼要の誇りを護る為に。要が正義を貫く為に‼それの何が(あやま)ちだ!何も理解していない痴れ者が、正義は我にありとでも言いたげに論するな!…不愉快だ」

 

返す言葉などなかった。

藍染惣右介の言葉は正しかった。

 

「…そうか。…そうか。惣右介」

 

正しかったから、俺はそれを素直に受け入れて。

 

「それが痴れたお前から漏れた本音か」

 

あまりにも正しすぎたから、俺はそれに首を振る。

 

「だがな、惣右介。それは強い者の理屈だ。強者の言葉だ。俺の様な弱虫は、俺の様な弱い奴は、こう思う。---生きてこそ。生きてこそだろうと」

 

「………君がそれを言うのか。君もまた命を捨てて此処に立っている筈だ。君の卍解は一度解放すれば君自身ですら解除できない。千年前に解放された際には山本総隊長が尸魂界を火炎地獄に変えることで無理やりに解除したが、まさかそれを繰り返す訳にもいくまい。君はこの戦いの後に殺される。そういう約束の元で、此処でこうしている筈だ」

 

藍染惣右介の言葉の全てが真実だ。その通り俺はこの戦いの後に山本元柳斎重國に殺される。俺が自身がそう決めている。俺自身がそう望んでいる。

だから、俺が語る”生きろ”という言葉の何と安っぽいことかと、思わず自嘲が漏れる。

だが、それでもと、俺は言うのだ。

 

「確かに世界には命を賭ける価値のあるものが数多(あまた)あろう。誇り。正義。目的。平和。あるいは破壊。そして家族。それを否定する気はない。一度きりの人生だ。欲望の儘に生きればいい。善哉善哉。好きにしろ。俺はおまえがそれを幸せだというのなら、否定する気は毛頭ない。おまえが詠う快楽の歌を聞かせてくれよ」

 

命を賭けるに値すると。お前がそう思うのならば、お前の中ではそうなのだから。

 

 

だが、それでもと、俺は思うのだ。

 

 

「だが、俺は生きていて欲しい。どんな形でもいい。俺はお前たちの幸せを願っている。だから、()()()()()()()()。誰の為でもない、これは俺の我が儘だ」

 

 

 

---『だから、()()()()()()()()。誰の為でもない、これは俺の我が儘だ』

 

風守風穴の口から出たその言葉を聞いた時、藍染惣右介は深く理解した。

目の前の死神がやはり”善”からは程遠い男であることを理解した。風守風穴の根底にあるものは善性だと誰もが言った。狂人ではあるが根は善人なのだと。

藍染惣右介はそれは間違っていると考えていた。本当に善人なら阿片なんて言う一時の幸福感の代わりに最終的に自己の崩壊を(もたら)すものを気安くばら撒く訳が無い。

無論、本当に阿片に縋らなければ生きていけない様な、風守風穴の故郷である西流魂街80地区「口縄(くちなわ)」の洞窟に住んでいた様な者たちに阿片を与えるのはわかる。外界と接する術を持たない彼らから阿片を奪えばそれこそ其処は地獄になるだろう。

だが、この世に生きる全ての人が阿片に縋らなければ生きていけない程に弱い訳じゃない。

阿片に頼らずとも生きている者は幾らでもいる。

 

それを風守風穴は知っている筈だ。それを知って尚、風守風穴はあまりに気安く阿片をばら撒いていた。それがどんな結果を齎すかを理解しながら、地上で平穏に暮らす者達を見つけると洞窟から手を伸ばし足を()いた。

 

阿片。ケシ科の植物から生成される麻薬。それは沈痛や陶酔といった作用があり、多量の摂取により昏睡や低迷を齎す。

それは安価な快楽だ。知らねば普通に生きていける者達も知ってしまえば抗い難い。

普通に生きる弱くない者達もその快楽に抗える程に強くはないのだ。

 

「風守風穴。君は正直な人間だ。それは事実だ。そして、君は人の笑顔をを見るのがきっと好きなのだろう。それも事実だ。人が幸せにしている様を文字通り心から願えるのだろう。だが、君は決して善人ではない」

 

藍染惣右介はかけられた言葉の意味がわからないとでも言いたげな風守風穴を見下ろしながら、それを責める気はないと首を振る。そして先ほど風守風穴がそうしたように自嘲した笑みを浮かべた。

 

「私もまた善人などではない。だから、きっとこんなことをいう権利は私には無い。だが、あえて言わせて貰おう。この言葉は私ではなく、東仙要という死神が君を語った言葉だ。---君の様な者が居るから、人は嘆き悲しむのだ」

 

 

 

 

「---君の様な者が居るから、人は嘆き悲しむのだ」

 

そんな藍染惣右介の言葉を聞いた時に俺は空が暗くなっていることに気が付いた。それは勿論、時間と共に日が沈み始めた訳じゃない。苛烈を極めた戦いだったが、時間にすれば一時間ほどしかたっていない。日が暮れるには早すぎる時間。ならば何故、空は暗くなってしまっているのか。その理由は見下ろせば直ぐにわかった。

先ほどまで立っていた空座町の大地があまりにも遠くなっている。

俺と同時に藍染惣右介もまたそれに気が付いたようだった。

 

「そうか。成層圏に達したか。少しばかり派手に飛び過ぎたな」

 

「………おぉ。何時の間にかこんな上に来ていたのか。上に見えるあれが宇宙という奴か。すごいな」

 

戦いの最中に思わず漏れた互いの本音に思わず俺と藍染惣右介は顔を見合わせて、互いに失笑した。

 

そして、そんな弛緩した戦いの空気を変える為に俺は斬魄刀の切っ先を藍染惣右介に向けて問いかける。

 

「そう言えば惣右介。お前、なぜ痴れない?『鴻鈞道人』の阿片の毒への耐性を東仙要と同じ様に虚化によって身につけているのか?」

 

「いや、私は虚化などしていないよ。死神の戦いとは霊圧の戦い。君が雛森君の『飛梅(とびうめ)』の爆発を身体の内側から撃ち込まれても生きていた様に、あるいは山本総隊長や卯ノ花隊長が君の『鴻鈞道人』の能力を受けながらも戦える様に、私もまた君の生み出した阿片の毒をある程度なら抑え込める」

 

「そうか。流石は惣右介。数百年しか生きていない身で俺達の霊圧に拮抗したか。だが、ある程度といったな?なら、そろそろ限界だろう?」

 

「ああ、もう直に私は阿片に堕ちるだろう。鬼道系の斬魄刀を持たない私では『鴻鈞道人』によって生み出される阿片の毒を消し去る事は出来ない。そして、卯ノ花隊長の様に日頃から君と触れ合うことで阿片の毒への耐性を身につけている訳でもないからね。直に時間切れだよ」

 

「なら、俺の勝ちだな」

 

「いいや。私の勝ちだ」

 

そう言った藍染惣右介の姿が突如俺の前から消えた。霧が薄れる様に消えていくその様は間違いなく斬魄刀『鏡花水月』の能力によるもので、何時から幻をみせられていたのかという疑問が浮かんだが、しかし、俺は動じることなく周りを見渡し声を出す。

 

「無駄だ。今更、幻など見せられたところで意味はない。既に『鴻鈞道人』の生み出した阿片の毒は辺りに充満している」

 

「「わかっているよ」」

 

藍染惣右介の姿を探し声をした方向を見ればそこには藍染惣右介が()()立っていた。

俺はそれを怪訝な様子でみる。

 

「幻覚か、あるいは分身か。どちらにしても珍しくもない。砕蜂は俺の前で十五人には分身してみせたことがあるぞ」

 

「「これは幻でも分身ではないよ」」

 

「なに?」

 

「「”時間停止”と”空間転移”というのは知っているかな?四十六室により使用はおろか研究さえも禁止されている禁術だ。これを扱える死神を私は一人だけ知っていてね。君も知っているだろう。握菱鉄裁(つかびしてっさい)だ。彼は之を用いて百十年前に私によって虚化した平子真二らを救った。その話を聞いた時に興味が湧いてね。君に対する奇策になるかもしれないと片手間に研究をしていたんだ」」

 

会話の最中に重なる声があった。二人並ぶ藍染惣右介の横からさらにもう一人の藍染惣右介が現れた。

 

「「「そして、研究は成功した」」」

 

藍染惣右介が次々と現れた。

 

「「「「”時間停止”は”時間操作”に、”空間転移”は”次元転移”に昇華した。結果として起こることがどういうことか、君に理解できるかな?つまりは---

 

 

 

 

「「「「「「「「「「こういう事だ」」」」」」」」」」

 

 

 

 

気が付けば俺は十人の藍染惣右介に取り囲まれていた。

 

「なん…だと…?」

 

「「「「「「「「「「私が本当に君との戦いで流されるままに成層圏にまでやって来たと思ったのか?この技は霊力の消耗が激しく一度の戦闘で一度しか使えないのと強力過ぎるのが欠点でね。空座町は”王鍵(おうけん)”を作る為に重要な重霊地(じゅうれいち)。消し飛ばしてしまう訳にはいかないからね」」」」」」」」」」

 

そう言いながら十人の藍染惣右介は左手の人差し指を天へと向けながら、口をそろえて鬼道の詠唱を開始する。

俺はあまりの事態に動けずにいた。

 

(にじ)()混濁(こんだく)紋章(もんしょう)

不遜(ふそん)なる狂気(きょうき)(うつわ)

()()がり・否定(ひてい)し」

(しび)れ・(またた)き・(ねむ)りを(さまた)げる」

爬行(はこう)する(てつ)王女(おうじょ)

()えず自壊(じかい)する(どろ)人形(にんぎょう)

結合(けつごう)せよ」

反発(はんぱつ)せよ」

()()ち」

(おのれ)無力(むりょく)()れ‼」

 

 

「「「「「「「「「「破道の九十『黒棺(くろひつぎ)』‼‼」」」」」」」」」」

 

 

藍染惣右介の放つ完全詠唱の『黒棺』。その多重(たじゅう)詠唱。

それは時空が歪む程の重力の奔流。俺にも理解できない漆黒が暗い空を覆うように広がっていき俺を押し潰した。

 

「ぐがあああああああぁぁあああぁぁああぁ‼‼」

 

軋む。歪む。重い。痛い。身体にかかる重力は重圧となって俺の身体を壊そうとする。

それが果たしてどれほどの時間続いたのだろうか。血達磨になりながら『黒棺』から解放された時には藍染惣右介は一人に戻っていた。

 

「この技で”もう一人の自分”を存在させることの出来る時間は鬼道一つ分の詠唱時間という短い時間のみだ。だが、完全詠唱の『黒棺』を十人の私が唱えたのならそれは地形を変えて余りある重力の奔流だ。…それを受けてまだ生きているとは、正直私は驚いているよ」

 

「………」

 

「だが、もはやそうやって浮いているのがやっとだろう。私の勝ちだ。風守風穴。私の勝ちだが、それでも私はまだ万全を期すとしよう」

 

そう言いながら藍染惣右介が斬魄刀『鏡花水月』の刃に自分の指をあてる様子を俺は霞む視界で見た。

 

「このまま動けない君に近づき刃を突き立てれば君は死ぬだろう。けれど、万が一がある。ならば私は慢心を捨て疑心を以て君を殺そう。君はそうするに値する私の敵だ」

 

藍染惣右介の指が斬魄刀『鏡花水月』の刃を滑る。斬魄刀『鏡花水月』の刃に赤い血が伝った。

 

「私のみせる幻に沈め。沈んでしまえよ。風守風穴。君が望み、望むがままに堕ちるがいい。温かい(かいな)の中で永遠に続く幸福な夢をみよ。これで終わりだ。君の物語は締めくくられる」

 

そして斬魄刀『鏡花水月』の刃が輝いた。

 

藍染惣右介が斬魄刀『鏡花水月』の能力でみせるもの。それは俺が抗い難い記憶の奥底に眠る一人の女性の姿。

もし仮に俺という死神の人生を物語に例えたのなら、その物語に置いて一番称賛されるべき者は、最強を謳われた死神でも、最悪を冠した大罪人でも、千年を戦い抜いた戦友でも、ましてや俺自身でもない。俺という狂人に溢れる程の愛情を注ぎ。俺を狂ったままに終わらせなかった。俺の母親に他ならない。

 

”名”も”性”も千年という時間と共に摩耗し擦り減った。

最早、俺が覚えているのは己の名前が本当は”風守”でも”風穴”でも無いという事だけ。

それでも辺境の地の洞窟の底で生まれた俺は今でも覚えている。

---母の腕の温もりとその愛を。

 

()しくも君のユメが君を殺す。さらば千年を生きた死神よ。さらばだ阿片窟(とうげんきょう)を築いた仙王よ。さらば、死ね」

 

 

 

 









さて、藍染様が星十字騎士団並みにインフレしたな。
どうするか( 一一)


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出会った者達



短いですが投稿です。楽しんでいただければ幸いです<(_ _)>



それはそうとディエスイレのアニメが始まりましたね!
自分は最初の導入での藤井君の原作の一人語りでテンションが上がり、マリィの歌声でテンションが上がり、原作通りのBGMにテンションが上がりました!
続きが楽しみです(; ・`д・´)


 

 

 

太陽が黒色に(おか)される光景を見た。それは本来、月によってのみ起こされる太陽の()()け。それが破道の九十『黒棺』によって起こされるのを見た。

日食(にっしょく)と呼ばれる現象が一人の死神に起こされるのを見ながら、卯ノ花烈は静かに一人の死神の敗北を悟った。

 

「風守さん」

 

戦いの最中に現れ、一言二言の言葉を交わし、藍染惣右介を追い空へ上った自らの夫の名を呼びながら卯ノ花烈の頬を涙が伝った。

 

「あなたは、敗れたのですね」

 

理解が出来た。同時に納得もした。

最愛の夫が倒れる姿を卯ノ花烈は鮮明に思い浮かべることが出来た。

 

そして、同時に動き出さなければならない筈の自分の身体が固まっていることに気が付いた。風守風穴が倒れている。ならば卯ノ花烈は駆け付けなければならない。その筈だ。世界中の誰もが風守風穴の敵になったとしても、妻である自分だけは味方で居ようと決めていた。

しかし、そうでなければならない筈だと理性が訴えかけれいるのに、卯ノ花烈の身体が動くことはなかった。

 

理外の理。理性ではなく本能。本能が卯ノ花烈の動きを止めた。

無論、それは死の恐怖や不安と言ったそういう類のものではない。むしろ、逆。

卯ノ花烈の動かぬ身体は風守風穴を思えばこその本能(あいじょう)だった。

 

朽木ルキア奪還の際の瀞霊廷での動乱で風守風穴の思いを読み取り山本元柳斎重國との戦いに加勢した卯ノ花烈が、此度の藍染惣右介との戦いにおいて風守風穴は加勢を望んではいないのだと悟る。故に動かぬ身体。それこそがそのまま卯ノ花烈が抱く風守風穴への愛の深さに他ならない。

 

「今のあなたは、私を望んではくれないのですね」

 

それは本能。

 

「私があなたに死んで欲しくないと望んでも…望んではくれないのですね」

 

それが理性。

 

「もどかしい。…身すら捧げた私の愛は、あなたの危機に身体も動かせぬほど重かった」

 

風守風穴が藍染惣右介との戦いで望んでいたものを風守風穴以外で最も理解していたのは卯ノ花烈だった。言葉など要らない本能(こころ)。誰にも理解できないと言われた気狂いを一番長く抱きとめた女は、此処に至り世界で二番目に風守風穴を理解した者になった。

一人目は彼の母。そして、二人目が卯ノ花烈だ。

 

卯ノ花烈の見上げる空で日食が終わる。太陽が輝きを取り戻す。

そして、世界を覆っていた桃色の煙が徐々に薄れていく。

卯ノ花烈はその光景にただ静かに涙を零して、憎んだ。

夫を救えぬ妻である己を憎み。妻を残し逝く彼を憎んだ。

 

桃色の煙が()えていく。阿片の毒が(かす)れていく。

 

「あの人の望んだ桃源郷(せかい)が朽ちていく」

 

「卯ノ花。…風守は死んだか?」

 

涙を零す卯ノ花烈にかけられる声があった。巖のようなその声は言うまでもなく山本元柳斎重國のものであり、山本元柳斎重國もまた卯ノ花烈と同じように空を見上げていた。

 

「はい。風守さんの霊圧が、消えていくのを感じます。あの人は藍染惣右介との戦いに敗れ、直に死んでしまうでしょう」

 

「…その割には、随分と冷静じゃな。助けには行かんのか?」

 

「それをあの人が望んでいます。それに、私が風守さんを助け命を救ったとしても、その時には貴方が風守さんを殺すのでしょう?」

 

「…ああ。あの大馬鹿者は暴れすぎた。現世での卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の使用など、四十六室の裁定に掛けるまでもなく殛刑じゃろうて。加え、あやつは真名呼にも釘を刺されておった。殛刑の手間をかける位なら、儂がこの手であやつを叩き斬る」

 

「ならば、やはり私はあの人の望み通りに。この戦いに手を出すつもりはもうありません」

 

そう言う卯ノ花烈に対して、山本元柳斎重國は表情を変えることなく問いかけた。

 

「………それで、後悔はないのか?」

 

その言葉に初めて卯ノ花烈の端整な顔が歪んだ。

 

「後悔はあります。無い筈がありません。あの人が藍染惣右介に殺されるくらいなら………私が、風守さんを殺したかった」

 

「それは”八千流”としてか」

 

「…いえ、剣士としても。女としても。私があの人の最後を看取る者でありたかった。ただそれだけです」

 

そう言って卯ノ花烈は山本元柳斎重國に背を向けて去っていく。

 

「どこへ行く?」

 

「阿片に呑まれた者達の治療へ向かいます。…藍染惣右介は風守さんとの戦いで消耗している筈です。私の手が無くとも貴方なら、消耗した藍染惣右介にまさか後れを取ることもないでしょう」

 

「わかった。皆は任せたぞ」

 

「…はい」

 

卯ノ花烈の判断は決して間違ったものではなかった。藍染惣右介は風守風穴との戦いで疲弊している。対して山本元柳斎重國は万全と言っていい状態。先の藍染惣右介との戦いで受けた傷さえ風守風穴が藍染惣右介と戦っている間に卯ノ花烈の手によって治療されている。

勝敗は戦う前から既についている。

 

だから、この場を離れ卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の阿片の毒に侵された者達の治療に向かおうとする卯ノ花烈の行動は護廷十三隊に置いて唯一の治療部隊である四番隊の隊長の判断として間違ったものではなかった。むしろ、夫の死を気丈に受け入れ自身の役割を果たそうとする姿は褒められるべきものだった。

 

愛した男の意思を尊重し、愛するが故に男の死すら受け入れた卯ノ花烈の行動を責められる者は一人もいない。居ていい筈がない。(おのれ)を殺し。(じぶん)を殺し。(おとこ)だけを見た女。

ただ一人、卯ノ花烈の横に立ち彼女を(たしな)めることの出来た男はもういない。

 

---重いだけだと。

---お前は俺の為ではなくお前の望むように生きろと。

---そんなお前を愛していると。

 

そういう事の出来た男はもういない。その筈だ。その筈だった。---のに。

 

卯ノ花烈の歩みが止まる。隣に立ち彼女を止める男はもういない。

けれど、卯ノ花烈の頬を流れる涙を真正面から見ている少女が居た。

 

卯ノ花烈は驚きながら少女を見た。

隠密行動の際に邪魔になるからと短く切っていた筈の黒髪は何故か肩に掛かる長さまで伸びていた。霊圧が一回りは大きくなっているように感じた。

 

「貴様…何をしている」

 

少女。砕蜂は怒気を隠す事も無く、犬歯をむき出しにしながら卯ノ花烈を睨んでいた。

 

「何故!奴を助けに行かない‼」

 

吼えるような声だった。

 

「状況は知らん!私は気が付けば夜一様に抱えられ”断界(だんがい)”の中に居た!今の私の力では風守の力には成れんと夜一様に諭され現世からも尸魂界からも時間と空間が隔絶された”断界”の中で修業を積み戻ってみれば…何故、風守が死にかけているのに助けに行かんのだ‼」

 

卯ノ花烈は風守風穴がやって来たと同時にどこからともなく現れた蒲原喜助達が黒崎一護と砕蜂を連れてこの場を離れていたことに気が付いてはいた。ただ安全な場所に逃したとばかり思っていたが、まさか”断界”で修業を積んでいたとは予想外だった。

確かに現世と尸魂界を繋ぐ”断界”の中と外では時間の流れが2000倍違う。風守風穴と藍染惣右介が戦い始めてから一時間以上が過ぎている状況であるなら、砕蜂は”断崖”の中で2000時間。約三カ月近く修行を積んできたことになる。そうであるならば髪が伸びているのも霊圧の成長も納得が出来た。しかし、”断界”には長時間断界内に居ることを拒む”拘突(こうとつ)”の存在がある。おそらく蒲原喜助らがどうにかしたのだろう。けれど----

 

---と、そこまでで卯ノ花烈は考えるのを止めた。考えなければならない大事なことが他にあると思ったからだ。

 

卯ノ花烈が今一番考えなければいけないことは上空で消えようとしている風守風穴の霊圧を感じ取り睨みつける砕蜂のことだった。

 

「誰よりも先に駆け付けるべきは貴様だろうに…もういい。私が行く!」

 

「砕蜂さん。待ちなさい」

 

「なんだ!まさか邪魔をする気か」

 

「はい。貴方を行かせる訳にはいきません」

 

「…貴様、何を言っている?」

 

卯ノ花烈からのまさかの返答に砕蜂は思わず間の抜けた顔を浮かべた。

 

「あの男が危険な状態なのだぞ。何故助けに行こうとする私を止める」

 

「それをあの人が望んでいるからです」

 

「あの男が、死ぬことを望んでいるだと?」

 

「はい。藍染惣右介との戦いに手だしは無用。それに例え命を助けたとしても待っているのは殛刑です。ならば、せめて己の意思で始めた戦いの中で死ぬことがあの人の望み。………それを邪魔するというのであれば、私は貴方を止めねばなりません。それに…」

 

卯ノ花烈は一度、言葉を切ると良い淀む。

そして、確信をもって言葉を続けた。

 

「あの人は…私達に救われたいなどと、思ってはいないでしょう」

 

「………卯ノ花烈。貴様は自分が何を言っているのかわかっているのか?救えるかもしれぬ、あの男の命を見捨てると言っているのだぞ」

 

「はい。それがあの人の望みならば、私はそれを受け入れましょう」

 

「………救いたくないのか?」

 

「勿論、救いたいです」

 

「………助けたくないのか?」

 

「勿論、助けたいです」

 

「………生きていて欲しくはないのか」

 

「………生きていて、欲しいです」

 

「ならば何故‼」

 

愛故(あいゆえ)に‼」

 

砕蜂の叫びに対して返ってきたのは卯ノ花烈の叫びだった。

砕蜂の眼が卯ノ花烈の眼をみる。互いの瞳に映る感情は似ているようで似ていない。

同じモノを映しているのに鏡映しの様に左右逆の正反対。

 

「愛しているから…私はあの人を愛しているから…だから、助ける訳には、いかないのです」

 

それは悲鳴の様な声だった。思わず耳を覆いたくなるほどに痛々しい。愛を語る言葉なのに温もりなど何処にもない感情は、だがしかし、愛という言葉以外では表してはいけない感情。愛故に。愛故に。ああ、きっとこの場に風守風穴が居たのならば諸手を上げてその正しさに平伏したに違いない。

---お前が俺を思うお前の思いを俺は確かに知っているとそう言ってのけたに違いない。

 

しかし、砕蜂は違う。

 

「ふざけるな」

 

同じ男を愛したけれど、卯ノ花烈と砕蜂はきっと根本から違う。

(かわ)()(にく)(えぐ)り、(ほね)(くだ)いた神経(しんけい)のその(おく)原初(げんしょ)階層(かいそう)(きざ)まれたモノからして卯ノ花烈と砕蜂は別物だ。

 

「ふざけるなよ」

 

言ってしまえば砕蜂は真面(まとも)なのだろう。卯ノ花烈とは違い普通に風守風穴と出会い。一緒に過ごすうちに風守風穴を普通に好きになり。普通の日常の中で見る風守風穴が大好きで、だから普通に風守風穴を助けたいと思っている。

 

「愛した男を見殺しにする愛など無い!」

 

砕蜂はこと恋愛に関していえばただの普通の少女だった。

 

「助けたいと思う自分の気持ちを押し殺すことが愛か!ただ男の言葉に従うだけの女など、古臭いにも程があるだろう」

 

「………古臭い、ですか?私が?」

 

「ああ、歳より臭いと言ってもいいのだろうな」

 

砕蜂の言葉は隠す気もない挑発であり、卯ノ花烈もまたそれに気が付いていた。

しかし、それでもその挑発に乗らない訳にはいかなかった。

 

「”貴方がそう思うのなら、貴方の中ではそうなのでしょうね”」

 

「…貴様。その言葉は」

 

「あの人が言っていた言葉です。主義主張は数多あり、その全てが正しいとあの人は説いていた。人は自分の考える正しさの中で生きるべきだと。ならば、私もまた砕蜂さん。貴方の主張を受け入れましょう。けれど私は、受け入れた上で、私はそれを認めません」

 

---それだけは、受け入れられなかった。

 

「風守さんを一番愛しているのは私です」

 

「いや、私が一番、風守を大好きだ」

 

明確な対立を前に言葉を交えるだけの時間は終わったと砕蜂は斬魄刀を抜いた。

卯ノ花烈もまたそれに合わせて斬魄刀を引き抜いた。

 

互いに愛を語った。同じ男を愛し同じ男に愛された女だった。

卯ノ花烈と砕蜂の対立を風守風穴は決して望んではいないだろう。

それを知りながらも、もう二人は止まる事は出来なかった。

互いが互いに自分が正しいと思っている。

 

だから、卯ノ花烈は愛した男の意思を護る為に戦い。

だから、砕蜂は愛した男の命を救う為に戦う。

 

---”おまえがそう思うのなら、そうなのだろうよ。おまえの中ではな。それが全てだ”---

 

一人の男が説いた言葉の正しさを証明するかのように二人は戦い。

---そしてこの戦い、最後に愛は勝つ。

 

 

 

 

 

 

他の世界とは隔絶された空間。”断界”。そこで刃禅(じんぜん)。斬魄刀との対話の為に尸魂界の開闢(かいびゃく)から何千年とかけて編み出された形での座禅を組んでいた黒崎一護の思考に雑念が混じる。

 

「とう!」

 

「痛ぇ!」

 

それを見逃さずに黒崎一護の頭に拳骨を落としたのは黒崎一心(いっしん)

黒崎一護の実父にしてかつて尸魂界で隊長を務めたこともある元死神だった。

 

「なにしやがんだ!」

 

「刀に心が入ってねえ!集中しろ‼」

 

風守風穴の到来により開かれた万仙陣(ばんせんじん)。卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の生み出した阿片の毒により夢の世界へと堕ちていた黒崎一護が蒲原喜助と四楓院夜一、そして黒崎一心の手によって助け出され”断界”へとやってきて以降、黒崎一護は黒崎一心の指示の元で刃禅を組み斬魄刀との対話を行っていた。

心の全てを斬魄刀へと傾けなければならない”刃禅”だが、しかし、黒崎一護が集中しきれないのは仕方のないことでもあった。

 

「…なあ、親父。蒲原さん。こんなことしてて本当にいいのかよ。外じゃまだ戦いが続いてんだろ」

 

黒崎一護の絞り出すような声に黒崎一心は一度目をつむり息を吐くと重い言葉で答える。

 

「これはその戦いに参加する為のものだ。一護。今のオメーじゃ戦いに参加する資格すらねぇんだ」

 

「な!?…そんなことは…」

 

「あるんだよ。オメーだって解ってんだろ。一瞬だ。一瞬でオメーは風守風穴の斬魄刀に飲まれやがった。今、外に出た所で結果は同じだ。次は、悪いがもう助けてはやれねぇぞ」

 

黒崎一護は黒崎一心の瞳から目を反らすことは出来なかった。

そして、黒崎一心は、だからこそと、そういった。

 

「オメーは今やるべきことだけに集中しろ。()きだすんだよ。オメーの斬月から、”最後の月牙天衝(げつがてんしょう)”の正体を」

 

「”最後の月牙天衝”…」

 

「そうだ。オメーは本当に()()()護りたいと思うなら、オメーは前に進まなきゃいけねえんだ…!風守風穴という死神が歩んだ。数千年っていう歴史にな」

 

 

---「行け。一護。護る為に」

 

 

 

 

「---入りましたね」

 

刃禅の形で静寂の形を保つ黒崎一護の身体に独りでに一つの傷がつくのをみた蒲原喜助は、安堵したように扇子を広げて口元を隠しながらそう言った。

 

「ああ、入った。後はもうコイツが目覚めるのを待つだけだな。…蒲原。それで他の場所は本当に大丈夫か?」

 

「ん?なんスか、一心サンってば一護サンには他は気にするなって言っておきながら、やっぱり気になっちゃうんスね」

 

「悪いか?」

 

「まさか」

 

軽口を叩く浦原喜助だが、黒崎一心の心配を一笑に伏す気など勿論無く、軽い口調の儘に、しかし、確かな確信を持って言葉を続ける。

 

「夜一サンから連絡がありました。修行が済んだので、砕蜂サンを先に行かせたそうです。夜一サン自身も霊力が回復し次第外に向かうそうッス。とりあえず外は任せて大丈夫でしょう。山本総隊長や卯ノ花サンも居ますし、藍染サンに簡単に全滅させられはしないでしょう」

 

「この中は、拘突(こうとつ)”は本当にアイツ一人に任せて大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ッス。というより、任せる他にありません。”断界”の掃除屋。(ことわり)(がわ)の存在である拘突(こうとつ)に対処できるのはあの人しかいないんですから。…それに、()()()()()()()()()。その思いはきっと誰よりも強い筈です。何しろあの人は、風守サンの副官なんですから」

 

 

 

 

 

 

「卍解『雷火(らいか)業炎殻(ごうえんかく)』‼‼」

 

日の光も届かない。誰も見ていない”断界”の果てで独りで戦っている死神がいた。

その死神は幼き頃の無力を嘆き、鍛錬の果てに力を手に入れた。

そして、その力を幼き日に見た大きな背中を護る為に振るう。

 

その死神の名は天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)と言った。

 

 

 

 

 

 







天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)

アニメオリジナルストーリー「新隊長天貝繡助編」より

市丸ギンが奔走後に三番隊隊長に任命される。アニメ内では始解もしてない攻撃で「理の外にあるもの」らしい断界の掃除屋、拘突を退けたりする凄い人。(※あれ?あれ倒せるのって藍染様くらいなんじゃ・・・って突っ込んじゃ駄目)






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二度目の出会いが彼らを変えた


三つぐらいのENDを考えて、どうしようか悩んだ挙句に書きたいものを書くことにしました。
皆を幸せにしたいって願う阿片狂いが主人公なんだから、やっぱりハッピーエンドがいいよね。
(; ・`д・´)
というわけでハッピーエンド(笑)に向けて突っ走ります。

皆様の暇つぶしになれば幸いです<(_ _)>





 

 

 

 

 

--其処(そこ)は温かかった。

 

(ぬる)く。(ぬく)く。(あたた)かい。その場所を誰もが知っている。

孕み生まれた時に初めて実感する世界は、己の為だけに存在する胎盤(せかい)

その温もりを、誰もが知っている。けれど、誰もが忘れてしまっている。

 

その場所に俺は居た。

 

『…■…■…』

 

母が腹を撫でながら俺の名を呼ぶ。胎盤の中に居る俺はそれを自覚しながら、微睡の底へと堕ちていく。

此処(ここ)はいい。もう何も怖くない。何の不安もない。

母親の胎盤の中。自分だけの為に存在するこの世界は、俺が目指した桃源郷に他ならない。

苦しくない世界。悲しみのない世界を望むのならば閉じてしまえばそれで良い。快楽の歌に溺れてしまえ。

 

俺がそう思うのならば、それが全てだ。

この世界の中では、それが全てだ。

 

---俺の意識は沈んで行く。

---なにかと戦っていた筈だ。

---なにかを護ろうとしていた筈だ。

 

『■■』

 

けれど、母が俺の名を呼ぶ度に俺の中にあったそんな思いは消えていく。

 

---そうだ。俺は本当は戦いたくなど無かったのだ。

---何かを護る為に何かと戦わなければならない世界など嫌だった筈だ。

 

---阿片に酔い酩酊(めいてい)の中で自分の形に閉じた世界で夢を描くことこそが幸せだと説いた筈だ。

 

---ならば、やはりここが俺の目指した桃源郷。

---俺の為に創られ、俺だけを受け入れてくれる世界。

 

俺は今ここで至ったのだ。これほどの幸福があるモノか。

---最早、眼など開く意味もない。

 

俺は藍染惣右介の斬魄刀『鏡花水月』の能力によって桃源郷へと沈んで、消えた。

 

 

 

『風守さんを一番愛しているのは私です』

『いや、私が一番、風守を大好きだ』

 

 

 

眼はもう閉じていた。けれど、耳は閉じれなかったから俺一人の世界である筈の其処にそんな声が聞こえてきた。

---”風守”?それは誰だ。俺はそんな名前は知らない。俺の名は、母が名付けてくれたものだけだ。

 

風守(その名)”は俺の世界には要らぬモノ。

---ああ、なのに。なぜ。なぜだ。なぜその名を叫ぶ、その声に俺の胸が高鳴っている。

 

争う二人の女の声がする。俺の知らぬ名を、俺の知る声が叫んでいる。

---”風守(その名)”と俺に、何の繋がりがあるというのか。

 

『■■』

 

混乱する思考の中で母が俺を呼ぶ。俺の思考に立つ波は、その一言で消えていく。

---そうだ。関係ない。俺ではない誰かを呼ぶ誰かの声など、俺は知らない。たとえそれを愛おしと感じたとしても、その愛は母の愛には届かない。

 

 

 

 

愛があった。愛であった。”風守(その名)”を呼んだ二人の死神の声は疑いようもない愛情に満ちていた。

それは愛した男を死なせたいと願う女の狂った愛だったかもしれない。

それは恋した男を助けたいと願う少女の普通の愛だったかもしれない。

 

けれど、それは確かなものであったから、あるいは”彼”を(まぼろし)の中から引き上げることが出来たかもしれなかった。”彼”は優しい。自分の為に二人が争っていると知ったのなら、幻など破り二人の元に駆け付けて二人共を抱きしめていたに違いない。

女二人が刃物を振り回す様を見ながらも笑いながら、---善哉善哉。お前たちはそんなに俺が好きなのだな。---そんなことを言ってのけるのが”彼”だ。

 

けれど、”彼”の幻は解けなかった。斬魄刀『鏡花水月』が”彼”に見せた者が、それを阻む。相手が悪かった。愛では勝てぬ。勝ちうる筈がない。子を見守り成長を願う母の愛に勝る愛などありはしない。

 

 

だからこそ、”彼”を斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠から救い出したのは、もっと別のものだった。

 

 

 

『この、馬ァ鹿ヵ者がァァあああ‼‼』

 

 

 

響いた声は怒りだった。沸き立つ程の感情だった。古今東西、母親の愛に並び立つモノは決まっている。それは駆け引きもなく。抵抗も許されず。しかし、揺るがぬ理由と意志により発する衝動。

子を愛する父親が絞り出す怒声に似たその声によって”彼”は斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藍染惣右介は後悔した。目の前で斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠へと沈んで行く風守風穴を見ながら、らしくもない後悔の念に苛まれていた。

 

「…こんなものか。…こんなものなのか。…君は、こんな程度の死神だったのか」

 

千年を生きた死神。瀞霊廷創世記。最強の死神に率いられながら、尸魂界に秩序を()いた死神の負け際は、敵である藍染惣右介にして苦言を呈さずにはいられない程に無様に過ぎた。

確かに藍染惣右介は万全を期した。一度は自分に敗北より屈辱的な勝利を()いた風守風穴を前に藍染惣右介は考えうる全ての手を打った。虚圏に築き上げた虚夜城(ラス・ノーチェス)を捨て、多くの部下を犠牲にし、志を共に戦った一人の友すらも捨て駒として扱った。

風守風穴が藍染惣右介の前に立つまでの戦歴は計り知れない。そもそも風守風穴が虚圏へと攻め込んできた時に起きたウルキオラ・シファーとの戦いで既に風守風穴は卍解と言う奥の手を切らされていたのだ。続く戦いの中で疲弊していることは分かっていた。

 

こうして藍染惣右介の前に立った時から、風守風穴は満身創痍だった。

そうなる様に戦ったのだから、そのことを藍染惣右介は理解している。

 

それでも藍染惣右介の口から毀れるのは、苦言で在り、後悔でだった。

 

「風守、風穴。私は君に勝つ。これは揺るがない。だが、この程度か。…違う。私が敵と定めた君がこの程度で在っていい筈がない‼」

 

倒した敵を前にした支離滅裂な言動であることを藍染惣右介は理解していた。

それでも藍染惣右介の口は止まらなかった。

 

「さあ!斬魄刀を握れ!私の『鏡花水月』を打ち破れ!私はまだ卍解も『崩玉』も奥の手は何一つ切ってはいない!この程度なものか!私と君の決着が、この程度で終わっていい筈がない!君を倒す為に要は死んだぞ!私は他者の手に縋るという屈辱に塗れた!ならば…君は立たねばならぬ筈だ!」

 

藍染惣右介の腕が風守風穴の胸倉を掴んだ。

 

「立て…最悪の死神。立て…阿片窟(とうげんきょう)の番人。立て…風守風穴。立て…この、馬ァ鹿ヵ者がァァあああ‼‼」

 

そこまで言って藍染惣右介は固まった。そして、固まったまま顔から血の気が引いていくのを感じた。

 

---まて、私は今、何をしている。

 

その思いが藍染惣右介の動きを止めていた。万策を弄し好機を狙いようやく打破した最悪の死神。多くの時間と犠牲を伴い斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠によりようやく眠りについた風守風穴という死神。

 

---それを私は…なぜ起こそうなどとしているのだ。

 

風守風穴という死神は()()()()()()()()()()()

その考えに嘘はない。落胆の思いは確かある。自らが敵と定めた死神があっさりと沈んで行く事を認めたくないという感傷も認めよう。

だが、しかし、だとしても、倒した敵の再起を願うなど狂気の沙汰ではないか。

藍染惣右介らしくないどころの話ではない。

 

戦いの中で敵の為に祈るなどと、それはまるで風守風穴のようではないか。

 

---まさか。

 

藍染惣右介は愕然とする。

 

 

『風守、風穴。私は君に勝つ。これは揺るがない。だが、この程度か。…違う。私が敵と定めた君がこの程度で在っていい筈がない‼』

 

『さあ!斬魄刀を握れ!私の『鏡花水月』を打ち破れ!私はまだ卍解も『崩玉』も奥の手は何一つ切ってはいない!この程度なものか!私と君の決着が、この程度で終わっていい筈がない!君を倒す為に要は死んだ!私は他者の手に縋るという屈辱に塗れた!ならば…君は立たねばならぬ筈だ!』

 

『立て…最悪の死神。立て…阿片窟(とうげんきょう)の番人。立て…風守風穴。立て…この、馬ァ鹿ヵ者がァァあああ‼‼』

 

 

つい先ほど吐いた自分の言葉に鳥肌が立った。

意味不明。支離滅裂な言動は---酔っ払いのそれではないか。

 

 

 

「ぁぁ…」

 

 

 

藍染惣右介の耳に囀る様な小さな声が聞こえた。

掴んでいた風守風穴の胸倉を離し、思わず後退る。

 

 

 

「ぉまぇは そんなに ぉれが すきなのだな」

 

 

 

認めたくない現象が目の前で起きていることに藍染惣右介は気が付いた。

そしてそれを一時とはいえ願った自分が真面ではなかったことにも気が付いた。

 

断言しよう。風守風穴 対 藍染惣右介の戦い。

一見すれば好カードにも見えるこの戦いだが勝敗は初めからついていた。風守風穴は藍染惣右介には最初から勝つことが出来なかった。

それは霊圧だとか剣術だとか鬼道だとか白打だとか能力の相性だとか、そういうものとは一切関係ない所で決まっていた。

風守風穴は藍染惣右介に対してお前を救ってやろうと言っていた。

生粋の狂人である風守風穴ではあるが、その言葉を違える事だけはあり得ない。

 

ならばこそ風守風穴を殺そうとした藍染惣右介とは気概が違う。圧倒的な戦力差があったなら、その気概の差があったとしても風守風穴は藍染惣右介を倒すことが出来ただろう。

しかし、風守風穴も認めていることだが霊力は拮抗していた。剣術は風守風穴が勝っていたけれど鬼道では藍染惣右介が勝っていた。白打は互角だった。斬魄刀の能力の相性も悪くはなかった。

故に風守風穴は藍染惣右介には勝ちえない。それは最初から決まっていたことであり、風守風穴もまた気が付いていたことだった。

 

だから風守風穴が策を弄したなどと言うことは無い。彼には藍染惣右介や浦原喜助の様な頭脳はない。経験はあるがそれだけでは真の天才を陥れる策など打てるはずがない。

だから、風守風穴はともすればあっさりと死ぬつもりだった。死んでも良いと考えていた。

だから、風守風穴は卯ノ花烈に自分が死にそうになっても手を出すなと言外に伝えていた。

 

 

けれど、だからといってこの結果。一度は斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠に陥り死んだはずの風守風穴が再び息を吹き返したのが、ただの偶然であったというかというと少し違う。

こんな奇跡的な偶然はあり得ない。こんな悲劇的な奇跡もあり得ない。

 

 

「しんじて、ぃたんだ。そぅすけ、ぉまぇをぉれは、しんじてぃたぞ」

 

 

斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠に陥れば破る術はない。

例え未来を見通す天眼を持つ者が居たとしても、あるいは未来を改変する神眼を持つ者が居たとしても斬魄刀『鏡花水月』が発動してしまえばその幻を破ることはできない。

 

そう只一人、斬魄刀『鏡花水月』の所有者である藍染惣右介を除いては---

 

 

 

「私が、願ったというのか。風守風穴の復活を願い。斬魄刀『鏡花水月』の能力を無意識の内に解除したというのか‼‼」

 

 

「そうだ。惣右介」

 

 

藍染惣右介の怒声に対して返ってきた声は冷静で平坦な声だった。

 

「阿片に痴れて漏れたお前の本音が助けてくれたから、お前の声があったから、俺は『鏡花水月』の幻から目覚める事ができた。ありがとう、惣右介」

 

「………ふざけるな」

 

「これは俺達二人の、俺と惣右介の、友情の勝利だ」

 

「ふざけるなァアアア‼」

 

藍染惣右介が振り上げた斬魄刀が振り下ろされるよりも早く、風守風穴の斬魄刀の切っ先が藍染惣右介の身体に埋まる。

 

「『鴻鈞道人』の刃に含まれる阿片の濃度は生成される煙の比じゃない。切っ先一つ埋まれば終わる。阿片に痴れて忘れて締まったのか、惣右介。だから、お前は常に俺に先んじる形で戦っていたんじゃないか」

 

「………風守、風穴」

 

「もう一度、礼を言うよ。惣右介。お前を信じた俺は間違っていなかった。お前の矜持を信じて本当によかった」

 

「………くそ」

 

そうして戦いは終わった。

阿片の毒に侵され意識を失いもたれ掛かってきた藍染惣右介を風守風穴は優しく抱き留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

阿片に痴れて意識を失った藍染惣右介を抱き留めながら、俺は長かった戦いがようやく終わったことに安堵した。藍染惣右介の死神の虚化という研究から端を発した百余年にも及ぶ戦いは傍から見れば藍染惣右介自身の自滅によって幕を閉じた様に見えるだろう。

だが、そうではないことを俺は知っている。

確かに俺との戦いで藍染惣右介は阿片の煙に晒された藍染惣右介は僅かながらではあるが阿片に痴れ、その結果、俺を斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠から解き放つという悪手を打った。そして、俺に敗れた。

だが、しかし、それは悪手ではあったかもしれないが、愚行ではない。

対峙した敵に真摯に向き合い、倒した敵の為に祈ることは聖人の行いに他ならない。

 

「あるいは惣右介。お前は変わったのかもしれないな。昔のお前ならば、俺が出会った当初の藍染惣右介であったならきっと顔色一つ変えずに俺をただ殺していたのだろう。昔のお前はそういう眼をしていたよ」

 

目的の為なら手段を選ばず。自分以外の全てを道具の様に見ていたお前なら、感傷に流されずに俺を殺せたかもしれない。

 

「だが、変わってしまったお前だからこそ、成し遂げられたこともある。お前は東仙要を友と呼び、東仙要は俺に癒えぬ傷を刻む付けた。それはお前が変わってしまっていたからこそ成し遂げられた成果だろう。この心の傷がなければ俺はお前と一対一で戦おうなどとは思わなかった。山本重國と共に護廷に仇名すお前を討とうとした筈だ」

 

そして惣右介は山本元柳斎重國と俺の共闘の前に成すすべもなく蒸発していただろう。

 

「ジレンマという奴か。変わなければ俺を討つ好機は無く。変わってしまったからお前は俺に討たれてしまった」

 

どちらが幸せであったかを論ずるつもりは俺には無い。惣右介がどう考えるかはわからないが、俺は命あっての物種(ものだね)と考える性質だ。

どうあれ五体満足で生きているこの状況が最悪だとは俺は考えない。

 

「中央四十六室はきっとお前を殺すことはしないだろう。惣右介。お前の頭脳は、殺してしまうのはあまりに惜しい。かつて阿片窟(とうげんきょう)の番人ですら利用価値があると生かした奴らだ。お前のことも()()()()しようと考えるだろう。たぶん、中央地下(ちゅうおうちか)大監獄(だいかんごく)の最下層『無間(むけん)』に幽閉され薬物実験やら人体実験をされて脳ミソがグズグズにしながら、お前の知識を引き出そうとするだろう」

 

それはとても辛いことかもしれない。それはとても痛いことかもしれない。

俺はそんなことをされたことがないから何とも言えないが、もしかしたら所謂(いわゆる)死んだ方がマシというヤツなのかもしれない。

 

「けどな、惣右介。安心しろ。生きていれば、きっと良いことがあるさ」

 

俺は意識のない藍染惣右介の顔に顔を近づけて笑顔を浮かべる。

 

「何なら俺は俺が山本重國の手によって殛刑に処されるまでの間は毎日お前の面会に行こう。勿論、手土産として仙丹の妙薬も用立ててやろう。だから、何も怖がらなくていい」

 

そう言って俺は藍染惣右介を背負って空座町の市街地へと向かう為に歩き出す。

下にいる者達に早く安心してもらいたいから、出来る限り急ごうと思ったけれど、流石に身体がボロボロだったので止めた。

少し前まで感じていた卯ノ花烈と砕蜂の霊圧のぶつかり合いは、俺の霊圧が復活し藍染惣右介の霊圧が薄れたことを感じ取ったのだろう、既に収まっている。

ならば、急ぐ必要はない。

 

ゆっくりと勝利の凱旋を楽しもうと歩を進める。

 

そして、空座町の市街地まであと半分という所まで空から降りてきた所で懐かしい顔の面々に出会った。

 

「おおっ!驚いたな。出迎えに来てくれたのか…ええっと、六車拳西だよな?隣は………平子真二だな。久しいな。善哉善哉。元気そうで何よりだ」

 

 

元五番隊隊長、平子(ひらこ)真二(しんじ)

元九番隊隊長、六車拳西。

 

 

俺の道を遮る様に二人が立っていた。そしてよく見ればその後ろには奇妙な格好をした一団(現世ではあれが今風の服装なのだろうか?)がいた。

 

 

元三番隊隊長、鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)

元七番隊隊長、愛川(あいかわ)羅武(らぶ)

元八番隊副隊長、矢胴丸(やどうまる)リサ。

元九番隊副隊長、久南白。

元十二番隊副隊長、猿柿(さるがき)ひよ里。

元鬼道衆副鬼道長、有昭田(うしょうだ)鉢玄(はちげん)

 

 

全員が百十年前に藍染惣右介の死神の虚化という実験の被害者たちだった。

 

「そうか。お前たちも戦いに来ていたか。いや、まあ当然と言えば当然か。しかし、悪いな。戦いはもう終わったぞ」

 

「あー、ええんよ。別に」

 

百十年前に尸魂界を追われた彼らがどうやって生きてきたかを俺は知らない。けれど、どうにかして生き抜いてきた彼らのリーダーは平子真二であったのだろう。

彼が代表として俺の前に立ち言葉を続けた。

 

「俺らの目的は藍染を倒すことやった。その為に喜助と策練ったり一護を特訓したりしたんや。俺達が藍染を倒すーとか、そういう拘りはない。アンタが倒してくれたっていうなら万々歳や。…けど、見るに藍染はまだ死んでないんやないの?」

 

「ああ、殺していないぞ」

 

平子真二の眼が鋭くなる。そして訝し気に言葉を続ける。

 

「アンタ、藍染をどうするつもりや?」

 

「とりあえず山本重國の元まで運ぶ。その後は四十六室の裁定に任せるさ」

 

おそらく中央地下(ちゅうおうちか)大監獄(だいかんごく)に収監になるだろうけどなと語った所で平子真二は溜息をついた。

 

「前に藍染が四十六室を壊滅させたんは知っとるよな。そいつはそうことを平気でやるし出来る危険な奴や。…此処で殺しといた方がいい思わんかな?」

 

平子真二の最後の言葉に込められた殺気が偽りでない事は直ぐにわかった。

そして、それは平子真二以外にも、いや、この場に居る俺以外の全員が考えていることなのだろう事も理解した。

俺は笑う。

 

「お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろう。善哉善哉。好きにしろ。…と、お前たちが本気から惣右介を殺したいと思っているなら、そう言うのだがな。全員の殺気が本心ではあるが本気ではないぞ。へたくそだな、お前たちは」

 

そう言ってカラカラと俺が笑えば平子真二たちは呆れたような顔つきでため息をついた。

 

「変な奴やとは色んな所から聞いとったけど、ホンマに変な奴やなぁ。アンタ。まあ、ええわ。アンタの言う通り、藍染を殺しといた方がええ思うんわ本心やけど、中央地下(ちゅうおうちか)大監獄(だいかんごく)に収監されれば藍染でも一生出られへんのはわかっとる。そうして拘束が済んでいる以上、アンタのやり方が真っ当やし」

 

「ほな、連行を手伝うで」という平子真二の言葉に甘えて俺は藍染惣右介の身柄を六車拳西に預ける。

 

「じゃあ、頼むな。六車拳西」

 

「はい」

 

正直、身体がボロボロの状態で藍染惣右介を抱えて歩くのは辛かったので助かった。

 

「ああ、そう言えばだが、繡助の奴はお前たちと一緒じゃないのか?てっきり、あの事件の後はお前たちと行動を共にしていると思っていたんだが」

 

「心配せんでも居るよ。今は野暮用で別行動やけど、あとで会わせるたるわ」

 

「そうかそうか。よかった。俺はずっと繡助のことを心配していたんだ。元気でいてくれればいい---

 

そんな雑談をしながら俺達は地上へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---それは風守風穴と藍染惣右介の戦いが決着する少し前---

 

 

 

一度目は敗北だった。それも完膚なきまでの敗北だった。

ならば、二度目は反省を生かして勝てる。

 

---などと、驕る私ではない。

 

抜き身の斬魄刀を持ち立つ卯ノ花烈を見据えながら、砕蜂はそう考える。

 

---()()()()()()()()()()。それだけのことで敗北を考えてしまう程の死神は古今東西、この女だけだ。それを今の私は理解している。

 

一度目の戦いとは違う。砕蜂に有利な点があるとすれば、そのことを自覚しているという事だけだ。

最悪の死神たる風守風穴にして最強の死神である山本元柳斎重國を白兵戦でならば破るかもしれないと言わしめた最強の剣術家。

白兵戦最強の死神---卯ノ花”八千流”。

 

---この女が今、卯ノ花烈としてではなく卯ノ花”八千流”として私の前に立っていることは理解できる。私がそういう風に挑発したのだ。

 

砕蜂が卯ノ花烈と初めて対峙した時、彼女は初め斬魄刀を抜く素振(そぶ)りすらみせなかった。話し合いでの解決を模索しようとしていた。それは、言ってしまえば取るに足らないと思われていたからに他ならない。

卯ノ花烈にとってあの時の砕蜂は少女でしかなく、戦う意味などない相手だった。

 

(ただ)一振(ひとふ)り。()れにてお仕舞(おしまい)

 

事実、瀞霊廷動乱時に卯ノ花烈は砕蜂を赤子の手をひねる様に倒すことが出来た。初撃を避ける暇も始解する暇も与えることなく一振りで斬り捨てることが出来た。

それをせずにある程度の戦いを演じたのは、卯ノ花烈のある種の優しさに他ならなかった。

それを今の砕蜂は理解している。

 

---理解できる程に『断界』での夜一様との修行で私は強くなっている。

 

そして、だからこそ、今の卯ノ花烈が卯ノ花烈としてではなく卯ノ花”八千流”として砕蜂の前に立っていることを()()()()()()()()

 

圧倒的な戦力差を前に砕蜂の口元が吊り上がる。

 

「なぜ、笑っているのですか?」

 

八千流(ほんき)”である私の力は理解できているのでしょうと不思議そうに首を傾げる卯ノ花烈に対して砕蜂は笑みを浮かべたままに挑発的な視線を送る。

 

「なに、私は安堵しているのだ。貴様が私にあそこまで言われても、外野を気にして取り繕う様な女でなかったことにな。…そうだ。私は自分が間女だということをわかっているつもりだ。初めて貴様と戦った時、あの男の妻である貴様が私に向けてきた優しさの様なモノを、正直、気味が悪いと思ったぞ」

 

「…」

 

「まあ、あれは正妻の余裕というヤツなのだろうがな。だが、どちらにせよ私には理解が出来ん」

 

”愛した男が愛した女ならば受け入れよう”。

そう考えていた卯ノ花烈の想いを砕蜂はそう斬り捨てた。

卯ノ花烈の眉がピクリと動き纏う空気が重く変わる。

常人なら戦慄するその空気を感じとりながらも、砕蜂は尚も言葉を続けた。

 

「貴様は怒らぬことが優しさだとでも思っているのか?あるいは優しいあの男と同じ様に誰に対しても優しくあろうとしているのか?だとするなば、そんな付け焼刃は止めておけ。貴様はあの男のようには成れんぞ」

 

言葉には刃を込めた。視線にも刃を込めた。一挙手一投足に卯ノ花烈に対する敵意を込めた。

それは浮気相手の妻に少女が込める普通で普通な劣等感の塊のような幼い感情だった。

普段の卯ノ花烈ならばそれ位の戯言は受け流していただろう。だが、しかし、今は普通の状況ではない。

同じ男に対して二人の女が愛を叫んだ。そういう修羅場。鉄火に匹敵する戦場で語られる言葉は卯ノ花烈の心を斬っていた。

 

そして---

 

「ああ、そうだ。貴様には伝えておかなければならないな。私は風守に抱かれたぞ。それも現世に居た頃ではない。瀞霊廷に戻ってからな。あの男。私が望めば案の定、拒むことはしなかった」

 

それが致命傷になると知りながらも砕蜂は斬った。

 

「あぁ…」

 

それは卯ノ花烈から漏れた感情に塗れた小さな声だった。

 

「砕蜂さん。貴女は酷い人です。私を(いじ)めて楽しいですか?」

 

荒げるような声でなく。唸るような声でもない。呪詛は無く。怒りもない。

まるで無垢な幼子が泣くような声で卯ノ花烈は静かに笑った。

 

「久しさに私も怒ってしまいそうです」

 

「ようやく女らしい顔になったではないか」

 

 

 

 

挑発を繰り返すことに意味など無かった。隙を生むとか、怒りで理性を失わせるとか、そういう打算を含んだその行いの全てが無意味であることを砕蜂は卯ノ花烈の剣先を見て悟る。

真っ直ぐに、愚直なまでに正道として放たれたのは卯ノ花烈の袈裟(けさ)切り。

それを砕蜂は自らの斬魄刀で受けて、砕蜂の斬魄刀は真っ二つに斬られた。

 

斬魄刀が破壊される。それ自体はなにも珍しいことではない。斬魄刀とは所有者の霊圧を固め強度とする。ならば、それを上回る外圧で折れるのは必定(ひつじょう)。故に死神を育成する真央霊術院では斬魄刀を失っても戦える様に剣術の他に鬼道や白打を(おさ)める。

だが、しかし、隊長格の斬魄刀をこうも容易く斬ることが誰にでも出来るかと言われればそうではない。誰でもできる訳が無い。ともすれば斬られたことが理解できない程にあっさりと斬る。そんなことは()()()()()()()

天下無数に在るあらゆる流派を極め、あらゆる刃の流れをその手に修めた”八千琉”以外には---。

 

()れにてお仕舞(しまい)

 

斬魄刀を斬った刃が返り砕蜂の胴へと向かう。それで終わっていた。斬られていた。

そうなる筈だった。---しかし。

 

「なん…ですって…?」

 

胴に向かった卯ノ花烈の刃が止められる。白打において砕蜂が使ったその技術に名前はない。それはそれほどまでに当たり前のごくごく一般的な白刃取(しらはどり)と呼ばれる技術(わざ)だった。

 

胴に向けられた横凪の刃を上下から挟む形での白刃取。それが上段から降りおろされる刃を捕える白刃取よりも難易度が低いことは卯ノ花烈も知っている。

しかし、”八千流”の()()()()()()()。それがあまりにあり得ないことだったから、卯ノ花烈の動きは止まってしまった。

そこを突かない砕蜂ではなかった。

 

「はぁあ!」

 

白刃取した刃を軸に地面から飛んでの回転蹴り。それが卯ノ花烈の米神(こめかみ)へ放たれる。動きを止めてしまった卯ノ花烈はそれをまともに喰らって吹き飛んだ。

 

吹き飛んだ先で地面にぶつかり砂煙に包まれた卯ノ花烈。

姿が見えなくなった卯ノ花烈に対して砕蜂は手を緩めることはしなかった。

 

砂煙が晴れるより早く砕蜂の瞬歩は弧を描く。体制を崩しているだろう卯ノ花烈へ放つにはやり過ぎとも思える八つの残像を従えながらの特攻は、しかし、瞬間、全ての残像が真っ二つに切り裂かれて消える。済んでで胴断ちを回避した砕蜂は距離を取り立て直す。

視線の先には砂煙を欠き斬りながら立つ卯ノ花烈の姿があった。

額から一筋の血を流しながらも死覇装に土汚れ一つ付けていないその姿に砕蜂は息を飲む。

完全に入った筈の奇襲。並の死神なら昏倒していた筈の蹴撃に対して卯ノ花烈が取った反応は口元に弧を描くことだった。

 

「…なるほど、強い」

 

卯ノ花烈は嬉しそうにそう呟いた。

 

()かせぬ(もの)(おびただ)しく仇名(あだな)(もの)()ってきました。私の剣を防ぐならまだしも受け止めようとは…初めての経験です。ふふ、どうやったかなど聞くのは無粋でしょう。しかし、次はありませんよ」

 

「わかっている。あんな芸を二度も披露する気は無い」

 

千載一遇の好機に決めきれなかった自分の事を不甲斐ないとは砕蜂は思わなかった。

目の前に居る相手は卯ノ花烈。強いことなど、”最強”であることなど、最初から分かっていた。分かっていたから、砕蜂もまた卯ノ花烈と同じ様に笑うことが出来た。

 

()れにて座興(ざきょう)はお仕舞(しまい)

 

尋常(じんじょう)に勝負と行こう‼」

 

叫びと共に砕蜂は駆ける。(はや)(はや)い速度は卯ノ花烈にしてやって動きを追える程の瞬歩だった。しかし、その動きは初手で卯ノ花烈がみせたものと同じ愚直ななでの真っ直ぐさ。正面からの特攻という愚策。速度を生かす為に仕方のない事といえ卯ノ花烈から思わず零れる苦言。

 

「隠密機動が…血迷いましたか?」

 

迅いとは言え消えている訳でも無い卯ノ花烈からすれば眼で追える程度の速度。突撃に合わせ斬撃を繰り出すことなど容易いこと。真っ直ぐに特攻する砕蜂に卯ノ花烈の上段斬りが放たれる。

しかし、上段斬りが砕蜂に当たる寸前で死覇装の上着を残し砕蜂の姿が消える。

上段斬りが切り裂いたのは砕蜂の脱いだ衣服のみ。そのことに驚く卯ノ花烈の視線の先に砕蜂の姿が映る。

 

「空蝉…いえ、残像を先行させてのその技は…一体?」

 

「現世に居る頃に漫画という書物で読んだのだ」

 

足運びの残像による分身の術。それだけなら隠密機動が普通に使っているただの技術だった。

それをまさかこんな風に使うなんていう柔軟な発想は砕蜂にはなかった。

分身を先行させながらの特攻。進みながら後ろに下がる足運び。矛盾が生みだす矛盾の突破。尸魂界を追放されたのにヘラヘラしながら怠惰な日常を謳歌していた風守風穴が買ってきた漫画と『断界』での四楓院夜一との修行によって実現された架空の当身(あてみ)

砕蜂にその技の凄さを説明することは出来ない。漫画に描いてあった横文字だらけの説明は砕蜂にとっては解り難いものだった。けれど、それが生みだす結果が脅威的なものであることは理解している。

 

そして、最強の剣術家たる”八千流”はその理屈を初見で看破(かんぱ)した。

 

---()()()()()()()()()。雀部さんから聞いたことがあります。

 

地球上で速度を追求する時、人間であれ虚であれ死神であれ例外なく立ちはだかる壁がある。比喩ではなく本物の壁。物体が音速を超える時に衝突するその『見えない壁』の正体は圧縮された『空気の壁』。日常生活を送る分には意識されることもない『空気』。しかし、速度(スピード)を出すほどに幾何級数(きかきゅうすう)的にその『空気』は立ちはだかる。最悪の場合、『空気の壁』との正面衝突で高速物体は崩壊することすらある。

 

---速度を追求する程に逆に減速を避けられなくなる明白(めいはく)な矛盾。

 

『空気の壁』を突破する為に速度と威力を殺さなければならない明確な矛盾。

 

---あるいは矛盾(それ)を突破することが出来たのなら…‼

 

それが()()()()()()()()()。砕蜂は分身を先行させることでそれを成し遂げる。分身と言ってもそれは移動の際の残像である。先陣を切れば当然、空気抵抗を引き受け後続のための道を切り開く先駆けとなる。

 

砕蜂の姿が卯ノ花烈の眼から完全に掻き消えた。それは既に反応できる速度ではないという事だ。そして、その速度はそのまま威力へと変わる。

 

---”瞬神(しゅんしん)”と呼ばれた前隠密機動総司令官である四楓院夜一であってもこの足運びは真似できないでしょう。砕蜂さん。貴女が私の剣を受け止められた理由が今、わかりました。今の貴女は”雷迅(らいじん)”よりも速い。尸魂界()()()()なのですね。

 

「この技には名前が付けられていた。しかし、私に横文字は読めん。故に呼びやすくさせて貰おう」

 

視界に映らない程の速さで動く砕蜂の声が、何故だか卯ノ花烈には鮮明に聞こえていた。

その声色に卯ノ花烈は思わず笑ってしまいそうになった。

 

---戦いの先達として居場所がばれる愚を起こすなと苦言をいう所なのでしょうが…なんて、楽しそうな声色で言うのですか。それでは文句の一つも言えないではないですか。

 

耐えられなくなって卯ノ花烈は笑ってしまった。

 

---しかし、祝いましょう。ねぇ、そうでしょう。風守さん。貴方の大好きな子が、こんなにも………

 

()わりの(かたち)-”終蜂(ついばち)”」

 

 

 

---強くなったのですから。

 

 

 

()()()()()()()()()

矛盾を置き去りにした速度の当身。それは山本元柳斎重國であっても反応することの出来ない速度の攻撃。尸魂界において唯一、反応することが出来る者がいるとするのならそれは最速の卍解『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』の使い手である雀部長次郎(ただ)一人。それ以外の者には反応も出来ない。

故に卯ノ花烈にもその攻撃を捕え反応することは出来ない。

 

 

 

 

()()()

 

 

 

 

「私は強い。あの(ひと)以外の誰よりも」

 

 

 

 

矛盾を超えた速度で動く砕蜂の世界に入ってきた輝く銀色があった。

 

「ばかな…ありえん」

 

思わず漏れた砕蜂の声。そうあり得ない筈だ。卯ノ花烈は砕蜂の速度の前に反応をすることが出来なかった。矛盾を超え尸魂界史上最速に至った砕蜂の”終蜂”は卯ノ花烈を討つにたる一撃だった。

 

 

『振れば全てを切り裂く斬撃。しかし、反応できないのなら、振ることさえ出来ない。振るわれないのならどんな名刀も(なまくら)と同じじゃ』

 

 

『断界』での修行において四楓院夜一が砕蜂に語った理屈。

それは正鵠を射ていた。

当然と言えば当然の常識。

 

しかし、その常識を超える矛盾があった。

反応するのではなく反射するという境地。振るう腕よりも振るわれる剣が速く動くという矛盾。それを生み出す修羅の理。天下無数に在るあらゆる流派を極め、あらゆる刃の流れをその手に修めた”剣”の名は---”八千流の剣”。

 

 

矛盾(むじゅん)()えた速度(そくど)打撃(こうげき)矛盾(むじゅん)(はら)んだ(けん)(はし)る。

 

 

「あああああああああああ‼」

 

「はああああああああああ‼」

 

 

 

 

そして、刃と拳が交差した。

 

 

 

 

 

矛盾を超えた”終蜂(ついばち)”と矛盾を孕んだ”八千流の剣”はぶつかり合い、砕蜂と卯ノ花烈を吹き飛ばした。

そして、前のめりに倒れた砕蜂の辛うじて上げた眼が写したのは切り落とされた右腕(ききうで)が遠くに転がっている光景だった。

 

「私の…負けか…」

 

「いえ、それは違います」

 

思わずこみ上げる涙を止めたのは卯ノ花烈の声だった。

声のした方を見ればそこには卯ノ花烈が仰向けで倒れていた。口元から零れる血が卯ノ花烈が負ったダメージの大きさを表していた。そして、卯ノ花烈の手を離れ地面に突き刺さる斬魄刀があった。

 

「私の負けです。風守さんと戦った時でさえ、刀は手放さなかったというのに…砕蜂さん。この短期間で何が貴女をそこまで強くしたのですか?」

 

卯ノ花烈の問いかけに砕蜂は忌々し気に、そして、頬を赤らめながら言う。

 

「決まっているだろう。貴様への憎しみだ。考えてもみろ。私は惚れた男が貴様とイチャイチャする様を瀞霊廷で散々見せられたんだぞ。羨ましい。いや、恨めしいだ‼」

 

「………ふふっ」

 

砕蜂の言葉に卯ノ花烈は思わず吹き出す。

 

「砕蜂さん。貴女は()(ひと)ですね」

 

「っ!?あの男の真似をするな‼」

 

こうして卯ノ花烈と砕蜂の戦いは砕蜂の勝利で決着した。

互いに二戦一勝一敗。引き分けという形で終わった戦いはおそらくこれから先も一人の男を巡り続くだろう。

 

 

 

 

 

そんな戦いを見守っていた山本元柳斎重國は「本来の戦いと関係ない所で重傷を負わんでくれんかのぉ」と思った。

この後、めちゃくちゃ治療した。

 

 

 

 

 









山本総隊長は昔は剣術の塾長もしていたんだし、回道くらい使えるよね!(白目)





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全ての出会いを終えた後


久々の投稿となります。
皆様の暇つぶしになれば幸いです<(_ _)>







 

 

戦いは終わったと俺は思った。百年前から続く戦い。藍染惣右介が起こした護廷十三隊を揺るがす動乱。『王譴』の創成と『霊王』の殺害という目論みは死闘の果てに終わりを迎えた。尸魂界という世界の崩壊を止めたのが、山本元柳斎重國に世界を滅ぼしかねない阿呆だと烙印を押された俺だったことは皮肉に過ぎたが、しかし、終わりは終わりだ。

俺以上の役者はいたのだろうけれど、どんな形であれ尸魂界が救われたのなら、良しとするべきだろう。

戦いは終わり。日常が返ってくる。

 

六車拳西が背負う藍染惣右介を警戒する『仮面の軍勢(ヴァイザード)』。平子真二達が望み、誰もが願った平和が戻ってくる。

―――この戦いは我々の勝利だ。

そう独り言を零した瞬間、俺の前に立ちふさがる一人の死神が現れた。

 

「………」

 

いや、違う。彼は死神ではない。死覇装の黒衣を纏い斬魄刀を握りながらも彼は死神ではないのだ。俺が目にしてきた者たちの中でも異質。史上、たった二人の存在にして俺の中に確固たる何かを刻み付けた男が今、俺の凱旋の前に立ちふさがる様に立っていた。

 

「…なんや、どないした。ちゅーか、お前、今までどこに居たんや?いち――」

 

まるで俺達の勝利の邪魔をするかのように立ちふさがった彼に声を掛ける平子真二を遮りながら、俺は笑みを携えて声を掛ける。

 

「なにかあったか?死神代行、黒崎一護」

 

俺の問いかけに黒崎一護は六車拳西が背負う藍染惣右介に一度視線を向けた後、俺の眼を真っ直ぐと見据えながら答えた。

 

「………浦原さんの読み通り、アンタが藍染惣右介を倒したのか?」

 

「ああ、そうだ。だが、勘違いはするなよ。惣右介は強かった。確かに俺は惣右介に勝利したが、だからと言って俺が惣右介より強い訳じゃない。惣右介の負けは半ば自滅だ。次戦えば俺が負けるだろう」

 

―――だから、惣右介は凄いんだと俺が胸を張ってそう言うと黒崎一護はポカンとした間の抜けた表情を一瞬だけ浮かべた後、苦笑する。

 

「何でアンタは敵だったヤツの株を上げてんだよ。相変わらず変な人だな。風守さん」

 

「そうか?死闘を以て戦った相手を称えたい。男として真っ当な感性だと思うのだがな。まあ、お前がそういうのならそうなのだろう。確かに変人奇人と言われ馴れてはいるのだ」

 

和やかに続く雑談は黒崎一護が俺にとっての敵でないことの証明だった―――と考えて俺は何を馬鹿なことを考えているのだろうと思った。黒崎一護には俺と戦う理由がない。むしろ、共通の敵として藍染惣右介が存在したのだから仲間と言っていい存在だ。

人間と死神。別種の存在ではあるが、だからと言って相容れない訳ではない。

事実、俺は朽木ルキアを救う為に瀞霊廷に攻め込んだ黒崎一護らの人間を好ましいと思っている。その気概に勇気。素晴らしい。称賛に値することは言うまでは無い。

 

だからこそ―――黒崎一護が続けた言葉を俺は聞きたくないと思った。

 

「…風守さん。藍染との戦いはアンタの御蔭で終わった。それでさ、浦原さんから、俺は聞いてるんだけどよ。アンタ………死ぬのか?」

 

支離滅裂とも思えるような言動は、しかし、神算鬼謀たる蒲原喜助から全てを聞いていたとするのなら、至極真っ当な黒崎一護から俺に向けられた悲観(かんじょう)だった。

だから俺は真摯に返答する。

 

「ああ、どう繕っても覆しようのない罪はある。死罪に値する罪悪がある。俺はそれに値する」

 

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』によって齎された阿片の毒が現世(せかい)を今も蝕んでいる。藍染惣右介の手から尸魂界(せかい)を救った俺ではあるが、同時に現世を壊しかけているのなら、それはトントンどころでは無い。

 

「この戦い―――我々の勝利だ。黒崎一護。そんな顔をするなよ。俺の死をもって『鴻鈞道人』に生成された阿片の毒は消える。現世は救われる。故に、()()()()()。俺がお前を救ってやる」

 

「―――っ。いいのかよ。それで」

 

「善哉善哉。元より死神とは罪なき魂魄と人間を護る為に存在する」

 

「アンタ、死ぬんだぞ」

 

「善哉善哉。わかっているさ。元より覚悟の上でやったことだ」

 

「生きたく…ねぇのかよ」

 

「………愛い愛い。黒崎一護。お前は俺をそんなに好きなのだな。ああ、無論。そんなお前を俺も大好きだぞ。幸せになって欲しいと切に願う。お前の様な良い奴は、幸せになるべきだ」

 

―――その礎になるのなら悪くも無かろう。

 

そう言い切った俺に向けられた刃を見て俺は心の底から悲しみにくれる。

 

「一護‼何しとるんや‼」

 

平子真二の怒声にもブレることなく、黒崎一護の剣先は俺に真っ直ぐと向けられていた。

 

「………ったよ」

 

葛藤が滲みだす地の底を這うような声だった。

俺に向けられた切っ先がブレてはいなくても悩みに塗れたものだった。

 

「誰が、アンタを犠牲にしてまで助けてくれって言ったよ‼」

 

黒崎一護の怒声は平子真二達の動きを止めて余りあるものだった。敵意ではない。害意でもない。優しさに塗れた悲鳴の様な声を前に俺は静かに笑みを浮かべる。

 

「世界を救って!アンタが死ぬって!そりゃ、違うだろ。ルキアはアンタの事を尊敬してんだ。今まで世話になってきた分を返さなきゃならねぇって言ってたぞ。井上も虚夜宮(ラス・ノーチェス)から助けてくれたことも、前にたつきの奴を助けてくれたことも、まだお礼が言えてないって気にした。それだけじゃねぇ、アンタに生きて欲しいって願ってる人は大勢いるだろ‼それなのに………なんでアンタは笑って死ぬなんて言うんだよ‼」

 

黒崎一護の叫びを所詮は百年も生きていない人間の子供の戯言と断ずる事を、俺はしなかった。確かに黒崎一護の言動は幼稚で無垢な我が儘にしか聞こえない。俺は死なねばならない。それだけのこと仕出かした自覚はあるのだ。

 

「現世が桃色の煙の底に沈もうとしている。それを食い止めるために俺は討たれねばならない。それは絶対の法だ」

 

―――隊士(たいし)(すべか)らく護廷(ごてい)()すべし。護廷(ごてい)(がい)すれば(みずか)()すべし。

 

今の俺は護廷十三隊にとっての害でしかない。

 

「---それを知って尚、お前は叫んでいるのだな?黒崎一護」

 

「………アンタを救う方法が、ある」

 

「善哉善哉。それは蒲原喜助の策か?俺を救うか。素晴らしい。だがな、俺を救うと口にするお前は何故、そうも苦しい顔をしている?」

 

「………」

 

「わかっているさ。それは外法なのだろう?正道では最早、俺を救うことはできない。いや、俺を殺すことこそが正道なのだから。魔王(おれ)は討たれ世界(げんせ)は救われる。だというのに、現世を桃源郷の底に沈めた俺を救うことは外法だよ」

 

「それでも浦原さんはそれを望んでいた。どんな形であれ、アンタに生きて欲しいって願ってた。浦原さんだけじゃねぇ。天貝さん。あの人もだ」

 

「そうか。繡助にお前は会ったのか。そして、繡助も俺を救いたいと?愛い愛い。あの幼かった繡助が俺を助けたいという程に成長したか。嬉しい限りだ。故に聞こうか?黒崎一護。お前はどうやって俺を救うというのだ?」

 

俺を殺さずに斬魄刀『鴻鈞道人』。史上最悪と言われた斬魄刀の卍解。『四凶混沌・鴻鈞道人』の生み出した阿片の毒を消し去る方法。それは何かと訪ねながら、俺は半ば確信していた。いくら蒲原喜助であろうともないものをあるとはいえない。ならば、答えは既に語られているもの。

 

「風守さんの斬魄刀『鴻鈞道人』を俺が破壊する」

 

やはりそうかと―――俺は溜息をつく。

 

「千年前、山本元柳斎重國の卍解でさえ壊せなかった斬魄刀『鴻鈞道人』をお前ならば壊せると?冗談にしても笑えないな。いや、人見知りで口下手で引っ込み思案な俺には無いそれが冗談(ジョーク)のセンスという奴か?だが、まあ、いい。お前が何を考えようがお前の自由だ。善哉善哉。好きにしろ。だが、なあ、黒崎一護。もし仮に失敗した場合、お前は斬魄刀『鴻鈞道人』の阿片毒に侵され死ぬことになるだろうが…それはどう考える?」

 

俺の言葉に黒崎一護は苦し気に口を歪めて言う。

 

「俺を信じてくれ」

 

論外(ろんがい)

 

俺は抜き身で持っていた斬魄刀を黒崎一護に向ける。

 

「先の言葉をお前に返そう。黒崎一護。俺はお前に死んで欲しくなど、ないのだよ」

 

護る為に戦おう。救う為に戦おう。戦いを是とするのでは断じてない。俺には修羅の理に生きる『八千流』のことを理解することが出来ない以上、仲間である黒崎一護との戦いを望む心など微塵もない。だが、しかし、これでも俺は死地に赴く若者を引き留める気概くらいはある大人のつもりだ。

 

「斬魄刀『鴻鈞道人』を破壊する?誰が?お前が?無理だ。不可能だよ。黒崎一護。お前が蒲原喜助にそそのかされて行おうとするソレは、土台無理な話なのだ。山本元柳斎重國が折れぬと言った。ならば、『鴻鈞道人』の破壊は不可能。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうかよ。それでもそうしなきゃアンタのことが救えないって言うなら、俺はやる。風守さん。前に俺が言ったことを覚えてるか?」

 

「前に…?」

 

俺の脳裏に浮かんだのは瀞霊廷動乱の際の黒崎一護の言葉だった。

 

 

―――『………ルキアを安全な場所に運んだら、戻ってくる。それまで死ぬなよ』---

 

 

「アンタを救いに俺は戻ってきたんだ」

 

「くっ、はは、ははっ、アハハハハハハハ‼‼―――なんて男だ。黒崎一護。お前はなんて良い男なんだ。俺が女ならば惚れていたよ。俺を救うと?よく吠えた。お前が死地に向かうのを、先達(せんだつ)として殴りつけてでも止めなければならないと思っていたが…善哉善哉。ならば、よかろう。好きにしろ。お前が思い思うままに、痴れた音色を聞かせてくれよ」

 

―――俺を倒し斬魄刀『鴻鈞道人』を破壊することができるとお前が思うのならば、お前の中ではそうなのだろう。それが全てだ。否定はしない。お前なりの大団円(幸せな夢)を描いて見せろ。

 

「俺もまた俺の思う大団円の為に戦おう」

 

彼も人なり我も人なり。故に対等。

俺がそうである様に黒崎一護にもまたこの戦いの終わり方を決める権利がある。

 

「---ああ」

 

そして、気が付けば俺の心は悲しみに満ちていた。黒崎一護と戦うと決めた。

言葉で分かり合えぬのなら、剣を抜くしかないのだ。

だが、しかし、口から零れるのは心の中に収まりきらなかった悲嘆の声に他ならない。

 

「俺は本心、お前と戦いたくなどないのだよ」

 

その言葉に嘘はない。俺は争いなど望まないし、戦いなど大嫌いだ。皆が幸せで有れば良いと心の底から願っているし、それは無論、俺の持つ斬魄刀『鴻鈞道人』。仙丹の薬を齎す諸人にとっての救いであるこの奇跡を壊そうという黒崎一護であっても変わらない。

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ…」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』。今だに枯れることのない桃色の煙が俺の身体に纏わりつく。

卍解を終え。万仙陣は廻された。ならば、漏れ出す阿片の濃度は天井知らずに上がっていく。

気が付けば傍らに立っていた平子真二たちが意識を失い地上へと落ちていく。藍染惣右介の手によって薄れていた俺の霊力と共に下がっていた阿片の毒の濃度が戻っていっていることの、それは証明だった。

 

「なっ‼平子‼…風守さん、アンタ‼」

 

地上へと落ちていく『仮面の軍勢(ヴァイザード)』。彼らをみて黒崎一護は声を荒げた。

俺はそれを制するように混濁した眼で笑みを浮かべる。

 

「案ずるな。下には卯ノ花がいる。むざむざと彼らを死なせはせんよ。そして、阿片の濃度が上がっていく…それで俺を責めるなよ。惣右介との戦いで薄れた仙丹の夢。それが一時的なものであることは、わかっていた。…卍解の解除も自在に行えぬ出来損ないである俺だ。…俺が出来るのは阿片を生み出すことのみと、最初からお前には教えていた筈だろう」

 

史上最悪と呼ばれた斬魄刀『鴻鈞道人』。俺の意思もってなお、止まらぬ悪夢(しあわせ)

千年前、山本元柳斎重國が尸魂界を炎熱地獄に落とすことでしか消し去ることの出来なかった阿片窟(とうげんきょう)

 

「土台…(おまえ)の手に負えるものではない」

 

だというのに、まったくなんてことだろうか。目の前に居る人間はなまじチカラを得てしまったばかりに俺の前に立っている。あるいはそれが嘗ての卯ノ花のように戦いを求める気概の上で発露した感情ならばよかった。しかし、黒崎一護という人間の本質がそうでないことを俺は理解している。

 

「なあ、黒崎一護。何度でも言おうか」

 

混濁した眼は偽りをはねのけ真理を映し、俺の口から本音が零れる。

 

「俺はお前と…戦いたくなど、ないのだよ。自傷を愛好する者や、戦闘に恍惚する者ならば数多に見てきた。故にお前がそういう性質(ユメ)を持っていたのならば、よかろう。幾らで(つきあ)ってやろう。だが、黒崎一護。そうではないのだろう?…ああ、果たしてどんな修練を積んだのか、その右腕と斬魄刀が一体化した姿」

 

以前、見た時とは違う。黒崎一護の卍解の形。以前の形は黒き衣と黒き剣。それが未熟であったことは感じていたが、よもや百年を待たずして卍解を進化させるとは思わなかった。

右腕と斬魄刀が一体化した姿はまさしく人剣一体の姿であると言えるだろう。

 

だが、感じられるのは俺と戦うことに対する葛藤で在り、苦悩であることを俺は即座に見抜いて見せる。

故に俺の口から零れるものは間違いなく悲しみであり、嘆きなのだ。

 

「やりたくないことはやらなくていい。嫌なことからは逃げればいい。辛い記憶など忘れてしまえばいい。至極真っ当なことを言っているつもりなのに、何故か賛同は得られない。俺はただお前に幸せになって欲しいだけなのに、外界がそれを邪魔するのか?なら、よかろう。俺が其処からお前を救ってやろう。万仙陣とはもとより、弱者(かぞく)へ捧ぐ愛と平和に満ちた救済である。―――そう、(おまえ)は救われねばならない‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『人は救われねばならない‼』。

 

そんな言葉を聞きながら黒崎一護は悲嘆した。愛を語り、平和を語り、家族(じゃくしゃ)を護りたいのだという風守風穴の言葉は、黒崎一護自身の想いと何の変りもないものだった。

 

黒崎一心。

黒崎遊子(ゆず)

黒崎夏梨(かりん)

 

黒崎一護にもまた守りたい家族がいる。そして、守りたい仲間たちもいる。

正しい。正しい。正しいのだ。―――風守風穴の口から零れる言葉の全てが正しく優しいものだった。

―――『だというのに、結果が最悪です』と蒲原喜助は言っていた。阿片をばら撒く盲目の仙王。阿片窟(とうげんきょう)の番人。尸魂界(せかい)を救う為に現世(せかい)を壊すしかなかったほどに救いのない救世主。黒崎一護は悲嘆する。自分の死すらも薄ら笑いで受け入れる混濁した眼の目の前の男に対して憐れみの感情を抑えきれない。

あるいはその感情が風守風穴に対しての侮辱に等しいものだと理解しながらも―――

 

「風守さん。俺はアンタに救われた。ルキアの時も井上の時も、アンタは俺の知らない所で俺達の為に戦ってくれていた。そんなアンタだからこそ、俺はアンタを護りたい」

 

―――黒崎一護は風守風穴が許せない。

もっといいやり方があった筈のなのだ。もっと別の最悪ではない終わらせ方があった筈なのだ。手を伸ばせばあるいは届いたかもしれない最悪の結末ではない終わり方が、あったかもしれないと黒崎一護は思わずにはいられない。

無論、風守風穴にも風守風穴なりの事情があったことは理解している。卍解を使わなければならない戦場に立っていたことは理解している。しかし、けれども、だとしても、その結果に風守風穴が死ぬ様な結末を黒崎一護は絶対に認めない。

 

「ああ、そうだ。アンタの言う通りだ。風守さん。俺はこんなの間違ってると思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼」

 

叫びと共に黒崎一護は風守風穴の懐に飛び込んだ。右腕と一体化した姿となった己の斬魄刀『斬月』。その卍解である『天鎖斬月』を振り上げて繰り出すのは単純明快な一刀。

基本であるが故に絶大である上段からの振り下ろしという斬撃は、本来であるならば風守風穴には通じる筈もないものだった。黒崎一護の振り下ろしに対する風守風穴の対処は下段からの振り上げ。振り下ろしと振り上げというの威力は言うまでもなく振り下ろしが勝る。しかし、それを補って余りある力の差が黒崎一護と風守風穴の間には存在していた―――筈だった。

 

響き合う斬魄刀同士がぶつかる音の中で風守風穴の焦った声が零れた。

 

「なん…だと…」

 

其処には風守風穴が黒崎一護との力押しで押し負ける姿があった。元来、この帰結はありえない。未だ十数年しか生きていない人間。最近、死神になったばかりの黒崎一護に千年以上の時間を生きて戦い続けてきた風守風穴が不利な体勢とはいえ押し負けるなどありえない。

 

ならば何故?答えは自明。

風守風穴は押し負ける鍔迫り合いから逃げ出し、距離を取る。

 

「黒崎一護。お前は修行によって霊力を捨て、膂力(りょりょく)のみに特化したか?その膂力(りょりょく)を以て俺を上回るか?単純な肉体強化は故に脅威だ。強靭な肉体と化すことで『鴻鈞道人』の阿片の毒への耐性も身につけたか。なるほど、流石は浦原喜助は弟子か」

 

霊圧の放棄することによって身体能力のみを極限強化する。それが黒崎一護が自分に勝つ手段だと風守風穴は考えた。そして、その行為に対する落胆を隠すことなく風守風穴は嗤ってみせる。

 

「霊力を捨てる。なる程、死神であれば考えもつかない手段だ。お前は人間だものな、黒崎一護。だが、ならばやはりお前に俺は倒せぬよ。人間(おまえ)を救うのが死神(おれ)だ。逆は断じてあり得ない‼‼」

 

身体能力で勝てないのなら霊力で押し潰すのみだと風守風穴は手を黒崎一護へと伸ばした。

 

 

 

「破道の八十八。飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)‼」

 

 

 

曰く空飛ぶ竜すら撃ち落とすと言われる威力の光線が黒崎一護に放たれる。それは第4十刃(クワトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファーが”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を(もっ)てしてようやく相殺することの出来た霊力の奔流。通る空間の全てを分子レベルにまで分解させながら迫る破壊の光線を前に黒崎一護は、しかし、焦る事などしなかった。

 

「”月牙天衝”」

 

卍解『天鎖斬月』の刃から黒い霊力で出来た斬撃が飛ぶ。その斬撃はいともあっさりと風守風穴が放った飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)を切り裂いてみせた。

瞬間、風守風穴の表情から余裕が消える。混濁した眼はそのままに薄ら笑いを浮かべていた口元が一瞬だけ硬直する。

 

「ありえない」

 

それが風守風穴が思わず漏らした言葉だった。

 

山本元柳斎重國ならわかる。卯ノ花烈でもいいだろう。雀部長次郎なら納得だ。あるいは朽木白哉でも、平子真二でも、狛村左陣でも、市丸ギンでも構わない。

死神(かれら)が自分の技を打ち破ったというのなら納得だ。乗り越えられるべき先達として本懐を遂げて受け入れられるだろう。

だが、しかし、目の前にいる黒崎一護は、死神ではない。死神代行。---人間だ。

 

「…人間(おまえ)死神(おれ)を超えるなど………」

 

ありえない。無論、否である。あり得ないなどと言うことはあり得ない。黒崎一護の可能性はただの人間をはるかに超えていることを風守風穴は知っていた筈だった。

瀞霊廷動乱時。

否、それより前に。あの日の夕焼けに萌ゆるオレンジ色を見た時から―――

 

 

 

『なあ、待て。お前、名は何と言う?』

 

『黒崎。黒崎一護だ』

 

 

 

風守風穴は黒崎一護を”特別”であると認めていた筈だ。

 

―――それを、俺は忘れていたのか。

 

無論、否である。風守風穴がそのことを忘れることなどありえない。なぜなら、風守風穴が”特別”だと思った存在はその生涯にただの二人しか居なかったのだから。

一人目は戦場で呼吸をする戦鬼(おんな)

二人目は故郷(とうげんきょう)を焼いた最強の英雄(おとこ)

そして、三人目が黒崎一護であったなら、風守風穴が黒崎一護のことを忘れる筈など無い。

ならば何故、風守風穴は黒崎一護のことを甘く見ていてしまったのか。

答えは自明。眼を背けていたからに他ならない。

人間が死神を超える。それは一つの世界の、風守風穴が生きてきた物語の否定に他ならない。

最強とは太陽を指す言葉。最強の死神は炎熱地獄に立つ英雄ただ一人。

 

その英雄を超える主人公(ヒーロー)など風守風穴は認めたく無かった。

故にその可能性を理解しながらも眼を背けた。子供の駄々のような感情で、ただただ見ないふりをした。見誤ったのではない。ただ風守風穴は、人でありながら死神となり、一人の死神の少女の為に瀞霊廷に挑んだ黒崎一護という稀代の主人公の物語を見ようとしなかっただけだった。

 

「………最強は一人…故、俺は最悪足らん」

 

闘志など無かった混濁した眼に僅かばかりの闘志が宿る。己が描いた世界(ユメ)を壊させぬ為に史上最悪と呼ばれた死神が斬魄刀『鴻鈞道人』を握り直す。

 

だが、しかし、それを無意味と断ずるように黒崎一護の攻勢は続く。

 

「うおおおおおおおおおオオぁぁ‼‼」

「うあああああああああアアぁぁ‼‼」

 

黒崎一護には勝負を急ぐ理由があった。それは風守風穴のことを思ってのことだった。風守風穴と同じ様に黒崎一護には目の前の相手への敵意が微塵もない。救う為に戦っている。護る為に戦っている。風守風穴を傷つけたいと思ってはいないし、苦しめたいとも思ってはいない。そうしなければならないから、そうしているに過ぎない。

ならばどうする?最善手は痛みが続かないように一気に倒しきる他にはない。

 

故に―――

 

「もう終わりにするぜ。風守さん。これが、()()()()()()()だ」

 

黒崎一護は微塵の躊躇も無く風守風穴に最強の一撃を叩き込む。

黒崎一護の身体が黒い霊力の奔流に呑み込まれた。

そして、霊力の奔流が晴れた時、そこにいたのは()()黒崎一護だった。

 

「”最後の月牙天衝”ってのは、俺自身が月牙になる事だ」

 

その姿に風守風穴の混濁した眼が見開かれ、口元に浮かべていた薄ら笑いは完全に消えていた。それほどまでに圧倒的なチカラを風守風穴は黒崎一護から、()()()()()。唯一の幸運。否、不運であったのは風守風穴に、黒崎一護の放つチカラを正確に認識できてしまったことだろう。

 

それは本来、死神が感じ取れるチカラではない。二次元の存在が三次元の存在に干渉できぬ様に、要は階層(レベル)が違う。世に説明できない力は数多にあるが、今の黒崎一護が纏っているチカラはそれに属するモノ。あらゆる全てはソレに抗う術を持たない。

 

それが()()()()()()()()()からこそ、風守風穴の動きが止まる。

 

「その姿…そのチカラ…斬魄刀との、融合。それは…まるで―――」

 

「この技を使えば俺は死神の力の全てを失う。俺は最後の死神の力でアンタを救う‼」

 

黒崎一護の振り上げた右腕に黒い霊力の刃が形作られる。そして、静かに。

 

「風守さん。…アンタはいい加減に、その痛ましいユメから覚めろよ…」

 

漆黒(おわり)が世界を包み込む。

 

 

「”無月”」

 

 

 





次回、最終回です(; ・`д・´)




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最愛との出会い


皆様の暇つぶしになれば幸いです<(_ _)>

全五十話。完結まで二年もかかるとは…(´・ω・`)







 

 

 

―――朽ちる。…朽ちていく…。俺の救いが…薄れて消える。

 

 

 

 

”無月”。月を斬った後に残る、月無き世界の黒き闇。漆黒と称されるべきその霊力の奔流は、風守風穴の身体には一切の牙を突き立てることは無かった。代わりに風守風穴の握る斬魄刀『鴻鈞道人』から、刀身の軋む悲鳴(おと)が鳴る。斬りたいモノのみを斬る剣。己が敵のみを害する刃。現代の残る名刀『正宗』の伝承の中に、その刃の鋭さで在りながら、川を流れる枯れ葉を両断することは無かったというものがある。代わりに妖刀と呼ばれた『村正』は枯れ葉も何も全てを両断したという。”剣”というモノの正しさの本質を説いたその伝承が指し示すことは、言うまでもなく剣の王道に他ならない。

 

()しきを(くじ)(よわ)きを(すく)う。

それは正しい主人公(ヒーロー)の在り方だ。

此処に至り、黒崎一護はその本懐を遂げてみせる。すなわち斬魄刀『鴻鈞道人』と言う悪しきを挫き、風守風穴という弱者を救ってみせる。

 

―――朽ちる。…朽ちていく…。俺の救いが…薄れて消える。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』の刀身が軋む。山本元柳斎重國の卍解でさえ完全に破壊することの出来なかった最悪の斬魄刀が壊れようとしている。斬魄刀の卍解は壊されればもう二度と元には戻らない。例外はあるが、それが斬魄刀『鴻鈞道人』に適応されることは無い。

―――誰もそれを望まない。

 

阿片(あへん)によって(もたら)される悲劇(ひげき)がある。阿片(あへん)とは(こころ)を壊す麻薬(まやく)だ。

使えば一時の快楽の代わりに人生が壊れてしまう。

故にそれを齎す盲目の仙王は討たれることこそが、王道なのだろう。

 

それを”俺”が理解していない筈がない。

 

俺は阿片の有用性と同等に悪性も認めているし理解している。それでも尚、それでも尚と説いたのだ。苦しい現実から逃げることは悪ではない。辛い過去を忘れることは悪ではない。そうすることで幸せな笑顔を浮かべることができるのなら、幸福な夢を描けるのなら、それこそがどれだけ素晴らしい救いとなるのか―――

 

「---俺は、知っている。この世界には阿片(ユメ)に縋らねば満足に呼吸も出来ない家族(じゃくしゃ)がいると…ああ、だから、俺から阿片(ユメ)を奪わないでくれ」

 

零れた言葉はただの懇願だ。破壊される斬魄刀『鴻鈞道人』。それに対して俺が出来た最後のことは、ただの懇願だった。俺の言葉を聞いた黒崎一護が漆黒の中で葛藤するのが解った。葛藤というものは基本的に気持ちのよくないもので、其処から悩みや苦しみが生まれる。故にそれは俺が説いた教義に反するモノであるのだが、それを黒崎一護の与えても尚、俺は斬魄刀『鴻鈞道人』が破壊されることを恐れた。

しかし、俺の懇願を黒崎一護が聞き入れるはずも無く―――

 

「俺はアンタに恨まれても良い。憎まれも良い。それでも俺は、アンタを救うと決めたんだ。誰の為じゃねぇ―――

 

誰かのために何かをする。それは素晴らしい事だ。けれど、英雄の素質は別にある。

英雄足らんとした時、その者はもう英雄ではない。

英雄(ヒーロー)とは望んでなるものではない。

 

英雄(ヒーロー)とは望まれるものだ。

 

―――俺自身の為」

 

「ああ………誰かのために救うのではない。自分為に助けたいのだと…そういうのか?なんと身勝手で、なんと卑しい、だが―――なんと雄々しい」

 

―――認めよう。黒崎一護。お前は英雄たり得ると。

 

俺の心を表すように斬魄刀『鴻鈞道人』の刀身に大きな亀裂が奔る。

 

 

ピキリ―――世界が砕ける悲鳴(おと)が鳴る。

 

 

―――”尸魂界”に二千年前に生まれた英雄(さいきょう)が山本元柳斎重國であり、千年前に生まれた英雄(さいあく)が俺であり、今代に生まれた(ホロウ)にとっての英雄が藍染惣右介であるのなら、”現世”で生まれた英雄(ヒーロー)がお前なのだろう。

 

「認めよう。理解しよう。よく、わかった。―――だが、しかし、()()()()()()。この窮地(ピンチ)が天道により”敗け”と運命(さだめ)られたものだとしても…ああ、()()()()()()()()()()。何故なら俺は信じている―――

 

 

俺が齎す阿片(ユメ)を欲する弱者(かぞく)は未来永劫途絶えぬと‼‼」

 

 

故に斬魄刀『鴻鈞道人』の破壊など許さない。お前が俺から阿片(ユメ)を奪うというのなら、俺は俺の阿片(ユメ)を護る為に戦おう。

それでこそ対等だろう。

そして、何よりも

 

 

「ならば、己が真実のみを以て痴れよう。俺の快楽の歌を聞いてくれよ―――

 

 

 

王道など知ったことか。

因果?知らんよ。どうでもいい。

理屈?よせよせ。興が削げる。

人格?関係ないだろうそんなもの。

善悪?それを決めるのは(おまえ)だけだ。

(おまえ)の世界は(おまえ)の形で閉じている。

 

 

 

―――俺には…諦めたくない阿片(ユメ)があるのだ‼」

 

 

”風守風穴”とは阿片窟(とうげんきょう)を護る番人の名である。

 

 

―――そして、俺は信じている。諦めなければユメは必ず叶うのだと‼」

 

 

俺は生まれて初めて人間に啖呵を切った。故に意気(いき)軒高(けんこう)。威勢も良し。だがしかし、斬魄刀『鴻鈞道人』。その卍解である『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体である刀の刀身に既に大きな亀裂は刻まれている。

敗北は秒読みだ。ここで一発逆転の策を思いつくような頭脳を残念ながら俺は持ちえない。

心の強さや諦めない心は大切だが、気持ちだけで勝てる程に黒崎一護は弱くない。

その逆転を俺に与えてくれたのは―――小さな黒い石だった。

 

崩玉(ほうぎょく)』。

蒲原喜助が作り出し藍染惣右介が完成させた物質。この小さな黒い石について俺が知っていることはそれだけだ。あの藍染惣右介が求め完成させたものであるのだから、きっとすごいものだ位には考えていて、まさかそれをずっと藍染惣右介に持たせている訳にもいかないので先の戦いで意識を奪った後に回収しておいたそれは、まるで俺の気持ちに応える様に反応した。

 

 

 

―――チカラ ガ ホシイカ?

 

 

 

「否―――俺は何時だってそんなモノを欲しいと思ったことは無い」

 

力強さなど要らない。精強さなど求めない。土台、俺は戦いが嫌いなのだから、戦いを優位に進める要因などというものを本心から欲した事は一度たりともなかった。

俺が求めたことはただ一つ。風守風穴という死神が願った事はたったひとつ。

たったひとつのあたりまえ。

 

(いつく)しみ(たっと)びたいのだ。(まも)()きたいと(せつ)(ねが)う。()やしたくなどないんだ。だから、どうか、俺から、俺達から、阿片(ユメ)を奪わないでくれ」

 

 

―――ヨカロウ ナバラ クレテヤル

 

 

『崩玉』のチカラとは周囲にいる者の深層心理を読み取り具現化する力。斬魄刀『鴻鈞道人』の刀身に亀裂が奔り、救いを齎す仙丹の妙薬を生み出す奇跡(ざんぱくとう)が壊れようとしている中で俺が願う事はただ一つ。斬魄刀『鴻鈞道人』を護る事に他ならない。

その為ならば、命もいらないと俺は思った。

 

瞬間、奇跡は起こる。白い光が周囲を包む。

 

「なん…だよ……」

 

黒崎一護の瞳が見開かれるのを見た。眼前で巻き起こる現象に理解が及ばないとでも言いたげなその眼に対して俺は薄ら笑いを浮かべてみせる。

俺からすればこれは当然の帰結。

 

「諦めなければ願いは叶う。祈りは届く。そして、(おまえ)は救われる」

 

 

 

「請えよ。待ち望んだ時が来たのだ。桃源郷(せかい)は朽ちぬ。桃源郷(せかい)は終わらぬ。涙すらをも零しながら、この瞬間を称えるがいい。---此処に斬魄刀『鴻鈞道人』は完成する」

 

 

 

「斬魄刀と一体化できるのが、お前ひとりだけだとでも思っていたのか?」

 

 

 

斬魄刀『鴻鈞道人』の刃に奔っていた亀裂の隙間から桃色の煙が溢れ出す。それは次第に刃を溶かしていき、斬魄刀『鴻鈞道人』から刃が消えていく。斬魄刀『鴻鈞道人』から全ての刃が消えた時、それが斬魄刀『鴻鈞道人』が終わる時だ。

最悪と呼ばれた斬魄刀の消失は同時に阿片というユメの終わりに他ならない。

 

「無論…させんよ。それだけは…駄目だ」

 

そう言うと同時に斬魄刀『鴻鈞道人』を握っていない方の俺の腕が煙と成って消失した。

そして、俺の腕から生まれた煙が斬魄刀『鴻鈞道人』へ刻まれた罅割れへと吸い込まれていき、斬魄刀『鴻鈞道人』の刃が再生する。

 

「なんだよ、それ。風守さん。アンタ一体…何してんだよ?」

 

「直しているのさ。俺の霊圧を以てして斬魄刀『鴻鈞道人』を直している」

 

”無月”によって斬魄刀『鴻鈞道人』につけられた傷は大きい。腕一本では到底足りない。

故に次は左肩。右足。右胸。腰の一部と俺の身体は次々に煙へと変わっていき、そして、斬魄刀『鴻鈞道人』は継ぎ足され鍛えられていく。

 

その光景に黒崎一護が悲鳴を上げた。

 

「アンタ一体‼何やってんだよ‼」

 

俺を助ける為だろう。黒崎一護の腕が俺の身体を掴もうと伸びる。

しかし、黒崎一護が掴んだ場所も煙と成って消えていく。

 

「なっ!?」

 

「そんな顔をするなよ。これは俺が望んだこと。俺が願い起きた奇跡だ。俺の全霊力、全存在を以てして斬魄刀『鴻鈞道人』は()()()()へと至る」

 

予兆は既に見えていた。道筋は確かに存在した。手にしたその瞬間から担い手に始解はおろか卍解すら可能にさせる異様な斬魄刀。その事実を逆説的に考えるのなら、始解はおろか卍解すら、斬魄刀『鴻鈞道人』にとっては粗末なチカラと言えるのだろう。

無論、それは暴論であるが一部真実でもあるだろう。現に俺と言う死神を千年以上に渡り蝕み続けた結果として此処に斬魄刀『鴻鈞道人』は完成しようとしている。

 

阿片(ユメ)は消えない。たとえ覚めることがあろうとも、()()()()()()()()()()()。斬魄刀『鴻鈞道人』。阿片を生み出す斬魄刀。此れが消えれば、阿片(ユメ)は覚めてしまう。俺の故郷の阿片窟(とうげんきょう)に残した残滓すらも残さず消える。…そんな悲劇は二度と御免だ」

 

一度は炎熱地獄に沈んだ阿片窟(とうげんきょう)。再建するまでに百年を掛けた。

二度目に二百年。三度目に三百年を掛けることに否はない。故にただ負けるだけだというのなら、別によかった。所詮、俺の人生など負けっぱなしの人生だ。屈辱の中で嗤えただろう。

だが、しかし、斬魄刀『鴻鈞道人』が消えたとなるなら、話は別だ。

斬魄刀『鴻鈞道人』が消えたのなら俺の故郷、阿片窟(とうげんきょう)の再建は無い。

 

「アンタはどうして…どうしてそこまで、その斬魄刀を護ろうとするんだ。いや、斬魄刀と死神(おれたち)との間にある絆を否定する気はねぇ。俺だって斬月のおっさんが消えるって言うなら、抵抗するだろう。けどよ、アンタの斬魄刀は…存在しちゃならねぇ。それ位、アンタだってわかってんだろ‼」

 

「ああ…わかっているさ。そんなことは昔から、東仙要に言われる前から、わかっていた。しかし、それでも尚と説いたのだ。微睡に沈む理想郷。苦しみも悲しみも無かった俺の故郷。皆が幸せな夢に閉じて生きる世界。そこは優しい世界だった」

 

それを間違いだという言葉に反論する言葉は無い。

しかし、そんな世界を求める者がいるのもまた事実。

 

「負け続けるだけの人生。弱者の悲嘆。弱者の涙。なぁ、黒崎一護。恵まれたお前にはわからんよ。所詮、お前はたった数か月という期間で俺と戦える程の力を持った選ばれた存在なのだから…選ばれず落ちぶれていく弱者(かぞく)の事など、お前にはわからない」

 

「だから、()()()()()()。現実から目を背けさせて!アンタがしていることは、その家族を侮辱してるってことじゃねぇか‼」

 

「ああ‼そうだ‼逃げ出したいと願う者の声を聞いて何が悪い!そして、侮辱など決してしてはいない。ただ愛しみ愛したいと願うのに…俺はただ皆に幸せになって欲しいだけなのだ。そして、その為に殉じるのだと言っているだけだろう‼」

 

既に身体の七割が煙と成って消失した。既に半分になった視界の中で俺は黒崎一護の歪み切った表情を見た。それは目の前に居る相手のことを理解できないという顔。

俺がかつて卯ノ花烈に向けた顔にとても良く似ていると思った。

そうだ。それでいい。俺は黒崎一護の事を嫌いではないし、むしろ好いている。

だが、しかし、決定的に交わらない。黒崎一護が英雄(ヒーロー)ならば、俺はきっと悪者なのだろう。彼も人なり我も人なり。故に対等。交わらないこともある。

 

「もはや、お前に語る言葉はない。いや、あるか…ただ一つ、俺はお前に言いたいことがあるよ。黒崎一護」

 

俺の存在全てが斬魄刀『鴻鈞道人』に呑まれる刹那に沸いたそれは、嫌がらせの様な感情だった。

 

「お前に俺は…救えなかったなぁ」

 

「っ!?」

 

「くく、はは、アハハハハハハハ、アハハハハハハハ‼‼」

 

まったく。子供じみた感情だと笑いながら、俺と言う存在。

風守風穴という死神は斬魄刀『鴻鈞道人』に呑み込まれて消えた。

 

 

 

 

そして、担い手を失った一本の斬魄刀が地上へと落ちていく。

 

 

 

 

風守風穴という死神。史上唯一存在した阿片を克服した男というストッパーを失った阿片を生成する能力を持った最悪と呼ばれた斬魄刀が地上へと落ちていく光景をみて、黒崎一護の顔が蒼白に変わる。

斬魄刀『鴻鈞道人』が生成する桃色の煙に含まれる阿片の毒はあくまでも上澄みに過ぎない。その刃本体にはそれとは比較にならない濃度の阿片の毒が宿っている。刃を一寸埋めればそれでお仕舞(しまい)。藍染惣右介ですら、その毒には抗えなかった。唯一対抗出来るは身を焦がす程の山本元柳斎重國の炎のみ。

そんなモノが地上に突き刺されば、空座町の地は風守風穴がかつて故郷の洞窟が炎熱地獄に沈んだ後に斬魄刀『鴻鈞道人』の刃を突き立て阿片窟(あへんくつ)へと再建した様に、阿片の毒へと沈むだろう。

それを理解したからこそ黒崎一護は斬魄刀『鴻鈞道人』を追う。

 

しかし、

 

「くそ…力が…もう」

 

”無月”。

斬魄刀『鴻鈞道人』を壊しかけた最強の月牙天衝は死神の力と引き換えに放てるたった一振り(いちど)一太刀(いきげき)

すでに黒崎一護の落下していく斬魄刀『鴻鈞道人』を追う力は残されていなかった。

 

落ちていく斬魄刀『鴻鈞道人』。

 

落ちてくる斬魄刀『鴻鈞道人』。

 

それを大勢の者達が地上で目撃した。空座町の地で戦っていた死神と破面(アランカル)。風守風穴が戦場に現れて一度は桃園の夢に沈んだ彼らだったが、風守風穴と藍染惣右介の戦いによって風守風穴が死に瀕したことで阿片の毒は弱まり眼を覚まし、そして、黒崎一護が斬魄刀『鴻鈞道人』を破壊しかけたことで完全に復活していた彼らは空から落ちてくる巨大な霊力。斬魄刀『鴻鈞道人』を目撃した。

けれど、動けたかと言えばそうではない。戦いで負った傷。目覚めたばかりで動かぬ頭。

故に動けずにいた彼らに代わり動こうとしたものが二人だけ存在した。

 

山本元柳斎重國と第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スタークである。

 

コヨーテ・スタークには落ちてくる斬魄刀がどんなモノであるかはわからなかった。風守風穴という死神が持つ斬魄刀『鴻鈞道人』の話は藍染惣右介から聞いていたけれど、それが地上に突き刺さることで起こる悲劇の全てを理解していた訳ではない。

 

―――けれど、理解できる。アレが地上に降りてくれば、とんでもないことが起こること位は。

 

飛び出す瞬間のコヨーテ・スタークの視界の端には彼の半身であるリリネット・ジンジャーバックの姿があった。コヨーテ・スタークは彼女が今から起こる最悪の事態に飲まれればただでは済まないことを瞬間的に理解したからこそ、飛び出して行き、そして、後ろから迫る業火に呑まれた。

 

「なっ…スターク‼テメェ爺!なにしてんだ!」

 

リリネット・ジンジャーバックの言葉など業火を放った本人である山本元柳斎重國には届きはしない。山本元柳斎重國にはコヨーテ・スタークを攻撃した気などなかった。

ただ斬魄刀『鴻鈞道人』と自分の間にコヨーテ・スタークがいたから、巻き込んだに過ぎない。

故にリリネット・ジンジャーバックの言葉など意に介さず。ただ斬魄刀『鴻鈞道人』の地上への落下を防ぐために動く。

 

「燃えよ剣『流刃若火』(みっつ)()-”三里斬”」

 

三里先まで業火に包む一太刀が放たれ斬魄刀『鴻鈞道人』を包んだ。

 

しかし、それで斬魄刀『鴻鈞道人』が傷一つ負うことはない。なぜなら元来、山本元柳斎重國の卍解ですら破壊できなかった斬魄刀『鴻鈞道人』は風守風穴の存在を呑み込むことでその頑強さに更に磨きをかけている。断言しよう。

最早斬魄刀『鴻鈞道人』を物理的に破壊する方法は無い。

 

そうして、最悪は災厄となって地上に降りてきた。

 

 

 

 

 

地上に一太刀の斬魄刀が突き刺さる光景をみて、”現世”という世界の終わりだと思う者がいた。少なくとも空座町と言う地は終わったと多くの者が思った。

しかし、そうはならなかった。空座町の地に突き刺さった斬魄刀『鴻鈞道人』はその刃に宿した阿片の毒の一切を放出することは無かったのだ。

 

自分という存在を呑み込み斬魄刀『鴻鈞道人』は完成すると風守風穴は最後にそういっていた。それを知るのは風守風穴という死神の散り様を見届けた黒崎一護だけだったが、その言葉に偽りはなかった。元より嘘を付く頭もないと言われた狂人だ。最後の最後まで風守風穴という死神は真実しか話さなかった。

斬魄刀『鴻鈞道人』。阿片を生み出すことは出来ても操ることが出来ない。担い手の意識が無くなろうと阿片を生成し続け、担い手の意思が無くとも世界を壊しかねないが故に最悪と呼ばれた斬魄刀は最後の最後に完成した。

阿片を操る術を得た。

 

故に担い手の亡き今は斬魄刀『鴻鈞道人』が阿片を生み出すことはない。

 

最悪を終えた斬魄刀は死神と破面との戦争の終戦に導く楔となった。

 

今はまだ斬魄刀『鴻鈞道人』が阿片を生み出すことはない。担い手がいない以上、猛威を振るうことは無い。だがしかし、それを絶対と言い切れる者は誰もいない。

いつ爆発するか分からない核爆弾が目の前にある中で戦争など続けられる筈がない。それが絶対に壊せないと成ればなおさらに、両者は手を引くしかなくなってしまった。

 

「此処までのようだ。山本元柳斎」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』が地上に突き刺さったことで凍ってしまった空気を砕きながらそう言って地上に降りてきたのは満身創痍の藍染惣右介だった。風守風穴に捕らわれ六車拳西に抱えられていた藍染惣右介だったが、上空で平子真二や六車拳西らが意識を失うと同時に地上へと投げ出され、落下の衝撃で眼を覚まし、そこを雛森桃に救われ此処までやって来ていた。

 

「…藍染惣右介」

 

雛森桃に支えられながら立つ藍染惣右介だったが、その眼にはいまだ輝きが失われてはいない。

 

「よもやその斬魄刀を前にして未だ争う愚を犯す気はないだろう?」

 

「儂に手負いの敵を前に手を引けと?」

 

「そうだ。見返りに何時爆発しても可笑しくないその爆弾を私が預かろう」

 

「笑止。何故儂が貴様の言葉を鵜呑みにせねばならん」

 

()()()()()。君は『現世』と『尸魂界』を護る為に、斬魄刀『鴻鈞道人』を放置するわけにはいかない。けれど、どちらの世界にも置いておく訳にも行くまい。ならば、最早、『虚圏』にしかその斬魄刀の置き場はあるまい。それでたとえ『虚圏』が滅んだとしても、君にとっては好都合だろう?」

 

「…」

 

「選択の余地はないよ。そうして突き刺さったソレを触れずに移動できるのは最早、私の”時間操作”に”次元転移”だけなのだからね」

 

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悪を討つ為に平和を築く為に悪を利用することに躊躇などない。

”護廷”とはそんな生易しいものではない。”平和”とは(しかばね)の上にのみ築き得るものであることをかの英雄は知っている。少なくとも炎熱地獄に立つ英雄はそういうやり方でしか”秩序”も”平和”も守ってはこれなかった。

 

その様を見て、英雄を嗤った者がかつて二人いた。

 

一人目は苦しみ嘆くその果てで誰が幸せになれるというと説いた者であった。

二人目は生と死の境界を消し去り恐怖の無い世界を築こうとした者であった。

 

その二人を英雄は斬った。

相容れぬが故に一度は斬り捨て、後に分かり合えぬとわかった一人は焼き殺した。

そうして築き上げた”平和”と”秩序”を壊す術を山本元柳斎重國という英雄は持ちえない。

 

 

こうして風守風穴という死神の死と黒崎一護という死神の消失を(もっ)て、死神と破面達との戦い。

空座決戦は終わった。

 

 

 

 

 

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空座決戦から数年後―――『虚圏』。元ネガル遺跡跡。現”封神台”。

空座決戦で産まれ完成された最悪の斬魄刀『鴻鈞道人』を封じる為に藍染惣右介の手によって築かれた神殿に守人として立つ一人の破面(アランカル)がいた。

その破面の名はウルキオラ・シファー。元第4十刃(クワトロ・エスパーダ)である彼は空座決戦の終了と共に卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』により失っていた意識を取り戻していた。そして、勇み足で駆け付けた時には現世での戦いは終わっており、藍染惣右介の手によって『虚圏』へと移送された斬魄刀『鴻鈞道人』だけが存在していた。

心より憎んだ生みの親も戦うべき敵も失ったウルキオラ・シファーは自ら進んで十刃(エスパーダ)を抜け”封神台”の番人となることを選んだ。それに対して藍染惣右介が何も言わない訳でもなかったが、おそらく生まれて初めてウルキオラ・シファーが発した”自我”と呼べる感情を尊重し藍染惣右介はウルキオラ・シファーに斬魄刀『鴻鈞道人』の管理を任せていた。

以来、ウルキオラ・シファーはこうして砂と岩で作られた何もない神殿でただ一人立ち続けている。訪れる者は皆無に等しい。藍染惣右介ですら”封神台”完成の折りに一度訪れたのみである。

 

―――それほどまでにあの男が『虚圏』に残した傷は大きい。

 

『虚圏』で史上初めて帝国を創り上げた伝説の最上級大虚(ヴァストローデ)。バラガン・ルイゼンバーンを殺し、『虚圏』から消失という恐怖を消し秩序を創り上げた藍染惣右介の野望を打ち砕いた。死神からすれば英雄的行いであるが、破面から破棄すべき愚行でしかない。

 

―――故にこの地に進んで訪れる破面はほぼいない。いるのはあの男が遺した遺産を破壊しようと試みる愚か者がほとんどだ。俺の役目はそんな()()()()()をあの遺産から守ること。…あの男から生み出されたことに対する贖罪ですらない。空虚な感情と共に。

 

 

ある日、そんなウルキオラ・シファーの元に一人の少女が現れたことはきっと必然だった。

 

 

偶に何が楽しいのわからないが雑談をしにやってくるコヨーテ・スタークや封印されていると知りながら阿片は生み出せないのか?としつこく聞いてくるアズギアロ・イーバーン(だいたい封印されていようとなかろうと死神ではないウルキオラ・シファーには斬魄刀を扱う術はない)とは違う霊圧を感じ取り警戒していたウルキオラ・シファーを余所にその少女は鼻歌まじりの軽い足取りでウルキオラ・シファーの前へと現れた。

 

 

その少女は―――死神だった。

 

 

空座決戦以来、『尸魂界』と『虚圏』は冷戦状態にある。藍染惣右介の宣戦布告も山本元柳斎重國の『虚圏』への攻撃命令も解かれてはいない。ただ事情があり矛を交えていないに過ぎない。故に死神が『虚圏』へやってくるという事はただ事ではない。加えて『虚圏』の外れにある”封神台”の地まで五体満足でやってこれたという事は、藍染惣右介の許可の元で死神の少女は”封神台”までやって来たという事だ。

故にウルキオラ・シファーは問う。

 

「なにをしにきた。死神」

 

「親父殿の残した遺産を引き取りに来ました」

 

―――()()殿()?あの男を父と呼ぶ者が俺の他にも…。

 

柄にもなく驚き眼を見開くウルキオラ・シファーに対して死神の少女は微笑みながら言う。

 

「初めましてですね。()()

 

「…お前は何者だ」

 

ウルキオラ・シファーの刺すような視線に晒されながらも笑みを絶やさない白髪ツインテールの少女は鈴のような声で言う。

 

「私の名は卯ノ花風鈴(ふうりん)。風守風穴の娘で貴方の妹ですよ」

 

「卯ノ花風鈴…あの男の血縁か。なるほどな…阿片に対する耐性を持っていても破面である俺では斬魄刀『鴻鈞道人』を扱えはしない。だが、あの男の娘であるお前ならば、斬魄刀『鴻鈞道人』の担い手たりえるのか?」

 

「はい。そうです。………たぶん、きっと」

 

「…」

 

「兄上、そんな目で見ないでくれ。私だって初めて試すんだ。けれど母上には私は親父殿に似ているから大丈夫だと太鼓判を押されている!」

 

「そうか。…それを藍染様も認めたというのなら俺に言うことは無い。行け。斬魄刀『鴻鈞道人』は”封神台”の奥の岩に突き刺さっている」

 

「…」

 

「なんだ?」

 

行けというのになかなか前に進まない卯ノ花風鈴を不審に思ったウルキオラ・シファーが眉を潜めれば卯ノ花風鈴は疑問符を浮かべながらウルキオラ・シファーに問いかけた。

 

「行けって…兄上は一緒に来ないのか?」

 

「なぜ俺が行かなけれなならない」

 

「何故って、久しぶりの家族団欒ですよ」

 

「かぞく、だんらん?」

 

「ええ。母上がいないのが寂しいですが、私にとっては初めて兄上と親父殿に会えることは嬉しいことです。てっきり兄上も親父殿にもう一度会いたいから、こうして親父殿が封印されている場所にいるのだと藍染殿に話を聞いた時から思っていたのだが、違うのですか?」

 

「俺が…もう一度あの男に会いたいと思っているだと?」

 

「はい」

 

困惑するウルキオラ・シファーに対して卯ノ花風鈴は此処に来て一番の笑顔を見せた。

 

「だって母上から親父殿はなによりも家族を大切にしたと聞いています。だから、親父殿もきっと兄上に会いたがっていますよ!」

 

卯ノ花風鈴の言葉を聞いて湧き上がっていた感情(モノ)をウルキオラ・シファーは抑えることが出来なかった。それがどういう感情(モノ)かを理解するより先に口から声が零れた。

 

「ク、クク…確かにあの男なら、喜ぶのだろう。善哉善哉と笑いながらな」

 

「でしょう!ですので、一緒に行きましょう」

 

そう言って引かれる手を振り解くことをウルキオラ・シファーはもうできなかった。

 

―――世界を壊しながら、愛を説いた盲目の仙王。あの狂人に唯一認めるべき所があるとするのなら、確かにこの女の言う通りその点しかないだろう。

 

 

―――風守風穴(あのおとこ)は確かに家族(じゃくしゃ)の幸せを心の底から願っていた。願っても無いほどに。

 

 

 

 

風守風穴という死神がいた。誰にも理解できないと言われた阿片狂いの狂人は事実、家族以外の誰にも本心を理解されることなく斬魄刀に呑み込まれて消えていった。

最後まで無様に、あるいは滑稽に、消えてしまった彼であったが、しかし、最後まで笑いながら消えていった彼は幸せだったのだろう。なぜなら彼はずっと守り続けていた大切なモノを次代(こどもたち)に託して逝けたのだから―――

 

「兄上!これが親父殿の遺産だな!」

 

「ああ…」

 

「では!引き抜きますよ。せーの!」

 

この日、一本の斬魄刀が一人の少女の手に渡る。

 

その斬魄刀の名は『鴻鈞道人』。

完成された卍解の名は『羽化登仙(うかとうせん)・鴻鈞道人』

 

阿片という猛毒を生み出すだけでなく操ることも可能にしたその卍解を扱う時、少女の傍らには煙で形作られた黒衣を纏う白髪痩身の男が担い手である少女を守る様に立つという。

 

混濁した眼で薄ら笑いを浮かべながら―――何時までも善哉善哉と嗤っている。

 

 

 

 

 






書き終えたぞ!これで今作は幕引きとさせて頂きます。
長い間、稚拙な文ではありますが書き続けてこれたのは皆様のご感想があったからです。
ありがとうございました<(_ _)>

エンディングについては大いに悩みました。
とりあえずハッピーエンドとトゥルーエンド、バッドエンドの三つの終わり方を考えていたのですが、一番しっくりくるトゥルーエンドとさせて頂きました!
まあ投げっぱなしエンドとも言うのですが(-_-;)

では、皆さま!また機会がありましたらよろしくお願いいたします。

(゚∀。)y─┛~~



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卯ノ花風鈴編
元死神代行との出会い



以前、どこかで千年血戦編まで書きたいと書いたな…あれは本当だ( ゚Д゚)
ただし途中で筆が折れるかもしれないし、また完結まで二年かかるかも知れないがな!!
( `ー´)ノ

という訳で細々と再開します。皆様の暇つぶしになれば幸いです (__)


※50話までで主人公が死んだ為、その娘が主人公になっています。ご注意ください。




 

 

満月の夜。空座町の住宅街にあるマンションの屋上に一人の死神が立っていた。長い白髪を頭の左右で結う所謂ツンテールなんていうハイカラな髪形をした死神の少女は満月の下で一人歌っていた。その歌は哀しいような優しいような子守歌の様な歌だった。観客はいない。今は世界の全てが自分のステージだ。そんなことを考えながら、彼女は楽し気に歌う。そして、歌い終えた後に満足げに笑った。

 

「うん。流石は母上譲りの美声だ。これは私が本気を出せば現世の“あいどる”という偶像にも直ぐに成れてしまうに違いない。ふふふ、可愛らしい顔にメリハリのある身体。そして美しい声。霊王(かみ)は私に二物も三物も与えたな」

 

自信満々にそういう彼女。しかし、それが独り言だから言うことのできる張りぼての自負ではないことを彼女のことを少しでも知っている者は理解している。自分はすごい。自分は美しい。自分は強い。そんな言葉を彼女は何処でだって誰の前だって恥ずかしげもなく吐きながら成長してきた。そして、質の悪いことにその言葉がすべて的外れではなかった。史上最速最年少で死神を育成する真央霊術院を卒業し、鳴り物入りで護廷十三隊三番隊に入隊。入隊後は新人でありながら「席次?何それ美味しいの?」の速度で功績を上げ続け、先日には護廷十三隊とは冷戦状態にある藍染惣右介の収める虚圏に偵察任務に赴き無事に帰還している。天才などという言葉では足りない。親譲りの怪物と呼ばれた彼女に足りないものがあるとするならそれは女性らしい恥じらいだろうと誰もが言った。彼女の兄の様な立場にある二人の死神は兄がわりとはいえ自分たちの前で風呂上がりの裸体を惜しげもなく晒す彼女の行動には慎みを持てと再三促してきたし、先日初めて会った彼女の実の兄は自分に幾度となく抱き着いてくる彼女のことを痴女だと思っていた。しかし、そんな声は馬耳東風。彼女の耳には届かない。私の様な美少女の裸を見て抱きつかれて実は嬉しい癖にと調子にのり、調子に乗りすぎですよと母親に折檻されるまでがテンプレだった。

 

そして、そんな自由を体現するような彼女が現世の空座町に赴き歌っている理由もまた彼女が彼女足りえる為に必要な自由な考えの為だった。

満月の下で歌っている間に彼女の待ち人はきた。

 

「悪い。待たせたか」

 

「ううん。私も今来たところだよ」

 

そんな恋人の様なやり取りをする二人だが、顔を合わせるのはこれが初めてのこと。だから彼女は初めましてと挨拶をした。

 

「はじめまして。私の声に答えてくれてうれしいよ。元死神代行‐銀城空吾さん」

 

「おう。初めましてだ。最悪の娘」

 

“死神代行”。それは尸魂界に認められた虚を討つ死神の力を持つ人間の名。護廷十三隊より『死神代行戦闘許可証』を与えられた現世での死神代の行動を許可された者の称号。

死神代行は史上二人しか存在していない。現死神代行‐黒崎一護。そして、初代死神代行にしてその資格を剥奪されたものこそが銀城空吾という男だった。

 

銀所空吾はその身長差から少女を見下ろすように笑う。

 

「俺の代行証に数十年ぶりに通信が掛ってきたのには驚いたぜ。俺は代行証を封印して通信機能どころか霊圧の制御も発信もできない様にしていたつもりだったんだがな」

 

銀城空吾に見下ろされながらも彼女は負けじと勝ち気に笑う。

 

「うむ。銀城さんに通信を送るのにはそれはそれは苦労したぞ。思いのほか時間が掛ってしまった。本当なら私があなたを見つけるのが手っ取り早くはあったのだが、前に親父殿が任務での全国行脚の中で片手間とはいえ探して見つけられなかったあなただ。私とは言え簡単に見つけられぬだろうと思って通信させてもらった」

 

「へぇ…。どうやって俺の代行証を解析しやがった?」

 

「乙女の秘密だ。天に挑む程の天才にそれなりの代償を払ったとだけ言っておくぞ」

 

銀城空吾の追及をそんな軽口ではぐらかしながら、少女はそんなどうでもいいことは置いておいて本題に入ろうと話を急ぐ。

 

「なんだ。おしゃべりはもうおしまいか?おっちゃんには可愛い女の子とのトークが生きる楽しみだっていうのに」

 

「すまない。実は私には時間がないんだ。今も本当は哨戒の最中で、さぼっていたことが知られたら怒られてしまう。兄上たちに怒られる分にはまだいいんだが、母上と爺様には怒られたくない。細切れにされた後に燃やされてしまうからな」

 

だから、本題に入るぞと少女は言う。

 

「銀城さん。復讐なんて虚しいと思わないか?」

 

瞬間、少女の白い首筋を赤い血が伝った。

少女の言葉と同時に銀城空吾の左手には刀身の始まり部分が一部くり抜かれ柄が付いた徴的な大剣が握られていて、その大剣が少女の首の皮一枚を斬った所で止められている。少女の生殺与奪を握りながら、銀城空吾は静かで重い声を出す。

 

「嬢ちゃん。此処から先は言葉を選んで喋るんだ。俺の手が動かない様に気を使って、慎重にだ。いいな?」

 

「うん。わかったよ」

 

()()()()()()()()()()?嬢ちゃんは俺の何を知った上でそういってんだ?俺と嬢ちゃんは今日が会うのは初めてだろう。それとも嬢ちゃんは人に自分の考えを押し付けるような恥知らずなのか?」

 

「私は恥知らずじゃないよ。今日、私は銀城さんと初めて出会った。けれど、銀城空吾という死神代行の過去は知っている。あなたを知り涙を流しながら救いたいと願った人の手記を読んだんだ」

 

少女が読んだという手記には銀城空吾の名が涙の跡と共に記されていた。

 

「仲間だと思っていた者たちに裏切られたあなたの義憤。絶望。考えうる悲しみの感情全てが手記には記されていたよ。それを読んで私はあなたを知った。“まるで読者が登場人物の背景を知って気持ちを知った気になっている”と言われれば、それまでだけど。私が思い付きであなたに会ったのではないということは、理解して欲しい」

 

―――私はあなたの悲しみを拭いたい。

 

そう少女の言葉を聞いて銀城空吾は目の前の相手が真面ではないことを理解した。手記で銀城空吾の存在を知った。それだけで尸魂界の一種のタブーであり、護廷十三隊に罪人として命を狙われている自分に会いにきた。頭が足りないと言われても仕方がない行動を、しかし、少女は類まれなる能力と才能を存分に駆使して成し遂げてみせた。長い間、護廷十三隊が極秘裏に捜索しながらも見つけられなかった銀城空吾と接触する。それはそれだけで大きな功績だ。

その上で少女の言った言葉のなんと脈絡のないことか。

 

()()()()()()()()?嬢ちゃんは一体何を考えてんだ。俺に復讐を止めろと言い。俺の過去を知っていると言い。その上で助けたい?意味が不明だぞ。ブレブレじゃねぇか」

 

「いいや。私はしっかりと筋を通す女だぞ」

 

そんなどこか間違った言葉の使い方をしながら、少女は「まずは間違いを正そうか」と笑った。

 

「私は()()()()()()()()と言ったが、()()()()()()と言ったわけじゃない。そんなものは考えの押し付けだ。銀城さん。あなたが復讐を望むのなら、すればいい。それはあなたの中では正しいことだ。私が虚しいと言ったのは、あなたが復讐を果たせずに死ぬことだ」

 

「…俺が復讐を果たせずに死神に負けると?」

 

「ああ、そうだ。あなたは大きすぎるものを敵に回そうとしている。あなたが言う死神とは護廷十三隊の全てを指しているのだろう?その中には絶対に勝てない人々がいる。護廷十三隊の全てを敵にしてしまえば、あなたは絶対に勝てない敵を作ることになる」

 

護廷十三隊には炎熱地獄に君臨する最強の死神がいる。白兵戦なら最強を下すだろう最高の剣術家がいる。雷鳴を轟かせる伝説の烈士がいる。

 

「そして、私もまた護廷十三隊の死神だ。護廷十三隊は敵に回すには多すぎるとは思わないか?」

 

そう言ってほほ笑む少女を前に銀城空吾はため息をつきながら少女の首筋に当てていた大剣を引いた。そして、大剣を収めることはせずに肩に担ぎながら確かにその通りではあると頷いた。

 

「嬢ちゃんの言いたいことはわかった。けどな、だったら俺にどうしろと言うんだ?言っておくが復讐を止めにするなんて言う選択肢は初めからない。俺は長い時間をそのためだけに割いてきた。今も、死神共に対抗するための力をようやく見つけたところだ。復讐ってのは敵の強弱で止めにするもんじゃねぇ」

 

「わかっているさ。もし銀城さんが例え敵わないと知って尚も護廷十三隊全てに挑むというのなら、私は止めない。あなたの意思を尊重する。けど、まずははっきりさせた方がいい。銀城さんが一番復讐したい相手をね」

 

「…俺が一番、恨んでいる相手ねぇ」

 

銀城空吾は死神というだけで戦うことに嫌悪感を覚えないほどには死神嫌いではあるのだが、何もすべての死神が憎悪の対象であるわけではない。銀城空吾を裏切った後に死神になった関係のない者たちは勿論、銀城空吾の立場改善のために声を上げた死神が当時一人もいなかったわけではないからだ。それでも銀城空吾の中に深い復讐心が芽生えているのは、信じていた男に裏切られたという事実が消えずに残っているからだ。

 

「恨みに一番も二番も、順位を付ける気ねぇ。けど、俺が一番殺したい男の名は浮竹十四郎だ」

 

護廷十三隊十三番隊隊長‐浮竹十四郎。曲者揃いの隊長たちの中で一番の常識人であり性格は温厚。上司にしたい隊長ランキング殿堂入りをした浮竹十四郎のことを銀城空吾が恨んでいることに少女は素直に驚いた。

 

「浮竹隊長か。意外だ。てっきり私は更木隊長とか涅隊長の名前が出てくると思っていたんだが…どうして浮竹隊長なんだい?あの人はいい人だろう?」

 

「はっ、確かに浮竹十四郎は護廷十三隊で最も平和を愛する男だろう。けどな、“死神代行”の制度を考えたのは奴だ。奴の狙いは死神代行である俺を監視し制御し尸魂界の為の手駒として使い、反抗すれば抹殺することだった!俺は平和を愛するあの男に嵌められたんだよ‼」

 

銀城空吾の言葉に込められていた絶望に少女は眼を見開いた。大切な守りたかった仲間たち。人でありながら死神の力を持つ銀城空吾にとって現世はとても生きづらかったに違いない。そんな中で出会った死神達。そんな彼らに家族にも似た絆を感じてしまうのは仕方のないことだろう。しかし、どこまで行っても銀城空吾は人間であり、浮竹十四郎は死神だった。あるいは時代が違えばなんて言う言葉が零れてしまうほどにそれはやり場のない悲しみだ。

 

『高いところから落とされるほど絶望は深くなる』

 

これは少女の父親が残した手記に書かれていた言葉だ。銀城空吾を見ながら少女はその通りだと思った。思いながら、気が付けば少女は手記に記されていた父親の言葉を口にしていた。

 

「ああ、可哀そうに。絶望に沈み悲しむ者たち。私はあなたを救いたい。悲しいのなら、苦しいのなら、痴れてしまえよ。あなたの幸福を願わせてくれ」

 

気が付けば屋上に桃色の煙が漂っていた。少女の腰に差す斬魄刀から漏れ出す霊圧を感じながらも銀城空吾が肩に担ぐ大剣を振り下ろせなかったのは、桃色の煙に込められた優しさに触れてしまったからだ。

 

―――ああ、これはダメだと。

 

銀城空吾は理解する。目の前の少女がどういう類の化け物であるのかを理解する。

 

―――これは優しさの怪物だ。取り込まれたら最後、抜け出せなくなる泥沼だ。

 

そんな考えと共に銀城空吾は少女の父親を思い出す。在りし日の瀞霊廷ですれ違っただけの関係であった少女の父親は銀城空吾の反逆に際して嘆願の声を上げた一人だ。無いに等しい関係性しかない自分を助けようとした彼を銀城空吾は優しい死神だったのだろうと思っていた。そんな男の娘だというからこそ、危険を承知で会いに来た。

 

しかし、思い返してみればどうだ。あの時代によく知りもしない人間である銀城空吾に可哀そうだと涙を流す死神は常軌を逸してはいないだろうか。浅からぬ仲ならわかる。友情が結ばれているのなら理解できる。しかし、何の関係もない相手の幸せを願えるものは聖人か狂人のどちらかだ。そして、あの男は聖人ではない。寧ろ、そう、こう呼ばれていたではないか―――“最悪”と。

 

「銀城さん。私はね、親父殿の救えなった者を救いたいんだ。親父殿は心の底から、すべての人々の幸福を願っていた。けれど、抱えられるだけの優しさでは平和を願うには足りぬように親父殿の手から救いたい者たちは零れてしまった。救いたいのに救えない。その矛盾に苦しみながら、親父殿は弱者の味方であることを選んだ。銀城さん。あなたの様な強者を救うことを諦めた」

 

銀城空吾は気が付けば膝を折っていた。大剣は既に手から離れていた。膝立ちになる銀城空吾の頭を少女は優しく胸の中に抱きよせる。

 

「だから、私が救う。父が望んだ桃園の意思に従い私、卯ノ花風鈴があなたを救う。ねぇ、銀城さん。痴れた音色を聞かせてください。あなたの幸福を私は心の底から願っています」

 

卯ノ花風鈴の言葉に銀城空吾の意識が覚醒する。そして、得も言われぬ安心感に包まれながら歯噛みした。

 

「ああ、最悪だ。クソ。こんな所をリルカや雪緒に見られたら、何を言われるかわかったもんじゃねぇ。…わかった。嬢ちゃんの話には乗る。だから早く離してくれ。死神の外見に年齢は関係ねぇ。いくら嬢ちゃんが死神で俺より年上だって言っても、少女の胸に顔を押し付けてる大男なんて犯罪的すぎるだろうが」

 

「ありがとうございます。これで私と銀城さんは仲間ですね。一緒に頑張りましょう。…それと私は銀城さんより年下ですよ。私は最近生まれたばかりのピッチピチの生後一年ちょっとの幼女です」

 

「………はぁ!?」

 

「ふふふ、そんなに驚かないでください。死神の外見に年齢は関係ないって銀城さんも知ってたじゃないですか」

 

「………どうすれば生まれたばかりでこんなに性格が狂うんだ?父親の血か?」

 

「そんなのどうでもいいでしょう。それよりもどうですか銀城さん。幼女からあふれる母性。これが今現世で流行っているという“母性ろり”というやつですよね」

 

「どこでそんな知識を仕入れてくるんだこの偽装嬢ちゃんは!?いいから、いい加減に離せ…って、何だこの馬鹿力は!?」

 

「ふふふ、身体の精強さは親父殿譲りです!はーなーしーまーせーんーよー。銀城さんは可哀そうな人なんですから、もっと私を頼ってもいいのよ!」

 

「人を可哀そうな人扱いするな!?」

 

銀城空吾。初代死神代行にして元死神代行。死神に裏切られ死神に復讐を誓った男は本来であれば脅威とはなり得ない尸魂界の敵だった。並みの隊長格と同等の霊力を持つ彼だが、護廷十三隊にはそれを歯牙にもかけない猛者が存在する。故に届かったはずの復讐の刃は、しかし、一人の少女の手によって届き得る可能性を持ってしまった。

 

護廷十三隊三番隊第三席‐卯ノ花風鈴。最悪と呼ばれた死神‐風守風穴と護廷十三隊四番隊隊長‐卯ノ花烈の間に生まれ、その特異性故に年齢を考慮せず能力のみの評価で三席まで駆け抜けた少女は先日、虚圏での任務の際に父親の墓参りを同隊隊長である市丸ギンの手引きの元で秘密裏に行い封印されていた最悪の斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を手に入れている。

 

母親や兄達から父親の武勇伝を聞きながら育った少女はそこで直接、父親の意思に触れた。

結果、多感な時期である彼女は感化された。父のようになりたいと思った。

それが最悪の幕開けだと自覚のないままに純粋無垢に世界は優しさであふれていると信じる年ごろの少女はあまりに容易く斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を引き抜いてしまった。

 

―――お前の幸せを俺は心の底から願っている。

 

その言葉を抱いたまま卯ノ花風鈴は父の背に焼けただれるほどの夢をみた。

 

 

「けどよ、嬢ちゃん。本当にいいのか?嬢ちゃんは護廷十三隊を裏切ることになるんだぜ」

 

「よくは無いです。母上や爺様に怒られるのは本当に怖いんです。けど、風は自由だから、風なんですよ」

 

 

此処に最悪に憧れた少女の物語が始まった。

 

 

 





卯ノ花風鈴。

50話以降の主人公。

外見は相州戦真館學園-万仙陣-に登場する石上静乃というキャラクターそのままです。
気になる人は相州戦真館學園シリーズをプレイしよう!\(^o^)/

後、時系列の関係上、生後一年ちょっとの幼女が主人公になってしまったけれど死神の成長と外見に年齢は関係ないということで大目に見ていただけると助かります(__)


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花と蛇との出会い



皆様の暇つぶしになれば幸いです (__)


 

 

 

尸魂界。瀞霊廷。護廷十三隊一番隊隊舎にある庭園に美しい白髪を風に靡かせる少女‐卯ノ花風鈴の姿はあった。護廷十三隊総隊長‐山本元柳斎重国の趣味で作られた純和風の庭園は護廷十三隊の隊士であるならばだれでも自由に出入りのできる開放された場所であるのだが、場所柄故か利用する隊士は一部の一番隊隊士を除きほぼ皆無だった。池の中を泳ぐ錦鯉を眺めながら「こんなにも美しいのにもったいない」と漏らす卯ノ花風鈴だったが、並みの隊士であるなら総隊長である山本元柳斎重国のお膝元に軽々しく足を踏み入れることを恐れ多いと感じてしまうのも無理はない。庭園の手入れの為に一番隊副隊長である雀部長次郎忠が結構な頻度で顔を出すというのなら尚更に。

しかし、それでもやはり勿体ないと嘆く卯ノ花風鈴は池の錦鯉を眺めていた視線を上げてそうは思いませんかと隣に立つ母親に声を掛けた。

 

「それもこれも爺様と長次郎の顔が怖いのが悪いんですよ。昨今の現世では親しみやすい上司が部下から好かれる風潮だというのに。爺様も長次郎も何時も眉間に皺を寄せています。あれでは下の者たちは怖がって近づいてこれないじゃないですか。ねぇ、母上もそう思いませんか?」

 

卯ノ花風鈴の軽口と共に漏れた不満を聞きながら、母親である護廷十三隊四番隊隊長‐卯ノ花烈は小さくため息をついた。

 

「それが威厳と言うものです。現世がどうであれ、この瀞霊廷の秩序が保たれているのは山本総隊長と雀部副隊長の威厳があってこそ。そこに不平不満を漏らすような隊士は貴女以外にはいませんよ」

 

「そうでしょうか。爺様と長次郎の顔が怖いから誰も言えないだけなのでは?」

 

「…はぁ。あの(ひと)は口下手だったというのにまったく貴女のその減らず口は誰に似たのでしょうね。私的な場とはいえ、これ以上、山本総隊長と雀部副隊長の悪口を言ってはいけませんよ」

 

「それは違うぞ。母上。私は二人の悪口を言っているつもりはない。私は爺様も長次郎も心の底から尊敬しているし、大好きだ。あの二人が本当は優しいことも私は知っている。だから、もっとみんなに好かれて欲しいと考えているだけだ」

 

「だとしてもです。貴女にそのつもりがなかったとしても貴女の言葉は悪口と取られても仕方のないもの。貴女の気持ちも理解しますが、もう少し言葉を選びなさい」

 

「むぅ。わかりました」

 

頬を膨らませながら返事をする卯ノ花風鈴の態度に卯ノ花烈は二度目のため息をこぼしながら、「仕方のない子ですね」と微笑んで父親譲りの白髪を愛し気に優しく撫でた。卯ノ花風鈴はその手を素直に受け入れながら心地よさそうに目を細める。

それは何処にでもある母親と子の姿。世界を滅ぼして尚も世界を優しさで満たしたいと願った彼女の父親と彼女の夫が何よりも望んだ家族の形。

そんな理想郷に踏み入れることの無粋さを理解しながらも、二人とこの場所で落ち合う約束をしていた一人の死神が顔に蛇の様な薄い笑みを張り付けながらやってきた。

 

「いやぁ、邪魔します。待たせたみたいですみません。ちょっと今度の遠征の件で天貝隊長と話し込んでしまいましたわ」

 

「あ、市丸兄(いちまるにい)!遅いぞ!」

 

「いえ、お疲れ様です。市丸隊長」

 

銀髪細眼の死神。護廷十三隊三番隊隊長‐市丸ギンの登場に、はしゃぐ卯ノ花風鈴に対して卯ノ花烈は一礼しながら返事を返して、次に先ほどまで愛娘の頭を撫でていた手で拳骨を作り、それを愛娘の頭に落とした。

 

「痛い!?母上、いきなり何をするんだ!」

 

「風鈴。いくら私的な場とはいえ市丸隊長は貴女の直属の上司でしょう。しっかりと“隊長”と呼びなさい。貴女はもう護廷十三隊の隊士なのですから、最低限の礼儀は弁えなければなりませんよ」

 

「むぅ。わかりました。市丸兄隊長と呼べばいいんですね?」

 

「“兄”を抜きなさい」

 

「しかし、母上、市丸兄(いちまるにい)天貝兄(あまがいにい)は私にとって兄の様な存在だぞ。兄を兄と呼んで何が悪い」

 

「公私を分けなさいと言っているのです」

 

「しかし、ルキアさんは朽木隊長のことを何処でも兄様と呼んでいるぞ!」

 

「…よそはよそ、うちはうちです。そんなに朽木家が羨ましいなら、朽木さんちの子になりなさい」

 

「そ、その理屈は卑怯だぞ!」

 

卯ノ花親子の微笑ましいやり取りを見ながら市丸ギンは卯ノ花烈に対してずいぶんとまるくなったなぁとそんな感情を抱きつつもこれ以上の話の脱線を恐れて「まあまあ」と二人の間に入る。

 

「卯ノ花隊長。僕は礼儀作法とかそんなん気にしません。風鈴ちゃんはなにも僕を軽んじている訳じゃない。それは僕の隊の部下たちもわかってることですし、呼び方は追々直せばいいことです。だから、その辺にしてあげてください」

 

「…わかりました。確かに隊長である貴方がそれでいいというのなら、私が口を出すことではありません。…しかし、市丸隊長。あまり風鈴を甘やかさないであげてくださいね」

 

「はい。わかってますわ」

 

蛇のように薄く笑いながらもそう言う市丸ギンの言葉を信じて卯ノ花烈は矛を収める。そして、「助けてくれてありがとう!市丸兄大好き!」と市丸ギンに抱き着こうとした卯ノ花風鈴に二度目の拳骨が落ちる。流石の市丸ギンも今度は庇わなかった。

 

閑話休題。

 

今回、卯ノ花風鈴、卯ノ花烈、市丸ギンの三人が集まったのは何も秘密の会合をする為ではない。秘密の会合をするのなら、山本元柳斎重国のお膝元である一番隊隊舎の庭園に何て集まらない。だから、三人が集まったのは旧知の仲でただ世間話をする為だけではあるのだが、それでも人のあまりいないこの場所を選んだのには隠すほどのことでもないがあまり人に知られるのもよくないことが会話の内容に含まれることを理解しているからこその配慮だった。

 

話を切り出したのは卯ノ花烈。卯ノ花烈は卯ノ花風鈴が腰に差している斬魄刀に目を向けながら言う。

 

「まずはお礼をいいましょう。市丸隊長。貴方の配慮のお陰でこの子は無事に風守さんの遺産を受け継ぐことができました。本当にありがとうございます」

 

そう言って頭を下げる卯ノ花烈に対して市丸ギンは驚いた表情を浮かべる。市丸ギンはてっきり先の虚圏での遠征で卯ノ花風鈴を秘密裏に斬魄刀『鴻鈞道人』が封印されていた“封神台”に送り出したことを卯ノ花烈に責められると考えていた。

 

山本元柳斎重国が持つ史上最強の最古の炎熱系斬魄刀『流刃若火』と並び伝えられる、嘗て風守風穴が振るった史上最悪の斬魄刀『鴻鈞道人』。

阿片の毒を含む煙を際限なく生成するという風守風穴の妻である卯ノ花烈からしても最悪としか言いようがないその斬魄刀は約一年前に起きた藍染惣右介率いる破面陣営と護廷十三隊との全面戦争の最中に風守風穴の手によって完全な形で卍解を果たし虚圏を阿片に満ちる桃源郷(じごく)へと堕とした。そして、現世まで阿片で満たしかけたその斬魄刀は全面戦争の終盤に他ならない風守風穴の命を代償に封印された。

比喩でなく世界を滅ぼしかねない担い手を失った斬魄刀を前に護廷十三隊と破面陣営は一時的休戦を余儀なくされ、休戦の代償として藍染惣右介はいつ爆発するかも不明な爆弾を虚圏にて引き取ることとなり、現在に至るまで虚圏と瀞霊廷は冷戦状態にある。

 

その爆弾が今は卯ノ花風鈴の手にある。それは考えうる最悪の状況だと大勢の者が言うだろう。冷戦の楔は藍染惣右介の手を離れてしまった。あるいはこの瞬間にも藍染惣右介が再び天に挑もうと戦争を仕掛けてくるかもしれない。そんな可能性すら否定できない事態に市丸ギンの行動によってなってしまっている。

そのことを市丸ギンは卯ノ花風鈴の母親である卯ノ花烈から責められると思っていた。だからこそ、礼を言って頭を下げた卯ノ花烈に困惑する市丸ギンにたいして、卯ノ花烈は頭を上げると説明を始めた。

 

「独断での斬魄刀『鴻鈞道人』の封印の解除は確かに褒められることではありません。しかし、“最悪”とはいえ力の塊である斬魄刀をいつまでも敵地においておくわけにもいかなかったことは事実です。何時か封印を解かなければならないことは私も山本総隊長もわかってはいたこと。だからこそ、私はこの子に斬魄刀『鴻鈞道人』を扱えるだけの実力を持ってもらう為、心血を注ぎこの子を育ててきたつもりです。そして、今、最悪と呼ばれた斬魄刀はこの子の腰に収まっている。卍解さえしなければ暴走の危険性は無いのでしょう。―――いえ、あの(ひと)が命を賭して“完成”させたのです。あるいは卍解すら、あの頃の物とは変わっているのかもしれません。ともかくとして、犠牲無く最悪を御した市丸隊長とこの子の功績は大きいと私と山本総隊長は考えています」

 

「…はぁ、なるほどなぁ。それが僕や風鈴ちゃんにお咎めがない理由ですか。僕はてっきりまだ山本総隊長に斬魄刀『鴻鈞道人』の封印を風鈴ちゃんに解かせたのが露見してない思ってましたわ」

 

「私や山本総隊長が斬魄刀『鴻鈞道人』に気が付かない訳がないでしょう。それも真央霊術院で『浅打』を自分の物に出来ないまま卒業したこの子が斬魄刀を腰に差していることに疑問を持たない訳がありません」

 

本来、真央霊術院を卒業し死神となる為には金型の斬魄刀である『浅打』を自らのものとしなければならない。死神が斬魄刀を振るい虚と戦う以上は斬魄刀を扱えることが死神の第一条件だ。無論、例外は存在する。元隠密起動総司令官‐四楓院夜一は卍解を習得しながらも斬魄刀なしで戦った方が強いという理由から斬魄刀を所持しておらず、また護廷十三隊八番隊副隊長‐伊勢(いせ)七緒(ななお)は家系の特異性故に斬魄刀を持たないまま副隊長として活躍している。

そして、卯ノ花風鈴もまた例外の一人として真央霊術院を卒業している。そんな例外であった卯ノ花風鈴は自分の物に出来なかった『浅打』を受け取ってはいるのだが、常日頃持ち歩くことはしていなかった。そんな彼女が斬魄刀を腰に差して歩いている。なるほど、違和感を感じるなという方が無理があると市丸ギンは納得しながら安心したようにため息をついた。

 

「バレればまずいと思ってましたけど、お咎めなしなら安心しましたわ。…ちなみに卯ノ花隊長。もし風鈴ちゃんが斬魄刀『鴻鈞道人』を御しきれなかった場合、どうなってたんやろなぁ」

 

「私が貴方たち二人を斬り殺し、私も責任を取り自刃していたでしょう」

 

「おお、怖いなぁ」

 

そう言いながらも薄い笑みを絶やすことのない市丸ギンの横で「私が親父殿の遺産を受け継げぬ筈がないだろう」と無駄に胸を張る卯ノ花風鈴。卯ノ花烈は少しだけ二人を責めたくなったが、終わったことであり山本元柳斎重国がそれで良しとしたことを掘り返すことはせずに言葉を続けた。

 

「ともかくとして風守さんの遺産が無事にこの子に受け継がれたことを私も山本総隊長も嬉しく思っています。それは同時に藍染惣右介への楔が外れたことを意味しますが、攻めて来るならばそれで良し。今度は塵も残さす燃やし尽くしてやろうというのが山本総隊長の意見です」

 

その時は私も前線に出ますので、心配はいらないでしょうと言う卯ノ花烈の言葉に事実のみしか含まれていないことに戦慄しながらも市丸ギンは表情を変えることなく「頼もしいですわ」と軽口を返した

市丸ギンにとって藍染惣右介という男は復讐の対象だった。市丸ギンの大切な人である護廷十三隊十番隊副隊長‐松本乱菊が藍染惣右介に奪われた大切なものを取り戻す為に市丸ギンは裏切りの刃を抱いて藍染惣右介の下に付き、裏切りの刃を振るう為に最悪と呼ばれた風守風穴の後ろを歩いた。そして、市丸ギンは復讐を果たしたと言っていい。いまだ藍染惣右介が虚圏の支配者として存命なことに何も思わないわけではないが、藍染惣右介の力を知る以上は無駄に好戦的になるわけにはいかないというのが市丸ギンの心の内だった。

しかし、何もしないのは面白くない。その意趣返しともいえる嫌がらせの一つが藍染惣右介が“封神台”にて封印していた斬魄刀『鴻鈞道人』の解放でもあったのだが、それを行おうと虚夜宮を訪れた市丸ギンと卯ノ花風鈴に対して藍染惣右介は余裕の笑みを絶やさないままあまりにもあっさりとそれを受け入れ、“封神台”への案内役に腹心の部下まで付けてみせた。

その市丸ギンの思考回路を読み切ったと言わんばかりの余裕たっぷり横っ面を市丸ギンは殴り飛ばしたくはあったがそういうわけにもいかず、結果として障害らしい障害もなく斬魄刀『鴻鈞道人』は卯ノ花風鈴の手に渡った。

 

そう。いくら言葉を交わそうと重要なことは結局、そこに集結する。斬魄刀『鴻鈞道人』。世界を歪めに歪めたその斬魄刀が最悪の死神と呼ばれた風守風穴の実の娘である卯ノ花風鈴に受け継がれた。その事実は決して秘密ではない。知ろうと知れば誰でも知れることだ。

しかし、大々的に喧伝することでもない。だからこそ卯ノ花烈は世間話の場所に一番隊隊舎の庭園という人気のない場所を選んだ。

 

卯ノ花烈は市丸ギンから視線を外し、卯ノ花風鈴を見た。

 

「風鈴。斬魄刀を見せてくれますか?」

 

「…とっちゃやだぞ」

 

「盗りませんよ。その斬魄刀は私であっても扱いきれないものです」

 

母親の言葉に卯ノ花風鈴は腰に差していた斬魄刀を卯ノ花烈は手渡した。

卯ノ花烈はそれを受け取ると刃の収められ鞘を一度だけ愛おし気に撫でた後、卯ノ花風鈴に返す。

 

「母上、もういいのか?」

 

「ええ。それは貴女が持つべきもの。風鈴。ありがとうございました。―――そして、努々(ゆめゆめ)忘れてはなりませんよ。その刃にはあの(ひと)の、風守さんの意思が込められていることを」

 

「親父殿の、意思ですか」

 

「はい」

 

卯ノ花烈は小さくうなずくと空に視線を向ける。雲一つない青空に思い浮かべるのは卯ノ花烈が唯一愛した男。長い白髪を適当に束ねた長身痩躯の男は何時だって混濁した目で善哉善哉と嗤っていた。

 

「風鈴。その斬魄刀は貴女に大きな力を与えるでしょう。ともすれば世界を滅ぼすことも、あるいは世界を救うこともできるのでしょう。尸魂界を救う為に虚圏も現世も滅ぼしかけた風守さんのように―――

 

だから、その力を悪用するだなんて的外れな言葉を卯ノ花烈は吐く気はない。

 

そもそも力に善悪などないのだと卯ノ花烈は知っている。

 

世界を炎熱地獄に変える力を使いながら平和のために尸魂界に灼熱の楔を打ち込んだ最強の死神の存在を卯ノ花烈は知っている。

阿片の毒を生成するという最悪としか言いようのない力で弱者の為の桃源郷を築こうとした最悪の死神の存在を卯ノ花烈は知っている。

雷鳴が轟くほどに強大な力を持ちながらも苛烈なまでの忠誠心故に決して表舞台に立つことはせず一個人を支えることのみに生涯を捧げる死神の存在を卯ノ花烈は知っている。

 

だから。

 

「その力を以って、風鈴。貴女は生きたいように生きなさい。成りたいものに成りなさい。好きな夢を思い描きなさい。そのとき貴女は、貴女の中で世界の勝者です」

 

卯ノ花烈は亡き夫の言葉を娘に伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

卯ノ花風鈴にとって母親である卯ノ花烈は素直に尊敬に値する人物だった。強く美しく聡明であり時折怖いときはあるけれど優しい母を卯ノ花風鈴は憎まれ口をたたきこそすれ嫌ったことなど一度もなかった。けれど、だからこそ最悪と呼ばれた死神である卯ノ花風鈴の父親をなぜ卯ノ花烈が愛したのか。そのことを疑問に思いもした。

 

自分の実父-風守風穴が最悪と呼ばれるに値する狂人であったことを卯ノ花風鈴は理解していた。母親である卯ノ花烈や兄がわりの市丸ギン、天貝繡助。友好を結んでいる朽木ルキアなどから父親の武勇伝を聞くたびに頭の螺子が外れた人だったんだなと思い、敵対していた藍染惣右介に話を聞く機会を得たときには実の父の姿に恐怖を覚えもした。

 

そして、斬魄刀『鴻鈞道人』を手に入れた時に卯ノ花風鈴は風守風穴と直接の対話を果たした。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』。その具象化した姿は他ならぬ風守風穴その人だ。それは誰も知らない卯ノ花風鈴だけの秘密。斬魄刀『鴻鈞道人』の中で風守風穴が生きているという事実。考えればそれは当然の帰結だった。破壊され消滅しかけた卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』を風守風穴は自身の全霊圧を以って修復した。そのときに風守風穴は存在ごと斬魄刀『鴻鈞道人』に取り込まれている。そして、斬魄刀『鴻鈞道人』が阿片の煙を生成するだけでなく操ることも可能になったのは風守風穴と斬魄刀『鴻鈞道人』が融合したからこその変化。

 

斬魄刀の中にいた父親は娘と出会い歓喜しながら、その身体を強く抱きしめた。そして、娘は伝え聞いた話の全てが真実であったとこを知り、実父が敵味方分け隔てなく向けた世界を犯すほどの人間愛に触れた。

 

卯ノ花風鈴の網膜はその瞬間に風守風穴によって焼かれてしまった。世界の全てを救いたいと願いながら世界の全てを滅ぼしかけ、それでも自分の信じた希望を次の世代に引き継ぎ死んだ男の背に卯ノ花風鈴は英雄をみた。そして、同時に目の前の英雄が理解すべきではない正真正銘の狂人であることも理解した。

 

 

卯ノ花風鈴は風守風穴に憧れた。しかし、風守風穴が正真正銘の下種であることに変わりはない。―――ならばなぜ自分の母はこの人を愛したのだろうか?。以前から抱いていた疑問は卯ノ花風鈴の頭を悩ませた。

だって卯ノ花風鈴からみた卯ノ花烈は強く美しく聡明で優しい母親の理想像の様な女だったのから、たとえ生きていたとしても普通の家庭が築けるはずもない風守風穴をなぜ卯ノ花烈は愛したのだろう。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』を手にした時から、そんな疑問を抱えていた卯ノ花風鈴は、しかし、卯ノ花烈もまた風守風穴と同じ穴の狢であったことをようやくに理解した。

 

「風鈴。その斬魄刀は貴女に大きな力を与えるでしょう。ともすれば世界を滅ぼすことも、あるいは世界を救うこともできるのでしょう。尸魂界を救う為に虚圏も現世も滅ぼしかけた風守さんのように。その力を以って、風鈴。貴女は生きたいように生きなさい。成りたいものに成りなさい。好きな夢を思い描きなさい。そのとき貴女は、貴女の中で世界の勝者―――

 

その言葉は決して善良な、理想の母親が娘にかける言葉ではなかった。我がままに生きろと言う。我欲のままに歩めと言う。それは他者を思い図ることを止めろと言うのと同意義に取れる言葉の羅列だ。そう、誰であろうと言う。『他人を思いやり生きろ』と言う。『他者の幸福を祈れる人間になれ』と誰であれ親であるなら子にそう言い聞かせるだろう。あるいは卯ノ花烈の夫である風守風穴が生きていたのなら、娘にそう言い聞かせたことだろう。事実として風守風穴は他人の思いを尊重し敵の幸福すら願っていた。それがどれ程の狂気を孕んでいたとしても、風守風穴の底にあるものは掛け値なしの優しさだった。その優しさを風守風穴は娘にも持って欲しいと願ったに違いない。

 

それは、卯ノ花風鈴も知っている。

そして、卯ノ花烈は風森風穴の言葉がそれで終わらないことを知っている。

 

『他人を思いやり生きろ』『他者の幸福を祈れる人間になれ』

 

その言葉をただの同調圧力だと切り捨てるのもまた風守風穴。

 

『お前がそう思うのならお前の中ではそうなのだろう』『善哉善哉好きにしろ』『己が真のみを求めて痴れろよ』

 

善悪もなく全てを受け入れる愛に満ちた狂人こそが卯ノ花烈の愛した(ひと)

 

きっと彼が生きていたのなら、たとえ娘が自分とは相いれない価値観を持っていたとしてもそれを笑いながら受けれたに違いないと卯ノ花烈は思う。自分の考えを語りながら否定されればお前の中ではそうなのだな肯定する。それが卯ノ花烈が愛した男の底なしの狂気(あい)

 

だから、卯ノ花烈は卯ノ花風鈴の亡き父親に代わり彼が掛けただろう言葉を娘に伝え。

 

母親として娘に愛情を注ぐ。

 

―――忘れないで下さい。私たちはいつ如何なるときも、あなたの幸せを祈っています」

 

そして、卯ノ花風鈴は自分が今までずっと父に向けられた人間愛に劣らない愛情を母から注がれていたことを理解した。

 

『他人を思いやり生きろ』『他者の幸福を祈れる人間になれ』と誰であろうと言う。否。否である。狂気的と言えるまでの愛情を子に捧ぐ親だけはそんなことを口が裂けても言うことはない。親が願うは子の幸福のみ。それ以外の他者に向ける思いやりも幸福もありはしない。少なくとも卯ノ花烈は言葉では何と言おうとも世の理に反する事になろうとも仮に卯ノ花風鈴に危機が迫ったのなら誰であろうと敵に回すことに躊躇はない。

そう、公私を分けろと言ったのは卯ノ花烈自身。仮に卯ノ花風鈴が斬魄刀『鴻鈞道人』を御しきれなかったのなら斬り捨て自刃していたという言葉もただの建前で全て嘘。仮に山本元柳斎重国が卯ノ花風鈴を危険だと判断したのなら、卯ノ花烈は躊躇なくその刃を山本元柳斎重国に向けるだろう。

忘れてはならない。卯ノ花烈は嘗て愛した男の為に全てを敵に回すことを選んだ女。その狂気(あい)は何も変わらずに娘へと向けられている。

 

それを理解した卯ノ花風鈴は喜びのあまり卯ノ花烈に抱き着いて口づけをした。

娘からの熱烈な愛情表現に戸惑いながらも、卯ノ花烈は仕方のない子ですねとやさしく微笑む。

 

 

そんな光景を見て心底引き攣った表情を浮かべる市丸ギンはこの後、松本乱菊の元に行って膝枕をしてもらって癒されようと心に決めるのだった。

 

 

 

 



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復讐との出会い方




皆様の暇つぶしになれば幸いです。 (__)


 

 

鳴木市蝶原に並ぶ雑居ビル群に銀城空吾が作った組織『XCUTION(エクスキューション)』の拠点はあった。古く汚いマンションの左右5部屋上下3部屋の壁を壊し作られたその拠点は外観からは考えられない広さだった。拠点の中にあるバーカウンターの椅子に座り、銀城空吾はグラスに注がれた洋酒を飲みながら人を待っていた。壁に掛けられた時計を見れば約束の時間はとっくに過ぎているが、待ち人は未だに来ない。けれど、苛立った様子も見せずにただ待ち続ける銀城空吾にバーカウンターの向こう側に立つ初老の男‐XCUTIONのメンバーである沓澤(くつざわ)ギリコはグラスを磨きながら声を掛ける。

 

「銀城さん。貴方の話していた死神は姿を見せませんね。やはり騙されたのではないですか?」

 

沓澤ギリコの言葉に銀城空吾は確信をもって首を横に振る。

 

「いや、嬢ちゃんは裏切らねぇよ。あれは裏切りから最も遠い男の娘だ」

 

「死神でありながら我々に加担するという裏切りを既に行っているのに?私の経験則上、一度でも誰かを裏切るような人間は何度でも裏切りますよ」

 

沓澤ギリコの言葉に銀城空吾は確かにその通りだと頷きながらも、「それでも嬢ちゃんは俺を裏切らねぇ」と自信をもって言葉を返した。

 

「そもそも嬢ちゃんの中で俺への加担と護廷十三隊を裏切ることはイコールじゃねぇのさ。たとえそれが傍目には裏切り以外の何物でもなかったとしても、嬢ちゃんの中では裏切りじゃねぇ。父親の意思を継ぐ。本人はただの親孝行のつもりだろうよ」

 

「…その娘。狂人の類なのでは」

 

「はは。違いねぇ」

 

他人に流されることなく自分の中の価値観だけで動くものを狂人だと呼ぶのなら、卯ノ花風鈴は確かに狂人だ。しかし、ただ狂っているだけではないことを銀城空吾は既に知っている。卯ノ花風鈴を動かすものは父親への憧れ。狂人に憧れたからこそ狂人になろうとしている子供。大人である銀城空吾からすればあまりに幼気な狂気を宿す卯ノ花風鈴を知りながら、そんな子供に慰められた恥ずかしい経験を持つ銀城空吾はそれを誰にも喋らない。

たとえそれが見様見真似だとしても卯ノ花風鈴が銀城空吾に向けた優しさは本物だった。

 

(ぬる)いねぇ」

 

「次はロックしますか?」

 

「いや、そうじゃねぇよ」

 

銀城空吾の言葉に沓澤ギリコが首を傾げたその時に部屋の扉が勢いよく開け放たれた。ようやく待ち人が来たのかと扉に目を向けた銀城空吾と沓澤ギリコだったが、そこにいたのは慌てた様子で扉を蹴り開けたピンクの髪の少女‐毒々峰(どくがみね)リルカだった。XCUTIONのメンバーである少女の登場になんだお前かとため息を漏らす銀城空吾とは対照的に毒々峰リルカはいつもの刺々しい態度も忘れて混乱した様子で目をグルグルと回しながら廊下を指さして叫んだ。

 

「た、たた、大変よ銀城!痴女!痴女が乗り込んできたわ!いま向こうで雪緒が襲われてるわ!あんたなんとかしなさいよ!?」

 

「あ?痴女?何っているんだ…」

 

「ひぃ!?き、来たわ!?」

 

扉の前で意味不明な叫びを繰り返す毒々峰リルカだったが、廊下を歩いてくる“誰か”を視界に納めると慌てた様子で部屋の中に飛び込んできて、備え付けられたソファーの上で丸くなる。ただならぬ様子の毒々峰リルカの様子に流石に警戒を強めた銀城空吾だったが、次の瞬間に現れた者の姿に目を丸くした。

 

「おお!銀城さん!ようやく見つけたぞ。此処は広いな。いやー、遅れてすまなかった。共に哨戒任務に就いていた他の隊士を撒くのに意外と時間が掛ってしまった」

 

現れたのは銀城空吾の待ち人。卯ノ花風鈴だった。死神である卯ノ花風鈴は人間である銀城空吾と会うにあたり前とは違い義骸(ぎがい)の中に入っていた。そこまでは良い。元死神代行である銀城空吾とは違いXCUTIONのメンバーの中には死神の姿を見ることのできない人間もいる以上、卯ノ花風鈴の配慮は褒められこそすれ責められるものではなかった。

いけなかったのは卯ノ花風鈴が義骸だけ纏った姿でやってきたことだ。

義骸(ぎがい)』とは魂のない作り物の肉体。死神はその中に入ることにより、その肉体を動かすことができる。なお、一部の例外を除き義骸は技術開発局で作られ持ち運びはそのまま持ち運ぶしかなく、一般的に義骸とは作られた肉体のみをさし衣服はそこに含まれない。そう、衣服はそこに含まれない。だから義骸を使用する際は使用者が事前に義骸に衣服を着せておく必要があるのだが―――現れた卯ノ花風鈴は一糸纏わぬ姿でそこにいた。いうなれば全裸。痴女だった。辛うじて救いがあるとするのなら、何故か卯ノ花風鈴は帽子を被った小さい少年‐XCUTIONのメンバーである雪緒(ゆきお)を正面から抱きしめながらやってきており、女性として隠さなければいけない部分が辛うじて隠れていることだったが、それは言ってしまえば雪緒(ゆきお)に大打撃を与えているということでもある。

卯ノ花風鈴の胸に頭を埋める形で抱きしめられている雪緒はもがきながら声を出す。

 

「は、離せ!離せよ馬鹿!僕をどうするつもりだ!離せ離せ!」

 

「まあまあ、んっ、あ、おい、変なところに当たるから、あまり暴れるな」

 

「あ…ごめん。………って、違うだろ!いいから離せよ!このっ、んなっ、なんで少しも離れられないんだ!?」

 

「あ~、雪緒。嬢ちゃんの腕力は相当強いから力じゃお前に勝ち目はないぞ~」

 

「銀城!?居るんだな‼僕を助けろー!?」

 

ジタバタともがく雪緒。ニコニコ笑顔で雪緒を抱きしめ続けている卯ノ花風鈴。ソファーの上で丸くなりブルブルと震えている毒々峰リルカ。全裸でやってきた珍客にどうするんですかと銀城空吾に視線を送る沓澤ギリコ。そして、銀城空吾は楽し気に笑いながら言った。

 

「卯ノ花風鈴。ようこそ“XCUTION”へ。取り合えずリルカ。お前の服を嬢ちゃんに貸してやってくれ」

 

 

 

 

 

 

XCUTIONの拠点にある一室で来た小さな騒動は銀城空吾の一言により沈静化した。騒動の元凶である卯ノ花風鈴は現在、毒々峰リルカから借りた衣服を身にまとっていた。可愛らしくファンシーな毒々峰リルカの私服は卯ノ花風鈴の白髪に意外とマッチしており毒々峰リルカ自身も「なかなか可愛いじゃない」と漏らす程だった。そうして卯ノ花風鈴が服を着たことにより話し合いの場は整った。バーカウンターの椅子に銀城空吾。バーカウンターの向こう側に沓澤ギリコ。ソファーに毒々峰リルカとその横に卯ノ花風鈴。そして、卯ノ花風鈴の膝の上に雪緒。その状況で銀城空吾は話を始めようとした。が。

 

「あー、改めて紹介する。この嬢ちゃんは卯ノ花風鈴。俺たちの新しい仲―――

 

「おい!待てよ銀城!」

 

―――なんだ。雪緒。途中で話を遮るなよ」

 

「何だじゃないだろ!どうして僕はこの女の膝に乗せられてるんだ!話はこの女が僕を解放してからにしろ!」

 

卯ノ花風鈴の膝の上で抗議の声を上げる雪緒の言葉にXCUTIONのメンバーである三人はそれぞれあまり興味がなさそうに返事を返した。

 

「まあいいじゃねぇか。嬢ちゃんはもう服着てるんだし」

 

「別にいいでしょ。アンタがむっつりのエロガキだってのは知ってるし、嬉しい癖に騒がないでよ」

 

「雪緒さん。まあ落ち着いてください。ミルクでも飲みますか?」

 

三者三葉にどうでもいいから話を進めたいという態度を隠さない返答に雪緒はキレる。誰のお金でこの拠点が使えているんだという不平不満の声を上げながら暴れる雪緒だが、仲間だと思っていた三人からの助けが来ないことを悟ると自分を膝の上に置いている卯ノ花風鈴に非難の矛先を向けた。

 

「大体アンタはなんで僕を離さないんだ!」

 

「ふむ。その疑問に答えよう。雪緒くん。私は今、誰にでもある時期だと思うが君くらいの弟が欲しい時期なんだ。こう抱きしめたときにすっぽりと収まる丁度いいサイズの弟が欲しいと思っていたところに現れたのが君だ。そんなもの抱きしめずにはいられないじゃないか。それに以前、丁度いいサイズの日番谷隊長を抱きしめようとした時は全力抵抗されてしまってな。まさか始解してまで抵抗するとは思わなかったぞ。その点、君は人間で抵抗力がない。なんて都合がいいんだ!」

 

雪緒は卯ノ花風鈴のあまりにもあまりな理屈に戦慄した。弟が欲しいと言いながらも抵抗を許していないところが卯ノ花風鈴の孕んでいる狂気を如実に表していた。人の話を聞かないどころじゃない。もっと恐ろしい卯ノ花風鈴の人間性に触れ、雪緒は抵抗を諦めた。

 

銀城空吾は魂が抜けたような表情の雪緒に心の中で合唱しながら話を再開する。

 

「この嬢ちゃんが卯ノ花風鈴。新しい俺たちの仲間だ。嬢ちゃんは死神だ。信用できるのかって思うかも知れねぇが、俺の目的を果たす為に死神の力は都合がいい。それに俺個人は嬢ちゃんのことを信用している。まあ、ほどほどに仲良くしてやってくれ」

 

「よろしく頼むぞ!」

 

銀城空吾の紹介に満面の笑みで続いた卯ノ花風鈴にXCUTIONのメンバーたちは毒気を抜かれる。それでも毒々峰リルカが突っかかるように卯ノ花風鈴に鋭い視線を向けたのは彼女の性格的な問題故のことだった。

 

「死神が銀城の目的に都合がいいって、どういう意味よ。XCUTIONの目的は数だけ多くて無能で声の大きいだけの馬鹿が支配する世界を引っ繰り返す事でしょう。死神なんて関係ないじゃない」

 

XCUTIONのメンバーはそれぞれが“完現術(フルブリング)”という力を持っている。産まれる前に親が虚に襲われることにより虚の力が母体に影響を及ぼし発現する“完現術(フルブリング)”という能力は性質的に死神よりも虚の力に近い。しかし、“完現術”を持っていようとも彼らが人間であることに変わりはない。異能の力を持つ人間がどういう人生を辿るのか想像することは容易い。

毒々峰リルカは卯ノ花風鈴から視線を外し銀城空吾を睨みつけながら言葉を続けた。

 

「異能の力を持った私たちは数が少ないから大勢に食い物にされる。私たちはバラバラの()()よ。そんなバラバラだった私たちを纏める為にアンタはXCUTIONを作ったんでしょ。この馬鹿に寛容すぎる今の世界を変えるっていうアンタだから、私は同士になったつもりなんだけど。…なに、違うの?」

 

毒々峰リルカの言葉に雪緒もまた手を挙げる。卯ノ花風鈴の魔の手から逃れることを諦め携帯ゲーム機を取り出していた雪緒だったが、毒々峰リルカの言葉に同意しない訳にもいかなかった。

 

「リルカの言う通りだ。風鈴。死神は基本的に人間には干渉しない存在なんだろう?」

 

雪緒に名前で呼ばれた卯ノ花風鈴はうんうんと嬉しそうに頷いた。

 

「その通りだ。虚に襲われる人間や魂魄を救う為に人間の前に姿を現すことはあるが、死神は基本的に人間が何をしようが干渉はしない。人間のことは人間に任せている。死神が人間を導くのは死後だけだ」

 

「なら、人間社会のシステムを変えるのに死神の力なんてあったってしょうがない筈だよ。それとも、ねぇ、銀城には僕らにも話していない別の目的があるの?」

 

XCUTIONに集う者は皆、暗く孤独な過去を持つ。

親に棄てられて心も力の使い方もねじ曲げてしまった者。

力を使ううちに自分は神の代弁者だと錯覚するようになり大切な人を失った者。

子供心のままに力を使ってしまい自分で勝手に孤立してしまったと嘆く者。

 

そんな彼らの視線に晒されながら彼らを救ってきた銀城空吾は一度目を瞑り考えこむと覚悟を決めて口を開いた。

 

「数が少ないからって黙って死ぬ。そんな馬鹿な事ァ無え。歴史を見てもいつだって数の少ない側が世界を支配してきた。チカラをもつお前たちが悪いんじゃ無え。今の世界がバカに寛容すぎるのが間違ってんだ。だから、世界を引っ繰り返す。俺たちが食い尽くす側に回る世界を作る。お前たちにそう言った()()()()()()()の言葉に嘘は無え。―――けど、俺にはもう一つお前たちに話していない目的がある」

 

XCUTIONのメンバー。彼らにとって銀城空吾という男は自分たちを孤独から救ってくれた存在だ。そんな男のもう一つの目的に誰もが耳を静かに傾けていた。

 

「それは俺を裏切った死神に復讐することだ」

 

“復讐”という目的。銀城空吾が語る声が、その二文字に込められた重さをXCUTIONのメンバーに実感させる。

 

「裏切られ。利用され。挙句の果てには見捨てられる。そして、俺が何より許せ無えのはそれをやろうとした奴が…大切な仲間だと思っていた死神だったことだ。俺は俺を裏切った死神・浮竹十四郎に復讐する。それが()()()()()()()()()()の目的だ」

 

銀城空吾はXCUTIONのメンバーを騙していたつもりはない。彼らに言った言葉の全ては銀城空吾の本心であり、銀城空吾の努力の結晶が“XCUTION”という組織。しかし、同時に銀城空吾が死神への復讐の為に動いていたこともまた事実。だから、騙されたと俺を殴ってもいいと頭を下げる銀城空吾に対して沓澤ギリコは静かに首を横に振り、雪緒は目を瞑った。そして、毒々峰リルカは思い切り銀城空吾の頭を叩き、「これで許すわ」とソファーの上でふんぞり返った。

銀城空吾はそれぞれに「悪いな」と礼を言った後で視線を卯ノ花風鈴に向ける。

 

「そういうわけで嬢ちゃんに協力してもらうのはXCUTIONの目的ではなく俺個人の復讐だ。それでもこれからXCUTIONが行うことと無関係じゃねぇから、こうしてみんなに嬢ちゃんを紹介したってわけだ」

 

銀城空吾の言葉にXCUTIONのメンバーが各々納得する中で「具体的に風鈴に何をさせるつもりなの」と雪緒は問いかける。卯ノ花風鈴もまたそういえば私が何をすればいいか聞いていなかったなと銀城空吾に視線を向けた。

銀城空吾は難しいことではないと前置きをした後で言う。

 

「嬢ちゃんにやってもらいたいのは然るべきタイミングで浮竹十四郎を現世に連れてくることだ。現世から尸魂界に行く手段を俺が持ってない以上、浮竹十四郎には向こうから来てもらわなきゃならねぇからな」

 

「なるほど、了解した。それで然るべきタイミングとは何時だ?」

 

「俺が黒崎一護から力を奪い死神代行だった頃の力の全てを取り戻した時だ」

 

銀城空吾から出た“黒崎一護”という言葉に卯ノ花風鈴の思考は一瞬だけ停止する。

 

死神代行・黒崎一護。

 

その存在を卯ノ花風鈴は知っている。瀞霊廷動乱から表面化した藍染惣右介の反逆に最初から大きく関わっていた死神の力を持つ人間。そして、卯ノ花風鈴の実父である“風守風穴を殺した人間”。

そう黒崎一護の手によって死神としての風守風穴は殺された。しかし、だからと言って卯ノ花風鈴が黒崎一護を恨んでいるかと言えばそうではない。卯ノ花風鈴は風守風穴の死神としての死が黒崎一護との納得のいく決闘の上での決着であったことを他ならぬ本人から聞いている。だから、卯ノ花風鈴が思うことは一つ。

 

―――黒崎一護。あなたは何時だって物語の中心にいるのだな。

 

そんな読者の様な感想だった。

 

 

 

 

 

 

 

卯ノ花風鈴がXCUTIONの拠点にやってきた数日後。

 

 

日が落ちる。茜色に染まる夕暮れの空座町に銀城空吾の姿はあった。住宅街でありながら人通りの少ない路地で大剣を肩に担ぐ銀城空吾の足元には血を流し意識を失い倒れている滅却師‐石田雨竜の姿があった。

約一年前の戦いで死神の力を失った黒崎一護に力を取り戻させ、その力を奪い取るための銀城空吾の計画は既に始まっている。そして、石田雨竜を斬ったことはこれから始まる銀城空吾の復讐の始まりでもある。

銀城空吾が思わず零した笑みを見ながら、黒髪の青年‐XCUTIONのメンバー月島(つきしま)秀九郎(しゅうくろう)は少しだけ呆れたような声をだした。

 

「あーあ、こいつも黒崎一護の仲間だろ?僕の完現術(フルブリング)で斬った方が良かったと思うけど」

 

月島秀九郎の持つ完現術(フルブリング)の名は『ブック・オブ・ジ・エンド』。

その能力は斬った対象の過去に月島秀九郎の存在自体を挟み込むことができるというもの。『過去』を分岐させるその能力で人を斬れば、斬られた相手の人生に月島秀九郎は“家族”として“友人”として“恋人”として深く繋がった相手として登場していたことになる。記憶の改竄(かいざん)や時間の操作どころではない事象の改変は誰がどう考えても強力無比なものであり、だからこそ月島秀九郎は石田雨竜は自分が斬った方が良かったのではないかと思った。

仲間の裏切りではない。黒崎一護の仲間にとって月島秀九郎こそが昔から知っている仲間であり、それに敵対しようとする黒崎一護こそがおかしいのだという状況は人ひとりを容易く壊す恐怖だとしりながら、月島秀九郎は銀城空吾に視線を向けた。

 

銀城空吾はそんな月島秀九郎の視線に「何を言ってんだ」と笑いを返す。

 

「こいつは鍵になるんだよ。こいつとお前に斬られた他の連中との差異に気付くかどうかが黒崎の命運を分けるんだ。勝ち目の無え勝負なんか面白くもなんともねえだろ」

 

これから銀城空吾は黒崎一護に仲間として近づく。そして、黒崎一護の完現術(フルブリング)の能力を開花させる。成長する完現術(フルブリング)の力を使い、最終的に死神の力を黒崎一護に取り戻させる。

その裏で月島秀九郎は『ブック・オブ・ジ・エンド』の能力を使い黒崎一護の仲間である茶度泰虎、井上織姫、そして黒崎一護の家族たちを仲間にし黒崎一護の前に敵として姿を現す。

仲間を守るために取り戻した力で仲間と戦わなければならないという絶望的な状況の中で爆発するだろう力を黒崎一護から奪うことこそが銀城空吾の目的。

 

銀城空吾と黒崎一護。新旧の死神代行に配られるカードは圧倒的に銀城空吾の方が有利。その上で石田雨竜にまで『ブック・オブ・ジ・エンド』の能力を使うような真似を銀城空吾は良しとしない。黒崎一護が勝利する道も辛うじて残したまま戦う。

ある種の公平さを持った銀城空吾の考えに呆れた視線を送りながらも自分を救ってくれた男の行動に口を挟む気のない月島秀九郎はもう一つの心配事を口にした。

 

「まあ銀城がそう言うなら別にいいけど。それよりもう一つの作戦。お前の復讐の為に浮竹十四郎とかいう死神を現世に連れてくる作戦は上手くいってるの?あの死神はちゃんと動

いてるのかな?」

 

月島秀九郎の言葉に銀城空吾は空を見上げて少しだけ唸る。

 

「うーん。さあな。こっちから尸魂界に干渉する手段がない以上、それは嬢ちゃんに任せるしか無えだろ」

 

「それでいいの?あの死神が本当に銀城の仲間だって言うなら、定期的に連絡を寄越させる位のことはした方がいいと僕は思うけどな」

 

「護廷十三隊の奴らも馬鹿じゃ無え。現世に知り合いがいる訳でもない嬢ちゃんが頻繁に現世に連絡を送ってれば何かに感付く奴もいる。嬢ちゃんが隊長格の死神なら色々と手段もあるだろうが、まあ、大人として幼児にそこまでは求められ無えよ」

 

「そう。死神の社会も意外と面倒なんだね。なら、仕方ないな」

 

渋々といった様子で納得した月島秀九郎に銀城空吾は「お前は色々と心配しすぎなんだよ」と漏らす。月島秀九郎は当然じゃないかと銀城空吾の言葉に呆れながら、やれやれとため息をついた。

 

「銀城が優しすぎる分、僕がしっかりとして上げているんじゃないか。お前の復讐(もくてき)は僕にとってXCUTIONの目的と同じくらい大切なものだからね」

 

XCUTIONのメンバーの中で一番最初に銀城空吾に救われたのは月島秀九郎だ。まだ月島秀九郎が少年だった頃に彼は銀城空吾に救われた。完現術(フルブリング)という力の使い方を教え、戦い方を教えてくれた銀城空吾は月島秀九郎にとって家族の様な存在。

だからこそ信頼もしているし、同じだけ心配もしているのだという月島秀九郎に対して銀城空吾は感謝を感じながらもどこかこそばゆい。だから、話題を変えようと別の話を振る。

 

「そういえばお前、一応は嬢ちゃんに会ってるんだよな?」

 

「ああ、前にXCUTIONの拠点に来ていた時に廊下で会ったよ。任務に戻らなきゃいけないから急いでいるとかで少ししか話せなかったけどね」

 

「へぇ、ならよ。その時に嬢ちゃんに『ブック・オブ・ジ・エンド』を使えば良かったんじゃ無えか?そうすればお前の嬢ちゃんが裏切るかもしれないっていう心配も無くなっただろう」

 

そんな冗談まじりの銀城空吾の言葉に月島秀九郎はなんでもないことのように答えた。

 

「使ったよ」

 

「はは、まあ、流石にそんな真似は…って、え?」

 

「使ったよ。死神とか普通に信用できないし、当り前じゃないか」

 

「…容赦ねぇな。で、どういう『過去』を挟み込んだんだ?」

 

銀城空吾が引き攣った顔をしながら絞り出した言葉に月島秀九郎は首を横に振る。

 

()()()()()()()()

 

「………どういうことだ?」

 

『ブック・オブ・ジ・エンド』は銀城空吾が知る中でも最強の完現術(フルブリング)だ。事象の改変という神の領域に踏み込みかねない能力は銀城空吾でも喰らってしまえば防ぎようはない。その能力が卯ノ花風鈴には通じなかったと語る月島秀九郎は、考えてみれば簡単なことだったと語る。

 

「知れてよかったよ。『過去』がないものに僕の『ブック・オブ・ジ・エンド』は通用しない。あの死神、見た目通りの年齢じゃなくまだ一年ちょっとしか生きていないんだろう?その時点であの死神には『過去』を挟み込むことのできる時間が少ないってことだよ」

 

「…なるほどな。普通、幼児に能力を使うことなんてないから、気付きようがないことだが言われてみればその通りか」

 

「うん。まあ、死神である以上、普通の幼児じゃないから()()()()挟み込む余地はあると思ったんだけどね。現世での虚との戦いの中で苦戦して、たまたま居合わせた僕が助けたとか。だたあの死神は今まで一度も苦労なんてせずに生きてきていた。だからそれはできなかった」

 

『ブック・オブ・ジ・エンド』に出来るのはあくまで事象の改変のみ。新しく事象を創造することはできない。

 

「それでも無理やり挟み込もうとはした。」

 

「…月島。お前、それで何人の人間を壊してきたと思ってるんだ」

 

「仕方ないだろう。その時、僕はまだあの死神が銀城の復讐(もくてき)の為に重要な存在であることは知らなかったんだ」

 

悪びれる様子のない月島秀九郎に銀城空吾はため息を吐く。

 

過去を改変する行為は人の心を斬るとに等しい。『ブック・オブ・ジ・エンド』で何度も過去を捻じ込んだり、あまりに矛盾の生じる大きさで改変すれば心が壊れてしまう。

 

「それにどうであれ出来なかったんだ」

 

何人もの人間を壊してきた月島秀九郎は無理矢理に卯ノ花風鈴に『過去』を挟み込もうとした。しかし、それはできなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな『過去』を挟み込もうと『ブック・オブ・ジ・エンド』を発動した月島秀九郎が卯ノ花風鈴の中で見たものはあまりにも強固な父親の姿だった。

 

「はは、嬢ちゃんの中の父親のイメージに邪魔されたのか?」

 

「ああ、死覇装とか言ったっけ?あの黒い服装の白髪の男。その男が挟み込もうとした場所にいた。その男の混濁した目と浮かべる笑みを見たときに、僕は思ったよ。吐き気を催す邪悪っていうのはこういうのを言うんだろなと」

 

月島秀九郎は自分が善人であるとは思っていない。むしろ悪人であると自負している。生きる為とはいえ月島秀九郎は多くの人に『過去』を挟み込み様々な人間関係を壊してきた。その中には銀城空吾の言ったように心を壊してしまった人間もいる。しかし、卯ノ花風鈴の中にいた父親はそれ以上に最悪だった。月島秀九郎が卯ノ花風鈴の父親であると事象を改変する為には月島秀九郎がもっと最低な屑でなければならなかった。

 

「まあ、なりたくもないけどね。あんな死神の親にも最悪にも」

 

「…はぁ、嬢ちゃん。随分嫌われてるな」

 

自分に安らぎを与えてくれた少女に下される評価にため息を付きながら、銀城空吾は空を見上げる。気が付けば夕暮れが終わり夜が来ようとしていた。地面に倒れている石田雨竜の存在を忘れて少し長く話し込んでしまったと思いながら銀城空吾が自身の復讐(もくてき)の為の歩みを再開する。

 

「それじゃあ、月島。俺を斬れ。それで俺とお前はかつて裏切られた敵同士だ。そして、お前にまた斬られるまでの間、黒崎一護の味方になる」

 

「…やっぱりやるんだね。仕方ないな」

 

こうして銀城空吾の復讐は始まった。

 



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かつて父と母が出会った者たち

フリーランサーになったり、若様の狼になったり、やることが一杯あるって楽しいね!
ただし、仕事。お前はダメだ。



連載再開にともない多くのご感想をありがとうございます
全てに目は通しており、できる限り返信したいと思いますができないこともあります
すみません(__)






 

 

 

尸魂界。瀞霊廷。護廷十三隊一番隊隊舎。総隊長執務室。瀞霊廷を見下ろすことの出来るその場所で護廷十三隊の中でも特殊な数字を持たない遠征専門部隊である『特別派遣(とくべつはけん)遠外圏制圧部隊(えんがいけんせいあつぶたい)』-通称・特派遠征(とくはえんせい)部隊(ぶたい)の隊長である天貝(あまがい)繡助(しゅうすけ)は膝を折り頭を下げていた。天貝繡助が頭を下げる先には護廷十三隊総隊長‐山本元柳斎重国の姿があった。

 

「総隊長。それは、本気なのですか?」

 

天貝繡助は山本元柳斎重国から先ほど下された命令に対して驚きを隠せない。

 

「然り。先刻、蒲原喜助より提案された事案。黒崎一護を救う為に護廷十三隊は蒲原喜助に力を貸す」

 

現在、現世にて起きている騒動のことを特派遠征部隊の隊長である天貝繡助は当然知っていた。今回、自分が呼び出されたのも、その騒動の中で確認された元死神代行であり現在は罪人として瀞霊廷に追われている銀城空吾を捕える為の部隊を編成するように命じる為だと思っていた。しかし、山本元柳斎重国の口から発せられたのは嘗ての山本元柳斎重国という死神を知るものであるなら耳を疑うような言葉だった。

 

現世におり銀城空吾の企みの全てを見通していた蒲原喜助。銀城空吾を捕える為に神算鬼謀の男が護廷十三隊に提案してきたのは黒崎一護に死神の力を取り戻させ、銀城空吾を捕えるのを黒崎一護に任せてはどうかということだった。

何を面倒なことをと天貝繡助は思った。そんなことをせずとも自分が現世に向かえば銀城空吾の身柄を確保できるだけの自信が天貝繡助にはあった。何よりも現世での遠征任務。そういうことを熟す為の組織こそが特派遠征部隊。

 

「総隊長は我らでは力不足だとお考えなのですか?」

 

天貝繡助の問いかけに山本元柳斎重国は否と首を振る。

 

「あの阿呆…風守亡き後にお主が特派遠征部隊隊長として上げてきた功績を軽んじる儂ではない。確かにお主が現世に向かえば全ての事態は終息するだろう」

 

「ならばなぜ?それに人間への死神の力の譲渡は重罪。たとえそれが元死神代行であったとしてもそれは変わらない筈では?総隊長。他ならない貴方が尸魂界の掟を軽んじようというのですか」

 

天貝繡助は言葉に苛立ちを込めて、山本元柳斎重国を睨みつける。

 

天貝繡助は山本元柳斎重国を尊敬している。それはかつて山本元柳斎重国という死神を信じ自らが信じた世界すら捨てた死神がいたことを知っているからだ。

 

「…風守隊長が信じた貴方は剣の鬼。そんな貴方の背にこそ風守隊長は夢をみた。自らを育んだ故郷を焼き払われて尚も貴方を信じた。だというのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それは断じて許せないと天貝繡助の身体から霊圧と火の粉が漏れる。

天貝繡助にとって山本元柳斎重国は尊敬している総隊長だ。その力が最強であることを疑う積りは微塵もない。天貝繡助が信奉する風守風穴がそう決めたのだから、天貝繡助の中ではそれが全てだ。だからこそ、天貝繡助は山本元柳斎重国が()わることは許せない。

 

自身と同じ炎熱系斬魄刀を扱う若き死神の霊圧を感じながら、山本元柳斎重国は手に持っていた杖の先で床を叩く。瞬間、天貝繡助から漏れていた霊圧の全てが霧散する。パチパチと音を立てていた火の粉は強大な熱量に塗りつぶされる。山本元柳斎重国を睨みつけていた眼球が乾いていく。肌から噴き出す汗。身体が上げる悲鳴を聞きながらも天貝繡助は山本元柳斎重国から目を反らせなかった。

 

其処には悪辣な笑みを浮かべる最強の死神の姿がった。

 

「天貝よ。産まれたばかりの小童であるお主が儂が老いたと抜かすか?」

 

「………ならば、なぜ、仕来(しきた)りに背いてまで人間一人を救おうというのですか」

 

死を感じた。身体が蒸発していくという痛みの中でそれでも自分に反論する天貝繡助の姿に山本元柳斎重国は苛烈なまでの忠誠心をみた。それを向けられている旧友を思いながら、山本元柳斎重国は霊圧を霧散させる。灼熱から解放された天貝繡助が荒い呼吸をしているのを見下ろしながら、山本元柳斎重国は言葉を吐く。

 

「形はどうあれ我等は黒崎一護に救われた。彼の者が居なければ現世は桃源郷へと落ち、儂は再び炎熱地獄を築かなければならなかっただろう。たとえ仕来りに背こうとここで恩義を()(にじ)れば護廷十三隊、永代(えいたい)の恥となろう。それが理由の一つ」

 

「…もう、一つの理由とは?」

 

山本元柳斎重国のいう理屈は天貝繡助も理解できる。しかし、それでは足りないと思うからこその反論。そこに伝えられたもう一つの黒崎一護を助ける理由を聞いた時、天貝繡助は山本元柳斎重国に鬼をみた。

 

「彼の者にはまだ利用価値があろう」

 

「―――」

 

「“護廷”の為、利用できるものは何であろうと利用する。人間であろうと虚であろうと関係はない。反逆者であろうと大罪人であろうと狂人であろうとも関係はない。天貝繡助よ。秩序の為に()()()()()()に貴賤など無いと知れ」

 

此処で黒崎一護に恩義を返し、黒崎一護に恩を売る。救われた黒崎一護にとって護廷十三隊は護らなければならないものに成るだろう。そうすれば訪れるかもしれない瀞霊廷の危機の際に黒崎一護が刀を握ることは確定的だ。利用できる駒は多い方がいい。言ってしまえば単純なことだけれど、どこまでも悪辣な山本元柳斎重国の真意の前に天貝繡助は感銘しながら(こうべ)()れる。

 

「私の浅慮(せんりょ)をどうかお許しください。総隊長。やはり貴方が最強だ」

 

「謝らんでもよい。誠意は行動で示せ。天貝繡助。再度、命じる。六番隊隊長‐朽木(くちき)白夜(びゃくや)。十番隊長‐日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)。十一番隊隊長‐更木(ざらき)剣八(けんぱち)を伴い現世に向かえ。他に連れていく隊士の選抜は各隊長に任せる。総隊長命令である。―――黒崎一護に死神の力を取り戻させよ‼」

 

御意(はっ)

 

 

 

 

 

 

 

護廷十三隊。一番隊隊舎の前にわたしは立っていた。聳え立つ見上げるほど大きな建物の中に感じる霊圧に顔が綻んだ。事態はわたしの予測の範疇を越えず爺様の考えが手に取るようにわかることに湧き上がる感情を慢心だと理解しながら、わたしはそれを心地よいと感じていた。

最強の死神‐山本元柳斎重国。爺様が銀城空吾の復讐の最大の障害であることは言うまでもなかった。爺様が出てきてしまえば全ては終わる。強大すぎる熱量の前にあらゆる企ては蒸発して失せるのみだろう。無論、護廷十三隊の総隊長である爺様がそう易々と動く筈はない。だから、銀城空吾を捕える為に現世に爺様が信頼する隊長格の死神を送るだろうことはわかっていた。

 

ならば、それは誰か?

爺様の右腕である長次郎か?否、爺様が易々と動けない様に一番隊と各隊を結ぶ役割を担っている長次郎もまた早計には動けない。

ならば母上?否、医療部門の長を動かすことこそ有り得ない。

ならば砕蜂母様ならどうだろう?有り得る。隠密機動総司令官である砕蜂母様が動けば銀城空吾の首は一夜のうちに落ちるだろう。

しかし、それよりも爺様が現世に派遣する可能性の高い死神の存在をわたしは知っている。

 

その死神は天貝兄(あまがいにい)。特派遠征部隊隊長‐天貝繡助だ。

 

「天貝兄!」

 

わたしは一番隊隊舎から出てきた天貝兄に手を振りながら声を掛ける。わたしの存在に気が付いた天貝兄は多少驚きながらも微笑んでわたしの方へと歩いてくる。

 

「なんだ、風鈴。こんな所でどうしたんだ。いや、お前のことだ。偶然ではないか。また何か俺に頼み事でもあるのか?」

 

「うむ!その通りだ」

 

わたしの返事に天貝兄は少しだけ眉を下げて困り顔をする

 

「そういい返事をされても困るんだがな。いくらお前が風守隊長の娘だとしても、俺は隊長としてあまり一隊士を特別扱いする訳にはいかないんだぞ。…それで今回はどんな厄介ごとを持ってきたんだ?」

 

「ふふふ、天貝兄のそう言うところがわたしは大好きだ」

 

そういってわたしが抱き着こうとするのを天貝兄に片手で防がれる。むぅと膨れっ面になったわたしを呆れた目で見ながら、天貝兄はとりあえず場所を移そうと歩き出す。私はその背を追って歩く。

 

天貝兄の後ろ姿は大きい。親父殿の副官をしていた頃はわたしよりも背丈の小さな少年だったと聞いている。けれど、百余年の月日が天貝兄を成長させた。そして、今の天貝兄は自身が未だに“隊長”と呼ぶ親父殿と同じ地位にいる。ぼさぼさに伸びた髪と無精ひげは遠征専門部隊の隊長という不規則な生活故だろうか。それとも天貝兄が少しでも親父殿に近づこうとしているのだろうか。そんなことを考えていると天貝兄は振り返り、わたしに声を掛けた。

 

「流魂街に風守隊長によく連れて行ってもらった甘味処がある。どうせ瀞霊廷内で話すのはまずい内容の頼みごとなのだろ。そこに行こうか。ほうじ茶とみたらし団子が絶品だぞ」

 

天貝兄の言葉にわたしは目を輝かせた。

 

「うむ!」

 

 

 

 

母上の話によれば親父殿は桜よりも梅を()で、海よりも山が好きで、玉露よりもほうじ茶を好んだと言う。言ってしまえばより強い香りを好んだ親父殿。その親父殿が好きだったという甘味処のほうじ茶は確かに美味であったが、わたし個人の好みとしては長次郎が茶会で出してくれる紅茶の方が好きだ。そんなことを天貝兄の前で話すと天貝兄は驚きながらも「お前は女の子だものな」と微笑んでくれた。

 

そんな雑談を甘味処でした後にわたしは天貝兄に本題を切り出した。

 

「天貝兄は爺様に現世に向かうように言われたのだろう?」

 

「耳が早いな。そうだ。俺はこれからある任務の為に現世に向かう。…なるほど、お前のお願いはその任務への同行か?確かにいい経験にはなるな。うん。いいぞ。それくらいなら俺の裁量でどうとでもなる。一応、決定は市丸に確認をとってからになるがお前の頼みを彼奴が断ることもないだろう」

 

「ありがとう。けど、わたしのお願いはもう一つあるんだ。もう一つ、今回の任務に浮竹隊長も連れていって欲しいんだ」

 

わたしの言葉にほうじ茶を啜っていた天貝兄の動きが止まる。そして、湯飲みを置くとわたしの方を見た。

 

「風鈴。お前は何を知り、何をしようとしている」

 

まるで確認だけをするような平坦な表情で私にそう問いかける天貝兄から怒気は感じられない。

 

「わたしは何でも知っている。天貝兄が黒崎一護に死神の力を取り戻させるために現世に向かうことも。そして、それが銀城空吾を倒す為であることも」

 

銀城空吾の名前は尸魂界において一種の禁忌(タブー)だ。元死神代行であり、今は多くの死神の力を奪い罪人として追われている銀城空吾の存在は護廷十三隊により秘匿されている。死神が人間に後れを取っているということを流魂街の人々に知られるわけにはいかないからだ。だから、銀城空吾の存在を知る者は護廷十三隊の中でも隊長格の死神のみ。

その存在を一隊士であるわたしが知っているといえばどんな誤解を受けても仕方がない。そして、それが誤解でないと知ったのならわたしには裏切り者として処罰が与えられるだろう。

それを理解していながらもわたしは天貝兄に隠し事はしない。

 

天貝兄はわたしの言葉を聞いて一度目を瞑り、眉間の皺を解すように指でも揉むと、大きなため息を吐いた。

天貝兄のその反応に笑みをこぼす。

 

「天貝兄。どうした?隊長としてわたしを叱らなくていいのか?」

 

「…本当にお前はいい性格をしているよ」

 

「ふふふ、わたしには家族に愛されているという自負があるからな」

 

わたしには二人の母と二人の義兄。そして一人の実兄がいる。その中でも二人の義兄がわたしを一等甘やかしてくれている。

わたしに甘々な義兄の一人である天貝兄は深いため息と共に言う

 

「風鈴。俺はお前が好きだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは市丸の奴も同じだろう。お前がやろうとすることに力を貸すことに俺たちは躊躇しない。それが風守隊長が俺たちに残した阿片(アイ)だと知りながら、堕ちると決めた」

 

わたしは天貝兄の瞳の輝きが濁っていくのを見た。混濁した目をしながらもそこに笑みはない。それは天貝兄が強固な意志で本当の意味で阿片(アイ)に溺れて狂ってしまうことを抑え込んでいることの証明だった。

本当に狂ってしまえば大切なものを守ることはできない。

 

「だから、何故どうして等とは問う気はない。お前の望みを俺はできる限り叶えよう。しかし、今回の件は難しい。総隊長から俺の他に現世に向かう隊長は朽木隊長、日番谷隊長、更木隊長の三名だと伝えられた。総隊長の決めたことだ。真っ当な理由がなければそれが覆ることはない。だから、浮竹隊長に現世に来てもらうこと無理だ」

 

「なるほど…黒崎一護関連なら、ルキアさんは連れていく必要があるからこその朽木隊長。経験を積ませるための日番谷隊長。何が起きても対処するための戦闘力としての更木隊長と言ったところか。無駄がないな。―――うん。わかったぞ。天貝兄」

 

「なんだ、素直だな。今回ばかりは諦めたか?」

 

「いいや。わたしのやるべきことがわかった。現世に行く予定の隊長が辞退すればそれは真っ当な理由だろう」

 

「…何をするつもりだ?」

 

「乙女の秘密だ♪」

 

 

 

 

天貝繡助にとって卯ノ花風鈴は大切な存在だ。妹のように愛しているという言葉に偽りはない。しかし、それと同時に自分が卯ノ花風鈴に向けている愛情が歪んでいるという自覚もまた天貝繡助にはあった。

 

―――あの()を通して俺は風守隊長を見ている。

 

最悪と呼ばれた死神‐風守風穴。そんな男の背に父親の姿を見た天貝繡助が、今は風守風穴の娘である卯ノ花風鈴の中に風守風穴の姿を見ている。笑えるほどに滑稽なあまりに歪んが価値観は、しかし、自分を騙しようもないほどの真実だった。

 

―――俺は風守隊長の為に強くなった。けれど、俺に風守隊長は救えなかった。

 

百余年前に風守風穴から掛けられた言葉は天貝繡助の中に未だ消えることなく残っている。

百余年前、虚化という藍染惣右介の策謀に無様に呑まれた天貝繡助は理性を失い背後から風守風穴を刺した。そして、刺された風守風穴は深すぎる傷を負いながらも天貝繡助にあまりにも優しすぎる声で言った。

 

“生きろ、繡助。生きて、必ず帰ってこい”

 

その言葉を天貝繡助は忘れない。虚化という狂気の中で掛けられた言葉に天貝繡助は未だかつてこれ程までに純粋に他人を愛した死神がいただろうかと思った。だから、天貝繡助はその言葉に答える為に強くなった。虚化という外法すらも自分の力としながら強くなり、百余年前をかけて護廷十三隊に戻ってきた。

 

しかし、そこにはもう風守風穴の姿はなかった。

代わりに居たのは卯ノ花烈の腕に抱かれて眠る赤子。

その白髪の赤子に触れた時に天貝繡助は決めた。

この娘を守ろうとそう決めた。

 

天貝繡助。彼はもう彼の愛を見失わない。それが狂気だと自覚しながらも立ち止まる愚か犯さない。その為に強くなった。その為に力を振るうことを天貝繡助は躊躇しない。

例えそれが愚かな行為と指を刺されることであろうとも、彼の中ではそれが全てだ。

 

故に―――

 

「乙女の秘密だ♪」

 

―――そう言って甘味処を後にする卯ノ花風鈴を天貝繡助が止めることはない。

しかし、その後ろ姿を見送りながら天貝繡助は誰にも聞こえないほどに小さな声で本音を漏らす。

 

「風鈴。俺は確かにお前の中に風守隊長の姿を見た。だからこそわかる。お前は、風守隊長にはなれない。あの人の愛した桃源郷(せかい)は美しすぎた。人には到底(とうてい)、耐えられぬほどに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷内の路地。人気の少ないその場所でわたしはその大きな背中に声を掛けた。

 

「更木隊長」

 

「ああ?」

 

見上げるほど大きな背丈に見合うだけの筋肉を纏った身体は、けれど愚鈍さの欠片も感じさせない。引き締まった躰は肉食獣の様で、眼光は獣の様だと思った。

護廷十三隊十一番隊隊長‐更木剣八。戦闘専門部隊の異名を取る隊の隊長は間違いなく強者だ。

そんな強者を前にわたしは斬魄刀を抜き微笑んだ。

 

「一身上の都合によりあなたを斬ろうと思います」

 

真似るのは通りがかりに親父殿に斬りかかったという母上の姿。それが更木剣八にとって何よりも魅力的な獲物であることを自覚しながら、わたしは斬魄刀の切っ先を更木剣八に向ける。

 

そして、更木剣八は獣ように哂った。

 

「なんだテメエ。何の真似だ」

 

斬魄刀の切っ先を眼前に向けられながらも欠片の恐怖も抱かずに哂うだけの更木剣八の姿にわたしは違和感を覚えた。なんかこう、思っていた反応と違う。そんなばつの悪さを感じながらわたしはどうしたものかと思案して、素直にわたしの企みを打ち明けることにした。

 

「むぅ。意外と反応が悪いな。わたしが更木隊長に刀を向ければ、あなたは嬉々としてわたしに斬りかかってくると思っていたのに」

 

「おいおい、瀞霊廷内で考えなしに抜くわ―――

 

「いつもの剣ちゃんならそうしたよ!」

 

―――やちる。余計なことを言うんじゃねぇ」

 

更木剣八の言葉を遮ったのは、更木剣八の背中にくっついていた護廷十三隊十一番隊副隊長‐草鹿やちる。草鹿やちるは小さな身体の小さな手をいっぱいに広げながら笑っている。その姿に微笑ましさを感じながら、わたしは草鹿やちるに問いかける。

 

「草鹿副隊長。それはどういうことですか?」

 

「剣ちゃんはね、総隊長(オジイちゃん)に風ちゃんには手を出すなって忠告されてるんだよ!」

 

草鹿やちるの言葉にわたしはなるほどと納得する。わたしは更木剣八にとって極上の獲物だ。その自覚はある。戦闘をこよなく愛する彼にとって瀞霊廷内で戦いたい相手の五指には入っているという自負がある。そして、わたしは他の更木剣八にとって魅力的な相手とは違いただの一隊士。隊長の権限を使用すれば更木剣八はわたしと決闘をすることも用意だろう。無論、そんな面倒な手続きを踏まずに彼がわたしに襲い掛かってくる可能性もある。

 

「爺様は更木隊長に先んじて釘を刺していたという訳か。納得したぞ。一日だけとはいえ爺様はあなたの剣の師だったとも聞く。師の言葉を無下にしないあなたにを私は素直に尊敬するぞ」

 

「はっ、師だからなんだとかいう気はねぇよ。けど、あの爺を怒らせれば面倒だってのはわかってんだ。テメエもわかったら刀を下ろせ」

 

「嫌だ」

 

「…わかってねぇのか。俺は見逃してやるって言ってるんだぞ」

 

更木剣八の言葉にそれでも私は首を横に振る。

 

「わかっていないのはあなたの方だ。今、戦いを望んでいるのはあなたでは無く、わたしだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

口角を上げて嗤う。見本とするのは市丸兄の笑み。挑発的どころか侮辱的ですらあるわたしの笑顔に対して、更木剣八は信じられないものを見るような視線をわたしに向けた後で声を震わせながら獰猛に嗤った。

 

「………ハッ、ハハ、ハハハッ‼おい、やちる。俺からコイツに喧嘩を売るのは爺に禁じられてるが、売られた喧嘩を買うなとは言われてねぇよなあ‼」

 

「うん」

 

「なら、問題はねぇだろ。怪我するから背中から降りてろ」

 

「はーい。…風ちゃん。死なないようにね」

 

「うむ」

 

わたしが更木剣八に喧嘩を売り、更木剣八がそれを買った。そして、更木剣八の背から草鹿やちるが降りたことで舞台は整う。そこから先に言葉はない。わたしと更木剣八。二人ともが抜身の斬魄刀を握りながら、互いの姿を正面からとらえている。

対峙した両者の中間に草鹿やちるがトテトテと歩いて来て、クルリとターンを決めながら右腕をビシッと上げる。

 

「では、両者尋常に生死(せいし)!」

 

小さな手刀が切って落とされ、そこに死地が築かれた。

 

 

 






感想の要望にありました二部開始時点での各登場人物の立ち位置を消失編が終了したら書こうと思います。



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出会いの意味

短いですが生存報告ということで上げさせていただきます。

投稿期間が開いてしまい申し訳ありません(__)
これからもノロノロと更新をしていきたいと思います。

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)



 

 

 

「風鈴。剣術の極致とはどういうものだと思いますか?」

 

それは剣術の鍛錬の合間に卯ノ花烈が風鈴に問いかけた言葉だった。

剣の師でもある実の母親からの問いかけに風鈴はいまさら何を聞いてくるのだろうかという疑問を抱きながらもはきはきした態度で答える。

 

「答えなど私の目の前にいるではありませんか。母上!貴女の剣こそが極致に他ならないでしょう!」

 

白兵戦において尸魂界最強と呼ばれる剣術家。卯ノ花烈の振るう剣は理外の理。数多の流派を手中に収めた“八千流の剣”。

万象切り裂く一太刀こそが剣術の極致だとそう信じて疑わない娘に対して卯ノ花烈は少しだけ微笑むが、直ぐに小さく首を横に振る。

 

「いいえ。それは違います。風鈴。万象切り裂くことなど言ってしまえば刀さえよければ幼子でも出来ることなのですよ」

 

「むぅ、それは屁理屈だぞ。確かに“なんでも斬れる刀”があれば誰でもなんでも斬れるだろうけれど、そんなものはないだろう」

 

「いいえ。存在します」

 

「………マジ?」

 

「てい」

 

「いたっ!?」

 

卯ノ花烈の言葉に驚いた風鈴が思わず砕けた言葉で返事をしたところで、頭に手刀が飛んできた。

母親として娘の言葉の乱れを躾けながら卯ノ花烈は言葉を続ける。

 

二枚屋(にまいや)王悦(おうえつ)という名の刀鍛冶が打った刀に『鞘伏(さやふし)』と銘がつけられたものがあります。その切れ味故に納める鞘すら作れなかったというその刀は文字通り“なんでも斬れる刀”です。それは総隊長の躰すら両断してみせるのでしょう」

 

最強の死神ですら両断してみせる刀。その存在を教えながら、卯ノ花烈は問いかける。

 

「万物両断が剣術の極致だというのなら、その刀を手に入れたら誰であれ極致に至るということになります。風鈴。貴方はそれをどう思いますか?」

 

その問いかけに風鈴は渋い顔をしながら答えた。

 

「それは、なんというか、ズルだと思う」

 

渋い顔を浮かべる娘を卯ノ花烈はクスクスと笑う。

 

「貴方は素直ですね。ええ、貴方の言う通り。母もそれはズルいと思います。戦いにおいて良質な武器を用意することは策ですが、そんな小細工で極致などと言われては流石の私も笑ってしまうでしょう」

 

そう笑いながら卯ノ花烈は剣を構えた。鍛錬の小休止の小話は途中で終わりかと首を傾げながらも自分に合わせる形で剣を構えなおした風鈴に卯ノ花烈は伝えたかった答えを伝える。

 

「そもそも多くの者が勘違いをしているのです。万物両断の理。()()()()()()()()()()()であり、剣術の極致ではありません。ならば剣術の極致とは何なのか。それは、生き残ることです。剣を振るう死地に立ちながら死なぬこと。それこそが剣術の極致なのですよ」

 

 

 

 

死地に立ちながら死なぬこと。剣を振るい誰かを斬りながら自身は斬られず死なぬこと。

それこそが剣術の極致だと語った母親の姿を思い出しながら、風鈴は迫りくる白刃を目で追った。

繰り出されたのはあまりに単純な横凪の一閃だ。速度はある。当たれば両断されるだけの膂力が込められている。しかし、それだけだ。そこに技術はない。ならば、避けることは簡単だ。

 

だというのに風鈴の身体から鮮血が舞う。

 

斬られたというには浅すぎる傷。しかし、避けられたはずの斬撃が風鈴の肉体を掠めたという事実が目の前の男の力量が母親と同じく理外の外にあることを実感させた。

 

「ようやく当たったと思ったが、浅いか」

 

振るった刀を肩に担ぎながらそんなことを愉しそうに言うのは更木剣八。

残心も何もないその姿に風鈴の意識は母親との回想の中から引っ張り出される。

肌に感じる痛みで意識を覚醒させながら風鈴は負けじと笑ってみせた。

 

「いやはや流石は戦闘部隊と名高い十一番隊の隊長です。避けたはずの剣に当たるとは、いったいどういう理屈ですか?」

 

「あ?手前が俺の剣の間合いを読んで避けてんなら、間合いを広げればいいだけじゃねぇか」

 

振るう剣の間合いを広げるなんて言う流派によっては奥義に発展するだろう技術を事もなさげに語る更木剣八の言葉に風鈴は目の前の相手が規格外であることを実感する。

当然と言えば当然のことだろう。更木剣八は敬愛する母から“剣八”の名を受け継いだ死神。

卯ノ花烈が治療専門部隊である四番隊の隊長になり前線を退いた後の現役最強の白兵戦最強は間違いなく更木剣八であると風鈴は聞いていた。その言葉に嘘はなかった。

しかし、振るう剣は卯ノ花烈(ははうえ)の剣とは全くの別物だった。

 

「疑問は晴れたか?じゃあ、続きと行こうぜぇエエエ‼」

 

踏み込みは荒い。しかし、獣の様にしなやか筋力が距離を埋める。振るう剣は何処の流派のものともいえない荒々しさしかない。しかし、それこそが我流。更木剣八が戦場で生み出した彼だけの剣術。

その剣を見ながら風鈴は卯ノ花烈の剣も更木剣八の剣も行き着く先は同じだと理解する。

すなわち死地に立ちながら死なぬ剣。常勝不敗という剣術の極致。

 

“剣八”とは何度斬られても倒れないという意味を持つ。

 

―――やはり、早かった。

 

更木剣八に挑むには今の風鈴ではまだ早かった。そんな分かっていたことを確信に変えながら、それでも何とか更木剣八の剣劇に追いすがり食らいついていた風鈴だったが、終わりの時間が訪れる。

 

片手で振るわれた上段からの振り下ろしを両手での横凪で振り払う。返す刃で放った胴への逆凪は空いていたもう片方の腕で刃を掴まれ阻まれる。片腕の手の平から肘にかけて半ばまで切り裂かれながら、それでも微塵も動じない更木剣八の振り下ろした剣を振り上げる形での斬撃を風鈴には防ぐ術がない。

 

鮮血が盛大に舞った。

 

斬られ大の字で倒れる風鈴は半ば赤く染まった視界で空を見上げながら呟いた。

 

「むぅ、私の負けか。敗因は、うん、やはり挑むのが三年ほど早かったな」

 

倒れた身体の周囲に血だまりを作りながらもそんな軽口を叩く風鈴を見下ろしながら、更木剣八はなかなか楽しめたと笑みを浮かべていた。

そして、二人の戦いを見守っていた草鹿やちるは手を挙げながら宣言する。

 

「勝者は剣ちゃん!勝負時間15分26秒。決まり手は振り上げ斬り!」

 

その宣言を聞いて風鈴はワハハと笑う。

その様子を訝し気に見ながら更木剣八は至極まっとうな質問をする。

 

「手前、負けたのに何で笑ってんだ?」

 

「いや、なに。確かに貴方との勝負には負けた。だが、私の目的は果たせた。これが俗に言う試合には負けたが勝負には勝ったという奴だな!」

 

「ああ?なに言って―――

 

 

「貴様ら!そこで何をしている‼」

 

 

更木剣八の言葉を遮るように怒声が飛んできた。

怒声のした方を見れば瀞霊廷の建物の屋根の上で数人の部下を従えて立つ小柄な女性の姿があった。

その羽織には二番隊の文字。

 

二番隊隊長砕蜂が怒気と殺気を撒き散らしながら、風鈴と更木剣八の間に割って入る。

そして、地面に倒れる風鈴の身体から零れる血だまりを見て、一瞬だけ表情を硬直させながらすぐさま部下に指示を飛ばす。

 

「っ!?おい!お前たちはコイツを直ぐに四番隊隊舎に運べ!」

 

「「「はっ」」」

 

慌てた様子の砕蜂に風鈴はカラカラと笑いかけた。

 

「ははは、砕蜂母様。そう慌てなくても大丈夫だぞ。これくらいの傷。私は自分で歩いて母上の所まで行ける。よっと…むぅ、起き上がれない。下半身に力が入りにくいな」

 

「馬鹿!やめろ!そんな状態で動こうとするな!いいからお前は私の部下に大人しく運ばれろ‼」

 

「しかし、これは私が自分で負った傷と言っていい。なのに砕蜂母様の部下たちの手を煩わせるのはよくないことだぞ」

 

「いいからお前は私の言うことを聞け!」

 

「むぅ」

 

そう言って渋々と言った形で風鈴が四番隊隊舎まで運ばれて行った後、その場に残された更木剣八に対して砕蜂は殺意のこもった視線を向けながら言う。

 

「更木、貴様、何故風鈴を斬った。貴様には風鈴とは戦うなという御達しが総隊長殿から出ていた筈だ」

 

「あいつが俺に喧嘩を売った。それを俺が買った。ただそれだけのことだ。爺や手前に文句を言われる筋合いはねぇだろ」

 

「ほう。随分とふざけた言い分だな。総隊長殿の戦うなということは関わるなということだと貴様の足りない脳では分からないことだったのか?」

 

「あ?それこそ爺にも指図される謂れはねぇだろ。俺が誰とかかわろうが俺の勝手だ。あまつさえ、あいつは自分から俺に関わってきたんだ」

 

「チッ、これ以上、貴様と話しても埒が明かないな。もういい。どうあれ瀞霊廷内での隊士同士の殺傷沙汰など総隊長殿が許すはずがない。沙汰はおって下されるだろう。私の剣が抜かれる前に私の視界から消えろ」

 

もう話すことはないと砕蜂は更木剣八を視界から外す。その態度に半ば呆れながら更木剣八は草鹿やちるを連れてその場から離れていく。

立ち去る更木剣八の背に砕蜂は目を向けることなく吐き捨てるように問いかけた。

 

「更木、風鈴は始解を使ったか?」

 

その問いかけに更木剣八は足を止めることなく答えた。

 

「使ってねぇよ」

 

そう言って更木剣八と草鹿やちるはその場から立ち去った。

 

 

 

その場に一人残った砕蜂は地面に残された風鈴の血の跡を見ながら目を細める。

 

「更木相手に始解もせずに戦えば負けるのはわかっていただろうに。風鈴の奴は何を考えているんだ?だいたい何故更木に勝負を挑んだ?…私を母などと呼びながら、あいつは私に理解を許さない。いまだに私は“風守”を理解できないのか?」

 

悔し気に漏れた言葉は風に消える。

それでもかまわずに砕蜂は言葉を続ける。

 

「狂気は越えた。私の右手は、確かにお前たちに届いた筈だ。…なのになぜ、お前たちは私に理解を許さないのだ。風守、なぜ貴様は、私を置いて逝った」

 

それはまるで言葉を風に乗せて誰かに届けようとするかのような、虚しいものだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

四番隊隊舎の特別拘禁牢(こうきんろう)。質素で頑丈な牢屋の中に風鈴の姿はあった。

更木剣八との勝負の後、傷の治療の為に四番隊隊舎に担ぎ込まれた風鈴は卯ノ花烈と副隊長である虎徹勇音の両名による緊急治療の後に拘禁牢に放り込まれた。

万全に回復された身体に手枷足枷すらなくただ牢屋に入れられただけの風鈴は暇を持て余しながら鉄格子のはめられた窓から見える小さな青空を眺めていた。

 

「暇だな」

 

風鈴が拘禁牢に入れられてから既に三日が過ぎていた。それまでの間に彼女に会いに来たのは彼女の直属の上司である市丸ギンの一人だけ。

市丸ギンは「またやんちゃしたなぁ」とケラケラと笑いながら、瀞霊廷内で私闘を行った風鈴に下された沙汰を伝えてきた。

 

拘禁牢内での一週間の謹慎処分。

 

瀞霊廷内での私闘など護廷十三隊隊士にあるまじき行いではあるが、結果的に周囲に被害がなく終わったことと三人の隊長格による風鈴への刑罰軽減への嘆願。そして、更木剣八の言葉によって刑罰が大幅に軽減された。

 

更木剣八は風鈴との戦いは護廷十三隊隊長の座に就く為の『隊員200名以上の立ち合いのもと現行の隊長を一騎打ちで倒す』戦いの予行演習だったと進言した。

だから責められる謂れわないと言い切った更木剣八のあまりにもな暴論に反発が多くあったが、そこは戦闘専門部隊の異名をとる隊長の言葉。ある種の説得性も僅かながらに感じさせるものだった。

結果として更木剣八の言葉に助けられながら風鈴の処分は一週間の謹慎となり、また更木剣八への処分も自分と同じものになったと市丸ギンから聞いた風鈴は仕事をやり切ったと解放感を感じながらその謹慎を受けていた。

 

更木剣八との戦いで風鈴は銀城空吾から頼まれた役目を終えた。

 

銀城空吾討伐の為に現世に派遣される予定だった隊長は四人。

特派遠征部隊隊長‐天貝繡助。

護廷十三隊六番隊隊長‐朽木白哉。

護廷十三隊十番隊隊長‐日番谷冬獅郎。

護廷十三隊十一番隊隊長‐更木剣八。

 

しかし、更木剣八が自分との戦いで謹慎処分となったことにより現世に向かう隊長の席が一つ空いた。そこに銀城空吾が復讐を果たしたいと願う相手である浮竹十四郎が入ると風鈴は信じている。なぜなら自分に甘々な義兄(あに)である天貝繡助にそうしてくれるように頼んでいる。

現世に向かう隊長たちの中で遠征専門部隊の隊長という立場上、中心になり動くであろう天貝繡助ならきっと浮竹十四郎を空いた席に推薦することは難しくないという風鈴の考えは的を射ていて既に新たに浮竹十四郎を組み込んだ遠征部隊が銀城空吾捕縛の為に現世に向かっていた。

それを知ることはないが天貝繡助を信じている風鈴は、気楽に青空を見ながら思いを馳せる。

 

「さて、私の退屈と引き換えに得た復讐の機会を銀城さんは活かせるだろうか。難しいだろうな。たとえ浮竹隊長と一対一の戦いになったとしても、浮竹隊長は強い。勝算は三割と言ったところかな」

 

助けたいと言った相手の敗北を予想しながら笑みを浮かべる風鈴を誰かが見たのなら、薄情と罵ったに違いない。事実それは薄情と言われても仕方のない行動だ。けれど、風鈴にはそれでもこれ以上の手出しはできない。

護廷十三隊の隊士である風鈴が考える護廷十三隊への裏切りではない銀城空吾への手助けは此処で限度。

 

「悲しいが、これ以上は無理だ。これ以上は親父殿の愛した護廷十三隊への裏切りになってしまう。それは銀城さんも分かってくれる。うん。その筈だ。あの人はきっとそういう優しい人だ」

 

私がそう思うのだからそうなのだと自己完結をしながら、風鈴はそうして銀城空吾の繰り広げる復讐の舞台から降りた。

 

 

そして、謹慎処分が明けた日に風鈴は天貝繡助から銀城空吾の復讐(たたかい)顛末(てんまつ)と彼と仲間たちの結末(はいぼく)を聞いた。

 

風鈴はそれを聞いて空を見上げて微笑んだ。

 

「私は貴方を救えただろうか。貴方の思い描く貴方の夢は叶ったのだろうか。願わくば私に救えなかった貴方が誰かに救われていますように」

 

 

 

 



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