IS ~一刀斎黙示録~ リメイク版 (リバポから世界へ)
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プロローグ 「1868. 4.24」
この作品は凍結した「IS ~一刀斎黙示録~」のリメイク版となっています。
途中で執筆を諦めてしまい、申し訳ありませんでした。
設定をきちんと固められずに投稿し続けてしまった私の責任です。
リメイク版では質の上がったものを投稿してゆくつもりなので、これからも読んでくださると嬉しいです。
それではどうぞ!
『死』
どのように迎えるかはその人物次第ではあるが、いつかは誰にも訪れることだ。
畳の上で天寿を全うするか、犬畜生の如くのたれ死ぬか……。
少なくとも自分は後者であろう。
青々と茂る草の上。そこに倒れている着物姿の男は、そんなことを考えていた。
今まで自分が斬ってきた人間も、そんなことを感じていたのだろうか? だとすれば……自分の状況もある意味では因果応報なのかもしれない。
初めて人を斬ったのは19かそこらだった。
始めの数人は夢中で斬り―――――
それから段々と、何も感じないようになり―――――
それが過ぎた頃には、斬った人間が夢に出てきて魘されることが増えた。
今まで何人を斬ったのか。一々、数えてはいない。ひょっとすると、数えるのが怖かったのかもしれない。
それを自覚し始めたのは政権が返上された直後。ある浪士に指摘されてからだった。
それでも、迷うことは許されなかった。
新選組の三番組長として……御公儀のために、京の治安を守るために、ひたすら刀を振るい続けてきた。……多くを犠牲にしてまで。それが正しいのか、間違っているのか、考える余裕など一瞬たりとも与えられずに。
身体中の傷がズキリと痛む。彼の身体には刀傷、銃創、打撲痕が無数に有り、ズタズタに引き裂かれた衣服は真っ赤な血で染まっていた。
遠目から見れば、彼は周辺に倒れている敵兵と同じように……ただの亡骸に見えるかもしれない。唯一違うのは、かろうじてまだ息があるということだろう。それでも、このまま長くはないということは誰の目から見ても明らかであった。
死は怖くはない。もしも恐れを抱いていれば、
荒い息を吐きながら、地べたを這ってでも進もうとする。しかし―――――
(っ!?)
だんだんと身体の力が抜けて、今の今まで己を苦しめていた痛みも引いてゆく。それどころか妙な心地良さまで感じるようになった。
しぶといと言われ続けて来た自分も、どうやらここまでのようだ。最期の力を振り絞って起き上がり、その場に座り込む。そして背負っていた、豪奢な生地の刀袋―――――その中に入った大刀を傍らに置いた。
腰の両刀も脱すると、今までの出来事が走馬灯のように流れていく。
数えで25歳。あれだけの修羅場を潜った割には、長生きした方かもしれない。
(それもここまでか……)
無念だ……。せめて、自分を救ってくれた恩人と主君との約束だけは果たしたかった。
”俺がいる限り、新選組は終わらない”
”身命を賭してお仕えいたします”
そう誓ったのに……。
彼は、
そして………………………………。
『IS ~一刀斎黙示録~』開幕
今回はプロローグなので、かなり短めになりました。
この物語は「インフィニット・ストラトス」と「緋弾のアリア」のクロスになっています。どちらかと言えば、IS寄りですが、緋弾のアリアのキャラも活躍させる予定です。
新選組が登場する作品は多々ありますが、この小説の斎藤一は大河ドラマ『新選組!』の斎藤一のつもりで書きました。
『新選組!』の斎藤一は普段は無口で淡々と自分の仕事をこなしますが、義理堅い人間で受けた恩は決して忘れない人間です。新選組が出来る前、江戸で借金取りをしていた際に人を斬ってしまいます。その時、近藤勇に救われた彼は最後の最後まで恩を返し続けました。
描写に違和感があるかもしれませんがご容赦を……(笑)
「一刀斎黙示録」というタイトルの由来は浅田次郎さんの新選組小説「一刀斎夢録」から拝借しました。
黙示録と言うと終末的な展開などが思い浮かぶかもしれませんが、本来の意味は「隠されていたものが明らかになる」という意味らしいです。なので、この物語にはピッタリだと思いました。
それでは次回もよろしくおねがいしますm(_ _)m
感想募集してます!
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登場人物紹介①
主要キャラは増加予定なのであしからず。
※リメイク前の小説についてですが、これから読む人に混乱を与えてしまうと判断したため、非公開にしました。ご了承ください。
『武偵・警察関係者』
斎藤 朔哉(さいとう さくや)
東京武偵高等学校1年A組所属。専門科目は
2月1日生まれ、16歳。血液型:A型
身長:178cm 体重:67kg
家族構成:祖父母、父、母(故人)、弟(故人)
資格:剣道二段、普通自動二輪免許、第2級陸上特殊無線技士
特技:英語、暗記、刀の目利き(的中率80%)
趣味:サッカー観戦、映画及び音楽鑑賞、武器の整備
使用武器:津田越前守助広、SIGSAUER P226、H&K MP5
新選組三番組長、斎藤一の子孫。先祖同様に剣技に優れているが、銃の訓練も欠かさない努力家。左利きだが筆記と食事は右。剣の流派は不明だが、家に伝わっている”一刀流”と居合を父と祖父から習った。
一見するとクールでドライな現実主義者だが、律儀で誠実な面もあり面倒見も良い。
顔立ちは整っているが目つきが悪いため、あまりモテない。本人は恋愛事には奥手。
任務は正確で忠実にこなすため、教師や生徒からの評価も高い。武偵としての誇りや責任感を誰よりも強く抱いている。
イギリスの『マージーサイド武偵高校』に半年間留学していたため英語が得意(しかし現地の人間に習ったので、少々訛っている)。
不知火 亮(しらぬい りょう)
東京武偵高等学校1年A組所属。専門科目は
9月16日生まれ。血液型:O型。
身長:174cm。体重:64kg。
資格:剣道二段、柔道二段、普通自動二輪免許、第2級陸上特殊無線技士
特技:ナイフ投げ、フットサル
趣味:サッカー観戦、読書、朔哉イジり
使用武器:H&K MARK 23(SOCOM)、ナイフ
朔哉の相棒で親友。優秀な武偵で強襲科の生徒の中では珍しく、礼儀正しい常識人。イケメンで女子にもモテるが、付き合っている女子はいない。
一芸に秀でているというよりも全てにおいてバランスが良く、弱点はほとんど無い。朔哉曰く「俺10人と不知火10人が戦ったら、80%あいつが勝つ」。朔哉をからかう事が大好きだが、彼からは絶大な信頼を置かれており、共に死線をくぐり抜けたのは一度や二度ではない。
吉村 誠一郎(よしむら せいいちろう)
東京武偵高等学校2年。専門科目は
身長:182cm。
資格:剣道三段、普通自動車免許、普通自動二輪免許
使用武器:大和守安定、GLOCK18C、M4カービン
朔哉の
岩手県出身だが、南部弁は話せない。
朔哉とは先祖同士が何らかの因縁があるらしいが本人たちは詳しく知らない模様。
斎藤 真臣(さいとう さねおみ)
警視庁公安部公安第0課:警部
41歳。
身長:180cm
最終学歴:東京大学法学部卒業
資格:剣道六段、柔道三段、普通自動車免許、大型二輪免許
使用武器:池田鬼神丸国重、S&W M&P
朔哉の父親。元々は警察庁の優秀な官僚で部下からも尊敬されていたが、女尊男卑社会の煽りを受け「警察庁刑事局刑事企画課課長補佐:警視」の地位から左遷された。現在は公安0課に所属しているが警察官としての誇りから、人を殺したことは一度もない。
年齢よりも若く見え、体格も良い。誠実な性格で家族を大切にしており、妻を亡くした後も独身を貫いている。朔哉との関係は良好。
今回は武偵と警察の人間だけです。
朔哉の愛刀を「津田越前守助広」にしたのは浅田次郎さんの小説『壬生義士伝』で斎藤一が差していたという設定から拝借しました。
歴史上、斎藤一は明治になり「藤田 五郎」と名を改めてましたが、朔哉の姓が「斎藤」なのには理由があります。後に書くつもりですが、いつになるかな(--;)
それでは次回もよろしくお願いしますm(_ _)m
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第1章 「再始動~Reloaded~」
第1話 「駆ける狼」
では、どうぞ!
-2009年2月 東京 首都高速11号台場線 8:40 p.m.-
ライトアップされたレインボーブリッジを一台の三菱・パジェロが走り抜ける。臙脂色に塗装された、その車の車体には『東京武偵高校』と書かれており、赤色に光り続ける回転等はそれが緊急車両であることを示していた。
『こちら本部。現状の報告をお願いします』
車内のスピーカーから、オペレーターを務める
「こちら車両No,23。現在、レインボーブリッジを芝浦方面に進行中。今のところ、異常は無い」
『了解です。交通状況にも問題はありません。ルート通りに進行を続けてください』
通信が終了すると、朔哉の
「落ち着いたようだな。まあ、お前なら大丈夫か」
「ええ、まあ。でも完全に予想外でしたね。まさか、こんな近くだったなんて……!」
「ああ。灯台下暗しとはよく言ったもんだ」
東京武偵高の生徒である二人は
”娘を拉致された。助けて欲しい”
そう依頼を受けたのは昨日の夜。依頼人は
拉致された娘は高校入試の帰り道だったらしい。名は四十院
警察に通報出来ない状況で四十院氏は、依頼という形で武偵に助けを求めたのだ。ところが肝心の武偵局は人手が足りず……その依頼は武偵高に回ってきた。そして
捜査を進める中で、脅迫電話の声がデータベースに記録されている前科者の声紋と一致した。
彼女を拘束して、武偵高の
それでも、何度か掛かってきた犯人からの電話を逆探知した
しかし、芝浦は武偵高とは目と鼻の先にある。鏡高組の縄張りである、池袋付近を重点的に捜査していた二人は、まさかこんな近くに凶悪犯がいるとは思いもしなかった。
「朔哉、回転灯消せ。見つかったらマズい」
「了解」
ようやく橋を降りたパジェロは、スピードを落とすことなく目的地まで走り続けた。
◆
古びた倉庫が幾つも並んでいる。一体、ここのどこに少女はいるのだろう……。
倉庫街全体を見渡せる、やや離れた場所から双眼鏡を覗くと、武装している見張りを数人確認できる。
「何人いる?」
「パッと見で見張りが7人。全員、武装してますね。シルエットからして
何かに気付いた朔哉は首を傾げながら、双眼鏡を覗き続ける。そんな反応が気になった誠一郎は、ソロソロと走らせていた車を一時停止させた。
「どうした?」
「いや……暗くてよく分からないんですけど、妙に身体の線が細いなって……」
ヤクザが、しかも銃を持って警備をするような連中が、あんなに華奢なものだろうか?
「……ダイエット中ってわけじゃなさそうだ。まあ、近づいて見れば分かるか」
倉庫の一つ。その影に車を停めると、二人はトランクを開けて武装の準備を始めた。
(寒いな……)
現在は2月上旬。気温は低く、冷たい風が体を叩きつける。特に周りを海に囲まれたこの場所は、それが殊更に強く感じられた。周囲を見渡せば、数日前に積もった雪が、まだ所々に残っている。地面が凍ってなければ良いのだが……。
白い息を吐きながら、朔哉はSIG SAUER P226とMP5サブマシンガンの
「さて朔哉。これからどうする?」
「……はい?」
"どうやって、対象を救出するのか"、そう聞かれている。試されているのだろう。
だが、正直言って困った。今まで策を立てるのは戦兄である誠一郎の役目であり、彼の決めたことに従って、それで全て上手くいっていたからだ。
「俺はお前の考えを聞きたい」
「いや、急にそんなこと言われても……」
「良いから、言ってみろよ。お前なら大丈夫だ」
「……なら……そうですね」
先程、双眼鏡で見た光景を思い出す。倉庫は全部で20。一つずつ、しらみ潰しにシャッターをぶっ壊して、こじ開けていく……なんてことは出来そうにない。音ですぐにバレる。
敵を倒すだけなら、それでもよかった。しかし今回は、言ってみれば人質がいる。迂闊なマネはご法度なのだ。ヤクザは殺す時は平気で殺す。
「俺と先輩が二人で突入すれば、10分で済みます」
「なるほど?」
「しかし、それではマズいです。対象の身に何が起きるか、分かったもんじゃない。警察には通報するなって言ってたなら尚更です。手間はかかりますが、まずはバレないように見張りを一人ずつ潰していく。突入するのは対象の安全を確保した後。それがベストだと思いますが……どうですか?」
今まで誠一郎から習ったことを生かすなら、この考えで合っているはずだ。そして、それは正解だったようで―――――
「合格だよ。それでいこう」
ニッと笑った誠一郎に朔哉はコクリと頷いた。
二手に分かれると、倉庫の影に隠れながら一番近い見張りの背後まで忍び寄る。見張りは海面を眺めているため、背後の朔哉には全く気付いていない。
「おい、そこの馬鹿」
「……!?」
見張りの一人が振り向いた瞬間、朔哉はMP5の銃身で思いっきり―――――
ガスッ!!
顔面を殴り付けた。ドサリと昏倒した見張りの襟首を掴んで引きずるが……やけに軽い。再びコンテナの影に隠れ、マスクを引っぺがした顔をフラッシュライトで照らすと、その理由が判明した。
「……女?」
「みたいだな……」
ほぼ同時に戻ってきた誠一郎が、クイッ、クイッと親指で背後を指差す。その先にも二人の女が倉庫に寄りかかる形で気絶していた。どうやら彼は朔哉が一人を対処している内に、既に2人を戦闘不能にしたようだ。
(かなわないな……)
自分との差に自嘲気味に笑っていると、突然
ブーッ、ブーッ
携帯電話が鳴り出した。朔哉がポケットからスマートフォンを取り出して画面を見ると
『
と表示されている。
朔哉の相棒である彼は真面目な人間で、任務中の人間に無闇に電話をかけたりはしない。つまり、
「亮、どうした?」
『朔哉君、作戦中にごめん! でも、どうしても知らせなきゃいけないことがあって……! 吉村先輩もいるかい?』
「ああ」
普段は落ち着いており、冷静な彼が珍しく慌てている。余程、想定外の事態なのだろう。二人とも聞こえるように、音声をスピーカーモードにする。
「どうした、何があった?」
『とんでもない事が分かったんだ。四十院神楽さんを拉致したのは鏡高組じゃない!』
「……は?」
一瞬、時が止まった気がした。訳が分からない。では、一体誰が……?
「……ちょっと待て。でも、電話の声は一致したんだろ?」
『うん。でも綴先生に頼まれて、中空知さんと一緒に音声を解析してみたんだ。そしたら極めて精巧には作られているんだけど、合成だったんだよ』
「えっ……じゃあ、誰かが鏡高組の仕業に見せかけた?」
『うん、そう思う』
「なら……こいつら誰なんだ……!?」
今、自分たちの足元でノビている3人を見る。まだ、意識は戻っていないようだ。
『さあ……今、分かってることは鏡高組が全くの無関係ってことだけだよ』
「亮、少し待ってろ」
そう言うと、女の懐に手を突っ込み、そこに入っている携帯電話を引っ張り出す。
電源を入れると、奇跡的にロックはかかっていなかった。通話履歴を調べると、頻繁にやり取りがされている電話番号が4つほどある。それを自分のスマホで撮り、
「亮、今そっちのパソコンに番号を送った。中空知に頼んで調べてもらってくれ。一つくらいは引っかかるかもしれん」
『分かった。また後で』
電話を切ると、しばらく黙っていた誠一郎に向き直る。
「先輩、どうしますか?…………先輩?」
気絶している見張り。その一人をじーっと見つめていた誠一郎はいきなり……
グイッ、ビリッ!
「っ!?」
何と見張りの一人。彼女の襟を思いっきり引っ張ったのだ。破れた襟から胸元が露わになる。
「ちょっ、先輩! 何やってるんですか!」
誠一郎の奇行に思わず声を荒げた朔哉は、いきなり目に入ってきた扇情的な光景にバッ!っと顔を逸らした。しかし、彼の先輩は大真面目に豊満な胸元を見つめている。
(寒さで、頭おかしくなったのか……?)
決して口に出来ないことを目を瞑って考えていると、ようやく誠一郎が口を開いた。
「なるほどな……朔哉、見てみろ」
(何で、そんなに平然としてるんだよ……)
「……遠慮しときます」
「え、何で?」
「…………」
「あぁ、いや……そういうのじゃなくて。真面目に」
想像以上にシリアスな声に、恐る恐る振り向く。
そこには―――――
天使が刀を抱えているタトゥー。
視線に入ってきた物に思わず目を見開いた。
「これは……」
「ああ。ヴァルハラのタトゥーだな」
『ヴァルハラの天使』
日本最大の女性至上主義団体だ。彼女たちは表向きは女性の権利や立場を主張し、女性が住みやすい日本を創るという、ご立派な理念を掲げてはいる。
だが裏では麻薬取引や銃の密輸、人身売買など……やってることはマフィアと変わらない。
(潰せるなら、潰したい)
朔哉も誠一郎もそう思っているが、とある事情により、強烈な女尊男卑社会となった現代において、それは限りなく不可能に近かった。
それに、メンバーには著名人が数多くいる。芸能人やスポーツ選手だけでなく、政治家や省庁の官僚まで幅が広いのだ。権力が味方についている今、簡単に潰せるなどと思う方が間違っていた。
そしてメンバー全員は上記のタトゥーを身体に入れる。
「道理で……おかしいわけだ」
イライラしている誠一郎は溜め息を吐くしかなかった。
「と言うと?」
「鏡高組ってのは古い連中で……麻薬もショバ代も闇金の取立ても全部、ご法度なんだよ。そんなトコがカタギを拉致るなんておかしいだろ? それに組長自ら電話かけて来るなんて……絶対にあり得ない。これ、ただの金目当ての犯行じゃなさそうだ。目的は何なのか……」
「それが分かれば……こいつらの化けの皮が剥がれるかもしれませんね」
「ああ。彼女たちに聞いてみるか」
とりあえず二人は、暢気に気絶している見張りを叩き起こすことから始めた。
何か、海外の刑事ドラマみたいになってしまった(笑)
それから、主人公の口調を考えるのが難しいです……。
第1章までは武偵高での物語が続きます。IS学園の人たちと深く関わるのは2章以降になる予定ですね。
感想、批評は大歓迎です。それでは次回もよろしくお願いします!
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第2話 「斎藤朔哉のやり方」
今回は、ご覧になる方によっては好き嫌いが分かれるかもしれません。
それをご理解頂いた上で、お読みください。
どうぞ!
※タグの編集を行いました。
IS。正式名称は『インフィニット・ストラトス』
本来は宇宙空間での活躍を目的として開発されたマルチフォーム・スーツだ。開発者は自称「天才科学者」の
8年前に世間を騒がせた「白騎士事件」で当時配備されていた全ての兵器を圧倒的に上回る性能を見せつけ、世界最強兵器としてその名を轟かせた(完全に博士本人による自作自演であり、世間でも薄々気づかれてはいるのだが)。
現在は宇宙での利用よりも軍事目的での活躍に期待がされており、先進国はISの開発、研究に躍起になっている。
ところが、このISという兵器には”女性にしか扱えない”というとんでもない欠陥があり、その現実は強烈な女尊男卑社会へと発展してしまった。
”世界最強の兵器を女性しか動かせない”。
それをどう曲解したのかは知らないが、『男より女の方が強い』と極端な考えをする女性が出てきたのだ。街中を歩けば、女にこき使われている男の姿なんぞはざらである。
そんな世の中で
大企業の令嬢として勉学や習い事など父の教育は厳しかったが、彼女はそれを苦にせず自分を磨くために努力を続けてきた。
薄暗い倉庫の中。
はっきり言って環境は最悪だった。ジメジメと湿気っており、とんでもなく冷たい潮風に身体が震えてしまう。こんな所に長時間、閉じ込められていたら気が狂ってしまうのかもしれない。
数分前に目を覚ました神楽は恐怖心でいっぱいだった。ここはどこなのか? 何故、自分はここに居るのか? そして自分はどうなるのか……。
氷のように冷たい床に座らされた状態で、背後に手を回され縛られている。どうやっても自分の力では解けそうにない。
「やめておきなさい。あなたの力では無理よ。ただ、疲れるだけ」
鉄柱に寄りかかっている女から、ニコニコと笑顔を向けられる。男ならクラっとくるような魅力的な笑顔かもしれないが、神楽にとっては恐怖心が増すだけだ。大きな目から涙が止めどなく流れ続ける。大声で罵倒してやりたいが、口を布で覆われているため睨むことしか出来ない。
「そんな顔しないで? 可愛い顔が台無しよ?」
困ったような口調でそう言った女は手袋をはめた手で、ガス圧式の注射器を取り出す。それで何をするつもりなのか? 中身は何なのか? 女は笑顔を崩さないまま神楽に近づく。ふるふると首を横に振り拒絶の意を表すが、女の動きは止まらない。
カシュッ―――――
「……!」
首筋に注射器を押し付けられると、火傷に近い感覚を覚える。
「おやす……。次に会―――――メキシ……かしら―――――」
自分の元を離れていく女が何かを言っているが、断片的にしか聞き取れない。強烈な睡魔に襲われた神楽の意識は、段々と遠のいていった。
◆
「先輩、どうしますか?」
捕らえた見張りの1人を叩き起こした朔哉と誠一郎は、手錠をかけた状態の彼女を埠頭の端に座らせる。今、ほんの少しの力で蹴飛ばしても、彼女は極寒の海へと真っ逆さまだ。
「お前に任せる。元々、そう決めてたしな」
「……了解です」
朔哉は肩に掛けてるMP5を外し、女の正面にしゃがむと目線を合わせる。これで、幾らか話しやすくなった。
「さてと……時間が無いから、さっさと答えてもらう。この倉庫街のどこかに、あんたらが拉致した女の子がいるはずだ。名前は四十院神楽。今どこにいる?」
「…………」
神楽の写真を見せながら尋問を行うが……何の返事も返ってこない。女はダンマリを決め込んでいる。もちろん、ここまでは想定内だ。
「はぁ……自分たちの状況が分かってないみたいだな」
写真をしまうと、彼女の目を覗き込んだ。鋭い眼光に思わず目を逸らされるが、そんなことは許されない。許す程、朔哉も優しくはない。
「俺の目を見ろ。いいか? 今のところ、お前たちの罪はどんなに重くても、未成年者略取・誘拐罪だ。それに麻薬取引やら銃密輸やらを足しても、女なら5年で出られるだろう。でもな、もしもこんなことやってる内に彼女が殺されてしまったら? あんたら、一気に殺人の共犯にまでグレードアップだぞ。そんなの嫌だろ?」
出来れば、ここらで話してほしい。あまり時間が無いので、出来るだけ優しく諭すように話しかける。
「俺の言ってること分かるよな? 彼女は今、どこにいる?」
「お、教えるわけないでしょ?」
「司法取引で罪軽くするように頼んでやるって言ってもか?」
「ハッ! そんなことで口を割ると思ってんの?」
…………ダメだ、話にならない。このままじゃ、時間の無駄だと朔哉は判断した。
「そうか……なら仕方ないな」
最後の手段を取るために腰を上げた朔哉は、後ろで腕を組んでいる誠一郎の顔を見る。
「いいですか?」
「……仕方が無い。でも、やりすぎるなよ?」
「了解です」
朔哉は女の内ポケットに手を突っ込むと、ブランド物の財布を引っ張り出す。突然の奇行に彼女は目を丸くして、声を荒げた。
「ちょ、ちょっと何するのよ!」
「見て、分からないか? 成る程、名前は
財布から免許証を取り出すと、財布を彼女の足元に放った。
「こんなの違法よ! 許されると思ってるの!?」
「言わなきゃバレない。数分、待っててください先輩」
「分かった」
女の罵声を背に受けながら、パジェロまで戻ると再び携帯を取り出して、相棒の元へ電話をかける。
「亮、俺だ。データベースで照会してほしい女がいる。名前は
『了解。ああ、さっきの番号だけど……』
「何か、分かったか?」
『収穫無しだね。2つは家族との電話で、もう2つはプリペイドだよ』
「じゃあ、個人特定は難しいな……。そうか、ありがとう。一応、追跡はしてもらえ。無駄かもしれないがな……」
『分かった。頼んでみるよ』
「悪いな」
そう言って、電話を切ろうとした瞬間……朔哉は亮が何気なく言った一言を思い起こした。
「……亮、ちょっと待ってくれ」
『何?』
「さっき、家族との電話って言ったな?」
『うん、そうだけど?』
……ニヤリ。
自分でも分かるくらいに笑みがこぼれる。車の窓をチラリと見ると、かなり邪悪な笑顔に見えた。
(イカンイカン……)
周囲から、その笑みはやめた方がいいと言われていたのを思い出した。いつも通りのキリっとした表情に戻すと、通話を続ける。
「よし……その家族の情報を送ってもらえないか? 写真付きで」
『いいけど……何するの?』
亮の声が一気に不安そうな物に変わったが、朔哉は淡々とした口調で続けた。
「別に? いつも通りだよ」
『はぁ……分かったよ……。今、送るから』
「すまんな」
溜め息を吐いた亮に礼を言うと、電話を切る。それから間もなく、写真付きのメールが送られてきた。
From 不知火亮
件名:ほどほどにね?
(……それは、あの女次第だ)
「何度も言いますが、あいつが戻ってくる前に全部話した方がいいですよ? 脅しとか抜きに」
「あんた達に何も出来るわけないでしょ? 無能な男の分際で!」
嘲るように笑う片倉に対して、誠一郎は哀れむような目を向けていた。これから彼女に何が起きるか、それを考えてしまう。しかし、何度言っても分からないらしい。これ以上は無駄なようだ。
「……忠告したのに」
誠一郎が溜め息混じりに呟くと、彼の後輩が戻ってきた。手にはスマートフォンが握られている。
「先輩、お待たせしました。片倉さん、あんたに選択肢は無い。四十院神楽の居場所を話せ」
「さっき言ったこと、聞こえなかったの?」
こんな状況でも、まだ強気の姿勢を貫いている片倉。ある意味では賞賛すべきなのかもしれない。だが……。
「そうか……なら、質問を変える。問1、あんたの家族は?」
「……は? 何?」
突然、話題を変えた朔哉に片倉は怪訝そうな顔をする。何を聞かれているか、すぐには理解出来ないようだ。
「俺は知ってるぞ?」
朔哉がスマートフォンの画面を起動させると、二人の人物の写真が映し出された。一人は四十代半ばの優しそうな女性で、もう一人は中学生ほどの活発そうな女の子だ。どちらも、片倉とよく似ている。
「母親は有名デパートの営業課長で、妹さんは聖マリアンヌ女学院の3年生。今頃は二人とも家に帰って、夕飯食べ終えたぐらいじゃないか?」
「な……何で……」
自分の家族のことを調べられている。
何をするつもりなのか……? 片倉の顔から見る見る血の気が引いていき、体が震え始めた。しかし、朔哉はお構い無しに話し続ける。
「問2だ。この番号、どこに繋がると思う?」
画面を切り替えると、そこには固定電話の番号が記されている。03から始まるので、都内のどこかだ。
「これはな、あんたらが名乗った鏡高組の番号だよ」
「……え?」
「最近の奴らは微妙だけどさ、鏡高組ってのは古い連中でカタギには手を出さないんだとよ。でしたね、先輩?」
先程、誠一郎に言われたことを聞き返すと、背後で他の見張り(気絶中)の指紋を採取していた彼から返事が返ってきた。
「ああ、その通りだな!」
「だそうだ。でも、自分たちのフリをして……組の名前を汚すような奴がいる。今、俺が奴らに電話して『アンタらの名を語ったのは片倉美佳って女だ』なんて言ったらどうなるんだろうな? 半端じゃなくキレるだろう。あいつら、きっと仕返しに来るぞ? でも、いざ報復しようと思ってもお前はこれから檻の中だ。そうなったら、奴らの怒りの矛先はどこへ向かうと思う?」
自分の目を覗き込んでくる朔哉に、片倉はまさか……と首を振った。
「嘘……嘘でしょ!?」
「いいや、その通りだよ。俺でも調べられたんだ。あいつらきっと、お前ん家に乗り込んでくるぞ? 何も知らないお前の家族を狙ってな。母親と妹、デザートは鉛玉になるぜ?」
少し……いや、かなり無茶な話だったかもしれない。それでも効果は絶大だったようだ。朔哉から意地の悪い笑みを向けられた片倉は、家族を奪われる恐怖からかボロボロと涙を流し始める。
「や、やめて! 家族だけは……」
そう言った瞬間、彼女の顔に人差し指が突きつけられる。今まで以上に眼光を鋭くした朔哉が、彼女の言葉を遮った。
「そう、それだよ。今、あんたが言ったこと。四十院神楽の家族はそれと同じ思いを二日間、感じているんだ。そして、その二日間は何週間にも! 何ヶ月にも感じられるんだよ! 分かったなら、さっさと話せ……!」
―――――ポン。
「……?」
段々と声を荒げる朔哉の肩に手が置かれる。振り返ると誠一郎が彼の真横に立っていた。
「……先輩」
「朔哉、そのくらいにしとけ」
「でも……!」
宥めるような口調の誠一郎に朔哉は不満そうな顔をする。あと一押しなのに……。反論しようとした所、予想外の一言をかけられた。
「彼女じゃない。お前だよ」
「……! 分かりました……」
渋々納得すると、再び片倉を見据える。彼女は……未だに震えていた。よく見ると口元が動いている。何かを伝えたいらしい。
「何か、言いたいことでも?」
同じく彼女の異変に気付いた誠一郎が、怪訝そうな顔で尋ねると―――――
「……られてるの」
「はい?」
「家族の場所、知られてるの……」
恐る恐る、そう言った彼女に朔哉は困惑した様子で聞き返した。
「え、誰に……?」
「言えない……言えない……!」
想定外の発言に何と言えば良いのか分からなかった。一瞬、自分たちを騙すための嘘かとも思ったが……彼女の尋常ならざる様子を見ていれば、事実を話していると判断できる。
「上の人間にか……」
納得したように呟いた誠一郎に片倉は何も答えなかったが、コクリと静かに……それでもハッキリと頷いた。
「どういうことですか?」
「よくある話だ。下っ端が口を割らないように、その家族を人質にするんだよ。組織犯罪の常套手段だな」
彼女にとって四十院神楽の場所を吐くことは即ち、家族の死に直結してしまう。つまり観念して居場所を吐いても、朔哉に逆らっても……どちらにしろ、彼女には地獄しか待っていないということだ。朔哉もまさか本気で情報を漏らすなんてことはしないが、目の前の女はそのように解している。
「あんたに幸あれだ……」
先程の勢いを削がれてしまった朔哉は溜め息混じりに呟く。そして自分でも意外な手を取ることになった。
「……分かった。四十院神楽の居場所を話せば、あんたの家族も警察に頼んで保護してもらう。どうだ?」
「本当に……?」
片倉は疑わしげに朔哉の顔を窺う。まあ、先程まで散々自分を脅していた人間から急に助け舟を出されたら、そうなってもおかしくはないが……。
「ああ。
防弾ベストに取り付けた武偵の紋章を指して言うと、自己嫌悪に陥りそうになり苦笑いを浮かべた。
(甘いな……俺も)
犯罪者相手にはドライでいるべきなのに……。
「わ、分かった……分かったわ。話すから………! 四十院神楽は――――――――――」
不安を抱えた様子ではあったが、目の前の女はようやく朔哉たちの知りたい情報を話し始めた。
いかがでしたか?
マズイ……ISの要素がほとんどない気がする……(´ヘ`;)
朔哉のやり方がゲスいと思った方もいらっしゃると思いますが、それなりの理由はあるのでご理解を頂けると嬉しいです。
次回の更新はGW明け以降になりそうですね。
それでは読んでくださって、ありがとうございました!
感想、批評は大歓迎です! 失礼します。
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第3話 「運命の日」
更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
理由は色々ありますが……期末テスト、レポート、夏季ゼミ、バイトなどです……。
何がGW明けぐらいには投稿するじゃ……。
今後も更新が遅くなることはあるかと思いますが、それでもという方は読んでくださると嬉しいです。
それではどうぞ!
誘拐事件における対象の生存率は、24時間以内で70%と言われている。48時間で50%、72時間で30%。つまり丸一日が経過する度に20%ずつ、命の灯火は消えかけていくのだ。
そして最終的には……。この事実は誘拐、拉致事件における迅速な対応がどれだけ重大かを物語っている。
そして四十院神楽が拉致されてから、既に24時間以上が経過していた。
(生きててくれよ……)
朔哉は依頼とは関係無く、純粋に彼女の無事を願っていた。自分たちと同年代である少女の命が危険に晒されている。……はっきり言って、気分の良いモノではない。
『朔哉、そっちはどうだ?』
無線越しに誠一郎の声が流れてくる。
”四十院神楽は15番倉庫の中”
そう白状した片倉と未だに気絶している構成員たちを誠一郎に任せた朔哉は、倉庫一つ一つの影に隠れながら目的地まで移動していた。
途中、途中で見張りを見つける度に背後に回り込んで気絶させるのには少々苦労はしたが、事がバレないようにする為には仕方が無かった。しかしそれを繰り返したおかげで、大半の敵は朔哉にプラスティックカフで拘束され、地面に転がっている。その敵の数も思っていたよりかは少ないようだ。10人か……多く見積もっても15人が良いとこだろう。少し時間は食ってしまったが、漸くだ。漸く自由に行動出来るはず。
倉庫脇に隠れ、現在地をマップで確認していたところ、誠一郎から連絡が入ってきたのだった。
「大方は片付けました。間もなく目的地に到着する予定です。そちらは?」
『
”最後の最後が一番危険”。犯罪捜査や捕り物の基本のキだ。朔哉も誠一郎も、この教えに随分と助けられた思い出がある。
「了解です」
無線を切るとMP5を肩から外し、それを構えながら周囲を見回す。大分、近くまで来ているはずだ。
「14……15……あれか」
周囲が暗いため分かりにくかったが、マップ上の配置を便りにNo.15とペイントされた倉庫を見つける。やや離れた場所から双眼鏡で様子を窺うが―――――
「……馬鹿じゃないのか?」
呆れた口調で思わず、そう呟いてしまったのには理由があった。
シャッターの前に二人、武装した女が立っている。他よりも厳重に守っているのが、一目で分かってしまったのだ。あれでは、”ここに誘拐した女の子がいます”と言っているのと同じだ。あまり頭が回る方じゃない。ここにいるのは全員、素人に毛が生えた程度の奴らだけなのだろう。
成る程。実はここに来るまでも、違和感はあった。
朔哉が背後に現れた事に気付いた数人は、銃を向けるよりも逃げることを選択しようとしたし、
少し気は楽になったが、素人は……本当に予想外の動きをするのだ。
朔哉は資料で読んだことがあるのだが、殉職してしまった警官や武偵の半数はプロではない素人に
彼女たちに気付かれないように中に入りたいが、残念ながら他と同じように出入り口はあのシャッターだけだ。これ以上は騒ぎを大きくしたくなかったが、仕方がない。少々荒っぽいが、あの二人にも眠ってもらおう。
そう考えた朔哉は彼女たちの視線を避けながら倉庫の裏側まで回ると、静かに屋根によじ登る。音を立てないように正面まで歩いていき、シャッターの真上まで来ると―――――
(呑気な奴らだ……)
話している内容までは分からないが、ゲラゲラと品の無い笑い声が聞こえた。一人はショートカットで、もう一人は茶髪のポニーテールの女だ。彼女たちは世間話に夢中らしい。危機感の無い連中だ。自分たちの真上に脅威が居るのに、全く気付かないなんて。
朔哉はMP5を肩にかけ、代わりに腰のホルダーから日本刀『津田越前守助広』を取り外す。それを鞘ぐるみで構えると
―――――タンッ
彼女たちの目の前に飛び降りた。
「え……?」
「な、何……!?」
二人は何が起きたのか、一瞬では分からなかったのだろう。突然、目の前に武装している黒装束の男が現れたのだ。仕方無いのかもしれない。しかし、振り返った朔哉の目付きと状況から、自分たちに危害を加えるつもりだということは早々に理解できたようだ。
「だ、誰―――――」
見張りの1人。ショートカットの女が何かを言い終える前に……
ヒュッ―――――バキッ!!
瞬時に間合いを詰めた朔哉に一閃された助広。その鉄拵えの鞘が彼女の胴に叩き込まれていた。
音からすると、肋骨の2、3本は折れてるかもしれない。
「ひっ……!」
白目を剥いて昏倒する仲間を目にしたポニーテールは、恐怖心から手にしたアサルトライフルを朔哉に向けて構える。その行動は、ほんの少しでも勇気がある証拠なのか、それともただ無謀なだけなのか……。
しかし引き金を引くかどうか迷っていた彼女は、朔哉に十分な時間を与えてしまった。
刀の鞘をライフルの銃身に当てると、軽く巻き上げただけで彼女の手から弾き飛ばす。そしてライフルがアスファルトの地面に落ちるよりも前に、抜き放たれた助広の白刃がポニーテールの首筋に当てられていた。刃を照らした月明かりが、その切れ味の鋭さを物語っている。朔哉が腕を一振りすれば、彼女の首はライフルと同じく地面を転がることになるだろう。
「四十院神楽は中だな?」
低いが良く通る声で聞くと、女はコクりと頷いた。死の恐怖からか、ふるふると震えている。
「他には誰がいる?」
「あ、あの娘だけよ……」
首筋に刀を当てられているのだ。こんな状態で嘘を付くとは思えない。
「……そうか、ありがとう。おやすみ」
朔哉は刃をクルリと返すと、彼女の後頭部に向けて振り下ろした。
「朔哉、遅くなったな」
手錠を掛けた二人を地面に転がしていると、間もなく誠一郎がやってきた。
「いえ、大丈夫です。奴らは?」
「ついさっき、
パジェロを停めた方角を見ると、回転灯の光が確認できた。
「ああ、良かった」
「それで……」
誠一郎が大きなシャッターを見上げる。
「ここだな?」
「ええ。こいつらの証言が本当なら……ね」
「よし、シャッター壊すぞ」
「俺が先に行きます」
「了解、援護する」
そう言った誠一郎はM4の銃床で大きな錠前を破壊すると、両手でシャッターを開け放つ。無防備になった彼を守るように朔哉から中に飛び込んだ。
「武偵だ!」
薄暗い倉庫内をMP5に装着したフラッシュライトで照らすと、二手に別れて奥まで進む。
あれだけ厳重にを守っていたのだ。四十院神楽は必ずこの中にいるはず。そう確信した朔哉だが……目の前にあるのは薄汚れた段ボールと錆び付いた鉄柱だけ。段々と不安になってきたが、それでも諦めずに進んでいくと―――――
(……!!)
倉庫内の一番奥だ。
今よりもさらに暗く、ジメジメとした場所に1人の少々が倒れていた。
お嬢様学校の生徒らしい制服に艶やかな黒い髪。一目で分かる。彼女が四十院神楽だ。間違いない。
周囲を警戒しながら、仰向けに倒れている彼女に近寄る。
「クリア。先輩、見つけました」
「こっちもクリアだ。誰もいない。……生きてるよな?」
後ろから、誠一郎が不安そうな声を上げる。
朔哉は彼女の首筋に指を当てて、脈を測った。
―――――トクン、トクンと静かだが確かに反応がある。
「大丈夫、脈はあります……。四十院神楽さん! 分かるか!?」
「…………」
朔哉が彼女の身体を強く揺すって呼びかける。しかし……少しも反応が無い。
「意識不明か。ただ眠ってるわけじゃなさそうだ」
「
「とりあえず、病院まで運ぼう。ここから一番近いのは……武偵病院か。朔哉、彼女を」
「了解。……失礼」
朔哉は神楽の両手を縛っている縄をナイフで切ってやると左腕を神楽の背中に、右腕は彼女の両膝裏に回し、ヒョイと持ち上げた。所謂、お姫様抱っこという奴だが……状況が状況のために恥ずかしいだの何だのは言ってられない。
それ以上に戦闘によって出たアドレナリンで、そんなことを気にするのが馬鹿馬鹿しくなっていた。
「
インカムに向かって話す誠一郎に続いて外に出る。
パジェロまで戻ると武偵高の護送車がすぐ傍で待機しており、
朔哉は彼女達とガンを飛ばし合う暇は無い。後部座席に神楽を横たえると、トランクから出した毛布を彼女の冷え切った体に掛けてやる。そして大急ぎで武装を解除し、助手席に乗り込んだ。
ジメジメとした薄暗い倉庫に叩き付けるような寒さ。一人は武装しており、もう一人は昏睡状態。
斎藤朔哉と四十院神楽が出会ったのは、そんな最低最悪の環境だった。
◆
-武偵病院 10:52 p.m.-
「大丈夫、命に別状は無いわ。後遺症も残らないでしょう」
治療室から出てきた
「四十院さんは、あなた達が思ってるよりも軽症だったわ。一応、今日と明日ぐらいは入院してもらうけどね」
「……ありがとうございます」
二人がぺコリと頭を下げると矢常呂先生は話を続ける。
「彼女が打たれたのは極普通の睡眠薬ね。ちょっと強めだけど……」
「……そうですか。それで彼女……
朔哉の質問に先生は少しだけ考えた後に答えた。
「そうね、時間が時間だから……明日の朝になれば気が付くと思うわ」
「そうですか、良かった……」
「それじゃ、俺は保護者の方に連絡してきます。心配なさっていると思うので」
そう言い残すと誠一郎は、待合室にある公衆電話まで歩いていった。
武偵病院とは言え、院内は携帯電話の使用が禁止されてる。あまりその規則は守られていないようだが、流石に教諭の前でそれはマズイだろう。
「俺は今夜だけでも四十院さんに付いています。念のため」
そう言った朔哉に対して、矢常呂先生は眉を顰めた。
「それは他の子に任せて、あなたはもう帰ったほうが良いわよ?」
「いや、しかし……」
「丸一日、動きっぱなしだったんでしょ? その様子じゃ食事も睡眠も碌に取ってないんじゃない? 今は大丈夫でも、その内倒れちゃうわ」
先生に事実を言い当てられる。
昨日の夜から睡眠は全く取れてなかったし、食事はエネルギーバーを少しとコーヒー。そして栄養ドリンクをがぶ飲みいう不摂生のオンパレードだ。
一日の徹夜ぐらい、朔哉にとっては何でも無かったが……優秀な医師がそう言っているのだ。聞いておいた方が良いのだろう。
「そう……ですね。それじゃあ……」
(それに武偵高の教師は怒らせるとマズイからな……)
…………想像しただけでも恐ろしい。
「土日はゆっくりと休んでね? また月曜日に学校で会いましょう」
朔哉のクラスの担任でもある彼女が優しく微笑む。
「分かりました。……色々ありがとうございました。失礼します」
朔哉がペコリと頭を下げると矢常呂先生は、じゃあねと言って去っていった。
(…………)
先生にはああ言ったが……朔哉はやはり気になっていた。
武偵病院は通常の病院よりも安全な場所ではあるが、それでも完全ではない。万が一、ヴァルハラの連中がやって来ないとも限らない。
そのため、神楽が退院するまで24時間体制で警護が付くことになっている。だからこれ以上、自分が心配する必要は無いのかもしれない。
間も無く誠一郎も戻ってくるだろう。そうなれば、自分達はさっさと帰ることになる。
それでも、ほんの少し……顔だけでも見ていった方がいいのではないだろうか? そんな衝動に駆られた。
(少しだけ……少しだけだ)
そんな言い訳をしながら、朔哉の足は神楽の病室の前で止まっていた。
まだ意識は無いだろうが、念のためドアをノックする。
勿論、中から返事は無い。
「失礼します……」
スライド式のドアを静かに開けて、室内に入る。
ベットの前まで来ると、スヤスヤと規則正しい静かな寝息が聞こえた。ホッとした朔哉はベッドに横たわっている神楽の寝顔をまじまじと見つめる。先程よりも顔色は良いようだ。矢常呂先生の言っていた通り、この様子ならもう大丈夫だろう。
(……それにしても)
写真で見た時も思ったが……可愛い子だ。いや、可愛いというよりも綺麗だと言った方が正しいのかもしれない。
色白の肌に、閉じていても分かる切れ長の大きな目。後頭部でお団子に纏められた、流れるような黒いロングヘアー。
(……年下には見えないな)
もうすぐ卒業するのだろうが、本当に中学3年生とは思えない程大人っぽい。
正直言うと……朔哉の好きなタイプだ。
ふと先ほど、神楽を抱えた時の光景を思い出す。
女性と付き合うどころか、手すら握った経験の無い朔哉にとって……それは未知の感触だった。
知らなかった。女の子の身体とは、あんなにも華奢で軽く柔らかいものなのか……。
(……また、会えるだろうか)
……馬鹿馬鹿しい。
一瞬でも、そんな考えを抱いてしまったことに首を横に振って思考を正常に戻す。
場合にもよるが、大抵の依頼はそれが終わると依頼人や対象と関わることは無くなる。だから今後、朔哉が彼女に会うことは無いのだろう。
本来、朔哉達の仕事は拉致された四十院神楽を救出することであって、拉致犯を逮捕することではない。それは警察の仕事だ。それも済んでしまったからには、朔哉が彼女に会う理由など全く無い。
懐から一枚の写真を取り出す。これは神楽の父親から預かったものだ。
どこか旅行にでも行った時に撮ったものだろう。そこにはカメラに向かって満面の笑みを浮かべている神楽が写っていた。
「はぁ…………」
溜め息を吐いた朔哉は、しばらく眺めていた写真をテーブルの上に置くと病室を後にした。
「……お大事に」
武偵となって、それなりの数の依頼人や対象と接してきた。彼女もその内の一人に過ぎない。
そう自分に言い聞かせて。
病院から出た後、武偵高で任務の報告が完了した朔哉は誠一郎と別れ、ようやく自分の寮に戻ることが出来た。既に日付は変わっていたが、ルームメートである不知火亮はまだ戻っていないらしい。
依頼が完了して緊張感から開放されたのか、朔哉の疲労は限界に近づいていた。
それでもフラフラの体を引きづりながら、シャワーを浴び軽く食事を取ると自室のベッドにゴロリと寝転がる。
ふと、スマホの画面を起動させた。
今の今まで電話機能しか使っていなかったため、お知らせメールやらLINEやらが何通か溜まっていた。
その中でも朔哉の注意を引いたのは
(……緊急ニュース速報?)
画面をタッチしてニュースサイトを開く。見出しにはこう書いてあった。
『衝撃!! 史上初の”男性”IS操縦者発見!!』
いかがでしょうか?
個人的に神楽の容姿はアニメ版よりも原作9巻のイラストに載ってる、ISスーツ姿の方が好きです。今作はそれをイメージして書いていくつもりです。
あかん……その神楽ちゃんが未だに一っ言も発していない……。
マズイ……戦闘描写を書く能力が皆無に等しい……。これから、めっちゃ出てくるのに……。
これからも精進します!
暑い日が続いています。皆様、水分補給はした方がいいですよ。いやマジで。
今回も読んでくださって、ありがとうございました!
感想、評価募集してます! それでは失礼します。
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第4話 「朔哉の長い一日 Ⅰ」
-東京武偵高校 第二男子寮 204号室 6:30 p.m.-
ピーピーッ、ピーピーッ、ピーピーッ―――――
(…………あ?)
ピーピーッ、ピーピーッ、ピー……バチン!
けたたましく鳴り続ける、目覚まし時計。枕に顔を埋めたままスヌーズ機能を解除すると、朔哉は顔を上げた。
(眠い……。寝たい……)
どちらかと言えば、彼はあまり朝が得意ではない。もうちょっとだけ……という欲望をどうにか抑え込んで起き上がり、その欲望に負けない内に自室に敷いた布団を丁寧に畳む。
ふと姿見に映った自分の姿を見て、朔哉は苦笑いをした。
(ひどい顔だな……)
寝起きの顔を他人に見せたくないという人も多いだろう。彼もその一人だ。
洗面所に行き、顔を洗う。……これで少しはマシになったはず。
ふらふらと歩き、リビングに入ると優雅にコーヒーを飲んでいる不知火亮の姿が目に映った。それなりに広い寮ではあるが、現状この部屋の住人は彼と朔哉だけである。
実は少し前まで、もう一人いた。三人は親友だった。共に学び、危ない場面では何度も助け合った。ところが彼は兄を亡くし、武偵に絶望し……
”二年になったら三人でチームを組もう”
という三人の約束も儚い夢と散ってしまった。
現在は
本人がそう望んだのであれば、外野の口出しは迷惑以外の何者でもない。
「おはよう、亮。……早いな」
「やあ朔哉君、おはよう。コーヒー飲むかい?」
「ああ。いただくよ」
サーバーを手に爽やかに言う亮。彼に淹れてもらったコーヒーをブラックで飲みながら、目を覚まさせる。
「朔哉君、疲れは取れた?」
気遣うように亮が聞くと、カップをテーブルに置いて答える。
「ああ、問題無い。土日もゆっくり出来たからな」
「……ふーん」
意味ありげに含み笑いをする亮。その笑顔は朔哉に僅かばかりの不快感を与えた。
「……何だよ」
朝、起きたばかりで機嫌も悪かったのもあり……ついつい親友にしかめっ面を向けてしまう。しかし、亮がこのような笑顔を見せる時は大抵、碌なことを言わないのを朔哉は知っていた。
そして今回もその考えは間違っていないらしい。
「朔哉君、依頼どうだった?」
「どうって……皆の知ってる通りだ」
「そうなんだ?」
「そうだよ」
朔哉が大真面目に頷くと、亮は笑いを堪えながら話を続ける。
「じゃあ質問を変えるよ。朔哉君、一昨日の土曜日は寮に居なかったよね?」
「授業無かったからな。俺だって休日に外出ぐらいはするさ」
「そりゃ、そうだろうね。でもね……土曜日に学園島の花屋から出てきた朔哉君が目撃されてるんだよ?」
「…………」
(何が悲しくて、こんな取調べのような事をされなきゃならんのだ……。しかも朝っぱらから)
熱いコーヒーを無言で口内に流し込む朔哉に対して、亮はただニコニコと微笑むだけ。彼の笑顔は……稀に朔哉に得体の知れない恐怖心を抱かせる。理由は彼自身にも分からない。
しばしの間、沈黙が続いたが……
「お前な………言いたい事があるなら言えよ。気味の悪い……」
先に音を上げたのは朔哉だった。沈黙に耐え切れなくなり、テーブルにカップを強めに置く。黒い液体が揺れた。
亮は笑顔を崩さない。その顔は全てを知っているような顔付きだ。つまり―――――
(こいつ、分かった上で聞いてやがる……)
亮は朔哉が土曜日にどこへ行ったのか既に知っているようだ。そしてそれを知った上で、朔哉本人の口から言わせようとしている。回りくどい質問ばかりをしているのは朔哉が口を滑らすのを待っているのだろう。
(こいつも中々良い性格してるよなぁ……)
今まで何度もこのような光景を見てきた。しかし大抵の場合は煙に巻くことに失敗し、亮に洗いざらいを話してしまう。
だが、何度も何度も同じ手に引っかかる程、朔哉も馬鹿ではない。無理に怒れば、亮の求める答えを自ら提供してしまうことになる。それはあまりにも癪だった。
「……」
「……」
再び無言の時間が続いた。たった数分が数時間にも感じられる。チラリと見た亮の笑顔はこう言っていた。
『もう全部、知ってるよ? 話しちゃいなよ』
と……。
「飯、食うか」
朔哉は無理矢理、話題を変えるとキッチンに入った。
「このジャム美味いな。どこで買ったんだ?」
ベリー系のジャムを塗ったロールパンに舌鼓を打つ。一見するとブルーベリージャムに見えるが、味からすると他の種類も混ざっているらしい。
「それ僕が作ったんだよ」
しれっとそう言った亮に朔哉は驚いた顔で手を止めた。
「……マジで?」
「うん、マジ。お気に召したなら何よりだよ」
「銃もナイフも格闘も出来て……その上料理も出来んのか。お前、弱点あんのか?」
呆れた様子で、それでも三つ目のパンを千切ると亮に苦笑いをされる。
「自分の弱点をペラペラ喋る武偵は居ないんじゃないかなあ」
「それもそうか……」
朔哉も釣られて苦笑すると、付けていたテレビの音声が耳に入ってきた。
『さて次なんですが……』
テレビでは朝の情報番組が放送されている。放送する内容は政治、経済、スポーツ、エンタメなど様々だが、ここ2、3日でテレビを騒がせている内容は……
『何と女性しか扱えないはずのISを動かせる男性が発見されました。原因は未だに不明ですが、事態の重大さから政府は起動させてしまった少年、織斑一夏君を保護することを決定し―――――』
……ああ、またこれだ。どこかのバカが勝手にISを弄って、起動させてしまったという類の話だ。
何度も何度もしつこいくらいに流れているニュースによると、件の織斑少年は高校受験の試験会場と間違ってIS学園の試験会場に入り、そこのISを起動させてしまったと言う。
だが、朔哉たちにはどうしても理解できないことがあった。
「……なあ、質問なんだけどさ」
テレビの画面を見ながら朔哉が口を開くと、スクランブルエッグを口に運んでいた亮も手を止めた。
「何だい?」
「置いてあるISを勝手に触ろうと思うか?」
「思わないね。何かあっても困るし」
「……だよな?」
『好奇心は猫を殺す』
武偵高に入ると、まず最初に教わることだ。どれだけ興味があったとしても、過剰な好奇心は己の身を滅ぼしかねない。そして目の前にあるのが世界最強の”兵器”であるなら尚更だ。これは武偵だけに限った話ではないだろう。
番組では今回ISを起動させてしまった少年『織斑一夏』をどのように扱うかを各分野の専門家達が議論していた。国で保護すべきとか、法律的にはどうとか、人権はどうするとか。
気の毒ではあるが、どちらにしろ彼はもう普通の生活には戻れないだろう。
そして、女尊男卑主義者と思われる女性ゲストが今回の出来事を批判し始める。それは一昨日から何度も見る光景だった。
何故、勝手にIS学園の試験場に侵入しISを触ったのか。
問題になるとは思わなかったのか。
男のくせにISを動かせるとでも思ったのか。
などなど、今日も朝から胸糞の悪くなるような事をほざいている。
「最初の二つは分かるけど、三つ目は負け惜しみにしか聞こえねえな」
「そうだね。事実、織斑一夏君はISを動かしちゃったわけだし」
朔哉が鼻で笑うと、亮も同意した。
その後も女性ゲストは延々と男を馬鹿にするような発言を繰り返していく。
しかし、他のゲストやアナウンサー達は眉を顰めはするが反論しない。……いや、出来ないのだ。
今のご時勢、女性同士ならともかく男性が女性に対して意見をすれば、自分の築き上げてきた立場を失いかねない。ましてや公の場で働く人間なら、その可能性も殊更に強くなる。彼らも干されたくはないのだろう。
女尊男卑社会。ISが創り上げた最悪の環境だ。
一部の企業でも女性社員を優遇するようになり、男性社員をことごとく切ってしまった。まあ、そういった会社がどうなったのかは安易に想像できるのだが、男性の就職率は年々低下している。
一般の企業だけではない。法の番人たる警察でもそういった風潮が年々濃くなっている。官僚でもなく、大して優秀でもない女性警察官が主要ポストに就いてしまっているのだ。
優秀な警察官僚であった朔哉の父も、その影響で左遷・降格処分となり出世コースから外れてしまった。そのため一時期は様々な県警を転々としていた。警視庁に戻ってきたのは本当に最近である。
男性警官や真っ当な考えを持つ女性警官が誠実に職務をこなし、かろうじて威信を保っているというのが現在の警察機関の実態であった。
幸いにも武偵社会”内部”には女尊男卑の風潮はそこまで浸透していない。何故なら、武偵は完全な実力社会であり男女関係なくランクで評価されるからだ。そのため、日々修羅場に足を踏み入れている武偵校の生徒にとって、女尊男卑主義者の女など怖くも何ともなかった。
しかし不便であることには変わりはない。警察から本来下りてくるはずの情報が差し止められた時もあるし、武偵校に圧力をかけられ捜査を断念せざるを得なかったこともあった。
……嫌なことを思い出してしまった。
朔哉はチャンネルを回し、別の番組に切り替える。しかし、どの番組でも同じ内容と似たような会話しか映っていない。
(ダメだこりゃ……)
テレビの電源を切ると、亮が意外そうな顔をする。
「消しちゃうのかい?」
「ああ。折角の食事が不味くなる」
吐き捨てるように呟いた朔哉はチャンネルをソファーに放った。
「そういえば、朔哉君も聞いたかい?」
「何だ?」
「今回の件で武偵校でもISの起動試験やるって。男子は全員が強制参加だってさ」
食事を終え後片付けをしていると、亮が思い出したかのようにとんでもない事を言い出した。
「本当かよ……。いつ?」
「確か……今日の放課後」
「なんだそりゃ、ずいぶん急な話だな。どこ情報?」
「
「……ってことはガチか。ちっ、めんどくさい……。俺は行かないからな。依頼があるって言えば大丈夫だろ」
そう言うと朔哉はスマホを取り出し、今日の放課後にジャストミートしている
「国の指示だから無理だと思うけど……」
と苦笑しつつ、自身も依頼を探し始める亮も満更ではなさそうだ。
数分後、手頃な任務を見つけた二人はそれぞれの自室に戻り、登校準備を始めた。
ブーッ、ブーッ、ブーッ―――――
机の上に置いたスマホが震える。メールが届いたようだ。
送り主と内容は―――――
From: 父さん
件名: おはよう
朔哉、おはよう。調子はどうだ?
今週末、暇だったら飯でも食いに行こう。
差出人は父である真臣からであった。
同年代の友人たちはどうだか分からないが、朔哉自身は父との親子関係は良好だと思っている。寮生活をしているがよく食事をするし、年に一度は二人で旅行にも行く。
都内に祖父母が住んでいるとは言え、たった二人の家族なのだ。父は自分との時間を大切にしたいらしい。
To: 父さん
件名: Re:
いいね。寿司希望。
それだけを打ち込んで送信すると、再び登校の準備に取り掛かった。
ハンガーに吊るしてある防弾制服に着替え、先日の任務では結局一発も発砲しなかった
そして刀掛けに掛かっている助広を鞘から引き抜いた。
二尺四寸。反りは強い。武蔵鍔で柄頭は銀細工。黒い鉄拵えの鞘に赤い下げ緒が巻かれている立派なものだ。聞いた話によると、先祖は200両の大枚を叩いてこの刀を手に入れたらしい。
毎日、丹念に手入れをしているので刃に一点の曇りもない。鞘に収め、防刃制の竹刀袋に入れる。
それから洗面所に行って髪を整える。高校生になると自分の見た目に気を使う人間が増えるが、朔哉も例外では無い。武偵である以前に学生なのだから、何もおかしいことではないだろう。
身支度を終えてリビングに戻ると、ちょうど亮も自室から出てきた。
「……悪い、待たせたか?」
「大丈夫。そろそろ行く?」
「ああ。」
玄関で靴を履きながら毎日の確認をする。
「朔哉君、今日の夕食どうする?」
「んー、遅くなりそうだから食って帰ろうぜ」
「了解」
いつもと変わらない会話が響く。
当たり前の日常が始まろうとしている。
しかし、少々いつも通りすぎやしないだろうか。
(変なことが起きなければ良いが……)
言いようのない不安に襲われながらも、部屋の鍵を閉める。
朔哉は勘は鋭い方だ。しかし今日ほど、それが外れてほしいと思ったことは無かった。
しかし彼の
◆
-東京武偵高校
「「受けられない?」」
武偵高の
「……どういう事でしょう? 矢常呂先生」
普段は教師に逆らわない、優等生の亮も流石に納得できないらしい。思わず説明を求めてしまっていた。朔哉たちの目の前で矢常呂イリン先生は申し訳なさそうな表情をしている。
「ごめんなさい、理由はまだ説明出来ないんだけどね? 今日の依頼は全てキャンセルになってしまったの」
「そんな……」
今までそんな事はあり得なかった。
信じられないといった表情で不知火は絶句するが、朔哉は冷めた目で床を見つめている。その理由とやらを分かりきっていたからだ。
全国の男性を対象としたISの稼動試験。これの他に無いだろう。
世界で初の男性IS操縦者の発見。調査をすれば、第二第三の織斑一夏が見つかるかもしれない。世間ではそんなことが騒がれている。なら、どんな手を使っても一人残らず虱潰しに調べ上げるはずだ。
……ふと朔哉の頭に一つの疑問が湧いた。
万が一にも、織斑一夏と同じようにISを動かせる男性が発見された場合……その人物はどうなるのだろう?
普通の生活には戻れない。家族には会えるのだろうか? 毎日、毎日、訓練や実験で月日が流れていく……。
「……斎藤君?」
何故か、そんなことを考えてしまった朔哉は矢常呂先生の言葉で現実に戻された。
「は、はい?」
「大丈夫? 何かボーっとしちゃってるけど……」
亮も不思議そうな顔をしている。そんなに顔に出ていただろうか?
「いえ……寝ぼけてただけです」
そう言って誤魔化すと、今度は先生からお小言を頂戴したのだが―――――
「もう……今日から月曜日よ? そんなんじゃ一週間、乗り切れないわ。授業中に居眠りしたらダメだからね?」
不覚にも先生の怒った顔を可愛いと思ってしまった。矢常呂先生は武偵高の中でも1、2を争う程の美人教師なのだ。笑顔が良いと友人たちは言っていたが、なかなかどうして……今の表情も魅力的ではないか。
依頼が無くなったのは残念だが、朝から良い物を見れたので良しとしよう。こんなこと口には出来ないが……。
「気を付けます。まあ、とにかく……今日のことは分かりました。聞き入れます」
素直に諦めると、亮も頷いた。自分も彼も単位に困っているわけではない。焦る必要は全く無いだろう。
「ごめんね? 明日からは大丈夫だと思うから」
「「はい」」
「ああ、それから斎藤君。先日の依頼の報告書、今週中に提出してね?」
「もう出来てます。どうぞ」
そう言って朔哉はファイルに入った報告書を手渡した。
「あら! もう書けたの? 感心ね」
「”行動に疾くあれ”です。確認お願いします」
「……うん……うんうん。OK! ちゃんと書けてるわね。確かに確認しました。私から蘭豹先生に渡しておくわ」
「お願いします。……失礼しました」
「ふざけた話だよな。武偵から依頼取り上げたら、何も残らないってのに」
「仕方ないよ。
「ああ、間違いないだろ。
大方、国際IS委員会とやらが
まさか武偵高に来ている依頼に全てストップを掛けられるとは予想外ではあったが、生徒である二人がどうこう言っても結果は変わらないだろう。亮の言ったように教師たちにどうにか出来るとも思えない。
「くそったれが……。これが
「朔哉君、口悪いよ?」
思わず毒を吐いた朔哉を亮が窘める。しかし朔哉の気持ちも分からなくはなかった。
武偵校内において、情報関係に関しては
対して
「あっ、さっくんとぬいぬい! おはよー!」
教室に着くとクラスメイトである、
友人に変な渾名を付けまくる彼女はクラス一の人気者だ。防弾制服をフリルだらけに改造し、一見するとただのおバカキャラだが、盗聴・盗撮・変装などを得意とする有能な武偵である。
「おはよう、峰さん。朝から元気だね」
「よう理子。……さっくんって呼ぶのやめろって」
「えー? じゃあ、さくやんに戻す?」
「……!? あれはダメだっ! バカ丸出しじゃねーか」
かつて付けられた、受け入れがたい渾名に思わず悲鳴を上げる。亮自身は気にしていないようだが自分の渾名が”ぬいぬい”で良いのだろうか?
「そういえばさ。さっくん、例の依頼どうだったの?」
今朝の亮と同じように、理子が興味深々に聞いてくる。彼女も先日の四十院神楽の誘拐事件が気になっているらしい。
「ああ、もう大丈夫だ。彼女、昨日退院したってさ」
「それでそれで!?」
「いや……それだけだよ」
食い気味の理子に対し、若干引き気味に答える朔哉。これは面倒な話に持ち込まれるかもしれない。
出来るだけ悟られないように、あえて彼女から目を逸らさない。しかし―――――
「え? 土曜日の午前中にお花屋さんに居たよね?」
無駄だったようだ。
理子はニヤニヤしながら朔哉の顔を見上げてくる。小柄な彼女とは身長差があるため、どうしても下から覗き込まれるような形になってしまう。
…………。
朔哉はグルンと顔を回して真横の亮を睨みつけた。
「お前が今朝言ってた”目撃情報”って、こいつのことか?」
―――――コクリ。
「……ったく」
ニコニコと笑みを浮かべながら頷いた亮を一瞥すると、理子に視線を戻した。
「んー? どうして花屋なんかにいたのー?」
当然、そういった質問が飛んでくる。しかし男が花屋に居た言い訳など、今の朔哉には思いつかなかった。どうしようもない事しか頭に浮かばない。
「……俺、花好きなん―――――」
「お花、持ってく場所なんて限られてるよね?」
「無視かよ……。あのな、さっきの
「「うん」」
亮と理子が同時に頷く。その正直さに朔哉は怒りを通り越して呆れてしまった。まだ朝だというのに、どっと疲れが押し寄せる。
「即答かよ……」
「峰さんも僕も全部分かってるけどね? だからこそ、朔哉君の口から聞きたいんだよ」
「そうそう、くふふっ♪」
二人は朔哉をイジるという、この世で最大の楽しみを堪能しているようだった。
「……あぁ……もう分かったよ」
いちいち、言い訳したり反論するのも疲れた。こんなことを続けていたら一日もたない。だったら潔く話して楽になった方がいいだろう。
からかわれるのを覚悟しながら、朔哉は真相を明らかにし始めた。
「いや、その……土曜日の午前にな? 矢常呂先生から四十院神楽が目を覚ましたって連絡があったんだよ」
「ほほう、成る程成る程。それで?」
キラキラと大きな目を輝かせながら、グイグイ近寄ってくる理子の頭を押しのけながら続ける。
「それでその……『来る?』って聞かれてな。折角、連絡貰ったのに断るのも悪かったから、花屋で花買って……」
「「買って?」」
「……み、見舞いに」
恥ずかしさから、最後の方は自分でも聞き取れない程の小声になってしまった。しかし、亮も理子もしっかりと聞き取ったらしい。
「はいっ! 頂きました!」
理子が万歳をしながら、朔哉の周りを走り回る。
そして、何とクラス中に聞こえる程の大声で叫び出した。
「みんなーっ! さっくんがついに白状したぞぉぉぉぉぉ!」
「ちょっ、おま……!」
「「「「「イエェェェェェイ!!」」」」」
内容をあまり理解していないはずなのに男女問わず、ほとんどのクラスメートから歓声が上がる。
一部の男子、特に朔哉と同じ
まるで、武士たちが勝鬨を上げているように見える。掛け声と状況は大分違うのだが……。
「おい、やめろ馬鹿理子! お前らも何だか分かってないだろうがっ!」
必死で騒ぎを抑えようとするが、一度起こったものは簡単には収まらない。
「いや~。ついに、さっくんにも春が来ましたか! めでたいですなぁ~♪」
遠慮無く、理子にバシバシと背中を叩かれる。何故だか分からないが、朔哉の知らない内にどんどん話がややこしくなっている気がした。
「いや、待ってくれ……。そんなお前たちの期待してるようなことは起きていないっての……」
「え~? 何にも無かったの? エッチいこと!」
理子が不満そうにブーブーと文句を垂れる。
「あるわけないだろ……。相手は対象だぞ?」
どんな任務であろうと、武偵は依頼人や対象と信頼関係を築くことが最も重要視される。
しかし、必要以上に親しくなってはいけない。
万が一の際に的確な判断が出来なくなり、自分だけならまだしも依頼人や対象の命も危険に晒すことになってしまう。
だから理子の言うようなことは御法度なのだ。
「でも、もう任務は終わったじゃん?」
確かにそうだ。神楽の保護が完了し、武偵病院まで搬送した時点で朔哉たちの依頼は満了している。
しかし、彼はどうしても安心出来なかった。
「いつ何があるか分からないだろ? ヴァルハラの連中がすんなり諦めるとはどうしても思えなくてな……」
「相変わらず神経質と言うか慎重だね~」
「でも、その慎重さに救われた武偵も多いよ? 皆、朔哉君に感謝してるんじゃないかなぁ」
亮のフォローに照れくさくなった朔哉はニヤけるのを必死で我慢してから続けた。
「い、いや俺の話はどうでもいいんだよ。それより二人とも……少し良いか?」
「「……?」」
クラス内の騒ぎが一通り収まったのを確認すると、キョトンとしたままの亮と理子を廊下に連れ出した。
「さっくん、どうしたの?」
「……理子、キンジの様子はどうだ?」
朔哉がその名を口にした瞬間、今まで笑っていた理子の表情が変わった。亮も何やら複雑そうな顔をしている。
「あー……キーくんねぇ……」
『遠山キンジ』
元
優秀な
好不調の波は激しかったが、咄嗟の機転や閃きには目を見張るものがあった。いずれは
しかし、そのキンジは昨年の冬に兄を亡くした。詳しいことは朔哉も聞けなかったが、それでキンジは武偵に対して絶望してしまったのだ。3年進学時には一般校に転校してしまうらしい。
……もったいないと思う。しかし、それは本人が決めることだ。朔哉自身にも彼を止める権利は無い。
それでも朔哉や亮は元ルームメートのことを気に掛けていた。こうしてキンジと同じ学科の理子から彼のことを聞いている。
「キーくんは昨日も
「そっか……。峰さん、何かあったら僕たちに連絡してくれる?」
「ぶラジャー!!」
「……これは前金だ」
そう言った朔哉が鞄から取り出した紙袋を理子に渡す。彼女は紙袋を……半ばひったくるように受け取ると―――――
ばりっ、べりっ、ばりばりっ!
目の色を変えながら破き始めた。その異常な光景を朔哉も亮もドン引きしながら見守っている。
やがて中から数本のゲームソフトが姿を現した。『R-15』マーク付きのそれらは世間では所謂”ギャルゲー”と呼ばれている代物である。
「おおーーー!! このゲーム超人気なのに、よく買えたねえー!」
「デカい声を出すんじゃない……! これ買うのとんでもなく恥ずかしかったんだからなっ」
ギャルゲーマニアの理子は実年齢よりも幼く見える。以前、店に売って貰えなかったと聞いて依頼料代わりに買ってくることになったのだ。亮とのじゃんけんに負けた朔哉が……。
彼はゲームショップの女性店員の目が忘れられなかった。蔑むような冷ややかな目を。
(ああ……帰りたい……。マジで……)
それを思い出してしまった朔哉は矢常呂先生が来るまで、がっくりとうな垂れていた。
「あれ? 朔哉君、帰っちゃうの?」
4時限目が終わり、すぐさま通学鞄を持って教室から出ようとした朔哉を亮が呼び止めた。
既に彼の精神的疲労は限界に達している。と言うのも、休み時間になる度にクラスメート達から四十院神楽について根掘り葉掘り聞かれたのだ。
どうやら友人の一人が入手してきた神楽の写真が原因らしい。確かに彼女程可愛い女の子の情報なら気になってもおかしくない。
しかし実際は仕事人間(学生に使うのは間違っているかもしれないが)で女っ気の全く無かった朔哉の僅かばかりではあるが確かな変化に、周囲はからかいつつも嬉しく思っていたのであった。そのため、他意は無い。
ただ、朔哉と神楽が直接話したのは病院での一回のみ。しかも、実はたった数分である。
武偵でもない普通の女の子と何を話せばいいのか全く分からなかった朔哉は、見舞いの言葉と依頼の報告だけを述べた後、早々に退散してしまったのだった。
なので周囲が思っている程、斉藤朔哉の脳内はお花畑ではない。
「何か、今日疲れたわ……精神的に……。ISの検査も面倒だし。だから―――――」
『生徒呼び出し、生徒呼び出し。
朔哉の言葉を遮るように流れた校内アナウンスは彼の疲労した表情を一瞬で真っ青にさせた。
昼休みになり、和気あいあいとした雰囲気の教室内の空気も凍りついている。弁当を広げ始めた生徒たちは哀れむような目で朔哉を見つめていた。
理由は彼を呼び出した声の主だ。
スピーカー越しでもハッキリと分かる、凄まじい威圧感を放ったのは
そんな彼女に呼び出されるとは……どうやら今日の朔哉は心底ついていないらしい。
「…………」
「…………」
たった数秒ではあったが、果てし無い時の流れを感じる程の沈黙。
「い、いってらっしゃい……」
それを破ったのは「生きて帰ってきてね?」という表情の亮の言葉だった。
◇
冗談ではない。
(……俺、何かやらかしたか?)
呼び出される理由がハッキリしているなら、それなりの覚悟は出来る。しかし、彼にはその理由が全く思い浮かばなかった。
今朝、矢常呂先生を通して提出したレポートに何か不備でもあったのだろうか?
……いや、それは無いだろう。提出前に何度も確認をした。それに、あの怠惰な
訳の分からないまま
「……あ、吉村先輩。こんにちは」
「よう朔哉。お前、呼び出し食らったろ? 珍しいな」
自動ドアから出てきた誠一郎は挨拶も早々に朔哉の不安を抉ってきた。事情が事情のため、ローテンションの朔哉に対して、他人事だと割り切っている彼はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「さぁ、全然思い付かないんですよね……。もう何が何だか」
「そうか。まあ、ドンマイだな。何事も勉強だと思えよ」
「先輩はどうして此処に?」
「ああ、これを貰いにな」
―――――ピラリ
そう言った誠一郎から渡された紙、そこに書いてある文字を見た朔哉はキョトンとした声を上げた。
「早退許可証?」
文字通り、用事や体調不良の生徒が早退する際に受け取る物だ。しかし、馬鹿正直に受け取りに行く生徒は殆どいない。実際にバックれようとした朔哉もそんなつもりは更々無かった。わざわざ、申請に行くのは誠一郎や亮のような真面目な人間だけだろう。
「体調でも悪いんですか? ……そんな感じには全然見えないんですけど」
「いいや? ちょっとな、勝どき署まで行ってくる」
「……勝どき署? どうしてまた?」
誠一郎の口から出た予想外のワードに朔哉は首を傾げた。
「あれ、知らないのか?」
「……何がですか?」
「お前と俺でぶち込んだ、ヴァルハラのクズ共はそこに移送されたんだよ」
「っ!?」
助け出した神楽のことばかり気にしていた朔哉はそのことを完全に失念していた。
末端とは言え、犯罪組織の一角を逮捕したのだ。迅速に動けば、芋づる式での逮捕のチャンスも十分にあるだろう。
だが、朔哉には引っかかる部分があった。
武偵高の生徒が逮捕した犯罪者たちは指定された警察署に移送することになっている。誠一郎が口にした勝どき警察署もその一つだ。
しかし―――――
「あの事件現場って芝浦……港区ですよね? どうして中央区の勝どき署に?」
「さあな。俺もよく分からないんだが……そこにしろって言われたらしいんだよ」
管轄外の署に犯罪者が移送される。そんなことが有り得るのだろうか?
「留置所いっぱいだったんですかね?」
犯罪が増加した現代なら、仕方がないのかもしれない。実際に署内の拘置所が満杯になり、悲鳴を上げている警察署も多いと聞いた。
「どうだかな……。まあ、ともかく何か分かると思ってな。知り合いの刑事さんに頼んだらマジックミラー越しなら見せてくれるってさ、取り調べ」
優秀で人当たりの良い誠一郎は警察でも顔が広い。何かと邪険にされる武偵の中でも珍しい存在だった。
「……でも、ISの検査どうするんですか? 放課後にやるって聞いたんですけど」
「2、3年生は午前中に全員済ませたぞ? もちろん、誰も動かせなかったけどな」
「え、そうなんですか?」
武偵高は少々、いやかなり封建的な学校だ。奴隷の1年、鬼の2年に閻魔の3年といった言葉もある。大抵の事は2、3年生が優先されている。
どうやら面倒くさがり屋の教師陣は一斉の検査を嫌がったようだ。武偵にはどうでもいいと思っている一般教科に上級生たちのIS検査をぶち込んでくるという教育委員会やPTAが聞いたら激怒するような事をやらかしたらしい。
だが、そんなこと朔哉にとってはどうでもよかった。
「せ、先輩。俺も連れてってください」
面倒なISの検査も避けられるし、ヴァルハラの情報も得られるかもしれない。一石二鳥だ。しかし―――――
「ダメだ」
朔哉の思惑は一瞬で砕かれた。誠一郎は静かに、それでも有無を言わさぬ様子で却下する。
「……どうしてですか? ISの検査受けてないからなんて言いませんよね?」
「個人的にそんなことはどうだって良い。だけどお前はまだ1年だ。基礎だけはきちんと学んどけ」
ムッとした表情で反論した朔哉に彼は諭すような口調で言い聞かせる。
武偵校では1年生時に武偵の基本を徹底的に学ぶ。そのため2、3年生より授業時間が長いのだ。そこで努力をするか怠けるかによって、今後の運命が変わってくる。
だから誠一郎の言っていることは間違い無く正しいのだ。朔哉もそんなことは重々、承知している。しかし頭で理解出来ても、心で理解するのは容易ではなかった。
「……」
「そんな顔するなよ、朔哉。進展があったら絶対に連絡するからさ」
仕方無いなあ……という顔をした誠一郎は
「……分かりました」
「早く職員室に行った方が良い。先生からの心象が悪くなる」
そう言われた朔哉は先輩の背中をただ黙って見送るしか出来なかった。
エレベーターで2階、3階と上がって行き職員室の在る4階で降りる。
大げさに聞こえるかもしれないが、細長い廊下を歩いている朔哉は死刑台へ向かうような気分だった。そして死刑囚が楽に死ねることを願うかのように、ほんの少しでもお叱りがマシになることを祈った彼は廊下の影に通学カバンを置くと、制服のネクタイをきちんと締め直す。これで少しはマシになったはずだ。
武偵高の教師相手には意味が無いとは分かっていたが……それは心の問題だと強く訴えたかった。
―――――コン、コン。
覚悟を決めて入り口のドアをノックする。
「失礼しま―――――」
「斎藤、こっちや」
…………?
予想外の方向から声を掛けられた。声がした真横に首を動かすと、そこには―――――
ニコニコと笑っている担任の矢常呂イリン、不機嫌そうな
その人物を捉えた朔哉の目が大きく見開かれる。
「あれ、君は……」
「こ、こんにちは」
アイロンがきちんとかかった紺色のセーラー服。そして同性でも羨むであろう艶やかな黒髪は一部を後頭部で結び、残りは肩の辺りまで垂らしている所謂、お団子ヘアというやつだろう。
彼女の姿は廃倉庫で監禁されていた時と全く同じだが、やはり薄汚い倉庫内よりも今の方がずっと映えて見える。
そう、そこに居たのはつい先日、自分たちによって助け出された四十院神楽であった。
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第5話 「朔哉の長い一日 Ⅱ」
予想外の来訪者に朔哉は暫しの間、ポカンとした表情を隠せずにいる。
どうして彼女がこんな場所にいるのだろうか? 見れば、病室で見たときよりも彼女の顔色は良い。体調も回復したのだろう。でも何故……? 意味が分からない。
「斎藤君? 彼女、あなたにお話があるらしいわ」
何故か上機嫌の矢常呂先生が神楽の両肩に手を置いて状況を説明してくれる。
「……話?」
「後はお前が何とかせえ」
「……はあ」
対照的に普段より不機嫌さ増し増しの蘭豹は……どうやら最近、力を入れている合コンにまた失敗したらしい。面倒そうに職員室に戻ってしまった。あの様子じゃ、今日の訓練でも生贄が出るだろう。
「じゃあ、ごゆっくりね?」
「はい、ありがとうございました」
神楽から礼を言われた矢常呂先生もその場を後にし、職員室前には朔哉と神楽だけが残された。
「…………」
「…………」
少しの間、沈黙が続いた。しかし、このままでは気まずい。そう思った朔哉は神楽に座るよう促す。
「取りあえず座ろうか?」
「はい……失礼します」
4人掛けのテーブルに向かい合って座ると、朔哉は目の前の元対象に視線を向けた。
慣れない場所で不安なのか、神楽もどこか落ち着かない様子で朔哉の顔をチラチラと盗み見ている。その表情は口では言い表せない程、魅力的で……本当に年下なのか疑いたくなるぐらい大人っぽかった。
(やっぱり綺麗な子なんだな……)
どんな場合であろうと、美少女に見つめられて気分の悪くなる男はいないだろう。
しかし一般女性との接点が少ない朔哉は、只々緊張するだけだった。お互いに様子を伺っているこの場をもし第三者が見たら、お見合いでもしているのではないかと感じるかもしれない。
「……退院おめでとう。身体の具合は?」
そんな状況に耐えられなくなった朔哉は、まず神楽に祝福の言葉を述べることにした。彼女も同じことを感じていたらしく、ホっとした様子で会話を続ける。
「ありがとうございます……もう大丈夫です」
「それは良かった」
睡眠薬とは言え、強力な薬物を打たれたのだ。後遺症が残らなければ良いがと思ったが、その心配も無用だったらしい。それを知った朔哉は少し安心した。
「あ、あの……!」
「……何だ?」
一方で、何やら意を決したような表情をしている神楽は椅子から立つと朔哉の真横に立ち、怪訝そうな彼に向かって深々と頭を下げた。
「お、おい何を……」
「先日は命を救って頂いた上に、お見舞いにまで来て頂いて……ありがとうございました。斉藤さんには感謝してもしきれません」
今までの武偵活動で、ここまで丁寧な感謝の言葉を聞いたことがあっただろうか?
国家資格とはいえ、日本国内では武偵は社会的にあまり認められている職業ではない。
依頼人の中には武偵に頼ることを恥と思っている人間も居るらしく、そうでない者も依頼が終わり報酬を支払ったら、もう用は無いと感じる例がほとんどなのだ。対象と信頼関係を築かなければいけない武偵にとって、それの有無は死活問題と言っても過言では無いというのに。
ボディーガードの依頼の最中、命懸けで守っている人間から侮蔑の目で見られたこともある。
「あ、いえ……大したことでは」
故に神楽の態度に困った朔哉は、自身も居住まいを正してしまった。
しかし彼女が此処に来た理由だけが、どうしても分からない。
まさか……また何かあり、助けを求めに来たのだろうか? それとも本当に礼を言うためだけに病み上がりの身体で訪ねて来たというのか?
「どうしても気がかりだったんです。病院では大したお礼も言えなかったので」
「…………」
「あの……ご迷惑でしたか?」
急に無言になった朔哉を見て、神楽は不安になった。良かれと思ってしたことなのだが、怒らせてしまったかもしれない。やはり急に訪ねてしまったのはマズかっただろうか?
「いや、迷惑ではないが……君すごいな……」
ようやく喋り出したと思ったら、その口から出たのは神楽が想像していたものとは全く異なった言葉だった。
「は、はい?」
拉致された人間が、こんなにも早く外出できるようになった例を朔哉は聞いたことが無い。トラウマとなり、外の世界に対して恐怖心を抱いてしまう人間が多いというのにだ。
ただ呑気なだけなのか、おとなしい見た目とは裏腹に鋼の心の持ち主なのか……。どちらかはまだ分からないが、目の前の少女は想像以上に胆力のある人物らしい。
しかし困惑した表情を見ると、本人にはその自覚が無いようだ。こういう人間は鍛えれば化けると、つい武偵的観点から見てしまった朔哉は思わず苦笑してしまった。
「いや、良いんだ。こちらこそ、わざわざ来てくれてありがとう」
驚きはしたが、それ以上に朔哉は嬉しかった。自分のような未熟な人間に対してここまで感謝してくれることを。
…………ニコリ。
あまり得意ではない笑顔を神楽に向ける。正直言って、自分の笑った顔は好きではない。目付きが悪いので、付き合いの短い人間にはどうしても恐怖心を与えてしまうことを知っていた。
以前、都内の幼稚園にボランティア活動で訪れた際……数人の園児に泣かれてしまったことがある。あまり良い思い出ではない。
それでも、自分でも驚くぐらい必死に“普通”の笑みを神楽に向ける。今、自分はとんでもなく奇妙な表情をしていることだろう。朔哉は、コミュニケーション能力が低い己を恨んだ。
鋭い目を細め、頬を引きつらせたその表情はお世辞にも良い笑顔とは言えない。まるで、狼が獲物を前にほくそ笑む……そんな感じだ。
だが、神楽は不思議と恐怖心や嫌悪感を抱かなかった。単純に笑うことが苦手なのだろう。むしろ、苦手ながらも必死でそうしていることに彼女は好印象を持った。
それに目付きこそ悪いが、容姿は整っている。
きちんとセットされた清潔感溢れる短い黒髪と鋭いが何処か知性と気品のある顔立ちからは、育ちの良さが伺える。しかし、どこか陰があるのは想像以上の苦労をしてきたからだろうか?
(不思議な人……)
今まで父を通じて何人もの男性を見てきたが、彼のような男は他に目にしたことが無い。それ故かは分からないが、神楽には目の前の少年がとても魅力のある人物に見えた。
彼はどんな人なのだろう?
少しの間ボーっと朔哉を見つめていると、その視線に気付いた彼が怪訝そうに眉を寄せた。
「……? どうかしたか?」
「えっ……? あっ、いえ……! 何でもないです!」
ブンブンブン!
必要以上に神楽は首を横に振る。慌てた様子の彼女の顔は心なしか赤かった。
「大丈夫か? もしかして、やっぱりまだ具合悪いんじゃ……」
「いえっ、大丈夫です! これでも身体は丈夫なので! 少しボーっとしてしまっただけですからっ」
朔哉が不安そうな顔で気遣うと、食い気味で否定されてしまった。心配だが本人がそう言うなら、何も言えない。
「なら良いんだが……あまり無理はしないようにな?」
「あ、ありがとうございます……」
我に返ったのか、恥ずかしそうに俯いてしまった神楽を朔哉は不憫に思った。
「そ、そうだ。あれから……って言っても、まだ3日か。何か変わったことはあったか?」
話題を変えてやるが、何とも下手くそなフォローだ。こういう時に亮や誠一郎ならば、もっと上手く立ち回れる。
「い、いえ……何もないです」
「でも、いつ何があるか分からない。周囲には気をつけろ。少しでも違和感を覚えたら、すぐに警察に行った方が良い」
「はい、分かりました」
素直に頷いてくれたので朔哉もホッとしたのだが……、
「…………」
「…………」
何てことだ……。まだ10分も経っていないのに、もう話のネタが尽きてしまった。
二人の間に再び、微妙な空気が流れる。
(何か無いのかよ……。折角、来てくれたのに彼女が可哀想だろうが)
自分自身にツッコミながら、話す内容を模索する。
あまりに関係の無い話題を持ち出すのも不自然だ。何か無いだろうか。何か―――――
(あ……)
「そういえば……高校受験の帰りだったそうだな?」
そう、神楽は入試の帰りに拉致されたのだ。依頼を受けた日、彼女の父親から耳にしたことを思い出すと、そのことを切り出す。
「え、ええ。まだ結果は分かりませんけど……正直、不安です」
「そんなにレベルの高い高校なのか?」
3日経っても結果が分からないということは、受験人数が多いからだろう。神楽が受けたのは相当にハイレベルな学校らしい。
しかし次の瞬間、神楽の口から出た言葉は朔哉の目を大きく見開かせた。
「はい、IS学園です」
「……へえ」
何ともタイムリーな話だ。史上初の男性IS操縦者がつい先日発見され、武偵高でも男子生徒全員に検査が行われる。
現社会を招いたと言っても過言では無いISを朔哉は好きではなかった。出来得るだけ、関わりたくないというのが本音である。
女尊男卑主義者達による犯罪は増加する一方だし、何より父の人生を狂わされているのだ。勿論、余計な敵は作りたくないので口には出さないが、ISに関わっている人間に対しても偏見を抱いてしまっていた。
しかし、目の前の彼女はどうだ?
今まで女尊男卑主義者など腐る程見てきたが、神楽はそれらの何れにも当てはまらない。それは、少し会話しただけですぐに分かった。
「合格してるといいな」
自分は……少し考えを改めるべきかもしれない。そう思った朔哉の口から出た素直な感想だった。
「は、はい……。ありがとうございます」
照れくさそうに、それでも神楽は嬉しそうに微笑んだ。
(そろそろ頃合いか……)
午後の専門科目の準備もあるし、何より食事も取っていない。腕時計を見た朔哉はテーブルから立ち上がった。
「……じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「え……? あ……」
神楽が名残惜しそうな顔をするが、違う方向を向いていた朔哉は気づいてくれなかった。
このままでは、もう一つの目的を果たせない。せっかく持ってきたのに―――――
「……?」
もう一度、目が合ったタイミングで神楽は自分の傍らに置いてあった紙袋を手に取った。
「あ、あの……斎藤さん、お食事は?」
「え? いや、まだだよ」
朔哉がそう言うと、神楽はパアッと眩しい笑顔を浮べ―――――
「良かった! あの……」
紙袋を彼に差し出した。キョトンとした表情で朔哉がそれを受け取ると……やや温かい。
「それ……よろしければ、召し上がってください」
「え、良いのか?」
渡された袋の中には、可愛らしい絵が描かれた紙製のランチボックスが入っている。バーコードや値段が書かれていないので、市販の物でないということはすぐに分かった。
「お口に合うかどうかは分かりませんが……」
恥ずかしそうに微笑んだ神楽は、指を合わせて口元を隠した。
その様子から一つの考えに至った朔哉は驚いた表情を浮かべる。まさか―――――
「……君が作ったのか?」
コクン。
可愛らしく頷いた神楽は、上目遣いで朔哉の顔を見つめた。どこか熱っぽい視線は気のせいなのか……今の彼には分からない。驚きの方が上回っていたのだ。
「あの、あまり期待しないでくださいね? 大したものは入っていないので……」
「……ありがとう。頂きます」
紙袋を抱えて彼女に礼を述べる。その口調は今日話した中で最も柔らかく、穏やかで、優しいものだった。
直接、礼を言いに来ただけでなく、まさか弁当まで作ってきてくれるとは想像も付かなかった。もちろん、朔哉は同年代の少女に食事を作ってもらった事なんて無い。
なんて良い
受け取って貰えて余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる彼女の顔はあまりに眩しく、直視することが出来なかった。
「……失礼します。お嬢様、そろそろ……」
不意に廊下の影から黒服姿の初老の男性が姿を現した。口調からすると、神楽の従者らしい。
彼は胡散臭げな目付きで朔哉をジロジロと見回すが……やがて興味を無くしたのか、すぐに視線を外した。
「え……もう少しだけ……」
時計を見た神楽がそう呟くが、男性は淡々と首を横に振る。彼女の意思を尊重するつもりは無いようだ。
「いけません。一時間後に倉持技研の方と食事会があると昨日、申し上げたはずです。お嬢様も参加していただけないと困ります」
「その件ならお断りしたはずですが……」
「旦那様のご命令ですので、従っていただきます。それに、先方のご子息もお嬢様にお会いしたいと仰っていたので……」
「そ、その話は……」
それは、彼女が大企業の令嬢であることを改めて理解するには十分すぎる光景だった。彼女は高校に進学する前から、親に人生を決められている。その内、そのご子息とやらと婚約するのだろう。
それを想像してしまった朔哉は言いようのない不快感を必死で抑えていた。
(何なんだよ……)
……どうも神楽と会って以来、調子が狂ったままだ。そんな自分に腹が立つ。
「本来、旦那様は此処に来ることも反対なさっていました。これ以上逆らうのは如何なものかと……」
似たような光景を理子から借りた漫画で読んだ覚えがある。こんなのは創作の中だけの話だと思っていた。
事実は小説より奇なりとはまさにこの事だろう。
「……分かりました」
渋々、納得した神楽が帰る準備を始める。完全に蚊帳の外に追いやられた朔哉はどうしたら良いのか分からず、黙って彼女の行動を見守るしかなかった。
しかし、やがて男性からの冷たい視線に気付く。
(…………違いない)
その場の空気と比例するように、貰った紙袋が急激に冷めていくのを朔哉は感じた。
自分がこの場に居ると迷惑がかかる。早々に退散した方が良いのかもしれない。
「……じゃあ俺は行くから。これ、本当にありがとう」
「あ……!」
そして何か言おうとした神楽を残し、逃げるようにその場を後にした。
―――――お前とは生きてる世界が違うんだよ。
男性の目はハッキリとそう言っていた。
◇
……ガラリ。
逃げるように教室に戻ってきた朔哉は、スライドドアを開けて中に入る。そんな彼を待っていたのは、クラスメート達の驚いた表情だった。
何をされるか知らないし、知りたくも無いが……
「あれー? 戻ってきた」
「てっきり、そのまま帰ったのかと……」
困惑した友人達の視線を浴びながら自分の席に向かうと、それぞれ昼食を食べていた理子と亮が集まってきた。
「……気が変わってな」
そう言って座った朔哉は制服のネクタイを緩めると、紙袋を机の上に置いた。
その仕草が疲れの溜まっているサラリーマンのように見えた亮は思わず苦笑いをしてしまう。
「さっくん、何それ?」
件の紙袋を興味深げに見た理子が真横の席に座ってくる。
一瞬何と言おうか迷ったが……別に無理に隠す必要は無いだろう。しかし馬鹿正直に全部話せば、きっと冷やかされる。それは恥ずかしい。
「……弁当だよ」
90%以上の事実を省略して必要なワードだけを伝えると、紙袋から取りだしたランチボックスを開けた。
「「おお……」」
朔哉の両サイドから中身を覗き込んだ二人が感嘆の声を上げる。
献立は唐揚げ、ふわふわの出し巻き卵、クリームコロッケ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。そして可愛らしく並べられた三つの俵型おにぎり。
形、色合い、量。それらの全てが完璧な状態で詰められた一つ一つが、朔哉の食欲を引き立てた。
「手が込んでるね。冷凍食品とかは一つも入っていないよ」
一目見ただけで亮が中に入っているメニューの全てを手作りだと見抜いた。彼の鋭い観察眼には、いつもドキリとさせられる。
(何故、俺は友人相手にビクビクしてんだ……)
朔哉は心の中でため息を吐いた。
「どしたの、コレ?」
一方で、唯々驚いた様子の理子が聞いてくる。
普段コンビニ飯や学食で済ませていた男が突然、このようなハイクウォリティーな弁当を持ってきたのだ。当然の反応であろう。
「ある人からのご厚意だ」
「「……?」」
何が何だか分からず、頭上に?マークを浮かべる亮と理子。
流石に元保護対象が直接会いに来て、渡された物だとは気付かなかったらしい。それが分かった朔哉は少しホッとした。
「……頂きます」
何故、ホッとしたのか……朔哉はコロッケを口に運びながら考える。
ただ冷やかされたくなかっただけなのか、それとも彼女との関わりを独り占めしたかったのか……今の彼には分からない。
(……美味い)
しかし、今食べている弁当は絶品である。それだけは確かだった。
◆
それからは、いつも通りの学校生活を過ごし、午後の授業も無事に終えた。
特に変わった事も起こらず、
最近は自分でも驚く程、調子が良い。訓練をするだけ強くなっていき、知識は学ぶだけ身に付いていく。朔哉はそれが楽しくて仕方がなかった。
もう一度教室へ戻ると、すぐに帰りのHRが始まり、教壇に立った矢常呂先生から連絡事項が伝えられる。
「それではHRを始めます。既にほとんどの人が知ってると思うけど、これから講堂でISの稼動試験を行います。男子は全員が強制参加。女子はこの場で解散ね」
(いよいよか……。面倒だなぁ)
どうなってしまうのか想像も出来ない事態にクラス中の空気が重くなる。朔哉も憂鬱な気分になり、頬杖をつきながら窓の外を見た。
がやがやと騒ぎながら帰る学生たちは……午前中に検査を終えた上級生だろう。彼らの姿を羨ましげに眺めていると、先生が話を続けた。
「もしかして、みんな緊張してる?」
―――――コクコク。
クラス中の男子が一斉に頷く。それはそうだろう。朔哉もポーカーフェイスを気取ってはいるが、実は緊張で心臓がバクバクだった。
そんな様子を確認した矢常呂先生が、いつも通りの天使の笑顔を生徒達に向ける。
「大丈夫よ、何も起こらないわ。この前、動かしちゃった子は事情が事情だからね」
世間では様々な推測が流れているが、「織斑一夏がISを動かしたのは、ブリュンヒルデの実弟だから」という説が有力だ。
しかし……いくら姉弟とは言え、姉に出来る事が無条件で弟にも出来る……。そんな事が本当に有り得るのだろうか?
しかもISには“女にしか動かせない”という大前提がある。
勿論、織斑千冬の盟友である篠ノ之束が何らかの小細工を施したなら有り得なくは無いが、しかし……。
………………。
「はぁ……」
何故、こんな不毛な事を考えているのだろう?
どうでも良いではないか。自分とは何の関係も無い。ISについてほとんど何も知らない人間が、そんな事を考えても時間の無駄なのに……。
やはり、今日の自分は何かがおかしい。
元対象のことで感情的になり、どうでも良いことに思考を巡らす。今まではそんなことは無かった。
(疲れてるのか? 眠れてるハズなんだが……)
眉間を指で解していると、クラスメート達が急に立ち上がった。
どうやら、朔哉がボーっとしている間にHRは終わってしまったらしい。それが分かると彼も慌てて席を立った。
其処に座るのが最後であったとも知らずに……。
目的地に着くと、既に検査を終えたらしい同級生たちが、ぞろぞろと出てきた。
彼らの顔を見ると、何やら安心したような、がっかりしたような……色々な表情が混ざり合って何とも言えない微妙な表情が読み取れる。
クラスメート達が彼らに感想などを聞いている中、朔哉は一人の生徒と目が合った。
「……キンジ」
「……ッ! お、おう……」
偶然、遭遇した元ルームメートは気まずそうに顔を逸らした。だが、朔哉は気に留めずに努めて明るい口調で話しかける。
「よう。最近どうだ?」
「……いや? 特に変わったことはねーよ」
以前と同じように自分に接する朔哉にキンジは少々驚いたが、すぐに彼から目線を外すと申し訳なさそうに俯いた。
「……そうか」
「じゃあな」
キンジはそれだけ口にすると、再び目を合わせること無く朔哉の真横をすり抜けていった。
「ああ……」
無理に引き止めるわけにもいかず、黙って見送るしかない自分が無力に思えた。チラリと背後にいる亮に視線を送ると、彼は無言のまま首を横に振る。
"今はまだ無理だよ"
"そうだな……"
口には出さないが表情でお互いに結論を下すと、先に講堂内に入っていった友人達を追いかける。
中に入ると、普段自分達が体育や式典などで使用している場所を複数のISが占領しているのが目に入った。
(……あ? あれだけ?)
これから検査を受ける男子全員がそう思ったはずだ。
今現在も他のクラスの生徒たち数人が検査を行っている。どうやら彼らで最後らしい。
驚いたのは検査の方法だった。もっとこう……採血やら内科検診やらをされるのかと思っていたのだが―――――
彼らはISに手を触れるだけで次々に引き上げていく。
(あんなんで本当に分かんのかよ……)
と呆れた朔哉は思わず真横にいる亮を見た。彼も彼で何やら拍子抜けしている。
クラスの男子は生まれて初めて触るであろう、未知の物体に期待と不安、そして恐怖を抱いていた。人間は未知なる物を恐れる傾向がある。それは武偵である彼らも変わらない。しかもそれが”世界最強の兵器”とするならば、抱く感情は倍増だろう。
しかし、朔哉はだんだん馬鹿らしく思えてきた。それと同時に先程まで変に緊張していた自分自身が情けなくなってくる。
「皆さんどうも、検査担当の安堂です。えー検査は簡単です。ISに触れば良いだけですから。自分の番が来たら、名前と出席番号を教えてください。じゃあ、さっさと終わらせて」
安堂と名乗った担当女性が心底、面倒そうに言った。
―――――男がISに触るんじゃない―――――
そんな態度が露骨に顔に表れている。どうやら彼女も女尊男卑主義者のようだ。
次々に検査が行われるが、誰も起動させることはない。当然だ。対象は全員、男なのだから。
(晩飯何にしようかなあ……)
どうでもいい事をボケーッと考えていると遂に朔哉の番がやって来た。
「……出席番号17番、斎藤朔哉です」
皆と同じように、目の前に鎧の如く鎮座している日本純国産の第2世代量産型IS『打鉄』に手を置く。
ほら、どうせ動かせないんだ。こんなことで緊張するくらいだったら夕飯のメニューを考えていた方が余程、建設的だろう。
(昨日はカレーだったし……
そんなことを呑気に考えながら、当然のようにISから手を離し、振り向こうとした…………その時だった。
……キン……
(…………ッ!?)
一瞬だ。一瞬の内だった。朔哉が打鉄を身に纏うまでの時間は。
次にこの機体の武装・性能・操縦法などの全ての情報が一気に脳内に流れ込んでくる。同時にこの世のモノとは思えない程の吐き気と頭痛に襲われた。
(……何だ……何なんだこれはッ……!)
講堂内にいる生徒達の驚愕に満ちた表情がはっきりと見える。
ハイパーセンサーで感覚の全てが強化されているためなのだが、今の朔哉には何がなんだか、さっぱり分からない。
「お、おい……」
「何なんだよあれ……」
「何で斎藤が!?」
「嘘だろ……?」
クラスメートたちの声が次々に聞こえてくるが、気にする余裕などは無い。大抵のことなら冷静に対処できる朔哉だったが、現在はパニックに陥っていた。
ほんの少し動いたつもりだったのだが、それだけで周囲の機器を次々に薙ぎ倒していく。急激な体調変化、そして初めて操作するISの感覚。慣れない状況のためだろうか?
盛大に転倒した。
タイミングを逃さずに安堂がタブレットからの遠隔操作で打鉄を強制解除させる。そして壁に備え付けられている赤いボタンを押すと、警報機のけたたましい音が鳴り響いた。
すると奥の方から黒服姿の厳つい男たちが次々とやって来る。
「拘束しなさい!!」
安堂が何やら金切声を上げるが、何を言っているのか良く聞き取れない。おまけにだんだん意識が遠のいてきた。
上手く立つことも出来ずに、やがて朔哉はゆっくりと床に倒れていく。
「朔哉君ッ!!」
体が床に叩き付けられる前に彼が見た光景は、自分に駆け寄ろうとして黒服男たちに止められる亮の姿だった。
◇
-東京武偵高校 第三男子寮 306号室 3:30 p.m.-
疲れた……。
自室に戻り、鞄を廊下に放り投げ、
ボスッとソファーに寝転がった遠山キンジは今日一日の出来事を振り返った。一般科目で英語、数学、現代文、世界史。専門科目で捜査学史……まあ、いつも通りだ。
それから、IS……インフィニットストラトスの検査だったか。興味が全く無いので詳しいことは知らないが、女にしか動かせない。自分も検査を受けさせられたが、反応は無かった。当たり前だが。
それにしてもだ。
しかし……事情があるとは言え、ルームメイトの二人には悪いことをしてしまった。このような、裏切るようなマネを……。
罪悪感に浸っていると、ポケット内の携帯電話が震え出した。発信者を見ると
『峰理子』
ブルーな気分なのに、よりにもよってこの女だ。バックれようか……と考えたが、いつまで経っても鳴り止まない。イライラしながらも、通話ボタンを押して、耳に当てる。
「……はい、もしもし」
『やっと出てくれた! キーくん今どこ?』
「……どこでもいいだろ」
『ふーん、まあいいや』
自分から聞いておいて、その態度は無いだろう……。文句の一つでも言ってやりたかったが、やめた。疲れるだけだ。
「で? 何の用だよ?」
『ああ……その様子じゃ知らないみたいだね』
「……何だ? 誰か死んだか?」
その場に第3者が居れば、ギョッとするような会話かもしれない。しかし悲しいかな……ここでは日常茶飯事だ。
『ううん。そうじゃないんだけど……さっくんがね……』
「……? 斎藤がどうかしたのか?」
『2人目になっちゃったよ』
「…………は?」
◆
女尊男卑社会において、市民の安全と治安を守る警察組織もその風潮が強まってきている。
そのことは以前にも記した。
しかしながら、そんな風潮の中でも変わらない男たちがいる。
《警視庁公安部公安第0課》
それが彼らが所属している部署の名前だ。
彼らはれっきとした警察官だが『殺しのライセンス』を持ち、凶悪犯を自分たちの判断で殺害できる。
簡単に言ってしまえば、国公認の”仕事人”だ。
女尊男卑派の官僚達は彼らのことが気に食わない。何度も潰そうと考えたのだが、結局は上手くいかなかった。理由は二つ。
余計なことをすれば自分たちの身が危ないため。
そしてもう一つは、彼らが”内閣総理大臣直下”であるためだ。
政治というものを考慮しなくてはいけない官僚達はこの事実を深く理解できていた。そして理解した上で、受け入れなくてはならない。
その0課のオフィス内で、一人の男性が黙々と資料整理をこなしている。
年齢は30代半ば程に見えるのだが、実年齢を言うと驚かれることが多い。そのため、初対面の人間からは「お若いですね」と言われることがよくある。勿論、社交辞令も多少は含まれてはいるのだが、同期の人間が次々と老け込んでいく中、そう言われるのは悪い気分ではなかった。
大量の資料を一枚、一枚不備の無いよう確認しては次々に判を押していく。遠目から見れば普通の事務官のような彼だが、もちろん只者ではない。かけている眼鏡によって多少は緩和されているが、その鋭い目付きからは幾度と無く修羅場を潜り抜けて来た様子が伺えた。
整理整頓されたデスクには彼の性格がよく現れている。余計な物はほとんど見当たらない。しかし、一つだけ目を引く物がある。
ビーズや貝殻で装飾されたフォトフレーム。
装飾の不規則さや粗さから、それが手作りであることが見受けられる。市販の物よりも劣って見えるかもしれないが、彼にとっては大切な、大切な宝物だ。その中央に収められた写真には彼と彼の愛する家族がカメラに向かって満面の笑みを浮かべていた。10年以上前の写真だが、父親である彼にとってはつい昨日の出来事のように思えてしまう。
写真を眺めていると、思わず笑みを浮かべてしまう彼を誰が責められよう。
だが同時に、暗く悲しい出来事を思い出してしまうのも毎度のことだ。
――――この時に戻れるなら――――
そう考えたのは一度や二度ではない。
しかし、時間というものは残酷で、一度過ぎ去ってしまった日々が戻るようなことは決して無いのだ。
過去に囚われている自分自身に嫌悪感を抱きながらも、ようやく作業を終えると眼鏡を外し、一息吐く。こった肩を回していると、今度はデスクの上で幅を利かせている黒皮のホルスター、その中に入った拳銃『S&W M&P』が目に入る。
”今度は何時、撃ってくれるんだ?”
長年、共に修羅場を潜り抜けてきた。この銃のことごとくを知っているつもりだ。しかし時折、引き金が引かれることを自ら望んでいるのではないか?
そんな錯覚に陥ることがある。
男性は深いため息を吐いた。全く……明らかに日本の警察官が持って良い銃ではない。
こんなモノを持たなくて良い日はいつになったら来るのだろうか?
この国の治安は悪くなる一方だ。引き金となったのは8年前に起こった「白騎士事件」。それ以来、女尊男卑主義者とその者達による犯罪行為が横行し始めた。海外に比べたらマシなのかもしれないが、ゆっくりと、しかし確実に日本の安全神話は崩壊しつつある。
そのために自分の息子まで過酷な運命を強いられている。警察官としても父親としても情けなく思うばかりだ。
(久々に飲みにでも行くかね……)
こんな仕事は飲まなければやってられない。行き着けのバーにでも行くかと考えていると、以前息子に言われた一言を思い出した。
『父さん? 自分では若いつもりなんだろうけど、もう40過ぎてんだぞ。少しずつで良いから飲む量減らせって』
心配かけたくないと隠していた健康診断の結果を見られてしまったのだ。休肝日を設ければ問題ないレベルなのだが、たった二人の家族だ。かなり心配しているらしい。
この部署で働いている以上、あまり長生きは出来そうにない。ならば唯一の楽しみである酒ぐらいは好きに飲ませて欲しいのだが……そんなことを話したらまた怒られそうだ。
しかめっ面をしている息子を思い浮かべ、苦笑いをしていると―――――
ポケットの中で携帯が鳴った。
画面を見るが……知らない番号だ。不思議に思いながらもを耳に当てて対応する。
「……はい」
『もしもし? 東京武偵高校1年A組担任の矢常呂イリンと申します。斎藤朔哉君のお父様でいらっしゃいますか?』
「……ああ、どうも! いつも息子がお世話になっております。どうかなさいましたか? 失礼ですが、もしかして朔哉が何か……」
『……それが…………――――…………――――』
「…………はい?」
彼女の発した言葉に、
◇
-
そこで朔哉は目を覚ました。制服姿のまま、ベッドに寝かされている。外を見ると―――まだ明るい。2月の下旬で日はまだ短いのだが、外の様子からすると、あれから大して時間は経っていないようだった。
寝ぼけた頭で、室内の椅子に腰掛けている人物を認識する。
若い女性、しかも眠気が一発で吹き飛ぶくらいの美人だった。
黒いスーツをビシッと着こなし、流れるような黒髪を後ろで纏めている。目つきは鋭いが決して粗野ではない、高潔な狼のような雰囲気を纏っていた。誰だろう? どこかで見たことがあるのだが……。
「目が覚めたようだな」
女性としては少々、低い声で話しかけてきた彼女は朔哉に水のペットボトルを渡す。
「……あなたは?」
「人に名を尋ねる時は自分から名乗る。違うかね?」
それもそうだ。いくら寝起きとは言え、朔哉は自分の不躾を反省した。
「……失礼。
「そうか。私は織斑千冬。これでも教師の端くれだ」
織斑千冬。
あぁ、思い出した。ニュースなどで何度も聞いた名前だ。IS元日本代表操縦者でモンドグロッソの初代王者。出場した公式戦は負け知らずの伝説的英雄ではないか。
轟かせたその名は
「……ブリュンヒルデ?」
その呼び名を口にした途端、ほんの一瞬ではあるが千冬が眉を顰めた。
「……織斑で良い。その呼び名はあまり好きではないのでな」
本来ならば誇るべき称号なのだろうが成程。非凡な彼女にも凡人には理解できない事情というものがあるらしい。
「なら織斑先生。どうも初めまして、違う機会にお会いしたかった」
「私もだ。気分はどうだ?」
「最悪だったけど、少しはマシになったかも」
貰った水で喉を潤して答える。頭痛が段々と引いてくるのが感じられた。
「そうか、何よりだ。ところで……君は現在の自分の状況を理解できているか?」
先ほどの光景が脳裏に浮かんだ。本来ならば女性にしか起動出来ないISを自分は動かしてしまった。あり得ないはずなのに……何故…………。
「はぁ……。ええ、分かってますとも」
「なら、さっさと起きなさい。私たちも忙しいの。男一人に時間かけてる暇は無いわ」
ドアを開けて入ってきたのは、検査担当官の安堂。彼女は入ってくるなり、辛らつな言葉を投げつけ、朔哉をゴミでも見るかのような目で一瞥した。
「ああ……先ほどはどうも」
「安堂さん……。彼は目を覚ましたばかりだ。顔色も良くない。暫くは休ませてやらないか?」
状況が状況のため、無理矢理にでも引きずり出すべきなのかもしれない。しかし、織斑千冬はそこまで人でなしになるつもりはなかった。
一方、もう片方はそうでもないらしい。
「織斑先生。ブリュンヒルデともあろう人間が、汚らわしい男一人に時間を浪費してどうするのです!?」
「あまりそういうことは……」
(自分は望まないのに、勝手に崇め奉られて……気の毒にな……)
朔哉は自分が汚らわしいと言われた事よりも、千冬を不憫に思った。
まあ、それが『世界最強』に付きまとう使命だと言ってしまえばそれまでなのだが。
「……いや、大丈夫。俺も武偵だ。そこまで軟じゃないんでね」
「へぇ、いつまで強気でいられるかしら」
鼻で笑った安藤に対して、朔哉は
「ハイハイ、何とでも」
シッシッ。ノラ犬を追い払うかのように手を振った。彼にとってもこの女はそれぐらいの存在価値しか無いらしい。
「このクソガキがッ……! 絶対に研究所に送ってやる……!」
そう吐き捨てた彼女はドアを叩き付けるように閉めると、保健室から出て行った。
「……すまない。嫌な思いをさせてしまったな」
申し訳なさそうに謝罪する千冬に朔哉は少々驚いた。
織斑千冬と篠ノ之束。この二人は現在における、女尊男卑社会を作り上げた張本人と言っても過言ではない。道行く女を見るたびに、その二人もそれはそれは強烈な女尊男卑主義者なのだろうなどと、勝手な想像をしていた朔哉だったが、それはとんでもない勘違いなのではないか。
少なくとも、眼前にいる織斑千冬という人間はかなりマトモな女性に見えた。それと同時に己の偏見を恥じる。
「いや、あなたが謝る必要は無い。大丈夫だ。慣れてる」
ベッドの側面に付いている、落下防止用の柵に手を置きながら立ち上がる。
「歩けるか?」
千冬が肩を貸そうとしたが、朔哉はそれを制した。
「いや、大丈夫です」
「そうか。それでは斎藤朔哉。これより君の今後を決める。来たまえ」
そう言って背を向けた千冬に朔哉はボソリと呟いた。
「そんな簡単に背中向けても良いんですか?」
「……何?」
怪訝そうに振り返った千冬に朔哉は続けた。
「俺の今後を決めると仰いましたね? その中には、あの女が言っていた『研究所に送る』という選択肢も当然入っているはずです」
「…………」
「どうなるか分からない人間は何をするかも分かりませんよ? そんな危なっかしい人間に……簡単に背中向けても良いんですか?」
そう言って笑った朔哉は自分でも気づかなかったのだが……どうやら相当ふてぶてしい面構えをしていたらしい。
「……ほう」
強かな少年だ。年齢には不釣り合いな程に。
それが織斑千冬が抱いた、斎藤朔哉の第一印象だった。
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第6話 「朔哉の長い一日 Ⅲ」
ただでさえ、非日常的な東京武偵高校には『三大危険地域』と呼ばれる、とりわけ物騒な場所がある。朔哉や亮が所属している『
普通の人間はそう考えるかもしれないが、そこは武偵高だ。普通の生徒が希少なこの学び舎において、彼らを教育する先生方も普通であるはずがないのだ。特に前歴が……。警察OBや元自衛官など危険ではあるが、真っ当な仕事に就いていた人間だけならまだ良い。しかし、中にはマフィアや殺し屋や傭兵など、聞いてから後悔するような経歴を持っている人間がゴロゴロいる。
そんな
(……5階?)
付属中の時から在籍4年目になるが、こんな上まで来たのは初めてだった。
それから、少しばかり廊下を歩くと『校長室』というプレートが掛けられた、やや豪奢な造りの扉の前で止まる。
「どうやら、ここらしいな」
そう呟いた千冬は扉をノックして部屋に入り、朔哉も後に続いた。
「失礼します」
「……失礼します。
蘭豹のいつも背負っている、馬鹿みたいに長い斬馬刀は今日は見当たらない。恐らくは武偵高のイメージを損なわせないためだろう。ご苦労な話だ。まあ、冗談はともかく……朔哉は二人に向かって頭を下げる。先生方にはとんでもない迷惑をかけてしまった。
「矢常呂先生、蘭豹先生。この度は多大なるご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません」
「た、大変なことになっちゃったわね……」
「まさかウチから出てまうとはな……」
どうやら彼女たちは朔哉に対して、怒っているのではないらしい。
では何故そんなに機嫌が……と思い部屋を見渡すと
(ああ……そういうことか)
奥のソファーに足を組みながら座り、何食わぬ顔で茶を飲んでいる安堂がいた。
恐らくは彼女が何か先生方を怒らせるような発言をかましたのだろう。朔哉本人の悪口やら、武偵自体の侮蔑だの内容はいくらでも考えられる。
(何て命知らずな……)
蘭豹は恐ろしさは見た目通りなのだが、朔哉が最も恐れているのは一見とても優しそうな矢常呂イリンだ。
こんな話がある。以前、朔哉が
矢常呂先生が本を読みながら、笑みを浮かべていた光景を。そして、その笑みが普段生徒たちに向けている天使のような微笑みとは真逆のゾッとするような黒い笑みであったことを。
本の題名や内容は分からなかったが、堅気の人間が読んでいい物ではないだろう。いや、そうに決まっている。
「こんにちは斎藤君。お待ちしてましたよ」
そんなことを思い出していると正面から不意に声を掛けられた。
(……?)
目線を上げると、どこの部屋にでもありそうな観葉植物と『校長
(校長先生ってこんな人だったか?)
この男の特徴を思い出そうとするが、思い出せない。始業式や終業式など行事で何度も目にしているはずなのに……。
そもそも朔哉の記憶の中に目の前の男の情報が殆ど残っていないのだ。
いや、今問題なのはそこではない。そもそも、ドアの真正面にこの人は居たのだ。入室したら真っ先にこの人物が目に入るはずなのに……何故だ? 何故、全く気付けなかった?
チラリと真横に目をやると、千冬も同じように驚愕から目を見開いている。……良かった。自分だけがおかしくなったのではないらしい。
朔哉は再び、正面に座っている男性を見据えた。
緑松武尊―――――通称は『見える透明人間』
人間には多かれ少なかれ、外見に必ず特徴がある。顔や髪型、声や身長など例を挙げればキリが無いのだが、その情報を見ること、聞くことによって人は他人を覚えていく。
しかし、目の前の男はそれら全て何もかもが、日本人の平均であるという説があるのだ。
何度見ても思い出せない、覚えられない。
だから声を掛けられるまで気付かなかったのだろうか? これはもう影が薄いというレベルの話ではない。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
朔哉は震える手を強く握り締めた。手に汗が滲んでいる。
目の前にいるのが、校長だったからまだ良い。だが、もしも万が一、犯罪者だったら?
この部屋に入った瞬間……自分の頭には風穴が開いていた。
それを想像しただけで、恐怖から顔が真っ青になっていく。今すぐにでもここから逃げ出したい衝動を必死で押さえ込んでいると、イリンが小声で囁いた。
「斎藤君、校長先生にご挨拶を」
極度の緊張を何とか和らげ、朔哉は姿勢を正した。そしてデスクに座ったままの緑松に頭を下げる。
「……失礼しました。斎藤朔哉です」
「はい、はい。校長の緑松です」
頭を上げると緑松も笑顔で返した。その笑顔もどこか張り付いたようなもので、感情は読み取れない。
「ご気分は如何ですか?」
「は、はい。何の問題も……」
「それは何よりです」
満足そうな緑松は「どうぞ」と着席を促した。
「とりあえず、お茶でも飲んでください。落ち着きますよ?」
「い、頂きます……」
出された湯のみに口を付ける。香ばしい緑茶は朔哉の冷えた身体を芯から温めた。
「それでは……」
全員が席に着き千冬が話しを始めようとした時、イリンが口を挟んだ。
「もう少し、待っていただけませんか? 斎藤君のお父様がもうじき到着されるので」
「……え?」
危うく、手に持ったままの湯のみを取り落としそうになった。それから、困惑と抗議の色が混じり合った視線を彼女に向ける。
「も、もしかして父を呼んだんですか?」
「ええ。斎藤君は武偵とは言え、まだ未成年よ? 保護者の同伴が……」
彼女は極々、当たり前のことを言っている。それは朔哉も分かってはいるのだが……どんな時も家族を優先してきた、あの父のことだ。息子の危機とあらば仕事など投げ出してくるはず。
しかし、父の仕事は”普通”ではない。いくら家族の大事とは言え、私用で抜け出せば父の立場と信頼が更に揺らいでしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。
「お連れしました」
だが、タイミングが良いのか悪いのか……丁度、新任教師の高天原ゆとりが父、真臣を連れて入室してきてしまった。真臣はグルリと部屋を見渡すとソファーに座り俯いている朔哉を認める。
「どうも、遅くなって申し訳ない」
「お待ちしてました。どうぞこちらに」
イリンに促され、朔哉の隣に真臣が座る。するとその様子を見ていた緑松がクスリと微笑んだ。
「?」
キョトンとした表情の朔哉に緑松は極普通の会社員が取引先の相手に社交辞令で向けるような笑顔で続ける。
「いや……やはり親子ですね。よく似ている」
朔哉は恥ずかしさで顔を真っ赤にしたが真臣は嬉しそうに微笑む。いくらか空気が和んだところで千冬が咳払いをして仕切り直した。
「それでは改めて……斎藤朔哉君、君はISを起動させた二人目の男だ。今現在も一部のIS関連の研究所や企業が君を勧誘してきている。まだこの件は公になっていないはずなのだがな」
それは、あれだけ周囲に人がいたのだ。しかも目撃者は毎日のように携帯電話を使用する高校生。いくら緘口令を敷いたとしても、たった一人でもネットにその事を書けば、あっと言う間に広がってしまう。朔哉は生まれて初めてネット社会を恨んだ。
「えーっと……馬鹿なこと聞きますけど、勧誘に応じたら俺どうなります?」
「モルモットは確実だろうな。嫌か?」
「もちろん」
「そうだろうな。そこでだ、君に提案があるのだが……どうだろう、聞くかね?」
「……伺います」
IS学園。ISの操縦者や開発に関わる人間のほとんどが通う、超エリート校だ。彼女の提案とはそこに来ないかというものだった。少なくとも学園に居れば3年間は安全であるという。
朔哉がまず驚いたのは、学園はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織、団体であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという規約であった。数年前のとある事件により、この規約は多少緩くなってはいるため、全く干渉されないということは無いが、安全性に関しては研究施設とは雲泥の差がある。
千冬の提案を聞くと、今まで無表情だった真臣の表情が少しだけ険しくなった。
「どうでしょう? 研究所よりかは格段にマシだと思うのですが」
「……そこに行けば、本当に息子の安全は保障して頂けるんでしょうか?」
「ええ、もちろんです。約束します」
「……って話らしいが……朔哉、どうする?」
「俺は……」
真臣の問いに何と答えたら良いのか、朔哉は迷っていた。恐らくこの選択で自分の一生が決まる。
「私は反対ですけどね」
その時、茶を飲んで無言を貫き通していた安堂がついに口を開いた。場の空気をぶち壊した彼女に視線が集まる。
「IS学園は女のみ立ち入ることが許された神聖な場所よ。こんな……どこの馬の骨とも分からないような男を聖域に入れるんですか? どこかの研究所にでも放り込めばいいじゃない」
「あなたは黙っててくれ……!」
やや声を荒げた千冬が元凶を睨みつけた。折角、上手く話を纏めようとしていたのに……。
IS委員会日本支部の命令とはいえ、こんな女を連れてくるのではなかったと内心舌打ちする。
もうこれ以上、彼女が醜態を晒すのを見たくなかった。そんなことをすれば、余計に自分たち女の価値を下げてしまう。何故、それが分からないのか?
”馬鹿を言え。自分で蒔いた種だろう”
心の中の自分が冷めた目で言い放つ。
……その通りだ。今の社会の形は自分たちが作り上げてしまったようなもの。悪友の戯言に唆された8年前。若さ故の過ちなどといった都合のいい解釈ではすまされない。後悔してもしきれなかった。しかし、だからこそ目の前の少年の未来を滅茶苦茶にさせるわけにはいかない。それが今、自分に出来る一番の償いなのではないか?
そう考えた千冬は自ら武偵高に来ることを志願したのだった。彼女は思い悩んでいる朔哉を見据える。その目は不安と恐怖心に満ちていた。
「選ぶのは君だ。どうする?」
考えるまでもなく、研究所は地獄。IS学園も安堂みたいな女ばかりなら、同じような物だろう。だが、どちらも地獄なら……せめて人間らしく生きられる場所が良い。
IS学園への転校。
それ以外に逃げ道は無い。それは朔哉にも真臣にも十分理解できた。
「……分かりました。IS学園に行きます……」
「そうか……」
千冬がホッとしたように頷いた。
こんな人だけなら良いのにな……。心の中でそう願ったが、世の中、そこまで甘くは無い。
だから今、自分がするべきことは自分の状況を少しでも良い方向へ持っていくことだ。
「ですが、俺にも条件があります」
「……聞こうじゃないか」
それは千冬にとっても想定内だったようだ。朔哉にも自身の要求を提示できる権利はあるらしい。問題はその要求を聞き入れてもらえるかどうかなのだが……。
「俺が出す条件は二つ。まずは、武偵ライセンス保持の継続。そして俺の情報の規制。この二つは絶対条件として提示させてもらいます」
今、こうしている間にも朔哉の情報はネットに乗り続けている。
正直言ってマズイ。今まで自分がぶち込んできた犯罪者の中には既に釈放されている者もいる。奴らが報復に来る可能性も十分に考えられるのだ。それが朔哉個人に向けての物だけならまだ良い。だが、自分に少しでも関わった人達に迷惑や危害が及ぶことだけは絶対に避けたかった。
武偵ライセンスに関しては言わずもがな。ISを動かしたことにより朔哉の立場は大きく変わったが、現状で自分の身を守れるのは帯銃許可も兼ねたあの
しかし条件を出した途端、安堂がテーブルを叩きつけた。卓上の湯飲みが揺れ、中身が小さく波を打つ。
「ふざけないで! IS学園に男が入るだけでも許せないのに、しかも銃まで持たせろって!? そんな物、今すぐに―――――」
「ところで俺の銃、知りませんか? 目を覚ました時には無かったんですけど……」
「ちょっとあんた! 話、聞いてるの!?」
「うるせえぞ、口を閉じろ」
「……ひっ……!」
安堂が情けない声を上げて、来客用のソファーに座り込んだ。朔哉が少し低い声を出しただけで、だ。
「なあ安堂さんよ。ウチが口出すんはどうかと思うんやけど、ちょっと自分勝手すぎやしませんかねぇ」
「なっ……」
呆れた様子で話に入ってきたのは今までずっと黙っていた蘭豹だった。
「コイツはな、まだまだ未熟な部分もあるんやけど、これからの
「あなた……かなりヒステリックね。心に余裕が無い証拠よ。良いカウンセラー紹介してあげましょうか?」
イリンにトドメを刺された彼女は憎々しげに眼前の武偵高教師達を睨む。
「安堂さん……」
「……!?」
千冬が自分のことを見つめている。怒りを向けられていたわけではない。どこか、哀れむような表情に彼女はついに黙り込んだ。千冬は気を取り直して朔哉に向き直る。
「君の要求については分かった。個人情報の規制は約束しよう。しかし、武偵免許に関しては約束できない。私の一存では決定できないのでな」
確かにそうかもしれない。見たところ、織斑千冬はいわゆる”現場”の人間だ。一個人の処遇の決定権まで期待するのは早計すぎる。
「斎藤。その件については
「……分かりました」
渋々、頷いた朔哉の肩に蘭豹は肩を回して囁いた。
「心配すんなや。お前にも何か目的があるんやろ? 本人の同意無しに勝手にライセンス剥奪なんてさせへん」
「……ありがとうございます」
ああ……自分は良い先生に恵まれた。普段は人間バンカーバスターなどと呼ばれ、生徒に「死ね!」「殺す!」と言いながらM500をぶっ放す彼女だが、本当に生徒が危機に晒されれば、手を差し伸べてくれる。
嬉しくなった朔哉は少しだけ甘えたくなった。
「蘭豹先生、さっきのは交渉術としては何点ぐらいですかね?」
「あー、Aマイナスってところやな。悪くはなかった」
「……? プラスじゃない理由は?」
「もっとアグレッシブに行っても良かったで。お前はもう少し、図々しくなった方がええ」
「分かりました。……あの先生、もし俺が武偵高に帰ってこられたら、今の単位くれませんか?」
「お前、急に図々しくなりすぎやで……」
その後、朔哉に対してIS学園の簡単な説明が行われた。必要書類にサインをし、電話帳程の分厚さのある参考書を渡される。入学日までに目を通しておけということらしい。まあ最悪は丸暗記してしまえば良い。理解するのはそこからだ。それから武偵高の寮から出ることになった。IS学園の入学日まで実家での待機を命じられたのだ。荷物は武偵高側がIS学園に発送してくれるらしい。それはありがたかったのだが、ルームメイトである亮が一人になることだけが心残りだった。
その後、真臣の運転で帰宅したのだが……
「…………」
「どうした? 何か言いたそうだが」
いつもどおりに車を運転している父に朔哉は罪悪感と疑問を抱くしかない。しばらくの間、二人とも無言だったが最初に切り出したのは真臣だった。
「何か聞きたいのか?」
「……父さん仕事中だったんだろ? こんなこと言うのはアレだけど……戻らなくていいのか?」
「ん? 大丈夫。今日はもう上がりだよ」
「……でも」
それでも不安そうな息子に真臣は苦笑を浮かべながら、黒い日産のFUGAを横断歩道の前で停止させた。そして真横に顔を向けるとやや悪戯っぽく笑う。
「朔哉、良いこと教えてやる。信用や信頼ってのはな、貯金なんだよ」
「?」
急にどうした? と怪訝そうな顔をする朔哉に真臣はこう続けた。
「普段から仕事で結果残して、約束守って、周りの期待に応えていればな、ちょっとやそっとで揺らぐことは無い。まあ、限度はあるけどな」
「……あんまり使いたくない貯金だな」
「はっはっは! 坊やにはまだ難しいかな?」
「誰が坊やか。……ったく、いつまでも子供扱いして……」
高校生になっても、一人前として扱ってもらえないことに頬を膨らませる。
「……子供だよ。いつまでも」
息子には聞こえないように呟いた真臣は、信号が青になったのを確認すると静かにアクセルを踏んだ。
◇
-港区元麻布 斎藤宅前 6:10 p.m.-
FUGAの助手席から外の様子を確認した朔哉は、げっそりと下を向いた。
(勘弁してくれ……)
自宅の前の通りを大勢の人間が埋め尽くしている。ざっと数えただけでも、3、40人は居るだろう。手には撮影用のカメラやマイクレコーダー、エトセトラ、エトセトラ……。そう、彼らは報道陣だ。
(マジかよ、おい……)
改めて自分のしでかしたことが、とんでもないことだということを実感する。
マスコミは嫌いだ。以前、キンジの兄の件で寮まで押しかけられたことがある。あの時期のキンジの憔悴しきった顔は忘れられない。
彼だけでなく、武偵高の生徒にも記者が纏わり付いたことがあったが、学校側から言われた通りに知らぬ存ぜぬを貫き通した。それでもしつこかった奴はいたのだが、ある日を境にマスコミの追求はピタリと止んだ。皆、驚いていたが朔哉は別に気にもならなかった。
なんてことはない。少し注意しただけだ。新聞社としても平成の世にフ○イデーの二の舞だけはご免らしい。
「おいおいおい……」
真臣が面倒くさそうな顔をするが、今更来た道を引き返すわけにもいかない。
「どうする……?」
「仕方ない。何も話さずに急いで家の中入れ。後は俺に任せろ」
「……分かった」
朔哉は助手席から飛び出すと、玄関まで一直線に駆け出した。しかし―――――
「あ! 帰ってきたぞ!」
「斎藤さん! 話聞かせてくださいよ!」
「IS動かしたんでしょー!?」
車を降りた朔哉に気付いた記者たちが一斉に群がってくる。まるで甘い汁を見つけた蟻のように……。
(う……うぜえ……!)
ネットに晒した奴を探し出して、いつか締め上げると心に誓った朔哉は逃げるように家のドアを潜った。問題行動を犯した芸能人ってこんな感じなのだろうか?
父は記者たちに向かって何か言ってるようだが、よく聞こえない。2階に上がり、自室のベットに倒れ込む。一気に疲れが押しよせ、強烈な睡魔に襲われた。このまま寝てしまったら、どれだけ気持ちが良いだろう。
(……そうだ、あいつには連絡しないと)
しかし、まだやるべき事があった。眠い目を擦りながらも、スマホを取り出して相棒に電話をかける。そして1回目の呼び出し音が鳴った時―――――
『……っ!? もしもし朔哉君!?』
いつもの穏やかな様子とは打って変わって、焦燥感に駆られた亮の声が聞こえてきた。どうやら、このパートナーは自分の思っていた以上に自分の身を案じてくれていたらしい。
「よう、亮!」
『ようって……大丈夫なのかい?』
「ああ! 何とかな」
不自然なくらいの明るい声。こんな高い声も出せるんだなと自分自身でも驚く。心配をかけたくなかった故なのだが、むしろ逆効果だったようだ。
『……嘘はやめてよ』
「え?」
『これでも1年近く、一緒に活動してたんだよ? 電話越しでも声聞けば大体の事は分かるさ』
そう言った後に彼の溜め息が聞こえた。先生に続いて、彼にまで迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思う。それと同時に心配してくれていたことが本当に嬉しかった。
「なあ、亮? 聞いてくれ。俺はしばらくの間、そっちに戻れそうにない」
『……え?』
「武偵高を離れなきゃならないんだ。理由は……その……」
『ああ……うん。分かるよ……』
千冬から、今日のことはまだ内密にしろと言われている。ここまで自分を心配してくれる親友にまで隠し事をしなければならないことに胸が痛んだが、察してくれる彼の懐の深さに感謝した。
「俺まで居なくなっちまってさ、済まない……本当に……」
『謝らないで? 僕は大丈夫だから』
ルームメイトを立て続けに失って、ショックだったはずだ。しかし、それを態度には出さず相手のことを気に掛ける。不知火亮はそういう男なのだ。自分には勿体無いくらいの相棒だと改めて感じる。
「俺の部屋の物は好きに使ってもらって構わないからさ」
『うん、ありがとう。あ、そうだ。朔哉君の荷物とか武器は先生に預けておいたから』
「……そうか、助かったよ。いや……本当に…………」
言いたいことや伝えたいことは山程あったが、色々な感情が込み上げ言葉に詰まってしまう。
今、自分は彼に何を言うべきなのだろうか? 感謝? 謝罪? いや……違うだろう。
『……朔哉君?』
「ん? ああ、いや……大丈夫だ」
ようやく口を開けたのは亮に名前を呼ばれた時だった。
一度、携帯から耳を離し大きく息を吸う。
馬鹿馬鹿しい。何を躊躇っているんだ、迷う必要など無い。言うべきことなど、今はこれしかないではないか。
「……なあ、不知火亮」
『う、うん。どうしたの? 急に改まって』
キョトンとした声を亮が上げる。
当然だ。朔哉はフルネームで彼の名前を呼んだことなど、一度も無かった。
「その……お前はさ、最高のパートナーだよ」
日頃、恥ずかしくて言えなかったその言葉を伝えると……胸のつかえが取れていくのを感じた。
電話越しに亮が息を呑むのが分かる。
『……ありがとう』
それからしばらくの間、二人の会話は続けられ……朔哉の精神的疲労も大分、回復していった。
◆
全てが終わり、千冬がIS学園に戻った時は既に21時を回っていた。少々遅くなってしまったと腕時計を確認した彼女の顔からは、やや苦い表情が読み取れる。
明日も平日だ。通常通りに授業がある。軽く食事を取り、シャワーを浴びて早く休みたい。
それにしても最初に連絡を受けた時は頭を抱えたくなった。自分の弟に続き、また男のIS適性者が現れたとあっては無理も無いかもしれないが。
しかし……何故、動かせた? 弟が、一夏がISを起動できた理由は何となく想像できる。旧友である、篠ノ之束が何らかの細工を施したのだろう。
では、あの少年……斎藤朔哉は?
束とは何の関わりも無いはずだ。あの女が一部を除いた他人に興味を示す可能性は低い。
一応は連絡を取ろうとしたが、相変わらずの音信不通。念のため、
どうも腑に落ちない。そうなれば、男がISを動かす理由など見当もつかなくなる。
(もう少し、調べる必要があるな……)
ため息を吐く千冬。だが収穫が全く無い訳では無かった。
―――――斎藤朔哉。
彼の経歴は明らかにおかしいのだ。最初は少々、一般の高校生とは違う程度かと思っていた。ところが細かく調べれば調べる程、幾つかの矛盾が生じてくる。
例えば経歴上、彼は1993年2月1日に都内の某大学病院で誕生している。しかしその病院に問い合わせても、その日に斎藤朔哉という名の赤ん坊が生まれたという記録は存在しないというのだ。
幼少期に通っていた小学校も転校の繰り返しで
彼の父親に至っては更に謎だ。
―――――斎藤真臣。
元警察庁のキャリア組。優秀な官僚だったが現社会の風潮により降格、左遷され様々な県警を転々としたようだ。現在は警視庁の公安部に所属しているが、分かっているのはそれだけ。彼の詳細な経歴は一部の幹部を除き、閲覧自体が許されていない。
(彼らは……一体、何者なのだ)
そして千冬が特に気になったのは、既に死亡している彼らの家族についてだった。
朔哉の母親と彼の双子の弟は今から5年以上前に交通事故で亡くなっている。いや、それだけなら不幸な事故で済ませられるのかもしれない。だが……二人が無くなった時期と真臣が降格した時期が"丁度"重なっているのだ。単なる偶然かもしれないが、違うのかもしれない。今の千冬に真偽は分からなかった。
(……ん?)
長い廊下を渡り職員室へ向かうと、まだ灯りが点いていることに気付く。
(まだ、誰か残っているのか?)
そう思い中に入ると、彼女の同僚たちが4人残ってお喋りをしていた。こんな遅い時間にも関わらず、楽しそうにガールズトークに花を咲かせている。
「ただいま戻りました」
そう声をかけると、ようやく彼女たちがこちらに気付いた。
「あら! 織斑先生、お帰りなさい」
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
「遅かったですね」
四者四様の返事。彼女たちの手にはそれぞれ、お気に入りであろうマグカップが握られている。
「先生方、こんな時間まで何を?」
「何って、織斑先生をお待ちしていたんですよ?」
当たり前のように言ったのはカナダ出身の数学教師、エドワース・フランシィ。25歳で現在彼氏募集中だ。
「私をですか?」
はて? と千冬は首を傾げる。何か、連絡事項でもあっただろうか? しかし、記憶を探っても特に思い当たる節は無い。
「二人目の子が見つかったんですよね?」
「どんな子でした!? 聞きたいことが山程あるんです!」
何と……わざわざそのことを聞くためだけに、こんな時間まで残っていたらしい。
(全く、この人たちは……)
呆れた千冬は黙って背を向けようとしたが、彼女達に半ば無理矢理座らされてしまった。
タブレットを取り出したフランシイが画像をスライドさせると、彼女達の目の前に空中投影ディスプレイが現れる。そこには端正な顔立ちをした少年の写真が写されていた。端正と言っても、一人目の男性IS操縦者である織斑一夏とは正反対の雰囲気。目付きが鋭く、写真からも眼前の人間を射抜くような威圧感を感じる。
不機嫌そうな彼の表情に多少の罪悪感を抱きながらも、千冬は女子会に参加した。
「えーっと、斎藤朔哉君。東京武偵高校1年A組、
プロフィールを読み上げた国語教師の榊原菜月が感嘆の声を上げる。
「優秀な子みたいね。会うのが楽しみ」
「で、でも……怖そうですね……」
山田真耶という眼鏡をかけたショートカットの教師が不安そうに言うが、白衣を着た保険医の
「そうかしら? 私は可愛いと思うわ」
「えー? 緒方先生、趣味悪いですよー」
「あら。こういうツンツンしている子ほど、接してみると可愛いものよ?」
そう言った章子は千冬のカップにもコーヒーを淹れながら話を振る。
「千冬ちゃんはどう? 実際に会ってみて」
「そうですね……」
渡されたマグカップで冷えた手を温めながら千冬は考える。
「最初は少し強かなだけの少年だと思いました。しかし、年齢に不相応な威圧感があります。武偵とはいえ……まだ16そこそこの少年であるはずなのに……」
ディスプレイの朔哉の顔を改めて見る。少なくとも高校生のしていい目付きではない。
矛盾のある経歴、潰された父親のキャリア、そして母と弟の死……。
今の彼を形成している物の中には間違いなくこの3つが含まれている。
(…………はぁ)
彼が何者なのかは分からない。
しかし、この学校の生徒になる以上は自分は教師として彼に接するだけ。それだけは間違いない。
今年は例年よりも忙しくなりそうだ。
覚悟を決めた千冬はカップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。ブラックならではの苦味は、今後襲い掛かる苦難を予測させるには十分過ぎるものだった。
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エピローグ 「火種」
今回で第一章は終了となります。
予定通りに「朔哉の長い一日」を何話かに纏めました。
前回の投稿後にUAが20000を超えて、お気に入りに登録してくださった方も200名に到達しました!
感想を書いてくださった方、評価を付けてくださった方もありがとうございます!
今後も読んでくださると嬉しいです。
それではどうぞ!
(ええっと……このPICってのが、ISの基本システムで……)
千冬から受け取った、信じられない程分厚い参考書を開いて朔哉は必死で頭を働かせていた。
はっきり言って、内容はあまり理解出来ていない。出てくる単語の中で重要と思われるものにラインマーカーを引き、それを丸暗記するのが精一杯だった。
転入まで約2ヵ月。授業が始まってから「ごめんなさい、全く分かりません」なんてことは許されない。しかし、興味の無い事柄を勉強することは苦痛以外の何物でもなかった。
(げっ、もうすぐ10時か……)
机に置いてある目覚まし時計を見て驚く。つまり夕食を食べてから約3時間、ずっと机に向かっていたことになるのだ。だが一生忘れられない出来事があった今日、朔哉の集中力と疲労は限界に近づいていた。
(今日はもうやめにしよう……)
中途半端な状況で勉強しても、覚えられることなど高が知れてる。朔哉は頭がオーバーヒートを起こす前に参考書を閉じた。
窓に近づき、そーっとカーテンに手をかける。そして隙間から道路を見下ろすと―――――
「チッ……」
家に戻って既に数時間が経過したというのに、未だに数人の記者が彷徨いていた。もしこの場に第三者が居たとしても、うんざりした朔哉の舌打ちを咎められる者など居ないだろう。
彼らに気付かれる前に窓から離れて本棚へと向かう。適当に引っ張り出した文庫本を読んでいると、1階から真臣の声が聞こえた。
「朔哉ーー! 風呂空いたぞーー!」
「おーう」
本を戻し、準備をして部屋を出ようとした……その時―――――
『♪♪♪』
机の上でスマホの呼び出し音が鳴り響いた。
(こんな時間に誰だよ……)
ドアを閉めて、念のため画面上の番号を確認する。
(……え?)
発信者は……『吉村誠一郎』。
となると、出ない訳にはいかない。消した電気を再び点け、液晶画面の応答ボタンを押した。
「はい、斎藤です」
『……朔哉、俺だ。こんな時間に電話して悪いな』
申し訳無さそうな、そしてどこか疲れたような先輩の声。昼に会ったばかりなのに、もう随分と長い間話していないように感じられる。
「いえ、大丈夫です。お疲れ様です」
『話は聞いたよ。とんでもないことになったな……』
「ええ、まあ……」
”とんでもないことになった”。今日だけで十回以上、聞く言葉だった。
実は帰宅直後に亮と通話して以降、友人の何人かが心配して連絡をくれたのだ。だが皆、上記と似たような台詞をまず最初に吐く。どうやら誠一郎も例外では無かったようで、それが朔哉には可笑しかった。
『武偵高離れるのか?』
訓練や
「はい……"転校"することになりました」
"どこに"とまでは言えないが正直に話す。だが、勘の鋭い誠一郎なら行き先くらいは分かっているのかもしれない。
『……そうか。残念だが、もしかすると今はその方が良いのかもしれない』
「と言うと?」
先輩の言い方に少しばかり引っかかりを覚えた朔哉が聞き返す。だが、帰ってきたのは予想外の言葉だった。
『お前、今から出られるか?』
「い、今からですか?」
もう一度、時計を見ると既に10時を幾らか過ぎている。父に何と言われるか……。
『伝えたい情報がある。"先週金曜日の一件"でな』
「……!」
先週の金曜日。
あった出来事など1つだけだ。誘拐されたあの少女を助け出し、犯人を大勢ぶち込んだあの日。
解決したはずなのだが、一体何があったのだろう。しかも電話越しではなく、わざわざ会って伝えたいだなんて……。
『正直、これ以上お前に負担は掛けなくないんだがな……知っておいた方が良いだろう。だけど、電話で話すには危険すぎる気がしてな』
誠一郎の口調に違和感を感じる。何かが起きたのだ。
朔哉の武偵としての第六感が、そう告げていた。
『今、台場の海浜公園にいる。来られそうか?』
「……分かりました。すぐに行きます」
そう言って電話を切り、上着を羽織る。そして小さな金庫の中から護身用の
「朔哉、父さん明日も早いからもう寝るな……って……」
1階に駆け降りると、リビングから真臣が顔を出す。しかし、朔哉の出で立ちを見ると目を丸くした。
「おいおい……お前、そんな格好して何処に行くつもりなんだよ」
「俺の関わったヤマで何かあったみたいだ。ちょっと出てくる」
「ちょっとってお前な……。あれだけのことがあったのに―――――」
「すぐ帰るから」
真臣の言葉は振り返った息子の声に遮られた。静かだが有無を言わせない口調、意思の強い目。時折見せる彼のそういう所は、死んだ妻にそっくりだと毎回のように驚いてしまう。
(プロ意識に関しては一人前か……)
贔屓目抜きでも、朔哉の武偵としての実力は高い。会うたびに成長を感じるくらいだ。
今日も周囲の助け舟があったとは言えIS学園の人間……しかも、あの織斑千冬を相手に自分の要求を堂々と述べた時は素直に驚いた。
まだ学ばなくてはならない部分もあるのだろうが、それは経験を積めば何とでもなるはず。
もうそろそろ……ただの子ども扱いは終わりなのかもしれない。
引き止めるのは無理そうだ。
そう思った真臣は壁に掛かっているキーを1つ取ると朔哉に投げて寄越す。
「使えよ」
「え……」
飛んできたキーを咄嗟に掴むと、朔哉はキョトンとした表情で父の顔と手中のそれを交互に見た。
「裏口からガレージに出ろ。そうすれば目立たない。それから、メットはきちんと被るように。俺は寝る」
「……ありがとう」
そう言って飛び出して行った朔哉を見送ると真臣は寝室に入った。そして閉めたドアに寄りかかると、悔いるように目を閉じ―――――
「すまん、
左薬指の指輪を触りながら、そう呟いた。
◆
自宅から海浜公園まで数十分はかかった。
真臣から借りたバイクを停めると、朔哉は誠一郎を探す。日中は平日でも人が多いが、流石にこの時間になると殆ど誰もいない。
歩くこと数分。誠一郎は夜景の見える人工ビーチに1人で立っていた。
どこかボンヤリとした背中。その先には、あの日2人で駆け抜けたレインボーブリッジも見える。
「先輩! 遅くなりました」
朔哉が近づくと、誠一郎も気付いて振り返った。
「……ああ。急に呼び出してスマンな」
そう言った彼は……かなり疲れているようだ。だがそれは、肉体的疲労と言うよりも精神的疲労のように思われる。朔哉は誠一郎のこんな表情を見たことが無い。
「いえ、俺のことは良いんです。それよりも何があったんですか?」
「……今日の昼に会った時、勝どき署に行くって話したよな?」
やや、躊躇うように話し始めた誠一郎に朔哉は眉を顰める。やはり何かあったようだ。
「……え、ええ。逮捕したヴァルハラの連中の取り調べを見に行くって……何か分かったんですか?」
食い入るような目付きでそう聞くが、誠一郎は首を横に振った。
「いいや、話は聞けなかったよ」
「聞けなかったって……」
まさか、取り調べを見せてもらえなかったのだろうか? だが警察から、あまり悪印象を抱かれていない彼が門前払いを喰らうとは考えられない。
なら、何故……?
「…………」
「先輩……?」
黙り込んでしまった誠一郎に恐る恐る話しかける。
決して確証などないが、自分の頭が告げている嫌な予感。それが外れるように祈りながら……。
だが彼から帰ってきたのは、それをも上回る衝撃的な内容だった。
「……死んだよ」
「……は?」
死んだ? 一体誰が?
一瞬、思考が停止する。
そして、その対象が誰なのかを理解した時……自分の顔がみるみるうちに真っ青になっていくのが分かった。
「お前と俺で逮捕した、ヴァルハラの末端構成員は全員が死亡したそうだ」
「っ!? 何で……!?」
思わず、敬語を使うことまで忘れてしまった朔哉が誠一郎に詰め寄る。
「……皆仲良く自殺だとさ」
心底、悔しそうに吐き捨てた彼の握り拳が震えていた。
「自殺だ……?」
「……信じるか?」
1人や2人ならまだしも、あの人数全員が自殺?
そんなこと有り得るわけがない。いや……あって良いはずがないではないか。
朔哉は誠一郎から目を逸らすと、現場であった芝浦方面を睨みながら答えた。
「……いいえ」
この日、世界で2人目の男性IS操縦者が現れた。
少年の名前は斎藤朔哉。後に世界中の女尊男卑主義者達を震え上がらせることになる武偵である。
彼の友人となった女性の一人はこう言った。
―――――織斑一夏を鑑定書付きの大業物と例えるなら、斎藤朔哉はただの無銘ね。それでも……決して鈍刀ではなかったわ。
第1章「再始動」完結。
To Be Continued……
如何でしたか?
やっと第1章が終わりました!
ここまで1年半以上……。いくら何でも時間が掛かりすぎですね……。今後も出来るだけ早く更新するように努力します!
ところで自分で書いてて思ったんですけど、これはISなのだろうか……?
以前にも書いたかもしれませんが、何か海外の刑事ドラマみたくなってしまいました(笑)
でも自分はこんな風にしか書けないのでご理解頂けると助かります(汗)
次章から、ようやく……ようやくISの本編に突入します!
タグにも在りますが、この作品は原作改変、一夏&箒アンチといった内容となっております。
そういうのはちょっと……という方はブラウザバックを推奨させていただきます。
感想、評価、ご意見などは大歓迎です!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。失礼します。
P.S. イタリアがW杯出れないとかマジかよ……。
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第2章 「2/360」
第7話 「ルール厳守の武偵バッジ」
約半年ぶりの更新になります。大変、お待たせしました!!
この半年近く色々あったんですが、それは後書きで……。
ようやく今回から第2章が始まります!!
それからタイトルですが、お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。とある海外刑事ドラマのパロディになります。
それではどうぞ!
-斎藤宅 6:00 a.m.-
ついにIS学園に転校する日がやってきた。
こんな状況にも関わらず、前日にグッスリ眠れた自分の胆力を褒めてやりたい。朔哉は本気でそう思っていた。
武偵高を去ってから約2ヵ月。不思議なことに誠一郎に呼び出されて以降、これと言って変わったことは無かった。テレビをつけても、織斑一夏に関するニュースや報道はしつこいくらいに放送されているが、朔哉に関する情報はほとんど流れていない。千冬が尽力してくれたお陰なのか、それとも単に世論が朔哉に関して無関心であるのか……。自分自身でも分からないが、後者であるなら少しばかり悲しいところだった。
寝間着のまま階段を降りて洗面所に入る。冷たい水で顔を洗うと、リビングへ向かった。
「おはよう朔哉。眠れたか?」
真臣は既に起きて、キッチンでオムレツを作っていた。卵の焼ける良い匂いが部屋中に立ち込める。
「うん、まあね。コーヒー飲む?」
「ああ、貰おうかな」
「了解」
朔哉がコーヒーを淹れていると、やがて朝食が出来上がった。献立はオムレツにサラダ。玄米入りの飯に手作りのオニオングラタンスープ。
父は下手なシェフよりも料理が上手い。刑事を辞めて店でも出した方が儲かるのではないかといつも思う。口には出さないが……。
「じゃあ、食べようか」
「うん」
しっかり食べて一日を乗り切ろうと決め、朔哉は席についた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くからさ」
「ああ、行ってらっしゃい」
食事の後、細身のスーツに着替えた真臣は玄関に向かい、後片付けをしていた朔哉も彼を見送る。自分が家に居る時は必ず父の見送りは欠かさないようにしていた。考えたくはないが父の仕事上、その挨拶が最後になってしまうかもしれない。
「今日は多分遅くなる。お前も女の子達と楽しく飯食ってこい」
ニヤリと笑った真臣に朔哉は苦笑いで返した。
「初日でそんなに仲良くなれないだろ……」
「いいや、分からんぞ? せいぜい楽しめ16歳!」
そう言って朔哉の肩をバシッと叩いた真臣は「あ、そうだ」と思い出したように呟くと、壁のフックに掛かっている鍵―――――あの夜、渡したのと同じ物―――――を朔哉に手渡した。
「転校祝いだ。好きに使え」
「……え!? いやでも、あのバイク……」
朔哉は躊躇いがちにキーを返そうとするが、真臣はその手を押し戻す。
「俺はもうほとんど乗らないからな。売って他人の手に渡るより、お前に乗ってもらう方が良いよ」
そう言って寂しそうに笑った父を見て、キーを握る手に力が入った。
「……ありがとう」
「じゃあ、行ってくる。お前も気をつけてな」
「うん、行ってらっしゃい」
父を見送ると、朔哉も部屋に戻り身支度を始める。早起きはしたが自分もあまりのんびりはしてられない。ドアの前に置いてあった紙袋を憂鬱そうに手に取った。
「……これはあまり着たくないよなぁ」
紙袋の中で綺麗に畳まれているIS学園の制服を覗き込んで溜め息を吐いた。
お世辞にも格好良いとは言えない、武偵高のブレザーが格段にマシに見える。こんなものを着て、町を練り歩いたり、電車やバスに乗った日には目立って仕方がないだろう。特に自分は世界で2人しか居ない男性IS操縦者だ。せっかく千冬が自分に関する情報を規制してくれたのに、自ら名乗り出るに等しい愚行は避けたい。
(学園に着いたらトイレで着替えればいいか。誰も文句は言わないだろう……)
去年、
そして身支度を整えると1階の和室まで行き、仏壇に置かれている2枚の写真に向かって手を合わせた。
「行って来ます……母さん、
……………………。
もちろん返事はしてくれない。だが2人の顔を見ると安心出来た。
仏壇から離れると障子を閉める。玄関で靴を履き、戸締りを確認。
ガレージに向かうと、そこには黒いカバーに覆われた一台のバイクが停められていた。朔哉がカバーを取ると、その姿が明らかになる。
『HONDA CB400SF』
真っ赤なカラーリングのそれは、型こそ少々古いが新品同様の輝きを放っていた。
元々、このバイクは真臣が母・
朔哉達もそれなりに大きくなり手が掛からなくなった頃、両親はまた昔のようにデートをしようと話し合っていた。その時の2人は本当に楽しそうで、自分達だけの世界にいるようだったのを覚えている。
厳しくも優しかった母が1人の少女のように話しているのを見た朔哉は、母をそんな表情に出来る父を恥ずかしくも誇らしく思っていた。
しかし、このバイクに2人が一緒に乗る機会は訪れなかった。父が仕事で忙しくしている間にどんどん月日は流れていき……ある日突然、母はこの世を去ってしまった。2人の夢は叶わなかったのだ。
「…………」
ヒンヤリとした赤いボディーに手を置いて感慨深げに目を閉じる。
「……よし、行くか」
バイクを外まで転がすと、シャッターを閉めてヘルメットを被る。差し込んだキーを回そうとした、その時だった。
「おはようございます。朔哉さん」
不意に呼び止められ、声がした方を振り返る。
そこには武偵高のセーラー服を着た、一人の小柄な少女が佇んでいた。青みがかったショートヘアーにガラス細工のような鳶色の瞳。無表情で何を考えているかは朔哉自身にも分からないが、人形のように端正な顔立ち。頭にはオレンジ色のヘッドホンを付けている。無口を貫いているが、それでも見とれるほどの美少女だった。街を歩けば多くの男が振り返り、声を掛けられても不思議ではないだろう。
肩に掛けている
―――――ドラグノフ狙撃銃。
AK-47を元にした古いライフルだ。しかし耐久性と信頼性に優れ、悪環境でも故障しない。それでも改造はかなりしているらしいが、それは彼女の狙撃の腕があってこそだ。彼女に命を助けられた武偵は数多い。もちろん自分自信も幾度となく救われた。
焦点の合っていない目で朔哉の姿を捉えたその少女は―――――
「レキさん?」
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶり……。いや、こんな朝早くにどうしたんだ?」
「…………」
返事は無い。彼女は無表情のまま、メットを脱いだ朔哉の目をジッと見つめてくる。
「……もしかして、見送りに来てくれたのか?」
今のはあくまで”そうだったらいいな”という朔哉の願望だ。だが、感情に乏しい彼女にそのような意図があるとは思えない。冗談交じりに「ロボットなのではないか?」と言われるような少女に。
しかし予想に反して、彼女はコクりと頷いた。武偵高に居た頃に何度か
「そうか……ありがとうな」
「いえ、お気になさらず」
「…………」
「…………」
しばらくの間、お互いに無言が続く。これは……中々に気まずいものだった。やはり自分には女の子と上手く会話するスキルといったものが乏しいらしい。
何を話せばいいのだろう。世間話? 彼女と? 話題は?
普段は考えないような内容が、グルグルと頭の中を駆け巡る。しかし、沈黙に終止符を打ったのは意外にも彼女だった。
「気をつけてください朔哉さん。あなたに……嫌な風が吹き始めている」
”風”。レキがよく口にする言葉だ。『風が言っている』『風に命じられた』など。最初は誰かのコードネームなのではと思ったが、どうやら違うらしい。
「えーっと……嫌な予感がするって解釈でいいのか?」
コクりと再び頷いた彼女の瞳はいつも以上に虚ろであり、不安に駆られるのには十分だった。
「わ、分かった。君がそう言うなら」
気に留めておくよと言うと、朔哉自身も気になることを聞いてみた。
「俺の方からも質問いいか?」
「何でしょう?」
無表情のまま首を傾げた彼女に向けて続ける。
「そのヘッドホンさ、何の音楽聴いてんの?」
「音楽ではありません」
「じゃあ、ラジオ?」
フルフルと首を横に振る。それ以外に何があるのだろう?
「風の音です」
「あ、ああ……そうですか……」
気の抜けた返事をした朔哉の口調も思わず敬語になってしまった。
レキは門の前に停まっている
「それでは」
それだけ言うと朔哉の返事も待たずに、
◇
「でかいな……」
これがIS学園に到着後、朔哉の口から放たれた記念すべき第一声。武偵高も一般校と比べると大きい方だが、此処は桁が違う。
校門前の守衛に生徒手帳を見せ、駐車場の場所を聞く。無愛想な中年男性の守衛は一言「あっち」とだけ答えると、すぐに警備室に引っ込んでしまった。
指定された場所にバイクを停めるとメットだけを持ち、近くのトイレ―――――ありがたいことに男子トイレもあった―――――で制服に着替える。
先日、千冬から連絡があった。登校時間の一時間ほど前に職員室まで来るようにとのこと。
途中、草むしりをしていた用務員と思われる男性に道を尋ねつつ、やっとの思いで職員室前まで辿り着く。
「失礼します、斎藤朔哉です。織斑先生はいらっしゃいますか?」
そう言って室内に入るが……誰も居ない。電気が付いているということは機能はしているはずなのだが……。
しかし、要らぬ不安だったようだ。物陰から目的の人物が顔を出す。コーヒーカップをデスクの上に置くと、彼女はこちらに近づいてきた。
「おはようございます」
「うむ、おはよう。電話では何度か話したが、こうして会うのは約2ヶ月ぶりか」
「そうですね」
挨拶を済ませると千冬が「む?」と声を上げる。彼女の視線は朔哉の手に握られているヘルメットへと向けられていた。
「バイクで来たのかね?」
「ええ、電車代も馬鹿にならないんで。マズかったですか?」
「いや……まあ良いだろう。怪我だけはしてくれるなよ?」
「分かりました」
「それより、どうだ? ここは」
ニヤリと笑う千冬は、何処と無く
「まだ来たばっかなんで、何とも……」
「フッ。まあ、確かにな。よし行くぞ」
ついてこい、と言うと千冬は朔哉を連れて歩き出した。
「どこへ?」
「学園長室だ」
目的地に到着するまで、それ程時間は掛からなかった。千冬がドアをノックすると「どうぞ」という凛とした声が聞こえる。朔哉は深呼吸の後で彼女に続き入室した。
「失礼します。織斑です」
「失礼します」
部屋の両端には教師陣と思われる女性たちが何人も並んでいた。これが千冬以外の教師が職員室に居なかった理由らしい。興味深そうに朔哉を見ている彼女達は、全員が全員美人だった。気のせいかどうかは分からないが、室内の空気が甘い。剣道の試合以外で、こんなにも大勢に……しかも女性に注目されるのは生まれて初めてだ。しかし、緊張しているのを悟られないように落ち着いて挨拶をする。
「初めまして。本日よりIS学園に転校することになりました。斎藤朔哉です」
「自己紹介ありがとう、斎藤君。初めまして、私がIS学園長の
武偵高の校長室よりも豪奢な部屋で木製のデスクに座っていたのは、眼鏡をかけた中年の女性だった。歳相応の顔付きだが、恐らく若かりし頃は彼女も美人だったのだろう。
「さっそくですが、時間があまり無いので単刀直入に言います。斎藤君は転校だと思ってるみたいですが、実は少し違います」
「違う……とは?」
「あなたが入るクラスは織斑先生の1年1組になります」
「……は?」
時が止まった気がした。朔哉の頭がおかしくなってなければ、自分は今月から高2のはずなんだが……。
「1年……? 2年ではなくて?」
「はい」
「失礼ですが……もしかして俺が早生まれだから、そう思われているのですか? 俺は16歳ですが、2月生まれなので……」
「……」
「……ち、違うんですか?」
違うらしい。
京子曰く、朔哉はISのことを何も知らない。そんな人間をいきなり2年に入れても基礎が全くなっていないので、授業に付いていけなくなると判断したとの事。
それは事実なので仕方ないが……留年のような扱いは朔哉を憂鬱にさせるには十分過ぎる出来事だった。普段は表情に思考が表れづらい彼も、今は何を考えているかは一目瞭然だろう。
京子もそれを感じたのか、苦笑いを浮かべながら朔哉を宥めた。
「斎藤君、そんな顔をしないでください。あなたに朗報があります。IS学園はこれまで通りあなたに武偵免許の保持を認めます」
武偵法では、DAライセンスの剥奪権は
しかし、ありがたいことだ。ここは文句を垂れず、素直に頭を下げるのが賢い選択だろう。
「それは……ありがとうございます」
「ただし、条件があります」
「……条件?」
京子が朔哉に提示した条件は以下の3つだった。
・銃は常に携帯すること
・しかし学園内での無許可での発砲は厳禁
・学園内でIS関連外の事件が起きた場合は無償でそれを引き受けること
(ようするに、タダ働きかよ……。好き勝手言ってくれるぜ)
警察や自衛隊とは違い、武偵は装備や弾薬は全て自己で負担しなければならない。しかも、朔哉のような
「あなたは武偵である以前にこの学園の生徒です。学園内でISの無断展開が禁じられているのと同様のことを守ってくれれば、何の問題もありません。しかし、一線を越えるのなら追求します」
先程とは打って変わった真剣な表情で京子が言った。成る程、彼女の言っていることは間違い無く正しい。だが、朔哉にも譲れない一線はある。
「……分かりました。ですが、これだけはご理解を」
「なんでしょう?」
「生死に関わる非常事態で瞬時に判断しなくてはならない場合は……その一線を越えるかもしれません」
朔哉の発言と彼の目をじっと見つめる京子に周囲の教師陣から緊張が走る。しかし眼前の少年の表情に嘘は無いと判断したのか、彼女はニコリと笑った。
「……よろしい。では宣誓を」
「せ、宣誓? はあ……」
キョトンとした表情をするも、朔哉は咳払いをして右手を掲げた。
「私、斎藤朔哉は如何なる時も己の知識と能力を十二分に発揮し、この学園の生徒及び武偵として相応しい行動を取る事をここに誓います。平成21年4月2日」
「よろしい」
こんなありきたりな宣誓で良いのだろうかとも思ったが、京子は満足そうに頷いた。
そして教師の一人が武偵高のマークが入ったアタッシュケースを持って来る。
(あれは……)
受け取るというよりも、半ばひったくるようにケースを掴み中を確かめる。中を開くと朔哉の武偵手帳と
……良かった。ISを起動した時のゴタゴタで紛失してしまったのではと不安だったが、きちんと保管してくれていたらしい。朔哉にとってこの銃はただの道具では無い。
「では、そろそろ教室に向かってください。他の生徒達もじきに登校してきます」
「はい、失礼します」
学園長に促され、朔哉は部屋を出る。すると、同じく校長室から出てきた千冬に呼び止められた。
「斎藤、少し待て」
「何でしょう?」
「お前のクラス……1組には私の弟もいる。出来れば、仲良くしてやって欲しい」
「ええ、そのつもりです」
いくら自分がここに来るハメになった元凶とは言え、たった二人しかいない男子なのだ。出来得る限り、良い関係を築きたい。そう伝えると千冬はホッとした顔をする。それは教師ではなく、弟を心配する姉の表情だった。
「ありがとう。では入学式でな」
「はい」
それから教室へ向かうと、生徒の何人かと遭遇し始めた。ヒソヒソと声が聞こえるが、気にしないようにひたすら歩き続ける。1年1組……どうやら、あそこらしい。
教室に入ると、部屋中の全ての視線が自分に集中した。廊下からも多くの生徒が教室を覗いている。世界で2人しかいない、男性IS操縦者の片割れを見たくて仕方がないようだ。
教室内を見渡すが、もう一人の男子、織斑一夏は見当たらない。ということは、まだ来ていないのだろうが……入学式まで、あまり時間が無いが大丈夫なのだろうか?
「彼よ。ISを動かした2人目の男の子って」
「へぇ。おお……背高いね」
「写真よりもカッコいいかも……」
「足、長い……。モデルみたい」
顔には出さないが、朔哉は困惑した。そんなこと言われるのは生まれて初めてなのだ。戸惑いつつも、敵視はされてないみたいで少しは安心する。しかし、だんだんとネガティブな評価が聞こえ始めた。
「でも、目付き悪くない?」
放っておいてほしい。朔哉自身も気にしている。
「ほら、ネットでウワサになってたじゃない。武偵高の生徒だって」
先程の”写真より”という言葉で気付いたが、やはり自分の個人情報は漏れていたらしい。それでも理解してくれる人間もいるようだ。だが、直後に同じ女の子が発した言葉にショックを受けることになる。
「あの目は確実に何人か殺してるよ……」
「だね……」
前言撤回だ。彼女達は武偵法を全く知らないのだろうか? 初日からこれではマズい。3年間ここで頑張るという決心が早くも揺らぎ始める。
視線を受け続けながらも自分の席に付く。やっと一息吐けそうだと思ったら、右隣に座っている女の子が立ち上がり、朔哉の正面に立った。
「あれ……君は……」
綺麗な黒髪を後頭部でお団子にまとめた、おしとやかそうな美少女がそこにいた。彼女の佇まい、雰囲気、表情からは育ちの良さが溢れている。
朔哉はこの子を知っている。いや知ってるも何も、彼女は―――――
IS学園を受験したという話は聞いたが、今の今まですっかり忘れていた。めでたく合格していたどころか、まさか同じクラスで、しかも隣の席だったなんて……。
「お久しぶりです、斎藤さん」
そう言うと、
第2章「2/360」始動。
如何でしたか?
初投稿から既に2年以上が経過してしまいました。
ようやくIS学園での物語が始まりましたが、まだ本編には入ってなかとです……。原作開始は次回からということで許してくだせえ……。
ここからは投稿が遅れてしまった弁明というより、言い訳をさせて頂きます。
遅れてしまった理由は主に就職活動でございます。ですが、おかげで就職先も決まり、今月から社会人の仲間入りを果たせて頂きました。
今後も忙しくなり、投稿がスムーズにいかない事も多々あるかと思いますが、皆様からのご感想や評価は大変、励みになっております。今後も読んでくださると嬉しいです!!
第1章の後書きでも書かせて頂きましたが、この作品は
・原作改変
・一夏&箒アンチ
といった内容となっております。
そういうのは苦手……という方はブラウザバックを推奨させていただきます。
上記にもありますが、感想や評価、ご意見などは大歓迎です!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。失礼します。
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第8話 「再会と邂逅」
今回からようやく原作に入ります。いやあ……ここまで長かったです。
ここ最近、色々ありましたね……。私自身も新たな環境に四苦八苦しています笑
なんか次でIS最終刊らしいですが、終わらせられんのかな?
それから活動報告を書いてみたので、よろしければ見てみてください。
それではどうぞ!
『
公家を基とする旧華族の家の長女だ。本人は「古いだけの家です」と言うが、そんなことはない。現在は食品、家電、精密機械、そして最近では武器用品にまで手を広げている大企業へと発展した。テレビをつければ、毎日のようにCMで名前を見る。そこのお嬢様なのだ。
品行方正はもちろん、典型的な大和撫子の容姿は今までも、そして今後も多くの男をときめかせることだろう。
―――――綺麗だ。
朔哉は本当にそう思う。
こんな子が彼女だったら……と思った事もあるが、常識的に考えて自分のような硝煙まみれの男とは釣り合わないだろう。
そんな少女が自分に頭を下げている。彼女からは石鹸のような清々しい匂いがした。香水だろうか? 嫌いな香りではない。
だが、そんなことが全て吹っ飛ぶくらい朔哉の頭は混乱していた。固まったまま、神楽の顔をジッと見ている。
「あ、あの……斎藤さん?」
朔哉に見つめられ、やや赤くなった神楽が困惑した様子で彼に呼び掛けた。そこで、ようやくハッとすると慌てて立ち上がる。
「い、いやごめん! ……久しぶりだな」
「あの……もしかして私のこと覚えてませんか?」
神楽が少しショックを受けたような表情をするが、朔哉はそれを否定した。全力で。
「まさか! そんなことはない、もちろん覚えてるよ。元気そうで何よりだ」
言えない……。
「良かった……。もしも“覚えていない”って言われたらどうしようかと……」
「ハハハ……」
絶対に言えない……。
「また、お会いできるとは思いませんでした。ニュースを見た時ビックリしたんですよ?」
「いや……俺が一番、驚いたよ……」
ISを動かしてしまったショックで、今の今まで彼女に関する記憶がスッポリと抜け落ちてしまっていたなど、決して、断じて、口が裂けても言えないのだ。
「これから、よろしくお願い致しますね?」
「あ、ああ……こちらこそ」
そう言うが、朔哉は神楽の目を見ることが出来なかった。主に罪悪感から……。
「何、あの子? 斎藤君の知り合い?」
「どういう関係なのかな?」
「もしかして付き合ってるんじゃ……」
2人で会話を楽しんでいると、周囲の生徒が興味深そうにこちらの様子を窺っている。
「「あっ……」」
ここで、ようやく2人は周囲から注目されていることに気付いた。羞恥心から2人仲良く顔を真っ赤にする。
自分の行動がこんな騒ぎになるとは思わなかったのか、神楽は申し訳なさそうに朔哉の顔を見上げてきた。
仕方がない。状況が状況だ。
”気にするな”と朔哉が目で合図すると、タイミング良く引率の教師がやって来る。騒がしかった生徒はそれによって静かになり、2人はホッとした。
武偵高よりも大規模な講堂で出席番号中に座らされる。
ふと気がつくと、織斑一夏は既に居た。何やらソワソワして落ち着かない様子だ。先程まで朔哉へ向けられていた視線の大半が、今度は彼に向けられている。ホッとすると同時に何故か寂しくなった。
開会の辞に始まり、学園長の式辞や来賓の祝辞などが進められる。
やがてプログラムは教職員紹介に入った。しかし……ここで朔哉は絶句することになる。
千冬や学園長室に居た教師たちの紹介が進められるが、そんな情報はまるで頭に入ってこない。
何故なら―――――
(おい……何かの冗談だよな?)
その教師の中に……朔哉がISを動かした時の検査担当官―――――安堂がいたのだ。
どういうことだ。何故、あの女がここに居る? あの女は国際IS委員会の人間であって、ここの教師ではなかったはずだ。やがて彼女も此方に気付いたらしい。ニヤリと品の無い笑みを浮かべてきた。
「皆さん初めまして。今年度からIS学園で教鞭を取らせて頂けることになりました、
その自己紹介は前半こそ極普通であったが、途中からは明らかに異常なものであった。
女尊男卑主義者の大半は世の中が"女尊男婢である"なんて口にしたりしない。大抵は"ようやく平等になった"とのたまう。
何が男女平等だ、冗談じゃない。だったら自分達、男が肩身の狭い思いをしているのは幻覚だとでも言いたいのだろうか?
典型的な女尊男卑主義者。今まで何人も見てきたが、決して慣れない。いい気分ではない。
そして彼女の口から吐かれた"更なる立場の向上"という言葉。
(これ以上、偉くなってどうすんだよ……)
そうなれば、いよいよ男は人間扱いすらしてもらえないかもしれない。冗談抜きで、だ。
そんな世の中で生き続けるくらいなら、何処ぞのチンピラが撃った流れ弾でくたばった方がマシなのではないか? ほんの一瞬ではあったが、朔哉は本気でそう思ってしまった。
……上等だ。向こうがその気なら、こちらも遠慮は無用だろう。再び彼女と目が合うと、朔哉は声を出さずに口だけを動かした。
『
糠に釘かとも思ったが、安堂はイラついた顔をする。それなりに効果はあったようだ。
校歌斉唱と閉会の辞を最後に入学式自体は何の問題も無く終了し、再び教室に戻ってきた。
(……はぁ)
少し考えが甘かったかもしれない。
入学式も終わり、教室に戻って約20分が経過したのだが、落ち着いたと思われた視線は続いたままだった。今は一夏もいる。なので視線も半分以上が彼に行っているが、それでも背中のむず痒さは変わらない。
ちなみに生徒数は1クラスに30人である。横6人、縦5人ずつ。朔哉の席は教室のど真ん中で、一夏は彼の列の1番前であった。出席番号順なので仕方がないのだろうが何故、男子2人をこのように目立つ場所に配置したのか? 朔哉は責任者に問い質したかった。
「それでは全員揃ってますね? SHRを始めます」
目の前には既に教員が立っている。ショートヘアーに丸いメガネをつけ、クリーム色のワンピースを着た優しそうな女性だった。これは学園長室でも教室に入った時も感じた事だが、
「私はこのクラスの副担任、山田真耶です。皆さん入学おめでとう! これから1年間よろしくお願いしますね!」
「よろし……」
「「「「「…………」」」」」
明るい声で自己紹介をした真耶は笑顔でクラス内を見渡すが、生徒達から反応は無い。唯一、朔哉だけが挨拶しようとしたが、周囲の誰もが黙ったままなのでキャンセルしてしまった。この男、案外チキンである。
「え、えーっと……」
元気な返事が返ってくると思ったのだろう。彼女は予想外の反応にどうしたらいいか分からず、泣きそうになっていた。
「……お願いします」
それでも、小さな声でボソリと朔哉の口から挨拶の言葉がこぼれる。
その事に真耶は一瞬驚いていたが、すぐにとびっきりの笑顔を向けてくれた。
「は、はいっ! よろしくお願いしますね! 斎藤君!」
返事をしただけで、こんなにも喜んでくれるなんて……朔哉は申し訳なさそうに苦笑した。
彼女も緊張していたはず。それでもせっかく元気良く挨拶したのに、これではあまりに不憫だと感じたのだ。
それに武偵高では教師の言葉に無言なんて許されない。もしも”朔哉が返事をしなかった”などという事があの教師陣に知れ渡ったら、良くて怒声、悪くて鉄拳が飛んでくる。それは勘弁願いたい。
しかし同時に安心も出来た。
彼女は女尊男卑主義者ではなさそうだ。安堂の姿を見た時は心臓が止まりそうになったが、担任と副担任がマトモな人間なら少しは過ごしやすくなるかもしれない。
「それでは自己紹介をお願いします。出席番号順で―――――」
そんなことを考えていると、すぐに自己紹介が始まった。
最初に名乗ったのは
その後もテンポ良く、続いていくと思ったのだが……。
「江藤さん、ありがとうございました。それでは次は織斑君、お願いします……織斑君? ……織斑一夏くんっ!」
「はっ、はいっ!?」
緊張しているのか、ボーっとしていたのかは知らないが話を聞いていなかったらしい。真耶は恐縮しながら、一夏に自己紹介を頼んでいる。「あ」から始まって「お」の織斑君やら、何やら。彼女は「ごめんね、ごめんね」としきりに謝っているが、悪いのは話を聞いていなかった人間ではないのか?
謝り続ける真耶を宥めながら、彼はようやく自己紹介を始めた。
「お、織斑一夏です……。よろしくお願いします」
ごく普通の挨拶だ。良いと思う。普通が一番だ。しかし、少女たちは満足していないらしい。「もっと何か話せ!」といった空気を集団で構成し始めた。
(いきなり無茶振りしてやるなよ。緊張してるんだからさ……)
それでも一夏は覚悟を決めたらしい。
「すー……はぁ」
「「「「「…………!」」」」」
何か続きを話すつもりになったようだ。周囲も期待を持って彼を見ている。もちろん朔哉も。
しかし―――――
「以上です!」
……まさか、これで終わりだというのか? だったら何故、期待を持たせるようなことをしたのだろう?
他のクラスメイトも朔哉と同じことを思ったようだ。何人かがズッコケている。
それは弟の自己紹介途中で入室してきたブリュンヒルデ様も―――――
バスンッ!!
納得出来なかったらしい。出席簿で彼の頭を叩いただけなのに、銃声のような凄まじい音がした。
「グハッ! ってぇ……! げえっ、関羽!?」
頭を叩かれた彼には幻覚が見えているようだ。しかし今この状況でそんなことを言えば、どうなるか?
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
当然、怒られる。もう一発、一夏の頭を叩いた千冬はそのまま教壇の前に立つ。そして表情を変えると、真耶に向かって微笑んだ。
「山田先生、遅くなって申し訳ない。会議が長引いてな」
「いえいえ! それでは後はお任せします」
「うむ」
生徒達の方に向き直った千冬は、先程朔哉に会った時よりも更に凛々しく振舞っており、風格というものが溢れていた。
「諸君、まずは入学おめでとう。私がこのクラスの担任を務める織斑千冬だ。君たち新人を1年で使い物になる人材に育て上げるのが私の仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ない者には……やる気がある限り、どこまでも教えてやる。不満、文句は構わないが、私の言うことは聞け。いいな?」
そのスピーチはまるで軍学校の鬼教官そのものであった。しかし、何もおかしな話ではない。
この学園にいる生徒が扱うのはIS―――――まぎれもない”兵器”なのだ。
生半可な気持ちや覚悟で扱えば、己も他人も傷付け……下手をすれば命さえ奪ってしまうかもしれない。
『武器や兵器を扱う人間には、その力を持つという責任が生まれる』
武偵高に入学した時に、
ほんの少しとはいえ、緩んでしまっていた緊張感。それが再び強く締められるのを感じられた。恐らく他の生徒達も同じことを―――――
「キャーーーー!!」
「千冬様! 本物のブリュンヒルデよ!!」
「私、小さいころからずっとファンでした!」
「私、千冬様に憧れてIS学園に来たんです! 北九州から!」
考えてはいなかった。
自分の意思と反比例するように女子達からは千冬に向けて黄色い声援が放たれた。
(う……うるせえ……何だよコイツらっ!?)
集団とはいえ、どうやったら人間の声帯から暴動鎮圧様の
憧れの対象に会えて狂喜乱舞したくなるのも分かるが、幾らなんでも耳に悪い。朔哉はやっとの思いで耳を塞ぎ、その騒音を遮断した。
千冬は心底面倒臭そうに溜息を吐いて、何やらブツブツ文句を言っている。こういう反応は毎年恒例らしい。
だが次の瞬間、ギロリッと自分の弟を睨み下ろした。
「それで? お前は挨拶も満足に出来ないのか?」
「い、いや千冬姉……俺は―――――」
「校内では織斑先生と呼べ。良いな?」
「は、はい……織斑先生」
校内で”姉”と呼んだ一夏が、ややキツめに叱られる。
公私の混同はしない。やはり千冬はイメージ通りの人物だった。
「え? 織斑君って、あの千冬様の弟?」
「それじゃ、男なのにIS使えるのもそれが関係してるのかな?」
「え……じゃあ、もう一人の方は?」
今まで一夏に向けられていた視線が再び朔哉へと向けられる。
自分がISを起動させてしまった理由。そんなことは見当も付かない。朔哉自身も知りたいことだ。
(てか今まで姉弟って気付かなかったのか……。顔と苗字見れば、大体は想像付くだろうに)
呆れていると、千冬はパンパンッっと手を叩いて生徒を黙らせた。
「お前たち静かにしないか! まだ自己紹介は半分も終わっていないぞ!」
一夏も含め、名乗ったのは現状で5人。この長時間でたったそれだけだった。
「む……もう、あまり時間が無いな。仕方ない。斎藤、最後はお前が自己紹介しろ。このままでは授業にならん。後の人間は各自で済ませるように」
―――――え、マジですか?
―――――当たり前だろう? さっさとしないか。
視線での2人の会話は、概ねこのような感じである。
完全に予想外だった。まさかトリを務めることになるとは……。ならば、しっかりと決めねばなるまい。起立すると、この日一番の視線が自分に突き刺さった。
「初めまして、斎藤朔哉です。出身も育ちも都内です。趣味はサッカー観戦と映画、音楽観賞。特技は暗記かな? ISのことは基本的な知識は身につけてきました。それでも皆さんに比べたら、まだまだ未熟です。これからよろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げる。
(……決まった)
我ながら100点満点の自己紹介だったと思った。
さすがに趣味は銃の整備とか、特技は刀の目利きとかは初対面の人間には言えない。なので、これで良いはず……なのだが……。
「「「「「…………」」」」」
何故、誰も反応してくれないのだろう? 自分のことは多めに語ったつもりだ。これでダメなら、一体どうしろというのか?
朔哉は真耶の気持ちが痛い程理解できた。自分自身も泣きたくなる。しかし、そんな表情を察してくれたのか、慌てたように神楽が拍手をしてくれた。すると、周囲の生徒も釣られるように拍手をし始める。
……以前会った時も感じたが、良い
朔哉も思春期の男子だ。可愛くて、しかも性格の良い女の子が居たら、仲良くなりたいと感じるのは当然の感情なのだ。
チラリと彼女を見て、小声で「ありがとう」と伝える。すると……パチッとウインクを返してくれた。
(……ッ!?)
胸が高鳴るのが自分でも分かった。おとなしい子かと思ったが、こんな表情も出来るらしい。
「ふむ。まぁ、いいだろう」
千冬から直々に合格点を貰うと、ちょうどチャイムが鳴った。
「なあ!」
「……ん?」
HRが終わり授業の準備をしていると、正面から声を掛けられた。
何事かと思い正面を向けば、件の織斑一夏が席の前で人懐っこそうな笑顔を浮かべている。彼は朔哉に右手を差し出し、改めて自己紹介をしてきた。
「俺は織斑一夏だ。よろしく! 斎藤……でいいのか?」
「あ、ああ……よろしく。呼び方は何でも良い。変なあだ名でなければ」
戸惑いながら朔哉も名乗り、右手を出す。握手をすると周囲から再び注目された。ヒソヒソ声とは思えない大きさの声が聞こえてくる。
「あの二人よ。ISを動かしちゃった男の子って!」
「へー。んー? 織斑君の方がちょっとレベル高いかな?」
「可愛いしね! 斎藤君も悪くないんだけど、目付きがなー」
「ちょっと怖いよね……」
「地味だし……」
見た目のことを言われるのは想像以上にショックだった。だが、自分でも怖いのなら閻魔と呼ばれる武偵高の3年生などは、彼女達の目にどのように映るのだろう?
「……ちょっといいか?」
「え?」
一夏が拍子抜けした声を上げる。そこには長い黒髪をリボンでポニーテールに纏めた、鋭い目付き―――――朔哉が言えた話でもないが―――――の少女が立っていた。
神楽と同じように和風の美少女だが雰囲気はまるで違う。無愛想……というのが朔哉の抱いた第一印象だった。自己紹介は途中で終わってしまったので、名前までは分からない。
「……箒?」
「話がある。屋上でいいか?」
一夏に”箒”と呼ばれたその少女は彼を連れていこうとする。
「ああ、いいけど……。朔哉も来いよ!」
いきなり名前で呼ばれ、朔哉は困惑した。別に嫌という訳ではないが、違和感を感じる。
一番仲の良い亮でも、知り合って2ヶ月くらいはお互いを苗字で呼び合っていた。”朔哉君”、”亮”と名前で呼び合うようになったのは、それなりに信頼関係を築いてからである。
「い、いや俺はいいよ」
一夏から何故か一緒に屋上まで行くことを誘われたが、朔哉が行く理由は無い。チラリと箒を見ると、彼女からは「貴様は来るな」といった雰囲気がダダ漏れだった。
(初対面の人間をそんなに睨まんでも……。別に邪魔はしないよ)
朔哉が溜め息を吐くと、2人は教室を出て行った。
「…………」
だが、これは少し判断を誤っただろうか? 一夏がいなくなったことにより、本日数度目の視線という名の集中砲火を浴びることになってしまった。クラスだけでなく、廊下にまで溢れかえった女子は相変わらずコチラを見てくるだけ。
千冬と真耶が戻って来るまで、朔哉はその視線に耐え続けることになった。
いかがでしたか?
テンプレ1:オリ主の評価は最初低い。
うーん……何か、本能のままに書いてるだけになってしまった気がする……汗
丁寧に書こう、丁寧に書こうと心掛けているんですけど、丁寧とダラダラは違うんだよなあ……。
精進します……!
冒頭にも書きましたが、活動報告よろしければ見てくださると助かります。
感想や評価、ご意見などは大歓迎です!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。失礼します。
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第9話 「実態」
仕事したり、W杯見たり、ゲームしたりなんかしてたら、いつの間にか8月になってしまいました。本当に申し訳ない・・・。
そして今回は前回に比べたら、かなり短いです。エタらないために妥協してしまいました汗
御託は後にしましょうね。
とりあえず、どうぞ!!
-IS学園 1年1組 11:16 a.m.-
IS学園は入学日から授業がある。
しかし、さすがに初っ端から「教科書開け」とは言われない。
1、2時間目は、IS学園に関する説明や規則などが千冬の口から話された。二時間も使って話しただけの内容の濃さではあったと思う。
そして授業中はともかく……休み時間になると、たった二人の男子を一目見ようとして廊下にまで人が溢れかえっていた。
……落ち着かない。今日は人目ばかり気になっている。武偵高で過ごした時のように、いつも通り過ごせば良い。そうやって自分を納得させているのだが、限界はあった。
そして今は3時間目。
この時間からは、文字通り教科書通りの授業となっている。現在、教壇に立っているのは真耶なのだが……少しばかりトラブルがあった。
後になって思えば、斎藤朔哉と織斑一夏の軋轢はここから生じたのかもしれない。
「―――――であるからしてISの基本的な運用は現時点で国際IS委員会と国家の認証が不可欠となっており、枠内を逸脱したIS運用は『IS運用法』第4条によって罰せられ―――――」
教壇に立っている真耶の説明を聞きながら、空中投影ディスプレイに書かれた内容を板書、教科書の重要部分をラインマーカーで引いてゆく。
授業に付いていけない……なんてことはなかった。実を言うと、少々不安だったのだ。だが、今説明されている部分は渡された参考書にも書いてあったし、何よりも真耶の教え方が上手い。HRの時は自信無さげであったが、授業になると彼女は一変した。複雑な部分は噛み砕いて説明してくれるので、内容が刷り込まれるように頭に入っていく。本当に頭の良い人は教えるのも上手いと言うが、どうやら本当らしい。
結論を言うと、今現在は全く問題無かった。
「織斑君、斎藤君。何か分からない所はありますか?」
ある程度の所まで行くと真耶が授業を中断させた。
「もしも、あったら聞いてくださいね? 遠慮はいりません。何せ私は先生ですからっ!」
自信に満ちた笑顔。彼女からは教師という仕事に対する誇りが感じられた。気にかけてくれるのは有り難い。”今の所は大丈夫です”。
朔哉がそう言おうとした時だった。
「山田先生!」
一夏が手を挙げた。どうやら彼には質問があるようだ。大事な部分かもしれないので自分も耳を傾ける。
「はい、織斑君!」
待ってました! と言わんばかりに一夏を指す真耶。だが、彼から告げられたのは衝撃の事実だった。
「ほとんど全部分かりません!」
「……え!?」
想定外の出来事に固まる真耶。だが、驚いているのは彼女だけではない。周囲の生徒も「こんな初歩の初歩が何で分からないの?」という顔をしている。
「え……ぜ、全部ですか……!?」
今までの明るい表情から一転、みるみるうちに真っ青になっていく真耶は絶句して他の生徒を見渡した。まさか自分の教え方は、そこまでお粗末だというのか?
「えっと……織斑君以外で今の段階で分からない人はどれ位いますか? 斎藤君は大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫ですけど……」
心配そうに聞いてくれた真耶にそう返すと、彼女は安堵した表情を見せた。しかし今度は一夏が朔哉の方を向く。信じられないといった表情で。
「え、朔哉は分かるのか!?」
「ああ、一応予習はしたから。先生の教え方も上手だし。今の所はな」
朔哉がそう言うと、山田先生が照れたような顔をする。だが一夏はそれを聞くと呑気そうに笑った。
「なあ、俺たちは好きで此処に来てるわけじゃないんだぜ? まだ入学したばかりだし……そんな必死になること無いんじゃないか?」
「……は?」
彼にとっては何てことない発言だったのかもしれない。しかし、それは朔哉の神経を逆撫でするのには十分だった。だから―――――
「……それは違うだろ」
つい反論してしまった。そもそも置いてあったISを勝手に弄って、動かしたのに……この男は何を言ってるんだ? あまりにも楽観的で身勝手すぎる。こんな事を言いたくないが、自分の人生が狂ってしまったのは彼がISを動かしてしまったからと言っても過言ではない。それでも何とか受け入れようと思っているのに……必死に予習してきた自分が馬鹿みたいではないか。
急に反論したことに対し、真耶も一夏も周囲の生徒も驚いた表情をする。千冬だけが黙って腕組みをし、ジッとこちらを見ていた。
しかし周囲がどう思おうが関係無い。そして開いた口は止まらなかった。
「確かに俺たちは自ら望んで此処に来てるわけじゃない。でも、そんなこと通用するわけないだろ。このままだと俺もお前も……」
”研究所でモルモットにされちまうかもしれないんだぞ”
そう言おうとしたが、流石にこの場で言うのはマズイと思いとどまる。他の生徒もいるのだ。口に出したら、厄介なことになる気がした。だから少しばかり柔らかい言い方で
「俺もお前も、この先やっていけないぞ。少なくとも3年間はここで学ぶんだ。せめて参考書ぐらいは読んどいた方が―――――」
「さ、参考書……」
一夏は何故か気まずそうに呟くが、朔哉はその理由が分からなかった。
まさか……貰ってないのだろうか? いや、朔哉よりも早くISを動かした彼が受け取っていないなんて幾ら何でもあり得ない。
「織斑、その参考書はどうした?」
今まで黙って様子を窺っていた千冬が一夏の前に立った。手にはもちろん出席簿。次に何が起きるのか大方の予想が付いた朔哉は目を細めた。
「……古い電話帳と間違って捨てました」
バスンッ!!
「必読と書いてあっただろうが、馬鹿者め。……再発行してやるから、放課後取りに来い」
「はい……」
しぶしぶ、頷く一夏に彼の姉は追い討ちをかけた。
「今週中に覚えろ。いいな?」
「っ!? い、いや一週間であの厚さはちょっと……」
「……私はやれと言っている」
「はい、やります……」
そうは言っても、一夏はまだ納得できないようだ。だが千冬の言っていた通り『必読』とデカデカ書いてあった物を読まずに捨てるのは……流石にどうなのだろう?
やがて授業が終わると、朔哉は教科書を閉じた。胸にモヤモヤとした何かを残しながら……。
いかがでしたか?
うーん・・・三月もかけて書いた内容じゃないんだよなあ・・・。色々とテンプレ通りだし。如何せん文才がありませんのよ汗
参考書のシーンでは朔哉にもう少しまともな事を言わせたかったのですが、コレだ! というのが見つからず、こういう書き方になってしまいました。ご容赦を・・・。
さて話は変わりますが、前回の投稿後にUAが30000を超えて、お気に入りに登録してくださった方も300名を突破しました! 読んでくださった方、感想を書いてくださった方、評価を付けてくださった方もありがとうございます!
しかも何かランキングにも載ってしまいました。総合30位近くまで上がってて、マジでビビった覚えがあります。
以前にも書きましたが、皆さんからの評価や感想はめっちゃ励みになります。出来るだけ早く投稿しますので、今後も読んでくださると嬉しいです!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。次回もよろしくお願いします。
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第10話 「交流」
少しずつ少しずつ涼しくなって来ました。皆さん風邪には気をつけてネ?
今回は長め(前回に比べたら)です。5000字くらいかな?
それではどうぞ!
教科書をバッグに仕舞うと、朔哉は大きな溜め息を吐いた。
(はぁ……)
……肩が凝った。授業でこんなに疲れたのは生まれて初めてのこと。武偵高では一般科目なんて板書だけして聞き流していたのだ。しかし此処ではマズイ。あっという間に授業に付いていけなくなる。
とりあえず、まずは腹ごしらえだ。学園内のマップで食堂の場所を確認すると席を立つ。
空いていれば良いのだが……そんな朔哉の願いは無惨にも打ち砕かれた。
(ああ……だよな……)
広い食堂は生徒、生徒、生徒で溢れ返っている。やっとの思いで手に入れたハンバーグ定食を持ちながら、彼は途方に暮れていた。
参った。どこで食べよう? 端の方でも空いてないだろうか?
大袈裟に聞こえるかもしれないが、朔哉は女の子の座ってる席に「ちょっといいかな?」と割り込む勇気なんぞは持ち合わせていない。
以前、
「あ、斎藤君だ」
「ほんとだ。どこで食べるんだろ?」
「あたし、誘っちゃおうかな……」
「え、ちょっとマジ!? あんた勇気あるわ……」
既に座って、食事を取っていた生徒達からヒソヒソ声が聞こえるが、内容までは聞き取れなかった。
このまま檻の中のパンダみたいに注目され続けたら、胃が痛くなって食事どころではなくなる。なら、いっそ教室で食べるかと引き返そうとした時―――――
「斎藤君! こっち、こっち!」
救いの手が差し伸べられた。声の聞こえた方向を見ると、一人の少女が自分に向かって手招きをしている。
これは……恥ずかしいなんて言ってる場合ではない。せっかく誘ってくれたのだ。ある意味チャンスかもしれない。そう感じた朔哉の足はその子の方へと向かっていた。
「あ、先越されちゃった」
「まだ初日よ? 大丈夫。焦らない、焦らない」
そういった声も聞こえるが、気にせず声の主がいる席まで辿り着く。
「お疲れ様、斎藤君」
ファミレスで見るような4人掛けのテーブル席に座っていたのは、元から面識のある神楽と赤いヘアピンを付けた黒いショートヘアの真面目そうな子。そして……何処かで会ったような気がする、癖の付いたボブヘアの気の弱そうな子の3人だった。皆、タイプは違うが世間では可愛い部類に入るのだろう。
彼女たちの席には一人分のスペースが空いている。いや、自分のために今空けてくれたらしい。
「ありがとう。でも、良いのか?」
「ど、どうぞ!」
「そうか、じゃあ遠慮なく。えっと、四十院さんとは面識あるけど君たちは……同じクラスだったよな?」
「そうだよ、覚えててくれたんだ。私は
最初に名乗ったのは黒髪ショートの子。クラス委員や風紀委員などをやっていそうだ。声から察するに、自分を呼んでくれたのは彼女なのだろう。
「ああ。改めて斎藤朔哉だ。よろしく頼む」
そう言ってペコリと頭を下げた朔哉に次に自己紹介してくれたのはボブヘアの子だったのだが……
「わ、私は
「吉村……。え、お兄さんって……!」
吉村という苗字の知り合いは一人しかいない。でも、まさか……。
「も、もしかして……吉村誠一郎先輩の妹さん!?」
「は、はい。そうです……」
その、まさかだった。
佳奈恵の顔を色々な角度から見てみると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「ああ……似てる。よく見たら、そっくりだ……!」
特に目元の辺りがよく似ている。他に共通点がないものか、ついジロジロと彼女の顔を眺めていると、神楽と静寐に苦笑された。
「もう、斎藤君? 女の子の顔をそんなにジロジロ見ちゃダメだよ?」
「え? あ、ゴメン……つい……」
静寐に注意されてようやく我に返った朔哉は、佳奈恵が恥ずかしさで真っ赤になっていることに気付き、申し訳なさそうに視線を外す。
それにしても、まさか知り合いの妹がIS学園にいるとは……。だが、誠一郎も人が悪い。朔哉が武偵高を離れた後も何度か話す機会はあったのだから、言ってくれれば良かったのに。武偵としては正解なのかもしれないが、彼はプライベートな事をほとんど話したがらない。
「お兄さんにはお世話になりました……」
「い、いえ……こちらこそ……」
座りながらだが、お互いに頭を下げる。こうして見ると容姿は兄とよく似ているが、性格は正反対なようだ。それはそれで面白い。
だが一連の流れから、この座席だけ微妙な空気が流れ始めた。無言になった二人を見た神楽と静寐はヒソヒソ声で打開策を考える。
(し、静寐さん、どうしましょう? 初日からこれでは先が思いやられます……)
(これはこれで面白いから良いんじゃない?)
(……静寐さん?)
今の状況を楽しんでいるかのような静寐をジト目で見た神楽は、咳払いをすると慌てて仕切り直した。
「じ、時間もありませんし、そろそろ頂きましょうか?」
「ふふふ、そうだね。冷めちゃうしね」
「そうだな……頂きます」
「頂きます……」
神楽に促され、それぞれが自分の料理に手を付け始める。朔哉もナイフで切った肉を口に入れた。柔らかい挽き肉を噛むと、ジューシーな肉汁が口の中を駆け巡ってゆく。
……美味い。今まで武偵高の学食で自分が食べてきた肉は何だったのだろう? これに比べたら、あんなものはゴムの塊以下だ(失礼)。添えてある、デミグラスソースがまた良い。しつこくなく、肉その物の味を引き立てている。
流石、国立校。食事も一級品だ。しばらく、無言で食べ続けていると……
「「「…………」」」
彼女達が朔哉の様子をじっと眺めていた。
「な、何か……?」
三人の視線に気付いた朔哉は食事の手を一旦止めると、自分の皿を見る。
何か無作法な振る舞いでもしてしまっただろうか? とりあえず、食事マナーは守ってるはず。今は亡き母親の柊花は、そういった事には非常に口うるさかったので、礼儀作法やマナーなどは弁えているつもりなのだが……。
しかし、彼女達から発せられたのは朔哉の不安とは全く正反対の言葉だった。
「斎藤君って食べ方凄い綺麗なんだね……」
「え……?」
驚いた表情でそう言った佳奈恵に朔哉は戸惑う。武偵高でもそんな事は一度も言われたことがない。
「もしかして……お坊っちゃんだったりする?」
意外そうな顔をしている静寐にも、そんなことを聞かれた朔哉は紙ナプキンで口に付いたソースを拭き取りながら苦笑した。
「いやいや、俺の家は"極普通"の一般家庭だよ。自覚は無いけど、食べ方が綺麗だとしたら母親の影響だな。そういう事には結構厳しかったから」
「へー、そうなんだ」
納得したように頷いた静寐と佳奈恵をよそ目に朔哉は虚空を見つめる。
そう……自分は先祖が少しばかり有名人なことを除けば、何の変哲も無い普通の高校生だ。
ある日突然、母親と弟を奪われ……地位を追われた父親と共に日本中を転々とし、拳銃をぶら下げて、気が付けば世界で二人だけの男性IS操縦者などという肩書きを背負わされただけの普通の……少年なのだ。
「さ、斎藤さん? どうかなさいましたか?」
何もせず、ぼんやりとしていた朔哉を現実に引き戻したのは、正面の席で心配そうに彼を見ていた神楽の言葉だった。
「わ、悪い……少しボーっとしてただけだ」
「なら、良いのですが……あまり無理はなさらないでくださいね?」
「ああ、ありがとう」
朔哉が神楽の汲んできてくれた水を飲んでいると、その様子を見ていた静寐が再び口を開いた。
「朝も思ったけど、2人って知り合いだったんだね」
……やはり来たか。朝のやり取りもあったので、こういった話題になるのではないかと覚悟はしていた。朔哉は自分が持ち合わせている限りの演技力で平静を装うと普段通りの口調で頷く。
「ああ、知り合いって程じゃないけど顔見知りだよ」
「っ!?」
朔哉がそう口にした瞬間、神楽の顔が凍り付いた。当然だろう。自分のトラウマが掘り起こされ、他人に曝されるかもしれないのだから。
しかし―――――
「彼女とは……ボランティア活動で知り合ってな」
「……え?」
驚いた表情の神楽を見ずに、朔哉は予め用意していた筋書きを口にした。
「「ボ、ボランティア?」」
拍子抜けした表情の静寐と佳奈恵の声が被る。
「ああ。恥ずかしい話なんだけど、前の学校に居た時に単位が足りなくてな。追試の代わりにね」
ちなみに朔哉の名誉のために言っておくと、彼は決して単位不足に陥るような生徒ではない。現状で一般科目も専門科目も2年生の課程を修了出来るぐらいの単位は揃えている。悲しいことに2年になるどころか、1年生をもう一度やるハメになっているわけだが……。
「その時、彼女に色々教えてもらったんだよ。そうだよな、四十院さん?」
口には出さないが、困惑している神楽に朔哉は“合わせろ”と目で告げる。
「……は、はい」
やや気まずそうに笑う神楽を見て二人は違和感を覚えたが、すぐに『恥ずかしいのかな?』と自分を納得させた。
「へー」
「そうだったんだ……」
意外な出会いと思ったようだが、どうやら納得してくれたらしい。
流れるような嘘に自分でも感心する。これなら上手く誤魔化せそうだ。これから友人になるであろう少女達を騙すのは気が引けたが、こんな特殊な事情をベラベラと話す訳にはいかない。
「前の学校って、東京武偵高校?」
「ん? ああ、そうだけど」
朔哉が頷くと静寐の目が輝いた。興味津々といった彼女の様子から考えるに、やはり一般人にとって武偵は珍しい生き物らしい。
「質問あるんだけど良いかな?」
「俺で答えられることなら」
良かった……。これで神楽との話題から離れることが出来る。しかし、”質問”という単語が上がった途端、周囲の女子たちが瞬時に聞き耳を立ててきた。
彼女たちは期待しているようだが、特に面白いことは何も無いので自分としては困るのだが……。
「武偵高に居た時はどんな任務とか依頼とか受けてたの?」
「……申し訳ない。武偵にも守秘義務があるので、依頼内容は言えないんだ」
少し堅い口調になってしまうが、理解してもらうためなら仕方がない。
依頼内容を第3者に喋ったりなんかすれば、依頼人との信頼関係など築けない。武偵法でも禁じられてるし、万が一解決後に何かあったら洒落にならないのだ。勿論、神楽のことも誰にも話すつもりはない。
「おお……なんかプロっぽい」
「お兄ちゃんも言ってたけど、やっぱりそうなんだ……」
「斎藤さんは凄いですね……」
朔哉の返しに3人がそれぞれ感嘆の声を上げる。彼女たちの反応に少しだけ照れ臭そうにすると、咳払いをして話を続けた。
「いや、俺はまだまだプロなんかじゃないよ。でも、そういう姿勢は大事だからな。理解してくれると嬉しい。まあ、強いて言うなら……俺は
「でも、それ危ないんじゃ……」
「それは……まあな。撃たれたことだって何回もあるしね。
「インケスタ? インフォルマ?」
聞きなれない単語に静寐が疑問符を浮かべた。
その後は武偵高の学科や活動内容など、民間にも公開されている内容を説明していく。自分にとっては知っていて当たり前のつまらない内容だが、3人は興味深げに聞いてくれた。
その反応は朔哉にとっても意外なもので、新鮮で良い経験になったと思っている。
朔哉は普段、どちらかと言えば口数の少ない人間だ。しかし、ここまで饒舌になっている様子を知人に見られたら、大変驚かれるに違いない。
こんなに喋るのは何時以来だろう? 会話とは……こんなにも楽しいものだったのか。
出来るのならば、彼女達とは仲良くなりたい。気付くと朔哉はそんなことを願っていた。
(この調子なら午後も頑張れそうか……)
話が弾んだせいかどうかは分からないが、そんな甘いことを考えてしまった。
これから、とんでもない問題に巻き込まれるなど知る由もなく……。
如何でしたか? うわ……私文才無さすぎ……?
キャラの設定って難しいですね。
ちなみに一年生の主要キャラは神楽、静寐、佳奈恵(かなりん)の3人になります(朔哉も含めると、黒髪カルテット!)
後は上級生と教師に数人ですかね。
止まらない、モブのキャラ改変。これは仕方ないのかな?
でも出来るだけ魅力的なキャラにしたい!
感想、批評は大歓迎です!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。失礼します。
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第11話 「English girl」
皆さんお久しぶりです、リバポから世界へです。
まず最初に半年以上更新が出来ず申し訳ありませんでした。
理由は仕事や資格取得などリアルで多忙だったためです。後は上手く書けなくなってしまったからでしょうか?
とりあえず今回はリハビリがてら、かなり短めです。
それではどうぞ!
「ちょっとよろしくて?」
「うん?」
昼休みも残り僅かになろうとした頃……教室前まで戻ってきた朔哉達の前に一人の少女が立ちふさがった。
ウェーブのかかった金髪に透き通るようなサファイア色の瞳。一目で日本人ではないと分かる彼女はその美しい瞳をやや吊り上げて朔哉を見据えている。表情から察するに不機嫌極まりない様子だ。
「俺か?」
「あなた以外に誰がいますの?」
まるで、一緒にいる神楽たちのことなど目に入らぬような態度に彼女たちが眉を顰める。何か文句を言おうとした静寐を佳奈恵と神楽が抑えていた。
「……悪い、先に戻っててくれ」
「は、はい」
その様子を背後から感じ取った朔哉が振り返ってそう告げる。3人は心配そうにチラチラとこちらを見ながらも、教室へと入っていった。
「それで、俺に何の用かな? ミス・オルコット」
朔哉が少女に視線を戻すと、彼女は少々驚いた声を上げた。
「あら、あなたは私の事をご存知なのですね?」
「まあ、代表候補生だからな。一応、この学校の実力者は調べているつもりだよ」
彼女はセシリア・オルコット。
朔哉のクラスメイトで英国の代表候補生である。
時間が無かったため自己紹介は聞けなかったが、朔哉はあらかじめ学園の教師、生徒から軍出身者や代表候補生、専用機持ちなどといった猛者を調べ上げていた。その中にセシリアのファイルもあったのを覚えている。
彼女自身も専用機を支給されており、狙撃に特化された機体を所持しているらしい。
「……ふん、もう一人よりかはマシなようですわね」
「え?」
朔哉は彼女の不遜な態度よりも”もう一人”というワードに引っかかりを覚えた。
「もう一人? ああ、織斑のことか。何があった?」
「何があったじゃありませんわ!」
セシリアの金切り声に思わず仰け反ると、彼女の端麗な口から次々に一夏への不満が吐き出される。自分の存在はおろか、代表候補生という単語すら知らない! あまりの常識の無さに何とかかんとか……。とりあえず、セシリアが一夏に激怒しているということは良く分かった。
「そ、そうか……」
「全く……! ISを動かせた男性がどれ程かと思えば……とんだ期待はずれでしたわ!」
成程。自分や一夏にどんな期待をしていたかは知らないが、彼女が憤慨するのも理解は出来る。苦笑を浮かべた朔哉は彼女が自分の前に現れた理由も想像がついた。
「それで残りの”もう一人”がどんな人間かを見定めにきたってわけか。……どうだ?」
「……どうだとは?」
「俺はどんな人間に見える?」
欧米人のように両腕を広げると、セシリアは朔哉のつま先から頭のてっぺんまでジロジロと見回し、目が合うと露骨に顔を顰めた。
「……目付きが悪いですわね」
「…………」
セシリアからの評価に朔哉は盛大な溜息を吐いた。彼女から視線を外すと無言で教室に入る。
背後から何やら抗議の声が聞こえるが耳には入らない。
初対面の人間に目付きの悪さを指摘されるのはこれで何度目だろうか? しかも、セシリアはイギリス人。日本人とは違う価値観を持っていると思ったのだが……少々、甘い考えだったらしい。
日常生活に支障が出るようなら、伊達眼鏡でも買おうか?
そう思いながら彼は席に着いた。
(……イギリスか)
世話になったマージーサイド武偵高校の皆は元気にしているだろうか?
一緒に馬鹿をやって怒られたルームメイト達。
死ぬほど厳しかったが最後まで自分を見捨てなかった教官。
そして……たった一度とはいえ、自分と組んだあの少女。
命を救ってくれた、
いかがでしたか? 書き方のクセが凄いんじゃあ!
この書き方が投稿を遅らせている説・・・OTZ
他の投稿者さんと交流する機会があり、様々なアドバイスを頂きました。そのアドバイスを参考にし、今後は文字数は少なめですが定期的に更新しようかなと考えています。
もしも「短い!読みごたえが無い!」という声がありましたら以前のように幾つかを一話に纏めるかもしれません。
感想、批評は大歓迎です!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。失礼します。
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第12話 「飛び火」
また遅くなってしまいました……。本当に申し訳ないです汗
さて今回はようやく物語が動き始めます!
それではどうぞ!
「そういえば……再来週に行われるクラス対抗戦に出場する代表者を決めないとな」
帰りのHR。やっと解放されるとホットしていたところ、その話は持ち上がった。
クラス対抗戦。
参考書にも書いてあったIS学園で行われる、その年の最初の行事。クラスの代表者として選ばれた者は4月半ばのISのクラス対抗戦に出場することになる。
「代表者は対抗戦に出るだけではない。生徒会の会議に出席したり、委員会からの連絡事項などをクラスに伝えるなど……まあクラス長みたいなものだ。誰かいないか? 自薦他薦は問わないぞ?」
クラス長。朔哉はやったことが無い。何というか……人前に立つのはあまり得意じゃないのだ。そもそも小学生時代は転校の繰り返しで、武偵高に入った後もそんな事をやるキャラではなかった。
「はいっ! 織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
「賛成!」
「せっかくの男の子だもんねっ! 盛り上げないと!」
数人の女子が、その代表に織斑一夏を推す。
盛り上げるのは大変結構なことだが、彼がクラス代表になったら対抗戦にも出ることになるのだ。別のクラスは恐らく、代表候補生や企業直属の専用機持ちなど優秀な人間が務めるのだろう。
だが先程の様子から察するに彼は朔哉と同様、ISのことに関してはド素人なはず……。普通に考えれば、勝負にもならないのではないか? 彼女たちはそれを分かってるのか? こう言ってはなんだが、素人がプロに勝てるとは考えられない。それはどの分野でも同じだろう。
「え、俺!?」
一夏が素っ頓狂な声を上げる。それはそうだ。いくら何でも不憫だ。彼だって納得できないだろう。
「では候補者は織斑一夏……他にはいないか?」
「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――――」
どんどん進んでしまう状況に一夏は慌てて抗議するが、教壇の上に立つ千冬は彼の言葉を遮った。
「残念だが、他薦された者に拒否権はない。選ばれた以上は覚悟しろ」
「そ、そんな……! なら俺は……俺は……そうだ! 俺は朔哉を推薦する!」
一夏は立ち上がると後ろを振り返り……何と朔哉を指差した。
「…………は!?」
朔哉の表情が驚愕に染まる。自分の方を指差しながら、立ち上がった一夏をギロリと睨み付けた。
この野郎……会って間もない人間を身代わりにしやがった。一体どういう了見だ?
完全に予想外だった。まさか自身にまで火の粉が降りかかってくるなんて……!
一夏と目が合う。朔哉は変わらず、目の前の元凶を睨み続けたまま。すると彼は気まずそうに目を逸らして、座ってしまった。
織斑一夏……。最初は良い奴かもと思ったが、考え直す必要があるかもしれない。千冬からは仲良くしてやってくれと言われた。しかし、3時間目の件も含めて初日からこれでは……。
「斎藤君も悪くないんだけど……ちょっとね……」
「目付き怖いし……華がないよね……」
先程、一夏を推薦していた女子達がヒソヒソ声で何やら囁きあっている。自分には聞こえないように言っているつもりなのだろうが小声になっていない。はっきり言って丸聞こえだ。
華がない? そんなことは自分が一番よく分かっている。
だが、どうしたものか……。どうやってこの場を切り抜ける?
「待ってください! そのような選出は納得いきません!」
朔哉が必死に思案していると、机を思いきり叩く音と共に聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
振り返ると声の主は、先ほど接触したばかりのセシリア・オルコット。
美しいサファイア色の目を釣り上げた彼女は余程、我慢がならなかったらしい。怒り心頭といった様子で続ける。
「大体、男がクラス代表なんて、いい恥さらしですわ! 実力から行っても、一国の代表候補生を務める
それはそうだ。このクラスで一番の実力者は英国代表候補生の彼女だろう。
だが、彼女の怒りはどんどんエスカレートしていく。
「それを物珍しいからという理由だけで、極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国まで、IS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
怒りの矛先がおかしな方に向いてきた。その島国がISの開発者と世界最強を生んでいるという紛れもない事実を彼女は忘れているらしい。
しかもIS学園は様々な国から生徒が来ているが、日本人が圧倒的に多いのも事実だ。そして、それはこのクラスも例外ではない。人種差別に国家侮辱。クラスの雰囲気が急激に悪くなってきた。だが彼女はお構いなしに演説を続ける。
「いいですか!? 先ほども申しましたが、クラス代表は実力トップの人間がなるべき。そしてそれは英国の代表候補生にして入試主席合格のこの私、セシリア・オルコットの他にありえませんわ! 私はISの操縦にしても入試で唯一、教官を倒したエリート中のエリートです!」
『クラス代表は実力トップの人間がなるべき』。それは確かに彼女の言う通りだ。”せっかくの男子だから”というだけで、無条件でクラス代表の座を奪われる。それは代表候補生として努力してきた彼女にとって、屈辱以外の何物でもない。
だが、頭に血が上りやすいタチらしい。落ち着いて周囲の様子を見れば、自身の支持率がどれだけ低いか分かるだろうに。
短気な性格に状況把握力の欠如。狙撃手としては致命的だ。
「あれ? 俺も倒したぞ教官」
「……は?」
ところが、ここで一夏が予想外のことを言い出した。何と彼も試験教官を倒したらしい。それに対してセシリアは信じられないといった風に一夏を問い質した。
「あ、あなたも教官を倒したって言うのですか!?」
「ああ。向こうが勝手に突っ込んできて、壁に激突して終了」
(それは勝ったと言っても、倒したとは言わないぞ。……ダメだ、ツッコミが追いつかない)
「私だけと聞きましたが!?」
「女子だけではってオチじゃないのか?」
一夏の返答に驚愕したセシリアは今度は朔哉の方を向いた。
「あ、あなたはどうなのですか!? まさか、あなたも教官を倒したの!?」
「……俺は入試を受けていないんだ」
「へ?」
「斎藤がISを動かしたのは織斑よりも少々後だ。手続きの遅れやら、諸々の事情でコイツは入試を受けられていない」
今まで黙って様子を見ていた千冬が助け舟を出してくれた。
勿論、朔哉にも罪悪感はある。皆は死ぬほど努力して此処にいるのに……自分は入試すら受けていない。
千冬のフォローにセシリアは怒りの矛先を失い、勢いも削がれてしまったらしい。どう反応したら良いか分からずに黙ってしまった。
(よし、このまま収束してくれ……。初日から面倒ごとは嫌なんだよ)
ただでさえ慣れない環境で不安だった。それなのに周囲の人間関係が悪化し、しかも自分まで巻き込まれる事になったら耐えられない! 朔哉は自身の胃に穴が開くことだけは勘弁してほしかった。
「大体、イギリスだって島国だし大してお国自慢無いだろ。世界一マズイ料理で何年覇者だよ」
だが、そんな願いは瞬時に砕け散った。一夏の口から放たれた本日最大の爆弾発言によって……。
―――――神様、俺に何の恨みがあるというのですか?
消えかけの火にガソリンを注ぎ込むような光景に朔哉は思わず天を仰いだ。
今回はこんな感じです。
一夏アンチにする場合、このシーンは一番力を入れなければならない場所だと思いました。
多少のオリ展開を混ぜたため、会話の順番を少し入れ替えています。
もしも『それはルール違反だ』という感想を頂いた場合は書き直しますので、よろしくお願いします。
感想、批評は大歓迎です!
それでは今回も読んでくださってありがとうございました。失礼します。
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