やっぱあの立場はキツいよなと妄想してみました。
※一気に載せるのにはちょっと長めで読むのに疲れそうだけど
きりの良い所で切ると前編がちょっと短めだし…
という事で、前後編に分けて一度に投稿します。
よろしければお読み頂けたなら幸いです。
※7/30 読みやすいように文章を整理しました。内容は同じです
「あ、あ、アインズ様……アルベド、君命に従い御身の下に参りました。」
「うむ……良く来てくれたな、アルベド。すまないな、ナザリックの運営を任せきりで疲れているだろうに。」
「何を仰られますか! アインズ様のご用命とあればこのアルベド、24時間365日、いついかなる時でも御身の下に馳せ参じます! ええ! それはもうすぐに! 何をおいても! いえ、願わくば、一分一秒足りともアインズ様の下を離れていたくは無いのです! 」
「お、おう……うむ ゴホン その忠義……嬉しく思う。」
「プラス、愛です!」
「…………。」
「愛です!」
「…………。」
「未来永劫不朽不滅、絶対無敵、この世で最高最大、比肩するもの無き私の愛です!」
「…………はい。」
アルベドはいつにもまして甘ったるい口調で、目はトロンと潤み、頬は赤く染まり、唇は妖しく艶めく。腰の翼が心情を隠そうともせずパタパタと激しくはためき、太ももをモジモジと擦れ合わせる。全身から甘ったるく刺激的なフェロモンが、これでもかと発散されている。
そのサキュバスの魅力を存分に開放した様は、もし鈴木悟のままの精神だったなら一秒と持たずに蕩け、瞬く間に籠絡された事だろう。
『ああ…… ああ! とうとう…… とうとうこの日が……!』
そうアルベドが思い発情したのも、無理からぬ事だった。
アインズが……愛しの君が、自分をベッドルームに……ではないが、自室に誘ったのだ。しかも、絶対に他の階層守護者達に知られぬよう密かに来いと厳命され、護衛の
「さてアルベド……。」
「はい! 準備はすべて整っております!」
「……アルベド、なぜ私が余人を交えず…護衛まで下げさせたか分かるか?」
「二人の愛の姿を誰にも見せないためです! 秘・め・ご・と・♪ だからです!」
「違う。私はそういうつもりでお前を呼んだのではない。」
「ふえぇ!?」
即答され、アルベドの興奮が僅かに抑制される。気を取り直し、もう、アインズ様ったらお照れになって……っとにじり寄ろうとするが、愛しの御方はビシっと片手を上げて制する。
「……予め言っておく。もしあの時のように無理やりそういう行為に及んだら…アルベド、今度は謹慎3日では済まんぞ?」
「そ、そんなあ……!」
「誓え……いや誓ってくれ、アルベド。決してそのような事はせぬと。私は出来れば『命令』はしたくないのだ。だが誓わないのなら、私の話は無しだ。このまま帰ってもらう。そして二度とこのような密会の場を持つ事はない。」
「……!! ……は、はい……。……誓い……ます。 クスン…… 」
あれほどパタパタ羽ばたいていた腰の翼がシュンと大人しくなり、だらりと垂れ下がる。そのあまりにガッカリとした姿にアインズも少し罪悪感を持ち、口調が優しげになる。
「……まあそう落胆するな。誤解させた事は済まなかった。だがこれから話す事は…むしろそういった行為より重要だ。話せるのはお前だけなのだ。だからこそこの場を設けたのだ。」
「わたくし……だけ?」
「そうだ。 ……いや、正確にはお前に話したその結果いかんによっては他の守護者達にも話すことになるだろうが…… って、聞いてる?」
「わ、わ、わたくしだけ……わたくしだけ……アインズ様がわたくしだけに…。わたしだけが特別わたしだけが特別わたしだけが…と・く・べ・つ♪ うふ、うふふふふふふふふふふふふふふ うふふふふふふふふふ…。」
「……あー、ゴホン! アルベド、そろそろ良いか?」
「うふふ……。 ……! はっ! は? はいっ! 失礼いたしましたアインズ様! どうかそのお心のうち、ぜひこのアルベド【だけ】にお聞かせください!」
「……うむ。」
アルベドの歓喜に満ちたねっとりと異様な笑みに少し引き気味になるも、しかしそれも予想通りだったため、アインズは抑制効果に頼らず素早く精神を落ち着かせ…
そしてしばらくためらったのち、静かに、慎重に語りだした。
……初めアルベドは、至高の御方であり、そして最愛の男でもあるアインズが何を話しているのか、全く理解出来なかった。きょとんとした顔で、頭の中で必死にその内容を整理しようとするが、思考が追いつかない。
「あ、アインズ様? そ、その……冗談……ご冗談ですわよね? あ、ああ~…… そ、そうですか、わ、分かりましたわ! 守護者達に聞かせるジョークの練習でいらっしゃいますのね。そのような事ならさずとも、ご冗談とあらかじめ前置きしてくださればアインズ様の優れた話術に腹を抱えて笑わない守護者など……。」
「……それ逆に拷問だぞ、アルベド。そうではない。そうでは……無いのだ。」
「し、しかしそんな……まさか……。そんな事が……。あ、ありえ……」
「……頼む、アルベド。最後まで……聞いてくれ。」
アインズは辛抱強く、身振り手振りを交え、噛み砕いて説明していく。ためらいつつも、重大な秘密を打ち明ける強い覚悟がにじみ出ている。初めは努めて冷静に振舞っていたが、次第次第に感情が込められ、熱を帯び、激しくなり、最後には悲痛な心の叫びになっていた。
何度も何度も、強制的な精神抑制を表す緑の光がアインズを包む。〈星に願いを〉でシャルティアの洗脳を解けなかった時の激怒の様と同じような姿が、その言が冗談でも偽りでも無い事を如実に表していた。
『あ、アインズ……様……。』
次第に……次第に、アルベドは理解し始めた。そしてその理解は、驚愕とおののき、ためらい、拒絶、憐憫、哀しみ、保護欲……様々な感情を引き起こす。
そしてアインズが長い長い話を終え、変わらないはずの髑髏の面に確かに安堵や後悔、恐れなどの入り混じった複雑な感情を見せた後、途中から目を閉じてじっと聞き入っていたアルベドは、ゆっくりと目を開けた。
そして、その比類なき美貌に浮かんだ表情は……
限りなく強い、愛と決意だった。
◇◆◇
──その夜、緊急招集がかけられ、ガルガンチュアとヴィクティムを除いた全階層守護者、そしてセバスとパンドラズ・アクターが玉座の間に集った。
皆が平伏し玉座に座るアインズに深い敬意を示す中、守護者統括としての威厳を込めアルベドが高らかに宣言する。
「これよりアインズ様が、大変に重大な事を発表なされます。皆、心して拝聴しなさい。」
守護者達の間に緊張が走る。
至高の御方の言葉が重要で無かった事など無く、また聞き流すような無礼な真似をする者もいるはずがない。にも関わらずそう念を押されるということがどれほどの意味を持つか、それを理解出来ない者も、当然いない。
いよいよ世界征服が本格的に開始されるのか?
アインズ様と同格のプレイヤーが攻めてくるのか?
それともまさか、至高の四十一人のどなたかが見つか……
「……デミウルゴス。」
「はっ!!」
「あなたは特に、努めて冷静に拝聴するように。」
「……! ……は。」
まさか自分が名指しで呼ばれ、そう釘を差されるとは予想外だった。自他ともに認める、守護者達の中で最も理知的で冷静な頭脳の持ち主である悪魔。シャルティアでもアウラでもなく、その自分に『冷静であれ』と。だが同時に、それが事の重大さを指し示している。
アルベドはアインズの事となると時にどうしようもなくダメになるが、それでもその智謀知略は自身に匹敵する守護者統括であり、このような場で無駄にハッタリをかましたり大げさな事は言わない。
であればこそ、疑問を呈する事もなく短く同意の言葉を発する。
同時に他のNPC達は、頭に浮かんだ幾つかの可能性を否定する。デミウルゴスさえ初耳であり、しかもそのような事を言われるなど、尋常な事態ではない。一同になお一層の緊張が走る。
「「「 ……………… 」」」
だがアインズは、押し黙ったままだ。湖底のごとく深い沈黙が玉座の間を支配する。
アインズは最初の一言をためらっていた。
アルベドに打ち明けた時点で、すべてをさらけだす覚悟は持ったつもりだ。それでもこうして皆が集まる中、再びあの告白を繰り返す事に戸惑いがある。
「……アインズ様。」
アルベドが声を発した。主人が話す前にそれを促す行為は、大いなる不敬のはずだ。守護者達の間にさざ波のように動揺が走る。
「……アインズ様。 わたくしがついております。 何も恐れる事はございません。アインズ様がご懸念なされているような事には決してなりません。 ……さあ。」
守護者達は……デミウルゴスでさえ混乱した。
恐れる? ……今、守護者統括はそう言ったのか? 至高の41人のまとめ役、ナザリックの絶対の支配者、世に恐怖を撒き散らす死の王に対し、『恐れるな』と……?
……しかし、誰もそれを咎め立てようとはしなかった。
当然、主の言葉を待つ下僕として無礼であるからだが……それだけでなく、アルベドの口調がまるで聖母のように深い、深い慈愛に満ちており、他のNPC達が知らない事情と、アルベドがすでにそれを受け入れた事を、ハッキリと表していたからだ。
再び短い沈黙が流れ、そしてアインズがようやく口を開く。
「……皆よ。」
誰も声を発しない。すでにこれ以上無いほどの敬意をさらに高め、次の言葉を待つ。
「私の仲間達が創造した、我が愛すべきシモベ達よ。」
守護者達、そしてセバスの心に喜びの波紋が広がる。いついかなる時でも、至高の御方のその言葉は身に染み渡り陶然とした心持ちにさせてくれる。
だがその次の言葉に、喜びは再び動揺のさざ波にかき消された。
「私を許して欲しい。 ……私はお前達を騙していた。」
幾人かの守護者が思わず顔を上げようとし、その不敬をアルベドが咎めようとするのを、アインズが片手を上げ押しとどめる。
「……良い、アルベド。……皆、顔を上げてくれ。」
『
その口調の弱々しさに、普段のアインズに感じる畏怖ではない、別の恐怖に似た感情が守護者達に湧き上がり、先ほど顔を上げようとした守護者……シャルティアやマーレは、今度は顔を上げたくないという思いに囚われる。
だがもちろん至高の御方の言葉に逆らえるはずもなく、恐る恐る……ゆっくりと首を動かしていく。
玉座に座るアインズは、何も変わらないようだった。いつもと同じく威厳に溢れ、忠義を尽くす喜びを与えてくれる姿。先ほどの言葉は気のせいだったのだと思い、ホッと安堵の溜息を漏らしたくなる。
だが……。
そこからアインズが語った内容は、ここに集うNPC全員に強い衝撃を与えるものに他ならなかった。
至高の四十一人のまとめ役は、自分がただの凡人である事を告白したのだ。
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誓い
※7/30 読みやすいように文章を整理しました。内容は同じです。
アインズはアルベドに告白した時とほぼ同じ内容を、守護者達に語った。
ただその時と違い、すべてを理解し受け入れてくれた彼女が時につっかえ沈黙するアインズを優しくフォローしてくれるおかげで、精神抑制の回数はかなり抑えられた。
それでも話し終え、すべての守護者達がそれが事実と理解したと判断した頃には、アンデッドであるため疲れないはずの精神がぐったりと疲労困憊しているように感じられた。
「「「 ……………… 」」」
信じられない、というのは、至高の御方の言葉に対するものではない。
シモベ達にとって、そんな感想はありえないはずだ。いついかなる時でも、その言葉は絶対だからだ。にもかかわらず、そのあり得ない感情が守護者達を襲う。
中でも、デミウルゴスの衝撃は一際だった。
すべて……曲解だった? 智謀の王の精緻なる計算に満ちた珠玉の
──守護者全員が身じろぎもせず沈黙していた。
おしゃべりのシャルティアやアウラ、それにあのパンドラズ・アクターまでもが、一言も発しない。マーレはぽかんとした表情、セバスはかすかに眉間に皺を寄せるだけで、一見普段と変わらない。コキュートスの、冷静さを保とうとする深く静かな呼吸音だけが響く。
もうどうにでもなれという心境の、まな板の上の鯉状態のアインズは、出るはずもない息をフウっと吐くと玉座に深く沈み込み、守護者達の反応を待つ。
ふと視線を感じると、アルベドが限りなく優しい瞳でアインズを見つめている。
『 大丈夫です。』
口に出さずとも、アルベドがそう言っているのがハッキリと感じ取れる。
そしてアルベドは守護者達の方を振り向くと、ピンと背筋を伸ばし腰の翼をめいっぱい広げ、玉座の階段を下りながら守護者達に語りかける。
「皆、アインズ様のお話は理解しましたね? ……デミウルゴス!」
「……はっ。」
「分かりましたね。」
「はっ。」
同格の知性の持ち主に、有無を言わせぬ気迫。その姿は守護者統括としての本気の威厳に満ち満ちていた。
いや、それは何人にも自分が愛する男を決して傷つけさせまい、守りぬいてみせるという、女としての覚悟かもしれない。
「シャルティア。」
「はい。」
普段は口喧嘩が絶えないシャルティアも、今は立場をわきまえ大人しく敬語で返答する。
「アウラ、マーレ、コキュートス、セバス、パンドラズ・アクター!」
各守護者とセバスが、呼ばれた名に応じて返事をする。
「皆よ、アインズ様は苦悩に満ちた告白をなされました。至高の四十一人のまとめ役にして、ただお一人ナザリックに留まってくださった慈悲深き御方が、長きに渡りお心を痛めておられました。それもすべて私達の誤解が生んだこと、そしてアインズ様が私達の理想の支配者ならんと願って下さったからこその演技。それに対し、異議や不満のある者がいるならば立って申し立てなさい。遠慮はいりません。アインズ様のご許可は頂いています。御命令無くとも自由に顔を上げ自由に発言なさい。何を言おうと、どう振る舞おうと一切罰は与えません。」
……誰一人、声を上げるものはいない。
だがそれは怒る気力もなく、ただただ失望している故かもしれない。
やはり、やめておけば良かったか。せめて秘密を明かすのはアルベドだけに留めておくべきだったか。
だが最初そう考えていたアインズに、全員に伝えるべきだと提案したのはアルベドだった。
『アインズ様がお楽になるためには、その方が良いです。』と。
彼女ならば、二人だけの秘密を持つ、という事にたまらない愉悦を感じそうなものなのに。
……まさか、晒しあげのため? 愛する男が凡人である事を知って、熱が急速に冷めたためなのか?
いやしかし彼女の態度は、その時も今も、ただただアインズの気持ちを慮ってのものとしか感じられない。
けれども、それが絶対に演技じゃ無い……とは断定できない。
底が割れてしまった自分に対し彼女がどんな騙しをしようと、それを見破る事は不可能だろう。
だが、もう遅い。パンドラの……アクターのではなく……箱は、開かれたのだ。ならばどういう結果が出ようと、甘んじて受け入れるしか無い。
『後は……そうだな、アルベドとデミウルゴスにすべて任せ、言いなりのお飾りの主として黙って玉座に座っていれば良いか。……なんだ、今までと大して変わらないじゃないか。』
心の中で自嘲気味に呟く。……それもデミウルゴスや、他の守護者達が許してくれればだが。
◇◆◇
「守護者統括ドノ。」
声を発したのは、意外にも…… コキュートスだった。その平坦な口調に、何か押し殺したような響きが感じられる。
アインズは思わず精神抑制の光を発しそうになり…… かろうじて耐えた。断罪が始まるなら、甘んじてそれを受け入れよう。
アルベドが無言でアゴをしゃくり、発言を促す。
平伏しているためそれは見えなかったはずだが、空気で分かったのだろう。コキュートスが続ける。
「守護者統括ドノハ、我ラヲ侮辱ナサルカ。」
ピン……と、空気が張り詰める。アルベドに、強いものではないが……殺気が纏う。
「同ジ守護者デアル我ラガ忠義、疑イナサルカ。」
「…………」
「ソンナ事デ我ラノ忠義ガ変ワルト、本気デ懸念サレテオラレルノカ。」
コキュートスは顔を上げ、スックと立ち上がった。
「我ラ至高ノ御方々ニヨリ創造サレシ者達、何ガアロウト絶対ノ忠義ニ変ワリナシ。今ハタダ、アインズ様ノ心中ヲオ察シスル事ノ出来ナカッタ我ガ愚カサヲ恥ジ入ルバカリ。アインズ様ニオカレマシテハ、ソノ苦痛ノ日々ガ、イカバカリデアラレタカ。
コキュートスは一度プシューッと息を吐いて間を置き、提案する。
「今一度、忠誠ノ儀ヲ行イタク。」
そう言い終えると片膝をつき、再び深く平伏する。
声をかけて良いのか戸惑うアインズに振り向き優しく目線で制したアルベドは、守護者達の方へ向き直すと今度は静かに問いかける。
「 ……異論は? 」
誰も答えず、身じろぎもしない。ただその姿が、全員がコキュートスに賛同している事を示していた。
──我らの忠義に変わりなし。──
言葉にせずとも、その空気が明確に伝わる。
アルベドには……分かっていた。こうなる事は分かっていたが……それでも皆に気づかれぬようホッと静かに息を吐くと、守護者統括として高らかに宣言する。
「では皆、改めて、アインズ様に忠誠の儀を!」
一同がすっくと立ち上がり、そして順番に拝礼しながらナザリックにただ一人残った至高の御方への忠誠を誓う。
アインズは思い出す。ナザリックがこの地に転移したその日、命を持ったNPC達にまだ戸惑いと疑いを隠せなかった自分……まだモモンガだった自分に対して行われた、忠誠の儀を。
ただし今回はそこにセバスとパンドラズ・アクターが混じり、そしてそれぞれ、自分の意志による言葉が込められていた。
「第一、第二、第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に。我が絶対の主人たるアインズ様に、さらなる忠義を誓います。御身に楯突いた愚かなる下僕を寛大な心でお許しくださり、深き愛で癒やしてくださった御方への感謝と忠誠は、どのような事になろうと決して消える事は無いでありんす。それに……アインズ様のお美しさは最初から誤解ではありんせん。」
「第五階層守護者コキュートス。御身ノ前ニ。アインズ様、ナラバコソ、ナオ一層我ガ身ヲ研ギ澄マシ、御身ヲオ守リスル鋭キ剣タル事ヲ誓イマス。」
「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に。私と私の使役する魔獣すべてをもって全身全霊でアインズ様にお仕えします。アインズ様、アインズ様は何があってもナザリックの絶対の支配者です!」
「そ、そうです……! あっ、え、えっと、あの、お、同じく第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に! ぼ、僕のすべてをアインズ様に捧げます! ぜ、全部です!」
「……第七階層守護者デミウルゴス。御身の前に。」
ゴクリ、とアインズは鳴らないはずの喉を鳴らした……気がした。
「……我が頭脳、知恵と知識、すべてアインズ様ご自身のものとお考え頂ければ、これに勝る幸せはございません。なお一層、あらん限りの我が知を絞りアインズ様への忠義を尽くす所存にございます。……私の愚かな思い込みのためアインズ様のお心に強くご負担をお掛けした事、お詫びもしようもございません。しかし一言だけ。」
「……。」
「アインズ様、私共の忠義とは……コキュートスも言ったように、そのような事に左右されるものではありません。我ら守護者達の心を慮っての演技、そのお優しさは感涙に耐えません。なれど、アインズ様は我らの心など歯牙にかけることなく、ただ思うがままにお振る舞いになってください。それがこの愚臣の切なる願いでございます。」
「デミウルゴス……。」
……いや、もちろんそういう気持ちもあったけど……さっき長々と説明した時にもちゃんと言ったと思うけど、自分がダメ支配者だって知った時にNPC達の忠義がどうなるのか怖かった……優しさって言うより恐怖の方が強くて……って、好きなように振る舞って大丈夫ならこれも正直に訂正した方が良いんだろうか。いやしかし……。
アインズの逡巡による短い沈黙を、演技掛かった声が破る。
「宝物殿領域守護者パンドラズ・アクター。御身の前に。おお、我が創造主たるアインズ様!
終わりそうもないパンドラズ・アクターの口上を、セバスが絶妙な間で割り込み止める。
「執事セバス・チャン。御身の前に。執事の役割は何も変わる事はございません。そして愚かなる失態を犯した私もまた、アインズ様から与えられた深き温情に全身全霊を持って報いる事が何よりの望みでございます。」
最後にアルベドが、ふわりと優雅に片膝をつき右手を胸に当て平伏し、万感の思いを込めて忠誠の儀のトリを務める。
「守護者統括アルベド。御身の前に。アインズ様。もう何も言うことはございません。御身は何もお心を煩わせること無く、ただ、ただ私達の忠義と……私の愛をお受取りください。」
「アルベド……。」
「我らの忠義すべてを御身に捧げます。我ら一同、全身全霊を持ってアインズ様を支え、その真なるお望みを叶えるべく、なお一層の忠誠を誓います。」
「「「 誓います!! 」」」
力強い忠誠の誓いが玉座の間に響き渡る。そこには何の含みも失望もなく、ただひたすらに純粋だった。
感動、安堵、当惑、喜び……どの感情だろうか。精神抑制の緑の光が何度も何度も瞬くのは、どの感情のためだろうか。
……きっとすべてだろう。
NPC達の目には、揺るぎない忠義の光だけが灯っている。
……いや、それだけではない。自分がアインズを支えるのだという強い決意。守護者としての自己存在の強い肯定。
アルベドと視線が合う。普段の情欲に満ちた視線ではなく、優しく慈愛に満ちたまなざし。
……ああ、そう、あの時だ。シャルティアが復活した時、孤独に俯く自分を、守護者達の輪の中に誘ったあの時。
あの時のまなざしだ。
さっきアルベドにかけた疑いが、心底恥ずかしい。
ふっと、気持ちが楽になった。アインズは玉座から立ち上がり、この地に来て以来初めてとも言える穏やかな心で、静かに守護者達に語りかける。
「……昔……至高の四十一人の中の誰から教わったのだったか。たっちさん……、いやタブラさんだったかな? ふふ、そう、こんな大事な事すら忘れるほど私の頭は凡庸だ…… だが言葉は覚えている。『自分より優れたるものを自分の周りに置きし者、ここに眠る。』だったか。昔の偉人が、自分の墓碑銘にこんな言葉を刻んだそうだ。私が至高の四十一人のまとめ役として自信を失いかけた時、その言葉を送ってくれた……。」
アインズは天を仰ぎ、しみじみと邂逅する。
閉じることの出来ない眼に、彼らの姿がありありと映る。
「そして……今の私にも相応しい。私より優れたお前達が、この身を支えてくれる。約束しよう。お前達が思い描いていた完璧なる智謀の王ではなくとも、私もまた我が身を研鑽し続け、お前達の王として相応しき存在になると!」
守護者達に歓喜と感動、忠義の波が繰り返し打ち寄せるのを感じる。
──ああ、そうだ、何も心配する必要は無かったのだ。彼らの忠義を疑ってしまった自分が情けない。ならば彼らに報いるために、なお一層支配者としての努力を誓おう。この栄光あるナザリック地下大墳墓の名を轟かすために。彼らが 至高の存在に支配される喜びに打ち震えるために。
アインズは守護者達を愛おしげに見渡すと、片手を上げ、
そして高らかに……
◇◆◇
『……と、いう風にならないだろうか。』
厳重に鍵をかけた寝室の豪奢なベッドに身を横たえ、いい匂いがする枕に顔を埋めながら長い長い凡人告白シミュレーションに浸っていたアインズは、そこで妄想を止めフウッとため息をついた。
人間だった頃、睡眠中に見ていた夢と変わらぬほどに現実味溢れる迫真のビジョンだった。
こういった自分の真実を告白した時の守護者達の反応シミュレーションは、偉大な支配者たるにふさわしい立ち居振る舞いのための練習が嫌になった時に、もう10数回は行っている。
初めに告白する相手は鉄板のアルベドやデミウルゴス、それに最もカルマ値が善に傾いているセバスが多いが、他の守護者たちで試してみる事もある。
アウラで妄想した時はなぜか最終的に二人で使役獣に跨がりナザリックを離れ気ままな旅人になるオチになった事があった。思い切って試してみた恐怖侯は……思い出したくもない。
守護者達が失望して軽蔑されるパターンは、あまりにも恐ろしくて慌てて妄想を止めるハメになる。本来はそのパターンこそ突き詰めなければいけないのだが。
今回は最も繰り返しているパターンだけに理想的な完結だった。
こうなってくれないだろうか。いや、守護者達の絶対的忠義からしたらこのパターンが最も可能性が高いと思うのは、都合が良過ぎなんだろうか。
それにしてもなんというか、妄想の中の守護者達のセリフとか態度・心理は、特にアルベドのは…… 我に返った後、自分でこれを思いついたと考えると堪らない恥ずかしさに悶え、ベッドの上でゴロゴロと転げ回るのだが、同時に彼らなら、いかにもそう言い、考え、振る舞いそうな気がする。
この地に転移してきたばかりで何も把握出来ておらず、NPC達の忠義に疑いを持っていた頃と違い、守護者達の性格と性質は大方把握出来た。恐らくその忠誠は、
『もうそれで、いいんじゃないか……?本当に、想像した通りになるんじゃないだろうか。』
それにいかに忠義に溢れ自分の発言全てを良いように受け取ってくれるとはいえ、アルベドやデミウルゴスがいつまでも真実に気づかないなどということがあるだろうか。
その懸念はいつもアインズを恐れさせ、無いはずの胃をキリキリと傷めつける。ならば、タイミングを見計らって自ら告白する方が傷は浅くて済むのではないだろうか。
ガッカリはされるだろう。ある日突然、父親が世界一じゃないと、万能ではないと知ってしまった子供のように。
でもそれは言わば、現実となったナザリックの最後の通過儀礼ではないだろうか。一時的に失望と混乱が生じても、なんとかうまくやっていけるんじゃないか。
嘘に嘘を積み重ねた偽りの繁栄は必ず終わりを告げる。その前に、真実を見つめる手を打つべきではないだろうか。
それに自分だって平凡ではあっても、どうしようもなく無能という事もないはずだ。圧倒的な力を持っていてもそれに溺れず、慎重すぎるほど慎重に行動している。自分の弱さも、愚かさも自覚している。立場にあぐらをかいていばりちらしたり、己の欲望のままに振る舞ったり、怒りに任せ仲間の作ったNPC達を虐待したりもしない。そんなに悪くない支配者じゃないだろうか。ならば……。
ピピピ……
左腕の腕輪から時間を知らせる電子音が鳴った。
『あー時間来ちゃったよ。』
もうしばらくしたら玉座の間で守護者一同、それに他のNPCや守護者直轄のシモベ達を前にして尊大で威厳あふれる支配者の演技に入らなければならない。
アインズはノロノロとベッドから起き上がると彼らの前でするべき態度の復習を始めるが、まだ気分が乗らず雑念が入ってくる。
『あー…… もう、いっかなあ……』
再び、さっきの妄想を現実のものにしたいという願いが湧いてくる。そうすれば、開放されるのだ。
この、理想の支配者としての立ち居振る舞いを追求し続ける果てしない無限地獄から、逃れる事が出来るのだ。
『楽になれるよな~ ……いや、でもな……。』
ブンッと頭を振ってその誘惑から逃れる。
不確定要素が多すぎるし、自分に都合よく考えすぎている。一旦告白してしまえば、もう後戻りはきかないのだ。博打を打つのはまだ危険過ぎる。
「アインズ様、お時間でございます。」
戦闘メイドのユリ・アルファがドア越しに刻限を告げに来た。
「うむ。」
慌てて……もちろんユリには見えないが……練習を止め、落ち着いた声で返事をする。
『さあ、もう逃げられないぞ鈴木悟……いや、アインズ・ウール・ゴウン! ……やるしかないんだ!』
そう自らを鼓舞し、自室を出る。
玉座の間にたどり着くと、眼前にはズラリと並び平伏したしもべ達。
その最前列にはデミウルゴスはじめ階層守護者達が並ぶ。
顔を伏せていても、限りない敬意が見えるほどの熱となってアインズを圧迫してくる。
それによって引き起こされる動揺は、時に喜びを阻害するがこういう場では本当にありがたいアンデッドの耐性による精神沈静化で抑えられる。
玉座の脇に控えるアルベドを見る。今は守護者統括として礼節をわきまえ顔を伏せている。
愛に暴走する時と違い、こういう場でのアルベドはまさにその地位に相応しい知的さと優雅さを兼ね備えている。
──どうなのだろう。妄想の通りに告白したら、現実の彼女はどう反応するのだろう。
デミウルゴスは。シャルティアは。コキュートス、アウラ、マーレ、ヴィクティム、セバス、プレアデス達、……パンドラズ・アクターは?
自分に限りない忠誠を示す現実の彼らは、どう感じ、どう思うのか。
『現実の……か。』
心の中で少し微笑む。NPC、只の作りものであったはずの彼ら。今はもう、生きている存在としか認識しなくなった彼ら。
例え平凡な自分を受け入れてくれたとしても、愛しい彼らの幻想を砕くのは正しい事なのだろうか。
夢砕かれる哀しみは、この身に沁みているのに。
『……そうだな、今は…… もうしばらくはこのまま頑張ってみるか。支配者の演技も少しは板についてきたしな。』
少しおどけながら、そう呟いてみる。努力が必ず実を結ぶ訳では無いが、少なくとも今のところ無駄にはなっていない。何百、何千回の秘密特訓の成果は確かに上がっている。
それに現状の自分を、あまり卑下する必要も無いはずだ。
自分がナザリック一の膨大な魔力を持っているのは確かだし、圧倒的な情報量と課金アイテムを持つという有利さがあったにせよ、相性最悪のシャルティアとの戦いでそれをうまく活用し単騎で勝利するだけの知恵は見せたのだし。
アルベドはもちろん、デミウルゴスやコキュートスもそれには感嘆してくれた。そこは深読みの勘違いではなく、素直な賞賛と受け取っていいだろう。低学歴の平凡なサラリーマンとしては、随分と頑張っている方ではないか。
……そう……頑張っている。
『俺、頑張ってるよな。』
……ねえ、たっち・みーさん、ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん、タブラさん……みんな。
時に過ちも犯すけど……特にアルベドの事はほんとタブラさんに申し訳無かったけど……でも俺、頑張ってますよね?
答えて欲しい。対等な立場の……少なくともユグドラシル内ではそう言えた……友に答えて欲しい。
平々凡々な自分の弱さもダメさも良く分かっている、でもそれでいて、現実に居場所がない自分を認めてくれ、まとめ役として信頼してくれていた友たちに。
他にすがるものが何もなかった自分の、唯一の居場所の仲間に。
そしてもし、誰かこの地に来ていて、再び出会えるなら……。
──良くがんばってくれたね。ご苦労様。──
一言で良い。そう言ってくれないだろうか。その時はきっと、涙を流せないこの身を、精神抑制されるアンデッドの身を、悔いるだろう。『ああ何で俺、涙を流せる種族を選ばなかったのかな』と。
そう悔いる日が、来て欲しい。
つかの間、仲間たちを幻視したアインズは、軽く頭を振って我に返る。
さて、気持ちを切り替えよう。
今の自分は鈴木悟ではなく、モモンガでもなく、至高の四十一人すべてを背負う名を冠した、アインズ・ウール・ゴウンなのだ。
ならばそれに相応しい態度を取らなくてはならない。
アインズはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に、深く臣下の礼を取ったままのNPC達を見渡すと、練習した通り……尊大に右手を上げ、彼らが望むであろう絶対の支配者の威厳たっぷりに、低音の作り声で命令する。
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