明日の光とつがいの二羽 (雪白とうま)
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第一話

 薄暗い青色の中に、橙色の光が混じり初め、

夜明けが見えてきた。

その中に小さな人影が元気に走っている。

アイドルの卵、南条光は走っていた。

吐く息はリズム正しく、足も力強く、アスファルトを踏みしめていく。

 

 光の頭の中にはいつものヒーローが浮かんでくる。

例えば仮面で怒りや悲しみ、自分の恐怖を隠して戦う孤高の戦士。

宇宙人と合体してしまい、地球から来る怪獣、異星人と戦う光の巨人。

何かの運命に惹かれ、集まり共に悪と戦う戦隊。

光が走る時、自分が何かのヒーローになっているのを夢想しながら走る。

右に曲がる時には音速で走る戦士を、

左に曲がる時には光速で飛ぶ超人に、

そして、いつものレッスン場にたどり着く時は変身が解除される時だ。

アイドルの卵としての自分に戻る時だ。

冬の冷気とともに体の芯から熱いものが湧き出てきた。

「ターイムアップ……ってね」

光はひとり呟くと頬を小さく叩き、大きく息を吸い、レッスン場のドアを開く。

「おはよーございまーすっ!南条光、入ります!!」

 

 

「1、2、3、1、2、3」

トレーナーの手と声に合わせて光の足が動く。

あまり軽やかではないが、しっかりとした足取りでステップを踏んでいく。

ステップを踏んでいく中で、急に羽音トレーナーの声が止まった。 

 

ーそして

「3・5・7!」

右足、左腕、回転。

「2・5・4!1・2・6!9・4・6!」

数字が言われると同時に光のステップが変わる。

それはダンスというよりもアクションシーンに近い動きだった。

正拳突き、右フック、左前蹴り。その攻撃は本物のそれとは違い、

オーバーアクションに振られていたが、見ている人からは痛みが伝わるような動きだ。

光の練習は続く。殴り、蹴り、受け、さばき、かわす。

一回やられたかのように倒れて、立ちあがる。

「光ちゃん、フィニッシュ!」

「おーりゃぁっ!」

トレーナーの言葉に光は左に半回転しながら蹴り脚を回す。大きく鳴る着地音。

「ととっ……」

若干バランスを崩しながらも自分が決めたカッコいいポーズを取り、息を大きく吐いた。

 

「んー、まだバランス感覚悪いわね」

「えー!でも、前よりよくなっただろ、羽音さーん!?」

「そうねぇ。まぁ、アクションの基礎は出来てきたのじゃないかな?」

「そうだよね!」

光はアイドルを目指す際、どうしてもしたい事があった。

それは自分が好きな特撮に出演する事だった。

自分にはただの一般人やかよわい子は似合わない気がした。

どうせなら、ヒーローの一人として戦いたい。

それならばと、トレーナーの羽音は光にアクションの練習をを課した。

ただのダンスと並行してアクションの演技を行う事は、光には疲れはあっても、楽しさがあったのでむしろ好都合だった。

「ただねぇ。光ちゃんの場合、激しく動きながら歌う必要もあるから、歌の基本もちゃんとしないとね」

「大きい声ならまかせろ!」

「大きけりゃいいってもんじゃないわよ。この前、資料で貸したミュージカルのDVD見た?」

「見たよ!何かすっごく感動したけど、でもアタシがヒーローショーの方が好きかなあ」

「最近のヒーローは歌いながら戦っているのもあるわよね?」

「う!それを言われるとなぁ」

苦笑を浮かべる光の頭にそっと羽音は手を乗せ、軽く撫でられた。

「ヒーローもアイドルも千里の道も一歩からよ。あせらず、歌も練習しましょうね」

「うんっ!」

光は元気に返事をした。

「それじゃ、ボイストレーニングいくわよ」

「どんとこーい!」

この後、光の元気な声がトレーニングルームに響き渡った。

 

「ううっ、寒い。でも気持ちいい!」

12月の寒さの中、光はカツサンドと牛乳を手にビルの屋上へと来た。

パンをかじり、牛乳を飲みながら少しでも小さい身長が大きくなればと願い、食事を取る。

それがいつもの光の日常だった。

口の中のパンを牛乳で飲み下すと、リュックから最近立川トレーナーからもらった少し古めのウォークマンを取り出す。

画面の音楽リストには

『戦隊ものメドレー』『孤高のヒーロー集』

『最近のアニソン』『昔のアニソン』

と光の趣味が見る者には分かるものがあった。

「さてと、今日は何をきこうかなー?」

と、リストをいじってると

どこからか中性的な声が聴こえてきた。

 

「すまない、少し静かにしてくれないか」

 

光が回りを見回すと、ちょうど浄水タンクに隠れるように少女が座っていた。

明るい茶色に近い髪なのに、何故か白い髪が生えている。

白髪のように思えた。

でも年の近い子に白髪がはえてるのは、光は見た事ない。

黒一色に染まった服を着た、彼女はその衣装に反して微笑が花のように咲いている。そんな感じを光は受けた。

「ご、ゴメン!いつも一人だったから、誰かいるかわかんなかったよ!」

光は詫びをいれるとその少女に近づいていく。雪が降り出してきた。

光は寒さに震えながら、ジャンパーの前を閉め、マフラーを首の内側へ入れ込んだ。

少女はそのまま、白い息を吐きながらどこか遠くを見ているような表情を浮かべていた。

「何をしてるんだ?」

光が問いかけると、少女は空を見ながら笑みを浮かべ答える。

「冬を、聴いているのさ」

「冬を聴く?」

どこか分からない言葉に光は首をかしげる。

少女は目を閉じ、手を耳にあてる。

「聴こえてこないかい?風の叫ぶような声、雲がちぎれゆく断末魔のような叫び。そして」

空を指差すと雪が降ってきた。

「雪の静かなささやきを……」

「ささやきかぁ」

光は雪を手に受け止める。雪の結晶は静かに解けていった。

「アタシはわくわくするかな。雪が降っていると」

「そうか。キミは雪の中に童心を見出しているんだね」

少女は雪を手に受け止める。その手を胸に当てると

「こうは思わないか?はるか北、異国の空を旅し、極東へといたった。そして、名も知らぬ場所で身を朽ちる」

少女は光を見て少し切ない表情を浮かべる。

「どこか悲しいと思わないかい?」

「……そうかなあ?」

光は首をかしげた。

「その雪が外国から旅をしたんだろ。そこは楽しい事も辛い事も色んな事があったと思うんだ。それなら、たとえ知らない場所で消えても寂しくないとアタシは思うぞ!」

それに、と光は空に向かい手を広げた。

「こんなに仲間がいるし、みーんな空を見上げている。これは皆に取っての明るい希望だと思うけどな!」

光は振り向くと、そこに少女はいなかった。既に階段を降りようとしている。

「な、なあっ!」

光は慌てて階段に向かって叫ぶ。

「『冬を聴く』ってかっこよかったぞ!!」

少女は脚を止めて、片手を光にあげると冬の静けさに消えるように降りて行った。

光はしばらく階段から目を離せなかった。

「なんだろう……」

今までの中で出会った事の無い少女。自分が見ている特撮モノでもあんなキャラクターはめったにいない。

「なんか、カッコよかったな」

光は楽しそうにつぶやいた。外ではまだ、雪が降ってきている。

 

 

 光は夕方までトレーニングをしていた。とはいっても、ずっと同じトレーニングをしていても飽きる。

ましてや普段は13歳の子供だという事を羽音も分かっているのだろう。夕方頃には『演劇鑑賞』と称して特撮の映画を二人で見ていた。

「このブルーの『俺はあきらめない!』って表情がいいんだよね!」

「私にはわかんないなあ。ほらブルーって、変身前でもクールで表情あんまり変わんないじゃない」

「羽音さんもよく見ればわかるよ!いつもクールなブルーがこの時だけ正義感を表に出してるんだ。ほら、ここのレッドのスーツのえりを掴むとことか!」

「うーん、やっぱりわかんないなぁ」

その後、ロボの動きが固いとか、最後の未来へ帰っていくシルバーを見送るシーンで二人は泣いたりした。

 

そんな中、トレーニングルームのドアが開く。

「相変わらずやってるな、光」

20代後半ぐらいのスーツを着た男が笑みを浮かべていた。

だが、眼光は鋭くどこか獲物を狙っている獣のように見える。

「月島さん、おはようっ!!」

「おう、おはよう」

光は手をあげて挨拶を返した。

月島は目を細め、手を上げて挨拶を返す。

眼光がさらに強くなった。

戦隊ものの司令官のような、或いは隠れた悪の親玉のような人、光にはそう思えた。

「で、今日はどうしたの?事務所唯一の練習生見にきたりして」

「事務所社長兼プロデューサーの俺が来るのは、一つしか用事が無い」

口を横に細め、月島はその名の通りのような笑みを浮かべた。

光はちょっと考えていたが、やがて目を輝かせて

「も、もしかして!」

「当たりだ、喜べ光。お前のデビューが決まった」

「やったぁ!!」

天井にも届かんとばかりに飛びあがる光。月島は光の前に、静かに一本立てた。

「ただし、条件がある」

「何?ヒーロー希望のアタシに悪役やれとか言わないよね」

「有名になって、そういうオファーがきたら考えるかもな。お前はこいつと組んでもらう」

入れ。と月島が短く言うと後ろから女の子が少し気だるそうな感じで入って来た。

「いざ入って見ると、あまり代わり映えしないものだね、プロデューサー。無機質の固まりだ」

「トレーニングルームというのはそんなもんだ。でもそこから無限の可能性が出てくるものだろう、飛鳥?」

光は飛鳥と呼ばれた少女を見た。そこには

「ああっ!さっきの、えーと……冬!」

「冬とはまた、単調な覚え方をされたものだね」

 

 

これが、南条光と二宮飛鳥の始まり。




いかがでしたでしょうか。
ご感想意見等あればお送り下さいませ。
※立川の名前を羽音(うおん)に変えます。


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第二話

「冬?」

月島は不思議そうな顔で二人の顔を見た。

「うん!何かこの子屋上で見かけたんだよ。そしたら

『冬を聴いている』って言っていて」

そう光が言うと、月島は顔をしかめた。

「飛鳥……またお前の悪い癖が出たな」

「そうは言うがね、プロデューサー。

ボクは己のパトスに逆らう事は出来ないよ」

飛鳥と呼ばれた少女はどこか得意げに、白い髪をひとふさかきあげた。

「さて、話を変えようか。その小さい子がボクのバディとなる子なのかな?」

月島はため息をつくと、親指で光を指さす。

「そうだ、名は南条光。小さいがお前と同じ13歳だぞ」

「そうだそうだ。小さいけど……ってええ!?」

光は飛鳥を指差しながら口をぱくぱくと空けていた。

「13!?アタシと同じ!?」

「そうだけど……あぁ、ひょっとしてこう思ったのかな。こんなイタイやつが同い年なんて」

 

 

「かっこいい!」

 

 

「え?」

予想外の言葉に固まる飛鳥。

「なんかさ、ダークヒーローっていうのかな!?

 アタシが目指すヒーローとは違うけど、

 途中から敵から仲間に加わったり、一人で戦ってたのに突然仲間になったりする  

 ヒーローみたいだ!」

早口でまくしたてるこの少女は飛鳥はこの子を真正面から相手にすると疲れる。そんな顔をしていた。

「……まぁ、君がそう見えるのならボクはそうなんだろうね」

「そうかもしれんが、飛鳥は独りになりすぎる。

たまに孤独と孤高を履き違えてないか不安だ」

「それはないさプロデューサー。

でも、孤独と孤高は血液型が違う双子のようなものだよ」

「お前がそう思っているならばそれでいい。

 では改めて紹介しよう、こちらは二宮飛鳥。

 さっきも言ったが光と同じ13歳だ」

月島は苦い顔をしながら、飛鳥の白い髪のひとふさを掴む。

「まぁ、この歳にありがちな『中二病』ってやつでな。

 何かと行動に意義や思想を持ちたがる」

「あ、あのう。『中二病』ってなんですか?」

ずっと会話の外にいた、トレーナーの羽音がおそるおそる手を上げて質問をしてきた。

「分かりやすくいえば、『かっこつけたがり』だ。

 光、お前の同類かもしれんぞ」

「そうかなあ?」

光は首をかしげて考えたが、特に何も浮かばなかったので笑顔を浮かべた。

「ま、デビューと仕事が入るならいいや!

 アタシは飛鳥がパートナーでいいよ」

飛鳥は、月島の手をさらりと払うと苦笑を浮かべる。

「ボクは君の事をまったく知らないから困るんだけどな

 ……それに君だってボクの事を知らないだろ?」

「知らなかったら、今後覚えて行けばいいし、

 なんなら今から教えてもいいぞ」

「え?」

飛鳥が言い終わる前に光は大きく息を吸い、

「名前は南条光!

 歳は13歳!

 うどんがおいしい徳島県出身!

 月島さん紹介の私立の中学校通ってる!

 身長は140センチあるからちっちゃくないぞ!

 体重は筋肉多め!

 好きなものは特撮!特に超人もの大好き!

 好きな食べ物はお肉もそうだけど立川さんが持ってきてくれる

 特製カレースープ!

 当然、目指すはアイドルだけど」

光は早口でまくしたて、そして指を一本高く上げ

「アタシはヒーローになりたいっ!!」

そう力強く宣言した。月島と羽音はまたかという顔をしている。

「光ちゃんの名乗り、相変わらずですねえ」

「というか、アレ以外のアピール方法を考えられんのかあいつは」

飛鳥は何か珍しいものを見たという顔をしているが、

苦笑交じりに笑った。

「ボクは二宮飛鳥、飛鳥でいい。好きなのは、ラジオを聴いたり、漫画描いたり……後は、セカイを観測する事かな」

「その白髪は?」

「ウィッグを知らないのかい?」

と、片方のウィッグを飛鳥は外し、光の前にぶら下げる。

「ほんのささいな反逆さ。日常へのね」

「……なんか、狐のしっぽみたいだな」

光の呟きに月島と立川が吹き出す。飛鳥は理解のなさに口を少し尖らせた。

だが、また不敵にな笑みに表情を変える。

「見せてもらうよ光。キミがボクにどんなセカイを見せてくれるか」

「ああ、よろしく飛鳥!」

飛鳥は光に右手を差し出した。光は笑顔で握り返した。

 

 

 翌日から光と飛鳥は羽音の指導の元、

同じトレーニングを始める事になった。

光の唯一の不満があるとすればヒーローごっこにも似た

アクショントレーニングを

「ナンセンス」

の一言で片づけられた飛鳥の意見により、

しばらくは自主練習だけでする事になった事だ。

月島はユニットでの売りだしを考えているのか

二人の歩調を合わせるのを優先する事にした。

個性の強さはと二人は聞いたが

「お前らはありすぎだ!」

と、月島の一言で片付けられた。

 

 クリスマス・イヴと世間は騒がしい中、

二人はダンスの練習をしている。

「はい、飛鳥ちゃん!余計なスピンかかってるわよ。

 脚は木の根っこをイメージ!」

「光ちゃん、動きが単調!もっと腕をあのイエローのように大きく動かす!

 ただ回すだけじゃいけないわよ」

立川の指導にも熱がこもっているのがわかる。

光は一人の時もっと自由にやれたような気がする。

少しきゅうくつだ。

だけど、飛鳥が入って来たおかげでどこかアイドルっぽくなった気もするなとも思っていた。

飛鳥のダンスは独学なのか、綺麗ではあるがどこか無駄が多いと、立川からいつも指導を受けている。

飛鳥も息を上げながら、二人の連携をよくしていく事にとまどっているようだった。

 

「はい、休憩!」

立川が大きく両手を叩くと光も飛鳥も糸が切れたように倒れ、

ペットボトルのぬるくなったスポーツドリンクを一気に飲み干していく。

外はクリスマス・イヴで賑やかになっているのにここだけが切り取られた世界のようになっていた。

「あー!今頃、ヒーローショーでクリスマススペシャルとかやってるんだろうなぁ!!生放送で見たかったー!」

「日本人は何かとお祝い事に特典をつけたがるからね。

 光も何かあったのかい?」

「いやぁ、ただ、今やってるヒーローが世界の偉人だっけ?その力を使ってるんだよね。だからサンタクロースバージョンとかあるのかちょっと期待してた」

「聖ニコラウスが極東でヒーローの元になるなんて、

 誰が予想しただろうね」

「聖ニコ……何?」

「サンタクロースの元になった人さ。もっとも、今のボクらはニコラウスの脚元にも及ばない。夢を見せられるなんて先の先の話だ」

お互いにスポーツドリンクを飲み干し、

同時にため息を吐く。

「そういえば、飛鳥ってさ。何でアイドル目指そうと思ったのさ?」

「ボク?」

飛鳥はしばらく考え、やがて苦笑を浮かべると

「学校と家以外に居場所を作りたかったからだよ」

「ん?それって、どういうこと?」

「非日常を味わいたかった。そんなとこかな」

飛鳥は微笑を浮かべると、さてと、言って立つ。

「さて、次はどうすればいいかなトレーナー!」

「お、飛鳥ちゃん元気になったね。 次はボイストレーニングをします。二人の声がちゃんと合うとこを見つけないとね」

「ボイトレか。光の声は大きいからなぁ」

「そういう飛鳥の声が小さいんだよ」

「大きければいいってもんじゃないよ、光。一定の音を越えればそれはノイズだ」

「でも」

「はい、それまで」

手を大きく叩いて二人の言いあいに羽音が入り込む。

「お互い弱点はあるわね。でも、良さは確かにある。それを意識してやってみようか」

二人は返事をすると姿勢を正す。

よい声はよい姿勢から、何度も羽音に言われた事だ。

「まず光ちゃん」

光は腹に力を込め、声を出していく。

元気などこにでもある声だ。

「次、飛鳥ちゃん」

飛鳥が声を出した。光よりかは弱いがどこか機械的でもあり、何かをひきつける声だ。

「光ちゃんはちょっと小さく、飛鳥ちゃんは大きく出して」

それぞれの声が変わっていく。光も飛鳥も腹から空気が全て出て行き、胸に痛みを感じていた。

―その瞬間

 

『あ』

 

繋がった。

二人の声がちょうどいいところに合ったのが

何となく分かった。お互いの顔を見合わせる。

羽音は笑みを浮かべると、

「よし、分かったわね。さっきのところ、もう一度やるわよ」

 

 

この後、何度も繰り返し二人は声を出してきたが、

同じ感覚を味わったのは一回も無かった。

 

 

何度も繰り返す事。でも休むことも大事。

それを羽音に言われた二人は練習を終えたが、

やりきれないのは一緒だった。

 

 

練習は22時を回った。

雪はまだ、少しだけ降り続いているので月島が車で二人を送る事になった。

「なんか、悔しいよな」

「そうだね。そして、なんだかつまらないよ」

「焦る事はない。日々練習し自分を、そして余裕が出来れば相手の事を考えろ。そうすればおのずとユニゾンしてくるものだ」

バックミラーごしに見る月島の眼は鋭かったが、言葉は優しかった。

光は軽くうなずくと窓の外を見る。

黒い闇の中、白い雪が静かに舞っていた。何故かそれを見ていると光のやるせない気持ちは癒されるような気がした。

「今日は雪の下、どんな愛の言葉が舞っているのだろうね」

「お前もいずれその言葉を誰かに伝えるのかもしれないぞ」

「明日の事も分からないのに、遠い未来の事は分からないよ。プロデューサー」

飛鳥も静かな笑みを浮かべ、窓の外を見ていた。

「なぁ、飛鳥……アタシ達これからだよな」

光が珍しく弱気な事を言う。

「そうだね。

でも、ある映画の台詞を借りるなら

『始まってすらいない』のかもしれないよ」

その言葉に飛鳥は小さく笑う。

「そうだな。アタシ達、今日が最初の一歩だもんな」

「そうだね。偉大なる一歩かもしれないけど」

「ヒーローにとっての一歩か……!」

光は拳を握り小さく、強く呟いた。

「あ、でもボクはヒーローになる気はないよ」

「ええっ!?」

光は顔を歪めて、飛鳥の方を向く。

飛鳥は、いたずらっぽいく笑みを浮かべて指を一本立ていた。

「ただ偶像としてのアイドルは興味あるけどね。

 ヒーローは光にまかせるよ」

「そんなぁ!飛鳥もヒーローになろうよ!

皆を笑顔に出来るんだぞ!」

「アイドルも笑顔に出来ると思うけどね」

「ヒーローは正義も教えられるぞ!」

「正義は人それぞれにあるからね。

そんなものに興味は無いよ」

「でも!」

「……お前ら」

二人が言い合いをしていると、空気が冷えるような声が前から聴こえてきた。

「それ以上うるさいと、ここから歩いて帰らせるぞ」

「う、ううっ!それは」

「勘弁願いたいかな……」

月島の一言で二人は押し黙った。

しばらくの無言が続く。

「……ふふっ」

飛鳥が急に笑った。

「へへっ」

光もつられて笑う。何故おかしいのかは分らないが、

同じ理由で笑っている気がした。

 

「それじゃ、明日から休みだ。風邪は引くなよ」

「分かってる!でも、元気がとりえなのは月島さんも知っているだろ?」

「俺が心配しているのは光が学校の宿題をする事なのだがな」

「ど、努力する」

「光、勉強は学生の課せられた鎖だよ。

 ボクら自身でひきちぎらなければいけない」

「そういう飛鳥も心配なんだがな、俺は」

「……プロデューサー。お願いなんだけど

二人で勉強教え合うというのは出来るかな」

月島はため息を一つはくと

「トレーニングルームの鍵を立川に渡しておくから二人でやれ。分からないところがあれば立川に聴いてもいい。

ただし、必ず正月の休み明けには終わらせろ」

「やりぃっ!ナイスアイディアだぞ、飛鳥!」

「まぁ、知恵を出し合う事はいい事だしね」

光はシートベルトを外し、車の外に出た。

「それじゃ、メリークリスマス!飛鳥!月島さん!」

「メリークリスマス、光」

「じゃあな」

三人はそれぞれの挨拶をかわす。月島の車は飛鳥を乗せて去って行った。

「……なんか、わくわくしてきた」

光の目の前には真っ暗な空がある。

しかし、空の雪が、その白さとまぶしさが、

自分達の行き先を祝福してくれているように思えるのだ。

「やるぞーっ!!」

 

これが、南条光と二宮飛鳥の始めの一歩。




二話目になります。書き溜めはここまでとなりますが、なるべく早く、もしくはSS等を混ぜながら書き続けようと思います。
ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします。


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第三話

―大晦日。

暖房をつけた、小さなトレーニングルームでは光と飛鳥がテーブルの上に教科書やノートを広げていた。

そこには数式の羅列、物語の感想。

様々な文章が書かれ、時にはそれに色が付けられていた。

今の二人はアイドルの卵では無く、普通の中学生だ。

 

飛鳥は光のドリルに方程式を書きこんでいく。

「まずはこのxの数式を解く。

そうすると自然とxの答えが分かるだろ?それを当てはめて、残りのyを解くんだ」

「おおっ!、何か分かって来た気がする!」

光はテーブルを叩きながら、答えを書きこんでいく。

光の数式ドリルのところには何度も消しては書いた後があったが、一番太く濃く書かれた字で飛鳥に教えてもらった解答を書きこんだ。

「飛鳥はすごいなー!アタシ、数学は方程式になると

 頭がこんがらがって、分かんなくなるんだ」

「方程式ほど、セカイをシンプルに出しているものは無いよ。数字と法則さえ分かれば自然と解答が出てくる」

得意げにシャープペンシルを回すと、数式を解いていく飛鳥は光から見ると、まるで世界の方程式が頭に全て入っているように思えた。

その後、円周率、距離の求め方など小学校からする算数からやり直し、飛鳥は光に教えて行く。

飛鳥は正負の計算等を光の三倍の速さで解いていき、光を驚かせた。

 

 

しかし、歴史になると立場は逆転する。

「平安時代の次は?」

「簡単だよ、奈良時代だったかな?」

とまったく違う答えを言い出した。

「……飛鳥、ちょっと聴くけど本能寺の変で切腹したのはだれか分かる?」

しばらくの無言の後、飛鳥は口を開き、

「もちろん西郷隆盛さ」

と、以前放送された歴史ドラマの主人公を言って

光にため息をつかせた。

「本能寺の変は織田信長!変を起こしたのは明智光秀!

1582年だから『苺パンツの信長、本能寺で死す』って覚えるんだぞ!」

「なんだい、その幼稚な覚え方は」

「語呂合わせは覚えやすいんだぞ。ユニークだからインパクトもあるし」

「だからと言って苺パンツはないだろう」

ため息をつく飛鳥に光はノートの端に飛鳥がこっそり描いていたイラストを消しゴムで消す。

「アタシも似たような事を学校でするけど後で!」

飛鳥は恨めしそうな目で光を見ると

「光は何でそんなに歴史の人物を覚えているんだい?

 ボクは人の足跡はどこか虚ろな気がして覚えられないんだよ」

「ヒーローの名前を覚えるのと同じだ!

例えば織田信長なんか、ものすごい悪役でもあるし、

ものすごいヒーローでもあるんだぞ!」

「人物の二極性かい?そんなもので覚えられるのかな」

「その人がどんな心を持ってその行動をしたかとか考えると結構楽しいぞ!」

「成程、偉人を偶像化してしまうのか」

ふと、飛鳥の言葉に光は目を輝かせる。

「そうしたら、世界の偉人はみーんなアイドルになっちゃうな!」

楽しそうに笑う光に飛鳥は呆れた顔をする。

「そうしたら、世界で色々嫌われているアイドルもたくさん出る事になるよ」 

光は笑顔を止める。

「あ……そうだな。どうしよう?」

「まぁ、それはそれで好きな人はいるだろうさ」

飛鳥は光をあやすように言うと日本史の問題を解いていく。

飛鳥は元々頭がいいのだろうか。

光はそう思うほどあっという間に覚えられるようになった。

 

 

英語は二人ともそこそこ出来るようで、お互いに教えながら宿題を解いていった。

「本当はドイツ語かイタリア語がいいんだけどね。中二的には」

と愚痴を言う飛鳥に光は

「アタシは英語の方が好きかな!

ほら、ヒーローの必殺技って結構英語が多いし」

と、それぞれの外国語の好きなところを上げていった。

 

 

お互い、自力で解けるところは、辞典を使いながら文章を翻訳していく。

解いていく中、飛鳥は一つの文章でペンを止めた。

「『My best friend』……違うな。ここはボクとしては」

消しゴムで消すと素早く飛鳥は書き込む。

「『My close friend』と記したいね」

飛鳥の呟きに光はペンの動きを止める。

「くろーず?『閉じた友達』って何だ?」

飛鳥はシャープペンを横に振り笑みを浮かべると

「違うよ、光。意味は同じで『親友』って事。

 まぁ、ボクの定義では閉じ込めたい友人といったところかな?」

飛鳥は思うがままに英語のスペルを書きこんでいく。

「まぁ、もっとも『親友』なんてボクには縁が無い言葉かもしれないけどね」

「それは違うぞ、飛鳥!」

光は頬を少し膨らませ、自分を指差した。

「アタシじゃダメか!?」

光の顔に飛鳥は少し目を閉じ、シャーペンを振っていく。それはどこか光を試すかのような感じで振られていった。

「……そうだね。まだ、お互いの時間が足りない。

まだボクも光のパーソナルな事を知らないし、

光もボクの事を知らない事があるだろ。

それが深まっていけばそうなるかもね」

「むうぅ!」

さらに頬を膨らませる光だが、やがて両手を合わせ、音を高く立てると、

「いつか言わせてやるからな!

『マイ・クローズフレンド』って!」

「その日が来るのを楽しみにしているよ」

二人は笑うとお互いの最後の課題に向き合った。

 

 

「終わったー!」

「やれやれ、これで新年を迎えられるね」

光はシャープペンを放り投げ、仰向けに寝転がり、

飛鳥は静かに教科書を閉じた。

二人の成果である冬休みの宿題は

ややしわがよってしまったが、

中には解答がびっしりと書き込まれている。

二人を癒すかのように暖房の音が静かに流れていた。

「しかし、この時間になると小腹がすくね。

 かといって何も食べられそうにないし……」

「そう思って、これだっ!」

光はカバンの中から水筒を取りだし飛鳥に突きだして見せる。

それを見て飛鳥はちょっと顔をしかめ、

「お茶はちょっとね……かといって水分だけで

 腹が膨れるとは思えないけど」

「ふっふっふっ、それが違うんだなあ」

とコップを取りだし、注いで飛鳥に手渡す。茶色く濁ったそれは、どこかスパイシーな香りがしてきた。

「……カレー?」

「羽音さんの特製カレースープ。

 ここ来る前にもらってたんだ!

 あったまるし、具も少しあるからお腹もちょっと膨れるからいいぞ」

「カレーか。光みたいなお子様舌にはいいかもしれないけど」

と悪態を付きながら少し、コップを傾ける。

少し飲んだのか、飛鳥の動きが止まり、コップに目をやる。

「……美味しい。何か普通のカレースープと違ってコクがある」

「だろ!」

光は自分の料理を褒められたかのように笑顔を見せる。

「普通のカレールーを溶かしたんじゃなくて、スパイスを始めから作るのと、隠し味にカツオのだし汁を入れているんだって!でも後は、企業秘密らしくて教えてくれないんだよなあ」

「確かにこれは刺激的で、インドのように神秘的な味わいかもね。チャクラが開くようだよ」

飛鳥は一気に飲み干すと光にコップを突きだした。

「おかわり、もらえるかな?」

 

宿題も終わり、光はトレーニングルームの鍵を閉める。

飛鳥は日が沈む空を見上げながら

「年末の音が聴こえてきそうだね。

今年最後の演幕が閉じるような、そんな音が」

そう呟くと、光は飛鳥の肩に手を置くと

「アタシには来年の音が聴こえてきそうだよ。

 何せ二人のデビューなんだからさ!」

と、楽しそうに笑った。

飛鳥は何か考えているようだったが、笑顔を返した。

「そうだね。ボクらの始めの一歩は、

 セカイにどんな音を響かせるのかな?」

「笑顔と勇気さ」

「非日常もね」

二人はお互いに顔を合わせると、無言。その間に冬の風が流れて行った。

「アタシ」

光が口火を切り、強い口調で語る。

「飛鳥の事、もっと知りたい。どんなのが好きでどんなことが嫌いか。そしてどういうアイドルを目指していきたいのか。飛鳥のかっこいいところがもっと見たい!」

飛鳥はうなづき、静かに返す。

「ボクもバディである光の事を勉強しなきゃね。

ヒーローたる偶像がどんなものか、何で光はそれに憧れるか。光のアイドルの根底を知りたいよ」

「そして」

二人の言葉が重なる。

「皆に笑顔になって欲しい」

「非日常を知りたい」

お互い、強い口調で言い切った。

 

これが、南条光と二宮飛鳥の年の瀬の誓い。




今回は幕間のような感じで書かせていただきました。
次回からデビューに向けてステップを踏んでいこうと思いますので、
よろしくお願い致します。


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第四話

正月も明け、冬休みも過ぎ、二月に差し掛かろうとした頃、

光と飛鳥は変わらずのトレーニング漬けの日々を過ごしていた。

毎日のように練習を続けていたので、二人の動きは次第によくなり、

ユニットとしての基礎が出来始めていた。

そして、お互いを知ろうとし始めた。

プライベートの話をする事が増え、学校の話や宿題の手伝い、さらにはお互いの趣味の話を聴き入る事が多くなった。

光がヒーローの話をすると、飛鳥はそのヒーローの存在意義や、敵に対しての存在価値を話しては正義についての議論を始めて光を混乱させた。

また、飛鳥が描いている漫画を光がアフレコごっこをして読んでいるのを、飛鳥が無理やり取り上げたり、二人でラジオのお便りのネタを考えるようになった。

 

 

そしていつもの二人は練習時間よりも

トレーニングルームへ早く来て、飛鳥が描いた漫画を二人で読んでいた。

「飛鳥の描く漫画は燃えないなぁ。

 もっとハッピーエンドで終わるのって無いのか?」

「退廃的なセカイに一筋の希望が残る。

 その希望が輝くからこそ、この退廃さがあるんだよ、光」

「うーん、アタシにはわかんない!でも、何か面白いからいいか!」

飛鳥の漫画の話をしていると、トレーニングルームのドアが開いた。

そこには月島が憮然とした表情で立っていた。

気のせいか、いつもの眼光の強さは和らいでいるように二人は思った。

「月島さん、おはよう!」

「どうしたのさ、プロデューサー。いつもの野性味が消えているよ」

光と飛鳥が月島に声をかけると、大きくため息をつき、下を向く。

が、ネクタイを締め直すと意を決した様に顔をあげた。

眼光が鋭く元に戻っていた。

「お前ら、今から時間はあるか?」

「時間?これから練習があるけど……どうしたの?」

光が聴くと、月島はいよいよ眼光を鋭くし、咳払いを一つすると

 

「お前らの歌を作ってもらう人に挨拶しにいく」

 

と告げた。

しばらくの無言の後、

「えーっ!」

光が叫び声をあげて、月島につかみかかる。

「ちょ、ちょっとまって月島さん!?音楽って誰の?いつの?っていうか月島さんが作るんじゃないの?」

「俺はそういうのを依頼したり、スケジュールを調整するだけだ。もちろん歌うのはお前と飛鳥。4月にはシンガーとしてデビューさせるぞ」

「そうかぁ!初仕事が歌も出せるのか!!良かったな飛鳥!」

振り向いて飛鳥を見ると、

「……」

茫然としていた。光は飛鳥に抱きつき、

「飛鳥!しっかりしろ!!アタシ達のデビューだよ」

「分かってる、分かってるよ。光」

飛鳥は光の頭をゆっくりと撫でた。

しかし、その手は震えている。

「なんだろうね。嬉しいのと同時に頭のシナプスが遅いのかな……ボクには理解できているようで、理解が」

「しっかりしろ!」

大きい音と共に光の両手が飛鳥の頬を挟み込む。

「アタシ達のデビューだぞ!こっから色んな、たっくさんの人達に笑顔と正義と非日常を届けるんだろ!?」

「……」

「飛鳥?」

飛鳥は光の両手を頬から放し、光の額を指で弾いた。

「イタっ」

「分かっているよ、光。ちょっと意識を三千世界に手放したぐらいで大げさなんだから」

「嘘付け!さっきは絶対ショック受けていただろ」

「そんなことはないさ。ボクの意識は遠く銀河の果て」

「お前ら」

空気が冷える。

二人が振り向くと月島の目が鋭さをまし、ナイフのようになっていた。

「三分時間をやる。準備をしろさもなくば……!」

「分かりましたぁっ!!」

「了解!!」

二人は慌てて出かける準備をした。

 

 

 

立川に練習はキャンセルという事を告げ、

車に乗り込んだ二人は前で運転している月島を見た。

明らかにいつもの月島とは違っている。

 

 

二人が知っている社長であり、

プロデューサーの月島といえば傲岸不遜、唯我独尊、話が通じなくとも相手の隙を見つければスジを通し、話をこちら側へ有利に終わらせる人だ。

そして、あまり敵は作らないように相手側にも利益を提供するようにしていると飛鳥は立川から聞いた事がある。

そんな敵はいないといった月島がどこか弱気な顔をしている。

「月島さん、何かあったの?」

「……まぁ、何だ」

月島は二本目の棒付きキャンディを口に入れてなめ始めた。

昔は煙草を吸っていたが、光を練習生にする際に羽音に子どもであり、アイドルの前で吸うのはいかがなものかと注意され、

口寂しいのをごまかすために暇があってはなめている。

「今回会う歌を作ってくれる人は、俺の師匠筋からの知っている人でな。俺がプロデューサーになって始めて直接お願いする事になる」

「へぇ、じゃあプロデューサーも人の子。緊張しているのかな?」

飛鳥の意地悪な口調に、音が鳴った。

月島の口でキャンディが噛み砕かれた音だ。

「俺はあの方は苦手だ」

「は?」

「色々使い走りをさせられた頃、とことんいじりたおされた。確かにいい経験にもなった。腕は確かだ。だが、悪ふざけが過ぎる!!」

月島は、いきなり叫ぶと弱気になったのか

「正直、今でも会いたくない」

と、弱気な声で月島はつぶやいた。

「プロデューサーがそこまで嫌がる相手か。興味が湧いてきたね」

飛鳥が意地の悪い笑みを浮かべる。

「……後悔するなよ」

月島は絞るような声を出し、アクセルを踏んだ。

わずかに車体が揺れると車はスピードを上げて駆けていく。

 

 

 

「ほー、大きいなあ」

光は目的地である分譲マンションにつくと感嘆の声を上げた。

そこは、いわゆる高級宅地で分譲マンションや

いかにも高そうな一軒家が整列されたかのように建てられており、駅が近いのか電車の音が静かに聴こえてきた。

「これはこれは……セレブってやつかな。金の雨が降ってきそうだよ」

飛鳥がマンションを眺めながら呟く。

光と飛鳥からするとマンションは今から冒険に出かける塔のような気持ちだ。

だが、月島は違うらしい。近づくたびに顔に苦み走った表情が深くなり、10歳も年を取ったような顔になる。

「行くぞ」

月島は二人を促すと自動ドアを開け、

マンションの部屋番号を押し、インターフォンを鳴らす。

しばらくの間、無音が続いたが、何かが動く音と共に

「はぁい?」

と、気だるそうな女性の声がインターフォンごしに聴こえてきた。

「お約束していました、月島です」

月島が来訪を告げると、しばらく無音が続いたが

「おお、つっきーか。ロック開けるから入っておいで」

と、入口のロックが開く音が聴こえた。

「月島さん、つっきーって何?」

「俺のあだ名だ。行くぞ」

月島は光の話を遮るように、靴の足音高く入口へ入って行った。光はとまどっていたが、飛鳥に肩を叩かれ、

「人間、誰にだって触れられたくない過去があるんだよ。そう、つっきーにもね」

月島ににらまれるのを無視し、飛鳥に手を引かれ光は中へと入っていった。

 

最上階。

分譲マンションではもっとも高い部屋とされるそこには

「宮形音楽事務所」と書かれた看板がドアに打ちつけられていた。

月島は深呼吸を二、三度するとドアをノックし開けた。

「失礼します」

「うむ、まっとったよ」

奥から中性的だが、年齢の重ねた声が聴こえて来た。

「とりあえず、中へお入り」

その声にひかれるまま、三人は部屋の中に入って行った。

 

そこには白い雪がある。そんな風に光や飛鳥には思えた。

年齢を重ねたであろう、飛鳥のエクステとは違う雪の様な白髪。

深い彫の入った皺に柔らかな瞳とほのかな朱が入る唇。

そして、着物は白を下地に金の帯でまかれていた老婆がいた。

だが、瞳の輝きは少女のまま。

光と飛鳥は同じ世代の匂いのようなものを感じた。

「ごぶさたしております。宮形さん」

「いよう、つっきー。お前があのカッコつけの社長から離れて以来かの」

「はい」

月島は頭を下げたまま目を合わせようとしない。

「で」

宮形は光と飛鳥に視線を合わせる。

「この子達かい。お前が見つけたアイドルの原石ってやつは……お名前は?」

急に名前を聴かれたので、二人はとまどいながらも

「南条光……です。こんにちは」

「二宮……飛鳥です、よろしくお願いします」

名乗り、自然とお辞儀をした。

「うん、つっきートコの子だけあって礼儀はそれなりにできとるね」

「恐縮です」

ひねり出すように月島は言葉を紡ぐ。

重い空気の中、光はちらと視線を外した。

壁には多くの賞状、戸棚にはトロフィーが飾られている。

だがそれよりも、壁に飾られた色あせたポスターに目がいった。

子供の頃に見ていた戦隊モノのポスター。

「バードブレイバーだ!」

「ほう」

宮形の目が光に注がれる。

「そこのちっこいガキんちょりバードブレイバーを知っとるかい?」

「う……じゃなくて、はい!子供の頃、ずっと見ていたから」

「ほほう!それじゃ、オープニング曲も知っとるかい?」

「はい、確か『太陽の下 ボクらは集う 青空再び 舞えるよう』って」

宮形が楽しそうに手を叩いた。

「こりゃ面白い!バードブレイバーのオープニングを知っているとはやるのう」

「アタシ、サビの部分大好きで、子供の頃そこばっかり

 歌っていたって父さんから聞いた事あるんだ」

「そう言われると、ワシも嬉しいな。子供のために作った曲だしの」

「おばさんが!」

光が身を乗り出すと、月島が顔をしかめて光の頭を下げさせる。

「すみません。13歳とはいえ礼儀はしっかり叩きこませたのですが」

「ええよええよ。ワシも礼儀なんてその頃は知らんかったしな。ほれ、そっちの髪の毛がちょっと変なのも本性おだし。お前もカッコつけの匂いがするしの」

愛川に言われ、飛鳥は少し驚いたが苦笑する。

「分かってしまうのか……恐ろしいね。年の甲ってのは」

「お前のそういうのは何人も見たからの。つっきーもその一人よ」

「宮形さん……それは」

月島の情けない声に、皆が笑った。

 

 

 

その後、四人の談話は軽いものになった。

月島が入れたコーヒーを飲みながら、

光と飛鳥は宮形を数年来の友人の様に話し、

宮形もまた子供の様に、時には大人の威厳を示しながら語っていた。

月島だけがたまに昔の事を出されては渋い顔をしていたが、

それにかまわず光と飛鳥は色んな事を愛川に問いかけていた。

「宮形さんって名前変えて曲作ってるの?」

「そうだね。演歌の時はこのまんまだけど、

 他の曲を作る時は別の名前を使っている。

 イメージってもんがあるしの。

 この前も暇つぶしで動画サイトに音楽ソフト使って

 投稿もしたとこだよ。ナントカPっていっぱい若い子が作品を出してるしの」

「面白いね、おばさん。デジタルもアナログもいけるなんて」

「飛鳥だっけ、お前さん。歌作るのはデジタルもアナログも所詮は道具なんだよ。要はどの道具で一番いい音楽が出せるか、ワシはそれだけが楽しみなのよ」

高らかに笑う宮形を光と飛鳥は興味と尊敬の入り混じった目で見ていた。

月島や羽音とはまったく違う大人。それでいて、

子供の部分をしっかりと残している始めての大人に

二人は何かを揺さぶられているような気がした。

 

 

 

「さて、本題に入るかね」

両手を軽く合わせると宮形が光と飛鳥に視線をやる。

光は拳を握りかまえ、飛鳥は口を結び、

エクステをいじっていた手を止めた。

「ワシに曲を書かせる。それはいいとしよう。でも、お前さんらの意見も聞きたい」

コーヒーを飲み干し宮型は言葉に強さを持たせ、問う。

 

 

「お前さんらは歌で何をしたい?」

 

 

「皆を笑顔にしたい!」

光はすぐさま答えた。

「ほう。でも音楽以外でも笑顔に出来るものはあるぞ。落語やテレビの番組。光の好きなヒーローでも笑顔に出来るのう。最近だと漫画キャラの絵のようなアイドルみたいなのも出始めたしの」

「……それでも」

光は拳を固め、宮形に向かう。

「それでも、なんていえばいいんだろ……アタシにしか出来ない、アタシだけが皆に伝えられる笑顔があると思うんだ」

「それは、どんなものかい?」

優しくも厳しい声が返ってくる。

光は何かを口にしようとして固まってしまった。

 

「では光は一度待つとしよう。飛鳥は何をしたいんだい?」

「非日常を」

「非日常。ほう、曲で非日常を出せるかい?」

「セカイは繋がっているようで、途中で切れてしまう。

 ボクだけのセカイもあるし、おばさんだけのセカイもあるとボクは思う」

「それで?」

「人が当たり前のように過ごす日常、その中に、楔の様に……ボクの言葉で……日常から解放……違う……それぞれのセカイ」

「飛鳥」

宮形が途切れ途切れになってきた飛鳥の言葉を手を優しく握り止めた。

「それ以上言うんじゃない。それ以上言うとアンタの言葉が腐るよ。

せっかく面白い素質あるのだから、もっと言葉を覚えな」

「……はい」

飛鳥はうなだれる。何も言えなくなった宮形はため息を吐くと

月島をにらむように見た。月島は首を横に振る。

「こいつらは、まだ13歳です」

「もう13歳とも言えるね」

「いいえ、まだ。です」

月島は力をこめて言い放つ。

「俺はこいつらが可能性の固まりだと信じています。今、宮形さんにはまともな答えは出せませんでしたが、10年後、20年後が楽しみなんです」

「この子らにそこまで芸能界を生きられる強さがあると」

「あります」

月島は低く力強く言う。

「外見がいくら変わっても光は光であるし、飛鳥は飛鳥であると俺は信じています。そして、こいつらの原点であるヒーローと非日常は、必ず誰かに響きます

……かつての俺がそうであったように」

月島の言葉に宮形は黙り、テーブルを指で叩き始めた。

やがて、それがリズムを取り始める。

 

 

「宿題をあげる。それをワシに見せておくれ」

「宿題?」

「どんなの?」

光と飛鳥はわずかに首を上げ、宮形を見る。

「二人のルーツが見たい。二人が自分を自慢できるもの。この際、幼い頃のものでもいい。そういうのを持っておいで」

二人は黙ったまま、宮形を見続ける。

宮形は年に似合わない、白い歯を見せ笑った。

「とりあえず、つきあってあげようじゃないの。二人がどんなものを持って今まで生きてきたかをさ。さあ、今日は帰るんだね。その宿題次第で歌を考えてあげようじゃないか」

 

 

 

帰りの車の中、光と飛鳥は疲れた顔をしてお互いを見ていた。同時に苦笑が浮かぶ。

今日のインパクトはそれぞれ、強すぎるものがあったのが分かった。

「驚いたか」

月島が運転席から声をかけてくる。

「うん」

「ちょっとね、びっくりした。ああいう大人と子供の狭間にいて立っていられる人がいるんだって事に」

「正直、二人は宮形さんに潰される。そういう心配もあったんだがな」

月島はため息混じりに言葉を出す。なめていた棒付きキャンディはもう五本を越えていた。

「あの人は、別に意地悪でああしているんじゃない。下手な歌を作りたくない、その人に合った歌を作りたい。ただ、それだけのために生きているような人だ。

イメージ優先をした俺の師匠ともぶつかりあった事もあったな」

二人は無言で月島の言う事を聴き続けた。歌に命を賭けて生きる。ああいう人の事を言うのだろうかと光は思った。

「多分、そんなもんだ」

「え!?」

光が思っていた事を見透かしたように月島が答える。

「あの人は歌にずっと命を賭けてきた。それは良い事も悪い事も全てだ。俺達が帰った今でも、あの人は次はどんな歌が流行るか考え、今後残していく歌はどんなものかを考えている。人生を歌に捧げている人だよ」

「そっか……」

光は窓に目をやり、遠くを見る。

日はもう沈みかけており、星が空を照らし出そうとしていた。

ふと、星を掴むように手を動かす。

―届かないが、必ず届かせる。

そんな気持ちが光の中に湧いてきた。

「何か負けたくないよね。あのおばさんに」

飛鳥が答える。

「あの情熱に、圧力に、人生そんなに長く生きていたかだと負けるけど、ボクらの今までを出しきって……勝ちたい。そんな気持ちだよ」

「アタシもだ」

光の言葉に飛鳥は微笑を浮かべる。

「宿題、もう出すのは決まってる?」

「決まった!」

「ボクもだよ。整理して、これが二宮飛鳥だ。

 というのを見せつけてやろうと思う」

「アタシも。ヒーローはこんな逆境越えてみせて当たり前だもんな!!」

「やろう、光。あのおばさんに最高の曲を書いてもらうために」

「勿論だ、飛鳥。アタシ達の最強のモノを出してやろう」

光が拳を突き出す。飛鳥は笑って、拳を合わせた。

バックミラー越しにそれを見た月島は口元で軽く笑った。

この二人なら何かをやってくれると。

 

 

 

数日後、二人は月島に連れられ再び、宮形の元へとやって来た。

「で、宿題はやって来たかい?」

「アタシはこれを持ってきた」

光が前に出て、一冊のノートを宮形に渡した。

表紙には大きく『マル秘ヒーローソング』と書かれてある。

「これは?」

宮形がノートを読みながら光に問いかける。

「アタシがいつか歌を歌う時に使いたかったものを書いてあるんだ。

 気に入ったフレーズとか色んなのを組み合わせて歌詞にしてある」

「いつから作りだしたの?」

「子供の頃から」

光は手を大きく広げた。

「アタシは、昔っから特撮が好きだった。ヒーローが好きで好きで、それになりたかった。その時思ったんだ。『歌が歌いたい』と。心の底から、フレーズが湧きでてきたんだ。だから、アタシはヒーローになりたいし、アイドルにもなりたい。そしてもちろん、トップを目指したい。皆を笑顔に出来る事が出来るなら」

光の熱の籠った言葉に宮形はページをじっくりと見つめ、時にはすぐに次のページへとめくりノートを見終わった。

 

「成程ね、ありがとうよ。飛鳥は何を持ってきたのかい?」

「ボクはこれ」

飛鳥は何枚の紙を宮形に渡した。

「今まで描いてきた漫画やラジオで

 投稿したメッセージを文章に起こしてきた」

「ふむ。なんで、これを持ってきたのかい?」

「ボクは……非日常が好きだ」

飛鳥は口を軽く噛むと静かに語りだす。

「ラジオの聴いている瞬間、漫画でしか語れない非日常が好きだった。

アイドルも偶像で非日常的なモノだとボクは思っている。

それで、ボクの一番日常に近くて非日常なモノをおばさんに見せらればって思い、持ってきた」

無言で宮形は飛鳥の漫画やメッセージを

プリントしたものを見続けていた。

時には、光が書いた作詞ノートと見比べたり、

もう一度見返したりしていた。

 

 

二人にとって、長い時間が立ったように思えた。

宮形は両方とも見比べるのをやめると大きく息をした。

「成程、つっきーのいうようにまだ13歳だね」

薄く笑みを浮かべると二人に目をやる。

「幼稚で、雑多。アイドルとして輝けるものがあるかどうかは分らない……でもね、可能性は見える」

「それじゃ……!」

「いいだろう。今回は大目に見て二人の曲、書いてあげるよ」

「やったぁ!!」

宮形の言葉に光と飛鳥は手を合わせ打ち鳴らす。

月島はほっとしたような顔をし、深々と宮形に一礼した。

「ただし、歌うからにゃ、ちゃーんとした結果を出してもらわないとね。

ま、新人アイドルだ。CDランク400位、もしくは音楽購入ダウンロードサイトで1500ダウンロードくらいは入ってもらおうかね」

「入る!絶対、入ってみせるよ!」

「見せてあげるよ。おばさんが言ってたボクらの可能性というのを……!」

興奮して二人は詰め寄るように愛川に答えた。

「若いっていいねえ。これは、ワシもちゃんとしたのを作ってやらんとねえ

 ……いい子を見つけ、育てたね。つっきー」

「ありがとうございます。でもそれはこの二人のいいところあってですよ」

「さてさて、どうなるか。あぁ、それと光」

「何?」

「このノート。今からでもずっと書き続けなよ。今回ワシが作るところもあるが、

 成長した光はまた別のヒーロー像を描くかもしれない。その時、またこのノートは進化していくからね」

「分かった。必ず書き続けるよ!」

ノートを受け取りながら、光はうなづき続けた。

「飛鳥も漫画は描き続けなよ。別に漫画家になれってワケじゃないけど、

そのラジオのメッセージと漫画はいつかアンタがそのカッコつけを辞める時、何かのよりどころになるだろうしね」

「残念ながら、この中二は辞める気は無いよ。でも、そうだね。ヒマがあったら描き続けるよ」

二人の様子を見て、宮形はうなづいた。

「ところで、この二人のユニット名決まっているのかい、つっきー」

「決めています」

 

月島の言葉に二人は驚いた顔を見せる。

「月島さん、いつ決めたの?というか、ユニット名とかあったのか!?」

「そういうのはボクらにも相談してほしいよ。プロデューサー」

二人が詰め寄るのを両手で軽く抑えると月島は咳払いを一つして、

 

「この世界、日常と非日常が混ざり合っている。

 明日、どんな事が起こるか分からない。

 そんな不安な日を抱えている人達に

 光になれと願いを込め―」

月島は一度、言葉を区切ると

 

「『TOMORROW BRIGHT』

 二人のユニット名はこれでいこうと思います」

 

 

これが、南条光と二宮飛鳥が明日の光になった瞬間。




難産致しましたが、何とか続きを書き終えました。
また、続きを出来ればと思いますので、面白いと思っていただければ
幸いです。


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第五話

『TOMORROW BRIGHT』

 明日の光を意味するユニット名を付けられ時間が立ったが、光と飛鳥にはまだ実感が湧かなかった。

 ただ、二人で仕事をする際はそう呼ばれる。そんな感じを受けただけだった。

 ユニット名に意味はあるのか二人は考えてみたが、特にこれというものは浮かんでこなかった。

 名付け親である月島に聴いてみたが、これからその意味は作られるものだ。とだけ答えが返って来た。

 

「どう思う?」

「どうも何も無いね。ネーミングに意味何かないのじゃないかな」

 光と飛鳥はストレッチをお互いにしながら、ユニット名について話していた。

「アタシ達が明日の光になるかぁ。

ヒーロー的にはカッコいいと思うけどなあ」

「ボクはイマイチしっくりこないよ。非日常にもまったく関係無いしね。

 もっとセンスのあるネーミングが欲しかったよ」

 

 体の固さに軽く悲鳴を上げながら飛鳥は答えた。

 そうは言っても二人にユニット名について考えている時間はあまり無かった。

 月日は流れもう3月。来月にはデビューのお披露目をする事になっている。

 宮形はあっという間に歌を作り上げ、歌うポイント、リズムを月島や羽音にも伝えてあった。

 後はどう歌うかは二人次第という事らしい。あまり激しく体を動かす事は無いが、

 高音を出す、緩急を付けるところでそれぞれに苦戦を強いられていた。

 トレーニングは主には羽音がついていたが、たまに月島や宮形が顔を出す事もあった。

 その際に一つ一つ注文を付け、それをこなしていく。

「ボクらの歌じゃない……まるでオートマトンみたいだよ」

「それをアタシ達の歌にする。アタシは飛鳥とこの歌を歌いたいよ」

 たまに飛鳥が愚痴るのを光は背を押すように励まし、飛鳥は光の思っている以上の課題を越えて行く。

 

 -この歌を二人のものに。

 

 それだけを考えて、二人はひたすら練習を重ねた。

 

 

 余韻のダンスが終わり二人でポーズを取る。

 そして、音が止んだ。しばらく二人は笑顔。目の前には月島、羽音、宮形がそれぞれ見ている。

 

 沈黙が流れる。

 

「ありがとうっ!」

 たまらず、光が沈黙に耐えきれず声を出した。宮形が急の事で吹き出し、月島と   

 宮形は目を合わせ苦笑を浮かべた。

「どう……かな?」

 飛鳥も不安そうに回りを見回す。それを見ていた大人たち三人は拍手で答えた。

「飛鳥!」

 光は飛鳥に飛びつき抱きしめる。飛鳥は始めとまどった顔をしていたが、

 ずり落ちてくる光を支え笑みを浮かべる。

「いけるよな!?アタシたち、これでデビュー出来るよな!?」

「できるとも光。これがボクたちの新しいペルソナの完成だ!」

 飛鳥は光を強く抱きしめると振りまわして、喜びを分かち合う。

 

「これで二人のデビューは決まったね。つっきー」

「宮形さんもありがとうございました。最後までお手を煩わせて失礼致しました」

「ワシは言う事言いに来ただけよ。ほとんどは羽音ちゃんがやってくれたしの」

「いえいえ……でも」

 まだ、喜び合っている二人を見て立川は小さく、強く呟く。

「始まるんですね。あの子達のアイドルのしての活躍が……」

 

 

 

 

 デビュー当日の日になった。

 デビューとはいっても単独のイベントではなく、まだマイナーなアイドルユニットの

 集合イベントの内の参加する一ユニットだ。

 出番は最初から三番目。始めての出演ユニットでは無難なところだろう。

「どうせなら、会場全体を食ってこい」

 と野獣のような笑みを浮かべて、月島は二人に吹きこんだ。

 二人は、その際に月島にもらった棒付きキャンディをなめ続けている。

「やっとだね」

「そだな」

 光はキャンディを噛み砕くと棒をゴミ箱へと吐き出した。

「飛鳥、ちょっといい?」

 光はいたずらっぽい笑みを浮かべて飛鳥に顔を近づける。

「どうしたんだい、光?また何か考えたんだろ」

「あぁ。ヒーローにもあるようにアタシ達も約束を作ろうと思うんだ」

「約束?」

 飛鳥がキャンディをなめ終わり、棒を捨てている。光は飛鳥に向けて掌を大きく広げる。

「ヒーローが考えた5つの誓い。それにならってアタシ達の『アイドル5つの誓い』ってのを考えたんだ」

「へぇ、どんなのかな?」

 光は少し、息を吸うと、力強く宣言する。

 

 

「アイドル5つの誓い―

 一つ、ご飯はちゃんと食べる事。

 二つ、友達、スタッフ、事務所の人達には、はっきり挨拶する事。

 三つ、好きなものは、好きだと伝える事。

 四つ、遊びも勉強も仕事も、めいっぱいする事。

 五つ、アイドルは自分も皆も笑顔にする事。

 ……どう?」

 

 飛鳥はしばらく茫然としていたが、声を出して笑う。

 

「それはアイドルの誓いかい?むしろ子供の約束に聴こえるよ」

「こんなもの単純なのでなんでいいんだよ。アイドルだってヒーローだって

 分かりやすい方がいいに決まっている!」

「あぁ、光のイデアにはちょうどいいかもしれないね」

「どういう事だよ!?」

「君そのものってことだよ。この誓いは」

 飛鳥はしばらく笑っていたが光の顔を両手で持ち、お互いの額を合わせる。

「必ず、ボクらだけの世界を作ろう、光」

「ああ。そして色んな人達に笑顔を作ろう、飛鳥。そして、アタシ達が明日の光になるんだ」

 

 出番の声がスタッフからかかる。二人は手を繋ぎ、小さな光の向こう側へと踏み出した。

 

 

 拍手が聴こえる。

 それは小さな拍手だ。当然だ。まだ、自分達を知っている人はいない。

 だけどこの拍手が大きくなるように。

 ―皆を笑顔に。

 ―自分達という偶像を通して非日常を見せつける。

 二人はそう思った。

 

「皆、今日は集まってくれてありがとうッ!!」

 光が叫ぶ。

「そして、ようこそ。こちら側の世界へ。」

 飛鳥が誘うようにささやく。

「今日はアタシ達『Tomorrow Bright』の初お披露目だ!」

 少し声が固い気がしたが、光は叫び続ける。

 叫ばないと、この観衆から目を背けられるような怖さがあった。

「そして、聴いて、感じてくれ。ボクらが紡ぎだすセカイを。ここではないどこかに旅立てるハーモニーを」

 飛鳥も頭の中に浮かぶフレーズを次々と言葉に乗せる。もっと、もっと自分達を見てもらいたいという願いと共に。

「それじゃ、歌おうか」

「ああ、ワンフレーズ残さず頭にインプットして欲しいね。聴いてくれ」

 

 

『stand by dream』

 

 

 

 

「つっかれたー!!」

 光は帰りの車の中で叫ぶ。その口に容赦なく飛鳥から棒付きキャンディが差し込まれた。

「うるさいよ、光。疲れたのはボクも同じなんだから」

「分かっているけどさあ……」

 キャンディをなめながら光は今日の事を思い出す。

 歌っているのは覚えていた。ただ、それだけだ。

 どこが間違っていたか、どこが上手くいったかなどはまったく頭にない。

 まるで自分はその時本当に歌っていたのかという記憶も無かった。

 気が付けば、今回イベントに参加した全アイドルの集合撮影の中にいた。

 ただ、体が全身を使って歌を歌っていた。それだけが感触として残っていた。

「飛鳥は覚えているか?今日歌っていた内容とか……」

「残念ながら、ボクも覚えていない。ああいうのを五里霧中っていうのかな」

 同じく棒付きキャンディをなめている飛鳥は宙に目をやった。

 

「二人ともよく歌えていたぞ。初めてにしてはな」

 運転中の月島が答える。普段に比べ、その目つきは柔らかかった。

「ホントか!?」

「あぁ、まあ及第点。っていったところかな。これから上手くなればいいし、伸びてもらわなきゃこちらも困る」

「まかせてよ、プロデューサー。ボクらには可能性がある……だろ?」

「言ってくれるな、飛鳥。これからこの歌をもっともっと広げなきゃいけない。そのために色んなイベントにも

 参加してもらうぞ」

 軽く笑う月島に、二人は同じく笑みで返した。

 

 

「明日はオフだ。好きにするといい」

「アタシ、飛鳥の部屋にいってみたいな。どんなものが飾ってるのか、言ってる中二っていうのを知りたい」

「オフは孤独に過ごしたいのだけどね。独りの時間は必要だよ」

「だって、アタシ飛鳥好きだし。どんな事しているか興味あるな」

「……好きって」

 飛鳥は急に言われた事にとまどう。飛鳥はエクステをいじりながら

「素直すぎるよ、光は」

「アイドルの誓い三つ、好きなものは、好きだと伝える事。そうだろ、飛鳥」

「まぁ……そうだけど」

「飛鳥はアタシの事嫌いか?」

 頬を膨らませる光の顔を見て、飛鳥は苦笑を浮かべ

「嫌いじゃないよ」

 と返した。光は少し不服な顔をしていたが

「ま、いいか」

 と頷き、キャンディを噛み砕いた。

 

 その後、アイドル雑誌の隅の方ではあるが今回のイベントの内容が掲載されており、写真には『Tomorrow Bright』が使われていた。

 

 これが南条光と二宮飛鳥。二人のデビュー。




前話が少々長過ぎたため、今回は短くまとめてみました。どこまでが読みやすく、皆様に面白みを伝えられるか思考錯誤していこうと思います。


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第六話

「ここが飛鳥の部屋かぁ」

「ようこそ、招かざる客人さん。あんまりモノをいじらないでね」

飛鳥はため息を吐きながら光を自分の部屋に入れた。

二人はそれぞれ、月島が用意したワンルームマンションに住んでいるが、

お互いがそれぞれの部屋に行った事は無かった。

光は靴を手早く脱ぐと、部屋を見回した。そこには光が目にした事が無いものがたくさんあった。

どこか神秘的な夜景を描くイラストポスター、

昔ながらの形をした古めかしいラジオ、

色彩豊かなエクステが飾られていた。

光にとってはどれも珍しく、興味に溢れるものだった。

「お、飛鳥のエクステいっぱいあるな。これ、全部付けているのか?」

「並びを変えないでくれよ。歓喜・憂鬱・怠惰・希望ってちゃんとイメージ通りに分けてあるんだから」

「そんなイメージあったのかぁ」

エクステの並びに感心しながら、机に目を移す。

何枚かの原稿が整列されてそこに置かれていた。

光はその原稿を何枚か手に取って読んでみると、

自分がよく読む漫画とは異なり、どこか絵を描いているだけといった感じも受けた。

それでも、以前描いていたものに比べどこか退廃的なところが失せつつあったような気がした。

飛鳥の言う『最後の希望』がしっかり描かれてる気がした。

「描いているんだな、ちゃんと」

「あのおばさんに言われたのはシャクだけどね。気が向いたら描くようにしている」

飛鳥は光の手から原稿を取り上げ、原稿入れにしまうと冷蔵庫に向かう。

「とりあえず何か飲むかい?お茶以外ならなんでもあるよ。無論お酒も」

「お酒!?」

「嘘だよ。残念ながら、ボクらは法で保護され、縛られている身だろ」

「びっくりしたなぁ。サイダーとかある?」

「あるよ、甘くないのも」

「……甘いやつで頼む」

「了解」

 

光はソーダを一気に飲み、飛鳥はゆっくりと飲む。

自然と飛鳥は、光の空になったコップにサイダーを注ぐ事になった。

飛鳥は光の三杯目のサイダーを注ぎながら聴く。

「どうだい、バディの部屋を見た感想は?」

光は飲みかけのコップを置いて少し考えると

「んー、飛鳥も女の子なんだな。って思った」

「何だよ、それ」

飛鳥は少しの苦笑を浮かべると光はまた部屋を見回し

「光ってさ、初めて会った時は……何と言うか、女の子っぽくない感じがしたんだよ。

 でも、男の子っぽくないし、何と言ったらいいのかな。まん中って感じかな?」

「趣味もカッコも男の子に近い君に言われるとは思わなかったよ」

飛鳥が苦笑を浮かべる。

「でも、ちゃんと服が女の子っぽいのあるし、

 部屋もアタシと違ってキレイだしさ。使っているペンとか文房具とかもかわいいのあるし、それで飛鳥も女の子なんだと思ったんだ」

光は熱を込めた言葉で飛鳥に話す。飛鳥は何か面白いものを見るような顔で光の話を聞き続けていた。

「後、飛鳥はやっぱりカッコいい気がする」

「何で?」

光はラジオを指差した。インターネットの接続オプション等が当たり前のこの世の中に

アナログの古いラジオがあった。

受信電波もオートで探してくれるのではなく、

自分でダイヤルを合わさなければいけない骨董品に近いものだ。

「あれさ、秘密基地から特別任務とか聴こえてきそうでかっこよくないか!?」

「君には特殊アイテムのように見えるけど、残念ながらただのラジオだよ」

「でも、あれでいつもラジオ聴いて、番組のメッセージとか出しているんだろ?

 そのウチ、宇宙警察とかのメッセージが飛鳥に流れてくるかもしれないぞ」

「たまに流れてくるのはノイズだけさ、雑音に隠れたメッセージは無いよ」

「でもそのウチ流れてくると思ったらワクワクしないかな?」

「その発想は、君の様な一部だけだと思うけどね」

飛鳥はサイダーを飲み干すと、ラジオの方に向かう。電源を付け、ノイズが入る音の中、

お気に入りのラジオ局の電波に合わせる。

ちょうど聴こえてきたのは二人と少し年が上のアイドルの曲だった。

「ほら、この通り。皮肉にも聴こえるのはボクらのライバルの曲だ」

「うん、明るい元気な曲だな」

「ボクらとはちょっと違う曲だけどな」

「この曲……アタシ達より上を行くんだろうなあ」

「多分ね。どうする、嫌なら切るけど」

「いや、いい。ライバルを知る事もヒーローに取って必要な事だから」

二人はサイダーをしばらく飲み続けていたが口数は減っていた。

 

あのデビューお披露目の後、劇的な変化は二人に訪れなかった。

デビューする一ユニットしか見られていないという気持ちはあったが、

二人には誰よりも目立とうという気持ちは強かった。

その成果もあってか、それとも愛川が作詞・作曲したという看板があったから

あのイベントの中でCDは一番売れたとは聴いている。

その後、二人は同じ様なアイドル合同のイベントで、

直接CD手渡し会を行ったり、サイン会や撮影会も行った。

二人がいるプロダクションはけっして大きな会社ではない。

だからゲリラライブやテレビ出演等はまったくという程出来ない。

それでも、ラジオで取り上げられた時は喜んだり、心無い批評にはあまり目を向けず、

来てくれるファンを大事にしようとする事だけを考えた。

 

 

 

 

飛鳥はしばらくラジオから流れてくるアイドルの曲を聴いていたが、急に局のチューニングを変える。

流れてきたのはしっとりとしたジャズピアノの音。光が少し驚いた顔をしていたので

「今はライバルの事は忘れよう。ボクらに必要なのは休息と少し背伸びをする時間さ」

サイダーのペットボトルをもう一本開けると静かに注ぐ。

リズムに合わせてか、泡も静かに浮いている。光にはそう感じた。

「こういう曲、光は苦手かい?」

「んー……初めて聴くからなんともいえないなぁ。ただ、ちょっと眠くなるかも」

「成程。1950年代は君に取って子守歌になるわけだ」

「飛鳥はどうなんだよ?」

「魂を鎮める歌、鎮静剤。ボクにとってのジャズはそんなものだよ。

 光がヒーローものの曲を聴いて興奮剤とするようなものさ」

「わかんないなあ」

口をとがらせる光に飛鳥は微笑を浮かべる。サイダーは静かに泡を立ててもう落ちかけている日を反射させていた。

 

 

 

「サイダー、ごちそうさま。美味しかったよ」

「どういたしまして。ボクとしては光が大人しかったのが意外だったけどね」

「あのジャズだっけ。あれを聴いていたら

 何かほわぁっとした気持ちになってさ。光の部屋を色々調べようって気にならなくなったんだよ」

「ジャズはヒーローを目指す少女をも大人にするのかな」

飛鳥は微笑を浮かべた。もう、日は落ちており電灯がちらほらついている。

「帰り……といってもすぐだけどね。気を付けて」

「あぁ、そうする。今度は飛鳥がアタシの部屋に遊びに来いよな。

 色んなヒーローグッズとか見せてあげるからさ」

「君の部屋かい?体温がいつも高熱になりそうだね」

「何だよ、そりゃ」

二人は笑う。

「それじゃ、また明日。事務所でな」

「あぁ、ミーティングがあったんだったね。この時期は眠くなるのにね」

「飛鳥。アイドルの誓い!」

「そうだね、元気に挨拶だ。じゃ、明日に備えて早めに寝るよ」

「あぁ、それじゃおやすみ」

「おやすみ」

二人は手を振り、光が駆けだすと同時に飛鳥の部屋は閉じられた。

 

これが、南条光と二宮飛鳥の休日のひととき

 




少し間が空きましたが短い話が出来ましたので一本お送りさせていただきます。
エクステの事を少々ファッション誌、ネット等で調べましたが色んなのがあるのですね。

次回は質・量ともにもっと多いものが書ければと思います。


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第七話

「それでは、発表します」

小さな会議室の中、立川が音楽雑誌を両手に握りしめて厳かに言う。

光と飛鳥は唾をおもわず、音を鳴らして飲んだ。

「『stand by dream』は……251位でしたー!!」

「やったぁ!」

「ふうん、思っていたより上の方なんだね」

二人がそれぞれの感想を言っていると奥から月島が飲み物を持って来た。

「初動にしては、まぁ予想外といったところだ。だが、CDって言うのは売れるためにはもっと努力がいる。

 口コミ、ネットの話題、マスコミに取り上げてもらえるとか色んな事だ。

 お前達、これからもっと忙しくなるぞ」

「分かってる!」

「望むところだよ」

二人の意気込みを聴いたところで月島はホワイトボードに大きく

『今後のCD販売プロモーションについて』と文字を書く。

 

 

 

「早速だが、お前らにも考えてもらう。

 次のシングルまでには時間は空くので、お前らのプロモーションも兼ねてのブレーンストーミングを行う事にした」

「月島さん、そのブレ何とかって」

「分かりやすく言うと『やりたい事を何でもあげろ』以上だ。別にプランだけなんで、反対もしない。

 ただ、必ず採用されるとは思うなよ」

と、言いながら既にした事のある『手渡し会』『アイドルイベントでの活動』を書き足す。

光が元気に手を上げる。

「まぁ、分かりそうだが、光のアイディア聴かせてもらおうか」

「アタシ達がヒーローになる番組で歌うって出来ないかな!?」

月島は軽く手に目を当てると、説明を促す。

「この前たまたま深夜に見たアニメでさ、歌いながら女の子が戦っているのを見たんだよ。

 それならアタシ達がヒーローになって、色んな歌を歌いながら悪と戦うのってありかなって思ってさ」

「悪と戦うヒーローね。お前らしいな」

と、月島はホワイトボードに書いていく。

「やり方を変えればミュージカルにもなりますね」

「この二人でのミュージカルを見たいか、立川」

「社長、今回は否定無しですよ」

月島は咳払いをする。立川は話す

「私、演劇が好きでよく見に行きますけど、二人だけの劇もちゃんとありますし、

 上手い役者さんが演じられるとちゃんと背景も見えるようになるんですよね」

「トレーナーから、ボクと同じ様な言葉が聴けるとは思わなかったよ」

飛鳥の横やりに照れ隠しに笑みを浮かべながら、立川は話し続ける

「光ちゃんと飛鳥ちゃんのヒーローミュージカルってのはどうですかね。『stand by dream』は、

 スピードも速い曲ですし、戦うイメージには合うと思いますよ」

熱のこもった立川の話に光はうなづき、月島と飛鳥は冷静な目つきで見ていた。

「飛鳥ちゃんは何かある?」

飛鳥は立川に聴かれ、少し考えると

「深淵……偶像……闇の中の光……」

小さく呟く。月島が眉をそらすと

「あれか。こう、昔のユーロビートみたいにシンセサイザー鳴らすと、光が変わって出る奴がしたいのか」

「……プロデューサーは時々土足でボクの心を踏み歩いてくるね。あんまり好きじゃないよ」

「でも、ああいうのしたいんだろ。俺も好きだしな」

と、月島は大きく『ミュージカル』『ミュージックアート』と書く。

「と、なるとシンセサイザーを弾きながら、戦い、正義と悪を分からせると」

「悪が必ずしも、悪とは限らないよ。今の世は」

「と、飛鳥も言っているので、悪というよりヒーロー対ダークヒーローって感じだな」

「おおっ!何か楽しそう!アタシも何か楽器持っていた方がいいかな。ギターとか」

「光、楽器弾けるの?やるのだったらエアギターでもやっていた方がいいんじゃない?」

「そういう飛鳥こそ、シンセサイザー弾けるのか?」

向かい合う二人に月島は両手を鳴らし、二人を止める。

「とりあえず、ここまで。後は俺と立川でスケジュール等を合わせて考えてみる。

 音楽のツテなら愛川さんにも聴いてみればいいしな。その間、二人は歌の質を上げろ。

 アカペラで歌っても、声が届き、鼻歌だけでも歌が分かるまでな」

月島が資料を持って去り、立川もトレーニングスケジュールの調整があるからと部屋を出た。

会議室には二人だけが取り残された。

 

 

 

「……どう思う?」

「カッコいいとは思う。でも、今のアタシ達に出来るかどうか、ちょっと心配だ」

「どうしたの、光らしくも無い。こういうのならすぐにでも飛びつきそうなのに」

「飛びつきたい。飛鳥と一緒にヒーローショーみたいなのが出来るならやってみたい。でも、分かるんだ」

両手を握りしめながら、光はうつむく。

「アタシ達が、歌やダンスで精一杯だと。これ以上やってみたいけど、今のアタシ達には」

「光」

飛鳥は光の肩に両手を乗せ、静かに叩いた。

「分かるよ、不安なのが。

 でも、ボク達は非日常を行くアイドルだ。

 どんな事でも一回チャレンジしてみようじゃないか」

「飛鳥……」

光の肩が震える。飛鳥は光の頬を持って額をくっつけた。

「君なら見せてくれるとボクは思うんだよ。ボクの世界に賛美の言葉をくれた君なら。

 違う異世界を見せてくれると……そうだろ、ヒーロー?」

「……そうだな。アタシはヒーローだ。夢と笑顔を見せるのがヒーローだ。飛鳥にも見せないとな」

お互いに笑みを浮かべる。

「でも、さっきは飛鳥の方がヒーローっぽかったぞ。アタシ、びっくりした」

「ボクもそんな因子があって、光に感化されたのかもね」

二人は笑みを浮かべながら額を軽くぶつけあった。

 

数週間後、会議室に同じメンバーが集まった。

「少し路線変更がある」

と、開口一番月島は言う。

「戦いながらのミュージカル。この流れでいこうと思う。だが、愛川さんに相談したところ」

書類を机に投げだす。そこには火の鳥のエンブレムと見た事が無いメロディーがあった。

「2ndシングルお披露目もやるぞ」

 

これが、南条光と二宮飛鳥のセカンドステップ。




今回、第二弾の始まり。といった感じで書かせていただきました。
まだまだ、至らぬ点はありますが面白い作品になりますよう精進していきます。


-間幕-
 オフの日。
 光はノートに色んなものを書込んでは消していた。
携帯電話が軽快な音を鳴らした。
「うん?」
携帯を開けると羽音からメッセンジャーアプリの連絡があった。
「『青と橙の混じる中で』って何か飛鳥みたいだな」
光は笑みを浮かべると次に写真が出てきた。
夕焼けの中に青空が混じっている大きな空の写真だ。
「おおっ!何かすごいな!」
すると、飛鳥からすぐにメッセージが入った。
<いいセンスだね。紺碧の空と黄昏の橙……カタストロフか、リヴァイブをイメージさせるよ>
<相変わらず、何を言ってるんだ、飛鳥?>
<光も見てみなよ。この羽音さんからの空。彼女のダークサイドもこんな感じかもしれないね>
<いや、それは>
<お前ら>
月島のメッセージが入る。
その後に、不機嫌そうな顔をしている月島の顔が映った。
<俺は今、こういう顔をしている。分かっているな>
<分かったよ、プロデューサー。言葉のゲームにも付き合えないのかい?>
<そういうのは余裕のある時にしてくれ。後、羽音もいつもの
ところか。気をつけて帰れよ>
<はい、分かりました>
既読が付くと、光はメッセンジャーアプリをしまう前にもう一度写真を見た。
「それにしても、大きい空だけど……羽音さんどこにいるんだろ?」


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第八話

『君が望む正義などありはしない。しょせんは人それぞれの正義という名のエゴにしかすぎない』

『それでも!アタシは信じる!誰にもまげられない正義があるという事を!』

『それがエゴだ!君には分からないか!?』

 

 

「止めろ」

月島が片手をあげ、二人の演技を止める。

「光、何度も言わせるな。声だけデカけりゃいいというものじゃない、

 体全体で演技をしろ。お前がいつもヒーローを語っている時は手も脚ももっと動いていたぞ」

「はい!」

「次に飛鳥。台詞回しはいい。だが、下手にカッコつけすぎだ。

 無駄に歩くな。止まっているからこそ映える演技もある事を忘れるな」

「……分かった」

「10分休憩だ。暑いから、給水と塩分補給はしっかりしておけ」

そう言い残すと、月島は外に出て行った。光と飛鳥は肩で息をしている。

春だというのに気温は夏に近く、トレーニングスタジオの床は二人の汗で水たまりができそうだった。

 

 

 

 

セカンドシングルお披露目とバトルミュージカルという案が決まった後、月島はすぐに計画を発表した。

「夏にアイドルが集まるイベントがある。そこそこメジャーなイベントだ。

 そこで、次のシングルをお披露目する」

「夏か……何かあっという間に過ぎそうだね」

「飛鳥の言う通り時間は有限だ。その間、二人には徹底して『Tomorrow Bright』のキャンペーンを行う」

同時に、と言って月島は机に投げたファイルを広げる。

「『Tomorrow Bright』がただのアイドルユニットでは無い。戦いながら歌う、という印象をこの春から梅雨にかけて、徹底的にファンにイメージをうえつけるぞ」

「イメージ……アタシ達がミュージカルをするの?」

「それに近いものだ。舞台は小さいが俺と宮形さんのコネでそれなりの人数が入る場所を準備する。それまでに光、飛鳥。お前らには歌も、ダンスも、演劇も嫌という程やってもらうぞ」

「分かった」

突き刺すような月島の眼光を受け、光は震えながらうなづいた。武者震いだ。自分でそう思う事にした。

飛鳥はエクステをいじりながら書類をずっと読んでいたが、手を上げると

「プロデューサー、これの脚本って出来てるの?」

「光が正統派ヒーロー、飛鳥がダークヒーローを演じる。そこまでは案にある」

「ならさ」

飛鳥は上げていた手の親指を自分に向け

「ボクに脚本を書かせてくれないかな?」

月島の眉間に皺がよった。

「宮形のおばさまに言われる前から描き続けてきた漫画があるんだ。それを原作にできないかと思ってね」

「……どんな話だ」

話を促すと飛鳥は指を一本立て、タクトのように振りながら語る。

「光が演じるのは正義の渡り鳥。悪を倒すために、笑顔を守るために戦う正義の味方。悪人でも善の方向へと向かわせるヒーロー。

 そして、ボクが演じるのが光の『正義』を否定するダークヒーロー。例えば改心した悪であろうとも倒し、良い人でも悪い事をしていたら容赦なく倒す。その二人が『正義』とは『笑顔』とは何かを命題に戦うのさ」

指の動きが止まったところで、月島の目が細くなる。同時に眼光も鋭くなったように飛鳥には見えた。

「そんな細かい設定、子供がついてこられるか?」

「子供の学習能力を甘くみてはいけないよプロデューサー。例えば、光」

飛鳥は光にむけて指を教師のように差す。

「おばさまの前で話していたバードブレイバーだっけ?あれのあらすじ覚えているかい?」

光は腕を組んで目だけ頭を向けしばらく考えると

「確か、悪の帝国が空から来て空を地面で覆うんだっけ。そこで宇宙から光の鳥が現れて、それに選ばれた五人のヒーローがバードブレイバーに選ばれて、空を覆う地面を支配する悪の幹部を倒していって、空を少しづつ取り戻して行く…だっけ」

月島はスマートフォンを少しいじると、動きが止まる。そして、信じられないといった顔で光を見ていた。

検索してみるとストーリーがそのままだったのだろう。飛鳥は見た事かといった顔をし

「ほらね。結構子供は好きなモノを結構覚えているものさ」

「でもアタシはちゃんと覚えてないぞ。レッドブレイバーと悪の王子が最後二人だけで戦うのが印象に残っていたけど」

「『印象に残った』それが正解さ。プロデューサー、ボクの話も印象に残ればいいんだろ?」

「……いい方にな。なら、一度原案を全部吐き出せ、俺が添削する」

「そういうの出来るの?」

「プロデューサーだぞ俺は。それくらい出来ないでどうする」

少し納得がいかない表情をする飛鳥に羽音が耳打ちをする。

「社長は、あれでも高校からずっと劇団に入っていたから劇の基礎は分かっているわよ」

「そうなの?人に歴史ありだね」

「えぇ。だからまかせても大丈夫よ」

相変わらず苦味走った顔をしている月島に飛鳥は両手を広げ、降参したような仕種をすると、

「分かったよ。プロデューサーの隠れた才能ってのを見せてもらうよ」

「一週間以内にまとめろ。それで俺が添削する」

 

 

そして、月島が添削をしたシナリオが来た。

シナリオは飛鳥が考えたものとほぼ同じだったが、歌の量が増えていた。

持ち歌は一つしか無いので、他にはカバー曲を使うと二人は聴いていたが、

それも少し前にちょっとしたヒットを生み出した曲ばかりだった。

よく許可が下りたと二人は思ったが、月島にとっては

「コネさえあれば誰でもできる」

と言う事らしい。自分達の社長はどこまでコネクションを持っているのか不思議には思ったが、考えない事にした。

 

二人は練習を重ねている。

月島の演出は機微に渡り、二人にとっては次の一歩を踏み出す事さえも考えなければいけない程だった。

休憩している今でも月島の指示が、今でも聴こえてきそうに思えた。

スタジオを見渡すと羽音が床をモップでふいている。それを見ながら二人はスポーツドリンクを飲んでいた。

味は濃く、少し冷たいと思う程度だ。これも羽音が家で粉末から作ったものだそうだ。

一気に飲み干してしまいたいところを我慢して二人はゆっくりと飲む。

体の温度が冷え、小さな窓しかないスタジオでも涼しく感じた。

「演技って」

飛鳥がつぶやく。

「自分のペルソナを引き出すだけじゃないんだね。

 プロデューサーの練習を受けていると、

 ボクの全てを丸裸にして出しつくす。そんな感じを受けるよ」

「よくそこまで考えられるな、飛鳥は。アタシなんか台詞を言うだけで精一杯だ」

「光は元々裸のようなものなんだよ。だから、演技の細かいところには何も言われないだろ。素を出しているからね」

「でも、よくヒーローを語っている時と違うって言われるぞ。何が違うのかわかんないよ」

「ボクも分からない。でも、自分の体を鏡で見ないと分からないように、自分では分からないのがあるんだろうね。そして、プロデューサーはそれが分かっている」

飛鳥は流れてくる額の汗をぬぐう。

「アイドルの誓い五つ、アイドルは自分も皆も笑顔にする事……だよね。楽しもうか、この厳しい練習も」

「そうだな。皆の笑顔が見られるのなら、な」

二人は立つとタオルを放ると、スタジオのまん中へと向かう。

今はあそこが自分達のステージなのだと思って。

 

 

『また逢おう、渡り鳥のヒーロー。君の正義が真実の夢にたどりつけるのならね』

『アタシは負けない!アタシの夢も!お前の夢も!皆の夢も叶えてみせる!!』

スタジオに光の叫びが響く。月島は静かに目をつむった。

少しの沈黙の後、月島の声が響く。

「……よし!」

その声を聴いた瞬間、光と飛鳥は、お互いの手を打ち鳴らす。羽音は小さな手で大きな拍手をしていた。

「良かったわ、二人とも!いつも見ている舞台と同じくらいの、いえ……それ以上の迫力があったわ。何か綺麗な色が見えた」

「褒めすぎだよ、トレーナー。ボクらはいつも通り、歌を歌い、そして吐き出すように演技をしただけさ」

「でも、羽音さんにそう言われると嬉しいな。アタシ達の演技もまんざらじゃないって。でも、演奏は出来ないってのは残念かな」

「多くを望むな、光。演奏をするにはまた別の舞台がある」

月島は立ちあがり、笑みを見せた。いつものように何かを狙う野獣のような笑みだ。

「舞台の経験を踏み、しっかりとした場所を獲得したら演奏も出来る場所を用意してやる。それまでは、お前達の歌と演技でファンに見せつけてやれ」

 

 

 

数日後、二人はライブ会場で出番を静かに待っていた。

ちらと幕ごしに客席を見たが、始めのイベントよりも多くの人が来ていた。

立川の話だと月島の案で『Tomorrow Bright』のホームページやSNSアカウントを作り、フレーズだけを乗せ、

深い意味があるのではないかと思わせるような演出をほどこしたらしい。

ネットで立川が新人アイドルで検索をしてみるとちょっとした噂になっていたようだった。

「来てるなー。アタシ、ワクワクしてきた」

「そうだね。これほどの人が来ると思っては無かったよ。ちょっと楽しみだ」

「でもさ……」

光は自分の衣装を見て、少し頬を染める。黄色を基調とし、オレンジ色がポイントで輝く近未来のバトルスーツのような衣装だ。首にはマフラーのように薄い緑色の長い布が巻かれている。

「こういうの嬉しいけど……ちょっとこそばゆいな」

「それを言うのかい、君が。目指していたヒーローの衣装じゃないか」

飛鳥は網目がかった紫色のインナーに腕や肩に金色のワンポイントを置いた黒の長いコートを着ている。

エクステもそれに合わせて白に近いものと紫色のをつけていた。

「いや、でも……わきがスースーしてさぁ。飛鳥は着てて平気なのか」

「慣れだよ、光。それにこういった服は嫌いじゃない。日常への反逆にぴったりだからね」

「よくわかんないなぁ」

光は衣装の端をつまんだり、飛鳥の衣装と見比べていたりした。

飛鳥は、そんな光を面白そうにみていたがやがて思い付いたように光に顔を近づける。

「そうだ、光。このライブはバトルだ。戦おう」

「戦う?」

「そうさ戦いだよ、光。ボクと君、どちらがより輝けるか」

「アタシ達はコンビだろ?戦ってどうすんだよ」

「そう不安な顔しない。例えの話さ。劇中でボクらは戦うのだから、ユニット内でも競い合っても良くないかい?」

そう言われると光は何度かうなづくと笑顔を見せる。

「そうだな。ヒーローも一号、二号がいたら共に悪に向かって戦うよう競い合うもんな」

「だろ。だからボクらユニットで友達でもあり、ライバルだ、いいね?」

「勝つぞ、アタシが」

「どうかな?」

開幕の時間が近づき、幕の向こうでざわめきが立っている。二人はお互いに手を強く握り合うと勢いよく離した。

そして、お互いに手をぶつけ合い、鳴らす。

「じゃあ、お先に。ダークヒーロー」

「見ているからね、ヒーロー」

光は飛鳥に軽く手を振ると幕の向こうへと走り出した。

 

 

 

これが南条光と二宮飛鳥の戦いの始まり。




次回は劇中劇を書ければと思います。よろしくお願いします。


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第九話

二宮飛鳥は闇が好きだ。真っ暗な部屋で思考を遊ばせながら、眠りにつくのはいつもの事だ。

しかしここ最近はラジオをつけ、静かな曲を聴きながら眠りに入るのは近頃当たり前になっている。

それは、闇が好きなのか、闇の中に灯す輝きが好きなのかどちらか分からない。

南条光と出会ってから、光なのか小さく輝くものに興味を示すようになった。

それを見ていると、元気でいつもヒーローになりたいと騒ぐバディを思い出すのだ。

そしてそのバディは今、一人ステージで歌っている。

数年前にヒットした曲だけあってかお客さんもノっているようだった。

「皆、元気かー!!」

歌が終わり、光の叫びが響く。歓声があがった。

 

 

『アタシには夢がある!それは、皆の笑顔を守るヒーローになる事だ!』

普通に喋っているように見えて台本の劇に入って来た。月島に言われていた変な力のいれようは抜け、自然に聴こえる。

『だから、アタシがどうなってもいい!皆の笑顔が守れるなら-』

瞬間、言葉を重ねるように飛鳥はマイクを握る。

『そして自分を犠牲にして消えるのかい?ヒーローがお笑い草だね』

さぁ、自分の時間だ。少しダークなイメージのギターメロディが

流れてくる中、歌を歌いながらステージの端より現れる。

光が驚いたような目をしている。さぁ、光。ボクを上回れるかな?

そんな気持ちを持ちながら飛鳥は歌を絶唱した。

 

 

 

南条光は自分の名前が大好きだ。

日の出の光と共に産まれたからと故郷徳島にいる祖父がつけたというのを聴いた事がある。

ヒーローはヒカリだ。

皆を輝かせ笑顔にさせる。そう思っているから自分もいつの間にか名前にふさわしくなろうと、そして子供の頃見てきたヒーローのように太陽を背負うヒーローになろうと思った。

しかし、近頃月や星も好きになってきた。闇の静かな雰囲気でたたずむ事がある。

そんな時に思うのは相棒の飛鳥だった。

彼女なら、こんな時自分には分からないけどどこかかっこいい言葉を紡ぐのだろうかと思った。

月や星は飛鳥にとってエクステのようなアクセサリーなのだろうかと不思議な事を考えた事もある。

そして今、彼女は歌と共に闇の中から現れた。

低音でありながら、どこか軽やかな響きがする歌声が会場にしみ渡る。

やがて、歌が終わり彼女はコートをひるがえし一礼をした。

 

 

『初めましてかな。渡り鳥のヒーローさん』

『誰だ、お前は!?』

BGMにチェロの音が流れてくる。回りがどこか神話めいた雰囲気を出してきている、光はそう思った。

『ボクは君のライバルにして世界の観測者。そしてこの世界の悪を滅ぼすものさ。まぁ、正義の味方かもしれないけどね、君から言わせると』

髪をかき上げながら、飛鳥は大人びた笑みを見せる。台詞は頭の中に入っているのか、余裕さが見える。

『悪を滅ぼす?』

『そう、善と悪は表裏一体。君も分かるだろう。悪がいなければヒーローはなりたたない』

『そんなのなり立たなくていい。アタシはヒーローを目指しているが、皆がいい人で笑顔であればいいんだ』

『そうかい。でもね、ダメなんだよ。そういう甘い考えは……君が改心させたはずの火星の男』

『あのおじさんが、どうかしたのか?』

『……ボクが始末した』

ライトが一気に暗くなる。それに合わせて自分の顔が驚いた顔をしているだろうか。もう、何回も練習したところだから

体が覚えているのかもしれないと光は思う。

『どうして!?』

『彼は悪を為した。それだけさ』

『もう悪い事はしないってあのおじさんは言ったんだぞ!!』

『それが君の甘さだよ。ヒトはいつでも悪をする。ましてや一回行ったのなら、なおさら』

『お前はっ!』

思い切り脚を踏みこみ、飛鳥を殴る―フリをする。おお振りでパンチをしているのを、光は特撮で何度も見てきた

だが、飛鳥は動かない。光は慌てて腕を引っこめようとするが勢いは強く止まらない。

そして、本人達が思い浮かばないところで飛鳥の左頬に拳が当たり効果音と共に、鈍い音がした。

倒れる飛鳥。闇の中、飛鳥の頬が赤く見えるような錯覚が起こる。

しかし、光は声を上げたいのをぐっとこらえる。今は演技の途中だ。

光は今すぐ飛鳥を抱き上げたいのをこらえ肩で息をしていた。

 

 

 

まいった、ミステイクだ。

左頬の鈍い痛みと共に飛鳥はそう思った。

本当なら、光の腕が見えた瞬間、顔を手で覆いながら倒れるつもりだった。

だが、距離を見誤った。光の背が小さいから腕のリーチも短いものだろうと思っていた。

しかし、光の腕は思っていたよりも長く、自分の頬に当たった。

痛みをこらえ飛鳥は光を見る。どこか泣きそうな顔をしていたが、何かをこらえていた。

バディにこんな顔をさせるとはいけないなと思いつつも、一つのチャンスだと飛鳥は思った。

『……ほら、君も拳を出したろう。そんな風に人はあっさりと悪人の領域に踏み込んでしまうんだよ』

幸いにも口はあまり切れてないせいか、台詞は喋れる。光も飛鳥の台詞に顔の表情が少し変わった。

『……それでも……それでも、アタシは自分の夢を、皆が笑える世界を作りたい!』

『気付いてないだけだよ、君は。正義のために悪を為している事を。そんな甘い夢は捨て―』

『嫌だぁ!アタシは諦めない!』

光が急に飛鳥の肩に手をかける。台本には無いシーンなので飛鳥は少し驚く。

『アンタにもあるんだろ!?夢が!!正義の味方なんだろ!?』

『……そんなものとうに忘れたよ』

『なら、思い出せ!心の奥から引っ張り出せ!頭の中でそれに向かう道筋を考えろ!!夢はいつも―側にある!!』

 

光が片手を上げると『Stand by Dream』の前奏が流れ始める。本当は二人で歌うはずのところだったが、光はたった一人で力強く歌いあげる。

一番が終わろうとした瞬間、光から飛鳥にスポットライトが当たる。

飛鳥は瞬時に理解して二番は一人で歌いあげる。

頬が痛むがそんなもの気にしてはいられない。

二宮飛鳥のカッコよさはちょっとしたトラブルでも折れない事を見せつける。

そして、最後のサビ。二人で歌う。協力しあうように、時に争うように。

二人は腕を絡め、空に上げ、そして、はじかれるように離した。

 

 

 

『また逢おう、渡り鳥のヒーロー。その拳の痛みの呪いと共に考えるといい。本当の正義は何か、君の夢は正しいかということをね』

『アタシは負けない!アタシの夢も!お前の夢も!皆の夢も叶えてみせる!!痛いこの拳も広げれば、誰でも受け止められる手になるんだ!』

光の叫びでライトは消え、幕は閉じた。光は舞台袖にいる飛鳥に申し訳なさそうな目を向ける。

飛鳥は笑顔で首を横に振った。

見入っていた観客から拍手が鳴りやまない。

「行こう」

飛鳥は光の肩を叩き、舞台へと向かう光も涙をぬぐうと飛鳥に続き舞台へと向かった。

スポットライトが二人を照らす。両手を振って二人は観客に応えやがて、一礼をした。

 

―歓声、拍手、口笛が響いた。

 

頭を上げると多くの人達の顔がしっかりと見えた。

二人は再度手を振りながら舞台袖へと消えて行く。

それでも、しばらく鳴りやまなかった。

 

 

劇が終わった瞬間、光は飛鳥を抱きしめた。

「飛鳥……本当にゴメン!!」

「いいさ、光。こういうアクシデントも乙なものさ」

痛む頬を冷やしながら、飛鳥は光の肩を軽く叩く

「でも、アイドルの顔に傷は……」

「大丈夫。ボクはそんな弱くない。光の演技もよくなったから怪我の功名ってやつじゃないかな」

それに、と付け加えると飛鳥は今までにない笑みを見せ

「キズはね。時としてヒトをカッコ良く見せるものなのさ。中二ならなおさらね」

「飛鳥ぁ……」

瞳に涙を浮かべる光の頭を飛鳥は撫でる。

「さて、急がなきゃね。帰りの人の見送りだ」

「……あぁ、しっかりやらなきゃな」

力強く涙を拭くと光は顔を二、三度叩く。

「よし、行こう飛鳥」

「もちろん。劇の残り香を持って帰ってもらわないとね」

 

二人はグッズ販売のところに立ち、手渡しとサインを行った。

特に飛鳥の回りには体を張った役に女性のファンらしき人が列をなし、多くのサインを求めていた。

光には男のファンが多く「昔のヒーロー」を思い出したという声と殴ってしまった事に対して「次は頑張れ」とこっそりと励ましの声を多く聴いた。

 

この後、全ての客がいなくなった後、二人はつがいの鳥のように眠っていた。

 

これが、南条光と二宮飛鳥の長く感じたある一日

 




少し時間が空きました。
次はこれの感想戦か、飛鳥が光の部屋に行く話を書こうかと思ってます。
夏真っ盛りには夏の話を書きたいですね


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第十話

「かんぱーい!」

「乾杯」

グレープ味のサイダーを入れたコップを盛大にぶつけると光は一気に飲み干した。

飛鳥はそれを横目に見ながらちびちびと飲んでいる。

「いやー、見に来てくれる人が増えてきて嬉しいな!」

「そうだね。で、どうだい気分は?」

コップを置くと光はうつむいて少し考える。やがて顔を上げると

「嬉しいけど、もっと多くの人に見てもらいたいかな」

「そうだね。ボクもだ」

飛鳥は微笑を浮かべると残ったサイダーを飲み干した。

 

春からずっと小さな舞台で二人は演じ、歌い続けた。

話は同じヒーローである光にダークヒーローである飛鳥が挑発するその流れは変えなかった。

ただ、何度かアクションを変えたり歌の順番を変えたりして若干の工夫は変えた。

アクションは本場のものよりレベルは低いものだったが、光がずっと真似を続けていたものは体に沁みつき

それを飛鳥に叩きこんだ。ライブのアンケート用紙にも

『アクションがかっこかわいい』

という感想を多くもらった。

 

「それにしても、光が本気で殴ってくるとはね。ヒーローの狂気を見たようだよ」

「それはもういいだろ。アタシが悪かったからさ」

「そうだね。まぁ、ボクも光に何発かかすったのを入れたしね」

笑いあう二人にはバンドエイトが多く張られていた。

アクションを出来うる限り本気でしたいと思った二人は、当たるスレスレのところで攻撃を繰り出した。

だが、どうしても当たるもので、時には二人とも相討ちになり、

次の台詞が二人とも出ず、痛みにのたうちまわっていると会場から笑いと声援が起こった。

 

また、二人にもそれぞれ固定ファンが付き始めた。光はヒーローを目指していると公言しているからか子供はもちろん、その親や一部の特撮マニアと言われる年齢を重ねた男性のファンが増えた。

飛鳥は同類を呼ぶのか同じ感じの『中二病にかかっている』中学生、特に女の子のファンが多かった。

また、言い回しがかっこよく光と同じく男の子のファンが増えてきたように思えた。

「いっつも来てくれる親子がさ。いまやっているヒーローのおもちゃ持ってきてさ。ポーズ取っててせがまれるんだよな」

「大変だね、光も」

「別に大変じゃないさ。そのポーズのかっこ良さはどこなのかとか考えてやると楽しいぞ」

「成程。模倣は大切という訳か」

「飛鳥こそどうなんだよ。中二……だっけ。ファンの子が集まってどんな話するのさ」

飛鳥は少し考えて、あごに手を乗せると

「価値観の否定と創生かな」

と答えた。

「何だよ、それ」

「ありていにいえばガールズトークのもうちょっと尖ったもの。そう思ってもらえればいいよ」

「ふうん」

光は曖昧にうなづくとサイダーをコップに入れた。ブドウの色を模した液体がコップに入り、爽やかな音を立てる。

外は静かに雨が糸のように降っていた。二人はサイダーを少しづつ飲みながら黙っている。

 

 

「そういえば光は」

飛鳥が沈黙を破り、口にした。

「何でウチの事務所にいるようになったのかな?」

「あれ、話して無かったっけ?」

「ああ。あのプロデューサーが徳島まで脚を運んでスカウトしたのかい?」

「スカウトか……うん、そうだな。月島さんがアタシを選んだのは―」

サイダーをもう一杯飲み干すと光は静かにコップを置き、目をつぶった。

「あの夏のヒーローショーが始まりだったんだ」

 

 

 

 

 

アタシはあの時、いつもの様にヒーローショーを見に行っていた。

友達はもう、特撮とかアニメとかそういうのは見なくなっててさ、いつも一人だった。

アタシより年下の子らと一緒に混じって大声で応援していたもんさ。

で、アタシ背がその子供らと同じ……だったんだよな。悔しいけど。

応援してくれた子はヒーローのサインとか写真一緒に撮ってもらえる事が出来るのでアタシも一緒にやっていたんだ。

そんな時だった。

「そこのお嬢さん」

急に男の大人の声が聴こえたから振り向いたら、眼光が鋭い男がいてさ。始めあった時は怖かったよ。

「な、何……」

おそるおそる聴いたらさ、急に座り込んでアタシの視線と同じ高さで見てきたんだ。あのいつもの鋭い眼光で。

そしてしばらく黙ってたら

「お前は、ヒーローになりたいのか?」

いきなり聴いてきたんだよ!?無茶苦茶だよな!?でもズバリ、アタシの夢を言い当てたその兄さんに思わずうなづいた。

「なりたい……アタシはいつも夢見ていたんだ。皆の笑顔を守れるヒーローになりたいんだって!!」

その兄さんはうなづくとアタシの肩に手を乗せると

「なら、今すぐそれにならしてやる。インスタントだがな」

「アンタ……誰?」

「月島という芸能の世界に身を置くしがない奴さ。来い、今人手が欲しいとこだったんだ」

と、アタシを腕を掴んでちょっと強引にステージの裏へ連れて行ったんだ。

 

「こいつが代打?」

「そうだ、ちょうど背丈もいいしいいだろ」

「月島の旦那。でも素人を連れてやるのはちょっと……」

「いつも悪役やってる時は会場の子をさらっては悲鳴を上げさせてるだろ?

 それに比べればこいつは充分素質がある」

月島さんはヒーロースーツを半脱ぎにしているおじさんと話をしていた。

アタシはちょっと嬉しかったのとショックを受けていた。だって俗に言うヒーローの『中の人』が目の前にいるんだよ。

あのアクションをしているのがこんなゴツい人がしているのかという楽しさとやっぱりヒーローの中の人は演じている人と違うんだって残念に思ってた。

月島さんはアタシの方を見ると、手で招いた。

「そういえば、名前を聴いてなかったな、お嬢さん、名は?」

「光、南条光だ。」

「光か。成程、人を導くヒーローにはいい名前だ。そうだとは思わないか、皆?」

と回りの人に笑みを浮かべて話した。スーツを半脱ぎにしてたおじさんはため息をつくと

「月島の旦那が言うと後に引かないからなあ……うし、やるぞ」

と言うと回りがそれぞれの声を上げながらスーツを着ていた。ヒーローに変身したおじさんはアタシの視線のとこまでかがみこむと

「いいか、お嬢ちゃんは悪役にさらわれるヒロインだ。大人しく捕まって助けてーとか言うんだぞ」

「ええー、アタシヒーローがやりたいのに」

「最後まで話を聴け。で、俺が助けに入る。で、俺が途中やられそうになったらかけよってきて

 思いっきり手を握れ」

「うん」

「そこで、『不思議だ……この子の思いが力になる、俺は戦えるッ!!』っていって怪人にとどめ刺す」

「おお、何かアタシかっこいいな」

「後、ちょっとしたヘマしても大丈夫だから、ま、後はプロにまかせろって。何せ、俺はヒーローだからな」

と肩を軽くポンと叩くとマスク越しに笑っているのが分かったんだ。

 

 

「そんな過去があったとはね。光のヒーローデビューはその作品って事かな」

「まぁ、それになるかな……ちょっと恥ずかしいけど」

と、光はサイダーを一気に飲み干し、少しむせた。飛鳥は蒼のエクステをいじりながら

「で、上手くいったのかい、そのショーは?」

「いやぁ……それが」

 

『不思議だ……少女の手から力が流れ込んでくる……!俺はまだ戦えるッ!!』

ってヒーローが復活して立ちあがったんだよ。

でも、怪人に必殺のキックを入れて終了って時に

『……!』

急に、ヒーローのおじさんがかがみこんで動かなくなったんだよ。怪人の人も慌てて、アタシもどうすりゃいいのか分からなかった。

ただ、見えないようにおじさん腰を押さえててさ、アタシも

『しっかり!!』

ってアドリブ言って耳元まで近づいて小声で喋った。

「……すまん、腰を痛めた」

「腰!?どうすんのさ!?」

「良い考えがある。俺の背中を踏んであの怪人に向かって飛び蹴りをかましてやれ」

「無理だよ!アタシそんな事したことないよ!」

「ヒーローになりたいんだろ?お前の初ヒーロー舞台がここだって事だ。さぁ、見せてやれ!」

と懐からバイザーを取りだしあたしの目に装着させた。もうここまで来たら後には引けない。

「おのれ怪人!アタシが相手だーッ!!」

って走って行ってヒーローのおじさんの背中を踏んでジャンプ!

そして、思いっきりドロップキックを怪人に入れたんだ。もちろん、怪人の人も何か分かったらしくて自分から当たりに来てくれたけど。

で、回りの男の子や女の子から歓声が聴こえてくるんだ。あの女の子すげえ!とか、ちょっと嬉しかったかな。

『ありがとう少女よ。さぁ、とどめだ!!』

とヒーローのおじさんに肩車してもらってダブルキック。無事怪人も倒されてそのショーも上手くいったわけ。

 

 

「ごめんなー、あんな事になっちまって」

「まったく兄貴も年なんすから気を付けてくださいよー」

「わーってるって。でもこのお嬢ちゃん、スジは良かったぜ。ちゃんとお客さん沸いてたしな」

「一時はどうなるかと思いましたねえ。子役の女の子が熱出すとか」

と、後で知ったんだけどヒーロー役のおじさんと怪人役のお兄さんは兄弟で、ずっとやってたんだって。

大きなヒーローショーやる時は月島さんが準備してこの二人を呼んでるのも後で知ったんだ。で、急遽来るはずだった女の子が来られなくなったのでアタシがする事になったんだって。

「どうだった。初の舞台は?」

月島さんが後ろからジュースを持ってやってきた。

「ドキドキしたけど……楽しかった!」

アタシは答えた。月島さんは満足そうにうなづいてジュースを手渡すと

「ならば、もっと大きなところで楽しい思いをしないか?」

「え?」

「勿論、誰しもが必ず出来ると言う訳じゃない。だが、お前なら努力と才能と少し考える事によって最高のヒーローになれる」

「最高のヒーロー?」

「アイドルともいうがな。お前は俺に会った時皆を笑顔にしたいといった。それが出来るんだよ。だから俺と一緒に来い」

あまりにも不思議な出会いだと思った。うさんくさいというのも分かる。でも、アタシは皆を笑顔に出来るという事に、そしてあの舞台に立てるワクワク感に頭がいっぱいになって

 

 

 

―月島さんの手を取ったんだ。

 

 

 

「そして、ここに来たと」

「大変だったぞー。父さんも母さんも勿論大反対でな。月島さんが何ども足しげく通って

『娘さんの才能をここで埋もれさせておくのは勿体ないです。必ず、アイドルとして人として育ててみせます』って

 あの月島さんがふかーく礼をしたしな。で、おじいちゃんが光はどうしたいかって聴いて、月島さんのプロダクションに入ったわけ」

「あのプロデューサーが礼か……ちょっと見てみたいね。それで始めはどうだった」

「仕事も何にも無かったから羽音さんとひたすら練習したり、月島さんとTV局やラジオ局、制作会社巡りとかしてたね。で、しばらくして飛鳥が来てようやくってところ!」

「成程ね。そしてここにヒーローの卵が殻を破ろうとしているわけだ」

「アタシはまだ殻つきか?そういう飛鳥はどうなんだよ」

「ボクはね……」

 

これが南条光の原点

 




少々体を壊し、投稿に時間をかけました。
暑いさなか皆さまもお気を付け下さい。

次は飛鳥過去編予定です。


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第十一話

 ボクは孤独だった。

回りにはもちろん多くの人がいた。

両親を始め、クラスメイト、先生、近所の大人たち。

でも、ボクには異質なものにしか見られなかった。

あぁ、別にボクがこう真っ当なモノだったとかそう思ってたのじゃない。

むしろボクがズレていたんだ。

 

例えば、小学校で昨日のアニメの話で盛り上がる。

普通だったら、やれ主人公の子がかわいいとか、一緒についている妖精が側にいてくれたらとかと言う。

ボクはそんな中、主人公の行動は何かの理論に基づいてやっているのかなと的外れな事を話す。

そんな回りのクラスメイトはこういうんだ。

「飛鳥ちゃんって大人だね」ってね。

 

大人がいっぱいいる時は逆の事を言われたね、

「飛鳥はもう少し子供っぽくてもいいんだよ」って

でも、ボクは大人とか子供っぽいとか分からなかった。

ただ、自分のありのままを語っていた。

理解しがたいものには近づかない。うん、自然と友達は減り、大人も何か腫れものをさわるような目で見てきたよ。

 

―光?

―いやだなあ、光が泣かなくてもいいじゃないか。

―うん、でもありがとう。君が始めてあった時にボクの言葉をかっこいいと言ってくれたのは救いだったよ。

 

 

話を続けていいかな。

結局ボクは独りの「セカイ」を作るようになった。

それが、ラジオを聴き始めたり、光にも見せた漫画を描き始めるようになった。

誰に見せる事もなく、ただ自分のセカイを何かに出したかったんだ。

エクステもその頃から付け始めた。学校ではどうしても怒られるから、放課後になったらいつも付けるようになったね。

 

そして、去年の秋かな。今の社長にして我らがプロデューサー月島さんにあったんだよ。

たまたまコンビニで漫画のコピーの原稿を忘れて取りに戻った時にね、

プロデューサーが漫画を見ていたんだ。

「ボクの勝手にみないでくれないかな?」

そういうとプロデューサーはあのいつもの鋭い目を細めて言ったんだ。

「これは、お前が描いたのか」

って。うなづくと

「少し、話す時間が欲しい。

どうだ、近くの喫茶店でコーヒーでも飲まないか」

と名刺と共に話しかけてきたんだ。新手のナンパかなと思ったよ。

それともボクの様な人を誘うなんて変な人だと思ったよ。

 

でも、それで自分が小さな芸能プロダクションの社長をしながらプロデューサーをしているのを聴いた。

そこで漫画を見て思ったんだって

「お前の世界を多くの人に伝えてみないか」

って。

でも、最初は断った。ボクの世界はボクだけのもの。他の人が共有できるようなものではないと。

それでも、プロデューサーは言うんだ。

お前の世界は、この疲れた日常に刺激的な非日常を与えられる事ができると。

それを独りで抱え込むのか。

独りで抱え込むより多くの人に知ってもらい、お前という人間がどういうものか見せつけてやれと。

そして、多くの人に刺激と癒しをもたらす事が出来るんだって。

そう言うとプロデューサーは手を出していた。

始めは払おうとしたけど、ボクの世界が通じるなら、見てもらう事が出来るなら

そう考えると、手を握っていたんだ。

 

 

 

数日後、親に挨拶しにきたけど何かすらすらと話は進んだ。両親は押し付けようと思ったのかな。

プロデューサーはそうではなく、お前の個性を伸ばせるのを信じたんだって言ってるけど。

 

 

 

 

始めは静岡の小さなメーカーのお茶のCMが始まりだった。

最悪だったよ。ボクはお茶が嫌いだからね。緑茶のあの渋み……何度飲んでもダメだ。

それでもプロデューサーは

「プロなら旨そうに飲んで見せろ」

とがんとして聴かなかった。何杯も飲んだけど、NGが出た。写真に収めてもどうしても美味しそうに飲んでないって分かるんだってさ。

困ったよ。でも、そこにお茶を作っている社長さんが見に来られた。小さなCMだけど出演してくれてありがとうって。

そこで気になったんで色んな事を聴いたんだ。お茶をどう収穫して、作って、売り出しているか。

社長さんもまだ小学生ぐらいの子がそんな事に興味を持ってくれたのか嬉しくとても丁寧に話してくれた。

それを聴いたら、あぁ、なんかやんなきゃいけないかなって思った。

もう何杯飲んだか分からない。写真を収めようとしていてカメラマンの人の目も充血し、プロデューサーもどうしようかにらんでいた。

一口飲んだ。

「お茶は苦手なんだよね」

言葉が紡がれていた。回りの空気が変わるのが分かった。でも、ボクは話し続けた。

「ただ、故郷のお茶は飲むと違うね。こう作って来た人の苦労やバックボーンが見えてくるというか、

 味からその人の心意気が見えてくる……そんな感じだね」

カメラマンの人が慌ててカメラを構えながらお茶の感想を聴いてきた。ボクもそれに答えた。プロデューサーはどこか満足そうな顔をしてお茶の社長さんに頭を下げていた。

ボクは思うままお茶について語っていた。渋みが苦手な事、でも何だか飲みやすい事。さっき聴いた社長さんの話を加えながらお茶の蘊蓄も語っていた。

「お茶が苦手なボクでも飲める。だからお茶が好きな人はもっと飲めるんじゃないかな」

と言い終わると拍手が聴こえて来た。撮影は終わった。ボクは苦い顔をしながらお茶を飲み干して大きく息を吐いた。

ホント疲れたよ。でもね、ああこういうのでセカイが動いているのかなあってちょっと思った。

 

その後、『お茶が苦手な子でも飲める』って県内では親の世代の人が買ったらしいね。子供に飲ませたいって。

後、少し静岡でCMとかしていたけど去年の冬の始まり、東京にやってきた。

そしてあの冬。いつものように冬を聴こうとしていると―光、君に出会ったんだよ。

 

そして、今のボクらがいる。うまく行かなかったり、上手く行ったりするけど、光、君とならバディとしてclose friendとして高みにいける気がするんだ。

今度の夏、2ndシングル出るよね。

 

―うん、分かっている。夏だから暑く、元気が出て、パワーの出る曲にしたい

―ボクはカップリングで夏のどこか妖しさとかそういうのを表現したい夏の陽炎や蜃気楼のような

 

だから、光。ボク達で作ろう。

最高の夏を。

 

これが二宮飛鳥の0の領域

 




ようやく夏の話が書けます。楽しみに見て下さる方のためにもよいものにしたいと思います。


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第十二話

※今回病を持つキャラが出ますので苦手な方は読むのをお控えくださるようお願い致します。また、そのような方を差別するためでない事を明記しておきます。


 南条光と二宮飛鳥は蒸し風呂のような暑さにさいなまれていた。

遠くからは潮騒の音が聴こえてくるのに海には入れない。

それがますますうらめしかった。一応、涼んでもらうためとはいえ扇風機があるが涼風どころか熱風が吹いており、

余計暑さに対してのいらつきを増していた。アイドルイベントの待機中とはいえ、アイドルの卵には辛い環境だった。

「これも修行……そう、ヒーローに、アイドルになるための修行なんだ……」

「そんな苦行を重ねてもいい事は無いよ、光。ボクらにはあの紅い太陽が憎いくらいに輝いているだけさ」

「あー……月島さん、早く戻ってこないかな」

「色んなアイドル達の出番の最終チェックをしているからね。まだだろうさ」

飛鳥はもうぬるくなってしまった清涼飲料水をちびりと飲むとため息をついた。

光はしばらく頭をかきむしっていたが急に立ちあがると

「我慢できない!ちょっと外で風に当たってくる!」

「待ちなよ光。ボクらは一応アイドルだよ。ファンの人が見たらどうするのさ?」

「それを対応するのが、アイドルでありヒーローだ!」

と、無茶ぶりをいい光はテントを開け外へ駆けだした。

「……まぁ、君らしいけどね」

と飛鳥は扇風機の首振りを止め、自分だけに向けるようにしてため息をつくのだった。

 

 

砂浜ごしの道路で光は海を見ながら大きく伸びをした。

「かーッ!海!!海といったらアクアスタイルとかのヒーローいたよなー!それに冷やしてくれないかなー!!」

海の風が頬を撫でて行く。

さっきのテントの中より涼しいかは分からないが、気持ちはいい。

「あ、でも怪人の冷凍ガスとかで凍らされた方が涼しいのかな」

 

「そんな事してると逆に寒くなっちゃうよ」

後ろから急に声が聴こえてきた。光が振り向くとそこには光より少し小さい女の子がいた。

特に、違っていたのはこの暑い時期なのに長袖の服を着て大きな麦わら帽子をかぶって日傘をし、大きなサングラスをしていた事だった。

「君は」

「私、藤枝希実。お姉ちゃん『Tomorrow Bright』の南条光でしょ?」

「へ?」

「うん、私知ってるもん。この前アニメの曲歌ってたの見たから」

光がまごついていると笑顔を浮かべながら希実はいつものファンの人達よりも近づいてきて

「あくしゅ、してくれる?」

「お、おう!希実ちゃんだっけ!ありがとうな!!」

希実の小さな白い手を光はしっかりと握り、強く振った。

「光ちゃん、痛いよ」

「あ、あぁごめん。いや、でも……こうファンの子と二人っきりで話すって何か興奮してきた」

「光ちゃんって面白いね。あ、そういえばもう一人の飛鳥ちゃんは?」

「ちょっと色々あってね。希実ちゃんはどうしたの?ひょっとしてアタシ達のイベント見に来てくれたとか」

「うん、そんな感じ」

「やったぁー!!」

光は天を仰ぎ大きく叫んだ。そうして希実を抱きしめると

「絶対、アタシ達のステージ見てくれよな!きっと面白いから!」

「うん、分かっている」

「後、もしよかったら飛鳥達とも海で泳ごうよ!アタシとだったら楽しいぞ!」

そういうと希実は光から静かに抜けるように、離れた。

「……ごめんね、光ちゃん。私、泳げないんだ」

「泳げない?だったら、アタシが練習を」

「そうじゃないの」

希実は長袖をそっとめくると右腕を見せた。光は少し怖気づいた。希実の腕は白い、そしてその白さは病みを抱える灰色に近かった。よく見ると帽子の隅からのぞく髪も灰に近い金色に近い。

「私、おひさまがだめなんだ」

 

「それでこの子を連れてきたのか」

月島はため息をつきながらネクタイを締め直した。

この異常な暑さの中でも月島の顔には汗一つない。

かわりに背中が大陸を作るくらいのシミができていた。

「だって、この子かわいそうで……ヒーローなら助けなきゃいけないじゃないか」

「かといって個人のファンをひいきにするのは他のファンにとってのタブーだよ、光」

飛鳥にそう言われて黙る光。横から袖を希実が引っ張ってた。

「光ちゃん、怒られてるから私出て行くね。他にも日影はあるし」

「ダメだ、希実ちゃん!」

光は希実の肩を強く掴み、かがみこんだ。

「希実ちゃんはおひさまダメなんだろ!?だから、ここにいていい!」

「それはあんまり理由になってない気がするけど」

「お願いだ、月島さん、立川さん、飛鳥!この子の世話はアタシがするから」

「光ちゃん、私ペットじゃないんだから……」

希実の苦笑が聴こえる中、光は真摯に頭を下げ続けた。飛鳥はため息をついて横を向き、立川は月島を見る。

月島は腕を組んで、離すと大きく息を吐いた。

「立入り禁止区域内には絶対に入らせたり、見せない事、後他のアイドルの邪魔にはさせない事。そういう事ならお前の親戚扱いにしてやる。面倒を見てやれ」

「ありがとうっ!」

光はさっきより深く頭を下げた。

 

 

月島の許可を得た光と希実はさっそく二人で砂の城を作っていた。

「おおっ!上手だね、希実ちゃん!!」

「光ちゃんがおおざっぱすぎるんだよ。城山じゃなくて、お城を作るんだから」

と小さく棒で砂を削って行く希実を光は楽しそうに見ていた。

「すごいなぁ!飛鳥ー!一緒にやろうよ」

光は笑顔で飛鳥に手を振ったが、逆に振り返されテントの中に入っていってしまった。

「飛鳥ちゃん入っていっちゃったね」

「楽しいのになあ。さ、希実ちゃんも中入ろうか。ずっと太陽いたらダメなんだろ」

光は希実の手を握りテントの中に連れていこうとした。だが、希実の手が重い。

「希実ちゃん?」

「光ちゃん……わたしもいつか、おひさまの下で歌えるかな?」

光は無言。希実は幼い視線をずっと光に向けていた。

「……なれるさ」

「ん?」

「なれるよ!希実ちゃんも必ず、おひさまの下で、アタシ達みたいに歌って、踊って、劇みたいなのも出来るさ!」

「ホント?」

「アタシが言うんだ!間違いない!!」

「……」

今度は希実が無言、すると希実はサングラスを取った。目はどこか兎のような赤みを持っている。光はそう思った。

「ありがとう、光ちゃん」

戻ろうかというと希実が光の手を引きテントへと入って行った。

 

 

「光、ちょっといいかい」

テントでジュースを飲んでいる間、飛鳥は外へと光を連れ出した。

「飛鳥?何かあったのか?ひょっとして希実ちゃんにかまっている事で」

「違う」

飛鳥は断言して光を見た。その目は氷のように冷たかった。

「彼女に何を言った?」

「え?」

「分かっているのか、光。君が希実ちゃんに言っている事が」

飛鳥は光の肩を握りしめる。今まで見た事の無いような目つきだった。

「君が言っている事は希実ちゃんにはかなわない。いわば悪魔の契約だ。分かっているのか、その偽善の罪が」

「罪って……希実ちゃんに少しでも」

「それが罪だと言っている!」

飛鳥は語気を荒げ肩の握りしめる力を強めた。

光は茫然としていたが、飛鳥の両手を払って、

「分かっている!でも、希望を持つななんて言えるのか!?アタシは嫌だ!そんなのヒーローらしくない」

「優しい嘘は時として、真実より残酷だよ。

 ヒーローでも救えない事はあると知っているのだろう」

「それでも!アタシ達はヒーローであり、アイドルだ!!

 皆に笑顔と夢を見せないでどうするんだ!」

「それじゃあ、彼女が光の言葉を信じて太陽の下活発に動きだして、危ない目になった時に責任を持てるのか!?光の何気ない言葉のせいで!」

「じゃあ、飛鳥はどうするんだ!」

「……彼女には真実を伝える。どんなに残酷でも、どんなに辛くても。その中で生きていける強さを教えて上げるのが年上だし、アイドルじゃないのか。そして、辛い時に支えてあげられるから非日常を提供するのがアイドルじゃないのか」

「……」

光は押し黙っていたが

「それでも、あの子に夢を見せてあげるのも……アイドルで……ヒーローじゃないのかなあ」

少し涙ぐんだ声で光が言葉を絞り出す。飛鳥は光の泣き顔を見せないよう顔を胸に埋めさせた。

「あす」

「希実ちゃん、ちょっと光は疲れているみたいだから、羽音のお姉さんのところにいっておいで」

「うん……」

光が視線をちらとやるとどこか悲しそうな顔をしている希実がテントの中に入って行くのが分かった。

 

 

光と飛鳥はコップに水を入れ、椅子に座りお互いに目を伏せた。

「どうすればいい……飛鳥。アタシ、ヒーローとして間違った事言ったかな」

「間違ってないよ、光。でも、ボクから見たら間違っている。現実を教えるのはヒーローじゃなくて」

 

「それは俺達、大人の役目だ」

テントの中に月島が入って来た。眼光はいつもより鋭く、そして止めたはずの煙草を吸っている。

「月島さん、どうして」

「どうしても何もあるか、光。一人の少女の心を救えずして何がヒーローだ、何がアイドルだ。

 そんな事に腹が立ったんでな。どうしても一本吸いたくなったんだよ」

天に向かって、紫煙を放つ月島。

「飛鳥もそうだ。

 現実を教えるのはいい。それは正しい年長者だ。

 だがな、お前らはアイドルだ。悪魔の契約だかなんだかしらんが希望を持たせ、お前がいつも言っている『くだらない日常』を忘れさせるのもお前らの役目じゃないのか?」

二人は押し黙ったまま、下をうつむいている。

 

 

「個人的な事を話す。

俺はプロレスが好きでな。今でもたまに見に行く時がある」

二人はふと、顔を上げた。月島がこんな時に何を言っているのだろうかと。

「一人、華がある選手がいた。だが、彼は試合途中にアクシデントに合い、それ以来体が動かなくなった。

 下半身から下は二度と動かない。医者にそう言われたそうだ」

「……」

二人は黙ったまま話を聞き続けている。月島はゆっくりと煙草を燃焼させ味わっているようだ。

「だが、彼は必死にリハビリを続けた。十年後、レスラー25年のキャリア記念試合があり、彼はリングの上にもう一度立った」

「治った……の?」

飛鳥の言葉に月島は静かに首を振る。

「完全に治った訳では無い。だが、彼は自分の脚で花道を歩き、杖をつきながらロープを握りしめリングに上り、十年前と同じ相手と戦った。

……お粗末なものだったよ。昔の派手な飛び技も職人のような関節技もなくチョップと張り手だけでわずか1分30秒での決着だった。だがな」

月島の眼光が鋭くなる。

「最後に決めたのはボディスラムと言って相手を持ち上げてリングに叩きつける実にシンプルでフィニッシュには使わない技だ。

その選手の渾身の技に涙したものもいた。

拍手も起こった。おかえりと叫んだ奴もいた。

対戦相手も泣きながら生きててくれてありがとうといいながら礼をした。

そして、選手もマトモに喋れない口で待っていてくれてありがとうとマイクで叫んだ。

……奇跡はな。自分と回りの人間の後押しさえあれば起こせるんだ」

吸い終わると携帯灰皿に吸いがらをもみ消すように叩きこむ。

「お前達、アイドルは夢を見せるのが仕事だ。

ならば、あの子がいつかこの病を克服し夏の海で遊べる事が出来る。

そう思わせるくらいの舞台を見せて見ろ!!」

机を大きく叩くとそこには今日の舞台の流れと振り付け、そして新しい歌のスコアが描かれていた。

 

 

 

光は目をごしごしと拭くと、予定表に目をやった。

飛鳥は自分の衣装に目をやり、動きを真似していた。

「光」

飛鳥は目をあわさずに言う。

「これはもう一度ボク達は戦わなければならない。ステージの上で、どちらも正しいという事を知りながら、どちらの正しさが受け入れてくれるか、戦おう」

「分かった。それまでは相棒だけど、友達でも仲間でもないんだな」

「ああ、勝負だ、光」

「こい、飛鳥」

視線が合わない中、二人はお互いの拳をぶつけた。

 

その頃、別のテントで希実は二人のやり取りを羽音と一緒に見ていた。

「おねえちゃん……わたし、悪い事しちゃったかな」

泣きそうになる希実を立川は抱きしめ、頭を撫でる。

「大丈夫よ。でも、人はお互いの正しいところが譲れない時があるのよ」

「おねえちゃん、わたし、光ちゃんも飛鳥ちゃんも好きだよ。二人の歌うとこや戦うとこみていると心が熱くなるの。そして、この病気に負けたくないって思うの」

「それは希実ちゃんの勇気よ。でも、あの二人が押してくれたのなら嬉しいわ」

羽音はそっと希実の首に許可証をかけた

「今日は一番近くで見てね、希実ちゃん。あの二人の姿を」

 

 

舞台は始まった。

二人は無言のままステージの上へと立つ。その様子に観客からもざわめきが聴こえて来た。

『……アタシは』

光は小さく言って、口を閉じる。

ちらと横を見て、ヘッドマイクをスタッフへと投げ捨てた。

 

 

「アタシは自分の正しいと思った事を曲げたくないッ!!例え世界がそれを否定しても!!」

腹の底から大きな声で叫んだ。ステージの外の海に泳ぎに来た人も何事かと視線をステージにやった。

『それをエゴだと何回言わせるんだい、ヒーロー?』

飛鳥のダークヒーローが光の耳元でささやくように呟く。

『どんなにヒーローでも救えない人はいる。君は悪人さえも救おうとしているが、結局は救えない。そして』

飛鳥は背中を向けスタッフと一緒にいる希実をちらと見た、

『一人の少女に嘘をついてまで希望を持たせる。その意味のない希望に何の意味があるんだい?』

「それでも!アタシは希望を持たせたい!何もできないなんて言わせない!!」

光のソバットを飛鳥は片手で受け止め、放る。飛鳥はちかづいて額にデコピン一発。

『それが残酷な真実を多い隠す事になったとしたら?少女は絶望するだろうね』

「そんな事はない!!」

光は飛鳥の肩を握りしめる。回りからは声があがってくる。これが始まったら歌の始まりなのだと皆知っているのだ。

「たとえ、失望し灰のようになっても。その灰をエネルギーとし、また復活してくる!そう、何度も蘇る不死鳥のようにもう一度」

光は太陽を指差した。

「あの太陽へ必ず、飛び上がるのだから!

 新曲行くぞ!!『Fly again phoenix!!」

歌が始まった。新曲のためか歓声はさらに上がって行く。

光は歌いながらちらと希実を見た。なんとなく肌が紅潮している。そんな気がした。

日はさらに照り返しが強くなっていく。その日に負けまいと、太陽に挑戦しようという気持ちで二人は歌い続けた。

 

 

―夕方

「よかったよ、光ちゃん!飛鳥ちゃん!」

希実は日傘を放り出し二人を抱きしめた。

「そうか、ありがとう。それならあれだけ、光と言い合ったのも無駄じゃなかったね」

「希実ちゃん、楽しかったのは良かったけど、その……」

「だいじょうぶだよ、光ちゃん。あれはわたしのために劇をしてくれたんだよね?」

通じたのか、光は力強くうなづいた。

「わたし、負けないから。おひさまの上で歌えなくても、踊れなくても、いつかは光ちゃんや飛鳥ちゃんのようになってみせるから」

「分かった。約束だ、アタシ達と」

「うん!わたし、頑張るね」

「君の歩いた道が、幸福である事を」

光と飛鳥は、希実の手をしっかりと握った。温かさがせめてうつるようにと

 

希実と別れた後、光はずっと黙ったままだった。飛鳥も空をずっと見ている。

「飛鳥。アタシは間違った事を言っていない。今でもそう思う」

「彼女の人生を歩くのは彼女自身だよ、光。ボクらが何かを干渉するのはおこがましいとは思わないかい?」

「でも」

「ああ、でも思うよね。願わくば彼女にとっていつか太陽が優しくなる事を、彼女の人生は豊かな道であって欲しいと」

「うん。だからアタシ。もっと歌とか、ダンスとか、トークとか上手くなりたいと思った。そうすれば、……そうすればアタシはもっとヒーローに近づけるし、大きく届けられる、色んな人の背中を押せるんじゃないのかなって思った」

「どこまで?いや、キミのことだから世界とかいうんだろうね」

「飛鳥には分かっちゃうか」

光は苦笑を浮かべ、飛鳥は無言で光の頭を小突く。そして笑った。

「当然だ。ボクはキミのバディなんだから。その単純さは尊敬に値するよ」

そして、と飛鳥は言葉を継ぐ

「ボク達のアイドル活動でセカイが動くのなら……大いに動かそう。ボク達が望む世界を」

どこか悲しさを含んだ笑みを飛鳥は浮かべた。

 

これが、南条光と二宮飛鳥。始めての衝突

 




言い訳のようですが、決して何か障害を患った方を貶めようと書いた訳ではない事を書かせていただきます。ただ、この二人がどんな人にでも愛と勇気を届ける事が出来る。そう思い書かさせていただいた次第です。


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第十三話

若干百合分入っているかもしれません。


「海だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「光、うるさいよ」

「でもさぁ、やっと!やっと!海で泳げるんだぞ!!」

「とはいってもさ」

飛鳥は静かに光の水着に指を指した。

 

「いかに学生ですっていわんばかりのスクール水着はどうにかならなかったのかい?ボクらは仮にもアイドルなんだよ?」

「飛鳥だって何かドレスみたいなの着ているじゃないか」

「これはタンキニというの……一回、光と服を買いに行くのについていってあげたほうがいいかなあ」

「そうしてあげた方がいいかもね。飛鳥ちゃんもいい勉強になるかもしれないわよ」

クーラーボックスを持って羽音がやって来た。羽音も競泳水着のようなものだが、

鍛えられた体にはソリッドな感じがして似合う。飛鳥はそう思った。後ろでは月島がパラソルを立てている。

「おおっ!月島さん、いい筋肉の付き方しているねえ。細マッチョってやつか!」

「鍛え方とかアクションやっている奴らに教えてもらったからな、自然と覚えた。光も少しは鍛えているか?」

「うん!」

月島は笑みを浮かべると、パラソルの根の部分を立て、

「なら、このパラソルを立てるの手伝え。こういう日常のものから鍛えて行くんだ」

「分かりました社長!」

光もノリにのってパラソルを立てていく。それを見て飛鳥と羽音は苦笑を浮かべた。

 

 

パラソルが立ち終わり、準備が出来ると光は準備体操もそぞろに海へと向かって行った。

海に飛び込むと光は沖へと向かい、やがて潜って行った。

暗い青。

光の目の前にはそれしか無かったが、奥へ奥へと潜って行く。

やがて小さな魚の群れと出会い、底についた。

わずかだが、海藻が生えており、もう主がいなくなった貝殻があった。

息が苦しくなったので、光は海面を目指す。

そこには青く、蒼く輝く太陽が海面に照らされており巨大な月があるようだった。

「ぷっはぁ!!」

海面に上がった光は大きく息を吸い込むと三人に手を振った。三人も何かしら手を振り返してくれた。

遠くで月島が手招きをしている。

昼食の時間なのだろうと思い、光は海から上がった。

 

 

「やきそば~?」

「何を言っている、海と言えばやきそばにかき氷だろうが」

「美味しいの作るから待っててね」

羽音がへらを器用に動かしながらそばを焼いていく。

ソースと一緒に肉と野菜のどこか甘い匂いがただよってきた。

「おいしそうだね……」

飛鳥が小さく呟く。

立川が肉を切り、大きくへらをかきあげるとそれぞれのパックによそっていく。

「はい、熱いうちに食べてね」

と、青海苔と一緒に何か茶色の粉末をかけた。

「この粉末は?」

「美味しくなる魔法です」

飛鳥の問いに羽音はウインクで答えると食べるように勧めた。光と飛鳥は焼きそばをすする。

「む……!」

「ちょっと辛いけど、これは美味しい。……山椒かな?」

「なんでしょうねぇ、妖精の粉かも?」

とぼける羽音を横に光はむさぼるように焼きそばをすすり

「おかわりっ!」

とパックを突きだした。その横では口を青海苔だらけにして月島もパックを出している。

「社長も……おかわりですか?」

「多めに頼む」

結局、焼きそばは光と月島がほとんど食べつくし、かき氷を飛鳥と羽音が少しづつ食べる事にした。

 

 

昼も過ぎて夕方になり、帰る準備をし始めた。光はシャワーを浴び、

着替え終わると飛鳥が遠くを見ていた。

「飛鳥、何を見ているんだ?」

「ん」

飛鳥が指差す先には一組みの男女が腕を絡め合って砂浜を歩いていた。おそらく、二人も帰るとこなのだろう。

「へえ、飛鳥も恋愛に興味があるのか」

「恋愛とは、人間の行為の中で一番興味深く意味不明な行為だと思うからね。そういえば光は恋とかしないのかい?」

「ヒーローは一人の人を愛する暇なんかないっ!」

「言いきるね、君は青春の一ページをまったく別のモノを書きだすんだね」

「そういう飛鳥はどうなんだよ?何か、モテそうな感じがするけどな」

「ボク?」

飛鳥は妖艶な笑みを浮かべると光に近づいていく。光は何か別人を見たように驚いた。

鼓動が速くなる。

飛鳥の顔が近づき、唇が近くなる。

「光のような子なら……いいかもね。ボクが魅せられた、小さなマーメイド……」

「いっ!?」

背中に怖気が走り飛鳥の唇が耳元に近づく。心臓が早鐘を打つかのように早くなる。

飛鳥の小さな息が聴こえた時、言葉は発せられた。

 

 

「冗談だよ」

 

 

「……え?」

「あいにくボクは同性と恋する趣味は無いんでね。まぁこの年頃はそういうモノと思い込む疑似恋愛が多いそうだけどね」

「お、お、お、脅かすなーッ!!びっくりしたじゃないか!!」

「悪い悪い。光をからかったらさぞ楽しいかなと思ったんでね」

「飛鳥は悪の女幹部だ!!」

「せめて、悪女と言ってほしいね」

月島の車に逃げ込もうとする飛鳥を光は顔を真っ赤にしながら追いかけて行った。

夕日が静かに沈み、夏が終わろうとしていた。

 

 

これが、南条光と二宮飛鳥の夏の思い出。

 




かなり短いですが夏の終わりを書かさせていただきました。秋は色々イベント書けていければと思います。


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第十四話

 夏の暑さも薄れ、夜が早くなっていく中『Tomorrow Bright』はその輝きを増して行った。

13歳、という括りがある以上20時以降の音楽番組には出られない。そのかわり子供番組やヒーローショーのタイアップ。

会社のネットラジオ等で音楽の紹介や二人は活躍してきた。

 

 

そして

「……きたね」

「ああ、アタシの夢の一歩だ」

二人の目の前には秋から始まるヒーローのポスターがある。

「来たね。光の夢である、『ヒーローものの主題歌』を歌う事が」

「でも、全部じゃないどうせならテレビの主題歌として歌いたかったな」

「映画版だけでも充分じゃないか。ボクはバディに先に一歩進まれた事がちょっと悔しいよ」

「でも、飛鳥も緊張してない?」

「するさ。ボクにとっても大きな舞台の一つであるもの」

二人が歌うのはショートプログラムの映画だが秋から始まるヒーローの

前日譚ともいえるストーリーの主題歌だ。

映画の若いディレクターが、ほぼミュージカル仕立てのヒーローものの歌を歌っている

『Tomorrow Bright』をどこかで耳にし、オファーが来たらしい。

「お前らには今、一番ぴったりの作品だ。しっかり歌えよ」

月島がいつもの野獣のような笑みを浮かべて、楽譜とイメージを書かれたものが渡される。

「プロデューサー、この曲作ったの宮形さん?」

「おう、あの婆さん二人がこの話を持ってきた途端、すごいワクワクした顔しててなぁ、三日で曲を上げてきやがった」

「それはそれは……こっちも頑張らないとね」

飛鳥は苦笑しながら、耳にイヤホンをつけ再生ボタンを押す。

光も慌てて片方のイヤホンを耳につけ曲を聴き始めた。

 

 

「……へぇ」

「……うわあ」

二人がそれぞれの感嘆の声を上げる。曲は口笛から始まり、静かな始まりかと思うとハイスピードなギター、ベース、ドラム音が聴こえてくる。

雷雲がうずまく荒野の中、主人公が走って行くそんなイメージが光には浮かんできた。

飛鳥はボロボロの外套を纏った長身の男が目の前の敵を前に不安を隠すために、不敵に笑っているイメージが浮かんでいた。

 

二人は曲を聴き終えると同時にため息が出た。

「なんとも……」

「熱い曲だね」

「宮形のばあさん曰く『お前ら向きに作った』曲だそうだ。この曲を歌って映画も人気にしてしまえ」

「もちろん!」

「わかってるさ」

二人は互いに笑顔を浮かべ、拳を突き合わせた。

 

その後、二人は曲を聴き続けた。学校の休み時間、ダンスレッスンの間、寝る前も聞き続けた。

二人で屋上にいる時、レッスンの後、互いの部屋を訪れた時、この歌を歌い続けた。

 

 

 

「どう思う?」

「どう思うって?」

二人でファーストフード店でお互いにハンバーガーを食べ合いをしていると、飛鳥は不意に問いかけた。

「今回の曲についてだよ」

「熱いな!そして、歌いやすい!」

「言うと思ったよ」

苦笑を浮かべながら、飛鳥はコーラで口の中のハンバーガーを飲み下す。

「でも、少し心配なんだよね」

「何が?」

「光」

「へ?」

エクステをいじりながら飛鳥は心配そうに言う。

「君の事だ。ずっとこの歌を歌い続けているんだろ。それなら余計に心配なんだよ」

「どうしてさ?」

「ずっと歌い続けて困って無いかい?」

「え?」

「いつもの光ならどこかで悩んでたりテンパってるんだよ。それなのに今回はまったく言わない。逆にボクは不安だね」

「大丈夫!」

光は自分の胸を叩いて自信を持って言った。

「正義の味方はアタシが息をするように、この身に宿っているんだ!歌を歌うくらいへーきへーき!」

「だといいけど……」

飛鳥はコーラを飲み干すと、光をじっと見た。普段の光は平気とかいうだろうか。

いつも限界のところから、それを踏み越えて素晴らしいのを見せるのが光のいつもだと飛鳥は思っている。

でも、どこか光の輝きに影がある。そんな気がした。

 

 

 

その不安は的中する。

レコーディング当日。

収録スタジオに、光は来なかった。

 

 

 

 

羽音は各スタッフにお詫びを入れ、飛鳥は光に電話を入れる。だが、出てこない。

月島は光のマンションに向かってみたが、鍵が閉まっており、事情を説明して中に入ったが誰もいなかった。

ただ、何回も聴いたであろうウォークマンと色んなメモにヒーローについて書かれてあった。

 

「そんな中、あいつらしく無い言葉が書かれてあった」

月島が光が書いたと思われる何枚ものメモ用紙を机に出した。

飛鳥はある一文を見て、驚く。本当に彼女が書いたのだろうかと思う一文

 

 

『ヒーローって、何だっけ?』

 

 

 

「これを光が書いたっていうのかい?」

「だとしたら、あいつは今相当な悩みの中にある。気づいてやれなかったのが……悔やまれるな」

歯を噛み鳴らし月島が拳を握った。

「警察には連絡しましょうか……」

羽音が心配そうに声を掛けた瞬間、飛鳥の電話が鳴った。

光だ。

「もしもし、光?」

飛鳥が声をかけるが、返ってくるのは無言。

「光?ボクだ、飛鳥だ。今、どこにいるんだ?」

無言。

「返事をして」

「あす……か」

光のかすれた、どこか泣きそうな声が聴こえてくる。

「光!?」

「たす……けて……よ」

その声が聴こえるとしばらく無言。遠くで何かが聴こえると同時に電話は切れた。

 

「飛鳥、今のは」

「光から……まったくしょうがないな。プロデューサー、車今から出せるかな?」

「場所が分かるのか?」

「遠くの声からね。もう、光が行きそうな場所と行ったらあそこしかない」

 

 

光は遠く、海を見ていた。

海の前には小さなイベント会場がある。そこではご当地ヒーローのイベントをしており、

どこかTV等で見ていたヒーローにご当地の名産品を加えたヒーロー達が原産のイベントのアピールをしながら悪と戦っていた。

「悪と戦うのが……ヒーローなのかな」

光には分らなかった。人を助けるのもヒーローだし、ご当地を支えるというあんな形のヒーローもあるのだろうと

何となく、光は理解した。

 

でも、今の南条光にヒーローの定義は分らなかった。

 

歌を聴く度に問いかける。アタシのヒーローとは何なのだと。そして、昔のヒーローものや今のを見た。

答えは出なかった。そして、いつの間にか遠くにいた。

 

「……アタシ、ヒーローになれないのかな?」

「それは君がそう思った時に止まるものだ」

不意に後ろから声をかけられる。

左頬に衝撃が走った。

飛鳥が涙を溜めた目で光を見ていた。そして小さな体を力強く抱きしめられた。

「辛いのなら、辛いっていっていいんだよ……!泣くヒーローだっているじゃないか。

そう教えてくれたのは光だろ……!」

「あす……か」

「言いたい事は山ほど、あるけど今の一発でおしまいにする。どうしたんだい、光?」

飛鳥から小さく離れると、光は体が震えだした。涙も止まらない。

「飛鳥……ヒーローってなんだっけ?」

「光」

震えが止まらない。目からも涙が止まらない。止まれ、止まれと心が命じても何故か体が拒否するのだ。

「アタシは、アタシのヒーローがわかんなくなった。アタシは」

「光!」

飛鳥は光の手をそっと握りしめる。飛鳥が優しい目で光の目を見つめた。

「光、キミはまぎれもないヒーローだ。まだ、成り立てかもしれないけどヒーローなんだよ」

「飛鳥」

「光、キミの歌は、言葉は、ダンスは世界を律動させる。ボクには出来ない事なんだよ」

飛鳥は握る手の力を強める。震えは止まっていった。

「でも、アタシは……一人じゃたてないよ」

しばし無言、風の音と波の音が静かに聴こえてきた。

飛鳥は決意を固めた顔で光を見る。手の力も強くなった。

「それでも分からないなら、立てないなら」

「分からないなら?」

母親にすがる子供のような顔をする光に飛鳥は言い切る。

 

 

「ボクがヒロインになってやる」

「ヒロ……イン?」

 

 

「あぁ、ヒーローのずっとそばにいてあげられるヒロインだ。ヒーローよりかずっと弱いけど、ヒーローが弱くなった時、

 苦しくなった時に助けられるたった一人の人だ」

その言葉を聴いた時、光の心は暖かく包まれ、同時に決壊した。

「飛鳥ぁ……」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭きとり、飛鳥は強く光を抱きしめた。

「光が誰かを救えるように、ボクが光を救ってあげる……だから」

「うん……もう一度ヒーロー……目指す」

 

遠くからご当地ヒーローの名乗りが聴こえる。

それに合わせて二人の繋いだ手も強くなっていった。

 

 

数日後、月島と羽音はスケジュールを再調整し、二人のレコーディングを再び始めた。

時間は無い。

しかし光には迷いは無かった。自分にはヒロインがいる。そう思うと心強かった。

飛鳥もまた、光というヒーローが戻ってきた事に柔らかく包みこまれるような強さがあった。

 

「それじゃ、レコーディング開始します」

『お願いします』

スタッフの声にキューのサインが踏みこまれる。

そして、飛鳥はささやく。始めの歌詞の一部を

 

「Braver」

 

 

これは、二宮飛鳥が南条光のヒロインになると決めた日-

 




誰かが支えてくれるってつよいですよね


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第十五話

「ソロデビューかぁ」

秋にしては暑く、飛鳥と月島はアイスコーヒーを飲んでいた。

「まぁ、ちょっとしたユニットから離れて見て個人の力量を見てみたいというのもあるな。お前らには遠く及ばないがボーカルユニットが、

一年近くソロユニットだったり、別のバンドとセッションと組む事があるだろ?

あれを実験的にしてみたい」

「光は?」

「あいつは歌やアクションもそうだが、ヒーローの司会とかをやらせる。そしてお前は歌とポエムだ」

「ポエム?」

コーヒーのおかわりにシュガーを大量に入れながら飛鳥は怪訝な顔をする。

「中二の得意分野だろ?お前の漫画の台詞によく入っているだろうが」

飛鳥は顔をしかめ、

「そういう勝手に人のものを見るのは止めてくれないかな、プロデューサー?ボクにもプライベートってものがあるのだから」

「すまんな。お前の作品はどうも、俺を引き寄せるものがあってな」

苦笑を浮かべ月島は四杯目のアイスコーヒーを頼んだ。月島はブラックのまま勢いよく飲む。

 

プロデューサー、月島の話は相変わらず自分の興味ギリギリのところを押してくると飛鳥は思っている。

ミニアルバムという形で『Tomorrow Bright』の延長線として二宮飛鳥をプッシュしていく形だ。

ちゃんとした仕事にしていくのは長いスパンがかかるだろうが、飛鳥に取っては楽しいものではあった。

「でも、光一人にしていいのかな?」

「大丈夫だろ。アイツはお前という『ヒロイン』つまり拠り所を見つけた。それを持ったヒーローってのは強いものだ」

「そんなものなのかい?ヒロインはいつもヒーローの側にいるものかと思っていたよ」

「そうじゃなくていい。人の付き合い方にも色々あるだろ?本当にダメな時はヒロインであるお前のところに戻ってくる。

 そして、誰かを助けに行く。そういう強いヒーローだよ光は」

コーヒーを飲み干し、中の氷も噛み砕くと月島は資料を飛鳥に渡した。

 

-自分の非日常を日常に叩きつける。それを独りでする。

ついにそんな時がきたのかなと資料を読みながら飛鳥は思った。

 

 

 

 

 

「『夜の星は孤独。それでも繋がりあっているのは何故?

何光年もの距離を越え、ボクらは交信しているのだろうか』

……何か、違うな」

消しゴムで文字を消し、新たに文字を書き連ねる。

「大変そうだな」

光がお菓子とサイダーを両手に飛鳥の側に寄って来た。

「詩は己の心情を表す。でも、それだけじゃただの言葉の羅列だからね。

それを調律してやらなきゃいけないのさ」

視線はノートの方のまま菓子を手に取り、ソーダで飲み下す。斜め横に光が座っているが、当たり前の事だからそれは気にも止めない。

むしろ光がいるからこそ、何か別の閃きが浮かぶ事もあると思うようになった。

「そういえばさ、この前の映画見た?」

「あぁ、ボクらが歌った映画かい。なかなからしいね」

「面白かったぞー。アタシ4回も見に行った」

「そんなに楽しいかい?映像は既に決められているものだから、新しい発見は中々ないと思うけどね」

「いやいや、主人公を助ける際に四人のナイト出てきただろ。あの時、それぞれポーズ取っていたのが、過去のヒーローオマージュだったらしくて改めて見て、おおおおおっ!ってなった」

「成程、改めて過去から未来の少年少女達へのメッセージか……そういうのもいいな」

飛鳥は詩を書き足して行く。光はどんなものが出来るのだろうか、子供のような瞳で飛鳥を見ていた。

「……ん、出来た」

飛鳥は光に紙を渡す。光は小さな声で呟きながら飛鳥の詩を読んでいく。

一度、大きな声で光が読み飛鳥は情緒の無さにはたいた事がある。

読み終わったのか、光はじっと詩を見ていた。そして、一文を口にする。

「『星は繋がっている、時を越えて』か……アタシ、何かこの文好きだな」

「本当はヒトも星も孤独なのだけどね。人は想像の線を作り星座を作り出す。そこで、星は何かで繋がっているのかなと思ったんだ。それはもう何光年も離れ、何千年もかけてね……」

炭酸の少し抜けたサイダーを飲み干し、飛鳥は微笑を浮かべた。何となく味が濃くなっており、自分へのご褒美かなと思った。

 

 

 

その後、『二宮飛鳥』としてのCDが小さく販売された。店内イベントで手渡しイベントもした。

飛鳥と同じ中学生だけでなく、少し上の女子高校生にも人気が出て尊敬の目で見られた事もあった。

 

ただ一つ、隣にいつも元気なヒーローがいない。

何か寂しいのか、飛鳥の心のどこかにすきま風が吹いている気がした。

無論、そんな事はおくびにも出さず飛鳥は独り、笑顔で立ち続けた。

 

 

 

 

「……何してんのさ、飛鳥?」

「ヒロイン分の充電といったところかな」

連休の日は必ずと行って二人がどちらかの部屋に泊るようになった。

そして、この処飛鳥は光を静かに抱きしめる事が多い。

「失ってから、ヒトは大事なものに気付く……身を持って知ったよ」

「いや、それはいいから夕食持ってくれない?動けないんだよ」

「後、ちょっとだけ……こうさせて」

飛鳥は光にもたれかかるようにして、少し光を抱く力を強めた。

光は不思議な顔をして相棒をしばらくそのままにしていた。

 

 

これが、二宮飛鳥が独りで立った日。

 




ただでさえ、遅筆が病気を患いさらに遅くなった事をお詫び致します。
次は光単独の話を書けたらばと思います。


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第十六話

「『急遽、事務所へ集合の事。緊急事態』って何なんだよ、月島さん」

光は学校帰りに、メールを受け取り事務所へと駆けていた。

「せめて、具体的な事ぐらい教えてくれよなっ……っと!」

近道の公園を通り、ショートカットの小道を抜け、事務所の階段を駆け上がる。

「皆!なにがあったー」

快音が響いた。

「お誕生日、おめでとう!!」

三人の声と拍手が湧きあがる。

「え……?」

クラッカーの紙にまみれながら光は茫然と立ち尽くしていた。

「自分の誕生日も忘れていたのかい、光?それほど、忙しかったのかな」

「なんの、これからも忙しくなくては困る。そして、もっと盛大に祝ってもらわなくてはな」

「何にせよ、今日は四人で。光ちゃん、9月13日、14歳の誕生日おめでとう」

再度、拍手が光に向けられる。光はクラッカーの紙をはらいながら

「いやぁ……そのありがと」

と、軽く手を振った。

 

「はい、というわけでケーキ作ってきました」

羽音が出してきたのはチーズケーキの切り分けられたものと苺ケーキのホール。

「何で、二つあるの?」

「もちろん、ホールは光ちゃん用よ。

光ちゃん、一度ケーキをまるごと食べてみたいっていってましたからね」

「そんな事言ってたのかい……」

「食うのはいいが、体重管理はしとけよ」

「まかせろっ!ヒーローはかっこよくないといけないからな」

飛鳥と月島に冷たい視線を受けながら光は笑いながら、まるごと食べた。

 

「ファンからも誕生日プレゼントが来てるぞ、ほれ」

月島は光に何枚かの手紙を渡した。光は嬉しそうに受け取り、一つ一つに表情を変えていく。

「これは、前にフィギュアくれた兄ちゃんから、これは親子でいつも来てくれているんだよな」

何枚かに目を通すと、光の動きが止まる。

「どうかしたかい、光?」

「飛鳥!希実ちゃんから手紙が来てる!」

「あぁ、夏の時の」

「この前、友達と山登りしたんだって!元気でやっているのが嬉しいなあ!!」

「そうだね。彼女はボク達の想像を越えるかもしれないね」

「歌の練習もしているんだって『いつか光ちゃんや飛鳥ちゃんの隣で歌いたい』だってさ。そうなるといいなあ」

「ひょっとしたら来るかもね。彼女なら」

二人は笑いながら、手紙を読み進めた。

 

 

 

「さて、俺達からもプレゼントがある」

「本当!?」

月島は大きな紙袋をテーブルに力強く置いた。光は月島に開けていいか確認すると袋を急いで開けていく。

「こ、これは……!前にあった宇宙刑事のDVDBOX!しかもサイン入り!!」

「本人に頼んでな。せっかくだから書いてもらったのさ」

「ホントだ!うわぁ、ちゃんと主役の人と、スーツアクターの人両方からだ!!」

「前々から地方のヒーローものイベントをする時に縁があってな。頼んでもらった」

「ありがとう、月島さん!何回も見てヒーローの勉強につかわせてもらうよ!」

「おう、お前がヒロインに選ばれるようになれよ、光」

月島はいつもと違う優しい笑みを浮かべた。

 

 

「私はこれね」

羽音から両手で受け渡されたのは小さなバースデーカードだった。

「ありがとう、立川さん。開けていい?」

「勿論」

光は丁寧にバースデーカードのシールを外し、中を見る。

そこには今まで頑張ってきた光へのメッセージが書き込まれていた。

そして、

「……こ、これは!」

「そう。そろそろ教えてもいい頃かと思ってね。料理が出来るヒーローもかっこいいでしょ?」

「特製カレースープのレシピ!ついにアタシの元に……!」

「光ちゃん、ちゃんと自分で作れるようになってね」

羽音の笑みはどこか妹を見るような微笑みだった。

 

「さて、ボクもバディに渡しておこうか」

飛鳥は長細いプレゼントを光に渡す。光は受け取ると、すぐに中身を開けた。

「おおっ!今やっている特撮の銃じゃないか!これ、何種類も音が鳴るからかっこいいんだよな」

「気分は弟にプレゼントを買ってあげる感じだったよ。店員さんにもそう聴かれたしね」

「それは悪かったな。飛鳥の誕生日には何倍にして返してやるからな!」

「ああ、期待しておくよ―それと」

「何?まだプレゼントがあるのか?」

飛鳥は顔を近づけ、笑みを浮かべた

「ハッピーバースデイ―光」

光の額に柔らかいものが当たった。

 

 

「……え?」

「そして、これからもよろしく。光」

どこか妖艶な笑みを浮かべる飛鳥に指を指し

「えええええ!!お、女同士でキ、キ、キ、キス!?」

「何言っているんだ、額のキスは友愛の証。海外なら当たり前だし友達だろ。

 アイドルの誓い三つ、好きなものは好きだと伝える事。ちゃんと伝えたからね」

何か、異様なものがついたかのように光は額にふれながら、

「ここは日本だぞ!?そ、それにアタシまだ」

「大丈夫。唇にはしないから。ボクもそういう趣味無いし」

「そういう問題じゃないー!」

回りでは月島が口に手を当て、笑みをこらえており、羽音は頬に手をあて、珍しいものを見たといったような笑顔を浮かべている。

「みんな笑うなー!!」

 

これが南条光が新たに年を取った瞬間




誕生日に何をあげるか。光なら分かりやすいけど何か別のモノを上げたいと思いましたので、飛鳥の行為です


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第十七話

ちょっとした遊びです。


 秋が冬に近づこうとしていた日、光は飛鳥の部屋へ遊びに来ていた。

「飛鳥の部屋は何か様変わりしたな。ちょっと片付けた」

「季節によって、部屋を変えてみる。人が例え訪れなくとも、自分に季節を感じさせるのはいい事だよ」

もっとも、今は君が来るけどねと言いながら、飛鳥はいつものようにサイダーを差し出す。

「そろそろサイダーって季節でもなくなってきたな。おしることかいいかもな」

「緑茶とコーヒー以外ならボクはいいよ。温まる甘いものならね」

サイダーをコップに汲みながら飛鳥は光に差し出す。

その光はというと壁に整理されて置かれてあるエクステに目を取られていた。

「飛鳥、エクステも季節によって変えるのか?」

「勿論。仕事のステージの違いもあるけど季節や自分の感情、天気やその場の雰囲気で変える事もあるよ」

「そっか」

光はエクステにさわりながら、じっと見ていた。

「何なら、光もつけてみるかい?」

「いいのか?」

「いいけど、君のその長い髪には合わないと思うけどなぁ」

「あ、それならアタシつけてほしい色があるんだよな」

光は、飛鳥に幾つかのエクステを選んでつけてもらう。

光の黒い長い髪に赤のエクステがつけられた。

 

「これぞ、南条光。フレイムスタイルだっ」

「……」

飛鳥はため息を付きながら青いエクステを渡す。

 

「南条光、アクアスタイル。はい、飛鳥にはこの前もらったカレースープ。アタシの一番始めのをあげる」

「それはどうも。でも、まだまだ立川さんにはかなわないよ」

「まだまだ、あるぞ、この赤と黄色の二つを合わせて……南条光、マグマスタイルだ」

「何か急に別物が出たね」

「前にあるヒーローが色の違うコインを付けて変身しているのをみてさ。それが色んなフォームが作れるんで面白いなと思ったんだよ。だから、飛鳥のエクステで出来るかなと思った」

「ボクのエクステは変身道具か……まぁ、一理あるけど」

飛鳥が苦笑を浮かべる中、その後、エクステの色を変えたり、他の色を組み合わせたりして南条光の色んなフォームを飛鳥に見せた。

 

「そして、これがっ!」

エクステを羽根のようにいくつもつけ、背中の髪がもう一つ生えているようにまでなっている光が叫ぶ。

 

「南条光、インフィニティスタイルだー!!」

「……」

飛鳥は茫然とそれを見ながら、自分の付けているのを触ると光のエクステを外しにかかる。

「あ、こらやめろ。せっかくここからの必殺技が」

「君に必殺技があってもボクのアイデンティティをないがしろにされちゃこまるんでね」

 

結局、光の必殺技はお倉入りになった。

 

これが、南条光と二宮飛鳥のふとした一日




なんとなく書きたくなったのでさっと書いてみました。
次はもう少し実のあるのを書きたいと思います。


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第十八話

「うっひゃー、今日も来ているなー」

「準備はいいのか」

「勿論さ。さっき、ちゃんと出演者の人達とも挨拶と打ち合わせもしたしね」

「なら、俺は見守るだけだ。いってこい」

「いってくるよ、月島さん」

派手な音楽と共に光は幕を開き駆けだす。そこには、多くの子供達と少しの大人が期待の眼差しで待っていた。

 

「皆、こんにちわー!!」

「こんにちわー!!」

光の声の数倍が響いてくる。その声に少し快感を覚え、光は拳を突き出す。

「皆、元気かー!?」

「元気でーす!!」

「アタシも元気だ!皆、今日は誰が来るか分かってるな!?」

「はーい!!」

「それじゃあ!、呼んでみようか」

 

「そうはいかん」

どこからか不安めいたしわがれた声が響き、光の反対側から黒いフードをかぶった漆黒の老人が現れる。

「出たな!ダークウィザード」

「光よ。貴様にアークセイバーを呼ばせるわけにはいかん。今度こそ、ワシの元に来てもらおう」

「アタシのヒーロー魂を奪おうっていうのか!?負けないぞ」

光は胸を隠すように、それでも前を向いて叫んだ。

 

 

-数週間前-

飛鳥が一人でポエムを書いている最中、光はダンスの練習をしていた。勿論ただのダンスではない。

飛鳥とではできないアクションの練習も兼ねている。最近は柔軟が増してきたのか少し綺麗なハイキックができるようになったと思う。

「相変わらずだな、光」

「飛鳥も頑張ってるからね。アタシも何かで頑張らないとって思うとどうしても、これやりたくなるんだ」

「ヒーローを目指す事か。いい事だ。だが、脇から見て見る事も必要だと思わないか?」

「脇?」

光はダンスをやめると月島に視線をやる。いつもの野獣のような笑みが顔についていた。

そして、手には企画書が掴まれており、光に手渡される。

 

「……ヒーローショーの司会?」

「お前の思っているヒーローとは違う一面が見られるかもしれん。どうだ?」

「月島さん、アタシはヒーローになりたいんだよ。横のお姉さんじゃなくて」

「それは勿論分かっているさ」

月島が懐から棒付きキャンディを取りだし舐めはじめる。光にも一本差し出されたので、光も舐めはじめた。

「だがな。ヒーローになって分かる事とヒーローの隣になって分かる事があると俺は思う。お前のヒロインになった飛鳥のようにな」

ヒロインの言葉に少し顔を赤くして光は考え込む。

「……ヒーローの横で勉強しろって事か」

「まぁ、そういう事になるな。ちなみにヒーローショーとかはだいたいお前が昔出会った人もいる。あのヒーローのおじさんとかな」

「分かった、やる」

キャンディを噛み砕くと光は大きくうなづいた。

 

「貴様のその純粋な魂が我らの邪魔になるのだ。貴様を闇に落としてこそ、我が野望は達成される。無論、ここにいる人間どももエナジーになってもらうがな」

「そうはさせるか!」

光は会場を目の前に大きく叫ぶ。

「みんな、ピンチだ!さぁ、みんな大きく助けを呼ぼう!せぇーの!!」

 

『アークセイバー!!』

「まだまだ、声が足りないぞ!さぁ、もう一回!」

『アークセイバー!!』

「いいぞ、さぁ、最後だ。せぇぇぇのぉぉぉぉ」

 

 

『アークセイバー!!!』

途端、BGMが変わり、光の後ろに金色の騎士が現れた。

「地球は俺の第二の故郷!ダークウィザード、貴様などに汚させはしない!」

「アークセイバー!」

「光、会場の皆。よく呼んでくれた!後は俺にまかせろ」

光はそっと会場の隅へと隠れる。

 

「アークセイバー、何度も邪魔しおって。ここを貴様の墓場にしてやろう」

「地球の力をなめるな!闇には屈しない!」

会場では魔術師と騎士の戦いが始まった。会場の皆はアークセイバーを応援している。

光は脇でじっと見ていた。自分ならどうするか、あの動きはどうすれば再現できるか。二人のアクションをずっと見ていた。

脇で見る事で気づく事がある。それを光は全体で理解していた。

 

「おのれ、アークセイバー。今日は引かせてもらうが、覚えておくがいい!」

「地球の力は偉大だ。それがある限り俺は負けない!」

歓声があがり、時間を見たとこで光は脇から出てきた。

「皆、今日もありがとうっ!これからアークセイバーとの握手会だ。良い子の皆はちゃんと並んでくれよなっ」

『はーい!』

こっそり整理をしながら、光はアークセイバーに握手する子供を見ていた。

自分もいつか―

そんな気持ちが心をよぎった。

 

これが、南条光がヒーローを目指そうと改めて思った日




遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。
そして、光と飛鳥をこれからも書いていこうと思います。

よろしくお願いします


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第十九話

「さぁ、世界に響かせようか、ボク達の声を」

「アタシ達の思いを!」

「『Tomorrow Bright』ワールド」

「ブレイバー!!」

光と飛鳥の声がマイクを通して響き渡る。光はスタジオの外をちらと見ると月島が苦笑を浮かべながら手を下に下げていた。

もう少し音量を落とせという事だろう。音量は落とすが元気さは落とさない。光はそう思い笑みを浮かべ合図を送った。

「改めまして、元気してるかい!?南条光です」

「こんにちわ。聴く人によってはこんばんわかもしれないし、おはようございますかもしれないね。二宮飛鳥だよ」

「これでもう8回目。いやー、アタシ達の声が世界に届くなんてびっくりだな」

「日本語が分かる人じゃないと聴かないからどうかわからないけどね」

「そう言わない!さて、アタシ達『Tomorrow Bright』をもっと知ってもらおうとこアタシ達の秘密基地より発信中!」

「秘密基地って……まぁ、貸しスタジオだけどね。ボク達のライブやイベントに来られない人達にもボク達のセカイを知って欲しいと始めた番組だ。出来れば、日常を忘れて、この時間だけ非日常を味わってほしい」

「それでは、皆。今日も張りきっていってみよー!」

光は拳を上げる。飛鳥は苦笑を浮かべながらも、ボールペンで台本に次に何を言おうかと書きだしていた。

 

 

 

時間はさかのぼる。

光と飛鳥、月島と羽音といつものメンバーが集まり、次は何をしようか考えていた。ホワイトボードには四人が出し合ったアイディアが幾つも書かれている。

「ねぇ、プロデューサー。ラジオとか出来ないかな?」

飛鳥が口火を切った時、月島はボードに書いた後、しばし動きを止めた。

「何らかのタイアップ、もしくはスポンサーがつければ可能だな。だが、まだお前達の実力で声がかかるのは難しいな」

「そうじゃなくてもさ、ボク達だけでも出来ないかい?今、サブカルでは動画サイトで自分の音楽や趣味を披露しているのは当たり前じゃないか」

「確かに、私達はそこの部分は遅れてるかもしれませんね」

羽音も相槌を打ち、考え込む。

「確かにそういう面は俺達は手を出して無かったな。光、もしお前がラジオに出たら何を喋る?」

「今週のヒーロー番組の感想!」

光はすぐさま答えた。

「……それじゃ、普通のアマチュアと変わらんぞ」

「んーじゃあ、今やってるアクションの練習とか、今見ているヒーローの話とかかな。それに月島さん。アタシ、ヒーローの感想っていっても、ちゃんと見ていない人にも楽しめるように話せる自信はあるぞ」

光が鼻息荒く語る。

「ボクが昔聴いていたラジオでも、ドラマの感想とか今の世論を面白く語っていたパーソナリティはいた。光なら特撮語らせたら面白いんじゃないかな」

飛鳥が助け舟を出すと月島は軽くうなづく

「まぁ、光の話は見ていない特撮がある俺でも分かるように教えてくれるので一理ある。飛鳥、お前は」

「ボクが語るのは決まっている。非日常の事さ」

「具体的には?」

「日常の中でもちょっとした非日常の事は起こる。トラブルだったり、季節の変わり目を教えてくれる事だったり。そういうのを語りたい」

「ファン以外に需要がある話は出来るか?」

「もちろん。ボクのセカイに引き込ませる自信はあるよ」

月島はあごに手を置くと少し考え込む。

「スタジオか。カラオケボックスで収録するという手もあるが……いや、待てよ」

月島は懐からアドレス帳を取りだし幾つかのページを見るとペンでチェックを入れた。

「いいだろう、スタジオのアテは俺が探す。今から出かけるので三人でどういう番組が聴いてもらえるか考えろ。聴いてもらう以上は日本だけじゃない。世界も考えておけよ」

笑みを浮かべると月島はミーティングルームを出た。残された三人は互いに目を合わせうなづく。

三人の話しあいは20時まで続いた。

 

 

 

そして、月島のツテで貸しスタジオを借り今、収録をしている。予算の無い事務所としては安くおさえるためレンタル時間も少なくし、下手なNGは出せない。

しかし、出来うる限りの面白いものを話したい。二人は必死にメールを整理し、次の読むお便りを探していた。

「さて、次のお便りだ。ペンネーム『ワイルドホーク』さん。いつもありがとう」

「この人、アタシの好きな特撮のツボ知っているからすごいよな」

「『お二人ともこんにちは。また特撮の話を送らせていただきます。私が子供の頃に放映していたメタルヒーローのフィギュアを発見しましたので購入しました』

 写真付いているけど、凄いね。素人目でもよく作られているのが分かるよ」

「これ、アタシが産まれる前のやつだ。とどめのフラッシュブレードがかっこいいんだよなぁ」

「『ところが、我が息子(3才)がすごく気に行ってしまい、私より息子が振りまわして遊んでおります。高い買い物だったのでヒヤヒヤするのと、親としてはやっぱり子供に遊んでもらいたいという気持ちが重なって複雑な気分です』そりゃ、大変だ」

「ヒーローは子供の味方だからな。ワイルドホークさん、子供にあげて別のフィギュアで一緒に遊ぶとかどうかな?」

「その内、二人で作品を見られる事もあるかもしれないしね。親子で話が共有できるのは素晴らしい事だと思うよ」

「後日談も聴いてみたいな。また、お便りよろしくっ!さて、次は……お、いつもの子だね『おひさまの妖精』さんありがとう。『光ちゃん、飛鳥ちゃんこんにちわ』」

「はい、こんにちわ。この前のメールに添付してくれた夕日の写真、よかったよ。ボクの琴線に触れたね」

「『そろそろ冬が近づいてきました。お二人は風邪ひいていませんか?』アタシは元気だぞ!子供は風の子って言うしな!!」

「光は別の意味でひかなそうだね」

「それ、どういう意味だよ!?」

「まぁまぁ、ボクもちゃんと暖かくして過ごしているから元気だね」

「『この前、友達が風邪を引いて学校を休んだのでお見舞いにいったら、わたしにうつってしまい学校を休んでしまいました』あらら、大丈夫かな?」

「それはアンラッキーだね」

「『でも、ちょっと嬉しかったのがお母さんが優しかった事、お父さんがいつもより早く帰ってきてくれた事、そして、果物をたくさん食べられた事です。

 果物をいっぱい食べられるなら風邪を引くのもいいかなってちょっと思っちゃいました』こらこら、いけないぞ。元気なのが一番!」

「あぁ、でもボクも理由を付けては小学校休んでいたからね。ズル休みする楽しさは分かるな」

「飛鳥まで、そんな事いっちゃだめだろ!皆、元気に学校、仕事行こうな!!」

「光は真面目だね。さて、まだまだお便りは募集しているから、何か思い付いたら送ってくれ。ホームページのメールフォームか今から言うメールアドレスにお願いだ」

 

 

 

その後、光と飛鳥はお便りを読んだり、自分の趣味を話したりした。

「アタシ、最近バク転出来ないか練習しているんだけど、どうしてもただの受身になっちゃうんだよなあ」

「アイドルにバク転とか必要かな?」

「いいじゃん、歌いながらアクション出来るのってかっこよくないか?」

「そうかもね。でも、受身もそのウチ、特撮やるのにいいのかもしれないよ」

「確かにスーツアクターの人も柔道出身とかで受身取れるのは基本だしなぁ……」

二人の話はとりとめもないが、事務所によると再生数は他のアイドルに比べると多い、そう聴いた。

それでも、二人は満足せず何か話を見つけるためメモ帳を持ち何かあったら書くようになった。

 

 

 

「このごろ、エクステの色の珍しいのないかなってちょっと探していてね」

「飛鳥のエクステ、今の多さでも充分だと思うけどなぁ」

「分かって無いね、光。エクステの色はボクに取って世界への反逆の印。常に変わってないといけないのさ」

「そんなものなのかなあ」

「エクステの色だけで無く質にもこだわってみてる。……まぁ、ボクらの年じゃまだまだいいものは買えないけどね」

自然とお便りは増えてきて、いずれは公開イベントもしたい。そんな話も上がってきた。

 

 

 

「さて、今日のチャレンジコーナー。この前は激辛のお菓子食べたけど今日は何かな」

「アタシの手元に既に我らがプロデューサー兼ディレクター、月島さんから手紙が渡されてるんだけど」

「何だろうね、光。開けてみて」

「そうだな」

光は手紙を開く。途端、動きが止まった。

「光?」

「あすか……これ……」

飛鳥は光から手紙を受け取り、中身を読むと顔が歪むのが分かった。

「これ……何語?」

「ボクも分からない……英語では無いし、ドイツ語でも無い……え、何プロデューサー?」

「『初の外国からのメールだ、お前ら頑張って翻訳しろ。なお、翻訳アプリは使用禁止』ってえぇぇぇぇ!?」

「どおりで、スタジオに辞書がいっぱいあるわけだ……でも、これ時間どうするのさ」

「『そこはなんとかする』って……あー、もう!分かった!!やってやる!!ヒーローが悪役の言語を翻訳するシーンもあるんだ!!」

こうして、二人は辞書とスタジオ外から来る月島のヒントを合わせながら、必死に手紙を翻訳した。

 

 

「やっと、分かった……これ、フィンランド語だ。しかも本名っぽいけどいいのかな?」

「とりあえず、読んでみよう。お名前は……エイラ……スオマライネンさん?間違っていたらごめんよ」

光は手紙を慎重に持って、ゆっくり読み上げる。

「『ヒカル、アスカ。こんにちわ。初めてお手紙します。ワタシ、ヘルシンキの大学で外国語の勉強をしています』」

「大学生かぁ。ボクらよりお姉さんだね」

「『昔、ニンジャの映画を見て、日本の事に興味を持ち調べていると、トクサツ……というのでしょうか、今のニンジャみたいな人が戦っている話を見ました』

 あぁ、今の戦隊モノ忍者ものだしね」

光は手紙をめくり、読み上げる。

「『その時、ヒカルとアスカの歌を聴いて、好きになりました。』ありがとうっ!」

「ここは、『キートス!』というべきかな?」

「『二人は私より小さいのにアイドルとして、色んな事をしているのはすごい。私が同じ年の時はこんな事してなかったなと思い感動してます。

 いつか、ニホンに行った時には二人の歌を目の前でみたいと思います』うん、待っているよエイラさん!」

「なんなら、ボクらがフィンランド行くのもありかもね」

「アタシ、フィンランドの事まったく知らないからどんなとこなのかな?うん、いってみたいな」

「サウナが気持ちいいらしいね。後、ちょっと動画で音楽聴いたけど明るい中に哀愁がある。そんな感じだったね」

「へぇ、それじゃエイラさん!アタシ達もいつかフィンランド行くからな!!」

 

 

 

二人のラジオはディープではあったがリスナーは少しづつ増え続けた。

「光、今度はアラビア語だ……」

「アタシ達の話って外国受けするのかな?」

そして、何故か何回かに一回は外国のリスナーからのお便りが届き、翻訳に苦労する二人がいた。

 

これが、南条光と二宮飛鳥がちょっとだけ世界を感じた時

 




何とかノルマ的な一か月に一回の投稿に間に合いました。アマチュアのラジオ番組を作ってた身としてはもう少し制作の事も書きたかったのですが、それより二人がどう喋っているかを中心に書いた方がいいかと思ってちょっと方向を変えました。

春になりますね。まだ、小説内では冬に入りかけですが、追いついていこうと思います。


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第二十話

12月24日、クリスマスイブ。

「雪でも降ればロマンチックな光景になったかもしれないのにね」

飛鳥は残念そうな口調で空を見上げた。光はそんな飛鳥の背中を軽く叩き

「いいじゃないか、雲一つない、青い空!アタシ達らしいと思うぞ」

「光には合うかもしれないけど、ボクはどちらかというと幻想の中に生きるモノだから違うと思うけどね」

「そんな事言わない!なんにせよ、お客さんが待っているんだ。行こう、飛鳥!」

飛鳥は衣装のコートを着なおすと小さな笑みを浮かべる。

「キミといると冬の寒さもどこかいってしまいそうだね。分かった、行こうかヒーロー」

「頼むよ、ヒロイン。いや、今はダークヒーローか」

二人は会場へと駆けだした。一年前より少し大きくなった会場では観客はいっぱいだ。

 

今日はクリスマスイブ。ヒーローもダークヒーローも戦いを止め、平和に過ごすというコンセプトの元ライブが行われた。

とはいえ二人は14歳。遅くのライブはできない。しかも、今年は平日だ。それでもなんとか二人を見ようといつもの観客だけでなく

新しいお客さんも増えていた。

 

『メリー・クリスマース!』

二人の叫びに歓声が返ってくる。二人の衣装もいつもと違いサンタ風にアレンジした赤と白の衣装、そして緑のワンポイントをおいたアクセサリが目立った。

「ようこそ、聖夜……ってまだ聖夜じゃないか、いいや楽しいクリスマスのイベントへ」

「今日は非日常の中でもっとも俗世と離れる身。皆が優しくなれる日、冬の値が聞こえる日。そんな時間を味わってほしい」

「それじゃ、熱く」

「クールに」

『一曲目、いこうか!』

伴奏が聞こえ、二人の声のハーモニーが流れ始めた。

 

 

 

「本気で考えているのかえ、つっきー?」

「本気です。あの子達が羽ばたくためには、ここの籠はせますぎる」

「籠が気持ちよいときもある。時にそれをムリに出すのは鳥を殺すことにもなりかねない、それを知っての上か?」

「ここ一年、あいつらは俺が思う以上に伸びてくれました。ならば、俺個人だけでは伸ばしきれないものもあると思うのです、宮形さん」

愛川はため息を付き、小さく手を差し出した。月島はタバコを差し出し火をつける。月島も火をつけお互い紫煙を吐いた。

「ワシもあの子達に歌を提供するのが楽しみだった。そりゃあ、まだまだだ。でもつっきーが言った通り十年先も芸能界で生きていける。

 そう信じられる力が見えてきたとこじゃぞ」

「だからこそです。ご存知ですか?あいつらのネットラジオで外国人のリスナーがいる事を」

「ワシも知っておるわい。一リスナーじゃしの」

「ならば、あいつらは世界を動かすヒーローに、そして非日常を見せられるものになるかもしれない。それはアイドルという枠をも超えて」

「……」

宮形は大きく煙を吐くと、携帯灰皿にタバコをもみ消した。

 

「そういえば皆、アタシ達のラジオ聞いている人手ぇあげてっ!おおっ、いるいる!」

「知っての通り、何故かボク達のネットラジオはワールドワイドだ。そんなわけでこんなの用意したよ」

飛鳥はホワイトボードに世界地図を張り付けたのを持ってきた。

「この色がついているのが今まで報告があった国の人達。その数……35」

「多いのかな?」

「日本のマイナーアイドルのラジオにしちゃ多いと思うけどね。そこで、今日のための新曲を……用意しましたっっと」

拍手が起こる。

「そうそう考えたんだけどさ。海外じゃ別かもしれないけど、日本じゃ一つのお祭りなんだよね」

「厳粛な人は眉をひそめるかもしれないけど、今日は優しく隣の人を愛おしむ。そんなつもりで聴いてほしい」

「それじゃ、歌います」

 

『深夜には君と隣に』

 

 

 

 夜、光と飛鳥は二人で街を歩いていた。夕食のチキンやケーキはトレーナーの立川が用意してくれているので自然と足が速くなる。

「あぁ、羽音さんの料理楽しみだなあ」

「相変わらず、食い気だね。光は」

「いいじゃないか、ヒーローは体が資本なんだから食べなきゃダメなんだぞ」

「ボクは少しでいいよ、腹八分がちょうどいいというしね」

「飛鳥はもう少し食べたほうがいいと思うけどなあ」

そんな話をしていると、雪が降ってきた。二人は無言のまま歩くが、自然と手を繋ぐ。

「去年だったよな。冬を聞いてたの、飛鳥が」

「あぁ、そしてボク達はヒーローであり、ヒロインになる事を決めた」

「……これからも続くといいな」

「続けるさ。ボク達ならもっと多くの人に。そして、光。君ならその名の通り多くの人の希望のヒカリになれるさ」

「それは飛鳥がいるからだよ」

「ボクも同じさ、光」

二人は空を仰いだ。雪はさらに降り続けていた。

「メリークリスマス、飛鳥。これからもよろしくヒロイン」

「メリークリスマス、光。続けていこう、ヒーロー」

 

二人は静かに歩いて行った。

 

―これが南条光と二宮飛鳥の一年を過ぎた繋がり。

 

 

 

 

 

―そして

 

 

「はい、月島です……ええ、分かっています」

「ありがとうございます。では、二人の受け入れを」

「ええ」

「……分かっています。美城プロと我々のイメージは違うという事を」

「来年、話すつもりです」

 

 

 

「二人の移籍と、ユニットの解散を」

 

-終わりの始まり




PC破損等いろいろありまして、新作が遅れた事をお詫びいたします。
これは決めていた事です。

最後までしっかりと、そしてちゃんと二人の歌が色んな人に光をともす事を書ければいいと思います。

よろしくお願いいたします。


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第二十一話

「5、4、3、2、1」

「ゼーロッ!」

けたたましい音と共にクラッカーが跳ねる。

「新年あけましておめでとうっ!」

「おめでとう」

 

お互いに光と飛鳥は手を合わせ叩く。二人が入っているこたつの上にはさっき食べた年越しそばのお椀が置かれていた。

テレビでは新年の祝いと共に芸人の司会の人や同じ同業者、アイドル達が拍手をしている。

「ボク達もいずれはこういうのに出るのかな」

「今は無理かもしれないけど、そのウチ出るかもしれないな。でも飛鳥はこういうの合わないと思う」

「へぇ、じゃあ光はどういうのが似合うと思うんだい?」

「飛鳥はどちらかというと、こうワイワイ騒ぐというよりも、一人で話しているのがあってそうかな。前に見せた戦隊モノでレッドだった人が、

 今色んなドラマに出てるじゃないか」

「あぁ、あの。今じゃ戦隊モノがデビューとは思えないよね。暗い役多いし」

「それは余計だ!あの人が深夜ラジオずーっとやってるの聞いててさ。色んなファンの人からラジオのメッセージ答えてて何か飛鳥に似ているなって思ったんだ」

「成程、それは光栄だ。じゃあこういう明るい仕事が来たら光にまかせるよ」

「まかせろっ!!でも、出る時は飛鳥も一緒だからな」

「そうだね」

 

 苦笑いをすると飛鳥はお椀を持ち、洗い物に出た。光はテレビを見続ている。さっきまでは年末恒例の歌番組をしていたところだ。

女性でちょっと自分たちより年上。特に10代後半から二十代前半の歌手が出てくるとやはり意識をしてしまう。

自分たちはヒーローであり、アイドルだから。どこか嫉妬めいたものが出てきた。そういうのは良くないと思っていたが、飛鳥には人として当たり前だから気にしなくていいと言われた。どうしてもというのが気になっていたが、それでちょっといいのかと思った。

ただ、もっと色んな事を学ぼう、体験しようとは思った。

「この後どうする、光?」

飛鳥の声で考え事から意識を戻す。

「近くの神社までいって、お参りしてから事務所挨拶にいこう」

「そうだね。そうしようか」

二人は、さっと着替えると寮を出た。

 

「さすがに、多いね。この日は。人が嫌になるよ」

「飛鳥、そういう事言わない。この人達がアタシ達のファンだと思えばすっごく嬉しくないか」

飛鳥は眉をひそめると肩をすくめた。

「嬉しいけど、ちょっと困るね。ここで囲まれたら大変な騒ぎだ」

「確かにそうだな」

二人は笑うと自然と手をつないだ。

「離れちゃだめだよ、光。特に君は小さいんだから」

「そういう飛鳥だって、エクステ落してパニックになるなよ。ここで落したら大変だ」

「なら、光につけておこうか。両方ともボクのものだって」

「なんだよ、それ。アタシは飛鳥の持ち物じゃないぞっ」

声を出して、笑うと二人は握った手を繋いで神社の奥へ奥へと進んでいった。

 

「何拝んだ?」

「もちろん、二人がもっともっと上へ行けるように」

「ボクも同じだ。でも、ちょっと一つ違うかな」

「何が?」

光が怪訝そうな顔をしていると指を一本飛鳥は立てて片目をつむった。

「二人の仕事と同時に、一人でも一本立ちできるようにって。あぁ、誤解しないでくれ。光との仕事はもちろんだけど、プロデューサーが前にソロの

 仕事を持ってきたじゃないか。あれが、二人とも増えて、それぞれ自分のセカイが作れて溶けあって……そういうのが作れたらと思っているのさ」

「すごいな!そういうのが出来たら、また違うのができるかな!?」

「出来るとも、ボクら二人ならね」

飛鳥に少し引っ張られるように、光はおみくじを引いた。飛鳥は少しうなづいていた。光は自分のはどうなんだろうか。そう思って引いた。

 

―顔がゆがむのが分かった。

 

「どうしたんだい、光?」

「あ、飛鳥……これ」

苦笑を浮かべながら、光は自分が引いたおみくじを相棒に見せた。そこには黒い文字で大きく『凶』と書かれていた。

飛鳥はポンポンと光の肩を叩き、

「まぁ、神様が今年は引き締めろって言ってるんだよ」

「で、でも……」

「こういうのは書いてある事が大事でね。ほら、『仕事:難有れども、新たに開く道あり』結構いい事じゃないか」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ。こういう時はいい方向に捉えるんだろ、ヒーロー?」

「そ、そうだな……!うん、よしっ!アタシの新しい道を開くぞーっ!」

「あ、でも『待ち人:来たらず』ってのは光らしいね」

「飛鳥ーっ!!」

 

その後、二人は甘酒を飲み、屋台を一通りぶらついていた。

「ん……」

まぶたが重いのを感じる。甘酒に酔った。という訳ではないのだろうが、眠気を光は感じていた。

「どうしたい?まだ、眠い」

「むぅぅ、ここで我慢するのもヒーローの務め……」

「ここで我慢する必要ないよ、光。一度寮に戻って眠ってからでも事務所にいくのは遅くないだろう?」

「そうだけど……むむむ」

目をこする光を飛鳥は肩を寄せると

「こういう時にこそ頼ってくれていいのだから。さ、一度寮に帰ろうか」

「そうする……か」

眠気の中、光は半ば飛鳥にひきずられるように寮に帰った。

 

 

 

「あれ?」

光が目を覚ますと、ベッドの上に寝かされていた。ベッドの上に倒れこむまでは覚えているが、その後の事は覚えていない。

飛鳥が引っ張ってくれたのだろうか。テーブルにはトレーナーの立川が作ってくれた二人向けのおせちが置かれてある。

だけど、飛鳥はいない。

「飛鳥?」

声をかけるも、無言。先に行ったのだろうか、それにしては静かだ。

ふと目の前が真っ暗になる。

「だーれだ?」

「うわっ!」

後ろから飛鳥のいたずらっぽい笑顔が見えた。光は手を振り放すと、

「お、驚かすなよ」

「ごめんごめん、いい顔で寝ていたのでね。少しいたずらしたくなったのさ。さて、おせちでも食べて早く事務所に-」

飛鳥が言い終わる前に寮のインターフォンが鳴った。飛鳥が出ると怪訝な顔をして光のところに戻ってくる。

「プロデューサーがこちらから来たようだよ。珍しいね」

「月島さんが?何か料理でも持ってきてくれたのかな?」

「ひょっとして、お年玉かもしれないね」

「おおっ!それは期待できるかもな」

ドアが開く音を聞くと笑顔で二人は月島を迎えようとした。だが、途端に顔は曇った。

「月島さん……?」

「プロデューサー……?」

正月でも月島は背広だった。

いつもの眼光の鋭さは目の下のくまのせいでより冷ややかなものになっており、ほほもどこか痩せこけていた。

「あけましておめでとう、二人とも」

笑みを浮かべる月島。いつもの自信の強さよりかどこか弱さを感じるものが二人には取れた。

「お、おめでとう」

「どうしたのさ、月島さん。何か……らしくないというか」

「何、クリスマス前後からぶっ通しで働いてただけだ。昔ならよくやった事だ」

「でも」

月島は一度目をつむり眼光を元に戻すと手で止める。

「二人に話がある」

「それでも」

「いいから聴いてくれ。座ってくれ」

二人は月島の柔らかではあるが強い圧力に顔を合わせ、テーブルに座った。

 

 

少し時間が立った。

月島は自分が持ってきた日本酒を手酌で少し飲み、二人にはノンアルコールカクテルを振舞った。

「……もう一年か」

「まだ、一年だよ。プロデューサー。酔ってるの?」

「酔わないとキツイ時も大人にはあるのさ、飛鳥。それは俺の様に色んな事をやった人間の分そうだ。

 俺の先達も皆、そうだった。

 あの人もあの人も……な」

「月島さん、どうしたのさ。ただ単に酔っ払いに来た訳じゃないんだろ?」

「……」

月島は立ち上がり、コップに水を一杯飲んだ。背広のネクタイを締めなおし、一度スーツを着なおす。

そして、二人の前にどっかと座った。いつもの月島に戻った。そんな気が光にはした。

「二人に話しておく事がある。今後の事だ」

「正月そうそういい事だね。どうしたの、ライブ会場でも決まった?」

「それとも、アタシ念願のヒーロー単独ライブとか?」

「あぁ、ひょっとしてインターネットラジオがついに電波に乗るとか?」

「違う」

月島は首を横に振った。

「そんなんじゃないんだ。全部、違う」

「それじゃあ、一体」

 

 

 

 

「二人には美城プロに移籍してもらう」

 

 

 

 

 

「……え?」

「美城プロってあの大手の?一体」

「このプロダクションは解散する。俺は美城プロの一プロデューサーになり、羽音もまた身の振り方を考えてもらう」

「あぁ、じゃあ何も変わらないじゃないか。でも、そんな大手に」

「違う」

月島はもう一度首を振った。

 

 

 

「俺は、もうお前たちのプロデューサーじゃなくなる」

 

 

二人の背筋に冷たい何かが走った。

「え、で、でも?」

光は現状が飲み込めずにいる。月島さんは何を言っているのだと。アタシのヒーローの道しるべであるこの人は。

横の飛鳥を見る。うつむいている。まさか、自分だけ。いや、分かっているのだ。聴きたくないと。

月島は息を吸って、気を吐き出すように言った。

 

 

「『Tomorrow Bright』は、三月を持って解散だ」

 

 

聴きたくなかった。

その言葉だけは、聴きたくなかった。

光は、反論の声をあげようとした瞬間。

飛鳥が立った。そして、月島の頬を打つ。

「飛鳥!」

「……じゃあね、ヒーロー」

 

涙目で飛鳥は外に飛び出した。

そして、数日。二宮飛鳥は行方知れずとなる。

 

 

―これが、『明日の光』が壊れた日。




お久しぶりです。長らく時間がかかった事をお詫びします。
いきなり、暗い話で再開しましたが、果たしてどうなるか。

よろしければ、最後までお付き合いください。


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第二十二話

 光はあ然とした。

あの飛鳥が泣いていた。

あまり感情的にならないと思っていた二宮飛鳥が。

夏の希実の時ではなく、理屈じゃなく感情で月島を叩いた。

「こうなる事は、覚悟していたが」

月島が頬を押さえながら、ため息をつく。

「さすがに響いたな。感情のこもったいいビンタだ」

「そんな事いい時じゃないだろ!」

飛鳥は、月島の襟をつかみ叫ぶ。

「どういう事だよ!?アタシ達はヒーローになるためにここまで来たんだぞ!月島さんは、その夢を潰すのか!?」

「違う」

月島は、首を横に振った。

「でも!」

「光ちゃん」

羽音が、光の肩に手を置く。

「社長の話も聴いてあげて」

「……」

光は歯を食いしばると、座った。

 

 

 

月島は飴を取り出し、口に含む。

「まずいきなり解散と移籍の話を出したのは俺が間違っていた。

飛鳥の繊細さを見誤ってたな、すまない」

月島が深々と光に頭を下げる。

いつもの月島らしくないと思いながらも、光は声を出す。

「でも、何で?」

「そうだな。まず、美城プロは知っているか?」

「うん、あの大きなお城見たいなイベントとかあったり、アイドルがいるところだろ」

「そこからオファーが来た。光と飛鳥を美城プロに移籍させる気はないかと」

光は、驚いた。

「俺は、始めは断ろうと思った。だが、この前のラジオや飛鳥がお前のためにヒロインになると決めたのを見て、俺は」

月島は、苦笑を浮かべる。

「自分勝手な夢を見た。お前らが、それぞれ成長しまたいつかユニットを組んだ時に世界を沸かせる事が出来るんじゃないかってな」

「でもそれは、月島さんのところでもいいじゃないか!!」

「そうだ、光。それは分かってる」

祈るような仕草で額に手をつけた。

「だが、ここはお前らには狭いと思ってしまった。

 俺ひとり、いくらコネクションがあってもしょせんは小さな村でしかない。

 だが、美城プロは……城なんだよ。

 お前達が踊るにふさわしい場所なんだ」

「そこに、アタシたちが」

「いや、お前と飛鳥だけじゃない」

そういう月島に横にいる羽音を見る。

「羽音さんも?トレーナーとしてって事?」

月島は、首を横に振った。羽音に目をやる。

「もう、『調律』は終わったか?」

「はい、何度か森に行った事で何とか。ノイズも消えました」

「じゃあ、もういいだろう」

 

 

月島は飴をなめ終えて、棒をゴミ箱に投げ捨てる。

 

 

「『梅木音葉』に戻っても」

 

 

 

「え……?」

羽音は眼鏡を外すと束ねていた髪を外した。

「え、えぇぇぇぇぇ!?」

光の叫びに音葉は、微笑みを浮かべた。

「黙っててごめんなさいね。私も貴方と『同じ』なの」

確かに金髪で海外の人っぽいと思っていた、

でも今の羽音、いや音葉はどこかファンタジーに出てくる人のようだ。

「別にアイドルがアイドルを育てて悪いという事は無いしな。今じゃ当たり前だ」

「え……でも、羽……じゃなかった梅木さんは何で、プロデューサーのところに?」

「それは後で。で、どうするんですか、プロデューサー?飛鳥ちゃんの声は灰色に染まってますよ」

音葉のとがめる声に、月島はため息を大きくはいた。

「そうだな。だが大人の事情を語ってもアイツに届くだろうか?」

音葉は、眉をあげると

「何を言ってるのですか?いつものプロデューサーなら言うでしょう『届かせろ』って」

「……そうだな」

月島は、腰をあげるとネクタイを締め直した。

「準備してくる」

 

 

屋上。

いつものように灰色の空に雪が降っている。

「寒い……な」

飛鳥は、口の端をあげて震えた。嗤っているのだろうか、自分にはそう思えた。

「非日常も壊され、日常にも戻れずいっそのこと雪のように消えるそれもまた」

 

 

「いいわけねぇよ」

 

ドアが大きな音を立てて開けた。

 

 

 月島は飛鳥を見た。始めコピー機で漫画を描いていたどこか虚ろな目。

それでも、何かを発露したいという何かがある。

 

「なんだい?キミにはもう用事は無いはずだよ」

「無くても、俺にはある。お前と光、そして羽音

 ……いや、音葉を舞踏会に連れて行く。それが俺の役目だ」

「勝手だね……!」

泣きそうでどこか、怒りがこもった声を飛鳥は喉の奥から絞り上げた。

「急に終わりにしたいとか、やりたい事があるとか大人はいつも勝手だ!だから、ボクは取り残されるんだ!!」

「……」

「何だよ、言ってみろよ、プロデューサーなんだろ!?いつものように横暴で!無謀で!自分勝手で!言ってみろよ!ボクに合うガラスの靴を出してみろよ!!」

 

飛鳥の言葉に、月島は指を1本立てる。

「飛鳥、一つ聴く。今のお前に『冬』は聞こえているか?」

「……え?」

「聞こえているかと言っている!」

 

 

少しの沈黙の後、飛鳥は何か言おうとして口を噤んだ。

月島は、目を伏せて下をうつむいた。

(俺の声は届かないか……)

月島がそう思った瞬間、

「あすかぁ!!!」

光は駆け出し、階段を飛び上がるように登りながら叫んだ。

飛鳥の手を力強く握ると、光はもう一度言った。

「なぁ、冬は聞こえるんだろ!?月島さんにいいたくないだけなんだろ!?」

飛鳥は目を見開くと、手を振りほどこうとする。

「いいだろ、そんな事!」

「よくないぞ!!アタシがカッコいい二宮飛鳥はそんなのじゃない!」

「それは、キミの勝手な思い込みだろ!」

「そうだ、アタシの思い込みだ!でも、一つ言える」

光は離さない。

「アイドルの誓い、好きなものは、好きだと伝える事!に加えてもう一つ」

飛鳥に光は顔を近づけて叫ぶ。

「『嫌なものは嫌という!』これもあってもいいと思うぞ!!」

「な!?」

月島は驚き、音葉は苦笑を浮かべながら月島の肩に手をやる。

「アタシになら言えるだろ!

 ヒロインが困ってるなら何度でも聴くのがヒーローだ!」

「うるさい!もう、ボクはキミのヒロインでもないんだ!!」

「でも、飛鳥はアタシのユニットだ。今でも、これからも!ライバルでも構わない!!」

「でも、でもボクは……」

光は額を当てて飛鳥にささやく。

「なぁ、この世界に非日常をぶつけるんだろ」

光は、小さくそれでも強く伝える。

 

 

 

「そうだろ、My close friend?」

 

 

飛鳥は、驚いた。

 

一瞬かもしれない、

偶然かもしれない、

間違いなく光の言葉はネイティブの話に近く、そして飛鳥の心に光を刺した。

「は、ハハハ……」

飛鳥は苦笑を浮かべる。

光にはいつもの飛鳥に戻った、そんな気がした。

「とりあえず手を離してくれないかな。暑苦しいし、痛いよ」

「あ、ご、ゴメン!!」

光が手を離すと、飛鳥は光の手を握った。

光も飛鳥の手を握り返す。

「そうだね。あんなプロデューサーは見限ってボクらも次のステージにいこうか」

「あ、ああ、行こう。行こうよ!」

飛鳥は苦笑を浮かべる。

だが、いつもと違って目から静かに涙が流れていた。

「飛鳥ぁ……泣くなよぉ」

「さっきからずっと涙を流しながら笑ってるキミの方がイタいよ、光」

「ヒーローは泣きながらでも戦うんだぞ」

「やれやれ、意地っ張りだなぁ。生理的には嫌いだけどが敬意は示すよ」

飛鳥は左手を離すと、光の涙をぬぐった。

光も、空いた手で飛鳥の涙を払う。

「あぁ、でも。ちょっといいかもね」

「何が?」

「いや、ヒロインの立場が。こう、助けに来てくれるのがいるのは……いい事かもね」

飛鳥は、光の胸に顔を埋めた。

「ありがとうボクだけのヒーロー。不条理な黒き闇を癒やしてくれて」

「こちらこそ、ヒロイン!だってアタシはヒーローだもの!!」

二人は、泣きながら笑った。

 

 

これが南条光と二宮飛鳥が飛び立とうと決めた冬。




ご無沙汰しております。
少し余裕ができましたので執筆致しました。
エタっておりましたが何とかいけそうです。

次回で最終回です。
そこで、デレマス本編にお返しするようにさせていただきます。
よろしくお願い致します。


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