駆逐艦響と決闘者鎮守府 (うさぎもどき提督)
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姉との再会

数年前のある日。『深海棲艦』は突然世界中の海に現れ、無差別な破壊行動を始めた。

既存の武器による人類側の抵抗をものともしない彼奴らによって、一時は世界中の制海権が危ういものとなった。

しかし人類は『深海棲艦』と同時期に発見された『艦娘』と手を組み、幾度もの大規模作戦を経て『深海棲艦』を圧倒、現在は平和な海が姿を取り戻しつつある。

 

さて、そんな現在の艦娘の主な仕事は輸送船の護衛及び自国近海の警備である。平和な海、といっても未だに深海棲艦は完全には姿を消しておらず、それらに対抗できるのは艦娘しかいないのだ。すなわち、人類は深海棲艦との戦闘はほとんど艦娘に丸投げしている、というのが実情だ。

 

だが軍も馬鹿ではない。実戦のほぼ全てを任せている代わりに、艦娘の待遇はかなりいい。戦果次第といえど、給与は通常の二、三倍、休暇も多い。さらには任務中以外はほとんど自由時間だ。

 

そして、そんな(言い方は悪いが)金と時間を持て余した彼女たちの間で、とあるカードゲームが流行していたーー

 

--------------------ーーー

 

 

「…………ん」

 

意識の浮上とともに、ゆっくりとまぶたを開く。

 

「…………ここ、は?」

 

体の感覚から、おそらくベッドに寝かされているのだと推測。

 

体を起こして軽く見回す。どうやらここは個室らしい。

 

と、大きな姿見が目に入った。

 

「……ふむ」

 

その前に立ち『今』の自分の体をまじまじと見る。

 

銀の長髪、若干切れ長の瞳。入院着を纏う肢体は華奢で、強く持ったら折れてしまいそうなほどだ。

 

これが、私ーー暁型駆逐艦二番艦『響』の艦娘となった姿らしい。

 

(……細いな。だけど、心の底から力が溢れるような感じがする。……ハラショー、この身体も、なかなか悪くないじゃないか)

 

そんなことを考えていると、ガラガラと音を立てて個室の扉が開かれた。

 

「おや、目が覚めましたか」

 

振り返ると、部屋の入り口に桃色の髪の女性が立っていた。

 

「あなたは……?」

 

「工作艦の『明石』と申します。あなたの様子を見に来たんですが……その調子なら大丈夫そうですね、響さん」

 

そう笑顔でいう女性ーーもとい明石さん。

 

……あれ?

 

「……明石さん。どうして、私の名前を?」

 

自己紹介はまだだったはずだけど。

 

「ああ、それは……」

 

言うと、明石さんは自分の背後に目をやり、そちらに向かって何か言葉をかけた。すると、

 

「………………」

 

おずおずと明石さんの背後から黒髪の少女が出てきた。背は私と同じくらいで、黒髪を腰くらいまで伸ばしている。そしてーー不思議と、自分と同じ雰囲気を感じた。

 

(もしかして……)

 

「……君は、『暁』、かい?」

 

暁ーー暁型駆逐艦一番艦の彼女は、つまるところ私の姉だ。前世では命を助けられたこともあった。

 

と、目の前の少女は、

 

「……ひび、き、響、響っ!!」

 

「っ、ごぅ……!?」

 

涙目になったと思ったら、ものすごい勢いで私にタックルをかましてきた。あまりの勢いに、思わず倒れ込んでしまう。

 

「響ぃ……会いたかったよぅ、響ぃ……!!」

 

「お、落ち着くんだ暁、せめて私の上からどいてくれ……!」

 

しかし、暁はどくどころか私を掴む手をさらにギュウと強くする。

 

……内心、暁で合っていて良かったと思ったのは内緒だ。

 

「ふふ、うちの鎮守府には、暁さんの妹さんたちは着任されていませんから。そうなるのも無理ありませんね。暁さん、発見されたあなたを見て一発で響さんだと見抜いたんですよ?」

 

明石さんがこちらを見ながら微笑ましそうに言う。確かに側から見ている分には平和かもしれないが、私の方は鳩尾あたりに暁の頭があるせいでそろそろ限界だ。

 

「あ、暁、本当に……どいて……」

 

「ほら暁さん。響さんもこう言ってますから……」

 

「へ? ……あ、ごめん響、大丈夫!?」

 

慌てた様子で暁が私から離れる。正直大丈夫ではなかったが、暁の心底心配そうな顔を見たらそうも言えなかった。

 

「……大丈夫。不死鳥の名は伊達ではないさ」

 

腹部を抑えながらもそう言うと、暁はホッとした様子で破顔する。まあ彼女にも抑えていたものがあるのだろうし、今回は大目に見ておこう。

 

「あのー、暁さん? これはいいんですか?」

 

と、そこで明石さんから暁に声がかけられる。するとそれを聞いた暁は勢いよく振り返り、早口でまくし立てた。

 

「そ、そうよ! ごめんなさい明石さん、それのことすっかり忘れてたわ!」

 

言うなり暁は明石さんから枕くらいの大きさの箱を受け取り、それを私に渡してきた。

 

「これは? 開けていいのかい?」

 

「ええ、いいわよ。それ、司令官からの響宛の贈り物だもの」

 

「え……司令官から?」

 

思わぬところで自分の上司ーーおそらく、だがーーの名が出てきて、思わずギョッとする。このサイズだと……なんだろう、小銃とかだろうか。

 

「あ、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。それ、提督からの着任祝いですから」

 

「着任祝い、ね」

 

そう言われても警戒心はほとんど解かずに箱を開けると、中には手のひらより少し大きいぐらいの銀色の機械と数十枚の紙束が入っていた。

 

「これは……?」

 

「あれ。これ、『デュエルディスク』じゃない」

 

「『デュエルディスク』……?」

 

尋ねると、暁はふふーんと鼻を鳴らして得意げな顔になった。

 

「そうよね、響はわからないものね。だから姉であるこの私がおしえてあげるわ! それは」

 

「『デュエルディスク』は『遊戯王デュエルモンスターズ』と呼ばれるカードゲームを、より楽しく遊ぶために私が発明した機械です。うちの鎮守府では、皆さんそれを持っていますからね、提督なりの配慮でしょう」

 

暁の言葉を遮って明石さんが説明してくれる。なるほど、簡潔で分かりやすい。

 

「ちょっと、明石さん! 私のセリフ取らないでよう!」

 

「そうはいっても、暁さんに任せたら長くなりそうでしたから……」

 

そう言われて、暁はぐぬぬと唸りだした。どうやら自覚はあるらしい。

 

「まああれです、私はもう工廠に戻りますし、暁さんは響さんにルールの説明なんかをしてあげてください」

 

「……! そ、そうよ! 響、私がデュエルのルールを教えてあげるわ!」

 

「ほう、それは頼もしいな」

 

明石さんに諭されて、暁の顔に再び得意げな色が戻る。私はまだ一言もやるとは言っていないが、まあ司令官から送られたものも無下にはできないし、何よりみんなやっているのなら他のみんなと仲良くなるためには手っ取り早い手段かもしれない。

 

「それでは、私はここで。……っと、響さん。くれぐれも、絶対安静ですからね?」

 

「? ……ああ、わかっているさ」

 

謎の念押しをして去る明石さん。その意図がいまいち掴めず首を傾げていると、足音が聞こえなくなった瞬間に暁が立ち上がった。

 

「さて、それじゃ響、早速いきましょ?」

 

「? 行くって、どこに?」

 

「そうね……港なんかいいんじゃないかしら」

 

「どういうことだい? 暁はカードゲームのルールを教えてくれるんじゃ……?」

 

そう聞くと、暁は急に口籠り始めた。

 

「へ!? え、あの、その……ほ、ほら! 響もこれからは私たちと一緒に戦うわけだから、潮風に慣れといたりするのも必要だと思うしっ! そ、そういう姉なりの配慮よ、配慮!」

 

「??? ……あ」

 

暁の言動に理解が追いついていなかったが、暁の組んだ腕のあたりにある、自分の銀色のそれと色違いの機械が目に入り、その意図を察した。

 

なるほど、暁は私とーー

 

「……わかった。なら港へ行こう」

 

銀の機械ーーもとい、デュエルディスクを腕につけて、私も立ち上がった。全く、私も甘い。




読んでいただきありがとうございました。

さて、今回の話ではありませんでしたが、ここで今作でのデュエルについてご説明いたします。
基本的に初期ライフ8000、マスタールール3で進行していきます。万が一連載中にマスタールール4が発表された場合、可及的速やかにそちらに移行します。
また、カード名は《》、デッキ名は【】で囲んでおります。
リミットレギュレーションは投稿日のものを適応します。

……こんなところですかね。その他質問があればなんなりと。
それでは今日はこの辺で。次回、初デュエル。


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ファースト・デュエル

本当はもう少し早く投稿できる予定だったのですが、いざ投稿する段階になって書き直してました。次はもう少し早く……できるといいなあ


「……うん、ルールはだいたい把握できたかな」

 

「早っ!? ちょ、まだルールブックに一回目を通したくらいじゃない!」

 

鎮守府にある、特殊物資(艤装用の高速修復材、開発資材等)搬入用の港。その一角で私と暁はベンチに座ってデュエルディスクにインプットされていたルールブックを読んでいた。そして今、それが一通り完了したというわけだ。

 

暁の方を向きながら言葉を続ける。

 

「把握したと言っても、基礎の部分……それこそターンの進め方や各召喚の方法、あとはチェーンの組み方程度のものさ。まだ完璧とは言い難いね」

 

「そ、それでも十分な気もするけど? それさえ押さえておけば一応デュエルはできるわけだし」

 

「ああ、そうかもね」

 

暁の言葉に、小さく首を縦に振る。しかし、そうは言ったもののその部分すら完璧かはわからない。自分ではできているつもりでも、他人から見たら猿真似だったら意味がないのだ。

 

「だから」

 

言いながら立ち上がり、デュエルディスクのボタンを押すと、ブゥンという音とともにディスクの外側に光の板のようなものが現れる。それを自分の胸の前に構えて暁に相対する。

 

「ここから先は、実践で覚えようと思う」

 

「……!!」

 

……若干、強引だっただろうか。でもおそらく暁は最初から私とデュエルするつもりだったのだと思う。だからこそ、こんな人気のない場所に連れてきたのだろうし。

 

そして、私のその予想は正しかった。

 

「いいわ……なら、私が本当のデュエルってものを教えてあげるわ!」

 

急に上機嫌になった暁はいい笑顔でディスクを起動させながらベンチから立ち上がり、私と距離を取る。

 

……全く、本当に御し易い。

 

「それじゃ、行くよ」

 

「ええ、来なさい!」

 

「「デュエル!!」」

 

暁:LP8000

響:LP8000

 

先攻後攻はディスクが自動で決める。今回は……

 

「お、私が先攻ね! それじゃ、私のターン! 私はモンスターを裏側守備表示で召喚、さらにカードを一枚伏せてターンエンドよ!」

 

暁がディスクにカードを出すと、連動して暁の前にカードのビジョンが現れる。なるほど、なかなかの迫力だ。

 

「ふむ、それじゃあ私のターン、ドロー!」

 

勢いよくディスクからカードを引く。この感覚、クセになりそうだ。

 

「私は《EM ヘイタイガー》を召喚、そのままバトルだ。ヘイタイガーで裏守備モンスターに攻撃する」

 

私のヘイタイガーが裏側守備表示のモンスターへ突撃していき、そのまま破壊する。

 

「破壊されたモンスターは《キラートマト》、よって効果が発動するわ! このカードが戦闘で破壊されて墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚する。私が特殊召喚するのは《伝説の黒石》よ!」

 

「私もヘイタイガーの効果を発動。このカードが相手モンスターを戦闘で破壊して墓地へ送った時、デッキから《EM》のペンデュラムモンスターを手札に加える。《EM シルバークロウ》を手札に。さらにカードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

一巡して、お互いにライフの変動はなし。まあ1ターン目なんてこんなものかもしれない。

 

(さて……暁はどう攻めてくるかな)

 

「私のターン、ドロー! 私は《伝説の黒石》の効果を発動! このカードをリリースすることで、デッキからレベル7以下の《レッドアイズ》モンスターを特殊召喚するわ。私は《真紅眼の黒竜》を特殊召喚!!」

 

「っ、最上級モンスターを、こうも早く……!」

 

ギャァォォォ!! というレッドアイズの咆哮が空気を震わす。流石、通常モンスターといえど最上級レベルのモンスター。迫力がヘイタイガーや黒石とは段違いだ。

 

「さらに私は《マスマティシャン》を召喚し、効果発動! このカードが召喚された時、デッキのレベル4以下のモンスターを墓地へ送れるわ。この効果で私は《エクリプスワイバーン》を墓地に送り、このカードの効果も発動! ワイバーンが墓地に送られた時、デッキのレベル7以上の光か闇のドラゴンを除外できる。私は《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を除外……って響聞いてる?」

 

「……い、一応」

 

正直、呪文を唱えているようにしか聞こえない。《マスマティシャン》、恐ろしいカードだ。

 

「ふーん、まあいいわ。バトルよ! レッドアイズでヘイタイガーに攻撃!」

 

「……!」

 

その宣言に、ニッと口角が上がる。

 

「かかったね、暁。私は罠カード《幻獣の角》を発動。このカードは発動後、攻撃力を800上げる装備カードとなって獣族か獣戦士族のモンスターに装備される。私はこれを獣戦士族のヘイタイガーに装備だ」

 

それを見て、暁は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「うえ、確かそのカードって……」

 

「おや、知ってたか。そう、このカードを装備したモンスターで相手にダメージを与えると、私は一枚ドローできる」

 

「しかもヘイタイガーは相手を戦闘破壊したらサーチができる、その上攻撃力も私のレッドアイズを100上回ってる……すごい噛み合いようね」

 

その上、これはダメージステップでの発動。これに他のカードをチェーン発動して対処するのは至難の技だ。

 

「でも」

 

不意に、暁がそう言った。

 

「対処できないわけじゃないわ。カウンター罠、《王者の看破》発動!」

 

「……!? そのカードは……?」

 

「私のフィールドにレベル7以上の通常モンスターが存在するとき、相手の魔法、罠の発動、もしくはモンスターの召喚行為を無効にし破壊する! 《幻獣の角》は破壊させてもらうわ!」

 

「くっ……!」

 

「バトル続行、改めてレッドアイズでヘイタイガーに攻撃よ! やっちゃえ!」

 

「っ、ぐうぅ……!」

 

レッドアイズの吐いた炎がヘイタイガーを貫き、その余波が私のところにまで来る。衝撃自体はほぼないが、爆風などはきっちり再現されるようだ。

 

響:LP8000→7300

 

「続いて《マスマティシャン》でダイレクトアタック!」

 

「させない、速攻魔法《イリュージョン・バルーン》発動!」

 

その発動とともに、私の周りに色とりどりの風船のビジョンが現れる。

 

「《イリュージョン・バルーン》?」

 

「さすがに知らないか。このカードは自分フィールドのモンスターが破壊されたターンに発動できる速攻魔法。デッキの上から5枚を確認して、その中から《EM》を一体特殊召喚できるのさ」

 

「また《EM》……なんとなくわかってたけど、響のデッキは【EM】ってわけね」

 

「まあそうなるのかな。そういう暁のデッキは……【レッドアイズ】、かな」

 

「正確には【真紅眼の黒竜】かしらね。……って、それはいいから効果の処理、早くしてよ」

 

一応暁の方から話を振ってきた気がするけれど、そこには触れないでおこう。

 

「それじゃ行くよ。まず一枚目……《魔法の筒》」

 

「ハズレね」

 

「まだだ、二枚目《バリア・バブル》、三枚目《和睦の使者》、四枚目《ブロック・スパイダー》……」

 

「全然来ないわね……」

 

「ま、まだ……五枚目っ!」

 

気合を込めてドローしたカードは……

 

「…………五枚目、《オッドアイズ・ドラゴン》」

 

「……うん、ま、まあたまにあるわよ、たまに」

 

「……暁、フォローありがとう」

 

でも今はその気遣いが辛い。

 

「えーと、とりあえず《マスマティシャン》でダイレクトアタックよ」

 

「っく……」

 

逆転の手が空振りした私は、無抵抗でマスマティシャンの攻撃を受けた。

 

響:LP7300→5800

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンド。……さて響、ここからどう攻めて来るのかしら?」

 

ふふん、と得意げに笑う暁。対するこちらも負けじと不敵に笑う。

 

「……さあね。それは、私にもわからないかな」

 

格好つけて言ったが、単に今の手札に暁のレッドアイズに勝てるカードがないだけである。

 

だけど。いや、

 

「だから、このドロー次第だね」

 

言って、山札の一番上のカードに手をかける。

 

「そう……よくわかんないけど、とにかく来なさい!」

 

「ああ、遠慮なく行かせてもらう……!」

 

自然と、口角がニッと上がった。やはり、いつの時代もこういう娯楽は楽しいものだ。

 

「私のターン……ドローっ!」

 

気合の入った掛け声とともに、私はカードを引いた。このカードが、逆転の一手であることを信じて。

 

 

 




と、いうわけで【EM】vs【真紅眼の黒竜】の初デュエルでございます。詳しい解説は次回行います。

では、短いですが今回はこの辺で。次回、vs暁後半戦です。


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姉の威厳

今回、ちょっと長めです。



暁:LP8000

響:LP5800

 

 

「私のターン……ドローっ!」

 

シャッ! と勢いよくカードをドローする。そのカードは……

 

(……よし、これならっ)

 

「私は魔法カード《ハンマーシュート》を発動。フィールドの最も攻撃力の高いモンスターを破壊させてもらう。さらばだ、レッドアイズ」

 

私のカードの発動とともに、空中から現れた巨大なハンマーがレッドアイズを叩き潰す。

 

(今度は《王者の看破》はなかったようだね)

 

ホッとしたのもつかの間、すかさず暁は次の手を打った。

 

「っく、モンスターを直接破壊するカード……でも、ただではやられないわ! 罠カード《レッドアイズ・バーン》を発動! 私の《レッドアイズ》が破壊された時、その元々の攻撃力分のダメージをお互いに与える!」

 

「何っ……!?」

 

今破壊した《真紅眼の黒竜》の攻撃力の数値2400が、爆炎のエフェクトとともにお互いのライフから引かれる。熱くはないが、代わりにとてつもない突風が巻き起こり、周囲の砂を一気に巻き上げた。慌てて顔の前で腕を交差させて目を強く瞑り、目に砂が入るのを防ぐ。

 

「うっ、くぅ……」

 

「っ、ぐぅ……!」

 

暁:LP8000→5600

響:LP5800→3400

 

(今ので、初期ライフの半分……でも、レッドアイズの破壊には成功したか)

 

そう思い、少し得意げな顔で暁の方を見る。

 

しかし。

 

「? どうしたのよ、響。まさかそのままターンエンド?」

 

暁の表情は、先ほどとなんら変わっていなかった。

 

(……何故だ、あのモンスターは彼女のデッキの中核だろうに……まったく意に介していない……?)

 

少し引っかかったが、気にしていても始まらない。今はとりあえずターンを進めよう。

 

「いや、まだだよ。私は《EM シルバー・クロウ》を召喚。さらに手札の《EM ヘルプリンセス》の効果を発動。このカードは《EM》が召喚された時特殊召喚する事が出来る」

 

「レベル4が二体……まさか!?」

 

「……生憎だけど、エクシーズ召喚はできないよ。このデッキにはエクシーズモンスターが入っていないからね」

 

その言葉に、暁は不思議そうに首を傾げながら私に言葉を投げた。

 

「なんで? ヘイタイガーだってレベル4だったし、ランク4のエクシーズモンスターを出せる機会は多いんじゃない?」

 

「そうは言われても……このデッキは司令官から送られてそのままの状態で、私は手を加えていないからな」

 

「あ、そういえば響ってさっき目が覚めたばかりだったわね」

 

暁が今更そんなことを言う。なんだいその今さっきまで忘れてましたみたいな反応は……

 

(…………………………………………ん?)

 

一瞬、ほんの一瞬だけ背筋に寒いものが走った。なんだろう、この大事なことを忘れているような感覚は……?

 

「ま、いいわ。それならそれで、早くデュエルを進めてちょうだい」

 

「……あ、ああ、それもそうだね」

 

暁に急かされてすぐに思考をデュエルの方に戻す。まあまだ目が覚めて数十分の身だし、誰かと大事な約束を結んでいるとか、そういうことはないはずだ。というかそもそも、まだ話したことのある人物なんて明石さんと暁しかいないし。

 

「すまない、デュエルを続けよう。私はメインフェイズを終了しバトルフェイズに移行、シルバー・クロウでマスマティシャンに攻撃だ。この瞬間、シルバー・クロウの効果で私のフィールドの《EM》の攻撃力はバトルフェイズ終了時まで300アップする」

 

「攻撃力、2100……上級モンスター並みね」

 

暁の言葉の最中に、銀狼が容赦なく小柄な数学者を引き裂いた。

 

暁:LP5600→5000

 

「この瞬間、マスマティシャンの効果発動。このカードが戦闘で破壊された時、一枚ドローできるわ」

 

「続けてヘルプリンセスでダイレクトアタックだ」

 

銀狼に続いて、女の子の姿をしたモンスターが暁の元へと向かい、持っているステッキを彼女に向かって振り下ろす。が、ステッキは暁を見事にすり抜けていった。実像ではないのだから当たり前か。

 

暁:LP5000→3500

 

「べ、べべべつに、ここ、こんなの怖くもなんともなかったんだから!」

 

暁は必死に強がっているが、実際あのステッキが迫ってきたら結構怖いと思う。

 

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「なかなかやるじゃない……でも! 私のターン、ドロー!」

 

暁が勢いよくカードをドローしーーそのカードを確認して、小さく口角を上げた。

 

「私だって、負けてあげるつもりはないわ! 私は墓地の闇属性の《伝説の黒石》と光属性の《エクリプス・ワイバーン》を除外して、手札の《ライトパルサー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

「また、上級モンスター……!」

 

キャオオオオン! と高い声で鳴くライトパルサー。その攻撃力は、先ほどの真紅眼を上回る2500。

 

(そうか、暁のデッキはこういう風に上級モンスターを何度も場に出すことができる……だからレッドアイズを破壊されてもそこまでダメージがなかったのか……!)

 

今更ながら理解し、冷や汗が頬を伝うのを感じる。だとしたら、この調子だとこちらが圧倒的に不利だ。攻め手の少ないこちらのデッキでは、どうあがいてもいずれは物量で押しつぶされてしまう。質も量も揃っているなんて、反則もいいところだ。

 

「この瞬間、ワイバーンの効果を発動。 このカードが除外された時、効果で除外していたカードを手札に加えるわ! 私は《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を手札に戻す!」

 

「間接的に最上級レベルのモンスターをサーチ……なるほど、そのために除外していたのか」

 

「そうよ、いいコンボでしょう? それじゃあバトルよ、私はライトパルサーで、ヘルプリンセスに攻撃!」

 

「うぐ……!」

 

響:LP3400→2100

 

「カードを一枚伏せてターンエンド。さあ響、ここから逆転できる?」

 

「ふふ……そう言うのなら、せめて攻撃の手を緩めてはくれないかな」

 

暁のあからさまな挑発に微笑で返す。私だって、このまま負けるつもりはさらさらない。

 

「いくよ。私のターン、ドロー」

 

ドローカードを確認する。悪くないカードだが、この状況を打破するには一手遅い。

 

(違う……今欲しいのは守りのカードじゃない、この盤面を突破するカードなのに……)

 

「……私はシルバークロウを守備表示に、さらにモンスターを裏側守備表示で召喚、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

ついに手札を使い切る。だが仕方がない、今は次の暁のターンを乗り切ることが先決だ。

 

と、そこで暁がカードをドローせず腰に手を当ててこちらに言葉を投げた。

 

「守りに徹するつもりね、響。確かに、手札次第ではそうするしかない状況もあるけど」

 

でもね。と暁は続けた。

 

「それじゃあ私には勝てないわ! 私は罠カード《破壊輪》を発動! 相手ターンに、相手フィールドの相手ライフより低い攻撃力を持つモンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを互いに受ける!」

 

「! 《レッドアイズ・バーン》と同じ、互いにダメージを受ける罠……!」

 

「そうよ、私が対象に選択するのは、攻撃力1800の《EM シルバー・クロウ》!」

 

ガチンという音と共に、銀狼の首に禍々しい首輪がはめられる。

 

「っ、待った、罠カード《フレンドリーファイア》を発動。相手が魔法、罠、モンスター効果のいずれかを発動した時に、相手フィールドのカード一枚を破壊する。ライトパルサーを道連れにさせてもらうよ」

 

ガシャガシャガシャ! と大きな音を立てて、複数の銃が空中に出現する。

 

そして、首輪と銃が同時に炸裂し、辺り一帯が砂煙りで覆われた。

 

「うぐ、ぅ……!」

 

「くっ……」

 

暁:LP3500→1700

響:LP2100→300

 

とうとう三桁となった自分のライフを見て、小さく溜息が出る。

 

(再び暁の上級ドラゴンを除去できたけれど……消費が重すぎる。残りライフの大部分と二枚のカードを使ってやっとだ)

 

だが、それでも全くもって安心感がない。暁の手札は次のドローで三枚。それだけあれば、きっと暁はさらなる手を打ってくるだろう。

 

(いったい、次はどんな手を……?)

 

「それじゃ、私のターンね。ドロー!」

 

通算にして四度目の暁のターン。気づけば、私もすっかりこのカードゲームにのめり込んでいた。自分の次の手を考えるのが楽しいし、相手がどんな手で攻めてくるのか構えるのも楽しい。平たく言えば、ワクワクしていた。

 

だのに。

 

「あっ…………!」

 

それと反比例するように、カードをドローした暁の顔から笑顔が消えていた。

 

(? なんだ……? 何かまずいカードでも引いたのか?)

 

引いたらまずいカード。そう考えておきながら心の中で小さく首を傾げる。それは、例えばどんなカードだ? まさかドローしただけで強制的に敗北になるとか、そういうとんでもないカードがあるわけでもあるまい。

 

となると、自分を敗北に追い込むカードではなくーー

 

(使えば一発で勝利できるカード、か)

 

それはインチキカード的な意味ではなく。今の私の残りライフは吹けば飛ぶ程度だ。先の《破壊輪》や《レッドアイズ・バーン》のような直接ダメージを与えるカードがあれば、それを使えば私はなすすべなく敗北する。だが、暁の姉としての、そして何より一人のカードゲーマーとしての意地がそれを許さないのではないか。

 

だとしたら。

 

「暁」

 

「! な、なによ」

 

だとしたら、それはーー

 

「私は、長々と話すのが苦手だ。だから簡潔に言うよ」

 

ーーすごく、寂しいじゃないか。

 

「全力で、来て欲しい」

 

「!!」

 

暁の目が驚きで見開かれる。だが私は言葉を止めない。

 

「せっかく、せっかく新たな身体を得て、また肩を並べることができるんだ。それなのに手加減されるのはーーその、なんというか、距離を感じるようで、少し悲しい」

 

声に、少し震えが混じる。それとともに、前世ーー私がまだ艦だった時代の記憶が流れ込んでくる。そこから感じられる感情は一つ、孤独感だけだ。

 

「……………………」

 

暁は、そんな私の言葉を黙って聞いていた。そして私の言葉が終わった少し後で、小さく息を吐いてから口を開いた。

 

「……妹にそんなことを言わせるなんて、長女失格かしらね」

 

「っ、そんなことーー!」

 

「でも」

 

私の反論を遮った後、一拍置いて暁は続けた。

 

「響の気持ちはよくわかった。だから、私も全力で行く!!」

 

「……それでこそ暁だ」

 

暁の顔にさっきまでの笑顔が戻る。その顔に、迷いはない。

 

「それじゃあ行くわ! 私は手札から魔法カード《黙する死者》発動! 墓地から通常モンスターを守備表示で特殊召喚する!」

 

「暁の墓地の通常モンスター……ということは」

 

「御察しの通り、私は墓地から《真紅眼の黒竜》を特殊召喚! このカードで特殊したモンスターは攻撃することができないわ」

 

再び墓地から舞い戻るレッドアイズ。だがその姿は先ほどよりどことなく大人しく感じられる。

 

(簡単に蘇ったか……だが攻撃できないのなら)

 

「攻撃できないのなら怖くない。そう思っているわね」

 

「っ」

 

図星。

 

「だったら残念だったわね、手札の《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》は自分フィールドのドラゴン族を除外することで特殊召喚できる! 私はレッドアイズを除外してこのカードを特殊召喚!!」

 

フィールドのレッドアイズに黒く輝く鎧が装着されていき、やがて一回りも大きくなった竜がギャァォォォォン!! と大きく吼えた。

 

(デメリットをうまく回避されたか……。それにしても、最上級の効果モンスター……どんな効果があるんだ?)

 

「私はダークネスメタルの効果を発動! 一ターンに一度、手札か墓地のドラゴンを特殊召喚するわ。よみがえれ、ライトパルサー!!」

 

フィールドに二体目のドラゴンが降臨する。ノーコストでの蘇生、成る程、最上級レベルは伊達じゃないらしい。

 

「まだよ、さらに私は罠カード《闇次元の解放》を発動! 除外されている闇属性モンスターを呼び戻す。当然対象は《真紅眼の黒竜》!!」

 

「三体目……!!」

 

フィールドに三体の龍が並び、こちらを睨みつけてくる。とんでもない迫力だ。立体映像だとわかっていても、思わず一歩後ずさってしまう。

 

「さあ、バトルよ! ライトパルサーでセットモンスターを、そしてダークネスメタルとレッドアイズでーーダイレクトアタック!!」

 

三龍の口から高密度のエネルギー弾が同時に発射される。そして、私のセットモンスターは当然ながらライトパルサーの攻撃には耐えきれず破壊されーー

 

私の周囲一帯が、砂煙で覆われた。

 

 

 

 

さて。言ってしまうと別に暁は手加減しようと思っていたわけではない。事実三体の龍を並べたこの盤面だって、響のライフをゼロにするためのものだ。

 

「…………」

 

暁が自分の手札に目を落とす。そのうちの一枚は、《黒炎弾》。このカードこそが、このターンで暁がドローしたカードだ。その効果は、《真紅眼の黒竜》の攻撃を犠牲にした効果ダメージ。ならなぜこのカードの発動を躊躇したのか?

 

答えは簡単。暁もこのデュエルを『楽しい』と感じていたのだ。だから、このデュエルに簡単に終わってほしくないと思ったのだ。……結局、似た者姉妹なのである。

 

(……でも、終わっちゃったか)

 

だが、それでもバーンダメージによる幕引きよりはだいぶ満足のいく結果だ。ちゃんとレッドアイズモンスターで響のライフをゼロに--

 

(ーーん?)

 

ふと、小さな違和感を感じデュエルディスクの液晶画面を見る。そこには、両者のライフが記されており、自分のライフは1700の数値がある。そちらは問題ない。のだが。

 

(あ、あれ? どういうこと? なんで……)

 

問題は響の残りライフ。

 

(なんで響のライフが減っていないの……!?)

 

慌てて自分のドラゴン達を見ると、そちらもなにやら様子がおかしい。

 

「っ、まさかっ……!」

 

勢いよく響のいる方を向くと、少しずつ砂煙が晴れてきていた。

 

その先には、

 

「ふう、なんとかなったか……」

 

一切のダメージを受けていない響と、

 

『……』

 

『……』

 

物言わぬ二体のモンスターがいた。

 

「どういうこと……あの攻撃をどうやって乗り切ったの!?」

 

「私はダークネスメタルの攻撃宣言時に、罠カード《奇跡の残照》を発動していた。この効果で、このターンに破壊されたモンスター……すなわちライトパルサーの攻撃で破壊された《ブロック・スパイダー》を特殊召喚したのさ」

 

なるほど、モンスターが召喚された理由は判明した。だが、

 

「で、でもだからと言ってこの状況の説明にはならないじゃない! どうして響のライフは残ってるの!?」

 

「《ブロック・スパイダー》の効果さ。このカードは特殊召喚された時にデッキから同名モンスターを召喚でき、さらにこのカードが存在する限り相手はこのカード以外の昆虫族モンスターに攻撃できない」

 

「……なるほど、その効果を持つモンスターが二体並んでいるから攻撃そのものができない、ってことね」

 

予想外。響の伏せカードのことを失念していたわけではないが、それを踏み倒してでも響のライフを焼き払うつもりだった。だというのに、それすらはねのけて見せた。

 

その事実に、暁はなんだか笑いが出てきた。

 

「ふ、ふふ、あははははは!!」

 

「……急にどうしたんだい。それより、もうこれでターンエンドかな?」

 

「うん、ふふ、そうよ、これでターンエンド! さあ響、もっと見せてちょうだい! 私を超えて!!」

 

バッと笑顔で両手を広げる。もしかしたら、響は自分の予想をはるかに上回る腕前かもしれない。そう思うと暁はワクワクが止まらなかった。

 

「わかった、暁も全力でぶつかってきてくれたことだし、私も頑張ろう。行くよ、私のーー!!」

 

響も小さく笑みを浮かべながらデッキに手をかける。運命をかけた、デステニードロー。この引きに、全てがかかっているといっても過言ではない。そのカードをドローしようとしたーーその瞬間だった。

 

ピィーーーーッッ!! と甲高い音が鳴り響いた。

 

「ひえっ!?」

 

「うあっ!」

 

二人揃って耳を塞ぐ。そうしてもなお脳内に響くようなそれは、たっぷり十秒近く続いた。

 

一体何が、と二人が音のした方を見るとそこには、

 

「あ、明石、さん?」

 

響の口から引きつった声が出る。なぜ疑問系なのか。それは先ほどまで自分と会話していた明石と同一人物とは思えないほど、目の前の人物が鬼のような形相だったからだ。

 

「……響さん。絶対安静って、言いましたよね?」

 

「あ……ああ」

 

「それなのに病室を抜け出してしまった。間違いありませんね?」

 

「……はい」

 

「あのねえ、私だって響さんのことを思ってそう言っているんです。私は工作艦ですが、これから一緒に戦っていく仲間なんですから」

 

「……え、えと、つまり……?」

 

恐る恐るといった風に尋ねる響。対する明石は笑顔でこう応えた。

 

「お説教です♪」

 

「ひっ、やっぱり、ちょ、待って、腕掴まないで……!」

 

「だいたい港で入院着のままデュエルとか何考えてるんですか? せめてもうちょっとまともな服をですね……」

 

ぶちぶち小言を言いながら響を腕を掴んで引きずっていく明石。それを見ていた暁は、

 

「え、ええ……」

 

ただ呆然と見送ることしかできなかった。




読んでくださり、ありがとうございました。
……やっぱり引き分けって消化不良感ありますね。でも暁にはやっぱり強キャラポジにいて欲しかったため、今回はこんな感じで勘弁してつかあさい。

さあ、ここからは前回のあとがきで言っていたデッキ解説でございます。特に読まなくても今後困ることはないので興味ない方はスルーで構いません。

まず、我らが主人公響さん。彼女のデッキは一応【EM】となっております。正確に言うなら【EM】+【グッドスタッフ】でしょうか。下級を中心に相手を殴り倒す、ある意味脳筋ですね。【EM】とは相性の悪いカードもいくらか入っていますが、そこは「デッキを改造する際に真っ先に抜けるカード」として提督がわざと入れたってことで、一つ。

対する強キャラポジの暁さん。彼女のデッキも作中で出た通り【真紅眼の黒竜】です。【レッドアイズ】との違いはその名の通り《真紅眼の黒竜》をメインに据えているかどうか。暁さんのデッキは《真紅眼の黒竜》を《闇の誘惑》、《おろかな埋葬》等で除外または墓地に送り、《闇次元の解放》や《銀龍の轟咆》等で場に出し、《王者の看破》、《無力の証明》等で相手のフィールドをかき回すのが主な戦法です。もしもパワーで相手を押し切れない場合、作中でも使用した多数のバーンカードで相手のライフを焼き尽くすといった戦法も可能です。

まあ彼女たちのデッキはストーリーを進めていくうちに魔改造されていく予定ですので、この解説がどこまで通用するかはわかりませんが、ね。

長々と失礼しました。それでは皆さま、おやすみなさい。次回は多分デュエルしません。


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緑髪の決闘者

今回デュエルなしです。……これからは、もうちょっとスムーズにデュエルに持っていきたいですね。
ちなみにディスクはアークファイブ準拠です。


春の暖かい日差しが差し込む鎮守府の廊下。そこを、一人の駆逐艦が歩いている。

 

「確か……食堂の隣、だったっけ」

 

もちろん、私こと暁型駆逐艦二番艦の響だ。服は例の入院着ではなく、暁とお揃いのセーラー服である。

 

着任初日に明石さんに怒られて以降、私はずっとおとなしく病室にいた。とはいえ暁や他の駆逐艦が連日お見舞いに来てくれたから退屈ではなかったけれど。

 

そして昨日めでたく退院、自由行動が可能になったので、早速ある場所に向かっているところなのだ。

 

「この先か」

 

曲がり角を曲がり、ひたすらに直進。食堂を通り過ぎた先に、目的地はあった。

 

「いらっしゃ……おお、響さん、早速来てくれたんですね!」

 

「ああ、昨日ぶりだね。明石さん」

 

そう、その目的地とは、明石さんが経営している売店だ。以前話を聞いてから、一度訪れてみたいと思っていたのだ。

 

「それにしても、なんで明石さんは店外にいるんだい?」

 

「ああ、単にお客さんがいないんで、外の掃除をしてたんですよ。ま、ちょうどさっき終わったんですけどね。……と、外で話してるのもなんですし、とりあえず店内に入りましょう? 何か買いに来たんですよね?」

 

「そうだね。ちょっと、カードの調達をね」

 

「お、響さんも順調にハマっていってますねー」

 

ニカニカ笑う明石さんに茶化されながら店内に入る。中は結構広く、ざっと見回しただけでも数々の商品が目に入った。雑誌や食料品、木刀なんかまで。そして当然のように店の一角をカードが占拠していた。

 

迷わずそのスペースに行くと、何故か明石さんまで付いてきた。

 

「えっと、明石さん、接客はいいのかい?」

 

「いいんですよ、今は他にお客さんもいませんし。それとも、お邪魔ですか?」

 

「いや、そんなことはないさ。むしろいてくれるとありがたい。聞きたいこともあったしね」

 

言いながらデッキを取り出す。その内容は初日に暁とデュエルした時から若干変わっているが、主軸は変わらず【EM】だ。

 

「このデッキなんだけど……一昨日あたりから何枚かエクシーズモンスターを暁にもらって、実際に使ってみているんだけど、これがなかなか使い勝手が良くてね。だからこれを機にエクストラデッキを強化してみようかと思って」

 

「なるほどなるほど、確かにエクシーズモンスター入れるのは手っ取り早くデッキを強くする良い方法ですね」

 

明石さんがうんうんと首を縦に振って同意する。

 

(……そうは言っても、まだ一度も暁に勝てていないんだけどね)

 

その言葉は、ぐっと飲み込んだ。

 

「まあ、それはそれとして。具体的にどうします? エクシーズを増やすか、チューナーを入れてシンクロを投入するか、それとも融合を使ってみるのか。どれも一長一短ですけどね」

 

「それなんだけど……実は、もう考えてあるんだ」

 

「ほう。というと?」

 

明石さんの目を見て、私は答える。

 

「シンクロモンスターを、入れてみようかと思ってね」

 

--------------------

 

 

「色々買わせちゃいましたけど……お金、大丈夫ですか?」

 

「まあ……大丈夫さ。ゼロになったわけじゃないし」

 

パチン、とすっかり軽くなった財布を閉じる。食堂での食事が無料でよかった、と心の中で小さくため息をついた。

 

だがその代わりにデッキはだいぶ強化されたように思う。

 

「それじゃあ、私は行こうかな」

 

「おや、もうですか? もう少しゆっくりしていっても……」

 

「その気持ちはありがたいけれど……早速、このデッキを試してみたいからね」

 

「ほほう、何を試してみたいと」

 

「だから新しくなったデッキを……って、うわっ!?」

 

突然の背後からの声に驚き、柄にもなく大声を出してしまう。バッと振り向くと、そこには緑の髪の駆逐艦がいた。

 

「よう、響」

 

「君は……長月、だっけ」

 

「おお、覚えていてくれたか! 一回病室に行ったきりだったからな、正直忘れられてるかと思ったぞ」

 

言って、にっと良い笑顔になる睦月型駆逐艦八番艦の長月。その腕には彼女の髪と同じ緑色のデュエルディスクがある。

 

「君も、カードを買いに来たのかい?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないさ。単に暇だったんでぶらぶらしてたら、お前を見かけたんでな。声をかけたというわけさ」

 

「……なるほど」

 

どうやら本当に暇らしい。

 

と、そこで明石さんがこう切り出した。

 

「そういえば、長月さんのデッキって……」

 

「ん? 前と殆ど変わっていないぞ?」

 

明石さんの質問に、長月が小首を傾げながら応える。それを聞いた明石さんは、何かを小さく呟いたあとに手をパンと叩いた。

 

「なるほど、ならちょうどいいです。響さんと長月さんでデュエルしてみてはいかがでしょう」

 

「へ? 私と、響でか? 別に構わないが……」

 

「私も問題ないけれど……なぜだい?」

 

すると、明石さんは私たちを置いてレジカウンターへ行き、その下をごそごそと漁りだした。私と長月が顔を見合わせていると、ほどなくして明石さんが茶封筒を手に戻ってきた。

 

「これ、私が厳選したレアカードの詰め合わせです。これを、勝利した方に無料で差し上げましょう」

 

瞬間。私と長月の視線が交錯した。

 

そして。

 

「仕方がない、やってやろうじゃないか」

 

「港へ行こう。あそこなら今日も空いているだろうし」

 

同時にディスクの電源を入れて店を出る。レアカード詰め合わせ、甘美な響きだ。

 

「ちょ、ちょっと! 一応この店奥にデュエルスペースあるんですよ!? 座ってやればいいじゃないですか! なんでわざわざディスクで……ちょっと! あーもう、まだシフト終わってないのにー!!」

 

そんな言葉、気分が高揚している今の私たちには微塵も届いていなかった。

 

--------------------ーーー

 

 

「えー、というわけで、明石に頼まれて今回ジャッジを担当する夕張型軽巡洋艦一番艦の夕張よ。響ちゃんは会うの初めてよね、よろしくね」

 

「ああ、今後ともよろしく頼むよ」

 

言いながらペコリと一礼。それを見て薄緑の髪を後ろで束ねた軽巡ーー夕張さんがクスッと微笑んだ。その手には、例の茶封筒。それを振りながら夕張さんは言う。

 

「それにしても、明石の厳選したパックねえ。何が入ってるのかしら?」

 

「さあな。だがあの明石が太鼓判を押したんだ、まさか使えないカードの詰め合わせということはあるまい」

 

長月の言葉に、私も小さく首を縦に降る。まあ多少使いづらいカードだとしても、私の貧弱なカードプールの増強となるだろう。

 

「っと、ごめんね、話そらしちゃって。ーーそれじゃ二人とも、準備はいいかしら?」

 

「問題ないよ」

 

「ああ、私も準備できている」

 

両者ともに、胸の前でディスクを構える。それを見た夕張さんは、大きな声で宣言をした。

 

「オーケー、じゃあ……デュエル開始ィ!!」

 

「「デュエル!!」」

 

さて、新しくなったデッキの使い勝手はどうだろう。




夕張(cv磯野)

冗談はさておき、次回、デュエルです。長月のデッキは、さてなんでしょう?


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機械仕掛けのデッキ

えー、今回ターンの配分をミスったせいで今話が短く、代わりに次話がかなり長いです。申し訳ありません。


「「デュエル!!」」

 

長月:LP8000

響:LP8000

 

どうやら今回は私が先攻らしい。

 

「私のターン。私はスケール2の《EM ドラミング・コング》とスケール6の《EM リザードロー》でペンデュラムスケールをセッティングする」

 

二本の青い光の柱が現れ、その中にドラミングコングとリザードローが入っていく。

 

「これでレベル3から5までのモンスターが同時召喚可能、と」

 

腰に手を当てた長月がつぶやく。それを聞いた私は小さく口角を上げた。

 

「それはどうかな。リザードローは反対側のスケールに《EM》が存在するとき、自身を破壊することで一枚ドローできる」

 

「ほほう。なるほど、良い効果だな」

 

長月が顎に手を当てて感心したように頷く。

 

「それはどうも。それじゃあ、改めてスケール7の《EM モモンカーペット》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル3から6のモンスターが同時に召喚可能だ」

 

「来るかっ」

 

当然、長月の予感は裏切らない。

 

「振り子の軌道は未来への道標となる。ペンデュラム召喚! 現れろ、エクストラデッキからレベル3、リザードロー、手札からレベル4《EM プラスタートル》、レベル6《EM カレイドスコーピオン》」

 

一気に三体のモンスターが私のフィールドに並ぶ。リザードロー以外は守備表示だ。

 

「さらに私はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

「ふむ、もうゼロか」

 

一ターン目にして手札を使い切った私に対して長月が言う。正直、私もやってから少し後悔している。

 

(長月のデッキがわかる前からやりすぎた、かな)

 

「まあいいさ、なら私も存分に動かせてもらおう。私のターン、ドローッ!」

 

長月が勢いよくカードを引く。さて、どんなデッキなのだろう。

 

「私は手札からフィールド魔法《風雲カラクリ城》を発動する!」

 

長月がカードを発動した瞬間、周りの風景がガラリと変わる。大海原やコンクリートの地面が消失し、代わりに石畳と大きな和風の城が現れた。

 

「なるほど、ここが君の戦場というわけか」

 

「そうさ。さらに私はチューナーモンスター《カラクリ小町 弐弐四》を召喚!」

 

長月のフィールドにモンスターが出現する。カラクリ城にカラクリ小町、なるほど、どうやら彼女のデッキは【カラクリ】らしい。

 

(それにしてもチューナー、ね。なるほど、だから明石さんは彼女と戦うように言ったのか)

 

シンクロ召喚覚えたての自分には都合のいい相手というわけだ。存分に吸収させてもらおう。

 

「弐弐四がフィールドに存在するとき、一ターンに一度だけ追加で《カラクリ》を召喚できる。《カラクリ兵 弐参六》を召喚!」

 

「……来るか」

 

その予感を、長月の方も裏切らない。

 

「いくぞ。私はレベル4の弐参六にレベル3チューナーの弐弐四をチューニングッ!」

 

そう宣言すると、弐弐四が緑色の輪となり、その中を弐参六が通っていく。

 

(これが、シンクロ召喚ーー!)

 

「現世に降り立った強者よ、黒き闇を切り裂いて笑え! シンクロ召喚! 現れろ、レベル7《カラクリ将軍 無零》!!」

 

直後、ズドォン! と大きな音を立てて鎧武者が現れる。暁のレッドアイズに勝るとも劣らない迫力だ。

 

「無零の効果発動! このカードがシンクロ召喚された時、デッキから《カラクリ》を一体特殊召喚する。《カラクリ忍者 九壱九》を攻撃表示で特殊召喚し、そのままバトルだ! 九壱九でプラスタートルに攻撃!」

 

「っ、九壱九の攻撃力は1700、プラスタートルの守備力は1800だ。倒せないよ?」

 

しかし、当然長月はそんなことを失念したりしていなかった。

 

「分かっているさ。この瞬間、カラクリ城の効果発動! 自分の《カラクリ》が相手モンスターを攻撃対象にした時、その相手モンスターの表示形式を変更できる!」

 

「なっ……!」

 

私のフィールドのプラスタートルが攻撃表示になる。その攻撃力は、たったの100。

 

「そら、改めて九壱九でプラスタートルに攻撃だ!」

 

「くっ……モモンカーペットがペンデュラムスケールに存在する限り、自分が受ける戦闘ダメージは半分になる」

 

九壱九のもつクナイによって、プラスタートルが引き裂かれる。だがダメージ自体は抑えられた。

 

響:LP8000→7200

 

「この瞬間、九壱九の効果発動! 相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、墓地の《カラクリ》一体を守備表示で特殊召喚する。甦れ、弐参六!」

 

「こちらもリザードローの効果を発動させてもらう。このカード以外の自分のモンスターが破壊された場合、自分フィールドの《EM》モンスターの数だけドローできる。二枚ドローだ」

 

それを見て、長月が苦い顔をした。

 

「攻撃順を間違えたかな」

 

「仕方がないさ。効果を知らなかったんだろう?」

 

「まあそれもそうだな。過ぎたことを悔やんでも仕方がないし……すまない、デュエルを再開しよう。無零でリザードローに攻撃だ」

 

鎧武者の斬撃が大きく砂を巻き上げながら迫る。

 

「焼け石に水かもしれないけど……ドラミングコングのペンデュラム効果を発動する。モンスターの攻撃宣言時、バトルする自分のモンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時まで600ポイントアップさせる」

 

「その通り、まさしく焼け石に水だな! リザードローの攻撃力じゃ、600程度の上昇では無零を越えられない!」

 

結局、鎧武者の刀によってリザードローが切り裂かれた。

 

「っく……」

 

響:LP7200→6800

 

「さて、私はカードを二枚伏せてターン終了だ。どうだ、強いだろう、私の【カラクリ】は」

 

得意げな長月に対し、涼しい顔で私は返す。

 

「ああ、確かに強いね。展開力もあるし、シンクロモンスターも強力。流石だ」

 

「うぇ? ……あ、ああ、そうだろうそうだろう」

 

素直に褒められたのが予想外だったのか、若干頬を赤く染めながら長月は頷いた。なかなか可愛らしいところもあるじゃないか。

 

……さて、それでは。

 

「だから、今度は私が見せよう」

 

ここからは。

 

「私なりのーーシンクロ召喚を」

 

私のターンだ。

 

「それじゃあ、私のターン。ドローッ!」




【シンクロEM】vs【カラクリ】でございます。詳しい説明は次回です。

次回、ちょっと超展開?


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カラクリ戦線を突破せよ

今回、文章量が普段の二、三倍あります。ご容赦ください。


長月:LP8000

響:LP6800

 

「それじゃあ、私のターン。ドローッ!」

 

本日二度目のドロー。これで手札は三枚だ。

 

(長月の二枚の伏せカードが怖いけど……ああして啖呵も切った以上、今更引き下がれないね)

 

そう考えつつ、手札のカードを掴む。

 

「私はチューナーモンスター《ミラー・リゾネーター》を召喚。そして、レベル6《EM カレイドスコーピオン》にレベル1チューナーのミラーリゾネーターをチューニング」

 

「来るか……お前のシンクロ!」

 

ミラーリゾネーターの輪にカレイドスコーピオンが包まれていく。

 

「機械の亡骸達よ、今一度集いて新たなる悪魔を生み出せ。シンクロ召喚! 現れよ、レベル7《スクラップ・デスデーモン》!」

 

光の中から、和風のフィールド魔法に似合わない無骨な鉄塊が現れる。だがこれだけで終わるつもりもない。

 

「さらに、今セッティングされているスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキからレベル6、カレイドスコーピオン、レベル3《EM リザードロー》、そして手札からレベル3《EM ジンライノ》。……続けていくよ」

 

「続けてって……シンクロ召喚はチューナーがいないとできないぞ? まさかそれを忘れたとは言うまい」

 

その言葉を聞いて、私はニヤリと笑った。

 

「誰が、シンクロ召喚すると?」

 

「なーーまさか!」

 

「行くよ。私はレベル3のリザードローとジンライノでオーバーレイ。二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

私の前に光の渦が現れ、その中にリザードローとジンライノが吸い込まれていく。

 

「機械仕掛けの天使よ、荒れ果てた世界に光をもたらせ。エクシーズ召喚! 現れよ、ランク3《機装天使 エンジネル》!」

 

二体の吸い込まれた光の渦から、機械の天使が現れる。デスデーモンとエンジネル、どちらも機械族のような見た目だが、それぞれ悪魔族と天使族である。

 

「さらにカレイドスコーピオンの効果発動。自分フィールドのモンスター一体はこのターン相手の特殊召喚されたモンスター全てに攻撃できる。この効果をデスデーモンに与える」

 

「くっ、厄介な……!」

 

デスデーモンの攻撃力は2700、対する無零は2600だ。万一破壊されそうになっても、エンジネルは対象を守備表示にすることで破壊から守る効果を持つ。

 

「さあ、行くよ。私はバトルフェイズに移行し、デスデーモンで相手モンスター全てに攻撃!」

 

ギギィェェェェ!! と大きく吠えた後、敵陣に突撃していくデスデーモン。その鋭い爪は、まず無零の首をかき切ろうと迫り、

 

「させん。罠カード《進入禁止! No Entry!!》を発動させてもらう」

 

ガギッ、と音を立てて寸前で止まった。

 

「何……?」

 

「進入禁止の効果でフィールドの攻撃表示モンスターは全て守備表示になったのさ」

 

「なるほど……いやまて、全てだって?」

 

全てということは、当然ーー

 

「そうさ。エンジネルの効果は発動できない!」

 

「っ、くっ……! ならカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

しぶしぶターンを終了する。これは非常に良くない状況だ。なんといっても、手札を使い切ったにもかかわらず、相手の消費は伏せカード一枚だけだ。

 

「よし、なら私のターンだな。ドロー! 私は手札から永続魔法《カラクリ解体新書》を発動する!」

 

長月のカードの発動とともに、古びた巻物が現れる。

 

「このカードには、自分の《カラクリ》の表示形式が変更されるたびにカラクリカウンターが乗る。そして最大二つまでカラクリカウンターが乗ったこのカードを墓地に送ることで、その数だけ私はドローできる。《カラクリ忍者 九壱九》と《カラクリ兵 弐参六》を攻撃表示にし、解体新書を墓地に送ってドローッ!」

 

シュァッ! と勢いよくカードが引かれる。これで彼女の手札は三枚。先ほどの私と同じ枚数だ。

 

そして、そのカードを見た長月の顔に獰猛な笑みが浮かんだ。

 

「……どうやら、いいカードを引けたようだね」

 

「ああ、その通り。行くぞ響、これから私の切り札をお前に見せてやる……!」

 

……やはりというか、無零は切り札ではなかったらしい。

 

(となると、あれ以上に厄介なモンスターか……まずいな、二枚の伏せカードのうち片方は相手を妨害するカードじゃないし、もう片方は……まだ可能性はあるか)

 

そんな私の考えなど露知らず、長月はデュエルを進めていく。

 

「私はチューナーモンスター《カラクリ守衛 参壱参》を召喚! そして、レベル4の弐参六にレベル4チューナーの参壱参をチューニングッ!!」

 

「レベル……8!」

 

四つの輪と四つの星が重なり、やがて一筋の光となる。そしてその中からーー

 

「混迷の世を憂う強者どもの長よ! 今ここに降り立ち、希望への道を切り開けェ!! シンクロ召喚! 現れろ、レベル8《カラクリ大将軍 無零怒》ッ!!」

 

ズオォォォンン!! と大きな音を立てて、巨大な武者が現れた。

 

(っ、ものすごい、プレッシャーだな……)

 

思わず、半歩後ずさってしまう。それほどだった。

 

「行くぞ、無零怒の効果発動! このカードのシンクロ召喚に成功した時、デッキから《カラクリ》を特殊召喚する! 現れろ、《カラクリ忍者 七七四九》!」

 

「上級モンスターか……」

 

無零にもあった《カラクリ》モンスターのリクルート効果。そのせいで長月の場のモンスターは一向に減る気配がない。

 

「さらに私は無零を攻撃表示にし、無零怒の効果を発動! 自分フィールドの《カラクリ》の表示形式が変更された時、一枚ドローできる!」

 

「さっき無零を一緒に攻撃表示にしてしまわなかった理由はこれか……」

 

もう半歩、後ずさる。やはり私のデッキのように中途半端なものではなく、ちゃんと一つのテーマに沿っている方が安定感が大きい。

 

(私のデッキも、もっとちゃんとした『軸』を作るべきかもね)

 

「さあ、バトルだ! 七七四九と九壱九でデスデーモンとエンジネルに攻撃ィ!!」

 

「ぐ、うぅ……」

 

なすすべもなく破壊されてしまう二体。守備表示だからダメージはないが、消費に対する利益があまりに少ない。

 

「九壱九の攻撃でエンジネルが墓地に送られた。よって九壱九の効果で墓地の《カラクリ小町 弐弐四》を守備表示で特殊召喚する! さらに無零でカレイドスコーピオンに攻撃、この時《風雲カラクリ城》の効果でカレイドスコーピオンは攻撃表示となる!」

 

再びカラクリ城の効果で低攻撃力のモンスターが狙われる。これはさすがにまずい。

 

「私はペンデュラムスケールの《EM ドラミング・コング》の効果を発動。カレイドスコーピオンの攻撃力を600上昇させる」

 

「だからどうした! その程度では、私の無零は越えられないぞ!」

 

「っ、ペンデュラムスケールの《EM モモンカーペット》の効果で戦闘ダメージは半分だ……」

 

響:LP6800→5850

 

「まだだ、無零怒でダイレクトアタック!」

 

「ぅぐ、ああ!」

 

響:LP5850→4450

 

こちらの攻撃に対しては抵抗する手段がない。モモンカーペットのおかげで戦闘ダメージを抑えられているのが幸いか。

 

「ふっ、メインフェイズ2、私は無零の効果を発動する。このカードは一ターンに一度モンスターの表示形式を変更できるんでな。弐弐四を攻撃表示にさせてもらう。私はこれでターンエンドだ」

 

(……? 弐弐四の攻撃力はゼロ、なのになぜ攻撃表示に……?)

 

普通なら考えられないが……まあおそらく考えがあってのことだろう。今は考えていてもしょうがない。

 

「……やってくれたじゃないか。だが、ここからは私のターンだ。ドロー」

 

手札ゼロの状態でのドロー。そのカードは、

 

「……私は手札から魔法カード《成金ゴブリン》を発動。相手のライフを1000回復する代わりにカードを一枚ドローする」

 

長月:LP8000→9000

 

「ほう……そのカード、なかなかに高価だった気もするが」

 

「そうなのかい? 最初から入っていたから気にしたこともなかったな。……まあいい、ドロー!」

 

引いたカードは、しかし逆転の手には足りない。

 

「まだだ、私は罠カード《活路への希望》を発動する。ライフを1000払い、相手と自分のライフ差2000につきカードを一枚ドローする」

 

響:LP4450→3450

 

「ライフ差は5550……よって二枚ドローする。さらに私は手札から魔法カード《貪欲な壺》を発動する!」

 

「三枚目のドローソースカード……一体お前のデッキはどうなっているんだ……?」

 

長月が不思議そうな目をこちらに向けてくる。仕方ないだろう、こっちだって必死なんだ。

 

「私は壺の効果で墓地のモンスターを五体デッキに戻して二枚ドローする。戻すカードはこの五枚だ」

 

そう言ってジンライノ、デスデーモン、エンジネル、リザードロー、そして《EM プラスタートル》の五枚を見せる。それらをデッキに戻してシャッフル、その後二枚ドロー。

 

「さて、随分とたくさんドローしたが……逆転のカードは引けたか?」

 

「ああ、おかげさまでね」

 

言いながら手札のカードを発動する。

 

「私は手札から速攻魔法《ペンデュラムターン》を発動。この効果でこのターン中、フィールドのペンデュラムスケール一つが、1から10までの任意の数になる。私はモモンカーペットのスケールを7から10にする」

 

これでレベル7から9までのモンスターも同時に召喚可能となった。

 

「再び描け、ペンデュラム召喚! エクストラデッキからレベル6カレイドスコーピオン、そして手札よりレベル7《オッドアイズ・ドラゴン》!」

 

私のフィールドに上級モンスターが二体並ぶ。だが相手のフィールドには上級含めモンスターが五体。やはり迫力の面では劣る。

 

「なるほど、そのドラゴンのレベルが7だったからペンデュラムターンを使ったのか……すなわちそれがお前の逆転の手か、響」

 

「そうだよ。そしてまだ終わらない。私は手札から魔法カード《フォース》を発動。フィールドの二体のモンスターを対象に、片方の攻撃力を半分にしてその数値をもう片方に加える。対象は当然、無零怒とオッドアイズだ」

 

「くっ、厄介な……」

 

無零怒の攻撃力が九壱九を下回る。こうなってしまえば、もう恐れることはない。

 

「さらにカレイドスコーピオンの効果でオッドアイズに全体攻撃効果を与え……バトルだ。まずは九壱九から攻撃だ。この瞬間、ドラミングコングの効果でオッドアイズの攻撃力は600上昇する」

 

「攻撃力、4500だと……!?」

 

ほとんどのモンスターを余裕で戦闘破壊できるほどの攻撃力を持ったオッドアイズが、九壱九へと突進していく。

 

「っ、だが、九壱九の効果発動! フィールドの表側表示のこのカードが攻撃対象になった時、その表示形式を変更する!」

 

「何っ……!?」

 

守備表示になった九壱九は、しかしオッドアイズの攻撃を免れたわけではない。あっけなく戦闘破壊されてしまう。だが戦闘ダメージは発生しない。

 

「……だけど、この瞬間オッドアイズの効果が発動する。このカードが相手モンスターを戦闘破壊した時、そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える」

 

「くっ……だがこちらも無零怒の効果発動! 《カラクリ》の表示形式が変わったことで一枚ドローだ!」

 

長月:LP9000→8150

 

「まだだ、続けて弐弐四と七七四九に攻撃!」

 

「こいつらも守備表示にさせてもらう!」

 

長月:LP8150→7050

 

「さらに無零に攻撃!」

 

攻め手を一切緩めず切り込んでいく。今は攻めあるのみだ。

 

「仕方ない……リバースカードオープン! 速攻魔法《カラクリ粉》!」

 

と、長月が苦渋の決断といった感じで伏せカードを発動させた。

 

「フィールドの《カラクリ》一体を守備表示にし、その攻撃力分他の《カラクリ》の攻撃力を上げる! 無零怒を守備表示にし、その攻撃力分1400を無零に加える!」

 

「だがそれでも4000、まだこちらの方が上だよ」

 

「分かっているさ……ぐっ!」

 

長月:LP7050→6550→5250

 

そしてこの瞬間、手札のあるカードが発動条件を満たした。すかさず発動する。

 

「私は手札から速攻魔法《グリード・グラード》を発動する。自分が相手のシンクロモンスターを破壊したターン、カードを二枚ドローできる」

 

「シンクロメタ……だがよくそんな発動条件の厳しいカードを入れたな」

 

「まあ、このデッキはさっき組み直したばかりでまだ使い勝手がわからないからね。試験的に入れてみたのさ」

 

さて、問題のドローカードは……

 

「……よし、いいカードだ。私は手札から速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動、モンスター一体の表示形式を変更する。対象は当然、無零怒だ。そしてオッドアイズで攻撃!」

 

「ちぃ、いい引きだな……ぐっ、ああ!!」

 

長月:LP5250→2150→750

 

あまりの衝撃に、長月が尻餅をつく。

 

「ありゃりゃ、大丈夫?」

 

ジャッジ役の夕張さんが思わずといった感じで声をかける。確かに痛そうだ。

 

だが。

 

「……いや、大丈夫だ。響、続けるんだ」

 

「あ、ああ。私はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

「……よし、私のターンだな」

 

ザリッ、と音を立てて長月が立ち上がる。その目の闘志は、まだ消えていない。

 

「私のターン……ドローッ!!」

 

勢いよく引かれるカード。そのカードを確認した長月は先ほどより一層獰猛な笑みを浮かべ、

 

「ふっ……決めるぞ、響!」

 

「……いいだろう、来るんだ、長月」

 

と、長月が手札のカードを掴む。

 

「私は手札から速攻魔法《ダブル・サイクロン》を発動! 互いの場の魔法、罠を一枚ずつ破壊する! 私はカラクリ城とドラミングコングを破壊!」

 

「む……モモンカーペットは反対側のスケールにカードが存在しない時、自壊する」

 

「ほう、そんなデメリットがあったのか……だがいい、これで厄介なカードは取り除けた! 私は今破壊したカラクリ城の効果を発動! このカードが破壊された時、墓地のレベル4以上の《カラクリ》を特殊召喚する! 蘇れ、無零怒ッ!!」

 

風景が元のコンクリート製の港に戻ったと思ったら、地面を割るようなエフェクトとともに無零怒が復活する。あのフィールド魔法の効果は戦闘補助だけではなかったらしい。

 

「さらに魔法カード《アイアンコール》を発動! 自分フィールドに機械族が存在するとき、墓地の機械族を特殊召喚する。蘇れ、九壱九! そして魔法カード《借カラクリ蔵》を発動! 自分フィールドの《カラクリ》の表示形式を変更し、デッキからカラクリを手札に加える! 九壱九の表示形式を変更し《カラクリ参謀 弐四八》を手札に、さらに無零怒の効果でドローッ!」

 

(っ、今サーチした弐四八のレベルは3、そして九壱九のレベルは4……まさかっ)

 

そのレベルの合計は、7。そして多分、弐四八はーー

 

「さらに私はチューナーモンスターの弐四八を召喚し効果発動! このモンスターの召喚成功時、フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する。カレイドスコーピオンにはもう一度攻撃表示になってもらおう!」

 

「やっぱりチューナーか……!」

 

そしてレベル7のシンクロモンスターということは……

 

「行くぞっ! 私はレベル4の九壱九にレベル3チューナーの弐四八をチューニングッ!!」

 

本日何度目かのシンクロ。見慣れた緑の輪の中を、九壱九が通っていく。

 

「絶対的なる強者よ! 今一度剣を取り、この戦場に降り立てェ!! シンクロ召喚ッ!! レベル7《カラクリ将軍 無零》ッ!!」

 

長月の雄叫びと共に、光の中から再び巨大な鎧武者が現れる。やはり、とんでもない迫力だ。

 

「無零の効果発動! デッキより現れろ、九壱九!」

 

「……二体目か」

 

だがこれで、合計攻撃力は7100、対する私のフィールドの合計は2600だ。その差、4500。

 

「さあバトルだ! まずは九壱九でカレイドスコーピオンに攻撃ィ!」

 

「う、くぅ……」

 

響:LP3450→1850

 

「次だ、無零でオッドアイズに攻撃!」

 

「……ぅぬ」

 

響:LP1850→1750

 

「ラストだ! 無零怒で、ダイレクトアターックッ!!」

 

無零怒の、その大きな剣がこちらに向かってくる。残りライフでは、受け切れない。

 

だから。

 

「させない。私は罠カードーー」

 

 

 

 

ーー勝った! そう長月は思った。なぜなら、無零怒の攻撃まで響は何もカードを発動してこなかったからだ。だから、少なくとも《聖なるバリア ーミラーフォースー》のような全体に影響を及ぼすカードではない。

 

「させない。私は罠カードーー」

 

そして、このタイミングになって響が罠を発動しても焦りはなかった。その理由は、手札のこのカード。

 

(速攻魔法《禁じられた聖槍》。これを使えば無零怒に魔法も罠も届かなくなる。攻撃力の下がるデメリットがあるが、そんなもの問題でもない)

 

だから、自分の勝利は確実だ。

 

そう、思ったのに。

 

「ーー《運命の分かれ道》を発動する!」

 

「ーーなんだと……?」

 

聞き覚えのないカード。少なくとも、自分の周りで使っている人に心当たりはない。

 

「……まあ、知らないのも無理ないさ。普通は使う人なんていないだろうからね」

 

自虐的に呟いて頬を掻く響。なら何故そんなカードを入れているのかーーは、今は置いておくとして。

 

「ま、まあいい。どういう効果なんだ?」

 

「おっと、そうだね。このカードの効果は、コイントスをすることで表が出たらライフを2000回復、裏が出たら2000のダメージというものさ」

 

その説明に、長月は一瞬キョトンとしーー

 

「ふっ……はは、あはははは!!」

 

ーー思わず、噴き出していた。

 

「そうか、そうだな! 確かにライフを回復すれば問題はないな! ……だが、それは所詮運次第だ。表が出て生き延びるか、裏を出して負けるか。所詮二つに一つのなぁ!」

 

「残念だが……二つに一つではない」

 

しかし、響の方は涼しい表情だ。

 

「このカードの影響を受けるのは、私だけではない」

 

「な……!?」

 

急いで自分のディスクの液晶画面を見る長月。そこに表示されている自分の残りライフは750。

 

すなわち、

 

「……私も、裏を出したら負けだということか……!」

 

そう、つまりこのコイントス次第で響の負けとなるのは響が裏を出し、長月が表を出した場合だけだ。それ以外だと、引き分けか最悪長月の負けとなる。

 

だのに。

 

「いいだろう……」

 

この賭けに、ワクワクしている自分がいるのを長月は感じていた。

 

「その賭けに乗ってやろうじゃないか。このコイントスに、このデュエルの勝敗を乗せてやる……!」

 

カシャリ、とディスクからコインが出てくる。それを両者ともに親指に乗せ、

 

「「コイントスッ!」」

 

キキィィィィンン……と高い音を鳴らしてコインが宙を舞う。

 

しかし。

 

「ふっ、行くぞ響!」

 

「ああ、来るんだ、長月」

 

二人とも、すでにコインから視線を外している。

 

なぜなら、

 

「さあ、改めて無零怒で響にダイレクトアタックだ!!」

 

「っ、ぅくうぅ……!」

 

長月:LP750→2750

響:LP1750→3750→950

 

二人とも、裏が出る可能性なんて微塵も考慮していない。

 

……いや、もしかしたらどちらかのコインは裏だったのかもしれない。だが、ただ単純にデュエルを楽しみたい二人にとっては、裏が出て勝敗が決まる、などという結果は最初から排除しているのだ。

 

「ふっ、やはり耐えたか……私はカードを一枚伏せてターンエンドだ。さあ、こい響っ!!」

 

「ああ……遠慮なく行かせてもらう……!」

 

しかし。デッキの一番上のカードに指をかけながら、響は軽く固まっていた。遠慮なく、といったものの、じゃあ具体的にどうすれば勝てるかなんて、全くわからないからだ。

 

というか、この状況から逆転できるカードなんてデッキに入っていただろうか?

 

(……いや、違うな。たとえもうデッキに逆転の手が残されてなくても、それでも持てる最善を尽くすのが礼儀というものだ)

 

ぐっ、と指に力を込める。そしてイメージする。ゼロの可能性を掴む自分を。そこにないものを目指して。

 

「行くよ。私のターン……ドーー!」

 

その瞬間だった。

 

『---、-----』

 

視界が真っ白に染まり、『何か』が聞こえた。

 

「ーー!?」

 

それは、本当に一瞬で。その白は瞬きした瞬間に消えてしまった。

 

軽くふらつきかけて、倒れないように踏ん張る。体の調子が悪いわけではない……のだが。

 

「え、大丈夫? 今度は響ちゃん?」

 

夕張がオロオロした感じで響に声をかける。

 

「い、いや……大丈夫だよ」

 

事実である。

 

「そうならいいが……なら早くしてくれないか?」

 

急かすような長月の声。確かに、彼女の言うとおりだ。

 

「ああ……じゃあ、改めて……ドロー!」

 

気合を入れてカードを引く。といっても、このドローカードは逆転には繋がらないーー

 

「……ん?」

 

ーーはずだった、のに。

 

(なん、だ? このカード……こんなの、見たことがない……)

 

響が自身のドローしたカードを見て首をかしげる。確かに、そのカードは自分のデッキはおろか、明石の店のショーケースですら見たことがなかった。

 

(……でもまあ、引いたからには使わせてもらおう)

 

そう思い、そのカードを召喚する。

 

「私は、《慧眼の魔術師》を召喚する」

 

それを見た長月も、軽く首を傾けた。

 

「慧眼の魔術師……? なんだ、さっきまでとは随分毛色の違うカードだな」

 

それに関しては、響も同意見だ。だがここでこのカードについて考察していても仕方がないのでデュエルを進める。

 

「さらに私は墓地の《ミラー・リゾネーター》の効果発動。相手フィールドにのみエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在するとき、墓地のこのカードを特殊召喚できる。さらに、このカードはシンクロ召喚に使用するとき相手フィールドのモンスターと同じレベルとして扱える。私は九壱九を選択し、レベルを4として扱う」

 

「ミラーリゾネーターは、確かチューナーだったな」

 

言葉は発さず、代わりに首を縦に降る響。

 

「行くよ、私はレベル4の慧眼の魔術師にレベル4チューナー、ミラーリゾネーターをチューニング!」

 

「来るか、シンクロ召喚……!」

 

四つの輪を、未知の魔術師がくぐっていく。

 

「清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!」

 

やがて現れたのは、一人の白い剣士。

 

「エンライトメント……パラディン? なんだ、そのカード、見たことも聞いたこともないぞ……?」

 

目をパチクリさせる長月と、同じく開いた口がふさがらない響。というか彼女自身シンクロ召喚をしようとエクストラデッキを覗いて初めてその存在に気づいたのだ。

 

知らないカードを使って、知らないモンスターをシンクロ召喚した。何が起こっているのか、わかるものはここには誰一人としていなかった。

 

しかし、デュエルはキチンと進行させよう。

 

「と、とりあえずエンライトメントの効果発動。このカードが《魔術師》Pモンスターを素材としてシンクロ召喚されたとき、墓地の魔法カード一枚を手札に戻せる。この効果で私は《フォース》を手札に」

 

「《魔術師》Pモンスター……? 初めて聞くくくりだ。というか慧眼はペンデュラムモンスターだったのか……」

 

響だって、全て把握してやっているわけではない。

 

「フォースを発動する。……二回目だから説明はいいね。対象は無零怒とエンライトメントだ」

 

それを聞いて、ハッとしたように長月が伏せカードを発動する。

 

「お、おっと、私は速攻魔法《禁じられた聖槍》を発動する! 対象モンスターは、このターン攻撃力が800下がる代わりに魔法、罠の効果を受けない。対象は当然、エンライトメントだ!」

 

「っ、させない。私は罠カード《天使の手鏡》を発動する。自分のモンスターを対象とする魔法カードを他のモンスターに移し替える。それを受けるのは無零怒だ」

 

エンライトメントではなく、無零怒の攻撃力が800下がり、エンライトメントを下回る。

 

「バトルだ、エンライトメントで無零怒に攻撃!」

 

「っ、はっ! だが、エンライトメントの攻撃力は2500! 800下がっても無零怒の攻撃力は2000ある! 火力不足だぞ!」

 

響の攻撃を、やけになっての特攻だととった長月。しかし、響の表情に切羽詰まったものはない。

 

「いいや、これでいい。エンライトメントが相手モンスターを破壊した時、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える」

 

「なっーー元々、ということは!」

 

ニッ、と響の口角が上がる。

 

「そう、戦闘ダメージ500に無零怒の元々の攻撃力2800が加わってーー!」

 

エンライトメントの斬撃が、容赦なく無零怒を切り裂いた。

 

「3300……か」

 

長月LP2750→2250→0

 

 

 

 

「ーーいやー、二人ともお疲れ様! いい勝負だったわねー」

 

小さめの拍手をしながら夕張さんがこちらに歩いてくる。立体映像はすでに消え、そこにいるのは私と長月だけだった。

 

私も長月に近づきながら、口を開く。

 

「楽しかったかい?」

 

「ああ、とっても」

 

長月はそう言いながらこちらに手を差し出してきた。私は迷わずその手を取り、強く握る。

 

「次は、私が勝つぞ」

 

「いいだろう。なら次も打ち破ってみせるさ」

 

言って、二人して笑った。

 

「それにしても、慧眼にエンライトメントねえ。そんな隠し球を持っていたとはな、やるじゃないか」

 

「……あ、ああ、そうだね」

 

内心ヒヤリとしながら明後日の方向を向く。その隠し球が自分にすら隠されていただなんて誰が思うだろう。

 

「まあ、なんにせよ勝利は勝利よ。はい、響ちゃん、これ賞品ね」

 

夕張さんから茶封筒が渡される。早速その中身を見ようとして、しかしそれはやめておく。お楽しみは部屋まで取っておこう。

 

「さて、じゃあいい感じに暇も潰れたことだし、部屋に戻るかな」

 

言いながらこちらに背を向ける長月。私も早く部屋に戻って、賞品を確認したい。そう思って私も背を向けた。

 

「じゃあね、長月。……またやろう」

 

「ああ、いつでも来い」

 

そして、二人同時に歩き出す。決して振り返ることなく。

 

「…………いや、カッコつけてるところ悪いんだけど、二人とも寮同じだよね?」

 

そういうのは言いっこなしだ。

 

 

 

 

「……はい。というわけで私の見立て通り、響さんは長月さんに勝利しました。そのデュエルの最中に、ちょっと不思議なことも起こりましたけど……え? 違いますよ、手は出してません。ただ響さんがですね、どう考えてもカードを書き換えたとしか……ええ、そうですよね。()()()()()()()()()()()()()よね。まああれです、過程はどうあれ、結論で言えばあのカードはキチンと響さんの手に渡りました。ここからどうなるかは、私にもわかりません。……はい、はい。それでは、おやすみなさいーー提督」

 

 

 

 

「《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》……?」

 




カードは作った、ということで【カラクリ】vs【シンクロEM】でした。……やっぱり、ちょっと無理ありましたかね?まあ、それはそうとしてデッキ解説。興味ないぜ!って方はスルーしちゃってください。

長月さんのデッキはスタンダードな【カラクリ】です。万能サーチの壱七七がいなかったのは、あの人使うとカラクリをシンクロ召喚しづらいからです。だからと言って《ナチュル》シンクロ使っちゃうと無効無効で面倒臭すぎるので、今回はお休み。また機会があれば出てくるかもしれませんね。

続いて、我らが主人公響さん。彼女のデッキは前回のあとがき通り【シンクロEM】です。正確には【EM】のメインデッキの空き枠にチューナーを突っ込み、さらにスカスカのエクストラデッキに安価なシンクロモンスターを突っ込んだだけ。あと手札消費がものすごいので大量のドローソース。ただ、ハイランダーに近いので毎回違ったデュエルをすることも可能なので面白いです。
彼女のデッキは、これからも魔改造されていくことでしょう。

こんなところですかね。読んでくださり、ありがとうございました。
次回、やっぱりデュエルなし。


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デッキの方向性

イベントの情報を聞くたびに吐血しかけてます。札きつーい。
今回、ちょっと短めです


「で、結局響のデッキは《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を軸にしていくっていうこと?」

 

ズドンッ! と大きな音を立てて私の握る十センチ連装高角砲が火を噴く。その砲弾は目の前の異形、駆逐ロ級へと吸い込まれていく。しかし、撃破には至らない。

 

「ああ、そのつもりだよ。せっかく明石さんからもらったんだし、有効活用しないとね」

 

ズドォ! とこれまた派手な音を立てて暁の十センチ連装高角砲が目の前の軽巡ホ級に向かって砲弾を発射し、これを撃破する。やはり、練度には圧倒的な差がある。

 

北方海域、キス島。ここに、私含む艦隊は本日通算五度目の出撃を行っていた。

 

理由は、私の練度上げ。基本的に敵味方問わず駆逐艦や軽巡洋艦等の一部の艦種は、敵艦隊に潜水艦が含まれるとそちらを優先して攻撃する。それを利用したものだ。

 

なので、

 

『ひえ、おわ、危ないのね!?』

 

海中から悲鳴が聞こえてくる。同じ艦隊の潜水艦『伊19』さんだ。正直あの悲鳴を聞いて思うところがないわけではないが、本人が心配しなくていいと言っていたからひとまず気にしないでおく。なんでも、過去に指令官から聞いた『オリョクル』なるものに比べれば屁でもないのだとか。

 

「ふう。あらかた片付いたわね。それじゃ、帰投するわよ」

 

と、そんなことを考えているうちに、戦闘は終わっていたらしい。旗艦の軽巡洋艦川内さんの号令の下、私たちは鎮守府へと引き返す。

 

今回の戦果は完全勝利。こちら側にはダメージがなく相手艦隊を殲滅できた、ということだ。

 

というか、さすがに慣れてきた。なにせ先述の通りここへの出撃は本日五度目だ。だからこそ、雑談できるだけの余裕が生まれるわけだが。

 

「ふう……流石に少し疲れてきたね」

 

「まあ、ここと鎮守府を行ったり来たりだものね、疲れるのも無理ないわ」

 

隣の暁が苦笑する。

 

その時。横合いから声がかかった。

 

「ふっふっふっ〜、響ちゃんもなかなか砲撃姿が様になってきましたねぇ〜!」

 

声のした方を見ると、茶色のショートカットの駆逐艦娘。睦月型駆逐艦の一番艦、睦月だ。

 

彼女の発言で軽く頬を染めながら、そちらに体を向ける。

 

「そうかな……ならいいんだけど。それより、私の練度上げに付き合わせてしまってすまないね」

 

「いえいえ、気にしなくていいのですよ。私たちだってきちんと出撃しないと、勘が鈍ってしまいますからねぇ」

 

フフン、と鼻を鳴らす睦月。確かに、言ってみれば私たちは深海に対する唯一の対抗手段なわけだから、その私たちがいざ非常時に『体がなまっていて負けてしまいました』では洒落にならない。

 

(私も、早く彼女たちに追いつかないとね)

 

決心し、グッと小さく拳を握る。その為には五回程度の出撃でへこたれてはいられない。一刻も早く鎮守府に戻り、再出撃の準備をしようと加速しーー

 

「そういえば、さっきデュエルの話をしてたよねん? 帰ったら一緒にやらないかにゃ?」

 

ーーその言葉に、思わずコケるかと思った。

 

「にゃにゃ!? 響ちゃん、大丈夫かにゃ?」

 

「……だ、大丈夫」

 

なんとかバランスを戻しながら言葉を返す。

 

なんというかこう、タイミングというものがあるだろう。

 

「あらら、大丈夫? やっぱ疲れが出てきたのかしらね」

 

と、睦月の反対側から声がかかる。そちらを向くと、そこにはツインテールが特徴的な翔鶴型航空母艦二番艦、瑞鶴さんがいた。彼女も、この艦隊の一員である。

 

「いや、別になんともないよ」

 

「あそ? ならいいんだけど。体調悪くなったら、ちゃんといいなさいよ」

 

「わかった、ありがとう」

 

軽く一礼すると、瑞鶴さんは「よし」と小さくうなづいた。

 

「そうそう瑞鶴さん、さっき帰ったらデュエル、って話をしてたんだけど、一緒にやらないかにゃ?」

 

睦月が瑞鶴さんに話を振る。それに対して瑞鶴さんは笑顔で応えた。

 

「いいわね、参加させてもらうわ。……て、面子はこの四人?」

 

そう言って私、暁、睦月の順に見る。どうしたのかと考え、すぐに結論を出した。

 

(……もしかして、気まずいのかな)

 

そう。確かに私達は同じ艦娘ではあるが、私達は駆逐艦で瑞鶴さんは正規空母だ。そんな彼女が私たちに混ざるというのは、なんとなくやりづらいものがあるのだろう。

 

とはいえ、私は気にしないし、それはおそらく他の二人も同じだと思う。それをどう説明したものかと思案し、

 

「……悪いんだけど、今日は私はできないわ」

 

暁がそんな事を言い出した。

 

「……どうしてだい、暁?」

 

首を傾げながら暁に問う。

 

「実は、司令官から頼まれてることがあるのよ。それを早めに終わらせちゃわないといけないし」

 

言って、とても面倒くさそうにため息をつく暁。気持ちはわかるがその態度はどうなのだろう。

 

「とにゃると……奇数になっちゃいますねぇ」

 

睦月がキョロキョロしながら頬を掻く。ここで瑞鶴さんが抜ける事を考えていないあたり、睦月は結構なお人好しなのかもしれない。

 

「そうね、なら……おーい、かわうち!」

 

それを察したのか、瑞鶴さんが私たちの前を行く川内さんに声をかける。それに気づいたのか、若干眉間にしわを寄せながら川内さんが振り向いた。

 

「……いい加減そのかわうちってのやめてよ、瑞鶴さん。ま、それはそれとして、いいよ、私も参加する」

 

「なんだ、聞こえてたの?」

 

瑞鶴さんが聞くと、川内さんは無線機を腰から外して見せた。

 

「さっき、鎮守府から連絡があってね。なんでも提督が今日の出撃は終わりでいいって言ったんだって。だからそれを伝えようとしたらなんか話し込んでたから、なんとなく聞いちゃってたのよ」

 

「ほーん、なるほどねえ。ちなみに理由は?」

 

「わからない。そこは鎮守府のみんなも把握してないんだって」

 

それを聞いて、瑞鶴さんが顎に手を当てて軽くうつむく。今の話に、何か引っかかるところでもあったのだろう。しかし、すぐに首を左右に振った。

 

「だめだわ、あの提督の考えてることを想像するなんて無駄ね。それより、早く戻りましょ」

 

「そうねー。それじゃ、全員鎮守府に戻り次第ディスクとデッキを持って港に集合!」

 

おー! と睦月と瑞鶴さんが腕を上げる。それを尻目に、私は少し離れたところで軽く頬を膨らませている暁に近づいていった。

 

「暁も、その司令官からの頼まれごととやらが終わったら来るといいさ。私だって暁と遊びたい」

 

「響ぃ……そうね、それじゃあ、私も急いで用事を終わらせなきゃね!」

 

そう言うと、暁は若干スピードを上げた。それに合わせて私も加速する。

 

鎮守府までは、もうすぐだ。




次の話はもう少し早く投稿できるといいなあ……頑張ります。
次回、作者の頭がパンクしそうに。


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タッグデュエル

長らくお待たせして本当に申し訳ありませんでした……案の定カードの効果を間違えるという凡ミスをやらかしてデュエルを丸々作り直してました。

今回は長いので三分割です。

※2017/10/12、セリフのミスを直しました


「ーーよし、みんな集まったわね」

 

鎮守府、特殊物資搬入用港。もはやお馴染みとなったこの場所に、四人の艦娘がいた。もちろん、睦月、瑞鶴さん、川内さん、そして私だ。

 

なぜか海をバックにして腕を組んでいる川内さんが言う。

 

「せっかく四人いるんだし、ここはちょっと特殊ルールでやりましょう」

 

「特殊ルール?」

 

睦月が尋ねると、川内さんはそれに応えるように私の腕を引いた。

 

「……え?」

 

「こういうこと」

 

川内さんがニッと笑う。それを見て意図を感じ取ったらしい瑞鶴さんは、睦月の腕を引きながら言った。

 

「なるほど、タッグデュエルってことね」

 

「そゆこと。駆逐艦たち、ルールわかる?」

 

タッグデュエル。その名の通り二対二で行うデュエルのことだ。細かいところは違うが、大まかなルールは通常のデュエルと同じだったはず。

 

「大丈夫、問題ない」

 

「私も妹たちとやったことがあるから大丈夫ですぅ!」

 

ふっふーん! と鼻を鳴らす睦月。どうやらルールに関しては問題ないようだ。

 

「おけ、じゃーー早速始めようか」

 

ブゥン、と音を立てて川内さんのディスクが起動する。すかさず私たちもディスクを起動させ、タッグごとに距離を開けた。

 

「「「「デュエル!!」」」」

 

瑞鶴&睦月:LP8000

川内&響:LP8000

 

「今回は睦月が先攻ですね、私のターン!」

 

先攻は睦月。あの長月の姉だ、彼女もシンクロを使うのだろうか?

 

「私は《H・C サウザンド・ブレード》を召喚し、効果発動! 手札の《ヒロイック》カードを墓地に送ることでデッキの《ヒロイック》を特殊召喚して、自身を守備表示にするのでっす! 《H・C ダブル・ランス》を墓地に送って、《H・C エクストラ・ソード》を特殊召喚!」

 

しかし予想に反して出てきたモンスターはどちらもチューナーではない。

 

(というか、同じレベルが二体……ということは、【ヒロイック】はエクシーズテーマなのかな?)

 

「行きますよう! 私は、レベル4のサウザンドブレードとエクストラソードでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

予想通り、二体のモンスターが光の渦の中に吸い込まれていく。

 

「怒涛の神弓よ。今ここに顕現し、我が手に宿れ! エクシーズ召喚! ランク4《HーC ガーンデーヴァ》!」

 

光の渦から、馬に乗り弓を構えた男が飛び出してくる。

 

「エクストラソードを素材としたエクシーズモンスターは、攻撃力が1000アップするよ。さらにカードを二枚伏せて、ターンエンドにゃしぃ!」

 

ディスクの表示を見ると、どうやら次は私のターンらしい。タッグデュエルでは、通常のデュエルと同じように後攻一ターン目からはドローも戦闘も行えたはずだ。

 

「それじゃあ私のターン、ドロー」

 

ガーンデーヴァ。先攻一ターン目からエクシーズ召喚されたからには、おそらくこちらの動きを制限するようなカードなのだろう。ここは慎重に行くべきだろうか?

 

(……いや、ここは臆さず行こう)

 

決心し、手札のカードを場に出していく。

 

「私は《EMドクロバット・ジョーカー》を召喚し効果発動。このカードの召喚に成功した時、デッキから《EM》を手札に加えることができる。《EMドラミング・コング》を手札に。そしてスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラコン》とスケール6の《EM エクストラ・シューター》でペンデュラムスケールをセッティング」

 

「えーと……この場合はペンデュラム召喚できるのはレベル5だけ……だけ!?」

 

睦月が驚いたような声を上げる。ルール的にペンデュラム召喚できるのはレベル5のみであっているのだけれど、何かおかしなところでもあるのだろうか。

 

「あー……気にしないで、響。続けちゃって」

 

瑞鶴さんが苦笑いしながら言う。彼女もああ言っていることだし、続けさせてもらおう。

 

「わかった。なら私は、セッティングしたスケールでペンデュラム召喚。手札から現れよ、レベル5、ドラミングコング!」

 

今回は一体のみの展開だ。

 

「魔法カード《破天荒な風》をジョーカーを対象に発動。対象モンスターの攻守は、次の自分のスタンバイフェイズまで1000上昇する。バトルフェイズ、ジョーカーでガーンデーヴァを攻撃。そして攻撃宣言時、ドラミングコングの効果でジョーカーの攻撃力は600アップする」

 

これでジョーカーの攻撃力は3400。ガーンデーヴァを上回った。

 

が、そこで睦月が若干苦そうな顔でカードを発動した。

 

「うぅ……罠カード《ヒロイック・リベンジ・ソード》を発動!」

 

しかし、ジョーカーが止まる様子はない。

 

(攻撃反応型じゃない……ならなんだ?)

 

「このカードは、発動後装備カードとなって自分フィールドの《ヒロイック》に装備できるにゃしぃ! そして、装備モンスターの戦闘で発生するダメージを相手にも与え、さらにダメージ計算後に相手モンスターを破壊するのにゃ!」

 

「っ、痛み分けか……!」

 

なるほど、このカードに戦闘を阻害する効果はない。だからジョーカーが止まらなかったのか。

 

そうこうしているうちに、ジョーカーの杖とガーンデーヴァの弓がぶつかり合って派手な爆発を起こした。

 

「オッドアイズの効果! 自分のペンデュラムモンスターの戦闘で発生した自分へのダメージを、一度だけゼロにする!」

 

瑞鶴&睦月:LP8000→7700

 

「続けてドラミングコングでダイレクトアタックだ」

 

「うくっ、うぅ……」

 

瑞鶴&睦月:LP7700→6100

 

「私はカードを二枚伏せてターンエンド。そしてエンドフェイズ、オッドアイズは自身を破壊することで攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターをデッキから手札に加えることができる。私は《慧眼の魔術師》を手札に加える」

 

初期ライフの四分の一を減らすことに成功。なかなか幸先がいい。

 

「なるほどねえ……オッドアイズに慧眼、初めて聞くカードばっかね」

 

ふむ、と瑞鶴さんが顎に手を当てて感心したように言った。なんとなく気恥ずかしくなって、誤魔化すように頬を掻く。

 

「ま、関係ないか。ーー全部、踏み倒していくから。私のターン、ドロー!」

 

不穏なことを言いながらドローした瑞鶴さん。彼女のデッキは……

 

「私は手札から永続魔法《黒い旋風》を発動する」

 

「! 【BF】……!」

 

さすがの私もすぐにピンときた。【BF】、一時期猛威をふるったデッキで、その結果幾つものカードが制限カードとなったという。

 

「やっぱ知ってるか。でも一応説明するわ。このカードがフィールド上に存在するときに《BF》の召喚に成功すると、デッキからその召喚されたモンスターの攻撃力以下の《BF》を手札に加えることができる。私は《BF-蒼炎のシュラ》を召喚し、デッキから《BF-極北のブリザード》を手札に加える」

 

「げ、厄介なカードを……」

 

川内さんがゲンナリした口調で言う。ブリザード……確か召喚時に墓地の《BF》を蘇生する効果だったか。確かに厄介だ。

 

瑞鶴さんは止まらない。

 

「手札の《BF-白夜のグラディウス》の効果発動。このカードは自分フィールドのモンスターが《BF》一体のみの時、特殊召喚できる。さらに手札の《BF-疾風のゲイル》は自分フィールドに《BF》が存在するとき手札から特殊召喚できる」

 

ペンデュラム召喚した訳でもないのに、次々にモンスターが現れてフィールドを埋め尽くしていく。個々のステータス自体は高くないが、

 

(ゲイルはチューナー……恐らく、いや、絶対にシンクロがくる……!)

 

「ゲイルの効果発動! 相手モンスター一体の攻守を半分にする。ドラミングコングの攻守を半分に。そして、レベル3のグラディウスにレベル3チューナーのゲイルをチューニング!」

 

見慣れた緑のエフェクトとともに、二匹の鳥が姿を変えていく。

 

「黒き翼もつ戦士よ。星の光を背に、未来切り拓く剣を振るえ! シンクロ召喚! 現れて、レベル6《BF-星影のノートゥング》ッ!!」

 

旋風とともに一振りの大剣を持った男が現れる。あまりの迫力に、思わず半歩後ずさってしまった。

 

「ノートゥングの効果発動! このカードの特殊召喚に成功した時、相手に800ダメージを与え、さらに相手モンスター一体の攻守を800ポイントダウンさせる! 対象はもちろん、ドラミングコング!」

 

「なーーっく、ドラミングコング……!」

 

川内&響:LP8000→7200

 

ゲイルの効果で半減されていたドラミングコングの攻撃力が、とうとうゼロになる。そして今の伏せカードに、ドラミングコングを守れるカードはない。

 

「行くわよ、ノートゥングでドラミングコングに攻撃!」

 

「その攻撃宣言時にドラミングコングの効果発動。自身の攻撃力を600上げるよ」

 

「それでもノートゥングの足元にも及ばないわ。やっちゃえノートゥング!」

 

「うくっ……」

 

川内&響:LP7200→5400

 

「さらにシュラでダイレクトアタック!」

 

「させない、永続罠《EM ピンチヘルパー》発動。一ターンに一度、相手のダイレクトアタックを無効にしデッキから《EM》一体を効果を無効にして特殊召喚する。《EM ヘルプリンセス》を特殊召喚させてもらうよ」

 

さすがに二撃目は通さない。だが、ノートゥングの一撃によって私たちのライフは瑞鶴さんたちのそれを下回ってしまった。

 

すんなり攻撃の通らなかった瑞鶴さんは、若干唇を尖らせて言う。

 

「ちぇ。まあいいわ、私はカードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

「おっと、その前に永続罠《連成する振動》を発動させてもらうよ。一ターンに一度、自分のペンデュラムスケールを破壊することで一枚ドローできる。エクストラシューターを破壊しドロー」

 

きっちりと手札は補充しておく。永続的なドローソースとなり、かつスケールを張り替えられるこのカードは結構便利だ。

 

「さぁて、なら次は私のターンね」

 

隣の川内さんがなぜか肩を回しながら言う。そのストレッチは必要なのだろうか?

 

「といっても、あんまり手札良くないのよねー。から、このドロー次第ね」

 

「あんたのデッキは爆発力があるから……油断してらんないわね」

 

瑞鶴さんが真面目な顔でつぶやく。しかし、タッグパートナーである私も彼女のデッキを知らない。いったいどんなデッキなのだろう。

 

「それじゃ、ドロー!」

 

引いたカードを確認した川内さんがーーニヤリと、笑った。

 

「これは……このターンで、終わりかもね?」




三分割と言いましたが、デッキ解説は次回に。次からは効果ミスとか無くしていきたいです……。

次回、全員の殺意がマシマシ。


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それぞれのデッキ、それぞれの戦略

vs瑞鶴&睦月、part2です。

今回もちょっと長めなのですが……いっそバランス取るために次からは非決闘パートも長くしましょうかね(自分の首絞め)


「これは……このターンで、終わりかもね?」

 

そう言いながら今ドローしたカードを右手でピラピラと振る川内さん。それを見て、瑞鶴さんが眉をしかめながら言った。

 

「どういうことよ。一体何を引いたっていうの?」

 

対する川内さんは、ニッと笑って右手のカードを発動した。

 

「これよ。魔法カード《手札抹殺》発動!」

 

「手札抹殺……!」

 

確か効果は互いのプレイヤーが手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする、だったはず。

 

そしてこの場合の『お互い』は、

 

「くっ……やってくれるじゃない……!」

 

当然、一つ前のターンの瑞鶴さんだ。

 

「で、でも! 確かに《BF-極北のブリザード》は墓地に送られちゃったけど、まだまだこれからにゃしぃ!」

 

(……確かに)

 

睦月の言う通り。確かに瑞鶴さんの目論見を多少崩すことはできるかも知れないけれど、言ってしまえばそれだけだ。『このターンで終わり』というには足りない。

 

しかし、川内さんの表情は変わらず、ニヤリと笑ったままだ。

 

「それはどうかしらね。いいカードも引けたし、あとはその伏せカード次第かな」

 

「……どういうことだい?」

 

たまらず尋ねてしまう。私にもさっぱりわからない。

 

だが川内さんの自信は揺るがない。

 

「まあ見てなさい。まずは墓地の《月光紅狐》の効果発動! このカードがカードの効果で墓地に送られた時、相手フィールドのモンスター一体の攻撃力をエンドフェイズまでゼロにする。《BF-星影のノートゥング》の攻撃力をゼロにさせてもらうわ」

 

「くっ……! あんた、まさか……!」

 

瑞鶴さんが頬を引きつらせながら言う。

 

「そのまさか。私はスケール1の《月光狼》とスケール5の《月光虎》でスケールをセッティング! これでレベル2から4までのモンスターを同時に召喚可能よ」

 

それを聞いて驚いた私は、バッと隣を見た。

 

「え……川内さんもペンデュラムを使うのかい?」

 

「違うわよ。多分川内が使いたいのはペンデュラム効果の方だから」

 

瑞鶴さんから補足が入る。なるほど、ペンデュラム召喚をせずにそのペンデュラム効果だけを使用するという使い方もありか。

 

「そのとーり。私は狼のペンデュラム効果を発動。自分のフィールド及び墓地から素材を除外して、《ムーンライト》融合モンスターを融合召喚する! 墓地の紅狐と《月光蒼猫》を除外し、融合召喚!」

 

【ムーンライト】は融合テーマらしい。融合は暁がたまに使うくらいだったので、メインで使う決闘者は何気に初めてだ。

 

「月の光をその身に纏いて軽やかに舞い踊れ! 現れなさい、レベル7《月光舞猫姫》!!」

 

光の渦から女性の姿をしたモンスターが現れる。これが川内さんの切り札……ということだろうか?

 

「さらに虎のペンデュラム効果発動! 墓地の《ムーンライト》一体を効果を無効にし、守備表示で特殊召喚する! 《月光紫蝶》を特殊召喚!そして、舞猫姫は《ムーンライト》を一体リリースすることで、このターン相手モンスター全てに二回ずつ攻撃できる! 紫蝶をリリースしてその効果を得る!」

 

舞猫姫の攻撃力は2400。それが二回ずつ攻撃すると、合計ダメージは6000だ。相手のライフを削りきるには僅か100足りない。

 

しかし、それは杞憂だった。

 

「さあバトルよ、舞猫姫でノートゥングに攻撃! この攻撃宣言時、舞猫姫の効果で相手に100ポイントのダメージを与える!」

 

「………………」

 

瑞鶴&睦月:LP6100→6000

 

これなら、合計ダメージは6400。このターンで勝負が決まる。

 

(ハラショー……まさか、本当にやってのけてしまうとは……)

 

心の中で小さな拍手を送る。さすが先輩、といったところか。

 

ところが、だ。

 

「……確かに、このターンで決める気だったみたいね」

 

あくまで冷静な表情の瑞鶴さんが言う。このままだと自分たちの敗北となってしまうのに、その顔に一切の焦りがない。

 

まさか……

 

「でも残念ね。私は《BF-蒼炎のシュラ》をリリースして罠カード《BF-アンカー》を発動!」

 

「!? アンカー……?」

 

どうやら川内さんも聞き覚えがないらしい。

 

「知らないかもね。だって普通は入れないカードだし。効果は単純、このカードの発動時にリリースした《BF》の攻撃力分、自分のシンクロモンスターの攻撃力をエンドフェイズまでアップさせる!」

 

「っ、なるほどね。リリースすることで舞猫姫の的を減らしつつ、自分はノートゥングを強化、と。やるじゃん」

 

「あんたに褒められても嬉しくないんだけど」

 

しかし、となるとダメージは……

 

「でもま、なら仕方ない。舞猫姫で改めてノートゥングに二回攻撃!」

 

「っくっ……!」

 

瑞鶴&睦月:LP6000→5400→5300→4700

 

本来なら削り切られるはずのライフが、半分以上残った。川内さんだけではない、瑞鶴さんもまた先輩なのだ。

 

攻撃を凌がれた川内さんは、しかし平然としていた。

 

「やっぱり罠があったか。まあいいわ、私は永続罠《連成する振動》の効果でスケールの狼を破壊してドロー」

 

「! 破壊してしまうのかい?」

 

両者のスケールは1と5。私のデッキでも十分活用できる値だ。

 

その私の疑問に対して、川内さんは人差し指を揺らしながら答えた。

 

「チッチッチッ。狼には《ムーンライト》以外のペンデュラム召喚を禁止する効果があってね。だから連成する振動で破壊したのよ」

 

「……なるほど。デメリット効果もあるわけか」

 

なら、連成する振動を発動しておいてよかった。

 

「それじゃ、カードを二枚伏せてターンエンド。次は……睦月のターンね」

 

「はいにゃしぃ! それじゃあいきますよーぅ、私のターン、ドロー! ……ん?」

 

睦月がなぜか自分のドローしたカードを見て首を傾げている。なぜかはわからないが、これを好機とみなして今のうちに一度フィールド全体を把握しておく。

 

現在、残りライフは私たちが5400、睦月たちが4700と数値上ではこちらの方が上だ。それに見たところ、舞猫姫には戦闘耐性がある。少なくとも、このターンで終わるなんてことはなさそうだ。

 

なんていうのは、甘かったらしい。

 

「むむむ! これなら、このターンで終わりかもしれません!」

 

「えっ……」

 

先のターンの川内さんと同じような宣言をする睦月。私たちのフィールドには戦闘耐性を持つモンスターがいるというのに、なぜああ言えるのだろう。

 

「………………」

 

ちなみにその睦月に対して、川内さんの表情は変わらずニヤリとしたままだ。だがこれは、何か対策があるというよりも『面白いものが見れそうだ』と思っているだけじゃないか?

 

「まずは墓地の《BF-精鋭のゼピュロス》の効果発動! 自分フィールドの表側カードを手札に戻し、400のダメージを受けることで蘇生できるにゃしぃ! 《黒い旋風》を手札に戻して特殊召喚!」

 

「? ゼピュロス? そんなのいつ……」

 

「……多分、手札抹殺の時だと思う。ほら、あの時瑞鶴さんの手札は二枚あっただろう? 恐らく、ブリザードじゃない方があのカードだったんだよ」

 

川内さんの疑問に補足説明を入れる。その間に睦月たちがゼピュロスの効果でダメージを受けた。

 

瑞鶴&睦月:LP4700→4300

 

「ん……この瞬間、墓地の《H・C サウザンド・ブレード》の効果を発動! 自分がダメージを受けた時、墓地のこのカードを特殊召喚します! さらに永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地のモンスター一体を特殊召喚するのにゃ! よみがえれ、《H・C ダブル・ランス》!」

 

「レベル4が、三体……」

 

「そして! レベル4のサウザンドブレードとダブルランスでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

ゼピュロス以外の二体が光の渦へと吸い込まれていく。また《HーC ガーンデーヴァ》だろうか。

 

「歴戦の戦士の魂が一つとなりて、伝説の剣は形作られる。エクシーズ召喚! 現れるにゃしぃ、ランク4《HーC エクスカリバー》ッ!!」

 

「エクスカリバー……!?」

 

あまりにも有名な伝説の王の剣。その名を冠したエクシーズモンスターが、光の中より現れた。

 

「エクスカリバーの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを二つ取り除くことで、次の相手エンドフェイズまで攻撃力を元々の倍にする!」

 

元々の倍、ということは……攻撃力4000。とんでもないカードだ。

 

「さらに魔法カード《ヒロイック・チャンス》を発動! 自分フィールドの《ヒロイック》一体の攻撃力をエンドフェイズまで倍にします! 対象はもちろんエクスカリバー!!」

 

「攻撃力8000……なるほど、舞猫姫がいてもライフを削り切れるってことね」

 

舞猫姫の攻撃力は2400、その貫通ダメージは5600。

 

(さすがに少しまずいんじゃないか……?)

 

冷や汗が頬を伝うのを感じる。川内さんの表情を見るに、何かあるのかも知れないけれど……いややっぱりないかもしれない。

 

「行くのにゃしぃ! エクスカリバーで、舞猫姫に攻撃!!」

 

一撃でライフを根こそぎ消し飛ばす大剣が振るわれる。このターンの私にカードの発動権がないのもスリルに拍車をかけている。

 

そして、案の定川内さんがカードを発動させた。

 

「おっと、罠カード《地殻変動》発動。属性を二つ宣言し、そのどちらかを相手は選択する。そして選ばれた属性のモンスターを全て破壊する! 私が宣言するのはーー光と闇!!」

 

「え……!?」

 

驚いて思わず川内さんの方を見てしまう。運次第ですらない、完全に相手に依存したカードだ。そんなの、相手がエクスカリバーを破壊するわけないのだから無意味ではないか。

 

のだが。

 

「……なるほど、やってくれたわね」

 

瑞鶴さんがため息まじりに言う。さらにはその隣の睦月までどこか悲しそうな顔になっている。

 

「……え、選ぶのは闇です。そして、ヒロイックチャンスの対象となったモンスターはダイレクトアタックできないのにゃ……」

 

「あ……なるほど、そんなデメリットが……」

 

よく考えたら、デメリットなしに攻撃力倍化などあり得ないか。

 

必殺の一撃を躱された睦月は、しかしすぐに立ち直り手札のカードを発動した。

 

「しょうがにゃい、魔法カード《マジック・プランター》を発動! フィールドの永続罠一枚を墓地に送って二枚ドローするのにゃ! リビングデッドを墓地に送りドロー! そしてカードを二枚伏せてターンエンドですっ!」

 

「ふむ、私のターン、ドロー」

 

再び巡ってきた私のターン。けど、私のデッキにはエクスカリバーの攻撃力を上回るモンスターなど入っていないのだが……。

 

(……いや、あのカードなら……)

 

一つだけ、案が浮かぶ。そのためには、まだカードが足りない。

 

いや、ドローソースなら、ある。

 

「川内さん、連成する振動の効果を使ってもいいかい?」

 

「いいわよ、別に気にしなくても」

 

「ありがとう。……なら、連成する振動の効果を発動。虎を破壊しドロー」

 

ドローカードを確認する。よし、これならいける。

 

「私はスケール1の《星読みの魔術師》とスケール5の《慧眼の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング。さらに慧眼のペンデュラム効果発動、反対側のスケールに《魔術師》か《EM》が存在するとき、自身を破壊してデッキの《魔術師》一枚をスケールにセットする。スケール8の《時読みの魔術師》をセット」

 

「《魔術師》……ね」

 

ボソッと瑞鶴さんが呟く。その反応にも慣れたものだ。

 

「いくよ、見果てぬ世界へ。ペンデュラム召喚! 手札からレベル3《EM ジンライノ》、エクストラデッキよりレベル3《EM エクストラ・シューター》、レベル4《EM ドクロバット・ジョーカー》、レベル5《EM ドラミング・コング》、そしてレベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

「はにゃっ!? 五体同時ペンデュラム召喚……!?」

 

これだと、まだエクスカリバーには届かない。だが、ここから届かせることは可能だ。

 

「そしてレベル3のジンライノとシューターでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! 次元の狭間を彷徨いし龍よ、失われし魂を今一度この場に呼び醒ませ。 エクシーズ召喚! 現れて、ランク3《虚空海竜 リヴァイエール》!」

 

まず、第一段階。リヴァイエールのエクシーズ召喚は、まだ第一歩でしかない。

 

「リヴァイエールの効果発動。一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い除外されているレベル4以下のモンスターを特殊召喚する。私は《月光蒼猫》を特殊召喚し、レベル4のジョーカーと蒼猫でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

「なるほど、私の除外した《ムーンライト》も利用しての連続エクシーズ、と」

 

感心したような川内さん。それには反応せず、エクスカリバー撃破への道筋を作っていく。

 

「奏でるは至高の唄、指揮者の魔人の力をここに。エクシーズ召喚! 現れて、ランク4《交響魔人 マエストローク》!」

 

これで私のフィールドにエクシーズモンスターと上級モンスターが二体ずつ並んだ。これなら、エクスカリバーを乗り越えて相手のライフを削りきることも可能だ。

 

「マエストロークの効果発動。オーバーレイユニットを一つ使い、相手モンスター一体を裏側守備表示にする。対象はエクスカリバーだ」

 

「にゃにゃっ!? そ、それだと攻撃力も関係ない……!」

 

壁が越えられないのなら、その壁を低くすればいい。

 

「バトルだ、ドラミングコングで裏守備モンスターに攻撃、この瞬間自身の効果で攻撃力を600アップさせる。さらに星読み、時読みの効果で自分のペンデュラムモンスターが戦闘を行うとき、相手は魔法・罠を発動する事が出来ない」

 

「にゃしっ!?」

 

無抵抗で破壊されるエクスカリバー。あとはライフを削りきるのみだ。

 

ーーという、油断があったのは否定しない。

 

「さらにマエストロークでダイレクトアタック!」

 

「え……響?」

 

川内さんが意外そうな声を上げる。しかし、その理由はいまいちピンとこなかった。

 

そしてそれはすぐにわかった。

 

「そこにゃっ! 罠カード《聖なるバリア ーミラーフォースー》を発動!」

 

「えっ……あっ!」

 

しまったーーマエストロークはペンデュラムモンスターでないから星読み・時読みの効果の範囲外だ。

 

この場面なら、先にオッドアイズから攻撃するべきだった。それならこのターンで決めることができたのに……。

 

「響! やっちゃったことはしょうがない、それよりも早くしないとタイミングを逃すよ!」

 

川内さんの声が聞こえる。そうだ、まだ終わったわけではない!

 

「っ、マエストロークの効果! オーバーレイユニットを一つ使い、自分の《魔人》の破壊を無効にする! よってバトルは続行だ!」

 

「くっ、うう……」

 

瑞鶴&睦月:LP4300→2500

 

「この瞬間、墓地のサウザンドブレードを自身の効果で特殊召喚にゃし」

 

「……カードを一枚伏せてターンエンドだよ。すまない、川内さん」

 

「いいよいいよ、ミスは誰にだってあるんだし。……ただし、次はないからね?」

 

「……肝に銘じておくよ」

 

川内さんもああ言ってくれたし、気持ちを切り替えていこう。次は瑞鶴さんのターンだ。

 

「ほいじゃ私のターンね。ドロー!」

 

瑞鶴さんの手札はこれで四枚。ブリザードは墓地に送られたわけだが、果たして。

 

「私は魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地のモンスター五体をデッキに戻し二枚ドローするわ。《HーC ガーンデーヴァ》、エクスカリバー、《H・C エクストラ・ソード》、《BF-白夜のグラディウス》、そしてゼピュロスの五体を戻してドロー!」

 

「あれいいカードよね、私や響のデッキとは結構相性悪いけど」

 

確かに。墓地のカードがたまりづらい私のデッキと、墓地のカードを利用する川内さんのデッキにはあまり採用できるカードではない。

 

「よし。私は魔法カード《ダーク・バースト》を発動。墓地の攻撃力1500以下の闇属性一体を手札に戻す。対象はもちろんブリザード!」

 

「やっぱり引かれたか。まあ瑞鶴さんのデッキのキーカードだもんね、ブリザード」

 

「……川内さん、もしかして暇なのかい?」

 

「まあ、そりゃね。タッグデュエルだと私のターンまで結構間があるから」

 

「ちょっとー、私のターン中に何雑談してんのー」

 

瑞鶴さんからのブーイング。当然と言えば当然か。

 

「まったく。私は永続魔法《黒い旋風》を再度発動、さらにブリザードを召喚して、ブリザード、旋風の両方の効果を発動! まずブリザードの効果で墓地のレベル4以下の《BF》を守備表示で特殊召喚。《BF-蒼炎のシュラ》を特殊召喚、さらに旋風の効果でデッキからブリザードの攻撃力以下の《BF》を手札に加える。《BF-そよ風のブリーズ》を手札に、そしてブリーズはカードの効果でデッキから手札に加わった時、特殊召喚できる」

 

「……………………」

 

「響ちゃん大丈夫にゃ……?」

 

流れは理解できなかったが、とりあえず鳥がいっぱい並んだ。

 

「さあ行くわ、レベル4のシュラにレベル3チューナーのブリーズをチューニング! 黒き翼もつ戦士よ。その力をもって闇夜の鳥を飼いならせ! シンクロ召喚! レベル7《BF T-漆黒のホーク・ジョー》!!」

 

最上級レベルのモンスターがシンクロ召喚されたが、まだ瑞鶴さんのフィールドにはチューナーとそれ以外一組が残っている。

 

(【BF】……恐ろしいデッキだ)

 

「ホークジョーの効果発動! 一ターンに一度、墓地のレベル5以上の鳥獣族を特殊召喚する。よみがえれ、《BF-星影のノートゥング》! そしてノートゥングの効果で響たちにダメージ、さらにマエストロークの攻撃力をダウンさせる!」

 

「ホークジョーで蘇生したモンスターの効果は無効にならないのか……」

 

川内&響:LP5400→4600

 

「そして! レベル4のサウザンドブレードにレベル2チューナーのブリザードをチューニング! 黒き翼もつ戦士よ。漆黒の闇を纏いて、壁を打ち砕く力となれ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル6《BF-アームズ・ウィング》!!」

 

とうとう三体目のシンクロモンスターがフィールドに並ぶ。総攻撃力は7300、オーバーキルもいいところだ。

 

「バトルよ! ホークジョーで、マエストロークに攻撃!」

 

「っ、ぐぅ……」

 

川内&響:LP4600→3000

 

「まだまだ、ノートゥングでダイレクトアターック!」

 

「永続罠《EM ピンチヘルパー》の効果! ノートゥングの攻撃を止め、デッキから《EM》一体を効果を無効にして特殊召喚する。現れよ、《EM ラ・パンダ》!」

 

当然ながら守備表示だ。

 

だが、

 

「残念ね、攻撃表示だったらダメージも少なかったのに」

 

「? どういう……」

 

攻撃表示だったらダメージが少ない? 貫通効果を持つとしても、パンダの攻守は同じ。ダメージが増えるなんてことは……。

 

「アームズはね、守備表示モンスターを攻撃するとき攻撃力が500上がるの。さらに、守備表示モンスターを攻撃した時、相手に貫通ダメージを与える!」

 

「しまっ……!」

 

「今さら変えられないわ! アームズでそのパンダに攻撃!!」

 

「ぐ、ぅあぁ!」

 

川内&響:LP3000→1000

 

まさしく虫の息。《火炎地獄》で消し飛ぶライフだ。

 

「私はカードを二枚伏せてターンエンド。……さて、川内のターンね」

 

だというのに。

 

「安心しな、響。この状況、ちょっとめんどいけど、まだ勝ちを諦める理由はないよ」

 

「でも……相手のフィールドにはシンクロモンスターが三体もいる。ここから勝つことができるのかな?」

 

どうしても気弱になってしまう。先刻ミスをやらかしたから、余計にだ。

 

そんな私に、川内さんはニッと笑って見せた。

 

「勝てる、なんて断言は私はしないよ。そんな確信があるわけでもないしね。でもさ、できないって思い込んで成功することなんてほとんどない……少なくとも、デュエルはそう。だからーー信じよう、私たちの、可能性ってヤツを」

 

「川内、さん……!」

 

こんなにも先輩が頼もしく見えたことはない。この人となら、どこまでもいける気がする。

 

「さあ、それじゃあ行くよ! 私のターン、ドローッ!!」

 

希望を込めたカードが、ドローされた。

 

 

 

「いや、あんたらどんだけこのデュエルに気合い入れてんのよ……」

 

聞かなかったことにしておこう。




読んでくださりありがとうございました。【ヒロイック】&【BF】vs【ムーンライト】&【EM魔術師】です。今回、全員妨害されてなければ相手のライフを刈り取れてるんですよね。恐ろしいです。

というわけで前回のあとがきでの宣言通り、今回もデッキ解説をしていきます。……といってもネタバレしたくないんであんまり書くことありませんけど。興味ねえぜ! な方はスルーどうぞ。

睦月の使用する【ヒロイック】は……特にひねりはありません。タッグデュエルだと《H・C アンブッシュ・ソルジャー》が使いづらいのが辛かったです。

瑞鶴のはいわゆる【旋風BF】ですが、一応《BF-大旆のヴァーユ》も入ってます。

川内使用、【ムーンライト】。《月光紅狐》はいいカード。

問題児響さん、エクストラデッキがカオスな【EM魔術師】です。
……実は今回投稿が遅れたのって、この人の使った《EM ピンチヘルパー》の効果をアホな作者が間違えてたのが原因なんですよ。本当にすいません。

……と、いうことで、今回はこの辺で。次回、ストーリーが、少しだけ動き始めます。


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ラスト・アタックは誰が

イベント進捗どうですか?

私はダメです。


「ーーはい、完了しましたよ、暁さん」

 

その声を合図に、ゆっくりと目を開く。

 

鎮守府工廠、その一角。そこで『用事』を済ませた暁は、ベッドから起き上がりながら言った。

 

「まったく……司令官は一体何を考えてるのかしらね?」

 

その問いに、明石は苦笑しながら答えた。

 

「さあ……それは私も聞かされてません。ただ言われたデータを採取しただけですので……ですが、まさかあの提督が何の意味もない指令を出すとも思えませんしねえ」

 

まあそれもそうねー、と暁。その声はどこかそわそわしていた。

 

それに気づいた明石は、クスリと笑って暁に言った。

 

「データ採取も終わりましたし、もう行っても大丈夫ですよ。響さんのこと、気になるんでしょう?」

 

「ほんと!? ……じゃなくて、そうね、可愛い妹が寂しがってたらいけないものね! それじゃ明石さん、ごきげんよう、なのです!」

 

一礼し、ててててーっとかけていく暁。それを手を振って見送った明石は、その背中が見えなくなると、傍に置いていたマグカップにコーヒーを注ぎ、角砂糖を一つ落としてかき混ぜ、それを一口飲んでつぶやいた。

 

「ああ……平和ですねえ」

 

----------------------

 

 

瑞鶴&睦月:LP2500

川内&響:LP1000

 

タッグデュエルもいよいよ終盤。いつラストターンが来てもおかしくないこの状況で、ターンプレイヤーは川内さん。

 

獰猛な笑みを深くしながら川内さんは言う。

 

「今度こそ決めてやる、覚悟しなよ瑞鶴さん!!」

 

「吠えるわね川内……いいじゃない、やってみなさい!!」

 

先輩同士の激突。その迫力に、私と睦月はただ黙ってそれを見守っていた。

 

川内さんが動く。

 

「私は墓地の《月光香》の効果発動! 墓地のこのカードを除外し、手札を一枚墓地に送ることでデッキから《ムーンライト》を一体手札に加える。《月光白兎》を手札に加え、そのまま召喚! さらに、このモンスターの召喚成功時墓地の《ムーンライト》一体を守備表示で蘇生できる。蘇れ、《月光舞猫姫》!!」

 

再びフィールドに現れた舞猫姫。しかし守備表示ではその威力は発揮できない。

 

だというのに、瑞鶴さんが慌てたようにカードを発動した。

 

「っ、させない! 《BF-星影のノートゥング》をリリースして罠カード《ゴッドバードアタック》発動、フィールドのカード二枚を破壊する。白兎と舞猫姫には消えてもらうわ!」

 

「! チッ……!!」

 

それを受けて川内さんも露骨に嫌そうな顔をする。なぜ?

 

「……白兎にはね、自分フィールドの《ムーンライト》の数だけ相手の魔法・罠を手札に戻す効果があるんだよ。それに、舞猫姫にはまだ仕事があったんだけどね」

 

川内さん本人から解説が入る。確かに強力な効果だし、何よりタッグデュエルの場合手札に戻ったからといって次のターンに再びセットするのは容易ではない。瑞鶴さんはそれがわかっていたから、あの罠を発動したのか。

 

「さあ、どうするの川内。まさかあれで終わり?」

 

「まさか……まだ終われるわけないじゃん」

 

川内さんが冷や汗を垂らしながら笑う。本人はああ言っているが、実際すでに召喚権は使ってしまっているし、厳しいのは確かだろう。

 

「……手札の《月光黒羊》の効果発動。このカードを手札から捨てることで、デッキから《融合》を手札に加える。さらに罠カード《貪欲な瓶》発動。墓地のカードを五枚デッキに戻し、一枚ドローする。《手札抹殺》、《融合解除》、舞猫姫、黒羊、そして《虚空海竜 リヴァイエール》をデッキに戻しドロー……」

 

ドローした川内さんの動きが止まった。

 

(なんだ……? どうしたんだろう)

 

「これは……」

 

呟き、手札のとあるカードを凝視する川内さん。

 

「どうしたんだい? 川内さん」

 

「ああ……ちょっとね。どうするかな、と」

 

そう言って、私にだけ見えるように手札を向ける。先ほどサーチした《融合》、見覚えのないカードが一枚と、

 

「……なるほど。そういうことか」

 

理解した。川内さんが迷っている理由を。

 

そして、それが理由ならば。

 

「川内さん」

 

「……なに、響」

 

体ごと川内さんの方に向き、言う。

 

「私は好きだよ、そういうの」

 

それを聞いた川内さんは、一瞬キョトンとした後、

 

「……そっか、『好き』か。……そう言われたら、やるしかないわね」

 

ーーニッと笑った。

 

「行くよ、逆転への賭けだ! 魔法カード《闇の誘惑》発動!! カードを二枚ドローし、その後手札の闇属性一体を除外する。また、闇属性がいない場合は手札を全て墓地に送る!」

 

「なーーあんた、まさか!」

 

川内さんの行動に、瑞鶴さんが目を剥く。おそらく、彼女も理解しているのだろう。

 

瑞鶴さんの驚愕の声を聞いた川内さんは、自慢げに胸を張って言った。

 

「そう……私の手札に、闇属性のモンスターはいない!」

 

「そんなの、本当に賭けじゃない! 闇属性モンスターを引けなかったら、何もせずにターンエンドするしかないんだから!」

 

瑞鶴さんはああ言っているが、一応《月光虎》と《月光狼》をペンデュラム召喚する事は可能だ。だが、《BF-アームズ・ウィング》が相手のフィールドに存在する以上、守備表示のモンスターは壁にもならないのだから、無意味と同義だ。

 

でも。それでも、私はその賭けに乗ることにした。

 

「川内さん。カードを、引いてくれ」

 

「ええ……行くよ、誘惑の効果で二枚……ドローッ!!」

 

正真正銘ラストチャンス。そんな局面で、川内さんのドローカードは、

 

「……よし! 誘惑の効果で手札の《月光黒羊》を除外する!!」

 

「ハラショーッ……!」

 

私もつられて喜び、思わず小さくガッツポーズまでしてしまう。

 

一気に笑顔が戻った川内さんは、このターンをラストターンにするべく動き出した。

 

「今度こそ決めさせてもらうよ! 私はセッティング済みのスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキより現れよ、レベル3《月光虎》、レベル6《月光狼》!」

 

「ペンデュラム召喚……でも、それじゃあ逆転はできないわよ?」

 

瑞鶴さんの挑発を無視し、川内さんは突き進む。

 

「さらに魔法カード《融合識別》発動! 自分フィールドのモンスター一体を選択し、エクストラデッキの融合モンスター一体を相手に見せることで、そのモンスターはエンドフェイズ時まで見せた融合モンスターと同名のカードとして融合召喚に使用できる。舞猫姫を見せて、虎を舞猫姫として扱う!」

 

「くっ……この流れは……!」

 

瑞鶴さんが顔をしかめる。先ほどからの川内さんの言動から考えると、おそらく舞猫姫を使用した融合モンスターがいるのだろう。

 

そして、再び先ほどまでの獰猛な笑みを取り戻した川内さんは、手札の一枚のカードを高く掲げーー発動した。

 

「私は手札から魔法カードーー《融合》を発動!! フィールドの舞猫姫となった虎と狼で融合!!」

 

神秘的な渦に二体のモンスターが飲み込まれていく。

 

「月の光をその身に纏いて野獣の影は華々しく舞い踊る! 融合召喚! 現れて、レベル8《月光舞豹姫》!!」

 

そうして現れた融合モンスター。その攻撃力は、2800。

 

「さらに装備魔法《パワー・ピカクス》を舞豹姫に装備し、効果発動! 装備したモンスターのレベル以下の相手の墓地のモンスター一体を除外し、装備モンスターの攻撃力をエンドフェイズ時まで500アップさせる! ノートゥングを除外!」

 

「攻撃力……3300……!」

 

《青眼の白龍》をも超える攻撃力を持った舞豹姫。単体では相手のライフを削りきることはできないが、

 

(舞豹姫はあの舞猫姫を融合によって進化させたモンスター。おそらく……)

 

その予想が正しいことは、すぐにわかった。

 

「舞豹姫は、相手モンスター全てに二回ずつ攻撃できる。バトルよ、舞豹姫で、まずは《BF T-漆黒のホーク・ジョー》を攻撃!!」

 

「くっ、ぐぅ……!」

 

瑞鶴&睦月:LP2500→1800→1100

 

やはりあった、全体攻撃効果。相手フィールドに残るは攻撃力2300の《BF-アームズ・ウィング》のみだ。

 

(このターンで、決まる……!)

 

「舞豹姫は、相手モンスターを破壊した時攻撃力を200アップさせる。そして、続けてアームズウィングに攻撃!!」

 

攻撃力を3500まで上昇させた舞豹姫の一撃、その貫通ダメージは1200。

 

(決まれーー!)

 

だが。

 

「まだ詰めが甘いわね、睦月!」

 

「はいにゃしぃ! 罠カード《不屈の闘志》を発動! 自分フィールドにモンスターが一体しか存在しない時、その攻撃力を相手フィールドの一番攻撃力の低いモンスターの攻撃力分アップさせるのにゃ!!」

 

今、お互いのフィールドに存在するモンスターはアームズウィングと舞豹姫。すなわち、この効果が通れば私たちはアームズウィングのダイレクトアタックに等しい量のダメージを受けてしまう。

 

通れば、だが。

 

「響っ!」

 

「ああ。チェーンして罠カード《恐撃》を発動。墓地のモンスター二体を除外し、相手モンスター一体の攻撃力をエンドフェイズ時までゼロにする。《交響魔人 マエストローク》と《EM エクストラ・シューター》を除外し、アームズウィングの攻撃力をゼロにさせてもらう」

 

チェーン処理の関係上、アームズウィングの攻撃力は一度ゼロになり、そこから舞豹姫の攻撃力分攻撃力が上がる。

 

よって、攻撃力3500同士の正面衝突。

 

(っ、すごい迫力だ……! 心なしか、風も強くなってる気がするし……)

 

風から眼球を守るために交差させた手の隙間から場を見る。そこでは、今まさに舞豹姫の爪とアームズウィングの剣が、ものすごい勢いで衝突する寸前ーー

 

ーーそのときだった。

 

「私は手札の《BF-極夜のダマスカス》の効果発動! このカードを手札から墓地に送ることで、《BF》の攻撃力を500ポイントアップさせる!!」

 

「なっーー!」

 

無慈悲な瑞鶴さんの宣言。手札も伏せカードもない川内さんは、それを受け入れるしかない。

 

舞豹姫が、アームズウィングに押し負け、破壊される。

 

「くっ、うう……」

 

川内&響:LP1000→500

 

舞豹姫が破壊されたときの風圧で、川内さんは尻餅をついてしまった。

 

「川内さん……大丈夫かい?」

 

「うん、まあ大丈夫だけど……ごめん、響。決められなかった」

 

「気にすることはないさ。今回は、瑞鶴さんの妨害が上手だったんだ」

 

ディスクが自動的にターンを移行する。三回目の、睦月のターンへと。

 

「睦月のターンですね! 行きますよぅ、ドロー!」

 

本来ならアームズウィングのダイレクトアタックで終わりなのだが、睦月的には自分のモンスターでトドメを刺したいらしい。

 

「《H・C ダブル・ランス》を召喚し効果発動! このモンスターの召喚成功時、墓地の同名モンスターを蘇生させるのですっ! よみがえれ、ダブルランス! そして、レベル4のダブルランス二体でオーバーレイ!」

 

戦士族のレベル4モンスターが二体。

 

(これは……さっきと同じか)

 

「英霊たちの魂が集いて、伝説の剣はよみがえる! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《HーC エクスカリバー》ァ!! そして効果発動! エクシーズ素材を取り除き、攻撃力を二倍にするんにゃしぃ!!」

 

「お、オーバーキルじゃないか……!」

 

思わず引きつった声が出てしまう。最後まで全力投球といえば聞こえはいいが、される方からしたらたまったものではない。

 

「それじゃあ行きます! エクスカリバーで、ダイレクトアターック!!」

 

もう、私たちの場にこの攻撃を防げるカードはない。

 

(くっ……せめてシングルデュエルなら手の打ちようはあったけど……!)

 

「永続罠《EM ピンチヘルパー》の効果発動!」

 

そう、例えばピンチヘルパーとか……

 

「…………うん?」

 

「どうしたの響。たしかこのカードの発動条件って相手のダイレクトアタックだったよね?」

 

「いや、そうなんだけど……なぜ川内さんが?」

 

ちょっと混乱してきた。そんな私をよそに、川内さんはカード効果の処理をしていく。

 

「改めてピンチヘルパーの効果発動。相手のダイレクトアタックを無効にし、デッキから《EM》一体を効果を無効にして特殊召喚する。現れなさい、《EM トランプ・ウィッチ》!」

 

うぃっちっちー♪ と特徴的な笑い声をあげながら、トランプウィッチが川内さんのデッキから飛び出してくる。

 

「にゃ、にゃしぃ!?」

 

「あんたねえ……そういうことはせめてタッグパートナーには言っときなさいよ。混乱してるじゃない」

 

瑞鶴さんの呆れたような声に、川内さんはニシシの笑いながら言った。

 

「敵を欺くにはまず味方から、ってね♪」

 

この人まったく悪びれていない。

 

「で、でもまだ私たちのフィールドにはアームズウィングが残ってるにゃ! アームズウィングでトランプウィッチに攻撃!」

 

睦月が若干戸惑いながらも攻撃宣言をする。だけど……

 

「ピンチヘルパーの第二の効果。自分のモンスターが戦闘を行うその攻撃宣言時、このカードを墓地に送ることでダメージをゼロにできる」

 

「にゃにゃぁ……」

 

睦月がガックシと肩を落とす。なぜだか少し申し訳ない気分になった。

 

そんな私の肩をポンと叩き、川内さんは言った。

 

「さ、あんたのターンよ、響。思いっきりやっちゃいなさい!」

 

「川内さん……わかった、次のターンで決めてみせる!」

 

今度こそ。今度こそ決める。その運命をかけたドロー。

 

「私のターン……ドローッ!」

 

確認。そのカードは、

 

「……来たっ! チューナーモンスター《調律の魔術師》を召喚し効果発動、相手ライフを400回復し、その後自分は400のダメージを受ける!」

 

瑞鶴&睦月:LP1100→1500

川内&響:LP500→100

 

「チューナー……っていうことは響ちゃんのデッキはシンクロ召喚もできるのにゃ!?」

 

「なるほど、使った素材がエクストラデッキに行くからペンデュラムとシンクロは結構相性がいいのね」

 

意外そうな睦月と、なるほどとうなづく瑞鶴さん。その反応の違いは、見ていて少し面白い。

 

「さらにセッティング済みのスケールでペンデュラム召喚。エクストラデッキより、レベル3《EM ラ・パンダ》、レベル4《慧眼の魔術師》、レベル5《EM ドラミング・コング》、そしてレベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!!」

 

再び私のフィールドをモンスターが埋め尽くす。もちろんこれだけでは終わらせない。

 

「そして、レベル3のラ・パンダ、レベル4の慧眼にレベル1チューナーの調律をチューニング! 清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! 現れるんだ、レベル8《覚醒の魔導剣士》!!」

 

シンクロ召喚特有の光のエフェクトの中から現れた魔導剣士。相変わらずこのモンスターの謎は解けていないが、使えるものは使おう。

 

そんな魔導剣士をみた瑞鶴さんが小さく顔をしかめながら言った。

 

「覚醒の魔導剣士……? 聞いたことないわね」

 

おそらくシンクロ召喚を主軸で使っているのに一度も聞いたことのないモンスターが出たから驚いているのだろう。しかしその出処に関しては言うわけにもいかないので、聞こえなかったふりをしておく。

 

「魔導剣士の効果発動。《魔術師》Pモンスターを使用してこのモンスターをシンクロ召喚した時、墓地の魔法カード一枚を手札に戻す」

 

とはいえ。

 

(……何を戻そう。特に欲しいカードは……《破天荒な風》ぐらいかな?)

 

そう考え、宣言して手札に戻そうとする。

 

そして口から出たのは、

 

「私は《融合》を手札に加える」

 

「はにゃ!?」

 

「へ……?」

 

「……へえ」

 

私以外の三人が、各々違った反応を見せる。

 

しかし、

 

(……え?)

 

おそらく誰よりも早く、私自身がその行為に疑問を抱いていた。

 

(なぜだ……? 私のデッキに融合モンスターは……そもそも、これは私の意思じゃ……)

 

頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くしていく。だが、その間にも体が勝手に動いていく。

 

「さらに私は今手札に加えた《融合》を発動!」

 

(ま……待て待て、何が起きて……!?)

 

わからない。わからないしかない。

 

もともと感情表現が苦手な私だが、今回はさらにポーカーフェイスに神経を集中させる。しかしその奥では必死に考えている。今自分に何が起きているのかを論理的に説明できる理由を。

 

考えて、考えて、でも、

 

(……だめだ、全然わからない。なんだ、まさか……)

 

思い、ちらりと自分のフィールドを見る。と、

 

「!……」

 

「えっ」

 

思わず声が漏れてしまった。一瞬魔導剣士と目があった気がしたが……

 

(まさか……いや、そんな馬鹿な……まさか、ね)

 

「ちょっと、響? どうしたの?」

 

「え? ……ああ、いや、なんでもないんだ」

 

隣の川内さんの呼びかけで、思考が戻ってくる。そうだ、今は謎解きゲームをしている場合ではない。

 

だが私のエクストラデッキに融合モンスターが存在しないのも事実。だから、

 

(……もう一度。『あの時』と同じように、ゼロの可能性を信じるんだ……!)

 

エクストラデッキに右手をかざす。一番上のカードはなんだっただろうか? いや、そんなことはどうだっていい。

 

「……行くよ。オッドアイズと魔導剣士で、融合召喚!」

 

次の瞬間ーー

 

『------』

 

あの時と同じ、風景が白く塗りつぶされていく感覚。しかし今度はあの時ほどの驚きはない。

 

「……ふう」

 

直後に視界が元に戻る。すかさずエクストラデッキの一番上のカードを確認すると、それは案の定別のカードになっていた。

 

融合モンスターへと。

 

バッと右手を掲げ、口上を唱える。

 

「ふた色の眼の龍よ。神秘の力をその目に宿し、新たな姿となりて現れよ! レベル8《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!!」

 

ギャァァァォォォ!! という咆哮とともに、融合の渦の中から現れるルーンアイズ。それを見た睦月は「ふわぁ……!」と感嘆の声を上げ、瑞鶴さんは「わーお……」と驚き、川内さんは「いいねえ、面白い!」と笑った。

 

三者三様な反応を見ながら、私は高らかに宣言する。

 

「バトルだ、ルーンアイズで攻撃! この時、ドラミングコングの効果で攻撃力を600ポイントアップさせる!」

 

「さらに墓地の《スキル・サクセサー》の効果発動! このカードを除外することで、エンドフェイズまで自分のモンスター一体の攻撃力を800アップさせる! 対象はもちろんルーンアイズ!!」

 

「ちょ、川内!? あんたそんなのいつの間に……!」

 

川内さんのアシストが入る。おそらく、サクセサーが墓地に送られたのは《月光香》の効果を使った時だろう。

 

続けざまの攻撃力上昇によって、ルーンアイズの攻撃力は合計4400。エクスカリバーをも超えた。

 

しかし、タダで終わらせてくれる気は無いらしい。

 

「くっ、罠カード《炸裂装甲》を発動! 攻撃モンスターを破壊するにゃし!」

 

「んげっ!?」

 

川内さんが年頃の乙女としてどうなのかというような声を上げる。確かに、ルーンアイズはペンデュラムモンスターではないから《時読みの魔術師》及び《星読みの魔術師》の効果の範囲外だ。が、

 

「ペンデュラム召喚したモンスターを素材としたルーンアイズは、相手の効果を受けない。さらに、レベル5以上の魔法使い族モンスターを素材としたルーンアイズは三回までモンスターに攻撃できる!」

 

「にゃあ!?」

 

「行くよーールーンアイズで、エクスカリバーとアームズ・ウィングに攻撃!!」

 

「にゃああぁぁ……!!」

 

「うくっ、あああああ!!」

 

瑞鶴&睦月:LP1500→0

 

 

 

 

「いやはや、なかなか面白いものが観れたわー」

 

消えゆくフィールドのモンスター達を尻目に川内さんがしみじみつぶやく。それに答えたのは瑞鶴さんだった。

 

「そうね……魔導剣士にルーンアイズ、知らないカードばっかりだったし」

 

「未知とのデュエル、心踊ったのです!」

 

睦月も嬉しそうに言う。やった本人としてはなんとなく反則技を使ってしまったような気分だが、他の人たちが気にしないのならとやかく言うまい。

 

と、そこで睦月がポツリと呟いた。

 

「そういえば……結局、暁ちゃん来ませんでしたねぇ」

 

「あっ……」

 

言われて思い出す。そうだ、暁は司令官からの頼まれごとがあると言っていた。それが終わり次第来ると言っていたが、それほど時間のかかる用事だったのだろうか?

 

いけない、考えるとソワソワしてきてしまった。

 

すると、そんな私を見かねたように川内さんが言った。

 

「暁のこと、気になるんでしょ? 行ってあげたら?」

 

「そう……だね。そうさせてもらうよ。それじゃあみんな、また明日も練度上げに付き合ってくれるかい?」

 

その私の質問に、ほか三人は皆親指を上げて答えた。

 

「「「もちろん!(にゃし!)」」」

 

「……スパスィーバ」

 

そう言って皆に背を向け、私は走り出した。多分、暁は寮の私たちの部屋にいるだろう。

 

ひとまずは、そこを目指すことにした。

 

 

 

 

その、すぐ近く。建物の陰に隠れながら、暁は響たちの様子を見ていた。

 

睦月はああ言っていたが、実際には暁は少し前からここにいた。正確には、睦月の三回目のターンあたりから。もうデュエルも終盤だったようだし、物陰から見守ることにしたのだ。

 

問題は、その次の響のターンだった。

 

(あれは……なんだったの? 慧眼に魔導剣士、そっちは響から聞いてたから知ってた。でも……時読み? 星読み? そんなカード知らない……!)

 

挙げ句の果てには、響すら知らなかった様子のルーンアイズ。

 

(いったい……いったい何が起こっていたの?)

 

わからない。暁にはさっぱりわからない。

 

もっとも、当人すら知らないことを他人が知り得るわけもないのだが。

 

----------------------

 

 

コツ、コツと消灯された鎮守府の廊下を歩く人物。

 

(今日も……異常はなさそうですね)

 

妙高型重巡洋艦一番艦『妙高』だ。響や妙高の所属するこの鎮守府では、当番制で巡洋艦や空母たちが見回りをしているのである。

 

しかし、今でこそ周囲の住民たちから普通の人間となんら変わらない扱いを受けている艦娘だが、実際には皆やはり『艦娘』という存在に心の底では恐怖を抱いている。ましてやその本拠地である鎮守府に乗り込んでくる馬鹿など、一例たりともない。

 

……のだが。

 

「おや……?」

 

妙高が廊下の先の暗がりにうごめく『何か』を見つける。不審に思い懐中電灯でそちらを照らすと、

 

「……………………」

 

(……人?)

 

黒のローブをまとい、フードを被った謎の人影があった。

 

その人物(?)は背丈は妙高と同じくらい、ローブのラインからおそらく女性だろう。

 

(艦娘のどなたかでしょうか……でも、こんなところで何を?)

 

妙高は心の中で首をかしげつつも、その黒ローブに声をかけることにした。

 

「あの……こんな時間に、どうされました?」

 

「………………………………」

 

対する黒ローブは沈黙を貫く。そうしつつも顔を上げ、その目が妙高とあう。

 

(あら……綺麗な顔立ちですね……。こう言ってはアレですけど、この世のものとは思えないような……)

 

黒ローブの下の顔は、あまり血色は良くないものの、とても整った顔立ちをしていた。

 

と、黒ローブが口を開いた。

 

「あなた……妙高?」

 

「え……は、はい、そうですけれど……」

 

なぜか自分のことを知っているーーその不審感から、妙高は軽く腰を落とす。万が一相手が襲いかかってきたりなどしても対応できるようにだ。

 

しかし、黒ローブは優しい口調で言う。

 

「ああ……心配しないで。別にあなたを襲おうってわけではないの。ただーー」

 

次の瞬間、ブゥン、という音とともに紫色の光の板が黒ローブの前に現れた。これはおそらく……

 

(……デュエルディスク? でも私たちのとは形状が違うような……)

 

妙高の感じた違和感など知る由もなく、黒ローブは続ける。

 

「ーーただ、私とデュエルして欲しいだけ」

 

「…………」

 

その言葉を受けて、妙高は考えた。

 

(素性はわかりませんが……一度デュエルすれば納得してくれるでしょうか?)

 

提督への連絡は、とりあえずその後でいいだろう。

 

「いいでしょう。その勝負、お受けします」

 

「……ありがとう」

 

黒ローブは感謝し、ディスクを構える。妙高もディスクを起動し、軽く距離を置く。

 

「……じゃあ、行くよ」

 

「ええ、いつでもどうぞ」

 

「「デュエル!!」」

 

深夜の鎮守府で、戦いが始まった。




読んでいただきありがとうございました。やっぱりチートドローは主人公の特権ですね。

怪しさバリバリ黒ローブ。後々重要になってきます。

それじゃあこの辺で、おやすみなさい。次回、ついにあの人が……!


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『あのカード』の謎

感想はありがたく読ませていただきますので、遠慮なくどうぞ。

感想返しは遅くなるかもしれませんが、できる限りさせていただきます。


「連続重巡洋艦襲撃事件?」

 

鎮守府、第二演習場。その片隅にある射撃訓練場で、狙撃銃のスコープを覗きながら私は背後の人物に尋ねた。

 

「ああ。なんでも現場からは硝煙反応は出ず、それどころか血の一滴すらない。被害者に目立った外傷はなく、挙句ーー」

 

わざとらしく焦らす人物ーー長月の言葉を待たず、スコープの中心に的を収める。

 

「ーー直前までデュエルしていた痕跡があるんだ」

 

タァン、という乾いた音の直後、的の中心に模擬弾が吸い込まれた。

 

「……ハラショー」

 

「おい、聞いてるのか響」

 

「聞いているとも。それで、それは実際に起きたのかい?」

 

ある意味当然の私の質問に対し、長月は少しムッとしたように答えた。

 

「あのなあ……確かに怪談か何かのように聞こえるかもしれないが、これは実際に起きている事件だ。それもこの鎮守府でな」

 

「……そんな結構な事件が起きたら、私たちにすぐに情報がくるはずじゃないかな?」

 

「司令官の命令で情報が規制されているんだ。理由は知らんがな」

 

「……じゃあなぜ君は知っているんだい、長月」

 

言いながら台から離れ、手に持った狙撃銃を長月に渡す。それを受け取った長月は、先ほどの私と同じように的に狙いを定めながら言った。

 

「そんなに不思議な話じゃないさ……単に私が二度目の事件の第一発見者だというだけだ。襲われたのは妙高型重巡洋艦の二番艦『那智』。重巡寮の入り口あたりの壁にもたれかかっていた」

 

「よく見つけたね」

 

「毎日早朝にランニングをしていてな。あの辺りはよく通るルートなんだ。……なんならお前もやるか?」

 

「いいのかい?」

 

「いいとも。普段は私以外にも菊月や初霜、日によっては巡洋艦や戦艦もいるんだがな。その日はたまたま私一人だったんだ」

 

タァン。再び的の中心が射抜かれ、長月がその手の銃を私に渡してくる。それを受け取り、またスコープを覗く。

 

「それにしても、那智さんは無事だったのかい?」

 

「ああ、命に別状はないらしい。なんだが……さっきも言ったろう? 那智のは二件目だと」

 

「つまり一件目があったと」

 

「そうだ。被害者は那智と同じ妙高型の一番艦『妙高』。こちらは鎮守府本館の提督執務室付近の廊下で倒れていたのを明石が見つけたそうだ。彼女は前日の夜間見回りをしている最中に襲われたらしく、近くに電池の切れた懐中電灯が落ちていたとのことだ。そしてもちろん」

 

「外傷がなく、デュエルしていた形跡がある、か」

 

タァン。交代。

 

「その通り。そしてここで問題になってくるのは、最初に一番艦、次に同型艦の二番艦が襲われたということだ。……そのせいで、今回の件を知っているものの間では次は三番艦の足柄が襲われるのでは、なんて噂まである始末だ」

 

「まあ、そう思ってしまうのも無理はないね」

 

人間、多少法則性のようなものを見つけると次もその通りになるのではと考えてしまうものだ。

 

(……それにしても、謎の昏倒事件に共通する『デュエル』……まさか)

 

思い、なんとなく自分のディスクに目をやる。

 

ーーデュエルが原因で意識を失った?

 

……いやいや、まさか。

 

(でも……もしかしたら、あり得るのか? 確かに私たちのディスクにそんな機能はないけれど、仮にそういう装置なりなんなりを持っている人物ならあるいは……)

 

じゃあ例えばそれが誰か、など見当もつかないけれど。

 

とかなんとか考えていると、不審そうな顔をした長月が私の顔を覗き込んできた。

 

「……何かな」

 

「いやな、たんにお前の番だというのに惚けていたからな」

 

「ああ、そうか。すまないね」

 

狙撃銃を受け取り、再び台へ。今度も慎重に狙いを定め、引き金を

 

「そう言えば、《覚醒の魔導剣士》のことなんだが」

 

「!!」

 

その言葉で動揺し、放たれた模擬弾は的の端をかすめていった。

 

「あっ……」

 

「お? どうした、らしくもない」

 

「……なんでもない、ただ手元が狂っただけさ。それより、魔導剣士がなんだって?」

 

外しても一発は一発。大人しく長月に順番を譲る。

 

「魔導剣士といい、慧眼といい。お前とのデュエルの後調べてみたんだが、あれらのカードはやはり実在しないようだ」

 

「……それは、私がオリジナルカードを使っていたと?」

 

「そういうわけではないさ。あのデュエルの最中、一度たりともディスクはエラーを出さなかった。それはすなわち、ディスクの中では公式のカードとして扱われているってことだ。だからこそ、一つ聞きたいんだが」

 

タァン。的の中心を撃ち抜いてから、長月は振り返ってこう言った。

 

「あれらは、結局なんだったんだ?」

 

「………………」

 

銃を受け取り、しかし台には向かわずその場で小さく下を向いた。

 

「……わからない。でも、ああいうカードは実は他にもあるんだ」

 

言って、ディスクにセットしたままのデッキから一枚のカードを抜き取り、長月に見せる。それは、

 

「《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》……ね。これまた聞いたことないカードだな」

 

先日の川内さんたちとのタッグデュエルの時に現れた、ルーンアイズ。これもまた、魔導剣士と似たようなカードだ。

 

魔導剣士の時とルーンアイズの時、どちらにも共通するのは、ピンチだったこと。少なくとも魔導剣士の時はあのターンで決めていなければ負けはほぼ確実だっただろう。ルーンアイズの時はどうだったかわからないが、まあ敗色濃厚ではあった。

 

敗北が近くなると、なぜか書き換わるカード。

 

(まるで私の負けを阻止するような……ん?)

 

しかし、そこでふと違和感を覚えた。

 

(そう言えば……長月とデュエルした時と、この間のタッグデュエル。それ以外では、一回も書き換わっていないな)

 

そもそも。私は無敵の決闘者ではない。事実暁には一度も勝てていないし、私がこの鎮守府に来て間もない頃、病室でディスクを使わずに他の駆逐艦たちとしたデュエルでも、やはり勝率は悪かった。

 

ということは、あの二戦には特別な何かがあった?

 

(あのデュエルとそれ以外の違い……物資搬入用港でやったこと? でもそれは……)

 

でもそれは、一番最初の、暁との決闘だって同じだ。

 

そこでふと、一つの仮説が出来上がった。

 

(……逆、なのか? あの物資搬入用港での三戦、そのうち暁戦を除く二戦が特別なのではなく、暁とのデュエルが特別だったっていうのか……?)

 

となると。その仮説を立証する方法が一つある。問題はそれをどう実行するかだ。

 

「おい、今度はどうした」

 

と、長月がこちらを覗き込みながら言う。それを見て、この話の本題を思い出した。

 

(そうだ……ああだこうだと考えても、結局デッキに入っていなかったカードをそのまま使用して、あまつさえ勝利してしまったのは、私だ)

 

いたたまれなくなり、帽子のツバを軽く下げる。そんな私の様子を見た長月は、私を慰めるような声で言った。

 

「……別に、私はお前を責めるつもりで言ったわけじゃない。あのカード……《覚醒の魔導剣士》が、もし仮にお前だけが持つ特別なカードだとしたら、それを使ってくれたことをいち決闘者として嬉しく思う。まさか、ディスクを改造したとか、そういうわけでもあるまい?」

 

問いに、首を縦に降る。実際、あれを改造できるのなんて明石さんくらいではないか?

 

「ならいいさ。それよりも、今度また私とデュエルしてくれ。お前とのデュエルは楽しかったからな」

 

そう言ってニカっと笑う長月。彼女のこういう部分は見習っていくべきかもしれない。そう思いつつ今度は照れくささから帽子で顔を隠した。

 

「……うん。私からも、お願いするよ」

 

その時だった。射撃訓練場のスピーカーから十二時を告げるチャイムがなった。

 

「おお、もうそんな時間か。……間宮のところに、昼を食いに行くか」

 

「いいね。たまにはボルシチが食べたいな」

 

「ぼるしち? なんだそりゃ?」

 

「……世界三大スープに数えられるほどなんだけど……そうか、あまり知られていないのか」

 

そんな会話をしながら、私たちは射撃訓練場を後にした。

 

--------------------ーー

 

 

「いやー、結構いけるものだな、ボルシチ。正直最初出てきたときはこんなものを食べるのかと正気を疑ったが……あの酸味は癖になりそうだ」

 

「だろう? ……それにしても間宮さんはすごいな。私もここに来てから一度自分で作ったけど、それよりも美味しかったかもしれない」

 

『食事処 間宮』の暖簾をくぐり、日の光の下に出る。その陽気に思わず伸びをした。

 

結局、ボルシチは半分ほど食べられた。逆に長月の頼んだカレーを半分ほど食べてやったが。

 

満腹を示すように軽く腹をさすりながら、長月が言う。

 

「それで、これからどうする? もう一度射撃訓練でもするか?」

 

「そうだね。なるべく早く、君や暁に追いつきたいしね」

 

「はは、私はともかく、暁は難しいと思うぞ? なんていったってあいつはーー」

 

と。そこで長月が言葉を切り、空を見上げた。つられてそちらを見ると、そこには一機のヘリコプターがとんでいた。

 

別におかしな話ではないだろうに、なぜか長月はそれから一切目を離さずにいた。

 

「どうしたんだい? そんなに珍しいものでもないだろう?」

 

「いや……おかしい。来て日が浅いお前はわからないかもしれないが、あれは軍が要人や艦娘を運ぶ時に使うヘリだ。だがそんな話は聞いていない。それに妙だ、この鎮守府のヘリポートは真逆だぞ……?」

 

「この鎮守府と無関係の可能性は? 例えば……この方角だと、東京からあの海の向こうへと向かっている、とか」

 

「海を越えて行こうと言うのなら、わざわざヘリなど使わずジェット機か何かでいけばいい。それに何より速度が遅すぎる……なんであんなに低速で飛んでいるんだ?」

 

そう言われると、確かに違和感だらけだ。

 

「……どうする? 追いかけてみるかい?」

 

「ああ、出来ればそうしたい。……付いてきてくれるか?」

 

その答えは、決まっている。

 

「もちろん」

 

 

 

 

そうして妙なヘリを追いかけてやってきたのは、

 

(ん……? ここは……)

 

見慣れた、特殊物資搬入用港。そして、当然ながらその先は海だ。

 

「……ここまでか」

 

「っ、違う! あのヘリ、この上空で止まってるぞ!」

 

「なんだって……!?」

 

慌てて上を見ると、そこには確かに前進も後退もせずにただババババという羽音だけを響かせているヘリコプターがあった。

 

(なんなんだあのヘリコプター……まるで私たちをここに誘い出すのが目的みたいだ……)

 

などと考えていると、突然視界に何かが映った。

 

おそらくヘリコプターから何かが投下されたのだろう。

 

「長月、見えるかい? 何か降ってきているようなのだけれど」

 

「ああ、見えているさ。というか、あのシルエット……おそらく」

 

一瞬、長月と目を合わせ、

 

「「人が降ってきてる!!」」

 

全力でその場から逃げ出した。

 

(あの人影……良く見えなかったけれどパラシュートをつけていなかった気がする……!)

 

「なあ気のせいか響!? あいつ、ヘリから紐なしバンジージャンプしている気がする!!」

 

どうやら悲しいことに見間違いではなかったらしい。そうこうしている間にも人影はぐんぐん地面に近づいていき、

 

(……南無)

 

ちょうど私が心の中で小さく合掌したタイミングで地面に激突した。

 

ズドォォォォンン……という爆音と同時に、舞い上がった砂埃が視界を埋め尽くす。

 

「えほっ、けほっ、響、ゴホッ、何がどうなった……!?」

 

「わからない……砂埃で、ゲホッ、全く見えない」

 

どうやら長月も砂埃を吸い込んでしまったらしい。二人で咳き込みながらも情報を共有していく。

 

その時だった。

 

モゾリ、と砂埃の中で何かが動いた気がした。

 

「「!!」」

 

長月と二人して息を飲む。

 

「まさか……あの人が生きているのか?」

 

「それこそまさかだな。大和型ですらノーダメージとはいかないだろ、あの高さだと」

 

確かに。いくら私たち艦娘が普通の人間よりも頑丈だからといって、あの高さからの自由落下だと普通に死にかける。

 

しかし、砂煙が晴れていくにつれて、徐々に落下してきた人物の現状が見えてくる。

 

「なーー!」

 

思わず一歩後ずさってしまう。驚いたことに、その人物は全くの無傷だったのである。

 

「……………………」

 

バサバサと、白の軍服に付着した砂を払うその女性。長い黒髪とサングラス、それに火のついていない煙管を咥えているのが特徴的だ。

 

「あ……あなたは……?」

 

開いたままふさがらない口をなんとか動かして質問をする。すると、謎の女性はこちらに視線を向けて言った。

 

「君は……君が、暁型駆逐艦二番艦の響か?」

 

「え? ……あ、ああ、そうだよ」

 

こちらの質問を全く無視した言葉に、思わず戸惑ってしまった。

 

(……ええと、結局この人はどこの誰なんだ?)

 

いまいち目の前の人物の正体がつかめず首を傾げていると、ふと隣にいる長月が目に入った。

 

「…………………………」

 

彼女は彼女で目を見開き、口をあんぐりと開けたまま惚けている。その反応も仕方がないだろう。

 

そちらからの助け舟は期待できそうにない。仕方ないので自力で話を進めることにした。

 

「もう一度尋ねるけど、あなたは一体何者なんだ?」

 

すると、今度は話を聞いてくれた。

 

「ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。私は華城(かじょう)。華城型戦艦一番艦の華城だ。以降、よろしく頼む」

 

「こちらこそ。改めて、駆逐艦響だ。よろしく」

 

言って、握手を交わす。しかし、そこでとある疑問が口を突いて出た。

 

「……とはいえ、華城という名前に聞き覚えがないのだけれど……」

 

「無理もない。私は大正時代に作られ、そのわずか数年後にひっそりと沈んだ艦だ。むしろ知っているものの方が少ないだろう」

 

となると、私たちにとっては大先輩にあたるわけか。

 

「えっと……ところで、華城さんはどうしてここに?」

 

「おっと、そうだった。目的を忘れてしまうところだった。私の目的なんだがーー」

 

そう言うと、華城さんは私からある程度距離を取り、

 

「ーー君に、決闘を申し込みたい」

 

ブゥン! と音を立ててディスクを起動させた。

 

「……………………」

 

それを見て、私は考える。

 

(これはまた随分と唐突だな……でも、この場所でのデュエル、それも大先輩とのだ。確実に得られるものはあるだろう)

 

「……いいよ。その勝負、受けよう」

 

私の方もディスクを起動させる。これでいつでも準備オーケーだ。

 

「それじゃあ、行くぞ」

 

「いつでもどうぞ」

 

「「デュエル!!」」

 

始まった私たちのデュエル。そんな中、長月は一人つぶやいた。

 

「なんなんだ、この状況……」




もっと自然な流れでデュエルに持っていきたいんですが……難しい。

次回、デュエルがちょっと薄味かも……?


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加速するデッキ

随分時間が空いてしまいましたね……不定期とはいえ流石に面目無い。言い訳する気もございません。

そんなことよりデュエルだ!!


華城:LP8000

響:LP8000

 

「それじゃあ私から行かせてもらう。私のターン! 手札から魔法カード《調律》を発動する!」

 

先攻は華城さん。その彼女が最初に発動したカードは、私も見たことのあるカードだった。

 

「デッキから《シンクロン》チューナーを手札に加え、その後デッキトップを墓地に送る。……だったよね?」

 

「知っていたか。ということは、君もシンクロを使うのかな?」

 

「まあ、多少ね」

 

もっとも、最近は《覚醒の魔導剣士》以外はほとんど使っていないけれど。

 

「ま、知っているのなら話は早い。私はデッキから《クイック・シンクロン》を手札に加える」

 

《調律》……というか《シンクロン》チューナーは汎用性の高いカードが多く、それゆえに現段階では断言できないが、

 

(おそらく、華城さんのデッキは【ジャンク】……もしくはその派生の【ジャンクドッペル】かな?)

 

そうあたりをつける。やはり《シンクロン》を使うデッキといえば【ジャンクドッペル】が代表的だろう。

 

ターンは進む。

 

「今手札に加えたクイックの効果を発動。手札のモンスター一体を墓地に送り自身を特殊召喚する。《チューニング・サポーター》を墓地に送り特殊召喚。さらに《ジャンク・シンクロン》を召喚し効果発動。墓地のレベル2以下を効果を無効にして特殊召喚する。サポーターを蘇生させ、さらにこの瞬間手札の《ドッペル・ウォリアー》の効果も発動! 墓地からモンスターが蘇生された時特殊召喚できる」

 

「……なんだ、シンクロデッキは皆フィールドを埋め尽くすのがデフォルトなのか……?」

 

【カラクリ】といい【BF】といい、ペンデュラム召喚をするでもなく特殊召喚の連続であっという間に大量のモンスターが湧いてくる。正直怖い。

 

「さあ行くぞ、私はレベル2のドッペルに、レベル3チューナーのジャンクをチューニング!」

 

合計レベルは5。《ジャンク・シンクロン》を使用するレベル5のシンクロモンスターといえばーー

 

「『想い』と『願い』が結合し、新たな『力』をここに生み出す! シンクロ召喚! 現れろ、レベル5《ジャンク・ウォリアー》!!」

 

「やはりジャンクウォリアーか……!」

 

シンクロモンスターの元祖といっても過言ではない、王道中の王道。

 

「この瞬間ドッペルの効果発動。シンクロ素材に使用されたことで、フィールドにドッペルトークン二体を特殊召喚する! そしてジャンクウォリアーはシンクロ召喚された時自分フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力分攻撃力を上昇させる!!」

 

現在、華城さんのフィールドにいるレベル2以下のモンスターは、サポーター一体とドッペルトークンが二体。それらの攻撃力を加えたジャンクウォリアーの攻撃力は、

 

「攻撃力……3200か」

 

「その通り。だがもちろんこいつを出してそれで終わりというわけではない」

 

「分かっているさ。まだチューナーが残っているしね」

 

「ああ。私はレベル1のサポーター、ドッペルトークン二体にレベル5チューナーのクイックをチューニング!」

 

クイックは、《シンクロン》チューナーの代わりとして扱うことができる効果を持つ。

 

「『想い』と『願い』が結合し、新たな『道』を切り拓く! シンクロ召喚! 現れろ、レベル8《ロード・ウォリアー》!!」

 

現れた最上級レベルのシンクロモンスター、その攻撃力は3000。ルーンアイズと同じだ。

 

(まあ、ジャンクウォリアーの方が攻撃力は上なんだけど……)

 

「サポーターを利用したシンクロ召喚に成功した時、一枚ドローする。さらにロードの効果で一ターンに一度デッキからレベル2以下の機械族か戦士族を特殊召喚できる。《ジェット・シンクロン》を特殊召喚。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

一ターン目が終わり、手札を全て使い切った華城さん。だが、それに見合ったフィールドだ。

 

「さあ、君のターンだぞ、響。私に見せてくれ、君の戦い方を」

 

「いいとも。それじゃあ私のターン、ドロー!」

 

だが、ドローがいまいち振るわない。今は動くべきではないということか。

 

「……私は、スケール5の《EM シルバー・クロウ》とスケール8の《相生の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル6と7のモンスターが同時に召喚可能だ」

 

「……レベル7、ね」

 

意味深げに呟いた華城さん。理由はわからないが、とりあえずはスルーしてターンを進める。

 

「行くよ、ペンデュラム召喚! 手札より現れよ、レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

「! 来たか……!」

 

スルーしようと思ったが、やっぱり華城さんの様子が気になってしまう。そう思っていると、本人から喋ってくれた。

 

「いやなに、そのドラゴンのことはここの提督から聞いていてね。他に所持している者もいないという話だったからな、一度目にしてみたいと思っていた」

 

「え……なんだって……?」

 

誰も、持っていない?

 

しかし、それはおかしい。だって、オッドアイズが入っていたのは明石さんの選んだレアカードの詰め合わせパック。となれば、たとえどれだけレアなカードであろうとも一応は市場に出回っているもののはずではないのか。

 

「……………………」

 

傍でデュエルの流れを見守っている、共にオッドアイズを賭けて戦った長月は、何も言わなかった。

 

彼女はオッドアイズの存在を知っていたのだろうか?

 

(……いや、それは今は関係ないか。それよりも華城さんから情報を聞き出す方が先決だ)

 

おそらく彼女は、私以上にオッドアイズについて知っている。そう期待を込めて、私は質問した。

 

「華城さん。あなたはオッドアイズについてどこまで知っているんだい?」

 

しかし、華城さんは苦笑しながら首を横に振った。

 

「どこまで、と言われてもな。私が知っているのはそのカードが希少だということと、あとはせいぜい効果ぐらいさ」

 

「……そう、か」

 

心の中で小さく肩を落とす。

 

(仕方がない……今度明石さんにでも聞いてみよう)

 

そうと決まればデュエル再開だ。

 

「すまない、デュエルを続けよう。私は《刻剣の魔術師》を召喚し効果発動。自身と相手モンスター一体を、次の自分のスタンバイフェイズまで除外する。ジャンクウォリアーには消えてもらうよ」

 

「ジャンクウォリアーの攻撃力を元に戻す気か」

 

「そうだよ。流石に攻撃力3200は大きすぎる」

 

除外効果はすんなり通った。ロードウォリアーの方はどうにもできないが、まあ一ターンくらいはどうにかなるだろう。

 

「さあ、バトルだ。私はオッドアイズでジェットウォリアーにーー」

 

「おっと、それはさせない。バトルフェイズ開始時、永続罠《デモンズ・チェーン》をオッドアイズを対象に発動。このカードの対象となったモンスターは、攻撃及び効果の発動が行えない」

 

「くっ……」

 

やはりそううまくはいかないらしい。

 

「ならカードを一枚伏せてターンエンドだよ」

 

「ではこのエンドフェイズに罠カード《トゥルース・リインフォース》を発動。このターンのバトルを放棄する代わりにデッキからレベル2以下の戦士族を特殊召喚する。来い、《ラッシュ・ウォリアー》!」

 

また新たなモンスターが現れる。シンクロモンスターを除けば、再びフィールドにチューナーとそれ以外が一組揃ったわけだ。

 

(対して私のフィールドにはオッドアイズが一体のみ。しかもその攻撃も効果も封じられて……)

 

ふと、そこで気付いた。

 

(……デモンズチェーンの効果は、モンスターの効果無効と攻撃の禁止。だったら、何故それを刻剣に対して使わなかった?)

 

使っていれば、ジャンクウォリアーの攻撃力が元に戻ることもなかったはず。

 

一体、何を考えているのだろう。

 

「私のターン、ドロー!」

 

不思議がる私をよそに、華城さんはターンを進めた。

 

「私は魔法カード《マジック・プランター》を発動。自分フィールドの表側の永続罠を墓地に送り二枚ドローする。チェーンを墓地に送りドロー。さらに魔法カード《ペンデュラム・ストーム》を発動。フィールドのペンデュラムスケールを全て破壊し、相手の魔法、罠を一枚破壊する!」

 

「な!? ノーコストで三枚破壊……!?」

 

いや、本来はペンデュラム召喚を主軸としたデッキで使われるのだろう。そうでなくては手札で腐ってしまうのがオチだ。

 

だのに、この人はシンクロ召喚をメインで行うデッキに投入している。ということは、私がペンデュラム召喚を主戦法にしているということを知っていたのだろう。

 

(……そういえばこの人、最初から目的は私とのデュエルだと言っていた。まさか……)

 

「調べたのかい? 私のことを」

 

「獅子はウサギを狩る時にも全力を出すというだろう? ならば、ウサギより圧倒的に手強い者を相手にするときに手を抜くなど笑止千万。ましてや君のような強者と戦う時には対策を怠るわけにはいかないさ」

 

いまいち分かりづらい物言いだが、要するに褒めてくれているらしい。それがわかった途端、軽く頬が赤くなった。嬉しいやら恥ずかしいやらな感情が入り混じる。

 

だが持ち上げられたからといって手を抜くというのは違うだろう。

 

「っ、速攻魔法《揺れる眼差し》を発動! フィールドのペンデュラムスケールを全て破壊し、その枚数によって効果が変わる。今破壊したのは私のスケール一組、よって相手に500ポイントのダメージを与え、さらにデッキからペンデュラムモンスター一体を手札に加える」

 

「躱したか」

 

華城:LP8000→7500

 

「私はこの効果で《竜穴の魔術師》を手札に加える」

 

「まあいいさ。私はレベル2のラッシュにレベル1チューナーのジェットをチューニング! 神の剣の名を持つ鳥よ、風を纏いて現れよ! シンクロ召喚! レベル3《霞鳥 クラウソラス》!」

 

珍しい、低レベルのシンクロモンスター。攻撃力はゼロだが、代わりに守備力が上級並みだ。

 

「ジェットがシンクロ素材として墓地に送られた時、デッキから《ジャンク》モンスター一体を手札に加える。二体目のジャンクシンクロンを手札に加え、さらにクラウソラスの効果を発動。一ターンに一度、相手モンスター一体をエンドフェイズまで効果を封じ、攻撃力をゼロにする!」

 

「くっ、オッドアイズが……!」

 

効果を封じられ、ゼロの攻撃力を晒している以上、フィールドに存在しないも同じだ。

 

「まだまだ行くぞ、私はジャンクシンクロンを召喚しその効果で墓地のドッペルを特殊召喚。そしてレベル2のドッペルにレベル3チューナーのジャンクをチューニング!」

 

(レベル5……またジャンクウォリアーかな? さっきと同じく、ドッペルトークンも呼び出せるし……)

 

しかし。

 

「『想い』と『願い』が結合し、その力は光をも超える『速さ』を得る!」

 

「! 違う、ジャンクウォリアーじゃない……!?」

 

先ほどと同じようにジャンクシンクロンが緑色の輪となってその中をドッペルウォリアーが通っていく。が、そこから生まれたシンクロモンスターは全く違っていた。

 

「シンクロ召喚! 現れろ、レベル5、シンクロチューナー《アクセル・シンクロン》!!」

 

「シンクロ、チューナー……!」

 

ということは、十中八九続けてシンクロが来る。

 

「再びドッペルトークンを二体特殊召喚、さらにアクセルの効果発動。デッキの《シンクロン》を墓地に送り、そのレベル分自身のレベルを上げる、もしくは下げる! 《アンノウン・シンクロン》を墓地に送り、レベルを1下げる!」

 

これでアクセルのレベルは4。フィールドのモンスター達と合わせてレベル5から9までのシンクロモンスターを召喚する事が出来る。

 

「私はレベル3のクラウソラスにレベル4チューナーのアクセルをチューニング!」

 

シンクロモンスターを使ったシンクロ召喚、その合計レベルは7。

 

「『想い』と『願い』が結合し、その力の輝きは星の光すら超越する! シンクロ召喚! 現れよ、レベル7《ライトニング・ウォリアー》!!」

 

光の中より現れたのは、白い鎧を纏った戦士。なかなか格好いいデザインだ。

 

「さらに私はロードウォリアーの効果で、デッキからレベル2の戦士族《ジャンク・アンカー》を特殊召喚。そしてレベル1のドッペルトークン二体にレベル2チューナーのアンカーをチューニング!」

 

「っ、まだ来るか……!」

 

合計レベルは4。だが今華城さんのフィールドには二体のシンクロモンスターが存在しており、その合計攻撃力は5400。出てくるシンクロモンスター次第では、非常にまずい。

 

「『願い』がこの右腕に宿り、それは阻むものすべてを打ち砕く『力』となる! シンクロ召喚! 現れよ、レベル4《アームズ・エイド》!!」

 

「攻撃力1800……これで合計7200か」

 

そう小さく呟く。それなら、ギリギリだがライフは残る。

 

しかし、そのわずかな希望を砕くかのように華城さんはカードを発動した。

 

「そして手札から速攻魔法《イージーチューニング》を発動。墓地のチューナー一体を除外し、その分自分のモンスター一体の攻撃力を上げる。ジャンクシンクロンを除外し、その攻撃力1300をライトニングに加える」

 

「あ……!」

 

無慈悲な攻撃力上昇。これで私のライフが削り切られることが確定した。

 

(そんな……たった二ターンで終わり……? 幾ら何でも早すぎる……!)

 

しかし、私のフィールドに伏せカードはなく、手札誘発のカードも今手札にない。完全な敗北だ。

 

(これが、歴戦の戦艦の運命力……なのか)

 

そうやって、自分の敗北を認めかけた、その時だった。

 

「私はエイドの効果を発動。このカードは、攻撃力を1000上げる装備カードとしてモンスターに装備できる。ライトニングに装備だ」

 

「…………え?」

 

思わず、耳を疑った。

 

エイドをライトニングに装備した場合、総ダメージ量は7700。エイドをそのまま戦闘に参加させた場合は8500なので、それでは威力が下がってしまっている。

 

しかも、これはオーバーキルか否かの話ではなく、勝負が決まるかどうかなのだ。

 

(なんでそんな意味のないことを……いや、まさか?)

 

「さあ行くぞ、ライトニングでオッドアイズに攻撃!」

 

「うぐっ……!」

 

響:LP8000→3300

 

「さらにロードでダイレクトアタック!!」

 

「ぅくっ、あああ!!」

 

響:LP3300→300

 

あまりの衝撃に、私の身体は軽々と宙を舞った。なんとか空中で姿勢を整え、体から地面に衝突するのを避ける。

 

「だいぶ削れたな。私はこれでターンエンドだ」

 

「お、おいおい、大丈夫か、響」

 

「大、丈夫、だよ」

 

パタパタと服の裾についた砂埃を払う。そうしながら、一つの確信が脳内に浮かぶ。

 

(……間違いない。この人……待ってるんだ、『あれ』を。だから刻剣の効果を止めなかったし、わざとエイドを装備させて攻撃してきたんだ……)

 

スッと、エクストラデッキに手をかざす。条件はおそらく揃った。ライフが大幅に削られており、なおかつここは特殊物資搬入用港。

 

『あれ』をなぜ知っているのかはわからない。おそらく私について調べているときに偶然知ったとかだろう。まあ私のデュエルの戦績を見ていればわかる。明らかに今までに使用した様子のないカードが使用されているのだから。

 

かざした手をメインデッキの方に移し、その一番上のカードを掴む。

 

「私のターン……ドロー!」

 

瞬間ーー意識が白に染まった。




……うん、やっぱりちょっと薄味ですね。

余談ですが、この一、二週間の間に浮かんで頭から離れない設定(このお話とはなんら関係ありません)があるんです。もしかしたら、それもそのうち発表するかも?

次回、華城さんの秘密が明らかにー(棒)


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レールの上のデュエル

意識の白濁から復帰し、ドローカードを確認する。そのカードはもともと私のデッキに入っていたものだ。ということは、

 

「……やっぱり」

 

エクストラデッキの一番上のカードをめくると、予想通りそれは見覚えのないカードになっていた。

 

「このスタンバイフェイズ、除外されていた《刻剣の魔術師》と《ジャンク・ウォリアー》はフィールドに戻る。そしてスケール2の《賤竜の魔術師》とスケール8の《竜穴の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング」

 

再び私のペンデュラムスケールに二枚のカードが現れる。

 

「行くよ、ペンデュラム召喚! エクストラデッキから、レベル4《相生の魔術師》、《EM シルバー・クロウ》、そしてレベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

「復活したか……そしてレベル4が二体、エクシーズ召喚でもする気かな?」

 

華城さんはそう言ったが、そのつもりはない。

 

「刻剣の効果を再び発動。自身と《ライトニング・ウォリアー》を次の私のスタンバイフェイズまで除外する。そして私は、オッドアイズとシルバークロウをリリース!」

 

「ほう、リリース……ということは最上級のアドバンス召喚か!」

 

「残念だけど違う……これは融合召喚だ!」

 

「! 《融合》を使用しない融合召喚……?」

 

長月も驚きの声を上げる。しかしこれはルール上問題ない行為だ。

 

「このモンスターは、自分フィールドの闇属性、ドラゴン族と獣族を一体ずつリリースすることで融合召喚する事が出来る。ふた色の眼の龍よ。野生をその心に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

渦の中から現れたのは、宝石のような見た目のオッドアイズとは違う、野獣のようなワイルドな見た目のビーストアイズ。二体目のオッドアイズの融合体だ。

 

「ほう……ほうほうほう! なるほど、これは驚いた! 私はこんなモンスターは知らない、これもまた君の持つ特別なカードということか!」

 

そのビーストアイズをみた華城さんは、先ほどまでの余裕のある態度を崩し、まるで子供のように無邪気に言った。

 

「賤竜は一ターンに一度、エクストラデッキの《魔術師》もしくは《オッドアイズ》を手札に戻すことができる。この効果で私はペンデュラムドラゴンを手札に戻し、さらに相生の効果を発動。このカードは相手に戦闘ダメージを与えられない代わりに、自分フィールドのモンスターと同じ攻撃力になれる。ビーストアイズと同じにするよ」

 

「ダメージを与えられない攻撃力3000……なるほど、君の狙いはそういうことか」

 

すぐに感づかれてしまったようだが、だからと言って手を変えるつもりもない。

 

「さあ、バトルだ。相生で《ロード・ウォリアー》に攻撃!」

 

「…………」

 

華城さんの表情は少しも変わらない。あの言葉が本当なのだとしたら予想通りの結果なわけだから、その反応は妥当か。

 

「続いてビーストアイズでジャンクウォリアーに攻撃!」

 

「ふふっ……いいだろう、来いっ!」

 

ビーストアイズの放った炎が、ジャンクウォリアーを焼き尽くし、その余波は華城さんの近くまで及んだ。

 

華城:LP7500→6800

 

「これで終わりか?」

 

何故か若干不満そうに言う華城さん。だがもちろんこれで終わりではない。

 

「いいや、ビーストアイズが相手モンスターを破壊したとき、融合素材にした獣族の攻撃力分、相手にダメージを与える!」

 

「融合素材……ということは、シルバークロウの攻撃力分1800か」

 

華城:LP6800→5000

 

「バトルフェイズを終了し、私は魔法カード《一時休戦》を発動。お互いにカードをドローし、次の私のターンまでお互いに発生するすべてのダメージをゼロにする」

 

「自分から散々攻撃しておきながら休戦を申し込む……相変わらずこのカードはなかなか理不尽だな」

 

「……確かに。でも便利なカードは使わないとね。私はカードを一枚伏せてターンエンドだよ」

 

「私のターン、ドロー。墓地の《ラッシュ・ウォリアー》の効果を発動。このカードを除外することで、墓地の《シンクロン》を手札に戻す。《ジャンク・シンクロン》を手札に戻し、これを召喚。その効果で墓地のレベル2以下のモンスター、《チューニング・サポーター》を効果を無効にして特殊召喚する」

 

「レベル1……ということは合わせてレベル4かな?」

 

いや、もしかしたら最初のターンの《クイック・シンクロン》のように条件付きで特殊召喚できるモンスターがいるかもしれない。

 

その予想はある意味で当たり、ある意味で外れた。

 

「私は魔法カード《機械複製術》を発動。自分フィールドの攻撃力500以下の機械族の同名モンスターを、デッキから二体まで特殊召喚する」

 

「なるほどな、攻撃力100のサポーターと相性抜群ということか」

 

後ろの長月が言う。そういえば、彼女の使うデッキも機械族をメインに据え、シンクロを多用するものだったか。

 

「サポーターはシンクロ召喚に使用するときレベルを2として扱える。行くぞ、レベル2のサポーター二体、レベル1のサポーターにレベル3チューナーのジャンクをチューニング!」

 

「レベル8……ビーストアイズと同じか」

 

そして、私の持つ他の『特別なカード』たちとも。

 

「『想い』と『願い』が結合し、生まれし怒りは永久の闇をも打ち砕く! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《ジャンク・デストロイヤー》!!」

 

地面を割って現れたのは、合体ロボのような見た目のシンクロモンスター。その攻撃力は2600と《ロード・ウォリアー》より低いが、何か効果があるのは間違いないだろう。

 

「サポーターをシンクロ召喚に使用した時、一枚ドローできる。三体使用したので三枚ドローし、さらにデストロイヤーの効果を発動! シンクロ召喚に使用したチューナー以外のモンスターの数だけ、フィールドのカードを破壊できる!」

 

「チューナー以外……つまり三枚破壊する、か」

 

「そうだ。私は響のペンデュラムスケール両方と、その伏せカードを破壊する!」

 

再び私のフィールドのスケールが破られる。ペンデュラムモンスターは破壊されてもエクストラデッキに行くが、こう何度も破壊されてはデッキのペンデュラムモンスターが枯渇してしまう。そうなると、新たなスケールが用意できずペンデュラム召喚もできない。

 

「今破壊された《運命の発掘》の効果発動。このカードが破壊された時、カードをドローできる」

 

「うまく利用されたか……だがこれはどうかな? 魔法カード《精神同調波》発動! 私のフィールドにシンクロモンスターが存在するとき、相手のモンスター一体を破壊する。ビーストアイズにはご退場願おう」

 

「くっ……!」

 

ビーストアイズには、破壊耐性も破壊された時の効果もない。ただ無抵抗に破壊されるのみだ。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンド。……さて、君の切り札は破壊させてもらったぞ、響。ペンデュラム召喚も容易ではないこの状況で、君はどうする?」

 

「……わかっているんだろう?」

 

私がそう返すと、華城さんは軽く笑って言った。

 

「ふ、まあな。正直、君の次のターンの行動はなんとなく予測がついている」

 

「やっぱりね。私のターン、ドロー」

 

ドローカードを確認。どうやら、華城さんの予想通りの展開になりそうだ。

 

(けど、それが最善だろうから、仕方がない)

 

「この瞬間、刻剣とライトニングがフィールドに戻る。そして私は魔法カード《死者蘇生》を発動する」

 

私の墓地には、融合召喚以外では特殊召喚できないビーストアイズしかいない。よって特殊召喚は華城さんの墓地からということになる。

 

ランク3のエクシーズ召喚ができる《ジャンク・シンクロン》? レベル4のシンクロ召喚ができる《アンノウン・シンクロン》?

 

(いや、違う)

 

「私が呼び戻すのはーー」

 

「おそらく、君が蘇生させるのはーー」

 

次の瞬間、二人の声はぴったりと重なった。

 

「「《アクセル・シンクロン》!!」」

 

華城さんの墓地から、アクセルが私のフィールドに特殊召喚される。

 

「行くよ、私はレベル3の刻剣にレベル5チューナーのアクセルをチューニング!」

 

「レベル8……来るか!」

 

「清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!!」

 

私の持つ、特別なカード。未だに謎の多い剣士は、今回は寡黙を貫いている。

 

「魔導剣士の効果発動。《魔術師》Pモンスターをシンクロ素材にした時、墓地の魔法カード一枚を手札に戻す。《一時休戦》を手札に戻すよ。……そしてバトルだ、魔導剣士でライトニングに攻撃!」

 

「っ、さらに破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを与える、だったか」

 

華城:LP5000→2500

 

「メインフェイズ2、《一時休戦》を発動しドロー。カードを一枚セットしてターンエンドだ」

 

「またダメージは与えられないか。まあ仕方がない、私のターン、ドロー。デストロイヤーで魔導剣士に攻撃だ」

 

デストロイヤーの拳が魔導剣士を打ち砕く。当然、ダメージはない。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンド」

 

「ならこのエンドフェイズ、罠カード《ロスト・スター・ディセント》を発動。墓地のシンクロモンスター一体を、レベルを一つ下げ、効果を無効、守備力をゼロにして守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、魔導剣士!」

 

舞い戻った魔導剣士の手に、剣はない。ディセントの効果で攻撃表示にできないが故の演出だろうか?

 

(華城さんの残りライフは、2500。ドロー次第では、次のターンで決められるかもしれない)

 

キーカードは、ほぼ手札に揃った。あと一枚、それで勝負を決められる。

 

「行くよ、私のーー!」

 

気合の入った掛け声とともにカードをドローしようとした、

 

その時だった。

 

「ちょ、ちょちょちょっとー!!? なーにしてるんですかぁー!!」

 

鎮守府本館の方から、見覚えのある影が走ってきた。

 

「……明石か。遅いぞ」

 

長月が軽くため息をつきながら言う。どういうことか理解しかねていると、明石さんは私の方ではなく華城さんの方にずかずかと近づいていった。

 

「あ、の、で、す、ねー! 前に言いましたよね、私! 『戻ってくるなら事前に連絡を』と! それなのになんで貴女は毎度毎度唐突に帰ってくるんですか!!」

 

「い、いやー、今回はほら、事態が事態だろう? だからなるべく早く戻ってこなくてはかなー、と……」

 

「だからと言ってなぜノー連絡! ホウレンソウを大事にするのは社会人の常識でしょうがっ!! やっぱり頭の修理が必要ですか!!?」

 

「えと……あ、あの? よくわからないのだけど、落ち着いてくれないかい?」

 

ものすごい剣幕で華城さんに食ってかかる明石さんをなんとか抑える。興奮気味の彼女に話を聞くのは無理そうなので、事態を理解していそうな長月に話を聞くことにする。

 

「長月、これはいったい……?」

 

「……まあ、こうなっては隠す必要もないだろう。お前は会ったことがないからわからないのも当然なんだが、この人はーー」

 

それを合図にしたように、華城さんはサングラスを勢いよく外し、ニッと笑った。

 

 

「この鎮守府の、司令官だ」

 

 

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

 

理解が、全く追いつかない。

 

(どういう、ことだ……? だって、華城さんは華城型戦艦の一番艦だって……)

 

対する華城さんは、サングラスを胸ポケットにしまい、両足を揃えて言った。

 

「バレしまっては仕方がない。そうだ、私が華城型戦艦一番艦『華城』改め、横須賀鎮守府総司令官の『華城(かじょう) 穂野何(ほのか)』だ。よろしく」

 

ビッ、と音がしそうなほど整った敬礼を見せられて、混乱が吹き飛ぶ。冷静になればどうということはない、要するに彼女が嘘をついていたというだけだ。

 

「……長月、君は知っていたのかい?」

 

聞かれた長月は、バツが悪そうに頬を掻きながら答えた。

 

「すまない、本当は最初に言おうかと思ったんだが……なんというか、こう、司令官から無言の圧力のようなものを感じてな。なかなか言い出すタイミングが掴めなかったんだ」

 

「……そうか」

 

まあ、ここで長月を責めるのは筋違いだ。

 

さてどうしたものかと考えていると、華城さん……もとい司令官がディスクを構えなおしながら言った。

 

「さあ響、君のターンだぞ? もっと見せてくれ、君の可能性を!」

 

そういえばそうだった。今はデュエルの真っ最中。勝手に終了するなんて、失礼もいいところだ。

 

「わかったよ、華城さん……いや、華城司令官」

 

「少々堅苦しいが……いいだろう、来い!」

 

何を引けばいい? いや、ドローすべきカードなどわかりきっている。

 

「改めて私のターン……ドロー!!」

 

ドローカードを確認し、思わず小さく笑みがこぼれる。狙ったカードをドローすることができた。

 

「私は魔法カード《融合》を発動! フィールドの魔導剣士と手札のオッドアイズで融合!」

 

「オッドアイズと魔法使い族の融合……ということは!」

 

そう。三枚目の、特別なカード。

 

「ふた色の眼の龍よ。神秘の力をその目に宿し、新たな姿となりて現れよ! レベル8《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!!」

 

「来たか、ルーンアイズ……! だが、この状況ではその効果を生かすことはできないぞ!」

 

「構わないさ、ルーンアイズでデストロイヤーに攻撃!」

 

ルーンアイズの背中の輪から発射された光線がデストロイヤーの胴体を貫き、そなまま爆散させる。

 

「くっ……」

 

華城:LP2500→2100

 

「だが……だが足りないぞ、私のライフはまだ初期値の四分の一も残っている!」

 

モンスターがフィールドに一体もいないにもかかわらず、司令官の余裕は変わらない。

 

だが。

 

「それはどうかな?」

 

「何っ……!」

 

「私の手札は、まだ一枚残っている!」

 

これが、最後の切り札。

 

「私は手札から速攻魔法《融合解除》を発動! フィールドの融合モンスター一体をエクストラデッキに戻し、その融合素材一組を墓地から復活させる! よみがえれ、魔導剣士、そしてオッドアイズ!!」

 

『特別なカード』である魔導剣士と、司令官からもらった私の切り札オッドアイズがフィールドに並ぶ。

 

「これで終わりだ……オッドアイズで、ダイレクトアタック!!」

 

オッドアイズが発射した光線が司令官に迫る。あの伏せカードはルーンアイズの攻撃時には発動されなかったということは、攻撃反応系ではないはず。

 

しかし。

 

「……なるほど、君の『今』の実力はよくわかった。こんなに熱くなったデュエルはいつぶりだろうかね」

 

司令官の表情から、余裕は一切消えていなかった。

 

「だが詰めが甘かったな。リバースカードオープン、罠カード《墓地墓地の恨み》!!」

 

「なんーーそのカードは……!?」

 

「このカードは相手の墓地にカードが八枚以上存在するときに発動できる。その効果により、君のフィールドのすべてのモンスターの攻撃力をゼロにする!」

 

それを聞いて、慌てて墓地を確認する。今私の墓地にあるカードは、

 

(《揺れる眼差し》、《一時休戦》、《運命の発掘》、《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、《死者蘇生》、《ロスト・スター・ディセント》、《融合》、《融合解除》……合計八枚ちょうどだ……!)

 

だけど、それならルーンアイズが攻撃した時にも発動できたはずだ。あの時私の墓地には《融合解除》はなかったが代わりにオッドアイズと魔導剣士がいたのだから。そうしていれば、攻撃力ゼロのルーンアイズでデストロイヤーを攻撃してしまい、その反射ダメージで私は敗北していた。

 

(まさかこの人がプレイングミスをするなんてとても思えない。……ということは……?)

 

「あー……響さん。それ、その人の癖なんですよ」

 

私の思考を呼んだかのように明石さんが答える。顔に出ていただろうか?

 

「癖?」

 

「はい。相手がどこまで自分を追い詰めることができるのかを試すんです。だから相手の行動を阻害することもほぼないんですよ」

 

なるほど。確かに、司令官のターンに私のカードが破壊されることは多々あったけれど、こちらのターンに妨害されたのは最初のターンの《デモンズ・チェーン》くらいだ。

 

「さて、君のターンは終了でいいのかな?」

 

「……うん。私はこれでターンエンドだ」

 

発動できるカードはなく、手札もゼロ。フィールドには二体のモンスターが存在するが、両者のレベルが違うのでエクシーズ召喚する事も出来ない。

 

「では、私のターンな訳だが……ここから君のライフを削り取ることは簡単だ。しかし、それでは少々味気ない。だから、いいものを見せてあげよう」

 

「いいもの……?」

 

「ああ。私は罠カード《転生の予言》を発動! 墓地のカード二枚をデッキに戻す。《ジャンク・シンクロン》と《ジャンク・ウォリアー》をデッキに戻し、私のターン、ドロー!」

 

ジャンクウォリアーがデッキに戻った。ということは、おそらく……

 

「ジャンクシンクロンを召喚し効果で墓地の《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚。さらに墓地の《ジェット・シンクロン》の効果発動。手札を一枚デッキトップに置くことで特殊召喚。そして墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》は私のフィールドにチューナーが存在するとき特殊召喚できる」

 

「《ボルト・ヘッジホッグ》……? そんなのいつ……」

 

「最初のターンの《調律》だろう。……よくもまあピンポイントで墓地に送れたものだ、とは思うがな」

 

長月に言われて思い出す。そう言えば司令官がこのデュエルの一番最初に発動したのは《調律》だった。

 

(本来はただのコストのはずのデッキトップを墓地に送る効果……それで都合よく墓地で効果を発揮するモンスターを墓地に送るだなんて……なんて運だ)

 

「永続魔法《連合軍》発動。私のフィールドの戦士族は自軍の戦士族及び魔法使い族の数×200ポイント攻撃力がアップ。さらに装備魔法《団結の力》をジェットに装備。その効果でジェットの攻撃力は自分フィールドのモンスターの数×800アップする」

 

「この流れ……まさか」

 

「さすがに気づいたか。私はレベル2のドッペルにレベル3チューナーのジャンクをチューニングッ!!」

 

緑色の光輪をドッペルが潜っていく。一ターン目と全く同じ組み合わせ、さらにフィールドには攻撃力の上がったレベル2以下のモンスター。もう間違いないだろう。

 

「『想い』と『願い』が結合し、生まれし力はさらなる『加速』を生み出してゆく!! シンクロ召喚! 現れろ、レベル5《ジャンク・ウォリアー》ッ!!」

 

白いマフラーをたなびかせ、再びフィールドに召喚されたジャンクウォリアー。その攻撃力は、本来なら2300だが……

 

「この瞬間、ドッペルの効果で私のフィールドに二体のドッペルトークンが特殊召喚される。そしてジャンクウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分フィールドのレベル2以下の攻撃力の合計を、自身に加える!!」

 

今司令官のフィールドにはジェット、ヘッジホッグ、二体のドッペルトークンと計四体のレベル2以下が存在する。その攻撃力がジャンクウォリアーに加わっていき、合計は、

 

「攻撃力……10200……!!」

 

「さあ、バトルだ。《ジャンク・ウォリアー》で《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃!!」

 

初期ライフすら軽く超えた攻撃力。その攻撃を止める手は、

 

「う、ああああああああ!!!」

 

当然、ない。

 

響:LP300→-9900

 

 

 

 

「お疲れ様。いいデュエルだった」

 

「……とんだ茶番だった気もするけどね」

 

差し伸べられた手を掴みながらぼやく。それに対して司令官は苦笑しながら言った。

 

「まあそう言うな。私の目的は君の実力を図ることだったわけだし……それに、攻撃力一万越えなんてそうそう観れるものじゃないぞ?」

 

「そうですね。それでは満足したところで業務に戻りますよ提督!!」

 

「おわっ!?」

 

後ろから近づいた明石さんに腕を引かれる司令官。その様子を見ていると、どちらが上司だかわからなくなってくる。

 

「ま、待て明石! まだ話が終わってない!」

 

「それどころじゃありません! スケジュール管理をするのは大淀、その愚痴を聞かされるのは私なんです! それにどうせ本部の人たちには何の連絡もなしなんでしょう? その始末書も書かなきゃいけないでしょうが!」

 

「いいや、今回はちゃんと許可もらって帰ってきたぞ! ほら!」

 

言って、司令官が胸ポケットから一枚の紙を取り出し明石さんに見せる。それを見た明石さんは、何も言わずに腕をつかむ力を緩めた。

 

「……後で大淀には頭を下げに行くさ。連絡を怠ったのは事実だしな。だが少し待ってくれ」

 

「……わかりました。ではなるべく手早くお願いしますね」

 

「ああ。……さて」

 

と、司令官は急に改まった顔になると、手を腰の後ろに回し、私の方に向き直った。つられて私の背筋も伸びる。

 

そして、言った。

 

「駆逐艦響。君に一つ、命令がある」

 

「命令……?」

 

その言葉に、思わず身体がこわばる。司令官からの命令は、すなわち上官命令。どんな内容であれ絶対なのだ。

 

数瞬の沈黙ののち。司令官の口が、開かれた。

 

「……響。君には明日から我が鎮守府の『臨時秘書艦』の業務に就いてもらう」

 

「………………えっ?」

 

浮かぶは、疑問符。数秒後、脳が冷静さを取り戻して、司令官の言葉をゆっくりと噛み砕いて理解しようとして、

 

「…………………………えっ?」

 

疑問符は、全く消えなかった。




まあ華城さんの正体についてはピンときていた人もいるかもしれませんね。というわけで【オッドアイズ】vs【ジャンド】でした。
それではデッキを解説。

司令官こと華城さんが使用、【ジャンド】。特に変わった点はありませんね。【ジャンド】はフルモン気味になりがちなんで《調律》でモンスターを墓地に送るのは案外簡単だったり。

対する我らが響さん、【オッドアイズ】です。
今回はオッドアイズの進化体及び《覚醒の魔導剣士》を次々に出していくのが目的でした。ですから、使用してるカードも結構少ないです。

全体的にイベント戦みたいなデュエルとなりました。

……と、言ったところで。今回はこんな感じですね。次話なんですが、ちょっと間があいてしまうと思います。お話のストックが切れちゃったのです。なるべく早く投稿できるように頑張りまっす。

次回、臨時秘書官って?


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番外編:夏の足音は雨とともに

響の梅雨ボイスを聞いて衝動的に書いちゃいました……三日ほどで。

本編もちゃんと書いてますよ。


ーーこれだから、この季節は嫌いなのだ。

 

「……………………」

 

鎮守府の廊下から、窓の外の豪雨を見てそう思う。

 

梅雨。日本の六月の風物詩。沖縄付近で発生して徐々に日本列島を北上していく停滞前線、通称梅雨前線によってもたらされるそれは、私たち艦娘にとっては天敵といってもいい。

 

まず、当然ながら天候に関係なく懲戒任務は存在する。雨の場合は軍から支給されたレインコートを着て行うのだが、海の上を進むため、あまり意味をなしていない。それに視界も非常に悪い。

 

そして何より、

 

「おい、どうした響」

 

「……ああ、すまない、菊月。ちょっと窓の外を見ていたんだ」

 

「やめておけ、気が滅入るだけだぞ……」

 

そう言って前を進む菊月。その手にはバケツと大量の雑巾が抱えられており、それと同じものを私も持っている。

 

どういう状況かというと、先ほどまで私、暁、そして睦月型の皆で艤装の点検をしていたのだ。で、じゃんけんで負けた私と菊月がその片付けを担当している、というわけだ。

 

湿気は電探の電気系統を容赦無く侵し、砲などの錆びつきを加速させ、カビなんかが生えた時には目も当てられない。なのでこの時期は特に頻繁に艤装の手入れをしなければいけないのだ。

 

(普段は出撃前と出撃後に軽く調整するだけでいいのに、梅雨の場合はそうもいかないからね……)

 

漏れそうになったため息をぐっと飲み込み、少しだけ早足になる。マイナスなことを考えて気を落とすよりも、さっさとこのお使いを済ませて部屋に戻って暁たちと遊ぼう。

 

「……なあ、響」

 

と、私が歩調を合わせたために横に並んだ菊月が口を開いた。

 

「なんだい?」

 

「いやな……お前と暁のデッキにはいまいち共通点が見当たらんなと思ってな」

 

私と暁のデッキ。私の方は【オッドアイズEM魔術師】、暁のは【真紅眼の黒竜】だ。

 

(その、共通点?)

 

その言い方だと、まるで、

 

「……姉妹艦だと、似たようなデッキになる傾向があるのかい?」

 

「いや、別にそういうわけではないさ。陽炎型なんかは全員個性豊かなデッキを使っている。……だが、私たち睦月型や……あとは白露型なんかは姉妹で傾向の似たデッキを使っている」

 

「傾向の似た……?」

 

思いかえされるのは、長月とのデュエル、そして睦月を含めたあのタッグデュエル。

 

だが、

 

「……長月の使う【カラクリ】は機械族のシンクロデッキ、睦月の使う【ヒロイック】は戦士族のエクシーズデッキだろう? 正直、似たところが見当たらないんだけど……」

 

「……まあ、確かに長月のデッキは少し違うように感じるかもしれないが、……あのデッキもまた睦月型らしいものだ」

 

どういうことだろう? と、首を傾げていると、ふとあることを思い出した。

 

(そういえば……確か、最初の方にやった病室でのデュエル……そうだ、あの時に私は……)

 

あれは、私がこの鎮守府に着任して三日目のことだ。初日の騒動のせいで病室にいた私のところに、睦月型の数人がお見舞いに来てくれたのだ。その時に、私は睦月型の一人、卯月とデュエルしている。

 

彼女の使用するデッキは、戦士族の融合デッキ。

 

そこで、一つピンときた。

 

「もしかして……『戦士』、かな?」

 

「おお、気づいたか。そうだ、私たち睦月型は皆、『戦士』、もしくは『正義』が中心にあるデッキを使う傾向にある」

 

そう言う菊月の声は少し弾んでいた。

 

(なるほど、確かに長月のデッキは戦士『族』ではないけれど、全体的な雰囲気は武士の時代を彷彿とさせるものだった。それになんとなく、『正義』というのもわからなくはないかな)

 

確かに、武士といえば『正義』な感じはする。なんとなくだが。

 

「ということは、菊月のデッキも『戦士』で『正義』なのかな?」

 

「ああ。……もっとも、私のデッキは師の影響を強く受けているがな」

 

そこで菊月は口を閉ざしてしまった。追求すれば教えてくれるかもしれないが、まあそれは実際にデュエルするときのお楽しみとしておこう。

 

(じゃあ、今は仕事を済ませてしまおうか)

 

目的地は、もうすぐだ。

 

--------------------ーー

 

 

「戻ったよ」

 

「あ……おかえりなさい」

 

「ああ、ただいまだ、弥生」

 

駆逐艦寮、睦月型の部屋。片付けを一通り終えた私と菊月は、皆の待つこの部屋に戻ってきた。

 

「暁はおとなしくしていたかい?」

 

「うん。さっきまで、睦月たちとデュエルの話をしていたんだけど、今は……」

 

そう言って振り返る弥生。それに倣ってそちらを見ると、

 

「よーっし、完成にゃ!」

 

そのタイミングで睦月が大声をあげた。

 

「どうした睦月、急に大声を出したりして……」

 

「にゃ? あ、菊月ちゃんに響ちゃん、おかえりなさい! 実は睦月、こんなものを作っていたのにゃしぃ!」

 

自信満々な睦月が手に持ったものを私たちに見せる。それは、

 

「……てるてる坊主、かい?」

 

「そうにゃ! なかなかうまくできているでしょ?」

 

「なるほど、睦月と如月を模っているのか……上出来じゃあないか? なあ、響」

 

もちろん私も同意見だ。二人をモチーフにした一対のてるてる坊主は、どちらも非常に可愛らしくできている。

 

「確かに可愛……ん?」

 

その感想を口に出そうとした時、睦月の後ろに何かが見えた。

 

人影、というか、

 

「……どうしたんだい、暁?」

 

「ぴゃあ!!? な、ななななによ、ひひ響」

 

「いつから私はそんな愉快な名前になったんだい」

 

言いつつ暁の方を観察する。白い布の切れ端のようなものとちぎられた新聞紙が散らばった机。暁の横にはクレヨン。ということは、

 

「もしかして、暁もてるてる坊主を作っていたのかい?」

 

「!!! え、えと、あの、う、あ……」

 

「ちょっと見せておくれよ」

 

「ま、待っーー!」

 

止めようとする暁の声をスルーして机を回り込む。そして、その机の上にあったのは、

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………あ、ああ、《真紅眼の」

 

「てーるーてーるーぼーうーずー!!!」

 

暁が大声で抗議する。しかし……しかし、絶望的なまでに《真紅眼の黒竜》である。

 

「た、確かに見事なレッドアイズだな……」

 

「………………」

 

「……ま、まだ材料はあるにゃ……!」

 

感嘆の息を漏らす菊月、無言の弥生、まさかのフォローに回る睦月。

 

三者三様な反応を受けて、暁は崩れ落ちた。

 

「違うし……てるてる坊主だし……ちょっと手が滑っちゃっただけだし……」

 

どう手が滑ったらてるてる坊主に羽が生えるんだろう。

 

しかし、さすがにやりすぎたか。反省し、フォローに回ることにする。

 

「まあ、その、暁」

 

「…………あによ」

 

「………………レッドアイズなら、この雨雲も散らしてくれるさ」

 

「雑すぎない!?」

 

ダメだったようだ。

 

(さて、どうしたものか……)

 

と首をひねっていると、

 

「……あのなあ、お前たち。廊下まで声が聞こえていたぞ」

 

「? 長月?」

 

「私もいるわよ〜」

 

玄関から声。振り返ると、そこには長月と如月がいた。その手にはジュースの入ったペットボトルとコップがある。

 

「艤装の点検を頑張ったからって、明石さんが」

 

弥生の補足が入る。

 

「そら、休憩にしよう。机をもう一台出してくれ」

 

「ああ……と、一人じゃ重たいから手伝ってくれ、響」

 

「了解。……っと」

 

その前に、沈んでいる暁のもとへ行く。

 

「暁」

 

「…………」

 

無言。しかし私は折れない。そばに落ちていた《真紅眼のてるてる坊主》を拾い上げ、それを窓の近くにかけた。

 

「……なによ」

 

「きっと、晴れるさ」

 

そう言って微笑みかける。すると、それを見ていた睦月が自分たちのてるてる坊主もその横にかけ、納得したように首を縦に振った。

 

「うん! 暁ちゃんのてるてる坊主、すごく頼もしいにゃしぃ! きっと、すぐに雨も止むよ!」

 

その私たちの言葉を受けた暁は、一瞬目に涙を浮かべた後、

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

グッと顔を上げ、それを堪えた。

 

そして、

 

「……まったく、もう! 人のてるてる坊主を好き勝手言ってくれちゃって! そんなにレッドアイズが好きなら私のデッキが相手になるわ!」

 

ニッ、と。思わず口角が上がった。

 

「望むところだよ」

 

 

 

 

そうして始まった響と暁のデュエルを見ながら、菊月は思った。

 

(二人のデッキの共通点、か……そういえば、どちらも切り札が『眼』に関する『竜』だな。となると、それが暁型の共通点か?)

 

彼女はまだ考えていたのだ。先ほど響に話したことを。

 

そして一つの結論に達しかけ、しかし首を横に振った。

 

(いや、違う……なんだ、この、名状しがたい……しかし、両者のデッキから確かに感じるこの感覚……これは……)

 

その時、菊月の視界の端にあるものが差し込んだ。それは、

 

「……『光』、か……そうか、なるほどな……」

 

「どうした、菊月? ……おや」

 

長月が、三体のてるてる坊主のかかった窓に近づく。

 

雲の隙間から、日光が一筋、差していた。




菊月ちゃんまじポエマー。

時系列は気にしないでください。ある種パラレルワールド的な。

たまには、こういうのもいいでしょう?


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臨時秘書官

いやー、お久しぶりです!
一ヶ月! 案外書く時間が取れないもんです!
今回からまた平常通りです。


司令官の臨時秘書艦になってから、およそ一週間が経過した。

 

臨時秘書艦、などと大層な名前をいただいてはいるが、その実仕事はほとんどない。書類仕事は基本的に司令官がやるし、人手が足りない時は大淀さんがサポートに回る。艦隊の指揮をとるのも司令官だ。

 

なので私のやることといえば、司令官と一緒にデッキをいじったり、コーヒーを淹れたり、たまに軽食を作るぐらい。

 

よって。

 

「………………暇だな」

 

ぼーっと天井を眺めながら呟く。司令官は今席を外しているので、聞かれることもあるまい。

 

時計はすでに十四時を指しているが、今日この部屋に来てから私がやったことといえば、

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

『おはよう、司令官』

 

『ああ響、おはよう。さっそくなんだがコーヒーを淹れてくれないか?』

 

『了解』

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

……あれ? これだけ?

 

(流石にこれはまずいんじゃ……?)

 

秘書艦用の椅子に座って緩やかに回転しながら思う。

 

だけれど、だからと言って何ができるでもない。それに今は、司令官から『執務室待機』

を指示されている。なのでこの部屋から出て誰かの元へ遊びに行くというわけにもいかない。

 

と、そこで一つ、思いついた。

 

現在に何もないのなら、過去を思い出せばいい。

 

「……………………」

 

背もたれに体重を預け、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

そうして思い出されたのは、約一週間前の、とある日の朝会の直後だった。

 

----------------------

 

 

「お疲れ様です、響さん」

 

大淀さんがペットボトルに入ったお茶を差し出す。それを受け取り中身を一気に半分ほど飲むと、喉を心地よい冷たさが通り抜けた。

 

あの司令官とのデュエルの翌日。突然の司令官からの命令を了解した(拒否権などなかったが)ことによって臨時秘書艦となった私は、そのことを朝会の場で発表した。司令官が不在だったためにできなかった私のお披露目も兼ねてのことだった。

 

「いやはや、まさか響があそこまで緊張するとはな。君は結構クールなイメージがあったから、なかなかいいものを見せてもらったよ」

 

隣の司令官が笑う。しかし事実人前に出ることは得意でないので反論はしない。

 

「やはりみなさん、かなり驚いてましたね」

 

「そりゃあな。着任して日の浅い駆逐艦を秘書艦にするといったら、誰だって驚くさ」

 

言って、煙の上がっていない煙管を口から外し、缶コーヒーを傾ける司令官。その言葉を聞いて、私は前日から気になっていたことを尋ねてみることにした。

 

「……ねえ、司令官。私は『臨時秘書艦』なんだよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「そのことについて、二つほど質問があるんだけど、いいかな」

 

「言ってみたまえ」

 

「一つ。何故私なのか」

 

至極当然の疑問。さっき司令官が言った通り、私はこの鎮守府の中で最も新しく着任した艦娘だ。そんな私に(臨時とはいえ)秘書艦をやらせるなど、普通ならまず考えられないだろう。

 

「そしてもう一つ。何故『臨時』なのか」

 

こちらもやはり誰だって思うことだ。わざわざ『臨時』とつける理由がわからない。それに、仮に正式に迎え入れるべき何者かのために秘書艦の席を空けておきたいのであれば、先の通り私である必要性は皆無だ。

 

その私の疑問を受けて、司令官は数秒眼を閉じた後、ゆっくりとその眼を開いて言った。

 

「……君である理由。それはまだ言えないが、代わりに『臨時』とついている理由は教えよう。……といっても、そんなに難しいことでもないがな」

 

「というと?」

 

「単純な話、前任がまだ除籍されていない。つまり、まだうちの鎮守府の秘書艦の席は空いていないんだ。現在不在だから『臨時』という形で君を指名したがね」

 

言い終わると同時に司令官は再度コーヒーに口をつけ、それで空になった容器を二十メートル程離れたゴミ箱に投げ込んだ。

 

「前任?」

 

「それについてはそのうち話そう。今ここで手短に伝えられる内容でもない。それに、悪いが仕事も溜まっている。早速君には働いてもらわなくてはな」

 

そう言うと、司令官はスタスタと鎮守府本館へと向かっていった。

 

「りょ、了解」

 

私も軽く駆け足になってその後を追った。

 

----------------------

 

 

結局、その日の私に当てられた仕事は軽食用のサンドウィッチを作ることだけだったのだけれども。

 

「……………………」

 

ギィ、と椅子が悲鳴を上げた。体重のかけ方を間違えたか。

 

(私の、前任。今でも秘書艦であるはずの艦娘。そういえば結局、その人については知らないままだったっけ)

 

いけない、思い出したら気になってきた。

 

「………………………………」

 

椅子を一周回し、室内に誰もいないことを確認する。そして椅子からおりると、目標地点目指して駆け出した。

 

すなわち、

 

(司令官の執務机。多分ここに前任についての資料がある……はず)

 

いつも正面から見ている執務机を回り込む。引き出しに鍵はかかっていない。

 

「……っ」

 

ゴクリ、と喉を鳴らす。上司の机を許可なく開けるという行為は普通にマナー違反だ。その禁忌を犯そうとしているのだから、自然と嫌な汗が出た。

 

でも、気になる。

 

(……よし、開けよう)

 

ソロソロと手を伸ばしていき、質の良さそうな木の取っ手に指先が触れ

 

「ただいま戻ったぞー」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!! ……おえかり、司令官」

 

瞬時に机から離れ、あくまで冷静な風に司令官を出迎える。噛んだけど。

 

「おえかり……? まあいいか」

 

司令官も、何事もなかったかのように自分の椅子に座った。それに倣って私も席に着く。

 

「まったく、大本営の奴らもケチくさい。そろそろ開発工廠ぐらい解放してくれてもいいだろうに」

 

「解放? どういうことだい?」

 

「そのままの意味だ。現状、ここを含む全鎮守府は武器の開発及び艦娘の建造を禁止されている。整備はできるがな」

 

「何故」

 

「『平和』だからだそうだ。まったく馬鹿馬鹿しい」

 

司令官が吐き捨てるように言う。

 

そう言えば、以前明石さんから聞いた気がする。現在、我々人類側は幾度もの大規模作戦を経て、深海棲艦から制海権をほぼ取り戻したと。

 

(現状の戦力でそれを成せているのだから、わざわざ兵力を増強する必要はないということか……でも、それは)

 

深海側に新たな勢力が生まれてしまったら途端に瓦解してしまう、張りぼての平和では? そう思わずにはいられなかった。

 

制海権を取れているということは、相手の動向がほとんど筒抜けである、だから敵側にそのような動きがあればすぐに察知できると大本営は踏んだのだろうが、深海棲艦は文字通り深海に棲む艦。そんな相手に制海権をとった()()で有利に立てるとは思えない。

 

そもそも、人類側が制海権をとったと思い込んでいるだけで、深海側は海の底にまだまだ戦力を溜め込んでいる可能性すらある。

 

この戦いは、普通の戦争とはわけが違うのだ。

 

(……やめよう、考えても無駄だ。戦力を増やせないのなら、現状の戦力でどうにかするしかない。それに、まだそんな勢力が出たなんて話は聞かないしね)

 

ふう、と小さく溜息をつく。そうと決まれば鍛錬だ。手始めに早朝ジョギングの時間を伸ばしてみようか。基礎体力は何よりも大事だ。

 

と、そんなことを考えていると、執務室の扉が勢いよく開かれた。

 

「提督さーん、報告書っぽーい!」

 

そこに立っていたのは、クリーム色の髪と翠の瞳が特徴的な白露型駆逐艦四番艦、『夕立』。その手には数枚の紙束がある。あれがおそらく報告書なのだろう。

 

(そう言えば、今日の懲戒任務の旗艦は夕立だったっけ)

 

「ああ、夕立か。ご苦労」

 

言って、執務室に駆け込んできた夕立の頭を撫でる司令官。夕立も嬉しそうだ。司令官の顔も、先ほどまでの眉間に皺の寄ったものではなく随分と穏やかなものになった。

 

「……そうだ、夕立。響とデュエルをしてやってくれないか?」

 

そんな司令官が予想外の提案を夕立にした。

 

「? 司令官?」

 

「この一週間、君はずっと執務室にいただろう? だから息抜きを、とね」

 

なるほど、司令官なりの配慮ということか。ならばありがたく受け取っておこう。

 

「夕立はもちろんオッケーっぽい! この時間なら……運動場が空いてたかしら?」

 

「確か今の時間帯は……第一運動場以外の運動場は全て解放されているな。そこへ行くといい」

 

「なら、第二運動場へ行こうか」

 

そう言って、自分の机からディスクとデッキを手に取り、早速向かおうとする。

 

と、

 

「ああ、待て、響。君に渡すものがあるんだ」

 

「?」

 

そういう司令官の手には、小ぶりな箱。

 

「君を臨時秘書艦に指名してからなかなかタイミングがなかったのでね。今のうちに渡しておくことにした」

 

「……? ありがとう」

 

それを受け取り、どうしたものかと一度迷ってから、自分の執務机の引き出しに入れた。

 

「響ちゃーん、まだっぽいー?」

 

気づけば夕立は廊下のずっと先にいた。

 

「それじゃ、司令官、行ってくる」

 

「ああ、行ってこい」

 

そうして、私は執務室を後にした。




若干駆け足はいつもの事です。
次回、夕立のデッキがなかなか恐ろしい。


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超重量級

(実はこの話昨日投稿する気だったんだけど寝落ちしただなんて言えない)


我が鎮守府で最大の広さを誇る第一運動場……の隣にある、その次に大きい第二運動場。そこに、私と夕立はやってきた。解放されている時間は誰が使用してもいいのだが、幸い今は誰も使用していなかったようである。

 

だが、今ここにいるのは私達二人だけではない。

 

「さて、じゃあ今回は僕、時雨が審判を務めるよ」

 

まず、夕立が審判として呼んだ、彼女の姉である白露型二番艦『時雨』。

 

そして、

 

「……まさか、デュエルディスクにこんな機能があるなんてね」

 

『ちゃんと取扱説明書に記載されているぞ? もしかして説明書をきちんと読まないタイプか?』

 

デュエルディスクから聞こえる声。我らが司令官こと 華城穂野何(かじょう ほのか)氏である。

 

なんでもデュエルディスクには音声会話ができる機能があるらしい。さらに、デュエル中なら通信相手にデュエルの様子がリアルタイムで送れるという優れものだ。

 

夕立もディスクを起動させ、私と距離をとった。

 

「さてと、それじゃあ始めるっぽい!」

 

「ああ、望むところだよ」

 

「双方、準備は……できているようだね。それじゃあ、デュエル開始!」

 

「「デュエル!!」」

 

夕立:LP8000

響:LP8000

 

「先攻は私か。私のターン、まずはスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とスケール6の《EM リザードロー》でペンデュラムスケールをセッティング」

 

これでレベル5のモンスターが同時に召喚可能だ。

 

「天に弧を描け、ペンデュラム。ペンデュラム召喚! 手札より現れよ、レベル5《EM ゴムゴムートン》!」

 

「守備表示……攻めてはこないっぽい?」

 

「先攻は攻撃できないからね。私はカードを一枚伏せてターンエンド。このエンドフェイズ、スケールのオッドアイズの効果発動。このカードを破壊することで、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを手札に加える。攻撃力100の《EM オッドアイズ・ユニコーン》を手札に加えよう」

 

手札に加えたユニコーンのスケールは8。これで、次のターンにはオッドアイズをペンデュラム召喚できる。

 

(それに、ゴムゴムートンは戦闘破壊耐性がある。様子見としては上出来かな)

 

さて、夕立のデッキはなんだろう?

 

「夕立のターン、ドロー!」

 

ドローカードを確認した夕立は、

 

「カードを一枚セット。そして魔法カード《手札抹殺》を発動するっぽい!」

 

「なっ……!」

 

手札抹殺。その名の通り互いに手札を全て捨て、その枚数ずつドローするという効果を持つ制限カードだ。

 

(くっ、ユニコーンが墓地に……!)

 

他のデッキならいざ知らず、私のようなペンデュラムを主体にするデッキでは墓地に送られるデメリットを逆手に取ることも難しい。

 

(しかし……このカードを入れているということは、夕立のデッキは墓地からの展開が主ってことなのかな)

 

というか、少なくとも私と同じようなペンデュラムデッキではないだろう。

 

一新された手札を確認した夕立は、「よしっ」と小さくガッツポーズをした。

 

「カードを追加で二枚セットしてターンエンド! さあ、響ちゃんのターンっぽい!」

 

「私のターン、ドロー。……カードを二枚伏せてターンエンド」

 

せめて《EM》のペンデュラムモンスターが引けていればリザードローの効果も使えたのだけれど。

 

「じゃあこのエンドフェイズ、罠カード《針虫の巣窟》を発動! デッキの上から五枚を墓地に送るっぽい!」

 

(! また墓地にカードを送る……それも今度はランダムか。よほど墓地が重要なんだな)

 

しかし、引っかかる点が一つ。それは、

 

(……なんで、夕立は前のターン、モンスターを召喚しなかった? 手札事故……というわけでもなさそうだったし)

 

壁となるモンスターすら出さなかった。こちらが《手札抹殺》によって攻め手を失うのを読んでのことだろうか?

 

まあどのみち、次のターンにはそれもわかるだろう。

 

(流石に司令官に聞くわけにも、ね)

 

「夕立のターン、ドロー!」

 

さあ、どこから動く。手札? 伏せカード?

 

正解は、どちらでもなかった。

 

「このスタンバイフェイズ、墓地の《アークブレイブドラゴン》の効果発動! このカードが墓地に送られた次のターンのスタンバイフェイズ、墓地のレベル7か8のドラゴンを特殊召喚するっぽい!」

 

「……そうか、針虫……あれでそんなカードを墓地に送っていたのか」

 

ランダムな墓地肥やしでそんなカードを墓地に送るとは、流石はあの時雨の妹といったところか。

 

「私がアークブレイブで特殊召喚するのは……レベル8《巨神竜フェルグラント》! そしてその効果を発動! このカードが墓地から特殊召喚された時、相手モンスター一体を除外する!」

 

「! 破壊を介さない除外……!?」

 

私のフィールドにいるモンスターはゴムゴムートンのみ。防ぐ術は、ない。

 

「さらにフェルグラントは除外したモンスターのレベル、もしくはランク×100、攻撃力をアップさせるっぽい!」

 

「ゴムゴムートンのレベルは5。よってフェルグラントの攻撃力は500アップして3300だね」

 

すかさず審判の時雨が攻撃力を教えてくれた。

 

「行くっぽい! フェルグラントで響ちゃんにダイレクトアターック!」

 

「っ、させない、罠カード《EMコール》発動! 相手の直接攻撃を無効にし、守備力の合計がその相手モンスターの攻撃力以下になるようにデッキから《EM》を手札に加える。守備力1600の《EM アメンボート》と守備力800の《EM ペンデュラム・マジシャン》を手札に加える」

 

なんとか大ダメージを回避し、手札を補充する。

 

(だけど、コールには次のターン、エクストラデッキからの特殊召喚を封じるデメリットがある。攻め込むのは難しいな)

 

「じゃ、カードを一枚伏せてターンエンドっぽい」

 

「私のターン、ドロー。……《EM アメンボート》を召喚してターンエンド」

 

ペンデュラムマジシャンをペンデュラムスケールにセットしてリザードローの効果を使っても良かったのだけれど。

 

(まだいいかな。それに、マジシャンはモンスター効果の方が使いたいしね)

 

「夕立のターン、ドロー!」

 

夕立の手札は、現在三枚。前のターンには手札は一枚しか使っていない、ということは今ドローした一枚を除けば動ける手札ではないということだろう。それならまだ、私にも逆転の可能性がある。

 

問題は、ドローしたカードが何なのか、だが。

 

「手札から魔法カード、《死者蘇生》を発動するっぽい!」

 

『お、いいカードだ』

 

観戦している司令官がそんな声を漏らす。確かに、非常にまずい。すでに夕立の墓地には結構な量のカードがある。何が飛んでくるのかわかったもんじゃない。

 

そんな中、夕立が蘇生させたモンスターは、

 

「よみがえれ、アークブレイブ! そしてアークブレイブの効果発動、相手の表側表示の魔法、罠を全て除外し、その数×200、攻撃力をアップさせるっぽい!」

 

「っく、リザードローが……!」

 

「これでアークブレイブの攻撃力は2400から2600にアップしたよ」

 

ペンデュラムスケールのペンデュラムモンスターは魔法カードと扱うということは、こういう効果をモロに受けてしまうということだ。

 

(……除外対策のカード、増やしてみようか)

 

「さあ行くっぽい! アークブレイブで、アメンボートに攻撃!」

 

「アメンボートの効果発動! 攻撃表示のこのカードが攻撃対象になった時、守備表示にすることでその攻撃を無効にする!」

 

さらに、守備表示になったことで次のフェルグラントの攻撃でダメージを受けることはない。

 

……はずなのに、なぜか夕立はニヤリと笑った。

 

「ーーその効果、読んでたっぽい!」

 

「何っ……!?」

 

「フェルグラントで、アメンボートに攻撃っ!」

 

当然なすすべもなく戦闘破壊されるアメンボート。もちろんダメージはない。

 

(いったい何をーー?)

 

「この瞬間、フェルグラントの効果発動! 相手モンスターを戦闘破壊した時、墓地からレベル7か8のドラゴンを特殊召喚する!」

 

「! そんな効果がーー!」

 

「あの響ちゃんが無意味に低い攻撃力を晒すとは思えない、ならそこに、必ず意味があると読んだっぽい! そして、私がフェルグラントの効果で特殊召喚するのはーー!」

 

夕立の墓地から、一枚のカードが出てくる。そのカードは……

 

「降臨するっぽい! 《青眼の白龍》ッ!!」

 

キャオオオオン!! という雄叫びと共に、純白の龍が墓地から舞い降りた。




ちなみに、青眼は原作ほどではありませんがこちらの世界でも大変希少なカードとなっております。
次回、ドラゴンドラゴンアンドドラゴン


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大型ドラゴンの脅威

「降臨するっぽい! 《青眼の白龍》ッ!!」

 

最初に目に入ったのは、巻き上げられた運動場の砂だった。少し遅れてものすごい風圧を感じ、咄嗟に両手を交差して目をかばう。

 

次に、キャオオオオン!! という咆哮が聞こえた。風が弱まったため手を外して前を見ると、そこにはーー

 

「ーー美しい」

 

そんな感想が無意識に漏れた。それでもなお、ただ惚けるようにして目の前の龍を眺めていた。

 

やがて、少しずつ思考が追いついてくる。

 

(……ブルー、アイズ……ただの最上級レベルの通常モンスターのはずなのに、なんだ、この力強さは……!)

 

《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とは比べ物にならないほどの迫力に、指一本動かすことができなかった。

 

しかし、現実は無慈悲である。

 

「行くっぽい! ブルーアイズで、響ちゃんにダイレクトアタック!!」

 

「ーーッ!! くうぅぅ!!」

 

ブルーアイズの口から放たれた光線が私を貫き、大きな衝撃とダメージを与えた。

 

響:LP8000→5000

 

「くっ、うぐぅ……!」

 

ザリザリザリッ! という大きな音を立てて靴で急ブレーキをかける。目を開けると、二メートルほど後退させられたのがわかった。

 

(り、立体映像のはずなのに……恐ろしいな……)

 

頬を伝った汗を拭う。そして視線を上げると、ブルーアイズを含む三体の龍がこちらを睨みつけていた。

 

……どうする?

 

(今の手札じゃどうにもできない……次のドローで何か引かないと、次のターンで負けてしまうかもね)

 

「私はこれでターンエンドっぽい」

 

「私のターン。ドロー!」

 

一層気合の入った掛け声とともに、カードをドローする。引いたカードは……

 

「……よしっ、私は《EM ジンライノ》を墓地に送り、魔法カード《死者転生》を発動! 手札のモンスターをコストに、墓地のモンスターを手札に戻す。《EM オッドアイズ・ユニコーン》を手札に戻し、スケール3の《EM オッドアイズ・ライトフェニックス》とスケール8のユニコーンでペンデュラムスケールをセッティング!」

 

これでレベル4から7までのモンスターが同時に召喚可能だ。

 

「待たせたね、出番だよ。ペンデュラム召喚! まずは手札よりレベル4《EM ペンデュラム・マジシャン》、そしてエクストラデッキよりレベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

マジシャンは守備表示である。それを見た夕立は、小さく首をかしげた。

 

「オッドアイズの攻撃力は2500……それじゃ《アークブレイブドラゴン》にも届かないっぽい!」

 

「どうかな……と、その前にマジシャンの効果を発動! このカードの特殊召喚に成功した時、自分フィールドのカードを二枚まで破壊することで破壊した枚数分《EM》を手札に加えることができる。伏せカード一枚を対象とし、対象とした伏せカードをチェーン発動。罠カード《活路への希望》、ライフを1000払い、相手とのライフ差2000につき一枚ドローする」

 

響:LP5000→4000

 

「……最終的に、響は二枚ドローした後《EM》を一枚手札に加える、だね」

 

時雨が短くまとめてくれた。ありがたい。

 

「それじゃあ、二枚ドロー、そしてマジシャンの効果で《EM バブルドッグ》を手札に加える。……バトルだ、オッドアイズで《巨神竜フェルグラント》を攻撃!」

 

「!? 一番攻撃力の高いフェルグラントを!?」

 

慌てる夕立。それに対してニヤリと笑いながら言葉を返す。

 

「この瞬間、《EM オッドアイズ・ユニコーン》のペンデュラム効果発動! 《オッドアイズ》が攻撃するとき、自分の《EM》一体の攻撃力を加えることができる! マジシャンの攻撃力をオッドアイズに加えるよ」

 

「っ! てことは、2500+1500で……4000!?」

 

「そうだね。これで逆転だ」

 

オッドアイズのビームがフェルグラントに向かい、その巨体を貫くーー

 

「永続罠《竜魂の城》発動! 墓地のドラゴン一体を除外することで、自分のモンスターの攻撃力を700アップさせるっぽい! 《限界竜シュヴァルツシルト》を除外してフェルグラントの攻撃力をアップさせるっぽい!」

 

「!!」

 

フェルグラントの巨体が崩れ落ちる寸前、その口から閃光が走り、その光がオッドアイズを消しとばした。

 

「……なるほど、700アップしたことでフェルグラントの攻撃力も4000に……だから相打ちになったのか」

 

なんとかフェルグラントの排除には成功したけれど、代わりにオッドアイズを失ってしまった。はっきり言って、あまりいい状況ではない。

 

「……カードを二枚伏せてターンエンド」

 

「夕立のターン、ドロー!」

 

逆に夕立の方はまだ表情に余裕がある。夕立にとって攻撃力3300は特別でもないのだろう。

 

「手札から魔法カード《黙する死者》を発動、墓地の通常モンスターを守備表示で特殊召喚するっぽい! 現れて、《トライホーン・ドラゴン》!」

 

「また最上級……でも守備表示か」

 

トライホーンもまたブルーアイズには劣るが優秀なステータスだ。だが攻撃できないのなら怖くもーー

 

そこで、あることに気づいた。

 

(……ん? トライホーンのレベル……8? そしてトライホーンは攻撃できない……まさか?)

 

そのまさかであった。

 

「私は! レベル8のブルーアイズとトライホーンでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

(やっぱりか……!)

 

「神竜の力を纏いし騎士、その力はやがて新たなる伝説を創り出す! エクシーズ召喚! 現れて、ランク8《神竜騎士フェルグラント》!!」

 

光の中から、銀の鎧を纏った人物が現れる。名前の通り、どことなく《巨神竜フェルグラント》に似ている……ような気がする。

 

(でも、攻撃力はブルーアイズより低い。代わりに効果が強力なんだろうけど……どうなんだろう)

 

とりあえず、油断はできない。カシャ、と音を立ててディスクを構え直す。

 

「さあ、バトルっぽい! アークブレイブで、マジシャンに攻撃!」

 

「させない、罠カード《エンタメ・フラッシュ》発動! 自分フィールドに《EM》が存在するとき、相手モンスター全てを守備表示にし、表示形式の変更を封じる!」

 

これでこのターンのダメージは防げる。

 

そう、思ったのだけれど。

 

『……足りないな』

 

「? 司令官?」

 

ディスクから声。通話中であり書類作業中の司令官だ。

 

「足りないって?」

 

『前、見てみろ』

 

そう言われたのでおとなしく前を向く。そこにいたのは当然ながら守備表示になっているアークブレイブとーー

 

「ーーフェルグラントが、攻撃表示のまま?」

 

おかしい。アークブレイブが守備表示になっているということは、エンタメフラッシュを無効にされたというわけではなさそうだ。

 

と、そこであることに気づいた。

 

「っ! フェルグラントのオーバーレイユニット……!」

 

「フェルグラントの効果!」

 

そこで、夕立がニッと犬歯を覗かせた笑顔で高らかに宣言した。

 

「一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除き、モンスター一体を対象として、そのモンスターの効果を無効にする代わりに、このターンすべての効果から守るっぽい! そしてこの効果は相手ターンでも使えるっぽい!」

 

「……なるほど。フリーチェーンの耐性付与効果……!」

 

フェルグラント自身をその対象としたことで、エンタメフラッシュの効果から守ったということか。

 

「バトル続行! フェルグラントでマジシャンを攻撃!」

 

「墓地の《EM ジンライノ》の効果発動。このカードを除外することで《EM》を破壊から守るよ。これでマジシャンは戦闘破壊されない」

 

「じゃあこれでターンエンドっぽい」

 

さて。夕立のフィールドのフェルグラント、その攻撃力は2800。私のフィールドのモンスターでは勝つことができない。カード効果で除去しようとしても今度はフェルグラント自身の効果が脅威となる。

 

(どうしたものかな……)

 

「私のターン、ドロー」

 

ドローカードを確認、少し考え、これならいけるかもしれない、と思う。

 

「行くよ、ペンデュラム召喚。手札よりレベル6《EM バブルドッグ》、そしてエクストラデッキより《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》! そして魔法カード《エンタメ・バンド・ハリケーン》、発動!」

 

「《エンタメ・バンド・ハリケーン》……?」

 

「そうさ。その効果は、自分の《EM》モンスターの数だけ、相手のカードを手札に戻す! 対象はフェルグラントとアークブレイブだ」

 

「ぽい!? ど、どっちかしか守れないっぽい……!」

 

そう。これなら夕立はフェルグラントの効果を使わざるを得ない。まあ使わないのなら使わないでいいのだけれど。

 

「むう……フェルグラントの効果発動、対象はアークブレイブっぽい」

 

しぶしぶといった感じでアークブレイブに効果を使い、フェルグラントをエクストラデッキに戻す夕立。

 

「フェルグラントを残さないで良かったのかい?」

 

「フェルグラントを残しても、オーバーレイユニットを使い切っちゃったらただの大型モンスターでしかないっぽい。だからここは次に繋げられるアークブレイブを残す方が賢明っぽい」

 

なるほど、道理だ。私にとっても、その判断はありがたい。

 

ともかく、これで大きな脅威は去ったわけだ。

 

「バトルだ、バブルドッグでアークブレイブに攻撃!」

 

「っ……」

 

無抵抗。これならいける。

 

「続けてオッドアイズでダイレクトアタック!」

 

「させないっぽい! 罠カード《攻撃の無敵化》! このバトルフェイズのダメージを無効にするっぽい!」

 

……そう簡単には行かせてくれないようだ。

 

「私はこれでターンエンドだよ」

 

手札のないこの状況ではこれ以上の展開は無理なので、おとなしく夕立にターンを渡す。

 

「夕立の、ターン」

 

と、デッキトップに指を乗せ目を瞑る夕立。何事かと思えば、やがて静かに口を開いた。

 

「……響ちゃんのフィールドには、モンスターが三体と伏せカードが二枚。手札はゼロ、ライフは4000」

 

どうやら現状を確認しているようだ。そして、ゆっくりと目を開く。

 

「ーーこれなら、いけるっぽい! ドローッ!」

 

ドローカードを確認した夕立は、先程より一層獰猛な笑みを浮かべて言った。

 

「最っ高に素敵なパーティーしましょう?」




はい、というわけで【EMオッドアイズ】vs【最上級ドラゴン】でございます。え? 夕立のデッキは【青眼フェルグラ】じゃないのかって? 違うのですよ。そこも今回解説していきます。というわけで恒例のデッキ解説! 別に無視してくれて構わないぜ!

響さんはあいも変わらず【EMオッドアイズ】です。ユニコーンは超万能。

問題児夕立さんのデッキは【最上級ドラゴン】。……実は夕立さんのデッキ、最上級ドラゴン以外のモンスターが入ってません。ですのでめちゃくちゃ重いです。んでもってフェルグラやアークブレイブは相性がいいから入れてるだけで、主軸というわけではないのです。どちらかというと【通常ドラゴン】の方が近い感じです。ほら、《黙する死者》とか《トライホーン・ドラゴン》なんて【フェルグラ】に入れないでしょう?

こんなところですかね。気になる事はどうぞご自由に。

次回、決闘者に運は必須技能。


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運も実力のうち

夕立:LP8000

響:LP4000

 

「このスタンバイフェイズ、墓地の《アークブレイブドラゴン》の効果発動!」

 

通算五度目の夕立のターン。その最初に発動したカードはやはり墓地のアークブレイブだった。

 

「このカードが墓地に送られた次のターンのスタンバイフェイズ、墓地のレベル7か8のドラゴンを特殊召喚するっぽい! 現れて、《巨神竜フェルグラント》! そしてフェルグラントの効果で《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を除外してそのレベル×100攻撃力をアップするっぽい!」

 

「……っ」

 

「これでフェルグラントの攻撃力は700上がって3500だね」

 

時雨の冷静な解説。だが、ここまではまだ想定内だ。前のターンにアークブレイブを戦闘破壊した時点で、こうなるだろうとは思っていた。

 

(そして多分、この後は……)

 

「バトルっぽい! フェルグラントで《EM バブルドッグ》に攻撃、この瞬間、永続罠《竜魂の城》の効果で、墓地の《トライホーン・ドラゴン》を除外してフェルグラントの攻撃力を700アップするっぽい!」

 

バブルドッグの持つ歯ブラシでは到底フェルグラントには敵わず、あっさり戦闘破壊された。

 

「くっ……」

 

響:LP4000→2100

 

「この瞬間、フェルグラントの効果発動! 相手モンスターを破壊した時、墓地のレベル7か8のドラゴンを特殊召喚するっぽい! よみがえれ、アークブレイブ! そしてアークブレイブの効果で響ちゃんのペンデュラムスケールを除外して、攻撃力400アップ!」

 

「アークブレイブの攻撃力は2800だよ」

 

「バトル続行、アークブレイブで《EM ペンデュラム・マジシャン》を攻撃!」

 

マジシャンは守備表示なのでダメージはない。しかし、これで私のフィールドはガラ空きだ。

 

(本当はペンデュラムスケールの《EM オッドアイズ・ライトフェニックス》の効果も使いたかったんだけど……仕方ないか)

 

だが、これで夕立のフィールドのモンスターは全員一度ずつ攻撃した。となれば、もう終わりのはずである。

 

(……本来なら、ね。おそらく、夕立はまだ仕掛けてくる気だ……!)

 

なんといっても、()()夕立が勝利宣言しておきながらこれで終わりなんて考えられない。

 

そして、予想通り夕立は再び動き出した。

 

「まだ終わらないっぽい! 手札から速攻魔法《リロード》を発動! 手札を全てデッキに戻し、その枚数分ドローする!」

 

「! このタイミングで……!?」

 

事故率が高いであろう夕立のデッキにそのカードを入れるのはわかる。だが普通そういうカードはメインフェイズに使うものではないのか?

 

それに対し、夕立は二枚の手札をデッキに戻しながら言った。

 

「確かに、普通は今使うようなカードじゃない。それぐらいは夕立もわかってるっぽい」

 

十分にシャッフルされたデッキの一番上に指をかけながら夕立は言葉を続ける。

 

「でも、このタイミング……一か八か、この賭けに成功しなきゃかなりまずいって状況で使うからこそーー最高にワクワクするっぽい! この緊張感が、今私は戦っているんだと実感させてくれるっぽい!」

 

「……っ! 流石、()()()()()()()……!」

 

艦娘になっても、その狂犬っぷりはなんら衰えていないようである。

 

「行くよ。二枚、ドローッ!!」

 

さあ、どうなる?

 

「! 来たっぽい! 手札から速攻魔法《銀龍の轟咆》発動! 墓地の通常ドラゴンを特殊召喚するっぽい! よみがえれ、《青眼の白龍》!!」

 

「っく……!」

 

再びフィールドに降臨したブルーアイズ。その迫力は一度フィールドを離れてもなんら衰えていなかった。

 

(何かしら引くだろうと思ったけど、よりにもよってそのカードか……!)

 

「とどめっぽい! ブルーアイズでダイレクトアタック!!」

 

「させない! 罠カード《カウンター・ゲート》発動。相手のダイレクトアタックを無効にし、一枚ドローする。それがモンスターなら、攻撃表示で召喚できる!」

 

なんとかブルーアイズの攻撃を防ぐことに成功する。

 

(でも……夕立のフィールドには伏せカードが一枚、そして可能性は低いだろうけどあの手札が速攻魔法の可能性もある。どうすれば……)

 

それに、ここは第二運動場。物資搬入用港ではないのだ。だからおそらく例の未知の現象に頼ることもできない。

 

とにかく、カードを引くしかない。

 

「カード、ドローッ!」

 

ドローカードはーー

 

「ーーよし! ドローしたのは《EM フレンドンキー》、レベル3のモンスターだ。よって召喚し効果発動、墓地のレベル4以下の《EM》を特殊召喚する! よみがえれ《EM アメンボート》!」

 

「? ……そうか、《カウンター・ゲート》は通常召喚扱いだから、フレンドンキーの効果を使えたっぽい!?」

 

「御名答。さあ、まだ君のターンは終わってないよ、夕立」

 

私の挑発を受けた夕立は、すかさず手札のカードを発動させた。

 

「手札から速攻魔法《ツイスター》発動! ライフを500払ってフィールドの表側表示の魔法、罠を破壊するっぽい! 私のフィールドの《竜魂の城》を破壊!」

 

夕立:LP8000→7500

 

(! まさか本当に二枚目も速攻魔法だったとは……でも、なんで自分のカードを?)

 

理由はすぐに分かった。

 

「《竜魂の城》の第二の効果! フィールドの表側表示のこのカードが墓地に送られた時、除外されている自分のドラゴンを特殊召喚するっぽい! 現れて、《トライホーン・ドラゴン》!」

 

立体映像の城が竜巻によって破壊され、中から三本角の竜が飛び出してくる。

 

「トライホーンでフレンドンキーに攻撃っぽい!」

 

「うくっ……!」

 

響:LP2100→850

 

「まだっぽいッ! 罠カード《竜の転生》発動! 自分のドラゴンを除外し、墓地のドラゴンを蘇らせるっぽい! アークブレイブを除外し、よみがえれ《真紅眼の黒竜》!!」

 

「!! レッドアイズ……!?」

 

アークブレイブに変わって墓地から飛び上がったのは、暁の切り札でもあるレッドアイズだった。

 

(ま……まさか、レッドアイズまで入ってるとは……恐ろしいな、夕立のデッキ……)

 

とてもじゃないが、私には扱いきれる気がしない。だが、一度動き出せばほとんど絶えることなく最上級のドラゴンで攻めることができるのには、少し魅力を感じる。

 

(私のデッキでも、似たようなことはできなくはないけど……私は下級モンスターもちゃんと使っていきたいな)

 

「さあ! レッドアイズでアメンボートに攻撃ッ! 超過ダメージ1900を受けるっぽい!!」

 

レッドアイズの口に漆黒の炎が溜まっていく。それはやがて一つの火球となり、アメンボートに迫るーー

 

「……すまない、アメンボートの効果。このカードを守備表示にすることで相手の攻撃を無効にするよ」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ」

 

この効果、一応このデュエルの中で一度使っているし、その時夕立はこの効果を逆手に取った戦術も披露したというのに。どうやら夕立は熱くなると冷静な思考をおろそかにしてしまうらしい。

 

「……え、えーと……バトルフェイズ終了、メインフェイズ2に移行っぽい。……そうだ! 私は、レベル8のフェルグラントとトライホーンでオーバーレイ!」

 

アメンボートの効果をすっかり失念していた夕立は、あまりのことに呆然とした後、なんとか思考を取り戻しエクシーズ召喚を行おうとする。

 

夕立のランク8のエクシーズモンスター。心当たりは、もちろんある。

 

「神竜の力を纏いし騎士、今一度立ち上がり、次の伝説への一歩を踏み出せ! エクシーズ召喚! 現れて、ランク8《神竜騎士フェルグラント》!! 私はこれでターンエンドっぽい!」

 

「やっぱりフェルグラントか……」

 

厄介なモンスターが再び私の前に立ちはだかる。《エンタメ・バンド・ハリケーン》でエクストラデッキに戻したが故に、再利用されてしまった。

 

(まああの選択は間違いじゃなかったと思うけど……まずいな、この状況、どうやって切り抜ける?)

 

この状況をたった一枚でどうにかできるカードなんてあるのだろうか? それは私のデッキに限った話ではなく、だ。

 

「……私のターン、ドロー!」

 

若干やけくそ気味なドロー。そのカードを確認した私は、

 

「……ふふ、なるほど、そうくるか……!」

 

小さな笑みを漏らした。

 

「夕立。君はさっき、《リロード》を発動した時に、このスリルが楽しいといったね」

 

「え? ……確かに、そんな感じのことを言ったっぽい」

 

「私も、それを味わってみたくなった。魔法カード《カップ・オブ・エース》を発動!」

 

発動と同時に、私の前に金色のカップが現れる。

 

「? どういうことっぽい?」

 

「簡単なことだよ。私がコイントスを一回して、表が出たら私が、裏が出たら夕立が二枚ドローする。それだけさ」

 

しかし、私の手札は《カップ・オブ・エース》一枚のみ。すなわち、ここで表を出さなければ負けだ。

 

「なるほど……響ちゃんもなかなかのギャンブラーっぽい! そういうの、夕立好きっぽい!」

 

カシャリ、とディスクからコインが出てくる。それを親指に乗せーー弾く。

 

キイイィィィンン……と高い音を立てて高く上がったコインは、一定の高さまで上がったのち、緩やかに降下してくる。それを眺めていると、自然とゴクリと喉がなった。

 

そして、落ちてきたコインが金のカップに吸い込まれるように入り、その動きを止める。すかさず審判の時雨がその中身を確認しに行く。さあ、上になっているのは……

 

「コイントスの結果は……表だ。よって、響が二枚ドローだね」

 

「よし、二枚ドロー!」

 

一枚ではどうにもならなくても、二枚なら手はある。

 

「アメンボートをリリースして魔法カード《ミニマム・ガッツ》発動! 相手のモンスター一体の攻撃力をエンドフェイズまでゼロにする。ブルーアイズの攻撃力をゼロにする!」

 

「! させないっぽい! フェルグラントの効果! オーバーレイユニットを一つ取り除き、ブルーアイズの効果をエンドフェイズまで無効にする代わりにあらゆる効果から守る!」

 

瞬間ーーわたしの片頬がニッと上がった。

 

「そこだ! 速攻魔法《禁じられた聖杯》発動! モンスター一体の攻撃力をエンドフェイズまで400上げる代わりに、その効果を無効にする! 封じさせてもらうよ、フェルグラント!」

 

フェルグラントの効果は一ターンに一度。なので、後出しの無効化効果には弱い。

 

「くっ……で、でも! ブルーアイズの攻撃力をゼロにしても、響ちゃんのフィールドにモンスターがいなかったら意味がないっぽい! それに、仮にモンスターがいたとしてもこの状況から逆転することはーー」

 

「ーーできるさ。このモンスターならね。永続罠《闇次元の解放》発動!」

 

これは、一番最初のターンにセットされたカードだ。今までイマイチ発動するタイミングがなかったけれど、それがここになって生きてきた。

 

「ゲームから除外されている闇属性モンスターを特殊召喚する。戻ってこい《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

二本の足で力強く地面を踏みしめ、一度大きく吠えるオッドアイズ。攻撃力は2500だが……

 

「バトルだ、オッドアイズでブルーアイズに攻撃ッ! オッドアイズの戦闘で発生する相手への戦闘ダメージは二倍になる!」

 

「ふえ!? っく、ぅぅあ!!」

 

夕立:LP7500→2500

 

大量の砂ぼこりとともに吹き飛ばされる夕立。しかし、さすが夕立、空中で一回転して軽やかに着地した。

 

「と、とんでもないダメージっぽい……。でも、さすがの響ちゃんももう手がないんじゃ……?」

 

「……ああ、そうだね。もう発動できるカードは残っていない」

 

「それじゃあ、ここからは夕立のターンーー」

 

「ーーそれはどうかな?」

 

確かに私の手札はゼロ、伏せカードもなく、モンスターもオッドアイズのみだ。

 

だが。

 

「……? 響ちゃんのフィールドに、何かいるような……?」

 

「《ミニマム・ガッツ》のもう一つの効果!」

 

《ミニマム・ガッツ》は、なにも単にモンスターを弱体化させるだけのカードではない。

 

「このカードで攻撃力がゼロになったモンスターが戦闘で破壊されたとき、その攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

夕立の言った私のフィールドにいる『何か』。それは、

 

「ぶ、ブルーアイズ……!?」

 

「行け、ブルーアイズ!」

 

『幻影のブルーアイズ』が放った光線が夕立を貫くーー!

 

「う、わあああっぽい〜!!」

 

夕立:LP2500→0

 

 

 

 

立体映像のドラゴン達が消えていく。服に付いた砂を払ってから夕立のもとに駆け寄る。

 

「お疲れ様。大丈夫かい?」

 

「大丈夫っぽい。……でも負けちゃったっぽい〜」

 

「まあ、夕立も頑張ったさ。今回は響の方が一枚上手だったってことだよ」

 

審判の時雨が上手くまとめてくれた。

 

と、そこでしばらくの間沈黙していた司令官が言葉を放った。

 

『二人ともお疲れ様。良いデュエルだったぞ』

 

「あ、司令官」

 

軽く司令官のことを忘れていたのは秘密だ。

 

『さっき間宮に話を通しておいた。好きなものを注文していいから、行くといい』

 

「ほう……なるほど、それはいいことを聞いた。一度食べてみたいが値段が張るから手を出せなかったものがあるんだ」

 

「夕立、一回間宮さん特製パフェの大和盛りを食べてみたかったっぽい! この機会に挑戦してみるっぽい……!」

 

「提督、もちろん僕も行っていいよね?」

 

思い思いのことを言う私たち三人。その様子を聞いて、司令官が苦笑いしながら言った。

 

『…………お手柔らかに、頼む』

 

--------------------ーー

 

 

深夜に駆逐艦寮の廊下を行く駆逐艦。もちろん私こと響だ。突然の尿意に襲われて目が覚め、今はトイレから部屋に戻る最中である。

 

(間宮さんのところで調子に乗りすぎたかな。……なんにせよ、早く部屋に戻って寝よう)

 

それにしても、消灯時刻をすでに過ぎている寮の廊下というのは少々不気味である。一応月明かりが差し込んではいるが、それだけでは到底昼間のようにはいかない。

 

ありていに言うと、『何か』出そうである。

 

(いやいや、まさかね……)

 

心の中で笑い飛ばして、足を少し早める。

 

と、その時だった。

 

何か、聞こえた。

 

「…………………………………………」

 

おやおかしい。トイレで手を洗った時にきちんとペーパータオルで水気を拭き取ったというのになぜか手のひらが濡れている。

 

(そんな、まさか、でも、いや、はは、今、聞こえたの、)

 

ーー女の人の悲鳴みたいに聞こえなかった?

 

「……………………っ」

 

ぐっと拳を握り、ゆっくり歩み出す。足の向かう先は自分の部屋ではなく悲鳴の聞こえた一階だ。

 

(正直、怖いけど……行かないわけにも、いかないな)

 

階段を下りるごとに心音が大きくなっていく気がする。それに、さっきから幽かに背後から気配のようなものを感じる。

 

そうして永遠にも感じられた階段を降りた私が見たのは、

 

倒れた女性と、

 

フードを目深にかぶった怪しげな黒ローブ。

 

「ーーっ!!」

 

瞬間、呼吸が止まった。

 

(なん、だこれ。一体、何がーー!)

 

そこで、見た。倒れている女性の腕を。

 

正確には、そこにあるデュエルディスクを。

 

(……電源が、入っている。ということは、さっきまでデュエルをしていたって……!?)

 

ピンときた。デュエルをしたらしき痕跡を残したまま倒れた女性、その風貌からしておそらく重巡洋艦だろう。

 

そう。この間の長月の話が本当なら、この人が妙高型重巡洋艦三番艦の『足柄』なのだろう。

 

(だとしたら)

 

静かにデュエルディスクの電源を入れ、構える。

 

「………………」

 

相手の方も察したらしく、ディスクを構えた。

 

そして私たちは、同時に宣言した。

 

「「デュエル!!」」

 

深夜の鎮守府、真剣勝負はひっそりと始まった。




一度やりたかったんです、《ミニマム・ガッツ》と《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のコンボ。
今回夕立がやらかしたミスは私自身もたまにやってしまうんですけど……ありません? テンション上がって効果忘れるみたいなの……ないですよね。

次回、今までで一番サクッと完成したデュエル開始!


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何かがおかしい決闘

(予約投稿したつもりになっててすっかり忘れていました……申し訳ありません)


「私のターン、《レスキューラビット》を召喚」

 

先攻は黒ローブ。その最初のターンに召喚されたのは、随分と可愛らしいモンスターだった。

 

「私はラビットの効果を発動。このカードを除外することでデッキからレベル4以下の通常モンスター一種類を二体特殊召喚する。《ヴェルズ・ヘリオロープ》を特殊召喚」

 

(レベル4が二体……エクシーズ召喚が来るな)

 

「行くよ。私はレベル4のヘリオロープ二体でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

予想通り、ランク4のエクシーズ召喚だ。さて、何が飛び出してくるか。

 

「歪んだ正義を振りかざし、堕ちた光はやがて闇をも喰らう絶望となる! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《ヴェルズ・オピオン》!!」

 

光の渦を割いて現れたのは、まったく見たことのない黒い龍だった。

 

(また《ヴェルズ》……ということは、おそらくこの人のデッキは【ヴェルズ】なんだろうけど……全然聞き覚えがないな)

 

それが私がデュエルを初めて日が浅いのが理由なのか、はたまた別の理由があるのかは定かでないが。

 

「オピオンの効果発動。一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除いてデッキから《侵略の》と名のついた魔法、罠一枚を手札に加える。《侵略の汎発感染》を手札に加え、カードを二枚セットしてターンエンド」

 

大型モンスター一体と、伏せカード二枚。なるほど、先攻としては上々だ。どうやらこの人物のデュエルタクティクスは相当のものらしい。

 

「私のターン、ドロー!」

 

後攻一ターン目。その手札は、イマイチよろしくない。

 

(もちろん、できる限りのことはするけどね)

 

「私はーー」

 

思い、行動に起こそうとしたその時だった。

 

「オピオンの第二の効果。このカードにオーバーレイユニットが存在する限り、お互いにレベル5以上のモンスターを特殊召喚できない!」

 

「っ!?」

 

明かされたオピオンのさらなる効果。その内容を聞いて、思わず私の手は止まっていた。

 

(くっ……私のデッキはペンデュラム召喚した上級モンスターで攻め込んでいくのが基本戦術……もしくはシンクロ召喚がメインなわけだけど、それらを丸々封じられたわけか)

 

当然、ルーンアイズや魔導剣士なんかも召喚できないわけだ。

 

「…………モンスターを裏側守備表示で召喚。さらにカードを一枚セットしてターンエンド」

 

今の手札に、オピオンをどうにかできるカードはない。ここは一度守りを固めるべきだろう。

 

「私のターン、ドロー。そしてバトルだ、オピオンでそのセットモンスターに攻撃!」

 

「っ、くぅ……」

 

裏側守備表示は《竜脈の魔術師》。その守備力900ではとてもじゃないがオピオンの攻撃を耐えることなどできない。

 

だが、私の心の中には一つの思惑があった。

 

それは、

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2でオピオンの効果発動。オーバーレイユニットを取り除き、《侵略の侵喰崩壊》を手札に加える」

 

(…………よしっ!)

 

オピオンの上級モンスターの特殊召喚を制限する効果は、オーバーレイユニットがある時のみ。なら相手がオーバーレイユニットを使い切ってくれれば、自由に特殊召喚する事ができる。

 

しかし。

 

「これで上級モンスターを特殊召喚できる。そう思っているのかな?」

 

「!!」

 

「甘いよ、考えが。魔法カード《オーバーレイ・リジェネレート》発動! このカードは、発動後エクシーズモンスター一体のオーバーレイユニットになる!」

 

「オーバーレイユニットを、増やすカード……!?」

 

これで再び、次のターン以降も上級モンスターの特殊召喚を封じられた。

 

「カードを一枚セットしてターンエンド。さ、あなたの番だよ」

 

「……私のターン、ドロー!」

 

しかし、運はまだ私を見捨てていなかったらしい。

 

「手札の《EM ラディッシュ・ホース》の効果発動! 相手フィールドに特殊召喚されたモンスターが存在し、かつ相手フィールドのモンスターの数が私のフィールドのモンスターと同数以上なら特殊召喚できる。さらに《EM ヘイタイガー》を召喚!」

 

「レベル4が、二体……エクシーズ召喚かな」

 

「残念だけどそうじゃない。《EM ラディッシュ・ホース》の第二の効果。自分と相手のモンスターを一体ずつ選択し、このカードの攻撃力分、相手モンスターの攻撃力を下げ、自分のモンスターの攻撃力を上げる。対象はオピオンとヘイタイガーだ」

 

すぐさまディスクに表示されたオピオンの攻撃力からラディッシュホースの攻撃力500が引かれ、逆にヘイタイガーにそれが加わっていく。

 

「これでオピオンの攻撃力は2050、ヘイタイガーの攻撃力は2200。逆転したよ。バトルだ、ヘイタイガーでオピオンに攻撃!」

 

これで戦闘破壊すればヘイタイガーの効果で《EM》をサーチすることができる。まさしく一石二鳥というわけだ。

 

(……まあ、そんなにうまくいかないと思うけど)

 

チラリと視線をやる。そこには三枚もの伏せカード。

 

(おそらくあの中の二枚はさっきサーチしていた汎発感染と侵喰崩壊だろうけど……それがわかっていても肝心の効果を知らないからな)

 

そして案の定そのうちの一枚が発動された。

 

「罠カード《侵略の侵喰崩壊》発動! 自分の《ヴェルズ》一体を除外し、相手のカード二枚を手札に戻す。オピオンを除外しヘイタイガーとラディッシュホースを手札に戻してもらうよ。……さて、何かある?」

 

「……私はこれでターンエンド」

 

手札は増えたが、代わりに攻め手を失ってしまった。

 

そしてこちらの手を妨害した黒ローブは悠々と自分のターンを進めていく。

 

「魔法カード《予想GUY》発動。自分フィールドにモンスターが存在しない時、デッキからレベル4以下の通常モンスター一体を特殊召喚する。三体目の《ヴェルズ・ヘリオロープ》を特殊召喚。さらに《ヴェルズ・オランタ》を召喚し、二体でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

黒ローブの目の前に現れた闇色の渦に、二体が吸い込まれてゆく。

 

「歪んだ正義を振りかざし、生まれし悪魔はすべての力を拒絶する! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《ヴェルズ・タナトス》!」

 

現れた二体目の《ヴェルズ》エクシーズモンスターは、馬に乗った騎士のような見た目をしていた。口上通りだとすると、おそらく悪魔族なのだろう。

 

「バトルだ。タナトスでダイレクトアタック!」

 

そのタナトスがこちらに駆け寄り、その剣を振るう。完全に私を捉えたその剣は、右肩から斜めに切り下ろされた。

 

「っ、ぐぅ……!?」

 

響:LP8000→5650

 

しかし、そこで私は一つの違和感を抱いた。

 

(なんだ? 今、何かおかしかった……モンスターのダイレクトアタックを受けることはよくあるけど、それとは何か違うような……?)

 

その違和感の正体はなんだったのか、素早く思考を巡らせる。

 

やがて、一つの結論にたどり着いた。それを確かめるために、右肩に左手を伸ばす。

 

「っ、〜〜!!」

 

声にならない叫びが喉の奥で響く。左手を見てみると、そこにはべったりと赤い液体ーーすなわち血液が付着していた。窓ガラスに映った自分を見ると、右肩から斜めに五センチほどの新しい切り傷があった。

 

(間違いない……モンスターの攻撃が、わずかだけど実体化している。感じた違和感の正体はそれだ……!)

 

少しだけ、息が荒くなる。傷を自覚してからというものの、徐々に痛みが増していっている……気がする。

 

そして同時に、疑問が生じる。

 

「あなたは……いったい、何者なんだ? 足柄さんたちを昏倒させた件といい、全く見当がつかないんだけれど」

 

疑問を素直に口にすると、黒ローブは軽く首を傾げた。

 

「……おや、わからない? そういえば、妙高や那智も最初は気づいていなかったっけ。まあしょうがないね、普段は喋らないし」

 

「???」

 

なぜだ。なぜこの人物は自分の正体が割れてないことに疑問を抱いているんだ。

 

わからないでいると、黒ローブはそのフードに手をかけ、

 

「私、こういうものです」

 

一息に外した。

 

そこにいたのは、銀色の短髪で。この世のものとは思えないほど青白い肌で、海色の瞳を持つ、

 

「改めて、初めまして。海の上以外で会うのは初めてだね? ()()()()()()()()のヲ級と申します。以後お見知り置きを」

 

「なっ……!!」

 

人類の怨敵にして艦娘の宿敵。そんな深海棲艦が一人、空母ヲ級であった。

 

「ーーっ!!」

 

咄嗟に身を翻し、どこかの部屋に駆け込もうとした。艤装を装備していない私とおそらく装備しているヲ級ではその実力差は歴然だからだ。

 

しかし。

 

「おっと。そんなことできると思っているの?」

 

「? ……っ、がっ!?」

 

言われた直後に、勢いよく何かにぶつかったような衝撃が額に生じた。起き上がって見てみると、薄紫色の壁のようなものが眼前にあった。

 

(っ、夜の闇にまぎれて見えなかった……なんだこれ?)

 

「デュエルが始まった時からずっとあったよ。それがある限り内部から外部も、外部から内部もお互いに干渉することはできない。その証拠にほら、なんでここまでしているのに周りの皆は誰も目を覚まさないんだろうね?」

 

「! そういえば、そうか……」

 

ぶつけた額をさすりながらヲ級を睨めつける。右肩もまだ痛むけれど、それを気にしている暇はなさそうだ。

 

「さあ、カードを一枚伏せてターンエンド。君のターンだよ」

 

「……私の、ターン。ドロー!」

 

ドローカードを確認し、すぐさま再びラディッシュホースを特殊召喚しようとする。だがそこで、ピタリと手を止めた。

 

(いや……このコンボはさっき使った。となると、その対策をしていてもおかしくない。なら)

 

手をラディッシュホースから今ドローしたカードへと移す。

 

「魔法カード《EM キャスト・チェンジ》を発動。手札の《EM》を任意の枚数デッキに戻し、それに一枚追加した枚数カードをドローする。手札のヘイタイガーとラディッシュホースをデッキに戻し、三枚ドロー!」

 

半分が入れ替わった手札を見て、即座に次の手を考える。

 

「私はスケール2の《EM ラクダウン》とスケール5の《EM チェーンジラフ》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル3から4のモンスターが同時に召喚可能だ」

 

やっと私の戦い方ができる。

 

「やらせてもらうよ。ペンデュラム召喚! まずは手札からレベル3《EM エクストラ・シューター》、レベル4《EM ロングフォーン・ブル》、さらにエクストラデッキからレベル4《竜脈の魔術師》! そしてブルの効果発動、このカードが特殊召喚された時、デッキからペンデュラムモンスターでない《EM》を手札に加える。《EM バリアバルーンバク》を手札に加える」

 

「攻撃力が足りないな。それだとタナトスを倒せないよ?」

 

「わかっているさ。だからこうするんだ。私はシューターと竜脈をリリースし、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をアドバンス召喚!」

 

これで攻撃力は上回った。無論、これで終わらせるつもりもないが。

 

「さらに魔法カード《フォース》を発動! モンスター二体を選択し、片方の攻撃力を半分にすることで、その数値分、もう片方の攻撃力を上昇させる。対象はタナトスとオッドアイズだ!」

 

「なるほど、だがまだ甘いね。速攻魔法《侵略の汎発感染》発動。このカードを発動したターン、自分の《ヴェルズ》はこのカード以外の魔法、罠を受け付けない」

 

防がれたーーが、ここまではまだ想定内だ。

 

「ならこうだ。私は闇属性、ドラゴン族のオッドアイズと獣族のブルをリリース! ふた色の眼の龍よ。野生をその心に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

「融合を使わない融合召喚……面白いね」

 

珍しく、褒められてもなんら喜びの感情は湧いてこなかった。

 

「バトルだ。ビーストアイズでタナトスに攻撃! このカードが相手モンスターを戦闘破壊した時、融合素材にした獣族モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

「く、やるね……」

 

ヲ級:LP8000→7350→5750

 

「私はこれでターンエンドだ」

 

ダイレクトアタックでないにせよタナトスのダイレクトアタックとほぼ同等のダメージを受けておきながら、ヲ級は平然としたままだった。

 

ヲ級は言う。

 

「……《EM キャスト・チェンジ》。あれはいい判断だった。タナトスはオーバーレイユニットを取り除くことでモンスター効果に対する耐性をつけられる。だから再びラディッシュホースのコンボを使っても無意味に終わっていた。それを直感的に躱したのは見事だよ」

 

「……御託はいい。早く進めてくれないかな」

 

私の敵意のこもった声を受けて、なぜかヲ級はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「まあそう焦らないでよ。君の実力を認めて、一ついいものを見せてあげよう」

 

「……いいもの?」

 

デッキの一番上に指をかけながらヲ級は言う。

 

「世界の深淵。その末端を、ね」

 

瞬間。ヲ級のデッキの一番上が黒く光った。

 

「私のターン。ドロー」




ついに出てきました、深海のデュエリスト。厨二病臭いですが本人は至って大真面目。
【EMオッドアイズ】vs【ヴェルズ】です。解説は次回。

次回、ついに『あのカード』解禁ッ!


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終わりの始まり

悲報:ストック尽きる
というわけで、また次の話まで間が空いてしまうと思います……申し訳


「さて、それじゃあまずは邪魔者の排除から行こう。魔法カード《異次元の指名者》発動」

 

深夜の鎮守府でのデュエルは、少しずつ終わりに近づいていた。

 

「カード名を一つ宣言し、それが相手の手札に存在するのならそのカードを除外する。なかった場合は私の手札をランダムに除外するんだけど……《EM バリアバルーンバク》。あるよね?」

 

「……あるよ」

 

先のターンに《EM ロングフォーン・ブル》の効果で手札に加えていたバルーンバクが除外される。

 

(防御手段が奪われた、か。残りライフは5650、大丈夫かな……)

 

そんな私の不安をよそに、デュエルは進んでいく。

 

「《ヴェルズ・ケルキオン》を召喚し、効果発動。墓地の《ヴェルズ》を除外し、墓地の《ヴェルズ》を手札に戻す。《ヴェルズ・タナトス》を除外し、《ヴェルズ・ヘリオロープ》を手札に加える。そしてこの効果を使用したターン、もう一度《ヴェルズ》を召喚できる。ヘリオロープを召喚」

 

たった一枚のカードから、あっという間にレベル4のモンスターが二体揃った。きっとまた《ヴェルズ》のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚するつもりなのだろう。

 

……と、思っていたのだけれど。

 

「じゃあ行くよ。私はレベル4のヘリオロープとケルキオンでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

「ーー!?」

 

瞬間、ゾワリと背筋に寒気が走った。得体の知れないプレッシャーが、獲物を捕食する爬虫類のように私の全身を飲み込んでいく。

 

(違う……《ヴェルズ》じゃない、なんだこの威圧感、立っているだけで辛い……!?)

 

「海色の深淵。その果てに浮かばれぬ魂は集い、やがて一つの呪いを産み落とす! エクシーズ召喚! 浮上せよ、ランク4《No.101 S・H・Ark Knight》ッ!!」

 

そう口上を述べた直後、ヲ級の前に紫色の魔法陣のようなものが現れた。次の瞬間、猛烈な風が魔法陣を中心に吹き荒れ、その中からゆっくりと『何か』が出てくる。

 

それはーーなんと形容したものか。白を基調とした、機械のような『何か』。例えるのならば戦艦……だろうか。

 

そして何より、凄まじいまでの存在感で私を押しつぶそうとしてくる。

 

(《No.101 S・H・Ark Knight》……なんだ、このモンスター……おかしい、明らかに異質すぎる。こんなものが、本当にただのカードゲームのカードの一枚だっていうのか?)

 

ヲ級と同等か、それ以上のプレッシャーを放つこれが? 笑わせないでほしい。

 

と、No.101の向こう側からヲ級の声がきこえた。

 

「これが《No.》……今回の一連の騒動のある種黒幕的なカードさ。妙高たちが眠ってしまったのも、私とデュエルしてこのカードに敗れたからなんだよ」

 

カードゲームに敗れて昏倒……というところにはあえて言及しないでおこう。そこ以外にも、気になるところがある。

 

「じゃあ……彼女たちに外傷がないのは何故なんだ? 現にこうして君とデュエルしている私は肉体にもダメージを受けているのに」

 

肩口を軽く押さえながら言う。そう、そこにも矛盾があるのだ。

 

しかし、ヲ級はさして特別なことでもないといった調子で言う。

 

「それは今回、君の方からデュエルを仕掛けてきたからだよ。他の皆の時は私の方から仕掛けたんだけど、君はそうじゃなかっただろう? 相手から仕掛けられた場合、物理的ダメージが発生するように私のディスクはできているんだ」

 

なるほど、護身用の迎撃手段ということか。

 

(だけどまあ、もし私から仕掛けなかったら逃げられていただろうし、間違った選択ではなかった……かな)

 

そう結論づける。

 

「……そろそろいいかな? No.101の効果発動。オーバーレイユニットを二つ取り除き、相手の特殊召喚されたモンスター一体をこのカードのオーバーレイユニットにする」

 

「!!」

 

オーバーレイユニットにする、なんて効果、聞いたこともない。が、少なくとも素直に受け入れるわけにはいかない。

 

「させない、罠カード《破壊輪》発動! 相手モンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを互いに受ける!」

 

ガインッ! と大きな音を立ててNo.101に物騒な輪が取り付けられる。おそらく効果的にNo.101を破壊すればこの効果は不発になるだろう。

 

やがて、ドグォォン!! と爆音を立ててNo.101が爆破された。

 

「くっ……」

 

「………………」

 

しかし、おそらく切り札であるはずのNo.101が破壊されても、ヲ級の表情にはなんら変わらない余裕があった。

 

ヲ級:LP5750→3650

響:LP5650→3550

 

「……確かに、効果解決時にNo.101がフィールドに存在しない場合、この効果は不発になる。でも、そもそもこの効果を使う必要もなかったんだよね」

 

「……?」

 

「こういうことさ。罠カード《エクシーズ・リボーン》発動。墓地のエクシーズモンスター一体を特殊召喚し、このカードをそのオーバーレイユニットとする。No.101を蘇生する。そして罠カード《ディメンション・スライド》発動。自分のモンスターが特殊召喚された時、相手のモンスター一体を除外する。消えるんだ、《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》」

 

「っ、くっ……!」

 

ビーストアイズがフィールドから消え、とうとう私のフィールドはペンデュラムスケールのみとなった。

 

「バトルだ、No.101でダイレクトアタック!」

 

No.101の両側面から、無数の小型ミサイルがこちらに殺到する。とっさに両腕を顔の前にやったが、それではほとんど衝撃を緩和できなかった。

 

「くっーーぐあぁぁぁ!!」

 

響:LP3550→1450

 

爆風に巻き込まれ、数メートル転がる。身体に思ったように力が入らない。全身の鈍い痛みは遅れてやってきた。視線だけを動かして見ると、何枚かの窓は粉々に割れ、壁にすら大きなヒビが入っていた。

 

「私はこれでターンエンド。……戦えないのなら、サレンダーしてもいいよ?」

 

(馬鹿なことを、言うな……!)

 

そう言いたかった。大声で叫んでやりたかった。しかし、そんな力が出てこない。

 

そして同時に、あることを知った。

 

(No.101の攻撃を受けた時……物理的なダメージも受けたけど、同時に何かを全身から抜かれたような感覚もあった。なんていうか……気力とか、そういうのが。多分、妙高さんたちが外傷もなく意識不明なのはそれが原因だな)

 

ぐっ、と四肢に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。一瞬グラリと揺れたが、なんとか持ちこたえる。

 

「………………」

 

宣言をせず、カードをドローする。そのカードは、

 

(……まだ、希望を捨てるなってことか……!)

 

「……私、は。セッティング済みの、スケールで、ペンデュラム召喚……! エクストラデッキから現れよ、レベル3《EM エクストラ・シューター》……レベル、4《竜脈の魔術師》……!」

 

相手の場のモンスターはNo.101一体のみ、伏せカードはない。これなら、きっと。

 

「さらに、チューナーモンスター《調律の魔術師》を召喚、し、効果発動……! このカードの、召喚成功時、相手ライフを400回復し、自分は400の、ダメージを受ける……」

 

ヲ級:LP3650→4050

響:LP1450→1050

 

「私のライフを回復してくれるのかい?」

 

「利子をつけて返してもらうから、構わない……私は、レベル3のシューター、レベル4の竜脈に、レベル1のチューナー、調律をチューニングッ……!」

 

未知には未知を、だ。

 

「清き心を持ちし、剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ……! シンクロ召喚、レベル8《覚醒の魔導剣士》ッ……!!」

 

ヲ級の残りライフは4050。だが、このモンスターならそれを削りきることができる。

 

「魔導剣士の、効果、発動。シンクロ素材に《魔術師》Pモンスターを、使用した場合、墓地の魔法カード一枚、を、手札に戻す。《フォース》を戻し、発動。No.101の攻撃力を半分にし、その分魔導剣士の攻撃力を上げる……これでNo.101の攻撃力は1050、魔導剣士の攻撃力は3550だ……」

 

「それならダイレクトアタックでも削りきれないけど……」

 

「問題ない……バトルだ、魔導剣士で、No.101に攻撃……! そして魔導剣士が相手モンスターを破壊した時、その元々の攻撃力分のダメージを、相手に与える」

 

魔導剣士が素早くNo.101に接近し、その剣を振るう。

 

「合計4600のダメージ……終わりだ、ヲ級っ……!」

 

「んっ……く、ぁぁぁ!」

 

魔導剣士の剣を受けたNo.101は、ものすごい量の煙を出しながら爆発した。

 

ヲ級:LP4050→0

 

「…………終わっ、た」

 

体重を支えきれず、思わず後ろに倒れる。だが、やった。これで、鎮守府から脅威は去ったわけだ。

 

(……司令官たちに報告……は、明日でいいか。とりあえずは部屋で眠りたい……あ、でもヲ級はどうしよう。まさかここに放置というわけにもいかないし……)

 

思い、ヲ級の方を見る。そこでは未だに黒煙が上がっていた。

 

(でも、あの《No.》に敗れた妙高さんたちは意識不明になった。ということは、逆に《No.》を使って敗れたヲ級も似たような末路を迎えているんだろうな。なら、放っておいても大丈夫かな……?)

 

大きな力というのは、デメリットがつきものである。まさかリスクが何もないなんてことはあるまい。

 

壁に手をついて立ち上がる。何はともあれ、まずはこの場を離れ

 

「ふっ、くふ、ふあはははははは!!」

 

「!!?」

 

突如響いた、大きな笑い声。それは黒煙の向こう側からだった。

 

……まさか?

 

まさかッ!!?

 

「……!」

 

黒煙と反対側に目を凝らす。やはり、まだ紫色の壁が存在している。

 

(つまり……まだデュエルは終わってない!?)

 

「No.101の効果ァ!」

 

ギュアアア!! と轟音を立てて風が巻き起こり、黒煙が吹き散らされる。そこには、

 

「ヲ級……!」

 

「自身のオーバーレイユニットを一つ取り除くことで、破壊を無効にする!!」

 

ヲ級:LP0→1550

 

ローブがボロボロになったものの未だ健在のヲ級と、無傷のNo.101がいた。

 

(破壊されてないから、魔導剣士の効果も発動していない……!)

 

「いやぁ、《覚醒の魔導剣士》……まさか君が()()()()()を使うとはね……《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を使ったあたりからまさかとは思ってたが、いやはや……」

 

「何が、言いたい……」

 

「まあまあ……それより、君はそれでターンエンドなんだよね?」

 

「……ああ」

 

「それじゃあ、私のターンーー」

 

直後、またヲ級のデッキの一番上が黒く光った。それも先ほどよりもずっと暗い黒色にだ。

 

「ーードローッ!!」

 

そのドローの迫力に気圧され、軽く後ずさる。

 

(……すごい迫力、だけど……ただ気合の入ったドローってだけじゃない、なにか……もっと、ものすごい『凄み』を感じる……!)

 

そんな私の思考など知る由もなく、ヲ級が言葉を放つ。

 

「なかなか楽しかったよ、君とのデュエル。……だから、特別に更に『奥』を見せてあげよう」

 

「『奥』……?」

 

「うん。私は手札から魔法カードーー」

 

その時だった。

 

「!!」

 

ヲ級が急にキッと窓の外を睨みつけたと思ったら、すかさずそちらに向けて手を向けた。

 

直後、超高速で何かがヲ級のもとに飛来し、ゴジャリと音を立てた。

 

「……?」

 

あまりに急な展開に、思わず目を瞬かせる。しかしヲ級はそんな私には目もくれず、手に持った『何か』を握り潰すと、それを自分の足元に投げ捨てた。

 

それに目を凝らすと、どうやらそれは機械の残骸のようだった。そして、その中に混じる異様なもの。

 

ライフル弾だ。

 

(もしかして……誰かがヲ級を狙撃しようとして、それに気づいたヲ級が何かの機械を盾にした? だとしても何の機械……って、もしかして?)

 

さらにその残骸に目を凝らす。ヲ級に握りつぶされたせいでほとんど原形がわからなくなっているが、辛うじて残っている部分をよく見ると、そこにはプロペラらしきものや、さらには機銃のようなものまであった。

 

(間違いない、この人、自分の艦載機を盾にしたんだ……確かに、深海の艦載機ならライフル弾を防ぐなんて造作もないだろうけど……でももっと大きなものを盾に使わなかったってことは、完全に読んでたってことなのか、こうなることを…….)

 

となると、次に気になるのはその襲撃者が誰かということ。

 

「………………」

 

窓の外を睨み続けるヲ級の視線を追うと、その先には鎮守府本館があった。

 

いや、正確にはその屋上。誰かいる。というかあれは……

 

(司令官……!?)

 

--------------------ーー

 

 

「……チッ、気づいてやがった」

 

鎮守府本館、屋上。そこで火のついていない煙管を揺らしながら華城は一人ぼやいていた。

 

その手元には狙撃銃が一丁。軍に支給されたものに華城が改造を施した一品で、一般のものとの大きな違いは銃身の側面に大きなスコープが付いていることだ。それもただのスコープではない。

 

(狙いを定めたところを中心に、ごく狭い範囲だが深海の使うデュエルフィールドを無効にできるコイツ……まだ試験運用の段階のコイツなら不意打ちで殺れるかと思ったが……ったく、なんで読まれてんだよ)

 

ジャコリ、と大きめの音を立てて薬莢が銃の下面から排出される。

 

「仕方がない、一度引くか……」

 

呟くと、手早く荷物をまとめ、華城は屋上を後にした。

 

----------------------

 

 

「くっ……デュエルは一時中断だ。サレンダーさせてもらうよ。かまわないね?」

 

「…………………………」

 

何も言えなかった。おそらく、このままだと私は負ける。その先にあるのは妙高さんたちと同じ、いつ覚めるかもわからない意識不明。もしくはそれ以上の苦しみだろう。

 

だが、ここで彼女を逃がすのも、私の中の正義感が許せなかった。

 

しかし、現実は無情である。

 

「……沈黙は肯定とみなすよ。それじゃーー」

 

紫色の壁が溶けるように消えていく。同時に立体映像のNo.101や魔導剣士も消えた。

 

その直後、ヲ級の体が吹っ飛んだ。

 

「がぅ、あ……!?」

 

ヲ級自身、最初何をされたのか気づいていないようだった。

 

しかし、その様子を第三者視点で見ていた私にはわかった。何者かが私とヲ級の間に飛び込んできて、その勢いのままヲ級を蹴り飛ばしたのだ。

 

その『何者か』とは、

 

「川内さん……!?」

 

「ごめんね、本当はもっと早く助けに行きたかったんだけど、あの紫色の壁が邪魔だったんだ。だから、それが消えるまで待ってたんだよ」

 

川内型軽巡洋艦一番艦、川内さんだった。

 

「でも、どうして……」

 

「深夜見回りしてたらどこかに行こうとするあんたを見かけたからね。こっそり後をつけたらこんなことになってた、ってわけ」

 

なるほど、階段を降りている時に感じた気配は川内さんだったわけか。

 

そう私が結論づけている間に、ヲ級はゆらりと立ち上がった。

 

「ふっーー」

 

それを見るなり川内さんがヲ級に向かって突撃する。だが今度は先ほどのようには行かず、ヲ級はそのすべての攻撃をギリギリで避け続けた。

 

でもそれにも限界がきたようで。とうとうヲ級は足を滑らせ、バランスを崩した。

 

「もらった!!」

 

すかさず川内さんが拳を握り、ヲ級のボディに重い一撃をーー

 

「残念」

 

ーー入れる直前、川内さんが思いっきり吹っ飛び、私の目の前まで転がってきた。

 

「えっ……!」

 

何が起こったのかわからず、声が漏れる。咄嗟にヲ級の方を見ると、その手には一枚のカードがあった。だがそれは、

 

「……白紙?」

 

「……まあ、ある意味ミッションコンプリート、かな?」

 

ヲ級が今度はすっと立ち上がり、砕けた窓から外へ身を躍らせた。

 

「くっ、待て!」

 

私も急いでヲ級と同じルートで外に出る。ヲ級の向かっている方角……間違いない。彼女は海を目指している。

 

(そりゃそうか、なんて言ったって『深海』棲艦だもんね……!)

 

No.101から受けたダメージが残る体ではあまり速くは走れないが、そこは駆逐艦。この状態でも正規空母となら五分五分程度だった。

 

やがてたどり着いたそこは、いつもの特殊物資搬入用港の隣、来客用の船が停泊するための港だった。流石にこの時間に船はなかった。

 

そこにある桟橋の中間あたりでヲ級は止まった。

 

「……名前も知らない駆逐艦さん。ここの司令官に言っておいて。『借りてたものは返した』ってね」

 

「? 何を言って……」

 

疑問を口にし切る前に、ヲ級が思い切り飛んだ。

 

海に向かって。

 

「出来たら、だけどね?」

 

「ま、待てっ!」

 

追いかけて私も海に出ようとする。が、グイッと腕を引かれて止められる。誰かと思い振り返ると、

 

「川内さん……?」

 

「………………………………」

 

何か様子がおかしい。俯いているせいでその顔をうかがうことはできないが、纏う雰囲気が普段のそれではなかった。

 

「一体どうしたんだい? もしかして、さっきヲ級に何かされたとか……?」

 

ヲ級を追いかけるにしても腕を掴まれていてはそれもできない。仕方がないので川内さんの方を向いて、声をかける。

 

すると、川内さんは私を掴んでいた手をはなし、あろうことか私に向かってデュエルディスクを構えた。

 

「なん……!?」

 

「……響」

 

川内さんがゆっくりと顔を上げる。その口元には笑みがあった。

 

そして、額には謎の数字……のようなもの。

 

「デュエル、しよ?」

 

ゾクリ、と。背筋に寒気が走る。川内さんの笑みの裏から感じられる、溢れ出る殺意のせいだ。

 

状況が飲み込めないが、これはやるしかないということなのだろうか?

 

(……どのみち、今から追いかけてもヲ級には追いつけない、か。なら川内さんをどうにかするしかない……!)

 

「わかった。そのデュエル、受けよう」

 

「……そうこなくっちゃ」

 

私の方もディスクを構える。

 

「「デュエル!!」」




何やらゴチャゴチャしてまいりました。大丈夫、何話か後に解説回は挟みますんで。多分。

連戦響さん。【EMオッドアイズ】vs【ヴェルズ】です。というわけで解説〜。

【EMオッドアイズ】はいつも通り。《覚醒の魔導剣士》と《フォース》のコンボは実際エグい。

【ヴェルズ】も普通ですね。ただ除外関連のカードがチョイ多めです。
そしてついに出た《No.》。特別なカード≠出てこない。特別なカードはそれ相応の登場をさせるということです。

さて、前書き通りストックがなくなってしまったので、次話はいつになるやら……。

次回、手加減を捨てた川内に、響は……。


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月明かりの下で

いやー、お待たせしました! 一ヶ月ぶりですね! 今まで何をしていたかと申しますと、パソコンがぶっ壊れて艦これができなくなり(=モチベだだ下がり)、それを理由に全く別のお話を妄想したりしてました。おかげでまたストックがございません! ただ、今度はそんなにお待たせしない……と、思います。

ちなみに、パソコンは未だにぶっ壊れてます。


海は、やけに静かであった。それが正しく『嵐の前の静けさ』といった感じで、ひどく不気味に思えた。

 

その海を背に、川内さんはターン迎えた。

 

「私のターン、速攻魔法《手札断殺》発動! 互いに手札を二枚捨て、二枚ドローする!」

 

(『あの時』と同じ、手札を捨てさせるカード……)

 

手札を確認し、捨てていいカードを墓地に送り、二枚ドローする。

 

「モンスターを裏側守備表示で召喚。さらにカードを二枚伏せてターンエンド」

 

「……私のターン、ドロー」

 

(……やっぱり、さっきから川内さんの様子がどこかおかしい。あの時ヲ級に何かされた……ってことなのかな)

 

あの時とは、もちろんさっき川内さんがヲ級に吹っ飛ばされた時だ。

 

(さっき散々《No.》とかいう意味不明なカードに苦しめられたんだ。今度は人の精神に直接作用できるカードとか言われても信じられるよ……!)

 

だがデュエルはデュエルだ。まずは勝たねばどうすることもできない。

 

「私はスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とスケール8の《竜穴の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング、これでレベル5から7のモンスターが同時に召喚可能だ」

 

「ペンデュラム、か」

 

「そうさ。ペンデュラム召喚! 現れよ、私のモンスター! 手札からレベル7《法眼の魔術師》! さらにチューナーモンスター《調律の魔術師》を召喚し効果発動、相手のライフを400回復し自分は400のダメージを受ける」

 

川内:LP8000→8400

響:LP8000→7600

 

「そしてレベル7の法眼にレベル1のチューナー、調律をチューニング! 清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!」

 

裏側守備表示のモンスターが相手でも、魔導剣士ならダメージを与えることができる。

 

「魔導剣士の効果発動。《魔術師》Pモンスターを素材にした時、墓地の魔法カード一枚を手札に戻す。《死者蘇生》を手札に戻す」

 

「そんなカードを捨ててたんだ?」

 

「最初からこうするつもりだったんだよ。……バトルだ、魔導剣士でそのセットモンスターを攻撃! 魔導剣士が相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

 

破壊されたモンスターは《月光紫蝶》。どうやらデッキは【ムーンライト】のままのようだ。

 

川内:LP8400→7400

 

「この瞬間、罠カード《月光輪廻舞踊》発動! 自分の《ムーンライト》が破壊された時、デッキから《ムーンライト》を二枚手札に加える。《月光狼》と《月光白兎》を手札に加える」

 

「……カードを二枚セットしてターンエンド。このエンドフェイズ、オッドアイズは効果で自壊し、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを手札に加える。《EM トランポリンクス》を手札に加える」

 

と、その時足元がぐらりと揺れた。

 

(……いや違う。これは私の方の平衡感覚がおかしくなってるんだ……)

 

やはり、先ほどのヲ級とのデュエルで負ったダメージが抜けていない。

 

しかしそんな状態でも川内さんに容赦はなかった。

 

「私のターン、ドロー! 白兎を召喚し効果発動、墓地の《ムーンライト》を特殊召喚する。よみがえれ、紫蝶! そしてスケール1の狼をペンデュラムスケールにセットし、白兎の効果発動! 一ターンに一度、このカード以外の自分フィールドの《ムーンライト》の数だけ、相手の魔法、罠を手札に戻す!」

 

「くっ……!」

 

対象となったのは伏せカード二枚。仕方ないので発動する事にした。

 

「罠カード《運命の分かれ道》発動。お互いにコイントスし、表が出たプレイヤーはライフを2000回復、裏が出たら2000のダメージを受ける」

 

「運ゲーか。いいよ、乗ってやろうじゃん」

 

互いの親指にコインが乗り、それが同時に弾かれる。結果はーー

 

「っ、裏か……」

 

「ラッキィ、表!」

 

川内:LP7400→9400

響:LP7600→5600

 

「残念だったね。自分で自分を追い込んで、挙句私のライフを回復してくれるなんて」

 

「……コイントスの結果だから仕方がないさ。それよりこれで効果は終わりだ。貴女のターンはまだ終わってないんだろう?」

 

「ま、そうだけどさ。それじゃ魔法カード《融合識別》発動!」

 

《融合識別》……確かモンスター一体を対象に、その名前を融合モンスターと同じにする、だったはずだ。

 

「私は紫蝶の名前を《月光舞猫姫》として扱う。そして魔法カード《置換融合》を発動、自分フィールドのモンスターで融合召喚を行う! 私はフィールドの舞猫姫となった紫蝶と白兎で融合! 月の光をその身に纏いて野獣の影は華々しく舞い踊る! 融合召喚! 現れて、レベル8《月光舞豹姫》!!」

 

一度は味方として共に戦った舞豹姫。それが今度は敵として私の前に立ちはだかった。

 

(あの時は心強かったけど……今度はそれを乗り越えなきゃいけないんだね)

 

「行くよ、舞豹姫で魔導剣士に攻撃! 舞豹姫が攻撃するとき、相手モンスターは一回ずつ破壊されず、舞豹姫はそのすべてに二回攻撃できる!」

 

「ぐっ、うぅ……」

 

響:LP5600→5300→5000

 

「私はこれでターンエンド」

 

「私の、ターン。ドローッ!」

 

ドローカードは、今の状況ではほとんど意味のないカード。

 

(くっ……場合によっては使えるカードだけど、今は……!)

 

はっきり言って打つ手なし。手札に死者蘇生はあるが、蘇生させて意味のあるカードはない。

 

その時だった。

 

顔を少し上げた私の目に、額に変な数字を浮かべた川内さんの他にもう一つ、あるものが目に入った。

 

それは、海。そして思い出す。あの場所の光景。

 

(……特殊物資搬入用港。もし()()が起こる条件があの場所じゃないとしたら……)

 

今いる場所は、特殊物資搬入用港ととても似通った場所だ。共通点は非常に多い。

 

(どのみち、このままじゃ負ける。なら賭けに出てみるしかない!)

 

そう決意し、手札のカードを発動する。

 

「魔法カード《死者蘇生》発動! 墓地の魔導剣士を特殊召喚する!」

 

「足りないよ?」

 

「わかっているさ……そんなこと」

 

言って、ゆっくりと目を閉じる。

 

(応えてくれ、魔導剣士……!)

 

謎の多いカードに願う。今まで私の窮地を何度も救ってきたこのカードに。

 

(応えてくれっ……!)

 

瞬間ーー例のごとく意識が白く染まる。

 

『…………』

 

相変わらず、声がなんといったかは聞き取れない。だがそれでも問題ない。今は目の前のデュエルが大事だ。

 

「おやぁ……? また例のチートかな?」

 

その様子を見ていた川内さんがニタリと嫌な笑みを浮かべて言う。それに対して、私も小さく笑いながら返した。

 

「チート、とは人聞きが悪いね。こう言ってくれないかい?」

 

手札のカードを掴みながら言う。

 

「カードが応えてくれた、とね。私はスケール4の《EM トランポリンクス》をスケールにセット。そしてセッティング済みのスケール8の竜穴とともに、ペンデュラム召喚! エクストラデッキより現れよ、レベル7、法眼、オッドアイズ!」

 

「いくら並べても無駄ァ! 次のターンには舞豹姫で全滅する運命だよ!」

 

「……それはどうかな?」

 

言いながらこのターンにドローしたカードを掴む。先ほどまでは何の意味もなかったこのカードが、今は逆に重要な意味のあるカードとなった。

 

「魔法カード《下降潮流》発動! 自分のモンスター一体を選択し、そのレベルを1〜3の任意の数にする。法眼のレベルを7から2に下げる!」

 

「何の意味が……!」

 

「こうするのさ。私はレベル8の《覚醒の魔導剣士》にレベル2の《法眼の魔術師》をチューニングッ!」

 

ここでさすがに川内さんの待ったがかかった。

 

「ちょ、ちょっと! シンクロ召喚はチューナーとそれ以外のモンスターを使ってする。それが常識でしょ!?」

 

「そうだね。それが普通だ」

 

「だったらーー!」

 

「でもこのモンスターは違う。このモンスターは、ペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターをチューナーとして扱い、シンクロ召喚に使用できる!」

 

自身の効果による、通常とは違う形で行うシンクロ召喚。それはどこか《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》に似たものを感じた。

 

「泡沫の希望……その幽かな未来を守り抜くため、今一度剣を取れ、覚醒の剣士! シンクロ召喚! 降臨せよ、レベル10、シンクロペンデュラム! 《涅槃の超魔導剣士》!!」

 

一瞬の静寂。その直後、私の目の前に光が降り、中から一人の剣士が姿をあらわす。

 

「《涅槃の超魔導剣士》の効果発動! ペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターを使用してこのカードをシンクロ召喚した時、墓地のカード一枚を手札に戻す。《運命の分かれ道》を手札に戻す」

 

「へえ……確かにいい効果、攻撃力も3300ある。悪くないけど……それだけ?」

 

「まさか。バトルだ、超魔導剣士で舞豹姫に攻撃!」

 

舞猫姫と違い、舞豹姫に戦闘破壊への耐性はない。伏せカードの発動もなく、超魔導剣士による攻撃は問題なく行われた。

 

「………………」

 

川内:LP9400→8900

 

攻撃は終わったが、まだ超魔導剣士の効果が残っている。

 

「そしてこの瞬間、超魔導剣士の効果を発動! 相手モンスターを破壊した時、相手のライフを半分にする!」

 

「なっ……! くああ!!」

 

川内:LP8900→4450

 

「くっ……やるじゃん」

 

その言葉に一瞬手が止まりそうになったが、躊躇するわけにもいかない。

 

「続けてオッドアイズでダイレクトアタック!」

 

「がぁっ!!」

 

その衝撃で、川内さんは数歩フラついた後、後ろに尻餅をついてしまった。

 

川内:LP4450→1950

 

「カードを二枚伏せてターンエンド。……大丈夫かい?」

 

思わず声をかけてしまう。対する川内さんは、立ち上がりながら、

 

「ーーっく、はぁっはっはぁ!!」

 

「…………!?」

 

凄絶な笑みを浮かべていた。

 

「足りない……()()()()()()()使()()()()()で私に勝てると思うなあっ!! 私のターン、ドローッ!!」

 

異様なまでの迫力を伴う、川内さんのドロー。それは以前のタッグデュエルの時とは全く違う、まるで獲物を狩る肉食獣のようだった。

 

「ペンデュラムスケールにセッティング済みの《月光狼》の効果発動! フィールド及び墓地から素材となるモンスターを除外し、《ムーンライト》を融合召喚する! 私は墓地の《月光白兎》、《月光紫蝶》、そして《月光舞豹姫》を除外し、融合召喚!!」

 

「っ、舞豹姫を使用した融合召喚……!?」

 

舞豹姫の融合召喚と似た召喚法。ということは、おそらく……

 

「月の光をその身に纏いて、密林の野獣は舞い踊る! その姿は全てを魅了し、その力は全てを破壊し尽くす!! 融合召喚!! 現れよ、レベル10!! 月夜の密林の覇者、《月光舞獅子姫》ッ!!」

 

超魔導剣士の時と同じ、一瞬の静寂。直後に川内さんの前に大きな穴が現れ、その中から影が飛び出てきた。

 

その影は一度大きく飛び上がると、空に浮かぶ月と重なるようにして急降下してくる。名前の通りの、ライオンの(たてがみ)のような髪型が特徴的な人型モンスターだ。

 

「これが……三体目の【ムーンライト】融合モンスター……!」

 

「さあ、バトルよ! 舞獅子姫でオッドアイズに攻撃!!」

 

その宣言を受け、一瞬伏せカードを発動しようか考える。しかし、発動したところで結果は変わらない。

 

(それに、舞獅子姫の効果がわからない以上、迂闊に動くのは危険だ……)

 

その間に、オッドアイズが戦闘破壊された。

 

「くっ……」

 

響:LP5000→4000

 

「そしてこの瞬間、舞獅子姫の効果発動! このモンスターが相手モンスターを破壊した時、相手の特殊召喚されたモンスター全てを破壊する!!」

 

「なっ、しまっーー!」

 

超魔導剣士に破壊耐性はない。逆転の一手は、あっけなく破壊されてしまった。

 

「そして、舞獅子姫は一ターンに二回攻撃できる。ダイレクトアタックッ!!」

 

「っーー!!」

 

響:LP4000→500

 

足が、地面から離れた。視界が夜空で埋め尽くされる。自分の体が木の葉のように宙を舞っているのが容易に想像できた。

 

地面に叩きつけられてから少しの間、呼吸すらままならなかった。

 

「ーーぐ、ぅぐ……」

 

地面に手をついて、なんとか立ち上がる。膝はガクガクと震えていた。

 

(……どうやら……舞獅子姫の攻撃も、少しだけど実体化しているようだね。川内さんの様子がおかしいのと、関連しているのかな……)

 

震える指を、どうにかディスクにセットされたデッキの上に置く。

 

「私の……ターン、ドローッ……!」

 

このカードなら、行けるか。

 

「セッティング済みのスケールで、ペンデュラム召喚……エクストラデッキより現れよ、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、《法眼の魔術師》……。そして、魔法カード《破天荒な風》をオッドアイズを対象に発動、次の自分スタンバイフェイズまで攻守を1000アップする。バトルだ、オッドアイズで舞獅子姫に攻撃!」

 

「相討ちに持ち込んで法眼でトドメ、ねえ。……悪いけど、それじゃ負けらんないよ。罠カード《ドレインシールド》発動。相手の攻撃を無効にし、その攻撃力分ライフを回復する」

 

川内:LP1950→5450

 

「……ターン、エンド」

 

法眼では、舞獅子姫に敵わない。素直にターンエンドするしかなかった。

 

そんな私を見て、川内さんは呆れたように小さくため息をついた。

 

「……そっか、結局ダメか。でもまあ、ここまでやれたんだし、ご褒美にいいもの見せてあげるよ」

 

「……?」

 

いいもの? と私が首をかしげるよりも早く、川内さんはカードを発動した。

 

「このエンドフェイズ、墓地の《デーモン・イーター》の効果発動! 相手のエンドフェイズにこのカードが墓地にある時、自分のモンスター一体を破壊することで特殊召喚できる。舞獅子姫を破壊し、特殊召喚!」

 

「えっ……!?」

 

切り札であるはずの舞獅子姫を、あっさりと、本当にあっさりと破壊した。

 

「んじゃ行くよ、私のターン、ドロー! 《月光蒼猫》を召喚。そして、レベル4の青猫とイーターでオーバーレイッ!!」

 

「これは……まさかっ!?」

 

手のひらに、じっとりと嫌な汗が浮かんできた。しかしそれによる不快感すら感じないほどの恐怖が、私の心を支配していた。

 

「儚く散った幸せな理想(ゆめ)。人の心に闇の帳が下りるとき、その理想は悪夢となって牙を剥く!! エクシーズ召喚!! 降臨せよ! ランク4《No.82 ハートランドラコ》ッ!!」

 

川内さんの前に、紫色の魔法陣が現れ、その中から暴風とともにゆっくりとピンク色の『何か』が出てくる。

 

『それ』は、例えるならば玩具の龍。その腹部には川内さんの額にある数字のような模様と同じ模様があった。

 

「そん、な……嘘だろう、川内さん!!」

 

《No.101 S・H・Ark Knight》とは違う、新たな《No.》。ある意味『呪い』そのものといっても過言ではないカードを、仲間であるはずの川内さんが使っていることに、激しい嫌悪感を感じた。

 

「どうしてあなたがそのカードを……! ねえ、どうしてなんだい!?」

 

しかし川内さんは、薄ら笑いを浮かべながらこう言った。

 

「うーんと、そういうのいいから……早く楽になっちゃえ?」

 

言って、いっそ優しさすら感じる笑みを浮かべ、高らかに宣言した。

 

「No.82の効果発動!! オーバーレイユニットを一つ取り除くことで、このターンダイレクトアタックすることができる! ……さあ、行くよ? ダイレクトアタックッ!!」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーー」

 

No.82の巨体が迫るが、私は一切動けずにいた。

 

そしてそのまま、なんの抵抗もなく弾き飛ばされ、盛大な土煙を上げた。

 

 

 

 

土煙は、すぐには晴れなかった。

 

それを起こした張本人、川内は感情のない瞳でその土煙を見ていた。

 

……正直なところ、川内自身なぜ今自分がこんなことをしているのかわかっていない。ただ心の中に漠然と『敵を倒せ』という命令があり、それに不思議と従ってしまっているのだ。今の川内は、もはや深海棲艦と変わりなかった。

 

そんな川内が見守る中、土煙が徐々に晴れてきた。

 

「………………へえ」

 

そこには意外なことに、二本の足で立つ響がいた。しかし、その目線は地面に落ち、不規則に揺れている。どうやら意識はほとんど残っていないらしい。

 

だが、ライフは残っていないはずでは?

 

(……いや、フィールドのオッドアイズがいない……というか、伏せカードが発動されている)

 

響のフィールドに、表側になっている速攻魔法があった。《神秘の中華なべ》。自分のモンスター一体をリリースし、その攻撃力か守備力の分だけライフを回復するカードだ。これでオッドアイズをリリースし、その攻撃力3500をライフに加えたのだろう。

 

響:LP500→4000→2000

 

だが、それは同時にNo.82のダイレクトアタックをもろに食らったということでもある。それなくても少し前には別の《No.》と戦っているのだ。それでも辛うじて意識を保っているのは、ほとんど奇跡である。

 

「……私はカードを一枚セットしてターンエンド」

 

その状態でも、響はゆっくりとデッキの一番上に指を運んだ。

 

そして消え入りそうな声で宣言する。

 

「…………わ、たしの……たー、ん…………ど……ろ…………」

 

そこで響の足がぐらりと揺れた。しかし受け身を取る様子もない。もしかしたらその意思はあるかもしれないが、あの様子では素早く体を動かすなど不可能だろう。

 

そして、倒れるーーその時だった。

 

「響ッ!!」

 

駆けつけてきた人物が、その響の体を支えた。

 

それは、

 

「……提、督……」

 

「川内……なるほどな、その様子だと、()()()()()()()()()()()というわけが」

 

言いながら、華城は響をゆっくりと寝かせてやる。地面に直だが、この際贅沢は言っていられない。

 

それから、華城はゆっくりと振り返りながら話し出した。

 

「……まあ、その状態では正常な思考はできまい。だが、だからと言ってそれが仲間を傷つけていい免罪符にはならんぞ。……すまんが、止めさせてもらう」

 

華城のディスクの電源が入る。彼女は本気だった。

 

「私のターン、ドローッ!!」




【ムーンライト】vs【魔術師】です。ごめん響。なんか散々な目に合わせちゃって。

一応デッキ解説です。飛ばしちゃえ!

我らが響さん、【魔術師】です。といっても、名前が違うだけでいつもとデッキ構成は変わってないんですけどね。

川内さん、【ムーンライト】。ただ今回の川内さんは色々イかれてるので、《月光舞獅子姫》を破壊して《デーモン・イーター》を出すという意味不明なプレイングをしています。舞獅子姫を残していれば勝ってますしね。この行動の真意は、果たして……。

こんなところです。華城乱入展開、最初は他の誰かにしようかとも思ったんですけどね。どうせその場に居合わせてるしいっか、と。

それじゃみなさん、おやすみなさい。次回、華城さん、遊びません。


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次の一歩への布石

そろそろ梅雨の時にやったみたいな番外編も書きたいけれど、ネタがなし。


ーー乱入ペナルティ、4000ーー

 

「……………………」

 

電気のようなエフェクトとともに、華城のライフが一気に初期値の半分になる。

 

華城:LP8000→4000

 

だが、華城の表情に一切変化はない。ひたすらに冷静だった。

 

「魔法カード《手札抹殺》発動。互いに手札を全て捨て、その枚数ドローする」

 

「……私は手札ゼロだけどね」

 

それを無視して、華城は自分の手札を捨てて五枚ドローする。

 

「《ジャンク・シンクロン》を召喚し効果発動。墓地のレベル2以下のモンスター一体を特殊召喚する。よみがえれ、《ボルト・ヘッジホッグ》。そして、レベル2のヘッジホッグにレベル3チューナー、ジャンクをチューニング。『想い』と『願い』が結合し、新たな『力』をここに生み出す。シンクロ召喚。現れろ、レベル5《ジャンク・ウォリアー》。……バトルだ、ジャンクウォリアーで《No.82 ハートランドラコ》に攻撃」

 

ジャンクウォリアーが白いマフラーを靡かせ、No.82に突撃する。

 

しかし。

 

「残念、No.82は自分フィールドに表側表示の魔法カードがある限り、攻撃対象にならない。その魔法カードっていうのは、当然ペンデュラムスケールも例外じゃないよ」

 

「……そうか」

 

だが、華城はすぐに手札のカードを掴んだ。

 

「ならバトルフェイズを終了し、魔法カード《死者蘇生》を発動。よみがえれ、ジャンク。さらに魔法カード《下降潮流》発動。自分フィールドのモンスター一体のレベルを1〜3の任意の数にする。ジャンクウォリアーのレベルを3にする。そして、レベル3のジャンクウォリアーにレベル3チューナーのジャンクをチューニング」

 

レベルの合計は、6。

 

「『想い』と『願い』が結合し、生まれし力はやがて強靭無敵の『盾』となる。シンクロ召喚。現れろ、レベル6《ジャンク・ガードナー》……カードを二枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー! No.82の効果発動、オーバーレイユニットを一つ使うことで、このターンダイレクトアタックできる! バトルよ、No.82で響にダイレクトアタック!」

 

気を失っている響に、容赦ない追い討ちをかける川内。今の響に抵抗する手段はない。

 

だが、華城もその程度は織り込み済みだった。

 

「ガードナーの効果発動。一ターンに一度、モンスター一体の表示形式を変更する。No.82には守備表示になってもらおう」

 

「チッ……」

 

「おいどうした。そんなものか?」

 

火のついていない煙管を指でクルクルと回しながら言う。その声に含まれる感情は、嘲りではなく呆れだ。

 

なぜなら、()()()()()()()は、この程度で止まるような艦娘ではないからだ。

 

「……バトルフェイズを終了し、墓地の《置換融合》の効果発動。このカードを除外し、墓地の融合モンスター一体をエクストラデッキに戻すことで一枚ドローする。《月光舞獅子姫》をデッキに戻してドロー! ……カードを二枚伏せて、ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー」

 

ドローしたカードを横目で確認し、そのまま視線をずらして川内を見る。そして小さく呟いた。

 

「……今のお前なら問題ないか」

 

「……何か言った?」

 

「気にするな。ガードナーの効果を再び発動。No.82を攻撃表示にさせてもらう。さらに墓地の《ラッシュ・ウォリアー》を除外し効果発動、墓地の《シンクロン》を手札に戻す。ジャンクを手札に戻し召喚、再度効果発動。《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚。……レベル6のガードナーにレベル1チューナー、アンノウンをチューニング」

 

淡々と行われるシンクロ召喚。今の華城には、響とのデュエルの時のようなデュエルを楽しんでいる感じがまるでない。ただ、目の前の相手を倒す。それだけだ。

 

「『想い』と『願い』が結合し、その力の輝きは星の光すら超越する。シンクロ召喚。現れよ、レベル7《ライトニング・ウォリアー》。そして永続罠《エンジェル・リフト》発動、墓地のレベル2以下のモンスター一体を特殊召喚する。よみがえれ、《チューニング・サポーター》。さらにこの瞬間、手札の《ドッペル・ウォリアー》の効果発動、自分が墓地からモンスターを特殊召喚した時、このカードを手札から特殊召喚できる。そして墓地のヘッジホッグの効果発動、自分フィールドにチューナーが存在する時、墓地のこのカードを特殊召喚できる。レベル2のドッペルとヘッジホッグ、レベル1のサポーターにレベル3のチューナー、ジャンクをチューニング」

 

合計レベルは8。この時点で、華城は勝利を確信していた。

 

「『想い』と『願い』が結合し、生まれし怒りは永久の闇をも打ち砕く。シンクロ召喚。現れよ、レベル8《ジャンク・デストロイヤー》。この瞬間、デストロイヤーの効果発動。シンクロ召喚に使用したチューナー以外のモンスターの数だけ、相手のカードを破壊する。伏せカードを一掃させてもらう」

 

「……くっ、小賢しい……」

 

伏せカードは全て破壊された。《ブレイクスルー・スキル》もなかったらしい。

 

「サポーターがシンクロ召喚に使用された時、一枚ドローできる。さらにドッペルがシンクロ召喚に使用された時、ドッペルトークンを二体特殊召喚する。……バトルだ、ライトニングでNo.82に攻撃」

 

「……忘れたの? 私のフィールドに表側表示の魔法カードがある限り……」

 

「速攻魔法《魔法効果の矢》。相手の表側表示の魔法カードを全て破壊し、一枚につき500のダメージを与える」

 

どこまでも冷静に。機械的にデュエルを進める。

 

川内:LP5450→4950

 

「あらためてライトニングでNo.82に攻撃」

 

「ぐっ……!」

 

川内:LP4950→4550

 

「ドッペルトークン二体でダイレクトアタック」

 

川内:LP4550→3750

 

「デストロイヤーでダイレクトアタック」

 

「っ! でも、デストロイヤーの攻撃力は2600! それを受けても私のライフは残る!」

 

その程度、華城もわかっている。もとよりこの程度で終わるつもりもない。この後は、伏せカードを使って追撃、

 

する、はずだったのだが。

 

「それは、どうかな……」

 

「「っ!!?」」

 

その声に、川内だけでなくそれまで余裕のあった華城までもが驚きの声を上げた。

 

そこにいたのは。

 

「な……なんで……」

 

「……流石に驚いたな」

 

「…………………………」

 

()()()()()。響が、二本の足でしっかりと。

 

衣服はところどころ破れ、脇腹の部分には血がにじんでいる。息も荒い。

 

だがそんなボロボロの状態でも、響はゆっくりと腕を持ち上げ、宣言する。

 

「罠カード、発動。《運命の分かれ道》。互いにコイントスし、表が出たプレイヤーはライフを2000回復、裏が出たプレイヤーは2000のダメージをうける……」

 

「それ……《涅槃の超魔導剣士》で回収してたやつ!?」

 

「ほう……《涅槃の超魔導剣士》ねえ……やっぱり面白いな、響は」

 

ここで初めて、華城の口の端に小さな笑みが浮かんだ。

 

ディスクから出てきたコインを親指に乗せる三人。そして同時に、弾く。

 

キキキィィィィィンンン……と音を立て宙を舞ったコインは、やがて三人の手の甲に落ちる。結果は……

 

「表、だよ」

 

「ふむ、裏か……」

 

響は表、華城は裏が出た。それぞれの結果がライフに反映される。

 

響:LP2000→4000

華城:LP4000→2000

 

そして、肝心の川内は、

 

「…………う、ら……」

 

川内:LP3750→1750

 

ふぅ、と小さくため息をく華城。そして、デストロイヤーの拳が川内に向かう。

 

「……安心しろ。すぐに楽になる」

 

「あ……ああああアアァァァァァァ!!!」

 

川内:LP1750→0

 

 

 

 

デュエルが終わり、立体映像が消えていく。それと同時に脱力したように倒れていく響を、華城が支えた。

 

「……息はある。気絶しているだけか」

 

響を寝かせ、まだ電源が入っている響のディスクを操作する。

 

数秒で、目当ての画面が表示される。それは直近数試合のデュエルログだ。誰が何のカードを発動し、どのように互いのライフが変動したかを見れるのだ。

 

それを見て、華城は思わず目を見開いた。

 

(先ほどのヲ級とのデュエル、それに川内とのデュエル。そのどちらでも、《No.》のダイレクトアタックを受けている……それなのに無事……これは、彼女が艦娘だからなのか? それとも……)

 

数秒思案。しかし結局何も思い浮かばない。仕方がないので、今度は離れたところで倒れている川内の元へ向かう。

 

額からは、数字は消えていた。それを確認した華城は、川内のディスクを操作し、墓地からあるカードを取り出す。

 

もちろん《No.82ハートランドラコ》だ。そのカードを懐から取り出した真っ黒なスリーブに入れた。それを再び懐へとしまう。

 

川内を片手で抱えた華城は、響の元へと戻ってきた。その頭に手をやりゆっくりと撫でながらぽつりと呟いた。

 

「……響、巻き込んでしまってすまない。君が目覚めたら、全て話そう。……頑張ったな」

 

そして、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、電話をかける。

 

「もしもし。起きてるか明石、私だ。……ああ、ついに出たぞ、ヤツが。どういう目的かは知らんがな。……そうだ。やっとこれで我々も、前に進める」

 

体の向きを変え、海の方を睨みつける華城。口元には確かな笑みがあった。

 

「こちらも、少なくない犠牲を伴ってしまったが……ここからは、我々のターンだ。存分に暴れてやろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()。……そうだな、まずは何から始めるか……」

 

空白。

 

「……まずは、『あのカード』を確保しなくては、か」

 

 

こうして響は、気づけば引き返せないところまできてしまっていた。響は海を見て、まるで『嵐の前の静けさ』だと形容したが、それはなんら間違っていなかった。ここからーーあるいは最初から、かもしれないがーー響の物語は、ようやく始まったのだから。




…………長いッ! 華城さん一ターンあたりの行動がずば抜けて長いよ! 面倒なんだよ!!
というわけで【ムーンライト】vs【ジャンド】(vs【魔術師】)でした。何気に響がほぼ出てこないデュエルは初めてですかね。

一応デッキ紹介。といっても華城だけですが。
【ジャンド】。スティーラー禁止で辛くなりそうですねえ。まあ今まで一回も使ってませんが。
ちなみに最後の伏せカード、あれは《リビングデッドの呼び声》です。《運命の分かれ道》でもし川内が表を出していても、これなら倒しきれます。どうやるかは各々考えてみてください。

次回ですが、まだ書き上がっておりません! ただ最近調子がいいのでもしかしたら完成する、かも。それでは!

次回、やっとこさの説明回!


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《No.》の過去

説明回って、書き終わったと思っても「書き残しとか無いかな?」ってな感じで不安感が襲ってくるんですよねぇ……。


その白い天井には見覚えがあった。

 

「………………………………」

 

忘れよう筈もない、この鎮守府に来て、最初の日。目が覚めて一番最初に目にしたのも、この白い天井だった。

 

スッと視線を下ろすと、あの時と同じ入院着が着せられていた。

 

確かここは、入渠ドックの個人用入渠室。この建物、地下には巨大な風呂があり、通常傷ついた艦娘はそこで傷を癒す。だがそれだけでは治癒が難しいとされる時や、意識を失っていて風呂に入れるのが難しい場合は、この個人用入渠室に運び込まれるのだ。

 

「Good morningネ、響」

 

と、隣から声。その特徴的な口調のおかげで、視線をやるまでもなく誰かわかった。

 

「……おはよう、金剛さん」

 

私が寝かされているベッドの横に置いたパイプ椅子に座る彼女。金剛型戦艦一番艦、『金剛』だ。

 

金剛さんは私の枕元にあった果物籠からリンゴと果物ナイフを取り出しつつ言う。

 

「思ったより早く目が覚めてよかったデース。私が最初見た時、かなーりボロボロでしたカラ」

 

「司令官は?」

 

「Ah……提督は、昨日の件の処理でvery busyネ。だから代わりに私が響の様子をみてたんデース」

 

言いながら、しゃりしゃりと器用にリンゴの皮を向いていく金剛さん。それを見ながら、気になったことを質問することにした。

 

「今の私は、どういう状態なんだい?」

 

「Bodyの傷自体は高速修復材でほとんどふさがっているはずネ。ただ、《No.》から受けた物理的でないdamageに関しては高速修復材ではどうにもならないカラ……」

 

「! 《No.》を知っているのかい?」

 

「Yes、でも、everyoneが知っているわけじゃないヨ。《No.》について知っているのは、一部の艦娘と、提督だけネ。……リンゴどうぞネー!」

 

気づけばリンゴは皮を剥かれ、綺麗に六等分されて皿の上に置かれていた。差し出された爪楊枝で一つさして口にする。みずみずしくて美味しい。それを十分に咀嚼して飲み込み、改めて口を開いた。

 

「ねえ、金剛さん。よかったら教えてくれないかな、《No.》について」

 

それを聞いて、濡れ布巾でナイフの刃を拭いていた金剛さんの手が止まった。

 

「……聞かれるとは思ってましタ。そう言われると、Noと言う訳にはいかないネ。But……私自身としては、正直教えるのは気がひけるヨ。Because、《No.》について話すということは、《No.》の問題に巻き込んでしまうのに他ならない。それは、年長者のやることではないワ」

 

そういう金剛さんの表情は、暗いものだった。彼女の気持ちもよくわかる。何より、《No.》の恐ろしさは昨夜嫌という程思い知らされている。

 

でも。

 

「金剛さん。あなたの気遣いに感謝する。……でも、私は、それでも知りたいんだ」

 

「っ、why!? あれは私たちが解決すればいいproblemネ、わざわざ響が自ら飛び込んでくる必要なんてnothingヨ!」

 

「だからだよ」

 

私の言葉の意味がわからなかったのか、首をかしげる金剛さん。そんな彼女に対して、私は自分の思いを吐露していく。

 

「確かに《No.》の問題は、私が見て見ぬ振りをしていれば気づいた時には解決しているようなものかもしれない。デュエルでも実戦でも、この鎮守府のみんなは私よりずっと強いからね。……でも、もし私の知らないところで、私の知っている人たちが傷ついたら? 例えば、何気ない日常の中で、隣を歩いている誰かが実は日夜《No.》と戦っていて、それを隠して笑っているのだとしたら? ……どうしても、そんな風に考えてしまうんだ」

 

「響……」

 

「だから、私も戦いたい。いつも通りであるために、ね。それに……『もう』仲間を失いたくない。せめて私もみんなと肩を並べて戦いたいんだ」

 

「そういえば……響は『生き残り』でしたネ」

 

『あの戦争』については、思い出すだけで胸に小さな痛みが走る。『あの戦争』で私は姉妹の中で唯一生き残り、そのまま戦争は終わりを迎えた。『私』が沈んだのは戦後だ。

 

もう、あんな悲劇は繰り返したくない。

 

そんな私の思いが届いたのか、金剛さんは目を瞑って小さく頷いた。

 

「……わかったヨ。それじゃあ、全部教えるネ」

 

「ありがとう」

 

「渋ったのは私の方ですから、気にしないでくだサーイ。にしても、Hmm……何から話しまショウ。一応聞きますケド、響は《No.》についてどの程度知っていますカ?」

 

「殆ど何も知らない、かな。夜起きたら急にデュエルを……って、そうだ、妙高型が次々襲われていた事件の犯人は……!」

 

「ヲ級、ですネ。提督から聞いてマース」

 

……それもそうか。冷静に考えて、司令官だって正体不明な人物をいきなり狙撃したりはしないだろう。普通に犯罪だ。

 

「……とにかく、昨日の夜、ヲ級とデュエルして、その最中に彼女が《No.》を使った。《No.101 S・H・Ark Knight》という《No.》を。そのあと、川内さんが乱入してきて、ヲ級が『何か』した。それで川内さんが気を失っちゃって、私は一人でヲ級を追った。そしたら様子がおかしくなった川内さんに止められて、そのままデュエルしたんだけど、その時の川内さんも《No.》を使っていた。確か、《No.82 ハートランドラコ》だったかな。それらの効果についてならわかるけど……」

 

「《No.》というcategoryについてはわからない、と。了解デース。なら……そうネ、《No.》についてきちんと最初からお話ししまショウ」

 

ギシッ、と音を立てて金剛さんがパイプ椅子に座りなおす。

 

「といっても……実は、《No.》の一番最初は私も知らないのデース。およそ一年前のある日、突然この鎮守府に現れた、curseのような存在。確か、一番最初に《No.》に取り憑かれたのは浜風だったネ。浜風の所属する艦隊が遠征から帰投したと同時に、気を失った浜風がここに運び込まれてーー出撃中に突然倒れたらしいヨーー目が覚めたと思ったら、急に暴れ始めて、誰彼構わずデュエルを挑んでネ……それまで浜風はあんまりデュエルの腕がgoodだったわけじゃないのに、誰も勝てなかったヨ」

 

「金剛さんも戦ったのかい?」

 

「No、私がデュエルする前に、浜風を倒した人がいたんデース」

 

「……それは?」

 

と、金剛さんはなぜか言いづらそうに視線を彷徨わせた後、コホンと一つ咳払いをしてから言った。

 

「暁、デース」

 

「!? 暁が……!?」

 

「Yes、ギリギリのbattleでしたが、なんとか暁が勝ちましタ」

 

驚きを隠せない。別に暁が《No.》との戦いに勝利したことには驚かない。彼女の実力は知っている。だがそもそも、暁が《No.》の問題に関わっていたこと自体が驚きなのだ。

 

金剛さんの話は続く。

 

「そうして暁のおかげで《No.》の問題は解消した、かのように思えましタ。ですが違った。《No.》は宿主を変え、生きていたのデース」

 

「宿主を、変えて……?」

 

ということは、

 

「この鎮守府にまだいるかもしれないということかい? 《No.》が……!」

 

「……おそらく、Yesネ。最後の《No.》……川内の《No.82 ハートランドラコ》だったネ? それとはまた姿を変え、この鎮守府の誰かにpossessionしていることでショウ」

 

「だったら……!」

 

枕元のデュエルディスクを掴んでベッドから飛び降り、個室の出口に向かう。金剛さんは動かなかった。パイプ椅子に座ったままで、首も動かさずに言う。

 

「どこに行く気ネ?」

 

「決まっているじゃないか、《No.》を止めないと……」

 

「まだ騒動になっていないということは、《No.》が覚醒していないってことネ。だから大丈夫ヨ」

 

「そんなのわからないじゃないか、人知れず覚醒している可能性も……」

 

「そこまでこの鎮守府の警備はザルじゃないヨ。それに、万が一《No.》が居たとして、どうする気ネ?」

 

「それも決まっている、デュエルだよ。最初の暁がそうだった、昨晩のも、この様子だと司令官がどうにかしてくれたんだろう? なら、デュエルをすることで一時的でも足止めできる……!」

 

()()()()()()()()?」

 

一瞬、金剛さんの言っている意味がわからず固まる。そして気づく。手の中にある違和感に。

 

「デッキが……ない!?」

 

ディスクにセットされているはずの、私のデッキ。それが綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「提督が、響が不用意にデュエルできないようにって抜いたんだヨ。……わかったら、おとなしく寝ているデース」

 

「っ……」

 

デッキがなければ何もできない。それでも拘泥するほど、私も幼稚ではなかった。おとなしくベッドに戻る。

 

「よろしい。それじゃあ、《No.》 の話に戻るデース。浜風が倒された後も、《No.》は宿主を変えて逃げ続けましタ。ですがその度に悉く暁に倒されたのネ。そしてある日、そんないたちごっこのような状況を打破するoperationsが決行されましタ」

 

「作戦?」

 

「そうデース、それも、大本営直々の」

 

「大本営が……? なんでまたそんな……」

 

「《No.》に取り憑かれた者は、例外なく凶暴な人格となり、暴れまわる。それは、事情を知らない人が見れば艦娘の反乱と相違ありませんカラ。そうなると、艦娘反対派の人たちにいい反論材料を与えるだけデース。それを重く見た大本営の決断ネ」

 

「どんな作戦だったんだい?」

 

「『番号札作戦』。確かそんな名前だったヨ。内容は、艦娘の霊的powerを利用して《No.》の呪いを丸ごと一枚のカードに封じ込める、というものネ」

 

「……霊的パワー? そんなものあるのかい?」

 

「さあネ。そういうのはscientistの領分だカラ。でも実際、私たち自身どういう原理でこのbodyが動いているのかよくわからないしネ。……とにかく、そのoperationsは実行された。でも、その当日にある事件が起きたんデース」

 

「事件」

 

「そう。……深海棲艦が、襲撃してきたんデース」

 

「っ!」

 

タイミングとして最悪だ。《No.》騒動でてんやわんやな鎮守府への襲撃……もはや深海との内通者の存在を疑ってしまうレベルだ。

 

「でも、大本営からの命令をこちらの一存で破棄することはできないネ。何より、その作戦は艦娘側の被害を最低限で抑えるために、より霊的powerの高い艦娘を使用していたのデース」

 

「霊的パワーの高い艦娘……?」

 

「最初の五人。この世界に最初に現れたという五人の艦娘。俗に『初期艦』と呼ばれる艦娘デース。騒動の当時は舞鶴、呉、佐世保、大湊、そしてここ横須賀に一人ずつ在籍していたため、彼女らをそのoperationsに参加させるために横須賀に集合させていましタ。ですから、大本営に頼んで延期する、という手も取れなかったんデース」

 

なるほど。彼女らは彼女らでそれぞれの鎮守府での役割があるからか。初期艦ともなれば、各々の鎮守府の提督秘書艦を任されていてもおかしくない。

 

「それで、その作戦はどうなったんだい?」

 

「もちろん実施されましタ。結果として、《No.》の呪いを封じ込める事に成功、しかもその時の深海部隊のflagshipも一緒に封印できたんデース」

 

「それは……大成功じゃないか」

 

「But……同時に初期艦も全員封印されてしまったネ。それに、その封印したカードも残った敵艦隊に奪われてしまっタ。散々だったヨ」

 

「っ……そう、か……」

 

室内に重苦しい空気が流れる。

 

過去に起きた《No.》騒動はよくわかった。しかし、ということはこの鎮守府でまた同じことが起きてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなくては。

 

「……あ! そうそう、忘れてたヨー!」

 

暗い空気を払拭するように、ひときわ明るく金剛さんが言う。

 

「響にpresentsネー!」

 

その手には小ぶりな箱。それには見覚えがあった。

 

「これ、確か司令官からの……」

 

「Yes、提督が昨日、響に渡したものネ。忘れていったから渡してくれ、って提督に頼まれたヨ」

 

せっかくだし開けてみる。すると、中に入っていたのは、

 

「……なんだろう、バッジ……?」

 

『横』の一文字が彫られた、金色に光る丸いバッジだった。

 

「おーぅ、『秘書艦バッジ』ネー!」

 

「『秘書艦バッジ』?」

 

「Yes、これをつけていることで、ここ横須賀鎮守府の提督秘書艦であるということが証明されるんデース!」

 

「なるほどね」

 

そういえば今の私は臨時秘書艦なんだった。怒涛の昨夜(と、ほとんど休憩時間な業務内容)のせいですっかり忘れていた。

 

と、ここで一つの疑問が生まれた。

 

「そういえば……私が臨時秘書艦に任命されたってことはそれまで秘書艦が不在だったってことだよね? それで今の金剛さんの話を聞いていて思ったんだけれど、もしかして先代って……」

 

その時だった。

 

バァン! と大きな音を立てて勢いよく部屋の扉が開かれた。

 

「? 誰デース?」

 

金剛さんが振り返る。私もそちらを見ると、そこにいたのは、

 

「長月……? どうしたんだい?」

 

息を切らせた長月だった。

 

その長月が、勢いよく頭を下げて言った。

 

「ーー助けてくれ!!!」

 

 

 

 

響のいた部屋の三つ隣の部屋。その前の廊下で、二人の艦娘が対峙していた。

 

方や、睦月型駆逐艦一番艦『睦月』。

 

方や、同じく睦月型の九番艦『菊月』。両者ともに、デュエルディスクの電源が入っている。

 

「……本当に、デュエルするのにゃ?」

 

「さっきからそう言っているだろう?」

 

言ってディスクを構える菊月。睦月もそれに倣う。

 

「わかったよ。……妹を止めるのも、姉の務めにゃしぃ」

 

「なんでもいい……早く始めるぞ」

 

そして、同時に宣言する。

 

「「デュエーー!!」」

 

「待て!!」

 

その二者の間に割って入る影。もちろん響だ。背後からは長月と金剛も追ってきている。それを見て、菊月は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「何をする、響……姉妹の諍いに首を突っ込むとは、どういう了見だ?」

 

「それは謝罪しよう。だけどデュエルだと言うのなら、私が相手になる」

 

「ま、待つにゃしぃ響ちゃん! 今の菊月ちゃんは様子が……!」

 

「重々承知しているよ。……その上で言っているんだ、私とデュエルしろ、と」

 

菊月の左頬。そこには川内の額にあった数字のような模様ーーしかし形が違うーーがあった。おそらく、彼女も取り憑かれている。睦月が菊月の様子をおかしいと感じたのもそれが理由だろう。

 

と、菊月は何かに気づいたように、一つため息をついて言った。

 

「……まあ、別に貴様でも構わんがな、響。デッキを持たずにどうデュエルする気だ? まさか阿呆には見えぬデッキなどとは言うまいな」

 

「それこそまさかだね。大丈夫さ、ちゃんと考えてある」

 

それだけ言って響は菊月に背を向けた。

 

「一分ほど待ってくれ」

 

 

 

 

「……待ったぞ、丁度一分。もう良いな?」

 

「ああ、いいよ」

 

あれからきっちり一分後。私の腕についたディスクにはきちんと四十枚のデッキがセットされていた。

 

というか、背後から襲ってきたりしなかったところを見ると、まだ案外『菊月』の部分が残っているのかもしれない。

 

「ほおう、ちゃんとデッキを用意したか。そこの三人から借りたのか?」

 

「それはやってみればわかる。さて……ずいぶんお待たせしたね、それじゃあやろうか」

 

「ああ……まずは貴様から倒してやる、響」

 

「「デュエル!!」」




まだまだ説明が足りない部分がありますが、そこはおいおい補完していきます……多分。

次回、響デッキの正体。


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負うべき罪

調子がいいとはなんだったのか。というわけでお久しぶりでございます。


「まずは私のターンか。モンスターを裏側守備表示で召喚、カードを二枚伏せてターンエンドとさせてもらおう」

 

「私のターン、ドロー!」

 

手札を確認する。それはどれもこれも使ったことのないカードばかりだった。

 

(やっぱり少し無謀だったかな。……いや、やってみなくちゃわからない、か)

 

カードの効果を確認しつつ、このターンで出来うる限りの最善手を考える。

 

(まずは、このカードから行こうかな)

 

「《カラクリ小町 弐弐四》を召喚」

 

「【カラクリ】……なるほど、長月のデッキか……」

 

菊月が口の端をニヤリと歪める。【カラクリ】は長月の姉妹艦である彼女にとっては戦い慣れた相手だからだろう。

 

しかしそこで相手の雰囲気に呑まれるわけにはいかない。私は菊月の言葉を無視してカードを発動していく。

 

「永続魔法《カラクリ解体新書》を発動。自分の《カラクリ》モンスターの表示形式が変わるたび、このカードにカラクリカウンターを乗せる。さらに魔法カード《借カラクリ蔵》発動。自分の《カラクリ》一体を選択し、デッキから《カラクリ》を手札に加え、選択したモンスターの表示形式を変更する。《カラクリ兵 弐参六》を手札に加え、弐弐四を守備表示にする」

 

これによって《カラクリ解体新書》にカラクリカウンターが一つ乗る。

 

「別にいちいち効果を説明してくれなくていいぞ? 大体の効果は把握している……」

 

「……悪いね。私も初めて使うデッキだから、こうして口に出すことで効果を間違えないようにしているんだよ」

 

「ああ、そういうことか……大変だな」

 

「おかげさまでね。私は弐弐四の効果で、一ターンに一度追加で《カラクリ》を召喚できる。今手札に加えた弐参六を召喚。そしてレベル4の弐参六にレベル3のチューナー、弐弐四をチューニング!」

 

「レベル……7!」

 

《カラクリ》にレベル7のシンクロモンスターは一種類しかいない。そしてそのモンスターは、【カラクリ】の展開の要でもある。

 

「古き時代の強者よ、百戦錬磨のその力、今だけは私のために振るえ! シンクロ召喚! 現れろ、レベル7《カラクリ将軍 無零》!!」

 

「おお……!」

 

背後から長月の感嘆の声が聞こえる。このカードは長月の切り札なのだから、それは当然か。

 

「無零の効果発動! このモンスターのシンクロ召喚成功時、デッキから《カラクリ》一体を特殊召喚する! 現れよ、《カラクリ忍者 九壱九》!」

 

「守備表示……いや、無零の効果か」

 

「その通り。私は無零のもう一つの効果発動。一ターンに一度、フィールドのモンスターの表示形式を変更できる。九壱九を攻撃表示に。さらにそれによって二つ目のカウンターが乗った《カラクリ解体新書》の効果発動。このカードを墓地に送り、乗っているカラクリカウンターの数だけドローする。墓地に送り二枚ドロー!」

 

ドローカードはあまり良くなかったが、文句を言える立場ではない。

 

「バトルだ、九壱九でそのセットモンスターに攻撃!」

 

「……まあ、そうくるだろうと思ったよ。裏側守備表示のモンスターは《名工 虎鉄》、守備力は500だ。素直に破壊されるが……その前にリバース効果を発動。デッキから装備魔法一枚を手札に加える……!」

 

「……! 装備魔法……?」

 

「ああ。私は《呪いのお札》を手札に加える」

 

この時点では菊月のデッキが何なのか断定することは難しい。だが予想としては、

 

(……《名工 虎鉄》。普通のデッキにはあまり入らないはず。となると、よほど装備魔法が大事ということか。で、睦月型のデッキの傾向を考えると……【戦士族装備ビート】、かな)

 

もちろん違う可能性もある。だが現状では【戦士族装備ビート】の線が一番有力だ。

 

「相手モンスターを戦闘破壊した九壱九の効果発動。墓地の《カラクリ》一体を守備表示で特殊召喚する。弐弐四を特殊召喚。続けて無零でダイレクトアタック!」

 

「通ると思ったか? 罠カード《分断の壁》発動。相手モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドの攻撃表示モンスターの攻撃力を、相手フィールドのモンスター一体につき800下げる。お前のフィールドには無零、九壱九、そして今蘇生した弐弐四の三体がいる。よって全員攻撃力が2400下がる」

 

力強く振り下ろされた無零の刀は見えない壁にぶつかり、その威力のほとんどを吸収されてしまった。

 

菊月:LP8000→7800

 

「そしてこれは永続だ。ターンが終了しても下がった攻撃力は元に戻らない」

 

「くっ……」

 

《分断の壁》。これまたあまり使用されないカードだ。普通は《聖なるバリア ーミラーフォースー》や《魔法の筒》なんかが優先されやすいのだけれど。

 

そう考えていると、それに気づいた菊月が言った。

 

「その顔、私がこのカードを採用しているのが不思議といった様子だな」

 

「……まあね。ステータスは下がるけれど、結局私のフィールドにモンスターは残るわけだし」

 

「まあそうだ。普通は使わないだろうな。だがまあ、私にも私の思惑があるということだ。……それよりも、まだお前のターンだろう? 早くしろ……」

 

さすがにそれを明かしてくれるつもりはないらしい。もちろんそこまでは期待していなかったが。

 

「バトルフェイズを終了、そしてレベル4の九壱九にレベル3のチューナー、弐弐四をチューニング!」

 

二体目の無零でもいいが、ここは別の手を打つことにしよう。

 

「機械の亡骸達よ、今一度集いて新たなる悪魔を生み出せ。シンクロ召喚! 現れよ、レベル7《スクラップ・デスデーモン》! ……そしてカードを三枚伏せてターンエンド」

 

「無零ではなくそいつを出すか……まあいい、私のターン、ドロー!」

 

カードをドローした菊月は、そのカードを見てニヤリと笑いながら言った。

 

「先刻言ったな、《分断の壁》を採用する意図がわからぬと。その理由を教えてやる、《フォトン・スラッシャー》を特殊召喚!」

 

「っ、《フォトン・スラッシャー》は自分のフィールドにモンスターがいなければ特殊召喚できる、だっけ」

 

「その通り。そして私は装備魔法《呪いのお札》を、無零に装備!」

 

「! 装備魔法を相手のモンスターに……?」

 

装備魔法は基本的に装備されたモンスターに対して有利になる効果を与える。だが菊月がミスをするとも思い難い。ということは、

 

(何か、ある……!)

 

「さあ行くぞ、スラッシャーで無零に攻撃!」

 

「通さないよ、速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動!」

 

直感だが、このまま攻撃を食らうと何か良くないことが起こりそうなのだ。

 

「む、スラッシャーを守備表示にでもするか?」

 

「いや、そっちじゃない。私は《エネミーコントローラー》の二つ目の効果を発動。自分のモンスター一体をリリースし、相手モンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る! 無零をリリースし、スラッシャーのコントロールを得る」

 

「なるほどな、低攻撃力の無零を処理したか。なら私はメインフェイズ2に移行、モンスターを裏側守備表示で召喚、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

なんとか大ダメージを回避し、ふうと小さく息を吐く。と、背後の長月がそれより大きく息を吐いた。

 

「ハァ、危ないところだった。心臓が止まるかと思ったぞ……」

 

「? 確かに1900のダメージは大きいけれど……そこまでかい?」

 

「ああ、いや……っと」

 

そこで長月が言い淀んだ。おそらく他人のデュエルに口を挟むのはマナー違反だと思ったからだろう。

 

だが当の菊月はというと、何食わぬ顔で長月に続きを促した。

 

「構わぬ。教えてやれ……」

 

「……《呪いのお札》の効果だ。あのカードを装備したモンスターが破壊された時、その守備力分のダメージを相手に与えるんだ」

 

「! ということは、素直に攻撃を受けていたら……」

 

「普通の戦闘ダメージ1900に、無零の守備力1900が加わって……合計3800のダメージになっていたのにゃ」

 

隣の睦月が補足する。なるほど、確かに3800となると、初期ライフのほぼ半分だ。川内さんの例を鑑みると、普通のモンスターの攻撃でもダメージが実体化する可能性がある。それを回避できたのは僥倖だった。

 

(まあいい、それじゃあ気を取り直して……)

 

「私のターン、ドロー! 」

 

手札のカードを見て、しばし考える。手札には通常召喚できるモンスターが存在するが、それを召喚するかどうかだ。

 

(……いや、あのセット状態のモンスター……また虎鉄かもしれないけれど、もしもそうでないとしたら……)

 

伏せてあるカードを確認し、このターンの行動を決める。

 

(よし、このまま行く!)

 

「バトルだ、デスデーモンでスラッシャーに攻撃!」

 

「……ふん。この程度、受けたところで仔細ない」

 

菊月:LP7800→7200

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー。……ふむ」

 

菊月の手札は今ドローしたカード一枚のみ。菊月はそれを見て少し唸った後、カードの発動を宣言した。

 

「私は《メタモルポット》を反転召喚し、効果発動。お互いに手札を全て捨て、その後五枚ドローする」

 

「! よしっ……!」

 

思わず小さくガッツポーズして喜ぶ。その様子を見た菊月は、訝しげな表情を浮かべた。

 

「なんだ、その反応。まるで私がこのカードを使うのを期待していたみたいだな……? 手札事故でも起こしたか?」

 

「いいや違うさ。私はそのカードが《メタモルポット》である事を読んで、手札を調整していたんだ」

 

「ほう……真実だとしたら、やるじゃないか」

 

互いの手札がリセットされる。問題はここからだ。

 

(手札は補充できたけど、今は菊月のターン。間違いなく、何か仕掛けてくる……!)

 

「さて……チューナーモンスター《ジュッテ・ナイト》を召喚し効果発動。相手の攻撃表示のモンスターを守備表示にする。デスデーモンを守備表示に。そしてレベル2のポットにレベル2のチューナー、ジュッテをチューニング!」

 

「これは……まずいぞ、響!」

 

突然長月が大声を上げる。その声は真剣そのものだったが、菊月のデッキをよく知らない私としてはいまいちピンとこなかった。

 

「大いなる力よ、今こそこの腕に宿り、目の前の壁を打ち砕け……! シンクロ召喚、現れよ、レベル4《アームズ・エイド》!」

 

「それは……たしか、司令官も使っていた……!」

 

モンスターの装備カードとなることで、そのモンスターの攻撃力を1000上昇させ、さらに戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える、だったはず。

 

「そしてリバースカードオープン、魔法カード《死者蘇生》。私は自分の墓地の《ツイン・ブレイカー》を蘇生させる。これにエイドを装備。……さあ、バトルだ。ブレイカーでデスデーモンに攻撃!」

 

「くっ……でも、守備表示だからダメージは……!」

 

「甘い! ブレイカーが守備表示のモンスターを攻撃した時、貫通ダメージを与える!」

 

「なっ、うぐっ!」

 

響:LP8000→7200

 

「そしてエイドの効果、デスデーモンの攻撃力分のダメージを与える!」

 

「ぅぐ、あああああ!!」

 

響:LP7200→4500

 

思わず膝を折ってしまう。やはり、僅かだがダメージが実体化している。

 

(このままじゃ、まずい……!)

 

「ブレイカーのさらなる効果。このカードが守備表示のモンスターを攻撃した場合、もう一度続けて攻撃することができる。行け、ダイレクトアタックだ!」

 

「っ、罠カード《ピンポイント・ガード》! 相手の攻撃宣言時、墓地のレベル4以下のモンスター一体を守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、九壱九!」

 

「? 《ピンポイント・ガード》……?」

 

菊月が眉をひそめる。その理由はなんとなくわかっているけれど、私はあえて見て見ぬ振りをした。

 

「……まあいい、ならばブレイカーで九壱九に攻撃!」

 

「九壱九が攻撃対象になった時、このカードの表示形式を変更する……くっ!」

 

響:LP4500→3600

 

「そして《ピンポイント・ガード》で特殊召喚したモンスターはこのターン戦闘及び効果では破壊されない」

 

「そうだったな。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

「なら私はこのエンドフェイズ、罠カード発動、《トゥルース・リインフォース》!」

 

《トゥルース・リインフォース》。発動ターンのバトルフェイズを放棄する代わりに、デッキからレベル2以下の戦士族モンスターを特殊召喚する罠カードだ。当然、普通の【カラクリ】に入るようなカードではない。

 

だがそれを見て、菊月は合点がいった様子でうなづいた。

 

「やはりな……先ほどの《ピンポイント・ガード》といいそれといい、長月のデッキに入っていたカードではない。それらはおそらく……睦月のカード。ということは貴様のそれはただの【カラクリ】ではないな?」

 

「ご名答。私は《トゥルース・リインフォース》の効果でデッキから《H・C アンブッシュ・ソルジャー》を特殊召喚する!」

 

そう。このデッキは長月のデッキと睦月のデッキを混ぜ合わせて作った、【カラクリヒロイック】だ。

 

睦月や長月が戦うと、そのデュエルスタイルは互いによく知っているわけだから、《No.》という切り札を持つ菊月のほうが有利だ。かといって、彼女らのデッキをそのまま私が使っても、持ち主に劣る腕では太刀打ちできまい。ならいっそ、ということだ。

 

一応、金剛さんがデュエルする、というのも考えたけど、

 

(……前の時はともかく、今回の《No.》騒動の発端は私だ。その尻拭いを金剛さんにさせるわけにはいかない……!)

 

「私のターン、ドローッ! このスタンバイフェイズ、アンブッシュの効果発動! このカードをリリースすることで、手札、墓地から《H・C》を二体特殊召喚する。墓地よりよみがえれ、《H・C スパルタス》、《H・C エクストラ・ソード》! そしてこの二体で、オーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

「! 来たよぉ!」

 

さっきの長月と同様、睦月のテンションも上がる。

 

「神弓よ、闇を撃ち抜くその力、一時私に与え給え! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《HーC ガーンデーヴァ》! そしてエクシーズ素材となった《H・C エクストラ・ソード》の効果ーー!」

 

「そいつは通せん。カウンター罠《昇天の黒角笛》発動。相手によるモンスターの特殊召喚を無効にし破壊する」

 

「えー!!?」

 

私よりも先に睦月の方が反応した。なんの見せ場もなく退場してしまったから、その気持ちはわかる。

 

だが、私としてはそれ以上に、

 

(……この手札なら、ガーンデーヴァのエクシーズ召喚に成功していればこのターンで終わらせられたかもしれないのに……あまり時間をかけたくないんだけどな)

 

できることならば、菊月が《No.》を召喚する前に終わらせてしまいたい。そうすれば周りに出る被害も抑えられるだろう。

 

「魔法カード《アイアンコール》発動。自分フィールドに機械族モンスターが存在するとき、墓地のレベル4以下の機械族モンスターを特殊召喚する。よみがえれ、弐弐四! さらに速攻魔法《地獄の暴走召喚》発動! 自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚された時、その同名モンスターを手札、デッキ、墓地から可能な限り特殊召喚する!」

 

デッキから二体の弐弐四が特殊召喚される。

 

「だがその効果で私もモンスターを可能な限り特殊召喚できる。デッキから二体の《ツイン・ブレイカー》を特殊召喚。……なるほど、ガーンデーヴァがいればこれを止められた、と」

 

「……そうさ。私はレベル4の九壱九にレベル3のチューナー、弐弐四をチューニング!」

 

レベルの合計はまたも7。

 

「闇夜を切り裂く強者よ、今一度この舞台に立ち、私に力を与えよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル7《カラクリ将軍 無零》!! その効果でデッキから《カラクリ忍者 七七四九》を特殊召喚!」

 

「上級モンスター……今度は攻撃表示か」

 

「そうさ、今回は表示形式を変更する必要もないしね。……そして、レベル3の弐弐四二体でオーバーレイ!」

 

「! ランク3……? となると……」

 

「失われし戦士たちの力が集い、新たな力がここに生まれる! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク3《M.Xーセイバー インヴォーカー》!!」

 

それを見た菊月は唖然とし、直後に信じられないという調子で言った。

 

「《M.Xーセイバー インヴォーカー》……だと? そんなカード、睦月も長月も使っていないはず……なぜ貴様が!?」

 

「そんなに驚くことじゃないだろう? 少し考えれば、すぐにわかるさ」

 

「何……っ、そうか、貴様か金剛!!」

 

「イエース。そのcardは私のものデース!」

 

片目を瞑ってピースサインをする金剛さん。そう、《M.Xーセイバー インヴォーカー》は金剛さんのカードだ。

 

「だが……たしか、貴様のデッキはそのカードとの相性は最悪レベルだろう!? なぜ持っている!!」

 

「た、タマタマダヨー」

 

「いつにも増して片言だね……」

 

しかし、たとえ金剛さんのデッキと相性が最悪でも関係ない。使えるものはどんなものでも使わなくては。

 

「私はインヴォーカーの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキからレベル4、戦士族のモンスターを守備表示で特殊召喚する。《H・C ダブル・ランス》を特殊召喚」

 

(……と、ここまではいいとして)

 

チラリと菊月のフィールドを見る。そこには《ツイン・ブレイカー》が三体。うち一体は《アームズ・エイド》が装備されている。全員攻撃表示だ。

 

(《アームズ・エイド》を装備した《ツイン・ブレイカー》の攻撃力は2600。無零と同じだ。で、装備してない《ツイン・ブレイカー》は1600。こっちはインヴォーカーと同じ……)

 

なら、

 

(超えるしか、ない!)

 

「罠カード《地霊術ー「鉄」》発動! 自分の地属性モンスターをリリースし、墓地の地属性モンスター一体を特殊召喚する! インヴォーカーをリリースし、よみがえれ、《H・C エクストラ・ソード》!」

 

「オ、Oh……」

 

貸し与えたカードが速攻でリリースされたことで金剛さんの笑みが若干引きつった気がするが、今は置いておこう。

 

「私は、レベル4のエクストラ・ソードとダブル・ランスでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! 王の魂が剣に宿り、その姿は伝説となる。聖剣よ、その力、今は私のものとなれ! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《HーC エクスカリバー》!!」

 

「なるほど、そのカードなら、というわけか……」

 

「そうさ。私はエクスカリバーの効果発動。オーバーレイユニットを二つ取り除き、次の相手エンドフェイズまで、攻撃力を倍にする! そのままバトルだ、《アームズ・エイド》を装備した《ツイン・ブレイカー》に攻ーー!」

 

「足りん。罠カード《威嚇する咆哮》発動。このターン相手は攻撃宣言することができない」

 

「何っ……!」

 

今度は攻撃宣言を封じるカード。またもダメージを防がれてしまった。

 

(しかも……結果的に菊月のフィールドに同じレベルのモンスターが三体も……これは、まずいかもしれない……)

 

「……バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に移行する。無零の効果発動、七七四九を守備表示に。カードを二枚伏せてターンエンド」

 

「よし、私のターン、ドロー」

 

事情を知る私と金剛さんの表情が険しいものとなる。そんな私たちの顔を見ながら、菊月の口角が二イィっと上がっていく。

 

「さあ響、見せてやろう。お待ちかねの、切り札ってヤツを」




と、いうわけで【カラクリヒロイック】vs【戦士族装備ビート】です。解説は次回。というかもうこれからはデッキ解説は特別な場合を除きデュエルパート後編に固定ってことで、お願いします。

次回、三枚目の《No.》、そして……。


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守るべきものを背に

また日付を一日間違えました。書きあがってたのに……。


『切り札』。菊月はそう言った。その意図するところを知らない睦月と長月は、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。それはおかしなことではない。

 

だが『知っている』私と金剛さんは、到底そんな感情が湧いてこなかった。私は昨夜、金剛さんは以前の騒動の時に思い知っているからだ。《No.》という災厄の恐ろしさを。

 

「さて……では行こうか。私はレベル4の《ツイン・ブレイカー》二体でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

「!! 早速来るのか……!?」

 

ぐっと握った拳に力がこもる。

 

だが、予想は外れた。

 

「刃の下に心を忍ばせ、非情なる力は全ての敵を斬り伏せる。エクシーズ召喚! 現れろ、ランク4《機甲忍者ブレード・ハート》!」

 

「……《No.》じゃ、ないのかい?」

 

「そう焦るな。今出してやる。私は《アームズ・エイド》の効果発動。装備カードとなっているこのカードは、一ターンに一度攻撃表示で特殊召喚できる。そして、レベル4のエイドとブレイカーでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

エクシーズ召喚の宣言。そこから感じられるプレッシャーが、先ほどとは比べ物にならない。

 

(これは……間違い、ない……今度こそ本当に《No.》だ……!)

 

どうやら《No.101 S・H・Ark Knight》や《No.82 ハートランドラコ》と同じ、ランク4らしい。

 

「燃え盛れ、煉獄。その圧倒的な熱で、死者の骸すら焼き尽くせ!! エクシーズ召喚! 燃え上がれ、ランク4《No.58 炎圧鬼 バーナー・バイザー》ッ!!」

 

瞬間ーー轟っ!! と唸りを上げて、紫色の魔法陣の中から炎の塊が現れ、立体映像では考えられないほどの熱気が私の体を焼いていく。

 

「これが……君の《No.》……!」

 

「そうだ。そして速攻魔法《黒白の波動》発動! フィールドにシンクロモンスターをオーバーレイユニットに持つエクシーズモンスターが存在するとき、フィールドのカード一枚を除外してカードを一枚ドローする。《HーC エクスカリバー》には退場願おう」

 

「っ……!」

 

エクスカリバーが除外されてしまったのは痛いが、それ以上に気になるのがNo.58自身の効果だ。

 

(No.101は相手モンスターをオーバーレイユニットにする効果と破壊耐性、No.82は相手へのダイレクトアタック……特に規則性は見られないし、どんな効果が来るのかわかったもんじゃない……)

 

No.58のステータスは、お世辞にも高いとは言えない。だが、その分強力な効果を持っている可能性が高い。

 

しかし、そこで菊月は予想外の行動に出た。

 

「魔法カード《エクシーズ・ギフト》発動。自分フィールドにエクシーズモンスターが二体以上存在するとき、オーバーレイユニットを合計二つ取り除くことで二枚ドローできる。私はーーNo.58のオーバーレイユニットを全て取り除きドロー!」

 

「な、何……!?」

 

(オーバーレイユニットがなくなった……そんなことしたら、効果の発動ができなくなるんじゃあ……!?)

 

プレイミス、とは思えない。何かしら理由があるのだろうが、その意図はさっぱりだ。

 

困惑する私に、ニヤリと笑った菊月が言った。

 

「まあ、普通は驚くだろうな。だがプレイングを誤ったわけではない。No.58の効果発動。このカードを自分フィールドのエクシーズモンスターの装備カードとする!」

 

「! なるほど、その効果にオーバーレイユニットは使わないから……!」

 

「そうだ。No.58にオーバーレイユニットは必要ない! ……そして、ブレード・ハートの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除くことで、自分フィールドの《忍者》一体は二回攻撃できる。もちろんブレード・ハート自身もこの効果で選択可能だ。自身に二回攻撃を与える!」

 

攻撃力2200による二回攻撃。それだけなら、さしたる脅威ではない。私のフィールドには攻撃力2600の《カラクリ将軍 無零》もいるのだ。

 

だが、菊月のデッキは【戦士族装備ビート】。それに、このままでは無零に届かないことも理解しているはずだ。

 

(つまり、十中八九菊月の手札の中には、この状況を打破するカードがある……!)

 

「魔法カード《アームズ・ホール》発動。デッキトップを墓地に送り、デッキか墓地から装備魔法一枚を手札に加える。デッキから《最強の盾》を手札に。そしてこれをブレード・ハートに装備する。このカードを装備したモンスターは、攻撃表示のときその攻撃力に守備力を加える。よってブレード・ハートの攻撃力は守備力1000が加わって3200だ」

 

「やっぱり越えてきたか……」

 

すると、菊月は呆れたようにため息をついてから言った。

 

「おいおい響、何を言っているんだ」

 

「何って……無零の攻撃力を越えたか、って……」

 

「……確かに、世には《折れ竹光》のようなカードも存在するがな……それはあまりに《No.》を舐めすぎてはいないか」

 

「どういうーー!」

 

「バトルだ! ブレード・ハートで攻撃!」

 

私の言葉を遮って、菊月は攻撃宣言を行った。だが対象が指定されていない。

 

と思ったが、甘かったようである。

 

「No.58を装備したモンスターは、ダイレクトアタックすることができる!!」

 

「なっ……!」

 

つまり、菊月がブレード・ハートの攻撃力を上げたのは、より確実に私を倒すため。最初から無零など眼中になかったというわけだ。

 

というか、この状況は非常にまずい。

 

「っ、金剛さん!!」

 

「い、イエース!!」

 

その一言で意図が伝わったらしく、金剛さんが睦月たちを庇うように両腕を広げた。

 

だがそれを確認している間に、No.58を装備したブレード・ハートの攻撃が私に迫る。

 

「終わりだ、響!」

 

「まだ終わらせない、罠カード《ホーリージャベリン》発動! 相手モンスターの攻撃宣言時、その攻撃力分ライフを回復する!」

 

響:LP3600→6800

 

「だからどうした、攻撃を無効にするわけではあるまい!」

 

直後、ブレード・ハートの斬撃が私の体を薙いだ。

 

「ぐっ、ああああああ!!」

 

響:LP6800→3600

 

痛みを感じるよりも先に、燃えるような熱さをブレード・ハートに切られた部分から感じる。やはり他の《No.》と同様、現実にもダメージが発生している。

 

「な、なんだ? 何かおかしくないか……? おい、大丈夫なのか響!!」

 

ここに来て、ようやく異変に気付いた長月が焦ったような声を出す。

 

「……そっちこそ、大丈夫かい? 特に金剛さん……」

 

「……私のことはno problemネ。でも、響……」

 

「私の方こそ、ノープロブレムだよ。何も心配はいらない」

 

「そんな……嘘だ、どう見たってボロボロじゃあないか!!」

 

「そうにゃ! いったい、何が……!!」

 

「……後でちゃんと説明するよ。だから、今は……」

 

そう言って、小さく微笑む。できるだけ、安心感を与えられるように。

 

(その『後で』がいつになるかは、わからないけれど……やっぱり、巻き込むわけにはいかない……!)

 

「……そろそろいいか? デュエルを続けようじゃないか……」

 

「お前……いい加減にしろ、菊月!! 自分が何をやっているのか、わかっているのか……!?」

 

「わかっているさ。だが、そうなっているのは響が弱いからだろう?」

 

「お前はっ……お前ってやつは……!!」

 

「……待ってくれ、長月」

 

「なぜだ、なぜお前が止める響!! こいつは今、お前のことを……!!」

 

「私が未熟なのは事実だよ。それを、否定するわけにはいかない」

 

「だが!!」

 

「Stop、長月。……今はデュエルに集中させてあげて欲しいネ」

 

「っ……!」

 

金剛さんに宥められ、なんとか言葉を飲み込む長月。金剛さんに心の中で感謝しつつ、菊月の方に向き直った。

 

「さあ、続けようじゃないか」

 

「ああ。……といっても、もう終わりだがな」

 

「……どういうことだい?」

 

「貴様の残りライフは3600。ブレード・ハートの攻撃力が3200だからダイレクトアタックで残り400」

 

「何が言いたい」

 

「その程度は焼き払えるということだ。私はNo.58の効果発動。装備モンスターが相手にダメージを与えた時、手札を一枚捨てることで相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

ブレード・ハートが、小さな火球をこちらに向けて投げつけてくる。

 

だが、

 

「罠カード《リフレクト・ネイチャー》発動! このターン、相手によって発動する効果ダメージは全て相手が受ける!」

 

その火球は透明なバリアに弾かれ、菊月の方に向かった。

 

「っ、フッ、この程度……」

 

菊月:LP7200→6700

 

「が、これで伏せカードは無くなったな。これは防げまい。ブレード・ハートで二度目のダイレクトアタック!」

 

「金剛さん!!」

 

「っ、OK!」

 

菊月の言う通り、この攻撃を防ぐカードはない。ならせめて、周りに被害を出さないようにしなくては。

 

「ーーーーーーーー!!!」

 

もはや叫びは声にならなかった。

 

ブレード・ハートの攻撃を受けた私の体は、吹き飛ばされて数メートル後方に転がった。一瞬だが、確実に意識も飛んでいた。

 

響:LP3600→400

 

「………………ぁ、くっ……!」

 

まただ。《No.》に攻撃されると何かーー金剛さんが言うところの霊的パワーというやつだろうかーーが抜き取られたような感覚に陥り、うまく四肢に力が入らなくなる。

 

でも。

 

「響……!」

 

「……っ、大丈夫、さ……」

 

歯を食いしばり、無理やりに体を起こす。二、三度失敗しつつも、なんとか立ち上がり、デッキの一番上のカードを掴む。

 

「……私の、ターン……ドローッ!!」

 

途切れそうな意識の中、考える。

 

(《覚醒の魔導剣士》のような特別なカードはない。新しいカードも望めないだろうし……今あるカードで最善を尽くすしかない!)

 

「装備魔法、《継承の印》を、発動。墓地に……同名モンスターが三体、存在する時、その、モンスター一体を……特殊召喚、する。よみがえれ、《カラクリ小町 弐弐四》……そして、レベル5の《カラクリ忍者 七七四九》にレベル3チューナー、弐弐四をチューニング……!!」

 

朦朧とする意識を起こすために、できる限り両足に力を込める。

 

「修羅の道行く、強者の長……その力で、私を勝利へ導け……! シンクロ召喚、現れろ、レベル8《カラクリ大将軍 無零怒》!!」

 

だが無零怒の攻撃力は2800。無零にはモンスターの表示形式を変える効果があるが、

 

(たしか……《最強の盾》は、装備モンスターが守備表示のとき、その守備力を攻撃力分あげる、はず……となると……)

 

「私は、無零怒の効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、デッキから《カラクリ》一体を、特殊召喚する……《カラクリ武者 六参壱八》を特殊、召喚。さらにチューナーモンスター、《カラクリ守衛 参壱参》を召喚、し、レベル4の六参壱八にレベル4チューナー、参壱参をチューニングッ……!」

 

「! 二体目の無零怒……? いや、これは……」

 

「剛腕の巨人よ……戦士の骸を己が力とし、永久の闇をなぎ払え……! シンクロ召喚、現れろ、レベル8《ギガンテック・ファイター》!」

 

クリーム色のボディをした巨人が私の前に現れる。その攻撃力は2800だが、

 

「《ギガンテック・ファイター》の攻撃力は、お互いの墓地の戦士族モンスター一体につき100上がる……か」

 

背後の長月が効果を説明してくれた。現状、互いの墓地の戦士族モンスターは、

 

(菊月の墓地には《フォトン・スラッシャー》、《ジュッテ・ナイト》、《ツイン・ブレイカー》が二体、あとは……《アームズ・ホール》で墓地に送られた《ゴブリンドバーグ》で計五体、私の墓地には《H・C アンブッシュ・ソルジャー》、《H・C スパルタス》、《H・C エクストラ・ソード》、《HーC ガーンデーヴァ》、《M.Xーセイバー インヴォーカー》、《H・C ダブル・ランス》で六体、合計十一体だから、攻撃力は1100上がって3900……!)

 

「バトルだ……ギガンテックで、ブレード・ハートに攻撃……!」

 

「ぬっ……」

 

菊月:LP6700→6000

 

「まだだ……無零でダイレクトアタック!」

 

「ぐぅ……」

 

菊月:LP6000→3400

 

「さらに、無零怒でダイレクトーー!」

 

「まだだ、手札から《血涙のオーガ》の効果発動! 相手の二度目のダイレクトアタック宣言時、手札からこのカードを特殊召喚できる。そしてその攻撃力、守備力は一度目にダイレクトアタックしてきたモンスターと同じになる!」

 

「それでも、無零怒の方が……上だ!」

 

無零怒の二本の刀がオーガを切り裂く。が、守備表示で特殊召喚されたために戦闘ダメージはない。

 

「……バトルフェイズを、終了し、無零の効果発動……無零自身を守備表示にする、そして、無零怒の効果発動、自分の《カラクリ》の表示形式が変更された時、一枚ドロー……カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「まだ終わらせん……私のターン、ドローッ! 魔法カード《貪欲な壺》発動! 墓地のモンスターを五体デッキに戻し、二枚ドローする。《ツイン・ブレイカー》三体、《フォトン・スラッシャー》、そしてブレード・ハートをデッキに戻し、ドローッ!!」

 

墓地の戦士族モンスターが減ったことで《ギガンテック・ファイター》の攻撃力は下がるが、それを計算する余裕はなかった。

 

「《暗躍のドルイド・ドリュース》を召喚し効果発動、墓地の攻撃力か守備力がゼロのモンスター一体を、効果を無効にし、守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、《血涙のオーガ》! そしてレベル4の二体でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

《暗躍のドルイド・ドリュース》も《血涙のオーガ》も戦士族ではない。ということは戦士族モンスターでしかエクシーズ召喚できないブレード・ハートではないらしい。

 

戦友(とも)の力を糧として、一騎当千の刃となれ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク4《ズババジェネラル》!!」

 

「《ズババジェネラル》……たしか、効果は……」

 

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、手札の戦士族モンスターを装備、その攻撃力分自身の攻撃力を上昇させる、だ。この効果で私は《ゴブリン突撃部隊》を装備させ、攻撃力を2300上げる」

 

これで《ズババジェネラル》の攻撃力は4300。私のフィールドの攻撃表示のモンスターを攻撃すれば私のライフを削りきることができる。

 

しかし。そこで菊月はニヤリと笑った。

 

「まさか、この程度で終わるなどと思っていないだろうなあ?」

 

「何……?」

 

「こういうことだよ。罠カード《リミット・リバース》発動! 墓地の攻撃力1000以下のモンスター一体を特殊召喚する! よみがえれ、《No.58 炎圧鬼 バーナー・バイザー》ァ!! そして効果で《ズババジェネラル》に装備!」

 

「! ダイレクトアタックか……!」

 

「下手にモンスターに攻撃すると何があるかわかったものではないしな……行くぞ、《ズババジェネラル》で、ダイレクトアタック!!」

 

三度目ともなると、私が言うよりも早く金剛さんが動いていた。

 

《ズババジェネラル》が、手に持った大剣を床に叩きつけると、そこから炎が巻き上がり、私へと向かってくる。

 

「終わりだ、響ィ!!」

 

そして、炎が私を包み込んだーー

 

「《ギガンテック・ファイター》をリリースし、罠カード《シンクロ・バリアー》発動!!」

 

その一瞬前に、罠カードを発動させた。

 

「っ、そのカードは……!」

 

「自分のシンクロモンスターをリリースし、次のターンまでダメージを無効にする、だよ」

 

「くっ、何度も何度も……!」

 

私の周りにバリアが張られ、炎を完全に防いでいる。これで敗北は免れた。

 

「だが! お前のフィールドのモンスターが減ったことでバトルステップの巻き戻しが発生、攻撃対象を選びなおせる。無零に攻撃!」

 

「っ……」

 

ダメージは発生しないが、熱気は感じる。熱中症にでもなってしまいそうだ。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。さあ来い、響!」

 

「言われなくても……私の、ターン、ドローッ!!」

 

菊月のフィールドには、攻撃力4300の《ズババジェネラル》と、伏せカードが一枚。だが、私は《ズババジェネラル》のことはもう見ていなかった。

 

(問題はあの伏せカード……一か八かの賭けになるけど、ここは……!)

 

「《H・C ダブル・ランス》を召喚、効果発動……墓地の同名モンスターを特殊召喚する、そして二体でオーバーレイ、二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……!!」

 

「これは……!」

 

「古の聖剣よ、その内に秘めし王の力、今一度私の勝利の為に捧げよ……! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク4《HーC エクスカリバー》ッ!! そして効果発動、オーバーレイユニットを二つ取り除き、次のターンまで攻撃力を倍にする……!」

 

「っ、それでも攻撃力は4000、《ズババジェネラル》には届かないにゃ……」

 

背後の睦月が切なそうな声を出す。だがそんなことは私だって百も承知だ。

 

だからこその、賭け。

 

「バトルだ……無零怒で《ズババジェネラル》に攻撃!」

 

「! 待て響、エクスカリバーならまだしも、無零怒では反射ダメージで敗北してしまうぞ!!」

 

長月の言う通り。エクスカリバーで攻撃した場合の反射ダメージは300だが、無零怒では1500。残りライフ400では到底受け切れない。

 

「………………」

 

「………………」

 

しかし、菊月と金剛さんは私の行動を見て目を細めた。確実に何かあると踏んだのだろう。

 

一瞬、西部劇の決闘のようなピリッとした空気が流れる。

 

先に動いたのは菊月だった。

 

「っ、ええい、リバースカードオープン、速攻魔法《禁じられた聖衣》! モンスター一体の攻撃力を600下げる代わりに、そのモンスターはエンドフェイズまで効果破壊されず、効果の対象にならない! 対象は無零怒だ!」

 

「!」

 

「貴様の残り一枚の手札、それはおそらく《虚栄巨影》のような攻撃力を上げる速攻魔法だろう。だが私が《禁じられた聖衣》を発動した以上、貴様は無零怒の攻撃力をあと2100以上上げねばならん。……さあどうする? 貴様の残り一枚の手札はなんだ!?」

 

私の残り一枚の手札。それは確かに攻撃力を上げる速攻魔法だ。

 

しかしこのカードは……

 

「私は手札から速攻魔法ーー《リミッター解除》を発動!!」

 

「なっ……!?」

 

《リミッター解除》。機械族モンスターの攻撃力を倍にする代わりにエンドフェイズに破壊するという、機械族デッキの最強の切り札。

 

カード効果が順番に処理される。まず《リミッター解除》の効果で無零怒の攻撃力は倍になり、その後《禁じられた聖衣》の効果で600下がって、

 

「攻撃力……5000……!!」

 

「バトル続行……いけ、無零怒ォ!!」

 

菊月:LP3400→2700

 

「ぐぅ……!!」

 

「そして、エクスカリバーで……ダイレクトアタック!!」

 

エクスカリバーの攻撃力は、4000。

 

「これで……終わりだ!!」

 

「くっ……ぐ、ああああああああ!!!」

 

菊月:LP2700→0

 

 

 

 

「終わった……のか?」

 

長月が恐る恐るといった感じで言う。彼女の言う通り、デュエル自体はエクスカリバーのダイレクトアタックで終わっていた。

 

振り返ってそれを伝えようとしてーーバランスを崩し、倒れてしまう。

 

(あ……危なかった……。菊月の伏せカードが《禁じられた聖槍》だったら負けていたな……)

 

その菊月はというと、エクスカリバーのダイレクトアタックを受けてのびている。デュエルに勝ちはしたものの、これで良かったのかは少々疑問が残る。

 

(まあ、その辺は金剛さんに任せようかな……もしくは司令官に伝えるか……)

 

いろいろ考えつつも、取り敢えずは立ち上がろうと両足にグッと力を

 

 

 

 

そこで、視界が真っ黒に染まった。

 

(…………………………………………え?)

 

何が起きたのかわからない。だがこうして意識が続いている以上、気を失ったというわけではないようだ。

 

目を凝らしても黒色しか見えず、耳をすませても何も聞こえない。まるで一瞬にして見知らぬ場所へ移動させられたみたいだ。

 

と、そこで、『何か』が聞こえた。

 

『チカラガ、ホシイカ?』

 

(なん、だ、いったい……? ………………あれ)

 

なぜか声が出ない。というか、指先すら動かすこともできない。

 

その『声』は続く。

 

『チカラガ、ホシイカ?』

 

(なんなんだ、これ……)

 

『ナア、コムスメ。チカラガホシイカ?』

 

(チカラ……チカラ、ね)

 

『ホシクナイノカ?』

 

その言葉で、私の心の中を様々な思いが駆け巡る。この『声』の正体がわからない不安感。そんな『声』が言うチカラとやらへの猜疑心。

 

だが。そんな全てを凌駕するほどの思いが、私の中にはあった。

 

「…………欲しい。みんなを守れるような、チカラが……!」

 

思い浮かぶのは、今日まで親しくしてくれたみんなの顔。まだ鎮守府に来て日が浅い私だけど、それでも『友達』と呼べる仲の人は沢山いる。

 

そして、最愛の姉、暁の顔も。

 

そんな私の言葉を聞いた『何か』は、少ししてから言った。

 

『……ヨロシイ。ナラバ、キサマニチカラヲヤロウ。アラガウモノスベテヲナギハラウチカラヲ……!!』

 

直後には、変化が起きていた。『それ』は目に見えないけれど、着実に私の心を蝕んで行った。

 

(ああ、なるほど……)

 

そんな、気持ち悪いが不思議と心地のいい堕落感を感じながら、私はふと思った。

 

(みんな……こんな風にして《No.》に堕ちていったのか……)

 

そして。意識が。堕ちた。

 




以上、響vs菊月でした。治ったといったって連戦で大丈夫っすか響さん。
というわけでデッキ紹介のコーナー!
響さん、今回のデッキは【カラクリヒロイック】。あまり噛み合っているとは言えない二つのテーマですが、《地獄の暴走召喚》を共有できる点や地属性統一テーマであることなどは一応共通しています。それでも良い子は真似しちゃダメよ。

菊月さん、【戦士族装備ビート】。戦士族に統一するメリットとしては、やはり《機甲忍者ブレード・ハート》をエクシーズ召喚できる点でしょうか。今回使ったリバースモンスターは両方レベル2なので、《アームズ・エイド》は結構出しやすかったり。
そして彼女のNo.、《No.58 炎圧鬼 バーナー・バイザー》。《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》とは迷ったんですが、今回はこちら。弱くはないけど……《旧神ノーデン》も禁止になっちゃったしなあ……。

今回はこんなところで。響、つくづくごめんよ。

次回、ある意味遊戯王シリーズの定番というか。


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『狭間の鎮守府』

この作品を書いてると色々デッキ組みたくなってきて困ります。


「……………………う、ん……?」

 

目を覚ますと、またも白い天井が目に入った。

 

(あれ……? どういう状況なんだ、これ? 私は確か、《No.》に飲まれて……というか、なにか違和感が……)

 

パチリ、と一度まばたきしてから、違和感の正体を探る。

 

まず、背中に当たる感触。以前の二回とは違う、固い感触だ。まるで床に眠らされているような。

 

そして、

 

(なんか、この天井……()()()()()()……?)

 

そうだ。何かおかしいと思ったら、今目の前にある天井と、見慣れた鎮守府の天井では、明らかに色合いが違うのだ。

 

(もしかして、鎮守府じゃない? となると、なんだ……結局どういう状況なんだこれ?)

 

考えてもさっぱりわからない。仮説は立てられても、結論には至らない。

 

取り敢えずは周りの様子を見てみようと四肢に力を込める。と、思ったよりすんなりと体は動いた。まるで《No.》に受けたダメージがなかったことになっているかのようだ。

 

 

……とか、そんなことがどうでもよくなるような光景が目の前に広がっていた。

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

思わず声が出る。だがそれを認識できないほどに、私は惚けていた。

 

私が寝かされていたのは、先ほどの感想通り廊下の床だった。どこの、と言われれば、それは私が普段通る鎮守府の廊下だ。前後左右上下、どこもかしこも、見慣れた場所。私が所属する、横須賀鎮守府の廊下だった。

 

おかしいのは、その色。どこを見ても、白、白、白。と言ってもペンキで塗りつぶしたと言った感じではなく、まるで色を塗る前の塗り絵みたいな白さだった。

 

それはどうやら私自身も例外ではないようで。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

私の肌は常日頃から自分でも白いと思っていたが、ここまでではなかったはずだ。

 

ちなみに、服もなぜか入院着からいつもの制服になっている。

 

「一体何がどうなって……」

 

「無理に考えないほうがいいわよ」

 

「うん…………っ!!??」

 

思わず後ろに飛び退いて声から距離を取る。そして改めてそちらに視線を向けると、

 

(……人? いや、艦娘……?)

 

「あー……まあ、しょうがないとは思うけれど、警戒を解いてくれないかしら」

 

その人(?)は私に対して両手を開いて見せた。どうやら本当に武器の類は持っていないようだが……

 

(……確か、司令官から狙撃を受けた時、ヲ級はどこからともなく艦載機を取り出していたはず。そうなると、いまいち信用できないな)

 

すると、私が一向に警戒心を緩めない様子に根負けしたのか、その人はため息を一度ついてから言った。

 

「……いいわ。それなら警戒したままでいいけど……せめて協力関係にはなれないかしら? その方が互いのためだと思うから」

 

「……そうするメリットは?」

 

「私はアンタから『外』の情報を得られる。アンタは私から知りたいことを教えてもらえる」

 

「知りたいこと?」

 

「ええ。アンタの鎮守府の先代秘書艦についてとか、《No.》の呪いについてとか、ここからの脱出方法とか、なんでもござれよ」

 

「っ……!?」

 

「……あら、逆効果?」

 

当たり前だ。あまりに餌が魅力的すぎて、逆に疑わざるを得ない。

 

「…………どうすれば信用してくれるかしら?」

 

「……まずは自己紹介してくれないかな」

 

「ああ、そういえばしてなかったわね。私は『初期艦』にして特型駆逐艦五番艦、そして横須賀鎮守府先代秘書艦の『叢雲』よ。……改めて『狭間の鎮守府』へようこそ、()()。歓迎はしないけれど」

 

そう言って彼女ーーもとい、叢雲さんは大きく頭を下げた。

 

「先代……なるほど、あなたが……でも、どうして私が今代だって?」

 

と、叢雲さんは襟元を指先でトントンと叩きながら言った。

 

「ここ。つけてるじゃない」

 

最初、言われた意味が分からなかったが、ふと自分の制服のその部分を見ると、司令官からもらった『秘書艦バッジ』がそこにはあった。

 

(これもか……)

 

「ま、というわけで私は名乗ったわよ。アンタも名乗りなさいな」

 

「は、はい。私は暁型駆逐艦二番艦、横須賀鎮守府()()秘書艦の『響』だよ。……疑ってすまなかった、叢雲さん」

 

「信じてくれたのなら別にいいわ。……って、臨時? どういうこと?」

 

「司令官曰く、本来の秘書艦が不在だからその代わり、だそうだよ」

 

「……なるほどね。……ったく、アイツ、相変わらず変なところで頑固なんだから……」

 

そう言う叢雲さんの顔はどこかニヤけていたが、そっとしておくのが礼儀だろう。

 

「……って、待ってくれ。あなたは、確か《No.》の呪いとともに一枚のカードの中に封じ込められたはずだよね? そのあなたがここにいるということは……」

 

「やっぱりアンタは知ってるのね。……そうよ、御察しの通り、ここはそのカードの中の世界。さっきも言ったけど、私たちはここを『狭間の鎮守府』と呼んでいるわ」

 

「『狭間の鎮守府』……」

 

改めて周囲を見回す。本当に真っ白だ。が、形自体は鎮守府のそれとーー少なくとも、外見上はーー完全に同じ。試しに触れてみると、その質感までもが同じだった。

 

「さて。じゃあお待ちかねの質問タイム……と行きたいところだけど、その前に現状を説明したほうがいいかしら?」

 

「そうだね、お願いしたい」

 

菊月とのデュエルの直後に聞こえた、あの『声』。あれは間違いなく《No.》によるものだったと思う。だとすれば、私はとうに《No.》使いとなって金剛さんたちに襲いかかっていたのではないか。だのに、今私は『狭間の鎮守府』にいる。これは一体どういうことなのか。

 

「端的に言うと、アンタは《No.》の呪いに蝕まれている最中。放っておけば、間違いなく《No.》に飲まれてしまうわね」

 

「え……じゃあ、急がないとまずいんじゃ」

 

「急ぐって何をよ。……それに、多分此処を出るまでは大丈夫よ。一応は《No.》の呪いの本拠地なんだから。もし万が一暴走したとしても、抑え込めるくらいの実力はあるわ」

 

その言葉は、おそらく傲慢ではなく事実。なんといったって()()司令官の秘書艦だ。多分私では《No.》に頼ったって勝てない。

 

「まあとにかく、《No.》は今はアンタを侵食中。だから他の誰かに被害が出るかも、とかは考えなくていいわ」

 

「なるほど」

 

「次。アンタがここにいる理由。それは私が引きずり込んだから。以上」

 

「……な、なるほど?」

 

勢いで頷いてしまったが、どういう意味だろう。と思っていると、叢雲さんが解説してくれた。

 

「アンタ、私のカード使ってるでしょう? その縁でか知らないけど、私はアンタにだけは多少だけど干渉できるのよ。で、そのアンタが《No.》に憑かれそうになってるから、無理やり引っ張ってきたの」

 

「……()()?」

 

「ええ、私の。……って、聞いてないの?」

 

「全然。そんな話、これっぽっちも」

 

「……アイツぅ。……まあいいわ、なら教えておくけれど、今アンタが使っている《EM》や《オッドアイズ》、《魔術師》のカードたちはもともと私が使っていたカードよ」

 

「? 《魔術師》もかい?」

 

そう聞くと、叢雲さんは首を縦に振って肯定の意を示した。だが、そうなると一つの疑問が生じる。

 

(でも、確か……《魔術師》のカードたちはデュエル中にどこからともなく現れたような。現に今まで私とデュエルした人たちは皆、《魔術師》の存在は知らなかったし……そういえば《オッドアイズ》もそうか。あれは明石さんからもらったカードだけど、皆知らないみたいだった)

 

まあどこからともなく、というのは単に叢雲さんが私のデッキ(いや、叢雲さんのデッキか?)に干渉したからかもしれないが。

 

「どうしたのよ。何か質問?」

 

……どうやら私は思っていることが結構顔に出やすいらしい。しかし実際気になるので聞いてみることにした。

 

「《魔術師》も《オッドアイズ》も、今までデュエルした人たちは皆口を揃えて『見たことがない』と言っていたんだ。でも、あのカードたちは叢雲さんが使っていたものなんだよね? そこに違和感を感じてしまって……」

 

「なるほどね。それは単純明快、そのカードたちはまだ市販されていないカードだからよ」

 

「市販されていない……?」

 

「そう。私たちがここに封印される少し前に渡されたの。大本営からね」

 

「! 大本営が?」

 

「なんでも、デュエルをする深海棲艦が発見されたらしくてね。……正直、私も最初は半信半疑だったんだけれど……」

 

その話は、以前の私ならまず信じなかっただろうが、実際にヲ級とデュエルして事実上敗北まで追い込まれた身としては、素直に受け入れざるを得なかった。

 

(でも、とりあえず疑問は一つ解消されたな。皆が《魔術師》や《オッドアイズ》の存在を知らなかったのは、市販されていなかったから。通りで長月が調べた時も結果が芳しくなかったわけだ)

 

「ほかにこのカードを知っている人は?」

 

「そのカードを使って私がデュエルしたのは、確かアンタの所の司令官とだけよ。市販されてないカードだから、極力他の子達からは隠していたし」

 

その言葉に納得していると、スッと窓の外を一瞥した叢雲さんが言った。

 

「……ちょうどいいわ。いつまでも立ち話もなんだし、ちょっと場所を変えましょう? 見せたいものもあるし」

 

それだけ言うと、叢雲さんはこちらに背を向けて歩き出した。付いて来い、ということなのだろう。

 

私は黙ってそのあとを追った。

 

 

 

 

「ここは……」

 

そうして来た場所は、鎮守府なら特殊物資搬入用港に当たる場所だった。

 

ベンチに腰掛けながらーーそのベンチも見覚えがある。最初の日、暁とともに座った場所だーー叢雲さんは口を開いた。

 

「さて。それじゃあ話の続きと行きましょうか。何が聞きたいの?」

 

「そうだね……じゃあ、まずはこのデッキについてもう少し詳しく教えてくれないかい?」

 

「いいわよ。と言っても大体話したけど。具体的にはどんなことが聞きたいのよ?」

 

「どうして《魔術師》や《ペンデュラム・ドラゴン》を私の元に送ってきたんだい?」

 

「戦力はあるだけあったほうがいいでしょう? 私が持ったままだと宝の持ち腐れだしね。ただ……」

 

そこで言葉を区切ると、叢雲さんはポケットから一枚のカードを取り出した。しかし、そのカードにはイラストも効果も書いていなかった。

 

「《ペンデュラム・ドラゴン》の時に送ったのはこれ。この『狭間の鎮守府』で見つけたものでね、どういうものかわからなかったから、とりあえずアンタのデッキのエクストラデッキに入れておいたの。ほら、メインデッキに入れちゃうとどうなるかわからないし」

 

「そんな実験感覚で……」

 

「いいじゃない。実際にカードが現れたわけだし」

 

そう言われてはぐうの音も出ないが。

 

「……じゃあ、どうしてカードを送ってくるのが毎回物資搬入用港でのデュエルの時だったんだい?」

 

「へ? どういうこと?」

 

ここに来て初めて、叢雲さんが全く予想外といった反応を示した。

 

「どういうことも何も、現に今までカードが送られてきたときはどれも特殊物資搬入用港でのデュエルの時で……」

 

「知らないわよ。たまたまじゃない? カードを送るのが何度かに別れたのも、一度に大量に送るのは疲れるからだし」

 

(……つまり、今までの私の推理は全部無駄ってわけか……)

 

なんか微妙にがっかりした気分だ。

 

「……そういえば、どうして私が《No.》に憑かれそうになっているってわかったんだい?」

 

「そりゃわかるわよ。だって今は一応私たちが《No.》の呪いの本体みたいなものだし。まあ私の場合は、《覚醒の魔導剣士》を通してアンタんの所の鎮守府に私たちが封印されたカードが戻ってきたことを知ってたけどね」

 

「《覚醒の魔導剣士》を通して?」

 

「ええ。アンタがデュエルで《覚醒の魔導剣士》を使っている時だけ、私はその中に入る形で現実世界を見ることができたのよ。ほら、ヲ級が《No.101 S・H・Ark Knight》を使ってた時、アンタ《覚醒の魔導剣士》出してたでしょう?」

 

そう言えばそうだった気がする。正直、ヲ級戦から菊月戦までの記憶がイマイチ曖昧なのだけれど。

 

「でも、そうか、それで納得がいった。だから川内さんたちとのタッグデュエルの時に自分の意思とは関係なしに《融合》を手札に加えたのか」

 

「ああ、そんなこともあったわね」

 

なんでもないように言い放つ叢雲さん。私としては、結構ホラーな体験だったのだけれど。

 

「ほかには何が聞きたい?」

 

「そうだね……《No.》のーー!」

 

その時だった。ズズンンン…………と重い音とともに、()()()()()()

 

「っ、これは!?」

 

「これは……私も初めてね。今までこんなことはなかったし。……となると、考えられるのは……」

 

「……私が、来たから?」

 

叢雲さんは無言で首を縦に振った。

 

(……考えてみればそうか。《No.》の呪いにとっては、私にここにいられると困るんだ。だって、現実世界でないと《No.》の呪いを広められないから……)

 

「仕方ないわね。予定を早めて、アンタを脱出させるわ」

 

「脱出……どうやって?」

 

「さっき言ったでしょ。見せたいものがあるって」

 

そう言うと、叢雲さんは立ち上がって周囲を軽く見回した。そして何かを見つけたようで、私に手招きをしてきた。のでそちらに向かう。

 

「これ。見える?」

 

叢雲さんが指差したところには、一見何もないように見えた。しかしよく目を凝らすと、

 

「……なにか、ヒビのようなものがあるね」

 

その空間にヒビが入っていた。色のない世界のせいで非常に見辛いが。

 

「そう、ヒビよ。……アンタが以前の《No.》騒動についてあらかた知っているという前提で話すけど、この場所、何か足りないと思わない?」

 

あ、色っていう回答はなしね、と叢雲さん。

 

(色以外で、この鎮守府に足りないもの……そういえば、金剛さんの話の通りだとすると)

 

「一緒に封印されたはずの、他の『初期艦』の人たちと、深海棲艦……」

 

「よろしい。百点よ」

 

確かに、気配が全くしない。まるでこの場所には私たち二人しかいないみたいだ。

 

「まず、『初期艦』の四人だけど、彼女たちはまだこの『狭間の鎮守府』にいるわ。けど、皆生きる気力みたいなのがすっかり失せちゃっててね。気配を感じないのはそのせいよ」

 

「……なるほど」

 

金剛さん曰く、『番号札作戦』が実施されたのはおよそ一年前。その時からずっとこの世界にいたとすれば、そうなるのも無理はないかもしれない。

 

叢雲さんの話は続く。

 

「で、問題は深海棲艦のほう。そいつはね……脱出したのよ、この世界から」

 

「っ……!」

 

なんとなくそんな気はしていたが、事実として聞かされるとまた一段と衝撃が大きい。

 

「でも、それならどうして叢雲さんたちは脱出しなかったんだい?」

 

私の問いに、叢雲さんは静かに首を横に振った。

 

「しなかったんじゃない。できなかったのよ。というのも、その脱出のための手段がーー」

 

言葉の途中で、叢雲さんはデュエルディスクを体の前に構えた。

 

「ーーデュエル(これ)だったの」

 

「! デュエルしたのかい? その深海棲艦と……」

 

「色々あって、デュエルせざるを得ない状況になってね。私はそいつと戦った」

 

「負けた、ということかい?」

 

「いいえ。決着はつかなかった。そいつが見たこともないドラゴンを出した瞬間、このヒビが一気に広がってね。そいつはすぐに飛び込んだ。……証拠があるわけじゃないけれど、きっとあれは、現実世界に繋がっていたと思う」

 

つまり、そのドラゴンも《No.》のようになんらかの特別な力を持っていて、その力でもって現実世界への扉を開いた……ということだろうか?

 

「その後、私たちも何度かデュエルして、実際に見たこともないカードを生み出すことはできたけれど、このヒビを広げるには至らなかった。……そして、アンタを現実世界に帰す方法というのは、それ」

 

「……まさか、私に新しいカードを生み出せ、と?」

 

「そこまでの無茶は言わないわ。アンタは私とデュエルするだけでいい。私がなんとかして()()()()()()()を生み出してみせる。ただ、そのためにはアンタにも本気で来て欲しいけど」

 

言っている間にも、世界の揺れが起きた。先ほどのよりも大きい気がする。

 

「時間がないわ。さっさとやるわよ」

 

「……わかった。スパスィーバ、叢雲さん」

 

「そういうのは成功してから言いなさい」

 

互いにディスクの電源を入れ、構える。

 

「「デュエル!!」」

 

無色の世界に、二人の声だけが大きく響いた。

 

そして、初期手札分の五枚をデッキからドローし、

 

「……これは……?」

 

その違和感に気づいた。




前回の引きからまさかの説明回でございました。

次回、【魔術師】のカードたちを失った叢雲さんのデッキは。


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帰還への希望

書く時間が取れないの辛いです……。


「先攻は私みたいね。私はーー」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれないか」

 

手札のカードを発動しようする叢雲さんに待ったをかけた。それを受け、叢雲さんの眉間にシワが寄る。

 

「……なによ、手札の引き直しはルール違反よ?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

言いながら、手札のカードの本来ならイラストが書いてある方を叢雲さんに向ける。普通ならマナー違反の行為だが、

 

「……これは、どういうことだい?」

 

それらのカードは、全くの白紙であった。

 

「……あー、なるほどね」

 

それを見て叢雲さんは何かに納得したように首を振った。

 

「心当たりが?」

 

「あるわ。さっき言ったでしょう? 私たちはデュエルの中で、実際に見たことないカードを生み出したって。それで私たちはある仮説を立てたの」

 

「仮説」

 

「ええ。それは、『狭間の鎮守府(ここ)でのデュエルは精神状態に強く影響される』。根拠として、私たちがカードを生み出した時はいつも強く願っていた。だから、『想いの力がカードを生み出したんだ』、ってね」

 

「……そんな非現実的な」

 

「でも事実よ。……そして、その仮説が正しいとすると、その逆も考えられる。すなわち、『精神状態があまりに悪いと、デュエルにも悪影響が出る』。でも、デッキのカードが全部白紙になるなんて……アンタ、どんだけボロボロなのよ?」

 

「………………」

 

その問いに、私はひたすら黙りこくるしかなかった。言って解決するものでもないからだ。

 

「……まあいいわ。とりあえず今回は()()()()()()()()

 

そう言って叢雲さんは手札のカードの一枚をつかんだ。

 

「何を……?」

 

「魔法カード《手札抹殺》発動。……今の手札はどうにもならないけれど……」

 

パチン、と一度指を鳴らした叢雲さん。その直後、私のデッキが淡く光った……気がした。

 

「とりあえずはこれでどうにかなったかしらね。引いてみなさい」

 

言われた通り手札を全て墓地に送り、新たに五枚ドローする。そのカードたちはーー無色だという点を除けばーー元どおり、普通のカードになっていた。

 

「ハラショー……ありがとう、叢雲さん」

 

「別にいいわ。それよりデュエルを続けましょう。……まずは、今墓地に送られた《シャドール・ビースト》の効果を発動。カードの効果で墓地に送られた時、一枚ドローする」

 

「!! 【シャドール】……!」

 

【シャドール】。闇属性のモンスターたちで構成された融合召喚を主戦法とするデッキ。非常に強力なデッキだと、以前長月が言っていた。

 

(確か融合モンスター以外は全員リバースモンスターで、墓地に送られた時の効果を持っていたはず。そして……)

 

手札を見て、戦略を立てていく。

 

(もっとも警戒するべきなのは《影依融合(シャドール・フュージョン)》。あのカードは、私のフィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいるとき、デッキのモンスターを素材にできる。そんなことされたら、叢雲さんに圧倒的なアドバンテージを与えることになってしまう)

 

最低限、その点には注意しなくては。

 

「モンスターを裏側守備表示で召喚。カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

ドローしたカードは、今度もちゃんとイラストと効果が書かれていた。

 

(リバース効果は怖いけど……ここは臆さず行こう)

 

「《EM シルバー・クロウ》を召喚。そしてバトルだ、シルバー・クロウで攻撃、この時、私のフィールドのすべての《EM》の攻撃力を300上げる」

 

これでシルバー・クロウの攻撃力は2100。大抵の下級モンスターだったら戦闘破壊できる。

 

だが。

 

「《光竜星ーリフン》の効果発動」

 

「!? リフン……【竜星】!?」

 

驚いたところで戦闘はすでに終わっている。リフンの守備力は0、戦闘破壊されたが……

 

「リフンが破壊された時、デッキから《竜星》一体を特殊召喚する。来なさい、《炎竜星ーシュンゲイ》!」

 

どうやらただの【シャドール】ではないようだ。

 

(【シャドール竜星】……? でも、【竜星】ってシンクロ召喚がメインのテーマのはず……《影依融合》で墓地に送るのが目的だとしても、【竜星】で墓地にあって得するのはリフンくらい。けどリフンを墓地に送ろうにも《エルシャドール・ネフィリム》は禁止カードだよね?)

 

「……カードを三枚セットして、ターンエンド」

 

叢雲さんのデッキの正体がつかめず、つい慎重になってしまう。臆さず行くと決めたところだが、こうなっては仕方ない。

 

しかし、叢雲さんはここで止まったりしなかった。

 

「私のターン、ドロー。……そうね、罠カード《リビングデッドの呼び声》を発動、墓地のモンスター一体を攻撃表示で特殊召喚するわ。よみがえれ、《精霊獣 カンナホーク》!」

 

「!? 【霊獣】も……!?」

 

「カンナホークは、一ターンに一度デッキから《霊獣》一体を除外できる。そしてそのカードは、二ターン後の自分のスタンバイフェイズに手札に加わるわ。《霊獣使い レラ》を除外!」

 

いけない、頭が混乱してきた。【シャドール】、【竜星】、【霊獣】。共通点が全く見えてこない。

 

その間にも叢雲さんのターンは進む。

 

「さらに手札の《ブリューナクの影霊衣(ネクロス)》の効果発動。このカードを墓地に送り、デッキから《影霊衣》を手札に加える。《影霊衣の大魔導士》を手札に加え、そのまま召喚」

 

「【影霊衣】まで……いや、それよりも、レベル4のモンスターが三体……!」

 

「あら、鋭いじゃない。行くわよ、私はレベル4のシュンゲイ、カンナホーク、大魔導士の三体で、オーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

【竜星】、【霊獣】、【影霊衣】のいずれもエクシーズモンスターを擁していない。となると、全く別のテーマか。

 

(なんなんだ、叢雲さんのデッキは……本来同じデッキに入らないようなカードが入り混じっている……!)

 

「生命の樹、第一の実は光。夏の夜空を照らす輝き、今ここに降臨せよ! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《星輝士(ステラナイト) デルタテロス》!!」

 

エクシーズ召喚されたのは、【テラナイト】のエクシーズモンスター、《星輝士 デルタテロス》。これで五つ目のテーマだ。

 

目を疑う光景に唖然としていると、叢雲さんが笑いながら言った。

 

「面白いでしょ、私のデッキ」

 

「確かに……でも、私には扱いきれなさそうだ」

 

「そうかしらね。でも、まだまだこれからよ。……まずはデルタテロスの効果発動。一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除いて相手フィールドのカード一枚を破壊する。その伏せカードを破壊!」

 

「くっ……」

 

伏せられていた《ドタキャン》が破壊される。

 

「さあバトルよ、デルタテロスでシルバー・クロウに攻撃!」

 

デルタテロスの剣によって、シルバー・クロウが一瞬で切り裂かれてしまう。

 

「っ!」

 

響:LP8000→7300

 

とっさに顔の前で両腕をクロスし、衝撃に堪えようとする。だが、

 

「私はこれでターンエンド。……なにしてんのよ?」

 

「え? ……あっ」

 

少し考え、直後に思い出す。そうだ、これは《No.》とのデュエルじゃない。ダメージも実体化しないのだ。

 

(……結構、影響を受けてしまっているな。なるべく気をつけるようにしないと)

 

「失礼、私のターン、ドロー!」

 

叢雲さんのフィールドには、オーバーレイユニットを二つ持ったデルタテロスと、対象を失ったリビングデッドのみ。

 

(良いカードも引いたし、一気に攻める!)

 

「私はスケール1の《竜脈の魔術師》とスケール2の《降竜の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

「ペンデュラム召喚が不可能な組み合わせ……ペンデュラム効果が狙い?」

 

「そうだよ。私は《降竜の魔術師》のペンデュラム効果発動。一ターンに一度、フィールドのモンスター一体をドラゴン族にする。デルタテロスにはドラゴン族になってもらうよ」

 

一見すると無意味な行動だが、私のデッキのほぼ全てを知っている叢雲さんは目を細めるだけだった。

 

「永続罠《連成する振動》発動。一ターンに一度、ペンデュラムスケールを破壊することで一枚ドローできる。降竜を破壊しドロー。そして新たにスケール8の《時読みの魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

「やっぱりあったわね、そのカード」

 

「便利なドローソースだからね。ペンデュラム召喚! エクストラデッキより現れよ、レベル4《EM シルバー・クロウ》、レベル7《降竜の魔術師》! そして降竜の効果発動、一ターンに一度、自身をドラゴン族にできる」

 

これで《降竜の魔術師》は闇属性のドラゴン族となった。

 

「魔法カード《融合》を発動。私はフィールドの獣族《EM シルバー・クロウ》と闇属性、ドラゴン族の《降竜の魔術師》で融合! ふた色の眼の龍よ。野生をその心に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》! バトルだ、ビーストアイズでデルタテロスに攻撃!」

 

ビーストアイズの攻撃力は3000。だが、

 

「降竜を素材にして融合召喚されたモンスターは、ドラゴン族とバトルする時その攻撃力を二倍にできる!」

 

「攻撃力、6000……!」

 

デルタテロスの攻撃力は2500。その倍以上の攻撃力を持ったビーストアイズが、シルバー・クロウのお返しだとばかりにデルタテロスに向かってブレス攻撃を放った。

 

叢雲:LP8000→4500

 

「そしてビーストアイズが相手モンスターを破壊した時」

 

「融合素材とした獣族モンスターの攻撃力分のダメージを受ける、でしょ。……くっ」

 

叢雲:LP4500→2700

 

一気にライフの三分の二を削り取る。このデュエルの目的は新たなカードを発現することだが、本気で来いと言われた以上こちらも手を抜くつもりはない。

 

(それに、きっとこの程度じゃ叢雲さんには勝てない……!)

 

「……この瞬間、デルタテロスの効果発動! このカードがフィールドから墓地に送られた時、手札かデッキから《テラナイト》一体を特殊召喚する。デッキから、《星因士(サテラナイト) アルタイル》を特殊召喚。さらにアルタイルの効果発動、このカードがフィールドに出た時、墓地の《テラナイト》を特殊召喚する。よみがえれ、《星因士 シャム》! そしてシャムがフィールドに出た時、相手に1000ポイントのダメージを与える!」

 

「っ……。私はこれでターンエンド」

 

響:LP7300→6300

 

「私のターン、ドロー!」

 

ドローしたカードを見た叢雲さんは、ニッと小さく口角を上げて言った。

 

「それじゃあ見せてあげるわ、このデッキの真の姿を。私はフィールド魔法、《セフィラの神託》を発動する!」

 

「! 《セフィラの神託》……!?」

 

聞き覚えのないカードだ。存在するけど私が知らないだけか、それとも……

 

「……もしかして、そのカード……『狭間の鎮守府(ここ)』で生み出されたものなのかい……?」

 

「あら、察しがいいじゃない。その通りよ。このデッキは、もともと使っていたデッキを失った私がこの場所で生み出した、新たなデッキ。普通同じデッキで使われることがないようなカードを使っているのも、それが理由よ」

 

「なるほど……」

 

「それじゃあデュエルの続きよ。私は《セフィラの神託》の効果発動。このカードが発動した時、デッキから《セフィラ》一体を手札に加える。《竜星因士(イーサテラナイト)ーセフィラツバーン》を手札に」

 

「イーサ、テラナイト……ペンデュラムモンスター……!」

 

つまり、【セフィラ】はペンデュラムデッキということか。

 

「そして私はスケール1の《宝竜星ーセフィラフウシ》とスケール7の《影霊獣使いーセフィラウェンディ》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル2から6の《セフィラ》が同時に召喚可能よ」

 

「《竜星》に《霊獣》……なるほど、【セフィラ】は色々なテーマの名前を持つのか」

 

「そういうこと。ペンデュラム召喚! 手札から現れよ、レベル4《竜星因士ーセフィラツバーン》! そしてツバーンの効果発動、このカードがペンデュラム召喚された時、自分フィールドの《セフィラ》か《テラナイト》と相手の表側表示のカードを一枚ずつ破壊する。フウシとビーストアイズを破壊!」

 

「っ……」

 

やはり3000もの攻撃力を持つビーストアイズは優先的に破壊されてしまった。そしてそれによって、私のフィールドがガラ空きになってしまう。

 

「アルタイルとシャムを両方とも攻撃表示に。バトルよ、二体でダイレクトアタック!」

 

「ならアルタイルの攻撃時、罠カード《ガード・ブロック》を発動。戦闘ダメージをゼロにし、一枚ドローする!」

 

だがシャムの攻撃を防ぐことはできない。

 

響:LP6300→4900

 

「残りの伏せカードはそれだったのね。まあいいわ、メインフェイズ2に移行し、レベル4のアルタイル、シャム、ツバーンの三体でオーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

またも三体を使用してのエクシーズ召喚。おそらく《テラナイト》のエクシーズモンスターなのだろう。となると、

 

(まずい……多分()()()()()()()だ……!)

 

「生命の樹、第一の実は光。冬の夜空を飾る煌めき、今ここに降臨せよ! エクシーズ召喚! 現れよ、《星輝士 トライヴェール》!」

 

二体目の《テラナイト》エクシーズモンスター。このモンスターの効果はあまりに豪快だから覚えていた。

 

「まずは《セフィラの神託》の効果発動。自分が《セフィラ》を使用してエクシーズ召喚を行った時、一枚ドローし、その後手札を一枚捨てる。さらに《星輝士 トライヴェール》の効果発動!」

 

「エクシーズ召喚成功時、トライヴェール以外のすべてのカードを、持ち主の手札に戻す……!」

 

《竜星因士ーセフィラツバーン》の効果で永続罠のドローソースである《連成する振動》ではなくビーストアイズを破壊したのは、すべてバウンスした後で再度召喚されないためか。

 

「わかってるなら話が早いわ。手札に戻しなさい」

 

「……その前に《連成する振動》の効果発動。《竜脈の魔術師》を破壊しドロー」

 

しかし残りのカードはすべて手札に戻ってしまう。ただ手札に戻ったペンデュラムモンスターは再度ペンデュラムスケールにセットすればいいだけだ。

 

(……って、簡単に行けばいいんだけどね)

 

「私はトライヴェールのオーバーレイユニットを一つ取り除き、効果発動。相手の手札一枚をランダムに墓地に送るわ。そうね……その一番左のカードを墓地に送りなさい」

 

「っ、よりによってこのカードを……!」

 

墓地に送られたカードは《時読みの魔術師》。再利用は容易ではない。

 

「カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

「私のターン、ドロー」

 

時読みは墓地に行ってしまったが、まだ挽回は可能だ。

 

「《連成する振動》を墓地に送り魔法カード《ペンデュラム・コール》を発動。手札を一枚捨てて、デッキから《魔術師》を二枚手札に加える」

 

「げっ、厄介なカードを……」

 

元はあなたのカードではないのか、と心の中でツッコミを入れながらデッキを手にとる。そして中を見て、目当てのカードを手札に加えようとする。

 

(手札に加えるのは、これと…………あれ?)

 

しかしなぜか片方のカードが見当たらない。まだこのデュエルでは使っていないはずなのに。

 

そこで、一つの可能性が思い浮かんだ。

 

(…………まさか)

 

一度否定しつつもデッキの中をよく見ると、その可能性が真実である確信ができた。

 

(それなら……)

 

「私はスケール2の《賤竜の魔術師》とスケール5の《貴竜の魔術師》を手札に加える。そしてこの二枚でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

「その組み合わせだと《降竜の魔術師》はペンデュラム召喚できないわよ?」

 

「構わない。私は賤竜のペンデュラム効果発動。反対側のスケールに《魔術師》が存在するとき、エクストラデッキの《魔術師》か《オッドアイズ》を手札に加えることができる。降竜を手札に戻す。そしてペンデュラム召喚、エクストラデッキより現れよ、レベル4《EM シルバー・クロウ》、《竜脈の魔術師》!」

 

瞬間ーードクン! と自分の中で何かが脈動するのを感じた。

 

「く、うっ……!?」

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 

すぐに異変に気付いた叢雲さんが声をかけてくれる。だがそれに応えることができず、膝をついてしまった。

 

(なん、だ……いったい、何が起こって……!?)

 

その考えは口に出していないのに、答える声があった。

 

『ワカラヌカ?』

 

(!! お前は……!)

 

間違いない。菊月とのデュエルの後で聞こえた、あの『声』だ。

 

『フィールドヲミヨ。サスレバコタエガミエテクルダロウ』

 

(…………なるほど、レベル4が二体、と)

 

すなわち、《No.》をエクシーズ召喚しろ、ということか。

 

(《No.》は、特別な力を持つカード……エクシーズ召喚すれば、きっとこの『ヒビ』も広がるはず……)

 

そうすれば、脱出できる。脱出を最優先で考えるのなら取るべき選択肢だろう。

 

…………………。

 

…………………………………………。

 

(…………………………いや、いや違う!! これは罠だ。《No.》の罠だ! 今ここで《No.》を使って脱出してしまったら、再び現実世界に《No.》の呪いが蔓延する! それはダメだ、絶対にダメだ!!)

 

「バトルだ……シルバー・クロウでトライヴェールに攻撃! この時、自分の《EM》の攻撃力は300上がる!」

 

「相打ち……でもこの瞬間、トライヴェールの効果発動。このカードが墓地に送られた時、墓地の《テラナイト》を特殊召喚する。アルタイルを蘇生し、その効果でシャムも特殊召喚。シャムの効果でダメージを与えるわ」

 

「構わんさ……くっ」

 

響:LP4900→3900

 

「竜脈でアルタイルに攻撃。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

『……ミズカラモンスターヲハカイシタカ』

 

(うるさい……とにかく、これで私のフィールドに同じレベルのモンスターは存在しない。早急に消えてくれ)

 

『フッ……マアヨイ』

 

その言葉を最後に、胸の中の重圧が消えた。

 

(でも、シルバー・クロウも竜脈もペンデュラムモンスター。次のターンにはまたペンデュラム召喚できてしまう……)

 

「……本当に大丈夫? デュエルを中断したほうがいいかしら?」

 

「大丈夫だよ……気にせず続けてくれ」

 

そして一刻も早く『ヒビ』を広げてほしい。私の方もいつまでもつかわからない。

 

(それでも、きっと叢雲さんなら……!)

 

期待を込めた視線を叢雲さんに向ける。それを見た叢雲さんは困ったように頭をかいたあと、デッキトップのカードに指をかけながら言った。

 

「……わかった。なら行くわよ、私のターン、ドロー!」

 




【EM魔術師】vs【セフィラ】です。【セフィラ】はなんでもできるのでデュエルの流れを作るのが非常に楽しいです。
【シャドール竜星】は手札一枚からワンキルできるとかで一時期ありましたけどね。どこぞのテントウムシが禁止カードになったせいで不可能になりましたが……。

前書きでも書いた通り、最近時間がなかなか取れず、筆が進みません。まだまだ書きたい話がいっぱいあるんですが……番外編もそろそろ入れたいですしね。

次回、新たな切り札を。


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希望を掴め

【魔術師】強化の情報にテンション上がりっぱなしでございます。


「まずはこのスタンバイフェイズ、《精霊獣 カンナホーク》の効果で除外していた《霊獣使い レラ》が手札に加わるわ」

 

これで叢雲さんの手札は五枚。一応そのうちの二枚はわかっているが、決して安心感はない。

 

(あの五枚のうち一枚は《セフィラの神託》……《セフィラ》モンスターを無制限でサーチできるあのカードは特に警戒しなきゃな)

 

さて、何から動くのか。

 

「私は魔法カード《影依融合(シャドール・フュージョン)》を発動。手札、フィールドから素材となるモンスターを墓地に送り、融合召喚を行う。ただし、相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいる場合はデッキのモンスターも素材にできるわ」

 

「エクストラデッキから? ……あ、《竜脈の魔術師》……!」

 

エクストラデッキからペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターも、当然ながら『エクストラデッキから特殊召喚されたモンスター』だ。

 

(しまった、融合、シンクロ、エクシーズをしなければいいものだと勝手に思い込んでいた……まずいな)

 

「私はデッキの《シャドール・ヘッジホッグ》と炎属性《炎獣の影霊衣(ネクロス)ーセフィラエグザ》を融合! 生命の樹、第二の実は影。灼熱宿りし闇の傀儡、その業火で歯向かう力を圧倒せよ! 融合召喚! 現れよ、レベル7《エルシャドール・エグリスタ》!」

 

溶岩の塊のような見た目をしたエグリスタが叢雲さんのフィールドに現れる。どこか《No.58 炎圧鬼 バーナー・バイザー》を彷彿とさせるが、当然あれのような目眩がするほどの熱気はない。

 

「ヘッジホッグがカードの効果で墓地に行った時、デッキから《シャドール》一体を手札に加えることができる。《イェシャドールーセフィラナーガ》を手札に加える」

 

「《影霊衣》に《シャドール》の【セフィラ】……これで一通り出たかな?」

 

「あら、それはどうかしらね? 《霊獣使い レラ》を召喚し効果発動、召喚成功時、墓地の《霊獣》一体を特殊召喚する。《精霊獣 カンナホーク》を特殊召喚し、その効果も発動。デッキの《霊獣》を除外し、二ターン後のスタンバイフェイズに手札に加える。《英霊獣使いーセフィラムピリカ》を除外!」

 

どうやら一テーマにつき一体ではないようだ。

 

(よくみたら、セフィラムピリカはスケール1、おなじ《霊獣》の《影霊獣使いーセフィラウェンディ》はスケール7だ。他の《セフィラ》もスケールは1か7……ということは、もう一体ずついると考えた方がいいか)

 

「まだまだ行くわよ。《霊獣》は自分フィールドの《精霊獣》と《霊獣使い》を除外することで融合できる。私はフィールドのレラとカンナホークを除外し、融合! 生命の樹、第三の実は風。風の神子よ、炎の獅子を飼いならし、この戦場に現れよ! レベル6《聖霊獣騎 アペライオ》!」

 

《聖霊獣騎》と《エルシャドール》がフィールドに並ぶ。普通のデュエルならまず見ない光景だ。

 

「フィールド魔法《セフィラの神託》を発動。このカードが発動した時、デッキから《セフィラ》一体を手札に加える。《覚星輝士(アステラナイト)ーセフィラビュート》を手札に。そしてスケール1の《イェシャドールーセフィラナーガ》とスケール7の《覚星輝士ーセフィラビュート》でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

これで再びレベル2から6のモンスターがペンデュラム召喚可能となったわけだ。

 

「行くわよ、ペンデュラム召喚! エクストラデッキよりレベル3《宝竜星ーセフィラフウシ》、手札よりレベル3《影霊獣使いーセフィラウェンディ》! フウシの効果発動、このカードがペンデュラム召喚された時、自分の《竜星》か《セフィラ》をチューナーにする。ウェンディをチューナーにする!」

 

「チューナー……まさか!」

 

「そのまさかよ。私はレベル4の《星因士(サテラナイト) シャム》にレベル3チューナー、ウェンディをチューニング! 生命の樹、第四の実は地。悪鬼羅刹の竜の子、この戦場に現れ、その欲望を解放せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル7《邪竜星ーガイザー》!」

 

禍々しい口上と共に、漆黒のーー今は無色だがーー竜が現れる。

 

(《邪竜星ーガイザー》……対象を取る効果への耐性と《竜星》一体を巻き込んだ単体除去効果……厄介だ)

 

「《セフィラの神託》の効果発動。《セフィラ》を使用してシンクロ召喚した時、デッキのモンスター一体をデッキトップに置く。《秘竜星ーセフィラシウゴ》を置く。そしてガイザーの効果ーー!」

 

「厄介だけど、対処できないわけじゃない。速攻魔法《ディメンション・マジック》! 自分の魔法使い族をリリースし、手札から魔法使い族を特殊召喚する。その後、フィールドのモンスター一体を破壊できる!」

 

「っ! 《ディメンション・マジック》は対象をとらない……!」

 

「そうだよ。私は《竜脈の魔術師》をリリースし、《降竜の魔術師》を特殊召喚! そしてガイザーを破壊する!」

 

対象を取る効果に耐性があるモンスターは、対象をとらないカードで破壊すればいい。先のターンに《賤竜の魔術師》のペンデュラム効果で《降竜の魔術師》を手札に加えたのはそのためだ。

 

(ここぞというタイミングまで待ってよかった……)

 

しかし、そこで叢雲さんの目がスッと細まった。

 

「……なんてね。読んでたわよ、そのカード。この瞬間、《邪竜星ーガイザー》と墓地の《光竜星ーリフン》の効果を発動。ガイザーが破壊された時、デッキの幻竜族一体を特殊召喚できる。さらに、リフンは自分の《竜星》が破壊された時に墓地から特殊召喚できる。デッキから《風竜星ーホロウ》、墓地からリフンを特殊召喚!」

 

「! 何!?」

 

(織り込み済み……!?)

 

モンスターを破壊したはずなのに、むしろ結果的には増えてしまっている。それにリフンはチューナーだ。

 

「行くわよ。レベル3のフウシ、レベル1のホロウにレベル1チューナーのリフンをチューニング! 生命の樹、第四の実は地。存在を秘められし竜の子よ、この戦場にて、存分に力を示せ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル5《源竜星ーボウテンコウ》!」

 

ガイザーに変わって出されたシンクロモンスターは、守備表示だった。攻撃力は0のようなので、それは妥当か。

 

「ボウテンコウの効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、デッキから《竜星》カード一枚を手札に加える。《竜星の九支》を手札に加える。……バトルよ、《聖霊獣騎 アペライオ》で《降竜の魔術師》に攻撃!」

 

「っ……」

 

響:LP3900→3700

 

「さらに《エルシャドール・エグリスタ》でダイレクトアタック!」

 

エグリスタの攻撃力は2450。これを受けると一気に私の敗北へと近づいてしまう。

 

だが、

 

「ライフで受ける!」

 

「何っ……!」

 

響:LP3700→1250

 

「くっ、う……!」

 

「アンタ……私のリバースカードが何かわかっているはずでしょう!? なんでそんな……!」

 

「罠カード発動、《裁きの天秤》!」

 

叢雲さんの言葉を遮ってカードを発動する。エグリスタの攻撃時に発動しなかった理由は簡単だ、このカードは戦闘ダメージを防ぐようなカードではないからだ。

 

「私の手札及びフィールドのカードの合計が相手フィールドのカードの枚数を下回っている場合に発動できる。その差の分ドローできる!」

 

「差の分……私のフィールドには、アペライオ、エグリスタ、ボウテンコウ、《セフィラの神託》、ペンデュラムスケールに《イェシャドールーセフィラナーガ》、《覚星因子ーセフィラビュート》、伏せカードが一枚で七枚、アンタは……」

 

「私は、手札がゼロ、フィールドにはペンデュラムスケールの《賤竜の魔術師》と《貴竜の魔術師》、そして今発動した《裁きの天秤》で合計三枚。よって四枚ドローだ」

 

「でも、だからどうしたっていうのよ。罠カード《リビングデッドの呼び声》発動、《星因士 シャム》を特殊召喚! そしてシャムがフィールドに出た時、相手に1000のダメージを与える!」

 

私の残りライフは1250。この効果ダメージが通り、シャムのダイレクトアタックも通れば私のライフは尽きる。

 

通れば、だが。

 

「手札の《ライフ・コーディネイター》の効果発動。効果ダメージが発生した時、手札のこのカードを墓地に送ることでそれを無効にし破壊する。シャムを破壊!」

 

「! 躱したわね……私はカードを一枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

私にとって四度目のドローフェイズ。カードをドローしながらも、内心では冷や汗をかいていた。

 

(危なかった……叢雲さんが素直にガイザーとかを特殊召喚してダイレクトアタックしていたら、敗北していた……)

 

暁の《黒炎弾》対策として一枚だけ入れておいてよかった。

 

(さて……私のターンになった以上、攻めていきたいんだけど……)

 

そう思い手札を見る。十分攻勢に出れる手札だ。しかし、そうするには一つ懸念がある。

 

(さっきの『声』……あれをまた押さえ込まなくっちゃいけない。正直不安だ……)

 

だがこのターンで何かせねば、敗北は確実だ。

 

(……ええい、儘よ……!)

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、私のモンスターたち! エクストラデッキからレベル4《竜脈の魔術師》、《EM シルバー・クロウ》、手札からレベル4《EM ウィップ・バイパー》!」

 

しかし。

 

『…………………………』

 

『声』はしなかった。若干拍子抜けな気もするが、これは好機ととらえるべきだろう。

 

「魔法カード《エンタメ・バンド・ハリケーン》発動、自分フィールドの《EM》の数まで相手フィールドのカードを手札に戻す。私のフィールドには二体の《EM》、よって叢雲さんのフィールドのその伏せカードと《エルシャドール・エグリスタ》を手札に戻してもらう!」

 

もっとも、エグリスタが行くのは手札ではなくエクストラデッキだが。

 

「っ、させない、カウンター罠《竜星の九支》発動! 魔法、罠、モンスター効果のいずれかが発動した時、それを無効にしそのカードをデッキに戻す! エグリスタを戻させはしないわ!」

 

「…………」

 

無効にされたバンド・ハリケーンがデッキに戻る。エグリスタの除去には失敗したわけだ。

 

だが……

 

「《竜星の九支》は自分の《竜星》を破壊するデメリットがある。この効果でボウテンコウを破壊する。けど、ボウテンコウはフィールドを離れた場合にデッキから《竜星》を特殊召喚できるわ。《秘竜星ーセフィラシウゴ》を特殊召喚……何よ、何か言いたげね?」

 

「いや、何も……ああ、そうだね、一つ言うとしたら……かかったね?」

 

「かかった……? どういうことよ?」

 

「そのままの意味だよ。貴女が《ディメンション・マジック》の存在を読んだように、私も《竜星の九支》の効果を相手の行動を阻害するものだと睨んだのさ」

 

そう。これで叢雲さんのフィールドに伏せカードはない。

 

「《賤竜の魔術師》のペンデュラム効果発動。エクストラデッキの《魔術師》か《オッドアイズ》を手札に戻す。《降竜の魔術師》を手札に。そしてこれを除外して魔法カード《七星の宝刀》発動! 手札かフィールドのレベル7のモンスターを除外することで二枚ドローする!」

 

「……《エンタメ・バンド・ハリケーン》は囮だったってわけね」

 

叢雲さんはそういうが、別に通ってくれても良かった。それならそれでエグリスタがフィールドから消えるわけだから。

 

(……いや、でもこのカードなら……!)

 

「速攻魔法《融合解除》発動! フィールドの融合モンスター一体をエクストラデッキに戻し、その素材となったモンスターを墓地から特殊召喚する。エグリスタをエクストラデッキに戻してもらうよ。……ただし、融合素材となったモンスターが私の墓地にいない場合、特殊召喚はされないけどね」

 

「《エルシャドール》の効果はデッキバウンスでは発動しない。うまいこと処理されてしまったわね」

 

叢雲さんの言う《エルシャドール》の効果とは墓地に送られた場合の効果のことだろう。《エルシャドール》は墓地に送られた場合、墓地の《シャドール》の魔法、もしくは罠を手札に加える効果がある。もちろん《影依融合》もその対象だ。再度あのカードを使わせるわけにはいかない。

 

「ウィップ・バイパーの効果発動。モンスター一体の攻守をエンドフェイズまで入れ替える。《聖霊獣騎 アペライオ》を対象としてこの効果を発動する」

 

アペライオの守備力はたったの400。私のフィールドのモンスターなら誰でも容易に戦闘破壊できる。

 

「バトルだ、シルバー・クロウでアペライオに攻撃! この時、私のフィールドのすべての《EM》の攻撃力は300上がる!」

 

「じゃあアペライオの効果を発動。このカードをエクストラデッキに戻すことで、自分の除外されている《精霊獣》と《霊獣使い》を一体ずつ守備表示で特殊召喚するわ。来なさい、《精霊獣 カンナホーク》、《英霊獣使いーセフィラムピリカ》!」

 

ステータスの変化したアペライオがフィールドから消え、代わりに壁となるモンスターが二体叢雲さんのフィールドに並んだ。除外版《融合解除》といったところだろうか。

 

「ならシルバー・クロウでカンナホークを、ウィップ・バイパーでセフィラムピリカをそれぞれ攻撃!」

 

「っ、この瞬間、墓地の《炎獣の影霊衣ーセフィラエグザ》の効果が発動。自分の《影霊衣》か《セフィラ》が破壊された時、自身を特殊召喚する!」

 

セフィラエグザの攻撃力は2000ある。《竜脈の魔術師》ではわずか200足りない。

 

しかし、手札のあるカードをちらりと見る。

 

(()()()()()……発動条件を満たすためには、《竜脈の魔術師》を自爆特攻させなくちゃいけない。でも……)

 

考える。自分が叢雲さんなら、次のターン、どんな手に出るか。叢雲さんならーー

 

「……バトルフェイズを終了、カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

一つの結論を見出し、ターンを終了する。

 

「私のターン、ドロー! ……来た! チューナーモンスター《シャドール・ファルコン》を召喚!」

 

ドローしたカードをそのまま召喚する叢雲さん。《シャドール・ファルコン》、レベル2のチューナーモンスターだ。

 

「行くわ、私はレベル6の《秘竜星ーセフィラシウゴ》にレベル2の《シャドール・ファルコン》をチューニング!!」

 

それは先ほどまでとは違う、一層気合の入った宣言だった。

 

そして叢雲さんのエクストラデッキから一枚のカードが出てくる。それを掴み、横目で確認した叢雲さんは、

 

「……くっ!」

 

苦い表情を浮かべながらそのカードをフィールドに出した。

 

「生命の樹、第四の実は地! 水辺に宿りし竜の子よ、その聖なる力でこの戦場を浄化せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《輝竜星ーショウフク》!」

 

(……なんだか、叢雲さんの様子がおかしいな……)

 

まるで自分の望んだカードではなかったかのようだ。しかし、そのカードはもともと自分のデッキに入っていたもののはず。

 

(いや、違う……そもそも、このデュエルの目的は勝敗を決めることじゃない。私を帰還させるための『特別なカード』を生み出すことだ。ということは、叢雲さんは()()()()()()()()()()()()()()()()()を呼び出そうとしたのか……?)

 

可能性としては十分あり得る。そもそも例の深海棲艦がここから脱出した時に使ったカードを、叢雲さんは一度も『エクシーズモンスターだ』とは言っていない。

 

すなわち、その深海棲艦が使ったのもシンクロモンスターという可能性が高い。それも、今回だけ気合が入っていたということはレベル8のシンクロモンスターなのだろう。

 

「……ショウフクの効果発動。このカードがシンクロ召喚された時、素材に使用した幻竜族モンスターの元々の属性の数だけ、相手のカードをデッキに戻せるわ。右側の伏せカードを戻す」

 

対象にされたカードは《幻獣の角》。チェーン発動するメリットもない。

 

「さらに、セッティング済みのペンデュラムスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキより現れなさい、レベル3《英霊獣使いーセフィラムピリカ》、《影霊獣使いーセフィラウェンディ》! そしてピリカがペンデュラム召喚された時、墓地の《霊獣》か《セフィラ》を特殊召喚できる。よみがえれ、《竜星因士(イーサテラナイト)ーセフィラツバーン》!」

 

叢雲さんのフィールドをモンスターが埋め尽くすが、その中で私のフィールドのモンスターの攻撃力を超える攻撃力を持つのはショウフクとセフィラエグザだけ。しかもセフィラエグザはウィップ・バイパーの効果を使えばその攻撃力を半分にされてしまう。

 

(でもそんなことは叢雲さんだってわかっているはず。だから多分、あの最後の手札は……)

 

答え合わせはすぐだった。

 

「そして私は、儀式魔法《影霊衣の反魂術》を発動! 手札及びフィールドからモンスターをリリースし、墓地の《影霊衣》を儀式召喚する!」

 

(……やっぱりそのカードか。確か、叢雲さんの墓地には《ブリューナクの影霊衣》がいたはず。あのモンスターのレベルは6だから、レベル3のセフィラムピリカとセフィラウェンディをリリースすれば儀式召喚が可能だ)

 

しかし、叢雲さんは私の予想とは違う行動に出た。

 

「私はレベル3のピリカとウェンディ、それにレベル4のツバーンをリリース。生命の樹、第五の実は水。究極兵器の骸を纏い、この戦場を我武者羅に蹂躙せよ! 儀式召喚! よみがえれ、レベル10《ディサイシブの影霊衣》!!」

 

「! ディサイシブ……!? そんなのいつ……最初のターンの《手札抹殺》かい?」

 

「違うわ。《星輝士(ステラナイト) トライヴェール》をエクシーズ召喚した時の《セフィラの神託》の効果よ」

 

《セフィラの神託》の効果というと、《セフィラ》を使用したエクシーズ召喚に成功した時に一枚ドローし手札を一枚捨てる、だったか。手札を捨てるデメリット効果を逆手に取るとは、抜け目ない人だ。

 

「《セフィラの神託》の効果発動。自分が《セフィラ》をリリースして儀式召喚に成功した時、相手のモンスター一体をデッキに戻す。ウィップ・バイパーにはデッキに戻ってもらうわ」

 

「……ウィップ・バイパーの効果は相手ターンでも使える。セフィラエグザの攻守をエンドフェイズまで反転させるよ」

 

セフィラエグザの守備力は1000。私のフィールドの二体のモンスターはどちらも攻撃力が1800なので、セフィラエグザは脅威でなくなったと言えよう。だが、叢雲さんのフィールドには攻撃力2300のショウフク、攻撃力3300のディサイシブが存在する。

 

「ディサイシブの効果発動。一ターンに一度、相手フィールドにセットされたカードを除外できる。残ったその伏せカードも除外させてもらうわよ」

 

前のターンに伏せた二枚のカード、そのうち《幻獣の角》はすでに除去されてしまった。つまりこの伏せカードが私にとって最後の盾というわけだ。そしてこのカードは、先ほどまでは発動条件を満たしていなかった。

 

「……やっぱり。叢雲さんなら、ウィップ・バイパーの効果を使われることを読んで、私のフィールドのモンスターを除去しに来ると思ったよ」

 

「何ですって……?」

 

「こういうことさ。速攻魔法《カバーカーニバル》発動!」

 

高らかな私の宣言と同時に、軽快なリズムで踊る三頭のカバが私の前に現れた。

 

「《カバーカーニバル》……? そんなカード、入ってたかしら?」

 

「私が入れたんだよ、ついこの間ね。この効果により、私のフィールドに三体のカバートークンが特殊召喚される。カバートークンはリリースできず、フィールドに存在する限り私はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。そしてこのターン、相手はカバートークンにしか攻撃できない」

 

「! 随分とデメリットが大きいわね。戦闘ダメージを防ぐだけなら、《威嚇する咆哮》や《聖なるバリア ーミラーフォースー》の方がいいんじゃないの?」

 

叢雲さんの指摘はもっともだ。相手がカバートークンを攻撃しなかった場合、これらはリリースとエクストラデッキからの特殊召喚を封じる厄介な置物となってしまう。

 

ではなぜ私はこのカードを選んだのか。

 

「……確かに、癖の強い効果だけれど……イラストのカバートークンたちが楽しそうでね。だからデッキに入れてみたんだ」

 

それは《EM》にも通ずることだ。子供っぽいかもしれないが、気に入ったカードを活かせるようなプレイングをするのも立派な戦い方の一つだと思う。

 

「ふうん……まあいいわ、ディサイシブ、エグザ、ショウフクでカバートークンに攻撃!」

 

「っ……!」

 

「私はこれでターンエンド。さあ、アンタのターンよ、響!」

 

「ああ、私のターンーー!」

 

その時だった。

 

ズズンンンッッ!!! とひときわ大きな音とともに、地面が揺れた。

 

「「!!」」

 

私と叢雲さんの動きが固まる。このデュエルが始まる前も何度か揺れはあったが、ここまで大きなものではなかったはずだ。

 

「……もう、時間がないということかしらね」

 

「そう……かもね」

 

しかし、なぜこのタイミングで?

 

(……完全な偶然、なんだろうか? いや、でもあの『声』には自我のようなものがあった。となると、この揺れにも何か意図がある……?)

 

考えている間にも、大きな揺れが一度あった。

 

(このタイミングで起こす意味…………まさか……?)

 

私の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。もしその通りだとしたら、なんと恐ろしいことか。

 

そして、その想像が現実のものとなってしまう。

 

「……ごめんなさい、響。大きな口を叩いておきながら、私には特別なカードを生み出すことができなかった。……でも、まだ一つだけ手があるの」

 

「まさ、か」

 

「その、まさかよ」

 

その先の言葉はすでにわかっていた。しかしそんな私を嘲笑うかのように、時間は等速に過ぎていく。

 

「《No.》を使いなさい、響。今のアンタなら、あれを呼び出せるはずよ。そして託すの、次の誰かに。アンタを倒せる誰かに!」

 

「っ、でも!」

 

「反論したい気持ちはわかるわ。でも今はそれしか方法がないの! ……幸い、アンタの鎮守府には暁や華城もいる。彼女たちなら、たとえアンタが《No.》を使ったって互角に渡り合えるはずよ!」

 

確かにそうだろう。《No.》は強力だが無敵ではない。それに私はまだまだ未熟だ、叢雲さんのいう通り暁や司令官には《No.》を使っても勝利できないだろう。

 

だが。

 

(それで、いいのか? 自分が助かるために他の誰かを犠牲にする、関係のない人々まで巻き込んで現実世界に帰還する。……それが、本当に正しいことなのか?)

 

わからない。いや、ある意味それは正しい選択なのかもしれない。私が敗れれば、次の誰かなら上手くやるかもしれない。再び《No.》の呪いを封じ込めることができるかもしれない。

 

だが、そんな仮定の話は果たして現実となるのだろうか。もしならなかったら? その時、あの鎮守府はどうなる? もし暁が《No.》の呪いにとりつかれたら? 誰がそれを食い止められる?

 

(……どうしろっていうんだ。《No.》を使って帰還しなかったら、この場所がどうなるかわからない。でも戻ったら戻ったで、あの鎮守府がどうなるかわからない。最低な二択だ……)

 

なまじこうして叢雲さんと交流を持ってしまったが故に、よりこの選択が苦痛となる。

 

そこでふと、ある考えが浮かんだ。

 

(……もし、司令官や暁なら……こういう時、どうするんだろうか。こういう場面で、どんな選択をするんだろう……)

 

無色の空を見ながら思う。もし、彼女たちなら…………。

 

…………………………………………………………彼女たちなら?

 

…………………………いや。

 

(…………違う)

 

………私ならーー!!

 

「私のターン、ドローッ!」

 

中断されていたデュエルを再開する。私のフィールドにはレベル4の《EM シルバー・クロウ》と《竜脈の魔術師》が存在する。

 

「……いいわ。来なさい、響」

 

覚悟を決めたような表情で言う叢雲さん。

 

しかし。

 

「私はフィールドのシルバー・クロウと竜脈をリリースしーー《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をアドバンス召喚する!!」

 

「なっーー!?」

 

私の行動に驚きが隠せない様子の叢雲さん。だがこれで終わりじゃない。

 

「さらに()()()《調律の魔術師》の効果発動! 自分のペンデュラムスケールに二枚の《魔術師》が存在する時、墓地のこのカードを特殊召喚できる。そしてこのカードが召喚、特殊召喚された時、相手のライフを400回復し、自分は400のダメージを受ける!」

 

叢雲:LP2700→3100

響:LP1250→850

 

(よし、無事に《調律の魔術師》を出すことができた……)

 

ほとんど賭けだった。《ペンデュラム・コール》の効果でデッキの中を見た際、ちょうど五枚のカードが減っていた。そのうちの一枚が《調律の魔術師》だったのだ。

 

私の精神はボロボロだったようだが、カード一枚程度ならなんとかなってよかった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アンタ、一体何をやってーー!」

 

困惑する叢雲さんの言葉を遮って、苦笑とともに決意を語る。

 

「……すまない。もしこれで失敗したら、今度こそ《No.》を使わせてもらう。でも……」

 

グッと拳を握り、表情を引き締めて言う。

 

「たとえわずかな可能性だったとしても、もしも全員が救われる選択肢があるのなら、私は迷わずそれを選ぶよ。……もう決して、誰も失いたくないからね」

 

「どういう……!?」

 

「こういうことさ。私はレベル7の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》にレベル1チューナー《調律の魔術師》をチューニングッ!」

 

そう。まだ選択肢はある。この世界から帰還できる可能性のあるカードは、何も《No.》だけではない。

 

瞬間ーー視界が完全なる白に染められた後、元に戻った直後にエクストラデッキから一枚のカードが出てくる。そのカードはーー

 

 

「星屑の竜よ、暗雲を裂いて、果ての青空より降臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8ーー《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

 

ーー純白のドラゴンが、私のフィールドに舞い降りた。

 

「スター、ダスト……?」

 

叢雲さんの惚けたような声が聞こえる。無理もない。私だってこのモンスターは初めて見た。

 

変化は次の瞬間から起きていた。バギッ!! と言う音とともに『ヒビ』が広がったのだ。その中には、きちんと色のある世界が広がっていた。

 

「……信じられない。まさか、本当に呼び出すなんて……」

 

「……正直、私も同感だよ。叢雲さんの話を聞いた時から、もしかしたらと思っていたんだけど……」

 

とにもかくにも、現実世界への扉は開かれた。後はここを通るだけだ。

 

「改めてありがとう、叢雲さん。色々な話を聞けて、嬉しかったよ」

 

「……それなら良かったわ。『あっち』でも、上手くやりなさいよ」

 

気づけば周囲の立体映像は消えていた。『ヒビ』が広がったことで、デュエルは強制終了されたのだろう。

 

「それじゃあ、いつかまた。ダスビダーニャ」

 

「ええ。……あ、ちょっと待ちなさい」

 

「? なんだい?」

 

「これ、持って行きなさい」

 

そう言って渡されたのは、一枚の真っ白なカード。

 

「きっと役に立つ時が来るわ。……それじゃあね」

 

「……ありがとう。いつかまた、私の成長した姿を見せられると信じているよ。それじゃあ、また」

 

言って、片手を上げて『ヒビ』の中へと進んでいった。

 

『……頑張りなさい、響』

 

最後にその言葉を聞いて、私の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

「…………ん」

 

まぶたを開ける。照明が眩しい。目に入った天井は、いつもの鎮守府のものだ。

 

つまり、ちゃんと元の世界に戻ってこれたと言うことだろう。

 

(……正直、半信半疑だったけれど……叢雲さんの予想は正しかったみたいだね)

 

体を起こし、軽く周囲を見回す。どうやら鎮守府の廊下のようだ。思い返してみれば、菊月と戦った後、《No.》に飲まれたのもこの辺りだった気がする。

 

ちなみに、服も元の入院着に戻っていた。

 

「……さて、それじゃあ」

 

スッと首をある方向に向ける。そちらには、二人の艦娘がいた。

 

方や金剛型戦艦一番艦『金剛』。

 

方や睦月型駆逐艦八番艦『長月』。どちらもデュエルディスクを構えている。

 

……状況を考えたら、ある意味最善の判断だろう。

 

「……どうしたものかな、これは」




響さんの新たな切り札、《スターダスト・ドラゴン》。ちょっと後半駆け足だったかな、と反省です。
ということでデッキ解説のコーナー。

響さんはいつもの【オッドアイズ魔術師EM】。順番に意味はございません。最近【魔術師】要素が強くなってきてるので、その辺も調節していかねば。でもとんでもない強化きちゃったしなあ、【魔術師】。

叢雲さんは【セフィラ】。《セフィラの神意》はこのデュエルの流れを作った時には発表されてなかったので不採用です。
まさかの全盛り。現実だとまあ扱うのは難しいでしょうねえ。《テラナイト》と《シャドール》をメインエンジンにしつつ、《竜星》で盤面を維持し、隙を見て《霊獣》や《影霊衣》で決めにかかる……相当な運命力が必要そうです。

《スターダスト・ドラゴン》、個人的に響さんのイメージにぴったりです。不死鳥の通り名にも合いますし。

次回、響、決意新たに一歩。


…………ではなく番外編ッ!!!


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番外編:純白の記憶を抱いて

劇場版艦これ観ました。響が敵連合艦隊に単身突っ込んで行ったシーンとか手に汗握りましたね(適当


朝。目を覚ますと、やけに静かだった。

 

「…………?」

 

掛け布団を体の上からどけ、首を回す。部屋の中に暁の姿はない。だがそれを抜きにしても静かだ。

 

(でも……なんだろう。どこか懐かしいような)

 

思いながら部屋の窓に向かう。そしてカーテンを開け、

 

 

「……ああ、なるほど」

 

一面の銀世界が、私の視界に飛び込んできた。

 

 

『おーい、響ー! 起きてるー?』

 

部屋の扉がノックされ、外から声がかけられる。私は扉を開けて、その人を出迎えた。

 

「おはよう、陽炎」

 

「あ、起きてたのね。おはよ、響」

 

陽炎型一番艦『陽炎』だ。今はいつもの制服の上から厚手のコートを羽織っている。

 

「……なんとなく聞かなくてもわかるけど……暁は?」

 

「御察しの通り。暁喜び庭駆け回る、よ」

 

予想通りのことに苦笑する。

 

「響はどうするの? 今日は駆逐艦と潜水艦は非番でいいらしいけど」

 

「私はコタツで丸くなるタイプだよ。午前中は読書でもして、午後から鍛錬かな。そう言う陽炎はどうするんだい?」

 

「うーん……妹たちの面倒みなくちゃいけないから、午前はそっちにつきっきりかしらね。午後からの鍛錬、一緒にやってもいい?」

 

「ああ、構わないよ。それじゃあーー」

 

別れの挨拶とともに扉を閉めようとする。その時だった。

 

「あ、響起きたのね! ほらほら、早く着替えて外に行くわよ!」

 

「えっ……あ、暁?」

 

やたらテンションの高い暁が現れ、私の腕を引いた。こちらも厚手のコートを着込んでおり、さらに手袋と耳あてもしている。

 

「あら、暁。卯月たちと遊んでたんじゃないの?」

 

「そうだけど、そろそろ響が起きたかと思って戻ってきたの。さ、行きましょ!」

 

「ま、待ってくれ。私は雪遊びをする気は……」

 

「えっ……?」

 

その言葉に、驚いた様子で振り返る暁。その表情を見て、私の意思がぐらりと揺れた。

 

降参といった感じで両手を上げながら、私は苦笑した。

 

「……五分待ってくれ。支度をする」

 

 

 

 

「ふむ……」

 

ザクリ、と音を立てて雪を踏む。初体験ではあるが、懐かしさを覚える感覚だった。

 

今の私は、いつもの制服の上からコートとマフラーを着用している。

 

(雪、か。()()()もこんな景色だったな)

 

白い息を吐きながら彼の国の情景を思い出す。それは私がまだ(ふね)だったころの記憶だ。

 

(……いけないな。やっぱりあの頃のことを思い出すと、どうもアンニュイになってしまう)

 

小さく頭を振ってマイナスな思考を振り切る。今はあの時とは違う。皆いるのだ。だから考えるのなら、この平和を崩さないようにすることーー

 

「ーーふっ!」

 

ーーよりもまず飛来した雪玉を回避することが第一だ。

 

「……やるわね、響。まさか背後からの雪玉を避けるだなんて」

 

声の方を見る。やはり暁か。

 

「風切り音が聞こえてね。もしやと思ったんだ」

 

言って、小さく笑ってみせる。対する暁はーー此方もニヤリと笑っていた。

 

「さすがだと言いたいけれど……甘いわ、響」

 

「何っ……!」

 

その言葉に一気に周囲への警戒を強めた途端、

 

 

ドシャッ、と頭上から雪玉が降り、私の頭を直撃した。

 

 

「……なるほど、最初の雪玉はダミーだった、ってわけか」

 

完全にしてやられた。大した痛みはなかったが、精神的なダメージはそこそこ大きい。

 

「ふふん。真のレディは相手の二歩先を行くのよ」

 

「へえ……ならっ」

 

足元にしゃがみ込み、素早く雪を一握り掴んで固めると、それを全力で投げつける。

 

「あら? 響、結構投げるの下手ね?」

 

私の投げた雪玉は暁の頭上を通って行く。暁は一歩も動かなかった。

 

だが、

 

「それはどうかな?」

 

「えっ……って、きゃあ!?」

 

私の投げた雪玉の狙いは暁ではない。暁の頭上にある、木の枝に積もった雪塊だ。私の狙い通り、雪玉はその雪塊を貫き、不安定な枝の上から落とした。

 

結果、暁の頭上からは結構な量の雪が降った。

 

「……やるじゃない、響」

 

「……暁こそ」

 

直後。同時にしゃがみ込み、雪玉の生成を始める私と暁。互いに五個ずつ作り終えると、投球フォームへと入る。

 

「てぇい!」

 

「ふっ……!」

 

かくして、壮絶な雪合戦の火蓋が切られた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、つ、疲れた……」

 

「ふっ、はぁ、同、感だ……」

 

ボスッ、と雪に倒れこむ私たち。いったい何発の雪玉を当て、何発の雪玉を食らったのだろう。数えることすら馬鹿らしくなるほど、とにかく大量の雪玉が飛び交った。

 

「いやー、白熱してたわね。お疲れ様」

 

途中から私たちの雪合戦を見ていた陽炎が近づいてくる。四肢を投げ出している私は首だけをそちらに向けた。

 

「ココア飲む?」

 

「くれるなら、もらうよ」

 

「暁は?」

 

「私ももらうわ」

 

立ち上がって陽炎の手から缶のココアを受け取る。温かい。一口飲むと、その温かさは体の芯から全身に広がって行くようだった。

 

一息ついた私と暁は、陽炎とともに陽炎型の皆のところへ向かった。

 

そこでは、

 

「おや、陽炎に暁、響も。おはようございます」

 

「不知火、おはよう。なにをしているんだい?」

 

「不知火ですか? 今は木の枝を拾い集めているところです」

 

一瞬、その意図がわからず首をかしげる。と、視界の端にあるものが映った。視線をそちらに向けると、不知火の考えも分かった。

 

「なるほど、雪だるまを作っているのか」

 

「ご名答。不知火たちは今、雪だるまを作っているのです」

 

その雪だるまになるであろう雪塊は、高さがおよそ二メートル、横幅は一メートル強ある。だがこの雪だるま(予定)には顔がない。いわゆるのっぺらぼうな状態だ。不知火の集めた木の枝は、おそらくこの顔のパーツに使われるのだろう。

 

「でもあの高さにどうやってそれを配置するんだい?」

 

私の問いに、不知火は、

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………不知火に落ち度でも?」

 

「足元に雪を集めて固めて、それを足場にしましょう? ね!?」

 

陽炎の咄嗟のフォローが飛び出す。どうやら不知火はそこまで考えていなかったらしい。

 

「……悪かった。お詫びに木の枝を集めるの、手伝うよ」

 

「……ありがとうございます」

 

私たち四人で集めた結果、ものの五分で木の枝は十分量集まった。

 

「おー、随分集まったな。それじゃ、顔を作っていこうぜ」

 

嵐の言葉に頷く一同。といっても全員同時に顔の作成にかかるわけにもいかないので、代表して暁が雪だるまの表情を作って行く。

 

……が。私は忘れていた。

 

「…………えと、その……」

 

「………………………………」

 

今度はうまいフォローの言葉が浮かばずに固まる陽炎と、黙って視線を逸らす嵐。

 

そう、暁は絶望的なまでに不器用なのであった。

 

「……暁、これは?」

 

「し、しょうがないじゃない! 雪だるまの顔を作るのなんて初めてなんだから!」

 

そう言う問題ではないと思う。

 

と、そこで黙って暁の作品を観察していた不知火が動いた。

 

「少々、手を加えてもよろしいですか?」

 

「……ええ。いいわよ」

 

あまりの自分の不器用さを痛感して意気消沈している暁が片手間に答える。それを受けて、不知火が「感謝します」と言ってから雪だるまの顔をいじりだす。

 

それから、およそ五分。

 

「こんなものでしょうか」

 

「お、おお……」

 

雪だるまは不知火の手によって完璧な顔を手に入れていた。

 

「不知火は手先が器用なんだね」

 

「いえ、それほどでも」

 

そう言いながらも、不知火の頬はほんの少しだが赤らんでいた。

 

「…….むう。これだったら最初から不知火に頼めばよかったかしら」

 

完成した雪だるまを見ながら暁がこぼす。だがそれに対して不知火は振り返って言った。

 

「いいえ、これは暁がベースとなる形を作ってくれたお陰です。私一人では、こうはいかなかったでしょう」

 

「……そうかしら」

 

「そうですよ」

 

言って、小さく笑う不知火。アフターフォローも万全だ。

 

「さてと。この後はどうする?」

 

「あー……俺はそろそろ寒くなって来たから引き上げるわ。間宮さんところ行って来る」

 

「なら不知火もそちらに。不知火も結構体が冷えてまいりましたので」

 

「わかった。暁たちは?」

 

「私は一緒に行こうかしら。響は?」

 

「私は……」

 

どうしようか、と考え、すぐにある結論へと至った。

 

「……ちょっと、やりたいことがあるんだ」

 

 

 

 

「…………………………………」

 

そうして別行動を取った私は、一人特殊物資搬入用港に来ていた。やりたいこと、といっても具体的に何をするでもない。あんなものはただの言い訳だ。

 

海に落ち、決して積もることなく溶けて波の一部へと消えていく雪を見ながら、私はぼんやりと考える。

 

(振り切った、と思ったけれど……やっぱりダメだ。どうしても艦だった頃の記憶が頭から離れない)

 

私の前世とでも言うべき、第二次世界大戦を戦い抜いた駆逐艦『響』。その本体は今もロシアの海底に沈んでいると言う。彼方はこの時期、最高気温が零度を割るそうだが、此方と同じように雪が降っているのだろうか? その海の寒さは辛くのないのだろうか?

 

独りは、寂しくないのだろうか?

 

「………………………」

 

目をこらせど見えるのはひたすらに続く大海原のみ。そもそも方角も真逆だ。だが、目の前の海は確実に『私』の沈む海とも繋がっている。

 

と。

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

「……暁」

 

振り返ると、見慣れた顔が近くにあった。こんなに接近されるまで気づかないとは、どうやら随分惚けていたらしい。

 

暁は私を見て何かを言いかけた後、すぐに何かに気づいたようで、足元にしゃがみ込んでゴソゴソと何かを始めた。そして完成した雪玉を一つ海に投げ込んだ。

 

「何を……?」

 

「……この海は、()()()とも繋がっている。もちろん、あの雪玉はすぐに溶けて無くなってしまうだろうけれど、その溶けた水はいつかは巡り巡ってあの場所に行く。その時、きっと()()()()()も気づくわ、独りじゃないって。……ほら、響も」

 

そう言って渡された雪玉を掴んで、少々色々考えたのち、再び私は海の方を向いた。

 

「なるほど……科学的根拠とかそう言うものはないけれど……いい『響き』だ、嫌いじゃない」

 

私の手を離れた雪玉は、放物線を描きながら飛んでいき、やがてポシャリと海に消えた。

 

「吹っ切れた?」

 

暁の言葉に、私は首を横に振った。

 

「いいや。……でも、それでいいんだと思う。忘れないであげることが、きっと私が『私』にしてあげられる一番のことだから」

 

「……そう。ならそれでいいわ。それより、皆待ってるわよ。間宮さんのところに行きましょ?」

 

「ああ、そうだね」

 

そう言って一歩踏み出した、その時だった。

 

『…………………………』

 

遠く。海の上に、誰かいたような気がした。

 

「…………?」

 

しかし、その誰かは一度瞬きをした後にはすっかり消えていた。

 

(あれは……)

 

「どうしたの、響?」

 

暁の急かす声。ぼーっと海を眺めていた私の意識が戻ってくる。

 

「……すまない、今いくよ」

 

見えた影のことを記憶の隅に追いやって、私は一歩踏み出した。




番外編でございました。本編の響がこうした日々に戻れるのはいつの日か……。

次の番外編はいつになるでしょうねぇ。


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裏側の真実

もう2016年が終わるんですねえ……2017年も、響をよろしくお願いします!


さて、どうしたものか。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

沈黙が痛い。金剛さんと長月の二人が、こちらを警戒するように一定の距離を保つ。金剛さんのことだ、私が《No.》に飲まれたことを察しているのだろう。

 

(……どうしたものかな、これは)

 

ふと自分の腕に装着しているディスクを見てみると、そこにはデッキがセットされていなかった。金剛さんが外したのだろう。そこまでしてもなお一切警戒を緩めないのは流石だ。

 

(正直、ここで金剛さんたちと睨み合っていても埒があかない。もしかしたら今またこの鎮守府のどこかで新たな《No.》使いが覚醒しているかもしれないんだし……)

 

となると、まずはデッキを確保するのが先決だ。確か金剛さんの話だと私の本来のデッキを持っているのは司令官だったか。なら目指すべきは提督執務室。

 

では、具体的にどうするか。

(狙うなら、金剛さんじゃなくて……)

 

「……長月」

 

「っ、な、なんだ……?」

 

名前を呼ばれただけでビクリと肩を震わす長月。この様子だとおそらく金剛さんから多少のことは聞かされているはずだ。

 

(なら……)

 

スッと両手を挙げ無抵抗を主張しながら、私は口を開いた。

 

「私は、君たちと争う気は無い。どうか話を聞いてくれないかな」

 

「……その言葉を、私たちが信じると思いますカ?」

 

一歩前に出ながら金剛さんが言う。その言葉はもっともだ。私だって素直に信じることはないだろう。

 

(けど今は信じてもらわなくちゃいけない……!)

 

「あっさり信じてもらえるだなんて思っていない。だからこうして投降の意思を示しているんじゃないか」

 

「……過去にその言葉を信じて、《No.》に辛酸をなめさせられたこともあるネ。信じちゃダメダヨ、長月」

 

「あ、ああ……」

 

きっちり長月にも釘をさす金剛さん。菊月の件での混乱が残るであろう長月なら話が通じるかと思ったが、付け入る隙がまるでない。だがこちらとて諦めるわけにはいかないのだ。

 

「なんども言うが私は君たちと争う気は無い。もっと言えば、《No.》すら持っていない」

 

「その証拠ハ?」

 

「ディスクに触ったなら分かっているんじゃ無いのかい? エクストラデッキになかったろう?」

 

「隠し持っている可能性もあるヨ」

 

「なら全身くまなく探してみればいいさ。《No.》も無ければ、例の模様もない」

 

例の模様とは、《No.》所有者の体に現れる数字のような模様のことである。

 

しかし。

 

「But……それでもまだ、信じられないネ。あなたは私の目の前で《No.》に飲み込まれタ。それを見なかったことにはできないネ……!」

 

その気持ちは痛いほどわかる。わかるからこそ、説得できるような言葉が出てこない。

 

(いっそデッキがあれば……デュエルを申し込んで無抵抗で負けるとか、色々とやりようがあったのに……)

 

毒をもって毒を制す、ではないが。とにかく、そう言う手は使えない。

 

(《スターダスト・ドラゴン》を使ったら……いや、無理か。あのカードには《No.》のようなわかりやすい特徴があるわけでもないし)

 

正しく打つ手なし。一挙手一投足が疑念の目で見られている今の状況では、私のどんな言葉も届かないだろう。

 

あとは神頼みぐらいしかないーーそう思った時だった。

 

救いの女神の手は、案外近くから差し伸べられた。

 

「……………………」

 

無言でディスクの電源を切った長月が、私の方へ向かってくる。

 

「長月……?」

 

金剛さんが困惑した様子でその背中に声をかけるが、長月は止まるどころかスピードを緩めることすらしなかった。

 

そうして私の目の前まで来た長月は、スッと体の向きを反転させ、改めてディスクの電源を入れた。

 

やがてゆっくりと話し出した。

 

「……なあ、金剛。一つ聞くぞ。響が《No.》とやらを使っている証拠は?」

 

「っ、長月も見たはずデース! 菊月から出た黒い靄が、響の体に吸い込まれていくのヲ……!」

 

「だが結局、目覚めた響が我を忘れて私たちに攻撃してくるとか、そういったことはなかった」

 

「……それハ……!」

 

「金剛。一つだけ言っておく」

 

先ほどまで肩を並べていた金剛さんと相対しながら、長月は言った。

 

「私は友を疑って得る平穏などいらぬ。そうせねばならぬくらいなら、私は友を信じて戦いの中に身を投じよう」

 

「長月……!」

 

「安心しろ、響。私はお前の味方だ」

 

そう言ってニッと笑う長月。その後ろ姿はとても心強かった。

 

さて、問題は金剛さんだが。

 

「………………………………」

 

長月の裏切りに、言葉を失った様子の金剛さん。やがてしばらくののち、一度小さくため息をついてから言葉を発した。

 

「……わかりましタ。長月に免じて、今回は信じてあげるネ。……デモ、もしも嘘だったとしたら、私はあなたを許さナイ。その時は全力であなたを迎え撃つヨ」

 

「……感謝するよ」

 

金剛さんと長月が同時にディスクの電源を切る。

 

「それじゃあ私は提督執務室に行くけど……二人はどうする?」

 

「お伴しマース」

 

「私は……菊月のところに行ってくる。睦月一人では心配だ」

 

なるほど。睦月と菊月の姿が見えないと思っていたが、どこかに避難しているということか。

 

(そんな中、一人残って私と対峙した……流石だ、長月)

 

「さて、それじゃあ提督執務室へ急ぎますヨ。響が《No.》を使用していない以上、他の《No.》使いがいるはずネ。なんとしても被害が出る前に食い止めるヨ」

 

「ああ、急ごう」

 

 

 

 

「司令官、お疲れ様。早速だけど、デッキを返してくれないかい?」

 

「……………………………………………………ふむ」

 

開口一番それだった。さすがに驚いたのか司令官も書類を整理する手を止めて私の方を見た。

 

「…………ふむ、まあ……結論から言おう。ノーだ。許可できない」

 

「っ、なぜ……!」

 

「そもそもだが。何故君は返してもらえると思った? 君はボロボロだ、肉体はともかくとしても、精神面で。その状態の君にそれ以上戦わせられると思うか?」

 

司令官の問いに言葉が詰まる。確かに、『狭間の鎮守府』でまともにデュエルができないほどに私の精神はボロボロなのだ。

 

「それに、君が戦う理由すら私はわからない。何故君は《No.》と戦うんだ。そんなもの、我々に押しつけてしまえば良いだろうに」

 

「それは……! ……私が、蒔いた種だから……」

 

「本当にそうか? 君がヲ級とことを構える以前に、既に奴は二度もこの鎮守府を攻撃している。それなのに何故負い目を感じる」

 

「ヲ級は妙高型の三人を襲った時には、あのカードを使わなかったんだ。あの……《No.》の呪いの源みたいなカードを。だから……」

 

「《No.》の呪いの源……ヲ級が川内に対して使ったアレか。君が戦いを挑まなければ、奴もアレを使用しなかった、と。君はそう言いたいわけだ」

 

書類を置き、まっすぐとこちらを見据える司令官。それに射竦められたように、思わず身がこわばる。

 

「しかし、そうなると一つ疑問が湧く。何故奴はそのカードを使った? 確か奴は私の狙撃を防いだ時に自らの艦載機を使っていたな。ということは自由に艦載機を使用できたということだ。それなのに何故、自身が得意とする航空戦ではなく、どんな結果になるかわからないあのカードを使った?」

 

「それは……」

 

言われて、あの時の状況を思い出す。私とのデュエルが中断され、直後に川内さんが乱入。川内さんの猛攻をヲ級は避け続け、最後に一撃もらいそうになったタイミングであのカードを使った。

 

しかし、よく考えてみれば川内さんの攻撃を避けながらでも艦載機を出すことはできたはずだ。まさか司令官の狙撃を防いだあの艦載機のみしか所持していなかった、なんて都合のいいことはあるまい。

 

そこでふとある言葉が思い出される。例のカードを使用した後のヲ級の言葉だ。

 

『……まあ、()()()()()()()()()()()()()()()、かな?』

 

(……よく考えてみれば、この言葉も不自然だ。足柄さんを襲撃することが目的ならもっと前の段階で作戦は完了といえるはずだし……)

 

いや、ある。一つだけ、可能性が。

 

「ヲ級は……()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()……?」

 

「……ほう。そう思った理由を説明願えるかな?」

 

私はあの夜何が起きたかを全て司令官に話した。

 

「なるほど。確かにその説は一理あるな。だが、それは同時に君に責任がないことの証明でもある。……一応君は病み上がりだからな、今日は休暇をやろう。わかったら部屋に戻りたまえ。《No.》は我々の方でどうにかしておく」

 

言うだけ言って、書類仕事に戻る司令官。取りつく島もないと言った感じだ。

 

と、そこで私と司令官の間に割り込む影があった。

 

「待ちなヨ提督。どうしてそんなに頑ななんデース?」

 

今までずっと黙って私と司令官の会話を聞いていた金剛さんだ。その言葉を受けて、司令官は再び顔を上げた。

 

「……わかっているだろう、金剛」

 

()()()()()()

 

「は? ……ああ、もしかして金剛、お前……全てを話したわけではないのか?」

 

「話してる最中に《No.》が襲ってきたんデース」

 

「回収したか?」

 

「Of course」

 

金剛さんが懐から真っ黒なスリーブに入ったカードを司令官に渡す。

 

「そうか、響はまだ知らないか。では教えねばならんな」

 

「教える……? 何をだい?」

 

「我々の計画についてだ」

 

瞬間、室内の温度が五度ほど下がったような感じがした。それが司令官の放つ圧倒的なプレッシャーによる錯覚だと遅れて気づいた。

 

「まず、君のデッキーー正確には【EM】というカテゴリについて。何か知っていることはあるか?」

 

えらく抽象的な質問だ。だが、その問いに対する回答を私は持っている。

 

「先代秘書艦が使っていたカテゴリ、だよね?」

 

「正解だ。なら【魔術師】や【オッドアイズ】は?」

 

「それも同じく」

 

「ほう……こちらについても知っていたか。まあこの際誰に聞いたかは置いておくとして、だ。それなら先代秘書艦の正体も知っているんじゃないか?」

 

「『初期艦』にして特型駆逐艦の五番艦の叢雲さんだ」

 

「そうだ。では最後。何故私が君に【EM】を託したと思う?」

 

「それは……わからない」

 

「だろうな。これを知っているのは金剛と明石と……まあ、ごく少人数だ」

 

先ほどの口ぶりから金剛さんが知っているのはわかっていたが、明石さんもか。

 

「まず、知っての通り私は『番号札作戦』で叢雲を失った。その後我々は彼女を取り戻すために出来る限りの手を尽くしたが……なかなか可能性を掴めなかった」

 

「…………………………」

 

その叢雲さん本人と会った、とは言わないでおくべきか。

 

「そんな中、我々はある可能性に至った。《No.》の呪いを封じ込めた例のカード、叢雲はアレを介してどこか遠いところへ飛ばされたのではないか、と」

 

「…………!」

 

まさかの大正解だ。どうやってその結論に至ったのか気になるが、今はそこは重要な点じゃない。

 

「だがそのあたりから忙しくなってきてな。我々も叢雲の問題に専念するわけにはいかなくなった。……だから、ある計画を立てた。次に我が鎮守府へと着任した駆逐艦に叢雲の残したデッキを託し、叢雲を取り戻すための『鍵』になってもらう。これが、その計画ーー『仮称:K号作戦』の概要だ」

 

「……じゃあ、私を臨時秘書艦に指名したのも」

 

「無論、『仮称:K号作戦』の一環だ」

 

なんとなく、話の流れが見えてきた。

 

「つまり『鍵』になるべき私が《No.》と戦って、もしものことが起きたら困る、ということだね?」

 

「そこまで単純でもないが、まあそうだ」

 

知りたくなかった真実に、言葉を失う。私が特別なのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(なら……私がここに着任してからの日々にはなんの意味があったっていうんだ。ずっと敷かれたレールの上を走っているだけ。それも自分だけが気づかずに。そんなの、そんなの……!)

 

フラリ、と一歩下がる。と、そんな私を支える二本の腕があった。言わずもがな金剛さんだ。

 

「そう気を落とさないでくだサーイ、響。提督はああ言ってますけど、心の中ではyouを心配する気持ちで一杯なんデース。……提督も、私たちならともかく、響相手にその言い方はちょっとどうかと思うヨ。事実なら何を言ってもいい、なんてのはkidsの考え方ネ」

 

叱るような金剛さんの言葉に、黙って目を瞑る司令官。やがて、ゆっくりと頭を下げた。

 

「……すまない、少々思慮に欠けた言い方だった。決して君の人格を軽んじているわけではない。だが君の存在がこの計画において最も重要な位置にある事は努努(ゆめゆめ)忘れないでくれ」

 

「……はい」

 

しかし、これでいくつかの疑問が解消されたのも事実だ。

 

(『仮称:K号作戦』か……司令官はやっぱり叢雲さんを諦めていないんだ。そして実際、私は叢雲さんの使っていたデッキを介して彼女と接した。これはその計画にとっては大きな一歩なんだろうな)

 

私がその事実を司令官に報告しようとした、その瞬間だった。

 

「ーー総員、伏せろォォォ!!!」

 

血相を変えた司令官の叫び声が提督執務室に響いた。

 

「えーー」

 

疑問を口にするよりも前に、上から覆い被さる形で来た金剛さんによって床に伏せさせられる。

 

直後。

 

 

ドッッッゴァァッッ!!! という轟音を最後に、()()()()()

 

 

 

 

酷い有様だった。何者かによる攻撃を受けた提督執務室は、ほんの数十秒前からは考えられないような惨状になっていた。

 

まず、天井はその半分ほどが原型をとどめていなかった。響たちが立っている場所の逆側、すなわち華城のいる提督執務室向かって奥側の天井は無くなっており、一つ上のフロアとつながってしまっている。

 

壁も天井の破壊と連鎖するようにヒビが入ったり塗装が剥がれたりしていた。戸棚の類に被害がなかったのは唯一の救いか。

 

「………………」

 

それらを、金剛の下から這い出た響は呆然としながら見ていた。

 

「……無事か、響」

 

「っ、司令官!」

 

執務机の下から出て来た華城が、改めて椅子に座る。

 

「金剛はどうした?」

 

「……私を庇った時に、衝撃で気絶してしまったらしい。息はあるよ」

 

そうか、と言って散らばった書類をまとめ始める華城。それを手伝いながら、響は突如として起きた事柄に対する素直な疑問を口にした。

 

「司令官、一体何が起きた? 深海棲艦の襲撃か何かなのかい……?」

 

「すぐにわかる。……そら、真犯人様のご登場だ」

 

その華城の言葉に、響は勢いよく振り返って破壊された提督執務室入り口へと顔を向けた。

 

「…………なっ」

 

()()。音もなく、気配もなく。空気に紛れるかのように、『誰か』が立っていた。

 

「…………………」

 

無言の『誰か』ーー扶桑型戦艦一番艦『扶桑』が。艤装を装備した状態で。

 

間違いない。彼女がその主砲で提督執務室を攻撃したのだろう。

 

やがて、扶桑がゆっくりと口を開いた。

 

「貴女が……響さんね?」

 

「あ、ああ……」

 

響も、彼女のことは知っている。が、それほど交友があるわけではない。元の艦があまりに有名だから知っているだけだ。

 

「ちゃんとした挨拶はまだだったわね。扶桑型戦艦一番艦、『扶桑』です。改めて、この鎮守府へようこそ、響さん」

 

「御託はいい。何が目的だ。吐け、扶桑」

 

場違いな言動に華城の横槍が入る。しかし、扶桑の様子は微塵も変わらなかった。

 

「あらつれない。ですがわかりました。それなら、目的を素早く達成すると致しましょう」

 

そして扶桑は当然のようにディスクの電源を入れた。

 

 

「ーー本丸、潰させていただきます」

 

 

サラリ、と長い黒髪が扶桑の動きに合わせて動き、その隙間から艶かしい首筋が覗く。そこには案の定《No.》使い特有の模様があった。

 

「……なるほど、無関係の艦娘を巻き込むわけではなく、私自身を直接叩くと。いいな、気に入った。……だが、私は横須賀鎮守府総司令官だ。簡単に潰されてやるわけにはいかないーー」

 

「ーーだから、私が相手をするよ」

 

言って、響が二者の間に割って入る。華城はその理由は問わずに、スッと目を細めながら響の後ろ姿を観察した。

 

(……以前デュエルした時とは、雰囲気がだいぶ変わったな。何かしら、心境の変化があったか? だが……)

 

華城の視線がある一点に集中する。響のデュエルディスクだ。そこにはなぜか、きちんとデッキがセットされている。

 

(……デッキは抜いておいたはずなんだがなあ? 金剛のものか?)

 

その時。ドサッ、という鈍い音とともに、椅子の背もたれに裏側から重量がかかるのを華城は感じた。そちらを見ると、椅子の背もたれに裏側からもたれかかるようにして『何者か』がいた。

 

その『何者か』は、華城が全艦娘の中でもトップクラスに信頼し、艦隊運営をより円滑に進めるために華城の命令を忠実にこなす、いわばスパイのような存在だった。そして昨夜、《No.》の呪いに蝕まれたために華城の手で昏倒させられ、今も入渠ドッグのベッドで眠っているはずの艦娘でもある。

 

すなわち、川内型軽巡洋艦一番艦『川内』。

 

(扶桑の砲撃でこの場が混乱している隙に響のデッキを取り返し、彼女のディスクにセットした、か? まだ全快したわけでもないだろうに……無茶をする)

 

だがそこまでやるからこそ信頼に値する、とも華城は思っていた。

 

よって、華城は彼女を()()()()()()()()()()。おそらくそれが彼女の一番望んでいることだろうと踏んだのだ。

 

そして華城は一言、響に言った。

 

「負けるなよ」

 

「もちろん、勝つつもりでいかせてもらうよ」

 

「あらあら……まあいいわ。ならまずは貴女から倒させていただきますねーー」

 

「構わない。私も全力で行くーー!」

 

「「ーーデュエル!!」」




川内さんは働き者。

次回、心機一転した響さんの初デュエル。


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番外編:来年もまた

滑り込みセーフ?


「いや、今年は大変な一年だったねえ」

 

こたつに下半身を突っ込んだ状態で司令官が言う。一応此処は提督執務室……なのだが、本来あるべき机やら何やらはない。なんでも特注家具職人さんとやらが一晩でやってくれたらしい。

 

書類仕事はできるから別にいいと言えばいいけれども。

 

ちなみに今は十二月三一日、二三時五十分。間も無く今年が終わる。

 

「私は今年初めてこの鎮守府に来たわけだけれど……例年はもっとおとなしかったのかい?」

 

「おとなしいも何も、私達は制海権を取っている側なのよ? 深海棲艦からの多少の襲撃はあれど、基本的には平和そのものだったわ」

 

隣の暁がみかんの皮を剥きながら教えてくれる。その傍らにはみかんの皮の山。指はとうに黄色く染まっている。

 

「確かに、響と出会ってからは日常に刺激が増えたな。……もちろん、いい意味でな」

 

長月がデッキを確認しながら言う。それは褒められていると解釈していいのか?

 

「まあ、刺激の少ない日々だったのは事実デース。大本営からの命令で何もできなかったから、と言うのもあるけどネ……」

 

言って苦笑する金剛さん。その手にはハードカバーの本がある。さっきちらっと中身を見てみたが、あまりに難しすぎて目眩がするほどだった。

 

「さて、後少しで今年も終わるわけだが……何かやり残したこととかはあるかな?」

 

「やり残したことか……何かあったかな」

 

「私はこの本がまだ読み終わってないことですかネー。と言っても、もう直ぐですケド」

 

「私は特にないな」

 

「私もね」

 

長月と暁はないらしい。私、私は……

 

「……ううん、思い当たらないってことは、ないってことなのかな」

 

「それならそれでいいんじゃないか? スッキリとした気分で来年を迎えることができると言うことじゃないか」

 

「なら逆に司令官は何かないのか?」

 

長月が言う。そうだ、確かに司令官はないのだろうか。

 

「私か? そうだな……」

 

しばし沈黙。やがて司令官が口を開いた。

 

「……数えきれんな。残りは来年に持ち越しか」

 

「そんなにあるのかい?」

 

「司令官というのは多忙なものなんだよ」

 

それはなんとなくわかる。

 

「だが……うむ、そうだな。一つぐらい解消しておこうか」

 

「今できることなのかい?」

 

「ああ。ただ、それには君たちの協力が必要だがね」

 

「???」

 

具体的な疑問を口にするより早く、司令官が立ち上がり、ディスクの電源を入れた。

 

「ーー思い切り、本気のデュエルがしたい。協力してくれるかい?」

 

「……そういうことなら、望むところだよ……!」

 

私も立ち上がり、ディスクの電源を入れる。と、暁と長月も立ち上がった。

 

「なら、私たちも参戦させてもらおう。その方が燃えるだろう?」

 

「そうね、タッグで勝負よ!」

 

「じゃあ私は観戦していマース。本も読みきりたいですしネ」

 

「なら暁はこちらに来い。存分に暴れようじゃないか……!」

 

四人がそれぞれディスクを構える。きっとこのデュエルの最中に年が明けるだろう。それはそれで一興だ。

 

「じゃあ、行くぞーー」

 

「ええ、行くわーー」

 

「ああ、行くぞーー」

 

「うん、行こうーー」

 

「……ふふ、いい勝負になりそうですネーー!」

 

「「「「ーーデュエル!!」」」」




改めて、2017年もよろしくお願いします!!


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再びの《No.》

今更ながら、新年あけましておめでとうございます! 今年も響たちをよろしくお願いします!
(※誤投稿したため加筆)


「先攻は私ね。私はモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

手札を見て、少し考える。相手のデッキはわからないが……

 

(でも攻めなきゃ勝てない……!)

 

「私は《EM スパイク・イーグル》を召喚。そしてこれをリリースし、《EM スライハンド・マジシャン》を特殊召喚する。このモンスターは、自分のペンデュラムモンスター以外の《EM》をリリースすることで特殊召喚できる。バトルだ、スライハンドでセットモンスターに攻撃!」

 

セットモンスターが破壊される。が、

 

「私は今破壊された《ピラミッド・タートル》の効果発動。このモンスターが戦闘破壊された時、デッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター一体をデッキから特殊召喚できる。守備力1500の《ヴァンパイア・ソーサラー》を特殊召喚するわ」

 

「っ、【ヴァンパイア】……! なら、バトルフェイズを終了し、スライハンドの効果を発動。手札を一枚捨てることで、表側表示のカード一枚を破壊する。ソーサラーを破壊!」

 

「手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果を発動。このカードを手札から捨てることで、スライハンドの効果をエンドフェイズまで無効にさせてもらいます」

 

手札を捨てるのは、スライハンドの効果のコスト。無効にされてもそれは戻ってこない。

 

「……カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー。《ユニゾンビ》を召喚し、効果発動。一ターンに一度、デッキからアンデット族モンスター一体を墓地に送ることで、フィールドのモンスター一体のレベルを一つ上げる。《ヴァンパイア・ロード》を墓地に送り、自身のレベルを一つ上げる」

 

「っ……!」

 

思わず体がこわばる。レベル4のモンスターが二体……嫌な予感がする。

 

そしてそれは、

 

「私はレベル4の《ヴァンパイア・ソーサラー》にレベル4チューナー《ユニゾンビ》をチューニング!」

 

外れた。

 

「! シンクロ召喚……!?」

 

なるほど、《ユニゾンビ》はチューナー。《ゾンビ・マスター》の存在もあるし、シンクロモンスターも少数であれば採用できるのだろう。

 

「闇の都の守護者よ、今ここに降り立ち、光の世界の終わりを告げよ! シンクロ召喚! レベル8《ダークエンド・ドラゴン》!」

 

扶桑さんの場に漆黒の龍が現れる。《ユニゾンビ》のデメリットでこのターンはアンデット族以外のモンスターは攻撃できないが、

 

「ダークエンドの効果発動。一ターンに一度、攻守を500ずつ下げることで、相手のモンスター一体を墓地に送る。スライハンドには消えてもらうわ。私はこれでターンエンド」

 

戦闘を介さず除去される。攻撃できないデメリットを、モンスター除去という形で軽減されてしまった。

 

「私のターン、ドロー」

 

ダークエンドの攻撃力は、500下がって2100。それならば。

 

「スケール3の《EM ウィム・ウィッチ》をペンデュラムスケールにセット。そしてペンデュラム効果を発動、相手フィールドにのみエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいる場合、このカードは特殊召喚できる」

 

「それなら素直に召喚すればよかったのではないかしら?」

 

「いいや。このモンスターはペンデュラムモンスターをアドバンス召喚する場合、二体分のリリースとして扱える。ウィム・ウィッチをリリースし、《法眼の魔術師》をアドバンス召喚する!」

 

《法眼の魔術師》はレベル7のペンデュラムモンスター。ペンデュラムスケールが手札に揃っていなかったので、苦肉の策としてアドバンス召喚したわけだ。

 

《法眼の魔術師》の攻撃力は2000でダークエンドの2100には僅かに届かないが、大事なのは《魔術師》のペンデュラムモンスターだということだ。

 

「さらに、ライフを1000払って魔法カード《黒魔術のヴェール》を発動!」

 

響:LP8000→7000

 

「手札か墓地の魔法使い族、闇属性のモンスターを特殊召喚する。墓地の《調律の魔術師》を特殊召喚。そしてその効果により、相手のライフを400回復し、自分は400のダメージを受ける」

 

扶桑:LP8000→8400

響:LP7000→6600

 

「あら……スライハンドの手札コストかしら?」

 

「そうだよ。そしてレベル7の《法眼の魔術師》にレベル1チューナー《調律の魔術師》をチューニング! 清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!」

 

叢雲さんから託された《覚醒の魔導剣士》がフィールドに現れる。一瞬司令官の方を見るが、その様子はかけらも変わっていなかった。

 

「《覚醒の魔導剣士》の効果発動。シンクロ素材に《魔術師》Pモンスターを使用した時、墓地の魔法カード一枚を手札に加えることができる。《黒魔術のヴェール》を手札に戻す。バトルだ、《覚醒の魔導剣士》で《ダークエンド・ドラゴン》を攻撃!」

 

「そして《覚醒の魔導剣士》が相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える」

 

司令官の補足が入る。その間に、《覚醒の魔導剣士》がその剣でダークエンドを切り裂いた。

 

「くっ……」

 

扶桑:LP8400→8000→5400

 

「ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー」

 

しかし、まだ扶桑さんの余裕は崩れていない。そもそもまだ彼女は《No.》を使っていない。

 

「墓地の《ヴァンパイア・ソーサラー》を除外し効果発動。このターン、一度だけ《ヴァンパイア》の召喚に必要なリリースをなくすことができる。《ヴァンパイア・デューク》をリリースなしで召喚。そして、このモンスターの召喚に成功した時、墓地の《ヴァンパイア》一体を守備表示で特殊召喚できる。《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚」

 

「レベル5のモンスターが二体……【ヴァンパイア】ということは……!」

 

「その通りよ。私はレベル5のデュークとロードでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! 闇の都の帝王よ、今ここに降り立ち、歪んだ世界の終わりを始めよ!! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク5《紅貴士(エーデルリッター)ーヴァンパイア・ブラム》!!」

 

【ヴァンパイア】のエースモンスターであるエクシーズモンスターだ。確か効果はーー

 

「ブラムの効果発動。一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除き、相手の墓地のモンスター一体を特殊召喚する。スライハンドはいただいていくわね?」

 

「っ、でも、このターンはスライハンドでしか攻撃できない、だろう?」

 

「そうね。でも関係ないわ。スライハンドで《覚醒の魔導剣士》を攻撃!」

 

互いに攻撃力は2500。相打ちとなるが、どちらも元は私のモンスターだ。扶桑さんにダメージはない。

 

しかし、やられっぱなしでいる私でもない。

 

「この瞬間、速攻魔法《イリュージョン・バルーン》発動! 自分のモンスターが破壊されたターン、デッキの上から五枚をめくり、その中から《EM》を一体特殊召喚する。それ以外はデッキに戻す」

 

「運試し、というわけね。どうぞ」

 

以前、暁とデュエルした時はこのカードの効果は失敗した。だが今は違う。きちんと自分で考えてデッキを組んである。

 

「一枚目《EM オッドアイズ・ユニコーン》、二枚目《融合》、三枚目《EM ジンライノ》、四枚目《EM ラフメイカー》、五枚目《慧眼の魔術師》。《EM ラフメイカー》を特殊召喚する」

 

「あらあら……カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

ドローカードは、ラフメイカーの効果を生かすのに最適なカードだった。

 

「魔法カード《破天荒な風》を発動。モンスター一体の攻守を、次の自分スタンバイフェイズまで1000上げる。対象はラフメイカーだ」

 

これで、ラフメイカーの攻撃力は3500。

 

「バトルだ、ラフメイカーでブラムに攻撃! この時、ラフメイカーの効果が発動。このモンスター及び相手フィールドのモンスターのうち、元より高い攻撃力を持つモンスターの数だけ、このカードの攻撃力はバトルフェイズの間1000上がる!」

 

「4500……ね」

 

扶桑:LP5400→3400

 

とうとう初期ライフの半分を切ったが、それでも扶桑さんの余裕は変わらない。こちらが有利なはずなのに、逆に手のひらで転がされているような……。

 

「……私はターンエンド」

 

「私のターン、ドロー。このスタンバイフェイズ、ブラムは自身の効果で守備表示で特殊召喚されるわ。そしてこれをリリースし、《ヴァンパイア・ドラゴン》を召喚。さらに罠カード《ヴァンパイア・シフト》発動。自分フィールドにいるモンスターがアンデット族モンスターのみの場合、デッキから《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》を発動し、墓地の《ヴァンパイア》一体を特殊召喚する。よみがえれ、《ヴァンパイア・ロード》!」

 

「! 《ヴァンパイア帝国》……厄介なカードを……」

 

確か効果は疑似的なアンデット族モンスター全体の強化と、私のデッキからカードが墓地に送られた場合の単体除去、のはず。

 

だが、この時の私は間違っていた。注目すべきはそちらではない。

 

「行くわーー私はレベル5の《ヴァンパイア・ドラゴン》と《ヴァンパイア・ロード》でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

「ーーーー!!!」

 

ゾクリ、と。すでに何度か体験した感覚が背筋を駆ける。

 

(まさ、か……っ!?)

 

「煉獄の果て。大気をも焦がす業火よ、太古の獣の姿を借りて、我が行く道を骸で築け!! エクシーズ召喚! 蹂躙せよ!! ランク5《No.61 ヴォルカザウルス》ッ!!」

 

瞬間ーー扶桑さんの目前に小さな火の玉が生まれた。直後、それが爆発したように大きくなり、やがて一体の、恐竜を模したモンスターとなった。

 

しかし私的に驚くべきはそこではなかった。

 

()()()5()の、《No.》……!?」

 

「あら……そういえば、あなたが今まで相手にした《No.》は全部ランク4だったわね。でも残念ね、《No.》は様々なランクに存在するわ。あなたが相手にしていたのがたまたまランク4だっただけ」

 

「…………!!?」

 

考え方の根底が崩される。つまり、同じレベルのモンスターが二体並べば、どんなレベルであれ《No.》を警戒しなくてはいけないということか。

 

(これは……何かしら、対策を打たなくちゃ、かな……)

 

まあいい。対策については後で考えるとして、今は《No.61 ヴォルカザウルス》の事を考えねば。

 

「No.61の効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、相手のモンスター一体を破壊、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

「! しまっ……!!」

 

ブラムは囮だった。あの攻撃力2500を超える攻撃力を持つモンスターを私に出させるのが目的だったわけか。

 

ラフメイカーが爆炎によって破壊され、その余波で私のライフが大きく削られる。

 

「ぐっ……」

 

響:LP6600→4100

 

ダイレクトアタックを受けた時よりはいくらかマシだが、それでも焼けるような熱気が私の肌を撫でた。

 

「ラフメイカーの第二の効果発動! 攻撃力の上がっているこのモンスターが破壊された場合、墓地のモンスター一体を特殊召喚できる! よみがえれ、《EM スライハンド・マジシャン》!」

 

「そんな効果があったのね……No.61は、効果を使用するターン、直接攻撃できない。魔法カード《一時休戦》を発動、互いに一枚ドローし、次の相手ターン終了時までお互いのすべてのダメージをゼロにします。カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」

 

「……私のターン、ドロー」

 

No.61の効果は強力だ。直接攻撃できないとはいえ、モンスターを破壊しダメージを与えてくる効果は十分な脅威だ。

 

しかし、と私は考える。

 

(()()()()()、なら……)

 

「スライハンドの効果を発動。手札を一枚捨てて、No.61を破壊させてもらう」

 

「させないわ。スライハンドを対象に永続罠《デモンズ・チェーン》発動。対象となったモンスターは、攻撃できず、効果は無効化される」

 

《エフェクト・ヴェーラー》といい、扶桑さんのデッキはこちらの行動をけん制しつつ高火力のモンスターで制圧するタイプのようだ。

 

そして、その《デモンズ・チェーン》を私は読んでいた。

 

(()()()()()()()相手に打たれたら困るし、ね)

 

「ライフを払い、《黒魔術のヴェール》を発動」

 

響:LP4100→3100

 

「説明はもういいね、《調律の魔術師》を特殊召喚する! ただし、《一時休戦》の効果で私はダメージを受けない」

 

「つまり《調律の魔術師》の効果では私がライフを回復するだけ、というわけね」

 

扶桑:LP3400→3800

 

「そしてーーレベル7の《EM スライハンド・マジシャン》にレベル1チューナー《調律の魔術師》をチューニングッ!!」

 

「二体目の……レベル8のシンクロモンスター?」

 

扶桑さんが怪訝そうな顔をする。そうだろう。()()()()では、このカードを使うのは初めてだ。

 

腕を振り上げ、高らかに口上を述べる。

 

「星屑の竜よ、暗雲を裂いて、果ての青空より降臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

光とともに、純白の龍が私のフィールドに舞い降りる。これが私の、新たなエースモンスター。

 

「反撃、開始だ」




【ヴァンパイア】vs【EM魔術師】です。

次回、新たな切り札とともに。


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星屑の一撃

《スターダスト・ドラゴン》の利点の一つはサポートカードが豊富な言ですね。


とはいえ。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンド」

 

《一時休戦》の効果もあるし、今はまだ攻めに出るべきタイミングではない。

 

「《スターダスト・ドラゴン》……聞いたことないモンスターね?」

 

「それはお互い様だろう? あなたたちが《No.》を使うように、私も私で()()()()()()()を使うってことさ」

 

チラリ、と司令官の方を見る。と、何やら手を口元で組んで鋭い目つきでこちらを見ている。観察されている、と私の本能が告げていた。

 

しかし、今はデュエル中。説明は後回しにさせてもらおう。

 

「俄然、面白くなってきたわね。私のターン、ドローよ」

 

ドローカードを見、数瞬何かを考えた様子の扶桑さん。そして、小さく微笑んでから言った。

 

「そのカードの効果はわからないけれど……いいわ、罠なら踏み越えて行きましょう。《No.61 ヴォルカザウルス》の効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、相手モンスターを破壊、その攻撃力分のダメージを与えるわ」

 

その効果は、二度目は通らない。

 

「スターダストの効果発動! カードを破壊する効果が発動した時、このカードをリリースすることでその発動を無効にし、破壊する!」

 

「! 破壊耐性ぐらいはあるかと思ったけれど……まさか破壊されるとはね……」

 

扶桑さんの表情から余裕が消える。逆に私が小さく笑って、挑発するように言った。

 

「No.61は破壊させてもらったよ。……まさか、これで手詰まりなんてことはないよね?」

 

「それこそまさかね。速攻魔法《エクシーズ・ダブル・バック》発動! 自分のエクシーズモンスターが破壊されたターン、自分フィールドにモンスターが存在しない時、破壊されたエクシーズモンスターと、その攻撃力以下のモンスター一体を特殊召喚する! よみがえりなさい、《No.61 ヴォルカザウルス》、《紅貴士(エーデルリッター)ーヴァンパイア・ブラム》!!」

 

総攻撃力は5000。私の残りライフは3100だ。

 

「バトルよ、ブラムでダイレクトアタック! この瞬間、《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》の効果が発動、フィールド上のアンデット族モンスターは、ダメージ計算時のみ攻撃力が500上がるわ」

 

「くっ、うぁああああ!!」

 

響:LP3100→100

 

ブラムの発した衝撃によって吹き飛ばされ、数回のバウンドの末提督執務机に激突した。

 

「かはっ、っぐぅ……!」

 

空気をまとめて叩き出された肺に酸素を戻すべく大きく息を吸う。そうして多少の冷静さが戻った頭で、様々なことを考える。

 

(金剛さんや司令官は、大丈夫かな……?)

 

金剛さんは……倒れたままだ。どうやら気絶状態から未だ復活できていないらしい。

 

司令官は、

 

「大丈夫か、響?」

 

頭上から声。どうやら無事らしい。なら無様な姿を見せるわけにはいかない。

 

「大丈夫さ……まだやれる……!」

 

机のふちに手をかけて体を持ち上げ、なんとか二本の足で立つ。そうだ、まだやれる。可能性が消えたわけじゃない。

 

そんな私を見て、扶桑さんは小さく溜息を吐いた。

 

「そう……あなたはそういう選択をするのね、響さん。なら、せめて戦いの中で散らせてあげるわ。No.61でダイレクトアタックよ」

 

No.61がこちらに向かって炎を吐く。

 

しかし。

 

「罠カード《星墜つる地に立つ閃こう(スターダスト・リ・スパーク)》!!」

 

炎は見えない壁で阻まれた。

 

「相手モンスターの直接攻撃宣言時、その攻撃力が私のライフを上回っているのなら、その攻撃を無効にし、カードを一枚ドローする。その後、墓地かエクストラデッキから《スターダスト》モンスター一体を特殊召喚する! よみがえれ、《スターダスト・ドラゴン》!!」

 

「っ、しぶといわね……」

 

扶桑さんの顔に小さな焦りが浮かぶ。それと反比例するように、私はニヤリとした笑いを浮かべていく。

 

「そう簡単にはやられないさ。むしろ、ここからが本番だろう?」

 

「………………そうね」

 

それを受けて、扶桑さんも口元を小さく歪めた。その表情に嫌な感覚を覚えつつも、ボロボロの余裕は崩さない。

 

「バトルフェイズを終了。そして、ランク5のブラムでオーバーレイ、一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築! 闇の都の帝王よ、新たな鎧を纏いて、今一陣の風になれ! エクシーズチェンジ! ランク7《迅雷の騎士 ガイアドラグーン》! このモンスターはランク5もしくは6のモンスターの上に重ねる形でエクシーズ召喚することができるわ。私はこれでターンエンドよ」

 

No.61は《エクシーズ・ダブル・バック》の効果で破壊される。だが、次のターンになれば何かしらの方法で再びNo.61を呼び出されてしまう可能性もある。

 

何としても、次のターンで勝たなくては。

 

「私のターン、ドロー!」

 

ドローカードを確認。いいカードだ。だが、扶桑さんのフィールドには一枚の伏せカードがある。

 

(あのカード次第では少々厳しいかもだけど……構わない、一気に攻める!)

 

「魔法カード《フォース》を発動! フィールドのモンスター二体を選択し、片方の攻撃力を半減、その数値分もう片方の攻撃力を上げる! ガイアドラグーンの攻撃力を半分にし、その数値1300をスターダストに加える!」

 

2500+1300で、スターダストの攻撃力は3800。扶桑さんの残りライフと同じだ。

 

あとは手札のカードを発動すれば、あの伏せカード次第では決められる。

 

その時だった。

 

「……………………」

 

ふと扶桑さんの方を見ると、彼女はなぜか背後ーー自分が作った壁の穴から外を見ていた。

 

……もしかして?

 

「……頃合い、かしらね」

 

私の頭の中で結論が出たあたりで、扶桑さんがそう呟いた。

 

(そうだ……そもそも、こんな場所で戦艦の主砲を撃っておいて誰も気づかないわけがない。そんなことは扶桑さんだってわかっていたはず。ということは逆にーー!)

 

それの答え合わせ、といった調子で。

 

 

「そろそろ終わらせましょうか」

 

扶桑さんが、懐から取り出した拳銃を司令官に向けていた。

 

 

「……なんのつもりだ」

 

司令官は動かない。この人に限って、恐怖で動けないなんてことはないだろうけど。

 

「私は最初に言いましたよね? 『本丸を潰す』、と。……デュエルは時の運も絡んでくる、事実私は今追い詰められているのでしょう。だからこそ、死なば諸共の精神と申しましょうか、たとえ私が敗北しようと、()()()()のためにせめて首魁だけでも潰しておこうかと」

 

「……響のデュエルを引き受けたのはそういうことか」

 

司令官が得心がいったかのように息を吐く。その理由について、私もなんとなくわかっていた。

 

つまりこの人は、多人数の前で司令官を殺そうとしているのだ。中世ヨーロッパの断頭台のように。私のデュエルを受けたのも、その前にわざわざ主砲で壁を破壊したのも、全ては『観客』を集めるためだろう。

 

トップを失えば、たいていの組織は団結力が大きく削がれる。その間に一気にこの鎮守府を潰そうと目論んでいるのだろう。そしてそのためには、今ここで自分が敗北してしまうことすら厭わない。本能的に、衝動的に暴れているとは思えないほどだ。

 

(宿主が扶桑さんだからそこまでの知性を得たのか、あるいは……)

 

あるいは、

 

(……《No.》にも、()()()()()……?)

 

背筋に嫌な感覚が走る。怪談噺のオチを知った時のような、なんとも言えない不快感。

 

「さあ、どうします? ターンエンドでも、構わないわよ?」

 

扶桑さんの言葉で現実に引き戻される。そうだ、まだ私のターンだ。

 

「私は……」

 

「ねえ、響さん」

 

扶桑さんが狙いをぴったり司令官に合わせた状態で言う。

 

「私と取引すると言うのは、どうかしら?」

 

「取引……?」

 

「そう。もしここであなたが攻撃せずにターンエンドしてくれるのなら、私はこの銃を下ろします。逆に、もし攻撃してきたら、私は引き金を引きます。……どう? 素敵でしょう?」

 

「っ!!」

 

つまり、見逃せと。そう言いたいのか。

 

(ここでターンを渡せば、私は負ける。《フォース》の効果はエンドフェイズまでだから、ガイアドラグーンでスターダストを攻撃されたら私の負けだ)

 

ガイアドラグーンとスターダストの元々の攻撃力は、ガイアドラグーンのほうが100上だ。私の残りライフも、僅か100。

 

(どうする……)

 

どうする。

 

(どうする……!?)

 

「迷うな」

 

え、と口から漏れた。そんな私の頭に、司令官が手を乗せた。

 

「私を信じろ。君はただ、前を見ていてくれ」

 

「司令官……」

 

「返事は?」

 

「っ、はい!」

 

頭から重量が消える。それと同時に胸の中にあったプレッシャーも霧散した。

 

(司令官が信じろといったんだ。なら私は信じる。司令官なら、きっとどうにかなる!)

 

「バトルだ、スターダストでガイアドラグーンを攻撃!」

 

その宣言に、扶桑さんは眉ひとつ動かさなかった。

 

「そう。それならこうするだけね」

 

そうして、引き金が引かれた。ダァン! と火薬の炸裂する音が部屋の中に響いた。

 

 

ただしそれは。

 

「なっ、あ……?」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………………………」

 

気絶した()()()()()()()金剛さんの放った弾丸は、扶桑さんの持っていた拳銃の側面にあたり、その衝撃で拳銃は扶桑さんの手から離れていた。

 

「く、う……!」

 

音速の弾丸で握っていた拳銃を弾かれた扶桑さんが、右腕を押さえてうずくまる。今が好機とみて、手札のカードを発動しようとする、

 

「罠カード発動、《バトル・ブレイク》!!」

 

その直前で、扶桑さんがカードを発動した。

 

「相手モンスターの攻撃宣言時、そのモンスターを破壊し、バトルフェイズを終了する! ただし、相手は手札のモンスターを見せることでこれを無効にできるわ……」

 

「……私の手札は、モンスターカードではない」

 

「なら、」

 

「だけど! スターダストの効果発動! 自身をリリースして、カードの破壊を無効にする!」

 

私のフィールドから、スターダストが姿を消す。これで《バトル・ブレイク》の効果は無効になり、バトルフェイズも終了されない。

 

「いいのかしら? スターダストが消えてしまった以上、貴女はもうどすることもーー」

 

「ーーそれはどうかな?」

 

ニヤリと笑って言う。そう、まだ終わっていない。

 

「墓地の《シューティング・ソニック》の効果発動! 自分の《スターダスト》シンクロモンスターが自身をリリースして効果を発動する時、代わりに墓地のこのカードを除外できる!」

 

私のフィールドにスターダストが戻ってくる。あとは、トドメを刺すだけだ。

 

「バトル続行、スターダストで攻撃! この瞬間、手札から速攻魔法《死者への供物》発動! 次の自分のドローフェイズをスキップする代わりに、表側表示のモンスター一体を破壊する! 対象は当然、ガイアドラグーン!!」

 

「なーー!」

 

「終わりだよ、扶桑さん。スターダストで、ダイレクトアタックッ!!」

 

扶桑:LP3800→0

 

 

 

 

終わった。その安心感からか、一気に足から力が抜け、床に座り込んでしまう。そんな私に、横から手が差し伸べられた。

 

「お疲れさまデース、響」

 

「金剛さん……いつから意識が戻っていたんだい?」

 

「最初からネ。というか、そもそも気絶なんてしてないヨ。あんなんで気絶してたら、艦娘やっていけないヨ」

 

言って、楽しそうに笑う金剛さん。私の心労を返して欲しい。敵を欺くにはまず味方から、ということか?

 

「扶桑さんはどうなるんだい?」

 

「とりあえずは入渠ドックに放り込んでおこう。手首の損傷は小破にも至っていないだろうしな」

 

私が聞いたのはそういう意味ではなかったのだが、その返答が来たということは逆に反逆罪に問われる可能性とかはないととっていいのだろうか。

 

……いいのだろう、多分。

 

「で、だ」

 

司令官が改まった様子で口を開く。ふと見ると、金剛さんもこちらをみていた。

 

おそらく、あのことだろう。

 

「《スターダスト・ドラゴン》、及び《星墜つる地に立つ閃こう(スターダスト・リ・スパーク)》、《シューティング・ソニック》。これらについて、じっくり聞かせてもらおうか?」

 

「そうネー。私もあのカードは初めて見ましタ。どうやって手に入れたんデース?」

 

二人からの突き刺すような視線を受けて、私は苦笑いしながら答えた。

 

「…………カードは拾った、じゃ、ダメかな?」




【ヴァンパイア】vs【EM魔術師】でした。デッキしょうかーい。

【ヴァンパイア】は割とスタンダードなタイプです。ゲーム本編では運の値が低い扶桑さんですが、リクルーターを多く詰めるこのデッキなら人並みに回せるんじゃないかなー、と。【ガスタ】なんかも候補でした。
《No.61 ヴォルカザウルス》はランク5を何度もエクシーズ召喚できるこのデッキと相性抜群ですね。

【EM魔術師】。今回は《EM》を多めに使っています。
今話の主役の《スターダスト・ドラゴン》、攻守にわたって活躍してくれました。ちなみに終盤の《シューティング・ソニック》は二度目の《EM スライハンド・マジシャン》の効果で墓地に送ったカードです。説明不足ですまない。

次回、小休止。


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止まらない災厄

お久しぶりです。また長い間開けてしまって申し訳ありません……。


まあ、誤魔化し続けても仕方がないので。《スターダスト・ドラゴン》についての情報を伝えることにした。

 

「ふむ、『狭間の鎮守府』に『叢雲』……なるほど、真逆あいつ、本当に別の世界に飛ばされていたとはなぁ」

 

興味深そうにつぶやく司令官。冷静を装っているようだが、その口元には笑みがある。それも仕方ない、司令官にとっては叢雲さんを取り戻すための大きな一歩なのだから。

 

「ともかく、よくやってくれた。我々の想定以上の早さで、君は叢雲を見つけ出してくれた。心から感謝するよ」

 

言って司令官が頭を下げる。少しして頭を上げた司令官は、いつもの顔に戻っていた。

 

「さてと。叢雲の所在はわかったが、逆に言えばわかっているのはそれだけだ。叢雲の奪還に乗り出すにはまだまだパーツが足りない」

 

もちろんその情報が一番大事なんだがな、と司令官は言うが、確かにそうだ。大きな一歩だが、その一歩だけでは目的地にはたどり着けない。できるのはせいぜいショートカットくらいのものだ。

 

「まずは目先の問題、すなわち《No.》についての問題を解決していきたい。……と言っても、こちらもある意味手詰まりだ。せめてあのカードがあればいいんだが……」

 

「あのカード?」

 

「例の《No.》を封印したカードのことデース」

 

「それがあれば、と言うのは?」

 

「詳しいmechanismは私もよくわからないケド、『番号札作戦』で作ったのは《No.》の呪いを封印するための土台となるカードらしいネ。そこに、《No.》の呪いと深海棲艦を封印しタ。だから理論上、そのカードがあればもう一度封印することができるはずなんデース」

 

そう言えば、ヲ級が《No.》を川内さんに与えた時、彼女の手には白紙のカードがあった。あれのことだろう。

 

(でももしそれをヲ級が理解しているのなら、あのカードはすでに破棄されている可能性が高い。なら、別の方法を考えなくちゃいけないかな)

 

しかし、その辺りは私の理解の及ぶ範疇ではない。明石さんとかの領分だろう。

 

そんなことを考えていると。

 

「……すまない諸君、着信だ」

 

司令官のディスクに着信があったらしい。司令官がディスクを操作して、着信に対応する。

 

「私だ。どうした、大淀」

 

どうやら通話相手は大淀さんのようだ。その大淀さんと二、三言交わしただけですぐに通話を切ってしまった。

 

だがわかっている。会話に出てきたワードから、ある程度の内容は推察できる。

 

そして司令官は、予想通りのことを告げた。

 

「新たな被害者が出た。すぐに向かうぞ」

 

 

 

 

「被害者は祥鳳型軽空母の二番艦、『瑞鳳』。図書室で読書中に急に意識を失ったそうです」

 

「例の模様は?」

 

「右肩に確認済みです」

 

入渠ドック、個人用入渠室の一つ。その扉の前で、司令官と大淀さんの会話を聞いていた。

 

「確定だ、瑞鳳は間違いなく《No.》に蝕まれている。これより交代で彼女の監視を行う。まずは金剛、お前がやれ」

 

「了解ネ。何時までデース?」

 

「それは追って伝えよう。とりあえずは私から連絡があるまで、だな」

 

「OK」

 

「私は?」

 

「響は……そうだな。先ほど伝えた通り、今日はもう休んでいい。じっくり体を休めろ」

 

「でも……」

 

「我々をなめるなよ、響。我々はこれでも一度《No.》の呪いを乗り切っているのだからな」

 

「…………わかった」

 

今まで使命感のようなもので戦っていたが、それも杞憂だったとわかったのだ。だったら、今回ばかりは休ませていただこう。

 

笑顔で手を振る金剛さんに見送られながら、私は自室へと戻った。

 

「………………くぁあー……」

 

部屋に戻った瞬間、大きなあくびが出てしまった。幸い暁は部屋にいなかった。

 

(ちょっと、横になろうかな……)

 

そう思って布団に倒れこみ、十秒後には意識が落ちていた。

 

 

 

 

「…………………………んむぅ」

 

眼が覚める。窓の外は、思ったより暗くなっていた。

 

今何時だろう? 思って時計を見る。

 

「………………げっ」

 

思わず口から出る。時計の針は十時三十六分を示していた。朝とは思えないし、夜なのだろう。

 

(どうしようか……このままもう一度寝てしまおうか?)

 

と、その時。ぐぅ、とお腹が鳴った。そう言えば今朝リンゴを食べただけでそれ以外何もお腹に入れていない。

 

(間宮さんのところ……いや、食堂で軽く食べよう)

 

部屋を出る時、暁がいないことが少しだけ気になったけれど、それを振り払うように私は早足で食堂に向かった。

 

 

 

 

鎮守府には、食事ができる場所が三箇所ある。

 

一つは、間宮さんの食事処。だが、間宮さんのところは甘味処としての側面が強く、閉店も早い。

 

一つは、鳳翔型軽空母一番艦の『鳳翔』さんの営む小料理屋。ただ、こちらはこちらで居酒屋としての面が強い。この時間だと飲酒のために入り浸っている人がいそうだ。避けるべきだろう。

 

残る一つは、戦艦をはじめとした艦娘達によって経営されている食堂。ここは前の二つと違って、五、六人の艦娘で形成されたいくつかのグループがローテーションで接客等をしている。三箇所の中では一番広く、メニューの種類も多い。しいて難点を挙げるとしたら作る艦娘によって出てくる料理のクオリティにばらつきがあることか。

 

と、いうわけで、食堂。頼んだのは小さめのかけうどんだ。この時間からガッツリ食べるのは少々抵抗があるのだ。

 

「……いただきます」

 

無言でうどんをすする。人がほとんどいないため、音がよく響く。

 

と、正面に人影があった。

 

「…….おや、長月」

 

「正面、座らせてもらうぞ」

 

彼女も彼女でトレーを持っている。丼にはきつねそば。

 

「君も今から食事かい?」

 

「ああ。あれからずっと菊月を見ていたんだが、そろそろ休めと如月に言われてしまってな。夕食は食べていなかったし、腹に何も入れなくては寝れぬからな」

 

ずっと、というのは比喩表現ではないのだろう。長月の顔には疲労の色が濃く出ていた。

 

「……お疲れ様」

 

「この程度、寝れば治る。心配ないさ」

 

しばし無言の時間が続く。その沈黙を破ったのは長月だった。

 

「……昼間はすまなかった。金剛から《No.》がいかに恐ろしいものかを教え込まされていたものでな」

 

「仕方ないよ、金剛さんが心配する気持ちもよくわかるから」

 

「それでもだ。友に刃を向けたという事実は変わらない。……だから謝らせてくれ。すまなかった」

 

長月が頭を下げる。とはいえ私は彼女を責めるつもりはない。

 

だって。

 

「……でも、君は金剛さんを裏切って私の側についてくれたじゃないか。私はあれで、だいぶ救われたんだ。感謝こそすれ、君を責めるなんてことはしないよ」

 

「響……」

 

「それより、菊月は大丈夫かい?」

 

「……ああ。明日の朝には目を覚ますらしい。全く、心配を掛けさせる妹だよ」

 

フッ、と長月が小さく笑う。やはり彼女に暗い顔は似合わない。こうして笑っている方が、彼女らしい。

 

しかし、次の瞬間には長月の顔は曇っていた。

 

「そういえば、何故お前は《No.》と戦っているんだ? 何故、あんな危ない戦いを続けているんだ……?」

 

そういえば長月はそれを知らなかったか。金剛さんもそこまでは語っていなかったのだろう。

 

何故、か。

 

「……私は最初、自分のせいであの災いがこの鎮守府に襲いかかったんだと思っていたんだ。だから、その尻拭いのために私は戦っていた。でも、そうではないとわかった。あれは来るべくして来たものだったらしいんだ」

 

「だったら何故……」

 

「それは……わからない。というか、それを知ったのは長月と別れたすぐ後だったんだ。その後一度戦わざるを得ない状況になったから戦ったけど…….次以降は司令官たちを頼ってみるべきかもしれないと思っている」

 

私の言葉を聞いて、長月が身を乗り出して言った。

 

「なら、もうああいう危ないことはしないでくれ。頼む……正直、お前がああいう戦いに身を置いているのだと思うと気が気でない」

 

(それは……)

 

それは、私が金剛さんに言ったのと同じだ。誰かが巻き込まれるのを黙って見ているのは嫌だ。そういう気持ちからくる言葉だった。

 

だから私は。

 

「……そうだね。危ないことは控えるよ」

 

薄い笑顔でそう言った。

 

 

 

 

それから、三十分後。長月と別れて一度自室に戻った私は、再度部屋を出ていた。

 

(……すまない、長月。君との約束は果たせそうにないや)

 

鎮守府、入渠ドック。昼間に一度訪れた病室ーーつまり瑞鳳さんの病室の前に、私は立っていた。

 

なるべく音を立てないように扉を開ける。と、中にいた艦娘と目があった。

 

「……Oh? 響、どうしたデース?」

 

金剛さんだ。それ以外に室内に人影は見られない。

 

「ちょっと、ね。金剛さんは、ずっとここに?」

 

「そうヨ。提督からの連絡もまだ来ませんしネー」

 

「なら、少し休憩して来たらどうだい? 食事もまだだろう?」

 

「デモ……響も疲れてるはずデース」

 

「私なら大丈夫だよ。さっき休んだから」

 

私の言葉に、少し悩んだ様子の金剛さん。数秒後、結論が出た。

 

「……わかりましタ、ならお言葉に甘えて、ちょっと席を外しマース。すぐ戻るつもりですガ、もし異変が起きたらすぐに私か提督に伝えてくだサーイ」

 

「わかったよ」

 

そう言って金剛さんを見送る。金剛さんの影が廊下の角に消えた、その時だった。

 

 

パリパリパリィッ!! と激しい音を立てて室内の照明が一斉に砕け散った。

 

 

「…………………………」

 

しかし、正直私はそこまで驚かなかった。()()()()()()()()()というか、むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

廊下の照明の光を背に受けながら私は室内に目を向けた。

 

()()()()()()?」

 

「ついさっきかな。その時は金剛さんがいたから寝たふりしてたけどね」

 

ムクリ、と暗闇の中で起き上がる影。その腕にはすでにディスクがつけられていた。

 

「一つだけ聞かせてくれる?」

 

「なんだい」

 

「なんで()()()と戦うの?」

 

またその質問か、と小さく眉をひそめる。その答えは、

 

「……わからない。自分でも、なんでここに来たのかすらわからない! でも……でも私には『力』がある。司令官から託された、叢雲さんから託された、そして自分で見出した『力』が! その力で他の人が傷つくことを防げるのなら、いくらだって力を振るってやる!!」

 

ディスクの電源を入れる。彼女がどんなデッキを使うか知らないが、それでも勝利するために。

 

そんな私を見て、彼女ーー瑞鳳さんはベッドから降りながら言った。

 

「そっか。……やっぱり、()()()()()()()()()

 

「何……?」

 

「いいえ、なんでもない。それより、行くよ」

 

「……ああ。来い、《No.》!!」

 

「「デュエル!!」」




次回、瑞鳳のデッキはすぐ決まりました。


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空の支配者

(瑞鳳さんの口調に自信がない)


先攻は私だ。

 

「私のターン、私はスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とスケール8の《EM オッドアイズ・ユニコーン》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル5から7までのモンスターが同時に召喚可能だ。ペンデュラム召喚! 手札よりあらわれよ、レベル5《EM ダグ・ダガーマン》!」

 

チラリと瑞鳳さんの様子を伺う。

 

「……………………」

 

先程から一切の変化がない。貼り付けたような薄い笑みのままだ。その表情に、まるで精緻な人形を相手にしているような不気味さを感じた。

 

(……いや、気圧されている場合じゃない!)

 

「ダグ・ダガーマンの効果発動、このカードのペンデュラム召喚に成功したターン、手札から《EM》一枚を墓地に送ることで一枚ドローできる。《EM ペンデュラム・マジシャン》を墓地に送りドロー。……さらに永続魔法《補給部隊》を発動、カードを一枚伏せてターンエンド。この瞬間、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》は自身の効果で破壊され、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスター一体を手札に加える。《EM トランプ・ウィッチ》を手札に加える」

 

「一ターン目から飛ばすね……私のターン、ドロー。……モンスターをセット、さらにカードを三枚伏せてターンエンドよ」

 

「っ、三枚……!?」

 

思わずと言った調子で呟く。それだけ伏せカード三枚の圧力は凄まじい。

 

(瑞鳳さんのデッキ……【アーティファクト】? いや、それにしては伏せカードが少ない……のか?)

 

実際にデュエルしたことがないのでわからない。だが例えば【アーティファクト】じゃないとしても、伏せカードが三枚もあればあのうちの一枚か二枚は確実にこちらの行動を妨害するものだろう。派手に動くと手痛いしっぺ返しがありそうだ。

 

「私のターン、ドロー」

 

なので、このターンは堅実に行くことにした。

 

「私はスケール4のトランプ・ウィッチをスケールにセットし、ペンデュラム召喚! エクストラデッキより来たれ、レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》! そしてバトルだ、ダグ・ダガーマンでセットモンスターに攻撃!」

 

さて、瑞鳳さんのデッキの正体は……?

 

「セットモンスターは《幻獣機 ハムストラット》。よって効果発動!」

 

「!! 【幻獣機】……!」

 

【幻獣機】。たしか《幻獣機トークン》を維持しながら高レベル・高ランクのシンクロ召喚及びエクシーズ召喚を行うデッキだ。

 

「ハムストラットがリバースした時、自分フィールドに《幻獣機トークン》二体を特殊召喚する。トークンを攻撃表示で特殊召喚!」

 

「攻撃表示……?」

 

《幻獣機トークン》は、攻撃力・守備力ともにゼロ。それなら守備表示で出すのが定石では?

 

(となると……罠か)

 

ユニコーンのペンデュラム効果は、《オッドアイズ》モンスターの攻撃時に場の《EM》の攻撃力を加えるというもの。《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》はモンスターとの戦闘で相手に発生したダメージを倍にできるので、ダグ・ダガーマンの攻撃力2000を加えればワンショットキル成立だ。だがそれを実行に移すのはあまりに危険すぎる。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「……そりゃあ警戒するよね。あまりに露骨だし」

 

苦笑する瑞鳳さん。それが分かっているのならなぜ攻撃表示にしたのだろう。

 

その答えは、一枚の伏せカードだった。

 

「でも、その警戒は無意味かな。このエンドフェイズ、私は罠カード《スウィッチヒーロー》を発動! 互いのフィールドのモンスターの数が同じの時、そのコントロールを入れ替える!」

 

「!? 何……!?」

 

オッドアイズとダグ・ダガーマンのコントロールが向こうに移り、代わりに私のフィールドに二体の《幻獣機トークン》が現れる。

 

「このためにわざわざ攻撃表示で特殊召喚したのか……!」

 

しかも次は瑞鳳さんのターン。これは、大ピンチかもしれない。

 

「私のターン、ドロー。……チューナーモンスター《幻獣機 オライオン》を召喚。そしてレベル5のダグ・ダガーマンにレベル2チューナーのオライオンをチューニング! 空の支配者よ、音速の壁を超え、空に瞬く彗星となれ! シンクロ召喚! あらわれよ、レベル7《幻獣機 コンコルーダ》!!」

 

シンクロ召喚に使用されたダグ・ダガーマンは私のエクストラデッキに加わる。結果的に瑞鳳さんに大きなアドバンテージを与えることになってしまった。

 

「オライオンが墓地に送られた場合、《幻獣機トークン》一体を特殊召喚できる。守備表示で特殊召喚。バトルよ、コンコルーダでトークンに攻撃!」

 

「っ……! この瞬間、トークンが破壊されたことで《補給部隊》の効果が発動。一枚ドローする!」

 

響:LP8000→5600

 

「まだよ、オッドアイズでトークンに攻撃! オッドアイズがモンスターとの戦闘で相手に与えるダメージは二倍になる!」

 

「っ、あああぁぁぁぁ!!!」

 

響:LP5600→600

 

廊下の壁に勢いよく叩きつけられ、意識が一瞬吹き飛ぶ。ミシッ、と体内から嫌な音が鳴った。

 

しかし、今の瑞鳳さんには情けも容赦もなかった。

 

「バトルフェイズを終了、そしてレベル7のコンコルーダとオッドアイズでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!空の支配者よ、限界を突破し、夜空を焦がす流星となれ! エクシーズ召喚! 来たれ、ランク7《幻獣機 ドラゴサック》!!」

 

直後、窓の外に巨大な影。間違いない。ドラゴサックだ。

 

「一応守備表示で出しておくわね。そうそう、ドラゴサックは腕が可愛いのよ、腕が。……って、もう聞こえてなさそうね。私はドラゴサックの効果を発動。オーバーレイユニットを一つ取り除くことで、《幻獣機トークン》二体を特殊召喚できる。さらに《幻獣機》をリリースすることでフィールドのカード一枚を破壊できる。トークンをリリースして……厄介だから、《EM オッドアイズ・ユニコーン》を破壊させてもらうわ」

 

瑞鳳さんに命じられるまま、《幻獣機トークン》がペンデュラムゾーンのユニコーンに向かっていき、そのまま自爆する。

 

その一瞬前に、私はカードの効果を発動した。

 

「速攻魔法、《ペンデュラム・モラトリアム》発動……このターン、互いのペンデュラムゾーンのカードは破壊されず、ペンデュラムゾーンのカードを対象とした相手の効果を無効化する……!」

 

「へえ……まだ気力は萎えてないのね。カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

ゆっくりと立ち上がり、デッキトップのカードに指をかける。

 

「私のターン……ドローッ!」

 

オッドアイズは未だドラゴサックのオーバーレイユニットだが、それならそれで別の手段で攻めていくだけだ。

 

「セッティング済みのスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキより、レベル5《EM ダグ・ダガーマン》、手札よりレベル6《EM カレイドスコーピオン》! そしてダグ・ダガーマンの効果により《EM マンモスプラッシュ》を墓地に送りドロー!」

 

私の残りライフは600。ほんの少しでもダメージを受けるわけにはいかないので、彼らは当然守備表示だ。

 

「魔法カード《死者蘇生》発動、墓地から《EM ペンデュラム・マジシャン》を特殊召喚する。そしてこのモンスターが特殊召喚に成功した時、自分フィールドのカードを二枚まで破壊することで、その分《EM》モンスターを手札に加える。自身とペンデュラムスケールのトランプ・ウィッチを破壊することで《EM ドラミング・コング》と《EM スプリングース》を手札に加える。さらに補給部隊の効果でドロー!」

 

まだだ。まだ足りない。

 

「《貴竜の魔術師》を召喚し、レベル5のダグ・ダガーマンにレベル3チューナーの貴竜をチューニング!」

 

「! その流れは……!」

 

「星屑の竜よ、暗雲を裂いて、果ての青空より降臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

私の背後、廊下の窓の外にスターダストがあらわれる。《貴竜の魔術師》は自身のデメリットによってデッキの一番下へと送られた。

 

「《EM ドラミング・コング》をペンデュラムスケールにセット。そしてカレイドスコーピオンの効果発動、自分フィールドのモンスター一体は、このターン相手の特殊召喚されたモンスター全てに攻撃できる。スターダストにその権利を与える。バトルだ、スターダストでトークンに攻撃! この時ドラミング・コングのペンデュラム効果発動、自分の攻撃モンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時まで600上げる!」

 

これでスターダストの攻撃力は3100。ドラゴサックを超えた。

 

しかし。

 

「速攻魔法《ドロー・マッスル》発動! 自分フィールドに存在する守備力1000以下で守備表示のモンスター一体に戦闘破壊耐性を与え、カードを一枚ドローする! これでトークンは破壊されないわ!」

 

「くっ……!?」

 

そういえば、確か《幻獣機》のほとんどはトークンが存在する時破壊耐性を得られる。それならトークンを守るカードを投入しているのも十分考え得ることだ。

 

(伏せカードへの対策を怠っていたな……仕方がないとはいえ、ちょっと焦っていたかもしれない)

 

一度深く呼吸し、思考をクールダウンさせる。

 

(《ドロー・マッスル》の効果で守られている《幻獣機トークン》が存在する以上、ドラゴサックの戦闘破壊は不可能のはず。……一応、攻撃しておこうか)

 

「続いてスターダストでもう一体のトークン及びドラゴサックに攻撃!」

 

「……ドラゴサックは自分フィールドにトークンが存在する限り、戦闘及び効果では破壊されない」

 

「やっぱりか……私はこれでターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー」

 

ドラゴサックの破壊効果はスターダストで防げる。戦闘破壊への耐性もドラミング・コングのおかげで上がっている。ひとまずこのターンは安心か。

 

「今、安心したよね?」

 

瞬間。ゾクゥッ!! っと背筋に悪寒が走った。見透かされている。その感覚は金縛りのように私の身体を縛り付けた。

 

そんな私に、瑞鳳さんは柔らかい笑みを浮かべて言った。

 

「別に、安心していていいのよ? ーーその間に私が勝っちゃうから。リバースカードオープン、速攻魔法《緊急発進(スクランブル)》! 自分のトークン以外のモンスターの数が相手フィールドのモンスターより少ない時、《幻獣機トークン》を任意の数リリースしてデッキからリリースした数の《幻獣機》を特殊召喚する! 私のフィールドに残っている《幻獣機トークン》は一体、だからこれをリリースしてデッキから《幻獣機 コルトウィング》を特殊召喚。さらにコルトウィングが特殊召喚された時、他の《幻獣機》が私のフィールドに存在するなら《幻獣機トークン》を二体特殊召喚できる!」

 

(っ、この感覚……またか!)

 

少しずつ、近づいている。圧倒的なプレッシャーを放つ存在がもう目と鼻の先まで来ている。しかし、避けられない。

 

「《幻獣機 メガラプター》を召喚し、効果発動。トークン一体をリリースし、デッキから《幻獣機》を手札に加える。《幻獣機 テザーウルフ》を手札に。そして、コルトウィングとメガラプターは自分フィールドの《幻獣機トークン》のレベルの合計だけレベルが上がる。私のフィールドの《幻獣機トークン》は一体、よって二体ともレベルが3上がって7。……行くわよ、レベル7のコルトウィングとメガラプターでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

窓の外で、二体が渦の中に消えて行く。もう、ランク4でないからなどと思わない。

 

「虚ろな影。儚き幻想はあらゆるものを魅了し、やがて破滅への道を指し示す!! エクシーズ召喚! 睥睨せよ、ランク7《No.11 ビッグ・アイ》ッ!!」

 

次の瞬間、窓の外にあったのは巨大な瞳だった。大きな瞳の《No.》。《No.11 ビッグ・アイ》、これが瑞鳳さんの《No.》か。

 

(でも違う……問題は効果だ。あの《No.》がどんな効果を持っているかが問題なんだ……!)

 

そうだ。見た目に圧倒されている場合ではない。早急にあの《No.》の効果を知り、対策を立てねば。

 

「No.11の効果発動」

 

と、ちょうどそのタイミングで瑞鳳さんがNo.11の効果を使用してくれた。

 

(どんな効果だ……今使うってことは、破壊効果じゃないことは確かだけど)

 

スターダストがいる以上、その行為は無駄そのものだからだ。

 

そして瑞鳳さんは、ニヤリと笑って高らかに宣言した。

 

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、相手モンスター一体のコントロールを得る。対象は当然ーー《スターダスト・ドラゴン》!!」

 

「何っ……!?」

 

スターダストのコントロールが瑞鳳さんに移る。一気に私のフィールドの守りが消え、残ったのは守備表示のカレイドスコーピオンと一枚の伏せカードだけだ。

 

これは、非常にまずい。

 

(どうする……)

 

この後の展開を頭をフル回転させて予測する。私のライフはたったの600。一手のミスも許されない。

 

(どうするっ!?)

 

必死に考える私を見ながら、ニヤニヤ笑いの瑞鳳さんは甘い声で言った。

 

「どうするぅ?」




【EM】vs【幻獣機】です。
《スウィッチヒーロー》は【幻獣機】と相性いい気がします。トークンの数を調整しやすいので。

《No.11 ビッグ・アイ》、前回の《No.61 ヴォルカザウルス》に続き汎用性の高いカードです。よくお世話になってます。

次回、瑞鳳戦後半。


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猛攻をかいくぐれ

マスタールール4についての告知が公式からありましたが、この作品内での扱いは現在検討中です。方針が定まり次第、発表したいと思います。


「《幻獣機 ドラゴサック》の効果発動。一ターンに一度、《幻獣機》をリリースすることでフィールドのカード一枚を破壊する。《幻獣機トークン》をリリースすることで《EM カレイドスコーピオン》を破壊させてもらうわ」

 

壁となっていたカレイドスコーピオンが《幻獣機トークン》の自爆に巻き込まれて破壊される。今度は《ペンデュラム・モラトリアム》のようなカードを守れるカードはない。

 

「……永続魔法《補給部隊》の効果発動。自分のモンスターが破壊されたことでカードを一枚ドローする」

 

「関係ないわね。ドラゴサックはオーバーレイユニットを一つ取り除くことで《幻獣機トークン》二体を特殊召喚できる。……バトルよ、《スターダスト・ドラゴン》で響にダイレクトアタックッ!」

 

「待った! 私はカレイドスコーピオンが破壊されたことで罠カード《EM リバイバル》を発動! 自分のモンスターが破壊された時、手札か墓地から《EM》を特殊召喚する。よみがえれ、《EM マンモスプラッシュ》!」

 

しかし、マンモスプラッシュの守備力は2300。スターダストの攻撃力2500にはわずかに届かない。

 

「いいわ、ならスターダストでマンモスプラッシュを攻撃!」

 

「ぐっ……!」

 

これで私を守るものはない。正しく万事休すだ。

 

(ここまで、か……!)

 

ギュッと目を瞑る。いつかこうなることは覚悟していたが、実際に陥ってみると絶望感がとてつもない。

 

の、だが。

 

「カードを二枚伏せてターンエンド。……どうしたの?」

 

「…………あれ?」

 

「ああ、No.11もドラゴサックも、効果を使ったターンは攻撃できないのよ。だから安心していいよ?」

 

「…………………………なる、ほど」

 

嫌な緊張感から解放され、肩から少し力が抜ける。

 

(……強力な効果には、やっぱりそれに見合ったデメリットがあるんだね。良かった、けど心臓に悪い……)

 

何はともあれ、このターンはなんとかしのぐことができた。依然劣勢ではあるが、チャンスが与えられているというのは幸せだ。まだ足掻くことができるのだから。

 

「私のターン、ドローッ!」

 

気を取り直して、新たにカードをドローする。同時に思考を守備的なものから攻撃的なものにシフトする。

 

「魔法カード《死者転生》発動。手札を一枚捨て、墓地のモンスター一体を手札に戻す。《EM スプリングース》を墓地に送って、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に戻す。そしてセッティング済みのペンデュラムスケールでペンデュラム召喚! あらわれよ、我がモンスターたち! エクストラデッキよりレベル4《EM ペンデュラム・マジシャン》、レベル5《EM ダグ・ダガーマン》、レベル6《EM マンモスプラッシュ》、レベル6《EM カレイドスコーピオン》、手札よりレベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!!」

 

一気に五体のモンスターが私のフィールドに並ぶ。やはり上級モンスターを大量に出すことができるのはペンデュラム召喚の魅力の一つだ。

 

「ペンデュラム・マジシャンの効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、自分のカードを二枚まで破壊することでその分《EM》をデッキから手札に加えることができる。自身とマンモスプラッシュを破壊して《EM レインゴート》と《EM パートナーガ》を手札に、さらに《補給部隊》の効果によりドロー!」

 

「あらら……あんまり良くないかなぁ?」

 

言いつつも、瑞鳳さんの表情からは余裕が消えていない。それが演技なのか、はたまたその余裕を裏付ける何かがあるのかはわからないが。

 

「カレイドスコーピオンの効果発動。自分のモンスター一体は、このターン相手の特殊召喚されたモンスター全てに攻撃できる。オッドアイズにその効果を付与。バトルだ、オッドアイズでNo.11に攻撃、この瞬間《EM オッドアイズ・ユニコーン》のペンデュラム効果発動! デュエル中に一度だけ、自分の《オッドアイズ》がバトルする際、その攻撃宣言時に他の《EM》の攻撃力を加えることができる! ダグ・ダガーマンの攻撃力2000をオッドアイズに加える!! さらに《EM ドラミング・コング》のペンデュラム効果も発動、自分の攻撃モンスターの攻撃力を600上げる!!」

 

これでオッドアイズの攻撃力は5100。これにオッドアイズ自身の効果も加わればこのターンで終わりーー

 

「スターダストをリリースして罠カード《シンクロ・バリアー》、そして永続罠《ナンバーズ・ウォール》を発動!!」

 

(ーーさすがにそう上手くは行かないか……!)

 

「《ナンバーズ・ウォール》がある限り互いの《No.》は効果破壊されず、《No.》以外との戦闘では破壊されない。さらに《シンクロ・バリアー》の効果により、シンクロモンスターをリリースすることで次のエンドフェイズまで私が受ける全てのダメージをゼロにする!!」

 

「っ、破壊できず、ダメージも通らない……か」

 

となると、オッドアイズの攻撃は事実上無駄ということになる。

 

「だけど、《ナンバーズ・ウォール》が適用されるのは《No.》だけ。なら、オッドアイズで《幻獣機トークン》及びドラゴサックに攻撃!」

 

「………………」

 

ようやく厄介なドラゴサックを除去することができた。

 

「カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

オッドアイズ・ユニコーンとドラミング・コングのペンデュラム効果はいずれもエンドフェイズまでしか持続しない。よってオッドアイズの攻撃力は再び元の2500へと戻った。

 

「私のターン、ドロー! とりあえずNo.11を守備表示にして、さらに効果を発動。オーバーレイユニットを一つ取り除いて、相手モンスターのコントロールを得るわ。オッドアイズのコントロールを頂くわね」

 

オッドアイズのコントロールが瑞鳳さんに移る。予想通りではあったが、対策ができていたわけではないので、私はその様子をただじっと見つめていた。

 

「次に、罠カード《エクシーズ・リボーン》発動! 墓地のエクシーズモンスターを特殊召喚し、このカードをそのオーバーレイユニットとする。よみがえれ、ドラゴサック! そしてその効果も発動、オーバーレイユニットを一つ取り除くことで《幻獣機トークン》二体を特殊召喚し、さらに《幻獣機》をリリースすることでカードを一枚破壊できる。《幻獣機トークン》をリリースし、ペンデュラムスケールのドラミング・コングを破壊。……バトルよ、オッドアイズでダグ・ダガーマンに攻撃!」

 

このまま攻撃を受けたら、ダメージは500の倍の1000。当然、通すわけには行かない。

 

「罠カード《ペンデュラム・リボーン》発動! 自分の墓地またはエクストラデッキのペンデュラムモンスター一体を特殊召喚する。エクストラデッキよりペンデュラム・マジシャンを特殊召喚! さらにその効果により、自身とダグ・ダガーマンを破壊することで《EM エクストラ・シューター》と《EM スカイ・ピューピル》を手札に加え、《補給部隊》の効果でカードをドローする!」

 

ペンデュラム・マジシャンによってダグ・ダガーマンは破壊され、残ったのは守備表示のカレイドスコーピオンだけ。その守備力は2300だ。

 

「……No.11は攻撃表示にしておけばよかったかしら。オッドアイズでカレイドスコーピオンを攻撃よ」

 

「破壊されるけど、ダメージは通らないよ」

 

「わかってるわ。カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

さて。四度目の瑞鳳さんのターンが終わった時点で瑞鳳さんのライフは削られておらず、彼我のライフ差は7400。この差をどうにかして縮めなくてはいけない。

 

(いや、縮めるだけじゃダメだ。逆転する……逆転して、勝つ……!)

 

「私のターン、ドロー!」

 

幸い、ペンデュラム・マジシャンと《補給部隊》の効果で手札は潤沢だ。

 

「スケール3の《EM パートナーガ》をスケールにセット、そのスケールを利用してペンデュラム召喚! エクストラデッキよりレベル4《EM ペンデュラム・マジシャン》、レベル5《EM ダグ・ダガーマン》、レベル5《EM ドラミング・コング》、レベル6《EM マンモスプラッシュ》、レベル6《EM カレイドスコーピオン》!! ダグ・ダガーマンの効果発動、手札の《EM》一枚を墓地に送り、一枚ドローする。《EM エクストラ・シューター》を捨ててドロー!」

 

ダグ・ダガーマンの効果で新たにドローしたカードを見、少々眉をひそめる。

 

(このカード……この局面で来るか……)

 

発動するか悩み、しかし結局発動した。

 

「魔法カード《カップ・オブ・エース》発動。コイントスを一回して、表なら自分が、裏なら相手が二枚ドローする」

 

「ギャンブルカード……それに頼らなくちゃいけないくらい、追い詰められてるってことかな?」

 

その言葉には言い返さず、コインを親指に乗せ弾く。コインは一度高く上がった後、金色のカップに落ちた。

 

結果は、

 

「……どうやら裏みたいね。二枚ドローさせてもらうわ」

 

「くっ……!」

 

こんなことなら発動しなければよかった、と心の中で思う。瑞鳳さんに二枚もドローさせてしまうのは非常にまずい。

 

「まだだ……速攻魔法《エネミーコントローラー》発動! モンスター一体をリリースし、相手のモンスター一体のコントロールをエンドフェイズまで得る。ペンデュラム・マジシャンをリリースし、オッドアイズを返してもらう! そしてオッドアイズと獣族のマンモスプラッシュをリリース!」

 

「最上級モンスターのアドバンス召喚……いや、違うか」

 

そう、これはアドバンス召喚ではなく、融合召喚だ。

 

「ふた色の眼の龍よ。野生をその心に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》! そしてカレイドスコーピオンの効果でビーストアイズに全体攻撃を可能とさせる。バトルだ、ビーストアイズで《幻獣機トークン》に攻撃!」

 

「っ……」

 

「ビーストアイズが相手モンスターを破壊した時、融合素材に使用した獣族モンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。マンモスプラッシュの攻撃力は1900、その分のダメージをくらえ!」

 

瑞鳳:LP8000→6100

 

「続けてドラゴサックにも攻撃っ!」

 

「おっと、罠カード《ピンポイント・ガード》発動。相手モンスターの攻撃宣言時に墓地のレベル4以下のモンスター一体を守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、《幻獣機 メガラプター》!」

 

《ピンポイント・ガード》で特殊召喚されたモンスターは戦闘及び効果では破壊されない。メガラプターをこのターン中に処理するのはほぼ不可能だ。

 

「だけど、ドラゴサックが破壊されることに変わりはないね」

 

「ええ……くっ」

 

瑞鳳:LP6100→4200

 

「カードを一枚伏せてターンエンドだ。……《幻獣機 コルトウィング》を特殊召喚しておけば、ドラゴサックに破壊耐性を与えられたんじゃないかい?」

 

「いいのよ、余計にライフを減らしてまでドラゴサックを守る必要もないし。私のターン、ドロー!」

 

カードをドローした瑞鳳さんは、そのカードを見もせずに別のカードをフィールドに出した。

 

「《幻獣機 テザーウルフ》を召喚し、効果発動。召喚に成功した時、《幻獣機トークン》一体を特殊召喚する。さらにメガラプターの効果も発動、トークンが特殊召喚された時、《幻獣機トークン》一体を特殊召喚する!」

 

「テザーウルフ……そうか、何ターンか前にメガラプターの効果で手札に加えた……そのためにメガラプターを蘇生したのか!」

 

「ご明察。でもここで終わりじゃないわ。テザーウルフとメガラプターは、自分フィールドの《幻獣機トークン》のレベルの合計分、自身のレベルを上げる。《幻獣機トークン》は二体、よって両方ともレベル10になる!」

 

レベル10が二体。それが意味するのは……

 

「行くわ。私はレベル10のテザーウルフとメガラプターでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

(ランク、10……!)

 

ランク10のエクシーズモンスターの数は非常に少ない。何が出てくるかを予想するのは容易かった。

 

「大地の彼方から、ただいま発車。地面を揺らせ、汽笛をならせ、進路良好出発進行! エクシーズ召喚! ランク10《超弩級砲塔列車グスタフ・マックス》!!」

 

バキバキバキィ!! と激しい音を立てて病室の窓を突き破った巨大な砲門がこちらを向く。プレッシャーだけで押しつぶされてしまいそうだ。

 

「グスタフの効果発動。一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除くことで相手に2000のダメージを与える!」

 

こちらを向いた砲門に弾が込められたのがわかる。

 

「発射っ!」

 

その宣言、いや命令の直後、風圧で病室内をメチャクチャにしながら砲弾が発射された。

 

私のライフは残り600、これを受けたら敗北ーー

 

「ーー《EM レインゴート》の効果発動!!」

 

ボフンッ! と。グスタフの砲弾が、私を守るように広がった青い布に防がれる。

 

「何……?」

 

「このカードは、手札から捨てることで効果ダメージをゼロにできるんだ」

 

やっぱりだ。戦闘ダメージを与えることにここまで失敗しているが故に、瑞鳳さんなら効果ダメージで勝負をつけにくると思った。

 

(……瑞鳳さんがレインゴートの効果を知らなくてよかった……)

 

「でもまだよ。グスタフでドラミング・コングを攻撃!」

 

グスタフの攻撃力は3000。ドラミング・コング自身の効果を使用しても超過ダメージで敗北してしまう。

 

だが、その程度では折れない。

 

「罠カード《ドタキャン》発動、自分のモンスターを全て守備表示にする! さらに《EM》が破壊された場合、そのモンスターは墓地へは行かず手札に戻る!」

 

「っ、モンスター数が変化していないから攻撃対象を変更できない……」

 

ドラミング・コングが戦闘破壊され、手札に戻る。当然ダメージはゼロだ。

 

「自分のモンスターが破壊されたことで、《補給部隊》の効果によりドローする」

 

「……悉く、躱されてしまったわね」

 

困ったようにため息をつく瑞鳳さん。しかし私は、そんな表情を見ても一切安心できなかった。何をしてくるかわからない。その恐怖は十分に私の足枷となっていた。

 

「バトルフェイズを終了し、魔法カード《トークン復活祭》を発動。トークンを全て破壊し、その枚数分までカードを破壊する。トークン二体を破壊し、ペンデュラムゾーンのカード両方を破壊させてもらうわ。そして、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「っ……」

 

手札にペンデュラムスケールは揃っていない。つまり次のターンのペンデュラム召喚は実質不可能になったのだ。

 

「……私のターン、ドロー」

 

ドローカードは悪くない。

 

(後は、あの伏せカード……私の予想通りなら、あるいは……)

 

「魔法カード《星屑のきらめき》発動! 墓地のドラゴン族シンクロモンスター一体と同じレベルになるように自分の墓地のモンスターを除外し、選択したシンクロモンスターを特殊召喚する。レベル5の《EM スプリングース》とレベル3の《EM エクストラ・シューター》を除外し、レベル8《スターダスト・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

「……………………」

 

この特殊召喚に対してのアクションはなし。ということは、あの伏せカードは少なくともフリーチェーンでカードを破壊するものではない。

 

「続いてカレイドスコーピオンの効果発動。自分のモンスター一体に全体攻撃の権利を与える。そして、カレイドスコーピオンをリリースしてドラミング・コングをアドバンス召喚!」

 

ペンデュラム召喚できずとも、アドバンス召喚なら可能だ。《ドタキャン》で手札に戻しておいてよかった。

 

「バトルだ、ビーストアイズでNo.11に攻撃!」

 

「! 《ナンバーズ・ウォール》があるのに……!?」

 

そう。本来であれば意味のない行為。しかしそれ故に、この局面でそんな行動をする必要はない、何かしらの理由があるはずだと人は勘ぐってしまうのだ。

 

「っ、罠カード《次元幽閉》発動! 攻撃モンスターを除外する! このカードはカードを破壊しない、だからスターダストでも守れないわ!」

 

グバッ! とビーストアイズの()()()()()()()、ビーストアイズはそこに吸い込まれるようにして消えていった。

 

「………………」

 

現状、ドラミング・コングの効果とスターダストの攻撃力があればグスタフを戦闘破壊することは可能だ。だがそれで与えられるダメージは100。瑞鳳さんのライフは初期値の半分以上残ってしまう。

 

……が。

 

「……だと思った。そのカードが《次元幽閉》であることは読んでいた……!」

 

「!?」

 

「バトルだ、ドラミング・コングでNo.11に攻撃! この時、ドラミング・コングの効果発動。自分のモンスターがバトルする際、その攻撃宣言時に攻撃力を600上げることができる!」

 

これでドラミング・コングの攻撃力がNo.11の守備力を上回った。

 

「それでも、《ナンバーズ・ウォール》がある限りーー!」

 

「罠カード《シューティング・スター》発動!」

 

突進するドラミング・コングの後ろでスターダストが咆哮する。

 

「フィールドに《スターダスト》が存在する時、カードを一枚破壊できる。《ナンバーズ・ウォール》は破壊させてもらう!」

 

厄介な壁が破壊され、攻撃がNo.11に届く。さすがに破壊耐性までは持ち合わせていなかったらしく、問題なく破壊された。

 

「でも……それでも、グスタフは超えられないっ!!」

 

確かに、ドラミング・コングの効果を使用してしまった以上、攻撃力で超えることは不可能だ。

 

攻撃力、では。

 

「ドラミング・コングを手札に戻して、手札の《EM スカイ・ピューピル》の効果発動。自分フィールドのレベル5以上の《EM》を手札に戻すことで特殊召喚できる。そしてそのまま、スカイ・ピューピルでグスタフに攻撃!」

 

「!! 自滅……!?」

 

「バカな。スカイ・ピューピルが攻撃する時、他の《EM》が自分のフィールドに存在するなら、相手モンスターをダメージ計算前に破壊する!」

 

スカイ・ピューピルの蹴りを砲身の側面に受けたグスタフはそこからどんどんとひび割れ、やがて砕け散った。

 

「そん、な……」

 

気づけば瑞鳳さんの顔から余裕の表情が消えていた。

 

「ダグ・ダガーマンでダイレクトアタック!」

 

「くっ、ぅう……!?」

 

瑞鳳:LP4200→2200

 

「トドメだ……スターダストで、ダイレクトアタックッ!!」

 

「あ、あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

瑞鳳:LP2200→0

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

勝利、できた。その筈なのに安心感はまるでなく、全身を疲労感が覆っていた。

 

壁に打ち付けられた時に痛めたのか、背中と肩が痛い。

 

(……お風呂、入るか。この痛みを明日まで引きずりたくないしね……)

 

大浴場は同じ建物の地下一階だ。すぐに行ける。

 

(瑞鳳さんは……放置でいいかな。金剛さんなら何があったかは察してくれるだろうし……)

 

そんな結論を出した私は、若干頼りない足取りで地下に向かった。

 

 

 

 

「…………………………」

 

それを物陰から見ていたものが一人。そう、金剛だ。

 

響と別れた後、金剛は手早く食事を済ませて戻ってきていた。その時にはすでに響と瑞鳳のデュエルは始まっていたのだ。乱入も考えたが、ひとまずは様子を見ることにした。

 

(響のライフが大きく削られた時は助けに行こうかとも思いましたガ……行かなくて正解だったようデース)

 

結果論だが、響は誰の助けも借りずに瑞鳳に勝利した。以前の彼女だったらこうは行かなかったかもしれない。

 

(But、今の響は少々危うい気がしマース。きっと彼女は、自分が戦っている理由すら曖昧なのでショウ)

 

もちろん、こんなものは直感に過ぎず、実際は違うかもしれないが、少なくとも金剛からはそう見えていた。

 

(……私も、何か響にしてあげられることがあるといいんですケド)

 

しかしそれは今ではないだろう。そのうち、響が本当に迷った時だ。

 

では、今すべきことは何か。そう考えた金剛は、ディスクの電源を入れた。

 

「Hey、提督。瑞鳳が《No.》から解放されたヨ。《No.》は多分もうすでにこの鎮守府のどこかに移動している筈ネ」

 

『そうか。……ちなみに、だが。誰が瑞鳳を倒した?』

 

「決まってマース」

 

口元に薄っすら笑みを浮かべて、金剛は言った。

 

「ちっちゃなheroデース」




【EM】vs【幻獣機】でした。デッキ解説のお時間です。

【EM】、今回は《補給部隊》と《EM ペンデュラム・マジシャン》のコンボで永続的にハンドアドバンテージを取っていくことを軸にしました。おかげで手札が尽きない。

【幻獣機】。《シンクロ・バリアー》は《幻獣機 コンコルーダ》等をリリースして発動する用です。盤面が埋まりやすいので作っててちょっと混乱しました。
《No.11 ビッグ・アイ》、前回に続き汎用性の高い《No.》です。現実でもよくお世話になってます。あと、初登場の《No.》サポートカード《ナンバーズ・ウォール》。汎用カードの肩身がせまいこの世界では非常に強固な壁として機能します。自分で使わせといてなんですが、辛かった。

次回、久しぶりの海。


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平穏なはずの日常

「《No.》が、いない?」

 

朝、提督執務室。業務のためにやってきた私に対して、司令官は一番にそう告げた。

 

「ああ。少なくとも現時点で発見報告はない。現在も探してはいるが……なにぶん、今回の《No.》襲来を知っている者自体が非常に少ない。扶桑の件で何かが起きているのを察しているものは多いが、それが《No.》には繋がっていない。対して、容疑者はこの鎮守府の艦娘全員だ。捜索も難航するというものだよ」

 

「なるほど……」

 

動きがないのが、《No.》が目覚めていないからなのか、はたまたわざと目立った動きを見せていないからなのかはわからない。わからないが、兎にも角にもまずは《No.》を宿している艦娘を見つけ出さないことにはどうにもできない。

 

「というわけで、昨日に続いて今日も君には休暇を命ずる。……といっても、昨日はきちんと休んでいなかったようだがな?」

 

「……………………」

 

スッ、と目を逸らす。やはり瑞鳳さんとのデュエルはバレていたらしい。

 

「とにかく。今日は休め。《No.》が見つかった場合は……まあ、それはその時考えよう」

 

「わかったよ、司令官」

 

かくして、私の休日が始まった。

 

 

 

 

まずは遅めの朝ごはんを食べることにした。西洋風にいうならブランチ、だったか。

 

今日のA定食はアジの開きだった。

 

(やっぱり和食もいいよね。心が休まる)

 

ロシア料理もいいが、やはり私も根っこが日本人なのだ。

 

と、そんな調子で朝食をほとんど食べ終えた私のところに、三人の艦娘がやってきた。

 

「あ、響ちゃんっぽい! おっはよー!」

 

「おや、おはよう夕立。それに、暁と時雨も」

 

「おはよう」

 

「うん、おはよう」

 

なんだか、久しぶりに暁の顔を見たような気がする。

 

「この時間から朝ごはん? ちょっと遅いんじゃない?」

 

「ああ……今日はちょっと寝坊してしまったからね……朝ごはん兼お昼ご飯、って感じかな」

 

寝坊したことは事実である。

 

「あ、そうそう、この後三人で鍛錬するつもりなんだけど、響ちゃんも参加するっぽい?」

 

「え、いいのかい?」

 

「構わないよ。人数は多いほうがいいしね」

 

ありがたい。ちょうどこの後どうするか悩んでいたところだったんだ。

 

「じゃあ、せっかくだし演習形式にしましょう? 人数も偶数でちょうどいいし」

 

「賛成っぽい! 演習は血が滾るっぽい……!」

 

獰猛な笑みを見せる夕立を見て、苦笑する私と時雨。

 

何はともあれ、予定が決まった以上早く食べてしまおう。

 

「ちょっと待っていてくれるかい? 食べ終えてしまうから」

 

「わかったっぽーい」

 

「よく噛んで食べなさいよ?」

 

なにやらお姉さんらしいことを言う暁。やはり、いつも通りか。

 

(様子がおかしいような気がしたのは気のせいかな。……ん?)

 

味噌汁を飲みながら、視界の端にあるものを見た。

 

(……あれは……いや、だとすると……?)

 

無言で考える。しかし、すぐには結論が出なかった。

 

(まあいいか。それなら……)

 

「遅くなったね、すまない、食べ終わったよ」

 

「それじゃあレッツゴーっぽい!」

 

 

 

 

「ルールを説明するわね。といっても、基本的には普通の海戦と同じ。砲と魚雷で相手に一定以上のダメージを与えたら勝利よ。今回は二人一組になって、両方とも大破判定になった方のチームが負けね」

 

「なるほど」

 

演習では実弾を使用しない。使うのは特殊なペイント弾だ。ちなみに中身のペンキはこれまた特殊な洗剤を使えばすぐに落ちるらしい。

 

「さて、それじゃあチーム分けをしましょうか」

 

「あ、それなんだけど、ちょっといいかい?」

 

手を挙げて発言する。全員がこちらを向いたところで、私は意見を述べた。

 

「私は時雨と組みたいんだけど、いいかな?」

 

「僕かい? と言うことは……暁と夕立が組むのか……」

 

「私は別に構わないわ。夕立は?」

 

「問題ないっぽい!」

 

「そう言う問題じゃ……まあ、響がいいならいいけど……」

 

渋々とはいえ時雨も了承してくれた。

 

「それじゃあ、準備するわね」

 

暁がなにやらパネルを操作する。すると、海中から巨大な岩がせり上がってきた。

 

「これは……?」

 

「あれ、響は見るの初めてだったかしら? このパネルを操作することで、戦場を何種類かの中から選べるのよ」

 

随分と便利なものがあるものだ。これぞまさしくハイテクノロジー。

 

「じゃあ私達はあの岩の反対側に行きましょ。演習開始は今から十五分後ね」

 

「「「了解」」っぽい!」

 

 

 

 

「それにしても、本当に驚いたよ。なんで組む相手に僕を選んだんだい? 響は暁と組むと思っていたんだけど」

 

二人の背中が見えなくなったあたりで、時雨がそう切り出した。

 

「なんで、か。やっぱり強い相手と戦った方がいいだろう? 暁はこの鎮守府の駆逐艦の中だと随一の実力者だ。別に時雨のことを弱いって言うわけじゃないんだけどーー」

 

「ああ、()()()()()()()()()()

 

「……隠す気があるのかないのかどっちなんだ……」

 

若干の呆れによって小さく息を吐いた後、私は言った。

 

 

「そんなもの、《No.》を放置できないからに決まっているじゃないか……」

 

 

「いつ気づいた? 食堂かい?」

 

「そうだよ。あそこで偶然見えたんだ。《No.》使い特有の紋様がね」

 

そう。食堂で私は見てしまったのだ。時雨の右二の腕に輝く、例の紋様を。

 

「だけど、それがわかったところでどうする気だい? まさか今ここでデュエルするなんて言わないよね?」

 

「? どういうことだい?」

 

「忘れたのかい? 後十分もすれば確実に暁と夕立がこちらに来るんだよ? 食堂でデュエルを挑んで来なかったあたり、彼女らに目撃されるのは嫌なんだろう?」

 

「っ、それは……」

 

嫌なところを突いてくる。確かに彼女たちを巻き込むわけにはいかない。

 

「だからとりあえず、この演習を終わらせよう。……今回は君の指示に従うよ」

 

「え?」

 

「演習といえど、勝負に負けるのは癪に触る。デュエルでは君に何度も負けているけれどね。……ほら、何か策はないのかい?」

 

正直、意外だった。もっとこう、なりふり構わず勝負を挑んでくるものだと思っていたのだけど……。

 

(……まあいいか、協力してくれるというのなら、今だけはその言葉を信じよう)

 

時計をちらりと見る。演習開始まで、後一分。

 

(今回はとにかく早く終わらせなくちゃいけない。なら……)

 

「……作戦なら、ある」

 

 

 

 

「何か作戦あるっぽい?」

 

「そうね……とりあえず全速で大岩に近づいた後、二手に分かれて挟み撃ちにしましょう。もし向こうも分かれていて一対一になったら、牽制しつつこの辺まで下がってきて。確認し次第、助太刀に向かうわ」

 

「了解っぽい!」

 

といっても、時雨も響も練度的には夕立より下だ。万が一下がってこれなかったとしても撃破することは可能だろう。

 

(でも、できることなら響の相手は私がしたいな。最近は一緒に出撃することもなかったし……)

 

そこでふと、あるカードの存在が思い出された。そう、いつかのタッグデュエルの時に見た、《魔術師》や《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》だ。

 

(あれらについては、未だに何もわかっていない。というか、《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とか新たな《魔術師》とかも見たっていう話がある)

 

いったい、響に何が起こっているのだろう?

 

(……ううん。たとえ何が起きていても、演習は演習。手を抜くなんて、一人前のレディとは言えないわ!)

 

ちょうどその時、演習開始時刻になった。

 

「行くわよ、夕立!」

 

「了解っぽい!」

 

先ほどの作戦通り、最大速度で大岩へと近づいて行く。この調子なら、後一分もすれば大岩まで辿り着くだろう。

 

(もう少ししたら二手に分かれて……うん?)

 

大岩の向こうから影。あれは……

 

「夕立、十一時の方向に時雨!」

 

「見つけてるっぽい!」

 

確認できるのは、時雨一人。どうやらあちらも分かれて行動しているらしい。響がどこにいるのかはわからないが、これはチャンスだ。

 

「夕立、作戦変更。先に時雨を狙いましょう!」

 

「わかったっぽい!」

 

暁と夕立はそれぞれ主砲を構え、時雨の方に向ける。当てるのが目的ではない。牽制用だ。

 

だがそこで、おかしなものを見た。

 

「え?」

 

時雨が砲を構えていない。かわりになぜか一本の魚雷を握っている。

 

(何を……?)

 

疑問に思った暁が観察していると、時雨はその魚雷をフルスイングで投擲してきた。山なりに飛んだ魚雷は、そのままの軌道なら暁たちの進路、ちょうど直撃するあたりに落ちる。ナイスコントロール。

 

(でも、その程度は避けられ……って)

 

「夕立! 二時の方向、響!」

 

「へ!?」

 

時雨のちょうど反対側から響が飛び出してきた。こちらは主砲を構えている。しかしこれだけ距離が離れていれば、発射されてから回避行動に出ても遅くはない。とりあえずは時雨の投げた魚雷の軌道から外れつつ、夕立に指示を出そうとして、

 

嫌な可能性に気がついた。

 

(……あの距離から撃ったところで避けられるのは響だってわかっているはず。となると他の意図が必ずある。例えば……)

 

「夕立っ! 避けーー!!」

 

直後。二人の視界がピンクのペンキで塗りつぶされた。

 

 

 

 

「成功した……」

 

額の汗を袖で拭う。視界の先ではいくつもの水柱が上がっていた。

 

私の考えた作戦はこうだ。

 

まず時雨が魚雷を投げ、次に私がそれを撃つ。それによって空中で魚雷を破裂させ、広範囲にペンキを飛ばす。……()()()()()()()、本命は違う。私が飛び出したことによって暁たちが私の方を警戒しているうちに、時雨が魚雷を一斉に発射。そしてペンキの目くらましを受けている彼女たちを一網打尽、ということだ。

 

(暁たちが全速で近づいてきてくれないと、距離がありすぎて時雨の投げた魚雷が暁たちのところまで届かないからこの作戦は成立しない。……そのあたりは、さすが幸運艦、ということなのかな)

 

万が一作戦に気づかれても大丈夫なのように、魚雷はある程度広範囲に発射するよう指示してある。これならよっぽど早くに私の意図に気づかない限り回避不可能だ。

 

回避不可能のはず、なのに。

 

「なんっ……!?」

 

「やってくれたわね……!」

 

ズァンッ! と水柱の中から飛び出してきた暁。その身体には多少のペンキが付着しているものの、あれではせいぜい小破判定だろう。さすがの時雨も驚いているようで、何も行動を起こせずにいる。

 

戸惑っていると、ブレーキをかけた暁が丁寧に説明を始めた。

 

「……魚雷が来るところまでは読めてた。だから、爆雷を私の進路に投げて魚雷を爆破したのよ。その爆風で空中のペンキは吹き飛ばせたしね」

 

そこまで言って、暁は自分の後ろ、すなわち水柱が上がっていたあたりを見た。

 

「まあ……反対側に避けた夕立はもろに引っかかっちゃったみたいだけど」

 

「ぽい〜……」

 

夕立は全身にピンクのペンキを浴びている。これで夕立はリタイアだ。

 

「さて、ここからどうするつもり、響?」

 

「くっ……時雨、一回引こう!」

 

全速で大岩の裏に回る。それを見た暁は、こちらも全速で近づいてきている。

 

(どうする……あの作戦では暁を仕留めきれなかった。じゃあ次の策を考えなくちゃ……!)

 

「どうしたの響、逃げてるだけじゃ勝てないわよ?」

 

背後から暁の声が聞こえる。そうだ、逃げているだけでは勝てない。私は《No.》を止めないといけないのだ。そのためにはまずはどうにかして攻めに転じないとーー

 

(ーーん?)

 

そこで、ふと引っかかりを覚えた。逃げているだけでは勝てない。それはその通りのはずなのだが……

 

(勝てない……逃げていては勝てない………………そうか!)

 

閃いた。新たな策を。

 

(まずは、暁を振り切る!)

 

スピードをわずかに落とす。背後を見ると、暁が主砲をこちらに向けていた。

 

「ふっ!」

 

右足を軸に身体を反転。先ほどとは逆に、暁の方に突っ込んでいく。

 

「えっ、ちょっ」

 

突然のことに暁も驚いたようだが、それでも冷静にこちらを狙ってくる。しかしそれこそが私の狙いだ。

 

「っ!?」

 

何かに気づいた暁が咄嗟にその場から離れる。直後、直前まで暁がいた場所を弾が通った。時雨だ。大岩を回り込んだ時雨が主砲を撃ったのだ。

 

その隙に私は一気に暁の後方へと駆けた。

 

「仕方ないわね……」

 

小さく暁の声が聞こえる。どうやら狙いを私から時雨に変えたらしい。

 

(よし……なんとか逃げきれた。次は……)

 

手に持った主砲を見る。次の作戦の要はこれだ。

 

早速私は、そのための細工を始めた。

 

 

 

 

一方、暁と時雨は一進一退の攻防を繰り広げていた。構図としては逃げる暁と追う時雨。暁が後ろ向きに走って時雨から逃げ、それを時雨が追っている。海上の艦娘だからこそできる芸当だ。

 

だが暁もただ逃げているわけではない。好機を伺っているのだ。大型艦から一発でも貰えば大きな損害となってしまう駆逐艦は、むしろ暁のような戦い方が主流なのだ。

 

(……の、はずなんだけど……)

 

暁は眉をひそめた。

 

そう。暁の戦い方が主流ということは、その真逆の時雨は普通でないということだ。相手が駆逐艦の暁だから、ということなのかもしれないが……。

 

(でも、あの『やられる前にやれ』って感じの戦い方は、駆逐艦っていうよりむしろ重巡とか戦艦とかって感じがする)

 

もしかしたら日本中を探せばそういう戦い方をする駆逐艦もいるかもしれない。だが少なくとも時雨のスタイルはそうじゃなかった。

 

(……私が知らない間に戦い方を変えた……? まあいいわ、それなら……!)

 

それなら、こちらもまた違う戦い方をすればいいだけ。暁は手に持った十センチ連装高角砲を時雨に向け、

 

「!」

 

「ふっ……!」

 

背後。大岩の陰から響が飛び出してきた。

 

飛び出した響は魚雷を全て発射し、さらに砲をこちらに向けている。

 

「くっ……!」

 

先ほど、距離の離れた魚雷に対して一発で命中させた響と、様子のおかしい時雨。どちらの方が脅威かといったら、圧倒的に前者だ。

 

(さっきみたいに爆雷で誘爆させる……? ……いや)

 

「はっ!」

 

暁は一度姿勢を低くした後、低く、しかし滞空時間の長いジャンプを行なった。まるで水切りの石のようだ。

 

結果、ギリギリのところで魚雷を躱すことに成功する。すぐさま暁は視線を響の方に向けた。

 

「……!」

 

さすがの響も驚いたようだが、すぐさま砲の狙いを暁に定めた。暁はその様子をじっと見つめ、いつ発射されてもいいように体制を整える。

 

一瞬の、静寂。

 

「「!!」」

 

二人が動いたのはほぼ同時だった。いや、暁の方がわずかに早かったか。暁は進む向きは変えずに大きく横っ飛びすることで、弾の進路から外れようとする。対する響は引き金を引き、暁にピンクのペンキをお見舞いしてやろうと、

 

「へ」

 

「あ」

 

「え」

 

 

ガチッ!! と。異様な音が周囲に響く。それは響の持つ主砲からだった。

 

「……………………」

 

あまりのことに暁と時雨も止まる。しかし一番呆然としているのは響だ。

 

「えーっと、響……?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………」

 

手もとの砲に目線を落とし、何も言わない響。やがて震える声で呟いた。

 

「……………………弾、切れ…………だ……」

 

「「…………………………………………………………………………」」

 

暁と時雨もかける言葉が見つからず、微妙な空気が流れる。それを断ち切ったのもまた響だった。

 

「…………降参して、いいかな?」

 

「………………武器のチェックを怠っちゃダメでしょ…………」

 

響、リタイア。これで残るは暁と時雨だ。

 

「…………さて。仕切り直しといくわよ」

 

「……さすがにこの展開は予想外だなあ」

 

言いながら大岩の向こう側へと行く時雨。それに対して、暁は一切の邪魔をしなかった。フェアじゃないからだ。

 

時雨が大岩の向こうに隠れて少ししたあたりで、暁は動き始めた。

 

(予想外の事態ではあるけど、今はとにかく時雨の相手!)

 

今度もやはり全速。待っている間に作戦は練り上がっていた。

 

 

 

 

「………………………………」

 

大岩に背をつけ、周囲を警戒する時雨。想定外の一対一だが、彼女は戦い方を変えるつもりはなかった。烈火のごとく攻め、そして勝つ。

 

「……………………………」

 

右。いない。左。いない。そろそろ来てもいいはずなのだが。

 

「…………違うっ!」

 

時雨が何かに気づき、横っ跳びに移動する。直後だった。

 

ドッッバァァ!! と大きな水柱が上がったのだ。

 

「くっ!」

 

至近距離だったためにバランスを崩し仰向けに倒れてしまう。艦娘ゆえに沈まないが、

 

「チェックメイト、よ」

 

暁の声とともに砲が時雨に向けられる。喰らえば一発アウトの距離だ。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

「そうよ。岩に触れちゃいけないなんてルールもないしね」

 

つまり暁は、大岩を登って時雨の頭上から爆雷を落とし、さらにそこから飛び降りて奇襲をかけたのだ。

 

「いや、まいったよ。僕の負けだ」

 

言って苦笑した時雨は、

 

次の瞬間には暁の視界から消えていた。

 

(……違う! 今のは……)

 

暁が視線を動かすと、そちらに時雨がいた。

 

(倒れた姿勢のまま急発進した……なんだっけ、あの、フィギュアスケートの……イカパウダーみたいに!)

 

イナバウアーのことだろうか。

 

ともかくそうやって暁の必殺圏内から脱した時雨は、右手をヒラヒラと振りながら言った。

 

「僕も響と同じく降参するよ。今回の演習は、君たちの勝利だ」

 

「あ、うん……」

 

何か腑に落ちないと言った感じで暁は生返事を返した。

 

こうして、今回の演習は幕を下ろした。

 

 

 

 

「待たせたね」

 

「……別にいいさ」

 

海の上で、私と時雨は対峙していた。

 

「弾切れ、ね。あれ、嘘だろう?」

 

「そりゃそうさ。流石に弾を込め忘れるなんてことはしないよ」

 

演習中に起こった、私の主砲の弾切れ。あれは演習中にこっそり弾を廃棄することで私がわざと起こしたことだ。

 

ああすることによって、私は一切ダメージを負わず、さらに時雨には敗北の可能性を残しておいたというわけだ。ペンキ塗れになったら流石にそれを落とさないわけにはいかないだろうから、多少の足止めにはなるかと思ったのだが。

 

「さて、この辺じゃ人目につく。もう少し沖に行こうか」

 

「……………………」

 

私は黙って時雨の後を追った。

 

そして、数分後。

 

「……そろそろいいんじゃないかい?」

 

私たちはだいぶ陸から離れたところにいた。あまり行きすぎると深海棲艦が出る可能性があるが……。

 

私の言葉を受けて、時雨は爽やかなーー《No.》に取り憑かれているということを忘れてしまいそうなほど爽やかな笑顔で言った。

 

「そうだね、でも……うん、折角だし、このスピードに乗ったままデュエルしようか」

 

「は?」

 

「ほらほら、構えて。掛け声行くよー」

 

本当にディスクを構えた時雨を見て、私も慌てて構えた。

 

掛け声は、ぴったり同時だった。

 

「「セーリングデュエル・アクセラレーションッ!!」」




セーリングデュエルと言っていますが、ルールは変わりません。語感が良かったもので……。

次回、海上でデュエルッ!!


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セーリングデュエル・アクセラレーション

三月ってなんでこう忙しいんでしょうねえ……(遠い目)


快晴の空の下、私は時雨を追うようにして海の上を駆けていた。

 

「ふふっ、第一コーナーはいただいたよ」

 

「何を言っているんだ……?」

 

「言ってみたかっただけさ。それより、僕のターン。永続魔法《カードトレーダー》を発動、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

時雨の場には、伏せカードが一枚あるだけ。誘っているのか、あるいはその裏をかいて何もないのか。

 

(……とりあえず、警戒はしておこう)

 

「手札を一枚墓地に送り、魔法カード《ペンデュラム・コール》発動。デッキから《魔術師》を二枚手札に加える。《慧眼の魔術師》と《時読みの魔術師》を手札に。そしてこの二体でスケールをセッティング!」

 

「二体のスケールはそれぞれ5と8、よってレベル6から7のモンスターを同時に召喚可能、か」

 

「そうだ。ペンデュラム召喚! 手札から、レベル6《賤竜の魔術師》! そしてこのカードが召喚、特殊召喚に成功した時、墓地の《魔術師》か《オッドアイズ》を手札に戻せる。《ペンデュラム・コール》のコストで墓地に送った《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手札に。バトルだ、賤竜でダイレクトアタック!」

 

賤竜の攻撃力は2100。このダイレクトアタックを許せばそこそこ大きなダメージを受けてしまう以上、何かしらの手があるなら打ってくる筈だ。

 

「手札の《護封剣の剣士》の効果発動!」

 

そして案の定、時雨は対応してきた。

 

「相手のダイレクトアタック宣言時、このカードは特殊召喚できる。さらに、攻撃してきたモンスターの攻撃力がこのモンスターの守備力以下なら、破壊する!」

 

「! 《護封剣の剣士》の守備力は2400……破壊されてしまう、か」

 

なかなか強力な効果だ。攻撃力は0のようだが、手札から直接攻撃を止められるのは強い。

 

(レベルは8か……私のデッキの場合は、シンクロ召喚に使いやすい《バトルフェーダー》のほうがよさそうだね)

 

しかし逆に、時雨のデッキにはそれがメリットとなるのだろうか。

 

「バトルフェイズを終了。カードを三枚伏せてターンエンドだ」

 

「三枚か……前回のお返し、ということかな?」

 

「偶然だよ。それより、早くしたらどうだい」

 

「はいはい、僕のターン、ドロー! このスタンバイフェイズ、永続魔法《カードトレーダー》の効果発動。手札を一枚デッキに戻し、一枚ドローできる」

 

チラリと後方を見る。すでに鎮守府からだいぶ離れてしまった。

 

「よそ見とは余裕だね。僕は魔法カード《トレード・イン》を発動。手札のレベル8モンスターを墓地に送り、二枚ドローする。《銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)》を墓地に送りドロー!」

 

「ギャラクシーアイズ……【ギャラクシー】デッキか!」

 

なるほど、それなら《護符剣の剣士》を採用しているのにもうなずける。ランク8のエクシーズモンスターを多用するなら、レベル8の《護封剣の剣士》は相性抜群だ。

 

「《星間竜 パーセク》を召喚。このモンスターは、自分フィールドにレベル8のモンスターが存在する時リリースなしで召喚できる。そしてレベル8の剣士とパーセクでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

二体のモンスターが、海に吸い込まれていく。瞬間、ぞわりと背筋を嫌な感覚が走った。

 

(まさか……これは……!)

 

「未知なる銀河。その輝きを瞳に宿し、我が未来を照らせ!! エクシーズ召喚! 君臨せよ、ランク8《No.107 銀河眼の時空竜(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)》ッ!!」

 

直後、()()()()()《No.》が現れる。ゴアアァァァァッ!! と雄叫びをあげてこちらを威圧してくるそいつを見ながら、私はあることに気づいた。

 

(このドラゴンの名前……()()()()()()()()()……? つまり、《ギャラクシー》カテゴリのカードってことか……!?)

 

今までは、《No.》は《No.》というカテゴリにしか属していなかった。しかしこの《No.》は違う。《No.》なだけでなく、《ギャラクシーアイズ》でもある。すなわち、《ギャラクシー》や《ギャラクシーアイズ》のサポートカードも利用できるということだ。

 

(まずい……これは非常にまずい!!)

 

「さあ、バトルだ。タキオンでダイレクトアタック!!」

 

「させない、罠カード《パワー・ウォール》発動! 自分がダメージを受ける時、そのダメージをゼロにし、受けるはずだったダメージ500につき一枚、デッキの上から墓地に送る! タキオンの攻撃力は3000、よって六枚を墓地に送る!」

 

六枚のカードが、タキオンの攻撃から私を守る。なんとか防いだようだ。

 

「おや、残念。なら僕はバトルフェイズを終了し、魔法カード《銀河の施し》を発動。自分フィールドに《ギャラクシー》のエクシーズモンスターが存在する時、手札を一枚捨てて二枚ドローできる。二枚ドローして、ターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

自分がこの海の支配者だと言わんばかりに幾度も咆哮を上げるタキオンを見上げながら、私は考える。

 

(先のターン、時雨はタキオンの効果を使わなかった。それが発動条件を満たしていなかったからなのか、あえて使わなかったからなのかはわからないけれど……結局、どういう効果なのかわからないという点に変わりはないんだよな……)

 

何が効果のトリガーになるかわからない。ゆえに全ての行動に対してためらいが生まれてしまう。

 

しかし何もしなければやられるだけだ。そんな言葉で警戒心を宥めつつ、私はカードを発動した。

 

「魔法カード《成金ゴブリン》発動。相手のライフを1000回復し、一枚ドローできる」

 

時雨:LP8000→9000

 

「おや……わざわざありがとう」

 

「構わんさ。この程度は誤差だ。私は慧眼のペンデュラム効果発動。自身を破壊し、デッキから《魔術師》をスケールにセットする。スケール1の《星読みの魔術師》をセットし、ペンデュラム召喚! エクストラデッキより慧眼、賤竜、そして手札よりオッドアイズ! 賤竜の効果により、墓地の《降竜の魔術師》を手札に戻す」

 

ここまで発動の気配なし。このまま何も起きないといいが……。

 

「バトルだ、オッドアイズでタキオンに攻撃! この宣言時、リバースカードオープン、速攻魔法《虚栄巨影》発動! モンスター一体の攻撃力をバトルフェイズの間1000上げる!」

 

水面を走ったオッドアイズが、タキオンに向かって光線を放つ。今のオッドアイズの攻撃力は3500。タキオンを上回っている。

 

「でも、《護封剣の剣士》を素材としたエクシーズモンスターは一ターンに一度の戦闘破壊耐性を得る」

 

「! けど、ダメージは通る! オッドアイズの戦闘で相手に発生するダメージは二倍だ!」

 

時雨:LP9000→8000

 

「あーあ、これで差し引きゼロか」

 

「……私はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

「僕のターン、ドロー! そしてスタンバイフェイズ、《カードトレーダー》の効果で手札を一枚戻して一枚ドローする」

 

戦闘破壊耐性に関しては考慮していなかった。しかもタキオン本来の効果ではなく、《護封剣の剣士》によって与えられたものだ。結局タキオンの効果については未だに何も判明していない。

 

「僕は装備魔法《銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)》を発動。墓地の《ギャラクシー》か《フォトン》を攻撃と効果を封じて特殊召喚する。《銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)》を特殊召喚!」

 

海中から《銀河眼の光子竜》が姿をあらわす。が、その身体には元の鮮やかな輝きはなく、黒ずんでいた。

 

「さらに魔法カード《パラレル・ツイスター》発動。自分フィールドの魔法か罠を墓地に送り、フィールドのカード一枚を破壊する! 零式を墓地に送り……そうだな、目障りな《時読みの魔術師》を破壊させてもらおうか!」

 

「それなら私は速攻魔法《揺れる眼差し》を発動。ペンデュラムゾーンのカードを全て破壊し、破壊した枚数によって効果が変わる。今存在するペンデュラムスケールは私の一組だけ、よって相手に500のダメージを与え、デッキからペンデュラムモンスター一体を手札に加える。《竜穴の魔術師》を手札に加える」

 

時雨:LP8000→7500

 

「……《銀河零式》がフィールドを離れた時、このカードを装備していたモンスターの攻撃力はゼロになる」

 

しかし、もともと《銀河眼の光子竜》は《銀河零式》のデメリットによって攻撃も効果の発動もできなかった。《銀河零式》がフィールドを離れたためどちらも可能になったようだが、それでは状況はあまり変わっていない。

 

(いや……たしか、《銀河眼の光子竜》には、戦闘時に自身と相手をバトルフェイズの間除外する効果があったっけ。あれを使えば多分攻撃力も戻ると思うし……)

 

などと勝手な予想を立てる私を見て、時雨はニヤリと笑った。

 

「タキオンの効果発動ォ!」

 

「何っ……!?」

 

(このタイミングで……!?)

 

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、フィールドのすべてのモンスターの効果を無効、攻撃力を元に戻す!」

 

タキオンの咆哮によって、《銀河眼の光子竜》に光が戻る。

 

「しまった……!」

 

「バトルだ、タキオンで慧眼を攻撃!」

 

響:LP8000→6500

 

慧眼が破壊された衝撃で発生した水滴が私を叩く。しかしタダでやられるわけにはいかない。

 

「罠カード《運命の発掘》発動! 自分が戦闘ダメージを受けた時、一枚ドローする!」

 

と、その時、時雨の目つきが変わった。

 

「いいのかい、そんなことして」

 

「?」

 

意味がわからず首をかしげる私に、凄絶な笑みを浮かべた時雨は高らかに宣言する。

 

「タキオンが効果を発動したターン、バトルフェイズ中に相手が効果を発動するたびにこのカードの攻撃力は1000上がり、さらにこのターン、このカードは二回の攻撃が可能となる!!」

 

「!? さっきの効果で終わりじゃなかったのか!」

 

「それは《No.》を舐めすぎだよ。そんな程度で終わるわけがないじゃあないかっ!! タキオンで賤竜に攻撃!!」

 

響:LP6500→4600

 

必死に走り、衝撃を躱す。

 

「くっ……」

 

「続けて《銀河眼の光子竜》で《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃!」

 

「ぐっ、くぅぅ……!」

 

響:LP4600→4100

 

「僕はこれでターンエンド。……サレンダーするかい?」

 

「ふざけるな……私のターン!ドローッ!!」

 

闘志はまだ萎えていない。とにかく頭をフル回転させて、次の一手を考える。

 

(この手札……互いのフィールド……墓地……これなら)

 

「スケール1の《竜脈の魔術師》とスケール8の《竜穴の魔術師》でスケールをセッティング。これで再びレベル2から7が同時に召喚可能だ。ペンデュラム召喚! エクストラデッキよりレベル5《星読みの魔術師》、レベル6《賤竜の魔術師》、レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、手札よりレベル7《降竜の魔術師》!!」

 

上級モンスターが並ぶ。だがここからだ。

 

「墓地の《貴竜の魔術師》の効果発動。自分フィールドの《オッドアイズ》のレベルを3下げることで自身を特殊召喚する! そしてレベル5の星読みにレベル3チューナーの貴竜をチューニング!」

 

先ほどのタキオンの時と同じように、素材となるモンスターが海に消えていく。

 

「星屑の竜よ、暗雲を裂いて、果ての青空より降臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

「君のドラゴン……攻撃力は僕のタキオンの方が上だね」

 

「関係ないさ。《オッドアイズ》以外のモンスターとシンクロ素材になった貴竜は、デッキの一番下に戻る。そして墓地の《調律の魔術師》の効果発動。自分のペンデュラムスケールが両方とも《魔術師》の場合、このカードは特殊召喚でき、さらにこのカードが召喚、特殊召喚された場合相手のライフを400回復し、自分は400のダメージを受ける」

 

時雨:LP7500→7900

響:LP4100→3700

 

「そして私はレベル7の降竜にレベル1チューナーの調律をチューニング! 清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士(エンライトメント・パラディン)》! このモンスターがシンクロ召喚された時、その素材に《魔術師》Pモンスターを使用しているのなら墓地の魔法一枚を手札に戻せる。《揺れる眼差し》を手札に戻す!」

 

「二体目……いや、まだか」

 

「その通り。魔法カード《融合》発動! フィールドのオッドアイズと賤竜を融合! ふた色の眼の龍よ。神秘の力をその目に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!! バトルだ、魔導剣士で《銀河眼の光子竜》を攻撃!」

 

「! 攻撃力は負けているのに……!?」

 

「いいや負けてない! 降竜を素材としたシンクロモンスターは、ドラゴン族と戦闘を行う場合攻撃力が二倍になる!」

 

魔導剣士の攻撃力は2500から一気に5000まで跳ね上がる。

 

「さらにこのモンスターが相手モンスターを破壊した時、破壊してモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えることができる。合計5000のダメージを君に与える……!」

 

「くっ……ぐっ、ぉぉああああ!!」

 

時雨:LP7900→5900→2900

 

「まだだ、ルーンアイズでタキオンに攻撃! この時、墓地の《ブレイクスルー・スキル》の効果発動、墓地のこのカードを除外することで相手モンスター一体の効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

「ぐ……《護封剣の剣士》によって与えられた破壊耐性を無効にしたってわけか」

 

「そうだ、その耐性はタキオンの効果として扱われるはずだろう?」

 

「そうなんだけどね……くっ」

 

ルーンアイズとタキオンの攻撃力はともに3000。相討ちだ。

 

「なら僕は罠カード《時空混沌渦(タキオン・カオス・ホール)》発動。自分の《ギャラクシー》のエクシーズモンスターが相手に破壊された時、相手フィールドのすべてのカードを破壊し、除外する」

 

「何っ……いや、ならスターダストの効果発動! このカードをリリースすることで、カードを破壊する効果を無効にし破壊する!」

 

「だろうね……だけど、これでスターダストはもう攻撃できない」

 

それは確かにそうだが、タキオンの除去には成功した。もちろんまた特殊召喚されるかもしれないが、その時はその時だ。再び対処すればいい。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド。このエンドフェイズ、自身の効果で墓地に送られたスターダストは場に戻る。……ん?」

 

その時だった。ゴロゴロ……という異音がした。気になって音のした方ーーもとい、進行方向に目を凝らすと、大きな暗雲が見えた。

 

「さて……頃合いか」

 

ボソッと時雨が呟く。と同時にスピードを一段階あげたので、私もそれについていく。

 

(……何か様子がおかしいな。いや、最初からおかしいといえばおかしいのだけど……)

 

「君は、確か101と戦った時、結局『奥』は見なかったんだよね?」

 

その言葉に一瞬きょとんとするも、すぐに意味を理解する。101といえば、思い浮かぶのはただ一つ。ヲ級のあやつる《No.》、《No.101 S・H・Ark Knight》だ。そしてそのデュエルの時、たしかヲ級が言っていた。特別に、更に『奥』を見せてやる、と。

 

「なら、僕が見せてあげるよ」

 

直後。先ほどの比ではないほどの尋常じゃないプレッシャーが私を押しつぶしにかかる。

 

「《No.》、その更に『奥』をね」

 

そこにいたのは、もう時雨ではなかった。時雨の見た目で、時雨のように振る舞う、決定的にどこかがずれた何者か。私にはその姿が、深海棲艦よりも恐ろしく見えた。

 

「さあ行くぞ……僕の、ターンッ!!」




【魔術師】vs【銀河眼】です。多数のドラゴンが入り乱れております。

次回、とうとう《No.》の『奥』が明らかに!()


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《No.》の『奥』

ポツポツと、雨が降り始めた。

 

「僕はこのドローフェイズ、墓地の《時空混沌渦(タキオン・カオス・ホール)》の効果発動。このカードを除外し、ドローを放棄することで、墓地の《ギャラクシー》エクシーズモンスターを特殊召喚する。よみがえれ、《No.107 銀河眼の時空竜(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)》!」

 

再びフィールドに姿をあらわすタキオン。オーバーレイユニットはないが、その高い攻撃力はかわらない。

 

「さらにスタンバイフェイズ、《カードトレーダー》の効果発動。手札を一枚デッキに戻して、一枚ドローする」

 

ドローを放棄したため、時雨の手札は一枚しかない。なので、実質手札の総入れ替えだ。

 

問題は、そこで何をドローしたか、だ。

 

「……そういえば、前に君は夕立とデュエルした時に似たような状況でこのカードを使っていたっけ」

 

「何の話だい」

 

「これさ。魔法カード《カップ・オブ・エース》発動!」

 

手札一枚での《カップ・オブ・エース》。そうだ、私も同じことを以前夕立とのデュエルでしている。

 

「コイントスをして面が出たら僕が、裏が出たら君がドローするけど……あんまり、スリリングじゃあないね」

 

「……どういうことだ」

 

「やってみればわかるさ。ほら」

 

軽い調子でコインを弾く時雨。ゆるい放物線を描いて飛んだコインは、やがて金色の杯に吸い込まれて行く。

 

結果は、

 

「ほら、表だ。つまり僕が二枚ドローする」

 

「……『呉の雪風、佐世保の時雨』は未だ健在、というわけか」

 

時雨は()()雪風と並び称されるほどの幸運艦だ。そんな彼女からしたら、二分の一程度の確率など百パーセントみたいなものだろう。

 

「じゃあ行こうか、二枚ーードローッ!!」

 

「!!」

 

時雨のドローしたうちの一枚。そこから、とてつもなく嫌な気配を感じる。それも《No.》よりずっと濃いものだ。

 

「刮目しろーー()()()()()。魔法カード《RUM(ランクアップマジック)ーバリアンズ・フォース》発動ッ!!」

 

「ランク……アップ……?」

 

未知の単語を、思わず復唱する。その言葉が意味するところは何となく察することができたが、しかし理解することは不可能だった。

 

「自分フィールドのエクシーズモンスター一体を対象に、そのモンスターをカオス化させる! 僕が対象とするのは、当然タキオンだ! ランク8のタキオン一体でオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!!」

 

タキオンが光の粒となり、海へと消えて行く。

 

(なんだ……何が起こっているんだ……!?)

 

「銀河の終端。無の漆黒の権化たる龍よ。汝こそ我が力、遥かなる時を遡り、我に絶対的な勝利をもたらせ!! カオスエクシーズチェンジ!! 降臨せよ、《CNo.(カオスナンバーズ)107 超銀河眼(ネオ・ギャラクシーアイ)の時空龍(ズ・タキオン・ドラゴン)》ッ!!」

 

一瞬の静寂。直後、()()()()()深海から金色に輝く三頭龍が姿を現した。

 

「ランク9……攻撃力、4500……!?」

 

それに《CNo.》。ただの《No.》とは比べ物にならないほどの圧倒的なプレッシャーに、自然とスピードが落ちてしまう。

 

「僕はネオタキオンのオーバーレイユニットを取り除き、効果発動」

 

そんなこと御構い無しに、時雨はデュエルを進める。

 

「このカード以外の、フィールドに存在するすべてのカードの効果を無効にし、さらに相手のフィールド上にあるカードの効果の発動をエンドフェイズまで封じる!」

 

すると、私のフィールド上のカードが瞬く間に灰色に染まっていき、やがてピクリとも動かなくなった。

 

(カードの発動も効果も封じる、だって……? そんなの、無茶苦茶じゃないか……!)

 

「さあバトルだ、ネオタキオンで魔導剣士に攻撃! 当然攻撃力倍化効果も無効だ!」

 

ネオタキオンの三つの口が同時に開き、金色の光線が魔導剣士に降り注ぐ。それによって魔導剣士は消し飛ばされ、

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

同時に、私の意識も一瞬で刈り取られた。

 

 

 

 

雨は勢いを増していった。

 

ネオタキオンの攻撃によって発生した細かい水飛沫が雨と混じり、ほんの十メートル先ですらよく見えなくなっていた。

 

「僕はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

ターンの終了を宣言してから後ろを見る時雨。よく見えない。

 

「やったか? ……いや」

 

ぼんやりと。白の中に人影が見える。あれは……。

 

「……はあ。やってくれたな」

 

暁型駆逐艦、響。寸分違わぬその姿がそこにはあった。

 

の、だが。

 

「はあ……面倒だ。全くもって……()()()()()()……」

 

(なんだ……? 何かおかしい……?)

 

《No.》は自分に敵意を向けている響しか知らないが、時雨の記憶にある()()()()()()『暁型駆逐艦二番艦響』と照らし合わせても今の響には違和感があった。

 

(何が起こっている?)

 

「気乗りしないが……まあ、やるしかないか。ワタシのターン、ドロー」

 

先ほどまでの気勢はどこへやら、急にやる気のない感じになった響は、ドローしたカードを見ずに右手を高々と上げた。

 

「ペンデュラム召喚。エクストラデッキより来たれ、我がしもべどもよ。レベル4《慧眼の魔術師》、レベル5《星読みの魔術師》、レベル7《降竜の魔術師》、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》。いずれも守備表示だ」

 

タキオンの効果及び高い攻撃力があるためか、随分と消極的だ。

 

「そして慧眼に装備魔法《降格処分》を装備。装備モンスターのレベルは2下がる。これで慧眼のレベルは2だ」

 

「それは……まさか」

 

「そのまさかだ。ワタシはレベル8の《スターダスト・ドラゴン》にレベル2の慧眼をチューニング」

 

《慧眼の魔術師》はチューナーではない。だが、チューナー以外のモンスターをチューナー扱いとして使用できるカードは存在する。

 

「泡沫の希望……その幽かな未来を守りたくば、今一度剣を構えよ、覚醒の剣士。シンクロ召喚。降臨せよ、レベル10、シンクロペンデュラム、《涅槃の超魔導剣士(ニルヴァーナ・ハイ・パラディン)》」

 

《涅槃の超魔導剣士》はペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターをチューナーとして扱い、シンクロ召喚に使用できるのだ。

 

「だが守備表示。それだったらシンクロ召喚する意味は薄いんじゃないのかい?」

 

その時雨の言葉は至極真っ当だ。貫通効果を警戒してのことともとれるが、それだったら慧眼をペンデュラム召喚しないという手もある。それなら破壊効果に強いスターダストを残すこともできるが……。

 

しかし、当の響は意にも介さず、逆に時雨に対して呆れたような視線を向けていた。

 

「気付かないのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何……?」

 

「気付かんのならいいさ。ワタシは超魔導剣士の効果発動。ペンデュラムモンスターをチューナーとして扱ってこのモンスターをシンクロ召喚した時、墓地のカード一枚を手札に戻す。対象はスターダスト。だが、スターダストはシンクロモンスターのため手札ではなくエクストラデッキに行く。ワタシはこれでターンエンドだ」

 

「何を企んでいるのか知らないけど……思い通りにはさせないよ。罠カード《重力解除》発動! フィールドのすべてのモンスターの表示形式を変更する!」

 

響のフィールドのモンスターがすべて攻撃表示になる。時雨のネオタキオンも守備表示になってしまうが、そちらは次のターンで表示形式を変更すればいいだけだ。

 

しかし、響はそれに対して表情一つ変えることはなかった。

 

「構わんさ、好きにしろ。こちらには何の問題もない。……それより早くカードを引いたらどうだ? ターンは移っているぞ?」

 

「っ、言ってくれるじゃないか……僕のターン、ドローッ!」

 

《カードトレーダー》の効果は使わない。今回のドローはそれだけよかった。

 

「僕は《銀河眼の雲篭(ギャラクシーアイズ・クラウドラゴン)》を召喚。そして効果発動、このカードをリリースすることで墓地の《ギャラクシーアイズ》を特殊召喚できる。僕はタキオンを呼び戻す!」

 

クラウドラゴンが海に消えていき、すぐさまタキオンが海中から飛び出してきた。

 

「さらに墓地に存在するクラウドラゴンは、デュエル中一度だけ、自分フィールドの《ギャラクシーアイズ》のオーバーレイユニットにできる! ネオタキオンのオーバーレイユニットとし、さらにネオタキオンの効果発動! オーバーレイユニットを取り除き、相手フィールドのカードの発動及び効果を封じる!!」

 

前のターンと同じように、響のフィールドのカードが灰色に染まっていく。

 

しかし。

 

「ならばワタシはその効果にチェーン発動、速攻魔法《揺れる眼差し》。ペンデュラムスケールをすべて破壊し、その枚数に応じて効果を発動する。ワタシのペンデュラムスケール一組が破壊され、相手に500ダメージを与え、さらにデッキからペンデュラムモンスターを手札に加える。そうだな……では《貴竜の魔術師》を手札に加えるとしよう」

 

時雨:LP:2900→2400

 

「ふむ……最後の手札はタキオンを蘇生するカードかオーバーレイユニットを補充するカードのどちらかだと思ったが……まさか両方を兼ね備えているカードがあるとはな」

 

「さすがに計算外かい?」

 

「いいや、そもそも計算に入れる必要すらない。さしたる障害にはならんからな」

 

言って、嘲るような表情を作る響。普段の彼女からは考えられないようなことだ。

 

しかし彼女はすぐにその表情を苦いものへと変えた。

 

「……時間か。まあ、退屈な時間が終わることはむしろ喜ばしいか?」

 

「何だと……」

 

「ワタシは再び眠る。だが安心しろ」

 

どんっ、と薄い胸板を自ら叩いて言った。

 

「この戦いはワタシの勝ちだ。『勝利の方程式』は()が引き継ぐ」

 

それだけ言って響はゆっくりと目を閉じた。

 

「させるかァ! 僕はネオタキオンを攻撃表示に変更し、オッドアイズに攻撃する!!」

 

彼我の攻撃力の差は2000、響の残りライフは1700。

 

ネオタキオンの攻撃によって、再び大きな水柱が上がった。

 

響:LP1700→0

 

 

 

 

勝った。とうとう。今まで幾度となく戦い、その全てで自分を負かしてきた駆逐艦に。

 

「……ふっ、くく」

 

そう思うと。

 

「くくくっ、くぁーっはっはっはっはっはっはっはァ!!!!」

 

笑いが止まらなかった。

 

土砂降りの雨など気にせず、空を見上げながら高らかに笑っていた。

 

そこにいたのはもはや駆逐艦『時雨』ではなかった。ただ一体の悪魔が、そこにいた。

 

さて。最大の障害は排除した。なら次は誰を狙おうかーー

 

 

ーーなどと考えているのだろうか?

 

「…………………………………………」

 

「はっは、は、は…………!?」

 

立っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ネオタキオンの、効果発動に対する制限は、フィールドだけ。だから私は……墓地の《仁王立ち》の効果を発動したんだ」

 

《仁王立ち》。墓地から除外することで、自分フィールドのモンスター一体に対してしか攻撃できないようにする、というものだ。すなわち、これを発動して攻撃対象をオッドアイズから超魔導剣士へと変更させたのだ。

 

響:LP1700→500

 

(……気づいたら、ターンが経過していた。前のターンのことが全く記憶にない……)

 

一応、ログを見ることでどういう流れでデュエルが進んだのかを知ることはできた。だがそこに残っている記録は正直言って意味不明なものだった。スターダストを使って超魔導剣士をシンクロ召喚したのはなぜだ?

 

しかし、それによって結果的には今の攻撃を耐えきることができた。

 

(まるで全てが最初から計算通り、みたいな……まさかね)

 

「君はこのターン、超魔導剣士以外を攻撃対象にできない……それは、超魔導剣士がフィールドを離れても続く。つまりこのターン、君はもう攻撃できないってわけだ……。そして、超魔導剣士は破壊された場合、ペンデュラムスケールにセットすることができる」

 

「っ……! なら、僕はこれでターンエンドだ」

 

しかし、このままだと次の時雨のターンに敗北してしまう。次のドローが運命を分ける。

 

「私のターン……ドローッ!!」

 

最後のドローカードは、

 

「……よし! 私は貴竜を墓地に送り、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》発動! 手札を一枚墓地に送ることで、除外されているモンスター一体を特殊召喚できる。《調律の魔術師》を特殊召喚しその効果で相手のライフは400回復、自分は400のダメージを受ける」

 

時雨:LP2400→2800

響:LP500→100

 

「そして私はレベル7の降竜にレベル1チューナーの調律をチューニング!! 星屑の竜よ、今一度暗雲を裂いて、果ての青空より再臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

超魔導剣士の効果でエクストラデッキに戻っていたスターダストが再び私のフィールドに降り立つ。

 

「バトルだ、私は星読みでネオタキオンに攻撃!」

 

「攻撃力の差は3300……今度は墓地から何を発動するんだい?」

 

「残念だけど今回は墓地じゃない」

 

訝しげな顔をする時雨を放置し、戦闘は進む。星読みの攻撃がネオタキオンにあたり、しかし両者ともに破壊されなかった。

 

「これは……?」

 

「超魔導剣士のペンデュラム効果。自分のペンデュラムモンスターが攻撃するとき、ペンデュラムモンスターの破壊及び自分への戦闘ダメージを無効にする」

 

その効果により、星読みは破壊されず、3300のダメージも帳消しとなった。

 

「だけど、その行為に何の意味が……」

 

「意味ならあるさ。超魔導剣士の二つ目のペンデュラム効果発動。自分のペンデュラムモンスターが攻撃したダメージステップ終了時、相手モンスターすべての攻撃力をこのターンの間攻撃したペンデュラムモンスターの攻撃力分下げる!」

 

ネオタキオン:ATK4500→3300

タキオン:ATK3000→1800

 

「なっ……!!」

 

タキオンたちの攻撃力が大きく下がる。それでもかなり高い、が……

 

「オッドアイズでタキオンに攻撃! このカードが相手モンスターとの戦闘で相手に与えるダメージは二倍になる!」

 

時雨:LP2800→1400

 

「っ……!」

 

「超魔導剣士の効果が再び発動。ネオタキオンの攻撃力を下げる!」

 

ネオタキオン:ATK3300→800

 

「そん、な……」

 

「とどめだ、スターダストで、ネオタキオンに攻撃っ!!」

 

スターダストの光線がネオタキオンを貫き、爆発四散させた。

 

「くっ……そぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

時雨:LP1400→0

 

 

 

 

「勝っ、た……」

 

その事実を確認した瞬間、私の四肢から一気に力が抜けた。

 

(カオス、ナンバーズ……何だあれは、恐ろしすぎる……)

 

今回勝てたのは、ほとんど奇跡と言っていい。今まででもギリギリだったが、《CNo.》はその危うい均衡を脅かす存在だ。

 

(くそっ……立ち上がりたいけど、体に力が入らない……)

 

そもそもここは一体どこなのか。どれだけの距離を走ってきたのだろう。見回しても海上に目印になるものはなく、速度と時間から移動距離を計算しようにも途中で一度記憶が途切れているために不可能だ。

 

万事休すか。そう思ったとき、人影のようなものが見えた。その人影は、どうやらまっすぐこちらに向かってきているようだ。

 

(……艦娘……いや、多分、深海棲艦だな……だって、艦娘が一人でこの辺りに来る理由なんて……)

 

考えているうちに、瞼が重たくなってきた。眠気にも似た倦怠感が私の身体を覆う。

 

どうやら私と時雨はここで沈むらしい。

 

(い、や……せめて……せめて、司令官に、連絡を……)

 

最後の気力を振り絞り、ディスクの通話機能を入れようとする。せめて《CNo.》の存在だけでも教えておかねば。

 

(あと……ちょっと……)

 

必死に手を伸ばし、ディスクの液晶部分に触れようとーー

 

「ーーえ?」

 

目を、疑った。近づいてきていた影。それは、見知った人物だった。

 

「ーーあ」

 

口が自然とその人物の名を呼ぶ。気づけば私はディスクに手を伸ばすのをやめていた。

 

「あか、つ、き……?」

 

私の意識は、そこまでしかもたなかった。

 

 

 

 

「ーーはっ!?」

 

がばっ! と勢いよく起き上がる。ここは……見慣れた病室だった。

 

「えっと、確か私は《No.》と戦って……そのあと倒れて……で、暁が……暁、そうだ暁!」

 

思い出した。《No.》や《CNo.》を操る時雨を倒したあと、なぜか暁と会ったのだ。そこで私の意識は途切れてしまったけれど、今こうしてベッドで寝ているということは暁がここまで連れてきてくれたのだろうか?

 

時雨がどうなったかは、私にはわからない。だがあの暁が見捨てるとも思えないので、どこかの病室で寝かされているのだろう。

 

(でも、何で暁はあそこにいたんだろう? 直前まで私たちと演習をしていたわけだし……普通に考えたら、尾けられてた、か)

 

私の気遣いは、あまり役に立っていなかったようだ。

 

(……これから、どうしようか。暁に《No.》の存在がバレたのはほぼ確定。そして《No.》がいるとわかった以上きっと暁はじっとしていない。どうしたものか……)

 

妙案が浮かばず、ベッドに身体を投げ出す。と、枕もとの台に乗っている紙に気づいた。

 

(何だこれ……)

 

手にとって見る。そして、

 

「っ!!」

 

私はデュエルディスクを持って病室を飛び出した。

 

 

響へ。

 

私は《No.》と手を組むことにしました。

 

止めたければ、あの日と同じ場所に来なさい。

 

暁より。

 

 

 

 

特殊物資搬入用港。光源の少ないこの場所で、暁は海を見ていた。

 

背後の足音を聞いて、『彼女』がここに来たことを察した。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

彼女はどうやら相当急いで来たらしい。服装は入院着のままだし、息は乱れ、髪の毛もボサボサになっている。

 

しかし、その瞳の闘志だけはいつも通りだった。

 

「……………………」

 

そんな彼女に敬意を払って、暁は黙ってディスクを構えた。前腕では《No.》の紋様が主張していた。

 

宣言は、同時だった。

 

「「デュエル!!!」」




響さん、連戦です。次は一話以来の相手、暁。作中でも語られていますが何度もデュエルし、一度も勝利できていない相手です。

んではデッキ解説です!

響さんは【魔術師】。《降竜の魔術師》が【銀河眼】に刺さる刺さる……間違いなく今回のキーカードです。《涅槃の超魔導剣士》は初のペンデュラムスケールへ。初登場時は破壊された時ペンデュラムスケールが埋まっていたため使われなかったんですね。

時雨さんは【銀河眼】。とにかく打点が高い。2500を平然と超えてくるので響さんはさぞ辛かったことでしょう。
《カードトレーダー》は、幸運艦と呼ばれる時雨さんだからこそ、って感じです。幸運艦の彼女に一ターンに二度のドロー権を与えたら……という。これは仮想デュエルですが、実際に時雨や雪風がいたら是非とも使っていただきたいものです。
《CNo.》……ついに出しました。出しづらい代わりに非常に強力な効果を持つカード群ですので、響さんはさらに苦戦することに……?

響さんに乗り移った(?)あの人は……まあ、そのうち。

次回、今度は前回のような手抜きは無し、全力全開の暁戦です!!!


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セカンド・デュエル

遅くなってしまって申し訳ありません。

作中ではまだマスタールール3です。一区切りつくまではこのままで行くつもりですので、悪しからず。


「私は魔法カード《真紅眼融合(レッドアイズ・フュージョン)》発動。手札、フィールド、デッキから《レッドアイズ》を含む素材となるモンスターを墓地に送り、融合召喚を行う。デッキの《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《デーモンの召喚》を素材として、融合!」

 

暁とは、これで何度目のデュエルだろう。私は一度も勝てなかったけれど、少なくともその全てが楽しく、かつ手に汗握るものだった。

 

「紅蓮の瞳を持つ竜よ、悪魔の力をその身に宿し、立ちふさがる壁を突き破れ! 融合召喚! レベル9《悪魔竜 ブラック・デーモンズ・ドラゴン》!!」

 

しかし今の暁は、きっと手加減とか、そう言うことはしないだろう。すなわち、正真正銘、全身全霊をかけた戦いだ。

 

「魔法カード《黒炎弾》発動。相手に自分フィールドの《真紅眼の黒竜》の攻撃力分のダメージを与えるわ。そして、《真紅眼融合》で特殊召喚したモンスターは《真紅眼の黒竜》としても扱うから、《悪魔竜 ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の攻撃力、すなわち3200のダメージを与える!」

 

「…………っ!」

 

響:LP8000→4800

 

「さらに魔法カード《レッドアイズ・インサイト》発動。手札かデッキから《レッドアイズ》モンスターを墓地に送り、デッキから《レッドアイズ》の魔法か罠を手札に加える。デッキの《真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)》を墓地に送り《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》を手札に。カードを二枚伏せてターンエンドよ」

 

なのに。

 

「………………………………」

 

「……ちょっと?」

 

なのに。

 

「………………っ!」

 

(なんで……カードが引けないんだ……!)

 

指先は震えていた。デッキトップのカードにかけられた指は、コンクリートで固められたかのように動かない。

 

闘志が無いわけではない。ここで暁を見逃せば、《No.》が何をするかわかったものではない。

 

だが、その何倍も何十倍も強く、暁を傷つけたくないと思っているのだ。

 

(ドローしなくちゃ……しなくちゃ、いけない……のに……)

 

頭ではわかっているのだ。しかし、身体が言うことを聞いてくれない。

 

その時だった。

 

「……響」

 

「! 暁……?」

 

《No.》に取り憑かれているはずの暁が、私の名前を呼んだ。いや、《No.》は取り憑いた艦娘と同じような言動をとるからそれ自体はおかしいことではないのだが、今の暁の言葉の奥には、なんと言うか、暖かさみたいなものを感じた。常日頃の暁が持つ、あの感じだ。

 

「……私は、響に何かを強要する気は無いわ。ただ……響が正しいと思える、そう信じられることをして。もちろん私は全力で抵抗するわ。だから……響も、全力で来て」

 

「暁……」

 

見れば、暁のひたいには汗が浮かんでいた。顔色も優れない。もしかしたら、《No.》の支配から逃れるために暁も戦っているのかもしれない。

 

なら。

 

「…………わかった。私も、全力で行く」

 

もう、躊躇する理由がない。

 

「私のターン、ドロー!!」

 

(《悪魔竜 ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の効果は、自身の戦闘中、相手のカード効果の発動を封じるのと、戦闘を行なったバトルフェイズ終了時に墓地の《レッドアイズ》の攻撃力分のダメージを与える、だ。墓地に二体の《レッドアイズ》がいる以上、なるべくなら戦闘は避けたいな……)

 

「私はスケール2の《曲芸の魔術師》とスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》でペンデュラムスケールをセッティング」

 

二体のスケールでペンデュラム召喚できるのはレベル3のモンスターだけ。ペンデュラム召喚を行なってもいいのだけど、今回は別の戦術をとる。

 

「モンスターを裏側守備表示で召喚。カードを二枚伏せてターンエンドだ。そしてこのエンドフェイズ、オッドアイズの効果発動。自身を破壊することで、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを手札に加える。《慧眼の魔術師》を手札に加えて、ターンエンド」

 

「《オッドアイズ》に《魔術師》……私もこのエンドフェイズにカードを発動するわ。永続罠《真紅眼の鎧旋》。一ターンに一度、自分フィールドに《レッドアイズ》が存在する時、墓地の通常モンスター一体を特殊召喚できる。よみがえれ、《真紅眼の黒竜》!」

 

《真紅眼の鎧旋》は前のターンに手札に加えていたし、この展開は予想通りだ。

 

(となると、次に考えられるのは……)

 

「私のターン、ドロー! ……《可変機獣 ガンナードラゴン》を召喚。このモンスターは、レベル7だけど攻守が半減する代わりにリリースなしで召喚できる」

 

「そっちか! 永続罠《連成する振動》発動。一ターンに一度、自分のペンデュラムスケールを破壊し一枚ドローする。曲芸を破壊しドロー!」

 

想像していたものとはちょっと違ったが、どのみち《連成する振動》は今のうちに発動しておかなければいけない。

 

なぜなら、

 

「……読まれてた、か。私はレベル7の《真紅眼の黒竜》とガンナードラゴンでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

(ここでエクシーズ召喚されるモンスター……いつもの暁なら()()()()()だ)

 

思い当たるカードがある。私を幾度も苦しめたカードだ。

 

が。

 

「うくっ!? くっ、あぁぁ!!」

 

「暁!?」

 

何かを抑えるように頭を抱え、空に向かって吠える暁。一体何が起こっている?

 

(もしかして……《No.》が《No.》をエクシーズ召喚させようとして、暁がそれを抑え込んでいる、のか?)

 

確かめようがない仮説は、私の頭の中をぐるぐる回るだけだった。

 

ひとしきり吠えた後、暁はおもむろに手を空に向け、口上を唱え始めた。

 

「紅蓮の瞳を持つ竜よ、鋼鉄の鎧をその身に纏い、爆炎をもってこの戦場を制圧せよっ!! エクシーズ召喚!! 来て、ランク7《真紅眼の鋼炎竜(レッドアイズ・フレアメタルドラゴン)》ッ!!」

 

「《No.》じゃ……ない……!」

 

現れたモンスターは、私の見覚えのあるモンスターだ。どうやら暁が競り勝てたらしい。

 

「鋼炎竜の効果……オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地の通常モンスターの《レッドアイズ》を特殊召喚できるわ。《真紅眼の黒炎竜》を特殊召喚。そして黒炎竜でそのセットモンスターに攻撃!」

 

「黒炎竜で……?」

 

「……何よ。攻撃力の低いモンスターから攻撃するのはそんなにおかしなことじゃないでしょ?」

 

「それは、そうだけど……まあいいさ、破壊された《EM インコーラス》の効果発動。このカードが戦闘破壊された時、デッキからペンデュラムモンスターでない《EM》を特殊召喚する。来い、《EM アメンボート》!」

 

「待った。鋼炎竜が存在する限り、相手がカードの効果を発動するたびに500のダメージを与えるわ」

 

響:LP4800→4300

 

今の暁の行為に感じた引っかかり。それを確かめるため、私はあえてステータスの低いアメンボートを選び、攻撃表示で特殊召喚した。

 

「攻撃力500……鋼炎竜で攻撃よ」

 

「アメンボートの効果発動。攻撃対象になったとき、自身を守備表示にすることでその攻撃を無効にする」

 

「……鋼炎竜の効果でダメージ」

 

響:LP4300→3800

 

(……やっぱり)

 

感じていた違和感が、確信に近いものに変わる。

 

(間違いなく、暁は手を抜いている)

 

先ほどの通り、《悪魔竜 ブラック・デーモンズ・ドラゴン》には自身の戦闘中カード効果の発動を封じる効果がある。その効果のことを考えれば、安全策としては伏せモンスターをブラック・デーモンズで攻撃するほうがいい。他のモンスターで攻撃して、万が一《聖なるバリア ーミラーフォースー》なんかを発動されたら大打撃だ。

 

何より、そういう風に不確定要素を潰しつつ攻めるのが暁らしい戦い方でもあるのだ。

 

(今までのデュエルでも、ずっとそうだった。暁はここぞというとき以外はなるべく慎重に、安全に攻めていくタイプだった。それに今回は、ブラック・デーモンズ以外の攻撃力の合計でも私のライフを上回っている。《真紅眼の鎧旋》やブラック・デーモンズの効果ダメージもあるし……)

 

ではなぜ、わざわざそんな手を打ったのか。

 

(……暁は待っているんだ。私の答えを……『私の信じる正しいこと』を……!)

 

「《真紅眼の鎧旋》の効果発動、墓地から《デーモンの召喚》を特殊召喚し、《デーモンの召喚》でアメンボートに攻撃!」

 

流石にもう攻撃を防ぐ手段がない。アメンボートは守備表示なのでダメージはないが。

 

「ブラック・デーモンズでダイレクトアタック!」

 

「っ、があぁぁ!!」

 

響:LP3800→600

 

「バトルフェイズを終了し、ブラック・デーモンズの効果発動。このカードが戦闘を行なったバトルフェイズ終了時、墓地の《レッドアイズ》を対象とし、その攻撃力分のダメージを与える! 対象は《真紅眼の黒竜》よ」

 

《真紅眼の黒竜》の攻撃力は2400。私の残りライフの四倍だ。

 

「ぅぅ……罠カード《エネルギー吸収板》発動! 効果ダメージを、その数値分の回復へと変える!」

 

「でも、鋼炎竜の効果が発動。ダメージを受けなさい」

 

「分かってるさ……くっ」

 

響:LP600→100→2500

 

「ブラック・デーモンズの対象となった《レッドアイズ》はデッキに戻るわ。そして私は魔法カード《七星の宝刀》発動。手札かフィールドのレベル7モンスターを除外して二枚ドローできる。フィールドの黒炎竜を除外しドロー。……私はこれでターンエンドよ」

 

私の残りライフのことを考えると、あと効果を使えるのは四回が限度だ。

 

「私のターン……ドロー!」

 

(鋼炎竜は効果では破壊できない。でも、戦闘でなら……!)

 

「私はスケール4の《EM トランプ・ウィッチ》とスケール5の《慧眼の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティングし、慧眼のペンデュラム効果発動。反対側のスケールに《EM》が存在する時、自身を破壊してデッキの《魔術師》をペンデュラムスケールにセットする。スケール8の《竜穴の魔術師》をセット!」

 

「鋼炎竜の効果でダメージ!」

 

響:LP2500→2000

 

二体のスケールでレベル5から7までをペンデュラム召喚できる。

 

「ペンデュラム召喚! エクストラデッキからあらわれよ、私のモンスターたち! レベル5《曲芸の魔術師》、レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》! そしてトランプ・ウィッチのペンデュラム効果発動。私のフィールドのモンスターを使用して融合召喚を行う! 曲芸とオッドアイズを融合!」

 

「さらに鋼炎竜の効果……!」

 

響:LP2000→1500

 

「ふた色の眼の龍よ。神秘の力をその目に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!! バトルだ、ルーンアイズで《デーモンの召喚》に攻撃! 上級モンスターの魔法使い族を素材として融合召喚されたこのモンスターは相手モンスターに三回攻撃できる!」

 

この効果は永続効果。効果の発動ではないので鋼炎竜のバーン効果は発動しない。

 

暁:LP8000→7500

 

「続けて鋼炎竜に攻撃!」

 

「………………」

 

暁:LP7500→7300

 

「バトルフェイズを終了、連成の効果でトランプ・ウィッチを破壊して一枚ドロー。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

「《真紅眼の鎧旋》の効果で《デーモンの召喚》を特殊召喚。さらに永続罠《闇次元の解放》発動、除外されている闇属性モンスターを特殊召喚する。帰って来なさい、《真紅眼の黒炎竜》!」

 

暁のフィールドに次々とモンスターが並ぶ。折角減らしたのに、これではプラスマイナスゼロだ。

 

(……いや、そうでもないか。鋼炎竜を除去できたのは大きい)

 

これで行動を制限されることはなくなった。

 

改めて、考える。

 

(『私の信じる正しいこと』……か。それってなんなんだろうか。私の信じる……)

 

私が信じているもの。それはーー

 

(ーーああ、そうか。いや、でも、そうするにはキーパーツが……)

 

見つけた。私の信じられる道。ただそれを実行に移すにはデッキの中に一枚ずつ眠っているカードをドローしなくちゃいけない。

 

(できるかな…………いや、違う。やる。やってみせる!)

 

となれば次の暁のターンも、絶対に生き延びねばならない。

 

だが決めたのだ。私は私の信じることをする。

 

(信じているよ……暁)

 

「私のターン、ドロー!」




ここまでで発生した総効果ダメージ量が8000を超えているという異常事態(《エネルギー吸収板で回復した分も含めて、ですが)。

次回、響さんの反撃。


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信じる力

「魔法カード《地割れ》発動。相手フィールドの攻撃力が最も低いモンスターを破壊する。響のフィールドのモンスターは《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》だけ。破壊するわ!」

 

「っ……」

 

ルーンアイズはカード効果への耐性を持つが、それは融合召喚されたターンだけだ。割れた地面の中にルーンアイズが落ちて行く。

 

「《真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)》はデュアルモンスター。再度召喚することで効果モンスターとして扱うことができるわ。黒炎竜を効果モンスターにし、バトルよ。黒炎竜でダイレクトアタック!」

 

私の残りライフを優に上回る威力を持つその攻撃は、

 

「罠カード《星墜つる地に立つ閃こう(スターダスト・リ・スパーク)》発動!」

 

しかし通らない。

 

「自分の残りライフより高い攻撃力を持つモンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。その攻撃を無効にし、一枚ドロー、その後、エクストラデッキから《スターダスト》を特殊召喚する! 来い、《スターダスト・ドラゴン》!!」

 

「スター……ダスト……」

 

暁がうわごとのように呟く。暁自身にとっては見たこともないカードのはずだが、きっと《No.》と一体になっていることで多少の知識を得ているのだろう。

 

「さらに罠カード《和睦の使者》を発動。このターン中、私は戦闘ダメージを受けず、私のモンスターは戦闘破壊もされない!」

 

《悪魔竜 ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の戦闘時は私はすべてのカードの発動を封じられてしまう。こうするときっと暁は攻撃してこないだろうが、それはそれで問題ない。

 

「……じゃあカードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

「私のターン、ドロー……!」

 

キーカードは引けない。それならそれで、このターンの最善を尽くすとしよう。

 

「《EM シルバー・クロウ》をペンデュラムスケールにセット。そして永続罠《連成する振動》の効果発動。シルバー・クロウを破壊してドローする!」

 

(……また引けない……まあいいさ!)

 

「スケール2の《EM ダグ・ダガーマン》をスケールにセット。そしてそのペンデュラム効果発動。このカードを発動したターンのメインフェイズ、墓地の《EM》一体を手札に戻すことができる。《EM アメンボート》を手札に戻す!」

 

反対側のペンデュラムスケールにはすでにスケール8の《竜穴の魔術師》がセットされている。

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、我がモンスターたち! エクストラデッキよりレベル4《EM シルバー・クロウ》、《慧眼の魔術師》、レベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、手札よりレベル4《EM アメンボート》! 続いてオッドアイズと獣族のシルバー・クロウをリリース!」

 

「その召喚方法……あいつね」

 

暁は明言しなかったが、きっと彼女の想像通りだ。

 

「ふた色の眼の龍よ。野生をその心に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》! さらに、レベル4の慧眼とアメンボートでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

エクシーズ召喚は、なにも《No.》の専売特許というわけではない。

 

「奏でるは至高の唄、指揮者の魔人の力をここに。エクシーズ召喚! 現れて、ランク4《交響魔人 マエストローク》! そして効果発動、オーバーレイユニットを一つ取り除き、相手フィールドのモンスター一体を裏側守備表示にする。ブラック・デーモンズを裏側守備表示にさせてもらうよ!」

 

「効果が使えない……か」

 

「そうさ。それにブラック・デーモンズの守備力は2500、ビーストアイズの攻撃力を下回っている! バトルだ、ビーストアイズで裏側守備表示のモンスターに攻撃!」

 

戦闘破壊できれば、ビーストアイズの効果でダメージが与えられる。反撃の狼煙にはちょうどいい。

 

「罠カード《リフレクトネイチャー》発動!」

 

しかし、やはり暁には届かない。

 

「このターン相手が発動した効果ダメージを全て跳ね返す! ビーストアイズの効果は強制発動、つまりこれで終わりよ!」

 

「くっ、知ってたか……!」

 

ビーストアイズの戦闘破壊時に融合素材とした獣族モンスターの攻撃力分のダメージを与える効果は任意効果でない。強制発動の誘発効果だ。つまりこのままだと、自滅することになってしまう。

 

(仕方ないか……!)

 

「速攻魔法《禁じられた聖衣》発動! モンスター一体は、このターン、攻撃力が600下がり、効果の対象にならず、効果では破壊されない! 対象はビーストアイズだ!」

 

ビーストアイズの攻撃力が600下がり、2400になる。ブラック・デーモンズの戦闘破壊は成立しなくなった。

 

響:LP1500→1400

 

「スターダストで黒炎竜に攻撃!」

 

「………………」

 

暁:LP7300→7200

 

「バトルフェイズ終了、メインフェイズ2に魔法カード《アドバンスドロー》発動。自分フィールドのレベル8以上のモンスターをリリースし、二枚ドローする。ビーストアイズをリリースしドロー! ……カードを二枚伏せてターンエンド」

 

「じゃあ永続罠《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》の効果発動。自分フィールドに《レッドアイズ》が存在するから、墓地の通常モンスターである黒炎竜を特殊召喚するわ。そして私のターン、ドロー!」

 

暁はドローカードを見て眉をひそめた。おそらく今使えないカードだったのだろう。

 

しかしそれも一瞬だけ。次の瞬間には暁の表情は元に戻っていた。

 

「召喚権を使って黒炎竜を効果モンスターにするわ。さらにブラック・デーモンズを攻撃表示に変更。バトルよ!」

 

「待った! それならメインフェイズ終了時、永続罠《追走の翼》と罠カード《デストラクト・ポーション》を発動する! まず《デストラクト・ポーション》の効果で自分のモンスター一体を破壊し、その攻撃力分ライフを回復する。マエストロークを破壊してその攻撃力1800のライフを得る!」

 

響:LP1400→3200

 

「さらに《追走の翼》の効果発動。自分フィールドのシンクロモンスター一体は、このカードが存在する限り破壊されない!」

 

「……ブラック・デーモンズでスターダストに攻撃っ!」

 

響:LP3200→2500

 

「続けて黒炎竜でスターダストに攻撃!」

 

「!? そんな、攻撃力は……」

 

黒炎竜の攻撃力は2400。スターダストより低い以上、当然破壊される。

 

暁:LP7200→7100

 

「でもこれで墓地に通常モンスターの《レッドアイズ》が送られたわ。つまり……」

 

「! ブラック・デーモンズの効果か!」

 

「そうよ。私はバトルフェイズを終了し、ブラック・デーモンズの効果発動! このカードが戦闘を行なったバトルフェイズの終了時、墓地の通常モンスターの《レッドアイズ》を選択し、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える! 黒炎竜を選択し、その攻撃力2400のダメージよ!」

 

ブラック・デーモンズの炎が私に迫る。

 

防ぐすべは、ない。

 

「ぐ、ぁぁぁああ!!!」

 

響:LP2500→100

 

再び残りライフが100になる。しかし私は倒れるわけにはいかない。二本の足で体重をなんとか支え、踏みとどまる。

 

「……この効果の対象にした《レッドアイズ》はデッキに戻る。カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

「……このエンドフェイズに《連成する振動》の効果でダグダガーマンを破壊してドロー……!」

 

ドローカードは、

 

(! 来た……あと一枚!)

 

「私のターン、ドロー!」

 

渾身のドロー。結果はどうだ……?

 

「……これだ! 魔法カード《エクスチェンジ》発動!」

 

「《エクスチェンジ》? それって確か、お互いに相手の手札を確認して、その中から欲しいカード一枚ずつを交換するカードでしょ? なんでそんなカード……」

 

「確かに普段はあまり使い道はないかも知れないけれど、必ずしも無駄なカードというわけじゃない。……お互いに手札は一枚。交換しようじゃないか」

 

暁に手札を渡し、代わりに彼女の手札を受け取る。《ワン・フォー・ワン》。手札のモンスター一体をコストにデッキか手札からレベル1モンスターを特殊召喚するカードだ。《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》等を特殊召喚するためだろう。

 

……さて。

 

「私はこれでターンエンドだ」

 

私のエンド宣言に、暁が驚いて言った。

 

「! 正気? このままだったら……」

 

「うん。間違いなく私の負けだね」

 

「じゃあなんで!」

 

「でも私は、何もサレンダーしたわけじゃない。暁にターンを渡しただけだ」

 

「それはそう、だけど……」

 

暁の言いたいことはよくわかる。私の言っていることは所詮屁理屈で、結局私の負けに変わりはないのだ。

 

だがその小さな違いこそが、私の賭け。

 

「さあ、暁のターンだ。来てくれ」

 

「……私のターン、ドロー」

 

そしてここから先は暁のターン。私にやれることはない。ブラック・デーモンズで攻撃されて敗北しても、文句は言えない。

 

「何を企んでいるの?」

 

「別に何も企んではいないさ。ただちょっと、賭けただけだ」

 

「賭け? これが? ただデュエルを放棄しただけじゃない!」

 

「いいや違う。私は諦めてなんかいない。……確かにこれは分の悪い賭けだ。もしかしたら宝くじの一等が当たるかどうかに命をかけるのと同じくらい馬鹿馬鹿しいのかもしれない」

 

でも。

 

「でも、私は信じる。私が正しいと信じることを信じる。私の姉を、暁を信じる!」

 

「ひび、き…………」

 

沈黙は長かった。それでも私は待つ。いくらだって。暁が待ってくれたように、今度は私が、暁の決断を待つ。

 

そして、その時は来た。

 

「私はーー《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》を、召喚!」

 

「……そうか」

 

私は、スッと目を閉じた。

 

「《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》は、リリースすることでデッキから《レッドアイズ》を特殊召喚できる。《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を特殊召喚するわ」

 

「……?」

 

(ブラック・デーモンズでスターダストを攻撃すれば、勝負は決まる。なのに、なんで《真紅眼の黒竜》を特殊召喚したんだろう……?)

 

そう疑問に思っていると、フッと優しく笑って暁は言った。

 

「これで良いのかわからないけれど……信じてくれた以上、応えないとね」

 

「? それは、どういう……」

 

「こういうことよ。罠カード《魂のリレー》発動!! 手札からモンスター一体を特殊召喚するわ! 来なさい、《調律の魔術師》!!」

 

《調律の魔術師》が暁のフィールドに現れる。と、いうことは……

 

「調律が特殊召喚された時、相手のライフを400回復し、私は400のダメージを受けるわ。ただし、《魂のリレー》の効果で特殊召喚したモンスターがいる限り私はダメージを受けない」

 

響:LP100→500

 

「……ありがとね、響」

 

「……私は何もしてないさ」

 

数瞬の沈黙。その後、ニッと笑って暁は言った。

 

「さあ! 行くわ、刮目なさい! レベル7の《真紅眼の黒竜》にレベル1チューナー《調律の魔術師》をチューニングッ!!」

 

調律が一つの輪になり、その中を《真紅眼の黒竜》が通って行く。

 

 

「真紅の悪魔よ! 荒れ狂う逆境の高波を超え、我が『力』の限界、その先を見せよ!! シンクロ召喚! 現れろ、レベル8ーー《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ッ!!」

 

 

「レッド……デーモンズ……!」

 

赤と黒のボディ。悪魔を彷彿とさせるシルエット。大きな翼をはためかせながら、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》はゆっくりとフィールドに降りて来た。

 

攻撃力は3000。効果はわからないが、あの攻撃的な見た目からしておそらくカードを破壊する効果は持っているだろう。

 

「流石だ、暁……」

 

自然とそんな言葉が漏れる。だってここは現実世界。『狭間の鎮守府』ではないのだ。にもかかわらず、彼女は新たなカードを創造した。ということは、《No.》の呪いすら逆用したのだろうか?

 

(すごいや……やっぱり、暁はすごい)

 

思わずため息が出た。

 

瞬間。

 

「ーー!」

 

ガクッ! と暁が膝をつき、そのまま地面に倒れた。

 

「あ、暁っ!?」

 

何が起きたというのか。

 

(まさか、《No.》の呪いを逆用した代償? そんな……!)

 

暁は動かない。気絶しているのだろうか?

 

私は急いで暁のもとに駆け寄り、肩を掴んで軽く揺さぶる。と、暁はゆっくりと瞼を開けた。

 

「ふふ……やっぱり、そう都合よくは行かないわね……」

 

「暁っ、どうしたんだ、一体何が……!」

 

「多分、これが原因よ」

 

そう言って暁は墓地から一枚のカードを取り出した。

 

そのカードは、

 

「《魂のリレー》?」

 

「これの効果で特殊召喚したモンスターがフィールドを離れた時、私は敗北する。その効果によって、私が負けたってことよ」

 

《魂のリレー》で特殊召喚したのは《調律の魔術師》。その《調律の魔術師》がシンクロ召喚によってフィールドを離れたため、暁が敗北した、ということか。

 

(じゃあ暁がこうして衰弱しているのは《No.》を使って敗北したからなのか? ……ってことは今までデュエルした《No.》使いが皆気絶したのはそういうデメリットがあったからなのか)

 

てっきり、実体化した爆風を受けたせいだけだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 

「でも、だったらどうして《魂のリレー》を使ったんだ! それを使わずスターダストに攻撃していれば、君は勝ったというのに……!!」

 

私の指摘を受け、しかし何故か暁は笑った。

 

「……妹の思いを踏みにじるなんて、できるわけないじゃない。だって私はお姉ちゃんなのよ?」

 

「っ……馬鹿……っ!」

 

本当に、どこまでも優しい人だ。

 

『……水ヲ差スヨウデ悪イガ』

 

不意に、声。驚いてそちらを見ると、黒い靄のような何かが空中に漂っていた。

 

「お前、は……」

 

『ワカッテイルダロウ?』

 

彼女(?)の言う通り、確かに私はこの声に聞き覚えがある。

 

以前、《No.》に取り憑かれた菊月と争った後だ。

 

「《No.》……お前が《No.》の正体か! でも、なんでここに……」

 

『……ソコノ小娘ガ、《No.》ヲ拒否シ、アマツサエ敗北シオッタカラダ』

 

「でも私の時は出て来なかったじゃないか」

 

『ソモソモ貴様ガスターダストヲ生ミ出シタノハ『狭間の鎮守府』トヤラダロウ? ダカラ貴様ガ『こちら側』ニ戻ル前ニ貴様カラ抜ケ出シタノサ』

 

……詳しくはわからないが、ようは《No.》は宿主がデュエルするまではその身体からの出入りが可能、ということか。

 

「……で、どうする気だい? 再び私に取り憑くか?」

 

『マサカ。ソレデスターダスト以外ノ札ヲ手ニ入レラレテモ厄介ダシナ』

 

「なら他の艦娘に取り憑くか。残念だけれど私はもう迷わないよ。たとえイタチごっこだったとしても、私はお前を逃さない」

 

『ダロウナ。コレカラノコトハ……』

 

沈黙。

 

『……絶賛考エ中ダ』

 

「えぇー……」

 

なんというか、この黒い靄、非生物的な形状をしているくせに、言動がやたら人間臭い。

 

案外、艦娘(わたしたち)と近い存在なのかもしれない。

 

「……じゃあ、せめて教えなさいよ」

 

その時、地面に倒れたままの暁がボソッと呟いた。

 

『何ヲダ』

 

「あなたは結局何者なの? どうやって生み出されたの? 艦娘を襲って、最終的にどうするつもりなの……?」

 

『多イナ。質問ハヒトツズツガ鉄則ダロウ』

 

「ならまずは目的を教えなさい」

 

靄は少々ためらったようだった。が、数秒後に口を開いた。

 

『……目的、カ。ソウダナ……』

 

またも沈黙。きっと靄は、暁の質問に応えようとしているのだろう。

 

(……もしかしたら、この靄は話せばわかってくれるかもしれない……なんて、都合が良すぎるかな)

 

でも。靄の目的次第では、艦娘を襲う以外の道を見つけることができるかもしれない。都合のいい妄想かもしれないけれど、可能性はきっとゼロではない。

 

しかし。

 

それは叶わなかった。

 

『ーーーーーーーー』

 

唐突に靄がかき消えたのだ。

 

「な、何……?」

 

困惑する暁。私だって何が起こっているのかわからない。

 

だが、

 

「…………………………………………」

 

背後。奇妙なほどに静かな海。

 

そこに、いた。私の宿敵が。

 

「ネタバレはそこまでにしてもらえるかな?」

 

深海棲艦、航空母艦ヲ級。その手にはあの夜と同じ、真っ白のカードがあった。

 

(……いや)

 

その真っ白のカードは、黒い靄を吸い込み、みるみるうちに真っ黒になった。

 

つまりあのカードこそ、初期艦の力で生み出された封印のカード。

 

「………………………………」

 

「ちょ、ちょっと、響?」

 

気づけば私は一歩踏み出していた。さらに二歩、三歩と地面を踏み、やがて海へと。

 

「レベル上げは十分かい、勇者サマ」

 

「わからんさ。でも」

 

ディスクを構える。

 

「前回の私と同じと思わない方がいい」

 

「それはいい。やりがいがありそうだ……!」

 

今度は、負けない。

 

「「デュエルッ!!!」」




【EMオッドアイズ魔術師】vs【真紅眼】でした。
デッキか解説〜。

【EMオッドアイズ魔術師】は平常運転。ただし今回は純粋な勝利が目的ではないので、ちょっと違う感じに。勝つことより生き残ることに重点を置いたデュエルでした。……普段も似たようなものかもしれませんが。
【真紅眼】、本気バージョンです。初回よりも圧倒的に攻撃面での性能が上がっております。あの時は躊躇した《黒炎弾》を感慨なく発動するあたりに《No.》に取り憑かれた感じが出ています。
《レッド・デーモンズ・ドラゴン》、登場です。やっぱり響の《スターダスト・ドラゴン》と対にするには暁に使わせるべきかな、と。

さあて、暁戦後続けてヲ級と再戦です。響さん大変ですね(他人事)。

次回、宿命のリベンジマッチ!!


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『あの夜』の決着へ

いい加減デュエル回になると一月近く空いてしまうのをどうにかしたい今日この頃です


「先攻はもらった、私はスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とスケール8の《EM オッドアイズ・ユニコーン》でペンデュラムスケールをセッティング! これでレベル5から7までのモンスターが同時召喚可能だ」

 

ヲ級の使ってくるデッキは、前回と同じなら【ヴェルズ】だ。とすれば、警戒しなくちゃいけないのは、

 

(……《ヴェルズ・オピオン》。上級モンスターの特殊召喚を制限してくるあのカードには特に注意しなきゃだな)

 

「ペンデュラム召喚! 手札から現れろ、レベル5《EM ゴムゴムートン》! ……カードを一枚伏せてターンエンドだ。この時、ペンデュラムスケールの《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の効果発動。自壊し、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを手札に加える。《慧眼の魔術師》を手札に加える」

 

「……また慧眼」

 

背後の暁のツッコミはスルーする。仕方ないだろう、強力なカードなんだから。

 

とにかく、次はヲ級のターンだ。

 

「私のターン、 ドロー!」

 

さて、どう動く。

 

「私は手札の《ヴェルズ・マンドラゴ》の効果発動。このカードは相手フィールドの方がモンスターの数が多い時、特殊召喚できる。さらに《ヴェルズ・ヘリオロープ》を通常召喚。そして私は、レベル4のマンドラゴとヘリオロープでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

二体の《ヴェルズ》が渦の中へと消えて行く。

 

「歪んだ正義を振りかざし、堕ちた光はやがて闇をも喰らう絶望となる! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《ヴェルズ・オピオン》!!」

 

「っ、やっぱりそいつか……!」

 

オピオンの効果は、フィールドに存在する限り互いの上級モンスターの特殊召喚を禁止する永続効果と、

 

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、オピオンの効果発動。デッキから《侵略の》と名のついた魔法か罠を手札に加える。《侵略の汎発感染》を手札に加え、バトルだ。オピオンでゴムゴムートンに攻撃!」

 

ゴムゴムートンの守備力を上回る攻撃力を秘めたオピオンの爪がゴムゴムートンに振り下ろされる。

 

だが、

 

「ゴムゴムートンの効果発動。一ターンに一度、自分のモンスターの戦闘破壊を無効にする!」

 

オピオンには貫通効果もないため、私にダメージは発生しない。

 

「そうか……じゃあ、カードを二枚伏せてターンエンド」

 

今伏せられた二枚のうち、一枚はおそらく《侵略の汎発感染》。《ヴェルズ》モンスターを魔法及び罠の効果から守る速攻魔法だ。

 

(だったら……!)

 

「私のターン、ドロー!」

 

上級モンスターの特殊召喚はできないが、それでも構わない。

 

「私はスケール5の《慧眼の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング。そして永続罠《臨時収入(エクストラバック)》を発動! 自分のエクストラデッキにカードが加わるたびに、このカードに魔力カウンターが乗る。さらに《慧眼の魔術師》のペンデュラム効果発動! 反対側のスケールに《EM》が存在するとき、自壊することでデッキの《魔術師》をペンデュラムスケールにセットする。スケール1の《竜脈の魔術師》をセット!」

 

そして、《慧眼の魔術師》がエクストラデッキに加わったことで《臨時収入》に魔力カウンターが乗る。

 

「ペンデュラム召喚! エクストラデッキより現れろ、我がモンスター! レベル4《慧眼の魔術師》! そしてゴムゴムートンと慧眼をリリースし、《EM スライハンド・マジシャン》をアドバンス召喚!!」

 

「なるほど、ペンデュラム召喚ではなくアドバンス召喚をすることで、オピオンのロックをすり抜けた、と」

 

「そうさ、そしてそれだけじゃない。スライハンドの効果発動! 手札を一枚墓地に送ることで、表側表示のカード一枚を破壊する! オピオンには消えてもらうよ」

 

スライハンドが手に持った杖を振るうと、マジックのようにオピオンが一瞬で消え去った。

 

「バトルだ、スライハンドでダイレクトアタック!」

 

ヲ級の場にモンスターはいない。まずは一撃ーー

 

「罠カード《ピンポイント・ガード》発動。相手モンスターの攻撃宣言時、墓地のレベル4以下のモンスターを破壊耐性を与えて守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、ヘリオロープ!」

 

ガッ! と音を立てて、スライハンドの杖とヘリオロープの剣が拮抗する。先のオピオンと同じく、スライハンドにも貫通効果はない。

 

「……私はこれでターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

【ヴェルズ】はランク4のエクシーズを連発してくるデッキだ。となると、今蘇生されたヘリオロープも次への布石か。

 

「私は《ヴェルズ・カストル》を召喚。そしてこのモンスターが召喚に成功したターン、もう一体《ヴェルズ》を召喚できる。《ヴェルズ・オ・ウィスプ》を召喚。私は、レベル4のヘリオロープ、カストル、ウィスプの三体でオーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

(! 三体使用してのエクシーズ召喚……!?)

 

「歪んだ正義を振りかざし、汚染された神罰の槍はついに神々へと牙を剥く!! エクシーズ召喚!! 現れよ、ランク4《ヴェルズ・ウロボロス》ッ!!」

 

《ヴェルズ・ウロボロス》。前回のデュエルでは出てこなかったはずだ。

 

つまり効果がわからない。

 

(ステータスもスライハンドを上回ってる……効果次第では本当にまずいかも……)

 

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、ウロボロスの効果発動。ウロボロスは一ターンに一度、三つの効果から一つを選んで発動できる」

 

「三つの効果……?」

 

「ああ。そして私が発動する効果は、『相手の墓地のカード一枚を除外する』だ」

 

墓地のカードを除外。その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に嫌な感覚が走った。

 

(まさか……!)

 

「悪いが気づいているよ。スライハンドの効果コストで手札から墓地に送ったのは《調律の魔術師》だろう。除外させてもらう」

 

墓地から一枚のカードが消失する。ヲ級の読み通り、スライハンドの効果コストで墓地に送っていたのは自己再生効果を持つ《調律の魔術師》だ。

 

「バトルだ、ウロボロスでスライハンドを攻撃!」

 

「くっ」

 

響:LP8000→7750

 

「私はこれでターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

ウロボロスの残り二つの効果はわからない。が、

 

(後手に回るわけにもいかない。例えどんな効果を持っていようと、それを踏み越えていくぐらいじゃなくっちゃあ……!)

 

「ペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れよ、慧眼、ゴムゴムートン、オッドアイズ! そしてオッドアイズと獣族のゴムゴムートンをリリースして、融合召喚!!」

 

「その召喚方法は……」

 

「ふた色の眼の龍よ。野生をその心に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

 

そしてこの瞬間、《臨時収入》に三つ目の魔力カウンターが乗った。

 

「《臨時収入》の効果発動。魔力カウンターが三つ乗ったこのカードを墓地に送ることで、二枚ドローする! ……バトルだ! ビーストアイズでウロボロスを攻撃!」

 

「戦闘破壊したら融合素材にした獣族モンスターの攻撃力分のダメージ、か。くっ……」

 

ヲ級:LP8000→7750→6850

 

(! 破壊されても効果発動なし……いける!)

 

「慧眼でダイレクトアタック!」

 

「………………」

 

ヲ級:LP6850→5350

 

墓地から発動する効果もない。ということは、ウロボロスが持つという三つの効果は全て自分のターンで発動するものなのだろう。

 

もちろんそうでないかもしれないが、今は関係ない。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

 

……さて。

 

(ここまではいい。ただ問題はこの先、因縁の『あの《No.》』を超えなくちゃならない……!)

 

「……やるじゃないか」

 

昏い海面に、ゆらりと立つヲ級。その気配が、より一層どす黒いものへと変化する。

 

「私も()()を出さなくっちゃねぇ……。私のターン、ドロー!」

 

本気。彼女がそういったということは、

 

「私は《ヴェルズ・ケルキオン》を召喚。そして効果発動。墓地の《ヴェルズ》を除外し、墓地の《ヴェルズ》を手札に加える。ウロボロスを除外し、ヘリオロープを手札に加える。さらにこの効果を使用したターン、《ヴェルズ》を追加で召喚できる。ヘリオロープを召喚し、ケルキオンとヘリオロープでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

二体が闇色の渦に吸い込まれていく。

 

ヲ級の『本気』が、渦の中で具体的な形を作り、

 

 

「海色の深淵。その果てに浮かばれぬ魂は集い、やがて一つの呪いを産み落とす! エクシーズ召喚! 浮上せよ、ランク4《No.101 S・H・Ark Knight》ッ!!」

 

 

ズズズズズ……ッ! と海中からゆっくりと浮上してくる白いボディ。私の、因縁の《No.》。

 

「私はNo.101の効果を発動。オーバーレイユニットを二つ取り除き、相手の特殊召喚された攻撃表示モンスター一体をオーバーレイユニットにする。ビーストアイズはいただくよ」

 

「っ……!」

 

ビーストアイズが光の玉に変化し、No.101の周囲を回る。前回は《破壊輪》があったが、今回はない。

 

「バトルだ、No.101で慧眼に攻撃!」

 

No.101が発射したミサイルが慧眼を狙う。爆風が私もろとも慧眼を吹き飛ばした。

 

「ぐぅっ……!」

 

響:LP7750→7150

 

「私はこれでターンエンド」

 

「っ、私のターン、ドローッ!!」

 

勢いよく起き上がりながらカードを引く。

 

前回はNo.101をどうすることもできなかった。だがデュエルは水物だ。今回も同じ結果とは限らない。

 

(こんな風に、ね!)

 

「私はセッティング済みのスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキより再び現れよ、慧眼、ゴムゴムートン、オッドアイズ! さらに手札からレベル3《貴竜の魔術師》!!」

 

攻撃力では、オッドアイズはNo.101に優っている。が、No.101には一度きりの破壊耐性がある。すなわち、オッドアイズで攻撃したからといって多少のダメージを与えて終わりなのだ。

 

だから、

 

「私は魔法カード《融合》を発動。オッドアイズと慧眼を融合する!」

 

渦に二体が飲み込まれていく。一撃で崩すことのできない壁なら、何度も突いてやればいい。

 

「ふた色の眼の龍よ。神秘の力をその目に宿し、新たな姿となりて現れよ! 融合召喚! レベル8《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!! さらに、レベル5のゴムゴムートンにレベル3チューナーの貴竜をチューニングッ!!」

 

貴竜が変化して生まれた緑色の輪の中をゴムゴムートンが通過する。

 

「星屑の竜よ、暗雲を裂いて、果ての青空より降臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

白銀の翼が私のフィールドに舞い降りる。大型のドラゴンが二体。畳み掛ける準備はできた。

 

「貴竜は《オッドアイズ》以外とともにシンクロ素材に使用された場合、デッキの一番下に行く。バトルだ、ルーンアイズでNo.101に攻撃!! このモンスターは、一ターンに二度までモンスターに攻撃できる!!」

 

「連続攻撃……なるほど、No.101の破壊耐性を逆手に取ったか!」

 

ルーンアイズの光線がNo.101を襲う。前方から後方へ、串刺しにされるような形で光線を食らったNo.101は、派手な炎を上げて爆散した。

 

ヲ級:LP5350→4450

 

(流石に破壊耐性は使ってこなかったか……まあ、使っても無駄なダメージを受けるだけってことはヲ級もわかっているか)

 

「続けてスターダストでダイレクトアタック!!」

 

「ぐぅぅ……!!」

 

ヲ級:LP4450→1950

 

ヲ級の余裕が崩れて行く。自分が優勢であるという確信が生まれる。

 

なのに、

 

なのに……

 

(……なんか、とてつもなく嫌な気配を感じる……。何かが……迫って来る……!?)

 

その感覚の正体がつかめず、思わず一歩下がってしまう。

 

「私はこれで……ターンエンド、だ……」

 

「……………………………………………」

 

沈黙。俯くヲ級からは、表情を伺うことすらできない。

 

その時だった。

 

ぞぞ。

 

ぞぞぞ、ぞぞ。

 

ぞぞぞぞぞぞぞぞザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!! と、何かが猛烈にざわめいた。

 

いや。

 

何かなんて漠然としたものじゃなく、これは……

 

(……う、み? まさかこれ、海が蠢いてる……!?)

 

でも、なぜ。風はない。完全な凪だ。

 

では一体どうして、という疑問の答えは、言葉でなく行動で示された。

 

「……………………………………………」

 

ユラリ。ヲ級が首を持ち上げる。その瞳を、見る。

 

瞬間。

 

ガクッ、と、私の膝から力が抜けた。

 

「ぁ…………?」

 

微かなうめき声が喉から漏れる。瞳孔が揺れる。

 

そして理解した。なぜこんなにも海がざわめいているのかを。

 

(…………殺気。ヲ級から放たれる凄まじい殺気が、海にまで影響を及ぼしている……!)

 

通常の海戦ですら、これほどの殺気を感じたことはない。

 

いやーーもしかしたら、これが本物の海戦なのか。私が着任するずっと前、まだ海に平穏が影も形も見られなかった頃の海は、いつもこんな色だったのだろうか……?

 

「…………………………」

 

両足に力を込め、なんとか立ち上がる。目を背けたくなるような殺気(ヲ級)を、正面から睨み返す。

 

「……いいねぇ。そうさ、私が求めていたのはそういう瞳だよ……!!」

 

「うる、さい。いいからターンを進めろ……!」

 

「そう。じゃあお言葉に甘えて……私のターン、ドローッ!!」

 

ヲ級のドローしたカード。そこから凄まじいプレッシャーを感じ、ゴクリと唾を飲む。この気配を、私は知っている。

 

(時雨とのデュエル……あの時も感じた気配だ……)

 

「君はこのカードを見るのは初めてかな? それとも、一度ぐらいは見ているか……私がドローしたのはこのカードだ」

 

ヲ級が手にしたカードを私に見せる。それはとある魔法カード。しかし、私の知るカードとは少々異なる。

 

(バリアンズ・フォースじゃ、ない?)

 

「私はーー《RUM(ランクアップマジック)七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)》を発動!!」

 

RUM。時雨とのデュエルでも使われたカード。《No.》をカオス化させ、さらに強力なものにするという悪夢のようなカードだ。

 

「でも……ランクアップさせる《No.》がフィールドに存在しない?」

 

「やっぱり知っていたか。ただ知っているのはあくまで《RUM》についてだけか……」

 

含みのあるヲ級の言い方に、私の背筋に寒いものが走った。

 

(……バリアンズ・フォースは、フィールドの《No.》を対象とするカードだった。けど……まさか、違うのか?《RUMー七皇の剣》はーー!)

 

「なんとなく予想がついているかもしれないけど」

 

そう、ヲ級はこう言ったのだ。七皇の剣を()()()()、と。

 

「このカードは、墓地、もしくはエクストラデッキからNo.101〜No.107までのいずれかを特殊召喚できる。よみがえれ、No.101!!」

 

海中から巨体が再浮上する。だがきっと、これで終わりではない。

 

「そして、特殊召喚した《No.》をカオス化させる! 私はランク4のNo.101一体でオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!!」

 

私の目の前で崩れていく巨体。呪いが、再構築されていく。

 

 

「海色の終焉。孤独なる守護者よ。その神槍にて、仮初めの安寧を穿ち、愚か者どもの世界を虚無の海底に引きずり込め!! カオスエクシーズチェンジ!! 侵略せよ、《CNo.101 S・H・Dark Knight》ッ!!」

 

 

まず漆黒の槍が現れ、海上に浮いた。

 

そして、ガッ、と。それを掴む腕があった。

 

直後に、海面が爆発した。

 

「っ……!?」

 

眼前で腕を交差させ、水しぶきから顔を守る。

 

その水しぶきが晴れた先に、

 

一人の騎士が立っていた。

 

「な…………」

 

身の丈ほどの槍を携えた漆黒のボディ。攻撃力は2800。

 

漆黒の騎士の背後に立つヲ級が、小さく笑った。

 

「さあ、これが私の切り札だ……」

 

笑みが深まっていく。どこまでも。どこまでもーー

 

「君に勝てるかな? ねえ、勇者サマァ!!」




とうとう登場、《CNo.101 S・H・Dark Knight》。

次回、『あの夜』から始まった一連の騒動に、決着を……?


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明けない夜は、ないから

(デュエルのミスで書き直してました。申し訳)


「罠カード発動!」

 

《CNo.101 S・H・Dark Knight》。そんな名前の怪物を前にして、私の行動は早かった。

 

「《シューティング・スター》! 自分フィールドにスターダストが存在する時、相手のカード一枚を破壊する。消えろ、《CNo.》!」

 

《CNo.》の効果を使用されるわけにはいかない。そのことは、時雨とのデュエルで嫌という程思い知らされている。

 

降り注ぐ閃光がCNo.101を貫き、爆散させる。

 

(! 破壊耐性はない……これなら!)

 

「これならいける、なんていう無駄な希望は持たない方がいい」

 

私の思考を読んだかのようなヲ級の言葉に、肩がピクリと震えた。

 

「《CNo.》は、いわば《No.》の上位互換。効果も当然、より強力なものになっている」

 

より強力なものに。そういえば、No.101の持つ効果はなんだったか。

 

特殊召喚されたモンスターをオーバーレイユニットにする効果と。

 

一度きりの、破壊耐性。

 

「CNo.101の効果発動!」

 

ヲ級の宣言の直後、CNo.101が沈んだ海が淡く光りだした。

 

「オーバーレイユニットを持つこのカードが破壊された時、墓地にNo.101が存在するのなら、自身を特殊召喚できる! よみがえれ、CNo.101!!」

 

どぷん、と。重い音を立てて、海面から大きな水の塊が浮き上がる。その水塊は、海面から二メートルほど浮いた後、内側から勢いよく破裂した。

 

その中から。CNo.101は再度姿を現した。

 

「そんな……」

 

「さらにこの効果の使用後、このカードの元々の攻撃力分ライフを回復できる。2800、回復させてもらうよ」

 

ヲ級:LP1950→4750

 

「そして、CNo.101のもう一つの効果発動! 相手の特殊召喚されたモンスター一体をこのカードのオーバーレイユニットとする! ルーンアイズを吸収させてもらおう」

 

「コスト無しでその効果を……!?」

 

私のフィールドに残ったモンスターは《スターダスト・ドラゴン》、その攻撃力は2500。CNo.101に劣っている。

 

……が。

 

「私はこれでターンエンド。CNo.101は自己再生効果を使ったターンは攻撃できないのさ」

 

「…………そうかい」

 

だが、それはこのターンの話。次のヲ級のターンになれば、そのデメリットに縛られることもなくなる。

 

「私のターン、ドロー!」

 

しかしドローは振るわない。

 

(っ、あんまりCNo.101を放置したくないのに……仕方ない)

 

「私はセッティング済みのスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、レベル5《EM ゴムゴムートン》! ……さらにカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

「壁か。私のターン、ドロー!」

 

私は緩んできた入院着の腰紐を締め直しながら、少し考えた。

 

(……実際問題、あの《CNo.》はどうやって倒せばいいんだ?)

 

CNo.101はオーバーレイユニットがあり、かつ墓地にNo.101が存在する限り何度でも復活する。

 

となれば、例えば破壊以外の方法で除去するか。

 

もしくは、先ほど《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》でやったように連続して破壊するか。

 

あるいは、墓地からNo.101を除去するか。

 

一番現実的なのは破壊以外の除去だ。ヲ級の墓地からNo.101を除去するのは至難の技だし、連続破壊をしようにもそのためには二種類以上の破壊手段を用意しなくてはならない。単体でそれが可能だったルーンアイズは、今はCNo.101のオーバーレイユニットだ。

 

(破壊以外の除去といえば、バウンスと除外。それができるカードは少ないけど……それらのカードが引けるまでとにかく耐えるしかないな)

 

キュッ、と腰紐を締める。方針は決まった。次はそれを実行に移さなくては。

 

「私は《ヴェルズ・サンダーバード》を召喚。さらに魔法カード《黙する死者》を発動、墓地の通常モンスターを守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、ヘリオロープ。私はレベル4のサンダーバードとヘリオロープでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

「……またか」

 

小さく漏らす。このデュエルだけで、いったい何度目のエクシーズ召喚だろう。

 

「歪んだ正義を振りかざし、生まれし悪魔はすべての力を拒絶する! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《ヴェルズ・タナトス》! さらにCNo.101の効果発動。ゴムゴムートンをオーバーレイユニットにする!」

 

「! ゴムゴムートンの方を……?」

 

「戦闘破壊耐性を持つゴムゴムートンと効果破壊耐性を持つスターダスト。現状厄介なのは前者だからね。さあバトルだ、CNo.101でスターダストを攻撃!」

 

CNo.101の槍がスターダストを貫き、爆散させる。

 

「っ……」

 

響:LP7150→6850

 

「続けてタナトスでダイレクトアタック!」

 

「くっ!」

 

振り下ろされる剣を、横に飛んで避ける。剣が水面を叩いたことで生まれた大量の水しぶきを浴びる羽目になったが、あの剣の恐ろしさは前回のデュエルで知っている。

 

響:LP6850→4500

 

「ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

ドローカードは、CNo.101をどうにかできるカードではなかった。が、悪くはない。

 

「ペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、レベル4《慧眼の魔術師》! さらに慧眼をリリースして、《EM キングベアー》をアドバンス召喚する!」

 

「キングベアー……? 攻撃力は2200、タナトスにも及ばないけど?」

 

「いいや、キングベアーは自分のバトルフェイズの間、攻撃力が自分フィールドの《EM》×100アップする。キングベアーでタナトスに攻撃!」

 

今、私のフィールドの《EM》はキングベアー自身とペンデュラムスケールの《EM オッドアイズ・ユニコーン》だ。つまり攻撃力は200アップし、2400となる。

 

「タナトスの攻撃力を僅かに超えた、か」

 

ヲ級:LP4750→4700

 

さらに、キングベアーは魔法及び罠カードでは破壊されず、アドバンス召喚したためにCNo.101に吸収されることもない。

 

(ひとまず凌げる、か……)

 

「私はこれでターンエンド」

 

多少のダメージは覚悟の上。とにかくライフをゼロにしないことが先決だ。

 

「私のターン、ドロー」

 

ヲ級はドローしたカードを、

 

「私は手札を一枚捨て、魔法カード《ブラック・コア》発動」

 

見もせずに墓地に送った。

 

「《ブラック・コア》……?」

 

「その効果はフィールドのモンスター一体の除外。キングベアーには消えてもらう」

 

ギュィン! と音を立ててキングベアーが黒い球体に吸い込まれ、フィールドから姿を消した。

 

「何っ……!」

 

(破壊を介さない除外……これじゃあキングベアーの耐性も意味が……)

 

「バトルだ、CNo.101でダイレクトアタック!!」

 

キングベアーが消えたことで、CNo.101の攻撃がダイレクトアタックへと変化する。漆黒の槍を携えた騎士が私の元へ突っ込んでくる。

 

(どうする……べつに、CNo.101の攻撃を受けたってライフは残る。けど……)

 

CNo.101から感じられる、圧倒的なプレッシャー。気を抜いたら押しつぶされてしまいそうだ。

 

(奴の攻撃を受けて、私の体は耐えられるのか……? まさかそのまま轟沈、なんてことはない……よね?)

 

考えたって結論は出ない。出ないが、仮にCNo.101の攻撃で深手を負ったりしたら、どうなるか。

 

その答えを、私より先に導き出した人がいた。

 

「響ぃぃぃぃいいいいいいいいい!!!」

 

背後。鎮守府側から、海上を走ってくる人影があった。

 

「暁っ!?」

 

たなびく黒い髪。間違えようもない。私の最愛の姉、暁型駆逐艦一番艦の暁だ。

 

しかし私にはわからなかった。なぜ彼女がこちらに駆け寄ってきているのか。その意図が、まったく。

 

少し考えて、結論らしきものが浮かび上がった。

 

(……まさか暁、私の代わりに攻撃を受けようとしている!?)

 

先のタナトスの攻撃がそうだったように、ソリッドビジョンの攻撃を律儀に受ける必要はなく、どんな結果であれ『戦闘が行われた』という事実さえあればデュエルディスクが勝手にライフを計算してくれる。

 

そしておそらく暁は、CNo.101の攻撃をこう分析したのだろう。

 

あれは生死に関わる一撃だと。

 

だからデュエルを続行させるために、あえて自分が攻撃を受けようと。

 

「っ、馬鹿っ!!」

 

口は動くが、肝心の体が一向に言うことを聞かない。足が鉛のように重い、なんて比喩表現をよく聞くが、そんな生易しいものではなく、まるで全身がコンクリートで固められてしまったかのように指先一つ動かない。

 

時間は進む。秒速一秒で、残酷に。

 

私の視界に暁の背中が映る。両手を大きく広げ、おそらく目を瞑り歯を食いしばった姉の後ろ姿が。

 

「暁……」

 

「…………………………」

 

暁は何も言わなかった。

 

槍が、暁の華奢な肉体を貫くーー

 

 

キィィン! と、甲高い音が鳴った。

 

 

「…………………………………………………?」

 

おそるおそる、瞼を持ち上げる。そこには数秒前と何ら変わらない景色があった。暁が両手を広げ、私に背を向けて仁王立ちで立っている。

 

だがそれこそおかしい。本来なら、暁の体をCNo.101の槍が貫いたおぞましい光景が広がっているはずなのだ。

 

そう考えたところで、あることに気がついた。

 

(……違う。同じじゃない。()()()()()()()……?)

 

ゆっくりと立ち上がり、暁を回り込んで見る。

 

そこにいたのは少女だった。外見年齢は私や暁と同じぐらい、髪色は……ピンクと紫の中間、と言えばいいか。服装は白地に青の魔法使いらしいものだ。

 

すなわち、

 

「《調律の魔術師》……?」

 

まるでカードの世界から飛び出してきたかのように、フィールドに存在しないはずの調律の魔術師が、暁の前に立ってCNo.101の槍の先端を両手で受け止めている。

 

しかし私は何もしていない。

 

(叢雲さんによるデュエルへの干渉……? いや、でもこんなことまでできるのか?)

 

あるいは。

 

《調律の魔術師》もまた、スターダストや《No.》と同じく、特殊なカードなのだろうか……?

 

「………………………」

 

調律の魔術師は静かに微笑みながら、CNo.101の槍を放した。と、CNo.101も深追いせず、その槍を引いた。

 

響:LP4500→1700

 

そして、それで役目を終えたとばかりに、調律の魔術師は正面を見据えたままーーいや、最後に一度こちらを見てニッコリと笑ってから、虚空に溶けるように姿を消した。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

三色の沈黙が場に流れる。

 

それを破ったのはヲ級だった。

 

「……何が何だかわからないけれど。私はこれでターンエンドだ」

 

ヲ級の言葉に、停滞した思考が再起動する。《調律の魔術師》の謎から目の前のデュエルへと思考がシフトしていく。

 

その前に、お礼を言わなくては。

 

「……暁、ありがとね」

 

「……結果論だけど、私は何もしてないじゃない。ていうかあの子誰? 確か響が使ってたカードにあんな子がいた気がするんだけど」

 

「さあ……そればっかりは私にもわからない。……けど」

 

自分のディスクを見る。こちらも先ほどと何ら変わりない。

 

だが、私には()()()。次のターン、私がすべきことが。

 

それはゲームのチュートリアルのように手順が逐一示されるのではなく。感覚としては叢雲さんがデュエルに干渉した時と似ている。

 

流れに身をまかせる。私一人ではたどり着けない場所へ、姿の見えない何者かの力を借りて。

 

(もしかしたら……いや、これはきっと、調律の魔術師が呼んでるんだ。私を……私たちを)

 

「私はこのデュエルに勝つ。そのための……ラストターンだ!!」

 

気合いを入れ直す。一歩前に踏み出す。

 

「私のターンーードローォォォォ!!!」

 

引いたカードは、見覚えのあるカードだった。

 

(ってことは、)

 

「《EM ライフ・ソードマン》を召喚!」

 

「召喚……? 何か強力な効果があるのかな?」

 

「いや、残念ながらライフ・ソードマンにそこまでの効果はない」

 

私からの辛辣な評価にわずかに肩を落とすライフ・ソードマン。だが私が彼を召喚したのは、きちんと目的があってのことだ。

 

「永続罠《闇次元の解放》発動! 除外されている闇属性モンスターを帰還させる。戻って来て、調律! このモンスターがフィールドに出た時、相手のライフを400回復し、私は400のダメージを受ける」

 

ヲ級:LP4700→5100

響:LP1700→1300

 

現れた黒い球体の中から調律が飛び出してくる。彼女がこちらを見ることはなかったが、とりあえず今はデュエルに意識を集中させよう。

 

「私は、レベル1のライフ・ソードマンにレベル1チューナーの調律をチューニングッ!!」

 

「レベル2だって……?」

 

私はレベル2のシンクロモンスターを持っていない。が、体が勝手に動いたということは、

 

「『()()()()()()()()()、加速する意思は新たな進化への道しるべとなる!! シンクロ召喚! 駆けろ、レベル2、シンクロチューナー! 《フォーミュラ・シンクロン》ッ!!」

 

「《シンクロン》……シンクロチューナーだと?」

 

《シンクロン》といえば、司令官が使っているデッキがそんな名前のカードを多用していたはずだ。そのカードがどうして私のエクストラデッキから出て来たのかはわからないが、

 

「《フォーミュラ・シンクロン》のシンクロ召喚に成功した時、カードを一枚ドローできる。さらに魔法カード《無欲な壺》発動!」

 

どうやら今回はこれで終わりではないらしい。

 

「墓地のカード二枚を持ち主のデッキに戻す。調律と《融合》をデッキに。そして魔法カード《星屑のきらめき》を発動する! 墓地のモンスターを任意の数除外し、その合計レベルと同じレベルを持つドラゴン族シンクロモンスターを蘇生させる。レベル8の《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を除外し、再び舞え《スターダスト・ドラゴン》!!」

 

「チューナーと、チューナーでないモンスターが一体……まさか!!」

 

その組み合わせでやることといえば、一つしかない。

 

「私はーーレベル8の《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニングッ!!」

 

フォーミュラが生み出した緑色の輪をスターダストが通っていく。

 

(さっき、ヲ級は《RUMー七皇の剣》で《No.》をランクアップさせた。なら私も、スターダストを進化させる!!)

 

 

「降り注ぐ陽光は絶えることなく。光の中で、星屑の竜は流星へと昇華する!! シンクロ召喚!! 刮目せよ、これが新たな希望だ!! 響け、《シューティング・スター・ドラゴン》ッ!!!」

 

 

キュアッ!! と、互いのフィールドが純白の光で埋め尽くされた。

 

「「「ッ!!」」」

 

あまりの光量に、三人揃って目を瞑る。

 

そして、光がおさまったところに、

 

「わぁ……」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》は、静かにいた。

 

白を基調としたカラーリング、鳥類とも違った独特な形状の翼。

 

同時に、体の自由が戻ったことも感じる。すなわち、ここからは()()()()()だ。

 

「シューティング・スターの効果発動。デッキの上から五枚をめくり、その中のチューナーの数だけ攻撃できる。一枚目……《EM キャスト・チェンジ》。チューナーじゃない」

 

続いて二枚目をめくる。

 

「二枚目は《死者蘇生》。チューナーじゃない」

 

「ついていないね。そのテキストから察するに、チューナーを引けなかったら一度も攻撃できないんじゃないかい?」

 

ヲ級の推察はきっと正解だ。このままでは、シューティング・スターは一度も攻撃ができない。

 

もっとも、このままでは、だが。

 

「三枚目。……チューナーモンスター、《ミラー・リゾネーター》。四枚目……チューナー、《貴竜の魔術師》」

 

「っ、連続で……いや、まさか!」

 

「……まあ、そんな気はしたさ」

 

五枚目のカードを見ながら、私は呟いた。

 

「五枚目ーーチューナー、《調律の魔術師》!!」

 

「馬鹿な……いや、まだだ! 確かにシューティング・スターの攻撃力は3300、おまけに三回も攻撃できる。だがそれでは足りないはずだ、私のライフを削りきることはーー」

 

「忘れてもらっちゃ困る。私のデッキのエースカードは別にいるんだから」

 

真上に伸ばした右手を開き、私の『切り札』を呼ぶ。

 

「ペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、《慧眼の魔術師》、そして《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》ッ!!」

 

「…………………………あ」

 

「さあ、バトルだ」

 

空に向けた右手を、ヲ級に向けて振り下ろす。

 

「シューティング・スターで、CNo.101に攻撃!!」

 

手足を折りたたみ、戦闘機のような風貌になったシューティング・スターが、CNo.101へと突撃する。

 

「っ!」

 

ヲ級:LP5100→4600

 

「だが! CNo.101の効果が発動する。破壊されても蘇り、さらにライフを回復する!」

 

ヲ級:LP4600→7400

 

「だけどそれも一度きりだ」

 

復活したCNo.101は守備表示だった。しかしその守備力は1500。

 

「オッドアイズで、CNo.101に攻撃!」

 

オッドアイズの光線がCNo.101を貫く。

 

そしてその上空には、シューティング・スターとそれにまたがった慧眼が。

 

「二体で、ダイレクトアタック!!」

 

高空からの突撃。当然、ヲ級に防ぐすべはない。

 

「ーー!!」

 

ヲ級:LP7400→4100→2600

 

『……………………』

 

私のフィールドに慧眼が無言で降り立つ。

 

だがシューティング・スターはもう一度飛び上がり、宙返りで方向転換した。

 

呆然と立ち尽くす、ヲ級に向けて。

 

「終わりだ」

 

「…………………………」

 

「シューティング・スターでーーダイレクトアタックッ!!!」

 

高高度から、姿がかすむほどの速度でヲ級めがけて突進するシューティング・スター。

 

「お」

 

その姿は、その名の通り流星のようであった。

 

「おおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

ヲ級:LP2600→0

 

 

 

 

「……さて」

 

あれから数時間。すっかり夜は明け、私は提督執務室にいた。

 

今執務室にいるのは、私、暁、司令官、金剛さん。そして、

 

「随分と好きにやってくれたものだな、ヲ級」

 

「……………………」

 

手錠を後ろ手にかけられ、頭部の異形ーー取り外しが可能だったらしいーーを横に置いた、ヲ級。

 

あの戦いの後、気を失ったヲ級を渡した暁の二人で鹵獲し、朝になるのを待って司令官に報告したのだ。

 

「単刀直入に聞くぞ。貴様の目的はなんだ」

 

凄むような司令官の声。すると、ヲ級は意外な答えを口にした。

 

「……別に、答えてもいいけど」

 

「……え」

 

思わず小さく呟く。まさかそんな答えが来るとは思わなかったからだ。

 

「ただ、一つ条件がある」

 

「言ってみろ」

 

「いいんですカ?」

 

「言うだけならな」

 

つまり、聞き入れるかどうかは内容次第、ということか。では、そのヲ級の要求とはなんなのか。

 

「この鎮守府の、遠征予定。片っぱしから教えてくれないかな」

 

「は? ……なぜ」

 

「いいから。……といっても、素直に教えてもらえるなんて思ってないから……」

 

その時。うぞる、とヲ級の頭部の異形が蠢いた。

 

「「「「!!」」」」

 

驚いた私は、何もできなかった。暁は一瞬硬直したが、すぐに指示を仰ぐように司令官を見た。

 

そして司令官と金剛さんは同時に拳銃をヲ級に向けた。司令官は制服の内側から、金剛さんは右足につけたサイホルスターから拳銃を取り出していた。

 

が、ヲ級は動じず、うっすら笑いながら銃口を見ていた。

 

傍らの異形は、四本の触手らしきものを器用に動かし、自らの口を大きく開いた。

 

「なん、ですって……?」

 

暁が引きつった声を出す。無理もない。だって、異形の口腔の中にあったのは、

 

「これだけの質量があれば、この部屋を吹き飛ばすくらい造作ないよね?」

 

爆薬。それも大量の。

 

「「!!」」

 

司令官と金剛さんは、瞬時に銃口をヲ級から異形へと向けなおした。だが誘爆の危険性を考えてか、引き金を引くことができない。

 

「さあ、教えろ。残念ながら、私は自爆を恐れないよ」

 

「っ……」

 

今ここであの量の爆薬が引火したら、まず間違いなく司令官は死ぬ。艦娘である私たちや深海棲艦のヲ級がどうなるかはわからないが、少なくとも無事ではすむまい。

 

さて、そんな具体的な形をとった死を前にして、私の頭は存外冷静だった。

 

(……なんだろう。なんか、ヲ級……)

 

少なくとも、敵の僅かな感情の動きを感じ取れるぐらいには。

 

(……焦ってる?)

 

表情は変わっていない。変わったのは雰囲気というか、彼女の纏う空気というか。とにかく、言葉では言い表しづらいものだ。

 

(いや、でも……立場上ヲ級は捕虜な訳だし、自分の命をつなぐために必死……ってことなのかな……?)

 

というか、それ以外にヲ級が焦る理由など思い当たらない。自爆を恐れない、などと言っておきながらやはり命は大事にしたいのだろう。

 

そんな不思議な緊張感が流れる執務室に駆け込んで来る人物がいた。

 

「提督っ!! ……って、えぇ!? なんでヲ級が……!?」

 

大淀さんだ。彼女はヲ級が執務室にいるという異常事態に頭がついていっていないらしく、パチパチと瞬きを繰り返している。

 

「気にするな。それよりなんだ、なんでそんなに焦っている」

 

対する司令官は冷静に続きを促した。

 

「あ、はい、その」

 

大淀さんは何かを言いかけて、おそらくヲ級の前で報告をすることに若干の抵抗を感じたのだろう、一度言葉を飲み込み、しかし司令官の言葉通りに報告した。

 

「……遠征から帰還中の第三艦隊からの報告です。サーモン海の北方海域にて、謎の黒ローブと接触したとのこと」

 

「は? 黒ローブだと……?」

 

黒ローブといえば、連続重巡洋艦襲撃事件の犯人で、それは今私たちの目の前にいるヲ級のことだ。それなのに、遠く離れた北方海域で発見された?

 

(もう一人いる、ってことなのか?)

 

だが次の大淀さんの言葉が、私達をさらなる驚愕に叩き落とした。

 

「そして、その黒ローブから逃れるために駆逐艦睦月が殿を務め、単身黒ローブと交戦中とのことです」

 

「何っ……!!?」

 

「睦月が……!?」

 

一同の顔が驚愕に染まる。

 

その時、私は気づかなかった。

 

ヲ級の浮かべる驚愕の表情が、一段と色濃かったことに。

 

 

 

 

「………………………………」

 

「………………………………」

 

日本から、遠く離れた海の上で。睦月は目の前の『何か』をじっと睨んでいた。

 

周囲には、敵も味方もいない。味方は逃した。敵は、知らない。

 

海はいっそ不気味なほどに凪いでいて。風はいっそ気持ち悪いほどに静かで。

 

『何か』はただそこに立っていた。撤退していく睦月の仲間たちを見もしなかった。ただ不気味に微笑み、そのプレッシャーだけで睦月を釘付けにしていた。

 

「………………………………」

 

『何か』が左腕を持ち上げる。そこには睦月にとっても見覚えのあるものがつけられていた。デュエルディスクだ。

 

睦月は悟った。自分は今、デュエルを挑まれているのだと。

 

「…………………………っ」

 

逆らえず、ディスクを構える。

 

宣言は、同時だった。

 

「「デュエル!!」」

 

睦月の、孤独な戦いが始まる。




まだ、終わりじゃない。

改めまして、【ヴェルズ】vs【EMオッドアイズ魔術師】でした。

解☆説

ヲ級の使用デッキ、【ヴェルズ】。といっても、前回とさして変わっていません。ので、今回は《CNo.101 S・H・Dark Knight》について。
扱いやすさや効果の強力さなどを鑑みて、最強クラスの《CNo.》だと思います。一時期は私もよくお世話になりました。ランク4を主体とするデッキに《RUMーリミテッド・バリアンズ・フォース》を採用するだけで十分に機能する点も高ポイント。
……現実では作中のように上手いことはいかないんですよねえ。高打点で上から潰されてしまうことが多くって……。もしくは《強制脱出装置》。

響の使用デッキ、【EMオッドアイズ魔術師】。まあ【オッドアイズ魔術師】要素は薄めでしたが。
ようやっと登場、《シューティング・スター・ドラゴン》。やっと出せた……! って感じです。今回は連続攻撃効果しか使用していませんが、それ以外の効果も強力なので使用していきたいですね。


《調律の魔術師》の謎がどうこう、どころではなく。ヲ級の謎の行動、第二の黒ローブの出現、孤軍奮闘を強いられる睦月ちゃん。急展開でございます。

次回、謎の黒ローブの魔の手が睦月ちゃんへと……。


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デモニック・インベーダー

結局一ヶ月かかってるぅー!


何と言って旗艦の天龍さんを説得したのか、よく覚えていない。

 

ただ、妹や仲間たちを守って沈むのならそれも本望だ、とか考えていた。

 

我ながら馬鹿だなあ、と自虐的に笑う睦月(わたし)の表情は、何故だか少しだけ満足げだった。

 

 

 

 

「大淀! たしか第四艦隊が南方に遠征中だったな。すぐに向かわせろ!!」

 

「で、ですが、第四艦隊が行うはずだった遠征はどう致しますか?」

 

「構わん、その程度の責任は私が持つ。帰還中の第三艦隊はなんと言っている?」

 

「一先ずショートランド泊地を目指すとのことです」

 

「わかった。なら向こうの提督には私が話を通しておこう」

 

「了解しました」

 

怒涛の勢いで指示を出す司令官を見ながら、私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

(睦月が……黒ローブと戦っている……?)

 

その言葉が示すところすら、数秒間理解できなかった。

 

やがて理解した私は、

 

「待って!」

 

「!!」

 

執務室を飛び出そうとして、暁に止められた。

 

「どこに行くの」

 

「決まっているだろう」

 

「どれだけ離れてるかわかってるの? 今から行ったって何時間かかるか……」

 

「っ、それでも……!」

 

「響はいい加減後先考えずに突っ走るのをやめなサーイ」

 

私の正面に影。金剛さんだ。

 

「金剛さん、でも……」

 

「菊月の時もそうでしたけど、響はcoolなcharacterに見えてその内面はvery hotなんだネ」

 

こうして言葉を交わす間にも、じわじわと焦燥感が募っていく。行かなくては、戦わなくては、助けなくては、と。

 

「サーモン海域はここから南におよそ4700km。響が全力で航行し続けても3日ぐらいかかる計算ネ」

 

「……え」

 

「そもそもサーモン海域はソロモン海の隠語。着任してからそんなに日が経っていないからって、それも知らないでどうするつもりだったのよ?」

 

ソロモン海とは、遥か南、パプアニューギニアのさらに南東に位置する海域だ。そんな場所に気軽に行けるわけがない。

 

(というか、サーモン海ってソロモン海のことだったのか。なんか、てっきり北の方なのかと……)

 

サーモンの名産といえば、北である。

 

「……じゃあ、私たちはどうすることもできないのか」

 

「……Yes、私たちにできるのは、睦月の無事を祈ることだけネ」

 

第二の黒ローブ。そいつの実力が、もしヲ級と同等、もしくはそれ以上だったら。その仮定は、先を考えるのが恐ろしすぎた。

 

(……頑張ってくれ、睦月……!!)

 

心に巣食う強烈な無力感を握りつぶすように、私は拳をギリッと握りしめた。

 

(…………あれ、そういえば)

 

ふと。一つの疑問が私の中に生じた。

 

(二日前には、睦月はまだ鎮守府にいたような。じゃあ、彼女はどうやってその短時間で4700kmを移動したんだろう……?)

 

 

 

 

「私のターン!」

 

先攻が自分だというデュエルディスクの表示を見て、睦月は高らかに宣言した。

 

「《H(ヒロイック)C(チャレンジャー) サウザンド・ブレード》を召喚。そして効果発動! 手札の《ヒロイック》を墓地に送って、デッキの《ヒロイック》を特殊召喚、その後自身を守備表示にするにゃ! 《H・C ダブル・ランス》を墓地に送って、《H・C エクストラ・ソード》を特殊召喚。私は、レベル4のサウザンド・ブレードとエクストラ・ソードでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!!」

 

持ち前の展開力でもって、即座にエクシーズ召喚を行う。

 

「怒涛の神弓よ。今ここに顕現し、我が手に宿れ! エクシーズ召喚! ランク4《H(ヒロイック)C(チャンピオン) ガーンデーヴァ》! エクストラ・ソードを素材としてエクシーズ召喚されたエクシーズモンスターは攻撃力が1000上がるのにゃ。カードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

ガーンデーヴァの元々の攻撃力は2100。それが1000上がって3100になった。

 

「ワタシのターン、ドロー」

 

対する黒ローブは、抑揚の少ない声でドローフェイズを終えた。

 

「ワタシは魔法カード《手札抹殺》を発動。互いに手札を全て捨て、同じ枚数分ドローする」

 

「にゃ!?」

 

睦月の手札は、二枚目のダブル・ランスと《死者蘇生》。どちらも睦月のデッキにとって非常に重要なカードだ。

 

(うう、もったいない……)

 

だがルールはルール。二枚とも墓地に送り、新たに二枚ドローする。

 

黒ローブは新たにドローしたカードを見ても一切表情を変えずーーといっても、顔はほとんど見えていないがーー淡々とデュエルを進めていく。

 

「《トリック・デーモン》を召喚。そして装備魔法《堕落(フォーリン・ダウン)》を発動する」

 

「! 【デーモン】……!」

 

《堕落》。《デーモン》が存在しないと自壊する代わりに、相手モンスターのコントロールを奪える装備魔法だ。そんなカードを使うのは、【デーモン】以外ありえない。

 

「効果は知っているようだな。ガーンデーヴァのコントロールをいただく。そして二体でダイレクトアタック」

 

「にゃ、ぁぁああ!!」

 

睦月:LP8000→7000→3900

 

強化したのが仇となり、一気にライフを半分も削られてしまう。

 

が、

 

「カードを二枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!!」

 

この程度じゃ、睦月は折れない。

 

「たしか、《堕落》には相手のスタンバイフェイズにダメージを受けるデメリットがあったはずにゃ」

 

「よくご存知で。800のダメージをワタシは受ける」

 

???:LP8000→7200

 

ガーンデーヴァが相手のフィールドにいる限り、自分は下級モンスターの特殊召喚を制限されてしまう。

 

(でも、それにも抜け道ぐらいあるのです!)

 

「《H・C 強襲のハルベルト》を召喚し、バトル! 《トリック・デーモン》を攻撃にゃ!」

 

《堕落》は、《デーモン》が存在しないと自壊する。ならば《デーモン》を排除してしまえばいい。

 

だが。

 

「残念ながらその程度じゃあな。罠カード《ヘイト・バスター》発動。悪魔族モンスターが攻撃対象になった時、戦闘を行う両者を破壊し、相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える」

 

「にゃしっ!?」

 

(読まれて……っ!?)

 

「ハルベルトの攻撃力は1800。そのぶんのダメージを受けてもらおうか」

 

「っ、にゃぁぁぁあ!!」

 

睦月:LP3900→2100

 

「そして《トリック・デーモン》が墓地に送られた時、デッキから《デーモン》を一枚手札に加えることができる。《戦慄の凶皇ージェネシス・デーモン》を手札に加える」

 

「っ…………」

 

予想外のダメージ。すでに初期ライフの四分の一程度まで削られてしまった。

 

「でも……」

 

「?」

 

「《デーモン》がフィールドから消えたことで、《堕落》は破壊されるにゃ……」

 

戒めから解き放たれ、ガーンデーヴァが睦月のフィールドに戻る。

 

そして、まだバトルフェイズは続いている。

 

「ガーンデーヴァで、ダイレクトアタック!!」

 

「……………………」

 

???:LP7200→4100

 

「カードを一枚セットして、ターンエンド……!」

 

歯を食いしばり、震える足で海面を踏みしめる。睦月はこの程度で諦める気など微塵もないのだ。

 

「ワタシのターン、ドロー。……魔法カード《闇の誘惑》を発動、二枚ドローし、手札の闇属性を一枚除外する。ジェネシス・デーモンを除外しようか」

 

最上級モンスターであるジェネシス・デーモンを除外した、ということは、

 

「手札を一枚捨てて装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》発動。除外されているモンスターを特殊召喚し、このカードを装備する。戻ってこい、ジェネシス・デーモン」

 

「っ、やっぱり、除外ゾーンから特殊召喚するカード……!」

 

「そしてジェネシス・デーモンの効果発動。手札か墓地の《デーモン》を除外し、カードを一枚破壊する。墓地の《デーモンの将星》を除外し、ガーンデーヴァを破壊」

 

海中から、《デーモンの将星》を模った黒い塊が現れ、ガーンデーヴァを海中に引きずり込んでゆく。

 

睦月のフィールドに残ったのは、伏せカード二枚。

 

「行くぞ、ジェネシス・デーモンでダイレクトアタック」

 

ジェネシス・デーモンの攻撃力は3000。睦月の残りライフは2100。

 

「罠カード発動、《炸裂装甲(リアクティブアーマー)》!」

 

通すわけにはいかない。

 

「……攻撃したモンスターを破壊する、か。ワタシはカードを一枚伏せてターンエンド」

 

これで両者のフィールドにモンスターが存在しなくなった。

 

(……手札は一枚、次のドローで二枚。そして伏せカード……)

 

黒ローブの方は伏せカードが二枚、手札はなし。壁となるモンスターもいない。

 

(でも、足りない。たとえ《HーC エクスカリバー》をエクシーズ召喚したとしても、この人を倒すためには攻撃力が100足りない……けど)

 

そう前置いた睦月は、下げていた顔をキッと前に向けた。

 

(諦めない……私の目的は時間稼ぎ。せめて、みんなが無事に逃げ切れたっていう確信がない限り、負けるわけにはいかないのにゃ……!!)

 

デッキトップのカードに指をかけ、一気に引き抜く。

 

「私のターン、ドローッ!!」

 

ドローカードを確認し、デュエルを少しでも長く続けられる手を考える。

 

「私は、《H・C 夜襲のカンテラ》を召喚、さらにこの瞬間、永続罠《コピー・ナイト》を発動! 自分フィールドにレベル4以下の戦士族モンスターが召喚された時、このカードはその召喚されたモンスターをコピーし、レベルと名前を同じにするにゃ!」

 

つまり、《コピー・ナイト》は《H・C 夜襲のカンテラ》となり、睦月のフィールドに特殊召喚される。

 

(そして《コピー・ナイト》は戦士族。つまり《HーC エクスカリバー》をエクシーズ召喚できるのにゃ!)

 

エクスカリバーは、自身の効果で次の相手ターンの終わりまで攻撃力を倍にできる。攻撃力4000では相手のライフを削りきることはできないが、大きな壁にはなるはずだ。

 

右手を空に向け、騎士王の聖剣を呼び出す。

 

「私は、二体でオーバーレーー!!」

 

瞬間。

 

睦月は、全く見覚えのない場所にいた。

 

「イ!! ……………………あれ……?」

 

 

 

 

「!」

 

同時刻。遠く離れた横須賀鎮守府で、何かを感じ取った者がいた。

 

後ろ手の手錠をジャラリと鳴らし、そいつは窓の外に見える海を見ながらボソリと呟いた。

 

「《No.》……?」




次回、駆逐艦睦月は諦めない。


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希望と絶望の狭間で

瞬間。

 

睦月は、全く見覚えのない場所にいた。

 

「あれ……?」

 

キョロキョロと辺りを見回す睦月。しかし、やっぱり見覚えはない。

 

「ここ、どこ……?」

 

思わず率直な感想が口から漏れた。

 

周囲の印象は、何と言うか……神秘的、といえば良いのだろうか。透明なカプセルに入って宇宙空間にいるような感じだ。四方八方には星空が広がっているのに、きちんと地球と同じような重力と空気を感じる。

 

(不思議な空間にゃし……でも、どうしてかな。何だか……)

 

睦月は、頭上を見上げながらポツリと呟いた。

 

「…………随分と……寂しい空間だにゃ……」

 

そこで、ハッと目を見開いた。

 

「って、それどころじゃなかったにゃ! 睦月には、殿っていう大事な役割が……!!」

 

慌てて動こうとして、足を止める。改めて、無数の疑問が頭の中を駆け巡る。

 

(ここ、どこ? なんで? だれが、どうやって? デュエルはどうなったのにゃ? どうやって帰ればいいのにゃ?)

 

そして、最大の疑問。

 

(……みんなは、ちゃんと逃げれたのかにゃ?)

 

結局、睦月が一番気になるのはそこだった。

 

もし逃げきれていないのだとしたら、何としてもあの謎の黒ローブとのデュエルに戻り、食い止めなければならない、と。

 

その時だった。

 

ズゴゴゴゴゴゴ……と重い音を立てて、足場が揺れ始めた。

 

「な、なんにゃ……!?」

 

とりあえず体勢を低くし、転倒を防ぐ。

 

程なくして、それは現れた。

 

「……………………な、ん…………!?」

 

一言で言うなら、それは『扉』だった。大きな大きな、小さく見積もっても十五メートル……いや、実際はきっと、もっと巨大な扉。巨大な顔のような意匠が施され、これまた巨大な鎖が何重にも巻かれている。

 

「なに、これ…………」

 

とりあえず近づく。触れるのは怖かったので、五メートルほど離れたところに立つ。

 

次の異変もまた、唐突だった。

 

『…………ゥ……』

 

「……っ!!?」

 

音。いやーー獣のうなり声のようなそれは、間違いなく何かの『声』だった。

 

自分でないとしたら、考えられる可能性は一つ。

 

(この、『扉』。この『扉』が、喋ってる……!?)

 

ありえない。扉が喋るなんて御伽噺の中だけだ。しかし事実、どうやら音源はその『扉』のようである。

 

しばらくうなり声のようなものを発するだけだった『扉』だが、やがてその音は明確な『言葉』になる。

 

『…………ホ……シ…………イ、カ?』

 

「え……?」

 

『チカラ、ガ、ホシイ。カ?』

 

「ちから……?」

 

力が欲しいか。そう問われた睦月は、迷わずこう答えた。

 

「いらないにゃ」

 

『ホウ……?』

 

「だって、それは睦月自身が努力して身につけるべきものにゃ。少なくとも、こんな簡単なやり取りで手に入れるべきものじゃない」

 

『……ソウカ。貴様ハソウ考エルカ……ヤハリ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』

 

「へ? 洗脳?」

 

『気ニスルナ、言葉ノ綾ヨ。……ソレニシテモ、ソウカ……』

 

沈黙する『扉』。睦月も、黙って次の言葉を待った。

 

やがて、静寂は破られる。

 

『……ワタシガ言ッテイル「チカラ」ガ、デュエルノチカラダトシタラ、ドウダ?』

 

「っ!?」

 

『今貴様ハ、デュエルニ敗レカケテイル。違ウカ?』

 

「それは……」

 

それは事実だ。あの謎の黒ローブの残りライフは4100。《H(ヒロイック)C(チャンピオン) エクスカリバー》をエクシーズ召喚し、効果を使用したとしてもわずかに届かない。

 

(……ということぐらいは、睦月だってわかっているのです)

 

「……確かに、あのままだったらきっと睦月は負けてしまうにゃ」

 

『ナラ』

 

「でも。……でも、それでもいいかにゃ、って、私は思うのです」

 

『……? ナゼダ?』

 

「だって」

 

睦月は、誇らしげに、しかしどこか恥ずかしげに頬を染めながら、『扉』に向かって言った。

 

「私は殿。(しんがり)つまり、仲間たちを逃がすのが役目にゃ。そして逃げ切った仲間は、いつか必ず仇をとってくれるにゃ。……ようするに、私は信じているのです。仲間を。姉妹を。……希望を」

 

『貴様ハ……何ヲ言ッテイル……?』

 

「理解してもらおうなんて思ってないにゃ。ただ、あなたの言う『チカラ』を私が拒絶するのには理由がある、と言うことなのにゃし」

 

『ッ、ダカラト言ッテ、ワザワザ自ラ敗北スル必要ナドナイダロウ!?』

 

「……そりゃ、確かに負けるよりは勝った方がいいにゃ。けど……」

 

睦月の脳裏に、ある映像がフラッシュバックする。それはつい数日前のことだ。

 

突如様子がおかしくなった妹、菊月。その彼女が見たことないカードを使って、姉妹や仲間に危害を加えようとした。

 

あれが結局なんだったのか、実は睦月はよくわかっていない。菊月が撃破されたすぐ後に彼女を病室に入れるためにその場を離れたからだ。しかもその直後に遠征に出発したので《No.》について聞くタイミングなどなかったが、それでも、『デュエル』『チカラ』と聞くとどうしてもあの出来事が思い出され、ある懸念が生まれるのだ。

 

すなわち、この誘惑に身を任せたら自分もああなってしまうのではないか、と。

 

(だとしたら、勝ったとしても何もない。脅威から仲間を守ったのに今度は自分がその脅威になっちゃったんじゃ、本末転倒にゃし)

 

だから睦月は、正体不明の『チカラ』に手を出さない。わざわざ無謀な賭けに身を投じず、確実に味方の安全を守りに行く。

 

……普段の彼女が本当にこんなことを言うかは、当の本人すら分からない。もしかしたら、『扉』の言った『洗脳』が、本人の望んだものとは違った形で発現したのかもしれなかった。

 

『………………………………ソウ、カ』

 

誘惑を跳ね除けられた『扉』は、少々の沈黙の後次の行動に出た。

 

ズズズズズズゥ……と重厚な音を立てて、『扉』がひとりでに開き始めたのだ。

 

「にゃあ!?」

 

慌てて離れる睦月。『扉』を雁字搦めにしていた鎖は、『扉』が開いていく力に負けたのか次々と切れて落ちていく。

 

 

そして、完全に開ききった『扉』の先に。

 

『改めて、初めましてだな』

 

彼女はいた。

 

 

「誰、にゃ……?」

 

年頃や身長は睦月と同じぐらい。膝下ぐらいまで伸ばされた金髪と切れ長の赤い瞳も目を惹くが、それ以上に目立つのがその服装。黒を基調とし、各所に細かな刺繍が施してあり、全体的な印象としてまるでお人形さんのような……そう、所謂ゴスロリファッションなのだ。

 

黒ゴスロリは微笑の形に歪められた口で睦月の問いに答えた。

 

『アビス。そう呼ぶが良い』

 

「アビス……」

 

その意味は『深淵』。ある意味海と関わっているとも言える。

 

『で。物は相談なのだが』

 

微笑のアビスはてくてく睦月に近づきながらこう切り出した。

 

(……この口ぶり的に、さっきの『扉』の声はこの人……ってことでいいのかにゃ?)

 

それに気圧されるかのように、徐々に後ずさっていく睦月。

 

そして、微笑のアビスは核心を叩き込む。

 

 

『ワタシを、ここから出してくれないか』

 

 

「出す……にゃ?」

 

『そうだ。……見てわかる通り、ここは随分と寒々しい場所だ。しかも私一人じゃ脱出不可能ときた』

 

「……本当に?」

 

『脱出可能だったらこんな場所にいつまでもいるわけなかろう。……もちろんタダとは言わん。貴様が望むのなら、ワタシはいつでも力を貸そう』

 

「…………………………」

 

少々考える。アビスを現実世界に放つことがどんな危険性を孕んでいるかは皆目見当もつかない。全く無害かもしれないし、さらなる災厄の種となりうるかもしれない。

 

そもそもこんな場所に隔離されている時点で怪しさ満点だ。誰が何の目的でこうしたのかはわからないが、こんな扱いを受けているからには受けているなりの理由があるだろう。

 

しかし。

 

逆に、何者かの策謀によってアビスはここに閉じ込められている、すなわち被害者の可能性も否めない。それに解放されたら力を貸すとも言っている。一度協力関係を築こうとして拒絶されたにもかかわらず、だ。となればこれは裏のある甘言ではなく、彼女なりの誠意なのかもしれない。

 

そして、その二つが天秤にかけられた時。

 

「……わかった、協力するにゃ」

 

迷わず後者を取るのが、睦月なのである。

 

『よく言ってくれた……! さあ、行こうか!!』

 

「へ」

 

瞬間。

 

睦月は、日本からはるか4700km、サーモン海にいた。

 

「…………………………」

 

正面には謎の黒ローブ。自分のフィールドには《H(ヒロイック)C(チャレンジャー) 夜襲のカンテラ》と、その姿を写し取った《コピー・ナイト》。何もかも、あの『扉』……いや、アビスとのやりとりがあった、その直前と同じだ。

 

(えっと……さっきのは、夢だったのかにゃ……?)

 

『違うんだなこれが』

 

「にゃしっ!?」

 

至近距離からの声に、思わず声を上げる睦月。慌てて振り返るとそこには、

 

『そこまで驚くことか?』

 

微笑のアビスが立っていた。

 

いや……立っていたという表現は正しくないか。正確には浮いている。比喩表現ではなく、数センチだが実際に。それに何だか半透明だ。

 

「どうしてここに?」

 

『言ったろう、力を貸すと』

 

「言ったけど……」

 

『あ、ちなみにだが、ワタシは貴様以外からは見えんからな。気をつけろよ』

 

「っ、先に言ってほしいにゃ……」

 

理由について尋ねるのはやめた。

 

『さて……ふむ、ハッキリ言ってかなりピンチだな』

 

(……そんなこと、わかってるにゃし)

 

(聞こえてるぞ)

 

(心の声まで……!?)

 

どうやら隠し事はできないらしい。

 

『ではやるか。貴様も力を貸せ』

 

(いいですけど……その『貴様』っていうの、やめてほしいのにゃ)

 

『ふむ?』

 

(私には『睦月』っていう立派な名前があるのにゃ)

 

それは睦月の最大の誇りであり、プライドだ。彼女は自分の姉妹たちを誇りに思っており、『睦月』という名前はそんな彼女たちの姉であるという最大の証明なのだ。だからその一点だけは譲ることができない。

 

その意思をくんだのか、アビスは微笑を少し深めて言った。

 

『よかろう。では行くぞ睦月、我々のターンだ』

 

(……はい!)

 

「……………………………………」

 

アビスが見えていない(らしい)黒ローブは、しかし睦月の一人芝居を見ても表情を特に変えることなく、じっと自分のターンが来るのを待っていた。

 

「『(ワタシ)は、レベル4の《H・C 夜襲のカンテラ》と《コピー・ナイト》でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!!』」

 

ぴったり声を合わせて口上を述べる二人。それに合わせて、夜襲のカンテラとコピー・ナイトが光の渦の中に吸い込まれて行く。

 

 

「『その手の剣で暗闇を裂き、白き翼で未来へ駆ける! エクシーズ召喚!! 来たれ、ランク4ーー《No.39 希望皇ホープ》ッ!!』」

 

 

その時ーー睦月の正面の海が、純白に光った。その光はどんどん強まっていき、やがて黒ローブと睦月の視界が光で埋め尽くされる。

 

そして、光が収まった時。

 

「ふわあ……」

 

睦月のフィールドに、光の使者(ホープ)はいた。

 

黄色と白のボディ。右手には一振りの大きな剣。《No.39 希望皇ホープ》、そんな名前の戦士が、睦月のフィールドに降臨した。

 

(《No.》……菊月ちゃんが使ってた変なカードと同じ……でも、このカードは、ホープは何か違う気がするにゃ。あのカードから感じたのはもっと邪悪な……怖い感じだったけど、ホープは真逆、守られているような……)

 

『ホープ、希望……か。フン、まさかよりにもよってこんなモンスターが……』

 

(? 何か言ったにゃ?)

 

『いや、なにも。そんなことよりデュエルを続けるぞ』

 

(はいにゃ!)

 

「『バトルにゃ()、ホープでダイレクトアタック!!』」

 

ホープの攻撃力は2500。だが、効果がーー

 

『このターンで決めに行くぞ、睦月』

 

(え、でもーー)

 

『手札を見てみろ』

 

言われた通り、手札のカードを確認する。

 

(……あれ? 睦月の最後の手札は《H・C スパルタス》のはずじゃ……)

 

『書き換えた』

 

(書き換え……!? い、いや、今はそれよりーー!)

 

「『この瞬間、ホープの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除くことで、モンスターの攻撃を無効にする。ホープ自身の攻撃を、無効にする!!』」

 

「……? 自分から無効にするだと?」

 

一見して無駄な行為。だが、

 

「『そして、モンスターの攻撃が無効になった時、速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動! 攻撃力を倍にし、もう一度だけ攻撃できる!!』」

 

ホープが背中の鞘から二本目の剣を抜き、構える。

 

「攻撃力……5000、か」

 

「『行け、ホープッ!!』」

 

ホープが二本の剣を携え、黒ローブへと突撃していく。

 

「ーーう、おおおおおおああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

「……はにゃぁあ」

 

ぱしゃり。睦月が水面にへたり込む。

 

終わった。エクスカリバーをも凌ぐ高攻撃力を持ったホープが、二本の剣を鞘に収めた。

 

『お疲れ様、だ』

 

労うようなアビスの声。睦月はそちらを向いて小さく笑ってみせた。

 

と。

 

ーーー、ーーー♪

 

『……ん?』

 

「にゃ……デュエルディスク?」

 

ディスクの通話機能に着信があった。

 

かけてきた相手は、

 

「響ちゃん? ……あ」

 

心当たりは、当然ある。おそらく睦月と同じ遠征艦隊の誰かが、横須賀鎮守府に連絡したのだろう。

 

(……心配、かけちゃったかな……)

 

『………………………………』

 

とりあえず、このままにしておくわけにもいかないので着信に対応する。

 

「も、もしもし」

 

『もしもし、睦月かい!?』

 

若干くいぎみの返答。この声と喋り方は間違いない、響だ。

 

「は、はい、睦月型駆逐艦一番艦、睦月にゃ」

 

『よかった、何回やっても繋がらなかったから心配で……!!』

 

『響、繋がったネ!?』

 

『ああ、繋がった! とにかく、無事かい、睦月』

 

どうやら通話の向こうには金剛もいるらしい。

 

(? 何回やっても繋がらなかった……?)

 

疑問に思うところはあったが、一先ずそれは脇に置いておいて、睦月はできる限り元気な声で答えた。

 

「大丈夫にゃ、睦月は元気ですよぉ!」

 

『そうか……本当に良かった。……それで、なんだけど』

 

響の声のトーンが一段階下がる。つられて睦月の心臓がわずかに動悸を早めた。

 

『私たちは、君が謎の黒ローブとデュエルをしている、ってところまでは掴んでいる。けど、具体的にそっちはどういう状況なんだい? できる限り詳しく教えて欲しい』

 

「えっと……まず、黒ローブさんは倒したにゃ」

 

『ふむ、なるほ……………………………………………………………………………………………………え?』

 

「だから、黒ローブさんは倒したにゃ」

 

『えっ、と……………………本当に?』

 

「本当にゃ」

 

『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

 

向こう側のざわめきが僅かに聞こえてくる。響たちはまだデュエルが続いているものだと思っていたのか。

 

向こう側が落ち着きを取り戻すまで、三十秒の時間を要した。

 

『……なるほど。じゃあ一応、周囲の状況を教えてくれ』

 

「はい。えっと……」

 

正面を見る。そこには黒ローブを纏った誰かが漂っていた。

 

「黒ローブさんは、力が抜けたように睦月の正面十数メートルを漂っているにゃ」

 

『ふむ。なら……』

 

『回収は第四艦隊に任せまショウ』

 

『そうだね。じゃあ睦月はできる限りそれに触れないでおいて。他には?』

 

「他……他って言うと」

 

『……例えば、あれじゃないか?』

 

通話が始まってから沈黙を貫いていたアビスが口を開いた。彼女の指はどこかを指しているようだが。

 

(あれ? って、これ……)

 

「他には……なんて言えばいいのかにゃ。紫色の……ガラス? みたいなものが」

 

『紫色の……ガラスだって!?』

 

信じられない、といった調子の響。だが、紫色のガラスというのはそんなに驚くようなものだろうか?

 

「う、うん。それが、私と黒ローブさんを囲うように、ドーム状に……」

 

『……睦月、君は黒ローブとのデュエルに勝利したんだよね?』

 

「へ? はい、睦月は黒ローブさんを倒したにゃ」

 

紫色のガラスと関係ないような質問に、睦月は首をかしげた。が、対する響は至極焦った様子で、何やら通話の先でやり取りをしている。

 

たまらず睦月は尋ねた。

 

「あの、響ちゃん? 睦月は一体、何が何だか……」

 

『睦月ッ!! まずい、黒ローブを倒したはずなのにその壁が消えないってことは、デュエルはーー!!』

 

ブツリ、と。そこで通話は途切れてしまった。

 

「響ちゃん!? もしもし、もしもーし!」

 

応答なし。急な電波障害だろうか。いやしかし、何の前触れもなく?

 

『……おい、睦月よ』

 

(なんですか、アビスちゃん)

 

『……アビス、「ちゃん」……? ま、まあいい。それより、あれを見ろ』

 

そう言うアビスの視線は、ただ一点に集中していた。

 

すなわち、黒ローブ。

 

『まだ、終わっていないみたいだぞ……』

 

「え……?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

睦月とアビス、二人の視線を浴びて、しかし黒ローブは全くの無反応ーー

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………っ………………………」

 

……いや。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………くひっ……………………」

 

いや……!?

 

「………………くっ、ひひ、ヒャハハハハハハハハ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーッハッハッハァァァッッ!!!」

 

「『ッ!?』」

 

とっさに身構える睦月とアビス。その視線の先で、黒ローブは狂ったように笑いながらゆっくりと体を起こした。

 

「ギャヒャヒャ、いィィいもン見せてもらったぜェ、全くよォ……! ヒャヒャ、まさか《No.》使っても正気を保ったままとはなァ……」

 

「あな、たは……」

 

「あ? あァ、ワタシは……ワタシ……あァもォめンどくせェ!!」

 

突如豹変した黒ローブは、そのローブに手をかけると、一息にそれを剥がした。

 

その下は。

 

「……そん……な……」

 

その下もまた、黒い布だった。しかし今度はローブではない。フードだ。何製かわからないフードを、そいつは身につけていた。

 

髪は枯れ木のような白。瞳は紫。肌は全体的に青白く、誰がみても健康そうには見えない。

 

極め付けは、臀部から生えている大きな尾。竜のアギトのような見た目をしたそれは、まるで本体とは別の生き物であるかのようにギチギチと音を立ててうごめいている。

 

「改めて自己紹介してやるよ」

 

バケモノは笑う。ニィィッと口の端を裂き、嘲るように不恰好な敬礼までして。

 

 

()()は戦艦レ級。()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぁ……ぁ……」

 

ガクガクと睦月の膝が笑う。半開きの口は意味のない音を発した。

 

『なぜだ……』

 

(へ……?)

 

『ヤツのライフはゼロのはずだろう。なのに、なぜヤツは立っている……?』

 

アビスも微笑が消えるほど動揺している。そういえば確かに、レ級の残りライフはホープの攻撃によってゼロになったはず……。

 

(……い、や、もしかしたら……アビスちゃん)

 

『何だ』

 

(アビスちゃんがいたあの場所で過ごした時間って、こっちではどのぐらいになるのかにゃ……?)

 

『……さあ。なにせ比べたことがないのでな。なんとも言えん』

 

(もし、もしですけど。あそことここで時間の流れが同じぐらいなのだとしたら……)

 

『だとしたら、なんだ。言ってみろ』

 

(私があそこにいる時に、レ級が何かしらのカードを発動していたとは考えられないかにゃ……)

 

『…………可能性は、高いな』

 

自分のフィールドは変わっていなかった。海や空の様子は比べようもない。だから、一瞬の出来事だと思ってしまった。あれは一瞬の間に起きたことなんだと。

 

その答えは、おそらく手元にある。

 

『……ディスクの、ライフ表示……』

 

(…………………………………………)

 

見たくなかった。見たくなくても見るしかなかった。恐る恐る。首の角度を変えていく。

 

ディスクの表示は、こうだった。

 

レ級:LP100

 

『差は1000……ヤツのフィールドからなくなったカードはあるか?』

 

(……伏せカードが、二枚)

 

『となると……おそらく《非常食》だな。もう一枚の伏せカードはそのコストに使われたか』

 

《非常食》、自身のフィールドの魔法及び罠を任意の数墓地に送り、その数×1000ライフを回復する速攻魔法だ。

 

「理解はすンだか」

 

レ級が一歩、前に踏み出す。連動するように、睦月が一歩引く。

 

「テメェに発動できるカードはねェ。つまり俺様のターンなわけだが……」

 

残酷な笑みはどこまでも深く。深く。深くーー

 

艦生(じンせい)最後のデュエルだ。せいぜい満足してくれよォ! 俺様のターン、ドローッ!!」

 

しかし、レ級の手札はゼロ、フィールドにもカードはない。ライフは残り100、ライフコストを払うことすらままならない。

 

……はずなのに。

 

「おォ、いィカードを引いたぜ……俺様は今ドローした《インフェルニティ・デーモン》の効果発動!」

 

「《インフェルニティ・デーモン》……?」

 

聞いたことのないカードだった。《デーモン》とついているから、【デーモン】デッキでは採用が見込めるだろうが……。

 

「《インフェルニティ・デーモン》は、手札ゼロ枚でこのカードをドローした時特殊召喚できる。当然、特殊召喚するぜ」

 

『手札ゼロ枚を発動条件とするカード……だと? なぜわざわざそんなアクの強いカードを……』

 

アビスもこのカードに見覚えはないらしい。

 

「そしてこのカードが特殊召喚に成功した時、手札がゼロ枚ならデッキから《インフェルニティ》を手札に加える。俺様が手札に加えるのは《インフェルニティ・ネクロマンサー》だ」

 

「《インフェルニティ》……《デーモン》じゃなく?」

 

「……ン? まさかテメェ、まだ愉快な勘違いしてやがンのか?」

 

勘違いもなにも、睦月には何が何だかわからない。だって、先ほどまで【デーモン】を使っていた相手が突然全く別のカテゴリのカードを使い始めたのだ。

 

真相は本人の口から明かされた。

 

「最初のターンに俺様が使った《手札抹殺》。あれの目的は手札交換じゃねェ、手札のカードを墓地に送ることだ。ンで、その後の手札がたまたま【デーモン】として展開できるカードだったからそれっぽく進めただけ。《デーモン》と名のついたカードは《インフェルニティ・デーモン》とサポートを共有できるからなァ」

 

『……ということは、ワタシたちはずっとヤツの手のひらの上で踊らされていただけ、というわけか』

 

「答え合わせはもォいィな。進めるぞ。《インフェルニティ・ネクロマンサー》を召喚。このモンスターは召喚された時守備表示になる。そして手札がゼロ枚の時、墓地の《インフェルニティ》を特殊召喚できる。よみがえれ、《インフェルニティ・リベンジャー》ッ!」

 

デーモン、ネクロマンサー、リベンジャー。いずれもレベルは異なる。ということは、

 

「俺様はレベル4のデーモン、レベル3のネクロマンサーにレベル1チューナー、リベンジャーをチューニング!!」

 

『……こいつはちとやばいかもしれんな、睦月……』

 

当の睦月は、何も反応することができなかった。目の前で生まれてくる怪物を、ただただ黙って見つめていた。

 

 

「地獄の蓋は開かれた。無限の闇は全てを呑み、煉獄の炎は森羅万象を塵芥に還す!! シンクロ召喚ッ!! 貪れ、レベル8ーー《インフェルニティ・デス・ドラゴン》ッ!!」

 

 

ぞぶり、と。重たいものが浮上してくるような音がした。だがその音源はレ級の前ではなく。

 

「デス・ドラゴンの効果発動」

 

『っ! 睦月、足元だ! ()()()()()()()()()!!』

 

「手札がゼロ枚の時、相手モンスター一体を破壊できる」

 

ガッ!! と、ホープの足首が何者かによって掴まれた。

 

そしてそのまま、一瞬で海中に引きずり込まれた。

 

「ホープ!!」

 

「さらに破壊したモンスターの攻撃力の半分を、効果ダメージとして貴様に与える」

 

「! あくっ、うわあ!!」

 

睦月:LP2100→850

 

「でも、この瞬間、墓地の《H・C サウザンド・ブレード》の効果発動! 自分がダメージを受けた時、このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚するにゃ!!」

 

デス・ドラゴンの攻撃力が3000なのに対して、サウザンド・ブレードは1300。普通に考えたら焼け石に水でしかない。

 

(……けど、だにゃ)

 

『ああ、睦月、いい判断だ。おそらくヤツは……』

 

そう。これは最後の悪あがきではない。逆転の一手だ。

 

「……デス・ドラゴンは効果を使用したターン攻撃できねェ」

 

(! やった……!)

 

たしかにデス・ドラゴンが攻撃可能なら、サウザンド・ブレードの蘇生に意味はなかっただろう。だがデス・ドラゴンの効果は(手札ゼロ枚という発動条件はあるにせよ)発動にコストを要さなかった。それならば何かしらのデメリットがあるかも、と予想したのが、バッチリ的中したというわけだ。

 

(デス・ドラゴンは攻撃表示、レ級の残りライフは100。つまり、もう一体レベル4のモンスターをフィールドに出せれば、エクスカリバーを呼んで……勝てるにゃ!)

 

『いいぞ睦月、ヤツの手札はゼロ、フィールドに発動できるようなカードもない。あとはお前のドロー次第で……!』

 

勝てる。デス・ドラゴンが守備表示ならそうはいかなかっただろうが、好都合なことに攻撃表示である。

 

(行くにゃ!)

 

『ああ、やれ!』

 

「私のターン、ドーー!!」

 

「オイオイ、何してンだテメェ」

 

ガッ、と、引き抜かれようとしていたデッキトップのカードが止まった。

 

(にゃっ……?)

 

『……なんだ、何が起きた?』

 

(えっと……ディスクの不正防止機能が発動しているにゃ)

 

『何? 不正防止機能だと……?』

 

しかし睦月には身に覚えがない。

 

(ってことは……?)

 

ディスクの液晶画面に目を移す。そこには、現在の互いのフィールドやライフのほか、ある一文が表示されていた。

 

〈まだ相手のターンが終了していません!〉

 

「俺様のターンはまだ終了してねェぜ?」

 

「で、でも、もう発動できるカードは……」

 

「あるンだよ。手札でも、フィールドでもねェ場所……つまりは墓地に」

 

シャコン、とレ級の墓地から一枚のカードが出てくる。

 

「墓地の《シャッフル・リボーン》の効果発動。このカードを除外し、さらに自分フィールドのカードをデッキに戻して一枚ドローする。デス・ドラゴンにはエクストラデッキに戻ってもらう」

 

足元から気配が消える。どうやらデス・ドラゴンは帰っていったようだ。

 

「さて……俺様のフィールドと手札にカードはなく、召喚権も使い切った。文字通りデスティニー・ドローだな」

 

一方、睦月の手札とフィールドにもカードはなく、残りライフは850。つまりこのドローは睦月にとっても運命のドローだ。

 

(睦月のデッキは、半分以上がレベル4のモンスターか、その展開を補助するカード。だから、このターンさえ凌げば……!)

 

願う。目を瞑り、両手を合わせて。

 

(お願い……!)

 

「じゃァ行くぜェ……ドローォォォ!!」

 

デッキトップのカードがレ級の手札に加わる。

 

「…………………………………………………………」

 

「…………………………………………………………」

 

『…………………………………………………………』

 

ドローカードは、

 

「……魔法カード、《死者蘇生》、発動ォッ!!」

 

「…………そん、な」

 

一縷の望みは、無情にも打ち砕かれた。

 

「さァて、何を蘇らせっかなァ……」

 

そう言って、鼻歌でも歌い出しそうなほどの上機嫌でディスクを操作するレ級。

 

やがて、一枚のカードがレ級のフィールドに現れた。

 

「そォだなァ、やっぱテメェにトドメを刺すのはコイツだよなァ! ーー《No.39 希望皇ホープ》!!」

 

『! アイツ……!!』

 

「ホープ……」

 

睦月の希望が、レ級のフィールドに降臨する。今度は睦月の希望を刈り取るために。

 

「希望、希望ねェ。ったく、くだらねェ。ンなモンに縋ってねェでとっとと大人しくくたばりやがれってェの」

 

吐き捨てるようなレ級の台詞にも睦月は反応できなかった。こちらに刃を向ける希望の戦士を、ただジッと見つめていた。

 

「さァ、終わりにしよォぜ。ホープ」

 

伸ばした人差し指を睦月に向け、レ級は小さく(わら)いながら一言命じた。

 

()れ」

 

それだけで、ホープはその手の剣を振り上げて睦月のもとに向かい、その剣を

 

 

「全主砲、()ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

「え……」

 

そんな声が聞こえたのと同時に、ホープの剣が眼前で停止する。

 

直後だった。ドガガガガガッ!! という激しい音が近くで響いた。

 

「うわっ!?」

 

思わず耳をふさぐほどの大音量に、慌ててそちらを見る。と、

 

「だ、ダメです、障壁、ビクともしません!」

 

「怯むな潮! 砲撃を一点に集中させろ!!」

 

「な、長門さんに、潮ちゃん……!?」

 

『いや、まだいるようだぞ』

 

アビスの言葉通り、長門と潮の他にも、十人前後の艦娘が見えた。連合艦隊クラスの人数だ。

 

そして当然、レ級もそれを視認していた。

 

「…………………………………………………………」

 

レ級はガリガリと後頭部を掻いた後、睦月に背を向けた。

 

「チッ、興ざめだ。わらわら集まりやがって……デュエルは……サレンダーってことでいィな」

 

「……………………」

 

「いィな?」

 

それが最後の言葉だった。レ級がパチンと指を鳴らすと、紫色の壁が空気に溶けるように消えていき、同時にレ級自身も海の中に消えていった。

 

即座に睦月のもとに何人もの足音が近づいてくる。

 

「大丈夫ですか、睦月ちゃん!?」

 

「潮ちゃん……ええ、睦月は大丈夫にゃし……けど、どうして……? 遠征中だったよにゃ……?」

 

「うん、だったんだけど、司令官からここにくるように言われて……」

 

「途中で我々ショートランドの第一艦隊と合流し、駆けつけたというわけだ」

 

長門たちもいるのはそういう訳らしい。

 

「レ級は撤退していったようだが、まだ安心はできんな。一先ずショートランド泊地まで退避するとしよう」

 

「はい…………にゃ………………」

 

返事をするも、レ級とのデュエルで相当消耗していたようで意識は徐々に薄れっていっていた。

 

「睦月ちゃん、大丈夫!?」

 

「だ……だい、じょ……う…………」

 

もったのはそこまでだった。睦月の瞼が閉じきり、四肢から力が抜けて海面に倒れこむ。

 

『む、睦月ちゃん!? 睦月ちゃーん!!』

 

『まずいな……すぐに運ぶぞ!!』

 

(大丈夫……だって……)

 

その言葉は、声にならずに海に溶けた。

 

 

 

 

「…………………………」

 

気づけば、睦月は見知らぬところに立っていた。

 

『……負けてしまったな』

 

背後からアビスの声が聞こえた。

 

「……ううん、負けてないのにゃ」

 

『どこがだ。完璧な敗北ではないか』

 

その声に、睦月は振り返らず、

 

「睦月は殿。救援が来るまできちんと持ち堪えられたら、それでいいのにゃ。デュエルには負けちゃったけど……」

 

ただ、

 

「戦略的勝利、ってやつなのにゃし!」

 

いつも通り笑っていた。




はい、というわけで【ヒロイック】vs【デーモン】……もとい【インフェルニティ】でございました。
デッキ解説!!

睦月の【ヒロイック】は前回とほぼ変わりなく。《HーC ガーンデーヴァ》のコントロールを奪われると少々厳しくなってしまいます。相手フィールドの《デーモン》が下級モンスターだけでよかったね……。
希望の《No.》を手にした睦月は、これからどうなって行くのでしょうか……。

即正体をバラした狂戦士レ級、【デーモン】もとい【インフェルニティ】使いです。
【デーモン】、展開速度は遅めですが一撃一撃が結構強烈。《トリック・デーモン》のサーチ能力が高いのも魅力ですね。あと《堕落》はいいカードです。厄介なモンスターは全部奪っちゃえばいいんですよ!
【インフェルニティ】……化け物じみた展開速度で相手を封殺・圧殺するデッキ……いや恐ろしい……。浪漫も爆発力もある、ある種理想のデッキです。
余談ですが、【インフェルニティ】ってマスタールール4が完全に追い風になってるんですね……。なんというか、すごいです。

アビスに関しては、あえて触れないでおきます。彼女についてはそのうち語られることでしょう。

次回、レ級襲撃の報を受けた横須賀鎮守府は。


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悪魔の余波

「「「「「……………………………………………………」」」」」

 

横須賀鎮守府提督執務室は、重い沈黙に包まれていた。

 

ショートランド泊地からの情報によると、遠征中だった第三艦隊及び第四艦隊は無事で、現在はショートランド泊地にいるとのこと。救援に向かったショートランド泊地の艦娘たちにも損害はないらしい。

 

そして、第三艦隊を逃がすために自ら殿を(しんがり)申し出、孤軍奮闘、たった一人で悪夢を食い止めた睦月は意識不明。命に別状はないそうだが、それでも私たちが受けた心理的ショックは大きい。

 

だが私たちが黙り込んでいるのはそれだけが理由ではなかった。

 

「…………レ級、か」

 

司令官が一言、絞り出すように呟いた。

 

「っ……」

 

ピクリと小さく反応する暁。この様子だと、おそらく暁はレ級と実際に戦ったことがあるのだろう。

 

当の私は、書類上のスペックを見たことがある程度なのだけれど。

 

(……たしか、雷撃能力と航空戦能力を兼ね備えた戦艦……だっけ。たった一人でこちらの主力艦隊に匹敵するほどの戦力を持つ、とかいう……)

 

そんな化け物を、睦月はたった一人で押さえ込んだのだ。その点は素直に凄いと言わざるを得ない。

 

「……But、レ級はもういないはずデース。だって……」

 

「ああ、奴は『番号札作戦』で……」

 

『番号札作戦』。聞き覚えのある名前に、少々首をかしげたのち、そういえばと思い出す。

 

以前金剛さんから『番号札作戦』の概要を聞いた時、彼女はこう言っていた。『《No.》は初期艦五人及びその時襲撃してきていた敵艦隊の旗艦とともに封印された』と。つまりは、その敵艦隊旗艦というのが件のレ級のことなのだろうか。

 

そのことを暁に尋ねて見たところ、

 

「その通りよ。レ級は、初期艦たちと一緒に一枚のカードに封印された。……って、なんで響が『番号札作戦』のことを……?」

 

「まあ、いろいろあったのさ」

 

でも、だとすると。

 

「……叢雲さんは言ってた。『狭間の鎮守府』に取り込まれた深海棲艦は、叢雲さんとデュエルして、その結果あそこを脱出したって。もしその脱出した深海棲艦っていうのがレ級のことなんだとしたら……」

 

「……奴が『こちら側』にいる可能性は高い、というわけか」

 

司令官の眉間に一層深いシワが刻まれる。そりゃそうだろう。一度封じたにもかかわらず《No.》は再び現実世界で暴れまわり、敵艦隊主力の一角は早々に戻ってきていたのだ。

 

つまり、『番号札作戦』は失敗だったのである。信頼していた相棒、叢雲さんの犠牲も無駄だった。その事実は、司令官の精神を大いに揺さぶっていることだろう。

 

「……どうするネ、提督?」

 

「そう……だな」

 

そう言って小さく唸った後、司令官は火のついていない煙管を口から離して机の上においた。

 

「まず、響は連戦の後だ、自室に戻ってゆっくり休め。暁も同じく、だが……《No.》に憑かれていた身だ、体に不調が残るようなら入渠してきても構わん。ヲ級は……そうだな、貴様は牢にぶち込む。金剛、連れて行け」

 

「「「了解(デース)」」」

 

そういえば昨日は昼間時雨と戦い、夜は暁、ヲ級と連続して戦った。それなくても数日前から精神をすり減らすデュエルの連続なのだ。一度デュエルから離れて本気で休んだほうがいいかもしれない。

 

(睦月は心配だけど……今はどうすることもできない、か……)

 

生じたやるせなさを首を振って誤魔化し、私は自室に戻るのだった。

 

 

 

 

「……………………」

 

自室にいるのはすぐに飽きた。暁は司令官の言う通り入渠ドックに行ったし、特に読みたい本もなかったし。なので、気分転換に鎮守府を散歩することにした。

 

《No.》騒動があったにもかかわらず、鎮守府は平穏そのものだった。道行く艦娘の顔に懸念の色はなく、普段と変わらない笑顔だ。

 

(やっぱり《No.》のことは秘匿してるんだ。でもちょっと変だな。扶桑さんによる執務室への砲撃とか、そういうすぐにわかるような変化もあったのに……)

 

ちなみにその提督執務室だが、扶桑さんとのデュエルの翌日に行った時にはすでに元どおりになっていた。おそらく妖精さんにやってもらったのだろうけど……相変わらず、凄まじい技術力だ。

 

(……考えても無駄かな)

 

行くあてもなく、空を見上げながらぶらぶらと歩く。なんだか、今までのことが全部夢の中だったんじゃないか、と思うほど清々しく、澄んだ空だった。

 

そんな感じで散策していると、気づけば特殊物資搬入用港にいた。

 

「………………」

 

ベンチに腰掛け、海を眺める。

 

昨夜。私はここで、暁やヲ級と戦った。当然の話だがその形跡はなく、ただいつも通り、波が寄せては返すばかりである。

 

と。

 

「おや……響じゃないか」

 

「ん? ……長月」

 

駆逐艦寮の方から長月が歩いてきた。

 

「……隣、いいか」

 

しかし見慣れた顔に生気はまるで感じられず、かろうじて二本の足で立っていると言った感じだった。

 

「そりゃ、構わないけど……」

 

座っていた場所をずれ、左側に一人分のスペースを空ける。長月はそこに座ると、特に何かを言うでもなく顔をうつ向けた。

 

「……どうしたんだい?」

 

たまらず尋ねると、長月はゆっくり顔を上げた。

 

やがて、ポツリポツリと話し始める。

 

「……菊月が倒れたのは、知っていると思うが。先程連絡があった。ショートランド沖で、睦月も……襲撃されたそうだ」

 

「っ……」

 

睦月に対する襲撃、それは間違いなくレ級の件のことだろう。まさか既に情報が届いているとは。

 

「……他の姉妹は、どうしてる?」

 

「全員部屋の中さ。……菊月が順調に回復に向かっていて、もうすぐ意識が戻る頃との話だったからな。皆で見舞いに行こうと、話していたんだが……そこに……!」

 

ガンッ! ベンチの手すりを長月が殴りつける。その感情は、共感できるもので、同時に私なんかでは真に理解できようはずもないものだった。

 

だって、私は同じ立場に立っていない。暁は無事だし、《No.》騒動の被害者の中には私の友人はいたものの、それと姉妹を傷つけられた感情を同列に考えてはダメだろう。

 

「……皆な、怯えているのさ。姉妹が二人やられた、次は自分なんじゃ、ってな。私がここに来ることすら随分と抵抗された。……ああ、もしかしたら、姉を順繰りに襲われた足柄や羽黒も、同じ恐怖に苛まれたのかな……」

 

力無く笑う長月の笑みは、しかし喜の感情から来たものではなく、むしろ真逆、哀からくるものだった。私はその表情に何も言えず、ただ黙っていた。

 

そこで、長月が思いもよらない行動に出た。

 

「……………………」

 

カシャン、という軽い音を立てて、長月の腕からデュエルディスクが外された。

 

「長月……?」

 

「……………………っ」

 

外したディスクを見つめ、何かを噛み砕くように奥歯を噛み締めた長月は、

 

「…………これは、お前にやるよ、響」

 

そのディスクを、私に向けて差し出した。

 

「……………………何、を、言って……?」

 

「不思議がることか? むしろきっと()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ディスクを外す。それが示すところなど一つしかない。

 

すなわち、デュエルを金輪際行わないということ。いや、テーブルの上などではできなくもないが、少なくともディスクを用いてのデュエルはできない。

 

そしてその理由も察するのは容易い。

 

(……長月の姉妹が傷ついた理由は、どっちもデュエル絡み。となれば、それを手放したくなるのもわかる……けど……)

 

「それは……それは、受け取れないよ」

 

「そう言うな。一応デュエルはディスクなしでもできる。私の生活から危険が一つ消えるだけ……これは、それだけのことなんだ」

 

「でも……」

 

「……逆に、一つ聞きたいんだが」

 

力無い長月の瞳が、私を真正面から見据える。

 

「お前はどうして、ディスクをつけ続けている?」

 

「…………それは……」

 

「あの菊月とのデュエルのあと、お前は提督執務室へ行き、その直後あそこで謎の爆発があった。一応扶桑の主砲が誤作動を起こしたということになっているが……あれも《No.》とやらが絡んでいるんだろう? それほどの目に遭っておきながら、お前はなぜ立ち向かおうとする?」

 

「………………………………」

 

何も言えなかった。反論材料どころか、そもそも反論する理由すら曖昧になってくる。

 

(……扶桑さんの主砲が誤作動を起こしたってことになってるのか、あれ)

 

余談である。

 

(私には、長月を止める言葉がない。だって、長月は何も間違っていないんだ。危険な可能性を潰し、それでいてほとんど損害はない……たぶん、最善策)

 

「さあ……受け取れ」

 

急かす長月に、反射的に右手を伸ばしてしまう。手を引っ込めようとする力は思ったよりはるかに弱く、とうとう指先がディスクにーー

 

 

「おや、どうしましたか、こんなところで」

 

 

声。それは長月が来た方向と同じ、駆逐艦寮の方からだった。

 

とっさに振り向くと、そこには一人の駆逐艦がいた。

 

「えっと、浜風だっけ?」

 

「あ、はい、そうです、陽炎型駆逐艦十三番艦『浜風』です。こうしてきちんとお話しするのは初めてですかね、響。……で、二人は何を……?」

 

「え……あ、いや、これは……」

 

ディスクを渡そうとする長月と、それに手を伸ばす私。それははたから見たらよくわからない光景だろう。

 

「………………………………」

 

当の長月は何も言わず、静かに視線を落としていた。

 

「………………ふむ」

 

そんな私達を眺めてから、浜風は何かに納得したように小さく頷いた。

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ、少々考え事を。……それはそうと、響」

 

「なにかな」

 

「私とデュエルをしてくれませんか」

 

「ああ、構わな……え? デュエル?」

 

「はい、デュエル」

 

ちょっと展開が急すぎないか。そんな気持ちも込めてチラッと長月を見ると、彼女もいきなりのことについていけないようで、困惑の色濃い瞳で浜風を見ていた。

 

しかし浜風本人はそんなことなど意にも介さず私に向けてディスクを構えている。

 

「…………ええーと」

 

「そもそも私がここに来たのもそれが目的です。誰かとデュエルがしたくて……そこにちょうどよくあなた方がいた、と」

 

一方的な言葉に返す隙もない。第一、まだデュエルを受けるとも言っていないのだけれど……。

 

「……受けてやったらどうだ、響」

 

「え……う、うん……?」

 

思わぬ後押しに疑問符を浮かべつつ答える。まあ、断る理由も特にない。正直そんな気分でもないが。

 

「受けてくれますか。……ありがとうございます」

 

「そんな、お礼を言われるほどのことでもないさ。さあ、やろう」

 

長月の件は置いておいて、ひとまずデュエルだ。

 

「「デュエル!」」




次回、突如デュエルを挑んだ浜風の真意とは?


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靄がかったデュエル

もう……本当……ごめんなさい……(土下座)


「先攻は私ですね。永続魔法《補充部隊》を発動します。これがある限り、私は1000以上のダメージを受けるたびにそのダメージ1000につき一枚ドローできます。モンスターを裏側守備表示で召喚、カードを一枚セットしてターンエンドです」

 

「……私のターン、ドロー」

 

《補充部隊》。一枚で大きなアドバンテージを稼げる可能性もあるが、同時にかなり受動的な効果でもある。

 

(だから採用するなら自分のモンスターが破壊された時にドローできる《補給部隊》の方がいい場合が多い。なのに《補充部隊》……)

 

考えられる可能性は三つ。一つは特に深い理由はなく、なんとなく。一つはあまりモンスターを出すデッキでないため《補給部隊》ではドローを狙いづらい。

 

(そしてもう一つは、モンスターが破壊される機会よりライフにダメージを受ける機会の方が多い、つまり【キュアバーン】や【アロマ】みたいなライフを回復するタイプのデッキ……!)

 

ならあのセットモンスターは《アロマポット》か、《ビッグバンガール》をリクルートできる《UFOタートル》か……。

 

(戦闘破壊耐性がある《アロマポット》は難しいけど、《UFOタートル》なら……)

 

「私はスケール2の《EM バラード》とスケール7の《EM キングベアー》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル3から6までのモンスターを同時に召喚可能だ。ペンデュラム召喚! 手札よりあらわれよ、レベル6《EM バブルドッグ》! バトルだ、バブルドッグでセットモンスターに攻撃!」

 

バブルドッグの攻撃力は2300。リクルーターを撃破するには十分だ。

 

自身の背丈より大きなブラシを使って、バブルドッグがセットモンスターを破壊するーー

 

「破壊されたモンスターは《キラー・トマト》、よって効果を発動します。このカードが戦闘破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを特殊召喚します。私は攻撃力1500の《ガガガマジシャン》を……と。どうかしましたか?」

 

「…………ああ、いや、なんでもない」

 

完全なる杞憂。《補充部隊》であることに特に意味はないようだ。

 

気を取り直して。

 

(《ガガガマジシャン》か……レベル変動効果を持つからいろんなデッキで採用される可能性があるけど……一番可能性が高いのはやっぱり【ガガガ】か)

 

「カードを二枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

【ガガガ】といえば、《ガガガマジシャン》を主軸として多彩なランクのエクシーズ召喚を狙っていくデッキのはず。当然ランク7や8のような高ランクのエクシーズモンスターを出すのも難しくない。

 

そして、それ以上さえも。

 

「私は《ガガガシスター》を召喚し効果発動。このモンスターの召喚に成功した時、デッキから《ガガガ》の魔法か罠を手札に加えることができます。《ガガガリベンジ》を手札に」

 

(シスターにリベンジ……【ガガガ】で間違いない、か)

 

「さて……ここからならフェルグラントにも繋げますが、今回は派手さを重視しましょう。私は《ガガガマジシャン》の効果を発動します! 一ターンに一度、レベルを1〜8の好きな数に変えられます。私は最大の8を選択します! さらにシスターの効果発動、自分フィールドの《ガガガ》一体と自身のレベルをその合計値とします。私のフィールドにはレベル8となった《ガガガマジシャン》、よって二体のレベルは2+8の10です!」

 

「! レベル10が、二体……!」

 

「もうお分かりでしょう。私はレベル10となったマジシャンとシスターでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

ランク10のエクシーズモンスター。考えられる可能性は『あのカード』ぐらいしかない。

 

と、その時、浜風に異変があった。

 

「っ……」

 

「……?」

 

ギリッと歯を食いしばり、苦しそうに眉間にしわを寄せたのだ。

 

だがそれも一瞬のことで、まばたきの間に表情は戻っていた。

 

「大地を揺らす(くろがね)の巨体。砲の一撃で全ての壁を吹き飛ばせ! エクシーズ召喚! 来たれランク10《超弩級砲塔列車グスタフ・マックス》!!」

 

人間大の大きさでしかなかったマジシャンとシスターが、超巨大な砲塔列車となって現れる。あまりの巨体に向こう側の浜風が全く見えなくなってしまった。

 

「グスタフの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、響に2000のダメージを与えます!」

 

グスタフの大きな主砲が私に向けられ、

 

(っ、防げ、ない!!)

 

発射される。

 

響:LP8000→6000

 

「けほっ、こほっ……くぅ……!」

 

痛みはないが、再現された爆風が巻き上げた砂埃は私の目や気管を容赦無く攻撃した。

 

「バトルです。グスタフでバブルドッグに攻撃」

 

グスタフの攻撃力は3000。もちろんバブルドッグを上回っている。

 

(けど……!)

 

「バラードのペンデュラム効果! 《EM》がバトルする際、相手の攻撃力を600下げる!」

 

「それだけ下がっても、まだグスタフの方が上です!」

 

グスタフの車輪に轢かれ、バブルドッグがペラペラになってしまった。

 

響:LP6000→5900

 

「私はこれでターンエンドです」

 

「私のターン、ドロー!」

 

バラードのペンデュラム効果で下がった攻撃力は元に戻らない。そしてあの効果は毎ターン使用可能だ。

 

「ペンデュラム召喚! 来い、私のモンスターたち! 手札からレベル4《EM ゴールド・ファング》、エクストラデッキからレベル6《EM バブルドッグ》! ゴールド・ファングが召喚、特殊召喚されたとき、このターンの間自分フィールドの《EM》の攻撃力を200アップさせる!」

 

「グスタフを、上回った……」

 

「そうさ、バトルだ! バブルドッグでグスタフに攻撃、このとき再度バラードのペンデュラム効果を発動、グスタフの攻撃力を下げる!」

 

先のターンのお返しとばかりにバブルドッグのブラシがグスタフの主砲に叩きつけられ、グスタフは粉々に砕け散ってしまった。

 

浜風:LP8000→7300

 

「ゴールド・ファングでダイレクトアタック!」

 

「っ……」

 

浜風:LP7300→5300

 

「この瞬間永続魔法《補充部隊》の効果により私は二枚ドローします」

 

浜風の手札は今のドローで実に5枚。ダメージを優先したため大きな手札アドバンテージを与えてしまったが……。

 

(【ガガガ】はそんなに展開力のあるデッキじゃないはずだから大丈夫……だよね?)

 

「……私はこれでターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

浜風は一度手札を見て考えるように目を瞑る。

 

やがて目を開けると、手札のカードを発動した。

 

「魔法カード《ガガガ学園の緊急連絡網》を発動します。相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、デッキから《ガガガ》を特殊召喚します! 出番ですよ、《ガガガガール》! さらに《ガガガカイザー》を召喚!」

 

「どちらもレベル3……ランク3かな」

 

「残念ですが違います。私はカイザーの効果発動、墓地のモンスター一体を除外し、自分フィールドの《ガガガ》のレベルを除外したモンスターと同じにします。《キラー・トマト》を除外し、カイザーとガールのレベルを4にします! そして、レベル4となった二体でオーバーレイ!」

 

ランク4のエクシーズモンスターは、ランク10とは逆に非常に多い。この状況から出てくるエクシーズモンスターを推察するのは不可能に等しい。

 

しかし、そこでまた異変があった。

 

「っ、ぐ……!」

 

「浜風……?」

 

浜風の顔が苦しそうに歪んだ。

 

先ほど、グスタフをエクシーズ召喚した時もそうだった。彼女はエクシーズ召喚をするたびに、ああして苦しそうな表情を……

 

(……ん? エクシーズ召喚? そういえば……)

 

思い出されたのは、金剛さんから聞いた話。確か彼女いわく、《No.》の最初の被害者は……

 

(そうだ、浜風。彼女は《No.》の被害者でもあるんだ……!)

 

とすればエクシーズ召喚のたびにしているあの表情もうなずける。おそらくだが、《No.》の呪いには後遺症があるのだ。それが肉体的苦痛なのか精神的苦痛なのか、全員にあるのか一部だけなのかは分からないが。

 

(でも彼女の様子を見るに、それは彼女本人は分かっていたはず。それなのにどうして私にデュエルを挑んだ? どうして苦しんでまでデュエルを続行する……!?)

 

私には分からなかった。そんな風に顔を苦痛に歪ませながら、彼女はどうしてーー

 

「我が道行く、修羅のサムライ。二本の刀で迷いの闇を切り裂き進め! エクシーズ召喚! ランク4《ガガガザムライ》! この瞬間、ガールの効果が発動します。自信を含む《ガガガ》のみでのエクシーズ召喚に成功した時、相手の特殊召喚されたモンスターの攻撃力を0にします。バブルドッグの攻撃力を0にします」

 

「…………どうして……」

 

「さらに魔法カード《ガガガボルト》を発動。自分フィールドに《ガガガ》が存在する時、相手のカードを一枚破壊します。攻撃力を下げる効果が厄介なので、《EM バラード》にはご退場願いましょう」

 

「どうして君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

思わず口から漏れた疑問に、浜風は一瞬ピクリと眉を動かし、それからニッと口角を上げて言った。

 

 

「逆に聞きますが、デュエルを楽しむことにどんな特別な理由が必要なんでしょう?」

 

 

「えっ……」

 

予想外の言葉に、うまく返すことができない。だって浜風が苦痛に苛まれているのは事実で、本当だったらデュエルをするべきではない。だというのに……

 

私の疑問を汲み取ったのか、声のトーンを一段落として彼女は続けた。

 

「……確かに私の体調は万全とはいえません。どんな理屈をこねようと、それは変わらぬ事実です」

 

「なら……」

 

「ですが、それとこれとは話が別でしょう」

 

「話が……別?」

 

「ええ。それがどんなデュエルであれ、全力で戦い、全力で楽しみ、終われば全力で讃えあう。そこに深い理屈なんて不要なのです。だってーーそれこそがデュエリストなのですから」

 

「…………………………………………………………」

 

その言葉は、私には重すぎた。浜風も《No.》によって望まぬ戦いを強要され、デュエルの暗い側面を知っている。だがそれは一年も前の話、つまり彼女にとっては過去の話なのだ。現在進行形でその暗い側面に触れ続けてる私には、そういう風に割り切ることなんてできない。

 

事実、今までのデュエルはどれも辛く苦しいだけで、これっぽっちも楽しくなんて……

 

(……楽しく、なんて…………)

 

「……デュエルを続けましょう。ザムライはオーバーレイユニットを一つ取り除くことで、《ガガガ》一体に二回攻撃の権利を与えます。それを自身に与え、バトル。ザムライでバブルドッグとゴールド・ファングを攻撃です」

 

「……………………」

 

響:LP5900→4000→3900

 

「ターンエンドです」

 

「私のターン、ドロー……」

 

今まで、《No.》と繰り広げてきた死闘。何人もの《No.》に操られた人たち、《No.》の呪いに争い続けた暁、その呪いすら己が力としたヲ級。

 

彼女たちとのデュエルで私が感じたのは、本当にマイナスの感情だけだったか。そのどれもが、恐怖と怒りと苦しみと悲しみで塗り固められていたか。

 

答えは、

 

「………私は、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「……? 手札事故でも起こしましたか?」

 

「いや……そういうわけでは、ないんだけどね」

 

私のもう一枚の手札は《EM ダグ・ダガーマン》、スケール2のペンデュラムモンスターだ。ペンデュラムスケールにセットする事で、再びペンデュラム召喚を行うことができる。

 

だが、あえてそれをしなかった。理由の半分は伏せカードにある。

 

そしてもう半分は。

 

(……私が、《No.》とのデュエルで感じたもの。それがなんだったのか、まだ私にはハッキリとは分からない。そんな状態で攻めに転じるなんて、到底できない……)

 

分かっている。そんなものはただの執行猶予のための言い訳でしかなく、私はただ胸の中にあるものに名前をつければいいだけで。それから逃げているだけなのは分かっている。

 

(だけど、だめなんだ。模範解答を解答用紙に書き写すんじゃなくて、私なりの答えを見つけなくっちゃ、それは『私の答え』じゃない。結局次の挫折までの延命措置にしかならないんだ……!)

 

「……まあ、何か考えがあるのでしょう。私のターン、ドロー!」

 

浜風の動きに迷いはない。ドローしたカードを手札に加え、別のカードを発動する。

 

「装備魔法《ガガガリベンジ》を発動。墓地の《ガガガ》を特殊召喚し、このカードを装備する。《ガガガシスター》を特殊召喚し装備させます。さらに《ガガガクラーク》を召喚、シスターの効果でシスターとクラークのレベルをその合計である4にします。そしてレベル4のシスターとクラークでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

また、浜風の表情が歪んだ。

 

「我が道行く射撃の名手よ。その手の銃で孤独の闇を打ち抜け! エクシーズ召喚! ランク4《ガガガガンマン》! ……伏せカードが三枚もありますからね、守備表示でエクシーズ召喚します。ですがガンマンの効果発動、守備表示のとき、オーバーレイユニットを一つ取り除くことでーー」

 

「800の効果ダメージ。それを受けるわけにはいかないな、罠カード《戦友(とも)の誓い》発動! 自分フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在しないとき、相手のエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る。ガンマンのコントロールはいただいていくよ」

 

今まさに銃口をこちらに向けていたガンマンが、私のフィールドに来る。これで効果は使用できない。

 

「ガンマンの守備力は2400、ザムライでは突破できない……臆さず攻撃表示で出すべきでしたか。私はカードを一枚伏せてターンエンドです」

 

ガンマンのコントロールを得られるのはエンドフェイズまでなので、浜風のターンが終わったことでガンマンのコントロールが戻る。

 

「私のターン、ドロー」

 

そして私は、

 

「……ターンエンド」

 

「……正気ですか」

 

「違うように見えるなら、試しに攻撃してみたらどうだい?」

 

あからさまな挑発。それが逆に私が平常であるということの証明だ。浜風は当然乗せられなかったようで、ほんの少し目を細めただけだった。

 

「……そう、ですか。では私のターン、ドーー」

 

私の挑発にさして動じた様子もない浜風が、ドローしようとしたそのときだった。

 

「待ったァ!!」

 

「「!?」」

 

私たちのデュエルに割って入る声があった。

 

声の出所がわからず、私も浜風もキョロキョロと周囲を見回す。前? 違う。後ろ? 違う。横? 違うーー

 

(って、まさか……!?)

 

どうやら同時に同じ結論に至った私と浜風は、バッとある一点を見た。それはここから近い建物、駆逐艦用の寮の一室、具体的には睦月型の部屋の窓。そこから身を乗り出す影があった。

 

その影は、銀の長髪で、赤い瞳で、睦月型駆逐艦九番艦な、

 

「き、菊月!?」

 

「よう響。楽しそうなことをしてるじゃないか……!」

 

彼女の腕にはしっかりとデュエルディスクが装着されていた。

 

菊月はそのまま窓枠に足をかけると、ひょいと体を宙に投げた。睦月型の部屋は駆逐艦寮の二階。しかし菊月はさして問題なさげに地面にスタッと着地した。

 

「ふむ……ふむふむなるほど」

 

そして軽く辺りを見回し、状況を認識する。突然の乱入者に私も浜風も動けずにいた。

 

やがて状況を飲み込んだのか、菊月は軽く笑ってディスクの電源を入れ、

 

「悪いな響。今回も私はこちら側に付かせてもらおう」

 

「へ……? それって、どういう……」

 

「そのままの意味さ。前回同様、また私はお前の敵というわけだ!」

 

「え……ええぇ!?」

 

唐突な宣戦布告。前回というのは菊月が《No.》に憑かれていた時のことなのだろうが、それにしても展開が急すぎる。

 

「そら行くぞ、気を抜いていたら一瞬で敗北だ! 私のターン、ドロー!!」

 

思わぬ形で始まったデュエルは、これまた思わぬ方向へ進むのであった。




次回、響は答えを見つけられるのか。


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再び、前へ

vs浜風、後編です
なるべくデュエルパートは日を置きすぎないようにしていたのですが、申し訳ありません


ーー乱入ペナルティ、4000ーー

 

「ぐっ……」

 

バリバリと菊月の体に電気のようなエフェクトが走る。しかし苦しげな表情は一瞬だけで、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

「《フォトン・スラッシャー》は自分フィールドにモンスターが存在しない場合、手札から特殊召喚できる。そして《ゴブリンドバーグ》を召喚し効果発動、このモンスターが召喚された時、手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚できる。《レスキューラビット》を特殊召喚、この効果を発動した場合、《ゴブリンドバーグ》は守備表示になる」

 

「ま、待ってくれないかい?」

 

「む、なんだ響、ここからがいいところだというのに」

 

「それ以上に気になる点がありすぎるんだよ……」

 

身体は大丈夫なのかとか、どうして急にデュエルを挑んできたのかとか、どこまで知っているのかとか、なんであんな場所から登場したのかとか……。

 

だが当の菊月はそんなの知らんとばかりに無視してデュエルを続けた。

 

「《レスキューラビット》は、自身を除外することでデッキから下級通常モンスター一種類を二体特殊召喚できる。《エルフの剣士》を特殊召喚し、二体の《エルフの剣士》でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……ッ!?」

 

突然菊月が、一度眼を見開いた後、くしゃりと顔を歪めた。

 

間違いない、彼女もまた《No.》の呪いの後遺症に蝕まれているーー!

 

「やめろ菊月!! なんで君までそんな……!」

 

「っ、なん、だ、響? 何も、おかしなことなどないじゃないか……デュエルを続けるぞ……!」

 

なのに、菊月は不恰好ながらも口を笑みの形に歪め、デュエル続行を宣言した。

 

戦友(とも)の力を糧として、一騎当千の刃となれ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク4《ズババジェネラル》!! さらにレベル4の《ゴブリンドバーグ》と《フォトン・スラッシャー》でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……っ!!」

 

二度目のエクシーズ召喚にさらに菊月の顔が歪むが、口だけは笑みのままだ。

 

「真珠の勇者よ、その輝石の拳で囚われの仲間を救い出せ! エクシーズ召喚! 来い、ランク4《ジェムナイト・パール》!! ……さて、本来なら《ズババジェネラル》の効果を使いたいところだが、あいにく手札に戦士族はいない」

 

だが、と前置いた後。

 

「強化が不可能なわけではない。装備魔法《サイコ・ブレイド》を発動! ライフを2000まで支払い、支払ったぶんだけ装備モンスターの攻撃力を上げる。私はライフを1900払い、これを《ズババジェネラル》に装備する!」

 

菊月:LP4000→2100

 

「……響の残りライフも3900ですから、攻撃が通ればジャストキルですね」

 

浜風が静かに告げる。

 

(……一度、いや、二度までならこの伏せカードで防げるけど……それ以降は、運次第だ)

 

だが菊月の手札は後二枚ある。もちろん今は使えないカードという可能性もあるが……。

 

(そう都合よくは、行かないだろうね)

 

「魔法カード《鬼神の連撃》を発動。自分のエクシーズモンスター一体は、オーバーレイユニットを全て失う代わりにこのターン二度攻撃できる。対象は《ジェムナイト・パール》だ」

 

「? 《ズババジェネラル》じゃないのかい?」

 

「構わん。お前のライフを削りきるには3900一回で十分だ」

 

……変だ。確かに数字の上ではそうだが、私のフィールドには二枚の伏せカードがある。

 

(菊月は、そんな慢心をするような人だったか……?)

 

答えは断じて否、だ。とすると、何か理由があるはず……。

 

(でも、その理由が全然わからない。なんで菊月はこんなデュエルを……)

 

「メインフェイズを終了、バトルフェイズに移る」

 

ーーニヤリ、と菊月が笑った。

 

「《ジェムナイト・パール》でーー《ガガガガンマン》に攻撃っ!!」

 

「何っ!?」

 

「えっ?」

 

浜風も予想していなかったのだろう。突然の攻撃宣言に驚きを隠せずにいる。

 

しかしその間にもパールはガンマンに肉薄しーー

 

「させない! 《ガガガザムライ》は自身以外のモンスターが攻撃対象になった時守備表示になり、その攻撃対象を自身に移せる!」

 

「構わん、パールは二回攻撃が可能! まとめて粉砕してくれる!」

 

パールのパンチラッシュによってザムライとガンマンが一気に破壊される。どちらも守備表示なので浜風にダメージは無いが。

 

「そしてトドメだ、響。《ズババジェネラル》で響にダイレクトアタックッ!!」

 

私のライフと同値の攻撃力を持つジェネラルが私に向かって突っ込んでくるが、

 

「罠カード《カウンター・ゲート》発動! 相手の直接攻撃宣言時、それを無効にし、カードを一枚ドローする!」

 

グバンッ! と私の前にゲートが現れ、ジェネラルの攻撃を受け止めた。

 

「さらに、ドローしたカードがモンスターカードだった場合、攻撃表示で召喚できる。私のドローしたカードはレベル4の《EM ガンバッター》、よって召喚!」

 

「……ふっ、凌いだか。カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 

「……次は私のターン、ですかね?」

 

今の菊月のターンの前は私のターンだったわけだから、おそらく浜風……

 

その時だった。

 

「……菊月ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「な、長月?」

 

突然、それまでベンチに座って私たちのデュエルを観戦していた長月が、菊月に向かって駆け出し、その胸ぐらをガッと掴んだ。

 

「貴様、今のデュエルはなんだ!? 無用な手加減をし、その上倒し損ねるなど……!」

 

「……なんだ。最低限のパワーで相手を倒せるのなら、それほど良いことはないだろう」

 

「戦場ならな! だがこれはデュエルだ。デュエルは互いに全力をぶつけ合うものだろうが! 今のお前のデュエルからは、デュエルを楽しむ気持ちも、相手へのリスペクトも感じられない。相手を侮り嘲る、そんなの、デュエルじゃないっ!!」

 

大声でまくし立てる長月の顔には、激しい怒りが浮かんでいた。その裏にあるのは、きっと……

 

「……我が姉ながらクサい言い回しが多くて困る」

 

「なんだとっ!?」

 

「そこまで言うのなら見せてみろ、本当のデュエルとやらを。デュエリストだろう、ならばデュエルで語れ……!」

 

「……ああ、いいだろう。その口車に乗ってやる……!」

 

カシン。長月の左腕に、再びデュエルディスクが装着される。一度は自分で外したデュエルディスクを、自らの意思で。

 

「私のターン、ドローッ!!」

 

長月のターンが、始まる。

 

ーー乱入ペナルティ、4000ーー

 

「っ……ふん、こんなもの痛くもかゆくもない。手札の《太陽風帆船(ソーラー・ウィンドジャマー)》の効果発動。自分フィールドにモンスターか存在しない時、攻守を半減して特殊召喚できる。《カラクリ小町 弐弐四》を召喚、その効果によりこのターンもう一度だけ《カラクリ》を召喚できる。《カラクリ樽 真九六(シンクロー)》召喚! レベル5の《太陽風帆船》にレベル2チューナー《カラクリ樽 真九六》をチューニング!!」

 

「レベルの合計は7……ってことは!」

 

「現世に降り立った強者よ、黒き闇を切り裂いて笑え! シンクロ召喚! 現れろ、レベル7《カラクリ将軍 無零》!! そして無零がシンクロ召喚に成功した時、デッキから《カラクリ》を特殊召喚する。《カラクリ忍者 七七四九》! 私はレベル5の七七四九にレベル3チューナーの弐弐四をチューニングッ!!」

 

【カラクリ】が得意とする連続シンクロ。それによって長月のフィールドに次々とシンクロモンスターが並んでいく。

 

「混迷の世を憂う強者どもの長よ! 今ここに降り立ち、希望への道を切り開けェ!! シンクロ召喚! 現れろ、レベル8《カラクリ大将軍 無零怒》ッ!! 無零怒も無零と同じくデッキから《カラクリ》を特殊召喚できる。《カラクリ参謀 弐四八》を特殊召喚。弐四八が特殊召喚された時モンスター一体の表示形式を変更できる。無零怒を守備表示に、そして無零怒は一ターンに一度《カラクリ》の表示形式が変更された時ドローできる! さらに無零は一ターンに一度モンスターの表示形式を変更できる。無零怒を再び攻撃表示に」

 

「おーおー……ずいぶん景気がいいな」

 

「やかましい……魔法カード《強制転移》発動。互いに自身のモンスターを一体ずつ選択し、そのコントロールを入れ替える!」

 

「……ふむ、パールのコントロールでもやろうか?」

 

「不要だ。交換するのはお前とではない……響とだ」

 

「私かい?」

 

「ああ、選べ……と言っても、お前のフィールドにモンスターは一体しかおらんがな」

 

私のフィールドに存在するのは《カウンター・ゲート》の効果で召喚された《EM ガンバッター》のみ。当然コントロールを渡すのはガンバッターとなる。

 

そして長月のフィールドから私のフィールドには、

 

(無零……なるほど、ガンバッターはシンクロ召喚に使うってわけか)

 

「私はレベル4の《EM ガンバッター》にレベル3チューナー弐四八をチューニング!! (くろがね)色の風は戦の終わりを告げる。時の汚濁を(すす)ぎ、新たな時代の礎となれ!! シンクロ召喚!! 現れろ、レベル7《ダーク・ダイブ・ボンバー》ッ!!」

 

三体目のシンクロモンスター。うち一体は私のフィールドにいる。

 

「《ダーク・ダイブ・ボンバー》か……一ターンに一度、モンスターをリリースしてそのレベル×200のダメージ、だったか」

 

「ああ、そうだ。もっとも、効果を使うつもりはないがな」

 

「そうか……じゃあ、()()()()()()()()2()0()0()0()()()()()()()?」

 

「……使っていただろうな」

 

「……?」

 

会話の流れがつかめない。残りライフが2000以下だったら《ダーク・ダイブ・ボンバー》の効果を使って、2100の今は使わない?

 

「…………?」

 

浜風もキョトン顔だ。

 

「……ああ、響たちには伝わらなかったか。なら一つ教えてやるが、長月の手札三枚のうち、一枚は《アイアンコール》だ」

 

《アイアンコール》……機械族限定の《死者蘇生》のようなカードだ。なぜそれを菊月が断言できるのかは置いておいて、それと《ダーク・ダイブ・ボンバー》の効果にどう関わりが……。

 

(…………まさか)

 

長月の場には、《ダーク・ダイブ・ボンバー》の他にはレベル8の無零怒、手札には《アイアンコール》、墓地にはレベル2と3の機械族チューナー。

 

(まさか、墓地のチューナーモンスターと無零怒でさらにレベルが上のシンクロモンスターをシンクロ召喚して、それを射出しようとしていた……?)

 

仮にそうなら、2000以下だったら効果を使って2100以上なら使わないの意味もわかる。すなわち、長月のエクストラデッキには無零怒と真九六で出せるレベル10のシンクロモンスターは存在するが弐四八とで出せるレベル11のシンクロモンスターは存在しないということ。

 

レベル10のシンクロモンスターを《ダーク・ダイブ・ボンバー》の効果で射出した場合、ダメージは2000。つまり残りライフ2100の現状だとギリギリ削りきれない。

 

その場合、菊月は長月のエクストラデッキを全て把握しているということになるが、

 

(……二人は姉妹艦、きっと幾度となく二人でデュエルしているんだろう。それこそ、プレイングから相手の手札を察せるほどに……)

 

「もう一枚は《進入禁止! No Entry!!》だと思うんだが……最後の一枚が読めんな」

 

「このカードだ。速攻魔法《移り気な仕立屋》!」

 

カードから小人(?)が現れ、《ズババジェネラル》に近寄っていく。

 

「ぬっ……それは」

 

「フィールドの装備カード一枚の対象を変える。《ズババジェネラル》に装備された《サイコ・ブレイド》は無零怒に装備させてもらう!」

 

(ってことは……《ズババジェネラル》の攻撃力が元に戻って2000、無零怒は逆に攻撃力が上がって4700……!)

 

「さあ、攻撃力が逆転したぞ。バトルだ、無零怒で《ズババジェネラル》に攻撃っ!!」

 

無零怒が刀ではなく《サイコ・ブレイド》を持って菊月の元に向かう。

 

「……っ」

 

彼我の攻撃力の差は2700。通れば勝ちだというのに、長月の顔は晴れない。

 

さっきの仮説通りとすれば、長月の表情の意味はこのデュエルの結果と直結する。

 

「……わかっているな」

 

「……ああ、やるならやれ」

 

「「永続罠《ディメンション・リフレクター》発動」」

 

ぴったり息のあった宣言と同時に、パールとジェネラルが消え、大きな鏡が現れる。

 

「自分フィールドのモンスター二体を除外し発動する永続罠」

 

「このカードは発動後、相手モンスター一体の攻撃力と同じ攻撃力、守備力をもつモンスターとして特殊召喚される」

 

「……そして特殊召喚に成功した時、その攻撃力分のダメージを相手に与える、だろう」

 

長月のフィールドには二体のモンスターが存在する。片方は攻撃力2600の《ダーク・ダイブ・ボンバー》、そして、

 

「当然無零怒の攻撃力4700をコピーさせてもらう。そして長月、お前にーー4700のダメージを与える」

 

「……だろうな」

 

無零怒の斬撃が届く寸前で鏡が淡く発光し、そこからパールとジェネラルの幻影が現れ、長月のもとに向かっていく。

 

二体はそのまま、光の束となって長月を貫いた。

 

「……どうだ、姉貴。楽しかったか?」

 

「……ふん。随分と回りくどいことをしたもんだな」

 

長月:LP4000→0

 

 

 

 

「………………………………」

 

地面に仰向けに倒れた長月は、動かなかった。

 

気絶している、とかではない。菊月の挑発にまんまとかかり、結果として全力をぶつけるデュエルーー彼女なりの『正しいデュエル』ができたわけだから、その悔しさと充足感とがないまぜになって動く気が失せているだけだろう。

 

……さて。

 

「……私のターン、ですね」

 

浜風がデッキトップに指をかける。

 

浜風のフィールドにモンスターは存在せず、伏せカードは二枚、手札も次のドローで二枚。

 

「私のターン、ドロー!」

 

対する私のフィールドは攻撃表示の無零と、伏せカードが一枚だ。

 

「魔法カード《ガガガドロー》を発動。自分の墓地の《ガガガ》を三体除外することで、二枚ドローします。《ガガガマジシャン》、《ガガガガンマン》、《ガガガザムライ》を除外してドロー!」

 

(これで手札は三枚……デッキの主軸である《ガガガマジシャン》を除外したのが気にかかるけど……何か、理由があるはずだ)

 

二枚目の《ガガガマジシャン》が手札にあるか、あるいは、

 

「私は二枚の永続罠を発動します。《リビングデッドの呼び声》、《闇次元の解放》! それぞれ、墓地のモンスターと除外された闇属性モンスターを特殊召喚します! 来て、《ガガガマジシャン》、《ガガガガール》! さらに、手札の《ガガガキッド》は自分フィールドに《ガガガ》が存在するとき特殊召喚できます!」

 

(やっぱり戻って来た。ということは、またエクシーズ召喚する気だ……!)

 

今度はどのランクか。7か? 8か? それともそれ以上?

 

「私は《ガガガキッド》をリリースし、《ガガガヘッド》をアドバンス召喚します!」

 

現れたのは《ガガガ》の上級モンスター。《ガガガマジシャン》を自身の効果でレベル6にすればランク6のエクシーズモンスターがエクシーズ召喚できる。

 

「ヘッドが召喚されたとき、墓地の《ガガガ》を二体まで特殊召喚できます。よみがえれ、《ガガガシスター》、《ガガガクラーク》!」

 

「《ガガガ》が……五体!?」

 

しかも全員攻撃表示。ただエクシーズ召喚するだけならここまで必要ないはず……。

 

(……まさか。エクシーズ召喚しない気か……!?)

 

浜風の手札、その最後の一枚。あのカードがなんなのかだ。

 

「私は手札から魔法カード《ガガガタッグ》を発動しますっ!」

 

「ガガガ……タッグ?」

 

「ええ。私のフィールドの《ガガガ》全ての攻撃力を、その数×500アップさせます!」

 

「《ガガガ》の数×500……つまり五体全ての攻撃力が、2500ずつ上がる……!?」

 

となると合計12500のアップ。一枚のカードで得られる攻撃力としてはあまりに莫大だ。

 

「さあ、バトルです。《ガガガヘッド》で、無零に攻撃!」

 

《ガガガタッグ》の効果で《ガガガヘッド》の攻撃力は4600。

 

「通すものか、無零を対象に罠カード《ハーフ・アンブレイク》を発動! モンスター一体に破壊耐性を与え、そのモンスターの戦闘によって発動するダメージを半減する!」

 

「ですが攻撃力は変わりません! バトル続行!」

 

響:LP3900→2900

 

「さらにマジシャン、ガール、シスター、クラークで攻撃!」

 

「うぅ……!」

 

響:LP2900→2200→1750→1700→1550

 

『…………………………』

 

五体の連続攻撃を黙して耐える無零。

 

「けど、これで打ち止めかな?」

 

「……二体目の《超弩級砲塔列車グスタフ・マックス》が私のデッキにいれば、トドメを刺したんですけどね。せっかく攻撃力が上がっているんです、あえてエクシーズ召喚せずにターンを終了しましょう」

 

「では……私のターン」

 

おそらく、ラストターン。ここで勝負を決め損なえば、私は負ける。そんな気がする。

 

(私にとっての、デュエル……)

 

長月にとっては、互いの全力をぶつけ合うもの。では私は?

 

(その答えは、このドローが教えてくれる……!)

 

「ーードローッ!!」

 

ドローしたのは、魔法カード。

 

(けど、これを発動する前に!)

 

「スケール2の《EM ダグ・ダガーマン》をペンデュラムスケールにセット! そしてそのペンデュラム効果を発動、このカードを発動したターン、墓地の《EM》一体を手札に戻せる。《EM ガンバッター》を手札に!」

 

再び私のフィールドにペンデュラムスケールが揃う。

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、私のモンスターたち! エクストラデッキからレベル3《EM バラード》、レベル4《EM ゴールド・ファング》、レベル6《EM バブルドッグ》、手札からレベル4《EM ガンバッター》! そしてゴールド・ファングとバブルドッグをリリース! 《EM ラフメイカー》をアドバンス召喚!!」

 

「ラフメイカー……最上級モンスターですか」

 

手札の最後の一枚。それを、発動する。

 

「魔法カード《スマイル・ワールド》発動!!」

 

《スマイル・ワールド》から発された淡い光が、フィールド全体を包み込んで行く。

 

「フィールドの全てのモンスターの攻撃力は、フィールドに存在するモンスターの数×100アップする!」

 

「! 敵味方関係ない攻撃力上昇……ええっと、今フィールドには10体のモンスターが存在するので1000アップ、ですか」

 

「だが当然浜風の《ガガガ》や私の《ディメンション・リフレクター》の攻撃力も上がる」

 

つまりは差し引きゼロ。私のフィールドより相手フィールドのモンスターの方が多いので、少々損をしていることになる。

 

「……やっと、わかったんだ。私が自分自身の足を止めさせていることに」

 

「と、いいますと?」

 

「視点を変えるだけでよかった」

 

私は一つ、間違っていた。デュエルは楽しいものだけではないと。辛く、苦しく、悲しいデュエルもあるのだと。それは合っていて、しかし間違いだった。

 

「デュエルは単純なものじゃない。どんなに辛く苦しく悲しいデュエルでも、それはそのデュエルの一側面でしかない。視点を変えたら、どんなデュエルだって……楽しかった」

 

《No.》とも、宿敵の深海棲艦とも、最愛の姉とも戦った。それらが私の中に残したものはマイナスだけではない。間違いなく、楽しさや嬉しさもある。

 

それが私は、平面的に考えていたせいで見えていなかった。

 

そこに気づいたら、後は視点を変えるだけ。見えていなかった、見ていなかった側面を認識すればいい。

 

「そしてこれからも、きっとデュエルは楽しい。私がデュエルを楽しむことを忘れない限り……永遠に」

 

「……そうですね」

 

「さあ、デュエルに戻ろう。《EM ラフメイカー》で、《ガガガヘッド》に攻撃!」

 

「攻撃力は《ガガガヘッド》のほうが上……何かありますね」

 

「そうさ。ラフメイカーは攻撃するとき、このカード及び相手フィールドのモンスターの中から攻撃力が上がっているモンスターの数×1000、攻撃力を上げる! 今《スマイル・ワールド》の効果で全てのモンスターの攻撃力が上がっている。浜風の《ガガガ》、菊月の《ディメンション・リフレクター》、そしてラフメイカー自身! よって攻撃力は7000アップ!」

 

「! 攻撃力……10500……!」

 

これでラフメイカーの攻撃力は《ガガガヘッド》を大きく超えた。

 

「っ、くぅぅ!!」

 

浜風:LP5300→400

 

「ですが、《補充部隊》の効果で受けたダメージ1000につき一枚ドローします。四枚、ドロー!」

 

「この瞬間、《EM バラード》の効果発動! 《EM》がバトルしたダメージステップ終了時、相手モンスター一体の攻撃力を攻撃した《EM》の攻撃力分下げる!」

 

攻撃したラフメイカーの攻撃力は10500。それ以上の攻撃力を持つモンスターはフィールドにいないので、対象となったモンスターの攻撃力は必然的にゼロとなる。

 

「なるほど……誰を対象にしても同じですが、一応聞きます。誰の攻撃力を下げますか?」

 

「いや……私が下げるのは君のモンスターの攻撃力じゃない」

 

「……菊月の《ディメンション・リフレクター》。そうだろう、響?」

 

気づくと隣に立っていた長月が、私の代わりに宣言する。

 

「長月……」

 

「いやあ、楽しかったさ。菊月、お前とのデュエルはな」

 

「何が言いたい」

 

「だが。だが、だ。それとこれとは話が別だ。私がやられっぱなしで終わるような奴でないことはお前はよく知っているはずだ……!」

 

「何を……」

 

「……君の残りライフは2100。そして《ディメンション・リフレクター》の攻撃力は10500下がってゼロ」

 

フッと長月が私に笑いかけてくる。

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

「「《カラクリ将軍 無零》で、《ディメンション・リフレクター》に攻撃!!」」

 

無零の刀が、無零怒の映った鏡を切り裂く。

 

「私の、勝ちだ……!」

 

「ぶ、無零はお前のモンスターだが、お前の勝ちではないだろう……!?」

 

菊月:LP2100→0

 

「ですが、そうすると私のライフを削りきれませんよ?」

 

「大丈夫さ。私はバトルフェイズを終了、メインフェイズ2に移行する。そしてガンバッターの効果発動! 自分の《EM》をリリースし、そのレベル×100のダメージを与える! この効果で私はラフメイカーをリリース。レベルは8、よって800のダメージだ!」

 

ガンバッターの頭部の弓に、矢の代わりにラフメイカーがセットされる。

 

そしてそのまま、浜風に向けて発射ーー!

 

「っ、ああぁぁ!」

 

浜風:LP400→0

 

 

 

 

「負けて、しまいましたね」

 

「ああ、私の勝ちだ。けど……ありがとう。おかげで大事なものを取り戻せた気がする」

 

「……それはよかった」

 

そう言って浜風は静かに微笑んだ。

 

「私からも感謝だ、浜風。……あと菊月もな」

 

「フ……まったく、世話の焼ける姉貴だな」

 

長月の顔からも、すでに暗い表情は消えていた。彼女も彼女で、乗り越えるべきものを乗り越えたのだろう。

 

(……それにしても、《No.》の後遺症、か……)

 

今まで一度も考えなかったわけではない。むしろあの呪いのような『何か』が何も残さずに消えて行くなんてありえないと思っていた。

 

(できることなら、それを取り除く方法を探したい。後遺症が残ったままじゃデュエルは厳しいだろうし……)

 

そして、もう一つ。

 

(……暁は大丈夫なのかな。一度《No.》に取り憑かれはしたけど実際に《No.》を呼び出したわけじゃないし、彼女は《レッド・デーモンズ・ドラゴン》も持っている)

 

暁はこの一連の騒動の中では異質な存在だ。一度《No.》に取り憑かれ暴走するも、その力すら利用して新たなカードを生み出した。

少なくともその後遺症は、一度《No.》に取り憑かれ『狭間の鎮守府』で《スターダスト・ドラゴン》を生み出した私にはない。

 

……なら、暁にもないのだろうか?

 

(どう……だろう。現状じゃわからない……いや)

 

ある。一つ、確認する方法が。

 

(ちょっと危険だけど……やるしか、ない)

 

「響、どうした?」

 

不思議そうな顔をする長月に、

 

「……なんでもないさ」

 

私は、微笑んで誤魔化した。




vs浜風……vs菊月vs長月でした。
デッキ解説!

響さんは変わらず【EM】。何気に《オッドアイズ》や《魔術師》を使用しなかったのは久しぶりですかね?

浜風は【ガガガ】。《ガガガヘッド》……もうちょっと活躍させてあげればよかったかも。多彩なランクのエクシーズを出せるデッキなので結構お気に入り。ただ手札消費が結構荒いんですよね……。

菊月は【戦士族装備ビート】。《ディメンション・リフレクター》は睦月の《HーC エクスカリバー》にもよく刺さる。《ヒロイック・チャンス》を発動していればワンショットキルですし。

長月は【カラクリ】。《移り気な仕立屋》は当然菊月対策です。対象が戦士族限定の装備魔法も《ギガンテック・ファイター》を採用することで奪える、と。


実はストーリーも結構終盤。年内には終わ……いや、やめときましょう。こんなペースじゃ年明けちゃう……。

次回、提督の決断。


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閑話休題

「…………………………」

 

鎮守府ドックから出る。太陽の主張に目を細めながら、私は二歩目を踏み出した。

 

検査入院した暁は、結構元気そうだった。異常は見られなかったそうなので、早ければ明日にも退院できるだろう。

 

(さて、私はどうしよう)

 

今日も私は臨時秘書艦の仕事がなかった。もともとないに等しかったから、あまり変わらないといえば変わらないのだけれど。

 

読書でもするか、それともデッキをいじるか。

 

(……ん?)

 

なんて考えていると、目の前を二人の艦娘が歩いていた。

 

それも、ただの艦娘ではない。我が鎮守府の最高戦力である、

 

(大和さんに武蔵さん? 珍しいな、二人が揃っているなんて……)

 

大和型戦艦一番艦及び二番艦、『大和』『武蔵』。彼女らは別に仲が悪いわけでもないけど、かといって二人一組で行動するようなタイプでもない。

 

その向かう先は、

 

(鎮守府本館……本館は広いから具体的にどこに行くかはわからないな)

 

ではどうしよう。

 

(……趣味が悪いかもしれないけど、気になるんだから仕方ない)

 

「………………………………」

 

サッと手近な壁に隠れ、息をひそめる。

 

さて、二人はどこへ?

 

 

 

 

尾行は順調に進み、ついに二人がとある部屋に入った。

 

そこは、

 

(……提督執務室、か)

 

鎮守府最高戦力の二人だ。提督執務室に呼び出されるのは特段変な話ではない。

 

でも、時期が時期だ。

 

(今司令官が二人を呼び出すとしたら、十中八九『アレ』を倒すための作戦会議……)

 

とすれば情報は得ておきたいが、盗み聞こうにも執務室の扉は分厚く、ほとんど音を通さない。

 

(ううん……でも、なんとか……)

 

周囲に人がいないことを確認し、扉に耳をつける。

 

『……に…………を……』

 

(! 微かにだけど……!)

 

耳の当てる位置や角度を変え、何度かアタックを試みる。

 

そして、

 

『……ヤツの被害は、主に……』

 

(よし……いい感じだ)

 

時々よく聞こえないが、それでもかなり聞き取れる。

 

『ヤツはかな……険だ。それは君達もわ……ているだろう。そこで我……「レ級討伐隊」を編……ることにした』

 

(! 『レ級討伐隊』……!?)

 

『で、だ。そのレ級討……には三日後、ショートラン……地に向かい、文字通りレ級を討……てもらいたい』

 

三日後に、ショートランド泊地。本当ならかなり急だ。

 

『で、我々にそれ……われと』

 

『こら、武蔵。言葉遣いには気を……なさい。かしこまりました、大和……艦一番艦「大和」、「レ級討伐隊」として、最大限の成果を上げられるよう全身全霊をかけ任務に……せていただきます』

 

『二番艦「武蔵」、同じくだ』

 

『ありがとう。「レ級討伐隊」の他のメンバーだが、金……戦艦一番艦「金剛」、加賀型正規……一番艦「加賀」、翔鶴型正規空母二……「瑞鶴」、川内型軽巡……一番艦「川内」だ。正式……表は明日を予定している。……諸君らの健闘を祈る』

 

『はい!』

 

『了解だ』

 

(! まずい、離れよう……!)

 

できるだけ足音を殺しながら走り、角を曲がって階段を降りて行く。

 

(『レ級討伐隊』……か)

 

その間ずっと、その言葉が私の中を巡っていた。

 

 

 

 

では、実際問題どうするか? 多分このまま大和さん達に任せておけば、この問題は解決する。彼女達の実力は私なんかの比ではない。

 

(……でもそれでいいのか。彼女達に丸投げして、部屋で黙って祈っているのが正解なのか)

 

きっと大多数の艦娘にとってはそれが正解。

 

じゃあ私は。私にとってもそれは正解なのか。

 

……それを確認するためには、やはり会いに行くかない。

 

(けど居場所を知らない)

 

それならば、炙り出すまで。

 

 

 

 

「明石さん、ちょっと買いたいものがあるんだ」

 

「はいはい、モンスターですか、罠ですか、それともま、ほ、う?」

 

「……ええっと、今日買いたいのはカードじゃなくて……」

 

 

 

 

消灯時間が過ぎ、鎮守府は静まり返っていた。

 

「…………異常なし、と」

 

本日の見回り担当は高雄型重巡洋艦四番艦『鳥海』だった。

 

鳥海より前に、三人もの艦娘が()()()()()()()()()()()()()()()たりしているが、彼女は「次は自分が倒れるかも?」という恐怖より「鎮守府の治安を守らなくては」という使命感の方が強かった。いわゆる風紀委員長タイプだ。

 

重巡洋艦寮、駆逐艦寮と見回り、次は港のあたり。

 

(ここにも……特に誰もいませんね)

 

一応、特殊物資搬入用港の先にある岩場も見るが、当然誰もいない。

 

(次は空母寮ですね。そのあとは……あら?)

 

ふと、鳥海は何の気なしに海を見た。

 

消灯時間を過ぎたこともあって、波の音以外に何も聞こえない。真っ暗な海は、まるで奈落への入り口のようで、まるで巨大な生物の大きく開かれた口のようで……。

 

「ーーっ!?」

 

ゾクゥ! と、背筋に寒いものが走った。

 

(なん、なんでしょう、この感覚……)

 

二の腕をさすって寒気を誤魔化しつつ、そそくさと港から離れて行く鳥海。

 

(何か……確実に()()()()気配……でも一体何が……?)

 

彼女は振り返らない。振り返ることで、取り返しのつかないところまで踏み込むことになりそうな気がしたから。

 

(……この鎮守府に、何が起きようとしているのですか……!?)

 

 

 

 

で、そんな感じで怯え気味な鳥海が港を去ったあと。

 

「ふぅー……危ない危ない」

 

岩場の裏から古鷹型重巡洋艦二番艦『加古』が姿を現した。

 

『きちんと周囲を確認しろ。万一にも誰かに見られるわけにはいかん』

 

右耳のインカムから声。華城だ。

 

加古は『あるもの』を隠すためにこの岩場付近に待機しているのだが……。

 

「周囲に人影なし。……っと、なんか変なのが飛んできた」

 

『具体的に』

 

「なんだろうなー……四枚羽の……あー、ドローンってやつだっけ?」

 

加古の頭上数メートルを、ほとんど音を立てずに飛ぶドローンがあった。確か明石の店に売っているものだ。

 

羽音は波音でほぼかき消されてしまっている。夜闇に紛れる黒色のボディと相まって発見は難しそうだが、加古の夜目は思ったよりきくようだ。

 

「どうする、落とす?」

 

『いや、無関係だった場合まずい。できるだけ気づいてないふりをしてやり過ごせ。あまり長く滞空するようなら落として構わん』

 

「おっけー」

 

岩場に背中を預け、視線を海に向ける。

 

少しして、ドローンは鎮守府側へと飛んで行った。

 

「飛んでった」

 

『よし、そのまま続けろ』

 

「おけ……いや、誰か来た」

 

声のトーンを落とし、岩陰に隠れる。

 

『誰だ』

 

「えぇーっと……確か最近来た駆逐艦の子かな」

 

『……響か』

 

「そーそー、その子」

 

響はまっすぐ港の方へと向かって来ている。何か用でもあるのだろうか。

 

「……どうする?」

 

『響……そうだな、妙な態度はとるな。あくまで平静のまま受け流せ』

 

「りょーかい」

 

インカムの電源を切り、ポケットにしまう。こんなものをつけていたら確実に怪しまれる。

 

「おや、貴女は確か、古鷹型二番艦の……」

 

加古に気づいた響が声をかける。

 

「んお? あたしは加古だけど……響、だっけ。あんた何してんの?」

 

まるで声をかけられて初めて気がついたかのような対応をする加古。

 

「ちょっと探し物をね。加古さんこそ何をしているんだい? こんな時間に」

 

「夜風に当たりに来ただけだよ。それより探し物ってどんなの? あたしも手伝おうか」

 

「気持ちだけ貰っておくよ。大まかだけど場所の見当はついているんだ」

 

そう言った響は、その探し物とやらがあるらしい場所へ近づいていった。

 

……加古が隠している『あるもの』がある場所に、ピンポイントで。

 

「……っ!」

 

一瞬驚くも、すぐに思い出す。あれは今加古が持っているキーを使わなくては見つかるはずもない。だから探し物を探す途中で見つかるなんてことはありえない。

 

あとは響が探し物を見つけるまで待てば、

 

「……ねえ、もういいんじゃないかい?」

 

「!」

 

探し物を探す手を止め、ゆっくりと加古を見る響。

 

「私が探しているもののありかを、貴女は知っているはずだよね」

 

「……ちょっとよくわかんないな」

 

「じゃあこれはどういうこと?」

 

響は自身のデュエルディスクを起動させ、いくつか操作をしたあと、液晶画面を加古に向けた。

 

それは空撮映像だった。中心にいるのは鳥海。どうやら彼女を追うようにカメラは動いているらしい。映像は鳥海が重巡洋艦寮を出たところから始まり、駆逐艦寮に入ったところで映像は一度途切れ、彼女が駆逐艦寮から出たところから再度始まった。

 

「これがなんだっていうのさ?」

 

「もうすぐだよ」

 

鳥海が港を見、空母寮の方に向かっていく……ところで。

 

急にカメラが違う動きをした。鳥海の上から離れ、再び港へ……。

 

そこに映っていたのは、先ほどまでいなかった加古が、岩場付近でたむろしている様子だった。

 

「この少し前をよく見るとわかるけど、画面の隅の方に貴女が岩場の陰から出てくるのが映ってるんだ」

 

「……ドローン?」

 

「そうだよ。明石さんのところで買ったんだ」

 

先ほど頭上を飛んでいたドローンは、つまり響の物だった。

 

「……でも、あたしが岩場の陰に隠れてたからって、それが何を意味するってわけでもないよね?」

 

「どうかな。そもそもなんで隠れたんだい?」

 

「鳥海はかたいからねー。夜風に当たってるだけって言ったって軽い注意ぐらいはありそうだし、なんなら小一時間お説教コースなんてことも……」

 

「そこだよね」

 

「……そこ?」

 

「僅かな可能性であれ、目立つわけにはいかなかった。だから貴女は隠れたんだ。なんで私の時は出てきたままだったのかはわからないけど……いや、もしかして、司令官の指示かな?」

 

「…………………………………………」

 

頭をかくふりをして、素早く耳にインカムを入れる。表情を変えず、口元もなるべく動かさずにインカムに声を当てる。

 

「(……どうする?)」

 

『強制的に帰らせようとしても無理だろうな。……仕方がない、加古、響とデュエルしろ』

 

「(なんでまた)」

 

『それで響がお前に勝つようなら、真実を教えて構わん。ただしデュエルは場所を移して、な』

 

「(……りょーかい)」

 

インカムをまたポケットにしまい、歩きだす加古。

 

「どこへ行くんだい?」

 

「ついてきな」

 

 

 

 

素直についてくる響を連れて加古がやって来たのは、

 

「屋内運動場?」

 

学校の体育館よりは少し広いぐらいのスペースのそこは、屋内運動場と呼ばれ、平時は雨天などで屋外での鍛錬が難しい時に利用されている。

 

「ここなら鍵をかけちゃえば誰かが入ってくることもないし、外からじゃ様子も伺いづらい」

 

「つまり?」

 

「誰にも邪魔されずにデュエルしよう、ってこと」

 

「……そうこなくっちゃ」

 

両者ともにデュエルディスクを構える。

 

「悪いけど、本気で行くからね」

 

「構わんさ、私だって全力で行く……!」

 

「「デュエル!!」」




……ちょっと無理あったかなあ。

次回、今までのデュエルとは少々異なる感じに。


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狭められた選択肢

記念すべき第五十話ですが、特に特別なことはございません。


「先攻はあたしか。カードを一枚伏せて、《手札抹殺》発動。お互い手札を全て捨てて、その枚数ドローする」

 

「っ……」

 

五枚の手札が全て墓地に送られる。

 

(なかなかいい手札だったのに……つらいな)

 

新たな手札は、あまり良くなかった。

 

「お、いいドロー。手札の《ヴィジョン・リチュア》の効果発動。このカードを墓地に送ることでデッキから《リチュア》の儀式モンスターを手札に加える。《イビリチュア・ジールギガス》を手札に」

 

「【リチュア】か……」

 

【リチュア】というと、水属性の儀式デッキで、たしか《イビリチュア・ガストクラーケ》という儀式モンスターが準制限カードだった気がする……ぐらいしか知らない。

 

「儀式魔法《リチュアの儀水鏡》発動。手札の《リチュア》儀式モンスターと同じレベルになるように手札かフィールドのモンスターをリリースし、儀式召喚を行う! そして、手札の《シャドウ・リチュア》は水属性の儀式召喚を行う際、自身のみで儀式召喚を可能とする。《シャドウ・リチュア》をリリースし、降臨せよ、レベル10!」

 

「レベル10だって……!?」

 

最高クラスのレベルを持つ儀式モンスターを容易に儀式召喚してくるのだとしたらよろしくない。

 

(長期戦はまずい、できるなら短期決戦がいいけど……いかんせん手札が……!)

 

「邪悪な魂が呼ぶ破壊の濁流、巨人の力を喰らって新たな破壊の引き金となれ! 儀式召喚! 《イビリチュア・ジールギガス》!!」

 

ズズン……と屋内運動場を揺らして多腕の巨人が降臨する。攻撃力は3200、最上級モンスターに見合ったステータスだ。

 

「ジールギガスの効果発動。一ターンに一度、ライフを1000払って一枚ドローできる」

 

加古:LP8000→7000

 

「そしてドローしたカードを確認し、《リチュア》モンスターだったらフィールドのカード一枚をデッキに戻す。ドロー!」

 

これで《リチュア》だった場合、私のフィールドにカードはないから加古さんのカードがデッキに戻る。できることならそうなって欲しいけど……

 

「ドローカードは《マインドクラッシュ》。デッキに戻す効果は発動しない」

 

「《マインドクラッシュ》……?」

 

カード名を宣言して、そのカードが相手の手札にあれば墓地に送らせる。決まれば強力だけど、なんの情報もなしに成功させられるのは長月が相手の時の菊月ぐらいだろう。

 

(となれば、確実に相手の手札を確認するカードと組み合わせて使ってくるはず……)

 

けどピーピングを行うカードはそんなに多くない。加古さんの不明なカードも《手札抹殺》の前に伏せたあのカードしかないし、《マインドクラッシュ》を警戒する必要は……

 

(……いや、そんなにうまくいくとも思えない。きっと何かしらの手段で加古さんは私の手札を確認してくる……!)

 

「リバースカードオープン。魔法カード《サルベージ》! 墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスターを二体手札に戻す。《シャドウ・リチュア》と《ヴィジョン・リチュア》を手札に。さらに墓地の《リチュアの儀水鏡》の効果発動! このカードをデッキに戻すことで、墓地の《リチュア》儀式モンスターを手札に戻す。対象は《イビリチュア・ガストクラーケ》!」

 

「《手札抹殺》で墓地に送っていたのか……」

 

「そうだよ。《シャドウ・リチュア》を墓地に送ることで、デッキから《リチュア》の儀式魔法を手札に加えられる。もう一度《リチュアの儀水鏡》を手札に加え、発動! 《ヴィジョン・リチュア》も水属性の儀式召喚を自身のリリースのみで行える! 《ヴィジョン・リチュア》をリリースし、降臨せよ、レベル6!」

 

何が召喚されるのかは、さっき回収したからわかっている。

 

「邪悪な魂が呼ぶ破壊の濁流、海魔の精神を蝕み、破壊の尖兵とせよ! 儀式召喚! 《イビリチュア・ガストクラーケ》!」

 

「っ……!」

 

二体目の異形が加古さんのフィールドに並ぶ。《イビリチュア・ガストクラーケ》といえば、

 

「ガストクラーケの効果発動。自身の儀式召喚に成功した時、相手の手札をランダムに二枚確認し、片方をデッキに戻す」

 

(そうだ……準制限カードに指定された理由、ハンデス効果……!)

 

私の手札からランダムに選ばれた二枚が、デュエルディスクの液晶に表示される。

 

「《調律の魔術師》と《死者蘇生》……そうだね、《調律の魔術師》をデッキに戻してもらう」

 

「……《死者蘇生》も、《マインドクラッシュ》で墓地に送るんだろう?」

 

「まあね、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

「ほい、罠カード《マインドクラッシュ》発動! カード名を宣言し、そのカードが相手の手札にあれば全て墓地へ送る。《死者蘇生》を送ってもらうよ」

 

「…………………………」

 

ガストクラーケの効果で、手札を二枚見てうち一枚をデッキに戻す。そして残りを《マインドクラッシュ》で墓地に送る。……いやなハンデスコンボだ。

 

「……カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「悪いけどこれも戦術の一つだからね。あたしのターン、ドロー! そしてジールギガスの効果発動、ライフを払ってドロー!」

 

加古:LP7000→6000

 

「ドローカードは《一時休戦》。バウンスはなし。まあいいけどね、ガストクラーケでダイレクトアタック!」

 

「くっ……」

 

響:LP8000→5600

 

「ジールギガスもダイレクト!」

 

「……………………」

 

響:LP5600→2400

 

「バトルフェイズ終了、魔法カード《一時休戦》発動! お互い一枚ずつドローして、次のターンまでプレイヤーが受けるダメージをゼロにする。……あたしはこれでターンエンド」

 

「待った、エンドフェイズに《針虫の巣窟》発動! デッキの上から五枚を墓地に送る」

 

これで《手札抹殺》と合わせて十枚もの墓地送り。その甲斐あって、目当てのカードを墓地に送ることができた。

 

(その分手札に欲しいカードも結構墓地に行ってしまったけど……仕方がない、かな)

 

「私のターン、ドロー!」

 

このターンはダメージを与えられない。だがそれはプレイヤーに対してだけだ。

 

「魔法カード《ネクロイド・シンクロ》発動。自分の墓地から素材となるモンスターを除外し、その合計と同じレベルを持つ《スターダスト》をシンクロ召喚する! 私はチューナーモンスター《ミラー・リゾネーター》と《竜穴の魔術師》を除外!」

 

「! 墓地からシンクロ召喚……!」

 

レベルの合計は8だ。

 

「星屑の竜よ、暗雲を裂いて、果ての青空より降臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」

 

「スター……ダスト……?」

 

「バトルだ、スターダストでガストクラーケに攻撃!」

 

「っ、《一時休戦》の効果でダメージはない」

 

「わかってるさ。カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

「あたしのターン、ドロー! そしてジールギガスの効果を発動、ライフ払ってドローする!」

 

加古:LP6000→5000

 

「ドローカードは……《水霊術ー「葵」》。バウンスは発動せず、っと」

 

「なかなか発動しないね」

 

「ねー。デッキにそこそこ入ってるのに……」

 

まあ、私としては発動しないでくれた方がいいんだけど。

 

「墓地の《リチュアの儀水鏡》の効果発動、このカードをデッキに戻し、墓地のガストクラーケを手札に戻す。そして魔法カード《強欲なウツボ》を発動! 手札の水属性を二体デッキに戻し、三枚ドローする。ガストクラーケと《イビリチュア・プシュケローネ》をデッキに戻してドロー! ……バトル! ジールギガスでスターダストに攻撃!」

 

「その宣言時、永続罠《追走の翼》を発動させてもらう!」

 

ガッ! とジールギガスの拳が巨大な翼に阻まれる。

 

「このカードが存在する限り、自分のシンクロモンスター一体は破壊されない。さらに、対象のモンスターがレベル5以上のモンスターとバトルする際、ダメージステップ開始時に相手モンスターを破壊し、エンドフェイズまでその攻撃力分攻撃力をアップする!」

 

「何……ってことは!」

 

「レベル10のジールギガスを破壊し、その攻撃力3200をスターダストに加える!」

 

スターダストの攻撃力が一気に倍以上、5700まで跳ね上がる。エンドフェイズまでとはいえ、これで仮に加古さんの手札に追撃用のカードがあったとしても強固な壁となる。

 

(さあ、どう動く……!)

 

「……バトルフェイズを終了、メインフェイズ2に移る」

 

予想通り、バトルフェイズでこれ以上動くことはなかった。

 

「《リチュア・ディバイナー》を召喚し、効果発動。一ターンに一度、カード名を宣言してデッキトップをめくり、宣言通りのカードなら手札に加え、それ以外ならそのまま戻す」

 

「《デーモンの宣告》みたいなカードだね」

 

「ま、デッキトップは操作できないけどね。あたしは《儀式の準備》と予想する。……結果は《マンジュ・ゴッド》。よって手札に加わらず、そのまま戻す」

 

《マンジュ・ゴッド》……召喚するだけで儀式魔法かモンスターを無制限でサーチできる強力なカードだ。そして、加古さんのデッキが弄られない限り次のドローは《マンジュ・ゴッド》で確定。

 

(できるなら効果を無効にするカードが……いや、今更《マンジュ・ゴッド》を止めても意味は薄いか)

 

「カードを二枚伏せてターンエンド。さ、あんたのターンだよ」

 

加古さんのフィールドに強力なモンスターはいない。伏せカードは二枚あるが……攻めに転じるチャンスか?

 

全ては次のドロー次第、だろうか。

 

「……ああ。私のターン、ドロー!」




【リチュア】vs【スターダスト】です。

次回、限られた選択肢で、勝利へ。


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星屑と流星

「《リチュア・ディバイナー》をリリースして罠カード《水霊術ー「葵」》発動!」

 

一瞬発光した《リチュア・ディバイナー》が消え、《水霊術ー「葵」》が発動される。

 

「水属性一体をリリースし、相手の手札を確認して一枚墓地に送る。見せてもらおうか」

 

「……どうぞ」

 

響の手札は現在四枚。それら全てが加古のデュエルディスクの液晶に表示された。

 

(《スターダスト・ファントム》、《七星の宝刀》、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、《スターダスト・シャオロン》……四枚中三枚が全然知らないカード。たしかペンデュラム召喚を主軸としたデッキって話だったけど、ペンデュラムモンスターは一枚しかいない)

 

墓地に送るとしたら、手札交換が可能である《七星の宝刀》か、そのコストにできる《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》か。モンスターを墓地に送ると蘇生カードで再利用される恐れがあるが、

 

(ペンデュラムモンスターはペンデュラム効果がある。どんな効果かわかんない以上、使われるのは避けたいな……)

 

「《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を墓地に送ってもらおうか」

 

「わかった。けど、これで加古さんのフィールドはガラ空き、《スターダスト・ドラゴン》でダイレクトアタック!」

 

「っ!」

 

加古:LP5000→2500

 

「バトルフェイズを終了、モンスターを裏側守備表示でセットして、ターンエンド」

 

(あの裏守備は、ファントムかシャオロン……どっちもレベル1、もしかしたら破壊耐性ぐらいはあるかもだけど)

 

レベル1なら、守備力はどれだけ高くても2000程度が関の山だ。

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

ドローカードは当然《マンジュ・ゴッド》。前のターンに《リチュア・ディバイナー》の効果で見ているからわかっている。

 

「《マンジュ・ゴッド》を召喚し、効果発動。デッキから儀式魔法か儀式モンスターを手札に加える。儀式魔法《リチュアの儀水鏡》を手札に加え、罠カード《リチュアの瞑想術》発動! 手札の儀式魔法を相手に見せ、墓地の《リチュア》を二体手札に戻す。儀水鏡を見せて《シャドウ・リチュア》と《ヴィジョン・リチュア》を手札に戻す!」

 

「これで儀式召喚に必要なパーツは揃った、と。今度は何を儀式召喚するんだい?」

 

「ちっちっち、甘いよ。まだあたしは止まらない! 魔法カード《浮上》発動! 墓地のレベル3以下の魚族か海竜族か水族のモンスターを守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、《リチュア・アビス》!」

 

一ターン目の《手札抹殺》で墓地に送っておいたのだ。

 

「《リチュア・アビス》が特殊召喚された時、デッキから守備力1000以下の《リチュア》を手札に加える。守備力1000の《イビリチュア・ガストクラーケ》を手札に、そして儀式魔法《リチュアの儀水鏡》発動! フィールドのレベル2《リチュア・アビス》とレベル4《マンジュ・ゴッド》をリリースし、降臨せよ、レベル6!」

 

レベル6の儀式モンスターは直前で手札に加えてある。

 

「邪悪な魂が呼ぶ破壊の濁流、傀儡に堕ちた海魔の力で、反撃の芽を無に流せ! 儀式召喚! 《イビリチュア・ガストクラーケ》! その効果により、相手の手札二枚を確認して片方デッキに戻す。あんたの手札は二枚、さっき見たけど、一応両方見せてもらうよ」

 

「……はい」

 

響の二枚の手札は、《七星の宝刀》と《スターダスト・シャオロン》。どうやらあの裏側守備表示のモンスターは《スターダスト・ファントム》のようだ。

 

(《スターダスト・シャオロン》か……いや、《七星の宝刀》を採用してるってことはそこそこレベル7のモンスターもデッキに入ってるはず。次のドローでそれを引く可能性も否めない……)

 

「《七星の宝刀》をデッキに戻してもらうよ」

 

「わかった」

 

「悪いね、こっちも手を抜くわけにはいかないんだよ」

 

「もちろん、承知しているさ。それに」

 

カシャリ。響がディスクを構えなおした。

 

「どんな状況でも、それを乗り越えて勝利する覚悟は、もうできてる」

 

「……へへっ、そう言ってくれると、あたしも全力でいける……! 墓地の儀水鏡の効果! デッキに戻すことで、墓地の《リチュア》儀式モンスターを手札に戻す」

 

「《イビリチュア・ジールギガス》かい?」

 

「いいや、あたしが手札に戻すのはこいつさ、《イビリチュア・リヴァイアニマ》!」

 

リヴァイアニマも《手札抹殺》で墓地に送られていたのだ。これで《手札抹殺》で墓地に送ったカードは全て利用したことになる。

 

「《シャドウ・リチュア》を墓地に送ることで、儀式魔法を手札に加えられる。《リチュアの儀水鏡》を手札に加え、発動! 《ヴィジョン・リチュア》をリリースし、降臨せよ、レベル8!」

 

《ヴィジョン・リチュア》は自身のみのリリースで水属性モンスターの儀式召喚を可能とする効果を持つ。

 

「邪悪な魂が呼ぶ破壊の濁流、その清廉なる魂に、とぐろ巻く海竜神の力を宿せ! 儀式召喚! 《イビリチュア・リヴァイアニマ》!」

 

「っ、レベル8……けど、忘れていないかい。私のフィールドに《追走の翼》がある限り、レベル5以上のモンスターはスターダストに攻撃しても……」

 

「当然、わかってるよ。魔法カード《ポルターガイスト》発動! 相手の魔法か罠を手札に戻す。《追走の翼》には手札に戻ってもらう!」

 

これで攻撃を阻むものはない。

 

「バトル! リヴァイアニマでスターダストを攻撃! この瞬間リヴァイアニマの効果発動、一枚ドローできる。そして、そのカードが《リチュア》モンスターなら相手の手札一枚を確認する!」

 

「ピーピング効果……いや、違う。ドロー自体が目的か!」

 

「そのとーり! あんたの手札は二枚ともわかってるしね! ドロー! ……ドローカードは《リチュア・ビースト》! 《リチュア》のモンスターだ!」

 

加古のデュエルディスクの液晶に《スターダスト・シャオロン》が映る。しかし彼女はそれを見なかった。

 

「行け、リヴァイアニマ! スターダストを破壊しろ!」

 

「っ!」

 

響:LP2400→2200

 

(破壊された時の効果は……ない!)

 

「ガストクラーケで裏守備モンスターに攻撃!」

 

ガストクラーケの触手が《スターダスト・ファントム》を貫く。こちらも破壊耐性はないーー

 

「ーーっ!?」

 

フッ、と。『影』が響のフィールドに出現する。

 

(い、や。違う。影じゃない……)

 

「……ファントムの効果」

 

違う。影じゃない。幻影(ファントム)じゃない。

 

「破壊された時、スターダストを蘇生できる!」

 

それは、間違いなく《スターダスト・ドラゴン》だった。

 

(そんな効果が……くっ、攻撃順を間違えたか……!)

 

「破壊できなかったか……あたしはこれでターンエンド」

 

ただ、響の手札は次のドローで三枚。うち一枚は一度伏せないと使えない罠カードの《追走の翼》。うち一枚はレベル1の《スターダスト・シャオロン》。

 

(あたしの手札は召喚すると墓地の《リチュア》を蘇生できる《リチュア・ビースト》。次のターンになれば、ドロー次第だけど勝ちは濃厚……!)

 

「いや、お前の負けだよ、加古」

 

カツン。足音は屋内運動場の入り口からだった。

 

「! 提督!」

 

「……司令官」

 

「今のターン、お前は何としても勝つべきだった。響にターンを渡してしまった以上、もうお前のターンは来ない」

 

「どういう……」

 

「買いかぶりすぎじゃないかい。その様子じゃ、デュエルの内容は知っているんだろう? 当然、私の手札も」

 

「ああ、知っている。だが響、お前はこういうデュエルじゃ負けないだろう」

 

「……たまたまさ」

 

「どうだか」

 

(……この状況から、あたしが負ける?)

 

響が一体何をドローしたら自分が負けるのか、加古には見当がつかなかった。《ブラック・ホール》? 《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》? それとも、《スターダスト・シャオロン》の効果は一発逆転を可能にするようなものなのか?

 

(でも……なんだろ。この感じ……ワクワクしてきた……どんな手で来るのか……!)

 

「私のターン、ドローッ!!」

 

逆転の切り札、響のドローカードはーー

 

「ーー来た! 手札の《追走の翼》を墓地に送り、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》発動! 手札を一枚墓地に送って除外されている自分のモンスターを特殊召喚し、このカードを装備する! 戻って来て、《ミラー・リゾネーター》!」

 

「《ミラー・リゾネーター》……レベル1のチューナー? なんで……」

 

「こうするのさ。《スターダスト・シャオロン》を召喚し、レベル1のシャオロンにレベル1チューナー《ミラー・リゾネーター》をチューニング!」

 

「ほう……レベル2か」

 

レベル2のシンクロモンスターはほとんど存在しない。自ずとシンクロ召喚されるモンスターは絞られるが、

 

「『想い』と『願い』が結合し、加速する意思は新たな進化への道しるべとなる! シンクロ召喚! 駆けろ、レベル2、シンクロチューナー! 《フォーミュラ・シンクロン》!!」

 

「フォーミュラ……()()()()()?」

 

《シンクロン》は華城の扱うデッキの主軸となっているテーマだ。しかしそんな彼女も、《フォーミュラ・シンクロン》というカードは知らなかった。

 

(……()()()、か。そしてあの口上、新たな進化への道しるべと言ったな。つまり、まだここでは終わらない……!)

 

「《フォーミュラ・シンクロン》がシンクロ召喚に成功した時、一枚ドローできる。そして、レベル8の《スターダスト・ドラゴン》にレベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!!」

 

「レベル……10!」

 

《スターダスト・ドラゴン》が緑色の輪を通った瞬間、夜とは思えないほどの光が屋内運動場を埋め尽くす。

 

 

 

 

「降り注ぐ陽光は絶えることなく。光の中で、星屑の竜は流星へと昇華する!! シンクロ召喚!! 刮目せよ、これが新たな希望だ!! 響け、《シューティング・スター・ドラゴン》ッ!!!」

 

 

 

 

「シューティング……スター……」

 

光が収まった屋内運動場に、《シューティング・スター・ドラゴン》が舞い降りる。

 

「シューティング・スターは、一ターンに一度デッキを上から五枚確認し、その中のチューナーの数だけ攻撃できる。一枚目、魔法カード《融合》、二枚目、チューナーモンスター《貴竜の魔術師》、三枚目、速攻魔法《ディメンション・マジック》、四枚目、罠カード《仁王立ち》、五枚目、チューナーモンスター《調律の魔術師》。チューナーは二体、よって二回の攻撃が可能!」

 

「でも! シューティング・スターの攻撃力は3300、二回攻撃しても私のライフは……!」

 

「たしかにシューティング・スターだけじゃ削りきれない。だけど、私にはもう一枚手札がある! 魔法カード《星屑のきらめき》発動!! 墓地のドラゴン族シンクロモンスターと同じレベルになるように墓地のモンスターを除外し、選択したドラゴン族シンクロモンスターを特殊召喚する。レベル2のフォーミュラとレベル6の《賤竜の魔術師》を除外し、よみがえれ、《スターダスト・ドラゴン》ッ!」

 

「…………あ」

 

「バトルだ……シューティング・スターで、ガストクラーケとリヴァイアニマに攻撃!」

 

手足を折りたたんだシューティング・スターが、ガストクラーケとリヴァイアニマに突撃する。

 

加古:LP2500→1600→1000

 

「とどめだ、スターダストで、ダイレクトアタックッ!!」

 

スターダストの放った衝撃波が、がら空きの加古のフィールドを突き抜けていきーー

 

「……だから言っただろう。あのターンで仕留めきれなかったお前の負けだ、と」

 

加古:LP1000→0

 

 

 

 

「それでは、案内しようか」

 

特殊物資搬入用港、の隣。岩場のとある場所に、司令官は透明なカードをかざした。さらにその上から同じように透明なカードを重ねていく。

 

「口頭で情報を教えるだけかと思ったら、まさかこうなるとはねえ」

 

「私たちより実際に本人に聞いたほうが早いし、何より私たちでも知り得ない情報も得られるかもしれんからな。……そら、来るぞ」

 

直後、ズズズズズズ……と重たい音を立てながら透明な箱が海中から出てきた。

 

透明な箱は一辺が四メートルほどの立方体で、同じく透明なレールの上を動いていた。

 

つまり、

 

「……エレベーター?」

 

「ま、そんな感じの解釈で結構だ」

 

透明なエレベーターは、私たちの前まで来るとほぼ無音でその扉を開いた。

 

「乗りたまえ」

 

「あたしは?」

 

「見張っていてくれ」

 

「りょーかい」

 

私と司令官が乗り込むと、エレベーターの扉はこれまた無音で閉じ、ゆっくりと海中に沈んでいった。

 

夜の海中は只管に暗く、至近距離にいるはずの司令官の顔すら見えない。

 

体に伝わって来る振動などから、なんとなく降下していっているんだろうなあということしかわからない。

 

少しして、どうやらエレベーターの進行方向が変わった。この方向は……

 

(……岩場の、真下?)

 

目的地はあの場所の地下ということなのか。

 

「……………………ん?」

 

ぼんやりと、仄かな明かりが見えた。エレベーターもそこに向かっているようだ。

 

進行方向がまた変わる。今度は上昇。同時に、水面らしきものが見えて来る。

 

エレベーターは、薄暗い空間に出た。明かりは電球が一つだけ、スペースもエレベーターが止まった部分を除けば一畳半ほどしかない。

 

ぱっと見電球以外何もない空間に見えるけど、

 

「着いたぞ」

 

「またカモフラージュかい」

 

「潜水艦たちに万が一見つかってもいいようにな」

 

エレベーターを降りた司令官が、さっきと同じように岩壁に透明なカードを当てていく。

 

やがて、目の前の岩壁が左右に開いた。その先に歩みを進めていく司令官を追って、私も中に入る。

 

カツ、コツという足音だけが響く。内部はまるで天然の洞窟のようになっていた。

 

そして、たどり着く。おそらくは洞窟の最奥、その扉の前に。

 

「……私が案内するのはここまでだ。ここから先は君一人で行け」

 

「え……なんで?」

 

「こちらにも都合というものがな。ただし、デュエルディスクは常に私と通話状態にしておいてくれ。君を信頼していないわけではないが、機密が漏れる事態は避けたい。ここを出るときは、ここにあるレバーを引けば」

 

ガシャリ、司令官が近くにあったレバーを引くと、横の壁が開き、階段が現れた。

 

「この階段の先は例の岩場だ。出口付近には加古を待機させておく。くれぐれも周囲には気をつけてくれよ」

 

「……初めから階段で来るんじゃダメだったのかい?」

 

「ダメではないが、まあ、エレベーター(ああいうもの)もあるということを教えたかっただけだ。……それでは、な。お目当の人物はその先だ」

 

司令官が階段を登っていく。途中で壁は閉まり、元どおり岩壁と同化した。

 

「………………………………」

 

ディスクの電源を入れて、司令官に電話をかける。ワンコールで繋がった。

 

(この先……か)

 

ノブを掴み、一度深呼吸してから、

 

「っ」

 

ガチャリ、扉を開けた。

 

中はそこそこ広いが、あるものは机一台と椅子が数脚。

 

そして、

 

「…………そちら側から見る私はどうだい?」

 

部屋を中程で仕切る、鉄格子。中には一人。

 

「……なんて言えばいいかな」

 

鉄格子に近づき、数日ぶりの宿()()を見る。

 

「ただただ、虚しい感じだよ。私がなんのために戦ってきたのかもわからなくなるくらいにね」

 

「それは良かった」

 

宿敵は、小さく笑った。

 

「愉悦に満ちた眼差しで見られようものなら、鉄格子越しでも噛み殺してしまいそうだからねえ?」

 

呪いの終端がーー何重にも鎖を巻きつけられたヲ級が、そこにいた。




【スターダスト】vs【リチュア】でした。

今回は響視点じゃない、絡め手を使用してくる相手、そもそも響がほとんど展開しない等々珍しい形になったかな、と。
デッキ解説!

【リチュア】、《イビリチュア・ジールギガス》などでアドバンテージを取りつつハンデスを行う、という戦法でした。
ハンデス効果をメイン戦術に据えるデッキは創作デュエルだと結構難しかったんですけど、【リチュア】といえばハンデス、というイメージが強かったのでハンデス主軸にしました。おかげで響が展開できない。

【スターダスト】、最初は【魔術師】をメインにしつつ《スターダスト》のカードを絡めて行こうかなー、とか考えていたらそんな手札がなかった。ので、今回は思い切って《スターダスト》をメインにしました。《ネクロイド・シンクロ》って蘇生制限満たせるんですねえ。

次回、お久しぶりの番外編(予定)!!


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番外編:仕事なきものたち

響の冬服を見てその衝動で書き始めたら思ったより時間かかりました。
っていうかもうすぐ秋刀魚イベ終わるぅ!?

追記:サブタイトルを入れ忘れてました。申し訳ない。


コーン、コーン……

 

「ーー電探に感あり、深海棲艦、来ます!」

 

大淀の緊迫感に満ちた声が、北方海域に鋭く響いた。

 

直後、数隻の深海棲艦が大淀たちから少し離れたところに出現する。

 

「来た!」

 

「心配いらないわ。あの程度、鎧袖一触よ」

 

そう曙に言った加賀が、三本の矢を同時に弓につがえ、放つ。放たれた矢は全て空中で艦攻に変化し、深海棲艦に向かって航空魚雷を叩き込んでいった。

 

『!!』

 

先制攻撃を受け、陣形が乱れる深海棲艦。そこに二隻の艦娘が突っ込んでいく。

 

「行くわよ、榛名!!」

 

「ええ、比叡お姉様! 榛名、行きます!」

 

金剛型戦艦二番艦と三番艦の二人が走りながら主砲を深海棲艦に向け、発射する。両者ともに一隻ずつをその一撃で沈めた。

 

一方で、

 

「では、我々捕獲班も準備をしておきましょう。曙さん、潮さん、装備は?」

 

「はい、探照灯、準備できてます!」

 

「ソナー、網、どっちもいつでも行けますっ!」

 

「了解です。では討伐班の仕事が終わり次第、私たちも動きましょう!」

 

「「了解(です)!!」」

 

 

 

 

…………とか、やってるのかなあ。

 

「………………………………………………」

 

幌筵(ぱらむしる)泊地の一室で、温かい紅茶を飲みながらそんなことを思った。

 

日本近海にあらわれる深海棲艦。その大きな影響を受けるのが漁業関係者だ。だから私たち艦娘は彼らの警備任務にあたることが多い。

 

しかしその中でもこの時期に旬を迎える秋刀魚の漁に関しては別で、秋刀魚の捕獲自体も艦娘がやるかわりに取れた秋刀魚の一部を鎮守府(わたしたち)が貰える。ゆえにこうして北方の幌筵泊地まで赴いたのだ。

 

まあ私は臨時秘書艦だから付いてきただけで、秋刀魚漁には関わっていないのだけど。

 

(仕事らしい仕事は司令官がやってくれるし、私は本当にやることがないな……)

 

紅茶をもう一口。それにしても寒い。一応防寒装備はしているけれどーー

 

ーーコンコン。

 

「ん?」

 

ドアがノックされる。はて、誰……

 

東海林(しょうじ)だ。入ってもいいかな?』

 

「! は、はい、どうぞ」

 

慌てて立ち上がり、衣服の緩みを正す。

 

「……だから、そんなに畏まらなくて良いといっているだろう」

 

扉を開けて入ってきたのは、軍服姿の若い女性。東海林(しょうじ)美晴(みはる)司令官。幌筵泊地の司令官だ。

 

海軍式敬礼をしながら、私は東海林司令官に言葉を返す。

 

「いえ、東海林司令官は上官ですから」

 

「だが華城司令官殿にはそうでないよな? あの方は私よりも偉いんだが」

 

「華城司令官は……特別というか」

 

「ふふ、まあそんなものか」

 

(……華城司令官って、そんなに偉かったのか)

 

普段の態度のせいか、そんな気がしない。でも考えてみれば横須賀鎮守府の司令官で、一人で鎮守府運営に関するほぼ全ての仕事を担っていて、そもそも女性であの若さで鎮守府司令官(それは東海林司令官もそうだけど)というだけでもすごい、のだろう。

 

「華城司令官殿はどこに?」

 

「さあ……わかりません。しばらく前に『やりたいことがある』と告げて部屋を出てしまいましたので」

 

「……ふむ。やりたいこと……見当はつかんが、あの人のことだ、何か()いことなのだろう」

 

「……………………………………」

 

そうかなあ。司令官のことだから、本当にやりたい『だけ』のことなきがするけど。

 

「して、君は何をしていたのかね?」

 

「特に、何も。自室待機とのことでしたので、この部屋で暇をつぶしていたのです」

 

「なるほど。……いや実は、私も暇でね」

 

「司令官もですか?」

 

「ああ。仕事の大半を秘書艦がやってくれるもので、私の仕事といえばどうしても私のサインが必要な書類にサインをするぐらいさ」

 

うちとは真逆だ。そんな鎮守府もあるのか。

 

「で、物は相談なんだが」

 

コホン。東海林司令官が咳払いを一つ。

 

「響くん、君、釣りに興味はないかね」

 

「釣り、ですか」

 

「ああ。自慢ではないが、幌筵島には娯楽施設がほぼない。今日は珍しく晴天だし、どうかね」

 

釣りか。経験はないけど、面白そうかもしれない。

 

「いいですね、お伴します」

 

答えて、私は上着のボタンをしめた。

 

 

 

 

灯台の近くに椅子を置いて座り、釣り糸を垂らす。隣に座った東海林司令官も同じように釣り糸を垂らした。

 

「もう少し後の時期になると、ワカサギの穴釣りなんかもいいんだがな」

 

「ワカサギの穴釣り……というと、氷に穴を開けてやるアレですか」

 

「ソレだ。と言ってもこの島に穴釣りができる場所はないから、少々移動することになるが」

 

東海林司令官とそんな他愛もない話をする。

 

……釣り竿の方に反応はない。というか、来そうな気配もない。だが不思議と退屈ではなかった。ただ『待つ』だけでも、シチュエーションが変わるだけで大分心境も変わるものだ。

 

そんなこんなで数十分が過ぎた頃、

 

「あれ? 響ぴょん?」

 

静かに海面を眺める私たちのもとへ、睦月型四番艦の卯月(うーちゃん)がやってきた。

 

「おや、うーちゃん…………?」

 

……の、だけど。

 

「……なんだい、その格好は……」

 

「? この法被ぴょん? せっかくの秋刀魚祭りってことで、うーちゃんアゲアゲモードぴょん!」

 

「そっちより、足につけた探照灯二つ目の方……」

 

「ファッションぴょん!!」

 

そんなきっぱり言い張られても。

 

「ふふっ、卯月くんは元気がいいねえ」

 

「そりゃー元気はうーちゃん一番の取り柄……って、東海林司令官ぴょん!?」

 

東海林司令官がいることは予想外だったようで、わたわたと両手を慌ただしく動かした後敬礼をするうーちゃん。

 

「ど、どうしてここに?」

 

「響くんと釣りを楽しんでいたんだ。卯月くんもやるかい?」

 

「……遠慮しておきますぴょん。うーちゃん、釣りは苦手なんで……」

 

多分、うーちゃんはじっと待つのが苦手なんだろう。そういうタイプっぽいし。

 

「うーちゃん達の班は出撃終わったのかい?」

 

「そうぴょん。さっき艤装とかを置いてきたところぴょん。……それより、どうして響が東海林司令官と釣りしてるぴょん?」

 

「かくかくしかじか」

 

「なるほどぉ。釣れるぴょん?」

 

「残念ながらさっぱりだよ。秋刀魚は獲れた?」

 

「こっちは大漁ぴょん! あの量ならうちの鎮守府全員分余裕でまかなえるぴょん! ……うーん、どうせ戻っても暇だし、うーちゃんもここにいるぴょん」

 

「多分ここにいても暇だよ? 屋内の方があったかいし、戻った方が……」

 

すると、うーちゃんのテンションが露骨に下がった。

 

「……実はさっき、ほんの出来心で弥生のスカートをめくったら、めちゃくちゃ怒って……それで逃げてきたんだぴょん」

 

「それはうーちゃんが悪いね。謝ってきなよ」

 

「そんな殺生なぴょん! あの目をした弥生はだめぴょん、ちょっとやそっとじゃ止まらないぴょん! せめて、せめてほとぼりが冷めるまではぁ……!」

 

懇願するようなうーちゃんの眼差し。これを無理やり送り返すのは気がひける。というか、多分送り返しても別の誰かに泣きつくだけだろうし……。

 

「……わかった、少しの間ここにいるといい」

 

「やったぁ! 響、ありがとぴょん!」

 

うーちゃんの表情が憂鬱から喜色へコロリと変わる。まったく、都合のいい。

 

 

 

 

十分後。

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

先程からチラチラこちらの様子を伺っているうーちゃん。間違いない、この状況に飽きてきたけど、かといって弥生のもとに謝りに行く決心もつかず、といったところだろう。

 

しかし助け船は出さない。いざこざは当人同士で解決するべきだ。

 

「……釣れないな。ポイントを変えるか……もしくは、今日は引き上げるかい?」

 

東海林司令官の方も当たりはなかったらしい。眉間に若干シワが寄っている。

 

「そうですね……東海林司令官から見てどうですか、今日の海は」

 

「うーむ……そこそこの時間垂らしていても殆ど反応がなかったし、望みは薄いな。仕方がない、今日のところはもう戻るとしよう」

 

というわけで、使っていた道具類を一箇所にまとめる。

 

そこで困るのがうーちゃんである。

 

「ぇ……ぅ……」

 

うーちゃんの予想ではまだ弥生の怒りは収まっていないのだろう。だがこの流れではうーちゃんも幌筵泊地に戻らざるをえない。

 

(まあ、弥生だってきちんと謝れば許してくれるだろうし。うーちゃんには悪いけど、覚悟を決めてもらおうかな)

 

荷物をまとめ終わり、さあ戻ろうかというその時だった。

 

「おや、響、卯月、それに東海林司令官。何をしているんだ?」

 

「あ、華城司令官」

 

我らが横須賀鎮守府司令官、華城(かじょう)穂野何(ほのか)が歩いてきた。

 

バッ! と素早く美しい敬礼をする東海林司令官。

 

「華城司令官殿、お疲れ様です!」

 

「おう、お疲れ様」

 

「さっきまで釣りをしていてね、ちょうど泊地に戻るところだったんだ。司令官は何を?」

 

「これだよ」

 

差し出されたのは一枚のタブレット。これは……

 

「……海図? この島付近の……」

 

タブレットに表示されていたのは幌筵島近辺の海図。さらに、何かのグラフがいくつか。

 

「正確には幌筵島近海の生態系と、深海棲艦の出現状況をまとめた図だな。やはりこういうデータは自分から現地に赴き、その目で見るのが一番信頼できる」

 

……東海林司令官の言った通り、至極まじめなことだった。

 

「…………!」

 

瞬間、うーちゃんの目がキラリと光った。

 

「ねーねー司令官! うーちゃんちょっとデュエルしたい気分なのでっす! というわけでデュエルするぴょん!!」

 

「あっ……!」

 

しまった、うーちゃんは司令官とデュエルすることで泊地に戻るのを先延ばしにしようとしてる!

 

「? デュエルするのは構わんが……」

 

言いながら司令官はチラリと私の方を見た。私が驚いている理由がわからないからだろう。

 

一瞬の後、司令官は視線をうーちゃんに戻した。

 

「……そうだな、響、東海林司令官、君たちも参加したらどうだ?」

 

「へ?」

 

「わ、私もですか?」

 

「ああ。滅多とない機会だからと思ったが、どうかな」

 

突然の誘いにまばたきが多くなる東海林司令官。

 

「……わかりました。不肖東海林、全力で挑ませていただきます!」

 

「私も構わないけど……タッグデュエルってことかい?」

 

「そうなるな。響は東海林司令官と組むといい。私は卯月と組もう」

 

「がってん承知ぴょん!」

 

東海林司令官とタッグか、と思い東海林司令官の方を見ると、バッチリ目があった。

 

「ええと……急だが、よろしく頼む」

 

「ええ、こちらこそ」

 

(東海林司令官……いったいどんなデッキを使うんだろう。イメージ的には【六武衆】とかかな)

 

そんなことを考えながらディスクを構える。

 

「では、デュエルといこうか。準備はいいか?」

 

「うーちゃんいつでもいけるぴょん!」

 

「問題ないよ」

 

「準備できています」

 

「よし、全員いけるな。……っと、ここでお客さんの登場だ」

 

お客さん? とその場にいた華城司令官以外の全員がクエスチョンマークを浮かべたところで。

 

「………………なに、してるの?」

 

ぽん。うーちゃんの肩に手が置かれた。

 

「ーー!!?」

 

ビクゥッ!! とうーちゃんの肩が跳ね、彼女は数秒後にゆっくりと背後を見る。

 

「…………………………や、やよ、い……?」

 

「……私のスカートをめくって逃げた卯月が、どうしてここで司令官たちとデュエルしようとしてるの?」

 

「…………い、いや、これには深いわけが…………」

 

「ふうん。どんな?」

 

「………………三十四計逃げるが何とか、うーちゃん逃げるは脱兎の如しっ!!」

 

「……二計少ない(ギリッ)」

 

「あたたたた痛いぴょん痛いぴょん!? 待って弥生待って、取れちゃう、うーちゃん肩取れちゃうぴょん!! これ間違いなく重巡クラスの威力ぴょん、弥生はいつの間にそんなサイレントゴリラに(ギリッ)あぎゃー! ごめんぴょんごめんぴょん! 反省してるから許してぴょんー!!」

 

「本当に?」

 

「本当ぴょん……」

 

弥生がうーちゃんの肩から手を離す。

 

「反省してくれて、よかった」

 

「も、もう怒ってないぴょん?」

 

「怒ってないよ。じゃあ仲直りに」

 

カシャリ。

 

「デュエル、しよっか」

 

「え? デュエル……?」

 

「うん、デュエル。ほら、早く」

 

「一応もう一回聞くけど、怒ってないぴょん?」

 

「怒ってないよ」

 

「嘘ぴょん! うーちゃん見たぴょん、今弥生がサイドデッキから《禁止令》と《融合解除》と《虚無空間(ヴァニティー・スペース)》をデッキに入れたの! 《融合》がメインのうーちゃんを完全にメタってきてるぴょん!!」

 

「大丈夫、公衆の面前で恥をかかせたことを反省した卯月なら、きっと乗り越えられる」

 

「みじんも思ってなさそうぴょん……」

 

「あとサイレントゴリラ呼ばわりされたことも怒ってないよ」

 

「うわー根に持ってるぴょん!!」

 

……間違いなく、弥生は怒ってる。でもその怒りに火をつけたのはうーちゃんだし、自業自得というか、因果応報というか。

 

「では我々もデュエルといこうか」

 

「え? でもうーちゃんが抜けたから二対一……ってまさか」

 

「ふふふ……久しぶりだ、こんなに胸が高鳴るのは……! さあ来い、私も全力で行く!」

 

察する。きっと司令官はこの状況にするためにタッグデュエルを提案したんだ。

 

「……仕方がない。了解、私も全力だ。行きましょう、東海林司令官」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

「無理だな、流石の私も二人が相手では手を抜けば負けてしまう!」

 

「ほら、はやく」

 

「うー……わかったぴょん! こうなったらデュエルを挑んだことを後悔させてやるぴょん!!」

 

「「「「「デュエルッ!!」」」」」

 

五人の揃った声が、北の晴れわたった空に響いた。




初めて出てきましたね、華城以外の司令官。ちなみにこの世界の司令官が全員女性というわけではないです。華城と東海林が特殊というか。

次回、一日だけ時間が戻り、睦月が襲われた直後のおはなし。

関係ないけどアズールレーン始めました。


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南方戦線異常アリ

少しだけ、時間は遡る。これは、睦月とレ級のデュエル、その数時間後のことである。

 

 

 

 

「「「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」」」

 

ショートランド泊地の一室は、まるで無人かというほどに静まり返っていた。

 

実際には数隻の艦娘がーー横須賀鎮守府第三艦隊の面々がいたが、全員がその口を固く閉ざし、ピクリとも動かなかった。何か、少しでも物音がすればそれが爆発の引き金になってしまうんじゃないかというような不穏さがあった。

 

室内には、シングルサイズのベッドが一つと椅子が数脚。ベッドには一隻の駆逐艦が寝かされており、その傍の椅子にはうな垂れるように座る軽巡、あとは皆ベッドを囲むように配置された椅子に座っていた。

 

コンコン、と二回扉がノックされた。外からだ。

 

『入ってもいいですか?』

 

うな垂れる軽巡ーー天龍は、何も言わなかった。言う気も起きなかった。

 

『……入りますよ』

 

その沈黙を許可ととった扉の先の人物は、ゆっくり扉を開けた。

 

「失礼します」

 

入ってきたのは軍服姿の若い男だった。石動(いするぎ)(じゅん)。ショートランド泊地の司令官だ。手には数枚の書類がある。

 

上官の前でも、天龍たちは敬礼せず、それどころか椅子から立ち上がることも、目線を上げることすらしなかった。する気も起きなかった。

 

本来なら厳重注意レベルだが、石動はそれをしようとは思わなかった。彼女たちの心がどれだけ傷ついているのかは察するに余りあるからだ。

 

「失礼する」

 

石動の後ろから、一人の艦娘が室内に入ってくる。ショートランド泊地第一艦隊旗艦、長門だ。

 

そこでようやく、天龍は視線だけを動かして石動たちを視認した。

 

「…………何の用だ」

 

低く、暗く、そして()()()()言葉だった。純粋に「何の用だ?」と思ったから聞いたのではなく、突然石動が来たからプログラミング通りに声帯がその言葉を吐き出しただけ。天龍には石動がこの部屋を訪れた理由なんてどうでもよかった。

 

ただ天龍の中にあるのは、後悔だけ。

 

「……実は、先程横須賀鎮守府の華城司令官から連絡がありまして」

 

そしてそれを半ば察しながらも、石動は要件を言う。彼だって暇ではない。レ級が泊地の近海に現れたのだ。ショートランド泊地司令官として、対応しないわけにはいかない。

 

「彼女はレ級に自身の鎮守府の艦娘が傷つけられたことをひどく憤慨していました。そして四日後、横須賀鎮守府の精鋭で結成された『レ級討伐隊』なる艦隊を、ここ、ショートランド泊地に送って来るそうです」

 

「……!」

 

第三艦隊の顔に、少しだけ色が戻る。『レ級討伐隊』、横須賀鎮守府の精鋭という言葉は彼女たちにとってそれだけ頼もしかった。

 

「…………………………………………………………」

 

ただ一人、天龍だけは変わらなかったが。

 

別に話を聞いていないわけではなかった。だがその情報は、今の天龍にとって無価値に等しい。

 

討伐隊が、精鋭がなんだ。

 

目の前に、実際に傷つき、昏睡状態にまで陥った仲間がいるのに。

 

既に『救われなかった者』を救うことなんて、できないのに……。

 

「………………………………………………」

 

天龍は静かに『救われなかった者(むつき)』を見た。

 

……実際のところ、睦月の肉体にそれほど深い損傷はなかった。高速修復材で完治する程度のもので、後遺症の心配もない。

 

では睦月はなぜ目覚めないのか。天龍たちには『原因不明』と説明されている。だが実際は、精神面に多大なダメージを負っているからだ。

 

睦月は、レ級とのデュエルで《No.》を『使った』。『《No.》の呪い』の影響を受けながらも操られることはなく、文字通り『使った』のだ。それだけでも睦月の精神には大きな負担がかかっている。

 

そしてアビスの存在。()()は今、睦月を依り代としている。例えるならコップなみなみに注がれた水。睦月の持つ身体(コップ)にはもともと睦月の(みず)が入っていたのに、そこにアビス(べつのみず)が注がれたことで、表面張力ギリギリ、いつ溢れてもおかしくない状態まで追い詰められてしまった。

 

さらにはレ級の《インフェルニティ・デス・ドラゴン》。あのカードも、《No.》や《スターダスト・ドラゴン》と同じ『力を持つカード』だ。あれと正面からやりあった以上、損傷は免れない。

 

もちろん、それらを知らない天龍たちからしたら、睦月は原因不明の昏睡状態でいつ目がさめるか全くわからない、というのが現状だ。

 

「貴女方横須賀鎮守府第三艦隊についてですが、一週間の休養を言い渡されました。当鎮守府にある宿舎の一部の部屋を貴女方に貸しますので、好きにしていただいて構いません。ですが、それに際しまして書類へのサインが必要です。旗艦の天龍さんにお願いしたいのですが」

 

「………………………………」

 

しかし全くの無反応。石動は小さくため息をついた。

 

「……睦月さんもこの様子です。気持ちはわかりますが、とりあえずこの書類にサインしてもらわないとーー」

 

言葉はそこまでしか続かなかった。それよりも早く天龍が動いたからだ。

 

「ーー」

 

立ち上がりながら腰の刀を抜き、その勢いのまま刃を石動の首めがけ振るう。無感情一色が、殺意一色に塗り変わった。

 

そして。

 

 

ギィィィイインンンン……と激しい音を立てて、()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

しばし無言で刃を押し付け合う二人。長門の刀は石動が腰につけていた軍刀だった。どうやら儀礼用の模擬刀ではなかったらしい。石動の腰から抜かれた軍刀が、天龍の刀をギリギリのところで食い止めていた。

 

「……邪魔だ、クソ野郎の首を落とせねぇだろ。刀ァ引け」

 

「君が刀を引いたら私も引こう」

 

「ハッ、テメェが引いたら考えてやる……!」

 

グイッ、と天龍が刀を押す手に力を込め、石動の首に軍刀の峰が当たる。

 

「……ふん。世界のビッグセブンの力を、甘く見ないほうがいい」

 

一瞬。ほんの一瞬だけ、長門は刀に全力を込めた。

 

決着にはそれで十分だった。

 

「っ!?」

 

天龍は弾かれてバランスを崩し、尻から地面に激突した。その首筋に、軍刀が添えられる。

 

「刀を収めるんだ」

 

「っ……………………」

 

「もう一度言うか?」

 

「……………………チッ」

 

舌打ちして、天龍は刀を鞘に収めた。それを見て長門も軍刀を引く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()石動は、

 

「……申し訳ない、今のは失言でした。謝罪します」

 

軍帽を取り、頭を下げた。泊地の総司令官ともあろう人が、一艦娘に対して頭を下げる。それはあまりに異例なことだ。ありえない、といってもいいぐらいに。

 

その謝罪を受けて、天龍の目つきはより険しいものになった。

 

「……謝罪なんざいらねえ。いいか、軽々しく『気持ちはわかる』なんて言うんじゃねえよ。テメェの妄想なんざより何倍も、何十倍も、俺たちのダメージはでかいんだよ。それに何より……睦月が受けた痛みは、きっと、もっと……」

 

ギリッと天龍が歯をくいしばる。自分の奥歯すら噛み割ってしまいかねないほどの強さだった。

 

「………………………………」

 

再び訪れた音を殺す静寂。しかし今度はそう長く続かなかった。自分の失言が元でより現場の空気を悪くしてしまったことを自覚している石動が、一度部屋を出て時間を置くことで、空気の緩和を狙ったからだ。ヘイトが自分に集まっている今なら、その自分が消えることである程度場が治まるのではないかという狙いもあった。

 

まあ、今度も彼の行動は阻害されてしまうわけだが。

 

「っ……」

 

それは本当に小さく、これほどの静寂でなければ聞き逃してしまいそうな小さな声だった。

 

音源はベッド。意識不明の睦月が、小さく呻いたのだ。

 

原因不明の昏睡状態に陥った睦月に見えた、はじめての回復の兆し。それに対して、反応は二つだった。

 

「! 睦月っ!?」

 

声に気づいた駆逐艦の一人が、椅子から勢いよく立ち上がってベッドに駆け寄る。それに対し、睦月からのリアクションはない。それでも駆逐艦たちの口元には確かに笑みがあった。少なくとも、まだ睦月の艦生(じんせい)が終わったわけではない。それがわかっただけでも、彼女たちは嬉しかったのだ。

 

そして、それ以外の反応があった。

 

「っ!!」

 

一瞬目を見開いた天龍が、急に駆け出し、部屋を飛び出そうとした。

 

「っ、待て!!」

 

腕を長門に掴まれ、天龍の身体に急ブレーキがかかる。

 

「どこへ行く」

 

「……ちょっと外の空気を吸いたくなっただけだ。好きにさせろ」

 

「このタイミングで、急に血相を変えてか? 一体なぜ……」

 

その時、長門の中で点と点が繋がった。そうしてできた一本の線が示したのは、天龍が血相を変えた理由。

 

「……まさか。まさか貴様、睦月に対して負い目を感じているからじゃないだろうな……? 彼女に殿を任せ、自分は逃げ延びたという事実から逃げようとしている、のか?」

 

「っ!!」

 

天龍はもう一度強く床を踏んで加速をかけようとしたが、ビッグセブンの腕力がそれを許さない。

 

その挙動を、長門は自分の問いへの肯定ととった。

 

「この……大馬鹿者がっ!! 貴様それでも横須賀鎮守府第三艦隊の旗艦を任された艦娘か! ……後悔するなとは言わない、反省を笑う気もない! だがな、そこで逃げるのは間違っているだろう! 仮にここで逃げても何も解決しないぞ、その先に待つのは今以上の後悔だけだ!!」

 

「っ……!」

 

キッと長門を睨みつける天龍。しかしビッグセブンは怯まない。逆に睨み返す。

 

数秒間の視線の鍔迫り合いの末、折れたのは天龍だった。

 

「………………だって、よ。許されるわけがねえ、いや、許されちゃいけねえんだよ。俺が、睦月を見捨てて逃げた俺が! 許されていい道理なんてあるわけねえだろうが!!」

 

それは咆哮だった。天龍を一番許していないのは、他ならぬ天龍自身だ。他の誰もが、それこそ睦月本人が許しても、きっと天龍は自分を許せない。拭えない過去の過ちが作った傷は、いつまでも天龍を蝕み、やがて食い尽くす。

 

……天龍の口から放たれる自虐の嵐は、皮肉なことに天龍に人間味を取り戻させていた。少なくともそこにいるのは後悔という尽きない燃料で動くロボットではなくなっていた。

 

「ああそうだよ、ここで逃げたってどうせ先は後悔の螺旋地獄だ、無間地獄だ! 何も解決しねえどころか、より袋小路に追いやられるだけだろうよ! ……だけどな、ダメなんだよ。睦月が目覚めたとき、俺なんかがそばにいちゃダメだ。それじゃあアイツは笑えない、心からの笑顔に、俺の存在は邪魔でしかない!!」

 

「っ……」

 

今度は長門が言葉に詰まる番だった。何か言ってやらねば、天龍はこのまま()()()()しまう。それは絶対に間違っている。そこまで結論づけられているのに、天龍を説得する言葉はなぜだか出てこなかった。

 

 

 

 

で、それらのやり取りを俯瞰で眺める存在がいた。

 

『………………………………………………』

 

『そいつ』は、天龍の本心からの叫びを聞いて、一言。

 

『…………くだらんな』

 

たったそれだけ。それ以外の感想は出てこなかった。

 

『そいつ』は常識とは少しずれた考え方を持ち、それでもって人より若干正直なのだった。

 

(うじうじうじうじ言いおって。それよりもやることがあるだろうに……そんなことより)

 

天龍の必死を『そんなこと』呼ばわりしたそいつの意識は、すでに別のところに向いていた。

 

この部屋に一つだけある窓。その先の海に。

 

『……これだけ強大な気配が迫っているのに、全員が全員無警戒すぎやしないか。それだけこいつらは強力なのか、それとも単に阿呆なのか?』

 

 

 

 

泊地の気配がおかしいことに最初に気づいたのは、天龍と長門のやり取りを黙って見ていた石動だった。

 

「……?」

 

「ど、どうされました?」

 

駆逐艦の一人が石動に尋ねる。

 

窓の外を眺めながら、石動は目を細めた。

 

「いえ……なにやら外の様子がおかしいような……」

 

騒がしい、とかではない。むしろ静かだ。静かなのだが、流れてくる気配がおかしい。この部屋に最初に入った時と同じように、人はいるのに誰もが息を潜めているような、何かに怯えているような……?

 

その時だった。石動のデュエルディスクに着信があった。

 

「………………」

 

部屋を出て、着信を受ける。相手は阿賀野型軽巡洋艦二番艦『能代』だった。

 

「はい、もしもし」

 

『て、提督、大変です……!』

 

能代の声は切羽詰まっていたが、同時になぜか小声だった。誰かに聞かれたくない内容なのだろうか。

 

「……どうしました?」

 

石動もそれに合わせて少し声のトーンを下げる。能代の意図はわからないが、こういう時は合わせておくのが吉だ。

 

『そ、それが、ですね……』

 

一拍の後。

 

 

『レ級、です。レ級が、泊地正面港に現れました……っ!!』

 

 

「…………な……なん、ですって……!?」

 

能代の声から伝わる必死さで、それが嘘でないことはわかる。しかし嘘でないとして、それが受け止められるかはまた別だ。

 

「れ、レーダーは!? 泊地までの一定距離圏内に深海棲艦が現れた時に私に知らせるための対深海レーダーッ!! あれに一切反応がないまま正面港まで入り込まれるとは、どういうことですか!?」

 

声のトーンを下げている余裕なんてなくなっていた。必死の形相で、石動は疑問をディスクにぶつける。

 

『わ、わかりません。わかりませんけど、事実レ級はいます! 突然すぎてみんな固まっちゃって、このままだといつパニックになるか……!』

 

「っ……!」

 

完全に想定外。レーダーに反応がなかった理由はわからないが、今はそれより目先のレ級をどうにかしなくてはならない。

 

(けどどうやって……下手に刺激したら何人に被害が出るか分かったものじゃない。しかし放置するなんて論外、多少の犠牲を覚悟して突っ込む……? いや、そんな不確定な方法も論外だ。そもそもそんなことをしている余裕なんてあるのか……!?)

 

数々の可能性を頭の中でシミュレーションしては切り捨てていく。頭痛がするほどの速度で脳細胞を働かせながらも、積み上がっていくのは不可能(ゴミ)の山。その山の重圧がより石動を追い込んでいく。

 

(どうする……どうすれば……!?)

 

 

 

 

『ハア……仕方がない』

 

 

 

 

ッバン!! と、勢いよく部屋の扉が開け放たれる。それはもう、扉の近くにいた石動を全く考慮しないぐらいの勢いで。

 

「…………!?」

 

突然のことに、思考を一時中断して目を白黒させる石動。扉を開けた人物は、石動を一瞥(いちべつ)もせずに廊下を歩いていく。

 

部屋から出ていったのは、石動もよく知る艦娘。

 

すなわち、

 

「な、長門!? 一体急にどうしたんです……?」

 

しかしビッグセブンは振り返るどころか、少しの反応も見せない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、おい、ちょっと待てよ!」

 

先ほどまで長門に止められていた天龍が、逆に長門を止めようと部屋を飛び出してその腕を掴む。

 

が。

 

「………………………………」

 

「おわっ!?」

 

長門は特に歩みも止めず、まるで虫でも払うかのような乱雑さで腕を振って天龍を引き剥がした。

 

「……なんだってんだ、おい……」

 

「………………………………」

 

「………………………………」

 

瞬間。天龍と石動の目が合う。ちょっと前まで、敵意を向けていたものと向けられていたものは、しばしの無言の後。

 

「…………どう、する?」

 

「……放置、するわけにも行きませんし……とりあえず、追いかけましょうか……?」

 

静かに、同じ方向へと歩きだした。

 

 

 

 

「歓迎ムードって感じじゃ、ねェよォだな」

 

海から上がって開口一番そう言ったレ級は、ギョロギョロと眼球だけを動かして周囲を観察する。

 

そして近場にいた艦娘に声をかけた。

 

「オイ」

 

「ひぅっ!?」

 

声をかけられた駆逐艦は、ひどく怯えているようだった。レ級への返答はなく、どころかピクリとも動かない。いや、動けないが正しいのか。

 

これは面倒くさくなりそうだ、と頭を掻くレ級。

 

「……なァ、別に脅してるわけでもねェだろ? 俺様はちと聞きてェことがあるだけなンだ。ここに担ぎ込まれたはずの駆逐艦がーー」

 

瞬間。

 

 

ッッッドォォォォォオオンンン……という爆音とともにレ級の姿が黒煙に包まれた。

 

 

その場にいた全員が、何が起きたのか数秒は理解できなかった。

 

「……なンだ、テメェが答えてくれるってことでいいのかよ?」

 

黒煙の中から、先ほどと変わらぬトーンのレ級の声が聞こえてくる。無傷ではなかった。ひたいのあたりに軽い擦り傷ができており、一筋血が垂れていた。

 

逆に言えば、それだけ。黒煙が上がるほどの何かをその身に受けておきながら、レ級の目に見えてわかる変化はそれだけだった。

 

「ああ、すまんな」

 

そして、それをやった犯人はあっさりと、なんの悪気も感じさせない声で名乗り出た。

 

長門型戦艦一番艦『長門』。レ級から十数メートルのところに立つその姿を見て、周囲の艦娘たちがざわつき始める。彼女たちは理解したのだ。レ級を襲ったのが()()()()()()()4()1()()()()()()()()だったということを。

 

陸地で、同じく陸地の敵に対して、至近距離からの砲撃。それだけでもありえないずくめの光景なのに、あげくそれをやったのがショートランド泊地第一艦隊旗艦の長門となれば、もう皆惚けるしかなかった。中には思考回路がショートして石像のように動かないものもいる。

 

困惑の渦の中でも長門は変わらなかった。

 

「ちょっと()()()()()()()()()()()()()()()んだ。ふむ、やはりすごい反動だ。しかし()()()()()()()()()()()()、ビクともしない。もう少し試してみるかな」

 

「さっきっからなァにぐちゃぐちゃわけ分かンねェことほざいてやがる。それともいっぺン痛い目みねェとわかンねェ口かァ?」

 

レ級の尻尾がゆっくりと動き、その口を開く。中から出てきたのは砲身だった。それが長門に向けられる。

 

「五秒待ってやる。何時間か前にここに運び込まれたはずの駆逐艦。ソイツがどこにいるか教えろ。俺様はソイツをぶっ殺さなきゃならねえンだ」

 

「ほう、五秒も。思ったより優しいな」

 

「あ?」

 

長門(?)の言った通り、五秒あれば十分だった。

 

……長門がレ級との距離を詰め、思い切り蹴り飛ばすには。

 

「え」

 

非常識な光景に声を漏らしたのは誰だったのか。蹴られたレ級か、周囲の誰かか、はたまた蹴った長門自身か。

 

水切りの石みたいに海面を数度跳ねたレ級は、やがて海上で止まり、むくりと起き上がった。今度も大したダメージがあるようには見えない。まあ肉弾戦の威力なんて砲撃に比べたらたかが知れている。

 

「ふうむ、身体能力は申し分ないが、強いて言うなら俊敏性がイマイチか。睦月とは真逆だな。……そう言えばコイツは『センカン』、睦月は『クチクカン』、とやらだったな。その辺にも違いがあるわけだ」

 

「……す」

 

「? すまん、遠くて聞こえん」

 

「ぶっ殺すっつってンだよ、クソがァァァァ!!!」

 

大したダメージを受けていないはずのレ級は、突如海面を強く蹴って駆け出した。開いた距離を縮め、極至近距離からの砲撃で確実に長門の息の根を止めるために。

 

「まあ落ち着け。どうせだったらデュエルをしよう」

 

突撃してくる殺意を前にしても、長門の声に危機感はない。ゆっくりとした動作でデュエルディスクを構えていた。

 

誰もがそんなの受けるわけがないと思った、その中で。

 

「……あン? デュエルだァ?」

 

ピタリ、と。レ級の足が止まった。

 

「ああ、デュエルだ。好きだろう?」

 

「…………いィぜ。俺様ァ寛容だからな。処刑方法ぐらい獲物に選ばせてやる。せいぜい楽しませろよ、前菜野郎(オードブル)

 

「……好きに言え、私も少々興味があるんだ。《インフェルニティ》……どうせあの四枚だけが全てではないのだろうからな」

 

(……『コイツのデッキ』を使ってもいいが……いや、ここは()()()()()()()()()()()()()())

 

長門の指先から、()()()が現れ、長門のデッキを包み込んでいく。靄はすぐ引いたが、確実に()()()()()()。新たな数十枚がディスクにセットされていた。

 

「さあ、見せてもらおうか」

 

「ほざけ、その上から目線を引き摺り下ろしてやるよ」

 

「「デュエルッ!!」」

 

どこかがずれた気持ちの悪いデュエルが、幕を開けた。




次回、はてさておかしな長門(?)のデッキは?


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ゼロの強襲

年末は忙しい!(初手言い訳)


「俺様のターンか。《クリバンデット》を召喚、カードを二枚伏せてターンエンド。この瞬間、《クリバンデット》の効果が発動する。自身をリリースし、デッキトップ五枚を見て魔法か罠を手札に加え、残りを墓地に送る。……俺様は《手札断殺》を手札に加え、残りを墓地に送るぜ」

 

「一ターン目から大量のカードを墓地に送る。あの時と同じか」

 

「あン? あの時だと?」

 

「気にするな。それより手札をゼロ枚にしなくていいのか?」

 

「……気持ち悪ィヤツ。速攻魔法《手札断殺》発動。互いに手札を二枚捨て、二枚ドローする」

 

 

 

 

「……長門のやつのデッキは何なんだ?」

 

デュエルが行われているショートランド泊地正面港。そこから少し離れた建物の陰から天龍はデュエルを見ていた。

 

「彼女の扱うデッキは、たしか【六武衆】。《六武衆》と名のつく戦士族モンスターを中心に戦うビートダウンデッキです」

 

天龍の疑問に答えたのは同じく建物の陰にいる石動(いするぎ)。始まってしまったデュエルを止める手段はないので、彼もこうして見ているしかなかった。

 

長門が突然艤装を取り出した時は流石に止めようかと思ったが、秘書官を信頼する石動はその最後の一歩をためらった。結果タイミングを失い、現在に至る。

 

「【六武衆】だと? おいおい、ガチデッキもガチデッキじゃねえか……それなら勝ち目も十分あるか」

 

そう言って天龍は目を細めた。

 

レ級は睦月を追い詰めた張本人だ。本当なら今すぐ飛び出してその首を落としてしまいたい。そんな思いとは裏腹に、天龍の足は建物の影を飛び出そうとしなかった。泊地司令官すら殺そうとした彼女も、レ級を前に一歩が出ない。

 

……まあ、そもそもの話。ここで飛びだせるのなら、第三艦隊の殿は彼女が務めていただろうが。

 

 

 

 

「俺様はもォ発動するカードがねェ。テメェのターンだぜ」

 

「では、私のターン。ドロー」

 

長門は無表情に自分の手札を見下ろした後。

 

「《捕食植物(プレデター・プランツ)オフリス・スコーピオ》を召喚」

 

【六武衆】とは全く関係のないカードを召喚した。

 

 

 

 

「……おい、テメェの記憶力はザルか」

 

「そ、そんなはずは……確かに彼女のデッキは【六武衆】のはずです! あんな、見たことも聞いたこともない……もしかしたら、【六武衆】と相性がいいから入れているとか……?」

 

「あの見た目でか? 冗談きついぜ……」

 

食虫植物と(さそり)か何かが融合したような見た目の生物が戦士族デッキの【六武衆】のサポートカードとは思えない。それとも《スクラップ》や《エア・サーキュレーター》のように見た目と種族が合致しないカードで、実は戦士族だったりするのだろうか?

 

(ま、戦士族だったら何だって話だがな。それに《ライオウ》や《フォッシル・ダイナ パキケファロ》みたいにデッキを選ばず入るカードなのかも知れねえし)

 

 

 

 

「オフリス・スコーピオの効果発動。召喚に成功した時、手札のモンスターを墓地に送り、デッキから《捕食植物》を特殊召喚する。《捕食植物コーディセップス》を墓地に送り、《捕食植物スピノ・ディオネア》を特殊召喚。バトルだ、二体でダイレクトアタック」

 

「っ……」

 

レ級:LP8000→6800→5000

 

「なンだ、特殊召喚とか言うからエクシーズかシンクロでもすンのかと思ったが……ただ攻撃しただけかよ」

 

「それはどうだか。私はバトルフェイズを終了し、魔法カード《融合》を発動、フィールドのオフリス・スコーピオとスピノ・ディオネアを融合する!」

 

長門が《融合》を発動した途端、オフリス・スコーピオとスピノ・ディオネアは急激に枯れていき、やがて全身を粉々にして消えた。

 

「あ……?」

 

「二輪の妖花は枯れ落ちた。その同胞の骸を養分として花開け、禁断の植物獣! 融合召喚、現れろレベル7《捕食植物キメラフレシア》!」

 

ズン……と、地震のような振動が鎮守府を襲った。海上にいるレ級も低い地響きのような音は聞いていた。

 

直後。

 

 

バギンッ!! とコンクリートの地面を割って巨大な蔓が飛び出してきた。

 

 

 

 

「あれは……本当に、()()()()()()()()!?」

 

建物の陰の石動は、目の前の衝撃的な出来事に思わず叫んでいた。

 

通常、ソリッドビジョンではいくらモンスターが暴れたり、地面を割るようなエフェクトが出たりしても実際には傷一つつくことはない。

 

石動の知る範囲だと《No.》というカードに取り憑かれたデュエリストはデュエルの最中に現実にダメージを与えることもあるそうだが、

 

(ということは……長門は《No.》に取り憑かれている? いやしかし、華城司令官の話だとアレの脅威は去ったはず……その情報が誤っていたというのですか?)

 

仮に《No.》に取り憑かれているのなら、先程からの豹変ぶりも納得だ。しかしデリケートな問題なだけに華城がなんの根拠もなく脅威が去ったと言うとも思えないし、その可能性はないと考えていい。

 

(それに、《No.》使用者のデッキに本人すら覚えがないカードが紛れ込んでいるという話は聞きますが、今の長門のようにデッキが丸々変わっているようなことは前例がない)

 

今の長門のデッキに【六武衆】の面影は微塵もない。であればデッキが丸々変わったと考えるべきだろう。

 

では。《No.》以外の何かが?

 

(……もし、そうだとしたら……問題は何も解決していないのでは……?)

 

 

 

 

太い蔓が這い出てきたことで、地面の亀裂はより大きくなっていく。その中から、キメラフレシアが全身を現した。

 

「ひっ……」

 

誰かが短く悲鳴のような声を発した。デュエルを見守る艦娘の中の誰かだろう。

 

それも無理ない話。見慣れた港を破壊しながら、醜悪な化け物が現れたのだ。恐怖してしまうのは仕方ない。

 

「……また随分気持ち悪ィのを出したな。なるほど、攻撃力が2500だから先に出さなかったのか」

 

先程ダイレクトアタックしたオフリス・スコーピオとスピノ・ディオネアの攻撃力の合計は3000。数値だけで言えばキメラフレシアのみでダイレクトアタックするよりダメージは大きい。

 

「さらにカードを二枚セット。私はこれでターンエンドだ」

 

「俺様のターン、ドロー」

 

新たにドローしたカードも含めて、レ級の手札は三枚。墓地にある十枚弱のカードと合わせて考えたレ級は、小さく呟いた。

 

「……ハッ。今回はとっとと動くか」

 

キメラフレシアの効果がわからずとも、レ級は止まらない。

 

「魔法カード《シャッフル・リボーン》発動。俺様のフィールドにモンスターが存在しない場合、墓地のモンスター一体を特殊召喚する。よみがえれ、《インフェルニティ・ジェネラル》!」

 

「最上級モンスター……【インフェルニティ】はシンクロ召喚を主戦法とするのかと思っていたが、メインデッキにもそんなモンスターがいたのか」

 

「……なンなンだテメェ、さっきから。まるで俺様のデッキを知っているよォな口ぶりしやがって」

 

「知っているさ。嫌という程、な」

 

「……ハッ、まァいい。《シャッフル・リボーン》で蘇生したモンスターは効果が無効化され、エンドフェイズに除外される。続いて永続罠《悪魔の憑代》発動、このカードが存在する限り俺様は上級悪魔族の召喚に必要なリリースをなくせる。それにより《インフェルニティ・アーチャー》を召喚!」

 

《インフェルニティ・アーチャー》は上級モンスターだ。

 

「カードを一枚セット。ほらよ、これで手札はゼロ、ハンドレスだぜ。バトル、ジェネラルでキメラフレシアに攻撃!」

 

ジェネラルが手に持った剣でキメラフレシアの蔓を切り落としにかかる。

 

が、

 

「無駄だ。キメラフレシアはバトルを行う際、相手モンスターの攻撃力を1000吸収する!」

 

剣はキメラフレシアに触れたところから錆びていき、やがて自身の重みに耐えかねたように半ばから折れた。ジェネラルも蔓に跳ね飛ばされ破壊される。

 

レ級:LP5000→3200

 

「チッ、ただの壁じゃねェってわけか……だがジェネラルはどのみち《シャッフル・リボーン》の効果でエンドフェイズに除外されちまう。むしろ墓地に送ってくれてありがとよォ」

 

「長い負け惜しみだな。キメラフレシアの攻撃力は現在3500。貴様のアーチャーでは……」

 

ギリリ、という音が長門の声を遮る。アーチャーが弓を引き絞った音だ。

 

「……なんの真似だ」

 

「アーチャーは手札がゼロ枚の時、ダイレクトアタックが可能なンだよ。やれ、アーチャー!」

 

「………………」

 

長門の胸の中心あたりを、アーチャーの放った矢が貫く。

 

長門:LP8000→6000

 

「やっと一発。俺様はこれでターンエンドだ」

 

「……キメラフレシアの攻撃力はエンドフェイズに戻る」

 

3500に上昇していたキメラフレシアの攻撃力が元どおり2500まで下がった。

 

「私のターン、ドロー。……キメラフレシアの効果発動、一ターンに一度、このカード以下のレベルのモンスターを除外する。消えろ、アーチャー」

 

キメラフレシアの蔓がアーチャーに伸びていき、その身体に巻きついて自身の中に引きずり込んだ。

 

「バトル、キメラフレシアでダイレクトアタック!」

 

「通すか、罠カード《ピンポイント・ガード》! 相手の攻撃宣言時、墓地のレベル4以下に破壊耐性を与え守備表示で特殊召喚する。来い、《インフェルニティ・デーモン》! さらにこの特殊召喚成功時、デーモンの効果発動。手札ゼロで特殊召喚された時、デッキの《インフェルニティ》を手札に加える。《インフェルニティ・ネクロマンサー》を手札に加えるぜ」

 

「……破壊できないなら攻撃しても仕方がない、か。ターンエンドだ」

 

「俺様のターン、ドローッ!」

 

レ級の手札は二枚、うち一枚はモンスターの《インフェルニティ・ネクロマンサー》。このドローでモンスターカードを引いた場合、手札をゼロ枚にするのは難しくなるが……

 

「ネクロマンサーを召喚、このカードは召喚された時守備表示になる。さらにカードを一枚セット。これで再びハンドレスってわけだ」

 

「……フン、運のいい。ネクロマンサーは手札がゼロ枚の時、墓地の《インフェルニティ》を特殊召喚できる、だったか」

 

「あァそォそォ、その通りだよ。よみがえれ、《インフェルニティ・リベンジャー》!」

 

「その展開は読んでいたさ、速攻魔法《捕食生成(プレデター・ブラスト)》!」

 

長門の持つ《捕食生成》から二つの種子のようなものが飛び出して、それぞれデーモンとネクロマンサーに噛み付いた。

 

「チィッ、今度は何だ」

 

「手札の《プレデター》カードを任意の枚数見せることで、見せた枚数分の相手モンスターに捕食カウンターを乗せることができる。私は《捕食植物スキッド・ドロセーラ》と《プレデター・プランター》を見せることでデーモンとネクロマンサーにカウンターを乗せる。そして、捕食カウンターはレベルを吸収し、カウンターが乗ったモンスターのレベルを1にする」

 

「何っ……」

 

デーモンとネクロマンサーのレベルが下がり、レ級のフィールドにいるモンスターの合計レベルは3となった。

 

「これでデス・ドラゴンは呼べないな」

 

「…………墓地の《シャッフル・リボーン》を除外して効果発動。自分フィールドのカード一枚をデッキに戻しドローする。《悪魔の憑代》を戻してドロー。そしてリバースカードオープン、装備魔法《堕落(フォーリン・ダウン)》! 自分フィールドに《デーモン》が存在する時、テメェのモンスターにこのカードを装備し、コントロールを奪う。来い、キメラフレシア!」

 

「っ、キメラフレシアのレベルは7……!」

 

「ほらよ、お待ちかねの登場だ。俺様はレベル7のキメラフレシアにレベル1チューナーリベンジャーを」

 

「その前に。私は速攻魔法を発動する」

 

二度目の妨害に、レ級は心底嫌そうに舌打ちをした。

 

「またかよ。もう一回《捕食生成》かァ?」

 

「いいや違う。……本当はこのカードは使いたくなかったんだがな。睦月に悪い影響が出なければいいが」

 

「なンでもいい。とっとと進めろ」

 

「分かっている。私はここに、()()()()()()()! 来たれ、光を蝕む力! 《超融合》発動!!」

 

瞬間。

 

ギャヴゥン!! と大きな音を立てて、()()()()()()()()

 

「ハァ? 何だこーーれェッ!?」

 

レ級が疑問を口にしている途中で、彼女の身体が猛烈な勢いで長門の方に引っ張られた。咄嗟に踏ん張るも、あまりの力に少しずつ両者の距離が近づいていく。

 

直後にレ級は気づいた。この吸引力の発生源はあの穴だ。あの穴がさながらブラックホールのように周囲の万物を取り込もうとしているのだ。

 

空気が吸い込まれることで暴風が吹き荒れ、海水は穴の真下から逆流する滝のように吸い込まれていくことである種現代アートのようになっていた。

 

しかも穴は徐々に大きくなっている。中に入ったものがどうなるかなど考えたくもない。

 

「っ、これは少々よくないな。《超融合》の効果発動」

 

発動した長門自身も穴を制御しきれていないようで、彼女も穴に近づきつつある。

 

「手札を一枚捨て、フィールドのモンスターで融合召喚を行う。このカードに対し、相手はカードを発動できない」

 

「あァ? 《瞬間融合》の互換カード……いや待て、テメェのフィールドにモンスターがいねェのに発動したってことは……!」

 

「手札のスキッド・ドロセーラを墓地に送り、私が融合するのはーー貴様のフィールドのキメラフレシアと《インフェルニティ・リベンジャー》だ!」

 

先のオフリス・スコーピオたちと同じようにキメラフレシアが枯れていく。リベンジャーは枯れて粉々になったキメラフレシアと一緒に《超融合》発動で空いた穴に吸い込まれた。

 

「一輪の妖花は枯れ落ちた。敵対者の命をも吸い取り芽吹け、獰猛なる植物恐獣! 融合召喚、現れろレベル8《捕食植物ドラゴスタペリア》!!」

 

口上が唱えられた途端、穴の吸引力は収まり、やがて何もなかったかのように消えた。

 

代わりに、キメラフレシアの作ったコンクリートの亀裂をさらに広げながら、『植物恐獣』と形容されたモンスターが姿を現わす。

 

「ドラゴスタペリアが存在する限り、フィールドの捕食カウンターの乗ったモンスターの効果は無効になる」

 

「……攻撃力、レベルときてとォとォ効果もか。つくづくうっとォしいデッキだな、テメェのは」

 

「褒め言葉として受け取っておこう。貴様には言われたくないがな」

 

「だが効果を吸われよォが問題ねェ。《トランスターン》発動。自分のモンスターを墓地に送り、送ったモンスターと同じ種族、属性でレベルの一つ高いモンスターをデッキから呼び出す。ネクロマンサーを墓地に送り、レベル4闇属性悪魔族、《デーモンの騎兵》を特殊召喚! 《トランスターン》が参照するのは墓地でのステータス。レベルが下がっていよォが関係ねェンだよ!」

 

「ならもう一度吸うまで。ドラゴスタペリアは一ターンに一度相手モンスターに捕食カウンターを置くことができる」

 

ドラゴスタペリアが羽を振るうと、《捕食生成》の時と同じ種子がデーモンの騎兵に向かっていった。

 

「そう何度も同じ手が通用すると思うなよ。墓地の《ブレイクスルー・スキル》の効果発動! 除外し、テメェのモンスターの効果を無効にする! ドラゴスタペリアには枯れといてもらおォかァ!」

 

種子が急激に勢いを失い、海に落ちる。《ブレイクスルー・スキル》で効果を封じられたドラゴスタペリアは全身がわずかに黒ずんでいた。

 

「さらに、墓地の《インフェルニティ・ジェネラル》の効果発動ォ。手札がゼロ枚の時にコイツを墓地から除外することで、墓地のレベル3以下の《インフェルニティ》二体を効果を無効にして特殊召喚できる。よみがえれ、《インフェルニティ・リベンジャー》、《インフェルニティ・ドワーフ》!」

 

「……ジェネラルにそんな効果があったとはな」

 

「だから言ったろ、ありがとよってなァ。さァいよいよお待ちかねの登場だァ! 俺様はレベル4の騎兵、レベル2のドワーフ、レベル1となったデーモンに、レベル1チューナーのリベンジャーをチューニングッ!!」

 

即座に長門は察知した。海底から徐々に浮上してくる膨大な気配を。

 

 

「地獄の蓋は開かれた。無限の闇は全てを呑み、煉獄の炎は森羅万象を塵芥に還す!! シンクロ召喚ッ!! 貪れ、レベル8《インフェルニティ・デス・ドラゴン》ッ!!」

 

 

(海中……いや、今回は()()……!)

 

その長門の確信を裏付けるように、海中から一体のモンスターが現れる。

 

……それは禍々しい見た目をしたドラゴンだった。枯れた枝のような四肢、ズタズタの翼、漆黒の全身。『ドラゴン』の名を冠しておきながら、その容姿はさながら悪魔であった。

 

「デス・ドラゴンの効果発動ォ。手札ゼロの時、相手モンスターを破壊し、その攻撃力の半分をダメージとしてテメェに与える。消えな、ドラゴスタペリア!」

 

「………………」

 

長門:LP6000→4650

 

「俺様はこれでターンエンド。……さァどォする? デス・ドラゴンを出させねェために伏せ二枚と手札一枚を使って、結局デス・ドラゴンは出てモンスターもなし。哀れだなァ、こっからどォする気だァ?」

 

「……そうだな。一応貴様にも余分にカードを使わせたとはいえ、こちらの方が消費は大きい。となれば……仕方あるまい」

 

ぐらり。()()()()()()()()()

 

 

『「()()()のチカラの片鱗を、見せようじゃあないか」』

 

 

「…………!」

 

レ級の眉がわずかに動く。彼女の前にいる艦娘は、すでに艦娘以外の何かに変質していた。

 

(それになんだ……今、()()()()()()()()()()……?)

 

まるで、二人の人間が全く同時に言葉を発したかのように。重なって聞こえた声は長門よりも幼かったように感じる。

 

『「ワタシのターンーー」』

 

奇妙なデュエルが、決定的にズレた瞬間だった。

 

『「ーードロー」』




次回、現長門の正体


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闇vs闇

『「このスタンバイフェイズ、《捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》の効果発動。このカードが墓地に送られた次のスタンバイフェイズ、デッキから《融合》もしくは《フュージョン》と名のつくカードを手札に加える」』

 

全員が黙って見守る中、微笑の長門はデッキから一枚のカードを抜き、手札に加えた。

 

「……《再融合》でも手札に加えて、キメラフレシアを蘇生する気か?」

 

『「《再融合》がデッキに入っていればそれでもよかったんだがな。生憎()()()()()()()()()そこまで気が回らなかった。ワタシが手札に加えるのは《置換融合》だ。さらに墓地の《捕食植物コーディセップス》の効果も発動!」』

 

コンクリートの亀裂からコーディセップスが顔を出す。が、すぐにしおれていき、亀裂に姿を消した。

 

『「スタンバイフェイズ、墓地のこのカードを除外することで墓地のレベル4以下の《捕食植物》二体を蘇生する。来い! 《捕食植物スピノ・ディオネア》、《捕食植物スキッド・ドロセーラ》!」』

 

「《インフェルニティ・ジェネラル》と似た効果……意趣返しか」

 

『「《置換融合》を発動! 自分フィールドのモンスターで融合召喚を行う。素材はもちろんスピノ・ディオネアとスキッド・ドロセーラ!」』

 

先の二回と同じように、スピノ・ディオネアとスキッド・ドロセーラが枯れていく。破片は風に乗り、舞い上がりーー

 

 

 

 

『「光をも蝕む諸刃の毒よ。破壊をもたらす暴虐の姿を型取り、猛毒をもって毒を殺せ! 融合召喚! 万物を蝕め、レベル8! 《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》ッ!!」』

 

 

 

 

瞬間、漆黒の煙が長門の周囲を覆い始めた。

 

「あン?」

 

煙は長門の姿を隠すだけでなく、どんどんと範囲を広げ、やがてレ級のフィールドまで届いたところで、

 

『「スターヴ・ヴェノムの効果発動」』

 

ガッ! と黒煙から生えた腕が《インフェルニティ・デス・ドラゴン》の首筋をつかみ、片腕で締め上げた。

 

『「融合召喚に成功した時、相手の特殊召喚したモンスターの攻撃力分自身の攻撃力をターン終了時まで上げる。吸わせてもらうぞ、デス・ドラゴン。……そしてそのまま、スターヴ・ヴェノムでデス・ドラゴンを攻撃!」』

 

力を吸われたデス・ドラゴンが、黒煙に生えた腕に空中へと放られる。

 

そして、レ級は直感していた。スターヴ・ヴェノムもまた、『力を持つ』カードだと。

 

「……ハッ。いィぜ、受けてやる。来いよ、スターヴ・ヴェノムッ!」

 

レ級が叫んだ直後、黒煙から紫色のビームが放たれ、デス・ドラゴンを撃ち抜く。ビームはそのまま振り下ろされ、レ級を直撃した。

 

レ級:LP3200→400

 

「ーーーーッ!!」

 

レ級の身体が浮き、そのまま後方へと弾き飛ばされる。海面を数度バウンドしてから、ようやっとレ級は体勢を立て直した。

 

「ーーカッ、ハァ……! 効ィたぜ、久しぶりだ、こンな感覚ゥ……ギャッハッ、イッちまいそォになるほどの衝撃ィ! こっからだ、こっからが本当のデュエルだァ!! 俺様のタァァァァンンン!!」

 

長門のターン終了宣言も待たず、レ級はカードをドローした。

 

「《インフェルニティ・リローダー》を召喚、効果発動。手札ゼロの時、カードを一枚ドローし、モンスターならテメェにそのレベル×200、魔法か罠なら俺様が500のダメージを受ける!」

 

『「……結果次第では貴様の負けだぞ」』

 

レ級の残りライフは400。このドローで魔法か罠を引いた場合レ級の敗北となる。

 

が。

 

「カカッ、知るかよそンなことォ。そンぐらいじゃねェと面白くねェだろォが! そら行くぜェ、ドロォォォ!!」

 

何のためらいもなくレ級はカードをドローする。その結果は、

 

「……《ファイヤークラッカー》。レベル4のモンスターだ。よって800ポイントのダメージをテメェに与えるゥ!」

 

『「………………」』

 

長門:LP4650→3850

 

「まァだだ! 《ファイヤークラッカー》を手札から捨てることで、テメェに1000ポイントのダメージを与え、俺様の次のドローフェイズをスキップする! 追加ダメージを食らいやがれェェ!!」

 

カードから飛び出した悪魔が、手に持った球を長門に向かって投げる。球は長門の足元に落ちると、そのまま爆発した。

 

『「………………………………」』

 

長門:LP3850→2850

 

「ハッ、顔色一つ変えねェか。俺様はこれでターンエンドだ」

 

『「……ワタシのターン、ドロー!」』

 

ドローしたのは罠カード。レ級のフィールドには攻撃力0のリローダーと伏せカードが一枚だから、《サイクロン》のような伏せカードを破壊できるカードなら確実にゲームエンドに持ち込めたのだが。

 

(あの伏せカードが《和睦の使者》のようなフリーチェーンでダメージを抑えられるカードでない限り、な。レ級の次のドローフェイズはスキップされるといえ、リローダーがいればドローされる。コイツが自滅を恐れるとも思えない……)

 

『「…………バトル! スターヴ・ヴェノムでリローダーに攻撃!」』

 

スターヴ・ヴェノムがリローダーに向けてビームを放つ。この攻撃が通れば、長門の勝利ーー

 

「ーーだァがこの賭けはテメェの負けだ。《インフェルニティ・フォース》発動!」

 

バシィィ!! と激しい音を立てて、ビームはリローダーの寸前で防がれていた。

 

「《インフェルニティ》が攻撃された時、攻撃したモンスターを破壊し、墓地の《インフェルニティ》を蘇生する! スターヴ・ヴェノムを破壊し、よみがえれ、デス・ドラゴンッ!!」

 

レ級の前の海面が淡く光ると、そこに現れた影がスターヴ・ヴェノムの足元まで行き、その両足をつかんだ。そのままスターヴ・ヴェノムを海中に引きずり込み、入れ替わるようにしてデス・ドラゴンが姿を現した。

 

「あーあー、攻撃しなきゃよかったのになァ」

 

『「……だが、タダでは終わらん。破壊されたスターヴ・ヴェノムの効果発動! このカードが破壊された場合、貴様の特殊召喚したモンスターを全て破壊する! この効果が発動するのは《インフェルニティ・フォース》の処理が終わった時、デス・ドラゴンは破壊させてもらう!」』

 

「! チッ……!」

 

海中から伸びたスターヴ・ヴェノムの尻尾がデス・ドラゴンの足を絡めとり、引きずり込んでいく。

 

二体の大型ドラゴンが沈んだ後のフィールドは随分と静かになっていた。

 

『「…………スターヴ・ヴェノムでもダメ、か。カードを一枚伏せてターンエンド」』

 

「俺様のターン、《ファイヤークラッカー》の効果でドローフェイズはスキップされる。だがリローダーの効果発動ォ! ドロォォオオ!!」

 

またしてもドロー次第では勝敗が決する。それなのに躊躇しないあたり、レ級は自分の運に相当の自信があるのだろう。

 

「……ドローカードは《インフェルニティ・ミラージュ》、レベル1のモンスターだ。よってテメェに200のダメージを与えるゥ!」

 

長門:LP2850→2650

 

「ミラージュを召喚し、効果発動! コイツを墓地に送り、《インフェルニティ》二体を蘇生する! 来やがれ、《インフェルニティ・デーモン》、《インフェルニティ・ネクロマンサー》ッ! デーモンが特殊召喚された時、手札ゼロならデッキの《インフェルニティ》を手札に加える! 俺様が手札に加えるのは《インフェルニティ・ブレイク》! カードをセット、さらにネクロマンサーの効果発動ォ! 墓地の《インフェルニティ》を蘇生する! 来い、《インフェルニティ・リベンジャー》!!」

 

『「っ……また……!」』

 

「行くぜェ! 俺様はレベル4のデーモン、レベル3のネクロマンサーにレベル1チューナーのリベンジャーをチューニングゥ!!」

 

その合計レベルは8。しかしシンクロ召喚されるのは二体目のデス・ドラゴンではない。

 

 

 

 

「闇と光の交わる場所、天と地の狭間。清廉なる魂すら貪り虚無の煉獄より出でよ、怨霊怪異!! シンクロ召喚ッ!! 餓えろ、レベル8ーー《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》ッ!!」

 

 

 

 

デス・ドラゴンの時と同じように、海面を裂いて真紅の龍が姿を見せる。

 

巨大な爪を持つそのドラゴンの攻撃力は、またしても3000。

 

『「チィッ、通すか! 《シンクロ・イジェクション》!!」』

 

宣言と同時にオーガ・ドラグーンの背後に黒い穴が開く。

 

『「相手のシンクロモンスターを除外し、相手に一枚ドローさせる!」』

 

「ハッ、なンだそりゃ。まるで俺様のデッキをメタってきてるみてェだなァ!」

 

『「否定はせん。意識の隅にあったことは確かだ」』

 

「だが一手遅ェ! オーガ・ドラグーンの効果! 俺様が手札ゼロの時、相手の魔法及び罠を無効にし破壊できる!」

 

オーガ・ドラグーンが吠えると、黒い穴はすぐに消えた。

 

「バトルゥ! オーガ・ドラグーンでダイレクトアタック!!」

 

『「負けてなどやらん、手札から《捕食植物セラセニアント》の効果発動!!」』

 

振るわれたオーガ・ドラグーンの爪が止まり、キメラフレシアの作ったコンクリートの亀裂から小さな生物が這い出て来た。

 

『「相手がダイレクトアタックして来た時、このカードは手札から特殊召喚できる」』

 

「壁かよ。オーガ・ドラグーンで攻撃ッ!」

 

一度止まった爪が再度振り下ろされる。オーガ・ドラグーンの爪はセラセニアントを容易に引き裂いた。

 

しかし、

 

『「かかったな。この瞬間、セラセニアントの効果が発動する! このカードが行なった戦闘のダメージ計算終了時、戦闘を行った相手モンスターを破壊する。消えろ、オーガ・ドラグーンッ!!」』

 

「! 道連れ効果……」

 

シルルルッ! と亀裂から伸びた蔓がオーガ・ドラグーンの爪を絡めとり、亀裂の中へと引きずり込んで行く。

 

『「さらにセラセニアントが戦闘破壊された時、デッキから《プレデター》カードを手札に加える。《捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》を手札に」』

 

「…………ハッ。バトルフェイズを終了、リローダーを守備表示にしてターンエンドだ」

 

『「切り札がやられたというのに、随分と余裕だな」』

 

嘲るような長門の言葉に、レ級はなぜか首を傾げた。

 

「ン? 切り札? 俺様の切り札はいつのまにやられたンだ?」

 

その表情は声音に偽りはない。本当に心の底から、長門の言っている意味がわからないようだ。

 

つまり、

 

『「……オーガ・ドラグーンは切り札ではない、と」』

 

「あァ? なァンだ、切り札ってのはオーガ・ドラグーンのことを言ってやがったのか。違う違う、あンなの切り札でもなンでもねェよ。ただ使えるから使ってるだけだ」

 

『「そう、か。ワタシのターン、ドロー」』

 

レ級の言葉を信じるなら、彼女はまだ切り札を切っていないことになる。

 

(だとすれば…………ダメだ、勝利へのルートがまるで見えない……)

 

長門の表情がわずかに曇る。手札のカードをどう組み合わせても、勝利のパターンが見えてこない。

 

であれば。

 

『「…………………………」』

 

手中の可能性が勝利へと繋がらないのであれば……

 

『「……装備魔法《捕食接ぎ木》発動! 墓地の《捕食植物》を特殊召喚し、このカードを装備する。よみがえれ、キメラフレシア!」』

 

コンクリートの亀裂を押し開きながら、再びキメラフレシアが姿を見せる。

 

「させるかァ! 《インフェルニティ・ブレイク》ゥ!!」

 

が、突如雷がキメラフレシアに落ち、その巨体を一瞬で焼き尽くした。

 

「墓地の《インフェルニティ》を除外し、相手のカード一枚を破壊する。《インフェルニティ・フォース》を除外し、《捕食接ぎ木》を破壊!」

 

『「……《捕食接ぎ木》が破壊されたことで、それを装備していたキメラフレシアも連動して破壊される。……だが」』

 

ボコッ、と丸焦げのキメラフレシアの一部が隆起する。それも一箇所ではなく、亡骸全体で同様の現象が起きていた。

 

「何……?」

 

『「永続魔法《プレデター・プランター》発動」』

 

やがて隆起はキメラフレシアを食い破り、大量の奇怪な植物を出現させた。

 

『「一ターンに一度、手札か墓地のレベル4以下の《捕食植物》を特殊召喚できる。来い、《捕食植物スピノ・ディオネア》!」』

 

「っ、《捕食接ぎ木》は《プレデター・プランター》を通すための囮か……」

 

『「その通り。さらにワタシは、《捕食植物モーレイ・ネペンテス》を召喚する!」』

 

「だが! テメェにはすでに手札はねェ! つまり新たなモンスターの融合召喚は不可能じゃねェのかァァァァ!!?」

 

『「誰が融合召喚すると言った」』

 

…………あン? と、レ級が訝しげな声をあげた直後だった。

 

『「ワタシは! レベル4のスピノ・ディオネアとモーレイ・ネペンテスでーー()()()()()()ッ!! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築ッ!!」』

 

「っ!? エクシーズだと!?」

 

光の渦が現れ、スピノ・ディオネアとモーレイ・ネペンテスが吸い込まれていく。

 

(貴様の『可能性』を借りるぞ、睦月ーー!)

 

 

 

 

『「その手の剣で暗闇を裂き、白き翼で未来へ駆ける! エクシーズ召喚!! 来たれ、ランク4ーー《No.39 希望皇ホープ》ッ!!」』

 

 

 

 

「ホープ……だと……? ってことはまさか、テメェは……」

 

《No.39 希望皇ホープ》。このカードを操るデュエリストを、レ級は知っている。ここに来たのだってそいつにトドメをさすためだ。

 

『「……義理はないが答えてやろう。ワタシはアビス。()()()の相方にして、ホープを操るものだ」』

 

長門ーーもといアビスの名乗りを聞いて、レ級はわずかに目を細めた。

 

「アビス……ね。艦娘らしくねェ名前だ。しかしテメェにはもう手はねェ。ホープには攻撃を無効にする効果があったはずだが、そンなもンで凌げると思ってンなら大間違いだぞ」

 

『「流石にそこまで甘くみてはいない。ワタシは墓地の《置換融合》を除外して効果発動。墓地の融合モンスターをエクストラデッキに戻し、一枚ドローする。スターヴ・ヴェノムを戻す」』

 

スターヴ・ヴェノムがアビスのエクストラデッキに戻る。が、なぜかアビスはデッキトップのカードに指をかけ、俯いたまま動かなかった。

 

「……おい、なンだよ。とっととドローしやがれ」

 

『「黙って待て。焦りが呼ぶのは敗北だけだぞ」』

 

そう言うアビス自身は、内心焦っていた。

 

(……なぜ、だ。()()()()()()()()()()……っ!?)

 

意識を集中させている指先では、確実に何かが変わっていっている感覚がある。しかしそれの終わる気配がまるでない。

 

先ほどまで、こんなことなかったと言うのに……。

 

(まさか……今ワタシがドローしようとしているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?)

 

動かないアビスを見て察したのか、レ級はニヤリと小さく笑った。

 

「……テメェが何かしらかの『力』を使ってンのはわかる。だがそれにも限度があるはずだ。さっきまでの言い様からして、デッキ丸々一つ、さらにスターヴ・ヴェノムをテメェは生み出してる。テメェが次に何をしよォとしてンのかはわからねェが、さァて、そンな余力はあンのかねェ?」

 

『「………………………………」』

 

(……実際、睦月の時と同じようにワタシが直接この艦娘の精神内部に作用すれば十全に力を振るうことは可能。だがそれにこの肉体が耐えられるかどうか……)

 

実は、今アビスが長門にやっていることは彼女が睦月に対してやったのとは全くの別物だ。

 

睦月にやったのは、睦月という肉体(うつわ)に寄生することで強制的に二重人格のような状態にさせる、という手法。宿主の肉体と精神に多大な負荷がかかるが、アビス自身も全力で力を使うことができる。

 

対して、長門に対してやっているのは一時的に意識を落とし、その肉体を人形浄瑠璃(じょうるり)のように操る、というもの。操られる側への負荷は小さいが、反対にアビスが振るえる力には制限がかかる。

 

……アビスが今操っているのは先の大戦では連合艦隊旗艦まで務めた伝説の戦艦『長門』なのだから、器として申し分ないだろうが、そんなことアビスは知る由もない。

 

(とにかく、このままではどうにもならん。どうするか……)

 

結局先ほどと状況は変わらない。このままだとアビスの勝利はない。

 

(………………であれば、か)

 

デッキトップのカードから指を離し、静かに正面を見るアビス。それを諦めからの行動ととったレ級は、さらに口角を吊り上げた。

 

「……やっぱりなァ。テメェにはもォカードを書き換える力なンざ残っちゃいねェ。俺様は寛大だからよォ、サレンダーするなら認めてやってもーー」

 

『「それはどうかな」』

 

自分の言葉を遮るアビスにレ級が眉をひそめるより早く。

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「…………………………………………………………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

「ーーッ!!?」

 

ゾゾゾゾッ!! っとレ級の全身を寒気が襲った。

 

感覚の正体はすぐに掴めた。

 

(何……なンだ、()()()()()っ……!?)

 

先程から二人のデュエルは多くの艦娘に見られていた。

 

しかし今の感覚は違う。()()()()()()()()()()()()、レ級はそう感じた。

 

(チィッ、気色悪ィ……てか)

 

アビスは静かにレ級を見ている。ニヤニヤと余裕のある笑みを浮かべて。

 

(野郎、まだ余力を残してやがった……! ちと、まずいか……)

 

どんな力の使い方をしたのかわからないが、タイミングからしてアビスが何かをしたのは確実。

 

ではもし、アビスにまだまだ余力があるとしたら。今自分を()()全員がアビスの手駒だとしたら。

 

「………………………………………………」

 

『「一つ、提案なんだが」』

 

「…………なンだよ」

 

『「このデュエル、引き分けということにしないか」』

 

引き分けにする、ということは、

 

「手ェ引けって言いてェのか」

 

『「理解が早くて結構。ああ、なんならワタシの負けでも構わない。そうすれば、ワタシはこれ以上無駄に力を使わなくて済むし、貴様は万全の状態で睦月と戦える。悪い話じゃないだろう?」』

 

「もっともらしく言ってやがるが、俺様が引いてるうちに奴をどっかに匿う気なのはバレバレなンだよ」

 

『「いいや、そんなことはせん。ワタシ達は逃げも隠れもしないさ。少なくとも睦月が目覚めんことには動かすことすらままならないしな。……だから、そうだな。一週間後、また来るといい。それまでは、コイツを貴様に預ける」』

 

そう言ってアビスが投げたカードを、レ級がキャッチする。

 

「……スターヴ・ヴェノム、ね。俺様のデッキには融合召喚のギミックはねェンだがなァ。手札融合できねェから手札減らすのにも使えねェし」

 

『「なら返してくれてもいいんだぞ」』

 

「いィや貰っとく。ありがたく使わせてもらうぜ」

 

レ級はスターヴ・ヴェノムを自身のエクストラデッキに加えると、アビスに、ショートランド泊地に背を向けた。

 

『「それでは一週間後。また会おう」』

 

「ケッ、その日がテメェらの命日だ。カレンダーに丸でも書いとけ」

 

それだけ言って。レ級は海に沈んだ。

 

「………………………………」

 

それを見つめる長門の表情に変化はない。

 

だが内部のアビスは、ぐらりと自身の存在が()()()のを感じていた。

 

(っ、やはり力を使いすぎたか。くそ、()()()()()()()じゃなくて本体ならばこの程度で音をあげることもないというのにっ……!)

 

先程レ級の感じた視線は、もちろんアビスによるものだ。

 

ざっくり言うと、ほんの数秒だけショートランド泊地にいる全艦娘を長門と同じような状態にし、一斉にレ級に対して視線と敵意を向けたのだ。おかげでアビスの力はだいぶ弱まっていた。

 

(ここは一度眠って力を溜め直すとしよう。ハア……よく考えてみれば、なぜワタシは自分の身を削ってまで戦ったんだ? 器の睦月を守るためとはいえ、少々張り切りすぎた気もーー)

 

「な、なあ」

 

自分が声をかけられたと認識するのに2秒かかった。

 

「……………………………………」

 

視線だけを動かして後ろを見る。そこにいたのは、眼帯をした艦娘。

 

(ああ……さっきグチグチ言ってたやつか。たしか……『ケイジュン』の『テンリュウ』だったか)

 

「その……さっきはいろいろ言って悪かった。アンタ、スゲえんだな。一人であんな化け物を退けるなんて……」

 

「…………………………」

 

存在が揺らぎ、力の大半を失った状態でその言葉を聞いたアビスは、

 

「……貴様に言いたいことがある」

 

一刻も早く眠ることより、自分の中に生まれた衝動の発散を優先した。

 

「え……」

 

「貴様はしきりに自分を責めるようなことを言っていたが。ではなぜそこで立ち止まる? 貴様らに過去は変えられん。ならば未来でまた同じことが起きてしまわないようにするのが道理だろうに」

 

「何、言って……」

 

「正直言って気に入らん、腹が立つ。『反省』『反省』と耳触りのいいことばかり言ったところで、何もしなければ変わるのはせいぜい周囲ぐらいだ、本人は何も変わらん。それではまた繰り返す。それが嫌なら、真に『反省』しているのなら、次同じようなことが起きた時に対処できるように努力するのが最善だろう? 強くなる方法は敗れた者への懺悔を繰り返すことじゃない、謝罪は一度で十分だ。それ以上はただの耳障りな雑音でしかない!」

 

「………………………………」

 

呆気にとられる天龍の前で、長門がふらりとよろけた。

 

「っ、限界が近いか…………あー、色々言ったが、貴様も貴様なりに考えることがあったんだろう。否定はせん。だが間違えるな、正解は謝罪の言葉のループ再生じゃないぞ」

 

「……あんた、大丈夫なのかよ」

 

「大丈夫ではない。もって後数十秒というところだろう。だから最後にこれだけは言っておく。……目覚めた睦月にかけるべき言葉は謝罪ではない。『よくやった』……たったそれだけだ。あいつは、謝られたくて貴様らを助けたわけじゃーー」

 

そこまでだった。最後まで言い切ることなく、長門ーー正確にはアビスの意識が落ちた。

 

「きゅ、救護班ー!」

 

レ級が消えたことで緊張が解けたのか、鎮守府にいつも通りの騒がしさが戻ってくる。

 

倒れた長門に数人の艦娘が駆け寄る。彼女らが救護班なのだろう。

 

「て、天龍さん。とりあえずは建物の中に入りましょう。長門は我々の方で手当てをしておきますので、天龍さんたちは……」

 

声をかけてきた石動が言葉に詰まる。天龍たちにどういう指示を出すべきか悩んでいるのだろう。

 

「………………」

 

「わっ、とっ?」

 

ひったくるような形で石動の手にあった書類とペンを取る天龍。サラサラとそこに記名していく。

 

書き終わると、石動に書類を突き返した。

 

「ほらよ。これで俺たちには部屋が与えられたってことだよな?」

 

「へ? ……あ、ええ、はいそうです。宿舎は鎮守府本館の隣ですが……」

 

「じゃ、しばらく世話になる。あと訓練所とかも勝手に使わせてもらうが、いいよな?」

 

「ええ、それはご自由にどうぞ。詳しい使い方などは、その時に聞いてくださればお教えします。……では、失礼」

 

石動が倒れた長門のところに向かう。それに背を向け、天龍は宿舎に向かった。

 

睦月の病室での長門の言葉には聞く価値を見出せなかったが、何故だかさっきの長門の言っていたことは深く突き刺さった。

 

後悔を糧にする決意をした天龍の一歩目は、力強く、そして頼もしかった。




レ級vs長門(アビス)でした。
いつものデッキ紹介〜。

レ級は前回と同じく【インフェルニティ】。ただ、今回は《デーモン》成分が薄めです。《トランスターン》と《デーモンの騎兵》くらいですかね。

アビスは【捕食植物】。彼女が【捕食植物】を使う最大の理由はイメージがぴったり(作者の中で)だったから。
最近では《捕食植物オフリス・スコーピオ》が出張で大活躍ですね。強い(確信)。もちろん《捕食植物キメラフレシア》とかも強いので、他の《捕食植物》カードもガッツリ採用しても楽しいと思います。

次回、再び舞台は横須賀鎮守府へ。……年内にもう一話ぐらい更新したいなあ……。


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再確認

えー皆様、明けましておめでとう御座います&ごめんなさい(土下座)

こんな木偶の坊ですが、本年も頑張ります!!


「………………………………………………………」

 

「………………………………………………………」

 

薄暗い洞窟の中、鉄格子の内と外。私とヲ級は静かににらみ合っていた。

 

捕らえられてなおヲ級の眼差しに衰えはない。まだまだ余裕のある様子だ。

 

(……敵陣のど真ん中でこの余裕。敵ながら、こういうところは見習うべきかもしれないな)

 

さて、ここまで来たものの、一体どこから切り込むべきか。そう考えていると、

 

「……………、……」

 

「…………ん?」

 

ヲ級の口元がかすかに動いた気がした。いや、気がしたじゃなく、確実に動いている。

 

注意深く見ると、その動きがなにを示していたのかわかった。

 

つ、う、わ、の、あ、い、て、は、だ、れ、だ。

 

(……通話の相手は誰だ? 一体どういう……って、もしかして)

 

通話、といえば今私のデュエルディスクは司令官と通話中になっている。

 

「……………………」

 

ヲ級の意図はわからない。なぜそんなことを聞いたのか、そもそもなぜ声に出して言わないのか。

 

だがヲ級は二度も本気のデュエルでぶつかり合った相手だ。相応の敬意は払うべきかもしれない。

 

「………………」

 

ディスクの画面をヲ級に無言で向ける。その画面には通話相手である華城司令官の名前が映し出されている。

 

それを見たヲ級は、

 

「…………いいかい?」

 

小さく呟いた。

 

「……?」

 

呟きの意味が掴めない。一体なにがいいというのか。

 

答えは第三者からだった。

 

『…………好きにしろ』

 

「司令官?」

 

私と通話状態にある司令官が、質問の答えらしきものを口にした。

 

「……そう、か」

 

それを聞いたヲ級は、再び小さく呟いた。

 

そして。

 

「……暁型駆逐艦二番艦、響」

 

「っ、なんだい」

 

急にフルネーム(?)で呼ばれたためにわずかに動揺してしまう。

 

そんな私を見て、微かに笑いながら、ヲ級は言う。

 

「君には君の事情があるんだろうけど、その前にちょっと雑談に付き合わないかい」

 

「……私が来たのは、」

 

「レ級について聞くため、だろう? いいさ、それも教えてあげよう。だがその前に私は私で言いたいことがある」

 

「……………………」

 

雑談に付き合っている暇はない、と言おうかと思ったが、レ級について教えてくれると言うのなら多少は付き合うのもいいかもしれない。

 

「……わかった。レ級について教えると確約してくれるのなら、聞こう」

 

「ああ、約束しよう」

 

「それで、言いたいことっていうのは?」

 

「話が早くて助かる。じゃあ、内容に入ろうか」

 

ジャラリ。ヲ級を戒める鎖が擦れて金属質な音を洞窟内に響かせた。

 

 

「君さ。ーーもし、私が君たちの仲間だって言ったら、どうする?」

 

 

「…………『何を馬鹿な』と聞き流すね」

 

そんな荒唐無稽な話、誰が信じるものか。

 

「つれないね。しかし残念なことに事実だよ」

 

「………………………………」

 

牢獄内からこちらを見るヲ級の声に嘘はないように聞こえる。聞こえる、けど……。

 

「…………投獄生活で気でもやったかい」

 

「たかが数日でやられるほど私はヤワじゃないよ。そしてこれは無様な命乞いでもない。なんなら君の上司に直接聞いてみたらどうだい?」

 

上司、つまり司令官。

 

「…………嘘だよね?」

 

『………………まあ、完全な真実であるとは言えんな』

 

そんな言い方をするってことは、つまり、

 

「………………本当なのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことかい!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と!?」

 

常識の根底が揺らぐ。私の信じた司令官の像が、音を立てて崩れていく。

 

「おっと、私の尊厳のために否定しておくけど、私と華城は協力関係にあるわけじゃあない。……まあ、この鎮守府以外に関しては知らないけど」

 

「どういう……」

 

「私と華城は……なんて言えばいいのかな、互いに利用し合う関係というか。そんな関係になった理由は過去に色々あったからなんだけど、今はそれは省かせてもらう。とにかく、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけさ」

 

「……………………意味が、わからない」

 

「受け入れられないなら、いいさ。それなら私は鹵獲された敵深海棲艦のままでいい、重要なのはそこじゃない。……改めて、本題に入らせてもらうよ」

 

情報の衝撃で放心状態の私を放置して、話は進む。

 

「けど、どこから話そうか。……まあいいや、順当に『あの作戦』からにしようか」

 

鎖で縛られた体を器用に動かし、ヲ級がわずかにこちらに寄る。

 

「『番号札作戦』」

 

「……!」

 

「お、そのリアクションは知っていると見た」

 

『番号札作戦』……《No.》を封じるために過去取られた作戦だと、以前金剛さんが言っていた。

 

「事の始まりは、あの作戦が実行される数日前だった。私は事前に知っていたけど、あえて深海側には漏らさなかった。だけど……」

 

 

 

 

「鎮守府に攻撃を仕掛ける……? なんで、急に?」

 

「あァ、ちと噂を聞いてな。なンでも、近々横須賀鎮守府に艦娘が何匹も集まるらしィンだよ。それも『初期艦』とか言われて特別視されてる奴らだ」

 

 

 

 

「レ級が……? けど、その噂ってどうやって……」

 

「さあ……鎮守府に深海側から送られた内通者でもいたんじゃない?」

 

内通者。私だって、過去に疑ったことがないわけではない。

 

けど。

 

(……きっと、深海に優秀な通信士がいるだけだ。海軍の情報が筒抜けになるような……きっと、そうだ)

 

「続けるよ。その後色々あって私もその鎮守府襲撃チームに入れられて……」

 

 

 

 

『番号札作戦』決行当日。

 

「……おーおー集まってる集まってるゥ。ケケッ、集え集え、一網打尽に喰らい尽くしてやるからよォ」

 

偵察に出した艦載機から送られてくる映像を見て、上機嫌に笑うレ級。その横でヲ級は同じように艦載機を操りながらも、内心には複雑な感情が渦巻いていた。

 

(…………何人かの艦娘は武装しているけれど、あの程度の数じゃ到底レ級には太刀打ちできない。こちら側の圧勝は確実……華城が死ねば、私もやっと自由の身になれる)

 

ならば、

 

「レ級。君は艦娘を潰してくれ。私は周りの人間たちを()る」

 

「おう。どォせ人間殺しても面白味ねェし、そっちはテメェで勝手にやれ」

 

「了解」

 

 

 

 

「……本当に、どういう関係なんだ、君と司令官は」

 

「だから利用し合う間柄だって。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 

 

横須賀鎮守府特殊物資搬入用港ではすでに作戦行動が終盤を迎えていた。白紙のカードに力が込められ、あとは《No.》をそのカードに封じるのみ。

 

何事もなくことが進んだことで、全員の気がわずかに緩んでいた。

 

その隙を、レ級は逃さなかった。突然鳴り響いた敵襲の警報に戸惑う陸地の面々を視界に捉えつつ、恐るべき速度で海中を進む。

 

そして、

 

「ギャハァッ!!」

 

ザバッ!! と勢いよく海面から飛び出すと、手近にいた艦娘を主砲の一撃で遥か遠くへと弾き飛ばす。

 

「まずァ一匹ィ……!! さァどンどンいくぜェェエエエ!!」

 

 

 

 

「奇襲は成功。横須賀鎮守府は大混乱に陥った」

 

「……その混乱に乗じて、君は何人殺したんだ」

 

「まさか。私の目標は端から華城だけ。他の人間は艦載機の機銃で多少牽制したくらいさ。……とにかく、『番号札作戦』は失敗、横須賀鎮守府には壊滅的被害が出て、深海の反攻の狼煙となる……はずだった」

 

「はずだった、ってことは」

 

「言葉の通りさ。この襲撃は失敗に終わる」

 

 

 

 

「ヒャハハハハハッ!! オラ逃げろ逃げろォ!!」

 

艦載機を操りながら高笑いをあげるレ級。鎮守府本館へ逃げ込んでいく軍関係者は無視し、自分に砲を向けてくる艦娘たちへと艦載機の機銃掃射を見舞っていく。

 

ヲ級はというと、

 

「ッ……!」

 

「っ、ヲ級、貴様……っ!!」

 

ギリリ。ヲ級の杖と華城の軍刀が拮抗する。艦載機を使わず、その手で華城の命を絶つために。

 

「……大人しく、死ね……!」

 

「ハッ、こんなところで死ねるか……!」

 

ガン! ギン! と幾度も杖と軍刀が交差する。そして再度、拮抗。

 

「……君たちにできることなど、もう無い。精々増援が来るよう祈っていろ……!!」

 

「……できることなど無い、ね……それは、どうだか!」

 

華城の口角が上がっていく。鋭い眼光が勝機を捉える。

 

「やれ叢雲、プランRだ! 全責任は私が取る、だから、やれ!!」

 

 

「……あァ?」

 

突如レ級の目の前に現れた艦娘が、砲ではなくデュエルディスクを操作し始めた。

 

複数の艦娘を一方的に蹂躙していたレ級は、上陸してから初めて表情を笑顔から変えた。

 

(……なンだ、コイツ。何してンのかはさっぱりわかンねェが……潰すか)

 

何をしているんであれ、それが完了する前に動けないようにしてしまえば関係ない。

 

「っ」

 

両足に力を込め、瞬きの間に艦娘の懐へ潜り込む。両の手を振るい、矮小な命を毟り取るーー

 

ーーはず、だった。

 

ズドンッ!!

 

「…………あ?」

 

砲の発射される音は、ごく至近距離からだった。それこそ懐と呼んで差し支えない距離から、レ級目がけての砲撃。

 

「…………………………」

 

それをやったのは駆逐艦だった。レ級にとっては駆逐艦の主砲など脅威にもならない。かすり傷が関の山だ。

 

しかし、レ級は気づかなかったのだ。この距離まで接近されているのに、砲で攻撃されるまで。

 

「…………………………」

 

まさしく、呆然。素早く自分から離れていく()()()()()の背を、惚けるようにレ級は見ていた。

 

そしてその隙に、

 

「とったぁ!!」

 

「、何ッ」

 

レ級の腕に赤く光る細い紐が巻きつく。途端、レ級のデュエルディスクが勝手に起動した。

 

「デュエルアンカー……!」

 

「あんたは道連れにさせてもらうわよ……!」

 

艦娘が言い終わると同時に、目を焼くほどの光が港を埋め尽くした。

 

 

数秒後。鎮守府を襲った二つの災厄は一枚のカードに収まった。五人の初期艦、彼女たちを巻き込んで。

 

 

 

 

「そしてそのカードは私が回収。レ級がいなくなったことで私たちは撤退……っていうわけ」

 

獄中のヲ級から明かされた真実。それをゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいく。

 

(……金剛さんが言っていた、カードに封印された深海棲艦っていうのはレ級のことだったんだ。あの時の話と今の話に、食い違っているところはない……)

 

とはいえ、気になることもある。

 

「その、レ級に一撃食らわせた駆逐艦っていうのはもしかして……」

 

『察しの通り、暁だ。アンカーでレ級を捉えるにはどうしても奴に隙を作らなくてはならない。それをあいつは玉砕覚悟で作り出したんだ』

 

やっぱり。暁ならそう動くだろうと思った。

 

「……『番号札作戦』の顛末はわかった。でも、どうしてこの話を?」

 

「君も知っているとは思うけど、レ級は強い。それはもう恐ろしく、ね。……だけど、そのプライドを傷つけた者がいる」

 

「プライドを…………って、まさか……」

 

強者のプライドが傷つくのは、弱者に自分を上回られた時。

 

もしそれをやったのが、今の話に出てきた中にいるとしたら。該当するのは、一人しかいない。

 

 

「不意打ちで自分に一撃食らわせた、黒い駆逐艦。レ級はその子を、血眼になって探してる」

 

 

「………………………………」

 

「お帰りかい?」

 

背を向けた私にかかる声は、先ほどよりもずいぶん軽かった。

 

「……うん。聞きたかったことは聞けたからね」

 

洞窟の扉を開け、一歩踏み出す。

 

これから、ヲ級がどういう扱いを受けるのかはわからない。殺されるのかもしれないし、内通者だからと無罪放免になるかもしれない。

 

けど、どのみち。

 

「もう、会うことはないだろうね」

 

「うん。この先君がどういう選択をすれど、私と会うことはない」

 

最後に一度だけ、ヲ級と目があう。

 

「……じゃあ、さようなら」

 

「……バイバイ、勇者サマ」

 

閉じた扉の中と外。距離が縮まることは、きっともうない。

 

 

 

 

「……………………ただいま」

 

私と暁の部屋の扉をわずかに開けて、小声で帰ってきたことを知らせる。

 

すでに司令官との通話は切ってある。

 

(暁は……あ、今は検査入院中か……)

 

時刻はすでに深夜一時(マルヒトマルマル)になろうかというところ。正直、私もちょっと眠い。

 

(…………けど)

 

私にはまだ、やるべきことがある。

 

ヲ級の話を鵜呑みにするわけではない。だが真っ赤な嘘だと切り捨てるのも違う気がした。

 

そして真実なら、暁とレ級の間には因縁があることになる。それはレ級からの一方的なものかもしれないけれど、間違いなく根深いものだ。

 

とすればそれは、解消しなくてはいけない。

 

誰が?

 

無論、妹である私が。

 

そういうものの決着は本来本人がやるべきなのだろう。だが暁は今本調子でなく、何よりレ級が暁と対面したら間違いなく全身全霊で持って叩き潰しに来るだろう。

 

だから私がやるのだ。暁の妹である、この私が。

 

「…………行ってきます」

 

扉は、無音で閉まった。

 

 

 

 

「……いってらっしゃい」

 

 

 

 

「…………………………………………」

 

提督執務室の両開きの扉が、いつもより大きく、そして重く感じる。それはきっと私自身のどこかでこの扉を開けることへの躊躇いがあるからだ。

 

普段の三倍の時間をかけて扉を開ける。

 

「……失礼するよ」

 

提督執務室の中は、特に普段と変わっているところはない。司令官が自分の席に着いていて、秘書艦用の机にほぼ物はない。

 

唯一違うとすれば。

 

「Hey、待ってたヨ、響」

 

部屋のど真ん中で仁王立ちをして腕を組んでいる金剛さん。彼女だけだ。

 

「金剛さん……」

 

「響の用件は分かってマース。提督に自分をレ級討伐隊に入れるよう直談判しにきたんですよネ?」

 

無言は肯定とみなされた。

 

「……OK。じゃあ、響」

 

金剛さんが、デュエルディスクを構える。

 

「デュエルをしまショウ。響が勝てば、私とchangeでレ級討伐隊に入れマース。But……私が勝てば、響には今度こそ手を引いてもらいマース。スターダストも私たちで引き取るネ」

 

「構わんさ。ーー私は、負けない……!」

 

「……いい目ネ。じゃあ見せてヨ、響の、覚悟を!」

 

「「ーーデュエルッ!!」」




まーた急展開だ(呆れ)

次回、響vs金剛!!


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