なにしおはば (鑪川 蚕)
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0.9話 試験

艦娘学 第12回小テスト

問題作成者 鹿島

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい

今から十数年前、何の前触れも無く大海から出現した正体不明の海洋生物がタンカーなどの輸送船を無差別に攻撃し始めた。これに対し人類はミサイルなどの近代兵器、果ては細菌兵器、核兵器などで対抗するも、効果は芳しくなく、国家間の物流を担う海上交通網をことくごとく破壊され、世界中の大半の国々が鎖国状態となってしまった。

海に囲まれ、貿易国家であった我が国、仁本への影響は絶大であり、記録上最低の大恐慌が巻き起こった。首脳陣はこの海洋生物を深海棲艦と命名し、国家の最優先事項として対策に挑んだ。深海棲艦の捕獲、飼育等に多くの人と金を犠牲にしつつ、世界中の研究者が連携し、研究を進めるにつれ、戦前特に大戦中に用いられた兵器が最も効果があると判明。しかし、早速生産し、攻撃するも現状維持が精々であり、先細りしていくばかりであった。

我が国は壊滅寸前まで追いやられ、絶望の闇が支配しかけた時、たった一つの発見が人々に光を与えた。

艦娘の発見である。

人間の少女と変わらない見た目をしているが、かつての大戦で活躍した軍艦の記憶を持ち、機力という未知の動力源を身体に宿す。大戦時の兵装を模した武具(艤装)を装着することで、通常の兵器の何倍もの威力の砲撃、雷撃が行え、対深海棲艦への効果は絶大である。一説では艦娘一隻の投入で深海棲艦一隻を撃沈させるのに必要な人員が10分の1に削減できると言う。

我が国でも発見され、徐々に数を増やし、戦場に送りだされたことで占拠されていた数々の海域の奪還、海域をかつての経済水域へまでの拡張に成功した。又、国外へも派遣され、そこでも成功を納めている。

 

 

(問一) 我が国で一番最初に発見された艦娘の艦名を答えなさい

 

(問二)初めて艦娘のみで組織された艦隊の初代司令官の氏名を漢字で書きなさい。

 

(問三)機力は身体の各部位に分配することで、様々な動力へと変化します。では、駆逐艦が脚部に送りこむ量を増加させることで変化する数値は次のアからエのうちどれか。記号で答えなさい。

ア 火力

イ 速度

ウ 搭載数

エ 対潜

 

(問四)艦娘を束ねる鎮守府は地域ごとに一つずつあります。間東地方にある鎮守府名を答えなさい。

(問五)あなたが着任したら、何を最優先に守りますか。

理由も含め枠内に収まる範囲で書きなさい。

 

 

 

 

 

 

夕陽が差し込む教室の中ただ一隻、少女は鉛筆を握りしめたまま、下唇を噛み、ただひたすら見つめていた。灰色の染みで埋まっていく枠内を。




機力はチャ●ラみたいなもんだと思って頂いて結構です


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1話 着任

大鳳→提督で視点が移動します
アンチヘイトの基準ってよくわかりませんね


深海棲艦が出現し、10年が経過した。壊滅寸前だった仁本国は艦娘という対抗戦力でもって、かつての経済水域、主要な海上交通路を取り戻した。それにより経済が回りだし、資材不足や不況、疎開という悩みを抱えつつも国民に笑顔が戻りつつあった。

 

 

3月下旬。春の日差しと風が日々気温の上げ下げで争う季節。

 

「送って頂きありがとうございました。」

少女が黒塗りの車から降りる際に運転手に礼を言う。

壮年の運転手が運転席から後部座席へと身体をこれでもかと振り向かせた。

 

「とんでもない!身に余るほど名誉なことでございました!」

運転手は慌てて車を飛び出し、後ろのトランクから女性が持つには武骨な皮張りの茶色い鞄を取り出した。中に入っているのは洗面具や本、下着などの日用品といったありふれた物だが、まるで3億圓の札束が入っているかのように慎重に扱い、少女に恭しく手渡す。

運転手は自らが鞄を目的地寸前まで運びたかったのだが、少女の行き先は許可証が無ければ入れないから諦める他なかった。少女は軽く会釈し、鞄を受け取り、目的地である赤レンガの建物の正門へと歩いていく。

正門前の屈強な警備員は入ろうとする少女に懐疑的な視線を向けていたが、彼女が証明書を掲示した途端、直立不動で敬礼し、少女が正門をくぐり抜けていくのを冷や汗をかきながら見送った。運転手も警備員も少女が建物に入って見えなくなるまで敬礼し続けた。

成人しているかしてないかほどの少女に対して行き過ぎた対応だと眉を潜めるかもしれない。

だが、事情を知る者は誰も笑いはしないだろう。むしろ敬意が足りないと怒りだす者もいるかもしれない。

何故なら、少女の正体は人類の切り札、艦娘なのだから。

そして、彼女が入っていった建物はその艦娘達を束ね、戦場へと送り出し、指揮する提督を最高責任者とした鎮守府である。

もっとも、この建物は主に听畿地方を担当する宮都府の舞鶴鎮守府本部ではなく、大坂府の舞鶴鎮守府大坂支部なのだが。

 

なんにせよ少女の物語は始まったのだ。

 

 

 

************************************

 

 

 

20畳ほどの執務室に2人の男女の姿。露出の多い服を着た女性が白い軍服姿の男性の太腿を踏みつけているというなかなかな光景。

 

「あの…、陸奥さん…?」

 

軍服の男性、墨野 京(すみの けい)は目の前の秘書艦である女性におずおずと話しかけた。

 

「何?」

 

陸奥と呼ばれた女性がぶっきらぼうに返す。彼女の服装は白を基調とした着物のようなノースリーブのトップスに太ももが露になるほど短い黒のミニスカートと露出が多いが下品に感じさせない。ところで京は提督であり、陸奥は艦娘でいわば京は陸奥の上司であるのだが、そんなことは微塵も感じさせない。

 

「太ももが痛いんですが」

「あら、好きでしょ。こういうの」

 

そう言いながら、陸奥は赤色のヒールでぐりぐりと京の太ももを踏みつける

 

「痛ただだだたたた」

 

京が悲痛に叫ぶ。提督の威厳など皆無である。

 

「その痛みが快感に変わるんでしょ?」

「変わりません!そこまで意識は高くない!」

「あらあら、それなら意識が高くなるようにしてあげるわ」

 

さらに強く踏みつける

 

「いぐぐ、いぎーっ!ぎぶぎぶ!ちょっと!ほんとに!離して!」

「なんだか楽しくなってきたわね」

 

クスクス微笑みながら、さらにぐりぐりと踵を押し付ける。

 

「あぐぁー!いだだだ!わか、わかりました!言います!言いますから許して!」

「あら、何を、かしら?」

 

踏む力が弱め、小首を傾げる。

あっさりと白状してしまうあたり、自分は重要機密などを握っていていいのだろうかと京自身が感じつつも、口を割る。

 

「む、陸奥さんに相談なく使った資材と予算です!」

「なぁに、それ?」

「え、ち、違う?あ、じゃあ、あれ!皆が入渠している間にこっそり陸奥さんの部屋の匂いを嗅いでいること!」

「ふーん、そういうことをね~」

 

猫を思わせるような大きく、つり上がり気味な目はゴミを眺めているような目だ。京はもはや何が正解かわからず混乱する一方である。

 

「これも?え?何でスマホの中のアルバム(隠し撮り)まで知ってるん?」

「ふーん、最初の資材と予算のことを訊こうとしてたのに。色々知れて良かったわ」

「え……!?」

「これはお仕置きが必要なようね…」

 

これから起きることを想像すると楽しくて仕方がないとばかりに陸奥は不穏な笑みを浮かべ、京は絶望を前にし、乾いた笑い声をあげた。

 

 

「うぅ…」

 

京は頭を抱えて座り込み、時折腕を擦ったりする。

陸奥は秘書艦用の机に腰かけ、そんな京を呆れたように見下ろす。

 

「大げさねぇ。」

「陸奥さんの言葉責めは精神にだいぶくるんですよ…」

「言葉責めって…。質問しただけよ」

「質問の内容が…」

 

隠し撮りした写真は何に使っているのか、腰の部分が多いがなぜなのか、時々ベッドが生暖かいのはなぜなのか、箪笥の下着の段に短めの黒髪があったが誰のものか、そういう答えにくい質問をしていたのである。

答えなければ、関節を極める、中指と薬指の間を広げる、爪先を踏む、牛殺しなどの悪辣な拷問が待っていた。

 

「で、誰を建造したの?」

「…大鳳さん」

 

京が言いたくなかったとばかりにボソリと言う。しかし、京の予想とは裏腹に陸奥の反応はそっけないものだった。

 

「なんだ、岐峯根(きふね)提督との賭けの戦利品じゃない。」

「んなっ!?」

 

驚きを露に目を見開き、陸奥を凝視する京。

貴峯根利路(としみち)とは呉鎮守府稿知(こうち)支部の提督のことであり、京は二ヶ月前の演習時に利路と艦娘を賭けた非公式の賭けをしたのである。無論艦娘達から反感を買いかねないこんな賭けは誰にも知られないよう極秘に進めた。

にもかかわらず陸奥にばれている。

 

「まあ、貴方にとっては出来レースに近いものだったのかもしれないけれど」

「…どこまで知っているんですか?」

「あら、認めるの?もっと言い訳するものだと思っていたけれど」

「鎌をかけるにしては具体的です。それに、他にバラしても陸奥さんにメリットがほとんどない。」

「ふーん、つまんなーい。」

 

あっさり白状した京に不満ありげに足をぶらぶらさせる。体育座りをしているため京の視線はかなり低めになっていて、陸奥の短めのスカートの中身が見えそうだ。というか見えた。

赤だ。赤です。赤でございます。

 

「別に減るもんじゃないからいいけどね」

 

覗き見を咎めるでもなく、ただ個人的感想を述べる陸奥。

 

「…もっと可愛げのある反応は出来ませんか?」

「いやん、ていとくさんのえっちー」

「やれば出来るじゃないですか」

「いやよ。気持ち悪い」

 

ジト目でお互いを見る。陸奥が先に肩をすくめた。

 

「で?さっきの話よね?じゃあ、訊くけれど。何故バレてないと思うのよ?電探、観測機なし。互いの主砲、魚雷はそれぞれワンスロットまで。こんな馬鹿な演習があると思う?」

「奇襲作戦における夜戦を想定したと言ったはずですが」

「何故昼にやったのよ?」

「白夜という想定ですね」

「稿知の方は主砲、電探ガン積みしてたけど」

「約束を破るなんて提督の風上にも置けないですよね」

「このふざけた口を縫ってあげましょうか?」

 

机から降りて、京の口をぎゅっと手袋をはめた手で挟む。タコの口になり、陸奥ほどではないもののそこそこ整った顔が台無しだ

 

「ぬぁみ縫いしゅらできのぁい方が何を仰るひゃら」

「ミシンって知ってる?」

「むつさんが二回使ってほーちした新品どう゛ぜんのもにょにゃら」

 

さらに手に力が入り、ぐぁーーと京が悲鳴をあげる。陸奥は気がすんだのか、手を放し、疲れたとばかりに手をふらふらさせる

頬を擦りながら京は訊いた。

 

「確かに演習内容は変だったかもしれませんが、それだけで判断したんですか?」

 

再び陸奥は机に軽く腰かけた。

 

「それだけではないわ。2ヶ月前から約一ヶ月間暁を稿知に派遣したでしょ?対潜訓練の名目で。後で暁から聞いたけど、この大坂支部に不満があることを貴峯根提督にそれとなくほのめかすように命令したらしいじゃない」

「命令ではなくお願いです」

「間宮羊羹付きのお願いは命令に等しいわ」

 

暁にそのようなことをさせたことを咎めるように京を睨む。京はさっと目をそらし、「他には?」と先を促した。ふんっと鼻を鳴らし、陸奥は続ける

 

「後、稿知との演習回数がやたら他より多かったというのも判断材料の一つよ。で、まとめると、貴方が貴峯根提督と短期的に艦娘に関する何らかの密約をしたかったとアタシは判断したわけ。しかも、何回か演習でわざと負けたり、暁に演技させることで、貴峯根提督が大鳳を、あなたが暁を賭けの賞品とする抵抗を減らしたかった。違うかしら?」

 

「さすが。お見事」

「褒めても何もでないわよ」

 

パチパチと手を叩き、おどける京を白けた目で見る。そして、ただと付け加えた。

 

「わからないことがあるわ。どうして大鳳なの?稿知には軽空母の中で最大の搭載数を誇る千歳がいるじゃない」

 

京はよっこいせと立ち上がり、陸奥と同じように提督机に寄りかかった。

 

「確かに搭載数は千歳さんが上です。が、大鳳さんは正規空母で千歳さんは軽空母。他の装甲などの数値は大鳳さんの方が高いかもしれない。」

 

断定でないのは、大鳳の移籍手続きは終わっているにも関わらず、貴峯根が大鳳に関する書類を送ってこないからだ。賭けに負けた腹いせか、何か不都合なことがあるのか。いずれにしろ腹立たしいことである。

 

「さらに千歳さんは稿知の一番の主力ですから、口約束に近い賭けを反故される可能性が高い。」

「というより千歳に視線を向けさせて置きたかった。実際に所属している艦娘と書類上だけ所属している艦娘とではどうしても変わるものだしね。」

「まあ、それもあります」

 

特に否定するわけでもなく、京は頷いた。

 

「で、ここからが本題よ。大鳳に関するあの噂を知らない訳ではないでしょう?」

「あの噂とは?」

「とぼけないで」

 

語気を荒げ、これまでよりもさらに強く京を睨みつけた。京はすこし瞠目する。

 

「大鳳には発艦能力がない。これが噂の内容よ。」

「僕が知らないとでも?」

「着任早々に騙されていた人の言葉とは思えないわね」

「それに関しては反省していますよ。」

 

京は肩をすくめた。

 

「確かに今回の件は賭けだったと認めます。貴峯根提督との賭けは前哨戦、むしろその噂に関してが本戦でした。」

「御託はいいわ。で、勝ったの?」

 

陸奥の問いにニヤリと京は笑った。

 

「戦果は搭載数が千歳さんに少々劣る正規空母一隻(ひとり)と鹿島教習所の学費1億の請求書の束」

 

つまり、賭けに勝ったのだ。にもかかわらず、陸奥の評価は厳しい。ちなみに鹿島教習所とは呉にある艦娘訓練所のことを言う。主任教官を練習巡洋艦の鹿島が務めているからそう呼ばれている。横須賀にも同じものがあり、そこでは同じ練習巡洋艦の香取が務めている。

 

「戦術的勝利ってとこかしら」

「少なくとも航空戦力が加わるのですから、勝利と言ってもいいのでは?」

「勝利の基準が甘いと後々面倒なことになるわよ」

「む…」

 

陸奥の指摘に京は顎に手を当て、少し考えこむポーズをとる

航空戦力を得たとはいえ、やはり懸念はある。その大元となっているのは、書類が未だに手元がないことだ。こればかりは大鳳と直接会わないことには始まらないのだが。

思案する京を見逃す陸奥ではない。

 

「なあに?やっぱり何かあるの?」

 

着任前から中枢である提督と秘書艦が色眼鏡で見るのは良くない。そう判断してごまかすことにした。

 

「いえ、大鳳さんはどんな方なのかなと考えていただけですよ」

「ふーん、気になるのね」

 

ライトブラウンの毛先をいじりながら陸奥はわからない程度に口を尖らせた。

 

「気になりません?」

「ならない…と言えば嘘になるかしら」

「でしょう?」

 

ニッと京は口角を上げた。なんといってもあの大鳳である。かつての大戦では最後にして最大の切り札の一枚であった存在だ。実際京が建造に成功した際、全国中の提督が菓子折を持って、譲ってくれるよう頼みに来たものだ。ただ(くだん)の噂が流れると、パタリと来なくなったが。

 

「そうね…、まず、空母だから着物ね」

「まあ、そうでしょうけど…。そこらへんは服師さん達が考えることなので…」

 

(別に読まなくていいです)服師とは艦娘の制服を考案する人たちのことだ。艦娘黎明期に制服を作成する際、機能性を重視過ぎるあまりこれ以上ないほどダサすぎる制服となってしまい、表だって言わないものの、艦娘たちの顔は不満一色だった。

しばらくすると、艦娘自体の防御と制服の防御には雲泥の差があることが判明した。つまり、全裸であろうと制服を着ていようとほとんど防御面では変わらない、むしろ動きが押さえられて邪魔なことが判明したのだ。かつての大戦で秀逸な制服は戦意を向上させることを知っていた上層部は制服の改定を決定。だが、選考途中パクり疑惑や過剰な予算の指摘、艤装着脱不可という構造上の問題の発覚を経て、最終的に艦娘達による審査員の入札制にしたところ、有力視されていなかったデザイナー達が続々と抜擢された。彼らが考案した制服は奇抜であったため、最初こそ「ふさわしくない」「馬鹿にしてる」「低俗」「いも臭い」と上層部から散々な評価を食らったが、いざ着せてみると「至高」「よく考えられている」「頭おかしい(褒め言葉)」

と全く反対の評価となった。艦娘達からの反応も上々で、いつからかデザイナー達は神服師と呼ばれるようになったのだ…。説明以上。

 

「そうですね…。あ!鳳って字が入っていますし、料理が上手だとか」

「…なにその根拠」

 

京の思いつきに陸奥は訝しげな視線を向ける

 

「だってほら、鳳翔さん、瑞鳳さん、龍鳳さん。三(にん)とも料理が美味しいじゃないですか」

「そうね、その理屈だと奥ってついてる艦娘は料理が下手くそってことになるわね」

「いや、黒潮さんのたこ焼きはおいしい。タコも大きいし」

「くろしおくろしお?無理ない?」

「後、大鳳って大がついてるから…」

「胸が大きいかもしれないわね」

「……」

 

話題をそらそうとしたのに、そらした先で又王手。もしかしたらもう詰んでいるのかもしれない

 

「性格が良くて、料理が出来て、胸が大きい。あなたの本棚にある小説のヒロインみたい。」

「ま、まあ、名前だけの判断ですからなんとも……、ね!?」

 

陸奥のからかいでまだ春だというのに、京の額にうっすらと汗が浮かぶ。陸奥は小さくうなずき、そして、試すように上目遣いで京に訊いた。

 

「それはそうね。で、どうするの?その娘が優秀だったら、アタシは晴れて秘書艦解任かしら?」

「大淀さんくらい優秀だったら考えます。」

「つまり、ないってこと。残念ね」

 

そういうわりには陸奥の表情はさして残念そうに見えない。が、京はあえて指摘しなかった。思い込みかもしれないし、意地を張られて秘書艦を降りると言い出されても困るからだ。

でも、悪戯心が芽生え、これだけは言っておこうと思った。

 

「自信家にみえて、ちょっと怖がりなところ、僕は好きですよ」

 

突然の告白に陸奥は口を小さく開いたまま、京を数秒見つめ、同時に自分が今何を言われたかを理解し始めた。そして、む~と口をそぼめ、視線を下にむける。机からおりて、ツカツカと扉へと向かう。そんな陸奥の反応が嬉しかったり気はずかしかったりするが、京は声に表れないように、素っ気なく尋ねた。

 

「どこに行くんですか?」

「言わない!!」

 

陸奥が耳を赤く染めたまま答え、扉のレバーに手をかけた瞬間、コンコンコンと扉を叩く音がした。

 

「「!?」」

 

京と陸奥以外に支部には今誰もいないはずなのにノックが鳴った扉に二人は驚きで身を強ばらせる。

 

そして、返事がされていないにもかかわらず、扉は勢いよく開き、その前にいた陸奥を撥ね飛ばした。陸奥がだらしなく大の字に倒れる

 

扉を開けた真犯人の姿が京の視界に入った。

 

やや茶色がかった黒髪のショートボブに羽状のアンテナの付いたヘッドギア。キリッと整った眉の下には茶色の瞳が爛々と輝いている。白の長袖(何故か脇が開いている)に剣道の胴のようなプロテクター。かなり短い朱のミニスカートからは黒のスパッツが覗く。

 

可愛いさ7割綺麗さ2割精悍さ1割の見た目の少女だった。見た目年齢は高3か大学1、2回生と言った感じか。

 

その少女は陸奥を撥ね飛ばしたことに気づかず、就活生よろしく大きく元気な声で自己紹介を始めてしまった。

 

「お初にお目にかかります!大鳳型装甲空母一番艦大鳳です!!提督、貴方の艦隊に勝利を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当に主観人物がわかりにくくてすいません
わからん!ってところがあれば教えてください。


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2話 大鳳

1話が長すぎたので二つに分けただけで、ほとんど変わっているところはありません。誤字はいくらか修正しました。


少し時間を遡る。

大鳳は執務室の扉前で大きく深呼吸していた。今後自分に命令を下すことになる指揮官つまり提督に挨拶をするのだから緊張するのは仕方がないことであり、この敷地内に入ってからというものの顔はひきつり、脚の震えが止まらなかった。さらに言えば右手と右足が同時に出た。

勇気を振り絞って、扉のレバーに手をかける。捻りそうになったところで慌てて手を放す。

危ないところだった。

鹿島先生から部屋に入る前はノックが必須だと聞いていたのだ。

2回だったか、4回だったか迷って、3回ノックした。

後は扉を開くだけである。

第一印象は大事だ。ここはいかに自分が戦意に溢れた艦娘だということを示さなければならない。

 

レバーに手をかけ、一気に開く。途中、何か抵抗があったが、立て付けが悪いのだろう。提督の姿を確認するやいなや、昨晩3時間自主練習した挨拶を述べた。

 

「お初にお目にかかります!大鳳型装甲空母一番艦大鳳です!提督、あなたの艦隊に勝利を!」

 

完璧である。着任3日目にして、旗艦と秘書艦を任される未来が見えた。

 

その証拠におそらく提督と思われる青年がこちらを見て口をあけているではないか。

 

いや、少し口を開きすぎな気が……。顎が外れそうだ。それに見つめすぎだ。しかも下半身を主に見られている気がする。全く失礼しちゃう!

 

だが、そんなにも見つめられるような足だろうか?鍛えてはいるが、太くはないはず……。

 

自分の足に目を落とすと、人の形をした何かが足下に転がっていることに気づいた。

 

「えっと……」

これは何だろうか、良くできたマネキンだなとわかっているくせに現実逃避する。

 

「痛たた」

 

マネキンは赤く腫れた額をさすりつつ、立ち上がる。そして、猫どころか豹を思わせる鋭い眼光で睨み付けてきた。大鳳はひっっと小さく悲鳴を上げる。とりあえずこんな時にすべきことは一つだ。

 

「申し訳ありません!!」

 

大鳳はあわてて頭をさげる。鹿島先生にノックをしたら、返事があるまで待つようにいわれていたのに……!すっかり忘れていた。

不覚という文字が身体に刻み込まれた感覚を大鳳は覚える。

 

「頭、上げてくれないかしら」

 

女性から命令がくだされたので、背筋全てを使って急いで頭を持ち上げる。

 

平手打ちだ。

こんなに綺麗な人は大体平手打ちをすると相場が決まっている。

 

大鳳は覚悟を決め、目を閉じ、衝撃に備える。

が、待っても頬に何の痛みもない。目を開けると女性は大鳳の身体を上から下まで、特に胸元をじっくりと観察している途中だった。

 

「ねぇ」と話しかけられる。

「はい!何でございますか!?」

 

肉食獣に検分される獲物の心境だった大鳳はあわてる。変な言葉づかいを気にもとめず、彼女は訊いた

 

「空母なの?」

「はい!あの、正確には装甲空母ですが…」

「正規空母とは違うのかしら?」

「飛行甲板に厚さ95ミリの鋼板を張ることで従来の空母と比べて装甲がかなり厚いんです!」

「そうは見えないけれど…」

「そう…ですか?」

 

視線が又しても大鳳の胸元に向かっていたので、つられて自分も自身の胸元を見る。黒のプロテクターが胸元から下を覆っていて、自分で言うのもなんだが、かなり装甲が厚そうだ。

 

まあ、実は、これ自体は飾りの側面があり、見た目ほど装甲が厚いわけではない。艤装の方にきちんと鉄板が張られている。

 

ふーんと頷き、更に訊かれた。

 

「で、あなたが大鳳なの?」

「はい…、そうですが…」

「小鳳じゃなくて?」

「はい…?」

 

祥鳳は軽空母のはずだ。装甲空母だと説明したのだが、伝わってなかったのだろうか。彼女はなぜか大鳳の答えに満足気だ。「あら、あらあら~」とにんまり微笑みさえしている。

 

「ごめんなさいね。変なこと訊いて」

「いえ、そんな!?こちらこそ申し訳ありません!その…、確認もせず…」

 

恐縮しきりな大鳳に彼女は右手をヒラヒラとさせ、微笑む。そんな仕草さえ様になっていた。

 

「いいの、いいの。着任したての艦娘はミスをするのも仕事の一つよ。ミスを恐れて消極的になってちゃ、進歩しないから。ミスをして真摯に受け止め学んでいくのが一番の上達法よ」

 

そう慰めながら美女は大鳳の頭を撫でる。

 

「ありがとう…ござい…ます」

 

撫でられるという行為は気恥ずかしいものの、邪険に扱うものでもないだろうし、何より少し気持ちの良いものだったため、大鳳はただ顔を赤らめるばかりだった。

 

「ところで、書類、預かってない?」

「は、はい。ちょっと待ってください。」

 

大鳳は執務室の外の廊下に出て、壁際に置いておいた鞄からマル秘と捺印された書類を取り出す。

室内に戻って、女性に手渡した。パラパラとそれを眺めると「うん、確かに」と言って、先程から一言も喋らず、どこか呆然としている提督のところに行き、ポンとそれで叩く。そこで初めて大鳳はこの女性が秘書艦なのだと理解した。

 

妄想と現実の間に意識が挟まっていた京は我に帰り、手渡された書類を1枚1枚じっくり見ていく。

 

「では、提督。アタシは大鳳さんの部屋の整理などの用事に行ってきますから。」

 

彼女は秘書艦机に置いてあった小さな何かを首からかける。

黄色のストラップがつけられたそれが確か携帯電話というものだと大鳳は頭の中のノートから認識する。鹿島から聞いた話によると、手のひらに収まるそれで現代人はいつでもどこでも連絡を取り合えるらしい。そんな夢物語…と思っていたが、実在するのだと認めざるえない。秘書艦になると、持たされるのだろう。

どう使うかは知らないものの大鳳は携帯電話をススッと扱っている自分を想像し、思わずニヘラと口元をゆるめた。しまったと引き締め直し、見られていなかったかと秘書艦に目を向ける。

 

大丈夫だったことを確認し、安堵する。そういえば、まだ秘書艦の名前を聞いていなかったことに気づいた。

向こうも同じ気持ちだったのだろう。執務室から出る前に「そうそう」と話かけてきた。

 

「アタシの名は陸奥よ。むっちゃんと呼んでくれても構わないわ。よろしくね大鳳」

「こ、こちらこそよろしくお願いします!陸奥秘書艦!」

「陸奥でいいのに」

 

陸奥は苦笑いしたまま、執務室を出ていった。

そうか陸奥さんと言うのか…。でも、さすがにむっちゃんとは呼べないなと思っていると、ふと引っ掛かることがあったことに気付いた。

 

(え?陸奥?あの?)

 

長門型戦艦二番艦陸奥。かつての大戦において41㌢連装砲という巨大な主砲を誇る戦艦が世界に7隻あった。人々はその7隻を総じてビッグセブンと名付けた。7隻中2隻はこの仁本国に存在し、国民の誇りであり、海兵の憧れだったという。

その2隻の名は長門、陸奥。

現在の艦娘の中でも重鎮の1隻(ひとり)に数えられるはずだ。

そして、その重鎮を思い切り撥ね飛ばしたのは何を隠そうこの大鳳である!

 

(え?ちょっと待って)

 

大鳳は急激に体温が下がった気がした。心臓がバクバクと鼓動する。誰かこれは夢だと言って欲しかった。

 

あ、これで私の艦生は終わったなと実感した。陸奥秘書艦は気にしないとおっしゃっていたけれど、内心までわからない。今だって私がこれから過ごす折檻部屋の整理に行ったのかも…。

 

 

 

書類を見終わり、顔を上げた京の目に妄想たくましく、今から起こりうる恐怖に顔を青ざめさせる大鳳の顔が映ったので、京は苦笑した。

 

「大丈夫ですよ。陸奥さんの器はそんなに小さくはありませんから」

 

指摘された大鳳はどうしてわかったのかと驚いたが、「顔に出ています」と言われ、赤面した。

「こっちに来てもらえますか?」と提督に手招きされるまま、大鳳は近づき、机の前に立つ。

 

「本当に正規空母なんだな…」

 

書類を見ながらの京の呟きに大鳳は少しムッとした。気づかないまま京は立ち上がり、敬礼した。大鳳も慌てて敬礼しかえし、改めて挨拶をする。

 

「改めましてご挨拶申し上げます。大鳳型装甲空母一番艦大鳳です。この度は此処、舞鶴鎮守府大坂支部に着任出来たことに喜びを感じております!」

 

装甲空母の部分を強調したが、大人げなかったかと後悔する。京は気づいたものの、気づかなかった振りをした。

 

「ようこそ大坂支部へ。僕はここの支部の提督を務める墨野京です。艦隊一同あなたの着任を歓迎します」

 

一連の所作を経て、京は座り直した。

鹿島先生から聞いていた通り、若い。

自分の数少ない記憶の中での提督像と京を比べながら、大鳳はそんな感想を抱いた。確か21歳で提督の中でも最年少だったはずだ。

しかし、年齢に惑わされてもいけない。それは先程の洗練された敬礼からも明らかである。それにもし年齢で実力が決まるというのなら、私はどうなるのだろうかとため息をつきそうになった。

 

「では、少しお聞きしたいのですが、これらの数値は全て最新のものですか?」

 

書類のある数字を京は見つめながら、訊いた。

 

「は、はい。2週間前に取り直したものです」

 

大鳳は答え終わると、あっと気づいた表情をする。

 

「やはり搭載数が少ないですか?」

 

大鳳は不安そうにうつむいた

 

「そうではありません。少なかろうが、航空戦力のないこの支部では大助かりです。装甲値もかなり高い」

 

そんな風には見えないけれどと、京はチラリと大鳳の胸を見る。甲板を模した黒のプロテクターに覆われるそれは可哀想なほど起伏がない。

 

「ええとでは、運ですか?それはあまり気にすることはないと鹿島先生から教わったのですが…」

 

京の最低な視線に気づかず、大鳳は顔を強ばらせながら尋ねる。

 

「その通りです。先程の質問も特に深い意味はないので気にしないでください」

 

それは半分嘘であった。書類上に書かれたある数値、運2。

運とは艦娘の能力測定時、細かく言うと機力測定時に計測機に映るグラフが一定時間内に正常値を示す回数、つまり運搬値である。

何故正常値で計測するのかと言うと、まだ計測機が未熟で異常値を示す割合の方が多いからだ。

 

京はほんの少しの間だけ思考に耽る。

 

それにしても運2とは例外に入るレベルだ。貴峯根提督が存外呆気なく手放したのもこれが大きな理由の一つだろう。運が実際艦娘にどう影響を及ぼしているのかわかっておらず、気にする提督もそこそこいる。ただ、京は気にしない側の提督だった。

 

だが、大鳳の顔はまだ少し強ばっている

 

「ですが、運が低い艦娘は被弾しやすい、自分が発射した砲弾や魚雷が不発になることが多いなどの噂を聞きました」

「そういう噂は確かにありますが、それほど実感しません。ねぇ、陸奥さん」

 

京はちょうど帰ってきた陸奥に話しかける。

 

「あら、何の話ですか?」

「運が低くても支障はないという話です。大鳳さんは運が低いんですが、不運に関する噂を気にしているんですよ」

「あ、なるほど。んー、気にする必要はないと思いますね。運がどうだろうと不発は必ずありますし、被弾しやすさも陣形やその場の戦況によるので一概には言えませんもの」

 

陸奥が頬に指を添えて答える。

 

「で、ですが私はたったの2ですよ!何かあると思いませんか!?」

 

ずっと悩みの種だったのだろう、大鳳は陸奥に叫ぶように訊いた。

 

「あら、嫌み?アタシもたったの7よ」

「なな…」

「改造前は5だったわ」

「ごっ!!」

 

大鳳は驚きのあまり口が半開きだ。

 

「それでも気にする?ってまだアタシのこと何にも知らないか。というより、この支部のこと全然知らないわね。よし、旅行に行きましょうか」

 

陸奥は、矢継ぎ早に言われ立ち尽くす大鳳の手を引いて、外へと向かう。扉に手をかけたまま、京の方へ振り向いた。

 

「では、行ってきます。ちゃんと仕事しておいてくださいね」

「はいはい。わかりましたよ。あまり大鳳さんを困らせないように」

「はーい」

 

大鳳を曳航するかのように陸奥は執務室を出ていった。

京は書類を眺めたまま呟く。

 

「ふむ。赤城さん、蒼龍さん、翔鶴さんとはこれまた一風変わった空母だな…」

 

運、装甲だけではない、艦載機の発艦方法まで別物だ。

 

「かつての海軍において最後の切り札…。大鳳さんを軸として何かが回るかもしれない」

 

京は苦笑した。

 

「それは言い過ぎか」

 

京は大鳳に関する書類を数多くの書類でギチギチの棚に挟みこんだ。

 




次回は大鳳の部屋を公開!


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3話 旅行

旅行と言いつつどこにも行きません
大鳳と陸奥がキャッキャウフフとしゃべるだけの回です
少々長いので内容を書くと、大鳳の部屋と食堂の話です。


2隻(ふたり)の足音が2階の廊下に響く。

大鳳は隣で歩く陸奥を横目で眺める。大鳳よりも頭一つ高いので見上げる形だ

 

なし崩しで二人きりになったけど、気まずいなぁ…。陸奥さん本人や提督が気にするなとおっしゃったし、気にする方が失礼なんだろうけど…。

 

撥ね飛ばした相手に気丈に振る舞えるほど、大鳳の精神は出来ていないし、その相手がビッグセブンとなれば尚更だ。出来ることなら窓の外から見えるあの大空に翼を広げ飛んでいきたい。

 

大鳳のそんな視線に気づいたのか、陸奥が立ち止まり何?と問いかける。な、何でもありません!と大鳳があわてて答える。実はこのやり取り、もう3回目だ。

 

陸奥は、んーと困ったように眉を寄せる。少し歩くとうんと頷き、再び立ち止まった。大鳳もよくわからないながら立ち止まる。

 

「ねぇ、両手を上に伸ばして」

「こ、こうですか?」

 

大鳳は突然の注文に戸惑いながら、降参のように両手を上げる。

 

「もっと高く」

「こ、こう?」

 

大鳳は万歳をしているように上げた

 

「そうそう」

 

満足そうに陸奥は頷く

 

「じゃあ、そのまま回れ右」

 

言われるままにクルリと後ろを向く。

 

「そのままそのまま」

 

陸奥が大鳳の脇に顔をよせる。大鳳の上は長袖だが、発汗性を増すために脇部分に大きく穴が開いている。万歳をしたままだと、大鳳の脇の下が丸見えだ。

 

「んー、よしよしちゃんと脇は剃っているようね」

「はい…。鹿島先生に毎日気にするように言われていたので…」

 

大鳳は顔を真っ赤にして答える。もし剃っていなかったらと思うとゾッとした。なんだ、ただの身だしなみのチェックかと安堵して、手を下ろそうとすると

 

「えい♪」「へ?」

 

陸奥のスラリと長い指が大鳳の脇の下から胸元へと潜りこむ。大小様々な細長い芋虫が左右に5匹ずつ綺麗に並んでいるようだ。

 

「まさか…!」

 

鹿島にもよくやられたそれを予想する。

 

「そのまさかよ」

 

陸奥はニヤリと口角を上げる。

芋虫たちが騒ぎ始めた。

「あひひひひ、うへ、あははははは、おへふ、ひょ、ひょ、やへへ、やへへふは、ひひひひひひ、まひりまひりまひた、ふふへへ!」

 

大鳳は必死に身をよじるが、陸奥の指は止まらない。

 

「おはふへひふひひひ、ひーひーー、けくひらはは

ごほっごほっひぃーー」

 

うまく呼吸が出来なくて苦しい。鹿島のそれより数倍うまい。命の危険まで感じる。思い切り脇でぎゅっと陸奥の手を挟むとようやく止まった。何回か深呼吸をし、息をととのえる。振り返って上目遣いに陸奥に恨みがましく睨む。

 

「…なにをするんですか」

「笑った方が可愛いのに、って思っただけよ?」

 

陸奥は全く悪びれず、いけしゃあしゃあと言う。

 

「かっ、かわいいー!?」

 

思いがけない指摘にに大鳳は赤面する

 

「うん。可愛い可愛い」

「いや、そんな、私なんて、可愛いく、ないです」

 

うつむきながら、ボソボソ反論するが、陸奥はさらに続ける。

 

「というよりクール可愛いかしら」

「ク、クール!?」

「真面目でお堅そうなのに、笑うと花が咲いたみたいにパッと雰囲気が明るくなる。それがクール可愛いよ。そのギャップがいいのよね。」

「そ、そんな大それた…」

「なかなか難しいのよ。演技だとズル賢く見えるし。本当に真面目で可愛い娘しか出来ないわね」

 

大鳳の顔を見ながら、腕組みをしてウンウンと頷く。

 

「…私可愛くなんかないです。鼻は低くて、、丸顔で、眉がつり上がっています。それに…背も低いですし…」

 

自分を陸奥と比べながら自分の欠点を挙げていく。挙げるごとに自分の気持ちが落ち込んでいくのがわかる背が低いのは特にコンプレックスだ。

 

「あら、鼻は高いと高飛車に見られがちだし、丸顔は愛嬌があるわね。眉も利発そうよ。それに、」

 

陸奥は少し口を尖らせる

 

「提督によく文句を言われるわ。アタシの横に並ぶと背が低く見られるって」

 

今度は大鳳が口を尖らせた

 

「それでも羨ましいです。私も陸奥さんみたいに背が高かったら、その、正規空母だとすぐに提督にわかってもらえたはずですし…」

陸奥に小鳳なのではないかと言われた理由は背が小さいからだと大鳳は解釈していた。大鳳が不満たらたらに口を更に尖らせる。そんな姿をみて、アハハーと陸奥は苦笑いし、慰めるように大鳳の頭を撫でた。

 

「まさかあの大鳳がこんなに可愛いなんて提督もアタシも思わなかったのよ」

「屈辱です…」

 

大鳳の機嫌は直らない。

さらに陸奥大鳳の頭を撫でながら慰める。

 

「でも、これから戦闘を重ねていったら、自然と小さくても大人びた感じになるわ」

「そうお思いになるなら頭を撫でないで頂きたいのですが…」

「あら、つい撫でちゃった。ほら、ちょうど良い高さにあるから」

 

手を退けながら、陸奥が飄々という。その言い方が面白くて大鳳は怒るどころか吹き出してしまった。

 

「やっぱり笑っている方がいいわ。だからといって、いつもニヤニヤしときなさいという訳でもないけれど」

 

それに、と付け加える

 

「無表情でいるのはただの船でも出来るわ。でもアタシ達は艦娘。泣いたり怒ったり笑ったり出来るのは艦娘だからよ。目は索敵のために、口と耳は命令のためにあるわけではないわ。この世界を全身で感じるため。でしょ?」

 

陸奥が軽く首を傾ける

窓のすぐそばの木が風に揺すられ、枝がザワザワと音を奏でる。そして、そう言った陸奥の顔はちょうど外から降り注ぐ春の日差しのように暖かく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり長話しちゃったわね。というか何にも説明してないのよね…。」

 

陸奥はトホホと肩を落として、手首に巻き付いている細いベルトの腕時計を眺めながら呟く

 

「艤装庫の説明予定時刻過ぎてるし…。」

 

大鳳に向き直って申し訳なさそうに、だが強気に尋ねた。

 

「悪いけれど入渠ドックと艤装庫の説明は明日の訓練の時で良いかしら?その方が効率が良いと思うわ。ね?そう思うでしょ?」

「はい、全然かまいません。長話に付き合わせたのはこちらですし」

 

陸奥の圧力に押され大鳳はこくこくと頷く。どちらかといえば、付き合わせたのは陸奥の方だが、気づかないうちに陸奥と話しやすくなっていた。さすがは秘書艦だ。

 

「本当?ありがと。それなら、あなたの部屋を説明するわね」

 

2隻(ふたり)は再び歩き出した。

自分の部屋か…。大鳳は感慨にふける。訓練所では数(にん)との相部屋だったのでプライバシーなどなかったし、深夜に勉強したい時など起こさないようにトイレで勉強して、よく足が痺れたものだ。

 

(それに…)

 

自分のせいで雰囲気が悪くなったことも多かった。

一隻(ひとり)部屋になればそんなこともなくなる。

 

「さ、ここよ」

 

そうこう考えているうちに着いたようだ。艦娘の寮は執務室のある本館から3分ほど歩いた別館にある。本館と同様外壁は赤レンガで内部は訓練所と変わらず、黒紫色の柱にあちこち黄ばんだ白の壁紙。大鳳の部屋はその3階にあった。木製の高さ2メートルほどの扉が大鳳を迎える。

 

「トイレは各階にあるわ。この3階はアタシたち戦艦や空母のような大型艦フロア。この下の2階が駆逐、軽巡のフロアよ。1階は食堂兼談話室と洗面所。後で説明するわ」

大鳳は陸奥の説明を聞きながら、あることに気づく。

 

「空室が多いですね」

 

京の話によると、この支部に着任している艦娘は自分を入れて5隻。3階にある部屋は全部で6部屋。大型艦は大鳳と陸奥だけなので4部屋余る。2階もそうだろうから空室が目立つ

 

「舞鶴が主体の大型作戦になると、この大坂支部にも2艦隊くらい来るからよ」

「あ、そうか…」

 

すっかり失念していた。

 

「それよりも多く来た時は相部屋になるからその時に備えて日頃から部屋を綺麗にしとくのよ。1ヵ月に一度くらいアタシが勝手に部屋をチェックするし」

 

陸奥がさらっと大事な事を言う。

 

「え…、汚れてたら何かペナルティがありますか?」

 

別に汚す気など更々無いが、万が一ということもあるので聞いておく。さすがに部屋の使用禁止で野宿はないだろう。ニヤリと意地悪そうな顔で陸奥が答えた。

 

「自分の分の間宮羊羮と間宮アイス、それに伊良湖最中を1ヶ月間、他の全員に目の前で食べられる」

 

えげつない罰則に大鳳は戦慄する

間宮、伊良湖は両方とも給糧艦で艦娘の日々の大半の料理を考案、調理する。その腕前はプロの料理人が自分の未熟さに泣き出すほどだ。そんな二隻が作る菓子も格別に美味しい。宮都の老舗の和菓子屋がその秘訣を探るべく毎年弟子を二隻のもとに送りこんでいるとか。大鳳も何度か食べたが、自然と顔がにやけ、優しい羽に包まれたように感じた。食べたその日は自分の全能力が向上したかのように何事も調子が良かった。そんな菓子を奪われるだけでなく、皆が食べているのを見なければならないとはなんとも恐ろしい罰則だ。絶対に汚さないと大鳳は誓った

 

「一応鍵はあるけれど、それは秘書艦のアタシが管理しているわ。提督は絶対使えないから安心して」

 

わぁーい、安心ですとはさすがに言えない。それに忍びこむような提督には見えなかった。

 

「じゃ、ドアを開けて」

 

陸奥がドアのレバーを指し示す。

大鳳はぎゅっと握りしめ、そっとドアを開ける。

すでに夕方になっていて、南向きの窓からの光が暗い部屋を朱色に染めていた。

 

「ええとスイッチは……」

 

照明スイッチを見つけ、押す。蛍光灯の白色が朱色を外へと押し返した。部屋の中がはっきりと見える

 

「わぁ…」

 

十畳ほどの驚くほど簡素な部屋だった。木のフローリングで少し黄ばんだ白色の壁。家具はマットレスのみの簡易ベッド、木製の勉強机、プラスチック製の三段簡易だなだけだ。一隻で使うには少し大きめの部屋なのに家具が少なく、もの寂しい

 

「布団は後で下まで取りに来て。掃除がしたかったら1階に箒と雑巾があるから。…ねぇ、聞いてる?」

 

部屋に見とれている大鳳に陸奥が呼び掛ける

 

「は、はい!聞いています!はい!」

 

あわてて返事をする大鳳を陸奥はクスクス笑う

 

「気に入った?」

「はい!」

 

この部屋が自分のものになるのはなんだか嬉しかった。

「そう、良かった。これからますます気に入るようになるわ」

「そうですね…?」

 

気に入ったと言ったものの簡素な部屋なので、ただ寝るだけの部屋になりそうだが、何かあるのだろうか

不思議そうな大鳳を尻目に陸奥は腕時計を覗く。

 

「そろそろ時間だけど…。説明もあるし、先に夕食を食べましょうか」

 

1階へ降りて食堂に着く。大鳳の部屋の4倍くらいの大きさだろうか。ここも白色の壁だが黄ばんでおらず清潔感に溢れている。訓練所の食堂は料理の匂いがプンとして、食欲を刺激したのだが、ここではしないのが不思議だ。しかも、料理人の話声も聞こえず、聞こえるのはブーンという低重音。

「あの…、誰もいないんですか?」

 

少し怖くなった大鳳は隣の陸奥に尋ねる

陸奥はニッコリ笑って

 

「いるわよ。まみやさん」

「間宮さん!?」

 

大鳳は目を丸くする。間宮は海軍総司令部にいるはずだが、違ったのだろうか。なんにせよ、かなり嬉しい。もしかして間宮羊羮と間宮アイスが食べ放題ではないだろうか。口がにやけるのが自分でもわかる。2つ同時に食べたらどうなるのだろう?無敵になるのではないだろうか?

 

「じゃ、まみやさんに挨拶しましょうか」

 

陸奥が促すと、大鳳の肩が張る。憧れの艦娘である。失礼があってはならない。

 

「こちらがまみやさんよ」

 

陸奥が手で示すと、自分の肩の力が抜けるのがわかる。膝からも力が抜けて、へたりこみそうだ。

低重音の主は高さ1、5㍍ほどの直方体の丸みを帯びた機械だった。基調は薄桃色だが上部は焦げ茶色、下部は青色で、真ん中に横幅30㎝ほどのディスプレイがあり、その真下の底部には取り出し口が開いている。

大鳳はこの機械を知っていた。訓練所で艦娘の歴史を学ぶ際に実際に見たからだ。

 

「これ、MAMIYAですよね?」

 

苦笑いしながら大鳳が尋ねる。数分前の喜んでいた自分をひっぱたきたい。

正確には訓練所で見たMAMIYAはもう少し小さくてデザインもかなり違うし、ディスプレイもなかったが似たようなものだろう。数種類の料理の写真があり、その下にボタンがついている。押すとその料理が詰められたレトルトパックがぺっ、と吐き出される。その時はすごいと思ったが、今思うと舐めた機械だ。そんな機械の料理(?)をこれから毎日食べると考えると気分が暗くなる。

 

落ち込む大鳳とは対照的に陸奥は何故か得意げだ。

 

「ふふん、あなたが訓練所で学んだのはMAMIYA初期型でしょ?これは違うわ。開発に10億かけた最新式。MAMIYAーⅢよ!これに比べたらMAMIYA初期型なんておもちゃよ!」

 

わぁーすごい!とは絶対に言わない。10億かけているとかアホ過ぎる。

大鳳はジト目で見るが、陸奥は全く視線を気にすることなく、MAMIYAーⅢの前に立ち、電源スイッチをいれ、大鳳を手招きする。

大鳳が機械の前に立つと、ちょうど画面が起動し終わった。

 

『こんばんは!今日もお疲れさまです』

 

落ち着いた可愛らしい声とともに画面の中で割烹着姿の女性がお辞儀をする

 

「間宮さん!?」

 

大鳳が目を見開き、叫ぶ。訓練所での放課後に見たアニメーションのような絵柄だが、間違いなく間宮だ。

頭につけた大きな赤いリボンとフリルのついた割烹着、そして陸奥よりも遥かに大きく割烹着を着てても自己主張の激しい胸を見て、すぐに間宮だとわかった

 

「なにかぬるぬるしてる…」

 

画面の間宮はまばたきをしたり、笑みを浮かべたり、腰をくねくねさせたりと画面の中で生きているようだ

 

「食事のボタンを押して」

 

陸奥の指示に画面に見とれていた大鳳はあわてて従う

 

「…ボタン?」

 

画面の周りを探すが見つからない。電源スイッチではないだろう。

画面を見ると、右半分のところに間宮が立っていて、左半分には色々と文字が書かれた丸がいくつかある。一番大きな丸に食事と書かれている。

 

「もしかして…」

 

大鳳はそっと食事と書かれた丸を指で軽く押す。これで違ってたら恥ずかしい。

無事に画面が変わって胸を撫で下ろす。同時にスゴい機能だと舌を巻く。

これは10億円の価値があるかもしれない。

 

『艦娘ナンバーを打ち込んでください』

 

アルファベットと数字の羅列とともに間宮の指示が来る

 

「えっと…、確かACTH1ー153だったはず…」

 

おぼつかなく、何度も間違え、かなり遅いもののなんとかうち終える

 

『正規空母大鳳型大鳳さんでお間違いないですね?』

 

はいといいえの表示が並び、大鳳ははいを押す

 

『初めまして大鳳さん。この度は舞鶴鎮守府大阪支部への着任おめでとうございます。着任祝いの粗品を送らせていただきます。』

 

ウィーンと音が鳴り、取り出し口の奥からベルトコンベアに乗って紫色の箱が流れてきた。箱には金色の明朝体で間宮羊羮の文字が

 

「わぁ…!間宮羊羮!」

思いがけない贈り物に興奮する大鳳。

 

『大鳳さん、お料理冷めちゃいますよ?』

 

箱を持ち上げたり、間宮羊羮の文字を見つめてニコニコしている大鳳に間宮が催促をする。画面に向き直って次の質問に答える

 

『本日は艤装を使いましたか?』

 

その質問に大鳳はふと大事なことに気付き、後ろの椅子に座っている陸奥の方へ振り返る

 

「そういえば私の艤装はもう届いているんですか?」

 

艤装が無くては何も出来ない

 

「ええ。あなたの艤装はもう梱包をといて、艤装庫に保管しているわ」

 

陸奥の手際の良さに感嘆する。礼を言って、再び画面に向き直る。画面のいいえを押した

 

『今日は金曜日ですから本日の夕食はカツカレーです。大きさを選んでください』

 

小盛、中盛、大盛の3つの丸が現れた。

 

「そうか…、今日は金曜日ね…。うーん…」

 

少し頭を悩ませる。カレーは大好きだ。普段なら間違いなく大盛を頼むがこれはレトルト。不味い可能性もある。悩んだ末、中盛を押す。

 

『甘口、中辛、辛口どれにしますか?』

 

そんなことまで選べるのか。辛口を押す

 

『福神漬けをつけますか?』

 

細かい。いるを押す。

質問が全て終わったのか、調理の表示が出てくる。迷わず押す。…反応しない。もう一度押す。反応しない。何回も押すが少しも反応しない。わけがわからず髪をくしゃくしゃする大鳳の背後から笑いを押し殺した声がする。またか。陸奥は少々いたずら好きなところがあるようだ。

 

「…何でですか?」

 

お腹が空いているので、少し不機嫌な大鳳である。

 

「それね、調理のところじゃなくて料理の写真の方を押すの」

 

未だに愉快そうな陸奥が画面を指差しながら教える

言われたように押すと、二頭身になった間宮が野菜を切ったり、鍋をかき混ぜたり、フライパンでご飯を炒める動画が流れた。真ん中には後14分の表示。早いのか遅いのかわからないが、待つとわかってげんなりする。おとなしく陸奥の向かい側の席に着く。

 

「どう?MAMIYAーⅢ?」

 

陸奥が興味深そうに尋ねる。

 

「確かにスゴいですけれど…」

 

特に間宮がぬるぬる動いたりしゃべったりするのはスゴい。スゴいが本質からずれている気がする。

 

「あの声は実際に間宮さんがしゃべってそれを録音したものよ。セリフは150を越えるわ。後、しばらくいじらなかったら、喋ったけれど、あれは隠しコマンドの一つ。他には超大盛りに出来たり、と隠しコマンドは30以上あるらしいわ。それに季節によって間宮さんの衣装やセリフも変わるのよ」

 

やはり、本質からずれている。確かにスゴいがおかしい。そんな大鳳の様子を感じとったのか陸奥が付け加える。

 

「味は保証するわ。見た目は気に入らないかもしれないけれど」

 

さらっと不安要素を増やされるが、陸奥は話を変える。

 

「もうそろそろ木曾達がここに来るわ。ほら、」

 

数人の話し声が食堂の外から聞こえてきた。




次は仲間の話になります。


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4話 夕飯

「あー!はらへったー!」

「ちょっと、キソ。げひんよ。れでぃーらしくないわ」「はやくたべたーい」

 

(にん)の艦娘が騒ぎながら、食堂に入ってきた。静かだった食堂が途端に活気を帯びる。

 

「木曾、こっちよ」

 

陸奥が3(にん)の方へ声をかける。

 

「あいよ。先にMAMIYAに注文させてくれ。腹減ってしゃーねーんだ」

 

木曾というらしい艦娘は粗雑な言葉遣いで返事する。水色のラインが入った白のセーラー服にショートパンツ、ミドルショートの緑がかった黒髪に軍帽をつばを横にしてかぶり、右目には眼帯をしている。勝ち気そうな見た目をしているが、実際そうなのだろう。

木曾が陸奥の向かいにいる艦娘に気付く。

 

「お!お前が新しい艦娘か!オレの名は木曾だ。よろしくな!」

 

そう言って、右手を差し出した。されるままに大鳳は握手をする。

 

「ほう、良い手だな。かなり訓練所で鍛えたな」

「いえ、そんな…」

「謙遜すんな。手を見りゃわかるさ。ペンだこも出来てるし、座学の方もかなりやってんな。」

「…ありがとうございます」

 

いきなり褒められたので大鳳は顔を赤くする

 

「ま、実戦はお手本通りにゃいかねえけどな。心配すんな。そこらへん俺がみっちり鍛えてやるよ」

「ワタシもれでぃだから、おしえてあげる」

「ねぇねぇあなた速い?あとでかけっこしよう!」

 

頼もしくニカッと笑う木曾。それにいっしょに来た2隻の(ふたり)少女たちも大鳳の着任を喜んでいるようだ

陸奥はそんな三(にん)に呆れたように言う

 

「あなたたち、教えるって何を教えるのかしら」

「そりゃ魚雷と主砲の効率的な打ち方とか夜戦での接近戦の動き方とかに決まってんだろ」

 

木曾が当然のように返す

 

「あの…どっちも出来ないです」

 

大鳳がおずおずと言う。

 

「はあ?いやだってお前駆逐艦だろ?」

「あれ?軽巡だと思ってた」

「ふたりともおバカね。つまり夜戦がこわいってことよ。」

 

(にん)が口々に言うが全く正解しない

 

「あの…そうではなくて、空母だから出来ないんです」

 

大鳳の正解発表に三(にん)が固まる。

 

「まじかよ…。坊が言ってたのってお前か」

「くうぼっぽくないわ…」

「じゃあ、おそいのね…。がっかり…」

 

さっきまで歓迎していたのに、一転がっかりされた。突如として食堂内が静寂に包まれる

 

『美味しくできましたー!』

 

完成を告げる間宮の能天気な声が響き渡った

 

 

 

 

 

 

カチャカチャとスプーンがカレー皿に当たる

間宮謹製のカレーは感動的な美味しさだった。予想通りレトルトの袋でルーの方は出てきたが、米は機械内で炊くので炊きたて。カツも機械内で揚げるのはさすがに驚いた。スパイスの効いた辛みが舌を蹂躙し、カツのサクサク感が骨を伝っていく。これがMAMIYAの力か…と感嘆せざるえない。しかし、その美味しさも今は半減している気がする

大鳳は一隻(ひとり)でカレーをもくもくと食べていた。はあ、とため息をつく。

 

「やっぱり空母っぽくないのね…」

 

木曾たちによれば現在着任している正規空母たちは皆着物に似た格好らしい。だから、着物っぽくない格好の大鳳は空母ではないと思ったらしい。そして、もう一つ理由がある。

 

「変かしら。私の艤装…」

 

大鳳の武器は少々特殊だ。このせいで着任が遅れたといっても過言ではない

木曾たちと陸奥が帰ってきた。空母だと思わなかった理由をつらつらと述べていた木曾たちを陸奥が外へ連れ出したのだった。おそらく説教をされていたのだろう、木曾たちの顔に先ほどの元気がない。陸奥は怒らせると怖いのだなと大鳳は肝に銘じる。

 

「あ~、えと、大鳳、すまん!」

「「ごめんなさい」」

 

木曾たちが一斉に頭を下げる。

 

「いえいえ、全然気にしていませんから」

 

本当は結構気にしたのだが、こんな風に謝られるとどうも恐縮してしまう。どうしたものかと目線を下げると紫色の箱が見えた。

 

「あ!この間宮羊羮、皆さんで食べませんか?」

 

我ながら良い考えだ

物で釣るのはどうかと思うが、今は仲良くならなければならない

 

「え…良いのかよ」

「れでぃーだわ…」

「女神のごとし…」

 

予想以上に感動された

 

「はい。みんなで食べた方が美味しいですから」

 

これは根っからの本心だ。

 

「別にいいけれど、晩御飯食べてからにしなさいね」

 

陸奥の忠告で木曾たちはMAMIYAのもとに走っていった。陸奥は横目で彼女らを見てから、大鳳の頭を撫でる

 

「えらかったわね。アタシなら怒鳴ってたわ」

 

またしても子供扱いされているが陸奥の手の暖かみが心地よかった。

 

「まさか、陸奥さんが怒鳴るなんて思えません」

「…そうかしら」

 

大鳳へと向いているものの陸奥の眼差しはどこか遠くを見ていたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレー独特の旨味が詰まった匂いが大鳳の鼻をくすぐる。机の上には五つのカレー皿があった。

カツはないが、カレー単品のおかわりは可能だと陸奥から聞き、せっかくなので二杯目を頂くことにしたのだ。大鳳は他の四皿を眺めた。隣には陸奥が座り、向かいには木曾たちが座っている。陸奥は中辛、木曾は辛口、おそらく駆逐艦であろう残りの二人は甘口だった。いや、なに口だろうとどうでもいいか。

 

「さてと全員揃ったことだし、新たに着任した正規空母の大鳳の歓迎会をしましょう」

 

陸奥が司会を取り仕切る

 

「とは言ってもカレー食べるだけなんだけどな」

 

木曾がカレーをぐちゃぐちゃとかき回しながら茶化す。

 

「しょうがないじゃない。急だったんだし。ね?大鳳?」

「はい」

 

しきりに時間を気にしていたのはこういうことだったのかと大鳳は理解する

 

「ありがと。では、改めて。アタシは長門型戦艦二番艦の陸奥よ。この支部の秘書艦をしているわ」

「確か陸奥さんってビッグセブンの一角だったんですよね!」

 

ずっと訊きたかったことがようやく訊けた

 

「え…、あ…、そうね…」

 

歯切れ悪く肯定する陸奥に違和感を感じたが、被せるように木曾が自己紹介したので気にしないことにした

 

「オレの名は…って、さっき言ったか。じゃあ、チビどもの紹介するか」

 

そう言って木曾は右側にいる少女の頭に手をおいた

その少女はびよんとした跳ね毛が特徴のロングストレートの黒髪で赤のスカーフが印象的なセーラー服と紺が基調の白のダブルラインのミドルスカートに黒のニーソという服装だった。机の上には錨のマークがついた紺の戦闘帽が置いてある

 

「このチビが暁だ」

「子供あつかいしないでよ。ちゃんと自己紹介できるわ!」

 

どうみても子供にしか見えない暁が頬を膨らませながら文句を言う。

 

「わかったわかった。じゃあ自分でやれ」

「始めからそのつもりだし」

 

暁がこちらを向いて、胸に手を当て、自己紹介する

 

「暁型駆逐艦の1番艦暁よ。れでぃって呼んでもいいわよ」

「れでぃ…?」

 

当惑する大鳳に陸奥が苦笑する

 

「暁って呼んであげて」

「ちがうもん。れでぃよ」

 

暁は主張するが、陸奥は受け流す

 

「はいはい、レディはご飯粒つけないわよ」

「うぅ…」

 

悔しがる暁の頬に貼りついたご飯粒へと手を伸ばしながら、暁とは別の、先ほどからカレーを掻き込んでいる少女に陸奥が声をかける。

 

「島風、あなたも自己紹介しなさい」

 

この少女、さきほどからずっと掻き込んでいる。山もりだったカレーがもうなくなりそうだ。

 

「ひまはへははふひふはんひまはへ」

 

頬一杯にカレーを詰めながら喋る。口を開かず喋るだけえらいというべきか

 

「こーら!ちゃんと飲み込んでから話しなさい」

 

案の定陸奥に怒られている。島風はしばらく口をもぐもぐさせて、のどをごくりとならし飲み込んだ。

 

「島風型駆逐艦島風!」

 

終わった終わったとばかりにMAMIYAのところへ走っていった。大鳳は走り去る島風の後ろ姿を見ながら唖然とする。唖然としたのは態度に対してというより服装にだ。じっくり見るとその服装のスゴさがわかる。

まず頭、何故か大きな黒のウサギの耳を着けている。

上はセーラー服を基本としたノースリーブでへそが出ている。陸奥もへそが出ているが見た目が子供の島風が着るのはどうかと思う服装だ。

腕には白の長めの手袋をはめ、足は赤白のストライプのニーソを履いている。 これはまあいい。

極めつけはスカートだ。かなり短い。どれくらい短いかというと、走り去る島風の下着が普通に見えるくらい短い。下着は黒の紐パン。後ろから見るときゅっと可愛らしいお尻が丸見えだ。見ているこちらが恥ずかしい。

実は大鳳もスカートは島風並に短いが、スパッツを履いているので、パンツは見えない。後で島風にスパッツを勧めようと考える大鳳であった

 

 

 

全員が食べ終わって、いよいよ間宮羊羮の時間だ。

小豆による綺麗な赤紫色が白い机の上でよく映えた。五(にん)分に切り分けると一口か二口くらいの大きさになり、少し惜しい気がしたが、目の前の木曾たちの喜びようを見たら、惜しくなくなった。

 

「うぅ…、うめえ。食べんの5ヶ月ぶりだわ」

 

木曾が決して無駄にすまいと舌に転がしながら食べている。

 

「わたし一ヶ月ぶり…」

「ワタシ六ヶ月ぶりかも」

 

島風ですらかなりゆっくり食べている。

 

「自業自得よ。いくら言っても片付けないんだから」

 

どうやら三(にん)とも例の罰則を食らったようだ。それにしても、あの簡素な部屋をどうやって汚したのか疑問だ。

 

「大体あなたたちの部屋は汚すぎるのよ」

「お前が潔癖すぎんだよ」

「わたし木曾の部屋みたいに汚くないわ」

「ワタシもー」

 

陸奥の文句に木曾たちが口々に反論する。

 

「木曾を基準にしちゃダメよ。」

 

木曾の部屋はどれほど汚いというのか。木曾が憮然とする

 

「オレの部屋のどこが汚いんだよ」

「服は脱ぎっぱなし、布団は一部カビてて、お菓子の食べかすが撒き散らされてる。この前なんかね!漫画をどけたらゴキブリがカサカサ~って出てきたのよ!アタシの部屋に来たらどうするのよ!」

「艦娘がゴキブリ程度でびびってんじゃねーよ!いいか!そもそも部屋ってのは住んでるやつが快適だったら、それでいいんだよ!」

「その発想そのものが汚いのよ!」

 

くだらない喧嘩が始まってしまった。暁たちは慣れているのか、MAMIYAのところへ自分たちの皿を片付けにいった。片付けをしたら間宮とじゃんけんが出来るらしい。二隻(ふたり)とも負けてしょんぼりしている。勝ったら何かもらえるんだろうか。間宮羊羮を期待して自分も片付けることにした。

 

「わかったよ!おし、大鳳!後でオレの部屋に来い!いかに住み心地がいいか教えてやるよ!」

 

矢先がこちらに向いた。

 

「えと、次の機会にお願いします」

 

愛想笑いをして、MAMIYAのほうへ走る、ゴキブリが苦手な大鳳であった。

後、じゃんけんは駆逐艦限定だった。




次は木曾達とダベります。


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5話 自室

大鳳と木曾と駆逐艦ズがただダベる話です。


木曾達は帰港後すぐに入り、陸奥は仕事が一段落した後で入るらしいので、広い風呂場は貸し切り同然だった。

 

入浴後、海軍指定のベージュ色の寝間着に着替える。作務衣のような綿の寝間着は3月の気候にはちょうど良い。

 

同じ1階のリネン室から布団一式を持ち上げて、3階へと上がる。布団のしんみりとした冷たさが火照った腕と溶け合っていった。

 

布団一式をどうにか片手で抱え込み、扉のレバーを押し下げ、開ける。

 

「じゃましてるぜ」「してるわ」「してまーす」

 

木曾はあぐらをかき、暁、島風は正座して床に座っていた。木曾は黒のジャージ、暁はブルーベリー柄のパジャマ、島風は「v=m/t」と書かれたかなり大きめの白いTシャツを着ている。

 

大鳳は思わず布団を抱えたまま転びそうになった。

 

「な、なんでいるんですか!?」

「鍵が開いていたから」

 

バット状のチョコレート菓子をかじりながら、木曾がさも当然のように言う。だが、それは泥棒の理屈だ。

 

「お菓子持ってきてあげたわ」

 

暁がふふんと自慢気に床に無造作に置かれいる菓子たちを指差した。

 

間宮謹製のものではなく、いわゆる駄菓子だ。原色の入り交じった包装が目立つ。島風は晩御飯をあれほど食べていたにもかかわらず、りすのようにカリカリとコーンポタージュ味の棒をかじっていた。床に食べかすがぼろぼろと撒き散っているが見ないことにした。

 

自分のベッドに布団を置き、床に腰をおろす。

「陸奥さんは?」といいかけて、仕事中だったことを思い出す。もう9時だというのに大変だ。

 

大鳳は知らないことだが、この時代「アフターファイブ」は死語である。

 

「陸奥さんはいつもこんなに遅いんですか?」

「出撃した日以外は大体そうだな。月末なんか途中報告の書類をつくらにゃいかんから徹夜するときもあるな」

「徹夜後のむつさんはとってもこわいのよ」

「いらいらしすぎて朝食のお茶碗をにぎりつぶすの」

 

暁、島風が深刻な顔をして陸奥の裏側を教えてくる

 

「もうそろそろ月末だな」

 

聞きたくなかった情報が追加された

暁に「もらいますね」と言って、黄色いくちばしの鳥が描かれたチョコレート菓子を食べる。当然のように天使はいなかった。本当にいるの?

 

ふと気づいたことを口にする。

 

「木曾さんは秘書艦をしないのですか?」

 

粗雑そうだが、意外に出来るかもしれない。

 

「一応は出来るけどな、本当に臨時の時だけだ。それに俺たち小型艦は遠征任務やらで忙しい。秘書艦は陸奥みたいな大型艦がやるもんだ。他の鎮守府でも大体そうだな」

 

木曾はああそういやと言い、拝むように手を合わせる。

 

「タメ口でしゃべってくれないか。背中が痒くなる。」

「そうね」「どうでもいー」

 

暁と島風も同調(?)する

 

「いえ、私は新参者ですから、そういうわけには」

「それだと陸奥はオレに敬語を使うべきだな」

「わたしにもね」

 

木曾、暁が愉快そうに笑う。

 

「陸奥さんが最初ではないのですか?」

 

食堂での会話からそうだろうと思っていた。明らかに陸奥さんがこの支部のお局様だ。

 

「タ、メ、ぐ、ち」

「う……」

「タメ口で訊かないと、教えないぜ~」

「う~~~~」

 

木曾がからかい、大鳳が困った顔をする。暁、島風はそんな2隻(ふたり)をみて、クスクス笑う。

大鳳はタメ口で話すのを苦手としていた。別に出来ない訳ではない。ただタメ口=馴れ馴れしいというイメージを持ち、又、敬語で話しておけば、まず相手に失礼だと取られる心配はないという小ズルい考えがあるのだ。

 

ただ、遅かれ早かれタメ口で話すことになるのだからまあいいかと思い直す。

 

「ねぇ、木曾。陸奥さんが最初ではないの?」

 

陸奥のようなフランクさと上品さをイメージしながら話す。とっさに陸奥が出るあたり少し憧れているのかもしれない。あの秘書艦は自分に無いものを多く持っていると感じるからだろうか。何故かは上手く言えない。

 

木曾は満足いったのか、「よしよし」と頷く。

 

「じゃ、答えるけどな。あいつは四番目だ。で、オレが二番目」

「わたしが三番目よ」

 

右手で指を3本立てながら、暁が加わる。

大鳳は二隻の回答に違和感を感じた。

 

「えと、じゃあ島風ちゃんは?」

「島風は四番目ー」

 

島風はラーメンの麺の切れ端を口にざーと流しながら、答える

 

おかしい。話が噛み合わない。頭の中が疑問符でいっぱいだ。そこで木曾はどこかもの寂しげな顔をする。

 

「ああ、そうか。島風の場合はそうだったな」

 

その呟きで大鳳の中に閃きが生じた。

 

一番目に誰かがいて、陸奥か島風の着任前にいなくなったのだ。知らないものは数えようがない。つまり…

大鳳は影を落とす。こんな明るい日常からは想像できない、しかし、いつだって自分達艦娘につきまとうことへと考え至ったからだ。

 

「違う違う、その、轟沈したわけじゃない。…移籍しただけだ」

 

大鳳の思考を読み取った木曾が手をパタパタさせる

 

「あ!そういうことね!」

 

納得し、安心した大鳳とは対照に木曾は何故か暗い表情のままだ

 

「あの…」

「ん?ああ、ちょっと眠気がな!すまんすまん!」

 

大鳳が呼びかけると、何でもないように木曾が明るく答える。気のせいか、大鳳はそう結論づけた

 

「寝たら?」

「バカいえ。って何だ、その舌。」

「へへ~」

 

駄菓子で舌が緑色になったのを見せつける暁を木曾は小突く。

 

「仲が良いのね」

 

なんだか微笑ましい。クスリと大鳳は笑った。

 

「本当は神通みたいに厳しくした方がいいのかもしれんがな」

「だめだめだめだめ、ぜーったいだめ」

 

木曾がため息をつくようにこぼすと、暁が木曾に抱きつき懇願する。島風もイヤイヤイヤと首を横に振る。

 

神通はスパルタで有名だ。神通のスパルタ列伝を聞き、「神通さんとこに配属されたらどうしよう」と訓練所で駆逐艦達が騒いでいたのを覚えている。

 

「ま、オレは厳しくすんのはどうも性に合わんし「島風たちが優秀だからする必要もないもんね」

 

島風が木曾をからかうように遮る。

 

「何言ってんだ。この前中破したばっかのくせに」

「いや、あれは!避けたと思ったのに、その、魚雷がしつこいから!」

 

予想外の切り返しに島風はしどろもどろに言い訳する

 

「言い訳してんじゃねえよ。下が疎かになってたからだろ」

「本当に避けたんだもん…」

 

しょんぼりとする島風に合わせて、頭に着けた黒の兎耳が萎れるように倒れた。

 

どういう仕組みなの…、とどうでもいいところに大鳳は注目する。

 

木曾は島風の髪をワシャワシャと荒々しく掻き回し、膝を打った。

 

「お、そうだ。坊のこと、お前どう思う?」

「坊?」

「司令のこと。木曾はいつもそう呼んでる」

 

掻き回された薄い金髪を整えながら、島風が教えてくれた。そういえば食堂でもそう呼んでいた気がする。

 

ちなみに記憶のせいか、駆逐艦や軽巡は提督のことを司令又は司令官と呼ぶ。提督と司令、両者の意味は同じではないのだが、仕事の内容が当時と変わった今となっては同じ意味として使われている。

 

「…(ひと)それぞれだけど、裏で提督、いいえ誰かを悪く言うのはあまり好きじゃないわ」

 

大鳳は木曾に軽蔑を混ぜた視線を投げる。

そんな艦だとは思わなかった。それに墨野提督は自分の目からは真面目で有能な提督に見えた

 

「心配すんな。坊の前でもそう言ってる」

 

木曾の衝撃発言に目眩がするが、駆逐2隻(ふたり)に顔を向けるとうんうんと頷いていた。

 

「司令は別に良いってゆってるのよ」

「でもむつさんはちょっと嫌そう」

「あいつ、うるさいんだよなぁ」

 

陸奥の注意は当然だと思う。

 

「どうして提督と呼ばないの?」

「そうそう」「どうしてー?」

 

暁、島風も気になっていたのか、木曾に詰め寄る。

 

「…いいだろ、別に。」

 

何故か顔を俯ける木曾。気のせいか耳が赤い。

 

「よくないわよー」「教えてー」

 

さらに詰め寄る駆逐艦ズ

 

「い、や、だ」

 

そっぽを向き、木曾は断固として拒否する

 

「ケチ」「卑しい女シマ」

「おいこらしばくぞ」

 

キャッキャッと3(にん)が取っ組み合う。木曾が暁の頬を引っ張ったかと思えば、島風が吹くと紙が伸びるおもちゃで木曾のデコを攻撃。大鳳はさりげなく駄菓子をかき集め、ベッドの上に避難。ドタンバタンと少し埃が舞い始め、争いがヒートアップ。日頃の不満を拳にのせだした。ちょっとこれは止めなくてはならないのではと大鳳が焦ると

 

「コラーーーーーーー!!!!」

 

大鳳ではなく、陸奥が突然ドアを開け、怒声を飛ばした。ワインレッドのフレームの眼鏡をかけ、こころなしか疲労が見える。

 

「消灯時間までもう10分よ!!早く歯磨きをする!!後なんで大鳳の部屋で暴れてるの!!」

「木曾が…」「暁が…」「島風が…」

「言い訳しない!!」

 

互いに指を指し合い、責任を押し付けあうが、陸奥の前では無駄であった。

 

「さっさと寝なさい!」

「「「…はーい」」」

 

本当に渋々といった感じで3(にん)は返事をする。

暁が空になった駄菓子の袋を集め、ビニール袋に入れていき、島風が床に落ちた食べかすを拾い集め、同じビニール袋に捨てる。

 

あまりのいい子ぶりに暁の頭をなでてしまう。それを見た島風が「自分も」という目をするので、島風も撫でる。えへへとご満悦な幼女たち。このままずっとなでておきたい。

 

「ほら、行くぞ」

 

陸奥が先導し、木曾が駆逐艦2隻(ふたり)を曳航し、「じゃあな」「おやすみなさい」「ヲー」と夜の挨拶を告げ、部屋を出ていく。大鳳は手を小さく振りながら、彼女らを見送った。

 

 

 

 

 

扉が閉まるのを確認し、まだ敷いていない布団一式の上にどさっと倒れる。

 

「疲れた…」

 

天井を眺めながら呟く。

集団でワイワイするのは久しぶりだ。だが、嫌な疲れではない。

 

体を横向きにし、まだところどころ食べかすの散らかる床を眺め、ため息をついた。

いい艦隊に所属出来た、そのことは幸運だ。

でも…

 

「期待に応えられるかな…」

 

天井の照明が明るいから枕に顔を埋めた。

 

 




結構何回も書き直した回です。
お酒を飲ませるべきかどうか悩みましたが、止めました。大鳳、陸奥、木曾は皆酒豪ですが、多分これ以降もそういう描写はないんじゃないですかね…。
次は大鳳が走ります。


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6話 朝練 上 side大鳳

前半が大鳳側の視点で、後半が京の視点です。
大袈裟にside大鳳とか言ってますが、格好つけたかっただけです。深い意味はありません。


早朝、光がレースのカーテンごしに控えめに入り込む。

少女はむくりと起き上がり、ぐっとのびを一つ。壁にかかった簡素な針時計を確認。昨晩あのまま寝てしまい夜中に一度起きて歯を磨いたので、いつもの起床時刻より30分遅くに起きてしまった。

 

布団から抜け出し、箪笥を開ける。支給品である体操服、白のインナーシャツに黒のジャージ上下を着る。ジャージは何回もこけたせいで所々小さな穴が空いている。後で新品を申請しよう。

 

集合時刻はまだまだ先だ。他の皆を起こさないようにそっと廊下を歩く。まだ少し肌寒いが我慢。厚着をしても、最後は脱ぐことになるし、洗い物が増える。

 

洗面所に着き、鏡で身だしなみを確認。小さく跳ねた寝癖が気になる。そこで始めてクシを忘れたことに気づいた。取りに戻るか悩んだが、手ですくことにした。髪が戻らない。水で濡らし、むりやり戻す。まだ跳ねた感じはしているが、ひとまずよしとし、歯ブラシを濡らし、歯磨き。これで完全に目が覚める。

 

1階に降りて、硝子扉を開けると少し肌寒い風がまだ弱々しい春の日差しと共に大鳳を迎える。

 

「いい風ね」

 

別にこうだから良いという基準はないが、気持ちの良い風だ

 

軽く準備体操をし、走り始める。朝のジョギングは訓練所からの習慣であり、何があっても毎日することに決めていた。準備体操をしながら考える。

 

(さて、どこを走ろうかしら。)

 

本館の裏側には運動場がある。そこを走ってもいいのだが、せっかくだから探険も兼ねて支部内を走り回ることにした。最初は身体を暖める程度に軽く走る。

 

まずは運動場の外側へ行くと、運動場内には木曾と島風、暁がいた。木曾は大鳳と同じ支給品のジャージ姿(昨夜の寝間着のものとは違う)。暁と島風は「きつかあ」「ぜかまし」と書かれた白の体操服に紺のブルマ姿だった。島風はブルマを最大限まで引っ張り上げているので、お尻が見えていた。絶対にスパッツを勧めようと大鳳は誓う。

 

ランニングコースを暁と島風が朝っぱらから全力疾走し、それを木曾が右手に何か持ちながら「いいぞ!」と声援を送っている。暁もなかなか速いが島風はさらに速く、暁を12㍍ほど突き放していた。駆逐艦は確かに速い。しかし、島風の速さは別格だ。一度見ただけでそう思えるほど圧倒的な速さだった。

 

大鳳は運動場に足を踏み入れ、木曾たちに近づく。木曾がこちらに気付き、挨拶がわりに軽く手をあげた。

 

「朝練か?あ、ちょっと待ってくれよ」

 

島風がスパートをかけて、木曾の前を走り去る。

木曾の右手にあったのはストップウォッチだった。島風が木曾の前を過ぎた時にカチッと押す。

10秒ほど遅れて暁が到着した。

 

「島風、58秒16。暁、1分06秒68。あかつきー、ちゃんと軽く走れー」

 

膝に手をつきゼェゼェ言っている暁に木曾が呼び掛け、言われた暁はふらふらと走る。一方島風は元気そうだ、タイムが伸びたとスキップして喜んでいる。

 

「木曾さん…、いえ、木曾、なんメートルのタイムなの?」

 

昨日言われたことを思いだし、あわてて言い直す。

 

「500」

 

何でもないように木曾が端的に言う

 

「ごひゃっ!?」

 

大鳳は唖然とした。確か自分のベストタイムが1分15秒12だ。暁は駆逐艦として普通といえど島風は速すぎる。

 

「まあ、驚くのもわかる。だが、海上じゃあ、あいつらもっとすげえぜ。オレには敵わないけどな」

 

木曾がいったい自分と島風たちのどちらを誇っているのかわからないことを言うから笑ってしまう。

 

「っと、ランニング中だったんだな。すまねえな。身体冷えちまっただろ」

 

木曾はしまったと顔をしかめて、すまなさそうに大鳳の身体を気遣う。

 

「ううん、私の方から話しかけたのに。謝られるのは筋違いよ。」

「そうか?あ!そうだ!良いコースがあるんだ。ここから正門側へ走って行くと桜の並木通りがあるから、そこを突っ切っる。そして、海側へと向かうと、もしかしたら面白いもんが見れるかもしれないぜ。」

「面白いもの?」

「まあ、それはお楽しみってことで。そんで湾岸沿いに走ったら別館近くに着くし、時間的にもちょうどいい。」

 

期せずしてコースを教えてもらった。木曾に礼を言い、暁、島風に頑張ってと声援を送る。はーい、ヲーと元気のいいお返事。

 

頑張り過ぎて訓練に支障がでなければいいけれど…。っと、それは自分の方か。一人でツッコミながら大鳳は木曾に教わった通り正門へと向かう。

桜並木の通りを見つけた。

 

「確かにいいわね…」

 

昨日初めて執務室に行く途中にも見た気がするが緊張していたのできちんとは見ていない。ここだけはゆっくり歩こうと決める、明日には散ってしまうかもしれないから。

 

「綺麗…」

 

桜は満開で、少し散っているものもあった。薄い桃色の花びらがチラチラと大鳳の周りを舞い降りる。

 

地面に落ちる前に掴んでみようと、近寄ってきた花びらに手を伸ばす。しかし、からかうように後少しのところで逃げてしまう。えい!と勢いよく掴もうとするとよけてしまうから、そっと伸ばしたが上手くいかない。

 

降りてくるだろうところに両手をお椀にしておく。それでも気まぐれな花びらはきちんと降りてこない。もう少しのところで、そよ風が奪い去ってしまう。こうなれば意地だ。何回か繰り返し、やっとのことで捕まえた。

 

「やった…!」

 

つい喜びをあらわにしてしまう。大鳳はにまにまと手の内の薄桃の欠片を見つめた。が、それもつかの間ふと視線を感じ、バッと後ろを振り向く。

 

発汗性に優れていそうなライトグリーンのシャツに黒のハーフパンツで身を包んだ京が気まずそうに立っていた。

「あ…」

 

大鳳は掴んでいた花びらを放し、パパっと服のシワをとって、京に向かって敬礼する。放した花びらが地に落ちるころには終わっていた。この間わずか2秒。

 

「て、提督、おはようございます!」

 

顔を真っ赤に染める少女。

 

「…おはようございます、大鳳さん」

 

一拍遅れて京も敬礼しかえす。だが、どちらも後が続かない。気まずい空気が流れる。

 

「あの、その、提督もランニング中ですか!?」

 

意外にも最初に口を開いたのは大鳳であった

 

「あ…ああ、そうなんですよ。どうしても机仕事ばかりでは身体がなまってしまうので」

 

ハハハと愛想笑いをする京。

 

「その、大鳳さんも?」

 

なんとか会話を続けようと京も聞き返す。

そうです!と大鳳は返しかけるが、先程の行為を振り返って、自分でも信憑性がないと考えた。どう見てもあれは遊んでいた。

 

「えと、いつもはちゃんとしてるんですが、その今日は桜が綺麗でして、その…」

 

かなり言い訳がましいなと自分でも思う。これではいつものランニングも適当にやっていると思われかねない。

 

「わかりますよ。確かにここの桜は綺麗です。足をつい止めてしまうほど」

 

桜並木を眺めながら京は微笑む。そして、舞い降りてきた花びらにそっと手を差しのべた。それは避けることもせず、京の手のひらに着陸した。

 

「お、やった」

 

青年は大鳳へとまるで勲章のように桜の花びらを見せびらかす。

 

「僕も小さいころによくやっていました。上手く掴めたら、願い事が叶うと聞いて」

まあ、ほとんど叶いませんでしたけどねと笑って付け足す。

 

大鳳はやはり子供っぽい遊びだと思われたのねと恥ずかしさで頭が一杯だった。

 

「大鳳さんがこの支部を好きになってくれますように」

 

自信は無いが確かにそう聞こえた。

 

「え?」

「あ、聞こえてしまいましたか」

 

そう言って京は恥ずかしそうに頭をかく

 

「最初に言わなければならなかったんですが、僕は空母を指揮するのは初めてなんですよ。だから、大鳳さんに失望されてしまうことも多いと思います。努力はしますが、それでも我慢できなければ、いつでも言ってください。もっと優秀な提督のいる所へ転籍願いを書きます。ですが、」

 

一旦言葉を切り、京は大鳳の瞳をじっと見つめる

 

「願うならば、僕があなたの提督でありたい」

 

見つめられた大鳳は顔を真っ赤に染め、下を向き、手をモジモジさせた。

 

「あ、ありがとうございます…。その、私も提督のもとで戦えるのは嬉しいです…。提督のご期待に応えられるように頑張ります…」

 

下を向きながら喋るのは失礼だとわかっていたが、この真っ赤になった顔を見られるわけにはいかない。

 

「では、これで失礼します」

 

ボソボソしゃべったので提督に聞こえたかどうか定かではないが、大鳳は強制的に話を打ちきり、大鳳は再び走り出す。徐々に足が早くなってくる。あの場から早く逃げ出したかったのだ。フォームはめちゃくちゃで息も荒くなる。気づけば全力疾走だった。

 

 

 

 

大鳳がいきなり走り出し、しばしポカンとしていた京は大鳳の行く方向の先にあるものを思い出した。

 

「まずい…!」

 

京は大鳳の後を追って走り出した

 

 

 

 

大鳳は桜並木を通り抜け、丁字路を右に曲がり、湾岸へと向かう。だいぶ距離を取れただろうか、大鳳は走りを緩める。恥ずかしいから走って逃げるなんて子供っぽい行動だ。提督を失望させたかもしれないと気落ちする。

ふと耳にバシッバシッと何かを叩く音が届いた。なんの音だろうかと興味を持ち、音源を探す。本館裏から聞こえてくる。

 

こっそりと近づこうとすると何者かに右肩を掴まれた。恐る恐る後ろを振り向くと、はあはあと息の荒い男がいた。

 

「だれ…!?」

 

叫び声をあげようとすると男はしーっと人差し指をたてて、軽く口を塞いできた。

大鳳は少しパニックになるが、男の顔をよく見ると、

 

「提督…!?」

 

再び京はしーっと人差し指を立てる。

 

「ちょっとじっとしていてくださいね」

 

そう言って何かの打撃音を発するなにものかに大声をあげた。

 

「陸奥さーん、そろそろ時間ですからー支度してくださーい!」

 

「わかったーー」と、陸奥の声が返ってきた。大鳳はなるほどと納得する。陸奥もきっと何かの自主訓練中だったのだ。おそらく集中を要する訓練のため、提督は大鳳が陸奥の邪魔をしないように配慮してくれたのだろう。

 

「ありがとうございます」

「え?はぁ、どういたしまして?」

 

大鳳の礼に京はよくわかっていない顔をする。謙虚なのだと大鳳は解釈した。

 

ふと陸奥はどんな自主練習をしているのかと大鳳は気になった。自分の自主練習にも何か還元できるところがあるかもしれない。

 

もう提督の呼び掛けで片付け始めているところだろう、邪魔にはなるまい。

そう考え、大鳳は陸奥のもとへ行こうとする。それを見た京はあわてて大鳳を引き留めようと大鳳の右腕を掴んだ。

少し乱暴な掴みかたに大鳳はむっとし、ついつっけんどんな態度を取る。。

 

「…なんでしょうか?」

「あ、えーと」

 

京はなんというべきか悩んでいるのか視線を宙にさまよわせている。

 

いったいなんなのだろうか?先程から提督の振る舞いが怪しい。言いたいことがあるのならばはっきりと言ってくれれば良いのに…。

 

数秒ほどの沈黙が二人の間で流れる。

 

京は大鳳の頭を見て、あっと小さく声をあげた。そして、大鳳の頭へ手を伸ばす。

 

何何何何何何何何何何何!?

大鳳は困惑一色になった。

 

いったいなんだろうか?頭を撫でられる!?いや、それはない。そういえば寝癖はちゃんと直っているのだろうか?汗臭くないだろうか?。何をされるのかさっぱりわからず、自分の爪先を見つめる。ジャージのところどころに穴が開いているのが見える。提督になんと思われただろうか?みすぼらしい?汚い?ずぼら?もう嫌だ、又逃げ出したい。

 

京の指が大鳳の髪を微かに動かす。汗で湿った髪を触られている。

 

不快に思われるだろうか?向こうが勝手に触ってきたのに自分を責める言葉ばかりが頭の中で巡る。

そんな大鳳の目の前に薄桃色の破片が現れた。

 

「?」

「言おうか迷ったんですが、桜の花びらが髪についていたんです」

 

ああと大鳳の肩から力が抜けた。

 

「…ありがとうございます。でも、勝手にとってもらってもよかったのですが」

 

ピッと取ってくれれば、こんなに恥ずかしい思いをすることはなかったのに。

提督と一緒にいるときは、恥ずかしい思いばかりしている気がする。

 

お門違いなのはわかっているが少し責める口調になった。

 

「そういうわけには。大鳳さんに嫌われるのは嫌ですから」

 

京はあははと頭をかく。大鳳はあることを思いつき、京の手のひらにある花びらを指差す。

 

「…………その花びら頂けますか?」

「え、はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

突然の要望に京はわからないまま応える

大鳳は手渡された花びらを見つめた

 

汗のせいか、なんだかしおれている

だが、地面に落ちていないから大丈夫だろう

ぐっと握りしめ、胸のところに置いた

 

「この大鳳のことを好きになってくれますように」

 

そう願った

こんな私でも信頼してほしい、期待してほしい。頑張って応えるから。その一心から出てきた願いだった。

 

「…叶うでしょうか?」

 

おずおずと大鳳は訊いた。京は何も返事をしなかった。

ただ顔を真っ赤にして、信じられないものを見るかのように大鳳を見つめていた。

 

聞こえていなかったのかしら?

「提督?」

 

大鳳が顔を覗きこむと、大鳳と視線を合わせまいと、京が横を向く。

さらに大鳳が回り込んで顔を覗きこむとまた目をそらす。そんなやり取りが何回か繰り返されていると、

 

「……何しているんです?」

 

不審そうに二人を眺める陸奥の姿があった。

蒸気し、ほんのり赤い身体から滴る汗をタオルで拭いている姿は大鳳の目から見ても艶かしい。

 

「あっ…!陸奥さん。おはようございます!」

「おはよう」

 

大鳳は振り向いて元気よく挨拶をし、陸奥も微笑みながら返す。京も「おはよう」と小さく言った。あまりに小さい声なので疲れているのかしらと大鳳は京の体調を気になった。もしかしたら意外と体力がないのかもしれない。本人自らがずっと机仕事だと言っていたことを思い出す。そんなことを考えていた大鳳に陸奥が忠告する

 

「そろそろ準備しないと遅れるわよ?」

 

陸奥の言う通り、すでに陽は少し見上げるところにあった。

 

「あ、陸奥さんも一緒に行きませんか?」

「アタシは今日の午前は休みだし、提督と少し話があるから先に行ってて」

「わかりました…」

 

帰り際にどんな練習をしているのか聞こうと思ったから残念だ。

 

陸奥が突然手のひらで自分の顔を覆い、手を合わせる。

 

「あっ!しまった…。ごめんなさい。艤装庫とドックの使い方は木曾から聞いておいて。本当にごめんなさい」

「いえいえいえ、まっったく構いません!」

 

本当に申し訳なさそうに陸奥が謝るのでこちらが恐縮してしまう。

 

「あ、時間ですからこれで失礼します」

 

ぺこりと頭を下げて、大鳳はシャワーのある別館へと走る

そういえば木曾の言っていた面白いものってなんだったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと(自分としては)ニヤニヤするシーンを入れました。後で読み返して、恥ずかしい気持ちになるのは覚悟しています。
後、島風達、走るの速すぎますよね。


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7話 朝練 下 side京

京視点の後半です。
独自設定が大半を占めます。設定書きたかっただけだろという感想がありそうですが、何も聞こえません。
木曾がいらん発言しますが許してやって下さい。


行ったか…

ふぅと京はため息をつくと、隣でにやにやしている女性がいた

 

「大鳳ちゃんのおねがいごとは果たして叶うのかしら~?」

 

そんなことはありえないと言いたげだ。

 

「…別に大鳳さんはそんな意味で言ったんじゃない」

「そんな意味って?」

 

意地の悪い質問だ。

 

「どうでもいいでしょう、そんなことは」

 

京はイラつき、そう返した。陸奥がまるでものを分かっていない稚児に言い聞かせるように言う

 

「どうでもよくないわよ?大鳳がこの支部をどうしたら好きになってくれるかを考えるのは提督の務めだと思うけれど」

 

はめられた。京はちっと思わず舌打ちしそうになったが、こらえて平静を装う

 

「そうですね。どうするべきだと思いますか?」

 

京が悔しそうにしなかったので、陸奥はちょっとつまらないという顔をしたが、答える

 

「そうね、まず優秀な秘書艦に新しいバッグを買ってあげるべきね」

「関係がない上に、2ヶ月前に買ったばっかりです」

「新しいモデルが出たのよ、それにそろそろ破れそうだし」

「げ…」

 

思わずしかめ面をしてしまう

 

「もっと大事に扱ってくれませんか」

「そうしたいのは山々だけれど、どこかの上司が女性相手に徹夜で残業させてくるのよね」

「その点はいつも気にしていますし、当初に比べたらだいぶ減っています」

「おお、えらいえらい」

 

頭をなでようとしてきたので、払いのける

 

「なでないでください」

 

陸奥より背が低いのが克明に分かってしまうからだ

 

「あら、暁みたいなことを言うのね。可愛いわ」

 

又なでようとする。京が気にしているのを分かっての行為だ。今度は陸奥の腕をカシッと掴み、止める

 

「…わかりました。新しいのを買います」

「やった♪」

 

陸奥が勝ち誇った顔で喜ぶその笑顔でバッグの費用は気にならなくなった

いや、嘘だ。後で絶対頭を抱えている

 

「ですから、ちゃんと大鳳さんに旗艦としての役目などを教えてあげてください」

「大丈夫。任せて」

 

機嫌がいいので、すぐに承諾する陸奥

 

「じゃ、アタシはこれからシャワーを浴びて、朝寝して、午後から加わるから」

 

「シャワー」のところで反射的に陸奥の裸身を想像してしまった

 

「あらあら?一緒にシャワー浴びる?」

 

表情に出てたのか、陸奥がからかう

 

「…アホなこと言ってないでさっさと寝てください」

「はいはい、おやすみー」

 

手をちらちらとさせて陸奥も別館へと向かった

十分陸奥が離れたのを確認してから、再びため息をついた

 

「高いんだよな…アレ…」

 

(注 長いので読まなくてもいいです)

ところで陸奥がおねだりしたバッグとはあの、手に提げる袋のことではない。それならば陸奥が自分で買う。陸奥が言うには京のセンスは悪いので金や材料や色々なものが無駄になる、それならばその金で美味しいものでも食べにいきたいとのことだ。なんというかそこまではっきり言われるとヘコむものもヘコまない。

今では京の本棚には重要書類以外にグルメリポート本が並んでいるのだった

 

話を戻す。

 

陸奥の言うバッグとはサンドバッグのことだ。

しかも家庭用なんかのちゃちなやつじゃなくてプロが使う本格的なやつである。

 

元々京が陸奥に買い与えたのが始まりだ。

 

秘書艦の仕事は機密文書以外の膨大な書類の精査と承認、艦娘と提督間の連絡、艦娘の生活面のケア、他の提督達や上層部の接待の補助、緊急時の提督の代理などが挙げられる。責任が他の艦娘に比べ格段に重く、仕事量も半端ではない。後に説明するが陸奥は甲種秘書艦であるから秘書艦の中でもかなりキツイ部類に入り、ストレスも溜まりやすい。

 

特に人物関係においてのストレスが多い。

対艦娘ではない、確かに口の悪い艦娘もいるが、大概は陸奥の年上オーラ(常時発動)に当てられ、大人しくなる。ウマが合わない艦娘もいるが、そこらへんは上手く立ち回る。

 

つまるところ、対人間でのストレスがほとんどなのだ。

京は若く、経歴がアレなので提督逹、特に年配の提督に嫌われがちであり、立場上の問題もあって立ち位置にはかなり気をつかわなければならない。京から弱みを引き出すために、会合中などで平気で京の悪口を言うものもいるし、接待中に陸奥にセクハラまがいのことをするものもいる。もし、陸奥が暴力を振るおうものなら、一発で京の首が飛ぶ。ならば、京は陸奥を連れていくなという話になる。しかし陸奥は書類の処理能力よりもコミュニケーション能力、交渉能力が非常に高く、こちらが有利になる条件を引き出すのが上手い。世が世なら陸奥は詐欺師としてかなり大成していたのではと京は時折思う程だ。

 

又、話上手で聞き上手な陸奥を気に入る提督も多いということもあり、連れていかざるえないのだ。陸奥もそこらへんは分かっている。分かっているが、ストレスはどうしてもたまってしまうものだ。つい暴飲暴食、無駄遣い、仲間との不協和音がおこる。自分で蒔いたタネではあるし、このままではいけないと判断した京は陸奥にサンドバッグを買い与えた。

 

何故それにしたかというと、朝のニュースでエクササイズボクシングなるものがやっていたからだ。これならば、ストレス解消と自主トレが兼ねられると自画自賛していた。

実際それ以降陸奥のストレスによる暴走はめっきり減った。

 

しかし、誤算が2つあった。

 

1つ目はボクシングでは自主トレにならないということだ。そもそも、何故艦娘が筋肉を鍛えるのかというと、長距離航海に耐える体力づくりもあるが、機力の流れを潤滑にするためだ。足を鍛えることで推進機への、腕を鍛えることで艦砲への機力の注入の無駄を減らせる。つまり、艤装の着けている身体部位を鍛えればよい。

 

しかし、京は忘れていた。

 

陸奥のような戦艦は大量の機力を効率的に艦砲に注入するため表面積の大きい背中を経由して艦砲に機力を注入することを。

 

だから、陸奥が鍛えるべきは腕筋ではなく背筋なのだ。

 

余談だが、陸奥などの戦艦がツンと尖った張りのある胸を持つのは、背筋と胸筋を鍛えているからだ。一方、空母の場合は戦艦ほどは背筋や胸筋を必要としないので少し垂れぎみな胸なのだ。

 

話が逸れた。なんにせよ、京の目論見の1つである自主トレは失敗に終わった。とはいえ、ストレス解消が本題なのでそこまで誤算でもない。

 

本当の誤算は2つ目だ。

 

それは人間のトレーニング道具が艦娘にあっていないということだ。サイズ面ではなく、耐久面に問題がある。機力は自由に流したり止めたりできるわけではなく、微量ながら漏れている。特に感情の高ぶりに影響されやすく、怒っていると通常より多く、悲しんでいると通常より少なく漏れる。しかも、意図的に流す場合でも感情はおおいに関係する。ある報告によると間宮羊羹を食べて感情が高ぶった艦娘の火力などの計測値は普段より高かったらしい。

 

そこで問題になるが、陸奥がストレス発散目的で感情を高ぶらせたままサンドバッグを殴りつけたらどうなるか?

 

答えは簡単、機力を籠められ威力が増大した拳がサンドバッグを突き破る。

 

実際に京はその現場を見たことがある。かなり際どいセクハラ発言を連発した地元の猿顔の上級役人との交渉の翌日の朝、申し訳ない気持ちがありながらも一体どのように陸奥は殴っているのだろうかと気になり、たまたま居合わせた暁と一緒に覗き見た。TVでOLのきれいなお姉さんが大きな胸をプルプル揺らしながら、可愛らしく小突いていたので、そんな感じだろうと期待をしながら。

 

 

そんなものは幻想だった。

実際は圧倒的強者による制裁であった。

 

 

赤いサンドバッグの真ん中より少し上の部分に何か丸い絵(どことなく猿に似ている)を描いた紙が張りついていた。それを陸奥が「…死ね」と何回も呟きながら、殴りつけていた。ボキュン、ズドン、ゴスとサンドバッグが哀れな悲鳴をあげる。とどめの一発とばかりに大振りに拳を一閃させる。ズンと大気が揺れた。京達ははあまりの衝撃音に目を閉じる。恐る恐る目を開くと、また目を閉じた。信じられなかったからだ。陸奥の握り拳と腕の付け根の間をサンドバッグが隔てていた。サラサラと砂が陸奥の足元にたまっていく。あらあらと陸奥はさして驚かず、目の前の皮と砂の残骸を眺めていた。

 

えぐっえぐっと泣き叫ぶ一歩手前の暁の口を京は押さえ、そのままばれないように暁を宥めながら、本館へと帰ったのだった。本館に着くと木曾がいて、何故暁が泣いているのか訊いてきた。ごまかしても後々わかるだろうし、あったことをそのまま話すと、はっはっは傑作じゃねえか、どれ、見てくるかと京が止めるのを聞かず、行ってしまった。数分後全力疾走で息を粗くして帰ってきた。

 

「信じられねぇ…、あいつ、落ちる前にはねあげて、そいつをかかと落とし…、まさしくあれは八卦六十●掌…いや、獅●連弾…」

 

本館にある京の部屋から忍ばない忍の漫画を勝手にパクっている木曾がそう評した。

 

この話題に触れていると色々とヤバそうなのを全員が感づき、それ以上は話さなかった。

 

執務室に帰る途中、半泣きになりながら、ずぶ濡れの下着を持っていそいそとトイレに向かう島風の姿があったが、見て見ぬふりをした。

 

 

そういうわけで陸奥のストレス解消作戦は京にとって失敗に終わり、さらに二ヶ月ごとに給料袋から大金が消えていく呪いにかかってしまった。

 

とにかく、着任して間もない大鳳に陸奥の裏側というべきものを見せて、変に恐縮させるわけにはいかなかったのだ。

 

 

 

大鳳さんには違うコースで走るように言わないとなと呟く

 

肌寒い風が吹き、京から体温を奪っていく。

さっき大鳳が願いを込めた花びらは本当に大鳳の髪についていたものではなく、桜並木で京が捕まえたものだ。

陸奥のところに行かないように、引き止めるためについた嘘だが、大鳳があんなことを言い出すなんて予想出来なかった。

 

桜も同じ花びらで2回聞くほど、お人好しではないだろう。

だから、大鳳の願いは叶わない。

京はそう結論づけた。

大鳳はそんな意味で願ったのではないと知っているにもかかわらず。

すっかり冷えきった体を暖めなおすために本館へと全力で走った。




3週間以内の更新を目指しますと書きましたが、案外すぐ更新出来ました。
ストックが切れる日が近づいているのでビクビクしています。
今回の「朝練」ですが、まだ大鳳は京を恋愛対象として見ていません。逆も又しかり。別に恋愛が軸ではないのですが、どうやったら純情少女大鳳ちゃんがこのキザ提督を好きになるのかと日々悩んでおります。又、陸奥をどうしたら隣近所に住む憧れのお姉さんキャラ(ななこお姉さんみたいな)に出来るのかも悩んでおります。

テンポが遅いのはわかっています。一日が長いな!と自分でも思っています。許して。

長文失礼しました。次回は朝ご飯を食べた後、訓練します。


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7,5話 朝飯談義

あまりにくだらん内容なので、読み飛ばしてください


シャワーを浴び、制服を着て、一階の食堂に行く。

食堂には木曾達がいて、すでに半分ほど食べ終わっていた。木曾がこちらを向くと、にやっと笑った

 

「面白いもんは見れたか?」

「いいえ、見なかったけれど?もしかして桜のことかしら?」

「いや、違うけど?おっかしいな…。陸奥のやつ半徹してたはずなんだけどな?」

 

ぶつぶつと一人で考え始めた木曾を尻目にMAMIYA-Ⅲの画面を操作する。

出てきたトレーには目玉焼き、鰆の切り身、胡瓜の漬物、味噌汁、ご飯。MAMIYA-Ⅲの横に置いてある調味料箱から醤油を取りだし、目玉焼きにかける。木曾の前に座ると、木曾がうわっと顔をしかめた。

 

「普通ソースだろ。醤油なんざ合わねえよ。」

 

この反応には少々ムッとする。

 

「何を言っているのかしら。ここは日本よ。醤油に決まっているじゃない。ソースこそが一番なんて欧米かぶれも甚だしいわ」

「つまんねえプライドに捕らわれやがって。味覚に国籍なんざねぇんだ。旨いもんを食う。これが一番。」

「美味しいものを食べるのが一番だという考えには賛成よ。私は別にプライドうんぬんで醤油にしているんじゃないの。一番美味しいのは醤油だと思うからよ。ただその理由は私が日本生まれだからじゃないかと推測したから言ったまでよ」

「へえへえご高説ありがとさん。ソースのうまさもわかんないやつの説なんて屁理屈に等しいがな」

「なんですって…!」

 

自分は我慢強いほうだと思うが、さすがに限界だ。こうなればいかに醤油がすばらしいか説明してやろう。いかな反論も全て論破し、泣かせてやる。そう大鳳がいきりたっていると

 

「はあ、ふたりともこどもね。しおがイチバンに決まってるじゃない」

 

暁が参戦してきた。

 

「お前ゴマだれ教だろうが。邪教者はおとなしくしとけ」

「ゴマだれ教は滅んだわ。これからは塩教の時代よ」

 

いつの間にか宗教が出来ていた。誰を崇めるんだろうか。ゴーマダ・レニ・スッダールタとかか。

 

「もしかして陸奥さんは塩教信者なの?」

塩教って言ってみた

 

「なんだよ塩教って。塩派でいいじゃん。」

 

理不尽に怒りを覚えてはいけない。大鳳は余裕のある笑みを浮かべる

 

「陸奥さんは塩派なのかしら」

「そうよ。陸奥さんは塩教信者よ」

堪えろ。堪えなければならない。

 

「やっぱり。暁ちゃんは陸奥さんの真似をしているのね?」

「別にまねしてないわ。たまたまよ。れでぃどうし通じるものがあるのね」

「でも、あかつきちゃん、陸奥さんがいないとき、こっそりゴマだれかけてたの見たことあるー」

 

島風が暴露してしまった

ちなみに島風はなにもかけていない。渋い。

 

「あ…う…ち、ちがうもん。あれはそう!ゴマだれ味の塩なの!」

ゴマだれでいいんじゃないとは絶対に言わ「それゴマだれで良いだろ」やめてあげて!

暁がぷくぅーと頬を膨らませる。可愛い。

 

「ほんとだし。わたしいつも塩かけてるし」

「まあそう意地張るな。これからソースの魅力に気づけばいいさ」

 

木曾が慰めるようにポンポンと肩を叩く。そして、こちらを向き、不敵な笑みを浮かべた。

 

「というわけで、2対1でソースの勝ちだ」

「なんでそうなるの!

「まあ、そもそもゴマだれは醤油というよりソースの部類に入るしな」

「違うわ。暁ちゃんは塩が好きだから、塩分高めな醤油派よ」

 

「なんで塩派じゃだめなの…?」という暁の訴えは無視された。

大鳳はくっと歯噛みした。実際には暁はゴマだれ派だろうから、ソース陣営に入るだろう。陸奥は塩派らしいから、こちらの醤油陣営。島風はなにもかけない派なので中立だ。これで2対2。木曾も同じことを考え込んでいるだろう。

 

後もう一票…!清き一票を…!

 

暁と島風が呆れた表情をしているが全く気にならない。

大鳳の中で電球が光った。

 

「提督!提督はどうかしら!?」

「あっ!あ~~~、知らんな。」

 

木曾は数秒記憶を掘り返したが、そんな記憶は残っていないらしい。

 

「じゃあ、これから訓練だし、直接聞くか」

「さすがにそれはダメじゃない?」

 

そこでふたりはハッと時計を見た。

集合時刻をちょうど指したところだった。

 




目を疲れさせてしまってごめんなさい。
ちなみに私はゴマだれ教徒です。
次は艤装の話になります。
大鳳の甲板からぶら下がるあのコードについて考えてみました。


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8話 艤装

艤装についてのお話しです。あまり深くは突っ込みませんが。エセ理系のような説明です、つっこまないでください。大体半分過ぎた辺りから、艤装の話になります。

1話を1話と2話に分けたため、話数が増えています。ややこしいことして、ごめんなさい。
p,s 書きかけのまま出してしまったところがあります!直しました!以後気をつけます!
正確に言うと、暁、木曾の艤装の部分です。大鳳の艤装を書くのが楽しすぎて…


執務室内。京はやるせない気持ちをもてあますかのように軍帽のつばを撫でる。

 

大鳳はさっきからずっと直立不動だ。目線を京の靴へと置き、ちょっとくたびれかけているなと現実逃避な感想を抱いていた。

 

木曾は木曾できまり悪いのかショートパンツの裾を摘まんでいじっている。

 

暁はそんな二人をジト目で見ていた。

 

島風は気まずい雰囲気におかまいなく窓から見える雲がベーコンみたいと呟く。

 

そんな光景が、集合してからきっかり3分続いた。

 

「は~~~~~~~~~っ」

 

長い長いため息が耳に突き刺さる。

 

「で?木曾、遅れた理由は?」

「MAMIYAの調子が悪くて、なかなか出てこなかったんだ」

 

タメ口をきく木曾に大鳳は驚きを隠せないが、当の京は全く気にしていない。

 

「MAMIYAは完全オートメーション。不具合があれば、自動で通知が来る。」

 

一瞬で嘘が見破られてしまった。木曾は懲りずに又言い訳をしようとするが、それを京が止める。

 

「どうせいつか嘘だとわかる。本当のことを話せ。」

 

木曾はしばらく口をむにゅむにゅさせていたが、観念して話す。

 

「大鳳と目玉焼きに合うのはソースか醤油かで揉めた」

 

改めて客観的に聞くと、なんとアホらしいことで争っていたのか、よくわかる。大鳳は顔を真っ赤にしてうつむいた。しかし、意外にも京は納得したような顔をする。

 

「あー、確かにそれは重要な問題だな。どっちに軍配があがったんだ?」

「まだ決着がついていない。お前がどちら派かで決まる」

「僕はマスタード派だ。実に残念だ。犬派猫派、きのこ派たけのこ派に並ぶ因縁ある対決に決着がつくかもしれなかったのに」

 

そう言って、肩をすくめると、机の上に置いてあった書類を挟んだクリップボードを取り上げ

 

「って、アホかーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

思い切り木曾の頭をそれではたいた。

パッカーン!と乾いた音に大鳳はビクッと身を震わせる。

 

「ノリツッコミがなげぇよ」

 

木曾が白けたように呟く。水兵帽がクッションとなったのかあまり痛そうではない。

 

「そこが問題じゃない!!」

 

床をバンバンと踏み鳴らしながら、叫ぶ。半徹にジョギング、予想外の出費、疲れが溜まり、京はいつもよりイライラしていた。

 

「なんだ、遅れた理由が目玉焼きって!?お前これが出撃だったら、報告書に目玉焼きのせいで遅れましたって書くのか!?」

「そう書くしかないだろうな。」

「書くな!そんな報告書を提出しなければならない僕の身になれ!」

「もういいだろ?早くしないと訓練時間が無くなる。」

「お前が言うなーーー!」

 

スゥーハァーと京は荒れに荒れた息を深呼吸で整えると、暁、島風に体を向けた。

 

「暁に島風、君たちも自分で時間を守れるようにしような。木曾をあてにするな。木曾なんだから」

「…オレの名をバカの代名詞扱いすんじゃねえよ」

 

木曾の抗議は聞き入れられることはなく、暁と島風は「はーい」と返事する。

 

「そして、大鳳さん。木曾がちょっかいをかけても、真面目に受け答えしなくてもいいですから。うんうん、そうだね、参考になるね。これを繰り返しておけば、勝手に満足します」

 

「何なんだ!?さっきからのオレへの扱いは!?困ったボケ老人と一緒の扱い方じゃねえか!!」

「うんうん、そうだね、参考になるね」

「てめえ工厰裏に面貸せよ」

 

ギリギリと歯ぎしりをしながら木曾は京を睨み付けた。大鳳は怒鳴られることを承知で二人の間に入る。

 

「違うんです!私の方が突っかかって、話を広げたんです!」

 

京は「えっ」と漏らし、木曾に確認の眼差しを送る。

木曾は目線をそらして、ボソボソと話す。

 

「…予想以上に食いついたんだよ。だから、オレも向きになってよ…。まぁ、でも、悪いのはオレだ」

 

京は合点がいったと、天井を仰ぎ見る。実は木曾は粗雑に見えるが、時間は守る方だ。京はその点が少し気になっていたのだ。

 

そして、大鳳に向き直って、眉を顰めた。

 

「しかし、大鳳さん。それならば、もっと悪い。あなたにとってここは初任地で、浮き足だつのはわかります。しかし、時間を守るというのは基本中の基本。それすらも守れないというのは、自身だけでなく、あなたをとても優秀だと評価した鹿島先生や瑞鳳さんへの評価も下げかねない」

 

京は怒鳴ると言うより諭す形の説教を選んだ。確かにここで一発カマすという方法もある。しかし、そういう行為は血気盛んな者に有効であって、大鳳のような根が真面目な者にすると、身体が縮みあがってしまい積極的に動いてくれない。むしろ、何が悪かったか端的に言えばすぐわかってくれる。まあ、二週間前に読んだ「5分でわかる!出来る上司の秘密」の受け売りだが。そもそもな話、女性を怒鳴るのは苦手なのだ。

 

 

 

 

だが、京が思っている以上にそれは大鳳に突き刺さった。

 

 

 

大鳳は目尻に雫が溜まるのを自覚していた。

 

そうだ、その通りだ。私は浮かれていた。初めて見るもの感じるものが多くて、初対面なのに気安く話てくれる陸奥たちがいて、忘れていた。自分は艦娘であることを。浮かれていたんだ。こんな初日から怒られるために頑張ってきたわけではないのに。そんなことのために鹿島先生や瑞鳳さんが自分を応援してくれたわけではないのに。私は何をしたいんだろう。

 

「…申し訳ありません。以後気をつけます」

 

これが限界だった。それ以上口を開けば、嗚咽が混じりそうだった。頭を下げなければ、目端に涙がたまっているのがばれてしまう。質量が表面張力を超えた水滴は誰にも気づかれぬまま、絨毯に染みを作った。

 

京が訓練内容の説明を始める。聞き逃して、又怒られてはいけない。

 

怒り、悲しみ、悔しさ、あらゆる感情を、漏れ出さないように手で固く握りしめ、前を向いた。

今日の予定、訓練場所、注意事項などの説明が終わった。大鳳は脳にこすり付けるように、説明された内容を何度も反復させる。最後に全員で敬礼をし、執務室を退出した。

 

 

 

 

 

「お前本当に真面目だな」

 

執務室を出て、開口一番、呆れたように木曾が大鳳に向かって言う。

 

「ど、どうして!?」

鹿島や瑞鳳に言われてきたことを木曾にも言われて、大鳳は驚く。

 

「坊の説教であんなに肩プルプルさせてたじゃねえか。冷え性なのかと思ったぜ」

 

見られてたのかと恥ずかしくなるが、そんなことより気になったことがあった。

 

「貴方、提督に対して予想以上にタメ口ね…」

 

もはや京と木曾の会話は提督と艦娘のそれではない。完全に友人同士のそれだった。

「え、そうか?普通だろ?」

 

木曾は意外そうな表情を見せる。

 

「普通ではないと思うし、何より提督に対して失礼じゃないかしら?」

「だが、坊は一度だって注意したか?」

「それは……」

 

そう、一度も提督は注意も嫌な顔すらしなかった。注意を諦めているという感じでもなかった。

 

「だろ?それにな、お前みたいにちゃんと敬意を払う艦娘の方が珍しい」

「クソ提督とかクズって罵った娘知ってる」

「たしか佐世保の秘書艦の空母が司令を爆撃したってウワサきいたことある」

「それ本当なの?」

 

百回洗っても耳を疑う話だ。島風が聞いたウワサは明らかに脚色が入っているだろうが、火の無い所に煙は立たぬと言う。

 

「別に提督なんざいなくても困らねーよ」

「…それってどういう意味かしら」

「言葉通りさ。いいから行こうぜ。訓練時間が無くなる」

 

釈然としないまま、木曾に言われるがままに艤装庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支部の敷地を上から見た時に、本館を時計の針の中心、海が6時の方向と見立てると、別館が10時、グラウンドが12時のところにあり、艤装庫は3時の方向だ。

あれ以降、大鳳と木曾は話さなかった。暁と島風は暗い雰囲気を嫌い、「あ、鴎がたくさん飛んでるわ」「ほんとだ」と益体もないことを話す。

 

そんな光景はいくらでも見てきただろうに

 

大鳳は特に反応をしなかったが、木曾は「そうだな…」とあいまいながらも反応した。

 

艤装庫に着いた。レンガ壁の鉄筋コンクリートのその建物の大きさはジャンボジェットが一機入るか入らないかくらいだ。木曾がアルミ扉を開けて中に入る。鍵もかかっていないので、防犯上大丈夫なのかと思ったら、やはり大きな扉が立ちはだかっていた。

 

正面の扉は鉄を主成分とした合金で厚さ60ミリ。多少の爆発ならば耐えられそうなほど頑丈に見える。

南京錠のような鍵が見当たらないが、どのように開けるのだろうかと大鳳が疑問に思っていると、木曾が扉近くのこじんまりした機械の前に立つ。

機械のフタをあけ、ナンバーキーを何回か押す。ピッと機械音がすると次は機械に顔を近づけた。その時に眼帯を外したので、ちょっと見たくなったが我慢した。

又しても機械音が鳴ると、更に機械に「球磨型軽巡五番艦の木曾だ」と話かける。

今度は機械音が鳴ると同時にゴゴゴと何処からか音がし、扉がのっそりと開いた。

 

三人が入っていくので、置いてけぼりにされないように、急いでついていった。大鳳が中に入ると、暗かった内部に灯りがつき、またのっそりと扉が閉まった。

 

「厳重ね…」

「オレらの艤装はこの国の技術の結晶みたいなもんだからな」

 

一人言のつもりが聞こえていたようだ。

 

とまどいながらも「そ、そうよね」と返事をした

目に見える部屋の大きさと丁度入り口から反対側に見える扉から艤装庫内はいくつかのブロックに分かれいるのだとわかった。

 

今いるこの部屋は弾薬や魚雷を抜いた艤装が置かれているらしい。機械油の匂いがプンとする。この匂いは料理などとは全然違う部類の匂いだが、好きな匂いに入る。1から6までの数字が目印の簡単な木板の囲いで出来たブースがあった。木曾たちは自分のブースへと行き、慣れた手つきで艤装の装着を始めていく。自分も艤装を着けなくてはと慌てるが、勝手がわからない

 

「ね、ねえ!木曾!」

「ん?なんだ?」

「私の艤装ってどこかしら?」

「…陸奥から聞いてないのか?」

「木曾から聞くようにって言われてるの」

「あー、お前から見て斜め右。暁の右側」

 

ぷらぷらと5と書かれたブースを指し示す

見ると確かに自分の艤装らしきものがある。

行くと、確かに自分のブースだった。何故なら名札プレートがあり、「うほいた」と書かれていたからだ。

 

うほいた……。

 

名札プレートの下には紙が貼られており、どこに何を置いてあるか詳細に手書きで書かれていた。陸奥が書いたに違いない。ウインクしている陸奥の簡単な似顔絵があった。本当に手際のいい秘書艦だ。

 

訓練所で習った通りに艤装を着けていく。まずは、推進機。赤いラインの入った灰色のブーツのようなそれに足をはめる。小型高性能エンジンが内臓してあり、機力を注入することでエンジン本来の馬力が何倍にもあがる。しかし、これだけでは浮力は足りないため、後程フロートを取り付ける。

 

次は機関部。艦娘が航行、戦闘する際の心臓部に当たる。深緑色のそれには装着用のベルトとは別のベルトがついている。いわば機関部に機力を送り込むための出力用のベルトだ。背中に当たる部分には大鳳の背中の形状に合わせたシリコンゴムがついており、背中と接着する表面の部位には一枚の金属板が貼られていて、内部にはそれと機関部につながるコードが何本もはりめぐらされている。

 

大鳳は背中ときちんとフィットさせるために何回かずらした後、ベルトをきちっと止める。少しきつめにするのがコツだ。そうすることで機力の無駄な流出が減らせる。けっこう重いが、全身に軽く流すイメージをしながら機力を流すと全身の筋力が増し、軽く感じる。

 

次はヘッドギア。羽のような白の無線アンテナが特徴だ。そして意外に軽い。

 

さらに、機銃が数門ついた弾薬庫を機関部の右側と接続させて装着。現在重心が右寄りになり不安定なわけだが理由がある。

 

装甲甲板の存在だ。

 

艦であった時の大鳳の甲板を模したそれはかなり重い。左足をブースの壁に引っかけ、それを太ももの上に乗せ、ふぎぎと耐えながら、コードを機関部と接続させる。何本もあるし、何よりややこしい。間違えのないように、点検しながら、ようやく接続し終える。そして、左右のバランスを気にしながら微調整。ふぅと息をつく。再度機力を軽く流した。流れるほど艤装と身体が一つになるのがわかる。機力を流すのはコツがいり、かなり苦手であったが、今はこのとおり。…まあ、上手というほどでもないが。半分は経験がものをいうからしょうがない。

 

最後に目の前にある自分の相棒を手に取った。ボウガン型艦載機射出装置。舌を噛みそうな名前だが(実際に噛んだことがある)、これこそが自分を大鳳たらしめる真髄と言っても過言ではない。これがなければ何も出来ない。

 

改めて自分の相棒をジロジロ眺める。木曾たちが自分を空母でないと判断したのもしょうがないかもしれない。まず、ボウガンが弓と銃の合の子だ。マガジン部分がいかにもミリタリーな厳めしい外見でパッとみたらライフル銃に見える。

正直自分でもこれは銃だなと思っている。それに艦娘とはいえ婦女子だ。可愛いという感覚はある。ボウガンよりも弓の方が可愛いのにな~と思わないでも…はっ、いけないいけない。

邪念を振り払うために頭をフルフルと振る。

 

「あなたの方がもちろん可愛いわ。」

 

気分の問題だが、慰めるように相棒を撫でる。さすさすといくらかなでて、マガジン部分に軽く口づけをした。

 

「…何してるの?」

 

後ろを振り返ると怪しいものを見る目で暁が見ていた。四連装の魚雷管を両腰に取り付け、右腕には連装砲を装着し、防盾が両腕を囲うように着いている、よくみると腰から小さな錨がぶら下がっている。幼い見た目のわりに意外と重武装だ。

 

「な、なんでもないわよ!?き、キスいえキズがないか点検してたのよ!」

「点検しているようには見えなかったけれど…。」

「こ、細かいことを気にしたらいけないわ!!えと、そう!レディなら!」

「ん!それもそうね。」

 

納得してくれて何よりだ。その意味を良く知らないのにレディという単語を使って、純真な暁を騙したことに後ろめたさを覚える。それをかきけすために話題を変えた。

 

「そういえば何か用かしら?」

「あ!いけない!皆はもう準備が出来たから、呼びに行くように言われてたんだったわ」

「私も準備が出来たから、今行くわね」

 

そう言って暁の横に並んで歩こうとすると、暁が大鳳を上から下までジーと見ていた。

 

「どうしたの?」

「凄い装備ね…。陸奥さんみたいだわ。」

「そう?」

「でも、大鳳さんの装備は滑らかで、こう、シュッとしているのね。陸奥さんのはちょっとこわいのよね」

 

陸奥さんにはないしょにしててねと口に指を当てる。その仕草が愛らしくてつい眉が下がってしまう。

 

「あ、ここが陸奥さんの艤装置き場よ」

 

一番と書かれたブースを暁が指さす。

へぇと相づちを打って、大鳳は中をのぞきこんだ

 

「…凄いわね」

 

最初に目についたのはなんといっても砲塔だ。コの字型になっていて長門型の代名詞である41センチ連装砲が両方に1基ずつついていた。暁が怖いというのも納得な存在感。武を具現化したようだ。艦のことを言えないがあんなに大きいものを装着したままどうやって航行するのだろうか。

 

次のブロックは火薬庫だった。コンクリート壁には「危険」や「慢心は禁物」、「ダメよダメダメ」などの赤字の貼り紙がいくつもそこら中にあった。

 

ちなみに使われている火薬の種類は大戦中に使われていたもの。魚雷に現代の火薬(積めるかは知らないけれどC4とか)を積むより、大戦中の火薬を積んだほうが深海棲艦に効くと研究報告がいくつも上がっている。

 

魚雷置き場に木曾の姿があった。模擬弾頭に切り替えながら、一本一本を検分する。後ろ姿からだが、木曾の機関部からアームが伸びており、その先には連装砲が設置されている。右の視界が頼りないからか、右肩には板状の小さな防壁を取り付けている。先しか見えないが、腰には短刀を提げているようだ。

 

「ん、来たか。早く装着できるように練習しとけよ。緊急時に対…おう!?」

 

木曾が自分の魚雷管に61センチ酸素魚雷を装填し終え、大鳳の方へ振り向くと、何故か驚いた顔を見せた。

 

 

「ど、どうしたの!?」

「か」

「か?」

「かっけぇ…」

「は?」

 

木曾の言葉が理解出来なかった。

 

「かっけぇよマジ。それ、ボウガンだろ?それで飛ばすんだろ?

「そうだけれど…」

「赤城や蒼龍、瑞鳳とかは長弓使って飛ばすんだけど、オレ的にはちょっとシンプルすぎてな。昨日はじっくり見れなかったんだが………触ってもいいか?」

「…いいけれど」

 

木曾の思いがけない好反応に戸惑うが、ボウガンを手渡す。

どうでもいいけれど、さっきまでのことは木曾の中ではもう終わったことらしい。どうでもいいけれど。

 

木曾はもの珍しそうに眺める

 

「おお、思ってたより結構重いな…。これがマガジンか…。んー?」

 

ボウガンにささっているマガジンを見て、あることに気づいたらしく、さらに大鳳の飛行甲板を見つめる。

 

「ど、どうしたの?」

「そっちにもマガジンがあるよな。しかも、3つ。合わせて4つだ。もしかして、艦戦、艦爆、艦攻、索敵に分けられんのか?」

「…そうよ。よくわかったわね。」

 

ちょっとこの指摘には驚いた。木曾の言う通り、マガジンを切り替えることで機種を切り替えられる。

ただ、一つのマガジンには一つの艦載機しか登録できない。つまり、同じ艦攻だからと言って、天山と流星を同じマガジンに登録できない。

 

何故出来ないかは、登録の方法に理由がある。が、長くなるのでここでは述べないでおこう。後、これは構造上の問題であり別に自分の技量が足りないからではない。自分の技量が足りないからではない。大事なことなので2回言いました。

 

「ねぇ、そろそろ行かないの?また、おくれちゃうわ」

 

話の輪から置き去りにされて退屈そうな暁が木曾の裾を引っ張る。

 

「お、おお、そうだな。」

 

指摘されて気まずそうだ。自分も気まずい。

あはは~と愛想笑いを浮かべて、機銃用の弾丸を詰めていく。

マガジンにはすでに艦載機を登録済みなので、このブロックではすることがそれ以外はない。

 

「あら?島風ちゃんは?」

 

さっきのブロックよりさして広くはなく、整理整頓が行き届いているので、見落としていることはないだろう。

 

「島風ならおっそーいって言って、先に行っちゃったわ」

「やれやれ。遅いのは本当だけどな。」

木曾は肩をすくめ、次のブロックへ向かう。

 

次のブロックは3分の1ほどが、外海とつながり、生け簀のようだ。ここから出撃するのだろう。海面が外から差し込む太陽の光を照り返していた。

 

脇にはフロート置き場があり、ご丁寧に又しても「うほいた」と書かれた紙が貼ってあった。もちろん陸奥の似顔絵つき。フロートは赤色で長さは40センチほど、底が膨らんでいるスキー板といえばいいだろうか。海面にフロートを浮かべ、足に固定させる。推進機のスイッチも入れると。フォーンとモーター音が鳴り始める

 

「ほっ!」

 

勢いをつけて立ち上がる。推進機は海水を取り込み、機力で強化されたモーターの力で凄まじい勢いで下へ排出する。その反作用によって水面に浮かぶことができるのだ。左右の強弱は機力の流量で調節し、こけないように姿勢の安定をはかる。慣れれば、無意識で調節できる。

 

訓練したての時はバランスがとれず、何度もこけて、ずぶ濡れになったものだ。

 

今は無意識とまではいかないまでも、かなり早く姿勢を安定させられる。艤装の最終チェックをすると、前へ体を傾けて、艤装庫の外へと飛びだした。

 




次はとうとう(やっと?)海に出ます。
次回から佳境にはいってほしいです。
頑張ります。次は2週間以内を目指します
少し話をすると、ここまではワーッと独自設定を出していきました。次回以降からは少なくなり、書きたかったシナリオになります。大体展開は予想出来るかもしれませんが、少しでも裏切れたらと考えています。



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9話 連装砲

今回は連装砲ちゃんのお話しです


飛びだした………はいいが、どこに行けばいいものかさっぱりわからない。第一訓練海域に行けばいいのはわかっているのだが。大鳳がキョロキョロと首を振っていると、不意に肩を叩かれる。驚きで背を震わせ振り返ると、木曾だった。

 

「何してんだ、こっちだ」

 

木曾が手招きをして、スケートをする様に海上を滑り、先導する。

推進機から出る噴水が水飛沫をあげながら、水面に漂う白線を作っていく。

木曾についていくと、追いかけっこをしている暁と島風の姿が見えた。

朝の時と同じ構図で島風が逃げて、暁が追いかけている。

しかし、違う点が一つ。島風の周りをうろちょろと航行している謎の物体があること。しかも3つもある。

 

「あれは何?木曾」

「ん~、そうだな…。直接見た方が早い」

 

言うやいなや、その場でホバリングし、木曾は腰のポーチから取り出した無線機のチャンネルを合わせる

 

「暁、島風。集合だ」

 

二隻に気づいた駆逐艦たちは追いかけっこを止め、こちらに近付く。

近付くにつれて、島風の周りにいたものがはっきりと見えてきた。

それは高さ45センチほどの直方体で灰色の丸い角をもつ物体だった。小さな腕らしきものがついており、足にあたる部分には「ぜかまし」と書かれた赤白ストライプの浮き輪を着けている。最大の特徴は頭に触角のように2本の砲塔を生やしていることだ。

 

いや、本当の最大の特徴はまるで生きているように見えることか。

 

島風が指示を送る素振りも見せないのに、ジグザグに航行したり、急発進急停止を繰り返したりする。腕がピョコピョコと、砲塔がガチャガチャと動く。

 

正直、正体を説明されても理解出来る自信は無い。

 

その謎の物体達は大鳳の姿を見つけ(?)、『キュゥー』『きゅーきゅー』『qq〜』という鳴き声が聴こえた気がした。内側の歯車的なものが摩擦音を発しているのだと信じたい。

 

これで目でもあったら…と思っていたら、丸い黒目があった。今、ウインクした。おまけに逆三角形の口があった。

 

わけがわからないよ…。

 

大鳳以外の3隻は当然のように受け入れていた。

大鳳はただ口を開けていた。

 

「驚いたか?」

「驚かない方が可笑しいわよ…」

 

木曾のからかいに取り合っていられないほどだ。

 

「あれは…、何なの…?」

「自律行動型旋回砲塔。通称 連装砲ちゃんだ。」

「れん…そうほう…ちゃん?」

そこで思い付くことがあった。

「つまり…ロボットなの?」

 

訓練所の図書室で読んだ記憶がある。自力で思考し、行動し、学習する機械があると。最近生まれたものというわけではなく、私達艦娘が艦であった時にも「学天則」というのがあったとか。

 

「違うな」

 

違いましたか

 

「あれらにはな、オレ達艦娘が艦の記憶、いや、魂が宿ってんのと同じように、島風が艦だった時に載っけてた連装砲の魂が宿ってる」

「ごめんなさい。よくわからないわ」

「それが普通だ。あれらを開発した博士もよくわかってないみたいだしな」

「そんなので、いいの?」

「いいんじゃないか?そもそも、オレ達のことだってわかってないし」

「そうね…」

 

何気ない木曾の一言がなんだか重く感じた。

 

 

私は自分を理解しているのか?

 

 

そんなことを考えていたら、島風が目の前にいた。

島風は大鳳の顔を覗きこみ、少し目を光らせた。

 

「連装砲ちゃんに興味があるの!?」

「え、ええ…」

 

押された形となって答えたが、確かに興味がある。

不気味だという気持ちが無いわけではないだが、どんなものかという興味が勝る。

猫をも殺すほど好奇心は何よりも強力だ。

 

バランスを崩して横転しないように、慎重になりながら中腰になり、連装砲ちゃんに顔を近付ける。

 

よく見るとわかったが、目と口はその部分に有機ELディスプレイがあって、それが表示している画像だ。どうしてそんなことをしているのかわからないが、開発者の遊び心というものだろう。

 

目と口の正体さえわかってしまったら、不気味さはなくなった。要は艦載機と同じだ。

 

砲塔を触ってみると、意外にふわふわしている……ということはなく、金属特有のひんやりさ加減。だが、連装砲ちゃんは照れた素振りを見せるので、不思議な感じだ。青い猫型ロボットも実はこんな触り心地なんだろうか?

 

ふーんとしばらく見ていると、島風がそわそわし始めた。

 

「あ、おトイレなら早くいった方がいいわよ?」

「ち、違うもん!」

「?」

「その、連装砲ちゃん、可愛いと思う?」

 

不安の混じった瞳とともに訊いてきた。

 

「島風ちゃんと同じくらい可愛いと思うけれど?」

 

別に嫌みという訳ではなく、率直な感想だ。島風も連装砲ちゃんも小動物のような可愛さがある。

 

「ホント!?」

「ええ、本当よ」

「ホントのホント!?」

「本当の本当」

「えへへ/////」

 

頬に両手で挟み、腰をくねくねさせたかと思えば、又大鳳に顔を近づける。

 

「あのねあのね!!」

「え、うん、なぁに?」

「島風とね!連装砲ちゃんはね!親友同士なの!」

 

島風は顔を紅潮させた後すぐに何故か青ざめさせた

 

「あ、えっと…「そうなの!?じゃあ、私もお友達になっていい?」

 

大鳳は可愛いものを見た時のように微笑んだ。

 

島風の言っていることはよくわかる。艦載機を兵器としてではなく相棒として見るのは空母あるあるだ。

 

青ざめていた島風は大きく目を見開き、頬を染めながら「うん!」と大きく頷いた。

連装砲ちゃん達が横で跳びはねていた。




次回こそ!海で撃ちます!
一週間後に更新を予定しています。


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10話 訓練

訓練といいつつ、半分は大鳳たちがだべります。


連装砲ちゃんとのご挨拶も終わり、いよいよ訓練が始まる。

大鳳、島風、暁が横一列に並び、前にいる木曾を見つめた。

 

「では、これから航行訓練を行う。本日は輪形陣を主体とする。これは航空戦力である大鳳を主体とする作戦が多くなるのを考慮してのことだ」

 

大鳳は自分が主力であると告げられ、ぐっと拳に力が入った。

少し前までふざけていた島風たち駆逐艦も神妙な顔つきになる。

そんな3隻を見て、木曾は満足げに頷く。

 

「よしよし、良いツラだ」

 

そして、自信満々に口を開いた。

 

「さあ、訓練、開始するぞ!」

 

 

「暁、ちゃんと大鳳の動きを読め!島風、連装砲をちゃんと誘導しろ!」

 

木曾の怒号が飛ぶ。

連装砲ちゃんはどうやら完全な自立駆動は出来ず、ある程度は島風からの指示がいるらしい。

 

輪形陣は空母や旗艦等を中心に、それを僚艦で囲む陣形だ。この陣形を作るには原則5隻必要だが、その5隻目は連装砲ちゃんを置いている。

大鳳を中心とし、前に連装砲ちゃん、右に暁、左に島風、後ろに木曾の陣形で半径3㍍の円を描く形だ。

 

『大鳳、そこから4時の方向に面舵』

『了解』

 

無線を通じて、木曾から指示が来る。今、この無線は木曾と大鳳にしか使われていない。

つまり、暁と島風はいつ、どこへ大鳳が向かうのか、わからない状態だ。

 

大鳳の挙動を見極め、先を予測し、次の新たな位置へと移動しなければならない。

見た目は普通の航行訓練だが、その実はかなり高度だ。

 

そして…

『おい、3時の方に進んでんぞ』

「うぇ!?ホント!?」

 

大鳳は慌てて向きを変える。

 

『5時になってる』

「嘘!」

 

又向きを変える

 

『実は嘘だ』

 

大鳳は態勢を崩しかける。

 

「なんなの!?」

『からかいたくなった』

 

堂々と言われ、溜め息をつくしかない。

 

『溜め息つきたいのはこっちだ。自分で考えろよ』

「う…」

 

痛いところをつかれ、胸をおさえる

 

「島風!連装砲をふらふらさせんな!」

「だってぇ、大鳳さんがあっちこっち行くから~」

 

又しても突かれ、胸がさらに痛む。

そう、大鳳がミスをすると、駆逐二隻も怒られる。

大鳳のミスが訓練をさらに高度化させるのだった。

ミスをするまいと思うほど、体が硬くなり、初歩的なミスを重ねてしまう。

 

『バックして、2秒後に前進。』

「りょ、了解」

 

後ろに進むという艦娘ならではの動きの指示。

重心を後ろに傾け、転倒するかもという怖れを抑える。

大鳳の後方への動きに合わせ、3隻(プラス1)が移動した。

 

1,2

 

2秒数え、姿勢を前のめりに戻す。前のめりに…。

 

「きゃあ!」

 

前傾しすぎでこけそうになる。

姿勢を戻すため、右足を前に踏み出し、その右足の推進機に力を入れた。

 

「え?ちょっ、げ、ぐはぁ!」

 

力のいれすぎで後ろに急加速してしまい、木曾とぶつかる。

安全装置が働き、推進機の活動が停止。二隻仲良く海面へと突っ込んだ。

 

「あ、連装砲ちゃん!」

 

そこへ島風が停止の指示を忘れた鉄の塊が飛び込んできた。

 

「ぐふぁっ!」

 

大鳳のみぞおちにクリーンヒットし、大鳳の意識を一瞬飛ばしかけた。

 

「だ、だいじょうぶ!?」

暁が心配そうに駆け寄ってきた。

そうか、暁にはこれが大丈夫に見えるのか、大したレディだ。

 

「だ、大丈夫よ」

 

大鳳は歯をくい縛りながら微笑んだ。

本当はお腹を抱えたまま叫び転がりたいが、これ以上は醜態を晒したくなかった。

一足先に回復した木曾が立ち上がり、やれやれと言いたげに告げた。

 

「一旦休憩だ」

 

 

 

太陽がもう少しで頂上に登りつめようとしている。

4隻(プラス1)はコンクリート岸に腰掛け、木曾が持ってきたスポーツ飲料を飲んでいた。

かなり甘く感じることから、疲れていたのを実感する。熱くなった喉が

冷やされる感触が気持ちいい。

 

「キソは悪くないんだがなぁ」

「いいえ、木曾が悪いわ」

「オレのことじゃない、基礎。基本のことだ」

 

口周りをぬぐいながら、暁の勘違いを訂正する。

 

「そうかしら…」

 

ついさっきのことなので大鳳は落ち込み気味だ。

 

「見た感じ悪くないし、そもそも鹿島は基礎も出来てないヤツを放っぽり出さない」

「ええ…」

 

力なくだが、木曾の意見を大鳳は肯定する。

鹿島先生は熱心で、こんな自分を何度も何度も支えてくれた。感謝してもしきれない。

木曾は少し思案し、暁たちの方に声をかける。

 

「そうだな…。島風、暁、倉庫からポールを5本ほど持ってこい」

 

「ふぁーい」と、面倒だがスポーツ飲料もらったし、しょうがないかという声が聞こえてくる返事だ。

 

「はあ、なんで、『はいっ』って言って、動けないんだ」

 

木曾は肩を落として、空になったペットボトルをぶらぶらさせる。

 

「オレの指導が悪いのかねぇ。神通がうらやましい、いや、阿武隈の方がうらやましいな。何故駆逐艦どもはあんなホワホワしてるやつの言うことを聞くんだ?一水戦の長だからか?」

 

木曾はあいまいな水平線を眺めながら、愚痴を飛ばしていく。

 

「あまりわからないけれど、隣の芝生は青いってことじゃない?」

「本当に青いもんな、あいつらが芝生ならオレはなんだ?ネコジャラシか?ペンペン草か?」

 

大鳳が慰めようとするが、木曾の愚痴は止まらない。

強気な木曾が駆逐艦の指導となると弱気になるのは意外な一面を見た気がした。

 

「アネキもこんな気持ちだったのかな…」

 

木曾はコンクリートに背中を預け、上空に漂う雲を見つめる。

そうか、木曾にはお姉さんがいるのだと今更ながら気づいた。

艦娘には自分の姉妹艦と本当の姉妹のような関係を持つ慣習がある。

 

大鳳は姉妹艦がいる艦娘を羨ましく思ったことが何度かあった。

 

「貴方のお姉さんたちは今どこにいるの?」

 

大鳳は何気なく聞いてみた。

木曾は球磨型軽巡洋艦5番艦。木曾が末っ子なのだと考えると、なんだか面白い。

 

「…球磨ネェと多摩ネェはショートランド泊地に長期遠征中。大井ネェは大湊警備府本部に在籍してるな」

 

流れていく白い雲を目で追いながら、木曾が答えていく。

 

確かショートランド泊地は激戦区の1つのはずだ。そこに出向したり、本部に在籍したりと、3隻ともかなり優秀なようだ。

大鳳は木曾に次の4隻目を促した。

 

「それで、もうひと…「キソーー!これ!どこに!おいたらいいのーー?」

 

島風に遮られた。

 

「おー、そっから1,5m間隔で直線に並べてくれー!」

 

コンクリート岸から海面へと跳び降り、木曾が大声を張り上げながら、島風に近づいていった。大鳳との会話を宙ぶらりにしたまま。

 

 

準備が整い、大鳳はポールのついたブイの列の前に立っていた。

 

『じゃ、いつもの航行訓練をするぞ。ポールを避けながら、S字に動いてくれ』

 

木曾からの指示を開始の合図として、身体を前傾させる。

ポールと自分との距離を見定め、右足を前に出す。

ブイを中心に出来るだけ小さく円を描くように回りこむ。

これを交互に繰り返していく。訓練所で何度も練習した動きだ。

5本全てのポールを触れずに通過した。

 

『よし、良い動きだ。次は後ろ向きに通過しろ』

 

難易度が上がったが、なんのことはない。これも何百回と練習した。

次は時間制限をつけられたが、ポールに何回か当たりながらもクリアする。

2本目を通過したら、3本目まで進み、2本目まで後ろ向きにもどり…といった動きも指示されたが、これもこなす。その次も複雑な指示が出されるがなんとかこなした。

 

全て訓練所でやった動きだ。

 

「え…?」

『気づいたか?』

 

木曾のニヤニヤしている顔がマイク越しにでもわかる。

 

『言っておくけどな、オレはお前が鹿島んとこで何の訓練したかなんて一切知らないぞ。テキトーに言っただけだ。』

 

さらに続ける

 

『いつもの訓練も今した動きの応用に過ぎない』

まあ、もう少し厳しくはするがなと付け加える。

『じゃあ、どうして出来ないと思う?』

 

出来ないというのは、先ほどの島風たちとの輪形陣のことか。

それなら答えは決まっている。

 

「それは私の練度が…『ぜんっぜん違う』

 

言い終わる前に木曾に否定された。

木曾の方を見ると、暁、島風を引き連れ、こちらに近づいてくる。

 

『今後言い訳に使えないように言っとくが、お前の練度は別に問題ない。まだ航行しか見てないが鎮守府海域、南西諸島海域に連れていく分には充分だろうな』

 

褒めているとしか思えないことを突然言い出した。

出撃出来ると聞いて、胸が少し高揚するのを自覚する。

 

『だが、今は連れていく訳にはいかない』

 

冷たい海水をかけられた気分になった。

 

「ど、どうして…?」

 

マイク越しでなくとも充分に聞こえる所まで近づいたが、木曾は止まらず、大鳳の当に目の前にまで行き、顔を寄せる。

 

「心に溝が出来てるからだ」

「溝…?」

 

意味がわからないにも関わらず、背中をナイフで突かれたようだ。

顔が強ばったのを見て、木曾は失笑する。

 

「たいしたことじゃない。訓練所から出たばかりの艦娘にはよくあることさ。鎮守府に着任するとな、自分が強くなったように錯覚してしまうんだ。実力は変わらないのにな」

 

「そんなことはない」と言いたいのに、口が上手く開かない。

 

「そうなるとな、あるべき自分と本当の自分との溝が出来る。開けば開くほど焦ってヘマばかりしてしまう。そして、さらに開いて…って感じでな」

 

背中をナイフで薄く傷が刻まれていくような、悪寒が止まらない。

 

「そんな奴を連れていくわけにはいかないだろ?戦場の圧力にやられて、さらに開いて、勝手に自滅しちまう」

 

ゴキュと喉が不快に鳴る音がした。知らぬ間に強く噛みしめていた。

 

「き、木曾は、私がそうだって、言うの?」

「あぁ、多分そうだろうな。さっきの訓練だって、オレは後ろから見ていたが、相応の実力に見えた。なのに、お前は過剰にミスに反応し、ミスを重ねていた」

「ッ!」

 

反論しようとしていた大鳳は口をつぐむ。

 

「お前は真面目だしな、そうなりやすい。しばらくはここで訓練か、プラントつまり正面海域に出撃…」

 

 

 

「ふざけないで!!」

 

 

大鳳は木曾の胸ぐらをつかみかかった。今までずっと二人のやりとりを黙って聞いていた暁たちは驚きで肩を震わせる。

つかんだまま大鳳は目を血走らせ、木曾を睨み付けた。

 

「それじゃあ何のために今まで頑張ってきたかわからないじゃない!」

 

木曾は怒るでもなく、大鳳の瞳をじっと見据えながら淡々と説明する。

 

「永久にしないわけじゃない、少しの間だけだ。さっきも言ったようにこれはよくあることで、オレも暁もそうだった。我慢しろ」

 

はい、そうですかと納得しようにも出来ない。

戦わなければ、自分の存在意義が無くなる。

つかんだ腕にも自然と力が入る。

 

「貴方さっきも言ったじゃない!私には充分な練度があるって!溝が何よ!そんなもの、この大鳳には何の関係もないわ!」

「そう勘違いするのもよくあることだ」

 

両者は黙り合い、ひたすら睨みあっていた。

二隻の駆逐艦はどうすることもできず、ただ見守っている。

聞こえるのは風と波の音、そして、駆動音のみとなる。

 

そして、沈黙を破ったのは誰でもなく、敵の来襲を告げるサイレンだった。

 




とうとうストックがなくなりました…
次は出撃です。
二週間以内を目指します。


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11話 出撃

少し陰陽要素が出てきますが、テキトーに書いてしまいました。実にダサい…




サイレンが鳴り響いた瞬間、時が止まったように感じた。

独特のけたたましい音が心臓を震わせる。

 

一番最初に動いたのは、木曾だった。

大鳳を掴んでいた手を放し、艤装庫へと向かう。

それを引き金として、島風、暁も木曾の背中を追いかける

突然放され、態勢を崩しかけたが持ち直し、大鳳は3隻の後を追った。

 

 

艤装庫の中は蜂の巣をつついたよう…というわけではなく、意外にもおとなしいものだった。

 

今は、提督と秘書艦が情報を基に海図を睨みながら作戦の思案中であるため、待機しなければならない。

だが、のんびりとしているわけでもない。大体必須である主砲と魚雷の最終検査と着装、模擬弾から実弾への詰め替え。又、おそらく出現するであろう深海棲艦の艦種を経験に基づき予想、それに対する装備の点検。

 

木曾たちは騒ぐでもなく己が中に秘める闘志を抑えながら、粛々と、間違いのないように行っていく。暁や島風も緊張の面持ちで自身の装備と向き合っていた。

 

現場の圧力に圧倒されながらも、大鳳も自分のすべきことにとりかかるため、扉を抜けて自分の艤装の置いてあったブースへと向かう。艦載機の模擬弾を実弾に変えるべく、白色の布でくるまれたものに手を伸ばしかけ、

 

 

止めた

 

 

木曾の言葉が思い出される。

「心に溝が出来てるからだ」

 

さっきは否定したけれど、そうなのかもしれないと考える自分がいる。

心ばかりが先行して、自分を高望みしてはいないのだろうか?

そもそも本当に練度が足りているのか?

気持ちばかりが高ぶって、練度が足りないことがどれだけ空しいことかなんて、一番私が…。

 

その時、スピーカーがハウリングする。不快な音に大鳳は眉を寄せる。

 

『あーあー、墨野だ』

 

実際より低い提督の声が響く。あの物腰が柔らかな言い方ではなく、居丈高だ。

 

『作戦がまとまった。敵が現れたのは和香山県沖南東部。敵の編成は駆逐4隻,軽巡1隻、そして軽空母1隻』

 

開け放した扉から木曾たちの驚く声が微かに聞こえた。

 

『現在、この一群の近くを貨物船3隻が航行中。すぐさま船長に航路の変更を指示したが、敵の電探が感知した可能性が高く、襲撃される可能性が大いにある。そこで現場から最も近い我が第二艦隊の役目は敵の足止めだ。』

 

つまり、この艦隊が一番槍を努めるということだ。大鳳は知らず知らずの内に手を固く握りしめる。

 

『編成を発表する。旗艦、戦艦陸奥。随伴艦、軽巡木曾、駆逐艦暁、島風。そして、装甲空母大鳳の計五隻だ』

 

大鳳は呼吸を一瞬止めた。空母が出現したと聞いた時に、自分の出撃を少し予想していたが、実際に呼ばれたとなると、気持ちの整理がつかない。

 

『着任間もない大鳳を起用することに反発するものがいるかもしれない。敵も普段なら苦戦はしない編成だ。が、敵に空母がいる。制空権を喪失したまま、護衛対象を念頭にいれて交戦することは大変危険であり、最悪轟沈が考えられる。よって、大鳳の編成は最善策であると判断した。反論は諸君が皆帰還した後に聞く。詳細は陸奥に伝えてある。旗艦の陸奥の指示に従え。以上。健闘を祈る』

 

そこで放送は終了した。終了した後も、大鳳には何だか現実のこととは思えず、身体が固まったままでいた。

カツカツと小刻みに足音が響いた。

 

「何してるの!放送、聞こえたんでしょ!?急ぎなさい!!」

 

陸奥の叱責で硬直が解ける。先ほどまで寝ていたはずだが、息を荒くしながらも淀みなく艤装を纏っていく姿は戦場へ向かう精兵だ。

 

私も急がなければ。

白色の布を引っ張りだし、床に広げた。

1.5m四方の布には一筆描きの五芒星、そして中心には「勅令」の文字が描かれている。

 

布の中には薄い短冊状の金属片が4枚。それぞれ「零式艦戦62型(爆戦)」「零式艦戦52型」「九九式艦爆」「九七式艦攻」と書かれている。腰を降ろし、大鳳はその四枚を一番上の角の部分に、残りの角にそれぞれマガジンを並べていく。

 

今までのことからもわかるように、艦娘を支える技術は2つあり、科学と霊術である。

 

MAMIYAは科学、艤装の推進機は科学と霊術から成り立っている。

 

そして、艦載機は霊術から成り立つ。

 

右手に機力を纏わせると、薄い青の光が手の甲を中心に輝きだした。

 

一番上の角から線に沿って指をなぞらせていく。なぞったそばから線も同じ青に光る。星が輝いたら、「勅令」の文字を手のひらで隠れるように手を置く。

 

「勅令、実弾への換装を終えたのち、52型は第一、62型は第二、九九式は第三、九七式は第四へと編成!」

 

言い終えた瞬間、金属片が一瞬で消えた。

五芒星が一際強く光を放つ。

 

さらに、マガジンの隅に書かれた戦、爆、攻、索の字も輝き始めた。索の字が消え、戦に変わる。星の光が弱くなっていくのとは、反比例するように文字の輝きは増していく。

 

五芒星の輝きが完全に失われた時、字は点滅し、やがて消えた。

 

「完了」

 

大鳳はマガジンを回収し、艤装のスロットにはめていく。

 

「行かないと」

 

艤装と共に腰を上げ、木曾たちのいる所へ走った。

 

 

 

 

大鳳が準備をしている間の話。

 

「どういうことだ!何故、大鳳を出す!?」

 

木曾は陸奥を左目で睨みつけ、怒鳴り声をあげた。

陸奥は臆することなく、強気に言い返す。

 

「さっきの放送を聞いてなかったの?空母が出たの、大鳳を出すのは当然でしょ」

「んなわけあるか!お前はわかってない、あいつはまだ出せる状態じゃない!」

「だから、アタシも出撃するの」

「お前が出たからって、安心できると思ってんのか!?ダメだ、他の空母を出せ」

 

陸奥は溜め息をついた。

 

「それは無理。稿知は呉で演習してるし、浜末は遠すぎて間に合わない」

「鳳翔さんや龍驤さんは…」

「それこそダメ。第一艦隊の手を借りたなんて、後でどういわれるか」

 

木曾がハッと鼻で嗤う。

 

「面子がそんなに大事か」

 

 

その一言で陸奥の理性のタガが外れた。

 

 

「ええ、大事よ!面子が大事なの!悪い!?良いわ、言ったげる。今回襲撃される貨物船はあの申香石油会社のものよ。ウチが何回指定ルートを通れって言っても、金がかかるからって無視してきた一流企業さまよ!でも、助けなかったら、どうなるかわかる!?海軍にネチャネチャ文句言ってくるに決まってるでしょ!?「良い関係」を続けたい上層部のハゲたちは京に全責任を押し付けてくるわ。空母を持ってるのに出し惜しみしたって理由でね!!」

 

一気に言いきった陸奥はもう一度息を吸い込み、吐き出した。

 

「わかったら、言うことを聞きなさい!秘書艦命令よ!」

 

陸奥の剣幕に怯んだ木曾だが、負けじと言い返す。

 

「ダ、ダメだ!あいつはさっき足を挫いたんだ。大したことはないが、出撃するとなると支障が…「問題ありません!!!」

 

丁度到着した大鳳はあらんかぎりに叫んだ。

 

「この大鳳、全く問題ありません!事情はどうであれ、ここで揉めていては間に合わなくなると思われます。陸奥秘書艦、出撃の命を!」

 

大鳳の進言で落ち着きを取り戻した陸奥は頷く。

 

「そうね、大鳳の言うとおりだわ。舞鶴鎮守府第二艦隊、出撃よ!」

 

陸奥が海へと走りにいくと、ずっと様子を見守っていた暁、島風も頷き、後を追う。

 

「お、おい!?」

「大丈夫」

 

焦る木曾に大鳳は不敵に笑いかける。

 

「最新鋭の装甲空母の本当の戦い、見せてあげる」

 

大鳳も海へ向かった。

 

 

 

溝がまた開いた。




ドタバタ感が伝わればいいなと思います。
大鳳の艦載機に違和感を持った方はなかなかの大鳳マニアですねw
次回は深海棲艦が出てきます。2週間以内に出来れば。
京が無能に見えますが、気のせいです。私が無能なだけです。


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12話 開戦用意

だいぶ悩んだ回です
かなり「あれ?」と思う部分があるかもしれませんが、それは私の技量不足です
追記 ミスが見つかり修正しました。62型の部分です。ご免なさい。


「こちら大鳳、未だ深海棲艦の姿は確認されません」

『了解。貨物船とは後何分で落ち合えそう?』

「後16分かと」

「わかったわ。そのまま索敵を続けて。気を抜かないで」

「了解です」

 

通信を切る。

現在、第二艦隊は索敵部隊と本部隊の2つの部隊に分かれている。

索敵部隊は木曾、島風、大鳳。本部隊は陸奥、暁の編成だ。

陸奥の速度が遅いため、5隻で航行するのは時間的に不可能と判断された結果だ。

 

作戦の概要はこうだ。

まず、索敵部隊が索敵をしつつ、貨物船と落ち合い、護衛する。

その後、本部隊と合流。貨物船を追跡しているはずの深海棲艦と会敵、交戦。

 

深追いはせず、あくまでも足止め。その間に舞鶴、浜末、呉からの支援艦隊が到着する予定。敵が撤退又は全滅したら、作戦終了。

 

もちろんこんなものは理想に過ぎない。

 

索敵しそこなったら、貨物船が落ち合う前に襲撃されたら、支援艦隊の到着が遅れたら、など様々な不確定要素が存在する。一応対策は考えているが、不十分なのが現状だ。頼りなく思えるかもしれない。

 

しかし、陸奥は愚痴ったものの、こうなったことがそもそも異常事態だ。

仁本を囲う絶対防衛領域を突破されるなど誰が予想しただろうか。

 

 

『大鳳、貨物船周りに異常はないな?』

「ええ、まだ艦載機の姿は見えないみたい」

 

風でなびく髪を押さえながら、艦戦から送られる情報を基に答える。艦載機は発艦した空母に情報を送ることが出来、しかも、意思疎通までも出来る。何故出来るのかは誰もわかっていない。

 

空母本艦(ほんにん)もわからないまま行っている。言語など存在しないらしく、気づいたら疎通できていたと、ふわふわしている。一説には無形意識体がいるとされているが、艦娘黎明期からの古株の軽空母、龍驤が「妖精さんがいんねん」と冗談めかして言ったことがその説の発端であるようだから、当てにならない。

 

『オレの電探にも感が無いし…、島風は?』

『ないよー』

 

頭に着けているウサギの耳型電探をピクピクさせながら、応える。連装砲ちゃんたちはキョロキョロと首(?)を振りながら、索敵している。

 

木曾は出撃当初こそ不満そうであり、陸奥と通信機ごしに口論していたが、諦めて今は作戦に専念していた。

 

 

 

 

『お、見えてきたぜ』

 

木曾の言ったとおり、黒い点が3隻見えた。

 

『通信を送るか』

 

木曾が通信機に手を伸ばした瞬間

 

貨物船の傍で突如水柱があがった。

 

思いがけない光景に大鳳は立ちすくみ、たった一つのことが頭に浮かんだ。

 

「敵機……?」

 

木曾が壊れそうなほどの大声でマイクに叫ぶ。

 

『護衛に来た舞鶴鎮守府の第二艦隊だ!誰か応答しろ!!』

 

零式艦上戦闘機52型から大鳳へ

貨物船から木曾へ

同時に打電が入った。

 

 

「敵艦隊を発見したっ…!?」

『艦載機が数機接近しただと…!?』

 

互いに具申のため、顔を向けあう。

先に口を開いたのは木曾だった。

 

『大鳳!偵察に出してるやつら、全て帰還させるか、迎撃に行かせろ!すぐに第二次攻撃隊が来るぞ!』

「それはわかってる…でも敵艦隊が!!」

『問題ない!今は貨物船の保護が先だ、全艦最大戦速!』

 

大鳳は開きかけた口を閉じ、前傾姿勢をとる。

エンジンの回転数を上昇させ、3隻は弾丸のごとく護衛対象のもとへ走った。

 

雲が少ないため、敵機が近づきつつあるのが、電探を見なくともわかる。

 

『まずいな、ギリギリだ』

 

木曾のうめき声が聞こえる。

護衛する貨物船は、正確にはタンカーだが、3隻あり、2隻はほぼ無傷だが、残りの1隻が先程の攻撃で小破状態となり船脚が落ちていた。木曾が言うには乗組員が機体と雷跡を見たらしい、おそらく艦攻による攻撃だろう。なんにせよこのままでは大鳳達が着くより先に敵がタンカーについてしまう。

 

大鳳は暗然とする。

 

私のせいだ。私が索敵に成功していれば、こんなことにはならなかったのに…。

迎撃にしても、52型は燃料の関係でそのまま迎撃に向かわせられるのは半分の9機くらい。62型は18機のまま発艦できるけれど、性能はどうしても52型よりも劣る…。

私が熟練の空母ならばこの劣勢をひっくり返せるのに…!

 

 

 

苛立ち、焦りが身体を支配していく、敵がもうすぐそばに来ているにもかかわらず。

 

追い討ちをかけるように帰還途中の52型から打電が入った。先程の敵艦隊を発見した機体だ。

 

「…どうしたの?え…、そんな…嘘でしょう?まさか…あっ…!!!」

 

糸が一本切れた感触がした。この感触は撃墜された証。

艦載機によってではなく、軽巡によってでも、駆逐艦によってでもない。

 

もっと大きな存在によって撃墜された。

 

衝撃のあまり、高速で動いていた身体がバランスを崩した。

いち早く気づいた島風が高速で駆けつけ、大鳳の腕を掴みあげる。

 

「だいじょーぶ?」

 

島風が心配そうな顔で覗きこむ。遅れてやってきた連装砲ちゃんも砲塔を前に倒す。

 

「大丈夫よ、…いえ、大丈夫じゃないかもしれない」

 

島風が自分の身体を持ち上げられたことは驚きだが、この驚きを上回るほどではない。

 

「来る…」

 

大鳳がみるみる青ざめていくので、島風は大鳳の調子が悪いのかと不安げだ。

 

「戦艦を含んだ支援艦隊が本艦隊と一緒に来る…」

 

おそらく先程の爆撃の際に敵艦載機が大鳳達を発見していたのだろう。本艦隊よりは遅れてくるものの、こちらの支援艦隊が来るよりは早く到着する。

確認途中で撃墜されたから支援艦隊の編成はよくわからないが、戦艦がいることは確かだ。

 

蹂躙される

未知の恐怖が大鳳を襲った

 

寒気がする。手足が震える。震えが歯を打ちならす。

待ちに待った交戦なのに、足が後ろへ進もうとする。

後悔するとわかっているのに、タンカーを置いて逃げ出したい。

戦場の圧力が大鳳を縛りつけた。

 

「へー、そーなんだ」

 

島風が拍子抜けした声を出した。予想してなかった反応に大鳳は戸惑いを隠せない。

 

『おい!早くしろって言ってんのがわかんねぇのか!』

 

ただでさえ間に合うかどうかわからないにもかかわらず、突然停止した2隻に苛立ちを隠さない。

 

「なんかねー、戦艦を含んだ支援艦隊が来るんだって」

 

通信ごしにヒュウッと木曾の口笛が聞こえた。

 

『予想はしてたが本当に来たか。いいねぇ、ゾクゾクするぜ』

「何を呑気な…!」

 

あまりにもな木曾と島風の反応に大鳳が何故か怒りだした。

 

「本艦隊と支援艦隊を合わせて12隻!圧倒的に不利じゃない!貴方…、戦艦の砲弾を喰らえば、その、沈むかも、しれないのよ!?」

『じゃあ、逃げるのか?護衛対象を置いて?』

「それは…」

 

訊かれて当たり前の問いかけに大鳳は言葉を詰まらせる。

 

『お前の言う本当の戦いってのは逃げることなのか?』

「……ッ!!」

 

確かに言った、最新鋭の装甲空母の本当の戦いを見せると。

実戦へと向かう自分を奮い立たせるために。

だが実際はどうだ。たった一発タンカーに爆撃され、戦艦と空母が来るぐらいで、敵を前にして情けなく足を震わせ怯えるだけだ。

この目を覆う邪魔な水滴はなんだ、敵への恐怖の涙か自分への怒りの涙か。

木曾は立ちすくむ大鳳を置き去りにしたまま進んでいく。

 

『そろそろ交戦だ。オレと島風はこのまま敵艦隊のいる方向へと突っ込み、軽空母を撃沈させる。大鳳、お前はその支援だ。タンカー近くで飛行機を操り、あの邪魔な羽虫を墜とせ』

 

言っている意味がよくわからなかった。

 

「何を言ってるの…?」

『オレたち、突っ込む。お前、墜とす。簡単だろ?』

 

木曾が茶化すように言う。

 

「無茶よ…」

『無茶じゃない。こんなので無茶だと言ってたら、アネキや軽巡どもに笑われてしまうさ』

「……」

『ま、いいさ。お前がいなくても勝てるしな。そこで震えながらオレの活躍を見てればいい』

 

通信を切る前に木曾は置き土産をしていった。

 

『じゃあな、七面鳥(チキン)さんよ』

「…!!」

通信が切れた。

 

「…待って……!」

 

だらしなく通信機をぶら下げる

木曾の背中がみるみるうちに小さくなっていく。

隣りにいたはずの島風は連装砲ちゃんを引き連れ、その背中を追っていった。

 

激しい水しぶきをあげ、一直線に進んでいく2隻の姿は大鳳が生まれる前よりも長い間戦場で生きてきたことを思い知らされる。

 

視界に頼りなく浮かぶ自分の足が映った。

 

私がいなくても勝てるというのはただの強がりではないのかもしれない。

このまま2隻を眺めているだけでいいのかもしれない。

 

 

でも、そんなことは許さない。

 

 

大鳳はボウガンのストックを固く握りしめた

揺らぐ水平線を睨み付けた

機力を身体中余すことなく巡らせた

 

そんなことをするために生まれたわけじゃない。

何もしないまま死にたいわけじゃない。

 

流れる涙は戦場に立てる喜びの涙だ

震える体は敵を前にした武者震いだ

怯えなどない、あるのは戦意だけだ

 

 

七面鳥などとは

 

 

呼ばせはしない

 

 




次は開戦です
戦闘シーンはあまり期待しないでください…
二週間以内の更新を目指します


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13話 航空戦

かなり悩みました。
説明がわかりにくいと思います。なんとなくスゴいんだなと思っていただけたら幸いです。



七面鳥などとは呼ばせはしない

 

 

深呼吸を一つ。

右手でストックを掴み、人差し指を伸ばしたまま引き金に添え、腕を持ち上げる。

 

「零式艦上戦闘機62型、爆装を解除したのち、全機発艦!」

 

零式艦上戦闘機62型は艦上爆撃機と艦上戦闘機の両方の能力を併せ持つ。

しかし、今は航空戦での役目を果たすため、重りとなるだけの爆弾は外すことにしたのだ。

ストックに埋め込まれた金属板に機力を流し込む。

しばらく流し込むと、滑走路を模した先端から青白い光が点滅を繰り返した。

 

「発艦始め!」

 

引き金を引くと、ジュラルミン製の短い矢が射出される。続けざまに2,3

回引いた。空を切る矢は青い炎を纏ったかと思うと、次の瞬間、数機の艦載機が出現する。かつての大戦時のものに比べて10分の1ほどの大きさしかないが、エンジンを猛獣の如く唸らせ、プロペラ音を空に響かせ、蒼空へ飛び立った。

そんな勇ましい姿を眺め、有事であるにもかかわらず大鳳は誇らしく微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ため息を一つ。

軍帽のつばを左手でいじりつつ、艤装の一部であるアームをガチャガチャと目的もなく動かす。左目は今日の夕飯に人参が出たら嫌だな~といいたげに見えるほど覇気がない。

 

(大鳳に艦攻か艦爆を出してもらうべきだったか…?)

 

そんな考えが頭をよぎったが、即座に否定した。

大鳳はこれが初陣だ。あまり負荷をかける真似をしてはいけない。少ない艦戦に全集中力を注ぎこませるくらいが丁度良い。

 

「で、あいつ潰れてないだろうな?」

 

臆病になるのは構わない。名将は臆病な者に多いとも聞く。しかし、大事な時にも臆病なままで動けないものはただの馬鹿だ。

 

「どうだろな~」

 

余裕そうに言うがさすがに支援艦隊を含めた12隻を相手取る自信はない。さっきはああ言ったが、無茶な状況だ。対空番長の二つ名を持つ重巡・摩耶のような才があれば話は別だが。

一応挑発はした。後は運に任せるしかない。

 

そう考えていると後方から複数の低重音が空中を伝ってきた。

流星や烈風と比べると小さく頼りない音だ。

だが、主を守る忠犬があげる咆哮のように勇猛な音だ。

 

「はっ、単純なやつだな!」

 

木曾は遥か頭上を飛び越えていく零戦を見上げ、歯をむき出しにして笑う。

木曾との距離を開けていく深緑色の機体の群れは鈍色の敵機の群れと衝突間近になる。

眼帯の艦娘は25mm三連装機銃を構え、銃弾の嵐へと突入する準備を調えた。

 

「1stステージ開始だ」

 

 

 

航空戦が始まった。

鈍色のカブトガニのような、生物か機械かわからない容姿の敵機が軽巡と駆逐艦2隻を沈めようと降下し始める。 食い止めんと零戦達が迎え撃つ。

敵機の数は内訳は正確にはわからないが15機ほど。大鳳は現在稼働出来る27機中5機を自身の周りに置き、残りの22機は全て向かわせた。燃料不足のため帰還途中の52型9機も燃料を補給次第向かわせるつもりだ。

 

数としては互角、それどころかむしろ少し優勢だ。

油断する自分がいたので、急いで振り払う。

 

初めての航空戦。心してかからないと。

 

唾を呑み込み、戦いの動向を見守る。

早速一機、黒煙を振り撒きながら海面へと飛び込んでいく。同時にプツンと一筋の糸が切れる感触。さらにもう一本の糸が切れた。どちらも52型だ。

 

まさか相手の練度か性能の方が上…!?

 

早すぎる判断とはいえ充分ありうることだ。

もしそうならば、数では勝るものの、これでは互角か劣勢だ。

 

クッと歯噛みする。何か打開策は無いものかと思うが、熟考する暇すらない。

 

黒煙を纏いながら墜落していく機体が又しても出た。

 

しかし、それは大鳳の機体ではなかった。

 

「やった!!」

 

つい声に出して、ガッツポーズをとってしまう大鳳。

それに呼応するように次々と鈍色の塊が海へと墜ちていった。

 

どうしてこんなにも?

 

突然の戦果に大鳳は驚嘆と歓喜の色を隠せない。

別に自分の艦載機を疑ってるわけではないのだが。

ふと上空から海上に視線を移すと白煙を漂わせる3本の機銃があった

 

 

 

「q~~?」「きゅ~~!」

 

いつもの12.7㎝連装砲ではなく、25㎜三連装機銃を取り付けた2体の連装砲ちゃん達は今の墜とした敵機は自分の戦果だ、いや違う自分のだと言い合っているようだ。もちろん先程から降り注ぐ弾丸、爆弾を避けながら。

 

「も~~、ケンカしないでよ~」「キューキュー…」

 

そんな2体を呆れた目で見る島風と12.7㎝連装砲を載せた連装砲ちゃん。

まるで急に振りだした雨の中を騒ぎながら通り抜ける小学生たちのようだ。

 

「ったく、嫌になるぜ」

 

島風達を見て、木曾は苦笑する。

自分ではああもキレイに避けきれはしない。さっきから何回かかすっていてヒリヒリする。

 

いや、これでも上出来な方か。避け続けられているのは大鳳の存在が大きいことを認めざるをえない。

 

正直編隊を組むことすら四苦八苦し、あっというまに全機撃墜されるかと思いきや、なかなか上手く使いこなしている。大鳳は早速自機それも高性能の52型を墜とされたことに悩んでいるのかもしれないが、それは敵機が52型を集中攻撃しているからだ。加えてろくに実戦経験もない機体だ、善戦している方だ。

 

いい師に恵まれたのだろう。

 

空母は艦載機を用いて攻撃するという特殊性から新参の空母は同じ発艦方法の古参の空母を師匠として技術を学ぶという慣習がある。

 

ただ当りはずれがあり、軽空母の龍鳳が正規空母の赤城に教えをこうたが、「バーっとひいてボワワンと飛ばせばいいんですよ」という様な説明をされ、鳳翔に泣きついたのは有名な話だ。

大鳳は当りをひいたようだ。

 

そういえば坊が大鳳の師匠は瑞鳳だと言っていたような気がする。

 

瑞鳳は理論屋であり、艦載機マニアでも有名だ。おそらく何十、何百回の反復練習をしたのもあるだろうが、今の大鳳があるのは瑞鳳の存在が大きいに違いない。

 

 

ん?でも、瑞鳳は確か…。

 

 

「うおっと」

 

引っ掛かったことがあったが、艦爆の爆弾が降ってきたので慌てて避ける。

 

「花まるじゃないが、小さな丸ならあげてやるよ」

 

あれだけ反対したのに現金なもんだなと自嘲しつつ木曾は自分に機体ごと突っ込んできた艦攻の魚雷を寸分違わず貫いた。

 

黒く濁った爆煙の隙間から軽空母ヌ級の姿が見える。

嵐が静まるまで後少しだ。

 

 

 

 

執務室。

京は不定期的に伝えられる情報を書き込み、それと類似する海図をもつ報告書を引っ張りだし、敵のとるであろう航路、そして敵の狙いを予想していた。

 

「だからさ、単なる輸送船破壊が目的ではないと思うんだよ」

 

京は机に広げられた海図とかれこれ2時間おしゃべりしていた。

常日頃、陸奥に気持ち悪いからやめてと注意されているが、いっこうに止める気配はない。

 

「確かにあのルートは正規のルートではないさ。でも、仁本近海だよ?わざわざそんなことのために絶対防衛領域にまで踏み込んでくるかな?」

 

電探を応用して発明された対深海棲艦レーダーの精度は完璧とは言えない。

 

おそらく感知しきれない場所を特定し通ってきたのだろう。

 

恐ろしく計画的で長期的な作戦だ。

 

輸送船を破壊したいのなら、こんなに面倒な作戦をたてずとも、まだ艦娘の配備が不十分な海域に行けば成功するだろう。

 

「つまり本土襲撃が目的だったと?」

 

それなら敵の早すぎる支援艦隊にも納得がいく。

戦艦のいる艦隊が本隊であったということだ。

 

しかし、ならば何故輸送船を攻撃した?

 

目立つような真似はせず、そのまま本土へ向かっていけば良かったではないか。

そんなことをするから、偶然とはいえ大鳳に発見され…。

 

そこでふと考えついた。

 

「まさか囮?」

 

輸送船を襲うことでこちらの戦力を引き出そうとしたのではないか?

前線部隊の空母が広範囲の攻撃力を生かすことで、それを一手に引き受ける。

その隙をついて、本隊が本土へと攻めこむ…。

そこまで考えたが、自ら否定する。

駄目だ。大鳳がいる。

 

今回のように本隊が発見されたら艦娘の増援を呼ばれてしまえば、計画は台無しだ。

 

京は溜め息をつく。

 

狙いはわかった。しかし、どうしてこんな多くの不確定要素をもった長期的な計画をたてたのかがわからない。

 

鉛筆をくわえながら、海図にならぶ艦娘の名前を眺めていく。

 

木曾、島風、大鳳、陸奥、暁…。

 

報告を聞く限り大鳳は健闘しているようだ。

 

たいしたものだ、着任早々だというのに…。

 

そこで京の頭に電流が走った。

 

「大鳳さんの存在を知らなかった…?」

 

仁本四大鎮守府(横須賀、舞鶴、呉、佐世保)の内、舞鶴鎮守府だけがろくな航空戦力がいなかった。そのことについての議題が会議であがることは何回もあったが、いつも航空戦力が豊富な呉と横須賀に挟まれているから、どちらかが肩代わりすればよいという結論になっていたのだ。

 

もし舞鶴鎮守府に航空戦力がないことを知っていたとしたら?

 

もし稿知支部が今日は呉本部と演習すると知っていたとしたら?

 

加えて大鳳は元々呉鎮守府稿知支部に着任する予定だった。

 

もし深海棲艦が大鳳が稿知支部に着任すると知っていたとしたら?

 

何故こんな計画をたてたのか、何故舞鶴鎮守府を襲撃しようとするのかの筋が通ってしまう。

確かにこれならば、レーダーは突破できるが本土襲撃には少ない12隻でも実行できるだろう。しかも、突破しやすくするために小さな駆逐艦や軽巡を多めにして。

 

椅子の背もたれに体重をかけ、腕をぶらりとだらしなく垂らす。蛍光灯がきれかけ、チカチカと点滅し始めた。

侮っていた。もっと早くに気づけたはずだ。

本土は大丈夫だと慢心していた。

 

「無事でいてください…」

 

願う声が空しく漏れでた。

こんな時でも結局提督が出来ることは祈ることだけなのだ。

 

 




もしかしたら書き直すかも…
更新が遅くてごめんなさい。
次回はもしかしたら3週間後かもしれません
追記 えらい(とんでもない)ことに気づきました。


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14話 砲雷撃戦

島風と木曾の話です。
一部キャラ崩壊があります(?)
戦闘うんぬんは暖かい眼で読んで頂けたらなと。


「オッシッ」

 

嵐を突破し、木曽は歓喜に満ち溢れた声を漏らす。

敵の艦載機が後を追うが、大鳳の艦戦がそれをさせない。

島風に安否確認を行った。

 

「島風、破損状態を教えてくれ」

『連装砲ちゃんが怪我しちゃった…』

 

木曾は未だに連装砲ちゃんの見分けがつかず、どの連装砲ちゃんのことを指しているのかわからないから、とりあえず「そうか…」と返しておく。

 

「お前自身はどうなんだ?」

『ヲ?』

 

どうしてそんな事を訊くの?と言いたげだ。

木曾は島風には伝わらないぐらい小さくハハッと笑った。

 

『木曾は?』

「あ、ああ。なんともねぇよ」

 

出来る限り声色にでないように努める。先程の爆撃で機関部と連装砲一基が一部破損した。いわゆる小破状態というものだ。木曾自身も右肩を軽く傷めていた。

 

艦娘の損傷段階は小破、中破、大破に分かれ、段階が進むほど機力の循環に乱れが生じ、艤装の能力低下、身体の治癒能力低下など不具合が生じていく。

艦娘は機力で自身の防御を上げることで敵の攻撃を軽微にする。しかし、0に出来るわけではなく、その艦娘の許容範囲を超えれば出血、内臓損傷、骨折、気絶そして最悪死に至る。

 

「ちゃっちゃっと空母を片付けるとしようぜ」

「はーい」

 

木曾の嘘に気づいたようには聞こえなかったから、木曾は心の中でペロリと舌を出す。

損傷具合を誤魔化すことは木曾の十八番だ。

 

木曾は敵空母に左目を向けた。

鈍色の身体のほとんどを頭が占め、薄気味悪い白色の腕が頭の下から生えている。前頭部には異様に大きく不揃いな歯があり、左目、右目に当たるところのハッチ、砲身から紅緋の光が漏れだしていた。虫と人間のキメラのような外見は誰がみても嫌悪感を示すものだろう。

 

「軽空母ヌ級、しかもeliteか…」

 

深海棲艦は艦種によってイ級、ロ級、ハ級……と分類されている。

又、深海棲艦は同じ艦種であっても、総合的強さが格段に違うことがしばしばある。

無印、elite,flagshipの順で強力になっていき、そして、それは外見(特に眼)に表れることがわかっている。

無印が群青、eliteが紅緋、flagshipが石黄といった具合だ。

 

射程範囲外であるから近づこうとした瞬間、鈍重な破裂音が聞こえたかと思うと木曾の足元から2m離れた場所に水柱が生まれた。

 

見遣ると、軽空母という王を守る近衛兵のように軽巡1隻と駆逐艦4隻の姿があった。発砲したであろう軽巡から舌打ちが聞こえそうだ。

 

「やっぱそう簡単にはいかないよな!」

 

鋭く尖った犬歯を見せつけるように木曾が獰猛に笑う。

 

「さあ、砲雷撃戦、始めようか!」

 

木曾の宣言とともに駆逐艦1隻が前触れなく火炎をあげた。

げぁぎぃぃィィィィィと醜い断末魔を発しながら、動力源の重油を撒き散らしていく。

 

「め~ちゅ!」

 

島風がはしゃぎ、連装砲ちゃんが白煙をくゆらせながら「キュッ」とニヒルに嗤う。

島風も宣戦布告を叫ぶ。

 

「島風、砲雷撃戦はいります!」

 

 

 

 

駆逐艦イ級。全長7m,排水量4.5t。先端が丸まった爆弾のような鉄黒の外見で歯を剥き出しにした姿は黒衣を纏う骸骨の死神のようだ。事実深海棲艦が現れ始めた頃、迎撃に向かった何隻もの自衛軍の艦船を、その喉奥から這い出る5inch単装砲で葬り去ってきた。

 

そして今、眼前に供えられた兎の命を刈り取ろうと大鎌の如くイ級は単装砲を構え、照準を定めた。否、定めようとした。

 

そこにいたはずの兎はいなかった。

同輩のイ級を沈めた忌々しい兎はいなかった。

 

だが、兎の白毛のような航跡が残っていた。

イ級は体位を変えつつ、それを辿っていく。

 

「きゅ~」「q~」

 

兎の連れだと思われる、機銃を頭につけた灰色の機械2体がイ級を出迎えた。

 

「きゅっ!」「qッ!」

 

25mm三連装機銃×2が火を吹き、イ級の装甲を破らんとする。

 

しかし、威力が弱く致命傷には至らない。

イ級は目障りなそれらを破壊しようと単装砲を向けた。

その時、兎の航跡が途切れていることに気づく。もちろん目の前にはいない。

背中に軽い何かが乗った感触。

頭上から聞こえる小バカにしたような声。

 

「おっそーい」「キュキュ」

 

連装砲ちゃんを軽々と脇に挟んだ兎は12.7cm連装砲の砲口をイ級の背中に突き立て、淡黄の閃光を瞬かせた。

鉄の装甲が貫かれ、鈍い破砕音とともに重油が噴き出していく。

 

ガャグァァァァァと悲鳴をあげながら、強烈な痛みに堪えかね、その巨体を大きく揺らす。

 

「ヲ、ヲ~!」

兎は振り落とされまいとイ級の身体にしがみつく。

 

「ニヒヒッ」

 

いや、それどころか器用にバランスをとり楽しんでいる。荒れ狂う波を嬉々として楽しむ波乗り屋のようだ。

 

「ヲゥ!?」

 

少女は気配を感じ、身体を右に反らせる

直後、先程までいた場所を背後から複数の砲弾が通過した。

少女が振り向くと、砲塔を構えた深海棲艦が2隻。

イ級に姿が似ているが、違う。足が生えていた。鼠色の水死体のような足が。

 

少女はその姿に既視感を覚えた。

なんでだろうと少し首を捻る。

 

「あ、提督が言ってたやつだ」

 

3ヶ月ほど前に京が報告書片手に注意を促していたことを思い出した。

 

駆逐イ級後期型。近年、北方海域で発見されてから各海域でも散見されるようになった深海棲艦。駆逐イ級に似た容貌だが、性能は段違いであり、駆逐イ級flagshipとなんの遜色もない性能をもつ。駆逐艦より装甲の厚い重巡の艦娘を大破させたという報告すらある。

 

イ級後期型の砲口が光るのが見えた。

とっさに少女は連装砲ちゃんを抱きかかえたまま、足元にいるイ級を壁にするように海面へと飛び降りた。

しかし、それを読んでいたのか、イ級の身体が味方の砲弾で風穴を開けられていく。

苦痛の声をあげることすら許されずイ級は徐々に姿を海中へと消していった。

蠱惑的に煌めく油膜が辺りをゆらゆら漂う。

少女はその光景に顔をしかめつつ、腰を屈めた。

 

そして、島風は沈みゆくイ級の巨体を軽々と跳び越え、深海棲艦へと猛然と突撃した。

 

わざわざ死ににきたようなものだとばかりに怪物達は5inch連装砲を乱射する。

 

しかし、全ての砲弾はむなしく海に着弾した。

 

島風はたった一つとして、かすることすら許さなかった。

島風の航行速度が砲身の回転速度を大きく上回り、砲身はおろおろと宙をさまようばかり。

2隻がかりで弾幕を張ろうにも、張った先に島風はもういない。

まるで流れる時空が異なるかのようだ。

 

撤退することこそが最善策だと怪物達が悟ったのは島風が文字通り鼻先にいた時だった。

 

純白の手袋をはめた手首を怪物の鼻先の高さに持ち上げ、親指と人差し指で円を作る。

 

「ともだちは大事にしないとダメ!」

 

膨れっ面のままピンッと鼻先を弾いた。

そして、島風はそれ以上何をするでもなく、2隻の間をすり抜け、軽空母ヌ級へと疾走していく。

もちろん深海棲艦は人語を解せない。何も思うことなく、淡々と、背を向けた駆逐艦を追撃しようとした。

 

その1秒後、イ級後期型2隻は爆発音を聞く。

 

その音源が自身からだと気づいたのは2秒後。

 

大破以上の損害を被ったと気づいたのは3秒後。

 

与えたのは酸素魚雷だと気づいたのは4秒後。

 

このまま轟沈することに気づいたのは5秒後。

 

だが、怪物達は永遠に気づかなかった。

 

その魚雷は島風によるものだったということに。

島風が突撃した時には既に発射されていたことに。

 

怪物達は永遠に知らなかった。

 

艦娘より遅く奔る酸素魚雷の存在を。

もとい、酸素魚雷より速く奔る艦娘の存在を。

 

島風型駆逐艦1番艦島風。曰く旧仁本海軍駆逐艦の最終型。重巡並みの機力を其の小さな身に納める駆逐艦。最高航行速度40ノットは艦娘内で随一を誇り、火力値、雷装値ともに駆逐艦中最上位。あらゆる性能が並の駆逐艦と一線を画す。驚異的な身体能力、動体視力、射撃センスを与えられた天才。

 

余談だが、天才は忘れていた。

 

イ級後期型は既に十を越すほどは沈めていたことを。

内、三回ほどはイ級後期型であると認知していたことを。

 

つまるところ、どうでもよかったのだ。

 

elite,flagship,後期型、イ級、ロ級、ハ級、駆逐、軽巡、重巡、なんであろうと。

単独による深海棲艦撃沈スコアが400を超える島風にとってはどうでもよかったのだ。

 

 

 

 

島風が駆逐イ級に乗っかっていた頃、木曾も又深海棲艦と対峙していた。

 

軽巡ヘ級。高さ3.5m,重さ1.5t。右目の部分に穴が開いた白の仮面を被った人間のような素色の上半身が鈍色のピラニアの顔面のような怪物に無理矢理合成されたような容姿。

 

加えて隻眼の艦娘の前に立ちはだかった軽巡には違う点が一つ。

 

眼が石黄に輝いていた。

 

「flagshipか…」

 

控え目に言っても性能は木曾より上。

 

「さてどう出てくる…?」

 

木曾が相手の出方を窺っていると、遠くから深海棲艦の悲鳴が聴こえた。

 

「相変わらずはえーな、オイ」

 

振り向かずとも、何が起きているかは容易に想像できる。

木曾は苦笑いを浮かべた。

 

「オレもすぐ行くとするか」

 

木曾がいつまでも攻撃してこず、焦れたのかヘ級が右腕に生やした6inch連装速射砲で砲撃を仕掛ける。

木曾は右に体重移動させ、砲弾を避けていく。

航跡をなぞるように水柱があがる。

 

「どうした、どうした、そんなんじゃ当たんねぇぞ!」

 

ヘ級を訓練するかのように木曾が挑発する。

シュルルルと多数の泡の弾ける音が聴こえた。

 

「ん?」

 

音の源へと顔をチラリと向ける。

数発の魚雷が木曾の進路と衝突しようとしていた。

 

「ツッ!!」

 

減速することで回避したいが、後ろからは砲弾の雨。

木曾はアームを動かし、魚雷を撃ち抜いていく。

しかし、小破の影響で普段ほどの正確な射撃が出来ない。

そして、爆発する度に更なる生まれる水柱と爆音が視界と聴覚を遮る。

足元まで到達した魚雷の触発信管が作動し、爆発。

 

「くそっ!!」

 

舌打ちすると、一か八か砲弾が炸裂する方へ飛び込み、海上を艤装ごと転げ回った。

回る視界の中、害意をもった砲弾が眼前へと迫るのを捉える。

左手で連装砲をアームごと無理矢理手繰り寄せ、それにぶつけることで防御。

 

数秒後、海水の抵抗で木曾の身体が転がるのを止めた。

更に抵抗を利用し追撃に備え、素早く立ち上がる。

 

右肩の防壁には抉られたような穴が開き、艤装の損傷が目に見えてわかる。制服の至るところが千切れ、少女特有の張りのある肌に痛々しい切り傷、擦り傷が目立つ。

所謂中破状態だ。しかも、大破に限りなく近い中破だ。

 

「チッ!やるじゃないか!」

 

それでもなお痛みを堪え、木曾は不敵に笑う。

 

「だが、まだまだ。そんなんじゃオレを沈められないね」

 

満身創痍な身体で何をぬかすのか、ヘ級がもし人語を話せたならそう言っているだろう。

 

だが、木曾には自信というもので満ち溢れていた。

 

木曾はヘ級の一挙一動を見逃すまいと睨み付け、突撃。

ヘ級は応酬として砲撃、雷撃を繰り出していく。

 

しかし、木曾はそれらを読んでいたかのように回避。

 

「弾幕を十分に張れていないな、どうしたんだ?」

 

回避しつつ、ヘ級を嘲笑する。

 

「そりゃ、あんだけ乱雑に撃てば足りなくなるだろうよ。下手くそ」

 

幾本の魚雷が木曾を襲うが、これもいなすように避けていく。

 

「だから魚雷でカバーしようってか?」

 

「オレの右に撃てば、当たるって思ったんだろ?甘い甘い」

 

結果として木曾に傷をつけたものはいなかった。

ヘ級は焦り、寸前まで気づかなかった。回避中に木曾が射出した魚雷を。

慌てて速射砲で全て撃ち抜くが、安心するも束の間、はじける水柱の隙間から木曾が現れた。

 

「捕まえた」

 

木曾はいたずらっ子のように笑いながら、ヘ級の下半身部分に当たるピラニアのような怪物の口内に61cm酸素魚雷を放り込んだ。

 

とたんに響く爆発音。

しかし、装甲が厚いため、衝撃が全て下半分のみで抑えられた。

 

ヒト型の上半身が残弾少ない速射砲で木曾を撃ち抜かんとする。

 

「お前、上と下で意識が別れてんだろ?知ってるぜ」

 

目の前の状況に怯みもせず、落ち着きながら、推進機ごと足をピラニアの口の中へ突っ込んだ。

 

「だが、身体は繋がってる」

 

「出力全開」

 

推進機が重油を吸引、加速、排出。これらを高速で繰り返していく。

加速された重油は洪水のごとく血管内を循環し、決壊させる。

変化は表面にも表れ、ヘ級の腕が引き裂かれたように割れ、仮面の下から重油が止めどなく海面へ滴り落ちた。叫び声をあげるはずの口からも吹き出し、声が奪われる。

とうとうヘ級は重油特有の黒に染まった身体のまま転覆した。

 

「じゃあな」

 

木曾が手向けの花のように魚雷をヘ級の身体に放り投げると、重油に引火、爆発を起こし紅蓮の花を咲かせた。

 

球磨型軽巡洋艦5番艦木曾。平凡な性能でありながら、華々しい戦歴をあげた姉達をもつ末娘。とある艦娘に師事した経歴がある。勝ち気な性格、粗暴な物言いなため、勘違いされやすいが、相手の性能、癖、装備を観察し得た情報を基に戦う。

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

重油にまみれた顔を拭い、木曾は一息ついた。

ヌ級の方へと顔を向け、にやりと一笑する。

 

「さあ、味方はもういないぜ」

 

その時木曾はありえない音を聞いた。

同時刻、島風はありえない姿を見た。

 

後方から聴こえる数機の敵機のプロペラ音を。

不揃いな歯をおかしそうに揺らすヌ級の姿を。

 

 

 

 

 




申し訳ありません!!
ちゃんと6月19日には終わらせようと思っていたのですが、色々とまぁありまして…。期待していた方には本当に申し訳なく…。え、そんな人いない?それはまあそれで…うん…。


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15話 中破

久し振りの更新となってしまいました。
もう少しスムーズに進むはずだったのですが、私事で予想外のことが多過ぎて…。すいません。



 

「強い…!」

 

眼前に広がる光景に大鳳は汗を流す。

絶対に無茶だと判断した戦況をあの2隻はあっという間にひっくり返してしまった。

島風は4隻を、木曾は格上の1隻を相手取り、見事勝利を収めた。

これが舞鶴鎮守府第2艦隊の力なのだと背中が震える。

 

「私も!」

 

航空戦はじり貧ともいうべき様相を呈していた。

敵が52型を集中攻撃したため、反対にこちらが攻撃しやすかったのは事実だ。

しかし、次々と52型を墜とされたため、こちらの戦力が弱体化しているのも又事実である。

帰還途中である52型さえ補給出来たら、航空優勢にまで持っていくことが出来るかもしれない。

 

「早く…。早く帰って来てっ…!」

 

祈りが通じたのか、大鳳の後方からプロペラの羽ばたきが聞こえ、さらには左斜め、つまり10時の方角から複数の機影が見えた。

大鳳は歓びをもってそれらを迎えようとしたが、直ぐに違和感に気づいた。

 

「どうして前方から!?」

 

大鳳は索敵をした際、360度全方位に飛ばした。

前方に飛ばしたものは全て迎撃に送ったはずだ。

その瞬間、大鳳は己の愚かさに愕然とする。

 

「あれで全てではなかったのね…!!」

 

少し考えてみれば、実に馬鹿馬鹿しい。

大鳳の搭載数は軽空母並みだ。ならば、どうして大鳳の搭載数の半分と軽空母ヌ級の搭載数の全てが等しい理由がある?

こちらは装甲空母であちらは軽空母。たったそれだけの根拠なき理由が大鳳の眼を曇らせていたのだ。

 

「ど、どうしたらいいの…?」

 

呆けたように呟いた。しかし、誰もその問いに答えない。木曾と島風は一刻も早いヌ級の撃破を迫られていた。

 

「どうしたら…」

 

焦点が上手く定まらない。呼吸が不揃いだ。整えようとすると喉に何かがつっかえ吐き気がする。

そんな精神状態下でも、責任感という理性によって大鳳は2つの案をなんとか考え出した。

1つはこの場で機銃を構え、この身ひとつで迎え撃つ。もう1つは後方へと出来る限り後退し、52型の発着艦を急ぐ。

果たして大鳳が採った選択は後者だった。

敵の狙いは輸送船。ならば、それから離れた場所でせっせと撃っていたところで、射程外を飛ばれてしまえば、何の意味もない。

さらに、機銃より戦闘機の方が対空威力、範囲共に上。

発着艦操作と遠隔操作の同時並行はごく短時間なら可能だ。

 

だから、私の判断は間違っていない。

こんな状況下で論理的な判断が出来たことを評価したいぐらいだ。

 

そう、これは決して撤退などではない。

恐怖で逃げているのではない。

逃げた結果、たまたま正解だったなんて、言い訳を重ねることでもっともらしく見えているだけだなんて、考えたくもない。

 

鈍色の機体が大鳳の上空に達した。

大鳳は機銃を構えるも、撃墜よりも移動を優先させる。

大鳳の52型がもう目前まで迫っていたからだ。

敵に気づかれ、着艦する前に墜とされては元も子もない

判断過程がなんであれ、大鳳の判断は正しいのだろう。

 

敵の目的が輸送船の撃沈であったなら。

 

「どうして…?」

 

大鳳は自分へと今にも突撃してきそうな鈍色の鉄塊に戸惑う。

 

あいにく本当の目的は本土襲撃。

達成のために一番の障害となりうる装甲空母を消そうとするのは当然だとも言える。

 

「くぁ…!きぅっ…!るぁっ……!!!」

 

回避のために働く電気信号があまりにも遅くて、

口は固まって動かない。身体も動かない。

ようやく動けたのは

艦爆と思わしき機体が黒色の爆弾を放り投げた後だった。

 

「来るなあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

大鳳の心からの叫びはあっけなく爆発音と爆炎に包まれ掻き消された。

 

 

いたい。いたい。つらい。つらい。

腕に、頬に、脚に、脇腹に、手の甲に高熱の炭火を圧し当てられたような痛み。

氷に漬け込んだような血液が頭から脚へと流れていき、寒気が内側から込み上げた。

視界は溶けたように安定しない。髪が燃え、鼻を突く苦味に溢れた臭いが漂う。

服は裂け、微かに盛り上がった胸元や程良く引き締まった腿が剥き出しになった。

艤装同士を繋げるコードは千切れ、そこかしこから噎せるような黒煙が艤装から吹き出す。

消火設備が作動。機関に仕込まれた缶が飛び出し、中の消火液がスプリンクラーのように

散布される。即効性の鎮痛剤が配合されているのか幾分か痛みが和らいだ。

だが、鎮痛剤は心の痛みまでは和らげることは出来なかったようだ。

 

大鳳は穏やかな笑みを浮かべ、まぶたが閉じようとするのを止めようとしなかった。

 

もう、無理ね。身体を動かすのが億劫になってしまったわ。

後は木曾たちに任せてしまいましょう。

大丈夫。あれだけ強いのだから。私なんかよりも。

 

ぼんやりと見える海原の上を走る木曾たちの姿は何故かはっきりと美しく見えた。

そんな彼女達を乞うように力なく持ち上げた左手は醜く滲んで見えた。

 

「おかしいわね…」

 

大鳳は薄く嗤った。

 

 

「おかしいだろうが…」

後方の異変に気付き、振り向いた木曾が声を漏らす。

 

 

大鳳は視線を、右足を持ち上げ、それぞれを敵機に、海面に叩きつけた。

 

どうして諦めようとしているの?

「本当におかしいわね 」

 

大鳳はもう一度だけ自分を嗤った。

「この大鳳は不沈艦なのに」

 

 

 

「どうなってやがんだ、あいつは!?」

「ス…ゴ…イ!!!」

 

ヌ級への9本の魚雷を撃ち終え、次発装填を待つ木曾と島風の顔は驚愕で塗りつぶされた。ヌ級も既に笑みなど失くしていた、遠くにそびえ立つ未知の恐怖がそうさせたのだ。

 

前述の通り、艦娘の損傷具合には段階がある。そして、中破になった時が最も不具合を自覚する時である。中破時は小破時に比べ格段に全身における機力の運搬系統が乱れる。その影響は顕著だ。砲撃及び雷撃の威力減少、命中精度低下。生体防壁機能低下。最高 航行速度減速。ざっと挙げられるだけでもこれだけある。

そして、中破の影響を最も受けている艦種は空母であると言われている。

機力運搬系統の乱れにより発艦装置への十分な、そして安定した機力の注入が不可能となり、艦載機の召喚、運用が不可能になる。つまり、空母は中破した瞬間に置物と化す。

 

このことは艦娘にとっての常識だ。

 

だからこそ、おかしいのだ。

 

深緑の単葉機が未だに海に没せず、空で飛行していることは。

装甲甲板に藍の灯火が灯ることは。

 

大鳳は「戦」のマガジンをボウガンから甲板へと一瞥もせずに移動させ、今しがた補給を終えたばかりの52型を取り込んだ。

「零式艦上戦闘機52型っ!!発艦始め!!」

 

蒼の閃光とともに深緑の機体が姿を現す。

 

たった1隻の装甲空母が常識を覆した瞬間だった。

 

装甲空母大鳳型一番艦大鳳。彼女の最大の特長は厚い装甲でもバランスのとれた搭載数でも速射性の発艦装置でもハリケーンバウでもない。ましてや薄い胸部装甲でもない。

全空母が願い、諦めた、中破発艦である。

 

 

 

固まったヌ級に5本の魚雷が突き刺さる。

ヌ級の腹部が裂け、奇声とともに濁った重油や屑鉄で出来た艤装の破片が吹き出す。

重油に引火し、ヌ級が炎海に身を沈めていった。

制御を失った敵機は一瞬静止したかと思うと輸送船や大鳳へと体当たり攻撃を仕掛ける。

しかし、大鳳の手により全て撃墜され、無駄な試みとして終わった。

もう大空を背景に飛び交う鈍色の艦載機は消え失せた。

 

乱れた髪を整えながら、少女は空に刻まれた勝利を噛み締める。

そして、無我夢中になって気づかないでいた自身の特異能力に歓喜する。

 

艦生初の勝利。

これ程乞い焦がれていたものもなかろう。

 

「…っ!…っ!」

 

声に表せないほどの快感が大鳳の神経を満たしていく。

だが、その快感を木曾が消し去った。

 

「12時の方角、複数の艦影を発見!支援艦隊だと思われる。」

 

見れば確かに大小様々な艦影が見えた。特に中央のヒト型の深海悽艦は遠くにいるにもかかわらず、克明に確認出来る。

黒スーツの殺し屋に似た容姿をもつル級は照準を合わせようと重たげに両腕の巨大な砲塔を動かす。

 

「そんな…」

 

戦艦は空母と違い、撃沈させても放たれた砲弾が急に失速したりなどしない。

もしその砲弾が島風 、木曾に直撃したら?島風は装甲の薄い駆逐艦、木曾は中破か大破か見分けがつかないほど生体防壁が崩れ始めている。直撃弾をもらえば、両者とも最悪轟沈だ。

 

「それだけは…いやっ!!」

 

『ええ、アタシも』

 

大鳳の独り言に答える突然の声。

遥か後方からの発砲音が衝撃波となり大鳳の耳をつんざいた。

そして、破壊力を纏った白色の徹甲弾が宙を伝い、ル級のすぐ傍に着弾。

 

『チッ』

 

微かな舌打ち。

 

「あれは…」

 

戦闘時当初にはなかった、ル級の遥か上空を舞う深緑の複葉機。

 

「零式艦上観測機!?」

 

『目標より3.5m右方弾着。観測機からの電信を元に誤差修整……。…修整完了』

 

弾着観測射撃。観測機が敵艦の位置を知らせ、砲撃後その誤差も伝えることで、砲撃の精度を高める。艦娘の海戦を大きく変えた一つとして知られている。

 

『全 砲 門 一 斉 射 !!』

 

徹甲弾が空を駆け、ル級を槍の如く貫いた。

ル級の機関部、爆薬庫が全て粉砕。それでもなお発射を試み、引火。大爆発を起こし、藻屑と消え失せた。

 

『遅くなったわね』『みんなぶじ!?』

 

振り向くと、巨大な艤装を引っ提げ、ライトブラウンの毛先をいじる艦娘と紺色の海兵帽を振る艦娘の姿があった。

 

『もっと遅くてもよかったんだぜ』

『あらあら、沈みかけが何か言ってるわね』

 

木曾の減らず口を陸奥があしらう。

大鳳は喜びをもって報告する。

 

「皆さん!敵が撤退していきます!!」

 

やはり戦艦ル級が旗艦だったのか、指揮艦と重要な戦力を同時に失った残りの重巡、軽巡、駆逐艦がこちらに背を向け撤退していく。

 

「意見具申。追撃すべきかと!」

『…』

 

大鳳の意見でそこにいた全員が押し黙る。

追撃の有益性と危険性を秤にかけているのだ。

 

「ど、どうしてですか!?敵は壊滅寸前!そして、私の力があれば殲滅は余裕です!」

 

若干の慢心をにおわせながら大鳳は続ける。

 

「皆さん、思い出してください!ここは鎮守府近海です。絶対国防圏を突破され、撃退したとはいえ、逃走を許したとあれば国民の私達艦娘への信頼を失う結果とならないでしょうか!?」

『少し待ちなさい。今、提督と通信を繋げているから』

 

冷水をかけるような陸奥の言葉。

しかし、大鳳の熱は冷めなかった。

段々と小さくなっていく敵の背中に大鳳は歯ぎしりする 。

 

もし逃げた先に輸送船、遠征中の艦娘がいたとしたら?

ふとそんな悪い予想が頭を次々と過る。

駄目だ。少しでも身体を動かせば…。

 

その時一隻の軽巡が苦し紛れに魚雷を放った。

魚雷は大鳳達から遠く離れた、検討はずれの場所で爆発した。

そのたった一発が大鳳を動かす充分な着火剤となってしまった。

 

「逃がすもんですかっ!!」

 

大鳳は出力を最大限にし、海上を疾駆する。

 

『大鳳っ!?待ちなさい!!』

 

陸奥の制止は届かない。

 

「逃がさない。もう仲間を…信頼を…失うのは」

 

「嫌!!」

 

遠い暗い過去の急速なフィードバックが大鳳の思考を固めていく。

大鳳の五感は全て深海悽艦に集中していた。

 

「ダメだ!追い付けねぇ!!」

 

後を追う木曾を完全に振り切る艦速。当然とも言える。大鳳型は改翔鶴型、大破時に40ノットを記録したと言われる翔鶴型の後発型だ。

大鳳にもそのポテンシャルがあったとしても不思議ではない。

 

艦影を捉え、発艦準備に移る大鳳。手探りで九九式艦上爆撃機のマガジンを手繰り寄せ、ボウガンに差し込んだ。

 

「九九し…」

 

言い終える前に大鳳は聞こえるはずのない、しかし聞いたことのある音を捕らえた。

 

「これは…」

 

 

丁度同時期、陸奥は京の久し振りに激昂した声を受信していた。

 

『なんとしても!』

 

『大鳳を』

 

『止めろ!!』

 

『それは』

 

 

『罠だ!!』

 




次は4週間以内を予定しています。
色々片付けないといけない用事が積み重なっていて…。


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16話 魚雷

「しまった…!」

 

突如現れた雷跡。

大鳳は何故かそれが何によるものか理解できた。

 

「潜水艦!」

 

 

 

 

突破困難な絶対国防圏をいかに深海悽艦達は掻い潜ることが出来たのか?

海上は艦娘の哨戒、対空電探を応用した広範囲索敵レーダーが点在する。

ただ海中に関してはまだまだ未熟な部分が多く、対潜能力の高い艦娘による哨戒が精一杯だ。

そこを敵は突いてきた。

潜水艦が防衛網の抜け道を発見し、艦隊を誘導したのだった。

そして、本来ならば役目が偵察であった潜水艦は奇襲に利用された。

旗艦である重巡リ級flagshipの命によって。

 

「リ級、アナタが旗艦だったというわけね 」

 

ビキニのような服を纏う人間型の深海棲艦の背中を陸奥は睨み付ける。

旗艦であるはずの戦艦ル級の撃沈にもかかわらず、すぐさま統率の取れた撤退をしたことにこれで説明がつく。

作戦が失敗した際の置き土産として潜水艦を配置したのもおそらくはリ級だ。

 

 

 

「回避を。回避を!」

 

中破発艦が可能であるとはいえ、中破状態に変わりはない。

基本的に大鳳の大体の性能は低下していると考えてよい。木曾ほどの老練となれば己を把握した上で変わらず行動ができるが、大鳳が木曾と同じく動くには圧倒的に練度が足りなかった。

迫る魚雷。足下から伝わる悪意に大鳳は身を震わせる。

 

「あ、あ…、あひぃ、ひぃあ…!」

 

右に?左に?それとも島風のように上に跳ぼうか。

 

「……駄目」

 

安易で無情な結論に行き着き、希望を自ら断った。

 

轟沈すると、魂はどこに行くのだろうか。

又転生できるとしたら、転生を拒否したい。

何者でもなく、誰に知られることもなく、曖昧な存在になりたい。

 

最期を迎えるために閉じかけた目に映ったものは

潜水艦でも、魚雷でも、蒼い水面でもなく

 

「ま に あ っ た ! ! !」

 

彗星のような速さを誇る駆逐艦、島風だった。

潜水艦の存在を予想出来たのは京だけではない。

島風は天性の勘と戦場の最前線で築き上げた経験でもって、先日の遠征において中破した原因が潜水艦であると予想していたのだ。

 

島風は足下を走る魚雷を踏みつけ、起爆させる。

突如巻き起こる爆風が大鳳を襲う。

とても目を開けられず、腕で顔を隠しながら、身を守る。

そして、次に見た景色には更なる傷を負っていない自身の制服と露出した薄橙色の肌に無数の切り傷、擦り傷、火傷を負った島風の全身。

 

 

「えへ、へ、怪我しちゃった…」

 

小さい身体ながら懸命に痛みを隠そうとする姿に胸を締め付けられる。

明らかな大破状態、緊急生命維持装置(通称:緊急ダメコン)が働いているからこそ、意識を保っていられる。装甲値が高いとはいえ、それは駆逐艦に限った話。魚雷一発でも命取りとなるほどの装甲しかない。

 

「どう、して…?」

「だって…、ともだち、だから…」

 

当然のように笑って答える島風に大鳳は戦慄する。

友達だから。たったそれだけの理由で命を投げ出せるというのか。

自分にとっての友達と島風にとってのともだちの意味が大きく違うことに今になって気づく。

 

こんなことになるなら、あの時に軽々しく友達などと言わなければよかった。

 

「ごめん…なさい」

「なんで、謝るの?」

 

島風は膝に手をあてながら、大鳳に顔を向け薄く笑った。

 

「だって…!貴方が…!」

 

「ッ!」

 

その時、大鳳は強烈な既視感と違和感を覚えた。

 

(もう一本、魚雷が直撃する!)

 

根拠などない。もしあるとするならば、前世の、今もなお苦しめる、あの忌々しい記憶。

そして、島風は魚雷、当たれば間違いなく沈むであろう脅威を甘んじて受け止める気でいるように見えた。

悪い予感というものは往々にして当たる。

シュルルという独特の排気音が耳をつんざく。

 

「島風!逃げて!」

 

大鳳の呼び掛けを無視し、島風は笑ったままだ。

島風は大破状態、動くのもやっとな状態、島風自身では避けきれない。

大鳳は島風を庇うべく駆けよろうとした瞬間、

 

「来ないで!!!!」

 

聞いたことがないほどの大音声の先制に大鳳は硬直する。

一瞬の金縛りが解け、大鳳は進もうとする。

 

「大丈夫よ。私は…」

 

 

 

一発の魚雷で沈むはずがなかった。

 

 

 

唐突に蘇る記憶。

強烈な爆発音。飛び交う怒号。各部の故障。積み重なる不運。充満するガス。全てをなめ尽くす火焔。揺れる艦船。吹き飛ばされる乗組員。海兵の慟哭。遠ざかる空。冷寒な海中。静かな水底。

 

推進機の稼働が停止した。

 

「え……」

 

突然のことに焦りを隠せない大鳳。それを見て、追い付かれないことを確信した島風は安心したように口を開く。

「あのね、連装砲ちゃんをともだちって言ったらね」

 

どうして?どうして?動かないの?

 

「みんな、変な顔をするの」

 

早く。早く動いて。

 

「おかしいよって言う娘もいた」

 

仲間を、友達を見殺しにしたくない

 

「赤城さんや武蔵さんはいいねって言ってくれるけど」

 

私は大鳳よ。貴方を必ず助けてみせる。

 

「でも、その目には可哀想が混じっている気がするの」

 

ねぇ、だから、

 

「大鳳さんが連装砲ちゃんを心からいいわねって、ともだちになりましょうって言ってくれた時」

 

そんな顔をしないで

 

「ほんとーにうれしかった」

 

そんなに素敵で可愛い笑顔をしないで

 

「ありがとう」

 

純白の水飛沫が巻き上がり、轟音が鳴り響く。

それらが掻き消したかのように大鳳の意識はそこで途絶えた。

 



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17話 島風

目を開けても、暗闇だった。

身体が何か暖かいものに包まれている。これは何かと、掴むと柔らかい感触が返ってきた。綿でできたなにか、なるほど布団か。

モヤがかかったような頭ながら「起きなくては」と考え、上半身を起こした。

周りを見渡すと、ほのかに明るい箇所があり、そこの中心に見慣れた革の鞄があった。窓から射し込む月の光がそれを照らしていたのだ。

ここは自分の部屋、そう確信したのは目が覚めてから優に1分はかかった。

 

長い時間寝ていたのか背中がズキズキと痛い。思わず背中を押さえると、ジットリとしている。かなりの量の寝汗をかいていたのだと気づく。

ひんやりした床を裸足で歩き、手探りでスイッチを探す。

パチリと点けると、蛍光灯から光が溢れ、部屋が明るくなった。

あまりの明るさに目を閉じる。薄く開けたまま壁掛け時計を見やると、短針が9時より少し前を指していた。

お腹が空腹を訴えている。夕食の時間をとうに過ぎているが何か食べ物をと考え、部屋を出ようとした時、勉強机の上に見知らぬメモが置かれていた。

 

『大鳳へ

初任務お疲れ様。夕食を食べ終わったら、執務室まで来てください。執務室に誰もいなかったり、アナタの気分が優れないのなら、翌日にしても構いません。

陸奥より』

 

あの似顔絵の無い、淡々とした筆致。

メモを一通り見ると、くしゃりと握り潰し、ゴミ箱へ放り投げた。

ゴミ箱の縁に当たり、カシュッと乾いた音とともに床に落ちる。

それが拾われることはなく、部屋には誰もいなくなった。

 

 

階段をふらりと降りていき、1階の食堂に着くと、MAMIYAが何も変わらない、明るい声で出迎える。

 

『今晩は!今日もお疲れ様です。しっかり食べて英気を養い、明日に…』

 

最後まで聞き終わらずに食事のボタンを押す。

艦娘ナンバーを何回か間違えながらも入力。

 

『本日は艤装を使いましたか?』

 

少し指を止めた後に『いいえ』を押した。

それからもいくつか質問されたが『はい』『いいえ』を交互に押していった。

間宮が調理をしている映像を眺めて、ぼさっと突っ立ったまましばらくすると、トレーがコンベヤに乗って流れてきた。

トレーには鰹のたたき、肉じゃが、2合ほどの白米。

 

他に誰もいないだだっ広い食堂で一隻、椅子に腰かけ、皿に箸を下ろす。

 

「甘…」

 

じゃがいもを一口含んで呟く。どうやらかなり甘めの味付けにする選択をしてしまったようだ。肉じゃがの器を端に寄せた。

 

そういえば、肉じゃがは海軍から生まれたものらしい。

とある司令官が異国でビーフシチューを食し、その旨さにいたく感動した。本国に帰り、料理長にこれを作るように命じたのだが、料理長がその司令官の話を元に悩みながら作ったものが、のちの肉じゃがだったとか。

実際はこの話は作り話らしいが、もしこの話が本当だったとしたら

ビーフシチューを期待していたその司令官は肉じゃがを前にした時、どのような反応をしたのだろうか?

 

空腹であるにもかかわらず、結局半分も食べないうちにトレーをMAMIYAに返して、食堂を後にした。

 

 

執務室の前に着き、ノックをしようとしたら、扉が少し開いていた。

提督と秘書艦の声が微かに聞こえる。

何故そうしたのかはわからない。音を立てないように扉のすぐ傍で聞き耳を立てた。

提督は書類を積み上げた机でせっせと万年筆を動かし、時折板状の機械らしきものに指を這わせ、秘書艦が傍でその書類のチェックを行う。ふたりとも忙しそうだ。

少し覗いていると、提督が手を止め、左頬をさする。

 

「いつっ…」

「あら、まだ痛むの?」

「木曾のやつ、思いきり殴って… 」

「…悪かったわね。アナタは反対してたのに、アタシが」

 

頬を撫でようとする陸奥の手をやんわりと京は制した。

 

「別に何も悪くない。最後に判断したのは僕ですから」

「でも」

「結果として損害は抑えられた。もし大鳳さんを連れていってなかったら、町は空襲されていた。そうでなくとも、あなたの言うとおりになっていたかもしれない。だから…」

 

提督は机に拳を叩きつけた。

無数の書類が床に散らばる。

 

「くそっ!間抜けが!何故見抜けなかった!?何故対策を打てなかった!?何故これほどの損害を被った!?無能が!辞めてしまえ!」

 

提督はそのまま机にうずくまるように顔を伏せた。

秘書艦は散らばった紙を拾い集め、揃えて机に置く。

 

「過去はやり直しがきかない。顔を上げて。そろそろ招集がかかる頃よ」

「そうですね…」

 

提督は死人のようにむくりと立ち上がり、うなだれたまま部屋の隅にあるハンガーラックに向かう。

両肩に大佐の肩章のついた、金ボタンの白色の上着を羽織り、金糸刺繍の入った制帽を被る。

 

「…大鳳さんや暁、それに木曾は?」

「大鳳はまだ寝ていると思うわ。暁は部屋にこもって三角座り。木曾は艤装庫で整備中よ」

「そうですか…」

 

京が溜め息をついた時、黒電話のベルが鳴った。

 

「はい、こちら舞鶴鎮守府大坂支部」

 

京が駆け付け、応答する。

 

「…はい。…はい。了解しました」

 

受話器を下ろし、陸奥に顔を向ける。

 

「柳司令長官より招集がかかりました。作戦が始まります。秘書艦、陸奥」

「はい」

 

そこには戦いに臨む凛々しい提督が、その補佐を立派に遂行せんとする秘書艦がいた。

 

「この支部における僕の全権限を一時的にあなたに委譲します」

「拝命しました。この陸奥、全力をもって当たらせて頂きます」

 

両者は敬礼を交わし、それぞれの持ち場に向かう。

提督が扉に手をかけた時、思い出したように秘書艦に振り向く。

 

「…抜けた穴に関しては至急別支部の艦娘をこちらに配備するよう手配します」

「…了解しました。…………御武運を」

「…」

 

京は応えずに執務室を後にした。

 

 

執務室の近くの曲がり角。提督の足音が消えていくのを確認して、壁にもたれかかるようにへたりこんだ。

心臓が忙しなく動き、心音の響きが身体を震わせる。

ふらつく足で懸命に立ち上がり、誰にも見つからないように壁を伝って歩いた。

 

 

自室に戻ることが出来たが、道中の記憶が無い。

月光が射し込む部屋の中。何かをくるめた毛布の周りでは、紙や服がそこら中に散らばり、箪笥であった多数の木片が棘を見せ、机が扉を塞いでいた。

毛布にくるまった少女は過呼吸気味に嗚咽する。

 

ーー何故これほどの損害を被ったーー

ーー過去はやり直しがきかないーー

ーー抜けた穴に関してはーー

 

「島風は…、島風はッ!」

 

「ワタシがコロシタ!」

 

 

 



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0.7話 呉

5ヶ月前の11月、広洲県呉鎮守府本部執務室内にて。

黄金の龍が壁一面に描かれ、床は白い大理石で埋め尽くされていた。大きな窓ガラスからは赤ランプが妖しく瞬く夜の港を見渡せる。執務室内で一人着物を羽織った人物が棚からとっておきのウィスキーを取りだし、握りこぶしほどの氷球を入れたロックグラスに注ぐ。琥珀色の液体を揺らしながら、とある巨大戦艦の模型を座した桐箪笥へ近寄り、満足気に模型を眺めていた。

 

「提督よ、新しい情報が届いたぞ」

 

長身で褐色の女性がカツンカツンと大理石を踏み鳴らす

 

「…のっくをせぬか、うつけが」

 

興を削がれたとばかりに一気に飲み干した。

 

「して、情報とはなんじゃ」

「いや、そんなことよりその右舷の機銃の位置が少しおかしいのではないかと前々から疑問だったのだが」

 

彼女が模型を指差し、疑問を呈する。

 

「それこそどうでもよかろう」

「確かにそうだ。こりゃ失敬。ハッハッハッハッ!」

 

豪快に笑う女性のせいで頭痛がするのでもう一杯飲むかと再び酒棚へと戻る。

 

「笑っておらず、はよう言わぬか」

「ああ、そうだったな」

 

褐色の女性は手元の書類をきめ細やかな刺繍のはいった柴色の豪奢なテーブルクロスがかかった執務机へ放り投げた。

その雑な扱いに眉をひそめながらも提督はグラス片手で書類に目を通す。

一通り読み終えると、フっと失笑した。

 

「傑作よのう」

 

口元をにやつかせながら続ける。

 

「2ヶ月前の建造されたあの日、知った者は皆慄いた。機力の量、質。海、艦載機、乗組員の記憶。爆発音に対する過剰反応。以上からそうであると判断され名をつけられた。いや、名を背負い直された」

 

長身の女性をからかうように指さす。

 

「そなたやそなたの姉の如く期待をもたれた。深海のやつらに決定打を撃てると誰もが歓喜し、栄誉を得たいがために誰もがそれを欲した。儂もその一人じゃった」

 

酔っぱらったのか話し始めたら長くなる提督を艦娘はいつものように黙って聞いた。

着物の女性はグラスを机に勢いよく置く。頭の釵がシャラリと揺れる。

 

「それが蓋を開けたらどうじゃ!水上を駆けるどころか満足に歩くことも出来ぬ身体能力!字が読めぬ、書けぬ、話せぬほどの幼児並みの知能!機力の不等配分による正規空母らしからぬ搭載数!これらだけでも前例無き無能さよ!そして、」

 

彼女は書類を指先で弾く。

 

「軽空母龍鳳が断定したそうじゃ。装甲空母大鳳には発艦能力が無いとな。発艦できぬ空母に何の意味があるかのう?固定砲台として使ってやろうか?秋月や摩耶などの優秀な艦娘がおるのに?実験体として使うにしても、大鳳の名がそれを阻む。まるで使い道がない。ぺんしょん大鳳じゃな」

 

その物言いに褐色の女性は少し眉を動かすが、気にしなかった顔をする。

 

「それで、その大鳳はどうするのだ?」

「ああ、稿知の岐峯根が引き受けたいと前から言っておったからの。あやつに任せようかと。…横須賀や佐世保にやるのも癪だしの」

「ふむ、岐峯根提督か。それほど野心家には見えなかったのだが」

 

不思議そうに首を傾げる艦娘を彼女は苦笑いした。

 

「そういうのとは違う場所からあやつは考えたと思うがな…」

 

提督はよっこいせと座り心地の良い赤いクッションが敷かれた木彫りの椅子に腰かけた。

 

「のぅ、教えてくれぬか」

 

天井に虚ろな視線を向けながら、答えを求める訳ではなく一人呟く。

 

「生まれながらに名を背負う。それがいかな苦しみをも背負うかを儂は知っておるつもりじゃ。じゃが、儂は知らん…」

 

「名に見合う才を持たぬ者の苦しみなど…」

 

そういい終えると安らかな寝息をたてはじめた。

力の抜けた手先から紙の束がこぼれ、机の下の屑籠へと落ちていった。




何故に新キャラを…。
ちなみに初春、利根、浦風は出ない予定なのでセーフ(?)
ババア口調キャラっていいですよね


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18話 鳳雛 序編

「おい!てめぇ、さっさと出てこい!」

「木曾!何て言い方!」

「陸奥、お前は甘いんだよ!こういうのは扉をぶっ壊して無理矢理…」

 

バン!と部屋の内側で何かを叩きつけた音がした。

騒いでいた二隻は口をつぐむ。

 

「あの…、大鳳…。置いておくから…。そのっ、た、食べないとアタシが食べちゃうわよっ!?今日のポテトサラダ、絶品なんだから!」

 

無理矢理に笑った調子で陸奥が冗談を言う。

木曾は下唇を噛み、そんな陸奥をやるせなく横目で眺めた。

部屋からは苦笑すら聞こえず、扉の下から明かりが漏れ出すこともない。

 

「あのね…、あ、その…。ええと…」

 

開いた口はすぐに閉じていく。

 

「…………………」

 

陸奥は沈痛な面持ちでうなだれた。

 

「待ってるから…」

 

そう言い残し、2隻の足音は遠ざかっていった。

 

 

 

 

3階の廊下が静寂に沈みしばらくすると扉が開き、一本の腕がトレーを中へと引きずりこんだ。

 

外の明るさにより、ほんの少しの明るみをもつ部屋の中。壁にもたれて座ったまま、少女は手掴みで白い砂を固めたようなものを口に運ぶ。

 

粗く潰されたじゃがいも、さいのめ切りされた人参や粒状のとうもろこしの甘味とマヨネーズの酸味。黒胡椒独特の辛味がアクセントの役目を果たしていた。

 

しかし、彼女にとっては不快な食感と味覚をもたらすものでしかなく、口を手で押さえ付け、吐き出しそうになるのを涙ながらにこらえる。ほとんど噛まずに飲み下すと、水で口に残った食べかすを洗い流した。ハァハァとえずき、次の皿へと手をのばすが宙を切る。溜め息をつくとトレーごと食事を窓へと運び、開けた窓から慣れた手つきで皿をひっくり返していく。

 

小さな屑籠は初めの数日でいっぱいになり、腐乱臭を撒き散らしていた。雨が降ったのか生暖かい風が流れこんできたから、作業半ばに窓を閉めた。

 

トレーを扉の前へと戻しにいく途中で何かを踏みつけ、仰向けにすっころぶ。無数の米粒が少女の身体に覆い被さった。むくりと起き上がり、身体を払ったり、床に散らばった米粒を拾っていく。

 

「私は…」

 

あまりの情けなさに涙が出そうになるが、つい一昨日に切らしてしまった。犬のように這いずっていると、カサリと乾いた音とともに指先が何かに触れた。

ベタついた手で拾い上げ、窓の傍へ寄り、月光に照らして見ると、それはテスト用紙だった。

 

「これは…」

 

懐かしい。鞄からこぼれ落ちたのだろう、3ヶ月ほど前に受けたテストだ。95点である。頭にこびりつかせるように何度も何度も教科書を読み込んだ。答えだって今でもスラスラと答えられる。

 

第一問、吹雪型駆逐艦一番艦吹雪。第二問、平海 陣。第三問、イ 速度。第四問、横須賀鎮守府。

 

過去の自分はどれも正答していた。当然だという気持ちで目線を下げる。そして、第五問の解答欄を見た瞬間、今すぐ破り捨てたい衝動にかられ両手に力がはいった。

 

何も書かれていなかった。

 

何を書いても正解になる、いわばサービス問題。だが、少女は書けなかった。

 

枯れたはずの涙がテスト用紙に新たな灰色の染みをつくっていく。

 

紙を丸めて胸にかかえこみ、少女は数日ぶりに叫んだ。

 

 

「私は…!私は…。何を護ればよいのでしょうか!命令に背き、勝手に動き、何も護れず、友に護られ、友を死なせました!救国を志したにもかかわらず、何を成すことも出来ず、周りの期待に応えることも出来ず、ただ周りに迷惑をかけ、ただ息をするのみ!そんな有り様でいったいこの大鳳に何を護れとおっしゃるのですか!教えてください、鹿島先生、瑞鳳さん!」



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19話 鳳雛 前編

大鳳の過去編始まります


3ヶ月前、1月。新年を迎え、人々は十数日前と変わらぬ生活を過ごすにもかかわらず、どこか新鮮な気持ちで寒空の中外套を被り、世話しなく動き回る。そして、艦娘もその例外ではない。みな気持ちを新たに日々の戦いに身を投じていた。1隻を除けば。

 

広洲県呉鎮守府の管轄敷地内に艦娘訓練所はある。呉鎮守府ほどでは無いが広大な敷地。正門を抜けると真っ直ぐに伸びた石タイルの道とその先にそびえる意外と近代的な校舎が来訪者を迎える。よく整えられた芝生広場には旧型の戦闘機や戦車が鎮座している。

 

今、校舎の上を一際飛び抜けた白亜の時計台が始業を知らせた。

 

校舎内の2階の学科教室。空調の程よく効いたこの部屋で今日も生まれたばかりの艦娘を相手に教師が奮闘する。

 

「は~い、皆さん、静かにしてくださ~い。3限目は国語です。わたしと一緒にがんばりましょう!」

 

スチール製の教壇に立ち、1隻の艦娘がパンパンと手を打ち鳴らす。

 

紅白のチェックとストライプの2つのリボンがつけられた黒の帽子を被せた、ふわりとした銀白のツインテール。肩章付きの白の礼装、紅色のスカーフ、横に白線の入ったスカートからのびる肉付きのよい艶やかな生足。

彼女の名は鹿島。香取型2番艦の練習巡洋艦だ。ここ呉艦娘教習所の主任を勤めている。

 

「今日は前回の続き、教科書64ページから始めましょう。長波さん、前回の復習です。竜巻とともに異世界に飛ばされた女の子とワンちゃんは途中でかかしを仲間にしました。そして、一行は黄色いレンガの道を歩き、暗い森の中へ入っていきましたね。さて、そこで見つけたものは何だったでしょうか?」

 

「ドラム缶!」

 

黄色のリボンを着けた黒髪の勝ち気そうな少女が勢いよく答える。

 

「違いますよぉ。徹甲弾ですぅ」

 

似たような服装をした丸眼鏡をかけた桃色髪の少女が体型にあっていない余り袖をぶんぶんと振り回す。

 

「どちらも違います…」

 

鹿島は頭を抱えながらとりあえずつっこむ。

すると、兎型の髪飾りをつけた赤髪の少女が手をあげた。

 

「はい、なんでしょう?」

「わからない言葉があるぴょん」

「おぉ…、言ってみてください」

 

受け答えしつつまともな質問に鹿島は感動する

 

 

「セッ〇スって何だぴょん?」

「ごぇふっ!」

 

あまりに衝撃的な単語が飛び出し思わず咳き込んだ。

 

「ごむっ、ぐむっ…、ハァハァ…。ごめんなさい、ちょっと先生わからないですね」

「えーじゃあ、ごむありほてるべつにまんってどういう暗号だぴょん?」

「ごめぼっぱっ!!」

 

呼吸器官が麻痺したのかと思うぐらい呼吸困難になる。

「ズハァギハァ…、すいません。それも…」

「なんだー。せんせーの部屋にあったからわかると思ってたぴょん」

 

口を尖らせる少女の手元には露出の多い派手派手しい格好に身を包んだ10代の女性が表紙の雑誌があった。

 

「って!勝手に先生の部屋に忍び込まないでください!」

「ちゃんとノックしたぴょん」

「してもダメですっ!」

 

奪い返そうと本の引っ張りあいをしていると、黒髪の少女が手を上げた。

 

「なあ、かしま」

「… なんですか。後、鹿島先生と呼びましょうか」

 

開始早々やつれた顔をしながらも立派に職務を全うしようとする鹿島先生。

生徒は忠告を聞き流し隣の席を指差す。その席には誰もいなかった。

 

「そういや、どうして大鳳…だったっけ?まあ、いいや。どうしてそいつがいねぇの?」

「え、それは…」

 

奪い返した雑誌を片手にしどろもどろになっていると、赤髪のじゃりん娘が座ったまま足をバタバタさせる。

 

「うーちゃん、知ってるぴょん。図書室で本読んでたぴょん」

「へぇ~、かわってるね。図書室で寝ないで本読むなんて」

「変わってるのは長波の方ですぅ~!」

 

驚く妹に姉が袖をぺちぺち振り回してつっこむ。

 

「ええー!?巻雲姉ぇに言われたくないなー」

「なにぉー!?」

「はいはーい、静かにしてくださーい。」

 

大きく両手を振り、静粛を求める。

 

「ごほん、先生が大鳳さんに調べものを頼んでいたのです」

「何を?」

「ちょっぴり大胆(はーと)小悪魔冬こーで?」

「乙女の基本!優しいイケメンパパの作り方?」

「ちがいますっ!!!」

 

特に意味を分かっていない少女達の質問を

鹿島は顔を真っ赤にして否定する。

 

「そ、そんなふしだらなことではなくてですね…、もっと真面目なことを…」

「どこがふしだらなんだぴょん?」

「ッ!授業を再開します!!」

 

今日も鹿島先生は大忙しだ。

 

 

 

 

 

教科書や出席簿、そしてティーンズ雑誌を抱えこみながら、頬を膨らませ廊下を歩く。

4限目は外部から特別派遣されてきた天龍、龍田による航海術の実技訓練なので鹿島の出番はない。

 

「まったく…提督さんは…」

 

鹿島が言う提督は呉鎮守府本部の司令長官のことだ。正月の挨拶に行った際に「ぬしの勉強になると思うぞ」と手渡されたものがこの雑誌だ。

 

深夜、自室で「はぅぅぅぅっ」「ひやっ!」「こんな…、こんな…、ほぇぇ」とページをめくるたびに悲鳴をあげ、読み終えた時には無我の境地に達し何かを悟った気分になっていた。色即是空。

 

読み終えることが出来たのは決して下衆な好奇心ではなく教師としての向上心による賜物だと鹿島自身は思っている。

 

「現代の殿方は本当にあんなことばかり考えているのかしら…」

 

何故か大体暗記している記事の内容を思い出し呟く。

 

「あの人も…」

 

そして、生徒達の艤装を点検、修理する整備士の若者の姿を心に浮かべる。

 

熊のような大柄な体で朗らかな垢抜けない顔、照れた時や慌てた時にでる島北弁、整備中に見せる逞しい力こぶが印象的だ。

 

のんびりした性格でいつも小柄なおやじさんに「のろま!」とその大きな背中を蹴られている。しかし、おやじさんが裏では仕事仲間に自慢していることを鹿島は知っていた。

 

年末、工厰裏の階段で大きな薄いコートを鹿島に被せ、青年は鼻を赤くしながら薄着のまま数時間も鹿島の悩みを聞いていたこと思い出す。

 

鹿島は肌寒い廊下で一隻頬を紅く染める。

直ぐにふわふわとまとわりついた妄想を振り払うように首を振った。

 

「何を考えているの、鹿島!業務時間中ですよ!」

 

出来の悪い生徒に対してと同じく自身を叱りつける。

3度深呼吸し気持ちを落ち着かせ、頬の紅みをひかせた。

 

そして、目的地である場所の扉を見据える。

重いガラス扉を少し力をこめて開け、キョロキョロとある艦がいないか探し回る。

 

高さ2m,横幅6mの木製本棚が一定の間隔をあけ狭い室内に並び立つ。

本棚には多種多様な本が分類わけされて、ところ狭しに並べられていた。

鹿島も時折授業のネタ作りや息抜きのためにここを訪れる。

 

この図書室は数学、化学、物理学、力学、地球科学、言語学といった一般教養の参考書や航海術、水雷術、航空術、統率学などの専門科目の参考書などが充実している。他にもSF小説、推理小説、ノンフィクション、伝記、ライトノベル、絵本なども読み書きの訓練や現代仁本の常識の学習の参考になるので専門書ほど多くはないものの置かれていた。

 

鹿島は紙の森の奥で探していた艦、そして悩みの種を見つけた。

傍に大きさが不揃いな本を綺麗に積み上げ、その生徒は眠そうな犬とおちゃめな蛙が飛行機に乗る絵本を開いたまま、すぅすぅと寝息をたて、首をカクリと折り曲げ居眠りしていた。

 

寝ている姿はあの時から変わらないのに…。

 

「大鳳さん」

 

鹿島は眠りこけている少女の肩を優しく叩く。

何度か叩くと夢の世界から帰還したのか口がむにゅむにゅと動いた。

 

「むぬ…」

 

寝ぼけ眼で鹿島の姿を確認すると目をパッと開いた。

 

「はっ、わ、私寝てませんよ!?」

「寝てましたよ!?」

 

生徒の思いがけない言い訳についツッコんでしまった。

ツッコまれたことが不満なのか完全に目が覚めたのか大鳳はじと目で鹿島を見る。

 

「…何の御用でしょうか」

「っ!又授業をサボりましたね!」

 

 

本をパタンと閉じ、大鳳は小馬鹿にしたように笑った。

 

「そんなことですか。別に構わないでしょう?」

「そんなことっ!?」

「鹿島先生、ここは図書室です。もう少しお静かに」

 

わざわざ挑発することを口を歪ませながら言う。

そんな少女に対して鹿島は怒りではなく憐れみを感じた。

 

このようにひとを嘲笑う娘ではなかったのに。

あなたはいつも褒めれば晴れた日の花のように笑い、叱れば雨に濡れた草木のように落ち込んだ。授業には誰よりも早く席に座り、わたしの拙い授業を真剣に聞き、終われば何回も何回も質問しにきた。決して成績が良かった訳ではなかったがあちこち書き込みだらけとなった教科書やノートを広げるあなたの姿はわたしの喜びだった。

 

鹿島から何も得たい反応を得られなかった大鳳は気まずそうに立ち上がり、そそくさと図書室から出ていこうとする。

即座に鹿島は躊躇なく大鳳の左腕を掴んだ。

 

「待ちなさい!」

 

突如教師としての厳格な面影に大鳳は怯みを見せた。

 

「どこに行くのですか?そちらに艤装庫はありませんよ」

「…あぁ、そうでしたね。うっかりしていました」

 

適当にごまかし、手を振りほどこうとするが鹿島はそれを許さない。

 

「わたしの授業がつまらないと思われるのは構いません。しかし、軍は集団行動を重んじます。学校はそれを育むための場でもあります。他の艦娘達と交流するためにも授業にでてください。今作った仲間はきっと後々あなたのために「そんなもの、私には必要ない!!」

 

しまったと失言を後悔した鹿島の手を荒々しく大鳳は振り払う。

 

「もう構わないでください!先生はもっと優秀で有望な娘たちを育てればいいじゃないですか!私に何か求めてるんですか?無駄なんですよ!」

 

静粛な室内に少女の切なる訴えが響く。教師は動揺して、手元の冊子を床に落とす。

 

ティーンズ雑誌は運の悪いことに「失恋話でキニナル男子の気をひこう!」というページを開いて、床に落ちた。

そのページをさっと読み流すと大鳳は鹿島を俗なものを見る目で苦笑した。

 

「へぇ、先生もこんなのをお読みになるんですね?…あ、わかりました。出来の悪い私に同情することで他の生徒や提督さんから良く思われたい、違いますか?」

 

普通なら怒り狂って手を出してしまいそうな暴言だが鹿島は拳を振り上げる気にはとてもなれなかった。それほどまでに少女の姿は痛々しかった。

 

口をつぐみ、顔を伏せる鹿島の反応を肯定と受け取ったのか大鳳は身を翻し足早に歩を進める。

そして、入口付近で立ち止まり、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で呟いた。

 

「本当に、構わないでください。結局…何も変わらないから」

 

その後に聴こえた足音はゆっくりとどこかへ消えてしまいそうだった。

 

 

 

 

「結局…、ですか」

 

鹿島は大鳳が放置していった本の山を棚に戻すべく腰を屈める。

 

「図解 戦闘機」「海の気候を読みとく」「ナウいヤングカルチャー ~トレンディー大国ニホン~」「異世界転生後史上最強の冷徹な女騎士になった俺はオークの巣窟につっこんだったww」

 

溜め息をつきながら本の題名を目で追った。

こんなに本を読めるようになったのね。

そんな感慨深い気持ちに耽りそうになったから淡々と本を回収していく。

この後もまだ授業がある。目を腫らした姿を生徒達に見せるわけにはいかない。

何冊かの本を持ち上げ大鳳が消えていった方向へと顔を向けた。

 

わたしは知っています。

朝早くあなたが誰にも気づかれないように校庭を走っていることを。

真昼間あなたが一人でつまらなさそうに昼食を食べていることを。

夜遅くあなたが消灯時刻後こっそり電気を点け本の世界に入り浸っていることを。

 

でもね、わたしはあなたの前では教師でありたいと願うのですが実はわからないことだらけなんです。

現代の風紀も殿方の気持ちも正しい教育も艦娘の是非もあなたのことも、すべてわからない

 

「本当に…」

 

本当に諦めているのですか?

本当は皆さんと訓練したいのではないですか?

本当の外の世界を見てみたいのではないですか?

本当は同情して欲しいのですか?

 

 

職員室に戻った鹿島は陰鬱な気持ちでPCを立ち上げ、手紙の絵柄を押す。

 

受信欄はいつもと同じようなアドレスが並んでいた。

 

4ヶ月前でしたか。ここは始めて見るアドレスで一杯になったものです。

 

岩川基地、柱島泊地、大湊警備府、幌筵泊地本部といった中小根拠地はもちろん横須賀鎮守府、佐世保鎮守府の支部などの大規模根拠地の、階級は中佐から中将に至るまでの提督さんからの勧誘の手紙で毎日溢れましたね。

そして、それら全ての手紙はわたし宛ではなく大鳳さんあなた宛でした。

 

艦娘自らが転拠願いに判を押し、元の所属根拠地の提督が同意の判を押せば転拠が認められる制度が存在するから起きることであった。

 

試しにそれらを印刷し、あなたにあげてみましたね。格式張った難しい文面でしたから言葉を習いたてのあなたでは理解しにくかったようですが、沢山の人達に必要とされているということはわかったようでした。あなたはその紙の束を自分だけの宝物のように大切に抱えながら嬉しそうに笑っていましたね。

 

そうそう、その次の日もまた次の日も届くので、あなたに渡していたら、いつ届くのかあなたは楽しみにする余り職員室の前で座り込むようになったので、わたしは怒ったことがありました。

 

 

でも、そう長くは続かなかった。教育期間が長引くにつれ手紙の量は減っていきました。あなたは変わらず嬉しそうに振る舞いましたね。

龍鳳さんから発艦能力が無いと宣告された時、あなたは龍鳳さんやわたし、他の生徒達に掴みかかったり罵倒したりして営倉送りになりました。あの時わたしはこの機械の前でずっと手紙が来ないか待っていましたが1通も来やしませんでした。

 

それからでしたかあなたが濁った目をするようになったのは。

 

ただカチカチと受信ボタンが押される画面を鹿島は頬杖をつきながら見つめる。

そして36回目のクリックで変化が起きた。受信欄に2つのアドレスが追加されたのだ。

 

一つは何度か見たことがあるもの、もう一つは始めて見たもの。

 

咄嗟に画面を掴み、文面を慎重に読んでいく。

 

「これは…!」

 

************

敷地内の端にある弓道場。

 

袴に着替え、黙々と弓を引く一隻の少女。

放たれた矢は的から半的ずれた辺りに着地し、ぼすりと鈍い音を出す。

少女はチッと舌打ちした。

 

 

「ぬふふふ、心がなってないね」

 

 

道場の入口から笑い声が聞こえたので振り向くと、同じくらいの背丈の暗緑色のモンペをはいた女性が腕組みをしていた。

 

「誰です!貴方は!」

「あれ、聞いてない?とりあえず自己紹介といこうか。空母会から派遣されたワタシの名前は瑞鳳。祥鳳型軽空母2番艦だよ。気軽にズホって呼んでね、大鳳ちゃん」

 

そう言って彼女はブイサインをした。

 




すいません。瑞鳳は瑞鳳改である設定です。


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20話 鳳雛 中編

久々の更新となってしまいました。
更新をもっと速くしたいのですが…。クッ。



敷地内の端にある弓道場。

 

袴に着替え、黙々と弓を引く一隻の少女。

放たれた矢は的から半的ずれた辺りに着地し、ぼすりと鈍い音を出す。

少女はチッと舌打ちした。

 

「ぬふふふ、心がなってないね」

 

道場の入口からちょっと気持ち悪い笑い声が聞こえたので振り向くと、同じくらいの背丈の赤い袴をはいた少女が腕組みをしていた。

紅白縞模様の鉢巻をした亜麻色のポニーテール、橙色の瞳。赤銅色の網目模様の袖が目立つ薄緑の道着の上に迷彩色の胸当てをつけ、一本の白線が縦断する深緑色のもんぺを履いている。

 

「誰です!貴方は!」

「あれ、聞いてない?空母会から派遣されたワタシの名前は瑞鳳。祥鳳型軽空母2番艦だよ。気軽にズホって呼んでね、大鳳ちゃん」

 

そう言ってブイサインした。

突然現れた見知らぬ艦娘に驚きを隠しきれない。

 

 

「空母…かい…」

「もしかして知らない?」

「いえ、知っています。航空技術の全体的上達を目指した情報交換や後進の空母の育成を目的とする熟練者の派遣を旨とした空母による互助組合、であると」

 

瑞鳳が意外そうな顔をしたので、艦娘学の教科書「鎮守府生活のすすめ」の82ページにある小さなコラムに書かれていたことをとっさに暗唱した。

ちなみにそうした組合は空母のみに限らず戦艦や重巡、軽巡などにもある。

 

「そそ、良く覚えてるね。感心感心。でも、それならどうして驚いたの?」

「それは…何故空母会の方がここにいらっしゃったのか理解できなかったからです」

 

瑞鳳がさらに驚いた顔を見せる。

 

「大鳳ちゃん、自分で言ったよね?空母会は後進の育成を目的にしてるって」

「ですが、私は「発艦出来ない?」

「……そうです」

 

瑞鳳が上目遣いに言葉を先取りしたため言い淀む。

 

「いやー、ワタシもなんでかはわからないんだけどね。してくれって依頼されちゃったから」

「依頼?」

 

鹿島だろうか?いやそれなら事前に言ってくるはずだと疑問を感じていると瑞鳳の口から依頼者の名前を告がれる。

 

「舞鶴鎮守府大坂支部所属、墨野提督の依頼だよ」

「すみの?」

 

聞いたことのない名前だ。今まで手紙を受け取ったことのある提督の名前は全て覚えているがどれも該当しない。

 

「墨野京。19歳という異例の若さで本国の支部に配属された提督。稀代の天才…という訳ではないけれどなかなか上手くやっていると思うよ」

「そんな方がどうして私なんかを気にかけなさったのでしょう?」

「さぁー?あそこは航空戦力がいないからかな。よくわかんないなー。ワタシんとこの提督と墨野提督が割と仲が良いからそのツテでワタシを寄越したんだけど…」

 

さぁーと背中が冷える心地がした。

 

「もしかすると…。墨野提督は知らないのでしょうか、私のことについて」

 

少し考える素振りを見せた後、瑞鳳は大鳳と目を合わせずに話す。

 

「…その可能性はあるね。あなたの欠陥については一応機密事項になってる。墨野提督は若手だし、まあちょっと敵も多い人だから、わざと情報を回されなかったということがあったかもしれない」

 

瑞鳳の発言で衝撃的だったことが2つ。

自分が海軍から欠陥品扱いをされていること。

そして、

 

「敵が多い…ですか」

「うん。海軍には派閥がいくつかあってね。当然派閥争いもある。墨野提督はワタシんとこの提督も所属してる派閥の筆頭である呉鎮守府本部の司令長官さんに気に入られてるの。だから、敵対している派閥の提督達に特に嫌われているってわけ」

「そんなことが…」

 

皆が同じ方向を目指し、皆が協力しあって事を成し遂げる。そんなことはとてつもなき難しい絵空事だと大鳳はもう気づいてはいたが、憧れの海軍がそれの例外ではなかったことにどうしようもなく落胆してしまう。

それをみてとったのか瑞鳳が眉を下げる。

 

「気持ちはわからないでもないよ。ただまあ、どの派閥も本気で国のことを考えているから安心してほしいかな。あ、それにそれに、墨野提督も別に変な人じゃないから」

 

フォローになっているのか、なっていないのかよくわからないが、励まされていることはわかる。

だが、大鳳は視線を下に向けた。

 

「ありがとうございます…。でも、それならなおさらいけないですよね。墨野提督にお断りのお手紙を送ってもらえるよう鹿島さんに頼まないと」

 

そう言って大鳳は瑞鳳の横をすり抜け、立ち去ろうとした。

瑞鳳はほーっと少し興味深そうにその背中を見送る。

 

「あらら、聞いてた話と違うね」

 

大鳳は足を止めた。

 

「何の話でしょう?」

「いや、大した話じゃないよ。鹿島さんから大鳳ちゃんは諦めない心を持つ娘だって聞いていたから。」

 

大鳳は前髪で歪む眼を隠しながら吐露する。

 

「っ!…買い被りです!私はそんな素晴らしい艦娘じゃありません」

「確かにね」

「」

 

あまりに率直な物言いに言葉を失った。

瑞鳳は特に気にも止めず続ける。

 

「いやー、なかなか賢明な判断だと思うよ。はっきり言って迷惑だもんね。大鳳ちゃんみたいな娘とワタシ、一緒に編成されたくないもの」

 

大鳳は振り返り、自身の意見の正統性に追い風をたてんとする。

 

「…そ、そうですよね。発艦出来ない空母は足手まといですからね」

「違うんだよねぇ」

 

やれやれという呆れた表情をした。

 

「それならそれでやりようはあるでしょう?機銃は使えるんだから対空沿岸防衛の任に就いたり、艤装の研究機関に所属して実験艦になるとか。実際にそういう艦娘もいるし。ワタシはそういうちゃんと自分の道を歩む艦と一緒に行動したいなあ」

 

硬直する大鳳へ歩み寄り、大鳳の鼻先にぶつかりそうなほど顔を近づける

 

「それで、大鳳ちゃんは何をしているのかな?こんな鳥籠みたいな安全地帯でのうのうと実現不可能な夢を見てるだけ?目の前にある課題から目を背けて、鹿島さんにも迷惑かけて、自分からは何をするわけでもなく、いつか出来るようになるって待っているだけじゃないのかなぁ?周りの生徒達はもう自分の責務を自覚して日々励んでいるのに?別にいいんだよね、大鳳ちゃん。ちっぽけなプライドを宝物のように大事にして、せっかく示されたチャンスを捨て去ることは大鳳ちゃんにとっては当然のことだもんね?なんていったってあなたはあの、仁本国民皆の期待を背負って生まれた海軍の最終兵器が一つ、誇り高き装甲空母、大鳳なんだからぁ!?」

 

 

「だまれえええぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

大鳳は瑞鳳の両肩に掴みかかり、力の限り床へと叩きつける。

咄嗟のことで受け身がとれず後頭部が木の床と衝突し、瑞鳳の表情は苦悶に歪む。

すぐさま大鳳は瑞鳳の腹部に跨がり、無防備な瑞鳳の顔を殴り付けた。

 

「いきなり現れてっ!好き勝手なことを、言うなっ!何様よ!…わかってるのっ!貴方なんかに、言われなくたって!私だって!わかってる!自分の限界を知って、それにあった、道を行かなきゃいけないって!わかってる!わかってるけど、わかっているけどっ!私が私を許そうとしないっ!大鳳が私を許さない!」

 

一発一発拳を叩きつけるごとに大鳳の瞳は揺れ、腕は折れそうなほど頼りないものになっていく。

 

「努力だってした!誰よりもしたッ!誰にも負けないように、誰からも愛されるように、誰でも守れるように!でもッ、でもッ、誰もが私を置いていく!なんでもない顔をして、たいした努力もせずに、私を追い抜き、置き去りにしていくッ!私を見向きもせずにッ!でも私は頑張ッた!頑張ッたのに…」

 

打撃の感触が無くなったから瑞鳳が目を開けると、腕をだらりとぶら下げ涙と鼻水まみれの大鳳の姿が映った。

 

「ふざけるな…。ふざけないでよォ。どうして私ばッかり…。せッかく生まれ変わッたのに。今度こそはッて…。ドウシテ…」

 

四つん這いのまま肩が揺れ、水滴が零れ落ちる。

視界はおぼろ気に、思考はまどろんでいく。

瑞鳳の紅白の鉢巻が白く染められていった。

 

「みんな私を必要としてイナイの?わたしはセカイから望まれていないの?ワタシはソンザイしちゃいけないの?」

 

それならばいっそ生まれ変わらなければよかった。

陽の光が照らし続ける地上はきっと眩しくて生きていけないだろうから、光届かぬ静かな海の底でこの名を抱きながらひっそりと眠ったように死んでいよう。

 

燃えるように肩を奮わせ、吠えるように嗚咽し、噛みつくように歯軋りする。

そんな大鳳の頬を誰かがそっと撫で上げた。

 

「ワタシがしているよ」

 

腫れた頬を少し痛そうに歪ませ、優しく微笑んだ。

大鳳は予想しなかった一言で時が止まったように全ての動きを止める。

背中に五指を添わせ、自分の方へと抱き寄せる。放心状態の大鳳は抵抗なく瑞鳳へと身体を預けた。瑞鳳は胸元で1隻の重みを感じながら少し湿った少女の後ろ髪を手でゆっくり鋤いていく。

 

「ワタシがあなたを必要としている」

 

そう告げると、大鳳をどかし、イテテと顔をしかめながら左腕で上体を起こす。

するりと大鳳の固めから抜け出し、袴に付いた 埃を払いながら立ち上がる。

呆けた顔をしている大鳳の頭をわしゃわしゃと乱暴に掻き乱した。

 

「よく頑張ったね。次はワタシが頑張る番だ」

 

ふらつく素振りも見せず、スタスタと出口へと歩み出した。

そして振り返り、座り込んでいる大鳳に真っ直ぐなそれでいて暖かい視線を注ぐ。

 

「涙を拭いたら艤装庫においで。あなたに翼をあげる」

 

ニッとわらった顔はまるで太陽のようで。幼さの残る顔立ちの中に確かに凛と胸を張る大和撫子の面影をみた。

 




瑞鳳はこんなキャラじゃない!とお怒りの方へ
ごめんなさい。でも私の中ではこういうキャラなんです。かわいいよりかっこいいキャラなんです。イカしたリケジョなんです。

次回、大鳳はレッ●ブルを飲みます(嘘)


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21話 鳳雛 後編

弓についての描写があります。不適切なところをいくつか見つける方がいらっしゃると思いますが温かい目で許してください。


 

まだ使われて間もない、錆一つない新艦娘の艤装が陳列された艤装庫。いつもは教官のアクセスキー無しには開かない鉄扉も外の空気を深呼吸するかのように開いていた。

まだ少し糊の残った制服を纏った大鳳は入り口を潜り抜け、奥へ奥へ自身の艤装の場所へ歩いていく。その足取りは決して軽くはなかった。

 

どこから取り出したのか深緑の迷彩柄ゴーグルを頭にはめ、大鳳の艤装を覗き込んでいた瑞鳳が中腰のまま挑戦的な眼差しで振り返る。

 

「来たね」

 

体の内に熱い意思を秘め大鳳はうつむきがちに少しずつ口を開く。

瑞鳳はその気配を感じとり咽を鳴らす。

 

「はい。よろしく、お願いします。…あの、先程は、申し訳ありませんでした。どのような罰を与えられても、当然なことを、私はしました。死ねと言われれば死ぬ所存です」

そこで一旦区切り、瑞鳳と視線を合わせ、力強く意思を伝える。

 

「ですが、私が艦載機を発艦出来るようになってから、死ねとご命令ください。私は空母として死にたいのです。これだけはどうしても譲れません」

対して瑞鳳はポカンと口を半開きにして姿勢を保っていたかと思うと、唐突に腹を抱えて笑いだした。

 

「あはははははは!!なんか真剣な顔してるなーって思ってたら!さっきのことすっごい気にしてんのね!あっはっはっはっ!え!?鎮守府にすらまだ着任してない新艦にボコボコにされたから、キレて、ワタシ、しょ、処しちゃうの!?そんなの拙者が処されちゃうでござるぅぅぅーーーー!!ぷふふふふ!!!しかも、し、死ねって言ったら死ぬんだ!?しかも、それ、命令するかどうか結局大鳳ちゃんが決めちゃってるじゃん!?もうムリーー!大鳳ちゃん面白すぎーー!!」

 

腹を抱えてそこらじゅうを転げ回る瑞鳳の姿に圧倒され、酸素を求める魚のように口をパクパクする。だが、これだけはわかる。

 

すっごいバカにされてる

 

「わ、笑わないでください!私は真剣に言ってるんです!」

 

耳まで真っ赤にして叫ぶが瑞鳳はまだ地面を転げ回る。

 

「そう!にゃにより真剣に言ってるのが面白すぎりゅーー!!あひひひひひ!!」

 

その後も大鳳は足をジタバタさせたり、腕をブンブン振り回したりと必死に抗議するが、瑞鳳にとっては大鳳の全てがツボになってしまったらしく、転げる速度が加速していった。果ては「その髪型どうなってんの!?」などとからかわれた。貴方も似たようなもんでしょうが。

 

「ふっふ~~。あ~、笑った笑った。これは確かに笑っちゃうね。今ならわかる」

 

やっと息を整え、砂と煤まみれになった胴着を気休めにさっさと手で払い、立ち上がる。

恥ずかしさや怒りや気まずさがない交ぜになった微妙な表情の大鳳の肩をポンポンと叩いた

 

「まあさ、さっきのことは気にしてないから。あ、でも痛かったかも。イ級の副砲くらいは。……ププッ 」

 

まだ引きずっているらしく、自分のギャグで勝手に吹き出している。幸せそうですね。

 

「まあまあそんな怖い顔しないで」

「しておりませんが。これが自然体です」

「そう?生まれつき?ワタシはそうは思わないけどなー」

 

若干つり目なので不機嫌だと思われやすいらしい。鹿島先生からもそう思われたことがあった。最近は尚更だろう。証拠に最近、眉間が凝り固まって疲れる。

 

「失礼ですが本題に入りませんか?」

「ああ、そうだった、そうだった」

 

そう言って瑞鳳は大鳳の艤装へと小走りし、弓矢を携えて戻ってきた。

全長2.2mほどの黒いカーボンファイバー弓で弦は茶褐色。

そして90㎝弱のジュラルミン製の矢が4本。一般的に想像されるであろう弓矢一式と変わらない見た目だが、大きく違う点が一点だけ。矢尻が鉄製の矢尻の代わりに深緑の単葉機の模型がつけられていた。

 

「これもそうだけど、大鳳ちゃんの艤装は翔鶴型の艤装をベースにしてるようだね」

「知りませんでした…」

 

ちょっと恥ずかしいことなので大鳳は目を逸らす。

 

「翔鶴さんや瑞鶴さんには直接会ったことがないけど、翔鶴型の艤装の設計図は見たことがあるの。その時の設計図がこれに似てた気がする」

 

瑞鳳はなにげなく言ったが、基本極秘である艤装の設計図を、艦娘であるとはいえ記憶出来るほど見ることができたとはかなり衝撃的な発言である。

瑞鳳がどういった立場の艦娘なのか密かに大鳳は疑問符を浮かべた。

構わず瑞鳳は続ける。

 

「多分大鳳ちゃんには姉妹艦がいないことが要因だろうね。この艤装は大鳳型というより改翔鶴型としての構想の元で設計されている。そして、その構想は決して間違っていない…。でも、それこそが足枷となっているんじゃないのかな…」

 

弓を片手にうんうん唸りだした瑞鳳。大鳳に説明しているというよりも自説を自問自答しているようだ。

いくらかブツブツと呟くと急に大鳳へ片手を差し出した。

 

「握って」

 

瑞鳳の行動の意図を掴みきれずにいると、瑞鳳は出した手をふらふらと振る。

 

「機力の判別をしたいから」

 

それで合点がいった大鳳はその手を両手で挟むように握り返す。

龍鳳の時もしたその行為は新しい艦娘が顕現した時に必ず行われる行為だ。

 

機力は一種類であるとも多様であるとも言える。

 

艦娘がもつ機力の成分は、その艦娘が何の艦種で何の型なのかを判断する際の重要な情報だ。

 

まず機力生産量の大小。生産量が多いか少ないかで大型艦か小型艦に分かれる。そこから主砲、魚雷、艦載機、電探などとの適正があるかどうか。火力特化か雷撃特化か航速特化か装甲特化か複合特化か、はたまたバランス型かなどに分類していく。そして似たような特徴をもつ既存の艦娘を探し、姉妹艦かどうかを判定する。

これによって新しい艦娘の正体を特定できるのだ。

 

もちろん姉妹艦がいない大鳳や逆に姉妹艦が多い駆逐艦の例もあるし、誤認の可能性があるから、この手順はいくつかの特定する方法の一つにしかすぎない。ただかなりの精度をもつから今でもよく取られる方法だ。

 

長々と書いたが要するにスープの味見と同じである。

 

今では分析計が発明され全てが数値化できるようになったが、昔はこうして文字どおり艦娘の手によって感覚的に行われていた。

 

さて、現在の大鳳と瑞鳳の関係は回路と電流計の関係と似ている。

今から大鳳が意識的に機力を流す。それは同じ艦娘である瑞鳳の手を通過して、腕が作り出した輪をぐるぐると流れていくのだ。

瑞鳳は流れる機力を感覚で分析していく。

 

「ちょっと弱いかな…。もう少し強くして」

「こ、こうですか?」

「もっともっとだね」

「くっ、これなら!」

「うん、いい調子いい調子。そのままでキープして」

 

分析を開始した瑞鳳は通常より深く知るため大鳳に繊細な要求をしていく。

 

「もっとゆっくり…。でも量は変えないで!」

「むずかしいです…」

「こう、海に手をかざしてワッて半分に割る感じ?」

「ちょっとよくわからないです…」

「じゃあ、九九艦爆の模型を思い浮かべて。メーカーはTOMIYAね。いい…?そして九九艦爆の可愛い足を下から見上げるの。その感じで。………じゅるり」

 

うへぇとだらしなく眉尻を下げ、舌なめずりする瑞鳳。

大鳳は困った顔をして、一つ提案した。

 

「流星の左翼でもいいですか?」

「角度は?」

「後ろから見て、尾翼の先端と左翼の先端を結んだ線上から。あ、メーカーはハセヤマで」

「え、意外…。ん?でもこれって…。あ、あぁ~~。くぅ~、確かに…いい」

 

予想斜め上の提案に感心を隠しきれない瑞鳳はしきりに頷く。

大鳳の提案は王道でもなくマイナー過ぎず、一見凡庸だが通常の鑑賞では出てこない美点の出現を可能とした鑑賞方法だった。

瑞鳳の反応に満足する大鳳は内心ほくそ笑むが、自信なさげに上目使いに訊く。

 

「だめ………ですか?」

「くっ…いいよ。それでいこう…。でもね、九九艦爆も可愛いんだよ…?」

「ええ、わかります。わかりますが今回は流星ということで」

 

ばっさりと切り捨てた大鳳はそのイメージを脳内で描きながら機力を流していく。

 

「ああ、いいよ。いい!そうそう」

「さすがは流星ですね」

「そーーだねーーって、あれ?」

 

半目になっていた瑞鳳がふいに大きく目を見開く。

そして、手を急に放したかと思うと傍に立て掛けてあった大鳳の弓を持ち出し出口へと走る。

瑞鳳の奇行に反応出来ずにいた大鳳を手招きしながら出口を抜けた。

 

「道場に戻ろう!確かめたいことがあるの!」

 

大鳳はわけもわからず言われるがままに駆け出した。

 

 

道場。赤紫色が的前の背後の空を染め上げる。板張りの床から28m離れた黒土の山に白い丸の真ん中に黒い丸が塗られた的が4つ均等な幅を保って並べられていた。シンと冷えた床が火照った脚から熱を吸う。

 

「こっちこっち」

 

瑞鳳がもうひとつの道場へ行くための渡り廊下から大鳳を呼ぶ。

示された方向を知り躊躇したが、「ハイ」と小さく返事しそちらへと向かった。

 

**********************************************

 

もうひとつの道場に足を踏み入れたのは久しぶりだ。

 

一見普通の弓道場。しかし大きく違う所がある。50m四方の芝生に様々な高さの棒がそこかしこで刺さっている。棒の先には的がついていた。

 

ここは空母専用道場だ。主に艦載機操作訓練に用いられている。

 

「綺麗に整備されているね」

そう、久しぶりなのにも関わらず道場内は威厳を保ったまま綺麗だった。

床や弓置きには埃無く、雑草が刈り取られ一面に一様な芝生の緑がひろがっていた。

現在、この校舎にいる空母は大鳳だけだ。大鳳が在籍している期間中入校した空母はいない。

そして、業者に校舎管理の指示を出すのは鹿島だ。

義務なのかもしれない、ただの日々の雑務の一環に過ぎないのかもしれない。

だが、大鳳は目頭の熱さのあまり両こぶしを握らざるえなかった。

瑞鳳は急かすことなく壁にもたれ、夕日に照らされた大鳳の影を眺めた。

黒い影が微かに揺れていた。

 

*******************************

 

「さてと、とりあえず大鳳ちゃんにはこれを引いて欲しい」

 

瑞鳳が弓を渡すと、大鳳は弓を持ったまま目を白黒させた。

 

「意味がわかりません」

「考える前に行動、行動っ!」

 

大鳳の背中を押し無理矢理射位に立たせようとする。

 

「いや、でもですね…」

「まあまあいっぺん大鳳ちゃんの射形を見ておきたかったしやってみてよ」

 

そう説得されればやるしかない。大鳳は渋々位置を決め、矢をつがえる。

ふぅと息を吐き、弓を持ち上げ、弦と弓を引き離していく。

口部分へと下げた矢の先端が落ち着くまで徐々に肘を引き、狙いが定まったと同時に離す。

矢は若干不規則な軌道を見せながら土山へと突き刺さった。最初と何も形の変わらぬまま。

見慣れた光景に溜め息をつきつつ瑞鳳へと振り返る。

 

「次をつがえて」

 

嫌だと言おうとしたが、瑞鳳の瞳は動きもせずに大鳳を見つめていたから、何もいえず次の矢をつがえた。

結果は同じ。刺さったところが先ほどの矢より少し高いくらい。

 

「次」

 

振り返る前に矢を渡されたので言われるがままにつがえた。

次の矢も、その次の矢も、またその次の矢も、大鳳は引き続けた。

だが、全ての結果は同じだった。

20本ほど引いただろうか。機力も消費していくため通常より疲れが倍増だ。

休みたいのは山々だが瑞鳳は次々に矢を渡してくるし、さっきああいった手前自分から休憩を申し出るのは憚られた。

気持ちを落ち着け、両腕をあげる。

その時にスッと肩になにかが触れた。

 

「手首じゃなく腕で弓をそのまま前に送るの。肩は動かさない」

 

瑞鳳の声が背中から聞こえる。

彼女のゴツリとした手のひらが大鳳の脇下を根元から先へと擦る。

大鳳は少し驚いたが平静に努め、弓のことだけを考える。

 

「そう、その形。そのままゆっくりと両肘を分けていって…」

 

今までに何回か体感したことのある弓との一体感。今回のものは一層深く感じる。

狙いが固まる。体内の中心から溢れる力を解き放つように大鳳は弦を離した。

真っ直ぐにブレのない軌道で矢は加速する。

 

そして異変が起きた。

 

矢が霞を帯びたように姿が不明瞭になる。

蒼き光を発したかと思うと閃光しその姿を隠す。

 

バンッという破裂音とともに現れたのは橙色の複葉機。

 

冬空を滑空する季節はずれの赤トンボだった。

 

「やっぱりね」

 

瑞鳳はその機体を目で追いながらニヤリと笑った。

 

 




お詫びがあります。
鳳雛は後もう少し続きます。後編って書いてるのに。
私もこんなに長くなるとは思いませんでした。
そろそろ提督の名前を忘れそうになっている方もいらっしゃるかもしれません。
本当に申し訳ありません。


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22話 鳳雛 終編

「やった!やったね大鳳ちゃん!」

 

バシバシと背中を叩く瑞鳳。だが大鳳は陰鬱な表情だ。

大鳳の視線は赤トンボを追っていた。

発艦したばかりの赤トンボの機体が残像のごとくその姿をブレさせていく。

ブレは次第にひどくなり、最後には赤トンボは消え、矢がコロリと草原に落ちた。

滞空時間およそ18秒。しゃぼん玉のような呆気なさ。

 

「また…」

 

装甲空母は下唇を噛み締めた。

軽空母はその言葉を聞き逃さなかった。

 

「また?」

「報告書にありませんでしたか?何度か発艦だけならば成功したことがあるんです」

 

問題は発艦成功確率と発艦後の持続時間だ。

一番よかった時で16本中1本が発艦成功。持続最長記録は62秒。

実戦では到底使い物にならない記録。

求められた事をする際 、実現化最低限の能力が無くては能力があると判断されない。

 

「ああ知ってたけど?」

 

あっさりとした返答。

 

「知ってた…!?ではどうしてこんなことをさせたのですか!?」

「ふむ…」

 

今となっては疑問しか湧かない瑞鳳の提案。悪意があったならば許さない。

口に人差し指をあて思案する瑞鳳。

 

「そうだね…。少し長くなるけどいい?」

「かまいま…(グ~~~~)

 

唐突な腹の虫の鳴き声。

体力も機力も消費し気づかない内に大鳳の胃の中は空っぽだ。

 

「~~~~!!」

 

顔を紅く染め、腹を押さえつつ前のめりになった。

 

「ははっ食堂に行こうか」

「………はい」

 

瑞鳳の後をトボトボと肩を落としながら道場を後にした。

 

***************************

 

訓練所は旧官舎があった場所であるから所々その面影を残す。食堂がそれにあたった。

黄色の防水シートを敷いた床。一部消えたままの蛍光灯。木工の角張った四人がけの机と椅子。食堂と厨房を繋ぐカウンターから湯気が漏れだし天井を這う。

 

二隻は厨房近くの椅子に腰をおろした。カレイの煮付け、鶏の唐揚げ、ひじき、中盛りの白米が大鳳の前に並ぶ。瑞鳳は持参した弁当に箸をつける。桜でんぶと肉そぼろがかかった白飯、ハムを挟んだ卵焼き、ツナと玉ねぎサラダとミニトマトとブロッコリー、ウサギ形のりんご。可愛らしい中身に大鳳は目を奪われた。自作だと言われさらに驚く。

気を良くしたのか卵焼きが大鳳の皿に置かれた。冷えて固くなった卵焼きとハムの食感は実によくあい、ハムの塩分と油の旨味を引き出す。

 

「おいしいです」と賞賛すると瑞鳳はくすぐったそうに照れた。

 

瑞鳳が話し出さないから大鳳は先の謎について聞きたがらなかった。

その代わりに最近読んだ本、授業でわからなかったところ、瑞鳳の失敗談、料理、提督、流星の美しさ、九九艦爆の可愛さ。とりとめもなく、くだらない話をした。

照れて、からかって、驚いて、うなずいて、笑った。

今日は箸がよく進む。空腹は最高のスパイスという言葉は本当だと大鳳は納得した。

本当に今日は箸がよく進む。

だからだろうか、時折現れる瑞鳳の苦渋に満ちた表情に気づけなかった。

 

 

 

 

食事が終わり、2隻の前に2つの湯飲み。ほうじ茶の香ばしい苦味が口に広がる。

 

「そろそろ話してもらえませんか」

大鳳は湯飲みを置き、姿勢を正す。

その言葉を受けて瑞鳳は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

 

「わかった」

 

この夜より長い夜を大鳳はまだ知らなかった。

 

 

瑞鳳がお茶うけに出された大判焼きの皮をかじる。

 

「と、その前に問題を出すよ。空母は発艦方式で2つに分類できるんだけど何と何かな?」

「ええと、弓式と陰陽式ですか?」

「そうそう」

 

瑞鳳は答えに満足げだ。

 

「2問目、ここに陰陽式の空母がいます。この空母が弓で発艦しようとしました。発艦できた回数は100回中何回?」

「それは…」

「0。絶対に発艦できない。」

 

答えに詰まるとすぐに正解が発表された。

 

「このことが今回とても重要だった」

 

大鳳がうなずくと瑞鳳は話を続けた。

 

「このことからあなたは陰陽式ではないことがわかる。そして第三の方式、つまり新種の方式でもない。間違いなく弓式だよ。機力を分析してもそうだったから、これはワタシが保証する」

「では、どうして道場で引かせたのですか?」

「龍鳳さんの報告が正しいかどうかわからなかったからだね」

 

よくわからない。どうして信用できないのか。もしかして仲が悪いのか。

大鳳が訝しげに眉をひそめたのを瑞鳳は読み取った。

 

「龍鳳さんの艦種が何か知ってる?」

「軽空母ですよね」

「今はね。昔、ほんの一年前は違った。龍鳳さん、いや大鯨さんは潜水母艦だった」

 

潜水母艦。潜水艦への補給を担当する補給艦である。

母とついているが空母とは何の関係もない。

大鳳は湯飲みを落としかけた。

 

「そんなことがありうるんですか!?」

「ありうる。ちょっとした騒ぎにはなったけどね。改装したことで機力が変質したらしいよ」

 

瑞鳳はぬるくなった残りのほうじ茶を飲みほす。

 

「だから龍鳳さんが大鳳ちゃんに会った時は軽空母になってから半年ちょっとしか経ってなかった」

「ということは…龍鳳さんは空母としての経験が乏しかった?」

「そういうこと。言っては悪いけど弓もまだ上手じゃなかった」

「……もしそうなら不満があります」

 

そんな未熟者を寄越したという訳だ。報告書が間違っているかもしれないと考えられる程の。

大鳳は眉間に皺寄せ、瑞鳳を上目使いで睨む。

うっと言葉につまった瑞鳳は空になった湯のみの底に溜まった茶の残りかすへと視線を逸らす。

 

「ごめんなさい。言い訳になるけど、あなたが建造された時はちょうど深海悽艦が活発化した時だったの。正規空母や熟練の軽空母はほとんど戦地や重要拠点に駆り出されてた。派遣する時期を遅らせたけれど、それでも空母会は新人の龍鳳さんを送るしかなかった」

 

それにね、と続ける。

 

「今は昔と違って分析機がある。艦娘が診るというのは慣習でしかないの。だから…、その…、そんなに重要視していなかった。あなたを苦しめる原因になるなんて考えもしなかった」

 

瑞鳳はもんぺを握りしめ喉奥から出ようとしない真実を無理矢理吐き出した。

 

「まさかあの大鳳が弓式の亜種だったなんて」

 

時が止まった。

考えられない。ただただ瑞鳳の言葉が脳内で乱反射する。

理解出来ない。なぜそんな結論に至ったのか、なぜ誰も気づかなかったのか。

認めたくない。始まりから私は間違っていたと。

 

「うそ…」

 

やっと出てきた二文字。これ以上続けられない。

瑞鳳は何も言い返せなかった。

大鳳の秘密を解明した時は知的興奮の熱に包まれていた。だが、熱が冷めるほどその真実がいかに残酷なのかを気づいてしまった。

知ってしまっていたのだ。目の前の少女がどれほど尽力、苦悩、葛藤、疲弊、逃避、覚悟、渇望したかを。

聞いているかわからないが瑞鳳は持論を展開する。

 

 

「あなたが弓式なら例え適当に引いても6割は発艦できるはず。さっきの20本はまだまだ拙い所もあったけれど最低7割以上は発艦できて当然の射形だった。だからあなたの技量は問題ない、原因はもっと根本的なところにあると考えたの。そして弓に似ている何かがあなたの発艦器具なのだという結論に行き着いた」

 

 

一旦息をつく。大鳳からはまだ何の反応もない。

続けて何故誰も気づかなかったのかの憶測を話そうとして躊躇した。

もしこの憶測が正しければ海軍という組織がいかに形式と思い込みに縛られているかを暴露するようなものだからだ。

だが、言うしかない。

 

「何故誰も気づかなかったか。その原因はあなただった」

 

その言葉にピクリと大鳳の髪が揺れる。

 

「でもあなたは悪くない。悪いのはワタシ達」

 

そんなはずはないと大鳳が首を振ろうとしたが、瑞鳳は「そうなの」と押し止めた。

その実、瑞鳳は自身の仮説をここまで肯していいものか悩んではいるがこのまま続けると決めた。

 

「まず龍鳳さん。龍鳳さんは大鳳ちゃんを診たけれど、曖昧に弓だと判断したのだと思う。低い発艦成功率はあなたと龍鳳さん2隻の練度の低さにあると結論づけた。そして空母会つまりワタシ。少し変だなと思ったけれど、特に疑わなかった。この国には正規空母が6隻いる。そのいずれもが弓式。あなたの前級となる翔鶴型も弓式。空母会はあなたを大鳳型としてではなく改翔鶴型と捉えていたの。測定器の結果も弓式だったから、これは弓式で確定だと」

 

今にして思えば何と根拠のない思考だろう。しかし、この考え方はずっとなされてきて、今まで支障がなかったのだ。だから疑問を呈する者は誰もいなかった。

 

大鳳は何も言わなかった。それが瑞鳳には嵐の前の静けさのようで少し怖さを覚えた。

 

「そして…研究所。まだまだ改良の余地が残されているけれど画期的な発明品、機力測定器。これを皆は絶対視する風潮がある。もちろん提督や上層部も」

 

机を作る時に寸法を間違えたと気づいたら人はまず自分を疑う。次に設計図を疑う。材料を疑う。だが最後まで物差しを疑わない。

 

「あなたの機力と弓式の機力は同じに感じるけれど確かに違う。龍鳳さんは気づかなくてワタシは気づくレベルだけど」

 

「……しかしその程度なら数値に出るのでは?」

 

やっと大鳳の口から出た疑問は当然のものだった。瑞鳳は大鳳が今までの話を聴いていたことに安堵すると同時に自分もわからなかったところを指摘され少し驚いた。

 

「そう、他の艦娘ならわかっていたかもね」

 

自分と他の艦娘に決定的な違いがあるというのか。大鳳はつい両手を机につけ前のめりになった。大鳳の反応が瑞鳳には苦々しい。

 

「それは…運」

 

運つまり運搬異常値。機力測定時に表示される異常値の頻度を表す。

大鳳に電流が走ったような、パズルのピースがはまったような閃きが浮かんだ。

 

「異常値の頻度の多さが他の空母との機力の違いを塗りつぶした…」

 

機力の不安定さゆえに機力の違いすら誤差と認識されてしまったのだ。

十年の歳月が艦娘の特定をマニュアル化していたということもある。

艦娘についてわかっていない部分はまだまだある。しかし時間が麻痺させていた。

瑞鳳はコクリと頷くのみ。

 

 

「そんな…」

 

大鳳は椅子の背もたれに身体を預ける形で背を反らす。

食堂の調理師は休憩に入ったのか食堂内には2隻だけ。ここだけ別次元にあるようだ。

ただただうつむくばかりの瑞鳳の耳に届いたのは小さなすすり泣き声。

 

 

「どうして…どうして…」

 

 

呪文のように何度もポツリポツリと呟きながら、右腕で目元を覆う大鳳。

やはり言わなければよかったのだろうか。いや、大鳳の周りの何かしらに異論を唱え変えなくては大鳳はこのまま腐り果てていくだけだろう。

だがやはりつらいものはつらい。この仮説が正しかろうが誤っていようが大鳳が純粋な弓式でないことは確定であり、大鳳のこれまでの努力はほぼ灰塵に帰した。燃やした犯人は瑞鳳だ。

 

「つらい思いをもう一度させることになるかもしれない。いや一度だけじゃないかもしれない。本当にごめんなさい。何でも言うことを聞くよ。気の済むまで殴ってもいい。恥をかくことも何でもする」

 

「……では教えて下さい」

 

泣き腫らし、しゃがれた声で大鳳は問う。

 

 

「どうして私は泣いているのですか?今すぐにでも暴れたいくらい、ひどい言葉をぶつけたいくらい思考は荒れているのに。心が暖かいんです。何故か嬉しくて嬉しくて涙が湧いてしまうんです。どうしてなんでしょうか?」

 

 

本気でわからない様子の大鳳を見て、瑞鳳も又涙を浮かべた。

 

強い。大鳳は努力を厭わない。終わりのない平坦な道に立たされた不幸に憤るよりも未知に繋がる悪路を見つけた幸運を喜ぶ。平凡な終わりより新たな始まりを欲しがった。それなのにワタシは弱いと、誰かの助けが無ければ歩くことさえ覚束無いと侮っていた。

この仮説には証拠が無いとか合っている間違っているなどどうでもいい。

目の前の雛鳥に翼を持たせたい。立たせるためだけについたでまかせに等しかった約束を守るとここで誓おう。全力を尽くす。ワタシが親鳥となる。

 

 

「大丈夫。あなたなら」

 

 

そう呟いたのは紅白の鉢巻をつけた亜麻色の親鳥か、聞き耳をたてていた白色の親鳥か。

 

 

 

三日後、雛鳥は翼を広げ空に飛び立った。

 

 

 




又自分の論理力の無さを披露してしまいました…。
次回が最終話となりそうです。一旦今までの話に修整をいれてから公開しようかと考えたのですが、最終話を先に公開してから修整をいれることにします。


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23話 大鳳

懐かしい思い出を夢に見ていたようだ。

目を開くと白の天井が大鳳を迎えた。

日の光が窓から射し込み、掛け布団を温めていたのか、背中にしっとりとした感触。

ふと自分の胸元がゆるやかになっていると気づく。

元々無かった胸がさらに無くなった…というわけではなく、ぴったりとした制服からゆったりとした寝間着に着替えられていた。

腕にチクリとした痛み。裾を捲ると1cm四方の絆創膏が貼られている。

いつの間に着替えたのか。眠りにつく前の記憶が曖昧だ。そしてこの傷はなんなのか。

確かあの時は…と何かを思い出せないかと部屋を見回すと違和感を覚えた。

散らかっていないし、腐臭もしない。それに家具の配置さえも違う。まるで違う部屋のようだ。

とりあえず制服に着替えるためにベッドから降りようとすると、扉が開いた。

扉から現れたのは夢にも現れた艦娘。

 

「瑞鳳さん……?」

 

呼ばれた艦娘は答えることもせず大鳳へと走り、突っ込んできた。

そのまま押し倒される形でベッド上で2隻が重なりあう。

 

「よかった~!よかったよ~~!」

 

頭を大鳳の胸元にぐりぐりと押し付ける。痛い。

ぐずぐずと鼻を啜る音も聞こえる。汚い。

 

「どうしてここにいるのですか!?」

「ん?」

 

鼻と頬を紅く染め、瞳が揺れる瑞鳳が怪訝な顔をする。が、それもすぐ一転した。

 

「あれ?…あー、そっかそっか。知らないのか」

 

勝手に納得されている。大鳳は何も納得していないというのに。

 

「小規模作戦が発令されたの。舞鶴主体で。で、ワタシも召集されたって訳。作戦も無事成功したし、大鳳ちゃんの顔を見たかったから大坂支部に来たら…、来たら…」

止まったと思ったのに又決壊した。大鳳は胸に頭を押し付けられるがままでどうすることもできない。

「いきなり大鳳ちゃんが倒れているって聞かされたんだよー!?ワタシも倒れそうだったんだから!なんで!?なんで倒れるかなー!?」

「なんでと言われましても…」

 

そうか、私は倒れたのか。ろくに食べてもいなかったし栄養失調が原因だろう。艦娘といえど栄養失調になるのか。この腕の絆創膏も点滴の跡なのだろう。あまりにも自分の部屋が汚かったから空いている別の部屋に移されたというわけか。

いきなりのことであるにもかかわらず意外にも大鳳は冷静に分析していた。

 

私は何故部屋に閉じ籠っていたのかしら?

 

瑞鳳の問いを受け湧き出たその疑問は危険だった。

大鳳の知らぬ内に今まで脳がその解答に封をしていたくらいに。

そして大鳳はその封印を解放してしまった。

 

蘇るあの光景。沸き立つ黒煙。広がる炎海。消え行く希望。迫り来る絶望。

そしてウサギ耳の少女の輝く笑顔。

それらは神経毒のように高速で全身に染み渡った。

 

「ああ…あ…うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ど、どうしたの?!」

 

瑞鳳を突飛ばし突如頭を抱えベッドの上でのたうち回る大鳳を前に瑞鳳はおろおろとするばかり。

 

「私がコロシタ。私が。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。許して許してゆるしてユルシテユルシテユルシテユルシテ…」

 

自分に呪いをかけるようにただひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。

瑞鳳は眼前の奇行を一瞬でも止めようと

叫び問いかける。

 

「ねぇ!誰に謝っているの?!提督に?!陸奥さんに?!まさかタンカーに?!」

「ごめんね。ごめんね。ごめんね」

「落ち着いて!ワタシの話を聞いて!」

「ごめんなさい。コロシテごめんなさい。コロシテごめんなさい。…………島風」

思ってもいなかった名前が出て来て瑞鳳は呆気にとられる。

「殺した?」

「ああ…私がでしゃばったばかりに…貴方を、貴方を」

「生きてるけど…」

「そう…貴方を生かしてしまった…………え」

 

大鳳は固まり首から上だけを回転させた。

目が点になるというのはなるほどこんな顔なのかと瑞鳳は感心する。

 

 

 

「は?」

 

 

 

実に間の抜けた声だった。

10秒だろうかそれとも10分だろうか、2隻は見つめあった。

眼球の動きは正常か、本当に本艦か、何かたくらんでいるのか、今日は何かあっただろうか。

そんな探り合いが両者の間で執り行われた。

大鳳が顔を傾げる。瑞鳳は首を縦に振る。すかさず大鳳が首を横に振る。一瞬の間をおいて瑞鳳も首を横に振った。

又2隻は見つめあう。

 

 

 

「「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!」」

 

両者は手を高速で振りあい否定しあう。

そして大鳳はポンと手を打ち合わせた。

 

「わかりました」

「やっとわかってくれた?」

「まだ夢の中なんですね。それなら納得です。さて起きないと…」

「わかってないっ!」

 

ふとんに潜り込もうとする大鳳を寝かさないように瑞鳳はガクガクと揺する。

寝付くに寝付けず大鳳は仕方なしに起き上がり瑞鳳に嘆息する。

 

「瑞鳳さん。お気持ちは嬉しいのですが、そういう慰めは結構です。それに死者に対する侮辱と捉えてしまいます」

「ほんとなんだってば。もー、会った時から感じてたけど思い込みが激しすぎるよー」

 

頑なに信じようとしない大鳳に瑞鳳は文字通り頭を抱えた。

そうこうしていると入り口付近から足音がした。

 

「何してるの?」

 

その声の主は頭に大きな黒のウサギの耳を着けて…おらず、代わりに角が生えたようなカチューシャをつけていた。

この支部の秘書艦、陸奥である。

 

「「陸奥さん、いいところに!」」

 

唐突に2隻から指をさされ陸奥は目を白黒させる。

 

「ど、どうしたのよ、いきなり?!というか大鳳、起きたのね」

 

瑞鳳と違い、さして驚いた様子もなく、大鳳の目覚めを確認する。

その落ち着きようは秘書艦ゆえか、それとも

 

「はい。あの…ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。しかるべき処置を受けます」

 

大鳳が島風を殺した張本人であるがゆえか。

血が滲み出そうなほど下唇を噛み締める。

 

「そんなに畏まらなくても、不問になったから楽にしていいのよ。で、何の話してたの?」

「それが陸奥さん…」

 

瑞鳳が呆れながら大鳳を指さし、話しかけた。

大鳳は唖然とする。

不問になった?あれだけのことをしでかしたというのに?

何かの間違いだと陸奥に問いただそうとしたが陸奥の発言に妨げられた。

 

「は?生きてるわよ、島風」

 

嘘をついているようには見えなかった。陸奥の気まぐれな悪戯とも思えない。

だが、

 

「……嘘です。嘘に決まってます 」

 

大鳳はそれでも否定した。目を合わせずに布団のすそを皺になるくらい固く握る。

 

「提督と陸奥さんとの話を盗み聞きしました。私は確かに聞いたんです。島風が死んだって」

「あら、となると提督が本部から召集令を受け取った時かしら。気づかなかったわ。やるわね」

 

盗み聞きに関して咎めもせず褒めさえする陸奥の懐の大きさに感嘆しそうになるが今はそれどころではない。

 

「提督がおっしゃったこと、はっきり聴きました。大きな損害を被った、抜けた穴の埋め合わせは必ずすると。抜けた穴とは島風のことですよね?!」

 

瞬きもせず陸奥の姿を逃がさぬようにしかと見据えた。

そして陸奥は逃げも怯みもせず答える。

 

「そうよ」

「やっぱり……!」

 

大鳳の視線はさらに鋭いものへと変わった。

やはり嘘だったのか。あっさり白状したあたりからかいたかっただけなのだろう。

許せない。轟沈を、死をネタとして弄ぶなんて。瑞鳳も陸奥も尊敬できる艦だと思っていたのに。

布団を掴む手に力がこもり、白亜の渓谷のような皺が広がっていく。

 

「それにさっきからなんなのですか!暁は部屋に閉じ籠って泣くくらい落ち込んでいたというのに、貴方は一向にそんな素振りを見せない!秘書艦だからですか!何故もっと私を恨んだり憎んだりしないのですか?!」

 

「え、えぇ~……」

 

大鳳の狂ったような言及に対し陸奥は一歩か二歩引いた態度を示した。

犬が自分の尾を追いかけ回して早一時間、「可愛い」から「こいつ何がしたいんだ……?」という目で愛犬を眺める飼い主のように。

 

「あの…瑞鳳、魚雷を食らったショックでこんな風になったってことはない?」

「残念ながら……。初めて会った時から研修最終日まで所々ポンコ……真面目が過ぎる一面が表れてました」

「大鳳……可哀想な娘……」

 

2隻から憐れみ溢れる視線を投げ掛けられ慌てる大鳳。

 

「な、なんですか、その眼は!では、島風が生きてるってことを証明してみてください!」

「わかったわ」

 

出来るはずがないと高を括り言ってみたが、陸奥は素っ気なく出来ると答えた。

眼を丸くする大鳳の横に腰掛け、絵本を読む母のように柔らかに話し始める。

 

「とりあえず最後まで聞いてね。あの深海悽艦達が撤退した後、つまり貴方が気絶した後なのだけど、支援艦隊が到着してアタシ達は無事帰投出来たわ。そして墨野の報告を受けて舞鶴鎮守府本部が急遽中規模作戦、敵潜水艦掃討作戦を発令した。で、一度作戦の詳細を決定、指揮するために各支部の提督は本部に集合したの。もちろん対潜能力を有する艦娘もね。ただその前に鎮守府海域に潜伏する残党の潜水艦を警戒するため先発隊が組まれたの。その先発隊には始め暁が投入される予定だった。うちの艦隊で損傷が小さく、対潜能力があるのは暁だけだったから。それにあの娘、2ヶ月前くらいに稿知で対潜特別訓練受けたばっかりだし」

「ワタシがいるのもその作戦のためだよー」

 

瑞鳳が横からはいはーいとばかりに手をあげる。

なるほどと合点がいった。

軽空母も対潜能力をもつ。だから瑞鳳がここにいるのだと理解できた。

それにしても目まぐるしい展開に秘書艦も巻き込まれたことだろう。その苦労を思い出したのか一旦秘書艦は溜め息をつく。

大鳳は黙っていた。疑念を露にせず、先を促す。

 

「とてもはりきっていたわね。潜水艦狩りは軽巡、駆逐艦が主体となるし、駆逐艦がMVPをとることも多い作戦だからかしら。提督もアタシも暁を行かせるのに文句はなかった。でも暁を見送る際に止めにきた艦娘がいた」

陸奥は又途中で切り、大鳳に困ったように眉尻を下げた顔をする。

 

「島風よ」

 

大鳳は息を呑んだ。

 

「島風はこう言った。『島風が行く』ってね」

 

大鳳は島風の言葉を知り、顔が強ばった。島風が自分の知らないところで命を投げ捨てようとする。信じられなかった。

「仮に今までの話が正しかったとしても無茶です……、島風は一番損傷が酷かったはずですから。出撃できるわけがありません」

「ええその通り。あの時の島風はようやく中破状態にまで快復したかどうかくらい。足どりは覚束ないし、呼吸も荒かった。閉じかけた傷口が開いて血が滲み出してもいた。戦える身体じゃなかったのは確かよ。アタシも提督も反対した。もちろん暁も。木曾だけは何も言わなかったけど」

 

木曾が反対しなかったことが不満なのか口を尖らせながら状況を語る。

陸奥と同意見だった。自分がその場にいたとしたら必ず反対していただろう。

 

「ですがそれでしたら島風はここにいるはずではないですか?」

「結局行かせちゃったからね。高速修復材を使っちゃった。おかげで残量カツカツよ」

 

高速修復材。機力生産力を一時的に急速増幅させる薬剤。主に艦娘の自己治癒力を増大させ回復までの時間を遥かに短縮するために用いられる。希少な原料を複雑な製法で加工し製造されるから生産数が少なく貴重な代物だ。

 

やっぱり嘘じゃないか。そう問い詰めようとした矢先に現れた嘘のような話。

嘘であれば良かった。しかし、大鳳は薄々気づいていた。

陸奥の話は事実であると。

奇跡的に島風は生きていた。なんと嬉しいことか。

だが今は素直に喜べない。今、生きているとは限らない。

 

「……あまりにも非効率的選択です。暁に行かせるべきだったかと」

 

高速修復材にも欠点がある。肉体的疲労は取り除かれても精神的疲労は残されたままになる点だ。大破寸前から無理矢理回復させて健常な身体にしても心が疲弊していては注意散漫になり又被弾してしまうだろう。

 

「アタシもそう思ってた。でもね島風に説得されちゃったのよ。アタシも提督も」

「説得?」

「『大鳳の嫌いな潜水艦なんて吹っ飛ばしたいから』」

 

息を呑んだというより息を忘れたといった方が正しいのかもしれない。

大鳳はその言葉の真意を測りかねた。

 

「わかりません。なぜ私なんかを……」

「守ったからじゃない?アナタが、島風を」

「聞いたよ。もう少しで島風ちゃんに魚雷が到達しそうだった時、飛び込んで代わりに喰らったんだって?装甲が厚かったから良かったけど大鳳ちゃんそんなこと考えずに行ったでしょ」

 

呆れ顔で溜め息をつく瑞鳳。が、すぐに口角を上げ笑う。意外にも尖った犬歯が覗く。

 

「さすがだね」

 

でもこれっきりにしてよねーと付け加える。本気で怒っていない。誇らしさ、嬉しさを隠すために付け加えた忠言。瑞鳳の本心はどちらでもあるのだろう。

誇りを持って死ぬこと、ただ生き残ること。どちらが正しいかなど決められるはずがない。

 

「島風は……島風は今どこにいますか」

 

大鳳は真っ直ぐな瞳で陸奥に訊ねた。

最後の質問。これに答えられなければ今までの話は全て無駄だ。

そして嘘ならば……!

 

「それは……」

 

陸奥はうつむく。

その態度は真実を物語っていた。

 

「もう終わったでしょうね。アタシたち自慢の駆逐艦へのMVP賞授与式」

 

左腕につけた腕時計を見つめながら呟いた。

全身に張りつめた神経は解れ、大鳳はつり上げていた糸が切れたようにベッドに仰向けに倒れた。

陸奥の話は全て正しかった。もう疑いはしない。

大鳳は震えた。自分の身体を抱きかかえた。そうしておかないと何かが弾けそうだった。

だが弾けた。溢れたのは笑い声と涙の滴だった。

 

「そう……そうだったの……ふふふ」

 

いきなり意味不明な発言に陸奥と瑞鳳は戸惑う。

大鳳はかまわず続けた。瑞鳳の言葉を噛み締めながら

 

ー大鳳ちゃんは思い込みが激しすぎるよー

 

「ぜんぶっ、思い込みだったのね……!」

 

島風が死んだことも

艦載機が飛ばせないことも

「大鳳」の名に相応しくあることも

解答用紙に何も書けないことも

自分は何も守れず沈んでいくことも

 

「ふふっ、はははは」

 

喜びが言葉に乗って次々と飛び出していく。

それでも尽きることなく内から生み出される。

久しぶり、いや初めてだ。こんな気持ちは、感覚は。

生まれ変わった気分だ。

身体に熱がこもり全神経が鋭敏に反応し、全筋肉が活発に運動する。

今まで縛っていた鋼の鎖が千切れおち、自由を謳歌するように。

聴こえる。草木が掠れる音、窓が揺れる音、陸奥と瑞鳳の呼吸、鮮血を送る心臓の拍動、

そして下の廊下から聴こえる。兎が跳ねるような一足飛びの軽やかな少女の足音。

 

「帰って来たみたいね」

 

陸奥もその音が聴こえたようで注意をそらす。

瑞鳳が膝を折り心配そうに覗きこむ。

 

「それじゃワタシ達は墨野提督のところに戻りましょうか。大鳳ちゃん、いいかな?」

「は、はい。大丈夫です!ありがとうございました。」

「そう?良かった。じゃ、また今度ね」

 

バイバイと手を小さく揺らし、陸奥と共に背中を向け歩きだす。

起き上がった大鳳は感謝を敬礼に込めてその背中を見送る。

陸奥が扉のレバーに手をかけた時、瑞鳳はあ!と叫び大鳳のもとへ戻ってきた。

 

「忘れてた!はい、これ」

 

差し出されたものは木のお札2枚。それぞれ「彗星」「天山」と筆で勇ましく書かれていた。

空母が用いる召喚苻。大鳳は理由がわからず首を傾げる。

 

「流星と烈風じゃなくてごめんね。でもそれワタシが改造した時から一緒に戦ってきたから頼もしいよ!」

「……そんな貴重なものを、どうして」

「初戦祝いも込めてだけどね。ってあれ?今日が何の日かわかってない?」

 

瑞鳳も首を傾げた。師弟2隻の姿に陸奥は吹き出しつつ教えた。

 

 

「今日は4月7日。アナタの推進日(生まれた日)




一旦ここで区切りとなります。
ここまで読んでいたただいて本当に嬉しいです。
とりあえずこれからは今までの話の修整というか書き直しをします。そして後日談を書く予定です。


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