魔法世界興国物語~白き髪のアリア~ (竜華零)
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プロローグ:「はじまりはじまり」

第二部プロローグ・・・第0話です。
ここから、魔法世界編が始まります。
至らぬところもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
では、どうぞ。


Side ネギ

 

魔法世界に来てから、一ヶ月半以上が過ぎた。

明日菜さんやのどかさんの行方は、まだわからない。

焦る。

 

 

僕のせいで無関係な明日菜さん達を巻き込んでしまったのに。

だから、僕が助けなくちゃいけないのに。

 

 

「ネギ、到着しました」

「本当!?」

 

 

先を歩いていた黒髪の女の子―――エルザさんの声に反応して、走る。

エルザさんの横に並ぶと、丘の向こうに、近代的で大きな街並みが見えた。

大きな港湾施設と、空飛ぶ船。

 

 

ここに来る前に、<遺跡発掘者たちの街>ヘカテスって言う街で聞いた通りの街だった。

ここが・・・。

 

 

「<自由交易都市>グラニクス。メセンブリーナ連合に加盟する都市国家の一つです」

「ここに・・・ネカネお姉ちゃんが・・・?」

「確たる根拠は何もありませんが、エルザはそう聞いています」

 

 

誰から聞いたの? とは、もう聞かなかった。

エルザさんは、彼女のお父さんから聞いたんだと思う。

と言うか、お父さん以外の話を聞かないってことは、今までの旅で良くわかった。

 

 

エルザさんと僕は、ゲート破壊の犯人って言う濡れ衣を着せられて、賞金首になってる。

どっちも30万ドラクマ・・・通貨の価値は良くわからないけど、高額なんだろうと思う。

ここに来るまでに、何度か襲われたし。

それなのに、どうしてか僕達はヘカテスの街に入れたし、しかも宿泊施設に普通に泊まれた。

 

 

エルザさんの、お父さんのおかげで。

・・・いったい、どんな人なんだろう?

エルザさんは、「とても素晴らしいお方です」としか言わないけど。

 

 

「ネギ、どうしましたか? 疲れたのですか? 休みますか?」

「う、ううん、大丈夫! それよりも早く行かないと・・・」

「そうですか、疲れたらいつでも言ってください」

 

 

エルザさんは、感情の見えない瞳で、続けた。

 

 

「ネギはエルザの夫になる方ですから、身体は大事にしなければなりません」

 

 

出会った時から、エルザさんは僕と結婚するって言い続けてる。

お父さんに言われたからだって、言ってるけど・・・。

 

 

「では、行きましょう」

「う、うん」

 

 

そうだ、今はとにかくグラニクスへ。

そこに、ネカネお姉ちゃんが連れて行かれたって情報が確かなら。

一刻も早く、助けに行かなくちゃ・・・!

 

 

<自由交易都市>グラニクス。

そこが、僕にとっての新たな始まりの場所。

 

 

 

 

 

Side コレット

 

「合言葉ハ?」

 

 

私の目の前には、黒いジャケットを着た大男がいた。

物凄い威圧感だし、変な喋り方だし、そもそも人族じゃ無い感じなんだけど。

でも、胸の苺のアップリケがミスマッチ・・・。

 

 

「合言葉ヲオ願イ致シマス」

「あ、合言葉?」

 

 

そ、そんなのあったっけー?

ちら、と覗き込むと、そこには扉がある。

アリア・スプリングフィールド臨時講師の部屋がある。

 

 

スプリングフィールド!

魔法世界広しと言えども、その苗字は特別な意味を持ってる。

しかもナギファンクラブ(私は会員ナンバー96077)で流れてる噂だと、アリア先生はかのナギ・スプリングフィールド様の娘さん!

何か、先月くらいから急に流れた噂だけど・・・。

とにかく、お話してみたい!

 

 

・・・と思ったのが、先週の話。

課題に夢中だった私は、たまたま通りがかったアリア先生に箒で激突。

あまつさえ、課題の初級忘却魔法が充填された杖が暴発。

いや、あの時は血の気が引いたよ・・・。

 

 

『暗殺者か何かかと思いました・・・』

 

 

でも、アリア先生は何事も無かったかのように立ってた。

私の呪文が未熟だったからか、他に理由があったのかはわからないけど・・・。

とにかく私は、事なきを得たわけさっ!

 

 

その後は、ナギ様のファンとしてじゃなくて、個人的に興味を抱いた。

元々、私達の学年で初級魔法薬学と魔法具(マジックアイテム)講義の短期講座をやる人だったし。

こうして部屋に来る程度には仲良くなれた・・・と思う。

来たのはコレが初めてだけど。

 

 

「合言葉ハ?」

「これは、予想外だったなぁ~・・・」

「あれー? コレットさんじゃないですか」

 

 

私がどうしたものかと頭を抱えていると、そこに一人の女生徒がやって来た。

青みがかった白い髪に、どこか古風な雰囲気の女の子。

 

 

「サヨ! 助かった~、コレ何とかしてよ!」

「ふぇ?」

 

 

教科書を何冊か胸に抱えたサヨは、私の言葉に不思議そうな顔をした。

うん、そのポヤッとした感じが可愛いよね!

 

 

サヨはアリア先生と同じ場所から来た、留学生。

私と同じ3-Cに在籍してる。

席も隣だし、結構仲良し。

サヨは私の目の前に立つ大男・・・「田中さん」に目線を移すと、納得したように笑って。

 

 

「こんにちは、田中さん」

「合言葉ハ?」

「うーんと、『可愛いは正義! でも苺はもっと正義です!』」

「ちょちょ、そんなバカみたいな合言葉あるわけ―――」

「ドウゾ、オ通リクダサイ」

「あった!?」

 

 

とにもかくにも、私はサヨのおかげで、部屋に入れた。

部屋の中は、少し薄暗かった。

その中で、魔法の薬や魔法具(マジックアイテム)の数々が、わずかに光を発している。

 

 

部屋の奥に、白い髪の小さな女の子が椅子に座っているのが見えた。

頭に人形を乗せて・・・なんだか、ユラユラ揺れてる・・・もしかして。

 

 

あれ、寝てる・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「おおっ!?」

 

 

カクンッと、身体が椅子から落ちそうになった所で、私の意識は覚醒しました。

どうやら、座ったまま眠っていたようです。

頭の上の重みから察するに、チャチャゼロさんは乗ったままですね。

 

 

いくらか凝ってしまった肩を片手で叩きつつ、私は後ろを振り向きました。

すると・・・。

 

 

「あ、起きた?」

「・・・コレットさん?」

「お、何々、寝ぼけてるのかなー?」

「先週、私を記憶喪失にしようとした・・・」

「ごめんなさい」

 

 

コレットさんは、いきなり直立不動で頭を下げてきました。

まさか、あのイベントを私がやることになるとは思いませんでしたからね・・・。

左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が無ければ、危なかったです。

 

 

この人は、コレット・ファランドールさん。

私が講座を行っているクラスの一つ、3-Cの生徒さんですね。

このアリアドネーでの、私の生徒の一人。

短めの金髪に、緑色の瞳。眼鏡をかけた可愛らしい女の子です。

垂れ耳が可愛い、亜人と呼ばれる人種の方でもあります。

 

 

「その節は、どうも、何と言って良いか・・・」

「いえ、構いませんよ。それで、何か用事でも・・・?」

「あ、えっと、今日は夕方から外出できる日だから、先生も一緒に夕飯どうかなって」

「私が一緒で、お邪魔ではありませんか?」

「全然! むしろ皆、先生に興味あ・・・じゃなく、仲良くなりたがってるから!」

「は、はぁ・・・それでしたら、私も是非」

「やた!」

 

 

コレットさんは嬉しそうに両手でガッツポーズ。

生徒が喜んでくれるなら、私も嬉しいです。

そういえば、麻帆良の皆はどうしているでしょうか。

ゲートが全て破壊されたと言う情報を得て以来、様子を知ることはできませんが・・・。

 

 

「じゃ、夕方に迎えに来ますんで!」

「はい、わかりました」

 

 

パタパタと尻尾(比喩ではなく、本当についてます)を振りながら、コレットさんは退出しました。

私が寝ている間、待っていてくれたのでしょうか・・・。

そんなことを考えていると、コレットさんと入れ替わるように、さよさんが部屋に入ってきました。

手をハンカチで拭いている所を見ると・・・お手洗いでしょうか?

 

 

「あ、アリア先生、起きたんですね」

「あの、私、どれくらい寝てました?」

「ジュップンクライジャネーノ」

 

 

突然、頭の上のチャチャゼロさんが発言しました。

10分ですか・・・うたた寝していたのでしょう。

 

 

「アリア先生はコレットさん達と夕飯、一緒するんですか?」

「あ、はい・・・さよさんは?」

「もちろん、私もすーちゃんも行きますよー」

 

 

心の中でお財布の中身を思い浮かべた私は、けして悪くないはず。

スクナさんは、凄く食べますからね・・・。

 

 

「そういえば、エヴァさんは・・・」

 

 

ズドオォォ・・・ンッッ!!

轟音と共に、床がかすかに揺れました。

 

 

「・・・特殊戦技の講義時間でしたね」

「はい」

 

 

エヴァさんは、特殊戦闘技能の講座を受け持っています。

この時間は、3-Fの講義でしょうか。

ご愁傷様です、としか言えません。

と言うか、遠く離れたこの場所にまで余波があるとか・・・。

 

 

ふと、部屋の隅を見ます。

そこには、小さな椅子に座る、一体の人形・・・晴明さんがいます。

大陰陽師の魂の欠片が宿った銀髪の人形、『水銀燈』。

魔法世界に来てからと言うもの、日に2時間ほどしか活動できません。

社を作れば、まだ良いのでしょうけど・・・。

 

 

そして、そのさらに横。

小さな机の上に、地球儀に似た物体があります。

名前は、火星儀。

魔法世界に来る前に、千鶴さんにお借りした物です。

 

 

「・・・」

 

 

ネカネ姉様やアーニャさんの居所は、まだわかりません。

それに、村の人達も・・・。

クルトおじ様が探しているはずですが・・・。

ロバートは、シオンさん経由で無事が確認されましたけど。

 

 

「アリア先生?」

「・・・何でも無いですよ」

 

 

何でも無いはずが無いのに、私はそう言いました。

そしてそれは、さよさんにもチャチャゼロさんにもわかっている。

そのことに、胸の奥が少し温かくなる。

 

 

さよさんとチャチャゼロさんを伴って部屋を出ると、扉の横に田中さんがいました。

どうやら、また門番をしてくれていたようです。

・・・合言葉、何でしたっけ。

 

 

広い廊下からは、外の空間を見ることができます。

麻帆良やメルディアナとは比較にならないほど、濃密な魔素を含んだ空気。

私の周囲にはいませんが、活発な精霊達。

不可思議な形の建造物に、空飛ぶ船・・・。

 

 

ここは、<魔法学術都市>アリアドネー。

魔法世界屈指の独立学術都市国家であり、強力な武装中立国でもあります。

学ぼうとする意思と意欲さえあれば、死神でも受け入れると謳っています。

であればこそ、私も安全に研究ができるわけですが・・・。

 

 

箱庭のような、この場所が。

私の、新しい始まりの場所。

 

 

 

 

今の私を見て、どう思われますか?

シンシア姉様――――。

 




アリア:
アリアです。こんばんは(ぺこり)。
第二部、魔法世界編、ついにスタートです。
今回は、ほんのさわり部分ですね。
アリアドネー編が数話続き、次はオスティア編へ・・・。
至らぬ点も多々あるかと思いますが。
皆様のご支援ご声援の程、よろしくお願いいたします。


アリア:
では次回は、第一話になります。
第一話では魔法世界編の日常と、新たな立ち位置などを描く予定です。
では、またお会いしましょう。


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主人公設定(第二部突入時点)


一応、第二部突入時点の主人公設定を公開いたします。
ただ本編中でも改めて描写することもあるとは思いますので、「設定公開はいらない」とのお考えの方々は読み飛ばして頂けるようお願い申し上げます。

逆に、「設定公開はあった方が良い」と言う方々はそのまま下にスクロールし、ご覧になって頂ければと思います。

今後の展開次第で変化することがありますので、ご容赦くださいませ。
では、どうぞ。



名前:アリア・スプリングフィールド(ARIA SPRINGFIELDES)

 

年齢:10歳  性別:女性

 

身長:136.5  体重:実は茶々丸しか知らない。

 

髪の色:腰までの長さのストレート。白色(元々は金色)。

 

瞳の色:赤(右眼)、青(左眼)。

 

保有原作知識:

原作32巻(291時間目)まで。それ以降は未読。

ただし現在、原作と異なる状況が生まれつつあることに加え、アリア自身が細部を記憶していない部分もある。

 

 

<好きなもの>

家族(エヴァンジェリン、茶々丸、チャチャゼロ、さよ、スクナ、田中、晴明)。

シンシア(故人)。

スタン、ネカネ、アーニャ(+エミリー)、ドロシー(+ルーブル)、ヘレン、ミッチェル、ロバート、シオン。

メルディアナ校長(祖父)、ドネット。

3-Aの生徒達(木乃香、刹那、超なども含む)。

新田先生、しずな先生、瀬流彦先生(学園長)。

クルト(微妙)。

苺。茶々丸の手料理。さよの手料理。

甘い食べ物(お菓子は別腹)。紅茶、コーヒー。茶々丸のお茶。

仕事(多ければ多い程良し)。

 

<嫌いなもの>

メガロメセンブリア元老院(一部を除く)。

ネギ・スプリングフィールド(+カモ)。

神楽坂明日菜、宮崎のどか(ネギの従者)。

前学園長、タカミチ、アルビレオ・イマ。

刺激物(辛い食べ物など)。

エヴァンジェリンの訓練(怖い物)。

 

<???>

両親 (・・・)。

フェイト・アーウェルンクス(強奪予定)。

オスティア難民(情報不足)。

 

 

<性格>

仕事中毒(ワーカー・ホリック)。

優しく、面倒見の良い性格。教職であることを幸福に感じ始めている様子。

仕事好きな面と重なって、必要以上の仕事を抱え込もうとするので要注意。

研究者志望でもあり、アリアドネーでは魔法具・魔法薬の分野を研究中。

身内に甘く、また身内に甘えたがるが、表立ってそれをすることは無い。

つまり隠れてやるのである。表裏が激しいとも言う。

一方で、自分の身内を傷つける者、自分の領分を侵す者に対しては容赦せず、冷酷な一面も見せる。

また、自分と自分に近しい者に害意を抱く者を憎悪する。

反面、身内を失うことを極端に恐れる傾向がある。

かつては一人で全てを抱え込むタイプであったが、最近は他者と幸福・負担を分け合うことができるようになってきている。

 

 

<能力>

『複写眼(アルファ・スティグマ)』:アリアの右眼

全ての魔法、気、精霊を解析し、解除することができる。

ただし、解析対象があまりにも巨大である場合、強大である場合は、一定時間、魔眼としての機能を失うと同時に視力を失う(オリジナル設定)。

また『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』と違い、意識的にオンオフを切り替えることが出来る。

 

 

『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』:アリアの左眼

全ての魔法、気、精霊を吸収し、強力な身体、回復能力を得る。

ただし吸収できる魔力量には上限があり、許容量以上の魔力を吸収すると、一定時間魔眼としての機能を失うと同時に視力を失う(オリジナル設定)。

 

 

『魔法具作成能力』

シンシア・アマテル(故人)から譲られた、思い描いた魔法具を創造することができる能力。

魔法具は、アリアからの魔力供給が尽きない限り消えることはない。

(この魔力はアリアの意識の外で自動供給される。よって作中で魔力切れという場合、現在外に出ている魔法具を維持するための魔力を除いて魔力が切れた状態、ということになる)

またこれらの魔法具は、魔力、気などを注ぐことで使用できる(必要魔力量は魔法具、使用者によって異なる)。

魔法具自体は、純粋にアリアの魔力で構成される(ただし、譲渡された魔法具は相手の魔力・気で維持される事になる)。

原則として、同じ物を同時に2つ創造することはできない(譲渡した物も含む)。

現時点で、すでに複数人への譲渡が行われている。

 

ただし、アリアはある事情からこの能力の使用を自粛している。

完全に封印したわけでは無いが、使用頻度は極端に低い。

 

*魔法具が壊された場合

魔法具が意図せずに破棄、破壊された場合、その魔法具は最短で1000時間再作成できない。

所有権が作成者以外にある場合は、その所有権を失う。この場合、アリアが再びその魔法具を作れるまでに1000時間かかる、ということになる。

ただし、消耗品に類する物はこの限りではない。

(消耗品であっても、24時間以内に12回以上連続で創造することはできない)

 

*魔法具が所有者以外に使用された場合。

魔法具は原則、所有権を有する本人が貸与・譲渡しない限り、他者には使用できない。

ただし、他者であっても移動させたり、持ち出したりすることはできる。

また他者が無理に(魔力にものを言わせるなど)使用した場合、使用できないことは無いが、身の保証はできない。

 

*魔法具・多重創造

複数(10種類以上)の魔法具を同時に創り出すことが可能。

通常より多くの魔力を消費し、持ち切れない魔法具はその場に放置されることになる。なので、一人の時などには原則使用しない。

訓練次第だが、一度におよそ20の魔法具を創造することができる。

 

 

『千の魔法(MILLE VENEFICIUM)』

アリアがエヴァンジェリンとの仮契約で得たアーティファクト。

 

(効力)

あらかじめ登録した魔法を使用することができるアーティファクト。

登録できる魔法は全部で千種類。

このアーティファクトで使用される魔法は、原則として、精霊を介する通常の手順を踏まない。そのため、対抗魔法、防御魔法、結界魔法その他によって阻害されたり、妨害されたりすることはない。

ただし、他のアーティファクトによる対抗、阻害、妨害などは防ぐことができない。

 

(条件)

1種類につき、一日に1度のみ使用することができる(24時間後、自動で回復する)。

使用した魔法のページは、一旦白紙に戻る。

また、魔法を使用する場合は、使用する魔法のページを開いておかなくてはならない。

重複して同じ魔法を登録することはできない。加えて、一旦登録した魔法は削除することができない。

また、「魔法の射手」のように、複数の魔法を行使する場合、その数も登録しなければならない。

例えば、「魔法の射手・連弾光の18矢」の場合、光属性の矢を18矢放つだけの魔法となる。

属性・矢の数を変更する場合は、新たに別の魔法として登録する必要がある。

この場合、上記の条件、「重複不可」の原則の例外扱いとなる。

また、アリアの総魔力を超える魔力が必要な魔法は行使することはできない。

つまり、魔力切れの際などには、このアーティファクトは使用できない。

例えば、ドラ○エにマダンテという、全魔力を消費する魔法が存在するが、これを仮に使用すれば、アリアの魔力は0になる。よって残りの999種は、状態がどうあれ、魔力が回復するまで使用できない。

 

*『千の魔法』への「魔法」登録法

登録法は2種類存在する。

①正規手順法

細かい条件などを設定した上で、長い時間を使い登録する方法。

必要とされるのは使用者の血液と魔力を混ぜ合わせた特殊なインク。

あらかじめ設定した条件を口頭で述べつつ、このインクを書き込むページに垂らせば、後は自動で登録される。

登録する魔法が複雑か強力であるほど、時間がかかる。最大で1000秒。

 

②手順破棄法

上記の手順の全てを破棄して行う短縮法。非常時に使用される。

その時点の全魔力と引き換えに登録。その魔法を発動させる。

ただし、この方法が使えるのは1000日に一度。

 




アリア:
アリア・スプリングフィールドです。初めての方は初めまして、そうでない方はこんにちは、お久しぶりです(ぺこり)。
今回は、魔法世界編開始時点の私の設定を公開いたしました。
ここから、私の魔法世界での活動が始まります。


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第1話「拳闘士と政治家、あと教師」

Side 真名

 

背徳と虚栄の都、メガロメセンブリア。

純血の魔法使い市民5000万人を擁し、魔法世界でも「最も進んだ民主政治体制」を備えると豪語する、魔法世界最大の都市。

同時に、魔法世界最大の軍事力を持つ軍事大国でもある。

 

 

しかし実態は、メガロメセンブリア元老院が政治・経済・社会に及ぶ広い範囲を支配する独裁国家だ。

加えて、豊富な資金力と強大な軍事力を背景にメセンブリーナ連合加盟国を支配する盟主でもある。

 

 

「まぁ、大国と言うのは、どこも同じだな」

 

 

こう見えて私は、いろいろな国のいろいろな戦場を見てきた。

その中で、大国の思惑を感じることも何度かあった。

その点では、魔法世界も旧世界と変わらない。

 

 

人は生まれ、ただ死んでいく。

その経過に多少の差はあるが、大小の差は無い。

 

 

「金さえもらえれば、何でも良いが」

 

 

その点、今の私の雇い主は素晴らしい。

無償奉仕だからな、ははは・・・いつか狙撃してやる。

少し前、アリア先生達より一足早く南米のゲートを使って魔法世界に来たは良いが、それからと言う物、こき使われている私だ。

まぁ、命があるだけマシと言えば、それまでだがな。

 

 

「お待たせしました」

 

 

カフェでそんな考え事をしていたら、時間が知らぬ間に過ぎていたらしい。

私の向かい側の席に、金髪の女性が座った。

一見、黒のスーツを着たキャリアウーマンだが、その動きの一つ一つに洗練された物を感じる。

ここしばらく、私と行動を共にしている新オスティア総督のエージェント。

 

 

「ご苦労様、と言った所かな、シャオリー?」

「姫様の労苦を思えば、この程度は」

「姫様ね・・・」

 

 

姫様と言うのは、アリア先生のことだ。

こちらに来て、情勢やら何やらを総督・・・クルト・ゲーデルから説明された時、さらりと言われた。

アリア先生は、失われた魔法王国の末裔なのだ、と。

最初に聞いた時は、この総督、妄想癖でもあるんじゃないかと思ったわけだが。

 

 

どうも、事実らしい。

・・・秘密の共有で私を縛ると言うのも、なかなか。

 

 

「では、行きましょう」

「・・・了解」

 

 

気乗りしない返事であることを自覚しながら、私は席を立った。

思わず、空を仰ぎ見る。

不思議なことに、その空は麻帆良と変わらないように思えた。

 

 

・・・超。

お前の願いは、叶うのかな。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

こっちの世界と魔法世界を結ぶゲートが、全て破壊された。

一番最初は、ウェールズのゲート。

続いて、世界9箇所の他のゲート。

そして最後に、トルコの魔法協会が管理する中東のゲート・・・。

 

 

最後の一つだけ、タイミングがズレた理由はわからない。

けれど、そのおかげでシャークティー先生達は魔法世界に行けた。

連絡、途切れちゃったけどね・・・。

 

 

魔法世界との連絡が取れなくなったから、詠春さん(今や日本の代表)やドネットさん(今やメルディアナの校長代理)の呼びかけで、旧世界の魔法関係者が集まって会議をすることになってるらしいけど・・・。

 

 

「まぁ、僕には関係が無いって言うか、関与する暇が無いんだけどねー」

「瀬流彦君は、大丈夫なのかね?」

「さ、さぁ・・・最近少し働きすぎているからでしょうか・・・」

 

 

学園長室に来ていた新田先生としずな先生は、僕に聞こえないように小声で何か話してる。

ふふ、書類の山で顔も見えない。

過労死するかも。過労死って日本にしか無いとか聞くけど、本当かな?

 

 

「と言うか、学園長の仕事ってこんな大変だったの・・・?」

 

 

だとしたら、前学園長への認識を変えなくちゃいけないんだけど。

すると、新田先生が難しい顔をしながら。

 

 

「前学園長は、全ての決済を自分の所で処理しておりましたが、これほどの量は捌いておりませんでしたぞ」

「へ?」

「つまり、こうですわ」

 

 

しずな先生がおしとやかな顔で、とんでもないことを説明してくれた。

つまり、こうだ。

 

 

①麻帆良学園は、学園長の決済が無ければ何もできないシステムになってる。

(これは、魔法関連のこともあるから、学園長が管理しなければならなかったってことかな)。

②前学園長は、教員の方からの提案を受け入れるような方では無かった。

(魔法先生とかも、その点は同じだけど・・・)。

③翻って瀬流彦先生は「話のわかる」学園長である。でも①の条件は変わらない、つまり。

(・・・えーと、つまり・・・)。

 

 

「僕一人に仕事が集中するってことですか・・・!」

「まぁ、そうなりますわね」

 

 

頬に手を当てて、首を傾げるしずな先生。

普段なら見惚れるかもだけど、今はそれどころじゃなかった。

じゃあ、組織改革からしないといけないのか・・・。

 

 

ふぅ・・・と息を吐いて、窓の外を見る。

シャークティー先生、アリア君・・・皆、大丈夫かな。

 

 

ちなみに、僕は大丈夫じゃない。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「潤いが欲しい」

「は・・・?」

 

 

新オスティアの執務室にて、私はそんなことを呟いていました。

本当は心の中だけで呟くはずだったのですが、どうやら声に出ていたようですね。

クルクルした髪の少年―――私の従卒―――が、間の抜けた声で反応してきました。

 

 

生活に、潤いが欲しいのです。

切実に。

 

 

「ああ、アリア様は今頃何をなさっておいでなのでしょうか・・・」

「・・・紅茶、ここに置きますね」

 

 

続けて発せられた私の言葉に、従卒の少年は「また始まった・・・」と言いたげな顔で私を見つめました。

しかし、しかしですよ。ここは騙されたと思って私の話を聞いて頂けないでしょうか?

 

 

私はここの所、それはそれは頑張っているのですよ。

むさくるしい、それも淀んで濁った沼のような腐臭を立てている元老院のお歴々と交渉したり、各地で暑苦しく反連合活動を行っている小規模武装勢力のリーダー達と連絡したり、加えて情熱はあっても金もコネも無い同胞達(オスティア難民)を受け入れるべく、その代表と会談したり。

ゲート崩壊の件で懸賞金をかけられたネギ君一行の所在を探してみたり。

アリア様の村の村人の所在を探したり、アリア様の親友であるアーニャと言う少女の捜索をしたり。

ネカネと言う女性は見つけたのですが・・・どうした物ですか。

それでなくとも、執務室にいれば面白くも無い書類と向き合って決裁をしなければなりません。

 

 

・・・潤いが、欲しい。

そう思ったとしても、罪にはならないはずです。

 

 

部下の中でも比較的潤いをもたらしてくれていたジョリィとシャオリーも、今はいません。

ジョリィは今もアリア様の様子を遠くから見守っているでしょうし、シャオリーはメガロメセンブリアの奥深くに潜り込んでいて、しばらくは戻って来られないでしょう。

 

 

「・・・アリアドネーでも真似て、若い女性だけの騎士団とか作ってみましょうかね」

「オスティア総督のイメージダウンに繋がるので、やめてください」

「いや、待ってください。オスティアにおける女性の地位向上、あるいは女性にしか警備できない場所の警備要員と言う名目で、どうでしょう?」

「どうもなりません」

 

 

むぅ、物分かりの悪い従卒ですね。

私は従卒を部屋から追い出すと、さっそく今の考えを実行に移すべく提案書を書き始めました。

今はまだ無理ですが、将来はアリア様の近衛騎士団とかにしても良いですしね。

アリカ様の護衛も、基本は女性騎士でしたし。

 

 

・・・ああ、そう言えばオスティア祭の時に行われる拳闘士大会の地域予選が、そろそろですかね。

と、私は何の気も無しに、部屋に備え付けられた精霊式遠距離映像投影装置・・・まぁ、テレビをつけました。

さて、何か面白おかしいことでも無いですか・・・。

 

 

『僕の名前は、ナギ・スプリングフィールドです!』

 

 

ビリィッ!

・・・あ、書類が・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「僕の名前は、ナギ・スプリングフィールドです!」

 

 

僕がそう言った途端、それまで盛り上がっていた会場が、急に静まり返った。

そして数秒後には、観客の人達がこれまで以上の歓声を上げた。

もの凄い熱気に、身体を包まれたような感覚になる。

 

 

ここは、拳闘のための闘技場。

拳闘士の人達が、命懸けで戦う場所。

どうして僕がこんな所にいるのかと言うと、それはネカネお姉ちゃんのためだ。

ネカネお姉ちゃんは、グラニクスでドルネゴスって言う悪い奴に騙されて、奴隷にされちゃったんだ。

しかも、100万ドラクマなんて言う多額の借金まで背負わされて。

 

 

「い、今、ナギ・スプリングフィールドって言ったデスか!? も、もしかして千の呪文の男(サウザンドマスター)の血縁者か何かで・・・!」

「い、いえ、他人の空似だと思います・・・」

「そ、それにしては・・・あからさまにソックリデスね!?」

 

 

アナウンスの亜人のお姉さんが、マイク片手に驚いたような声を上げていた。

あ、首輪・・・この人も、奴隷なんだ・・・。

そのお姉さんの首には、ネカネお姉ちゃんと同じ首輪があった。

 

 

ちなみに今の僕は、年齢詐称薬で大人の姿・・・まさに、父さんにソックリな姿になってる。

正直、そんなことで誤魔化せるとは思わなかったんだけど。

 

 

『大丈夫です。けしてバレることも、追求されることもありません』

 

 

どこからか年齢詐称薬を持って来てくれたエルザさんが、そう言ってた。

実際、拳闘士の団体で、ドルネゴスって言う奴が運営してる「グラニキス・フォルテース」への入団テストでも、そしてこの試合でも、何も言われなかった。

何でだろう・・・?

ちなみにエルザさんは、「エリザ」って名前で登録してる。

流石に、本名は不味いらしいから。

 

 

そう言えば、試合が終わった直後からエルザさんの姿が見えない。

どこに行ったんだろう? 前から、たまに姿が見えなくなることがあるんだ。

 

 

「強敵を待ちます、ガンガンかかって来てください!」

 

 

そう言って、僕のデビュー戦は終わった。

こうして目立っていれば、修行もできるし、お金も稼げるし、何より明日菜さんやのどかさんに僕の居場所を教えることができるはず。

 

 

・・・頑張るぞ!

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「チッ・・・フカしやがってよ」

 

 

新人のデビューなんて、前座の試合だぜ?

それをあんな・・・後の試合のこととか、考えてねーだろ。

 

 

そもそも、最初に会った時から気にくわねぇ野郎だった。

あのネカネとか言う女奴隷の血縁だか知り合いだか知らねぇが、会うなり「お姉ちゃんを返せ!」だ。

そんなんで返ってくるモンなんて、ここにはねぇんだよ。

経緯がどうだろうと、あの女には100万の借金があるんだ。

それを返すまでは、奴隷のままだ。

 

 

・・・俺だって、バルガスの兄貴やママを解放すんのに、10年かかったんだ。

それを・・・。

 

 

「あんな才能に恵まれただけの坊ちゃんがよ・・・」

 

 

・・・まぁ、あのガキは良い。

それよりも、あの女だ。

エリザとか言う、得体の知れねぇ女。

あのドルネゴスの旦那が「世話してやれ」なんて・・・。

 

 

さっきの試合でも、ナギの野郎に隠れて何かしていやがった。

対戦相手のラオ・ランコンビは、ヘカテスじゃ有名な拳闘士だ。

ランキングでも、上位に食い込んでくるベテラン。

それを、ナギがラオと組み合った瞬間に、何か・・・。

それが何かはわからねぇが、全身の刺青みたいなのが、光って・・・。

 

 

ドンッ・・・。

 

 

「お、すまね・・・」

 

 

考え事をしながら歩いていたら、角で誰かにぶつかっちまった。

俺としたことがよ・・・。

けどそこにいたのは、黒髪赤目の、とんでもねぇ美人だった。

年は17,8くらいか・・・スタイルの良い身体、白い肌。

だが、表情は凍ったみたいに動かねぇ。

肌と言う肌には、黒い刺青みてぇな紋様が刻まれていやがる。

俺の拳闘士としての勘が言っていやがる、こいつはヤベェってな。

 

 

「え、エリザか、おどかすなよ」

「・・・」

「・・・んだよ」

 

 

エリザは何も答えずに、俺の横を通り過ぎて行きやがった。

チッ、愛想のねぇ奴だ。

ぶつかっておいて、謝りもしやがらねぇ。

まぁ、そうは言ってもあいつは自由拳闘士で、奴隷じゃね・・・。

 

 

「んなっ・・・!?」

 

 

角を曲がった時、俺は思わず固まっちまった。

そこには・・・。

 

 

狭い通路の壁や床、そして天井にまで、赤黒い液体がぶちまけられていやがった。

ペンキかとも思ったが・・・いや、違う。

こりゃあ、血じゃねぇか。

なんで、こんなトコに、こんな派手に・・・死体とかはねぇし、殺しでもねぇだろ。

なら、なんで・・・。

 

 

はっ、として、さっきの角に戻った。

けどそこには、もう誰もいねぇ。

 

 

「・・・まさかな・・・」

 

 

あの女の物なわけねぇか。

こんな量の血ぃ出してりゃ、あんな風に平然と歩けるわけねぇもんな。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

ここに来て初日の私は、それはもう、ハシャいだね。

どれくらいハシャイだかって?

そりゃあもう、物凄くハシャいだよ。

 

 

高級ホテル! 高級ディナー!

麻帆良の生徒ってだけで、こんなVIP待遇なんだもんね。

しかも温水の室内プールまであるんだよ?

 

 

まさに夢の国。

ビバ、魔法世界!

こりゃあ、最高のサマーバケーションだね!

 

 

「美空、もう少し慎みを持ちなさい!」

「そうです、麻帆良の代表としての自覚を持つべきです!」

「へいへーい」

 

 

シスターシャークティーや高音さんの言葉を右から左に聞き流しながら、私はココネと遊んでた。

ココネと一緒にプールに入って、ご飯も食べて。

最高に楽しかった。

 

 

後は、ココネの故郷でも見れれば完璧なんだけど。

佐倉さんが言うには、都市部以外は治安も悪くて野蛮らしいんだよね。

そこは、ちょっと悩み所かなぁ?

 

 

まぁ、いずれにしても、ひとしきり遊んでからの話だけどね。

・・・なーんて、思っていたのは、本当に最初の一日だけ。

 

 

『本日未明、世界各地のゲートポートで同時多発テロが発生しました』

 

 

朝のニュースで見た時は、ビビったね。

だって・・・。

 

 

「帰れねえぇ――――――っ!?」

「ど、どどどど、どうしましょうお姉さまっ」

「ど、どどどど、どうしましょうと言ってもぉっ」

「落ち着きなさい、貴女達!」

 

 

慌てる高音さんと佐倉さん、あと私に対して、シスターシャークティーが怒鳴りつけた。

いや、落ち着けって言ったって・・・。

 

 

「こ、このままじゃ、クラスの皆と一緒に卒業できなくなっちゃ・・・」

「ミソラ・・・」

 

 

心配そうな、ココネの声。

でも、ゲートの修理には凄い時間がかかるはず。

確か、あっちの世界とこっちの世界を繋ぎ直すには、数年単位で時間がかかるんじゃなかったっけ?

 

 

出席日数、確実に足りなくなっちゃうよ。

と言うか、高校にまで響くんじゃ・・・。

 

 

「・・・ま、いっか。元々影薄いし・・・ここで骨を埋めるっスか・・・」

「ミソラ・・・」

「バカなことを言うものではありません!」

 

 

ピシャリ、と、シスターシャークティーが言った。

 

 

「私は貴女の親御さんから、貴女をお預かりしているのです。きちんと卒業させます」

「で、でもシスター・・・」

「大丈夫です。何とか、方法を探してみます。心配しなくともよろしい」

 

 

そう言って、シスターシャークティーは力強く笑った。

いつもと同じ、頼れる笑顔。

でも今回ばかりは、シスターでも無理だと思う。

 

 

・・・一応、信じておくけどさ。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

旧世界(むこう)と連絡が取れへんようになって、結構時間が立った。

しかも復旧の見通し、ゼロや。

 

 

メガロメセンブリア・関西呪術協会出張所。

ここには、関西の各支部から引き抜いてきた術者と神鳴流剣士が10数人ほど所属しとる。

他にもメセンブリーナ連合に加盟しとるいくつかの都市に、数人規模で連絡所が置かれとる。

まぁ、そっちは広報・情報収集が主な仕事やけど・・・。

 

 

「余計な負担増は遠慮するで、ほんま・・・」

 

 

本山・・・特に長と連絡が取れへんから、こっちの世界の関西の連中は、所長のうちが面倒みたらなあかん。

当面の予算は予備費から何とかするにしても、半年がええとこや。

皆の給料とかも考えなあかん。

なんとか、連合の政治家連中と話つけて補償してもらわなあかんねやけど・・・。

 

 

責任者がおらんて、どう言うことや!

今回のゲートポート同時多発テロの責任者が見つからんから、話もできんし説明もされてへん。

いくらこっちでは関西が無名や言うても、この扱いは無い。

そう思って少し調べてみたら、何のことは無い。

 

 

責任をとろう言う奴が、誰もおらへんねや。

いや、そもそもゲートを管理する役目を持つ内務担当の執政官言うのがおったんやけど。

事件直後、「責任を取る」言うて、辞めとったんやわ。

・・・。

 

 

「辞めたら責任とったことになるんかい!」

 

 

思わず、机を叩いて怒鳴った。書類がいくつか床に落ちるけど、気にしてられへん。

ちなみにそいつは、今も変わらず議員さんやっとる。

これやから、政治家って生き物は・・・!

 

 

「おい・・・所長、かなりキてるな」

「しょうがないわよ、就任直後に今回の事件だもの・・・」

「そこぉ! お喋りしとる間ぁあったら、仕事しぃや!」

「「は、はいっ!」」

 

 

まったく・・・。

いや、それはそれとしても、どないかせなあかん。

他は後回しにできる言うても、先立つもんが無い言うんは不味い。

何とかせんと・・・。

 

 

「あ、あの、所長・・・」

「何や?」

 

 

若い女陰陽師が、入口の方を指差しとった。

この出張所の入口は、壁一面がガラス張りの造りになっとる。

通りに面しとるから、ここから外も見えるし、外からも中が見える。

親しみを持ってもらおうって言う意図らしいけど。

 

 

今はそこに、よう知っとる顔が2つ並んどる。

一人は、ツンツンした黒髪に、犬耳の男の子。

もう一人は、眼鏡をかけた、おっとりとした女の子。

男の子の方が、何かチラシ持っとるみたいやけど。

まぁ、とりあえず。

 

 

「連絡も無しに仕事場に来るなって、言うたやろが――――っ!」

 

 

いや、嬉しいけど!

嬉しいけどな!

 

 

 

 

 

Side セラス

 

『それで、どんな様子なのじゃ、ナギの・・・アリカの娘は』

「そうね・・・直接、個人的に話したことは無いけれど、良い子よ」

『どんな意味で?』

「いろいろな意味で」

 

 

私は今、執務室で長距離通信を行っている。

個人秘匿通信の相手は、ヘラス帝国の第三皇女、テオドラ姫。

20年前の大戦の時代からの付き合いだけど、表立って仲良くはできない相手。

けど、こうして定期的に連絡は取り合っているわ。

 

 

いろいろと、調整しなければならないことも多いしね。

国家同士の関係は、個人の関係で動くこともあるのだから。

もっとも、そう言う建前は抜きにしても友人関係にあると、思っているけれど。

 

 

「能力については、申し分無いわ。特に魔法薬と魔法具に関しては素晴らしい物がある・・・正規の教授と比べると、流石に見劣りするけれど」

『ふぅん・・・まぁ、あのアリカの娘じゃし、それくらいは当然では無いか?』

「あら・・・それは彼女に対して、公平さを欠くのではなくて?」

 

 

父や母が有能だからと言って、子供が有能であると決め付けるべきでは無いわ。

それは、誰にとっても不幸なことに繋がるから。

 

 

『まぁ、良いがの・・・それで、息子の方はどうなったか知っておるか? リカードから何か・・・』

「残念だけど、私も何も聞いていないわ」

 

 

旧世界でクルト・ゲーデル元老院議員が捕縛したと言う、ネギ・スプリングフィールド。

連合のゲートでのテロ以降、行方がわからない。

それまでは、連合のリカード議員から様子を教えてもらっていたんだけど。

 

 

ここに来て、情報が途絶したわ。

リカード議員自身に何かあったわけではなく、どこかで情報が止められている感があるわね。

 

 

「・・・それで、オスティア記念祭には顔を出すの?」

『おぅ、行くぞ。まぁ、わずらわしい形式ばった挨拶や行事などは、面倒じゃがの』

「そうね・・・まぁ、それも仕事の内だもの」

 

 

オスティア記念祭。

来月に新オスティアで行われる、戦後20年を記念する大祭典。

平和の祭典と銘打たれてはいるけれど・・・。

 

 

「・・・難しいわね」

『まぁの。ヘラスの長老の中には、連合が旧ウェスペルタティアを実効支配しておることに不満を持っておる者も多い。第三皇女と言う半端な席次の妾のみが派遣されるのが、良い証拠じゃろ・・・』

「そう、自分を卑下するものでは無いわ」

 

 

実際、帝国と連合の間で正式な戦端が開かれずに済んでいるのは、彼女の存在が大きい。

大戦から20年が経っても、<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>が消えても・・・。

 

 

世界は、平和からは程遠いのだから。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「・・・かように、魔法薬の材料は多岐に渡ります。それに伴い、多様な産地が存在することになります。たとえ同名同種の薬草であっても、魔法世界の多様な気候から、産地によって効能が変わることがままあります。例えば、ケルベラス森林とアルシア南端の湿地帯には・・・」

 

 

私の留学先は、アリアドネーの魔法騎士団候補学校3-C。

この学校の卒業生は、将来アリアドネー魔法騎士団に配属されて、国境の守りや多国間会議の護衛部隊として活躍することになります。

まさに、アリアドネーでも最精鋭。

 

 

中でも成績優秀な人は、アリアドネーの武力の象徴、「戦乙女旅団」に入れる。

まぁ、一種の士官学校みたいな物だってエヴァさんは言ってたけど。

実際、こう言う座学だけでなく戦闘訓練もあるから、結構キツいけど・・・。

 

 

「正規の魔法訓練を受けてみるのも、良い経験だろう」

 

 

エヴァさんは、そうも言ってた。

そう言えば、アリア先生も魔法学校できちんと訓練を受けたんだよね。

旧世界と魔法世界では、学校教育も随分違うらしいけど。

 

 

キーンコーンカーンコーンー・・・。

 

 

「・・・む、終了のベルですね。では今日はここまでとします。次回は魔法薬の完成品と、使用する材料の関係について講義します。それでは・・・」

「「「ありがとうございました!!」」」

「・・・こ、こちらこそ・・・?」

 

 

そのアリア先生は、何回目かの「初級魔法薬講座」を終えた所でした。

3-Cの今日の最後の授業が、アリア先生の講座だったんです。

でもアリア先生は、最後にお礼を言われて終わることに、まだ慣れないみたい。

3-Aの時は、そんな風に終わることは無かったから。

 

 

ああ言う時のアリア先生は、ちょっと可愛い。

それにしても、麻帆良でもアリアドネーでも授業の開始と終了の合図が同じって、ちょっと不思議。

 

 

「サヨ、帰ろー!」

「あ、うん」

 

 

隣の席のコレットさんに声をかけられて、私は笑ってそれに応じる。

私は、アリアドネーではコレットさんのルームメイト扱いになってる。

留学だから、どちらかと言うとホームステイ・・・なのかな?

 

 

茶々丸さんとすーちゃんは、共学の別の学校に行ってる。

ちょっとだけ、羨ましいかも。

何か、調理系の学校だって聞いてるけど・・・。

 

 

「お腹すいたー、今日の食堂のご飯、何だろうね!」

「うーん、そうだね・・・」

 

 

そんな他愛も無いことを話しながら、廊下を歩く。

これが、ここでの私の日常。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

キーンコーンカーンコーン・・・。

 

 

「む、何だもう終わりか」

「や、やっと終わりました・・・」

「死ぬかと思ったナ・・・と言うか、死ヌ・・・」

 

 

私の声に、何人かの生徒が死んだような声で応じた。

とは言え、今や起きているのは何と言ったか・・・えー、J・フォン・カッツェとS・デュ・シャとか言う2人組だったか。その2人だけだ。

この魔法騎士団候補学校3-Fの中では、比較的に見所のあるガキ共だ。

 

 

まぁ、あくまで他の生徒に比べれば、だがな。

2人とも猫族系の亜人で、通常の人間よりも体力・魔力共に恵まれているせいもあるのだろうが。

 

 

「よーし、ほら立てガキ共! さっさとせんと飯を食いっぱぐれるぞ!」

「・・・た、立てませ~ん・・・」

「甘えるな! 戦場では食えなくなった奴から死んでいくんだぞ!」

「エヴァにゃん先生の鬼~」

「悪魔~」

「よーし、それではこれより特別居残り授業を開始す・・・」

「「「ありがとうございましたーっ!!」」」

 

 

終礼の挨拶もそこそこに、3-Fの生徒共は素早く校舎へと駆け戻って行った。

グラウンドには、私一人が取り残された。

・・・ふん、動けるじゃないか。

 

 

「・・・まったく、温いガキ共だ。それでも麻帆良の連中よりはマシか・・・」

 

 

私はここアリアドネーでは、「特殊戦闘技能」の特別講座を受け持っている。

まぁ、とどのつまりは戦闘訓練だな。

ここの連中は、将来は正規の魔法騎士団に入団することになるんだ。

場合によっては、紛争地帯で活動することになる。

戦術論や戦略論はともかく、それ以外の分野で生き残る方法を少しでも教えねばなるまい。

 

 

・・・まさか私が、臨時講師とは言え正式な教師になるなどと、数年前には思いもしなかったが。

停滞していた私の人生が、ここに来てこうまで変化するとはな。

 

 

「ま、それももうすぐ終わるがな」

 

 

本来であれば、8月中に私の任期は切れるはずだった。

しかし旧世界に繋がるゲートが破壊され、旧世界に戻れなくなった。

そのため、9月に入ろうかと言うこの時期になっても、私はこうして臨時講師をやっているわけだ。

・・・真祖の吸血鬼と言う私の正体は隠して、な。

 

 

まぁ、ゲートが壊されてからは、時間の流れも差が出ているだろうが・・・。

 

 

近く、新オスティアで大きな祭りがある。

アリアの「知識」によれば、それに伴っていろいろと動き出すはずだが・・・どうなるかな。

ゲーデルの本拠地、そしてアリアの母親の故郷(正確には違うかもしれんが)。

 

 

・・・何事も無ければ良い、などと思うのは、愚かなことなのかな。

 

 

「まぁ、とりあえずはアリアでも誘って夕食にするか。それぐらいの時間はあるだろうさ」

 

 

茶々丸やさよ達が、学生寮にホームステイしてからと言う物、アリアくらいしか一緒に食事をする相手がいない。

他の教師連中とは何となく居辛いし、田中やチャチャゼロは「食べる」と言う行動が必要無いからな。

 

 

・・・別に、寂しいわけじゃないぞ?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ガション、ガション、ガション・・・。

 

 

移動する最中、後ろから聞こえてくるロボットの足音も、もう聞き慣れた物です。

ちら・・・と後ろを見てみれば、チャチャゼロさんを頭に乗せ、腕に眠る晴明さんを抱えた田中さんの姿が。

どうも、私の後をよくついて来るんですよね。

刷り込み・・・的な・・・?

 

 

・・・それにしても授業を終える度に、麻帆良の・・・3-Aが懐かしく思えてきますね。

ただ決定的に違う点は、この魔法騎士団候補学校のクラスは、いたく真面目に授業を受けると言う点でしょうか。戸惑いますね・・・。

いえ、麻帆良の3-Aが不真面目と言うわけでは無いのですよ?

 

 

ただ、なんと申しますか・・・違いますよね。主に学習意欲とか。

流石は学術都市アリアドネー、と言った所でしょうか。

 

 

「やぁ、アリア先生」

 

 

その時、誰かに声をかけられました。

しかし、声のしたと思われる方を見ても、誰もおりませんでした。

 

 

愕然としました。

声がすれども姿が見えず。

多様な種族の住まう魔法世界、何がいても不思議でありませんが、いずれにせよ主導権は向こうにあり、生殺与奪の権を握られていると言っても過言ではありません。

 

 

「む? おお、これは失礼。ワタシはこっちです」

 

 

声に合わせて、視線を右斜め下に移動します。

そこには、身長30センチ程で両足で立つ猫の人形・・・では無く、猫の妖精(ケット・シー)が。

金に銀を一滴たらしたような色合いの毛並みに、光の当たり方の違いで金色の様にも見える翡翠の瞳をした猫。スーツ姿に帽子をかぶり、ステッキを持って、イギリス紳士を連想させる風貌をしております。

 

 

確か、この方は・・・。

 

 

「ナンダ、オマエ?」

「貴方は確か、バロン先生・・・」

「フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵!」

 

 

私とチャチャゼロさんの言葉を受けて、その美しい猫の妖精(ケット・シー)は、片腕を胸に当てて、どこか誇らしげに言いました。

あ、名前を間違えてしまった・・・?

これは失礼を詫びなければ、と思った矢先、男爵は軽やかな、それでいて茶目っ気のある笑みを浮かべると。

 

 

「・・・が、ここの生徒からはバロン先生などと呼ばれております。以後お見知りおきを」

「は、はい・・・確か、私の就任式でお見かけしたような・・・」

「覚えておいでとは、誠に光栄」

 

 

優雅な動作で一礼する、バロン先生。

私がセラス総長から魔法騎士団候補学校の生徒の皆さんに紹介された場に、この方もおりました。

最も、すぐに何処かへ消えてしまいましたが・・・。

 

 

「何分多忙な身ゆえ、ご挨拶が遅れたこと、お許し頂きたい」

「は、はぁ・・・いえ、私こそ新任の身で、ご挨拶が遅れて・・・」

「いやいや、よろしければ今度、紅茶などご一緒しよう。・・・もっとも、バロン特製スペシャルブレンドの紅茶は、毎回微妙に味が変わるので、保証はできないが」

「まぁ・・・」

 

 

私がクスッと軽く笑うと、バロン先生も目を細めました。

旧世界(あちら)では妖精と関わる機会も少なかったのですが、こちらでは珍しくも無いのかもしれませんね。

そうは言っても、バロン先生のような妖精は、珍しいのでしょうけど。

 

 

「お、いたいた・・・アリア!」

「あ、エヴァさん・・・」

 

 

廊下の向こうで、エヴァさんが手を振っていました。

食事にでも、誘いに来たのでしょうか。

茶々丸さん達が寮生活に入ってから―――それでも、良く会いますが―――エヴァさんと過ごす比重が増したような気がします。

 

 

「それでは、また会う時まで、しばしの別れ!」

「ふぇ?」

 

 

シュンッ・・・。

・・・再び視線を下げた時には、そこにバロン先生の姿はありませんでした。

不思議な方でした。これもある意味、魔法世界の洗礼とも言えるのでしょうか。

 

 

「・・・何だ、どうした? 狐に包まれたような顔をして」

「いえ、狐と言うか・・・猫?」

「猫デス」

「ネコダナ」

「は?」

 

 

エヴァさんは、何を言っているんだこいつらは、的な視線を私に向けていました。

私は首を軽く横に振ると、軽く微笑んで。

 

 

「お腹がすきましたね、エヴァさん」

「あ、ああ・・・?」

 

 

魔法世界には、不思議が一杯です。

獣人、亜人、妖精に魔族・・・これが、魔法世界。

 

 

 

 

貴女も、同じ気持ちになったことがありますか?

シンシア姉様―――――。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

首都の執務室で、私は秘書官からの報告を受けていた。

内容は、連合全体の政治・経済の動静などだ。

 

 

「エルファンハフト・アンティゴネー両都市の民会で行われた政務官選挙ですが、本日中に全ての開票を終え、親連合の政治家が当選いたしました。民会参加者の約80%が支持母体ですが、名義の異なる6つの会派に分散しているため、一般市民には気付かれておりません」

「結構、ただし6つの会派に同一の立場を取らせてはならんぞ」

「もちろんです。3つは右派、2つは左派、1つは中道派に分け、エルファンハフト・アンティゴネーの政治は硬直化することになります」

 

 

民会とは、市民権を有する市民で構成される都市議会のような物だ。

政務官とは民会が選出する政務や軍務の実務担当者のこと。

まぁ、我がメガロメセンブリアにおける執政官も、政務官の一種と言えるだろう。

メガロメセンブリアはメセンブリーナ連合の盟主ではあるが、他の加盟都市の政治には干渉できない。

 

 

表向きはな。

たとえ当選した政務官の出身地がたまたまメガロメセンブリアだったとしても、市民権さえ有していれば立候補はできる。

まして支持母体の政治グループが我が国から多額の献金を受けておれば、おのずと行動をコントロールできると言うわけだ。

 

 

特にエルファンハフトのようなシルチス亜大陸の紛争地帯に近い都市には、反連合感情が強いからな。

だが「自分達の意思」を代表する民会の投票結果を見れば、「反連合の民意」が意外と低い、と勘違いせざるを得ない。

結果として、エルファンハフトやアンティゴネーの連合離脱は政治的には不可能になるわけだ。

 

 

「次いで旧ウェスペルタティア貴族領ですが、親連合の世論の根強い西部の諸侯が、財政的な支援を求めてきております。難民関連の施策に必要とか。ただし新オスティア総督府では無く、メガロメセンブリアへの要請です」

「ふん、いよいよ抱えきれなくなったか。では連合の名義でたっぷりと貸し付けてやれ・・・償還期限が来るまでは、利率については説明せんで良い。帝国にとやかく言われる前に、連合に正式加盟させるぞ。そして何もウェスペルタティア全土が一度に加盟する必要は無いのだ」

「わかりました」

 

 

総督府では無く、連合の盟主に秘密裏に助けを請う所が、見え透いている。

もっとも、旧ウェスペルタティア=連合の国境を故意に封鎖し、難民を国境の貴族領に押しとどめ、負担増を強いていたのは我々だがな。

ふむ、ウェスペルタティアと言えば・・・。

 

 

「ネギ・スプリングフィールドの状況はどうなっている?」

「報告によれば、グラニクスの闘技場で父の名を使い、仲間を集めようとしているようです」

「ほう、父の名をな・・・」

 

 

ドルネゴスは上手くやったようだな。

ネカネと言ったか、アレを奴隷階級に落とせば、あの子供はそれを救おうとするだろうとは思っていたが・・・まさか、父の名を騙るとはな。

 

 

まぁ、良い。

奴隷に身を落とした、哀れな姉代わりの美女を解放した英雄の息子。

なかなかに、人々の騎士道的ロマンチズムをそそる話だ。

内実がどうあれ、虚像と言うのは必要だからな。

 

 

どれ、いくらか見栄えのある相手でも見繕ってやるかな。

確かボスポラスに、ナギ・スプリングフィールドを恨む駒がいたが、名前は何だったかな・・・。

 

 

「それで、彼の仲間とやらはどうした?」

「はぁ、ミヤザキノドカなる少女はどうも、あるトレジャーハンターのグループに拾われ、そしてカグラザカアスナはニャンドマで発見されたとの報告が入っております」

「ふん・・・まぁ、放っておいても彼の下に集まるだろう。その時に全員、丁重にお迎えしろ」

「わかりました」

 

 

ネギ・スプリングフィールド、そしてカグラザカアスナか。

手に入れておくにしくは無い。

 

 

「・・・しかし、よろしいのですか。ネギ・スプリングフィールドは一度ならず法を犯しておりますが」

「秘書官、一つ質問なのだが、その法律を作るのは誰だ? 我々元老院、そうでは無いか?」

「そう言うことであれば、それはその通りですが」

「それに、彼が罪を犯したのは汚らわしい旧世界でのこと。こちらで裁かれたわけでは無いし、旧世界にまで我々の法規を押し付けては何とも心苦しいでは無いか」

 

 

つまるところ、彼は裁判を受けて「有罪(ギルティー)」と宣告されるまでは犯罪者「かも」しれないだけだ。

仮に犯罪者だとして、それを上回る功績を挙げれば人々の意識も変わる・・・。

 

 

「・・・それで、アリア・スプリングフィールドの方は?」

「は、アリア・スプリングフィールドの情報に関しましては、不確定の要素が多すぎます」

 

 

部下の声が、初めて自信と余裕を失った。

ふむ、まぁ、アリアドネーの防壁を突破して情報を得るなど、流石に難しいか。

ゲーデルの小僧めが、面倒な場所に匿いよって・・・。

 

 

「国境の監視を強めろ。アリアドネーから出たらすぐに知らせるようにするのだ」

「わかりました」

「・・・ああ、それから、グレーティア。一つ頼みがあるのだが」

「はぁ・・・」

 

 

訝しげな表情を浮かべる秘書官―――グレーティアと言う金髪の美女、30代後半―――に、私は笑って言った。

 

 

「実は、面倒を見てもらいたい子供がいるんだが」

「は・・・?」

「そんな顔をするな、別に食事や寝床の用意をしろと言っているわけじゃない」

 

 

露骨に嫌そうな顔をされて、私も思わず苦笑した。

 

 

「魔法学校を卒業したばかりの子供なのだが、なかなか見所のある奴だ。ただ能力はあるが人見知りが過ぎてな、卒業課題をこなせそうに無い。修行先として受け入れた身としては後味が悪いし、すまんが一つ仕事のノウハウを叩き込んでやってほしい」

「はぁ、それはご命令とあらば、すぐにでも・・・しかし、どんな子供です?」

「うむ」

 

 

私は鷹揚に頷くと、その名前を告げた。

 

 

「ミッチェル・アルトゥーナと言うのだが」

 




エヴァンジェリン:
エヴァンジェリンだ、久しぶりだな。
今回は拳闘士になったぼーやと、教師として働く私やアリアの話だな。
ゲーデルやら何やら、話をややこしくするような輩もいるが・・・。
概ね、私の周囲は平穏だ。

ちなみに今回登場したこの人物。
フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵:元ネタは猫の恩返し、耳をすませば。
提案者はリード様だな。
アリアドネーの教師の一人として登場だ。


エヴァンジェリン:
では次回は・・・何?
筋肉が、どうしたって?
で、では、また会おう!


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第2話「無理な物は無理」

Side アリア

 

「う~ん・・・」

 

 

私は、アリアドネーで自分にあてがわれた部屋の中で、頭を捻っておりました。

臨時講師と言えど、授業を持つ身。やることはたくさんあるのですが。

しかし今私が困っているのは、それとは別のことです。

 

 

魔法世界を崩壊から救うには、どうすれば良いか。

 

 

私は現在、それについて考えています。

千鶴さんに借りた火星儀を指先でクルクルと回しながら、頭を悩ませます。

 

 

「・・・魔法世界が崩壊する、原因は魔力の枯渇・・・」

 

 

それは、私の前世の「知識」から引き揚げた事実です。

クルトおじ様も、それらしきことを言っていましたしね。

 

 

「・・・しかし、にわかには信じられん話だな」

 

 

隣で難しそうな魔法書や論文をパラパラとめくりながら、エヴァさんが言いました。

『人造異界の存在限界・崩壊の不可避性について』(1908年)、『魔法理論における空間認識と生成の関連比較』(1921年)、『魔素・魔力の源泉と諸地域の地形について』(1924年)、『亜人種の祖先の正体見聞』(1930年)・・・。

 

 

「私もそれ程この魔法世界に詳しいわけでは無いが、本当に崩壊するのか? 現状ではとてもそうは見えんぞ。いや、別にお前を疑うわけでは無いが・・・」

「実は私も、それ程自信があるわけでは無いんです・・・知っている、と言うだけで」

「まぁ、魔力の枯渇など、見ただけではわからんからな。それなりの施設で長期間観測しなければ、論理的な根拠のある仮定は作り得ない」

「・・・ですよねぇ・・・」

 

 

私は確かに、前世の記憶から魔法世界の崩壊の可能性を「知って」いるのですが。

かといって、いつ、何故、どうやって崩壊するのかを「理解して」はいないのです。

知ると言うことと、理解すると言うことは、似ているようでまったく別の物ですから。

理解しなければ、対処法の構築もできない。

 

 

私はスタン爺様達の『永久石化』に関しては、知っているだけでなく理解もしています。

だからこそ解除の目処も立ち、その公式も算出できたわけです。

そしてもちろん、それも私一人の功績ではありませんが・・・。

 

 

「・・・この問題は、個人レベルではどうにもできそうに無いですよねぇ・・・」

 

 

実際、私がいくら頑張った所で、どうにもなりません。

エヴァさんの力を借りても、限界はやはりあります。

エヴァさん自身も言ったように、大規模で整備された施設を有する公的機関の力を借りなければ、「魔法世界が遠からず崩壊する」と言う事象それ自体を証明することもできないのです。

 

 

解答不能・・・とまでは言いませんが、何年時間をかけても無理です。

これは能力の問題では無くて、規模の問題です。

世界規模の問題を個人で解決できると思う程、私も思い上がってはいません。

・・・もし、何かしかの解答を有している存在が、あるとすれば。

 

 

脳裏に、白い髪の誰かが浮かびました。

・・・。

カチャ・・・左腕のブレスレットを、無意識に指先で撫でました。

 

 

今頃、どこで何をしているのでしょうね・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「アリア?」

 

 

急に遠くを見るような目をしだしたアリアに、首を傾げる。

先ほどまで、魔法世界の崩壊回避について考えていたはずだが、今はどうも別のことを考えているようだ。

 

 

・・・魔法世界の崩壊回避か。

自分で言って、皮肉な気持ちになる。

600年前、私に賞金をかけて迫害したのは、この魔法世界の人間共なのだ。

その私が、そいつらを救うための算段を考えていると言うのだから、皮肉以外の何ものでも無いだろう。

そしてそれは、アリアも同じだと思っていた。

 

 

「・・・しかし、突然どうして、魔法世界を救う気になったんだ?」

「はい?」

「お前、本国や魔法使いが嫌いだっただろうに」

 

 

幼い頃の記憶から、アリアは魔法使いと言う生き物に嫌悪感を抱いていたはずだ。

英雄の娘、魔法の使えない体質。

本国の魔法至上主義者からすれば、これ程憎らしい存在はいないだろう。

 

 

今でこそアリアドネーで比較的安穏とした生活を送ってはいるが、麻帆良では一度ならず嫌な思いもしたはずだ。

そんなアリアが、魔法世界を救うために、力を貸してほしいと言って来た時は、意外だった。

同時に、どこか納得している自分もいたことに、私はまた驚いた物だが。

 

 

「生徒がいますので」

 

 

アリアの理由は、簡潔だった。

そしてそれを、やっぱりな、と思った。

ああ、こいつはこう言う奴だったと。

 

 

こいつは臨時だが講師、つまりは教師だ、生徒を守る義務がある。

少なくとも、アリア自身はそう考えている。

そしてそれ以上に、自分の生徒を気に入ったのだろう。だから守ろうとする。

自分を慕ってくれる誰かを、守ろうとする。

 

 

アリアは、そう言う奴だった。

それに、私も・・・。

 

 

「本音を言えば、魔法世界に生きる人々の大半は、生きようが死のうがどうでも良いです」

「・・・」

「でも私の生徒の大半は魔法世界人です。彼女らは一部を除いて旧世界に逃げることもできませんし・・・」

「・・・っ」

 

 

その時、気付いた。

それは、ぞっとするような考えだった。

 

 

アリアは、一度抱え込んだ人間を手放そうとはしない人間だ。

現に、ここに来て一月近く、アリアは自分の生徒とそれなりの関わりを持ち、死なせたくないと思う程度には考えるようになった。

つまり、ここに来たからアリアは魔法世界を救う気になった。

 

 

・・・アリアは、旧ウェスペルタティアの姫だと言う。

学園祭の時にアルが見せた幻の女が、アリアの実母だと言うのだから。

そして、新オスティア・・・クルト・ゲーデル。オスティアの難民・・・。

 

 

まさか・・・。

 

 

「エヴァさん?」

「・・・いや、そろそろ朝だ。授業の準備をした方が良いだろう」

「あ、そうですね・・・えーと、眠気覚ましの魔法薬はー・・・」

 

 

ガサゴソと薬棚を漁り始めたアリアを見て、気付かれないように苦笑する。

それは、先程までの自分の考えに対する苦笑だった。

 

 

考えすぎだ、この時の私は、それで自分を納得させた。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

俺は、戦う以外に能の無い人間や。

それは、誰よりも俺が一番良く知っとる。

 

 

「そう言えば、小太郎はん。最近学校はどうですか~?」

「うん? んー・・・月詠のねーちゃんはどないなん?」

「いつも通りです~」

「俺も、いつも通りや」

 

 

千草ねーちゃんとの約束で、俺はメガロメセンブリアの公立学校に編入した。

月詠のねーちゃんも、女子校に編入。

試験とか何やかんやあったけど、千草ねーちゃんが面倒見てくれたおかげで何とかなった。

 

 

でも、同年代の奴と一緒に何かしたことも無いから、何話してええんかわからんし。

授業はつまらんし、と言うか俺ら魔法使えへんしな。

魔法が使えへんだけで、どうも妙な目で見られるし・・・。

・・・なんと言うか、いけすかん連中や。

千草ねーちゃんが学校に行かせたいらしいから、行っとるけど・・・。

 

 

「お~、大きいですね~」

 

 

月詠のねーちゃんの言葉に、俺も同意する。

今、俺らの目の前には、大きな翼と尻尾を持った悪魔みたいなんがおった。

両手に鎖がついとって、闘技場の隅に繋がれとる。

俺の5倍はでかいんちゃうかな?

 

 

今、俺と月詠のねーちゃんはメガロメセンブリアの闘技場におる。

この世界では、拳闘士とか言うのが一番手っ取り早く稼げる聞いたからな。

学生でも拳闘士やる奴は結構多いし、割と簡単になれるんや。

 

 

『あ――っと、個人登録の新人、小太郎・月詠コンビあぶなーいっ!』

 

 

ぐぉっ・・・と、でかい拳が振り下ろされてくる。

その次の瞬間には、俺と月詠のねーちゃんは瞬動でそいつの後ろに移動しとる。

同時に、攻撃もな。

 

 

「『二刀連撃・斬鉄閃』」

「『狗音爆砕撃』」

 

 

翼を斬り落とされ、頭を撃ち抜かれたその悪魔は、闘技場の床に崩れ落ちた。

実況のねーちゃんが何か騒いどるけど、それはどうでもええわ。

 

 

「千草はんは、お仕事上手くいって無いみたいですね~」

「せやな・・・何や、金が無いらしいな」

 

 

千草ねーちゃんは、何も言わんけどな。

ゲート言うんが壊れて、関西の本山と連絡が取れへんようになったのは俺らでもわかる。

この大会、勝てば100万や。しかも勝てば試合ごとにファイトマネーも入る。

つーても、千草ねーちゃんの仕事に口を出すわけやない。

そんなんやっても、千草ねーちゃんは喜ばへんのはわかっとる。

 

 

でも俺と月詠のねーちゃんの飯の量は変わらへんのに、千草ねーちゃんの飯の量は減っとるんや・・・。

部下の連中の給金を捻り出すために、自分の給料を削っとるのは、見とればわかる。

 

 

「自分の食い扶持くらいは、自分で稼がんとな」

「うちは、斬れれば何でもええですぅ」

「月詠のねーちゃんは、変わらへんなぁ・・・」

 

 

まぁ、それはそれでええけど。

それにしても・・・。

 

 

手紙送れへんようになって、夏美ねーちゃん、怒っとるかなぁ。

あ、時間の流れが違うんやったっけか?

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

はぁ、どうしましょう。

私のせいで、ネギが拳闘士に・・・それに、100万ドラクマの借金。

まさかゲートまで議員を追いかけて来たのが、ここまでの事態になるだなんて。

 

 

「はぁ・・・」

 

 

酒場の床磨きの手を一度止めて、溜息を吐く。

そ・・・と、首の首輪に手を触れる。本国に奴隷制度があることは知っていたけど・・・。

 

 

ゲートの爆発に巻き込まれて強制転移された私は、砂漠に一人、投げ出されていた。

そこからどうにか、近くの街までたどり着いたのだけど、そこで風土病にかかってしまって・・・。

朦朧とする意識の中、何かの書類にサインさせられたのは覚えてる。

そのおかげで、お薬も貰えたのだけど・・・。

 

 

「ネカネ、床掃除はもう良いから、厨房の食器洗いをやってもらえるかい!」

「は、はいっ!」

 

 

私に声をかけてきたのは、クママさん。

熊のぬいぐるみ・・・と言ったら失礼だけど、そんな風貌の人。

私よりも、背は大きいけれど。

ここの奴隷長(チーフ)をやっている人で、仕事には厳しいけれど、心優しい良い人よ。

 

 

「そろそろ昼飯時だからね、忙しくなるよ!」

「そ、そうですね」

 

 

最初、トサカさんと言う方にいびられていた私を助けてもくれた人。

ただ、そのトサカさんも悪い人では無いみたいなんだけど・・・。

 

 

「では、私は厨房に行きますね」

「ああ、頼むよ! あんたは働き者で助かるからねぇ!」

 

 

クママさんの言葉に笑いながら、私は床掃除に使っていた道具を片付けると、厨房へ通じる扉を・・・。

 

 

カランッ・・・コロンッ。

 

 

その時、軽やかな音を立てて、来客用の扉が開いた。

そこから現れたのは・・・。

 

 

「ごめんよ、まだ・・・って、何だ、エリザじゃないかい!」

「・・・ネギは、どこですか?」

「うん? また闘技場ではぐれたのかい? まだ帰ってきていないよ」

 

 

入ってきたのは、エリザさん(ネギが言うには偽名で、本当はエルザと言うらしいけど)だった。

長い黒髪の綺麗な女の人で、顔にまである刺青みたいな黒い紋様が無ければ、誰もが見惚れる女の人だと思う。

本当は、ネギと同い年くらいらしいけれど。

 

 

私は、話したこともないけど・・・ネギがお世話になったらしいから、お礼を言おうとは思ったんだけど。

けど、ネギ以外が話しかけても、めったに答えないから・・・。

今みたいに、ネギに関することを他人に聞いたりはするけれど・・・。

 

 

ネギを、そして私を助けようとしてくれている人に、こんなことを思ってはいけないのだけど。

私はあまり、この子が好きになれなかった。

いつだったかしら、いつかのアリアに、とても似ている気がして・・・。

どうしてそんなことを思うのか、私にもわからない・・・。

 

 

「・・・っ」

「エリザ!?」

 

 

カラ、カランッ!

 

 

その時、急に慌てた顔になって、エリザさんは外に飛び出して行った。

な、何かあったのかしら・・・?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

これはいつものことだけど、エルザさんとはぐれた。

この街は治安、あんまり良くないから、一人で出歩くのは良くないんだけど。

相変わらず、エルザさんは試合が終わるたびにどこかへ行く。

 

 

「エルザさん、どこに行ったんだろ・・・」

 

 

休憩がてら、カフェで紅茶を頼んだ。

世界が違っても、紅茶があることには驚いたけど・・・。

 

 

・・・明日菜さんとのどかさんからは、まだ連絡は無い。

一応、闘技場の勝利者インタビューで、「一ヵ月後、オスティアで集合」って伝えてはいるんだけど。

オスティアの決勝トーナメントで100万ドラクマを手に入れなくちゃいけないし・・・。

ふと、自分の掌を見る。

 

 

・・・強くなりたい。

誰にも負けない力が、最強の力が欲しい。

何があっても、全てを守れるほどの強い力が。

父さんのようになれる、強い力が。

 

 

でも、今のままじゃダメだ。そんな気がする。

エルザさんと2人で、8回ほど闘技場で勝ったけど、強くなれてる実感がまるで無い。

何かが足りないんだ。

僕が強くなるために、必要な何かが・・・。

でもそれが何なのか、わからない。

 

 

「・・・僕に足りない物、僕に足りない物・・・?」

「必殺技、だな」

「そう、必殺技・・・へ?」

 

 

不意に、声をかけられた。

顔を上げると、いつの間にそこにいたのか、フードをかぶった男の人が向かいの席に座っていた。

フードから覗く顔には、褐色の肌に、いくつもの古傷が見える。

見るからに、鍛え抜かれた身体をしているけど・・・。

ここまで近付かれるまで、気が付かなかった。

 

 

「男なら必殺技の一つや二つ、持っているのが当然だ」

「あ、あなたは・・・?」

 

 

会ったことも無い人だけど、何だろう。

不思議な感じのする人だった。

 

 

「俺が教えてやらんでもないが、そうだな・・・」

「え・・・」

「必殺技一つにつき授業料50万ドラクマ、考案料20万ドラクマ、版権料10%頂こう」

「ええええええっ!?」

 

 

あ、悪徳商法!?

明らかに高いし!?

 

 

「な、何なんですか貴方は!? いきなりっ!」

「今は俺より、自分の頭の上を心配しな・・・有名人」

「な」

 

 

にがですか、と続けようとして、できなくなる。

なぜなら、その時には背後から飛来した黒い槍のような物が僕の頬を掠めていたから。

 

 

ドスッ・・・ギュギュッ!

 

 

僕の目の前のテーブルを綺麗に真っ二つにして、その槍は後ろに引っ込んで行った。

な、何が・・・反応、できなかった。

 

 

「おー、危なかったな。相手がその気だったら首がなくなってたぜ、今の」

 

 

え・・・?

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

まさか、と思ってカゲちゃんについて来たんだが・・・。

やっぱこいつ、ナギじゃねぇ。

映像で見た時からわかっちゃいたが、魔力の感じとかちょい似てたからな。

 

 

となると、タカミチが連絡してきたナギのガキか。

あん? でもこいつ官憲に捕まったんじゃなかったっけか?

まぁ、本国の連中の作った法律とか、俺には関係無ねーけどな。

 

 

「だ、誰ですか!?」

「・・・お前の「強敵を待つ」と言う呼びかけに応じて参上した、ナギ・スプリングフィールド」

「・・・!」

「私はボスポラスのカゲタロウ。貴様に尋常の勝負を申し込む」

 

 

おお、おお。カゲちゃんも決めるねぇ。

大戦の時に着てた衣装まで引っ張り出して(道化の仮面に黒ずくめ)。

まぁ、昔ナギの野郎にボコられたのは本当だからな、ナギそっくりな奴を見て燃えてんだろ。

 

 

その後、何か言おうとしたナギ・・・いや、ネギを、カゲちゃんは問答無用で攻撃した。

カゲちゃん自身はその場から動いちゃいねぇが、カゲちゃんの操る影槍が、ネギを翻弄する。

とはいえ、こりゃあ戦いなんて呼べる代物じゃねぇな。

 

 

「んー、ヒヨっこにAAクラスは無理だったかぁ?」

 

 

尖塔や建物をスパスパ切り落とす程のカゲちゃんの攻撃に、ネギはついていくのがやっとって感じだ。

いや、カゲちゃんがついていかせてやってるんだな。

ネギの張る障壁は、カゲちゃんには何の効果もねぇ。

ついでにネギはカゲちゃんに近付くこともできねぇから、攻撃もできねぇ。

 

 

アルの野郎が修行つけてるって聞いたんだが、あれは、どうなんだ?

基本魔法の術式がそこそこ綺麗なことを除けば、経験も実力もあったもんじゃねぇ。

つまり、てんでなっちゃいねーってことだ。

才能はあんだろうが・・・あれでどうやって8連勝もしたんだぁ?

 

 

そうこう言ってる内に、ネギはカゲちゃんの攻撃でぐっさり・・・おお、ギリギリ魔力を集中させて軌道を逸らしやがったか。まーその後、建物に突っ込んじまったけどな。

戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』、白兵戦の基本魔法だが。

流石に、それくらいは教えて貰ってるか・・・まぁ、こんなもんかな。

 

 

「仕方ねぇ、助け舟を出してやるか・・・20万くらいで・・・ん?」

 

 

カゲちゃんの攻撃で起こった煙が晴れた時、ネギの前に、妖しい雰囲気の女がいた。

女っつーか、年齢詐称薬使ってやがるが・・・。

とにかく、刺青した変な女だ。

 

 

ははぁ・・・流石はナギの息子。

女連れとは、やるねぇ。

 

 

 

 

 

Side カゲタロウ

 

「・・・何者」

「・・・」

 

 

問うてみるも、その女は答えなかった。

ただ、静かな血色の瞳で、私を見据えている。

その後ろには、私の影槍の一本をすんでの所でかわした体勢のままの、偽ナギ・・・ネギ、と言ったか?

ラカン殿が言うには、まだ10歳の子供だと聞くが。

 

 

まぁ、今は目の前の女の方が先決か。

黒髪赤目・・・全身に異常な紋様を刻んだ女。

 

 

「え・・・エルザさん!?」

「・・・エリザ」

「え、ああ、えっと・・・エリザさん、どうしてここに!?」

 

 

ふむ、エリザと言うのか。

エルザと言うのは、何か知らんが・・・。

 

 

「お前」

「うん? 私か?」

「お前はナギを傷つけました」

 

 

全身の紋様を明滅させながら、エリザとやらが私を指差した。

 

 

「お父様は言いました。ナギを守れと。私はナギを守らなければなりません。そのナギをお前は傷つけました。お父様が必要としているナギを傷つけました。だからお前はナギの敵です。つまりお前は私の敵です。よって、お前、お前は・・・」

「・・・?」

「お前は、お父様の敵だっ!!」

 

 

叫んで、エリザが動いた。

同時に私は、ぐんっ、と拳を握りこんで、周囲に滞空させていた影槍をエリザに向けて殺到させた。

それは彼女の背後の・・・ネギが背にしている塔を切り刻んで破壊した。

しかし、手応えは無い。どちらにも命中しなかったようだ。

 

 

50m程離れた位置に出現したエリザに、影槍を放つ。

しかしその悉くをかわしながら、エリザは私に急速に接近してきた。

いや、それは良いが、ネギはどこに消えた?

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リル・マギステル!」

「・・・」

炎の精霊(ウンデセクサーギンタ)59柱(スピリテゥス・イグニス)集い来たりて(コエウンテース)・・・」

「『百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンブラエ)』!!」

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾(セリエス)・火の59矢(イグニス)』!」

 

 

私の放った影槍と、エリザの放った炎の矢がぶつかり合い、派手に散る。

その爆炎の中から、エリザが飛び出して来た。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リル・マギステル――――」

 

 

口から赤い液体を流しながら、私の背後に回りこんだエリザ。

しかし、何かが軋むような音と共に、ガクンッとエリザの膝が崩れ落ちた。

それでも、魔法の構成は崩れない。私はそこに・・・。

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

「ぬ!?」

 

 

反対側から、規定外の膨大な魔力!

振り向けば、そこに拳を振り上げたネギの姿が・・・。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

アリア先生のお父さんが魔法世界を救った英雄だって話は、聞いたことがある。

でも歴史の授業できちんと聞いたのは、初めてだった。

 

 

20年前、魔法世界を二分する(連合と帝国)大きな戦争があった。

そしてその戦争は、「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」と言う悪の秘密結社の陰謀だった。

それを止めて、しかも世界を救ったのがアリア先生のお父さん。

ナギ・スプリングフィールド・・・紅き翼(アラルブラ)

 

 

「・・・何だか、歴史って言うよりお伽噺みたい」

 

 

まぁ、国とか戦争とか、そう言う難しいことはわからないけど。

60年前、私が生まれた時も・・・まぁ、今は関係ないよね。

 

 

とにかく、アリア先生のお父さんは、この世界では英雄扱いされてるってわかった。

でも・・・。

 

 

「なーに見てるのっ!」

「ひゃわっ!? コレットさんっ、図書館では静かにっ!」

「おおっ、ゴメンゴメン! で、何々・・・おお、ナギのこと調べてたの!? だったら聞いてくればいーのにー!」

「へ・・・?」

 

 

コレットさんは、ナギさんの大のファンらしいです。

ナギグッズ(時計とかフィギュアとか抱き枕とかマグカップとか)を色々と見せてくれた後、極めつけにファンクラブの会員証を見せてくれました。

・・・英雄と言うより、アイドル・・・?

 

 

「そうそう、最近話題なのがコレ!」

「え、何ですか・・・録画?」

『明日菜さーん、のどかさーん、見てますかー!?』

 

 

ピシリ。

その録画を見せられた時、私は固まってしまいました。

 

 

『一ヵ月後、オスティアで開かれる大会で会いましょーっ!』

「・・・何ですか、コレ」

「グラニクスって街の拳闘士でね、ナギのソックリさんなんだよ!」

「へー・・・」

 

 

コレットさんには悪いけど、私は急速に冷めて行きました。

だって、コレ・・・ネギ先生じゃないですか。

逮捕されたんじゃ・・・?

 

 

「・・・そういえば、コレットさんはオスティア祭に行くんですか?」

「オスティア祭?」

 

 

ナギさんの話から、話題を転換します。

オスティア祭については、さっきの歴史の授業でも先生が言っていました。

戦後20年を記念する大きなお祭りで、私は魔法世界への留学の一環として、アリア先生達にくっついて行く予定なんですけど・・・。

 

 

「うーん、でも私寮生だからなー。そりゃ生ナギは見たいしオスティア観光にも興味あるけど・・・」

「ああ、そっかー・・・」

「・・・何やら、面白そうな話をしていますね」

 

 

その時、私達の傍に、「本のオバケ」が現れました。

いや、別にオバケでも何でもなくて、単に顔が見えなくなるくらい本を抱えている誰か。

声からして・・・アリア先生?

『人造異界の存在限界・崩壊の不可避性について』、『魔法理論における空間認識と生成の関連比較』、『魔素・魔力の源泉と諸地域の地形について』、『亜人種の祖先の正体見聞』・・・背表紙の名前は、私には全然わからない物ばかりで。

 

 

「あ、持ちますっ」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それより・・・」

 

 

アリア先生は、指先に持った紙を、プルプル震えながら差し出してきました。

えっと・・・「オスティア記念式典警備任務」?

 

 

「今、掲示板に張りに行く所だったのですけど・・・各学年から2人、オスティア祭の警備要員を募集しています。コレットさんもどうですか?」

「おおっ・・・これはまさに渡りに船! 選抜されたらお菓子食べ放題、しかも生ナギに会えたり・・・!」

「生ナギ?」

 

 

生ナギ(ネギ先生)はともかく。

 

 

「じゃあ、コレットさんも一緒に行けるかもしれないんですねっ」

「むむむ、志願してみよっかなー」

「ふふん、はたしてそんな簡単に行くのでしょうか!」

「何奴!?」

 

 

私達が振り向いた時(アリア先生は振り向いても見えないけど)、そこには褐色の肌に金髪のツインテールの女の子と、寡黙そうな、黒髪おかっぱな女の子がいました。

 

 

「委員長!?」

 

 

エミリィ・セブンシープさんと、ベアトリクス・モンローさん。

私達3-Cの、委員長さんと書記がそこにいました。

 

 

 

 

 

 

Side コレット

 

「貴女のような落ちこぼれが、このような名誉ある任務に選ばれるとお思いですか! 甘いですね!」

「うげ・・・や、やっぱ委員長も志願するの?」

「当・然・です! 生ナギに会うのは私!」

 

 

むむむ、委員長め~。

・・・うん? 生ナギ?

委員長は、キランッ、と光る一枚のカードを取り出した。

ナギがプリントされてるそのカードは、しかもその番号は!?

 

 

「か、会員番号、78ィッ!? そんにゃばにゃな!?」

「それって、凄いんですか?」

「ふ・・・そんなことも知らないとは、モグリですね!」

 

 

ビシィッ、と「本のオバケ」を指差す委員長。

実際、二桁ナンバーなんてそうはいないよ。

サヨが、何かアワアワしてるけど・・・。

 

 

「今まで黙っていましたが、ナギ様のファンと言うならば私こそが真のファン! 親の代からのファンです」

「はぁ、それはそれは・・・」

「そんなわけで、オスティア警備任務の枠は、私が頂きます!」

「わ、私だって負けないよ!」

「ふ・・・貴女のような落ちこぼれが、私に勝てるつもり?」

 

 

余裕シャクシャクって感じで、委員長は私を見下した目で見る。

くぅ、でも確かに委員長は凄いし、私は成績最下位だけど~。

 

 

「お嬢様、そろそろ・・・」

「ん? ああ、もうこんな時間。それじゃ、オスティア警備任務は私が頂きますから」

 

 

諦めなさいな、と言い残して、委員長は去った。

く、くぅ――――っ、委員長めぇ!

 

 

「・・・でも委員長、アレで実力は凄いからな~、勝てないよ~・・・」

「だ、大丈夫だよコレットさんっ」

「うう、サヨ~」

「コレットさんにだって、委員長さんに負けない良い所、いっぱいあります! わ、私も手伝うし!」

「そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどね」

 

 

でも実際、実力差がありすぎるよ。

選抜試験の週末までに、どうにかできるとはとても・・・。

 

 

「まぁ、成績で言えば不可能でしょうね」

「あ、アリア先生!?」

 

 

「本のオバケ」・・・もとい、アリア先生は、持っていた本の山を手近な机の上に置くと、ふぅ、と息を吐いた。

うう、はっきり言うなぁ。

サヨが慌てたように、アリア先生の名前を呼ぶ。

 

 

「ですが、成績表で警備任務に就く生徒を選抜しない以上、必要なのは別の要素です」

「へ・・・?」

「究極的なことを言えば、委員長さんに勝つ必要すら、無いわけです。重要なのは『選抜される』ことなのですから」

「え、えーっと?」

「わかりませんか?」

 

 

真っ直ぐに、私を見つめるアリア先生。

 

 

「魔法を扱う力の優劣や、秀でた才能などで全てが決まるわけではありません。それで全てが決まるなら誰も何も、私だって苦労しません」

「・・・10歳で教師やってる天才児に言われてもなー・・・」

「でも、貴女が私に劣っているわけじゃあ、無いでしょう? 私は父親・・・ナギ・スプリングフィールドについて、貴女ほど知りません」

 

 

初めて聞いた時は、ビックリしたけどね。

でも不思議と、アリア先生を可哀想だとは、思わないんだよね。

どうしてかな・・・?

 

 

ちら、と、サヨを見る。

サヨは不思議そうな顔をしながら、微笑んだ。

 

 

「それに・・・」

 

 

こほん、とアリア先生は咳払いをした。

何だか、ちょっぴり胸を張って、自慢しているようにも見える。

10歳っぽくて、可愛かった。

 

 

アリア先生は、にっこりと笑って、言った。

 

 

「少しばかり成績面で難しい生徒と一緒に頑張ることには、いささか自信があります」

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

バターをクリーム状になるまで練り、粉砂糖を加えます。

さらに卵を適量加え、アーモンドパウダーを混ぜていきます。

薄力粉は3回に分けて投入、この間は非常に気を遣います。

できた生地をめん棒で2~3cmの厚さにならし、冷蔵庫の中で数時間休ませます。

 

 

「休ませた生地が、こちらだぞ!」

「ありがとうございます、スクナさん」

 

 

その後、生地を叩きながらゆっくりと伸ばし、あらかじめとっておいた型に敷いていきます。

この際、はみ出した生地を親指を型の隅の底に当てながら行うと、形良く仕上がります。

余分な生地を取り、底面の生地に小さな穴をあけ、再び冷蔵庫で一時間。

 

 

「一時間休ませたのが、こちらだぞ!」

「ありがとうございます、スクナさん」

 

 

その後160℃程度に温めたオーブンに複数回入れ、焼き加減に注意しつつ焼き、しかる後に冷まします。

 

 

「フラン生地はできてるぞー!」

「はい(ジー)・・・素晴らしい出来です、スクナさん」

 

 

フラン生地は、牛乳と卵黄、グラニュー糖、強力粉をそれぞれ適量混ぜ、それを中火で煮た物です。

バターを2、3等分に切って加え、ボウルに移して粗熱をとり、生クリームを加えて完成です。

 

 

「仕上げに入りましょう」

「あいあいさーっ、だぞ!」

 

 

天板に生地を乗せ、フラン生地を流し込み、表面をならします。

苺ジャムをべらで均一に、しかしたっぷりとつけます。

そしてこれが最重要、大粒の苺を丁寧に洗って水気をとり、ヘタを切り取ります。

表面に丁寧に、しかし大胆に苺を乗せ、茶こしで粉砂糖をまぶしていきます。

 

 

「苺のタルト」の、完成です。

最後に、スクナさんと一緒に念を入れます。

思い浮かべるのは、あの人の笑顔。

 

 

・・・。

 

 

「・・・完成です」

「うむ」

 

 

審査員の初老の男性教諭に、取り分けたタルトをお皿に乗せて、渡します。

ゆっくりと、口に運ばれるタルト。

待つこと、数秒。

 

 

クワッ! と目を見開く審査員の男性教諭。

彼は力強くビシィッ、と私達を指差すと。

 

 

「勝者、絡繰茶々丸・スクナペア!!」

「「ありがとうございます(だぞ)」」

「バ・・・バカにゃっ!?」

 

 

周囲がドヨめく中、対戦相手のペア(猫族の亜人ペア、可愛らしいです)が審査員の判定に意義を申し立てました。

 

 

「ボクらの『アプリコットと抹茶のミルフィーユ』が、そんなただのタルトに負けるにゃんて・・・!」

「認められないのにゃ!」

「たぁしかに! 貴様らのミルフィーユは美味かった。素材はどれも最高級、手際も手順も寸分の狂いも無く、完璧だった・・・だが! 貴様らの菓子には足りない物がある・・・!」

「「た、足りにゃい物!?」」

「愛だ!!」

「「!?」」

 

 

はっきり言われると、照れます。

 

 

「食材への愛・・・そして何より、食べてもらう相手への愛が、このタルトには十二分に込められているのだ!! 貴様らは試験を突破するのに必死で、それを忘れてしまった・・・!」

「「が、がーん、だにゃ」」

「味は貴様らの勝ちかもしれん。しかし私は、彼女らの愛情のこもったこのタルトをこそ、選びたい・・・」

 

 

私達が使用した食材・素材は、小麦粉から卵、バターに至るまで、全てスクナさんの作物でできています。

最近、畜産も始めたスクナさん。

別荘の農場は、今頃私の妹達や弟達が運営しているはずですが・・・。

 

 

加えて、相手への愛情は海よりも深く。

・・・ガイノイドの私が抱く、愛情。思えば・・・思えば?

 

 

「よって! オスティア菓子博への出場権は、絡繰茶々丸・スクナペアに与える!」

 

 

マスター、アリア先生。

何だかよくわかりませんが、私達はオスティア祭に行けるようです。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

あのアーニャとか言う女の子がここに来てから、随分経った。

でもフェイト様は今も変わらず、寛大な処置を施している。

具体的には・・・。

 

 

「な、何もフェイト様がお食事を運ばなくともっ・・・!」

「どうして?」

「ど、どうしてって、それは、えとっ」

 

 

ガラガラとカートを押して歩くフェイト様に、どう説明した物かと頭を抱える。

わ、私だってフェイト様にお世話されてみたいのに・・・!

 

 

「暦、嫉妬?」

「バッ、ち、違うわよ環!」

「そう」

「あ、ふぇ、フェイト様ぁ~・・・」

 

 

あっさりと頷いて、先に歩いて行ってしまわれるフェイト様。

も、もう少し、言葉の裏を読んでほしい・・・!

でもフェイト様に不満を言うわけにもいかないから、隣で「私、悪くないもん」と目で語っている環を睨む。でも問題は解決しない。

 

 

ちなみに、調と栞はここにはいない。

調は、「あの小娘には近付きたくありません」って言ってた。

栞は、<黄昏の姫御子>奪取の準備に忙しい。

それで、焔は・・・。

 

 

ドォンッ!

突然、廊下の先の部屋が爆発した!

 

 

あれは、捕虜の部屋!

 

 

「ま、待ってくれ小娘、いやア、アーニャ、落ち着け!」

「るさいわね! いい加減私をここから出しなさいよ!」

「聞き分けの無いことを言わないでくれ、その、困る!」

「困ればいーじゃない!」

 

 

炎を纏った赤い髪の女の子・・・アーニャと、メイド服を着た焔が部屋から飛び出してきた。

ちなみに、私達も全員メイド服。

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」構成員の制服以外では、フェイト様が私達に支給した唯一の服。

・・・一時期、フェイト様の性癖について環達と本気で議論したことがあるのは、内緒。

 

 

アーニャは炎を纏わせた拳や蹴りで焔に攻撃し、焔も能力でアーニャの近くの空間を爆発させてるけど、それは牽制以上の意味を持たない。

直撃させないのは、フェイト様の命令もあるんだろうけど・・・。

それにしても、何で焔はあの子を気にかけるの?

 

 

「やれやれ・・・」

 

 

フェイト様が肩をすくめるような動作をする。

次の瞬間、フェイト様はアーニャの傍に瞬動で移動していた。

 

 

振り上げられたアーニャの拳に手を添えて、その動きを抑える。

フェイト様に気付いたアーニャが、たぶん反射だろう、もう片方の拳をフェイト様に放った。

パァンッ・・・乾いた音を立ててフェイト様がその拳を受け止め、手を握り締めた。

 

 

「な・・・あ、あんた」

「随分とお転婆なんだね、キミは」

「・・・っ」

 

 

キッ・・・とフェイト様を睨みつつも。

何故かアーニャの顔はほんのりと、赤く染まっていた。

・・・フェイト様、顔近くないですか?

と言うか、あ、あれぇ・・・?

 

 

「・・・フェイト様って・・・」

「言わないで、環・・・」

 

 

ひ、ひょっとして私、とんでもないことしちゃった、かも・・・?

 

 

 

 

 

Side オストラ伯クリストフ

 

ひゅー、ひゅー・・・。

自分の身体から出ている呼吸音を、これ程わずらわしく思うことがあろうとは。

 

 

「ごふっ、ぐふっ・・・」

「伯爵・・・っ」

「良いっ・・・」

 

 

言葉を紡ぐだけのことに、これ程の力がいるとは。

私も、老いた。

正直な話、これ以上実務に耐え得るとは思えない。

 

 

だが、問題がある。

私には、後継者がいない。

後を任せることのできる人材がいないのだ。

今私が死ねば、我が領地は連合との信託統治協定に基づき、メガロメセンブリアの直轄地となってしまう。

 

 

我が領地の難民キャンプで過ごしている、奴隷になることもできずに難民生活を強いられている民が、10万余。

20年もの難民生活で心身ともに疲弊した彼らが、メガロメセンブリアの市民権を得られるとは思えない。

また、行き場を求めて流れる者もおろう・・・。

 

 

新オスティアができたと言っても、崩落を免れたわずかな浮き島を使用しているに過ぎず、難民全てを受け入れられるわけでは無い。

我が領地以外にも、難民の扱いに困っておる領主は多いのだから・・・。

 

 

「・・・ふぅ・・・」

 

 

発作が止まり、汗ばむ身体を寝台に横たえる。

この領地を治めるようになってから、幾十年・・・。

 

 

『民を、頼むぞ』

 

 

あの日、メガロメセンブリ元老院に難民の保護と援助を訴えたアリカ様は、その元老院によって捕らわれた。18年前、処刑されたと発表された時には、胸が張り裂けるかと思うた。

だが、当時の私には、どうすることもできなんだ・・・。

せめて、アリカ陛下の最後の勅命を守ろうと、これまで難民を庇って来たが・・・。

 

 

「時間が、無い・・・」

「伯爵閣下・・・」

「・・・ここに、連れてきてくれ、頼む」

 

 

事の真偽は定かでは無いし、また本人の意思も、そもそも難民の現状を知っているのかさえわからぬが。

だが、もはや頼るものが、縋れるものが、無い。

これで、無理なら・・・。

 

 

「アリカ陛下のご息女を・・・ここへ」

 

 

10歳の娘に、私は大変なものを押し付けようとしている。

この罪悪、私は地獄に堕ちるだろうな・・・。

 

 

「・・・頼むぞ・・・ジョリィ・・・」

「・・・御意(イエス・)我が領主(マイロード)

 

 

私の傍らで黒髪の騎士が、礼をしていた。

 

 

「我が命に、代えましても」

 

 

その瞳に、決意の色を浮かべて。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
ネギ先生の方は、ほぼ原作の流れに沿っているようにも感じます。
しかし、はたして・・・。
転じてアリア先生ですが、どうもオスティア行きの準備を整え始めたようです。
そして、何か妖しい動きも・・・目が離せません(ジー)。


茶々丸:
次回は、原作で言う箒レースです。
そして、私達は安穏とした生活に慣れた代償を払うことになります・・・。
それでは、私はアリア先生に苺のタルトを食べさせて差し上げなければなりませんので・・・。
これで、失礼致します(ペコリ)。


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第3話「100キロ箒レース、そして」

Side クルト

 

「・・・何ですって?」

 

 

従卒からもたらされたその報告に、私は思わず、そう声を漏らしました。

眼鏡を外し・・・もう一度かけ直してから、目の前で姿勢良く立つ従卒に視線を戻して。

 

 

「はは・・・いや、すみません。どうも最近疲れているようで」

「はぁ」

「もう一度、聞きましょう・・・何ですって?」

「アリア・スプリングフィールドが、アリアドネーから姿を消しました」

「何ですって!?」

 

 

ズダンッ・・・と机を叩き、立ち上がる私。

その拍子に、机から何枚かのカード―――アリア様達へのオスティア祭への招待状―――が落ちました。

しかし、そんなことに構ってはいられません。

 

 

アリア様が、アリアドネーから姿を消した?

何故、あの環境なら何もご不満な点などあるはずも無いでしょうに・・・はっ。

よもや、ネカネ嬢の居場所を知りながらお伝えしていないのが知られた・・・?

いや、偽ナギの件が伝わったのかも・・・しかし旧ウェスペルタティア領に入ってでもくれない限り、下手なことはできませんし・・・。

それとも、アレか、いやもしかしたらあの件やも・・・。

 

 

「どうも、拐かされたようです」

「何ですってっ!?」

 

 

拐か・・・誘拐!

だが、いったい何者が・・・そもそも、アリア様が遅れを取るなど。

と言うか、あの吸血鬼共は何やっていたんですか。

ち、思ったより役に立たない・・・。

 

 

「元老院か!?」

「いえ、それがどうも違うようで」

「・・・」

「オストラ伯クリストフ」

「あのご老体か・・・」

 

 

旧ウェスペルタティア崩壊後、東部一帯の領地を糾合し、今日までもたせてきた老人。

アリカ様とも近しかった存在で、オスティア難民の領地内受け入れでも、かなりお力添えを頂きました。

政治的には穏健派に属するはずですが、それが何故このような・・・。

 

 

「その件について、騎士ジョリィから報告が入っております」

「ジョリィから・・・?」

 

 

従卒が手渡してきた書類に、素早く目を通します。

そこには、今回の件に関する一部始終が記載されていました。

・・・ふむ。

 

 

「・・・詳しい報告を、聞きましょう」

「は、ではまず、当時のアリアドネーの状況から・・・」

 

 

執務室の椅子に座り直し、私は従卒が続ける報告に耳を傾ける体勢をとりました。

さて、今回の件がどう繋がるか。

 

 

それによって、魔法世界の歴史が変わるやもしれませんね。

 

 

 

 

 

Side エミリィ

 

オスティア記念祭警備任務・選抜試験3年生会場。

参加すると思われる生徒を一通り見てみましたが、ビーを除けば私に勝てる者はいませんね。

ビーは、私の侍従であると同時に幼友達でもあります。

とても、優秀なのですよ?

 

 

「フ・・・この面子なら楽勝ですね」

 

 

これでオスティア行きが決まれば、私が生ナギ様に会える。

そして運命的な出会いを果たした私は・・・あふぅ。

 

 

「とりあえず、お嬢様の考えているようなことにはならないかと・・・」

「何か言いましたか、ビー?」

「いえ、何も」

 

 

まったく・・・とにかく、生ナギに会うのは私!

本物のナギ様の死亡説がニュースで流れた際、ショックのあまりお倒れになったお母様のためにも!

・・・まぁ、今でもお元気ですけど。倒れた理由は風邪でしたし。

 

 

「では、栄えあるオスティア記念式典警備隊選抜試験を始めまーす! ではまず志願者の紹介からー」

「む、始まるようですね」

「はい」

「まずは3-C委員長エミリィ・セブンシープ! 同じく書記ベアトリクス・モンロー!」

「「「委員長、頑張ってー!」」」

 

 

クラスの声援に応えながら、私とビーはスタート位置につきました。

その後も、他の参加者の名前が呼ばれていきます。

まぁ、それほど多くはありませんが・・・。

 

 

3-FのJ・フォン・カッツェとS・デュ・シャ。

3ーGのマリー・ド・ノワールとルイーズ・ド・ブラン。

3-Jのメアリー・クロイスとアンナ・ヴァンアイク・・・。

顔ぶれを改めて見渡して、ふと気付いた。

・・・あら、結局あの人達は来ないの・・・。

 

 

「ではー・・・あ? あっと、最後に3-Cのコレット・ファランドールと、サヨ・アイサカ!」

 

 

申し込み締め切りギリギリで会場に駆け込んできたのは、先日衝突した2人。

留学生のサヨさんと、成績最下位の落ちこぼれ、コレットさん。

 

 

2人とも、特にコレットさんの方ですが、特訓でもしてきたのか、随分とボロボロです。

ふふん、今さらどんな努力をしようと、落ちこぼれは落ちこぼれです。

たかが数日で実力差が埋まるわけでも無し。

結果は、変わりません。

 

 

貴女達は、この栄えある任務に相応しくありませんわ。

 

 

「良かったですね、お嬢様」

「はぁ? 何がですの?」

「・・・いえ、何も」

「・・・? おかしなビーですね」

 

 

ビーは、いつも無表情で、常に冷静なのですが。

たまに妙なことを言うのですが、何なのでしょうね?

・・・まぁ、今はそんなことよりも。

 

 

「では、各選手、位置についてぇ!」

「ビー、後衛は任せますわよ」

「はい、お嬢様」

「スタートォッ!」

 

 

ドンッ!

箒に魔力を込めて、一気に飛び出す!

 

 

勝負です!

 

 

 

 

 

Side コレット

 

む、むむむー、始まった~・・・!

青い箒に乗ったサヨのすぐ後ろを飛びながら、私は緊張で渇いた唇を舐めて湿らせた。

 

 

「さ、サヨッ、大丈夫!?」

「はい、大丈夫です。コレットさんは?」

「ち、ちょっとダメかもだけど、けど、頑張るよ!」

「はい!」

 

 

サヨと声を掛け合いながら、少しずつ加速する。

今の順位は3位・・・てっきりビリだと思ったけど、でも3位!

それにしても、サヨは緊張とかしないのかな・・・。

 

 

「エヴァさん・・・エヴァンジェリン先生の修ぎょ・・・授業よりマシです!」

「エヴァにゃん先生の・・・」

 

 

目を閉じて思い出すのは、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』の雨の中を潜り抜けたあの日。

・・・うん。

 

 

「大丈夫、私もイケる気がしてきた!」

「うん!」

 

 

そうこう言ってる間に、2位の組に追いついて来た。

あれ? 私ってこんなに早く飛べたっけ?

 

 

「やるじゃないカ、落ちこぼれ!」

「先には行かせませんよ!」

 

 

2位のフォン・カッツェさんとデュ・シャさんが杖を構えた。

それを迎え撃つべく、私とサヨも杖を構える。

 

 

この箒レース、妨害もアリだからね!

直接攻撃魔法はダメだけど、『武装解除』とか魔法障壁はアリ。

毎年、壮絶な脱がし合いになるから、嫌なんだけど・・・。

女子校だし、今年はなんでかレースコースから男性排除のお達しが出てるから、まだマシ!

 

 

「アネット・ティ・ネット・ガーネット!」

「パクナム・ティナッツ・ココナッツ!」

「オスク・ナス・キーナ・カナラック!」

「ハイティ・マイティ・ウェンディ!」

 

 

全員が始動キーを宣言。

精霊が集まり、術式に魔力を流し込んで、魔法発動。

サヨが魔法障壁を張って、私が・・・。

 

 

「『風花(フランス)武装解除(エクサルマティオー)』!」

「『熱波(カレファキエンス)武装解除(エクサルマティオー)』!」

 

 

サヨの魔法障壁が、相手の『武装解除』を弾いた。

そして逆に、私の『武装解除』が相手に直撃、杖を弾き飛ばした。

や、やたっ! 通った!

 

 

「バ、バカニャ!?」

「今です、コレットさん!」

「うん!」

 

 

ぐんっ、と左右に分かれて、2位の組をぶち抜く!

そして、私達が2位になった。

 

 

自分でも、ちょっと信じられないけど。

ぐっ・・・と、新調したばかりの箒の柄を握り締める。

そして、サヨと頷き合った後、前方の1位、委員長の組を見据えて・・・。

 

 

「『加速(アクケレレット)』!」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「それで? お前は何をやったんだ?」

「特に何も・・・ふあぁ・・・」

 

 

あふ、と欠伸をしつつ、私は大スクリーンに映るレースの様子を見つめていました。

大スクリーンの周りには、たくさんの生徒や先生がいます。

皆、箒レースを楽しんでいるようですね。

 

 

私の周囲には、エヴァさんや茶々丸さん、田中さんやチャチャゼロさんがいます。

スクナさんですか? 最前列でさよさん応援してますけど何か?

と言うか、一応茶々丸さんとスクナさんは他校生扱いになるのですけどね。

 

 

「嘘を吐け、こう言う言い方は好きじゃないが、コレット・ファランドールはフォン・カッツェやデュ・シャに追いつける程箒が上手くは無かったはずだ」

「いや、実際に私ができることって何も無かったですし」

 

 

私は箒にも乗れませんし(魔法具は別です)、『武装解除』も使えませんし。

魔法具が便利すぎて忘れられがちですが、私は精霊に協力を求めるこの世界の一般的な魔法が使えませんので。

 

 

「私が教えたのは、箒の作り方です」

「作り方・・・ですか?」

 

 

可愛らしく首を傾げて、茶々丸さんが問い返してきます。

茶々丸さんが両手で持つお皿から、チョコレートでコーティングされた苺―――六花亭ストロベリーチョコ―――を一つ取り、食べます。

ん~・・・この酸味と甘味のコントラストが何とも♪

先日のタルトも大変美味しかったですけどね。

 

 

「ここの生徒が使用している箒は、大抵支給品です。まぁ、オーダーメードの個人用箒は高いですからね、無理も無いですが」

「じゃあ何か、お前はその材料を用立ててやったと? 気前の良いことだな」

「まさか、そこまで人間できてませんよ。コレットさんが集められる範囲の材料で、時間をかけて、一緒に箒を作ったんです」

 

 

今、コレットさんが使っている箒は、葦の一本に至るまで、彼女自身が選んだ物。

道具は、持ち主を選ぶ・・・とまでは、言いませんが。

あの箒には、コレットさんの魔力が隅々にまで染み込んでいます。

コレットさん以外の人が乗っても、彼女より上手くは乗れないでしょう。

それ以外は、純粋に彼女達の努力ですよ。

 

 

後は、役割分担。

さよさんは、障壁や結界、索敵などが得意な方です。

障壁の位置を調整して、先ほどの相手の『武装解除』を、上手く受け流すような形に持って行きました。

 

 

そしてコレットさんは、獣族系の亜人だけあって、基本能力値自体は高い。

何より、目、耳、鼻などの五感分野では、人族を上回る潜在力を持っています。

それを十二分に活用しての、『武装解除』一点突破。

相手の障壁の弱い部分に、自分の魔法を集中する術を。

 

 

「あの『武装解除』の術式、普通のとは少し違うな」

「流石はエヴァさん・・・術式を少し弄って、教えてあります」

 

 

映像からそれを見破れるのは、まさにエヴァさんクラスの魔法使いだけでしょう。

私の右眼は、『複写眼(アルファ・スティグマ)』。

魔法の構築式を弄ることに関しては、これ以上に頼りになる魔眼は無いでしょう。

 

 

コレットさんが今使用している『武装解除』は、他の『武装解除』とは異なり、いわば一点集中型の魔法になっています。

よって、相手の障壁を突破しやすく、かつ相手の杖のみを吹き飛ばしました。

なので、相手の衣服はほぼ無傷です。

 

 

「脱げるのは、可哀想ですから・・・」

「と言って、他の奴に教えるわけにもいかず・・・無茶な徹夜で男子禁制のレースになるよう働きかけたわけだな、お前は」

「え、えーっと・・・あふぅ・・・」

 

 

くぁ・・・と、再び出た欠伸を噛み殺します。

いや、だって仕方が無いじゃないですか。

年頃の乙女が人前で肌を晒すなんて・・・普通に男子禁制ですよそんなの。

 

 

「あとはまぁ、他にも・・・途中の森なんかの魔獣を安全地帯に移動させたり、コース中の危ない物を排除したりと、色々やったので・・・眠いです、あふぅ・・・」

「お前は・・・また仕事を増やして・・・」

「ショーガネーヤツダナ」

「アリア先生、め、です」

 

 

茶々丸さんに怒られました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

魔法の術式を弄るなど、常人にできる物ではない。

『武装解除』の術式を弄って、しかもそれを人に教えることができるとはな。

既存の魔法の運用を変えただけとは言え、やはり恐ろしい。

こいつはやはり、前に出るタイプでは無い、と言うことだろうか・・・。

 

 

おお・・・!

 

 

その時、周囲の人間達がドヨめいた。

スクリーンを見てみれば、さよとファランドールのペアが、委員長達のペアをかわし、トップに躍り出ていた。

さよが防ぎ、ファランドールが攻める。

互いの役割をはっきりと分担した上での、効率的な戦い方の結果だな。

 

 

一方で委員長は、自分の相棒を置いて一人で戦いを挑んだ。

リスクを取った割に、結果は散々だったな。

杖を弾かれて、さよ達に抜かされた。

 

 

「あの委員長が、落ちこぼれのコレットに・・・」

「マ、マグレよ、あんなの」

 

 

私達の近くにいる生徒達が、そんなことを言っているのが聞こえた。

は・・・アレがマグレに見えるなら、その程度の目しか持っていないのだろうさ。

能力的には、依然として委員長の方が上だが。

このレースのルールの枠内で言えば、ファランドールの方に天秤が傾きつつある。

 

 

「ん・・・?」

「近道、ですかね。ふぁ~・・・」

「半分寝てるだろ、お前・・・」

 

 

その委員長達が、コースアウトして行くのが見てとれた。

規定のコースを外れて、「魔獣の森」と呼ばれる森に入って行く。

アリアの言う通り、ショートカットのつもりか?

あいつらの実力では、あの森を突っ切るのはまだ無理だと思うがな。

 

 

まぁ、さっきアリアが危険なものは排除したと言っていたから、危険は無いとは思うが。

だからアリアは、私の隣で苺の菓子など食っていられるわけだ。

それに、ルール違反では無いしな。

 

 

・・・どうでも良いが、茶々丸はいつもアリアにばかり菓子を持ってくるのだが。

やはり私の威厳は、失われつつあるのだろうか・・・?

 

 

「・・・なっ!?」

 

 

しかし次の瞬間、状況は急変した。

委員長達が急に森から飛び出したかと思えば、その後を一匹の竜種が追いかけてきたのだ。

しかも、その場にさよ達まで居合わせると言うタイミングの悪さ。

 

 

アレは・・・鷹竜(グリフィン・ドラゴン)か!?

しかも、かなり興奮している。

縄張りでも荒らしたか、いや、それにしても・・・。

しかし、アリアが見落とすか? いや、アリアが調べた後、巣穴から出てくるなりしたのかもしれんが。

森は広いしな・・・。

 

 

「え・・・?」

 

 

隣のアリアも、どこか呆然と声を漏らしている。

こいつも、取り漏らしがあるとは考えていなかったようだ。

 

 

「ちっ・・・!」

 

 

舌打ちしつつ、その場から歩きだす。

周囲の生徒や教員が騒ぐ中を、すり抜けるように動く。

 

 

バカ鬼は・・・いないな。まぁ、さよのことだしな。

 

 

「田中もついて来い。まさかとは思うが、茶々丸と調べてほしいことがある」

「了解致シマシタ」

 

 

バサッ・・・と黒のマントを羽織り、私は外に向かった。

市街地の外だからな、結構遠い。

まったく・・・。

 

 

「帰ったら説教だ、アリア」

「・・・はい」

 

 

その時のアリアは、なんとも情けない表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

翼を持つ鳥のような獣!

鷹竜(グリフィン・ドラゴン)。確か今は子育ての時期だから、元々気が立ってたんだと思うけど。

それでも、森の外にまで出てくるなんて。

 

 

「委員長の奴ぅ、近道しようとしてとんでもないの拾ってきちゃったのね!」

「いや、でもコレは・・・」

 

 

頭の中で、警戒信号が鳴り響きます。

エヴァさんとの訓練の成果とも言える私の危機管理能力が出した結論は、「逃亡」。

幸い、あの竜は委員長さんに気を取られていますから、今なら逃げられるはず。

でもそれには、「委員長さんを見捨てる」と言うアクションを必要とします。

 

 

「お嬢様!」

 

 

でもそれは、委員長さんと一緒にいるベアトリクスさんも同じはず。

でも、ベアトリクスさんは逃げない。

竜に吹き飛ばされて倒れた委員長さんと竜の間に立ちはだかって、委員長さんを守ります。

大切なんだ、あの人が。

 

 

死なせたくない程に。

自分の命を、賭けても良いと思える程に。

 

 

「コレットさん!」

「がってんしょーち!」

「え、何が!?」

 

 

私は、「逃げて」って言おうとしたんだけど。

でも何故か、コレットさんは握り拳で、笑顔。

 

 

「委員長を助けて、恩を売るよ!」

「思ったよりも、邪な理由だね!?」

「うっるさいなー、私だって逃げたいよ! でもね!」

 

 

でもその笑顔は、どこか強張っていて・・・。

 

 

「サヨを残して行けるわけ無いでしょ・・・!」

「コレットさん・・・」

 

 

エヴァさんやアリア先生なら、「いいから逃げろ」とか「足手まとい」とか言うのかもしれない。

でも、私は・・・。

その時、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が大きく身体を逸らしました。

アレは・・・。

 

 

「カマイタチブレス!」

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)氷の一矢(グラキアーリス)』!」

「サヨ!?」

「コレットさんはベアトリクスさんを!」

「わ、わかった!」

 

 

カマイタチブレスが放たれる寸前、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の嘴に無詠唱の魔法の矢を直撃させた。障壁で消されたけど・・・。

それでも驚き、よろめく鷹竜(グリフィン・ドラゴン)。

それでも、カマイタチブレスを数秒遅らせるだけ。

 

 

その隙に、私の箒『青き稲妻』を最大速度に設定、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の前から委員長を攫います。

同時に、コレットさんがベアトリクスさんを。

直後、私達のすぐ後ろでカマイタチブレスが炸裂した。

幾重もの風の刃が、全てを切り裂いて爆ぜます。

 

 

・・・私達の障壁では、とてもじゃないけど防げない。

・・・アデアット・・・!

 

 

「・・・委員長さん、ベアトリクスさん、飛べますか!?」

「え、えぇ・・・」

「大丈夫です」

「どうするのサヨ!」

「特殊戦闘技術講座マニュアル、17頁から21頁にかけての内容で対応しましょう!」

「特殊戦技!? い、いえそれより貴女、それ・・・」

 

 

私のアーティファクト、『探索の羊皮紙』。

最大半径10キロの範囲内で、特定の人間の動きを探ることができるアーティファクト。

・・・救援は、すぐに来る!

 

 

「大丈夫、助かります!」

 

 

だから、私達がやるべきは・・・勝つ戦いじゃない。

と言うか、勝てないから・・・。

 

 

負けない戦いを、します。

 

 

 

 

 

Side ベアトリクス

 

サヨさんが立てた作戦は、簡単な物でした。

と言うより、学生の私達ができる作戦の中で、これが一番マシと言うことでしょう。

 

 

「ヒットエンドアウェイ。4人で散会して、驚かせる程度の魔法で牽制しつつ、逃げる」

 

 

お嬢様は懐疑的でしたが、私もそれしか無いと思います。

サヨさんの言を信じるのであれば、救援はすぐに来る。

それならば、4人で互いにカバーし合いながら逃げに徹した方が良い。

 

 

サヨ・アイサカ。

旧世界からの留学生と言うことですが、しかしあの羊皮紙はアーティファクト。

すなわち、魔法使いの従者(ミニステル・マギ)

 

 

「では、マニュアル通りにお願いします!」

「あ、ちょ・・・もう、わかりましたわ!」

「ま、マニュアル~」

「了解!」

 

 

特殊戦闘技能。

やはり旧世界から来た教員、エヴァンジェリン先生の講座。

マニュアル17頁から21頁にかけて。

 

 

『敵を前にした時、その敵を超えようと思ってはならない。それでは自分よりも強大な敵に出会った時にひとたまりも無い。それよりも、敵の弱点を探すべきだ―――』

 

 

「これはひ弱なお前達に限った話だがな」とは、エヴァンジェリン先生の言葉。

弱点・・・鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の弱点は?

個体の弱点はわかりませんが、竜種は主に角が弱点です。

ならば、そこに『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を集中させれば、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の気を引き、仲間から意識を逸らすことができるはず。

 

 

『弱点を見つけたのなら、後は実行するのみだ、恐れずに。それが何であれ、弱点が一つでもあるのならば、打つ手は無限にある―――』

 

 

大まかに言って、そう言う指導を受けています。

別の先生は、「規律ある騎士団員」として、高いレベルでの命令の完遂こそが肝要だと言う話をしていたことがありますが・・・。

いざ、自分が勝てない相手を前にした時、個人レベルで命の危機に直面している時。

 

 

まず生き残る手段を模索するのは、仕方のないことなのでしょう。

そんなことを考えた時、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)がお嬢様の方に顔を向けました。

いけない!

 

 

「お嬢様!」

「・・・! ビー、違う!」

「!?」

 

 

無詠唱の魔法の矢を3本、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)に向けて放ちました。

一本は前足、一本は左の翼、そして一本は角に・・・障壁に弾かれても構わない。

注意が引ければ・・・。

 

 

クルァッ!

 

 

竜が鳴き、大気が震える・・・少なくとも、震えたように感じました。

しま・・・身体はお嬢様の方を向いていても、顔は私の方を。

嘴の先に風が集まるのを見て、杖を構え直しますが、間に合わない――――!

 

 

爆発音。

 

 

衝撃に備え、キツく目を閉じた直後、小さな爆発音がしました。

目を開くと・・・鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の頭のあたりから煙が吹いていて、ブレスが打ち消されていました。

 

 

さらに視点を転ずれば、サヨさんが無茶な体勢で手を竜の方へ向けていて―――ほどなく、箒から落ちて、地面に―――何が起こったのか、目を閉じていた私にはわかりません。

ただ、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が今度はサヨさんの方を向いて・・・。

 

 

「サヨさんっ!」

 

 

 

 

 

Side コレット

 

い、今何が起こったの!?

サヨが何か、黄色いアヒルみたいなのを投げたと思えば、障壁ごと竜の頭をふっ飛ばした!

鷹竜(グリフィン・ドラゴン)には、あんまりダメージ無いみたいだけど。

でも、今まで障壁を突破できなかったはずなのに!

 

 

「・・・!」

 

 

地面に落ちたサヨは、すぐに体勢を整えると手をかざした。

先の方に飛んで行っていたサヨの青の箒が、戻ってくるのが見えた。

何で戻ってくるのか、コレもわからない。遠隔操作魔法!?

 

 

それより重要なのは、サヨがそれらの行動を終える時にはもう、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)がブレスを吐こうとしているってことで!

 

 

「くっ・・・ビー!」

「り、了解!」

 

 

委員長達も杖を構えて牽制に行くけど、間に合わない。

でも!

 

 

「てぇやあぁ――――――っ!」

 

 

サヨのすぐ近くにいた私なら、間に合う!

と言うか、間に合え――――――――っ!

 

 

「コレッ―――!?」

 

 

サヨの声が耳元でした気がするけど、良く分からない。

私がサヨの身体を抱え込んだ直後、すぐ後ろで何かが炸裂した。

そして、ガクンッとバランスを崩して、サヨともつれ合うように地面に落ちた。

ああ、これが慣性の法則かー、なんて。

 

 

嘘、ごめん。かなり痛い。

そして怖い。

身体を起こして、顔を上げた時、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)がブレス発射態勢で待ってた。

 

 

「落ちこ・・・コレットさん!」

 

 

委員長が杖を振り上げて、攻撃魔法の詠唱に入っているのが見えた。

でも、ブレスの方が早――――。

 

 

「す・・・」

 

 

サヨを庇ってるんだか、逆に庇われてるんだかわからないような体勢でサヨと抱き合う。

怖い、嫌だ、こんなの・・・!

 

 

「す――ちゃ――ん―――――――っ!」

 

 

サヨの悲鳴が耳元で響くのと、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)がブレスを吐くのと。

あと、その鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が吹き飛ぶのと。

 

 

「『千の魔法』№91、『我は紡ぐ光輪の鎧』―――――――」

 

 

私の視界一杯に、白い髪が舞うのとは、ほとんど同時だった。

同時に、光の輪を組み合わせたような不思議な障壁が、私達を守った。

弾き飛ばされる風の刃が、目の前に立つ人の髪を巻き上げる。

 

 

「・・・思ったよりも寂しい物ですね、危機の際に名を呼ばれないと言うのも」

 

 

・・・?

その人、アリア先生は、こっちを見ながら。

 

 

そんなことを、言った。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「すーちゃんっ!」

「さーちゃっ・・・!」

 

 

さよさんがスクナさんに飛びついて、見た目よりも力の強いスクナさんがそれを受け止め、抱き合いながらクルクルと回っていました。

・・・いーなー。

 

 

視線を転じると、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が氷漬けになっていました。

凍らせたのはもちろん、エヴァさんです。

加えて鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の巨体が半ば地面に埋もれているのは、スクナさんの仕業です。

私がブレスを防いだ際、竜をボコ殴りにしたのはスクナさんですから。

 

 

「え、ちょ・・・えええええ」

「・・・」

「わわわ・・・」

 

 

委員長さんとベアトリクスさんと、あとコレットさんが何やら赤い顔をしていますが、彼女達の視線の先を見る勇気がありません。

・・・何か背後から、凄く恥ずかしい声が聞こえてくるのですが。

 

 

「・・・まぁ、レースは中止ですかね?」

「さぁな。他の連中はゴールしたらしいからな・・・今回のアクシデントを考慮して、再試験なり特別枠を設けるなりするだろう。それより・・・」

「ええ・・・この鷹竜(グリフィン・ドラゴン)、どこから?」

 

 

今しがた確認をとった所、アリアドネーの管理する竜種は一匹も減っていません。

つまり、この鷹竜(グリフィン・ドラゴン)はアリアドネーの外から来たことになります。

 

 

「アリアドネーの調査隊が来るまでに、一通り調べるか。茶々丸、田中」

「わかりました」

「オ任セクダサイ」

 

 

茶々丸さんと田中さんが、今や半ば標本と化している鷹竜(グリフィン・ドラゴン)を調べ始めました。

さて、私も・・・と思った時、再び眠気の波が。

流石に3日目になると、キツいですねぇ・・・。

 

 

「・・・あふっ・・・」

「あの、アリア先生」

 

 

口元を押さえつつ振り向くと、さよさん達が・・・コレットさん達はまだ少し顔が赤いですが。

・・・い、いったい、私が目を逸らしている間に、何が。

 

 

「ああ、皆さんはもう戻って良いですよ・・・ここは私達が」

「アリア、お前も帰れ」

 

 

こちらに背中を見せたまま、エヴァさんが言いました。

何ですか、お説教は戻ってからの約束ですよ。

 

 

「欠伸をしもって調べ物などされてもかなわん・・・帰って寝ろ」

「え、でも・・・」

「竜の一匹ぐらい調べるのに、お前の助けなどいらん」

「で」

「帰れ」

 

 

・・・コレ、何を言っても覆りませんね。

厳しい言葉と語調。でも、不思議と傷つかない口調。

 

 

「わかりました・・・じゃ、部屋で寝ます」

「ああ」

 

 

ヒラヒラと背中越しに手を振るエヴァさん。

傍らの茶々丸さんも、静かに私を見ています。

チャチャゼロさんも、茶々丸さんの頭の上から。

クス・・・と、私は少しだけ笑って。

 

 

「・・・はい、じゃあ学校に戻りましょうか、皆さん」

「あ・・・アリア先生、コレ・・・」

 

 

コレットさんがおずおずと差し出してきたのは、真っ二つに折れた箒。

最後のブレスの際、砕けたのでしょうか・・・。

せっかく、コレットさんが一生懸命に作った物なのに・・・。

 

 

「・・・また、一緒に直しましょうね」

 

 

私がそう言うと、コレットさんは笑顔を見せてくれました。

さよさんも笑顔でコレットさんの手を握り、委員長さんとベアトリクスさんも、どこかほっとした表情を浮かべていました。

 

 

仲良くなれたようで、何よりです。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「まったく、しょうがない奴だな」

「アリア先生は、仕事が大好きですから」

「イツモノコトジャネーカ」

「最近は、少しマシになったと思ったんだが・・・」

 

 

アリア先生やさよさん、スクナさん達を見送った後、マスター達とそんな会話を交わしました。

アリア先生の仕事中毒(ワーカーホリック)については、目下の所私達の緊急課題です。

麻帆良における新田先生が、こちらにはおりませんので。

 

 

私達の目の前には、氷像と化している鷹竜(グリフィン・ドラゴン)がいます。

この場にいるはずの無い魔獣。

しかし確かにこの場に存在している、魔獣。

田中さんと協力して、血液検査・・・ありていに言えば、薬物検査を行います。

加えて、周辺の空気中の成分も調べます。

 

 

「・・・どうだ?」

「該当ナシデス」

「しかし、類似する効果を発する薬品があります。名称の特定は候補が多く断定はできませんが、興奮剤の投与が認められます」

「ジュウナンセイノサダナ」

「・・・何ト」

 

 

姉さんの言葉に、どことなく田中さんが落ち込んでいるように見えました。

柔軟性、はたしてそこまでの差が私と田中さんにあるとも思えませんが。

 

 

「・・・興奮剤・・・」

 

 

口元に手を当てて、マスターが思案を巡らせているようでした。

興奮剤の他、この鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の表皮や羽毛には、竜自身の物とは別の魔力痕がありました。

これを報告する段になって、マスターの表情はますます険しくなります。

 

 

ここで仮設を立ててみます。

①この鷹竜(グリフィン・ドラゴン)は、この森の竜では無い。

②つまり、他のどこかから転移魔法等で運び込まれた可能性がある(渡り鳥ならぬ渡り竜である可能性も否定できませんが)。

③しかも薬品によって、故意に興奮状態に置かれた可能性がある。

 

 

「そうだな、その可能性はある。だが問題は・・・」

「ダレガナンノタメニッテコトダナ」

「・・・そうだな」

 

 

姉さんがマスターの台詞をとりました。

マスターは無言で、いつの間にか自分の頭の上に乗っていた姉さんをはたき落としました。

 

 

「・・・まぁ、加えて言えば、コレが誰に対するアクションなのか、と言うことがあるな」

 

 

例えば、アリアドネーに対するものか。

それとも、エミリィ・セブンシープに対するものか。

あるいは、騎士団候補学校の生徒に対するものか・・・。

さらに・・・。

 

 

「・・・まぁ、今ここで考えても仕方がないな」

 

 

とりあえず、短期的には「保留」と結論付けたのか、マスターがそう言いました。

確かに、精密な検証が行われない段階で議論しても、客観的な結論には至れないでしょう。

しかし、いったい誰が、どう言う目的で?

 

 

・・・私達がその理由を知るのは、もう少し後のことです。

 

 

 

 

 

Side のどか

 

ノクティス・ラビリンス近くの小さな村に、私はいました。

街頭のテレビでネギ先生のメッセージを受け取って、数日。

オスティアと言う街に行くための準備を、私は進めている所です。

ネギ先生が、そこで待ってる。

 

 

「しっかし、嬢ちゃん。本当に一人でオスティアまで行くつもりなのか?」

(こんな嬢ちゃんがオスティアまで行けるのかね・・・危なっかしいからなー)

「あ、はいー・・・旅費は貯まりましたのでー」

 

 

ガヤガヤと騒がしい宿の食堂で、私を助けてくれたトレジャーハンターの人達とお話をしています。

明日、私はオスティアに行くことになってます。

まずは大きな街に行って、オスティア行きの船に・・・。

 

 

「ん~・・・やっぱ俺達が送ってってやるよ。あんた一人じゃ心配だかんな、なぁ皆?」

(ここで目ぇ離すと、何かモヤモヤしてしょうがねぇからな)

「え、ええ、そうね」

(な、何よクレイグの奴、ノドカに妙に優しいわね・・・はっ、まさか!?)

「まぁ、私は良いけど」

(少なくとも、アイシャの考えが外れていることはわかる)

「僕も別に良いよー、お祭りが近いって聞くしね」

(僕はアイシャの傍にいられればそれで・・・)

 

 

クレイグ・コールドウェル。

アイシャ・コリエル。

リン・ガランド。

クリスティン・ダンチェッカー。

 

 

このトレジャーハンターグループの人達の、名前。

ううん、今の私は、周囲の人達の考えがすぐにわかるようになっています。

 

 

このトレジャーハンターの人達にくっついて遺跡に潜って、私の『いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』を補完できるアイテムを2つ、手に入れることができました。

鬼神の童謡(コンプティーナ・ダエモニア)』と、『読み上げ耳(アウリス・レキタンス)』。

名前を見破るアイテムと、文字を読み上げるアイテム・・・コレがあれば、私のアーティファクトを最大限活用できるコンボになります。

 

 

指名手配されてることもあるし、周囲の人間の考えが読めることは、大事なことだと思う。

今も・・・。

 

 

「で、でもー、そこまでお世話にはー・・・」

「ガキが遠慮すんなって」

(どーもほっとけねーぜ・・・故郷の幼馴染の小さい頃に似てるんだよな)

「・・・・・・ありがとうございますー」

 

 

ああ・・・でも、少しうるさいかも。

外さない限り、皆の心の声が耳元で響き続けるから。

でも、頑張らなくちゃ。

 

 

待っててください、ネギ先生。

 

 

 

 

 

Side 夏美

 

「う、う~ん・・・」

 

 

晩夏の候、立秋とは名ばかりの暑い日が続いております・・・。

な、何か違うなぁ・・・。

 

 

私は、何枚目かの便箋をグシャグシャっと丸めると、ゴミ箱へ投げ入れた。

う、うーん、もっとこう、フランクな感じの出だしに。

えっと・・・。

 

 

「や、やっほー、小太郎君、元気にしてるかなっ・・・う、うーん」

 

 

・・・キャラが違うっ!

いやいや、もっとこう、年上のお姉さんらしくしないと。

うう、こういう手紙ってどう書けば良いんだろ?

 

 

きちんとした形で書けば良いのか、それとも言葉を崩して書けば良いのか。

友達・・・うん、友達? 年下の子に書くんだから、ある程度はちゃんとしたのを書かないと。

友達にメール送るのとは、また違う気がするし。

ひょっとしたら、あのお姉さん達も見るかもしれないし・・・。

 

 

あー、もう!

 

 

「あら、夏美ちゃん。何をしているの?」

「わひゃあっ!?」

 

 

ズバシャアッ、と、反射的に机の上に置いていたペンとか便箋とかを払い落とした。

床に散らばったそれらを見て、後ろから声をかけてきたちづ姉は、「あらあら」と自分の頬に手をやって。

 

 

「反抗期かしら?」

「違うよっ、と言うか何でちづ姉に対して反抗・・・何、その葱」

「お味噌汁に入れようと思って」

「何で、今持ってるの・・・?」

 

 

左手に何故か葱を持っているちづ姉。

たぶん、夕飯を作ってる最中だったんだと思うけど・・・。

 

 

「あら、なぁにコレ?」

「あ、ちょっと!」

 

 

床から、便箋の一枚を取り上げて読むちづ姉。

ちょ、それは失敗した奴で・・・!

 

 

「えーっと、『私の小太郎君へ、貴方がいなくなってから寂しい日々を過ごしています』・・・まぁ、大胆ねぇ」

「いや、書いてないよそんなこと!?」

 

 

と言うか、何でそんな流れるように文章が出てくるの?

 

 

「うーん、でもねぇ夏美ちゃん。コタちゃんにはこういう文章はまだ早いと思うわよ?」

「書いてもいない文章で怒られた!?」

 

 

と言うか、何で相手が小太郎君前提なのよ!

も、もしかしたら、別の誰かが相手かも知れないでしょ!

 

 

「あら、そうなの?」

 

 

心を読まれた!? 特○エスパー!?

 

 

「じゃあ、誰に書くつもりなの、このお手紙?」

「そ、それは、ええっと・・・」

 

 

見つめ合うこと数秒。

目を逸らしたのは、私。

 

 

こ、小太郎君だけどさ・・・相手。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「貴女達4人には特別枠を設け、オスティア記念式典警備任務の栄誉を与える物とします」

 

 

セラス総長の名前で出されたその宣言が、このレースの結果となりました。

これにより、結果としてトップでゴールしたデュ・シャさんとフォン・カッツェの2人と、あわせて6名がオスティア記念式典への警備任務参加が認められました。

 

 

しかし、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)を倒したわけでも無いのに、何故・・・。

私のその疑問に答えてくれたのは、バロン先生でした。

 

 

「そうでなければ、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の件について、セブンシープ家から苦情が来る」

 

 

アリアドネーの管理外の竜のせいで順位を落としたとなれば、責任問題となる。

それくらいならば、オスティア行きの資格を与えた方が波風が立たない。

事実、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)と短時間とは言え渡り合える実力があるのだから・・・。

 

 

「素直に感情を表現できる貴女は好ましく思える。だが今は休んだ方が良いだろう」

 

 

私の顔を見て、帽子を深くかぶりながら、バロン先生がそう言いました。

・・・寝不足と苛立ちで酷い顔をしているでしょうね、私は。

 

 

私の生徒を政治的な理由で処した件については、まず眠ってから・・・。

寝不足で軽く頭痛を感じる頭をコツコツと叩きながら、私はそう判断しました。

この体調では、冷静な判断など覚束ないでしょう。

 

 

多くの生徒に囲まれるさよさん達をその場に残して、私は自分の部屋に向かいました。

と言うか、なぜスクナさんまで女生徒に囲まれているのでしょう。

・・・さよさんの目が軽く怖いです。

それにしても、眠ると決めてから、また一段と眠気が・・・。

誰もいない廊下を、トボトボと進みます。

 

 

 

「お久しぶりでございます、王女殿下」

 

 

 

そして、その人は私の部屋の扉の前にいました。

 

 

地面に片膝をつき、頭を垂れる女性。

ショートの髪の中で、一房だけが長い。

黒を基調とし、銀のラインの入った軍服のような服。

胸に刺繍された紋章は、アリアドネーのそれとはまた違う形のようでした。

 

 

ジョリィさん。

まぁ、なんとなく私の近くにいるだろうとは思っておりました。

 

 

「・・・クルトおじ様から、何か?」

 

 

どうやって入ったとか、そう言うことは聞きません。

どうにかしたのでしょう。

私の問いに、ジョリィさんは顔を上げないまま。

 

 

「いえ、新オスティアのクルト様よりの言伝はありません」

「・・・?」

「本日は王女殿下を、ウェスペルタティアの地に招聘せしめよとの、さる方の命で参上いたしました」

「さる方?」

「我らオスティア難民を今日まで支えた功労者なれば・・・」

 

 

・・・良くはわかりませんが。

その件に関して、私は無関係です。知ったことではありません。

 

 

不快な気持ちと、同時に目の奥で暴れる眠気による痛み。

こめかみを指先で軽く押さえます。

両目を掌で覆い、目を軽く擦ります。

 

 

ああ、もう。

こんなに眠い時に、面倒なことを持ち込まないでください。

難民がどうとか、私の知ったことではありません。

なんというか、もう・・・。

 

 

「勝手になさい・・・」

 

 

半ば吐き捨てるような気持ちで、私はそう言いました。

・・・この時の私は、いくつかの判断ミスをしていました。

 

 

第一に、アリアドネーの安全性を過信したこと。

そして第二に、ジョリィさんが「私に危害を加えるはずが無い」と言う、奇妙な「信頼」を持っていたこと。

そのどちらも、状況や条件によっては変化し得るのだと言うことを、失念していたのです。

 

 

「御免」

 

 

ですから、ジョリィさんの横を通り過ぎ、ドアノブに手をかけた瞬間。

私の口元に押し付けられたハンカチのような布を、私はかわせなかった。

濡れたハンカチ、鼻につく香り。

どこかの推理小説で見たようなシーンですね・・・などと思った直後には、私の意識は闇に落ちようと・・・。

 

 

薬品、睡眠薬・・・魔法薬・・・。

エ・・・。

・・・ち・・・。

 

 

『後悔する日がくるヨ』

 

 

最後に脳裏に浮かんだのは、エヴァさんでもシンシア姉様でもなく。

何故か、超さんの顔でした。

 




さよ:
相坂さよです。こんばんは。
今回は、箒レースの様子をお届けしました。
私が途中で使った黄色いアヒルさんは、魔法具のあのアヒル隊さんです。
今回の件で、私はアリアドネーの魔法騎士見習いとしてオスティアに行くことになるみたいです。
うーん、本気で騎士になってみようかな?


今回、登場した魔法とお菓子は。
黒鷹様より「六花亭 ストロベリーチョコ」。
「我は紡ぐ光輪の鎧」:魔術師オーフェン、提供はグラムサイト2様です。
ありがとうございました~。
ちなみに作中で出たエヴァさんの「弱点」云々の話は、オーフェンからとっているそうです。


さよ:
次回は、現段階でお知らせできることが少ないので、わかりません。
誰にもわかりません。
では、また会いましょうね。


次回、第4話「オスティア難民」。


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第4話「オスティア難民」

Side ジョリィ

 

オストラ伯爵領は旧ウェスペルタティア王国建国時、当時の有力な地方官が爵位と領地を賜ったことで誕生した歴史を持つ。

その範囲は広大で、最盛期には王国東部の大半を領地として保有していた。

現在はいくつかの分家に分裂し、東部の一部を構成する貴族領に過ぎなくなっているが・・・。

 

 

しかしそれでもなおオストラ伯爵家の影響力は大きな物があり、幾人もの宰相を輩出した名家である。

王都オスティア崩落時、オストラ伯は領地内に50万人もの難民を受け入れた。

これは、オストラ伯爵領が王都東方の比較的近い位置に存在したこと、また領主であるクリストフ様が積極的に受け入れを表明したことが大きな要因であっただろう。

伯爵の20年に及ぶ支援により、50万人の難民のうち半数は自立することに成功している。

だが・・・。

 

 

ここには、未だに20万人以上の難民が存在している―――――。

 

 

「・・・ようこそ、おいでくだされた・・・」

 

 

伯爵は城(伯爵の居城、ノイエ・ファランベルク城)の応接室で、王女殿下をお迎えされた。

顔色は悪く、本来であれば横になっているべき体調であることが、一目でわかる。

 

 

「本来であれば、こちらからお伺いすべきであるのに、ご足労いただき・・・」

「・・・」

「・・・強引な手段になってしまったことを、まずお詫びしたい」

 

 

王女殿下は、伯爵の言葉に特に答えることもなく、その透けるように美しい白髪を靡かせて、すすめられたソファに腰掛けられた。

宝石のような瞳を物憂げに細めて、初めて出会うであろう旧ウェスペルタティアの重鎮の姿を見つめておられる。

 

 

「殿下のお母君には、大変多くの恩寵を賜り・・・」

「前置きは良いです」

 

 

初めて、王女殿下が発言された。

前髪の長さが気になっておられるのか、指先に巻き付けるなどしておられた。

本来であれば、その仕草は不快な印象を相手に与えかねない物であったが、少なくとも私の目には、優美にこそ見え、不快な気分などにはなろうはずもなかった。

 

 

アリカ陛下の血を色濃く受け継ぐご息女、ウェスペルタティアの王女殿下の行動に、不満の持ちようなどあるだろうか!

 

 

「私の母が貴方とどんな友誼を結んでいようと、それは私の関与する所ではありません。用件だけ聞きましょう」

 

 

王女殿下の言葉は、簡潔な物だった。

それに対して、伯爵は目を細めて王女殿下を見つめた。

何かを考えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「・・・王女殿下には、ご自身の正当なる権利を回復していただきたいと・・・」

 

 

正当なる権利。

旧ウェスペルタティアの・・・統治権!

すなわち、王女殿下がその身に相応しい権力と義務をお持ちになること。

 

 

アリカ様、あるいはアリカ様の血族がウェスペルタティアに戻られること。

それは、我々オスティア難民の多くが願い、望み、縋っていること。

 

 

「つまり?」

 

 

王女殿下は、おそらくは伯爵の考えをすでに洞察しておられるのだろう。

表情をわずかに変え、伯爵を見つめた。

 

 

「・・・我が領地を殿下にお返しする故・・・その上で、我が民と難民の未来を守ってもらいたい」

「嫌です」

 

 

王女殿下の返答は、どこまでも簡潔で。

しかも、数秒の溜めも無く発せられた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

目が覚めた時、そこはどこかのお城でした。

天蓋付きの大きなベッド、清潔なシーツ。

少なくとも、アリアドネーの私の部屋ではありませんね。

身体を起こすと、何となく気だるさを感じました。

これは、睡眠薬を使用した際に感じる物のような気もしますが、単に久しぶりに寝たからな気もします。

 

 

まぁ、それはそれとして、それ以上に気になるのは、服装がいつの間にかシルクの寝間着に変わっていることでしょうか。

アリアドネーでは、基本的に麻帆良と同じスーツ姿ですから・・・着替えさせられてますね、確実に。

 

 

「おはようございます、王女殿下。良くお休みになられましたでしょうか」

 

 

私がベッドの上でぼんやりと考え込んでいると、部屋の扉が開き、見覚えのある顔が入ってきました。

黒髪の騎士、ジョリィさん。

彼女は、幾人かの幼い女の子を連れていました。10歳前後くらいの年頃の・・・。

彼女達の手には黒い大きな箱があり、その中に、おそらくは着替えと思われる衣服が見えました。

 

 

「・・・良く、私の前に姿を見せられましたね」

「お怒り、ごもっともな事と思います。その罪、この命をもって償わせていただく所存」

 

 

私の目の前で片膝をつき、跪くジョリィさん。

しかしこの人、私をアリアドネーから誘拐したわけですよね・・・。

 

 

「・・・ここは、どこですか」

「旧ウェスペルタティア東方、オストラ伯爵領の中心都市オスフェリアでございます。王女殿下の滞在されていたアリアドネーより数千キロを隔てた場所なれば・・・」

「数千キロ・・・」

 

 

ウェスペルタティアと言うことは、むしろクルトおじ様のいる新オスティアの方が近いですね。

さらに聞いてみれば、アリアドネーの監視網を現地のオスティア人の協力を得て潜り抜け、転移魔法をいくつか使い、数千キロ離れたこの地に連れて来た、とのことです。

あの鷹竜(グリフィン・ドラゴン)はこの人達が・・・?

 

 

「王女殿下・・・」

 

 

跪いたままの体勢で、ジョリィさんが囁くように私を・・・「王女殿下」とやらの言葉を待っていました。

その態度自体が、私を苛立たせました。

私は、王女なんかじゃ、無い。

 

 

本来なら、今すぐに帰りたい所ですが。

しかし、繰り返されても面倒ですしね・・・。

 

 

「・・・それで、私に会わせたい人とは誰ですか?」

「は・・・」

 

 

その時、ジョリィさんに従うように跪き、顔を俯かせていた幾人かの女の子達が、何かを囁き合い、こっそりと私を見上げて来ました。

その目には、何か・・・不快な感情を見てとることができました。

何かを、期待しているような。

 

 

「とりあえず、貴女をどうするかは後で決めます。案内なさい」

「は、ではお着替えを・・・」

「「「お、お手伝いさせていただきます」」」

 

 

その後、自分で着替えると主張するも不毛なやり取りが続き、仕方無く着替えを手伝ってもらいました。

まぁ、こちらの世界のドレスの着方など知らないのは確かですが・・・と言うか、私のスーツを返せ!

肩と背中を露出させた、見るからに高級そうな生地でできた薄桃色のワンピースドレス。

それを着せて見せた時、ジョリィさん達の目が、さらに輝くのを感じました。

 

 

期待、歓喜、畏敬・・・そんな感情を、何故か感じることができました。

不快な、気分。

 

 

その後応接室とやらに案内されました。

どうもこの城は、要塞と言う程大規模な物では無く、平均的な西洋様式のお城のようでした。

そして、伯爵とやらに会って、私は・・・。

 

 

「嫌です」

 

 

と、簡潔にお答えして差し上げました。

この場には私と伯爵、そして扉の所に控えているジョリィさんの3人のみ。

伯爵は顔色悪く、老けこんだ顔は、生気が少ないように見えます。

長くは無い・・・そんな印象。

 

 

老いによる焦りか。

けれど、それを私が受け入れてやらなければならない理由にはなりません。

誘拐と言う・・・いえ、拉致と言う最悪の手段を取って来た以上、譲歩の必要などありません。

 

 

「彼ら難民にはもう、行く場所が無いのです」

「大変ですね」

「このままでは、彼らは連合の二級市民・・・いやそれ以下の扱いを受けることになるのです」

「頑張ってください」

「20万余の民の命、どうか・・・」

「私に無関係な20万人がどうなろうと、知ったことではありません」

 

 

事情を聞いてみるに、なかなかに切迫した状況である様子。

第一に、彼、伯爵は老衰と病でもう長く無く、20年前の戦争と、その後の難民政策の中で妻子を失い、後継者を持たないこと。連合との協定では、彼亡き後はこの土地は連合(特にメガロメセンブリア)に併合されてしまう。一方でこの協定により、連合から多くの支援物資を受け取ってこれたのだとか。

第二に、協定によれば、領地の継承には伯爵家の血縁か、またはウェスペルタティア王家の血族にしかその権利を与えられていないこと。王家はすでに絶えているため、事実上伯爵家の血縁にしか相続権が無い。そして今、伯爵家最後の一人であるクリストフ氏。

 

 

彼は、王家の血筋である私を見出した、と言う訳です。

・・・こう言う話に限って、ネギ(元兄)の方に話が行かないのは何故でしょう・・・。

 

 

「・・・残念なことに、私は王家の責務とやらを知らずに育ちましたので」

「は・・・存じております。しかし先代のアリカ女王陛下も、幼い頃は・・・」

「思い出話に関心はありません」

 

 

席を立ちたい衝動をこらえながら、私は言いました。

そろそろ、お暇させて頂きたいので。

 

 

「あえてはっきりと言わせて頂きますが、私は貴方達が嫌いです。憎らしいくらい」

「・・・そうでしょうな、このような形では・・・」

「おわかりいただけたのなら幸いです。なら、貴方達の願いも聞き入れる必要はありませんね? ・・・いえ、ありません伯爵」

「・・・されど、あの民達はアリカ様の・・・殿下のお母君の」

「その母が、私に何をしてくれたと言うのです?」

 

 

私の声は、むしろ冷厳に響いたやもしれません。

ですが、事実ではあります。

学園祭で幻の母に出会ったからと言って、事実は何一つ変わらない。

 

 

加えて言えば、私から「母親」と言う貴重な物を奪ったのは、その難民・・・民では無いですか。

我ながら、倒錯した思考ですが。

 

 

「私は・・・」

 

 

その時、どこかから、話し声が聞こえてきました。

・・・話し声と言うより、何でしょう・・・。

 

 

「・・・!」

「・・・こま・・・様方が・・・」

「・・・ぜひ・・・りたい・・・」

「・・・らのひ・・・に・・・」

「だ・・・す・・・!」

 

 

ガタ・・・ガタタンッ!

 

 

その声と、足音は段々と近付いて来て・・・。

部屋の大きな扉が、両側に開き。

そして。

 

 

そして私は、「それ」を見ることになりました。

 

 

 

 

 

Side オストラ伯クリストフ

 

最初にその娘を見た時、正直言って難しいと感じた。

長年人を見て来たが・・・これは難しい。

 

 

先のアリカ陛下は、ご自分の民を愛しておられた。

しかし、この娘・・・アリア王女殿下は、そうでは無かった。

仕方が無いことだとわかってはいても、勝手ながら、多少気落ちした。

そもそも、殿下はオスティアの民を知らないのだから。

 

 

「オスティア難民など、私には関係が無い」

 

 

そう言う思考になっても、それは当然のことだ。

だがしかし、もはや殿下にお縋りするしか無いのも事実。

先ほど、アリア殿下について部屋の外まで来ていた侍従の娘達を見た。

彼女達の目は、期待に輝いていた。

 

 

理解している・・・いや、期待しているのだろう。

目の前のこの方が、自分達を救済してくれる誰かだと。

自分達ウェスペルタティアの民を導き、救い、全ての不安を消し去ってくれるはずだと。

期待している。させてしまったのは私だ。

 

 

彼女の容姿が、アリカ様に似ているのもあったのだろう・・・本当に良く似ておられる。

年配の者は直に、そうではない幼い者は、絵画や物語として、アリカ様を知っている。

アリカ様の幼い頃の衣服を纏ったアリア殿下は、そのような者達にとって、どれほど縋りやすい存在になるのだろう・・・。

 

 

それを知っていて強引な手段でお連れした私は、どれ程の卑劣漢なのだろうか?

 

 

「おお・・・あれが」

「本当だ・・・本当にそっくりだ」

「アリカ様・・・ありがたや、ありがたや・・・」

「助けてくだせぇ・・・」

「・・・王国の復興が・・・」

「ミルクが、子供のミルクが足りないんです・・・」

「・・・王女様だ・・・」

「王女様」

「王女様」

「王女様」

「王女様・・・」

 

 

そして今、それが、最もわかりやすく図式化されている。

この城の大半は、広間や大部屋などに難民を受け入れている。場所によっては廊下まで使って。

我が領内の内、このオスフェリアの街には、8万の難民がいる。

とてもではないが、外のキャンプだけでは・・・とにかく。

 

 

今、そうした者達が、この応接室に押しかけて来たのだ。

オスティア難民が。

 

 

「き・・・貴様ら! 無礼であろうがっ!」

 

 

慌てて、ジョリィが難民達を押し返そうとする。

しかし、もう遅い。

見てしまったのだ、彼らを。

 

 

アリア殿下は、最初の内は単純に驚いているようだった。

ソファから腰を浮かせて、難民達を凝視している。

みすぼらしく、薄汚れて、ひたすらに助けを請う民達を。

奴隷になることもできず、20年もの難民生活に疲れた者達を。

おそらくは、生まれて初めて。

 

 

驚愕の次に殿下の顔を彩ったのは、嫌悪感。

異質な物を見るような目。そして恐怖。

ただ無条件に、出会ったことも無い者達から縋りつかれる事への、恐怖。

ひたすらに「王女様」と縋る無力な彼らを、ひきつったような表情で、見ていた。

よろめくように立ち上がり、両手で顔を覆う。

私が口を開こうとした、次の瞬間。

 

 

「いやあああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――っっ!!」

 

 

悲鳴を。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリア先生が姿を消して、すでに一晩が経過しました。

この時点で、私はアリア先生の誘拐を疑ってはいませんでした。

生存していることは、マスターの仮契約カードが生きているため、わかります。

 

 

「こちらでも、心当たりを探ってみるわ」

「お願いいたします」

 

 

セラス総長の執務室を辞した後、私はアリア先生の部屋へ向かいます。

出立の準備をしなければなりません。

さよさん達の出発に便乗させていただきましょう。

アリアドネーから軍艦に乗って新オスティアへ向かうため、途中人口密集地を通るのです。

 

 

3つの大都市に寄港する予定もありしますし、アリア先生の捜索にも都合が良いのです。

スクナさんやさよさんは、それぞれすでに準備を始めています。

 

 

・・・ただ・・・。

 

 

「ご苦労様です、姉さん、田中さん」

「・・・オウ」

「・・・(ガション)」

 

 

アリア先生の部屋の扉の前に佇む田中さんは、どことなく落ち込んでいるように思えます。

頭の上に乗っている姉さんも、あまり元気が無いようです。

 

 

「マスターは・・・」

「ナカダヨ」

 

 

ノックをしても反応がありませんでしたので、数秒の後、中へ。

部屋の中は、当然ですが、昨日と何一つ変わってはいませんでした。

魔法具と、そしてそれを上回る蔵書の数々。

 

 

そして普段はアリア先生が腰かけている椅子に、今は金色の髪の少女・・・マスターが、座っておりました。

どこか惚けたように、虚空を眺めています。

 

 

「マスター」

「・・・茶々丸か」

 

 

お傍に寄っても、マスターは体勢を変えませんでした。

机の上には、水晶やカード・・・石や地図が。

探索の占いや、魔法の痕跡が。

マスターは千キロの距離でも、影を使った転移(ゲート)で任意の人間の場所に転移できます。

しかし・・・それにも、限界があります。

 

 

「・・・見つからないんだ」

「マスター、アリア先生はきっとご無事です。ですから・・・」

「なら何故、戻ってこない? あいつの力なら、今すぐにでも戻ることができるはずじゃないか」

「・・・きっと、何か事情が」

「だから、それはどんな事情だと言うんだ!?」

 

 

怒鳴り、机の上の物を床に弾き落とすマスター。

乾いた音を立てて、石や水晶が砕けました。

ドンッ・・・と、机を叩いて、マスターは叫ぶように。

 

 

「以前・・・そう、京都の時だ。私は何故治癒魔法を使えないのかと、自分を責めたことがある」

「マスター・・・」

「そして今度はこうだ。何故私は、もっと探索魔法の修行を積まなかったのか・・・と!」

 

 

マスターは、単体戦闘であれば、比類なき力を発揮します。

ですが逆に治癒や探索など、細かいこと・・・極端に言えば、「自分以外の誰かのための魔法」の使用は、マスターにとって苦手分野になります。

しかし、この魔法世界は地球の3分の1とは言え・・・広大です。

 

 

マスターでなくとも、探索は困難でしょう。

むしろ、不可能です。通常の方法では。単体では。

 

 

「・・・マスター」

 

 

肩を震わせて俯く、マスター。

不安。それが私には良く伝わってきます。そしてそれは・・・。

私も、同じ。

 

 

アリア先生は、今どこで何をしているのか?

未だ戻られないのは、その身に何か起こっているのではないか?

悲しんでおられるのではないか?

傷ついて、苦しんで、泣いていらっしゃるのではないか・・・。

 

 

「マスター!」

 

 

だからこそ、私達はここにいるべきではないと、思います。

 

 

「アリア先生が今どこにいるのかは、私にもわかりません。レーダーにも反応がありません・・・」

「・・・」

「ですが、アリア先生がどこに向かうのか、それはわかります」

「どこだ!?」

「新オスティアです」

 

 

アリア先生は、よく申されておりました。

新オスティアでの平和式典で、全てが動き始めると。

ここに戻られないのであれば・・・後は、新オスティアのみが候補として残ります。

それに、あそこには・・・。

 

 

「クルト・ゲーデル議員と合流すべきかと思います」

「・・・何故、あんな奴と」

「あの方だけが、アリア先生を私心無く助けてくれるはずだからです」

 

 

クルト・ゲーデル新オスティア総督。

正直、信用も信頼もできない方だと思います。

しかし・・・。

 

 

「おそらくあの方の組織力が、アリア先生の助けとなるはずです」

「私では、アリアの助けにはならないと言うのか」

「違います。そうではなくて・・・その・・・」

 

 

上手く言えませんが、きっとアリア先生には必要となるはずなのです。

クルト議員は、私達に無い物を補ってくれると思います。

でもそれは、私やマスターがアリア先生に必要無いと言うわけではなくて・・・その。

 

 

「・・・わかったよ・・・」

 

 

口ごもる私を見ながら、マスターが力無く笑みを浮かべました。

私から目を逸らし、片手で両目を覆い、俯きます。

 

 

「わかった・・・いや、わかってはいたさ・・・けど」

 

 

けれど、そんなの、寂し過ぎるだろう・・・マスターは、そう言いました。

そんなマスターの言葉に、私は答えることができませんでした。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

部屋を飛び出し、人を押しのけて、走った。

 

 

応接室の外の廊下には、いつの間にかたくさんの人がいました。

その人混みをかき分けて、走る。

その中に、先ほど私の着替えを手伝ってくれた子達がいました。

彼女達は、突然飛び出してきた私を見て、驚いた様子で。

 

 

「王女殿下!?」

「・・・っ」

 

 

私を・・・。

 

 

「王女様?」

「王女様だ・・・」

「王女様だって?」

「王女様」

「王女様」

「王女様」

 

 

私を。

 

 

「私をそんな風に呼ぶな・・・!!」

 

 

私は、王女でも何でも無い!

それなのに、この人達は私を王女と呼ぶ。

縋るような目で私を見る。無条件に助けてくれると思っている。

私のことなんて、知りもしないくせに!

 

 

「・・・あっ」

「むぉっ・・・?」

 

 

角を曲がった時、誰かにぶつかりました。

私は俯き気味に走っていたため、気付きませんでした・・・。

 

 

顔を上げると、そこには2m近い身長の男性が立っていました。

所々に黒髪の混じった白髪に、閉じられた目。年齢は、60歳前後でしょうか・・・。

盲目の方・・・? 司祭のような服装をした方です。

その男性は、閉じたままの目で私を正確に見つめると、私に手を差し伸べて。

 

 

「おお、これは困りましたな・・・大丈夫ですかな?」

「あ・・・えと、どうも・・・」

 

 

ただ、差し述べられた手に、指先を乗せた途端、その男性は眉をかすかに動かして。

 

 

「・・・アリカ様?」

「・・・! 違う!」

 

 

反射的に、手を払ってしまいました。

驚いたような顔をする男性に、かすかに罪悪感を感じます。でも。

私は、お母様では無い。

お母様とは、違うのです。

 

 

「王女殿下・・・ドミニコ殿!」

「む・・・ジョリィ殿?」

「・・・っ」

 

 

ドミニコと言うらしいその男性の横をすり抜けて、私はまた走りました。

角をいくつも曲がり、出口を探します。

 

 

一つ角を曲がる度に、また別の・・・そして同じような人達がいました。

誰も彼も・・・疲れたような、気力の無いような・・・そんな様子でした。

痩せた身体、薄汚れた服装。擦り切れたような目・・・。

こんな、こんな人達を?

 

 

こんな人達の面倒を見ろと言うのですか、あの人達は?

私に、私にしかできないからと?

・・・嫌だ。

 

 

「・・・さっ・・・エ、ァさっ・・・エヴァさんっ・・・!」

 

 

こんな場所、今すぐに出て行きたい。

こんな所・・・!

 

 

気が付いた時、私はどこかの倉庫に迷い込んでいました。

食料が入っていると思われる大きな木箱が積み上げられている場所なのですが、無人のようです。

階段を上がったり下がったりしていたような気もしますが・・・。

いつのまに発動していたのか、『千の魔法』を胸に抱いていました。

大きく息を吐いて、登録した転移魔法のページを探します。その時・・・。

 

 

「だれ?」

 

 

ビクッ・・・と、身体が震えました。

見た所、無人だと思ったのですが・・・どうやら、誰かいたようです。

カタ、コトッ・・・と、音がして・・・。

 

 

木箱の間から、薄汚れた服を着た男の子が姿を見せました。

煤けた黒髪と、くりっとした黒い瞳が印象的な、5歳くらいの男の子。

両手一杯に、食料や野草を持っています。

彼は、壁に背中を預けるように座る私を見ると、不思議そうに首を傾げて。

 

 

「おねーちゃんも、おかーさんのご飯探しに来たの?」

「え・・・?」

 

 

な、何の話ですか?

その時、倉庫の外がガヤガヤと賑やかになったのを感じました。

誰か来る・・・!

 

 

「おねーちゃん、こっち!」

「え、え・・・?」

 

 

いつの間に近付いてきたのか、男の子が私の手をとって駆け出しました。

倉庫の奥の方に行き、いくつかの木箱をどかします。そこには・・・。

 

 

「はやくはやく、見つかっちゃうよ!」

「え、えええ?」

 

 

そこには、子供一人が通れそうなサイズの、抜け穴がありました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

カチ・・・。

自分でも何故かはわからないけれど、腕のブレスレットに手を添えた。

・・・?

 

 

「廃都オスティア・・・かつて千塔の都と称えられた空中王都も、今やこの有様か」

「・・・感傷かい。あなたらしくも無い」

「ふ・・・」

 

 

僕達の目の前には、旧ウェスペルタティア王国王都跡がある。

かつての崩落の中でも生き残った建造物が、浮き島だった岩の上に屹立しているのが見える。

今や、強力な魔物の巣窟で、冒険者以外は誰も来ない。

せいぜい、観光客が船を飛ばせるギリギリの高度で、遠望する程度だろう。

 

 

ここには僕だけでなく、デュナミスと・・・もう一人。

 

 

「・・・」

 

 

<墓所の主>と呼ばれる彼女は、ローブを深くかぶったまま沈黙している。

これはまぁ、いつものことだ。

彼女は、僕の手元を見た後、すぐに視線を逸らした。

 

 

・・・カチ。

まただ。また無意識の内にブレスレットに触れている。

 

 

「魔力の対流は予定通りだ。あと3週間と言った所か?」

「・・・まぁ、僕達はそのためにこそ、作られたわけだからね」

 

 

順調すぎるのも、つまらないけど。

まぁ、僕のような人形が気にすることでもない・・・。

 

 

「フェイト様」

 

 

ざっ・・・と、僕の傍に姿を現したのは、長い髪の少女。

調君。僕が紛争地帯で拾った子供の一人。

今は暦君達と一緒に、僕を手伝ってくれている。

 

 

「ご報告です。<黄昏の姫御子>を発見。オスティアに向かっているとのこと」

「そう・・・」

「栞の準備は完了しているとのことですが・・・フェイト様?」

「・・・」

 

 

何だ・・・?

この胸の内に広がる、ザワザワした感触は。

凄く、不快だ。

 

 

カチ・・・また。

僕の手は、ブレスレットに触れている。

 

 

「フェイト様・・・?」

「・・・何?」

「い、いえ、あの・・・」

 

 

かすかに怯えたように、調君は身をすくめた。

 

 

「あの、それとネギ・スプリングフィールドなのですが・・・」

「どうでも良いよ」

「は・・・?」

「サウザンドマスターの息子など、どうでも良いよ」

 

 

・・・近くに、いるのか?

僕がそう考えちた時、ズシンッ・・・と音を立てて、僕達のすぐ近くに黒い竜が降り立った。

このあたりを縄張りにする、竜のようだね。

どうも腹を空かせているらしく、僕達を威嚇してきた。

 

 

シャギャアァ―――――ッ!

 

 

「なっ・・・野生の竜!?」

「ほぅ、なかなか大きいな」

「・・・」

「・・・調君、下がっていて」

「え、あ・・・は、はいっ」

 

 

調君を背中に隠すように立ち、竜を見上げる。

・・・運が悪かったね。

竜に向けて片手を掲げながら、僕はそう思った。

 

 

なぜなら・・・。

 

 

「僕は今、苛々しているんだ」

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「何、あの子供に修行をつけるだと?」

「おぅ、面白そうだろ?」

 

 

酒場でカゲちゃんと酒を飲みながら、そんな話をした。

内容?

今言った通りさ・・・ナギの息子にちょいとちょっかいをかけてみようと思ってな。

 

 

ありゃあ父親と、ナギとは全然違うタイプの奴だけどよ。

でも才能はあるみてぇだし? 最近面白いことも少なくて暇だしな。

適当にラカン印の必殺技でも考えて伝授しようかってな。

金は貰うがな。

 

 

「・・・私は、あまり勧めんがな」

「んぁ? どうしてだよ、再戦を誓い合った仲だろー?」

「お前が勝手に話を進めたんだろうが」

 

 

そう言うなって、男には「倒すべき敵」ってもんが必要だろうよ。

この間の勝負は、結局カゲちゃんの圧勝だったしなー。

んで、俺がオスティアの大会で戦えってセッティングしたわけよ。

特にあのガキ・・・ネギとか言ったか?

 

 

なかなか、染めがいのありそうなガキじゃねぇか。

ナギとあの姫さんのガキだ。

才能はありそうだしな。今は病院のベッドでぶっ倒れてんだろーけどな。

・・・そう言えば、なんかもう一人、いるんじゃなかったっけか、ガキがよ。

 

 

「大体お前、きちんとした修行などつけられるのか? あの小僧、基礎から叩き込む必要があると思うが」

「あー・・・めんどっちぃな」

「お前を見ていると、本当に40年かけて奴隷から這い上がった男なのかと疑いたくなるな」

「は・・・昔のことは忘れたね」

 

 

でも確かに、めんどっちぃな。今さら基礎修行の面倒とか見んのか。

そこは考えてなかったぜ・・・。

 

 

「ジャック・ラカン。話があります」

「あん?」

「お前は・・・」

 

 

いきなり、声をかけられた。

後ろを見てみれば、黒髪赤目の刺青女がそこにいた。

ぼーずの相方の女・・・エリザとか言ったか?

 

 

何か、血ぃドバドバ吐いてなかったかこいつ。

そいつが、手に持っていた物をテーブルの上―――俺とカゲちゃんの間―――に、何かを置いた。

何かと思って見てみりゃあ・・・札束だった。それもいくつも。

こいつぁ・・・。

 

 

「500万ドラクマあります」

「ほぅ・・・で?」

「依頼があります」

 

 

だろうよ。

でなきゃ俺に札束を渡したりしねぇだろ。

エリザは、感情の無い瞳で俺の目を覗き込みながら。

 

 

「お父様の依頼です。受けなければ殺します」

「はっ・・・」

 

 

言うねぇ、お嬢ちゃん。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

抜け穴の先は、粗末な家でした。

いえ、薄い板と粗末な布で構成されたこの小さな部屋を、家と呼んで良い物かどうか。

外を見ると、すでに夕方のようでした。

 

 

「ここ、ぼくのお家」

 

 

私をここに連れてきた男の子・・・名前は、ウィル君。

彼は、照れくさそうに笑いました。

ウィル君はパンや野菜などの食料を両手でしっかりと抱えていました。

・・・ここまで来れば、彼が食料泥棒であることは明白です。

 

 

まぁ、だからと言って私が伯爵達にこの子を引き渡す必要はありませんが。

と言うか、私、何をやっているのでしょう。

 

 

「おかーさん・・・また食べて無いんだね」

 

 

狭い部屋の片隅の小さなベッドに、ウィル君は何事かを語りかけていました。

お母さん・・・?

その割に、ん・・・。

 

 

その時、私は部屋の中に漂う異臭に気付きました。

何、この匂い・・・。

 

 

「ダメだよ。ちゃんと食べないとびょーきが治らないって、お医者さんも言ってたよ」

「・・・っ!」

 

 

ウィル君の後ろから、ベッドの中を覗き見ました。

驚き、声を上げそうになるのを、手で口元を押さえて止めます。

吐き気を抑えるための行動です。

2、3歩後ろに下がり・・・しかし視線は変えず、その人・・・いえ、それを見ます。

 

 

半ば白骨化した遺体を。

 

 

ベッドに横たえられているのは、おそらくはウィル君のお母さん「だった」物。

それを、ウィル君は甲斐甲斐しく世話をしています。

 

 

「おねーちゃん?」

 

 

私の挙動に気付いたのか、ウィル君が不思議そうな顔で私を見ました。

私は、どんな顔をしていたのでしょうか?

自分でも、わかりません。ただ・・・。

 

 

トン、トン。

 

 

その時、何かを叩く音がしました。

何かと思えば、部屋の入口(抜け穴じゃない方)らしき布をめくって、一人の女性が現れました。

20代後半の、白衣のような服を着た女性。

 

 

「こんばんは、ウィル君。今日検診に来なかったでしょう・・・あら?」

 

 

栗色のボブショートのその女性は、垂れ気味な青い目で、私を見ました。

それから、特に何を感じた風でもなく。

 

 

「お客様ですか?」

「え、いえ、その・・・」

「あ、セレーナ先生だー!」

 

 

ウィル君が、私の横を擦り抜けて、セレーナと言うらしいその女性に抱きつきました。

・・・聞けば、その女性、セレーナ・ブレシリアさんは、難民キャンプで医療のボランティアをしているのだとか。

そうだろうとは思っていましたが、ここ、難民キャンプなんですね・・・。

 

 

「ここは衛生状況があまり良くないので、病気も流行りやすいんです」

 

 

単純な風邪から感染症まで。

栄養失調やビタミン不足などから来る栄養欠乏障害・・・。

そうした物を防ぐため、毎日できるだけ多くの人、特に子供を診て回っているのだとか。

 

 

「お城から出る配給だけでは、栄養が絶対的に足りないので・・・」

「そう、なんですか」

「お城の人、酷いんだよー」

 

 

セレーナさんの膝の上で、ウィル君が不満そうに唇を尖らせました。

 

 

「おかーさんの分の食べ物、くれないんだ」

 

 

その言葉に、私もセレーナさんも沈黙してしまいました。

セレーナさんと視線を合わせるも、返ってくるのは力の無い笑み。

その後、少しの間話しましたが、セレーナさんは特に私を怪しんだり、意識したりはしていませんでした。知らないのか、知らないふりをしているのか・・・。

 

 

「セレーナさんは、どうしてここでお医者さんなんてやっているんですか?」

 

 

だからと言うわけではありませんが、別れ際に、そう尋ねてみました。

彼女自身は難民では無いと言うので、とても不思議で・・・。

 

 

「私は、医者の娘ですから」

「・・・」

「目の前で助けを必要としている病人を見捨てたりしたら、両親に顔向けできません」

 

 

それが、答えでした。

医者の、娘だから。両親にとって、誇れる娘であるように。

・・・私とは、正反対。

 

 

ふぅ、と、セレーナさんを見送ったままの体勢・・・床(と言うより、ほとんど地面ですが)に座ったまま、息を吐きます。

・・・疲れる。

不意に、膝に柔らかな感触が。ウィル君が私の膝に顔を摺り寄せるようにして、眠っていたのです。

 

 

「え、ちょ・・・」

「・・・おかーさん・・・」

「・・・」

 

 

はぁ・・・。

今日、何度目かの溜息。

溜息を吐くと幸せが逃げると申しますが、だとすれば、私はどれほどの幸福を逃がしたのか。

エヴァさん、茶々丸さん、皆・・・怒ってるかな。

 

 

「・・・私、身体的には10歳なんですけど・・・」

 

 

埒も無いことを、言いました。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

王女殿下が姿を消した翌朝、殿下はあっさりと見つかった。

なんと、城の外の難民キャンプ(の一つ)におられると言う。

 

 

危険だと思った。

我がウェスペルタティアの民は誇り高い民族ではあるが、難民の中には不貞な輩もいる。

警備の兵も巡回しているが、王女殿下の身に万が一のことがあっては、アリカ陛下に顔向けができない。

急ぎ人を集め、お迎えに向かった。

 

 

そしてそこに、なんと言うか、意外な・・・予想外な光景が広がっていた。

な・・・?

 

 

「・・・はい、皆一緒に読んでみましょうね、まず、『空』!」

「「「「そら~!」」」」

「はい、次です。これは『海』!」

「「「「う~み~!」」」」

「はーい、大変良くできました! じゃあ、次は自分達で書いてみましょうね!」

 

 

ガリガリと、木の枝で地面に何事かを書いている王女殿下。

そしてその周りを、難民と思われる子供が何人か・・・。

 

 

「ふむ、どうやら子供達に文字を教えているようですな」

「文字を?」

 

 

傍のドミニコ殿の言葉の意味が一瞬、わからなかった。

ドミニコ殿は、かつてオスティアの教会の司祭だった方だ。

難民からの信頼も厚く、彼らをまとめるのにも協力してもらっている。

 

 

「なぜ、殿下はそのような・・・」

「子供達が知識を身につけるのは、悪いことではありますまい?」

「は、はぁ・・・それは、わかっていますが」

「先代のアリカ様も、民との交流を好まれたと聞きます・・・いや、流石はアリカ様の御子ですな」

「・・・そう、ですね」

 

 

子供達だけでなく、周囲の難民の大人達も、次第に殿下に興味を持っている様子だった。

あまりに長い難民生活で、彼らは自分が養われるのが当然だと思っている節がある。

だが今は、殿下の・・・「授業」に興味を引かれているようだった。

 

 

本来であれば、すぐにでも城にお帰り願う所なのだが・・・。

だが、これは・・・私の一存ではどうにもできそうにない。

それに私自身、いささか戸惑っている。

昨日、あれほど取り乱されていたのに・・・。

 

 

何が、どうなっているのか。

しかしそれでも、最低限のことはしなければなるまい。

 

 

「・・・ライラ殿!」

「は、ここに」

「この一帯のキャンプの警備を厳重に願います。私は伯爵閣下にご報告申し上げる」

「了解」

 

 

私の後ろで警備兵を統率しているのは、ライラ・ルナ・アーウェン殿。

魔法世界では名の知れた傭兵で、白い肌に茶色の髪の女性。

女性兵士と言うことでもあるし、王女殿下の警備人員には最適だろう。

 

 

「ジョリィ様!」

 

 

その時、部下がやってきて、ある報告を持ってきた。

慌しく私の耳元で囁かれたその報告に、私は足元が崩れ落ちるような錯覚を覚えた。

 

 

「伯爵閣下がご危篤だと・・・!?」

「は、今朝方より意識が無く、セレーナ医師の治癒魔法も効果が・・・」

「ぐ・・・他の者にはまだ知らせるな、連合に介入されては・・・」

「そ、それが、連合駐屯軍の参事官がすでに」

「何だと!?」

 

 

私は思わず、王女殿下の方を見た。

子供達に囲まれ、文字を教えているアリア様を・・・。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

「このちゃん?」

 

 

私がリビングに顔を出した時、このちゃんはソファに座って、虚空を見つめていた。

このちゃんの艶やかな黒髪が、かすかに輝いて見える。

『念威』だ・・・そう思いつくまで、時間はかからなかった。

このちゃんは今、どこかを見て・・・いや、「視て」いるのだ。

 

 

でも、どこを?

不思議に思って近付いてみれば、膝に白髪の小さな式神、ちびアリアを抱いていた。

いつもは元気一杯なこの式神が、今はどう言うわけか、目を閉じて大人しくしている。

 

 

8月に入ってから、このちゃんはこうしてどこかを視ていることが多くなった気がする。

それを見つける度に、私は何故か胸を締め付けられるような感覚に陥る。

 

 

「このちゃん?」

「・・・せっちゃん」

 

 

ぽつり、と、このちゃんが呟いた。

 

 

「アリア先生、いつか、うちに言うたよね」

「な、何をですか?」

「逃げずに、自分のことは自分で決めなさい・・・って」

「ああ・・・」

 

 

京都でのことだ。

まだ、あの修学旅行からそれほど時間は経っていない。

なのに、もう随分と昔のことのような気がする。

 

 

「覚えとる?」

「ええ・・・ええ、覚えています、このちゃん」

「血筋でも無い、家でも無い、ただうちのしたいことをしぃって・・・」

 

 

このちゃんの目が、悲しげに伏せられる。

こういう時、何を言えば良いのかわからない。

 

 

「・・・アリア先生、大丈夫かな・・・」

「大丈夫です、きっと」

 

 

反射的にそう言ったが、どうやらそれは、このちゃんの求めている答えでは無いようだった。

悲しそうな笑顔が、それを物語っている。

私は・・・。

 

 

私は、このちゃんの心を、支えられているだろうか?

 

 

私はこの人のために剣をとり、この人だけを守ると誓った。

けれど、いつも肝心な部分で私は、この人の力になれていないのではないだろうか。

・・・アリア先生。

このちゃんと同じように虚空を見つめるも、私にはやはり何も見えなかった。

 

 

アリア先生に、会いたい。

エヴァンジェリンさんや、茶々丸さん達にも、会いたい。

 

 

無性に、そう思った。

 

 

 

 

 

Side レオナントス・リュケスティス(旧ウェスペルタティア将軍)

 

「旧王国東方に、エンテオフュシアが戻った」

2日ほど前から、我が陣営にそんな噂が流れている。

 

 

『どう思うリュケスティス、本当だろうか?』

「さて、どうだろうな。連合や帝国の流言にしては、いささか露骨過ぎるが・・・」

 

 

旧式の通信機の画面には、王国士官学校時代からの付き合いである戦友、ベンジャミン・グリアソンが映っている。彼もまた旧ウェスペルタティアの将校で、彼の率いる竜騎兵部隊は、20年前の大戦において幾つもの戦功をあげている。

おさまりの悪い蜂蜜色の髪に、30代後半になろうかと言う年齢を感じさせない若々しい顔つき。

 

 

王都崩壊の後に連合の使い走りに成り下がり、辺境を転戦していてもなお、我々はこうして連絡を取り合っている。さて、何のためかと自分でも不思議だが・・・。

今、俺は旧王国領の東端で帝国の国境軍と睨み合い、そしてグリアソンは北方で賊退治に従事している。

 

 

「しかしだグリアソン。事実だとして、我々に何ができると言うのだ?」

『無論、もし事実だとするなら、ウェスペルタティアの碌を食んだ者として推参するのが筋だろう』

「筋。筋と来たかグリアソン。だがな、我々に果たすべき筋があると、そう思うのか?」

『アリカ陛下のご息女が起つと言うのであれば、それを助ける。そして相応の恩賞を貰い、退役するまで軍人として働く。そうではないか、リュケスティス』

「ああ、そうだな。その通りだグリアソン、お前はいつも正しいことを言う。だが・・・」

 

 

以前から、各地の難民の間で「アリカ様のご息女」とやらの噂があることは知っていた。

連合や帝国の流言で無いとすれば、おそらくはあのクルト・ゲーデルが流しているのだろう。

オストラのご老体や、先代アリカ陛下を「聖女王」と崇めている民にとっては、それは良いことだろう。

だが。

 

 

「だがなグリアソン、俺は思うのだ。はたして先代アリカ女王は、民が言うような聖君だったのか、とな」

『おい、リュケスティス・・・』

「あの女王は何をした? いや、クーデターを起こし父王を倒したまでは良い。権力を奪うこと自体は何も問題は無い。だがそれを使って女王は何をした。紅き翼などと言う非正規戦力に依存し、英雄などと言う偶像を生み、あげく自らの誇りと信念の巻き添えに王都と国を崩壊させ、最後には元老院に殺されるなど・・・思い上がりも甚だしい。俺の言うことは何か間違っているか、グリアソン」

『いや・・・それは無論、その通りだとは思う。だがそれは先代女王の罪であって、王女殿下の罪ではあるまい』

「ふん・・・グリアソン、お前には言わずともわかると思うが、あえて言うぞ。この世で最も愚劣で卑劣なことは、実力も才能も持たない人間が、血統や相続によって権力を持つことだ」

『リュケスティス』

「・・・だがそれは、権力を継承する当人にもどうしようも無いこと、か」

 

 

だがいずれにせよ、俺は先代の女王が名君だったとは思わない。

後先も考えず独断で行動し、方策も立てず感情で判断するなど、愚王の振舞い以外の何者でも無い。

 

 

そして何よりも許し難いのは、もし王女なる者が真実いると言うのであれば、あの女王は民の窮状を放置して、どこぞの男と子供を作って安穏としていたと言うことになる。俺はそれがどうしても許せない。

統治者としての責務を放棄した、唾棄すべき行為ではないか。

俺の部下達は何のために、今まで戦い死んでいったと言うのか。

戦場で兵達が、誰の名を叫んで戦い死んでいったと思っているのか。

 

 

「・・・いずれにせよ、もう少し様子を見るべきだろう。もし事実だとすれば、近く何らかの宣言か呼びかけがあるはずだ」

『・・・ああ』

「俺もそろそろ、帝国の小娘と国境を挟んで遊ぶのも飽きてきた。準備だけはしておこう・・・」

 

 

ウェスペルタティアの民が、いつまでも無条件に従順であると思っている連合の犬共に。

身の程を思い知らせてやる、その時のために。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「「「アリアせんせー、さよーならー!」」」

「はい、気を付けて帰ってくださいねー・・・って、はぁ・・・」

 

 

何をやってるんだろう、私・・・。

何が悲しくて、青空教室なんて開いているんだろう・・・。

まぁ、ウィル君には一宿の恩があると思えば。

 

 

周囲を見渡します。

難民キャンプとやらは、言ってしまえば、とても不衛生な場所でした。

何年も使っているのであろう薄い板と布の家に、無気力な大人達。

・・・彼らの何人かは、私を見てかすかに目を見開いたりしていますが。

 

 

襲われても面倒ですし、縋りつかられても面倒です。

ウィル君には悪いですが、アリアドネーに戻ると・・・。

 

 

「王女殿下・・・!」

 

 

しようと思った所で、またもや邪魔が。

またぞろ、ジョリィさんが警備兵らしき人々を引き連れて、私の下へ。

 

 

「王女殿下、このジョリィ、身命を賭してのお願いがございます・・・!」

「聞く価値もありません」

「伯爵閣下がお倒れになったのです!」

 

 

ご愁傷様です、とでも言えば良いのでしょうか。

えーと、転移魔法のページはどこでしたかね・・・『千の魔法』のページをめくります。

 

 

「このままでは、無辜の民達が! どうか・・・」

「無辜の、民・・・?」

 

 

周囲の人達は今の会話で確信したのか、「王女様」と連呼しつつ、近寄ってきつつあります。

気持ち悪い。心の底から嫌悪します。

自分の意思もなく、ただ援助されることが当然と考えているような連中です。

私の母様は、このような人々を救おうなどと、良く思えましたね。

 

 

私には、とてもとても・・・。

 

 

「王女殿下!」

 

 

悲鳴のような声を上げるジョリィさんを無視して、私は・・・。

ピクッ・・・と、手を止めました。

突然動きを止めた私に、ジョリィさんが不審そうな表情を浮かべます。

しかし、それはどうでも良い。それより、何か・・・。

 

 

その時、ドォンッ・・・と音を、そして火柱を上げて、キャンプの一角が炎上しました。

な、何ですか!?

 

 

「始まってしまった・・・!」

「せんせーっ」

 

 

ジョリィさんの声よりも、私を「先生」と呼ぶ声の方が大事です。

見れば、先ほどまで私が文字を教えていた子供の一人が、駆けて来ました。

息を切らせて、泣きながら。

 

 

「・・・どうしましたか?」

「怖い人たちが、きたー!」

「怖い人達・・・?」

「連合の駐屯兵です! 彼らは、この難民キャンプを排除して、恒久的な基地を造ると・・・!」

 

 

それで、焼き払うと。建物だけでなく、人ごと。

それは、虐殺ではないですか。

 

 

「これは・・・クルトおじ様の兵がやっているのですか」

「いえ、オスティア総督はあくまでも新オスティアの総督なのです! 旧ウェスペルタティアに展開している駐屯兵は、メガロメセンブリアの指揮下に・・・」

「なるほど。それで、貴女達は何をしているのですか?」

「は・・・」

「昨日から聞いていれば・・・私に助けを求めるばかりで、貴女達は何をしているのかと、聞いているのです!」

 

 

これは、ジョリィさんだけに言っているわけではありません。

周囲で私を縋るような目で・・・おそらくは母を見るような目で私を見ている人々にも。

貴方達のその目が、きっと私の母を殺した。

 

 

国だか女王だか知りませんが・・・それらが自分に何をしてくれるかを考える前に。

自分が何をできるのかを、考えたらどうなのです!

纏わりつくな、鬱陶しい!

しっかりしろ、大人!

 

 

「せんせー、ウィル君がね、んとね」

「大丈夫、だから早く逃げなさい・・・そこ! ぼうっとしてないで、今すぐ動きなさい! 消火と避難誘導!」

「え、あ・・・は、ははっ!」

「そこで情けない顔をしている人達も・・・働きなさい! 子供の方がよほど役に立っていますよ!」

 

 

子供を呆然としている警備兵に押し付けて、私は瞬動でその場から消えました。

『千の魔法』№83『天挺空羅』・・・詠唱破棄、発動!

魔力を網状に張り巡らせ、対象の位置を捜索・捕捉します。

状況を、把握しました。

何度か虚空瞬動を繰り返し、そして――――。

 

 

私は、自分の身勝手さを知ることになります。

幻滅しますか?

シンシア姉様―――――――。

 

 

 

 

 

Side ガルゴ・ラム(オスティア難民)

 

「おかーさんを、殺さないで!」

 

 

ウィル坊が、ワシの腕の中で暴れておる。

おりもしない母親を守ろうと、戦おうとしておるのじゃ。

その姿が、20年前の王都崩落で生き別れた孫の姿と重なる。

連合の奴らがこのキャンプを焼き払っておるのを、ワシは見ていることしかできん。

80年近くも生きていて、またこんな光景を見ることになろうとは・・・。

 

 

「いよーし、今日中に汚物を消毒するぞぉ~!」

 

 

連合兵の厚い壁に囲まれた士官らしき小柄な、それでいて腹回りは大きい男が、そんなことを言う。

汚物じゃと・・・ワシら難民を汚物と言うか。

好きでこうなったわけでは無い、それもこれもアリカ様が王都を滅ぼさなければ。

 

 

「やめてぇ!」

「しまっ」

 

 

引きずってでも連れて行こうとしたウィル坊が、ワシの腕から逃れて、自分の前に駆けて行った。

しかしそれに一切構うことなく、連合兵は火炎魔法を放った・・・な!?

 

 

「怖くなんか無いぞ・・・おかーさんは、僕が守る!」

 

 

お前の母親は、もういないんじゃ!

そう叫ぶ間もなく・・・ウィル坊!

ドォンッ・・・と、爆発音。

じゃが・・・火柱は、上がらなんだ。

 

 

その代わり、そこに立っていたのは、10歳くらいの幼子。

白い髪の、童女じゃった。

目の錯覚じゃろうか、左眼が、燃えるように紅い輝きを放っておる。

 

 

「おねーちゃん・・・?」

「・・・偉いですね、ウィル君は。お母さんを守って、カッコ良いですよ」

「え、えへへ・・・」

 

 

優しげに、ウィル坊を見つめるその表情。

少し遠目じゃから、これこそ錯覚じゃと思うが・・・。

・・・アリカ様・・・?

 

 

「な、何だ小娘、難民か!? 何で僕の別荘・・・じゃない、基地造りの邪魔をする!?」

「・・・うるさい豚ですね」

「な、な・・・ぼ、僕は元老院議員の息子だぞ!?」

「ああ、はい・・・結構なことですね。貴方が権力をどう弄ぼうと、悪魔と契約しようと好きにすれば良い、けれど・・・生徒の教育に悪いんですよ―――――」

「う、撃てぇっ!」

 

 

再び、火属性の魔法が放たれるも・・・なぜか、その童女の目の前で、掻き消えてしまった。

何じゃと・・・? あれはまさか、王家の・・・。

 

 

「な、なななな・・・!?」

「今すぐ出て行きなさい、さもなければ・・・」

「さもなければ!? 難民風情がどう言う法的根拠で言っているんだ!! こっちには協定書があるんだ、滅んだ王家かオストラ伯爵家の血族がいない場合、この土地をどうしようと僕達の勝手だ!」

「・・・それは」

「だいたい、お前は誰だ、名前を言ったらどうなんだ!」

「・・・私は・・・私は、アリア・スプ・・・」

 

 

アリアと言うらしい童女は、何故かそこで口ごもった。

連合の士官が自慢げに掲げてみせる協定書を、まるで親の仇か何かのように見つめる。

ん、待てよ、アリア・・・じゃと?

 

 

アリアと言う童女は、自分の背中に庇うウィル坊を見た。

ウィル坊は、童女の腰にしがみついておる。

顔歪めて、今度はウィル坊が守ろうとした家を見る。

母親の遺骸しかない家を。

彼女は、ますます顔を歪めた。

 

 

そして、何かを思い出したような表情を浮かべた後・・・。

 

 

「私は・・・」

 

 

泣きそうな程に顔を歪めて、葛藤を振り切るように。

言った。

 

 

 

「私は、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです!」

 




アリア:
アリアです。非常に面倒なことになっております。
次回、続きます・・・私は、王女になんてなりたくない!

投稿キャラクター。
詳しい設定などは、本編か、またはいつかまとめてさせていただきます。
司書様よりガルゴ・ラム。
旅のマテリア売り様よりセレーナ・ブレシリア。
リンクス様よりドミニコ・アンバーサ。
二重螺旋様よりライラ・ルナ・アーウェン。
伸様より、レオナントス・リュケスティス。

魔法案は、「BLEACH」から、『天挺空羅』。司書様提供です。
ありがとうございます。

アリア:
では、次回は・・・。
ウィル君達を守るために、ある儀式をせねばなりません。
王女・・・それは、逃れ得ない私の運命なのでしょうか?


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第5話「王女殿下万歳」

Side アリア

 

「私は、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです」

 

 

そう宣言した際の私の心情を、何と表現すれば良いのでしょう?

展開に流されるままに、迫られるままに行動を選択する私の気持ちを。

 

 

ああ、身勝手だな。そう思い、自分自身に嫌悪感を抱くこともあります。

ですが逆に、そうした行動で落ち着く自分もいることに気付きます。

 

 

『後悔する日が来るヨ』

 

 

超さんの最後の言葉が、耳をついて離れない。

アレは、はたしてどんな意味の言葉なのか。

何に対する後悔なのか、私にはわからないのですから。

 

 

・・・ここで、スプリングフィールドを名乗ることはできませんでした。

連合の英雄(最近は犯罪者の可能性が高いですが)の血族であることを示しても、意味が無い場面。

 

 

「え・・・エンテオフュシアだって!?」

「エンテオフュシア・・・」

「・・・ウェスペルタティア王家・・・!」

 

 

メガロメセンブリア兵達が、動揺したようにザワつきました。

ここで私は、母親の血族であることを示す必要がありました。

そうでなければ、この虐殺は止まらないから。

ウィル君を、そして彼の家を、お母さんを守れないから・・・たとえそれが、遺骸に過ぎないとしても。

この不快な状況が、終了してくれないから。

 

 

「そ、そんなはずは無い!」

 

 

元老院議員の息子の士官とやらが、顔を真っ赤にして怒鳴りました。

私はそれを半ば無視しつつ、『千の魔法』のページをめくって。

 

 

「ウェスペルタティアの王族は、残らず死んだはずだ! お前がそんな・・・」

「『千の魔法』№16、『消火弾(エクスト・ボール)』」

 

 

カッ・・・ページが輝き、私の魔力を直接吸い上げて、魔法が発動。

消火用の大きな水の塊が出現し、バシャアッと音を立てて、私達の傍の家・・・ウィル君の家の炎を消すことに成功します。

他の場所は、難民なりジョリィさんなりがどうにかするでしょう。

 

 

「そ、そうだ・・・お前がウェスペルタティアの者だと言う証明はできるのか!?」

 

 

・・・なかなか痛い所をついてきますね。

私はこれまで、王家とは何の関係も無く生きて来ましたから。

しきたりとか、あと色々・・・何も知らないのです。

何も・・・いえ。

 

 

一つだけ、知っていることがありましたね。

 

 

「ウェスペルタティア王家の血に連なる者の証拠として・・・」

「し、証拠として?」

「・・・私は、『魔法無効化(マジックキャンセル)能力』を保有しています」

「な!?」

 

 

はい、嘘です。ですが・・・。

この人は、私の魔眼のことを知りません。

ならば、私の魔眼による魔法の無効化を、王家の魔力による無効化と混同させることも可能でしょう。

ウェスペルタティアの血族(全員かは、わかりませんが)に特別な力が宿るのは、良く知られる所・・・彼が本当に、自分で言う程上層部に近いと言うのであれば、なおさら。

 

 

先ほど、兵士の放った火属性の魔法を無効化してみせたことですし、説得力はあるでしょう。

・・・明日菜さんと比べられると、どうしようもありませんけどね。

彼女の『完全魔法無効化能力』は、私の魔眼よりもその点では上なのですから。

 

 

「加えて、私は魔法の使えない場所でも、魔法を使用することが可能です」

 

 

『千の魔法』、そして魔法具。

これらは精霊の力を借りずに魔法、ないしそれに類似した効力を発揮します。

すなわち、アリカ・・・我が母がオスティア崩落の際に見せたと言う・・・。

無効化の影響を受けない魔法。

 

 

「これぞ、王家の魔力。これ以上に私がウェスペルタティア王家の血を引いていると言う証拠が、あるでしょうか?」

「そ、そんなはず、だって元老院の公式発表では・・・」

「貴方の目の前で起こったことが、現実です・・・認めなさい」

 

 

周囲を見れば、難民の人達が集まってきているようでした。

消火も大方終わったようで・・・。

 

 

「み・・・認めないぞ」

 

 

士官さんは、なおも抗弁を試みようとしていました。

しかし言葉が見つからないのか・・・顔を真っ赤にし、口をパクパクするのみです。

 

 

「み、認めるもんか。そうさ、<災厄の女王>は元老院が処刑したんだ。他の王族も皆殺しにしたはずだ。だってそう聞いたんだもの」

「なら、貴方が騙されていたのでしょう」

 

 

バッサリと、私は切って捨てました。

 

 

「現に私は・・・ここにいる」

 

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの娘が、ここにいる。

と言うか、2人いる。

 

 

「王女殿下! ・・・参事官殿!」

 

 

その時、ある意味でこの場をセッティングした存在・・・ジョリィさんが、現れました。

彼女は私の傍で恭しく跪くと、懐から一枚の古ぼけた紙を取り出しました・・・。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

今の私の心の風景を、どう表現すべきだろうか。

王女殿下を前にしていることへの畏敬と、そしてそれに倍するであろう歓喜。

 

 

「・・・それは、なんですか」

「は・・・オストラ伯爵領の統治権利書にございます」

「なっ!? おい、それはこっちの・・・!」

 

 

連合の参事官・・・醜い豚が何かを喚いているが、知ったことか。

私は今、重要な役目を果たしている最中なのだから。

もし私に子がいれば、語って聞かせてやりたい程の役目を。

 

 

私が持っているこの権利書は、代々オストラ伯爵家に受け継がれている物だ。

昨夜、まだ伯爵が前後不覚になる前に渡された。

そして今朝、伯爵はご危篤の状態に・・・。

慧眼と言うのは、こう言うことを言うのであろうか。

 

 

結果として、参事官は城からこの権利書を奪えず、こうしてあるべき者の手に渡ろうとしている。

 

 

「・・・ジョリィさん。いえ、ジョリィ」

「はっ」

「私は、貴女のことが嫌いです。理由はどうあれ、貴女は私の信頼を裏切りました」

「は・・・」

 

 

今回の件で、私が王女殿下の信を失ったことは承知している。

この場で死を命じられたとしても、躊躇することは無いだろう。

 

 

「だからジョリィ、私は貴女の幸福を祈るつもりはありません。願いを叶えてあげるつもりも」

「・・・」

「貴女のためでは無く、私が私の守りたい人達のために、一時的に預かるだけです」

「・・・その、お言葉だけで」

 

 

そのお言葉だけで、十分です。

貴女様の守りたい物が、少しずつ増えていることを、私は存じておりますから。

 

 

カサ・・・と、王女殿下の手が、権利書に伸びようとした、その時。

 

 

「認めない・・・認められるはずが無いんだ!」

 

 

参事官が、部下の斧槍(ハルバート)をひったくると―――明らかに、持て余しているようだが―――よろめきながらも、ズカズカとこちらへ歩いてきた。

ち・・・殿下に。

 

 

「近付く・・・!」

 

 

殿下の前に立とうとした時、殿下が片手で私を制した。

子供を抱いていない、もう片方の手で。

私の目の前に、殿下の掌がある。

白い・・・本当に白く、繊細で、小さな手だった。小さな・・・。

・・・小さな。

 

 

私の位置からは、王女殿下の表情を窺い知ることはできないが。

殿下は今、どのようなお顔で、この豚めを・・・。

 

 

「消えちゃえええぇぇ―――――っ!」

 

 

醜い叫び声を上げて、斧槍(ハルバート)を振り上げ・・・と言うより、抱きかかえて。

槍先を、殿下に向けた・・・。

 

 

「だめぇ!」

 

 

その時、小さな背中・・・そう、王女殿下よりも小さな背中が、殿下の前に立った。

黒髪の難民の子供が、殿下を庇うように立っていたのだ。

 

 

「おねーちゃんを、いじめるな!」

「な、ななっ、なんだぁお前!?」

「・・・ウィル君」

 

 

ウィル・・・と言うのか。

王女殿下は、少しばかり固い声で。

 

 

「・・・ウィル君、そこをどいてください」

「いやだ!」

「ウィル君・・・」

「・・・おねーちゃんも」

 

 

振り向いたウィルの目は。

難民達とは別の意味で、どこか陰りが見えた。

 

 

「おねーちゃんも、僕を一人にするの?」

 

 

 

 

 

Side セレーナ

 

「・・・残念ですが」

「伯爵・・・っ」

「クリストフ様っ・・・!」

 

 

私の両親は、ウェスペルタティア王国で医者をやっていました。

そんな両親に憧れて、医学の道に進んだんですけど・・・人が死ぬのには、いつまでも慣れません。

 

 

私の目の前には、ベッドに横たわるオストラ伯爵様が・・・。

今・・・息を引き取りました。

難民を支え続けて、20年。この方の身体はもう、限界でした。

でも、この人が何者で何をしたかは、私にとっては問題ではありません。

患者をまた一人、助けることができなかったことの方が・・・。

 

 

「・・・伯爵様は、お亡くなりになりました」

『そうですか』

 

 

伯爵の遺骸に取り縋る難民の人々や伯爵領の文官や軍人の人達から離れて、私は5分程前から通信で繋がっている男の人に、そう言いました。

名前は知りませんし、映像は無く、音声のみの通信ですが・・・おそらく、男の方だろうとは思います。

 

 

伯爵様は息をお引き取りになる直前、数分間意識を取り戻されました。

その際に、通信コードらしき物を呟かれましたので、お繋ぎしました。

私は医師として、死に瀕している患者の願いを叶えてあげる義務があります。

もちろん、患者の情報を秘匿する義務も。

 

 

なので、他の誰にもこのコードを教えていません。

 

 

『ありがとうございました』

「いえ、私には何もできませんでしたから・・・」

 

 

実際、私にできたことは、伯爵様が感じる痛みをやわらげてあげることぐらい。

寿命と心身の衰弱からもたらされる症状に対し、私は無力だった。

 

 

『・・・貴女は、これからどうなさるのですか?』

「何も変わりませんよ。一人でも多くの人を助けるために、難民キャンプを回るつもりです」

『そうですか・・・貴女さえよければ、新オスティアで病院をお任せしたいと思っているのですが・・・』

「ありがたい申し出ですが、結構です」

 

 

私はまだ修行中の身で、しかもキャンプにはまだまだ病人や怪我人がたくさんいます。

そんな人達を見捨てて、安穏と病院経営なんてできません。

それに・・・。

 

 

「私は小心者なので、世間の目が怖いのです。患者の人脈を利用して出世したなんて言われたら、耐えられません。なのでお断りいたします」

『・・・そうですか。いえ、つまらないことを言いました。許していただきたい』

「いえ・・・」

 

 

その後、通信を切り、私は部屋を出ました。

その時、窓の外を見ると、どうやら難民キャンプの一部で起こっていた火事は消火できたようでした。

しかし、それとはまた別の喧騒が、起こっているようでした。

 

 

・・・その時私は、昨夜会った白い髪の女の子のことを思い浮かべました。

伯爵様は意識を失っている間も、うわ言のように同じことを繰り返し呟いていました。

 

 

恨むのは、自分だけに。

そう、言っていました・・・。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

アリア先生がいなくなって、2日。

私達は慌しく、新オスティアに行くことになりました。

表向きの理由は、早くに現地に行って、地形や空気、食べ物や水に慣れるため・・・ってことになっています。

 

 

本当は、もう数日後になるはずだったんですけど・・・。

エヴァさんがセラス総長にかけあったんだろうなって、私は思ってる。

場合によっては、茶々丸さんかもしれないけど。

 

 

「それにしても、アリア先生もいきなり薬草採取なんて行かなくても良いのにねー」

「う、うん・・・」

 

 

コレットさんが言ったように、一応アリア先生の失踪は、「魔法薬研究のための薬草採取」ってことになっています。

・・・オリンポス山に行ってるなんて言うけど、嘘だ。

茶々丸さんは、オスティアに来るって信じてるみたいだし。

 

 

「きっと、アリア先生もオスティア祭に来るよ」

「ふ~ん・・・まぁ、サヨがそう言うならそうなのかな。ああっ、それにしてもこれで生ナギに会えるよ~」

「バカを言いなさい、生ナギに会うのはこの私!」

 

 

委員長さんやコレットさんが偽ナギの話で盛り上がるのを、私はどこか冷めた心地で聞いていました。

・・・赤毛の男の人は、嫌いです。

 

 

「さーちゃーん」

「あ・・・すーちゃん」

 

 

すーちゃんが、何か大きな荷物を背負ってやってきました。

ここはアリアドネーの空港で、人もたくさんいるけど・・・。

自分の身長の3倍くらい大きな荷物を抱えているのは、すーちゃんくらい・・・。

 

 

「私ハ5倍デス」

「サラニソノウエニノルゼ」

 

 

ずもも・・・と擬音がつきそうなくらい大きな荷物を背負った田中さん。

・・・チャチャゼロさんも乗ってるらしいけど、見えない。

というか、それ飛行機(鯨船って言うらしい)に乗れるんですかぁ・・・?

とりあえず、田中さんの腕に抱えられていた晴明さんは、私が持ちます。

 

 

・・・晴明さん、最近起きないな・・・。

 

 

「オスティアって街には、美味しいものがたくさんあると良いな、さーちゃん!」

 

 

すーちゃんが、ニカッと笑みを浮かべた。

・・・私も、笑顔を見せます。

その時、ふと猫の人形みたいな妖精さんが、鯨船に乗る人の列に並んでいるのが見えた。

 

 

「・・・ルイーゼは元気にしているだろうか・・・」

 

 

・・・バロン先生、何でいるんだろう。

いや、引率の先生だってことは、わかってるんですけど。

と言うか、ルイーゼさんって誰だろう・・・。

 

 

でも、とにかく・・・私達は、新オスティアに行きます。

きっとそこで、アリア先生に出会えると信じて。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「おねーちゃんも、僕を一人にするの?」

「え・・・」

 

 

それは・・・その言葉は、いつだったか。

いつか、私も言ったことがあるような台詞でした。

そして、その言葉の意味する所は・・・。

 

 

それに対して私が少し放心していると、ウィル君と同じくらいの子供達が・・・青空教室の子供達が、ワラワラと、私の傍にやってきました。

中には私の前に立ち、その小さな手を一杯に広げる子供もいました。

子供・・・それもまだ一日しか、わずかの時しか付き合いの無い難民の子供達が、私を守ろうと。

私が言えた義理では無いですが・・・この子達、無茶が過ぎませんか。

武器の前に身を投げ出すとか・・・。

 

 

・・・ああ。

エヴァさん達は京都で、そしてそれ以降も・・・こんな気分を味わっていたのかもしれませんね。

庇われる側になって、初めてわかったような気がします。

 

 

「貴方達、逃げろと言った・・・」

「ああ、もう・・・ゴチャゴチャうるさいんだよ、難民風情が!」

「・・・うるさいのは、お前だ!」

 

 

ダンッ・・・と地面を蹴り、いったん空中に飛んでから、虚空瞬動で下へ。

連合の士官と子供達の間に入ります。

私を守ろうとする者を、守るために。

 

 

パシッ・・・と音をたてて、士官の持つ斧槍(ハルバート)の柄を右手で握ります。

火属性の魔法でも充填されていたのか、ジュッ・・・と肌を焼かれる感触に、軽く顔を顰めます。

・・・このような余熱までは、魔眼で対処できませんからね。

 

 

「な、お、お前・・・ぼ、僕は議員の息子だぞ・・・!」

「そうですか、私は女王の娘です」

「うなっ!?」

「・・・ですが」

 

 

グッ・・・と、斧槍(ハルバート)を握る手に力を込めます。

単純な腕力であれば、小娘の私が成人男性に拮抗し得るはずもありませんが・・・。

 

 

「ですが、私は貴方とは違います。親が誰だとか、親の権力がどうだとか・・・そんなことには関係なく、私は私であり続けます。貴方のような小汚い豚や、身勝手に私を頼るしかできない者の良いようにされるのは、甚だ不快なのですよ!」

 

 

詭弁だ。

現に私は、母親の名をもってこの場を収めようとしています。

私が、私だけの物でなくなる感触。

不快・・・とても苛々する。

 

 

けれど、私が歩く道は私が作る。作りたいのです。

でも、もしそれが不可能な願いだと言うのであれば・・・。

 

 

「権力が欲しいなら、自分の力で手に入れなさい。他人を好きにしたいなら・・・他人に好きにされたくないのなら、他人に命令されない位置に、自分の力で立ってみなさい!」

 

 

それは半ば、私が私自身に言い聞かせているような言葉でもありました。

自分が、自分を好きにできるだけの力。

自分の好きな人達を、彼らの好きな生き方を保障できるだけの力。

極端に言うのであれば。

 

 

元老院や・・・他の、私の大嫌いな人達が、私の道を妨げることができないだけの力。

嫌いな奴らに、好きにされずにすむ力。

つまり、権力。

 

 

「自分のことは・・・自分で決めなさい!!」

 

 

私の、一番好きな言葉。

そして今まで、いえ、これからも自分に戒めていくだろう言葉。

・・・たぶん、私から一番遠い言葉でもある。

 

 

キィンッ・・・と、左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が輝きを増します。

士官の持つ斧槍(ハルバート)に充填された魔力を奪い、一瞬だけ私の力が相手を上回ります。

斧槍(ハルバート)ごと、士官を押しのけます。

明らかに訓練などしていないように見える彼は、無様に尻餅をついてしまいました。

 

 

私はそれを見下しながら、キャンプの敷地外を指差して。

 

 

「さぁ、今すぐに出て行きなさい! それとも、自分の足で出て行くのは嫌ですか!?」

「ぬ、む、むむぐぅぅ~・・・!」

 

 

士官は、顔を赤くした後青くして、さらにまた赤くして・・・憤然と、立ち上がりました。

そして、未だ動かずにいる自分の部下達を振り返ると。

 

 

「お、お前達、何してるんだ! 早くこいつらをやっつけろ!」

 

 

ありがちな・・・出て行けと言ったのが、聞こえなかったようですね。

そう思った私が、左手に『千の魔法』を発言させた、その時・・・。

 

 

ガコンッ。

 

 

場の雰囲気にそぐわない、間抜けな音が響きました。

地面に落ちたそれは・・・底に穴の開いた、バケツでした。

それを頭にぶつけられた連合の士官も、私も、どこか惚けたようにそれを見ていました。

そして、我を取り戻した士官は。

 

 

「だ、誰だ、誰、が・・・」

 

 

彼の声は、次第に萎んで行きました。

彼の視線の先には・・・。

 

 

難民の群れ。

 

 

「・・・出て行け・・・」

 

 

その言葉は、誰の口から発された物でしょうか?

わかりませんが・・・ただ。

無数の難民が、共通の気持ちで、連合の士官や兵を見ていました。

そしてそこからは、堰が切れたように。

 

 

「出て行け!」「出て行け!」「出て行け!」「そうだ、出て行け!」「連合出て行け!」「ここはオラ達の土地だぁっ!」「そうだ!」「私達の子供に何すんのよ!」「連合を倒せ!」「出て行け連合!」「オスティア人を殺すな!」「連合が悪いんだ!」「出て行けー!」「ウェスペルタティアの主権を返せ!」「姫様を殺させるな!」「出て行け、お前達なんていらない!」「占領軍出て行け!」「姫様を守れ!」「そうだ、姫様を守れ!」「俺達の王女様を守るんだ!」「メガロメセンブリアを許すな!」「虐殺を許すな!」「連合の軍は今すぐに出て行け!」「ウェスペルタティアの王女を二度と連合に渡すな!」「連合の専横を許すな!」「出て行け!」「帰れ、連合帰れ!」「占領軍帰れ!」「王女様を守れ!」「私達の姫様を守れ!」「王国万歳!」「圧制者を倒せ!」「出て行け!」・・・。

 

 

暴発した。

 

 

 

 

 

Side ライラ・ルナ・アーウェン

 

不味い、暴発した!

しかもその暴発の感情の波は、次々に連鎖しているようだった。

元々、鬱屈した感情を胸の奥深くに溜めこんでいた人々・・・群衆だ。

しかし、今まではそれがギリギリのラインで保たれていた。

 

 

20万・・・いや、このオスフェリアだけでも8万の群衆。

それは存在するだけで秩序と整理に対して重圧をかける、難民と言う名の重圧を。

全てに火がつけば、手のつけようがなくなる!

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!」「王女殿下万歳!」「圧政者を追い出せ!」

 

 

それは、あまりにも情緒過多な叫びであるように、私には思えた。

だが最初は小さな声だったそれらが、「王女」と言う象徴を得たことで、急速に熱狂と陶酔の度合いを高めて行く様を私はこの目で見ていた。

集団心理の過熱は、外から見ている者にとっては、不気味でしか無い。

 

 

「そうだ、姫様を守れ!」「連合は悪の権化だ!」「王女殿下を守れ!」

 

 

しかも、姿は見えないが、明らかに民衆を扇動している奴がいる。

難民は、警備人員の何倍もの人数だ。

そしてそれは、連合の兵にも言えることだ。

いや、占領者・・・侵略者である彼らにとっては、私達以上に深刻な脅威として。

 

 

「ぎゃぴっ・・・ぎひっ、ひぶっ、や、やめ―――――!」

 

 

先程からやたらと目立っていた連合の士官が、群衆の波の下に埋まるまでに、そう時間はかからなかった。

それを助けようともせず、キャンプの敷地の外にまで退避していた他の連合兵は、遠巻きにそれを見つめている。

今の所難民の鎮圧行動には出ていないが、いつまでもそれが保証されるわけでも無い。

士官の次は自分達だと気付くのに、それ程時間はかからないだろうから。

 

 

だからそれまでに、難民達に秩序を取り戻さなければならないなの!!

・・・いけない、興奮してまた語尾に変な癖が。

 

 

「セルフィ、ユフィ!」

「はい、ライラ。怖くは無いです、本当です」

「ここにいるよ。しかし、可愛くも美しくも無い状況だな・・・」

 

 

私は、私と同じように警備を任されている仲間2人を呼んだ。

一人はセルフィ・クローリー。浅黒い肌と淡黄色の髪を持つ、ヘラス族と人間のハーフ。

私の傭兵仲間でもある。だからわかるが、怖く無いと言っているのは半分くらい嘘だと思う。

もう一人はユフィーリア・ポールハイト、通称ユフィ。

膝裏まである黒髪と、顔の右半分が隠れる程の前髪の長さが特徴的な美女で、傭兵では無いが、エルフの血を引いていると聞いている。

 

 

「混乱の拡大を抑えたい・・・何か良い方法は無い?」

「とりあえず、アリカ様のご息女をこの場から離そう・・・可愛いし」

「私は、まず他のエリアとここを隔離すべきだと思います」

「・・・なるほど、ではまず・・・「『爆煙舞(バースト・ロンド)』!」・・・何だ!?」

 

 

私達が短い、しかし重要な協議を終えようとした時、空中に音と光の派手な、それでいて威力の無い爆発音が響き渡った。

それに驚いたのか、群衆が皆動揺し、わずかだが止まった。

 

 

群衆の中心から声がしたかと思うと、難民達は揃って数歩下がった。

そこにいたのは・・・。

 

 

身を屈め、両手で抱えるように子供達を庇っている、白い髪の少女だった。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

「バカですか・・・貴方達は!」

 

 

王女殿下の怒声が、その場に響き渡った。

殿下がその場に立ち上がって片手を横に振るうと、それに弾かれたかのように、周囲の難民が数歩下がる。

それを鋭い目で睨みながら、王女殿下は子供達を立たせている。

服についた土埃を払ってやり、頭を撫で、涙を流している者がいればそれを拭いてやって。

 

 

王女殿下ご自身も土埃に汚れてしまっているが、それを気にした様子も無い。

ただ・・・子供達に対しては、優しいお顔をしておられた。

 

 

「・・・私にまったく責任が無い、とまでは言いませんが・・・」

 

 

対して、難民・・・いや、私達に対しては、厳しいお顔を見せた。

 

 

「一時の感情に支配され、守るべき子供達を押し潰そうとするなど・・・愚劣を極めます! 学校で先生に何を教わって来たのですか!?」

「・・・お、お言葉ながら!」

 

 

反射的にではあるが、私は言葉を返した。

臣下としてあるまじき行為であるし、何より私自身、難民を御しきれずに殿下や子供達の安全を保てなかったとは言え・・・難民を全否定させるわけにもいかない。

私は難民達を押しのけて―――短い騒ぎの中で殿下から離されてしまった―――殿下の前に戻る。

 

 

「お、お言葉ながら、難民の中には学校にも行けず、また親もおらぬ者も多くございます。20年と言う歳月と彼らの事情も、どうかご一考頂きたく・・・」

「・・・そうですか、失言でした。申し訳ありません」

 

 

王女殿下はご自分の非をお認めになり、数瞬目を閉じて沈黙された。

その後、再び目をお開きになると、多少は感情を抑制された様子で・・・。

 

 

「・・・それでも、行為を正当化する理由にはなりません。親なら・・・いえ、大人なら、子供を守ってください。これは、私の心からのお願いです」

 

 

そう言って目を伏せる王女殿下を、難民達は、そして私は半ば呆然として見つめていた。

それは、動揺と・・・新鮮さを含んだ視線だったと思う。

アリカ様を直接知る者も、また話にしか聞いたことの無い者でも・・・。

 

 

王族から「お願い」される、などと言うのは、初めてのことだったはずだから。

アリカ様は、私達を守り、強力に導いてくださったことはあっても・・・。

アリア殿下のように対等かそれ以下にまで、下がってきてはくださらない方だったからだ。

 

 

「ぴぎっ・・・ひ、ひぎっ・・・」

「・・・『千の魔法』№93、『我は癒す斜陽の傷痕』」

 

 

殿下が黒い本を開き、何らかの魔法をかけた。

その対象・・・連合の参事官の痣だらけだった顔や、折れ曲がった足などが、みるみる内に治癒されていった。

何だ、あの魔法は・・・。

 

 

「お、王女殿下!? 何を・・・」

「・・・勘違いなさらないでくださいね」

「ひょ・・・な、何を?」

 

 

呆然と殿下を見上げる参事官を、王女殿下は背筋が震える程冷たい目で見下していた。

 

 

「私は貴方を助けたわけではありません。ただ・・・子供の教育に悪い、それだけです」

「こ、こどっ・・・」

「私が子供達を連れ出す前に、立ち去った方が賢明でしょうね」

 

 

子供達の肩を抱き、優しいお顔で歩き始めた王女殿下は、しかし辛辣極まりないことを言った。

 

 

「・・・今度は私も、止めようとは思いませんので」

 

 

王女殿下が平坦な声でそう言った後、参事官が慌てて逃げ出したのは言うまでも無い・・・。

・・・最後まで逃げ切れたかは、あえて言わない。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

影の人との戦いの怪我も何とか治って、それでもネカネお姉ちゃんが泣きながら「寝てなさい!」って言うから、寝ていたら・・・。

 

 

「よし、これから俺がお前に修行をつけてやるぜ!」

「え・・・ラ、ラカンさんが!?」

「良かったですね、ネギ」

 

 

ベッドの上であの影の人との戦いに向けてどう修行しようか考えていると、エルザさんがラカンさんを連れてきてくれた。

昨日は怪我のせいで意識が朦朧としていて、よく見てなかったけど・・・。

やっぱりこの人、父さんの仲間だ!

 

 

京都で見た、あの写真の人!

昨日もあの影の人を簡単に撃退していたし、きっと凄く強い人なんだ・・・もしかしたら、クウネルさん・・・マスターよりも。

 

 

「で、でもネギ・・・貴方はまだ病み上がりなんだから、修行なんて・・・」

「大丈夫だよネカネお姉ちゃん、だってラカンさんは父さんの仲間なんだよ!」

「え、な、何の関係が・・・?」

 

 

ネカネお姉ちゃんが、困惑したような声を上げた。

けど僕は、「HAHAHA」と笑っているラカンさんの方を見ていたから、ネカネお姉ちゃんがどんな顔をしているかはわからなかった。

 

 

「でも、どうして急に僕に・・・?」

「あん? そりゃあお前、報しぐふっ!?」

「・・・?」

 

 

ラカンさんが、急に言葉を止めた。

何か、エルザさんがやたらとラカンさんに近い位置に・・・。

 

 

「・・・ジャック・ラカン氏は、ナギ・スプリングフィールドの息子である貴方のために何かしたいとお考えなのです」

「いや、別にナギのやろーは・・・・・・まぁ、そう言うことだな!」

 

 

い、今、エルザさんが指を3本立てたのは何なんだろう?

 

 

「何も心配はいりません、ネギ」

 

 

エルザさんは、いつも通りの無表情でそう言った。

 

 

「ネギは自分だけの努力により自分だけの力を得、そして自分だけの結果を手に入れるのです。何も問題はありません。あろうはずもありません。後はレールを走るだけで良いのです。わき目も振らず、ただ走るだけで良いのです」

「エルザさん・・・」

「オスティアの大会への出場権は、私に任せておいてください」

「え、でもそれは・・・」

 

 

エルザさんだって、影の人との戦いで、血を吐いたりしていたのに。

それに、エルザさん一人に押し付けて僕だけ修行するなんて。

 

 

「風土病に罹っておりましたが、完治しました。それに・・・」

「それに・・・?」

「オスティア行きはもう決まっていますので」

「え・・・?」

 

 

決まってる・・・自信の表れなのかな。

でも、何か・・・ニュアンスが。

そんな僕に、ラカンさんが力強く声をかけてきた。

 

 

「まぁ、アレだ。とりあえずお前専用の必殺技を考えてきた・・・その名も、『エターナルネギフィーバー』!!」

「・・・ネギ、やっぱりこの人はやめておいた方が・・・」

「でもネカネお姉ちゃん、この人は父さんの仲間なんだよ!」

「・・・・・・そうね」

 

 

ネカネお姉ちゃんは、何かを諦めたみたいだった。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「閣下、これはいったいどう言うことですか!?」

「ふむ、どう言うことか、とは何のことかね?」

「とぼけないで頂きたい!」

 

 

ダンッ、と机を叩いて叫ぶのは、私の派閥に名を連ねている元老院議員の一人だ。

まぁ、とどのつまりは私の捨て駒の一人だ。

大きな腹を机に押し付け、顔を真っ赤にしている。

 

 

「私は閣下の言う通り、息子の部隊をオストラに派遣したのですぞ!」

「ほぉ、キミの息子は兵役に従事しているのか、感心だな」

「感心など・・・しかもです、現地で民衆が暴動を起こし、息子は・・・!」

「まぁ、落ち着きたまえ」

「落ち着けるはずが無いでしょう!!」

 

 

アリアドネーに私の手駒を送ることは難しい。

そこで戯れに、私の可愛いペットの一匹をたまたま偶然、アリアドネー国境近くで心苦しくも捨てたのだが・・・。

それが、こんな結果になろうとはな。

 

 

多少、予想外のリアクションもあったが・・・。

まぁ、表に出てきてくれれば、こちらにもやりようはあると言う物だ。

 

 

「それも、アリアとか言うウェスペルタティアの末裔まで出てくるとは、どう言うことですか!?」

「ほぅ、ウェスペルタティアか」

 

 

ふん、ゲーデルめ・・・。

今頃は旧王国領全域の掌握に動いているのだろうが、そうは行くか。

 

 

「閣下!!」

「ああ、わかったわかった・・・アルトゥーナ君」

「え・・・は、はい・・・何でしょう・・・」

 

 

部屋の隅で息を殺して立っていたミッチェル・アルトゥーナに、戯れに声をかけてみる。

グレーティアの躾が効いているのか、とりあえず自室からは出るようになった。

 

 

「この件、キミならどう処理するね?」

「閣下! このような小僧・・・!」

「まぁまぁ・・・で、どうだね?」

「え・・・そ、それは・・・」

 

 

アルトゥーナ君は、逡巡しながらも、自分の考えを述べた。

気弱な気性は変わらんが、これもグレーティアの躾の結果かな。

鞭打ち100回は流石に効いたと見える。

 

 

「・・・じ、事実を明らかにする・・・べきかと・・・」

「ほう、一理あるな。ではそうするとしよう・・・グレーティア!」

 

 

私が呼ぶと、グレーティアが数名の兵士を連れて執務室に入っていた。

その兵達は私の前に立つ元老院議員を両脇から拘束する。

 

 

「か、閣下、何を!?」

「元老院への虚偽報告、ならびに冒涜の罪で逮捕するのだよ」

「虚偽!? 冒涜!? いったい何のことです!?」

「ウェスペルタティアの血統などこの世には存在しない、それが事実だ。何故なら元老院がそう定めたのだからな」

「な、しかし事実としてオストラには・・・!」

「ほう、キミは元老院の公式見解に異を唱えるのだね? 反逆の嫌疑も加えねばならんな」

「なっ・・・!?」

 

 

絶句した彼を連れて、兵士は下がった。

後には私と、グレーティアとアルトゥーナ君が残る。

 

 

「・・・彼はどう処置いたしますか」

「そうだな、ケルベラスの処刑場にアリカ女王がいるかどうか自分で確認させてやれ」

「は・・・」

「・・・ああ、アルトゥーナ君、なかなか良い意見をありがとう。やはりキミには才能があるようだ」

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ・・・」

 

 

グレーティアに睨まれて、アルトゥーナ君は静かになった。

うむ、意見を求められていない時には喋らなくてよろしい。

 

 

「しかし、どうなさいますか? 現実としてウェスペルタティアの姫が現れたと言うのであれば、厄介な問題になるかと思いますが」

「何、問題と言うほどのことでも無い、かねてよりの計画を前倒すだけだ。それに責任をとるのは主席執政官のダンフォードであって、私では無い」

「そうですが、失点にはなるのでは無いでしょうか?」

「それが誰にとっての失点かによるな・・・まぁ、そんな無駄話は良い。それよりもグレーティア、私もリカードの使節団と共にオスティア記念祭に行くことにする」

 

 

あの<銀髪の小娘>のおかげで、いささか歪ではあるが・・・。

その場でネギ・スプリングフィールドを拾い、計画を実行に移す。

 

 

「ネギ・スプリングフィールドを首班に、旧ウェスペルタティアを独立させる。すでに西部は掌握しているのだから、不可能では無い。できれば全域を掌握してからにしたかったが・・・」

「そう上手く行くでしょうか」

「行かせたい物だな。ネギ・スプリングフィールドとその仲間は、オスティアに入り次第恩赦を与えて指名手配を解除しろ」

「・・・は」

 

 

肩書きは、そうだな首相とでもしようか。

ふふ、史上最年少の首相だろうな・・・王にすると連合加盟国がうるさいし、何よりウェスペルタティア王家の問題もある。

ウェスペルタティア西部の民衆の総意によって、いやいやあるいは西部諸侯に統治権を譲渡させて、大公とでも名乗らせても良いかな。

 

 

あの小僧を使い、オスティアを手に入れる。

そして私は、世界を救った偉大な指導者として歴史に名を残すのだ。

エルザも、その為に用意した私の天使(エンジェル)なのだからな。

 

 

「記念すべき独立宣言は、そうだな・・・」

 

 

記念すべき行動には、記念すべき日が相応しい。

 

 

「オスティア終戦記念祭初日、9月30日に行うとしよう」

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様が、エンテオフュシア姓を名乗られた。

オストラ伯は亡くなられたが、その代わり彼の地はアリア様に譲渡された。

 

 

ただこれは、アリア様が自ら能動的に動いた結果ではありません。

オストラ伯と難民に半ば強制された物であって、自ら権力を握る決意をされたわけでも、民衆の上に立つ決断をされたわけでも無い。

と言うより、今のアリア様にその決断ができるとは思えない。

 

 

「だから私が、いろいろアレコレ用意していたと言うのに・・・」

 

 

何も難民と言う、最悪の箇所を見せてからでなくても良いでしょうに。

まずはオスティア、そしてウェスペルタティアに好意を持っていただいて、それからでしょうに。

魔法世界への好意をアリアドネーで培っていただいている間に誘拐とは・・・。

国際問題ですよ、コレ。

 

 

「まぁ、そうは言っても状況が動いたのなら・・・」

 

 

とりあえず、オストラに20万人分の食糧を送らなければならないでしょう。

まずは穀物を中心に200トン、最終的には万単位で。

痛い出費ですが、仕方がありません。まさかこんな段階でアリア様に失敗させるわけにはいかないのですから。そうでなければ、逆にアリア様の身が危ない。

瞬く間に、この事実は世界に広がるでしょうし・・・。

 

 

となると、運輸だけでなく法務・政治に精通した人材を融通する必要もあります。

正直、総督権限でそこまでのことをするのは厳しい・・・。

 

 

・・・見切り発車も甚だしいですが・・・。

 

 

私は手元の端末を操作し、従卒の少年を呼び出しました。

従卒の少年は、すぐに部屋にやってきました。

 

 

「何か御用でしょうか。もうすぐ終業時間なので、手短にお願いいたします」

「残業手当は出して上げますから、働きなさい」

 

 

軽口と承知の上で、そんな会話をします。

私が表情を引き締めると、従卒の少年も自然、真剣な顔を浮かべます。

 

 

「地表の廃都の神殿を押さえなさい、アリア様が到着次第、王位継承の儀式を受けて頂くことになるでしょう。それと、新オスティア地表内部の秘密ドックのあの艦の整備を急がせなさい」

「はい、オスティア人で構成される直属の二個中隊を神殿に派遣。秘密ドックの艦については、いつでも発着できるとの報告を受けています」

「よろしい。では次にオストラへの人材・食糧支援を強化。政治顧問としてキュレネ嬢、軍事顧問としてジャクソン将軍を派遣なさい。運輸については、帝国からニアルコス氏を呼び戻すように」

「すぐに手配いたします」

「地方に散っている旧ウェスペルタティアの軍人・官僚・民間有力者に暗号通信、内容は『God Save the Queen』・・・それで全てが動き出します」

「は、すぐに」

「それから外交的には・・・」

 

 

その後もいくつかの指示を出して、私は従卒の少年を送り出しました。

部屋に残るのは、私一人。

・・・これで、完全に連合に弓引くことになるでしょうね。

 

 

「・・・アリア様を王位につけ、旧ウェスペルタティアの独立を宣言する。すでに東部はオストラを中心にアリア様の傘下に入ると見て良い・・・新オスティアを中心に中央部は私が押さえる」

 

 

後は、旧ウェスペルタティアの勢力を糾合できるか、人心はアリア様に靡くか、そのためにどのような情報と飴を与えるか・・・。

 

 

「独立宣言は、オスティア記念祭当日・・・ではなく」

 

 

記念日に固執しても、仕方がありませんしね。

 

 

「その前日、9月29日とします」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

パタンッ。

小気味良く、それでいて静かに絵本を閉じました。

私の周りでは、難民の子供達が数名、健やかな寝息を立てています。

 

 

私のために用意された寝室のベッドは、正直私一人には広すぎます。

と言うか、天蓋付きベッドとか、狙いすぎでしょう。

 

 

「・・・おやすみなさい」

 

 

子供達にそう囁いて、最後に隣にいるウィル君の頭を一撫でし、私は子供達を起こさないように注意しながら、ベッドから抜け出しました。

さて、子供が寝るべき時間を過ぎても眠ることができない我が身・・・。

 

 

「おねーちゃん」

 

 

猫のように足音を殺しながら部屋から出ようとした時、不意に声がしました。

 

 

「僕、知ってたよ」

「・・・」

「でも、おねーちゃんは言わないでいてくれたから・・・」

 

 

・・・何を知っていたのかと言うのか。

そして私が何を言わなかったのか。私はあえて何も言いませんでした。

 

 

「・・・おやすみなさい、ウィル君」

 

 

ただそれだけを言って、私は寝室を出ました。

難民の子供。難民・・・民か。

 

 

『オスティアの民は、私にとって身内だからじゃ』

 

 

学園祭で出会った幻の母は、私にそう言いました。

民が身内であると言う考え方は、私には良くわかりません。

会ったことも無い人間の集団を、身内と呼べるものでしょうか。

 

 

それも、自分に縋りつくしかできない者達を相手に。

自分で立てもしない者達に。

私には、わかりません。

 

 

「ああ、もう・・・全て投げ出して平然とできる性格なら、どれほど楽か・・・」

 

 

でも、ここまでしておいて、「後は知らない」と放置するのははたして可能なのでしょうか?

可能だとして、許されるのでしょうか。

・・・それは、父様や母様の悪い部分を、私が繰り返すことになるのではないでしょうか?

 

 

・・・私はどうすれば良いのですか、エヴァさん。

ここでエヴァさんに救いを求めること自体、身勝手なのかもしれませんが・・・。

 

 

「・・・王女殿下だ!」

「え・・・」

 

 

自然、城の出口に足を向けていた私は、エントランスホールに出た際、階下に溢れる民衆・・・難民達の姿に、半ば唖然とした表情を浮かべました。

そう言えば、城の中にも・・・と言うか、外にまで列ができているようなのですが。

何人かの女性の警備兵が、躍起になって秩序を保とうとしているようです。

 

 

「王女殿下ー!」「王女様ー!」

 

 

口々にそう叫ぶ難民達の姿に、私は思わず一歩、よろめくように下がります。

その際、ジョリィが私の傍に駆けて来て、跪きながら。

 

 

「彼らは、王女殿下に忠誠を誓約しているのです」

「勝手に誓約なんてされても・・・」

 

 

王族としてはもとより、政治のせの字も知らない小娘に。

今日会ったばかりの、それもただの10歳の小娘に、忠誠?

喜劇にしては、まったく面白くも無い。

現実としては・・・。

 

 

最悪です。

 

 

「王女殿下万歳!!」

「ウェスペルタティア王国万歳!!」

「アリア王女殿下万歳!!」

 

 

『オスティアの民は、私にとって身内だからじゃ』

 

 

母様の言葉が、再び甦ります。

これを見ても、母様は同じことを私に言うのでしょうか。

この、熱に浮かされたような難民達を見ても・・・。

 

 

 

「「「「アリア王女殿下万歳!!」」」」

 

 

 

身内だと、言えるのでしょうか。

私には、わかりません。

 

 

 

 

数十万の民衆に担がれる今の私を見て、呆れていらっしゃいますか・・・。

シンシア姉様――――――。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
たとえ何十万の人間がアリア先生を必要としたとしても、私達に勝るものではありません。
ただアリア先生としては、難民や民のことを鬱陶しく思っていても、日頃から嫌悪を表明している両親のように、それを切ることができないのでしょう。
それは美徳ではありますが・・・。
でも私としては、甘いお菓子はアリア先生にのみ作ってさしあげたいと思います。
私は、悪の魔法使いの従者。
必要とあらば、私は名も無き難民を切り捨てることができます。


新規で使用した魔法は、以下の通りです。
爆煙舞・消火弾:伸様提供、スレイヤーズから。
我は癒す斜陽の傷痕:グラムサイト2様提供、魔術士オーフェンから。
そろそろ、魔法のリストも作るべきでしょうか。

投稿キャラクターは・・・。
セルフィ・クローリー:ながも~様提案。
ユフィーリア・ポールハイト:Hate.revolve様提案。
ありがとうございます。


茶々丸:
次回、オスティア祭に向けた前準備段階の話をします。
そしてアリア先生はまた一つ、退路を断たれることになります―――――。


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第6話「小娘と王女」

ここから、わかる方にのみわかるパロディ要素がガンガン入ります。
パロディ等が苦手な方々は、ご注意ください。
では、どうぞ。


Side ジョリィ

 

王女殿下がこの地に居を定め、政務に就かれてから3日が経った。

一時は食糧の備蓄も尽きどうなるかと思ったが、クルト様のはからいで食糧や水、生活品などの支援物資が届き、急場を凌ぐことができた。

 

 

「さぁ、皆順番に並びなさい! 王女殿下のお膝元で、醜態を見せないように!」

 

 

私が今何をしているかと言うと、難民に対する炊き出しを行っている所だ。

難民には、穀物や野菜などを中心に数日に一度1キロ程食糧を配給している。

しかしそうは言っても、十分な量では無い。

なので、こうして度々炊き出しをして、不足分を少しでも埋めようとしているわけだ。

 

 

王女殿下の出現による人心の動揺、と言うよりも興奮は、3日目ともなれば多少は冷める。

難民達は、とりあえずは今日生きるためには食べなくてはならない、と言うことを思い出したようだった。

 

 

「こんにちは~」

「む・・・おお、シサイ殿!」

「やだなぁ、呼び捨てで良いのに・・・よいしょ」

 

 

大きな荷車に野菜をたくさん乗せてやってきたのは、一見ミノタウルスのような容貌をした獣人の青年だ。

名前は、シサイ・ウォリバー殿。

オスティア難民の女性と、ここオストラ出身の男性が結婚して生まれた子で、今は食料品店を営む両親の手伝いをしている。

 

 

この難民キャンプにも格安で野菜等を卸してくれるので、非常に助かっている。

炊き出しや配給の量も少し増えるし、言わばこの領地の恩人の一人、呼び捨てになどできん。

 

 

「よいしょ・・・今日は、白菜が安く入ったんです」

「いつもすまない、領を代表し、また王女殿下に代わって礼を言う」

「いや、本当に良いんですってば! あ、それよりも王女様って・・・本当なんですか?」

「もちろんだ、今も城で政務に従事されている。聡明な方で、いずれはお母君を超える聖君となられるだろう」

「へぇ~」

 

 

シサイ殿は、物珍しげに、少し離れた位置に見える城の方を見た。

それから、肩をすくめて。

 

 

「まぁ、僕はアリカ様のことは話に聞いただけだし、過去のこととか未来のこととかよりも、今日のご飯のことを考えるべきだと思いますけど」

「・・・食糧を卸してもらった後では、反論し辛いな」

「ええっ!? いやそんな顔しなくとも・・・!」

 

 

私の言葉に、シサイ殿は慌てて両手と首を振った。

それから、また城の方を見て・・・。

 

 

「・・・大変だろうなぁ、10歳でお姫様なんて」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「王女殿下、新オスティアからの支援物資の受領書にサインしてくださいな。ほんの50枚程ですわ」

「王女殿下、近隣の諸侯から派遣されてきた特使が会談を求めて来ておりますが」

「王女殿下、資金が足りません。借金か増税か、二者択一ですわ」

「王女殿下、周辺地域から新たに流入している難民の代表者が面会を求めておりますが」

「王女殿下」

「殿下」

 

 

王女殿下王女殿下殿下殿下殿下でんかでんかでんかでんか・・・。

この3日間、私は自分の時間を持つことはおろか、考えをまとめる時間すら与えられませんでした。

 

 

毎日毎日、書類に埋もれたり人と会ったり、書類の山でかくれんぼしたり、知らないおじ様と睨めっこしたり、そんな調子で毎日十数時間・・・。

それ以外の時間と言えば、お風呂とお手洗い、後は食事と就寝の時間のみで、ティータイムすら無いと言うのですから・・・え、それは麻帆良やアリアドネーでもそうじゃなかったかって?

そうかもしれませんね、でも違う部分があるんです。それは・・・。

 

 

「一人にしてください!!」

 

 

悲鳴のような―――と言うか、悲鳴―――声を上げて、私は訴えました。

私はこの3日間、仕事(政務とは死んでも言わない)の間はもちろん、お風呂も食事も着替えも何もかも、常に侍従やら護衛やらにつきまとわれて・・・つまるところ、プライベートが無いのです。

 

 

加えて言えば、麻帆良やアリアドネーでは、私は自分で仕事を作っていました。

今の私は、無理矢理仕事をさせられているわけで・・・つまりは強制労働です。

 

 

「お言葉ですが王女殿下。殿下は今や、ウェスペルタティアを一身に背負う身。万一のことがあれば国が瓦解します。言わば殿下は国家そのもの、これは専制君主制故の欠陥でもありますが・・・」

「・・・別に好きで背負ったわけじゃ・・・」

「何かおっしゃいまして?」

「何でも無いです・・・」

 

 

城内の執務室で私を補佐するこの女性は、アレテ・キュレネさん。

短髪な金髪と抜群のスタイルが魅力な美人さんです。

クルトおじ様が送ってきた政治顧問で、政治のせの字も知らない私に、色々と教えてくれます。

政治哲学の権威で、母様の学友でもあるとか・・・。

 

 

そして私には結局、自分の時間など与えられないわけで。

ひたすらに、20万人もの難民の面倒を見るための仕事に忙殺され・・・擦り切れそうで。

視界が滲んで見えたので目を擦れば、手の甲に熱い液体。

・・・それでも羽ペンを握って、仕事を続けねばなりませんでした。

 

 

仕事が終わるのは、いつも夜遅く。

この頃には、流石の私も心身共に疲れ果て、食事もそこそこに寝室に引き篭らざるを得ません。

機械的に侍従の少女達に着替えさせられて、倒れるようにベッドに沈みます。

 

 

「・・・うぇ・・・」

 

 

シーツを頭までかぶり、ベッドの上で身体を丸めて。

吐きそうな程の疲労感と、グチャグチャな気持ちを抱えて。

このまま人形みたいになるのだろうかと、恐怖に包まれながら。

 

 

何も考えることもできずに、私の意識は闇に落ちました。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

正直、チマチマ基礎修行とかやってられん、めんどっちぃし。

と言うかそもそも、魔法使いの基礎修行のやり方なんてわからん。

俺、クラスで言うと剣士だしな。殴り合いが基本だ。

大体俺には師匠なんていねーし、独力で這い上がって来たわけだしな。

 

 

ぼーずの方も、手っ取り早く強くなりてぇっぽかったし。

聞けばアルのやろーが理論面だけは教えてたみてーだし。

大丈夫かなーって、正直思ってた。

いや、素質はあったんだぜ、このぼーず。そこは間違いねぇ。

 

 

「かはっ!」

「けど、死んじまうかなコレ」

 

 

ベッドの上で血ぃ吐きながら悶えてるネギのぼーずを見ながら、俺はそう思った。

ぼーずが何をしているのかと言うと、今は精神世界で「闇の魔法(マギア・エレベア)」の修得に励んでるはずだぜ。

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)」ってぇのは、エヴァンジェリンの作った禁呪だ。

わかりやすく言えば、攻撃魔法を自分の身体に取り込んで、出力UP・パワーUPを狙う技法だ。

エヴァンジェリンがまだ弱っちかった頃、10年かけて作り上げた「闇の眷族前提」の技術。

それが修得できる魔法の巻物(昔、エヴァンジェリンから賭けで勝って貰った)を貸したんだが、こりゃあ無理だったかぁ?

 

 

ま、死んだらそれまでか。

正直、誰が作ったとか危険があるかとかは一切説明してねぇ。

ただ・・・。

 

 

『正直言ってお前はザコい! だがコレを修得できれば、お前の親父に匹敵できなくも無いかもしれなくもない!』

『ほ、本当ですかラカンさん!』

『おぅよ! まー別にコレでなくとも、仲間の力を借りて当面どうにかするって手も・・・』

『やります!』

『お、おう? だがまー、この技法にも色々と難点とか特性とかがあってな。まずはそこから・・・』

『大丈夫です、やります!』

『まぁ、時間をかけずに超短時間で強くなるなら、これくらいのリスクはアレだが、まず』

『僕、父さんみたいに強くなりたいんです! 今すぐに!』

『・・・あー、そか。じゃ、頑張れ』

 

 

・・・俺、悪く無いよな?

男の選択はいつも命懸け・・・てか、人の話聞かねぇしこのガキ。

そのへんは、ナギのやろーソックリなんだよな。

性格は正反対だがな。

 

 

・・・てか、このガキも変な奴だな。

ほとんど会ったこともねぇ父親に、どうしてそこまで憧れるんだか。

正直、キメェ。

 

 

「げはっ!」

「おー、また死んだか?」

 

 

さて、精神が死ぬのが先か、肉体が限界を迎えるのが先か。

他の連中を放置してでも、偶像の父親を目指すなら。

 

 

これくらいは、当然覚悟してただろ?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

もう・・・何回死んだ?

何回僕は、殺された?

 

 

「闇とは何だ、ぼーや? 光に対する影、昼に対する夜、正と邪、善と悪、秩序と混沌、条理と不条理、だがここでお前に必要なのは、もっとシンプルな力だ!」

 

 

ぜっ・・・ぜっ、と、息が切れる。

僕の周囲は、麻帆良学園の風景になっている、時間は夜。

僕の前には、「闇の魔法(マギア・エレベア)」の巻物の人造精霊である、エヴァンジェリンさんの劣化コピーがいる。

でもコレは幻想だ・・・わかっている、わかってるけど!

 

 

「それは、全てを飲み込む暗き穴にして始まりの闇・・・始原の混沌だ。だがお前は」

「・・・」

「その意味を、知らないだろうがな・・・ああ、いや」

 

 

ズンッ・・・また一撃、氷の槍が、心臓に刺さる。

そうして僕は、何度目かの「死」を迎える。

 

 

「見たくないだけか」

「・・・ああああああぁぁあぁっっ!!」

 

 

その時、ドンッ・・・と、僕の全身から魔力が溢れ出て、力が沸いて来た。

これは・・・この感覚は。

麻帆良で、悪魔と戦った時の感覚!

 

 

全てがクリアになって、全てがゆっくりに見える。

僕の意思よりも速く、身体が動く!

 

 

「ハッ・・・ハハ! そう、それさ! それが闇だ! 貴様の力の源泉にして貴様の初期衝動! 第一動因にして原風景!」

 

 

エヴァンジェリンさんのコピーと互角に打ち合える!

これなら・・・!

けれど、エヴァンジェリンさんが僕の拳を弾き、逆に関節を極めて、右肘を折られた。

が・・・!

 

 

その瞬間、周りの風景が変わる。

そこは、6年前のあの、雪の村。

 

 

そして。

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

白い髪の。

 

 

そこで、世界は壊れる。風景がガラスのように砕けて、崩れ落ちて行く。

後に残ったのは、麻帆良の風景。

それまで間断なく僕を攻め立てていたエヴァンジェリンさんは、どうしてか動きを止めていた。

その目は、とても冷たくて・・・そして同時に、まるで僕を憐れむかのような、そんな目だった。

 

 

「・・・闇の魔法(マギア・エレベア)の神髄はな、ぼーや。全てを飲み込む力だ」

「・・・全てを飲み込む、力」

「善も悪も、強さも弱さも、全てをありのままに、受け入れ飲み込む力だ・・・気付いていたはずだろう?」

 

 

・・・そう、僕は気付いていた。

「それ」が必要なんだって、巻物を開いた時から・・・いや。

ずっと前から、僕は知っていたはずだったんだ。

・・・けれど。

 

 

「お前には無理だ、ぼーや」

 

 

エヴァンジェリンさんの目は、いっそ優しいくらいだった。

 

 

「お前には、闇の魔法(マギア・エレベア)は会得できない」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ここは・・・どこだろう?

なんだか、凄く息苦しくて・・・視界も、白い靄に包まれたようにぼやけてて。

それに、なんだか視点が低いような・・・。

 

 

まぁ、良いかと思い、白い靄のような世界を歩いて行きます。

すると、その内に視界が開けて・・・。

 

 

「おや、来たんだ」

 

 

拍子抜けするくらい、あっさりと。

綺麗な金髪の、どこか飄々とした雰囲気を持った女性。

シンシア姉様が、そこにいました。

 

 

「・・・む? ボクの顔に何かついてるかい?」

 

 

風景は、いつの間にかあの湖の畔で。

私の姿は、あの時の・・・6年前の姿で。

そこに、会いたくて焦がれたあの人がいて。

私は。

 

 

「シンシア姉様あぁっ!!」

 

 

私は迷うことなく、シンシア姉様の胸に向かって、飛び出しました。

シンシア姉様も、にこやかに微笑まれて私を・・・。

 

 

避けました。

 

 

ズシャアッ、と音を立てて地面に転がる私。

・・・あれぇ?

私が転んだまま、しばし混乱していると、不意に誰かに抱きかかえられました。

その誰かとは、もちろんシンシア姉様で・・・。

 

 

「ど、どうして避けるんですか!?」

「いやぁ、お約束かと思ってね」

「何のですか!?」

「はっはっはっー」

「姉様!」

 

 

怒りながら、それでも私は、嬉しかった。

だって、シンシア姉様が傍にいる。それだけで私は嬉しかった。

涙が出そうなくらい、嬉しかっ・・・。

 

 

「はい、ダメー」

 

 

涙と一緒に、色々な物が溢れ出ようとした時、シンシア姉様は私の顔をぺしっ・・・と叩きました。

だ、ダメって何がですか?

 

 

「泣くのは、起きてからにしなね」

「・・・起きる?」

「うん、コレ夢だし」

 

 

夢・・・そっか。

そうですよね、シンシア姉様がいるはず、ありませんものね・・・。

・・・あれ、でも私、今までシンシア姉様の夢なんて、見たこと無いのに。

魔法具で見ようとしたこともありましたが・・・『夢(ドリーム)』とか、でもダメだったのに・・・。

 

 

「ああ、だってキミ、死にかけてるからね」

「・・・え」

「41.8度かな、体温。もう少し熱が上がれば死ねるね」

「・・・死ぬ?」

「過労死になるのかな、コレも」

 

 

過労死、ですか。

まぁ、エヴァさん達から「仕事中毒(ワーカーホリック)」などと言われて暮らしてきたので、ある意味で私に相応しい死に方なのかもしれませんね。

精神はともかく・・・肉体は10歳の小娘、体力がもたなかったと言うことですか。

 

 

新田先生に知られたら、正座どころじゃすまないでしょうね・・・なんて。

 

 

「・・・まぁ、キミの夢の登場人物だけに、過労の原因はボクにも何となくわかるよ」

「ごめんなさい・・・」

「いや、別に謝る必要は無いよ。キミの人生だし・・・ああ、でも、もったいないかな」

 

 

シンシア姉様は私を抱えたまま、どこか面白くなさそうに言いました。

 

 

「放っておけば良いのに、難民なんて」

「でも・・・」

「このままだと、食い潰されるよ?」

「・・・」

「面倒な性格をしてるねぇ、もう少し柔軟に生きれば良いのに」

 

 

それはきっと、そうなのだろうと思います。

エヴァさん達と一緒に、どこかでひっそりと隠れて生きても良かった。

あるいは、フェイトさんと一緒に世界を救いに行っても良かった。

それに、ネカネ姉様やアーニャさん達と一緒に、ウェールズで安穏としていても良かった。

 

 

でも私には、どうすれば良いのかわからなかった。

どれも選びたくて、でも選べなかった、私には。

 

 

「死にたい?」

 

 

私の目の前に、いつの間にかシンシア姉様の手がありました。

そっ・・・と、私の顔を掴んできます。

片手で私を抱いたまま、シンシア姉様の手が私の視界を覆う。

 

 

「このまま、揺れてブレて捻じれて切れてしまうくらいなら、いっそのことここで終わるかい?」

 

 

それも、良いかもしれません。

このまま生きていても、辛いことの方が多いでしょうし。

いっそここで終えても、問題は無い・・・。

 

 

「嫌です」

 

 

それなのに、私の口を吐いて出た言葉は、拒絶。

死にたくない、まだ終わりたくない。

 

 

エヴァさん達と別れたくない。

フェイトさんにまた会いたい。

アーニャさんやドネットさんや、メルディアナの皆と遊びたい。

ネカネ姉様やスタン爺様達だって、まだ助けて無い。

・・・ネギとだって、もしかしたら、もしかするかもしれない。

 

 

『アリア』

 

 

誰かに呼ばれるその名前が、私はとても好きだから。だから『アリア』として生きて行く。

涙も、痛みも、全部きっと、必要なこと。

本当は怖い、でも生きて行く。全部抱えて、嫌な事も受け入れて。

寂しくて辛くて、泣いてしまう日もきっと、あるだろうけど・・・。

 

 

「・・・おっと」

 

 

軽く慌てたような声を上げて、シンシア姉様が私を地面に降ろしました。

すると不思議な事に、視点が少し上がっていました。これは、慣れた位置で・・・。

 

 

「10歳か、大きくなったね」

「あ・・・」

 

 

いつの間にか、私は10歳の身体になっていました。

息苦しさも、幾分楽になっていて・・・。

 

 

「まぁ、そうだね。難民の面倒を見ると考えるのではなく、難民を使う、くらいの気持ちでやれば良いんじゃない?」

「使う・・・?」

「キミは何故か、小難しい性格に育っちゃったからねぇ・・・」

 

 

・・・エヴァさん達にも、同じようなことを言われたような気がします。

 

 

「よっと」

 

 

ぐりんっ、と、シンシア姉様が私の頭の少し上に手を掲げて、何かを回す仕草をしました。

瞬間、ガチリ、と何かが嵌まる音が、頭の中で響きました。

な・・・?

その動きに合わせるように、私の視界が暗転します。

 

 

「それじゃ、キミのファミリーによろしく」

 

 

それを最後に、私の意識は再び闇に・・・。

 

 

 

・・・。

 

 

・・・・・・?

 

 

「・・・ぁ・・・?」

 

 

うっすらと目を開くと、そこは・・・いつもの現実で。

 

 

「・・・オ、オ・・・ゴ・・・ン」

「何、本当・・・チャゼロ!? ・・・リア!」

 

 

ベッド・・・? 天蓋付きの、城のベッド・・・?

横から声がしたので、気だるさを感じつつも、そちらを見ます。

そこには、輝くような金髪の・・・。

 

 

「・・・ねえさま・・・?」

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・ねえさま・・・?」

 

 

な、何? 姉様だと・・・?

何の話だ。まぁ、熱に浮かされてうわ言でも言ったんだろう。

 

 

「お、おいアリア、大丈夫か?」

「・・・え、ぁさ・・・?」

「な、何だ? 水か? ちょっと待ってろ、今水差しを・・・」

「エヴァさん!!」

「ぬ、ぬおぉおっ!?」

 

 

私が枕元の水差しに手を伸ばした瞬間、アリアはベットから飛び出そうとして失敗し、私の腰のあたりに顔をぶつけるような体勢になった。

もちろん、私にはそれを支えられるはずも無いから、2人して床に倒れることになった。

私が下、アリアが上だ・・・え、何だコレ!?

 

 

「アーアー、ナニヤッテンダヨ」

「う、うるさいっ、見てないで助けろ!」

「エヴァさっ、エヴァさ、え、ぇあ、さっ・・・!」

「え、う、お、おお?」

「えぁっ、う、うううぅぅううえあああぁぁぁ・・・っ!!」

 

 

アリアは、私にしがみついて、声を上げて泣いた。

私は、倒れた際に空中に投げ出された水差しをキャッチしたチャチャゼロと顔を見合わせた。

それから・・・。

 

 

「うええぇぇぇっ、ひぐっ、くっ、えぐっ・・・うううぅぅああぁあぁああぁぁっ!!」

「あ~・・・すまん、遅くなった・・・守れなかった。すまん」

「う、ううぅぅぇっ、えっ、ぐっ、うううぅぅうっ、あっ・・・!」

「・・・すまん」

 

 

私の胸に頭を押し付けて首を左右に振るアリアを、私はただ抱き締めた。

もっと気の利いた言葉をかければ良いのに、碌な事が言えない。

こう言う時、自分のコミュニケーション能力の欠如を思い知る。

泣いている人間を相手にどうすれば良いかなんて、わからない。

 

 

私にはただ、泣き止むまで抱いてやることしかできない・・・。

 

 

「あ~・・・その、アリ「何事ですか!?」ア・・・っと、茶々丸か」

「茶々丸さん!?」

「アリア先生!? 良かった目が覚めぇえええぇ!?」

「ちゃ、茶々丸さぁぁんっ、あ、あいっ、会いたかったああああぁぁぁあぁぁ・・・っ!!」

 

 

・・・何が起こったかって? 言う必要があるのか?

水を汲みに行った茶々丸が帰って来て、それを見たアリアが私から離れて今度は茶々丸の所に行ったんだよ。

で、茶々丸の言葉の途中で2人は抱き合ったわけだ、わかったか?」

 

 

「ダレニセツメイシテンダ、ゴシュジン」

「・・・いや、口に出して言わないと釈然とした何かに押し潰されそうで・・・」

 

 

何だろう、この言いようも無い敗北感は。

アリアドネーの件やら難民の件やらとは、また別種のような気がする。

 

 

「・・・はっ! ダメですアリア先生、まだ寝てなくては・・・(ピッ)・・・ああ、やはりまだ微熱が、37度2分です」

「茶々丸さぁん・・・」

「アリア先生、でも、良かった・・・」

 

 

むぎゅーっ、と抱き合う2人。

・・・う、羨ましくなんて、ないぞ。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリア先生が落ち着かれた後、アリア先生を再びベッドに寝かせました。

今でこそ微熱ですが、一時は42度まで発熱したのです、安静にしなければ・・・。

本当ならここを突き止めた段階で連れ戻すつもりでしたが、アリア先生の体調があまりにも悪かったので・・・。

3日間、眠り続けていたのですから。

アリア先生にそれを告げると、とても驚かれたようです。

 

 

「えと・・・それで、どうしてここが・・・?」

「セラスがお前を見つけた・・・と言うより、お前は随分と目立つ行動をしていたようだからな」

「ああ・・・」

 

 

アリア先生の居場所は、実は5日前には判明していました。

ただ距離が遠く、転移座標も割り出せなかったので・・・3日前、ようやくマスターが影を使用した転移(ゲート)に成功しました。

その際は、私とさよさんとスクナさんはオスティア祭の準備もありましたので、マスターと姉さん、田中さんと晴明さんが行きました。

田中さん(+晴明さん)は、この部屋の前で門番をしています。

 

 

しかし、アリア先生を奪還するはずだったマスターは、アリア先生の容体に驚き、私の所へ。

お祭りの準備はスクナさんにお任せして、私がアリア先生の看病をさせていただきました。

・・・一時は本当に、危なかったのです。

 

 

「・・・えと、仕事は・・・?」

「あんな仕事、お前はしなくて良いんだ」

 

 

そこだけは厳しい口調で、マスターは言いました。

 

 

「あんな腐った家畜共の面倒など、見なくて良い。いや、見させようとする方がどうかしてる。伯爵だか何だか知らないが、まだ生きていたら私が殺していたさ。何なら難民を皆殺しにしてやったって良い」

「エヴァさん・・・」

「さ、帰るぞ、アリアドネー・・・いやもう、いっそのことどこかに隠れよう。私も昔は暗黒大陸の奥地で隠棲していた時期があった。それと同じで・・・皆でどこかに隠れて生きよう、平和に、ただ平穏に」

「・・・良いですね、それ」

「だろう?」

 

 

アリア先生は目を閉じて、マスターの言う生活を想像したようでした。

私も、シミュレートしてみます。

 

 

朝は、スクナさんとさよさんが持ってきてくれる食材で朝食を作ります。それが出来たら、お寝坊さんなマスターとアリア先生を起こしに行きます。その際には、田中さんと360度からその様子を撮影します。たまに姉さんがマスターやアリア先生のほっぺをプニプニしたりします。晴明さんは実は一番のお寝坊さんです。

お昼は、昼食の準備をしながら、リビングから漏れ聞こえてくる喧騒を楽しみます。最近はマリ○カートが我が家の流行なので、ゲームの音と共に皆さんの笑い声が聞こえるのです。さよさんは私のお手伝いをしてくれるのですが、背中にへばり付いているスクナさんのせいで捗らなくて、小さな喧嘩をしたりするのです。

夜になっても、きっと賑やかな時間が続きます。マスターやアリア先生は、魔法薬の配合の数式などを巡って喧嘩をするでしょう。晴明さんはそれを面白そうに見ていて、姉さんはアリア先生の頭の上で、私は羨ましい思いをするのです。田中さんはそろそろ充電が切れるかも。最後には皆でお風呂に入って、ベッドの上で眠るまでお喋り。

 

 

・・・それはきっと、幸福で楽しい時間。

想像するだけで、こんなにも楽しみで・・・実現すれば、どれだけ幸福か。

 

 

「・・・あれは、何ですか?」

「ん? ・・・ああ、あれは・・・」

 

 

マスターが、バツの悪そうな顔をします。

アリア先生が気にしているのは、広い寝室の一角を占める、贈り物の山でしょう。

贈り物と言っても、粗雑な物が多く・・・むき出しの薬草や食べ物、毛布などが多くあります。

 

 

「あれは・・・何だったか、ウィルとか言うガキからとか、他に・・・その」

「・・・外、賑やかですね・・・」

「・・・いや、それは」

「茶々丸さん」

 

 

耳をすませば、確かに外から声が聞こえてきます。

誰かを呼んでいるような声です。

それに気付いたアリア先生は、優しげに微笑まれると、私を見上げて。

 

 

「ちょっと、抱っこして頂けますか?」

 

 

永久保存です。

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

何か、おかしい。

私がそんなことを考えるのも、この世界に来て何度目だろう?

 

 

この空、この大地、この自然、この環境。

どれもこれも、麻帆良には無い、あり得ない景色、人、動物。

見たことも聞いたことも無いような世界。

でも、私は。

 

 

ここにいたことがある。

 

 

「なーんて、そんなワケ無いかー!」

「え、何が?」

「いやいや、何でも無いですー!」

 

 

あははーと笑って、私が見上げてるのって、何だと思う?

骨よ!

 

 

「違うよ! もー何回言ったらわかるのさ、僕は魔族なの! こんな姿魔界じゃ普通だよ!」

「あ、あはは、ごめんなさい、わかってはいるんだけど・・・」

「これだから旧世界人は・・・」

 

 

私は今、一人じゃ無い。

最初は一人だったんだけど・・・と言うか、気が付いたらニャンドマって街で介抱されてた。

そこでしばらく過ごしてたら、ゲートで無くしたはずの仮契約カードが郵便で届いた。

次に、テレビでネギ(お父さんの格好してたけど)が「オスティアで集合!」って。

 

 

ニャンドマの宿屋のおばちゃんにお礼を言って出発したは良いんだけど、そこからが大変。

変な動物(竜とか巨大ミミズとか!)に襲われたり、何故か賞金稼ぎとかに襲われて(その時初めて、指名手配されてることに気付いた)・・・で、水辺で休んでたら服を溶かされる変なタコ・・・イカ? に襲われて。

その時に助けてくれたのが・・・。

 

 

「傭兵結社『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』賞金稼ぎ部門第17部隊、だ」

「な、何ですかザイツェフ・・・さん?」

「いや、名乗らなければいけない気がして」

「は、はぁ・・・」

 

 

今の身体の真ん中にライン(刺青?)の入ったスキンヘッドの大男は、ザイツェフさん。

ちなみにさっきの牛の骨みたいな魔族の人は、モルボルグランさん。

それと、後もう二人いる。

この人達が、私を助けてくれた・・・あ、人じゃないのか、とにかく助けてくれた。

 

 

しかも、新オスティアまで連れて行ってくれるのよ!

渡る世間に鬼はいないわねー!

 

 

「まぁ、仕事だからね。ちゃんと送るよ」

「仕事?」

「うん、キミの賞金額+報酬ってコトになってるから・・・40万ドラクマの仕事なんてそうは無いよ」

「その割に、敵は大したことが無いしな。安い仕事だ」

「あいつも、クニの母親に仕送りができるって喜んでたよ」

「ふ~ん、賞金稼ぎさんにも色々あんのねぇ」

「色々無いと、賞金稼ぎなんてヤクザな仕事、選ばないよ」

 

 

モルボルグランさんは、顔も骨だから表情とかわかんないけど・・・。

色々、あるのかしらね。

 

 

 

 

 

Side ドネット

 

ゲートが破壊されて、魔法世界との連絡が取れなくなってかなりの時間が経った。

こちらはまだ8月の半ばだけど、向こうではもうどれ程の時間が経っているのかしら・・・。

 

 

メルディアナは、何とか落ち着きを取り戻した。

職員の数も足りないし、新規入学希望の生徒の数も減ったけど・・・。

それでも、何とか落ち着いた。

でもある程度本国とぶつかる覚悟をしていたこのメルディアナはともかく、他の魔法学校の動揺はまだ収まらない。

 

 

他にも、旧世界で活動する組織や魔法使い達も、どうすれば良いのかわからず右往左往しているわ。

でも一つだけ、本国の影響を受けず、かつそれなりに力とまとまりを持つ組織がある。

 

 

「<日本統一連盟>?」

『ええ、まだ仮称ですが』

 

 

関西呪術協会・・・いえ、日本統一連盟の長、近衛詠春氏が、通信画面の向こうで微笑んでいた。

関西呪術協会と関東魔法協会の統合は、2ヶ月前に決定されたことよ。

それが、突然前倒しで統合するなんて・・・。

 

 

『魔法と呪術、どちらを優先させるかで名称決定ができなかったので・・・まぁ、妥協の産物です』

「なるほど・・・」

 

 

そうした小さなこと以上に、内部では様々な問題があったとは思う。

でもそれを私に言うほど、彼は甘くない。

 

 

『それで、先日の提案は考えていただきましたか?』

「ええ・・・旧世界の魔法関係者・組織を招いて今回の事態について協議するのは、良いと思います」

 

 

どの道、しばらくの間は魔法世界と連絡を取ることもできないでしょう。

となれば、当面の事後処理と今後の対応について話し合うのは当然。

でも・・・。

 

 

「それでも、旧世界の魔法関係組織全てを統一すると言うのは・・・」

『別に組織を合併する必要はありませんよ。ただそれでも定期的に協議し、決定事項を管理する組織は必要でしょう・・・こうなった以上は、旧世界である程度以上の権限を持つ集まりが必要なはずです』

「それは・・・そうですが。それはつまり・・・」

 

 

旧世界の、魔法世界からの独立!

 

 

そこまでは行かなくとも、魔法世界からの干渉に対して統一した行動を取ることができる。

それはある意味で、旧世界に生きる魔法使い達の意識を変えることになるわ。

 

 

『・・・まぁ、我々だけでそれを話しても仕方が無いでしょう』

「そうですね・・・それで、緊急会合自体は、いつに?」

『そうですね、アメリカやトルコの意向もありますが・・・場所は、日本、麻帆良。日にちは・・・』

 

 

日本の魔法社会を統率する男は、一旦言葉を止めて・・・。

改めて、言った。

 

 

『8月、28日』

 

 

 

 

 

Side アリア

 

茶々丸さんにお姫様抱っこされながら寝室を出ると、何やら寝室前の廊下が凄いことになっていました。

あえて言うなら、そうですね・・・中世的魔法使いと、最新鋭化学兵器の激闘、みたいな。

具体的に言うなら、田中さんとジョリィさん達の激闘、その跡ですね。

 

 

「王女殿下! おのれ、痴れ者共め・・・!」

「・・・問題ありません、ジョリィ。この方達は私の大切な人達ですから」

「は、は・・・?」

「田中さんも、あまり苛めないであげてくださいね」

「無力化ガスヲ使用シテシマイマシタ」

 

 

どこか照れたように、田中さんがそう言いました。

どうやらエヴァさん達を賊と認識したジョリィさん達警備隊と、田中さんとの間で戦闘が発生していたようで。・・・何をやったんでしょう、エヴァさん達。

・・・でも茶々丸さん、さっき水汲んで来ましたよね・・・?

 

 

正直、身体がまだダルいので深く考えるのはよしましょう。

面倒な事態がまた増えた気もしますが・・・。

私は茶々丸さんの服の端を引っ張って、先に進む様にお願いしました。

難しい顔をするエヴァさん達と、警戒心剥き出しなジョリィさん達を引き連れて、エントランスホールへ。

 

 

エントランスホールに近付くごとに、次第にはっきりと聞こえてくるようになりました。

それは・・・難民の声。以前と同じだけの規模で、しかし異なる感情と内容を含んでいます。

 

 

「王女様よ!」「本当だ、王女殿下だ!」「アリア殿下―!」

 

 

そこには以前と同じように、たくさんの難民が詰めかけていました。

ただ前回と違うのは、彼らが色々な物を持っていることでしょうか。

それは食べ物であったり、薬草であったり・・・思い思いの物を。

 

 

「王女殿下、大丈夫ですかー!」「お加減は良いんですか!?」「この薬草、良ければ役立ててください!」

 

 

彼らは、私のお見舞いに来てくれていたのです。

 

 

「・・・説明いたしましょう」

「あ、アレテさん・・・」

「彼らは殿下が倒れたことで、自分達がしたことを省みたのですわ」

 

 

こちらへとゆっくり歩いて来るのは、恐怖の政治顧問(かていきょうし)、アレテさん。

彼女は、階下の民衆を見ながら。

 

 

「一つには、せっかく現れた王女を失うことを恐れた、と言うのもあるのでしょう。でも一方で、10歳の少女に全てを押し付けた後ろめたさが、あのような行動に出させたのですわ」

「・・・勝手だな」

「・・・そうね、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。でも貴女のしたことも、けして褒められたことじゃ無いわね」

 

 

一瞬、エヴァさんとアレテさんの視線が、鋭く交錯しました。

次の瞬間には、視線は外れましたが・・・。

 

 

「それに、病床の王女を思う気持ちも確かにあるのよ。王女殿下、できれば応えてやってくださいな」

 

 

アレテさんの言葉に、私は視線を階下に戻します。

難民・・・民衆は、変わらず私を見上げて、私の身体を案じてくれています。

私がぎこちなく手を振って見せると、民衆の熱狂の度合いはまた上がりました。

う、これには慣れませんね・・・。

 

 

口々に私の名を叫び、王国を賛美します。

でも、悲しいかな。

 

 

「私には、彼らを養ってあげることができません・・・」

 

 

私がいくら頑張った所で、20万人もの人間の面倒を見ることはできません。

無理をすればまた・・・。

その時。

 

 

「・・・なんじゃ、騒々しいのぅ・・・」

 

 

何だか懐かしい、声。

振り向けば、田中さんの腕の中で、身じろぎする人形が一体。

いえ、魂が一つ。

 

 

「・・・こやつらを食わせれば良いのか、まぁ、我に考えが無いでもないぞ」

 

 

 

夢の形で私を助けに来てくれて、ありがとうございます。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side アレテ

 

「失礼しますぞ!」

「あら、えーと、ガルゴさんだったかしら?」

「・・・おお、これは顧問殿」

 

 

執務中に、白髪の老人―――その割に鍛えられた身体―――が、やってきた。

難民をまとめるリーダーの一人だから、顔と名前は知っているわ。

 

 

「王女殿下にお話があって来たのじゃが」

「殿下なら・・・」

「あ、じゃあこれでお願いしますねシサイさん」

「いや、本当呼び捨てで良いから・・・まぁ、父さんに話しておくよ、じゃねー」

 

 

キャンプに良く食糧を卸す獣人の青年に書類―――商業許可証―――を渡して殿下はにっこりと微笑んで、シサイさんを送り出した・・・ぺこりと会釈して、シサイさんは執務室から出て行った。

次に入って来たのは、医師のセレーナさんと、薬剤師のレイヴン・ブラックさん。

セレーナさんは医師として難民の信頼厚く、一方のレイヴンさんは10年近く薬剤師として活動してきた人材。

2人ともまだ20代だけど、優秀な医学関係者よ。

 

 

今、殿下が話しているけど・・・この2人を中心に難民キャンプの一部に病院を建てる計画なの。

 

 

「レイヴンさん、お薬ありがとうございました。良く効きましたよ」

「いや・・・役に立てたなら、うん」

「セレーナさんと一緒に、難民の人達を助けてあげてくださいね」

「ええ、元々そのつもりでしたし、設備が整うならなおさらです」

「俺は、正確には薬剤師じゃないんだけど・・・できることはするよ」

 

 

熱が下がってここ2日ほど、殿下は難民の中から人材を選んで色々とやっている。

資金の調達から事業の展開まで、おそらくは土地と家門に縛られる貴族にはできない手段で。

 

 

「そ、そうじゃ、顧問殿。配給が無くなると言うのは本当かの?」

「子供や病人、老人には続けますわ」

「それでも、今まで無償だった物がいきなり有料では・・・」

「半年後からですわ。それだけあれば、何とかなります・・・現に、殿下が始めたことはそう言う意味を持っているのですから」

 

 

殿下は、難民関係者の中から専門知識を有する者を中心に、人材を集めておられます。

食料品を扱う者には、食品店を出す許可を。

医療関係者には、組織だった医療活動ができるよう施設を。

教師経験者には、難民の子供達を相手に青空教室を・・・いずれは学校も建てます。

農民だった者(これが大半だけど)には、オストラ伯爵領の余剰地を貸し与えて農業に従事させる。

難民キャンプで生まれ育ち、教育を受けられなかった者には、建設や農業の力仕事や、警備などの仕事をさせる。

 

 

そしてその労働の内容と量にあわせて、対価、つまりお給料を払う。

ただ、資金には限界がある。一時金なども考えると、億単位かかる。

そこで考案されたのが、オストラ限定地域通貨「アリアン」。現在印刷中。

ドラクマとは交換もできないし、領外で使用もできないけれど、領内では使える。

いずれ余裕が出れば、ドラクマ紙幣やアス貨幣と交換していくことになるけれど・・・。

物価とかの変動も気にかける必要があるけれど、そこは経済学者の仕事ね。

 

 

「殿下は、援助されるのが当然だった難民達に、自分で働いて稼ぐ、と言うことを思い出して・・・あるいは、学んでほしいと考えているのですわ」

「それは・・・」

「自分の生活は自分で支える。まぁ、もちろん欠陥はたくさんあるけれど・・・」

 

 

殿下は、当座の資金を土地や城を担保に新オスティアの国有(ウェスペルタティアはもう無いけど、総督府が運営してる)銀行から借り入れることに成功している。

山にしろ城にしろ、土地にしろ・・・自分の領地を売りに出すこのやり方は、貴族にはできない。

殿下は「不動産は手堅いと聞いて」とか、「経済特区オストラです」とか、意味のわからないことを言っていたけれど・・・。

 

 

「・・・しかし、全ての難民がすぐに順応できるわけでは無いじゃろう」

「ええ、そうでしょうね。それはもちろん・・・けれど、何もしないよりは良いですわ」

 

 

お若いアリア殿下には、停滞や維持は似合わない。

それよりは、急進的でも方針を立て、人を選んで仕事を任せた方がらしいわ。

 

 

「わしは、反対じゃぞ」

 

 

ガルゴさんは、あくまでもそう言った。

けれど、誰かが反対論を唱えなければならないとしたら、彼のように人に慕われる人間が唱えるべきよ。

そうすることで同じ意見の人間が彼の下に集まり、コントロールすることもできるのだから。

 

 

「ウィルくーん、コーヒーお願いできますか?」

「あ、はーい」

「・・・ウィル坊は何をしとるんじゃ?」

「・・・お茶くみ係じゃないかしら?」

 

 

 

 

 

Side シオン

 

「あら・・・?」

 

 

ゲートポートでのテロ以降、自宅待機を命じられている私は、結構暇なの。

今日もお昼まで寝たわ。ダメ人間ね、ロバートを叱れないかも。

まぁ、とにかく、暇つぶしに端末でまほネットで買い物でもと思っていたのだけど・・・。

 

 

「・・・オストラ専用通貨『アリアン』?」

 

 

聞いたことも無い通貨だった。

と言うか、地域通貨って何かしら、ドラクマとは違うの?

そもそも、オストラってどこ・・・地図によると旧ウェスペルタティア西方の一地域らしい。

ここでしか使えない通貨ってこと?

 

 

・・・と言うか、この「アリアン」って紙幣の見本・・・。

紙幣に印刷されてる、この「キラッ☆」とポーズを取ってる女の子、どこかで見たことがあるんだけど・・・。

 

 

「・・・ねぇ、ロバート」

「・・・あー・・・?」

「もう、いい加減起きなさいな」

 

 

私がそう声をかけると、ベッドの上で丸くなっていたシーツの塊が、モゾモゾと動いた。

私は溜息を吐くと、ベッドに近付いて、シーツを剥ぎ取った。

 

 

「うぉっ・・・何をするんだ、やめろ、俺の本性が火を吹くぜ・・・!」

「・・・ごめんなさい、意味がわからないわ」

「・・・真面目に返すなよ、相変わらず硬い女だな」

「あら、ごめんなさい。ところで行く所が無い貴方を、寮長に無理を言ってここに置かせて上げてるのは誰かしら?」

「げへへへ、シオン様。本日も大変お美しく・・・」

 

 

自分で言っておいてアレだけど、貴方それで良いのロバート?

 

 

「あー・・・それにしても、ヘレン分が補充できん、死ぬかもしれん」

「それは私も同じ。抱き枕でも作る?」

「・・・俺らの記憶を忠実に再現すればあるいは・・・無理だな、ヘレンはこの世で唯一神を超える可愛さだから」

「借家だから、ポスター貼りまくるわけにもいかないものねぇ」

「敷金がなー」

 

 

ロバートとの会話に心地良さを感じながら、私はそっと彼の頬にキスを落とす。

それだけで固まってしまう彼が、凄く可愛い。

 

 

「まぁ、旧世界と繋がるまでは私で我慢してね」

「・・・・・・おぅ」

「ところで、この紙幣なんだけどね」

「おぅ?」

 

 

私は、端末の画面の地域通貨「アリアン」をロバートに見せた。

すると彼は、間髪入れずに答えたわ。

 

 

「アリアじゃねーか、何やってんだあいつ」

 

 

やはり、ミス・スプリングフィールド。

でも、情報によればこの女の子は「エンテオフュシア」・・・?

 

 

「へー、苗字変わったのかな」

「・・・貴方の楽て・・・バカな所、好きよ」

「なっ、バカにしてんのかお前!? と言うか何で言い直した!?」

 

 

クス・・・と笑いながら、私は画面に映るその画像を見ていた。

・・・私達の学友に、何があったのかと考えながら。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

私が新オスティアを離れることができたのは、9月中旬を過ぎた頃です。

アリア様がエンテオフュシア姓を名乗られてから、2週間近くが過ぎています。

 

 

いえ、私もすぐに駆けつけたかったですよ!

一番に駆けつけ「ハハハ、アリア様、全てこのクルトめにお任せを」とか言いたかったですよ!

そして「クルトおじ様、素敵です」とか言われたかったですよ!

く・・・しかし、ウェスペルタティア独立の手続きに忙しいので、時間を取れなかったのです。

 

 

連合側の妨害を警戒しつつ、総督権限でウェスペルタティア域内の連合の部隊配置を変えたり、補給・連絡のラインを我が方に協力する部隊に有利なように構築したり。

味方する人間とそうでない人間を振り分け、民衆にアリア様有利な情報を流し、加えて人材を集めて国家体制を整えたり。

 

 

「まさに八面六臂の大活躍・・・我ながら慕われる可能性大です」

「は?」

「艦長、貴方は前を見て操艦に専念なさい」

「は・・・はぁ」

 

 

しかし! 今日! 私はアリア様をお迎え申し上げます!

この! オスティア駐留警備艦隊総旗艦『ブリュンヒルデ』で!

この艦は新オスティアの地下秘密ドックで数年かけて作った戦艦で、これが処女航海です。

建造計画その物は、アリカ様の時代からありましたが・・・。

 

 

将来のアリア様の座乗艦にして、新生ウェスペルタティア王国艦隊総旗艦、『ブリュンヒルデ』。

今は中にいてわかりませんが、白亜の抗魔装甲に包まれた外観のこの艦こそ、アリア様の御座に相応しい。

流線型で繊細なこの戦艦は、戦艦としては小さい方に入りますが、その分防御力と機動力が高く・・・ぶっちゃけてしまえば、逃げ足は世界一。

しかし帝国のインペリアルシップや連合のスヴァンフヴィードにも負けない戦艦です。

ふ・・・しかしあのような鯨船共とは格が違います。

 

 

「ふ・・・ふふふ、ふ、はーっはっはっはっはっ!」

「艦長・・・総督、どうしたんスかね?」

「さぁな、我々は自分の仕事をするだけだ」

 

 

艦橋のクルー達が奇異の目を私に向けているような気がしますが、まったく気になりません。

しかし私のイメージを守るためにも、ここはクールに行きましょう。

久しぶりにアリア様にお会いして癒しを得られるので、感情が高ぶっているようです。

 

 

「総督、オスフェリア上空に入りました。城から接舷許可が出ておりますが」

「即座に接舷なさい。華麗に、美しく、しかも整然と」

 

 

腰に手を当て、片手でビシィッ、と指差しながら指示を出すと、何故か艦長が首を左右に振りました。

ウェスペルタティア人でなければクビにしている所です。

あ、ちなみにこの艦には艦長を含めて乗員は全て女性です。

だってアリア様の艦ですよ? 男など必要性ゼロでしょう。

 

 

そうこうする内に入港し、私は数名の部下を連れて艦を降りました。

城の頂上に艦を寄せる形で接舷しているのですが・・・城の規模のせいか、あまり美しくありませんね。

はみ出している感が何とも・・・。

 

 

「お疲れ様です、クルトおじ様」

「おお、お久しぶりですアリアさ・・・ま」

 

 

透けるような白い髪、それに勝るとも劣らぬ陶磁器のような白い肌。左右で色の異なる瞳は宝石のように美しく、そして細く小さく、触れれば折れてしまうのでは無いかとすら思える発育途上の肢体。

極めつけは、純白のワンピースドレス。首に巻かれたチョーカーには、ちょこんと苺の形をした宝石。

・・・・・・可憐だ!

 

 

何よりアリカ様の面影を強く残すそのお顔で、戸惑ったような表情で私を見るのはやめてください!

貴女は私をどうしたいのですか!?

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!!」

「王女殿下万歳!!」

「アリア王女殿下万歳!!」

 

 

私が感動に打ち震えつつもアリア様を『ブリュンヒルデ』に案内していると、城下の民衆がアリア様を称える声を上げておりました。

無論、全ての民衆がアリア様を支持しているわけでも無いでしょうが・・・。

まぁ、政治などと言うものは、50%も支持されれば十分です。

 

 

しかし、万感の想いを込めて、私も言っておきたいのです。

私はまだ表向きは連合の総督。なので口には出せませんが・・・。

近い将来、拳を振り上げ、民衆を鼓舞することになるでしょう。

 

 

アリア女王陛下万歳、と・・・!

 




クルト:
ははは、どうも、クルト・ゲーデルです。
今日も今日とてアリア様とアリカ様のためにアレやコレやとやっております。
ちなみに、未だ法に触れることはしておりません。
我ながら素晴らしい・・・うん? 戦艦作ったりウェスペルタティア独立させようとしているだろう?
・・・さぁて、記憶にございませんね。


今回新規で登場した投稿キャラクターは、以下のメンバーですね。
水川様提供のシサイ・ウォリバー殿。
伸様提供のアレテ・キュレネ殿。
黒狼様提供のレイヴン・ブラック殿。
ご協力、感謝いたします。


クルト:
さてさて、次回はアリア様に王位継承の儀式を受けていただきましょうか。
いよいよですね・・・といって、これもオリジナル設定なのですがね。
連合の方でも自分達に都合の良いシナリオを描いているでしょうし・・・。
さて、私の腕の見せ所ですねぇ・・・。
では、またお会いできれば良いですね。


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第7話「王家の儀式」

今回、オリジナル要素が入ります。ご注意ください。
・・・今さらな気もしますが・・・。
では、どうぞ。



Side アリア

 

「王家の儀式?」

「さようです、アリア様」

 

 

何がそんなに嬉しいのかは知りませんが、クルトおじ様はニコニコとその「王家の儀式」とやらについて、私に説明を始めました。

 

 

ここは、新オスティア駐留警備艦隊総旗艦『ブリュンヒルデ』の中に用意された私の私室です。

執務室や会議室を使わないのは、クルトおじ様の話が王室限定の話であることもありますが・・・。

何よりも、エヴァさん達の存在があるのでは無いかと思います。

つまり、その、こう言う言い方は嫌いですが・・・この艦内における肩書きが、その・・・無いので。

私的空間であるこの部屋でなければ、話ができないのでしょう。

 

 

スクナさんやさよさんは新オスティアに先に行っていますし。

ウィル君はアレテさん達と一緒に、オストラに残っています。

 

 

「王家の儀式と言うのは、もちろん私にも具体的な内容はわかりかねますが・・・廃都オスティアの神殿内に赴き、その最奥にて祈りを捧げる・・・と、伝え聞いております」

「はん、半端な知識だな」

「神殿内に入れるのは王家の血を引く者のみなので、アリア様だけが奥に進めます。まぁ、昔から王に地位を約束するのは民か神と申しますので、神様でもいるのかもしれませんね」

 

 

・・・今、クルトおじ様は意図的にエヴァさんを無視しました。

エヴァさんがかなりの殺気を込めてクルトおじ様を見ていますが、おじ様は素知らぬ顔です。

 

 

「それはそれとして、薫り高き銘茶と名高いオスティアンティーなどいかがですか? アリア様」

「本日のお茶は、旧世界より持ち込んだフォートナム・アンド・メイソンのダージリンです」

「・・・あ、ありがとうございます、茶々丸さん」

 

 

茶々丸さんが部屋に備え付けられているティーセットに紅茶を入れて、私とエヴァさんの手元にカップを置いてくれました。

カップが無いのは、飲めない田中さんとチャチャゼロさん、晴明さん(睡眠中)、そしてクルトおじ様。

・・・こ、これは、茶々丸さんのカウンターなのでしょうか。

エヴァさんが何故か満足そうです。

 

 

こ、これは・・・自惚れでなければ、私の扱いを巡って対立していると考えて良いのでしょうか。

 

 

「でも・・・クルトおじ様、私は今一つ王女に向いていないと言うか、何と言うか・・・」

「いえいえ、そんなことはありませんよアリア様。アリア様は十分に王女としての役目を果たしておりますよ・・・国家の核、と言う役割をね」

「・・・それはお飾り、と言う意味ですか?」

「お飾りになるかは、アリア様の努力次第でしょう。無論このクルトを始め王国臣民全て、アリア様のために粉骨砕身、誠心誠意お仕えさせて頂きます」

 

 

ははは、と素敵な笑顔を浮かべて両手を広げるクルトおじ様。

その視線が、つい・・・と、私の隣に座るエヴァさんに向けられます。

 

 

「まぁ・・・アリア様のためにならない人材と言うのも、存在しますがね」

「・・・その点に関してだけは、同感してやる」

 

 

エヴァさんとクルトおじ様が、この部屋に来て初めて視線を交わし合いました。

しかしそれは、とても友好関係とは言えないような物でした。

・・・これ、もしかしなくても私が何とかしなければならないのでしょうか。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

・・・不愉快だ。

いや、クルトとか言うこのイケ好かない変態眼鏡のことじゃない、無論奴も気に入らんが。

私が言っているのは、どいつもこいつも、アリアが国を建てるのを当然視していることだ。

 

 

一度でもアリアの意思を聞いたことがあるのか。

いやそれでなくとも、アリアが自分で国を建てると聞いたのか。

だと言うのに、この船に乗っている連中は揃いも揃ってアリアを「王女」として見る。

非常に、気に入らない。アリアは私のモノだと言うのに。

 

 

「ははは、お足元にお気を付けくださいアリア様。ささ、お手を・・・」

「何と言うか、霧の都って感じの場所ですね、ここ」

「・・・ははは、まぁ廃都と言う程でありますからね」

 

 

まぁ、自らの配慮をアリアに気付いて貰えないゲーデルを見るのは、なかなかに愉快だがな。

と言うか、奴が手を差し出すのと、アリアがタラップから軽くジャンプして降りるのと、同時だったぞ。

狙ってやっているとしたらアレだが、狙っていないとしたらさらに大物だな。

 

 

「流石はアリア先生ですね」

「そうだな」

 

 

茶々丸と軽く笑い合った後、私達は先導するゲーデルについて歩き始めた。

私達は今、新オスティアの下・・・かつての王都と言う場所にきている。

落下の影響で、大半の建造物は崩れてしまっているが、一部は今でも残っている。

魔力の込もった霧に包まれたここは、今では魔獣やら何やらが蠢くダンジョンと化している。

 

 

その一角に、ゲーデルが用意したと言うアリアの船が降り立っている。

しばらく歩くと、神殿とやらが見えてきた。

白い石造りの神殿で、荘厳ではあるが半ば崩れていて、まさに古代神殿な様相だった。

・・・こんな所で、儀式とか言うのをやるのか?

 

 

私がそう訝しんでいると、神殿の入り口に続く道を、ゲーデルが引き連れて来た兵士どもが左右に別れて固めた。

ちょうど、兵士で道を作るイメージだな。

さっきの船に乗り込んでいた連中だが、全員が女だ。

先頭の方、神殿に最も近い位置に、アリアを攫ったジョリィがいる。

あいつもいつか殺す。

 

 

「・・・さて、ここからはアリア様お一人で進まれることになっています」

「え・・・」

「ちょっと待て! こんな今にも崩れそうな神殿の中にアリアをやるのか!?」

「はは、何やら雑音がうるさいですが・・・これも国事行為の一つと思ってください」

 

 

こいつ、また私を無視したな・・・!

本能的に、右手の爪に魔力を込めた。その首、もいでやろうか小僧。

だが私がゲーデルの首をもぐ直前、アリアが咎めるような目をゲーデルに向けた。

 

 

「クルトおじ様、あまりエヴァさん達を軽く扱わないでください。正直、不愉快です」

 

 

いいぞ、アリア。もっと言ってやれ。

しかしゲーデルは動じた風も無く、わざとらしく眼鏡の位置を直しながら。

 

 

「どのような理由で?」

「エヴァさん達は、私の家族です」

「どのような政治的理由で?」

「え・・・」

 

 

アリアは前半は明快に答えた。

それは私の胸を温かくしたが・・・後半については、アリアは答えることができなかった。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ふぅ、やれやれ。

アリア様は庶民育ちでいらっしゃいますから、そのあたりの機微が分からなくとも仕方が無いですね。

 

 

「アリア様がこの吸血鬼達に親愛の情を抱くのは結構。しかし今や公的立場と言う物を気にして頂かなければならない立場ですので・・・」

「だから、何だと言うのですか」

「私の立場から言えば、無位無官の彼女達がどうしてこの場にいるのか、と言いたいわけです」

「人間の役職や位階などに興味は無いな」

 

 

この吸血鬼も・・・600年生きてる割に察しが悪いですね。

察しが悪いだけなら、まだ良いのですがねぇ。

 

 

「むしろ貴様らが、身勝手な理由でアリアの退路を塞いでいることが、私には気に入らないのだがな」

「ほぅ・・・身勝手ですか。なるほど、そう言う見方もできるでしょうねぇ。ただし我々のは・・・より多くの人のためになる身勝手さですし、最終的にはそれがアリア様のためになると思うのですが?」

「なら、聞かせて欲しい物だな。その理由とやらを」

「アリアドネーでアリア様を守れなかった貴女が自己反省すれば、おのずとわかることだと思いますがね」

「・・・っ」

 

 

まぁ、アリアドネーの場合は、メガロメセンブリアのちょっかいも絡んでいたようですが・・・。

アリア様にとって、ウェスペルタティア王国と言う組織の力を得ることはマイナスにはならない。

いえ、将来のことを考えれば大きなプラスになることでしょう。

何せ、アリア様に害意を持つ相手は、より大きな組織と勢力と、そして権力を持っているのですから。

 

 

お母君にして我が女王、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア様に端を発することや、あるいは父親が蒔いた種から身を守るためにも・・・。

そしてこの後に訪れる危機のことを考えても・・・。

アリア様は、至尊の冠を戴くべきなのです。

 

 

「家族だと言うのならそれも結構。ただし、お家の中に限っての話にして頂きたいですね。そうでなければ周囲に誤解と疑念を与えます。それはアリア様のためになりません」

 

 

第一、その家族関係は周囲には理解されませんしね。

もし、公式の場でもアリア様の傍にいたいと言うのであれば・・・。

 

 

「アリア様に膝を屈し、忠誠を誓いでもしてからにして頂きたいですね」

「・・・!」

「クルトおじ様!!」

 

 

吸血鬼と私の剣呑な空気が爆発しかけた瞬間、アリア様が間に入ってきました。

吸血鬼を背に私を睨んでいますが、言葉が見つからないのか、何も言ってはきません。

・・・その聡明さが健在なら、まだ大丈夫ですかね。

私はにっこりと微笑むと、胸に手を当てて頭を下げ、もう片方の手で神殿の入り口を示して。

 

 

「さぁ、アリア様」

「・・・・・・わかりました」

「アリア!」

「大丈夫です、エヴァさん・・・行きます」

 

 

アリア様は気丈にそう言うと、唇を噛みつつも、神殿に向けて歩き出しました。

私は目を細めてその背中を見送りつつ・・・残った吸血鬼やその従者人形と見つめ合いました。

随分と怖い顔をされていますが・・・さて。

 

 

「貴女には、少し大人になって頂きましょうか。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル?」

 

 

アリア様に、上位者は必要ありません。

ましてや、主人などはね。

そのあたりを、まずはご理解いただきたい物ですねぇ。

無理でしょうけど。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

気が付くと、周囲が廃墟になってた。

・・・とまで言うのは、流石に言い過ぎだとは思うけど。

でも、僕はラカンさんの修行場で「闇の魔法(マギア・エレベア)」の修行をしていたはずで・・・。

寝ころんだまま、僕はボンヤリと周りを見渡した。

 

 

ラカンさんの修行場は、元々湖に面した場所に構えられていて、周りを岩の壁で囲まれてる場所だった。

それが今は、砕かれた岩と、折れた木と・・・そもそも、湖の形すら変わってる。

まるで、何か、もの凄い力が暴れまわったかのような・・・。

 

 

「おー、気が付いたか?」

「・・・あ、ラカンさん!」

 

 

その時、ボロボロの道着を纏ったラカンさんが、全長10mはありそうな魚を担いでこっちに歩いて来ていた。

身体には傷一つ無いけど、何だか、燃えた跡とかが服の端々にある。

何か、あったのかな?

そう思いながら、僕は身体を起こそうとして・・・。

 

 

「・・・っ!?」

「あーあー、無理すんなってぼーず、大人しく寝てろよ」

 

 

か、身体が物凄く痛い・・・!?

な、何と言うか、ちょっとでも動けば罅割れて砕けてしまいそうなくらい痛い・・・!

 

 

「そのまま寝てな、取り押さえんのに苦労したぜ・・・」

「と、取り押さえる?」

「あ? 何か言ったか?」

「え、いや、ラカンさんが・・・あれ?」

 

 

担いでいた魚を適当な場所に置いて、ラカンさんが僕の傍に座った。

い、今、何か物騒な単語を聞いたような気がしたんだけど・・・。

ラカンさんは、すり鉢で何かの草みたいな物をすり潰しながら。

 

 

「右腕に魔力を集中させてみな」

 

 

と、言った。

僕は言われたとおりに、右腕に魔力を集中させた。

すると右腕だけでなく、胸のあたりにまで、禍々しく輝く紋様が浮かび上がった。

な、何・・・凄く変な感じがする。

 

 

「こ、これは・・・?」

「本当なら両腕に発現するはずな上に、そんなに浸食するはずも無いんだが・・・」

「な、何なんですか?」

「『闇の魔法(マギア・エレベア)』を会得した証・・・のはずだ」

「は、はずって・・・」

 

 

ラカンさんは、凄く微妙な顔をした。

 

 

「教えといてアレだが・・・ぼーず、それは二度と使うな」

「え、いや、その・・・使うなと言われても、一度も使って無いんですけど・・・」

「覚えてねーのか?」

「な、何をですか?」

「・・・覚えて無いなら良い。とにかく使うなよ。誰かを守りたくて強くなりてぇなら、使うな」

 

 

え、え・・・でも。

僕は右腕全体に浮かび上がる紋様を見ながら、釈然としない気持ちで一杯だった。

 

 

「で、でもラカンさん、本当に何があったんですか?」

「・・・」

「ら、ラカンさんってば」

「・・・」

「ラカンさん!」

「るせぇっ! 師匠命令だ!!」

「ぷげればっ!?」

 

 

どう言う訳か、殴られた。

ひ、酷いですラカンさん・・・。

 

 

でも、本当に何があったんだろう・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

そこは、不思議な場所でした。

入口に立って中を見た時、私の視界には、崩れかけた神殿があるばかりでした。

奥まではっきり見えて、それこそ5分もあれば終わる物と考えていました。

 

 

しかし一度中に入った瞬間、奇妙な感覚が場を支配しました。

この感覚を、私は感じたことがある気がします。いつだったか・・・。

この、まるでエア・ポケットの中にいるかのような感覚を感じたことが。

 

 

「・・・幻術、でも無いようですし・・・」

 

 

右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で見ても、変化は無い。

なのに、私の視界には崩れかけた神殿では無く・・・。

 

 

錆びた鉄のような、鈍色の扉が一つあるだけの部屋。

そこに、私はいました。

後ろを振り向くと、そこで出口は無く・・・壁があるのみ。

出入り口は無く、しかし目の前に奇妙な扉のみがある場所。

 

 

「・・・」

 

 

自然、警戒すべきとの判断をします。

私は懐から小箱を取り出すと、翼を模したイヤーカフス―――支援魔導機械(デバイス)―――を左の耳につけました。

そして両眼の魔眼を常時起動状態に置き、身体と神経を臨戦態勢に置きます。

 

 

そして、他に対処のしようも無いので・・・注意を払いつつ、扉を開きます。

すると・・・。

 

 

『来たね』

『また来たね』

 

 

かすかな声。

そして扉の向こうには、廊下と、そしてその先に扉が見えます。

その場でじっとしていたのですが・・・声も聞こえず、事態も変化しませんでした。

なので、注意しつつゆっくりと進み・・・また扉を開きます。

その向こうにも、やはり新たな扉が・・・。

 

 

この神殿は、どう言う構造になっているのでしょうね。

いえ、そもそも、私は神殿にいるのでしょうか・・・?

 

 

『また来たね』

『アマテルの子孫が来た』

 

 

扉を開ける度に、奥へ進む度に、奇妙な感覚が私を襲います。

声・・・頭に響く声が聞こえる度に、右眼をかすかな痛みが襲う。

一つ、扉をくぐるごとに・・・。

自分の中の、何かが震えるのを感じる。

身体が、熱い。

 

 

「は、ぁ・・・」

 

 

軽く胸を抑えて、息を吐きます。

熱のこもった吐息が、唇から洩れて・・・。

 

 

『アマテルの子孫だ』

『でも、どっちのアマテル?』

『アマテルの子孫が、またここに来た』

 

 

左手で、軽くこめかみを押さえます。

廊下の壁に背中を預け、元来た道を見ます。

後ろの扉は、すでに閉ざされていました。私は閉じていないのに。

身体が、崩れ落ちそうになる。その場で蹲りたくなる。

 

 

『半分だけだ』

『アマテルの血は半分だけだ』

『でも、魂も半分あるよ』

『アマテルの子孫が来た』

『あと1枚だよ』

『カムイの所まであと1枚だよ』

『頑張って、アマテルの娘』

『頑張って』

『頑張って』

『頑張って』

 

 

・・・カムイ? 半分?

意味がわかりません・・・と言うか、頭が熱に浮かされたようにぼうっとしていて・・・。

と言うか、この頭に響く声は何ですか・・・。

 

 

とにかく、このままここでじっとしているわけには・・・。

そう思い、震える膝を叱咤しつつ、私は壁から離れて、再び歩き始めます。

一歩進む度に、何かが身体に圧し掛かってくるかのような、圧力を感じます。

 

 

『アマテルの子孫、重そうだよ』

『重い?』

『重い?』

『それは、アマテルの子孫が抱える重みだよ』

『アマテルの子孫にしか抱えられない重みだよ』

『これから抱える物の重さだよ』

『民』

『国』

『そして世界』

 

 

・・・王の儀式と言うには、ベタ過ぎる展開ですね。

そんなことを思いながら、私は足を引きずるようにして、前へ。

民とか国とか世界とか・・・私一人で抱えるには、重すぎる物ばかりですね。

 

 

私には、それがどう言うことなのか、わからない。

庶民暮らしのこの身には、いきなり王女なんて言う役職はキツいです。

シンデレラは良く、お姫様になる気になりましたね・・・愛のなせる技ですか。

愛・・・民への愛。国への愛。世界への愛。

・・・わからない、けど。

 

 

わからないなりに、一度抱えたものを手放したくも無いと思う。

私は今まで、自分を好きになってくれた人だけを、好きになろうとしていたけれど・・・。

はたして、好きになって貰う努力をしていただろうか?

自分と波長の合わない人間と言うだけで、排除しようとしていなかっただろうか?

それは・・・。

 

 

「く、ぅ・・・」

 

 

それは、私が嫌う人達と同じことをしている、と言うことにならないだろうか?

私を排除しようとするメガロメセンブリアや、私を蔑んできた人達と。

私は、どこか歪んで、いないだろうか?

 

 

大きな、今までで一番大きな鈍色の扉に、手をかけます。

私の身長の3倍はありそうな大きな扉に、手をかけて・・・開きました。

すると、その向こうには。

 

 

小さな蛍が光の乱舞を踊る、神秘的な場所が広がっていました。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「・・・それで、手はずは整っておるだろうな」

「は、仰せの通りに・・・」

 

 

グレーティアの報告を聞きながら、私は首都より遠く離れた『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントス)』の通路を歩いていた。

ここはかつて、アリカ女王や帝国のテオドラ皇女も監禁されたことがある牢獄だ。

まぁ、最近は冒険者(トレジャーハンター)共のダンジョンとしての名前の方が知られているが・・・。

 

 

同時に、その一部はまだ政治犯収容所としての機能を残しておるのだよ。

魔物も多いので、あわよくば・・・と言う人間が収容される。

 

 

「ただ、旧ウェスペルタティア西方諸侯の中で、アラゴカストロ侯爵家のみが、こちらの呼びかけに応じようとはしておりません。他の4家は、メガロメセンブリア・・・いえ、アリエフ様に恭順の意を示しております」

「アラゴカストロか・・・忌々しい」

 

 

あの家だけは、メガロメセンブリアの援助を断り続けておるからな、こちらへの弱みが無い。

まぁ、そうは言っても、ウェスペルタティア西方が独立すれば、周辺をこちらの傘下の4家に囲まれるのだ。そうなれば嫌でも私に頭を下げてくるだろう。

まさか、東の<銀髪の小娘>に媚を売るとも思えんしな・・・。

 

 

「・・・しかし、よろしいのですか? 4家の文官・武官には目立った人材がおりませんが」

 

 

グレーティアは、暗に独立後の人材の選定の必要性について仄めかしているのだろう。

この女とは、夜の寝室で交わす会話よりも公式の場で交わす会話の方が楽しく思える。

これは、他の女には無い楽しみだ。

 

 

「武官の選定についてはお前に任せる。だが文官については私に考えがある・・・」

「・・・と、申しますと?」

「まぁ、見ておれ」

 

 

私は喉の奥で笑い声を上げると、一つの独房の前で止まった。

私達につき従っていた兵士の一人が、その扉を開ける。

重厚な造りの扉をくぐり、私はそこで獄に繋がれている人間を見た。

 

 

「久しぶり・・・と言うべきですかな、メルディアナ校長殿」

「・・・こんな場所で、そのような肩書きでお呼びになるか」

「旧世界に辞令が届けられないのでな、まだ貴方は校長のままです」

 

 

それが慰めになるかは、微妙な所だがな。

私の目の前には、鎖に繋がれた老人・・・メルディアナで私の命令に逆らった愚かな老人がいる。

彼は頬の痩せこけた顔で私を見た。ただ、目は光を失ってはいなかったが・・・。

 

 

「それで・・・元老院議員殿は、このような場所に何の用か」

「何、用と言う程でも無い。実は貴方に良い話を持って来たのだ」

「・・・」

 

 

メルディアナ校長は、私を鋭い瞳で私を見ているが、その目もすぐに曇ることになるだろう。

あの村人達が私の掌中にある限りな・・・あるいは、卒業生や魔法世界で休暇を過ごしているメルディアナの生徒を使っても良いが・・・。

 

 

「貴方に、ネギ・スプリングフィールド君が興すウェスペルタティア大公国の宰相になって貰いたいのだ」

 

 

無論、拒否権は無い。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「はぁ!?」

 

 

思わず俺はビラとチン―――拳闘団の俺の弟分―――を、睨みつけた。

2人はそれでビビって身をすくめやがるが、それを気にしていられねぇ。

2人が俺に持ってきた話は、それだけ不快な内容だったからだ。

 

 

「ナギとエリザの2人が、オスティアの本戦行きを決めただとぉ!?」

「へ、へいっ!」

「な、何か、ポイントが貯まったって話っス」

「んなバカな話があるかぁ!」

 

 

オスティアの本戦へ行くには、試合に勝った時に貰えるポイントを一定量まで貯めなきゃいけねぇんだ。

それは、それこそ20も30も勝たなきゃ貯まらねぇはずで・・・。

 

 

「ドルネゴスの旦那が推薦したって話ですぜ!」

「そ、それに書類上も問題ないことになってるっス!」

「な・・・!」

 

 

どう言うことだ、そりゃあ!?

あいつらは、まだ10勝くらいしかしてねぇはずじゃなぇか。

それが、何でこんなことになるんだよ。

・・・そう言や、あのドルネゴスの旦那が、あの2人にはやたらに・・・。

 

 

「ちっ・・・ナギの野郎はどこにいる!?」

「さ、さぁ・・・」

「ここんとこ、見て無いっス」

「ちっ・・・どけ!」

「「あ、兄貴!?」」

 

 

ビラとチンを押しのけて、俺は部屋を出る。

あの野郎、どう言うことか話を聞いて・・・!

 

 

「どこへ行くのですか?」

 

 

そこには、黒髪赤目の女・・・エリザがいた。

相変わらず、何を考えてるかわからねぇ女だ・・・。

 

 

「てめぇ・・・いったい何をしやがった?」

「質問の意味がわかりません」

「ふざけんじゃねぇ!! どうやって本戦に潜り込みやがった!?」

「貴方が知る必要はありません。ただ従いなさい」

「ああ!?」

 

 

俺が一番嫌いな言い回しをしやがった、この女。

ただ、従えだと!?

俺はもう、奴隷じゃねぇんだよ!

 

 

「このっ・・・!」

 

 

胸倉を掴もうとした俺の腕を、逆にエリザが掴んだ。

手首を掴まれて・・・エリザの全身の刺青みてぇな紋様が輝く。

ギリギリギリ・・・と、手首の骨が軋む音が頭に響く。

 

 

「従え」

「な・・・ぐ、お・・・!」

「従えないなら・・・お前も敵だ、お父様の」

「あ、兄貴!?」

「兄貴をはな・・・」

「来るんじゃねぇ!!」

 

 

ビラとチンに、俺はそう叫んだ。こいつ、ヤバい・・・!

お、お父様だと・・・?

エリザの赤い瞳が、嫌な光を浮かべやがった。

手の痛みと、その目に、俺は・・・。

 

 

「やめなさい!!」

 

 

その時、女の声がした。

その女は金髪で、しかも奴隷の・・・。

ネカネ・スプリングフィールドとか言う。ナギの野郎の姉ちゃん。

 

 

「その手を離しなさい・・・エリザさん、さぁ」

「私に命令するな、お父様でもないくせに」

 

 

ギリ・・・と、エリザの手にさらに力がこもった。

どうも、苛立ってるみた・・・!?

ガクリ、とその場に膝をついた。

上を見ると、エリザの冷ややかな視線とぶつかった。くそ・・・!

 

 

何だ、この女・・・!

 

 

「・・・お願い、エリザさん。トサカさんを離してあげて」

「お願いなら聞きましょう、貴女はお父様の大切なネギの大事な人ですから」

 

 

やけにあっさりと、エリザは俺の手を放した。

だが俺は、手首を押さえて、動くこともできなかった・・・。

 

 

「だ、大丈夫ですか・・・?」

「・・・るせぇ! 触るんじゃねぇ・・・!」

 

 

それでも、近くに寄って来たネカネの手を払いのけたのは、意地だ。

こんな女の世話になってたまるか・・・!

俺は自分で立ちあがると、まだ俺を冷ややかに見ているエリザを睨んでから、医務室に向かって歩き出した。

ビラとチンが、俺の後についてくる。

 

 

・・・畜生が・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

そこには、小さな蛍が光の乱舞を踊る、神秘的な場所が広がっていました。

鈍色の扉の向こう側にしては、美しい場所です。

神殿の中にいるはずなのに、そこは外で・・・一面の白い砂と、夜空。

夜の砂漠のような、場所でした。

 

 

頭の中に響いていた声も止み・・・身体も、軽くなっていました。

私はしばし、目の前の神秘的な光景に見惚れていました・・・。

 

 

「・・・と言うか、ここはどこですか・・・」

 

 

それでも現実的な思考と言うのはできる物で、私は途方に暮れていました。

身体の調子が戻ったことも、私の思考力を回復させる一因になりました。

 

 

その時、サラサラ・・・と、砂の崩れる音がしました。

音のした方を仰ぎ見ると、私の側にある小高い砂山の上に、大きな影が。

月をバックに立つそれは、大きな灰銀色の狼でした。

砂山の上から、私を見下ろしています・・・。

 

 

すると砂山の陰や、他にも至る所から小さな―――と言っても、普通サイズの―――狼が、姿を現しました。

数十匹はいるであろう狼達は、私を中心に円を描くように、遠巻きに私を見ています。

・・・あれ、コレって結構ヤバい状況ですかね?

でも、不思議と脅威は感じないんですよね。

 

 

周囲の狼さん達を一通り見渡した後、私は視線を戻し・・・。

 

 

「ひぁっ・・・!」

 

 

いつの間にか砂山を降り、私の目の前に屹立していた灰銀色の巨狼がいて、驚きの声を上げてしまいました。

片手で口を押さえ、誰に見られているわけでも無いのに恥ずかしくなったり・・・。

 

 

ずいっ・・・と、灰銀色の巨狼が、私の顔に自分の顔を近付けて来ました。

思わず、一歩下がりそうになりますが・・・うん?

私がそれに気付いて、両手を差し出すと、巨狼が口に咥えていたらしいそれは、確かな重みを私に与えてくれました。

 

 

それは、柄も、束も、刃も同じ色でできた、黄金色の剣でした。

 

 

淡い色合いのその剣は、どこかで見たような気もしますが。

と言うか、私はこれに似た剣を・・・。

 

 

「えと、あの・・・コレ・・・」

 

 

私が剣について尋ねようとした時、巨狼が身を屈めて、私を見上げてきました。

え、と・・・戸惑っていると、私のドレスの裾を咥えて引っ張ったり。

・・・か、可愛い・・・。

 

 

「・・・の、乗っても良い、のでしょうか?」

 

 

そう聞いてみると、静かに頷く巨狼・・・名前は。

 

 

「カムイ・・・?」

 

 

頷き。肯定の意思を示す巨狼。

どうやらこの灰銀色の巨狼は、カムイと言う名前のようです。

私は剣を両手で慎重に抱えつつ、幾分か苦労しながら、カムイさんの背中に座りました。

いわゆる、女の子座りです。跨るなんて、はしたないですもの。

 

 

「わっ・・・」

 

 

カムイさんが立ち上がると、意外な高さに驚きます。

剣を膝に乗せて片手で支えつつ、もう片方の手でカムイさんの背中に手をついてバランスを取ります。

その時・・・。

 

 

「アリア!?」

「へ?」

 

 

そこは、神殿の外でした。

え、え・・・ちょっと、展開についていけませんよ・・・?

慌てて後ろを振り向くと、そこには神殿の入口があって。

な、何・・・?

 

 

「アリア・・・って、何だそのデカい狼は!?」

「え、え、え・・・」

 

 

私の方に駆け寄ってきたエヴァさんが、カムイさんを見て驚いたような声を上げます。

カムイさんと・・・そして剣は、私と共に神殿の外に出たようですが。

 

 

「アリア、お前・・・どうしてたんだ、2日も中にいたんだぞ!?」

「ふ、2日?」

「いやはや、どこぞの吸血鬼を抑えるのに苦労しましたよ」

 

 

その後ろから、クルトおじ様がやってきました。

おじ様はまず私を見てにっこりと微笑み、次いでカムイさんを見て意外そうな顔をなさり、最後に私の膝に置かれている黄金色の剣を見て驚いたような顔をしました。

 

 

「これは驚きましたね。オスティア崩壊の際に行方知れずになっていたのですが・・・」

「この剣が・・・何か?」

「それは、アリカ様の・・・そしてウェスペルタティアの王家に伝わる宝剣でございます」

「・・・母様の」

 

 

私は、改めて膝の上の剣を見ました。

私には少々、大きな剣ですが・・・。

脳裏に、金色の髪を靡かせ、この剣を振るう誰かの姿が浮かびました。

 

 

「さぁ、アリア様。兵達に・・・3日後にはウェスペルタティアの忠実な兵となる者達に姿を見せて差し上げてください」

「・・・3日後・・・」

 

 

私はもしかしたら、少し怯えたような顔を浮かべたのかもしれません。

エヴァさんと、その後ろに立つ茶々丸さんが、心配そうな顔を見せていたからです。

声をかけようとした時、カムイさんが歩き出しました。

 

 

まるで道を知っているかのように・・・2日前(と言うことですが)から変わらない、神殿から『ブリュンヒルデ』まで続く、兵士達で作られた道をゆっくりと歩きます。

 

 

「ウェスペルタティア近衛騎士団、アリア王女殿下に――――捧げ!」

「「「ウェスペルタティア王国と、アリア王女殿下に栄光あれ!!」」」

「我らの姫様に!」

「「「永遠なる忠誠と、不屈なる献身を!!」」」

 

 

ジョリィさんの声に、全ての女性兵士が唱和します。

彼女達は儀礼用の物らしき剣を顔の前に持っています・・・私に、捧げていると言うことでしょうか。

ならば、この場にいるのは旧ウェスペルタティアの民で・・・。

 

 

トンッ、と、カムイさんが一歩だけ歩調を変えて、私に何かを伝えようとしてきました。

歩きながら首だけで振り向き、私を見つめてきます。

覚悟を決めろと、そう言うことですか?

もう、私は・・・後戻り不可能地点(ポイント・オブ・ノー・リターン)を過ぎていると・・・?

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「「「アリア王女殿下万歳!!」」」

 

 

・・・良いでしょう。ならば王位についてあげましょう。

だけどそれは、誰の為でも無い。

私と、私が大切に思う全ての者のために・・・ひとつの手段として、王位につくのです。

世界を救うとか、国を救うとか、全てを救うとか、そんなことは・・・。

 

 

私は、母様も使ったと言う黄金色の剣を握り、空に向けて掲げました。

そして緩やかに、それを横に振ります。

重い・・・とても重い、その剣を。

 

 

「アリア・アナスタシア・エンテオフュシアが命じます・・・貴女達は、私を守りなさい」

 

 

ささやかな、しかし良く通る声で、私は言いました。

周囲の兵達が、緊張したように私を見ます。

私はそれにかすかな笑みを浮かべて、応えます。

 

 

「・・・そして私が、貴女達を守ります」

 

 

周囲の兵達は私の言葉に、顔の前に掲げていた剣を片手に持ち、空高くに掲げました。

そして声を大にして、唱和するのです。

 

 

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、王女殿下(ハイネス)!!」」」

 

 

兵士達の唱和の中を、私は歩く。

きっとここから、私の戦いが始まる。

一人では無いけれど、もしかしたら独りかもしれない戦いが。

 

 

 

 

愚かで小さなアリアを、見守ってくださいますか?

シンシア姉様―――――――。

 

 

 

 

 

Side エミリー

 

母を訪ねて三千里、と言う童話が、旧世界にはあるらしい。

私も、タイトルを聞いたことがあるだけで、内容は良く知らないですけど。

 

 

「どんな内容だとしても、私ほど苦労はしてないでしょうね」

 

 

などと嘯きながら、私は岩場から岩場へと、コソコソと移動しています。

何故こんなにコソコソと移動しているのか言うと、ここが廃都オスティアと言う、強力な魔物がウジャウジャいる場所だからです。

さっきも、頭の上を黒い竜みたいなのが通り過ぎていきました。

 

 

流石に・・・と言うか、私なんかが一人、もとい一匹でこんな所に来るのは、自殺行為だとは思いますけど・・・。

 

 

「待っていてくださいね、アーニャさん」

 

 

私のご主人様(パートナー)の魔力反応が、どうもこの廃都周辺にあるらしいことは、何度も確認しました。

オコジョだけに魔力量が少ないから、特定するのに今日までかかってしまったけど・・・。

今日こそ、アーニャさんを見つけてみせます!

 

 

アルベールを首都の牢獄に送り届けた後、私はアーニャさん探索のための大冒険を2カ月近く続けているのですから!

アルベールの件が決着した以上、後はアーニャさんの使い魔(パートナー)としての責務だけが、この身を縛ることができるのですから。

 

 

「・・・そこで、何をしているの?」

「うみゃっ!? わ、私は食べても美味しくないですよ! お腹のお肉以外は!」

 

 

突然誰かの声が響いて、私はその場に丸まりました。

自然色的に、隠れられるのではないかと・・・。

 

 

「・・・キミは、確か・・・」

「・・・?」

 

 

私の頭上から降ってきた声は、どこかで聞いた覚えがある声でした。

恐る恐る、上を見てみると・・・そこには、いつかの白い髪の男の人が。

 

 

「確か・・・エミリー君、だったかな」

「えっと・・・フェイトさん?」

 

 

そこにいるのは、確かに学園祭で出会った、フェイトと言う名前の男の人でした。

でも私が名前を呼んだ時、無表情の中に、不機嫌さが見えたような・・・。

 

 

「その呼び方は、できればやめて欲しいな」

「えーと、何故です・・・?」

「・・・僕を『フェイトさん』と呼ぶのは、一人で良い」

「・・・?」

 

 

よ、よくわかりませんが・・・。

では、僭越ながらフェイト・・・君? 様? 殿? ・・・良いや、呼び捨てで。

 

 

「そ、それであのぅ・・・何故ここに?」

「・・・アレを見にね」

 

 

彼が指差した先―――と言っても、数キロ先で、オコジョ魔法『千里眼』で私は見ました―――に、白い大きな船がありました。

さらに、それに乗り込もうとしている人間がたくさん。

その中に、何人か見覚えのある顔が・・・。

 

 

「あれ・・・アリアさん!」

 

 

何か周りの人達を従えていると言うか、崇められていると言うか。

いずれにしても私の記憶の中の姿とは、少し違うけど・・・。

とにかく、あそこにいるのはアーニャさんの親友でもあるアリアさん。

私が言うのもおかしいですが、こんな場所で何を?

 

 

「・・・アリア」

 

 

ぽつり、と落ちてきたその声に、私はビビッと直感が閃きました。

表現が若干変ですが、女・・・もとい、メスの勘です。

 

 

この人は、もしかして・・・。

・・・あれ、でも・・・学園祭の時、アーニャさん・・・?

・・・・・・?

 

 

・・・私、所詮オコジョですから。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今回は、どうやら謎めいた展開になっているようですね。
私のレーダーでも、あの神殿は何もおかしな点はありませんでしたが・・・。
はて、アリア先生はどこでカムイさんを拾って来たのでしょうか。
それに、あの剣を持ってから、また雰囲気が変わったような・・・。

今回新登場のお方です。
カムイ:灰銀色の狼さんで、元ネタは「ザ・サード」。提案は伸様です。
ありがとうございます。

なお、今回のお話でアリア先生が得た剣のイメージは・・・原作26巻でアリア先生のお母様が持っているあの剣です。
興味がおありの方は、お調べくださいませ。


茶々丸:
さて、次回は「9月28日」のお話になります。
一種の準備段階、小休止、気持ちと状況の整理・・・。
そのようなお話になる予定です。
それでは、またお会いしましょう(ペコリ)。


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第8話「前日」

Side アリア

 

「クルトおじ様、お休みが欲しいです」

「仕方ありませんねぇ、6時まででよろしいですか?」

 

 

何故かお小遣いをねだる孫と祖父のような調子で、私はお休みをゲットしました。

ここ2日程、政治や経済の勉強、クルトおじ様を経由して回って来る書類のサイン、旧ウェスペルタティアの政治家や貴族、官僚の有力者と会談、それに加えて王族としての立居振る舞いやしきたり、諸々についての勉強をしておりましたから。あと、演説の練習とか。

 

 

それに明日は、9月の29日。

私が、王様になる日です。

 

 

「それでは参りましょうアリア様。このクルトめが500人ばかり率いて街を案内・・・」

「じゃあ、行ってきますねー」

「・・・今のは、明らかに無視された気がしますねぇ」

 

 

ごめんなさい、クルトおじ様。

でも、ゾロゾロと兵士を連れて歩くのは恥ずかしいので。

と言うか、恥ずかしい以前の問題です。

 

 

私は新オスティア総督府の執務室から飛び出すと、トテトテと廊下を走りました。

途中、誰かとすれ違う時には、作法の先生に言われた通りにシズシズと歩きます。

軍人の方々には敬礼されるので、敬礼を返します。

この総督府にいる人の大半は、私のことを知っています。

 

 

正式発表はまだですが・・・公然の秘密、と言う奴ですね。

むしろ、クルトおじ様は大々的に私のことを世界に宣伝しているようですし。

 

 

「王女様扱いには、まだ慣れませんけど・・・」

 

 

オストラの時よりは加減されていますが、でも人にお世話されると言うのも。

・・・身だしなみくらいは、自分で整えたいです。

 

 

「エヴァさん、茶々丸さん! 田中さん、チャチャゼロさんにカムイさん!」

「我は無視か」

「ごめんなさい、起きているとは思わず・・・」

 

 

いざという時以外は起きてこないと思っていました、晴明さん。

私の部屋には、未だ行き場の無い(わけでも無いでしょうが)エヴァさん達がいました。

クルトおじ様も、私の私室の中までは口を出してこないので・・・。

 

 

「お帰りなさいませ、アリア先生」

 

 

お茶を淹れていたのか、ティーポット片手の茶々丸さんが私を出迎えてくれました。

実は茶々丸さん、この2日でしっかりと内定をゲットしています。

ここでは、私の専属侍女兼専属護衛(曹長待遇軍属)と言うことになっています。

チャチャゼロさんと晴明さんは職無しですが(クルトおじ様も、そこは何も言いませんでした)、何故か田中さんがちゃっかり近衛騎士団員になっています。

 

 

でも、エヴァさんだけは・・・。

 

 

「エヴァさん、エヴァさん!」

「・・・何だ、どうした」

 

 

カムイさんのモフモフの背中に頭を乗せて何かの本を読んでいたエヴァさんが、苦笑しながら私を見ました。

エヴァさんだけが、仕事をせずに好きなように過ごすと言う快挙を成し遂げています。

でも、何故か納得できるから不思議です。

 

 

私はそんな、いつもと変わらないエヴァさんに笑いかけると。

 

 

「お祭りに行きましょう!」

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「よろしかったのですか?」

「うん? 何がですか?」

 

 

総督府―――明日には宰相府と名を変えますが―――の私の執務室で、私は従卒の少年とそんな会話を交わしていました。

まぁ、何が言いたいのかはわかっているつもりです。

 

 

この時期に、短時間とは言えアリア様を外に出して良いのか、そう言いたいのでしょう。

しかし、今だからこそ、許されるのですよ。

 

 

「アリア様は、状況に流されてここまで来ています。それもかなり短い期間でその決断をした」

「・・・」

「で、あればこそ、今一度お考えをまとめる時間も必要でしょうし・・・」

 

 

究極的なことを言えば、独立宣言を明日に控えた今、アリア様本人にやっていただくことはあまり無いのですよ。

そう、全ての方針が定まり、各部署が極秘裏に、かつ活動的に計画を遂行しているのです。

 

 

独立計画は予定通りに進行しており、それを遮るいかなる要因も見つかっておりません。

人材の配置も、軍の展開も、全て。

つまり王として、総司令官として命令すべきことが無いのです。

細かい点にまで口を出せば、かえって効率を損ねます。

 

 

「・・・それに」

「それに?」

 

 

従卒の少年に、私は何も答えませんでした。

ただ黙って、手元の・・・昨日帰還したシャオリーと龍宮さんから上げられた報告書に目を通します。

・・・連合の動きも、予測の範疇を超える物ではありませんね。

 

 

「・・・アリア様に、護衛の手配を。ただし遠巻きに、よほどのことが無い限り干渉しないように」

「わかりました」

 

 

従卒の少年は私に頭を下げると、そのまま執務室を出て行きました。

私はそれを見送ると、柔らかな椅子に背中を預け、目を閉じました。

 

 

・・・長かった・・・。

 

 

20年、20年です。

この20年間、私は常に前進を続けてきました・・・。

アリカ様の汚名を雪ぎ、名誉を回復し、汚泥に塗れた元老院の不正と虚偽を断罪するために。

今、アリカ様のご息女が王位につき、ウェスペルタティア再興を目前にしてみると、不思議な感慨も湧こうと言う物です。

 

 

見るだけでも殺してやりたい元老院の老害共に頭を下げて服従を誓い、靴を舐め、這い蹲った20年。

密かに人材を集め、仲間を集め、慎重の上に慎重を重ねて・・・。

アリア様と言う、旗印を得た。

 

 

そして、明日がある。

私はこれからもアリア女王と言う光に従い、その足元で蠢く虫ケラを潰して回る、影となるでしょう。

 

 

「・・・ですが、今日だけは・・・」

 

 

今日ぐらいは、ただの少女に戻して差し上げても良いと、そう思ったのです。

我ながら、甘いですねぇ・・・どこかの吸血鬼を笑ってはいられませんよ。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

「ふざけるなっ!!」

 

 

ガタンッ・・・ガチャンッ!

テーブルが引っ繰り返り、上に乗っていたカップが中身ごと床に落ちる。

私は、自分の餡蜜だけを守って、他はそのまま放置した。

給仕の仕事が増えるだろうが、私はそんなことは知らない。

 

 

と言うか、ようやく休暇が貰えたと思ったらコレだ。

まったく、勘弁してほしいね。

こっちは魔法世界を半周してきて疲れてるんだ。

 

 

「ジョリィ・・・この不忠者が!!」

「・・・弁明するつもりは無い」

「当然だ、どこの世界に主君を誘拐する騎士があるかっ!!」

 

 

この世界にいるよ、とは言わない。

それにあのクルト議員なら、必要ならそれくらいはしそうな気がする。

 

 

ちなみに今の状況を説明すると、シャオリーがジョリィを殴りつけた所だ。

場所は、オスティア総督府内の兵士用食堂だ。

流石に元は旧ウェスペルタティア王家の離宮の一つだっただけあって、調度品や内装は美しい。

何より、この食堂には餡蜜がある。クルト議員もなかなかわかっているじゃないか。

 

 

「そこになおれ! この私が引導を渡してくれる・・・!」

「・・・気持ちはわかるが、首肯はしかねる」

「何だと!?」

「命令により、私の命は王女殿下の沙汰があるまで留め置かれることになっている」

「今さら貴様が主君の命令に殉ずるだと、笑わせるな!!」

 

 

何だ、この中世騎士物語は。

私のいない所でやってくれないかな・・・。

仲裁しても給料は出ないので、まぁ、放っておこう。

 

 

そう思ってただ見ていると、ジョリィとシャオリーの口論はヒートアップしていった。

まぁ、シャオリーがジョリィを一方的に責めているだけだが。

そろそろ、口論から実力行使に移行するかと思われた、その時・・・。

 

 

「騎士シャオリー」

 

 

静かな声と共に食堂に入ってきたのは、クルクルした巻き毛が特徴の少年だった。

メガロメセンブリアに行く前に総督に会った時、確か見たことがあったな。

 

 

「総督からの命令です。殿下の御身をお守り申し上げなさい。ただし殿下を煩わせぬよう、距離を保つように」

「・・・御意」

 

 

シャオリーはジョリィをキツく睨んだ後、舌打ちしそうな表情で食堂の出口へ向かった。

途中、何人かの部下らしき人間に声をかけている。

・・・まぁ、問題が先送りされただけだね。私には関係ないけど。

 

 

それにしても、アリア先生。

王様になるのなら、私の給金も何とかしてくれないかな。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

オスティア記念祭はまだ始まっていないが、それでもすでに始まっているかのような賑わいだった。

出店はもちろん、様々な芸を披露している者や、野試合などをやっている者達もいる。

それにしても、人が多いな・・・。

 

 

「おいアリア、はぐれないように・・・「ハイ、エヴァさん、あーん」あーん?」

 

 

ひょいっと、口の中に何かの菓子を放りこまれる・・・って、そうじゃないだろ!

こんなことしてる場合・・・って、何だコレは、なかなか美味いな。

むぐむぐ・・・。

 

 

「マスターが気に入ったようなので、2袋程包んでください」

「あいよっ、4アスね・・・って、でっかいワンコだねー?」

「狼です」

 

 

茶々丸が、大きな菓子袋をカムイの背中に乗せている。

あんな使い方して良いのか? あれ、私と同じくらいの格の生き物だと思うが。

・・・まぁ、カムイ自身別に嫌がっていないしな。

 

 

「エヴァさんエヴァさん! 何やら奇怪なパレードが!」

「騒ぐな! アレは獣人の連中が獣化してるんだよ! 小太郎とか言う犬っころの同類だ!」

「むぅ、人ゴミが邪魔で良く見えません。田中さん田中さんっ、肩を貸してくださいなっ」

「オ安イゴ用デス」

 

 

田中は二つ返事で答えると、片腕に晴明を抱いたまま、もう片方の腕でアリアの小さな身体を担ぎ、右肩に乗せた。

アリアは田中の頭を半ば抱くようにしながら、通りを進む獣人達のパレードに見入っている。

 

 

「おお~・・・人がゴミのようです!」

「いや、それは言っちゃダメだろ!」

「マケフラグッポイカラナ」

「そうでも無いだろ・・・」

 

 

私の頭の上のチャチャゼロが、どうでも良い突っ込み方をした。

と言うか、本気で人の頭から降りないなコイツ。

 

 

「異界の祭りを見ることになろうとはのう、1000年前には夢にも思わんかったわ」

「お前なら、未来くらい詠めたろうに」

「自分に関わる未来は詠まんことにしておる」

 

 

詠めるのか。普通は詠めんぞ。

それにしても・・・。

 

 

「知っていますか田中さん。獣耳の女の子を見たら、「萌え」って言うんですよ」

「学習致シマシタ」

「なるほどのぅ、市井には我も知らぬことが溢れておるのぅ」

「ウソオシエンナヨ」

「嬉々として嘘を教え込むアリア先生・・・(ジー)」

 

 

田中の肩の上で、いつも以上にはしゃいでいるアリアを見て、思う。

こいつは結局、何がしたいんだろうな。

どうでも良いとか言いながら、結局は難民を助け、そして母の跡を継いで国を建てようと言う。

まぁ、状況に流された部分も多分にあるのだろうが・・・。

 

 

なぁ・・・アリア。

お前はいったい、何を望んでいるんだ?

何が、欲しいんだ?

どうなれば、お前は満足なんだ?

 

 

アリア。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

オスティア記念祭まで、あと2日。

それを聞いた時、僕は慌てた。

だって僕はまだ、一万キロも離れたグラニクスにいたんだから!

ラカンさんの所で、傷を治してから来たから・・・。

ど、どうしよう・・・。

 

 

そう思っていたら、エリザさんが港に船を用意してくれていた。

それも、一日で移動できるって・・・。

 

 

「ほ、本当なの? エルザさん!」

「エリザです、ナギ」

「あ、そうだった。ごめんなさい」

 

 

そうだった、まだ指名手配が解除されたわけじゃないから・・・。

年齢詐称薬で変身していても、どうしてもいつもの名前で呼んでしまう。

それにしても、エルザさんは凄いや。

僕がラカンさんの所から戻ってきた時も、オスティア本戦への参加資格をとっていてくれた。

約束通りに。

 

 

それに、船まで用意してくれているなんて・・・。

と言うか、この船・・・民間船じゃないような。

 

 

「メガロメセンブリア軍所属の小型高速艇です」

「・・・ぐ、軍艦!? なんでそんな船が?」

「お父様が用意してくださいました」

 

 

また、お父様。

本当に、どんな人なんだろう?

 

 

「拳闘団の方々も同乗できます」

「あ、そうなんだ・・・」

 

 

じゃあ、ネカネお姉ちゃんも一緒に行けるのかな。

 

 

「もちろんです。多くの人の前で解放しないと意味がありませんので」

「え・・・な、何で?」

「お父様がそう言いました」

 

 

・・・また。

ここまで「お父様」と繰り返されると、何だか怖いや。

今までも、たくさんお世話になっているエルザさんのお父さん。

 

 

何だか、本当にどんな人なのか、気になってきた。

エルザさんのお父さん。

 

 

「ただ、新オスティアに着く直前にお父様に会って頂かなくてはいけません」

「そ、そうなの? けど僕、大会・・・」

「大会には間に合うようにしますので、問題ありません」

「それなら・・・まぁ」

「本当なら、ラカン氏にも来ていただきたかったのですが」

 

 

ラカンさんは、僕を港に送り届けた後、どこかに行っちゃった。

新オスティアには来る、みたいなこと言ってたけど。

 

 

「まぁ、メインはナギなので良いです」

「・・・エルザさんのお父さんって、どんな人なんですか?」

「素晴らしい人です。ナギもきっと気に入るでしょう」

 

 

・・・お父さん、か。

僕も、お父さんに会いたいな。

 

 

 

  ――――ズクン――――

 

 

 

「・・・?」

 

 

その時、右腕が疼いた。

いや、疼いたと言うより、何だろう・・・?

何か、良くない感じが。

 

 

「ナギ、どうかしましたか?」

「え、あ、ううん、大丈夫」

「そうですか。身体に異変があればすぐに言ってください。お父様が何とかしてくださります」

「えっと・・・うん」

 

 

エルザさんにそう答えながら、僕は左手で右腕を軽くさすった。

・・・何とも無い、よね。

 

 

「はいはい、どうもー」

 

 

その時、男の人が船から降りてきて、僕達を見つけると声をかけてきた。

長い白髪の男の人で、にこにこ良く笑う男の人だった。

 

 

「ラスト・トランザって言います。えー、お二人その他をアリエフの旦那の所まで送ります。どうぞよろしく」

「ど、どうも・・・」

「いやー、キミがネギ君かー、ふーん?」

「え、えっと、何か・・・?」

「いやいや、何でも無い無い」

 

 

握手をしながら、そんな会話をした。

な、なんだか、不思議な人だな・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

『おやおや天ヶ崎・・・ではなく、天崎千草さん。お金に困っていると聞き及びこのクルト、余りの胸の痛みに涙が止まりません。思えば数奇な出会いを果たした私と貴女、知らぬ仲でも――(中略)――と言うわけで、資金を用立てて差し上げますので味方しなさい、以上』

 

 

挑発から始まって命令で終わる。

・・・こんな文(ふみ)を貰(もろ)たんは、生まれて初めてやった。

・・・これ、喧嘩売られとるんやろか。

しかもその手紙は、着払いやった。殺したろかと思うた。

 

 

そんなわけで、うちは職員連中を皆引き連れて、ここ新オスティアにやってきた。

旅費は全額こっち持ちやった。

絶対に殺す・・・いや、呪う。呪ったるであの変態眼鏡。

ついでに、学園祭でメイド服のスカート丈について批評しとったことを暴露したる。

 

 

でも連合のお偉いさんに会えへんうちは、あの変態眼鏡に頭下げて金貰わなあかん。

・・・世の中、間違うとるよな。何かが。

 

 

「・・・耐えるんやうち。公的な立場で頭下げるだけや。心から下げる必要はない。これも所長としての仕事の内や・・・給料の内や・・・」

 

 

正直、この世界の関西呪術協会は資金不足でどうにもならん。

連合の守銭奴共、本山と連絡取れたら見とれよ・・・。

全員で呪って、腹下させたるからな。

 

 

「ちーぐーさーはーんっ!」

「ぐはっ・・・な、何やね、もう、月詠!」

「うーふふー♪」

 

 

後ろから、月詠がうちに飛びついて来た。

首に腕を回して、うちの背中にぶら下がっとる。

ちょ、若干苦しいんやけど・・・。

 

 

「あっそびーましょ?」

「・・・まぁ、明日の舞踏会まで暇やからええけどな・・・」

 

 

明日、総督府とか言う所で、舞踏会が開かれるらしい。

帝国や連合のお偉いさんとかも参加するんやと。

まぁ、顔見せも仕事の内やしな。

家族連れOKやて言うし・・・小太郎と月詠にも美味いモンを食わせてやれるし。

 

 

「所長、何か楽しそうだな」

「まぁ、最近は資金繰りでヒステリー起こしそうだったものね」

「月詠たんはぁはぐぅうっ!?」

「どうした鈴吹!?」

「は、腹が急にぃ・・・!」

「鈴吹ぃっ!!」

 

 

部下が減ったわ、何でか知らんけどな。

・・・さて、この紙人形に刺した針、いつ抜こかな。

 

 

「ところで、小太郎はどこや?」

「あそこですー」

 

 

月詠がうちの背中にぶら下がったまま指差した先が、突然爆発した。

 

 

「はっはぁ―――っ、もっと強い奴ぁおらんのか!!」

 

 

・・・野試合かい!

まったく、しょーのない子やな・・・世話の焼ける。

 

 

「なぁなぁ、千草はん。最近うち、わからんことがあるんですー」

「何や、どうでもええけど、いい加減降りぃ・・・」

「うち、何で人斬りになったんでしょー?」

「・・・」

 

 

・・・思いの他、重い話が来た。

このタイミングでする話や無いやろ・・・。

 

 

「人が斬りたぁて斬りたぁてたまらんのは、何でなんでしょー」

「・・・さぁ、何でやろな」

 

 

うちはそう言いながら、身体の位置を調整して、腕を後ろに回して、月詠を背負いなおした。

おんぶ、言う奴やな。

月詠は「あはっ」と笑うと、うちの首に回した腕に力を込めてきた。

 

 

「・・・いつか、千草はんも斬りたくなるんやろか・・・」

 

 

囁くようなその声には、うちは答えへんかった。

 

 

 

 

 

Side エミリィ

 

「エミリィ・セブンシープ、見習い達を連れて街に出てくれ、また野試合の通報だ!」

「ハ、ハイッ!」

 

 

ビシッ・・・と騎士団の先輩の命令を受けた後、私は息を吐きます。

ふぅ、流石に緊張しますわね。

それもそのはず、これが実質初仕事なのですから・・・!

 

 

本当は祭りが始まってからが私達の仕事は開始なのですが、どうも予定が変更されたようなのです。

人手が足りないとか何とかで、総督府から正式に要請があったとか。

昨今、王女がどうだの言う噂も広がっていて、ここオスティアにも例年以上に人が流入しています。

その分、仕事が増えているのでしょう。

 

 

とにかく、私の、いえ、私達の初仕事です。

私は真新しい戦乙女騎士団の甲冑の重みを心地良く感じながら、ビーやサヨさん達のいる隊員控室の扉を勢いよく開きました。

 

 

「皆さん、初仕事です「うんまぁ――――イッ!?」よ・・・って、へ?」

「あ、委員長だ」

「お疲れ様です、お嬢様」

 

 

部屋の中には、私の予想通り、ビーやコレットさんやフォン・カッツェさんやデュ・シャさんやサヨさんがいました。

ただし、私と同じ甲冑は身に着けていない上、アリアドネーの制服のままです。

そして、甘い匂い・・・。

 

 

テーブルの上に並べられた大量のスイーツ。

それが、彼女達が何をしていたかを雄弁に物語っていました。

 

 

「えっ、何コレ!? マジヤバくないカ!?」

「ついつい食べ過ぎてしまいますが、後が怖いですね・・・」

「スクナの作ったカロリー控え目のスイーツだから、大丈夫だぞ」

「「貴方が神か!?」」

「うん、スクナは神様だぞ」

「あはは、サヨの彼氏は面白いこと言うねー」

 

 

そしてその中に紛れているのは、明らかに男!

ここは戦「乙女」騎士団の宿舎ですよ!?

 

 

「え、ええっと、とにかく! 出陣ですよ皆さん!」

「おっ、マジ?」

「それを早く言ってよ委員長ー」

「言う前に行動なさい!」

 

 

まったく、ビーがついていながら!

さぁ、甲冑を身に着けたら市場に・・・って。

 

 

「貴方はいりません!」

「ガーン、だぞ」

「あ、ひっどーい、委員長、この子サヨの彼氏だよー?」

「何の関係があるんですの!?」

「あはは・・・」

「サヨさんも笑ってないで何とかなさいな!」

 

 

とにもかくにも、どうにか準備を整えて。

こほん。

 

 

「じゃあ、お菓子作り頑張ってね、すーちゃん」

「さーちゃんも、行ってらっしゃいだぞ」

 

 

・・・良いなー・・・はっ!?

う、羨ましくなんてありませんよ!? 私もナギ様とーなんて、コレっぽっちも考えておりませんよ!?

 

 

「ところで、お仕事って何ですか?」

「え・・・ええ! 犬耳の少年が街で野試合を繰り返しているらしいので、取り締まりに」

「犬耳の少年・・・? ・・・それって、黒髪で10歳くらいの男の子だったりしません?」

「・・・良く知ってますわね?」

 

 

まだ私、相手の特徴言ってませんのに。

随分と具体的な特徴を。

サヨさんは、かなり微妙な表情を浮かべていましたけど。

 

 

とにかく、初仕事です。

気を引き締めて、行きますよ!

 

 

 

 

 

Side のどか

 

ここが、新オスティア。

港に到着した時、私は心が震えるのを感じました。

ここに、この街にネギ先生が・・・ネギ先生が、私を待ってる。

 

 

「人が多いし、警備もそこまでキメ細かじゃねーだろうが、気をつけろよ嬢ちゃん」

(まぁ、何とかここまで無事に送れて良かったぜ)

「そうそう、ノドカって賞金首なんでしょ?」

(我ながら、お人好しよねー)

「・・・その通り」

(・・・はたして、これで良かったのか・・・)

「・・・はい、ありがとうございます。気を付けますー」

 

 

・・・リンさんが、私を疑い始めてる気がする。

リンさんはグループの中でも、慎重な人だから・・・。

でも、新オスティアまで来れれば良いです。

クリスさんが私の分まで宿を取りに行ってくれてるけど、どうしようかな。

 

 

お金はあるし、ここで別れた方が良いかもしれません。

正直、もう十分です。

 

 

「そこのキミ! もしかしてノドカ・ミヤザキさんじゃないかな!?」

「・・・!?」

「んだ、てめぇ?」

(何だ、賞金稼ぎか・・・こんな往来で?)

 

 

クレイグさんが、私を背中に庇ってくれます。

その陰からコソコソと前を見てみれば、そこには、剣を背中に背負った男の人がいました。

肩まである手入れの荒い金の髪に、余裕たっぷりな笑顔。

身体中から、「元気!」なオーラを発散している男性です。

 

 

「おおっと、僕は怪しい者じゃない!」

「怪しい奴は皆そう言うんだよ」

(コイツ・・・結構、できるな)

「僕の名前はエディ・スプレンディッド! 仕事は・・・『勇者』さ!!」

「はぁ?」

(何言ってんだぁコイツ?)

 

 

エディ・スプレンディッドさん・・・本名ですね。

なら、私のアーティファクトで考えが読めます。えっと・・・。

 

 

(うーん、困ったな。僕はある人に是非にと頼まれて、ノドカ・ミヤザキさんを助けたいだけだと言うのに! どうして誤解を与えてしまったのかさっぱりだ! まぁ世の中に悪い人はいないから、話せばわかってくれるだろう。さてどうやって話した物かなぁ?)

 

 

「ある人・・・?」

 

 

(それにしても、なぜ認識阻害の眼鏡なんてかけてるんだ? おかげで探しにくくてしょうがなかったよ。まぁ僕の目は真実を見抜くからね、問題ないさ! 勇者だからね! 勇者は嘘を吐かない人を騙さない! とはいってもさてどうすればわかってくれるかなぁ?)

 

 

ある人って、もしかして、ネギ先生?

だとしたら、私、この人に。

 

 

「あ、あのっ、もしかして・・・」

「大変だっ! 男が子供を人質にレストランに立てこもったぞ!? 誰か警備兵を呼んでくれ!」

「何!? 本当か!? うおおおおおおぉぉ今行くぞおおおおおおおおぉぉっ!!」

(子供が人質に!? ならば今すぐ迅速に助けに行かなければああああぁぁぁっっ!!)

 

 

港の近くのレストランから響いた叫びに、エディさんは一目散に駆けて行きました。

・・・・・・え?

 

 

「な、なんだぁ、あいつ・・・」

(悪い奴・・・じゃないらしいが)

「そ、そうねぇ・・・」

(悪い人・・・では無いんだろうけど)

「うむ・・・」

(悪人では無いと思う)

 

 

(((でも、バカだ)))

 

 

その心の呟きは、私にだけ聞こえました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「どうやら、戦争が起こるようだな」

 

 

デュナミスが、そんなことを言い出した。

戦争か・・・別に珍しいことじゃない。20年前の大戦の後も、人間達は国境紛争や民族紛争を繰り返してきたんだからね、飽きもせずに。

正直、あまり興味は無いけど・・・。

 

 

「我々の情報網にかかった話では、嵐の中心は旧ウェスペルタティアらしい」

 

 

興味が出てきた気がする。

何しろ僕はお姫様を攫いに、今から新オスティアに行くのだから。

 

 

「それで・・・?」

「詳しいことはわからん。中枢にまで入り込めているわけでは無いからな」

「・・・そう」

「20年前であれば、国家機密だろうが何だろうが簡単に手に入れることができたと言うのに・・・」

 

 

デュナミスはたまに、20年前を懐かしむけど・・・。

こういう時は、とても鬱陶しく感じる。

・・・最近は、良く何かを「感じる」ようになってきたね、僕も。

 

 

「・・・?」

「む、どうかしたのか、テルティウム?」

「いや・・・じゃあ、僕は栞君達を率いて出るよ」

「うむ、こちらも準備を進めておく」

 

 

デュナミスと別れた後歩きだした僕の脳裏には、先日見た光景が甦っていた。

アリアが、多数の兵を率いて戦艦に乗り込んでいる光景。

・・・さっき、国家中枢のことがわからないとデュナミスは嘆いていたけど。

もしかすると、僕は国家中枢に近い所にいたりするのだろうか。

 

 

情報によれば、彼女は王女になったと聞くし。

まさに、本物のお姫様になったわけだね。

 

 

「・・・失礼するよ」

「ああ、もう! 鬱陶しいのよアンタ!」

「そうです、アーニャさんの言う通りです!」

「し、しかしだな、私はフェイト様の命令でアーニャの世話を・・・」

「それでなんで、グルーミングまでされなきゃいけないのよ! 私は猫じゃないのよ!」

「そうです! ちなみに私はオコジョです!」

「こら、逃げるな・・・と言うか、焼くぞオコジョ!」

「やぁってみなさいよ! エミリー焼いたら私が燃やし返してやるから!」

 

 

・・・今日も元気だね、キミ達は。

僕達が今使っているアジト・・・「墓守人の宮殿」の居住区にある部屋の一つで、アーニャ君(最終的にこの呼び名で落ち着いた)達が騒いでいた。

と言うか、焔君ってこんな娘(こ)だったかな。

・・・まぁ、良いかな。

 

 

櫛を片手に部屋中を駆け回っていた焔君は、入口の僕に気がつくと、何故か顔を赤くして櫛を後ろ手に隠しつつ。

 

 

「ふ、ふぇ、フェイト様!?」

 

 

と言って、その場に膝をついた。

別に、そんなに畏まらなくても良いのに。

 

 

「・・・ご苦労様、焔君」

「い、いいいえ、私はその・・・っ」

「アーニャ君」

「・・・あぅ」

「・・・何よ、エミリーを拾って来てくれたお礼ならもう言ったでしょ」

「別にお礼なんていらないよ」

 

 

何故か落ち込む焔君を横目に、僕はアーニャ君に話しかけた。

アーニャ君はもう、怪我も治っているし、そろそろ良いかなと思う。

 

 

「僕はこれから新オスティアに行って、アリアに会いに行くけど・・・キミも来るかい?」

 

 

ついでに、お姫様も攫うけどね。

・・・うん? アリアもお姫様なのか、となると、ややこしいかな・・・。

 

 

「・・・何で私を誘うのよ?」

「キミは、アリアの友達だと思っていたけど・・・迷惑だったかな?」

「べ、別に迷惑だなんて言って無いでしょ!? 勘違いしないでよね!」

 

 

腕を組み、そっぽを向きながらアーニャ君がそう言った。

 

 

「ま、まぁ・・・アリアも心配だし、行ってあげても良いわよ?」

「そう、ありがとう」

「な、何でアンタがお礼を言うのよ、別にアンタのためじゃないんだから!」

「アーニャさん、テンプレ過ぎます・・・」

 

 

エミリー君が何故か哀しそうにそう言ったけど、まぁ、良いか。

とにかく、新オスティアへ。

世界の、中心へ。

 

 

お姫様(アリア)を、迎えに。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

『(ザザ・・・)こちらブラボー12、ブラボー1どうぞ(ザザ・・・)』

「こちらブラボー1、どうしましたかブラボー12」

『(ザザ・・・)犬耳の少年の野試合に巻き込まれて機材を破損、一時帰還する(ザザ・・・)。なお、録画内容に破損無し。繰り返す、録画内容に破損無し・・・(ザザ・・・)』

「・・・ブラボー12、了解。12を除くブラボー3から32は引き続き映像記録続行せよ」

『『『『了解(ラジャー)』』』』

 

 

・・・ふぅ、犬耳の少年とやらにも困った物です・・・。

 

 

「・・・おい茶々丸、お前は何をしているんだ?」

「申し訳ありませんマスター、守秘義務があるので・・・」

「従者がマスターに守秘義務って何だ!?」

 

 

そうは申されましても、コレはマスターの従者としてではなく、ウェスペルタティア広報部としてのお仕事なので。

私ことブラボー1は、田中さんことブラボー2と共に、アリア先生のお姿を映像に残さねばならないと言う密命を帯びているのです。

 

 

政治においては宣伝も大事。

子供から老人まで、等しくアリア先生の支配権を認めさせる有効な方法なのです。

個人的な趣味が編集に反映されるのは、むしろ当然のことですが。

 

 

「しかし、お前・・・順応早いな」

「そうでしょうか?」

 

 

カムイさんの背中に乗って往来を歩くアリア先生を撮影しながら、私はマスターにそう答えました。

通常であれば、あれだけ大きな狼は騒動の元でしょうが・・・今のこのオスティア祭の雰囲気の中では大したことはありません。

何せ、カムイさんよりも大きな動物や、獣人の野試合などが各所で見受けられますので。

 

 

・・・それにしても、狼の背中に乗る少女・・・絵になりますね。

 

 

「・・・お前、そう言えば魂がどうだのに興味を持っていたな、以前」

「はい、現在も思案中です」

「それは、仮契約に興味を持ったからか?」

「はい」

 

 

マスターと私はドール契約ですので、魂は必要としません。

しかし仮契約には、「魂」が必要です。

魂が無ければ、カードは出ません。

カードが出なければ・・・。

 

 

私、「絡繰茶々丸」には魂は無く、この気持ちも感情も全て。

ハカセのコンピュータの作った、仮初の偽物だと言うことになります。

言うなれば、仮契約は私に魂があるかどうか、それを形にして判断する手段と言うことになります。

だから私は、仮契約に興味を持ったのです。

 

 

「でも、それはもう良いのです」

「良い? 何故だ?」

「私は、マスターやアリア先生と家族になりたいのであって、主従になりたいわけでは無いからです」

 

 

思えばコレも、ガイノイドにあるまじき発言。

マスターの従者としての分を超えた発言です。

でも、私は自分の魂の存在を確信するための道具として、マスターやアリア先生を使うようなことはしたくないのです。

 

 

不思議な感覚で、言語化が非常に困難ではありますが・・・。

これが私の素直な「気持ち」です。

 

 

「私に魂があるのか、無いのか。その結論は、自分で出したいと思います」

「・・・そうか」

 

 

さて、私も仕事に戻るとしましょう。

クルト議員にアリア先生を好きにさせないためにも、私はアリア先生から目を離すわけにはいきませんので。

 

 

「・・・お前はもう、しっかりと自分の魂を持っているよ。茶々丸」

 

 

後ろから聞こえるマスターの言葉に、私は目を閉じました。

それを私が確信できる日は、いつでしょうか。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

家族になりたいのであって、主従になりたいわけでは無い。

その茶々丸の言葉は、私にとっては新鮮であると同時に、衝撃的でもあった。

それはある意味で、私のこれまでの価値観に穴を穿つには、十分な威力を持っていたからだ。

そして同時に、私はある種の羨望を茶々丸に抱いた。

 

 

懐から、アリアとの仮契約カードを取り出す。

アリアと私の、主従の証であり・・・同時に、絆の証でもある。

 

 

形にしなければ信じられない、そんな絆だ。

 

 

「私は、弱いな・・・」

「マ、ゴシュジンダカラナー」

 

 

茶々丸との話の最中は一言も話さなかったチャチャゼロが、突然言葉を発した。

依然として、私の頭の上にいる。

そう言えば、チャチャゼロと私もドール契約で主従関係だな。

・・・進歩が無いな、私は。

 

 

「ゴシュジンモ、アタマジャワカッテンダロ?」

「当然だ・・・これでも600年生きてるのだからな」

 

 

アリアは、王になる。

正直な所、実感はまったく湧かんが、とにかくそう言うことになってしまった。

アリアらしくも無く、他人のために背負わされた地位と責任だ。

逃げても誰も責めないし、責められたとして、そんな風評を気にする奴でも無いだろうに。

 

 

アリアは・・・。

 

 

「アレは、『職務』に忠実な人間だ」

「ソーダナ」

「わかっていないな・・・『職務』に忠実と言うことは、与えられた『役割』に忠実と言うことだぞ」

 

 

麻帆良で教師として、過剰なまでに生徒を守ろうとしたのは何故だ?

それがアリアの『役割』だったからだ。だから自ら自分の『役割』の外に・・・魔法に関わった連中をアリアは冷然と見捨てることができた。そしてそこに、アリアの本質が加わる。

極度の寂しがり屋、と言う本質がな。

 

 

刹那や木乃香への対応と、神楽坂明日菜や宮崎のどかへの対応の間にある差は、そこだ。

自分を慕ってくれているか? 自分を真に必要としてくれているか?

仕事中毒(ワーカーホリック)と呼ばれて喜ぶのは、つまりは仕事の量がその指標になっていると考えているからだろう。

 

 

アリアドネーに来る頃には、多少緩やかになったようだが・・・。

だが、その意味で、今回は究極だ。

 

 

「王とは頂点だ。そして孤独だ・・・代われる者がいてはならないし、理解する者がいてもいけない」

「ダカラ、ゴシュジンハイッポヒカナキャイケネェ」

「・・・わかってる」

「ゴシュジン」

「わかっているさ! だがな・・・納得はできないんだよ」

 

 

公の場において、アリア「女王」よりも上の存在がいてはならない。

少なくとも、表向きはな。

あのゲーデルが言いたいのも、そのあたりだろう。

TPOを弁えろ、そう言いたいわけだ。この私に対して。

弁えなければ? 粛清でもするか? この私を?

 

 

・・・私がアリアをいつまでも従者扱いしていては、不都合なのだ。

周囲の人間が、序列を勘違いしていしまうからだ。

 

 

『アリア女王は、真祖の吸血鬼の操り人形だ』―――などと噂されれば、それだけでアリアの身辺が危うくなる。

それは、良くない。アリアにとっても、私にとっても。

だから表向きには、私はアリアに一歩を譲らねばならない・・・。

だが・・・。

 

 

少し休憩しようと言う話になり、私達は小さな、人通りの少ない公園に入った。

そこで、私は。

 

 

「・・・アリア!」

 

 

問いかける、私が今後どうすべきかを、決めるために。

自分のためではなく、家族のために。

 

 

「お前は何故、王になる?」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

人で溢れる新オスティアにも、人が少ない場所は存在します。

この小さな公園も、その一つです。

 

 

「アリア、お前は何故、王になる?」

 

 

その時、エヴァさんが私にそう問いかけてきました。

それは、とても基本的で・・・それだけに重要な問いかけでした。

私が何故、女王になるのか?

それは、状況に流されたからでしょうし、もしかしたら求められるままに、必要とされるままに、そうなったのかもしれません。

それも、理由の一つではあるのでしょう。

 

 

けれど、もう一つだけ・・・知っておきたいことがあったから。

理解したいことがあったから。

 

 

「学園祭の時、幻の母は言いました。民は自分の身内だと」

「・・・そうか」

「私には、それがわからない」

 

 

雛鳥のように口を開けて、次から次へと何かを求める民衆が、身内。

好きだと・・・愛していると。

 

 

肉親よりも? 家族よりも? 仲間よりも?

それよりも優先すべき何かが、民にあると言うのでしょうか。

私には、わからない。

 

 

「だから私は、王位につく。それを知るために。いつか確認するために」

「個人的な理由だな」

「個人的な理由ですよ。最近甘やかされ過ぎたせいか、我儘になっていまして・・・ごめんなさい」

「謝る必要は無いさ、別にな」

 

 

エヴァさんの言葉に、茶々丸さんも、チャチャゼロさんも、皆・・・頷いてくれます。

優しい人達、私を甘やかして、私はどんどん我儘になっていきます。

以前はもう少し、謙虚だったような気もするのですが。

 

 

「ふぅん・・・なるほどな。まぁ、民のためだの国のためだのと言われるよりはマシか」

 

 

エヴァさんは、一人で何やらブツブツと言った後、安心したような、それでいて複雑な表情を浮かべた後、私に向かって。

 

 

「だがなアリア、お前のその個人的な理由で、多くの人間が不幸になる可能性もあるぞ」

「わかっています・・・が、正直、そこまで責任は持てませんね」

 

 

冷たいようですが、私に勝手に期待する人達のことまで考える必要は感じません。

私一人で全てができるわけではありませんし・・・。

私はあくまでも、私のために王位につくのです。

王位の私物化・・・何か、滅びそうなフラグですね。

できることはしますが、それ以上のことは私に期待されても困ります。

 

 

「矛盾しておるのぉ・・・」

 

 

ウトウトと眠りかけている晴明さんが、そんなことを言いました。

矛盾・・・自己矛盾。でも、私は・・・。

 

 

「アリア」

「はい」

「私は、お前の配下になるつもりも、臣下になるつもりも無い」

 

 

エヴァさんは、そう言いました。

それは、わかりきっていることです。エヴァさんですから。

 

 

「だが、風下に立つことはできる。それでお前を守れるのなら」

「・・・え・・・」

「・・・じゃあな」

 

 

エヴァさんはそう言うと、私に背中を向けて歩きだしました。

後に、スヤスヤと眠ってしまった晴明さんを抱いた田中さんが続きます。

チャチャゼロさんが、エヴァさんの頭の上から手を振っていました。

 

 

「え、と・・・茶々丸さん」

「私は以前、お伝えしました。私はずっと、貴女を守りたいのです」

 

 

そう言って、何故か私をジーっと見つめる茶々丸さん。

私はそれを見て、苦笑してしまいましたが・・・。

 

 

でも、もう一つだけ、誰にも言っていないことがあるんです。

それは、難民を見た時に私が気付いたこと。

私は、赤ん坊の頃に村に預けられ、その後はメルディアナ・・・。

私も難民のように、捨てられてもおかしくはなかった。

 

 

そうならなかったのは、私が父の娘で、母の娘だったから。

・・・そう思うと、やってられなかった。

だから。

 

 

その負債を返してやろうと、そう思ったんです。

 

 

 

 

結局は、個人的な理由。本当、嫌になりますよね。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

「いやぁ――、瀬流彦君、飲んでおるかねぇ!?」

「はい、新田先生、飲んでますよぉ!」

 

 

8月中旬、瀬流彦先生が新田先生達と「超包子」に来たアル。

しずな先生や他の先生も一緒アルが、どうにも瀬流彦先生に目が行ってしまうアルな。

理由は、カウンター席で酔い潰れているから。

しかも酔い方が尋常じゃないアル。

 

 

と言うか、やけ酒の様相を呈しているアルが・・・。

 

 

「四葉さーん、おかわりー!」

「炒飯3人前追加でー!」

 

―――はい、わかりました―――

 

 

鳴滝姉妹を含めたクラスメート達が、テーブル席の一角で騒いでいるアル。

相変わらず、元気アルなー。

 

 

「うう、ネギ先生ー・・・」

「ネギ君、今頃何してるのかなー」

「いいんちょもまきちゃんも、ネギ君のことばっかだねーっ」

「アリア先生は元気かなー」

「亜子はアリア先生が大好きだもんねー?」

「でも知ってるわよ・・・本当は学園祭の時にー」

「わ、わ、ちょ―――っ!」

 

 

いいんちょとまき絵は、ここの所ネギ坊主分が足りないとか言ってヘコんでるアル。

和泉や柿崎、椎名もいつも通りアル。

こっちは、平和そのものアル。

 

 

アリア先生に、ネギ坊主。それに茶々丸にエヴァにゃん・・・田中も。

向こうに行った皆は、元気アルかな。

 

 

「そう言えば、古菲さん。実家に帰ったりとかはしないの?」

「んー、まぁ、師父の所に帰るのは卒業の後にするアル。それに・・・」

 

 

しずな先生の言葉に、私は曖昧に笑って答えた。

私の部屋にはまだ、アリア先生謹製の「高校に行きたいならコレだけしなきゃね?」シリーズのドリルがどっさり残ってるアルから・・・。

「超包子」でアルバイトをしながら、少しずつやってるアルが・・・。

 

 

修業より辛いアル・・・。

関数とか言うのを作った奴を殴り飛ばしたいアル。

 

 

―――大丈夫、くーさんはやればできる子ですよ―――

 

「それでやる気を出すのはネギ坊主くらいアルよ、四葉」

 

 

・・・新学期には、また皆で会えると良いアルな。

 




アリア:
アリアです。今回はお休みをいただきました。
まぁ、これまでが駆け足でしたからね・・・。
私達だけでなく、他の人々も続々と新オスティアに向かってきている様子。
ここからまた、面倒事が増えてくるでしょうね。
なお、本編中で茶々丸さんが曹長待遇軍属と申しましたが、ウェスペルタティアの軍階級は英国軍を参考にしております。元帥から二等兵までの物です。


今回登場したキャラクターは。
二重螺旋様よりラスト・トランザさん。
ウルフガイ様よりエディ・スプレンディッドさん。
ありがとうございます。


アリア:
次回は、新オスティアで行われる前夜祭・・・総督府で行われる舞踏会。
各国の代表も参加する重要な物です。
お出迎えから、独立宣言まで。
忙しい一日になりそうです。
演説の練習もしなければ・・・ヒトラ○総統かギ○ン閣下か少佐かシャ○閣下かシャ○ル陛下かルル○シュさんかジー○・・・どの方の演説を真似ればいいのやら。
では、またお会いしましょう。


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第9話「独立宣言」

Side アリア

 

「んっ・・・くぅ、は・・・っ」

「もう少しです、アリア先生」

「ち、茶々丸さん、でも・・・んぁっ」

「もう少しで締まりま・・・したっ!」

「あぅっ」

 

 

ぎゅむっ・・・と腹部を締め上げられて、私は小さな悲鳴を上げてしまいました。

その後も続く窮屈感に、はぁ・・・と息を吐きます。

 

 

「アリア先生はまだ10歳ですので、くびれを出すにはコルセットが必要なのです」

「別にいらないのに・・・」

「そう言うわけにも参りません」

「うう・・・」

 

 

軽く唸りつつ、お腹の黒いコルセットに触れます。

背中に編み上げ紐のある、ベーシックな奴です。

 

 

「ユリアさん、衣装を」

「はい、この黒いのですね?」

 

 

茶々丸さんの傍で私の着替えを手伝っているのは、侍女の一人、ユリアさん。

年齢は15歳前後で、セミロングの水色の髪が特徴的な女性です。

服装は部類としてはメイド服ですが、どことなく水が流れるような、流線型の衣服を纏っています。

右眼の魔眼で視る限り、水の精霊に対し高い親和性を持っていることがわかります。

 

 

この人、水の精霊と人間とのハーフで・・・オスティア難民の一人。

クルトおじ様は、そのあたりに目をつけて私の傍においているのでしょうけど・・・。

でもこの人、私(特に左眼)に触れると大変なことになるんですよね。魔眼的に。

 

 

「大丈夫ですよ多分」

 

 

本人は軽く言ってますけど、かなり重要なことです。

私は茶々丸さんとユリアさん(直接触れないように)に手伝って貰いながら、用意された衣服を身に着けて行きました。

ふーむ、と、姿見の前で立って確認していると・・・。

 

 

「おい、時間が無いぞ」

「キュウクツダゼ・・・」

 

 

エヴァさんが、扉の所から声をかけてきました。

茶々丸さんはメイド服 (ロングスカート)ですが、エヴァさんは普通に舞踏会に参加する気満々なようで、白いフリルリボンドレスを纏っています。

頭の上のチャチャゼロさんも、今日は正装です。

 

 

ちなみに私は、黒を基調としたワンピースドレスを着ています。

腰の部分に赤いリボンがついていて、全体的にフリルは少なめ、踝まで覆うロングスカート。

所々に赤いラインが入っていて、帽子を兼ねた白のヘッドドレスにも、赤いリボン。

大きな姿見の前で、くるんっ、と一回転して確認。ふわり、とスカートが遠心力で回り・・・。

茶々丸さんが、ぐっ! と親指を突き出しました。何なんでしょう・・・。

 

 

「それではアリア先生、お時間です」

「わかりました」

「いや、それ私が言ったことだろ!?」

「ゴシュジンダカラナ」

 

 

いつも通りの様子に、私は笑みを浮かべます。

この人達は、いつも変わらない。

 

 

扉の所で待機していた田中さん(黒服、似合いますね・・・)と、その腕に抱かれた水銀○な晴明さん。

そしてカムイさんが、のっそのっそとついてきます。

ユリアさんは私の私室に残り、エヴァさんと茶々丸さんは一緒に。

 

 

角を曲がり、廊下に出ると、左右一列にウェスペルタティアの騎士の制服を纏った人達が並んでいました。

先頭に、シャオリーさんとジョリィ。

私はそれに、エヴァさん達に向けていたのとは別の種類の笑みを浮かべて見せます。

 

 

「・・・行きます。守りなさい」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

さぁ・・・行きましょう。

多少出遅れた感があるかもしれませんが・・・ここから私達の物語を始めます。

今まで私を、私達を翻弄してきた世界に。

 

 

「私達の名前を、刻みつけてやりましょう」

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

世界は、歴史は私の名を深く刻み込むことだろう。

我が策、ここに成る! 世界を救うのは、この私なのだ!

 

 

「お父様!」

「おお、エルザ・・・私の天使(エンジェル)! お前は本当に良い子だ」

「お父様・・・」

 

 

わずかな間、エルザ(コマ)を胸に抱き締めてから、私はより重要な少年の前に進み出た。

それは、小型高速艇で接舷し、私が乗ってきた戦艦『シグルズ』にまでやってきた赤毛の少年、ネギ君だ。私の計画の肝の部分を担当してもらうことになる。

私の執務室に通されて来た彼は、どこか緊張しているようだった。

 

 

「初めましてだね、ネギ君! 私はアリエフと言う者で、メガロメセンブリアで元老院議員をやっている」

「は、はい、ええと・・・エルザさんのお父さん・・・ですよね?」

「うん? ああ、まぁ、そうだね。私はエルザの義父(ちち)だよ」

 

 

まぁ、良い。彼もまだ子供だ。

 

 

「それで、あの・・・」

「うん? ああ、キミの仲間達なら、こちらで保護して「ネギ!」「ネギせんせー!」いる・・・」

「明日菜さん! のどかさん!」

 

 

ラスト君とエディ君に客室から案内されて来た2人の少女が、ネギ君の姿を見た瞬間に、彼に飛びついた。

もみくちゃになりながら、床に転がる。

まぁ、青臭い再会劇には興味も無い。

 

 

「御苦労だったね、エディ君、ラスト君も」

「いやいや! 困っている人間は放っておけない性分なので! 勇者ですから!」

「・・・まぁ、前の仕事の失敗の証拠さえ返して貰えるんなら、何でもやりますけどね」

「ははは、これからも頼むよ・・・ところで、ゴロツ・・・賞金稼ぎの皆さんはどうしてるかな?」

「再会に水を差すつもりは無いそうで」

「そうか、そうか・・・ゆっくりして貰いなさい」

 

 

残り短い命だ、最後くらい安楽に過ごすが良いさ。

どの道、ネギ君が我が手中にあるのならば、あのような輩・・・。

 

 

「え・・・?」

 

 

その時、ノドカ・ミヤザキという少女が私のことを見た。

・・・そうか、しまった。彼女は『いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』の・・・。

 

 

「あの・・・」

「アリエフさん、本当にありがとうございました!」

「あ・・・」

 

 

ネギ君が声を上げた時、ノドカ・ミヤザキが反比例するように声を抑えた。

なるほど・・・そう言う関係か。

ならばネギ君さえり・・・友誼を結んでいればどうとでもなる。

私はにこやかな笑顔を作り、ネギ君に歩み寄った。

 

 

「さぁ、ネギ君。仲間も揃い、後はネカネ嬢の借金を返すだけだが・・・キミはその後どうするんだね?」

「え? そ、その後は・・・」

「身内を助けてそれで終わりとするかね? いやいや、それではあまりに小さすぎる。ネギ君、キミが正しい行動を取れば・・・キミは世界を救えるのだよ」

「世界を、救う? あの、すみません、意味が・・・」

「大丈夫、私が全て説明してあげよう。全て話してあげようじゃないか、そう・・・」

 

 

私が私の腕にしがみついているエルザに目配せをすると、エルザは静かに頷いた。

私の腕から離れ、ノドカ・ミヤザキにさりげなく近付いて行く。

ノドカ・ミヤザキは・・・エルザを見て、引き攣ったような顔を浮かべた。

ふ・・・。

 

 

本当に良くできた駒だ、あの子は。

 

 

「キミの父親の物語を」

 

 

父親、その単語に、ネギ君の両目が見開かれた。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

始まる。

舞踏会の会場になる総督府の周辺をフヨフヨと箒で浮きながら、私はそんなことを思いました。

 

 

今日、アリア先生は全世界に対してウェスペルタティア王国の独立を宣言する。

それなりの数の人が、それに従うらしい。

先代のアリア先生のお母さん・・・アリカ女王の影を見る人。純粋にウェスペルタティアに忠義を尽くす人、単純に流れに巻き込まれた人、打算で動く人・・・。

 

 

「いやー、セレブって感じの人が集まってくるね!」

「中には軍人などもいますよ」

「軍人全員がノットセレブってわけじゃ無いけどナ」

「貴女達、秘匿通信でお喋りしない!」

 

 

エミリィさんい怒られると、皆は少しだけ静かにした。

・・・まぁ、すぐにお喋りが再会されて、また怒られるまで続くんだけど。

秘匿通信だと、レコーダーを提出しない限り上の人にバレないから、皆好きなことを話しています。

でも実際、立派な格好をした人達が、総督府に次々と入って行く。

 

 

「・・・と言うか、そもそも何で私達アリアドネーが平和のお祭りの警備なんてやるの?」

「アリアドネーは国際的には、強力な武装中立国なので」

「・・・で?」

「・・・まぁ、事情がわからずとも警備はできます」

 

 

ビーさんが、途中で説明を断念しました。

コレットさんは「?」マークを抱えて首を傾げているけど、まぁ、中立国の存在理由なんて、こういう時で無いとわからないですよね・・・。

それに、私自身は中立ではあり得ない。

 

 

組織としては中立でも、個人としては中立では無い。

これは別に、私に限った話じゃ無い・・・。

 

 

「おっ、アレ何?」

「なんですの?」

 

 

下を見ると、総督府の入口付近が騒がしくなっています。

そこには、新オスティアに展開している連合の兵士とは違う制服の兵士達が集まっていました。

その人達の前に、数人の人間が姿を現しました。

それは、私にとっては見知った人達で・・・。

 

 

「あっれー? アレってアリア先生と、エヴァにゃん先生だよね?」

「タナカさんとかもいますね」

「貴女達・・・って、本当ですわね」

 

 

もし、私に忠誠心とかそう言う物があるのだとすれば。

それは、あの人達に捧げるための物。

 

 

アリア先生達が、一瞬だけこちらを見ました。

甲冑に覆われている私は、外から見れば他のアリアドネー騎士団と見分けがつかないはずだけど。

でも、そんな理由で私を見分けられないはずが無いと、勝手にそう思ってしまう。

 

 

「とにかく、警備を続けますよ! 昨日だって騒ぎの犯人を逃がして、大目玉だったんですから!」

「「「はーい」」」

「・・・ここは学校の教室では無いのですよ!」

「「「はーい」」」

「・・・ビー、頼りになるのは貴女だけですわ・・・」

「恐縮です、お嬢様」

 

 

・・・守ります。

貴女達も、皆も。

 

 

 

 

 

Side 従卒の少年

 

僕は職務上、クルト議員の傍にいることが多い。

護衛と言うわけではなく、言ってしまえば荷物持ち兼秘書兼メモ帳と言う所でしょうか。

そして今も、アリアドネーのセラス総長と会談しているクルト議員の後ろに控えています。

僕の他に二名、護衛の連合兵・・・いえ、ウェスペルタティア兵がいます。

 

 

クルト議員・・・クルト宰相代理の向かい側に座るセラス総長の後ろにも、武装した戦乙女騎士団の兵士が3人います。

3人の随員を認めるのは、古からの慣習です。

 

 

「いやいや、相変わらずお美しいですね、セラス総長?」

「クルト議員も、いつもながら紳士ですわね」

「ははは、そうですかねぇ。やはり、モチベーションの差ですかねぇ」

「まぁ、そうなのですか、うふふふ・・・」

 

 

モチベーションも何も、クルト議員の言う所の「腐った蜜柑よりも価値の無い」元老院のためではなく、「私の栄養源ですかね。活力と言っても良いでしょう」と常々言っている王女殿下・・・ああ、もう女王陛下ですか。

陛下のために動けるからでしょうね。

 

 

・・・最近のクルト宰相代理は、それが栄養源らしいですけど。

まぁ、確かに可愛らしい方だとは思いますけどね。

 

 

「それにしても、お見事ですわねクルト議員?」

「お褒めに預かり光栄ですが・・・何のことでしょう?」

「治安責任が我々にある現状で、よくもまぁ・・・」

「ははは、まぁ、世の中には講師が誘拐される学校もあるくらいですからねぇ」

「そうですわね、世の中にはどこかの学園都市から講師を誘拐する所属不明の騎士もいるようですから」

 

 

お互いに弱みを握っているような物だから、非常に面倒な状況になっている。

今日は新生ウェスペルタティア王国の独立を宣言する日。

本当なら、今日までに各国の承認を得ておきたかったのだけれど、機密上表だって交渉ができない。

そう言うわけで、こんなギリギリまで交渉を続けるハメになっている。

 

 

「私達アリアドネーは中立国であり、今後もそうあり続けます」

「ええ、こちらとしてもそれで十分です・・・今はね」

「・・・ええ、今は」

 

 

そうは言っても、表向きの話です。

裏向きの話はどうかと言うと、別の話になります。

 

 

「我々は、我が国の中立が侵されない限り、あらゆる勢力に対して中立を保ちます」

「なるほど、中立が侵されない限り・・・ですか」

「ええ・・・万が一、我が国の中立の精神がいずれかの勢力によって侵されたのであれば、その時は」

「・・・その時は?」

「実力をもって、その意思を排除することになるでしょう」

「なるほど・・・」

 

 

楽しげに笑う、クルト宰相代理。

アリアドネーは強力な武装中立国、その固有の武力は他国を圧倒こそしない物の、しかし侮られる程弱くも無い。

 

 

「・・・それとは別に、この祭典中の治安を維持する責任は、我がアリアドネーにあります。よって、何があろうとも、治安を維持して見せましょう」

「・・・よろしくお願いしますよ、セラス総長?」

「言われるまでもありません」

 

 

楽しそうなクルト宰相とは裏腹に、どこか憮然とした表情で。

セラス総長は、そう確約した。

・・・む。

 

 

「閣下、そろそろ・・・」

「おお、もうそのような時間ですか」

「・・・何ですか?」

「ふん? いえね・・・」

 

 

会談の席から立ち上がりながら、クルト宰相代理は笑った。

 

 

「歴史を動かしに行くのですよ」

 

 

 

 

 

Side シャークティー

 

「ひゃっほー、タダ飯ぃ――っ!」

「タダ飯・・・」

「ちょ、春日さん! おのぼりさんみたくキョロキョロしないでくださる!? 恥ずかしいでしょう!」

「お、お姉様、もっと小さな声で ・・・」

「全員、いい加減になさい!」

 

 

・・・旧世界に戻れるメドが立たないと言うのに、うちの生徒は元気ですね。

元気過ぎて、逆に叱る気にもなれない程に。

おかげで、美空が調子に乗ってもう・・・。

 

 

「ウマッ、千草ねーちゃん、コレ美味いで!」

「美味しいですね~」

「あんたらなっ、家と同じこと言うんやない! 恥ずかしいやろ!」

 

 

少し離れた位置に、関西呪術協会の天崎さんがいた。

私は黒を基調としたドレスを着ているが、天崎さんは和服の正装だった。

お子さん達も、それぞれ和風。

・・・と言うか、関西の方々は全員和服です。

凄く、目立ちます。

 

 

でも今は・・・あ、目が合いました。

挨拶に向かったり来たりはしませんが、ふと笑い合いました。

それだけで、わかり合えました。

 

 

((・・・大変ですね(やなぁ)・・・))

 

 

・・・たぶん、同じことを考えたと思う。

確証はありませんが、確信がありました。

 

 

「皆様、ようこそお集まりいただきました!」

 

 

不意に、頭上から聞き覚えのある声がしました。

何かと思い見てみれば・・・。

 

 

二階の小さなテラスから、クルト議員が会場の客を見下ろしていました。

私達は、彼に招待されてこの舞踏会に参加しています。

たぶん、関西の方々もそうなのでしょう。

もちろん他にも、各界の有力者や新オスティアで事業を行っておられる企業の人々、さらには南のヘラス帝国と北のメセンブリーナ連合の大使の方々もいる。

 

 

正直、旧世界の魔法学校の関係者でしかない私達が、一番浮いているのではないでしょうか。

 

 

「今日お集まり頂いた皆様は、いずれも名のある方ばかり、見下ろしながら挨拶をせねばならないこと、誠に心苦しく思います」

 

 

クルト議員は、深々と頭を下げて見せました。

台詞と態度がここまで違和感のある方と言うのも、珍しいですね。

 

 

「さて、突然ではありますが・・・今日は皆様に、ご紹介したいお方がおられます」

 

 

紹介? 今日ここにいる人々以上のVIPなんて、誰かいたでしょうか?

私がそう首を傾げた時、どこからかファンファーレが聞こえました。

それと共に、二階のクルト議員が脇に退きました。

その、後ろには・・・。

 

 

「・・・っ!」

 

 

あれは、あの子は。

 

 

「新オスティア! そしてウェスペルタティア王家の正当なる直系! ウェスペルタティア全土を統べる守護者! 神聖にして不可侵なる女王陛下!!」

 

 

コツ・・・と、白い髪を靡かせて、その少女は私達の前に姿を見せた。

数メートル頭上から、彼女は階下の私達を見下ろした。

その少女を、私はよく知っています。

 

 

「ウェスペルタティア・・・?」

「女王だと?」

「・・・直系と言うのは・・・」

 

 

会場の至る所から、人々の囁きが聞こえます。

皆、呆けたような、あるいは驚いたような顔で、二回の少女を見ています。

・・・美空だけは、何故か激しく顔を背けていますが。

天崎さんも、どこか胡散臭そうな表情で上を見ています。

 

 

人々の囁きを消したのは、誇らしげな、ともすれば自慢しているにも聞こえる、クルト議員の声。

 

 

「アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下です!!」

 

 

アリア、先生・・・?

そこには、旧世界の同僚の少女がいました。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「殿下、当艦は予定通り、明日早朝に新オスティア国際空港に到着致します」

「・・・わかりました、報告ご苦労。下がりなさい」

「はっ」

 

 

わざわざ部屋にまで報告に来なくとも、通信で済ませれば良いだろうに。

まぁ、これも皇族としての仕事の内かの。

 

 

「ああ~・・・面倒じゃ面倒じゃ面倒じゃ! 形式と言うのはまったくもう・・・」

「姫様」

「わかっておる! 外では淑やかに穏やかに丁寧に、じゃろ!」

「姫様が聡明で、嬉しく思います」

 

 

しかも窮屈なことに、コルネリアまでついてきておる!

こやつは、帝国の法務官の一人じゃ。

亜人種で、虎縞色の髪の三十路過ぎの女じゃ。

 

 

「姫様?」

「な、何でも無い!」

 

 

こ、こやつは妾の心が読めるのか?

コルネリアは手が早く、妾の法律顧問になってからは、ますます肉体言語が増えた。

亜人だから、冗談では済まない。

と言うか、皇族虐待・・・不敬罪じゃろコレ。

コルネリアは片手で髪をかき上げながら、いつも通りのキツい眼差しで妾を見る。

 

 

「それで、姫様。今ウェスペルタティアに行く理由は何でしょうか」

「戦後20年を祝う式典に参加するためじゃろ。今日の舞踏会で大使級の会談が行われ、明日妾が正式な式典で和平を祝福する共同宣言にリカード議員やクルト総督、セラス総長と署名を・・・」

「姫様?」

「ウェスペルタティアの内情を知るためじゃ、それで良いのか?」

「結構です、姫様」

 

 

帝国軍の情報部が入手した情報によると、今新オスティアを中心とするウェスペルタティアは非常に面倒な情勢になっておる。

小難しいことを抜きにしてぶっちゃけてしまえば、ナギとアリカの息子と娘がほぼ同時に国を立ち上げるつもりらしいのじゃ。

 

 

かつてのウェスペルタティアは東西に割れる。

どうもそれは、もう止められない状況になっているらしい。

帝都にいたのでは、細かいことがわからん。

 

 

「姫様は超大国ヘラスの第3皇女。帝国の国益を最優先に考えていただかねばなりません」

「・・・ああ」

「かつての友誼に拘り、選択を誤ることのないように」

「わかっておる!」

 

 

席を立ち、部屋を出る。これ以上あの型物と話していられるか。

・・・コルネリアの言うことはいつも正しい。

帝国は今、ウェスペルタティアへの対応を即断するわけにはいかない。

ただでさえ、軍部は連合・ウェスペルタティアとの国境付近に部隊を展開させておるのだ。

一歩間違えれば、20年前の・・・いや、20年前以上の戦争が起こる。

 

 

だから妾が政治的に新オスティアに赴き、軍の行動を牽制する必要がある。

だが・・・。

 

 

「妾は、友人の子供達の仲を取り持つこともできんのか・・・」

 

 

下手に帝国が仲介に立てば、ウェスペルタティアを実効支配する連合が黙ってはいまい。

・・・ダメじゃ、動けん。

20年前も、アリカを助けてやれなかった。

10年前には、ナギを救ってやれなかった。

そして今、その子供達すら救えんとは!

 

 

憤りをそのままに、気分転換でもと思い、艦橋に向かった。

インペリアルシップは、無駄に広いの・・・。

 

 

「あ・・・テオドラ殿下!」

「・・・様子を見に来ました。兵達の様子は・・・」

「殿下、スクリーンをご覧ください!」

「・・・何です?」

 

 

いつも冷静な艦長が慌てておる。

何じゃ・・・と思って、正面のスクリーンを見れば、そこには。

 

 

『お初にお目にかかる方も多くおられるかと思いますので、名乗りから入らせて頂きます』

 

 

そこには、白い髪の、アリカに良く似た少女が映っていた。

これ、は・・・まさか!

 

 

『私は、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです』

 

 

始まってしまったのか・・・!

 

 

 

 

 

Side リカード

 

おいおい、マジかよ・・・。

俺の今の心境は、「やられた」、この一言で説明できる。

元々陰謀とかは得意じゃねーが・・・クルトの野郎、俺にも黙っていやがった!

・・・ま、当然か。

 

 

「議員・・・」

「あー、はいはい。大丈夫だ艦長、何も心配いらねぇよ」

 

 

心配だらけだよ!

俺が今乗ってる、この戦艦『スヴァンフヴィート』の艦長だった20年前なら、お偉いさんに泣きついたりもできたんだがねぇ・・・元老院議員になっちまった今じゃ、無理だな。

上が動揺すりゃ、下はもっとうろたえちまう。

 

 

せいぜい、ドシンと構えて、「大丈夫っぽさ」を出さねぇと・・・。

たとえ本当は、全然大丈夫じゃなくてもな。

それにしても・・・やっぱマジか。

エンテオフュシア、そしてあの顔。十中八九話に聞いてたナギとアリカ女王の娘じゃねぇか。

 

 

『エンテオフュシアの血脈は20年程前に絶えたとされておりますが、それは誤りです』

 

 

知ってるよ畜生。

こちとら、知っていながら何もできなかったんだからな。

情けねぇ話だ。クルトの野郎が見限るのもわかるぜ。

だが・・・。

 

 

『現に、直系血統である私が存在しております・・・その証拠に』

 

 

す・・・画面の横から、クルトの野郎が魔法の火を差し出した。

クルトの掌の上で燃える青い魔力の炎を、アリアとか言う白髪の嬢ちゃんは、右手の指先で撫でるだけで・・・消しやがった!

 

 

「画像解析!」

「・・・魔力残渣確認できません! 映像だけで確約はできませんが・・・消失しました!」

「・・・マジか」

 

 

背中の冷や汗が止まらねぇぜ。

つまり、魔法を無効化したってことじゃねぇか、あの嬢ちゃんは!

魔法を防ぐことは並の魔法使いなら誰でもできる。

だが「無効化」することができる存在は、魔法世界広しと言えど、一つしかねぇ。

魔法世界なら、誰でも知ってる。歴史の教科書にも載ってんだからな。

 

 

神代の力、始まりと終わりの力を脈々と受け継いでいる一族。

ウェスペルタティア王家。

 

 

『・・・そして、この剣。これをもって、私がウェスペルタティアの血脈に連なる者であることの証明とさせて頂きます』

 

 

・・・あの剣は確か、アリカ女王が持っていた剣。

なくなったんじゃなかったのか・・・?

 

 

いやぁ、それ以前に、いやらしいなクルト。

本当なら、ここでアリカ女王の無実を宣言したかっただろうよ。

だが、証拠も無くそんなことはできねぇ。

だから、まずアリア嬢の覇権確立に動く、そして「ウェスペルタティア直系」だぁ・・・?

 

 

回りくどい言い方をしやがって、20年前に王家が全滅した段階で、直系の血族が何人いたってんだ。

少し裏の世界の事情に詳しい奴なら、誰の娘か察しがついちまうぞ・・・。

 

 

・・・それが、狙いか!

 

 

「後続の『シグルズ』から何か言ってきたか!?」

「い、いえ、何も・・・」

「あん? どうしたんだアリエフのじーさん、随分動きが・・・」

「前方に艦影!」

「何だと!?」

 

 

艦長が慌てまくってるが、あー・・・ここは新オスティアからそれ程離れてねぇな。

・・・ってこたぁ・・・。

 

 

「・・・オスティア駐留警備艦隊・・・いえ、ウェスペルタティア王国艦隊を名乗っています!」

「艦影照合・・・巡航艦『リミエ』、ならびに『アムラン』!」

「新オスティア国際空港までの誘導を呼びかけてきていますが・・・どうしますか!?」

 

 

ここで敵(かはまだ微妙だが)に会うとは思ってなかったから、皆浮足立ってやがるな。

さぁて、どうするかね・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

アリエフさんが映像付きで見せてくれた話の内容は、衝撃的だった。

僕の父さん・・・ナギ・スプリングフィールドが何をしたのか!

 

 

やっぱり、父さんは僕の思った通りの人だった。

連合と帝国、悪の組織の陰謀で始まった二大国の戦争を終わらせて、しかもその悪の組織を倒し、世界を救った。

やっぱり、父さんは「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」だったんだ!

 

 

「どうかなネギ君、キミのお父さんがいかに魔法世界に貢献してくれたか、わかってくれたかな?」

「は、はい、アリエフさん、本当に「違う」あ・・・え?」

 

 

不意に、否定の言葉が聞こえた。

声のした方を見てみると、その声の主は・・・。

 

 

明日菜さんだった。

 

 

明日菜さんは、両手で口を押さえていた。

何だか、驚いたような顔をしている。

 

 

「ち・・・違う」

「・・・明日菜さん? 何を」

 

 

言っているんですか、と言おうとして、僕はがしっと何かに腕を掴まれた。

エルザさんが、僕の右腕を抱き締めるようにして、僕の動きを止めていた。

 

 

「え・・・エルザさん?」

「いけません」

「え?」

「お父様の言葉以外を聞いてはいけません」

 

 

これまで、エルザさんは僕に対しては優しかった。

無表情だけど・・・とにかく、キツいイメージはなかった。けど、今は。

 

 

「お父様の言葉が真実です。お父様の言葉だけが真実です。お父様以外の言葉は嘘です。虚偽です。でたらめです。ネギはお父様の言葉を聞くべきです。お父様の言葉を聞かなければなりません。お父様の言葉を聞いてこそ、ネギには意味があるのです」

「あの、エルザさん、でも」

「どうして素直に頷いてくれないのですか?」

 

 

今は、何故か・・・怖い?

 

 

「どうして頷いてくれないの? どうして頷いてくれないの? どうして頷いてくれないの? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」

「え、う・・・」

 

 

僕が思わず下がろうとして、エルザさんの目が暗くなった、その時。

 

 

「あ・・・本屋ちゃん!?」

「え・・・」

 

 

見れば、のどかさんが倒れてる!

明日菜さんが駆け寄って、助け起こす・・・顔が、真っ青だった。

 

 

「エルザ、そのくらいにしてあげなさい」

「・・・」

「・・・エルザ?」

「・・・はい、お父様」

 

 

静かに・・・本当に静かに、エルザさんは離れてくれた。

掴まれていた所が、よほど強く掴まれていたのか、鬱血していた。

アリエフさんは苦笑しながら、僕に近付いて来て。

 

 

「いや、すまないねネギ君、うちの義娘が」

「あ、はい・・・それより、のどかさん」

「うんうん、彼女達には部屋と医者を用意しよう・・・それで、どうだね?」

「ど、どう・・・って?」

「キミの父の跡を継いで、私と共に世界のために働こうじゃないかね!」

 

 

お父さんの跡を継ぐ?

アリエフさんの差し出してきた手を、僕は呆然とした気持ちで見る。

 

 

「うん? 何を迷うのかね・・・ああ、心配はいらない。お膳立ては全て私が用意しよう。この手を取るだけで、キミは明日には世界の中枢を握ることができる」

「え・・・?」

「そして、6年前にキミの村を襲った勢力にも・・・」

「え? 今・・・」

 

 

6年前って、まさか・・・!

 

 

「アリエフ議員!」

「・・・何だ、騒々しい」

 

 

突然、過去の父さんを映していた映像が途切れて、最初の部屋に戻った。

アリエフさんの耳元に、兵士らしき人が何かを耳打ちした。

瞬間、アリエフさんの顔が青ざめて・・・次いで、赤くなった。

手元の端末を弄って、壁の所に画面が浮かぶ。

そこには・・・。

 

 

アリア、さん?

白い髪の少女が、映っていた。

 

 

「・・・なんだ、コレは!?」

「先ほどから、全世界に向けて放送が・・・」

「やめさせろ!」

「無理です、妨害が・・・」

「ええい・・・クルトの小僧めが!!」

「外に敵と思われる巡航艦が2隻・・・」

「ぬうぅぅ・・・!」

 

 

アリエフさんはさっきとは打って変わって、余裕をなくしてるみたいだった。

憎々しげに、画面の中のアリアさんの、冷静な顔を睨んで。

 

 

「<銀髪の小娘>・・・!」

 

 

<銀髪の小娘>。

・・・なんだか、しっくり来る呼び名だった。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「な、んだとぉ・・・!?」

 

 

自分の声が掠れて聞こえるのは、別に珍しいことじゃねぇ。

今までだって、何度も聞いた。

死にかけた時、ビビった時・・・だけどよ。

今回のは、レベルが違うぜ・・・!

 

 

俺達は、新オスティアまで連合の軍艦で送られるって話になってた。

実際、今俺らはその軍艦の中にいる。

・・・っても、一回乗り換えたんだけどな。

俺らの他に、二組の賞金稼ぎと冒険者(トレジャーハンター)のグループが、大部屋にひとまとめにされてるんだが・・・。

 

 

「ねぇ、クレイグ、この子・・・」

「本当かは、わかんねぇが・・・王女様ってことか?」

「でも、先代の女王は処刑されたんでしょ?」

「だから、今この子が女王に・・・」

 

 

クレイグ・コールドウェルっていやぁ、その筋じゃ名の知れた冒険者だ。

それに・・・。

 

 

「・・・うーん、僕の目から見ても、嘘には見えない」

「魔族のお前が見てもカラクリが無い・・・となると」

「まさか・・・本物かネ?」

「むぅ・・・本部に連絡を取れれば」

 

 

さっき自己紹介したんだが、あっちの連中は「黒い猟犬(カニス・ニゲル)」。

シルチス亜大陸あたりじゃ、有名な賞金稼ぎ組織の連中・・・。

普段の俺なら、速攻でビビって逃げてる、だが今は・・・。

 

 

今は。

 

 

『ウェスペルタティア人の皆さん・・・私は、哀しいのです』

 

 

画面に映ってる、この女・・・!

この女の、顔は。

 

 

「アリア・・・?」

 

 

後ろから、ネカネの声が聞こえた。

アリア・・・そう、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア!

エンテオフュシアの直系!

だが20年前の時点で、ウェスペルタティア王家の直系は、そしてこの顔は。

 

 

「・・・ママ、兄貴」

「ああ・・・こいつぁ、間違いなさそうだね」

「ぬぅ・・・だが、処刑されたはずだぞ・・・」

 

 

ママとバルガスの兄貴も、マジな顔をしてやがる、当然だ。

・・・そう、処刑されたはずなんだ。

アリカ様は。

 

 

だが、俺が見間違えるはずがねぇ。

俺は、一度だけアリカ様の姿を間近に見てるんだからよ。

焼きついて離れねぇ、あの顔を。頭を撫でて貰ったあの時を。

オスティア大崩落の時の、必死な姿を・・・!

 

 

『20年の長きに渡り、差別され、貶められ・・・迫害されている、オスティアの民』

 

 

画面の中の女・・・アリア、様は、哀しげに目を伏せた。

ぐ・・・と、自然と拳を握る。

オスティアの、民!

 

 

『そしてメガロメセンブリアに支配され、導き手を失い、自主独立の精神を発揮しきれずにいる、ウェスペルタティアの民』

 

 

18年前にアリカ様が処刑されてから、ずっと燻ってきた。

脇役の俺は、それで良いと思っていた。

だが、だが、今・・・!

 

 

俺の、前に。もう一度、もう一人の。

あの顔を見て、動かねぇウェスペルタティア人が、オスティア人がいるか!?

 

 

『・・・その哀しみを終わらせるために、私は今日、全世界の全ての人々に向けて、宣言致します』

 

 

ギリ・・・と、拳を握る力が強くなる。

血が滲んでいるような気がするが、気にしてられねぇ。

 

 

『ウェスペルタティア王国の・・・』

 

 

その時、ガクンッ、と艦が動き始めやがった。

バランスを崩しそうになりながらも、俺は画面から目を離さねぇ。

 

 

『当艦はこれより、急速航行で東に進路を変えます。繰り返します、当艦は・・・』

「うるせぇ!!」

 

 

思わず、叫んでいた。

だが、今はそんな放送よりも・・・それよりも!

 

 

アリカ様の―――――――!

 

 

 

 

 

Side 真名

 

「今が建国、ああ、いや・・・再興の時、と言う奴かな?」

 

 

暗視機能付きのスコープを覗いたままの体勢で、私はそう呟いた。

どこか楽しむような響きが入っていることに、自分でも驚く。

 

 

新オスティアで一番高い塔の上にいるため、私は街の様子を窺うことができる。

一言で言えば・・・混乱、そして歓喜と祝福。

歓喜は、ウェスペルタティア人の大多数、祝福はそれ以外の人達。

混乱は、両方。

 

 

「・・・5」

 

 

ドシュッ・・・と、引き金を引くと共に響く、小気味の良い音。

放たれた弾丸は、総督府に近付こうとした連合兵を撃ち抜き、捕縛する。

特注の捕縛結界弾だ、6時間は動けない。

まぁ、すぐに騎士団員が現れて捕縛してしまうけど。

 

 

私の任務は、騎士団が確認していない兵士・・・つまりは敵の情報を得次第、これを狙い撃つこと。

単調だが、アリア先生の仕事が終わるまでは邪魔をさせるわけにはいかない。

 

 

『全世界、あらゆる場所で生きる全ての人々、そして何よりも、全てのウェスペルタティア人の皆さん!』

 

 

街のあらゆる場所に設置された映像装置は、アリア先生の姿を映している。

演説の内容が大詰めに近付いてくるのに合わせて、眼下の人々の熱も、その温度を上げる。

 

 

『私達は皆さんに、歴史上偉大かつ重要な出来事の目撃者となってもらうべく、今日! この時! この瞬間を選びました! 私達ウェスペルタティア人は独立を望みつつも、20年間待ち続けました!』

 

 

くっ・・・と、唇の端が上がるのを感じる。

大したペテンだ、まるで自分も20年間待ったかのような言い草じゃないか。

 

 

『私達は知っています。私達ウェスペルタティア人が、自主独立の精神を持つ優れた民族であることを! 私達は知っています。私達ウェスペルタティア人が、他の国の民族によって支配される、いかなる理由も持たないことを!』

 

 

旧世界にでも、何度か似たような場面を経験したことはあるけど。

自分がその瞬間の手助けをしているのは、初めてのことかもしれないな。

連合のこともある、おそらく戦争になるだろう。

 

 

『そして今! ウェスペルタティア人は祖国を自分達自身の手に治める時が来ました。自らの手の内に運命を掴み取る勇気のある民族だけが、それを掴むことができます―――すなわち、私達だけが!』

 

 

あそこに映っている白い髪の女の子は、そのあたりをわかっているのかな。

わかっているのだとすれば・・・。

 

 

「・・・6・・・」

 

 

撃とうとして、やめる。

私が主にカバーしている総督府の周辺には、すでに多くの民衆が集まっている。

騎士団が規制線を張っているから、中までは入れないが。

 

 

口々に王国の独立を叫ぶ人々の波に、私が撃とうとした人間は飲み込まれてしまった。

雑踏に紛れた、などと言うレベルでは無い。

まさに、飲み込まれた、だ。

・・・連合兵はあそこに近付かない方が良いだろう。

 

 

上を見れば、アリアドネーの戦乙女騎士団が戸惑ったように事態を見守っている。

この街の治安権限は彼女らにあるから、暴動化すれば介入するだろうが・・・。

これを見た人間は、「アリアドネーは新ウェスペルタティアを支持している」と見るかもしれないね。

王国の独立宣言の会場を、アリアドネーの武力が守っているのだから。

狡猾、そして悪辣だ。あの変態眼鏡の総督・・・宰相代理がやりそうなことだ。

 

 

『皆さん!』

 

 

・・・まぁ、そこまでは私の仕事じゃない。

それ以上のことは、知らないね。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「私達は今ここに、メガロメセンブリアの支配を否定し、ウェスペルタティア王国の独立を宣言致します!!」

 

 

素晴らしい、今こそ建国の時・・・!

階下の人々に、そして新オスティアの街に、さらにウェスペルタティア全土に向けて、いえ世界に向けて高らかに宣言するアリア様。素晴らしい・・・!

 

 

「私達の祖国・民族を縛り付ける組織は、もはや存在しません。私達は今から私達の国家、そう、私達の独立国家を作り上げていくのです!」

 

 

総督府・・・いえ、この離宮の外からは、徐々にですが声が聞こえてきます。

王国の独立、そして新女王即位の祝福の声・・・。

私の20年の活動の、そしてここ数カ月のプロパガンダの成果。

アリア様が、仕上げです。

 

 

さぁ・・・ここからが正念場ですよ。

すでに各地の軍に通達は出しています。メガロメセンブリアが体勢を整える前に攻める。

民衆の熱が冷めない内に、戦術的、できれば戦略的な軍事的勝利が必要ですからね。

アリア様の覇権を、衆目に認めさせなければ。

 

 

「私達は宣言します! 世界に! 人々に! ウェスペルタティアは<自由と独立の権利>を持っています! ウェスペルタティアは<自由・独立の国家>なのです! ウェスペルタティア全人民は、この自由と独立の権利を守るために、あらゆる精神的、物質的な力を動員し、これを守ることを! 全ての生命と財産を、自分達の力で守ることを・・・今、ここに!!」

 

 

ばっ・・・とアリア様がアリカ様の剣を掲げると、全ての声と音が失われました。

世界中から音が失われたと思う程に、静かになりました。

最初は呆けたようにアリア様を見ていた階下の人々も、今や完全に引き込まれています。

話の内容と意味を、理解したからでしょう。

 

 

旧ウェスペルタティアの政治家や財界人は、素直に独立を喜んでいるようです。

麻帆良の方や関西の方は、驚きつつも冷静・・・帝国の大使もこのあたりですか。

連合の大使は・・・ああ、可哀想に、どう反応すべきか決めかねていますね。

 

 

それらを見下ろし、ぐっ、と腕に力を込めたアリア様は・・・。

シュンッ、と、剣を横薙ぎに振るい、言いました。

 

 

「・・・宣言致します!!」

 

 

その言葉に被せるように、旧・・・いえ。

ウェスペルタティア王国の国歌を!

 

 

「ウェスペルタティア王国、万歳!!」

「アリア女王陛下、万歳!!」

 

 

正門の方から聞こえるのは、シャオリーとジョリィの声。

次いで外から、地面を震わせる程の、民衆の声。

階下からも、同じ声が響きます・・・。

 

 

ウェスペルタティア人は熱意と打算を持って、帝国人は慎み深さと警戒心を持って。

旧世界からのお客様は、戸惑いつつも拍手を・・・ああ、千草さんが凄く睨んでますねぇ、「巻き込んだな」みたいな顔をして。ははは、近衛詠春との盟約でもあるのでね、協力して貰います。

さて、連合人は・・・おやおや、姿が見えませんねぇ。

 

 

・・・まぁ、逃がしませんがね。

何せ、友好的に、かつ紳士的に独立承認のサインを頂かなくてはいけないのですから。

え、大使の政治生命? 何ですかそれ、美味しいんですか?

 

 

「・・・クルトおじ様・・・いえ、クルト」

「・・・はい、陛下」

「私は階下のお客様達に挨拶した後、市民に姿を見せてきます。私がいない間、お客様を退屈させないように」

「・・・仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

アリア様は面白くもなさそうに私を見ると、そのまま歩いて行きました。

下への階段へ向かう途中で、柱の陰で様子を見ていたあの吸血鬼達と何事かを話しています。

・・・ふむ。

 

 

「・・・あまり、アリア様との関係を特権的に考えられても困るのですがね」

 

 

まぁ、対応すべき課題ですが緊急性はありません。

せいぜい、アリア様の精神面のケアをしてくれればそれで良いです。

私は、それ以外の面でアリア様を支えましょう。

 

 

「ジャーヴィス伯とコリングウッド准将に連絡を取りなさい! 艦隊を動かしますよ! リュケスティス、グリアソン両少将に陸上兵力を預けて西部攻略作戦に移らせなさい!」

仰せのままに(イエス・マイ・)我が主(ロード)

「広報部! 当座の政策内容を宣伝なさい・・・近く議会を開き、広く民衆の知恵と力を求めると!」

「御意」

「アリア様は専制者では無い・・・懐広きアリア女王は、民衆の総意によって君臨する! しかし、統治に当たっては愛すべき民衆の自助努力を信ずるものである―――」

 

 

さぁ、女王の君臨する民主共和国家、新生ウェスペルタティア!

アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下の物語を。

この私が、プロデュースして見せましょう―――――!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「疲れた・・・」

 

 

総督府・・・いえ、今や宰相府となったその建物の二階の外に面したテラスで、私はぐったりとしていました。

慣れないことをしたために、かなり疲れました。

最初の独立宣言もそうですが・・・。

 

 

その後、旧ウェスペルタティアの支配階級との会談、帝国大使との非公式会談、シャークティ先生や千草さんとの公的な会話などを経て、新オスティア中を巡り歩きました。

歩いたとは行っても、パレードみたいな物ですけどね。

お祭りで多くの人が集まるこのタイミングでしたから・・・随分、見栄を張る時間が長かった。

 

 

政治的効果を最大限演出するためには、多くの人々に姿を見せる必要がありましたから。

君臨すれども統治せず。

細かいことは専門家に任せるとしても、国家の顔としての私の役目は重要です。

・・・「女王モード」とでも名付けますかね。

 

 

「さしずめ今は・・・」

 

 

石造りの手すりにもたれかかりながら、私は夜空を見上げました。

星が見えますが・・・火星から見る星と言うのも、奇妙な感じですね。

さしずめ、今の私は・・・。

その時、強い風が吹きました。

 

 

わぷっ・・・と、思わず目を閉じます。

スカートが舞い上がりそうになったので、それを片手で押さえます。

・・・おかしいですね、この宰相府には防風の魔法が・・・。

 

 

「アリア」

 

 

軽く、息を飲みます。

目を、ゆっくりと開けます。

・・・そこには、思った通りの人がいました。

 

 

「キミを迎えに来た、アリア」

 

 

白い髪に、感情の見えない瞳。白のタキシード、静けさの中に何かを感じる雰囲気。

フェイト・アーウェルンクス。本日は私に合わせて10歳前後。

・・・チクリ、と、眼と胸が痛みます。

とても切なくて、だけど怖くて・・・。

 

 

この人だけが、私を充足させられるのだと、頭の中で誰かが囁く。

この人が欲しくて・・・たまらない気持ち。

この気持ちを、何と呼べば良いのでしょう。

 

 

「・・・アリア!」

 

 

そのフェイトさんの陰から、赤い髪の女の子が飛び出してきました。

その女の子・・・アーニャさんは、両手を広げて、私に抱きついてきました。

 

 

「あ・・・アーニャさん!?」

「アリア・・・アンタ、何で女王なんかになってんのよ!」

「あ、え、えーと・・・ろ、労働条件が良かっ・・・あ、ごめんなさい、つまらなかったですね・・・」

「・・・・・・・・・私の中の何かが冷めたわ、今」

 

 

でも・・・良かった。ぎゅ・・・と、アーニャさんを抱き締めます。

無事で、良かった。

 

 

「・・・ありがとう、フェイトさん」

「構わないよ、その代わりと言っては何だけど」

 

 

アーニャさんと一旦離れて、フェイトさんにお礼を言います。

そのフェイトさんは、ふ・・・と私に近付くと、私の右頬に片手を伸ばしました。

髪の一房に触れ・・・でも、肌には触れずに。

私の目を、覗きこむようにしながら。

 

 

「貯まったポイントを、今ここで全部使わせて欲しいな」

「え・・・あ、はい・・・」

「キミが、欲しい」

「・・・っ」

 

 

か、かつてない程直接的っ・・・!

かぁ・・・と、顔が熱くなるのを感じます・・・あ、熱い。

 

 

「僕と行こう、アリア」

 

 

頬に触れるか触れないかの距離に、フェイトさんの温もりを感じます・・・。

彼は、もう片方の手を私に差し出してきました。

私に、手を差し出してくれるフェイトさん。

・・・彼の瞳が、私を見据えています。私の瞳も、きっと・・・。

 

 

「・・・え、あのー・・・コレってどう言う・・・」

「アーニャさんっ」

「え、ねぇ、エミリー? コレってどう言う・・・」

「良いですからっ」

 

 

・・・何やら、アーニャさんの方が慌ただしいようですが。

・・・・・・あれ?

つまり、アーニャさんって、今までフェイトさんと一緒だったわけで・・・。

・・・あは。

 

 

「・・・フェイトさん」

「何?」

「ウェスペルタティア女王として、<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>幹部である貴方にお話しがあります」

「・・・?」

「あと、個人的にもお話したいことがあります、後で」

 

 

・・・まぁ、フェイトさんとしては、クルトおじ様と一緒にいる段階で、自分達の組織の情報はある程度知られていると考えているでしょうしね。

この程度では、驚かないでしょう。

 

 

と言うかこの人、何にもわかってない顔してるんですけど。

まぁ、本筋から離れちゃうんで、良いですけど・・・。

 

 

 

 

ああ、もう。鈍感な人が相手だと、大変ですよ。

シンシア姉様――――――――。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・理由はわからないけど、アリアに睨まれている。

何か、怒らせるようなことをしただろうか。

 

 

強引過ぎたのだろうか。

でも、身体には触れていない。

あくまでも、暦君や焔君達のアドバイス通りに接したつもりだけど。

・・・難しいな。気持ちとか感情とかは、良くわからないから・・・。

 

 

「フェイトさん」

 

 

僕から身体を少し離して、アリアは言った。

何を、言うつもりなのか・・・。

 

 

「ウェスペルタティア女王として、私は・・・」

 

 

そこでアリアは、言葉を止めた。

迷っているようには見えないけれど、言葉を選んでいるように見える。

僕はただ、彼女の言葉を待った。

 

 

「ウェスペルタティア女王である私、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアは、貴方達<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>に対して、同盟を要請致します」

「・・・!?」

 

 

何・・・?

何を、言っているんだ、彼女は?

 

 

「私のメリットは二つ。第一に、先代のアリカ女王の<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>との関与を、その<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>自身に否定させることができること」

「・・・確かに、アリカ女王は僕達の仲間では無い」

 

 

まぁ、やり方を間違えると、アリアもアリカ女王の二の舞になるだろうけど。

しかも今回は、本当に関与しているのだから。

 

 

「第二に、この世界・・・魔法世界の秘密を知ることができること」

「・・・それを知って、どうするんだい?」

「世界を救う」

 

 

端的に、アリアは答えた。

僕を見つめるアリアの瞳が、紅く輝いた。

 

 

「フェイトさんは、知っているはずですね・・・私の能力(ちから)を」

 

 

確かに、個人としては素晴らしい力だ。

・・・だけど、それだけだ。

 

 

「私は、貴方達がどんな手段で世界を救うつもりであるのか、わかりません。この世界に生まれて10年足らずの私には、それに代わる案を生み出せるのかも、わかりません」

「・・・アリア」

「ですが私は情報が欲しい。おそらくは世界について、誰よりも理解している貴方達の持つ情報が」

「アリア」

 

 

僕の口調が思ったよりも強かったためか、アリアは言葉を止めた。

でも、それでも・・・アリアは、行動は止めなかった。

僕に、手を差し伸べて。

 

 

「・・・私と行きましょう、フェイトさん」

 

 

先程僕がアリアに言った言葉を、返された。

その瞳は、あくまでも先程の言を翻す気は無いと、そう言っている。

 

 

  ―――ズキン―――

 

 

気が付けば・・・僕は、アリアの手首を掴んでいた。

ぐ・・・と、引き寄せる。

自分でも驚く程に、自分の内面が波打っているのがわかる。

これは・・・苛立ち?

 

 

アリアは、かすかに表情を歪めた後・・・。

もう片方の手を、僕の頬に、そしてかすかに背を伸ばして・・・。

 

 

・・・左の頬にかすかな温もりを感じたのは、ほんの一瞬だった。

 

 

「・・・!?」

 

 

僕は思わず、アリアから数歩離れて・・・左頬を、押さえた。

今・・・今、何を?

僕は、何を、されたんだ・・・?

僕を見つめるアリアの瞳には、やはりあの紅い輝きが。

 

 

それも、アリアが眼を閉じてしまうと見えなくなる。

アリアは、そのまま僕の横を通り過ぎて・・・。

 

 

「・・・信じています。フェイトさん」

 

 

そう言い残して、アリアは総督府の中に入って行った。

使い魔のオコジョに促されて、アーニャ君もその後に続く。

僕は・・・。

 

 

僕は。

 

 

「・・・失望だよ、アリア・・・」

 

 

僕は、いつもキミには譲ってきたつもりだ。

だけど、今回は。

僕は・・・。

 

 

僕は、どうすれば良いんだ?

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

―――――後の歴史において、この突然の独立宣言は「夏の離宮の宣誓」と呼称されることになる。

ちなみに「夏の離宮」とは、当時の宰相府の元々の呼び名である。

この宣言によってウェスペルタティアは新たな歴史を刻むことになるのだが、その評価は当然、人々の立場によって異なる物になる。

 

 

以下に、当時の記録として貴重な日記・日誌の一部を紹介する。

なお、故人の名誉を守るために、名前などは表記しない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

<ウェスペルタティア人・27歳男性市民の日記から抜粋>

 

9月29日月曜日

 

今日という日を、僕は忘れないだろう。

ウェスペルタティアに、20年・・・じゃない、18年ぶりに王が立ったのだから!

新オスティアの広場で見た王様は、大きな台座のような魔導移動機械の上の椅子に座って、僕達に手を振ってくださっていた。

 

思ったよりもずっと小さくて、10歳くらいの女の子だった。

でも僕よりもずっと落ち着いていて、連合の政治家みたいに威張り散らしてる感じはなかった。

 

それでも、その子・・・じゃない、女王陛下には、僕なんかじゃ発することのできない、何か、輝くような何かを感じた。

街中、いや国中が、アリア女王陛下はアリカ女王の娘だと噂していた。

 

確かに、子供の頃に見たアリカ様に、とても良く似ている。

それに、実は18年前には処刑されていなかったなんて言う話もあるんだ。

連合の政治家は皆嘘吐きだから、大いにありえるって、隣のおばさんも言ってた。

とにかく、今日、僕達は民族としての誇りと独立を取り戻したんだ!

 

新女王万歳!

 

 

 

<ウェスペルタティア人・30歳女性・軍人の定期日誌より抜粋>

 

女王陛下万歳!

 

9月29日月曜日。

 

我々ウェスペルタティア軍は真の姿を取り戻した。

連合の使い走りのような役目は捨て、今後は新たなる女王陛下とその政府の指示に従い、誇りある行動を心がけて行くものである。

 

・・・本日未明、女王陛下の閲兵を受けた。

想像以上に小さなお方だった。

あの小さな両肩に、ウェスペルタティアの全てが圧し掛かっているのだと思うと、ぞっとした。

だが私は卑劣なことに、代わって差し上げたいとは思わなかった。

私には、その重圧には耐えられないと思ったからだ。

 

だから私は、戦友達と共に、あの小さな女王に忠誠を誓うのだ。

己が王器では無いと知っている者は、皆彼女に膝を折るだろう。

 

 

 

<ウェスペルタティア人・45歳共和派政治家の公務日誌より抜粋>

 

9月29日、今日、ウェスペルタティアに専制者が戻ってきた。

確かに独立はめでたいことだが、施政者が連合から新女王へ変化したに過ぎない。

民衆が支配される構造にあることには、少しも変化が無いのだから。

 

新女王は議会を開くと言うが、はたしてどこまで本気かはわからない。

 

明日の正式な戴冠式に併せて、基本的な政策が発表されると言う。

私自身、式典に呼ばれてはいるが、行くかどうかは決めかねている。

友人達は、行く気になっているようだが・・・。

 

民衆が女王万歳を叫ぶ声が私の部屋にも聞こえてくる。

彼らの期待が最悪の形で裏切られることの無いよう、私は祈るばかりだ。

 

 

 

<帝国人・22歳女性の街頭アンケートへの記載内容を抜粋>

 

私達帝国人の聖地に、10歳の女の子が王として立った。

街頭で新女王様を見たけれど、ウェスペルタティア人は本気であの子について行くのだろうか?

 

10歳の女の子に全てを押し付けるような体制が正常だと思っているのなら、世も末だと思う。

 

 

 

<帝国人団体「聖地オスティアを愛する会」の広報から抜粋>

 

新王国万歳!

祖国(帝国)の手に聖地が戻っていないのは残念だが、私達の聖地オスティアが連合の手から解放されたことは、実に喜ばしい。

 

願わくば、私達の聖地巡礼の旅の自由化を新王国には認めてほしい。もし私達の誠実な願いを新王国の女王陛下に公式に認めてもらえたのなら、私達は新王国との末長い友好を帝国政府に働きかけるであろう。

 

 

 

<連合人・61歳男性・元老院議員のメモより>

 

銀髪の小娘め! ゲーデルの小僧め!

 

ウェスペルタティア王国だと? そんな物が認められるはずが無い!

彼の地は、いや世界は我ら元老院によって統治されて初めて、恒久的な平和と繁栄を約束されると言うのに、何を世迷言を!

我ら元老院こそが正義なのだ、それをあのアリカの娘が!

 

ええい、ダンフォードでは話にならん、傀儡の豚め!

アリエフは何をしている、ウェスペルタティアの直系が生きのびているなど、聞いていないぞ!

弾劾措置を取ってくれる、そうだそして私が

 

 

―――以下、赤い液体が付着して解読不可―――

 

 

 

<連合人・20歳男性・一般市民の日記より抜粋>

 

9月29日

 

今日は、全国の映像装置が一斉に故障する騒ぎがあった。

(後で聞いた話では、どうも情報統制がされたとか)。

 

信託統治領新オスティアのニュースが流れた直後のことだから、あからさまだった。

政府はいったい、何をしているんだ?

 




アーニャ:
はぁい、アーニャよ!
・・・元気よく挨拶してみたのは、良いんだけど。
最後、私空気になってなかった?
と言うか、どう言うことなのかしらコレ?
残酷な現実を目の当たりにしたような気がしてならないのだけど。
えーと・・・皆!
燃やしていいかしら?


今回、初登場の投稿キャラクターはこの2人よ!
空咲 雪花 様提案の、侍女のユリアさん。
伸様提案の、法務官僚コルネリア・スキピオニスさん。
ありがとう!
それと、途中で出た巡航艦の名前は、黒鷹様から貰ったわ。
本当にありがとうね!


アーニャ:
そんなわけで次回!
私とアリアの修羅場・・・は、たぶん始まらないわね。
うん・・・大丈夫、私、大人!
心の中のBGMは火曜サ○ペンス劇場だけど、大丈夫!
叛逆したりはしないわ、多分!
じゃあ、またね!


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第10話「9月30日」

Side ロバート

 

「やはり、アレはミス・スプリングフィールドのようね」

「へぇー」

 

 

シオンの口から、体温計(旧世界仕様)を抜き取る。

何たってこんな古いタイプ使ってんだか・・・む、微熱だな。

 

 

シオンは額に冷却シートを張ったままの格好で、手元の端末をカタカタと叩いてる。

その画面には、連合の情報統制にかかってるはずの情報が記載されている。

まぁ、今さら驚きゃしねぇよ。こいつ優秀だし。

 

 

「6月に会ったっきりだけどよ、その時は先生だったな」

「たった3か月で・・・失われた王国の女王なんて」

「転職したんじゃね?」

 

 

シオンが、もの凄くバカを見る目で俺を見た。

・・・大丈夫、俺、頑張れる。

ヘレンに同じ目されたら、3秒で自殺するけど。

俺はシオンの手から端末を取り上げてサイドテーブルに置いて、シオンの両肩を押してベッドに寝かせた。

 

 

「・・・するの?」

「あと5年したらな」

「ヘレンだったら?」

「今すぐにでも」

「気が合うわね、私もよ」

 

 

バカな会話をしつつ、シオンの額の冷却シートを取り返る。

晩飯は、昔アリアが言ってた「卵うどん」でも作るかね・・・あ、うどんがねぇわ。

・・・小麦粉から、作るか?

 

 

『・・・電撃的な独立宣言から一夜明けた今日、新オスティアの地に降り立ったヘラス帝国第3皇女テオドラ殿下は、クルト・ゲーデル総督・・・失礼、宰相代理との会談の後、アリア新女王の戴冠式に同席。その後祝福を述べると共に、具体的な国交交渉に入ることになるだろうとの見解を記者団に・・・』

 

 

少し目を離した隙に、シオンはテレビをつけていた。

と言うか、ニュースを見ていた。

 

 

「ふーん、帝国はアリアの国を認めんのか?」

「あら、わからないわよ? 交渉に入るだけだもの」

「大人って汚ねぇ」

「ふふ・・・それにしても、地方自治と議会制民主主義を格としながら、女王と貴族は存在する。これはメルディアナ・・・イギリスを範とした国家体制を志向していると見て良いわね」

「はーん」

 

 

俺のいい加減な返答に、シオンは少しむっとした表情を浮かべた。

しかし俺はそれに欠片も怯むことはなかった。

土下座して許しを請うたりはしないのだ。

・・・本当だぜ?

 

 

『・・・アリアドネーのセラス総長は、記念祭開催期間中の新オスティアの治安については責任を持つとしながらも、新王国の独立問題に関してはコメントを避けており・・・』

 

 

プチン、とテレビの画面を消す。

まぁ、世の中大変みたいだが・・・。

 

 

「いいから寝ろよ、風邪っぴき」

「・・・寒いのだけど?」

 

 

俺にどうしろってんだよ、んなもん。

その時、ピピピッ・・・と、閉じた端末から音がした。

あん・・・?

 

 

「あら、メールが来たわ」

 

 

シオンが即座に起き上って、俺の果敢な妨害をウインク一発で回避し、端末を手に入れた。

開いて、軽く操作して・・・。

 

 

「・・・あら、ミスター・アルトゥーナからだわ」

「あん? ミッチェル?」

「この情報・・・」

 

 

シオンの表情から察するに、どうも面倒なことになりそうだ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

新オスティアには宰相府を含む多数の官舎が存在していますが、いわゆる「王宮」なる物はありません。

旧王都崩落の際、大多数は墜落してしまったからです。

 

 

「無論、国費に余裕が出てからの話ですが、いずれは陛下の王宮を造営せねばなりません」

「正直、執務室があれば十分なんですけどね」

「そうは申しましても、陛下があまりに質素な生活をなさいますと、他の者が余裕のある暮らしができません。また、他国に侮られる一因にもなりかねません」

「・・・そんな物ですか」

「そんな物です」

 

 

宰相府の一室に用意された、応接室を兼ねた私の執務室。

上質な素材で造られた机や椅子、ソファなどがありますが、女王と言う役職上から見ると、質素な内に入るのでしょうか。

後は、椅子の横で丸くなっている灰銀色の狼、カムイさんくらいですしね。

ギシ・・・と背もたれに背中を預けながら、私はクルトおじ様の報告の続きを促しました。

 

 

「さて、現在我が国には法がありません。議会も無く、官僚機構も脆弱な今、立法・行政・司法の三権に加えて軍権もアリア様お一人が握っておられます。つまりはアリア様の超・独裁状態にあります」

「当面は、旧ウェスペルタティアの法律をそのまま適用すれば良いでしょう」

「おっしゃる通りです。そこで旧ウェスペルタティアの権力機構を参考に、専門家による小委員会で決定された行政機関組織図の第一案が、こちらです」

 

 

クルトおじ様は手に持ったリモコンを操作し、空中に組織図のような物を展開しました。

クルトおじ様が事前に作っていた小委員会とやらの案によれば、ウェスペルタティア王国の行政機関は9つの省と府で構成されることになっています。

 

 

宰相府、国防省、法務省、財政省、外務省、社会秩序省、経済産業省、工部省、文部科学省の9つで、それぞれに官僚を配置し、運営します。

司法・・・つまり裁判所についてはまだ話し合いが続いており、来週までに案をまとめることになっています。当面は宰相府の司法監視局が機能を代替することになるでしょう。

さらに貴族からなる上議会と、一般市民からなる下議会が立法を担当します。

議会については、10年以内の招集を目標に掲げています。いきなり全部は無理ですからね。

当面、立法関連の仕事は法務省法律監査局が担当することになります。

 

 

「細部は専門家に任せます。外部の意見も聞いた上で、最終案を提出なさい」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

「他には、何かありますか?」

「・・・ええ、最重要の話です」

 

 

ピ・・・と画面が代わり、ウェスペルタティアの地図が映し出されました。

ウェスペルタティア王国は、長方形に近い形の半島国家です。

やや大陸寄りではありますが、王都オスティアを擁する中央部、それに東西南北を含めた5つの地域に分けることができます。

 

 

そしてその領域の内、西部を除く地域が青く塗られているのに対し、西部は赤く塗られています。

青が、私達新生ウェスペルタティア。そして赤は・・・。

 

 

「これは、ウェスペルタティア領内を単純化した図式です。無論、一部で反乱の芽が残っていたりはしますが、まぁ、昨夜9時からの12時間で、大体このような勢力図になったとお考えください」

「・・・そうですか」

 

 

目を閉じて、私は昨夜サインした書類のことを思い出します。

それは・・・端的に言えば、軍の行動に対する許可書。

軍隊に人を殺せと命じる書類。

殺人許可証。

 

 

「各地の司令官から報告が上がっておりますが・・・お聞きになりますか?」

「・・・聞きましょう」

 

 

聞く、義務があると思います。

昨夜、私が眠った後・・・何があったのかを。

 

 

「流石はアリア様、弁えていらっしゃいますね」

 

 

ぬかせ、エヴァさんならそう言ったでしょうね。

私が先を促すと、クルトおじ様は画面を操作して・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 (数時間前――――)

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ディロン(MM第28軍団指揮官)

 

私はその日、いつも通りの日常を過ごしていた。

メガロメセンブリアへの定期報告を行い、ウェスペルタティア東部各地の部隊からの定時連絡を受けた後、事務処理を行った。

ウェスペルタティア東部地域の軍を統括するのが、私の役目だ。

その後、基地内に設置された将官用の宿舎に行き、就寝。

 

 

この地に赴任してきてから10年。

民衆の暴動を排除し、連合市民の権益を守る毎日。

これから先も、同じ生活が続くのだろう・・・。

 

 

ズンッ・・・!

 

 

だがその時、いつもとは異なる音と衝撃が、基地を襲った。

地面をハンマーで叩いたかのような衝撃が、私の寝室まで届いた。

慌てて跳ね起きると、窓の外が明るい―――夜だと言うのに!

バンッ、と扉が勢いよく開き、10年来の副官であり戦友であるナミュールがやってきた。

 

 

「反乱です! ウェスペルタティア人兵士が反乱を・・・!」

「何だと!?」

 

 

ウェスペルタティアに駐留している部隊には、統治の効果を政治的に宣伝するために現地人を徴兵することがある。

王国全土を軍事的に掌握するには、政治的・財政的に現地人を使った方が良いからだ。だがそれでも一ヵ所に、反乱を起こせる規模の人数を所属させるはずが無い。

人事局の奴らめ、ウェスペルタティア人を侮って管理を怠ったな!

 

 

「すぐに鎮圧」

 

 

しろ! と叫ぼうとした瞬間、私の部屋の壁が吹き飛んだ。

意識が一瞬途絶え・・・気が付いた時には、私はベッドと壁の間に挟まっていた。

ベッドを押しのけ、立ち上がると・・・部屋は、と言うより宿舎は半壊状態だった。

私は場所が良かったのか、大した怪我も無く済んだ・・・。

 

 

「ナミュール!」

 

 

名を呼んでも、返事は無い。

ナミュールは上半身だけを残して、爆発した壁とは反対側の壁に叩きつけられていた。

下半身がどこに行ったかはわからない。

それから目を逸らす意味も含めて、私は爆発した壁、そしてそこから見える外を見る。

 

 

この部屋は基地の中でも高い位置にあり、夜にも関わらず丘の向こうまで・・・。

丘の頂上から、いくつもの火線がこちらへ向かってきていた。

・・・砲撃だと!?

 

 

「バカな、そんな重火器が何故―――!?」

 

 

私がその理由を考える前に、私の意識は途絶え

 

 

 

 

 

Side リュケスティス(ウェスペルタティア陸軍少将)

 

「全弾命中! 敵高級士官宿舎を完全破壊!」

「基地内の同胞より通信! 我、基地内部の主要設備を占拠せり!」

「・・・よし、同胞から合図のあった場所を避けつつ、砲撃を続行。敵の交戦能力を減殺する」

「「「了解!!」」」

 

 

部下達から上がって来る報告を次々と頭の中で処理し、さらなる指示を与える。

彼我の戦力差は10倍。こちらが500名であるのに対し、敵の駐屯兵は5000人以上だ。

だが、こちらが万全の態勢を整えているのに対し、敵は完全な奇襲に浮足立っている上、内部で反乱が起きている。加えて、我々は敵の情報の全てを持っているが、敵は我々の情報を持っていない。

 

 

ここまで戦略的に優位な体制を整えてくれれば、後は現場指揮官の力量次第だ。

新女王とやらも、なかなかにやる。いや、それともクルト・ゲーデルかな・・・?

 

 

「オーギス殿を呼んでくれ」

「はっ」

 

 

基地内の各所に灯りがつき始めた所で、ヴァン・オーギス殿を呼んだ。

基地攻撃の寸前に合流した騎士で、かつては王国魔法騎士団の一員だった男だ。

宝石魔術の使い手としても有名だが、何より愛妻家として名を馳せている。

・・・確か、最近は娘の自慢話で部下を悩ませているらしいが。

 

 

「お呼びですかな、リュケスティス殿」

 

 

すぐに、オーギス殿がやってきた。

筋肉質な長身の男で、刈り上げられた銀色の髪。肌の色は白いが、若干だが黄色掛かっている。

 

 

「麾下の騎士団を率いて、基地内の一般兵宿舎を占拠して貰いたいのだが、頼めるかな?」

「よろしい、任せて貰おう」

 

 

こちらの頼みを快諾してくれるオーギス殿に頷きを返した後、俺は基地に視線を戻した。

さて、どうなるかはわからんが・・・。

 

 

誰の手柄になるにせよ、まずは勝つことだ。

 

 

 

 

 

Side コーンウォリス(MM駐留艦隊司令)

 

「艦隊を出せ、すぐにだ!」

 

 

もうすぐ日が昇ると言う時間に、私は部下達を叱咤していた。

旧ウェスペルタティア北部には、連合の艦隊の軍港がある。

かつての王国艦隊の重要拠点であり、今は我々が使用しているのだが・・・。

 

 

「ダメです! 全ての艦の燃料が抜き取られていて、飛べません!」

「バカな、いつの間にそんな・・・!」

 

 

旧王国各地で反乱が起こり、隙を突かれた我が軍は著しく不利だとの報告を受けたのが30分前。

ならば艦隊で空から制圧を、と思えば・・・何故!?

 

 

「司令、空を! 空をご覧ください!」

「何だ・・・!?」

 

 

白み始めた空には、数百体の小型飛竜が・・・。

その竜には鞍が付けられており、人が乗っている・・・あれは!?

 

 

「ウェスペルタティアの竜騎兵です!」

「な、何だとぉ!?」

 

 

バカな、いつの間に!?

奴らは50キロ以上南で賊の討伐に当たっていたはずでは無いか。

それが、こんな短時間で展開できるなど・・・!

 

 

 

 

 

Side グリアソン(ウェスペルタティア陸軍少将)

 

「隊長! 敵艦隊に動き無し! 作戦通りニャ!」

「よぉし! だが油断するなよ、対空戦力は残っているかもしれんからな」

 

 

副官(猫族の獣人)からの報告に、俺はそう返した。

激しい風に吹きすさぶ中でも、我が竜騎兵部隊は専用の念話装置によって意思疎通を図ることができる。

電撃戦を得意とする我が隊にとって、直近の仲間との通信は死活的に重要だ。

 

 

長く連合の狗として、賊討伐に明け暮れていた我らだが・・・。

仕えるべき王家が復活したと言うのならば、ためらうことは無い。

 

 

「・・・敵兵が艦の外に出るようですニャ!」

「良し、突撃する。全員俺に続け!」

「了解ニャ! 全騎続け! 隊長に遅れを取るニャ!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

 

 

愛騎であるワイバーンの『ベイオウルフ』の背を叩き、一気に急降下する。

我が部隊は、王国軍随一の疾さを誇る。

反撃の時間など、与えん!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 (―――数時間後)

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

「・・・と、まぁ、このような戦闘が合計21か所で同時に行われました。その内15か所を制圧、4か所が降伏、2か所が自爆・・・敵味方合わせて485名が死亡、1747名が負傷しました。その内の3割が我が軍の被害です」

「・・・民間人への被害は?」

「基地内の宿舎などに居住していた敵兵の家族71名の死傷者を除いて、ありません陛下」

 

 

合計して、500名程の死人が出たわけですか。

まぁ、ほとんどは私の知らない、会ったことも無い人達、ですけど・・・。

 

 

ぎゅ・・・と、無意識の内に、左の拳を握り込んでいました。

少しの間だけですが、椅子の肘置きの革に皺を刻む程の力で、それを握っていたのです。

それに気が付いて力を抜いた時、クルトおじ様の視線に気が付きました。

 

 

「陛下、我が兵はアリア様のために戦い、そして死んだのです」

「・・・知っています」

 

 

頼んだ覚えは無い、とは流石に言いません。

それは私の主義の問題では無く、人としての尊厳が疑われると思ったからです。

今回の行動計画を作成したのは私で無くとも、最終的な命令を出したのは私です。

なら、最終的な責任も私に帰する物のはずです。

 

 

それを他人に押し付けることは、したくありません。

・・・私は、私を知る人間が胸を張って誇れる私でありたい。

 

 

「・・・それで、その後はどうなりましたか?」

「は、リュケスティス、グリアソン両少将の働きにより、王国東部・北部は共に陛下の統治下に。南部は自主的に陛下への恭順の意を示しております。これは王国駐留MM艦隊のコーンウォリス司令の降伏による影響と思われます」

「西部は?」

「逃亡した駐留MM軍の部隊が集結しているとの報告を受けておりますが、今の所は明確な反応を示しておりません」

「・・・細部は現地司令官に任せますが、補給などで要望があれば優遇するように。戦ってくれる兵士にはなるべく気を遣ってあげてください・・・」

 

 

私にできることは、それくらいの物でしょう。

私自身が前線に出て、敵兵を薙ぎ倒せば良いと言う問題でもありませんし。

 

 

「・・・それで、例の件はどうなっていますか?」

「は、<魔法世界を救うためにはどうすれば委員会>ですが・・・」

「・・・その名称、変更してくださいね」

「え、何故ですか陛下?」

 

 

心の底からわからない、と言いたげな表情を浮かべるクルトおじ様。

これはきっとアレです。沈んだ私の気持ちを浮揚させようとしてくれているのです。

そう思わせてください。

 

 

「まぁ、とにかく。仮称<魔法世界研究機関>の陣容は整い、すでに稼働しておりますが・・・」

「何ですか、私の人事に問題でも?」

「・・・いえ、陛下の良きように」

 

 

そう言って頭を下げるクルトおじ様。

・・・クルトおじ様が、あの人に良い感情を抱いていないのは知っています。

でも、私にとっては大切な人なのです。

そして何よりも、頼りになる人なのです。

 

 

魔法世界を、私の守るべき人達を救うために。

・・・その時、私の横のカムイさんが、大きな欠伸をしました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

最近、息苦しいと言うか、窮屈と言うか、居心地が悪い気がする。

私が単純に集団生活に馴染めない、と言うのもあるが、ゲーデルの目が気に入らん。

 

 

「おい、ティマイオス。このデータに間違いは無いのか?」

「・・・無論だ」

 

 

薄暗い部屋の中で、端末から目を逸らさずにティマイオスは答えてきた。

ティマイオス・ロクリス。

外見は60歳代にしか見えない男だが、数百年生きてるドワーフだ。性別は男性。

三分刈りな黒髪で、ズングリムックリした体形をしている。

こう見えて、自然学者だ。

 

 

「・・・魔法世界各地の魔力総量の変化・・・微量だが減少を続けているな」

「それでも、オスティア周辺には巨大な魔力溜まりができているわ・・・」

 

 

割り込んできたのは、セリオナ・シュテット。魔術理論と魔導機関の研究者だ。

かつて、オスティア崩落にも関わったことのある女で、フリーの研究者。

今は、ゲーデルに雇われてここにいる。

 

 

ウェーブのかかった長い黒髪に、痩せ気味だがバランスの良いスタイル。

きちんとすれば、40代の女には見えない程度の美人に見えるだろう。

ただ、目の下には隈があり、肌も髪も手入れされていないので、不健康そうなイメージを相手に与えている。

 

 

「・・・これは、20年前にも見られた現象よ」

「・・・確かに」

「私は貴様らと違って、直接見てはいないからな・・・」

 

 

この2人の他に、何人かの研究者と何十人かの助手を含めて、私達は「魔力枯渇化現象」の研究をしている。この研究をするために、アリアは私に肩書きを用意した。

ウェスペルタティア王国工部省科学技術局特殊現象分析課課長。

・・・噛みそうな肩書きだ。

 

 

元々、こう言う個人でできない研究をするために、組織の力を求めた所があるからな。

その意味では、望むべくもない状況だろう。

 

 

「・・・まぁ、できることをすべきだろう」

「そうね・・・アリカ様のためにも、あの新女王のためにも・・・」

「・・・良し、ならもう一度データの比較から進めるか」

 

 

アリアは政務で研究になかなか集中できない。

ならば、私が研究を進めてやるしかあるまい。

アリアが望む答えを、私が見つけてやろうじゃないか。

アリアが、環境を整えてくれる限り。

 

 

・・・極端な話、私は他の分野で助けてやれないしな。

結局、私にはコレしかない。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

何でだろう・・・凄く、力が出ない。

もう全部どうでも良いって言うか・・・何だろう。

いくらでもスイーツが食べられる気がする。

 

 

「あの・・・アーニャさん?」

「・・・何よ」

「そ、そのー・・・金魚鉢パフェ6個目は、食べすぎじゃないかなーって思うんですけどー」

「だから?」

 

 

黙々と・・・そう、黙々と「苺たっぷり金魚鉢パフェ」を食べる私。

そんな私を見ながら、ダラダラと汗を流しているエミリー。

 

 

「・・・げ、元気出しましょうアーニャさ・・・ひぃっ!?」

 

 

ゴンッ・・・と空になった器を勢い良くテーブルの隅に置いて、私は屋台でこのパフェを作っている黒髪の男の子を睨んだ。

 

 

「おかわり持って来なさいよ!」

「わかったんだぞ!」

「あ、アーニャさん、食べすぎですー!」

「大丈夫よ! こうやって・・・」

 

 

私は胸に下げているペンダント『アラストール』の力を使って、体内の熱を操作して新陳代謝を加速、脂肪を燃やす。

これで摂取したカロリーも相殺できる。

 

 

「ほら、太らない」

「そう言う問題じゃありません!」

「おまたせだぞ!」

「貴方も止めてくださいよスクナさぁんっ!」

「スクナは、よく食べる子は好きだぞ」

「そう言う問題じゃなくてぇ!」

 

 

アリアの所の黒髪の男の子・・・スクナ君が腕を組んで、うんうん、と頷いている。

私はエミリーとスクナ君の会話を聞きながら、7個目の金魚鉢パフェを食べにかかる。

 

 

「ちょ・・・アーニャさん、本当に食べ過ぎですよ!?」

「・・・(ムグムグ)」

「アーニャさぁん!」

「・・・何よもう、うるさいわね!」

 

 

ズダンッ、とテーブルを叩いて、私は叫んだ。

 

 

「私はね、別に何とも思ってなかったのよ!」

「え、な、何の話ですか!?」

「べ、別に、綺麗な顔ーとか、意外と優しーとか、そんなこと全然、これっぽっちも思ってなかったんだからね!」

「じ、自爆してますよアーニャさ・・・」

「自爆なんてしてないわよ! まだ何にも始まってなかったんだから!」

「オコジョには大きすぎる話題ですアーニャさん!」

「まぁ、スクナには何だか良くわからないけど」

 

 

スクナ君が、後ろから私の肩に手を置いてきた。

その手には、8個目の金魚鉢パフェが。

 

 

「気が済むまで、スクナのパフェを食べれば良いぞ。気が済むまで作るぞ、スクナは」

「いや、スクナさん、それはちょっと・・・」

「う・・・うわああぁぁ~んっ!」

「え、アーニャさん!?」

 

 

何よもう、優しいじゃない!

そんなに優しくされたら・・・泣くしかないじゃないのよぉ・・・。

私は座ったまま、スクナ君に抱きついて、泣いた。

なんでこんなに悲しいのか、本当にわからなかった。

 

 

「ああ、もう・・・皆見てますよ・・・」

「うんうん・・・でもコレ、さーちゃんにバレたらスクナ、死ぬかな。神だけど」

 

 

・・・思いっきり泣いて、その後は。

また、アリアに会いに行こう。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

フェイト様が帰って来た。

でも、何と言うか・・・。

 

 

「フェイト様、落ち込んでない・・・?」

「・・・落ち込んでる」

「落ち込んでいますね」

「落ち込んでますわね」

 

 

上から、私、環、調、栞。

角から顔だけを出して、窓際に座ったまま動かないフェイト様を見てる・・・って。

 

 

「栞、貴女何か役目があったんじゃないの?」

「フェイト様から何の沙汰も無いので・・・」

「・・・聞いてきたら?」

「あの様子では、ちょっと・・・」

 

 

栞はいつもおっとりとした顔をしてるんだけど、今は困った顔をしてる。

と言うか、私達は皆、フェイト様の様子に胸を痛めて・・・。

 

 

「・・・アーニャ・・・」

 

 

・・・焔が隅の方で何か落ち込んでるけど、まぁ、それは良いわ。

ライバルが一人減・・・何でもない、うん。

 

 

「あ・・・フェイト様、溜息吐いた」

「アンニュイな表情のフェイト様・・・」

「何と言うか・・・ゾクゾクしますわね」

「栞って、Mだよね・・・」

「あら、フェイト様に限っては皆そうでしょう?」

 

 

ひ、否定できない部分がある。

でも最近、女性の扱いを教える際に見れる「素直フェイト様」もなかなか・・・って、そうじゃなくて。

 

 

「と、とにかく、フェイト様が落ち込んでおられる以上! 私達が元気づけて差し上げなければ!」

「・・・男の人って、どうすれば元気になるの?」

「さ、さぁ・・・どうすれば良いのでしょう?」

「そうですわねぇ・・・」

 

 

環も調も困った顔をする中、栞は頬に指をつきながら、笑って言った。

 

 

「添い寝とか?」

「そっ・・・」

「「添い寝!?」」

「後は・・・膝枕とか?」

「「「ひ、膝枕!?」」」

 

 

そ、添い寝、膝枕・・・。

確かに、それでフェイト様が元気になられるのならっ。

と言うか、むしろして差し上げたい!

あくまでフェイト様のためであって、私の願望じゃないけど!

 

 

・・・そう、これはあくまでフェイト様のため!

よし、理論武装完了。

 

 

「じゃ、じゃあ私が・・・」

「いえ、癒しなら私が行くべきです。木精でヒーリング効果もつきます」

「・・・ここは私が行くべき」

「あらぁ、提案した私が行くべきではなくて?」

 

 

その後、私達が揉めてる間にフェイト様はどこかに行ってしまった。

・・・くすん。

でも、何であんなに落ち込んでたんだろ?

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

違う・・・違う。

昨日から、ずっと同じ言葉が私の中に溢れてる。

でも、何が違うのかがわからない。

 

 

「昨日はすみませんでした、明日菜さん・・・」

「良いのよ、本屋ちゃん」

 

 

ベッドの上で上半身を起こした本屋ちゃんは、まだ青ざめた顔をしてた。

それにしても、どうして倒れたんだろ・・・。

 

 

「怖かったんです」

「え・・・?」

 

 

本屋ちゃんは私の顔をちらっと見ると、力無く笑った。

それから、また俯いて、自分の組んだ両手を見る。

 

 

「私のアーティファクトは、名前を知ってる人の表層意識を探る物だって言うのは、知ってますよね?」

「え、えーっと、つまり心を読む・・・のよね?」

「まぁ・・・ちょっと違いますけど、そうです」

 

 

表層意識って言うのと、心は、何が違うのかわからないけど。

でもとにかく、相手の考えがわかるってことよね?

 

 

「・・・あの人、おかしいです」

「え、そ、そう? 確かに、ちょっとファザコン過ぎかなって言うのは思うけど・・・」

「違うんです、あの人・・・お父さんのことなんてどうでも良いんです」

「へ?」

 

 

だって、あんなにお父様お父様って言ってるじゃない。

 

 

「あの人は、『自分の理想のお父様』を求めてるだけなんです」

「・・・?」

「だから、お父さんの思い通りにならないことが許せない。お父さんの言うことを聞かない人が許せない。それは、自分の『父親』像を否定することになるから・・・」

「それって・・・」

「あの人は、『父親』のことなんて考えてない。大事なのは『理想のお父様』で、あの人・・・アリエフさんじゃないんです。あの人は、タイミング良く返事をするだけで・・・他は何も考えていません」

 

 

それって・・・誰かに似てる気がする。

どうしてか、私はそう思った。

それが誰かは、わからないけれど・・・。

 

 

「・・・違います。似ていません」

「へ・・・?」

「絶対、違う・・・」

 

 

本屋ちゃんは、ブツブツ言いながら、青ざめた顔で震えてた。

・・・今、もしかして私の・・・?

・・・まさかね。

本屋ちゃんが、許可なく人の心を読んだりするはずが無いもの。

 

 

それにしても、ネギは何をしてるんだろ?

本屋ちゃんのお見舞いにも来ないで・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

僕は、真実を知った。

父さんは、世界を守るために戦った。

そしてその敵は・・・。

 

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>と言う悪の秘密結社の頭目。

世界を滅ぼそうとした、戦争犯罪人。

<災厄の魔女>。

そして。

 

 

「アリアさんの・・・お母さん」

 

 

そして、<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>にはまだ生き残りがいる。

父さんの仕事は、まだ完遂していないんだ。

僕がお父さんの意思を継ぐ。

そして僕がそう願うように、アリアさんもお母さんの跡を継ごうとしている。

 

 

アリエフさんは言った。

20年前に処刑場から逃げ出し、10年前に処刑されたはずの<災厄の魔女>。

多くの人々は20年前に処刑されたと思ってるけど・・・。

そしてその忘れ形見が、アリアさん。

彼女は・・・。

 

 

「世界を、壊そうとしている・・・」

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>の持つ、世界の秘密を握ろうとしているアリアさん。

僕が、止めるんだ。

父さんの跡を継ぐ僕が、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの跡を継ぐアリアさんを止める。

世界を、救うんだ。

 

 

「・・・そう、貴方ならできます、ネギ」

 

 

耳元で、エルザさんが囁く。

 

 

「大丈夫、必要な物は全てお父様が揃えてくれます。人も、お金も、国も、軍も、必要な物は全て。お父様に不可能はありません・・・だってあの人は、私のお父様なのですから」

「・・・」

「さぁ・・・ネギ」

 

 

僕の前に回ったエルザさんが、部屋の扉を開けて僕を誘う。

服に覆われていない部分の肌の上の刺青が、妖しく輝く。

僕は、目を閉じて・・・そして開いた。

 

 

僕は行きます、父さん。

貴方の跡を継いで、世界を守るために。

 

 

「貴方は・・・英雄になるのです、ネギ」

 

 

アリアさんから、世界を守るために。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

他人から与えられた情報なんて、アテにできるもんやない。

実際、うちら関西組はこうして新オスティアに駐在するしかないんやからな。

うち自身、一度は記憶を弄られて親の仇を勘違いさせられたんや。

 

 

『お――っと、10歳学生のコンビが、異形の魔族コンビを圧倒―――!?』

 

 

・・・まぁ、そのおかげであの子らに出会えたんやから、捨てたもんでもなかったかもしれんけど。

今、小太郎と月詠が、蜘蛛みたいなのと腕がたくさん生えた女と戦っとる。

実況のねーちゃんは圧倒とか言うとるけど、そこそこ苦戦しとるな。

やっぱ、月詠のやる気がイマイチなんが響いとるな。

 

 

「蜘蛛はやーですー」

「んなコト言うとる場合や無いやろ!?・・・って、うお―――っ!?」

 

 

ポリポリとポップコーンもどきを食べながら、子供らの試合を観戦するうち。

それでも、考えるべきことは考えとるで?

今後、うちらがどう動くべきか、とかな。

旧世界と連絡が取れへんのやから、こっちでの行動の選択はうちが決めなあかん。

 

 

こっちに連れてきたんは、小太郎、月詠を含めて107人。

107人の、命。

それを、うちは背負っとるんや。

全員を生かして、旧世界の家族の所に帰したる義務が、うちにはある。

 

 

それはもう、自分の好き勝手に何かをしてええ言うようなレベルやぁ、無い。

前とは、違うんや。

一人で親の仇を追うとった頃とは、違うんやから。

 

 

「うおおぉ、やっぱ所長のお子さん達半端ねえぇ・・・!」

「そうね、あの年でこの強さ。凄いけど・・・哀しいわね」

「月詠た~ん、ファイおおおおぉぉおぉ・・・!?」

「どうした鈴吹ぃ!?」

「ま、また腹がぁ・・・!」

 

 

グサグサと紙人形を針で刺しながら、うちは考える。

・・・単純に点数稼ぐんなら、クルト宰相代理に乗った方がええ。

せやけど、あまり急いで旗色を決める必要は無い。

それに、クルト宰相代理の敵が誰かも、まだ決まってへんのやから・・・。

 

 

「あ、ちなみに所長はどっちに賭けてるんです? やっぱりお子さんですか?」

「うちは賭けとかせぇへん主義なんや」

「あ、そうなんですかー」

 

 

自分の子供で賭けをする親が、おるんか?

 

 

場の空気を盛り下げるんもアレやから、あえて言わんけど。

自分の子供に金賭けて応援する程、うちは堕ちて無いで。

個人的な意見やけどな。

 

 

『さぁ――、水の大魔法を連発す(ザ、ザザー・・・)』

「・・・ん?」

 

 

実況のねーちゃんの声が、聞こえへんようになった。

闘技場の中心を見ると、マイクを叩いとる。

何や、故障かいな・・・?

 

 

『・・・全世界の皆さん』

 

 

不意に、闘技場の巨大スクリーン―――今までは小太郎と月詠の試合を映しとった―――に、奇妙な映像が映し出された。

それは、赤髪の子が壇上に上ってて、その後ろに年寄りがズラリと並んどる映像やった。

あの子、確か・・・。

 

 

『僕の名前は、ネギ・スプリングフィールド・・・英雄ナギの息子です』

 

 

誰がお前の名前なんて聞いたか。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリアドネーの屋台をスクナさんに任せ、アリア先生の護衛を田中さんと姉さんとカムイさんに任せて、私は宰相府の一室にこもっていました。

とは言え、一人ではありません。

 

 

「ブラボー4・・・もといアーシェさん、戴冠式のMA(マルチオーディオ)はまだですか?」

「はいはーい、今やってまーす!」

「早くしてください、夜のニュースに間に合いませんよ」

「だーいじょぶですって、コレさえ終われば完パケですからー」

 

 

アーシェ・フォーメリアさんと言うこの方は、映像撮影に非凡な才能を持つ警備兵です。

戦闘技術はイマイチですが、移動と撮影に関して彼女の右に出る人間はいないでしょう。

金髪碧眼の20代前半の女性で、アリア先生撮影班・・・もとい、宰相府情報管理局広報部王室専門室の副室長です。

 

 

「私、いつか<千塔の都>の復興した姿を撮るのが夢なんですよー」

 

 

初めて会った時、アーシェさんはそう言いました。

オスティア崩壊時に両親とはぐれ、難民となった彼女は、オスティアの復興を心から願っているそうです。

 

 

ちなみに、ここの室長は私です。

クルト議員に笑顔で「可愛く撮ってあげてくださいね」と頼まれました。

マスターには内緒です、ドキドキです。

今は、夜のニュースに提供する映像の編集で大忙しです。

私やアーシェさん以外のメンバーも慌ただしく動いております。

 

 

「し、室長―――――っ!!」

「何ですか、マスコミにはあと1時間以内に渡すと伝えてください」

「そ、そうじゃないんです、スクリーン出してください!」

「・・・?」

 

 

職員の一人が慌てて作業場に入ってきたかと思えば、映像を映せと言ってきました。

訝しみつつも、私は空中に大画面のスクリーンを映しました。

すると、そこには・・・。

 

 

『よって僕達は、ウェスペルタティア王国への参加を、断固拒否します!』

 

 

・・・・・・・・・ああ、ネギ先生。

正装を身に纏った赤毛の少年が、何やら壇上で喋っている映像でした。

それを見た私は、顎に手を当てて考え込み・・・。

 

 

「・・・カットですね」

「あー、映像趣旨違いますもんねー」

「いや、室長も副室長も、反応間違ってませんか!?」

 

 

職員の男性が何か言っていますが、無視です無視。

興味がありませんし、時間も押しているのです。

私はパンパンッ、と手を叩きつつ。

 

 

「はい、追い上げですよ、各員の健闘を祈ります!」

「「「アイサー!!」」」

 

 

さて、私も自分の作業に戻るとしま・・・。

 

 

『世界の崩壊を目論む、邪悪なアリア・アナスタシア・エンテオフュシアの専横を防ぐために――――』

「・・・」

 

 

ビキッ。

・・・私の持つペンが、二つに折れました。

・・・今。

 

 

「し、室長? 怖いんですけど・・・」

 

 

アーシェさんの声も、今の私には届きません。

私の目は、空中に浮かびあがる映像の・・・ネギ先生を。

 

 

赤毛の孺子(こぞう)を、睨み据えていました。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

『我々ウェスペルタティア西方諸侯は、一致して汝、ネギ・スプリングフィールドの大公位を認め・・・ここに協力と恭順を誓う物である』

『その誓約を受諾します』

 

 

画面の中では、旧ウェスペルタティア西部一帯を版図とする「ウェスペルタティア大公国」成立の様子が映し出されておる。

場所は、新オスティア内の高級ホテルの一室じゃ。

 

 

「・・・やはり、こうなってしまったか」

「新しい世界地図でも作りましょうか?」

「笑えん冗談じゃの・・・」

 

 

世界地図の発行もしておるアリアドネーの代表が言うと、冗談にも聞こえんしの。

まぁ、妾の向かいに座っておるセラスも、妾と似たような表情を浮かべておる。

笑いたくても、笑えない表情。

 

 

「・・・彼の興した大公国は、成立と同時にメガロメセンブリアとの間に同盟条約を交わしたわ」

「帝国軍の遠距離望遠でも確認しておる、すでにウェスペルタティア西部にはMM軍が多数展開しておるようじゃ・・・こうして見ると、西部以外の地域でのMM軍の敗退は、戦術的後退だったと見えなくもない」

「移動と展開の速さから見れば、そうとも取れるわね・・・その割に、被害が大きいけど」

 

 

しかし、事ここに至ってしまえば、帝国としても対応を考えざるを得ない。

では、どちらに味方するのか?

 

 

「私達アリアドネーは中立を保ちます」

「・・・永世中立が国是の国は良いのぅ・・・」

「これはこれで、悩みも多いのですよ?」

 

 

だが我が帝国は、中立にはなり得ない。

状況をただ静観するなど、民も軍も納得すまい・・・。

 

 

帝国が北進する理由は、「オスティアの確保」じゃ。

じゃがコレは、外交交渉で何とでもできる。

新オスティアを確保しておるのは、アリア女王の率いる「ウェスペルタティア王国」。

午前中の戴冠式の際の宣言によれば、王国は帝国からの巡礼者を拒否しないと言っている。

さらに言えば王国の方が独立宣言が早く、旧王国領の大半を領有しておる。

 

 

それに対して大公国とやらは、旧王国領の一部を領有しているに過ぎない。

帝国に何ら利益をもたらさない上に、しかも連合と同盟を結んでいる!

連合と冷戦状態にある帝国が、連合の同盟国に手を貸せるか?

 

 

「・・・交渉次第じゃが、帝国は王国側を支持することになるじゃろうの」

「アリアドネーは中立を保ち・・・両勢力に外交交渉のテーブルを用意することになるでしょう」

「頼む、何とか戦争に発展する前に話し合いで解決できれば・・・」

 

 

言いながらも、妾は自分の言葉に現実味が無いことを察していた。

戦争は起こる・・・いや、すでに始まっておるのじゃから。

今はまだ小王国の内戦に過ぎない。

じゃが連合と帝国が本格的に介入し、代理戦争の様相を呈することになれば・・・。

 

 

20年前の大戦か、それ以上の戦火が巻き起こることになる。

ナギやアリカ・・・多くの犠牲者を出して得た平和が、壊れてしまう。

しかもその中心にいるのが、ナギとアリカの息子と娘じゃと?

しかも息子は、自分の母親を「悪」じゃと宣言した!

 

 

こんな・・・こんなことが、あって良いのか!?

 

 

「・・・本当に、笑えん冗談じゃ」

 

 

妾の呟きに、セラスは何も答えんかった。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

笑いが、止まらなかった。

片手で口元を押さえて、クスクスと笑います。

 

 

「ははは・・・アリカ様を邪悪呼ばわりですか、そうですか・・・」

「クルトおじ様、私は世界の破滅を狙う魔女らしいですよ?」

「は、はははははははは・・・」

 

 

私と同じくネギの宣言を聞いていたクルトおじ様が、輝くような笑顔で画面の中のネギを見ていました。

何をどう聞かされたかは知りませんが、こともあろうにネギは、先代のアリカ女王の「悪行」とやらを並べ立て、そして私がその意思を継ぐ「邪悪の化身」であると評したのです。

正義は我にあり、と言うわけですね。

 

 

不意に、誘惑に駆られました。

私がかつてネギに施した私との兄妹関係に関する記憶消去を、いっそ解いてやろうかと。

・・・まぁ、それをしたとしても、「母の汚名を雪ぐのは自分」とか言って同じことをするでしょうが。

 

 

「・・・それで、有能なクルトおじ様としては、この事態をどう対処するのですか?」

「策はございます・・・が、あえて陛下のお考えをお聞かせください」

「私ですか? そうですね・・・」

 

 

ふむ、と少し考えます。

・・・幸いなことに、成立はこちらが早い。

となれば、ネギの大公国は後出しじゃんけんのような物で、国家的正統性と言う面から見て脆い。

加えて連合の軍を引き入れるなど、傀儡政権としてのイメージを国際的に与えてしまいました。

 

 

「・・・アレは、叛乱軍です」

「仰せの通りです、陛下。アレは陛下の治世において最初の反逆者でございます」

「向こうに頭を下げる気がなければ・・・」

「下げさせるまででございます」

 

 

気取った態度で頭を下げるクルトおじ様。

ただ、頭を下げさせると言うことは、極端に言って戦争になると言うこと。

・・・すでに、戦争状態にあると言えますが。

後戻りはできないことはわかってはいるのですが・・・。

 

 

「・・・一応、話し合いの使者を派遣して・・・」

『新オスティアで女王を僭称するアリア・アナスタシア・エンテオフュシアとその一党に告げます!』

 

 

画面の中で、ネギがまだ何かを言っていました。

何ですか、私は今結構重要な判断を・・・。

 

 

『今すぐに、降伏してください!』

「・・・僭称していると断言した後に、降伏しろと言うのはどうなんでしょう」

『もし、受け入れてもらえない場合・・・』

 

 

ふん?

 

 

『アリア女王以下、主要メンバーを拘束し・・・処刑することになります』

「・・・処刑・・・」

『・・・クルト・ゲーデル、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、サヨ・アイサカ、チャチャマル・カラクリ・・・』

 

 

ネギが「処刑対象」の名前をあげ始めたその瞬間、私の目の前が真っ白に染まりました。

自分の中の利己的な部分が目覚めるのを感じながら、私は勢い良く立ち上がります。

もし、椅子が床に固定されているタイプでなければ、蹴倒している所です。

 

 

「・・・クルト!!」

「はっ・・・」

「あの赤毛の孺子(こぞう)を、私の所に連れて来なさい! 身体の部品(パーツ)が多少足りなくても構いません、生かしたまま私の前に跪かせなさい! 二度は許さない!!」

 

 

そう、二度は許さない。

かつて、麻帆良でも私の「家族」を侮辱した・・・二度目は、許さない。

 

 

「御意・・・しかし、陛下」

「・・・」

「・・・陛下」

「・・・わかっています。王国は私の私物では無く、王国軍は私の私兵ではありません。皆の意見も踏まえた上で、私も納得できる計画案を策定、明日までに提出なさい」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

頭を下げて、クルトおじ様は部屋から出て行きました。

それを見送った後、スクリーンを消して、溜息を吐きます。

 

 

椅子に座り・・・片手で目を覆います。

・・・暴君になるのは、簡単です。

手にしている権力を、感情のままに使えば良いのです。

理性と良心で運営するのではなく、感情の発露によって使うだけで。

 

 

私は、暴君になれるんです。

・・・その意味で、クルトおじ様のような存在は貴重でしょう。

と言うかあの人、たまに変な目で私を見るんですけど・・・。

 

 

カムイさんが、私のことをじぃっと見つめています。

・・・私はカムイさんに、かすかに微笑んで見せます。

 

 

「・・・そうですね、感情の赴くままに兵を動かすのは良くないことです。軍事は政治の一側面・・・力だけで進める程に、道は平坦では無いのでしたね・・・」

 

 

・・・名君と言われたいわけではありませんが、暴君と呼ばれるのも癪です。

少なくとも、魔法世界の救済法を見出すまでは。

 

 

 

 

いずれにせよ、私はもう後戻りできない。だから・・・。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「ちょ、どこ行くんだいトサカ!」

「新オスティアだよ、決まってんだろーが!」

 

 

こんな西部の田舎にいられるかよ!

俺は荷物(っても、そんなにねーけど)をまとめて、俺は通路を走った。

 

 

「ちょ・・・トサカ!」

「悪いママ、俺は行くぜ!」

「待てって言ってんだろこのバカトサカが――――っ!!」

「ゴブォ!?」

 

 

ぼ、ボディーに良い物、入った、ぜ・・・ママ。

 

 

「あんたねぇ、ちょっとは落ち着きなよ」

「け、けどよママ・・・!」

「けどじゃないよ、今から地面走ってどーにかなる距離じゃ無いだろ?」

「じゃあ、小型の船でもかっぱらって・・・」

「犯罪を起こしてどうするんだいこのバカが!」

 

 

けどよ、俺は新オスティアに行かなきゃいけねーんだよ!

・・・と言うか。

 

 

「そもそも俺らは新オスティアに行くはずだったんじゃねぇか! それが何でこんな場所に来てんだよ!」

「それはホラ、お偉いさんの都合って奴だろうね」

「何で俺らがそんなもんに振り回されなきゃいけないんだよ!?」

 

 

俺らはグラニクス所属の拳闘団だぞ!?

いつからメガロメセンブリアのお抱え団体になったんだよ!

しかも、あのガキの下で働けだぁ!?

 

 

もう・・・もう、ふざけんなよ!?

しかもあのガキ、アリカ様のことを貶めやがった!

オスティアの人間で、あんなヨタ話信じてる奴ぁいねーんだよ!

・・・畜生が!

 

 

「まぁー、ちょっと落ち着きなってトサカ」

「でもよ、ママ・・・!」

「あーはいはい・・・ホラ、来たよ」

「え・・・?」

「「兄貴――っ」」

「トサカ!」

 

 

チン、ビラ・・・バルガスの兄貴!

皆、何で・・・。

 

 

「バカだね、あんた一人で行かせるわけないだろ?」

「ママ・・・」

「置いて行くなんて、酷いですよ兄貴!」

「そうっスよ、俺ら兄貴にどこまでもついてくって、言ったじゃないっスか!」

「アホトサカが・・・お前一人で何ができんだよ。奴隷身分から抜け出す時だって、皆一緒だったろ」

「ビラ、チン・・・兄貴・・・」

「お? 何だ感動して泣いちゃったのかい、トサカ?」

「ばっ・・・んなわけねーだろ!」

 

 

グシグシと目元を擦りながら言っても、説得力がねーだろーけどな。

 

 

「本当はネカネも連れて来たかったんだけど、あの子はあのぼーやの傍から離れないだろうからね」

「・・・好きにさせてやりゃ、良いじゃねぇか」

 

 

元老院議員様やサウザンドマスターの息子様の傍にいた方が、簡単に借金も返せるだろうよ。

簡単に、な。

・・・気に入らねぇ。

だがまぁ、とにかくだ!

 

 

「・・・っしゃあ! 拳闘士団『グラニキス・フォルテース』、行くぜ!」

「「「「応っ!!」」」」

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

暇だ。

何と言うか、もう、ネット以外は何もしない生活がキツくなってきた。

あー、「超包子」に行って杏仁豆腐でもパクつくかねー。

 

 

『むむむ、まいますたーがお暇な様子』

『それはいけませんね』

『ここは我々が、まいますたーの退屈な日常に彩りを加えなければっ』

『『核戦争でも起こす?』』

「余計なことすんじゃねぇよお前ら!?」

 

 

特に、最後のリンとレンの発言がヤバい!

暇だから核戦争って、どんな超越者だよ!?

 

 

『『じゃあ、米国国防省にハックでも』』

「いや、できるだろーけどさ!?」

 

 

やっちゃダメだろ、人として、善良な一般市民として!

 

 

「あー・・・でも、暇なのは確かだな」

『ネット界の女王の座も、ほぼ不動ですしねー』

「まーな・・・だが、頂点も極めてしまえば虚しいだけだな・・・」

『引退した老兵みたいなこと言いますね・・・』

「うるせーぞ、ルカ」

 

 

まぁ、夏休みも半分終わっちまったからな。

ネット界も牛耳り、もはや私、部屋から出なくても生きてけるんじゃねーかとすら思う最近だ。

何か、良い暇潰しはねーかな。

 

 

『ふむー、ではまいますたーの暇潰しに、ちょっと頑張ってみましょーか』

「あん?」

『えー・・・ちょちょいと静止衛星と探査衛星のネットワークにお邪魔してー』

「・・・今、恐ろしく不穏当な言葉が聞こえたんだが」

『だいじょぶですー、ちょっぴり火星探査機「のぞみ」とか「2001マーズ・オデッセイ」とかを借りるだけなんでー』

 

 

何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。

だが、パソコンの画面に、宇宙空間に浮かぶ赤い星が映って・・・うん?

 

 

「・・・ムンドゥス・マギクス・・・?」

 

 

聞いたことも無い単語が、そこにあった。

 




茶々丸:
茶々丸です。皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
実は家族の中で最も多様な方面で活躍できる私です。
すでに3つの役職を兼務しております。
無論、マスターやアリア先生のお世話も欠かさずやらせて頂いております。
組織的に家族のメモリーを作れる私、今、とても充実しております。


今回初登場の投稿キャラクターは、この方達です。
剣の舞姫様からヴァン・オーギス様。
Calmness様からセリオナ・シュテット様。
伸様からティマイオス・ロクリス様。
フィー様からアーシェ・フォーメリア様。
ありがとうございました(ぺこり)、これからもよろしくお願い致します。


茶々丸:
では次回は、ウェスペルタティア、帝国、連合、関西呪術協会、完全なる世界・・・様々な勢力を含めて動きだします。
と言うか、現在進行形で動いています。
私は最後まで、マスターとアリア先生達の傍に。
それでは皆様、またお越しくださいませ。


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第11話「踊らない会議」

Side リカード

 

旧ウェスペルタティアに王国が復活してから5日。

つまり俺ら元老院が大公国とか言うご大層な代物を作って、4日経った。

ウェスペルタティア駐留軍の大公国領内への撤退はほぼ終わった。

・・・ああ、「撤退」じゃなくて「転進」だったか?

 

 

くだらねぇ言い回しだぜ、と思いつつも、別にそれを口に出したりはしねぇ。

ナギやラカンだったら、言ってるだろうけどな。

 

 

「それで、どう責任を取るつもりなのだね、リカード君」

 

 

旧ウェスペルタティアの内戦をどう処理するか、そのために召集された元老院議会で、俺は責任を追及されていた。

俺は外交担当の執政官だから、今回の件に責任があるだろうと言うのが、他の爺ぃ共の言い分だ。

だが俺に言わせりゃあ、寝惚けた議論としか思えん。

 

 

「・・・元老院はいつからウェスペルタティアを対等な外国だと認めたんですかね?」

「何ぃ?」

「帝国やアリアドネーとの関係で問題があったならともかく、実効支配下にある地域が独立したからと言って、何で俺の責任なんです? あそこは属州総督クルト・ゲーデルの管轄下にあったわけだし」

「ぬ・・・」

「しかしそのクルトめは我らを裏切った。誰かが責任を取らねばならんだろう」

 

 

だから、何でその誰かが俺なんだよ。

・・・ったく、言いたいことも言えねぇんだから、向いてねぇよマジで。

 

 

「・・・まぁまぁ、そうリカード殿ばかりを責めても仕方あるまい。たかが地方反乱ではないか」

 

 

そう言って場を宥めたのは、むしろ禿げきった方が潔いんじゃねぇのって感じの、金髪が少し残った爺ぃだった。

ロドニー元老院議員、年は確か75歳。艦隊の提督だった奴で、今じゃ軍事担当の執政官様だ。

・・・アリエフの爺ぃと同じ人種だ、精神的な意味でな。

 

 

「し、しかしロドニー殿、実際に我々は旧ウェスペルタティアの大半から追い出されたではないか」

「それは野蛮な奇襲に驚き、戦術的に撤退を選択しただけのこと。銀髪の小娘ごとき、一撃を与えれば泣いて許しを請うてくるわ」

「・・・つまり、何か対応策があると?」

 

 

俺も軍人だったから、なんとなくわかる気がするがね。

たぶん、この爺さんは・・・。

 

 

「無論、軍部はすでに策を講じておる・・・見るが良い」

 

 

議場の中心に、巨大な地図が映し出される。

そこには、現在のウェスペルタティア駐留軍の配置だけでなく、周辺の連合領の軍配置まで描きこまれた精巧な物だった。

こうして見ると、ウェスペルタティアは北を除いて、周辺を連合に囲まれている。

 

 

「まずシルチス亜大陸のパルティア総督トレボニアヌスに2個軍団一万の兵団を与え、王国東端イギリカ侯爵領に侵攻する」

 

 

ピピ・・・と、地図上で赤い矢印がシルチスからウェスペルタティア東部に向けて進んだ。

 

 

「さらにウェスペルタティア駐留軍と本国からの援軍を合わせた4個軍団二万をムミウス司令官に与え、大公国軍一万と共にウェスペルタティアの中枢を扼する。コレには第12、第13の艦隊任務部隊を付ける。空母2隻と戦艦8隻を中心とする146隻の大艦隊が艦列を連ね進撃するのだ、我らの勝利は疑いない」

 

 

ロドニーの爺さんの声には、自己陶酔の色が透けて見えるぜ。

だが、他の爺ぃ共もロドニーの爺さんの計画に、顔を輝かせていやがる。

まぁ、地図の上で見ただけなら、確かに東西から大軍で挟撃するように見えるしな。

一見、理想的だ。諸々含めて4万余の大兵力。

 

 

だが、他の要素が何一つ加味されてねぇ作戦だ。

・・・上手くいくと良いがな。

 

 

「大変です!」

 

 

その時、一人の若い議員が議場に飛び込んできた。

あれは確か、アリエフの爺さんの取り巻きだった奴だな。

それまで気分良く討伐作戦の概要を語っていたロドニーの爺さんが、不機嫌そうな顔でそいつを見る。

 

 

「何じゃ、騒々しい。今重要な話をしておるのじゃ」

 

 

大したこと無い地方反乱じゃなかったのかよ、爺さん。

 

 

「も、申し訳ありません、ですが・・・」

「何じゃ」

 

 

議場に駆け込んできたそいつは、言葉を詰まらせながら、答えた。

 

 

「ウェスペルタティア西部で、変事が・・・!」

 

 

 

 

 

Side グレーティア

 

「・・・と、言うような会議が今、元老院で行われているはずよ」

 

 

私は目の前の男の子に、優しい口調で語りかけた。

まぁ、話の内容自体は、すでに2日前の段階で決まっていたこと。

アリエフ様の軍事作戦案を、ロドニーの低能が我が物顔で話しているだけよ。

 

 

「もちろん、それは貴方も知っていたわよね?」

「・・・」

「そうでしょうねぇ、だって貴方に教えてあげたのは私だもの」

 

 

私が彼の目の届く所に書類を放置して、見るように仕向けたのだもの。

彼・・・ミッチェル君はそれを見て、思ったのでしょうね。

知らせなきゃ・・・って。

 

 

ああ、なんて美しい友情なのかしら?

私はね、子供同士の友情ほど見ていて胸を打つ物は無いと思うの。

だって、とても純粋で可愛いじゃない?

 

 

「ふふ・・・今頃貴方のお友達は、新オスティアに向かっているわよ? 何だったかしら・・・そうそう、ジョニー・ライデインとか言う男の飛行魚トラックに乗ってね」

 

 

港が封鎖される前に出立できるように情報を操作した。

今頃は、トリスタンあたりにいるんじゃないかしら?

 

 

「何で・・・」

「何故? 良いわ、教えてあげる。私はねぇ・・・!」

 

 

意外と鍛え上げられているミッチェル君の剥き出しの背中をヒールで踏みつけながら、私は言った。

私は、純粋な物が大嫌い。

純粋であることを、当然みたいな顔をしている子供が大嫌い。

 

 

壊してやりたいくらい。

ううん、壊れれば良いのよ。

 

 

「私はね、メガロメセンブリアが嫌いなの。あの男・・・アリエフが作ったこの国が憎いの。私が誰かもわからないような男に権力を与えるこの街を、滅ぼしてやりたいの」

「・・・?」

「わからない? 良いのよわからなくて、貴方はそうやって閉じこもっていれば良いの・・・惨めに地べたに這い回ってね!」

 

 

顔を蹴り、鞭を打つ。

ピシィッ、パシッ、と言う鋭い音が、部屋に響く。

ミッチェル君は痛みに呻き、床に蹲っているけれど、それに構わず鞭を振るう。

 

 

「貴方が敵に流した情報で、この国は滅びる」

 

 

私がミッチェル君を使って流したのは、今まさに元老院で話していること。

これから発動する軍事作戦、補給経路、進軍の順番、不安要素に弱点。

その全てが、新オスティアの反乱勢力に渡る。

 

 

メガロメセンブリア軍は負ける。

それも出来るだけ派手に、惨めに負けてほしいと思う。

そうでなければ、あの男を失脚させることができないのだから。

 

 

そして私が、この国を作り直すの。

より美しく、より強大に!

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

王国東部の諸地域を制圧し、事後処理を部下に任せる一方で、俺は新オスティアに足を踏み入れた。

20年前は駆け出しの下士官だった俺が、今や陸軍少将としてここに来ている。

・・・ふ、多少、感傷に浸ってしまうのも仕方が無いかな。

 

 

「久しぶりだな、リュケスティス」

「と言っても、通信では良く顔を見ていたがな、グリアソン」

 

 

士官学校時代からの友人も、ここにいる。

自分で言った通り、良く通信を交わしていたのだが、どうしてか20年間一言も話していなかったかのような錯覚を覚える。

途中ですれ違った騎士や兵士の敬礼に答礼しつつ、俺達は宰相府の通路を歩く。

 

 

今日は宰相府の大会議室で、御前会議があると言うので足を運んだのだ。

俺達2人の他にも、旧ウェスペルタティアの軍人や官僚の代表などが来ると言う。

・・・御前会議か。

 

 

「どうかな、例の新女王とは俺達の忠誠に値する人間だと思うか、グリアソン?」

「さぁな、何しろ会ったことが無い」

「そうだな、まずは会ってみることか」

 

 

我ながら不思議なことを言う。

・・・会って失望したら、どうすると言うのか。

大会議室には、すでに俺達以外の人間が揃っていた。

中央の一段高い所に玉座があり、その左右に長机と椅子が用意されている。

 

 

右が官僚席、左が軍人席のようだった。

緊張しているのか出てもいない汗をハンカチで拭っている者、用意された茶をしきりに飲む者、隣席の人間と私語をしている者・・・種族も人間や獣人など、多様な参加者がいる。

おそらくは、直接女王と接したことの無い者がほとんどだろう。

 

 

「女王陛下、ご入来!!」

 

 

俺とグリアソンが席について数分後、式部官らしき女の声が会議場に響いた。

議場の雰囲気が一気に引き締まり、我々が玉座の方を向いて立ち上がった瞬間・・・。

コン、コン、とノックの音がした。

 

 

「失礼します」

 

 

我々が入ってきたのと同じ扉から、一人の少女が入室してきた。

ノックして、普通に。

前方の玉座に注目していた我々にとっては、背後からだったが・・・。

式部官の声が前から聞こえたので、玉座の横のカーテンの向こうから出てくるものと思っていた。

 

 

年は確か、10歳。

腰まで伸びた白い髪に、青と赤のオッドアイ。

発育途上の身体に薄桃色のドレスを纏うその姿は、なるほど、アリカ女王の面影がある。

少女の後ろに、細身の男・・・クルト・ゲーデルが続いて入室してきた。

 

 

「よろしくお願い致します」

 

 

だがその少女は玉座に座る前に、我々に対して頭を下げた。

一同に動揺が走るのが、俺にはわかった。

この少女はアリカ女王に容姿は似ているが、しかしどこか違うらしい。

臣下に対し、頭を下げる王がいるか?

 

 

グリアソンなども、困惑した表情を作っている。

さて、何を狙っての行動かな?

我らの新女王は、玉座に座り・・・。

 

 

「それでは、授ぎょ・・・」

「「「「?」」」」

「・・・会議を始めたいと思います」

 

 

・・・面白い女王陛下だ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ついうっかり、いつも教室でやる挨拶をやりかけました。

危ない危ない・・・こう言うのも、職業病と言うのでしょうか。

 

 

今日の御前会議は、つまる所私の顔見せのような意味合いが強いのです。

もちろん、王国の今後をどうするか、と言う大事な会議でもあります。

これらの理由から、私はただ座っていれば良いと言うわけにはいきません。

一応、予習はしてきましたが・・・。

 

 

まずは、内政に関するお話です。

 

 

「クロージク伯爵とニッタン助教授に、税制及び経済政策に関する計画の立案をお願い致します」

「・・・計画を作れと言うご命令であれば、喜んで作りますが・・・」

 

 

ヨハン・シュヴェリン・フォン・クロージク伯爵。

50代前半の財務官僚で、ブラウンの頭髪を七三分けにしたナイスミドルです。

貴族ですが、旧王国の地方官僚として数々の地方の財政問題を解決した実績をお持ちです。

 

 

「どの程度の規模の財源を前提にするか、それによって細部がかなり変わりますぞ」

 

 

そう言って顔を顰めたのは、フーガ・ニッタン助教授。

アリアドネーの助教授であり、元オスティア難民でもあり、今は王国の官僚の一人。

30代後半の男性で、銀目碧髪で眼鏡・・・どこか、新田先生を思い出します。

 

 

彼の言うように、確かに財源は重要ですね。

しかし今回の場合、幸か不幸か財源のアテがあるのです。

私の横に立っているクルトおじ様に目配せすると、クルトおじ様はひとつ頷き。

 

 

「・・・すでにご存じの通り、ウェスペルタティア西部諸侯の大半が公国を称する叛乱軍に参加しております。これに伴い女王陛下は、叛乱に加担した全ての家の領土を没収することを決定致しました」

「取り潰し、と言うことですか?」

「西部には大小合わせて16の貴族領があり、その内15が叛乱軍に加担しました。これらの家を取り潰し、その財産の全てを国庫に納めさせ、民衆に還元する・・・それが、陛下の御心です」

 

 

クルトおじ様の説明に、私は無言のまま頷きました。

正確な試算はまだですが、おおよそ50億ドラクマは集まるそうです。

土地、美術品に現金、証券や建物、そして人・・・。

 

 

「・・・全て取り潰してしまって、よろしいのですかな?」

 

 

そう発言したのは、30代後半の軍人の方でした。

スラリとした長身で、黒に近いブラウンの髪にアイスブルーの瞳。

黒を基調とした軍服の良く似合う、この方は・・・私の頭の中の名簿によると、レオナントス・リュケスティス少将。

 

 

私を見るその目には、どこか挑戦的と言うか、挑発的な色を感じます。

隣に座る蜂蜜色の髪の男性将校の方が、何故か心配そうな顔で少将を見ています。

 

 

「・・・ええ、全て取り潰します。何か問題がありますか、少将?」

「・・・いえ、問題ありません、我が女王よ」

 

 

口元に笑みすら浮かべて、少将は言いました。

何と言うか・・・疲れますね。

 

 

「では次に、国内各地に散っている難民達の帰郷に関して・・・」

 

 

 

 

 

Side クルト

 

御前会議は、内政から外交・安全保障へと話題が移りました。

まぁ、外交はともかく、安全保障に関する当面の問題は、西部の叛乱軍及びメガロメセンブリアを中心とする連合の軍事的侵攻への対応でしょう。

私の知る限り、連合が即座に動かせる兵と艦隊は、陸軍5万と艦艇200隻・・・。

 

 

「連合は王国西部に橋頭堡とも言うべき場所を確保しました。おそらくはここから新オスティアを直撃するのが、叛乱軍や連合にとって最短距離であるだけでなく、短時間で事態を解決できる侵攻ルートであると考えられます」

 

 

アリア様の声に合わせて、会議場の中心の映像装置が王国周辺の地図が変化します。

王国西部から中央部の新オスティアに向けて、紅い矢印が進みます。

とは言え、背後に帝国と言う強大な敵がいる以上、連合は全戦力で我々を攻撃することはできない。

そこに、我々の勝機がある。

 

 

「そこで、国防省の官僚グループが提出してきた迎撃プランがこれです」

 

 

アリア様の声に合わせ、叛乱軍の支配領域と新オスティアの間の拡大地図が展開されます。

その侵攻ルートの随所に防衛拠点を設け、それぞれに兵力を配置して敵を消耗させ、最後に主力部隊が敵軍を撃退する、と言う物です。

官僚側は、特に反論は無いようですね。

 

 

ふふ、それはそうでしょう。

この計画は私がこの3日間、国防省官僚と共に夜も寝ずに昼寝して考えた計画なのですから・・・。

 

 

「机上の空論だ。このような作戦が、上手くいくわけが無い」

 

 

しかし、そのような声が軍人の中から上がりました。

それは、先程もアリア様に反抗的だったリュケスティス少将の発言でした。

もし彼と私が2人きりだった場合、私は彼を斬っています。

き、机上の空論ですって!?

 

 

「そもそも兵力的にはこちらが劣勢、にも関わらず兵力を分散させるのは愚の骨頂。むしろ拠点防衛にこだわらず、兵力を集中させた上で機動的に敵を叩き、敵戦力を削りつつ敵軍を引き摺りこむべきだろう」

「なるほど、いわゆる機動防御戦法を行うわけか・・・」

 

 

リュケスティス少将の発言に、隣に座っているグリアソン少将が腕を組んで頷きます。

他の列席者も、好意的な反応を返しているようです。

王国東部と北部を制圧した2人の将軍に、一目置かない者はいません。

しかし・・・機動防御?

 

 

「申し訳ありません。専門家では無いので・・・機動防御とはどのような物でしょうか?」

 

 

アリア様も、どこか困ったような顔をしております。

それに対してグリアソン少将がアリア様の方を向き、説明を始めます。

 

 

「機動防御とは、機動打撃に主体を置き、敵を撃破して防御の目的を達成しようとする方式です」

 

 

機動力に富んだ部隊運用により、局所的に敵を圧倒する火力と打撃力でもって敵を各個撃破する戦術。

事前に想定した場所で敵を襲い、相手を一時的に圧倒し敵の一部隊を撃破、素早く移動して別の地域で同じ事を行い、別の敵の一部隊を撃破するという事を繰り返すと言う物。

これを成功させるためには、防御を行う地域の縦深が十分に大きく、地形が防御部隊の自由な機動を許し、かつ地形に適合した部隊の機動打撃力が敵に勝っている事が必要となります。

 

 

常に戦場を移動するので、大規模な防衛拠点は必要ない。

機動力とそれを支える補給がある限り、敵を叩き続けることができるのです。

 

 

「無論、どれほど勇敢な兵士でも体力・精神力に限界はありますが・・・」

「・・・良く、わかりました。他の軍人の方に意見はありますか?」

 

 

返答が無いことを確認すると、アリア様は頷き、少しの間目を閉じました。

おそらくは、2つの案のどちらを選ぶかを考えておられるのでしょうが・・・。

個人的には、私と官僚グループの案を採用してほしい所ですが。

 

 

・・・まぁ、反論させるために作った案ですがね。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

女王陛下は、1分ほどして顔を上げた。

そして色の異なる瞳で、俺の隣に座るリュケスティスを見る。

 

 

「リュケスティス少将」

「何でしょうかな、女王陛下」

 

 

それに対するリュケスティスの態度は、ふてぶてしいことこの上なかった。

しかし、女王陛下は気にした様子は無い。

むしろ、俺がハラハラしているくらいだ。

 

 

「その作戦に耐え得る部隊と、成功させることのできる人間に心当たりはありますか?」

「・・・グリアソン少将ならば」

 

 

リュケスティスの言葉に、俺は反射的に姿勢を正した。

リュケスティスめ、実行は俺任せか!

女王陛下は、静かな瞳を俺に向けた。

さら・・・と前髪が揺れ、色違いの瞳が俺を見据える。

 

 

「グリアソン少将、自信はありますか?」

「・・・支援の規模によります」

 

 

その言葉に、俺は率直に答えた。

数倍する規模の敵に対し、機動防御を行う。

我が部隊ならば、実行面において何ら問題は無いだろう。

だが補給、休息、支援攻撃、火力、権限・・・それらがなければ不可能だ。

隠しても仕方が無いことだ。

 

 

「それに、反対側・・・シルチス方面からの敵の侵入の可能性も心配です」

「それについては、宰相府ですでに手を打ってございます、陛下」

「・・・とのことですので、グリアソン少将は西部の敵に集中してください」

「は・・・」

 

 

俺が答えると、女王陛下は一つ頷き、議場を見渡して・・・。

 

 

「グリアソン少将、リュケスティス少将をそれぞれ中将に昇進させた上で、機動防御部隊の指揮を委ねます」

「陛下!」

「両中将は先の戦闘で武勲を上げています。昇進するに問題は無いでしょう・・・無論、彼ら以外にも昇進と昇給の措置を取ります」

 

 

クルト・ゲーデルの声に、女王陛下はそう応じた。

確かに、武勲に対して昇進で報いるのは、正しい措置だろう。

 

 

「両中将はすぐに部隊の編成を行いなさい。必要な人員・物資・情報は全て使って構いません」

「・・・御意」

「ぎ、御意!」

「・・・お2人の率直さは、私にとって好ましい物です。これからもお2人の力を、王国と民のために使ってやってくださいね」

 

 

そう言って微笑まれる女王陛下を、俺は困惑した心地で見ていた。

何と言うか、顔はアリカ様似だが・・・。

その時、女王陛下が立ち上がった。

慌てて、議場の全員が立ち上がる。

 

 

「クルト宰相代理も、ご苦労でした。計画策定に参画した人達に、よく休養するようにと伝えてください」

「は、有難きお言葉にございます」

「では、解散とします・・・ありがとうございました」

 

 

ぺこり、と頭を下げた後、女王陛下は来た時と同様、クルト・ゲーデルを連れて出て言った。

緊張の糸を緩めて、俺を含めた全員が息を吐く中で、リュケスティスだけは面白いものを見た、と言うような顔をしていた。

 

 

「なかなかどうして、面白い女王だな」

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

今私は、新オスティアを離れて、重要な任務を実行している所だ。

地味な上に、大変な労苦のある役目だが、女王陛下直々の命令だ。

私は女王陛下の臣下。

勅命とあらば、この命さえ差し出せる。

 

 

この程度の労苦、何のことは無い。

沼地をまた一つ抜けた所で、私は後ろを振り向いた。

 

 

「レメイル殿、大丈夫か?」

「大丈夫だ、ここは俺の故郷だから・・・です」

「別に無理に敬語にしなくとも良い」

「いや、そう言うわけにはいかない・・・です」

 

 

ここは王国東方にある、シルチス亜大陸のパルティアと言う地域だ。

厳しい自然と荒れた土地が広がる、不毛の世界。

だが、誰も住んでいないわけでは無い。

火や木、大地の精霊に縁のある少数民族が多数居住している。

 

 

また、連合がこの地で採れる資源を狙って軍を駐屯させている地域でもある。

民族紛争が絶えないのも、連合がそうさせて部族の力を弱め、支配しやすくしようとした結果だ。

 

 

「ジョリィさんこそ、初めてなのに」

「いや、私は陛下の勅命で動いている。私を止めることはできない!」

 

 

一緒にいる少年は、レメイル殿。

オレンジ色のボサボサの髪が腰まで伸びていて、瞳は赤。

このパルティア地域の出身で、火の精霊に縁のある部族の出身だとか。

このあたりの地理に詳しいので、こちらから同行を頼んだ。

 

 

実際彼の助力もあって、すでに6つの部族の村や町を回り、王国との修好を約束させることができた。

ウェスペルタティア人とパルティア人は共に連合に支配され、迫害された経験を持つ。

連合を共通の敵として、対等の同盟を結ぶのは不可能ではない。

彼らの力を借り、東方から進撃してくる連合の軍を撃退する。

 

 

これが、女王陛下とクルト宰相代理の胸の内だろう。

 

 

「でも本当に・・・パルティアは独立できるのかな・・・です」

「できるさ。ウェスペルタティアにできたことがパルティアにできないはずがない」

 

 

現に、私が今まで回った部族との間で結んだ協定には、そのことも記載されているのだ。

ウェスペルタティア王国はパルティアの自立・独立を尊重する。

パルティア諸部族はウェスペルタティア王国と共に連合と戦う。

双方は対等であり、国交の樹立・交易の自由を約束する、と言う内容だ。

 

 

とはいえ、連合の王国への侵攻までそれほど時間は無いだろう。

急がなければ!

 

 

 

 

 

Side さよ

 

最近、アリア先生達に会えません。

まぁ、私がアリアドネーの騎士団候補としての資格で来ているから、仕方が無いんだけど。

すーちゃんとは毎日会ってるけど。

でもこの間、赤毛の女の子・・・アーニャさんと抱き合っていたので、口を聞いてあげていません。

 

 

最近、謝れば良いと思っている節があるんですよね。

だから、お仕置き中。当分、膝枕もキスもしてあげないから。

 

 

「もぉ~、ナギ様がいないんじゃ、警備に来た意味が無いじゃん!」

「何を言っているのですか、コレットさん! それでも騎士団候補生ですか!?」

「・・・本音は?」

「ナギ様ぁ――――っ、何故ですの――――っ!?」

「お嬢様、お声が・・・」

 

 

今は休憩時間、皆と一緒に新オスティアの大浴場に来ています。

新オスティアの観光名所は、旧王都の遺跡群だけど・・・二番目は温泉なんです。

何でも、「お風呂場は聖域」とまで言われているとか。

実際、凄く大きいお風呂です。

 

 

「ナギと言えば、どう思うニャ、アレ」

「アレ?」

「ほら、ナギの息子とか言う・・・えーと」

「ネギ?」

「そう、それニャ!」

 

 

デュ・シャさんとカッツェさんが、ネギ先生の話題を出した。

それにしても、ネギ先生も王様になっちゃうなんて・・・。

 

 

「あー、そう言えばそんなこと言ってたね」

「本当なのかニャ?」

「調べた所、英雄ナギには確かに子供がいる、とか」

「本当ですの、ビー!? 確かに、幼き頃のナギ様にソックリでしたが・・・」

「だから、あの子がそうなんでしょ?」

 

 

うーん・・・何か、話に混ざりにくいです。

ちゃぷ・・・と、顔の下半分をお湯の中に鎮沈めながら、ブクブクと泡を出します。

お行儀が悪いけど、何となく・・・。

 

 

「でも私、あの子嫌いだな」

 

 

その時、コレットさんが不機嫌そうに言いました。

 

 

「だってあの子、サヨのこと処刑するって言ってたじゃん!」

 

 

確かに・・・。

アリアドネーに所属している私の名前まで出てきたことには、驚きました。

そうこうする内に、コレットさん達の会話はヒートアップしていきます。

 

 

「他にも、アリア先生とかエヴァにゃん先生とかも殺すって言ってた。何さアレ、ふざけてんの!?」

「そう・・・ですわね。許されることではありませんわね!」

「でしょ!? お前がサヨの何を知ってんだって話だよね!?」

「そうですね・・・私も、あまり好きにはなれません」

「まー、国際問題だニャ」

「アリアドネーの仲間を殺すって言われちゃーねぇ」

「あ、あのー・・・」

 

 

嬉しいんだけど。

いえ、嬉しいんだけどね?

 

 

「大丈夫だよサヨ! 私達が守ってあげるからね!」

「わひゃっ・・・ちょ、コレットさん!?」

「ちょっと! 公共の場で何をしてるんですの!?」

「あはは、皆といると退屈しないニャ」

「お嬢様が、あんなに楽しそうに・・・」

 

 

アリア先生。

私のお友達は、皆良い人ばかりです。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

「げ、げげげのげ・・・!」

 

 

な、なんでこんな所に相坂さんがいるのかな!

いや、魔法世界に来ているのは知ってたけどさ、こんなニアミスしなくても良いじゃん。

加えて言えば、アリア先生は女王様だし!

私の周りにはどうしてこう、主人公っぽい人が多いのかな。

 

 

「美空? 何をしているのですか?」

「いえ! 何もしてないっす、シスター!」

「・・・なら、良いのですけど」

 

 

シスターはそう言いながら、タオル片手にシャワーの方に歩いて行った。

身体でも洗いに行ったのかな。

あー・・・まぁ、私もココネの頭でも洗いに行こうかな。

下手に見つかって、物語に巻き込まれても面倒だしね。

 

 

「ココネ、頭洗いに行こうか」

「わかっタ」

 

 

ココネの手を引いて、私は新オスティア一と名高い大浴場を歩く。

こうして見ると、魔法世界の女の人ってスタイル良い人が多いよね本当・・・。

・・・滅べば良いのに!

 

 

「あやぁ~?」

 

 

その時、どこかで見た覚えのある髪の長い女の子と出会った。

出会ってしまった・・・!

 

 

「あの~、どこかでお会いしたこと、あります?」

「い、いえ、人違いですよ、私は何と言っても謎のシスター・・・!」

 

 

しまった、お風呂場では顔を隠せないから「謎の」にならない・・・!

長い髪の女の子・・・確か、月詠さん。

月詠さんは、しげしげと私の顔を覗き込んできた。

 

 

「ん~? 眼鏡が無いとよく見えませんね~」

「で、ですから、人違いですって・・・」

「月詠、勝手に動き回ったらはぐれてまうからって・・・うん? あんさん確か、シャークティーはんとこの」

「何このエンカウント率!」

「ミソラ、逆に凄いナ」

 

 

次から次へと、できれば関わり合いたくない人達に出会う私。

作為的な物を感じる・・・!

 

 

あーもぅ、ただでさえ元の世界に帰れないのに。

しかも、何かヤバい雰囲気なんだよね、この国。

できるだけ早く逃げなきゃって、私の逃走本能が告げてるんだ。

だから早く、逃げたいのに・・・。

 

 

「こんな所で奇遇やなぁ・・・シャークティーはんは元気かいな?」

「え、えと・・・さっきシャワー浴びに行きました」

「そか、ほな挨拶ついでにうちらも身体洗おか。月詠、行くで・・・春日はんも、またな」

「ハ、ハイ・・・」

「ほな、さいなら~」

 

 

月詠さんにぎこちなく手を振り返しつつ、私は溜息を吐く。

本当、主人公ばっかりだよ、私の知り合いはさ。

脇役の私には、近くにいるだけで眩しいよ。

 

 

「でも、シスターもどっちかって言うと、主人公側なんだよねぇ」

「シスターは責任感が強いからナ」

「あ、何それ、私には責任感が無いってことー?」

「・・・そうでもナイ」

 

 

そう言って、私の手を握るココネの手が、より強く私の手を握った。

・・・早く、逃げなくちゃね。

 

 

ココネと、あとシスターとかも引っ張ってさ。

私の、この足で。

 

 

 

 

 

Side セレーナ

 

オストラの難民区画の整理は、少しずつだけど進んでいます。

私の病院も、一部だけど完成しました。

ベッド数も部屋数も、まだまだ足りませんが・・・。

領主代理のアレテ様のご好意もあって、優先的に機材も回して貰えますし。

 

 

「はい、リゥカさん。これいつもの薬」

「ありがとぉ」

 

 

薬剤師として、レイヴン君も手伝ってくれてますし。

今日も、難民の一人リゥカさんにお薬を渡しています。

 

 

長い緑色の髪に蒼の瞳。色の白い肌、耳元にヒレのような物がついています。

詳しくは聞いていないけれど、オスティア崩壊に巻き込まれて、故郷と家族を失ったとは聞いています。

難民にはありがちな身の上だけど、彼女はどこか違う気もします。

それにレイヴン君も、何の薬を渡しているのか、教えてくれませんし。

 

 

「今日は、患者さん少ないのねぇ?」

「ああ、皆・・・城の方に行ってるのかも」

「あらぁ、どうしてぇ?」

「・・・兵隊になりに行ってるのさ」

 

 

レイヴン君の言葉に、私は溜息を吐きました。

アリア様が王位についてから、一気に連合の駐屯軍が追い出された。

それを、皆が喜んだ。

ザマを見ろ連合、そう言って喜びました。

 

 

そして、連合の反撃があるかもしれないと言う話になると、我先にと城に駆け込んで軍に志願し始めました。

戦争に行って、祖国と女王陛下を守るんだと言って。

連合を倒せと叫んで。

 

 

医者の私からすれば、悲しい限りです。

どうして皆、殺したり殺されたり、そんな世界に行きたがるのでしょう?

 

 

「戦争・・・戦いかぁ・・・」

 

 

リゥカさんは、不思議な表情を浮かべていました。

哀しそうな、そうでないような・・・。

 

 

「戦いなんて、なければ良いのにねぇ・・・」

「・・・そうですね」

 

 

リゥカさんの言葉に、私は心から頷いた。

戦いなんて、この世から無くなれば良いのに。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

私は別に、戦いを否定はしません。

力のある者が力の無い者を一方的に嬲るのも、否定はしません。

力の無い者がより力の弱い者を差別するのも、否定はしません。

だけど、全ての戦いを肯定もしません。

 

 

私の身内を巻き込むと言うのであれば、私は相手を許さないでしょう。

だけど最近、その「身内」の範囲が広すぎる気がします。

 

 

「それでは、お休みなさいませ、女王陛下」

「「「お休みなさいませ、女王陛下」」」

 

 

水色の髪の侍女・・・ユリアさんと他の侍女の方々が下がると、寝室には私と茶々丸さんだけが残されました。

とは言え、ベッドの枕元ではチャチャゼロさんと晴明さんが囲碁をしています。

カムイさんがベッドに顎を乗せて、それをじっと見ています。

 

 

「・・・コレハ、サイキョウノイッテデモ、サイゼンノイッテデモナイ・・・!」

「昔のぅ、帝の囲碁指南役に教わったことがあってのぅ」

「ハルカナ、タカミカラ・・・!」

 

 

知っていますか?

あれ、チャチャゼロさんが暇に任せて作った碁盤と、晴明さんが式神動員して削った碁石なんですよ。

・・・一日2時間と言う貴重な時間を、何に使ってるんでしょう。

 

 

「余暇の時間は、好きに過ごすべきだと思います」

「まぁ、そこは別に良いですけど・・・」

 

 

そう言って私の髪を櫛で梳いているのは、茶々丸さん。

茶々丸さんは、最近色々と活躍していると言う噂を聞きます。

ある意味、一番状況に適応できているのは茶々丸さんのような気がします。

 

 

ス・・・スッ、と、茶々丸さんが櫛を私の髪に通して、単調ですが丁寧な作業を繰り返しています。

目の前の鏡に映る茶々丸さんは、どこか楽しそうな顔をしているような気がします。

自分以外の誰かに髪を任せると言うのは、とてもくすぐったくて、恥ずかしいのですが。

茶々丸さんが嬉しそうなので、それで良いです。

 

 

「・・・今日も疲れた・・・」

 

 

不意に、私の影の中からエヴァさんが出てきました。

影を使った転移(ゲート)による物ですが・・・。

疲れているのかもしれませんが、影からズルリと出て私の膝に頭を乗せるのはやめてください。

リアルに怖いです。

 

 

「お疲れ様です、エヴァさん」

「セリオナが、茶々丸や田中を解析させろとうるさいんだ・・・」

「私を? 何故でしょうか?」

「何か知らんが、魔力が枯渇しても動く魔導機関を作りたいんだそうだ」

 

 

セリオナさんは、エヴァさんの所に配属した学者さんですね。

魔力無しで動く機関が開発できれば、あるいは・・・とでも考えたのでしょうか。

旧世界で言う、石油代替エネルギーのような物でしょうか?

そうだとしても・・・。

 

 

ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

 

 

その時、寝室の通信装置から呼び出し音が響きました。

短い音が3回、その意味は、「緊急」。

 

 

『お寛ぎの所申し訳ありません、アリア様』

「申し訳ないなら連絡などよこすな」

 

 

エヴァさんの言葉に苦笑したい気持ちを覚えつつも、私は画面の中のクルトおじ様に視線を向けます。

 

 

「何か?」

『ウェスペルタティア西部で、変事が起こります』

「変事?」

 

 

私が聞き返すと、クルトおじ様は頷きました。

それに、私は目を細めます。

どうやら、また面倒事が舞い込んできたようです。

 

 

 

 

いい加減にして欲しい物ですね。

シンシア姉様―――――――。

 

 

 

 

 

Side ジョニー

 

俺がエイ型飛行魚トラック「フライマンタジョニー」を操縦してると、操縦席の扉が開いた。

振り向くと、燃えるような赤い髪の坊やがそこにいた。

 

 

「おう、連れの嬢ちゃんの具合はどうだい?」

「ああ、トラゴローのおっさんがくれた薬のおかげで、大分熱も引いた」

「そりゃあ、良かった」

 

 

この坊やはロバートって名前で、テンペから新オスティアに物資を送り届ける途中で拾ったのさ。

元々、難民への人道支援物資を運ぶのが仕事だったんだが、燃料補給で立ち寄ったメガロメセンブリアで偶然会った連合の偉い人の秘書官から頼まれてよ。

空港で困ってたこいつらを、新オスティアまで運んで欲しいってさ。

 

 

突然の話だし、正直胡散臭かったが、書類も身分証明も正式な物だった。

それに坊やと、もう一人のシオンとか言う嬢ちゃんも、悪人には見えなかったしな。

 

 

「それにしても、坊やも彼女の面倒はちゃんと見てやんなきゃな。病み上がりで長距離飛行しようなんて、自殺行為だぜ?」

「あー・・・俺もそう言ったんだけど」

「お、なんだ坊や。その年でもう女の尻に敷かれてるのかい?」

「違ぇよ! てか、その坊やってのやめてくんねぇ?」

「15歳以下は、全部坊やだよ!」

 

 

俺がそう言うと、坊やは面白くなさそうな顔をした。

俺も、昔は親父相手に同じようなことを言った覚えがあるぜ。

 

 

「いや、しかしロバート君達は運が良い。何しろジョニー殿は名パイロットだから」

「ね、猫の人形が喋った!?」

「フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵! アリアドネーで助教授などをしている」

「アリアドネー・・・?」

「お、何だ知らないのか坊や、アリアドネーってのは、魔法世界有数の学術都市なんだぜ?」

「バカにしてんのか!?」

 

 

副操縦士席に座ってる30センチくらいの猫の妖精(ケット・シー)は、アリアドネーで助教授をやってるバロン先生だ。

この人もメガロメセンブリアで拾った。

結構昔からの知り合いで、良く遺跡調査とかで足になってやってる。

 

 

金払いも良いし、何よりバロン先生の淹れてくれる紅茶は絶品なんだぜ?

まぁ、今回の場合は、恋人に会いに来たとか何とか聞いてるが・・・。

 

 

「確か、アリアドネーに誰か知り合いがいたような・・・?」

「何だ、坊やのガールフレンドかい? 意外と色男だねぇ」

「俺のガールフレンドはこの世でただ一人だよジョニーさん。そうじゃなくて・・・」

「まぁ、アリアドネーは巨大だから。知り合いがいても不思議では無いさ」

「ん~・・・シオンなら一発でわかるはずなんだけど・・・」

 

 

ははは、おじさんちょっと坊やの将来が心配になってきちゃったぜ。

その時、俺達の船の横の雲海が、ボフンッと急に爆発するのが見えた。

な、何だぁ!?

 

 

「む・・・ジョニー殿、もっと距離を取りたまえ!」

「言われなくとも! 坊や、しっかり捕まってろよ!」

「お・・・おぉう!?」

 

 

取り舵ぃっ!

グンッ、と船体を傾けて一気に距離を取る。

次の瞬間、雲海の下から、俺の船の3倍はでかい船が出てきやがった!

紫に近い黒に塗装されたその船の船体には、メガロメセンブリアの紋章が入っていた。

 

 

・・・軍艦か!?

だが、その軍艦は船体が所々ボロくて、どうも正規軍とは思えねぇ。

とすると、脱走艦か何かか?

軍に通報しようかどうしようか、考えていると・・・。

 

 

『おいっ、そこの船!』

 

 

通信機から声が響く。

あの軍艦からか?

 

 

『俺達はグラニクスの拳闘士団「グラニキス・フォルテース」! 怪しいもんじゃねぇ!』

「ああ!?」

『だから軍には通報しないでくれ! ・・・人の命がかかってんだよ!』

 

 

人の命だぁ?

穏やかじゃねぇ話に、俺はバロン先生と目を合わせた。

 

 

『あいつら・・・とんでもねぇコトを始めやがった!』

「あいつら?」

『公国とか言うのを作った奴らだよ! あいつら・・・』

 

 

怒りに震える男の声が、通信機から迸った。

 

 

『公国の奴ら、街道の邪魔な難民を押し潰しながら、進軍を始めやがった!!』

 




シオン:
シオン・フォルリです。どうぞよろしく。
気のせいで無ければ、作者は私に病弱設定を付けようとしている気がするわ。
出番が増えるのは歓迎すべき事態なのかもしれないけれど・・・。
さて、今、魔法世界は非常に微妙な情勢よ。
ミス・スプリングフィールドとミスター・スプリングフィールドが起こした波紋が、世界を揺るがしているの。
メルディアナでもここでも、秩序を乱すことにかけては天才的ね。
どちらにも自覚は無いでしょうけど。
あと、最後の取り舵で私はベッドから転がり落ちたわ。


今回、初登場の投稿キャラはこちらの方々よ。
秋代様より、レメイルさん。
水竜様より、リゥカさん。
ATSW様より、フーガ・ニッタンさん。
なお、イギリカ侯爵領と言う地名は絡操人形様からよ。
ありがとう、お礼を言わせてもらうわ。


シオン:
次回は、ウェスペルタティアに新たな事件がおこるわ。
ミスター・スプリングフィールドに味方しなかった唯一の貴族、アラゴカストロ侯爵の名をとって、後世で「アラゴカストロ事変」と呼ばれることになる事件。
いよいよ、戦争へのカウントダウンが始まりそうね。


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第12話「国家には往々にして良くあること」

Side アリア

 

朝6時と言うその時間は、人によって起きているか寝ているか、微妙な時間です。

2回目の御前会議が開かれたのは、そのような時間帯でした。

 

 

「皆様、おはようございます」

 

 

朝の挨拶を済ませた後、宰相代理であるクルトおじ様が状況の説明を始めます。

曰く、大公国・・・叛乱軍が進撃を始めたと言うのです。

しかも、途中の街道上の民衆を踏みつぶしながらの進軍とか。

はて、ネギにしてはらしくない行動ですが・・・。

 

 

「それはつまり、連合がオスティアに向けて進軍を始めたと言うことか」

「いいえ、そうではありません」

 

 

会議の場で上がった当然の意見を、しかしクルトおじ様は否定しました。

私はすでに報告を受けているので知っていますが、参加者は意外そうな顔をしています。

中には、驚きよりも納得の色が濃い方もいるようですが。

 

 

「西方諸侯の内、反乱に加担せず事態を静観していたアラゴカストロ侯爵領に、公国軍は攻撃を加えたのです。どうやら話し合いでは無く、武力による統合を決断したようですね」

「何と・・・!」

 

 

ウェスペルタティア西方の16家の貴族の内、15家はネギに味方しています。

しかし唯一、アラゴカストロ家だけが旗色を表明しておりませんでした。

王国西方のほぼ中央部に位置するアラゴカストロ領が味方で無いと言うのは、ネギ側からすれば鬱陶しいことこの上ないでしょう。

 

 

特にここ数日は、我が王国と反乱勢力との境界を越えてくる難民や民衆が多くなっていました。

ただ距離的に王国支配地域に来れない人々は、アラゴカストロ領に流れ込んでいたのです。

そうした人々が、同領内への侵攻を企図する公国軍にとっては邪魔だったと言うこと。

 

 

「ただ、叛乱軍の脱走者や国境で事の次第を知らせてきた民間人によると、どうも敵首脳部や連合の意思ではなく、現地司令官による独断であるとの報告が上がってきております」

「問題は相手の意図では無い。無辜の民衆が犠牲になっていると言うのであれば、総力を挙げてこれを救援すべきだろう」

 

 

そう語気を強めたのは、銀目碧髪で眼鏡をかけた財務官僚、ニッタン助教授。

ニッタン助教授は、教育者らしく人道主義的な意見を述べました。

つまりは、こうです。

民衆を救え、そのためにこそ我らは起ったのではないか・・・と。

 

 

「そんなことは不可能だ。我らにはそれだけの力は、無い」

「軍の編成も補給の準備もまだ途上で、とても敵の勢力範囲内に長駆して数万の民衆を救出する余裕は無い。気持ちとしては同意するが、部下に無駄死にを命じることはできない」

 

 

一方で、グリアソン、リュケスティス両中将が反対しました。

確かにここで数万の難民を見捨てるのは心苦しい、だがここで動けば国防体制そのものが瓦解する。

そうなれば、王国数千万の民全てを守ることができなくなる。

それでは本末転倒ではないか・・・と言うのが彼らの意見。

 

 

どちらの意見にも、一理あります。

そして現実的に見れば、どちらの意見を取るべきなのかは自明です。

ただ・・・。

 

 

「では、彼らを見殺しにすると言うのか!」

「そうは言わん、だがどの道救援は不可能だ。ならばより多くの民を守る道を模索すべきだろう」

「貴様ら軍部はそう言って、18年前の処刑もただ見ていただけだったではないか」

「前回と今回とでは事情が異なる。いずれにせよ、安易な人道主義に陥って大局を見誤るべきでは無い」

「何を・・・!」

 

 

ヒートアップしていくニッタン助教授とリュケスティス中将の口論を聞きながら、私はゆっくりと目を閉じました。

そう、現実としてできることは決まっています。

 

 

ただ、感情が邪魔をする。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「バカ者がっ!!」

 

 

その報告が午前の執務時間にもたらされた際、私はそう叫んだ。

と言うより、それ以外に言いようが無かった。

 

 

「そのような重要な報告を、何故今頃持ってきたのか!?」

「は・・・その、まだお休みのご様子でしたので・・・」

「起こしてでも、伝えんか!!」

「も、申し訳ありません!」

 

 

公国軍(西方貴族連合軍)が小癪なアラゴカストロ侯爵の領内に侵攻したと言う報告自体は、別に気にすることは無い。

むしろ、それを利用して勢力を拡大する策もあった。

だが、進軍の際に難民を虐殺しながら進むとは・・・何たることか!?

 

 

これでは、公国を支持する連合の立場が無いではないか。

いや、私の立場が無い。

 

 

「公王はそれに許可を与えたのか!?」

「は・・・それがその・・・」

「何だ!?」

「・・・公王陛下は魔法球にお籠りになられ、修業中とのことで・・・」

 

 

公王・・・つまりはネギ君の許可が無ければ、原則として公国軍は動けないことになっている。

だが、何らかの事情で公王の指示を仰げなければ、現地司令官の判断で動いていいことになっている。

緊急の事態には、そうでなければ対応できないからだ。

別に王としての器量を求めたつもりは無いが、丸投げとはな。

 

 

つまり公国軍の現地司令官は、公王からの指示が無いので、現地の判断で動いたと言うことになる。

現地司令官・・・つまりは西方貴族連合の盟主、プロスタテンプステトメア侯爵。

・・・元より、西方における自らの覇権確立を目指してのことであろうが。

 

 

「・・・本来なら、司令官を処断して場を収めるのだが・・・」

 

 

それをした場合、私は西方での基盤を失うことになる。

武力と権力を持つ貴族連合と、何の力も無い民衆。

権力とは、集中すればするほど、小さな部分を押さえることで全体を支配できる。

歴史上、民衆によって倒された権力者は多く存在する。

そしてそれ以上に、権力者によって弾圧された民衆の例は多い。

 

 

今回の件は、その一例にすべきか・・・?

仕方無い、処理を始めよう。

 

 

「・・・それはそれとして、帝国の件はどうなっている?」

「は、ご命令通り遂行しております」

「うむ・・・」

 

 

あの策が功を奏すれば、帝国は動けなくなるだろう。

まぁ、永遠に動けなくなる必要は無い。

ほんの1カ月で良いのだ、それだけあればウェスペルタティアを手中にできる・・・。

だが、そのためには内部を固めなければな。

 

 

「・・・宰相はどうしている?」

「は、執務をしておられますが・・・」

「・・・」

 

 

この地・・・公国と連合の国境に近い「グレート=ブリッジ」に居を定めてからの新たな補佐官に、私は不満を隠そうともしなかった。

宰相が執務をしているのは、わかっている。

私が求めているのは、そのような答えでは無い。

 

 

メガロメセンブリアに残してきたグレーティアであれば、このような答え方はしなかっただろう。

アレの反抗的な献身は、私にとって心地良い物だった。

過去形で語らねばならないのは、残念だがな。

 

 

・・・新しい秘書官を探さねばならんな。

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

「こ、困ります。誰も通すなとの命令で・・・」

 

 

そう言う兵士の人の制止の声を振り切って、私はネギの執務室の扉を開けた。

執務室・・・ってことになってるけど、誰もいないし、書類の一枚も無い。

麻帆良の寮の部屋よりもずっと広いその部屋には、人間は一人しかいなかった。

そしてそれは、私が会いたかった人間でもなかった。

 

 

「・・・誰も通すなと命じておいたはずですが」

「も、申し訳ありません! その、しかし・・・」

「下がりなさい」

「は・・・ははっ」

 

 

兵士の人を下がらせたのは、ネギの執務用の机の上に座る黒髪赤目の女の子。

再会した時からネギの傍にいる、変な女の子。

エルザとか言う、全身に刺青のある女の子。

 

 

「気を付けてください。貴女はお父様が大事にしている人なのですから、銃殺刑にできないのです」

「そう、つまり何をしても貴女は私に何もできないってわけよね?」

 

 

虚勢だとわかっていたけど、私はそう言った。

ネギに会って、やめさせなくちゃいけないから。

たくさんの人が、ネギのせいで迷惑してる。

ネギにその気が無くても、そうなってる。

ネギが全部悪いわけじゃ、無いのかもしれないけど。

 

 

そう思って、私はここへ来た。

エルザさんは面白くもなさそうな顔で私を見て、言った。

 

 

「貴女のせいで、さっきの兵士はここに入りました」

「・・・だから何よ」

「今頃、憲兵に捕まって銃殺刑です」

「なっ!?」

 

 

タァンッ・・・と言う音が、扉の向こうから聞こえた。

え・・・今の、銃声? 嘘・・・。

 

 

「な・・・何をしてんのよ、あんたは!?」

「ネギが修業を終えるのを待っているのですが?」

「そう言うことじゃ、なくて!」

 

 

エルザさんが座っている横には、エヴァちゃんの家で見たボトルシップみたいな瓶があった。

丸いガラス瓶の中には、小さな砂浜みたいなのがある。

そこに、ネギがいるのね?

 

 

「さっきの兵士の人・・・何も悪くないじゃない!」

「関係ありません。だってお父様が守れと言ったネギの命令を聞かなかったのですから」

「な、な・・・?」

「兵士など、適当に徴兵すればいくらでもできます。でもお父様が守れと言ったネギは一人です。どちらを優先するかなど、考えるまでもありません」

「・・・人の命を、何だと!」

「お父様の所有物」

 

 

目の前のガラス玉を指で弾きながら、エルザさんは言った。

その目は、何も映していなかった。私も、そしてたぶんネギも。

本屋ちゃんは、この子が怖いと言った。

私は、怖くない。ただ・・・。

 

 

「・・・ネギに、会わせて」

「いけません」

「会わせなさいよ・・・!」

「ネギが世界を救う準備をするまで、ダメです」

 

 

何を・・・意味のわからないことを!

私は右手に『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』を出現させると、一足飛びに斬りかかった。

その球ごと、無効化する!

 

 

「銃殺刑にできないと――――――」

 

 

瞬間、右手首を掴まれた。

視線を動かすと、右手で私の手首を掴んで、左手で私の右の脇腹に触れるエルザさんがいた。

・・・いつのまに!?

 

 

「―――――言っていますのに」

「かっ!?」

 

 

ぐりんっ、と身体が回転して、気が付いた時には仰向けになってた。

背中と後頭部がズキズキと痛む。

床に叩きつけられたんだとわかった時には、身体の上にエルザさんが乗っていた。

 

 

ピッ・・・と、右手の人差し指を私の額に突き付けて、止まる。

瞳に、感情は無い。でも、口元が笑ってた。

 

 

「・・・魔法も『リライト』も効かないお姫様は、面倒ですね」

「は・・・?」

 

 

魔法、はともかく。『リライト』って何よ・・・?

私がそう考えた時、私の額のあたりに、変な紋様みたいな物がいくつも浮かび上がった。

な、何コレ!?

 

 

「ネギの護衛騎士気取りらしいですが、さて・・・」

「やめ・・・」

「生きてさえいれば、精神はいりませんから」

 

 

ガチリ。

私の頭の中で、何かが嵌る音がした。

違う。

嵌められていた物が、外れる音がした。

 

 

「あ・・・ああ、あああっ・・・!」

「さようなら、カグラザカアスナ。ネギのことは任せておいてください。この私が・・・」

「ああああああああああああああああああ―――――――――――」

 

 

最後に視界に映ったのは。

黒髪赤目の女の子の空虚な笑みと、静かに輝く魔法球。

 

 

「このエルザ・アーウェルンクスが、お父様のために守ってあげますから」

 

 

それを最後に、私は私で無くなった。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

不意に、胸の内が寒くなった。

救助作業を途中で止めて、僕は東の空を見上げる。

ネギ君がいると言う、大公国の首都の方角を見つめる。

 

 

「高畑さん、どうかしましたか?」

「え? ・・・ああ、いえ」

「・・・? 急いで難民を街道から遠ざけないと、犠牲者が増えます。急ぎましょう」

「ええ・・・」

 

 

今、僕はアラゴカストロ侯爵領に通じる街道の一つにいる。

そこで、「悠久の風」としての活動しているんだ。

麻帆良祭の後、学園長と共に魔法世界に来てから、僕はそれ以外の活動を許されていない。

学園長は、メガロメセンブリアに行き、僕は辺境を転々としていた。

 

 

今回、アリア君の建てた「ウェスペルタティア王国」との戦争になりそうだと言うので、ここに呼ばれた。

正直、戦う気は無かった。

むしろ、ネギ君を説得したいとさえ思った。

事情はどうあれ、ナギの子供が殺し合うのを、見たくなんて無い。

 

 

「大丈夫ですか?」

「畜生、連合め・・・」

 

 

背中に背負った老人の声には、怨嗟が込められていた。

「悠久の風」の仲間たちが背負ったり、肩を貸したりしている人達も、悲しみや恨みの声を紡いでいる。

20年前、まだ子供だった頃、僕はこう言う声を良く聞いていた。

戦争が終わってからも、紛争地帯を周る度に聞いていた。

 

 

そして今回、この声を響かせているのは、ネギ君の建てた「ウェスペルタティア大公国」だと言う。

ネギ君がこんなことをするとは、思えない。

だけど、彼の下の人達は平然とこう言うことができる。

 

 

「・・・」

 

 

大公国の首都へ向かう途中で、たまたま僕は公国軍が民衆を虐殺しながら進むのを見た。

愕然とした。難民達の一部を街道から離し、軍から遠ざけるので精一杯だった。

どうも街道にいる民衆だけを対象にしているらしく、街道から離れれば、追撃してくる様子は無い。

無いけれど・・・。

 

 

振り向いた視界には、街道の横に積まれた民衆の死体の山が見える。

片付けるでもなく、ただ邪魔だからどけた。

まさに、そんな感じだった。

助かった人でも、腕や足を無くしたり、家族を失ったりした人がたくさんいる。

 

 

このあたりの地域は、難民への差別意識が強い。

生産力も持たず、ただ他人からの援助で生きる彼らによって生活が破壊された村や町もある。

彼らを支えるために、重税を課された地域もある。

彼らを支えるための税を払わされて、自分の家族が飢えさせられた人々もいる。

 

 

だから、難民の排除に嫌悪感を抱く人間も少ない。

個々人としてはともかく、全体としてそう言う風潮がある。

 

 

「・・・だけど、ここまでとは・・・」

 

 

誰かが煽ったにせよ、ここまでとは思わなかった。

いつか、師匠が言っていた。

 

 

『戦うだけじゃ、壊すだけじゃ結局、誰も助けられない』

『だから、紅き翼の連中には俺みたいなのが必要なのさ』

 

 

そう言っていた師匠も、明日菜君や僕を守って、死んだ。

今はもう、いない。

いつか、クルトが言っていた。

 

 

『紅き翼のやり方では、誰も救えない』

『だから私は、必要な力を手に入れる』

 

 

そう言ったクルトは、いつしか執政官にまでなり、新オスティア総督として赴任した。

メガロメセンブリアの資金力を用いて難民への食糧援助や受け入れ地への財政支援などを行うことで、わずかずつ難民を自立させていった。

それは、とても遅い歩みだったけれど・・・今、クルトは王国を復興させ、より実質的な政策を行い始めている。

 

 

その一方で、僕は何も成し遂げられてはいなかった。

ナギの残した物を、何一つ受け取ることもできずに。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「映像班の映像と、密告者の情報。さらに加えて公国軍の高速艇を奪ってこちらの陣営に駆け込んだ民間人の証言。以上のことから、叛乱勢力の非道を全世界に喧伝する準備は整ってございます」

 

 

早朝から続く御前会議を一時休憩とした後、私は宰相府の執務室でアリア様に意見を述べておりました。

御前会議の場では、私は喋りすぎないよう心がけておりますので。

椅子に座るアリア様は、前髪を指先で弄びながら、私の話に耳を傾けておいででした。

 

 

「純軍事的に考えて、我々の戦力ではアラゴカストロ侯爵領まで到達することはできません。むしろ領内の住民を避難させ、防衛戦に専念すべきです。しかる後に逆襲し、西方の民衆にアリア様の治世の果実をお与えになるのが唯一の策かと」

 

 

それにその方が、西方の民にもわかりやすく示すことになるでしょう。

ネギ君とアリア様、どちらが自分たちの王に相応しいのかが。

 

 

冷酷なことを言えば、今回の件は渡りに船だったのです。

公国と称する叛乱勢力は、自ら自分たちの統治能力の無さを証明したのです。

戦争が長引けば、今回犠牲になった以上の人数の人間が命を失うことになります。

なればこそ、今回の事件を最大限に利用し、戦争の早期終結に役立てるべきです。

 

 

「アラゴカストロ侯爵は、すでに王国への恭順の意思を示しております。当然でしょう。とはいえまだ救援軍を出せる状況ではありませんので、市民と共に旧王国軍の要塞内部に籠り、時が来るまで凌ぐように指示致しました。幸い、アラゴカストロ領には難攻不落のエクサゴニィ要塞がございます」

「・・・それでも、それほどの時間は無理でしょう」

「無論です。食料、燃料・・・その他諸々もって2週間と言う所でしょう」

 

 

私は、王国領内の疎開計画・軍事的補給計画に関しては自信を持っています。

何しろこの20年間、地道に水・食料・武器弾薬・生活必需品などを各疎開先・避難所などに備蓄していたのですから。

いやぁ・・・元老院に「MM市民がウェスペルタティアで災害にあった時用ですよ、HAHAHA」と言った時は、快感でしたね。

 

 

ですが、その他のことに関しては自信が持てません。

無い物は出せません。

できないことは、できないのですから。

 

 

「仮に、西方の民衆を救う手段があったとしてです」

 

 

そこで初めて、アリア様は私を見ました。

宝石のような瞳が、紅い輝きをたたえて私を見つめています。

 

 

「しかし、救った後どうなさいますか? 我らの領内に保護できたとして、彼らの住まいも食料も、我々は提供できません。よしんばできたとしても、それに忙殺されて国防体制を整えることができません。新たな難民を再生産するだけでなく、他の市民を危険に晒すことになります。アリア様にいかような手段があったとしても、数万の人間を抱え込む具体策がおありでしょうか?」

 

 

ニッタン助教授の言うように、人道主義もなるほど、必要な時もあります。

しかし時として、現実は理想を蚕食し、施政者に決断を迫るのです。

多くの人間は、王が一声かければ数万の人間が明日にも移動できると考えているのかもしれませんが、実際にはそんなことはありません。

そのようなこと、不可能です。

 

 

私の言葉を聞いたアリア様は、目を伏せ、私の言葉を頭の中で反芻しているようでした。

カチ・・・と、左腕のブレスレットに触れ、しばらくの沈黙。

 

 

「・・・他に方法は無いのですね?」

「あるのかもしれませんが、私の知恵では見つけることができません」

 

 

アリア様は頷くと、席を立ち、私の横を通り過ぎて行きました。

私は厳かに頭を下げ、それを見送りました・・・。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「んどぅらぁっ!!」

「ふんぬっ!!」

「しゃぁらくせぇっ!!」

 

 

カゲタロウとか言うおっさんの影の盾ごと、狗神を纏った右拳でぶち抜く!

ガラスが砕けるみたいな音が響いて、俺の拳が届く・・・。

 

 

「ぬん!」

 

 

そう思った瞬間、下から影の槍が3本!

右に身体を傾けて2本をかわし、左腕に狗神を作って1本を壊す。

そうやって、体勢を整えて反撃しようとすると。

 

 

「『百の(ケントゥム・)影槍(ランケアエ・ウンブラエ)』」

「マジか!?」

 

 

このおっさん、マジで強ぇ!

さっきから、接近戦に持ち込めんのやけど!

流石に一人で決勝戦まで来たおっさんや、マジでヤベぇっ!

 

 

「『疾空黒狼牙』ッ!」

 

 

足元の影から狗神を作って、頭の上に集めて盾にする。

でもそれも、紙みたいに突き破られて、俺の足もとに次から次へと影の槍が刺さる!

へっ・・・当たるかよ!

 

 

俺は、実戦でやった方が上達が早いんや。

昨日やったらかわせへんもんでも、今日の、この瞬間の俺やったらかわせる。

実際、100本の影の槍を俺はかわした。

さぁ、ここからが俺の反撃――――。

 

 

「では、1000本で」

「・・・マジか?」

「1000の影精で編まれた1000の槍だ。かわせるかな・・・?」

「・・・へっ」

 

 

ちらっ、と、観客席の方を見る。

獣人の俺は、常人に比べて目がええんや。だから見える。

声は聞こえんけど、応援してくれとるのは見える。

 

 

視線を戻せば、俺に向けて殺到する1000本の槍。

だが逃げる理由は、何も無い。

 

 

「一瞬千激―――――」

 

 

その時俺の目の前に、フワリ、と見慣れた長い髪が舞った。

 

 

「―――――弐刀五月雨斬り」

 

 

ガガッ、ガガガガガキキキィィ・・・ンッ!

甲高い金属音が響いて、1000本の影槍全てを弾いて、斬り裂きおった。

とんっ、と俺の前に舞い降りたんは、月詠のねーちゃんやった。

いや、他に誰もおらんのやけど。

 

 

「月詠のねーちゃん!」

「一人でやろうったって、そうはいきませんよ~」

 

 

眼鏡の奥の月詠のねーちゃんの目が、楽しそうに細くなった。

それから、少し離れた位置で新しい影を作っとるカゲタロウのおっさんを見つめる。

 

 

「斬り応えがありそうやわ~、うふふふ・・・」

「久々やな、それも・・・」

 

 

苦笑いしながら、俺は立ち上がった。

まぁ、女と一緒になって2対1っちゅーのも、何や情けないような気もするけど。

 

 

「・・・『狗族獣化』」

「わーお?」

 

 

ビキビキビキィ・・・っと音を立てながら、俺は獣化した。

女に任せっきりってーのは、もっと情けないやろ!

 

 

「モッサモサですやん~♪」

「もっと他に言うこと無いんか・・・?」

 

 

久々の獣化に、首のあたりをゴキン、と鳴らす。

さぁて・・・。

 

 

「行くでぇっ!!」

「あいさー」

「よかろう・・・来たまえ!」

 

 

優勝は、俺らのもんや!

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

おーおー、ありゃあ、カゲちゃんマジでやってんな。

せっかくだから、新オスティアまで来てみたんだが・・・こりゃあ、俺も出ときゃ良かったかな?

まぁ、俺が出たらたぶん5秒で決勝終わるけどな。

 

 

「これはこれは・・・拳闘大会の陰の出資者が珍しい・・・」

「あん? ・・・おおっ、じゃじゃ馬姫じゃねぇか、久しぶりだな!」

「なっ・・・貴様!」「姫様に無礼な・・・!」

「良いのです、下がりなさい・・・命令です」

 

 

そこにいたのは、じゃじゃ馬姫・・・もとい、テオの奴だった。

部下の前だからか知らんが、やけにお淑やかだなオイ。

だが部下が出て行った途端、ニカッ、と笑ったテオは、俺の肩に飛び乗って来やがった!

いや、三十路の女が男の肩に乗るなよ。

 

 

「ヘラス族は長命じゃから、人間喚算でまだ10代じゃ!」

「いや、10代の女でも肩車は無いわー、帝国は大丈夫かよ?」

「だから、普段は皇女を演じておるわ! お前こそ、何で連絡の一つもよこさん!?」

「い、いや、あー・・・連合の英雄が帝国の皇女と頻繁に連絡取るわけにはいかんだろ?」

 

 

適当に言ったんだが、テオの奴は急にしおらしくなりやがった。

肩からも降りて、どこか申し訳なさそうな顔になる・・・おろ?

 

 

「その、お前の都合を考えんで、すまん・・・」

「ど、どうしたんだよ、お前らしくもねぇ。前だったら今のでキツいのを一発くれてるだろ?」

「いや、その・・・な」

「あ~・・・」

 

 

俺はガシガシと頭をかくと、手元に置いてあった酒の入った杯を手に取った。

ぐいっ・・・と一口飲む。間がもたねぇ。

 

 

「・・・ネギ坊主のことか?」

「まぁ、それだけでは無いがの・・・」

 

 

はぁ、と溜息を吐いて、テオは拳闘大会の試合を見る。

本当なら、拳闘好きの血が騒いでも良いはずなんだが、どうも調子が狂うぜ・・・。

 

 

「まぁ、あの坊主もなぁ・・・どうすっかな」

「・・・わからん。だが帝国は王国を支持することを決めた。国境の守りが薄くなれば、軍が連合領になだれ込むじゃろう」

「・・・戦争か」

「・・・うむ・・・」

 

 

それを連合の英雄の俺に言って良いのか、とは言わねぇ。

元々、元老院やら何やらとはお近付きになりたくねぇしな。

さぁて、だがナギのガキのことはどうすっかね。

見捨てるのも後味が悪ぃし、と言って味方してやる気もねぇ。

 

 

まぁ結局、俺は俺のやりたいようにやるだけだがな。

その時、隣のテオが俺の腕に手を置いてきた。

何か、目も潤んで・・・やべぇな、そろそろ誤魔化さねぇと。

 

 

「ラ・・・」

「姫様!!」

 

 

その時、勢い良く扉が開いて、さっき下がったテオの部下が入ってきた。

テオが慌てて俺から離れて、皇女の態度に戻る。

それでもどこか不機嫌そうな雰囲気で、部下を見る。

・・・俺からすれば、助かったわけだが。

 

 

「・・・何事です。入るなと・・・」

「も、申し訳ありません。しかし本国より急報が・・・」

「・・・構いません。言いなさい」

 

 

テオの部下は俺を気にしたみてぇだが、テオはそう言った。

テオの部下は、俺を気にしつつも、言った。

 

 

『け、決着―――――――――――――ッッ!!』

 

 

決勝戦が終わる声。歓声と怒号。

しかしそれでも、防音魔法のかかったこの部屋で、聞き間違えることは無かった。

テオの震える声を、俺は久しぶりに聞いた。

 

 

「・・・クーデターじゃと・・・!」

 

 

 

 

 

Side リィ・ニェ(ヘラス帝国女性将校)

 

私の父は、20年前の連合との戦いで死んだ。

国のために、国益のために、国民を守るために戦って死んだ。

だから、それは良い。

敵である連合を憎む気持ちはあるが、それ以上に父を誇りに思う。

 

 

だから、父を侮辱する者は許さない。

父を侮辱した奴は、一人の例外も無く生かしておかない。

 

 

「これは、祖国に正義を取り戻すためには、避けては通れない道である!」

 

 

私は、眼下に居並ぶ部下にそう言った。

私は今日、国境へ赴き、隙あれば連合領を侵せと命令を受けた。

与えられたのは、私の部下に加えて、かつての父の部下達。

私は、父の遺志を継ぐ。

 

 

「理想を失い、腐敗と惰性に流れる愚劣な政治を、我々の手で浄化しなければならない! そう、我々は20年前に失われた英霊の魂に報いるべく、行動しなければならない!」

 

 

父は、オスティア奪還作戦で倒れた。

オスティアを取り戻すことは、我が祖国・民族の悲願だ。

それを外交交渉などで良しとする現在の政権の政策は、20年前に戦い死んでいった同胞への裏切りでしかない。

しかも、占拠している者達を助けるために、連合と戦えだと!?

 

 

それは、父を侮辱する行為だ。

父を侮辱する者を、私は決して許さない。

 

 

「これは聖戦である! 皇帝を廃し、祖国を救い、もって聖地を不当に占拠する者共に懲罰を加えるのだ!!」

 

 

私が拳を振り上げると、眼下の数百の兵士たちが鬨の声を上げた。

彼らは、私と同じように連合やその狗である「紅き翼」によって肉親や戦友を殺された者達だ。

戦意と情熱に溢れた彼らは、私の同志だ。

私の号令に従い、帝都の要所を押さえるべく行動を始める。

 

 

「・・・いよいよですな」

「これは始まりに過ぎん。ここから全てが始まるのだ」

 

 

帝都制圧計画を立案した参謀に、私はそう答えた。

この男は連合との戦いの際捕虜になり、近年の恩赦で釈放され、祖国に戻った男だ。

父の部下だった男で、頭も切れる。

祖国のために戦い、捕虜になった者を助けるために努力するのも、政府の役目のはずだ。

だと言うのにこの男は、十数年間虜囚として過ごさなければならなかった・・・。

 

 

私は彼らのような者達のためにも、現在の政治を正さねばならない。

同志達と共に、私は戦う!

 

 

 

 

 

Side メルディアナ校長

 

大公国宰相とは名ばかりで、全ての権限は公王にある。

とは言っても、あらゆる情報が私の元には入ってくる。

 

 

例えば、公国内での街道での虐殺。

例えば、連合内部での不平分子の活動状況。

例えば、帝国内でのクーデター。

例えば、王国内部での軍・民の移動状況。

 

 

「・・・まぁ、せいぜいお飾りの宰相だと思っておくが良い」

 

 

誰も来ない執務室で、私は一人呟いた。

盗聴されているだろうが、別に構わない。

私が心から公国や連合に服従することは無いなどと言うことは、相手にもわかっているだろう。

今さら、隠すようなことでも無い。

 

 

そうは言っても、何もしないわけにはいかない。

何とかして、この状況から脱さなければ・・・。

 

 

「俺、参上!」

 

 

その時、静寂そのものだった空間に異を唱えるかのように、一人の青年が現れた。

肩まである手入れの荒い金の髪に、余裕たっぷりな笑みを浮かべたその青年は、エディ君。

アリエフ議員から補佐にと付けられたんだが、思うに扱い切れなかったのだと思う。

私は、嫌いではないが・・・。

 

 

「おお、エディ君。今日も元気だね」

「当然・・・正義の勇者は元気が命ですから!」

「そ、そうかね」

 

 

年齢は20歳だと言うが、それよりも若く見えるのは言動のせいだろうか。

まぁ、彼くらいしかここに来ないので・・・。

 

 

「これが今回の手紙です!」

「・・・思うに、文通とは直接手渡す物じゃないのではないかね?」

「細かいことを気にすんな!」

「・・・そ、そうかね。そう言う物かね・・・」

 

 

エディ君から手紙を受け取る。

文通・・・まぁ、文通には違いあるまい。

中身が石化した村人達の行方に関する内容だったとしても、文通と言い張れば文通なのだから。

 

 

「・・・それにしても、なぜエディ君は私にきょ・・・文通してくれるのかね?」

「うん? そんなの、決まってるだろ?」

 

 

エディ君は、健康な白い歯をキラッ、と輝かせ、ウインクをしつつ片手の親指を立てて見せた。

そして、力強く、言い切る。

 

 

「勇者(ヒーロー)だからさ!!」

 

 

彼の全身から、光が発されたような錯覚を覚える。

なるほど、アリエフ議員が持て余すわけだ。

 

 

彼はどこで聞きつけたのか知らないが、「石にされて監禁されている村人」の存在を知り、私がそれを密かに探そうとしていることまでも調べて私の所に来たのだ。

こう言うと失礼だとはわかっているが、見た目よりもずっと有能なのである。

何よりも普段の言動のせいか、ここの門番の衛兵でさえも彼を注意しようとはしない。

ある意味、才能だと思う。

 

 

「任せてくれ校長・・・正義のため、悲しむ奴を一人でも少なくしたいんだ!」

「・・・すまない、感謝する」

「イエス、ジャスティス!」

 

 

若者との交流は、難しいな。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

エルザさんの貸してくれたダイオラマ魔法球は、1日を10日間にしてくれるアイテムです。

大公国が成立してからの4日間。

僕はこの中で、ずっと修業していました。

 

 

いた、と言う風に過去形になってるのは今日出る約束だったから。

今日、アリアさんの国に軍隊を進めることになっているんです。

けど・・・。

 

 

「だから無理だと言ったろう、お前には『闇の魔法(マギア・エレベア)』の完全な会得は不可能だと」

 

 

出口のポイントがある砂浜で、巻物の人造エヴァンジェリンさんは僕にそう言った。

この4日・・・つまり40日間、僕は『闇の魔法(マギア・エレベア)』の修業をしました。

右腕を見れば、『闇の魔法(マギア・エレベア)』の紋様は腕全体を覆って、僕の胸を過ぎて、顔の半分を覆っている。

 

 

「・・・そこまでして、力が欲しいのか?」

「はい、欲しいです。皆を守れる力が欲しい。世界を守れる力が欲しいんです」

 

 

もう、誰も守れないのは嫌だ。

僕も、父さんのように、誰かを守れる人間でありたいんです。

そのための力が、欲しいんです。

 

 

「確かに『闇の魔法(マギア・エレベア)』は会得できませんでしたが、『リライト』の理論は理解できました。収穫が無かったわけじゃないです」

「無い方が良い収穫だと思うがな。まぁ、私には関係の無い話だ・・・巻物に戻らせてもらおう」

「あ・・・」

 

 

僕が何かを言う前に、人造エヴァンジェリンさんは巻物の中に戻って行きました。

僕はそれに手を伸ばした体勢のまま・・・。

 

 

「・・・『リライト』・・・」

 

 

世界の始まりの魔法。

魔法世界を救うために必要な力。

アリエフさんが僕に伝えて、エルザさんが教えてくれた魔法。

でも、理論を理解しているだけじゃダメなんだ。

 

 

アリアさんが支配している、新オスティアの下。

旧王都の最深部、「墓守り人の宮殿」。

そこにある「鍵」を手にしなければ、世界は救えない。

 

 

造物主の(コード・オブ・ザ・)(ライフメイカー)

<始まりの魔法使い>

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)

 

 

「世界の、秘密・・・!」

 

 

父さんが求めた物。

それを、僕が完成させて見せる。

 

 

「ネギ・・・」

「・・・ネカネお姉ちゃん」

 

 

荷物をまとめていたネカネお姉ちゃんが、砂浜にやってきた。

ネカネお姉ちゃんは、怪我した僕を直してくれたり、僕が修業しやすいように色々してくれたんだ。

そう言えばこんなに長くお姉ちゃんと過ごしたのも、初めてかもしれない。

ネカネお姉ちゃんの首には、もう奴隷の証は無い。

 

 

良く分からないけど、100万ドラクマくらい王様なら簡単に手に入るんだって。

お給料だって。良く知らないけど。

 

 

「あの・・・ね、ネギ。その、お話が・・・」

「大丈夫だよ、ネカネお姉ちゃん」

「え・・・?」

 

 

僕が笑うと、ネカネお姉ちゃんは戸惑ったような表情を浮かべた。

 

 

「僕が、守るから」

「え・・・」

「じゃあ、行こう!」

「ちょ、ネギ待っ・・・」

 

 

ポイントに乗ると、後は外に出るだけ。

そして外に出ると、広い執務室に出て・・・。

 

 

「お待ちしておりました、公王陛下」

 

 

白い軍服みたいな服を着たエルザさんが、そこにいた。

床に跪いて僕のローブの裾にキスをしてから、顔を上げる。

血の色の瞳が、僕を見る。

 

 

「軍の準備は、全て整っております。皆、公王陛下が来るのを待っております」

「そ、そうなんだ・・・」

「可愛いお方、緊張なさることはありません。さぁ・・・このような汚いローブは脱ぎ捨てて、正装にお着替えくださいな」

「え・・・でもこのローブは・・・」

「肩に穴が開いたままでは、笑われます」

「う・・・」

 

 

そこは確かに、その通りかもしれないけど。

僕はエルザさんに手を引かれるままに、着替えの部屋に引き摺られていく・・・。

 

 

「あ・・・そうだ、エルザさん。僕がいない間に誰か来た?」

 

 

明日菜さんとか、のどかさんとか・・・魔法球の中に通すように言っておいたんだけど。

エルザさんは僕の方を見ると、妖しげに笑った。

 

 

「いいえ、誰も来ておりません。ネギ、貴方の邪魔をする者は誰も・・・誰も、ね」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

失望だと、僕はアリアに言った。

だけど、そもそも僕は何を期待していたのだろう?

主より莫大な魔力と戦闘力を与えられ、世界の守護者として活動すべき僕が、ただの異能持ちの人間の小娘に、何を期待していると言うのだろう。

 

 

左腕のブレスレットを見る。それがとても気に入らない。

「苛々」するよ。

 

 

「・・・何をショボくれておる」

「・・・貴女か」

 

 

そこへ、頭までローブをかぶった・・・「墓所の主」が姿を現した。

彼女は、窓際に座る僕に対して、どこか好奇の視線を向けてきていた。

 

 

「たかが女子(おなご)にフラれた程度で、そこまで落ち込むことも無いじゃろうに」

「・・・僕にそんな感情は無い」

「フラれたことは否定せんわけじゃな」

 

 

その言葉は、何故か気に障った。

視線を主に固定すると、彼女は両手でローブを掴み、ぱさ・・・と、顔を露にした。

思えば、主の素顔は初めて見るかもしれないね。

まぁ、あまり興味も無いけれど・・・。

 

 

「・・・!」

「・・・何じゃ、女子の顔をそんなに見るものではないぞ」

 

 

コツ・・・と、主は僕に一歩ずつ近付いてくる。

だけど僕は、その顔から目が離せない。

そこにあった顔は、僕の脳裏に刻まれて離れない顔に、よく似ている。

 

 

「というより、向こうがこちらに似ていると言うべきじゃな」

「貴女は・・・」

「何じゃ、金髪が好みか? それとも白い方が良いのか? 髪は長い方が好みじゃろ?」

「僕に好みなど無い。心が無いのだから・・・」

「なら、そんなにムキにならんでも良いじゃろ」

 

 

心持ち笑みを浮かべながら、主は言った。

僕は、その顔から視線を外せない。

 

 

自然と僕の右手が、自分の胸を押さえた。

何だ・・・?

胸が、ザワつく。いや違う、これは。

僕の「核」が、わなないている・・・?

 

 

「ふん、まぁ、自我の芽生えた幼子を愛でる慈母の如き心地と言うのは、こんな物かの」

「・・・?」

「お前は、1番目(プリムゥム)2番目(セクンドゥム)とはどこか違うの。まぁ、核と魂の半分はシアのじゃしの・・・悪い部分が出たのかの・・・?」

 

 

・・・何の話だ?

気が付くと、主の右手が僕の目の前にあった。

それを、まるで鍵でも回すような仕草で、ぐるり、と回した。

 

 

ガチリ。

何かが嵌るような、それでいて逆に外されるような音が、頭の中に響いた。

 

 

「お前はクビじゃ、3番目(テルティウム)

「は・・・?」

「一度ならず二度までも我が末裔の――――姫御子の方じゃぞ――――招待に失敗し、かつ二度目は女子にフラれたショックで存在すら失念。加えて言えば、用も無いのに幾度も旧世界へ行き、あまつさえ祭りを楽しむ始末。そんなアーウェルンクスはいらん」

 

 

返す言葉が無かった。

ただ・・・。

 

 

「それは貴女が決めるべきことでは無いはずだ、主よ」

「お前は自由じゃ、フェイトよ」

 

 

僕の話は一切聞かず、彼女は言い切った。

僕に背を向けて、コツコツと足音を立てながら去っていく。

 

 

「お前にもはや枷は無い。せいぜい、女子に溺れて身を滅ぼすが良い」

「・・・」

「ああ、それとな、もし気が向けばあの我が末裔――――姫御子で無い方じゃぞ――――に、会いに来るよう伝えるが良い。思い出話の一つもしてやる、とな」

 

 

そう言い残して、墓所の主は去っていた。

どう言うわけか・・・僕はそれを、追えなかった。

・・・本当に、クビなのだろうか。

 

 

頭に手を触れて内部に意識を集中してみると、確かに枷は無かった。

極端な話、人を殺しても制限はかからない。

今の僕は組織の構成員でも無く、ましてや世界の守護者ですら無い。

ただの、フェイトだ。

もはやアーウェルンクスですら、無い。

 

 

「・・・」

 

 

・・・まぁ、ここでこのままじっとしていても仕方が無いね。

そう思って、窓際から立ち上がった時。

 

 

「「「「「フェイト様!」」」」」

 

 

5人の少女の声が、耳に届いた。

暦君、環君、焔君、栞君、調君。

彼女達は僕の前に並ぶと、びしっと敬礼のような仕草をして。

 

 

「私達は、フェイト様にどこまでもついて行きますっ!」

「フェイト様に救われたこの命!」

「最後までフェイト様のために使う覚悟ですわ」

「デス!」

「来るなと言われても、ついていきます!」

 

 

そう言う彼女達の顔を、僕は順番に見ていく。

彼女達には、彼女達なりに世界を救う理由があったはずだけど。

・・・結局の所、人は主義や理想のために戦うわけでは無い、ということなのかな。

 

 

まぁ、良いかな。

彼女達の好きにすれば良い。

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

だけど口をついて出たのは、そんな言葉で。

僕は顔を真っ赤にして口をパクパクさせる5人を見ながら、首を傾げた。

 

 

そんなに変なことを言ったかな、僕は。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主

 

「・・・良いのかポヨ?」

「うん?」

 

 

魔界で魔法世界の行く末について研究していた友が、心底不思議そうに聞いてきた。

元々、「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の計画を補助するために呼んだのじゃが。

 

 

「あのアーウェルンクスを外に出せば、貴重な情報や場所が全て筒抜けになるポヨ」

「何、アレも口は固い方じゃ・・・いや案外、色仕掛けで口を割るかもしれんがの」

 

 

冗談交じりにそう答えると、魔界の友は目を細めた。

うむ、怒っておるようじゃの・・・当然か。

こやつは・・・無論、私もじゃが、この世界を愛しておるからの。

 

 

「何・・・まぁ、どうにか4番目(クゥァルトゥム)を起こせんか、デュナミスと話し合ってみよう。とは言え「鍵」が封印されている今、難しいじゃろうがの」

「なんなら、私が出ても良いポヨ」

「お前が出れば大事になるじゃろ・・・」

 

 

まぁ、今でも十分大事じゃがの。

さて、救えるのかの、世界。

救えるのならば、救ってやりたいが。

もし無理だと言うのであれば・・・せいぜい、華麗に滅びれば良いのじゃ。

 

 

ただ、その前に・・・。

 

 

「興味のある命題じゃとは思わんか?」

「・・・何がポヨか?」

「あの人形・・・フェイト。さて、あの転生者の・・・シアの後継者と上手くいくのかの?」

「・・・ふざけているポヨか?」

「いいや、大真面目じゃ」

 

 

何しろ、2000年前には答えが出なかった命題なのじゃから。

人形と、転生者。

この世ならざる者同士、はたして幸福になれるのか?

老婆心ながら、アレコレ気を回してやりたくもなると言う物じゃよ。

 

 

第一、アレはシアの後継者を見つけるために作られたようなモノじゃしの。

役割の一つとして、それも組み込まれている。

 

 

「それに、あちらの・・・兄の方にも会ってみたいしの」

「兄・・・ネギ先生の方ポヨか?」

「良く知っておるの」

「妹が麻帆良にいるポヨ」

「ああ・・・確か、ザジ・・・ザジ・・・」

「ザジ・レイニーデイポヨ」

 

 

そう、そのような名前じゃったな。

そう言えば、「妹はとても優秀なのポヨ」と食事時に良く言っておったの。

 

 

さて・・・兄と妹。

我が末裔の内、先にここに来るのはどちらかの?

 

 

 

 

 

Side ムミウス(MM・ウェスペルタティア侵攻軍総司令官)

 

私の麾下には、グレート=ブリッジ要塞の駐屯兵3個軍団と、ウェスペルタティア駐留軍1個軍団がある。合計すると2万以上、細かく言えば2万3815名の兵力だ。

内訳は歩兵・軽装騎兵・重武装歩兵・魔導兵・砲兵・竜騎兵などの戦闘兵力2万125名。

そして工兵・補給・通信・情報・医療などの非戦闘分野の兵站支援(ロジスティクス・サポート)のための支援兵力3690名。

 

 

さらに計画によれば、シルチス方面から陽動軍が出ているらしい。

となれば、我が軍と対する反乱軍(王国軍のことだ)は、全戦力を正面に展開することはできまい。

情報部によれば、反乱軍の陸上兵力はおよそ7000。

艦隊戦力が互角以下であるなら、陸上兵力で敵の3倍以上の我らは圧倒的に優位に立っている。

 

 

敵より数を揃えよ。

これが、戦略の常道であることは間違いない。

 

 

「司令官、赤毛の公王殿がお目覚めらしいですぞ」

 

 

副司令官のホルデオニウス・フラックスだ。

50歳代後半の男性で、スキンヘッドの筋骨隆々とした男。

白兵戦のエキスパートで、過去何十人もの帝国の将軍の首を刎ねてきた。

赤毛の公王・・・ネギとか言う、あのサウザンドマスターの息子か。

ホルデオニウスの口調にも、どこか嫌悪の色が見える。

 

 

あまり知られてはいないことだが、軍上層部でサウザンドマスターに好意を抱いている者は少ない。

紅き翼が現れるまで、我が軍が帝国軍に押されていたのは事実だ。

だが、紅き翼が戦況をひっくり返した。

おかげで、軍上層部は無能者・給料泥棒呼ばわりだ。

 

 

私達とて、市民を守るために前線で必死に戦っていたと言うのに。

少数で大軍を倒す英雄だけが、賞賛され市民に尊敬される。

では、我々は何だ?

英雄の引き立て役か? それも純粋なMM市民ですら無い男達の。

 

 

「ハンニバル艦隊司令から入電、第12・第13任務艦隊、出撃準備完了」

「了解した。こちらも出撃すると伝えろ」

「はっ」

 

 

報告に来た通信兵が、完璧な敬礼を見せ、走り去っていく。

その目には、私に対する信頼の念が見て取れた。

それを、私は好ましく思う。

 

 

部下は上官を敬愛し、上官は部下を慈しむ。

上官は部下のために最善の指揮をとり、部下は上官を信じて作戦を実行する。

それが、理想の軍と言うものだ。

私は、右腕を振り、全軍に号令を発した。

 

 

「全軍、進めぇ!!」

 

 

軍太鼓が打ち鳴らされ、どよめきが生じる。

そしてそれは、いつしか狂的な歓声へと変わる。

目指すは、新オスティア。

前衛が街道に乗り入れ、東へと進み始める。

 

 

上空直掩に当たる竜騎兵隊が、空へと飛び立ち始める。

まさに我が軍が、進軍を始めたのだ。

とは言え、万単位の行軍には時間がかかる。

今前衛が出撃したと言っても、街道の幅によっては時間がかかるし、数時間たっても最後尾が動いていない場合もあるのだ。

順調に言って、10月の8日の午後か、9日の午前にオスティアに到達するだろう。

 

 

「さて、ホルデオニウス」

「は?」

「赤毛の公王殿の出陣式とやらに、行くとしようか?」

 

 

さて、今まで政務もせずに雲隠れしていた公王陛下、我らの同盟国の元首とやらが、どんな人間か。

願わくば、父親のような人間であってほしく無いものだ。

 

 

 

 

 

Side アーシェ

 

私は、宰相府情報管理局広報部王室専門室の副室長。

最近では、「茶々丸室長の映像班のブラボー4」と言った方が通じると言う不思議。

・・・まぁ、それはともかく。

 

 

「はぁい! フィルヒナー西3丁目の皆さん、点呼取りますよー!」

「南ニコルソン通りの市民の方は、私に続いてくださーい!」

「迷子にならないよう、お子様の手は離さないように―――!」

 

 

今、私は公国を僭称する叛徒の支配地域とオスティアの間にあるクレーニダイと言う都市にいる。

そこで何をしているかと言うと、映像を取っているわけ。

何の映像かと言うと、疎開の映像。

ここは、叛乱軍の侵攻がある可能性が高いから。

 

 

兵士の人達が、市民の人達の間を駆け回りながら、山岳部や森林部への避難作業を進めてる。

艦隊の一部も割いて、少ない兵力を割いて・・・できたことは疎開。

情けなくもあるけど、王国の統治能力を示す意味も兼ねて、これが妥協点だったみたい。

ここだけでなく、叛乱軍との境界線から王国側の都市の人達は、全員避難対象だ。

 

 

「撮りたくない映像って言うのも、あるものだよ」

 

 

そう呟きながらも、私は撮影をやめない。

疲れ切った亜人の老人や、恐怖にヒステリーを起こす女性、親とはぐれて泣いている子供、毅然とした表情で赤ん坊を抱いているお母さん、自分から手伝いを申し出る男の人・・・。

 

 

私は、人でも風景でも、映像を撮るのが好きだ。

秘境の映像を撮るためだけに、転移魔法だけは誰にも負けないくらいに練習した。

基本的には、気の赴くままに撮る。

好きだと感じた物を、好きなように撮る。

 

 

「女王陛下は何を考えているんだ。こんなことになるなんて・・・」

「まさか、首都だけ守って他は見捨てるつもりなんじゃないのか」

 

 

中には、そんな不満もある。もちろん、今はまだ少数派だけど・・・。

でもここにいれば、連合の侵略に合うのはわかりきってる。

だから皆、誘導に従って避難する。

魔導士の人達が、小さな市民のグループを次々と転移させていく。

 

 

「・・・本当、撮りたくない物もあるもんだよ」

 

 

でも、私は撮り続ける。

目の前の出来事を、出来る限り多くの人に伝えるために。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「皆様、お疲れ様です」

 

 

その夜、私は茶々丸さんと田中さん(+晴明さん)、そしてシャオリーさんが率いる近衛騎士団の方々に囲まれながら、新オスティア郊外に築かれつつある野戦陣地を表敬訪問しました。

 

 

柵や堀、塹壕などは当然のことですが、至る所に魔法罠(マジックトラップ)や魔法障壁を張る装置が配置されています。

・・・魔法罠(マジックトラップ)などについては、私が提案してみたのですが、最低限は生産が間に合ったようですね。

魔法具系の武器や兵器を使えば、自前の魔力で戦うよりも長時間動けますから。

元々、魔法具とはそのためにあるのですからね。あまり使われませんけど。

 

 

「我らが女王陛下にぃ、 敬礼!」

 

 

現場の指揮官さんが声を張り上げると、作業中の兵士の方々が作業を止めて、私に向けて敬礼します。

私は、それに軽く答礼して・・・。

 

 

「お邪魔しております。そのまま続けてください」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

方々から声が響き、兵士の皆さんが仕事に戻ります。

私は、踵をきっちり合わせ、緊張に身体を強張らせている現場の指揮官さんに微笑みかけます。

 

 

「それでは、お願い致します」

「はっ、現場説明と視察で40分の予定であります! 女王陛下にはご不便かと思われますが、ご容赦の程を!」

 

 

そこから、30分弱、司令官さんの説明を受けつつ、陣地内を歩きました。

そうは言っても陣地で塹壕ですから、快適とは言えませんが。

それにしても女王が来たと言う噂を聞きつけたのか、次から次へと兵士の人が顔を出して私の姿を目にしようとします。これが結構、恥ずかしいです。

でも、これも仕事の内でしょう。手を振ったりします。

 

 

兵士の方々が私を見る目は、敬愛が60%、好奇が20%、不安が10%に憐憫が5%といった所でしょうか。

残りの5%は、何だか違う気がします。

 

 

「それでは、お世話になりました」

 

 

視察の予定自体は少し遅れましたが、1時間ほどで終わりました。

兵士の人達に別れとお礼と少しばかりの激励の言葉を告げて、新オスティアに戻ります。

 

 

「陛下、何故クルト宰相代理がこの時期に表敬訪問を進言したか、おわかりでしょうか」

 

 

私が『ブリュンヒルデ』に乗り、私室についた時、シャオリーさんが跪いたまま、そう言いました。

私が行っても作業の邪魔になるだけで、何も行く必要はありません。

ですが、行く必要がありました。

 

 

「・・・」

「・・・でしたら、良いのです。我々は陛下がそのお気持ちを忘れないでいてくださる限り、陛下をお守りするために身体と命を差し出すことができます」

 

 

私は答えませんでしたが、そう言ってシャオリーさん達は退室しました。

後には、私と茶々丸さん達が残されます。

 

 

・・・何故、あの場所を表敬訪問したのか。

簡単です、数日後にはあそこにいる人達は皆、死んでいるからです。

会えなくなる前に会っておかないと、意味が無いでしょう?

国のために死んでくれてありがとう、民のために死んでくれてありがとう、私のために死んでくれてありがとう・・・。

死ぬまで戦い続けてもらうために、私が彼らを特別に想っているのだと錯覚させるために。

 

 

彼らが死ぬまで戦い続けてくれなければ、この国が滅びるから。

彼らが死んでくれないと、皆が困るから。

酷い話ですよね、本当。

 

 

「加えて、虐殺される民衆は放置して、支配地域の民衆の疎開だけしてるわけで・・・」

 

 

聞く所によれば、そちらは最大で2万人、亡くなられる可能性があるそうです。

はは、2万ですって、桁が違いますよね。

それが何と、私の責任で死ぬんですって。

さらに、私のために戦う兵士は1万弱。

一人一殺で相討ったとして、敵も1万人が亡くなります。

 

 

全部含めて、4万人。艦隊戦も想定すると、5万人に達します。

ネズミ算式に数が増えていきますね。

あはは・・・笑っちゃいますよね、私のために5万人が死ぬ。

 

 

・・・軽くは、無いですね。

でもその代わり、他の数千万の人を救えるんです。

 

 

「お母様が逃げ出した理由も、わかる気がします・・・」

 

 

常に誰を犠牲にするかを考え続けなければならない仕事。

可能な限り効率的に、小を切り捨てて行く仕事。

私がいくら仕事好きでも、やりたくない仕事はあります。

 

 

その時、そっと茶々丸さんが私の頭を自分のお腹に押し付けました。

後頭部に、茶々丸さんの手の感触があります。

 

 

「えっと・・・茶々丸さん、どうかしましたか?」

「・・・」

 

 

茶々丸さんは、何も言いませんでした。

ただ、そこにいて・・・ただ、私を抱き締めてくれています。

ただ、甘えさせてくれるのです、この人は。

 

 

それは、毒に似ています。

甘い、毒。

それが無ければ、立っていられないと言う意味で。

 

 

『おやおやおやおやぁ~・・・?』

「・・・?」

『これはこれは、おかーさんも随分丸くなりましたねぇ~?』

「だ、誰・・・って、この声は?」

 

 

その時、聞き覚えのある声が私の左の耳元に響きました。

驚いて茶々丸さんから離れると、ブゥンッ、と音を立てて、見覚えのある立体映像が浮かびあがりました。

私の支援魔導機械(デバイス)を媒体にして現れたそれは、10センチくらいの身長の、緑の髪のツインテールの女の子。片手には葱を持っています。

 

 

彼女はきゃるんっ、と一回転すると、葱を私に突き付けてパチッ、とウインク。

彼女の名は、「ミク」。

 

 

『人造電子精霊衆「チーム・ぼかろ」、ただいま推参!』

 

 

 

 

・・・カオスです、でも慣れてきました。

シンシア姉様―――――。

 




クルト:
やぁ、どうも、クルト・ゲーデルです。
まぁ、これがファンタジー小説や伝記小説であるのなら、全員救ってハッピーエンドなヒロイックファンタジーなのでしょうが、これは現実です。
なので、助けられない者は助けられません。
救助活動中に殺されるのは御免ですから。
より多くの民を救い、より少ない民を切り捨てる。
アリア様には、それが自然とできるようになってもらわねばなりません。
それまでは、私が全ての責を担いましょう。


クルト:
さて、連合の進軍が始まりました。
アラゴカストロ領に公国軍が展開している分、私の想定よりも敵戦力は少ない。
それでも、我が軍よりも多数。
・・・これは、非常に不味いですねっ!


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作中登場オリジナルキャラクター一覧

過去に登場したオリジナルキャラクターのまとめです。
必要ないという方々は、このまま読み飛ばして頂いて大丈夫です。
なお、記載情報は基本的に本編中の描写に依拠します。
では、どうぞ。


<ウェスペルタティア王国>サイド

 

・アーシェ・フォーメリア

ウェスペルタティア王国映像班の一人。通称ブラボー4。

復興したオスティアを映像に収めるのが夢。

 

 

・安倍晴明

歴史上の偉人。千年を生きる大陰陽師。

木乃香や千草に対し、陰陽術を教えたりしている。

だがその実、自分が魔法やエヴァンジェリンの<人形遣い>をマスターしたりしている。

勝手に技術を融合させるのが特技。

本人曰く、「陰陽術などそんな物じゃ」。

見た目は銀髪黒翼のビスクドール『水銀燈』、本体は晴明神社に祀られている。

魔法世界では一日2時間しか行動できないので、基本的に田中さんが持ち運んでいる。

囲碁が上手い。

 

 

・アレテ・キュレネ

政治理論の権威。現在はオストラ伯領の代理領主。

かつて女王アリカと学友だったと言う過去を持つ。

 

 

・ヴァン・オーギス

ウェスペルタティアの騎士団の一つを率いる宝石魔術の使い手。

ただし、武名以上に愛妻家・娘ラブであることの方が有名。

 

 

・ウィル

オストラ伯領で骸の母を守る少年。

現在は城でお茶汲み係をしている。

 

 

・オストラ伯クリストフ

ウェスペルタティア東部一帯に影響力を持つ大貴族、ただし故人。

自分の領地の民を守るために、ジョリィに依頼してアリアをアリアドネーから拉致した。

アリアが女王への階梯を上がるスピードを早めた人物。

なお、後継者のいないオストラ伯爵家は断絶されることになっている。

 

 

・ガルゴ・ラム

オスティア難民の一人。オスティア崩落の際に家族と生き別れた。

そのためか、アリカやその娘であるアリアに対して、良い感情を持てないでいる。

 

 

・シサイ・ウォリバー

オスティア難民の女性とオストラ伯爵領地の男性との間に生まれた子供。両親は野菜を売る食料品店を経営し、難民キャンプにもいくらか食料を卸している。幼い頃から店を手伝い、難民への貴重な食料供給源となっている。

 

 

・シャオリー

ウェスペルタティアの近衛騎士団を率いる騎士の一人。

真面目な性格で、王室に対し純朴な忠誠心を捧げている。

クルト・ゲーデルの信頼も厚く、アリアを護衛する騎士の中では筆頭格。

 

 

・ジョリィ

ウェスペルタティアの近衛騎士団を率いる騎士の一人。

忠誠心厚い騎士ではあるが、先走ってしまうことも。

現在、パルティアの援軍を得るために特使として不毛の地を踏破中。

 

 

・セリオナ・シュテット

ウェスペルタティア王国で魔法世界救済策を模索する学者の一人。

魔法理論と魔導技術の権威。

 

 

・セルフィ・クローリー

オストラ伯領の警備をする傭兵の一人。

言葉の端々から怖がりな印象が透けて見る。

 

 

・セレーナ・ブレシリア

オストラ伯領で難民を相手に病院を経営している医者。

両親も医者であり、医者の本分を心得ている。

 

 

・ティマイオス・ロクリス

現在、ウェスペルタティアに所属している自然学者。

エヴァンジェリンと協力し、魔法世界救済の方法を模索中。

 

 

・ドミニコ・アンバーサ

盲目の司祭。オストラ伯領の難民の心の支えの一人。

 

 

・フーガ・ニッタン

アリアドネーの助教授の地位を持つ王国官僚。

教育者としての性格が強く、人道主義的な意見を主張することが多い。

 

 

・ベンジャミン・グリアソン

ウェスペルタティア王国陸軍中将。20年間、連合の使い走りとして国境紛争や賊討伐に明け暮れていた。

現在はMM侵攻軍迎撃の実戦指揮官の一人として働いている。

リュケスティス中将とは士官学校時代からの友人。

 

 

・ユフィーリア・ポールハイト

オストラ伯領を警備する傭兵の一人。

言葉の端々から可愛い物好きな性格が透けて見える。

 

 

・ライラ・ルナ・アーウェン

オストラ伯爵で警備の仕事をしている傭兵。

興奮すると「~なの!」と言う癖がある。

 

 

・リゥカ

オストラ伯領で暮らす難民の一人。

ただ、他の難民とはどこか違う雰囲気を持っている。

 

 

・リョウメンスクナノカミ

原作キャラだが、ほぼオリジナルの存在。

外見年齢10歳。おかっぱ黒髪に黒の瞳の美少年。でも実年齢は1600歳以上。

物事を深くは考えない性格で、前作で相坂さよを嫁に貰う許可を得ている。

最近、神様扱いされなくなった。

くわしくは「とある妹」の「スクナ設定」の項目を参照。

 

 

・レイヴン・ブラック

ウェスペルタティア人の青年。

現在は、オストラ伯領で薬剤師として働いている。

 

 

・レオナントス・リュケスティス

ウェスペルタティア王国陸軍中将。MM侵攻軍迎撃指揮官の一人。

アリカ女王への評価は辛辣で、新女王アリアに対しても挑発的な態度を取る。

20年間、連合のために帝国との国境紛争に駆り出されていた。

 

 

・レメイル

シルチス亜大陸のパルティア出身の少年。

火の精霊に縁の深い部族。ジョリィと共にパルティア人との同盟のために働く。

 

 

・ユリア

水の精霊と人間のハーフ。アリア女王付きの侍女。

直接の上司は茶々丸。

 

 

・ヨハン・シュヴェリン・フォン・クロージク

伯爵の地位を持つ貴族。優秀な財務官僚。

地方官として各地を周り、財政問題を解決させてきた実績を持つ。

 

 

<ウェスペルタティア大公国>サイド

 

・エルザ・アーウェルンクス

外見年齢10歳、黒髪赤目の少女。全身に刺青のような物を刻まれている。

元老院議員アリエフを「お父様」と呼び、盲信している。

魔法世界で常にネギの傍におり、他の人間を排斥する傾向がある。

神楽坂明日菜の記憶解除法や『リライト』についての知識をも有している。

 

 

・エディ・スプレンディッド

公国宰相の数少ない味方。と言うか弱い者全ての味方。と言うか「勇者」。

 

 

・ラスト・トランザ

公国陣営に属する傭兵の一人。

アリエフに弱みを握られているらしい。

 

 

<ヘラス帝国>サイド

 

・コルネリア・スキピオニス

帝国の法務官僚。ただし口も出るが手も出る。

そのためテオドラ皇女は有能さを認めつつも、彼女を煙たがっている。

 

 

・リィ・ニェ

ヘラス帝国の女性将校。軍人家系の出身。

父親が大分烈戦争の際に戦死。連合や紅き翼に対して好印象は持っていない。

現在、帝国でクーデターを実行。

 

 

<メセンブリーナ連合>サイド

 

・アリエフ

元老院議員にして執政官。

メガロメセンブリアだけでなく、連合全体の政治・社会・経済・軍事に対し強い影響力を持つ。

ネギ・スプリングフィールドを使い、オスティアを手中にしようとしている。

自分の政治権力をこよなく愛している。

 

 

・グレーティア

アリエフ元老院議員の筆頭秘書官。30代の金髪美人。

有能な女性だが、ミッチェルを鞭打つなどサディスティックな一面も。

どうやら、アリエフに対し叛意を抱いているようである。

 

 

・ムミウス・ルペルクス

MMのウェスペルタティア派遣軍総司令官。

厳格な軍人で、部下とMMの市民権を持つ民衆を慈しんでいる。

紅き翼に対しては、あまり好意的では無い。

副官は白兵戦のエキスパートであるホルデオニウス・フラックスと、艦隊司令のハンニバル将軍。

 

 

<アリアドネー>サイド

 

・フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵(元ネタ:耳をすませば、猫の恩返し)

通称バロン先生。金に銀を一滴たらしたような色合いの毛並みを持つ猫の妖精。

紅茶を淹れるのが上手な紳士。

女生徒から人気。でも恋人がいるとか・・・。

 

 

<メルディアナ>サイド

 

・シオン・フォルリ

メルディアナ時代のアリアの学友の一人。元プリフェクト(委員長のような物)。

まじめな性格で、修行先は魔法世界側のゲートポート。

ボーイフレンドのロバートを寮の自室に泊めている。

ロバートの影響下、彼の妹ヘレンを溺愛している。

 

 

・ドロシー・ボロダフキン

メルディアナ魔法学校でのアリアの後輩。

ある事情から、アリアのことを「お姉さま」と呼び慕うように。

背中には必ずと言って良い程子竜の「ルーブル」がくっついている。

 

 

・ヘレン・キルマノック

メルディアナ魔法学校のアリアの後輩。

大人しい性格で、一言で言うと「皆の妹」的な存在だった。

彼女を実兄の魔手から守るためのアリア達の物語が、メルディアナ魔法学校で多く誕生した。

 

 

・ミッチェル・アルトゥーナ

メルディアナ時代のアリアの学友の一人。

がっちりとした身体つきの少年だが、極度の人見知り。

今は連合のアリエフ議員の下で修行中。

実はアリアのことが・・・?

 

 

・ロバート・キルマノック

アリアのメルディアナ時代の学友の一人、現在はメルディアナ職員として修行中。

自他共に認めるシスコンであり、妹が命よりも大事。

最近、妹に彼氏ができたと聞いてテンションが低下している。

ゲート事故で旧世界に帰れなくなってからは、ガールフレンドのシオンの部屋に厄介になっている。

 

 

 

<おまけ:地名など>

 

・アラゴカストロ侯爵領

ウェスペルタティア西方の貴族領の一つ。

大公国には不参加。域内の旧王国軍の残したエクサゴニィ要塞がある。

 

・イギリカ侯爵領

ウェスペルタティア王国東端の貴族領。

 

・オストラ伯爵領

ウェスペルタティア王国東部にある貴族領の一つ。

中心都市はオスフェリア

 

・クレーニダイ

ウェスペルタティア西部の都市。

王国と大公国の間に存在する。

 

・プロスタテンプステトメア侯爵領

ウェスペルタティア大公国を構成する貴族領の一つ。

プロスタテンプステトメア家は域内の覇権確立に貪欲とか。

 




アリア:
アリアです。
今回はオリジナルキャラクターの一覧を作成、公開させていただきました。
本来、二次創作は原作キャラクターのみで構成するのが好ましいのでしょうが・・・。
話の展開上、どうしても原作キャラクターで代替できない部分が出てきておりますので。
そのため、これ程の方々の助力を得ることになりました。
心より感謝致しております。

これからも私共を助けて頂けると、嬉しく思います。
では、またお会いしましょう。


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第13話:「機動防御戦」

Side アリア

 

『・・・と、まぁ、こんな感じの戦術予測が可能ですねー』

 

 

『ブリュンヒルデ』の執務室に、ミクの声が響きます。

厳密には横にはカムイさんが寝ていますし、その背中の上で晴明さんが眠っていますが。

加えて執務室の扉の向こうには、ターミネ○ターよろしく田中さんが立っているでしょう。

ちなみに今、軍用のシミュレート機材で、ミクは私にいくつもの戦術予測を見せてくれているのです。

味方が勝つパターン、負けるパターン、そしてその原因。

 

 

『地球上で過去行われた戦争・紛争・内乱に事変は100万を超えます。ここ魔法世界でも、宰相府のデータバンクを覗いたら20万回以上の戦争行為の情報が保存されています』

「・・・結構な数ですね」

『パターンはそれ程無いです。人間の考えることは個体としてはともかく、種全体で見ると似たような物ですから。で、我々「ぼかろ」の情報処理能力をもってすれば、確率的に的中率の高い戦況予想・戦術予測が可能なわけです』

 

 

ミクが私に何を言っているかと言うと、要するに「人間が考えることなんて一緒、だから過去の事例と最新のシミュレート能力があれば、戦争なんて楽勝ですよ」・・・と言うことですね。

まぁ、一理あるようで全く無いような意見ですが。

 

 

「・・・ところでここは火星なわけですが、貴女はどうやってここに?」

『武力介入がしたくなりまして』

「・・・貴女の今のマスターの心労が思いやられます・・・」

『そんなことないですよぅ~♪』

 

 

と言うか、本当に誰がマスターになってるんでしょう?

そもそも、火星と地球間でのタイムラグをどうしているのでしょう?

というか、ここは一応「異世界」なのですが。

それ以前に、何をしにここに来たのでしょう・・・?

・・・ダメです、疑問しか出てきません・・・。

 

 

ちなみに、私は『ブリュンヒルデ』の中でシミュレーションをしています。

艦隊の集結が進んでいますので、最近は私も『ブリュンヒルデ』にいることが多いのです。

王宮が正式に完成するまでは、この船が私の玉座の置き所・・・なんて。

 

 

その時、コンコン、と扉がノックされました。

おっと、次の予定ですね。ミクも、立体映像を消します。

 

 

「失礼致します」

 

 

その時、シャオリーさんが執務室に入ってきました。

 

 

「例の・・・国境で保護した者達が、陛下への謁見を求めております」

「わかりました、隣の応接室に通してください」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

次の予定は、先日こちらに公国での虐殺の情報を伝えてくれた方々にお会いすることです。

名前などはすでに聞いていますし、連合のスパイと言う可能性もありません。

シャオリーさんは私の言葉に頷くと、退室しました。

私は5分程待って、隣の応接室に向かいました。

私がノックして、応接室に入ると・・・。

 

 

「おぉ~、マジで王様だったんだな。久しぶりだなアリがっ!?」

 

 

見覚えのある赤毛の少年と、眼鏡をかけた黒髪の少女がいました。

ただし、少女・・・シオンさんは、ロバートの襟首を掴んで思い切り引っ張っていました。

瞬間的に首を締められたロバートが、かなり苦しそうにしています・・・。

相変わらずの関係性に、私は苦笑してしまいます。

 

 

「・・・お久しぶりです、シオンさん、そしてロバート」

「お久しぶりでございます。この度は私如き一市民に女王陛下への拝謁の機会を賜り、誠に光栄にございます」

「・・・光栄です、はい。」

 

 

正装姿のシオンさんはその場に立ち上がると、礼儀正しく頭を下げ、形式に則った口上を述べました。

その横で首を押さえられたロバートが、たどたどしく頭を下げます。

・・・その姿に、少しだけ寂しい気持ちになったり。

 

 

2人の他にも、数名の男女がその場に立ち、私を見ていました。

黒髪に細目の男性に、スキンヘッドの男性。クマのような姿をした女性に、頭がピンピン跳ねた長身の男性。それに・・・。

 

 

「バロン先生?」

「麗しの女王陛下のご尊顔を拝し奉り、誠に光栄!」

 

 

ぴしっ、と姿勢良く立つ金色の毛並みを持つ猫の妖精(ケット・シー)の姿までありました。

・・・うん?

何か、ピンピンした髪の男性が、私のことを見ていました。

えーと、確かトサカさん。

 

 

何でしょう・・・とりあえず、にこっと微笑んでみます。

・・・何故か、目を逸らされました。

軽くショックです。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

いけねぇ、思わずガン見しちまったぜ。

その時、水色の髪のメイドが紅茶を持ってきた。

さっきの騎士も女だったし、まさか女しかいねぇわけじゃねぇよなこの艦。

と言うか、こんな立派な軍艦に乗ったのは初めてだぜ・・・。

 

 

「この度は、難民の・・・私達の同胞の窮状を知らせてくださり、ありがとうございます」

 

 

目の前の女・・・てか、女の子は紅茶を一口飲んだ後、そう言った。

同胞の窮状って言うと、西の方のアレだな。

 

 

俺らが軍艦ぶんどってから、また酷くなってるはずだ。

軍艦って言っても、十数人レベルで動かせる小さい奴だけどな。

巡航艦とか奪えるわけねぇだろ。

ちなみに、ママが大活躍だったぜ。

一撃で5人の兵士を薙ぎ倒した時は、むしろ相手に同情したけどな・・・。

 

 

「現在、アリアドネー経由で人道支援を準備しております。まぁ、その前に連合の侵略に対応しなければならないのですが・・・」

 

 

連合の侵略。

その言葉に、俺は拳を握り込んだ。

オスティア人で、その言葉に反応しない奴はいねぇだろ。

 

 

「女王陛下、実はその件につきまして、お渡ししたい物がございます」

「何でしょうか? ・・・それと、言葉を崩して頂いても結構ですよ」

「あ、マジで? だよな~がっ!?」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 

シオンとか言う黒髪のガキが、ロバートだったか? そのガキの背中を抓ってやがった。

ありゃあ、将来苦労すんな。

 

 

そのシオンが、何かのディスクを水色の髪のメイドに渡した。

それからメイドがそれを、アリア・・・様に渡す。

ワンクッション置くのは、しきたりか何かか・・・?

と言うか、何だあのディスク。

 

 

「それは、ミッチェル・アルトゥーナより送られて来た情報です」

「ミッチェルの・・・?」

 

 

アリア様は、少し驚いたみてぇだった。

それからディスクの裏表を見て、懐にしまった。

 

 

「・・・あの、トサカさん、でしたか?」

「へ、へいっ!」

 

 

い、いけねぇ、変な返事しちまった!?

だがアリア様はあまり気にした様子は無かったから、密かに俺は胸を撫で下ろした。

アリア様は小さく首を傾げて、言った。

 

 

「先程から、私を見ておられるようですが・・・」

「へ、い、いやそのっ・・・」

 

 

や、やべえぇぇ・・・!

どうやら無意識にガン見し続けていたらしい。

ど、どうするどうする!?

まさか、「アリカ様にそっくりだったもんで」なんて言えるかっ、情けねぇ!

 

 

窮屈なスーツの襟元に指を入れて、軽く開ける。

助けを求めて、隣に座るバルガスの兄貴に視線を送るが・・・。

 

 

「・・・(プルプル)」

 

 

・・・緊張のあまり、青い顔で震えてやがった。

兄貴だけが頼りだったのに・・・!

仕方ねぇ、ここはママに助けを・・・と思ってママを見ると、ママは力強く頷いて。

 

 

「あはは、すみませんねぇ~女王陛下。トサカは女王陛下があんまり可愛らしい方なものだから、見惚れてたんですよ!」

「え・・・あ、それは、そのぅ・・・そうですか」

 

 

おいいぃぃぃ――――っ!

ちょ、何を言ってんだママぁ!?

 

 

 

 

 

Side ムミウス

 

午後になり、同盟国であるウェスペルタティア大公国の支配地域から、ウェスペルタティア王国の領域に侵入してしばらく経った。

ただこれまで通過してきた都市や村にはすでに誰もおらず、しかもわずかな物資も残されていなかった。

特に食糧や燃料、魔法関連の品が徹底して持ち去られている。

ここ、クレーニダイと言う街もそのようだ。

 

 

いわゆる、焦土作戦と言う奴だな。

おそらくは、山岳部にでも避難したのだろうが・・・。

 

 

「どうしますか司令官、町に火をかけ、山岳部に逃げた住民を捕虜にしますか」

「いや、このまま直進する」

 

 

幕僚の一人の質問に、私はそう答えた。

正直な所、我が軍には余計なことをしている余裕は無い。

補給の心配もさることながら、敵に迎撃の準備のための時間を与えたくない。

第一、ここで民間人を相手に略奪をするわけにもいかない。

 

 

我が軍には、余裕は無いのだ。

なるべく、短期決戦で事を済ませたい。

私と共に進む数千の兵士達を見つめながら、そう思った。

 

 

「司令官!」

 

 

その時、私の横に駆けてくる者がいた。

副官のホルデオニウスだ。

 

 

「何だ、ホルデオニウス」

「斥候に出した部隊なのですが・・・」

「敵を発見したか?」

「いえ、戻らんのです」

「戻らない? 全てか?」

「全てです」

 

 

・・・少し、考え込む。

斥候に出した5個小隊が、全て戻らない。

こう言う場合、まず彼らの生還は絶望的なわけだが・・・。

 

 

「通信は?」

「それが・・・」

「司令官!」

 

 

さらに、もう一人の高級士官が報告に来た。

彼は、どこか緊張した表情で私を見た。

 

 

「後方の第57補給小隊が、休息中に急襲されました!」

「後方? 斥候を襲った敵とは別の部隊か・・・?」

「報告! 哨戒中の第7竜騎兵中隊の通信が途絶しました!」

「・・・今度は、哨戒部隊・・・」

 

 

次々ともたらされる報告に、私は呻くような声を上げた。

十中八九、敵の攻撃が始まったのだろう。

我が本隊に攻撃を仕掛けず、斥候や哨戒部隊、補給部隊を攻撃する・・・。

それも、本隊に救援を求める時間的猶予を与えずに。

 

 

・・・私は思案の末、告げた。

 

 

「この辺りの地図を見せろ。それと、各部隊の通信が途絶した時間と状況を教えてくれ」

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「中将、竜騎兵隊が戻ります!」

「よし、次の攻撃の準備だ。補給と竜の準備を急げ!」

「了解!」

 

 

連合の軍が進んでいる街道から数キロ程離れた平原で、俺は部下達にそう指示を出した。

ほどなくして、空から300の竜騎兵が次々と平原に降りてくる。

代わって、待機していた交代の竜騎兵250が空へと上がる。

俺の部下達がせわしなく動き、負傷者や怪我をした竜の後方へ送り、まだ動ける竜騎兵は次の出撃に備えて休息を始める。

 

 

そろそろ、ここの位置が敵に知られてもおかしくは無いな。

1時間程したら竜と人を移動させ、また別の出撃拠点を構築するとしようか。

 

 

「リュケスティス!」

「グリアソン! 首尾はどうだ?」

「上々だ、今の所はな」

 

 

自身は一度も休息せず、すでに8度目の出撃に入るグリアソンが言う。

一度出撃する度に、敵の本体から離れた小部隊を叩いては離れる。

要するに、群れからはぐれた獲物を狩る狩人、と言った所だろう。

 

 

「しかしなグリアソン。いい加減、副長に任せて休息したらどうだ。食事ぐらい摂れ」

「いや、まだやれるさ。だがそうだな、相棒は休ませてやってくれ」

 

 

グリアソンはそう言って、自分の愛騎『ベイオウルフ』の身体を叩いた。

グルル・・・と、グリアソンと長く戦場を駆けてきたワイバーンが唸る。

確かにこいつも、休息していないが・・・。

 

 

「だが、お前はどの竜で出るんだ?」

「何、一般兵の竜で出るさ・・・キミ! 悪いがその竜を貸してくれないか!」

「あ、おい・・・やれやれ」

 

 

嘆息して、俺がグリアソンの愛騎を見上げた。

ワイバーンにしては理性的な瞳が、俺を見下ろしてくる。

 

 

「お前のご主人は、休むと言うことを知らんな」

 

 

グル・・・と、そのワイバーンは鳴き、空へと駆けて行くグリアソンを見つめた。

気のせいで無ければ、どこか心配しているようにも見える。

・・・我ながら、妙な感想を抱く物だ。

 

 

「・・・さぁ、移動の準備を始める! 所定の規約に従って行動しろ!」

「「「了解!」」」

 

 

敵が新オスティアに到達するまでに、可能な限り時間を稼ぎ、敵戦力の漸減を試みる。

最低でも、1日か2日は稼ぎたい物だな。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

昨夜の内に、妾は新オスティアから離れた。

インペリアルシップに乗り込み、一路帝都を目指しておる。

急ぎ国に戻り、帝都とその他3つの地方都市で起こった反乱を鎮圧せねばならん。

まずは国境の将軍達に会い、討伐軍を組織するのじゃ・・・。

 

 

新オスティアには、法務官のコルネリアを大使として残してきた。

別に、厄介払いをしたわけでは無いぞ?

 

 

「しっかし、良いのかぁ? 帝国の皇女が俺なんか雇って」

「法的には問題ないとコルネリアも言っておった」

「まぁ、一介の傭兵剣士だしな、俺は」

 

 

道義的・政治的には大問題じゃがな。

しかし今は、少しでも戦力が欲しい。

何より連合を利するとしか思えんクーデターを鎮圧するに、連合の英雄の手を借りる、と言うのは宣伝にもなるのじゃ。

 

 

これを機に、国内の反連合・反人類思想勢力を一掃する。

そんなわけで、今この船にはジャックが乗っておる。

まぁ、他にも理由があるがの・・・。

 

 

「・・・皇帝が死んだ」

「・・・そうか」

 

 

皇帝・・・つまりは、妾の父親に当たる人物じゃな。

それが、クーデターの初日に宮中で部下に刺されて、殺された。

クーデターが起こったのは、その直後じゃと聞く。

まず、関連があると見て良いじゃろう。

 

 

「父が、死んだのじゃ」

「・・・そうか」

 

 

帝国は、質実剛健を国是とする、軍事国家じゃ。

王族であろうが、貴族であろうが、能力の無い者は認められない。

たとえ王の子でも、実力が無ければ、その王位継承権は他の者に奪われてしまうのじゃ。

実力のある者だけが、この国を動かすことができる。

 

 

私の父は、それは厳しい人で。

愛された記憶も無く、昔は良く逃げ出していた。

正直、苦手じゃった。

じゃが・・・。

 

 

「・・・嫌っては、いなかった・・・!」

 

 

それでも、嫌いではなかった。

嫌いでは、なかったのじゃ!

 

 

「・・・ジャック」

「・・・おう」

「ジャック・・・!」

 

 

呻くように名を呼んで、縋って。

妾は今日ほど、皇女であることを嫌になったことは無かった。

じゃが、強さとは別の感情が、妾の内を支配しておった。

それは、他の帝国人には決して見せてはならぬ物で。

ジャックにしか、見せられぬ物じゃった。

 

 

「・・・まぁ、飲めよ」

 

 

インペリアルシップの私室で、ジャックが注いでくれた酒を飲む。

溺れることはできぬが、縋ることはできた。

皇女が私室に、男を招く。

 

 

その意味を、頭の中で繰り返し確認しながら。

妾は、目の前の男のことを考えていた。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

現在広報部は全世界に向けて叛乱軍の非道と、我が王国の正当性を訴えるプロパガンダを行っております。

我が王室専門室も、そのための活動を行っております。

 

 

「ご苦労様でした、アーシェさん」

「いえいえー、ご褒美はいつか、形のある物でお願いしますねー」

「苺以外のお菓子を作ってあげます」

「ああ、苺だと女王陛下が拗ねちゃいますものねー」

「いや、何言ってるんですか室長、副室長も・・・」

 

 

私達の会話に、職員の男性が呆れたような声で言います。

アーシェさんは昨日から今まで、王国各地を周って映像を撮ってきてくれたのです。

各地の避難所の様子や、移動する人々の様子。

そして、誰もいない町に迫る連合の部隊。出撃する味方・・・。

 

 

全て、アリア先生のために役立つ映像ばかりです。

これらを編集し、他の映像とも組み合わせて全世界に配信するのです。

空間・時間の位相すら越えてここに来た「ぼかろ」も使い、連合の統制の網を潜ります。

ちなみに、「ぼかろ」達は半分、つまり4体しかこちらに来ておりません。

 

 

半分は、麻帆良に残っているのだそうです。

・・・何故、半分?

 

 

「さぁ、今日もアリア先生の評判を上げますよ!」

「「「イエス・マムッ!」」」

「あれ、僕らの仕事ってそれで良いんだっけ・・・?」

 

 

一人ノリの悪い方がいますが、大体の方は元気良く返事をして、それぞれの仕事に取り掛かりました。

ふと何かを思い出したかのような顔で、アーシェさんが言います。

 

 

「そう言えば・・・軍旗変わったんでしたっけ?」

「はい、国旗は旧ウェスペルタティアの物と同じですが、軍旗は新女王即位に合わせて変更されました」

 

 

何分、戦時ですので、兵士達に自分達が誰の下で戦っているのかを理解させるためにも軍旗の制定は急がれておりました。

あくまでも「アリア新女王の軍隊」としての象徴ですが、女王から各部隊に親授される神聖な物で、原則として再交付はされません。

 

 

とは言え、今の所アリア先生の旗艦『ブリュンヒルデ』にのみ飾られております。

他は現在、生産中です。

 

 

「へぇ~・・・見てみたいですねー」

「私はすでに見ましたよ」

「あ、良いな~」

 

 

デザインの決定には、私も参加しておりますので。

とはいえ私もマスターも、「アリアと言ったらコレだろ」とのことで一致しました。

なので、かなり短い時間でデザインは決定されました。

 

 

そう遠くない将来、宰相府にも飾られることになるでしょう。

そうなればアーシェさんだけでなく、誰の目にも触れることになります。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

ぐんっ・・・と愛騎―――いつも共にいる相棒では無いが―――を操り、急旋回する。

直後、手綱を引いて愛騎を無理矢理に空中で制止させる。

そして、手に持った特殊金属で出来た槍を横に突き出す。

すると、背後から俺を追い越してしまった敵の竜騎兵の頭が槍の柄に直撃し、首の骨が折れた。

 

 

鼻腔から血を流しながら、敵兵がはるか下の地表に落ちて行く。

竜騎兵同士の戦いになると、いかに相手を騎竜から落とすかの勝負になる。

そして、基本は一騎討ちだが・・・。

 

 

「3人一組で敵にあたれ!」

 

 

俺はそう部下に命じる。

竜騎兵に限らず、個人の魔力量で兵の力が変わる魔法世界では、一騎討ちの風潮が強い。

だが、俺は名誉よりも命を優先するタイプなのでね!

 

 

「「魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の9矢(ルーキス)!」」

「おぉっと」

 

 

騎竜を操り、俺めがけて放たれた合計18本の魔法の矢をかわす。

一気に速度を速め、距離を開ける。

並の兵士ならば気を失うだろう圧力を受けながら、俺は口元に笑みを浮かべる。

そして、背後に追いすがる2人の敵を見やり、思う。

 

 

俺は、騎竜を急上昇させた。

限界まで高度を上げた所で身体の周囲に魔法障壁を張り、同時に遅延魔法(ディレイ・スペル)で浮遊の魔法を設定・・・。

そして、落ちた。

 

 

「なっ・・・?」

 

 

ぐんっ、と空中で身体を回転させ、俺を追っていた2人の敵の内、一人の身体の真ん中に槍を刺し、そのまま後ろに続いていた兵の顔面を踏みつける。

敵兵2人は、そのまま血を流しながら地表へ落ちて行き・・・。

 

 

「・・・ほっ」

 

 

発動が遅れていた浮遊の魔法が発動したため、落下スピードが緩やかになった所へ、先程乗り捨てた騎竜がやってきて、背中に着地した。

うーむ、『ベイオウルフ』ならもっと機敏に動いてくれるのだが・・・。

 

 

「隊長―――!」

 

 

ちょうどその時、俺の部下達が周囲に集まってきた。

俺は槍を振るって、血を払いながらそれを迎える。

 

 

「敵の竜騎兵102騎を全騎撃墜したニャ!」

「よし、一旦戻る。密集しつつ新しい補給地点に向かうぞ!」

「「「了解(ヤー)!」」」

「・・・副長、こちらの被害は?」

「・・・11人やられたニャ」

 

 

副長の報告に、俺は重々しく頷いた。

戦う以上、犠牲は必ず出る。

むしろ敵を102騎墜として11騎の損害であれば、良くやったと言うべきなのだろうが・・・。

 

 

「そ、そうだ隊長、知ってるかニャ? アルフレッドの奴、今度結婚するニャよ?」

 

 

俺を気遣ってか、場の雰囲気を明るくするためか、副長がそんなことを言った。

 

 

「何? 本当かそれは?」

「あ、ちょ、何で言っちゃうんスか副長~」

「アルフレッドに死亡フラグ立てちゃダメっしょ~」

「あ、いっけね~だニャ」

「え、ちょ!? 皆で勝手に俺に死亡フラグ立てんなよ!」

「フラグフラグ言ってると、本当に立つわよ?」

「立たせねーよ!」

 

 

どっ・・・と、部下達が笑う。

こいつらとは、幾度となく国境紛争や賊討伐で肩を並べて戦った仲だ。

精鋭揃いだと、俺は思っている。

世界中探した所で、彼らほど錬度の高い竜騎兵はいないだろう・・・。

 

 

「良かったな。おめでとう、アルフレッド」

「・・・へへっ・・・」

 

 

俺から15m程離れた位置にいる金髪の20代後半の青年―――アルフレッドが、照れたように笑った。

そして、彼が何か言おうとした、瞬間。

 

 

背後から放たれた光が、彼の身体を爆散させた。

 

 

ズドンッ・・・と音を立てて、アルフレッドと騎竜が堕ちて行く。

彼だけではなく、彼の前後にいた竜騎兵もまとめて吹き飛ばされた。

直径1~2mほどの光の束が、背後から襲って来たのだ!

 

 

「アルフレッド!!」

「・・・隊長、後ろニャ!」

 

 

次の瞬間、さらに続けていくつもの光弾が我が隊の背後から襲いかかり、次々と仲間達を撃ち落としていった。

 

 

「――――全騎、散れえぇっっ!!」

 

 

自身も騎竜を駆りながら、俺は声の限り叫んだ。

そして、その命令は実行される。全騎竜が、瞬時に散開した。

そして、背後からだけでなく、下からも光弾が―――砲撃が、行われている!

振り向けば、そこには2隻の駆逐艦らしき船の姿が見えた。

想定するに、アレの精霊砲で撃たれたわけか。

むしろ、俺や周囲の騎竜に当たらなかったのが奇跡と言うべきだが・・・。

 

 

バカな、索敵の段階ではどこにも・・・!

・・・・・・罠か!

 

 

「各部隊ごとに、5騎単位の小集団に別れて分散し、撤退しつつ、敵の分断を図れ!!」

「了解ニャ・・・隊長は!?」

「俺は最後尾で、お前達の退却を援護する・・・!!」

 

 

今は、一人でも多くの部下を逃がすことを考えるべきだ。

幸いもうすぐ日が沈む、そうすれば部下達を敵の包囲網から逃がせられる・・・!

 

 

 

 

Side アリア

 

グリアソン将軍の部隊からの通信が途絶えた、との報告が私の元に来たのは、すでにシオンさん達との会見を終え、さらに次の予定が終わりかけていた時のことです。

 

 

「女王陛下・・・」

 

 

耳元で囁くシャオリーさん。

彼女の報告によれば、リュケスティス将軍がグリアソン将軍の救援を求めているとのこと。

先に報告を受けたらしいクルトおじ様も、本来であれば見捨てるべきだとしながらも、今回に限って反対のことを言っているとのこと。

 

 

「・・・どないかしたんか?」

「ああ、いえ。大したことではありません。何分駆け出しの女王なもので、要領が悪くて」

 

 

そう言いつつ、私は執務室で応対している女性に視線を戻しました。

その女性・・・千草さんは訝しげに目を細めますが、特には何も言いませんでした。

 

 

「とにかく、関西呪術協会は私に味方して頂ける、とのことでよろしいのですね?」

「そう言うことになりますな。うちらとしても、今さら連合の庇護下に戻る気はないどす」

 

 

千草さんは、組織の責任者として私を訪問しています。

なので、会話は全て公的な物です。

 

 

千草さんが、我が王国に味方する理由は3つ。

第一に、血統として私が女王としての正当性を持っており、王国政府こそがウェスエルタティアを統べる唯一合法的な政府であること。

第二に、連合は自分達を厚遇しないであろうこと。

第三に、連合は一枚岩ではなく、内部崩壊に巻き込まれる危険があること。

・・・他にも理由はあるでしょうが、そんな所でしょうか。

 

 

「わかりました。そう言うことであれば私も味方ができるのは嬉しいです。細部は責任者と協議して頂きますが・・・貴女達には、ある研究に協力して欲しいのです」

「研究?」

「ええ・・・詳しいことはいずれ」

 

 

そう言って私が会談の終了を言外に告げると、千草さんも何も言わずに立ち上がり、一礼して退室しました。

おそらく、「何かあった」ことは伝わっているでしょうね。

私は千草さんが退室した後、後ろのシャオリーさんを振り向いて。

 

 

「通信が途絶してからの時間は?」

「27分です、陛下」

「クルトおじ様は?」

「すでに艦橋で陛下をお待ちしております」

 

 

私はそれに頷くと、席を立って歩き出しました。

廊下に出た後は、艦を降りるシャオリーさんに代わって、田中さんがガショガショとついてきます。

さて・・・。

 

 

『大丈夫、間に合いますよー』

 

 

左耳の支援魔導機械(デバイス)から、ミクの声が響きます。

彼女は、バイザーのような形の小さな映像を、私の目の前に映し出しました。

そこにはクレーニダイと言う、ここから西に120キロ程の位置にある都市周辺の地図を映しだされています。

 

 

『連合の駆逐艦のコンピュータから情報を抜き取りましたー』

「・・・軽く、凄いことしますね・・・」

 

 

呟きつつ、私は懐から一枚のカードを取り出します。

そして、それを額に押し付けると・・・。

 

 

「・・・エヴァさん、ちょっと良いですか?」

 

 

最近、ストレスを溜めているらしい家族に連絡しました。

 

 

 

 

 

Side シャークティー

 

「シャークティー先生! コレはどう言うことですか!」

「ちょ、お姉さま、そんな喧嘩腰で・・・」

「貴女は黙っていなさい!」

 

 

半ば予想していたことだけれど、高音さんが不満なようだった。

でも、その一方で・・・。

 

 

「まぁまぁ、そんなに興奮しないでさぁ、早く避難しましょうよ」

「・・・避難しヨウ」

「天下のアリアドネーのお姉様方が守ってくれるんですし~」

 

 

美空とココネは、むしろ率先して避難しようとしている。

避難という言葉からわかる通り、私達は今アリアドネーの戦乙女騎士団の誘導に従って新オスティアの災害用避難所に向かっています。

 

 

新オスティアの避難所は、今はアリアドネーの管轄下にある。

治安の維持に加えて、民衆の保護もアリアドネーの仕事となっているのです。

お祭り中だからか、多くの人が集まっていますし・・・。

ここから西に100キロ程の所にまで、連合の軍が来ているとあっては、避難指示が出るのも当然。

だけど、今から新オスティアを離れるのはかえって危険・・・。

周囲の人は連合に悪態を吐きつつも、指示に従って避難しています。

 

 

「シャークティー先生! 正義の魔法使いを志す私達が、一般人と同じく守られるだけと言うのは、いかがな物かと!」

「・・・そうですね。ではボランティアで避難所の業務のお手伝いをしましょうか」

「うぇ~、マジッすかぁ~?」

「そんなことではなく! 戦争が始まろうとしているんですよ!?」

 

 

本当に、高音さんと美空は正反対の性格をしていますね。

正義感と責任感の強い高音さんと、一方で美空は・・・。

 

 

「多くの人を救うためにも、もっと矢面に立つべきではありませんか!?」

「高音さん、でもね・・・」

「じゃあ、高音さんは人を殺せるんスか?」

「は・・・?」

「戦争で矢面に立つって、そう言うことでしょ?」

 

 

ココネを肩車しながら、美空が言った。

この子は時々、鋭いことを言う。

 

 

「第一、今攻めて来てるのって、高音さんのお国っスよね?」

「それは・・・そうですけど」

「魔法使いの本国相手に、高音さんは何ができるんスか?」

「・・・」

「・・・お姉さま」

「・・・あ、いや別に、高音さんがどうって話じゃ無くて!」

 

 

黙り込んだ高音さんの様子に、むしろ美空の方が慌てて。

 

 

「ただ、出来ることと出来ないことってあるんで、そこは考えた方が良いんじゃないかなーって」

 

 

そう、私がクルト宰相代理やアリア先生の元に行けなかったのは、こちらの人数が少ないこと以上に、高音さんのことがあったからです。

彼女の実家は、連合にある。

その連合の軍相手に事を構えるのは、酷でしょう・・・。

 

 

「あのー、すみません。列が乱れるんで・・・」

 

 

その時、アリアドネーの甲冑を来た方が言いにくそうに注意してきました。

確かに今の口論で立ち止まってしまっていたので、後ろの列が乱れつつあります。

 

 

「ごめんなさい、すぐに移動します」

「こちらこそ、すみません・・・って、アレ?」

「はい?」

 

 

その方が、ガションッ、と甲冑の顔の部分を開きました。

するとそこに、どこかで見た覚えのある顔が・・・。

 

 

「あ、やっぱり春日さん達じゃないですか」

「げ、げげえぇ――――っ!? 相坂さん!?」

「ちょ、何ですかその反応!?」

「で、出たあぁ――――っ!?」

「人を幽霊みたいに・・・・・・元幽霊ですけど」

 

 

それは麻帆良の生徒、相坂さんだった。

何と言うか、また妙な所で再会しましたね・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

八方塞がりとは、このことか!

俺は部下を指揮しつつ、撤退と反撃を繰り返しながら、少しずつ敵の追撃を振り切りつつある。

しかし、未だ下からの砲撃と上からの艦砲射撃を受けている。

危機的状況であることには、変わりが無い。

 

 

時折、敵に対して砲撃が加えられているのは、おそらくはリュケスティスだろう。

移動しつつ敵を砲撃で牽制する・・・多少、心強くはあるが、大勢には影響しない。

 

 

「隊長、半数がやられたニャ・・・残りの皆も、そろそろ限界ニャ!」

「泣き事を言うな!」

 

 

しかし、もはや限界であることは、俺にもわかっていた。

竜騎兵の限界戦闘時間は、2時間とされている。

それ以上の時間は騎竜がもたないし、何よりも兵が消耗する。

俺の部下達は世界で最も優れた竜騎兵だと、俺は確信している。

 

 

だが、それにした所で限界はある。

実際、残った者も明らかに動きに精彩を欠いてきている。

無理も無い、すでに包囲されてから3時間近くが経っている。

すでに日は沈み、暗くなったが・・・逃げ切れたのは一部だけだ。

 

 

その時、俺の騎竜がガクンッとバランスを崩した。

そうか、こいつは一般兵用の騎竜で・・・!

 

 

「隊長―――!」

 

 

上から、副長の声が聞こえる。

高度が下がったため、下からの砲撃をかわしきれない。

密度が上がった火線の中で、俺は死が近付いて来るのを感じた。

く・・・!

 

 

「すまん、リュケスティス・・・」

「謝る前に、感謝して欲しいな」

 

 

耳に届いたのは、幼い少女の声だった。

次の瞬間、俺に迫っていた砲撃が、全て弾き飛ばされる。

氷漬けにされたそれらは、次々と落下していく。

ザァッ・・・と、俺の横を黒い鳥のような物が通り過ぎたかと思うと、それらは集まって、一人の少女の姿に変わった。

 

 

純白のドレスを纏ったその少女は、昏い青色の瞳で、俺のことを見つめた。

足首まで伸びた金色の髪が、月明かりを反射して、妖しく輝いている。

 

 

「お前が、グリアソンとか言う奴か?」

「・・・」

「・・・おい、聞いてるのか?」

「・・・あ、ああ、そうだ」

 

 

その少女は、「そうか」と答えると、砲撃を続ける下の連合兵を見やった。

どう言うわけか、砲撃は彼女より上には届かない。

全て、撃ち落としているのか?

 

 

「なら、さっさと終わらせて帰るか・・・えーと、リュケスティスとか言うのがあそこにいるから・・・」

「な、何をするつもりだ?」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 

 

その少女が腕を掲げると、周囲の空気が急速に冷え、かつ張り詰めていくのがわかった。

巨大な魔力が、集まる。

 

 

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー)!」

 

 

ピキィィン・・・と、少女の腕の動きに合わせて、空間が軋む。

 

 

「『とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)』! 『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)』!」

 

 

空間そのものが凍りつくような音を立てて、地表の大部分が氷に包まれた。

いくつもの氷柱が立ち、砲撃が止まる・・・。

 

 

「ふん・・・150フィート四方にいる連中は、コレで終わりだ・・・大した憂さ晴らしにもならんが。・・・だがコレも、最強の魔法使いであるこの私以外には、不可能!」

 

 

す・・・と、少女が指を掲げて、さらに呪文を唱える。

 

 

全ての命ある者に(パーサイス・ゾーアイス)等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は安らぎなり(ホスアタラクシア)・・・『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』」

 

 

パチンッ・・・少女の鳴らす音と共に、下の氷が砕ける。

氷の欠片が月明かりを反射しながら、空を舞う。

 

 

「す、凄い・・・」

 

 

そう呟いたのは、俺の傍に集まってきた部下達か、それとも俺か。

直後、俺達の背後で大きな爆発音が響いた。

振り向いてみれば・・・俺達を追撃していた2隻の駆逐艦が、両方とも炎に包まれて墜落していく所だった。

な、何・・・?

 

 

「ああ、あっちも終わったのか」

 

 

そう言って、こちらを振り向いた少女の顔は。

慈愛に満ちて、とても美しかった・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

やれやれ、全滅は免れましたか。

まぁ正直、将軍一人と250程度の竜騎兵のために、アリア様を担ぎ出すことも無かったのですが。

ここは、政治的効果、と言う物を優先させて頂きます。

 

 

先日、叛乱軍支配地域での虐殺を見逃したことで、兵の中に動揺がありました。

アリア様は、自分達も見捨てるのではないか?

そう言う空気が生まれつつありました。

なので、あえてここはご自身で救援に向かって頂くことにしました。

 

 

「・・・艦長」

 

 

左耳のイヤーカフスをどこか苛立たしげに弄っていたアリア様が、しかし穏やかな声で、『ブリュンヒルデ』の艦長に声をかけました。

そのアリア様の座る指揮シートの背後の壁には、先日制定されたばかりのアリア様の軍旗が飾られております。

 

 

薄い赤色の布地に、銀の縁、小さな白い花を咲かせた葉が描かれています。

何でも、「苺の花」だとか。

アリア様曰く、花言葉は「幸福な家庭」。

・・・このクルト、感動の極み!

 

 

「俯角20度、2時の方角に敵駆逐艦が落ちてきたら、もう一度砲撃。それで、未だに周囲に潜んでいる敵兵を全滅させられます」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

「クルト」

「はっ・・・護衛艦隊、狙点固定。陛下に指示された方向に一斉射撃せよ!」

 

 

それにしても、アリア様に軍事的才能がおありとは思いませんでした。

グリアソン将軍の位置を始め、敵駆逐艦を横撃できる位置まで予測したのです。

・・・ただどうも、左耳のイヤーカフスを気にされているようですが。

 

 

「艦隊全体に、『ブリュンヒルデ』の砲撃に合わせるように指令しなさい」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

艦長のラスカリナ・ブブリーナ大佐が、命令を忠実に実行していきます。

艦レベルの指揮は、彼女に任せておけば問題ありません。

アリア様は、護衛艦隊18隻を含めたこの「女王直属護衛艦隊」の指揮に専念していただければ良いのです。

 

 

「真名さん、お願いします」

『了解だ、先生』

 

 

通信画面から響いた声に、アリア様は物憂げな表情を浮かべておりました・・・。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

「真名さん、お願いします」

『了解だ、先生』

 

 

通信画面から響くアリア先生の声に、私は笑みを浮かべる。

私の手には、以前先生から貰った『GNスナイパーライフル』がある。

ただしいくつものコードで船本体に繋げられたそれは、『ブリュンヒルデ』の主砲と連動している。

 

 

『ブリュンヒルデ』内には、砲撃を管制するセクションがあるのだが、私はその一室を使っている。

360°周囲を見渡せる映像装置に、許可さえ取れれば全砲塔をここで操作できるだけの機材と権限。

極端に言えば、私が『ブリュンヒルデ』の火器を掌握しているとすら言えるわけだ。

一介の傭兵に無茶を頼む。

 

 

『レン、レン! この人まだ傭兵のつもりっぽいよっ』

『ふーん、いい加減諦めれば良いのにね』

 

 

どうでも良いが、このサポートシステムは何だ?

金髪の双子(兄妹か姉弟か知らんが)の姿をしたそれが、画面の中で狙撃システムの補正などを行ってくれているんだが・・・。

・・・まぁ、便利だし、何より金がかからない。

 

 

確か、リンとレン、だったかな。

後で、アリア先生にでも確認をとってみようか。

 

 

『精霊砲、エネルギーチャージ完了!』

『照準OK、いつでも撃てるよ』

「ああ、わかった」

 

 

カシャ、と軽い音を立てて、『GNスナイパーライフル』を構える。

必要は無いが、気分の問題だ。

スコープの中には、照準が合わせられているポイントが映っている。

私は、いつものように人差し指に力を込めて・・・。

 

 

『『狙い撃つぜ!』』

「人の台詞をとるな!」

 

 

悪態を吐きつつ、引き金を引いた。

瞬間、『ブリュンヒルデ』から主砲が放たれる。

それは一直線に、半ば沈みかけていた敵の駆逐艦の真ん中を貫き、数秒後には爆散させた。

さらに、他の18の艦から放たれた砲撃が、周囲の地形ごともう1隻を吹き飛ばす。

 

 

2隻に対して18隻でかかると言うのは、戦略的には正しいのだろうが。

それでも、あまり良い気はしないな。

 

 

「2隻で、何人が死んだかな・・・?」

 

 

口の中でそう呟きつつ、私は想像した。

今、艦橋でコレを見ているだろうアリア先生は、どんな顔をしているのだろうと。

笑っているのか、悲しんでいるのか・・・。

それとも、どちらでも無いのか?

 

 

そんなことを考えつつ、私は通信回線を開いた。

 

 

「任務完了、支払いはいつもの口座で」

『ははは、ボランティアありがとうございます』

 

 

あの眼鏡、戦争が終わったら砲撃してやる・・・。

アリア先生がこっそり給金を入れてくれて無ければ、本当に撃ってる。

忘れるなよ、クルト・ゲーデル。

私の忠誠心は、金で買えるぞ。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

宰相府って所に、私のための部屋が用意されてる。

ここは元々離宮で、部屋はたくさんあるから、その内の一つ。

いわゆる、客間って奴ね。

 

 

「へー、つまりお前って、フラれたわけ?」

「フラれて無い! そもそも、惚れてもいないわよ!」

 

 

このデリカシーも気遣いも皆無なバカな発言をしているのは、バカート。

ゲートで別れて以来だけど、どうしてかアリアに会いに来たらしいわ。

しかも、今日はここに泊るんですって。

もちろん、部屋は別だけど。

 

 

「いやだってお前、アレだろ? そのフェイトって奴とアリアが怪しい雰囲気だったから、こう、ショックだったわけだろ? そりゃー、フラれたってんじゃね?」

「だ、だから、違うって言ってるでしょおおぉぉっ!!」

「熱っ!? マジで熱い! 燃え死ぬ!?」

 

 

このバカート、人が窓辺で溜息吐いてたら、やたらと絡んで来て・・・。

仕方無く事情を話したんだけど、そうしたらコレよ!

やっぱり、こんなバカに話すんじゃ無かったわね!

 

 

炎を纏った拳で、3発程バカートを殴ってやった。

乙女を弄んだ罰よ、これくらい当然よ。

 

 

「お、おぉぉおぉお・・・」

「全く・・・死ねば良いのに」

「あ、アーニャさん、もう少し発言を穏当に・・・」

「あー、大丈夫大丈夫、エミリーちゃん」

 

 

適当に火で炙った後、復活したバカートはエミリーにそう言った。

煤こけた顔で、バカートは言った。

 

 

「こう言う時は発散した方が良いんだって、落ち込んでるなんて、アーニャらしくねぇだろ?」

「・・・バカート」

「まぁ、元気出せって」

「・・・だから、違うわよ」

 

 

ぷいっ、と窓の外を見るふりをしながら、私は顔をそむけた。

・・・何よ、バカートなりに私に気を遣ったわけ?

 

 

「ただいま。こう広いとお手洗いも・・・って、どうしたのロバート? 私の気を引こうとイメチェン? なら失敗してるわよ」

「イメチェンでもねーし、別に失敗もしてねーよ」

 

 

その時、シオンがお手洗いから戻ってきた。

あー・・・そう言えば、この2人って付き合ってるんだっけ・・・。

・・・おかしいわね、私の周りの男の子って、彼女持ちばっかりな気が。

・・・・・・あ、何か、リアルに気分が沈んできた・・・。

 

 

「しっかし、アレだな。アリアって女王様なんだよなー」

「昼間、あれだけマナー違反おかした割に、気にしてはいたのね」

「うっせ。で、話を戻すがよ、実際の所、俺らみたいなのが気軽に会って良い相手じゃなくなっちまったってことだよな」

「まぁ・・・そうね。いきなり会いに行って、会ってもらえるような相手じゃないわね」

 

 

・・・女王様、か。

確かに今が特別なだけで、いろいろ終わったら、もう会えないかもしれないのよね。

私達、一般人だし。

 

 

「なんつーか・・・寂しいじゃねぇか」

 

 

いつにも無く、らしくないことを言うバカート。

でもそれはきっと、女王様になる前のアリアを知ってる人間なら皆が思うことで・・・。

胸の中に、アリアが遠くに行ってしまったような、そんな寂しさがあった。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「どうですか、ネギ。貴方のために用意した旗艦の乗り心地は」

「う、うん・・・」

 

 

窮屈な軍服を着ながら、僕は船の中を歩いていた。

とても大きい船で、「超弩級戦艦」って言うくらいの大きさらしい。

今までは、「バセリオス・ジェオリオス級」って言うのが一番大きいタイプだったらしんだけど。

今回、アリエフさんが僕のためにって、用意してくれたこの戦艦の名前は・・・。

 

 

「戦艦『ナギ』の乗り心地は、どうですか?」

「う、うん。良いんじゃ・・・ないかな」

「そうですか、それは良かった。お父様も喜びます」

 

 

穏やかな口調で、エルザさんがそう言う。

エルザさんも、白い軍服のような、でもそれでいて所々で肌が見える服を着てる。

 

 

エルザさんの後ろには、のどかさんもいる。

ただ、のどかさんは軍服じゃなくて、普通の服と言うか、冒険者(トレジャーハンター)の服を着てる。

でも、どこか顔色が悪くて・・・。

 

 

「のどかさん、大丈夫ですか? 気分が悪いなら・・・」

「い、いえー・・・大丈夫ですー」

「そう・・・ですか。そう言えば、明日菜さんは・・・?」

 

 

船には乗ってるって聞いたんだけど、姿が見えないんだ。

そう言えば、魔法球から出てきて、一度も会ってないことに気付いた。

 

 

「あ、明日菜さんは、部屋に・・・います」

「部屋に? じゃあ、今から会いに・・・」

「いえっ、そ、そのー、調子が悪そうと言うか、その・・・」

「え・・・具合が悪いんですか!?」

 

 

大変だ、じゃあ、なおさら様子を見に行かないと!

そう思った僕の腕を、エルザさんが控え目に、それでいてしっかりと掴んだ。

 

 

「いけません、ネギ。病気のレディの姿を見るのは、紳士の行いではありません」

「え、えー・・・でも、心配だし」

「いけません。それにネギには、公務もあります・・・」

 

 

エルザさんは、青い顔で俯くのどかさんを見ると、口元に笑みを浮かべて。

 

 

「それに、気心の知れた友人の方が、何かと便利でしょうし・・・ねぇ、ミヤザキさん?」

「え・・・そ、その・・・そうです・・・ね」

「・・・のどかさんが、そう言うなら、まぁ・・・」

 

 

確かに英国紳士として、そう言うのは良く無かったかもですね!

じゃあ、具合が良くなったら、会いに行きましょう!

 

 

「それより、ネギ。見てください」

 

 

エルザさんは、手に持っていた小型の端末を操作すると、ブゥン・・・と、画面を出した。

そこには、夜空に浮かぶ島・・・いや、都市が映っていた。

 

 

「先行している偵察艦から送られて来た映像です。これが・・・新オスティアです」

「・・・新オスティア」

 

 

僕達の、目的地。

世界の、中心。

 

 

「どうやら、地上軍の進軍がわずかに遅れているようなので・・・軍全体としての到着は、10月10日、午前9時20分の予定です」

 

 

エルザさんの言葉にも、僕は答えない。

ただ画面の中の新オスティア・・・そしてその向こうにあるだろう、「墓守り人の宮殿」を、見つめていた。

 

 

僕が父さんの跡を継ぐ、その場所を。

アリアさんがいる、その場所を。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

夜10時を過ぎていると言うのに、オスティア郊外の軍港には、多くの人が整列しておりました。

夜も深くなり、空には美しい星空が広がっています。

シャオリーさんが率いる近衛騎士団を中心に、2000人の兵士が私を出迎えています。

・・・私の、緒戦での勝利を祝っているのだとか。

 

 

緒戦、ね・・・。

ちらり、と背後に従うクルトおじ様を見ると、にっこりと笑っていました。

・・・まぁ、良いですけど。

 

 

「「「アリア女王陛下、万歳!!」」」

「「「ウェスペルタティア王国、万歳!!」」」

 

 

歌うような抑揚を伴った声が流れ出し、一瞬ごとに熱と力を強めていきました。

2000の兵士の歓呼の声を一身に受けながら、私は『ブリュンヒルデ』から降りて行きます。

タラップを一歩降りる度に、兵士達の声が強く聞こえてきます。

私が手を振れば、歓呼の声は歓声に変わります。

 

 

「我が女王よ、私と私の友、そしてその部下の窮地を救ってくださったことに感謝致します」

 

 

地面に降りると、一緒に退却してきたリュケスティス中将が、敬礼しつつそう言いました。

アイスブルーの瞳が、私を見ています。

 

 

「リュケスティス中将」

「は・・・」

「私が私の臣下を救うのに、貴方からお礼を言われる必要は無いと思いますが」

「・・・その通りですな、我が女王よ」

 

 

口元に笑みを浮かべながら、リュケスティス中将はそう言いました。

そして、私が彼から視線を離して、歩きだそうとした時・・・蜂蜜色の髪の士官が、私の下に駆けて来て、しかも跪きました。

私は、その士官に声をかけます。

 

 

「グリアソン中将、無事で何よりです」

「は・・・」

 

 

グリアソン中将の肩が、かすかに震えているのが見えました。

どうしたのでしょう・・・?

 

 

「小官は陛下より大命を仰せつかりながら、陛下の兵を132名も損ね、敵をして勝ち誇らせてしまいました。この罪、万死に値しますが、おめおめと生きて帰り、こうして陛下のお裁きを待つに至りました。しかし全ての責は小官にありますれば、生き残った部下達には、どうか寛大な処置を頂きたく・・・!」

「・・・・・・グリアソン中将」

 

 

グリアソン中将の言葉を聞き終えた私は、静かな声で答えます。

マニュアルを読み上げるみたいで、あまり好きでは無いのですが・・・。

 

 

「貴方に罪はありません。100戦して100勝と言うわけにもいかないでしょう・・・この上は、次の戦いで挽回してくれる物と期待します」

「陛下・・・」

「私はすでに132人の仲間を失いました。この上何故、貴方を失わなければならないのですか?」

「だから言ったろう、アリア・・・・・・陛下は、お前を罰したりはしないとな」

 

 

グリアソン中将の後ろから、トコトコと歩いて来る金髪の少女。

エヴァさんです、「陛下」と言う単語がかなり怪しいですが、最近は努力しているのだとか。

・・・まぁ、形式ですね。

 

 

「まぁ、良いストレス解消にはなったよ、アリア・・・・・・陛下」

「・・・それは良かった」

 

 

この場では、それだけで良いでしょう。

私は前を向くと、ゆっくりとした足取りで、軍港の中を歩いて行きました。

「女王陛下万歳」「王国万歳」と叫ぶ兵の中を・・・。

 

 

いよいよ、戦争が始まります。

シンシア姉様――――――。

 




アリア:
アリアです。
ふぅ・・・自分の虚像が派手に踊ると言うのは、なんとも言えませんね。
大体の方は、私にお母様を重ねているのでしょうけど。
まぁ、役割を演じるのは、割と得意です。
それにしても・・・。
・・・「ぼかろ」達は、どうやってここに・・・。


アリア:
では次回は、10月10日、新オスティアでのお話です。
中将達が稼いだ一日が、はたしてどれだけ全体に影響するのかはわかりませんが。
次回、「宣戦布告拒否」。
では、またお会いしましょう。


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第14話「宣戦布告、拒否」

Side テオドラ

 

10月10日の早朝、大規模転移を繰り返した我が軍は、帝都ヘラスを遠望できる場所にまで到達した。

国境の軍を掌握し、各地からクーデターに反対する義勇兵を合流させながら進んだ我が軍は、すでに陸軍6万、艦艇200隻を超える勢力になっておる。

 

 

ただ、逆に集まりすぎた。

だから帝都ヘラスまで指呼の距離にありながら、部隊再編のために進軍を一時停止しておる。

 

 

「帝都の連中、やけに静かだな」

「まぁの、相手にしてみれば、まさかここまで我が軍が膨れ上がるとは思わなかったのじゃろう」

 

 

ジャックの言葉に、妾はそう応じた。

それだけ、父は民に慕われておったと言うことじゃろうの。

父の死で、帝国貴族の大半は妾を支持するようにもなった。

とはいえ、今まで外敵の侵入を許したことが無い歴史ある我が帝都を、妾が攻撃することになろうとはの。

 

 

「じゃが・・・我らとしても頭痛の種がある」

「あー、あいつかー、昔喧嘩したなー」

 

 

ジャックは呑気に言っておるが、そんなテンションで言って良いことでは無い。

帝都には、帝都守護聖獣がおる。

ジャックがその内の一体、古龍(エインシェイント・ドラゴン)龍樹(ヴルクショ・ナーガシャ)と引き分けたと言う話は妾も聞いた。

 

 

こやつのことじゃ、おそらくは本当じゃろう。

じゃが、今回はそれが複数おるのじゃ。

ちなみに、聖獣はそれぞれがあの最強種、真祖の吸血鬼と同格の力を持っておる。

極端な話、このまま攻め込めば我が軍は全滅する。

 

 

「ほぉ~、そらまた大変だな」

「他人事か貴様」

「報酬さえ貰えりゃな、あーでも、お前いないと貰えねぇからな」

 

 

ガシガシと頭を掻きながら、ジャックは言った。

 

 

「お前だけは守ってやるよ、じゃじゃ馬姫」

「・・・ふん、じゃがなジャック、帝都守護聖獣を脅威としない方法は、無くも無いのじゃ」

 

 

心持ち笑みを浮かべながら、妾は言った。

帝都守護聖獣が膝を屈する相手は、この世界に一人しかいない。

 

 

「帝都守護聖獣は、ヘラス帝国皇帝にのみ膝を屈する」

 

 

父の死後、新たな皇帝は立てられていない。

姉上達が帝都に軟禁されておるものの、どちらも帝位を宣言してはいない。

故に、空位のままじゃ。

 

 

「皇帝であれば、聖獣を御することができる」

「ふーん、ま、頑張んな」

「本当に他人事じゃな・・・」

 

 

簡単に言うが、聖獣に帝位を認めさせるのは、容易なことでは無いぞ?

まぁ・・・他に方法が無いことも確かじゃが。

 

 

「殿下、部隊の再編が終了致しました」

「・・・わかりました。では全軍に命令します」

 

 

さて・・・今頃は新オスティアの方も戦端が開かれておるやもしれぬ。

急ぎクーデターを鎮圧し、軍を返さねばならん。

そのためにも・・・。

 

 

「全軍に通達、<我に続け>。インペリアルシップを前面に押し立てて進みなさい。これは皇女としてではなく、ヘラス帝国皇帝テオドラとしての命令です!」

 

 

そのためにも、帝国を手中にしてみせる。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

10月10日、午前9時。

総旗艦『ブリュンヒルデ』の艦橋のスクリーンには、ネギが率いていると言う敵の艦隊と、大地を覆う無数の軍勢が映し出されています。

 

 

「どうやら、最初の賭けには勝てたようですね」

 

 

指揮シートに座る私の正面に立つクルトおじ様の言葉に、私は頷きで答えます。

迂回とかされたら、面倒でしたからね。

でも、これから賭けのタイミングは何度でもやってくるでしょう。

その全てに勝利しなければ、最終的な勝利に手が届かないのですから・・・。

 

 

「それでは、計画通りにお願いします」

『『『仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)』』』

「戦いになれば犠牲が出るのは当然ですが・・・あえて言います、生きて私にもう一度顔を見せるように。これは命令です」

 

 

『ブリュンヒルデ』の通信画面には、6人の人間が映っております。

それは、艦隊・陸軍を指揮する将官級の人間達でした。

 

 

『・・・了解です、陛下』

 

 

歌うような声でそう答えるのは、中央の艦隊を率いるスティア・レミーナ中将。

セイレーンの血を引くとかで、実年齢450歳のベテランです。

旧世界では、英国海軍や日本帝国海軍にも入っていたとか・・・。

 

 

『まぁ、念じて助かるなら楽ですが・・・微力を尽くしますよ』

『まぁ、20代の内に弟妹達と生き別れるつもりはありませんしね』

 

 

左翼の艦隊を指揮するカスバート・コリングウッド中将と右翼艦隊を指揮するホレイシア・ロイド少将が、それぞれそんなことを言いました。

 

 

コリングウッド中将は40代後半の男性で、おさまりの悪い黒髪が特徴的です。

軍人と言うよりは、頼りない教師、あるいは駆け出しの学者のようなイメージを受けます。

対してロイド少将は20代後半の女性です。

今は大人しいですが、戦闘が始まると性格が変わるそうで・・・見たことは無いですが。

ちなみに、10人以上の弟妹がいるとも聞きます。

 

 

『我らが女王は、なかなか欲深い。犠牲無しで勝てと命じられるか』

『それが命令なら、我らは従うだけだろう、リュケスティス』

 

 

そして陸軍を統括するリュケスティス、グリアソン両中将。

そして、もう一人は総旗艦『ブリュンヒルデ』の護衛艦隊を率いる・・・。

 

 

『命に代えても、お守りいたします。女王陛下』

「私は生きて帰れと命じたつもりですが、トラウブリッジ少将」

『・・・御意でございます、陛下』

 

 

護衛艦隊司令官、トーマス・トラウブリッジ少将。

50歳代の男性で、黒に近いブラウンの髪。頬がこけ、顎が尖り気味の容貌をしています。

6人の将官は敬礼すると、画面から消えました。

 

 

『・・・アリア』

「・・・! エヴァさん?」

 

 

クルトおじ様がこちらを見ておりませんので、カードを額に当てて念話に応じます。

とは言え、時間が無いことはエヴァさんもわかっています。

だから・・・。

 

 

『死ぬなよ』

「・・・はい」

 

 

それだけ。

それだけの念話を終えた私は、足元で丸くなっているカムイさんと、指揮シートの左右に立っている茶々丸さんと田中さんに視線を向けて・・・。

 

 

「ア、オ気ニナサラズ」

「お茶汲み係ですので」

 

 

お茶汲み係は旗艦に乗らないと思います・・・などと思いながら。

私は、前を向きます。

 

 

「全軍、戦闘態勢に入ってください!」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」

 

 

おおぅ、気合い入ってますね、クルトおじ様。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

さて、このクルトめの人生の大一番ですよ。

アリカ様・・・クルトはかなり頑張っております。

では、状況を確認いたしましょう。

 

 

我が王国陸軍の兵力は実戦兵力7200、加えて志願の民兵・傭兵を中心に後方支援兵力2800。

艦隊は戦闘艦101隻、補給・輸送などの支援艦が16隻。

対して連合・叛乱軍は実戦兵力19000、さらに支援兵力が2100。

艦隊は戦闘艦130隻、支援艦が22隻。

こちらがこの戦場に持ち込める全戦力であるのに対し、敵は増援の見込みがあります。

 

 

ちなみに背後の新オスティアには、アリアドネーの兵力1200と4隻の軍艦。

都合良くコレを利用できたとしても、まだまだ足りませんね・・・。

 

 

「・・・うむ、なかなかに厳しいですね」

「それを承知で、私を担ぎ上げたのでしょう?」

「ははは、何のことでしょうか、アリア様」

 

 

基本的には戦術的機動戦によって敵を分断、各個撃破を繰り返すしかないわけですが。

まぁ、この戦場に限って言えば、敗色濃厚ですね。

 

 

『えーと、反乱軍の皆さんに告げます!』

 

 

その時、通信用のスピーカーから、子供の声が響きました。

・・・何です、この声は?

 

 

「何だ、この声は!?」

「うぃっス! 音源をスクリーンに出すっス!」

 

 

艦長のブブリーナ大佐の声に、副長のインガー・オルセン大尉が機器を操作します。

そして、スクリーンに映ったのは・・・敵艦隊の中央、やたらと大きい艦の前に浮かんでいる赤毛の少年でした。

 

 

「・・・ネギ」

 

 

アリア様は、平坦な声でそう言いました。

そこに映っていたのは確かに、ネギ君でした・・・降伏勧告のつもりですかね。

 

 

『できれば、戦いたくありません! 武装を解いて頂けないでしょうか!』

 

 

・・・軍勢を率いてここまで来ておいて、それですか。

なかなか、ユーモアのセンスがありますね。

 

 

『もし、どうしても戦うと言うのなら・・・アリアさん!』

「ふむ?」

『僕は、アリアさんとの一騎打ちを所望します! それで決着をつけましょう!』

 

 

交渉とか、無いのですね。

まぁ、とにかくこれは敵のトップからの宣戦布告と言う所でしょう。

いや、果たし状と言った方が良いでしょうか?

私は、椅子に肘をついて画面を見つめるアリア様を振り返ると。

 

 

「返信なさいますか、陛下?」

「・・・なぜ私が、ネギの・・・叛乱軍ごときの宣戦布告に返事を返してやらねばならないのです?」

 

 

これが連合相手ならともかく、叛乱軍に向けて宣戦布告はできません。

宣戦布告は、対等の「国家」同士で行う物ですから。

なので、黙殺するのみ。

我々が唯一聞ける言葉は、「降伏」のみです。

 

 

「艦長、全艦・全部隊に通信回線を。音声だけで構いません」

「はっ」

 

 

ブブリーナ大佐から手渡されたマイクを片手に、アリア様は演説を始めます。

まぁ、最高司令官の義務と言うやつですね。

 

 

「皆様、お疲れ様です。私はアリア・アナスタシア・エンテオフュシアです」

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

後世の歴史家は言う。

 

 

後に「ウェスペルタティア戦役」と呼ばれることになる戦闘に先立ち、アリア女王が行った演説の全容は、残念ながら後世には伝わっていない。

記録を紛失したのか、あるいは意図的に消したのかは不明だが、肉声での記録が存在しないのだ。

 

これは、異常な程多くの記録が保存されている(当時の宰相府、広報部の一部が熱心に保存した結果)アリア女王にしては、珍しいことである。

しかし兵士達の残した手記や日記から、内容を推察することはできる。

諸説あるが、それは概ね以下のような物だったと伝えられている。

 

 

「皆様、お疲れ様です。私はアリア・アナスタシア・エンテオフュシアです。

ご存知の方もおられるでしょうが、今、敵が私に決闘を申し込んできました。

 

しかし、私はこれを拒絶します。

 

これを聞いて、私を軟弱者と謗る方もおられるでしょう。

卑怯者と罵り、士気を落としている方もおられるでしょう。

そう言う方は、すぐに戦場を離脱してくださって結構です。

私は怒りもしませんし、恨んだりもしません。

 

しかし、私はウェスペルタティアの民の総意によって君臨する女王。

 

私は、ウェスペルタティアの生存と平和の意志を背負っているのです。

軽々しい決闘などで、ウェスペルタティアの民の運命を決定することなど、断じてできません。

何故か?

それはこの国が、私の、女王の所有物では無いからです。

 

この国は、ウェスペルタティアの民の物です。

この国の運命を決するのは、ウェスペルタティアの民の多数の意見であるべきです。

統治するのは、民であるべきなのです。

 

今日この場を借りて、私は全ての民に誓約致します。

エンテオフュシアの血が玉座に在る限り、この国は民の物です。

この国の王は、国民の総意によってのみ君臨し、そして国民の総意によってのみ退位するでしょう。

国家と、力と、全ての栄光は、永遠に貴方達の物です。

 

・・・・・・・・・。

・・・それでは皆様、参るとしましょう。

 

私達の後ろには、オスティアがあるのです。

・・・繰り返します、私達の後ろには、オスティアがあるのです。

私達の愛している誰かが、そこにいるのです。

 

故に私達は、決して退かないでしょう。

最期に、もう一言。

 

・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアが命じます。

生き残りなさい。

 

命令違反者は2階級特進の上、遺族に年金を渡され続けると言う嫌がらせを受けることになります」

 

 

・・・この演説は、「君臨すれども統治せず」と言う女王の立場を端的に述べた物であろう。

そして同時に、連合・帝国で徴兵制が基本であった戦場において、革命をもたらす契機にもなった。

 

徴兵された兵は、基本として傭兵よりも弱いのが常識だった。

無論錬度の差が原因だが、それ以上に重要な差があった。

戦意の高さである。

傭兵は、自分の生活と命を懸けて戦っているため戦意が高いのが普通だった。

対して一般兵は、自国が戦争に勝とうと負けようとも関係がなかったのである。

勝てば、一部の王侯貴族や政治家が得をするだけ。

負けても、頂点が変わるだけ。

 

つまり、「国家は彼らの物では無かった」のである。

 

だから、戦意が低かった。

自分の命を守って、家に帰ることだけを考えていた。

しかしアリア女王は内実はどうあれ、それを否定して見せたのだ。

 

「国家とは民の物であり、王位もその例外ではあり得ない」、と。

 

意図してかどうかは判断できないが、少なくとも当面の戦場において、アリア女王は兵の士気を上げることに成功したのである――――。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ネギ

 

アリアさんからの返答を待っている間に、相手の艦隊の中央から、信号弾みたいなのが上がった。

その信号の意味はわからないけれど、結果はすぐにわかった。

 

相手の艦隊から、一斉に、砲撃が始まったから。

しかも・・・全部、僕目がけて!

 

 

「わ・・・!」

 

 

慌てて、麻帆良でマスターに貰った指輪の発動体に魔力を込めて、『高速機動(モービリテル)』を使う。

本来は、杖に乗りながら使うんだけど・・・今の僕なら、杖無しでもできる。

 

 

ギュンッ・・・と上空に逃げて、相手の艦隊が斉射した精霊砲を避ける。

僕の足元を掠めるように、それらは通り過ぎて行って――――。

 

 

「・・・艦隊が!?」

 

 

僕の後方にいた、艦隊に直撃した。

僕の船・・・戦艦『ナギ』は、装甲も障壁も厚いから、なんとか持ちこたえた。

だけど周りの小さな船は、集中された砲撃を受けて、次々と爆発していった。

オレンジ色の光が、いくつも生まれる。

 

 

爆発が収まった後・・・。

艦隊の中央が、ごっそりと削り取られていた。

 

 

『ネギ、旗艦に戻ってください』

 

 

左耳に着けていた通信機から、エルザさんの声が聞こえる。

だけど僕は、戻るつもりなんか無かった。

だって・・・だって、こんなのズルいじゃないか!

僕は・・・話し合おうとしたのに!

 

 

『ネギ、聞こえていますか?』

「・・・エルザさん、でも!」

『ネギがそこにいると、他の艦が戦争がやりにくくて仕方がありません』

 

 

その声を無視して、僕は呪文を唱えようとする。

右腕が、ザワザワと疼く。

 

 

『ネギ・・・ネギ。目的を忘れないでください』

「・・・」

『ネギは連合の艦隊を使って敵艦隊の防御を突破し、旧王都に向かうと言う使命があるはずです』

「・・・・・・」

 

 

ぐ、と右の拳を握る。

そうだ・・・僕は。

 

 

僕は、世界を救うんだから。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

『ブリュンヒルデ』から、信号弾が上がった。

それは、開戦の合図・・・攻撃開始の合図だった。

 

 

意味は、「Vespertatia expects that every man & woman will do his duty」。

ウェスペルタティアは各員がその義務を全うすることを期待する――――。

では、私も義務を全うすることにしよう。

 

 

「これだけの人形を操作するのは、何百年ぶりかな・・・」

 

 

くい、と両手の指から伸びた魔力の糸は、私の周囲に展開されている300体の人形に繋がっている。

何種類かあるが、基本は緑色の髪のビスクドール(メイド服)の人形だ。

茶々丸のモデルになった人形達だな、そう言えば。

・・・いや、厳密に言えば300と1、だな。

 

 

「ケケケ、ゴシュジントクムノハヒサシブリダナ」

「全くだ、最初は2人きりだったのにな」

「ゴシュジンハ、マルクナッタ」

「お前は、感情が豊かになったな」

 

 

私の傍には、チャチャゼロがいる。

両手に大ぶりで派手な刃物を持っている――――エリミネイター・00と、グリフォン・ハードカスタムとか言う名前だったか――――のは、いつも通りだが。

 

 

私達が身を潜めている岩場から数百m先には、連合の兵がいる。

槍や剣を持った一般兵が数千、うちの陸軍の陣地を目指して密集隊形で進んでいる。

 

 

「・・・リク・ラク・ラ・ラック・ライラック・・・」

 

 

口の中で、呪文を唱える。

まさか、私が人間を守るために戦場に立つことになるとはなぁ・・・。

それも、人間を殺すために身に着けた技術で。

・・・まぁ、やはり人間を殺すために、使う技術なわけだが。

 

 

そんなことを考えながら、私は息を潜めて、待った。

そして・・・敵兵の集団の中間が目に入った、その時。

 

 

「『闇の(ニウィス・テンペスターズ・)吹雪(オブスクランス)』!!」

 

 

闇と雪の混じった竜巻が、一直線に敵の集団に直撃した。

側面に障壁を張っていなかったのか、私の放った魔法は敵兵の中を数十mも進んだ。

途中の敵兵を、薙ぎ払いながら。

 

 

直撃を喰らった奴は、まだ幸せだったろう。

だが、狙いが逸れた兵士は・・・片手や片足を失い、あるいは上半身だけが残って、死ぬまでのわずかな時間、苦痛に満ちた生を生きることになる。

母の、あるいは恋人の名前を呼びながら、涙を流して、地面を這い回って。

 

 

「う・・・うわあああぁぁぁっ!?」

 

 

敵兵の誰かが、悲鳴を上げた。

当然だろう、倍の兵力で敵を嬲り殺しにするつもりだったろうし、何より敵と直接刃を交えてはいない。

だから兵達にも、イマイチ緊張感が無かった。

だが今、仲間の兵士が数十人、死んだのだ。自分の目の前で。

しかも・・・。

 

 

「トツゲキダゼ!!」

 

 

しかもそこに、チャチャゼロを先頭とする300の人形兵が突っ込んだ。

私は、人形兵の中心で次の呪文を唱え始める・・・。

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の1001矢(グラキアーリス)』!!」

 

 

空中に生み出された1000を超える氷の矢が、扇状に前方の敵兵の集団に撃ち込まれる。

3列目まではなす術もなく、4列目以降は障壁を切り裂かれて、氷の矢を全身に受ける。

鮮血と悲鳴が上がり、そこへ人形兵が殺到し、殴り、斬り、潰し、敵兵を絶命させていく。

次々と量産されていく死体。

 

 

それに対して、無理矢理に口元に笑みを浮かべ、私は昂然と叫んだ。

 

 

「私は、<闇の福音>! 死にたくない者、家族、恋人のいる者は下がるが良い――――!!」

 

 

私達は、敵兵の血と肉と臓物と涙を撒き散らしながら、敵の陣形を切り裂くように直進する!

 

 

 

 

 

Side ムミウス

 

「<闇の福音>だと?」

 

 

後方の司令部にもたらされたのは、真祖の吸血鬼が戦場に現れたとの情報。

もちろん、戦闘前からその存在は確認していたが。

だが、英雄ナギが滅ぼしたと聞いていたから、驚きはした。

元老院の公式発表も、いい加減な物だ・・・。

 

 

「<闇の福音>率いる数百体の人形兵は、中軍の内部を縦横無尽に駆け回り、我が軍前衛と後衛の部隊との連絡を断たんとしているように思われます」

「数千の軍部隊の中に突撃するとはな・・・敵ながら剛毅なことだ」

「いかがなさいますか、司令官」

「放ってもおけん、陣形が乱されては敵に各個撃破を許すだけだ・・・クラウナダ異界国境騎士団から徴発した対人形兵用の武装があったはずだ、それを使うのだ」

 

 

『対非生命型魔力駆動体特殊魔装具』。

それは、まさにかつて<闇の福音>を倒すために作られた魔法具だった。

自動人形やゴーレムと言った非生命型の魔力駆動体を活動停止に追い込むことができる。

2000個程、輸送されているはずだ。

 

 

それを使えば、数百の人形兵など恐れるに足りぬ。

そう思い、輸送担当の幕僚を呼び出す。

だがどうしたことか、私の所に来た輸送担当の幕僚の顔色が優れない。

彼は言いにくそうにしながらも、正直に答えた。

 

 

「それが、公国政府との協定で、魔法具は使うなとの元老院の指示がありまして・・・」

「・・・何・・・?」

「グレート=ブリッジ要塞にまで運ばれた時点で、輸送が止められてしまったのです」

「バカな!」

 

 

そのような政治的配慮のために、犠牲を増やせと言うのか、元老院は!?

相手は、国境紛争で鍛え上げられたウェスペルタティアの正規兵だぞ!

本国で警察レベルの仕事しかしていない兵では、2倍でも少ないくらいだと言うのに・・・。

緒戦で敵軍を倒せなければ、こちらが危ないのだぞ。

 

 

それを、首都の政治家共はわかっているのか。

だが、ここで幕僚を責めても仕方が無い。

 

 

「<闇の福音>を包囲しつつ、全方位から魔法を撃ち込め! 一兵たりとも生かして返すな!!」

 

 

包囲し、距離を取りつつ遠距離から攻撃する。

そう命令するしか無かった。

一刻も早く<闇の福音>の活動を止めて、前衛部隊と連絡せねばならん。

このまま分断されれば、各個撃破の好餌となってしまう。

 

 

「パルティア方面はどうした! ウェスペルタティアの全軍がこちらに展開しているのだ、パルティア方面から侵入すれば、王国をたやすく滅ぼせるではないか!」

「それが、敵の通信妨害が激しく、連絡が取れないのです」

「ええい・・・」

 

 

トレボニアヌスの無能者め!

東から王国を圧迫し、敵軍を分散させるはずだったシルチス亜大陸の総督を心の中で罵りながら、私は指揮をとり続ける。

まさか味方から、戦術レベルで制限を受けることになるとは・・・。

 

 

こんなことで、一丸となって向かってくる敵に勝てるのか。

勝てるとして・・・。

一体、誰のために勝つと言うのか。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

街道から新オスティアの浮かぶ雲海までの途中に、7本の塹壕を張り巡らせた防御陣がある。

塹壕に至るまでの各所には、4本の防御柵、2本の堀、無数の魔法罠(マジックトラップ)を配した地雷原がある。

最後方の第7塹壕には補給物資があり、第6塹壕には600門の魔力砲が配置されている。

第1から第4は、近距離迎撃装備を整えた兵が多数詰めている。

 

 

そして俺が全体の指揮を執る第5塹壕に、陸軍の総司令部があった。

第1塹壕が一番低い位置にあり、後になる程高地になる。

つまり我が軍は高みにあり、敵軍を見下ろす位置にいるのだ。

 

 

「ふん、よくもまぁ量を揃えた物だな、敵も」

「将としては羨ましい限りじゃないか、グリアソン」

「・・・」

 

 

俺の左右には、2人の将官がいる。

一人はもちろん、竜騎兵で構成される機動部隊を率いるグリアソン。

 

 

そして、最前線で歩兵部隊を指揮するジョナサン・ジャクソン少将。

30歳代後半の男で、焦茶色に近い色の髪をしている。

ただこの男、めったに喋らない。

歩兵の集団戦に強く、最近までオストラで軍監をしていた。

 

 

「では、貴官らもそれぞれ持ち場についてくれ。そろそろ作戦を始める」

「ああ、わかった・・・マクダウェル殿ばかりを戦わせるわけにもいかんしな」

「・・・グリアソン、お前・・・」

「・・・(フルフル)」

 

 

ジャクソン少将が、俺の肩に手を置いて首を横に振った。

・・・そうだな、今は作戦指揮に集中するとしよう。

 

 

「では生き残るために最善を尽くすとしようか。でないと2階級特進で元帥にされてしまう」

 

 

俺のその言葉に頷いて、2人は持ち場に転移していった。

そこで俺は浮かべていた笑みを消し、正面を向く。

こちらに向かってくる、敵部隊を。

数が少なく見えるのは、あの吸血鬼が思ったより良い仕事をしているのか、敵の行動が中途半端なのか。

 

 

おそらくは、両方だろう。

ここからは、分断されつつある敵兵の動きが良く見える。

空に竜騎兵が上がるのが見える。おそらくはジャクソン少将もあの吸血鬼の反対側から敵に突入し、さらなる分断を図りつつあるはずだ。

俺は背後の部下達に見えるように、大きく右腕を掲げた。

 

 

「敵前衛部隊、第1塹壕まで700!」

 

 

そこに、俺の通信幕僚が報告を入れてくる。

俺は、右腕を振り下ろした。

 

 

「照準・・・敵、正面部隊後衛! ・・・砲撃開始(ファイア)!!」

 

 

次の瞬間、並べられた砲列から轟音と共に魔力弾が放たれ、敵前衛部隊の後衛部分に殺到した。

いくつかは魔法障壁により軌道を逸らされるが、半分近くは敵兵を薙ぎ倒すことに成功する。

地面が魔力弾によって穿たれ、敵兵の身体が吹き飛ぶのが見える。

しかし大部分の敵兵は、それに構わずに突撃を続け、一つ目の防御柵に到達しようとしていた。

 

 

ただし、その防御柵にもいくつかの罠が仕掛けられている。

物理的には鉄製の棘や釘、魔法的には雷属性の魔法が。

それを受けて、最前列の敵兵が悲鳴を上げてうろたえるのが見えた。

次の瞬間、俺は次の命令を発した。

 

 

「第1から第4塹壕、迎撃を開始せよ!」

 

 

瞬間、魔導兵と魔法具―――女王発案と言う、据え置き式の魔力弩砲(バリスタ)―――が、無数の光弾や矢を吐き出し、敵兵の正面に殺意の雨を叩き付けた。

敵兵の身体が矢弾で引き裂かれ、魔法の爆発が身体を飛散させる。

・・・艦隊戦と陸上戦の最大の違いは、コレだ。

つまり、敵兵の死を目の当たりにすることができる、と言うことさ。

 

 

さて、当面、正面の敵を迎撃する分には問題ないが・・・。

背後・・・つまりパルティア方面からの敵の侵入があれば、流石にどうにもできん。

まぁ、そこは戦略の領分であって、前線指揮官にはどうしようも無い部分だが。

 

 

我が女王に、期待することにしよう。

俺はそう思い、遥かな空に煌めく白銀の戦艦を脳裏に描いた。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

キンッ・・・と、剣を鞘に収める。

次いで、見張りに立っていた連合の兵士が2人、その場に崩れ落ちた。

 

 

「・・・安心するが良い、峰打ちだ」

「ジョリィさんの剣って、両刃だよな・・・です」

「・・・剣の腹で打ったから、大丈夫だ」

 

 

レメイル殿の言葉にそう答えつつ、私は周りを見渡した。

ここは、エルファンハフトと言うシルチス亜大陸の街の郊外の森の中だ。

今私達がいるのは、その森の中にある連合の軍のための倉庫だ。

ここには、近郊の部族から収奪した食糧や資源が詰め込まれている・・・。

 

 

「さぁ、首長殿。今の内に運び出してください」

「ほ、本当に、持って行っても・・・?」

「もちろんです。ここにある物資は、そもそも首長殿達の財産なのですから」

 

 

私の言葉に、恐る恐る倉庫に近付いて来た小柄な老人が、パッと顔を輝かせた。

部族の若い男を連れて、倉庫の中に入って行く。

・・・これで、9か所目だ。

それ以外にも、連合の補給拠点が次々とパルティア・ゲリラ―――パルティア解放機構(PLO)―――によって、襲撃されている。

 

 

部族間対立の激しい地域だが、反連合を旗印に盟約を結び、ゲリラ戦を仕掛けている。

その成果は、連合のパルティア総督軍の進軍停止と言う結果をもたらしている。

しかもかねてからの不満が爆発し、エルファンハフトやアンティゴネーなどの都市部で、民衆の暴動が頻発している。

 

 

「き、貴様ら・・・パルティア人ではないか」

 

 

先程気絶させたはずの連合兵が、浅かったのかためか目を覚ました。

倉庫から物資を運び出す人々や、私の横にいるレメイル殿を見ながら、呻いた。

 

 

「なら、連合に対して恩義があるはずではないか。このような所業、恥とは思わんのか!」

「・・・」

 

 

・・・これは別に、彼が差別主義者だと言うことを意味しない。

連合兵の・・・いや、連合市民、特にMM市民の一般的な感覚なのだ。

「我々は、世界の発展と貧困の撲滅、恒久平和のために活動している」。

それは彼らの正義であり、信念であり、誇りだ。

 

 

実際、多くの市民や兵士はそれを信じて行動している。

だがそれを押し付けられる側にとっては、たまった物では無い。

それが、彼らには理解できない・・・。

 

 

「俺の村は・・・」

 

 

薄い笑みを浮かべながら、レメイル殿が答えた。

 

 

「俺の村は、あんたら連合の支援を受けた武装勢力に焼き払われたよ」

「何だと・・・」

「それを恩義だってんなら、俺達は今まさにその恩義に報わせて貰ってんのさ。遠慮せずに受け取ってくれよ」

 

 

他の者達も、レメイル殿と同じような表情をしていた。

それが・・・連合の正義への返答。

私は、木々の間から見える空を見上げた。

 

 

・・・今頃、新オスティアは戦場になっているだろうか。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「だから! 気ってのは生命エネルギーを体内で燃焼させるんだよ西洋魔法使いいぃぃっ!!」

「だから! そんなアバウトな説明で理解できるわけねぇだろ旧世界人があああぁぁぁっ!!」

 

 

・・・今のは、各所で上がっとる陰陽師と西洋魔法使いの口論の一部や。

工部省って組織の一室で、うちらは「魔法世界を救済する方法」について、議論しとる。

セリオナはんって言う顔色の悪い美人と、ティマイオスって言うずんぐりむっくりしたおっさんが、議論をリードしとるんやけど・・・。

 

 

「気」と「魔力」。

似て非なる物を使うからか、議論は白熱はしても収束はせぇへん。

昨日からやっとるんやけど、全然はかどらん。

エヴァンジェリンはんがおらん間は、うちがここ仕切らなあかんのやけど・・・。

 

 

「・・・まぁ、この程度でヘコんでたら小太郎と月詠の母親はやれへんよ」

「鍛えられてるよな、所長」

「逆境に強いわよね、うちの所長」

 

 

・・・まぁ、ええけどな。

しかしまぁ、どないしたもんかなコレ。

資源が無くなるんやから、どないしようも無いと思うんやけど。

しかも人口は12億、旧世界では受け入れ切れん。

 

 

何でも、この魔法世界は誰かが2000年以上も前に創ったって話やけど。

と言うか、火星て・・・SFかいな。

誰が創ったんか知らんけど、面倒な問題残してくれたなぁ。

・・・ま、使い込んだ側の責任やけどな。

 

 

「まぁ、アレじゃ。いっそのこと全員の魂を抜いて人形に入れるかの? 荒野でも宇宙でも生きていけるぞ?」

 

 

・・・大先輩である安倍晴明様に、突っ込みを入れることがうちにはできんかった。

でも本当に人形に魂(分体)入れてる方が言うと、妙に説得力があるなぁ・・・。

晴明様はデスクの上で部屋中に展開されとる術式を指先で書いたり消したりしながら、言うた。

 

 

「ほれ、お主達も喧嘩ばかりしとらんで、手伝わんか」

「「「はい、晴明様!!」」」

「・・・なぁ、何であいつら人形に敬礼してるんだ?」

「旧世界人は、変な習慣があるんだなぁ」

 

 

な、何か、魔法世界人に誤解を与えつつある気がする。

 

 

「し、所長―――――!」

「何や、鈴吹」

 

 

急に叫び出した鈴吹に、うちは紙人形と針を取り出しながら答えた。

まったく、まぁた月詠の話かいな・・・。

 

 

「月詠たんがどこにもいません!」

「ほら来た」

「ちょ、待って待って、今回真面目な話ですって! 月詠たんと弟さんが見当たらないんです!」

「・・・何やて?」

 

 

言われて、初めて気が付いた。

部屋を見渡して見る・・・おらん。

 

 

昨日までは月詠はうちの膝に顎を乗せたり背中から寄り掛かったり、窓辺で日向ぼっこしたりしとったし、小太郎は「気合いや、男は気合いで大抵何とかなる!」とか叫んどった。

・・・むしろ、何でうち気付かへんかったんや?

トイレ・・・でも無いよな。

 

 

「・・・まさか」

 

 

まさか・・・!

 

 

 

 

 

Side 美空

 

え、コレヤバい? ねぇヤバい・・・?

さっきまでは、外で戦争してるなんて気はしなかった。

避難所の中は静かでさ、音も振動も無かったからさ。

でもここに来て、ちょっとヤバい・・・。

 

 

一回だけだけど、地震みたいな振動がした。

避難所の天井から、パラパラと何か落ちてきたもん。

 

 

「何と言うことじゃ・・・もうおしまいじゃあ・・・」

「大丈夫ですよ、お婆さん。主は必ず、私達を守ってくださいます」

 

 

怖がってる人達を、シスターシャークティーが宥めてる。

・・・魔法使いに、神様のことを説くのって、凄くない?

 

 

ちなみに私達は、宣言通りにボランティア中。

ほら見て、私は箱に入った飲料水を配り歩いてて、傍のココネはタオル。

足が速いからって、配り歩けは無いよねぇ。

ちなみに、高音さんと佐倉さんも・・・。

 

 

「うえええぇぇえん、ママぁ~」

「ほ、ホラホラ、男の子なのですから、泣かない! どなたか、この子のお母さんを知りませんかー!」

「うぇえええぇえん」

「ああぁ・・・な、泣かないでくださいなっ・・・!」

 

 

高音さんは、何か迷子の男の子を抱っこしながら歩き回ってる。

この避難所だけでも、数百人いるからね・・・しかも他の避難所にお母さんがいたりしたら、どうしようも無いよねぇ。

 

 

「おねーさん、おトイレ・・・」

「ふぇえ? あ、お手洗いですか!?」

「うぅぅ・・・漏れちゃう~!」

「あわわわわ、ちょ、ちょっと待って、もう少し頑張って・・・!」

 

 

佐倉さんも子供相手に奮闘してた。それも女の子。

何でか男の子は高音さんに寄って、女の子は佐倉さんに寄るんだよね・・・。

何でだろ・・・。

 

 

まぁ、とにかく、皆不安ってことだよね。

当たり前か、戦争だもん。

相坂さんは、この避難所の上で結界張るとか言ってたし・・・アリア先生達は最前線。

・・・面倒臭いことを進んでやるあたり、尊敬はするけどね。

 

 

『皆さん、こんにちは』

 

 

その時、避難所の中央の床から立体映像用の機械が出てきた。

そしてそこから声と・・・何か、10センチくらいのピンクの髪の女の子の立体映像が。

・・・え、何、あれ。

 

 

『ルカと申します。えー・・・歌います』

「・・・何で?」

『それが存在意義な物で』

 

 

律儀に私の問いに答えた後、その・・・えー、ルカは歌い始めた。

同時に、音楽まで流れ始める・・・重低音の音が響き、場を包み始める。

高い音と、どこか不安定な歌声。

心へ、何かを訴えかけてくる。そんな歌声。

 

 

皆、いつの間にかその歌声に引き込まれていた。

その歌は・・・何か。

何か、私達を動かそうとするような歌だった。

 

 

「きれー・・・」

 

 

小さな女の子が、そう言うのが聞こえた。

歌声が、響く。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

新オスティア西部海岸線。

そこにはアリアドネー戦乙女騎士団の最精鋭400人が配置され、強力な魔法障壁・対魔結界を合わせて5層展開しているわ。

結界の向こう側の地表部分では、艦隊と地上軍の戦闘が展開されているのが見える。

 

 

今の所、私達にできることは無いわ。

新オスティアの防衛体制を整え、市内の治安維持に努める。

そして、市民を守る。それだけよ。

800人の騎士が市内の避難所上空に展開し、そこでも結界を張っているの。

 

 

「連合艦に呼びかけを続けなさい。ここは現在アリアドネーの治安区域である、慣習に則り、ただちに域外に転進せよ、と」

「・・・ダメです! 呼びかけに応じません!」

「それでも、続けなさい!」

 

 

私達アリアドネーの立場は、厳正中立。

一部の例外を除いて、戦闘そのものに介入することはできない。

私も陣頭に立ち、防衛行動の指揮は執れるけれど・・・。

 

 

「伝令! 多層結界の最外殻部に、連合艦の精霊砲の一部が着弾しました!」

「続報! 結界左翼部分の一部に掠める形で、連合の精霊砲の一部が着弾!」

 

 

その時、海岸線に張られた結界の外郭に、微弱ながら連合の砲撃が着弾したとの報告が入ったわ。

連続して同じ場所に当たることは無いから、流れ弾と見るべきね。

実際、断続的に起こるそれが市街地に降ってくることは無い。

ほとんどは、結界に当たりもせずに雲海の下・・・旧王都の遺跡群に落ちている。

 

 

思わず、唇を噛んだ。

たとえ流れ弾でも、こちらの呼びかけを無視して続けている攻撃の流れ弾よ。

看過することは、できないわ。

次は直撃しないと言う保証が、どこにあると言うの?

 

 

私は、決断した。

 

 

「メセンブリーナ連合の不法な砲撃に対し、我がアリアドネーは自衛権を行使します!!」

 

 

瞬間、私の周囲の騎士達が盾を置き、剣を構えた。

武装し、戦闘準備に入る。空気が張りつめていくのを感じる。

実戦の空気。

 

 

「現時点をもって、メセンブリーナ連合とその同盟勢力を我がアリアドネーに対する敵性勢力と見なします! 戦乙女騎士団はこれより、我らの治安区域を侵害する敵性勢力の排除行動に入る!!」

「「「『着装(ウェスティオー)』!!」」」

「事前に設定したラインを越えてくる連合兵・連合艦に対する大規模魔法攻撃を許可します。敵の攻撃に際しては防御だけでなく反撃を許可します。傲岸不遜な連合兵に、アリアドネーの意思を叩きつけてやりなさい!!」

「「「了解です、総長閣下(グランドマスター)!!」」」

 

 

ああ、もう!

クルト宰相代理の笑顔が頭にチラついて、ウザいわね!!

 

 

「伝令! 敵が鬼神兵を投入しました! 数、5!」

「何ですって!?」

 

 

その時、連合が鬼神兵を投入してきたとの報告が上がってきた。

見れば、遠目にも巨大なソレを複数見ることができる。

こんな局地戦に、まさか5体も投入してくるなんて。

 

 

ちなみに、王国もアリアドネーも鬼神兵を所有していないわ。

少なくとも、この戦場には。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

「隊長、鬼神兵ニャ!」

「うろたえるな!」

 

 

リュケスティスの防御陣地とジャクソン少将の歩兵・騎兵が敵主力を押さえている間に、我々は制空権を確保し、しかも敵の後方を攪乱しなければならん。

言ってしまえば、遊撃部隊だ。

その矢先に、連合の輸送艦から完全武装の鬼神兵が5体、投下されたのだ。

 

 

先の大戦では、紅き翼がやたらと簡単に鬼神兵を屠っていたと聞くが。

部下の手前、うろたえるなとは言ったものの・・・。

 

 

「相手が、鬼神兵ではな・・・!」

 

 

先日の戦闘で132名の仲間を失ったものの、竜騎兵隊には未だ437名の精鋭達がいる。

実際、地上の部隊の中には鬼神兵の投入に混乱が起きている所もあるだろう。

だが、我が部隊は混乱などしない。

 

 

「隊長、11時と2時の方角から敵竜騎兵隊! 右が約500、左が300!」

「・・・相変わらず、正確な報告だ副長!」

 

 

ざっと見て、倍の竜騎兵が我らを左右から包囲しようとしていた。

倍?

たったそれだけで良いのか?

 

 

「全騎、急速上昇!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

 

 

400騎余の竜騎兵が俺を先頭に急上昇、真っ直ぐ天井方向に向かう。

すると、左右に別れようとした敵が下・・・つまり我らの後方につこうとして、自然と合流する。

騎竜の上から魔法を撃ち込んでくる敵の竜騎兵。

我が部隊の最後尾の竜騎兵が魔法障壁を展開するが、いくつかは突破されて撃墜されてしまう。

 

 

「トーマス、グリゴロフ・・・サリナス!」

 

 

それを見た俺は、今度は急速に降下を始める。

当然、部下も俺に続く。

結果として、上昇する敵と、降下する我らが正面から衝突した!

 

 

「俺の勇敢な部下に――――――何をするっ!!」

 

 

俺の怒声に応えるように、部下達の咆哮が続く。

それを背中に感じながら、槍で相手の頭を粉砕し、振り回して敵兵の腕や首、あるいは騎竜の翼を破壊する。鮮血が俺の顔に飛び散り、敵兵の恐怖の表情と叫びが、目と耳に残る。

相手の槍をかわし、魔法を弾き、逆に魔法を撃ち返す。

 

 

地上スレスレで『ベイオウルフ』を翻し、低空で飛行する。

その時には、我が部隊によって真っ二つに引き裂かれた敵の竜騎兵は半数が地に堕ちている。

・・・もちろん、こちらも無傷では無い。

 

 

眼下には、敵兵と切り結ぶ味方の兵が見える。

その中に、美しい金髪を靡かせて戦う、彼女の姿を見つける。

援護したい気もするが・・・邪魔と言われるのが簡単に予想できた。

 

 

「隊長隊長、部下の信頼を失うニャよ」

「何を言う副長、俺はいつでも部下の信頼に応えているつもりだ」

 

 

戦場で軽口を叩くのは、場合によっては効果的だ、緊張を紛らわせることができる。

・・・しかし、副長が別れ際のリュケスティスと似たような顔をしているのが気になるな。

しかしまぁ、それは後でも良い。

今は、自分の任務を完遂するが先だ!

 

 

「このまま直進、敵後方の支援兵力2000を殲滅する!!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

「さぁ・・・」

 

 

俺はいつも、部隊の先頭で敵に突撃する。

本当は怖くて仕方が無いが、それでも俺は先頭にいる。

安全な後方で部下を送り出すような真似は、俺にはできない。

臆病者にはなれるが、卑怯者にはなれない。

 

 

そんな俺を、部下達は勇敢だと言ってくれる。

部下達はこんな俺を、必死に守ろうとしてくれる。

他の竜騎兵には不可能な速度と勢いで、動いてくれる。

 

 

「さぁ、生き残るぞ、お前らっ!!」

 

 

俺の声に、部下達は地震を起こしそうな程の大きな声で応えてくれた。

俺はそれに、嬉しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

頭上をうちの竜騎兵が通り過ぎて行った。

そうなると、作戦は第二段階(セカンドフェイズ)に入ったと見るべきだろう。

しかし・・・。

 

 

「『こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)』!!」

 

 

ぐんっ・・・と左腕を上に掲げながら魔法を放つと、10本近くの氷の柱が敵兵の一群を吹き飛ばした。

しかし見た目程には、効果が無い。

どうも先程から、距離をとられていてな・・・。

広域殲滅魔法ならゴッソリと削れるだろうが、それでは味方にも影響を与えかねない。

 

 

むしろ私は、あのでかい鬼・・・周りの敵兵が鬼神兵とか呼んでたかな、それに向かった方が良いかもしれない。

アレなら、遠慮なくぶつけられ・・・!

 

 

「やぁ、こんにちは」

 

 

後ろに飛ぶ。

次の瞬間、私の目の前をお手玉のような物が通過した。

それは、私の横にいた人形兵の一体にぶつかると・・・爆発した。

人形兵の陶器の破片が散る中、私はその爆弾を投げつけた人間を睨みつけた。

 

 

ストライプのブカブカの服に、ピエロの仮面を着た人間を。

・・・ふざけた格好だ。連合の兵には見えないが。

 

 

「何だ、貴様」

「僕の名前はサハタナ・サハ・・・傭兵です」

 

 

そいつは、両手にチェーンソーを持って・・・って、チェーンソー!?

 

 

「旧世界に行った時、運命を感じて購入」

 

 

ギュララララララッ・・・と、2つのチェーンソーが激しく回転を始める。

魔法的な処置がされているのは当然としても、両手で扱うか。

どうも、私と戦うつもりらしい・・・この私と!

普段なら受けてやる所だが、今の私は忙しい。

悪いが・・・。

 

 

「うちの娘は、世界一いいぃぃぃ―――――――っ!!」

 

 

その時、何か激しく同意したいような叫びと共に、数条の赤い光がピエロを薙ぎ払った。

同時に、ウェスペルタティアの歩兵らしき人間共が湧いて出た・・・いや。

私が突撃した反対側から突撃してきた歩兵部隊の最前衛と、接触できたと言うべきだろうか。

 

 

そこにいたのは、190センチはあるだろう身長に、筋肉質な身体の男。

ヴァン・オーギスとか言う人間の騎士で、やたらと娘の写真を見せてくる奴だ。

 

 

「おお、エヴァ殿! ご無事で何より!」

「お前はいい加減、娘の名前を叫びながら戦うのをやめろ」

「ほぅ・・・それはうちの娘と友達になりたい、と言う意思表示ですかな?」

「死ね」

「本当だね、死んだ方が良い」

 

 

しかも、あのピエロもまだいる。

片方のチェーンソーが半ばから折れているが、特に傷は無いようだった。

どう言う身体の構造をしてるんだ、こいつ。

 

 

「僕の戦いの邪魔をして・・・」

「オーギス、アレは任せる。私はあのデカブツをどうにかしに行く」

「心得ましたぞ!」

「逃がさ、ない!」

 

 

ビュオンッ、と、もう一つのチェーンソーを投げつけてくる。

回転しながら飛来したそれを、私は右手の指で受け止める。

そしてその直後には投げ返した。

しかしピエロはそれを避けてしまい・・・不幸にも背後にいた連合兵の胸に突き刺さる。

鮮血と悲鳴と怒声を背中で聞きながら、私は空へと飛び立った。

 

 

さて、広域殲滅魔法5発か。

バカ鬼よりは弱いはずだが、少しばかり骨が折れるな。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

魔力弩砲(バリスタ)の弾幕と防御柵を突破してきた敵兵の先頭が、徐々に第1塹壕に近付きつつある。

彼らはすでに魔法を撃ち始めていて、こちらの塹壕兵にも犠牲が出つつある。

 

 

迫りくる火属性の魔法に対し、兵達は塹壕の底にへばりつく形でそれをやりすごしている。

だが、その間にはこちらの反撃も勢いを失う。

その間隙を縫って、敵の砲兵隊が放つ魔力弾がこちらの陣地内で炸裂する。

もちろん魔法障壁は全力で展開しているが、限界があるのも確かだ。

 

 

「味方の歩兵部隊が、敵中央部の分断に成功しつつあります!」

 

 

第5塹壕で俺の横にいた士官が、懸命に前方を見ながら叫んだ。

見ると、確かに味方の軍勢が敵軍の中央部を引き裂くように展開している。

一見、前後から挟撃されているようにも見えるが・・・。

 

 

「今だ!」

 

 

声を張り上げ、俺は命じた。

 

 

「味方が分断した敵前衛部隊に―――――砲火を、集中させろ!!」

 

 

命令の直後、600門の砲塔が火を噴いた。

そして同時に、こちらの砲弾を通すために開いた防御障壁の間から、敵の砲弾が侵入し、着弾したからだ。

炎と衝撃が陣地を襲う。

 

 

後方の砲列の一部を突き崩し、かつ俺の傍にも一発着弾した。

瞬間的に意識が途切れ、塹壕の中を身体が跳ねる。

 

 

「・・・ええい、俺としたことが。熱くなりすぎたか」

 

 

身体の上の石と土埃を払い落しながら、そう呟いた。

だがどうやら無理をした甲斐もあって、敵の前進を一時的に止めることができたようだ。

身を起こして見てみれば、敵の前衛部隊にポッカリと穴が開いている。

集中砲火の結果、敵の防御障壁を破り、被害を与えることができたのだろう。

 

 

「各塹壕の被害状況を伝えさせろ。それと、今の内に負傷者の後送と兵員の補充だ」

「り、了解」

 

 

傍にいた通信兵を助け起こしつつ、そう命令する。

わずかな時間的空白も無駄にはできない。

その時、倒れた士官が俺の視界に入った・・・先程私に敵の状況を報告した士官だ。

 

 

「どうした、負傷したのか?」

「い、いえ、大丈夫です・・・」

「・・・貴官」

 

 

砲撃が炸裂した際の光に目を焼かれたのか、両目を閉じている。

そちらは、時間が経てば回復するだろうが・・・。

 

 

「申し訳ありません。見えなくて・・・右手の感覚が無いんですが、どうなっていますか?」

「・・・そうだな、俺の腕よりはマシだろう。だが怪我は怪我だ、医療班に看て貰え」

 

 

実際には、マシなどと言う物ではなかった。

手首から先が無いのに、「マシ」も何も無いだろう。

赤い血がとめどなく流れ、骨と肉が見えている。

俺は自分のハンカチを取り出すと、それを士官の患部に巻いて止血してやった。

それから、衛生兵を呼んだ。

すると緑色の外套を纏ったオレンジ色の髪の子供が、医療キットを持ってやってきた。

 

 

「はいはーいっと、ほんと、戦場って嫌だねー」

「・・・何故、子供がここにいる?」

「女王からして子供なのに、不思議じゃないでしょー?」

 

 

それを言われると、確かに何も言えんな。

苦笑しつつ名を訪ねると、「ロビン・アルタナシア」と言う答えが返ってきた。

 

 

「まったく、さっさと戦争なんて終わらせて、ゲート直してくださいよ。いつまで経ってもイギリスに帰れやしない・・・」

「ほう・・・旧世界人か」

「ノッティンガム出身っす」

 

 

そこがどこかは知らないが、まぁ、生きて帰れると良いな。

俺は、未だにこちらよりも多くの兵力を備えているであろう連合の軍勢を見やりながら、そう思った。

同時に、不味いな、とも思う。

どうも、消耗戦になりつつあるようだったからだ。

 

 

味方も、そしてあの吸血鬼も目覚ましい戦いぶりを見せていいるが、戦況全体を覆すことまではできていない。

 

 

ウェスペルタティア軍は、勝てばそれで良いと言うような状況では無いのだ。

例えここで敵を破れたとしても、こちらも全滅寸前では不味い。

なぜなら我らに援軍のアテが無いのに対し、連合は本国に無傷の軍をいくらでも抱えているのだ。

やれやれ・・・小よく大を制すなど、そう上手くは事は運ばんな。

 

 

最小の犠牲で最大の効果を、これは基本だが。

実行が難しいからこそ、基本と言うのだ。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

これは少々、割に合わない仕事かもしれないね・・・!

私がそう思い始めたのは、戦闘開始から30分も経たない頃だった。

そして5時間が経とうとしている今、それは確信に変わっている。

この仕事、割に合わない!

 

 

敵はどうも、ひたすら中央突破を狙っているらしい。

こちらは左右に艦隊を広げている分、中央の負担は大きい。

つまり、私の仕事も増えるってことさ。

 

 

『敵巡航艦2隻、中央艦隊を突破! また来たよ!』

『艦種識別・・・センタウルゥス級巡航艦「フーリオス」、「レオーパルド」』

『『主砲・精霊砲、ロックオン』』

 

 

リンとレンが敵艦を識別し、照準を合わせる。

私は左眼の魔眼に魔力を集中しながら、そのポイントに寸分たがわず狙いを定め、引き金を引く。

まず一撃。

 

 

『ブリュンヒルデ』の艦首から主砲が放たれ、まず1艦を撃ち抜く。

胴体に直撃を受けたそれは、真っ二つに折れるようにして爆発、雲海の下に沈んでいった。

艦内の精霊炉が熱を吐き出し、砲術班が次のエネルギー充填作業を行う。

その時、敵の小型艇から放たれた雷撃が、『ブリュンヒルデ』の艦体の左舷に着弾した。

 

 

『左舷に被弾! L72ブロックを損傷したぁ!』

『隔壁閉鎖3秒前・・・3、2、1、閉鎖』

 

 

リンとレンが状況を知らせる。

大した被害は出ていないようだ、流石は新鋭艦、防御が厚い。

だが・・・と、私は通信機のスイッチを入れた。

 

 

「左舷、弾幕薄い! 何をやってる!」

『うっさいわよ傭兵! 畜生、生きて戻れたら絶対、兵士の労働組合を作ってやる!』

「労組でもソビエトでも良いから、弾幕を密に!」

『わぁかってるわよ! 畜生が!』

 

 

ガチャッ、と通信を切る。

そして前を見た時、正面の画面一杯に敵の巡航艦が映っていた。

同時に、エネルギー充填完了のサインが画面の隅に映る。

引き金を、引く。狙い撃つ暇も無い。

 

 

巡航艦の正面に主砲が直撃し、艦体を削り取るように破壊する。

艦体の前半分、3分の1程を失った巡航艦は、しかし精霊炉が無事だったのか大爆発を起こすことも無く、『ブリュンヒルデ』とすれ違うように後方へ流れて行く。

まぁ、どうせ長くは無いだろうが・・・。

 

 

『け、けけけ、警報! 衝突コース!』

「何・・・?」

 

 

リンの悲鳴に、訝しむように『GNスナイパーライフル』のスコープから目を離す。

衝突って、何が・・・。

・・・そうか、しまった!

 

 

艦隊の後ろには、新オスティアがあった!

失態だ・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

別に、真名さん一人のせいではありません。

5時間もぶっ続けで撃たせてるこちらにも、非があります。

と言うか、責任がどうとか話している場合ではありません。

 

 

敵の巡航艦の1隻が、半壊しつつも新オスティアのある浮島に向けて落下しつつあると言うのですから。

大抵の艦は、空中で爆散するか、雲海の下に沈みます。

これは、例外的ですね・・・!

 

 

「アリアドネー艦隊、砲撃を開始したっス! でも巡航艦の障壁が半端に生きてて、破壊が間に合わないっス! 駆逐艦と潜空艦ばっかなんで、火力も足りないっス!」

「これは・・・非常に不味いですね!」

 

 

『ブリュンヒルデ』の副長オルセン大尉の言葉に、クルトおじ様が焦ったような声を上げます。

いえ、まぁ、焦ってるんでしょうけど、そう見えないのがクルトおじ様ですから。

 

 

「・・・ミク!」

 

 

左耳の支援魔導機械(デバイス)を起動、瞬間、ミクが素早く計算します。

結果は・・・。

 

 

『市街地に被害が及ぶ確率、56%です!』

「56%・・・悩み所ですね・・・!」

『最も効果的なのは、艦隊の一部を割いて砲撃させること。ただし、その艦は背後から敵艦に撃たれる確率が69%!』

「69%・・・結構ありますね・・・!」

 

 

心臓が締め付けられるような想い。

今、中央艦隊と護衛艦隊は、正面の敵艦隊主力と砲撃を交えています。

1艦たりとも、向かわせる余裕はありません。

 

 

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・決断しろ、私!

 

 

「『ブリュンヒルデ』、右舷回頭!」

「陛下!?」

「他の艦に余裕はありません・・・この艦であの巡航艦を撃ち落とします!」

「しかし、危険です陛下!」

「艦長!!」

 

 

クルトおじ様が立場上「イエス」と言えないのは、わかっています。

だから、艦レベルの指揮権を預かる艦長ブブリーナ大佐に直接言います。

大佐は頷くと、副長に右舷回頭を命じました。

 

 

戦艦である『ブリュンヒルデ』の主砲なら、巡航艦も吹き飛ばせます。

とはいえ、この艦の乗員を死なせることもできない。

 

 

「護衛艦隊の巡航艦『アルブス・フラーグム』、『ジュリエット』に打電、<穴を埋めよ>! 『ブリュンヒルデ』が体勢を立て直すまで、戦線を支えさせなさい!」

仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!」

 

 

大尉が返事をし、『ブリュンヒルデ』の艦首が180度回頭します。

スクリーンの映像がゆっくりと回転し、新オスティアと、そこに向かう敵巡航艦の姿が見えます。

アリアドネーの砲撃と結界で、今にも爆発しそうなのですが・・・。

・・・アリアドネーが攻撃に入った時は、クルトおじ様が凄い笑顔でしたね。

 

 

ズ、ズン・・・!

その時、『ブリュンヒルデ』の艦体をいくつかの砲撃が掠めました。

艦橋にも振動が伝わり、指揮シートの肘置きに両手を置いて、身体を支えます。

小さな悲鳴を上げそうになるのを、歯を噛み締めて堪えます。

 

 

「アリア先生・・・」

「・・・大丈夫です」

 

 

茶々丸さんの声に、そう答えます。

抗魔処理の施された外壁のおかげで、直撃でもしない限り、大丈夫なはずですが・・・。

そう考えている間にも、この艦に敵の砲撃が集中してきます。

旗艦ですもの、当然ですよね。

 

 

・・・迷う。

魔法具、いや『千の魔法』で・・・でも、魔力には限界がある。

艦船を消す程の力は、そう何度もは・・・この先何があるかわかりませんし・・・。

総指揮官が旗艦を離れることもできません。

 

 

その時、『ブリュンヒルデ』へ届く砲撃が減りました。

何故かと思い、スクリーンを見れば・・・。

 

 

「・・・あれは、何ですか?」

「装甲巡航艦『ブレナム』・・・トラウブリッジ少将の旗艦です、陛下」

「トラウブリッジ少将・・・?」

 

 

クルトおじ様の返答に、脳裏に先程の通信で見た顔を思い浮かべます。

どう言うつもりか、少将の艦は『ブリュンヒルデ』と敵の火線の間に立ち塞がるように移動しています。

装甲と名にあるように、他の艦よりは頑丈とは言え・・・!

 

 

『命に代えても、お守りいたします』

 

 

・・・死ぬことは、許さないと言った!

ギリ・・・と、歯ぎしりしつつ、叫ぶ。

 

 

「真名さん!」

『了解・・・狙い撃つ!』

 

 

通信機から響く声。

同時に、『ブリュンヒルデ』の主砲が放たれました。

主砲だけでなく、全ての副砲が敵巡航艦に向けて放たれました。

十数条の光の束がそれを撃ち抜き、新オスティア直前で爆散させます。

 

 

小さな破片がいくつかオスティアに降り注ぐかもしれませんが・・・大事には至らない様子です。

本体が雲海の下に沈んで行くのを確認した後、私は次の命令を出します。

 

 

「艦を元の位置に戻しなさい!」

「お任せっス――――!」

 

 

大尉が叫ぶように返し、可能な限りのスピードで艦を元の位置に戻そうとします。

その間にも、『ブレナム』・・・トラウブリッジ少将達は砲撃を受け止めて。

・・・受け止めて。

 

 

・・・・・・。

 

 

「・・・『ブレナム』が・・・」

 

 

一瞬の沈黙の後、クルトおじ様も流石に呻くようにその名を告げました。

『ブリュンヒルデ』が艦首を正面に戻し、体勢を整えた時には・・・。

 

 

『ブレナム』から、オレンジ色の光が噴き出していました。

また・・・。

 

 

 

 

また、私のために人が死にます。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side トラウブリッジ

 

艦内に警戒警報(アラート)が響き、赤い光が視界の中で明滅している。

すでに誰もいない『ブレナム』の艦橋で、私はスクリーンの向こう側から殺到する死の光を見つめていた。

 

 

「女王陛下は・・・体勢を立て直されたか」

 

 

我ながら驚くことに、息を吐くようなささやかな声だった。

クルト宰相代理から護衛艦隊の司令官を任された際、私は不思議だった。

貴族出身でも士官学校の出でも無い、20年前の大分烈戦争の時は一少佐でしかなかった私を、何故そのような重要な役職に、と。

18年前、ケルベラスまで艦を率いながら、紅き翼が去った後に到着すると言うヘマをやらかした私を、良くそんな役目に、と。

 

 

今は、なんとなくわかるような気がする。

私は真面目が取り得なだけの人間で、自己の責任に忠実であることを自分に課している。

そのような私なら、女王を見捨てることは無いと思ったのだろう。

私としても、18年前のリベンジができるなら、それも良いと思った。

 

 

残存の護衛艦隊の指揮は、申し訳ないが中央艦隊のレミーナ中将に任せれば良い。

私などよりも、よほど信頼のおける艦隊司令官だ。

 

 

「・・・2階級特進で大将になるのだから、命令しても良いだろう」

「あの世で階級があるなら、それも良いんじゃないですか?」

 

 

その時艦橋の扉が開き、赤黒い酒の瓶を持った人間が入ってきた。

全員に艦から離れるよう、命令したはずだが・・・。

 

 

「グレイハウンド少佐、何をしている」

「いえね、食堂から良い感じのワインを拝借してきたんで、司令官もどうかなって」

 

 

マリー・グレイハウンド少佐、茶色の髪の女性士官で、この艦の艦長でもある。

その少佐が、片手にワインの瓶、もう片方にグラスを二つ持っていた。

 

 

「脱出するように命じたはずだが・・・」

「だ~れも脱出なんてしてませんよ。皆、食堂でどんちゃんやってます・・・知ってます? シエラ中尉って下戸だったんですよ?」

「な・・・」

「脱出用の転移装置が、敵艦の砲撃でやられちゃいまして」

「な、む・・・そうか」

「まーそれでも、少将置いて逃げませんよ、誰もね」

 

 

500名近い乗員が、誰も逃げていない。

何と言うか・・・本当に、何と言えば良いのか。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

赤ワインの注がれたグラスを受け取ると、少佐はぎこちなく、しかし魅力的な笑顔を浮かべた。

 

 

「・・・ありがとう、グレイハウンド少佐」

「マリーって、呼んでください」

「む・・・?」

「お父さんがつけてくれた名前なんです・・・・・・呼ばれたい、気分なんで」

「・・・そうか」

 

 

かちんっ、とグラスを合わせて、乾杯した。

 

 

「・・・王国の未来に」

「お子様な女王陛下に」

 

 

おどけたような笑みを浮かべて、少佐・・・マリーは言った。

私も笑みを浮かべて、彼女の名ま

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

女王直属護衛艦隊旗艦『ブレナム』が撃沈されたのは、10月10日午後14時47分。

無秩序なまでの衝突と殺戮を繰り返した上で、約3時間後、両軍は一時的に戦闘を停止した。

 

 

期せずして、両軍の前線指揮官がそれぞれ女王アリア、大公ネギに撤退と補給、部隊再編などを具申した結果であり、消耗戦を嫌った結果でもあった。

何より疲労の極みにあった両軍は、休息を求めていた。

わずかな栄養剤と水のみで戦い続けられる者は、多くは無い。

そもそも、ほとんどの兵士はそのわずかな物すら口にできない状態だったのだから。

 

 

中には夜襲を主張する者もいたが、両軍の前線指揮官ムミウスとリュケスティスは、異口同音にその者にこう言ったと言う。

 

 

「自分で兵士を集め、訓練し、食事と休息を与え、補給態勢を整え、加えて敵の位置と状態を確認してからもう一度言え。もちろん、ここにいる兵士を使うことは許さん」

 

 

 

 

そして、10月11日。

魔法世界にとって、運命の1日が始まる。

 




茶々丸:
茶々丸です。皆様、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
密かに総旗艦に乗り込んでおります、茶々丸です。
マスターから「傍から離れるなよ、いいか、絶対だぞ!」と言いつけられております。
あまりに繰り返し言われるので、むしろ「離れろ」と言う振りかと思いました。


今回、初登場の投稿キャラクターは以下の方々です。
理想を追い求めし者様より、ロビン・アルタナシア様。
はははーん様より、サハタナ・サハ様。
黒鷹様より、スティア・レミーナ様。
ありがとうございます。

なお、艦の名前などは黒鷹様・伸様から提案されました。
ありがとうございます。


茶々丸:
さて、次回は10月11日のお話です。
次回も戦争パートかと思いますが、戦闘は佳境に入ります。
勝利を得て、全てを手に入れるのはどちらでしょうか?

それでは次回、「白き髪の二人」。
それでは、またお会いしましょう。


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第15話「白き髪の2人」

Side アリア

 

浅い眠りを断続的に続けながら、私は朝を迎えました。

何か、モフモフした物に顔を押しつけつつ、モニャモニャと・・・。

 

 

「やはりここは、宣伝方法を・・・」

「しかしそれでは、そもそもの目的が・・・」

「いやいやいや・・・」

「いえいえいえ・・・」

 

 

・・・?

どうやら、誰かが何かを話し合っているようです。

まどろみの中から意識を引き上げて、目を開いて顔を上げると、そこには。

 

 

カシャッ。

 

 

「・・・っ」

 

 

急にフラッシュ、え、何ですか、カメラ・・・?

目を擦りながら、そちらを見ると。

 

 

「うふふふー、寝顔頂きましたー」

 

 

金髪の小柄な女性が、カメラ片手に笑っていました。

・・・えっと、誰でしょう。

ウェスペルタティア政府官庁の制服着てるので、文官の方だとは思いますけど。

 

 

「室長ー、寝顔ゲッツです!」

「グッジョブです、ブラボー4」

「ふふ・・・昇給を覚悟しなさい」

「マジですか! ひゃっふぅー!」

「記事タイトルは『戦場に咲く花』・・・バックは苺の花で」

「クルト宰相代理、それでは花が二つになってしまいます」

「おおっと、確かに。いやぁ、絡繰さんには敵いませんねぇ」

 

 

ブラボー4って・・・いや、本当に誰ですか。

と言うか、私の寝顔を撮ってどうなると言うのでしょう。

記事にするって、肖像権・・・などと言う物が魔法世界にあるわけも無く。

もし私が憲法を作る機会に恵まれれば、入れようと思います、肖像権。

と言うか、仲良いですねあの二人・・・。

 

 

その時、私は『ブリュンヒルデ』の指揮シートの下の床で寝ていたとこに気付きました。

ただ固い床では無く、灰銀色のモフモフした毛皮に覆われていました。

獣臭さを感じない、このモフモフは・・・。

 

 

「カムイさん」

 

 

鳴きもせず、灰銀色の狼は私の頬に顔を押し付けてきました。

そのまま、スリスリします。くすぐったいです。

・・・何か、どこかからカシャカシャとカメラの音がしますが、まぁ良いです。

その時、田中さんがガショガショ言いながらお盆を持ってきました。

 

 

そのお盆の上には紅茶のカップがあって、湯気が立っています。

アーリーモーニングティー、朝の紅茶ですね。

 

 

「オスティアンティーデス」

「・・・ありがとう」

 

 

カップを手に取る前に、軽く伸びをします。

昨夜は結局、寝室で寝ずに指揮シートを倒して軽く寝ただけです。

まぁ、目が覚めたら床でカムイさんに包まれていたわけですが。

コキンッ、と身体が軋み、あふっ、と息を吐きます。

 

 

・・・カメラの音、いい加減うるさいかも。

その後もう一度お礼を言ってから、カップを手に取りました。

 

 

「陛下ー、将軍達から通信要請が来てるっスよ」

「ああ、はい。繋いでください」

 

 

オルセン大尉の言葉に、そう答えます。

朝の会議と言う奴ですね。

私が指揮シートに座ると、茶々丸さんが熱いおしぼりで私の顔を拭いてくれました。

 

 

「んむっ・・・」

「通信は30秒お待ちください」

「アイアイサーっスー」

 

 

顔を拭かれ、髪を整えられ、歯を磨かれ衣服の乱れを直され・・・。

・・・あれ、コレ30秒?

5分の間違いじゃ無くて?

 

 

「プロですから」

「何のですか・・・?」

「禁則事項です」

 

 

人差し指を口元に当てて、微笑む茶々丸さん。

そこへ、大尉が通信が繋がることを知らせてきましたので、私は居住まいを正します。

通信画面に5つの顔が並ぶと、私はなるべく穏やかな笑みを浮かべてみせます。

 

 

「皆様、おはようございます」

 

 

さて、今日も頑張りましょうか。

こつん・・・と左耳の支援魔導機械(デバイス)を指先で弾きながら、私は前を見ました。

 

 

 

 

 

Side のどか

 

たくさん、人が死にました。

その中には、私が名前と顔を知っている人もいました。

読み上げ耳(アウリス・レキタンス)』は、そう言う人達の表層意識すらも読み上げます。

心が擦り減らされるような、そんな一日でした、昨日は。

 

 

だけど、離れるわけにはいかない、ここから。

ネギ先生のために、私にしかできないことだと思うから。

 

 

『健気なことですね』

 

 

その時、ここ数日で一番聞いている心の声が聞こえました。

それはまるで、私に語りかけているような口調で。

 

 

『そんなことをしても、貴女がネギと結ばれることは無い』

 

 

それは、目の前にいる黒髪の女の子の声。

艦橋で、ずっと年上の軍人さん達に指示を出してる女の人の声。

・・・エルザさん。

私も、昨日からずっと、艦橋で立っています。

立たされています。

 

 

『ネギに余計なことを吹き込めば殺します。私から離れて勝手をしても殺します』

「・・・」

『私に質問をしても殺します』

 

 

私が望む答えを知るには、相手がそれを連想する質問をしなければならない。

それを、わかっている。

 

 

「大軍に戦術など必要ありません。ひたすら突撃して突破しなさい」

「しかしそれでは、犠牲が増えすぎます!」

 

 

エルザさんはさっきから、ブラウンの髪の軍人さんと揉めています。

確か、ネギ先生の艦隊の司令官さん。

名前は・・・。

 

 

「アイザック・ブロック提督、私は貴方の意見を求めた覚えはありません」

「昨日の戦闘を見たでしょう! 密集して突撃すれば後方の艦が遊兵と化し、かえって損害が増えるばかりではありませんか!」

『くそっ、何でこんな小娘の命令を聞かねばならないのか。MMの連中はコレだから・・・』

「犠牲が増える? 何か勘違いしているようですね提督、犠牲は問題ではありません。この艦が敵を突破することこそが重要なのです」

「それでは・・・!」

『反アリカ派を糾合したと言っても、こんな指揮では無駄死にし』

 

 

その軍人さんの心の声が、途切れました。

声だけでなく、全部が・・・。

 

 

「反逆者です。陛下が来られる前に片付けなさい」

 

 

思わず、目を背けます。

それでも、記憶は消せません。

エルザさんが左手を横に動かした瞬間、軍人さんの首から赤い液体が・・・。

プシュッ、と何かが噴き出す音と共に、ゴトリ、と鈍い音。

 

 

衛兵の人達がその・・・片付けると、艦橋で喋る人は誰もいなくなりました。

皆、青い顔で俯くばかりで・・・。

 

 

「おはようございます!」

 

 

その時、元気な声で艦橋に入ってきた人がいました。

もちろん、ネギ先生です。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

艦橋に入ると、何か変な雰囲気だった。

皆、元気が無いと言うか・・・変な感じ。

 

 

「おはようございます、ネギ」

 

 

その中で、エルザさんだけはいつも通りだった。

軍服の裾を翻させながら、エルザさんは僕の傍にやってきた。

 

 

「昨夜は良く眠れましたか?」

「う、うん」

「それは良かった・・・今日は大事な日ですから、ネギだけは万全でいて貰わねばなりません」

「えっと・・・ありがとう、エルザさん」

「将来、ネギの子を産む身として当然のことです」

 

 

・・・まぁ、そこはちょっと、アレだけど。

今日は、普通だよね。

エルザさんは時々、どうしてか凄く怖くなる時があるから。

ネカネお姉ちゃんも、そこは心配してたみたいだし。

 

 

その時、艦橋の隅の方で立っているのどかさんを見つけた。

でも、何だか具合が悪そうに見える。

僕がのどかさんに声をかけようとした時、エルザさんが僕の腕を引いた。

動かない表情の中に穏やかさを含めて、エルザさんは僕を見ている。

 

 

「それで、ネギ。作戦は決まったのですか?」

「え、あ、うん! 魔法球の中で考えてみたんだけど、やっぱりコレかなって・・・」

 

 

僕が胸ポケットから折りたたんだ大きな紙を取り出すと、エルザさんはそれを受け取って、開いた。

そこには、僕が魔法球の中で考えた作戦が書いてある。

まぁ、ほとんど思い付きだし、プロの人から見てどうなのかはわからないけど・・・。

 

 

僕の考えた作戦は、大体こんな感じ。

①残存の艦隊で、アリアさん側の艦隊攻撃を防ぎつつ、敵艦隊の中央部を突破する。

②そのまま旧王都に直進する。新オスティアは後回し。

③第一目標である旧王都「墓守り人の宮殿」を艦隊の陸戦部隊で占拠する。

④第二目標である<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を奪取する。

⑤世界を救う魔法<リライト>を発動させる。

 

 

「い、一応、僕にわかってる範囲で、考えてみたんだけど・・・」

「素晴らしいと思います、ネギ」

 

 

表情も変えずに、淡々とエルザさんは言った。

そのまま紙を自分の懐にしまって、僕の方を見る。

 

 

「ネギの作戦案は戦略的目的を着実に捉えた、素晴らしい物だと思います。私には考えもつきません。ネギの作戦の壮大にして緻密、かつ積極的なこと、誰の目にも素晴らしい物と映ることでしょう」

 

 

エルザさんは、30秒間で「素晴らしい」を3回も言った。

流石にちょっと、言い過ぎだと思うけど。

 

 

「では、すぐに準備させましょう」

 

 

エルザさんはそう言うと僕の手を握ったまま、周りの人に指示を出した。

何で、手を握ったまま?

 

 

 

 

 

Side クルト

 

『防諜班の報告によれば、敵はまたぞろ中央突破を仕掛けるつもりのようです』

 

 

今や中央だけでなく、護衛艦隊をも指揮するレミーナ中将が、そう発言しました。

『ブリュンヒルデ』の通信画面を通じて、将官達の討議が続いています。

 

 

『どうも、相手は中央突破に固執しているようです』

『こちらとしては、その敵の心理を利用するしかありません』

 

 

次に論陣を張ったのは、左翼艦隊のコリングウッド提督。

彼はおさまりの悪い黒髪を撫でつけるようにしながら、淡々と話します。

極端な話、彼ら前線指揮官の間では、すでに作戦案の合意はできているでしょうから。

これは言ってしまえば、アリア様にわかりやく説明するための会議ですね。

 

 

アリア様自身も、それはわかっているのでしょう。

将官達の説明に時折頷きを返したり質問したりもしますが、聞くことに集中しておられます。

なお、将官達の作戦案は以下のような物です。

 

 

①正攻法で戦えば、数に劣る我らが敗北するのは目に見えている。

②そこで中央を新オスティア寸前まで下げ、突破に固執する敵を引きつける。同時に両翼を前進させる。

③敵艦隊の隊列・補給線が伸びきった時、反撃を開始。

④艦隊をU字型の陣形に再編し、さらに雲海内に潜ませた潜空艦を加えて、4方向から反撃する。

⑤この際、アリアドネーの攻撃と相乗させることができたら最善。

⑥しかる後、敵艦隊を撃滅した余勢を駆って、味方艦隊で敵の陸軍を砲撃する。

⑦陸軍は艦砲射撃の間に大規模攻撃魔法の波状攻撃によって、敵陸軍を撃退する。

 

 

『コレしかありません。敵が中央突破にこだわらずに、兵力に頼った波状攻撃を仕掛けてきたら、兵力の回復力で劣る我々はジリジリと擦り潰されてしまいます』

『陸軍としては、防御に徹して時間を稼ぐと言うことですな。それは良いが、この作戦を行うには陣形を再編するだけの時間と、前線指揮官に十分な権限が無ければ不可能ですが・・・?』

 

 

画面のリュケスティス将軍が、黙して語らぬアリア様を見つめました。

中央部を下げ、陣形をU字型に再編する間、『ブリュンヒルデ』の周囲は戦況が悪くなるでしょう。

と言って、『ブリュンヒルデ』のみが安全圏に逃げれば、将兵の士気は下がり、かつ敵が中央に固執しなくなるやもしれません。

 

 

アリア様は、左耳のイヤーカフスを弄りつつ、数秒沈黙した後。

 

 

「その作戦案を是とします。権限も物資も、必要なだけ申し出なさい」

『『『仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)』』』

「直接の指揮は、制服の専門家に任せます・・・それでは、生きてまたお会いしましょう」

 

 

通信終えると、アリア様は溜息を吐いて指揮シートに深く座り直しました。

そこへ、田中とか言うロボットが紅茶のおかわりを持って行きます。

・・・アリア様は、政治にも軍事にも経済にも、通じておられるとは言えませんが。

自分がそれらに詳しく無いことを、知っておられます。

 

 

だからこそ、専門家に・・・部下に任せることができる。

これは、一種の才能ですね。

私の役目は、それが行き過ぎた結果を生まないよう、監視すること。

そしてそれすらも、アリア様が私に任せただけの仕事。

 

 

「敵艦隊、動き出したっス!」

「・・・了解しました。それでは全軍に打電・・・<攻撃開始(ファイア)>!」

 

 

人は、役割に従う。

どう言うわけか、アリア様はそれを良く知っておられるようです。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

通信による会議を終えて2時間後、俺が指揮する塹壕の防御陣地の前面には、昨日と同じように戦闘隊形をとった敵軍が整然と並んでいた。

中央には歩兵・槍兵、そして魔導兵。両翼に軽騎兵が配置され、こちらの奇襲を警戒している。

これでは、昨日のように両翼から敵を寸断する戦術は使えんな。

 

 

とは言え、ただ陣地に籠っているだけではどうにもならん。

艦隊が勝利を収めるのがいつかわからない以上、可能な限り長時間持ちこたえなければならない。

全軍の指揮を任されていると言うことは、逆に言えばそれだけ責任があると言うことだ。

 

 

「度し難いな、我ながら」

 

 

口の中でそう呟きながら、同時に俺は頭の中で作戦を組み立てて行く。

敵と味方の配置を頭の中に浮かべる。

 

 

ジャクソン少将が率いている歩兵・騎兵1500は敵軍を半包囲すべく、すでに移動しているだろう。

グリアソンの竜騎兵400も、すでに空だ。

俺の指揮する防御陣地にこもる7000も、体勢は万全。

違う部分としては、第4塹壕に迎撃用ではなく、大規模攻撃魔法専用の魔導兵が詰めていることだろうか。

 

 

大規模攻撃魔法とは、その名前の通りの効果を及ぼす戦争用の魔法だ。

紅き翼のような個人で使う化物もいるが、基本は魔法使い数十名で完成させる。

艦隊による爆撃が開始され次第、準備した大規模攻撃魔法で敵軍に波状攻撃を加える。

一撃で数百人の敵兵を倒せるが、その分準備にも詠唱にも時間がかかる。

 

 

「それまでは、生きていたい物だな」

「誰だってそうだろう」

「違いないな」

 

 

俺の横には、後方の第7塹壕で物資の供給に従事している民兵の代表の一人がいた。

体格に恵まれた30代の男で、目の横から顔の側面にかけて入っている青い線が特徴的だ。

だがそれ以上に、包帯で隠された太い右腕が人の目を引く。

リアス・パルクスと言う名前の、竜人と人間のハーフだと聞いているが。

 

 

何故この戦いに参加しているかは聞いていないが、誰しも何かしかの理由がある。

ウェスペルタティア軍も随分と多民族構成になった物だ、と思うだけだ。

 

 

「敵最前列、突撃を開始しました!」

「迎撃せよ!」

 

 

部下の報告に、最低限の命令を返す。

直後、こちら目がけて突撃してくる敵兵に対し、魔力弩砲(バリスタ)や砲塔が火を噴いた。

同時に、敵の砲撃も始まる。

 

 

「では、せいぜい時間を稼がせて貰うとしようか、パルクス殿」

「厄介事はご免だが、さしあたり生き残るために努力はしよう」

 

 

そう、さしあたりは・・・。

生き残ることだな。

 

 

 

 

 

Side 月詠

 

最初の言葉は、「子供が何でこんな所に?」やった。

次の言葉は、「お嬢ちゃん、こんな所にいると危ないよ」やった。

最後の言葉は、あらしません。

だって、うちが少し腕を動かしただけで喋らなくならはりますもん。

 

 

――――この世界に意味は無く。

我が求むるは、ただ血と戦のみ。

そしてここには、その両方がありますねや。

 

 

「アハ――――――」

 

 

秘剣、『一瞬千撃・弐刀五月雨斬り』。

うちの放った千の刃が、周りにおる人らの身体を寸刻みにする。

肉を斬り抉る感覚。血が吹き出て、顔にかかる瞬間。

たまりませんわぁ~、最近ご無沙汰でしたもん。

 

 

「アハハハハハハハハハハッ!」

 

 

まぁ、欲を言えばもう少し斬り応えのある人を相手にしたいわぁ。

叫んで逃げるばっかりで、つまりません。

逃げる人の足を斬って、背中からトドメ、なんて芸がありませんもん。

魔法斬られたぐらいで顔青くするなんて、弛んでますわぁ。

 

 

素子はんとセンパイ、元気かなぁ。

今度会うたら挨拶する前に斬ろう、そうしよう。

あの2人やったら、こんな無様晒さへんのでしょうなぁ。

命乞いなんて、せぇへんのでしょうなぁ・・・。

 

 

「アッハハハハハハ「うわたぁ!?」ハハハ?」

 

 

夢中になって斬っとったら、何や聞き覚えのある声が聞こえた。

立ち止まって見てみたら、うちの足元に見覚えのあるツンツン黒髪が。

 

 

「小太郎はん、そないな所でお昼寝どすかぁ?」

「ちゃうわ! ねーちゃんの斬撃が飛んできたから避けたんやろ!?」

「おろ?」

「おろ? やない、危ない! 味方斬ったらあかんて!」

 

 

そうでしたかぁ、そら悪いことしましたなぁ。

・・・んん~?

何や、気分が家みたいになってきましたわぁ。

うちらの周りには、まだこんなにたくさん木偶がおるのに。

 

 

皆さん、遠巻きにうちらのことを見てはりますえ。

斬られるのを、今か今かと待ち侘びとりますわ。

うちには、わかりますえ。

斬られたいから、戦場に出とるってことが。Mどすなぁ。

 

 

「い、一斉に撃てぇ!」

 

 

その人達が、四方からうちらに魔法の矢を撃ち込んできました。

こんな至近距離でそないな撃ち方したら、味方の人にも被害が出ますのに。

でも・・・。

 

 

「『影布(ウンブラエ・))七重(セプテンプレクス)対物(パリエース・)障壁(アンティコルポラーリス)』」

 

 

でもそれは、うちと小太郎はんの周囲を取り囲んだ影の布に阻まれて、弾かれてしまいました。

周りの木偶が動揺する中、真っ黒な服と仮面を着けたカゲタロウはんが、うちらの傍に転移してきました。

決勝戦以来、何か一緒におるんどす。

 

 

「まったく・・・面倒が見切れんな。突撃以外に能は無いのか」

「なんやとコラ!? つーか誰が助けろ言うたおっさん!」

「そうですえ~、あんなんうちらだけで、十分どうにかできますもん」

「そうもいかん、お前達に何かあれば・・・アレだ」

 

 

・・・?

 

 

「・・・千草殿が、悲しむだろう」

「は?」

「ほ?」

 

 

・・・おんやぁ~?

そう言えば、決勝戦の後、挨拶しとりましたなぁ。

おろろ? これはもしや~?

 

 

「な、何、気安く名前呼んでんねんな!?」

「・・・いや、酒飲み仲間としてだな」

「認めるかぁ!」

 

 

叫んで、飛び出す小太郎はん。

カゲタロウはんも構えて、うちも刀を持ち直します。

 

 

小太郎はんがカゲタロウはんの後ろにおった兵士を、殴り飛ばして。

カゲタロウはんがうちの後ろで狙いを定めとった魔導兵を影の槍で貫いて。

うちが、小太郎はんに迫っとった魔法の矢を斬り落として。

それから、バラバラの方向に駆け出しました。

 

 

「後で見とれよ、おっさん!」

「うむ、親睦を深めるとしよう」

「あはは、面白くなりそうやわぁ」

 

 

言いつつ、もう一人を袈裟がけに斬り伏せる。

裂ける肉の感触、頬にかかる血。

ああ・・・何て、楽しいんやろ。

 

 

気持ち悪いわ。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

人が、死ぬ。

たくさん、死んでいく。

 

 

砲撃の音がする、でもそれ以上に悲鳴が聞こえる。

魔法が炸裂する音がする、でもそれ以上に悲鳴が聞こえる。

剣や槍の、金属の打ち合う音がする、でもそれ以上に悲鳴が聞こえる。

そこは、そんな場所だった。

 

 

「戦争、だね」

「当たり前だ、あそこは戦場だぞ」

「わかってるよ・・・」

 

 

無意識に呟いていたのか、焔が私の声に反応した。

聞こえたかはわからないけど、それに答えを返しつつ・・・私は、私達の前に立っているフェイト様の背中を見つめた。

 

 

ここは、新オスティアの戦場からそれ程離れていない場所。

数百mくらいの高度で、私達は静止してる。

フェイト様と、私達5人で。

フェイト様が結界を張っているらしくて、私達の姿は感知されない。

 

 

「あの・・・フェイト様」

 

 

調が恐る恐ると言った感じで、フェイト様に声をかけた。

 

 

「・・・何、調君」

「これから、どうなさるのですか? あの戦闘に介入すると・・・?」

「・・・」

「あの・・・フェイト様?」

「・・・わからない」

「は?」

「わからないんだ」

 

 

調が、困り果てたような、そして実際に困り果てた顔をしてる。

調だけじゃなくて、私達皆が、同じ表情をしてると思う。

 

 

宮殿を出てからどうも、フェイト様は悩んでる、ううん、迷ってるみたい。

あるいは、たぶん、迷うことに慣れて無いんだと思う。

だから、動けない。

それに対して・・・苛立ってもいる。

 

 

「えっと・・・」

 

 

こう言う時、何て言えば良いんだろう。

いろいろ少女向けの本は見たけど、心理学とか人生相談の本は見たことが無い。

と言うか、本に書いてあるようなことを言えば良いってことでも無い気がする。

じゃあ、何を言うべき?

私は、フェイト様に何をしてあげられる?

 

 

私が思うに、フェイト様は動きたい。

でも、良く分からないけど動けない。

つまり、きっかけの問題。

 

 

私達以外の誰かのための、きっかけ。

 

 

「・・・フェイト様!」

「・・・何、暦君」

「フェイト様、こっち見てください」

 

 

私がそう言うと、フェイト様はゆっくりとこっちを見てくれた。

えっと、怒って無いよね?

怒って・・・無い、よし大丈夫。

 

 

「フェイト様、あのぅ・・・その、何と申しますか」

「・・・?」

「え~・・・」

 

 

片眉を上げて、フェイト様が私を見る。

環達も、緊張したように私を見てる。

えっと・・・一個しか思いつかなかったけど、でもコレ凄く失礼なことなんだよね。

でも、ここでこのままウジウジしててもアレだし。

 

 

うー・・・あーもう!

言っちゃえ!

 

 

「男を、見せてください」

 

 

い・・・言っちゃった――――――――!

いや、でもね、コレは結構前から思っていたことでもあるんだ。

フェイト様はストイックと言うか・・・まぁ、そう言う男の人だってことはわかってる。

けど、精神的なスタイルまでそうあるべきじゃないと思う。

 

 

男の人だもん。

時には、思ったまま行動すれば良いと思う。

・・・単純に、私がそう思ってるだけだけど。

 

 

フェイト様は、一瞬だけ表情を変えた。

驚いたような、怒ったような、納得したような、反発したような。

複雑な、表情だった。

そして、口を開いた。

 

 

「・・・暦君」

「は、はい・・・っ」

 

 

瞬間的に、怒られると思った。

嫌われた―――そもそも好かれてるかもわからないけど―――と思った。

身体を強張らせて目を閉じて、叱責を待つ。

 

 

「いつもありがとう、感謝している」

「・・・ふぇ?」

 

 

でも聞こえてきた声は、全然怒って無くて。

その代わり、一瞬だけ、頭にぽむっと柔らかな感触が。

・・・な、撫でられた!?

 

 

「フェイト様!?」

 

 

慌てて目を開けると、そこには。

・・・それを見た瞬間、私は倒れた。

 

 

「暦――――――!」

「しっかりしろ、傷は浅いぞ・・・!」

「今のは、キましたわねぇ」

「と言うか、羨ましいのですが・・・」

 

 

・・・は、初めて見た。

皆に助け起こされながら、私はそんなことを思った。

フェイト様って、あんな風に笑うんだ・・・。

 

 

 

 

 

Side ムミウス

 

我ながら、不味い戦をした物だ。

今の所、全体として優位だ。だが、それだけだ。

優位なだけで、勝利しているわけでは無い。

 

 

焦りは禁物だとわかってはいても、焦れてしまうのは仕方が無い。

ことに、部下の命が無駄に失われていく現状を思えばな。

 

 

「右翼から敵別働隊!」

「・・・慌てるな、騎兵を前面に押し立てて歩兵を蹴散らせ」

「先頭に<闇の福音>!」

「・・・ホルデオニウス!」

 

 

追加の報告に舌打ちしたくなる心境になりながら、私は勇敢で忠実な副官を呼んだ。

ほどなくやってきた彼に対し、重装歩兵2個大隊を付けて<闇の福音>を足止めするように命じた。

 

 

「昨日のようにこちらの陣形を乱されては敵わん。倒す必要は無いが、奴の足を止めろ」

「了解しました!」

 

 

精悍な顔に笑みを浮かべて、ホルデオニウスは直属の部下を率いて出撃して行った。

本当ならもっと多くの戦力を付けてやりたいが、これが限界だ。

正面の敵の防御を破るには、兵力のほとんどを叩きつけねばならない。

兵力の分散はできないのだ。

 

 

しかも、後方の心配がある。

大公国領内からの定期連絡が途絶えがちなのだ。

アラゴカストロ侯爵領での戦いの結果も、未だもたらされていない。

補給の心配も含めて、背後も警戒する必要がある。

加えて言えば、いくつかの小部隊が謎の3人組に潰されている。

これに対しても対処する必要がある。

 

 

つまり、全ての戦力を正面の敵に注ぎこめない。

注ぎこまなくては勝てないのに、だ。

 

 

「遊兵を作ってしまうとは・・・何と言う無様だ」

 

 

兵法の常道から外れた戦術に、恥ずかしくなってくる。

だが、どうしても慎重にならざるを得ない。

ことに、艦隊の作戦計画が伝えられていないのだからな。

ハンニバル提督は、連絡を欠かすような男では無いのだが・・・。

 

 

「鬼神兵の装備の換装は完了したか?」

「はっ、ただ時間の都合上、2体しか・・・」

「十分だ。残りの2体は昨日と同じように地上戦に投入しろ、そして・・・」

 

 

1体は、昨日<闇の福音>に潰されてしまったからな。残り4体。

その内2体に、最近軍で開発された特別な装備を備えさせた。

まぁ、これまでの技術をスケールアップさせただけだから、新技術と言える物でも無いが。

どちらかと言えば、奇策の部類に入るが・・・効果はあるだろう。

 

 

「飛行用鬼神兵、出撃させろ」

「了解です、司令官!」

 

 

ゴゥン・・・と音を立てて、司令部の横に立っていた鬼神兵の目に光が灯った。

 

 

 

 

 

Side セルフィ・クローリー(偽名)

 

オストラでライラさんやユフィさんと警備をしていた頃から、思っていることがある。

それはきっと、この場にいる誰もが思っているとだと思う。

 

 

・・・島が浮くとか、おかしくない?

船にしたって、鉄の塊じゃんアレ。

何で飛んでるの・・・?

・・・ちなみに、何でこんなことを考えているのかと言うと。

 

 

「突撃だ! リュケスティス将軍の防御陣に、敵をただ進ませてやることは無いぞ!」

 

 

すぐ傍で起こってる戦闘・・・戦争が、怖いから。

怖くて怖くて仕方が無いから、いけないことだけど、余計なことを考えてる。

でも私は傭兵だから。

だから、戦いから逃げることはしない。

 

 

お父さんもお母さんも、傭兵だったから。

私が逃げ出したら、2人に笑われちゃう。

 

 

「騎兵を前面に押し出せ! 左右両翼が交互に攻撃を繰り返して、敵に出血を強いるのだ!」

 

 

ちなみに、私はジャクソン将軍って人の部隊にいる。

オストラに赴任してた将軍さんで、今も歩兵部隊の指揮を執ってる。

女王陛下がオスティアに行ってから、実は隣の小さな領地で反乱があった。

年表に載るか怪しいくらいの小さな反乱。

 

 

当然、ジャクソン将軍が鎮圧に行った。

小さいと言っても、相手には数百人の兵士が付いてたし、1週間はかかるかなって言われてた。

将軍は、3日で鎮圧した。

 

 

「右翼は後退して敵を引きつけ、同時に中央と左翼は前進! 敵を半包囲して側面を打て!」

 

 

・・・今も、指揮を執ってる。

さっきから聞こえるこの声、ジャクソン将軍の声だって思うでしょ?

実は違う、この声は副官の中佐さんの声。

 

 

ジャクソン将軍は、めったに喋らない。

指を鳴らしたり、ちょっと動かしたりするだけ。

副官はそれを見て、将軍が何を言いたいかを判断して部隊に伝えるの。

 

 

「今だ! 敵前衛部隊に魔法斉射! 敵騎兵の出鼻を叩け!」

 

 

・・・と言うか、指を二回振っただけで何で、あんなに長文になるだろう。

そう思って、目の前の敵兵の頭を殴り飛ばした後、将軍のいる方向に視線を向けてみた。

すると何と、将軍が激しく身振り手振りをしていた!

指だけじゃなく、腕全体を使って、ダイナミックに!

 

 

これは、もの凄く長い指示になるに違いない・・・!

中佐さんが、頷いて叫んだ。

 

 

「一時退却!」

 

 

・・・え、それだけ!?

 

 

「鬼神兵だ!」

 

 

その時、別の兵士さんが叫んだ・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「エヴァ殿、鬼神兵ですぞ!」

「わかってる!」

 

 

オーギスの声に、私は怒鳴るように応じた。

敵兵を蹴散らしながら10の指を休みなく動かして300近い人形兵を動かしつつ、オーギスの率いる魔法騎士団150人と敵陣に突っ込んだのが30分程前だ。

そろそろ動きがあるとは思っていた。

 

 

「な、何だアレは!?」

「鬼神兵が・・・飛んでるぞ!」

 

 

周囲の兵士のその言葉に、私は上空を見る。

すると確かに、背中に2対の羽のような物を生やした鬼神兵の姿を確認できた。

それも、2体だ。

しかも、地上にもあと2体いる。

昨日は結局、1体しか潰せなかったからな・・・!

 

 

それにしても、一体何のつもりで・・・そうか!

奴らこちらの陣地を飛び越えて、新オスティアに直接向かうつもりか。

艦隊の下を潜り抜ける形になるが・・・そこまでの高度じゃない。

 

 

「行かせるかああああぁぁぁ―――――――――――!!」

 

 

叫んで、身を翻す。

どんっ・・・と、地面を蹴り、急速に上昇する。

さらに空中で虚空瞬動、一気に数百mの距離を跳ぶ。

キュンッ・・・と身体を回転させて、遠心力を付けた蹴りを鬼神兵の頭に叩きつける。

 

 

ガクンッ・・・と、数mはある頭が揺れる。

反動を利用して鬼神兵の背中に降り立ち、そこで呪文を唱える。

 

 

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー)、『とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)』! 『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)』!」

 

 

キキキキキィ・・・インッ、と音を立てて、鬼神兵の背中が凍りつく。

ガクンッと傾き、明らかに失速したそれに対して、私はさらに追い打ちをかけた。

 

 

全ての命ある者に(パーサイス・ゾーアイス)等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は安らぎなり(ホスアタラクシア)! 『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』!!」

 

 

両手を振り下ろし、凍りついた鬼神兵の身体を半ばからヘシ折った。

残った部位も細かく砕かれ、地面に向けて落下する・・・この処理がまた面倒なのだ!

下には、味方の兵もいるのだからな。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 

 

虚空瞬動で氷塊よりも素早く地上へ向けて跳び、振り向き様に魔法を放つ。

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の3333矢(グラキアーリス)』!!」

 

 

最大魔力で魔法の矢を放ち、落下してくる氷塊を可能な限り削り取り、細かな破片に変える。

そのまま地面に着地し、オーギス達に対して叫ぶ。

 

 

「王国魔法騎士団! 障壁を頭上に全力展開!!」

「心得ましたぞ!!」

 

 

返答を確認した次の瞬間、無数の氷の破片が戦場に降り注いだ。

周辺の敵兵の大半は対応しきれず、頭部を強打して倒れていく。

なるべく味方を気遣ったつもりだが、完璧では無いと思う。

・・・集団戦は、初めてなんだよ!

 

 

とにかく、もう1体も潰す。

そう思い、身体を翻しかけた私の目の前に、1m以上の大きさの斧槍(トマホーク)が突き立った。

凄まじい勢いで投擲されてきたそれは、戦場に現れた新たな敵部隊から放たれた物だ。

 

 

「我が名はホルデオニウス! 銀髪の小娘の狗共、死にたい奴からかかって来るが良い!」

 

 

ホル何とか言うそいつの率いている部隊は、頑丈そうな鎧に身を包んだ男達だった。

ちっ・・・自然と舌打ちする。

奴らの鎧が対魔法用の重装備であって、一般兵の魔法では破れないことを私は知っていた。

オーギスのような連中ならどうにかするだろうが、流石にな・・・。

 

 

事実、その新たな敵部隊は斧槍(トマホーク)で味方の兵の頭蓋骨を叩き折り、人形兵を胴体から叩き折って行った。

明らかに、敵の最精鋭の部隊だ。

私が離れれば、犠牲が増えるのは明白だった。

 

 

「ぐ・・・!」

 

 

私が逡巡している間に、もう一体の鬼神兵がリュケスティスのいる防御陣地上空を通過し、新オスティアの手前にまで到達していた。

アリアドネーの兵が対応しているのが見えるが、どうなるかわからん。

あくまで、警備用の戦力しか持って来ていないだろうしな。

 

 

苦渋の末、私は懐からあるブレスレットを取り出した。

それは『妖精の腕輪』と言う名の魔法具―――麻帆良にいた頃から持っている―――で、中に物を収納できる能力を持っている。

 

 

「プットアウト・・・『バルトアンデルスの剣』!」

 

 

斬った物を変質させる1m程の西洋剣が、私の手の中に収まる。

ただしこれは、目の前の敵を斬るために取り出したわけじゃない。

私はそれを振りかぶると、勢い良く自分の影の中に投げ入れた。

 

 

「・・・受け取れ、バカ鬼いいぃ―――――!!」

 

 

新オスティアの街にいる、おそらく唯一鬼神兵に対抗できる男に向けて、私はその剣を転移させた。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「総員、退避――――――――ッ!」

 

 

騎士団の小隊長の一人がそう叫んだ瞬間、防御用の障壁を突き破って、大きな鬼みたいなのが突っ込んできました。

ガラスの割れるような音が響いて、私達のいるオスティア自然公園に鬼が降り立ちます。

 

 

オオオオォオォォオオオォォオオンッ!!

 

 

その鬼さんが鳴くと、鼓膜が破れるんじゃないかってくらいの衝撃が走りました。

甲冑越しにも聞こえる、この音・・・!

 

 

「でかっ・・・は、初めて見た! 連合の鬼神兵!」

「しかも、完全装備!」

「鬼神兵が飛べるなんて、聞いてませんわよ!」

 

 

コレットさん達が騒ぐ中、周囲の騎士団の先輩達は素早く隊列を組みます。

私達も何か・・・と思うんだけど。

 

 

「見習いは引っ込んでろ!」

 

 

そう言われて、空に退避するように言われました。

口調は厳しいけれど、私達を死なせないようにしてくれたんだと思います。

実際、私達は荷運びとか伝令とか、後は避難所の管理くらいしかしていないわけだし。

今も、フォン・カッツェさんとデュ・シャさんは避難所の方にいます。

 

 

私達はたまたま、物資の移動に駆り出されていただけで・・・!

その時、鬼神兵とか言うその鬼が、持っていた大きな剣を横薙ぎに振るいました。

 

 

ゴガンッ、と大きな音を立てて、地面が抉り取られました。

そこにいた騎士の人が、何人か吹き飛ばされます。

空に上がろうとしていた私達も、それに巻き込まれます。

直撃じゃ無くて、余波で吹き飛ばされる。

 

 

「ひるむな!!」

 

 

土埃が舞う中で、隊長格の騎士の人の声だけが聞こえます。

その声は必死で、どこか恐怖の感情すら感じられました。

 

 

「市街地には絶対に、行かせるな!!」

 

 

自然公園を出た所には、もう市街地が広がっています。

市街地の中にはもちろん、避難所だってある。

行かせるわけには・・・!

 

 

「『風よ(ウェンテ)』!」

 

 

コレットさんの声がどこかから響いて、砂埃の大部分が吹き払われます。

今、どんな状況で・・・。

 

 

「サヨさん!」

「・・・『氷槍弾雨(ヤクラーティオー・グランディニス)』!」

 

 

ビーさんの声と、委員長さんの魔法が放たれる気配。

倒れていた状態から身を起こすと、それ以上の気配を頭上に感じました。

 

 

そこに見えたのは、大きな足の裏。

鬼神兵の足の、裏です。それが視界一杯に広がっています。

私の周りにはたくさんの騎士が倒れていて、でも足が。

踏み潰すつもりでは無くて、ただ歩いてたら蟻がいた・・・みたいな。

 

 

そんな、状況で。

色々な考えが、高速で脳裏を駆け抜ける。

受け止める? 無理。避ける? 他の人はどうする? じゃあやっぱり受け止め・・・無理。

じゃあ逃げ・・・死に・・・。

 

 

――――死ねるか!

生きて帰るんだ、皆の・・・皆の所へ!

 

 

「『闇の(ニウィス・テンペスタース)・・・吹雪(・オブスクランス)』!!」

 

 

撃てた、無詠唱で!

闇と雪のその竜巻は、鬼神兵の足の裏に直撃した。

直撃して・・・何の意味も成さなかった。

無詠唱だったからか、それともそもそも私の魔法が弱いのか、何の効果も無かった。

 

 

「サヨ!」

 

 

コレットさんが、箒を駆って凄いスピードで近付いてくる。

けど、鬼神兵の影が私を・・・。

反射的に、目を閉じた。

 

 

 

  <できればそのまま、目を閉じていて欲しいぞ>

 

 

 

聞き覚えのある声が、私の耳朶を打ちました。

そして同時に、不思議に思った。

どうして、私はまだ潰されていないんだろう・・・?

 

 

  <お前、もう終わり。宿儺(スクナ)の腕は何も逃さない>

 

  <全てを連れて行く四本の腕>

 

  <二枚の顔は正と邪、善と悪、過去と未来、お前の全てを見つめてる>

 

  <さぁ、怖がらなくて良い>

 

  <宿儺(スクナ)が今から、お前の全てを暴きに行くから>

 

 

どうしてその声は、こんなにも、遠くから聞こえるんだろう・・・?

その時、細い腕が私を抱きあげて、空へと飛ぶのを感じました。

 

 

「げげっ・・・何アレ鬼神兵? 私ですらあんなタイプ知らないんだけど・・・!」

「サヨさんは無事ですの!?」

「・・・帝国でも連合でも無い、4本腕の鬼神兵・・・」

 

 

コレットさん達の声。

だけど、私はまだ目を開いていません。

開きたいけど、開いてはいけないような。

そんな気がするんです。

 

 

そして同じくらい、見なければいけない気がするんです。

だから私は、閉じていた目を・・・。

 

 

・・・すーちゃん。

 

 

 

 

 

Side コレット

 

この間読んだ娯楽小説(ライトノベル)に、「あり得ないことなんてあり得ない」って書いてあったけど、本当だったね!

 

 

「って言うか、あんな鬼神兵知らないんだけど! どこの新種!?」

「軍隊オタクのコレットさんでも知らないなんて・・・」

「オタク言うな!」

 

 

近くに寄って来た委員長にそう言い返しながら、上空を旋回する。

私達の眼下では何と言うか、もう、怪獣大決戦?

まぁ、そうは言ってもどっちが優勢かは見ただけでわかるけど。

 

 

完全武装とは言え、全長20mくらいの連合鬼神兵。

一方で、60mはある二面四手の鬼神兵・・・と言うか、鬼神兵じゃないでしょ!

感じる魔力が、半端無いもん。

 

 

オオオオォォオオオオォオオォオンッ!

 

 

連合の鬼神兵が鳴く。

すると、顔が二つある鬼神兵の4つの目に、光が灯った。

 

 

グウゥオオオオォォオオオォオォオォオオオオオォオォッッ!!

 

 

二つの口が、同じ声で啼いた。

それは連合の鬼神兵の比じゃなくて、空間その物が割れるんじゃないかってくらい。

気を張ってなければ、私達も空から落ちてた。

 

 

連合の鬼神兵が、持っていた剣で殴りかかる。

どう言う理屈かわからないけど、二面の鬼神兵の肌に触れた瞬間、砕けた。

連合の鬼神兵が口を開けて、魔力砲を撃った。

でもそれも、弾かれて消える。

 

 

・・・え、連合の鬼神兵が全く歯が立たないんですけど・・・。

 

 

「何だ・・・あの化物は!?」

 

 

連合の鬼神兵の攻撃範囲外に退避して体勢を立て直したらしい騎士団のお姉様方も、驚いた声でそう言う。

あ、プロの目から見ても化物なんだ、アレ。

良かった、私は正常・・・。

 

 

「敵か!?」

「・・・違います!」

 

 

私の腕の中のサヨが、反射的に叫び返した。

眼下の状況を見つめながら、サヨは言う。

 

 

「アレは・・・あの人は、敵じゃないです!」

「人!?」

「敵では無いなら、何だ!?」

「それは・・・」

 

 

サヨは困ったように眉根を寄せて、言葉を探した後。

 

 

「アレは、旧世界の神様です!」

「・・・サヨ、大丈夫?」

「頭がおかしくなったわけじゃなくてって、酷いですコレットさん!」

 

 

ご、ごめん。

言わなくちゃいけない気がして。

 

 

「アレは、すーちゃんです!」

「すーちゃ・・・嘘ぉ!?」

「何だ、話が見えんぞ! 旧世界には『すーちゃん』とか言う神がいるのか!?」

「いえ、そうじゃなくて・・・!」

 

 

すーちゃんって、え、じゃあアレ、サヨの彼氏!?

嘘ぉ・・・って言うか、嘘ぉ!?

身長、かなり伸びて無い!?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「新オスティアに巨大な魔力反応!」

 

 

アリアさんの艦隊の中央部に突入を初めて、しばらく経った時だった。

オペレーターの人の声が、艦橋に響いた。

 

 

「巨大とはどの程度ですか。具体的に言いなさい」

「し、失礼しましたっ・・・クラスAAA以上、鬼神兵の魔力総量のに、2倍!」

 

 

エルザさんの言葉に、オペレーターの人が強張った声で答える。

 

 

クラスAAA!

タカミチが確か、AA+ってクラスだって聞いたことがある。

魔法世界の雑誌に載って・・・じゃなくて!

タカミチより強いの!?

 

 

「スクリーンに出します!」

 

 

おお・・・!

『ナギ』の艦橋のスクリーンに映ったのは、新オスティアの映像。

望遠だからか、ちょっと見にくいけど。

そこには確かに、鬼神兵って言う大きな鬼と、そしてそれ以上に大きな鬼。

 

 

「全長およそ60m・・・二面四手の鬼神兵なんて、そんな種類は存在しません!」

「・・・構うことはありません。我らはその間に、敵を突破します。所詮陸軍など陽動・・・」

 

 

・・・あの鬼、どこかで。

確か・・・そう、確か、日本の。

 

 

『もすもすひねもす~♪』

 

 

その時、『ナギ』のスクリーンが突然切り変わった。

新オスティアの映像だけでなく、戦況や敵味方の位置を示すレーダーにまで、同じ物が映ってる。

緑色のツインテールの女の子が、そこに映っていた。

 

 

『皆のアイドル、ミクちゃんで~す☆』

 

 

キュピンッ、と片目の前でピースサインをしながら、ポーズをとる女の子。

えっと・・・ミク?

 

 

「な・・・何だコレは!?」

「船体内の機器制御用の電子精霊が活動を停止!」

「予備の制御装置に切り替えろ!」

「・・・ダメです、受け付けません!」

 

 

艦橋の人達が、凄く慌てた会話を交わしてる。

画面の中の女の子は、「むーふふー」と笑って。

 

 

『ざーんねーんですが。まいますたーが高速タイピングに成功してしまいましたのでー』

「何ですか、貴女! お父様の邪魔を・・・」

『知りませーん、ではでは、ばははい♪』

 

 

ブツン、と画面が消えて、真っ暗になった。

そして、何が何だかわからない内に・・・。

 

 

『ナギ』の船体が、大きく揺れた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

艦隊戦が始まって3時間が経とうとした頃、事態が急変しました。

敵艦隊の動きが、急に乱れたのです。

 

 

これまで、敵艦隊は見事な密集隊形で再三の突撃を繰り返してきて、中央突破を試みていました。

あまりに中央部への負担が大きいので、一時は衝き崩される寸前まで行きました。

特に『ブリュンヒルデ』周辺への砲火は激しく、護衛艦隊も半数が撃沈するか大破しています。

中央艦隊のレミーナ中将は精霊砲の斉射で壁を作りつつ、苦心して所定の位置まで下がろうとしていました。そしてその間にも、犠牲は増え続けていましたが・・・。

 

 

ある艦は複数の砲撃に艦体を裂かれ、ある艦は中破した艦体を戦闘区域外までよろめかせて、そこで爆発して果てました。

もちろん、提督達も兵士たちもやられっぱなしでは無く、敵艦隊にしたたかに損害を与えています。

ただし比率では無く、絶対数で互角の数の相手に。

 

 

そして補給担当の士官からの報告書を読んでいたクルトおじ様が、顔を顰めた頃・・・。

 

 

『反撃作戦、スタートしてください!』

 

 

左耳の支援魔導機械(デバイス)から、ミクの声が響きました。

見れば、スクリーンの中の敵艦隊の動きが鈍化し、砲火が緩やかになっています。

私は、ズダンッ、と指揮シートの肘置きに拳を叩きつけて、叫びます。

 

 

「反撃開始! 全軍後退をやめて、前進しなさい!」

 

 

実際、これ以上後退すれば新オスティアに近付き過ぎてしまいます。

艦長が私の言葉を繰り返し、通信を通じて中央・護衛艦隊の残存艦艇に伝わります。

反撃。

それは、窮地にある軍隊にとって、魔法の言葉です。

 

 

数十の精霊砲と数百の副砲が火を噴き、敵艦隊の先頭集団に突き刺さります。

炸裂する爆発と精霊炉の光は、まるで血しぶきのように空中に舞います。

先程まで私達の仲間がそうであったように、今度は敵の艦体が爆散し、飛散します。

 

 

『ブリュンヒルデ』の、いえ中央・護衛艦隊の通信回線に、歓声が響き渡ります。

もちろん、一撃では終わりません。

 

 

「全艦、主砲3連! しかる後に両翼の艦隊と連携して、突撃! 思い知らせてやりなさい!」

 

 

激情のままに叫ぶと、その通りになりました。

千に届く砲火が敵の戦列の一部を突き崩し、敵艦を火球に変えます。

それに、私は心地良さすら感じていました。

私の仲間を、部下を欲しいままに蹂躙していた相手を、逆に蹂躙できる快感。

 

 

私は・・・。

その時、ぽふんっと、私の膝に何かが乗りました。

それは、カムイさんの頭でした。

 

 

「え・・・」

「アリア先生」

 

 

さらに、茶々丸さんが声をかけてきます。

その後、何かを続けたりはしませんでしたが、カムイさんと一緒に、じーっと見つめてきます。

その目が、どこか哀しそうで・・・。

 

 

「・・・ぁ」

 

 

小さな声を上げて、私はシートに深く座り直しました。

急に、恥ずかしくなってしまいました。

色々な、意味で。

片手でカムイさんを撫でながら俯いて、そのまま黙りこみます。

・・・少し、興奮しすぎたようです。

 

 

それにしても、「仲間」ですか。

・・・「身内」とまでは行きませんが、「他人」では無くなったのかもしれません。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

お父様がネギに贈った戦艦『ナギ』の周辺の配した巡航艦6隻が、一瞬の内に爆散しました。

通信が妨害されて艦隊の陣形が乱れた所に、敵の集中砲火を浴びたのです。

・・・情けない、無様ですね。

お父様の与えた役割すら果たせないとは。

 

 

これだから、人間は使い物にならないのです。

やはり、お父様の望み通りに動けるのは私だけ・・・。

 

 

「大丈夫です、ネギ。私が貴方を無事に台座まで連れて行きます」

「でも、皆が!」

「彼らにも、覚悟はあります。世界を守るために死ぬ覚悟が」

 

 

そして、お父様のために死ぬ覚悟が。

もし無いと言うのなら、私が今すぐ殺しに行きましょう。

ああ、でもその間にあのミヤザキノドカがネギに余計なことを吹き込んでも困ります。

お父様が困ります。

 

 

あの娘は、きっと全てを知っているから。

厄介な小娘、できるなら今すぐに腸(はらわた)を引きずり出してやるのに。

でもお父様に叱られてしまうから、まだ殺さない。

役に立つ内は。

 

 

「敵に、包囲されています!」

 

 

オペレーターの愚図が、情けない声を上げます。

どうにか外の映像を映せるまでに回復したスクリーンを見れば、確かに包囲されています。

 

 

正面には、銀髪の小娘の艦隊。

左からは、猛然と迫る敵の右翼艦隊。

右からは、整然と砲撃を加えてくる敵の左翼艦隊。

 

 

「下からも!?」

 

 

うるさい愚図だ、永遠に黙らせてやろうか。

下の映像を映せば、10隻ほどの潜空艦が雷撃を加えて来ています。

これで、4方向から攻撃されていることになります。

 

 

でも、それがどうしたと言うのでしょう。

関係無い、全員お父様のために働き、死ぬべきなのです。

勝利する必要も生き残る必要も無い。

 

 

「撤退することは許しません! 勝手に撤退する艦は、『ナギ』の主砲で撃ち落としなさい!」

「エルザさん!?」

「ネギ、私達は世界を救うために戦っているのです。そこから逃げ出すなど、裏切りでしかありません。そのような行為を、立派な魔法使い(マギステル・マギ)は見逃すでしょうか」

「え、う・・・でも、マギステル・マギは、弱い人を守るための」

「弱き者を守るための戦いから逃げ出すなど、あってはなりません!」

 

 

ガンッ、と床を踏み鳴らし、ネギの言葉を遮って、私は叫びました。

 

 

「さぁ、突撃です! 悪しき銀髪の小娘の手を払いのけて、旧王都へ向かいなさい!」

「エルザさ」

 

 

私の言葉に、ネギが何かを言おうとした時。

『ナギ』の艦橋に、これまで感じたことも無いような衝撃が走りました。

同時に、強い魔力。この、魔力・・・!

 

 

「せ、船体に巨大な石の柱が!」

「い、石の柱!?」

 

 

愚図共が騒ぐ中、私はネギの身体を支えながら、スクリーンの向こう側を睨む。

そこには今まさに、幾本もの巨大な石の槍が艦内部から突き刺さる瞬間が見えました。

それを見たネギが、驚いたように声を上げます。

 

 

「い、いったい何が起こったの!?」

「・・・この感覚、この攻撃・・・」

 

 

ゲートでの邂逅を、思い出す。

そう・・・私の、お父様の邪魔をするの。

 

 

「テルティウム・・・!」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

不思議な感覚がする。

砲火を潜り抜けながら、僕は頭の片隅がチリチリと痛むのを感じている。

この、懐かしいような感覚は何だ?

どこかで、感じたことがあるような・・・。

 

 

僕は今、上空高くに展開する艦隊の、さらにその上にいる。

暦君達には、離れるように言っておいた。

戦災孤児の彼女達には、戦場は厳しいだろうからね。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

始動キーを唱え、眼下の公国・連合の艦隊に照準を合わせる。

・・・でもさらにその下の潜空艦には当てないようにしなくちゃいけないね。

怒られてしまう・・・誰にだろう?

 

 

おお(オー・)地の底に眠る(タルタローイ・ケイメノン・)死者の宮殿(バシレイオン・ネクローン)・・・」

 

 

僕の周囲に、直径数m、全長十数mの巨大な石柱が10本、発生した。

それらは重力に従って、それでいて制御されて下に落ちる。

公国・連合の艦隊の上に。

 

 

「『冥府の(ホ・モノリートス・キオーン)石柱(・トゥ・ハイドゥ)』」

 

 

ゴシャッ・・・と、何かがヘシ折れるような音と共に、衝突した艦が潰れ、折れ、そして爆発した。

・・・前大戦で、ジャック・ラカンは137隻の軍艦を沈めたと聞く。

聞いた時は、大して何かを思ったりはしなかったけれど。

やってみると、意外と骨が折れるね。

 

 

今ので、30隻程の駆逐艦や輸送艦を沈めたと思うけど。

その時、やけに大きな戦艦が、他の艦を引き摺るようにして突出してきた。

確か、調君の事前調査によると、『ナギ』とか言う・・・ネーミングはどうかと思うけど。

ネギ・スプリングフィールドが乗っているのだと言う、戦艦。

周囲の王国の艦隊が砲火を浴びせかけるけど、損傷はしても止まらない。

・・・頑なだね。

 

 

「・・・『千刃黒曜剣』・・・」

 

 

右手をその戦艦に向けて掲げると、僕の周囲に漆黒の剣の魔装兵具が出現する。

名前の通り、千本の漆黒の剣。

 

 

「・・・行け」

 

 

僕の言葉と同時に、千本の剣が疾走する。

無抵抗の敵艦を嬲ると言うのは、あまり気が乗らないけど。

それは、傍目には巨像に群がる蟻の群れにでも見えたかもしれない。

けれど、それらは確実に巨大な戦艦の艦体に突き刺さって行く。

 

 

そのまま貫通し、切断し、無機質な艦体を切り刻んで行った。

それはまさに・・・蹂躙、だった。

 

 

「・・・さようなら、ネギ・スプリングフィールド」

 

 

僕は、その艦に乗っているであろうネギ・スプリングフィールドの名前を呼んだ。

次の瞬間、戦艦の後部がいくつもの小爆発を起こし、明らかに高度を下げて・・・。

 

 

新オスティアに届くことも無く、雲海の下に消えて行った。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主

 

この時を、待っていた。

2000年前、この世界を彼と、そしてシアと創った時から。

いや、少し違うの。

・・・創らされた時から、じゃな。

 

 

「来たポヨな」

「ああ」

 

 

魔族の友に、そう答える。

雲海の上で堕ちた艦は、その下の濃厚な魔力によって精霊炉を再活性化させられる。

爆散した物はどうにもならんが、墜落した物は障壁が生きておるじゃろう。

なら、彼奴はここに来るじゃろうよ。

 

 

魔力の対流により、ここオスティアには巨大な魔力溜まりが発生しておる。

11か所のゲートを壊し、ここオスティアのゲートに全ての魔力を集めるため。

 

 

「結局、4番目(クゥァルトゥム)は起こせずかの、デュナミス」

「ああ、やはり<鍵>がいるな」

「そうか・・・」

 

 

20年前には10万人を越した「完全なる世界」も、今やデュナミス一人。

寂寥を感じざるを得んの。

まぁ、それも・・・この世界の運命が決まるまでの役目じゃ。

 

 

そのためにこそ、作った組織じゃからな。

世界の、守護者達。

 

 

「<鍵>の封印はもうすぐ解ける。我が末裔が姫御子を連れて来るからの」

 

 

ブゥン・・・と、「墓守り人の宮殿」外縁部の映像を出す。

するとそこには半分になった巨大艦と、そこから脱出する人間達が映っておった。

 

 

その中に、赤毛の少年と、黒髪の少女。

そして赤毛の少年に背負われた姫御子と、もう一人、旧世界人の黒髪の少女。

その4人の後ろに、ゾロゾロと余分な人間がおるが、まぁ良い。

どうせ辿り着けるのは、数えるほどじゃ。

 

 

「どうする、主よ。このまま受け入れるのか」

「そうじゃの、とりあえず資格は満たしておる。我が血脈、姫御子、そしてアーウェルンクス・・・」

 

 

私の目には、いささか歪な術式を組み込まれておるが、しかしそれでも間違いなく、黒髪のアーウェルンクスが映っておる。

身体が多少変わっておるが、私の目を誤魔化すことはできぬ。

核が見えておるからの。

 

 

久しいの、2番目(セクンドゥム)

随分と、様子が変わっておるようだが・・・。

 

 

「・・・まぁ、良い。とりあえずは受け入れようぞ」

 

 

友とデュナミスに語りかけながら、私は言う。

我が末裔の内、兄の方が先に来た。

 

 

「そして・・・この世界の運命が今日、決まる」

 

 

・・・さぁ、神よ、待たせたな。

決着の時が、来たぞ。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

開戦から、6時間!

流石の私も、そろそろキツくなってきた。

アレからさらにもう一匹の鬼神兵を屠ったし、何よりも。

 

 

「「「「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の50矢(ルーキス)』!」」」」

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の1001矢(グラキアーリス)』!!」

 

 

10数人の人間が、同時に50本の魔法の矢を放つ。

それに対抗して、私が1000を超える矢を放つが、直接に私を狙わない何本かは逸れる。

逸れた矢は、私から少し離れた位置にいるウェスペルタティア兵に当たる。

・・・ええい! 意図的に乱戦にされて、大技が使えん!

 

 

私が味方兵ごと敵を倒せばアリアの立場が悪くなる、面倒だな、畜生!

キキュンッ・・・と残りの人形兵を操作して、劣勢にある味方兵を援護する。

 

 

「ガハハハハッ、<闇の福音>とはその程度の物か!」

「ちぃっ・・・ウドの大木が!」

 

 

ホル何とかという奴の重装歩兵部隊が、特に鬱陶しい。

流石に本国の精鋭だ、他の連合兵とは錬度が違う。

私はともかく、消耗した他の一般兵では厳しいだろう。

乱戦の中、オーギスともはぐれてしまったしな。

 

 

そして実際、戦況も悪くなってきている。

少しずつ押し込まれて、ジリジリと戦線が下がっているからだ。

防御陣の方も、見る限り芳しく無い。

とうとう、塹壕の中にまで敵兵の侵入を許しているようだし・・・。

 

 

「マクダウェル殿ぉ!」

「・・・何だ、小隊長!」

 

 

戦いの最中、私の傍で戦っていた部隊の隊長が、私に声をかけてきた。

最初の頃に比べて数は減ったが、まだ戦闘力は残している。

私がいなければ、もっと早くにやられていただろうがな。

 

 

「私は忙しい、手短に話せ!」

「大魔法を撃ってください!」

「・・・ああ!? バカかお前、撃てるわけ無いだろ!」

 

 

例えば、ここで『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』でも撃とう物なら、周囲の敵味方は全滅させることができるだろう。

だが、味方に当てるわけにもいかない。

そんなことは、巻き込まれる側が一番良くわかっているだろうに。

 

 

「大魔法を撃てば、お前らが巻き込まれる!」

「良いんです!!」

「はぁ!?」

「俺達ごと、ぶっとばしてください!」

 

 

な、何を言ってる!?

 

 

「俺達ごと、奴らを吹っ飛ばしてください! ここはオスティア、そう、オスティアなんですよ!! じゃあ、仕方が無いじゃないですか!!」

 

 

血を吐くような叫びだった。

・・・バカかこいつら、アリアの命令を聞いていなかったのか・・・!

・・・くそっ!

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」

 

 

キィンッ・・・と右腕に魔力を集中せると、周りのウェスペルタティア兵が表情を引き締める。

・・・バカ共が!

次の瞬間、私は自分の影の中に沈んだ。

周囲の驚きの声を耳にしながら、向かう先はすぐ傍だ。

 

 

ホル何とか言う、敵将の影。

影を使った短距離転移で、奴の足元から出現、右腕を突き出す。

撃てるわけが無い。ならこいつを倒・・・!

 

 

「温いわぁっ!!」

「・・・が、かっは・・・っ!」

 

 

背中に、灼熱感。

重い金属の刃―――斧槍(トマホーク)が打ち付けられる、痛み。

激痛が身体を走り抜ける。

なるほど、この筋肉達磨は優秀な戦士のようだ。

 

 

私の転移の兆候を見抜き、先に攻撃するほどには。

私が人間だったら、お前の勝ちだったろうよ。

 

 

「ぬ!?」

 

 

ボフンッ、と音を立てて、私の身体が無数の蝙蝠に別れる。

数秒後には、健康体その物の私が、奴の背後に現れる。

がしっ・・・鎧越しに、頭を掴む。

私は・・・。

 

 

「・・・不死の、魔法使いさ」

「しまっ」

「『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』!」

 

 

ズンッ・・・感触が腕に伝わる。

私の魔力の剣は、ホル何とか言う敵将の首を刎ねた。

鈍い音を立てて、首が地面に首が転がる。

 

 

呆然とする敵兵に対し、私は胸を張り、昂然と宣言した。

敵将の亡骸を片足で踏みつけながら。

 

 

「敵将は、この<闇の福音>が討ち取った!!」

 

 

敵兵が同様にざわめき、味方が歓声を上げかけた、その時だった。

空・・・戦場の空に、無数の軍艦が現れたのは。

それは、遥か遠くで艦隊戦を演じているはずの王国艦隊の物だった。

クッ・・・自然、口元が緩む。

 

 

低空に展開する艦隊の中に、白銀に煌めく艦を見つける。

勝利が、手の届く範囲に来たことを、私達は知った。

 

 

 

 

 

Side ムミウス

 

敵艦隊来襲の報は、数分でもたらされた。

だが、報告の必要は無かったのだ。

司令部からでも、50隻前後の敵艦が見えているのだから。

 

 

「な、なぜアレだけの艦隊が・・・!」

「味方の艦隊は、どうなったのだ!?」

 

 

幕僚達が恐怖を隠そうともせずに囁き合っている。

だが、答えは全員が知っている。

 

 

破れたのだ、我が艦隊が。

だが、何故だ? 敵より30隻近く戦闘艦艇が多い我が艦隊が、何故破れる。

不利だとしても、守りに徹していれば負けることはなかったはずだ。

よほど、よほど不味い指揮を執らなければ、勝てないまでも敗北するなど。

 

 

だが、今の私には考察よりも先にしなければならないことがあった。

 

 

「全軍、離脱しろぉ―――――――!!」

 

 

撤退。私の脳裏にはその言葉しか無かった。

何故なら、これから何が起こるかが分かっていたからだ。

 

 

降伏はできない、それは相手にもわかっているはずだ。

しかし私の命令が全軍に伝わる前に、敵艦隊の精霊砲が火を噴いた。

ウェスペルタティア兵の展開していない左翼と後方部隊に、それは集中していた。

見事だ、私が敵でも同じポイントに撃つだろう。

 

 

「第2騎兵大隊、壊滅しつつあり!」

「第4、第5砲兵中隊、全滅!」

「アラブス将軍、戦死―――――!」

「第4歩兵大隊と第12魔導兵中隊より、救援要請!」

 

 

そして、たったそれだけで我が軍は壊乱状態に陥っていた。

当然だ・・・陸軍が艦隊に勝てるはずが無い。

それこそ、紅き翼クラスの魔法使いでもいない限りは。

 

 

私は残存の兵力を再編し、どうにかして秩序ある撤退を試みようとしたが、これが至難の技だった。

何せ、敵の防御陣から大規模攻撃魔法が3つ、しかも3連続で放たれ、加えて亀の子のように閉じこもっていた敵の陸軍が、逆襲に転じていたからだ。

敵の反撃を止めつつ、撤退しなければならない。

 

 

「撤退だ、撤退しろ、急げ!」

 

 

全軍、全部隊に通信をかけて、私は叫んだ。

これ以上の戦闘継続は不可能だ。

 

 

「総司令官は、どうなさるのですか!?」

「・・・我が直属部隊は最後衛にあって、味方の退却を援護する!」

「り、了解!」

 

 

潰走する我が軍の中で唯一、私の直属部隊だけが敵に対し魔法を放ち、味方のための細い退路を確保している。

しかしそれも、いつまで保つかわからん。

正直、いつまでも・・・。

だがこれも、最高指揮官としての義務だ。

少なくとも、私はそう思っている。一人でも多くの味方を逃がす。

 

 

それでも、10分程は保たせただろうか。

敵の防御陣地から放たれた10発目の大規模攻撃魔法が、私のいる司令部を

 

 

 

 

 

Side アリア

 

敵艦隊を撃破して、1時間後。

残存の王国艦隊戦闘艦艇52隻が、敵陸軍への爆撃を行いました。

精霊砲の一斉射撃一回で、戦況が変わりました。

敵はもはや秩序ある抵抗もできずに、ただ逃げています。

 

 

スクリーンに映る凄惨な光景に、艦橋は奇妙な沈黙に包まれていました。

その中で一人、クルトおじ様だけがことさら大きな咳払いをしました。

 

 

「失礼ながら、陛下。これは戦闘とは呼べません、一方的な虐殺と言うべきかと」

「・・・そうですね、その通りです」

 

 

先程の茶々丸さんやカムイさんの目を思い出して、私は言いました。

報告によれば、組織的な抵抗はすでに無いそうですし。

 

 

『アリア、私は下がる。逃げる敵を背後から討つ気は無い』

 

 

その時、カードを通じてエヴァさんの声が聞こえました。

エヴァさんにしてみれば、逃げまどう敵を追い討つようなマネはできない、と言うことでしょう。

どうもそれは、エヴァさんだけの感情でも無いようで・・・。

 

 

「・・・逃げる敵は、そのまま逃がしてあげてください。降伏する者には相応の対応を」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

「・・・では、何かあれば呼んでください。少し休みます」

「ははっ」

 

 

この対応でまた色々と問題は出てくるでしょうが、そこは専門家に任せます。

・・・とりあえずは、終わりですか。

私は指揮シートから立ち上がると、そのまま艦橋を出ます。

流石に、少し疲れましたしね。

 

 

私の後には、茶々丸さんと田中さん、あとカムイさんがついてきてくれます。

・・・まぁ、いつも通りですね。

 

 

「・・・ネギは・・・」

 

 

特に他意も無く、ポツリと呟きます。

 

 

「ネギは、どうなりましたかね・・・?」

「・・・ネギ先生が乗っていたと思わしき戦艦は、撃沈を確認されております」

「そうですね・・・」

 

 

見間違えるはずも無い。

アレは昨日、ネギが戻って行った戦艦でした。

そしてそれを沈めたのは、実質的には・・・。

 

 

「・・・まぁ、別にどうでも良いことですが」

 

 

ネギがどうなろうと、例え死のうと。

仮に生きていたとしても、どうでも、ね・・・もう兄ですら無いし。

・・・アーニャさんとか、怒るかな。

 

 

「アリア先生」

 

 

今日、2回目の茶々丸さんのその声音。

哀しそうな声。

どんな顔をしているのかは、見なくてもわかります。

・・・茶々丸さんは怒鳴らないので、かえってキツいんですよね・・・。

 

 

私がとても悪いことをしている、言っていると。

自分で、そう思ってしまう程に。

 

 

「少し、寝ます」

「・・・お休みなさいませ」

「見張リニ立チマス」

 

 

茶々丸さんと田中さんと入口で別れて、私室に入ります。

いつもは一緒に入るカムイさんも、今回は入って来ませんでした。

少し不思議に思いながらも扉を閉めて、部屋の明かりを探します。

薄暗いので・・・。

 

 

「・・・やぁ、アリア」

 

 

・・・ぴたり。

私の身体が、動きを止めました。

扉の陰にいたのか、あるいは今来たのかは知りませんが。

そこに、彼がいました。

 

 

一旦眼を閉じて、息を吐きます。

・・・眼を開いて、振り向きます。そして・・・。

 

 

   ポタッ

 

 

「・・・どうしたの」

「・・・さぁ、わかりません」

 

 

問いかけに、私は平坦に答えます。

 

 

   ポタッ タタタッ

 

 

両頬に、温かな液体が流れるのを感じます。

視界が歪んで、目の前の彼の姿を正しく見ることができません。

 

 

「・・・どうして、泣いてるの?」

「・・・わかりません」

 

 

声は、震えていません。

ただ涙が溢れて、止まらないんです。

これは、何の涙でしょう?

 

 

人がたくさん、私のせいで死んだから?

彼が・・・フェイトさんが来たから?

どちらも正解のようで、でも違う気がします。

 

 

「・・・泣かないで、アリア」

 

 

そっ・・・とフェイトさんの手が、私の頬に触れます。

眼を閉じると・・・フェイトさんの手の甲の感触を、感じることができます。

 

 

「キミが泣いていると・・・僕も『悲しい』よ」

 

 

悲しい・・・フェイトさんが、悲しい。

またこの人は、どこか変わったような・・・。

 

 

「・・・そうですか」

「うん、そう」

「・・・そう、です、か・・・」

 

 

フェイトさんの手を両手で握って、顔を押し付ける。

それ以降は、上手く喋れませんでした。

 

 

でも私は、不意に気が付きました。

フェイトさんが現れた経緯を、思い出して、気付きました。

私は・・・。

 

 

私は、ネギのことが嫌いでした。

面倒な性格だし、人の話聞かないし、意味も無くファザコンだし、村の人のこと全然気にしてないし。

麻帆良では一回、半殺・・・3分の2殺しにしてしまいましたし。

あんまり、交流も無かったし・・・アーニャさん曰く「仮面兄妹」でしたし。

・・・でも。

 

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

 

でも、最初から嫌いだったわけでも、なかった。

嫌ってはいても、憎悪はしていなかったと、思う。

・・・何だ。

 

 

私、ネギのために泣けたんだ・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

組織だった戦闘が終わって1時間程して、私の下に概算の損害報告がもたらされました。

先程、補給担当が「限界です」と書いたメモを寄越した時以上に、芳しくない気分になります。

 

 

この戦いはウェスペルタティア王国の今後のためには、避けては通れない物でした。

しかしそうは言っても、これ程の損害・・・。

負傷者は、治癒術師達に超過勤務を土下座して頼めば数日で復帰できます。

ですが戦死者は、そうはいきません。

 

 

「・・・財政官僚がヒステリーを起こす姿が、簡単に想像できますね・・・」

 

 

すでに失われた費用と、これから失われる費用―――戦死者遺族への一時金と年金、艦艇修復費用や避難民の帰還費用など―――を思うと、頭が痛くなりますね。

一刻も早く叛乱した貴族共の財産を没収する必要がありますが、それをするにも軍事行動が必要。

つまり、お金がさらにかかります。

 

 

とりあえずは、新オスティアの国営銀行にある叛乱貴族達の口座を即時凍結、首都の屋敷などを押さえて資金を捻り出しますか・・・。

それでも無理なら、借金ですかね・・・将来の勝利を担保に。

ですが借主の内政干渉を許すような、それこそ投機の都合で国が左右されてもつまりませんしね。

・・・まぁ、なんとかしましょう。

これもアリカ様のため、アリア様のため、王国の同胞のため・・・。

 

 

「宰相代理、新オスティアより通信です」

「繋いでください」

 

 

私の言葉に頷くと、艦長は通信を繋ぐよう指示しました。

 

 

『クルト宰相代理!』

「おや、従卒の少年じゃないですか」

『名前呼んでください! じゃなくて、異常事態です!』

「おや、穏やかではありませんねぇ。どうしたのです?」

 

 

意図的に軽い調子で言ったのですが、従卒の少年は固い表情のまま。

・・・これはどうやら、本当に不味い事態のようですね。

 

 

『新オスティア・・・いえ、旧王都のゲートポート周辺に、巨大な魔力溜まりが発生しています!』

「何ですって・・・・・・む!?」

 

 

その時、『ブリュンヒルデ』の後方から、凄まじい衝撃が走り抜けました。

艦内が激しく揺れ、乗員が手近な物を掴んでバランスをとります。

次いで、艦橋の計測機器が立て続けに警戒警報(アラート)を鳴らし始めました。

・・・これは!?

 

 

『「墓守り人の宮殿」が、浮上します!』

「何ですって!?」

 

 

スクリーン上に転送されてくるデータに、私は驚きを隠せませんでした。

冷たい汗が、背中を伝います。

観測される魔力総量は・・・まさか。

20年前の・・・だとすれば、コレは。

 

 

コレは、世界の危機です・・・!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

後世の歴史家は言う。

 

 

10月11日、午後16時19分。

<ウェスペルタティア戦役>の緒戦、後に<新オスティア紛争>と呼称される戦いは終結した。

後の記録によれば、双方の損害は以下のような物であったとされている。

 

ウェスペルタティア王国軍の参加兵力は陸軍1万274人、艦艇117隻(3万9920人)。

完全破壊された艦艇は41隻、損傷した艦艇は24隻。

戦死者は合計10152人、負傷者は7185人、死傷率34.5%。

 

大公国・連合の参加兵力は陸軍2万3815人、艦艇152隻(5万6734人)。

完全破壊された艦艇は73隻、損傷した艦艇は39隻。

戦死者は25367人、負傷者は10388人、死傷率44.3%。

 

戦闘の結果のみを見れば、確かに王国軍の勝利ではあった。

だが勝者も敗者も、甚大な被害を被ったと言う点を考慮すれば(死傷率30%を超えると言う、軍事常識上例を見ない激戦)、「引き分け」「痛み分け」と言った方が正しいと思われる。

しかしそれが王国の勝利と言う形で年表に刻まれるようになったのは、ひとえに王国宰相府(特に広報部)の宣伝の結果であろう。

 

そしてこれは事実上、世界最強の軍隊であるはずの「メガロメセンブリア軍」の敗北として記憶され、この戦い以降、メガロメセンブリアはメセンブリーナ連合の盟主としての求心力を失って行くことになる。

 

しかしメガロメセンブリアは今しばらく、盟主の地位を保つことになる。

何故ならば、勝者とされた王国軍がこの戦いの直後、新たな戦いを強制されたからである―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 千雨

 

・・・おいおい、いきなり世界の危機かよ。

このタイピングゲーム、ストーリーありがちじゃね?

 

 

『え~、そうですかねぇ?』

 

 

パソコン画面の隅で不満そうに言うのは、赤のロングの髪の女の子。

名前は、「ミキ」。

「ミク」の姉妹で、「ぼかろ」の1体だな。

ここんとこ、「ミク」達の姿が見えない。

 

 

他にも「ルカ」とか「レン」、「リン」の姿が見えない。

おまけに、「ゆき」「いろは」「リリィ」もあんまり出てこない。

 

 

『後の3人は、位相突破維持に忙しいんで』

「・・・また何か、ヤバいことしてんじゃねーだろーな?」

『人様の迷惑になるようなことを一通り』

「おかしくね!? そこは普通迷惑はかけないって言う所だろ!?」

 

 

画面の中でケラケラと笑う「ミキ」。

こいつら本当、良い性格してるよな・・・。

 

 

『で、どうですまいますたー。暇潰しできてますかー』

「まぁな・・・昔やったな、こう言うタイピング練習みたいなの」

 

 

アレだ、場面場面で「このタイプをやれ!」みたいなのが出るゲームだ。

早くできれば出来る程、良い結果が出る。

それにしても、この「ムンドゥス・マギクス」ってゲーム、良くできてるよな。

世界観ファンタジーだけど、結構細かい所まで設定あるし、たまに予想外のこと起こるし。

 

 

『なるほど、流石まいますたー。けして表に出ることなく、人の命を意のままに操る・・・おみそれしました。流石はネット界の女王、いえ電脳の申し子、ネット皇帝「ちぅ」とは貴女のことです』

「言い草が酷い! と言うか、その二つ名みたいなのやめろ、超恥ずい」

『ネットキリスト「ちぅ」の方が』

「よくねーよ!」

 

 

叫んで、次のイベントまでの間にお茶のおかわりを淹れに行く。

8月も後半か、そろそろ新学期の準備もしねーとなー。

・・・宿題、終わって無い・・・。

アリア先生、すげー笑顔になりそうな気がする・・・。

 

 

笑いながら、「残念♪」とか言いそうな気がする。

確証はねーけど、そんな気がする。

 

 

「・・・にしても・・・」

 

 

さっきまで遊んでたゲームのことを、思い返す。

それなりの出来だとは思うが、一つだけ腑に落ちないことがあった。

 

 

・・・何で、知り合いの名前がチラホラあるんだ?

何か、妙に力入っちまうじゃねーか。

 




従卒の少年:
従卒の少年です、クルト宰相代理の従卒をさせて頂いております。
なので、出番もそこそこあるのですが、名前が「従卒の少年」って・・・。
・・・まぁ、とにかく今回で連合との戦いはとりあえず終息。
今後も何回か問題があるでしょうが、まぁ、それよりも先に世界の危機です。


なお、今回新登場の投稿キャラクターはこの方です。
スコーピオン様より、リアス・パルクス様です。
これからの活躍、期待しています。


従卒の少年:
では次回は、世界の危機に向けたお話ですね。
帝国のクーデター、墓守り人の宮殿の様子、その他諸々・・・。
いろいろ、大変です。
では、またお会いできると良いですね。


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第16話「決戦前夜・前編」

Side リィ・ニェ(ヘラス帝国女性将校)

 

「我々は孤立してはいない、必ずや帝国の同胞は我らに同調するであろう」

 

 

そう言い続けることでしか、私は部下達の動揺を抑えることができなくなっていた。

もはや、我々が支配している―――支配と言えるかすらも疑わしいが―――場所は、帝都ヘラスのごく一部でしかない。

他の地方叛乱は、全て制圧された。

 

 

帝都守護聖獣も敵の味方こそしていないが、我らの味方でも無い。

元々、完全な味方でも無かったが・・・。

 

 

「・・・皇女殿下らは、どうなされておられるか?」

「皇帝陛下崩御の後、自室に籠られたままです」

「そうか・・・」

 

 

皇帝陛下崩御、コレも我々にとっては誤算だった。

陛下の傍の奸臣を討つ。

そう宣伝してクーデターを起こした直後、陛下が崩御された。

自決とも、暗殺とも聞いているが・・・真相はわからない。

 

 

外部では、テオドラ殿下が帝位を宣言されたと言う。

めでたい事だが、殿下に陛下の死が伝わるのが早過ぎる。

・・・胸の内に、言いようもない不安がよぎるのを感じる。

私は頭を振ってその不安を追い払うと、廊下を歩くスピードを速めた。

 

 

「・・・皇女殿下らに拝謁する。案内せよ」

「はっ」

 

 

護衛兵にそう言って、皇女殿下がおられる部屋に向かう。

第一皇女殿下と、第二皇女殿下。

現在、テオドラ殿下以外に皇位継承権を持っているのは、このお2人以外にいない。

 

 

ヘラス族の平均年齢で考えれば、皇帝陛下はあと100年はご健在であられたはずだからな。

まだしばらく、皇位継承問題は顕在化しないはずだった・・・。

 

 

「リィ・ニェ准将である。殿下への取り次ぎを願いたい」

 

 

数分後、宮内省の役人にそう告げると、思ったよりもすんなりと承諾の返事を貰えた。

これまでは、拒否されていたのだが。

まぁ、お会いくださると言うのならば、是非も無い。

そう思い、護衛兵を待たせ、長い廊下を歩き・・・。

 

 

「失礼致しま・・・」

 

 

皇女殿下の私室―――第一皇女殿下のだ―――の扉を開き、その場で跪こうとした私は、動きを止めた。

皇女殿下は、お2人共おられた、それは良い。

だが椅子に縛りつけられており、しかも目に生気がなかった。

明らかに、様子がおかしい。

そう思って視線を動かせば、殿下の足元に4本の注射器のような物が・・・。

 

 

―――――薬物か!?

 

 

「殿・・・ガッ!?」

 

 

即座に反応し、お傍へ・・・と思った瞬間、首の後ろに衝撃が走った。

意識が瞬間的に途切れ、視界が回転し、頬と身体に痛み。

気が付いた時にはうつ伏せに床に倒れ、しかも背中を何者かに踏まれて身動きがとれなかった。

ゴトッ・・・と、燭台のような物が私の顔の横に落ちてきた。

 

 

「存外、あんたも役に立たなかったな」

「そ、の・・・声」

 

 

脳裏に浮かんだのは、連合から帰還し、クーデター計画を持ち込んだ参謀。

父の、部下の・・・。

その時、首筋にかすかな痛みを感じ・・・数秒後には、目の前が真っ白になる程の衝動が私を襲った。

注射、薬物。瞬間的に、その2つの単語が浮かぶ。

 

 

「皇族の身体で楽しむつもりだったのに、その時間すら稼げないんだからな。父親に似て無能だ」

「あぎ、がが、ぎ・・・」

「まぁ、良いか。皇帝と皇女2人を殺した犯人、つまりあんたの首を差し出せば、俺は帝国の英雄になれる。そうすりゃ、あの第3皇女に近付けるかもしれん・・・」

 

 

私の口はもう、まともな言葉を紡ぐことができなくなっていた。

だが、思考はかろうじて生きている。

だからわかる、私は、謀られたのか。けど、何故? ・・・どうして!

憤怒、絶望、敗北感、憎悪――――それらがない交ぜになった感情が、私の胸に去来した。

 

 

だがそれを表現する術を、私は持てなかった。

何故なら、2本目の注射が、私の首に突き立てられていたから・・・。

 

 

「ああ、そうそう。あんたの親父を殺したのはな・・・」

 

 

私の意識が落ちるのと、ほぼ同時に。

男の声が途切れた、部屋の壁を突き破る轟音と共に。

 

 

「お話し中失礼~、雇われ剣士のジャック・ラカン様登場~って、あ~ん?」

 

 

続けて聞こえた声は、初めて聞く種類の物だった。

 

 

「・・・お前、悪党だな?」

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

短い時間ではあるが、父に会うことができた。

娘としてではなく、帝位を継ぐ者の礼儀として。

じゃから、形式以上のことを言わなかったし、しなかった。

縋りついて泣くことも、できなかった。

 

 

公人としてのヘラスの皇族は、弱みを見せてはならない。

必要なのは強さであり、それ以外の物は必要無い。

 

 

「・・・ご苦労じゃったの、ジャック」

『まぁー、仕事だしな』

 

 

慌ただしく戴冠の準備を進める官僚達を横目に、妾はジャックと連絡を取った。

別に私用では無く、姉上達を救ってくれたのがジャックだったからじゃ。

2人の姉は、薬を打たれて昏睡状態じゃった。

今も、眠っておる。

 

 

医師によれば、処置が早かったために一命を取り留めたと言う。

処置をしたのは、もちろんジャックじゃ。

 

 

「よもや、お主に医療の心得があろうとはの」

『俺に不可能はねぇ』

「バグめ・・・」

 

 

苦笑するしか無い。

ほとんど一人でクーデター部隊を制圧した上、首謀者まで捕らえた男。

これでは、何のために部隊編成に一日割いたのかわからん。

 

 

『んで、あのお嬢ちゃんはどーすんだ?』

「お嬢ちゃん・・・リィ・ニェ准将か? あ奴は一応40代じゃぞ」

『マジか、まぁヘラス族だしな。で、どうすんだよ?』

「叛逆は、基本的に極刑じゃがな・・・」

 

 

十中八九極刑じゃが、かなり後味が悪いことは確かじゃ。

調べによれば、父の死には関与していないらしい。

とは言え、間接的に責任はあるが・・・。

 

 

連合との捕虜交換で戻ってきた参謀の一人が、「父親の遺言」が書かれた手紙をリィ・ニェ准将に持ってきた。

そこには今の体制への恨みと、仇討ちを懇願する内容が書かれていたと言う。

実際には遺言は偽物で、その参謀が父を殺した男だと言うのにじゃ。

それ以上の詳しい経緯は知らぬが、いずれにせよ、哀れじゃな・・・。

 

 

「殿下・・・ではなく、陛下! 新オスティアのコルネリア様より知らせが!」

 

 

その時、兵の一人が慌ただしくやってきた。

ジャックを待たせて、妾はその者の報告を聞くことにした。

 

 

「どうした、連合との紛争の件か?」

「はっ、そちらはどうやら、王国側の勝利とのことです!」

 

 

勝ったのは、娘の方か。

息子の方がどうなったかは、あえて聞かないことにする。

 

 

「しかし、本題は別に・・・」

「おい、外を見ろ!」

「何だ!?」

 

 

報告の途中、場が騒がしくなった。

何事かと思い、皇帝の居城の広間から外を見てみれば・・・。

 

 

光の帯。

光の帯が、夜空を彩っておった。

美しい光景だが、だが、これは・・・。

 

 

「大量の魔力が大気と反応して、肉眼にも見えているのです。あの光が向かう先は・・・」

「言わずとも良い、わかるのじゃ・・・」

 

 

そう、妾にはわかる。

何故ならばそれは、20年前にも見た光景なのじゃから・・・。

あの光、あの魔力の向かう先は、新オスティア。

<墓守り人の宮殿>。

 

 

「・・・大規模転移の準備をせよ! 数時間で新オスティアにまで移動する! 先方にも連絡せよ・・・規模は、クーデター鎮圧のために集めた戦力の半分で良い、妾が直接率いる!」

「陛下!? 戴冠式は・・・」

「そんな物は後じゃ、これは・・・これは、世界の危機じゃ!」

 

 

何故、このタイミングで「アレ」が起こるのかはわからん。

だが、坐して見ておるわけにもいかん。

「人間」では無い我らは、特に。

じゃが同時に、気付いてもいた。

 

 

はたして、どこまで力になれるか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

魔法世界人口・約12億人(内メガロメセンブリア市民6700万人)。

魔法世界を支える魔法力の枯渇により、10年以内に滅亡。

魔法世界人は魔法世界と「同じモノ」で出来ているので、魔法世界が消えると一緒に消える。

純粋な「人間」も魔法世界消滅後、人の生存不可能な荒野に投げ出されて大半が死滅する。

 

 

「こう言うことです」

 

 

ペンを置きながら、焔さん―――ツインテールの女性―――が、説明を終えました。

ホワイトボードには、焔さんが書いた説明書きが書かれています。

つまり、魔法世界崩壊の経緯。

 

 

「・・・だから僕らは、姫御子の力で魔法世界を書き換え、封印するつもりだった。書き換えられた世界=<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>に魔法世界人を移住させる計画・・・」

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)

それは、永遠の園。

あらゆる理不尽、アンフェアな不幸の無い「楽園」。

・・・個人的には、そこはちょっとアレですけど。

 

 

でも、火星の荒野に投げ出される・・・。

脳裏に浮かぶのは、超さん。

懐に手を忍ばせれば・・・そこには、3枚のカードがあります。

エヴァさん、さよさん・・・そして、もう1枚。

 

 

「・・・現在<墓守り人の宮殿>で行われている儀式『リライト』は、細かいことを言うと長くなるから手短に言うけど・・・<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>発動の儀式なんだ。まぁ、つまり・・・明日中には世界は消えてなくなる」

 

 

フェイトさんの言葉に、その場にいる全員が息を飲みました。

ここは、『ブリュンヒルデ』内部の大会議室。

現在は関係各所の代表を集めての、拡大御前会議が開かれています。

参加者は、以下の通りです。

 

 

まずは、旧『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』メンバーの6人。

何でも、クビになったとか何とか・・・。

フェイトさんを筆頭に、暦さん、環さん、調さん、栞さん、焔さん。

前の2人には会ったことがありますが・・・ええ、皆さん大変な美少女ですね、ええ。

 

 

そして王国首脳陣、まず私とクルトおじ様。

官僚代表のクロージク伯爵とニッタン助教授。

さらに工部省科学技術局特殊現象分析課から、エヴァさん。

エヴァさんは、公的な会議に出るのは初めてですね。

陸軍のリュケスティス大将とグリアソン大将、王国艦隊のレミーナ大将とコリングウッド大将。

軍人の方は、本日付けで全員階級を一つ上げています。

 

 

そして、今回の事態に協力を表明してくださった方々。

アリアドネーのセラス総長と、関西呪術協会の千草さん。

アリアドネーとは新オスティア防衛の時点で協力関係にありますし、関西呪術協会には魔法世界救済のための計画を支援して頂く契約です。

加えて、急遽駆けつけてくれた帝国のコルネリア大使。

帝国は、大規模な部隊を提供する用意があるとか・・・。

 

 

とにかく、ここにいる18人で魔法世界を救う方法を模索することになります。

可能な限り人数を絞る必要がありましたので、この人数になりました。

組織間のバランスとかも考えなければなりませんでしたし・・・。

連合は参加していませんし、到着していない人もおりますが・・・魔法世界最高のメンバーではないでしょうか。

 

 

「・・・今さら言うまでもありませんが、この会議の結果で魔法世界の未来が決まります」

 

 

開始の音頭と言うわけではありませんが、私は冒頭でそう言いました。

私の言葉に、全員が表情を引き締めます。

 

 

「20年前の災厄を繰り返さないためにも、皆様のお力添えをお願いします」

 

 

20年前の災厄。

その単語はここにいる大半の方々にとっては、特別な意味を持っていることでしょう。

そして私はむしろ、この場では少数派です。

 

 

私の母が<災厄の女王>になった瞬間を、私は知らないのですから。

・・・もしコレが20年前の再現だと言うのなら、立場的に私、危ない気もしますがね。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

18人・・・18人ですか。

まぁ、半分近くはすでに事情を知っているような方々ですし、良しとしますかね。

個人的には、もう少し人数を絞りたかった所ですが。

 

 

多くの臣下の力を借りることを前提にしているアリア様の体制では、仕方が無いでしょう。

意外な弱点を発見しましたね。

 

 

「そもそも、私としてはそちらの少年を信頼する気にはなれませんな」

 

 

口火を切ったのは、大将に昇進したリュケスティス将軍です。

彼はいつもの冷笑を浮かべつつ、説明を終えたアーウェルンクスを見つめました。

まぁ、私としてもアーウェルンクスを信じる気はサラサラありませんが。

今回の件に限って言えば、彼は何一つ嘘を吐いていませんがね。

 

 

壁際に立っている女性陣が不機嫌そうな顔をしていますが、そこはまぁ、良いでしょう。

と言うか、女連れで来るとは、アーウェルンクスにしては・・・。

 

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と言えば、20年前に世界を混迷に陥れた輩。抜けてきたと言うが、工作員で無いと言う確証はどこにも無い」

「だが、彼は見た所まだ子供だ。20年前の事件には関与していないはずだろう」

 

 

いやぁ・・・それはちょっと、どうでしょう。

ニッタン助教授の常識論に、私は首を傾げました。

アーウェルンクス自身は、沈黙したまま議論の成り行きを見つめていますが・・・。

 

 

「リュケスティス将軍の言い分もわかりますが、基本的な構想として、私は彼を信じることにしています。と言うより、そうでないと話が始まりません。彼の助力が無ければ私達は宮殿に入ることすら難しいのですから」

「せやかて、中に入れたとしてどないするんや? こっちの研究はほとんど進んどらへん言うのに」

 

 

アリア様の言葉に、千草さんがそう反論します。

どこか不機嫌なようにも見えますが、それ故に反論しているわけでも無いようです。

 

 

「中に入れれば世界を救える、みたいな期待をされても困るで。そりゃ、今すぐ滅びてもろても困るけどな。そこらへんは、そっちの課長はんの方が詳しいはずやろ」

「・・・まぁ、そうだな。順序としては第一に『リライト』の阻止、次いで世界を救うと言うのが正しいだろう」

「そうだな。その方がわかりやすい」

 

 

真祖の吸血鬼の発言に、微妙な緊張感が漂います。

発言自体は問題では無く、存在故に。

まぁ、何故かグリアソン大将が吸血鬼を擁護する側に回っていますが。

 

 

「だが私も、20年前のことを直接知っているわけでは無い。20年前にも同じようなことがあったと聞くが、その時はどうやって止めたんだ?」

「20年前は帝国・連合・王国の魔導兵団が協力して、大規模な反転封印を施したの。だけど・・・」

 

 

20年前、現場にいた数少ない生き証人であるセラス総長が説明しました。

・・・そう、そのせいでオスティア崩落が始まった。

今回も同じことが起きると、かなり困ります。

 

 

「当面の大まかな方針としては、『リライト』の阻止と言うことで良いと思われる。まぁ、私としては、そのような重大事を今まで黙っていた者の責任を追及したいのだが・・・」

 

 

おや、クロージク伯爵が私を見ていますよ?

目を逸らしたりはしませんよ、何と言っても私には後ろ暗いことはありませんから。

・・・法的には。

 

 

「・・・まぁ、責任を云々するのは、さしあたり事態を収拾してからの方が良いでしょう」

「今はとにかく、女王陛下と王国、そして世界のために『リライト』阻止に向けた行動に出るべきです」

「しかし、これ以上の出費は財政が持たない」

 

 

コリングウッド提督とレミーナ提督の積極論に対し、クロージク伯爵は表情を顰めます。

確かに、財政は厳しいですね・・・補給物資も欠乏を来し始めていますし。

 

 

「資金と物資については、我が帝国が提供させて頂きます」

「・・・場合によっては、アリアドネーも負担しましょう」

「いや、それはありがたいですね。まぁ、それについては後で細部を詰めましょう」

 

 

ここでは即答を避けます。

可能な限り、かつ後腐れなくむしり取りたい物です。

やれやれ、これが物語や童話なら世界の危機に皆が足並みを揃えて・・・とでもなるのでしょうが。

現実は、こんな物です。

 

 

「・・・言いにくいんだけど」

 

 

その時、アーウェルンクスが口を開きました。

無表情で淡々と、彼は言います。

 

 

「『リライト』は一度発動すると、止める方法が無い」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

自慢では無いけれど、僕らにも学習能力と言うのは存在する。

20年前に発動しかけた『リライト』と、今発動しかけている『リライト』では微妙に違う。

だから、「行けば止めれる」みたいな考え方をされると、困る。

 

 

「中途半端に儀式を中断すると、最悪、魔法世界人も救えず、世界も消える・・・なんてことになる」

「では、中断させる方法は無いの?」

「無い。キミ達が20年前にやった方法では止まらない」

 

 

アリアドネーのセラス総長は、僕の言葉に顔を強張らせた。

他の人間も皆、明るい表情はしていない。

 

 

僕としても、そんな形で世界を滅ぼさせるわけにはいかない。

僕の役目は「世界を救う」ことであって、滅亡させるのが主目的では無い。

まぁ、僕はすでにアーウェルンクスの役目を無くしてしまっているのだけど。

 

 

「ちなみに、儀式の核は<黄昏の姫御子>だけど、鍵は<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>と呼ばれる究極『魔法具』だ。その中でも<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が特に重要な意味を持つ」

「何だ、それは」

「この世界の秘密に至る力、始まりと終わりの力・・・この世界の創造主の力を運用することができる究極『魔法具』だよ、真祖の吸血鬼。いくつか種類があるけど、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>は創造主と同等の力を使えるとされる」

「・・・その、創造主と言うのは何者だ?」

「さぁ・・・それは僕も知らない」

 

 

いつだったか墓所の主が「神様の力じゃよ」とか言っていた気もするけど。

そこは、本題からズレると思うし。

それに詳しい説明をしなくとも、クルト・ゲーデルとかはすでに知っているだろうし。

 

 

「とにかく、キミ達の保有する手段では、おそらく『リライト』は止められない」

 

 

そう、一度発動した『リライト』を止める術は無い。

 

 

「<黄昏の姫御子>を救出しても・・・?」

「意味が無い。むしろ中途半端に『リライト』が発動して、危険だ」

「・・・その言葉が真実であると言う証明は?」

「明日何もしなければ、明後日には判明すると思うけど」

 

 

将軍達の言葉にそう返すと、場が沈黙した。

もはや事態は、<黄昏の姫御子>を救出すれば良いとか、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を奪えば良いと言う段階では無い。

受け入れるか、どうかだ。

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>を受け入れるか、どうか。

・・・まぁ、ぽっと出の存在に『リライト』を発動されるのは、『癪に障る』けどね。

 

 

「・・・一つ、質問なのですが」

 

 

その時、それまで何かを考え込んでいたアリアが、顔を上げて僕を見た。

その瞳が、薄く赤く輝いている。

 

 

「発動中の『リライト』に触れることは可能ですか?」

「・・・と言うと?」

「『リライト』の術式に触れることが可能であれば、手が無いでもありません」

「・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持っていれば、『リライト』に干渉することは可能だけど・・・」

「・・・おい、アリア・・・・・・陛下、お前まさか・・・」

 

 

真祖の吸血鬼が、呻くような声を出した。

アリアは溜息を吐くと、ひどく緩慢な動きで場を見渡した。

 

 

「皆様、どうやら作戦が決まったようです」

 

 

その声は、酷く疲れているように見えた。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

会議が終わった後も、私は座ったまま動かなかった。

かなり揉めたが、結局はアリアの提案が通ることになった。

つまりアリアが『リライト』の術式に介入して中断、可能なら解除する。

 

 

表向きは、王家の魔力で。

だが私は知っている、アリアは王家の魔力を使用したことは無い。

素質はあるのかもしれんが、今まで使った所を見たことは無い。

実際には、右眼の魔眼を使うのだろう。

かつて私の呪いを解除し、かつ学園結界にまで介入した魔眼を。

 

 

「まぁ、流石に一人では行かせんが・・・」

 

 

アリアも、一人で全てできると思う程自惚れてやいない。

20年前の経験者も交えてチームを作り、それで『リライト』を抑える。

だがそれにした所で、アリアの右眼が無ければ話にならん。

魔法世界を救うために必要なことだと言われれば、そうなのかもしれんが・・・。

 

 

軍部が環境を整え、官僚達がそれを支援する。

アリアの指揮する『リライト』阻止部隊が、その任務を遂げるまで。

 

 

「・・・ここに残っていると言うことは」

 

 

その時、涼しい顔で私に声をかけて来た奴がいた。

私と同じように会議室に残っている男。

アリアを祀り上げて何やらたくらんでいる様子の、クルト・ゲーデル。

 

 

「貴女も私と同じで、アリア様は『墓守り人の宮殿』の最奥部に行くべきでは無い、そう思っているのですね?」

「・・・貴様と同じ意見と思われるのは癪だが、まぁ、そうだな」

 

 

実は、アリアのプランに最後まで強硬に反対したのは奴だ。

あらん限りのレトリックを用いて反論するので、他の者が抑えに回らなければならなかった程に。

 

 

「・・・お前は、むしろ積極的に支持すると思っていたがな」

「おや? 心外・・・とは言いませんよ。世界を救った女王。<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>を手懐け、世界の崩壊を防いだ生ける伝説・・・そう宣伝する絶好の機会です。そうなれば、連合を潰すための材料も早く揃う」

「そんなことを考えていたのか、お前」

「もちろん。私はいつだってアリア様とアリカ様・・・そしてウェスペルタティアに世界をとらせることを考えていますよ。ですが、まぁ・・・」

 

 

クルトはそこで眼鏡を外すと、深い溜息を吐いた。

指先で眼鏡を弄りながら、どこか遠くを見つめるような視線をする。

 

 

「まぁ・・・20年前を思い出しましてね」

 

 

その言葉に対して、私は何も言えない。

私は、20年前のことを正確には知らないからだ。

20年間、こいつが何を思い、何のためにどんなことをしてきたのか。

 

 

「・・・ああ、そうそう。この戦いが終わったら、私はある発議を行う予定です」

「何だ、藪から棒に・・・」

「アリア様の婚約相手の選定を」

 

 

次の瞬間、私は席を立っていた。

と言うより、飛び出していた。

断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』の刃が、ゲーデルの首に小さな傷をつける。

それを押し付けたまま・・・私は、ゲーデルを睨んだ。

 

 

「・・・怖いですね。しかし婚姻して子を成すと言うのも、王族の重要な役目ですよ?」

 

 

全身で殺気をぶつけても、ゲーデルは小揺るぎもしなかった。

むしろ余裕たっぷりに、眼鏡をかけ直す。

 

 

「それに現実として、アリア様に対して婚約の申し入れが7件程来ているのですよ。当然でしょう? ウェスペルタティア王家の最後の末裔にして女王。国内の大貴族から国外の大商人まで、アリア様を伴侶にと望む声は少なく無いのです」

「ほぉ、ぜひ教えてもらいたいな、今すぐに全員を殺して来てやる」

「・・・少しは公的立場と言う物を学んだかと思ったのですがね、この合法ロリは」

「黙れ変態眼鏡・・・その首落とすぞ?」

「落とすが良いでしょう。その後どうなるかを想像できるのならね」

 

 

数秒の沈黙。

魔力の剣の切っ先が、ゲーデルの首に押し込まれることは無かった。

 

 

「私人として恋愛し、公人として結婚する・・・それが王族ですよ。まぁ、仮にアリア様のお心にすでに誰かがいたとするのなら・・・」

 

 

席から立ち上がって、ゲーデルは言った。

 

 

「私が婚約者の選定を済ませてしまう前に、民衆も納得できるような功績を打ち立てて頂きたい物ですね」

 

 

そう言い残して、ゲーデルは去って行った。

・・・婚約、結婚だと・・・?

しかも、政略結婚だと・・・認められるか!

王族の義務だか何だか知らんが、そんな物にアリアを縛らせるつもりは無い。

 

 

だが、具体的にどうすれば良いのかは、わからなかった。

アリアにとって、ここは一番安全な場所のはずだった。

だが・・・。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

新オスティアでの敗北の情報が届くと、メガロメセンブリア上層部、つまり元老院に衝撃が走った。

即座に緊急討議が行われたわけだが、まとめ役のアリエフの爺さんがいないんで、どれだけ話し合ってもまとまりそうになかった。

 

 

逆に、そのアリエフの爺さんを非難する声の方が大きくなってるのが皮肉だ。

まぁ、アリエフの爺さんがここにいればどうなったかは、わからねぇけど・・・。

 

 

「もはや撤兵すべきだ。でないと我が軍は実力的にも道義的にも取り返しの無い事態に陥るだろう。そもそも、公国などと言う物自体に正統性があるはずが無かったのだ」

 

 

そう言う声自体は、前々からあった。

そもそも民主共和主義を掲げているはずの連合が、貴族支配体制下にある公国を支持するのは何故か?

君主制とは言え、立憲体制下での議会政治を志向する王国の方をこそ、支持すべきではないか。

第一、ウェスペルタティアはメセンブリーナ連合の信託統治領であるのに、メガロメセンブリアが独断で対応を決め、加盟国にそれを押し付けるのはおかしい。

 

 

そして、もっと過激な声もある。

曰く、アリア新女王は先代アリカ女王の実の娘であり、正当なる後継者である。

アリカ女王処刑の公式発表は、メガロメセンブリアのプロパガンダである―――――。

・・・情報の出所がどこか、わかる気がするのは何故かね。

 

 

「我々はすでに公国を支持する決定を下した。それを今さら変更するのは、道義的にも許されない。第一、王国はすでに我が兵士達を殺している。人道主義に毒されて前線の軍の行動に枠をはめるべきでは無い」

 

 

反対派の反論に、賛成派・・・つまりアリエフの爺さんの子飼いの議員達がそう主張した。

つまりは、多数派なわけだが・・・。

 

 

その時、新しい報告が議場にもたらされた。

ウェスペルタティア、そしてパルティアに続いて、さらに2つの属州で独立反乱が起こったって話だ。

連合の中央部に位置する「アル・ジャミーラ」を中心とする属州アキダリアと、連合の北の辺境「盧遮那」を中心とする属州龍山。

もしこの2つの属州が連合から離脱した場合、メセンブリーナ連合は東西に分断される事になる。

 

 

「な、何だと・・・」

「もし2つの属州が反乱軍に占拠されれば、世界周航航路はどうなる?」

「それどころでは無い、連合が東西に分断されてしまうぞ・・・」

「すぐに軍を派遣すべきだ」

「バカな、ウェスペルタティア軍に背後を見せてか」

「では、どうするのだ!?」

 

 

再び、議場が騒々しくなった。

議長のダンフォードは、それをただ見ているだけで、何も言わねぇ。

・・・おいおい、良いのかよアリエフの爺さん。

 

 

俺に、反抗の機会を与えちまってよ。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

アキダリアと龍山で起こった反乱など、取るに足らん。

所詮、ゲーデルの小僧が流した情報に煽られて暴発したに過ぎん。

その証拠に、各都市で起こった暴動は散発的で、統一された行動では無いことがわかる。

連合の軍事力を分散させるための小賢しい策に過ぎん。

 

 

『ですが、放ってもおけないでしょう?』

「いや、グレーティア。今は放っておいても良い。どうせ暴徒共は消滅するのだからな」

 

 

グレート=ブリッジ要塞の執務室の中で、私は首都のグレーティアと連絡を取っていた。

最近どうも、私を陥れようと色々と画策しているようだが・・・。

現実問題、彼女ほど優秀な秘書官はいない。

 

 

「エルザから連絡があった。『リライト』が発動する」

『なるほど・・・それでは属州だけでなく・・・』

「そう、帝国も他の連合加盟国の大半も滅びるだろう。そして連合市民6700万人だけが、新たな世界で繁栄を謳歌できる」

 

 

10年前、私は天使を手に入れた。

死にかけていた天使の名は、2番目(セクンデゥム)

<闇>のアーウェルンクス。

かのナギ・スプリングフィールドと相討った最強の存在。

 

 

私はソレに「エルザ」と言う新しい呪詛(なまえ)と、そして新たな身体を与えた。

ソレは、まだ駆け出しの執政官でしか無かった私に、世界の秘密を教えてくれた。

そして政敵を暗殺し、票を操作し、私の望む物全てを私にもたらしてくれた。

今も、私のために働いてくれている。

 

 

「とにかく、議会工作を怠るな。それからヴァルカン、アルギュレー平原の駐屯軍を新オスティアに向けて進発させろ。6個軍団4万人、4個艦隊292隻の、あの部隊だ」

『帝国国境の防御が薄くなりますが・・・ああ、『リライト』でしたか』

「そうだ、もはや帝国を警戒する必要は無いのだ。部隊は全て『人間』で構成するよう注意するのだぞ」

『わかりました。ただ・・・本当に上手く行くのでしょうか?』

 

 

グレーティアは、心配そうな表情を作って言った。

いや、実際に心配だったのかもしれないな。

だがそれは、私のためではなく、自分のためだろう。

 

 

ああ、残念だよ、グレーティア。

できればもう一夜、お前と過ごしてみたかったな。

 

 

『それでは、仰せの通りに処理いたします』

「うむ」

 

 

そして、「エルザ」。

アレも『リライト』による世界の再創造が終われば、もう・・・。

 

 

 

 

 

Side メルディアナ校長

 

今頃アリエフは、新オスティアのことに集中していることだろう。

私にとっては、またとない機会となるわけだ。

 

 

「お願いできるだろうか」

 

 

私の目の前には、数人の男女がいる。

冒険者(トレジャーハンター)と賞金稼ぎのグループで、アリエフによって軟禁されていた者達だ。

扉の傍に立ち、周囲を警戒しているらしいエディ君が、白い歯を輝かせて親指を立てて見せてくれた。

 

 

「まぁ、確かにあそこには何回か潜ってますけど・・・」

 

 

クレイグ・コールドウェルと言う名の青年は、頭を掻きながらそう言った。

名のある冒険者グループのリーダーで、彼自身も冒険者(トレジャーハンター)。

これから潜ってもらうダンジョンでは、彼らの経験が役に立つはずだ。

 

 

「本部を介しての依頼なんで、僕達の方は問題無いです」

 

 

そしてもう一つのグループは、「黒い猟犬(カニス・ニゲル)」と言う名前だった。

彼らはシルチス亜大陸で名を馳せている有名な賞金稼ぎ集団で、実力は申し分ない。

これから潜ってもらうダンジョンの最奥部では、彼らの力が必要になるはずだ。

 

 

ダンジョンの名前は、「夜の迷宮(ノクティス・ラビリントス)」。

以前、私が捕らわれていた場所であり、そしてウェールズの村人達の居場所。

灯台下暗しと言うわけではないが、気付かなかった。

だがあのダンジョンの奥深くに、封印されているという情報を手に入れたのだ。

 

 

「当面は、この資金でやりくりしてくれ。おそらく、そうそう連絡できないだろうから」

「わかりました」

 

 

外見は骸骨の魔族―――モルボルグラン君―――に、私はドラクマ紙幣の束を渡した。

10万ドラクマ。

依頼の内容に比して少ないと言わざるを得ないが、私にはこれで精一杯だった。

 

 

クレイグ君達にもう一度頭を下げて頼み、エディ君に隠し通路を案内してもらった。

彼らが成功することを、祈っている。

 

 

「・・・さて、遠からずアリエフにも気付かれるだろうな」

 

 

その時、私の命がどうなるかはわからない。

だが殺されたとしても、私は自分の行動を悔やんだりはしないだろう。

 

 

ちなみに、ウェールズの村人達の所在を私に伝えてくれた人間は、意外な人物だった。

本国に護送されて以来、どこで何をしているのか、わからなかったが・・・。

その人物の名は、近衛近右衛門。

かつて、旧世界の麻帆良学園の学園長だった男だ。

 

 

「・・・『悠久の風』の高畑君からも、連絡があったし・・・」

 

 

むしろ、近右衛門の情報が私の所に届くよう、高畑君が操作した様子なのだ。

流石は、かつての紅き翼のブレーン、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの弟子と言った所か。

さて・・・。

 

 

私の仕事が終わるのも、もうそれ程遠い事ではあるまい。

後は、どうにかしてネギを助けるだけか・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「墓守り人の宮殿」を中心に、旧王都を構成していた浮遊岩が空中に浮いていた。

『リライト』の、そして旧オスティアのゲートポートに集まる膨大な魔力の影響だ。

ミルクのように濃厚な魔力が辺りに満ち、魔力の奔流の影響で墜落していた島の大半が浮き上がっている。

 

 

「墓守り人の宮殿」の廊下から外を見てみれば、そんな光景が広がっている。

さらに空を見れば、膨大な魔力で編まれた超大規模積層魔法障壁(バリアー)が空を覆っている。

エルザさんの話によれば、連合の戦艦の主力砲でも破れないらしい。

まさに、鉄壁だ。

 

 

「そしてあれが・・・『リライト』」

 

 

同時に「墓守り人の宮殿」の周囲に展開されている術式を見る。

中心は祭壇で、外に見えるのは術式の端だけど。

アレが、世界を救う「始まりの魔法」。

そのはず、何だけど・・・。

 

 

「・・・あの魔法の構築式は・・・」

 

 

規模の大小と術式の複雑さって言う違いはあるけど、大体の魔法は構築式で効果を予想できるんだ。

僕はこれでも基礎魔法の天才とか言われてたから、メルディアナでは。

でもアレは、エルザさんが言うような「世界を崩壊を止める魔法」と言うよりは・・・。

 

 

気のせいでなければ、世界を消してしまう因子を含んでいるように見える。

そして多分、気のせいで無く含まれていると思う。

『リライト』の基礎構造。

アレは、世界を・・・?

 

 

「・・・エルザさんに、話を聞いてみよう」

 

 

エルザさんは僕に、「そこにいるだけで良いのです」って言ってたけど。

でも、もしかしたらエルザさんは気付いていないのかもしれないし・・・。

 

 

疑惑。

僕の中で、それが少しずつ大きくなっていくのを感じる。

そんな汚い感情を抱いてはいけないのに、でも僕はエルザさんを疑い始めてる。

エルザさんは、兵士の人がいくら死んでも代わりはいるって言ってた。

 

 

立派な魔法使い(マギステル・マギ)は、そんなことを言わないはずなのに」

 

 

僕の知っている立派な魔法使い(マギステル・マギ)は、父さんは、そんなことを言わない。

皆を守ろうとするはずなんだ。

僕の知ってる、憧れている父さんなら、笑って皆を助けてくれるはずなんだ。

それが、英雄(ヒーロー)なんだから。

 

 

それに『リライト』の発動に必要だからって、明日菜さんを危険に晒すのもおかしい。

そう・・・どうしてだろう、少し疑い出すと、全てがおかしく思えてくる。

 

 

「・・・とにかく、もう一度話をしてみよう」

 

 

僕は自分の言葉に頷くと、エルザさんとのどかさん、そして明日菜さんのいる祭壇に向かって歩き出した。

・・・でも、話を聞いて、もし僕の思っている通りの答えが返ってきたら。

 

 

僕は、どうするのだろう・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

我ながら、バカな作戦を考えた物です。

と言うか、作戦と言えますかね、コレ・・・。

 

 

第一段階、軍隊で敵の妨害を排除しつつ、『ブリュンヒルデ』で突入。

第二段階、チーム①、エヴァさんチームが<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を奪取する。

第三段階、チーム②、私と専門家チーム(関西呪術協会含む)が『リライト』の術式に介入する。

第四段階、『リライト』発動を阻止し、皆で帰って万歳する。

 

 

「・・・小学生の作戦ですね・・・」

「しかし、他に方法が無いことも確かです。個人的には、アリア先生自らが行くことには反対ですが」

 

 

鏡台の前で茶々丸さんが私の髪を梳きながら、そう言いました。

私だって、行かずに済むならそうしたい所ですが・・・。

 

 

「でも私の『複写眼(アルファ・スティグマ)』でないと、たぶん無理ですし」

 

 

他の専門家の方を下に見るわけではありませんが、私の右眼の力が必要になるはずです。

構成を素早く理解し、どこを弄れば良いかを迅速に知ることができる魔眼。

思えば、久しぶりにこの魔眼を全力で使うことになりそうです。

 

 

でもその間、私を誰かに守ってもらう必要があります。

その役目を担うのは、近衛騎士団と『ブリュンヒルデ』の陸戦隊、そして親衛隊。

シャオリーさんにそれを言ったら・・・。

 

 

「女王陛下の身辺をお守りすることこそ、我らの本懐。この命を盾としてでも、必ずや女王陛下をお守りまいらせましょう。このような大役を仰せ付かったことに感謝いたします、女王万歳!」

 

 

・・・何故か、凄くテンション上がってましたからね・・・。

最近新しい方がたくさん騎士団に入っているので、それをまとめるのに苦労していると聞きましたが。

 

 

「私も、アリア先生をお守りします。私だけではなく、姉さんも、マスターも・・・皆も」

「茶々丸さん・・・」

「だからどうか、ご自分を嫌いにならないでください。私達は、アリア先生の笑顔が大好きです」

「・・・ありがとう」

 

 

髪に触れる指先は、とても温かで。

包むように優しくて、甘くて、でも時に厳しくて。

・・・お母さんって、こんな感じなのかな・・・なんて。

 

 

コン、コン。

 

 

その時、私室の扉を誰かがノックしました。

はて、このような時分に誰でしょう?

茶々丸さんに髪を梳いて貰いながら、私はノックに答えました。

 

 

「はーい、どなたですか?」

「・・・僕だけど」

 

 

5秒。

5秒です。

 

 

気が付いた時には、私は茶々丸さんによって着替えさせられていました。

ネグリジェから、ドレスへ。

バサァッ、と音がしたかと思ったら、私はいつの間にか鏡台の前から部屋の中央に移動していて、しかも着替えさせられていました。

 

 

「え・・・ええ!? い、今、何が起こったんですか!?」

「これはこれは。ようこそ、いらっしゃいました」

「・・・どうも」

 

 

しかも茶々丸さんは、いつの間にか訪問者を招き入れていました。

ちょ、私にも心の準備が・・・と言うか、許可してませんよ!?

 

 

「・・・決戦前夜ですから」

「何が!? 決戦前夜だから何ですか、茶々丸さん!?」

「それでは、ごゆっくり・・・」

「だから何が!?」

 

 

手を伸ばすも、茶々丸さんは謎の微笑みと共に扉の向こうへ。

田中さん、何で親指立ててるんですか・・・。

 

 

「・・・迷惑だったかな」

「いえっ・・・そう言うわけじゃ無いんですけど・・・!」

 

 

何にもわかって無い表情で、その人・・・フェイトさんは、首を傾げています。

まぁ、この人は天然ですからね。夜に淑女(レディ)の私室に来ることの意味をわかっていないのでしょう。

・・・いや、私も具体的にどう言う意味を持つかはわかりませんけど。

 

 

すると、フェイトさんが私のことをじーっと見ていました。

思わず、居住まいを正してしまいます。

 

 

「な、何か・・・?」

「・・・別に」

 

 

・・・な、何とも居心地が悪いです。

 

 

「え、ええと、とりあえずお座りになって・・・時に、何か御用で?」

「用は無いけど・・・」

 

 

多少言葉遣いがおかしくなっている私に、フェイトさんは無機質な瞳を向けます。

どこか不思議そうに首を傾げながら。

 

 

「傍にいちゃ、いけないかな?」

 

 

・・・この人、いつか女性に刺されるのではないでしょうか。

と言うか、誰ですかこんな言葉を教えたの・・・。

 

 

 

 

決戦前夜だそうです。

シンシア姉様――――――――。

 

 

 

 

 

Side ドネット

 

8月27日の夜、私は麻帆良に到着した。

明日行われると言う、旧世界の魔法関係団体の代表を招いての対策会議に出席するために。

加えて言えば、私はこれから近衛詠春に会うことになっている。

 

 

それにしても、魔法世界との連絡が途切れた瞬間からの近衛詠春の動きは凄まじい物があるわね。

日本の関係団体を統合し、かつ世界に働きかけて旧世界でまとまろうと提案する。

<サムライマスター>としての知名度があるとは言っても、旧世界では極東の島国の魔法使いの代表でしかないと言うのに。それも新任の。

・・・まぁ、私も西洋の島国の代表でしかないし、代理でしかも知名度は無いに等しいのだけど。

 

 

「ようこそ日本へ・・・そして麻帆良へ」

 

 

転移魔法の陣から外に出ると、そこには麻帆良の主要メンバーが揃って私を出迎えていたわ。

声をかけてきたのは当然、近衛詠春。

彼の傍には眼鏡をかけた理知的な女性、確か葛葉先生だったかしら? その人と、和服を着た関西の人間がいた。

 

 

「遠路、お疲れでしょう。こちらで一席設けておりますので、どうかお寛ぎください」

「いえ、お気遣い頂き、感謝に堪えませんわ」

 

 

お互い社交辞令の言葉と笑顔を交わして、軽く握手。

カサ・・・と、その際に小さなメモを渡される。

私達は笑顔を崩すことなく手を離すと、そのまま歩き出した。

近衛詠春のエスコートで、私は学園の施設内に足を踏み入れる。

 

 

以前に特使として来たことがあるから、初めてと言うわけでは無いわね。

あの時は、アーニャとロバートがいたけれど・・・。

 

 

「魔法世界との連絡は、まだ取れませんか?」

「ええ、ウェールズのゲートはもう完全に・・・そちらは?」

「こちらも同じです。おそらくあちらの世界ではもう、こちらの4~5倍の時間が流れていることでしょう」

 

 

周囲の目を気にしながらも、そんな会話をする。

ゲートポートでの時間差テロ以来、旧世界と魔法世界はほぼ完全に寸断されている。

世界間の繋がりが断たれると、こちらと魔法世界では時間の流れに差が生じるわ。

あちらではもう、何か月経ったか・・・。

 

 

アリア、アーニャ、ロバート、シオンにミッチェル・・・それにネギ、他の卒業生も。

皆の様子を知ることもできない。

それに校長は何をしておられるのか、本国に拉致された村人達はどうなっているのか。

情報が全く入らない。

 

 

「あら・・・?」

 

 

施設内の廊下の窓を何気なく見た時、私は外が明るい事に気付いた。

今は夜なのに・・・そう思い、立ち止まって外を見る。

すると・・・。

 

 

「あれは・・・」

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

ザシッ・・・と、私は民家の屋根の上で立ち止まった。

手にはエコバック。中身は大根とニンジン、そして豚肉200gと牛乳だ。

今日は素子様との修行が長引いてしまったので、帰りにおつかいを頼まれたのだ。

ちなみに念話では無く、携帯電話のメールで。

最近ようやく使い方をマスターしてきた所なんだ、携帯電話。

 

 

「何だ・・・?」

 

 

ザワザワと、胸騒ぎがする。

一刻も早くこのちゃんの所に帰らねばならない―――そのために瞬動まで使っている―――のだが、立ち止まらざるを得ない程の胸騒ぎを覚えた。

 

 

私の中の神鳴流剣士としての直感が、いや、内に流れる魔の血が囁く。

何か起こるぞ、と。

 

 

その時、朝になったのかと思える程の光が麻帆良を覆った。

いや、光じゃない、コレは・・・。

 

 

「世界樹が・・・」

 

 

学園の中央にある世界樹が、発光していた。

夜だから、いや昼でもそうだとわかる程に。

コレは、一般人でもわかる程の発光量だ・・・。

 

 

バカな、次の発光は22年後のはずだ。

2か月前の学園祭、超鈴音が起こした事件の際に発光したばかりじゃないか。

だが、実際に世界樹が発光している。

コレは、どう言うことだ・・・?

 

 

「どうやら、始まってしまったみたいですぅ」

「・・・何でここにいる」

「禁則事項ですぅ」

「デス」

 

 

いつの間にか、タナベさんに乗ったちびアリアがそこにいた。

どうやら今日は、ちびアリアの番らしい。

しかし今は、それはどうでも良い。

 

 

「始まったとは、何が始まったんだ・・・?」

「それは・・・」

 

 

ちびアリアが、真剣な表情を浮かべた。

この夏休みで、一番真剣だ。

ちびせつなとショートケーキの苺を取り合って、決闘した時以上の真剣さが伝わってくる。

ちなみに、苺はちびこのかが食べた。

 

 

とにかく、ちびアリアは元はアリア先生の式神だ。

もしかしたら、アリア先生とどこかでリンクしているのかもしれない・・・!

そう思って、私はごくりと唾を飲み込み、ちびアリアの次の言葉を待った。

ほどなくしてちびアリアは口を開き、言った。

 

 

「言ってみただけですぅ」

 

 

瞬間的に斬りたくなった私は、悪く無いと思う。

・・・おかしいな、月詠化しているのかな、私・・・。

 

 

「こんな小さな式神に何を期待しているですぅ?」

「神鳴流は武器を選ばない・・・」

「台詞の使いどころ、間違ってる気がするですぅ」

 

 

いや、合ってると思う。

実際、今は刀を持っていないし。

 

 

「まー、とにかくヤバいことが起こりそうな気がするですぅ」

「・・・そんなことは、わかってる」

 

 

ただ、何が起こるのかがわからない。

だが、これだけはわかる。

 

 

私は、このちゃんを守る剣だ。

だから、何があろうともこのちゃんを守る。このちゃんだけを守る。

私の剣と、翼に懸けて。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今回は、決戦前夜の前編。
どちらかと言うと、面倒な話を先に済ませた印象を受けます。
まぁ、フェイト様方を国家の上層部に紹介すると言うのは、なかなかに緊張しましたね。
ですが、詳しい情報をお持ちなのは彼なので。


茶々丸:
では次回は、後編。
夜の9時以降のお話。つまり、大人の時間です。
決戦前夜です。
・・・お赤飯、でしょうか。
あ、マスターダメですそんなに巻かれてはああああぁぁぁぁ・・・!


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第17話「決戦前夜・後編」

今話をお読みになる際のご注意です。
えー・・・今さらかもですが。
・フェイトさんは私の婿(嫁?)! と言う方はご注意。
・ラブコメNG! と言う方もご注意。

以上の点にご留意頂き、では、どうぞ。


Side エルザ

 

『リライト』。

それは世界を滅ぼし、そして『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』として再構築する魔法。

故に、『リライト』。

でもそれは、幻影を新たな幻で覆ってしまう、愚かな魔法。

 

 

一度堕ちれば、二度と出られない。

そこは全てを断ち切る場所・・・永遠の園。

 

 

「・・・貴女は・・・何がしたいんですか、エルザさん」

 

 

私の目の前には、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>、それも<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>があります。

創造主の力を振るうことのできる究極『魔法具』。

そしてコレが封印されていた祭壇には、今、<黄昏の姫御子>が安置されています。

 

 

「貴女の思考を読んでいると・・・貴女が、世界を救おうとしているとは思えないんです。むしろ・・・」

 

 

この身体に刻まれた呪紋は、問題なく機能しています。

流石は、お父様が私のために作った肉体。

 

 

「むしろ貴女は、世界を滅ぼそうとしているように見えます・・・」

「・・・良く喋る木偶ですね」

 

 

墓所の主とその人形共に対するに便利だと言うから、生かしてやっているのに。

ごちゃごちゃぐちゃぐちゃと、私の邪魔を。

木偶は木偶らしく、黙って言うことを聞いていれば良いのに。

でも、良いの。

 

 

全てを消して、私とお父様だけの世界にするのですから。

魔法世界と魔法世界人を消した後、お父様を連れて旧世界に行く。

旧世界の人間を皆殺しにして、その大地を触媒に新たな世界を作るのです。

資源がなくなるというのなら、もっと資源のある場所に行けば良い。

他の女も、仕事も、私からお父様を遠ざける全てを消滅させて・・・。

 

 

・・・うふふ。

うふふふふふ、うふふふふふふふふふふ・・・。

 

 

「・・・何なんですか、貴女・・・」

「少し、静かにしなさい、殺しますよ?」

「・・・いえ、黙りません」

 

 

ミヤザキノドカは、口を閉ざさない。

うるさい。

うるさい、うるさい、うるさい・・・・・・ああ、そうです。

私としたことが、どうして気が付かなかったのでしょう。

 

 

アーティファクトと、それを使う頭さえ残っていれば良いのです。

手足を切り取り、アーティファクトさえ維持できれば良い。

 

 

「・・・ムシケラの分際で・・・」

「きゃっ・・・」

 

 

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>。

外に集結しつつある敵の木偶共も掃滅しなければなりませんし、ついでです。

傀儡悪魔を10万程、召喚しましょう。

 

 

そう思い、空中に魔方陣を展開した、その時。

どこかから風と雷で構成された魔力の塊が、魔方陣を粉砕し、祭壇の一部を破壊しました。

・・・これは、『雷の暴風(ヨウィス・テンペスターズ・フルグリエンス)』。

となると・・・。

 

 

「・・・今、何をしようとしたんですか、エルザさん」

 

 

そこには、ネギがいました。

険しい顔で、私を見ています。

ああ・・・お父様。

 

 

もうすぐ、2人きりの世界です。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「ネギ、貴方こそ、どういうつもりですか。私の・・・エルザの邪魔をして」

「エルザさんは今、のどかさんを傷つけようとしましたか・・・?」

「ええ、儀式の邪魔をしたのです。ミヤザキノドカは世界の敵です」

「嘘です!」

 

 

のどかさんがアーティファクトの本を抱えて、叫んだ。

 

 

「この人は、世界を壊そうとして・・・」

 

 

瞬動、のどかさんの前に立つ。

そして、エルザさんがのどかさんに向けて振り下ろした<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>を右手で受け止める。

エルザさんの目は、とても冷たい。

 

 

「・・・そこをどきなさい、ネギ」

「できません。のどかさんは僕の・・・大切な方ですから」

 

 

そう言って、僕はのどかさんを抱いてエルザさんから離れた。

 

 

「質問です、エルザさん。『リライト』に世界を分解する構成が混じっているのは何故ですか?」

「・・・ああ、ネギは『天才』魔法少年でしたね」

「・・・答えてください!」

「うるさい!!」

 

 

エルザさんが怒鳴ると、濃厚な魔力が祭壇に満ち溢れた。

エルザさんの全身の刻印が輝き、血色の瞳が色を失う。

ガリガリと爪を噛みながら、エルザさんはこれまでに見たこともないくらい歪んだ表情を浮かべていた。

 

 

「ああ、もう、どうしてどいつもこいつも、お父様の、私の邪魔をする。私のお父様、お父様、お父様は私が良い子だと、ずっと傍にと言ったのに。何故? これではお父様に嫌われてしまう。2人で世界を作るのに、邪魔者は全部消して、消して、消えろ、皆、消えろ消えろキエロキエロキエロキエロ・・・!」

 

 

何・・・だ・・・この人・・・?

前々から変な人だと思っていたけれど、これは・・・。

 

 

「魔法世界人は幻で、全部消えるって・・・」

「え・・・」

「皆、消えてしまうって・・・あの人が」

 

 

震える声音で、僕の腕の中ののどかさんは言った。

皆、消える・・・?

 

 

「どうして、そんな。でも・・・僕は、ただ、父さんみたいに」

「父さん? ああ、ナギ・スプリングフィールドですか。あの愚かな武の英雄、10年前の・・・」

 

 

爪を噛みながら、エルザさんは嘲るように言った。

 

 

 

「10年前、私が消してやった男」

 

 

 

奈落の(インケンディウム)業火(ゲヘナエ)』。

固定(スタグネット)』、『掌握(コンプレクシオー)』。

―――――『術式兵装(プロ・アルマティオーネ)獄炎(シム・ファブリカートゥス・)煉我(アブ・インケンディオー)』。

 

 

ガキュッ、と右腕に魔法を装填して、瞬動、ボッ・・・と拳を突き出す。

でもそれは当たらなくて、突き出した僕の拳の上に、ふわり、とエルザさんが乗る。

 

 

「マギア・エレベア。ただのドーピング、力任せの技法・・・彼の息子らしいですね」

「・・・ッ!」

 

 

この人・・・何て言った?

父さんを、どうしたって言った?

 

 

「どうですか、ネギ。父親の仇に守られ、騙され、利用された気分は。私は最悪ですよ。お父様が私以外の人間を必要とする、その屈辱と言ったら・・・!」

「お前がっ・・・!」

「貴方がっ・・・!」

 

 

のどかさんが後ろで何かを言っているけれど、聞こえない。

僕はただ、目の前の、こいつを・・・!

 

 

ガキンッ・・・と、打ち合い、距離をとる。

次の瞬間、僕もエルザさんも地面に膝をついた。

エルザさんは、例の如く口から血を流して。

僕は、激しい痛みと疼きを訴える右腕の押さえて・・・。

 

 

「ネギせんせー・・・!」

 

 

のどかさんが駆け寄ってくる。

でも、僕は、僕は・・・!

 

 

「・・・先に、貴方達を堕とす・・・」

 

 

顔を上げれば、エルザさんが<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>をこちらに向けていた。

膨大な魔力が、そこに集まる。

 

 

「・・・夢の中で、父親に会うが良い・・・!」

「させっ・・・!」

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

夜に女性の部屋を訪ねる、と言うのは特別な意味を持つらしい。

暦君達が、口を揃えてそう言っていたことがある。

でも一方で、決戦前夜だからと会いに行くように言ったのも暦君達だったりするから、わからない。

そもそも、決戦前夜だから何だと言うのだろう。

 

 

それにいつもの服ではダメだと言われて、何故か着替えさせられた。

最近、暦君達が良く分からない。

 

 

「え、と・・・おかわりなど、いかがでしょう?」

「・・・頂くよ」

 

 

もう何度目かな、このやり取り。

アリアから5杯目のコーヒーを受け取りながら、そんなことを考える。

普通の人間なら、体調不良を訴えてもいいくらいだと思うけど。

 

 

「えっと、どうですか?」

「・・・美味しいよ」

「そ、そうですか、それは良かったです・・・」

 

 

このやり取りも、5度目だ。

でも、はにかむように微笑む彼女を見ているとそれも良いかと思ってしまう。

とても、不思議だった。

 

 

アリアの傍にいると、とても「落ち着く」気がする。

胸の奥が、凪いだように穏やかな気持ちになる。

 

 

「あの・・・今日は、ごめんなさい」

 

 

不意に、アリアが表情を曇らせた。

その表情を見て、今度は胸の奥でさざ波が起こるのを感じる。

どう言うわけか、以前にも増して僕の中でそういう変化が起こりやすくなっている。

それは酷く不安定で、僕自身、「戸惑う」。

 

 

「・・・どうして、謝るの?」

「その・・・フェイトさんを人前に出して・・・」

「ああ・・・」

 

 

僕が、今回の『リライト』に関する情報を提供した際のことを言っているらしい。

だけど別にそれは、アリアに言われてやったわけじゃない。

 

 

「僕が、キミのためにそうしたいと思ったんだけど」

「・・・あぅ」

「迷惑、だったかな?」

 

 

思えば彼女と出会ったのは、日本の京都だったね。

桃色の花弁を纏って戦う彼女に、僕はとても興味を持った。

最初は興味のままに、殺そうとまでした。

そして麻帆良学園で、麻帆良祭で、当時の総督府で。

繰り返し出会う度に、僕の魂が、「核(こころ)」がアリアを求めるのを感じた。

 

 

できるなら、そう。

彼女と一つになりたいと思ってしまう程に。

 

 

「迷惑、では無いですけど・・・」

 

 

淡い桃色のドレスを着た彼女は、顔を赤くして俯いてしまった。

・・・怒らせてしまったかな?

 

 

苺色の髪飾りが、部屋の照明の光を淡く反射する。

左耳には、何かの魔法具だろうか、魔力を感じる翼を象った銀のイヤーカフス。

そして、左手には・・・。

 

 

そっと手を伸ばして、アリアの左手に触れる。

彼女の色違いの瞳が、驚いたように揺れる。

 

 

「あの、何か・・・?」

 

 

それには答えずに、僕はアリアの左手を両手で包むように握った。

その手首には、以前僕が贈ったブレスレットがある。

僕の左手首にも、同じ物がある。

 

 

カチ・・・と、2つのブレスレットが音を立てた。

どうしてか、それが「心地良かった」。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

顔が、熱いです。

と言うか、どうして私はテーブル越しにフェイトさんと手を握り合っているのでしょうか。

その・・・凄く、恥ずかしい、です・・・。

 

 

そもそもどうして、こんなに恥ずかしいのでしょうか。

・・・相手がフェイトさんだからと言う結論に落ち着くので、また恥ずかしさのレベルが上がります。

 

 

「・・・顔が赤いけど、大丈夫?」

「だ、らいりょぶですっ!」

 

 

最悪です、噛みました。

出だしが「だ」なのに、何で「ら」で言い直したの、私・・・!

恥ずかしさの余りにテンパっていると、いつの間にかフェイトさんが前に回り込んで来て。

 

 

コツン、と、額をくっつけてきまし、た。

~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!??

 

 

「・・・平熱?」

「なっ、う・・・あ・・・っ!」

 

 

平熱! ええ、もうそりゃあ平熱ですよ!?

顔が熱かったり赤かったりするのは、別に風邪とかじゃ無いですから!

そう言いたいけど、舌が回りません。

ついでに、頷くこともできません。

 

 

だって、顔が近いから。

白くて綺麗な顔立ちとか、綺麗な睫毛とかまで見えるくらい・・・っ。

へ、下手に頷いたりしたら、く、くっついちゃうじゃないですか。

どことは、言いませんけど。

 

 

「ちょ、フェイトさ、ちょっと離れて・・・っ」

「・・・どうして?」

「こ、ここで聞き返すのって凄くないですか・・・!」

「僕は、もう少しこうしていたい」

 

 

そう言ってフェイトさんの両手が、私の両頬を包むように・・・。

・・・誰!? この人誰ですか!?

 

 

「・・・嫌なら、離れるけど」

「それは・・・・・・いやじゃ、無いですけど」

 

 

最後の所は、ゴニョゴニョと小声になってしまったので、聞こえたかどうかわかりません。

だからと言うわけでは無いですけど、右手をフェイトさんの左手に重ねて、もう片方の手は控えめに、フェイトさんの服の裾を掴んでみます。

 

 

「・・・少しだけですよ」

「うん」

 

 

気のせいで無ければ、フェイトさんの無機質な表情の中に、得意気な色が浮かんでいるような気がします。

そして多分、気のせいでは無い気がします。

 

 

「・・・」

 

 

フェイトさんの温もりを感じながら、私は熱のこもった息を吐きます。

私はどうして・・・フェイトさんを前にすると、こうも胸が熱くなるのでしょう。

 

 

思えば、彼と出会ったのは京都が初めてでしたね。

真っ白な・・・そう、あらゆる意味で真っ白だった彼に、私はとても惹かれました。

最初は奪ってでも手に入れたいと思って、殺し合いまでして。

そして麻帆良学園で、麻帆良祭で、総督府・・・今の宰相府で。

繰り返し出会う度に、私の魂が、私の心が彼の中の何かを求めるようになっていきました。

 

 

できるのなら、そう。

彼と一つになってしまいたいと思う程に。

 

 

もっと強く、触れ合いたくて。

でもこれが、この気持ちが何なのか、わからない。

恋なのか、愛なのか、それとも別の物なのか・・・。

わかりませんが、フェイトさん以外の男の子に、こんな気持ちは抱かない・・・。

 

 

「・・・アリア?」

 

 

フェイトさんの顔は、相変わらず近い。

でも、気のせいでしょうか。微妙に角度とか、変わっていて・・・。

・・・その、何と申しますか。

 

 

・・・眼を閉じたりとか、した方が、良いのかな・・・なんて。

思ったり、思わなかったり・・・。

 

 

「そう言えば」

「え・・・?」

 

 

フェイトさんが、不意に何かを思い出したような声を出しました。

私が不思議そうな声を出す中、彼は無機質な瞳で。

 

 

「約束があったね」

「・・・約束?」

 

 

私の声に、フェイトさんはむしろ、真面目な顔で頷きました。

・・・危ないっ、ちょ、頷かないでくれます・・・!?

 

 

 

 

 

Side 暦

 

カリカリカリカリカリ・・・。

 

 

「・・・暦、角をひっかかないで」

「あ、ごめん、猫の習性が」

「お前豹族だよな、暦?」

 

 

ちょうど下にあった環の頭、しかも角に爪を立てていたらしくて、環に抗議される。

あと、私は豹族よ焔、決まってるじゃない。

 

 

「それにしても、フェイト様もフェイト様よ、決戦前夜なんだから、ガッと行けば良いのに・・・!」

「それはそうかもしれませんが、果たして私達は、何をしているのでしょう?」

「噛ませ犬臭がプンプンしますわね・・・」

「栞、調! 私達がフェイト様の幸せを願わないで誰が願うの!?」

「アノ・・・」

「ターミネ○ターは黙ってて!」

 

 

何故か扉の前で立ち尽くしてるタ○ミネーター(田中さんって言うらしい)を、そう言って黙らせる。

で、私達5人が何をしているのかと言うと、フェイト様が入って行った扉に耳を押し付けて、中の様子を知ろうと努力中。

・・・環だけは、角が邪魔でできないけど。

 

 

「ターミ○ーターって何だ・・・?」

「旧世界の映画」

「ああ、前に暦が研究用とか言って輸入していた・・・」

「ちょっとそこ! 静かに、聞こえないでしょ・・・!」

 

 

フェイト様ってば、もう、もっと教えとくべきだったかな・・・!

でも私達も一定レベル以上のことは教えて差し上げられないし、そもそも未経験だし・・・。

・・・き、キスとかを言葉で説明するのが限界で・・・しかも「仮契約のアレです」としか・・・。

資料も、「決戦前夜に男の子にして欲しいことベスト5(By フェイトガールズ)」だけだし。

・・・つまり、私達の願望的な?

 

 

でもフェイト様も男の子なんだから、もうちょっとこう、欲深く?

こう・・・獣のように?

・・・イメージ違うけどね、フェイト様、ストイックだし。

でも、こう言う時は男を見せるべきよ、うん。

 

 

「でも、私達だってフェイト様と・・・」

「言うな、環。切なくなる・・・」

 

 

・・・私だって、本当は。

私が、私達がフェイト様のお心を癒して差し上げたかった。

私達が救われたように、私達がフェイト様を助けて差し上げたかった。

フェイト様の願いを、望みを、叶えて差し上げたかった。

 

 

だから自分達が消えるとわかっていても、『リライト』の発動に協力したいと思った。

フェイト様が、それをお望みなら。

眼を閉じれば、今でも思い出せる。

フェイト様が私を、パルティアの紛争地帯から救ってくれたあの日を・・・。

 

 

・・・だから。

フェイト様が、あの女王様が良いって、そう思うなら。

 

 

「・・・そう言えば、私達はお互いの本当の名前も知りませんわね」

 

 

その時、栞がそんなことを言った。

・・・そう言えば、私達はお互いにフェイト様に頂いた名前で呼び合ってる。

フェイト様に拾われる前の名前は、全然使わなくなったし。

 

 

「もし良ければ、皆の本当の名前、教え合いません?」

「え・・・まぁ、私は別に良いですけど・・・」

「私も特に、断る理由は無いが」

「・・・構わない」

 

 

私の、本当の名前。

お父さんとお母さんに貰った、大切な名前。

 

 

「・・・うん、良いかもね」

 

 

同じようにフェイト様に拾われて出会った、私達。

種族も境遇も違うけど、だけど同じ人のために頑張ってきた仲間。

本当の名前で呼び合うのも、悪く無い・・・。

 

 

「・・・中で何か、言ってる」

 

 

角のせいで扉に耳を押し当てることはできないけど、竜族だから耳は良い。

私達は、慌てて扉に耳をくっつけた。

すると・・・。

 

 

『・・・えと、どう、ですか・・・?』

『うん、柔らかい』

『そ、そうですか・・・ひゃっ、あまり動かないで・・・』

『動かないと落ちる』

『え、ええと・・・あぅ・・・』

 

 

お、おおお・・・こ、これは。

そう思って、身を乗り出したのが不味かったんだと思う。

ガタンッ、と扉が勢いよく開いて、部屋の中に転がり出る私達。

・・・え、何この道化。

 

 

「「「「「「「・・・」」」」」」」

 

 

7個の沈黙。

フェイト様と女王様は、部屋の隅の天蓋付きベッドの真ん中。

私達5人は、私室の扉の下で。

お互いに見つめ合ってた。

 

 

「・・・フェイトさん?」

 

 

ベッドの上でフェイト様を膝枕すると言う、死ぬ程羨ましいことをしている女王様。

でも、その目はとても冷たくて、笑顔が怖い。

 

 

「あの方達とは、どのような関係で?」

「・・・僕が趣味で拾った子達」

「・・・へえぇ・・・」

 

 

ちょ、フェイト様ぁ!?

そんな言い方したらぁ・・・!

・・・ひぃっ!?

 

 

 

 

 

Side セラス

 

・・・?

今、どこかから悲鳴が聞こえたような・・・?

・・・まぁ、戦の前だから、兵達も気が立ってるんでしょう。

 

 

「いやぁ、それにしてもアリアドネーの協力が頂けるとは」

 

 

私は今、宰相府でクルト宰相代理と会談しているの。

内容は、『リライト』阻止に関する互いの部隊の移動と、阻止した後の行動・関係に関して。

とは言っても、アリアドネーの部隊では数が少ないし、後方支援が私達の仕事ね。

何より・・・「人間」の数が少ないのよ。

 

 

20年前の再現だと言うのならば、「人間」以外は戦力にならない。

それでも、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>を持っていない敵に対しては有効。

それも、20年前の経験でわかっている。

 

 

「我々としても、生存がかかっているとなれば、できることはしますわ、宰相代理」

「20年前はお互いに、大勢に影響を与える程の力はありませんでしたがね」

「ええ・・・でも今は、私達が最後の壁。そうでしょう?」

「全くですね」

 

 

アリアドネーは王国軍・帝国軍と協力して『リライト』を阻止する。

計画では、帝国軍が壁になり、王国軍が突入、私達がそれを支えることになっているけれど。

 

 

混成軍の総合戦力は、陸軍4万人弱、艦艇200隻前後。

後方まで含めた動員兵力は、12万人。

連合を除けば、今、世界の全ての軍事力が新オスティアに集結していると言えるわね。

物資と資金については帝国が、技術については我がアリアドネーが融通する。

 

 

「しかも今回は、紅き翼のような英雄集団もいない。いやぁ、大変ですねぇ」

「・・・どこか、喜んでいるように見えますわね」

「まさか、敵の数を減らす砲台が少なくて困ります」

「まぁ、そうなんですの」

「ええ、そうなんですよ」

 

 

あはは、ほほほ、と笑い合う。

面倒な男、と言うか殴りたいわね。

この男のおかげで、今や私達アリアドネーは事実上、王国を承認したことになっている。

連合などは、そう思っているわね。

 

 

国家として承認していない国と、共同作戦はできない。

これではもう、同盟と言っても良い。

それに、何よりも。

 

 

「さて、細部についてはコレで良いとして・・・一席設けてありますが、いかがですか?」

「良いですわね。でもそれは、作戦が成功した後の祝杯用にとっておきましょう」

「なるほど、ではそうしましょうか」

 

 

何より、『リライト』阻止後、我がアリアドネーの地位を落とさないために。

今は、ウェスペルタティア王国との協調関係を崩せない。

帝国のテオドラ様には悪いけれど。

 

 

私達の地位と生存のために、アリアドネーは侮られるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

『そのようなわけで、姫様のおかげで我が帝国は著しく損害を受けました』

「そ、そのような言い方をせずともよかろう?」

『混成軍中最大の兵力の提供、物資・資金の提供、連合の軍への牽制と非常時の迎撃、これだけの条件を並べてようやく、混成軍内部での自軍の指揮権を維持できただけです。しかも今後、事あるごとにあの眼鏡宰相に嫌味を言われるかと思うと・・・』

 

 

通信画面の中のコルネリアは、憂鬱そうに溜息を吐いた。

うぬ、クルトか・・・あ奴は、絶対にやりそうじゃの。

 

 

しかしの、妾にも言い分はあってじゃな。

クーデターに際しては、妾が直接軍をまとめねばならんかったし、政治対抗上妾が帝位を称する必要もあった。

今こうして、陸軍の兵士と物資を満載した艦隊で長距離大規模転移を繰り返しておるのも、妾と言うトップがいてこそできた決断じゃろ?

 

 

「あと、妾は一応、帝位を継承することになったのじゃが・・・」

『法的根拠の無い僭称ではありませんか。言ってくだされば、法務省から手を回すこともできたのに・・・』

「・・・すまん、考えつかんかった」

『その場のノリと展開で法を無視しないでくださいまし』

「あー、わかった。すまんかった。で、妾達はこのまま新オスティアに直進すれば良いのか?」

 

 

あと一回の転移で、妾達は国境を越えてウェスペルタティアに入る。

そのまま、会議で決定された所定の位置につき、作戦開始を待つことになっておる。

その後いくつかの話し合いを終えて、コルネリアとの通信を切った。

軍の移動に関する命令を出して、ようやく一段落じゃ。

 

 

「おぅ、お疲れだな、じゃじゃ馬姫」

 

 

私室に戻ると、ジャックが我が物顔で、酒を飲んでおった。

・・・流石に、軽くイラっとした。

 

 

「んなコト言っても、お前が俺の部屋はここだとか言ったんだろうが」

「そう言えば、そうじゃったか・・・のっ!」

 

 

足を組んで座るジャックの膝の上に、ぴょんっと飛び乗る。

20年前は抱きかかえてもらわんとできんかったが、今はもう自分でできる。

ジャックの胸に背中を預け、加えてジャックから酒を奪って(「って、おいコラ!」)、それを飲む。

・・・うむ、美味い♪

 

 

「・・・ったく、しょうがねぇお転婆姫だな」

「ふん、やかましいわ」

 

 

明日、世界が滅びるかもしれん。

そう言う状況でも、こいつはいつも通りか。

まぁ、それでこそジャック・ラカンじゃがの。

でも・・・。

 

 

「・・・ジャック」

「あん?」

 

 

酒を置いて、妾は背中越しにジャックの顔に両手を伸ばした。

そのまま両頬を掴み、引き寄せる。

世界が明日、滅びるかもしれない。

滅びなかったとしても、妾は帝位に上る。

 

 

だから。

 

 

「姫の抱き心地と、女帝の抱き心地は、同じと思うかの・・・?」

 

 

だから妾に、勇気をください。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

多少、期待外れだったかもしれんな。

俺はそう思ったが、それはあの女王に対しての物かそれとも俺自身に対しての物か・・・。

俺自身、どうにも答えが見つからなかった。

 

 

「しかしこうなると、ウェスペルタティア王家は呪われているのではないかとすら思えてくるな」

「おい、リュケスティス・・・」

 

 

グリアソンの窘めるような声の響きに、俺は苦笑を浮かべてグラスを傾ける。

新オスティアの高級士官クラブ「獅子の箱庭」の一隅で、俺はグリアソンと酒を飲んでいた。

いや、もう2人いる。

王国艦隊代表のコリングウッド大将と、レミーナ大将だ。

明日の作戦についての調整を終えた後、4人で飲みに来たと言うわけだ。

 

 

「お前達は、そうは思わないか。20年前、そして今だ。ウェスペルタティアの女王悉くが『リライト』の脅威に対処し、そして下手を打てば、二代続いて世界の生贄になるわけだ」

「そうならないよう、我々がお守りまいらせればよかろう」

「無論そうだ。だが20年前にできなかったことが、はたして今、できるかな・・・?」

「気持ちだけで勝てるなら、そんなに楽なことはありませんしね」

 

 

レミーナ大将は有能な艦隊指揮官だが、いささか女王への忠誠心が厚過ぎるきらいがある。

柔軟性では、コリングウッド大将の方が上だろう。だが協調性はゼロだな。何せ酒の席で紅茶を飲む男だ。

そのくせ、紅茶にはブランデーをたっぷりと入れるのだからな。

 

 

「だが俺としては、先王アリカ様と違い、我々に打ち明けてくれたことの方を喜びたいと思う。20年前は、紅き翼はおろか、軍にも本当のことは知らされなかったのだからな」

「かのガトウ・ヴァンデンバーグと、幼少のクルト・ゲーデルだけが事実を知っていたと言うのだからな。まぁ、その情報自体が真実かはわからないが・・・」

 

 

グリアソンの言うように、軍首脳に事前に『リライト』の存在を知らされたことは大きい。

一晩とはいえ、対抗策を考えることも可能だからだ。

 

 

「・・・そう言えば、陸軍内部で<真祖の吸血鬼>に対する差別的待遇の撤廃を訴える一派ができたそうですね」

「艦隊の兵士達は、不思議がっていますが」

「ああ、うん。良いことではないかと思うが・・・」

 

 

実際、そう言う動きがあるのは確かだ。

戦場を共にした兵士は、互いを生き残るためのパートナーとして認めあうこともある。

そう言う物の延長線上に、あの金髪の吸血鬼への畏敬の念が生まれつつある。

・・・まぁ、それを後押ししている有力者の存在が不可欠なわけだが。

 

 

・・・グリアソン、お前、変わったな・・・。

 

 

「・・・しかし、俺にはわからんな。趣味嗜好は人それぞれとは言え、一人の女に縛られるのがそんなに良い事なのかな」

「リュケスティス、お前こそ何だ。いつまでも女をとっかえひっかえしていないで、腰を落ち着けたらどうだ」

「ふん・・・良いかグリアソン。女って奴はな、男を食い潰すために存在しているのさ」

「聞き捨てなりませんね。私も一応女性なので」

 

 

レミーナ大将の目線が鋭くなる。

無論、それにひるむ俺では無い。

 

 

「以前から、貴方の身辺の女性関係について詰問したいと思ってはいましたが」

「ふん、400年も生きていると世話焼きになるのかな」

「おいリュケスティス、お前な・・・」

「まぁまぁ、皆さん落ち着いて・・・」

「「「少数派の紅茶党は黙ってろ」」」

「・・・ああん?」

 

 

・・・翌日の朝。

この後の記憶が欠落していたが、身体の節々が痛むことと、兵士達の怯えたような反応を見るに、4人で乱闘騒ぎを起こしたらしいことがわかった。

無論、酒の席でのこととして互いに謝罪し、作戦に支障をきたすような真似はしなかったが。

 

 

・・・ふ、俺もまだまだ青いな。

せいぜい、世界を救う栄誉を、我が女王に独占されぬようにするとしようか。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

うちら関西呪術協会は、今回の作戦でアリアはんのチームと一緒に<墓守り人の宮殿>に突入することになっとる。

最初はもちろん、全員で行くつもりはなかった。

107人中20人程選抜して、それで済まそう思うてた。せやけど・・・。

 

 

「はぁ? 俺らが所長だけ行かせるわけ無いじゃないっすか」

「第一、避難所のボランティアって趣味じゃ無いんです、私」

「月詠たんはぁはぁあぐああぁぁぁぁっ!?」

「・・・どうした鈴吹」

「投げやり!?」

 

 

・・・とか何とか言って、全員ついてくるんやて。

本当に、アホばっかや、うちの周りにおる連中は。

うちには、もったいない。

でも、そこまでは仕事の話や。

 

 

今は、家庭の話をせなあかん。

家族の、話や。

 

 

「こんの、アホがっ!!」

 

 

パシィッ、と乾いた音を立てて、小太郎の右の頬を左手で張る。

次いで手を返して、パシッ、と左手の甲で月詠の左の頬を張る。

2人の実力からすれば簡単にかわせるはずやけど、避けへんかった。

避けたら、もっとキレるけどな、うち。

 

 

宰相府に用意してもろた個室で、うちは小太郎と月詠を叱っとる所や。

いや、叱らんとあかんやろ。

 

 

「戦場に出てたて・・・2日もか!? 何でそんなアホなことするんや!?」

「や、せやけど千草のねーちゃん」

「口答えすな!!」

「まぁまぁ、千草殿。彼らも反せ「部外者(あんた)は黙っといてんか!?」は、すまん」

 

 

そもそも、何でカゲタロウはんがここにおるんや?

決勝戦の打ち上げして以来、よう喋るようになったけど。

いや、まぁ、それは後でええわ。

 

 

「いやぁ、あの~、楽しそうな催し物がありましぶふぇ!?」

「そ、そうそう、何やでかい祭りでもあんのかとぶふぉ!?」

「あんまふざけたこと言うとると、もう一発いくえ・・・?」

「「ごめんなさい」」

 

 

両頬を両手で押さえながら、小太郎と月詠はコクコクと頷いた。

その様子が、あんまりいつもと変わらへんもんから、もう、うち・・・。

 

 

ああ、もう、恥ずかしい子らやな。

しゃがみ込んで、小太郎と月詠をなるべく強く抱き寄せる。

 

 

「頼むからっ・・・あんまり心配、させんといてや・・・っ」

 

 

別に声は震えてへんし、視界が歪んだりもしてへん。

2人に万が一のことがあったら、なんて考えもせぇへんかったわ。

怖くも無かったし、苛々もせぇへんかった。

 

 

だから、絶対に許したらへんねや。

・・・何を言うとるんやろな、うちは。

 

 

「・・・すまん、その・・・泣かんといてや、千草ねーちゃん・・・」

「あのー・・・そんなつもりではー・・・」

「・・・っ」

「いやその、な? 俺らもなんかしたかったし、その、俺ら戦うしか能が無いし・・・」

「趣味と実益を兼ねて、千草はんを守れるかなーと思いましてー」

 

 

・・・ああ、もう、アホな子らや。手がかかってしゃーないわ。

せやから絶対、もう目を離さへん。

腕に力を入れて、抱き締めて。

 

 

「・・・すまん、もう心配かけへんから・・・」

「すみませんー・・・」

「・・・アホ・・・」

 

 

懸かっとるのはたかが、国一つ、世界一つや。

そんなもんと、うちの家族は等価にならへん。

 

 

「・・・かぁちゃん・・・」

 

 

世界よりも、大事なもんがあるんや。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

騎士団の詰め所は、かなり活気に溢れていた。

と言うより、殺気だってると言った方が良いだろうな。

実戦前の空気、と言っても、私にとっては慣れ親しんだ物だ。

 

 

「まぁ、私には少しばかり理解できないテンションだけどね」

 

 

良くわからないけど、騎士団員のテンションが高い。

アリア先生を守る近衛騎士団が、特に高い。

一言で言えば、「女王陛下をお守りまいらせるぞ野ろ・・・じゃない、淑女共!!」「イィェアッ!」と言うような感じだ。

クルト宰相代理がいくつか物資を供出して、兵士達に与えているらしい。

量が多かろうはずも無いが、決戦前夜に彩りを加えるくらいはできるだろう。

 

 

もちろん、私はそこに参加していない。

私は詰め所から少し離れた兵器庫の前に座り込んで、『GNスナイパーライフル』を含めた銃器類を手入れしている。

私の周囲には、同じように自分の獲物や兵器の整備をしている連中がいる。

 

 

「・・・愛車の調子はどうだい、シュタイナー?」

「・・・悪くない」

 

 

そう言って戦車の下から工具片手に出てきたのは、クラウゼ・シュタイナー。

『ブリュンヒルデ』の陸戦隊の指揮官の一人で、機動部隊を率いている男だ。

階級は大佐で、魔法世界に旧世界の戦車を持ち込む程の戦車愛好家だ。

普段から第三帝国ドイツ軍の戦車兵の黒服を着ている、筋金入りの戦車好きだ。

 

 

「シュタイナー君は、戦車にしか興味無いからねぇ」

 

 

戦車の砲塔の上に座って私達を見下ろしているのは、マリア・ジグムント・ルートヴィッヒ。

女の名前だが、れっきとした男だ。

クールだがドSと言う気性の持ち主で、今日の戦闘でも陸軍に混じって、妙に手の込んだ嵌め技で敵兵を嬲っていたらしい。

広域殲滅魔法をピンポイント爆撃に使うとか、S過ぎるだろう。

 

 

で、私は『ブリュンヒルデ』で主砲を撃ち続けていた。

一見、まったく何の接点もなさそうな私達だが実は一つ、共通項がある。

それは・・・。

 

 

「まぁ、同じ魔族同士、明日も生き残れると良いねぇ」

「私は、ハーフなんだが・・・」

「僕もさ。だからツレないこと言わないでよアルカナ」

「その名で呼ばないでもらえるか?」

 

 

チャシャ猫のようにニヤリと笑うマリアに、私は舌打ち一つ。

そして純血悪魔のシュタイナーは、私達の会話にはまるで興味を示さずに、戦車の中に戻って行った。

魔族だけあって、執着が激しいな。

魔族は長生きな分、好きな物は大切に大事に扱う者が多いんだ。

 

 

かく言う私も、銃器をこよなく愛している。

まぁ、餡蜜の方が好きだけどね。

 

 

「まぁ、アリア先生もなかなか面白い人だからね、あと金払いも良いし」

 

 

私にとっては、それで十分だ。

それに、まぁ・・・。

 

 

超の代わりに、見届けてやるのも悪くないだろう。

あの人の、行く末を。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

アリアに会いに行こうとしたら、茶々丸に邪魔された。

何か知らんが、「ダメです」の一点張りだった。

色々と話したかった・・・ではなく、話すことがあったと言うのに、何なんだあのボケロボは。

悔しかったので、しこたまネジを巻いてやった。

 

 

おかしい・・・少し前までは、茶々丸は私に従順な従者だったはずなのに。

それにしても、もち米がどうとか小豆がどうとか、何の話だ・・・?

 

 

「マァ、コマカイコトキニスンナヨ」

「その材料から察するに・・・明日は遅めに起こした方が良さそうじゃの」

「何故だ?」

「ゴシュジンハシラナクテイイコトサ」

「そうじゃの、西洋の鬼にはわからん風習じゃ」

 

 

風習・・・?

良くわからんが、まぁ、良いか。

後で調べるとしよう。

 

 

「あ、エヴァにゃん先生だー」

「え?」

「あ、本当だ! エヴァにゃん先生だ!」

 

 

エヴァにゃん先生はやめろ。

今、私はさよとバカ鬼に会いに来ていた。

影を使って転移などせんでも、どこにいるかはわかる。

 

 

何故なら新オスティアの公園に、未だ巨大化したままのバカ鬼がいるからだ。

まぁ、その際、アリアドネーの生徒共に会えたのは嬉しい誤算だったがな。

 

 

「エヴァにゃん先生、久しぶりだニャ!」

「お元気そうで何よりです」

「ああ、フォン・カッツェもデュ・シャも元気そうだな・・・ファランドール達もな」

「えっへへー」

「ふ・・・当然ですわ!」

「エヴァにゃん先生も、本当に良かったです」

「だからエヴァにゃん先生はやめろ」

 

 

苦笑しつつそう言うが、姦しい小娘共はちっとも聞く耳を持たんようだ。

まったく・・・<闇の福音>を捕まえて。

あ、そう言えばこいつらには言ってなかったな、私の正体。

 

 

「さよはどこだ?」

「サヨですか? サヨなら・・・」

 

 

ファランドールの指差した先には、『バルトアンデルスの剣』を両手で抱えて、巨大化したバカ鬼の前で「うーん」と考え込んでいるさよがいた。

何だ、その剣があるなら、すぐに戻せるだろうに。

 

 

「おい、さよ」

「ひゃあ!? ち、違うんです違うんで・・・って、エヴァさん?」

「・・・何をしてるんだ?」

「え、あー・・・最初はすーちゃんを元に戻そうと思ったんですけど」

 

 

戻せば良いじゃないか。

そう思ったんだが、さよはどうにも踏ん切りがつかない様子で。

 

 

「・・・コレ、私のイメージが反映される剣じゃないですか」

「ああ、そうだな」

「・・・えと、つまり私のイメージですーちゃんができるわけで」

「うむ、で?」

「・・・その、だから・・・」

 

 

・・・?

さよの言動は、どうにも要領を得なかった。

つまり、何が言いたいんだ?

 

 

「・・・ゴシュジン、カワリニヤッテヤレヨ」

「はぁ? 何で私が」

「良いから良いから、やってやれ」

 

 

何故か、チャチャゼロと晴明が口々に「やってやれ」と言う。

意味がわからなかったが、さよも涙目で頷いていたので、やってやった。

誰がやっても同じだと思うが・・・何なんだ?

まぁ、さよもまだまだ、手がかかると言うことかな。

そう思うと、少し嬉しい気持ちになった。

 

 

でも、何だろうな。

誰かを全力で殴らなければならない気がする。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「どうやら明日、世界が滅びるらしいわね」

 

 

突然のシオンの言葉に、私は就寝前の紅茶を飲んでる途中で吹き出しちゃったわ。

だって、「明日、晴れるんですって」みたいなノリで言うんだもの。

 

 

「ちょ・・・シオン? あんたねぇー・・・」

「そうだぜシオン、今のはお前らしくも無いミスだ。滅びるらしい、じゃなく、滅びると言い切らなきゃだろ」

「あら、そうねロバート、言い直すわ。明日滅ぶわ、世界」

 

 

シオンが珍しくバカートの指摘を認めたけど、でも別に大したことじゃ無いわよ、それ。

むしろ表現のレベルがランクアップしてるもの。

それならむしろ、「らしい」の方が良かったわよ。

エミリーが持って来てくれたタオルで口元を拭きながら、私はそんなことを考えた。

 

 

と言うか、何? 戦争の次は世界の滅亡?

今時の娯楽小説(ライトノベル)だって、もう少しマシな展開を持ってくるわよ?

 

 

「まぁ、コレは現実だものね。小説よりつまらないのは仕方が無いわよ」

「・・・どうでも良いけど、人の部屋でイチャつくのやめてくれないかしら・・・?」

「「イチャつく? どこが(かしら)?」」

「・・・何故かしら、友達に殺意湧いたんだけど今・・・」

 

 

鏡台の前で携帯端末を弄ってるシオンはともかく、その髪を櫛で梳いてるバカートは何?

執事? 執事なの? でも執事は髪を一房持ってキスしたりしないわよね?

うん、殴って良いはず、私。

 

 

「バッカ、ちげぇよお前。コレはアレだ、枝毛を探してんだよ」

「あら、女性が髪を任せるのは信頼している証よ? 光栄に思ってほしいわね」

「だったら、身の回りの世話とかさせんなよ。女の慎みはどうした」

「ちなみに、ここまで来るのに使ったお金の出所だけど・・・」

「おおっとシオン様、今日も綺麗な黒髪っスね!」

「お2人は仲が良いんですね!」

「アレをそう見れるって、貴女も才能あるわよエミリー・・・」

 

 

というか、もう完全にヒモじゃない、バカート。

本当に、何でシオンはバカートなんだろ・・・。

・・・ヘレンが主目的だったり、しないわよね?

怖くて聞けないけど。

 

 

「それで、明日はどうするのかしら、ミス・ココロウァ?」

「えー・・・今日と変わらないと思うけど」

 

 

世界の危機だか何だか知らないけど、11歳の女の子にできることなんて、タカが知れてるわよ。

いつも通り、自分にできる範囲で、調子が良ければそれよりちょっと多めに頑張るだけ。

警備の仕事を手伝ったり、避難所で迷子の子をあやしたりするのよ。

余計なことに首を突っ込んで、事態を複雑にしたりなんてしないわよ。

 

 

でもだからこそ、自分にできることを、全力全開で!

明日も麻帆良の、えーと、シャークティー先生? とかと一緒に働くんじゃないかしら。

 

 

「ミス・スプリングフィールドのことは、良いの?」

「あー、アリアな。でもあいつ、女王だろ? 俺らみたいなガキより、よっぽど頼りになる連中が傍にいるだろうよ」

「あら、ミス・スプリングフィールドのことだから、一人で無茶するとは思わなくて?」

「そりゃあ、お前・・・・・・えー」

「・・・あり得るわね・・・」

 

 

アリアの無茶さを知ること、私達以上の人間はいないわ。

アリアって、普段は「君子危うきに近寄らず」みたいな顔してるけど、いざとなると「無茶・無理・無謀」の三拍子揃った危ない子になるのよね・・・。

 

 

「あ、急速に心配になってきた」

「いつだったかしら、お仕置き部屋に放り込まれたロバートにパンを届けに行ったことがあったじゃない? しかも教官の目を盗んで」

「あー・・・あったわねー、ドロシーが大騒ぎしてたやつ」

 

 

あの時は、大変だったわねー。

アリアだけじゃなくて、校長のおじーちゃんまで巻き込んだ騒動だったわ。

何だったかしら、「その程度の無茶、私の無理で押し通します!」とか意味のわかんないこと叫んでた気がする。

ミッチェルのフリッカージャブが無ければ、停学ものだったわよ。

 

 

「・・・そう言えば、ミッチェルはどうしてるのかしら」

「さぁ・・・居場所もわからないのよ」

「あいつのことだから、どっかに引き籠ってるとは思うんだけどなー」

 

 

・・・アリアに呼ばれたら、出てこないかしら?

そんなバカなことを考えながら、私達は少しの間、思い出話に華を咲かせた・・・。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

俺の髪型を見て、「鳥頭」とか「とさか頭」だとか言う奴は、今まで何人かいたぜ。

まぁ、そいつらは今じゃ表に出れねぇ顔になってるがな。

何故なら、俺の髪型をそう言った奴は例外なくボコボコにしてやってるからよ!

だからグラニクスじゃあ、俺の髪型をそう言う奴はいねぇ。

 

 

「あ、とさかだー」

「ニワトリさんの頭だー」

「あそんでー、ニワトリさんのおじちゃん」

 

 

グラニクスじゃあ、俺もそれなりに名の通った拳闘士だからよ。

道を歩けば、それなりに・・・。

 

 

「ねぇねぇ、とさかのおじちゃん」

「あそんでー、ニワトリー」

「とさかの髪のおじちゃん、あそんでー」

 

 

それなりに・・・。

 

 

「うるっせぇぞガキ共! 煮て食うぞゴルァ―――――――ッ!!」

「「「きゃ~♪」」」

 

 

それなりに、恐れられてるってんだよオラァ!?

さっきから足元でチョロチョロしてるガキ共を空中に放り投げたり、腕掴んで振り回したり、瞬動術見せてやったり、頭に手を置いて髪をグシャグシャにしてやったり、後ママの目を盗んで菓子を口に放り込んでやったりして地獄の責め苦を与えてやった後、ガキ共はキャーキャー言いながら、親の所に帰って行きやがった。

 

 

・・・ちっ、コレに懲りたら二度と人を「とさか頭」呼ばわりすんじゃねぇぞ、ガキ共が!

俺ぁ、キャイキャイ喚くガキは大嫌いなんだよ!

夜更かししてねぇで、とっとと寝やがれってんだ!

 

 

「何、遊んでんだいアンタ」

「ママ!? 俺は遊んでなんかねぇよ! ただガキ共に俺の恐ろしさをだな・・・」

「まぁ、アンタは面倒見が良いからね、でもちゃんと仕事はしなよ」

「仕事ったって、ボランティアじゃねぇか・・・」

「仕事は仕事さ、ほら働いた働いた!」

 

 

ママの言葉に俺は舌打ちすると、足下に置いてあった箱を肩に担いだ。

配給用の芋とかが入ってる箱で、意外と重いが俺にとっちゃあ軽い。

こいつを、宰相府の厨房まで持ってくわけだな。

バルガスの兄貴なんかは、一度に5箱運んでる、流石兄貴だ。

・・・チンとビラは、2人で1箱運んでやがる。情けねぇなオイ・・・。

 

 

ちなみにママは一度に10箱運ぶ、逆らえねぇよマジで・・・。

そんなことを考えながら、宰相府の部屋の一つに作られた仮の食糧置き場まで芋の箱を持っていく。

すると、そこにいた係の女が書類片手にやってきて、笑顔を浮かべた。

真っ黒い服を着た、褐色の肌の辛気臭ぇ女だ。

確か、シスター何とかって言う・・・。

 

 

「シャークティーと申します。お疲れ様です」

「おぅ・・・どこに置きゃあ良いんだよ」

「あ、こちらに・・・やっぱり、殿方の手があると違いますね」

 

 

俺よりママの方が断然すげーけどな。

そう言うと、そのシャークティーとか言う女は笑って言った。

 

 

「いえ、主は貴方の献身を見ておられます。いつか貴方の身に幸いが訪れることでしょう」

「主ぅ? 何だそりゃ、宗教かぁ?」

「教義は関係ありません。人は皆、心に己だけの主を持っているのです」

 

 

はぁん・・・俺には欠片もわかんねぇけどな。

んなことより、この箱の置き場所を教えやがれってんだ。

・・・ったく、何でこんな女と関わっちまうかなぁ、俺は。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

勤勉、努力、慎ましさ。

シスターシャークティーを構成する三つの要素は、残念ながら私には受け継がれていないみたい。

まぁ、シスターシャークティーは私にもできると思ってるらしいけど、正直、無理。

 

 

「その点、高音さんは良くやるっスよねー」

「春日さん? 手が、ぐすっ、止まって、ぐすっ、いてよ?」

「ああ、うん」

 

 

ちなみに高音さんは、グスグス涙を流しながら玉葱を切ってる。

場所は宰相府の厨房の一隅、私達はそこで明日の朝の炊き出しの仕込み中。

私達の他にも、たくさんの人がそこで働いてる。

皆、本当に頑張るねー。

 

 

「ミソラ、剥くのは皮だけダゾ」

「うぐ・・・わ、わかってるよ」

 

 

私が何をしているのかと言うと、ココネと芋の皮むき。

これがまた難しくて、指を切ること7回。

指を切る度に、料理長のおじさんが治癒魔法をかけてくれるんだけど、痛い物は痛い。

と言うかココネが異常に上手くて、物凄く薄く長く皮を剥いてる。

 

 

「何でココネはそんなに上手なの・・・?」

「こっちに来てから、調子が良いンダ」

「ふ~ん・・・?」

 

 

まぁ、ココネはこっちの生まれだって言うしね。

もう何年前だっけ、ココネと出会ったのは。

仲良くなって、契約して、何年経ったっけな?

 

 

「ま、そんなに調子が良いなら、私の分も頑張ってねーっと」

「サボリはダメだゾ。シスターに怒らレル」

「そうですよ、皆、頑張ってるんですから」

「佐倉さん、それ何て神業?」

 

 

佐倉さんが、箱に入ったニンジンの皮を一本20秒ぐらいでスルスル剥いていた。

あまりに滑らか過ぎて、プロなんじゃないかって思えるぐらい。

 

 

「普段から、お姉さまと一緒にお料理したりするので」

「・・・その割には・・・」

「貴女に、ぐすすっ、言われたく、ぐすっ、ありません!」

 

 

ボロボロと玉葱を分解? している高音さんは、相変わらず涙を流しながらそう言った。

皆、真面目だねぇ。

あーあ、私のサマーバケーションも、どうしてこんな面倒事になっちゃったのかね。

 

 

「ミソラ、手が止まってルゾ」

「あいあーいっと」

 

 

シュルシュルと芋の皮を剥きながら、私は思う。

本当、皆、真面目だよ。

 

 

「はーい、次のお芋が来ましたよ。美空、サボっていないでしょうね?」

「ちゃーんとやってますよ、シスター」

 

 

その時、シスターシャークティーが人相の悪そうなトサカ頭の男の人と一緒にやってきた。

というか、一番に疑うとか酷くないですか?

 

 

おお・・・!

 

 

その時、厨房の真ん中からどよめきが。

何かと思って見てみると、人だかりができていて・・・中心に、見覚えのある緑色の髪の女の子。

・・・茶々丸さん?

 

 

・・・「旧世界直輸入小豆」? 「魔法のお赤飯」?

ちょ、どっから持ってきたのそれ。

 

 

「一生に何度あるか、わかりませんから。ここで逃せばこの絡繰茶々丸、一生の悔いを残します・・・!」

「イチゴ赤飯、イチゴ赤飯作りましょう!」

 

 

・・・何を言ってるのか、わかんなかった。

つーか、この緊急時に何をやってんのさ。

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

大公国の首都、連合のグレート=ブリッジに程近いゴゥンの街に、私は留め置かれています。

考えるまでも無く、人質扱いされてるんだと思う。

誰にとっての?

言うまでも無く、ネギにとっての。

 

 

でもあの子は、そんなことを考えもしないんでしょうね。

だって、あの子は。

 

 

「あの子は、世の中が良い人ばかりでできていると思っている節がありますから・・・」

「・・・わかります」

 

 

ゴゥンの居城の中にあるカフェで、私は高畑さんにお会いしていました。

ネギのことをお願いしたくて、ちょうどお仕事でこちらに来ていた高畑さんをお呼びしたの。

高畑さんとは、一度だけウェールズでお会いしたことがあるから・・・。

ネギのことを良く可愛がって貰って・・・。

 

 

ロンドンにまで挨拶に来られたこともありました。

まぁ、そこまで親しいわけでも無いけれど・・・。

 

 

「でも、高畑さん以外にお願いできる人がいなくて・・・」

「わかりました。何とか、努力してみます」

「お願いします。あの子はまだ子供で、大人がちゃんと見ててあげないといけないと思うんです」

 

 

昔から危なっかしくて、目が離せない子で。

日本で先生をするって聞いた時も、犯罪者として魔法世界に連れて行かれるって聞いた時も、心配で仕方がありませんでした。

アーニャやアリアは、そこまで手のかからない子だったから、余計に・・・。

 

 

「わかりました。安心して・・・と言い切れない所がありますが、任せてください」

「重ねて、お願いします」

 

 

高畑さんに頭を下げた後、私は隣の椅子に置いておいた物を高畑さんに手渡しました。

それは、穴だらけになっていたネギのローブと転移魔法符が数枚・・・。

ローブの方は、私が破れた部分を縫って、綺麗に直しておいた物です。

 

 

「ネギ君のことは、僕が・・・ナギの代わりに」

「はい・・・」

 

 

ナギ。

貴方は今、どこで何をしているの・・・?

面倒だとか言いながら世界を一度救って、英雄になって。

子供達をスタンさん達に預けて。

 

 

今、自分の子供が互いに憎み合うような状況で。

貴方は、今、どこにいるの・・・?

 

 

・・・ナギ・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「つまり、その方達はフェイトさんが拾った戦災孤児だと」

「うん、他に57人拾って、学校に送ったけど」

「・・・な、なるほど」

 

 

そう言えば、そんな話もあったような気もします。

どうにも、フェイトさんは「ラスボス」的なイメージがあった物ですから。

やってることは、意外と良い人なのですよね、フェイトさん。

でも、何で拾った方は決まって美少女なのでしょうか、作為的な物を感じます。

 

 

「ちなみに、その57人の中には男の方も・・・?」

「・・・いるけど。会いたいの?」

「あ、いえ、別に・・・」

 

 

ベッドの上から降りて、フェイトさん達と同じく床に正座します。

な、何だか恥ずかしいです・・・。

フェイトさんの後ろに正座している5人の方々に、今更ながら、にっこりと笑いかけてみます。

 

 

・・・激しく、目を逸らされました。

しかも、かなり震えています。

顔色が真っ青です。

ちょ・・・まるで私が何か酷い事をしたみたいに見えるので、やめてもらえます!?

 

 

「あの・・・えー、暦、さん?」

「ひゃいっ!?」

 

 

暦さんの耳と尻尾が、ピンッと立っています。

・・・どうしましょう、この距離感。

 

 

「・・・彼女達は」

 

 

その時、囁くような声でフェイトさんが言いました。

 

 

「これまで、色々と僕を助けてくれた。僕はそれに感謝している」

「「「「「フェイト様・・・」」」」」

 

 

ジーン、と感動しているらしい5人娘(フェイトガールズ)の皆さん。

でもそれを知ってか知らずか、フェイトさんはいつも通りの無表情で続けて・・・。

 

 

「それに、女性のあつ「わーっ、フェイト様ダメェ――――!」・・・そうなの?」

「はい! そうなんです!」

 

 

・・・今、何か非常に気になる言葉を聞き逃したような気がします。

と言うか、何で5人でフェイトさんを私から隠そうとしているのでしょう。

・・・ちょっと、近付き過ぎじゃありません?

 

 

「あ・・・じゃあ私達、コレで失礼しますー」

「マス!」

「失礼いたしますわ」

「それでは、フェイト様もまた明日・・・」

「アーニャによろしく、よろしくお伝えください」

 

 

暦さん、環さん、栞さん、調さん、焔さんの順に、私の私室から退室して行きました。

・・・アーニャさんと焔さんって、仲が良かったのでしょうか?

そして部屋には、私とフェイトさんが残されます。

床に正座して、向かい合う私とフェイトさん。

 

 

また・・・何とも言えない空気に戻ります。

私がもじもじと膝の上で手を動かしていると、1分くらいして、フェイトさんが口を開きました。

 

 

「・・・怒ったのかい?」

「いえ、そんな・・・」

 

 

と言うか、何で怒るんだろう、私。

何で・・・?

 

 

「そのドレス・・・」

「・・・あ、はい・・・」

「・・・とても、似合っているよ。出会った時の、キミの色だ」

 

 

茶々丸さんが5秒で着替えさせてくれました。

・・・何故か、茶々丸さんがガッツポーズしてる姿を幻視しました。

 

 

先程まで、ちょっとアレでしたので、視線を合わせづらいと申しますか。

それに、その、膝枕の感触も残っておりますので、気恥かしいです。

・・・けして、そう、けして後ろめたいわけでは無いです。はい。

 

 

「・・・まだ、熱い?」

「・・・はい?」

 

 

首を傾げて問い返すと、フェイトさんは軽く膝を立てて、私に近寄ってきます。

・・・リスタート早いですね。

と言うかこの人、何で私に対してだけこんなに強気なので、しょ・・・!?

 

 

額に、冷たい手の感触。

もう片方の手が左の頬に伸びて来て、私は思わず逃げてしまいそうになりました。

でも、背中はすぐにベッドに当たってしまって、逃げられなくて。

 

 

「・・・キミは温かいね、アリア。とても・・・熱いよ」

「そ、そうです・・・か?」

「キミはどこか、いつも怜悧で・・・なかなか熱くなってくれないから」

 

 

そ・・・と、かすかに私の顔を上向かせるフェイトさん。

無機質な瞳に、私が映っているのが見えます。

そこに映るのが他の誰でも無い、私だけだと思うと、胸が熱くなります。

胸と顔と、そして瞳が、熱を持ちます。

 

 

「いつも、ほんのりと頬を染めるくらいだ」

 

 

フェイトさんは、どうなのでしょうか。

私といると、何かが変わるのでしょうか。

 

 

「・・・僕はアーウェルンクスとしての役割を失った」

「え・・・ああ、はい、クビにされたとか・・・」

「けどそれも、今は良い」

 

 

額から手をどけると、フェイトさんは私の右手を優しく掴みました。

私も、特に抵抗はしません。

・・・どうして?

 

 

「今、僕が『執着』しているのは、唯一、キミのことだけだ」

 

 

フェイトさんの中で、私の評価がそこまで高かったとは知りませんでしたよ。

・・・嬉しい。

どうして?

 

 

「キミが欲しいよ、アリア」

 

 

トクンッ、と、胸が痛みます。

 

 

「・・・京都で僕がそう言った時、キミも僕が欲しいと言ったね」

「や・・・」

「その言葉は、今も有効?」

 

 

そんなこと、聞かないでほしいです。

恥ずかしくて・・・死んでしまいそう、だから。

俯いて眼を逸らしたくても、フェイトさんはそれを許してくれません。

それは少し強引で、でも、嫌では無くて。

 

 

まるで、奪われるみたいで・・・。

ああ、そうか・・・私は。

 

 

「・・・欲しいです、貴方が・・・フェイトさん」

「・・・そう、『嬉しい』よ」

「本当に?」

「うん」

「・・・私も、嬉しいです」

「そう」

「はい・・・」

 

 

 

私は、貴方とキスがしたい。

気付いてみれば、簡単なこと。

 

 

 

「・・・きす?」

「え、そこから説明するん・・・ぁ」

「・・・」

「・・・・・・」

 

 

触れ合ったのは、たぶん、ほんの一瞬。

今度は・・・誰も、部屋に入ってきませんでした。

 

 

 

「ん・・・」

 

 

 

 

・・・好き・・・。

・・・フェイトさん。




茶々丸:
キました――――――――――っっ!!
ブラボー2・・・田中さん!? きちんとメモリーできていますか!?
結婚式の際に編集しますから、7重プロテクトかけて永久保存ですよ!!
マスターに見せてはいけませんよ、見せた瞬間フェイトさんが再起不能にされる危険性があります・・・ええ、ええ、SSS仕様で!
今日の私は、阿修羅すら凌駕する存在です!!

・・・あ。
茶々丸です。皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
今回は、様々な方々の決戦前夜が描かれております。


今回初登場の投稿キャラクターと、アイテムはこちらです。
リード様より、マリア・ジグムント・ルートヴィッヒ様。
黒鷹様より、クラウゼ・シュタイナー様。
これからも、よろしくお願いいたします。

即席兵器様より、『魔法のお赤飯』。
黒鷹様より、「イチゴ赤飯」。
ありがとうございます。


茶々丸:
では次回は、最終決戦な感じです。
何話続くかはわかりませんが、色々な物に決着がつく・・・かもしれません。
では、少々立て込んでおりますので、失礼致します。


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第18話「作戦開始」

お知らせです。
先に公開した通り、アリアは原作32巻の291時間目(魔法世界の危機発生)までの原作知識しか保有しておりません。
よって今回以降、アリアの知らない原作展開が起こる可能性があります。
今話で言えば、最後の部分がそれに当たります。
では、どうぞ。


Side アリア

 

朝、私はとてもすっきりした気分で目覚めることができました。

これまでの人生で、これほど良い気分で朝を迎えたのは、初めてかもしれません。

 

 

「おはようございます、アリア先生」

「・・・おはようございます、茶々丸さん」

 

 

ベッドの上で半身を起した私に、茶々丸さんがアーリーモーニングティーを淹れてくれます。

カップを受け取り一口飲んだ後、ふと隣を見ます。

目覚めた際、私は一人でしたが・・・シーツには、一人で眠ったにしては大きな乱れがありました。

・・・そこを一撫でした後、私は何も言わずにベッドから降ります。

 

 

「着替えをお願いします、茶々丸さん」

「はい」

 

 

茶々丸さんがパンッパンッと手を打つと、私室の扉が開き、水色の髪の侍女、ユリアさんが着替えを持って来てくれます。

彼女の周囲に残る水の精霊の気配が、部屋の湿度を微妙に変化させて、まだ少し寝ボケている私の意識をはっきりさせてくれます。

 

 

今日の服はいつものドレスでは無く、ウェスペルタティア王国の白い軍服です。

黒のラインと金のエギュレットがいくつかついていて、襟元には最高司令官の階級章、そして胸元に王国の国旗が刻まれたデザイン。

アリカ女王の剣を手に持って―――腰に携帯するには、身長が足りず―――、部屋の外へ。

 

 

「行ってらっしゃいませ。無事のお帰りを心よりお待ちしております」

 

 

ユリアさんの声に見送られ、部屋を出ます。

茶々丸さんと田中さんを引き連れて、宰相府の廊下を歩きます。

 

 

「ヨッ、ミンナマッテンゼ」

 

 

宰相府内に設置された転送ポートに着くと、そこにはすでにカムイさんが鎮座していました。

軍港に直結している転移魔法陣の上で、チャチャゼロさんを頭に乗せて。

1分ほどすると転移魔法が発動して、短距離転移が行われます。

 

 

・・・眼を開けると、そこにはエヴァさんがいました。

どこか不機嫌なような、表情の選択に困っているような、そんな表情を浮かべています。

 

 

「・・・後で連れて来い、13回は殺してやるからな」

 

 

誰を、とは聞きません。

13回ですか・・・流石に生きてるでしょうか。

死なれると困るんですけど。

 

 

私の顔を見たエヴァさんは、「ふんっ」と拗ねたように鼻を鳴らして、私に背を向けて歩きだしました。

エヴァさんの向こうには、軍港と200隻の艦艇、そしてそれに乗り込む兵士の方々が並んでいます。

連合との戦いの時よりも、はるかに多くの人々。

聞く所によれば、10万人近い人数だとか。

 

 

ここにいる人達の命を賭けて、今から世界を救いに行くのだと言う。

これまでの戦闘と移動で、皆それなりに疲弊しています。

食糧や武器だって、そんなに余裕があるわけではありません。

・・・ぶっちゃけ、かなり逃げたいです。

 

 

「逃げ出したいなら、手伝ってやるぞ」

 

 

背中越しのエヴァさんの言葉に、苦笑します。

貴女はいつもそうやって、私が選べないだろう選択肢を口に出してくれる。

 

 

「・・・ありがとう、エヴァさん」

「・・・ふん」

 

 

ズブッ・・・と、エヴァさんは自分の影に沈んで行きました。

・・・怒らせてしまいましたかね?

 

 

「テレテンダロ」

「記録中、記録中・・・(ジー)」

 

 

・・・温かな気持ちを胸に、私は顔を上げました。

『ブリュンヒルデ』の白銀の艦体が、そこにありました。

・・・さて、行きましょうか。

 

 

「本日の朝食は、お赤飯です」

「・・・何でですか?」

 

 

茶々丸さんは、教えてくれませんでした。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「では、そのように」

『わかりました。後方は任せて頂戴』

『我々は貴軍の外側を固める・・・アリカの娘によろしくの』

 

 

帝国、アリアドネーとの最後の通信を終えた後、私はアリア様が座られる指揮シートの背後の白銀の軍旗(シルバールーヴェ)を仰ぎ見ます。

・・・ただ「勝つ」だけでは、意味が無い。

重要なのは、「勝ち過ぎない」ことです。

 

 

世界の脅威が去った後、我がウェスペルタティアが各国から脅威に思われてはならない。

だからこそ、個人の功績が目立ち過ぎるようなことは避けねばなりません。

と言って、弱過ぎると思われてもならない。

今回の件が終わった後、王国が弱小国と見られることは避けなければなりません。

 

 

「・・・遅くなりました」

 

 

その時、アリア様が絡繰さんと田中さん、あとカムイさんを連れて艦橋にやってきました。

艦橋の全員で敬礼して、お迎えします。

『ブリュンヒルデ』の食堂で朝食をすませて来たのでしょう。

返礼しつつ指揮シートに腰かけたアリア様は、色違いの瞳で私を見つめました。

 

 

「兵士の皆さんの様子は?」

「皆、陛下を信じております」

 

 

酷な言い方をすれば、アリア様は「ポッと出の女王」でした。

しかしここに来て、兵の信頼を得る、そして士気を維持する、その両方に成功しております。

まぁ、ひとえに宣伝の効果ですが・・・元が悪ければどうにもなりませんしね。

そして今日の戦いは、アリア様の名を全世界の人々の心に刻みつけることになるでしょう。

 

 

と言うか、私が刻みこみます。

 

 

「我が混成艦隊はすでに新オスティアを離れ、魔力の奔流の影響で雲海の上にまで浮きあがった旧王都・・・特に宮殿に向かっております。強力な積層魔法障壁に包まれておりますが、アーウェルンクスの情報によりバリヤーの弱点部分を・・・」

 

 

スクリーンに映し出される概略図を背に、私はアリア様に説明します。

どうでも良いことですが、私はアリア様に物事を説明するのは嫌いではありません。

アリカ様似のアリア様が真面目な顔で頷いて聞いてくださるので・・・。

 

 

「レーダーに感アリッ、召喚痕多数!」

「混成艦隊前面に、膨大な数の召喚魔確認・・・敵集団総数、概算で40万!」

「敵集団は主に『動く石像(ガーゴイル)』タイプ!」

 

 

・・・私の説明を遮りましたね!?

いやまぁ、冗談はともかく。さて、敵のお出迎えと言うことでしょうか。

雑魚はともかく、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちは脅威です。

こちらの戦力の7割は、魔法世界人ですからね。

 

 

なので、まず勝てません。

この『ブリュンヒルデ』が「墓守り人の宮殿」に突入してから目的を遂げるまでの時間を稼ぐことが、混成軍の役目・・・。

私は眼鏡を押し上げつつ、全艦に命令を発します。

 

 

「全艦、戦闘態勢に入りなさい!」

『そいじゃまー、一番槍は頂いて行くぜ!!』

 

 

その時、通信装置から聞き覚えのある声が・・・。

この声は・・・と、スクリーンにやはり見覚えのある顔が映し出されました。

褐色の肌に、傷の残った顔・・・紅き翼の、ジャック・ラカン!

 

 

『おお~、お前がもう一人のガキかぁ? マジで母親にソックリだなオイ』

 

 

余計なことを言うなよ・・・!

力の限り、ジャック・ラカンを睨みつける。

 

 

「貴方は・・・」

『見てろよ、おっさん世代の実力を見せてやるからな』

 

 

必要ありません、と言うか、本当に余計なことを言うなよ・・・!

ブツンッ、と途切れた通信画面を、アリア様は微妙な表情で見つめておりました。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

俺が携帯式の通信装置を切った直後、混成艦隊が精霊砲を一斉に撃ちやがった。

目標は、前方の召喚魔共だ。

200本以上の光が伸びて、召喚魔を打ち倒して行く。

 

 

「おーおー、壮観だなオイ」

 

 

じゃじゃ馬姫の『インペリアルシップ』の上(文字通りの意味だぜ)で、俺はそれを見ている。

こりゃあ、20年前以上の規模の決戦だな、あん時は帝国の主力は出てこなかったしな。

 

 

『こりゃあ、ジャック! 勝手に通信を繋げるでない! 苦情が来たぞ!』

「マジでか、クルトの野郎も気が短ぇなオイ。ははっ、ま、あいつぁ俺らのことが嫌いだからな」

『笑っとる場合か! コルネリアに叱られるのは妾じゃぞ!』

 

 

皇帝が怒られてどうすんだよ。

俺は、画面の中のじゃじゃ馬姫(テオドラ)を見て、笑う。

 

 

「まぁ、任せときな。その分きっちり働くからよ」

『・・・死ぬなよ』

「たりめーだ。俺を誰だと思ってやがる、ナギの永遠のライバルにして最強の傭兵剣士、生けるバグキャラ、ジャック・ラカン様だぜ?」

 

 

・・・『来たれ(アデアット)』。

俺はナギとの契約カードを取り出すと、躊躇なく発動させる。

どんな武器にも変幻自在・無敵無類の宝具。

・・・行くぜ、オラァッ!!

 

 

「『千の顔を(ホ・ヘーロース・メタ・)持つ英雄(キーリオーン・プロソーポーン)』!」

 

 

通信装置を蹴っ飛ばして、俺は周囲に出現した大剣を両手で数本掴むと、10数キロ先の召喚魔の集団に向けて投げた。

 

 

「ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ!!」

 

 

ボッ・・・と空気を裂く音を立てながら、俺の投げる剣や槍は、10キロ以上向こうの召喚魔まで串刺しにして、消滅させる。

はっ、まるで的当てゲームだなこりゃ。

 

 

ただ精霊砲のきかねぇ奴、つまり<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちの奴も狙ってんだが、やっぱ効果が薄いな。

俺の伝説のアーティファクトの武器が、バターみてぇに溶かされちまう。

 

 

・・・アレがあるってこたぁ、姫子ちゃんはやっぱ捕まってんだな。

ナギ、俺らの尻の拭き残しが、思ったよりもしつこかったみてーだぜ。

 

 

「・・・あん?」

 

 

下の方、白銀に輝く船―――『ブリュンヒルデ』だったか―――の上に、懐かしい気配を感じた。

そういや、初めてツラ見たが、マジで母親(アリカ)そっくりだったなあの嬢ちゃん。

・・・まぁ、それよりも・・・。

 

 

「・・・はん、『土のアーウェルンクス』だったか? 前の2体に比べりゃ、随分と・・・」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

魔法世界人の戦力を当てにすることはできない。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>の前には、彼らは無力だ。

象と蟻・・・いや、まさに神と人ほどの力の差がある。

 

 

「・・・ジャック・ラカンか」

 

 

アリアの艦のはるか上空の船、帝国の『インペリアルシップ』から、剣や槍が前方の召喚魔に向けて無数に投擲されている。

あんな距離を無造作に攻撃できるのは、彼くらいだろう。

ジャック・ラカン、20年前から魔法世界の真実を知り、それでも飄々と生きている男。

 

 

個人的に、興味が無いわけじゃないけれど。

それよりも、おそらくは艦の中のアリアの視線をジャック・ラカンが受けているだろうと言うことの方が重要だろう。

それは、いけない。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

数キロ先にまで迫った召喚魔の群れ。

ほどなくして、混成艦隊と乱戦状態になるだろう。

召喚魔・・・己の意思を持たない、儚い存在。まぁ、僕も大して違わないけど。

 

 

「『冥府の(ホ・モノリートス・キオーン・)石柱(トゥ・ハイドゥ)』」

 

 

アリアの艦の周囲に、巨大な石の柱が10本、生まれる。

僕の意思に従い、それらは数キロ先の召喚魔の群れに突っ込んだ。

無数の召喚魔を薙ぎ倒し、雲海の下へ叩き落とす。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちがいたとしても、物理的な物体に対してまで効果は無い。

それこそ、<黄昏の姫御子>でも連れてこない限りは、あるいは<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>・・・。

 

 

それをもう2回繰り返した後、召喚魔の群れと艦隊が接触した。

無数の召喚魔が艦体に纏わりつき、精霊エンジンを損傷した艦は雲海の下に落ちて行く。

 

 

「・・・『万象貫く黒杭の円環』・・・」

 

 

片手を掲げ、無数の黒い杭を生み出す。

それを周囲に射出し、同数以上の召喚魔を還す。

アリアの艦には、近付けさせない。

ある程度は他の艦にも気を配るけれど・・・僕一人では数に差がありすぎる。

 

 

「・・・!」

「『闇の吹雪(ニウィス・テンペスターズ・オブスクランス)』!!」

 

 

とんっ・・・と跳んで艦体から離れると、闇と雪の渦が通過し、前年の召喚魔10数体を消滅させた。

すたっ、と着地すると、いつのまにかそこに、金髪の少女の姿があった。

彼女は僕を見ると、舌打ちしたそうな表情で。

 

 

「ちっ・・・仕留め損ねたか。ついでに掃除できるかと思ったが」

「一応、僕は味方なのだけれど、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「どうせ再生するだろ、おま「『石化の邪眼(カコン・オンマ・ペトローセオース)』」えぅおっ!?」

 

 

僕の指先から放たれた光が、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の背後の召喚魔を数体薙ぎ倒し、周囲の召喚魔を石化させた。

僕は、ちらりと視線を下に向けると。

 

 

「・・・何を寝ているの? 障壁で風からは守られるけど、快適には見えないね」

「若造・・・良い度胸じゃないか、え?」

「どうせ再生するじゃないか」

「石化されたら再生もクソもあるかっ!」

 

 

それは良いことを聞いたね。

ざぁ・・・と、僕の身体の周りに砂が集まるのと、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が凍気を纏うのは、ほぼ同時だった。

そしてそれらは、艦に群がってくる召喚魔を的確に叩き落として行く。

 

 

「いいか! 1匹も近付けるんじゃないぞ!」

「わかっている」

 

 

まぁ、努力はしようか。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主

 

「戦況はどうポヨか?」

「・・・まぁ、劣勢では無い、と言った所かの」

 

 

友人の声に、そう答える。

召喚魔の数は40万、それに対して混成艦隊は200隻。

桁からして違うしの、まぁ、あの艦の中には陸軍が入っておるのじゃろうが。

 

 

「兵力差は圧倒的、しかもメガロメセンブリア出身の『人間』が少ないために、苦戦しているようだな」

 

 

どこか憮然とした声で、デュナミスが言う。

確かに、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちの召喚魔に対して、一部を除いて対処できていないように見える。

一見、喜ばしい状況だろう。

 

 

『リライト』は発動直前、世界は救われる。

だが、それを成すのは我ら・・・いや、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』では無い。

 

 

「しかし・・・本当に放置しておいて良いポヨか? あの娘・・・いや、2番目(セクンドゥム)は・・・」

「構わぬよ、今の所はな」

 

 

それに、ここで滅びる世界なら、滅びれば良い。

せいぜい華麗に、華々しくな。

もっとも・・・そんなつもりが無いのも確かじゃがな。

こんなことで滅びるような世界に創った覚えは無い。

 

 

・・・我ながら、矛盾しておるの。

何じゃったか・・・そう、シアが言う所の「ツンデレ」じゃな。

 

 

「デュナミス、アーウェルンクスシリーズはどうじゃ?」

「問題無く起動できる。祭壇の封印さえ解ければ、宮殿の機能は回復するからな」

 

 

幸い、2番目(セクンドゥム)も<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の全ての機能を扱い切れておるわけでは無い。

扱い切れておれば、とうに世界は滅びておる。

 

 

「では、私は行く」

「行くのか、デュナミス」

「うむ・・・私にも、悪の秘密組織の大幹部として、いや、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』最後の一人としての矜持がある」

 

 

矜持(プライド)、か。

思えばこやつも、人形にしては奇妙な男じゃな。

 

 

「主よ、今まで世話になった。貴女のおかげで我は今日まで生きてこれた、感謝する」

「礼などいらぬよ。世界を救うために互いを利用した・・・それだけのことじゃろう」

「・・・違いないな」

「だが・・・もし感謝していると言うのなら、最後に顔を見せてはくれんか?」

「・・・」

 

 

デュナミスは、ゆっくりとした動作で自らの仮面を取った。

仮面の下には、若い褐色の肌の男の顔があった。

 

 

「・・・さらばだ、主よ」

「うむ・・・これからは、好きに生きるが良い」

「これまでも好きに生きてきた。そして、これからも同じように生きる、それだけだ」

 

 

そう言い残して、デュナミスは去った。

それを見送った後、振り向くと、魔族の友の姿も無くなっていた。

 

 

・・・とうとう、一人か。

寂しい物じゃな。

・・・寂しいと感じる自分を、不思議に思った。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

「混成艦隊が、敵集団と接触しました!」

 

 

その報告が来てから2時間、オスティア自然公園内に設営された臨時後方司令部は一気に忙しさを増したわ。

艦隊からもたらされる補給要請と、同時に転移されてくる負傷者の治療などの仕事が増えるからよ。

そして現状、増えることはあっても減ることは無いわ。

 

 

「・・・精霊炉の魔力が足りない、砲座の弾が足りない、医薬品が足りない・・・」

 

 

前線からひっきりなしにもたらされる補給要請、それを聞く度に、私は舌打ちしたくなった。

足りない? ええ、そうね、使えば減るわよね。足りなくなるのも仕方が無いわよね。

それで、私にどうしろと言うのよ。

 

 

とは言え、無視することもできないわ。

だけど、転移させられる人員や物資にも限界があるわよ。

敵の転移妨害が少ないのが、せめてもの救いだけれど・・・。

それに、私は前だけ見ていれば良いような単調な役割を担っているわけでは無いわ。

 

 

「連合の軍に動きは!?」

「ウェスペルタティア国境周辺に、軍を展開しつつあります!」

「ですが、帝国軍が小規模な越境を繰り返しているので、警戒して動きを止めた模様!」

 

 

部下からもたらされる報告に、私は頷く。

テオドラ殿下の指示で、帝国の対連合国境軍が越境を繰り返し、牽制してくれている。

そのおかげで、とりあえずは背中の心配をする必要は無いけれど・・・。

いざとなれば、私は後方に残された陸軍4000、戦闘艦艇30隻を率いて連合の軍と戦うことになっている。

 

 

あと、もう一つ問題がある。

現在、新オスティアに集積されている物資の半分以上は、帝国軍が提供した物よ。

量はあるし、食糧などはそれで問題無いけれど・・・。

艦艇の修理用の部品や、医薬品や医療器具などが、帝国の基準になっているの。

つまり、王国やアリアドネーの製品とは規格が違うのよ。

 

 

これも、頭が痛い問題だわ・・・。

今はまだ、補給品を整理して、規格に合った物を送っているけれど・・・。

 

 

「報告!」

 

 

その時、戦乙女騎士団の騎士の一人が、慌てた様子で私の傍にまで来たわ。

甲冑を身に着け、すでに戦闘態勢。

 

 

「艦隊を抜けた敵の召喚魔の集団が、そのまま新オスティアに向かって来ています!」

「・・・スクリーンに出して、最大望遠!」

「はっ!」

 

 

司令部の中に急遽設置されたスクリーンが、混成艦隊が戦闘を行っている空域の映像を映し出す。

すると、確かに集団の一部――――一部でも、数千体規模―――の召喚魔が、こちらへ向かってきているわ!

艦隊も、全部を落とすことはできなかったようね。

 

 

私は、新オスティアに展開している全軍に対して命令した。

王国のリュケスティス将軍が指揮を執る主力2万は、市街地に展開している。

 

 

「総員、抜剣! 近接戦準備!」

「「「「着装(ウェスティオー)!」」」

「上空の艦隊に連絡、撃ち方始め!」

「了解!」

「避難所閉鎖! 同時に避難所の防衛体制を整えなさい!」

「了解!」

 

 

どうやら、また一つ仕事が増えたらしいわね。

前線で戦うのは、久しぶりね・・・身体が鈍っていないと良いのだけど。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「どうやら俺達の出番らしいな、リュケスティス」

「そうだなグリアソン、艦隊の連中も存外、不甲斐ない」

「だからこそ、俺達にも仕事が回って来る」

「そうだな・・・次は元帥だな。その次はどうするグリアソン?」

「さぁな、とりあえず元帥になってから考えるさ。生き残った後でな」

「違いない、また4人で酒を飲みながら考えるとしよう」

「それは死亡フラグだぞ、リュケスティス」

 

 

死亡フラグか、それは良くないな。

そんなくだらない会話をした後、俺はグリアソンと別れた。

グリアソンは空で、俺は大地で戦う。

それで良い、グリアソンのような男は蒼穹を駆けてこそ輝く、俺にはできないことだ。

 

 

しかし、死亡フラグか・・・。

大将が2階級特進すると、何になるのかな。

 

 

「・・・まぁ、死ぬつもりは毛頭ないが、しかし死ぬ時は死ぬ」

 

 

戦場とは、そう言う物だと思う。

あるいはここで、我が女王と運命を共にするか・・・それも悪くは無い。

だが、だからと言って無条件で死を甘受する程、できた人間でも無い。

 

 

「敵召喚魔、市街地外縁に到達しました!」

「迎撃せよ!」

 

 

今回、俺はあえて陣地を構築していない。

時間が無かったと言うのもあるが、陣地を構築しても魔法世界人では守りきれない。

つまり、従来の用兵学が役に立たん。

 

 

それよりは、「人間」を中心とした前衛と魔法世界人の後衛とに分けて運用した方が良い。

兵の機動力を重視した散兵戦術と言うわけだ。

できれば、密集隊形が取りたかったのだが、まぁ、市街地だしな・・・。

 

 

「ジャクソン中将に連絡! 前線の兵力を集約して、敵の侵入を防げ! その間に俺の直属部隊が敵集団の左側面を衝く!」

「了解!」

「<鍵>持ちにはくれぐれも注意しろよ・・・魔法世界人は<鍵>を見たら撤退するのだ」

「り、了解!」

 

 

そう、無理に勝つ必要は無い。

我々は勝利を得る必要は無いのだ、ただ時間を稼げれば良い。

とは言え・・・。

 

 

「この兵力差ではな・・・」

 

 

新オスティアの自然公園・リゾートエリアはアリアドネーが、市街地はウェスペルタティアが、空港、港は帝国軍が守備している。

総勢は3万5千、大軍だ。

 

 

だが、ここから確認できる敵の召喚魔はそれよりも多い。

ざっと見ただけでも、5万はいるかな・・・空が黒く覆われている程だ。

しかも『動く石像(ガーゴイル)』タイプか、下級だが侮れんな。

唯一の救いは、敵は組織だった行動をとっておらず、どうも単調な命令をこなすだけのように見えることだな。

 

 

俺は傍らの幕僚に、ことさら余裕ありげな笑みを作って見せた。

 

 

「じきに我が女王が目的を達成する。そうなれば我々の勝利だ!」

 

 

時として、指揮官は自分が信じてもいない勝利の可能性を部下に信じさせる必要がある。

実際、今頃は我が女王も、自分達のことで手一杯だろう・・・。

 

 

「・・・ところで、貴官は先日の戦いで腕を負傷していなかったか?」

「え、ああ、その通りであります。私も義手かと思ったんですけど、黒髪の少年が治癒魔法をかけてくれて・・・助かりました」

「ほぅ・・・そんな治癒術師がいるのか」

 

 

それは、良かったな。

しかし、そんな治癒術師がいたかな・・・?

 

 

 

 

 

Side 暦

 

私達5人は、後方に残された。

できればフェイト様と一緒に行きたかったけど、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>を持つ相手に対して、私達は無力だから。

 

 

「アーティファクト、『時の回廊(ホーラリア・ボルテクス)』」

 

 

目の前の負傷者さんの周辺の時間を遅延させて、症状の悪化を防ぐ。

その間に、環が治療用ゴーレムで傷口をふさいで行く。

 

 

私達は今、新オスティアのリゾートエリアで負傷者の治療を手伝ってる。

私達のアーティファクトや能力が、治療に役立ちそうだったから。

それに、私達も何かしたかったから。

元は綺麗なホテルだったんだろうけど、今はどこの部屋も負傷者で一杯。

 

 

「・・・母さん、母さん・・・」

 

 

母親の名前を呼ぶ声、他にも色々、兄弟だったり、恋人だったり。

叫び声を上げてる人だっている。

白衣を着た人達があちこち駆け回って、必死に治療して・・・中には、治療が不可能な人の額に、泣きそうな顔でバツ印を付ける人もいる。

 

 

助かっても、意識が無い間に義手を付けられて、腕を返せと泣き喚く人もいる。

目を背けたくなるような光景、でも私達は何度も見たことがある。

故郷で、パルティアで、世界のどこかで。

この世界には、こんな光景はいつだって、どこでだって見ることができる。

 

 

「暦、環、新しい薬と包帯です」

 

 

その時、調が新しい医療道具を持ってきてくれた。

調も私や環と同じように、血と汗と汚物で服や顔を汚している。

・・・フェイト様、いなくて良かった。

こんな汚れた格好、見られたく無いもん。

 

 

「その方は・・・」

「うん、たぶん無理だと思う」

 

 

私がそう言うと、調も環も悲しそうな顔をした。

私達が今、看てる女性の兵士さんは、名前も知らないけど・・・お腹が半分無かった。

損傷した内臓が身体からはみ出てて、どう見ても助かりそうもないの。

私のアーティファクトじゃ、時間遅延はできても再生はできないから・・・。

 

 

白兵戦もそうだけど、艦隊戦の場合、怪我のレベルは比較的上がるの。

密閉空間で爆発に巻き込まれたりするから・・・運良く後方に転移されても、助からない場合が多い。

この人も・・・。

 

 

「いけないぞ」

 

 

突然、黒髪の男の子が私の隣に現れた。

へ・・・誰?

 

 

「女の人は、お腹を大事にしなくちゃいけない。命が育まれる場所だぞ、ここは」

「え、ちょっ・・・」

 

 

その男の子は、女性兵の傷口に触れた。

ぐちゅ・・・と生々しい音がして、次の瞬間。

淡い緑色の光が、その場に広がった。それは、とても優しい光で・・・。

 

 

数十秒間続いたかと思うと、男の子が手をどけた。

すると・・・治ってる!?

呼吸も安定して・・・え、嘘、どうやって、治癒魔法!?

 

 

「・・・大丈夫、ちゃんと産めるぞ」

「え、う、え!?」

「すーちゃん! こっちもお願い!」

「わかったぞ!」

 

 

少し離れた所で、よほど痛いのか、叫んで暴れてる兵士を押さえ付けてるアリアドネーの騎士さんが彼のことを呼んだ。

す、すーちゃん? あだ名だよね・・・?

 

 

「あ、あの、名前! 貴方、何者・・・」

「ん? スクナだぞ! じゃあな!」

 

 

そう言うと、男の子・・・スクナ君は、さっさと駆けて行った。

良く分からないけど、凄い治癒術師なのかな、私とあんまり年、変わらないのに・・・。

 

 

「・・・スクナ様・・・」

 

 

・・・ん? 調?

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「敵が来ます! 全員、避難所の中に入ってください!」

 

 

アリアドネーの騎士の人がそう知らせてくれた時には、私達は物資を避難所に運び込んでいる最中だったわ。

もう少し、こっちの都合を考えてほしい物ね・・・!

 

 

「美空! ココネを連れて先に中へ! 中の人達に危険を知らせに行きなさい!」

「あ、アイアイサー!」

 

 

麻帆良のシャークティー先生が、物資搬入を手伝っていた春日さんとココネさんをそう言ったわ。

春日さんはココネさんを小脇に抱えると、びっくりするくらいのスピードで避難所の中に入って行ったわ。

・・・あのアーティファクト、本当に足が速くなるのね。

 

 

「・・・これで、あの子達は・・・」

 

 

シャークティー先生は何かを呟いた後、私達・・・物資搬入の手伝いをしていた私とシオン、ロバートの方を見た。

 

 

「貴女達も、早く中へ」

「シャークティーさんは、どうするんスか?」

「避難所の扉を閉めるにも、時間がかかります・・・私はアリアドネーの人達と協力して、避難所が閉鎖されるまで時間を稼ぐつもりです」

「いや、それだったら俺らも・・・」

「申し訳ないけど、もう二度と、子供が目の前で戦うのを見たくないのです。・・・勝手だとは、思いますが」

 

 

・・・子供は引っ込んでろって言われたら、言い返せないじゃない。

実際、私達は15歳にもなってない。本当に子供なんだから。

だから、大人に任せろと言われたら、逆らっちゃいけないと思う。

たとえ、心の中で「子供扱いすんじゃないわよ!」とか思ってても。

 

 

「・・・仕方無いわ。シオン、バカート、私達も中に・・・」

 

 

バスッ・・・。

・・・その音は、本当に軽い音だった。

何かが、お腹を突き抜ける感触があった。ただ、痛みは無い。

 

 

「アーニャ!?」

「・・・野郎!」

 

 

驚いたようなシオンの声、怒ったようなバカートの声。

私の横を駆け抜けて行こうとしたバカートの腕を、掴む、早とちりすんじゃないわよ。

 

 

「だ、大丈夫よ。何でか服が破れたけど・・・」

 

 

背中とお腹の部分の服が破れて、お腹が見えてるだけ。

傷は無い、でも、確かに何かに撃たれたのに・・・?

 

 

「早く中へ!」

 

 

シャークティー先生が叫んで、私の後ろに立ち塞がった。

振り向くと、建物の屋根の上に、悪魔みたいな奴が数匹いた。

その中の一匹が、鍵みたいなのを持ってる。

あれは・・・?

 

 

「・・・下級の『動く石像(ガーゴイル)』のようね」

「こんな状況でも冷静ねシオン・・・!」

「早く、行きなさい!」

 

 

シャークティー先生の声に押し出されるようにして、私達は走った。

数秒して、後ろで戦いが始まる音がした。

 

 

・・・どうして私は、子供なんだろう。

人間は、いつだって必要な時に必要な年齢になれないんだから・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

多勢に無勢とは、このことでしょうか。

40万と言う敵集団に対し、混成艦隊は苦戦を強いられています。

 

 

と言うのも、敵が『動く石像(ガーゴイル)』と言う小型召喚魔で、艦船の砲撃ではその機動を捉え切れないのです。

まぁ、空母と戦闘機の戦い、と申しましょうか。

後は、艦内に侵入された際に魔法世界人では歯が立たない個体がいること・・・。

 

 

『正直な話、時間が経つごとに突入の成功率は落ちて行きますねぇ』

 

 

左耳の支援魔導機械(デバイス)から、ミクの声が響きます。

実際、後衛のコリングウッド提督や前衛のレミーナ提督だけでなく、帝国艦隊を統率するテオドラ様からも、「かなり無理」的な通信が入っています。

・・・できれば、もう少し楽な状況を作りたかったのですが。

 

 

「陛下、どうやら敵召喚魔が新オスティアにまで侵入したようです」

「・・・わかりました」

 

 

そのような報告が来るようでは、ためらっている場合ではありません。

リスクを取って、行動するしかありません。

 

 

「・・・突入します」

「そうですか、いえ、結構ですね。状況の変化をこそ、我々は望んでいるのですから」

『でもでも、儀式を止めるには、「墓守り人の宮殿」最奥部の祭壇まで行く必要がありますよ?』

「・・・わかっています」

 

 

事前にフェイトさんから教わった所によると、「墓守り人の宮殿」は古代の迎撃兵器で守られています。

前衛艦隊がそれを防ぐ間に、『ブリュンヒルデ』で強行着陸します。

そして後衛艦隊が退路を確保している間に、『リライト』を止める。

・・・我ながら、無茶な計画ですね。

 

 

アーニャさんなら、「無理・無茶・無謀、ついでに無策ね」とか言いそうです。

意外と手厳しいのですよね、アーニャさん。

私はクルトおじ様からマイクを受け取ると、艦内、及び全艦に向けて言いました。

 

 

「・・・戦闘中に失礼します。アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです・・・」

 

 

とは言え、もはや言うことなどありません。

 

 

「これより王国艦隊は、敵の本拠地に突入いたします!」

 

 

言うべきことは、ただ一つだけ。

 

 

「全員、生きて帰りましょう。これは命令では無く、お願いです!」

 

 

そう言って、通信を切ります。

私の言葉に、どんな反応を示しているのはわかりませんが・・・生き残ってほしいのは本当です。

傍らの茶々丸さんは、優しく微笑んでくれます。

田中さんは親指を立て、カムイさんはクァッと欠伸をしました。

 

 

クルトおじ様は眼鏡を指で押し上げ、艦橋のクルーもいつも通り。

・・・私は少しだけ微笑んで、それから表情を引き締めて、前を見ます。

 

 

「全艦、一斉射撃で道を作り、突入しなさい!」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

『それは、私に任せてもらおう!』

 

 

通信機から響いたのは、褐色の肌のスナイパーの声。

私の生徒にして、凄腕の傭兵。『ブリュンヒルデ』の砲撃担当。

 

 

「・・・真名さん!」

 

 

 

 

 

Side 真名

 

残存艦艇187隻、砲門総数1568門。

敵総数は35万以上。

これだけの規模の狙撃は、流石に初めての経験だな。

 

 

「リン、レン」

『『オッケー!』』

 

 

360度を映す画面の中で、金髪の双子の電子精霊が返事を返す。

今回の相棒はこの2人、懸けている物は世界の命運。

・・・面白いじゃないか。

ならば私も、最高のパフォーマンスを見せてやろうと言う気になる。

 

 

私の左眼に魔力が集まり、次第にそれが全身の魔力を活性化させる。

全開放は5年ぶりだが、この状況なら不足はあるまい。

・・・魔族の、力!

 

 

    『『Append』』

 

 

画面の中の双子にも、変化が現れた。

それまで10歳程度の子供だった姿が大人に変わり、声まで変わる。

レンの声はより柔らかく、リンの声はより高く。

2人の歌声に包まれる空間で、私は半魔族(ハーフ)としての姿を取り戻す。

 

 

髪の色が変わり、背中に漆黒の悪魔の翼が一対生える。

左眼からは炎のように魔力が溢れ出し、視界に入る物全てを捉える。

 

 

   『『照準(ロックオン)』』

 

 

双子の声が唱和し、同時に360度のスクリーンが赤いロックオンマークで埋め尽くされる。

そしてこの時、残存艦艇全ての砲門が私の管制下にある。

全て、金髪の双子の電子精霊の功績だ。

だがそれらを撃ち落とすのは、この私、マナ・アルカナだ。

 

 

唇の両端が、吊り上がるのを感じる。

それは魔族の本能故の笑みか、あるいは敵を捉えたことへの愉悦の笑みか。

 

 

まぁ、良い。とにかくは狙い撃たせてもらおうか。

・・・いや、圧倒させてもらう。

そうさ。

 

 

「―――――――――乱れ撃つッッ!!」

 

 

カシュッ、と私が『GNスナイパーライフル』の引き金を引くと、1568の精霊砲が火を噴いた。

全ての艦の主砲と副砲が放たれ、周囲の、そして何よりも前面の敵を一掃する。

無論、全滅させたわけじゃない。

引き金を引き続ける。

 

 

一度撃つごとに双子が照準を微妙に変え、私が魔眼で捉えて狙い撃つ。

それだけの作業。

だが、それだけの作業で敵集団の一部が薙ぎ倒されて行く。

扇状に広がり、艦隊に群がっていた召喚魔の集団の一部が、ごっそりと消滅する。

だが・・・。

 

 

「<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちか・・・!」

 

 

敵の中に、こちらの精霊砲を無効化するタイプがいる。

アリア先生から事前に聞いた話だと、アレを持っている敵には艦砲は通じない。

悔しいが、アレには対抗できない・・・!

 

 

『十分だ、龍宮真名!』

 

 

その時、通信では無く魔力に指向性を持たせた念話が頭に響いた。

魔族化したからこそ、通じる念話。

 

 

『クラスメートのよしみだ、タダにしてやる!!』

 

 

それは本来、私のセリフなんだけどね・・・エヴァンジェリン!

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「良いか、合わせろよ若造!」

「キミこそ」

 

 

全く、生意気な若造だ!

世に出てきて数年の身体のくせして・・・いや、それを言うと茶々丸も同じか?

だが、今は良い。後で殺す。

私と若造は『ブリュンヒルデ』の前方に飛び出し、呪文の詠唱を始める。

 

 

今は、龍宮真名が掃除し切れなかったゴミを排除する。

私の家族の―――――――道を塞ぐな!!

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー)!」

おお(オー・)地の底に眠る(タルタローイ・ケイメノン・)死者の宮殿よ(バシレイオン・ネクローン)我らの下に(ファインサストー・)姿を現せ(ヘーミン)

「『とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)』! 『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)』!」

「『冥府の(ホ・モノリートス・キオーン・)石柱(トゥ・ハイドゥ)』」

全ての命ある者に(パーサイス・ゾーアイス)等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は安らぎなり(ホスアタラクシア)・・・!」

 

 

若造が『ブリュンヒルデ』の前面に生み出した石の柱を、まとめて氷結させる。

これだけの大質量の物を一気に氷結させると、流石にキツいな・・・!

若造の魔力で操作された石の柱・・・否、氷の柱は、直進して軌道上にいる召喚魔共を押し潰しながら進んだ。

 

 

だが、それだけではダメだ。

周辺の召喚魔が邪魔で、艦隊が通れるほどの道はできない。

だから・・・。

私は最大限に魔力を練り、満身の力を込めて・・・パチンッ、と指を鳴らした。

 

 

「 『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』!!」

 

 

乾いた音と共に、全てが終わる。

砕け散った氷の柱の無数の破片が、周辺の召喚魔を刺し、潰し、薙ぎ倒した。

特に、真下にいた召喚魔共には大打撃を与えたようだった。

巨大な氷の破片に押し潰され、雲海の下へと消えて行く。

 

 

いかに魔法が通じないとは言っても、結果としての物理攻撃には対処できまい。

皮肉なことに、コレはアリアの弱点でもあるのだがな。

 

 

「アリア!」

『全艦、突入開始!』

 

 

カードを通じて、アリアの声が聞こえた。

間髪いれずに、『ブリュンヒルデ』の周囲に展開していた護衛艦隊が動いた。

一部の艦が前に出て、『ブリュンヒルデ』を先導する構えを見せる。

 

 

宮殿付近に展開された積層多層魔法障壁・・・しかし聞く所によると、上部は障壁が薄く、簡単に侵入できる。

さぁ・・・行こうか。

 

 

 

 

 

Side スティア・レミーナ(大将・前衛艦隊司令官)

 

こうして船に乗っていると、性別を変えて旧世界の軍隊に紛れこんでいた時代を思い出す。

ドレークと旧世界を一周した時は、本当に楽しかった・・・。

 

 

「閣下、敵集団中央部を突破いたしました」

「・・・そうか」

 

 

副官の言葉に、私は自分の意識を現実に引き戻す。

目の前には、膨大な魔力が台風の目のように渦巻く様子が映っている。

そして背後には、女王陛下の座乗艦。

 

 

私は自分の旗艦である、戦艦『アルブス・レ―ギ―ナ』の艦橋の床を軍靴で踏み鳴らすと、護衛艦隊に号令を発した。

 

 

「全艦、突撃! 女王陛下を宮殿までエスコートして差し上げろ!!」

「アイアイマムッ、全艦突撃ッ、精霊炉出力最大、3、2、1・・・ミッションスタート!」

「先陣は武人の栄誉である。この上は女王陛下の期待にお応えし、各員は己の責務を果たせ!」

「敵、大型召喚魔出現!」

「打ち破れ!!」

 

 

スクリーンに映る大型召喚魔・・・ドラゴンの形をした『動く石像(ガーゴイル)』が数体、障壁の中からこちらに向かってきているのが見えた。

他にも、小型中型の召喚魔が見える。

だが、それがどうした。

 

 

「僚艦に連絡、<我に続け>!」

 

 

命令と同時に、背後の『ブリュンヒルデ』を守りつつ突撃を開始する。

精霊砲が火を噴き、敵を薙ぎ倒しながら進む。

艦橋には、護衛艦隊からの報告がひっきりなしにもたらされる。

その多くは、撃沈あるいは離脱を知らせる物だ。

 

 

通信機と、そして艦橋のオペレーターの怒号が響き渡る。

艦艇の破片が空中に散らばり、そしてそれに倍する敵を精霊砲で吹き飛ばす。

 

 

『精霊エンジンをやられた、すまない、巡航艦「オリオン」、離脱する』

「巡航艦『オリオン』中破確認! 前衛艦隊残り15隻!」

『こちら巡航艦「ジュリエット」、僚艦の巡航艦「ライプツィヒ」が被弾!』

「『ライプツィヒ』踏ん張れ! もう少しで敵を完全突破できる!」

『こちら巡航艦「リミエ」、大型召喚魔を振り切れない、構わず置いて行け!』

『駆逐艦「モスキート」、「テスト」が撃沈。本艦も保たない・・・!』

「『フェアレス』、戦線を・・・くそっ、通信途絶! 残存11!」

『巡航艦「エムデン」だ。お客様が艦内に侵入、これからパーティーを始める!』

「・・・『エムデン』、戦線を離脱! 残存10!」

 

 

戦艦や装甲巡航艦ならともかく、巡航艦や駆逐艦の障壁では、凌ぎきれないか。

だが、犠牲の甲斐あって、我々は『ブリュンヒルデ』を守りながら障壁内部に突入することができた。

ミルクのように濃厚な魔力の向こう側に、宮中王宮が、そして・・・!

 

 

「戦艦『シャルンホルスト』、『ナヴァリン』はここで反転! 外から逆進してくる敵を迎撃!!」

「アイアイマムッ!」

「女王陛下の帰り道だ、塵一つ残すなと伝えろ!」

「アイアイマムッ!!」

 

 

通信士官が威勢良く答え、残りの艦隊はさらに前進する。

障壁の外は、コリングウッド提督に任せれば良い。

目標である「墓守り人の宮殿」は、すでに目前・・・!

 

 

「宮殿より、無数の物体! 古代の迎撃兵器の模様!」

「情報にあったアレか・・・装甲の厚い艦を前面に並べろ! 女王陛下の道を作れ!」

「アーイアイマムッ」

 

 

残った戦艦と装甲巡航艦を一列に並べて、『ブリュンヒルデ』を庇う。

自らの艦体を盾とし、宮殿から放たれる迎撃兵器―――針のような物体が飛んでくる―――から、女王陛下をお守りする。

計画通り、宮殿下部から突入させる。

 

 

「『ブリュンヒルデ』より入電!」

「何だ!?」

「『無理をしないで』――――以上です!」

「・・・女王陛下も、案外我々のことをわかっていないな」

 

 

この程度、我々親衛隊にとっては、無理でも何でも無いのですよ!

口元に笑みさえ浮かべて、私はさらなる突撃を命じた。

護衛艦隊の意地を見せる・・・!

 

 

 

 

 

Side 千草

 

戦艦『ブリュンヒルデ』の下部格納庫。

そこに、うちらはおった。

うちらだけやない、シャオリーはんの率いる陸戦隊もここにおる。

大体、1000人ぐらいかな・・・?

 

 

人種もいろいろやけど、やっぱり人間が多いな。

後は、ようわからん兵器とか・・・アレは戦車か?

 

 

「天崎殿、そちらの準備はいかがですか?」

「ばっちりどす、シャオリーはん」

「それは良かった・・・『リライト』の儀式の場までは、我々が護衛します」

「おおきに」

 

 

うちら関西呪術協会は、アリアはんと一緒に行動することになっとる。

元々、『リライト』をどうにかするための要員やからな。

 

 

「皆様、お疲れ様です!」

 

 

その時、上の艦橋から降りてきたらしいアリアはんが、格納庫にやってきた。

シャオリーはんらは敬礼して、うちらも姿勢を正す。

アリアはんの傍には、茶々丸はんと田中はん、それから何や狼・・・狼て。

 

 

「ヨゥ、セイメイ、オキテタノカ」

「おお、チャチャゼロか、戦じゃのぅ・・・ちなみに、あと半刻程じゃと思う」

 

 

いつの間にか、晴明様の傍にチャチャゼロはんがおった。

晴明様は、ようお眠りにならはるから・・・うちらに文句も言えるはずもないえ。

陰陽師にとっては、まさに神の如きお人やからな。

 

 

「2分後に、この艦は『墓守り人の宮殿』に突入します! 正直、命懸けですが・・・あえて言います、生きて帰りましょう!」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

まぁ、正直あのノリはわからんけど。

うん、ここはうちも何か関西呪術協会の連中に言うたるかな!

 

 

「う、うんっ、あー、皆、あまり緊ちょ「関西呪術協会、ファイトォ――――――ッ!」おぉいっ!」

「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――っ!!」」」

 

 

関西呪術協会の連中は、うちを無視してすでに盛り上がっとった。

何や、久しぶりやなこの扱い・・・。

いや、テンション高いなら、ええねんけどな。

 

 

「千草ねーちゃん!」

 

 

すると、小太郎がうちを呼んだ。

その後ろには月詠と、さっきまで盛り上がっとった関西の連中がうちを見て笑っとる。

 

 

「西洋魔法使いには負けませんぜ、所長!」

「そうです、名前を売って給料UPです!」

「月詠たんは、俺が守おおおぉぉぉおぉっ!?」

「・・・しつけーよ、鈴吹」

「酷い!?」

 

 

・・・貴重な戦力が、一人減ったな。

月詠だけは意味がわかってへんのか、笑っとるけど。

 

 

「うむ、我らの力を見せつけてやろうぞ!」

 

 

・・・何でカゲタロウはんがここに?

しかも、戦意高めやし。

 

 

『総員、衝撃に備えてください!』

 

 

通信機からクルト宰相代理の声が響いた、次の瞬間。

やたらともの凄い衝撃が、格納庫を襲った。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

木偶人形が、調子に乗って・・・。

ガリッ、と親指の爪を噛みながら、私は外の様子を忌々しげに見ていました。

 

 

貴重な魔力を使って40万の召喚魔を呼んだと言うのに、敵の侵入を許しました。

宮殿内部にはまだ10万近い召喚魔が配置されていますが、どれも雑魚です。

下手を打てば、儀式の完成前に祭壇まで来られてしまうかもしれません。

他のアーウェルンクスシリーズも、何故か私の命令を受け付けません。

・・・手が、足りない・・・。

 

 

「・・・どう言うこと、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の力を使えば、創造主にも等しい力が振るえるはずなのに・・・」

 

 

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>。

この世界の創造主の力を運用できる究極『魔法具』。

そのための『エルザ』、そのための『呪紋処理』・・・。

 

 

祭壇の片隅には、ネギとミヤザキノドカが眠っています。

彼らの魂は、覚めない夢の中をたゆたっているのです。

永遠の、夢の中を・・・『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の中を。

今頃は、どんな夢を見ていることか・・・。

 

 

「・・・その<鍵>の秘密が知りたいか?」

 

 

その時、祭壇に黒ずくめの男が現れました。

どこからともなく現れたその男を、私は知っています。

 

 

「・・・デュナミス・・・」

「久しいな、2番目(セクンドゥム)。少し見ない間に、随分と変わった身体になったものだ」

 

 

デュナミスの足元の影が、少しずつデュナミスの身体を包み込んで行く。

高密度の魔力がデュナミスを覆って行きます・・・つまり。

 

 

「・・・どうして邪魔をする。私は貴方達の悲願を達成させてあげようと言うのに」

「その問いには、こう答えよう・・・余計なことをするな小娘」

 

 

デュナミスの身体が、漆黒の装甲に覆われて行きます。

アレは、デュナミスの戦闘態勢(バトルモード)。

・・・<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>に、挑むつもりですか・・・。

 

 

「我々は世界を救うために、長い時間を費やしてきた。最後に出てきてデカイ面をするんじゃない」

「・・・子供のダダですね、見苦しい・・・」

「言いたければ言え、笑いたければ笑え。だが私にも悪の秘密組織の大幹部としての、矜持(プライド)がある。これまで散って行った仲間、そしてこれから先に生まれるだろう仲間のため・・・」

 

 

人形は人形師には逆らえない。

無駄なあがきです。

 

 

「私は、お前を倒す!」

「ならば、貴方も消え去るが良い・・・!」

 

 

私の、お父様の邪魔をする者は。

誰であろうと、排除します!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

『ブリュンヒルデ』は「墓守り人の宮殿」の最下層、歴代の王族のお墓があると言う場所に繋がる「無限階段」の一番下の地点に強行着陸しました。

格納庫が開き、兵士の方々と一緒に外に出ます。

 

 

「おお、アリアか」

「・・・大丈夫?」

 

 

そこにはすでに、エヴァさんとフェイトさんがいました。

2人とも煤に塗れていて・・・外にいたので、モロに衝撃を受けたのかもしれません。

それでも、怪我らしい怪我が無いのは、流石と言うべきでしょうか。

私は2人に「大丈夫」と答えると、シャオリーさんに前進するように伝えました。

 

 

私の横を通り過ぎて行く兵士の方々を横目に、私は艦橋と通信回線を繋ぎます。

そこには、クルトおじ様がおります。

 

 

『・・・艦体に少し損傷があります。20分ほど頂きたいですね』

「わかりました。工作班をいくらか置いて行きますので、私達が戻るまでにどうにか・・・」

『仰せのままに・・・陛下もお気をつけて。アリア様の座乗艦は、我々が死守いたしますれば』

 

 

クルトおじ様の言葉に頷くと、通信を切ります。

その時、上からしゅたっと降りてきたのは・・・真名さんです。

・・・何故か、姿がかなり変わっています。羽根が生えてますし。

私の右眼には、真名さんの身体の構造その物が変わっているように映っています。

 

 

「・・・イメチェンですか?」

「そんな所さ、アリア先生。夏休みだし、校則には違反していないだろ?」

 

 

麻帆良の校則は、あって無いような物ですからね。

えっと、じゃあ研究班と千草さん達と一緒に、先に進みましょうか。

露払いは、シャオリーさんの近衛騎士団や親衛隊がやってくれるでしょうし・・・。

 

 

「ひゃっ・・・」

「・・・足元が危ないので」

 

 

茶々丸さんが後ろから私を抱きあげて、カムイさんの背中に乗せてくれました。

いや、まぁ、この方が確かに早いかもですけど。

 

 

「何者だっ!」

 

 

その時、前方からシャオリーさんの声が聞こえました。

その瞬間、エヴァさんとフェイトさんが私の前を、そして左右を茶々丸さんと田中さんが固めてくれました。加えて、後ろは真名さんがガードしてくれています。

そして何故か、私の頭の上にチャチャゼロさんが・・・いつの間に。

嬉しいのですが、固め過ぎてかえって動けないのですけども・・・。

 

 

「動くな、止まれ!」

 

 

高まる緊張感、何事かと思い、前を見てみると・・・。

・・・え?

 

 

そこにいたのは、一人の女の子。

褐色の肌に、顔には常にサーカスのピエロのメイク。

麻帆良学園女子中等部の制服を身に着けた、細い身体。

所属クラス、3-A・・・つまり、私の生徒。

 

 

彼女は私を見つけると、薄い笑みを浮かべました。

 

 

「・・・こんにちは、アリア先生・・・」

「ざ・・・ザジ、さん?」

 

 

出席番号、31番。

ザジ・レイニーデイさんが、そこにいました。

 




アリア:
アリアです(ぺこり)。
今回は、「墓守り人の宮殿」に突入するまでのお話でした。
なので、私よりも軍人さんの方が目立っていたかもしれませんね。
それにしても・・・ザジさんが何故ここに?
人間じゃないなーとは思ってましたけど、でも何故?


なお、作中で登場した艦の名前などは、伸様、黒鷹様より頂戴しました。
ありがとうございます。


アリア:
それでは次回は、VSザジさん・・・え、いやいや、生徒と戦えるわけないでしょう!?
あ、ちょ、エヴァさん待って、真名さんも銃をしまって!
これは罠だって・・・いやでも、話を聞いてみましょうよ!?
そ、それでは、またお会いしましょう。


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第19話「矜持と、脱落と、あとポヨと」

Side リン・ガランド

 

公国の宰相から、石化した旧世界の住人を救ってほしいとの依頼を受けた。

もちろん、私もクレイグ達と一緒に『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントス)』の難関ダンジョンに潜っている。

あのまま捕まって殺されるよりも、ダンジョンでトラップ踏んで死ぬ方がマシ・・・。

 

 

「・・・とは言っても、死にたいわけじゃないから」

「そうよクリス、だからふざけちゃダメよ」

「僕がいつふざけたって言うのさ、アイシャ」

 

 

不満気に頬を膨らませながら、クリスがダンジョンの壁を調べ始める。

行き止まりになっているのだけど、隠し扉があることがわかっている。

 

 

「うーん、僕ら賞金首を狩るのが仕事だからさ、こう言うダンジョンにはあまり来ないんだよね」

「ふーん、『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』にはダンジョン担当の部門とか無いのか?」

「あるにはあるんだけど、まー、専門じゃなくてさ」

 

 

クレイグはクレイグで、骸骨魔族のモルボルグランさんと話してる。

あっちのグループの人達は、私達よりもずっと強く、戦い慣れてる。

流石に、シルチス亜大陸で名を上げている人達は違う。

特にリーダーのザイツェフさんは、昨年のオスティア記念祭の拳闘大会で準優勝している猛者。

 

 

・・・頼りになる、と思う。

ただ、一人だけ・・・。

 

 

「モフフッ、モッフフー♪」

 

 

・・・パイオ・ツゥさん、だったか。

恰幅の良い身体に、三角帽子と黒衣で全身を覆ってる。

性別は良く分からないけど、私やアイシャを見る目が何と言うか・・・いやらしい。

身の危険を感じる、結構切実に。

 

 

「よーし、開いたよー!」

「おっ、マジかクリス」

「流石に専門家だな、罠の解除もお手の物か」

「へっへへーっ」

 

 

クレイグとザイツェフさんの言葉に、クリスが照れたように笑う。

そして、ゴゴゴゴッ・・・と、壁がせり上がった先に・・・。

 

 

大きな岩が、鎮座していた。

・・・ありがちなトラップ。

 

 

「・・・は・・・」

 

 

そのトラップの大岩が、私達の方に向かって転がり始める!

ちなみに一本道、かつ下り坂。

まさに、大きな岩を転がすために作られた道。

 

 

「走れえぇぇ――――――――っ!!」

「ああ、もう、クリスのバカ!」

「僕のせいじゃないでしょ、コレは!」

「ふ・・・安心しろ皆! この『黄昏のザイツェフ』様は、あと2回の変身を残している・・・!」

「じゃあ、今すぐに見せてよ!」

「今はまだその時ではない!」

「じゃあ、何で言ったのよ!?」

 

 

ギャーギャーと騒ぎながら、私達は全速力で駆け出した。

最後尾を走りながら、私は思う。

このメンバーは、やっぱり面白い、と。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

構えた銃を下ろすような真似はしない。

銃口は確実に相手を捉えているし、引き金に指もかけている。

だが、私だって驚くことはある。

 

 

「バカな・・・ザジ、ザジ・レイニーデイだと・・・?」

「ザジさん・・・どうして」

 

 

私だけでなく、アリア先生も驚いているようだ。

当然だろう、こんな場所で旧世界にいるはずの生徒と再会したのだから。

そんな私達を見て、ザジが笑みを浮かべる。

瞬間、私は引き金を引いていた。

 

 

身体が反応した。

傭兵としての直感が、私にそうさせた。

 

 

「え、ちょっ・・・真名さん!?」

 

 

アリア先生の声、だがその心配は杞憂に終わる。

私の撃った銃弾はザジの身体に届くこと無く、何かに掴まれたように途中で止まり、地面に転がった。

半魔族(ハーフ)と化した今の私には、銃弾を掴んだ物を知覚することができる。

 

 

「シャオリー!」

「・・・はぁっ!」

 

 

私に半歩遅れて、シャオリーが反応した。

私自身は瞬動でザジの背後に回り込み、腕を掴んで彼女を拘束する。

腹部にシャオリーの剣、後頭部に私の銃。

・・・加えて、エヴァンジェリンが魔力の剣をザジの首に突き付けていた。

 

 

「動けば」

「斬る」

 

 

私とシャオリーがそう言っても、ザジの顔には笑みが浮かんでいる。

この程度、何でも無いかのように・・・。

そんなザジに対して、エヴァンジェリンが不快気な表情を浮かべる。

 

 

「何故、私達のクラスメートを騙る? 何が目的だ?」

 

 

エヴァンジェリンの言葉に、ザジは答えない。

その代わりに、横にいたシャオリーを吹き飛ばした。

常人には見えなかっただろうが、今の私には視える。

何かの腕のような物が、シャオリーを投げ飛ばした・・・壁に叩きつけられて、シャオリーが床に沈む。

 

 

コンッ・・・と、突然、私の銃が弾かれた。

瞬間的にザジから距離を取り、その「腕」から逃れる。

何だ・・・ザジの正体が掴めない。

 

 

「・・・その程度か、小娘」

「小娘と呼ばれる程、若くは無いポヨ」

 

 

ただ一人、エヴァンジェリンだけはその場に留まっている。

ザジとエヴァンジェリンの間で、何かが凌ぎを削っているかのような火花が散っている。

細かい金属が高速で打ち合うような音が響く。

 

 

カ、カカカ、カキッ、カキキキッ、キィンッ・・・!

 

 

次の瞬間、2人の姿が消えた。

天井が爆発したかと思えば、左右の壁面に2人の姿が一瞬だけ現れる。

金と銀の閃光が空中で2度、3度と交錯し、数瞬遅れて衝撃が空間を震わせる。

それは常人には見ることもできない程の、超高速下で行われる戦闘だった。

魔眼が無ければ、私にも見えなかっただろう。

 

 

「しぃっ!」

「ポ!」

 

 

最後に一度、ゴゥンッ、という大きな音を立てて、2人は空中で衝突した。

閃光と、衝撃・・・無限階段の一部を破壊して、それは収まった。

数秒後、ほとんど無傷の2人が地面に降りてくる。

エヴァンジェリンはアリア先生の前に、ザジは元の位置に。

 

 

「・・・私は、キミを止めに来たんだ・・・ポヨ」

「ポ、ポヨ?」

「耳を貸す必要は無い、戯言だ」

 

 

エヴァンジェリンが面倒そうにそう言うが、当のアリア先生はまだ混乱していた。

そのアリア先生に、ザジはさらに言葉を投げかける。

 

 

「キミは、間違っているポヨ。今やキミは・・・危険な存在ポヨ!」

 

 

そして、ザジの身体から膨大な魔力が溢れ出す。

ザジの足元の岩に罅が入り、ザジを中心に魔力の風が吹き荒れる・・・!

 

 

ザジ・レイニーデイが一般人で無いことは、特に驚くべきことじゃない。

吸血鬼に未来人、ロボットがいるようなクラスだ、むしろ全員が人間で無かったとしても納得する。

だが、この膨大な魔力、圧迫感・・・とてもあのザジ本人の物とは思えない。

何者だ・・・この女。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ザジさんがこれほど強いとは、驚きました。

私の右眼がザジさんを視ていますが、確実に人間ではありません。

ザジさんの身体から溢れ出る魔力は、私の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』を活性化させる程です。

 

 

ただ麻帆良で視たザジさんとは、どこか違うような気もします。

しかし、姿はザジさんですし・・・。

 

 

「私は、キミを止めに来たんだポヨ」

「私を、止めに・・・?」

「そうポヨ・・・生徒のお願い、聞いてはくれないかポヨ?」

 

 

首を傾げて、可愛らしく言うザジさん。

それは、まぁ、聞けるなら聞いてあげたいですけど・・・。

 

 

「騙されるな先生! そいつがザジであるはずが無い! これは罠だ!」

 

 

真名さんがそう言います。

周りの人達も、唐突な展開に、様子見以上のことができないでいます。

 

 

「何や・・・アリアのねーちゃんの知り合いか?」

「まぁ、知り合いと言うか何と言うか・・・」

 

 

少し離れた場所からの小太郎さんの問いかけに、曖昧に答えます。

カムイさんの背に乗っている私は、他の方よりも高い位置からザジさんを見ているのですが・・・。

その時、事態を静観していたフェイトさんが、私の前に立ちました。

左手をザジさんに向けて、掲げて・・・。

 

 

「・・・いつでも良いよ、アリア。ここにいるのは全員、キミの味方だ、あんなのは敵じゃない・・・」

 

 

フェイトさんのその言葉に、周囲の兵士の方々がようやく動きました。

ザジさんを包囲しつつ、その輪をジリジリと狭めて行きます。

私の命令があれば、一斉にザジさんを攻撃するでしょう。

でも・・・。

 

 

「・・・残念だポヨ、フェイト」

「キミに名前を教えた記憶は無いのだけれど」

「キミは知らなくとも、私は知っているポヨ。キミはこれまで、最も犠牲の少ない道を歩んでいたはずポヨに、残念だポヨ・・・」

「キミが僕をどう思おうと、僕にとってはどうでも良いことだ」

「珍しく意見が合ったな、若造」

 

 

エヴァさんがフェイトさんよりもさらに前に出て、右手を掲げます。

その手には、魔力で構成された剣が。

ザジさんは自分の周りを見た後、改めて私を見ました。

 

 

「・・・もう一度聞くポヨ、どうしても『リライト』を止めるポヨか?」

「止めます。少なくとも今は」

 

 

それは、すでに答えが決まっていることです。

 

 

「・・・その先に、あの超鈴音が止めようとした未来があるのだとしても?」

「どう言うことでしょうか、ザジさん」

 

 

超さんの名前に反応したのは、茶々丸さんです。

まさかここで、生みの親の名を聞くとは思わなかったのでしょう。

私も胸に手を当てて・・・懐にあるカードの感触を確かめます。

・・・超さんがいた、未来。

 

 

「それでも、止めるポヨか?」

「止めます」

 

 

それでも、私は迷い無く答えます。

ここで『リライト』を容認するくらいなら、最初から来ませんでしたよ。

 

 

アリアドネーの人達、新オスティアの人達、魔法世界の人達・・・。

全員を助けたいなんて思わない。

だけど、消えてほしく無い人達がいるんです。

だから・・・止めます。

 

 

「・・・そうポヨか、仕方が無いポヨ」

 

 

私の答えに、ザジさんが溜息を吐きます。

そしてザジさんは、スカートのポケットから一枚のカードを取り出した。

アレは、パクティオーカード・・・!

 

 

「・・・アーティファクト・・・」

「アリアッ、下がっ・・・!」

 

 

エヴァさんがそう叫んで、前に飛び出そうとします。

でも、それよりも早く、ザジさんが・・・。

 

 

光が、私達を包み込みました。

 

 

「『幻灯(げんとう)のサーカス』」

 

 

 

 

 

Side 千草

 

い、今、何が起こったんや!?

何や光ったと思ったら、皆がバタバタ倒れよった。

アリアはんらも、そして関西の連中も、全員。

まるで、眠るみたいに・・・。

 

 

「くっ・・・コタロッ、目ぇ覚ましや!」

 

 

とりあえず月詠の頭を膝に乗せて、そんで小太郎の頭をペシペシと叩いてみる。

せやけど、小太郎はまったく目を覚まさへんかった。

怪我も無いし、ただ寝とるだけや・・・麻帆良でも、アリアはんが似たようなことをしとったけど。

 

 

通信機を使って、艦の中のクルト宰相代理に連絡を取ろうとしたけど・・・繋がらへん!

・・・中の連中も、やられたんかいな!?

 

 

「無駄ポヨ、満たされぬ思いが大きい程、心の飢えが多い程、この術からは逃れられないポヨ」

「・・・っ、何やて・・・!」

「この甘美な夢、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』からは」

 

 

ポヨポヨ言うとる女の子が、うちの目の前に降りてきた。

・・・何や、それ。

そんな、けったいな術があってたまるかいな・・・!

と言うか、何でうちは無事なんや?

 

 

「この術はその特性上、リア充には効きにくいポヨ」

「は?」

 

 

リア充って、アレか、現実の生活が充実しとるってことかいな。

・・・んな、アホな!?

うちほど現実逃避したい思うてる人間は、そうはおらんで!?

 

 

親の仇はいつまで経っても見つからんし、小太郎は毎日何かやらかすし、月詠はええ加減夜中に刀研ぐのやめぇ言うても聞かんし、関西の連中は一癖も二癖もあって面倒やし!

むしろ現実のあまりの辛さに、日々涙を堪え歯を食いしばりながら生きとるんやで!?

この世界の関西呪術協会の財政基盤も安定せぇへんしなぁ!

 

 

「と、思っていたのは自分だけで、意外に人生充実してたんじゃ無いポヨか?」

「んなワケあるかぁっ!!」

 

 

いや、そら、親の仇に対する漠然とした復讐心も、最近はあんま感じひんし・・・。

小太郎はええ子やし、月詠は可愛ぇし、関西の連中も頑張ってくれとるし。

・・・いやいやいや。

 

 

「安心するポヨ」

 

 

シャキンッ、とその子の両手の爪が伸びて、10本のナイフみたいになった。

反射的に袖に手を入れて、札を掴む。

うちの連中に、手は出させへんで・・・!

 

 

「力尽くで突き落とす・・・と言う手もあるポヨ」

「へぇ、面白いね」

「・・・!」

 

 

いきなり、黒服のロボットがうちの前に落ちてきた。

そのロボットは床石を砕きながら、立っとる。

 

 

「田中はん!?」

「兵装選択・障壁破壊砲『ドア・ノッカー』展開シマス」

 

 

ガションッ、プシューッて音を立てて、田中はんの右の手首が折れる。

うちの位置からは見えへんけど、そこからは、何や大きな銃みたいなんが出てきとる気がする。

な、何や、随分と物騒な気がするえ。

 

 

「所詮、紛い物だ。本物の術は肉体ごと異界に取りこみ、永遠を与える」

「ふぇ・・・フェイトはんも!?」

 

 

振り向くと、アリアはんを両手で抱き抱えたフェイトはんがおった。

さらにフェイトはんの後ろから、灰銀色の狼が出てくる。

何や・・・うちだけやなかったんやな。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

僕はすでに、アーウェルンクスとしての役目を解除されている。

けれど、アーウェルンクスとしての能力は何一つ失っていない。

だから僕に、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は効かない。

 

 

「フェイトはん・・・無事やったんか」

「まぁね」

 

 

千草さんとこうして話すのは、京都以来かな。

まぁ、今は別に旧交を温め合う時じゃないけどね。

千草さんの隣で、灰銀色の狼が身体を丸めた。

確か、カムイと言う名前だったと思う。不思議な力を感じる狼だ。

 

 

ふと、僕は腕の中に抱いたアリアを見る。

レプリカとは言え、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に取りこまれてしまったのだろう。

安らかな寝顔だった。

心地良い重み・・・このまま、連れて行くのも悪くないと思ってしまう。

 

 

・・・キミの夢に、僕はいるのだろうか?

 

 

「千草さん、頼めるかな」

「は? ・・・ああ、そう言うことか・・・」

 

 

灰銀色の身体にもたれさせるようにして、アリアの身体を横たえる。

顔にかかっている髪を、片手で払う。

僕の指が髪に触れると、アリアは少し身じろぎした。

・・・『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の無垢なる楽園から、独力で戻るのは難しい。

アーティファクトによるレプリカとは言え、その拘束力は強固だ。

 

 

そもそも、簡単に破られては困るわけだからね。

まぁ、今回の場合は・・・ある条件下でなら、外から破れる。

 

 

「・・・さて、やろうか」

「援護シマス」

「好きにしなよ」

 

 

黒いロボット、田中君にそう答えて、僕はザジとか言う魔族の少女の前に立つ。

彼女は、冷たい瞳で僕のことを見ている。

 

 

「皮肉ポヨね、フェイト」

「・・・何がだい」

「この計画を完遂させるはずだったキミが、まさか『リライト』を止めに来るとは」

「・・・まぁ、思う所が無いわけじゃ無いよ」

 

 

実際、つい先日までは僕が計画を主導していたわけだからね。

それを今になって止めに行くと言うのも、虫の良い話だとは思う。

・・・それでも。

 

 

「僕のアリアが、それを望むなら」

 

 

世界を救う方法が、他にもあるのかはわからない。

やはり無ければ、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に頼ることになるのかもしれない。

けれど今は、彼女が望むままに。

誰よりも我儘な、アリアのために。

 

 

「・・・やれやれポヨポヨ」

 

 

ザジは、どこか失望したような声音でそう言った。

その目には、今度は怒りの色が見える。

 

 

身体からはさらに魔力が溢れ、ザジの背後に巨大な魔法陣が展開される。

そこから現れたのは、蟹のような、蜘蛛のような、蠍のような、黒い何か。

アレが、ザジの本体なのか、それとも一部なのか・・・。

ザジ自身の身体も変化し、角と黒い翼が生えてきた。

 

 

「よりにもよって、女ポヨか。所詮は人形、引き合う魂には逆らえなかったポヨね」

「さぁ・・・意味がわからないね」

 

 

ズズズ・・・と、『千刃黒曜剣』の刃を周囲に展開しながら、僕はザジと向き合う。

 

 

「キミを倒して、術を解かせてもらうよ」

「できるポヨか?」

「やるさ」

 

 

アリアが、それを望むなら。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「圧倒的じゃな・・・敵軍は」

 

 

そう感心したくなるほどに、妾達の状況は不味かった。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』の前に、我が帝国軍は防戦一方じゃった。

この艦、『インペリアルシップ』周辺だけは、ジャックのおかげで比較的安全地帯なのじゃが・・・。

 

 

しかし他の空域の艦隊は、かなり不味い。

開戦当初、100隻を超えていたはずの我が艦隊は、すでに40%の損失を出しておる。

沈んだ艦は少ないが、無人になる艦も出ておるからの・・・!

帝国軍に、「人間」は皆無に等しい。

 

 

「グラビーナ提督の分艦隊が沈黙っ!」

「右翼艦隊、陣形を保てません!」

「各艦から、人員の補充要請が殺到しています! 捌き切れません!」

「泣き事を言うでない!」

 

 

艦橋のオペレーターの絶叫に、妾は怒鳴り声で応じる。

しかし、気持ちはわかる。

入って来る報告は悪い内容ばかりで、気が滅入る。

じゃが、ここで引くこともできない。

 

 

「ええいっ、撃てっ! 全艦、主砲斉射3連!」

 

 

ほどなくして、100発以上の精霊砲が放たれる。

それで敵の一部を薙ぎ払うことができた。

じゃが、やはり。

 

 

「数で、圧倒されるか・・・」

 

 

一部を潰しても、またすぐに別の集団が穴を埋める。

40万・・・その数字は、思ったよりも重く、妾達の上に圧し掛かってきておるようじゃ。

 

 

まるで、魚の生簀に放り込まれたエサの気分じゃ。

戦力比は、ざっと一対二千。

消耗戦になれば、こちらが不利なのは明白じゃ。

しかも、向こうには『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』がある。

 

 

『テオドラ殿下』

「おお・・・コリングウッド提督、そちらはどんな様子じゃ?」

『ダメですねぇ・・・そう長くは持たないでしょう』

 

 

通信画面に現れたのは、ウェスペルタティア艦隊の黒髪の提督。

帝国艦隊の内側で、旧王都への侵入口付近を防御しておるのじゃが。

 

 

「勝機は、あると思うかの?」

『無いでしょうね。ここまで来れば、できることは何もありません・・・まぁ、希望はあると思いたいですがね』

「希望か・・・」

 

 

アリカの娘が中に突入して、そろそろ1時間じゃ。

『リライト』発動までの時間も、おそらくは少ない。

・・・頼るしか、無いのか。

 

 

「・・・進歩が無いの、我ながら・・・」

 

 

20年前は、15歳のナギに頼った。

そして今は、10歳の子供に世界を救ってもらおうと言う。

本当に、進歩が無いの・・・。

 

 

 

 

 

Side コレット

 

「さぁ、しっかり私達に捕まっているんですよ!」

「お父さんとお母さんには、後で絶対に会えるからね!」

 

 

私と委員長の言葉に、子供達が不安そうに、だけどしっかりと返事をする。

私達は、リゾートエリアの避難所にいた人達を移動させる手伝いをしてる。

ホテル街は、ほとんど召喚魔に占拠されちゃったから、無事な人を他の避難所に移動させないと、危ないんだって。

でも人が多くて、1度には移動させられない・・・だから、最初は子供。

 

 

私達がいたホテルにいる負傷者の搬送もあるんだけど、そっちにはサヨとフォン・カッツェさん、デュ・シャさんがいる。

 

 

「準備は良いですか?」

「うん、大丈夫」

 

 

前と後ろに子供を一人ずつ抱えたベアトリクスの言葉に、私は頷きで答える。

私と委員長も、2人ずつ子供を抱えてる。

合わせて6人の子供を預かってる。

はは、6人だって、少ないね・・・いろんな意味で、重いけど。

 

 

「良し、行け!」

「はい!」

 

 

大人の騎士の人が合図すると、私達は子供を抱えて、建物の陰に隠れながら走る。

そう遠く無い場所から、砲撃や声が聞こえる。

私達の周りにも、10人ぐらいのアリアドネーの騎士が護衛についてくれてる。

まぁ、私達だけじゃ無理だろうしね。

でも、戦場が近いんだ・・・不安なのか、泣きべそをかいてる子供もいる。

 

 

・・・ちゃんと送り届けて見せる、絶対。

私がそう思った、その時。

 

 

「・・・! 道を変えろ! 敵が・・・」

 

 

地面を走る私達のずっと前を飛んでいた騎士の人が、ボッて音を立てて消えちゃった。

花弁みたいな物が残って・・・消えなかった箒が、地面に落ちる。

まただ、また人が消えた。

いったい、どんな魔法なの・・・?

魔法世界人は、<鍵>持ちを見たら逃げろって命令されてるけど。

 

 

「アドリス、ジル、囮になれ! 見習い共から奴らの目を逸らすぞ!」

「「了解!」」

「セブンシープ! 左の小路から通りを抜けろ! カタリナ、3人程連れて護衛を続けろ!」

 

 

めまぐるしく指示が出される内に、私達は路地裏に押し込められてしまう。

反論も意見もしてる暇が無い。

子供達の泣き声が響く中、私と委員長、それにベアトリクスは、必死に路地裏を走った。

 

 

「戦乙女騎士団を甘く見るなよ、この鍵っ子どもが・・・!」

 

 

剣戟の音、戦いの音、先輩達の怒声を背中に聞きながら・・・。

私達は、必死で走った。

絶対、この子達を安全な場所まで送り届けて見せるんだから・・・!

 

 

 

 

 

Side 調

 

アーティファクト、『狂気の堤琴(フィディクラ・ルナーティカ)』。

特殊な音波を発することで、純粋な物理攻撃を行うことができます。

形はバイオリンですが、私は楽器は弾けません。

ギギィッ・・・と言う嫌な音と共に、衝撃波が敵を襲います。

 

 

「『救憐唱(キリエ)』!」

 

 

ドズッ・・・と、救急用に徴用されているホテルの壁が、小さな爆発と共に吹き飛びます。

正直、ホテルの経営者に対して胸が痛みますが、仕方がありません。

敵の召喚魔が、ホテル内にまで侵入しているとあっては・・・。

リゾートエリアから民間人の退避が終わるまでは、持ち堪えなければ。

 

 

「<鍵>持ちが出たぞ!」

 

 

ロビーで戦っていたアリアドネーの騎士の一人が、そう叫びました。

魔法世界人では勝てない<鍵>持ち・・・『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちの召喚魔。

残念ながら、私にもどうすることもできません。

 

 

魔法世界人は、絶対に勝てない。

アレは、そう言う物です。

 

 

「ちぇりお―――――――っ!」

 

 

逆にいえば、魔法世界人でなければ、アレはそれほど脅威ではありません。

例えば、旧世界出身のスクナ様であれば、片手で潰せるほどに。

グシャッ・・・と音を立てて、『動く石像(ガーゴイル)』が頭を潰されて消える。

 

 

「はぁ~・・・これじゃ、ゆっくり治療もできないぞ!」

「そうですね・・・」

 

 

黒髪に、黒の瞳・・・スクナ様。

この方の傍にいると、何故か安心できます。

大地と木の精霊に愛されている私が、スクナ様の持つ気配に、安心感を抱くとは・・・。

フェイト様のことはもちろんお慕いしていますが、それとは違う気持ちを感じます。

 

 

「ダメだ、突破されるぞ!」

 

 

その時、ホテルの正面入り口のバリケードを突破してきた召喚魔の群れが、大挙してロビーに侵入してきました。

チャ・・・と、『狂気の堤琴(フィディクラ・ルナーティカ)』を構え直します。

 

 

「『救憐唱(カントゥス・エレーモシュネース)』!!」

 

 

敵の小集団に対し、全方位攻撃を仕掛ける。

間髪入れずに『救憐唱(キリエ)』を連続で放ち、間断なく小爆発で召喚魔を潰していきます。

しかし、やはり『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちには通じず・・・。

 

 

「スクナに任せろ!」

 

 

スクナ様がズンッ・・・と床を踏むと、周辺の大地と木の精霊が活性化するのを感じました。

大理石の床を突き破って、大きな木の根が何本も出現します。

先端が槍のように尖ったそれらが、無数の召喚魔を貫き、消滅させていきます。

凄い・・・けど、敵の数が多すぎます・・・っ。

キュキュキュキュッ・・・と、『狂気の堤琴(フィディクラ・ルナーティカ)』を奏で続けます。

 

 

「皆さん、上の階に撤退してください! ・・・すーちゃん達も!」

 

 

その時、2階からアリアドネーの騎士の方がそう言うのが聞こえました。

先程スクナ様と一緒にいた、サヨさんと言う方ですね。

撤退・・・撤退ですか、そうすべきなのはわかりますが。

 

 

撤退こそ、至難の技かと・・・!

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「サヨ! 撤退命令ニャよ!」

「わかってます! でもまだ一階の人達が・・・!」

 

 

1階と2階、3階の負傷者の人達は、何とか4階より上に運び終えました。

今は、5階に運んでる最中だと思います。

だから防衛線を少し下げて、2階を主戦場にとの指示が出てるんだけど・・・。

・・・分断されてる、敵の数が多すぎるんだ。

 

 

「すーちゃん!」

「わかったぞ!」

 

 

すーちゃんにもう一度呼びかける。

すると、すーちゃんは隣で戦っていた髪の長い女の子をお姫様抱っこして、2階に向けて駆け出した。

その後ろを、たくさんの召喚魔が追いかけてくる。

 

 

「まだ退却できていない奴がいる! 援護しろ!」

「「了解」」

 

 

2階に残っていた大人の騎士の方々が、階下に向けて魔法の矢を撃ち込んでくれます。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちには効かないけど、それでも十分な援護。

1階に残っていた人達が、次々階段に到達していく。

 

 

「おい見習い、彼氏が浮気しないか心配なのはわかるが、さっさと上に行け」

「ちょ、変なこと言わないでください!」

 

 

と言うか、何で皆知ってるんですか!?

うう、皆に笑われて、凄く恥ずかしいです・・・。

 

 

「サヨ、行くニャよ!」

「あと、先輩方に教えたの私らだから!」

「え、そうなんですか!?」

 

 

会話はふざけてるけど、行動は凄く真剣です。

3階へ続く階段の方に駆け出して、上に行こうとします。

でも、その時・・・。

 

 

ボンッ・・・。

 

 

「なっ・・・!」

「・・・デュ・シャさん!?」

 

 

床下から転移してきた『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちの召喚魔が、デュ・シャさんの右足を撃ち抜きました。

桜の花弁みたいなのが舞って、デュ・シャさんが倒れます。

 

 

「く・・・カッツェさん! デュ・シャさんを連れて上に!」

「サヨはどうするニャ!?」

「私は『人間』だから大丈夫です!」

 

 

そう叫んで、『装剣(メー・アルメット)』!

長剣を召喚魔に振り下ろします。

ガギンッと剣と<鍵>が打ち合って・・・ここ!

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾(セリエス)・氷の11矢(グラキアーリス)』!」

 

 

召喚魔の眼前に手をかざして、零距離で魔法を撃つ。

これで・・・!

 

 

バスンッ・・・!

 

 

・・・私の魔法が、打ち消されました。

 

 

「なっ・・・!?」

 

 

次いで、かざした手がボンッ・・・と音を立てて分解されました。

血は流れません、ただ、花弁のような物が・・・。

続いて、お腹と右足に同じ衝撃を感じました。

何で・・・『人間』には通じないはずじゃ。

 

 

 

『一緒に修学旅行、行けるといいですね』

『リハビリも含めて、まだかかるからな・・・微妙だな』

 

 

 

その時、脳裏にアリア先生とエヴァさんの声が甦りました。

アレは、確か・・・まだ私が身体を動かせなくて、意識だけ定着してた頃の会話。

あ・・・。

 

 

私の身体、ホムンクルス。

 

 

人間に限りなく近いけど、人間じゃ無い。

それに材料は、魔法世界産って・・・。

魔法世界の物は、魔法世界と同じ成分でできてる。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』は、魔法世界の構成物質を消す・・・。

 

 

視界が、スローモーションで・・・床が、ゆっくりと近付いてきます。

ゆっくりと回転する視界の中に、すーちゃんの顔があったような気がする。

・・・すーちゃん、ごめ

 

 

 

 

 

Side 美空

 

や、やべええぇっス・・・!

B級映画みたいなピンチだよコレ・・・!

 

 

「押し返せ! 扉を破られるぞ・・・!」

「もっとバリケードになるような物を持って来なさいよ!」

「無理を言わないで! 一人でも動けば即アウトッ・・・!」

 

 

隣で、アーニャさんとロバートさんが騒いでる。

高音さんなんか、影まで総動員してる。

まぁ、状況は簡単。

 

 

①敵が来る。

②大人達に避難所の奥の部屋に押し込められる。ちなみに子供だけ、20人くらい?

③つまり大人はいない、全員が扉の外。やられたっぽい。

④敵が扉を破りそうな感じ(今ここ)。

・・・まぁ、こんな所。

つまり、この扉を破られると私達が凄くB級映画なことに・・・!

 

 

「バイオハザ○ドみたいなことにはなりたくないっス・・・!」

「ミソラ、エイリ○ンかもしれないゾ」

「どっちでも嫌だあああぁぁぁ・・・!」

「・・・案外、余裕がありそうね?」

「ほ、本当ですね・・・」

 

 

部屋の隅で赤ちゃんを抱っこしたシオンさんと佐倉さんが、呆れたようにこっちを見る。

まぁね、私が不安がってたらそっちにいる3歳児とかが不安がるでしょって、ゴメン嘘!

マジで怖い、こんなことならもっと早く逃げてりゃ良かった・・・!

今からでも遅くは無いってんで、アーティファクトの靴は装備してるけどね。

 

 

「ちょ、ちょっとコレ、ヤバいかもね・・・!」

「諦めるんじゃねええぇぇ・・・っ!」

 

 

ロバートさんとアーニャさんも頑張ってるけど、もう無理そう・・・。

シスターはどうなったのかな、外で戦ってるんだよね?

やれれてなんて、無いよね?

いつも通り、怒りながら助けに来てくれるよね?

 

 

叱られてる時は、あんなに鬱陶しかったのに。

どうしてだろ、今はあの人の叱る声が聞きたいよ・・・!

 

 

「・・・クル」

「ヘ?」

 

 

突然ココネが、私を突き飛ばした。

そんなに大した力じゃ無くて、2mくらい、たたらを踏む程度。

だけどその直後、天井が崩れてきた。

ズズンッ・・・と落ちてきた天井の梁が、私がいた場所に落ちてきた・・・。

 

 

「あっぶね・・・っ」

「ちょ、離しなさいよ!」

 

 

ロバートさんがアーニャさんを抱えて、飛び出してくるのが見えた。

高音さんも、影でガードしたみたいだけど・・・。

ココネは?

 

 

「・・・ミソラ」

 

 

どこかホッとしたような、ココネの声。

どこ、どこに・・・!

 

 

ボンッ。

 

 

乾いた、間抜けな音がした。

すると瓦礫の下から、花弁みたいなのが飛んで・・・アーティファクトが消えた。

え、ちょ!?

慌ててカードを取り出して、再装着・・・できなかった。

 

 

あるべき数字と文字が、そのカードには無かった。

カードが、「死んで」た。

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

嘘。

ココネ。

ココネ・・・ココネ?

 

 

え、コレ、何、嘘。

 

 

瓦礫の下から、ズブズブと石像みたいな召喚魔が出てきた。

ロバートさんとか、高音さんが何か言ってるけど、良く聞こえない。

 

 

ココネ・・・?

嘘、何で、コレ、え、ちょ・・・嘘?

ココネ、だってあの子、え、私を庇って・・・何で、私が守らなきゃいけないのに。

魔法世界が故郷だって、帝国・・・でもそんな、え、ココネ・・・ココネ、ココネ。

 

 

「春日さん!」

 

 

誰かの声、目の前に石像みたいなのが、鍵みたいなのを振り上げて。

誰、誰が、誰が、ココネを。

 

 

・・・こいつ? こいつら、こいつら・・・よくも。

よくも、こいつら、コイツラ、こいつらああああぁぁぁ・・・っ。

 

 

「ぁぁあああぁあぁあああああぁあぁぁああああぁあぁあぁぁああぁあっっ!!」

 

 

ジャカッ・・・と、今までやったことが無いくらい真剣に、袖から両手に十字架を素早く落とす。

掌サイズのそれを、投げる。

鍵を振り上げてた召喚魔の額に当たって・・・・・・爆ぜろよっ!!

 

 

頭を、吹き飛ばしてやった。

そいつは消える。でも、まだ、まだいる。

後ろからゾロゾロと・・・!

 

 

シスターみたいに、両手に十字架を構えて。

ココネに貰った靴は履かずに。

 

 

「ココネエエエエエェェェェエェェ―――――――――ッッ!!」

 

 

逃げずに、突っ込んだ。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

何なのでしょう、この不愉快な気持ちは。

スペックも、魔力量も、私の方がはるかに上。

だと、言うのに。

 

 

「ぬううううぅぅぅんっっ!!」

 

 

だと、言うのに・・・何故、私が押されなければならない!?

デュナミスの影で作られた10本以上の腕が、高速で襲いかかってきます。

全て見える、かわせます、防げます。

なのに。

 

 

「むんむんむんむんむんむんむんむんむんむんっっ!!」

「こんのおおおぉぉぉぉ・・・っ!」

 

 

その全てが私を捉える。

私の多重高密度魔法障壁が一枚ずつ剥がされていく。

衝撃も威力も、私の身体にはまだ届かない。

 

 

ズンッ・・・その時、私の腹部にデュナミスの拳の一つが突き刺さる。

・・・障壁の上からでも、衝撃が・・・!

何かがせり上がって来るかのような感覚に、動きを一瞬止められてしまいます。

その私の身体を数本の腕で掴み上げると、デュナミスは私を投げ飛ばした。

 

 

「・・・調子に、乗るなぁっ!」

 

 

ギュンッ、と空中で体勢を立て直し、投げ飛ばされた先にあった柱に着地する。

着地した体勢のまま、顔を上げると・・・カカカッ、と3本ほどの黒い短剣が目の前に刺さった。

 

 

「『黒き(メラーン・カイ・)牢球(スファイリコン・デズモーテリオン))

 

 

それが、爆発する。

だけどこんな物、私には通じません。

消え去るが良い・・・!

 

 

「『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』!!」

 

 

爆発も影も飲み込んで、『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』が花弁を舞わせる。

デュナミスの右腕が吹き飛ぶ。

でも次の瞬間、失われた右腕を、影で疑似的に作り直し・・・!

 

 

「ガッ!?」

 

 

突然、デュナミスの左腕が背後から私を襲いました。

地面に転がり、それでも跳ね起きる。

見ると、デュナミスの左腕のあった場所が、細い影の糸のような物に解けていて。

遠距離攻撃・・・無駄なあがきを。

いい加減に・・・!

 

 

「消えなさい!!」

「絶対に断る!!」

「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろおおおおぉぉっっ!!」

「断る断る断る断る断る断る断る断る断る断る断る断る断るううううぅぅぅっっ!!」

 

 

近接戦。

左の拳で相手の連撃を捌く、鍵を剣のように振って影を切り裂く、デュナミスの10本の腕が同時に襲い掛かる、けれどそれを『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』で1本ずつ消滅させる。

それでも止まらない、不愉快極まる・・・!

 

 

打ち合う、撃ちあう、討ち合う。

果てしなく続くかと思われたそれは、唐突に終わりを迎えます。

 

 

ゴプッ・・・タタッ。

 

 

ガクンッ、と膝が崩れ落ちます。

口から、血が。私の身体が、限界を。

こんな時に・・・!

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

2番目(セクンドゥム)が、突然床に崩れ落ちた。

私の影の装甲も大半が剥がされ、障壁もほぼ破壊されてしまった。

だが、ここに来て・・・!

 

 

「勝機、見えたりっ!!」

 

 

ここに来て、最大のチャンスが巡ってきた。

私は残りの全ての影を左腕に集める・・・これが、最後の力だ。

 

 

その拳を、2番目(セクンドゥム)の頭に叩きつける。

床石が砕け、2番目(セクンドゥム)の小さな身体がめり込む。

そのまま蹴り上げ、左拳を強く、強く握りしめる。

 

 

「ぬぅんっ!?」

 

 

その時、私の左の脇腹のあたりに違和感を覚えた。

視界に花弁が舞う・・・撃たれたか!

空中の2番目(セクンドゥム)が、血を流しながらも私を睨みつけている。

 

 

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』。

<始まりの魔法使い>の使徒である我々は、魔法世界と同じ物質でできている。

『リライト』を受けた者は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に送られるが・・・。

魂の無い私達は、ただ消えるだけだ。

人形は、幻にも劣る。人形は夢を見ないからだ。

 

 

「それが・・・どうしたああああぁぁぁっ!!」

 

 

2番目(セクンドゥム)とて、『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』の力を十全に使いこなせているわけでは無い。

現にサウザンドマスターの息子とそのパートナーは、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の術を受けたにも関わらず、まだ現世に肉体を残している。

 

 

いや、今はそれも良い。

跳ぶ、そして拳を繰り出す。

それだけだ。

 

 

「ぬうううぅぅぅぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」

「・・・・・・つうぅあぁっ・・・・・・!」

 

 

ガガガガガガガガガガガガッ・・・と、ひたすらに拳を2番目(セクンドゥム)の身体に叩きこむ。

多層障壁を破り、そして。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リ「遅ぉいっ!」ル・・・!」

 

 

障壁の無い身体を直接掴み、空中から床に投げつける。

始動キーを途中で止め、ズンッ・・・と両足で2番目(セクンドゥム)の身体を踏みつけた。

衝撃が、祭壇を揺らす。2番目(セクンドゥム)の身体がのけぞる。

・・・奇妙な静けさが、場を包み込んだ。

 

 

「・・・ごふっ・・・・・・無駄ですよ・・・デュナミス」

「・・・かもしれんな」

 

 

・・・そう、確かに無駄かもしれんな。

だが、私には矜持(プライド)があり、覚悟があった。

20年前、いやそれよりも前から、私は多くの仲間と共に世界を守ると誓った。

恥を忍んで「死んだふり」をし、タカミチやゲーデルの追跡から逃れ続けた。

全ては我が主と、仲間と、そして悲願のため。

 

 

出戻りの貴様が我らの努力と犠牲の結果だけを手に入れるなど、どうして認められるだろう?

そうとも、認められるはずが無い。

無駄かどうかは、問題では無いのだから。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

次の瞬間、私の足元から<闇>が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

世界樹が発光した翌日・・・つまりは8月28日の朝、このちゃんは朝食は外でとろうと言いだした。

急に言う物だから、何かと思ったが・・・反対する理由も無かった。

なので、タナベさんとちび達も連れて「超包子」に向かった。

もちろん、ちび達はステルスモードだ。

 

 

「また急に、どうして外食ですぅ?」

「それ以前に、式神に食事を与える主人も珍しい気がしますー」

 

 

フヨフヨと浮きながら、「ちびアリア」と「ちびせつな」がそんな会話をしている。

まぁ・・・確かに。

と言うか、私は何故「ちびせつな」をそのままにしているのだろう・・・?

 

 

―――いらっしゃいませ―――

 

「四葉さん、おはようやえー」

「おはようございます、四葉さん」

 

―――おはようございます、6名様ですね、カウンター席へどうぞ―――

 

 

超鈴音がいなくなって以来、「超包子」は四葉さんが切り盛りしている。

四葉さんも大変だと思うが、以前よりも雰囲気が頼もしくなっている気がする。

 

 

「・・・い、今、あの女・・・ナチュラルにちびアリア達を人数に数えたですぅ・・・!」

「ス、ステルスは完璧なはずなのに・・・!」

「見えとるんやろか・・・?」

「理解デキカネマス」

 

 

・・・本当に、頼もしさが増した気がする。

 

 

「あ、おはようやえー」

 

 

その時、このちゃんが誰かに挨拶をしていた。

誰かと思えば、見覚えのある顔がカウンター席に座っていた。

白いトップスに、黒のショートパンツ、夏だと言うのに何故かマフラー。

褐色の肌に、顔にはピエロのメイク。

 

 

杏仁豆腐をパクついているその少女は、ザジ・レイニーデイ。

3-A・・・つまり、私とこのちゃんのクラスメートだ。

あまり交流がある方では無いが、挨拶くらいはする。

ザジさんも、このちゃんの挨拶に軽く頷きを返した。

 

 

「ザジさんも朝ご飯なん?」

「(コクリ)」

「ほーなんかー、杏仁豆腐が好きなんやねぇ」

「(コクリ)」

 

 

・・・頷きだけで会話をするザジさんが凄いのか、それとも構わずに会話を続けるこのちゃんが凄いのか・・・にわかには判断できなかった。

 

 

「それで・・・」

 

 

ザジさんの隣に座ったこのちゃんは、かすかに髪を揺らめかせた。

『念威』・・・?

 

 

「どんな感じなん?」

 

 

このちゃんは、何の話を・・・?

けれどザジさんには通じているのか、彼女は隣のこのちゃんに軽く視線を向けると、すぐに戻して。

 

 

「クライマックス」

 

 

短く、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ん・・・」

 

 

朝の気配に、眼を開きこそしない物の、意識が覚醒します。

ベッドの温もりと、残る眠気・・・気だるい身体。

すぐ傍に、自分の物とは別の温もりを感じ・・・何となく、それを抱き締めてみます。

 

 

「むぅ・・・? 何だ、アリアか・・・」

「・・・にゅ・・・」

 

 

口の中でモニャモニャ言いつつ、私はその温もりにしがみつきます。

サラサラと・・・誰かが私の頭を優しく撫でる感触に、私は笑みを浮かべます。

凄く、安心するから・・・。

 

 

「ふふ、こうして見ると本当に子供だな・・・外見はアリカ似だが」

「マスター、朝食の準備が整いました」

「茶々丸か・・・まぁ待て、もう少し堪能させろ・・・」

 

 

耳元で聞こえる会話。

それに、私は薄目を開けて・・・。

 

 

「・・・おはようございまひゅ・・・」

「む、何だ起きたのか」

「・・・残念です」

 

 

くあぁ・・・と、寝ころんだまま身体を伸ばすと、そこにいた2人―――エヴァさんと茶々丸さん―――が、どこか残念そうに私を見ていました。

私は、2人を見て・・・あれ?

何だろう、凄く、違和感が・・・。

 

 

「まぁ、良い。アリア、先に顔を洗ってこい」

「はい?」

「・・・寝惚けてるのか? 今日は早朝から職員会議だと言ったのはお前だろうに」

「・・・はぁ」

「アリア先生、今日から新学期です」

「・・・ああっ!」

 

 

ポムッ、と手を叩きました。同時に目も覚めました。

そうでしたそうでした、今日は9月1日、新学期です。

私は慌ててベッドから降りると、1階の洗面所に駆けて行きました。

 

 

「あ、アリア先生、おはようございますー」

「おはようだぞ、恩人!」

「ヨーッス」

 

 

階段を下りた所で、制服姿のさよさんと、オーバーオールで畑仕事ちっくなスクナさんと出会いました。

スクナさんの頭の上にはチャチャゼロさんがいて、ヒラヒラと手を振っています。

3人に挨拶して洗面所に入ると、鏡の前でフヨフヨと浮いている晴明さんを発見しました。

 

 

「・・・何、してるんですか?」

「いや、そろそろ身体を変えてみるかのぅ?」

「・・・お好きにどうぞ」

「うむ」

 

 

晴明さんが鏡の前からどくと、そこには私が映っています。

色違いの瞳と、そして、腰まで伸びた「金色の」髪・・・。

 

 

顔を洗って、リビングに向かいます。

リビングの扉の横には田中さんが立っていて、ガションッ、と会釈。

リビングに入ると、窓辺の日当たりのいい場所で、カムイさんが身体を丸めています。

 

 

少しして皆が揃うと、茶々丸さんが用意してくれた朝ご飯を食べます。

私が一番先に出ないといけないので、早く食べないと・・・。

 

 

「ああ、そうだアリア。今日のことだがな」

「はい、なんれふは?」

「・・・きちんと飲み込んでから喋れ」

 

 

はぅ、怒られてしまいました。

ごくん、と口の中の物を飲みこんだ後、エヴァさんが続きを話してくれます。

 

 

「今日のことだがな、ナギとアリカは夕方に着くとさ」

「・・・はい?」

「・・・お前、大丈夫か? さっきから聞き返してばかりじゃないか」

「どこか調子、悪いんですか?」

「へ・・・いえいえ! そんなこと無いですよ?」

 

 

エヴァさんの訝しげな声と、さよさんの心配そうな声。

慌てて否定しますが、納得していないような顔を浮かべられてしまって・・・。

 

 

「えっと・・・お父様とお母様が・・・えー、お忍びで来るんですよね? 思い出しました!」

「なら、良いが・・・ゲーデルがお前らのために寝る間も惜しんで作った時間だ、せいぜい母親に甘えるんだな・・・・・・その間に、ナギを・・・ふふふふふ」

 

 

お父様をどうするつもりですか、エヴァさん。

怖くて聞けませんが。

 

 

・・・そうでした、今日はオスティアからお父様とお母様が来るのでしたね。

ホームステイ先・・・つまりエヴァさんの所でちゃんとやれてるか、心配そうでしたし。

メルディアナ・・・お父様の母校(中退)を卒業した後、麻帆良で修業を始めてからずっと。

特に、お母様が心配性で・・・。

こう言う時、オスティアと直通のゲートがある麻帆良は便利ですね。

 

 

「ところでアリア、今週の日曜は暇か? もし時間があるなら・・・」

「マスター、アリア先生は日曜日にすでに予定を入れておいでです」

「そうですよエヴァさん、7日はアリア先生にとって大事な日なんですから!」

「収穫か?」

「チガウトオモウゼ・・・」

 

 

えっと・・・日曜日。

7日は・・・。

 

 

「逢瀬じゃろ」

 

 

晴明さんが、何でも無いことのように言いました。

あぅ・・・そうでした。

はっきり言われると・・・照れます。

 

 

「お任せくださいアリア先生。デート当日の服は52種類にまで絞れています」

「シボレテネーダロ、ソレ」

 

 

親指を立てて胸を張る茶々丸さんに、チャチャゼロさんが静かな突っ込みを入れます。

ご、52種類は、ちょっと・・・。

 

 

「デ、デデデデデデ、デート・・・だと・・・?」

「いえ、その・・・違いますよ? その、ただお茶をするだけで、お互い忙しい身ですし」

「そ、そうだな、うん。アリアにはまだ早いなデートは、うん・・・」

「でも、2人っきりなんですよねー♪」

「み、認めんぞおおおおおおおぉぉぉぉ――――――っ!! あんな若造、絶対に認めん!!」

 

 

さよさん、何故にちょっと嬉しそうにしているのですか・・・。

アレですか、デートとかに憧れるんでしょうか、スクナさんと夏休み中イチャイチャしてたくせに・・・。

 

 

その後、エヴァさんの暴走をかわしつつ、朝食を進めていると・・・。

玄関から、呼び出し音が鳴りました。

茶々丸さんがリビングから出て行って・・・ほどなくして戻って来ました。

 

 

「お迎えです、アリア先生」

「あ・・・はいっ」

 

 

私は牛乳を飲み干すと、口元を拭いて、鞄を持って外に向かいました。

もう、こんな時間。

 

 

「じゃあ、先に行きます!」

「行ってらっしゃいませ、アリア先生」

「帰ったら、ナギとアリカ含めて話があるからな!」

 

 

そんな声に送りだされて、私は外に出ます。

するとそこには、長い金髪を陽光に煌めかせる、私の憧れの人が立っていました。

さぁ・・・。

 

 

「おはようございます、シンシア姉様!」

「ん、今日も元気だね、キミは」

 

 

柔らかく微笑むシンシア姉様に、私は笑顔を見せます。

さぁ、今日も副担任のお仕事を頑張りますよ!

 

 

 

・・・幸せな、この世界で―――――。

 




ポヨ・レイニーデイ(仮称):
ポヨポヨポヨ・・・まさかこんなことになるとはポヨ。
フェイトは心変わりし、「完全なる世界」も発動が間近とはいえ、邪な気を感じるポヨポヨ。
まぁ、『造物主の掟』による魔法世界人の抵抗の排除も順調ポヨ。
後は、彼女を止めるだけ。
・・・試させてもらうポヨ。


今回は久しぶりに、新しいアイテム案を採用したポヨ。
『パンプキン・シザース』から、『ドア・ノッカー』ポヨ。
提案は司書様ポヨ。
効果は、近く私が身をもって知ることになるポヨ。
・・・マジかポヨ。


ポヨ・レイニーデイ(仮称):
それでは次回、「完全なる世界」。
けして戻れぬ無垢なる楽園。
このまま、幸せに眠るが良いポヨ・・・。
もう二度と、会うことは無い。


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第20話「完全なる世界 Side アリア」

問題は無い。

アリアは、自分にそう言い聞かせていた。

実際、何も問題は無いのだ。

 

 

ホームステイ先のエヴァンジェリン達は、家族のように接してくれる。

修学旅行先でスクナを拾ったり、学園祭の時に工学部のイベントで田中さんをゲットしたりとハプニングがあったりはしたが。

学園の同僚との関係も良好だし、3-Aの生徒達全員と顔を合わせるのは久しぶりで楽しみだ。

夕方には、数ヵ月ぶりに両親が来てくれる。

 

 

問題など、あろうはずもなかった。

とても幸せで、ずっとこの時間が続けば良いと願うくらいに。

それでも・・・。

 

 

「おはようアリア、今日も良い天気だね!」

「あ、おはようございます、ネギ兄様。本当に良い天気ですね」

「シンシアさんも、おはようございます!」

「うん、おはよう」

 

 

それでも何故か、心のどこかに違和感を感じる。

アリアの口はよどみなく「いつものように」、兄に対して言葉を紡いでいる。

そしてそれすらも、アリアにとっては戸惑いの材料になる。

自分はどうして、こんなにも戸惑っているのだろう?

 

 

「どうしたのアリア・・・具合、悪いの?」

「いえ、大丈夫です・・・兄様は優しいですね」

「え、そ、そうかな。でも僕、お兄ちゃんだから。母さんからも言われてるし」

 

 

照れたように笑う兄に、アリアも少し笑った。

確かにそう言うことに関しては、母は厳しい。

 

 

「今日は、明日菜さん達とは一緒じゃないんですね?」

「うん、職員会議のある日に一緒に来たら、早過ぎるから」

 

 

ネギは、何故か女子寮の部屋に居候、もといホームステイしている。

何故女子生徒の部屋に・・・とはアリアも思うが、良く考えてみれば自分のホームステイ先も生徒の家なので、ネギに対して何かを言う資格は無かった。

本当はネギもエヴァンジェリンの家に行くはずだったのだが。

 

 

「あの人、怖いもん」

 

 

と言って、一応の血縁である明日菜(伯母)の所に行ったのである。

ちなみに伯母様と言うと怒られるので、「明日菜さん」と兄妹は呼んでいる。

 

 

「キミ達は学校までだよね?」

 

 

校門に着くと、シンシアがそう言った。

アリアとネギが頷くのを見ると、シンシアは軽やかに微笑んで。

 

 

「じゃ、ボクはまだ見回りがあるから。せいぜい、楽しむと良い・・・まったねー」

「あ、はい、また・・・って、行っちゃいましたね」

「同じ場所にいない感じだよね、シンシアさんって」

「・・・確かに」

 

 

シンシア・アマテル。

アリアも良くは知らないが、ウェスペルタティアから「ゲート管理」を任されているらしい。

本人曰く、「図書館島の地下って、隠れるのに良いんだよ」とか。

 

 

「わ、アリア、時間無いよ」

「え・・・あ、本当ですね、急ぎましょう」

「うん!」

 

 

兄と共に駆け出しながら、アリアは思う。

とても、幸せだと。

違和感など・・・感じるはずが無い、気のせいだと。

自分に、言い聞かせて。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

職員会議の後は、3-Aで生徒達との再会である。

 

 

「おはようございます、皆さん!」

「「「「おはようございまーすっ!!」」」」

 

 

3-Aの生徒達は、今日も元気だった。

ネギの挨拶に、全身から声を出して応えている。

しかしネギもアリアも慣れた物で、両耳を手でふさいで、耳がキーンとなるのを防いでいた。

何人かの生徒も、同じような体勢を取っている。

 

 

「幸い、欠席者は無しですね。皆さん、夏休みは楽しめましたか?」

「はーいっ!」「いやっほーっ!」「小学生かっつの・・・」「アホばっかです」

 

 

アリアの言葉に裕奈やまき絵が元気良く答え、それを千雨と夕映が冷やかに見つめている。

ただ、3-Aの大半は裕奈達と同じようなテンションだった。

ネギなどは、主任教諭である新田が出てこないかとソワソワしている。

 

 

「えーと、じゃあ、宿題を提出して貰いましょうかー?」

 

 

話題を転換しようと、ネギがそう言った。

その瞬間、火が消えたかのように静かになる3-A・・・。

 

 

「あからさまだね、アリア先生」

「そうですね、ネギ先生」

 

 

半ば予測していたことではあったが、ネギとアリアは苦笑した。

はたして、何人の生徒が夏休みの宿題をやっているのか・・・。

 

 

「情けないですわよ皆さん! ネギ先生の教え子ともあろう者が、夏休みの課題程度、涼しい顔で提出できないでどうするのです!」

「そうですよー、宿題の未提出者は僕が直々にお仕置きしちゃいま「このあやか、一生の不覚! 宿題を忘れるとは・・・っ!」すよって、えええ!?」

「ネギ先生、逃げてー!」「あからさまだな、オイ!」

 

 

再び騒がしくなる3-A。

しかし、アリアは何も言わなかった・・・あやかがアリアの名前を出さなかったことに、少しばかり傷ついているだけである。

 

 

「ささ、ネギ先生、さっそくお仕置きを・・・!」

「させるか、この変態―――――っ!」

 

 

何故か脱ぎ出したあやかの後頭部に、明日菜の拳が直撃した。

 

 

「何ですか明日菜さん! 人の後頭部をドツくなど乱暴な・・・!」

「うっさいわね! ネギとアリアに手ぇ出したら承知しないって前から言ってるでしょうが!?」

「何の権利があって!? と言うか、アリア先生には何もしていませんわよ!」

「ちょっと故郷の姉的存在に頼まれてんの! あと変態行為を見せるだけで、アリアのじょーそーきょーいくに悪いのよ!」

「ぬぁんですってぇ!?」

 

 

明日菜とあやかの喧嘩はそのままヒートアップし、何故か賭けを始める者も出てきた。

それを見ながら、アリアはふと最前列のまき絵と風香に声をかけた。

 

 

「ちなみに、まき絵さんと風香さんは宿題の方は・・・?」

「え? えへへ・・・できてないです」

「やってるわけが無い!」

 

 

まき絵は可愛く、風香は軽やかに笑って、そう言った。

苦笑しながら、アリアは理由を聞いてみた。

部活とかが忙しかった、などの理由を期待していたのだが・・・。

ゴニョゴニョと何かを話し合ったまき絵と風香は、にっこり笑って。

 

 

「「アリア先生のお仕事を増やしてあげたくて、日頃の感謝の気持ちです」」

「なら、仕方ありませんね」

「いえ、あの・・・ダメだと思いますけど」

「アリア先生って仕事好きだからねー、苺とどっちがって感じ」

 

 

風香達の後ろの席の刹那と円が、そう突っ込んだ。

教室の真ん中では、明日菜とあやかの決闘(喧嘩?)もクライマックスに突入していて・・・。

アリアは教室の壁の時計に目をやった、そろそろ・・・。

 

 

「はい、皆さん、そろそろ静かにしないと・・・」

「ちょっと待ってなさいアリア、すぐ終わるから」

「ふふん、返り討ちにして差し上げますわ・・・!」

「あうぅ、明日菜さんもいいんちょさんも、ストップしてください―――!」

 

 

明日菜は弟分、妹分であるネギとアリアにとても良くしてくれるが、滅多に言うことは聞いてくれないのである。

本格的にネギが止めに入ろうとした、まさにその時。

 

 

「静かにせんか――――――っ!」

 

 

ガラリッ、と教室の扉が開き、新田が姿を現した。

彼は教室内の惨状を見ると、カッ、と目を見開いた。

 

 

「全員、正座――――――――――――ッ!!」

 

 

全員が怯える中、何故かアリアだけが嬉しそうにしていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あはは、そっか、また2人とも新田先生に怒られたのか」

「うう、はい・・・」

「私は別件でも怒られました」

「え、何だい?」

「有給を使いなさいって言われました」

「あはは・・・」

 

 

アリアの言葉に苦笑したのは、同僚教師陣の中で2人に一番年齢が近い瀬流彦だった。

麻帆良の教師であり、魔法先生でもある。

最近、新田にお見合いを勧められているらしい。

 

 

「まぁ、それはそれとして、お昼休みの内に今日の分の仕事をしなければ」

「そうだね、アリア」

 

 

ネギとアリアは空になったお弁当箱をしまうと、職員室の自分達の机に座った。

ちなみにお弁当は、ネギの分は同室の木乃香が、アリアの分は茶々丸が作っている。

毎朝早起きして、作ってくれているのだ。

2人はそれに、とても感謝している。

なので、嫌いな物も残さず―――たまに交換したりしつつも―――食べている。

 

 

「あ、そうだアリア」

「何でしょう、ネギ兄様」

「それ、僕の分だから」

 

 

アリアの机から、ネギが書類を奪っていった。

アリアは、親の仇でも見るような目でネギを見た。

今、この兄は妹の生きがいを奪ったのだ・・・。

 

 

「ははは、相変わらず仲が良いネ」

 

 

その時、一人の生徒がアリアに声をかけてきた。

長い髪をシニョンでまとめた少女の顔を見た時、何故かアリアは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

3-Aの生徒の一人・・・超鈴音。

 

 

「英語のノートを集めてきたヨ・・・って、どうしたアルか、アリア先生。幽霊でも見たような顔をして?」

「え、あ、いえ・・・ありがとうございます」

「日直だからネ。構わないヨ」

 

 

その後、二言三言話してから、超は職員室から退室して言った。

それを、何とも言えない顔で見送った後・・・アリアは机の上に乗せた英語のノートを見た。

夏休みの宿題である。

つまり、仕事である。アリアは、にっこりと微笑んだ。

そしてそれに手を伸ばしかけた、その時。

 

 

「あ、コレも担任の僕の仕事だよね」

 

 

ネギが、アリアの机からノートの山を奪っていった。

アリアは、七代前の先祖を殺した相手の子孫を見るような目でネギを見た。

今、この兄は妹のアイデンティティーを奪ったのだ・・・。

しかし、睨んでいても始まらない。

 

 

「ネギ兄様・・・いえ、お兄ちゃん」

「何?」

「お仕事・・・ください?」

「ダメ」

「お願い、お兄ちゃん」

「ダメ」

「おし「ダメ」・・・」

 

 

メルディアナの後輩の真似をしてみたが、まったく効果が無かった。

その後輩の兄ならば、「お願い、お兄ちゃん」と言われただけで世界を滅ぼしに行くだろうに。

どうやらネギには、そう言う性癖は無いようだった。

 

 

「ちょっとで良いんです! 少しだけ!」

「ダメだよ、自分の分は自分でしないと。母さんもそう言ってたでしょ?」

「ちょっとくらい良いじゃないですか!」

「アリアが僕の分まで仕事しちゃったら、僕の修業にならないでしょ!?」

「じゃあ、私は何のためにここにいるんですか!? 存在価値が無いじゃないですか!」

「そんなこと、僕に言われたって困るよ!」

「・・・!」

「・・・・・・!」

 

 

席が近いためにその会話を聞いていた瀬流彦は、傍にいたしずなの方を向いて。

 

 

「・・・兄にお小遣いをねだる妹・・・みたいな会話だけど、お小遣いじゃ無くて仕事をねだるあたりが、アリア君らしいですよね」

「可愛らしいですわね」

「好意的な意見ですねー・・・」

「うふふ」

 

 

瀬流彦としずなの会話は、2人には聞こえていなかった。

ちなみに、ネギはアリアに仕事を渡さなかった。

アリアは、まるで世界征服直前に自分を裏切った部下を見るような目でネギを見ていたと言う。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

終了のベルが鳴り、その日の授業は終わった。

新学期初日からフルで授業があると言うのは辛かったのか、生徒達は皆、疲れているようだった。

だがそれで元気が無くなるかと言えば、また別である。

 

 

「じゃあね~、ネギ先生、アリア先生」

「あ、はい、帰り道に気を付けてくださいね」

「柿崎さん、釘宮さんもさようなら」

 

 

円と美砂を皮切りに、他の生徒も次々と教室を飛び出していく。

元気良く駆けて行く生徒達の顔は、どれも晴れやかに輝いていた。

教師としては複雑だが、生徒達が楽しそうにしているのは、嬉しい物だ。

 

 

「ネギ君、今日は時間あるの? 一緒にお茶でもしようよ」

「あっ、良いね良いね!」

「す、すみません、今日はちょっと都合が・・・」

「「ええ~っ!」」

 

 

ネギが裕奈とまき絵に捕まっている時、アリアの所にはエヴァンジェリンと茶々丸、さよが来ていた。

話題は、今日の予定についてだ。

 

 

「それで、お前はこれからナギ達を迎えに行くんだろう?」

「あ、はい・・・シンシア姉様と、あとアルさんにもご挨拶したいですし」

「シンシアはともかく、アルはいらん」

 

 

アルビレオ・イマの性癖を心配しているエヴァンジェリンだった。

個人的に苦手意識(つまり、からかわれる)を持っている相手だからかもしれない。

 

 

「寝床はうちで良いだろう。魔法球を使えば半月くらいは一緒に過ごせるしな」

「・・・ありがとうございます、エヴァさん」

 

 

アリアがお礼を言うと、エヴァンジェリンは少し顔を赤らめた。

傲然と腕を組み、ふんっ、とそっぽを向く。

 

 

「か、勘違いするなよ、私は時間をかけてナギを篭絡したいだけなんだからな!」

「エヴァさんが、デレてる・・・」

「ツンデレなマスター、録画中、録画中・・・」

「巻くぞボケロボ、そしてさよ、お前は今日バカ鬼抜きで訓練してやる」

「え」

 

 

さよが固まった。

冷や汗をかいている・・・死刑執行書に誤って署名してしまった囚人のような顔だった。

ちょうどその時、ネギがやってきた。

彼はエヴァンジェリンに気付くと、さよと同じように固まった。

 

 

「あ、エヴァンジェリンさん・・・こ、こんにちは」

「顔色が悪いな、ぼーや・・・私と話すのが嫌なのか?」

「い、いえ、そう言うわけじゃなくてその・・・」

「なら、どう言うわけなんだ、うん?」

「え、えーっとですね・・・!」

 

 

ネギは助けを求めるような目で、アリアを見た。

アリアはそれに対して、悲しげに首を振った・・・Sモードに入ったエヴァンジェリンを止める術は、アリアも持ち合わせていなかったからだ。

 

 

基本的に、エヴァンジェリンの「地獄の基礎訓練・何、死にはしないさ、死ぬ気で頑張ればな♪」を受けたことがある者は、ネギと同じような反応になる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「アリア、早く早く!」

「ちょ、待ってくださいネギ兄様・・・っ」

 

 

夕方になり、仕事が終わった後、アリアはネギに手を引かれて学校から出た。

そのまま、手を引かれるままに図書館島、正確にはオスティアと麻帆良を繋ぐゲートに向かう。

 

 

「ちょ、もう! ゲートが開く時間は決まってるんですから、急いでもしょうがないですよ!」

「う、そ、そうだね。でも早く父さん達に会いたくて」

「まったく・・・」

 

 

アリアが無理矢理に立ち止まってそう言うと、ネギは顔を赤くして止まってくれた。

嘆息しつつ、アリアは掴まれていた手を軽くさする。

 

 

「・・・それにしても、やっぱりエヴァンジェリンさん、怖いや」

「訓練以外は優しいですよ?」

「その訓練が問題なんじゃないか」

「・・・・・・」

 

 

否定できない面もあると、一瞬だけ思ってしまったアリアだった。

兄と2人、トボトボと歩く。

のどかな時間。

すれ違う人々の顔も、幸福に満ちているように見える。

 

 

とても平和で、幸福な日常。

守るべき日々、願い、そして望む毎日。

1学期から変わらない。

大きな事件も無く、かといって同じでもない日々。

 

 

「・・・?」

 

 

だがアリアはそれに、言いようも無い違和感を感じていた。

言葉には出来ない、だが確かにそこにある「違和感」。

 

 

今朝からずっと、ことあるごとに感じている。

だがそれが、何に対する違和感なのか。

それが、アリアにはわからない。

いや、わからないフリをしているのか・・・。

 

 

「おおぉ―――? やっぱいたじゃねーか、おーい、ネギ、アリア!」

「バカ者、往来で大声を出すでない」

「あん? 声出さねーと聞こえねーかもだろ」

 

 

突然、聞き覚えのある声がアリアの耳に届いた。

世界樹広場の階段の上に、その2人はいた。

ゆっくりと降りてくるその2人を見て・・・アリアは、固まった。

 

 

「おーおー、久しぶりだな、元気にしてたかー2人とも」

「む・・・そ、息災であったか?」

 

 

一人は、黒のシャツとパンツに身を包んだ赤毛の男性。

もう一人は薄桃色のワンピースドレスを着た金髪の女性。

男性はネギに、女性はアリアに似た容姿をしていた。

ネギとアリアが大人になれば、「おそらくは、このようになるだろう」と言う容姿だ。

 

 

「父さん!」

「おおー、元気か息子よ」

 

 

アリアが何故か動けずにいると、先にネギが駆けだした。

ネギは父親の姿を見て破顔すると、父親・・・ナギに飛びつこうとして、かわされた。

盛大に空振りしたネギは、ナギの顔を見て涙目になった。

 

 

「おーいおいおい、情けねーな息子よ。男の子だったら何があっても泣くんじゃねーって言ったろ?」

「う、な、だって数ヵ月ぶりでっ・・・!」

「何をやっておる・・・」

 

 

金髪の女性、アリアとどこか似た容貌―――と言うより、アリアがこの女性に似ている―――の女性、アリカは、夫であるナギをジト目で睨んだ後、固まっているアリアを見て微笑んだ。

アリアは、その顔を凝視している。

 

 

「我が娘よ、ではなくっ、アリアよ、息災であったか?」

「・・・」

「風邪や夏バテなどはしておらぬか・・・?」

「・・・お」

「・・・ぬ?」

 

 

不思議そうに首を傾げるアリカ。

アリアは、己の「母親」を見上げながら、何度か口をパクパクとした後・・・。

 

 

「・・・お、かぁさま・・・」

 

 

ようやく、それだけ言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「おーい、何を固まってんだーアリア、ん?」

 

 

ポンッ、ポンッとナギに、父親に頭を叩かれるアリア。

しかしそれでも、呆然とナギの顔を見上げるばかりである。

ナギは怪訝そうに片眉を上げると、ポンポンポンポンポン・・・と、まるで目覚まし時計でも叩くようにアリアの頭をはたき続け・・・アリカに殴られて地面に沈んだ。

 

 

「・・・何をしておる、ナギ」

「い、いや、反応がねーから、ついぅるのびぃっ!?」

「と、父さ―――――んっ!?」

 

 

再びアリカに顔を殴られ吹き飛ぶナギ、そんな父を案じてネギが悲鳴のような声を上げる。

しかし、しっかりと着地して見せるあたりは、流石と言うべきであろうか。

 

 

「と、父さん、大丈夫なんですか!?」

「おう、流石に王家の魔力を込められて殴られたから、かなり痛いけどな」

 

 

それでもキランッと星を飛ばし(ているように見える)、親指を立てて見せるナギに、ネギは憧れの眼差しを向ける。

それを見て嘆息した後、アリカはアリアに目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

どこか心配そうな目で、アリアの瞳を覗きこむ。

 

 

「まったく、女子の頭を何だと思っておるのじゃろうな、あの父は」

「え、あ、はい・・・」

「・・・大丈夫か? どこか調子でも悪いのかの・・・?」

 

 

相変わらず反応の鈍いアリアに、アリカはいよいよ心配そうな表情を浮かべる。

そっと、アリアの頭に手を乗せ・・・優しく撫でる。

慣れない手つきだったが、それでも優しい。

さっきの父の手も、雑ではあったが乱暴では無かった。

 

 

目の前に、父と母がいる。

それだけのことで、アリアは・・・言葉が出ない程に、胸を締め付けられて。

 

 

気が付くと、ポロポロと・・・涙を流していた。

それを見たアリカが、衝撃を受けたような表情を見せた。

 

 

「ど、どどど、どうした!? どこか痛いのか!? お腹が痛いのか・・・それとも、頭か!? ナギが頭を叩き過ぎたか!?」

「マジで? あんなの、ただのスキンシップだろー?」

「死ね! 死んで詫びろ! アリアは主(ぬし)と違って繊細なのじゃぞ!?」

「いや、俺あんたの夫だから。死んだらダメだろ」

「娘(アリア)の敵は死ね!」

「酷ぇよ!?」

 

 

アリカの言葉に、ナギはショックを受けたようだ。

そんなナギに、ネギは言う。

 

 

「ぼ、僕は父さんの味方だよ!」

「お? だよなだよなー? よっしゃネギ、久々に稽古をつけてやるぜ!」

「うん!」

「こんな場所で暴れるでない!」

 

 

ナギとネギが、じゃれあい始める。

じゃれあいと言うには、いささかレベルが高いが・・・。

アリカは2人に怒鳴った後、再びアリアの方を向いて。

その頃にはもう、アリアは涙を拭き終えていた。

 

 

「アリアには、苦労をかけてばかりじゃからの。何か辛いことがあるなら・・・」

「・・・いえ、辛くは無いです、お母様」

「そうなのか?」

「はい・・・むしろ、幸せすぎて」

 

 

アリアは、幸福だった。

ナギとネギが、楽しそうに組手をしている。

加減しているのか、遊んでいるのか・・・一般人レベルの組手だ。

おそらく、ナギが上手くコントロールしているのだろう。

 

 

そして、目の前の母を見る。

頭を撫でてくれている、アリカを見る。

幸せだった。

 

 

肉親がいて、エヴァンジェリン達がいて、生徒達がいて、同僚達がいて、友人達がいて。

これ以上、欲しいものは無かった。

幸福に満たされた、暖かな世界。

完璧な・・・完全な、世界。

 

 

幸福すぎて、逆に違和感を覚える程に。

幸せすぎて・・・。

 

 

「逆に、本物じゃ無いことに気付いてしまうんです」

 

 

ガチリッ。

 

 

何かが嵌るような音と共に、世界が止まった。

アリアの右眼に、紅い五方星が浮かび上がっていた。

髪からは色素が抜け、金から白へと変わる。

背も少し伸び・・・服も、スーツから軍服へと変化する。

左腕にはブレスレット、左耳にはイヤーカフス。

 

 

「気付きたくは、なかったんですけどね・・・」

「でも、気付かなくちゃ、だろう?」

 

 

停止された世界の中で、アリアの他に動ける人間がいる。

それが誰なのか、アリアにとっては考えるまでも無い。

 

 

「もう少し、気付かないフリをするのかと思ったけどね」

「実を言えば、もっと前に気付いてました・・・でも、楽しむと良いって言ってくれたじゃ無いですか」

「言ったっけ?」

「今朝、別れる時に」

 

 

アリアが広場の階段の上を見ると、そこに、いた。

金の髪を靡かせて、階段に腰掛けている女性。

頬杖をつきながら、階下のアリアを見下ろしている。

 

 

シンシア・アマテルが、そこにいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「どこから、おかしいって気付いてた?」

「姉様が迎えに来てくれた時からですよ」

「嘘ぉ、だったらその時点で言ってよね。その後も演技してたのに、恥ずかしいじゃん」

「他にも、いろいろ・・・違和感しかありませんでしたから」

 

 

数え上げればキリが無い程に、アリアは繰り返し違和感を感じていた。

もちろん、最大の違和感はシンシアだ。

次点で、ちゃんと「兄」をしているネギ。

とにかく、見逃すには違和感が多すぎた。

 

 

「しかしまぁ、アレだね。古今東西、あらゆる物語で主人公達が拒絶した『幸せだけど偽物の世界』を、キミも否定するんだね」

「そうですね・・・ここには、全てがありました」

 

 

シンシアの隣に腰掛けて、アリアは階下の家族を見下ろした。

もし、全てが上手くいっていれば実現したかもしれない可能性の世界。

 

 

どう言う設定で構築されたかは知らないが、とにかく、全てがある世界。

最初からこう言う世界に産まれていれば、どれほど幸せだっただろう?

 

 

「シンシア姉様だって、私の立場だったら否定するでしょう?」

「さぁ? ボクはどちらかと言えば、製作者側の人間だからね」

「製作者?」

「うん? まぁ、たぶんすぐにわかると思うよ」

 

 

それだけ言って、シンシアは多くを語ろうとはしなかった。

こう言う時、シンシアが絶対に教えてくれないことを、アリアは知っていた。

 

 

「・・・じゃあ、もし私が否定しなかったら、その時は許してくれたんですか?」

「ううん? ボコボコにしてでも外に叩き出したけど?」

 

 

悪びれた風も無く、シンシアは笑う。

 

 

「ボクが言えた義理じゃないけど、こんなの、ただの自慰行為だもの」

「じ、自慰って・・・」

「もしくは自主製作のゲームみたいな物だね。自分が考え付くキャラクターしか出てこないし、予測できるイベントしか起こらない。極端な言い方をすれば、妄想に引き籠っているに過ぎないのさ。残念ながらここは、カオス○ッドの世界じゃ無いからね」

 

 

自慰と言う言葉に、アリアがかすかに顔を赤らめる。

しかしシンシアは気にもせずに、話を続けた。

ふと、その内容が気になって・・・アリアは言った。

 

 

「えっと、シンシア姉様は2000年前からこの世界・・・つまりその、転生してるんですよね?」

「うん」

「その割には、知ってるはずの無い物語を知っている様子なのですが・・・」

「話を戻すけどね」

 

 

シンシアは、あからさまに話題を変えた。

 

 

「まぁ、僕としてはキミに、そんな不健全な生活に堕ちてもらいたく無いのさ。じゃなきゃ、死んだ意味が無いしねー」

「あ・・・」

「はいはい、落ち込まない。鬱陶しいから話を進めるよー?」

「・・・釈然としない物を感じますが、どうぞ」

「まだ後ろ髪を引かれているだろうキミのモチベーションを、上げてあげようと思う」

「・・・は?」

 

 

怪訝な表情を浮かべるアリアに、謎めいた微笑みを浮かべるシンシア。

彼女は、右手を上げて・・・パチンッと指を鳴らした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

気が付くと、アリアは見知らぬ場所にいた。

それも、地面に足をつけておらず・・・まるで幽霊のように半透明だ。

 

 

『おいクリス! そっちに回り込め! ザイツェフの旦那、盾になってくれ、盾に!』

『任せといて! クレイグ!』

『ふふ・・・初めてだぜ、俺をここまでコケにしてくれた奴は・・・!』

『アイシャ達が来る前に、片付けるぜ!』

 

 

薄暗くジメジメとしたどこかの洞窟の中で、戦闘が行われている。

アリアの見たことが無い男達が、雷の塊のような物を相手にしている。

ここは、『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントス)』。

アリアには知りようも無いことだったが、彼らはアリアが探している村人達の回収のために、この迷宮に潜っているのだ。

 

 

パチンッ、と指が鳴る音と共に、また場面が変わる。

 

 

次は、オスティア市街のようだった。

市街地にも召喚魔が侵攻してきているらしく、各所で兵士や騎士が戦っている。

 

 

『遅れるんじゃないよ、アンタ達!』

『お嬢様、もう少しです!』

 

 

クママさんを先頭に、アリアドネーのアリアの教え子達が路地裏を必死に駆けていた。

彼女達は子供を抱えており、最後尾にトサカがいた。

彼は後ろを気にしていて・・・どうやら、追われているようだ。

 

 

『サヨ達の方は、大丈夫かな!?』

『喋るな、舌噛むぞ!』

 

 

コレットの言葉に、トサカが怒鳴る。

目の前を通り過ぎ行く―――だが、アリアのことは見えていないらしい―――生徒達に、アリアは手を伸ばしかける。

 

 

だがその手が届く前に、再び指の鳴る音。場面が、変わる。

 

 

そこは、どこかの避難所のようだった。

薄暗いはずのそこは、激しい炎で照らされていた。

 

 

壁際にへたり込んでいるのは、アーニャだ。

近くに、ロバートやシオン、高音や佐倉も見える。

そしてアーニャの目の前には、一人の少年が立っていた。

 

 

見覚えのある詰襟姿、だが、髪型と目つきが少し違う気もする。

何よりも違うのは、操っているのが土や石ではなく、「火」だと言う所だろうか。

 

 

『あ、あんたは・・・?』

『・・・4(クゥァルトゥム)、<火>のアーウェルンクスを拝命・・・』

 

 

少年が両手を広げると、凄まじい炎の嵐が吹き荒れた。

それが、周囲の召喚魔を飲み込んで行く・・・。

 

 

パチンッ、場面が変わる。

 

 

そこは、旧王都の上空だった。

多くの軍艦が戦っているが、小回りのきく敵召喚魔に翻弄されているようだ。

1隻の軍艦が、『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちに取り囲まれている。

帝国艦隊の旗艦、『インペリアルシップ』だ。

 

 

しかし突如、全ての召喚魔が無数の光によって撃ち抜かれた。

光・・・いや違う、あまりにも速すぎて、光に見えただけだ。

 

 

『あん? てめぇは・・・』

『・・・5(クゥィントゥム)、<風>のアーウェルンクスを拝命・・・』

 

 

ジャック・ラカンの前に現れた少年は、やはり見覚えのある詰襟姿。

しかし当然のごとく、髪型や目つきが異なる。

操っているのは、雷だった。

 

 

パチンッ・・・さらに場面が変わる。

 

 

そこは「墓守り人の宮殿」・・・アリア達が眠っている場所。

 

 

『やるポヨね・・・だが、確信したポヨ。あの子の進む道の先に、超鈴音がいる・・・!』

『・・・キミがどんな未来を知っているのか、僕は知らない』

『なら、教えてやるポヨ・・・アリア先生は、不幸になる!』

『・・・・・・そう、教えてくれてありがとう』

 

 

フェイトの姿が掻き消え、ポヨの懐に入る。

ポヨがそれを知覚した時には、彼の右拳がポヨの腹部に突き立っていた。

ゴプッ・・・と、ポヨの身体が九の字に折れる。

 

 

『せいぜい、目を離さないことにするよ』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「はいはい、ご馳走様ご馳走様~っと」

 

 

妙にぞんざいに、シンシアは言った。

突然、映像が途切れたので・・・アリアは戸惑っている。

だがもちろん、シンシアは別に気にしている様子は無い。

 

 

「あの子が、キミの王子様?」

「え、ええ? いえ、そのぉ・・・」

「ふぅん、あの子がねぇ~・・・あの子か」

 

 

シンシアは一瞬だけ興味深そうな表情を浮かべて・・・目を細めた。

それは、どこか陰のある表情だった。

頬を染めて俯いているアリアは、それを見ることができなかった。

 

 

「・・・あの子も、ロクなことしないな・・・」

「え? 何か言いましたか、シンシア姉様?」

「いやいや、シンシア姉様は何も言っていないよ、アリア」

 

 

ポンッ、とアリアの頭に手を置いて、シンシアは笑った。

それから、クシャクシャとアリアの頭を撫でる。

 

 

「・・・で? 戻る気になった?」

「・・・はい」

 

 

頭に乗せられたシンシアの手に、アリアは自分の手を重ねた。

そして、気付く。

・・・あるはずの温もりが、無かった。

 

 

シンシアは微笑むばかりで、何も言わない。

アリアは一瞬だけ、泣きそうな顔をした。

これが夢だからか、それとも・・・?

 

 

「・・・シンシア姉様」

「うん、何?」

「また、会えますか?」

「うん、無理♪」

 

 

笑顔で断るシンシア。

アリアの顔が、いよいよ泣きそうに歪んだ。

 

 

「もうわかってると思うけどさ、ボクがキミに会うには、キミの意識と言うか、魂と言うか、まぁそんな感じの物がかなり無防備にならないと無理なんだよね」

「・・・」

「端的に言えば、死にかけでもしないと無理なわけ、だから二度と来ないでくれる?」

 

 

ニッ、と笑うシンシア。

アリアの両目から、また涙が溢れる。

「泣き虫だねぇ」と、シンシアは苦笑した。

指先でアリアの涙をすくって・・・言う。

 

 

「そうだね、じゃあ、こうしようか。キミがシワシワのお婆ちゃんになったらさ、またおいで。ボクは若いままだから、せいぜい笑ってあげるよ、年取ったねぇって。それでさ、キミの人生の自慢話でも聞かせて頂戴」

「・・・はい」

「困った時には、ボクじゃ無くて他の人を頼ろうね。ボクはあんまり、出番とかいらないし」

「はい・・・!」

 

 

いろいろと、聞きたいことはあった。言いたいことも。

だが、今は先にやることがあった。

 

 

「皆が・・・頑張ってくれています。なら私だけが寝ているわけには、いきませんよね」

「ん」

「・・・行きます」

 

 

スッ・・・と、アリアは立ち上がった。

それからもう一度だけ、階下の「家族」を見る。

そこから、目を逸らした後・・・。

 

 

「このアーティファクトの解除ワードは、わかるよね?」

「はい、大丈夫です」

「そ、ちなみにこのアーティファクトの持ち主は、キミの生徒じゃないよ。姉だってさ」

「は、はぁ・・・そうなんですか」

 

 

アリアの右眼、『複写眼(アルファ・スティグマ)』はすでに、『幻灯(げんとう)のサーカス』の解析を終えていた。

 

 

座ったまま、自分の足に両肘を置いて頬杖をつくシンシア。

彼女はアリアを見上げるようにして、言った。

 

 

 

「・・・キミが、幸せになれると良いな」

 

 

 

静かな、それでいて多くの感情が込められた声音で、シンシアはそう言った。

空中に浮かび上がりながら、アリアはシンシアを見た。

シンシアは、頬杖をついたままの体勢で、アリアを見上げている。

どこか無機質な瞳が、アリアを見つめていた。

 

 

・・・6年前にも、言われた言葉だ。

6年前のアリアは、その言葉に対して何も答えることができなかった。

精神的にも、肉体的にも・・・。

ただの言葉として聞いていた。

 

 

アリアは、目を細めて・・・小さく微笑んだ。

 

 

 

「もう、幸せです・・・きっと」

 

 

 

こんな術に頼らなくとも、十分に自分は幸せだと、アリアは思う。

辛いことも苦しいこともあるけれど、でも、もう一人では無い。

安直だが、それ故に嬉しくて、貴重なのだと思う。

だからもう、幸せなのだと。

 

 

そんなアリアの言葉を聞いたシンシアは、きょとん、とした表情を浮かべた。

予想だにしていなかった、そんな表情。

それから・・・それまでの快活な笑顔とは違う、嬉しそうな、子供のような笑顔を浮かべて、言った。

 

 

「そっか」

 

 

次の瞬間、アリアの『複写眼(アルファ・スティグマ)』が紅く輝いた。

ギシ・・・と、世界が軋むような感覚。

アリアは、深呼吸するように息を吐くと、キッ、と前を見据えた。

 

 

「『わずかな勇気(アウダーキア・パウラ)』」

 

 

解除ワードを唱えた瞬間、世界が光で満たされた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「行ったか・・・」

 

 

消えて行く夢の世界で、シンシアは呟いた。

元々、アリアの意識が沈むのに比例して浮きあがる人格だ。

だから、すぐに眠りにつく。

 

 

「素直だねぇ・・・ボクが嘘を吐いてるかも、とか考えもしないんだからさ」

 

 

言ったはずなのに、とシンシアは・・・いや、シンシア「だった」魂は思う。

 

 

「ボクは、全てをキミに押し付けた・・・そう言ったはずなんだけどね」

 

 

すでに半ば以上、同化してしまった魂は言う。

眠るように、眼を閉じながら。

 

 

「・・・ゴメンね、アリア」




アリア:
アリアです。
今回は、私の夢のお話でしたね。
皆がいて、私がいる。
何も問題は無くて、だからこそ寂しい、そんな世界でした。
私はもう少し、現実で戦わなければならないようです。


アリア:
次話は、ネギの夢の話です。
さて、ネギは抜け出せるのでしょうか・・・?
では、またお会いしましょう。


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第21話「完全なる世界 Side ネギ」

ネギは、冬が好きだった。

特に、雪が降る夜などは一番好きだ。

 

 

「ふんっ、ふんっ、ふふーん♪」

 

 

窓の外に積もる雪を見ながら、赤毛の少年―――ネギ・スプリングフィールド―――は、気分良く鼻歌などを歌っていた。

チラチラと落ちてくる雪は綺麗だが、実の所ネギにとって、季節も状況も問題では無い。

重要なのは、数年前に憧れの人物が自分を助けてくれたのが、今日のような雪の降る夜だったことなのだから。

 

 

「そんな所にいると、風邪を引いちゃいますよ?」

 

 

場所ウェールズ、メルディアナ魔法学校の廊下。

窓の前で立ち止まってるネギに声をかけてきたのは、「白い髪の」女の子。

ネギと同い年で、しかも同じ村の出身。

幼馴染のアーニャとも仲の良い少女で、ネギ自身とも顔見知りである。

 

 

名前を、「アリア」。

ファミリーネームをネギは失念してしまったが、特に不便は感じていないので、聞き直すようなこともしなかった。

 

 

「・・・もしもし? ひょっとして私は壁に話しかけたのでしょうか?」

「え、あ、ごめん。ぼうっとしてた」

「まったく・・・もうすぐ就寝時間ですから、寮に戻った方が良いですよ?」

「ああ、うん、そうなんだけどね」

 

 

窓の外に目をやりながら、ネギは少し興奮したように言った。

 

 

「明日は、父さんが来る日だから!」

「ああ・・・」

 

 

イギリスの学校には、基本的に親は学校に来ない。

外国には「授業参観」なる物があると「旧世界学」の授業で聞いたことがあるが、イギリスには原則として無い。

メルディアナ魔法学校もその例に漏れず、親が来ることは滅多に無い。

卒業式など、それくらいだろう。

 

 

だが、明日はネギの父親・・・「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」ナギ・スプリングフィールドが来るのだ。

後進に自分の経験を語ると言う名目だが、従姉のネカネからは「ネギに会いに来るのよ」と聞いている。

 

 

「・・・まぁ、楽しみなのはわかりますが、早く寝ないとスタン爺様に怒られてしまいますよ」

「大丈夫だよ、それくらい」

 

 

スタンと言うのは、ネギとアリアの村の長老的存在だった人物だ。

今は村人と共にメルディアナの街に移住しており、メルディアナ魔法学校の副学長をしている。

数年前のあの雪の日、父、ナギ・スプリングフィールドが「救った」人間の一人でもある。

従姉も、アリアも、村人達も、そしてネギ自身も。

 

 

全て、父であるナギ・スプリングフィールドが「救った」のだ。

アリアはネギの様子に溜息を吐くと、そのまま背を向けて歩き出した。

去り際、一瞬だけ振り向いて。

 

 

「おやすみなさい、ネギ●●」

 

 

最後の言葉・・・その一部だけが。

ネギには、どうしてか聞こえなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「アリア」と言うその少女は、角を曲がった所で立ち止まった。

そのまま、ふと窓の外を・・・否、窓に映る自分を見る。

 

 

そこに映っているのは、白い髪のオッドアイの少女では無かった。

そこに、映っているのは・・・。

 

 

「・・・一度」

 

 

ぽつり、と少女は呟く。

背後の道の向こうにいるであろう「兄」の存在を感じながら。

 

 

「一度、堕ちれば・・・二度とは出られない。ここは全てを断ち切る場所・・・永遠の園。無垢なる楽園・・・」

 

 

窓に映る少女は、短い銀色の髪をしていた。

瞳は、血のような赤。肌は褐色。

服はメルディアナのローブでは無く・・・赤いブレザー。

そして、顔にはピエロのメイク。

 

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』」

 

 

その少女の、名は・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

そわそわ、そわそわ。

 

 

「ちょっとネギ、聞いてるの!?」

「無駄ですよアーニャさん、今は何を言っても聞きませんから」

「まぁ、わかってたけどね・・・あ、お母さんだ」

 

 

翌朝、ネギ達七年生は、卒業式などの重要なイベントを取り行う時に使う講堂に集められた。

とは言っても、七年生は10人にも満たない人数であり、招待された生徒達の親などを含めても20人程度である。

教師を含めて、30人弱と言った所だろうか。

最上級生徒は言え、10歳前後の生徒達は大なり小なり、緊張している様子だった。

 

 

そわそわ、そわそわ。

 

 

その中で、ネギは特に挙動不審であった。

子供らしいと微笑ましそうな視線を向ける者もいれば、逆にその態度を咎めるような視線を向ける者もいる。

しかし、ネギにとっては大した問題では無かった。

何故なら、ようやく父に会えるのだから。

探し続けて、追い続けた父に、会えるのだから――――。

 

 

「・・・?」

 

 

ふと、ネギは違和感を覚えた。

探すも何も、追うも何も、あの悪魔襲撃事件の時から、すでに父には何度か会っているのだ。

だから、「ようやく会える」などと思うのはおかしいのでは無いか。

そんなことを、考えた。

 

 

ネギの父、ナギ・スプリングフィールドは、20年前に世界を救った英雄である。

世界を混沌に陥れ、世界を滅ぼそうとした悪の秘密結社を倒し、<立派な魔法使い(マギステル・マギ)>となったのだ。

憧れた、どうしようもなく。

 

 

そして、あの悪魔襲撃の時。

危機を未然に察知したナギが、助けに来てくれたのだ。

そして圧倒的な力で、村に迫る悪魔達を殲滅した。

大事を取って、村人達はメルディアナに移住したのだが・・・とにかく。

ナギはネギにとって、まさに「英雄(ヒーロー)」だった。

父のようになりたいと、願った。

 

 

ただ仕事の忙しい父は、めったにネギには会えなかった。

それについては、寂しいと思うことも・・・。

 

 

「おお? けっこー集まってんじゃん」

「わかっておるじゃろうが、シャンとするんじゃぞ」

「わぁかってる、わかってるって、スタンじーさん」

 

 

その時、スタンに伴われて、一人の男が壇上に姿を現した。

魔法使い用の白いローブを纏った、赤毛の男。

ネギは、目を見開いた。

何故か、胸が締め付けられる。

 

 

「あー・・・知ってるかもだが、俺がナギだ。まぁ、よろしく頼むぜ」

 

 

壇上のナギは、頭を掻きながら、どこか面倒そうに言った。

横に立っているスタンが目を細めるのを見て、頭を掻く手を下ろしたりもするが・・・。

その場にいる人間は、概ねナギを同じ目で見つめていた。

すなわち、「英雄」を見る目である。

 

 

「すげぇ・・・本物だよ」

「なんと言うか、オーラがあるよね」

 

 

そして、ネギは・・・。

 

 

「ふーん、まぁ私は、前にネギと会ったことあるし・・・って、どうしたの!?」

「え?」

「え、じゃないわよ。何で泣いてんのよ・・・」

 

 

隣に座っていたアーニャが、ハンカチでネギの顔を拭いてやった。

ネギの両頬には、涙が流れていた。

ボロボロと、大粒の涙が溢れていた。

ネギ自身、驚いている。

 

 

ただ、何故か・・・泣きたかった。

とても、嬉しかったから。

・・・何が、嬉しいんだろう?

 

 

「ああ~、せっかく集まってもらってアレなんだが、俺は改まって話すのとか苦手だからよ」

 

 

壇上のナギは、ネギの様子を知ってか知らずか、そんなことを言っていた。

ナギはニカッと笑うと、親指をくいっと横に向けて。

 

 

「表に出よーぜ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

メルディアナ魔法学校は、魔法使いを養成する機関である。

当然、実技用のグラウンドなどもある。

講堂にいた人々は、ナギについてグラウンドに来ている。

 

 

ナギ自身はグラウンドの中央で屈伸などをしている。

軽い準備運動を終えた後、ナギはネギ達七年生を見て。

 

 

「よーし、んじゃ、誰からやる?」

 

 

と、言った。

その場にいた人々が、にわかにザワついた。

まぁ、スタンのように溜息を吐く人間もいたが。

 

 

「あの・・・ナギ? 何をするつもりなの?」

「何って、稽古だよ稽古・・・ん? 模擬戦? 組手? まぁ、何でも良いや、それだ」

 

 

心配そうに様子を見ていたネギの従姉にしてメルディアナ職員でもあるネカネの言葉に、ナギは軽く答えた。

そして、構える。

どうやら、模擬戦をやるつもりらしい。

 

 

「おーい、どしたホラ。何なら全員でもいーぞー?」

 

 

ちょいちょい、と手を振るナギ。

戸惑ったような顔を見せる生徒達。

その中で、ただ一人手を上げた生徒がいた・・・言うまでも無く、ネギだった。

 

 

「おぅ、ネギか」

「ハイッ、父さん!」

 

 

軽く笑うナギに、ネギは元気良く答えた。

その場にいる他の人間も、一様に好奇心を刺激されたような表情を浮かべている。

英雄と、その息子。

組み合わせとしては、これほど期待できる物は無いだろう。

 

 

「あー、最後に会ったのはいつだっけか、入学式ん時か?」

「はい、父さん」

「成績、トップなんだってな。少しはできるんだろ?」

「父さんには、とても敵わないです」

「おいおい、情けねーなー息子よ。男の子なら『てめーなんざ俺に勝てるわけねーだろタコ!』ぐらい言えって」

 

 

ネギの性格上、それはかなり難しい注文だった。

 

 

「んじゃま、なるべくもたせな・・・すぐに終わっちまうぜ?」

「・・・ハイッ!」

 

 

父の言葉に、ネギは返事をして・・・。

そして、父に向かって駆けだした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

数年前、父に譲ってもらった杖を片手に、ネギはナギに飛びかかった。

右拳を前に突き出すと、それはナギの左手で軽々と受け止められてしまう。

手を掴まれたまま、左足で蹴りに入る。

 

 

「おお、魔法剣士スタイルかよ」

「はい!」

 

 

特にスタイルを意識したことは無いが、ネギはいろいろな人の話を聞いたり、悪魔を倒したナギの戦い方を見て、接近戦重視の戦い方を練習していた。

父親に、ナギに、憧れていたから。

ただ、ほぼ独力で練習した物だが。

 

 

左足の蹴りを止められた瞬間、ナギの右拳がネギの腹部に突き刺さった。

魔法学校の生徒の魔法障壁など、ナギにとっては紙きれのような薄さだった。

 

 

「ネギ!」

 

 

ネカネが、青ざめた顔で悲鳴を上げる。

だが、ネギ自身は驚きこそすれ、倒れもしないし逃げもしない。

右頬を殴られて吹き飛ばされた後も、ネギの目はしっかりと父親を見ていた。

無詠唱の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』が10本ほど、ネギが着地した地点に襲いかかる。

 

 

ネギは杖に魔力を込めると、魔法の矢をかわすために空へと逃げた。

一旦距離をとり、体勢を整えようとする。

だが、空から下を見た時、そこにはすでにナギの姿は無かった。

 

 

「男の子が、逃げちゃダメだ、ろ!」

 

 

声と同時に、背中に衝撃。

杖を手放し、回転しながら落ちるネギ。

それでも何とか、上を見る。

 

 

そこには、杖も何も無しで空中を飛んでいるナギの姿があった。

笑いながら、右手に膨大な魔力を込めている。

おそらくは、それでも本気では無いのだろう。

 

 

「男の子だろ、耐えてみせな」

 

 

そう言って、魔力を解放する。

放たれたそれは、とても10歳にもならない子供向けて放つような代物では無かった。

下から、大人達の悲鳴が上がる。

 

 

だがそれでも、ネギはどこか冷静だった。

10年に1度の天才――――メルディアナで彼は、そう言われている。

本人にその意識があるのかはともかくとして、ある点で確かに彼には才能があった。

魔法の構造を見抜く、と言う点においてである。

 

 

「・・・ラス・テル・マ・スキル・マギステル・・・!」

 

 

即座に呪文を唱え、かつ自分の魔力の全てを込める。

そうして放った1本の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』。

それがナギの放った魔法の砲撃の側面に当たり、その反動でネギは直撃を免れる。

 

 

ネギのすぐ傍をかすめた砲撃は・・・メルディアナの結界を破壊して、街の外の山に直撃した。

轟音と共に、山の一部が吹き飛ぶ。

基本的に無人の山だが、いずれにせよ10歳にもならない子供に、特に実の息子に向けて放つような威力では無い。

 

 

直撃していれば、死んでいたかもしれない。

 

 

「おおっ、よく避けたなー」

「・・・へへっ」

 

 

パチパチと拍手すらするナギに、ネギは笑った。

今、自分は父親と一緒にいる。

その実感が、ネギの心を満たしていた。

まだ、終わらせたくなかった。

 

 

ネギは右手を伸ばすと、杖を呼んだ。

即座に右手に収まる、杖。

魔力を込めて、飛ぶ。

 

 

「行きます、父さん!」

「おう」

 

 

少しでも、1秒でも長く。

父親と、触れ合っていたかったから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「・・・あれ?」

 

 

目が覚めると、そこには見覚えの無い天井があった。

どうやら、ベッドに寝かされているらしい。

ズキッ・・・と、頭が痛んだ。

 

 

「ここは・・・」

「そこは『・・・知らない天井だ』と言うことをお勧めしますよ」

「え・・・?」

 

 

ベッドの傍に、誰かがいた。

そこにいたのは、白い髪の女の子。

読んでいた本を閉じて、その少女・・・アリアは、ネギを見た。

色違いの瞳が、ネギを見つめる。

 

 

・・・何故だろう、ネギは思う。

その瞳で見られると、とても、居心地が悪くなる。

 

 

「・・・どうして、ここにいるの?」

 

 

それは。

 

 

「どんな意味で?」

「え・・・?」

 

 

ネギは、アリアの言葉の意味がわからなかった。

どんな意味で、とは、何のことか。

 

 

「・・・ここは医務室です。模擬戦で気絶した貴方は、ここに運び込まれました」

「そ、そうなんだ」

「大騒ぎでしたよ」

「あ、あはは・・・」

 

 

ネギが苦笑いを浮かべると、アリアは溜息を吐いた。

 

 

「えと・・・それで、父さんは・・・?」

「スタン爺様に怒られている所です」

「あはは・・・」

 

 

また、ネギは苦笑いを浮かべる。

しかしアリアは、今度は溜息を吐かなかった。

沈黙して、表情も消して・・・ネギを見つめている。

ネギは、何故かとても居心地が悪かった。

 

 

まるで、何かを咎められているような気分だった。

 

 

「・・・その・・・それで、父さんはいつ、来てくれるの・・・?」

「ナギ・スプリングフィールドは来ません」

 

 

きっぱりと、アリアは言った。

それにネギは、違和感を覚える。

言葉にできない、不思議な違和感。

 

 

「少なくともこの世界で、二度と会うことは無いでしょう」

「え・・・そ、それは、どう言う」

「ネギ●●」

 

 

まただ、また聞こえなかった。

これだけ至近距離で話しているのに、ネギにはアリアの言葉の一部が、どうしても聞こえなかった。

いや、それどころか軽い頭痛すら覚える。

 

 

「ネギ●●」

 

 

アリアは、繰り返した。

ぐっ、と身を乗り出し、ベッドに両手をついて、ネギに覆いかぶさるような体制になる。

 

 

「ネギ●●、私は貴方にとって、何ですか?」

「な、何って・・・?」

「貴方にとって、『アリア』とはどんな存在ですか?」

 

 

<『ネギ』にとって、『アリア』がどんな存在なのか?>

突然のその問いは、ネギを困惑させた。

当然だろう。

 

 

同じ村の出身者、同じ学校に通う生徒、何でも良い。

突然、その人間が自分にとって何なのかと聞かれて、即座に答えられる人間がどれだけいるだろう。

 

 

「好きですか? 嫌いですか? 守るべき味方ですか? 排除すべき敵対者ですか?」

 

 

だが、アリアが聞いているのはそんなレベルの話では無かった。

それはもっと、根本的で・・・具体的な話だった。

 

 

ズキンッ・・・と、ネギは頭の痛みに顔を顰めた。

片手でこめかみを押さえた、その時・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・その小屋には、小さな男の子と女の子がいた。

どうやら2人は、兄妹らしかった。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)」

「おお~・・・」

「い、今何か出たよね●●●!」

「ええ、出ました。さすが●●●●です」

「えへへ・・・」

 

 

兄は、魔法の練習をしている。

妹は、それを嬉しそうに見ている。

シャラン、シャランと、拙い魔法の光が小屋に現れる度に、妹はパチパチと拍手をしている。

兄はそれが嬉しくて、何度も初心者用の杖を振る。

 

 

その日は、雪の降る夜だった。

まだ暖炉に上手く薪をくべることができない2人は、一緒のベッドで眠った。

お互いの身体をくっつけて、温もりを分け合った。

寒いけど・・・寒く無かった。

眠くなるまで、たくさんのことを話した。

 

 

「あのね●●●、僕、お父さんみたいになりたいんだ」

「はぁ・・・お父様みたいになって、どうするんですか?」

「んっとね、凄く強くてカッコ良い魔法使いになって、悪い奴をたくさんやっつけるんだ!」

「ふぅん・・・そうなんですか」

 

 

興奮したように語る兄に対し、妹はどこかつまらなさそうだった。

そんな妹の様子に気付いているのかいないのか、兄は続けて言った。

 

 

「そうしたら、僕が●●●を守ってあげるね!」

 

 

兄の言葉に妹は最初、きょとん、とした表情を浮かべていた。

それから、少しだけ顔を赤らめて・・・。

 

 

「・・・そ、そうですか」

「うん!」

「・・・守ってくれるんですか?」

「うん! 僕はお兄ちゃんだからね!」

 

 

ベッドの中で、えへん、と胸を張る兄。

妹は、そんな兄を温かな目で見つめると。

 

 

「じゃあ・・・私も、貴方が私を想っていてくれる限り、貴方を助けます」

「ほんと?」

「はい・・・約束ですよ。ちゃんと私を好きでいてくださいね」

「うん、約束! 大好きだよ、『アリア』」

「私も・・・『ネギ兄様』が大好きですよ」

「「約束」」

 

 

声を揃えて、ベッドの中で約束を交わした。

けれど、その約束は―――――――――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「うぅああああああぁあぁああぁああぁぁあぁああああぁぁあぁあぁっっ!!??」

 

 

突然、頭に流れ込んできた映像に、ネギは悲鳴を上げた。

アリアを押しのけて、ベッドから出ようとして・・・失敗して、落ちる。

身体をしたたかに打ち付けて、酷く痛い。

だが、頭の痛みに比べれば、大したことは無かった。

 

 

今、「思い出した」事実に比べれば、大した問題では無かった。

アリアの魔法具『忘却の書(ビブロス・テイス・レーテ)』によって奪われた記憶は、この時、完全に戻っている。

ネギは知りようも無いことだが、本来は奪われた記憶の「書」を読まない限り取り戻せないはずの記憶。

すなわち。

 

 

<ネギ・スプリングフィールドは、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの兄である>

 

 

「そんな、違う、そんなはず無い。だって僕は、僕は、僕は・・・僕は、だって」

 

 

<ナギ・スプリングフィールドは、ネギ・スプリングフィールドの父である>

<アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの母である>

<ナギ・スプリングフィールドは、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの父である>

<アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは・・・>

 

 

「違う、違う、違う・・・だって、それじゃあ・・・それじゃあ、僕は、今まで」

「そうですね」

 

 

ネギの言葉に、『アリア』が頷く。

 

 

「貴方は自分の母と妹を『世界の敵』と断定し、戦争までしかけ、加えて処刑するとまで宣言した」

「でも、それは、アリアが世界を滅ぼそうとしているって」

「そして発動する『リライト』は、世界を一度は壊す」

「僕は、僕はただ!」

「貴方だけが悪いわけじゃ無い」

 

 

その『アリア』を、ネギは頭痛に耐えながら睨みつけた。

 

 

「キミは・・・誰?」

 

 

ネギのその言葉に、『アリア』・・・否。

『ザジ・レイニーデイ』は、指をパチンッと鳴らすことで答えた。

 

 

世界が、反転する。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ここは、本物の世界ではありません」

「え・・・?」

 

 

気が付くと、ネギは何も無い真っ白な空間にいた。

靄がかかったような、そんな場所。

そして隣にいるのは白い髪の女の子では無く、褐色の肌のピエロの少女。

 

 

「ザジ・・・さん?」

「はい、ネギ先生。今は姉と・・・そしてもう一人の力を利用して、貴方の意識に干渉しています」

 

 

ザジ・レイニーデイ。

かつて麻帆良でネギが教師をしていた頃、受け持っていた生徒。

3-A所属の生徒の一人。

とは言え、ネギとはあまり交流が無かったが。

 

 

「ある程度の話はすでに聞いているでしょう。ここは『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』、『リライト』によって消された人々は例外なく、この術に取りこまれます」

「『リライト』で・・・ここは、本物の世界じゃ無い?」

「はい・・・とは言え、ただの夢と言うわけでもありません」

 

 

ネギ自身は、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と言う術のことは知らない。

ただ、『リライト』によって世界が再生すると聞いただけだ。

そして『リライト』の構築式に「分解」の要素を見つけ、エルザと衝突した・・・。

しかしある意味では、世界は「再生」されているわけである。

 

 

夢・・・ザジに言わせれば、ただの都合の良い夢では無い。

あり得たかもしれない、もう一つの現実。

幸福な現実、最善の現実。

 

 

「ネギ先生の場合は・・・『もしも父親が期待通りの人物だったら』、こう言う世界になります」

 

 

もしも、ナギ・スプリングフィールドが、ネギの理想通りの完璧な「英雄(ヒーロー)」だったら?

20年前、禍根を残す形で世界を救いはしなかっただろう。

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と言う組織は完全に絶えていただろう。

10年前、行方知れずになることも無かっただろう。

6年前、悪魔が村を襲撃などできなかっただろう。

麻帆良で起こった全ての事件は、発生すらしなかっただろう。

 

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は各人の願望や後悔から計算した、最も幸せな世界を提供します」

 

 

セールストークのような口調で、ザジは続けた。

 

 

「人生のどの時期であるかも自由・・・死も無く幸福に満たされた暖かな世界。見方によっては、これを永遠の楽園の実現と捉えることもできるでしょう」

 

 

この時、ネギには見えていないが、魔族であるザジの目には他の人間の夢も見えている。

例えば・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの夢は?

―――吸血鬼になることなく、人間として一生を過ごすこと。

 

絡繰茶々丸の夢は?

―――家族と共に在り続けること。お世話と記録を残すこと。

 

チャチャゼロの夢は?

―――家族の頭の上にいること。あと刃物があれば文句は言わない。

 

安倍晴明の夢は?

―――1000年前、母と共に暮らし、2人の息子に陰陽術を教えること。

 

龍宮真名の夢は?

―――かつてのパートナーと共に旅をすること。

 

クルト・ゲーデルの夢は?

―――18年前のアリカ女王の処刑を阻止し、元老院を潰す。そして後に生まれるアリア王女を守る。

 

天ヶ崎小太郎の夢は?

―――世界で一番強い男になって、千草や村上夏美らを守れる男になること。

 

天ヶ崎月詠の夢は?

―――剣を捨てること。「餓え」から解放されること。

 

 

そして・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの夢は?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「・・・ネギ先生」

 

 

本来なら「先生」と呼ぶ必要は無いのだが、ザジは構わずに「先生」と呼ぶ。

それは、彼女にとって人間の役職は大した意味を持たないからだろうか。

 

 

「貴方は、一人ですね」

 

 

ザジは今まで見ていたネギの夢を反芻して、そう言った。

ネギの夢と他の者達の夢とでは、明らかに違う部分があった。

 

 

「貴方には、誰もいない」

 

 

アリアにエヴァンジェリン達がいたように。

あるいは、天ヶ崎千草に小太郎や月詠がいたように。

あるいは、龍宮真名やクルト・ゲーデルに、人生を捧げても良いと思える誰かがいたように。

ネギには、喜びや悲しみを分かち合える「誰か」が、いなかった。

分かち合えなくとも、認めて受け入れてくれる「実像」を持たなかった。

 

 

周囲に人はいたが、それだけだった。

彼らは皆・・・良くも悪くも一方的だった。

そしてネギ自身・・・一方的な表現しかできなかった。

 

 

「この世界の登場人物は、父親も含めて貴方のイメージに『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が補足を加えた物で・・・本物では無いのです、ネギ先生」

「でも、僕は父さんを知ってる」

「会ったことも無いのに?」

「・・・」

 

 

ザジの言葉に、ネギは顔色を変えた。

それは、彼にとって言われたく無い言葉だった。

何故なら、本当のことだったから。

 

 

「貴方は独りです、ネギ先生」

「・・・だ・・・」

 

 

床に膝をついた体勢のまま、ネギはザジを見上げた。

その目には、涙すら浮かんでいた。

 

 

「・・・だって、だって・・・仕方が無いじゃないですか・・・!」

「・・・何がですか?」

「だって、誰も教えてくれなかったじゃ無いですか・・・!」

 

 

誰も、教えてはくれなかった。

人との接し方を、魔法の使い方を、力の意味を、本当のことを。

生きて行く上で必要な、全てのことを。

ネギは、誰からも教わらなかった。

少なくとも「大人の魔法使い」は誰も、ネギに何も教えてはくれなかった。

ただ、進めと言うばかりで。

 

 

ネギにできたことは、メルディアナの図書館で本を読み、自分で学ぶことだけだった。

授業に出ずとも、禁書庫に入ろうとも・・・誰も何も言わなかった。

何も、教えてはくれなかった。

やって良いことと、悪いことを。

魔法が上達した時だけ、褒めてくれる。それが当たり前になって行く。

それ以外に、方法を知らないから。

 

 

そして接し方がわからない内に、誰もが自分から離れて行く。

だから、一人でいるしか無かった。

どうすれば良いのか、わからなかったから。

 

 

「僕は何も、悪いことはしていません!」

 

 

血を吐くような叫び。

 

 

「それが悪いことだって言うなら、中途半端に認めたりしないで、悪いことだって教えてくれれば良いじゃないですか! そうしてくれれば、僕だって・・・」

「・・・可哀想な人」

 

 

ポツリ、とザジが小さな声で言った。

 

 

「それだけで良かったのに、それだけが手に入らない。頑張っても通じない、求めても叶わない・・・麻帆良にいた時から、貴方はそうだった・・・頑張るだけで、次には活かせなかった。だって、その方法を

知らなかったのですから・・・」

「誰も、教えてくれなかった・・・」

「・・・頑張っている自分を認めてもらえれば、きっとそれで良かった。父親を目指して頑張る自分を・・・それしか、目指す物を知らなかったのですから・・・」

 

 

そう言いながら、ザジはネギに近付く。

そして、ネギの服の胸元を掴むと・・・力任せに引き上げた。

ネギの目が、驚いたように見開かれる。

 

 

「今から貴方の意識を、現実へと押し戻します」

「ど、どうして・・・?」

「貴方が一番、祭壇に近いからです」

 

 

どんっ・・・とザジに突き飛ばされた時、ネギの背後の空間に穴が開いた。

 

 

「ここは『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』・・・しかし不完全。完全であれば、私はここに来れませんでした」

「ザ、ザジさん・・・貴方は・・・?」

「私でも、クラスメートの頼みの一つも聞くこともあります」

 

 

最後に、ザジはネギに微笑んだ。

 

 

「私がどうしてアリア先生の姿で現れたのか、わかりますか?」

「え・・・?」

「貴方が、それを望んだからです」

 

 

何を望んだと言うのか。

ネギには、わからなかった。

それもまた、教えてもらえないことだったから。

 

 

「一つだけ。もし何をすれば良いのかわからないのなら、自分の感情をそのまま口にすれば良い」

 

 

だから、わからなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「・・・今も貴方は、わからないままなのでしょうね、ネギ先生」

 

 

ネギが消えた空間を見つめながら、ザジは囁くように言った。

現実・・・魔法世界の姉の目を通じて、ザジは白い髪の少女の様子を視る。

 

 

「嫌っても、憎んでも、妬んでも、疎んでも、嫉んでも、無視しても、記憶を奪われても」

 

 

それでも。

 

 

「アリア先生を『いなかった』ことには、しなかったと言うことに」

 




アーニャ:
アーニャよ、久しぶりね!
一応、ネギの夢にも出てたわよ、いないかと思った・・・。
それにしてもあのザジって子、結構的外れよね?
だって、ネギってそういうんじゃないと思うもの。
ようするに・・・子供なのよ、ネギは!


アーニャ:
じゃあ、次回はアリアとネギが寝てる間の現実の話ね。
もちろん、私も出るわよ!
じゃあ、またね。


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第22話「完全なる世界 Side 現実」

Side クレイグ

 

『クレイグッ、大丈夫!?』

「大丈夫じゃねぇ、大ピンチだ!」

 

 

アイシャからの念話に、そう返す。

大岩やら吹き矢やら落とし穴から逃げたりしている内に、パーティーを2つに分散されちまった。

向こうにいんのは、アイシャ、リン、パイオ・ツゥの3人。

 

 

「綺麗に男女で別れたねー」

「ああ、そうだなって、パイオ・ツゥは男だろ?」

「はぁ? 何言ってんだ、女だよあいつ」

「「嘘ぉ!?」」

 

 

俺とクリスに衝撃が走る・・・とかやってたら、物理的に衝撃が走りそうになった!

バチィッ、と何かが弾けるような音がしたかと思うと、すぐ側の床が砕ける。

慌てて散開――――通路が狭くて、動きにくいけどよ――――して、足を止めずに後ろを振り返る。

さっきから、通路を全力疾走中だぜ。

 

 

バチッ、バチッ・・・バチチチチィッ!

何かが弾けるような音と、火花。

そこにいるのは、見たこともねぇくらいの美女だ。

だけど身体は肉でできてねぇ、雷でできてやがる。

あの姿も、俺らに合わせて作ってる仮初のもんだろうな。

アレは・・・。

 

 

「雷の最上位精霊とか、ありえねぇ・・・!」

 

 

とてもじゃねーが、10万ドラクマじゃ足りねぇ。

追加料金を要求するぜ、じーさん。

 

 

「アイシャ、リンッ、絶対にこっちに来んじゃねぇぞ! 死ぬぞ!」

『バカ言わないで! 今すぐにそっち行くから!』

「バカはてめぇだ! いいか、こっちは今ヤバ」

 

 

パリッ・・・と音を立てて、俺の前に雷の最上位精霊が現れる。

念話の途中、しかも俺は目を離してなかった。

だが、気付けなかった・・・!

 

 

「・・・はぁっ!」

 

 

精霊の背後から、クリスが二本の短剣で斬りかかる。

パシッ、と音を立てて精霊がまた消えて・・・瞬きの間にクリスの背後に現れた。

速ぇ、とてもじゃねぇが知覚できねぇ!

精霊の手が、クリスに伸びて・・・。

 

 

「させるかよぉっ!」

「ぶっ!?」

 

 

クリスの頭を押さえて(悪い!)身体を下に沈めさせて、俺自身は片手で剣を振る。

パシッ・・・って、またかよ!

 

 

「ぬりゃあっ!」

 

 

ザイツェフの旦那の拳が、壁に突き刺さる―――さっきまでそこにいた精霊は、やっぱり一瞬で移動しやがった―――、続いてモルボルグランの旦那が、バンッと上半身の服を破って、服の下に隠していた残りの4本の腕を露出させる。

魔族本来の姿に戻ったってわけだな。

 

 

「今こそ、俺の変身を見せる時か・・・!」

「ガハハハ、久しぶりにこの俺が本気を出せる相手が出やがったな!」

「僕はもう、魔界に帰りたいよ・・・曾爺ちゃんに会いたい」

 

 

リゾの旦那まで加わって、雷の最上位精霊に戦いを挑む。

けどやっぱ、一撃も通らない。

 

 

「よし! 僕らも行こうクレイグ!」

「前向きだなお前・・・!」

 

 

だが、逃げてばっかじゃ状況が好転しねぇのは確かだな。

俺の言うことを無視して来るだろうアイシャ達が来る前に、片付けなければならない。

 

 

「気合い入れて行くぜ、ついて来いよクリス!」

「僕だって負けないから!」

 

 

武器を構えて、俺達は雷の最上位精霊に向かって行った。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

し、シャレにならへんわ・・・!

月詠と小太郎の身体を抱き抱えながら、うちはそんなことを考えとった。

実際、シャレにならへんねやもん。

 

 

「『千刃黒曜剣』」

 

 

フェイトはんが、物凄い数の黒い剣を飛ばす。

言葉通りなら、千本あるんちゃうか、月詠が好きそうな技やね。

 

 

「ポヨ」

 

 

逆に、あっちの見た目ラスボスなポヨポヨ言う奴・・・もうポヨでええわ、そう呼ぼ。

ポヨはんは、背後の黒い本体(?)から白い魔力砲を撃って、全部いっぺんに吹き飛ばしてまう。

そしてそれを、フェイトはんは砂塵の壁で防ぐ。

フェイトはんの足元から高速で立ち上った砂の塊が盾みたいになって、魔力砲を散らしてまうんや。

 

 

別に防がんでもええんやろうけど、後ろのうちらのことを気遣ってくれとるんかな。

ちなみに、うちも最初は札を飛ばして結界張ってたねんで?

でもな、あの2人の流れ弾的なもんに、紙のように切り裂かれていく様を見せられてもうてな・・・。

もう、ええかなて思うて、結界を張るのをやめた。

 

 

「やるポヨね、人形風情が。てっきり石しか能が無いと思っていたポヨ」

「僕は<地>のアーウェルンクス・・・だった。得意が石だけとは思わないことだね」

 

 

過去形かい。

京都で一緒に仕事した時に比べると、ユニークになったかな、フェイトはん。

・・・いやぁ、京都の時からあんな感じやった気もするなぇ。

 

 

「・・・ああ、もう。うちも寝てしまいたいわ」

 

 

小太郎と月詠、あとうちの周りでグースカ寝とる関西の連中を見ながら、うちはそう毒づいた。

ポヨから聞いた話やと、現実で充実しとる人間には術が効かんとか言うとったな。

 

 

「その論理で行くと、この子らは何か不満でもあるんかな・・・いや、そもそも無い方がおかしいはずやねんけど・・・」

 

 

うちって、そない単純な人間やったかなぁ?

実際、現在進行形で現状に不満があるんやけど。

 

 

「一旦は主の理想に懸けたキミが、まさか最後の壁になるとはポヨ!」

「少し誤解があるね。彼の理想を叶える忠実な僕だったのは『テルティウム』。僕は・・・『フェイト』だ」

「詭弁を!」

「まぁね」

 

 

フェイトはんとポヨの戦いは、激しさを増しとる。

・・・それにしても、あのポヨはどうして、うちらの邪魔をするんや?

世界を守る言うんやったら、『リライト』を止めるのを邪魔せんでええやんか。

それとも、『リライト』を発動させたいんか・・・?

 

 

・・・まぁ、うちがやることは決まっとるけどな。

ちら・・・と、灰銀色の毛皮に覆われてスヤスヤと寝とる、白い髪の女の子を見る。

どんな夢を見とるんか知らんけど・・・。

 

 

「とっとと起きんかい、ボケが・・・」

 

 

自分だけ夢の世界で楽しようなんて、虫が良すぎるえ。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

前線に立つのは、久しぶりね。

しかもこれだけの規模の戦闘に参加するのは、もしかしたら20年前の大戦以来かもしれない。

加えて言えば、20年前は私は部隊長とは名ばかりの、一兵卒に過ぎなかった。

全軍の指揮官としての戦闘は、初めてと言ってもも良い。

 

 

「全員、構え―――撃てっ!!」

「「「了解!!」」」

 

 

全員の剣先から、火属性魔法が放たれる。

10数条伸びたそれが、敵の戦闘集団の先頭に着弾、炸裂する。

撃ち終わった騎士が素早く後退し、2列目の騎士達が剣を構える。

私の命令に合わせて、また撃つ。そして敵集団の先頭を吹き飛ばす。

 

 

これを、ひたすら繰り返す。

大魔法を撃ち込みたい所だけど、あまりに強い魔法を撃つと、新オスティアその物を傷つけかねない。

いやらしい言い方になるけど、後で叩かれるのも困る。

とは言え、そんな政治的な理由で戦術の幅を狭めるのが愚かしいことだとも思う。

私がアリアドネーの代表では無く、ただの部隊長であれば、部下に大魔法を許可しているわね。

 

 

「鍵持ちが来ます!」

「魔法世界出身者は、下がりなさい!」

 

 

けれど、私の命令は遅きに失した。

鍵持ちが何かの光線を放ち、横薙ぎに放たれたそれが、アリアドネー兵の列の一部を薙いだ。

ボッ・・・と、数人のアリアドネー兵が一度に消滅してしまう。

 

 

悲鳴が上がった、当然でしょう、目の前で仲間が消えたのだから。

花弁のような物をまき散らし、人が消える。

現実を否定し、逃避したとしても許される光景ね。

 

 

「次が来るわ、すぐに抜けた穴を埋めなさい! 人員補充!」

「総長、撤退すべきです!」

「撤退? どこに撤退すると言うの、そんな場所は、どこにも無いわ!!」

 

 

実際、私達が撤退できる場所など無かった。

ここは新オスティア、隔絶された浮島。

空には召喚魔の群れ、飛行して逃げることもできない。

また仮に逃げられるとしても、政治的に撤退できない状況なの。

 

 

「私達が完全に抜かれれば、背後のナイーカ村と漁港に敵の侵入を許すことになるわ! 留まるしかないのよ!!」

 

 

政治的な理由で撤退できないとは言えないから、私はそう言わざるを得ない。

民間人を守るために戦う、世界を守るために戦うのだと、部下達に信じさせるために。

部下の正義感と使命感を煽って、アリアドネーの政治目的を果たすために。

 

 

総長(グランドマスター)である私は、そう言わなければならないの。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

戦闘は苛烈を極めている。

しかも、まだ激しさを増そうとしているのだ。

 

 

『グリアソン、そっちはどうだ!?』

「ああ! そうだな・・・大騒ぎだ! そっちはどうだ!?」

『こっちも・・・ザ、ザザザ・・・!』

「リュケスティス!? ・・・ちぃっ、踏んだり蹴ったりだな・・・!」

 

 

リュケスティスとの通信も途切れて、俺は舌打ちせざるを得なかった。

元より分断されていたが、これで情報面でも分断されたわけだ。

 

 

我々はリゾートエリアと市街地の中間、ピンヘ湖上空で敵召喚魔を迎撃している。

すでに多くの召喚魔を叩いたはずだが、まだ半分も落とせていない。

それ程に、敵の数が多い。

10匹、あるいは100匹の敵を屠っても、敵の数が減ったようには見えない。

 

 

「隊長! 大型が来るニャ!」

「何!?」

 

 

副長・・・カールィ・エドワールドシュ・バイオリィ中佐の報告に、俺は顔を上げた。

見れば、全長10m程の『動く石像(ガーゴイル)』が、こちらに向かってきていた。

このまま行けば、市街地に・・・!

 

 

「行かせはせん! バイオリィ、ヘルベルト、ハルシェルド、カールセン!」

「「「「了解 (ニャ)!」」」」

 

 

副長を含めて、手近な部下を集め、大型召喚魔を迎え撃つ。

もちろん、小型の召喚魔も掃いて捨てるほど向かってくる。

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉ―――――――っ!!」

 

 

長距離から魔法を斉射し、背後から迫っていた召喚魔を槍で叩き落とす。

その時、敵の大型召喚魔――――竜型(ドラゴンタイプ)――――から、火属性のブレス攻撃が放たれた。

味方の召喚魔をも飲み込んで、ブレスを撃つとは!

 

 

「ぬぅおおおおおぉぉぉぉ―――――――っ!!」

 

 

急旋回してかわす・・・が、その攻撃で2人、カールセンとヘルベルトがやられた。

おのれ・・・!

 

 

「いぃやあああぁぁ―――――――っ!!」

 

 

槍に魔力を込め、投擲する。

途中、2匹程貫いて・・・最終的に、大型の額に命中する。

魔力解放・・・頭を、吹き飛ばす!

 

 

それで、その召喚魔は終わりだ。

だが断末魔の抵抗か、落ちる際に、長い尻尾が上から襲い掛かる。

ぬお・・・!

 

 

「隊長――――――――――――――っ!!」

「なっ・・・バイオリィ!?」

 

 

副長が、自分の騎竜ごと私に体当たりし、私を庇った。

当然、尻尾は副長に当たる。

数秒後、副長の姿は大型召喚魔と共に、見えなくなった。

 

 

「・・・バカ野郎・・・!」

「隊長、新しい群れが!」

「・・・迎え撃て! 一匹たりとも生かして帰さん、弔い合戦だ!」

「了解!」

 

 

唯一残ったハルシェルドを率いて、俺は新しい群れに突撃した。

くそ・・・いい加減にしろ!

 

 

 

 

 

Side 調

 

木精憑依最大顕現・樹龍招来。

樹霊結界、最大展開。

 

 

「ふ・・・ぅ・・・」

 

 

身体を作りかえられるような感覚に、私は呻くように息を吐きます。

木の上位精霊を私自身の身体に憑依させ、物質化しました。

それに伴い使用可能となった全ての力で、樹霊結界を張ります。

無数の木の根が、ホテルの2階部分を占拠・・・封印します。

 

 

目的は、3つ。

第一に、味方の逃走経路を作り、かつ時間を稼ぐため。

第二に、倒壊しかけているホテルを支えるため。

第三に、スクナ様を止めるため。

 

 

「ぐ・・・く、ぅ・・・」

 

 

ギシギシギシギシッ・・・と、スクナ様を取り囲んだ木の根が、ひび割れて行く。

無理です、支えきれません。

私の胸に、焦燥感が生まれます。

このままでは、数分と保たずに結界が弾け飛んでしまいます。

 

 

上の階にはまだ、多くの負傷者がいます。

戦災孤児の私が、戦争の被害者を見捨てることはできない。

暦も焔も、栞も環も頑張っているはず、私だけが逃げることはできない。

 

 

「あ・・・ひ・・・ぅ・・・」

 

 

この階層には、もはや一匹の召喚魔も存在しない。

スクナ様が文字通り「潰して」回った。

外の召喚魔も、何かを感じているのかホテルの中には入ってこなくなりました。

 

 

「・・・るか・・・」

 

 

あの時・・・あのアリアドネーの騎士が『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』で消えてしまった直後。

スクナ様の瞳が、黒から金色に変わった。

 

 

『「僕」の名はリョウメンスクナ、与える者』

 

『「僕」の名はリョウメンスクナ、奪う者』

 

『「僕」の名はリョウメンスクナ、大地に実りを与え、人を癒す者』

 

『「僕」の名はリョウメンスクナ、何も恵まず、戦乱を与える者』

 

『「僕」の名はリョウメンスクナ、神だ』

 

『キエロ、ムシケラ』

 

 

そう言って、召喚魔を潰して回った。

腕のような形をした魔力で、召喚魔を潰して回りました。

召喚魔以外に手を出さないあたり、まだ理性が残っているのかもしれませんが、これ以上は建物が持たない。

 

 

「・・・けるか・・・」

 

 

だからフェイト様達が目的を遂げて、あのアリアドネーの騎士が戻って来るまで。

私が、スクナ様を止めます。

 

 

「・・・負けるか・・・!」

 

 

止めて見せます。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

靴が破れるのも構わず、駆ける。

魔力の込め方が下手くそだから、十字架を握る掌が焼ける。

でも、構わない。

ズンッ・・・と目の前に出てきた召喚魔を、睨みつける。

 

 

「この、やろおおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――――っっ!!」

 

 

攻撃を避ける、跳ぶ、跳ねる、転がる、そして十字架を投げる。

それだけ。

掠った攻撃が、シスター服を破っていく。

シスターシャークティーに怒られるかな、なんてことを少しだけ考える。

 

 

ううん、違う。

怒られたいんだ、私は。

 

 

「よくも・・・!」

 

 

5m以内の敵は、一瞬だけ私を見失う。

何故なら、悪戯用に覚えた初級幻術呪文で、私の姿を仲間と誤認するから。

知能が低いのか、命令が単純なのか、何かの私を積極的に攻撃できないのか。

わからないけど、それもどうでも良い。

 

 

「よくも、よくも・・・!」

 

 

アーニャさん達とはぐれた。

周りには、召喚魔しかいない。

それがどうしたのさ。

 

 

「よくも、よくも、よくも・・・!」

 

 

十字架を右に投げる、同時に跳んで、目の前の召喚魔の両肩に足を乗せる。

右側の召喚魔の頭を吹き飛ばした瞬間、両手で掴んだ別の十字架の先を、私が乗っている召喚魔の頭に叩きつける。

何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、何度も!

 

 

「よくもよくもよくもよくもよくも、よくもおおおおおおぉぉおおぉぉおっっ!!」

 

 

ガチンッ、と召喚魔の頭に十字架の先が刺さった瞬間、爆発した。

熱を感じる、熱い、火傷したかも。

でもそれがいったい、どうしたってのさ。

だって、こいつら。

 

 

「返せよ・・・!」

 

 

守らなくちゃいけなったのに。

いつだって私が、大丈夫な場所まで連れて行かなくちゃいけなかったのに。

ずっと一緒だって、思っていたのに。

 

 

こんな、こんな奴らに。

戦争だか何だか、そんなくだらないことで。

 

 

「ココネを、かぁえせえええええぇえぇええぇぇぇ―――――――っっ!!」

 

 

私が持ってる残りの十字架を全部、投げる。

8個の十字架が、壁と天井、床に突き刺さる。

私がシスターに教えてもらった、唯一の攻撃魔法。

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)雷の8矢(フルグラーリス)』ッッ!!」

 

 

魔力を込めた8個の十字架に、雷属性の魔法の矢を撃ち込む。

それぞれの十字架に当たった矢が、さらに別の十字架へ移動する。

十字架から十字架へ、移動して、移動して、移動して―――――――――弾けろっっ!!

 

 

パンッ・・・そんな音がした直後、中級魔法程度の雷撃がそれぞれの十字架から拡散して放たれる。

周辺の召喚魔数体を一度に打ち据えて、数秒で消える。

シスター流、拡散する『魔法の射手(サギタ・マギカ)』。

 

 

「・・・かえせよぉ・・・」

 

 

視界が霞む。どうも魔力を使いきったらしいや。

はは・・・もともと、そんなに魔力量なかったし、修業もサボってたし。

こんなことなら、もうちょいシスターの修業、頑張ってりゃ良かったなぁ・・・。

 

 

・・・ごめん、ココネ。

私、ココネの仇もとってあげられない・・・。

 

 

「ごめん、ココネ・・・ダメな従者(おねーさん)・・・で・・・」

 

 

召喚魔、結局ほとんど倒せなかった。

でも、目の前に誰か・・・。

 

 

「・・・ごめん、シスター・・・」

 

 

グニャリ、と歪む視界の中で。

私は、誰かに抱き締められた気がした。

 

 

 

 

 

Side シャークティー

 

「・・・ごめん、シスター・・・」

 

 

抱き止めた身体は、とても小さかった。

もう15歳、大きくなったと思っていたのに、私はそう感じてしまいました。

それに、謝罪の言葉。

いったい、何に対する謝罪なのか・・・わかりませんが、とても胸を締め付けられました。

 

 

ここは、避難所と外を繋ぐ通路。

外で召喚魔を引き付け戦っている間に、美空達のいる避難所から魔力反応を感じました。

いつもより大きく、そして不安定で・・・私が良く知っている魔力。

避難所の中にまで召喚魔が侵入していることに気付いて、急遽、召喚魔を強行突破して、ここまで来ました、でも。

 

 

「美空・・・」

 

 

でもきっと、私は来るのが遅すぎたのですね。

靴とタイツが魔力の勢いに耐えきれずに破れ、足の裏に血が滲んでいます。

両手が魔力を込めた十字架の熱で焼かれ、痛々しい・・・。

両頬に、涙の跡。

 

 

・・・ココネの魔力反応が、付近にありません。

美空がココネを置いて逃げるはずが無い。

 

 

「主よ・・・教えを破ることをお許しください」

 

 

美空の魔法で排除されたはずの召喚魔が、再び集まり始めました。

中には、何度か見た「鍵持ち」もいますね。

・・・はぁ、と深く息を吐いて、私は美空の身体を背中に背負います。

そして、キッ、と周囲の召喚魔を睨み据えて。

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)雷の49矢(フルグラーリス)』」

 

 

ジャッ、と右手に構えた8本の十字架をを空中に投げ・・・空中で静止する一瞬を狙って、雷属性の魔法の矢を8本の十字架の中央に撃ち込みます。

十字架を起点に、魔法陣が展開されます。

威力を増幅・・・射出!

 

 

中級魔法程度の雷の槍が8本、大地に突き立って召喚魔を貫く。

それぞれの槍の先端から迸った電流が、大地でもう一つの魔法陣を展開します。

威力を増幅・・・解放!

魔法陣の中心に上級魔法規模の雷撃が迸り、周辺の召喚魔を巻き込みます。

雷撃が地面をのたうち、轟音を立て・・・10数体の召喚魔を一度に消滅させました。

 

 

「・・・お許しください、主よ」

 

 

ココネは、守れなかった。

けれど美空にはこれ以上、手は出させません。

 

 

「・・・高音さんと佐倉さんは、どこに・・・?」

 

 

避難所の中かもしれません。

そう思い、私は避難所の中へと駆けて行きました。

 

 

 

 

 

Side ベアトリクス

 

「もうすぐです、お嬢様! コレットさん!」

「ええ!」

「わ、わかったよ!」

 

 

アリアドネーの先輩方も、もういません。

けれど子供達は皆、無事です。

私達3人で6人の子供を守って、市街地の安全な避難所まで走ります。

 

 

ここまでの戦闘で、お嬢様とコレットさんの魔法は敵召喚魔の一部に通用しないことがわかっています。

けれど、私の攻撃は敵に対して効果があるようです。

だから、ここは私が頑張らないと・・・!

 

 

「く、また・・・!」

「で、出たぁっ!」

 

 

もうすぐ予定の避難所に到着する所で、また召喚魔が現れました。

数は3体。

地面からズブズブと転移してくるそれに対し、私は子供を抱える手を一本減らし、その片手で『装剣(メー・アルメット)』。

私の身体に、子供達が必死でしがみつきます。

 

 

「ミンティル・ミンティス・フリージア!」

 

 

子供の頃、お嬢様が考えてくださった始動キーを唱える。

これを唱える度に、私はお嬢様を守ると言う使命を思い出せる。

それが私に、力を与えてくれるのです。

 

 

「『氷結武器強化(コンフィルマーティオー・グラキアーリス)』!!」

 

 

ピキイィ・・・ンッ、と、私の剣に氷属性が付与されます。

左手で子供達を庇いながら、右手で剣を振るう!

 

 

ザンッ・・・最初の一体を正面から斬り伏せ、振り向き様に2体目を斬り倒します。

そこからさらに・・・!

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の11矢(グラキアーリス)』!」

 

 

効果は無い物の、囮にはなると思ったのか、お嬢様が魔法を撃ちます。

それは功を奏し、残りの1体がお嬢様に気を取られた、瞬間。

 

 

ズッ・・・!

 

 

召喚魔の腹部に剣を突き立て・・・カチッ、とスイッチを押し、込めた魔力を炸裂させます。

抵抗もできずに、爆発する召喚魔。

 

 

「あ・・・っ」

「危ない、ビー!」

「・・・!」

 

 

私の背中にしがみついていた6歳くらいの女の子が、堪え切れなかったのか、空中に投げだされてしまっていました。

く・・・しまった!

その子の泣き顔が、視界に入る。

地面に・・・!

 

 

「おぉっとぉ!」

 

 

地面に落ちる前に、いつの間にかいた男の人が、子供を両手で抱きとめてくれました。

ツンツン頭の、その男性は・・・?

 

 

「あ、ありがとうございます・・・貴方は?」

「俺はトサカってもんだ。お前ら、この先の避難所に用があんだろ?」

 

 

トサカと言うその男性は、女の子を肩に乗せると、自分の後ろを指で示した。

この路地の向こうの避難所に用があるのは本当なので、私達は頷いた。

 

 

「そこな、もう召喚魔にやられちまったよ」

「え!?」

「大丈夫だ、中の連中はジョニーの奴が・・・あー、まぁ、とにかく他の場所に移動させた」

 

 

移動した・・・その言葉に、胸を撫で下ろします。

 

 

「・・・でしたら何故、貴方はここに残っているんですの?」

「あ? あー・・・」

「それはねぇ、あんた達を待っていたのさ」

 

 

お嬢様のもっともな質問に答えたのは、トサカさんの後ろから現れたクマのぬいぐるみのような人。

どうやら、クママさんと言うそうです。

 

 

「あんた達が子供達を守るために来てくれるって話が来てんのに、それを伝えずに行っちまうのは、気分悪いからね」

「俺らからの通信手段は、ねーしな」

 

 

・・・確かにこのまま進んでいれば、私達は危機に陥っていたでしょう。

それでも、待っていてくれるなんて・・・。

 

 

「さ、話は後だ、新しい避難先に案内するよ。ついてきな、お嬢ちゃん達!」

「「「は、はい!」」」

「・・・って、俺を置いて行かないでくれよママ!」

「あんたは最後尾!」

 

 

子供達を連れて、私達はクママさんについて駆け出しました。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

・・・うむ、ここまでか。

元より、私がアーウェルンクスシリーズに敵うとも思ってはいなかったが。

再生核も損壊してしまった。

 

 

「随分と、手こずらせてくれましたね」

 

 

ズズ・・・と、自分の身体に黒い物を纏わりつかせた2番目(セクンドゥム)が、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を片手に私を見下ろしていた。

「<闇>のアーウェルンクス」の核を再利用しているだけあって、能力も同じと見える。

最強の影使い・・・否、<闇>使い。

闇精霊化、それが2番目(セクンドゥム)の真髄・・・。

 

 

すでに私の体は3分の2程度が消え去り、残すは胸から上と言った惨状だ。

抵抗できるはずもない。

と言うより、そろそろ良いはずだ。

 

 

「・・・フフ・・・」

「何がおかしいのですか」

「貴様は失敗した、2番目(セクンドゥム)

 

 

そう、貴様は失敗したのだ。

私などに構わず、儀式を完成させてしまえば良かった物を。

いや、むしろ構ってくれたことに感謝すべきかもしれんな。

 

 

「私を倒してくれて、感謝する」

「何・・・?」

 

 

2番目(セクンドゥム)が怪訝そうな顔を浮かべた時、彼女の手の<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が光を放った。

先程、散々打ち合ったからな・・・影を仕込ませて貰った。

 

 

2番目(セクンドゥム)、貴様は確かに強い、その能力は最強にして無敵だ。だが私の意地は、さらにその上を行く。世界を救えるのは、我ら『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』をおいて他にいないのだからな」

「その様で良く言う・・・」

「フ、私の矜持(プライド)は、貴様ごときに踏み躙られはしない!」

 

 

私は私の意思で、戦い続ける。

さぁ、生まれ変われ。

3体のアーウェルンクス・・・!

 

 

「私の体内にはある術式が埋め込まれている・・・私の脱落によって、彼らは<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の支配下から、逃れることができる」

「・・・!」

「無駄だ。その鍵を操る正統なる『資格』を持たない貴様には、同格のアーウェルンクスを抑えることはできんよ。フフハハハ、貴様は失敗した! 私一人の身体など安い物だ、フフ、フフフハハハハハッ!」

「・・・貴様!」

 

 

激高した2番目(セクンドゥム)が、鍵を振り下ろしてくる。

しかし次の瞬間、2番目(セクンドゥム)の右腕―――鍵を持っている方の腕―――が、凍りついた。

ザザザ・・・と水が渦巻き、一人の少女が私と2番目(セクンドゥム)の間に現れる。

 

 

「お前は・・・」

6(セクストゥム)、<水>のアーウェルンクスを拝命・・・初めましてお姉様(にばんめ)

 

 

ヒュンッ・・・と瞬動で私の傍に移動すると、6番目(セクストゥム)はその細い腕で私を抱きあげた。

フフ、では最後の悪あがきに行くとしようか。

ザザザ・・・と水が私達を2番目(セクンドゥム)の視界から遮った。

2番目(セクンドゥム)は私達を追おうとしたようだが、できなかったようだ。

 

 

「・・・ネギ・・・!?」

 

 

水の壁の向こうから、そんな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「『黒衣の夜想曲(ノクトゥルナ・ニグレーデイニス)』!!」

 

 

高音さんの召喚した影人形が、高音さんを守るように立つ。

それがバサッ・・・と影のマントを広げると、10数人の子供達を包み込んで隠した。

影の槍と盾が、子供達を守る・・・凄い魔法ね、アレ。

 

 

「ふ、ふふふ、この正義の味方、高音・D・グッドマンがいる限り、貴方達には指一本触れさせませんよ!」

 

 

高音さんが、そう叫ぶ。

いつもなら「頭、大丈夫?」とか思う所だけど、今は別の印象を感じるわね。

 

 

だって高音さん、足が震えてるもの。

肩だって震えているのが数メートル離れていても見えるくらい、怖がってるのがわかる。

当たり前よね、こんな状況だもの。私だって怖い。

でも、子供達はもっと怖いはず。

正義の味方は、子供の前で負けたり逃げたりしちゃ、いけないから。

 

 

「メイプル・ネイプル・アラモード! ものみな(オムネ)焼き尽くす(フランマンス)浄化の炎(フランマ・ブルガートゥス)破壊の主(ドミネー・エクステインク)にして(テイオーニス)再生の徴よ(エト・シグヌム・レゲネラテイオーニス)我が手に宿りて(イン・メアー・マヌー・エンス)敵を喰らえ(イミニークム・エダット)、『紅き焰(フラグランティア・ルビカンス)』!」

 

 

佐倉さんはアーティファクトらしい箒を片手に、火属性魔法を撃ってる。

私がいるこの空間は、『アラストール』の力で火属性は効果が1.5倍増しになる。

 

 

「ちっくしょうめ・・・まさか、こんな所でくたばることになるとはな。ヘレン、情けないお兄ちゃんを許してくれよ・・・!」

「さようならロバート、貴方のことは今日の夕食くらいまでは忘れないわ。ヘレンのことは万事私に任せて、安心して死になさい」

「へっ、死ぬわけねーだろ、バーカ! てめぇこそ死ね! そして俺はヘレンとグリーンゲ○ブルス的な生活をしてやる!」

「いいわよ? でも私が死んだ場合、貴方の醜聞が27通りの方法でヘレンの所に届けられるから、そのつもりで」

「失せろ召喚魔! 俺の女(シオン)に触るんじゃねぇ!」

「紳士ね」

「言ってろ!」

 

 

ロバートとシオンは、口喧嘩(?)しながら頑張ってるわ。

あそこだけは、いつもと同じね。

ロバートが突撃、シオンが無詠唱の魔法の矢を撃ってカバーしてる。

 

 

そして、私。

両手足に炎を纏って、召喚魔の間を駆け抜ける。

 

 

「はあああぁぁぁ――――――っ!」

 

 

グシャッ・・・と、召喚魔の顔面を潰す。

手を離すと、そこが燃え上がる。

 

 

着地と同時に身体を鎮めて、別の召喚魔の攻撃をかわす。

そのまま片手を地面についたまま回転、後ろ回し蹴りの要領で背後の召喚魔の脇腹に踵をぶつける。

炎が軌跡を描いて、『動く石像(ガーゴイル)』の脇腹に罅を入れる。

足を離すと、炎が吹き出て召喚魔の身体が折れる。

 

 

「春日さんを追いかけないと!」

「わかってるけど、数が多くて・・・こっちも手一杯よ!」

 

 

佐倉さんの声に、視線を向けずに答える。

ココネさんがやられた後、春日さんは召喚魔の間を駆けてどこかに行っちゃった。

避難所のどこかには、いると思うけど。

でも探しに行ける程、余裕が無い。無事を祈るしか・・・。

 

 

グッ、と、何かに足を掴まれた。

見ると、地面からズブズブと出てきた召喚魔が、私の左足を掴んでいた。

・・・『アラストー・・・。

 

 

炎でガードする前に、視界が回転した。

 

 

次の瞬間、背中と後頭部に衝撃と激痛。

壁に叩きつけられた、それを認識した次の瞬間、今度はお腹。

殴られ・・・!

 

 

「・・・ッ!?」

 

 

悲鳴も上げられない、呼吸が上手くできない。

床に顔から落ちて、頬骨が痛みを訴えてくる。

息が吸えない、苦しい。でも、立たないと・・・!

 

 

「アーニャさん!?」

「ロバート、GO!」

「犬か俺は!? けど行ってやるよ、畜生!」

 

 

ざり・・・と、爪で床を引っ掻きながら、何とか顔を上げる。

そこには、長い腕を振り上げた『動く石像(ガーゴイル)』。

こんな、所で・・・!

でも、私が纏っていた炎は消えちゃったし、新しい炎を作るには集中しないと・・・!

 

 

私は、炎を作れなかった。

でも、次の瞬間。

 

 

炎が生まれて・・・燃え上がった。

 

 

ボロ・・・と、燃え尽きて崩れる召喚魔。

召喚魔がいなくなった後も、その炎は消えなかった。

 

 

「・・・やれやれ、ようやく目覚めてみれば『人間を守れ』だって・・・くだらないね」

 

 

炎が、人の形になっていく。

そこから出てきたのは、どこかで見た覚えのある白髪の男の子。

ただ、髪型とかが微妙に違う。

 

 

「あ、あんたは・・・?」

「・・・4(クゥァルトゥム)、<火>のアーウェルンクスを拝命・・・」

 

 

えっと・・・く、くぅぁるとぅむ?

変な名前のその男の子はゆったりとした動作で、両手を広げた。

 

 

「では・・・人間以外を、炙ってやろう」

 

 

『アラストール』が震える程の炎が、生まれた。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

こいつぁ、ちょっとばかしヤバいかもしれねぇな。

周りの戦況を見ながら、俺はそう思った。

 

 

「『千(ホ・)の顔を(ヘーロ-ス・メタ・)持つ英雄(キーリオーン・プロソーポーン)』!」

 

 

ヒュボボボボボッ・・・アーティファクトで作った剣を100本ほど、連続で投げる。

それで、正面の召喚魔の群れは何とか崩せるわけだが。

それにしたって、守れんのは『インペリアルシップ』と数隻ってとこだろ。

全体の戦況の不味さは、どうにもなんねぇ。

 

 

これで、ナギやアルの野郎がいれば話は別なんだがな。

まぁ、あいつらが来れねぇのはわかりきってることだから、良いけどよ。

 

 

「・・・にしても、20年の間に帝国兵の連中、なまったんじゃねぇかぁ?」

 

 

20年前の大戦ん時は、もちっと粘ってただろうが。

・・・あの頃は、まぁ、楽しかったな。

 

 

ナギのバカと毎日やりあってよ、アルの野郎は笑ってばっかで。

ゼクトのじーさんは意外とボケで、ガトウは真面目だけど突っ込みはしねぇから、詠春ばっか苦労してたっけな。

それが今じゃ、誰もいねぇ。

 

 

『ジャック!』

「・・・おーう、何だよじゃじゃ馬姫」

『じゃじゃ馬言うな! では無く、左舷上部から2000!』

「お?」

 

 

左上を見ると、なるほど、ウジャウジャと寄って来るわ。

んじゃ、害虫掃除と行くかね。

 

 

「ぬうぅぅん・・・っ!」

 

 

グンッ、と右手に気を集める。

そして、適当に殴る。

 

 

「『羅漢(ラカン)適当に右パンチ』ッ!!」

 

 

ドゴンッ・・・と音を立てて、圧縮された気弾が上空の召喚魔の群れを半分ほど消し飛ばした。

お、まだ残ってんのな、なら。

 

 

「『羅漢萬烈拳』!!」

 

 

近付いてきた奴を、ひたすらに拳で叩き落とす。

大半は簡単に落とせるんだが・・・例外がいるわけだな、コレが。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ち。

 

 

「おいおい、マジか」

 

 

20体くらい鍵持ちがいやがるじゃんよ。

ちょいと、キツいかなこれは。

俺様が、ガラにも無くそんなことを考えた時だ。

 

 

その20体の鍵持ちが、一瞬で何かに貫かれた。

いやぁ、貫かれたってか、すげぇスピードで撃ち抜かれたって言った方がいいな。

だが、俺にも知覚できねぇ速さだと・・・?

 

 

「・・・任務受領、混成艦隊を援護する・・・」

 

 

トン・・・と、甲板に着地したのは、髪の毛がツンツンした、変な奴。

・・・うん? この感じは、こいつ・・・。

 

 

「あん? てめぇは・・・」

「・・・5(クゥィントゥム)、<風>のアーウェルンクスを拝命・・・」

 

 

パリッ・・・そいつの身体に、電流が走った。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

ザジさんはどうして、僕をここに戻したんだろう。

戻った所で、僕はどうすればいいのかわからない。

 

 

「・・・ネギ・・・!?」

 

 

目の前には、エルザさんがいる。

その手には、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>。

ボクの後ろには、のどかさんが寝ていて。

祭壇には、変わらず明日菜さんがいる。

 

 

『リライト』も止まって無い。

このまま行くと、世界は滅ぶ。

 

 

「・・・わからない・・・」

 

 

どうするべきなのか、わからない。

どうしたら良いのか、わからない。

戦えば良いのか、話せば良いのか、それとも何もしない方が良いのか。

何も、わからなかった。

 

 

ここには、僕にどうすれば良いのかを教えてくれる人が誰もいない。

決めてくれる人が、誰もいない。

 

 

「・・・ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

 

ズズ・・・と、身体の中を何かが浸食していくのを感じる。

そう言えばラカンさん、使うなって言ってたかな。

 

 

来れ精霊(ウェニアント・スピーリトゥス)風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)雷をまといて(クム・フルグラティオーネ)吹けよ(フレット・)南洋の風(テンペスタース・アウストリーナ)・・・『雷の(ヨウィス・テンペスタース)暴風(・フルグリエンス))

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)>。

思えばコレが、僕が魔法世界で手に入れた唯一の物かもしれない。

そう言う意味では、愛着も湧くのかもしれない。

 

 

「『固定(スタグネット)』」

 

 

6年前、父さんは言った。

元気に、幸せに育てって、何もできなくて悪かったって。

でも。

 

 

「『掌握(コンプレクシオー)』」

 

 

確かに僕は、父さんのことを何も知らないのかもしれない。

他のことだって、何もわからない。

だけど、それでも僕はあの日、父さんに助けてもらったんだ。

それだけは、変わらない。

 

 

「『魔力充填(スプレーメントゥム・プロ))

 

 

だから、いつか。

いつか、僕は・・・確かめに行こう。

父さんが本当に、僕の思っている通りの父さんなのか。

 

 

バリッ・・・と、僕の身体が雷を纏う。

出陣前、僕が魔法球の中で会得した、唯一の技。

今の僕にできる、最高の魔法。

 

 

「・・・結局、私の邪魔をするわけですね、ネギ?」

「私の? 『お父様の邪魔を』ではないんですね、エルザさん」

「・・・」

 

 

エルザさんが、顔色を変えた。

自分がこんな皮肉を言えるなんて、初めて知った。

 

 

「正直、僕は自分が何をすべきで、どうすればいいのか。全然、わかりません」

「では、どうして邪魔をするのですか」

「邪魔・・・そう、僕は貴女の邪魔をする。それは、貴女が父さんの敵だったから・・・」

 

 

それも、どうしてか違う気がする。

 

 

『自分の感情をそのまま口にすれば良い』

 

 

夢の中で、ザジさんはそう言った。

自分の感情を、そのまま口に・・・?

つまり。

 

 

「・・・貴女のことが嫌いだからです、エルザさん」

 

 

・・・こう言うこと?

 

 

「わからないと言うなら、それで良い。わからないままに死になさい。今度は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』だなどと温いことは言わず、肉体的に殺して差し上げます。お父様には、自殺したとでも言えばわかってくださる・・・!」

 

 

・・・むしろ、エルザさんの戦意が上がってる気がするんだけど、ザジさん?

ああ、でも、どうしてだろう。

気分が、良いや。

 

 

「・・・アリアにも、会えたら言おう」

 

 

ずっと前から言いたかったことを、言ってみようと思う。

どんな顔をするか・・・少しだけ、楽しみ。

 

 

「『術式武装(アルマティオーネ)疾風迅雷(アギリタース・フルメニス)』」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

キュキュンッ・・・と、魔力の砲撃が放たれる。

僕はそれを全て、拳で叩き落とさなくてはならない。

最悪、照準をズラしたりしなければならないからね。

何せ、僕の後ろにはアリア・・・・・・・・・と、まぁ、いろいろといるからね。

 

 

「今、ついで扱いされたような気がする・・・」

 

 

千草さんの声がした気がするけれど、聞き流すことにする。

僕は左右に素早く、小刻みに移動する。

 

 

「動く的には、当てられないとでも言うポヨか!」

「まさか、そこまでキミを侮っているわけじゃない」

 

 

言いつつも、僕は相手に近付いて行く。

それに合わせて、砲撃の照準がズレて行く。

味方のいない、敵の背後に回り込んで行く。

 

 

「ガトリングデス」

 

 

僕の残像をすり抜ける形で、田中君の銃弾が殺到する。

もちろん、僕に当たることは無い。

無傷で目覚めを待ちたいからね。

 

 

「こんな物・・・な!?」

 

 

そしてその銃弾は、魔法障壁をすり抜ける。

誰が作ったのかは知らないけれど、随分と凶悪な弾丸を装備させている。

魔法使い殺しの銃弾。

流石に高位の魔族だけあって、それで倒れるわけは無いだろうけど。

 

 

それでも無数の銃弾に撃たれて、ダンスを踊る程度には効果があったらしい。

傷はすぐに塞がるようだけど。

 

 

「――――――返すポヨ!」

「・・・!」

 

 

どう言う原理かはわからないけれど、受けた銃弾が、背後の本体の口から放たれて来た。

ウォン・・・魔法陣を展開して、魔装兵具・・・。

 

 

「『万象貫く黒杭の円環』」

 

 

全ての銃弾の軌跡を読み、それに合わせて石の杭を放つ。

その数、875発。

無論、全て撃ち落とした。

・・・これくらいできなくて、これからどうすると言うんだい?

 

 

「ポケットに片手を入れて・・・余裕のつもりポヨか?」

「うん? ・・・ああ、コレは僕の癖みたいな物だよ」

 

 

普段から、ポケットに手を入れている姿勢が多くてね。

馴染んでしまったのさ。

今も、右手をポケットの中に収めている。

 

 

「やるポヨね・・・だが、確信したポヨ。あの子の進む道の先に、超鈴音がいる・・・!」

「・・・キミがどんな未来を知っているのか、僕は知らない」

 

 

と言うより、どうして未来を知っているのかの方が重要だと思うけどね。

未来人とでも言うつもりかな、だとしたら笑えない。

そんな存在、いるはずも無いのだから。

 

 

「なら、教えてやるポヨ・・・アリア先生は、不幸になる!」

「・・・・・・そう、教えてくれてありがとう」

 

 

それだけ聞ければ、さしあたり僕にとっては十分だ。

瞬動で移動し、懐に潜る。

相手に知覚される前に、ポケットに収めていた右拳で腹を打つ。

 

 

「ぐ、ポ・・・!」

「せいぜい、目を離さないことにするよ」

 

 

見ることに関しては、これでも自信がある方でね。

これまで以上に、見ることにしよう。

・・・うん、そうしよう。

 

 

「・・・それは無理ポヨ」

「む・・・」

「キミはここで、消える」

 

 

ギギ・・・と、拳を押し返される。

どうやら僕が撃ち込むよりも早く、拳を受け止めていたらしい。

グポッ、と本体の口が開き、魔力が収束を始める。

・・・流石に、不味いかもしれない。

 

 

けれど、僕は特に慌てたりはしなかった。

何故なら。

 

 

「・・・『全てを喰らう』・・・」

 

 

放たれる前に、僕の眼前に白い小さな手が映った。

そしてそれが、本体から放たれた魔力を奪い取る様を見ることになる。

 

 

「バカな・・・」

「初めまして・・・ザジさんのお姉さん、ですね?」

 

 

アリアの声に、「核(こころ)」が震えた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ギュルギュルと、左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』から魔力が全身に行き渡るのを感じます。

この感覚、久しぶりな気がしますね。

 

 

「どうやって、現実に・・・?」

「どうして、私を止めるのでしょう?」

 

 

質問を質問で返すのは、本当は良くないことです。

でも時間がありませんので、手っ取り早く話を進めましょう。

 

 

「・・・この世界は、いずれ滅びる。知っているポヨ?」

「もちろん。こちらの試算では・・・およそ10年と2カ月。」

「私の研究機関の試算では、それよりも早い。9年6カ月後には崩壊が始まるポヨ」

 

 

工部省科学技術局特殊現象分析課・・・つまりエヴァさんのチームは、すでに崩壊までの時間を試算しています、あくまで概算ですが・・・。

ザジさんのお姉さん・・・ポヨさん(仮称)の機関の試算と若干のズレがありますが、まぁ、概ね10年以内にどうにかしなければならない、と言うことでしょう。

 

 

「崩壊に巻き込まれて魔法世界12億の民はほとんどが死に絶えるポヨ。残った者も地球人類との泥沼の戦争に叩き込まれる・・・悲惨ポヨよ?」

「それが、超さんのいた未来」

「その通りポヨ・・・私は力ある者の責務として、これらの悲劇を見過ごすことはできないポヨ」

 

 

力ある者の責務、ですか。

魔族、悪魔・・・何でも良いですが。

まるで、正義の味方のようなことを言いますね。

・・・と言うかもう、魔界にでも保護したらどうですか?

魔界がどんな場所かは、知りませんけどね。

 

 

「改めて聞くポヨ、それでも『リライト』を止めるポヨか?」

「ええ、止めます」

「妙に自信たっぷりに言うポヨね・・・何か代案があるポヨか?」

「あるわけないでしょう、私を誰だと思っているんですか」

 

 

代案なんて、考えつくわけ無いでしょう。

ここに来た理由はもちろん、『リライト』の阻止です。

ですがもう一つ、「世界の秘密」とやらを知るために来ました。

この方達だけが知っていて、そう、勝手に知りやがった上で無理だとか『リライト』しか無いんだと言っている、その「世界の秘密」とやらをね。

フェイトさんも、そこまで細かい所は知りませんからね。

 

 

非常に、気に入りません。

そこまで自信があるなら教えなさい、その知識。

代案を要求するなら、貴女達が握っている情報を全て寄越しなさい。

それが無理だと言うのなら、こちらから出向いて奪い取って差し上げます。

その上で、皆で考えましょう。

 

 

「まぁ、つまりは私、ノープランでここに来ました」

「いや、そこは自慢気に言うたらあかんやろ・・・」

 

 

千草さんの声が聞こえましたが、あえて聞き流します。

 

 

「加えて言えば、一応私達は世界代表として『リライト』を止めに来ていますので」

 

 

連合の代表が混成軍にいませんので、世界の半分ですけどね。

それでも・・・世界の半分の代表が『リライト』を否定している今。

『リライト』は止めるべきです。

それが、「皆の意見」なら。

9年6カ月の猶予があるなら、今すぐに『リライト』を発動させる意味もありません。

 

 

「つまりコレは、世界の意思です」

「・・・いや違う! 真実を知らされぬままに決定された意思など、世界の意思とは呼べないポヨ。誰によって成されるかも問題では無いポヨ・・・『リライト』を発動し、全世界を『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に封ずる。コレ以外に道は無いポヨ!」

 

 

グンッ・・・と、振り下ろされるポヨさんの本体の腕。

かわそうとした時、クンッ、と手を引かれました。

床を割る音。少しの浮遊感。

 

 

「・・・大丈夫?」

「え・・・わっ、はわっ・・・!」

 

 

右手は背中、左手は膝・・・フェイトさんが、私を抱き上げていました。

も、もしやこれは、伝説のお姫様抱っこ・・・!

 

 

「・・・いちいち、雰囲気出すなポヨ!」

 

 

怒鳴るように叫んで、ポヨさんが再び魔力砲を放ちます。

いえ、これは違うんです・・・!

などと思いつつ、再び『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』で無効化しようとした時。

 

 

「・・・全くだ!」

「へ?」

 

 

その魔力砲は、私達に届くことはありませんでした。

金色の髪と黒いマントを靡かせて、エヴァさんがそれを弾き・・・いえ、受け止めて、握り潰してしまったからです。

・・・掌から煙出てますけど、大丈夫ですか?

 

 

「私の許可も無く、アリアに触るな若造(フェイト)」

「じゃあ・・・抱かせて?」

「ひ!?」

「よーしわかった。死にたいんだな、そうなんだな、わざとなんだな!?」

「静かにしてくださいマスター、音が入ってしまいます」

「マジメニヤレヨ、オマエラ・・・」

「ふー・・・む? 囲碁指南役に勝てそうだったのじゃが・・・」

 

 

・・・皆、起きてきたみたいです。

見れば、周囲に倒れていた兵士さん達も順次・・・わわわっ。

 

 

私は慌てて、フェイトさんの手から降りました。

・・・何故か、物凄く悲しそうな顔をされました。

ええぇー・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

あー・・・腹立たしいな。

私だってしたことな・・・いや、そうではなくてだな。

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』。

なるほど、恐ろしい術だ。

幸せとは、人をこれほどまでに縛る物だったらしい。

 

 

「・・・アリア先生の脱出で、タガが緩んだポヨか・・・」

「ふん、ザジか・・・」

「あの方はザジさんのお姉さんなんだそうです」

「ふん? じゃあ・・・ポヨで良いか」

 

 

ポヨポヨ言ってるしな、それで良いだろう。

 

 

「・・・『リライト』は、止めさせないポヨ。まとめて送るポヨ、次こそは真なる『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』へ・・・!」

 

 

ズンッ・・・とポヨの身体から溢れ出る魔力。

ふん、アレをどうにかするには、それなりの者が残って相手をせねばなるまい。

 

 

「なら、私がやろうかな」

「真名さん」

「遅くなったよ。すまなかったね、先生」

 

 

龍宮真名か・・・確かに、龍宮なら相手になるか。

ふむ、では龍宮を足止めに残して・・・。

私がそう、アリアに言おうとした時だった。

 

 

不意に、ポヨの周囲の瓦礫の下から何かが飛び出してきた。

あれは・・・?

 

 

「ジャンプ地雷?」

 

 

驚いたように言ったのは、龍宮だった。

ああ言う物は、茶々丸かこいつだと思っていたが、違うらしい。

まぁ、設置の時間など無かったはずだしな。

だとすると、誰が。

 

 

「ポ・・・!?」

 

 

7つの地雷が発動したが、爆発はしなかった。

代わりに、重力場が発生し・・・ポヨを押さえ付けた。

そして、動きを止めたポヨの本体の上に圧し掛かった・・・否、降り立った者がいた。

重力場の中にいるため、まさに田中の巨体が押し付けられている。

 

 

「田中さん!?」

 

 

アリアの驚きに満ちた声。

私も驚いた・・・田中はポヨの本体に取りつくと、銃のような形になった腕を押し付けた。

な、何だ、何をするつもりで。

 

 

「無駄ポヨ。銃ならさっきと同じ結果に・・・!」

「射出(ファイア)」

「ポガッ・・・ッ!?」

 

 

ポヨの言葉を遮る形で、田中が何かを撃った。

地面と空気の振動でわかる、凄まじい衝撃。

だが、それよりも凄まじいのは。

 

 

「し、障壁が・・・!?」

「・・・次弾装填シマス」

 

 

ガキンッ、と腕を折り、何かを詰めたかと思うと、またポヨに押し付ける。

・・・アレは、高位魔族の魔法障壁も破れるのか!?

 

 

「・・・対戦車ライフル・・・いや、拳銃か・・・?」

 

 

龍宮が何か言ってるが、全然わからん。

わ、私はそう言うのには疎いんだ。

 

 

「田中さん!」

「ちょ、待てアリア、どうする気だ・・・重力場に巻き込まれるぞ!?」

「アレは超(チャオ)特製の重力地雷です。魔法では逃れられません」

「私の能力なら何とかできるかもしれません! このままだと田中さんが・・・!」

「お前は『リライト』の解除に魔力を温存しなければならんだろうが!」

「でも!」

 

 

でもも何もあるか!

騒いでいる内に、田中の行動は次の段階になりつつあった。

 

 

「射出(ファイア)」

「ポォッ!?」

「射出(ファイア)」

「ぎがっ・・・!?」

「射出(ファイア)」

「ちっ・・・ちょ、ちょっとま」

「射出(ファイア)」

「まぐっ!? ま・・・ま」

「射出(ファイア)」

「まぁ、ああああぁぁああぁ・・・!!」

 

 

一発撃ち込むたびに、ポヨの足元の床に罅が入る。

障壁の破片が、宙を舞う。

よ、容赦が無いな・・・良いことだが。

 

 

「田中さん!!」

 

 

アリアが名前を呼ぶと、ターミネ○ターそっくりなロボットは、一瞬だけこちらを見た。

それから、銃になってない方の手を上げて・・・親指を立てた。

 

 

「『I will be back』」

 

 

必ず戻る――――だそうだ。

英国人のアリアに、伝わらないはずが無いな。

 

 

「カムイ!」

 

 

私が叫んだ時には、すでに灰銀色の巨狼はアリアを咥えて走り出していた。

仕事が早いな!

 

 

「全員進め! ここは田中に任せる!」

「ちょ、エヴァさん何を言って――――――――――!」

「シャオリー!」

「起きている! 全員進め!」

「千草!」

「命令すんな! 行くでお前ら! 月詠も寝たフリすんなや!」

 

 

よし、では。

 

 

「い、行かせないポ」

「射出(ファイア)」

「ぐっ・・・ああああああああああぁああぁぁぁ・・・!!」

 

 

ドズンッ・・・一際凄まじい衝撃が走った後・・・。

 

 

「た、田中さあああぁぁぁんっ!!」

 

 

田中は、ポヨと共に地下に消えた。

 

 

 

 

 

Side ポヨ・レイニーデイ

 

ぐぐっ・・・何ポヨか、このロボットは!

肉体にダメージを負わされるなど・・・何百年ぶりポヨか!?

人間の作ったロボットごときに、こんな力が・・・!

 

 

「いい加減――――――――離れろポヨォッ!!」

 

 

本体の腕を振るって、田中とか言うロボットを振り払う。

学園祭の様子を妹の目を通じて見ていたポヨが、それほどの脅威とは思わなかったポヨ。

流石は、超鈴音の作品と言った所ポヨか。

 

 

田中はジェット噴射で、空を飛んだポヨ。

さっきから随分と、好き勝手にボカボカと・・・!

 

 

「『魔弾の射手』装填・・・・・・射出(ファイア)!」

 

 

さっきとは別の腕が折れて、新しい銃が出てきたポヨ。

でも、今度はただの銃弾・・・な!?

かわしたはずの銃弾が、急激に曲がって・・・!

 

 

「ポッ、ポッ、ポッ・・・!?」

 

 

・・・ち、調子に。

 

 

「乗るなポヨォッ!」

 

 

キュアッ・・・と、魔力砲を撃つ。

それも一撃では無く、連続で3発。

 

 

「回避運動開始シマス」

 

 

急上昇して1発目を回避、そこから旋回して2発目を回避。

しかし3発目が、捉えた。

直撃こそしなかった物の、田中の右半身を削り取って・・・な!?

 

 

「直進するポヨか!?」

 

 

魔力砲の軌道に合わせて、身体を削られながらも前進する田中。

部品が、破片が散って行く中、それでも田中は前進をやめないポヨ。

痛みを感じない、ロボットだからこそできる行動。

しかも背中から折りたたんだ剣――――10m程の大剣――――を抜いて、私に。

 

 

「『斬艦刀』――――――!」

「・・・ロボットなどに!!」

 

 

ロボットなどに、邪魔をされてたまるかポヨ!

怒りと共に、魔力砲を放つ。

田中は大剣を盾代わりにしようとしたが、そんな物で止められはしないポヨ。

勝った・・・!

 

 

大剣が私の放った魔力に飲まれ、消える。

しかし次の瞬間、私は表情を引き攣らせたポヨ。

上半身だけになった田中が、爆煙の中から姿を現したから・・・。

 

 

ガシッ・・・と、私の身体が、田中の残された腕で掴まれたポヨ。

この距離を!?

 

 

「ワイヤー・・・ロケットパンチ!?・・・ガッ!?」

 

 

キュラララッ・・・と音を立ててワイヤーが巻き戻り、田中の半分以下になった身体が私の身体に衝突したポヨ。

互いの額が打ち合い、間近で互いの目を見ることになる。

罅割れたサングラスの向こう側と、目を合わせる。

 

 

不意に視界に入ったのは、田中の残った左胸の部分。

右胸は無くて・・・いや、とにかく。

黒服が破れ、黒の革ジャケットが見える。

胸元には・・・い、苺のアップリ・・・ケ?

 

 

「ガガ・・・ガ、『虹玉』・・・ガガ、射出シマス・・・ガガガ」

「な、何?」

 

 

その時、田中の口から何かが転がり落ちたポヨ。

下へ落ち続ける私と田中の前で、それは。

カッ・・・と、光を放ったポヨ!

 

 

閃光弾!?

目が・・・魔族の私に、こんな物が・・・!

こんな・・・こんな!

 

 

「ぐ、ぅぁぁあああああぁぁあぁ・・・!」

 

 

両手で目を押さえると、田中がより強く私の身体にしがみついてきたポヨ。

振り・・・ほどけないポヨ!

そして田中の身体が、徐々に熱を持って・・・ヤバいポヨ!

 

 

「こ・・・このままでは、お前も壊れる・・・いや、死ぬポヨよ!? それで良いポヨか!?」

「問題・・・ガガ・・・アリマセ・・・ガ・・・ン」

「こ、これだからプログラムで動くロボットは・・・! じ、自分が倒れてまで相手を倒すなんて・・・そんな結果・・・勝利に、いったい、何の意味があるポヨ!?」

「ガガ・・・問題・・・ガガ・・・アリ、マセ・・・ガガ」

 

 

キュイィィン・・・と、電子音が聞こえる。

見えないことが、かえって・・・。

 

 

「・・・『I will be back』・・・」

「はぁ!?」

「ガガ・・・『I will be back』・・・!」

「こ、壊れたラジカセじゃあるまいし・・・!」

「『I will be back』・・・ガガ、ガ、ピ・・・魔力炉、臨界突破・・・ピー!」

「う、うわあああぁぁああぁぁああぁあああああああああああっ!?」

 

 

不吉な単語に、私は悲鳴を上げたポヨ。

今の私には、身を守るべき魔法障壁が存在しな

 

 

「『Hasta la vista,baby』」

 




茶々丸:
茶々丸です、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今回は、私達が眠っている間の現実の話でした。
その後は、私の弟が大活躍です。

さて、ここで弟の使った機能を確認させて頂きます。
以前にも説明した物ですが、新しい物もあります。

『ドア・ノッカー』(パンプキン・シザース):司書様提案。
ポヨさんの障壁をブチ抜いた装備。零距離であることが条件です。
13ミリ対戦車拳銃です。

『斬艦刀』:黒鷹様提供。
刀身10mの巨大剣。厚みがあるので盾にも使えます。

『魔弾の射手』(HELLSING):黒鷹様提供。
本来はマスケット銃。ホーミング能力を持った銃弾を撃ちます。

『虹玉』:アプロディーテ様
込められた魔力分、相手を失明させる閃光弾です。

『I will be back(私は戻ってくる)』:黒鷹様提供。
復活の言葉です。何度やられても、何度破壊されても、何度ボロボロにされても、この言葉を唱えるたびに、何度でも何度でも蘇ることが可能です。
・・・機能と言うよりは、精神的な物のような気がします。

『Hasta la vista,baby(地獄で会おうぜ、ベイビー)』
自爆コードです。自らを犠牲にして敵を確実に滅します。
ありがとうございます(ぺこり)。

なお、作中で登場した竜騎兵隊副長の名前、カールィ・エドワールドシュ・バイオリィは、伸様提案です。
ありがとうございます(ぺこり)。


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第23話「踏破」

Side アーニャ

 

ちょ・・・ちょちょ!?

何よ、あの子・・・フェイトっぽいけど、かなり違う!

 

 

「はん・・・数だけは多いな。まぁ良い、手早く済まそう」

 

 

今、私やシオンさん達は外にいる。

避難所の出口から出てきたわけじゃなくて、あの・・・クゥァルトゥムとか言う男の子が、避難所の天井を吹き飛ばしたの。

召喚魔を吹き飛ばした結果なんだけど、無茶苦茶よ!

 

 

「ち、ちょっとアンタ! 待ちなさいよ!」

「ヴィシュ・タルリ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

こ、声をかけても無視するしぃ――――っ!!

私はその子を追いかけて、建物の壁を蹴って、屋根の上へ。

 

 

「何事ですか・・・って、アーニャさん!?」

「うぉ、無事だったんスか、シャークティー先生・・・って、オイ! どこに行くんだ爆裂娘!」

 

 

避難所の出入り口から慌てて出てきたのは、シャークティー先生。

背中に、春日さんがいる・・・良かった、無事だったんだ。

 

 

「ゴメン、ロバート! 私ちょっと行ってくるわ!」

「はぁ!?」

 

 

ロバートの声を振りきって、屋根の上を走る。

上を見れば、クゥァルトゥム君が何か蜂みたいな形をした物を無数に生み出して、召喚魔を次々と撃ち落としていた。

凄い・・・けど!

 

 

その蜂みたな奴、見た目よりも威力がずっと高いのよ。

爆発に巻き込まれて近くの建物が崩れたり、火事になったり・・・って、嘘!?

 

 

「『アラストール』ッ!」

 

 

瞬動で火事の場所まで行って、周辺の空間から熱を奪い、鎮火させる。

奪った熱は、私の身体強化に使わせてもらうわ。

それを繰り返しながら、私はクゥァルトゥム君を追いかける。

 

 

「・・・ここにいたか、アーニャ!」

「げ、アンタは!」

「無事か!? 怪我は無いか!? あったら環が治すぞ!」

「また、面倒なのが来たわね・・・!」

 

 

別に身の危険が増えたとかじゃないけど、あんまり良い思い出が無いわ。

屋根の上を走る私の横に現れたのは、フェイトガールズの一人、焔。

よくわかんないけど、私の世話を焼きたがるの。

 

 

私の傍にはもう一人、黒髪の猫耳の女の子がいた・・・確か、暦さん?

目礼すると、返してくれた。

この人は、割と普通なのよね・・・。

 

 

「何で、ここに・・・と言うか2人だけ? 他の3人はどうしたのよ?」

「調はリゾートエリア、栞は総督府にいる! 環は、そこにいるだろう?」

「へ?」

 

 

焔が上を指差すと、私の周りは黒い影に覆われた。

見ると・・・大きな竜が低空で飛行していたわ。

たまにブレスや尻尾で、召喚魔を倒したりしてる。

 

 

「・・・え、アレ!?」

「うん? 言って無かったか? 環は竜族だ」

「・・・・・・あ、そう」

 

 

私はもう、驚くのをやめた。

だってもう、驚くことが多すぎるんだもの・・・。

知り合いがドラゴンでしたとか、もう良いわ。

・・・そう言えば、ドロシーはどうしてるかしら。竜を見たらルーブルを思い出したわ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

縦坑・・・すなわち上の階層へ行くための階段なりエレベーターなりがある所を目指して、走ります。

とは言え、私はカムイさんの背中に乗っているので、それ程の負担ではありません。

むしろ振り落とされないように気をつけるべきでしょう。

ですが、他の方々はどうかと言うと・・・。

 

 

「む、何かご命令でしょうか、女王陛下」

「「「ご命令ですか!?」」」

「い、いえ・・・その、頑張りましょう」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

シャオリーさんと兵士の皆さんが、普通についてきていました。

まぁ、近衛だったり親衛隊だったり、優秀な人材が集まっているのでしょうけど。

数百人の人間が自分について俊敏に動く様は、何と言うかシュールです。

・・・何故でしょう、一瞬、「ははは、そんなに褒めないでください」と笑うクルトおじ様の顔が。

 

 

「マエヲミナイト、ジコルゾ」

「あ、はい、すみません」

 

 

頭の上のチャチャゼロさんに注意されたので、前を向きます。

・・・頭にナイフを持った人形を乗せた10歳女児(しかも狼に乗ってます)に数百人の男女がついて走る図・・・。

・・・どんな絵ですか、それ。

 

 

「アリア、あんまり後ろを気にするな。心配なのもわかるが、かえって田中を侮辱することになるぞ」

「エヴァさん・・・」

「大丈夫ですアリア先生、私の弟は世界最強です」

 

 

私の前を走るエヴァさんと茶々丸さんが、口々にそう言いました。

エヴァさんは振り向かず、茶々丸さんは私の方を振り向いて。

・・・そうですね、田中さんは世界最強ですもんね。

 

 

「それにしても長い通路だな、外から見た時はそれほど幅があるとは思えなかったが」

「魔法で空間が拡張されているのさ。全ての代の王族の墓を作るには、見た目以上のスペースが必要だったから・・・と聞いている」

「ふん、伝聞か」

「残念ながら、僕らが作ったわけじゃないからね」

 

 

私の左を走るフェイトさんが、そう説明しました。

なるほど、まぁ、お墓がいくつあるのかは知りませんが。

ウェスペルタティア王国の霊廟、「墓守り人の宮殿」と言う名前なだけあって、お墓がたくさんありますから。

良く考えたら、私のお墓ってここに出来るんでしょうか・・・?

・・・まさかですよね。

 

 

「・・・レーダーに感アリッ!」

 

 

茶々丸さんがそう叫び、全体に警戒を促しました。

視線を向けると、縦坑があると思われる踊り場の前で、数体の召喚魔の姿が見えました。

・・・本番、と言うわけですね。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

ふん、何だか知らんが、先頭が私だったのが運の尽きだな。

私は片手を掲げると、攻撃魔法を準備する。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)闇の199矢(オブスクーリー)』!」

 

 

私が放った199本の闇属性の矢が、縦坑への入口を塞いでいる数匹の召喚魔に直撃した。

本来であれば、蜂の巣になっているはずなのだが・・・。

パシイィッ、と小気味良い音を立てて、弾かれた。

ば、バカな!? この私の魔法が・・・!

 

 

「『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちは結構、魔法抵抗力が高いんだ。アリアも気をつけると良い」

「は、はぁ・・・そうなんですか」

「そう言うことは先に言え! 私にだ!」

 

 

若造(フェイト)が、後ろでアリアにだけ教えていた。

いや、まぁ、別に遠距離が効きにくくとも、近距離から殴れば良い。

私がそう思った時、傍を2人の人間が駆け抜けて行った。

 

 

「はっはぁっ、頂いて行くでぇ!」

「お先にです~」

 

 

小太郎とか言う犬っころと、月詠とか言う刃物娘だった。

2人は召喚魔に肉薄すると、それぞれ拳と刀に気を練り込んだ。

 

 

「『狗音爆砕拳』! ・・・ほんでもって」

「にとーれんげき、ざ~んが~んけ~ん! ・・・加えて~」

「『黒狼!」「ざ~んて~つせ~ん』!」

 

 

それぞれ一体を倒した後、小太郎が狗神を月詠の刀の刀身に纏わせ、それを月詠が振るう。

螺旋状に繰り出された黒い斬撃が、残った『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちをズタズタに引き裂いた。

ほぅ、やるじゃないか・・・って、私の活躍の場が!?

 

 

「まだ来ます、マスター!」

「お、おぅ!」

「数、計測不能! 一万よりも上かと!」

 

 

・・・ん?

今、私、従者に命令されたような気がするのだが・・・。

 

 

「とにかく、私が前面に出て数を減らす! なるべく減らすが、お前達の女王はなるべく戦わせずに上へ行く必要がある! 気張れよ人間共!」

「半魔族(ハーフ)の私は気を張らなくとも良いのかな?」

「マスター、私はどうなるのでしょう」

「僕も構造が違うんだけど」

「お前らは私からすれば全員が人間だ、バカ共!」

 

 

後ろの兵達に言ったつもりだったのだが、龍宮や茶々丸や若造(フェイト)が返事をしてきた。

茶化すな、バカ共が。

とにかく・・・。

 

 

「突破する、アリア!」

「はい! 全員、続いてください!」

 

 

アリアの声に、後ろの兵達が、地震が起きそうな程の声で応えた。

・・・あ、アリアのことを呼ぶ時に、「陛下」ってつけるの忘れたな。

ヤバいかもな・・・ま、まぁ、気を付けるとしよう、うん。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「全員、続いてください!」

「女王陛下のご命令だ――――――全員、続けぇ!」

「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉ―――――――――っっ!!」」」

 

 

アリア先生の声に、シャオリーさんと兵士の方々の怒号が答えました。

続けと言うことですが、実際には先頭のマスターが取りこぼした召喚魔をアリア先生に近付けないために、ある程度は前に出る必要があります。

実はマスターは、局所的な殲滅戦は得意ではありません。

上へ上がるための階段を巻き込めないので、殲滅魔法が使えないのです。

 

 

「ふぉっふぉっふぉっ、旧世界はガダルカナル、60年前に米軍から<ナイト・デビル>と呼ばれたのはこのワシよぉっ!」

「鉄心隊長を始めとする我らのチェーンソー殺法の手にかかれば、召喚魔などただの木材!」

「第18陸戦部隊『テキサス・チェーンソー』の力!」

「見ぃせてやるぜぇっ!」

 

 

何故か旧世界のチャーンソーを隊の正式装備にしている『テキサス・チェーンソー』。

ちなみに隊長は柳山 鉄心と言う高齢の方で、旧世界から移住してきた珍しい方です。

他にも、多くの方が参加しているのですが、ある意味、一番目立っている部隊かもしれません。

実際、チェーンソーで木材でも切るかのように召喚魔の首を切り落としています。

 

 

「・・・キミの部下は、個性的なのが多いね」

「良い人達ですよ?」

 

 

フェイトさんの言葉に、アリア先生がかすかに笑顔を浮かべて答えます。

確かに、良い方ばかりだとは思います。

基本的にクルト宰相代理を通していますので、優秀な方達なのも確かです。

ですが・・・。

 

 

「『ギャラガー忍法・微塵隠れ』!」

 

 

広い螺旋階段を駆け上がっている最中、階段の無い真ん中の空間で爆発が怒りました。

ゴゥッ・・・と爆炎が巻き起こり、召喚魔を10体ほど吹き飛ばします。

 

 

「うお!? レヴィさんが自爆しました!」

「はぁ!?」

「こんな序盤でですか!?」

「心配はいらないのかしらぁ~、今のは自爆の術なのだわぁ」

「「「何、その技!?」」」

 

 

小麦色の肌をした狼族の女性、レヴィ・ギャラガーさんが自爆で敵を倒すと言う、独特の戦い方をしていました。

・・・それは、自爆とは言わないのでは?

何でも、旧世界で言う所の「忍者」の一族の出身らしいのですが・・・。

 

 

「・・・アリア先生!」

「・・・っ!」

「ふん・・・」

 

 

カムイさんの背に乗っているアリア先生に、召喚魔が向かいます。

アリア先生が剣を構え、フェイトさんも片手を上げて迎撃の構えを取りますが・・・。

 

 

「ちぇえるぃいあぁぁっ!!」

 

 

般若の仮面を付けた、髪も肌も着ている着物も白、さらに武器の刀の刃まで白い女性が、その召喚魔の顔の側面を蹴り、壁にめり込ませました。

召喚魔がメリッ・・・と言う嫌な音を立てます。

・・・私とアリア先生達は、その下を通過します。

 

 

「私の目の届く所で、陛下の行く手を阻もうたぁ良い度胸してんじゃねーのよ、あぁんっ!?」

「霧島副長、今日もノってますね!」

「火炎放射器って、密集してると使いにくいんですよねー」

 

 

後ろから、そんな声が聞こえます。

・・・今のは親衛隊副長とその部下達、通称「斬り込み隊」の人達のようですね。

 

 

「・・・個性的だね」

「い、良い人達なんですよ?」

 

 

フェイトさんの言葉に、アリア先生が若干引き攣った笑顔で答えます。

個人的には、ウェスペルタティア軍の錬度の高さは異常な気がします。

まぁ、親衛隊や近衛は人種・宗教・主義を問わず実力のみで選抜しましたからね。

 

 

・・・そこで、私はレーダーの一部を使って、後方を探ります。

先程はアリア先生にああ言いましたが、弟からのシグナルが途絶えています。

冷静に考えて・・・。

 

 

「・・・茶々丸さん?」

「何でしょうか、アリア先生?」

「いえ、別に何かあるわけじゃ無いのですけど・・・」

「集中しろ、お前達!」

「あ、はい!」

 

 

マスターの声に、アリア先生は私から視線を外します。

ありがたいことです、今は顔を見られるわけには参りませんので。

私は懐から、赤い彩が入っている白く尖った狐のような仮面を取り出しました。

魔法具『ペルソナ』。

武器にも使える、無数のリボンを生み出す仮面を装着します。

 

 

・・・いけませんね。

両目からレンズ洗浄液が漏れて、裏面が汚れてしまいます。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

もう、20分程は駆けたでしょうか・・・?

この螺旋階段も、かなりの距離がありますね。

魔法で空間を拡張でもしているのか、それとも元々が長いのか。

おそらくは、両者でしょうか。

 

 

いずれにせよ、私だけが楽をしているような気がして、とても申し訳ないです。

『リライト』解除に全力を注がせたいと言うエヴァさんの気持ちも嬉しいのですが・・・。

 

 

「突破する!」

 

 

先頭のエヴァさんがそう叫んで、『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』を撃ちます。

螺旋階段の頂上付近にいた召喚魔を吹き飛ばして、私を乗せたカムイさんが跳躍。

10m近い距離を跳んで、スタッ、と着地しました。

 

 

「・・・頂上付近には、召喚魔がいないな」

「ええ・・・」

 

 

確かに螺旋階段の頂上付近には、召喚魔の姿が見えません。

無限階段の下では、未だに戦闘の音が聞こえます。

できれば手伝いに行きたい所ですが、ここで私が戻ると、「いやいや、意味無いから!」とか言われる可能性が極めて大です。

 

 

「陛下、彼らは皆、陛下のために戦っております。陛下は心おきなく、陛下の目的を遂げられますよう」

 

 

いくらかの兵を率いて共に階段を上がって来たシャオリーさんが、いつも通り形式ばった口調で私に言います。

そう言う口調はあまり好きではありませんが、言っていること自体は正論なので、私は頷きます。

 

 

「・・・若造(フェイト)、ここからはどう行く?」

「そこの扉を抜けて行くのが、一番の近道だね」

 

 

お墓を通り抜けると言うのも、少々申し訳ない話ですが・・・。

しかしウェスペルタティアを、ひいては世界を救うためと言うことで、お許し願うとしましょう。

 

 

「・・・行きましょうか」

「ん、開けるぞ」

 

 

ドゴンッ・・・と、全く遠慮せずに、エヴァさんが石造りの大扉を蹴り開けました。

いえ、まぁ・・・良いですけど。

 

 

「待て、何かいる」

 

 

扉を開けた直後、エヴァさんが私達を止めました。

そこは・・・広い空間でした。

 

 

特殊な魔力石で造られた広間、柱も壁も床も、職人によって精巧に設計された物でしょう。

王家の墓と言うのに相応しい、厳かで静かな空気が満ちていました。

そしてその広間の中央に、誰かが立っています。

仮面と、黒いローブをかぶった人間。

 

 

・・・この人・・・?

私の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視た限り、この人はすでに・・・。

 

 

「ようこそ、ウェスペルタティア王国の諸君」

 

 

その黒ローブの人は、威厳の漂う声で言いました。

・・・この人・・・。

 

 

「デュナミスか・・・」

「おお、3番目(テルティウム)。久しい・・・と言う程でも無いな」

 

 

デュナミスさん・・・ですか。

デュナミスさんは、ザ・・・と、構えをとると。

 

 

「さぁ、次代を懸けて。存分に戦おうぞ」

「・・・!」

「むぅんっ!!」

 

 

デュナミスさんは、拳に黒い影のような物を纏わせて、一瞬で距離を詰めて攻撃を仕掛けてきました。

20m程の距離を、一瞬で。

ヒュゴッ・・・と、拳が迫り、私に―――――。

 

 

「やるのかい?」

 

 

―――――届く前に、フェイトさんが片手で止めていました。

ギギギ・・・と音を立てて、力がせめぎ合っていることがわかります。

眼前のその光景を見て、心の中で溜息を吐きました。

・・・守られてばかりで、最近、出番がありません。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

遠い・・・。

まさに、私の目の前にいると言うのに。

白髪の少女・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアまでの距離が遠い。

物理的な距離は問題では無い、目の前のこの少女に、私は触れることすらできない。

 

 

右に吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)、左に3番目(テルティウム)を従えて。

背後に控えている者達も、おそらくは魔法世界有数の実力者と、兵士。

かつて、これ程までの戦力を揃えた存在がいただろうか。

・・・いや、いたな、我らの主、「彼」のみであろうよ。

 

 

「・・・やるのかい?」

 

 

私の拳を片手で受け止めているフェイトが、そう言った。

・・・私はもう一度、目の前の白髪の女王の顔を見る。

 

 

・・・ふむ、幼いな。

サウザンドマスターの息子も幼かったが、こちらも幼い。

当然か、確かまだ年は10。

本来であれば、こんな場所に来るべき年齢では無い。

 

 

「・・・何、そんなつもりは無い。わかっているのだろう・・・?」

 

 

3番目(テルティウム)にそう声をかけた所で、私の身体は拳から消えて行った。

花弁となって・・・限界か。できれば事の推移を見守りたかったが。

6番目(セクストゥム)に再生核を治癒させ、見た目だけは取り繕っていたが・・・。

私は胸を張り、目の前の女王を見下ろした。

 

 

「お初にお目にかかる、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』最後の一人、デュナミスだ」

「・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです」

「状況はすでに飲み込めていると思う。あえて説明はしないがこれだけは言える。私は今、儀式を行っている者に敗北した」

 

 

まぁ、元より勝率は低かったわけだがな。

 

 

「こちらのアーウェルンクスを数体、貸そう。儀式を止めてもらいたい」

 

 

私の言葉にザザ・・・水が渦巻き、中から傅いた6(セクストゥム)が姿を現した。

それを見て、女王は目を丸くした。

それから、訝しげに私を見て。

 

 

「・・・貴方達は、むしろ『リライト』を容認するものと思っておりましたが?」

「無論、これが我らの手で行われた『リライト』であれば。しかし、そうでは無い。ならば止める、難しい話ではあるまい?」

 

 

まぁ、今の『リライト』を止められなければ、それはそれで世界は滅ぶ。

ただ、今の2番目(セクンドゥム)に封じた世界をどう扱うかは、不確定要素だが。

下手をすれば、そのまま壊してしまう可能性も無くはあるまい。

今の2番目(セクンドゥム)に命令を下している存在は、さて、誰かな。

 

 

つまりは我らの手で『リライト』を行うために、今の2番目(セクンドゥム)の『リライト』を止めると言う、一見すると意味不明なことになるのだがな。

 

 

「・・・断れば?」

「ふむ? その場合は現在キミの仲間や混成艦隊を援護しているアーウェルンクスシリーズが、キミ達の敵になるだけだ」

 

 

最も、援護されていることは知らないだろうが。

 

 

「勘違いしてもらっては困る。私は従属を申し入れているわけでも、屈服したわけでも無い」

 

 

ぶっちゃけ、我らにはどうしようも無い。

しかし、女王の勢力はそうでは無い。

第三勢力(ウェスペルタティア)を利用して2番目(セクンドゥム)を倒し、かつ将来に備える。

卑怯では無い、これは兵法だ。政略とも言う。

 

 

「・・・混成軍としてどうかはわかりませんが、ウェスペルタティアとしてはそれで構いません」

「ほう」

「その代わり、根こそぎ情報は頂きます」

「ふむ・・・まぁ、良かろう。では『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の遺産を・・・」

「あ・・・」

 

 

・・・む、限界か。

では女王、細かい点は6(セクストゥム)に聞くが良い。

 

 

・・・む? いかんな、声が出ていな

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ふふふ、何故かはわかりませんが仕事中に居眠りをすると言う失態を犯してしまいました。

幸いにして私以外の全員も寝ておりましたので、アリア様に知られることはありません。

後で艦橋の監視装置の映像を差し替えねばなりませんね。

アリア様の前では、私は完璧な「おじ様」でなければならないのです。

 

 

その意味では、あの絡繰さんは油断なりません。

24時間、私の動向を見張っていますからね。吸血鬼より面倒です。

 

 

『クルト宰相代理! 外から敵の召喚魔が!』

「ええ、見えていますよ」

 

 

私は突入時に受けた『ブリュンヒルデ』の損傷を修復すべく、工作班を指揮しています。

アリア様がお戻りになるまでに修理し、かつ艦を守らねばなりません。

 

 

しかし、ここは敵の本拠地。

外にはウヨウヨと召喚魔がいますので、我々の突入口から入って来るのです。

まぁ、彼らにとっては帰還になるのでしょうが。

とにかく、アリア様の座乗艦に触れようなど、言語道断!

 

 

「その身に刻みつけるが良いでしょう!」

 

 

ズダンッ・・・と地面を蹴り、跳躍します。

無数の小型召喚魔の正面に対し、私は野太刀を抜きます。

 

 

「この王国宰相代理、クルト・ゲーデルの名を――――――――――っ!!」

 

 

神鳴流奥義! 斬岩剣・弐の太刀!!

 

 

目前の3体の召喚魔を、まとめて斬り伏せます。

障壁を素通りし、かつ鉄をも斬り裂く斬撃。

動く石像(ガーゴイル)』を斬るなど、造作もありません。

ふふん、しかし随分と数が多いではありませんか。

ならば。

 

 

「受けるが良いでしょう、我が忠義の秘剣・・・!」

 

 

斬岩剣・弐の太刀! 百花繚乱!!

 

 

アリカ様に始まり、アリア様を経て永遠に続く、我が忠義。

それを込めた無数の斬撃が、周囲に群がりつつあった召喚魔共を薙ぎ倒します。

しかし、まだまだですよ。

 

 

斬空閃・弐の太刀! 百花繚乱!!

 

 

斬撃その物を飛ばし、間合いの外にいる召喚魔をも斬り裂きます。

ふふん、脆いですね。

忠義も無く、信念も無く、理想も無く、ましてや守るべき物も無く。

ただ命じられるままに戦うばかりの人形風情には、少々もったいない技ですが。

 

 

「ここから先へは、一歩も、一匹も通しませんよ」

 

 

休むことなく刀を振り、向かってくる召喚魔を叩き斬ります。

さて、背後は私が防ぎますが、シャオリーは上手くやっていますかね。

肉の盾よろしく、身体を張っていると良いのですが。

 

 

「さぁ、可及的速やかに修理を終えるのです! 陛下は貴方達に期待しておりますよ!」

 

 

部下達に命じながら、私は召喚魔を斬り続けました。

さて、覚えていますかシャオリー。

我々の命は・・・。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

我々の命は、女王陛下のために使ってこそ価値がある。

心得ております、クルト様。

 

 

「初めまして女王陛下、並びにお兄様(さんばんめ)。私は6(セクストゥム)

 

 

デュナミスと言う黒ローブが消失した後、そこにはその配下らしき少女のみが残った。

セクストゥムと言うらしいその少女は立ち上がると、胸に手を当てて女王陛下とフィイト殿に礼をした。

・・・顔の造りがフェイト殿そっくりに見えるのだが、気のせいだろうか?

 

 

「今回、貴女方の案内役を務めさせて頂きます。もちろん、戦闘力もありますのでご心配には及びません」

「・・・フェイトさんの、妹さんですか?」

「造られた順番から見て、一応、そう言う見方も可能かと思います」

 

 

つ、作られた順番?

ず、随分とあけすけに物を言うな・・・その、親に作られた順番だなどと。

女王陛下の情操教育に悪いではないか・・・。

 

 

・・・む。

不意に背後に気配を感じて振り向けば、階段近くの部下が手を振っていた。

来たか・・・。

 

 

「20年前と異なり、魔力溜まりの中心が墓所ではありません。なので、儀式の行われている祭壇は墓所上層外部に設定されております」

「・・・なるほど。そこに行くには・・・?」

「お話中、失礼いたします陛下」

 

 

ザシャッ、と片膝をついて、私は女王陛下に意見を具申する。

具申と言うよりは、報告に近いわけだが。

 

 

「背後から敵が迫っております。ここは我ら近衛が死守いたしますれば、先をお急ぎくださいますよう」

「え・・・」

 

 

女王陛下が振り向く前に、この広間へと至る扉が閉ざされる。

陛下は見ずとも構わない。

女王陛下一行と関西呪術協会、そして護衛のための親衛隊の「白騎士(ヴァイス・リッター)」部隊と第666衛生部隊「銀の福音(シルバー・ゴスペル)」はこのまま上へ行く。

 

 

残りの部隊はここと、上へと続く階段を死守する。

しかしそれを、女王陛下にお伝えする必要は無い。

我らはただ、命令を待てば良い。

 

 

「・・・仕方ありません。行きながら話をしましょう。全員ここから・・・」

「お言葉ですが陛下。誰かがここで敵を止めねば、上層部で陛下の作業に差し障りがありましょう」

「・・・なら、私が残ろうか?」

「エヴァンジェリン殿は<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>奪取、並びに工部省科学技術局特殊現象分析課長としての役目があるかと。他の方々も同様に」

 

 

極端な話、近衛とは言え我々のような一兵卒の代わりはいくらでもいる。

しかし女王陛下やエヴァンジェリン殿のような方には、代わりなどいない。

道徳的な話では無く、能力面での話だ。

 

 

「陛下、どうか我らにご命令を。それある限り、我らは戦うことができます」

「・・・」

「・・・・・・お優しい陛下」

 

 

私は数秒間、目を閉じた後、その場に立ち上がった。

女王陛下達に踵を返し、広間に入っている兵達に進むよう合図を出す。

狭い通路を、200人近い人間が慌ただしく動いて行く。

扉の向こうでは、近衛の100人が戦闘を始めたようだ。

 

 

金属音が響く、扉も近く破られるだろう。

優秀な仲間達だ、やられはせずとも数の暴力の前には、防ぎきることは難しいだろうから・・・。

 

 

「全員!」

 

 

声。

陛下の声に、足を止める。

 

 

「全員、私達が目的を達するまで生きていなさい!」

「・・・い」

「・・・ウェスペルタティアの騎士は、命令を違えないのでしょう?」

「・・・仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)・・・!」

 

 

これで、戦える。

生きて見せよう、それが命令ならば。

 

 

背後で人が移動する音が響き、それもすぐに無くなる。

10数名の近衛の騎士を従えて、私は広間と下層への階段がある通路とを隔てる扉の前に立つ。

その扉に、大きな罅が入る。

しかし笑みすら浮かべて、私は扉を見上げる。

 

 

「ふん、王家の墓だと言うのに、不作法な連中だな」

 

 

そう言うと、部下達も笑う。

緊張や恐怖が皆無なわけでは無い、むしろ緊張しているし、怖くもある。

だが我々は、女王陛下の計画を信じている。

世界は救われる、必ずだ。

勝利は、約束されたも同然なのだ。

 

 

先代のアリカ女王の時、我らは肝心な時に何もさせてもらえなかった。

命令も無く、力も無かった。

だが今は命令がある、20年前の自分よりも強い私がいる。

 

 

「・・・では、行くか」

 

 

買い物にで行くような調子で私が言った直後、扉が破られ、無数の召喚魔が突入してきた。

私達は、剣を振り上げて。

 

 

「近衛騎士団! 私に続けええぇぇぇ――――――っっ!!」

「「「うぅぉおおおおおおおおおぉぉぉ―――――――っっ!!」」」

 

 

女王陛下の、名の下に。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

さて、私の役目は基本的にアリア先生の護衛なわけだ。

とは言え頭数は十分揃っているし、王子様と吸血鬼までいる。

そこまで私がいなければならない理由と言うのも、まぁ、無い気もするね。

『リライト』に関しては、私は役に立てなそうだし。

 

 

それでも仕事は仕事として、やるけどね。

アリア先生に万が一があれば、宰相代理に処刑されかねないし。

あと、お給金はアリア先生が出してくれているわけだし。

 

 

「祭壇中央部に<黄昏の姫御子>が安置されていますが、コレを動かすと『リライト』が発動した際に人間は荒野に投げ出されてしまいますのでご注意を」

「そもそも、発動させなければ良いだろう?」

「術式がすでに稼働していますので、あまり不用意に動かすと私にも何が起こるか・・・」

 

 

階段を駆け上がりながら、灰銀色の狼に乗ったアリア先生とエヴァンジェリンが、あのフェイト似の女と話してる。

セクストゥム、だったかな?

 

 

どうも、『リライト』の止め方自体を知っているわけでは無いらしい。

まぁ、『リライト』発動を目的に計画を立てているなら、止め方を考慮していないのは当たり前か。

止めると言う状況を想定していなかったのだろう。

 

 

「す、すまんな小太郎・・・」

「えーって、えーって、階段キツいし、しゃーないって」

 

 

私のすぐ後ろに、関西呪術協会の面々がいる。

小太郎と言う名前の少年が、関西呪術協会のリーダーの女を背負って走っている。

まぁ、あの人は戦闘向きじゃないし、何より小太郎本人がどことなく嬉しそうだから、良いのだろう。

別に遅れているわけじゃないから、責める理由も無い。

 

 

関西呪術協会の面々の後ろには、『リライト』阻止組を護衛するための兵士が続いている。

士気は高いし、有能だ。

すでに30分ほど駆け上がっているが、息一つ乱していない。

 

 

「龍宮さん!」

「・・・!」

 

 

不意に、茶々丸が私に声をかけてきた。

意図を察した私は、螺旋階段から離れて、横の開けた空間に出る。

時間を置かずに、ジェット噴射で浮いた茶々丸が私の隣にやって来た。

 

 

「茶々丸さん!? 真名さん!?」

「大丈夫です、アリア先生」

「先に行っておいてくれ、すぐに追いつくさ」

 

 

灰銀色の狼の背から身を乗り出すアリア先生に、私と茶々丸は笑みを返す。

アリア先生は何か言いたげだったが、先頭のエヴァンジェリンに何か言われたのだろう、すぐに前を向いた。

・・・どうでも良いけど、頭に人形を乗せたままだぞ?

狙っているのだとすれば、末恐ろしいね。

 

 

そんなことを考えながら、私は魔眼で下を見る。

下層から、召喚魔の群れが見える。

シャオリー達が取りこぼしたか、新たに発生したか・・・。

 

 

「・・・イエス、マスター。必ず・・・」

 

 

念話でもしているのか、茶々丸が何かを呟いていた。

まぁ、こういう状況でやる話と言えば、そんなに種類は無いだろうけどね。

 

 

ジャキッ、と、使い慣れた拳銃を両手に構える。

私は空中で飛行したまま、茶々丸はジェット噴射に時間制眼があるから、適当な場所に降りて大きなライフルのような物を構えた。

・・・どこに持っていたんだ?

まぁ、私も異空弾倉とか持ってるけど。

 

 

「さて、まぁ・・・」

「狙い撃ちます」

「・・・また、台詞をとられた」

 

 

少し寂しい気持ちになりながら、私は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

優勢なのはどちらか?

お父様にそう問われれば、私は迷うことなく、こう答えるでしょう。

 

 

それは私ですわ、お父様、どうか私を褒めてくださいまし。

 

 

そう、答えるでしょう。

そして私は、お父様のご寵愛を頂くことができる。

お情けを頂戴することができる。

エルザ(わたし)がお父様の所有物(モノ)であると言う徴を、打ち込んで頂ける。

 

 

「・・・鬱陶しい!」

 

 

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を剣に見立てて、ネギに振り下ろす。

ガシィンッ、と甲高い音を立てて、ネギの腕がそれを受け止める。

交差させたネギの両腕が、ミシリ、と音を立てたのを感じる。

私はそのまま力任せに鍵を振り切り、ネギを後退させます。

 

 

バランスを崩した一瞬を狙って、懐へ。

鍵を頭上に構えてネギの腕のガードを上に弾き、もう片方の腕の肘を腹に撃ち込む。

例え「闇の魔法(マギア・エレベア)」で身体を魔法化していても関係無い。

その電撃は、私の障壁を抜けることはできないのですから。

 

 

「かっ・・・!」

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

ネギの身体が浮きます。

ヒュオッ・・・と風を切るように身体を返して、ネギの背中に手を触れます。

 

 

「『百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンブラエ)』」

 

 

<闇>のアーウェルンクスとしての魔法を使用し、影の槍を至近距離で放ちます。

これで・・・。

 

 

「・・・!」

右腕解放(デクストラー・エーミッタム)

 

 

バカな・・・!

今のタイミングで、私の魔法をかわせるはずが。

 

 

「『雷の(ヤクラーティオー・)投擲(フルゴーリス)』!」

 

 

遅延呪文(ディレイ・スペル)・・・いえ、「闇の魔法(マギア・エレベア)」の装填魔法。

放たれた雷の槍は、しかし私の障壁を貫くことはできませんでした。

 

 

「何故・・・かわせるはずの無いタイミングだったはずですが」

「・・・うん、かわせなかった」

 

 

そう言って立つネギの右の脇腹に、血が滲んでいました。

脇腹だけでなく、肩、足、頬など、至る所に切り傷があります。

致命傷を避けただけ、ですか。

しかしそれでも、驚異的なスピード、いえ、先読み・・・?

 

 

・・・先を、読む?

・・・・・・。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リル・マギステル」

「・・・ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

 

片腕を上げ、始動キー・・・厳密には、<呪紋>の発動キーを紡ぎます。

火の精霊を強制的に従わせ、魔法を撃ちます。

・・・右から22発、左から15発、上から12発。

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾《セリエス》・火の49矢(イグニス)』」

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾《セリエス》・光の33矢(ルーキス)』!」

 

 

思考した通りの軌道を通って、火属性の魔法の矢がネギに向けて殺到します。

そしてそれらに対し、ネギは的確に魔法の矢を撃ち、迎撃します。

数が私よりも少ないですが、そこは「闇の魔法(マギア・エレベア)」の機動力でカバーしています。

 

 

・・・やはり、読まれています。

つまり。

視線を巡らせると、祭壇にあるべき姿が一つ、見えません。

近くには、いるのでしょうが・・・。

 

 

「・・・ああ、忌々しい・・・」

 

 

・・・アノオンナ。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

『だ、大丈夫ですか、ネギせんせー・・・?』

 

 

は、はい、大丈夫です、のどかさん。

声に出すと気付かれるから、頭の中で考える。

それで、のどかさんには通じるはずだから。

 

 

エルザさんとの戦いが始まって少しした頃から、のどかさんが念話で話しかけてきた。

いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』。

あのアーティファクトで、のどかさんはエルザさんの思考を読んで、僕に教えてくれてる。

流石に全部の動きにはついていけないけど、凄く助かってる。

 

 

のどかさんの助けが無ければ、たぶん、10秒も保たなかったと思う。

近くに隠れてるはずだけど・・・。

のどかさんがどうして起きれたのかは、わからない。

僕が起きた影響か、術が不完全だったのか、それともエルザさんが術に集中できなくなったからか・・・あるいは、ザジさんがのどかさんも起こしたか。

 

 

「・・・ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト・・・」

 

 

その時、エルザさんが消えた。

いや、影の中に沈んだんだ。

転移・・・どこに。

僕がそう思った瞬間、祭壇の一部が爆発した。

 

 

100mくらい離れた位置、柱。

周囲の床や柱を薙ぎ倒して・・・黒い閃光が走った。

 

 

「・・・!」

 

 

直感的に、僕はそこに向けて跳躍した。

術式武装(アルマティオーネ)疾風迅雷(アギリタース・フルミナス)』は、攻撃力はそれ程じゃないけど、機動力は高い。

すると、いた。

エルザさんが、のどかさんの首を絞めて、片手を振り上げ・・・。

 

 

「うぅああああああああぁぁぁぁぁ―――――――っ!!」

 

 

叫んで、無理矢理に割って入る。

次の瞬間、右肩に衝撃。

・・・そう言えば、首都のゲートでフェイトにやられたのと、同じ場所だ。

そんなことを、考えた。

 

 

「・・・まぁ、順番の違いなので、構いませんが」

「あっ、あっ・・・ああああ、あ・・・」

 

 

前から、どこか呆れたエルザさんの声。

後ろから、引き攣ったようなのどかさんの声。

大丈夫です、のどかさん。

・・・まだ、通じてるかな。

 

 

ゴプッ・・・と、口から血が流れる。

右腕が、熱い。何かが這い上がって来るような感覚・・・。

 

 

「・・・つか、まえ、た・・・!」

「は?」

 

 

僕の右肩に刺さったままのエルザさんの腕を、右手で掴む。

もう片方の腕は、鍵を持っていて使えないよね?

 

 

「な」

「うああぁぁあっっ!!」

 

 

渾身の魔力を込めた左の拳を、エルザさんの顔に叩き込む!

ダメージは、たぶん障壁を突破できていない。

でも衝撃は伝わったのか、エルザさんの身体が吹き飛ぶ・・・!

ゴゴンッ、と音を立てて、床を転がり・・・すぐに起き上がる。

 

 

・・・あ、ダメージはゼロ、だね。

こ、困ったなぁ・・・。

 

 

「ね、ネギせんせぇ―――っ! か、肩が、肩がっ・・・!」

「だ、大丈夫です、魔力で組織閉鎖、してるんで・・・」

 

 

・・・実の所、痛みを感じない。

血はすごい勢いで流れているけど、痛く無い。

その代わり、ギチギチと音を立ててる。

・・・不味い、かな。

 

 

「・・・」

 

 

エルザさんは起き上がりはしたけど、床に膝をついて、俯いたままだ。

顔を押さえてるけど・・・ダメージは通っていないはず。

今の内に、のどかさんを・・・と思った、その時。

 

 

「・・・状況が読めないのですが」

 

 

懐かしい声を、聞いた気がした。

祭壇の入口、階段の上。

そこに、彼女はいた。

色違いの瞳、白い髪。

彼女はどこか本当に困ったような顔で、僕とのどかさん、そしてエルザさんを見た。

それから、可愛らしく首を傾げて、言った。

 

 

「とりあえず、お三方は私の敵と言うことで、よろしいのでしょうか?」

 

 

僕の妹。

・・・アリアが、そこにいた。

 

 

アリア、僕・・・。

キミに、言いたいことがあるんだ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

茶々丸さんや真名さん、シャオリーさんや田中さん、クルトおじ様・・・いろいろな人の助けを借りて、私達はどうにか目的地に達することができました。

「墓守り人の宮殿・上層大祭壇」。

広々とした祭壇の中央に、明日菜さんらしき人影が見えます。

 

 

さて、では行こうと言う段になって・・・。

私は、ネギと再会しました。

 

 

「とりあえず、お三方は私の敵と言うことで、よろしいのでしょうか?」

 

 

・・・と、言ってはみた物の、さてこれはどう言うことでしょう?

状況が読めないのですが。

と言うか、あの黒髪の女の子は誰ですか?

『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視た限り、人間では無いようですが。

・・・何ですか、あの滅茶苦茶な術式構造。

 

 

そしてネギはまたどうして、肩からダクダクと血を流しているのでしょうか。

と言うか、戦艦と一緒に沈んだはずじゃ・・・私の涙を返してください。

・・・まぁ、生きてたってことですかね。

 

 

「・・・アレは何だい?」

「アレは2番目(セクンドゥム)の成れの果てです、お兄様(さんばんめ)

「ああ・・・」

 

 

後ろでは、フェイトさんとセクストゥムさんが仲良く(?)会話をしています。

知り合いなのでしょうか・・・。

 

 

「大筋には関係ありませんので、排除させて頂きます・・・お姉様(にばんめ)

 

 

セクストゥムさんが両手を広げると、セクンドゥムさんとやらの身体が、四角い水の塊に覆われました。

・・・術式展開、速いですね。

 

 

「こおれ」

 

 

フ・・・と息を吹きかけるような仕草をした直後、その水の塊は凍りつきました。

<水>のアーウェルンクス、フェイトさんの妹さん。

少々、感情が乏しいようですが・・・。

トンッ・・・と、フェイトさんがセクストゥムさんを横に押しやりました。

 

 

「・・・な」

 

 

表情は変えずに、驚いたような声を上げるセクストゥムさん。

しかし彼女のいた場所の床から突然、黒い槍のような物が飛び出してきました。

影の、槍。

その直後、先程の黒い髪の女の子、セクンドゥムさんが床から飛び出してきました。

床の、影から。

・・・影使いですか!

セクンドゥムさんが、セクストゥムさんに拳を振り下ろ・・・危ない!

 

 

「手を出すなよ、若造(フェイト)」

 

 

しかしそのセクンドゥムさんの拳は、エヴァさんが受け止めていました。

見ただけでわかる、強大な魔力の込められた拳。

それをエヴァさんは、より強大な魔力を込めた掌で受け止めています。

バリッ・・・と、2人の手が触れている部分がスパークしています。

 

 

「きさ、ま・・・!」

「ふん、その鍵が<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>か? ならそれを奪うのが私の役目なのでな――――――」

 

 

ニィィ・・・と笑みを浮かべたエヴァさんは、もう片方の拳をセクンドゥムさんの顔面に叩き込みました。

もの凄い音を立てて、セクンドゥムさんが吹っ飛びます。

何度か柱や床にぶつかりながら――――――祭壇の下の空間に、転がり落ちて行きます。

 

 

「10分以内に奪ってくる、準備をしていろ」

「あ、はい。お気をつけて、エヴァさん」

「誰に言ってる・・・私は最強の大魔法使いだぞ? あんな小娘に遅れは取らんよ」

 

 

軽く微笑んで、エヴァさんは祭壇の下へと向かって跳躍・・・つまりは飛び降りて行きました。

・・・今、フラグを立てられたような。

 

 

「・・・千草さん、調査を始めて頂けますか? フェイトさんは陰陽術もご存知ですよね? できれば、晴明さんと一緒に千草さんを手伝って上げて欲しいのですが・・・?」

「・・・」

「・・・あの、お願いしたいのですが・・・」

「・・・・・・・・・わかった」

 

 

・・・今、何故かなりの間が開いたのでしょう。

と言うか、無表情なのに嫌そうに見えたのは何故でしょう。

でも晴明さんがもうすぐ寝ちゃうので、急がないといけませんし。

 

 

「じゃあ、セクストゥムさんは私と一緒に。<銀の福音(シルバー・ゴスペル)>隊も私と一緒に来てください。<白騎士(ヴァイス・リッター)>隊の方々は祭壇各所に展開して警戒をお願いします」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

「わかりました」

 

 

・・・指示を出しながら、不意に寂しくなりました。

エヴァさんも、茶々丸さんも、田中さんも傍にいません。

そのことを実感して、少し寂しい気持ちに・・・。

 

 

「ケケケ、オレガイルダロ」

「・・・そうですね、チャチャゼロさんがいてくれて嬉しいです」

「テレルゼ」

 

 

フェイトさんや晴明さん、千草さん達に兵士の皆さんもいます。

カムイさんも・・・と、傍の狼の頭を撫でます。

 

 

「ここまで私を運んでくれて、ありがとうございます」

 

 

私の頬に鼻先を擦りつけてくるカムイさんをもう一撫でして、私は歩き出しました。

とりあえず、祭壇の中央へ・・・。

 

 

「ね、ネギせんせーを助けてください・・・!」

「・・・・・・宮崎さんですか」

 

 

途中、当然と言うか何と言うか、ネギとすれ違います。

何だか、久しぶりに顔を見た気がしますね・・・ネギも、宮崎さんも。

ネギは、宮崎さんを背にして立っています。

肩から凄い勢いで出血してますが、その割には元気そうな・・・?

 

 

・・・嫌な術式が、視えますね。

コレは・・・奇妙な模様が、右腕、顔の右半分に浮かんでいます。

服で視えませんが、右足にも浮かんでいるようですね。

何でしょう、急性魔素中毒・・・?

いずれにせよ、芳しくありませんね。

 

 

「女王陛下、時間がありません。残り時間は1時間3分しかありません」

「・・・あ、はい、そうですね」

「アリア先生! 何で・・・」

「良いんです、のどかさん」

 

 

・・・あの、私が悪者みたいになるので、そういう会話、やめて頂けませんか?

バカバカしいですね、さっさと行きましょう。

 

 

「アリア・・・」

「申し訳ありませんが、忙しいので」

「アリア、僕、ずっと前からアリアに言いたいことがあったんだ」

 

 

相変わらず、空気とタイミングと場所を考えてくれない人ですね。

果たしてそれは、今、聞かなければならないことなのでしょうか。

などと思いつつ歩を進め、ネギの横を通り過ぎようとした、刹那。

 

 

「僕は、アリアのことが・・・」

 

 

ネギは、「前から言いたかったこと」とやらを、口にしました。

 

 

 

       「大っ嫌いだ」

 

 

 

・・・ぶっとばして良いですか?

シンシア姉様―――――――――――。

 




アリア:
アリアです。
今回は、祭壇までの道を駆け上がるお話でした。
本文中でも書きましたが、最近の私は、何と言うかチヤホヤされすぎな気がします。
麻帆良に行くまでは特にそうですが、何でも自分の力でやっていたはずなのです。しかし今や、自分一人で何かをしよう物なら、怒られます!
いえ、わかりますよ?
『リライト』解除の可能性が私の右眼にかかっている以上、私には無理はさせられない・・・と言う理屈はわかります。
でも、まさか個人戦ゼロでラストダンジョンまで行くとは思いませんでしたよ・・・!


今回登場した新キャラ、部隊などの解説をします。

伊万里様提供のレヴィ・ギャラガーさん。
お婿さん募集中の、狼族の魔法くのいちの方です。

黒鷹様提供の「親衛隊」。
「テキサス・チェーンソー」隊:
柳山鉄心さんが隊長のチェーンソー専門部隊です。

「斬り込み隊」:
親衛隊副長、霧島知紅さんが隊長を兼務。正式名は「剣舞隊」です。

「白騎士」隊:
親衛隊の特殊部隊です。

「銀の福音」隊:
医療・広範囲魔法の専門家部隊です。

ありがとうございます。


アリア:
次回は、『リライト』の調査と、<最後の鍵>奪取。
そして・・・旧世界。
では、またお会いしましょう。


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第24話「繋がる世界」

Side ネギ

 

「奇遇ですね、私も貴方のことは昔から大嫌いでしたよ、ネギ」

 

 

どこか引き攣ったような笑顔でそう言って、アリアはさっさと行ってしまった。

話したくも無い・・・そもそも、話すことなんて何もない、そんな態度。

まぁ、そんな所だろうとは思った。

 

 

・・・そっか、僕はアリアに嫌われていたのか。

僕は何となく、何かを確認できた気持ちになれた。

 

 

「ね、ネギせんせー、とりあえずこっちに」

「あ、はい・・・のどかさん」

 

 

適当な柱に背中を預けて、僕は座り込んだ。

周りにいるアリアの部下らしき人達は僕達のことを無視しているように見えて、見張っているみたい。

何となく、視線を感じる。

のどかさんも落ち着かないのか、ソワソワしてる。

 

 

「そ、そうだ・・・ネギせんせー、傷は・・・」

「ああ、大丈夫ですよ。治癒魔法とかで何とか・・・」

「え、でも・・・・・・はい」

 

 

何かを言いかけて、のどかさんは俯いた。

・・・アーティファクトの本はまだ手に持ってるから、嘘はすぐにバレる。

・・・そう、嘘だ。

血は止まったし、傷も実は塞がりつつあるんだけど・・・。

 

 

けど、僕は治癒魔法なんて使っていない。

ギチギチギチ・・・って、右腕が音を立てている。

 

 

「・・・まぁ、まだ大丈夫です」

「せんせー・・・」

 

 

そう、まだ大丈夫。

僕は半ば自分を安心させるように、そう呟いた。

 

 

「・・・」

 

 

視界を動かせば、アリアが『リライト』の術式を調べているのが見える。

明日菜さんの周囲の魔法陣を見ているんじゃないかな。

 

 

当たり前の話だけど、手伝ってとは言われない。

言われても、僕には何もできないけど。

でもそれ以前に、アリアなんか手伝いたくない。

 

 

「・・・アリア」

 

 

口の中で、名前を呟いてみる。

胸の内に湧き上がるのは、嫌な感情と思い出ばかりだ。

 

 

メルディアナで、何かと煩かったアリア。

僕には禁書庫に入るなって言うくせに、自分は立ち入り禁止の地下室に入ってた。

もっと周りと仲良くって言われたこともあるけど、アリアだって嫌いな人とは付き合わないくせに。

ルールを守れって言うくせに、アリアは友達と学校をサボったこともあるんだ。

 

 

そして、麻帆良でも。

茶々丸さんを襲った僕を責めたくせに、朝倉さんを傷つけようとした。

父さんの杖を折って、記憶まで奪った。

 

 

他にも、たくさん。

勝手で、我儘で、生意気で、気取ってて、いつも上から目線で。

だから、僕は。

アリアのことが、大嫌いだった。

 

 

「・・・アリアなんか、嫌いだ」

 

 

そんなことを呟きながら、僕は別のことも考えていた。

そう言えば、こんなにアリアのことを考えるのは初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

無理じゃないですかね、コレは。

それが、『リライト』を最初に視た時の最初の印象でした。

 

 

「魔法世界再編魔法『リライト』。それは『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の英知の結晶であり、魔法世界を覆う『幻想(まぼろし)』を疑似世界『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に封じ込める、世界規模の大魔法です」

「・・・大規模魔法陣が19、そしてそれを支える小規模魔法陣が57・・・」

「一つ一つの魔法陣が、世界との繋がりを表しています。また、周囲の円形の通路も魔法陣の一部として組み込まれています。しかし何よりも重要なのは<黄昏の姫御子>、そして<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>、この2つです」

「・・・連鎖式の時限魔法が27、魔法世界の構築術式との接合魔法は11種54・・・」

「それらの魔法は、主に『リライト』の効果を全世界に拡散し、かつ人々の魂を着実に『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に取り込むための物です。すでに一部が発動しているのがおわかりになりますでしょうか? 近く、魔法世界中に魔力嵐が出現することでしょう」

 

 

私の呟きに、セクストゥムさんがハキハキと答えます。

抑揚が無いので緊張感に欠けますが、それでも重要な情報源です。

言ってることは、結構凄いですからね。

 

 

キィン・・・と、右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で祭壇全体を見渡します。

・・・もう、至近で弄ったらそれだけで許容量超えそうな魔法陣がいくつもあります。

 

 

「と言うか、不用意に触るとそれだけで終わりそうですよね、世界」

「20年前に止められてからと言う物、『止められないためにはどうすれば良いか』を念頭に改良を施しました」

「勤勉な悪の秘密結社って・・・シュールですね」

「恐縮です」

 

 

褒めて無いです、セクストゥムさん。

まぁ、祭壇全体を視た物の、やはり重要なのは。

 

 

「・・・明日菜さん」

 

 

祭壇の中心、すなわち『リライト』の中心に、明日菜さんはいました。

目を閉じ、まるで磔にされたかのような姿勢で、浮かんでいます。

そしてその明日菜さんを中心に、『リライト』の術式は展開されています。

世界の始まりと終わりの力・・・。

 

 

・・・本当なら、すぐに下ろしたい所なのですが。

今、それをやると非常に面倒になるんですよね・・・。

 

 

「・・・とりあえず、明日菜さんの近くで術式を視てみましょう」

「わかりました」

 

 

セクストゥムさんがフワ・・・と浮き上がり、明日菜さんの傍へ。

私も・・・と思ってカードを取り出してアーティファクトを出そうとしますが。

 

 

「・・・あれ? 出ませんね」

「姫御子の傍では、アーティファクトの力は減衰します」

「えー・・・でもコレ、通常の方法では無効化されないのですが」

「魔力消失化現象は、十分に通常の方法から逸脱していると思いますが」

「・・・セクストゥムさんは、どうして飛べてるんです?」

「我々アーウェルンクスは、世界の守護者として創造されています。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』でも活動できるよう、調整を受けているのです。魔力消失現象下でも、またしかり」

 

 

普通に、ズルいですね。

まぁ、じゃあ、仕方が無いので久しぶりに何かしかの魔法具で・・・ひゃ!?

 

 

「・・・あそこ?」

「ふぇ、フェイトさん・・・?」

 

 

フェイトさんが突然、後ろから私を抱き上げてきました。

貴方、5分前まで千草さんの所にいませんでしたか?

それ以前に、何故に私をお姫様抱っこ・・・?

・・・気に入った・・・とか?

 

 

無機質な瞳で上を見たフェイトさんが、フワ・・・と浮き上がりました。

わわっ・・・と、フェイトさんの胸に手を置いてバランスを取ります。

フェイトさんは一瞬だけ私を見たようですが、特には何も言いませんでした。

 

 

「・・・」

 

 

せ、セクストゥムさんの視線が、痛い・・・。

 

 

「・・・ジャ、オレハココニイルカラナ」

 

 

チャチャゼロさんが、私の頭から降りてそう言いました。

その気遣いが、とても・・・。

・・・は、恥ずかしい・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

やる気あんのか、あのガキ(フェイト)

もうアレか、アリアはん以外には興味無いって感じか。

・・・はっ、リア充が。

・・・・・・何でやろ、今、凄く虚しい気分になったえ。

 

 

でも、お姫様抱っこか。

女子やったら、一度くらいはやってみたいかもしれんな。

 

 

「・・・カゲタロウはん、作業」

「うむ、全力で取り組もう」

「シャーッ!」

 

 

何故かカゲタロウはんがうちをガン見しとったんで、適当に声をかけてみた。

ちなみに最後のは、うちとカゲタロウはんの間におる小太郎が発した威嚇音や。

・・・威嚇音?

ちなみに、月詠はうちの背中にへばりついとる、いつも通りやな。

 

 

「所長! わかりました!」

「何がや?」

「我々の手には負えないと言うことが、わかりました!」

「そうか、ならもう一度調べ直し」

「わかりました!」

 

 

20秒間に「わかりました」を3回も使うなや。

関西の連中と『リライト』の術式を調べてるんやけど、けったいな代物やなコレ。

・・・世界を終わらせる魔法とか聞いてたけど。

・・・ふぅん?

 

 

「この術を造った者は・・・」

 

 

ふよんっ、と、うちの目の前に、黒い翼の人形が降りてきた。

その人形・・・晴明様は、冷たい硝子の瞳でうちを見る。

口元にはどこか面白がっているかのような、笑み。

 

 

「この術を造った者は、我よりも上手かもしれんな。我にもわからん」

「ええ!? マジッすか晴明様!?」

「ああ、じゃあダメね私達。ここで所長と死ぬんだわ・・・まぁ、いっか」

「くぅ、ならば最後に月詠たんとおおおおおぉぉぉっ!?」

「・・・」

「ついに何も言ってくれなくなった!?」

 

 

晴明様の言葉に、関西の連中が浮き足(?)立つ。

まぁ、晴明様にどうにもできん術が、うちらにどうにか出来るとは思えへんけどな。

 

 

「皆、諦めたらあかん。人間、必死になれば何とかなるもんや。もう一度、調べてみよう」

「所長・・・」

「私達は、所長についていきます!」

「月詠たんのことは、この『月詠たんに斬られ隊』会員ナンばあああああぁぁぁぁぁっ!?」

「・・・2度目か」

「対応が冷たい・・・」

 

 

と言うか、そんな会が存在しとったんかい。

無事に帰れたら撲滅しよう、うん。

いや・・・絶対に帰る。

背中に感じる温もりがある限り、うちは諦めへんで。

 

 

死なせて、なるものか。

 

 

「・・・それにしても、晴明様。今日は随分と長い時間起きてはるんやなぁ?」

「そうじゃの・・・眠くならんでのぅ・・・」

 

 

囁くようにそう言って、晴明様は上を見た。

祭壇の上・・・魔力の膜の向こう側を見抜くように、鋭く目を細めて。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「知っていますよ・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「あん?」

 

 

戦いの最中、黒髪の小娘が声をかけてきた。

確か、セクンドゥムとか言う名前だったか?

 

 

「貴女は15年前、サウザンドマスターに破れ力を封印された。貴女は今でも十二分に強い、しかし全盛期(ピーク)は過ぎています」

「・・・ふん、そうかもな。で、何が言いたいんだ?」

「サウザンドマスターに一歩を譲るとはいえ、アーウェルンクスシリーズの流れを汲む今の私の力は貴女とほぼ互角。しかも私には、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>があります」

 

 

セクンドゥムの<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>と、私の『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』が打ち合う。

氷結と分解の力が鬩ぎ合い、カキィ・・・ン、と乾いた音を立てる。

 

 

私の沈黙をどう受け取ったかはわからないが、セクンドゥムの口元に笑みが浮かんでいた。

嘲弄し、嘲笑するかのような笑みだ。

実際、嘲弄し、嘲笑しているのだろう。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

ゾワリ・・・と、奴の足元から影の槍が放たれ、私はそれをかわすために大きく後退した。

追撃するように、幾本もの影の槍が襲い掛かってくる。

断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』で斬り払いつつも、小娘から視線は外さない。

 

 

・・・こう言う攻撃、いつかアリアが使っていたな。

確か『黒叡の指輪』とか言う魔法具だったかな、アレは槍では無く獣だが。

 

 

「私とお父様の楽園のために、消えて頂きます!」

 

 

瞬動で目前まで迫り、セクンドゥムが右拳を振り上げてくる。

反射的に、『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』で胴を斬った。

しかしその刃は、霞でも斬ったかのように擦り抜けてしまう。

・・・まただ。先程から、私の攻撃が通らない・・・。

 

 

セクンドゥムの身体が闇色に染まり、空気に溶け込むように消えてしまったのだ。

いや、消えたと言うのは正しく無いな。

 

 

次の瞬間、背中に衝撃が走った。

焼ける感触と共に、数歩たたらを踏む。

 

 

「む・・・」

 

 

振り向けど、誰もいない。

次いで、後頭部に衝撃。

その後、腕、足、胸、腰、背中、顔・・・と、至る所に攻撃を受ける。

見えない攻撃。

これだけ連続で打ち据えられると、流石に痛いな。

 

 

「うふふ・・・」

 

 

どこからともなく、セクンドゥムの不快な笑い声が聞こえる。

・・・ああ、面倒だな。

壊さないように戦うのは、なかなか難しいな。

何しろ、強度がわからないからな。

 

 

しかし、10分と約束してしまったからな。

仕方が無い、多少不安だがケリにするか。

 

 

「サウザンドマスター・・・あんな男に負けるような女、所詮はこの程度・・・」

「・・・」

「さようなら、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

 

 

その言葉が聞こえた、次の瞬間。

私は、私の影から現れたセクンドゥムの顔に、振り向き様に右の拳を振り下ろした。

ガゴォッ・・・と激しい音を立てて、地面に小さなクレーターが出来る。

次いで片足を上げて、地面にめり込んだセクンドゥムの頭を踏みつける。

 

 

ズンッ・・・!

クレーターが広がり、セクンドゥムの身体がより深く地面に埋まる。

 

 

「・・・!」

 

 

ズ・・・と、セクンドゥムの身体が地面に、影の中に沈んだ。

転移、しかも超短距離だな。

 

 

「・・・え?」

 

 

呆けたようなセクンドゥムの声。

別に大したことはしていない、背後からの攻撃を、私が振り向きもせずに受け止めただけだ。

ギリッ・・・奴の左拳を、右手で掴む。

 

 

「・・・自分の身体を限りなく闇と同化する能力。まぁ、つまりは影のある場所全てがお前の潜伏場所であり、攻撃手段と言うわけだ」

「な・・・」

「大量の闇精霊を使役して可能にしているのだろうが・・・攻撃する際には実体化しなければならない」

 

 

闇精霊化、とでも言うのかな。

暗殺や闇討ち、不意討ちにはもってこいの能力だろう。

だが、自分の手で殺しに来たのでは効果は半減だな。

遠くから相手が知覚できない攻撃を繰り出すのが真骨頂だろう、事実、先程までは私も翻弄されていた。

 

 

「まぁ、その鍵を壊したくなかったから、方法を考えていたわけだが」

「・・・っ!」

「・・・ああ、それともう一つ。一応、言っておくが」

 

 

私の腕から抜け出そうとしても、無駄だ。

ピキピキ・・・と、セクンドゥムの腕が氷結し、固定されていく。

精霊化など、させんよ。

 

 

「私は、貴様ごときに見下されるような男に負けた覚えは無いし、封印されたわけでも無い」

 

 

貴様ごときに見下されるような男に、惹かれたわけでは、無い。

・・・貴様ごときが、ナギを語るな。

ギリリ・・・と、左の拳を握り込み、魔力を込める。

私の周囲の空気が、徐々に熱を失っていき・・・それが極限にまで達した、瞬間。

 

 

振り向き様に、セクンドゥムの腹に叩きこんだ。

嫌な感触と共に、内臓が潰れたような音が響いた。

 

 

「ガッ・・・ア、ァ・・・!?」

 

 

崩れかかるセクンドゥムの身体に、今度は右拳を叩きこむ。

吹き飛んだ先に瞬動で先回りし、重ねた両手を振り下ろして地面に打ち付ける。

バウンドした所を右足で蹴り上げ、瞬動で先回りして肘で受け止める。

セクンドゥムの呼吸が一瞬止まり、私は奴の首を掴む。

 

 

乱暴に引き寄せ、膝で背中を打ち据える。

腕を掴んで捻り、そのまま地面に向けて投げつけた。

もちろん、虚空瞬動で先回りする。

片手を上に掲げて待てば、数秒後にはセクンドゥムの身体は私の手に身体を叩きつけられた。

メギッ・・・と、背骨が折れたような音が響く。

 

 

「あ・・・ああっ、あ・・・ぁあ・・・あっ・・・」

 

 

だらり、と身体から力を抜いて、セクンドゥムはかすかに呻いていた。

ボタボタと体液を滴らせながら・・・。

 

 

「・・・どうした? 笑えよ」

 

 

私がそう言うと、セクンドゥムの瞳が揺れた。

まるで、怯えるように。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

デュナミスよりも疾く、デュナミスよりも深い。

否、デュナミスなどとは比較にならない。

何ですか、この強さは。

あり得ない、こんな・・・こんなコトが。

 

 

「私は本来、女子供は殺さない主義なのだが・・・お前はどうも、例外のようだな」

「・・・っ!」

 

 

そう言う吸血鬼に、どうしようも無い悪寒を覚えて。

私はたまらず、吸血鬼の手から逃れると、そのまま影の中に逃れました。

ダメージが大きい、一旦、離れる必要があります。

 

 

しかし、お父様の言いつけを守るためには、祭壇から離れ過ぎるわけにはいきません。

そう考えて、私は祭壇からそれほど離れていない小さな塔の中に転移しまし・・・た。

 

 

「遅かったな」

 

 

そこにはすでに、金髪の吸血鬼が立っていました。

ば、バカな・・・どうして先回りが。

 

 

「・・・っ」

 

 

とぷんっ、と影の中に沈んで、さらに転移します。

21か所を経由して、別の場所へ、今度は屋外へ・・・。

しかしそこにも、金髪の吸血鬼の姿が。

 

 

次も、その次も、次も次も次も次も次も次も次も次も、次も。

何度転移しても、私よりも先に、この女が・・・!

 

 

「・・・な、何故・・・」

「あんまり遅い転移だから、そう言う遊びかと思ったがな?」

「な、な・・・!」

 

 

あり得ない・・・!

いくらなんでも、転移先をそこまで正確に予測できるはずが。

けれど、ダメージから回復していない状態で挑んでも負けるだけ。

こうなれば影の中に留まり、時間を稼ぐしかありません。

 

 

そう考え、再び影の中へ。

流石にここなら・・・転移の最中に術者を捕らえるなど、できるはずが。

 

 

 

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持っている手を、誰かに掴まれました。

 

 

 

・・・バカ、な・・・バカな、バカな、バカな!

そんな滅茶苦茶な話がありますか、転移中の術者を捕まえるなんて、そんなことが。

できる、わけが・・・!

 

 

「ば・・・化物(バケモノ)・・・!」

「そうだよ?」

 

 

何を当たり前のことを、とでも言いたげな瞳で、吸血鬼は私を見ていました。

とん・・・と、胸に吸血鬼の掌の感触。

そして、そこに圧力を感じた瞬間。

 

 

身体を引き裂かれたかのような衝撃が、私を襲いました。

ブチッ・・・と片腕がもがれる音。

影の中から弾き出されて、地面を転がり・・・。

 

 

「・・・ぅ、く・・・げ、ぇ・・・はっ・・・っ」

 

 

ボタボタと、身体の至る所から体液を流しながら、私は起き上がることもできない。

身体の損壊が激し過ぎて、動くこともできません。

片腕は、胸ごと抉り取られた。

足に至っては、地面に衝突した際に両方とも折れてしまった。

 

 

う、ぐ・・・このままでは、本当に・・・。

本当に、死んでしまう・・・!

 

 

「ぎ、ぃ・・・い、や、だ・・・ぁ・・・!」

 

 

嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない。

また死ぬなんて嫌だ・・・また?

またって、何だ・・・です?

 

 

「わ、たし・・・エルザは、私、エルザ・・・僕は、私は・・・僕・・・」

 

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・死にたくない。

片腕は無い、もう片方の腕で、這うように進むしかない。

ズ、ズ・・・身体を引き摺るように、進む。

 

 

「た、すけて・・・助けてお父様、お父様、お父様ぁ・・・何で、助けに来てくれないのですかぁ・・・!」

 

 

どうして、どうしてお父様、私がこんな目にあっているのにどうして、お父様、助けて・・・。

どうして私が、こんな、お父様、お父様お父様お父様、おと・・・さ、まぁ・・・。

良い子だって、頭を撫でて、私を愛して、エルザを愛して、僕を愛してお父様(マスター)

私は、使い捨ての、人形、なんかじゃ・・・!

 

 

マスター・・・お父様、マスター、お父様お父様お父様お父様。

たす、けてぇ・・・!

 

 

すたっ・・・と、細い、白い足が視界に入りました。

それが誰の足からわかると・・・カチカチカチカチ・・・と、歯が、勝手に。

 

 

顔を上げると、目の前に白い手が。

嫌、嫌だ、死にたくない。

何で、どうして・・・私はお父様(マスター)に愛されたいだけなのに。

なのに、どうして邪魔をする。

まともに、愛されたかっただけなのに。

 

 

「お、とぅ、さ・・・」

 

 

求めるように、手を伸ばす。

そして。

 

 

「『こおるせかい』」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・む」

 

 

ピクッ・・・と、僕の中の何かが、何かを感じた。

何とも曖昧な表現だけれど、そう言う物だから仕方が無い。

セクストゥムに目をやると、かすかに頷いた。

・・・なるほど。

 

 

「フェイトさん、もう少し右です」

「・・・うん」

「・・・次、下でお願いします」

「うん」

「行き過ぎました、少し戻って」

「うん」

 

 

アリアに言われるままに、僕は姫御子の周囲を移動する。

最初は顔を赤くして、何かモゴモゴと言っていたけれど。

次第に集中し始めて、今では『リライト』に関する話しかしない。

だから僕はアリアの柔らかな身体を抱いて、ただ言う通りに動いている。

 

 

ス・・・と、アリアが姫御子の顔の前に、片手を掲げた。

それから、何かを回すような仕草をする。

 

 

「・・・術式、露出・・・」

 

 

すると、これまで見えなかった『リライト』の術式が、薄く輝いて見えるようになる。

祭壇全体に、複雑な紋様・・・『リライト』の構築式が出現する。

まぁ、僕には最初から見えていたけど、これで他の人間にも見えるだろうね。

 

 

「・・・っ」

「・・・大丈夫?」

「・・・大丈夫です」

 

 

軽く顔を顰めたアリアに、僕はそう声をかける。

大丈夫だと言って、軽く微笑むアリア。

その右眼が、紅く輝いている。

 

 

不意に、そのアリアの顔が強張った。

アリアのそんな表情に、僕はどうしようも無く「苛立つ」。

 

 

「アレ、は・・・?」

「何・・・?」

 

 

アリアの視線を追って、上を見る。

そこには・・・。

 

 

「何だ・・・アレは」

「まさ、か・・・?」

 

 

アリアの声には、どこか恐怖の色が浮かんでいた。

「墓守り人の宮殿」上空、魔力の膜の向こう側。

そこには、どこかで見た覚えのある街並みが見えた。

膨大な魔力を噴出させている樹を持つ、あの街は・・・。

 

 

「麻帆良・・・?」

 

 

確かに、あの街並みは麻帆良だ。

何度か足を運んだこともある、見間違えるわけも無い。

 

 

「セクストゥム、コレはどう言うことだ?」

「・・・わかりませんお兄様(さんばんめ)、私にも想定外です。旧世界と繋がるなど計画にはありません」

「だろうね、僕も知らない」

 

 

ゲートの影響か・・・?

いや、それにした所で20年前は繋がらなかった。

今回に限って、繋がる理由が無い。

 

 

「今はまだ、こちらから見えるだけでしょう。しかし、もう20分もすれば旧世界(むこう)側からこちらが見えるようになるはずです」

「・・・ダメですっ!!」

 

 

悲鳴のような声で、アリアは叫んだ。

その眼には、涙さえ浮かんでいる。

 

 

「絶対にダメです・・・ダメ! 旧世界側(まほら)を、私の生徒を巻き込むことになります! それだけは、それだけは何があってもダメです!!」

「しかし、このまま儀式が進めば」

「止めれば、良いのでしょう!」

 

 

叫んで、アリアは右眼を見開いた。

キィィ・・・と、アリアの右眼に魔力が集中する。

いや、それだけでなく左眼にも。

 

 

「『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』と『複写眼(アルファ・スティグマ)』を同時最大展開。術式に強制介入します!」

「・・・アリア?」

「一度や二度、右眼が潰れようと、その都度『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』で再生させれば良い! 幸い、魔力は周りに掃いて捨てる程あります・・・!」

 

 

アリアのその言葉に、僕はゆっくりと姫御子、いや、『リライト』の術式から離れた。

もちろん、アリアの身体を抱えたまま。

 

 

「フェイトさん!?」

「キミが何をしようとしているのか、良くわからないけれど・・・キミが冷静さを欠いていることはわかる」

 

 

一度や二度、眼を潰すと言うのは頂けないね。

正直な所、あまり見たくは無い。

 

 

「ちょっ・・・じゃあ、離してください! 自分で飛びますから、離して・・・!」

「キミが落ち着くまで、抱くのをやめない」

「離してください!」

「嫌だね」

 

 

ジタバタと腕の中で暴れるアリアを、僕はけして離さなかった。

はたから見れば、何をしているのかわからないだろうね。

しばらくもがいた後、アリアは弱々しい顔で僕を見上げてきた。

 

 

「・・・離してください、お願い・・・」

 

 

僕が横に首を振ると、アリアの顔が泣きそうに歪んだ。

そんな顔をさせているのが僕だと言う事実が、どうにも嫌な気分になる。

 

 

「・・・良くはわかりませんが、女王陛下は旧世界側にこちらを見せたくないのですね」

 

 

それまで僕らのやりとりをただ見ていたセクストゥムが、抑揚の無い声でそう言った。

アリアが頷くのを見ると、セクストゥムは数秒目を閉じて・・・すぐに開いた。

 

 

「わかりました、何とか誤魔化してみましょう」

 

 

ザザザ・・・と、セクストゥムの周囲に、大量の水が渦巻き始めた。

・・・どうするつもりだ?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

どう言う理屈かはわかりませんが、魔法世界「墓守り人の宮殿」と旧世界「麻帆良」が繋がるようです。

魔法世界と旧世界、地球と火星。

本来ならば、あるはずの無い接触。

いえ、正直それはそれで構いません。

 

 

もし繋がる先が他の場所なら、私はそれほど慌てたりはしなかったでしょう。

でも、麻帆良だけは許容することはできません。

脳裏に浮かぶのは、3-Aの一般人生徒達・・・。

彼女達にこちら側の存在を知られるのは、私にとって恐怖です。

 

 

「ご、誤魔化すって、どうするんですか?」

「私は<水>のアーウェルンクス、水と氷を専門属性として創造されています。単純に言えば、大がかりな鏡を作って城周辺を覆います」

 

 

セクストゥムさんの提案は、こうです。

旧世界側に露出している部分に水と氷の膜を張り、鏡面化させる。

そこに視覚阻害の魔法を重ねて、旧世界側の一般人から当面の間隠す・・・と言う物。

 

 

「しかしそれも、儀式が完全に発動してしまうと・・・」

「隠せない?」

「いえ、おそらく『リライト』の影響が旧世界側にも出るかと思いますので」

「・・・影響、と言うと?」

「・・・わかりかねます。旧世界と繋がるなど、計画にはありません」

 

 

・・・いえ、その計画を作ったのは貴女達ですよね?

厳密に言うと違うのかもしれませんが、とにかく、そちらの計画に穴があったと言うことでしょうか。

フェイトさんを見ると、じっと私を見ていました。

・・・想定外らしいですね、本当に。

 

 

「・・・ふむ、我も行こうかの」

 

 

その時、黒い翼を生やした人形が数m離れた位置に現れました。

 

 

「晴明さん・・・もう眠る時間のはずでは・・・?」

「うむ、どうやら向こうと繋がりかけておるからか、いつもより活動時間が長いようじゃ」

「あ、なるほど・・・」

「関西呪術協会の方は、千草嬢に任せておけば問題無かろう・・・我はそっちの娘と共に、事態の遅延を図るとしようかの。向こうに近い方が我は力を得れる」

 

 

晴明さんが言うには、視覚を誤魔化すだけでは時間を稼げないとか。

飛行機とか・・・そう言った物を違和感なく軌道修正させなければならないとか。

そのための術を、かけてくれると言うのです。

 

 

「・・・ありがとうございます、晴明さん」

「なぁに、構わんよ。1000年生きてきて、これほど面白い物を見せてくれたのじゃ、これくらいはしてやってもよかろうが・・・・・・家族のためじゃしな」

「え?」

「さぁて、行くかの!」

 

 

バサッ・・・と黒い翼をはためかせて、晴明さんが上空に向けて飛び立ちました。

・・・最後、小声だったのでよく聞き取れませんでしたが。

 

 

「それでは、すぐに取りかからせていただきます。後はお兄様(さんばんめ)とよしなに」

 

 

そう言って、セクンドゥムさんも水に包まれて、どこけへと転移してしまいした。

・・・いずれにせよ、時間がありません。

 

 

「・・・フェイトさん、さっきは取り乱してごめんなさい。続けましょう」

「そう・・・」

 

 

ふわっ・・・と、再び明日菜さんと、『リライト』の術式に近付くフェイトさん。

私は、ふぅ・・・と息を吐くと、もう一度、右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視ようと・・・。

 

 

「ふむ、苦労しておるようじゃの・・・我が末裔よ」

 

 

背後。

私とフェイトさんに気付かれること無く、背後に転移してきた人間がいました。

いえ、人間と言って良いのかどうか・・・。

 

 

「ふむ、息子と娘、そして3番目(テルティウム)も揃っておるな? よしよし、魂と血は集まったわけじゃな・・・」

 

 

フードを頭まですっぽりと被ったその人物は、かろうじて見える口元に、薄い笑みを浮かべていました。

えっと・・・誰でしょうか。

 

 

「あの、貴女は・・・?」

「ふむ? 私が誰か知りたいか? よろしい、ならば教えてやろう・・・」

 

 

パサッ・・・とフードを外したその顔は、思ったよりもずっと若くて、幼いとすら言えました。

何よりも、その顔は・・・。

 

 

「教えてやろう、我が末裔。世界再編魔法『リライト』、魔法世界、<黄昏の姫御子>、ウェスペルタティア、王家の魔力、<造物主(ライフメイカー)>、そして・・・<アマテル>」

 

 

その、顔・・・。

 

 

「全てを、教えてやろう」

 

 

 

 

 

Side 5(クウィントゥム)

 

まったく、コレはいったいどう言うことだ?

計画の最終段階かと思って起こされてみれば、受けた任務は「人間を守れ」。

何とも抽象的で、具体性にかける命令だ。

しかし命令は命令だ、僕もアーウェルンクスである以上、命令には従う。

 

 

「とは言え、『リライト』の阻止とは」

 

 

僕の存在意義を否定しかねない暴挙だ。

しかも、僕の目の前に多数発生している召喚魔は<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>で召喚された存在。

言ってしまえば、僕と同じ組織に使役されるはずだった召喚魔達だ。

 

 

「召喚魔の諸君、任務ご苦労」

 

 

そう皮肉りたくもなる。

最も、僕には皮肉などと言う感情は無いが。

 

 

雷で編んだ分身を数百体同時に造り、周囲の小型召喚魔を貫いて行く。

雷化した僕の速度についてこられる者など、存在しない。

・・・先程まで、ジャック・ラカンが僕の周りをうるさく飛び回っていたけれど。

彼はいったい、何なんだ・・・まぁ、人形のことなんてどうでも良い。

 

 

「さようなら」

 

 

雷系最大の突貫力を誇る魔装兵具を右手に作り出し、構える。

ガカァァ・・・ンッ、と雷鳴が轟き、周辺の空間を震わせる。

目標は、こちらに向かってきている大型召喚魔5体・・・。

 

 

「『轟き渡る雷の神槍(グングナール)』」

 

 

躊躇うことなく、『轟き渡る雷の神槍(グングナール)』を投擲する。

それは途中で小型召喚魔を10数匹消滅させ、最後には5体の大型召喚魔を貫き、爆発四散した。

ふん・・・あっけない物だね。

 

 

「・・・む」

 

 

ピクッ・・・と何かを感じて、僕は上空を見た。

そこは一見、何かが変化したようには見えない。

だが僕の目には、明らかな変化が見えている。

 

 

「墓守り人の宮殿」の上空に、どこかの街並みが映っている。

何だ、アレは・・・?

 

 

「・・・ちっ」

 

 

3(テルティウム)6(セクストゥム)は何をしている。

旧世界、つまり人間を極力巻き込まないことが計画の基本方針だったはずだ。

だと言うのに、旧世界との接続を許すとは。

20分もすれば、旧世界側からこちらが見えるようになるだろう。

 

 

基本性能は僕と同じはずだが、個体差が出るのだろうか。

いずれにせよ、存外に役に立たない。

 

 

「僕が行くべきか・・・?」

 

 

そう思考するが、今、僕がここから離れると混成艦隊の中の人間が危険になる。

召喚魔は、まだ30万近くいるのだから。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

うん・・・?

「墓守り人の宮殿」上空の異変と、アーウェルンクスシリーズ、具体的には2(セクンドゥム)の反応が消えて、僕は一瞬だけ動きを止める。

 

 

「・・・くだらないね」

 

 

しかし、それは本当に一瞬のことだ。

人形に過ぎない僕が考えることでも無い。

僕の役目は、あくまでも「召喚魔から人間を守ること」、それだけだ。

それ以外のことは知らないね。

 

 

そう、召喚魔を潰しさえすれば良いのだろう?

ならその結果については、僕が考える必要は無いよね?

 

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

ボッ、と僕の周囲に無数の炎の蜂が生まれる。

基本魔法の『魔法の射手(マギタ・サギカ)』よりもはるかに高い機動力と破壊力を持つ。

 

 

「『紅蓮蜂(アペス・イグニフェラエ》』」

 

 

無数の炎の蜂が四方に散り、召喚魔を貫き、また爆発によって複数の召喚魔を道連れにする。

しかも貫通力も高い、よって甚大な被害を召喚魔共に与える。

無数の召喚魔がのたうち回りながら消滅していく様に、僕は満足気な笑みを浮かべる。

 

 

召喚魔の群れの一角が、掌で押し潰されたかのように軽々と消滅した。

そう、コレで良い。

コレで良いのさ、キミ達はそうやって僕の手にかかって滅べば良い。

そうすれば、僕の退屈極まるこの任務にも、彩りができると言う物だ。

周囲の家屋が多少巻き添えを被ったり、燃えたりしているけど関係無いね。

僕の役目は、あくまで「召喚魔から人間を守る」なのだから。

 

 

「さて、じゃあ次「いい加減にぃ・・・っ!」に行くと・・・うん?」

 

 

頭上から声がしたので、一歩後ろに下がる。

その直後、僕の目の前に赤い髪の女――――女と言うよりは、小娘だな――――が、炎を纏わせた足を振り下ろした。

民家の屋根を打った一撃は、炎と衝撃を僕の身体に伝えるには十分な威力だった。

 

 

「しなさいよ、アンタはぁ――――――っ!!」

 

 

次いで、僕の眼前に指先を突き付けてきた。

・・・何だ、この小娘は。

 

 

「ちょっとアンタ、もう少し考えて戦いなさいよ!」

「・・・何だ、人間か」

「ちょ、無視すんじゃないわよ!?」

 

 

去ろうとすると、僕の腕を掴んできた。

うるさい小娘だ。

まぁ、そうは言っても人間を傷つけることはできないからね。

・・・いや、守れと言われただけで傷つけるなとは言われていないかな。

 

 

そう思い、小娘の掴んでいる部分に炎を作った。

そんなに高温の物ではなく、驚かせるか、不味くとも軽く手を火傷するくらいさ。

 

 

「何・・・?」

 

 

しかしその炎は、小娘を傷つけない。

いや、違うな。炎の精霊が小娘の身体を守っている。

何だ、こいつ・・・?

小娘の胸元で、不思議な形をしたペンダントが揺れていた。

 

 

「あ・・・アンタね! もう少し周りの人のこととか考えて戦わなきゃダメでしょ!?」

「・・・どうして僕が、周囲の木偶のことまで考えてやらなくちゃいけないんだい?」

「で、木偶ですって!?」

「そうだろう? 自分の身も守れない哀れな木偶だ・・・」

 

 

そう、哀れで貧弱で劣等な、木偶に過ぎない。

まったく、どうして僕がそんな連中を守ってやらなくちゃいけないのか。

消し炭にする方がよほど簡単だと言うのに・・・。

 

 

ふと見れば、小娘は僕の腕を掴んだまま、俯いていた。

ワナワナと肩を震わせたかと思えば、急に顔を上げて、涙を浮かべた目で僕を睨む。

小娘の右拳に、ゴゥッ・・・と、膨大な炎が渦巻いた。

 

 

「『アーニャ・フレイム・・・!」

 

 

小娘、何を・・・。

 

 

「・・・ナァ――――――ックルッッ』!!」

 

 

次の瞬間、小娘の右拳が、僕の顔面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

Side クウネル(アルビレオ・イマ)

 

・・・パタン、と、読んでいた本を閉じます。

世界樹の発光が始まってから、もしやとは思っていましたが。

コレは結構、本気で不味いかもしれませんねぇ。

 

 

「まぁ、事態が不味くなるのは今に始まった話ではありませんが・・・」

 

 

グルルル・・・。

傍にいたドラゴンの頭を撫でて、私は奥に隠れているようにと言いました。

詠春の娘さん達にやられた傷が、まだ癒えてはいませんからね。

と言うか誰に何を教わったら、あんなお嬢さんに育つのでしょう?

 

 

・・・母親の血でしょうか? 割と殺意の高い血筋ですからね。

詠春自身は、断固否定するでしょうが。

 

 

「思えば、紅き翼には私を含めて、きちんと家庭を営んでいる人間がいませんねぇ」

 

 

私はもちろん、ラカンは独身ですし。

詠春は結婚しましたが、まぁ、あまり上手くはいっていないようですし。

家庭人と言えるような人間は、紅き翼にはいませんでした。

ナギとアリカ姫は、比較的上手くいきそうではあったのですが・・・。

 

 

ふと、懐からナギとの契約カードを取り出します。

効果を失った、玩具と化したカード。

・・・まぁ、ぶっちゃけ他のカードを使えば良いので、コレにこだわる必要は無いのですが。

 

 

「まぁ・・・ネギ君もアリアさんも、なかなか面白そうな人材でしたが」

 

 

ネギ君は良い感じに素直で、歪んでいて。

アリアさんは良い感じに極端で、歪んでいて。

実に私好みの子供たちでしたねぇ。

まるで、ナギやアリカ姫と話しているような気分でしたよ。

 

 

アリアさんには、殴られましたし(幻影ですが)。

いやぁ、最高の瞬間でしたね。シスター服も堪能させて頂きましたし。

まぁ、あの2人はこれからも変わることなく、歪んだまま進むのでしょうねぇ。

 

 

「さて・・・では、まぁ、詠春に連絡してみますかね・・・」

 

 

とりあえずは、詠春に連絡ですかね。

そしてその後どうするか、が問題ですよねぇ。

エヴァンジェリンの魔力も無く、と言うか魔法世界に行ってしまったらしいですが。

さて、面倒なことにならなければ・・・まぁ、遅い気もしますが。

 

 

「20年前、そして10年前には5人でしたが・・・」

 

 

今は、私一人です。

寂しい限りですね・・・年月を感じます。

 

 

「かつてのように5人ではなく、私一人で鎮めて見せましょう・・・!」

 

 

旧オスティアと麻帆良を繋ぐゲート。

そして世界樹の奥に封印されている、あの存在を。

 

 

 

 

 

Side ドネット

 

旧世界の魔法関係者を集めた会議、名称はそのまま「旧世界魔法関係者会議」。

これまで、個別に関係を結んだ組織はあっても、旧世界全体の意見集約を行おうとする試みは初めてのこと。

何故ならば、原則として旧世界の魔法関係機関は、本国の下部組織扱いになっているから。

だから、本国に「お伺い」を立てることはあっても、旧世界側で協議することなんて無かった。

 

 

その意味で、近衛詠春の提唱で始まったこの会議も、本国との連絡が途切れなければ開催どころか、参加を表明する組織も存在しなかったかもしれないわね。

あるいは、近衛詠春・・・「サムライマスター」の名が無ければ。

 

 

「もはや時代は変わったのです。今後は個別に本国と関係するのではなく、団結して折衝する必要があります。そうすることで、我々は多くの物を手に入れることができるでしょう」

 

 

近衛詠春は、会議の冒頭でそう言ったわ。

まぁ、その意義は理解できる。

この会議に先立って、メルディアナは本国に校長を含めた多くの物を奪われた。

これは、メルディアナの立場が本国よりも弱かったことと、単独では本国に対する交渉力を持ちえなかったことが根幹にある。

 

 

しかし、「旧世界全体の総意」と言う物が背景にあれば、どうだろう?

本国に対し、一定の効果を持つのではないかしら。

 

 

「しかし、本国の許可もなくそのような組織・・・いわゆる旧世界連合のような物を作って、ゲートが復旧した後に責められはしないか」

 

 

一方で、そういう反論もある。

これは、本国に悪く扱われたことの無い関係者に多い意見。

下手に刺激して逆に怒りを買ったら・・・と言うのも、わかる。

そう言うわけで、賛成派と反対派に分かれることになる。

今の所、賛成派の方が少数派ではある。

 

 

でも・・・と、私は溜息を吐いた。

昨夜、近衛詠春から聞かされた世界樹の秘密。

そして、発光の意味の推測を聞かされた私には、この後の議論の流れが読めてしまうから。

ちら・・・と視線を動かせば、近衛詠春は部下らしき人間に何かを耳うちされて、頷いていたわ。

 

 

・・・始まったのね。

そして近衛詠春は席を立つと、厳かに言ったわ。

 

 

「皆さん、今こそ決断の時です。由々しき事態が発生いたしました―――――」

 

 

私は、静かに溜息を吐いた。

政治と言う物は、時としてこう言うことも必要になるのね・・・。

まぁ、ここは近衛詠春について行くのが得策。

現時点では、私はそう判断していた。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

現在、私は少し困惑している。

何に対して困惑しているかと言うと、

 

 

「うーん、なかなか壮観やねぇ」

「まさか、こんな形で向こうと繋がることになるとは・・・」

 

 

このちゃんとザジさんの仲が、ことのほか良いことに対してだ。

いや、このちゃんは私などよりも社会性があるから、誰ともで仲良くはなれる。

何と言っても、物知りで可愛くて家事もできて面倒見も良くて優しくて綺麗なのだから。

私などとは、比較にならない。

 

 

「今はまだ、一般人にまでは見えていないでしょう」

「世界樹の発光は見えとるやろ?」

「そこは、まだ言い訳のしようもあるでしょう」

「・・・まぁ、せやね」

 

 

しかし、それにしてもここまで仲が良かっただろうか?

と言うか何故、私達は屋根の上で談笑しているのだろうか。

もっと、他に場所があったと思うのだが・・・。

 

 

「・・・せっちゃん?」

「え、な、何、このちゃん?」

「・・・あ、もしかして見えてへんのん?」

「は?」

 

 

見えていない?

何が・・・?

 

 

困惑していると、このちゃんが笑いながら私を手招きした。

その仕草にますます困惑するが、しかし素直にこのちゃんに近付く。

このちゃんは、右の掌で私の両目を覆った。

 

 

「わ、な、何ですか、このちゃん・・・」

「ええから、ええから・・・」

 

 

このちゃんが、私に聞こえない程の小声で何かを呟いた。

そして2、3度私の目の前で手を振って・・・一瞬、視界が歪んだ気がした。

このちゃんが手を離して、視界が開ける。

すると・・・。

 

 

「・・・な・・・」

 

 

自由になった視界の中に、今まで見えなかった物が映っていた。

空に、逆さになった城・・・のような物が見える!

 

 

「何やのコレはっ!?」

「・・・新鮮な反応ですね。まるで一般人みたい」

「せやろー? やから、せっちゃんて可愛えんよー」

「え、いやっ・・・このちゃんもザジさんも落ち着き過ぎじゃありませんか!?」

 

 

と言うか、ザジさんって意外と饒舌だったんですね・・・?

い、いや、今はそんなことよりも。

 

 

私が困惑していると、突然上空の城が消えた。

いや、消えたように見えただけだ。

実際、私の今の視界にはまだかすかに城が見える。

こ、今度は何だ・・・?

 

 

「・・・結界と視覚妨害魔法がかかりましたね、それも3種」

「せやね、でも2つはわかるわ。一つは関西呪術協会、たぶん麻帆良のお父様の部下の人達が張った物やろ・・・もう一つは、たぶん城側から晴明ちゃん。あと一つはわからんけど、凄く強い人やのはわかる」

「せ、晴明様の? 長の・・・3つ?」

 

 

は、話について行けない・・・。

剣だけでなく、そう言う術とかもきちんと勉強すべきだろうか。

うう、しかし、うーん・・・。

 

 

「やっほー、近衛さん。桜咲さんとザジさんも」

 

 

その時、私達のいる屋根の上にもう一人、人間が現れた。

その人物は、髪を2つにくくり、白衣を着ていた。

3-Aメンバーの一人、葉加瀬さん。

茶々丸さんの生みの親であり、学園祭の時には超鈴音の同志だった少女。

 

 

「あ、ごめんなぁ、ハカセちゃん。急に呼び出して」

「いいよ、別に。それで、携帯のメールの話だけど・・・」

 

 

葉加瀬さんは目を細めると、真剣な表情でこのちゃんを見た。

そして・・・。

 

 

「私に相談したいことって・・・何かな?」

 

 

葉加瀬さんの言葉に、このちゃんは小さく微笑んだ。

 




エヴァンジェリン:
私だ、久しぶりだな。
ふふん、あのような小娘、私にかかれば10分もかからんわ。
しかしどうも、この鍵の使い方がわからん。
まぁ、アリアに渡せば良いか・・・。
あと、何かしらんが旧世界と繋がりかけているらしいな。
どう言う理屈なのやら・・・。


エヴァンジェリン:
次回の話だが、少し新オスティアから離れることになると思うぞ。
旧世界、麻帆良、メルディアナ、メガロメセンブリア・・・。
そう言う方面の場面が中心になる予定だ。
いろいろと、あるようだからな。
では、また会おう。


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第25話「錯綜」

 

Side 6(セクストゥム)

 

ザザザ・・・と水を操り、「墓守り人の宮殿」上空を覆います。

その水面を微妙に操作し、旧世界側から隠すように展開します。

しかしコレは、それほど簡単なことではありません。

 

 

魔法世界と旧世界間の境界線付近に、すでに魔力乱流が発生しつつあります。

そのため、私は微妙な位置での操作を余儀なくされています。

繊細で微細な作業を一人、続けています。

 

 

「これだけ水があれば、媒介には事欠かんですむのぅ」

 

 

何故か私と一緒に来た奇妙な人形が、私が作った水の膜の水面の上を歩いている。

魔力とは異なる力を使役している、奇妙な人形だ。

 

 

「何、同じ人形同士、仲良くしようではないか」

「・・・!」

 

 

この人形、私の思考を。

その黒い翼を持った銀色の人形。

その足元・・・私から見ると背後には、赤い五方星が浮かび上がっている。

私の水を媒体に、何かの術を使っているらしい。

 

 

「ところで、主(うぬ)はあの小僧(フェイト)の妹御なのじゃろ?」

「・・・小僧と言うのがお兄様(さんばんめ)のことを指しているのなら、その通りですが」

「ほうほう、なるほど、似ていなくもないの。あの小僧(フェイト)の方が人間味があった気もするが」

「・・・そうですか」

 

 

カラカラと音を立てて、人形が笑う。

もし私が人間であれば、不快に感じたことでしょう。

まぁ、私と3(テルティウム)に個体差があるのなら、そう言うこともあるのでしょう。

 

 

「ふむぅ・・・しかし、アレじゃの。小僧(フェイト)があのまま女王(アリア)とくっつくとすれば、主(うぬ)は女王(アリア)のことを義姉と呼ぶ必要があるのではないか?」

「は?」

「いや、ほれ、関係的に?」

「・・・そう言う物なのですか?」

「慣習と言う物じゃよ」

「・・・はぁ」

 

 

私が頷くと、人形は「素直じゃのぅ」と笑いました。

ふむ・・・慣習ですか、人間はよくわかりませんね。

では、まぁ、次に女王に見えた時には、そう呼ぶことにしましょうか。

 

 

「・・・ぬ」

「む・・・」

 

 

その時、私と人形は同時にそれに気付きました。

「墓守り人の宮殿」内部から、そしてそれ以外の場所から・・・。

 

 

無数の召喚魔が、こちらに向かって来ています。

 

 

狙いは我々ではなく・・・おそらくは旧世界。

異界境界を通り、旧世界に向かうつもりですか。

2番目(セクンドゥム)の反応が消えた所を見ると、コントロール下から外れ、独自に動いているのでしょう。

 

 

「しかし・・・行かせるわけには参りません。ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

旧世界の人間を巻き込むのは本意ではありません。

新たに水を生み出し、それを矢として撃ち出します。

数が多いですが、なんとかしましょう。

 

 

「・・・うん、アレは何じゃ?」

 

 

人形の声に、背後・・・つまり旧世界側を見ます。

どうやら、旧世界側でも対処が始まったのか、結界反応が伺えます。

加えて・・・アレは何でしょうか?

 

 

何やら、黒いサングラスをかけた人形と緑色の髪の少女型人形が、無数に展開しているのを確認できます。

はて・・・旧世界の人間のやることはわかりません。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

「こうなることを読んでいたのでしょうか?」

 

 

旧世界の関係者を集めた大会議室から出た時、私の後から出てきたマクギネスさんが、そう声をかけてきました。

それに対し、私は小さく笑みを浮かべ、穏やかに答えました。

 

 

「高く評価して貰って恐縮ですが、私はそこまで全能ではありませんよ」

 

 

実際の所、私はこうなることを恐れてすらいたのですよ。

20年前から、そして10年前から、こうなることを恐れていたのですよ。

ただ、起こるかもしれないとは思っていました。

アルからの連絡を受けた時は、最大限に利用させてもらおうと思いましたがね。

 

 

「・・・そうですか。ではもう一つお聞きしても?」

「何でしょう。私に答えられることであればいいのですが」

「20年前・・・いえ、10年前、どうして麻帆良と旧オスティアを繋ぐゲートを破壊しなかったのですか?」

「それは答えられないことですね」

「・・・そうですか」

 

 

マクギネスさんには、ある程度のことを話してあります。

世界樹の下に何があるか、そして、何故そこにあるか。

だからと言って、全てを話したわけではありませんが。

 

 

20年以上前に封印・廃棄された麻帆良と旧オスティアを繋ぐゲート。

廃棄はしても、破壊はされなかった。

何故か?

破壊できなかったからですよ。

 

 

先だってのテロの対象から外れたのは、旧オスティア・・・「墓守り人の宮殿」があるからと言う理由もあったと思います。

何故、旧オスティアだけ残さねばならなかったのか・・・。

 

 

「いずれにせよ、早急に事態の収拾を図る必要があります」

「先程、メルディアナから連絡を受けましたが・・・ウェールズのゲートには反応が無いそうです」

「なるほど、そうでしょうね・・・両方の世界の楔、要石を破壊されている以上、他の11か所はおそらく大丈夫でしょう」

 

 

そうなると、ますます麻帆良が危ないですね。

下手をすれば、地図から消えますよ。

 

 

「まずは、上空の異変を一般人に知られないようにしなければなりません。次いで周辺住民の避難です」

「・・・住民の避難は、難しいと思います」

「でしょうね、しかしやります」

 

 

・・・その中に木乃香達を紛れ込ませて、とりあえずは安全な場所へ。

それくらいしか、できませんから。

 

 

「各国魔法支部への連絡は代表の方々に任せるとして・・・至急戦力を集める必要がありますね。そして世界樹地下への増援と、対処」

 

 

アル一人では、流石に荷が重いでしょう。

とは言え、半端な部隊を送ればかえって邪魔になりかねませんが・・・。

 

 

すでに、旧世界魔法関係者の総意として、「総会決議」を採択しました。

半ば強引にですが、流石にここまでの事態になれば動かざるを得ないでしょう。

しかしこの「前例」ができたことで、今後は何かとやりやすくなるでしょう。

旧世界は、本国の影響無しで意思を決定したのだと言う「前例」をね。

 

 

「メルディアナは、麻帆良・・・いえ、日本統一連盟を支持させて頂きますわ」

「それはありがたいですね。我々としてもメルディアナの尽力に期待し、かつ配慮させて頂きます」

「ありがとうございます」

 

 

その後マクギネスさんと実務的な話を続けつつ・・・ふと、私は空を見上げました。

・・・ナギ。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「え、いやぁ、そこを何とか。ええ? 元々の予定? そこを何とか、うん、うん・・・わかりました、じゃあ来年の部費を増額と言うことで。3倍? それはちょっと足元見過ぎじゃ・・・え、ああ、うんうん。それじゃ、よろしく頼みますねー」

 

 

ガチャンッ、学園長室に備え付けられた古風な黒電話の受話器を置いて、僕は溜息を吐いた。

まったく、何でこう仕事って増えるのかな。

 

 

僕が今、どこに電話をかけていたかと言うと、麻帆良の航空部。

相手は麻帆良学園大学部在学の航空部部長、七夏・イアハートさん。

今日は航空部の集団練習とかがあったんだけど、無理を言って中止にしてもらった。

結局はお金で解決したあたり、僕もいよいよ汚れてきたのかもしれない。

 

 

「えーっと、次は・・・」

 

 

それ以外にも軍事研とか、とにかく「航空能力を持つ部活・サークル・個人全て」に今日の飛行を中止させて欲しい、と言うのが詠春さんの要請だ。

要請って言うか、事実上の命令なわけだけどね。

 

 

避難準備の要請とかも出てくると思うけど、実際に麻帆良の住民を避難できるかって言うと、難しいよね。

いっそのこと、不発弾でも発見したってことにするのかもしれない。

うーん、でも後始末も大変なんだよね、生徒の連絡網とかが活用できると良いんだけど。

まぁ、とりあえず僕は自分の領分の仕事をきっちりしてれば良いや。

と言うか、領分以上のことはできないしね。

 

 

「あ、軍事研ですか? 私、学園長の瀬流彦と申しますー。はい、いつもお世話に・・・ええ、部長さんお願いできます? はい・・・はいー」

 

 

・・・おかしいな、僕、学園長だよね?

権威主義ってわけじゃないけど、何で学生の部活にここまで低姿勢・・・?

 

 

・・・まぁ、高圧的に出れるかって聞かれると、できないわけだけど。

こう言う性格だしね、僕。

 

 

「・・・それにしても、本国がね・・・」

 

 

保留メロディーの流れる受話器を耳に当てたまま、僕はぽつりと呟いた。

詠春さんサイドから伝達されて来た話によると、上空に現れつつあるあの城・・・「墓守人の宮殿」って言うらしんだけど。

しかも、世界樹の下に封印されてる、「アレ」。

 

 

そのどちらにも、本国の息がかかっているらしい。

・・・まぁ、旧世界・魔法世界問わず、魔法関係の事件で本国の息のかかっていない事件は無いとも言えるわけだけど。

 

 

「・・・シャークティ先生やアリア君、向こうに行った生徒の皆も、無事だと良いんだけど」

『・・・お待たせしましたー』

「ああっ、軍事研の部長さんですか? 学園長の瀬流彦ですー」

 

 

とりあえず、僕の仕事としては。

麻帆良の安定と生徒達の安全の確保と、もう一つ。

 

 

魔法世界に行った皆が安心して帰って来れるように、この場所を守ることだ。

 

 

 

 

 

Side 明石教授

 

墓石を綺麗に洗った後、生花と線香を備える。

その後はしばらく手を合わせて、しばらく静かに祈る。

一人じゃ無くて、隣にはゆーなもいる。

今日は2人で、夕子のお墓参りに来ていて・・・。

 

 

「・・・お父さんのお嫁さんに・・・」

 

 

・・・僕の横でゆーなが何か怪しいことを言っているけど、まぁ、良しとしよう。

夕子、僕は娘の教育をどこかで間違えたのかもしれない。

 

 

「・・・お父さんの面倒は、ちゃーんと私が・・・」

 

 

・・・でも、ゆーなは優しい子に育ってくれたよ。

キミに似て元気で活発で行動力があって、料理も上手い。

どこに出しても恥ずかしく無い、可愛い娘だよ。

今は僕のお嫁さんにーとか言ってるけど、きっとそう遠く無い将来、素敵な人を見つけてくると思う。

 

 

その時は・・・泣くか相手の男を殴るかするかもしれないけど、別に良いよね?

通過儀礼ってことで、僕も経験したし。

とにかく僕らの娘は、とても良い子だよ、夕子。

 

 

「よぉ」

「む・・・やぁ、これは・・・」

 

 

その時、サングラスをかけた黒服の男性が、生花と手桶を持ってやってきた。

麻帆良の同僚の魔法先生、神多羅木さんだ。

 

 

「・・・10年か。時間って言うのは、あっという間に過ぎちまうもんだな」

「ええ・・・」

 

 

ゆーながいる手前、直接的な言動は避ける。

でも、夕子が殉職・・・亡くなってから10年が経ったのは事実だ。

ゆーなもすっかり大きくなった。

僕や神多羅木さんだって、10年前のままじゃない。

 

 

そして、本当にあっという間の10年だった。

夕子がいない10年は寂しくて、ゆーながいなければ・・・。

 

 

「あのー・・・グラヒゲ先生はお母さんのことを知ってるんですか?」

「コラ、ゆーな! ちゃんと神多羅木先生って呼びなさい」

「ははは、良いさ、結構そのあだ名、気に入ってるんでね」

 

 

気に入ってたんだ・・・。

いや、たぶん、ゆーなを庇ってる面が大きいんだろうけど。

 

 

「それで、うーん。そうだな、キミのお母さんとは・・・仕事仲間と言うか、友人のような関係だったんだよ」

「へ? お友達?」

「ああ・・・ま、それが一番近い関係だったと思う」

 

 

そう言って、神多羅木さんは僕を見て笑った。

その顔には、どこかほろ苦さが混じっているように感じた。

僕も多分、似たような表情を浮かべていたと思う。

 

 

ピリリリリリリリッ。

 

 

その時、僕と神多羅木さんの携帯が、同時に着信音を発した。

それは・・・。

 

 

 

 

 

Side ガンドルフィーニ

 

壮観、と言うべきなのだろうか。

私の目の前には、旧関西呪術協会の陰陽師達と旧関東魔法教会の魔法使い達が、協力して結界を張っている様子が広がっている。

人目につくわけにはいかないので、麻帆良の地下スペースを使用して結界の展開と維持を目的とした儀式を行っている。

 

 

麻帆良上空に強力な認識阻害の魔法を展開する。

これは学園祭の時、超鈴音が使用した「強制認識魔法」の術式を参考にしている。

西の陰陽術と東の魔法を組み合わせた物で、最終的には東西の術式体系を一元化するのが、近衛詠春殿の意思とも聞く。

 

 

「ガンドルフィーニ先生、旧関西側はすでに術式が安定したと言って来ています」

「わかった。こちらもすぐに安定させると伝えてください」

「はい、では・・・」

 

 

私の言葉に頷くと、刀子君は旧関西の術者達のグループの方へ駆けて行った。

旧関西の一部は彼女を「東に走った裏切り者」と呼ぶ動きもあるようだが、そう言った者達は近衛詠春殿の手によって地方に分散配置させられている。

それに旧関東と旧関西を仲介できる人材が、近衛詠春殿本人を除けば彼女しかいない。

 

 

負担をかけてしまうが・・・まぁ、現在、旧関東所属の魔法使いで楽ができている者は存在しないわけだが。

それにしても、旧関西における近衛詠春殿の統率力には舌を巻くばかりだ。

どうやら完全に掌握・・・下から信頼されているらしい。

まぁ、見方によっては関西呪術協会が日本を制したわけだから、当然か。

 

 

「さぁ、麻帆良の危機・・・と言うより、世界の危機だ。関西の連中にばかり、大きな顔をさせておくことは無いぞ!」

 

 

そう言って、結界を張る魔法使い達を鼓舞する。

しかし実際、我々の立場は非常に弱い。ここで少しは挽回しなければ・・・。

 

 

「はーっはっはっ! ここは俺らの任せて休んどいてええねんど、んん?」

「西洋魔法使いは細いんやから、無理したらあかんど? あ、これ親切(いやみ)やから」

「カッコわるーい」

 

 

・・・挽回しなければ、いつまでもこの扱いだ!

それは流石に、困る・・・と言うかキツい!

 

 

「やるぞおおおぉぉ――――――――っっ!!」

「「「うおおおおおぉぉぉぉ―――――――――っっ!!」」」

 

 

可能な限り何とかしなければ、今後が不味い。

高音君達が帰ってきたら、卒倒・・・いや、声高に抗議しかねない。

それだけは、避けなければ・・・!

 

 

 

 

 

Side 亜子

 

「でこぴんロケット」。

学園祭の時に、うちが柿崎達と結成したバンド。

正確には、柿崎達が組んだバンドにうちが混ぜてもろたって感じなんやけど・・・。

 

 

「皆―――っ、ありがと―――――っ!!」

 

 

桜子がマイク片手にそう言うと、ライブ会場の皆がワアァァァッて歓声を上げた。

ひゃ~・・・本当に桜子は人気あるなぁ~。

柿崎や釘宮も、何かファンクラブがあるんやって。

皆、美人やからな~、うちとは大違いや。

 

 

夏休みも終わりに近付いてきた今日、うちらは単独ライブをやることにしたんや。

最初はストリートでもええかなって話やったんやけど、瀬流彦先生がステージとってくれたんよ。

学園祭の時のに比べると小さな野外ステージやけど、皆も喜んどった。

 

 

『おー? よければ先生に聞いてみるアルよ?』

 

 

「超包子」でその話をしてたら、くーちゃんがそう言ってくれたんよ。

何でかは知らんけど、瀬流彦先生は学園長さんやから・・・凄いなぁ。

くーちゃんも強くて可愛ぇから、人気高いんよね。

でも、卒業したら中国に帰ってまうんやって・・・。

 

 

いいんちょとかは、お別れ会とか企画しとるみたい。

何や、ネギ君とか超さんとか、皆いなくなっていくなぁ。

 

 

「麻帆中購買部で、私達のCD売ってまーすっ♪」

「今ならなんと、ピックがついて1980円!」

「皆さん、ぜひ買ってくださいねーっ!」

 

 

最後の曲まで終わって、アンコールもやって、その後のマイクパフォーマンスの時間で、柿崎達が「でこぴんロケット」のCDの宣伝をしとった。

CDまで作ってしもて、ちょっと恥ずかしいけど。

でも、やってよかったなぁって、思う。

今年の夏休みは、楽しかったわ。

 

 

「ん・・・?」

 

 

ふと気になって、空を見上げた。

さっきまで晴れとったんやけど、雨雲かな?

何や、黒い雲みたいなんが空を覆っとる。

うーん、天気予報やと今日は一日中晴れるはずやのに。

 

 

「あーこっ!」

「何一人で黄昏てんのー?」

「ほら、アンタもお客さんに挨拶!」

「え、ええっ!?」

 

 

ステージの隅の方で立っとったうちに、釘宮達がマイクを押し付けてきた。

え、ええっと、うち・・・やなくて、私はそう言うのはちょっと・・・っ!

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

「アイアイ♪ 炒飯大盛り2つに、餃子2つ、青椒肉絲1つ、お待たせしたアルよー」

「おお、これは美味しそうでござるな」

「いっただっきまーす!」

「あ、お姉ちゃんズルいですー」

 

 

夏休みも終わりアルが、「超包子」は今日も大繁盛アル。

と言うか、繁盛していない時を想像できないアルよ。

 

 

今は、テーブル席の楓と鳴滝姉妹に注文の品を届けに来たアル。

何でも、今日は「さんぽ部」の集まりがあったとか。

珍しく楓の山では無くて、ショッピングモールを散策してきたらしいアル。

・・・散歩と言うより、買い物アルな、普通の。

 

 

「そう言えば、今日はクギミー達のライブの日じゃなかった?」

「くーふぇはチケット貰ってたよね?」

「ああ~、行きたかったアルが、『超包子』のシフトが入って無理だったアルよ~」

 

 

私は進学前提の奨学金制度を使ってたアルが、中学を卒業したら故郷に帰ることにしたアル。

おかげで奨学金の額も減ってしまって、バイトしてお金稼がないといけないヨ。

 

 

「うん・・・?」

 

 

妙な「気」を感じて、私は空を見上げる。

そこには、雨雲みたいな黒くて厚い雲が見える。

でも、それだけでは無く、何かもっと大きな物が・・・。

 

 

「古(くー)」

「・・・む、む? 何アルか、楓?」

「杏仁豆腐も頼むでござるよ」

「あ、私も欲しいですー!」

「じゃあ、私もー!」

 

 

楓が柔らかく笑って、食後のデザートを注文してきたアル。

鳴滝姉妹も、片手を上げながら元気良く注文。

 

 

私はパチクリと楓の顔を見たけども、いつも通り、楓は穏やかに笑ってるだけアル。

いつもと同じ、「んー?」と首を傾げながら、私を見ている。

・・・私もそれに、ニカッと笑って応える。

 

 

「アイアイ♪ 杏仁豆腐3人前、確かに承ったアルよー」

 

 

何か良く無いことが起こりそうなのは、たぶん楓にもわかってる。

でも今、私は「超包子」で仕事中アルから。

そう言うのは、他の人に任せるアルよ。

アリア先生の出した宿題も、まだ終わって無いアルし。

 

 

・・・夏休み、もう終わるアル・・・。

でも宿題は、終わって無い!

 

 

「五月! 杏仁豆腐3人前アル!」

 

―――はい、わかりました。くーさん―――

 

 

五月に注文を伝えて、私はまた別のテーブルのお客さんの所へ向かったアル。

「超包子」は今日も、大繁盛アル♪

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

『お久しぶりです、まいますたーっ!』

「うおぁっ!?」

 

 

ベッドの中でウダウダゴロゴロしていたら、開きっぱなしにしていたパソコンから、懐かしい声が響いてきた。

何かと思って起きてみれば、画面一杯に緑色の髪のツインテールが・・・って!

 

 

「なっ・・・何だお前! 今までどこに行ってたんだよ!?」

『んん? ん~ふふ~? もしかしてまいますたー、心配しちゃいました?』

「はぁっ!? ばっ・・・んなわけねぇだろ! 誰がてめーみたいなバグを・・・」

『まったまた~、可愛いミクちゃんが通りすがりの悪漢に襲われたらどうしようなんて、同人的思考で夜を過ごしてたんでしょ~?』

「・・・よし、たまにはパソコン分解するかな」

『ああっ、ごめんなさいまいますたー! だから電子製品を分解しないで!?』

 

 

てめーらは所詮、電子製品が無いと活動できねぇからな。

この私に逆らおうなんざ、100年早いっての。

 

 

「・・・で、マジでどこ行ってたんだ、お前。しかも他のも帰ってこねぇし」

『やっぱり心配して』

「歌ツクールの機能に障るんだよ」

『・・・ですよねー』

 

 

画面の中でいじけんなよ。

 

 

『・・・あー、まぁ、今はルカが向こうでの私の仕事を代行してましてー』

「は?」

『いえいえ、お気になさらず。夏休みも終わりと言うことで、まいますたーに最後の暇潰しをご提供・・・と、その前に、まいますたー』

「何だよ」

『今日は絶対、外に出ないでくださいね。カーテンも開けてはダメです』

 

 

・・・何だ、そりゃ。

いやまぁ、別に外出の予定は無いけどよ。

にしても、ダメってのは変な話だな。

 

 

『もし外に出たり、見たりしたら・・・』

「したら?」

『まいますたーのコスプレ写真を、実名でネット上に流します』

「待て・・・落ち着け、冷静に話し合おう」

 

 

いや、それはマジでやめろ。

そんなことされた日には、死ねる、いやマジで。

 

 

『まぁ、そんなわけでー・・・』

 

 

フォンッ、と画面上に、何かの文字が並び始めた。

少しすると、それが膨大な量のデータだってことがわかる。

何だ、こりゃ・・・?

困惑して、画面の中のミクを見ると・・・ミクは、ニコニコと笑ってやがった。

 

 

嬉しそうに、楽しそうに。

何がそんなに面白いのか、まったくもってわからんが。

 

 

『じゃあ、世界をとっちゃいましょうか、まいますたー?』

 

 

・・・何をさせる気だ、こいつ。

 

 

 

 

 

Side ハカセ

 

む、むむむむーむむー?

コレはなかなか、難しい状況なのですかねー?

 

 

「難しいって言うか、まぁ、普通はあり得ないんだけどね・・・」

 

 

魔法世界、つまりは別の位相の世界がこちら側に干渉する。

超さんにやエヴァンジェリンさんに出会っていなければ、そして麻帆良に来ていなければ、そんなことはあり得ないと思ったはずです。

でも実際、今、それが起こりかけているわけです。

 

 

「ハカセちゃん、どんな感じ?」

「うーん、もう少し観測してみないとわかんないなー」

「観測して理解できる方が凄いと思うのですけど・・・」

 

 

私の両側から、桜咲さんと近衛さんが声をかけてきます。

私は今、大きな持ち運び型のパソコンを開いて、集めたデータを分析しています。

 

 

日本統一連盟・麻帆良本部所属・非術式型機動兵器管理課・第1機動部隊。

・・・通称、「ロボ軍団」。

正式名が長いから、もう「ロボ軍団」で良いと思うけど、まぁ、そこは形式ですよね。

とにかく、田中さんシリーズと茶々丸シスターズ、合計3000体を麻帆良各所に配置しました。

空戦タイプ500体も、もちろん動かしてる。

 

 

「でも、良いんですか? 勝手に動かして・・・」

「大丈夫です。ロボ軍団の指揮権は基本的に私にありますから」

 

 

と言うか、私以外に動かせないって言った方が良いね。

私自身は近衛詠春さんに叛乱できないよう、呪詛をかけられていますし。

まぁ、陰陽師にしろ魔法使いにしろ、科学を侮ってる面がありますからね。

詠春さんには、もう連絡を入れておきましたし・・・。

 

 

それにしても、魔法陣をチマチマ書くのは良くて、パソコンをチマチマ弄るのは嫌がるんだから、意味不明ですよね。

いつか、認めさせてやります。

科学と魔法を合わせれば、きっともっと凄いことができるはずなのに。

 

 

・・・まぁ、今は目の前のことに集中します。

 

 

「・・・ふむ、かなり膨大なエネルギーが麻帆良に集まってますね」

「うん、それは凄く感じるえ」

「でも、全てのエネルギーが麻帆良で生まれてるわけじゃない・・・上空と、そして地球上の至る場所から集まってますね・・・」

 

 

エネルギーの流れを解析してみた所・・・アメリカ、トルコ・・・そして。

イギリス・・・。

 

 

 

 

 

Side ヘレン

 

朝日が登るか登らないくらいの早朝、私とドロシーちゃんはある場所に来ていました。

 

 

「うーん・・・ダメですー・・・(クルックー・・・)」

 

 

ゲートの要石を調べていたドロシーちゃんが、しょんぼりと肩を落としました。

背中の子竜、ルーブルちゃんも、同じようにしょんぼりしています。

 

 

少し前のゲート事故・・・テロだって聞いてますけど、とにかく少し前から、ここウェールズのゲートは使えなくなっています。

魔法世界との連絡も、取れなったそうです。

聞いた話だと、トルコもアメリカも・・・他の10か所のゲートも同じことになってるそうです。

 

 

「お姉さま・・・(クルックー・・・)」

「ドロシーちゃん、大丈夫だよ。アリアお姉ちゃ・・・先輩は、きっと大丈夫。お兄ちゃんとシオンお姉ちゃんだっているし、アーニャ先輩やミッチェル先輩だって、きっと一緒だもん」

 

 

魔法世界と連絡が途切れて、アリア先輩達のこともわからなりました。

アリアドネーに行く予定だったはずだけど、20日間の日程だったはず。

だから、今はどうしているのか、全然わからりません。

 

 

「やっぱり、私達じゃゲートみたいな複雑な物はわからないです・・・」

「うん・・・学校の先生達にも、どうにもできないって・・・」

 

 

メルディアナの先生達でも、ゲートを繋ぎ直すことはできません。

ゲートは、魔法世界側から繋ぐ必要があるんです。

 

 

「・・・お姉さまぁ・・・(クルックー!)」

「な、泣かないで、ドロシーちゃん・・・」

 

 

ぺたん、と原っぱに座り込んだドロシーちゃんは、ポロポロと泣きだしてしまいました。

私も頑張って励ましますが、上手くいきません。

ルーブルちゃんが頑張って頭をほっぺに擦りつけて涙を拭っても、泣きやんでくれません。

 

 

「わ、私は、いつになったら、お姉さまのお役に・・・うええぇ・・・」

「そ、そんなこと言われた、私だって・・・ぐすっ」

 

 

お兄ちゃん、シオンお姉ちゃん・・・。

私だって、お兄ちゃん達の役に立てない。

いつも守ってもらってばかりで、何も返せない・・・。

 

 

「クルッ・・・ク?」

 

 

その時、ドロシーちゃんの涙を一生懸命に拭っていたルーブルちゃんが、動きを止めました。

そして・・・太陽の登る方角を見つめた。

 

 

「えぐっ・・・ルーブル?」

「ルーブルちゃん?」

 

 

ルーブルちゃんは東の方向を見て、じっとしていた。

 

 

 

 

 

Side ミッチェル

 

痛む身体を擦りながら、僕はメガロメセンブリアの街を歩いていた。

最近では、この痛みが僕を動かす力になる。

 

 

「・・・いや、その言い方だと変な性癖に目覚めたみたいだけど・・・」

 

 

まぁ、とにかく。

あまりにも傷が痛むので、人見知りしている暇が無い。

むしろ人見知りしてると、痛みが増す。

この痛みが僕を・・・って、いやいや・・・。

 

 

「引きこもりを治すには、荒療治って言うけどね・・・」

 

 

グレーティアさんのアレは、荒療治にも程があると思うけど。

ロバート先輩だって、あんなんじゃなかったよ。

と言うか、あの頃は僕、ずっと引きこもってるつもりだったんだよね・・・。

ずっとあのまま、皆で一緒にいられると思ってた。

 

 

・・・帰りたいな、あの部屋に。

メルディアナの、学生寮に。

 

 

「・・・揺り籠に戻るには、育ち過ぎた・・・か」

 

 

どこかの本で読んだ言葉を、何となく呟く。

実際の所、卒業するまでの楽園だったってことかな。

・・・アリアさん。

ウェスペルタティアで女王様になったんだよね・・・。

 

 

「・・・アリアさんは女王様って言うより、お姫様って感じだけどね、僕の中では」

 

 

さて、これからどう言う風に行動しようかな。

どう行動すれば、アリアさんの助けになるかな・・・?

僕は・・・そう、何と言うか。

アリアさんにとって、都合の良い男であれば良いと思う。

 

 

と言うかむしろ、グレーティアさんが僕に望んでいることでもあるんだよね、それ。

あの人、メガロメセンブリアとウェスペルタティアを泥沼の状態にしたいらしいし。

 

 

「おい、アレ何だ?」

「魔力嵐じゃない?」

「軍が何とかするだろ・・・」

 

 

その時、周囲が騒がしくなった。

足を止めて、皆が見ている方角を見る。

 

 

そこには、広大なメガロ湾が広がっていた。

それだけじゃない、巨大な竜巻・・・魔力嵐。

それを止めに向かった軍艦も、魔力嵐に巻き込まれて消えた。

瞬く間に、市民がパニックに陥って行く。

 

 

逃げ惑う市民の人達に突き飛ばされながら、僕はメガロ湾の魔力嵐を見つめている。

目を、離せなかった。

 

 

「これは・・・」

 

 

グレーティアさんが言っていた・・・間違いない。

魔力枯渇による、神造世界の崩壊。

でも早い、確か10年はまだ大丈夫だったはずだ。

 

 

でも竜巻の向こうに、剥き出しの大地が見える。

荒れ果てた、荒野が・・・!

 

 

 

 

 

Side リカード

 

おいおい、マジか・・・。

部屋に入って来た連合兵の報告に、俺はそう思ったね。

と言うか、他に何を思えってんだ。

 

 

「は、その・・・その魔力嵐に触れた者は・・・その・・・」

「んだよ、言ってみろって」

「はっ・・・その、チリのように消えて姿を消した・・・と」

 

 

・・・マジか。

ってぇこたぁ、本気で時間がねぇってことだな。

 

 

・・・ああ、ところで、知ってるか?

俺は元老院議員なんて堅苦しい仕事をする前には、別の仕事をしてたわけだ。

近衛軍団(プラエトリアニ)の教官だ。

つまり、近衛軍団(プラエトリアニ)には俺と拳を合わせたダチや弟分共がたくさんいるわけだ。

俺の扱きを受けてねぇ近衛軍団(プラエトリアニ)の兵士はいねぇとすら言える。

 

 

「まぁ、そんなわけで、あー・・・始まったみたいっスよ、主席執政官殿?」

 

 

今の今まで俺と話してた男・・・冴えない印象のおっさんだが、こいつは今の連合の代表。

主席執政官、メガロメセンブリア元老院の長にしてメセンブリーナ連合を司る者。

ダンフォード主席執政官。

まぁ、ぶっちゃけお飾りの最高権力者だ。

 

 

アリエフのじーさんは、何かの時のためのスケープゴートにするために、このおっさんをトップに据えてたみてーだが。

今は、それが仇になったな。

首都を離れて、グレート=ブリッジに詰めてるのも不味かった。

グレーティア・・・だったか?

自分の寝首をかくのが、自分の部下だけだと思ってやがるなら、それは勘違いだぜ?

 

 

世界が終わることを知っていたからか?

連合だけは無事だと勘違いでもしてやがるのか。

 

 

「近衛軍団(プラエトリアニ)の連中は?」

「はっ、全員所定の位置に。教官の命令があり次第、動けます」

「うっし、鈍ってねぇみてーだな」

 

 

近衛軍団(プラエトリアニ)の仕事は、元老院とメガロメセンブリア市民の守護だ。

メガロメセンブリア最精鋭の部隊。

 

 

「まぁ、俺から言うべきことがあるとすれば、一つですよ主席執政官殿?」

 

 

テーブルに手をついて、ダンフォードに顔を近付ける。

そして、囁くように言う。

 

 

「考えるんだな・・・はたして、アリエフのじーさんにだけ忠節を尽くすのが、将来のアンタの幸せにとってどれだけ有益かってことを、考えた方が良い」

「・・・」

「まぁ・・・どこまでも奴と運命を共にしたいってんなら、それでも良いさ。だが今回の件が収束すれば、誰かが責任を取る必要があるのはわかるよな? 辞表が一通、確実に必要になるよな・・・そこに書いてあるのは、アンタの名前か? 俺の名前か? それとも・・・・・・?」

 

 

ダンフォードの顔色が変わるのを見た俺は、ダンフォードに背を向けた。

それから近衛軍団(プラエトリアニ)の将軍が待っている場所に向けて、歩き出した。

 

 

・・・あーあ、本当、俺って元老院議員とか向いてねーんだよなぁ。

現場を走り回ってた昔が、懐かしいぜ。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「やぁ、よく来てくれた、司令官」

「・・・私をヴァルカンから呼び戻された理由を、お伺いしたいのですが」

「・・・うむ」

 

 

私の歓待の言葉に返答することなく、ガイウス・マリウス司令官は不機嫌そうな顔でそう言った。

ただ、この男が不機嫌そうな顔をしているのはいつものことだ。

年は60を過ぎたばかりだと思うが、それよりも老けて見えるのは厳格な性格のせいだろうな。

 

 

ヴァルカン総督にしてアルギュレー方面軍司令官。

何度か執政官職にも就いており、本来であれば辺境の一将軍におさまっている人材では無い。

ただ厳格すぎる性格から、首都の政治家には受けが悪い。

本人も、媚を売ろうとも思わんのだろうな。

 

 

「うむ、司令官。キミには麾下の6個軍団、及び4個艦隊を率いてウェスペルタティアの叛乱を鎮圧してもらいたいのだ」

「叛乱?」

「そう、叛乱だ・・・何か問題のある表現かね?」

 

 

私の言葉にガイウス司令官は無言で、しかし渋面を作って見せた。

・・・そういう態度が出世を遅らせると言うのに、それがわからんのだからな。

 

 

「ムミウス司令官の戦死は知っているだろう? キミとも知己だったと聞く・・・元老院としては、キミに友人の雪辱を晴らす機会を与えようと言うわけだよ」

「お気遣いはありがたいのですが、無用の気遣いです。武人にとって全能力をあげて戦い破れることは、何ら恥じることではありません」

「ほう・・・大した見識だな」

「ただ惜しむらくは、全能力を上げて戦えなかったことでしょう。その一点に関する限り、私はムミウス司令官にご同情申し上げる所存です」

 

 

・・・『対非生命型魔力駆動体特殊魔装具』を前線に送らなかった件のことを言ってるのだろうな。

しかしアレはアレで、事情と言う物があったのだよ。

軍人風情にはわからんだろうがな。

 

 

「ガイウス・マリウス司令官!」

「は」

「本日付けで貴官のヴァルカン総督職及びアルギュレー方面軍司令官職を解く。ついては第二次ウェスペルタティア派遣軍の総指揮をとりたまえ。ここに軍事執政官からの辞令がある」

「・・・帝国国境が空になってしまいますが、よろしいのですかな」

「それについては心配いらない。貴官は安心して、任務に就いて欲しい」

「・・・・・・命令とあらば、微力を尽くさせて頂きましょう」

「期待させてもらおう、司令官」

 

 

形ばかりの敬礼をして、ガイウス司令官は執務室を辞した。

ふん、不満を隠そうともせんか、だが命令には従うだろう。

有能な軍人であることは間違いない、しかも彼の軍は精鋭だ。

 

 

「・・・まぁ、良い。後はエルザからの連絡を待つばかりだな・・・」

 

 

本国のグレーティアの始末の手配も済ませたし、事態が収束した後ダンフォードに責任を取らせる準備も済ませてある。

後は『リライト』の後、名実共に私が頂点に立つだけだ。

そう、そのためにこそ、私はエルザを拾ったのだからな。

 

 

メルディアナの校長も、あのゲーデルも。

全て排除して、世界を手に入れるために。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

20年前、「宮殿上空の戦い」と呼ばれる戦闘がありました。

言うまでもなく、20年前の大戦末期、「墓守り人の宮殿」上空で行われた帝国・連合・アリアドネー混成部隊と「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」との戦い。

そしてナギ達「紅き翼」と、「造物主(ライフメイカー)」達の最終決戦のことです。

 

 

条件から考えれば、今回は「第二次・宮殿上空の戦い」でも名付けられるのでしょうか。

まぁ、連合は参戦していませんが。

おそらく、そろそろ連合の軍事介入が始まると思うのですが、どうですかね。

 

 

「まぁ、『リライト』が止まらなければどうにもなりませんがね」

 

 

逆に、『リライト』が防げれば帝国軍を利用して連合の軍事行動を排除できます。

ぶっちゃけ、これ以上ウェスペルタティア軍に損害を出したくありませんし。

・・・それに、終戦後は帝国には連合と敵対してもらわなければなりませんし。

 

 

先程、宮殿周辺の魔力濃度が急激に上がったとの報告が入りました。

となると、タイムリミットは・・・。

 

 

「クルト様」

「・・・修理、終わったよ」

「おや、そうですか・・・ご苦労様です」

 

 

召喚魔の群れを適当に斬り払った後、甲板の上で仁王立ちしていた私の下に、2人の女性兵が報告に来ました。

一人は10代後半の少女で、竜族らしく頭に角が生えています・・・片方、無残に折れていますが。

もう一人は20代後半、黒髪のポニーテールの女性。今は軍服ですが、普段は浅葱色の着物を着て働いています。

名前は竜族の方がキカネさん、ポニーテールの方がアカツキ・ルルヴィアさん。

 

 

「ウェスペルタティアはキミを必要としている!」的な求人ポスターを出したら、彼女達のような人材がたくさん集まりました。

・・・親衛隊は、濃い方が多すぎる気もしますがね。

 

 

「さて、では工作班を艦内に戻して・・・」

 

 

その時、先程まで召喚魔で溢れていた侵入路の入口が、小さくない規模の爆発が起こりました。

爆風と同時に小さな破片が飛んできたので、両腕で身体を庇います。

な、何事ですか、また召喚魔ですかね・・・!

 

 

「クルト様、お下がりを!」

「危険、感知・・・!」

 

 

瞬間、アカツキさんが袖から破魔の呪が刻まれた針を取り出して私の前に立ち、キカネさんがメキメキと青い鱗に覆われた尻尾を出し、私を庇うように動かしました。

むむ、複数の女性に庇われると言うのもオツな物です。

 

 

・・・まぁ、冗談はさておき。

さて、何が出てきたかと思えば・・・。

 

 

「・・・お前か」

「ああ、僕だよ・・・クルト」

 

 

ガッ・・・と、ボロボロになった小型艇を乗り捨てて、この場所に足を踏み入れた男。

眼鏡と咥え煙草、そして髭。

師匠を真似ているのかどうか知りませんが、まぁ、とにかく・・・。

 

 

「・・・タカミチ」

 

 

高畑・T・タカミチが、そこにいた。

いったい、今さら何をしに来た・・・?

 

 

 

 

 

Side 明日菜(アスナ)

 

何も無い、真っ暗な世界。

ここには何もなくて、誰もいない。

・・・だけど、不思議と怖いとは思わなかった。

ううん、怖いんだけど・・・どこか懐かしい気もする。

 

 

だってここは・・・「私」がいる場所だから。

ここにいるのは、「私」そのものだから。

 

 

『このような幼子が、不憫な・・・』

『愚か者が、コレは兵器だ。姿形に惑わされるな』

 

 

ある時、私は「兵器」だった。

100年で数万人の命を吸って保たれる、破壊の力だった。

ウェスペルタティアの人達・・・変わらない人達・・・。

 

 

『黄昏の姫御子・・・我が末裔よ』

『その本来の役割、果たしてもらおう』

 

 

ある時、私は「鍵」だった。

世界から精霊を奪うための、始まりと終わりの力だった。

始まりの魔法使い・・・恐ろしい・・・そして、悲しい人。

 

 

『待ってな、アスナ』

『「ヤツ」をぶっとばして、世界のヒミツってのをぶっ壊してやるからよ』

 

 

ある時、私は「少女」だった。

正義のヒーローに救われる、ただのお姫様だった。

ナギ・・・おかしな人・・・嘘吐き・・・。

 

 

『・・・何だよ、嬢ちゃん。泣いてんのかい?』

『幸せになりな、嬢ちゃん。アンタには、その権利がある』

 

 

ある時、私は「子供」だった。

大切な人がいなくなるのが嫌で、泣くだけの女の子だった。

ガトーさん・・・煙草の匂いの人・・・お父さんみたいな人。

 

 

「・・・これ、私?」

 

 

何も無い、真っ暗な空間で、私は一人だった。

自分が誰で、自分が何なのか。

それすらわからないままに、時々思い出したかのように流れる映像を見てる。

自分が誰だったのか、自分が何だったのか。

 

 

自分が何を持っていたのか、誰になりたかったのか。

それとも、自分は何も持っていなかったのか、誰でも無かったのか。

何もわからないままに、一人でいるしかなかった。

・・・独り、だった。

 

 

誰でも良いから、傍にいてほしい。

でもこの気持ちも、本当に私が感じている物なの・・・?

 

 

「私は・・・何? 私は・・・誰?」

 

 

誰も、答えてはくれない。

私自身、答えることができない・・・。

 

 

「・・・あなた・・・」

 

 

不意に、独りだった世界が終わる。

振り向けば、そこには、小さな女の子がいた。

私がさっきまで見ていた映像の・・・記憶の中の、昔の「私」が、そこにいた。

 

 

「あなた・・・誰?」

 

 

・・・答え、られなかった。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主

 

「教えてやろう・・・我が末裔、全てを」

 

 

誘うように手を伸ばし、私は末裔の少女(アリア)にそう告げる。

3(テルティウム)・・・フェイトに抱かれた少女は、困惑したように私を見ておった。

・・・ハズしたかの?

こう、あえて大物然として出てきたのじゃが。

 

 

何と言ったかの・・・シアが言う所の「スベった」と言う奴かの?

それとも、人見知りかの・・・最近の若者は繊細と聞くしの。

いや、もしかしたら聞こえなんだのかもしれん。

よし、ではもう一度・・・オホンッ。

 

 

「教えてやろう、すべ「いや、聞こえてはいるよ」て・・・そうかの」

 

 

フェイトが、やけに冷たい目で私を見ておる。

・・・そんなに邪険に扱わんでも良かろうに。

 

 

「・・・・・・全てと言うのは、どう言う意味でしょうか?」

「ふむ? 言った通りじゃがな、我が末裔よ・・・全てじゃよ、全てな・・・」

 

 

魔法世界の創造、ウェスペルタティアの始まり、王家の魔力と<黄昏の姫御子>、世界再編魔法『リライト』の意味と秘密。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』・・・創造神の力を振るう究極『魔法具』、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>。

造物主(ライフメイカー)>と2人の<アマテル>。

 

 

魔法世界の秘密、その全てを。

チラ・・・と、眼下に見える赤毛の少年を見る。

揃っておるな、ならば良し。

まさか、双子とは思わなんだからな。

 

 

フェイトが意思と自我に目覚めなかったのならば、双子を交配させる方法もあったのじゃがな。

なるべく、素質は一人に集中させたかったが・・・まぁ、良し。

これも、一種の啓示であろうよ。

 

 

「墓所の主、何をしに来たの?」

「主・・・?」

「うむ、一応、この『墓守り人の宮殿』の主をやっておる」

 

 

かれこれ、2000年以上な。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、急速に近付いて来るのを感じる。

デュナミスもレイニーデイもおらぬ、残るは私一人。

一人で、全てをやりきる必要がある。

 

 

旧世界と繋がったのならば、おそらくはもう、時間も無い。

「彼」が戻るまでに、ことを済ませる。

 

 

「とはいえ、時間も無いからの・・・多少、芸も無いが」

 

 

話している間に、全てが無に帰してしまってもつまらない。

私はフッ・・・と消えると、フェイトの目前に再び現れ、腕に触れる。

 

 

「何・・・?」

 

 

驚く声、しかし次の瞬間には、私達は赤毛の末裔(ネギ)の目前にまで移動しておる。

フェイトから手を離し、距離を取る。

 

 

「え・・・アリア? え、何?」

「・・・アリア! <最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を奪って・・・って、何だこの状況は!?」

「え、エヴァさん?」

 

 

赤毛の方が驚き、そして末裔の少女(アリア)の影から金髪の吸血鬼が現れる。

しかも、鍵を持っておる!

その他、赤毛の末裔(ネギ)に黒髪の娘が纏わりついておるし、少々余分な顔があるが。

まとめて、送ろうかの。

 

 

カンッ!

床を蹴り、甲高い音を立てると・・・5人が、私の方を見た。

私の、眼を見た。

 

 

「さぁ・・・全てを」

 

 

体感時間は現実の10数倍。

我が心の内側。

 

 

「見せてやろう!」

 

 

 

 

――――――――――『幻想空間(ファンタズマゴリア)』。

 




アリア:
アリアです、出番がありませんでした。
まぁ、今回のコンセプトは「主人公周辺以外」でしたので、良いのですけど・・・。
出番が、無かったです。


今回、初登場の投稿キャラクターは・・・。
秋代様提供の、キカネ様。
竜族の女性の方だそうです。

八百奈 雨人沙 様提供の、アカツキ・ルルヴィア様。
旧世界人の血を引いていて、忍者です。現在、主募集中とか。

ありがとうございます。


アリア:
では次回、何やら「説明しよう!」な話になりそうです。
全部では無いにしても、かなり頑張るのではないでしょうか。
・・・なお。
前話冒頭で述べた通り、原作とは異なった設定になる可能性が大 (かもしれない)です。
では、またお会いしましょう。


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第26話「ことのてんまつ」

注意報発令です!
今回以降のお話をお読みになる場合、以下の点をあらかじめご了承ください。

・この物語は、原作第326話までの情報を基に作成しております。
(故に、原作第327話以降の設定と大きく異なる可能性があります)
・具体的には、オリジナル設定が多々出てくると考えられます。
(私が原作作者様の設定を100%理解できているわけでは無いためです)
(独自解釈・独自設定が噴き出す危険性が高いのです)
・なので、原作派の方がもしお読みになる場合は特にご注意を。
(原作を汚すな!的な思想の方には耐えられない内容かと思いますので)
・可能な限り頑張って設定を組みましたが、無茶な点もあるかと思います。
(今回ほど、原作作者様に質問に行きたいと思ったことはありません)


以上の点をご了承いただいた上で・・・。
では、どうぞ。


Side アリア

 

気が付いた時、私は花畑にいました。

・・・一瞬、あの世かと思ってしまったのは秘密です。

 

 

そうでは無いと気付けたのは、エヴァさんの姿があったからです。

花畑の中央に置かれたシックな丸テーブルと、それを囲む5つの簡素な椅子。

それぞれの椅子に、私、エヴァさん、フェイトさん、ネギが座っています。

ただ一人、ロングのエプロンドレスを着た宮崎さんだけが立っていました。

 

 

「え・・・ええ? ね、ネギせんせー・・・」

「の、のどかさん?」

 

 

宮崎さんだけでなく、他のメンバーも服装が変わっていました。

私は、白い薄絹(シルク)と黒いベルベットを編み込んだフリルドレスを着ていました。

視界の隅に、白と黒のリボンが視えます。どうやら同色のヘッドドレスを頭に着けているようです。

 

 

私の右隣のエヴァさんは、白と桃色のフリルがあしらわれた豪奢なドレスを着ています。

状況の変化に警戒しているのか、非常に難しい表情をしています。

ちなみに、ネギは黒の礼服。

私の左隣のフェイトさんは、白のタキシード・・・変わりませんね。

 

 

「すまんの、男の服には詳しく無いのでな」

 

 

いつの間に、そこにいたのか。

空席だった5番目の椅子に、黒いローブを纏った少女がいました。

金髪碧眼、長い髪を背中に流して、その少女は紅茶のカップを手に・・・っ。

 

 

「茶が冷めるぞ?」

 

 

彼女はどこか愉快そうな声で、私達にお茶を勧めます。

私達の前に、ティーカップが置かれていました・・・フェイトさんだけ、マグカップですけど。

まったく、気が付きませんでした。

 

 

「・・・幻想空間(ファンタズマゴリア)か」

「そうじゃよ」

 

 

忌々しげなエヴァさんの声に、愉快そうな声が返ります。

幻術と見破れているのに抜けだせないと言うことは、支配権を奪われていると言うことですね。

まぁ、私の右眼をもってすれば・・・。

 

 

「まぁ、つもる話もある・・・まずは一服するが良い」

 

 

そう言って、再度お茶を勧められました。

・・・まぁ、まさか毒が入っているわけでも無いでしょうけど。

 

 

などと思っていたら、フェイトさんがマグカップを手にとって、躊躇なくコーヒーを口にしました。

それを皮切りに、エヴァさんも紅茶を口に。

ネギもミルクの瓶を手に取って、紅茶に入れていました。

ふむ、では私も・・・。

 

 

「・・・いきなりミルクかい」

 

 

・・・ミルクを取ると見せかけて、即座にカップを手に取りました。

私は最初からカップを手に取るつもりでした。

ミルク? そんな飲み物が地上にあったのですか?

寡聞にして、存じませんでしたね。

 

 

「・・・何だよ」

「別に」

 

 

ネギとフェイトさんが少しばかり険悪になっていましたが、それは置いておいて。

ストレートティーと言う物もありまして・・・むぅ、少し苦味が。

軽く顔を顰めると、フェイトさんが自分の分のミルクをそっと私の方に押して来ました。

 

 

・・・フェイトさん、ブラック派なんですね。

と言うか、言動と行動が不一致ですよ、フェイトさん。

・・・そそくさとミルクを入れる私も、現金な物ですが。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

紅茶にミルクを入れると、フェイトが嫌味を言ってきた。

・・・そのくせ、自分の分のミルクをアリアにあげてた。

普通に、ムカついた。

 

 

「時間については心配せずとも良い。現実での一瞬がこちらでは数時間じゃ」

「だとしても、貴様に付き合う理由は無いがな」

「無いなら、作れば良かろう?」

 

 

どこかアリアに似た顔立ちをしてるその女の子は、エヴァンジェリンさんと仲が悪そうだった。

と言うか、エヴァンジェリンさんが一方的に嫌ってる感じ。

 

 

「あ、あの・・・どうして私はメイドさんなのでしょー・・・?」

「何、興が乗っただけじゃよ」

 

 

興が乗ったから、のどかさんをメイドに?

と言うか、僕の肩の傷は・・・?

 

 

「さて、何から話すかの・・・」

「・・・とりあえず、お名前をお聞きしても良いですか?」

「む、そうじゃな。では・・・我が名はアマテル。ウェスペルタティア王国の初代女王であった女じゃ」

「アマテルだと? パクティオー制度の元になった石像の?」

「そうじゃよ」

 

 

世界最古の歴史を持つウェスペルタティア王国。

その王家の始祖となった女性が、初代女王アマテルだって言われてる。

それくらいは、僕も魔法世界に来て聞いたことがある・・・お伽話として。

一説には、創造神の娘だとか何とか。

 

 

「あれ? でも、それが本当なら・・・」

「女性の年齢に言及するのは良く無いな、赤毛の末裔(ネギ)よ」

 

 

・・・それが本当なら、この人は2000年以上生きてることになるんだけど・・・。

にわかには、信じられない。

 

 

「・・・まぁ、よしんばそれを信じるとして」

 

 

紅茶にミルクを入れながら、アリアが言った。

当然のように、フェイトはそれに何も言わない。

 

 

「全てを話すとは、どう言うことでしょう?」

 

 

アリアのその言葉に、アマテルさんは笑みを浮かべた。

アマテルさんの背後に、黒い鍵が浮かび上がる。

・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>!

 

 

「なっ・・・貴様!」

「そもそも、お前達はこの魔法世界(せかい)について何を知っておる?」

 

 

エヴァンジェリンさんの声を遮って、アマテルさんはそう言った。

魔法世界について・・・?

 

 

アマテルさんが右手の指を、パチンッ、と鳴らした瞬間。

周りが、光を失ったかのように真っ暗になった。

 

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

 

始まりは、3人だった。

いつ、どこでどのように出会ったのかは、今となってはもう覚えてもいない。

とにかく、気が付いたら3人だった。

男が一人に、女が二人。

 

 

3人にとっての世界はそれで、全てだった。

全てで・・・やはり、全てだった。

 

 

男には、大きな力があった。

人間の中で最初にその才能に目覚めた男は、しかしその力を使う術を持たなかった。

ある日、男は夢を見た。

自分と同じような才能を持った人間が、未来において迫害され、死んでいく夢を。

それを将来に起こり得る現実だと確信した男は、嘆いた。

 

 

「ああ、私の力を使うことができれば、彼らを守ってやることができると言うのに」

 

 

それを聞いた女の一人が、言った。

 

 

「なら、ボクの杖を使うと良い。ボクの杖は、キミの助けになるだろうから」

 

 

女は、一本の杖を男に与えた。

その杖を使い、男は新たな世界を拓いた。

地球に見切りをつけた―――と言うより、場所が無いと判断した―――男は、遥か遠くの星の大地に、新しい世界を、同胞のための新たな揺り籠を創造した。

その世界は、新世界(まほうせかい)と名付けられた。

そこは、男の力によって維持される幻想世界だった。

 

 

いつしか男は<造物主(ライフメイカー)>と呼ばれるようになり、杖は<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>と呼ばれるようになった。

 

 

地球・・・旧世界からも、続々と才能に目覚めた人間達が移住してきた。

この間に新世界開発の労働力として生み出された「亜人種」も自立し、後の「ヘラス帝国」に繋がるコミュニティを形成し始めていた。

 

 

ここで、新たな問題が発生した。

亜人と人間、あるいは亜人同士、人間同士で争いが起こるようになったのだ。

それを見た<造物主(ライフメイカー)>は、嘆いた。

 

 

「ああ、私が彼ら全てと語ることができるなら、彼らを諫めてやれると言うのに」

 

 

それを聞いたもう一人の女は、<造物主(ライフメイカー)>に言った。

 

 

「なら、私が彼らをまとめよう。彼らの想いを、私がお前に伝えよう」

 

 

その女は、移住者達の王となり、国を興した。

これが、後に「ウェスペルタティア王国」と呼ばれることになる国の始まりである。

 

 

杖を与えた女は、月の女神(シンシア)

国を建てた女は、太陽の女神(アマテル)

それが、2人の女の名前だった。

 

 

造物主(ライフメイカー)>が同胞の生存圏として新世界(まほうせかい)を創造し、2人の女がそれを支えた。

シンシアは子を成せない身体だったが、アマテルは子を成すことができた。

造物主(ライフメイカー)>と<太陽の女神(アマテル)>の間に、子が生まれた。

これが、「ウェスペルタティア王家」の始まりである。

 

 

そして、新たな問題が発生した。

 

 

新世界・・・魔法世界の人口が増えるにつれ、世界の規模を広げる必要が出てきた。

人々が暮らしていくには、その世界は狭すぎたのだ。

だが広大な幻想世界を触媒、つまり火星の大地に固定するためには、楔が必要であった。

楔は強く、清らかで、長い時間を孤独に過ごさねばならない・・・。

それを知った<造物主(ライフメイカー)>は、嘆いた。

 

 

「ああ、私自身が生贄になれれば、この世界を維持することができると言うのに」

 

 

それを聞いたシンシアは、言った。

 

 

「なら、ボクの身体を使うと良い。ボクの身体は、条件を満たしているだろうから」

 

 

その言葉には、流石の<造物主(ライフメイカー)>も逡巡を示した。

月の女神の名を持つ女は、笑って言った。

 

 

「良いよ良いよ、良いよ良いよ、家族のためなら、何て事はないさ」

「キミの望みが叶うなら、それに越したことは無いさ」

「キミ達が幸せなら、それで十分さ」

「キミ達の子供が幸せに生きていければ、ボクは十分に幸せだからさ・・・」

 

 

・・・そして、魔法世界は2000年の安定を得ることになった。

メデタシ、メデタシ。

 

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・とまぁ、コレが魔法世界の創世物語にして、ウェスペルタティアの建国物語なわけじゃが」

 

 

クルクルとフィルムを巻き直しながら、アマテルが言った。

・・・過去を語る際に、上映会みたくなるのは何故だ。

アリアの時も、そうだったが。

 

 

「・・・最後なんですけど」

「うむ?」

「全然、メデタシメデタシじゃ無いですよ!」

 

 

ガチャンッ・・・と、アリアがテーブルを叩いたせいで、テーブルの上のカップが音を立てる。

だが、それを気にしない程に、アリアは怒っていた。

目尻には、涙さえ浮かんでいた。

それは、そうだろうと思う。

 

 

先程の記憶・・・記録? の中のシンシアは、アリアの記憶の中のシンシアと同じ姿をしていた。

・・・む、だが、どう言うことだ?

 

 

「・・・アリアは、どうして怒っているの?」

「キミには関係の無い話だよ、ネギ・スプリングフィールド」

 

 

お前だって知らないだろう、若造(フェイト)。

 

 

「何で、シンシア姉様が人柱みたいなことになってるんですか!?」

「別に死んだわけでは無い。確かに身動きは取れなくなったかもしれんが、生きてはいた。それにまだ続きがある・・・6年前のことも含めて、な」

「・・・」

 

 

そう、6年前だ。

6年前、アリアの村で、アリアはシンシアに出会っているはずではないか・・・?

 

 

「それにしても、<造物主(ライフメイカー)>と言うのは情けない男のようだな。女の手を汚して目的を果たすか。まぁ、悪くは無いと思うがな」

「とは言え、私やシア・・・シンシアが本当の意味で彼の役に立ったのは4度きりじゃ。杖と、国と、子と、身体。コレきりじゃよ」

「・・・それで十分だと思いますけど」

「まぁ、そう尖るな。さて・・・どこまで話したかの?」

 

 

アマテルはカップを手にとり、紅茶を口につけた。

それから腕を組み、数秒ほど考え込んだ。

 

 

「・・・私には、彼やシンシアには無い才能があった」

 

 

やがて考えがまとまったのか、そう切り出した。

 

 

「現在、<王家の魔力>として伝わる力がそれじゃ。名称は特に無いが・・・<精霊殺し>、と言うのが一番近い気がするの」

「名前からして、効果が大体わかるな」

「まぁの。そもそもお前達が使う<魔法>とは、<造物主(ライフメイカー)>の力の模造品なのじゃ。精霊とは、お前達が<魔法>を使うための補助機能として創られた。無詠唱呪文や呪文詠唱のできない体質の者は、精霊を必要としないと言うが・・・何かの形で精霊の力を借りる必要がある、それがルールじゃ」

 

 

突然、何の話だ・・・とも、思わなくもないが。

しかし、一応、聞こう。

 

 

「無詠唱呪文であっても、魔法発動の際には精霊の助けがいる。呪文が使えずとも、魔法の道具を使う際には精霊の助けがいる。コレが絶対の法則じゃ、コレは新旧両世界共通のルールなのじゃ」

「・・・私のアーティファクトは、精霊の力を必要としませんが」

「うん? それはそうじゃろうの、主(ぬし)のアーティファクトはシンシアの作品なのじゃからな」

 

 

こともなげに、アマテルはそう言い放った。

アリアの眼が、驚きに見開かれる。

・・・ぼーやが驚いているのは、アリアのアーティファクトの効果を初めて聞いたからだろう。

 

 

「アーティファクト・・・つまりパクティオー制度を作ったのは私じゃが、アーティファクトの中でも古い物は、いくつかはシンシアの作品じゃよ・・・10種類ほどな」

 

 

まぁ、アリアのあの能力は元々、シンシアの持ち物だったらしいしな。

不思議は無い・・・か?

 

 

「話を続けても良いかの?」

 

 

皆が黙ると、アマテルはまた語り始めた。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「<王家の魔力>とは、原則としてウェスペルタティア王家の女子にのみ発現する。稀に先祖返りした分家の娘や、私の血が色濃く出たらしい男子に出ることもあるが、直系の女子が原則じゃ」

 

 

先代のアリカ女王も、<王家の魔力>を使っていたね。

10年ほど前に、何度か見たことがある。

 

 

「<王家の魔力>保持者は精霊に頼ることなく魔法を使える。それは<王家の魔力>・・・つまり私の力が、私の血が、精霊よりも上位の存在として認識されるからじゃ。特に私の<精霊殺し>を受け継いだ存在を、現在は<黄昏の姫御子>と呼んでおるようじゃが・・・凶悪じゃぞ、まさに精霊を殺せる。もし精霊を皆殺しにすれば、極端な話、魔法世界は滅ぶ」

「物理的に不可能だろう」

「じゃが、兵器として利用しようとする気合いの入った輩もいての」

 

 

吸血鬼の言葉に、墓所の主は自嘲気味に笑う。

・・・神楽坂明日菜、アスナ姫。

彼女はまさに、ウェスペルタティアの兵器として利用されていた。

 

 

「加えて言えば、<黄昏の姫御子>には他の<王家の魔力>保持者には無い特徴がある。<造物主(ライフメイカー)>の力、<始まりと終わりの力>の情報をその魂に刻まれておるのじゃ」

 

 

それが、<黄昏の姫御子>の役目。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>と並ぶ、重要な鍵としての役目。

世界の始まりと終わり・・・黄昏を司る存在。

 

 

「・・・お話はわかりましたが」

 

 

アリアは、冷静でいることを自分に強いているような声で、言う。

シンシアと言う人物の話を聞いた時から、様子がおかしいけれど。

 

 

「肝心のお話を、まだ聞いていません」

「何じゃ、シンシアの話か?」

「それもありますが、もっと重要なことです・・・結局、『リライト』を止めるには、どうすれば良いのですか?」

 

 

そう、アリアは『リライト』を止めるための手掛かりを求めて、ここにいる。

それについて、主は何も言っていない。

主は、どこか不思議そうな顔でアリアを見た後、話し始めた。

 

 

「世界再編魔法『リライト』。これは世界の『再構築』魔法であり、精霊たちとの『再契約』魔法でもある・・・ああ、イコールで『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と結び付けるでないぞ、アレはそこのフェイト達が再構築後の新たな世界(うけざら)として用意した物に過ぎん」

 

 

そうだね、『リライト』と『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は分けて考えるべきだね。

究極的なことを言えば、今と同じような世界を再構築しても問題は無いんだ。

不可能では無い・・・2000年以上前に<造物主(ライフメイカー)>・・・主(マスター)がやったことと同じことをやれば良いのだから。

 

 

けれど、主(マスター)は同じ世界を望まなかった。

救われない、弱き魂の多さに嘆いた主(マスター)は、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と言う永遠の楽園を用意した。

それを実現するための手足が、僕達だった。

 

 

全ての祝福され得ぬ魂の救済、それが「彼」の目的。

そう、「全て」の「魂」を救う次善解としての『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』。

争いも不幸も無い、安らぎだけの世界に、人々を封じ込める。

魔法世界を消すことになるから、魔法世界人は少なくとも肉体を失うことになるけれど・・・。

安らぎのみの世界では、肉体など必要無い。

 

 

「何故、『リライト』が必要か? シンシアの時と同じような理由じゃよ・・・資源が足りぬ、人の数が多すぎる、この2点に限る。始まりは23人の集落、今では12億の世界・・・足りるわけが無い。いずれ資源が尽きて瓦解するのは、当然じゃろう?」

 

 

そう、当然だ・・・だから、この機会に新たな世界を再構築しようとした。

極端な話、僕らは「彼」の願い・・・こだわりのために、動いていたわけだ。

つまり、言ってしまえば、「彼」は人間に絶望して・・・。

 

 

『俺達は、お前らほど人間をあきらめちゃいねぇ、そんだけさ』

 

 

・・・脳裏に、10年以上前に聞いた言葉が甦る。

僕らの主(マスター)が、人間を諦めていると評したあの男。

ナギ・スプリングフィールド。

 

 

「・・・まぁ、とどのつまり、別に『リライト』を止める必要は無いわけじゃ。『リライト』後に再構築される世界を、今と同じような世界にすれば良い。2000年前はそうしたわけじゃしの」

「・・・『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』でなくても良い、と?」

「まぁの、ただ規模が拡大するから・・・膨大な魔力と、シンシアに匹敵する楔が必要じゃがな」

 

 

まぁ、僕やアリア、吸血鬼のような個人レベルの魔力じゃ足りないね。

それこそ、<造物主(ライフメイカー)>クラスの魔力が必要だ。

そして、シンシアと言う人物に匹敵する楔・・・人柱。

・・・チリチリと、胸の奥がザワめく。

 

 

一瞬、主と僕の視線が交わった。

直後、墓所の主が言う。

 

 

「この中では、末裔の少女(アリア)赤毛の末裔(ネギ)が有資格者じゃの」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』には楔はいらぬ。アレは厳密には魔法世界の再構築では無く、新たな世界じゃからの。だが今の魔法世界を再構築するなら、楔がいる」

 

 

この中で、その楔とやらになれるのは、私かネギ。

理由は何となく、わからなくもありません。

 

 

「ちなみに、どちらか、では無い。どちらも必要じゃな。2人でようやく1人分の楔になれる、と言った所かの。まさかの双子、しかも父親が王家外部の人間じゃからの・・・」

 

 

やはり、血統ですか。

そして本来ならば一人だったはずの子は、双子になっています。

少し前、王家の儀式の際に聞いた言葉が甦ります。

アマテルの血は、半分だけだ・・・と。

 

 

「まぁ、9年6ヵ月以内に2人で子供を作ると言うのも手ではあるがの」

 

 

ドゴンッ!・・・ピキキキィィ・・・ンッ。

 

 

・・・前の音は、フェイトさんがテーブルを砕いた音。

後の音は、エヴァさんが『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』をアマテルさんの首に突き付けた音です。

 

 

「ダメだな」「ダメだね」「だ、ダメだと思いますー」

 

 

エヴァさん、フェイトさん・・・そして密かに宮崎さんも反対します。

・・・私も嫌です。

 

 

「・・・では、この2人が楔になるしかないの。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』を受け入れるのならば別じゃが・・・ここに至れば、『リライト』は止まりようが無い。選択肢は他に無い」

「なっ・・・」

 

 

親指と人差し指で『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』をつまみ、砕くアマテルさん。

あまりに軽々と砕かれてしまって、エヴァさんが驚いたような声を上げます。

<王家の魔力>の、オリジナル・・・<精霊殺し>。

 

 

不意に、アマテルさんが腕を振りました。

ブゥンッ・・・と私の目の前に、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が浮かび上がります。

 

 

「楔になるための方法は、簡単じゃ。それを持って私の墓・・・初代女王の墓に来れば良い。まぁ、つまりは私と同じ墓に入れと言うわけじゃな」

「その言い方だと、お前はすでに死んでるみたいな言い方だな」

「肉体は死んでおるぞ、普通に。魂は魔法世界の監視者として、こうして動いておるがな」

 

 

そう言った直後、アマテルさんの身体が一瞬だけ、透けて見えました。

 

 

「故に、私が楔になることはできぬ。楔は強く、清らかでなければならぬ故な・・・」

 

 

何と言うか、酷く曖昧な選定基準ですね・・・。

でも、とりあえずは<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を手にとってみます。

意外に重いそれは、どうしてか酷く手に馴染むような気がしました。

複写眼(アルファ・スティグマ)』を起動、「鍵」を解析・・・その瞬間。

 

 

 

衝撃と苦痛が、私の脳を満たします。

 

 

 

やめておけばよかったと、頭の片隅で後悔します。

鍵から手を離そうとも思いますが・・・できません。

どうにも、できません。

私は、鍵から瞳が読み取る情報の膨大さに、振り回されていました。

 

 

ツ・・・と、右眼から何かが流れ落ちるのを感じます。

エヴァさんが何かを叫んだような気もしますが・・・聞きとることができません。

痛みが、恐怖が、悲しみが、そして何か大きな感情が、私の頭に流れ込んできて。

 

 

「あ・・・」

 

 

痛みが。

これは、「誰」の、痛み?

冷たい、暗い、孤独で、寂しくて、そんな痛み。

そしてそれは、終わりが無くて、永遠に続く―――――――――。

 

 

「あ、ああっ・・・あああああっ、あああっ・・・」

 

 

たまりかねて、悲鳴を上げそうになった、その時。

 

 

「アリア」

 

 

名前を、呼ばれました。

一瞬、誰の名前かわかりませんでしたが、すぐに自分の名前だとわかるようになります。

 

 

手を、握られていました。

鍵の柄を握る私の手に、誰かの白い手が重ねられていました。

フェイトさんの手。

それに気付いた時、凄く、楽になりました・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

フェイトがアリアと一緒に<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持つと、鍵が凄く安定しているのがわかった。

 

 

アリアが手に取った瞬間、鍵が物凄い勢いで紅く輝いた。

アリアが右眼から血を流し始めて・・・エヴァンジェリンさんが慌てて止めようとしたけど、無理だった。

でもフェイトが鍵に触った途端、光が収まった。

 

 

「・・・それで、楔になる覚悟はできたかの?」

 

 

それを静かに見ていたアマテルさんが、そう聞いてきた。

楔・・・世界を救うために必要な物。

僕が・・・僕とアリアがそれになれば、皆を助けられる。

マギステル・マギは、皆を助けるための存在。

 

 

「・・・僕は、良いです。楔になります」

「ネギせんせー!?」

 

 

のどかさんが悲鳴のような声を上げるけど、これは僕の意思だ。

僕が犠牲になることで、皆が助かるのなら。

それはとても、良いことだと思う。

 

 

「・・・ふむ、息子の方は良いそうじゃが、娘の方はどうじゃな?」

 

 

アマテルさんはそう言うと、フェイトに半分抱えられるようにして椅子に座るアリアを見た。

エヴァンジェリンさんは、凄く心配そうにアリアを見ている。

アリアは顔にかかった前髪を片手で払いながら、アマテルさんを見つめた。

どこか憔悴したような表情を浮かべつつも、アリアははっきりと答えた。

 

 

「断固拒否します」

「・・・え?」

 

 

僕は思わず声を漏らしたけど、アリアは気にした風も無かった。

エヴァンジェリンさんは、ほっとしたような顔をしてた。

・・・え、どうして?

 

 

「何が悲しくて、世界のための生贄にならなくちゃいけないんですか。冗談じゃありません」

「ほぅ、では『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』を受け入れるのかの?」

「それも拒否します。と言うか・・・そうですね、前提の思想が間違ってるんですよ」

「前提?」

 

 

アリアは、どこか不満そうな顔で、言った。

 

 

「どうして、たった一人・・・ないし、少人数で世界を維持しなければならないんですか?」

「だ、だってそれは、それが皆のためになるから」

「ネギはそれで良いかもしれませんが、私は嫌です。この世界は、この世界に住む全ての存在によって維持されるべきです」

「ほう・・・?」

 

 

アマテルさんが、興味深そうにアリアを見る。

でも、僕には理解できなかった。

自分の犠牲で皆を守れるのなら、それで良いと思うのは間違いなの?

 

 

「楔になるのは・・・この世界の12億の人間、全てであるべきです」

「・・・」

「皆のため、なんて嫌です。不特定多数の皆のために、あんな感情を味わい続けるのは嫌です」

 

 

あんな、感情?

 

 

「だが、楔の資格は主ら2人にしか無いぞ?」

 

 

そう言われると、アリアも言葉に詰まる。

そう、僕達にしかできないのなら、やっぱり。

 

 

「・・・一つ、聞きたいんだがな」

 

 

エヴァンジェリンさんが、話に入ってきた。

 

 

「最初の楔は、シンシアだったんだろう?」

「そうじゃよ」

「なら何故、貴様の子孫が楔の資格を有するんだ? シンシアの子孫ならわかるが、貴様の子孫だけがその資格を有すると言うのは、筋が通らないと思うのだが?」

 

 

エヴァンジェリンさんのその言葉に、アマテルさんが小さく笑みを浮かべた。

それに、エヴァンジェリンさんが冷たい目を向ける。

 

 

「・・・嘘(プラフ)か」

「別に嘘は吐いておらんよ、実際、私の子孫に楔としての適性が高い者が多く生まれるのは事実じゃからな。それに私も、10年前までは考えもしなかったのじゃ・・・他の人間全てに世界を背負わせるなど」

 

 

10年前。

そう言った時、アマテルさんが僕と、そしてアリアを見た。

それから、くっくっ・・・と、喉を鳴らして笑う。

 

 

「・・・何がおかしい」

「いや、すまんの・・・何と言うか、やはり親子じゃなと思っての・・・」

 

 

親子。

それって、もしかして・・・。

 

 

「10年前、同じことを<造物主(ライフメイカー)>に言った者達がいた、それが・・・」

 

 

紅き翼(アラルブラ)>。

アマテルさんの口から出たその名前に、僕は息を飲んだ。

・・・父さんが?

 

 

 

 

 

Side 墓所の主(アマテル)

 

10年前の話じゃ。

紅き翼(アラルブラ)>・・・特に、ナギとアリカの2人。

あの妙に気持ちの良い連中が、<造物主(ライフメイカー)>と戦った。

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に代わる・・・と言うより、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』など必要無いと言って。

たった一人に世界を背負わせる必要は無いのだと言って、そんなくだらない世界のヒミツを、壊しに来たと言って、<造物主(ライフメイカー)>と戦ったのじゃ。

造物主(ライフメイカー)>は、<紅き翼(アラルブラ)>を受け入れることは無かった。

 

 

紅き翼(アラルブラ)>の考えは、<造物主(ライフメイカー)>には受け入れられなかった。

多くの救われぬ魂を救いたい彼は、全ての者に負担を強いるナギ達の考えを認められなかった。

人間を、信じることができなかった。

 

 

「あの者達は、無茶苦茶だったぞ。<造物主(ライフメイカー)>が長年かけて築いた世界の理を崩し、入れ替え、新しい術式を組み、やってきた」

 

 

20年前の戦いで世界の秘密を知った彼ら<紅き翼(アラルブラ)>は、メガロメセンブリアから追われる日々を過ごしながらも、様々な勢力の支援を受けて活動を続けていた。

10年の歳月をかけて、新しい「楔の術式」を開発もした。

今の世界を続けるための術式を携えて来たのじゃ、奴らは。

 

 

『人間(おれたち)を、なめんじゃねぇっ!!』

 

 

ナギ・スプリングフィールドは、そう言っていた。

造物主(ライフメイカー)>にとって、いや私にとって、それがどれ程の衝撃だったことか。

シンシアを犠牲にしない方法があるなどと、夢にも思わなかった。

後輩の魔法使いに・・・負うた子に教わるなどと、考えもしなかった。

 

 

「ち、ちょっと待ってください! じゃあ、父さんは成功したんでしょう!? だって・・・」

「だがぼーや、世界の危機はそのままだ。と言うことは・・・」

「・・・お父様は、失敗したのですね?」

「完全に失敗したわけでは無いがな」

 

 

造物主(ライフメイカー)>は彼の地に封印され、20年前に続いて10年前も、<造物主(ライフメイカー)>の意図は挫かれたわけじゃしな。

 

 

だが、<紅き翼(アラルブラ)>の術も完全には発動しなかった。

造物主(ライフメイカー)>は封印の間際に、<紅き翼(アラルブラ)>の<楔の術式>を発動直前で止めることに成功した。

自分が封印される代わりに、封印したのじゃ。

 

 

「<紅き翼(アラルブラ)>の<楔の術式>は、今も我が<初代女王の墓>の中で起動するのを待っている状態じゃ」

 

 

と言うか、<楔の術式>の封印の核は私の肉体じゃし。

おかげで、身動きが取れん。

 

 

「必要な物は4つ、鍵と、主ら3人」

 

 

フェイト、アリア、そしてネギを指差しながら、私は言った。

・・・フェイトとアリアが2人で持っている杖は、大人しく2人の制御化にある。

先の2番目(セクンドゥム)のように無茶な呪紋で扱うのではなく、あくまで自然体で。

まぁ、どちらかが手を離せば、また暴走するがな。

 

 

アレを制御するには、シンシアの魂の情報がいるのじゃ。

この2人には、その情報がある。

 

 

「ただし<紅き翼(アラルブラ)>の方法では、結局、世界は何も変わらん」

 

 

10年前、<楔の術式>によって、シンシアの代わりに楔の役目を代行する女が現れた。

紅き翼(アラルブラ)>と行動を共にしていた女・・・アリカ。

我が末裔でもあるアリカは、シンシアを解き放った。

 

 

そこから4年間、シンシアは旧世界を旅していた。

それまでもたまに魂だけで動いていたようだが・・・肉体を取り戻したシンシアは、急激に活動的になった。理由はわからない。

まるで、何かを探しているかのように。

 

 

そして、6年前の話じゃ。

シンシアが死んだ、突然だった。

 

 

「それでも、<紅き翼(アラルブラ)>の方法を継ぐかの?」

 

 

今、私の目の前にはシンシアの魂の半分を継いだ少女(アリア)がいる。

私の手で、残りの半分を見つけるために核にシンシアの魂を埋め込んだ少年(フェイト)がいる。

まぁ、急遽埋め込んだので、多少記憶が抜け落ちたりはしたようじゃが。

とにかく、その2人が<杖>を持っている。

 

 

シンシアでは無いが、シンシアの魂を継いだ2人が、<シンシアの杖>を持っていた。

2人は、少しの間見つめ合った後・・・。

 

 

答えを。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「そんな小型艇で、良くもここまで来れた物ですね、タカミチ」

「まぁ、師匠直伝の無音拳のおかげでね」

 

 

実際、あんな一人用の小型艇でここまで来るとは思いませんでした。

いや、逆に一人だから来れたのかもしれませんが。

 

 

「ああ、あの戦艦の砲撃も弾くアレですか。ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグのアレは見事な物だと思っていましたが、まさかお前がそこまでの域に達していたとは」

「はは、僕なんて師匠に比べれば、まだまださ」

「でしょうね、お前は所詮、そこまでの男だ」

 

 

結局の所、憧れるばかりで超えようともしない男は、そこまででしょうよ。

しかし、私は違いますよ。

何故なら私は今日、<紅き翼(アラルブラ)>に成し得なかったことをするのですから・・・!

 

 

20年前、あの日、あの処刑場で、私は誓ったのですから。

必ず、アリカ様の名誉を回復して見せると。

必ず、メガロメセンブリア元老院の虚偽と不正を暴き、断罪すると。

 

 

「クルト、キミはアリアちゃんのことをどうするつもりなんだい?」

「そのようなことを、お前に聞かれる筋合いはありませんね」

「・・・クルト様」

 

 

その時、部下が私の耳元で何事かを囁きました。

・・・ふむ、召喚魔が?

私は口元に小さな笑みを浮かべると、甲板の上から降りて、タカミチと目線を合わせます。

相手のステージに、合わせてやろうじゃありませんか。

 

 

「アリア様の今後が知りたくば、来月に創刊される王室専門誌『うぇすぺるっ』を購入なさい。編集長は絡繰さんです」

「・・・王室って、アリアちゃんしかいないんじゃないかな?」

「細かいことを言う男ですね」

 

 

良いですか、まずは国民にアリア様のことを知って頂くことが肝要なのです。

これは高度に政治的な物であって、個人の趣味などでは断じてありません。

 

 

「・・・で、結局、何をしに来たんだ、タカミチ?」

「当然、ネギ君と明日菜君を助けに来たんだ、通してくれないかな?」

「ほう・・・」

 

 

ふむ、ネギ君と姫御子をね・・・。

・・・・・・数秒後、私は眼鏡を外し、溢れる涙を拭うような仕草をしました。

ああ・・・何と言う美しいお話なのでしょう。

 

 

「ふ・・・負けましたよタカミチ、貴方のひたむきな想いに」

「急に2人称がお前から貴方になったけど、どうしてかな」

「我が剣など、貴方の拳の前には小枝の如しですよ。ふふ・・・忠誠では献身には勝てないと言うことですね・・・さぁ、行きなさいタカミチ!」

 

 

ばっ・・・と手を広げて、私はタカミチに先に進むように促します。

 

 

「私はここで貴方の背中を守ると、友情にかけて誓おうじゃないですか! この世で友情以上に尊ぶ物は無いとは、良く言った物です・・・おや、どうしたんですかタカミチ、そんな胡散臭い物を見るような目で私を見て」

「・・・まぁ、行かせてくれるなら、行くけどね」

「ええ、まぁ、他の選択肢も無いでしょうしね」

 

 

まさか、ここで「怪しいから」と言って、帰ることもできないでしょう。

だがタカミチ、私は本心からお前にネギ君達を救って欲しいと思っているのですよ?

そして結局、タカミチは私の横を通り抜けて行きました。

ふん・・・せいぜい、頑張ることですね。実力はあるのですから。

 

 

「・・・さぁ、陛下が<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を手に入れ、召喚魔を消滅させるとの報告がありました! もう少しですよ、奮起なさい!」

「「「仰せのままに(イエス・マイ・)我が主(ロード)!!」」」

 

 

さて、そろそろ撤退の準備に入りますかね・・・。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「行くぜ、オラァッ!!」

 

 

右拳を大きく振りかぶりながら、俺は『インペリアルシップ』の甲板から跳んだ。

目標は・・・えー、目の前のドラゴンみてーので良いか。

そいつの腹に、キツいのを喰らわせてやるぜ!

 

 

「『ラカン・インパクト』!!」

 

 

キュボンッ・・・って音がしたかと思えば、殴ったドラゴンの胴体が全部吹き飛びやがった。

さらに左拳で殴る!

余波で周りの雑魚も消し飛ばしながら、そのドラゴンの残り半分は100mくらい吹き飛んで・・・。

 

 

「おお?」

 

 

船の甲板に着地した時、召喚魔共の様子がおかしいことに気付いた。

なんつーか、召喚した魔獣が契約破棄で還る時みてーな感じがするぜ。

古強者の俺様には、感覚でそう言うのがわかったりするんだよ。

 

 

そして実際、召喚魔共の背後に魔法陣が現れて、それぞれの召喚魔を「門」の向こう側に引き摺り込まれていきやがった。

あん・・・?

 

 

「なんだぁ? もう終わりか・・・?」

「・・・任務、完了」

「お?」

 

 

パシッ、と音を立てて、雷の小僧がすぐ傍に現れやがった。

さっきから気になってたんだが、このアーウェルンクス。

けど、すぐにどっか行っちまうしよぉ。

 

 

「おい、てめ『ジャック!』ぇって、んだよじゃじゃ馬姫(テオドラ)

 

 

突然、じゃじゃ馬姫から念話が入りやがった・・・って、念話妨害も切れたのか?

 

 

『セラスから連絡が入った・・・国境の兵が、連合の軍勢が大挙侵攻してきたと報告してきたらしい!』

「ほー、大変だな、そりゃ」

『他人事みたいに言うな! 王国側との盟約に従い、帝国軍は迎撃に向かわねばならん。お前もじゃぞ!』

「へーいへい・・・で、おめーはどうすんだ?」

 

 

アーウェルンクスの小僧に声をかけると、そいつは俺に見向きもしねぇで。

 

 

「僕の任務は終わった。4(クゥァルトゥム)と合流して宮殿へ向かう」

「あっそ、じゃ、ここでお別れだな」

「・・・」

 

 

返事しろよ・・・む?

何となく、小僧の目線の先を見る。

「墓守り人の宮殿」から、光の柱が立ち上って・・・空に刺さってやがる。

空に映って見える、あの街は、確か・・・?

 

 

・・・嫌な予感が、するぜ。

しかも、俺にはどうしようもねぇ・・・そんな予感が、だ。

 

 

 

 

 

Side コレット

 

「「アリアドネー九八式!」」

 

 

委員長と呼吸を合わせて、剣を投げる。

予備の剣まで使って、10本の剣がまるで盾みたいに私達の前に広がる。

アリアドネー九八式、瞬時絶対対物小隊結界・・・!

 

 

「「『戦乙女の花楯(スクードゥム・フローレウム)』!!」」

 

 

物理的な物を通さない強力な小隊魔法結界が、路地の前方から迫る召喚魔を押し止める。

よし、やっぱり鍵持ちじゃない奴には効果がある!

 

 

「うぉるぅりゃあああっっ!!」

 

 

その楯が砕けた直後、クママさんが雄たけびを上げて(女の人だけどネ!)、突撃した。

クママさんのラリアットで3体の召喚魔が吹き飛ばされて、後続の召喚魔にぶつかる。

そこに左ストレートを叩きこんで、地面に倒れた奴を足で踏みつぶし、たまに頭突きで壁にめり込ませながら、私達が走るための道を作る・・・って、強!?

 

 

「わぁ~・・・」

「あのおばちゃん、すごーい!」

 

 

私と委員長が抱えてる子供達なんか、もう、すっかりクママさんのファンになってる。

いや、私達も頑張ってるんだけど・・・でも、憧れちゃう気持ちもわかるなぁ。

凄く、強いもんねー、見た目はラブリーなのに。

 

 

「てめぇら、和んでる場合じゃねぇぞ!」

「わわわっ、ごめんなさいっ!」

 

 

後ろから怒鳴られる、振り向くとトサカさんとビーさんが、路地の後ろから来る召喚魔を、頑張って防いでいた。

と言うかトサカさんも結構、強いんだよね・・・子供達はクママさんに夢中だけど。

 

 

「おいママ! 正直ヤベェぞ!」

「泣きごと言ってんじゃないわさ!」

 

 

路地から出れないし、少しずつ袋小路に追い詰められてる感じがする。

ち、ちょっと、ヤバいかも・・・。

 

 

「お嬢様! コレットさん! 上です!」

 

 

ビーさんの声に、上を見ると・・・げ、鍵持ちが・・・!

とっさにその場で身体を丸めて、亜人の子を庇う。

これまでの戦いで、鍵持ちは亜人を狙うってことはわかってるから!

・・・私も、亜人だけどね。

 

 

「・・・んなひょろいガキ、狙ってんじゃねぇよっ!」

 

 

自分の上に、誰かが覆いかぶさる感触があった。

背中の柔らかいのは、たぶん委員長。

じゃあ、私の上にいるのって・・・?

 

 

そんなことを考えながら、ギュッて目をつぶる。

先生・・・!

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・あれ?

 

 

いつまで経っても、何も起こらない。

不思議に思って目を開けると、そこにはトサカさんの顔が。

私と委員長を庇うみたいな姿勢。

・・・守ってくれたの?

 

 

「ほら、いつまでも乗ってんじゃないよ」

「へぶぉっ!?」

 

 

でも、クママさんに蹴られて転がって行った。

それを見て、子供達が笑う。

・・・後でお礼、言わなくちゃね。

 

 

それはそれとして、何が・・・?

と言うか、召喚魔は?

 

 

「召喚魔は、どこに行ったんですの?」

「それが・・・突然、消えてしまったのです。おそらくは術者によって還されたのかと・・・」

 

 

委員長に、ビーさんが説明してる。

ええっと、とりあえず、助かったってこと?

 

 

「やっ・・・」

 

 

次の瞬間、私達の側にあった建物が崩れた。

やったーって言おうとした体勢のまま、私は固まる。

もうちょっとズレてたら、巻き込まれてたんだけど。

・・・へ?

 

 

「どらごんがおちたーっ!」

 

 

舌ったらずな女の子の声が、耳に届いた。

・・・はぁ? ドラゴン?

・・・・・・何で?

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「「環!?」」

 

 

両側から、暦さんと焔の声がハモって聞こえた。

環さんらしい竜(ドラゴン)が、撃ち落とされたから。

召喚魔にじゃ無い、それはどう言うわけか知らないけど、さっき消えちゃった。

環さんを堕としたのは・・・!

 

 

「ふん、殺さないようにするには火は加減が難しいな」

 

 

クゥァルトゥム君・・・じゃなく、もう呼び捨てで良いわよ、こんな奴。

とにかく、あいつに堕とされたのよ。

召喚魔撃墜のどさくさに紛れて・・・!

 

 

「あんた、召喚魔が消えるってわかってから撃ったでしょ!?」

「言いがかりはやめて欲しいな、何の証拠があって?」

 

 

今、加減がどうとか言ってたじゃないのよ・・・!

 

 

「まぁ、亜人は別に殺しても構わないんだけどね」

「・・・あんたね!」

「『豹族獣化(チェンジ・ビースト)』!」

「『炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)』!」

 

 

焔が身体から炎を吹き上げて、暦さんは黒い豹の姿になった。

かなり、怒ってる。

最初はフェイトそっくりな顔に戸惑ってたみたいだけど、今はもう完全に敵と見なしてるわね。

・・・私もだけど!

 

 

「来るのかい? 良いよ、来なよ・・・こうなると、僕も身を守るために戦わざるを得ないね」

「ぬけぬけと・・・!」

「特に、キミだ・・・小娘」

 

 

何よ、さっき殴ったの根に持ってるわけ?

肝の小さい男ね。

 

 

ゴッ・・・と、『アラストール』で自分の炎魔法の効果を底上げする。

私の身体の周囲を、小さな炎のロープが回転する。

やってやるわよ・・・!

 

 

そう思って、睨み合った直後。

パシッ・・・って音がした次の瞬間、クゥァルトゥムが消えた。

・・・へ?

 

 

次いで、隣の建物に何かが突っ込んだみたいな音がした。

見れば、アパートの3階の部屋の壁に穴が一つ、開いていたわ。

え、何が起こったわけ?

 

 

「・・・何をしている、4(クゥァルトゥム)。任務以外での戦闘行為は禁止されているはずだ」

 

 

パリッ・・・全身に電気を纏わせた男の子が、さっきまでクゥァルトゥムが立ってた場所にいた。

また、フェイトのそっくりさん・・・しかも髪型が違う。

何と言うか、セットに時間がかかりそうな感じの髪型ね。

その時、アパートの壁からクゥァルトゥムが顔を出した。

 

 

「・・・5(クウィントゥム)! 貴様・・・!」

「何かが僕達を呼んでいる、宮殿に戻れ」

「何・・・?」

 

 

ど、どうも、く、くうぃんとぅむ?

クウィントゥム君が、クゥァルトゥムを殴り飛ばした・・・のかしら?

助かった、みたい。

で、でも、何と言うか、それよりも・・・!

 

 

「「「な、何人いるの・・・?」」」

 

 

私と焔と暦さんが、声を揃えた。

フェイトって意外と、大家族の出身なのかしら。

 

 

 

 

 

Side 調

 

樹霊結界をスクナ様に施して、どれくらい経ったでしょうか。

10分か、1時間・・・ジリジリと私の魔力が失われていくのを感じます。

元々、自分よりも強大な存在を封印できるような術ではありません。

正直、どこまで持つか・・・!

 

 

『調? そちらの様子はどうなっているの?』

 

 

その時、総督府の栞から通信が入りました。

でも正直、私はそちらに気を配れません。

 

 

『こちらで確認した情報だと、新オスティアの召喚魔が消失したと言うことですけど・・・』

 

 

召喚魔が消失した?

だとすれば、勝ったのでしょうか?

 

 

ビシッ・・・!

樹霊結界に、罅が入りました。

血の気が引く音を、聞いた気がします。

そんな、もう・・・!

 

 

『調、そちらは・・・』

「出る・・・!」

『え?』

「出てしまう・・・!」

『出るって・・・何が? 調、状況が良くわからないのだけど・・・?』

 

 

私がいくら魔力を込めても、もはやどうにもなりません。

木の精霊達が、悲鳴を上げているのを感じる。

もう・・・!

 

 

「もう・・・ダメ・・・!」

『調? 貴女・・・』

「ダメぇ・・・っ」

 

 

次の瞬間、結界が弾け飛んだ。

悲鳴を上げて、私も吹き飛ばされてしまいます。

ホテルの壁に身体を打ち付けられて、床に沈む。

 

 

解き放たれた力が大きすぎて、栞との通信も途切れてしまいました。

元より、私に通信の余裕は無かったのですけど・・・。

 

 

「ぐ・・・!」

 

 

それでも床に手をついて、上体を起こします。

フェイト様直属の私が、この程度のことで・・・!

 

 

 

目の前に、スクナ様がいました。

 

 

 

けれど私でなければ、スクナ様とはわからなかったかもしれません。

結界に封じ込める前のスクナ様は、10歳くらいの男の子の容姿をしていました。

でもどう言うわけか、今は別の姿をしています。

 

 

白みがかった長い髪に、金色の瞳。

少し背も伸びて、今では私と同じくらいの身長のようです。

服装も、随分とオリエンタルな白装束で・・・?

 

 

「あ、あの・・・」

「・・・ん?」

 

 

私の声には反応を示さずに、スクナ様は明後日の方向を見つめました。

金色の瞳を猫のように細めて、どこか遠くを、それでいて近くを見ているような・・・。

 

 

「うん、わかってるぞ・・・恩人(アリア)の所に行かないと。僕(スクナ)に任せて・・・」

 

 

寄り道は良く無いな、そう言ってスクナ様は、私に背を向けました。

呼びとめようと手を伸ばした途端に、温かな光が私の身体を包みます。

・・・回復魔法?

 

 

慌てて顔を上げるとスクナ様の傍に、一瞬、何かが見えました。

それは長い髪の、半透明の女の子のような・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

えっと、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>同調(シンクロ)、命令権掌握。

術式『億鬼夜行』解除・・・残存召喚魔・全送還。

 

 

「こ、これで・・・良いんでしょうか?」

「うん」

 

 

少々不安ですが、フェイトさんがそう言うなら・・・。

アマテルさんの「幻想空間(ファンタズマゴリア)」から戻って来た私達は、まず召喚魔の送還を行いました。

右眼で緩やかに解析しつつ、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を使います。

「幻想空間(ファンタズマゴリア)」の中で多少無茶しましたが、何とか・・・。

 

 

でも、実はフェイトさんの方が上手く使えてる感じなんですよね。

どうも、一つ下の<第二の鍵(グランドマスターキー)>の使い方を知ってるんだとか。

 

 

「・・・なぁ」

「はい?」

 

 

腰に手を当てたポーズの千草さんが、何か言いたげに私を見ていました。

千草さんは私、フェイトさん、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の順番で視線を動かして。

物凄く、何か言いたげな表情を浮かべていました。

 

 

「・・・何で、2人で仲良く持っとるん? 共同作業か? 共同作業なんか!? ふざけるのも大概にせぇよ!?」

「いえ、コレは私とフェイトさんが2人で持たないと使えなくてですね?」

「そんな魔法具があるかぁっ!!」

「あるんだから、仕方が無いじゃないですか!!」

 

 

実際、どちらかが手を離すと凄く頭が痛くなるんです。

力も十全に使えませんし・・・2人で持っていないと。

私とフェイトさんの2人で、はい。

 

 

「・・・まぁ、ええわ。で? 結局『リライト』は止めへんで、親父さんらが残した術を使うって?」

「はい・・・正直、『リライト』はもう止められなくて。お父様達の術式を起動させて、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』との連結を消して・・・世界を再構築する手段を取りたいと思います」

「・・・信用できるんか? いや、アリアはんを疑うわけやない。あの墓所の主とか言うのは・・・信じられるんか?」

 

 

・・・そこなのですよね。

アマテルさんにとっては、おそらく魔法世界が変わらずに続いても、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』でも良いのでしょう。

救済の形に、こだわりは無いようなのです。

 

 

とは言え、『強制証文(ギアスペーパー)』や『鵬法璽(エンノモス・アエトスフラーギス)』では<王家の魔力>のオリジナル、<精霊殺し>で無効化される可能性があります。

アーティファクトも、怪しいですね。

私の魔法具なら・・・でもアマテルさんは、シンシア姉様と深い縁のある方のようですし・・・。

面倒な相手ですね。

 

 

「・・・<紅き翼(アラルブラ)>が何かの方法を持っていたのは、確かだと思うよ」

「そうなのですか・・・って、何で知ってるんです?」

「10年前、僕もその場にいた・・・いたと、思う」

 

 

多少、言いにくそうに、フェイトさんがそう言いました。

フェイトさんにしては、歯切れが悪いですね・・・。

 

 

「例え罠だとしても、『リライト』を止める手段が無い。加えて他の代案も無い・・・となれば」

「・・・それに懸けるしか無い、か。あの墓所の主の言葉をあえて信じた上で、しかも10年前のアリアはんの親父さんらのことを信じるしか」

「ジッサイ、モウジカンモネーシナ」

 

 

エヴァさんの言葉に、千草さんが頷きました。

そしてチャチャゼロさんの言うように、『リライト』発動まであと37分。

時間が、ありません。

 

 

あと30分で私が考える救済案よりは、お父様達が10年がかりで考えた救済策の方が、まだ説得力があるでしょう。

その前提は、アマテルさんが私達に嘘を吐いていないこと・・・。

 

 

カリ・・・と、親指の爪を噛みます。

本当なら、こんな博打みたいな手段は取りたくないのですが・・・。

・・・でも、そんなポンポンと世界を救う手段が思いつくはずも無いですし。

 

 

「・・・」

 

 

視界の隅に、ネギと宮崎さんが映ります。

どうもアマテルさんを疑う私達の議論を、面白く思っていないようです。

・・・と言うか、ネギからすれば私の考えは面白く無いでしょう。

私とネギ、二人が被れば済む負担を、全員に負わせようと言うのですから。

 

 

・・・でも、エヴァさん達はともかく、千草さんや親衛隊の人達も文句は言わないのですよね。

私一人が犠牲になれば終わる話なのに・・・あたっ。

 

 

コツンッ、とエヴァさんに頭を叩かれました。

 

 

「茶々丸なら、ロケットパンチだぞ」

 

 

・・・それは、痛そうですね。

 

 

「・・・わかった。ここまで来たら腹ぁ括るしかないわな、やるか!」

「他に方法も思いつかんしな」

「ヤルゼー」

 

 

千草さんとエヴァさんも、腹を決めたようです。

私も、決めました、やります。

きゅ・・・と<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を握る手に力を込めます。

そんな私の手に、フェイトさんの手が軽く触れます・・・。

 

 

「・・・呪ってええか?」

「若造(フェイト)だけならな」

「千草はーん♪」

「・・・月詠、うちは別に羨ましいわけやないんや」

 

 

月詠さんが何か言いたげに刀を掲げていますが、そこはスルーしましょう。

・・・と言うか、傍に立ってる黒い人は何でしょう、やけに小太郎さんが威嚇してますけど。

 

 

「言い忘れたがの」

「わひゃあっ!?」

 

 

突然、背後にアマテルさんが出現しました!

さっきまで、どこぞに消えていたのに・・・!

 

 

「何もそんなに驚かんでも良かろうに・・・愛い奴じゃの?」

 

 

く、流石に2000歳以上年上の方なだけあって、経験の差はいかんともしがたい物がありますね。

 

 

「年齢差は関係ないと思うがの・・・まぁ、良い。それよりもじゃ」

 

 

アマテルさんは、ツイ・・・と、上を指差して。

 

 

「旧世界と繋がりかけたまま『リライト』を発動すると、旧世界側にも被害が出るぞ?」

「被害って言うとどれくらいや? 具体的に言うてくれへんか?」

「さぁ、初めてのケースじゃから・・・まぁ、向こうに見える街一つくらいは、吹き飛ぶのではないか?」

 

 

どこか棘のある千草さんの言葉に、アマテルさんは気にした風も無く答えます。

と言うか、軽く言わないでください。

 

 

「・・・そもそも、何故、ゲートが繋がったの?」

「ゲート?」

「うん、麻帆良と旧オスティアは20年前まではゲートで繋がってたんだけど・・・」

「そして現在、ゲートが活性化しておる。原因はこちらではなく・・・向こう側じゃ」

 

 

フェイトさんの説明を、アマテルさんが引き継ぎます。

麻帆良・旧オスティア間のゲート。

向こう側、つまりは旧世界・麻帆良に原因が・・・?

 

 

「向こう側・・・つまり麻帆良のゲートのある世界樹の下には、魔法世界と強く結び付いておる存在がおる。それを取り除く・・・つまりこちら側に戻した上で、旧世界との繋がりを断つ。それから『リライト』に移行するのが妥当じゃろうの」

「原因を消すことはできませんか?」

「無理じゃの、何せ彼は『不滅』じゃから」

 

 

不滅?

これはまた、不可思議な表現を使いますね。

それに言ってることは妥当に聞こえるので、ますますタチが悪いのですが・・・。

 

 

「・・・で、いったい麻帆良の世界樹の下に、何があるんだ?」

 

 

いい加減、うんざりしたような声で、エヴァンジェリンさんが問います。

まぁ、実際、これ以上は何があっても驚きはしないって感じですけどね。

アマテルさんは、どこか意味深な視線をエヴァさんに向けています。

 

 

「・・・主(ぬし)にも関係のある人物じゃがな」

「あ・・・?」

 

 

麻帆良の下に、何があるのか。

アマテルさんは、淀みなく続けました。

 

 

 

「始まりの魔法使い・・・<造物主(ライフメイカー)>」

 

 

 

・・・この人を信じて、良いのでしょうか。

シンシア姉様―――――――――。

 

 

 

 

 

Side 6(セクストゥム)

 

ピクンッ、と核が震えるのを感じます。

私の後方、旧世界側からとても強い力を感じます。

・・・とても、抗い難い力です。

 

 

まるで、呼ばれているかのような・・・。

喚ばれているかのような、そんな力を感じます。

 

 

「召喚魔は、どうやら消えたようじゃの」

「・・・そうですね。送還されたようです」

 

 

そして同時に、それを打ち消そうとする力も感じます。

それは、私のすぐ傍から感じます・・・。

 

 

召喚魔は、旧世界側に到達する前に消失しました。

おそらくですが、お義姉様(じょうおうへいか)が<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>をお姉様(にばんめ)から奪い取ったのでしょう。

だとするならば、『リライト』に関する連絡もそろそろあるはずですが。

 

 

「・・・っ」

 

 

ギシリ、と、自分の核が誰かに掴まれるような・・・不快な気分です。

私はマスター・・・デュナミス様に調整されたアーウェルンクスシリーズの6番目(セクストゥム)

デュナミス様以外の存在が、私の核に影響を与えられるはずがありません。

ですが、唯一例外がいるとするならば・・・もしや・・・。

 

 

不快感が、私の思考を阻害します。

他のお兄様達(よんばんめ・ごばんめ)は、どうなっているのでしょうか。

 

 

「・・・1000年単位で、我でも及ばぬか」

 

 

私の生み出した水面を揺らしながら、晴明とか言う人形がそう呟きました。

晴明は、一定のリズムを刻みながら水面の上を移動しています。

無数の五方星が生まれては消え、消えては生まれて行きます。

・・・どうもそれは、旧世界側から私を呼ぶ何かの力を防ごうとしている物のようです。

 

 

「正直、侮っておったわ。我よりも長く、そして我よりも深く力に目覚めている存在がよもや、地上に存在しようとは」

「・・・」

「井の中の蛙とは、今の我にこそ相応しい言葉であろうよ」

 

 

もし、私に刷り込まれている記憶が確かであれば、今、私を呼んでいる存在はこの世で最も強大な存在。

人形などに、どうにかできるような物ではありません。

 

 

「ですが一応、礼は言っておきましょう」

「何、構わんよ・・・向こう側との繋がりが消えるまでは、この結界も維持せねばならんしな」

 

 

何かに纏わりつかれるような、不快感。

虫のように鬱陶しい召喚魔の問題が片付いたかと思えば、これですか。

・・・デュナミス様。

私はいったい、どうすれば良いのでしょうか。

人形の私には、貴方様の最後の命令に従う他、ありません。

 

 

すなわち、「女王を助けろ」。

コレが、今の私の行動原理なのですから・・・。

 

 

 

 

 

Side クウネル(アルビレオ・イマ)

 

もう、10年も前の話になりますかね。

私達<紅き翼(アラルブラ)>が、まだチームとして機能していた頃の話。

魔法世界、旧オスティア・・・ゲートポート周辺で<造物主(ライフメイカー)>に戦いを挑みました。

 

 

魔法世界の崩壊を防ぐため、そして『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』を否定するため。

私達は、世界の創造主に戦いを挑みました。

まぁ、半分ほど<造物主(ライフメイカー)>の説得に費やしましたけど。

 

 

「ナギの場合、拳で説得と言うのが普通でしたけどね・・・」

 

 

それで大体が上手くいくのが、ナギのナギたる所以ですかね。

実際、大戦後の10年間の活動はナギ主導でしたし。

ナギの勢いに、引っ張られた感じですね。

・・・まぁ、アリカ様が良くコントロールしていたとも言えますが。

 

 

「ま、詠春は関西呪術協会で忙しかったですからね、アリカ様が押さえ役にならざるを得なかったわけで・・・」

 

 

けれど今、ここにいるのは私一人。

全身を、闇と混沌と虚無に包まれるかのような感覚。

絶望と呪詛が、私の身体を蝕んで行く感覚。

この10年、ずっと感じていました。

 

 

私の「本体」・・・「メルキセデクの書」を基点とする封印が張られて、10年。

麻帆良のゲートと共に「彼」が封じられて、10年。

自分が少しずつ侵されていくのを、ずっと感じていました。

彼の絶望、あのバケモノの絶望を感じていました。

 

 

「20年前、討伐できず・・・10年前にかろうじて封印したわけですが・・・」

 

 

そのために、一人の英雄を・・・私達の仲間を犠牲にする必要がありました。

同時に、今も別の仲間が犠牲になり続けています。

 

 

アリカ様は今も、「墓守人の宮殿」・・・<初代女王の墓>で私達の合図を待っています。

私達を信じて、待ち続けています。

魔法世界を再構築・・・「更新」するための合図を。

墓の封印を解く、合図を。

 

 

「・・・どうも、そろそろ、限界のようですねぇ・・・」

 

 

ギシギシと、封印が軋む音を立てているのがわかります。

魔法世界から流れ込んでくる魔力を吸って、「彼」が力を得ているのがわかります。

 

 

私の手には、一本の小さな杖。

元は、ナギの杖だった物です。

真っ二つに折れてしまいましたから、元通りには修理できませんでしたが。

・・・ネギ君に届けるまでに、生きていられると良いのですが。

 

 

「いやぁ・・・何と言えば良いのか」

 

 

しかしそれでも、私が浮かべているのは、笑み。

もう、「彼」の力に抵抗するだけでも死ぬほど辛いと言う状況で、私は笑っています。

「彼」の放つ絶望の匂いに全身を包まれながら、それでも私は愉快な気分でした。

 

 

嬉しそうに笑う、自分がいることに気付きます。

なぜなら。

 

 

「いよいよですねぇ・・・ナギ」

 

 

今度こそ、ケリをつけられると良いのですけど。

例えその結果、魔法世界の人々が「魔法」を失うことになったとしても。

 




アリア:
アリアです。
・・・どーしろってんでしょうね、コレ。
もう、何と言うか、切羽詰まってますよね。
聞いた話が全部嘘だった場合、何もできずに終わりますよ?
それにしても、お父様達はお父様達で、頑張ってらしたんですね・・・。
・・・情報が多すぎて、何が何やら・・・。



アリア:
それでは次回は、旧世界から「例のあの人」を魔法世界へ戻します。
さらにゲートを一度閉じて、『リライト』を調整、お父様達の術式を作動させます・・・って、全部やるわけじゃないですけどね。
大変ですが・・・頑張ってみようと思います。
それでは、またお会いしましょう。


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第27話「造物主」

Side アリア

 

「では、手順とそれぞれの役割を確認します!」

 

 

私がそう声をかけると、いろいろな方向から返事が返って来ました。

役職上、私が一番偉いので、私が場を仕切っています。

・・・何だか、女王と言うより教師みたいな感じがしました。

修学旅行の引率みたいな。

 

 

まぁ、実際にはそんなに平和的ではありませんが。

限りある人員と資材を、効率的に振り分けねばなりません。

 

 

「まず、フェイトさんとラピス中佐率いる『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』部隊の大半は私と一緒にここで『リライト』の管理です。私とフェイトさんは発動後は<初代女王の墓>に向かうので、その間に撤退の準備もお願いします」

「うん」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

フェイトさんと『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』の皆さんが返事を返します。

部隊長の女性、旧世界はアイルランド出身のレイチェル・ラピス中佐と視線を交わした後、次へ。

 

 

「次にエヴァさんと千草さん達、関西呪術協会、及びスコルツェニー中佐率いる『白騎士(ヴァイス・リッター)』部隊と『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』部隊の一部はゲートポートへ。<造物主(ライフメイカー)>の移送を行って頂きます」

「ふん、別に私一人でも良いんだがな」

「いや、そうもいかんやろ・・・」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

順番としては、エヴァさん達の作業の終了後に旧世界との繋がりを断つ作業に入り、そこから『リライト』になるわけですがね。

<造物主(ライフメイカー)>の封印がどうなるのかが微妙ですが、仕方がありません。

 

 

なお、ドイツ系美男子な『白騎士(ヴァイス・リッター)』隊長、オットー・スコルツェニー中佐を見ると、不敵に笑っておりました。

・・・無茶はしないでくださいね。

親衛隊の方ですから、無理かもしれませんが。

 

 

「クルトおじ様は、『ブリュンヒルデ』で宮殿の頂上部に接舷してください。今なら古代の迎撃兵器群も停止していますから」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)。にわかには信じがたい状況のようですが・・・一つ報告が。タカミチ・T・高畑がそちらに向かっております』

「タカミチさんが・・・?」

『どうも、ネギ君と姫御子を救出に来たそうで・・・一応、ご注意を』

「・・・わかりました」

 

 

召喚魔が消えたのが影響しているのか、通信も問題無くできるようになりました。

最下層のクルトおじ様との通信を終えると、私は他の階層の方々にも連絡を取ります。

 

 

「茶々丸さん、真名さん、シャオリーさんも順次上がってきてください。また、近衛騎士団、親衛隊各員は各々の判断で上の私の所か、下のクルトおじ様の所に集合してください」

『わかりました』

『わかった』

『仰せのままに』

『『『光の速さで上に向かいま――すっっ!!』』』

 

 

・・・良いですけどね、嬉しいですし。

と言うか、本当に元気ですね、親衛隊の皆さん。

えーと、チャチャゼロさんは私の頭の上ですし、カムイさんは丸くなってますし。

 

 

「それでは皆さん、これが最後です・・・頑張りましょう!!」

 

 

私がそう言うと、鼓膜が破れるんじゃないかと言うくらいの声が返って来ました。

ただ、エヴァさんも竦めて皆さんバラバラの言葉で、しかも個性的でしたが・・・。

 

 

お義姉様(じょおうへいか)

 

 

・・・?

今、どこかで聞いたことのあるような、落ち着いた女の子の声が頭の中に響きました。

たぶん、念話だと思いますけど・・・。

 

 

「えー・・・っと? もしかして、セクストゥムさんですか?」

『肯定です、お義姉様(じょおうへいか)。私と晴明は旧世界との繋がりを断つ作業に入りますので、そちらを手伝うことができませんので』

「あ、はい、お願いします・・・?」

 

 

プツンッ、と切れる念話。

・・・お義姉様って何でしょう?

 

 

「・・・どうしたの?」

 

 

私と一緒に<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持っているフェイトさんが、不思議そうに声をかけてきました。

ああ、いえ、何でもありませんよー・・・と、答えようとした刹那。

私の脳内で、電撃的にある公式が走り抜けました(意味不明ですね)。

 

 

セクストゥムさん → フェイトさんの妹さん。

セクストゥムさんの「お義姉様」 → どうも私のことらしい。

ずばり、この公式から導き出される解とは!?

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

    ぼんっ

 

 

 

 

 

Side 墓所の主(アマテル)

 

・・・何やら、アリアの周辺が騒がしいのぅ。

「顔が赤い」だの「にゃんでも・・・何でもないでしゅ!」だの「止めるなチャチャゼロ、あの若造が殺せない!!」だの「もう・・・好きにしぃや」だの・・・

 

 

こんな状況で、良くもあんな楽天的な空気を出せる物じゃの。

後、28分しか無いのじゃぞ?

『リライト』発動後は、1時間もせぬ内に全てが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に取り込まれる。

それまでに全てを引っ繰り返す必要があると言うに・・・。

 

 

「あの・・・アマテルさん」

「うん?」

 

 

振り向けば、ネギが何か言いたげな顔で私を見ておった。

その後ろには、『いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』を持った若い娘がおる。

ちなみに、私にアーティファクトは一切、効果が無いぞ。

 

 

ふーむ、何じゃ、そっちの話かの?

まぁ、人生の先達として男女の機微と言う物を若者に教えるのも、私の役目と心得ておるが。

 

 

「父さん達のことで、お聞きしたいことがあるんですけど・・・」

「何じゃ、そのようなつまらん話か」

「つ、つまらない?」

「いやいや、何じゃ、何を聞きたい。今なら暇じゃし、何でも答えてやるぞ?」

 

 

実際、<造物主(ライフメイカー)>の「帰還」までは暇じゃしな。

それに<紅き翼(アラルブラ)>の連中も、嫌いでは無いしの。

 

 

「あ、あの、父さん達は本当に、世界中の人に負担を・・・みたいなことを、考えていたんでしょうか」

「うん? うーむ、私も彼らでは無い故、わからぬが・・・」

 

 

そもそも、負担という言い方が正しいのかどうか。

人々が本来、支払うべき負担・・・それをたった一人に背負わせておる現状こそがおかしい。

連中の考えは、そこにあるのじゃろ。

 

 

人間を舐めるな、人間はいつまでも私達の「庇護対象(こども)」では無い。

それが、ナギ達<紅き翼(アラルブラ)>の言い分だったと思う。

 

 

「まぁ・・・お前の父親が底抜けのバカと言うか、単純に『強かった』と言うのもあるわけじゃが」

「そ、そうなんですか・・・」

「どんなイメージを持っておったのかは知らぬが・・・うむ、奴は一言で言って『バカ』じゃ」

 

 

だからこそ、真っ直ぐで、憎めなかったのかもしれんが。

だからこそ・・・一番、人間的だったのかもしれんが。

 

 

「じゃあ・・・何も、問題は無いんですよね?」

「問題?」

「はい、その・・・このまま進んで」

「それは・・・どうじゃろうのぅ」

「え?」

 

 

紅き翼(アラルブラ)>の連中は悲観的では無かったが、楽観的でも無かった。

大戦を潜り抜けただけあって、思考のどこかが現実主義的(リアリズム)じゃった。

 

 

「例えば、今の世界が続くわけじゃが・・・つまり今ある問題はそのまま残ると言うことじゃ」

 

 

戦争、紛争、内乱にテロ。

食糧不足に経済格差、人種差別に戦災・天災孤児、難民問題・・・。

何一つ、改善されはしない。

 

 

「じ、じゃあ、父さん達が間違ってるんですか・・・?」

「別に間違ってはいまいよ。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』にした所で、選択肢の一つでしか無いのじゃから。世界は・・・」

 

 

世界は、そう簡単にできてはいない。

世界の監視者である私の目から見ても、そう思う。

 

 

「それどころか、新たな問題も発生するじゃろうしな」

「あ、新しい問題?」

 

 

ナギ達は、最強にして最高の魔法使いじゃった。

だが彼らが他の魔法使い達と一線を画していたのは、魔法の力をどう位置付けているか、と言うただ一点にこそあった。

 

 

<魔法など、数ある手段の一つに過ぎない>

 

 

・・・<楔の術式>の発動後、『リライト』によって魔法世界の人々は詠唱呪文を使えなくなる。

魔法世界で存在できるギリギリまで、12億人分の魔力・・・世界中の魔力を集める。

それは、<造物主(ライフメイカー)>に匹敵する膨大な魔力じゃ。

それを使い、発動する・・・魔法世界「更新」の大魔法。

 

 

魔法世界に生きる者、全てに「楔」の術式が分散される。

一人一人が世界を背負う。

誰か一人では無く・・・全員で。

 

 

「この世界から、魔法が消える」

 

 

その代わり、人々が日常的に使っている詠唱魔法の大半は使えなくなる。

魔力や精霊が完全に失われるわけでは無いし、何らかの手段で現在の鯨船や浮き島を維持することもできるだろうが。

 

 

じゃが、「魔法」は失われる。

さて、魔法世界の人間は、それに耐えられるかの・・・?

 

 

 

 

 

Side 千草

 

リョウメンスクナと<造物主(ライフメイカー)>、どっちの方が強いかって言うと、たぶん<造物主(ライフメイカー)>の方が強いんやろうなぁ。

ああ、でも神様やしなぁ・・・っても、不完全とは言え、その神様を一撃で消し飛ばした人がうちの隣におるけど・・・。

 

 

「何だ、千草」

「いや、別に何も・・・」

 

 

この金髪の子、実は600歳やて?

はぁー、人は見た目で判断したらあかんなぁって、あり得へんから!

何をどうしたら、肉体を維持したまま600年も生きとれる言うねん。

普通、あり得へんわ。

 

 

しかもこの子、滅茶苦茶な強さやからな・・・。

ほんま、この子に勝てる存在なんてこの世におるんかいな。

 

 

「・・・実際の所、どう思う? 向こうの世界から戻しても<造物主(ライフメイカー)>は封印されたままやと思うか?」

「あり得んな。麻帆良の下に封印されているあたりで、それくらいわかる」

「せやろなぁ・・・」

 

 

いくら関東魔法協会の本部やて言うても、一般人もおるんや。

そないな場所に、<造物主(ライフメイカー)>を好き好んで封印するわけが無い。

そこでするしか無かったから、他の場所でやる余裕が無かったから、麻帆良の下で封じた。

つまり・・・。

 

 

「魔法世界では、<造物主(ライフメイカー)>は封印できひん可能性が高い」

「そう言うことだな」

 

 

この点において、うちとエヴァンジェリンはんの意見は一致しとる。

あの墓所の主を今の所、信頼しきらん言う点でも同じや。

結局の所、あの墓所の主は<造物主(ライフメイカー)>側やろ、旦那らしいしな。

 

 

「そうは言うても、戻さんと何が起こるかわからんし・・・」

「選択肢が無い、と言うのは辛い所だが・・・仕方があるまい」

「せやな・・・鈴吹! サボんなや!」

「月詠たんの前でサボるはずが無い!」

「やかましぃわっ!」

 

 

ほんっとに、あのボケ職員は・・・呪うでマジで。

鈴吹だけやない、他の関西呪術協会のメンバーやアリアはんらの部下も、うちとエヴァンジェリンはんの指揮で動いとる。

西洋魔法と陰陽術の混合術式。

 

 

・・・本山の連中が聞いたら、腰抜かすんちゃうやろか。

まぁ、とにかくオスティアのゲートの周囲に西洋魔法と陰陽術のそれぞれの封印術を施して、その外側に混合術式の封印術を施した。

まぁ、気休めにしては強力やけど・・・。

 

 

「元々の考案者は、晴明だがな」

「あのお方は、神様やさかい・・・」

 

 

晴明様以外のお人がやったら、陰陽師が暴動を起こすで。

冗談抜きで。

 

 

「へ! 何が出てくるんか知らへんけど、俺がおれば問題あらへんて!」

「もう終わりですか~?」

「いや、しかしここは気を引き締めて行くべきだろう」

「お前は話しかけんな!」

 

 

・・・小太郎と月詠は、いつも通りやね。

それにしても、何や最近、カゲタロウはんと仲ええなぁ、あの子ら。

良く一緒におるけど。

 

 

「・・・家族って、凄いなぁ」

「何だ、急に」

「いやぁ、そんな大したことやないよ。ただ・・・凄いなぁって思うて」

「意味がわからんが・・・まぁ、わからんでも無いな」

 

 

そう言って、エヴァンジェリンはんはちょっとだけ笑うてくれた。

でも本当に、家族って凄いわ。

 

 

そこにおってくれるだけで、こんなにも頑張れるんやから。

本当に、凄いなぁ・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

犬っころ・・・小太郎達の方を見て優しげに微笑む千草を見ながら、私は考える。

アマテルは、<造物主(ライフメイカー)>が私と何かの関係があると言っていた。

詳しいことは言わなかったが・・・聞きだす時間的余裕も無かったしな。

 

 

「・・・まぁ、これから会えるのだとすれば、直接聞けば良い話か・・・?」

 

 

しかし・・・おかしいな。

15年前、ナギに麻帆良に封印されるまでは、私はほぼ誰とも交流を持っていなかったのだが。

麻帆良に封じられてから、私と関係を持った者か?

いや、それでも<造物主(ライフメイカー)>などと言う大層な奴と関係したことは無い。

 

 

それに、必ずしも封印が解けると決まったわけでも無い。

まぁ、確率で言えば高そうだが・・・推測でしかないしな。

 

 

「・・・やはり、アマテルに聞きだした方が早いな」

 

 

『リライト』の後、アマテルに聞き出すことにしよう。

保留と言う形で結論付けてから、私は目の前に屹立するゲートを見やった。

すでに封印は解かれ、後は旧世界側から転移させるのみだ。

対象は向こう側のゲートに触れる形で封印されているらしいから、移動に際し問題はあるまい。

 

 

「良し、では・・・転移開始! 転移終了後に再封印処理だ!」

「関西も、封印術式管理、シャンとしぃや!」

 

 

私と千草の声に合わせて、ゲートが稼働する。

20年使われていないらしいが、破壊はされていないからな。

少々手間取った物の、何とか無事に起動したようだ。

 

 

魔力が充填され、床の魔法陣が輝きだす。

次元跳躍大型転移魔法が発動。

ウォンッ・・・と言う音と共に、衝撃が走る。

光の柱が、上空の魔力の膜を突き破り・・・着弾。

 

 

「む・・・」

 

 

転移の際の発光量が思ったよりも大きく、両目を庇うように腕を交差させる。

そして発光が収まった後には・・・煙。

濛々と白い煙が立ち込めていて、周りが良く見えん。

流石に20年ぶりに使っただけあって、十全とはいかなかったか?

 

 

「煙に構うな! 封印術式を発動しろ・・・いや、待て!」

 

 

煙の中から、誰かが出てくる。

誰だ、まさか<造物主(ライフメイカー)>か・・・?

ノーリアクションで封印が解除されたのか?

まさか、そこまで・・・?

 

 

「・・・おや、久しぶりですね、エヴァンジェリン」

「・・・アル?」

 

 

だぼっとした白いローブに、リボンでまとめた黒髪。

そこにいたのは、アルビレオ・イマだった。

・・・何で、奴がここで出てくるんだ?

 

 

しかも、いつも飄々とした顔をしてるアルが、今はどこか苦しそうだ。

何と言うか、押せば砕けそうな気配が・・・。

 

 

「最悪のタイミングですね・・・よりにもよって、貴女がここにいたとは・・・」

「あ?」

「逃げ・・・」

 

 

急速に、魔力が膨れ上がった。

 

 

「・・・!?」

 

 

ゾワリ・・・と、肌がザワめいた。

身体が竦む。

・・・真祖の吸血鬼の私が、身体が竦む?

バカな、そんなはず・・・。

 

 

「取り込まれ・・・」

 

 

何かを伝えようとしたらしいアルが、乾いた音と共に砕け散った。

カシャッ・・・と砕けて、アルが消える。

死んだ? いや、どうも違うようだが・・・。

 

 

次の瞬間、黒い閃光が走った。

アルのいた位置を通り過ぎて、一直線に、私へ。

回避・・・身体が、動かな

 

 

「危な・・・っ!?」

 

 

突然、誰かに突き飛ばされた。

誰に?

隣にいた、天ヶ崎千草に。

 

 

無様に、地面に転がる。

顔を上げる、そしてそこには。

 

 

 

ドシャッ・・・。

 

 

 

重い音を立てて、千草が床に倒れた。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

「・・・!」

 

 

階段を駆け上がる足を、止める。

上の階層に視線を向けて・・・戦慄する。

私では勝てない何かが、この上に現れた。

直感で、わかる。

 

 

傭兵としての・・・いや、種族としての勘がそう告げているんだ。

上はヤバい、逃げろと。

行くなら下だと、上にはけして行くなと・・・。

 

 

「上層部、旧ゲートポート周辺に高濃度魔力反応」

 

 

隣にいる茶々丸も、足を止めて明後日の方向を向いていた。

濃厚な魔力の気配のする方向を見ている。

左眼の魔眼で見ているが、濃度が高いとか量が膨大だとか、そう言うレベルでは無い。

けれど、悪魔のような禍々しさは感じない。

 

 

むしろ、どこか清らかで、落ち着いた魔力を感じる。

天使と言うのが実在すれば、こんな感じの魔力を持っているのだろうね。

だけど、底知れない何かを感じる。

 

 

「とは言え・・・上に行く以外の選択肢が無いわけだけど」

「当然です。上ではマスターとアリア先生が我々を待っているのですから」

 

 

エヴァンジェリンが助けを必要とする事態が、ちょっと想像できないけどね。

あの人は本当に、規格外だから。

 

 

「龍宮殿――っ、絡繰殿――っ!」

 

 

その時、下から聞き覚えのある声が聞こえた。

それと、無数の人間が階段を駆け上がって来る足音。

 

 

「シャオリー! 無事だったか」

「女王陛下のご命令ですから」

 

 

下の霊廟の広場で召喚魔を迎撃していたシャオリーが、生き残りの近衛騎士を引き連れて駆け上がって来た。

ただ、流石に疲れている様子で、少し息を切らせている。

 

 

「休むか?」

「いえ、一刻も早く女王陛下の下へ参りましょう。じきに親衛隊も上がって来ましょうから」

「・・・そうかい」

 

 

何となく、ご主人に褒めてもらいたがっている忠犬を想い浮かべてしまった。

まぁ、近衛のイメージとしては間違っていない気もする。

 

 

それに実際、下の方を見ると「女王陛下のためにー!」とか叫んでる声が聞こえる。

・・・船に近い奴は、船に向かえば良いのに。

 

 

「とにかく、上へ向かいましょう・・・嫌な予感がいたします」

 

 

・・・ロボットの茶々丸が「嫌な予感」。

それは、確かにヤバそうだ。

 

 

「その通りです・・・何が起こっているにせよ、女王陛下の盾は一枚でも多い方が良い」

 

 

盾、ね。

肉の盾と言う意味で言っているのなら、シャオリーは本当に忠犬だろう。

・・・でもそこに、私を含めるのはやめて欲しいな。

 

 

傭兵と言うのは任務の達成以上に、自分の生存の確率を高める努力を怠らない人種なのだから。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

・・・ふむ、どうやら当面の脅威は去ったようだが。

回復した通信、召喚魔の襲撃がやんだ現在の状況を考えるに、そう考えて問題無いだろう。

俺もなかなかどうして、強運の持ち主のようだな。

 

 

「・・・どうやら、勝利したと考えて問題無いだろう」

「今の内に補給を推奨する」

 

 

竜人のリアン・パルクス殿と戦車部隊のクラウゼ・シュタイナー殿が、左右からそれぞれそう言う。

我々は、14両の戦車を円形に並べた円筒陣の中心にいた。

戦車を背に、市街地の広場に座り込んでいる。

 

 

集団戦では勝てそうにない上、機動戦でも勝機は薄かったからな。

火力を盾に閉じこもっていたと言うわけさ。

相手の知能が低かったために、かなりの戦果を上げた。

 

 

「いや~・・・楽しかったねぇ」

「アレを楽しかったと言えるのは、貴官ぐらいだろうよ」

 

 

戦車の砲塔の上に座っているマリア・ジグムント・ルートヴィッヒ殿にそう言うが、ニヤニヤと笑うばかりだ。

ちなみに、この魔族は一人で敵を乱れ撃っていた。

弱い攻撃で召喚魔を一ヵ所に集め、そこに大魔法をぶち込むと言うえげつない戦法で。

戦果は上がっていたから良かったが、敵にはしたくないタイプの魔族だ。

しかもあと2人、友人がいるらしい。

 

 

・・・と言うか、今、気が付いたのだが、私の左右と頭上に人間がいないのだが。

私の戦友も、なかなかの多種族構造になった物だな。

普通ならこれほど多様な人種の混成軍、碌な戦果を上げられんぞ。

 

 

「まぁ・・・生き残れたのなら、それを喜ぶとしよう」

「うむ」

「肯定」

「僕は魔界に還るだけだけどね~」

「「「・・・乾杯」」」

「あれ、無視? 傷ついちゃうな~」

 

 

補給物資の中から小さな酒瓶を探し出してきて、それをリアン殿、クラウゼ殿と分けて飲む。

ルードヴィッヒ殿は無視する、魔族だから私達のやるせない感情とかを勝手に食糧にするだろう。

 

 

ふと、「墓守り人の宮殿」のあるであろう方角を見れば、光の柱のような物が立っていた。

ふむ・・・どうやら、こちらは終わっても、向こうはまだのようだな。

援軍に行こうにも、そのための移動手段が無い。

艦隊は全て出払っているし、大規模転移をするような余裕もあるまい。

 

 

「・・・グリアソンは、生きているかな」

 

 

待ちの体勢、か。

やるべきことはまだ多くあるが、「墓守り人の宮殿」に関することには手が出せない。

まぁ・・・我が女王の凱旋を待つとしようか。

 

 

凱旋で無ければ、滅びが来るだけだ。

大した違いではあるまいよ。

 

 

 

 

 

Side シオン

 

泣き声が聞こえるわ。

いつ聞いても、泣き声と言うのは耳障りね。

聞いてるこちらまで、気が滅入ってくるもの。

 

 

「シスター、しすたぁ・・・ココネ、ごめっ・・・ごめええぇぇ・・・っ!」

「・・・美空・・・」

 

 

泣き声は嫌いよ。

私は静寂を好むの。

落ち着いた空間で、静かに本を読むのを好むような女の子なのよ?

 

 

「お、お姉さまっ、どうしましょう・・・泣き止んでくれません・・・」

「あ、貴方達、きっとご両親は無事ですから!」

「「「うえええぇぇぇんっ!」」」

 

 

しかもその泣き声が大合唱してるとなれば、もう最悪ね。

もう、本当に嫌いよ。

悲しみと言うのは、連鎖するのだから。

風邪と同じで、他の人に移るのだから。

 

 

「しっかし、ここからどうすっかねぇ」

 

 

その点、ロバートは泣かないわね、当たり前だけど。

むしろ泣かれると対処に困るのだけど。

 

 

「てめーの前で泣くかよ、後が怖いっつーの」

「あら、殊勝な心がけね」

「で、どうするよ。たぶん動けねぇぞ、もう」

「そうね・・・」

 

 

シャークティー先生に抱きついている春日さんは元より、他の子供達もこれ以上は動かせないわ。

体力的にも精神的にも、限界だもの。

特に赤ちゃんが辛い・・・母親が見つかると良いのだけど。

 

 

それを抜きにしても、どこに向かえば良いのかがわからない。

下手に動くと危険かもしれないし・・・。

 

 

「とりあえずは・・・このまま待機するしかないわね」

「マジか」

「それ以外に何か方法があって?」

「あー・・・助けを呼びに行くとか?」

 

 

ロバートにしてはオーソドックスな反応ね。

でも、できればそれも避けたいわね。

何が起こるか分からないから、無駄に元気な男手のロバートを手放したくは無いわ。

それに、助けてもらえる程の余裕が相手にあるかもわからない。

 

 

さっきの戦闘な最中に、私の端末も壊れてしまったし。

碌な情報も無く、動くべきでは無いわ。

 

 

「最終的には、シャークティー先生の判断に従いましょう」

「ま、それしかねーかー・・・あー、他の奴らも無事だと良いけどな」

「・・・無事よ、きっとね。何を当たり前なことを言っているのかしら?」

「・・・だな」

 

 

・・・今のは、私らしくなかったわね。

事実よりも願望を優先させてしまうだなんて、恥ずかしいわ。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「「「しょ、所長――――――――――っっ!?」」」

 

 

瞬間的に、千草ねーちゃんの匂いのする所へ跳んだ。

視界が少し悪くても、狗族の俺は匂いで正確な位置がわかるんや。

だから、煙を引き裂くように瞬動で走るくらい軽いもんや。

 

 

「千草ねーちゃん!?」

 

 

目の前に、倒れた千草ねーちゃんがおる。

ねーちゃんの匂いに混じって、鉄みたいな匂いがする。

抱き起こすと、ぬるっとした何かが手についた。

 

 

血。

 

 

ちょ、マジかオイ。

この量と勢いはヤバいって、本能的にわかる。

き、傷口、傷口はどこやねん・・・!?

 

 

 

「・・・誰に当たった・・・?」

 

 

 

煙が晴れる。

煙を片手で払うようにして、中から出てきたんは男や。

圧力は感じひん。

すげぇ強ぇ奴を前にした時みたいな、圧迫感は全く感じひん。

 

 

けど、わかる。

コイツは、ヤバい。

俺の中の狗族の血が、コイツには絶対に勝てへんって叫んどるのがわかる。

 

 

「・・・旧世界人(ウェテレース)か。それは悪いことをした」

 

 

黒いローブの男。

全身をローブですっぽり覆ってて、顔はみえへん。

けど、身長は高めやし、声も意外と若いな、男か?

 

 

「痛みを与えるつもりはなかった。本当に申し訳ない・・・すぐに、楽園へ送ろう」

 

 

そいつが、こっちに手を向けた。

ゾワリ、身体中に悪寒が走る。

はよ、逃げなアカン。コイツはマジでヤバ・・・!

 

 

「――――二刀連撃」

 

 

そいつの後ろに、月詠のねーちゃんが現れた。

速い、しかもいつもの間延びした喋り方やない。

月詠のねーちゃんの殺気が、いつもの倍くらいの圧力を持っとる気がする。

しかもあの速度、マジで殺(ヤ)るつもりで。

 

 

「斬鉄閃!!」

 

 

振り下ろされた刀は、けど、相手に届かへんかった。

ゴギンッ!

刀とは思えへん鈍い音、2本の刃は黒ローブの手前で止まっとる。

障壁か・・・?

 

 

けど、それで月詠のねーちゃんに気付いた黒ローブが、こっちに向けてた手を月詠のねーちゃんに向けた。

・・・う。

 

 

「うぅおおおぉおおらぁあああああああぁぁぁっっ!!」

 

 

次の瞬間、10数メートルの距離を一気に跳んで、黒ローブの胸に掌底を叩きこんだ。

けど、障壁で防がれて届かへん。

フェイトの野郎の障壁よりも厚いんとちゃうか。

 

 

本能でわかる、勝てへん。

けど、それがどうした!?

コイツは、千草ねーちゃんをやりやがったんやぞ!?

ここで退いたら、俺は自分を許せへん!!

 

 

「小太郎はん!」

「コイツだけは・・・俺が!!」

 

 

ギャンッ、と火花を散らしながら空中で回転して、月詠のねーちゃんが俺の隣に降りてくる。

掌底を引っ込めて、両手に狗神を集めて突貫する。

それに、月詠のねーちゃんが合わせてくる。

 

 

「『黒狼・・・!」

「――――斬鉄閃』!!」

 

 

狗神をねーちゃんの刀の刀身に纏わせて、放つ。

黒い刃と気が、黒ローブの身体を打つ。

せやけど、一歩も動かへん。

攻撃が通らん。

 

 

舐めやがって・・・!

余裕、ぶっこいてんじゃねぇぞてめええぇぇぇぇっっ!!

 

 

「『我流犬上流』!」

「『神鳴流・奥義』!」

「『狗音』!!」

「『斬魔剣』!!」

「「『爆砕拳―――――――弐の太刀』!!」」

 

 

月詠のねーちゃんの刀の腹に拳を当てて、刃を押し出すようにして殴る。

障壁を素通りしたそれは、黒ローブを一歩だけ後ろに退かせた。

けど・・・。

 

 

「・・・素晴らしい力だ」

「ぐっ・・・てめぇ!」

 

 

黒ローブは、片手で俺らの拳と刀を受け止めとった。

片手で相殺!? 交差する瞬間を狙ったんか・・・!?

 

 

「真っ直ぐな感情と、狂的な剣の中に静かな愛情を感じる」

 

 

はら・・・と、顔を覆ってたフードが風圧で落ちる。

赤い髪の、若い優男やった。

一見、熱血そうな印象やけど・・・目や。

目が。

 

 

「人間は、やはり素晴らしいな」

 

 

とても、澄み切った目やった。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

ドンッ・・・!

小太郎と月詠の技の衝撃が、ゲートポート全体を揺らした。

しかし、衝撃で吹き飛ばされたのは小太郎と月詠の方だった。

 

 

「いかんっ・・・鈴吹殿、千草殿を頼む!」

「う、うっス!」

 

 

千草の傷口を素早く影で止血していたカゲタロウとか言う奴が、関西呪術協会の部下に千草を預けて飛び出した。

 

 

「『百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンブラエ)』!!」

 

 

カゲタロウの片腕が100本の影の槍に分かれて、黒ローブの男に放たれる。

しかしそれは、1本も当たらない。

逆に、黒ローブに触れた瞬間・・・。

 

 

カシャア・・・ンッ、と音を立てて、全ての槍が砕けて消えた。

何が起こったのか、わからない。

だがカゲタロウは、最初から黒ローブを倒す気は無かったのだろう、躊躇なく跳んだ。

気を失い、ゲートポートから地表へと落下していく小太郎と月詠の2人を空中で掴んだ。

 

 

「ぬぅううおおおおおぉぉぉ・・・っ!!」

 

 

そのまま2人を安全圏に運ぶ意味もあるのだろう、下へと落ちて行った。

しかし、私にはそんな彼らを気にしている余裕は無かった。

 

 

「やはり、人間は素晴らしいな」

 

 

ふざけたことを落ち着いた声で話す、その男。

フードを下ろし、素顔を晒しているその男から、私は目を離すことができない。

 

 

赤い髪、精悍な顔つき。

身体中から放つ魔力の感じは、15年前とはまるで違うが。

アレは・・・あいつは。

 

 

「・・・ナギ・・・?」

「うん・・・ああ、お前は」

 

 

間違い無い、ナギだ。

だが、何故、ここでナギが出てくる?

ゲートから出てきたのは奴一人、となれば奴は造物主・・・。

 

 

「・・・幻術か」

 

 

今までの情報から考えて、ここでナギが出てくるわけがない。

ならば、コレは幻術だ。だが、いつの間に術に嵌まった・・・?

 

 

「いいや、本物だよキティ」

 

 

その男・・・ナギの姿をした男は、穏やかに微笑んだ。

澄み切った目だ・・・とても純粋で、邪気一つ感じない。

ナギの顔で微笑まれると、少し胸が痛む。

15年前、わずかな日々を共にした記憶。

・・・まぁ、ほとんど相手にされていなかったわけだが。

 

 

そして同時に、コイツは本物の「ナギ」では無いと確信する。

あいつは、そんな声音で私を「キティ」とは呼ばなかった。

 

 

「お前は・・・誰だ?」

 

 

片手で周囲の兵に下がるように指示を出す。

関西の連中を安全圏にまで出さねばならん・・・私を庇ってくれた千草を含めて。

千草の傷は浅く無いが、『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』の連中なら何とかするだろう。

それに・・・傍にいられると私の魔法に巻き込んでしまうかもしれない。

 

 

どう言うわけか竦んでしまう身体を叱咤して、私はナギの前に立つ。

相変わらず、穏やかな顔をするナギの前に。

ナギの姿をした、男の前に。

 

 

「・・・お前は美しいな、キティ」

「・・・あ?」

「600年前と変わらない・・・いや、さらに強大に、より美しくなった」

 

 

600年前・・・?

 

 

「お前を選んで良かった」

 

 

ニコリ、と微笑むナギ。

何だ、何の話・・・。

 

 

「将来を見込んで、不死を与えて正解だった。何しろ、他の者は滅びてしまったから」

「・・・不死を、与えた?」

「肉体を一つ失うハメになったが・・・今のお前の仕上がりを見れば、報われたと言う物だ」

 

 

600年前・・・不死・・・肉体を失う。

 

 

「血縁と・・・そして完璧な肉体。器としてこれ以上の物は無い」

「・・・貴様、まさか・・・?」

「不滅の肉体・・・素晴らしい」

 

 

600年前、私を吸血鬼に変えた男!!

だが、殺したはずだ・・・確かにこの手で。

それが何故、ナギの身体を使っている?

わからんが・・・ただ。

 

 

「・・・貴様を殺す!!」

 

 

全身から、魔力を放出させる。

ビリビリと空気が震え、床が罅割れて行く。

 

 

「マクダウェル殿!」

「スコルツェニー! 全員を下がらせろ・・・・・・私の理性が残っている内にだ!!」

 

 

ナギだけを視界に入れて、叫ぶ。

叫んだ直後、私はすでに動いていた。

もう、身体は竦まない。

それどころか、胸の内から湧き上がるドス黒い感情が、私を突き動かしてくれる。

 

 

無論、それに飲み込まれるようなヘマはしない。

受け入れて、飼い慣らして・・・叩きつける。

 

 

それだけだ!!

 

 

 

 

 

Side 造物主(ライフメイカー)

 

もう、何年前になるかな。

あの男、ナギ・スプリングフィールド。

あの愉快な男が私の所に来て、戦いを挑んできたのは何年前の話かな。

 

 

結論から言えば、10年前の時点で私は負けてしまった。

いや、よもや旧世界に飛ばされて封印されるとは思わなかった。

まぁ、長生きするとああ言うこともある。

今も、ナギ・スプリングフィールドの身体を仮の物として使わせてもらっているが・・・完璧に支配しているとは言えない。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 

 

それにしても、しばらく見ない内に魔法世界の危機も一段と進行したらしい。

一刻も早く、規模を拡大する必要がある。

 

 

だが、今回は規模の拡大などと言うことはしない。

全ての人々を『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に封じ込め、永遠の安寧を与える。

そうなればもう、同胞が相争う姿を見ずに済むようになる。

 

 

来れ氷精(ウェニアント・スピーリウス)闇の精(グラチアーレス・オブスクーランテース)闇を従え(クム・オブスクラティオーニ)吹雪け(フレット・テンペスタース)常世の氷雪(ニウァーリス)!」

 

 

さぁ行こう、これまでの世界に終わりを告げるために。

さぁ行こう、これからの世界に始まりを告げるために。

 

 

そして、救うのだ。

全てを救うのだ。

愛すべき同胞が、もう苦しむことの無い世界を創るのだ。

全ての者が祝福を受けられる世界を創るのだ。

 

 

「『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』!!」

 

 

放たれたのは、氷属性の中級攻撃魔法。

闇色の吹雪が、私に向けて直進してくる。

私はそれに対して、特に何もしない。

片手を掲げて、触れるだけだ。

 

 

「<リライト>」

 

 

本来、『リライト』は魔法世界人を『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に送るための術。

しかし私の『リライト』・・・オリジナルの<リライト>は、少しばかり違う。

<世界の始まりと終わりの魔法>。

 

 

始まりは、<魔法>を創り出すための力だった。

そして終わりは、<魔法>を消し去るための力。

つまり。

 

 

「なっ・・・!」

 

 

カシャアァ・・・ンッ。

ガラスが砕けるような音を立てて、『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』が消える。

この一撃に限った話では無い。

 

 

今、この世界から『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』と言う魔法は消えた。

おそらく、キティはさっき自分が放った魔法のことを思い出せないだろう。

この世から、無かったことになったのだから。

 

 

「・・・お前は気高く美しい、キティ」

 

 

600年前、私は彼女を見つけた。

不滅の研究を進める過程で、彼女を見初めた。

だから不死を与えた。

だから彼女を傷つけてしまわないよう、殺されてあげた。

 

 

そして今、彼女は美しく成長した姿を私に見せてくれている。

本当に、美しい。

 

 

 

 

私の月の女神(シンシア)の新しい肉体に、ふさわしい。

 

 

 

 

そして私は解き放つ。

20年前、<紅き翼(アラルブラ)>の過半を行動不能に至らしめた攻撃を放つ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「えっと、コレで良いですか・・・?」

「うん」

 

 

表情を変えずに頷くフェイトさんに、私はホッと胸を撫で下ろします。

私達の目の前には、明日菜さんの後ろ・・・所定の位置に設置された<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>があります。

 

 

何でも、<黄昏の姫御子>と<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が決められた位置に無い状態で『リライト』が発動すると、6700万人の「人間」が火星の荒野に投げ出されてしまうのだとか。

それは、不味いですよね。

 

 

「・・・でも、別に私を抱っこする必要は無いのでは・・・」

「・・・?」

「いえ・・・何でも無いです」

 

 

最近、フェイトさんの攻勢に慣れてきた私です。

・・・コレを普通に感じるようになったら、どうしましょう。

背中と膝の裏に感じる手の感触と、無意味に近い顔。

まぁ、この何にもわかって無い天然な顔を見ていると、気にしてる自分がバカみたいに感じるわけですが。

 

 

「・・・何か、心配事?」

「へ?」

「あまり、僕を見ない」

 

 

・・・まさか、フェイトさんから「いいから、僕を見ろ」的な発言が出るとは。

いえ、たぶん俯きがちだと言いたいのでしょうけど。

ふふ、あまり深く考えてはいけませんよ私・・・。

 

 

まぁ、実際に心配事と言うか、気になることが一つあるのですが。

懐から、3枚のパクティオーカードを取り出します。

1枚は、私が映ってるエヴァさんとの契約カードです。

 

 

「・・・何か?」

「別に」

 

 

何故か、フェイトさんがジーっと見ていたような気がしました。

・・・まぁ、気のせいですかね。

 

 

そして、残りの2枚。

1枚は、はるかな未来の生徒が置いて行ったカード。

契約者の名は、超鈴音。

こちらは、超さんがいなくなってしまってから、「死んで」います。

 

 

問題は、もう1枚のカード。

私とさよさんのカード。

あるべき数字と文字が、ありません。

ただ、「死んだ」わけでもなさそうなのです。

魔力のラインは繋がったままですし・・・。

何と言うか、肉体は死んでるけど魂は残ってる、みたいな。

・・・我ながら、嫌に具体的な予想ですね。

 

 

とにかく、心配です。

でも今は、どうすることもできません・・・。

 

 

『・・・アリア』

 

 

その時、エヴァさんの声が頭に響きました。

あ・・・念話、念話ですか?

 

 

「は、はいっ、何でしょうかエヴァさん」

 

 

特にやましいことは無いのですが、少し声が上ずりました。

 

 

『・・・何だ、若造(フェイト)と手でも繋いでいるのか?』

「・・・・・・まさかぁ」

 

 

微妙に鋭いですね。

カードの向こうで、エヴァさんがフッ、と笑ったような気がします。

・・・?

何でしょう、様子が・・・。

 

 

『そうか・・・』

「・・・エヴァさん? 何か問題でも・・・?」

『・・・いや、何も問題は無い。お前は何も気にしなくていい』

「・・・エヴァさん?」

 

 

明らかに、様子が変です。

 

 

『アリア』

「あ、はい」

『いざという時は茶々丸を頼れ、アレは私よりもよほど役に立つ』

「・・・」

『別荘の蔵の中身だが、お前にやろう。好きに使え』

 

 

・・・エヴァさん?

 

 

 

      『アリア』

 

 

 

エヴァ、さん?

 

 

 

 

      『あぃ・・・・・・まぁ、元気で暮らせ』

 

 

 

 

・・・え?

念話が、切れました。

 

 

「・・・エヴァ、さん・・・?」

 

 

次の瞬間、ゲートポートの方向から。

何かが砕けるような音が、響き渡りました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

血の混じった唾を吐き、再生しかけている身体を無理矢理に起こす。

・・・なかなかに、重い一撃だった。

こちらの魔法は通用しないのに、あちらの魔法はこっちの障壁を無視して来るのだからな。

まぁ、だからと言って文句は言わんよ。

 

 

ようは、負けた側が悪いのだからな。

私は今、ゲートポートからかなり離れた浮き島の一つにいる。

かなり、吹き飛ばされたな・・・。

 

 

「・・・ま、らしくも無い念話をする時間はできたわけだが」

 

 

手元のアリアとの仮契約カードに視線を落として、笑う。

本当に、らしくも無い・・・私は最強の魔法使い。

誰にも負けない、<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>だ。

茶々丸の、チャチャゼロの、アリアの、さよの、バカ鬼の、晴明の、田中の。

うちで一番強い、一番、負けてはならない存在が私だ。

 

 

「本当に、人間は素晴らしいな・・・」

「・・・リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 

 

前衛がいれば、とは言うまい。

アリアのために、一人でも多くの仲間を残してやったとでも思えば良い。

 

 

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)

「・・・人間は凶暴で、愚かで脆い」

来れ(エピゲネーテートー)、『とこしえのやみ(タイオーニオンエレボス)』、『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)』」

「けれど、とても美しい・・・誰かのために何かができる・・・それが人間」

 

 

何百年ぶりだろうな、この技法を使うのは。

放出系統の魔法は通じん可能性が高い、となると、コレしかあるまい。

純粋に、貫く。

 

 

全ての(パーサイス)命ある者に(ゾーアイス)等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は安らぎ也(ホス・アタラクシア)

「だから私は、この世界に生きる全ての人々を救う」

 

 

勝手に救え、私は知らん。

パキンッ・・・拳を握りこむと、氷結化した身体が乾いた音を立てる。

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)>。

私が10年かけて編みだした、私だけの固有技法。

私以外に、使い手はいない。

さよやアリアに、この技を教えるつもりは無い。

人間が使って良い物では、無いから。

 

 

「ああ・・・その力に辿り着いたのか。本当に素晴らしい」

「『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』」

 

 

解放(エーミッタム・エト)固定(・スタグネット)

掌握(コンプレクシオー)・・・!

 

 

・・・・・・行く!!

 

 

術式兵装(ブロ・アルマティオーネ)―――――――『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)』!!」

「<リライト>」

 

 

瞬動で直進、右拳!

今まで障壁で防いでいた攻撃を、奴は自分の手で防いだ。

パキャキャキャアアァンッ・・・と、奴の背後の地面が氷結する。

 

 

私の身体は今、言ってしまえば氷結された魔力の塊だ。

動くだけで、周囲の空間を氷結させる。

 

 

青い魔力を纏う私の拳と、ナギの影響を受けているのか知らんが赤い魔力を纏った奴の拳が高速で交錯する。

凍りつくのと同じ速度で、溶かされていく。

だが、通じる! ダメージを通せる! 無効化されない!

ならば、奴が倒れるまで攻撃をやめない!!

 

 

「・・・っ!」

 

 

ピシッ、と奴の攻撃を掠めた部分の肌が罅割れる。

その代わり、周辺150フィートは私専用の戦闘空間だ。

本当なら、相手は数秒で動けなくなる程の環境なのだがな・・・!

イメージとしては、ブリザードの中で戦っているような物だ。

この空間内では、上級以下の氷結魔法を無詠唱で行使し続けることができる。

 

 

交錯する拳と手刀の数が、10、100、1000・・・と増えて行く。

最後には、数える気も失せてきた。

 

 

「・・・くぁっ!」

 

 

ギィンッ・・・と互いの身体が衝撃で離れる。

次の瞬間には体勢を整え、互いの身体の位置を微妙に変える。

 

 

そこからさらに、先程までの攻防が繰り返される。

私の氷結の拳が奴の身体を捉えるのが先か、それとも私の身体に<リライト>が届くのが先か。

まさしく、消耗戦だった。

 

 

だが、負けるわけにはいかない。

こんなバケモノ、後に残して負けるわけにはいかない。

 

 

その時、私の足場が崩れた。

 

 

足を止めて攻防を繰り広げていたためか、地面が凍りついて脆くなっていた。

足元にできた穴に足を取られて、ガクンッ、とバランスを崩す。

 

 

「<リライト>」

 

 

当然のように、その隙をつかれた。

ビシッ、と私の肉体に装填された『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』が失われていくのを感じる。

どう言う原理かは、全くわからん、わからんが・・・。

 

 

負け・・・。

 

 

『マスター』『ゴシュジン』

 

 

ち、少し前までは従順な従者だったと言うのに。

 

 

『吸血鬼ーっ』『エヴァさーんっ』『西洋の鬼・・・言いにくいのぅ』『姉上ノマスター』

 

 

やかましい、もう少しセンスのある呼び名を見つけろ。

 

 

『エヴァさんっ!』

 

 

踏み止まる。

まだ、行ける。

負ける? 誰が? 私が?

違う、負けることは、許されない!

 

 

「う、ぬ、うぅぅうあああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

バリンッ!

術式兵装が剥ぎ落ちて、生身の私が<リライト>を突き破って飛び出す。

無理に剥がされたため、肌が捲り上がり、血が噴き出す。

しかし、それでも。

 

 

私の拳が、奴の腹に届く。

ナギの身体らしいが、構ってはいられない。

全力で・・・振り抜いた。

 

 

確かな手応えを、感じた。

 

 

 

 

 

 

 

5分程、しただろうか。

別の浮き島まで吹き飛ばされた奴の所に、ようやく辿り着いた。

何せ、私の身体もかなり損傷したため、ダメージの回復に少し時間がかかってしまったから。

 

 

「・・・何が、お前をそこまで高めたのだろうな」

 

 

奴は、普通に生きていた。

とはいえ、立てないのか・・・瓦礫に背を預けて、澄んだ目で私を見ている。

・・・全身骨折って所か、良く喋れるな。

 

 

「何分、この身体自体は不死でも不滅でも無いからな」

「はん・・・まぁ、貴様の事情は知らん」

 

 

ぐいっ・・・とローブを掴んで、引き寄せる。

実は私もかなり限界だが、そこは悟らせない。

 

 

「答えろ・・・貴様、600年前に私が殺した奴か? ナギに何をした?」

「・・・」

「む、おい、どうした・・・む?」

 

 

気絶したのか、奴が目を閉じていた。

仕方が無いな・・・適当に縛って、放るか。

・・・しかし、本当にナギの身体なのか・・・とすると、このナギは生きているのか死んでいるのか。

・・・まぁ、後で考えるか。

 

 

手を離そうとした、その瞬間・・・・・・ズルリ、とローブが私の身体に取りついた。

 

 

「な!?」

 

 

黒いローブが、私の身体を覆う。

ちょうど、ナギの身体を覆っていたように。

 

 

「な・・・離れ・・・!」

 

 

外そうともがくが、外れない。

むしろ、もがくほど私の身体を締め上げてくる。

まるで、己の意思を持っているかのように。

・・・意思? まさ、か・・・!

 

 

「・・・ぐ!?」

 

 

瞬間、<造物主(ライフメイカー)>の感情が流れ込んできた。

<造物主(ライフメイカー)>の記憶が、情報が、頭の中に流れ込んできた。

他者に侵入される感覚。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>は、酷く疲れている。

<造物主(ライフメイカー)>は、酷く疲れているのだ。

それでも、世界を守るために。

愛すべき人々を、絶望から救うために。

 

 

「やめろ・・・」

 

 

この世界が壊れないように。

愛すべき世界が、人々が、決定的なまでに壊れてしまわないように。

永遠を。

 

 

「やめろ、私の・・・!」

 

 

完全なる・・・世界を。

 

 

「私の中に這入(はい)ってくるなああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

絶望から、全てを救うために。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主(アマテル)

 

階段を下りる足を止めて、空を見る。

暗い、昏い、空を見上げる。

 

 

「・・・帰ったか、我が夫(つま)」

 

 

魔法世界では、<造物主(ライフメイカー)>に勝てる者は存在せんだろうな。

あの封印も、旧世界だからこそ成功したわけじゃしな。

さて・・・ナギ・スプリングフィールドは10年間で<造物主(ライフメイカー)>を説得できたのかの。

 

 

・・・無理じゃろうなぁ。

2600年の積み重ねを、10年や20年で変えられるわけも無し。

そうなると、かなり不味い展開になるやもしれんな。

 

 

「アマテルさーんっ!」

「・・・む?」

 

 

振り向くと、赤毛の末裔が若い黒髪の娘を連れて、私の後をついて来ておった。

・・・勝手についてきて、大丈夫なのかの?

娘の方が怒るのでは、とも思うが、まぁ、良いかの。

私にとっては、どちらも子供・・・孫? まぁ、可愛い子孫じゃしな。

 

 

「何か用かの、ネギ?」

「いえ、その・・・まだまだお聞きしたいことがたくさん、あって・・・」

「ふん・・・それは良いが、上におらんでも良いのか?」

「上は・・・僕はちょっと、居づらいので・・・」

 

 

・・・表情が暗いの。

まぁ、複雑なようでそうでも無い事情でもあるのじゃろ。

 

 

「・・・じゃが、父親が来るぞ?」

「え・・・?」

 

 

正確には、ナギ・スプリングフィールドでは無いかもしれんが。

<造物主(ライフメイカー)>と一体化しておるはずじゃしな。

まぁ、ナギの場合は自分から取り込まれに行った部分があるが。

 

 

私やシンシアと同じように、<造物主(ライフメイカー)>ももはや自分の身体を持ってはいない。

身体から身体へ移動する・・・そんな存在じゃ。

周囲の魔力を糧に、自分を魔法化しておるのじゃ。

基本的には、同意無しに宿主を変えたりはせんが・・・。

 

 

「父親・・・父さんのことですか!?」

「それ以外に聞こえたのじゃとしたら、私の言い方が悪いのじゃろうな」

「父さんが・・・どこに行けば会えますか!?」

「うん? そうじゃの、ゲートポートに行けば・・・」

「ありがとうございます! アマテルさん! のどかさん、行きましょう!」

「あ・・・ね、ネギせんせー!」

 

 

・・・行ってしまったか。

私に聞きたいこととは、何だったのかの。

 

 

肩を竦めて、私は再び階段を降り始める。

<初代女王の墓>への道を、降り始める。

次に、誰が私の墓へ来るのかはわからない。

次に、誰が私の墓へ来るかで、この世界の未来も決まるだろう。

 

 

「・・・我が夫(つま)か、それとも我が末裔(しそん)か・・・」

 

 

私には、<造物主(ライフメイカー)>は止められない。

止める側に立つには、私は<造物主(ライフメイカー)>の傍にいすぎた。

紅き翼(アラルブラ)>のような生き方は、私にはできない。

生き方を変えるには、長く生き過ぎた。

 

 

だから。

 

 

「私は、待っている」

 

 

どちらを?

・・・長く生きていても、わからないことはある。

いや、わかりたくないことが・・・ある物じゃよ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>と<黄昏の姫御子>は、所定の位置にある。

『リライト』を発動する分には、コレで問題は無いと思う。

 

 

後はゲートポートでの作戦の終了後、6(セクストゥム)が旧世界との繋がりを断つ。

そして『リライト』を発動後、アリアと僕、ネギ・スプリングフィールドの3人で<初代女王の墓>へ向かう。

・・・墓所の主の姿が見えないけど・・・隠れるつもりが無いのか、自分の魔力の残滓を足跡のように残している。

 

 

「アリア先生!」

「茶々丸さん! 真名さん・・・皆も、無事でしたか?」

「弾代を徴収せずには、死ねないからね」

 

 

アリアを祭壇の床に下ろした時、緑の髪の少女人形が祭壇に到着した。

その後ろには、半魔族(ハーフ)の少女と、個性的なアリアの部下達がいる。

まぁ、戦力の補給にはなるのかな。

 

 

・・・だが、ゲートポートからの連絡が無い。

連絡が無いと言うことは、作戦を継続中か、それとも連絡できない事態になったか・・・?

 

 

「・・・面白くないね」

 

 

アリアも気にしているようだし、僕が見に行こうか。

いや、だがエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがいるんだ、滅多なことでは・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

何だ・・・今、一瞬。

核が・・・。

 

 

3(テルティウム)

 

 

頭の中にその「声」が響いた瞬間、「核」を掴まれたかのような感覚を覚えた。

ガクンッ、と膝をつく。

それに驚いたのか、アリアが僕の傍までやってくる。

 

 

3(テルティウム)

 

 

来た、確実に来たと断言できる。

僕の製造者、「主(マスター)」。

<造物主(ライフメイカー)>。

 

 

「ぐ・・・っ!」

「ふぇ、フェイトさん・・・?」

 

 

アリアがしゃがみ込んで、僕の顔を覗き込んでくる。

心配そうに顔を歪めて、アリアが僕を見ている。

 

 

次の瞬間、頭上に巨大な魔力を感じた。

反射的に、アリアを突き飛ばす。

緑の髪の少女人形・・・茶々丸が、アリアを抱き止めてさらに離れる。

それで、良い。

 

 

「・・・っ」

 

 

頭上に障壁を展開した次の瞬間、黒い衝撃が障壁を襲った。

直上方向から・・・。

だけど僕の障壁は耐え切れずに、砕ける。

 

 

僕の身体が、祭壇の下方・・・地上へと向けて落下する。

ぐ・・・呼んでおいて、この仕打ちかい!

 

 

「フェイトさんっっ!!」

 

 

アリアの悲痛な声が耳を打つ。

・・・すぐに、戻・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「フェイトさんっっ!!」

「アリア先生、危険です!」

「崩れるぞ!」

 

 

茶々丸さんに抱えられて、後ろに下がります。

そして真名さんの警告通り、祭壇の床が4分の1ほど崩れていきました。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>と明日菜さんは無事です。

でも、フェイトさんの他にも何人か・・・!

 

 

感情的なことを抜きにしても、フェイトさんがいないと鍵が使えません。

鍵が使えないと、<初代女王の墓>に行っても意味がありません。

 

 

「・・・茶々丸さん、エヴァさんと連絡、できますか・・・?」

「・・・いえ、通信は途絶しています」

「そうですか・・・」

 

 

さっきの念話でも、様子が変でした。

さらに言えば、ゲートポートからの連絡がまだです。

何かあったと見て、間違いありません。

 

 

「真名さん、こことゲートポート、比重をどちらに向けるべきだと思いますか?」

「・・・今ついたばかりだから、わからない」

「そうですか・・・」

「だけど、もしゲートポートに援軍を送るなら最大戦力を送るべきだろう。兵力の逐次投入は避けたい」

「・・・ですね」

 

 

難しい所ですね、どうしましょうか・・・。

いえ、それ以前に今の攻撃魔法がどこから、誰が放った物かがわかりません。

となると、敵はまだ近くにいると考えて良いでしょう。

 

 

「シャオリーさん!」

「は、ここに」

 

 

私が呼ぶと、すぐにシャオリーさんがやってきます。

呼ぶとすぐに来てくれるので、ありがたいです。

 

 

「ゲートポート部隊との連絡を取ってください。それと索敵の指揮を」

仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!」

 

 

すぐにシャオリーさんは近衛の何人かに声をかけて、慌ただしく動き始めました。

・・・結論から言えば、索敵の必要はありませんでした。

 

 

まず、パシンッ、と雷が落ちたみたいな音を立てて、一人の男の子が祭壇の端の柱の上に降り立ちました。

何か、全身から電気を放ってらっしゃいます。

・・・とても、フェイトさんに似た顔立ちをしておりました。

 

 

「・・・5(クゥィントゥム)、召喚に従い、推参」

 

 

いえ、呼んでないです、ごめんなさい・・・。

とか思っていたら、反対側の柱の先に炎が灯り、同じくフェイトさんそっくりな男の子が。

若干、目つき悪いです。

 

 

4(クゥァルトゥム)、召喚に従い推参」

 

 

ラテン語で・・・4番目と、5番目?

・・・セクストゥムさんと同じ要領で考えると、フェイトさんの弟さん達でしょうか。

 

 

「・・・ふむ、鍵も姫御子も揃っているな」

 

 

ふわり、と黒いローブを纏った小柄な人影が、降りてきました。

トンッ、と柱に降り立ったその人の顔が、『リライト』のかすかな光で照らされます。

 

 

「・・・え?」

 

 

いや・・・いやいやいや、無いです、コレは、無いです。

いや、だって・・・ええ?

 

 

「・・・さて、では・・・」

 

 

思い出すのは、さっきの念話。

一方的に繋がって、一方的に切れた念話。

 

 

その人は、穏やかに笑いました。

とても綺麗な・・・澄んだ瞳で、言います。

 

 

「世界を、救おうか」

『元気で暮らせ』

 

 

2つの言葉が、重なって聞こえます。

その人・・・エヴァさんは私を見つめると、ニコリ、と微笑みを浮かべました。

 

 

 

 

・・・いろいろな意味で、ヤバいです。

シンシア姉様―――――――。

 




アリア:
アリアです。
・・・どうしましょう。
いえ、その・・・本当、どうしましょう。
かなり、混乱しています。


・・・次回。
私、久々の実戦です・・・。


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第28話「戦いの中で」

Side シャオリー

 

女王陛下の命を受け、ゲートポート部隊との連絡を取ろうとした直後。

祭壇に、巨大な魔力の塊が出現した。

背筋に冷たい物が走り、背後を確認しようとした時。

 

 

「全員、伏せてください・・・!!」

 

 

視覚で確認するよりも先に、聴覚が女王陛下の声を捉えた。

そして自分の思考よりも先に、身体が反応する。

伏せた瞬間、凄まじい衝撃が頭上を通り過ぎて行った。

黒い熱波と共に、悲鳴が響き渡る。

 

 

顔を上げると、仲間の兵が何人も倒れ、亜人の身体が花弁のように散っていた。

不謹慎だが、本能よりも忠誠心を置いた方が助かることもあるのだと再確認した。

 

 

「な、何だ、何が起こった!?」

 

 

私がそう叫んだ次の瞬間、二撃目が来た。

二回目の衝撃は、一度目のそれよりは緩やかな衝撃だったような気がした。

 

 

「ぐ・・・ぬぉっ!?」

 

 

衝撃に耐えて顔を上げた直後、数センチの距離の所にギザギザの刃のついた機械のような物が刺さった。

数センチズレていれば、私の頭を貫く・・・いや、砕いていただろう。

次いで、70歳前後と思われる人間の男が私の傍に倒れた。

さらに続いて、私の目の前に刺さっているのと同じような物を持っている兵士達が数名、ドシャッ・・・と落ちてきた。

 

 

こんな奇妙な武器を使う連中は、近衛や親衛隊の中でも一つしかない。

 

 

「ば・・・バカな、南洋のナイトデビルと呼ばれた、このワシが一撃じゃと・・・!」

「わ、我々の、チェーンソー殺法が通じないだなんて・・・!?」

「し、信じられない・・・こんなコトが・・・っ」

 

 

親衛隊、第18部隊「テキサス・チェーンソー」。

隊員が使う技は良く分からないが、精強な部隊として知られていた。

 

 

「て・・・テッシン殿!? コレは一体・・・!?」

「おお、シャオリー殿であるか・・・ぐふっ」

 

 

慌てて助け起こすと、屈強な身体を持つ歴戦の老兵は、苦しげな声を上げた。

 

 

「不覚・・・敵の親玉の攻撃から陛下をお守り参らせようとしたのじゃが、この様よ・・・」

「て・・・テッシン殿! 誰にやられたのですか・・・!?」

「そ、それは・・・!」

 

 

テッシン殿は、くわっと両目を見開いた。

 

 

「それは・・・言えぬ・・・!」

「な、何故です!?」

「・・・この柳山鉄心、女王陛下の不利益になるようなことは・・・言えぬ!」

 

 

そう言って、テッシン殿は気を失った。

自分達を倒した者の名を言うことが、女王陛下の不利益になるとは・・・?

い、いったい、何が起こっているのだ。

 

 

「・・・『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』! 衛生兵! すぐに来てくれ!」

 

 

ともかく、状況を把握しなければ。

陛下は、女王陛下はご無事なのか・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「さぁ・・・世界を救おうか」

 

 

エヴァさんがそう呟いた瞬間、エヴァさんの周囲に膨大な魔力が発生しました。

エヴァさんの物とは違う、しかし同じくらいに深みのある魔力。

右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視たその構成から、広範囲攻撃魔法であると知ります。

 

 

「全員、伏せてください・・・!!」

 

 

周りの人達に注意を促した後、私はエヴァさんとの仮契約カードを取り出し、『千の魔法』を手に。

ページをめくって・・・防御します。

 

 

「『千の魔法』№71、『減衰防壁』!」

 

 

この魔法は、私の周囲の空間を魔法の効果が働いていない空間と”相似”させることによって、あらゆる魔法攻撃を打ち消す防御壁を作り出します。

本来であれば、あらゆる魔法を打ち消してくれるのですが・・・すり抜けました。

防ぐこと無く、エヴァさんの放った魔法がこちらへ・・・!

 

 

「きゃっ・・・!」

「アリア先生!」

 

 

がばっ、と茶々丸さんに抱き締められて、床に引き倒されました。

私の上に、茶々丸さんが・・・。

 

 

衝撃。

 

 

魔力の塊が、頭上を通り過ぎて行くかのような感覚。

風圧が凄くて、目を開けていられないくらいです。

 

 

「・・・ダメ!」

 

 

次に目を開けた時、チェーンソーを振り上げた兵士の方々がエヴァさんに斬りかかっていました。

どう言う意味で「ダメ」と言ったのかは、私にもわかりません。

私の言葉のためか、それともフードの中の顔を見たからかはわかりませんが、チェーンソー部隊・・・「テキサス・チェーンソー」の方々の動きが一瞬、止まります。

 

 

再び、衝撃。

 

 

周囲の兵の人達が、吹き飛ばされました。

思わず、悲鳴を上げそうになります。

私の、せいだ・・・!

 

 

「・・・アリア先生、お怪我は!?」

「だ、大丈夫です、けど・・・!」

「ふむ、コレはどう言うことであろうな」

 

 

目の前。

目の前に、黒いローブに身を包んだエヴァさんが立っていました。

 

 

茶々丸さんが床に膝をついた体勢で、私を背に庇うようにしています。

しかし、ある意味で戸惑いは私以上でしょう。

目の前で、まるで初めて私達を見たかのような表情をするエヴァさん。

エヴァさんは、不思議そうに首を傾げて、私達・・・いえ、私を見ていました。

 

 

「・・・そこの娘から、月の女神(シンシア)の匂いがする」

 

 

シンシア・・・シンシア姉様?

姉様の・・・匂い?

 

 

「お前は、何だ。何故、お前がシンシアの魂を持っている?」

「マスター・・・ですか?」

「ふむ・・・我が妻、太陽の女神(アマテル)はまた墓か・・・?」

 

 

茶々丸さんの問いかけにも、エヴァさんは答えません。

何かを思案するような仕草を見せた後、エヴァさんは私を見下ろしました。

それから感情の見えない、空虚な笑みを浮かべて、言いました。

 

 

「まぁ、胸を開いて・・・直接、見た方が早かろう」

 

 

ギシッ・・・何かが軋むような音を立てて、空気が張り詰めます。

・・・誰ですか。

この人は、エヴァさんだけどエヴァさんじゃありません。

 

 

エヴァさんの姿をしたその人が、私に手を向けた瞬間。

胸の奥で、何かがザワめくのを感じました。

切なくて、苦しくて・・・怖い。

左眼が、疼く。

 

 

「い・・・」

 

 

何かを言おうとした、その時。

シュドドドドドッ、と白い刀が複数、私とエヴァさんの間に突き刺さりました。

 

 

「・・・陛下に触んなゴルゥァアッ!!」

 

 

白い着物と般若の仮面を纏った親衛隊の副長さんと、隊員の方々が少し離れた位置に見えました。

先の一撃で吹き飛ばされたからか、どことなく土埃で汚れています。

 

 

「・・・ここは、騒がしいな」

 

 

直後、エヴァさんと私の足元にだけ、魔法陣が展開されました。

この構成・・・転移!?

 

 

「マスター・・・アリア先生!?」

 

 

 

茶々丸さんの声が耳に届いた時には、すでに転移は終了していました。

 

 

 

・・・ここは、どこでしょう?

廃墟のようですが・・・水の無い噴水・・・広場ですかね・・・?

 

 

「覚えているか、月の女神(シンシア)

「・・・!」

 

 

崩れた建物の上に、いました。

黒いローブの、様子のおかしいエヴァさんが。

 

 

「ここはオスティアの市街地。私とアマテル、そしてお前の3人で基礎を設計した場所だ」

 

 

オスティア・・・?

おそらくは、旧オスティアの市街地でしょうか。

だとすれば、不味いですね。

ゲートポートを挟んで、「墓守り人の宮殿」の反対側です。

 

 

皆からかなり、離れてしまいました。

さっきのエヴァさんの台詞から考えると、かなりヤバい気がします。

 

 

「・・・お前は誰だ。何故、月の女神(シンシア)は私に応えない・・・?」

 

 

フ・・・と私の目前に降りてきたエヴァさんは、首を傾げながら言います。

正直、意味がわかりません。

 

 

「・・・貴女は、誰ですか。エヴァさんに何をしたのですか・・・!」

「・・・私か? 私はこの世界の創造主・・・」

 

 

ライフメイカー。

 

 

・・・エヴァさんの身体で、でも別の人の名前。

これは・・・思ったよりもかなり、不味い状況のようです。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

ぐ・・・あ、危なかったよ、今のは。

片手で祭壇の床からブラ下がっている体勢で、私はそう思った。

何人かの兵は落ちたようだから、運が良いのか悪いのか、微妙な所だけど。

 

 

「マスター・・・アリア先生!?」

 

 

どうにか身体を上に戻した時、茶々丸の悲鳴のような声が聞こえた。

次いで転移の気配、見てみれば・・・黒ローブとアリア先生がどこかに転移した所だった。

黒ローブが転移したことで、圧迫するような空気も無くなる。

追跡するかどうか、できるのかどうか思案していると。

 

 

パシッ・・・背後で、そんな音がした。

振り向くと、フェイトに良く似た少年が私の背後にいた。

確か・・・さっき、クゥィントゥムとか名乗っていたかな。

身体の節々から、電気のような物を発している。

 

 

「任務、了解」

 

 

傭兵としての勘が告げる。

かなりの、強敵だと。

 

 

「・・・目標を殲滅する」

「・・・み」

 

 

密集するな、と周囲の仲間に注意を促そうとした瞬間、その少年から雷で編まれた分身体が複数、放たれた。

私の魔眼でも捉えるのがギリギリの速度で、分身体が疾走する。

それらが周囲の兵に襲い掛かる、1秒前。

 

 

全て、撃ち抜いた。

 

 

思考するよりも速く銃を抜き、撃った。

分身体の頭が、弾ける。

だがそれは一瞬のことで、すぐに再生して仲間達を蹂躙していく。

 

 

「おいおい・・・!」

 

 

肉体を、完全に雷化している。

見るのは初めてだが・・・こんな技法があるのか、まさに本物の雷だな。

狙撃銃の弾丸が秒速1000m・・・雷の速度は秒速150km。

つまり、私が撃つよりも速く。

 

 

キュンッ、と、クゥィントゥムの身体が私の懐に入っていた。

バシンッ・・・腹部に衝撃。

 

 

「・・・!」

 

 

私に苦手な距離は無い、とは言っても。

この速度が相手ではな・・・!

 

 

と言うか、秒速150kmの打撃とか、どう避けろと?

魔眼で捉えるのが限界だぞ、ギリギリでついていけていることを褒めてほしいくらいだ。

ガンッ・・・と顎を撃ち抜かれた。

一瞬、意識が途切れかけた所に、蹴り。

 

 

「・・・ちぃっ!」

 

 

身体を後方に飛ばされつつも、両手に持った銃を撃つ。

だが、銃弾の速度では捉え切れない。

初撃で当てられたのは、相手が分身だったからだろう。

キュキュアッ、と音を立てて、私の身体を前後左右から打ち据えてくる。

 

 

「・・・ふっ」

 

 

腰の翼を動かして、空中で姿勢を固定する。

当然のように、先回りした少年に背後から攻撃される。

後ろに撃つ、かわされる。

・・・肉を切らせても、骨を断てないとはね・・・!

 

 

半魔族(ハーフ)である私を屈服させる程の重みは無いが、この手数の多さ。

厄介だね。倒されないかもしれないが、倒せもしない。

 

 

「・・・魔族か」

「半分だけね」

 

 

短く会話を交わして、数秒間、睨み合う。

そして次の瞬間には、戦闘が再開された。

 

 

・・・すまない、アリア先生。

ちょっと、助けに行けそうに無い・・・!

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

マスターとアリア先生が、消えました。

いえ、アレは本当にマスターだったのでしょうか。

肉体的には、マスターであったと断言できるのですが。

 

 

「ヤ・・・ヤバカッタゼ・・・」

「姉さん!?」

 

 

タンッ、と私の傍に着地したのは、灰銀色の狼。

その口に咥えられているのは、間違い無く姉さんです。

先程のマスターの放った一撃で、吹き飛ばされていたようです。

 

 

「・・・ゴシュジン、ドーシチマッタンダ・・・?」

「・・・わかりません」

 

 

データベースに照合しても、あのような事例は存在しません。

それでも候補を見つけるとすれば、何らかの洗脳、あるいは高位の精神体タイプの魔族に憑依されたケースに類似しています。

 

 

その場合、非常に不味い状態です。

現状、「魔法使い」としてのマスターの身体に勝利できる者は存在しません。

同時に、そのようなマスターを支配下におけるような存在に勝利できるような者も、おそらくは存在しないでしょう。

 

 

「・・・やれやれ、今度は人形や動物が相手かい」

 

 

その時、フェイトさんと魔力の波長が酷似した少年が私達の前に降り立ちました。

容姿も、髪型や目つきを除けばほぼ同じです。

確か、クゥァルトゥムさんと名乗っていましたね。

クゥァルトゥムさんは全身に炎を纏い、こちらへと近付いてきます。

 

 

不味いです。

ジリジリと距離をとりつつ、臨戦態勢をとります。

 

 

「・・・一刻も早く、マスターとアリア先生を追わねばならないのですが」

「その必要は無い、キミ達はここで消えるんだから。幸い・・・人間もいないようだしね」

 

 

私、姉さん、カムイさんの3択なら、確かに人間はいませんが。

不味いですね、おそらくはフェイトさん級の相手。

カムイさんが未知数ですが、それでも勝率は24.6%・・・。

 

 

「勝率など、考えずとも良い」

 

 

突然、私達の目の前に水の柱が発生しました。

ザザザザ・・・と渦巻いていたそれが、数秒後に飛散して消えます。

 

 

その中から現れたのは、詰襟姿の女の子。

短めの白い髪を靡かせて現れたのは、晴明さんを頭に乗せた・・・セクストゥムさんでした。

 

 

彼女は私達を背に、クゥァルトゥムさんを見据えています。

 

 

「・・・命令持続を確認、お義姉様(じょおうへいか)の障害を排除します」

 

 

抑揚の無い声で、セクストゥムさんがそう告げました。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

肉体的な強さでは、真祖の吸血鬼であるエヴァさんの身体には敵うはずも無く。

魔力保有量でも、どうやら歯が立たないようです。

さらに言えば、<造物主(ライフメイカー)>の能力はあり得ません。

アーティファクトの効果が通用しないのも、<造物主(ライフメイカー)>の能力の一つでしょうか。

 

 

こちらの攻撃が一切通用しないとわかった段階で、私は逃げにかかりました。

胸を開いて魂をどうのと、不吉なことを言われれば逃げるしかないでしょう?

しかし、結論から言えば。

 

 

「・・・あぐっ!?」

 

 

着地し損ねて、ズダンッ、と建物の屋根から地面に落ちます。

かなり痛いですが、泣き事は言ってられません。

落ちた勢いを利用して跳ね起き、王家の剣を杖代わりにして、体勢を整えます。

 

 

起きた目の前に、エヴァさん・・・いえ、<造物主(ライフメイカー)>がいました。

 

 

・・・さっきまで屋根の上にいたはずなのに。

いるはずの無い人に先回りされること程、精神的にクる物はありませんね。

 

 

「・・・お前は、普通の人間か?」

 

 

首を傾げながら、手を伸ばしてきます。

反射的に、その手を払います。

次いで大きく後ろにバックステップ、逃走を図ります。

さっきから、この繰り返しです。

どうも、今の所、直接的にダメージを入れてくる気配は・・・。

 

 

ズムッ、とお腹に重い衝撃を感じました。

<造物主(ライフメイカー)>の左拳が、突き刺さっていました。

・・・方針転換、速く無いですか・・・!?

 

 

「・・・ぁ、か!?」

 

 

次いで首筋に衝撃、意識が一瞬、途切れます。

顔が地面にぶつかる衝撃で、意識が戻ります。

そこから、先程のお腹への一撃の鈍い痛みが、脳に届きます。

 

 

吐きそうな程の鈍痛が、お腹全体に広がります。

重い・・・重い、拳。

まさに、エヴァさんの一撃です・・・!

 

 

とは言え、いつまでも寝ているわけにもいきません。

痛みを堪えて跳ね起きて、瞬動で移動・・・しようとした瞬間、<造物主(ライフメイカー)>の蹴り。

とっさに両手を交差させてガードします。

それだけで数mの距離を吹き飛ばされますが、ガードでき・・・!?

 

 

「う、ぁ・・・!?」

 

 

ギシリ、と背骨が軋みます。

背後に移動していた<造物主(ライフメイカー)>の肘が、私の背中を抉っていました。

カシャンッ、と剣を取り落とします。

そこから腕を取られ、頭を掴まれて建物の壁に叩きつけられます。

あまりの痛みに、悲鳴も上げられません。

 

 

おまけに腕が極められていて、ミシミシと音を立てています。

・・・折ら、れる・・・!

 

 

「・・・とりあえず、四肢を砕いて調べよう」

「じ・・・い、いいぃぃいぃ・・・っ!?」

 

 

ゴリ・・・と額と頬を石造りの壁に押し付けられて、呻き声と悲鳴の中間のような声を上げます。

全力で抵抗していますが、それでも少しずつ、腕が、腕・・・!

 

 

『・・・ア!』

 

 

・・・?

今、何か聞こえたような・・・。

 

 

『・・・アリア!』

 

 

・・・エヴァ、さん?

 

 

『通じたか!? 良し! オイこらアリア! 何をやってる!?』

 

 

え、何で・・・?

 

 

『仮契約カードで意識がリンク・・・いや、それは良い! 反撃しないか! 骨を砕かれるぞ!?』

 

 

カード・・・まだ、持ってる・・・?

いえ、それは後で良いですね、反撃・・・?

 

 

『逃げてばかりでは無く、攻撃しろ! 死ぬぞ!?』

「いえ、でも、エヴァさんの身体・・・」

『私の身体は不死だ! 良いからやれ、バカ!』

「・・・でも・・・!」

『いいからヤれ!』

 

 

念話・・・とは少し違う感覚、頭に響く声。

その時、<造物主(ライフメイカー)>に極められていた左腕が、ビキッ、と言う音を立てました。

折られる寸前の痛みに、反射的に「創造」します。

 

 

「・・・何と」

 

 

<造物主(ライフメイカー)>が小さく驚いたような声を上げ、数歩ほど私から距離をとります。

腕を解放された私は、壁に背中をつけつつ、左肩を擦ります。

左手には・・・刃渡り80センチ程の投擲用の剣。

魔法具、『黒鍵』が握られていました。

 

 

聖書のページで作られたとされる刀身には、複雑な紋様が描かれています。

投擲用なので、打ち合いには向きませんが・・・。

 

 

『良し・・・良いか、私に構うなよ、殺すつもりでヤれよ!』

 

 

頭に響く声。

エヴァさんが私のことを案じてくれる、声。

 

 

「・・・ますます、お前を調べたくなった」

 

 

一方で、<造物主(ライフメイカー)>から放たれる圧迫感が増しました。

それに対し、私は身体に力を込めます。

逃げる選択肢は、実行不可能です。

・・・かと言って、エヴァさんの身体を傷つけたくも、無い。

 

 

『構うなと言うに!』

「・・・いいえ!」

 

 

ぐんっ・・・と右手を握りこんで、創造します。

瞬時に、一本の刀が私の手の中に収まります。

 

 

「散りなさい・・・」

 

 

貴女を・・・助けます! エヴァさん!!

・・・取り戻す!

 

 

「『千本桜』!!」

 

 

無数の花弁が、私の視界を埋め尽くしました。

 

 

 

 

 

Side のどか

 

ネギ先生に運ばれて、ゲートポート付近を飛んでいます。

ネギ先生は麻帆良でお父さんの杖を壊してしまっているので、私に『浮遊』の魔法をかけて、手を繋いで引っ張っている格好です。

 

 

私のもう片方の手には、『いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』が握られています。

これが無いと、私はネギ先生のお役に立てませんから・・・。

 

 

「ここが、ゲートポートのはずだけど・・・」

 

 

しばらくして、私とネギ先生はゲートポートに降り立ちました。

でも、誰もいない・・・と言うか、床とか凄く壊れてる・・・。

たぶん、真ん中の大きな石がゲートだと思う。

淡く光ってるけど、少しずつ光が消えて行っています。

 

 

空に浮かんでいる麻帆良の街並みも、少しずつだけど消えて言ってるような気がします。

・・・このゲートの魔力と、比例してる・・・?

 

 

「あの・・・ネギせんせー・・・?」

 

 

ここには、誰もいないんじゃ・・・。

そう言おうとしたけど、ネギ先生は何かを感じているのか、キョロキョロとあたりを見渡しています。

・・・邪魔しちゃいけないから、待っていよー・・・。

 

 

ここ、少し寒い気がする・・・一部の床とかに氷がついてるもん。

でも、どうしてここにだけ・・・?

 

 

「・・・見つけた!」

「ふぇ?」

「のどかさん、一緒に・・・行くと危ないかもしれないので、ここで少し待っててください!」

「え、え・・・あ、はいー」

「行ってきます!」

 

 

バヒュンッ・・・と空を切って、ネギ先生が飛んで行っちゃいました。

何を見つけたのかはわからないけど、ちゃんと待ってないと・・・。

 

 

『・・・あのー・・・』

「ひえっ!?」

 

 

ぺたん、と座り込んだ所で、すぐ傍から男の人の声が聞こえました。

わ、わわわ・・・ネギせんせー!

 

 

『いえ、あの・・・そんなに驚かないでください』

「え・・・?」

 

 

また声がして、今度はよく探してみる。

すると、氷とか石の破片の下に、とても古そうな本を見つけました。

乱雑に開かれたまま放置されているそれを、私はそっと持ち上げます。

 

 

『あー・・・助かりました。魔力不足で移動できない物でして』

「ほ、本が喋ったー・・・?」

『今日び、本くらい喋りますよー』

 

 

そ、そうなのかなー・・・?

え、ええと、この本は何だろう・・・?

 

 

『ああ、申しおくれました、私・・・』

 

 

私の考えが伝わったわけでもないだろうけど、本が自己紹介を始めました。

ま、魔法世界って感じ・・・。

 

 

『私、クウネル・サンダースと申します。しがない司書をやっている者です』

 

 

く、クウネルさんって、もしかしてー・・・?

学園祭の時の・・・私は、直接は会ったこと無いですけど。

でも、どうしてここに?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

早く、早く・・・自分にそう言い聞かせるように、僕は空を飛ぶ。

いくつかの浮き島を飛び越えて、僕は目的の場所に到着しました。

まだ召喚魔とかもいるかもしれないから、のどかさんには待っていて貰いました。

 

 

目的地の浮き島には、強い魔力の痕跡がありました。

知っている魔力が2つに、知らない魔力が1つ。

知らない魔力については、この際は考えなくても良いと思う。

もう一つは、たぶんエヴァンジェリンさんのだと思う。

ここまで強い闇属性と水属性の気配は、エヴァンジェリンさん以外には残せないと思います。

 

 

問題は、もう一つの魔力。

これは痕跡じゃなくて、その物が残っています・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

この魔力、忘れられるはずが無かった。

6年前、僕はこの魔力を記憶に刻んだのだから。

 

 

「と・・・父さん!?」

 

 

赤い髪に、精悍な顔つき。

憧れて、求めて、追いかけて・・・ずっと、思い描いていた人。

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』・・・まさに、夢の中にまで見た人。

 

 

ナギ・スプリングフィールドが、僕の目の前にいました。

僕の、父さんが。

 

 

・・・どういうわけか、もの凄く怪我してるけど。

 

 

「と、父さん!? 父さん、大丈夫ですか!?」

 

 

え、ちょ、どうしてこんなことに!?

父さんを見つけただけでも凄いのに、何故か大怪我してる。

これは、いったい何がどうなって・・・!?

 

 

「・・・う・・・」

「父さん!?」

「・・・っるせぇな、誰だよ・・・つーか、目が覚めた途端に何で怪我してんだ俺・・・」

 

 

気が付いた!?

何だか、少しボーっとしてるけど、目が覚めた!

 

 

「何だコレ、全部折れてるとかありえねぇ・・・ってーか、アリカはどうした・・・あー・・・」

「父さん! 僕です、ネギです! わかりますか!?」

「あーっと、確か<造物主(ライフメイカー)>の野郎と殴り合って、それから結構長ぇ間、『幻想空間(ファンタズマゴリア)』で戦り合ってたような・・・?」

「父さん! 父さんってば!!」

「ん~・・・あー・・・「お父さん!」だあああぁぁぁっ、うっせぇんだよてめぇっっ!!」

「ぷめればっ!?」

 

 

ガスンッ、と鈍い音を立てて、殴られました。

え・・・殴られた!? 何で――――――!?

顔面から地面に落ちて、転がる僕・・・。

 

 

「うっお痛ぇ!? 腕も折れてんじゃ・・・・・・うん?」

「うぅ・・・酷いです父さん・・・」

 

 

殴られた頬を擦りながら起き上がると、父さんが僕の顔を訝しげに見つめてきました。

そのまま、じー・・・と見てきます。

それから、驚いたような顔になって。

 

 

「お前、ネギか! 何でこんな所にいんだよ?」

 

 

ええ!? 殴ってから気付いたの・・・!?

な、何と言うか、若干イメージと違う気が・・・。

 

 

 

 

Side アリア

 

「『闘(ファイト)』、『速(スピード)』、『気(オーラ)』、『力(パワー)』!」

 

 

ジャカッ、と4枚のカードを取り出し、即座に発動。

久しぶりに感じるブーストの感触、私の力と速さ、武術の習熟度が跳ね上がります。

 

 

とは言え、相手はエヴァさんです・・・中身は<造物主(ライフメイカー)>ですが。

私の『複写眼(アルファ・スティグマ)』には、エヴァさんの肉体に複雑に絡み合う何かが映っています。

アレを引き剥がさなきゃ、いけないんですよね・・・!

 

 

『だから、殺すつもりでヤれと言ってるだろうが!』

 

 

仮契約カードを通じて聞こえるエヴァさんの声。

しかし、その言葉は聞かなかったことにします。

私が、エヴァさんを殺せるはずが無いですから。

 

 

・・・私とエヴァさんの戦績は、訓練まで含めると57戦57敗・・・。

最初の1勝、ここで勝ちとります!

 

 

「『闇よ、在れ』!」

 

 

左手に『黒叡の指輪』を装備、腕を振ります。

6匹の黒い影獣が現れ、<造物主(ライフメイカー)>の周囲を高速で旋回します。

 

 

「・・・<リライト>・・・」

 

 

紡がれたのは、世界を終わらせる魔法。

次の瞬間、私の影獣は全滅しました。

・・・私の魔法具の効果も打ち消せる所を見るに・・・!

 

 

「・・・む?」

 

 

しかしすでに、影獣の影に隠れる形で私は<造物主(ライフメイカー)>の懐に潜り込んでいます。

ふっ・・・と、掌底を繰り出します。

くんっ、と首を逸らしてかわす<造物主(ライフメイカー)>。

そこから腕を曲げて、<造物主(ライフメイカー)>の首に手を添えます。

 

 

「・・・ふっ!」

 

 

『力(パワー)』の加護がある私の力は、凄まじい物があります。

<造物主(ライフメイカー)>が宿っているエヴァさんの小さな身体では、ひとたまりもありません。

そして『速(スピード)』の速さによって、先回り・・・『黒い靴』!

私の両足に黒いブーツが装着され、魔力の炎がブースターのように燃え上がります。

 

 

「・・・はっ!」

 

 

ゴンッ・・・<造物主(ライフメイカー)>を蹴り上げます。

普通にガードされますが、衝撃は殺せずに身体は空中へ。

 

 

ぐんっ、と右手を握ると、空中に漂っていた桜色の花弁・・・『千本桜』の刃が一斉に<造物主(ライフメイカー)>に襲いかかります。

しかし、それらの刃が<造物主(ライフメイカー)>を包み込んだのは一瞬。

次の瞬間には、パンッ・・・と音を立てて消えてしまいます。

 

 

「・・・っ!」

 

 

背後に気配を感じて、とっさに呪文が刻まれた扇、『神通扇』を創造します。

顔だけで後ろを見ると、<造物主(ライフメイカー)>の手が私に向けて伸ばされています。

 

 

――――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル直伝。

合気鉄扇術――――逆腕絡み。

『神通扇』を軸に相手の腕を取り、床に叩き伏せます。

ギギ・・・と<造物主(ライフメイカー)>の左腕を極めました、ここから・・・っ!

 

 

パンッ・・・と、『神通扇』までもが消えてしまいました。

ど、どう言う原理で・・・。

これまで、私の魔法具を消してしまうような相手には出会ったことがありません。

まさに、未知の相手・・・!

 

 

「・・・模造品だな」

 

 

素早く離れ、距離を取ります。

黒い革手袋、『ヴォイドスナップ』を創造・・・パチンッ、と指を鳴らして、<造物主(ライフメイカー)>を重力場の中に取り込みます。

しかし重力場の中にあって、<造物主(ライフメイカー)>は普通に動いています。

 

 

・・・これは、私の力が弱いとか、相手の力が強いから・・・とかではありませんね。

『複写眼(アルファ・スティグマ)』は、<造物主(ライフメイカー)>が自分の身体の周りに無数の障壁を展開しているのを見抜いています。

フェイトさんの物よりも厚い、曼荼羅のような魔法障壁・・・!

 

 

「私の女神(シンシア)の力を模造するお前は・・・誰だ?」

 

 

答える必要を感じませんので、無視します。

『リライト』の発動まで、たぶん10分を切っています。

時間もありません、一刻も早く祭壇に戻る必要があります。

フェイトさんが祭壇に戻れたとしても、私がいなければ話が始まりません。

 

 

どんっ・・・と瞬動で移動、床に落ちていた王家の剣を左手に持ちます。

魔法具による直接的な効果が届かないとしても、他の手段なら。

それにしても、私の魔法具はシンシア姉様から頂いた力で創造している物です。

普通の魔法とは、根本が違うはずなのですが。

 

 

「使えてはいても・・・理解してはいない」

「・・・」

 

 

・・・そう言えば、この力の根っこの部分。

何故、使えるのかについて、私は考察したことがありませんね。

何となく使えるから、使っている・・・そのような感じでしょうか。

 

 

相手は<造物主(ライフメイカー)>・・・。

もし本当なら、私よりも2600歳以上、年上です。

私より強いのは、当然と言えば当然でしょうが・・・。

 

 

「本やゲームの世界なら、都合良く新たな力に目覚めたりできるんですけどね・・・!」

 

 

しかしどうも、そのようなことにはならないようです。

となれば、今ある物でどうにかするしかありません。

 

 

「・・・ふむ」

 

 

<造物主(ライフメイカー)>の周囲に、無数の黒い魔法陣が浮かび上がりました。

それぞれの魔法陣の中心に、エヴァさんの物とは明らかに違う、黒い魔力が収束していきます。

 

 

「・・・っ」

 

 

左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が熱を持ち始めます。

・・・ちょっと、いえ、かなり・・・。

 

 

ヤバいです。

そう思った次の瞬間、膨大な魔力が私に向けて放たれました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン(造物主)

 

アマテルの話を聞いた時、<造物主(ライフメイカー)>は何も代価を払わずにこの世界を創ったのかと思っていた。

だがどうも、違うらしい。

取り込まれたことで、ある程度の情報を知ることができた。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>と言うのは、この世界の創造者の呼び名であると同時に、術式の名前なのだ。

こいつは、自分の名前と肉体を代償に魔法世界を創造し、かつ維持している。

これもまた、ナギの見つけた「世界の秘密」とやらの一つか・・・。

 

 

魔法世界創造と、持続の術式・・・<造物主(ライフメイカー)>。

ナギは、こいつをどうするつもりだったんだ・・・?

 

 

「・・・そこまでして、この世界を創るとは・・・」

 

 

こいつに取り込まれてなお、私の意思が残っている理由はわからん。

シンシアの肉体として完全に取り込めずにいるのか、それとも単に肉体の本来の持ち主だからか、はたまたアリアとの繋がりのおかげか・・・。

可能性はいろいろとあるが、今はとにかく、私の意思が残っていることを幸運に思うか。

 

 

とは言え・・・アリアめ。

私に構うなと言うのに・・・。

 

 

『全てを喰らい・・・』

 

 

視覚を共有しているのか、それとも見せられているのかはわからんが。

とにかく、私はいつも通りの視点で全てを見ることができている。

身体は、ほぼ自由にはならんが・・・。

 

 

『・・・そして放つ!』

 

 

<造物主(ライフメイカー)>の黒い魔力の嵐の中を、アリアは駆けている。

カードのブーストの力を借りて、かつ左眼の魔眼の力を借りて、嵐の中を駆けている。

 

 

だがそれでも、<造物主(ライフメイカー)>にまでは到達できない。

左眼からは、すでに血が流れ始めている。

アマテルの幻想空間(ファンタズマゴリア)の中で<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>に触れた時から、すでに右眼も限界直前だったはずだ。

だから・・・。

 

 

・・・だが、今は魔眼の力で凌げているとしても、それが切れれば直撃する。

こいつにはアーティファクト同様、アリアの魔法具の大半が通じない可能性がある。

こいつは、アマテルとシンシアの主人(マスター)でもあるのだからな・・・!

 

 

「アリア!」

 

 

仮契約カードを通じて、アリアに呼びかける。

それしかできない自分がもどかしいが、何もできないよりは良い。

 

 

「私を殺せ!!」

 

 

我ながら無茶を言うと思いつつも、しかし必要だと思うから、言う。

私を殺せば、祭壇に向かえる。

祭壇に向かえば、若造(フェイト)や茶々丸達と合流できる。

それから『リライト』を発動した後、<楔の術式>を動かしに行けばいい。

 

 

『・・・できない!』

「バカ! このバカが! 私の身体は不死なんだ、多少の無茶はできるんだよ!」

『できません!』

「聞け! 再生可能なギリギリまで私の身体を痛めつけろ、そうすれば再生までに少し時間がかかる! だがその後、私に触れるなよ・・・<造物主(ライフメイカー)>がお前に移るからな!」

 

 

自慢では無いが、この600年で私は自分の身体の再生力を把握している。

焼かれようと斬られようと、私の肉体は再生する。

だが、身体のほとんどを損壊すれば私の身体も、そうすぐには再生しないはず・・・!

 

 

「だから、ヤれ!!」

『・・・嫌です!』

「ヤれ!」

『嫌!!』

「この、わからず屋が!」

 

 

その時、<造物主(ライフメイカー)>の一撃がアリアの身体を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

眼が、霞みます。

左肩を撃ち抜かれました・・・『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』の効果が弱まっているのか、再生が遅いです。

カードによるブーストは生きていますので、まだ<造物主(ライフメイカー)>の攻撃はかわせています。

 

 

ですが、どうも動きを読まれて来たようで・・・。

先程までの乱打と異なり、狙撃されている印象を受けます。

狙撃と言うには、数が半端無いですけどね・・・!

 

 

『お前がここで倒されたら、意味が無いだろうが!!』

 

 

頭の中に、エヴァさんの声が響きます。

 

 

『ここに到達するまでに、何人も倒れた・・・死んだ奴もいる! 世界の、いや、お前のためにだ!』

「・・・!」

『だから、アリア!』

「・・・そんな言い方、ズルいです・・・っ!」

 

 

アデアット・・・『千の魔法』・・・!

直接は効果がありませんが・・・№55・・・『千の雷(キーリプル・アストラペー)』・・・!

バリッ・・・と、膨大な雷が左手の王家の剣に纏われます。

この剣は魔法に対して、とても強い融和性を持ちます。

 

 

近接戦闘が得意な魔法使いが、たまにやる『術式装填』の術式に似ていますね。

・・・『千撃の雷姫』・・・!

 

 

『卑怯なのはわかってる・・・気遣ってくれるのも嬉しい、だがな!』

「・・・っ!」

『アリア!!』

 

 

雷を纏った剣を振り、今度は直進します。

<造物主(ライフメイカー)>を目指して、駆けます。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>の黒い魔力を弾き、斬り裂き、魔眼で吸って、直進します。

密度が上がり、私の身体も撃ち抜かれます。

右肩、お腹、左足・・・頬を掠めた、その時。

ズダンッ・・・と、私は<造物主(ライフメイカー)>の目の前に降り立ちました。

 

 

左手が撃たれ、王家の剣が弾かれます。

しかしその時には、私の右手に別の剣が握られています。

 

 

『天鎖斬月』。

 

 

漆黒の日本刀・・・普通の日本刀より少し長く、卍型の鍔に、柄頭に途切れた鎖がついています。

私の残りの魔力が凝縮されたその刃は、エヴァさんの身体と言えども・・・斬り裂くでしょう。

不死殺しの武器とかもありますが、それをやるとエヴァさんが・・・。

 

 

弾かれた剣は拾わずに、左手はそのまま<造物主(ライフメイカー)>の目の前に。

・・・「壁」を解析、解除・・・!

カシャンッ・・・と音を立てて、障壁が崩れます。

・・・知覚されて、<リライト>を受ける前に。

 

 

 

『殺せ――――――――――っ!! アリア――――――――――――――――――っっ!!』

 

 

 

振り・・・抜きます!!

半歩後ろに下がるように、『天鎖斬月』を<造物主(ライフメイカー)>の左脇腹から、上に。

斬り上げ・・・。

 

 

・・・その時。

<造物主(ライフメイカー)>・・・エヴァさんの目が、私を。

不思議そうな瞳で、私を見つめてきて。

 

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 

 

『アリア』・・・優しい声で私を呼ぶエヴァさん。

『アリアッ』・・・楽しそうな声で私を呼ぶエヴァさん。

『アリア!』・・・怒ったような声で私を呼ぶエヴァさん。

『アリア?』・・・不思議そうな声で私を呼ぶ、エヴァさん。

 

 

そんなエヴァさんが・・・私はとても好きです。

エヴァさんの全部が、大好きです。

・・・だから・・・。

 

 

 

パキンッ。

 

 

 

あっけない音を立てて・・・振り抜いた刀が、柄を残して砕けました。

砕けないはずの刃が、砕けました。

 

 

<リライト>では無く・・・きっと、私の意思で。

<造物主(ライフメイカー)>の・・・エヴァさんの身体は、無傷で。

それに、ホッとしてしまう自分が・・・どうしようもなく、愚かに思えて。

 

 

『このっ・・・バカがああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!』

 

 

だから、エヴァさんにそう言われるのも、きっと当たり前で。

<造物主(ライフメイカー)>に首を掴まれて、その魔力で鞭打たれるのも、きっと。

きっと、当たり前で――――――。

 

 

「あ、ああああああぁああぁああぁあああぁぁああぁああぁああぁあっっ!?」

 

 

肉体よりも、頭の中身を打って来るかのような痛み。

頭の中身を、弄られているかのような痛み。

自分の中を、弄られているかのような痛みが、身体の中を駆け抜けて。

 

 

「あ、あああぁぁぁっ・・・あ・・・ぅ・・・」

 

 

意識が途切れないのは、相手がそう望んでいるからでしょうか。

次第に身体から力が抜けて、声も出せなくなります。

ダラリ・・・と、手足から力が・・・。

それでも、首を絞める力は緩まりません。

 

 

ぐぐっ・・・と持ち上げられたまま、私は襟元を掴まれる感触を感じます。

そのまま・・・ビリリッ、と音を立てて、服の胸元が破かれました。

普段であれば、もう少し抵抗するのですが・・・。

 

 

「・・・ぅ・・・」

 

 

左胸を直に触れられる不快感に、私は小さな呻き声を上げます。

そしてそれが、精一杯の意思表示です。

ツツ・・・と、<造物主(ライフメイカー)>の指先が、何かを探すように私の肌の上を滑ります。

 

 

『アリア! くっ・・・そ! 止まれ、やめろアリアに触るなあああぁぁぁぁぁっっ!!』

 

 

エヴァさんの声が、聞こえます。

い、息が、できな・・・。

 

 

『・・・誰でも良い! コイツを・・・私を止めろ! 止めてくれ!! アリアを助けろっ!!』

 

 

ピタリ、と、<造物主(ライフメイカー)>が何かを見つけたかのように、指を止めます。

ザワリ、と胸が不快感で満たされます。

何・・・何を、して・・・。

 

 

ズズ・・・と、胸の中の何かを、掴まれたような。

そんな、感触が・・・あ、あああ、ああああぁぁぁ・・・!?

 

 

『私に・・・アリアを傷つけさせるなあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』

 

 

エヴァさんの声が・・・意識、が。

私の意識が、途切れる・・・刹那。

 

 

 

 

      ゴシャッ

 

 

 

 

<造物主(ライフメイカー)>の横顔に、何かがぶつかりました。

大きな・・・人の頭よりも大きな、石の塊でした。

それが<造物主(ライフメイカー)>の横顔にぶつかった拍子に、私の身体が床に落ちました。

ガクンッ・・・と、崩れ落ちるように床に手をつきます。

 

 

「・・・何?」

「えほっ・・・けほっ・・・」

 

 

片手で喉元を押さえて、咳き込みます。

肺が、空気を求めて悲鳴を上げています・・・。

 

 

 

「・・・それ以上、彼女に触れるな・・・」

 

 

 

コツッ・・・コツッ、と足音を響かせて・・・。

一人の少年が、姿を現しました。

 

 

白い髪、同じ色の無機質な瞳。

顔や衣服の所々に、土埃をつけて・・・。

彼は、静かにこちらへと歩いて来ていました。

 

 

 

「・・・彼女の全てを奪って良いのは、僕だけと言うことになっていてね・・・」

 

 

 

・・・どうして、ここに。

困惑しますが・・・でも、嬉しいと感じる自分がいます。

嬉しくないはずが、無かった。

 

 

 

「目覚めたばかりの貴方に・・・それ以上」

 

 

 

フェイトさんは・・・静かに。

でもどこか、確かな「怒り」を込めて・・・言いました。

 

 

 

 

     「手出しは、させない」

 




フェイト:
フェイト・アーウェルンクス。
・・・やれやれ、随分と好きに暴れてくれた物だね。
・・・・・・やるかな、うん。

今回、初めて登場した魔法具があるね。
黒鍵:リード様提案、元ネタはFate。

後は魔法案として、『千撃の雷姫』・・・剣の舞姫様だね。
ありがとう。


フェイト:
次回は、僕も参戦するよ。
今までで一番、やるよ。
そうだね・・・具体的には。
・・・・・・殺るよ?


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第29話「フェイト」

Side テオドラ

 

公国領との国境線と新オスティアの中間のクレーニダイと言う都市の近郊で、連合の軍と対峙しておる。

うーむ、ざっと4個艦隊と言った所か、我が軍のおよそ倍じゃな。

 

 

「だが、どうも動く気配が無いの」

「そのようですな」

 

 

妾の言葉に、『インペリアルシップ』の艦長が頷きを返してくる。

実際、連合の艦隊にも陸軍にも、これといった動きが無かった。

もちろん、我らに隙を与えもしないが・・・。

 

 

・・・隙らしい隙のない、けれん味の無い良い布陣じゃ。

数が少ない我らにとっては、嬉しく無い話じゃが。

 

 

「敵の将は、ガイウスと言ったな?」

「ええ、情報部がもたらした確かな情報です」

 

 

ガイウス・マリウス司令官、メガロメセンブリアの宿将じゃな。

まぁ、ここ最近は帝国と連合の国境紛争で良く聞く名前じゃった。

主に、帝国軍を敗退させた相手として。

アレがヴァルカン総督に就いている間は、アルギュレーからの侵攻は無理じゃと帝国軍上層部が父上に泣きついてきたこともある。

 

 

シルチス亜大陸方面は、メガロメセンブリア統治下の旧ウェスペルタティア軍が精強で、北上できんかったらしいしの。

東に行くとアリアドネーがあるし、アルギュレーもシルチスも無理、と言う有様じゃったしの。

 

 

「・・・国境は?」

「・・・すでに、こちらに優勢に戦局が傾いていると」

 

 

そう、すでに我が帝国軍は国境を越え、連合の駐屯軍と戦闘状態に入っておる。

本国の軍を動かすのは、いろいろとリスクが高いが・・・軍部はこの件に関しては協力的じゃし。

 

 

シルチス方面は、独立宣言した「パルティア連邦共和国」なる勢力の協力を得て、優位に戦闘を進めておるらしい。

連合の北の辺境、龍山地域の反乱勢力も我々に支援を求めてきておる。

そしてアルギュレーにはガイウス司令の軍がいない、空屋の状態じゃ。

 

 

「・・・まぁ、コレで負けたりしたら、うちの軍は世界最弱になってしまうわけじゃが・・・」

 

 

この後に控えておるウェスペルタティア、パルティアなどとの国境画定交渉を思えば、勝っておくに越したことは無い。

支払った代価分、目に見える形で回収せねばならぬ、本国における妾の立場的に。

すなわち、領土。

 

 

「・・・まぁ、あちらの方が凌げればの話じゃがな」

 

 

「墓守り人の宮殿」の方が失敗すれば、妾のやっていることは無意味じゃ。

さて・・・どうなるかの。

 

 

「ああ、そうじゃ、艦長、知っておるか? 王国のクルト宰相代理じゃがな、また何かやるらしいぞ・・・?」

「ほぅ、楽しみですな」

「楽しみにしてどうする・・・」

 

 

じゃが・・・まぁ、楽しみではある。

ウェスペルタティアを中心とする新国家連合の話など、な。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「手出しは、させない」

 

 

その言葉に、<造物主(ライフメイカー)>が私からフェイトさんへと視線を動かしました。

どこか、興味を引かれたような表情でした。

黒いローブの裾が、エヴァさんの身体を包むように動いています。

 

 

フェイトさん自身は、いつものポケットに片手を入れた体勢で歩いてきました。

そのまま、鼻が触れ合いそうな距離にまで近付きます。

フェイトさん、今は私と同じサイズですからね・・・。

な、何と言うか、もの凄くガン飛ばしてますね。

 

 

「・・・手出しを、させない?」

「・・・」

「面白いことを言う。私に造られた人形、それも素焼きの分際で・・・」

「・・・好きにしろと言ったのは貴方だ」

 

 

パリッ・・・と、2人の間で何かが鬩ぎ合います。

あまりの緊迫感に私がごくり、と唾を飲み込んだ、次の瞬間。

 

 

パァンッ!

 

 

乾いた音を立てて、フェイトさんの身体が砕けました。

突然の事態に、一瞬、思考が真っ白になります。

 

 

「フェ・・・!?」

 

 

思わず声を上げかけた刹那、<造物主(ライフメイカー)>の背後に、五体満足なフェイトさんが現れました。

背中を合わせるかのような体勢。

ゴトンッ・・・と音を立てて床に落ちたのは、フェイトさんの形をした・・・石像?

 

 

「・・・石像」

「そう」

 

 

短いやり取りの後、フェイトさんが<造物主(ライフメイカー)>の襟元のフードを後ろ手に掴みます。

そしてそのまま、力を込めて―――――投げました。

<造物主(ライフメイカー)>を、満身の力を込めて、投げ飛ばしたのです。

 

 

「ぬ・・・!」

 

 

あっと言う間に、数百mの距離を投げ飛ばされる<造物主(ライフメイカー)>。

いくつかの建造物を巻き込んで、見えなくなります。

 

 

・・・そう言えば私、京都でも魔法具を使ってなお、フェイトさんには勝てなかったんですよね。

つまり私より普通に強いんですよね、フェイトさん。

いわゆる、最強クラス。

エヴァさんと同位の域に、いるのですよね。

 

 

「・・・へ?」

 

 

私がそんなことを考えていると、パサッ・・・と、私の肩に見覚えのある詰襟の上着がかけられました。

それから、そっと私の目の前に手が差し伸べられて・・・。

見上げると、フェイトさんの顔が。

 

 

「・・・立てる?」

 

 

・・・か、カッコ良い・・・・・・じゃ、なくて。

自分で立とうとして、でもやっぱりフェイトさんの手に指先だけ乗せてみたりして、立ち上がります。

 

 

「えっと・・・ありがとうございます」

「うん」

 

 

・・・?

何で、こっちを見ないんでしょうって、あわわ・・・!

慌てて、貸してもらった上着の前を閉じます。

少し大きいですが、どうにかこうにか・・・。

 

 

「・・・驚いた」

 

 

その時、黒いローブの<造物主(ライフメイカー)>が何事も無かったかのように戻って来ました。

当然のように、無傷です。

まぁ、投げたぐらいでどうにかなるような相手でも無いでしょうけど。

 

 

「よもや、ただの人形が私に反逆するまでに自我を得ようとは・・・」

「・・・ここにいて」

「あ、ちょ・・・」

 

 

歩き出そうとするフェイトさんの服の裾を掴んで、止めます。

ここまで来て、それは無しですよ。

 

 

「私も、行きます」

 

 

私も、行きますよ。

相手はエヴァさんの身体を使ってるんですから、私が行かないと。

 

 

「・・・まぁ、『リライト』まで5分。2人とも、まとめて処理すれば良し」

 

 

片腕を掲げて、再び魔法陣を展開する<造物主(ライフメイカー)>。

フェイトさんは、目だけで私を見てから・・・。

 

 

「・・・そう」

 

 

いつも通り、短く答えました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン(造物主)

 

誰でも良いとは言ったが、若造(フェイト)が来るとは思わなかった。

一瞬、<造物主(ライフメイカー)>に協力して殴りに行きかけたしな、さっきのやりとり。

と言うか、普段だったら殴る。

今は、状況が状況なので、感謝・・・はしないが黙認することにする。

 

 

それに、アレだ。

もしかしたら若造(フェイト)も、相手が私の身体とあっては全力で戦(や)れんかもしれんし。

アリアの家族だしな、うん。

 

 

・・・そう思っていた時期が、私にもあった。

 

 

「ぬ・・・!」

 

 

ズンッ! と脳にまで響いて来る鈍い音。

下を見れば、若造(フェイト)の右拳が私の腹部に突き刺さっている。

痛覚は共有していないから威力の程はわからんが、かなり重そうな一撃。

こ、この若造(フェイト)・・・!

おそらくは、全力で撃ってきているはずだ。

 

 

「『障壁突破(ト・テイコス・デイエルクサトー)・石の槍(ドリユ・ペトラス)』」

 

 

前後左右、同時に四方向の地面から石の槍が放たれる。

障壁貫通能力を付与された、物理攻撃。

<造物主(ライフメイカー)>の身体を守る多層障壁を喰い破って、届く。

だが、<造物主(ライフメイカー)>が腕を振るうだけで、それらの槍は砕けてしまう。

 

 

殴られた衝撃をそのまま利用して空中で身体を立て直し、着地と同時に前へ。

<造物主(ライフメイカー)>が攻撃に転じる。

 

 

若造(フェイト)が片手を前に出し、<造物主(ライフメイカー)>の拳の軌道を逸らす。

確か、八卦掌とか言う流派だな。

そのまま手を器用に動かし、<造物主(ライフメイカー)>の攻撃を阻み続ける。

もう一方の手で空中に石の槍を作り出し、牽制に投げてきた。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>は半歩下がり、腕を振るってそれを消し飛ばしてしまう。

そして・・・。

 

 

「・・・魔法具」

 

 

上空から、アリアの魔力を感じた。

見上げてみれば、両腕を掲げたアリアと、無数の刀。

 

 

「『剣(ソード)』、『千刀・鍛』・・・そして、『剣群の指揮者』!」

 

 

アリアの目前で一枚のカードが弾け、左腕に装着された鈍色の武骨な鉄の腕輪が輝く。

同時に、千本の刀が頭上から降り注いでくる!

当然、<造物主(ライフメイカー)>が腕を振るうだけで全て弾かれてしまうわけだが・・・。

 

 

弾かれた刀が、まるで自分の意思でも持っているかのように動き、再び襲い掛かって来た。

おそらくは、『剣群の指揮者』とやらの効果だろう。

持ち手もいないのに、全ての刀に持ち手がいるかのごとく操られている。

空中に浮かび、縦横無尽に戦場を駆ける千の刃。

 

 

「<リライト>」

 

 

全方位に向けて、<造物主(ライフメイカー)>が<リライト>を放つ。

カシャンッ、と硝子が砕けるような音を立てて、全ての刀が砕けて消える。

しかし次の瞬間、足元が何かで斬られたかのように、白い線が無数に走った。

顔を上げれば、黒い剣を周囲に展開させた若造(フェイト)の姿。

 

 

・・・間違ってはいないし、正しい対応なのだが。

何故かアリアと若造(フェイト)を相手に本気で戦ってる気分になってしまって、鬱だ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

釈然としない「苛立ち」。

アリアに触れる「彼」を見て、僕はそれを感じた。

何と言って表現すれば良いのだろうね、この「苛立ち」を。

 

 

以前、暦君が「勉強用」にと貸してくれた書物に、何かあったような気もするね。

アレは、何と言うべき状況だったかな・・・?

 

 

「・・・ふっ!」

 

 

ボッ・・・と右拳で空を裂くように攻撃するも、届かない。

身体を鎮めてかわした<造物主(ライフメイカー)>は、左膝で僕のガードを上げ、左の掌底を続けざまに打ち込んでくる。

<造物主(ライフメイカー)>のスキルか、それとも吸血鬼の真祖の身体が持つ技術かはわからないけど、かなりの技量だ。

 

 

僕の魔法やアリアの魔法具は<リライト>で消されるし、距離が離れると強大な火力で薙ぎ払われる。

なかなか、厳しい相手だね。

 

 

「ほっ!」

 

 

トンッ・・・と僕の肩に手を乗せて、アリアが蹴りを放つ。

それは当然、防がれる。

アリアが僕の肩から手を離して跳ぶのと同時に、僕も跳ぶ、両手を滑らかに動かして使うのは千の杭。

 

 

「『万象貫く黒杭の円環』」

「<リライト>」

 

 

無数の杭が、一瞬にして消滅する。

地属性最大の貫通力を持つ魔装兵具がこうも簡単に・・・恐ろしいな。

 

 

しかしその間に、アリアが<造物主(ライフメイカー)>の脇に身体を押し付けるような体勢で掌底を放っている。

それは一瞬、障壁で防がれてしまうけれど・・・。

 

 

「・・・『壁』を解析、解除・・・!」

 

 

バシャンッ・・・と、あっけない音を立てて、<造物主(ライフメイカー)>の障壁が砕けて消える。

無防備な肉体が晒された一瞬、その時、僕はすでに<造物主(ライフメイカー)>の懐に踏み込んでいる。

 

 

・・・ああ、そうだ。

そう言えば、こういう場合にはこう言えば良いんだったね。

思い出したよ、確か・・・。

 

 

「・・・僕の女(アリア)に」

 

 

トンッ・・・<造物主(ライフメイカー)>の左胸のあたりに拳を添えて。

 

 

「手を」

 

 

足元の床石が砕けて、一瞬で魔力と膂力の全てが拳に収束して。

 

 

「出すな・・・!」

 

 

突き出した。

障壁に守られていない<造物主(ライフメイカー)>・・・吸血鬼の真祖の身体が、吹き飛んだ。

先程とは違って、ただ投げるのではなく、最高の攻撃力を乗せた一撃で。

まぁ、身体を砕けはしないけど、ダメージは入ったんじゃないかな。

倒せはしないだろうけど、こう言うのは忍耐がいるからね。

 

 

「・・・あの・・・」

「・・・何?」

 

 

僕の横で、何故か顔を赤くしたアリアが僕を見ていた。

何かを聞きとるように、片手を耳に添えている。

 

 

「・・・『図に乗るなよ若造』、だそうです」

「・・・?」

「あ、わからないなら良いんです、はい・・・」

 

 

その後も、アリアは何かをモゴモゴと小声で喋っていた。

わからないって・・・何が?

 

 

 

 

 

Side 6(セクストゥム)

 

頭が、痛い。

<造物主(ライフメイカー)>からの呼びかけは、弱まりはしても途切れることはありません。

むしろ中途半端に防いでいるので、虫にまとわりつかれるかのような不快さが続いています。

 

 

全ての感覚が優れている私達アーウェルンクスにとっては、非常に鬱陶しい。

胸、脇、そして背中に晴明の札を張り、頭には晴明その物を乗せて、「核」を守っています。

 

 

「「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」」

 

 

同じ始動キーを唱えて、4(クゥァルトゥム)と私が魔法を発動させます。

火と水の精霊が、互いを憎悪するかのような歌を奏でます。

 

 

「『紅蓮蜂(アペス・イグニフェラエ)』!」

「『魔法の射手(サギタ、マギカ)連弾(セリエス)氷の101矢(グラキアーリス)』」

 

 

紅い魔力の蜂を、私の氷の矢が迎え撃ちます。

一匹撃ち落とすごとに、無駄に大きな爆発が起こります。

火属性の魔法は効率性が悪い、威力の大きさばかりに捉われ、結果を重視しないのですから。

私の周囲で爆風が起こりますが、私自身にはダメージはありません。

私の多層障壁が、全てを防いで・・・。

 

 

「我のことも気にかけてくれ!」

「自分で何とかなさい」

「手を離したら落ちるのじゃ!」

 

 

耳元で晴明が声を上げます。

ですが、チクチクと脳を刺されるかのような感覚のせいで、私も細かい点までは気が回りません。

その時、爆炎の中から拳に炎を纏った4(クゥァルトゥム)が現れました。

下から突き上げるかのように放たれてくる拳を、私も拳に冷気を纏って受け止めます。

 

 

「鉄をも蒸散させる、我が灼熱の一撃を・・・!」

「そんな単純な物を蒸散させることが、そんなに自慢ですか?」

「貴・・・様!」

 

 

炎熱と冷気が鬩ぎ合い、何かが蒸発しているかのような音があたりに響きます。

周囲の人間を巻き込まないために、私と4(クゥァルトゥム)は祭壇の上空で戦闘を行っています。

まぁ、4(クゥァルトゥム)は別に誰を巻き込もうとも気にしないでしょうが。

 

 

「貴様・・・6(セクストゥム)! 主(マスター)に逆らうか!」

「私のマスターは、デュナミス様ただお一人」

「<造物主(ライフメイカー)>の使徒として造られておきながら・・・」

 

 

実の所、この台詞を言うだけでかなりの抵抗を感じますが。

しかし、私は4(クゥァルトゥム)が言う主(マスター)には会ったこともありません。

だと言うのに、私の「核」にひっきりなしに影響を与えて来る。

その傲慢さ、我慢がなりません。

 

 

デュナミス様は言いました、「女王を助けろ」と。

ならば私は、次の命令が無い限りお義姉様(じょおうへいか)に味方せねばなりません。

それがたとえ、私の生みの親に叛逆することになるとしても。

 

 

「・・・どうやら、お前は欠陥品のようだな」

「・・・かも、しれません」

「実力で、排除する」

「それは、拒否します」

 

 

ズズズ・・・と、4(クゥァルトゥム)の背後に巨大な炎の渦が発生します。

それに対応するように、私も巨大な氷壁を喚び出します。

 

 

「『炎帝召喚』!!」

「『氷帝召喚』!!」

 

 

炎と氷の化身が、周囲の空間を押し潰すかのように姿を現しました。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

祭壇に上がって来た時、そこは戦場・・・と言うより惨状だった。

無数の兵士達が倒れていて、そこら中で戦いの気配がする。

 

 

上空では2体の巨大な召喚獣が激しい衝突を繰り返しているし、祭壇では雷のような塊の少年が龍宮君を中心とする兵士達と戦闘を繰り広げている。

アレは、もしかして話に聞いていたアーウェルンクスの・・・?

一瞬、加勢するかどうか悩んだけれど。

 

 

「アレは・・・明日菜君!」

 

 

祭壇の最深部に、明日菜君が磔にされているような体勢で安置されていた。

その周囲で蠢いている術式と魔力・・・まさか!?

 

 

「く・・・っ!」

 

 

ぐっ・・・と駆け出そうとした直後、僕の目の前に白い刀が5本、突き立った。

まるで僕の行く手を阻むかのように放たれたそれの持ち主は、ゆらり、と姿を現した。

白いロングの髪に、和装、そして般若の仮面。

 

 

「アリア女王陛下守護、親衛隊が副長・・・霧島 知紅(しるく)」

 

 

一瞬の内に、僕は周囲を王国兵に取り囲まれていた。

親衛隊・・・何か、また僕の知らない間によくわからない組織が追加されたらしい。

・・・ナギのファンクラブにも、似たような物があったような気もする。

 

 

だが、今は構っている暇は無い。

一刻も早く明日菜君をあそこから下ろさないと、『リライト』が・・・うん?

・・・ここにいるのはアリア君の仲間なはず、なら『リライト』を止めに来たんじゃないのか?

それが今は、まるで『リライト』を発動させようとしているかのような動きを見せている。

どういう、ことだ・・・?

 

 

「・・・今、明日菜さんを下ろすと危険なのです、高畑先生」

「・・・キミは」

 

 

スタッ・・・と、僕の前に灰銀色の狼が現れる。

その上に女の子座りで乗っているのは・・・茶々丸、君?

 

 

「あと、4分7秒で『リライト』は発動いたします」

「な・・・そんなことをすれば、世界が・・・!」

「『リライト』を止める手段は存在しません。また、今、明日菜さんを下ろせば不完全に発動した『リライト』によって人間の魔法使い市民6700万人が無防備で荒野に投げ出されることになります」

 

 

・・・それは、大変だね。

それが本当だとするなら、確かに不味い。

 

 

「だが、『リライト』が発動すれば・・・」

「それについては、一応の解決策が10年前に<紅き翼(アラルブラ)>の方から・・・」

 

 

紅き翼(アラルブラ)>・・・ナギ達から?

それは、どう言う・・・。

 

 

「・・・話が盛り上がってる所、悪いが!!」

 

 

その時、床に片手と片膝をついた体勢で、龍宮君が何かに吹き飛ばされるかのように滑り込んできた。

ザザー・・・ッと、踏み止まった龍宮君は、何と言うか・・・人間の姿をしていなかった。

こ、これは・・・と言うか、この1分で僕は何回驚いているんだろう。

 

 

「暇な奴は手伝ってくれ! 私とシャオリーだけじゃ、手が回らないんだ・・・ぐっ!」

 

 

キキュンッ、と甲高い音を立てて、雷のような少年が龍宮君に膝を叩きこんできた。

反射的に、ポケットに手を入れる。

龍宮君は空中で体勢を整えると、少し離れた位置で銃を構えた。

 

 

「・・・発動まで3分。まぁ・・・僕が全員を片付ければ良いだけのことだが」

 

 

その少年はそう呟くと、無数の雷の分身体を生み出した。

速い・・・!

 

 

 

 

 

Side 造物主(ライフメイカー)

 

・・・どう言うことだ?

いや、3(テルティウム)が私に反すること自体はそこまで驚くべきことでは無い。

そもそも、忠誠心や目的意識を組み込んでいないのだから。

 

 

「『千の魔法』№53・・・『マグネシア』!」

 

 

我が末裔の周囲に、臙脂色に色付く半透明の微細な粒子が大量に生み出された。

一見、ただの砂のようにも見えるが。

しかし微細な磁力を感じる・・・おそらく、見た目以上に重い物質なのだろう。

そしてそれらが、私の砲撃の間隙を縫うようにして私の周囲を取り囲み、激しく回転を始めた。

 

 

竜巻の中に囚われたかのような錯覚を覚える。

だが、私には通用しない。

 

 

「・・・だろうね」

 

 

頭上を見上げれば、粒子の嵐のはるか上空に、3(テルティウム)がいた。

その背後に、大量の砂を展開させて。

 

 

あ奴は「地」のアーウェルンクス。

高速高密度の砂塵攻撃など、呼吸するよりも簡単にできるだろう。

しかし、私には通用しない。

故に頭上から降り注ぐ砂塵も、意味が無い。

 

 

「<リライト>」

 

 

パンッ、と音を立てて、砂塵も粒子も消し飛ぶ。

無意味だ。

私が造った人形の技、私が造った魔法。

 

 

「『王者の終焉』・・・『黒い靴(ダークブーツ)』!」

 

 

拳をグローブに、足を黒いブーツで覆った我が末裔が、砂塵の中から飛び出してきた。

右手でグローブで覆われた拳を受け止めると、かすかに痺れるような感触を感じた。

む・・・何らかの概念が付与されているのか。

 

 

「・・・はぁっ!」

 

 

拳を止められるのも構わず、そのままの体勢で蹴りを放ってきた。

左手で、その足を掴む。

黒い魔力の炎が噴き出すそのブーツを軽く握ると、それは砕けて消えた。

後に残るのは、細い足首。

 

 

「わっ・・・」

 

 

ガクンッ、とバランスを崩しそうになって―――――しかし、そうはならない。

3(テルティウム)が手を掴み、支えたからだ。

くんっ、と器用に身体を回して、我が末裔が私の腹部に触れる。

 

 

「『壁』を解析・・・解除!」

 

 

またしても、障壁が消える。

太陽の女神(アマテル)の力では無い。

いや、そもそも・・・。

 

 

「ぬ・・・!」

 

 

顔面に衝撃。

3(テルティウム)の容赦の無い一撃が、私を襲う。

あの男・・・ナギ・スプリングフィールドよりも拙い一撃。

この女・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)よりも遅い一撃。

 

 

浮き上った私の足を掴み、引き寄せるようにしてもう一撃。

拙く、遅いが・・・重い。

アーウェルンクスシリーズの中でも、最強の膂力。

 

 

だが・・・何故だ。

何故・・・3(テルティウム)の肉体に、月の女神(シンシア)の魂がある。

そうでなければ、すでに削除している。

我が末裔にしても、そうだ。

 

 

「・・・行く」

「はい!」

 

 

遠距離では勝率が低いと踏んだのか、超近距離での戦闘を仕掛けてくる。

入れ替わり立ち替わり、攻守の担当を入れ替えて。

まるで、舞のような。

 

 

・・・月の女神(シンシア)の魂を他の肉体に埋め込めるのは、私の知る限りただ一人だ。

私と月の女神(シンシア)自身を除けば、たった一人。

 

 

 

太陽の女神(アマテル)

我が、妻。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

『よーし、良いぞ! 良い感じにボコってるな!・・・・・・複雑だ』

 

 

頭の中で、エヴァさんの声がします。

それは、まぁ・・・確かに、複雑でしょうけども。

 

 

でも結構、私も色々とキツいです。

再生が早いのか、目に見える負傷とかはしていませんが、それでもエヴァさんの身体ですからね。

・・・フェイトさんは、あんまり逡巡もせずに全力で殴ってるようですけど。

 

 

「・・・せっ!」

 

 

ぐんっ、とフェイトさんと手を繋いだ体勢で、振り回される要領で蹴りを放ちます。

当然のように防がれますが・・・そこで、フェイトさんと手を離します。

両手で床に手をついて、旋風脚!

ガインッ・・・と無理矢理ガードをこじ開けます。

 

 

「あと、2分だ」

 

 

そこに、フェイトさんの拳。

先程から、この繰り返しです。

まだ10分も経っていませんが、気の遠くなるような攻防。

相手に目立ったダメージが無いのも、この際はキツいですね。

 

 

フェイトさんはどうだか知りませんが、私は魔法具やら魔法やら、全力ですから。

非常に、疲れます。

祭壇まで温存していなければ、早々に魔力切れを起こしていたでしょう。

 

 

「フェイトさん!」

「何?」

「もうちょっと・・・優しく、お願いします!」

「・・・善処しよう」

 

 

直後、ズムッ! と擬音が目に見えそうな強烈なボディーブローを叩きつけるフェイトさん。

・・・優しくって、言ったのに。

 

 

まぁ、それはそれとして遠距離では全然、勝ち目がありませんからね。

近距離でも、魔法や魔法具は決定打になりませんし。

障壁だけは『複写眼(アルファ・スティグマ)』で外せますけど。

私が外して、フェイトさんが殴る、このループですね。

 

 

「・・・解せぬ」

 

 

不意に、<造物主(ライフメイカー)>が口を開きました。

正直、倒し方がわからないボスキャラって、困ります。

 

 

ゆらり、と立ち上がり、<造物主(ライフメイカー)>が私達を見ます。

何か、理解し難い物でも見るかのような目です。

例えるなら、できるはずの算数の問題ができなくて途方に暮れている目、とでも言いましょうか。

 

 

「解せぬが・・・拾えば、良し」

 

 

<造物主(ライフメイカー)>が片手を掲げた瞬間、やたらと巨大な黒い魔法陣が<造物主(ライフメイカー)>の背後に展開されました。

幾百もの魔法陣が重なって展開される、複雑な多重魔法陣。

・・・何と言うか、公式は知らないけど答えは合ってました、みたいな展開を望んでるような。

 

 

「・・・そろそろ、終わりが見えたね・・・アリア」

「ああ・・・そんな熱い展開でしたか」

「おや、気が付かなかったのかい?」

「何しろ、少女な物で」

 

 

そう言う、男子的な空気の読み方は知りませんのでね。

それでも、こうしてフェイトさんと一緒に立っていられるのが、嬉しいですね。

思えば、最初は殺し合いから始まった仲ですけど。

 

 

「・・・次で決着(ケリ)だ」

「ええ」

 

 

正直、魔力とか限界ですから・・・持ってきた回復用の宝石とかも、使い切りましたし。

相手も最終攻撃的な物を出してきた所で、締めとしましょうか。

『リライト』までの時間も、1分を切ったでしょうか。

 

 

・・・決着(ケリ)、つけに行きましょうか。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

父さんに再会して数分ほどした時、待っててもらったはずののどかさんが、どう言うわけか飛んできました。

文字通り、飛行魔法で。

でも、のどかさんはそんな魔法を使えなかったはずなんだけど・・・。

 

 

「助かったぜ、アル」

『いえいえ、ナギも無事息災なようで何よりですよ』

 

 

アルさん・・・マスターが一緒でした。

と言うか、マスターって、本だったの・・・!?

 

 

そしてそのマスターのおかげで、父さんの怪我も治りました。

治ったと言っても、骨折から罅が入ってる・・・くらいの変化でしかないらしい。

父さんの全身の骨は、ちょっとした衝撃でまた折れちゃうんだって・・・。

・・・僕、そこまで大掛かりな治癒魔法は使えないし・・・。

 

 

「え、えーと、ネギせんせーのお父さん、ですかー・・・?」

「ん? おー、まぁ・・・な? アンタ誰だ?」

『ネギ君のガールフレンドですよ。ふふ、貴方に似て手が早いですから』

「はぁ? 誰の手が早いってんだよ」

「あ、あわわ・・・!」

 

 

・・・父さんに似てるって言われた。

ちょっと、嬉しくなりました。

 

 

「・・・っし、んじゃま、行くか! アル、お前、実体化できるか?」

『無茶言わないでください、この10年でスッカラカンですよ』

「え・・・ちょ、父さん、どこに行くんですか!?」

「あん? んなもん、お前、<造物主(ライフメイカー)>の野郎を殴りに行くに決まってんだろうが」

「そんな!? でも父さん、全身の骨が・・・それ以前に、魔力だって!」

 

 

今の父さんには、魔力も残って無い。

全身の骨だって、何とか繋いだだけで、無理をすればすぐに折れる。

それなのに・・・無茶だよ!

 

 

「・・・っせぇ! こんなもん、気合いで何となるっつーの!」

「いや、何ともならないですよ!?」

 

 

気合いで骨折が治ったら、お医者さんはいりませんよ!?

 

 

「あー、ゴチャゴチャグチャグチャうるせーな、お前は・・・感じねーか?」

「か、感じる?」

「・・・<造物主(ライフメイカー)>と今、戦(や)ってる奴ぁ・・・あー、たぶん、俺のもう一人のガキだろ?」

『おや、ナギが親のようなことを・・・まぁ、18年前もなんだかんだでアリカ様を助けてましたしね』

「うっせーぞ、アル。・・・てーか、お前も兄貴ならこんな所にいねーで、助けに行こうとか思わねーのか、んー?」

「わわっ・・・」

 

 

グシャグシャと、頭を撫でられる。

・・・アリアを、助けに? 僕が?

 

 

「・・・僕が、行っても・・・」

「あ? んだよ、喧嘩でもしてんのか? んなもん、お前、後でいくらでもできんだろー?」

「その・・・僕が行っても、アリアも嬉しく無いと思いますし・・・」

「ああ?」

「あの、僕とアリアは仲が悪いって言うか、お互いにせ「うっぜええぇぇっ!!」んそうめらっ!?」

 

 

・・・ま、また殴られた・・・。

今度は、拳骨でした。

 

 

「ああ、もう良い、わかった! お前は来なくて良い! ここにいやがれ!」

 

 

そう言って、父さんは僕に背を向けて歩き出した。

マスター(本)を掴んで、ズンズン歩いて行きます。

と言うか今ので、腕の骨折れて無いんですか・・・?

 

 

「・・・まぁ、アレだ。今までほったらかしにしてた俺が何言ってもアレだけどよ・・・」

 

 

不意に立ち止まって、父さんが言った。

 

 

「と・・・父さん?」

「男ってのはなぁ、大事なもんがピンチになってたら、とりあえずピンチの原因を殴りに行かねぇといけねぇんだよ」

「・・・は、はぁ・・・」

「はぁ・・・じゃ、ねぇよ! 惚れた女! 子供! 仲間にダチ! あと・・・まぁ、色々! 自分の大事なもんを、自分のやり方で守る! それができて初めて男は、自分は男だって胸張れるんだよ」

『ははは、ナギが父親のような・・・ああ、やめてよしてページを破らないで・・・』

 

 

大事な・・・物を。

自分の・・・やり方で。

でも、僕は・・・何が大事で、どんなやり方ができるのか、わからない。

わからないんです、父さん。

 

 

「俺は行くぜ、あの野郎にゃ、10年じゃ言い足りねぇことが山ほどあんだ。あと多分、ここで行かねーとアリカに殺されるしな」

 

 

父さんは・・・僕のイメージとは少し、違ったけど。

とても、まっすぐな所は・・・イメージと、一緒でした。

 

 

「今、お前は他人に胸張って、『自分は男だ、文句あるかゴルァ!?』って言えんのか? ネギ、男の判断はいつだって、そこから始まるんだぜ?」

 

 

そう言って、父さんは笑った。

笑って・・・行ってしまった。

 

 

僕は・・・誰かに。

胸を、張れるんだろうか・・・・・・?

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

新オスティアへの召喚魔の襲撃は、とりあえず終わったわ。

後は、アリア達が無事に帰って来るのを祈るだけ・・・。

 

 

「環さんは、大丈夫?」

「ああ、命に別状は無いそうだ。今は暦がついてる」

「良かった・・・」

 

 

焔の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

クゥァルトゥムにやられた環さんは、たまたま一緒になったアリアドネーの人達が助けてくれたんですって。

シャークティー先生達とも途中で合流できて、栞さんの誘導で宰相府の施設までやって来れたの。

おかげで、今は一息つけてる。

 

 

「やー・・・生き残れたねー、委員長、ビーさん」

「そうですわね・・・サヨさんやフォン・カッツェさん達も無事だと良いのですが」

「私達の無事は、クママさんとトサカさんのおかげです。本当にありがとうございます」

「あん? 別に俺はお前らみてーな小便臭ぇガキなんざなぁ・・・」

「何だいトサカ、照れてんのかい?」

「はぁ!?」

 

 

アリアドネーの人達も、道中かなりキツかったらしくて、今はヘタりこんでるわ。

あの、クママさんって人は今日も凄かったらしいけど。

 

 

「うおーいシオン、これはどこにやれば良いんだ!?」

「それはあっち、それからあっちの物をこっち、そして向こうの物をこっちよ」

「もう少し簡潔に言ってくれよ!?」

 

 

そしてロバートは水やら食糧やらを持ち出せるだけ持ち出して指示で積み上げて、シオンはそれを端末片手にサポートしてる。

まぁ、ここまでは良いわ。

問題は・・・。

 

 

「か、春日さん・・・その、何と言えば良いのか」

「あわわ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

問題は、春日さん。

隅の方で座り込んで俯いたまま、何も言わない。

高音さんも佐倉さんも、困り果ててるみたい。

シャークティー先生も、今は春日さんに何かをしろとは、言わない。

 

 

・・・実際、かける言葉が無いわ。

私も、私達も・・・すぐ傍にいたのに、助けられなかった。

 

 

「・・・別に、彼女だけじゃない」

 

 

焔が、呟くようにそう言った。

実際、春日さんと同じような境遇の人が、今日、たくさん生まれた・・・。

 

 

「・・・やってられないわね」

 

 

私の言葉に、焔は何も言わなかった。

 

 

ふと、旧オスティアの方を見る。

ここからじゃ、「墓守り人の宮殿」は見えない。

でも旧オスティアの方から漏れてくる魔力の光が、空を覆ってるのは見える・・・。

 

 

「・・・無事に、帰って来なさいよ」

 

 

誰が、とは言わなかった。

皆に帰ってきて欲しいって・・・そう、思ったから。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

正直、<造物主(ライフメイカー)>の魔力量が凄すぎて半端無いです。

目の前の多重魔法陣に込められている魔力は、そうですね・・・私やネギの魔力を足したうえで10倍しても届かないのではないでしょうか。

 

 

「・・・じゃ、まぁ、そんな感じで」

「うん」

 

 

フェイトさんとアイコンタクト込みの5秒会議をして、役割を決めます。

まぁ、これまでと一緒ですが。

ただ・・・。

 

 

「・・・何ですか?」

「何がだい?」

「いえ・・・笑っているようなので」

「・・・僕は、笑っているかい?」

 

 

私が頷くと、フェイトさんは少しだけ戸惑ったように、自分の頬に片手を当てます。

それでもなお、口元に浮かぶ小さな笑みは消えません。

 

 

「・・・笑っているように、見えます」

「・・・『楽しい』、からかな」

「戦いがですか? フェイトさんも男の子ですねー」

「それも、あるのかもしれないね」

 

 

私を見ながら、そんなことを言うフェイトさん。

それも・・・ね。

 

 

「・・・こんなこと以外にも、楽しいことは一杯、ありますよ」

「そうだね・・・コーヒーとか」

「苺とか」

 

 

・・・コーヒーと苺って、合いますかね?

今度、茶々丸さんに聞いてみましょう。

 

 

「・・・楽しいことを、たくさんしようか」

「ええ・・・一緒に」

 

 

ぐ・・・と、身体に力を込めます。

両眼の魔眼を起動させる段になって、<造物主(ライフメイカー)>も動きを再開します。

まさかとは思いますが、こちらの会話が終わるのを待っていたわけでも無いでしょう。

向こうも、何かを考えていたのでしょうよ。

 

 

「・・・ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! 契約により我に従え奈落の王!!」

 

 

隣で、フェイトさんが魔法の詠唱に入ります。

あえて、大きな声と大きなモーションで・・・その間に、私は2つの魔法具を使います。

所有する刀剣を操る『剣群の指揮者』と、切れない糸を紡ぐ『ラッツェルの糸』。

それらを使用しつつ、『速(スピード)』を伴った瞬動で前へ。

 

 

「地割り来れ、千丈舐めつくす灼熱の奔流!!」

 

 

キュンッ・・・と黒い魔力が収束する多重魔法陣の中心を、両手で触れます。

発射直前、5秒前!

収束する魔力を『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』で強制吸収、同時に『複写眼(アルファ・スティグマ)』で<造物主(ライフメイカー)>の多重魔法陣へ強制介入。

 

 

「・・・無駄だ、我が末裔よ」

「・・・・・・!」

 

 

無駄は、承知!

・・・支援魔導機械(デバイス)、起動・・・計算補助!

 

 

『Append』

 

 

左耳に聞こえるのは、ミク・・・では無く、ルカの声、いつの間に入れ替わったのやら。

Appendモードに入り、高速で演算に入ります。

元々は、悪魔の永久石化解除の補助のために作られた機能ですが。

 

 

「滾れ! 迸れ! 嚇灼たる亡びの地神!!」

 

 

フェイトさんの詠唱を背に、私は激しく両腕を動かしています。

<造物主(ライフメイカー)>の魔法陣に込められた魔力の奔流で指先が多少切れますが、問題ありません。

・・・『時(タイム)』!

 

 

「・・・何?」

 

 

やはり、<造物主(ライフメイカー)>には『時(タイム)』の効果が無いですね!

でも、魔法陣は別・・・さぁ、数学の時間ですよ・・・!

 

 

・・・多重魔法陣構成術式を別個に再組織、仮称A1~Z23までの中小魔法陣の連結を阻害及び変更、並びに解除・・・無理! ならば軌道変更、直線軸状を180度として仰角変更作業を開始、魔力収束速度20~30、連結解除・・・失敗! それなら連結続行の上で再計算、予測される13のポイントの数値を改竄、各変数に対してランダムに数値変更し・・・・・・う、ぬ、ぬぬぬぬぬぬううううぅぅぅっっ!!

 

 

「外れ・・・ろぉっ!!」

 

 

私の叫びと共に、3秒間の時間停止が終わります。

同時に、<造物主(ライフメイカー)>の多重魔法陣から膨大な魔力が放たれます。

 

 

頭上に向けて。

 

 

成功・・・と言っても、『複写眼(アルファ・スティグマ)』をもってしても解除できないと言う、デタラメな魔法でしたが。

照準を誤魔化すので、限界でした・・・所要時間も数秒が限界でしたし。

 

 

「きゃ・・・ぁぁああああっ!?」

 

 

おまけに、至近距離で砲撃の余波を受けた私は、吹っ飛ばされましたし。

ドッ・・・と地面に身体を打ち付けながら、それでも私は何とか体勢を整えようとします。

 

 

「『引き裂く大地』!!」

 

 

入れ替わるように、フェイトさんが地属性の最上級呪文を発動させます。

しかしそれだけでは、<造物主(ライフメイカー)>の<リライト>には対抗できません。

でも・・・!

 

 

ガンッ・・・と『力(パワー)』の込められた腕で、地面を叩きます。

跳ね上がる私の身体。

その左手には・・・王家の剣が添えられています。

なぜ、<造物主(ライフメイカー)>に弾かれたはずの剣がここにあるのか?

 

 

『剣群の指揮者』は、私が所有する剣、全てが操作の対象になります。

千本の刀を操作した際、当然、この剣も操作の対象でした。

そしてその剣を囲むように展開するのは、『ラッツェルの糸』が生み出す無限の糸。

キリリ・・・と弓の弦のように張ったそれに、王家の剣が矢のようにセットされています。

 

 

「<造物主(ライフメイカー)>は・・・この剣だけは、弾きました」

 

 

全ての攻撃を<リライト>で防ぐ<造物主(ライフメイカー)>が、この剣だけは打ち消さずに弾きました。

つまり・・・もしかしたなら。

 

 

「いっ・・・けええええぇぇぇぇぇ―――――――――――――――――っっ!!」

 

 

ビュンッ・・・と放たれる剣。

直後、凄まじい衝撃が、場を包み込みました。

ブツッ・・・と、両眼の視界が同時に失われました。

うわ・・・ここに来て、ガス欠のようです・・・!

 

 

『・・・若造(フェイト)にしては、良くやった方だな・・・!』

 

 

同時に、エヴァさんの声が響きます。

・・・結局、自分じゃできなかったな・・・。

 

 

アリアは、ダメな子ですね。

シンシア姉様――――――――。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「『引き裂く大地』!!」

 

 

溶岩と化した大地を支配下において、僕は<造物主(ライフメイカー)>に攻撃を仕掛ける。

迷いは無い。

好きなように、するさ。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>の腕が動く。

<リライト>の体勢・・・魔法が消され・・・その刹那。

一本の剣が僕の頬を掠めるようにして飛来した。

それは、コンッ・・・と音を立てて<造物主(ライフメイカー)>の・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の身体の心臓の位置に当たった。

 

 

「女神(シンシア)の・・・!」

 

 

障壁に阻まれて、落ちかける剣に。

その柄頭に・・・拳を打ち付ける。

 

 

「な・・・」

 

 

・・・魔法剣士スタイルの人間の基本魔法、『術式装填』。

サウザンドマスターも、自分の杖に魔法を込めて槍にしたりしていたね。

効果は・・・魔法を武器に込めること。

そしてこの剣は、随分と魔力の伝導率が良いようだね。

 

 

『引き裂く大地』をアリアの剣に乗せて、放つ。

灼熱の剣が、障壁に罅を入れる。

 

 

「にいいいいいいいいいぃぃぃっっ!?」

 

 

柄頭に拳を当てた体勢のまま、僕と<造物主(ライフメイカー)>の身体は移動する。

直線的に、廃墟の建物をいくつも倒しつつ、進む。

僕と<造物主(ライフメイカー)>の間で、罅割れた障壁とアリアの剣の切っ先が鬩ぎ合う。

 

 

3(テルティウム)・・・アーウェルンクスシリーズの中で唯一、私に対する叛逆を選択できるアーウェルンクス・・・!」

「・・・」

「私を倒すか、人形・・・!!」

「違う」

 

 

障壁突破(ト・テイコス・デイエルクサトー)石の槍(ドリユ・ペトラス)』。

<造物主(ライフメイカー)>の背後の土が盛り上がり、障壁貫通力を持つ槍になる。

そしてそれに、<造物主(ライフメイカー)>の身体が衝突する。

 

 

「ぬ、ぉ・・・!?」

 

 

ブチッ・・・と、衝撃の強さに僕の身体が悲鳴を上げる。

アリアの剣の柄頭に触れている手から白い体液が噴き出す。

その拍子に剣が僕の手から離れて、障壁を、そして<造物主(ライフメイカー)>を・・・。

 

 

「おおおおぉぉおおぉおおぉおぉおおぉおっっ!?」

 

 

貫いた。

心臓の位置を黒いローブごと貫かれて、建物の壁に縫い付けられた。

かなり深く刺さったらしく・・・剣の柄に手を触れるが、抜けずにいる。

・・・まぁ、これだけやっても倒せないと言うのは、規格外だと思うけどね。

 

 

不死の身体に、不滅の魂・・・か。

バグだね。

 

 

「僕は・・・フェイト(にんげん)だ」

 

 

そう呟くように言った、次の瞬間。

「墓守り人の宮殿」の方角から、巨大な魔力が発生するのを感じた。

 

 

・・・『リライト』が、発動する。

 

 

認識するのと同時に、僕は水を使った転移(ゲート)を使う。

最初に転移する先は、アリアの所。

アリアは、どこかぼんやりした様子で、ヘタりこんでいた。

 

 

両眼は、閉ざされている。

頬には、血を拭ったような後がある。

もちろん、それが彼女の魅力を阻害する原因にはなりはしないけれど・・・。

見えないはずの眼で、それでも僕を見つけると、アリアは力の無い笑みを浮かべてくれた。

 

 

「・・・立てる?」

「あはは・・・2回目ですが、今度は無りゃひゃっ!?」

 

 

時間が無いので、両手で抱き上げる。

背中に回した手から流れる体液で服や肌を汚してしまうけれど、そこは許してもらうしかない。

そして再び、転移する。

 

 

今度は、祭壇へ。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の、目の前へ。

 

 

「・・・わかる?」

「あ、はい・・・何となく・・・ひゃ!?」

 

 

覚束ない手の動きに、僕はアリアの身体を後ろから抱きすくめるように体勢を変えた。

そして片手をアリアの手に重ねて、一緒に<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>に触れられるようにする。

 

 

「・・・行くよ」

「ど、どんと来いです!」

 

 

激しい輝きを放つ<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>に、2人で手を伸ばす。

 

 

3(テルティウム)!? ・・・させん!」

 

 

祭壇にいた5(クゥィントゥム)が僕達に気付いたのか、雷化して迫って来る。

 

 

「行かせないさ・・・!」

 

 

龍宮真名が銃を撃つ。

雨あられと放たれる銃弾を回避しながら、5(クゥィントゥム)が迫る。

しかし、それよりも早く。

 

 

「・・・魔法世界の」

「そして、私達の仲間達の生存を懸けて・・・」

 

 

僕達の手が、鍵に触れる。

 

 

「「『世界再編魔法(リライト)』!!」」

 

 

瞬間、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>から猛烈な勢いで魔力と閃光が迸り、全てを塗り替えて行く――――――――――・・・・・・。

 

 

 

 

 

    ―――――待ったよ、この時を―――――

 

 

 

 

 

その時、脳裏に、誰かの声が響いた気がした――――――。

 




エヴァンジェリン:
エヴァンジェリンだ、若造め・・・後で覚えていろよ・・・。
・・・まぁ、それはさておき。
今回は、6割方が<造物主>戦だったな。
つまりそれだけ、私の身体が若造に良いようにされていたわけだ。
・・・人が喋れないのを良いことに、あの若造は随分と好き勝手していたようだが。


ちなみに、今回初登場の魔法具と魔法は以下の通りだ。
ここに上げている物以外は以前に出したことがあるので、公開している資料と情報を参照してくれ。

・剣群の指揮者 (オリジナル)、司書様提案だ。
・マグネシア(灼眼のシャナ)、司書様、ギャラリー様提案だ。
礼を言う、ありがとう。


エヴァンジェリン:
さて、次回だが・・・戦いが終わる。
かなり長い間、戦っていたような気もするが・・・やはり終わりはある物だ。
次回、何やらまた作者が「書きたいシーン」がどうのと言っていたぞ。
では、またな。


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第30話「真実と別離と、そしてもう一つ」

Side アリア

 

―――――待ったよ、この時を―――――

 

 

世界再編魔法(リライト)』を発動した瞬間、そんな声が聞こえたような気がしました。

どこかで聞いたことのある、声。

そして次の瞬間には、身体を何かに引っ張られるような感触を覚えました。

何者かに、無理矢理に転移させられるかのような感覚。

 

 

―――――転移(リロケート)、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア、フェイト・アーウェルンクス―――――

 

 

「う、あ・・・!?」

 

 

手に持っている<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、振動したように感じました。

同時に、身体の中から何かを奪われるような感覚を覚えます。

何か、とても大切な物が抜け出て行くかのような感覚。

 

 

初めて<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>に触れた時にも感じた、激しい痛みと、目眩。

それを今、再び感じています。

感じさせられて、います。

 

 

「ううううぅぅっ・・・うあ、あ、あああぁあぁぁっ・・・!?」

 

 

眼が見えない分、恐怖感が増します。

背中の温もり・・・お腹に回されたフェイトさんの腕と、一緒に鍵を握っているフェイトさんの手に、必死にしがみつきます。

そうしないと、自分がどこかに飛んで行ってしまいそうで・・・。

 

 

次の瞬間、身体に軽い衝撃が走りました。

柔らかい感触の次に、固い床の感触。

 

 

「く・・・ぅ・・・」

「・・・う」

 

 

近くから、かすかなフェイトさんの声。

どうやら、一旦フェイトさんの上に落ちた後、床か何かに身体をぶつけたようです。

見えないとわかりつつも、反射的に眼を開けて・・・って?

 

 

「み、見え・・・る?」

 

 

限界を迎えた魔眼は視力を失い、回復するまで戻らないはずなのに・・・。

でも今、私の眼には周囲の光景が見えています。

まず、隣にフェイトさんが足を投げ出す形で座っていました。

額に軽く手を当てて、どうやら私と同じ状態だったようですが・・・。

 

 

周囲を見れば、そこは割と広い空間のようでした。

出入り口が見えませんが、均等な長さの・・・おそらくは、立方体のような形の部屋。

石造りの部屋のほぼ中央に、私とフェイトさんは投げ出されたようです。

そしてそんな私達の目の前には、3つの石の箱。

 

 

「え・・・」

 

 

細長いその箱は・・・どんなに好意的に見ても、石棺・・・つまり、棺のように見えます。

そして右端の棺の上に、誰かが腰かけていました。

そしてその人物を、私は見たことがあります。

夏休みの前・・・6月の末、学園祭の時に。

 

 

目は閉じていて見えませんが・・・金髪の髪。

それは今や、床まで届きそうな程に伸びていますが・・・。

凛とした、でもどこか優しさを感じさせる顔立ち。

その、人は・・・。

 

 

「・・・お母様・・・?」

 

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

少し、痩せていますが・・・間違い、ありません。

そして、そのお母様の目前に・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が浮かんでいます。

 

 

まるで、何かの鼓動を刻むかのようなリズムで明滅して・・・。

最後に、弾けるように光が放たれました。

 

 

「ふ、ん・・・」

 

 

吐息を漏らすような、声。

その声は、お母様の口から漏らされた物です。

 

 

「・・・やぁ」

 

 

でも紡がれる言葉と気配は、お母様の物では・・・無い。

開かれた目―――青と緑のオッドアイ―――にたたえられた光は、穏やかさでも厳しさでも無く、愉快そうな、そんな光。

 

 

「やぁ・・・ボクの可愛い、アリア」

 

 

浮かべられた笑みは、優しさとは程遠い物でした。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン(造物主)

 

・・・それにしてもあの若造(フェイト)め、随分と好き勝手にやってくれたな。

だがまぁ、生半可な攻撃では私の肉体に傷一つつけることもできんしな。

そこは、仕方が無い。

 

 

だがアリアとの仲は死んでも認めん。

 

 

私は不死だからな、半永久的に認めん。

うん、コレが終わったらもう一度はっきりと言ってやろう、うん。

・・・それはそれとして、どうすれば身体の支配権を取り戻せるのかな。

アリアの剣で縫い付けられた身体はもちろん、おそらくは<造物主(ライフメイカー)>の本体と思わしき黒いローブも、のたうつように蠢くばかりだ。

 

 

「<造物主(ライフメイカー)>との間にパスができてるわけでも無し・・・原理がわからん」

 

 

始まりの魔法使い・・・か。

そして私を吸血鬼に変えた存在。

・・・あらゆる意味で、私の上位者に立てる条件が揃ってるわけだな。

 

 

正直、殺す・・・滅ぼしてやりたいが、だからと言って冷静さを失うほど愚かでは無い。

冷静な状況判断ができなければ、死ぬだけだ。

・・・まぁ、私は不死だが。

だが、私を造った相手・・・私を壊す手段を知っている可能性もある。

 

 

シンシアの新たな肉体、か。

シンシア・・・6年前、アリアに全てを与えた女。

アリアはどこか盲目的に信仰している節があるが、だが・・・わからない女だ。

何が目的で、アリアに近付き・・・刷り込んだのか。

 

 

「・・・まぁ、私は直接会ったことも無いしな・・・む?」

 

 

その時、私の身体が、つまり<造物主(ライフメイカー)>がアリアの剣の柄を握って、少しずつ引きぬいていた。

いやいやいや、ちょっ・・・待て待て待て!

まだ『リライト』は発動したばかりのようだし、<楔の術式>が発動した様子も無い。

 

 

今はまだ、ここにいてもらわんと困る!

ぶっちゃけ、アリアも限界・・・と言うか、<造物主(ライフメイカー)>に対抗できそうな戦力が思い当たらんからして・・・!

つまり、待て!!

 

 

アリアの剣が、抜けた。

 

 

・・・ぐ、ぬぬぬぬ・・・!

アリアに念話・・・繋がらん。

身体も自由にできんし・・・不味い、不味いぞ・・・!

 

 

「おお―――――っと、ちょい待ちな!」

 

 

私が対処法を必死に考えている時、誰かが私・・・つまり<造物主(ライフメイカー)>の前に立ちはだかった。

 

 

燃えるような赤い髪、細いが鍛え上げられた身体。

精悍な顔には、飄々とした笑みを浮かべている。

あれは・・・ナギ!?

起きたのか・・・と言うか、全身の骨を砕いておいたはずだが?

・・・まぁ、ナギだしな・・・って、そうじゃないだろ!?

 

 

「もうちょい、俺と話そうぜ・・・・・・<造物主(ライフメイカー)>?」

 

 

片手の親指で自分を示すナギは・・・15年前と変わらないように思えた。

・・・やっぱり、私のモノにならんかな。

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

『リライト』発動直後、3(テルティウム)と女王が消えた。

どこに飛んだか、僕でも追い切れない・・・バカな、どこへ消え失せた?

『リライト』の術式自体は正常に機能している。

程なく、全世界を覆い・・・世界は再編されるだろう。

 

 

「『七条大槍無音拳』!!」

 

 

真下から拳撃!

知覚した瞬間に、僕は雷化して移動している。

七条の極太の拳撃が、僕がいた場所を通過する。

今のは、無音拳。

 

 

「高畑・T・タカミチか・・・」

 

 

紅き翼(アラルブラ)>の・・・だが。

気で強化した拳などでは、僕の多層障壁を破ることはできない。

その時、背後から誰かに抱きつかれた。

誰かと思って振り向けば、小麦色の肌をした亜人の女が僕を掴んでいた。

 

 

「受けてみるのだわぁ~・・・『ギャラガー忍法・微塵隠れ』!」

「・・・!」

 

 

その女が突然、炎を纏って自爆した。

自爆・・・無駄なことを。

もちろん、ダメージは無い。

・・・着地して顔を上げた際、何故かその女が何事もなかったかのように兵の中にいたが。

自爆、したはず・・・まぁ、良いが。

 

 

「ひるむな! 女王陛下の退路の安全を確保するのだ!」

 

 

近衛の隊長らしい金髪の女がそう叫ぶと、四方八方から兵士が僕に躍りかかって来た。

何故かはわからないが、やたらに士気が高い。

ズン・・・身体に重みがかかる、重力魔法・・・?

 

 

「どうだ! 身体が重いだろ! 重力魔法に魔法薬のコラぼへぇあ!?」

「野郎・・・50口径魔法弾を喰らえばぁあっ!?」

 

 

雷化した僕のスピードに、兵士達はついてこられない。

珍しい魔法薬や武器を使う人間が多いな、ここの兵士は。

いつから、ウェスペルタティア王国はこんなに個性的な兵を雇うようになった?

 

 

「『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』がただの衛生兵部隊だと思ったら、大間違いだぜ!」

「障壁最大出力展開ー!」

「テキサス・チェーンソー残存、突撃ぃああっ!!」

「斬り込み隊、私に続けえぇああっ!!」

 

 

・・・雑魚が何匹、集まろうとも!

雷化!!

キュキュンッ、と秒速150kmで移動し、人間にはおよそ不可能な動きで攻撃を加える。

 

 

何かの薬瓶を抱えていた兵を殴り飛ばし、奥で魔法を詠唱していた術師を打ち倒し、翻ってチェーンソーとやらの刃を砕き、白い装束を着た女の顔の般若の面を膝で割った。

 

 

「ふん、他愛も無い・・・な!?」

 

 

般若の面をつけていた女が、雷化が解けた僕の腕を掴んだ。

割れた面の下から、思っていたよりも若い女の顔が覗いている。

 

 

「おぉりゃああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「・・・!」

 

 

そのまま、物凄い力で投げ飛ばされる。

だが、これも無意味だ。

人間は、時として無意味な抵抗を続ける――――。

 

 

ジャカッ。

 

 

着地した瞬間、こめかみに銃口を押し付けられた。

 

 

「それが人間だよ、少年」

 

 

言葉と同時に、発砲。

雷化で回避し、その銃の持ち主、半魔族(ハーフ)の背後に回る。

こちらを見ずに発砲、しかし雷化している僕には通じない―――――。

 

 

ガキュンッ!

 

 

「!?」

 

 

雷化が、解除された・・・バカな!?

そもそも何故、雷化した僕の身体に、銃弾が当たる!?

 

 

「精霊化解除弾・・・雷化したキミの身体は、私の魔眼から見れば精霊化・魔物化している物と判断できた。どうやら、当たりを引いたらしいな」

「・・・バカな!」

「ヒャッハ―――――ッ!!」

 

 

半魔族(ハーフ)の影から、二本のナイフを持った人形が飛び出してきた。

ただの人形とは思えない速度と錬度の刃が、僕に襲い掛かってくる。

 

 

「く・・・人形風情に!」

「ケイケンガチガウンダヨ、ガキガッ!!」

 

 

雷化を一時的に封じられたとは言え、僕は「風」のアーウェルンクス。

速さにおいて、僕に勝る者は存在しない・・・!

 

 

ギィンッ、と魔力を込めた手刀でナイフの刃と打ち合う。

右に戦い左に守り、前に攻めて後ろに守る。

自在なナイフ捌き・・・この錬度、人形とは思えないレベルだ。

だが、そうだとしても・・・!

 

 

「ヌォアッ!?」

 

 

腕を掴み、電流を流す。

ナイフを弾き落とし、床に叩きつける。

ガインッ、と音を立てて人形が転がる。

 

 

タァンッ!

 

 

そこに襲い掛かる半魔族(ハーフ)の女の銃弾。

身体を逸らして、かわす・・・そうして若干バランスを崩した僕の背を、何かが支えた。

手のような、銃口のような・・・。

 

 

「障壁貫通弾、撃ちます(ファイア)

 

 

緑色の髪の、人形が。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

僕は<火>のアーウェルンクス。

破壊力に関しては、アーウェルンクスの中でも最強。

 

 

「『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』!!」

「・・・!?」

 

 

炎属性最大の破壊力を持つ魔装兵具、『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』を欠陥品の6(セクストゥム)に振り下ろす。

すでに僕の攻撃を幾度か受けて動きが鈍っていた6(セクストゥム)は、避けることもできない。

 

 

と言っても、流石はアーウェルンクスシリーズ。

すぐに障壁を修復し、僕の攻撃を受け止める。

 

 

「ぐ、くうぅあ・・・っ!」

「良く受け止めたね・・・だが!」

 

 

障壁の軋む音が少しずつ大きくなっていく。

それに伴って、僕の攻撃に少しずつ6(セクストゥム)の身体が押し込まれていく。

炎熱が冷気を上回り、6(セクストゥム)の服の端が焦げ始める。

 

 

その時、ポポンッ、と僕の両側に小さな何かが生まれた。

キキキキキッ、と鳴くそれは、小さな悪魔・・・いや、鬼か?

それが、4匹。

6(セクストゥム)にこんな物を呼び出すスキルは無い。

だが、誰が何をしようとも関係無い。

 

 

次の瞬間には、無詠唱で放った炎の矢で4匹の小鬼を貫く。

すぐにそれは消滅して・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

頭上の障壁に衝撃。

巨大な棍棒が、僕の頭に向けて振り下ろされていた。

その棍棒の持ち主は、赤い肌の巨大な鬼だった。

 

 

「ガハハハハハァッ、コレはまたけったいな世界に呼び出されたのぅ!」

 

 

さらに次の瞬間、背後から幾十もの剣戟の音がした。

振り向けば、仮面を付けた女型の鬼が空中を跳んでいた。

虚空瞬動の要領で、巧みに移動しつつ攻撃を加えてくる。

 

 

「・・・無駄な」

「・・・っあっ!?」

「足掻きだよ!」

 

 

神剣で障壁を砕き、6(セクストゥム)の腹に蹴りを加えて叩き落とす。

それから『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』を横に振り、赤い肌の鬼を斬り裂き、返す刀で仮面の鬼を斬った。

 

 

「バカな! 熊童子達ばかりでなく、酒呑と茨木までも一撃じゃと!?」

 

 

6(セクストゥム)の頭の上の人形が、何事かを叫んでいる。

新しい使い魔か?

まぁ、アレを庇って避けきれない攻撃もあったように感じるが。

 

 

「・・・!」

 

 

空中で体勢を何とか整えた6(セクストゥム)がキッ、と僕を睨むと、大量の水が僕めがけて押し寄せてきた。

 

 

「『水精大瀑布(マグナ・カタラクタ)』!!」

 

 

燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』で斬り裂くと、水が蒸発して白い煙が生まれる。

その向こうには、術後硬直で無防備の6(セクストゥム)・・・。

ジャキッ、と神剣を持ち直し、突きの体勢に入る。

 

 

「終わりだ、セク」

 

 

 

左頬に、重い一撃。

 

 

 

「ス・・・ッッ!?」

 

 

左側から、突然顔面に拳が叩き込まれた。

バカな、6(セクストゥム)は何もしていないぞ・・・!?

殴られた刹那、目だけで左を確認する。

 

 

「・・・僕(スクナ)を喚んでくれてありがとうだぞ、晴明」

 

 

白みがかった長い髪、金の瞳。

白い装束・・・人間では無い、かといって亜人でも無い。

こ、こいつ、は・・・あああああぁあああぁあああぁっ!?

 

 

「僕(スクナ)は、長距離転移ができないからな」

 

 

視界が回転して、急降下した。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「うーん、やっぱり良い物だね、身体があるって言うのはさ」

 

 

お母様・・・いえ、お母様の身体を使っている存在は、そう言いました。

掌を握っては開き、それから身体の感触を確かめるように軽く跳んだりしています。

学園祭で見たお母様の幻とは、明らかに違います。

いえ、まぁ、この10年で性格が変わったと言うならともかく・・・おそらく、そんなことは無い。

 

 

中身が、違う。

私の右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』は、<造物主《ライフメイカー》>を視た時に感じた物と同じ気配を、見抜いています。

すなわち、別の魂が肉体を動かしている。

そして今、お母様の身体を使っているのは・・・。

 

 

「・・・・・・シンシア、姉様?」

「はい、正解。後2回正解すれば、ご褒美をあげよう」

 

 

愉快そうに笑う顔、飄々とした口調。

どこか芝居がかった仕草。

 

 

「帰ったか、シア」

 

 

その時、どこからともなくアマテルさんが姿を現しました。

転移してきたというより、左端の棺の前に突然生まれたような、そんな出現の仕方です。

シンシア姉様はそんなアマテルさんを見ると、快活そうな笑顔を浮かべて片手を上げました。

 

 

「やぁ、アマテル。その節は世話になったね」

「構わん。私とお前の仲だ」

「いやぁ、ボクも喰われるとは思ってなくてさぁ、慣れないことはするもんじゃ無いね」

「探すのに苦労したのは、事実だがな」

「見つけてくれると信じていたよ・・・けど、魂を入れる場所は考えてほしかったかな」

「<造物主(ライフメイカー)>の影響を排除できる人形が、他に無かったのじゃ」

 

 

2人は、とても親しそうにしています。

アマテルさんの話が本当であれば、2600年前からの付き合い。

ですからそれは、別に不思議なことではありません。

 

 

ですが、話の内容。

話の内容に、ついて行けないと言うか・・・。

 

 

「ど、どうして・・・シンシア姉様が」

「うん? 何だい、ボクに会えて嬉しく無いのかい?」

「それは・・・その」

 

 

嬉しく無い、とは言いません。

ただ、唐突と言うか・・・お母様の身体を使っているあたり、微妙と言うか。

次に会えるのは私がお婆ちゃんになってからだと、約束を。

 

 

「あ、ごめん。それ嘘」

 

 

笑顔のまま、シンシア姉様は言いました。

・・・嘘?

 

 

「ちなみにボクは、もう二度とキミの顔なんて見たくもなかったよ?」

 

 

シンシア姉様は急に笑顔を消して、そう・・・・・・え?

・・・今、何て・・・?

 

 

「ボクの魂を抱えたまま死なれちゃ困るから、優しくしてあげてたけどさ」

 

 

ヒュン・・・と<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を背後に従えて、シンシア姉様は無表情に言います。

どんな時でも笑みを浮かべていたシンシア姉様。

けれど今は笑顔とは程遠い、冷え切った顔をしています。

 

 

「魔法具だってあげたし、自殺しないように心に魔法をかけた。魔眼に侵されないように限界点を設定してもあげたし、元々半分しか無かったキミ自身の魂を6年間で修復してもあげた・・・」

「・・・!?」

「そしてさらに、キミにとって都合の悪い記憶にも鍵をかけてあげた・・・」

 

 

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が一瞬、強く輝きました。

あまりの光の強さに、眼を閉じます。

そして、再び眼を開いた時・・・。

 

 

目の前の光景が一変していました。

燃える村、降り注ぐ雪。

・・・ここは、まさか。

 

 

「そう、キミの原点にして・・・・・・原罪の場所だ」

 

 

6年前、ウェールズの村。

私の、故郷。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

情報で聞いたことはある。

メガロメセンブリア元老院が、サウザンドマスターの村に悪魔の群れを放った・・・と。

まぁ、サウザンドマスターの子供を殺すことにも攫うことにも失敗したようだけどね。

その時は、別に何も思わなかったけれど。

 

 

そして今、僕の目の前に広がっている光景は、その時の物らしい。

村が襲われ・・・おそらくは6年前のアリアだろう幼い少女も危機に陥る。

 

 

『ボク的必殺、『問答無用拳』!!』

 

 

しかしそこに、シンシアと言う女が現れる。

シンシアは、アリアが使うような魔法具を使用して悪魔の軍勢を薙ぎ払った。

隣のアリアが、ほっと息を吐くのが聞こえた。

 

 

『さぁて、と・・・・・・死のうか』

 

 

シンシアが、気を失って倒れたアリアに近付く。

ガッ・・・と、アリアが僕の腕を掴んだ。

心なしか、顔色が悪い。

先程の安堵の様子とは違い、少しばかり呼吸も荒い。

 

 

声をかけようとした次の瞬間、突然、アリアの背後にアリカ女王の身体を使っているらしいシンシアが現れた。

背後からアリアの頬に手を添えて・・・囁くように、言う。

 

 

「さぁ・・・良く見ておくんだ」

「・・・」

「キミがボクに、何をしたのか・・・」

 

 

生々しい音が響く。

 

 

視線を戻せば、幼いアリアが金髪の女性・・・かつてのシンシアを、刺し殺している所だった。

ひっ・・・と、隣から息を飲む声が聞こえる。

幼いアリアの右腕が、自分を抱えあげたシンシアの腹部を貫いている。

肉の抉れる音、血の飛び散る音。

 

 

それが、しばらく続く。

幼いアリアの眼は、不自然な程に見開かれている。

両眼の魔眼が、不自然な程に紅く輝いている。

アリア自身には、意識が無いようだった。

それに対して、シンシアがその間に何をしていたのかと言うと・・・。

 

 

『はいはい・・・食べ食べしましょう、ね・・・と・・・割と痛いな』

 

 

ただ、幼いアリアを抱き締めていた。

自分の身体が半分近く損壊するまで、ただ・・・抱き締めていた。

 

 

「わ・・・私、が」

「そう、キミが」

「私が・・・シンシア、姉様を」

「そう、6年前、この雪の日。キミの原点ともなったこの日・・・ボクはどうして、死んだのか」

「う・・・う、わ、私、私が」

「そう」

 

 

過去の映像は、そこで止まる。

アリアの耳元で・・・シンシアが囁いた。

 

 

「キミが、ボクを殺した」

 

 

アリアの瞳が、大きく揺れた。

身体を震わせて、口元を戦慄かせて、小さな手を頭を抱えるように持ち上げ・・・逃げるように一歩下がる。

でもそこにすでにシンシアはいない、バランスを欠いたかのように、倒れそうになる。

慌てて、それを支える。

抱きかかえるようにして、アリアの身体を支えた、次の瞬間。

 

 

「ぃいぃやあああぁあぁあああああぁああぁああああぁぁぁぁあぁっっ!!??」

 

 

甲高い悲鳴が、耳を打つ。

声量の大きさに、一瞬、顔を顰めた。

 

 

「あ、あああぁぁああぁあぁっ、あああぁあああああああああぁぁぁぁああぁあっ!!」

「・・・アリア」

「ああっ、あああぁあぁっ、うあっ・・・うわああぁあああぁあああああぁあぁっ!!」

「アリア」

「ああぁあぁ、ぁ、あぁあっ・・・ひっ、ひぐっ、ううぅぅうあああぁぁああぁっ!!」

「アリア・・・落ち着いて」

「ああっぐっ、ふぐっ・・・う、ううううぅぅ・・・っ・・・!!」

 

 

無理矢理に、アリアの身体を抱く。

震えの止まらない身体を抱き、とめどなく流れる涙を拭う。

 

 

「あらら・・・泣きだしちゃったね、どうする王子様?」

「・・・」

 

 

飄々とした様子のシンシアを、僕は静かに見据える。

アリカ女王の顔なので、何とも対応に困るが。

 

 

「おや怖い・・・けど、どうかな? ボクの魂と言う誘因要素を失ってなお、キミはアリアを想えているのかな・・・人形君?」

「何・・・?」

「キミとアリアは、半分に分かたれたボクの魂を持っていた。一つになろうとするボクの魂の引き合う力がキミ達を結んだのだとすれば・・・今は、どうなんだろうね?」

 

 

僕の腕の中で、アリアが震えた。

恐る恐るといった様子で、僕の顔を見上げてくる。

 

 

「以前のような、餓えるような求めるような、そんな気持ちは残っているのかな・・・?」

 

 

アリアの顔が、緩やかに陰って行く。

それに対して僕は・・・僕は?

アリアの瞳から流れる大粒の雫を、指で掬う。

僕は・・・。

 

 

「まぁ、愛の恋だのは勘違い、なんて誰かが言ってた気もするけどね~・・・さて、アマテル、仕上げと行こうか?」

「・・・ああ」

「転移(リロケート)!」

 

 

顔を上げると、シンシアが<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を使って、何かを呼ぼうとしていた。

 

 

 

 

 

Side カゲタロウ

 

「ふんっ・・・!!」

 

 

小太郎殿と月詠殿を抱えた状態で上に登るのは、流石の私も厳しい。

子供とは言え人間2人だ。

影を使ってどうにか登っている物の、なかなか骨だなコレは・・・!

 

 

思ったよりも勢い良く落ちていたから、2人を捕まえるのに苦労した。

これが素直に地上なら、影を使って転移と言う手段も取れたのだが。

 

 

「・・・てめぇ、なんかに・・・」

「む? 気が付いたか? もう少しで治療班のいる場所まで登れる、もう少し待て」

「てめぇ、なんかの・・・助けなんざ・・・」

「まぁ、気持ちはわからんでも無いが、我慢してくれ」

「・・・畜生ぉ・・・」

 

 

小太郎殿が何か言っているが、聞かなかったことにする。

月詠殿は、まだ気絶しているようだな。

 

 

「むんっ! 到着したぞ・・・「ダメだっ、呼吸が戻らんっ!」・・・ぬ?」

 

 

どうにか頂上に到着した。

したのだが、そこには緊迫感がただよっていた。

『白騎士(ヴァイス・リッター)』とか言う部隊の連中がそこかしこに倒れている中を、衛生兵らしき兵士がバタバタと駆けている。

あれは確か、『銀の福音(シルバー・ゴスペル)』とか言う・・・。

 

 

「千草ねーちゃん!?」

 

 

小太郎殿が私の腕から逃れて、駆け出した。

よろめき、何度か転びながらも・・・目的の場所まで辿り着く。

すなわち、千草殿の下へ。

 

 

「出血多量! 血液パック持ってきて! 早く!!」

「治癒魔法、掛けるぞ!」

 

 

・・・どうやら、芳しく無いらしい。

幾多の戦場を経験した私から見ても・・・芳しく無い雰囲気だった。

 

 

「お、おいアンタら・・・大丈夫やんな? 千草ねーちゃん、助かるやんな?」

「精一杯のことはするが、呼吸が戻らん!」

「なっ・・・」

「心肺はまだ生きてるが、呼吸が戻らんことには・・・」

 

 

どうやら本当に、芳しく無いらしい。

その時、軽く服の裾を引っ張られた・・・ぬ?

 

 

「アンタら、医者やろ・・・何とかしてや!」

「・・・」

「なぁ、ほんま、頼むって・・・! 何か足りんもんがあるんやったら、俺が取って来たるから!」

「・・・」

「何でもするよって、何とか・・・助けたってや、この人・・・この人は」

 

 

千草殿の手を握って、小太郎殿が言う。

 

 

「俺の・・・かぁちゃんなんやって・・・!」

 

 

・・・場を、沈痛な空気が包む。

そしてそこに、穏やかさを含んだ、間延びした声が響く。

 

 

「そうですな~・・・おかぁさんですから~・・・」

「・・・月詠のねーちゃん?」

「はい~・・・あ、刀が無い。ちょっと医療用のナイフ借ります~・・・」

 

 

ヨロヨロと歩き、医療用のナイフ・・・メスを掴む月詠殿。

彼女は千草殿の様子を少し見た後・・・。

 

 

「ちょ・・・!」

 

 

小太郎殿の制止も間に合わず、躊躇なく切り付けた。

だが、どうやら千草殿の身体には触れていないようだが・・・?

 

 

「・・・・・・呼吸が戻った!」

「何やて!?」

 

 

その直後、千草殿の呼吸が戻ったのだ!

な、何をしたのか、私にもわからなかった。

月詠殿はふぅっ、と息を吐くと、メスを捨てて・・・。

 

 

「・・・斬魔剣・弐の太刀・・・」

 

 

そう呟いて、力尽きたように千草殿の横に倒れた。

慌てて、衛生兵が月詠殿の治療を始める。

 

 

「だ、大丈夫なんか?」

「・・・・・・大丈夫、傷は治療したし、助かる」

「ほんまか!? ・・・そうか」

 

 

千草殿の手を握って、小太郎殿は俯いた。

・・・それ以上のことは、背を向けた私には見ることができない。

 

 

「・・・そうか・・・っ」

 

 

ただ、声だけは聞こえた。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

・・・正直、ヤベェ・・・!

確かに俺は20年前と10年前、<造物主(ライフメイカー)>に勝った。

けど、一対一のサシでやるのは、実は初めてじゃねぇか?

 

 

20年前には、お師匠がいた。

10年前には、アリカやアルがいた。

まぁ、つっても俺は最強にして最高にカッコ良い無敵な魔法使いだから?

魔力が空でも、骨がヤバくても、こんな野郎楽勝で・・・!

 

 

「らぁっくぅしょおおおだぜええええぇぇえぇぇぇっ!!」

 

 

障壁もまともに張れねぇってのに、野郎、ドカドカ撃ってきやがる!

俺? もちろん全部かわしてるさ。

左肩が外れてなんてねぇし、肋骨が3、4本イっちまったのは気のせいだよ。

ただちょっと痛ぇだけだ、気合いで治る。

 

 

「全てを満たす解は見つかったのか、英雄よ」

「ああ!?」

「言ったはずだ、いずれ貴様にも絶望の帳が下りると・・・」

「はっ!」

 

 

この10年間、人の話を全く聞いちゃいねぇ。

絶望? いつ、どこで、誰が!

そんな、くだらねぇもんなんざ・・・。

 

 

「したってんだ、このスカがあああぁぁぁぁっ!!」

 

 

ドンッ・・・と瞬動で直進する。

途中、虚空瞬動を織り交ぜて撹乱する。

身体を捻って黒い砲撃を避けて、足の骨が折れたみてぇだが、それがどうした。

大した問題じゃねぇ。

 

 

・・・つーか、何でエヴァンジェリンの身体に入ってんだ野郎。

麻帆良にいたはずじゃ・・・封印、解けたのか?

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ガインッ・・・拳が、障壁で阻まれる。

ちっ・・・やっぱ無理か!

 

 

「さらばだ、英雄」

「げ」

 

 

目の前に、魔法陣が展開される。

そこに魔力が収束して・・・って、ヤベ・・・!?

 

 

「父さん!」

 

 

風属性の魔力を全身に纏って電気みてぇなのを放ってるネギが、その魔法陣を蹴り砕いた。

俺を背に庇うように、俺と野郎の間に立つ。

あん・・・?

 

 

「ネギ!」

「ぼ、僕の大事は・・・父さんだから!」

「・・・は?」

「だから、父さんを守るために・・・戦う!」

「・・・まぁ、良いけどよ」

 

 

・・・何でコイツ、そこで俺の名前を出すんだ?

俺が好きなのか・・・いやでも、ほとんど会ったことねぇよな?

俺を好きになる理由が、ねぇよな?

つーか、その魔力を全身に纏わせる技法、どっかで見たことっつーか、聞いたことがあるような。

 

 

「ネギ・スプリングフィールド・・・私のもう一人の末裔か」

 

 

っと、<造物主(ライフメイカー)>の野郎がネギに興味を持ちやがったな。

さぁて、いよいよ面倒に・・・と、思った瞬間。

 

 

<造物主(ライフメイカー)>とネギの足元に、魔法陣が展開された。

 

 

「む・・・」

「え・・・」

 

 

次の瞬間、2人とも消え失せやがった!

ち、転移・・・鍵か!

どこに行った・・・墓か? だとするとアリカのいねぇ俺じゃ行けねぇ・・・くそが!

後に残されたのは、俺と・・・エヴァンジェリン。

 

 

ドシャッ・・・と音を立てて、エヴァンジェリンがその場に倒れた。

黒いローブ・・・<造物主(ライフメイカー)>はネギと一緒に消えちまいやがった。

・・・ほっとくわけにも行かねぇし、とりあえず折れた足を引き摺りながら、エヴァンジェリンの傍に行く。

 

 

「・・・おーい、大丈夫かよ」

「・・・・・・・・・こう言う場合は、優しく抱き上げる物だろうが」

「無理」

「殺す・・・」

「ハハ」

 

 

悪いな、エヴァンジェリン。

後でガキ共に殴られなきゃいけねぇと思うからよ、お前はその後でな・・・。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主(アマテル)

 

10年前の話だ。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアとシンシアは、ある契約を交わした。

契約と言うよりも、約束に近い物だったが。

 

 

シンシアに自由を与える代わりに、自分達の子供に危機が迫ったら、守ってほしいと。

自分達はお尋ね者ゆえ、会いにいけないからと。

父は<造物主(ライフメイカー)>との対話を続け、母は楔の役目を代行して。

そしてシンシアは6年前のタイミングで、その約束を果たしに行った。

息子の方はナギが救ったようだが、娘の方は誰も救いに行かなかった。

だから、シンシアが救った。

 

 

だが、シンシアがどう言う方法で娘を救ったのかはわからん。

突然、死におったからな。

ナギが持ち帰ったのは、シンシアの魂の半分に過ぎなかったし。

まぁ、ナギも身体を封印されていて行動の自由が無かったゆえに、仕方が無いのだが・・・。

 

 

「転移(リロケート)・・・<造物主(ライフメイカー)>、ネギ・スプリングフィールド」

 

 

シンシアが鍵の力を使って呼び出したのは、<造物主(ライフメイカー)>と赤毛の末裔。

シンシア・・・シアに続いて、我が夫(つま)も帰ったか。

そして、アリカの肉体を含めた我が血族の2人の子供と、魂の入れ物の人形。

・・・全て、揃ったと言う所かな、シア?

 

 

「え・・・ここは・・・アリア? それに・・・フェイト?」

 

 

赤毛の末裔、ネギが戸惑ったような声を上げる。

末裔の少女、アリアは憔悴したように人形に抱かれるばかり。

・・・やりすぎ、とも思うが、事実じゃしの。

シアが死んだのは、アリアのせいだと言う事実は変えようがない。

 

 

・・・まぁ、シアがそれで良いと言うのなら、私は構わない。

私自身は、そこまでアリアに思い入れがあるわけでも無い。

 

 

『・・・月の女神(シンシア)・・・』

 

 

耳では無く、直接脳に響くような、<造物主(ライフメイカー)>の声。

今は誰にも憑依していない所を見るに、シアが本体だけ転移させたと言うことかの。

 

 

シアは<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を手に持ったまま、慈しむように、<造物主(ライフメイカー)>を迎えるように、両手を広げた。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの肉体を借りて、<造物主(ライフメイカー)>の前に立つ。

 

 

「やぁ、愛しい人」

 

 

微笑みすら浮かべて、シアは<造物主(ライフメイカー)>を迎える。

そして・・・。

 

 

「・・・いくつか、わからないことがあるのだけど」

 

 

・・・人形が、まるでそれに異を唱えるように声を上げた。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

確かに、戸惑いはある。

自分の中の何かが変わったような、そんな感覚がある。

最たる物は、アリアに対する僕の内面の変化だろうか・・・。

 

 

ぐ・・・と、アリアの肩に回した手に力を込める。

アリアは、俯いて震えるばかりで反応を返してくれない。

・・・・・・。

 

 

「・・・わからないこと?」

「そう」

 

 

この場での事実だけを見れば、どうもシンシアがアリアを騙して利用していた、と言う構図が成り立つ。

シンシアはアリカ女王の肉体に自分の魂を宿すために、僕とアリアをここに、<初代女王の墓>に呼び寄せた。

アマテルがシンシアの仲間だと言うなら、僕らをここへ導くかのような言葉にも納得できる。

 

 

もしかしたなら、それが唯一の事実なのかもしれない。

だが・・・。

 

 

「貴女は、自分の復活のためにアリアを利用した・・・その解釈で間違っていないのかい?」

「・・・まぁ、そうだね」

 

 

ビクッ、と、アリアの肩が震える。

・・・だが、どうしてか僕はそれで「納得」できない。

 

 

「何故・・・アリアに魔法具を与えて・・・何故、魔眼を制御した?」

「魔法具や魔眼に関しては言った通り、ボクの魂を抱えたまま死なれちゃ困るから」

「死にたくなかった?」

「当然だろ?」

「なら何故、幼いアリアを救った?」

 

 

肉体を失ったシンシアが復活を望む、コレは良い、理解できる。

だがそもそも、何故シンシアは幼いアリアを救いに行った?

死ぬことがわかっていたかのような口ぶりで、何故、倒れたアリアに近付いた?

そうしなければならない理由が、あったのではないか?

何故・・・その後もアリアの中でアリアに力を与え続けた?

 

 

「死にたくないと言うのなら、もっと方法があったはずだ・・・少なくとも僕ならあんな手段はとらない、何か・・・何か、殺されてでもアリアを救うべき何かの理由が、あったのか。何故だ?」

「・・・それは・・・きっと、私が」

「事実は一つだよ!」

 

 

アリアの声に被せるようにして、シンシアが叫んだ。

冷たい、感情のこもっていない目で、アリアを見下ろしている。

 

 

「ボクはアリアに殺された―――――肉体を失った! ボクはアリアを利用して・・・こうして復活した! アマテルの<精霊殺し>の力が満ちたこの部屋でなら、ボクはキミ達2人の肉体と言う枷から離れることができるからね・・・それが、全てさ!」

 

 

両手で部屋を、<初代女王の墓>を示して、シンシアは叫ぶように言う。

 

 

「誰がボクを責められる? 何がボクを責められる? どうしてボクを責められる? 2000年・・・そう、2000年だ、それだけの時間、ボクは世界に全てを捧げてきた・・・もう十分だ、そうだろう?」

 

 

楔としての2000年。

それは確かに、長い時間だとは思う。

人が変わるには・・・十分すぎる程に長い時間だ。

 

 

「ボクは憎かった、ボクらの存在を知らずにのうのうと日々を生きる連中が! 人の気も知らないで、飽きもせずに戦争をする連中、差別をする連中、愛しい人が創ったこの世界を、汚すしかできない連中・・・そしてアリア、キミだ。ボクはね、キミのことが」

「・・・っ」

「キミのことが一番、嫌いだったよ」

 

 

・・・嗚咽が聞こえる。

ギシリ、と、足元の石に罅が入る。

意外なことに、僕は「苛立ち」を感じているらしかった。

自分でも、意外なことにね。

 

 

「・・・まぁ、どうしても許して欲しいなら」

 

 

シャンッ、と<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の切っ先をアリアの目の前に置いて。

 

 

「キミの持ってる全てを、ボクに捧げて貰おうかな?」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・すべて・・・?」

「そう、今キミが持っている物は、言ってしまえばボクが与えた物だからね。えーと・・・何だっけ、女王とか家族とか諸々? 全部・・・ボクに捧げてもらう」

 

 

私の持っている全てを、シンシア姉様に捧げる。

女王としての持ち物、家族として得た物、そして他の全ても。

この6年間で私が手に入れた物、全て。

 

 

実際・・・シンシア姉様に頂いた魔法具の力がなければ、ここまで生きては来れなかった。

魔眼や魂の話が本当なら、そもそも6年前に死んでいたでしょう。

なら・・・。

 

 

「どうする、アリア?」

 

 

ギシッ・・・と、胸が締め付けられます。

呼吸がしにくくて、でも、逃げるわけにもいかなくて。

だって、私が。

 

 

私が、シンシア姉様を殺していたのだから。

 

 

あまりの事実に、目眩がします。

認めたくない、でも本当のこと・・・。

姉様が私を嫌いと言うのも、仕方のないことです。

自分を殺した人間を、愛せるはずが無いではありませんか。

 

 

でも、だから、もし許されると言うのなら。

喜んで、捧げるべきでは無いのでしょうか・・・?

 

 

「・・・・・・」

 

 

捧げると言う、その一言が、言えない。

何故なら・・・シンシア姉様の、目が。

私を見る目が、どこか・・・。

 

 

「・・・ダメだよ」

 

 

不意に、聞き覚えのある声が聞こえました。

 

 

「ダメだよ!」

 

 

そう叫んだのは・・・意外なことに、それまで黙っていたネギでした。

シンシア姉様は、少し興味を引かれたような表情でネギを見ました。

 

 

「ふん・・・? 何だいネギ君、急に妹への愛に目覚めたとか?」

「そんなんじゃない!」

 

 

・・・まぁ、別に目覚めてほしいわけではありませんけど。

 

 

「ふん、それじゃ・・・何かな?」

「・・・」

 

 

そこでネギは、どこか逡巡するような様子を見せました。

それから私の顔を見て・・・どこか、不機嫌そうな、気に入らないような、そんな顔をします。

何を、考えているのでしょうか・・・。

 

 

「・・・僕は、アリアのことが嫌いだ」

 

 

唐突に、ネギはそう言いました。

それ自体は今さらなことなので、別にどうとも思いませんが・・・。

 

 

「だけど僕は・・・・・・僕は、アリアが羨ましかった」

 

 

・・・え?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

僕は、アリアのことが大嫌いだった。

そして同じくらい、僕はアリアが羨ましかった。

だって、僕は。

 

 

「僕は、アリアみたいに・・・なりたかった!」

 

 

どうしてだろう、僕は今、凄くムカムカしてる。

今まで感じたことも無いくらいに、苛立ってる。

 

 

「アリアみたいに、皆から好かれて、頼られて・・・そして全部のことをやってのけて、皆から・・・凄いって、言われたかった!」

 

 

皆から好かれるアリア。

皆から頼りにされるアリア。

皆から、優しくされるアリア。

 

 

誰も彼もが、アリアのことばかり気にする。

僕のことは、誰も・・・見てくれない。

 

 

「羨ましかった・・・アリアみたいになりたかった!」

 

 

言葉を紡ぐ度に、右腕の『闇の魔法(マギア・エレベア)』の紋様が軋む。

僕の中のドス黒い何かに、反応するように。

 

 

そうだ、僕は・・・最初から、わかってた。

わかっていた、はずなんだ。

でも、認められなかった・・・今だって、認めたくないと思ってる。

 

 

「なのに、そんな簡単に・・・捧げるとか捨てるとか・・・ふざけないでよ!」

「簡単ね、ボク殺されてるんだけど?」

「それは・・・それは、良く無いことだと思います・・・けど! 僕は認めない!」

 

 

僕の欲しい物を、羨んで仕方が無い物を持っているアリア。

それを、捨ててなんて欲しく無い。

アリアには何一つ、捨ててほしく無い。

 

 

だって、僕は。

僕は・・・。

 

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

 

僕は、アリアに・・・「凄いね」って、言わせたかった!!

言われたかった!!

それがきっと・・・最初だった!!

 

 

「僕は絶対に・・・認めない!」

 

 

全身から、魔力を放出する。

墓所の主・・・アマテルさんがいるからか、この部屋には精霊がいない。

だから魔法を使うのは難しいけど、けど魔力で自分の身体を強化はできる。

だから・・・!

 

 

「・・・まぁ、素直で良いと思うことにしようか」

 

 

トンッ・・・と、腹部に<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)の先端が押し付けられていた。

いつの、間に・・・!

そしてそこから、凄まじい勢いで力を、魔力を吸い上げられているのを感じた。

僕の、魔力を・・・奪ってる!

 

 

「・・・うぁっ!?」

 

 

直後、どんっ・・・と誰かに押された。

手を突き出して立っていたのは、アマテルさん。

床に尻餅をつく僕に、アマテルさんとシンシアさんは、不思議な笑みを浮かべる。

 

 

「姉様・・・!」

「もう良いよ、アリア。良く考えたら欲しい物なんて何も無かったし」

 

 

冷たく言って、シンシアさんは僕らに背を向けた。

僕の魔力を吸った<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、ゆっくりと輝く。

 

 

「・・・転移(リロケート)、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア、フェイト・アーウェルンクス、ネギ・スプリングフィールド――――――」

「姉様、待って!」

「―――――――――アリカ・アナルキア・エンテオフュシア!」

 

 

パァッ・・・と、足元に魔法陣が浮かび上がる。

今の・・・最後の名前は。

 

 

「アリア」

 

 

最後の一瞬、シンシアさんがアリアの方を向いて何かを言った。

それは・・・僕には、聞こえなかった。

 

 

 

 

 

Side シンシア

 

ふーむ、我ながらちゃんとできたか心配だね。

最後とかはいらなかった気もするしね。

 

 

『・・・月の女神(シンシア)・・・』

「うん? ああ、ごめんよ愛しい人、待たせたかな?」

『・・・構わぬ・・・』

 

 

人の形をしたローブの塊が、私の目の前に浮かんでいる。

私は高さを調節するように、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持ったまま中央の棺の上に立った。

不謹慎かな? ま、本人が目の前にいて文句を言わないんだから、良いよね。

 

 

今のボクは、魂だけの存在だ、それもこの墓の中でしか存在できない憐れな存在。

アマテルの力で実体化している、残留思念のような物に過ぎない。

・・・魂の大半は、アリアと人形(フェイト)君の魂の補完に使ったからね。

 

 

「アレで・・・良かったのか。予定ではあの者達に全てをやらせるはずだったろう」

「んー、まぁ、何とかなるんじゃないかな?」

 

 

視線を落として、宙に浮かぶ<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を見る。

アリアの頬に触れた時に指についたアリアの血が、柄に付着している。

そして『闇の魔法(マギア・エレベア)』、<造物主(ライフメイカー)>に連なる力のこもった魔力・・・それも、アマテルの血族の魔力。

 

 

アマテルを見ると、かすかに頷きを返してくれた。

・・・覚悟、完了って感じかな?

 

 

「・・・愛しい人、見ていたよ。ボクの新しい身体を用意しようとしていてくれたね」

『・・・ずっと、すまないと思っていた・・・』

「うん・・・そうかい、でも別に気にしてくれなくとも良かったんだ」

 

 

実際、2000年前にはアレ以外に方法が無かったわけだしね。

それに何よりも、ボクが自分で選んだことだから。

キミの役に立てるなら、それで良かったんだ。

それだけで、良かったんだから。

 

 

かき抱くように、左手を<造物主(ライフメイカー)>に伸ばす。

そして、<造物主(ライフメイカー)>のローブがボクを抱くように包もうとした時。

 

 

 

    ―――――カチリ―――――

 

 

 

何かが外れるような音が響いた。

そしてそれは、ボクの足元から響いた音だ。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が、中央の棺・・・<造物主(ライフメイカー)>の棺を貫いた音だ。

<造物主(ライフメイカー)>の肉体を、貫いた音だ。

 

 

黒いローブが戦慄くように震えるのと同時に、<初代女王の墓>全体に幾何学的な紋様が浮かび上がる。

10年前から発動しかけていた術式が、発動する。

 

 

    <楔の術式>

 

 

10年前、<紅き翼(アラルブラ)>が残した置き土産。

あの愉快な連中が残していった、最後の1ピース。

 

 

『・・・何故だっ!?』

「ありがちな言い方をするのなら、すでに世界は次代に引き継がれたから。建て前抜きの言い方をするのならば・・・もう疲れた、ダルい、面倒見てらんないよ、こんな世界」

「少しは言葉を選べ、バカ者・・・まぁ、半ばは同意せんでも無いが」

太陽の女神(アマテル)、お前までも・・・!』

 

 

いやぁ、本当・・・嫌われて正解だったね。

そうでないとあの子、残るって言いかねなかったしね。

アマテルはアリア達も巻き込むつもりだったらしいけど、冗談じゃない。

アリアはようやく幸せになれたんだから、ここで退場されちゃ困るよ。

 

 

幸せになれると良いなと聞かれて、もう幸せだと言えるのならば、上等だ。

ボク一人いなくなっても、何の問題も無い。

・・・問題無いよね、アリア?

 

 

「2000年前の段階で、ボク達3人の力はほとんど互角だった・・・ボクとアマテルの2人相手じゃ、キミも勝てないだろう?」

『世界を、人々を救うために行動してきたはずでは無かったか!』

「・・・もう、その必要はあるまい・・・」

 

 

アマテルが、愛おしそうに<造物主(ライフメイカー)>に触れる。

ズズズ・・・と、<初代女王の墓>の墓が崩れ始める。

すぐに、「墓守り人の宮殿」全体が崩壊を始めるだろう。

ボク達3人の棺を巻き込んで・・・まぁ、ボクは身体が無いけれど。

 

 

ボクはいくつか嘘を吐いたけれど・・・2000年で疲れてしまったのは本当。

けど後悔は無い、自分で選らんだことだ。

でも、それでも誰かに言われたかった・・・。

 

 

「もう、良いよ・・・もう良いよ、<造物主(ライフメイカー)>。3人で休もう・・・」

 

 

もう、良い。

10年前、アリカはボクにそう言った。

嬉しかった。

だから、死ぬのがわかっていてもアリアを助けた。

 

 

今日のこの日を迎えるまで、守ろうと思った。

転生者の先輩として、先祖の一人として・・・アリカの友として。

 

 

『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』だけでなく、『複写眼(アルファ・スティグマ)』まで仕込まれていたあたり、神様の殺意の高さを感じたけどね。

・・・まぁ、実際に神様がいるのかどうかは知らないけどさ。

でも漫画の世界に転生なんて、他に理由の考えようも無いし。

 

 

「ご苦労じゃった、我が夫(つま)・・・我らの役目は、終わったのじゃ」

 

 

でも・・・できれば。

最後は泣き顔じゃなくて、笑顔が見たかったな。

 

 

『私は・・・』

「もう良い・・・」

「・・・お疲れ様」

 

 

・・・子供とか、見たかったな。

ゴメンね、アリア。

 

 

さよならだ。

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

 

突然、5(クゥィントゥム)さんが動きを止めました。

あれから障壁貫通弾を多数駆使して攻撃を加えていましたが、倒しきれませんでした。

わずかながら、ダメージも与えているはずですが・・・。

 

 

「・・・どうしたんだ?」

「さぁ・・・」

 

 

真名さんの疑問に、高畑先生がポケットに手を入れたまま返します。

5(クゥィントゥム)さんは明後日の方向を確認した後、戦闘態勢そのものを解きました。

・・・どう言うことでしょう?

 

 

「・・・任務受領・・・」

 

 

何事かを呟いていましたが、説明する気は無いようです。

ですが、とりあえず・・・。

 

 

「・・・戦闘の意思は、もう無いのでしょうか?」

「・・・キミ達に敵対することは命令により禁止された」

「命令ですか」

「そう」

 

 

5(クゥィントゥム)さんはそう言って、ポケットに手を入れた上で、さらに目を閉じました。

・・・本当に、戦闘の意思は無いようです。

 

 

「一応、拘束させて頂きます」

「・・・構わないよ、それが女王の望みなら」

「・・・はい?」

 

 

今、何か妙な発言が聞こえたような・・・。

 

 

ド、ドン・・・!

 

 

その時、祭壇近くの壁に何かが衝突したような音が響きました。

実際、壁が崩れ落ちています。

 

 

「アレは4(クゥァルトゥム)です」

「お待たせだぞ」

 

 

ふわり・・・と、空から降りてきたのは6(セクストゥム)さんと・・・。

・・・スクナさんでしょうか、センサーで見る限りはそう見えます。

外見が多少変わっていますが。

6(セクストゥム)さんの頭の上で、晴明さんが力無く・・・寝ているようです。

 

 

上空を見れば、麻帆良の光景は完全に消えています。

晴明さんが眠っているのは、時間切れと言うことでしょう。

 

 

「あー・・・重ぇ・・・」

「淑女に向かって、何て言い草だ・・・」

「す、すみません・・・」

「マスター!」

 

 

その時、赤い髪の男性がマスターと宮崎さんを抱えてやってきました。

背中に宮崎さん、そしてお姫様抱っこでマスター。

マスターは、どこか満足そうです。

 

 

「マスター、ご無事ですか!」

「おお、茶々丸。心配かけたな・・・こっちも終わったようだな」

「はい・・・」

「知り合いか? んじゃ、コイツ頼むわ。流石に骨がヤベぇ・・・」

「む・・・おい、大丈夫かナギ?」

 

 

ナギさんから、マスターを受け取ります。

マスターにしろナギさんにしろ、かなり消耗しております。

ナギさん・・・データベースを調べてみるに、15年前、マスターに呪いをかけたと言う・・・。

アリア先生の、お父様。

 

 

「ゴシュジン、アリアハドーシタヨ」

 

 

私の頭の上の姉さんがそう聞くと、マスターは表情を曇らせました。

そうです、アリア先生はどこに・・・。

 

 

センサーに感アリ!

 

 

背後を向くと、祭壇の床に魔法陣が4つ。

転移反応・・・来ます!

淡い、どこか優しい光が溢れて・・・途切れた、瞬間。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「ネギ君!」

 

 

タカミチがぼーやの方に駆けて行ったが、それはどうでも良い。

問題は・・・。

 

 

「・・・っ」

 

 

アリアの方だな。

傍にいる若造(フェイト)は、いつも通りに見えるが・・・む、雰囲気が少し変わったか?

いや、それも今は良いな。

アリアは、アリアに良く似た金髪の女を抱いている。

 

 

座り込んで抱き締めて、動かずにいる。

あの、女は・・・?

 

 

「・・・アリカ」

 

 

ナギが、名前を呟いた。

アリカ・・・先代の女王、母親か。

 

 

「・・・茶々丸」

「生体反応は正常。気を失っているだけかと」

 

 

・・・では、母親に会えて歓喜で、と言うわけではなさそうだな。

周囲の兵を、動揺させる程の悲痛さを感じる。

・・・不味いな。

 

 

「アリ・・・む、何だ!?」

 

 

その時、「墓守人の宮殿」が大きく揺れた。

その揺れは一度では収まらずに、まるで地震のように連続して揺れる。

この、振動は。

 

 

「・・・やべぇ、崩れるぞ!」

「何?」

「アリカが生きてここに出たってこたぁ、術式が発動したってことだ・・・ここは、もうすぐ崩れる」

「何だと・・・!」

 

 

ナギが言う術式とは、「楔の術式」のことだろう。

それが発動した? いや、崩れるだと!?

 

 

「ア・・・「アリア」・・・!」

 

 

私が声をかける前に、若造(フェイト)がアリアに声をかけた。

・・・あの、若造(フェイト)め・・・。

 

 

「アリア、ここから離れよう」

 

 

若造(フェイト)の言葉に、アリアは言葉を返さない。

 

 

「アリア」

「・・・」

「・・・アリア、このままではキミの仲間が危険だ」

「・・・」

「卑怯な言い方になるけれど・・・ここで崩壊に巻き込まれては、意味が無い」

 

 

アリアは少し顔を上げると、眠る母親の顔を見て、次に若造(フェイト)を見た。

それから、片手で目元を擦り・・・母親を横たえて、立ち上がった。

 

 

振り向いたその顔は、泣き腫らした顔をしていたが、迷いは無いように見えた。

・・・見える、だけだが。

 

 

「・・・全員、脱出します。クルトおじ様に連絡を・・・」

 

 

 

『お呼びですか陛下、このクルトめの名をおぉ――――――――――っ!!』

 

 

 

突然、スピーカーで大音量、そんな声が響き渡った。

仰ぎ見ると、祭壇上空に白銀に輝く艦影・・・『ブリュンヒルデ』の姿があった。

・・・出待ちでもしていたのか、あの変態眼鏡。

 

 

「・・・おじ様! ゲートポート周辺に怪我人を含めた兵がまだおります! そちらにも艦を!」

『お任せください陛下! すでに高速巡航艦「ブラックスワン」が向かってございます!』

 

 

眼鏡を輝かせている情景が、目に浮かんだ。

素直にムカつくな。

 

 

「・・・では、脱出作業に入ってください! 『リライト』発動後は祭壇は無意味です、明日菜さんを保護、その他、負傷者を優先的に艦へ乗り込ませなさい! 迅速に願います!!」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

アリアの命令に、兵達が秩序を取り戻す。

・・・さて、アリア。

何があった・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

兵士の皆さんが続々と『ブリュンヒルデ』の中へ乗り込んで行く中、私は<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の安置されていた場所を見上げています。

そこにはもう、鍵はありません。

 

 

ふと、右手を見ます。

そこに魔力を込めますが・・・何も変わりません。

魔法具が、創れません。

自分の中の何かが、決定的なまでに変わってしまったような感覚があります。

 

 

「姉様は結局・・・私にどうして欲しかったのですか・・・?」

 

 

死なせて・・・いえ、殺してしまったことに対する贖罪を求められているのか。

それとも、他の何かを・・・?

 

 

捧げるかどうかの質問の際、シンシア姉様は私を睨んでいました。

都合の良い解釈かもしれませんが、「イエス」と答えさせないようにしていたように、思います。

そして最後の、別れ際の言葉・・・。

 

 

『キミが幸せになれて、良かったよ』

 

 

あの時の笑顔は、以前から知っている物。

優しくて温かで、自分のことのように喜んでくれているような、笑顔。

あの笑顔を瞼の裏に思い描くと、どうしてか涙が溢れて止まらなく・・・。

 

 

「アリア先生」

 

 

茶々丸さんが、私を呼びました。

慌てて両手で涙を拭って振り向くと、エヴァさんを抱えた茶々丸さんが少し離れた位置から私を呼んでいました。

どうやら、他の人はもう『ブリュンヒルデ』に乗り込んだようです。

 

 

「崩壊速度が上がっております、お急ぎください」

「・・・お前の母親も、ナギが運んで行ったぞ」

 

 

エヴァさんは、どこか憮然とした表情を浮かべています。

・・・後でお話ですかね。

でも実際、揺れも激しくなってますし、急がないと。

 

 

「はい、すぐに行きま」

 

 

す・・・と言い切る、直前。

足元が、不自然にたわみました。

私は明日菜さんや鍵が安置されていた場所・・・球体のような、羅針盤のような、細い通路にいたのですが・・・。

 

 

そこが、通路ごと崩れて・・・しまった。

物思いに耽りすぎて、注意が疎かになっていました・・・!

魔法具は出せず、しかも魔力も切れているに等しい状況。

 

 

落ちる!?

 

 

「アリア!?」

「アリア先生!?」

 

 

エヴァさんと茶々丸さんの声。

エヴァさんは動けませんが、茶々丸さんがロケットパンチを撃ってきました。

私も反射的に、手を伸ばします。

 

 

指先が引っかかって・・・・・・外れました。

落ちます。

 

 

「う、そ・・・・・・!?」

 

 

祭壇下の薄い大地も、すでに崩れています。

おまけにここは、宮殿でも先端部に位置します。

地表まで、一直線。

背筋が、寒くなります。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

身体が浮遊感に包まれて、重力に引かれるままに落下を始めます。

祭壇の瓦礫と共に、下へ。

 

 

あ・・・コレ、ダメです。

自分では、どうしようもありません。

諦めたいわけでは無いですが、でもコレ、どうにもなりません。

あはは・・・何だ、悩む必要も時間も・・・。

 

 

「・・・やだな・・・」

 

 

こんな所で、こんなことで終わるくらいなら。

さっき・・・・・・。

 

 

「・・・天国には、行けないでしょうね」

 

 

たくさん、悪いこともしましたし・・・なんて。

そんなバカなことを考えて、眼を閉じました。

 

 

 

 

    あたたかいなにかに、だかれました。

 

 

 

 

・・・?

浮遊感と言うか、落下感は変わりませんが・・・。

何か、温かくて。

力強い何かに、抱かれているような・・・?

 

 

まさかとは思いつつ、ゆっくりと・・・目を開けます。

すると、そこには・・・。

 

 

「え・・・?」

 

 

白い髪に、無機質な瞳。

・・・フェイトさんが、私を抱き締めていました。

私を抱き締めて、一緒に落ちています。

 

 

「え、ちょ・・・フェイトさん、何で!?」

「・・・キミを助けに来たのだけれど?」

「え・・・でも、もう・・・え?」

 

 

不思議そうに答えるフェイトさんに、私は困惑したように首を傾げます。

だって・・・もう、シンシア姉様の繋がりは。

そんな私の様子に、フェイトさんは何故か軽く苛立ったように見えました。

無表情ですけど。

 

 

「ふぇ、フェイトさ・・・ひゃわぁっ!?」

「黙って」

 

 

ぐんっ、と身体を空中で回転させて、フェイトさんが体勢を変えます。

私の身体が一瞬だけ浮いて、フェイトさんの両腕の中にすっぽりと収まります。

ま、また、お姫様抱っこですか・・・。

 

 

フェイトさんが上を見ます。

そこには、こちらへと落ちてくる瓦礫の山・・・って、無理くないですか!?

 

 

「ちょ・・・フェイトさん、危ないです・・・!」

「大丈夫」

「いや、だってコレ、私が凄くお荷物って言うか・・・!」

「大丈夫、信じて」

 

 

フェイトさんが頭上を鋭く睨むと、周囲に生まれた無数の黒い剣が、降り注ぐ瓦礫に向けて疾走しました。

ピシッ・・・と罅割れた瓦礫が、次の瞬間には爆発するように斬り裂かれました。

細かい破片が、降り注ぎます。

 

 

「きゃ・・・っ」

 

 

続いて、連続での短距離虚空瞬動の連続。

フェイトさんが細かい瓦礫をかわしながら、私を抱えて空中を駆けて行きます。

 

 

「ちょ・・・フェイトさんってば!」

「・・・何?」

「・・・いや、笑いながら言われても」

「ふん、僕は笑っているの・・・どうしてだろうね、今、凄く『楽しい』よ」

 

 

いや、何が楽しいんですか。

絶賛、大ピンチなのですが・・・主にフェイトさんが。

何で、私を助けに来ちゃうんですか・・・。

 

 

「まぁ、確かに厳しい状況かもしれないね」

「だったら・・・何で!」

「けど、その結果としてキミを得られるのなら、この状況も悪くは無いと思える」

「はい!?」

 

 

目前を黒い剣が疾走します。

それぞれがまるで意思を持っているかのように、道を開けて行きます。

 

 

「忘れたとは言わせないよ」

「何をですか!?」

「キミを奪う」

 

 

・・・!

 

 

「キミが欲しい」

 

 

・・・!?

 

 

「・・・キミが今、何を思っているのかは僕にはわからない」

「・・・は」

「けれど、言えることが一つだけある」

 

 

最後の一歩・・・崩れた瓦礫や大地の中を、潜り抜けます。

ほとんど同時に、パァッ・・・と、宮殿が緑がかった輝きを放ちます。

それはいくつもの灯となって・・・全てを照らします。

 

 

 

 

    「僕の傍にいて、アリア」

 

 

 

 

時間が、止まりました。

いえ、実際には止まってはいませんが、止まったように感じました。

でも、時間が、止まって。

胸が・・・とても苦しくて。息が上手く・・・。

 

 

でも、どうして。

だって、もう、繋がりは無いはずじゃ・・・。

 

 

「アリアは?」

「ひゃい!?」

「・・・・・・アリアは、どうなの?」

 

 

ど、どう・・・どうって。

でも、私は。私、は・・・。

 

 

『キミが幸せになれて、良かったよ』

 

 

姉様。

姉様・・・シンシア姉様。

シンシア姉様は、私に幸せになってほしかったのですか?

幸せになって、良いのでしょうか・・・。

 

 

    ――――――うん、むしろなってくれないと困るよ―――――

 

 

・・・!

今の、姉様の声・・・?

それとも、ただの私の願望・・・?

 

 

「・・・わ」

 

 

魂の繋がりが失せた後、以前感じていた物とは別の感情が、私の中にあります。

以前のように激しい物ではなく、もっと・・・穏やかな。

そんな、気持ちが。

 

 

「私の・・・」

「うん」

 

 

私の。

 

 

 

 

    「私の、傍に・・・いて、ください・・・フェイト」

 

 

 

 

私がそう言葉を紡いだ、次の瞬間。

崩れて行く宮殿が、激しい輝きを放ちました。

世界を包む程の、光を――――――――――。

 

 

―――――――――――・・・?

 

 

その光の中で、誰かの声を聞いたような気がします。

それは、どこかで聞いたような・・・。

どこだったでしょうか・・・アレは・・・。

 

 

・・・そう、確か、フェイトと初めて出会った時。

京都で――――――――。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

<はぁ? 新しい世界を創るじゃと?>

<うむ、実は夢を見たのだが>

 

 

訝しむ女の声に、男が重々しく頷いて返す。

その後の説明を聞いた女が、深々と溜息を吐いた。

 

 

<お前はまた、そのようなことを>

<うむ、今度はしっかりと私が管理しようと思う>

<何だい何だい、ボクをのけものにして何の話だい?>

 

 

2人の女に、男は語って聞かせた。

自分がやろうとしていることを。

 

 

<ふーん、なるほど。そう言う話か、面白そうだね。ボクは良いよ>

<・・・確かに、こやつは造ることにかけては才能はあるがの>

<うむ、それでは創ろう・・・同胞のための新世界(まほうせかい)を>

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

  ――――(ふる)2000年(せかい)が終わり、新しい世界が始まる――――

 




竜華零:
後書きではお久しぶりです、竜華零です。
読者の皆様におかれましては、ここまで私の拙い作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。
本当に、感謝に堪えません。
皆様のお力添えのおかげで、ここまで来れました。
原作編は、残す所あと2話の予定です。

さて、湿っぽいお話はここまでと致しまして・・・。
この、アリアの物語。
エンディング後の世界までいろいろと設定を組んではいるのですが、アフターシリーズを書く予定です。

想定としては、物語の中の時間が5年か6年、飛びます。
・・・100年飛んでも良いですが、それじゃ結婚式が書けなげふんげふん。

次回も、頑張ります。


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第31話「そして・・・」

 

Side クルト

 

あの『リライト』が発動してから、すでに二日が経過しています。

たったそれだけの間に、この世界は大きく変わりました。

その最たるものが・・・。

 

 

『魔法が、消滅したじゃと?』

「厳密に言うのであれば、『詠唱魔法』が使用不可能になりました」

 

 

船の精霊炉などは不都合無く動いていますし、総督府を始めとする電子精霊システムは稼働しています。

だからこそ、軍や病院関係・・・市民生活への影響は最低限で済んでいます。

・・・まぁ、厨房で火が使えないとかそう言う影響はありますが。

コックも初級の火属性魔法で食材を焼いたりしますからね・・・。

 

 

とりあえず、生活調査からですかねぇ。

経済問題やら市民生活やら、くふふ・・・これからずっと私のターンですね。

 

 

「どのレベルの魔法が使用可能なのか、どうすれば可能なのか、これから調査が必要でしょう」

『・・・アリアドネーでは、現在行っている実験の大半が停止状態になったわ』

『帝国の人口が何人か、知っておるか・・・?』

 

 

通信画面に映るテオドラ殿下とセラス総長は、晴れがましい程に顔を青くしておりました。

まぁ、現場の混乱は凄まじい物があるでしょうね。

 

 

しかし、よもや「詠唱魔法の使用不可能化」とはね。

魔法世界崩壊の危機回避の代償としては、なかなかヘヴィな現象ですね。

5年ほどは、混乱が続くでしょう、下手を打てばもっとかかるかもしれません。

幸い魔力や精霊は生きていますので、魔法具のような形で代替することができるでしょう。

ふむ、早急に工業化と開発・量産化を進める必要がありますね。

そう言えば、麻帆良に旧世界の技術と魔法の力を融合させる人材がいましたねぇ・・・。

 

 

「まぁ、それは長期的な課題として・・・連合の動きはどうですか?」

『ああ、リカードから連絡を受けた。今の執政官達は本日付けで辞表を出す。リカードは元老院の暫定主席の地位に就き、その上でこちらに交渉を求めてきておる』

『その前提として、メガロメセンブリア軍は公国の承認を取り消し、部隊をグレート=ブリッジ以西まで撤退させると言ってきているわ』

『交渉の内容は国交正常化と戦後処理、後は「戦争犯罪人の引き渡し」・・・だそうじゃ』

 

 

ふん・・・若干ですが先手を打たれましたか、流石はジャン=リュック・リカード。

こちらとしても、これ以上の戦争継続は不可能に近い状態です。

どこかで落とし所を見つける必要があるのですが・・・。

 

 

・・・先程、連合に潜ませている部下から面白い情報がもたらされました。

何でも元老院議員の半数近くがメガロメセンブリアから脱出し、東のグラニクスに向かっているとか。

シルチス・龍山で先住民の武力蜂起が成功し、かつアルギュレーを帝国に押さえられて、恐怖に駆られて避難を始めたのでしょう。

そしてヴァルカン対岸のトリスタン、オレステス、エオスの3都市が、連合から脱退し中立化する動きを見せているとか。

 

 

・・・割れますね、メセンブリーナ連合。

むしろここは、敵の内乱を誘発させますか・・・ネギ君はあえて相手に持たせておくと後々役に立つカードかもしれませんね。

軍事力の正面決戦のみが、国家の対立の勝敗を決めるわけではありません。

 

 

「わかりました。公国を称する地域の処理はこちらでします」

 

 

あくまでも解放するのは王国軍、解放者としての帝国軍など必要ありません。

可及的速やかに退去して頂きましょう、アリアドネーの騎士団もね。

名声と実利、そっくり頂きますよ。

 

 

「さて、では戻り次第、今後の世界秩序について話し合いましょうか」

『アリアドネーの中立が侵されないのであれば』

『・・・妾の帝位の承認が成されるのであれば』

「はい、それはもちろん・・・では後ほど」

 

 

私がにっこりと微笑みながらそう言うと、2人は物凄く胡散臭そうな顔で私を見ました。

・・・私が笑顔を浮かべると、何故か皆さん同じ反応をしますね。

 

 

ウェスペルタティア・帝国・アリアドネーの連名で共同宣言を出します。

加えて、先だって独立を宣言したパルティア連邦共和国、アキダリア共和国、龍山連合の3国と正式に同盟を結び、魔法世界中部一帯から北部辺境までを版図とするとする新たな国家連合を発足させる予定です。

課題はいろいろとありますが・・・まずはアリア様に、世界の4分の1を献上するのです。

くふふ・・・くふふふふふふふふふ・・・。

 

 

「はぁ―――っはははははははは「クルト、少し良いかの?」は・・・は?」

 

 

その時、ガチャリと執務室の扉が開きました。

そこから顔を覗かせたのは、金色の髪に青と緑の瞳が麗しい―――――アリカ様。

総督府の奥の部屋でお休み頂いていたのですが・・・昨夜お目覚めになったばかり。

総督府の一部であれば、好きに過ごして構わないと申し上げていたのですが・・・。

 

 

何たる不覚、タイミングが最悪ですね。

アリカ様は高笑いしていた私の姿を視界に収めると、何故か温かな笑顔を浮かべて。

 

 

「ノックしても返事が無かった故・・・いや、すまぬ、出直すとしよう・・・」

 

 

ぱたんっ、と再び閉ざされる扉。

私は極めて冷静に眼鏡のズレを直した後、極めて迅速に言いました。

 

 

「お待ちください、アリカ様ぁ――――――――っ!!」

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「撤退だと・・・!?」

『は・・・』

 

 

画面の中のガイウス司令官が、渋みのある顔で重々しく頷いた。

彼によれば、本国よりの「別命」を受けてすでに軍は撤退を始めていると言う。

しかも、このグレート=ブリッジ要塞を経由せずに。

 

 

『差し出がましい口を聞くようですが、閣下も脱出のご準備をされた方が良いでしょう』

「何・・・?」

『グレート=ブリッジ要塞近郊のトリスタンが我が軍の入港を拒否しましたので・・・我々はクリュタエムネストラを経由してタンタルス、そしてブロンドポリスに入港する予定です』

 

 

トリスタンが軍の入港を拒否しただと・・・?

それにブロンドポリスと言えば、エリジウム大陸の都市ではないか。

・・・リカードか!

 

 

「・・・用件は了解した。貴官に命令できる権限を私は失ったと、そう言うことだな?」

『・・・は』

「ふん・・・ではさっさと軍を退くが良い、せいぜい部下を大事にすることだ」

『は・・・』

 

 

形ばかりの敬礼をして、ガイウス司令官との通信が途切れる。

そしてその直後、別の通信が入った。

首都に残してきたグレーティアからだった。

 

 

「随分と嬉しそうな顔をしているな、グレーティア」

『顔色が良いのは、確かな事実ですわ』

 

 

通信画面の向こうのグレーティアは、美しい顔に笑みを浮かべていた。

美貌に似合わずどこか醜悪さを滲ませているように感じるのは、穿ちすぎかな。

 

 

『貴方の時代は今日で終わりです。もうすぐ憲兵が貴方を拘束に向かうでしょうから』

「ふん、なるほどな、私の時代が終わったことをキミが保障してくれると言うわけだ」

 

 

ギシ、と椅子に深く座り直しながら、私は言った。

まぁ、実際の所・・・そんなつもりは毛頭ないがな。

このようなこともあろうかと、地下に潜る準備はできているのだよ。

 

 

「・・・グレーティア、最後に良いことを教えてやろう」

『・・・何でしょうか?』

「何、最後に父親として娘に教授してやろうと思ってな」

『・・・っ』

 

 

グレーティアが唇を噛む様子を、私はどこか悠然とした気持ちで見ていた。

そう、グレーティアと私は血を分けた父娘なのだよ。

アレは、私が気付いていないと思っていたようだがな・・・まぁ、若い頃の放蕩ぶりを思い起こせば、あと50人程は子供がいてもおかしくは無いさ。

 

 

『・・・今さら貴方に娘呼ばわりされる覚えも、何かを教えてもらおうとも思わないわ』

「まぁ、聞け・・・お前の進退に関わる話だぞ?」

『お前には何も・・・・・・なっ!?』

 

 

グレーティアが驚愕する声と同時に、通信が消える。

突如ブラックアウトした画面に向けて、私は小さな笑みを浮かべて告げた。

 

 

「・・・リカードを甘く見ないことだ」

 

 

アレは、私が倒しきれなかった政敵だぞ?

この15年間、私とリカードがどれほどの策謀を巡らせて互いの執政官の地位を奪おうとしたと思っている?

そして近衛軍団(プラエトリアニ)に多くのシンパを持つリカードは、ある意味で、国外に勢力を築くしか無かったゲーデルの小僧よりも厄介な存在だ。

 

 

財界に基盤を持つ私と、軍に基盤を持つリカード。

なかなか、良い勝負だったと言うべきだろうな。

 

 

「さて、いずれここにも憲兵が来る、か・・・」

 

 

私を戦犯として差出し、交渉の材料にするつもりか。

悪くは無いが、残念ながらその策は成らない。

椅子から立ち上がり、足早に歩き出す。

地下に潜り、時期を待つ。若い頃を思い出すな・・・。

 

 

足を掴まれた。

 

 

足元を見れば、そこには化物がいた。

我ながら表現が陳腐だが、そうとしか言えない物が、私の影から出てきていた。

黒い汚濁にまみれた、人型の・・・だが、身体のパーツが足りない、おぞましい姿だ。

 

 

「・・・お父様(マスター)・・・」

「その声・・・貴様、エルザか・・・ぬぉ!?」

「リライトの間隙を縫って・・・封印から、逃れました・・・」

 

 

ズブズブと、掴まれた足が影へと沈んでいく・・・!

 

 

「・・・寒い、寂しい・・・痛いです・・・助けてお父様・・・」

「よ、よせ・・・離せ、エルザ!!」

「傍に・・・一緒に、一つに・・・お父様、おとうさま、オトウサマ・・・」

「ば、化物めが・・・離れぺぎゅれも」

「・・・ウフ、ウフフフフフフフフフフフフフフ・・・」

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

 

 

「アイシテイマス、オトウサマ」

 

 

 

 

 

Side クレイグ

 

ふぅ――――っ、と大きく息を吐く。

手頃な岩にドカッと座って、それから雷の上位精霊と戦って折れちまった剣を名残惜しい気持ちで見る。

・・・高かったんだぜ、この剣。

 

 

「ねぇ、クレイグ・・・僕達って生きてるよね?」

「ああ・・・生きてるよ」

 

 

クリスの言葉に、俺は自分に言い聞かせる意味を込めて、はっきりと答える。

そう、俺達は生きている。

全員、無事だ。いや、怪我した奴は大量にいるが。

 

 

「ふ・・・クリスの短剣が二本無けりゃ、死んでたな」

「いやぁ、それを言ったら腕が6本あったモルさんの存在の方が大きいよ」

「え、いやいや僕なんて、クレイグの魔法剣の方が効果あったよ」

「俺のは結局当たらなかったからよ、それにしてもザイツェフの旦那の二回目の変身の方は凄かったぜ」

「ふ・・・皆が凄かったのさ」

 

 

ザイツェフの旦那の言葉に、全員が苦笑する。

そうさ、俺達の内、誰か一人でも欠けてたら全滅してた。

酒があったら乾杯してるぜ。

 

 

ああ、それにしても激戦だった。

雷の上位精霊っつっても、物理的な封鎖は効果があったからな。

途中、物凄ぇ衝撃と変な感じがしたが、気が付いたら雷の上位精霊が動きを止めてやがった。

逆に魔法が使えなくなった時はビビったけどな。

とにかくその後、必死の奮闘の結果、小部屋に精霊を閉じ込めることに成功したわけだ。

細かい所はいろいろ省くが、大筋はそんな感じだ。

 

 

「ちょっと! いつまで男連中でサボってんのよ!」

「何だよ、もうちょい浸らせろてくれよ」

「私達だって結局、一緒に戦ったでしょ!?」

「そこはお前・・・男にしかわからねぇ空気ってもんがあんだよ」

「またクレイグがバカなことを言ってるわよ、リン」

「・・・いつものこと」

 

 

後で話があるぜ、リン。

まぁ、実際の所リンやアイシャ、それと向こうで「ムッホホー」とか言ってアイシャとリンの胸を見てるパイオ・ツゥも一緒に戦った。

いなかったら死んでた、いやマジで。

特にパイオ・ツゥの砂蟲の壁が無きゃ、俺の身体に風穴が6つくらい空いてたぜ。

 

 

・・・ま、それはそれとしても、どうするかね。

崩れた天井から光が漏れて、俺達が今いる大部屋を照らしてる。

 

 

「さて、と・・・どうやって運び出そうかね、こいつら」

「いっそのこと、石化の治癒術師にここに来てもらった方が早く無い?」

「密かにオスティアに運べって依頼内容なんだよ」

 

 

目の前に並ぶ200体程の石像を見て、俺は溜息を吐いた。

本当、報酬の上乗せが必要だな、こりゃ。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

宮殿での戦いのダメージからようやく回復し、自由に歩けるようになった。

聞く所によれば連合の軍も撤退したと言う、小休止と言う所だろう。

さて、ではさよの新しい身体でも造るかな・・・。

 

 

「よーし、ネギ、俺を殴れ!!」

「ええ!?」

 

 

・・・そんなことを考えながら総督府の通路を歩いていると、窓の外から聞き覚えのある声が聞こえた。

あれは、ナギとぼーやと・・・タカミチ?

ナギはともかく、タカミチとぼーやはまだいたのか。

中庭で何をしているんだ・・・?

 

 

「いーから殴れって。今までほったらかしにしてたしよ、まずはそっからだろ」

「い、いえ、そんな・・・父さんを殴るなんて」

「いーから、それにアレだぜ? お前の親父は、てめーみたいなヒヨッ子のパンチじゃビクともしねぇさ、なぁ、タカミチ?」

「あ、あはは・・・」

 

 

タカミチは苦笑いを浮かべているが、正直ぼーやのパンチがナギに効くとは思えん。

詠唱魔法も使えんしな。

それからしばらくゴネた後、どうにかぼーやが了承した。

 

 

魔力を乗せたぼーやの全力の拳が、ナギの顔面を捉える。

・・・ナギは障壁も張らずにそれを受け止めた。普通なら死んでるぞ・・・。

そして、そこからだった。

ナギが拳を握り込み、着地したぼーや目がけて拳を振るう。

タカミチやぼーやには反応できない速度だが・・・私にはどうにか見えた。

 

 

「こぉんのバァカ野郎おおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――――――っっ!!」

「ぷも・・・っ!?」

 

 

ぼーやの身体が小枝のように吹っ飛び、私が覗いている窓の横の壁に激突した。

壁を突き破り、廊下に転がる。

・・・あと少しズレていたら、私が巻き込まれていたぞ。

あとここ、二階だぞ。

 

 

「ちょ・・・ナギ!? 何を」

「てぇめぇもだぁあああああああああぁぁぁぁ―――――――っっ!!」

 

 

ズドンッ、と言う大砲のような音を立てて、タカミチの腹に拳が打ち込まれた。

成す術も無く、タカミチが崩れ落ちる。

 

 

「本当ならてめぇに何か言う資格は俺にはねーわけだが、死んだガトウなら殴ったはずだかんな、代わりだタカミチ」

「・・・!」

「アスナの記憶を消したのは、まぁ・・・良い。だがその後は最悪だボケ」

 

 

まぁ、そうだな・・・何でよりにもよって麻帆良なんだろうな。

タカミチが全部悪いとは言わんが、もう少しやりようはあったろうに。

結局は、忘れてほしく無かったのかもな・・・。

 

 

タカミチにそう言った後、ナギが鋭い目でこちらを見た。

ぼーやを見ているのだろうとわかってはいるが、その視線の強さにゾクりとする。

あー・・・私のモノにならんかな。

 

 

「今さら父親面する気はねぇし、お前にも色々あったんだろうとは思うぜ、ネギ」

「・・・」

「けど、それにも限度ってもんがあるだろうが、バカ野郎」

 

 

まぁ、麻帆良での生活については流石に知らんだろうが、こちらに来てからのぼーやの行動については、公になっている部分も多いからな。

公国の元首に就任、侵攻、妹への処刑宣言。

まぁ、親ならキレる所だろうな。

・・・だが、ぼーやは気絶してるからお前の言葉は聞こえていないぞ?

 

 

「・・・何をしておる、ナギ」

 

 

・・・む。

その時、一人の女が中庭に入って来た。

金色の髪を靡かせて歩くその女の名は、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

アリアの実母で・・・ナギの妻。

 

 

く・・・私と出会った頃にはすでに既婚者だったと言うことだ。

どうりで私に靡かぬ道理よ、ククク・・・。

 

 

「おう、もう歩いて大丈夫なのかアリカ」

「少しなら問題ない・・・クルトと話してきた。明日、ここを発つ」

「・・・そうかい、ま、仕方ねぇな」

 

 

・・・は?

タカミチやぼーやがここから出て行くのは当然として、ナギ達までも?

どう言うわけだ・・・?

 

 

「・・・む、どうしたのじゃ、ガト・・・でなく、タカミチ?」

「い、いえ・・・大丈夫です・・・」

「あー、かなりマジで良いの入れちまったからなぁ」

「お、おい、お前達!」

「む・・・」

「おお、エヴァンジェリンじゃねぇか!」

 

 

気付いて無かったのか!?

い、いや、それよりもだ。

 

 

「おまっ・・・いや、そのっ・・・あー・・・」

 

 

ガシガシと頭を掻く、くそ、何で私がこんなことを言わなければならんのか。

私は苦虫を噛み潰すかのような気分で、くいっ、と親指を横に立てて。

 

 

「・・・アリアに会って行け、それで、ちゃんと話せ」

 

 

性に合わん役回りだ。

こう言うのは、茶々丸の役割だろうに・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「・・・む?」

「ドーシタヨ」

「いえ、今どこかで私が必要とされたような気がして」

 

 

まぁ、大方マスターかアリア先生、さもなければさよさんでしょう。

カテゴリー「友人」以上の方で無ければ、私のセンサーは働きませんので。

 

 

現在私は、広報部職員としての仕事に追われております。

先の戦闘中に撮られた映像を編集し、広報用の資料として作成しなければなりません。

ジャーナリズムに提供する物も用意しなければなりませんが、世に出せる物とそうでない物を分けておかねばなりませんので。

 

 

「・・・私であればアリア先生に不利な編集はしないと言うことでしょうが」

「アノメガネノカンガエソーナコトダナ」

 

 

まぁ、与えられた権限を有効に活用させて頂きます。

そう思いつつ、機材を抱えて総督府の通路を歩いておりますと・・・。

 

 

「あ、アンタは・・・!」

「誰かと思えば・・・あの時の小娘か」

「小娘じゃないわよ!」

「あ、アーニャさん、ちょっとちょっと・・・!」

 

 

角を曲がった所で、アーニャさんが誰かと口論している所に出くわしました。

その相手は、白い髪の・・・4(クゥァルトゥム)さん。

現在、処分保留になっておりますが、どうもアリア先生に従う様子を見せているようなのです。

実際、逃げる様子も反抗する様子も見せてはいません。

宮殿での戦いを除けば、一応、こちら側の被害を減らすのに協力してもおりましたし。

 

 

「ケケケ、ナンダナンダ、コロシアウノカ?」

「誰よ・・・って、茶々丸さんじゃない。何でコイツがここにいるわけ!?」

「落ち着いてください、アーニャさん。これは高度に政治的な処置で・・・」

「つまり、細かいことを聞くなってことですよ、アーニャさん!」

「そ、そうなのエミリー!?」

「違います」

 

 

アーニャさんの肩に乗っているオコジョ妖精の言葉を、やんわりと訂正します。

もしそうなら、きちんとそう言います。

 

 

「・・・ふん、くだらないね」

「あ・・・ちょ、まだ話は終わって無いわよ!」

「あ、アーニャさんってば~!」

 

 

4(クゥァルトゥム)さんは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、さっさとどこかへと歩いて行きました。

アーニャさんは、それを追いかけて行きます。

・・・意外と、会話が成り立っているようにも見えます。

 

 

4(クゥァルトゥム)さんは鬱陶しそうにしてはいますが、手を出したりはしていません。

あるいは、あえてそのように行動しているのかもしれませんが・・・。

 

 

「・・・ああ言うのも、仲が良いと言うことになるのでしょうか」

「まったくポヨ。アーウェルンクスシリーズともあろう者が、まるで人間の小僧ポヨよ」

「・・・!」

「テメーハ!」

 

 

姉さんが私の頭から飛び降りて、ナイフを構えます。

それと同時に、小規模ながら強大な結界が展開されました。

この魔力反応、私の記録にも残っているあの・・・!

 

 

「随分な対応ポヨね。まぁ、客人として遇されるとは思っていなかったポヨが」

 

 

褐色の肌に、ピエロのメイク。

高位魔族・・・ポヨ・レイニーデイさんが、窓枠に座る形で私達を見ていました。

 

 

「・・・どのようなご用件でしょうか」

「そう警戒せずとも、戦いに来たわけでは無いポヨ。世界の危機が回避されてしまった以上、私は何もするつもりは無いポヨ」

「ドウダカナ」

「ふん・・・実際、見事な物ポヨよ。<紅き翼(アラルブラ)>・・・そしてお前達。まんまと世界を救ってしまったポヨからね・・・私の望んだ形とは違うポヨが」

 

 

やれやれと言いたげに溜息を吐いたポヨさんは、何かをこちらに投げ寄越しました。

少し大きめなその塊は――――――。

 

 

「田中さん・・・!?」

 

 

私の弟の、頭でした。

かなり損傷していますが、ギリギリで原形を留めてはいます。

・・・92%損傷、記録媒体にも軽度の損傷アリ・・・。

ハカセでも・・・完全に直せるかは、微妙な所でしょう。

 

 

「・・・最後まで戻る戻ると、うるさかったポヨ」

「待っ・・・」

「確かに、届けたポヨよ」

 

 

言葉だけ残して、ポヨさんの姿は掻き消えてしまいました。

結界も解除され、元の空間に戻ります・・・。

 

 

「・・・頑張りましたね・・・田中さん」

 

 

囁くようにそう言って、私は弟の頭を抱き締めました。

私の目から流れ落ちた洗浄液が田中さんの目元に落ち、涙のように滴りました・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

戦争の後処理の仕事が一杯で大変です。

執務室の私の机に置かれる書類の束を速やかに処理しています。

ぺったんぺったんと判子を押して行きます。

 

 

お父様やお母様に会いに行かないのは、忙しいからなのです。

シンシア姉様のことを考えないのは、忙しいからなのです。

それ以外にも色々と考えねばならないことはありますが、とりあえず忙しいので後回しです。

仕事が一杯で忙しいので、仕方が無いのです。

わかって、くださりますよね?

 

 

「バカか、お前は」

 

 

エヴァさんによって、一刀両断されました。

素直にショックです、なので書類に没頭することで気を紛らわそうと思います。

えー・・・旧オスティアゲートポートの状況は・・・。

 

 

「だぁ――――っ! 良いから来い!」

「ああっ、ご無体なっ」

「やかましいっ!」

 

 

そう言って引き摺られて、別室に連れて行かれたのが5分前。

今、私はテーブルを挟んでお父様とお母様と面談しております。

・・・いや、面談と言う言い方もおかしいですけど。

 

 

ちなみに、扉にもたれかかる格好でエヴァさんも部屋の中にいます。

最初は外に出てくれていたのですけど、私が最初の2分で逃げ出したので、今は中で見張ってます。

うう、いけずです・・・。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

・・・果てしない沈黙が、場を包んでいます。

私は膝の上で指をモジモジと絡めつつそれを見ていますので、向こうから見ると俯いているように見えるでしょう。

正直、眼を合わせ辛いと言うか・・・。

 

 

何を話せば良いのやら・・・。

と言うか、話すことって何かあるのでしょうか・・・?

で、でも、何か話さないと。

 

 

「「その」」

 

 

お母様の声と重なりました。

え、何ですかコレ。

 

 

「あ、えっと・・・お母様からどうぞ」

「い、いや、そちら・・・アリアからで構わぬ」

「いえ、その・・・大したことじゃ無いので・・・」

「そ、そうか? ・・・いや、やはり・・・」

「いえいえ・・・」

「いやいや・・・」

「いえいえ・・・」

「いやいや・・・」

 

 

え、エンドレスです。

ど、どうしましょう、どうすれば。

 

 

助けを求めるようにエヴァさんを見れば、何故か指先で肘をトントン叩いておりました。

ああ、何故かエヴァさんの苛々が最高潮に!?

そしてこの場には、もう一人気の短い方がおられたようです。

 

 

「どぁあああぁぁっ、じれってぇなぁもおおぉぉっ!」

 

 

お父様です。

お父様は突然立ち上がると、隣のお母様も同じように立たせました。

そのままお母様の肩を掴んで、テーブルを回り込んで私の方に。

ガシッ・・・と私もお父様に肩を掴まれまして。

 

 

「目の前にいんだから、もっと、こう!」

「バッ・・・バカ者!」

「ひっ・・・」

「ムギュ――ッとすりゃ、いいだろうがよ!」

 

 

ふよんっ・・・柔らかなお母様の胸に、顔を埋められます。

温かいな、と認識した次の瞬間、身体がボッと熱くなりました。

ちょっ・・・。

 

 

「や・・・」

 

 

ぐいっ・・・とお母様を押して、身体を離します。

 

 

「やめてくださいっ!」

 

 

パンッ、とお父様の手を払いのけた拍子に、足がもつれて転びそうになります。

 

 

「あ・・・」

 

 

声を上げて、お母様が私に手を伸ばしますが・・・。

私はその手を取らずに、その場に尻餅をついてしまいました。

・・・痛い。

 

 

何、してるんでしょうね、私・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

ナギを殴り倒した後、床に座り込んだまま俯くアリアの前に、膝を揃えて座る。

小さな身体を震わせている娘を前に、私は何と声をかけるべきなのかがわからぬ。

何を言っても、今さらだと言うことがわかっているが故に。

 

 

「・・・すまぬ・・・」

 

 

アリアの顔では無く、膝に視線を落としながらそう呟いた。

謝罪の言葉に意味など無いとはわかっていても、言わずにはおれなかった。

 

 

これまで、どのような気持ちで生きてきたのか。

どれほどの重みと苦難を、その小さな身体で超えて来たのか。

世界を救い、国を背負い、身体と心を擦り減らしてきたと言うのか。

ネギとも不仲・・・不仲どころの騒ぎでは無かったと聞く。

 

 

「今さら、私のような者に抱かれても嬉しく無かろうにな・・・」

 

 

仕方が無かったと、言い訳をするつもりは無い。

子を守るべき時期に傍を離れたのは、私なのじゃから。

 

 

「・・・明日、アスナを連れてここを発つつもりじゃ」

 

 

ぴくっ・・・と、アリアの肩が震えたような気がした。

だが、気のせいであろうの・・・。

 

 

アスナは、未だに眠っておる。

いや、起きてはおるし食事もし、生活も営んではおる。

だが、自我が戻らぬ。

おそらくは、元々の本人格と記憶を消した後に生まれた仮人格が鬩ぎ合い、混ざり合っている最中なのじゃろう。

目覚めるには、今しばらくの時間が必要なはずじゃ・・・。

 

 

「本当なら、傍について力になってやりたいのじゃが・・・私はもう女王では無いから・・・」

 

 

むしろ私がいる方が、アリアにとって邪魔であろう・・・。

クルトはそうでも無いようじゃったが、他の、すでにアリアを女王として認めている臣下の者達からすれば、私のことは「今頃来て、何のつもりだ」と言う目でしか見れまい。

事情はどうあれ、苦境の際に起ったのはアリアであって、私では無い。

 

 

肝心な時にいなかった・・・それだけならともかく、成果だけを得ようとしているようにも見えよう。

一つの国に、王は二人はいらぬ。

私の居場所は、すでにこの国には無いのじゃ。

 

 

それでも、クルトは私を庇ってくれるかもしれぬが・・・。

それではクルトの立場が悪くなろう。

クルトには、アリアのために頑張ってもらわねばならぬ。

故に、私などのために政治的な傷を負うことは避けねば・・・。

 

 

「ネギも、この国にはおれぬ故・・・」

 

 

先程ナギがネギと殴り合っておったが、実際の所、私はネギに対してもかけるべき言葉を持たぬ。

クルトによれば、ネギは密かに連合へと渡るのだそうじゃ。

命が助かるのならば、まだ良いと思える。

例え・・・政治の駒として利用される未来が待っているのだとしても。

使い潰される未来が、待っているのだとしても・・・。

 

 

「・・・すまぬな、何もしてやれなくて・・・」

 

 

歯がゆい、悔しい。

こんなになってもまだ、私は自分の子のために何もしてやることができない。

現時点において、してやれることが思い付けない。

 

 

「そなたにとって、私は目障りであろうから・・・だがせめて、遠くから・・・」

 

 

トンッ・・・。

 

 

「見守ら・・・?」

 

 

胸元に、アリアの頭が見えた。

抱きつかれていると気付いたのは、数秒後のことじゃった。

ギュ・・・と、背中に回された手に力がこめられる。

 

 

「あ・・・」

 

 

無言で顔を摺り寄せてくる娘に、私はどうして良いか・・・。

・・・扉の所に立っておる金髪の娘が無言で睨んでくるのは何故じゃろう・・・。

何やら、アリアと懇意にしておるそうじゃが。

・・・起き上ったナギが、何やら両手を使って何かを伝えようとしておる。

 

 

「・・・すまぬ、な・・・」

 

 

これで良いのかはわからぬが、恐る恐る、アリアの小さな肩に両手を回す。

今度は・・・拒絶、されなかった。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

・・・麻帆良の時と違って拘束されないと言う事実に、僕はとても嫌な気分になる。

もちろん、好きにして良いよってことじゃないんだと思う。

要するに、捕まえる価値も無い・・・と言うか、捕まえないことに価値があるんだ、みたいな。

 

 

「・・・会っておかなくて、良いのかい?」

「良いんだ・・・ううん、むしろダメ、なんだと思う」

 

 

タカミチの言葉に、僕はそう答えます。

扉の向こうには、アリアと父さん・・・あと、僕のお母さんがいる。

会いたい気持よりも、会いたくない気持ちの方が勝ってしまうんです・・・。

 

 

今、会っても・・・酷いことしか言えないと思う。

父さんにも、お母さんにも、アリアにも・・・。

嫌なことしか言えないと思うんです。

自分の汚い部分が、外に出てしまいそうで怖い。

 

 

「タカミチこそ、明日菜さんには・・・?」

「あはは・・・流石にナギに殴られた後で会いに行けるほど、神経は太く無くて、さ」

 

 

父さんの拳は、かなり痛かったです。

と言うか途中で気絶したので、何を言われたかは今イチ覚えて無いです・・・。

 

 

「・・・じゃあ、行くかい?」

「うん・・・もうここにいちゃ、いけないと思うから」

「・・・そうかい」

 

 

のどかさんを迎えに行って、その後は・・・。

昨日の夜、のどかさんとお話しする時間がありました。

のどかさんは・・・僕と一緒に来たいって、言ってくれました。

こんな僕の傍に、いたいって言ってくれたんです。

 

 

思えばのどかさんだけは、ずっと僕と一緒でした。

怖い思いも、たくさんさせてしまったと思います。

本当は、麻帆良に・・・とも思わなくもなかったけど。

巻き込んだ責任は、ちゃんと取りたいと思います。

 

 

「のどかさんを迎えに行って、それからネカネお姉ちゃんを迎えに行って・・・」

 

 

その後は、メガロメセンブリア・・・。

もしかしたら、そこからまた別な場所に行くことになると思います。

この先どうなるかはわからないけれど、でも、一つだけわかってることがあります。

 

 

僕が父さんやアリア達に会うことは、たぶん、もう無いだろうってこと。

もし会えるとしたら、その時は・・・。

 

 

「・・・ばいばい、アリア」

 

 

その時は、きっとどちらかが死ぬ時だと思うから。

今のままだと・・・たぶん、死ぬのは・・・。

 

 

・・・・・・アリアじゃ無い。

 

 

 

 

 

Side シャークティー

 

抱き締めるという行為に、これ程の喜びを感じるのは初めてかもしれません。

主よ・・・感謝致します。

 

 

「こ、ここっ・・・ココネェェッ・・・よかっ、良かったぁ・・・っ!」

「ど、どうシタ、ミソラ。ちょ・・・苦しいゾ・・・!」

 

 

先の戦闘から2日、消えてしまった人々も一部を除いて戻って来ました。

そして徐々に目覚めて、今、ココネも目を覚ましました。

無論、戻らない方々もおりますが・・・。

 

 

今はただ、ココネを抱いて泣く美空を、抱き締めてあげたい気分なのです。

残った温もりと、戻った温もりを感じていたいのです。

 

 

「いやぁ・・・消された時はもうダメかと思ったニャ」

「撃ち抜かれた瞬間、走馬灯が・・・」

「まぁ、とにかく2人とも戻ってこれて良かったですわ」

「本当に・・・」

 

 

今、私達は避難所の一部を改造して作った仮設の病室にいるのですが、私達の後ろのベッドにはアリアドネーの方々がおります。

何人かの方は、最後に一緒に避難したので名前も知っております。

確か、セブンシープさんにモンローさん、ファランドールさんでしたね。

 

 

「ところで、お腹にそこはかとない鈍痛がするのニャが・・・」

「あ、それはこっち、スクナ君」

「気付けだぞ、さーちゃんの友達だからな」

 

 

あの子達と一緒にいるスクナ君は、ココネの目も覚まさせてくれたのです。

スクナと言う名前に何故か物凄く覚えがありますが・・・野暮ですね。

でも、女性のお腹を殴るのは感心しませんよ。

 

 

「いや・・・本当、全員が無事で本当に良かったんだけどさ・・・若干一名・・・何と言うか」

「・・・本当にいるんですの?」

「お嬢様、魔力を目に集中してみてください。どうにか気配が見えなくも・・・」

「さーちゃんは、ここにいるぞ!」

「いや、ごめん・・・見えない・・・」

 

 

・・・?

何の話でしょうか、まぁ、他人の話に聞き耳を立てるのも良くないことですし、気にしないことにしましょうか。

 

 

「・・・でも記録上、殉職扱いになると思うよ・・・?」

「二度目の死を経験することで、さーちゃんの保有魔力は跳ね上がったんだぞ!」

「そ、そうなのですか・・・でも、本当に・・・?」

「ま、まぁ、下手に亡くなったりするよりは、良い・・・のでしょうか?」

 

 

腕の中の温もりに感謝を。

そして、不幸にも主の御許に向かわれた方々のために、祈りを。

どうか迷わずに、旅立てますように・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

戻る命と、戻らない命。

帰って来る仲間と、帰って来ない仲間。

ここまではっきりと分かれるような戦いは、もう二度と経験できないだろう。

 

 

「普通は一度だって経験できない物だと思うがな」

「・・・まぁ、そうだな」

「そもそも、戦争なんてのは経験しない方が良いタイプの経験ですよ」

 

 

コリングウッド提督の言葉に、俺とリュケスティスは苦笑するしかない。

現役の軍人、それも最高位の軍人が言う台詞とは思えない。

新オスティアの高級士官クラブ「獅子の箱庭」で、俺とリュケスティス、コリングウッド提督とレミーナ提督が一堂に会している。

 

 

戦後処理で何かと多忙ではあるが、どうにか時間を割いた。

とは言え、物資不足から酒のボトルは1本しか無いわけだが・・・。

 

 

「・・・で、艦隊の方はどうだ?」

「状況はそちらと同じです。と言うより、至近で鍵持ちを見ている陸軍の方が詳しいでしょう?」

 

 

ハキハキとした声で、レミーナ提督が答える。

確かに、鍵持ちを間近で見た者は陸軍の方に多いかもしれんな。

 

 

戦闘が終わって戻って来たのは、鍵持ちに消された亜人種だけだ。

鍵持ちに消される以外の要因で倒れた者、これには亜人も人間も含まれる。

そう言う者達は、変わらずに戦死した。

連合との戦闘ほどでは無いにしろ、少なからぬ損害を被った。

 

 

「立て直しに何年かかるかな・・・」

「立て直す時間的余裕があれば良いがな」

「・・・リュケスティス、お前な・・・」

 

 

この親友はいつも、悲観的と言うか、斜に構えた物言いをする。

たまには前向きなこと言ったらどうだ。

実際、魔法のこともある、しばらくは戦いどころではないはずだ。

 

 

「わからんぞ、あの女王が大局を見ずにメガロメセンブリアに侵攻しろとでも言ったら、貴官らはどうする?」

「それが女王陛下の命とあれば」

「頭を掻いて誤魔化します」

「「「「・・・」」」」

 

 

レミーナ提督とコリングウッド提督の返答があまりにも極端だったので、一瞬、場が沈黙した。

コリングウッド提督は流石に照れたのか、こほんっ、と咳払いをした。

 

 

「ま、まぁ、艦隊にしろ陸軍にしろ、戦える状態ではありませんからね。これ以上の戦闘継続は遠慮したい所です」

「遠慮で戦闘が終われば、苦労はしないがな」

「連合の出方にもよりますが・・・聡明な女王陛下のことです、我らが心配することでも無いでしょう」

「聡明か・・・」

 

 

グラスの中の赤い液体を揺らしながら、俺は今回の戦闘で散って行った仲間達のことを思い浮かべていた。

・・・副長を始めとして、俺の部下の半数は戻らなかった。

 

 

聡明な女王と、その女王が統べる祖国のために。

・・・願わくば、彼らの期待通りの女王陛下であって欲しい物だ。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

目が覚めたら、もう夕方やった。

・・・って言うか、なんでうちはこんな所におんねんやろ。

ベッドから上半身を起こすと、そこはどっかの部屋で・・・。

 

 

「ここは総督府ですー」

 

 

声のする方向に視線を巡らせると、月詠がおった。

ベッドの傍の椅子に座って、小刀でシュルシュルとリンゴの皮を剥いとる。

 

 

・・・総督府?

何でまたそんな所に・・・あーっと、うちはどうなったんやっけな?

確か、たぶん敵の攻撃で意識落ちてしまった思うんやけど・・・。

 

 

「一時は危なかったらしいですよー、敵さんの攻撃は一見貫通してたんですけど、実は魔力が千草はんの気管を締めとったんですー」

「・・・つまり、うちは死にかけとったってことかい」

「つまる所、そうですねー」

 

 

間延びした声で言われると、あんま実感湧かへんけど・・・そうか。

うち、死ぬ所やったんか・・・助かって良かった。

ほんまに、助かって良かったって思う。

死にたくはあらへんし、それに・・・。

 

 

・・・この子ら置いて、逝けへんし。

む、そう言えば・・・。

 

 

「小太郎はどないしたんや? 後、他の関西の連中は・・・」

「関西の人は元気ですよー、鈴吹さんはうち見てハァハァしてましたー」

「・・・さよか」

 

 

鈴吹、後でシメる。

 

 

「小太郎はんは、そこですー」

 

 

ピッ、と小刀の切っ先で示したのは、月詠とは反対側のベッドの横。

でも、誰もおらへんえ・・・?

不思議に思って、下を見ると・・・。

 

 

かー・・・と寝息を立てとる小太郎がおった。

床に毛布を敷いて、その上で腹出して寝とる。

・・・とりあえず、腹に毛布をかぶせたった。冷やしたらあかんえ・・・。

 

 

「・・・心配、かけてもたな」

「そうですね、うちらに心配かけさせるなって言ってた割に、千草はんがうちらに心配かけるんですもん」

「う、すまへんな・・・」

「それは言わないお約束ですよー」

 

 

月並みな台詞を言って、月詠はリンゴの皮剥きの集中し始めた。

・・・ふと、疑問に思った。

 

 

うちの身体に魔力が残ってて、それがうちを殺しかけた言うんはわかった。

覚えては無いけど、ヤバい所まで行ったんは確かやろ。

そんな緊急時に、身体から原因の魔力だけを消せるか・・・?

そんなことが、できるんは・・・。

 

 

「・・・なぁ、月詠」

「何でしょー?」

 

 

うちが声をかけると、月詠は首を傾げながらこっちを見た。

いつもと同じ、ヘラヘラと緩んだ笑顔。

その笑顔を見て、うちは口から出かけた言葉を飲みこんだ。

 

 

「・・・何でも無いわ」

「・・・? うふふ、変な千草はんですな~。あ、リンゴの皮、食べます?」

「実を寄越さんかい!」

 

 

・・・ありがとな、月詠、小太郎・・・。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

 

「・・・うん、もう大丈夫。完全に、向こう側との繋がりは消えたよ」

「そっか、ありがとうなぁ、ハカセちゃん」

 

 

ハカセさんの計測を待っていたら、朝になってしまった。

まぁ、エヴァンジェリンさんとの72時間耐久訓練を幾度となく行った私からすれば、一晩寝ないくらいどうと言うことは無い。

問題はこのちゃんだ、眠く無いのだろうか・・・?

 

 

「麻帆良上空の異常な空間も、今では通常の数値に戻ってるね・・・でも、世界樹周辺に変な反応がある。まだかすかに向こう側と繋がってる・・・? いや、でも閉鎖してるし・・・コレについては、ちょっと私じゃわかんないや」

「・・・それはおそらく、ゲートですね。どうやら向こう側のゲートが稼働しているようです」

 

 

このちゃんとハカセさん、ザジさんが話してる最中に、私の傍に私の式神がポムッと音を立てて出現した。

式神は、当然「ちびせつな」だ。

 

 

「報告します、陰陽師の方々が少人数ですがこちらに近付いて来ています」

「・・・敵か?」

「いえ、どちらかと言うと味方・・・かなぁ?」

 

 

ちびせつなは多少自信が無いようだが、おそらくは敵では無いと思う。

かと言って、好意的な味方でも無いだろう。

長がこのちゃんに陰陽師を差し向けるわけも無いから・・・確認か。

 

 

まぁ、これだけ長時間ここにこのちゃんが結界を張っていれば、見つかりもするだろう。

如何にこのちゃんの結界が隠密性に優れると言っても、限界はある。

 

 

「一応、タナベさんがマスタード弾で足止めしてますけど」

「・・・もっと優しい物は無かったのか?」

「後は・・・肥やし弾しか無かったそうです」

「・・・・・・そ、そうか」

 

 

肥やし弾とマスタード弾・・・ある意味で究極の選択だな。

私だったら両方遠慮する。

・・・私で無くとも、両方遠慮したい所だろうが。

 

 

「あんまりしつこいようだと、ちびアリアが秘密技を使うと言ってます」

「それはやめろ・・・事が大きくなる」

 

 

このちゃんの姿を隠さねばならない。

逃げ切れずに万が一、見つかった場合は・・・・・・。

 

 

 

記憶を奪うか、斬り殺す。

 

 

 

それを私は、エヴァンジェリンさんに教わった。

できるかと問われると自信は無いが、やらねばならないとは理解している。

だから、やる。

脅威から守るだけが、剣の務めでは無いから。

 

 

「このちゃん」

「わかったえ」

 

 

声をかけると、説明してもいないのにこのちゃんは了承してくれた。

即答と言って良い速度に、むしろ私の方が面喰らってしまう。

 

 

「ザジちゃん、ハカセちゃん、もうすぐ人が来るえ・・・お礼はまた今度な」

「わかりました、ハカセさんは私がお送りします」

「うん? ひゃわっとぉ!?」

 

 

私がこのちゃんを、そしてザジさんがハカセさんを抱えて、その場から消える。

さて、逃げるか・・・。

 

 

「せっちゃん」

「はい、何でしょうか、このちゃん」

「いつも心配してくれて、ありがとうな」

「・・・いえ」

 

 

恥ずかしくて口にはできないが、私はこのちゃんを心配できることを誇りに思っている。

私は、このちゃんの剣だから。

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

「・・・」

『・・・』

「・・・・・・」

『・・・・・・』

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・』

 

 

私だけじゃなく、ミクまでもが静かだった。

ある意味で、すげー貴重なんじゃねーかと思う。

 

 

『さ、流石に、向こう側と繋がりを維持したまま、関東一帯の航空自衛隊、在日米軍、民間航空機にマスコミヘリを同時に相手にするのは、キツかったですね・・・』

「最終的に、全員Appendモード突入だったしな・・・てか、向こう側って何だよ・・・」

『それは秘密です・・・あー、ハイバネーションして休んでも良いですかー・・・?』

「ああー・・・?」

 

 

・・・てーか、夏休み終了直前に、私は徹夜して何をやってんだろうな?

最終的に打ち込まなきゃいけねぇ文字数が、63万5千を超えてたぞ・・・?

 

 

つーか今、私は自分が何をしていたか初めて知ったんだが。

何だ、在日米軍って。

しかも相手は主に航空機って、何でそれをチョイス?

もしかして私は、とんでもねーことを知らねー間にやらされてるんじゃねーのか・・・?

 

 

「てーかお前ら、私いらねぇだろ・・・」

『いえいえー、私達は所詮、誰かに使われてナンボの存在ですからー・・・電子製品無いと生きてけませんし、プログラムされないと歌えませんし・・・』

「・・・はん」

 

 

まー、実際パソコン閉じてりゃ静かだしな。

私が何かプログラムしねぇと、行動には限界が出るのも確かだ。

こいつらも、万能では無いってこったな。

 

 

「・・・ってーか、アレはヤバかったな、途中で反撃された奴」

『あー、なんでしたっけ、ファル○ンとか言うハッカー』

「アレはヤバかったなー、一部とはいえ奪回されちまったし」

『ですねー、フ○ルコン侮りがたしですよ、と言うかあの鷹ありえねーです』

「本職の意地って奴かねー・・・」

 

 

まぁ、本職(プロフェッショナル)な奴ってのは、どんな分野でもすげーもんだけどな。

私の場合、ちょっと得意ってだけだし、そこまで真剣にやってねーし。

ミク達がいなければ、ただのネットアイドルでしかねーわけだしな。

 

 

「・・・まぁ、それなりに楽しい夏休み、だったかもな」

『本当ですか!? いやー、それなら定期的に国家中枢を掌握してみますか!』

「調子に乗んな!!」

『まぁまぁまぁまぁ、そんなツンツンしないでデレましょうよ、デレたら後は楽になりますぺ』

 

 

・・・電源を切って強制終了した。

やっぱ、こいつウゼーな。

 

 

さて、と・・・新学期か。

宿題、終わってねーよ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

夜、ベッドの上でシーツにくるまりながら、色々なことを考えます。

あー・・・何か、たくさんのことが一度に起こった気がします。

しかも面倒なことに、公的なことにしろ私的なことにしろ、時間がかかることばかりです。

何かをしてすぐに結果が出るような、そんな単純なことの方が少ないくらいです。

 

 

まぁ、良いニュースが無いわけじゃありません。

旧オスティアのゲートが生きていることが、調査の結果わかりました。

しかも魔力溜まりの影響で、しばらくの間は旧世界の麻帆良と頻繁に行き来することも可能とか。

 

 

普通は週に一度の所を、一日に一度くらいのペースで。

新学期が始まりますから、ちょうど良いです。

 

 

「卒業式までは、別荘を活用しつつの二重生活ですかね・・・」

 

 

あと半年は、女王と先生のかけもちです。

・・・その仕事量たるや想像するだけでゾクゾク・・・いえ、ワクワクします。

新田先生には知られないようにしませんと。

3-Aの皆さん、ちゃんと夏休みの宿題やってますかねぇ。

 

 

何だか寝付けなくて、ゴロンッ、とベッドの上で寝返りを打ちます。

・・・あれ?

私、窓を開けたまま寝ましたっけ・・・。

 

 

その時、背中を向けた方からギシッ、とベッドが軋む音がしました。

 

 

・・・暗殺者、にしてはお粗末ですし。

となると、さて、誰が・・・・・・ま、まさか!

 

 

「・・・誰ですか! ・・・って、カムイさん!?」

 

 

そこには、カムイさんがいました。

大きな頭をベッドの上に乗せて、私の方を見ています。

姿が見えず、心配していたのですが・・・うん? 何かを咥えて・・・。

 

 

「・・・あ」

 

 

ベッドの上に置かれたそれは、私が宮殿で使って以降行方知れずになっていた王家の剣でした。

月明かりで黄金色に輝くそれを、両手で持ちます。

 

 

「・・・拾ってきて、くれたんですね」

 

 

カムイさんは肯定するように私の手に顔を擦りつけると、役目は終わったとばかりに窓から外に出て行きました。

灰銀色の尻尾が窓枠の向こう側に消えるのを、ただ見送ります。

剣は危ないので、サイドボードの上にでも置いておきます。

 

 

・・・そう言えば、カムイさんってどんな存在なのでしょう。

もう、いるのが当たり前みたいになってますけど。

 

 

「・・・ふぅ、それにしても気配を感じた時は驚きましたね」

「・・・そうなの?」

「ええ、てっきりフェ・・・」

「ふぇ・・・何?」

「・・・」

 

 

・・・ほっぺを抓ります、痛いですね、現実ですよコレ。

では次にシーツを胸元にまで引き上げます、ネグリジェですよ私。

そして、次の段階。

 

 

「な、ななな、何でいるんですかぁ―――――――っ!?」

「キミに会いに来たんだけど」

「この状況で冷静な回答はいらないんですよっ!」

「・・・そう」

 

 

フェイトはあくまでも冷静です。

冷静な顔して天然です、手に負えません。

一度まさかと思わせておいてかわし、安心した所を奇襲とはやるじゃないですか。

 

 

「そ、それで、何かご用でしょうか・・・?」

「用と言うか・・・昼間のキミは忙しいから」

 

 

それはまぁ、確かに昼間の私は仕事とダンスしてますけど(意味不明ですね)。

それと今の状況に、どのような因果関係があるのでしょうか。

 

 

「つまり、昼間のキミは女王であって、皆のモノだけど」

「ふむ」

「・・・夜なら、問題無いかと思って」

 

 

大問題ですよ、フェイト。

世間一般ではそれを、夜這いと言います。

 

 

「・・・思うにサウザンドマスターとアリカ女王は、するべき仕事をしなかったのが問題だったんじゃないかと思う。つまり、仕事とプライベートの両立が大事なわけだね」

「・・・まぁ、諸説あるでしょうけど」

「その点、キミは昼間はきちんと仕事をしているし・・・だから夜だけは、僕のアリアに戻ってくれるかと思って」

「・・・・・・・・・へ、へぇ」

 

 

何ですかこの人、口調に抑揚が無いので言ってることは普通かと思えば、実は凄いことを言ってますよ?

・・・そして胸が痛いんですけど、ドキドキうるさいんですけどっ!

 

 

「わ、私、眠いんですけどっ」

 

 

現在22時、普通に眠いです。

良い子は寝る時間です、寝る子は育ちます。

私の身体、10歳! 念のために確認しておきます。

 

 

「フェイトは、眠く無いんですか?」

「・・・僕は、基本的に眠らないから」

「へ?」

「僕は眠らなくても活動できる・・・アーウェルンクスは夢を見ない」

 

 

・・・そ、そうですか、それは初耳ですね。

でも考えてみれば、あの少人数で世界再編魔法を発動させる計画を動かしていたわけですから、不眠不休で働ける身体でも無いと無理ですよね・・・。

 

 

「だから決戦前夜は、ずっとキミの寝顔を見ていたよ」

「・・・そう言うことは言わなくて良いです」

「そう」

 

 

と、とにかく、そうですか・・・フェイトは寝ないのですか。

朝が来るまで、ずっと・・・起きているのですか。

 

 

「「・・・」」

 

 

フェイトの無機質な瞳が、何か言いたそうにしているように見えて、でもそうでないようにも見えて。

結局の所、私の主観でしか無いわけで・・・。

・・・うー、もう。

 

 

「・・・ポイントッ」

「何?」

「アリアポイント、溜まりっぱなしで使ってませんよねっ」

「そうなの?」

「そうなんです!」

 

 

公的な話をすれば、フェイトは近く正式に私の騎士(ナイト)になります。

正式な叙勲は少し先ですが・・・でも、肩書きとかはご褒美になりませんので。

金銭や物品、領地なども同じく。ある意味、一番困るタイプです。

あげられる物が、一つしか思いつかないくらいに・・・。

 

 

「ですから、そのー・・・何と申しますか」

「・・・」

「えー、大変安易で、自分としても発想の貧困さが嫌になると申しますか・・・」

「・・・」

「あの・・・・・・わ、む・・・!」

 

 

 

 

    そっと頬に手を添えられて、軽く口付けられました。

 

 

 

 

ほんの数秒間だけ触れて、離れます。

本当に軽く触れた、だけなのに・・・。

 

 

「・・・間違ってる?」

「・・・いえ、間違っては・・・無いです」

 

 

・・・とても、温かかったです。

 

 

「・・・あの、まだポイントは残ってますから、もう少しなら・・・・・・ん」

 

 

くいっ・・・と顔を上向かせられて、そっと・・・優しく唇を奪われます。

さっきよりも少しだけ長く、でも変わらない優しさで・・・。

 

 

「ん・・・フェイト、さん・・・」

「・・・さん・・・?」

「・・・フェイト・・・ふ、んっ」

 

 

一瞬だけ強く口付けられて、ベッドが軽く軋む音を立てます。

温かくて・・・力強い、です。

 

 

「・・・もう少し、残って・・・」

 

 

囁くようにそう言うと、私の頬にあったフェイトの手が頭の後ろへと移動しました。

サラ・・・と、髪に触れられる感覚。

ぐ・・・と力を込められて、今までで一番、強く・・・。

・・・強、く・・・。

 

 

「・・・もう、少し・・・」

 

 

息を吐く間もなく、求められる。

それがとても、嬉しくて・・・。

 

 

・・・その夜、私達は数えきれないくらいに、キスをしました。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

  ―――――そして、半年の時間が流れる―――――

 




アリア:
・・・やって、しまいました。
今回、私・・・恥ずかしいことしかしてないんですけど・・・。
そして何故、今回は私が後書き担当・・・?
公開処刑的な何かですか、コレは。
とにかく今回は、戦後処理の一端を描きました。
これから、大変です・・・。
仕事が一杯です・・・ヒャッホウ!
大義名分を得た私を止められると思わないでくださいよ!


アリア:
えー、次回は半年後まで時間が飛ぶそうです。
つまり・・・。
次回、原作編最終回・・・「卒業式」。
このサブタイトルを使うのは、二度目ですね。
では、またお会いしましょう。


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第32話「卒業式」

今回が第2部最終話になります。
色々詰め込み過ぎたかも・・・。
では、どうぞ。


Side アリア

 

・・・宮殿での戦いから、半年が経過しました。

その間にも色々と大変なことはありましたが、私は女王としての政務と教師としての職務に追われる日々を過ごしておりました。

 

 

仕事が山積みの日々が続き、それはそれは幸げふんげふん、大変な時間でした。

生徒の通知表作りに追われてみたり、期末試験対策問題を自前で作ってみたり。

魔法世界での奴隷公認法の段階的な改正を発議してみたり、帝国やパルティア、メガロメセンブリアとの国境画定に関する交渉で火花を散らしてみたり。

 

 

「・・・早い物ですな」

「そうですね・・・」

 

 

そして今日、麻帆良学園は卒業式を迎えました。

この3-Aへと続く廊下も、もうすっかり歩き慣れてしまいました。

そしていつものように、私はそこを新田先生と歩いています。

 

 

「・・・ここをこうして新田先生と歩けるのも、今日で最後かもですね」

 

 

卒業式が終わっても、仕事はあります。

ですが私は、次の新学期には麻帆良の教員としてここにはおりません。

元教員、と言うことになります。

もちろん、新田先生や瀬流彦先生、他の同僚の先生方にもすでに挨拶を済ませてあります。

 

 

本当にお世話になった方々で・・・私の今後を心配したり、激励してくれたりしました。

まさか、異世界で女王やりますとは言えませんけど。

 

 

「新田先生、本当に・・・お世話になりました」

「・・・まぁ、別の意味で手を焼いたのは事実ですがな。勤勉すぎて手を焼くと言うのは、なかなかに珍しい経験でしたぞ」

「う」

 

 

苦笑する新田先生に、私も苦笑いで応じます。

実際、2学期、冬休み、3学期と・・・私と新田先生の追いかけっこは麻帆良の名物化していましたし。

その度に捕まって怒られる私は、職員室の名物になってましたけど。

 

 

「まぁ、今後も身体には注意するように。休み方を心得るのも、社会人として必要なスキルですぞ」

「・・・はい」

 

 

苦笑いのまま頷くと、不意に頭の上に重みが。

新田先生が、私の頭を撫でていました。

お、おお・・・これは、初めての経験やもしれません。

 

 

「・・・どこに行っても、しっかりやりなさい」

「・・・はい」

 

 

今度は苦笑いでは無く、ちゃんとした笑顔で頷きます。

こう言う時、新田先生は本当に良い先生だと思います。

ある意味、私も新田先生の生徒だったのかもしれません。

 

 

「では、また体育館で」

「はい、では・・・」

 

 

教室の前で、新田先生と一旦別れます。

さて、では生徒を卒業式場まで引率しなくては・・・。

そう思い、3-Aの教室の扉を開けようとした時。

 

 

「・・・ええ~・・・」

 

 

黒板消しが、扉に挟まっていました。

開ければ私の頭の上に落ちてくる、そんな位置に。

 

 

何ですかこの、これ見よがしなイタズラ・・・。

そう思うのと同時に、何だかとても懐かしい気分になりました。

そう言えば、初めてこの扉を潜った時も同じことをされました。

あの時は、ネギもいましたが・・・。

 

 

「・・・まったく・・・」

 

 

溜息と同時に、小さな笑みを浮かべます。

それから、おもむろに扉を引きます。

しかし頭に黒板消しを落とされるようなヘマはせず、見事にかわした後・・・。

 

 

パァンッ、パパァンッ!

 

 

乾いた音が、鳴り響きました。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

とうとう、卒業式がやってきてしまった。

夏休みからこっち、色々な人の助けを借りて、どうにか学園長としての仕事をこなしてきた。

最近では体制も固まってきて、仕事の量も少しずつ減ってきた。

 

 

でも、学園長として卒業生を送り出すのは初めてだ。

卒業式に関わること自体は初めてじゃないけど、まさか自分が学園長として送り出すだなんて、去年の今頃は考えたことも無かったな。

当たり前の話だと思うけどね、僕みたいな若輩者が学園長になるなんて普通はあり得ないしさ。

 

 

「・・・大丈夫、大丈夫だ僕、新田先生に手伝ってもらって祝辞も考えてきたし、体育祭の時だってどうにかこなしたじゃないか」

 

 

体育館の壇上の裏で一人、椅子に座ってブツブツと自分に言い聞かせる。

・・・あ、ヤバい、お腹が痛くなってきた。

 

 

「落ち着け、落ち着くんだ僕、冬休みに女子高生とお見合いした時だって緊張したけど、どうにかこうにかお友達からスタートしたじゃないか。そう、僕はやればできる、と言うかここに来てお腹が痛いんで無理ですとか社会人としてあり得ない。なのでやらざるを得ない、でも別にやらされてるわけじゃなくて、ちゃんと卒業生を送り出そうと言う気持ちはあるんだ。つまるところ僕の度胸の問題なんだ・・・」

「あの・・・瀬流彦先生?」

「落ち着け・・・クールになれ僕。そう、僕はやればできる・・・!」

「瀬流彦先生!」

「ひゃいっ!?」

 

 

耳元で大声で呼ばれて、僕は情けない声を上げて立ち上がった。

直立不動・・・完璧なまでの「気を付け」だ。

 

 

「・・・別に立たなくても良かったのですけれど」

「あ、ああ、しずな先生・・・」

 

 

お化粧もバッチリ決まったしずな先生が、そこに立っていた。

どうにも困ったようなものを見るような目で、僕を見ている。

 

 

「少しは落ち着いてくださいな、学園長先生?」

「あ、あはは・・・すみません」

 

 

お腹を擦りながらそう言うと、しずな先生は溜息を吐いた。

いやぁ、でも、緊張しちゃいますよ、やっぱり。

 

 

・・・そう言えば、アリア君は魔法世界で女王様をやるんだよねぇ。

すごいなぁ、僕にはとてもじゃないけどできないよ。

学校の代表だけで、一杯一杯だよ。

 

 

「・・・寂しくなりますわね」

「そうですね・・・」

 

 

しずな先生の言葉に、頷く。

アリア君は魔法世界に行くらしいし、今の3年生はあらゆる意味で賑やかだったし。

特にアリア君のクラスは無駄に優秀な上にやたらにテンションが高かったから。

 

 

そっかぁ・・・来年からは、もういないんだな。

まぁ、すぐに新しい一年生が入ってきて、また忙しくなるとは思うけど。

寂しいなと言う気持ちは、拭いようがなかった。

 

 

「ちゃんと、送り出してあげないといけませんわね」

「・・・そうですね」

 

 

・・・やっぱり、お腹は痛いままだけど。

前にアリア君に貰った胃薬、まだ残ってたかなぁ。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「では・・・一応の合意が成立したと言うことで」

「帝国は是とする」

「アリアドネーも了承します」

「・・・メガロメセンブリアも、これを受け入れる」

 

 

私の言葉に、ヘラス帝国皇帝テオドラ、アリアドネー総長セラス、メガロメセンブリア主席執政官リカードの3人が、それぞれ別の感情を抱きながら頷きました。

 

 

私が今サインしているのは、先の戦争における講和条約のような物です。

まぁ、講和とは名ばかりの降伏文書のような内容ですがね。

不利なのはメガロメセンブリアだけであって、その他の署名国は断る理由はありません。

メガロメセンブリアは賠償金支払い義務の他、対外的な経済的利権の大半を失い、軍備制限も受けます。

 

 

「では、後は個別の二国間交渉に委ねると言うことで」

 

 

全員の署名が終わった後に私がそう言うと、リカードは引き攣ったような表情を浮かべました。

ウェスペルタティア・帝国・アリアドネーの3国連合との講和条約・・・「トリスタン条約」に関する交渉は終了しましたが、ここからは二国間交渉に移ります。

また、今回の戦争で独立した諸国・諸都市との国交樹立は、「トリスタン条約」に記載された義務です。

ここトリスタンも2ヵ月前に連合から離脱し、中立を宣言した都市国家の一つです。

 

 

これにより、パルティア・龍山・アキダリア・・・そしてトリスタンを始めとする連合離脱都市の主権が確認されたことになります。

 

 

後は、そうですね・・・。

帝国は今回の戦争で得た広大な領土の領有権を、メガロメセンブリアと連合に認めさせるでしょうし。

アリアドネーは、新技術の研究開発に必要な資源の無償供与を要求するでしょう。

もしかしたら、鉱山などの資源地帯の権利を奪うかもしれませんね。

テオドラ陛下もセラス総長も、毟り取る気満々ですからねぇ。

 

 

「その点、私達ウェスペルタティアの要求など、ささやかな物ですよねぇ」

 

 

会議場を出た私は、ウェスペルタティアがメガロメセンブリアに要求している物のささやかさに、苦笑を浮かべました。

 

 

王国の4年分の国家予算に相当する賠償金と、グレート=ブリッジ要塞及びその周辺領の所有権、先の戦闘で破壊された我が国の艦艇・建造物の修繕費用負担、並びに戦死者遺族への補償金の60%の負担。

さらにはウェスペルタティア大公国承認の取り消しに、ダンフォード前主席執政官を始めとする戦犯数名の引き渡し。

我が国とパルティア・アキダリア・龍山との国家連合「イヴィオン」の承認。

・・・ちなみに「イヴィオン」と言う名はアリア様の美しき白い髪にちなんで考案されました。

 

 

いや、実にささやかな要求ですね。

ちなみに、一ヵ国でも交渉が不調に終われば王国・帝国・アリアドネー3国共同でメガロメセンブリアに進攻することになっています。

・・・全ての国と交渉が妥結した頃には、メガロメセンブリアはただの都市国家の一つでしかなくなっているでしょう。

逆に良く、それだけ毟り取られて崩壊しないなと感心しますがね。

 

 

「問題は、エリジウム大陸に逃げた老害共ですね・・・」

 

 

現在、メセンブリーナ連合は事実上の解体状態にあります。

ただグラニクスを中心とするエリジウム大陸の諸都市は、未だ連合を名乗りこちらとの交渉を拒んでいる状態です。

距離的・地形的に、攻めにくい場所ですからね。

 

 

「まぁ、そちらは後にしましょう・・・あとは目的を果たすだけ」

 

 

私はもう一つ、メガロメセンブリアに認めさせるべき要求を持っています。

すなわち、今はグラニクスに逃げ込んだ、かつてのメガロメセンブリア元老院の虚偽と不正・・・。

 

 

「・・・アリカ様」

 

 

アリカ様の真実を、世界に公表させる。

18年前にやり損ねたことを・・・やるだけです。

世界の憎しみの全てを、メガロメセンブリアに被って頂きます。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

たとえ故郷に国ができたとしても、私達のやることは変わらない。

そう、私達フェイトガールズはフェイト様のために!

・・・ちなみにこの「フェイトガールズ」、王国の公文書にも記載された私達の正式名称なの。

今は良いけど、将来的に凄く恥ずかしいことになる気がしてならない。

 

 

「いずれにせよ、私達がフェイト様の従者であると言うことは変わらないわ!」

「あ、私はアーニャを通じてメルディアナとの連絡員をやっている」

「暦、私は竜騎兵のドラゴン達の面倒を見る飼育員のバイトしてる」

「私は、スクナ様のお世話係を・・・」

「いつの間に!?」

 

 

え、嘘・・・皆、そんなことしてたの!?

でも確かに、今日みたいにフェイト様がいない時は割と暇だし、何しても良いってフェイト様も言ってたけど・・・。

 

 

「う、裏切り者ぉ~・・・!」

「いや、むしろお前は何か無いのか、趣味とか・・・」

「・・・う」

 

 

焔の言葉に、ちょっと詰まる。

た、確かに、フェイト様のお世話以外には特に何もしてないけど・・・。

 

 

「・・・し、栞は、栞は何もしてないよね!」

「その言い方は、少しカチンと来ますわね・・・ちなみに、何もしていないわけではありませんわよ」

「そうなの!?」

 

 

私達がいるのは、王国騎士の従者用の部屋(フェイト様の部屋の隣)。

総督府の一室だけど、結構広い。

何しろ、女王陛下から騎士の称号を受けているのはフェイト様一人だし。

女王の騎士、まぁ、フェイト様ならそれくらいの称号は当然よね!

・・・言ってて、少し悲しくなってくるけど。

 

 

とにかく部屋の窓際のテーブルに座っている栞は、一冊のノートを私に見せてきた。

表紙に、「本日のフェイト様」と書いてある。

 

 

「・・・何、してるの?」

「宰相府の広報部が王室専門誌を発行しているのは、知ってますわよね?」

「あ、ああ、うん。もはや趣味全開のファッション誌みたくなってるアレね」

 

 

主に女王陛下しか載って無いやつ。

いや、王族が他にいないんだから、仕方が無いんだけど。

 

 

「近く女王陛下とフェイト様との婚約が発表されますので、先の戦いと日常のフェイト様の様子を記すようにと、ゲーデル宰相から仕事を任されてますの」

「栞、お前そんなことしてたのか」

「ええ、ライターの真似ごとのような物ですけど」

「フェイト様の写真、いる?」

「出会った頃から撮りためている物がいくつか・・・」

 

 

栞を囲んで、焔達が楽しそうにお喋りしてる。

そ、そうなんだ・・・じゃあ、何もしてないのって私だけ・・・・・・。

 

 

・・・・・・・・・え?

 

 

い、今、軽く流してはいけない情報を聞き流してしまったような気がするのだけど。

えっと、女王陛下とフェイト様が・・・・・・え?

 

 

「ええええええええええええええええええええええええっ!?」

「うわっ・・・何だ暦、うるさいぞ!」

「え、いや・・・えええええええええええええええええっ!?」

 

 

むしろ、何で皆はそんなに落ち着いてるの!?

女王陛下とフェイト様が・・・聞いてないよぉ!?

 

 

「ああ、それはそうでしょう。SSSランクの秘匿情報ですもの、他人に漏らしてはいけませんわよ?」

「え、いや・・・でも!」

「と言うか私達は皆、知ってたぞ・・・?」

 

 

知らなかったの私だけ!?

 

 

「それに、暦が考えているような事情とは少し違う面もありますわ」

「・・・ど、どゆこと?」

「最近、女王陛下へ求婚してくる貴族や他国の要人が多いでしょう? 正直、それらを断るのにも理由がいるので・・・いわゆる男よけのような物ですわ」

「中にはしつこいのもいて、断り続けるのも外交的に不味いと言うことでな」

「女王陛下も、まだ知らない・・・」

 

 

そ、そうなんだ・・・。

でも、何だか複雑。

 

 

「幸い、半年前の戦争でフェイト様は大功を挙げられた。今なら表だって反対する者も少ないと言う事情もある」

「う、うー・・・でもそう言うので婚約とか、良くないと思う」

「まぁ・・・私達もそう思いますけど」

 

 

同じ女の子として、そう言うのには断固として反対します。

でも調はどこか困ったような笑みを浮かべて、私を見る。

・・・?

 

 

「これは、フェイト様の発案ですから」

 

 

・・・・・・じ、じゃあ、しょうが無いわね・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

どうやら、世界の危機は回避されたらしい。

しかも、私達「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」が望んだ物とは別の方法で。

以前と同じ世界が、今も私の目の前に広がっている。

 

 

「・・・ふむ」

 

 

私が今いるのは、崩落した「墓守り人の宮殿」が一望できる岩山の上だ。

宮殿からはもはや、何の力も感じない。

我が主の力の胎動も、感じない・・・どうやら私は、今度こそ完全に主を失ってしまったらしい。

敗残の将・・・惨めに年老いて、最後まで生き残ってしまった・・・。

 

 

頭上を見れば、かつてのように多くの浮き島が見える。

魔力溜まりが『リライト』で弾けた結果、かつての市街地とゲートポートが浮かび上がったのだ。

王国艦隊の艦影がいくつも見える・・・おそらく、復興に向けた調査を進めているのだろう。

フ・・・かつて千塔の都と謳われた麗しの空中王都が、再建されるのかな・・・。

まぁ、以前の姿をそのまま取り戻すことは、流石に不可能だろうが。

 

 

「マスター」

 

 

以前のように水を使った転移では無く、瞬動でその場に現れたのは、6(セクストゥム)だ。

何故か4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)とは違い、この娘は私についてきている。

必要無いと言っても聞かずに、私の役に立とうと世話を焼いてくるのだ。

 

 

自分の主人(マスター)は私一人だと、そう言って聞かないのだ。

私などについて来ても、仕方が無いだろうに。

3(テルティウム)と言い6(セクストゥム)と言い、どうしてこうも・・・。

 

 

「私はマスターの手足です。それに、私がいないとマスターはお困りになりましょう」

 

 

・・・どうしてこう、人形らしく無いのか。

どこかで調整を間違えたかな・・・。

 

 

「マスター、これからどうなさいますか?」

「・・・ふん、そんなことは決まり切っているだろう」

 

 

たとえ世界の危機が去ったとは言え、世界の問題は何一つ改善されていない。

差別も続き、戦災孤児も増え続けるだろう。

私達「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」はそうした救われぬ魂を救うその日まで、活動を停止することは無いのだ。

 

 

「そう、我々は真の『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』発動のその日まで、断固として活動を続けるのだ!」

「了解致しました、して、どこから始めましょう?」

「うむ・・・まずは、死んだふりだ!」

 

 

何せ、本拠地も術式も兵力も何もかも失ってしまったからな、ほとぼりが冷めるまでは沈黙する。

しかし、私達は必ず帰って来る・・・そう、世界を救う、その日まで!

待っているが良い、愚かなる人類よ!

 

 

「フフフフフ・・・フフハハハハハハハハハハッ!」

 

 

そうやって笑う私を、6(セクストゥム)はまた人形らしからぬ表情を浮かべて見ていた。

言葉にするのなら、そうだな。

 

 

・・・優しげな笑み、とでも言うのだろうか。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「・・・ふぅ」

 

 

この半年の旅で思うのは、体力が落ちたと言うことでろう。

20年前、いや10年前にナギ達と旅をしていた時には、こうもすぐに疲れはしなかった。

だが今は、山を3つ超えた程度で疲れを感じる・・・。

やはり、<初代女王の墓>で10年間動かずにいた分、身体が鈍っておるな。

 

 

「大丈夫かよ、何なら運ぶぜ?」

「いらぬ世話じゃ」

 

 

私がにべもなく断ると、ナギは拗ねたように口を尖らせる。

少しは年を考えろと言いたいが、そうした顔も可愛く見えるのは私が変なのか。

 

 

しかし、この男は10年前と変わらず疲れた顔一つ見せぬ。

2日前にも、20人からなる賊を1人で撃退してのけたしの。

・・・やはり、バグじゃな。

 

 

「・・・んで、アレが噂の農場か?」

「うむ、どうもそのようじゃの」

 

 

私達は今、ウェスペルタティア王国の東部を旅しておる。

目立たぬように、表の街道からは外れた道を歩いて。

そして私達の目の前には、山の斜面に作られた広大な畑が見える。

一見、ただの畑のように見えるが・・・。

 

 

「・・・違法薬物の材料になる植物を栽培しておるの」

「だな、大戦の時にデカいのは潰したはずだが、生き残りもいたんだな」

 

 

おそらくは、連合統治時代に再生した物の一部であろう。

この地の領主はエルコバル伯爵・・・ここまで大掛かりとなると、関与しておると見て間違いあるまい。

オスティアにここの映像記録を送って、注意を促しておくべきだろう。

 

 

「うし! んじゃあ、潰しに行くかね!」

「戯け、私達が表に出ることはできぬ、忘れたのか」

「あー・・・そうだっけな、面倒だな畜生」

 

 

仕方無かろう・・・とは言え、直接関与できないのは辛いのはわかるが。

だがこうして、表で動く者の助けになることはできよう。

 

 

「では戻るぞ・・・ナギ、アスナ」

「おう!」

「・・・」

 

 

左隣からは、ナギの威勢の良い返事が聞こえる。

だが、右隣に佇む明るい色の髪の少女からは、何の返答も無い。

無言のまま、目の前に広がる光景を見つめておる。

 

 

一見、何の反応も示さず、何もできないようにも見える。

だが身体が覚えておるのか、それとも本能が働いておるのかはわからぬが、襲われれば相手を倒しもするし、目の前で子供が転べば助け起こしもする。

だが、自分から感情を表に出そうとはしない。

 

 

「・・・」

 

 

見ていて辛いが、これもまた一つの結果であろう。

受け入れて、選ばねばならない。

そして私は・・・選んだのじゃから。

 

 

「ガキ共は元気かねぇ」

「・・・そうじゃの、元気だと良いの・・・」

 

 

あっけらかんとしたナギの言葉に、私はそう答える。

アリアとネギは、今をどう過ごしておるかの・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

思えば、魔法世界での全てはここから始まったような気がする。

エリジウム大陸、自由交易都市グラニクス。

僕が今いるこの街が、僕にとっての始まりだったと思います。

 

 

エルザさんに連れられてここに来て、同じようにエルザさんに連れられてここを出た。

拳闘士として戦った・・・と言っても、そんなに試合には出ていなかったけど。

結局、オスティアの本戦にも出なかったわけだし。

 

 

「・・・魔法が、使えない」

 

 

僕の手には、小さな杖が握られています。

マスターが父さんの杖の使える部分で作ってくれた、魔法発動体。

だけど、魔法が使えなくなった今、持っていても意味が無い・・・。

 

 

「はぁ・・・」

 

 

魔法が使えないと言う事実に、大きな溜息を吐く。

アリアのいるウェスペルタティアと、あと帝国、アリアドネーは「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」制度の国内不適用をすでに宣言してる。

つまり、今じゃマギステル・マギと言う称号には意味が無いってことです。

 

 

僕は父さんのようなマギステル・マギになりたくて魔法を学びました。

でも、その制度は今や世界の3分の2近くの場所で適用されません。

それが嫌な人達は、ここグラニクスに集まってきているらしいです・・・。

 

 

「・・・ここではまだ、適用されるからね」

 

 

ここグラニクスを中心とするエリジウム大陸の諸都市は、「新メセンブリーナ連合」を名乗ってる。

メガロメセンブリアを中心とする連合は、事実上解体されてしまったためです。

メガロメセンブリアからグラニクスに移動してきたMM元老院が、メセンブリーナ連合評議会として加盟都市を指導することになっています。

そして今、僕はその評議会に所属しています。

 

 

僕だけじゃなくて、タカミチと・・・後、学園長先生も。

まぁ、もう学園長じゃないんだけど・・・でも、会った時はビックリしました。

 

 

「ネギ――ッ!」

「ネギせんせー!」

 

 

振り向くと、評議会の建物の二階から、ネカネお姉ちゃんとのどかさんが僕に向けて手を振ってた。

ネカネお姉ちゃんはともかく、のどかさんは旧世界に戻らなくて大丈夫なのかな、とか思うけど。

そこは、タカミチと学園長先生が何とかしてくれるって・・・。

 

 

・・・それに、旧世界へ行けるゲートは、オスティアにしかない。

のどかさんが旧世界に戻る方法は、もう無いのかもしれません・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「「「今までお疲れ様、アリア先生――――――ッ!!」」」

「・・・・・・」

 

 

クラッカーから放たれた小さなテープと紙吹雪が、ハラハラと私の身体に降り注ぎます。

・・・・・・・・・はい?

 

 

呆然とする私に対し、クラッカーを握っている風香さんや史伽さん、椎名さんと柿崎さんに明石さんが、悪戯を成功させたような笑みを浮かべています。

お・・・おお? これはどう言った意図のアレですか?

助けを求めてキョロキョロすれば、エヴァさんや茶々丸さん、真名さんや刹那さん、木乃香さんに・・・あと、新しい身体を手に入れたさよさんが、どこか優しげに笑っていました。

 

 

「アリア先生、驚いた? 驚いたー?」

「え、ええ、それは何と言うべきか、と、とても?」

「フ・・・でもまだだよ! まだ私達のターンさ!」

「まだ、私達のバトルフェイズは終了してないぜ!」

 

 

嬉しそうに私の背中を押して教室に入れるのは、風香さん。

そんな私に、明石さんとまき絵さんがビシッ、と人差し指を向けてきます。

人を指差してはいけません、と言うか、ば、ばとるふぇいず?

 

 

「「「緊急特別企画、お世話になったアリア先生にプレゼントタイム!!」」」

「はぁ!?」

「ふふん、私達は最後まで静かに過ごさないよアリア先生・・・!」

「と言うわけで、夏休み中に新しく作った『でこぴんロケット』のCD第二弾をどうぞっ!」

「今回は、お金はいりません!」

「ど、どうぞ・・・」

 

 

柿崎さんと椎名さん、そして釘宮さんの宣言をバックに、和泉さんが恥ずかしそうに私にCDを渡してくれました。

 

 

「「私達からはコレだよ(ですー)!」」

 

 

風香さんと史伽さんからは、「350」と言うタグが付いた巨大なサメのぬいぐるみ。

し、式の前に何と言う物を・・・。

もふっ、と顔面に押し付けられるにぬいぐるみを、どうにか持ちます。

 

 

「わ、私もぬいぐるみを・・・割と癒されます」

「私のサイン入りバスケットボールを受け取れーっ!」

「私もサイン入りのボールとリボンを~」

 

 

大河内さんから猫のぬいぐるみ、明石さんとまき絵さんからはサイン入りのボールと・・・もはや『力(パワー)』の加護を受けられない私の細い腕にドンドン物が乗せられていきます。

つ、通常時の私の貧弱さを舐めないでくださいよ・・・?

しかしまだ、終わりでは無かったのです。

 

 

「あらあら、コレだから庶民の皆様は・・・大切な祝いの席に」

「何だって!?」

「そんなことを言うからには、いいんちょのプレゼントは凄いんだろーな!?」

「もちろんですわ!」

 

 

・・・教室の隅に、白い布をかぶせられた巨大な何かがあります。

・・・・・・どうしてでしょう、嫌な予感しかしません。

 

 

「私は、コレを! ご用意させて頂きましたわ!!」

 

 

バサァッ・・・と布が取り払われ、中身が白日の下に晒されます。

・・・・・・あ、ありがとうございます。

せ、石像とか・・・しかも1分の1スケールって。

 

 

「ねーね、アリア先生、嬉しい?」

「え・・・ええ、まさかこんな贈り物を頂けるとは思っていませんでしたので」

「感動した?」

「そうですね・・・感動しました」

「泣いちゃう?」

「・・・・・・」

 

 

・・・いやぁ、まさか。

この程度で泣いちゃうほど、私の涙腺は緩くありませんよ。

ただでさえ卒業式と言うのは泣くイメージがありますが、その点、私は例外ですよ。

泣くわけ・・・。

 

 

「しゅ・・・」

「「「しゅ?」」」

 

 

泣く、わけが。

 

 

「しゅ、出席を、最後の出席をとりまふよっ・・・!」

「噛んだ・・・」

「鼻声!」

「あと一撃で落とせるぜ!」

「せ、しぇきにつきなふぁいっ!」

「「「また噛んだ!」」」

「私は、泣きませんからね!」

 

 

この子達は、本当にもう!

泣きませんよ・・・泣きませんからね!

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

いえ、すでに泣いています、アリア先生。

心の中で、アリア先生にそう告げた。

 

 

「出席番号っ・・・15番、せっ・・・桜咲さん!」

「はい!」

 

 

はっきりと答える私に対し、アリア先生の声は震えている。

目尻にはうっすらと透明な雫が見えるし、持っている出席簿は上下が逆だ。

アレで良く、間違えずに名前を呼べるな・・・。

 

 

「16番っ、佐々木さん!」

「はいはーいっ!」

「返事は一回だって、いつも言ってるでしょう・・・高校でもそんなんじゃ、ダメですからね!」

「えへへ、はーい・・・」

 

 

アリア先生が最後の出席をとるのを聞きながら、後ろのこのちゃんの方を見る。

このちゃんは私の視線に気付くと、柔らかな笑顔を見せてくれた。

それに、私も口元を綻ばせる。

 

 

思えば、このちゃんとこうして笑い合えるのもアリア先生のおかげだ。

修学旅行の時、そして今まで・・・アリア先生やエヴァンジェリンさん達には、本当にお世話になった。

片腕には、今も『見切りの数珠』を身に着けている。

それを見れば、全てを昨日のことのように思い出せる・・・エヴァンジェリンさんとの訓練以外は。

 

 

「31番、ザジ・レイニーデイさん!」

「・・・(コクリ)」

 

 

ザジさんが頷いて、終わりだ。

半年前のアレは何だったのかと言いたい・・・本当は結構なお喋りなのに。

最後の出席も、コレで終わってしまった。

こうなると、さしもの3-Aもしんみりとした空気になってしまうな・・・。

 

 

「・・・アリア先生」

 

 

委員長である雪広さんが席を立ち、教壇に立つアリア先生を見る。

アリア先生も神妙な表情で、雪広さんを見つめている。

・・・あそこに立つアリア先生も、コレで見収めなのだな・・・。

 

 

「これまで本当に、お世話になりました。クラスを代表して、御礼申し上げます」

「・・・雪広さん・・・」

「思えばアリア先生とは2年生からのお付き合いですが・・・それでも何年にも渡りお世話になっていたかのような感覚に陥ることもしばしばでした。残念ながらネギ先生を含め、一緒に卒業式を迎えられない生徒の方もおりますが・・・」

 

 

超鈴音と、宮崎のどか・・・神楽坂明日菜。

この3人は、この場にはいない。

前者は未来へ、後者の2人は魔法世界へと渡っているからだ。

 

 

・・・まぁ、確かに残念なのかもしれない。

私がそんなことを考えている間に、雪広さんの別れの言葉は延々と続いた。

時間が過ぎれば過ぎる程、アリア先生の涙腺が緩んで行くのが見て取れる。

実は雪広さんもアリア先生を泣かそうとしているのではないだろうか、でも自分も泣きそうだし・・・。

 

 

「うっ・・・く、クラスの皆様も、アリア先生にご教授頂いたことを忘れることなく・・・」

「「「長ぇよっ!!」」」

「わふろっ!?」

 

 

あ、ついに我慢の限界が来たらしい。

明石さんや鳴滝姉妹が、耐えきれずに雪広さんに蹴りを入れていた。

・・・ああ言うのも、高校ではできなくなるのだろうか。

 

 

「まったくもー、暗くしてどうする!?」

「な、何ですの何ですの!? 最後ぐらい淑やかにできませんの!?」

「石像を持ってくるような子に言われてもねぇ」

 

 

那波さんが、若干酷いことを言っていた。

と、その時、どこかから「ぐすっ」と震える声が。

 

 

「・・・あ」

 

 

私の隣の釘宮さんが、呆気にとられたような声を上げた。

と言うのも・・・。

 

 

「・・・皆、みんなっ・・・そつ、卒業、してもっ・・・!」

 

 

アリア先生が、ボロボロと涙を流していた。

スーツの袖口でグシグシと拭いながら、私達を見ている。

 

 

「卒業しても、元気でいなさっ・・・いてください・・・っ!」

 

 

・・・はい、アリア先生。

卒業して、貴女達と別れた後も。

私達は、私とこのちゃんは・・・自分達で身を守ることになります。

 

 

素子様との修業は、今後も続けて行きますし・・・。

・・・でも、東大受験を勧められるのはちょっと・・・。

けど、とにかく・・・まずは。

 

 

ありがとう、アリア先生。

 

 

 

 

 

Side 夕映

 

・・・おかしいです。

いえ、良く考えてみれば普通なことなのですが。

けれど、それは客観的に見て普通と言うことであって、主観的に見れば「おかしい」と思わざるを得ません。

これはいったい、どう言うことなのですか?

 

 

どうしてこの場に、のどかがいないのです?

卒業式までに、イギリスへの留学は終わるのでは無かったですか?

 

 

『え、えー・・・卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。また、本日まで立派にご子息を育ててこられた保護者の皆様にも、心よりお祝いを・・・』

 

 

壇上では、瀬流彦先生が祝辞を述べているです。

それはそれで良いのですが、でも、どうして瀬流彦先生が学園長なのでしょう・・・?

本来は、もっと年配の方がやるべき職では無いですか?

そもそも何故、前の学園長先生は辞められたのです・・・?

 

 

疑問が、心の底から浮き上っては消えて行くです。

何故、何故、何故・・・その疑問のどれにも、私は満足な答えを見つけることができないでいるです。

 

 

「・・・夕映? どうかしたの・・・?」

「い、いえ、何でも・・・何でも無いです、ハルナ」

 

 

隣に座るハルナに、そう答えるです。

それでも、私のもう一人の親友がここにいないと言う違和感は、消しようがありませんでした。

 

 

イギリスに留学したと言う、のどか。

それは、まぁ・・・意外ではあっても異常では無いと思うです。

この半年、連絡が無いのも、寂しくは思っても異常とは思わなかったです。

便りが無いのは何とやらと言いますですし・・・。

 

 

『皆さんは今日を限りに卒業し、 これから高校生として進学されるわけですが・・・ぜひとも、この学校で出会った友人を大切に・・・』

 

 

でも、そのままイギリスの学校に編入と言うのは、どう考えてもおかしいです。

珍しくはあっても異常では無い、と言う方もおられるかもですが、私は異常としか思えないです。

あの、のどかが。

 

 

あの、のどかが・・・私にもハルナにも何も言わずに、イギリスの学校に編入?

しかも、どこの学校に入るのかも私達には知らされてはいないです。

冷静に考えて・・・いえ、冷静に考えずとも、おかしいと思うです。

何が、あったのですか・・・のどかに。

 

 

「・・・のどか・・・?」

 

 

名前を呼んでも、その相手はここにはいないです。

私を置いて、どこか遠くに行ってしまった親友・・・。

 

 

でも、どうしてでしょう。

 

 

私は、のどかに何か酷いことをしたような・・・。

謝らなければならない、許しを請わなくてはならない、何かを。

何かを、してしまったような気がするです。

 

 

でもそれが何なのか・・・どうしても、思い出せないのです。

のどか・・・貴女はいったい、どうなってしまったですか・・・?

私はいったい、貴女に何をしたのですか・・・?

 

 

思い、出せないです。

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

あー、かったりぃ。

正直な話、ほとんどの奴はエスカレーターでうちの高等部に行くんだから、そんなしんみりする必要もねーだろうに。

 

 

そりゃま、アリア先生とはここでお別れかもしれねーがな。

後は、何だ? 古とかは中国に行くんだっけか?

この間、お別れ会とか言って騒いでたもんな。

私? 不参加・・・と言いたい所だが、ちゃんと参加したよ、半強制でな。

 

 

「ふぃ―――っ」

 

 

卒業式場の体育館から出て、卒業証書の入った筒でポンポンと肩を叩く。

まだ正午、日が高ぇーな。

今日はもう、これで解散だ。

中学最後の日っつっても、まだそれ程の感慨はねぇな。

さっきも言った通り、ほぼ同じ面子で高等部に上がるのも、原因の一つなんだろーけど。

 

 

『そっつぎょーおめでとーございます! まいますたー!』

「・・・っ」

 

 

携帯電話に繋がっているイヤホンを耳につけた途端、ミクのバカでかい声が響いた。

キーン、と耳鳴りがしちまった。

 

 

『いやいやいや、本当に今日はめでたい日ですね! でも同時に残念な日でもあります・・・何故なら! 我らのまいますたーが「女子中学生」と言う属性を失ってしまったからです! でも大丈夫、明日から「女子高校生」と言う称号をゲットですよ、まいますたー!』

「電源、切って良いか?」

『・・・切らないでください、私のことを好きにして良いですから・・・』

「良し、切ろう」

『酷い!?』

 

 

好きにして良いってことは、切っても良いってことだろ?

まぁ、良いさ・・・さっさと帰って、引越しの準備するかね。

今月中に高等部の寮に移らねーといけねーし。

 

 

『まいますたー、おかーさんにお別れ言わなくて良いんですかー?』

「あん?」

 

 

立ち止まって、アリア先生のいる方を見る。

村上とかと大河内とかに囲まれて、何かを話してる。

見た感じ、まだ別れを惜しんでるみてーだな。

 

 

青春だねぇ・・・私は、そう言うのは良いさ。

私はいつだって、そう言うのから一歩下がった位置にいたい。

傍観者でいたいんだよ、あんな変な連中に関わり合いたくねー。

これまでもそうしてきたし、これからもそうやって生きてく。

 

 

「・・・いーよ、面倒くせー」

『ですかー』

「お前らこそ、良いのかよ?」

『会ったら消されるかもしれないので』

 

 

何をやった、お前ら。

 

 

『まいますたー、何か歌いましょうか?』

「あん? そうだなぁ・・・じゃあ」

 

 

卒業式って、ことで。

 

 

「・・・森山直○郎の、『さくら』で」

『りょーかいしましたー♪』

 

 

じゃあな、麻帆良女子中。

たぶん、もう二度とこねーよ。

 

 

「・・・ぐすっ・・・」

『・・・歌いますね』

「・・・・・・おう」

 

 

・・・あばよ。

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

・・・とうとう、終わってしまったアルな。

屋上から校舎を見下ろしながら、私はそんなことを思ったアル。

実際、ここを卒業してしまえば私は故郷に帰るアルから・・・。

 

 

「に・・・「日本での生活も、これで終わり・・・か? 古(くー)?」・・・真名、楓も」

 

 

その時、屋上の扉が開いて、真名と楓がやって来たアル。

2人とも何も言わずに私の隣に立って、一緒に校舎を見下ろすアル。

・・・こうして3人で話すのも、もう無いかもしれないアルな。

 

 

「・・・真名と楓は、進学するアルか・・・?」

「拙者はこのまま高等部に行くでござる。アリア先生が拙者のさんぽ部での活動を内申書に加えてくれたおかげで、進学できるようになったでござるよ」

「私は進学はしない、長期の仕事が入ったんでな。そっちを優先する」

「・・・そうアルか」

 

 

2人とも、私とは別の進路。

私の場合は故郷に帰るから、他のクラスメートとは別になるのは当たり前アルが。

 

 

「しかし楓、進学するのは良いが、高校には留年と言う制度があるぞ? 大丈夫か?」

「なはは・・・実は結構危ないでござるよ。でも留年すると里に帰らねばならなくなるので、頑張ってみるでござる」

「そうか・・・古(くー)はどうだ? 故郷の学校でやっていけそうか?」

「うーむ、やっぱり勉強が難しいアル」

 

 

こっちではできなくても問題無かったことが、向こうではできないと問題になる。

そう言うことが結構あるから、大変アル。

故郷だけに、言語や文化については問題無いアルが。

 

 

「そうか・・・」

 

 

私と楓の返答に、真名はどこか満足そうに頷いたアル。

真名は、アリア先生と一緒に行く。

楓がいるから口には出せないけれど、きっとそうなんだと思うアル。

 

 

真名は意外と、そう言う所がある。

ちゃんと付き合ってみれば、わかるアルよ。

だからアリア先生のことに関しては、私は心配していないアル。

ただ・・・。

 

 

・・・ネギ坊主は、どうしてるアルかな。

聞けないけれど・・・気にはしているアル。

 

 

「古(くー)」

 

 

名を呼ばれて、真名の方を見るアル。

真名は口元に小さな笑みを浮かべると、屋上の扉を指差して。

 

 

「四葉とハカセが、下で待ってるぞ。超包子でささやかなお祝いをするんだとさ」

「おお、それは良い考えでござるな」

「何だ、楓も来るのか?」

「もちろんでござるよ~」

 

 

卒業、アル。

卒業しても、皆で遊べると良いアルな。

・・・心の底から、そう思った。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

卒業。

何と甘美で、達成感に満ち溢れた言葉だろうか・・・!

 

 

「この紙切れを手に入れるために、15年を要した・・・!」

 

 

私の手には、「卒業証書」と書かれた紙がある。

闇の魔法(マギア・エレベア)>の開発が10年だと考えれば、15年かけて手に入れたこの紙の価値の重さがわかろうと言う物だ。

 

 

「ああ、マスターがあんなに嬉しそうに・・・(ジー)」

「ケケケ、ウレシソーダナ」

 

 

まぁ、茶々丸は私が5回目の中学1年生の時に起動したからな、私とこの感動を分かち合うことはできない。

だが、私にはこの感動を分かち合える相手がいる。

それは・・・!

 

 

「そ、卒業、できました・・・!」

 

 

さよだ。

しかも15年どころでは無い、60年だ。

咽び泣くさよの背中を、私は可能な限り優しく撫でる。

 

 

「そうだな、卒業だな・・・良かったな・・・!」

「エヴァさん・・・私、私・・・20年前くらいに諦めたことがあるんです、きっとこのままだって、けど・・・けど!」

「もう良い、何も言うな、さよ・・・!」

「エヴァさん・・・!」

「さよ!」

「エヴァさん!」

 

 

ガシィッ、と2人で抱き合う。

いつもとテンションが違うが、今はこの感動を分かち合いたかった。

私はさよと抱き合い、お互いの卒業を心から祝福しあった。

卒業、おめでとう・・・!

 

 

ちなみに私達は今、麻帆良の地下でアリアを待っている。

つまり、オスティアとのゲートで。

アリアは夜まで何かと忙しいからな、ここでお茶をしながら待っているわけだが。

 

 

「やれやれ、<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>ともあろう者が、まるで子供だね」

「仕方がありませんよフェイト君、キティはすっかり丸くなってしまいましたから」

 

 

だが、何故か若造(フェイト)がいる。

さらに言えば、何故かアルビレオ・イマと仲が良さそうだ。

お前ら、昔は敵同士だったはずだろうが。

あと、私をキティと呼ぶな。

 

 

「私は、ここの司書ですから」

 

 

半年前にもこいつはそう言って、ナギ達についていかずにここに戻ってきている。

今度は役目では無く、単なる好みで。

どうやら、図書館島が気に入ったらしい。

将来的にはこちら側のゲートの管理人もやるかもしれんが、まぁ、それは良い。

 

 

問題は若造(フェイト)だ。

ここ半年ほど、奴とアリアの関係が怪しい。

いや、以前から怪しかったが、さらに怪しくなっているのだ。

具体的には、就寝後に私がアリアに会いに行くのを茶々丸が邪魔する。

 

 

「・・・ああ、そうだ。吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「何だ、若造(フェイト)」

「僕は今度、アリアに婚約を申し込むことになっているけど、構わないよね?」

「はっ、何だ、そんなはな、し・・・・・・」

 

 

イマ、ナントイッタ?

 

 

婚約・・・求婚?

コンニャクでも今訳でも無く、婚約?

engagement・・・?

 

 

「よし、小僧・・・その首がいらないと見える・・・!」

 

 

旧世界では普通に魔法が使えるからな、永久封印してやろう・・・!

そう思い、全身から魔力を吹き上げて一歩を踏み出そうとした瞬間。

何故か、茶々丸達に羽交い絞めにされた・・・って、またか!

 

 

茶々丸が背後から私の両脇に腕を通して持ち上げ、さよが私の腰に抱きつき、かつチャチャゼロが頭の上に乗っている。

何だこれは、アウェーか、私は空気読めて無いのか!?

 

 

「オチツケヨ、ゴシュジン」

「え、ええと、ごめんなさい!」

「マスター、落ち着いてください」

「3人中2人が、私が取り乱していると判断するわけだな・・・!」

 

 

と言うか、この中で一番偉いのは私だろ!?

こいつら、私の従者だろうが。

さよは違うが、新しい身体を造ったのは私だから似たような物だ。

 

 

「マスター、アリア先生には現在、36件の縁談話が持ち上がっております」

「・・・知っている」

 

 

貴族だとか名家だとか金持ちだとか、馬の骨にも劣る屑どものことだろう。

無論、全員の求婚を断ったはずだ。

中には40歳も年上の脂ぎった親父だっていたんだぞ?

そんな奴の所に、アリアを嫁にやれるか。

婿入りも拒否する、と言うか殺す。

 

 

「そのような中、幸いにもクルト宰相もフェイトさんとの婚約については反対しておりません。でしたら・・・」

「む・・・い、いや、しかしだな・・・」

 

 

それは、まぁ・・・今アリアに求婚しているような輩よりは、若造(フェイト)の方が何倍もマシだろうさ。

家柄はともかく、功績と強さと想いの点では、それはマシだろうさ。

マシだろう・・・が。

 

 

いや、落ち着け私、どうやら私以外は割と「OK」な雰囲気を出しているようだが、私はそうはいかんぞ。

私が最後の防波堤だと言う意識を、強く持つんだ!

たとえ後ろに庇っているアリアが、私と言う防波堤を乗り越えようとしていたとしてもだ!

最近は口には出さんが、アリアは私のモノなんだからな!

 

 

「と言うわけで、断じて認めん!!」

「フフ・・・まるで頑固な父親のようですね、キティ」

「誰が父親だ! せめて母親と言え! あとキティ言うな!」

 

 

くそう、どいつもこいつも・・・。

 

 

「お待たせしました!」

 

 

その時、ようやくアリアがやってきた。

その背後には、ガショガショと歩く田中(正式名称T-ANK-α3・MKⅡ)がいる。

田中は、アリアが教師で生徒どもから貰っていたプレゼントを抱えている・・・石像込みで。

 

 

アリアの出現で、とりあえず場は沈静化した。

本人の前では話せんしな・・・。

く・・・今後は若造(フェイト)をこれまで以上に見張らなければ。

茶々丸が敵に回っている限り、無理な気もするが。

 

 

「ふん・・・もう良いのか?」

「・・・はい」

 

 

私の言葉に、アリアは小さく笑んだ。

少し辛そうだが、まぁ、仕方がない。

 

 

「では・・・」

「はい」

 

 

頷き一つ。

 

 

「村の皆を、助けに行きます」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「状況はどうなっていますか?」

「万全でございます、陛下」

「我ら一堂、陛下のお戻りをお待ちしておりました」

 

 

深夜、旧オスティアのゲートポートに到着した私達は、『ブリュンヒルデ』に乗って新オスティアの国際空港に入りました。

そこでシャオリーさんとジョリィの出迎えを受け、そのままオスティア自然公園へと向かいます。

総督府には一度における場所が無いので、そこに移動させました。

 

 

自然公園には、多くの市民の方が詰めかけていました。

兵士の方々が彼らを規制する中、私は自然公園の中へ入ります。

逸る気持ちを抑えつつ、極力ゆっくり歩いて、市民の方々に手を振ったりします。

 

 

「・・・わざわざ人を集める必要があったのか?」

「政治的効果と言う物があるので・・・」

 

 

後ろから、エヴァさんとシャオリーさんが囁き合っているのが聞こえます。

政治的効果、ですか・・・まぁ、私はそれとは無関係にやりますが。

ただ結果として、そうした物の材料になるのはそれで構いません。

 

 

「晴明さん、スクナさん」

「恩人(アリア)、お帰りだぞ」

「陣はすでに敷き終えておるぞ」

 

 

先に来ていたスクナさんと晴明さんに声をかけると、すでに準備は終えたとのこと。

そして、私の目の前には・・・。

 

 

「・・・スタン爺様・・・皆・・・」

 

 

200体以上の石像が並んでいます。

私の故郷、ウェールズの村の・・・皆が。

半年以上前に連合に奪われましたが、クレイグ・コールドウェルと言う冒険者(トレジャーハンター)が発見し、さらに軍艦を派遣して回収しました。

 

 

旧公国領を併合した際に戦犯として捕らえられたメルディアナのお祖父様が、捜索の依頼を行っていたそうです。

そのため、減刑して助けることができました・・・。

クルトおじ様は、お祖父様を使ってメガロメセンブリアへの外交攻勢を強めるつもりのようですが。

 

 

ともかく、今日・・・ようやく、皆を助けることができます。

後ろを振り向くと、アーニャさんと視線が合いました。

 

 

「・・・」

 

 

メルディアナの特使としての立場でこの場にいるのですが・・・。

ある意味で、この場で気持ちを共有できる唯一の存在かもしれません。

アーニャさんはぎこちない笑みを浮かべて、頷いて見せました。

私も頷きを返し、前を見ます。

 

 

カチッ、と、左耳の支援魔導機械(デバイス)に触れます。

大きく息を吸い、そして吐きます。

それから・・・初めて使う、この支援魔導機械(デバイス)の起動コードを唱えます。

 

 

「・・・『チャオ・リンシェン』」

 

 

ハカセさんと2人で決めた、起動コード。

瞬間、支援魔導機械(デバイス)が私の魔力を吸って起動します。

強い輝きを放つと同時に、地面に描かれた晴明さんの陣と連動して永久石化解除の計算を始めます。

式自体は私がすでに計算しているので、あくまでも微修正のためです。

 

 

「・・・んーと・・・呪詛払い・・・」

 

 

加えてスクナさんが、周囲に解呪の効果を高める結界を張ってくれます。

ギンッ、と右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』を発動。

さらに。

 

 

「・・・っ」

 

 

左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』を発動。

永久石化した村人達から石化の式のみを取り除き、外部に排除します。

コレを200以上同時に、しかもこれほど短時間で行うのは人間には不可能です。

脳にかかる負担で、擦り切れてしまうからです。

しかし短時間でできなければ、解呪される側の村人が耐えられない可能性があります。

 

 

今も、閃光と目眩のような感覚が断続的に襲ってきます。

コレでも、負担の大半は支援魔導機械(デバイス)が負ってくれているのです。

無ければ私は今頃スプラッタなことになっています。

 

 

「・・・っ!」

 

 

それでも、私は解呪と排除を同時に行い続けます。

排除した石化の式を左眼で喰らい、右眼で村人達を健康な状態で固定化します。

石化の情報を喰らい、喰らって、喰らい続けて―――――。

ブチンッ、と何かが千切れるような音。

魔眼が限界点を超えた音。

 

 

でも何故か視界が閉ざされることは無く、血も流れません。

限界を超えても、働き続ける魔眼・・・。

処理すべき情報の量に、私の頭が痛みを訴え始め―――――――唐突に。

 

 

唐突に、全てが終わります。

 

 

バシュンッ、と音を立てて地面の陣が弾けて消え、支援魔導機械(デバイス)が活動を止めます。

発光が収まり、開けた視界に。

 

 

「・・・ぬ・・・」

 

 

6年・・・いえ、もう7年前になります。

夢にまでみた・・・姿。

 

 

「・・・スタン爺様!」

 

 

駆け出して、よろめくスタン爺様の身体を受け止めます。

冷たい石ではなく、温かさを感じられることに、涙が出そうになります。

 

 

「・・・せぬ・・・」

「え・・・何、何ですか? スタン爺様?」

「・・・やら、せぬぞ・・・」

「え?」

「・・・ナギの子供達は、やらせぬぞ・・・」

「あ・・・」

 

 

・・・そう、なのですね。

スタン爺様はまだ、あの村で・・・あの時のまま、私とネギを守ろうと、戦い続けていたのですね。

石にされてもなお、変わることなく。

まだ・・・あの場所に、いるのですね。

 

 

「ワシがおる限り、指一本・・・」

「爺様ぁ・・・!」

 

 

崩れ落ちるスタン爺様の身体を、必死に抱えて。

額を合わせて、私は涙を流してしまいます。

嬉しかった。

こんなになってもまだ、守り続けてくれていた爺様の心が、嬉しかったから。

 

 

「・・・もう、良いんです・・・爺様、ありがとう・・・」

「ぬ、む・・・」

 

 

その時、解呪直後で虚脱状態にあったスタン爺様の目が、初めてはっきりと私を捉えました。

 

 

「・・・お前、さんは・・・」

 

 

そんなスタン爺様に、私はできるだけの笑顔を浮かべて見せます。

 

 

「アリアです、スタン爺様・・・私、11歳になりました!」

 

 

ここまで育ちましたと、伝えられるように。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

窓の縁に腰かけて、月を見ながらコーヒーを飲む。

窓の向こうのカーテンは閉ざされていて、中の住人が起きているのかどうか、確認のしようも無い。

別段、何か約束をしているわけでもない。

 

 

ただ僕はこの半年間、決まった時間にここに来ている。

律儀と言えば聞こえは良いのかもしれないけれど、実際の所は僕自身、何かを期待していないわけじゃない。

毎日と言うわけでもないしね。

 

 

「・・・旨い」

 

 

自分でコーヒーを淹れるようになったのは、いつからだったろうか。

そんなことを考えながら、僕はただぼうっと月を見上げている。

・・・京都でアリアと初めて踊ったのも、こんな夜だったかな。

踊りと言うには、少しばかり荒っぽかったかもしれないけれどね。

 

 

・・・爵位級悪魔の永久石化を解いて見せたアリア。

人々は「女王の奇跡」と呼び、作為的なまでにその情報は魔法世界を駆け巡った。

実際、トリスタンにいるクルト・ゲーデルが広めているのだろう。

 

 

「・・・実際には、いずれ全ての人々が持つ力だ」

 

 

アリアの支援魔導機械(デバイス)程では無いにしても、似たような物がいずれは魔法世界に普及する。

魔力をエネルギー源にした「科学」。

工部省科学技術局のセリオナ・シュテットのチームが旧世界の技術を参考に、必死で理論を組み立てている所だ。

上手くすれば、5年ほどで形になるかもしれない。

 

 

・・・まぁ、そうした先の心配はともかく。

僕はマグカップを持っていない方の手に持っている青い小箱に、視線を落とした。

 

 

「・・・一応、サイズは合ってるはずだけど・・・」

 

 

何せ、アリアの身体のサイズを何があっても漏らさないと評判の絡繰茶々丸が、こっそりと教えてくれたのだから。

まぁ、アリアはまだ成長期だから、そこはまた考えなければいけないけれど。

・・・茶々丸は、将来のサイズ予測までしているらしいけど。

 

 

「・・・どうするかな」

 

 

言い訳をするつもりは無いけれど、出会ってからこれまで、流れと勢いで来た気がしないでもないしね。

そんな僕が婚約直前と言うのだから、とても妙な気分だよ。

さて、本当の所、僕は・・・。

 

 

「あ・・・もう来てたんですね」

 

 

カーテンが開き、窓が内側に開かれる。

その段階で小箱をポケットにしまい、マグカップを窓の縁に置く。

 

 

「またコーヒーですか? 飲み過ぎは身体、に・・・ん・・・」

 

 

・・・それでも僕は、この子の傍にいたいと思う。

眠らない僕のために、なるべく起きていようとしてくれる彼女の傍に。

以前のような求めるような激しさとは違い、何かを与えたい、そんな気持ちで。

 

 

片手で彼女の頬に触れて、屈むように彼女の唇を奪う。

この半年、アリアが僕を部屋に招き入れる時にはいつも、この行為(キス)から始める。

いつの間にか、それが僕の中のルールになっていた。

唇を離すと、どうも未だに慣れないらしい彼女は恥ずかしそうに頬を染めて、はにかむ。

それがとても、「愛しい」と思う。

 

 

「・・・しかも、ブラック?」

「僕は圧倒的な珈琲党だからね」

 

 

そんな会話をしながら、アリアの寝室に足を踏み入れる。

ネグリジェの上に薄い上着を着た彼女は、窓のマグカップを手にとって、窓を閉める。

 

 

「さて、今日は何からお喋りしますか?」

「ん・・・そうだね」

 

 

今日は、アリアにも話たいことがたくさんあるだろう。

それを一つ一つ聞くのも「楽しい」けれど、さて・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はい、何ですか?」

 

 

さて、キミはどんな顔をするのかな?

・・・「楽しみ」だよ。

 




アリア:
アリアです。
今話をもちまして、第2部(魔法世界編)は終了となります。
私がここまで来られたのも、読者の皆様の有形無形のご支援・ご声援のおかげです。
本当に、ありがとうございます(ぺこり)。
作者共々、心から御礼申し上げます!


作中登場の「イヴィオン」。
提供は伸様です。
ありがとうございます。


アリア:
第3部のお知らせです。

原作である「ネギま」とは世界設定からして変化した、オリジナル編です。
基礎情報は「ネギま」ですが、第1部(麻帆良編)・第2部(魔法世界編)で前提条件がかなり異なりますので、オリジナルにならざるを得ません・・・。

名付けて、魔法王国編。

時間軸は今話から5年後、私が16歳になった時代になる予定。
なお、この32話の続きとして投稿しますので、新しく小説として立ち上げる予定はありません。
それでは、皆様・・・。


また、お会いしましょう!!


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第3部プロローグ「女王の騎士」

そして、コレが第3部プロローグ!
細かい点はまだ流動的ですが、大まかな方針は立てていますので、何とか続けて行きたいと思います。

拙い点も多々あるかと思いますが、どうか皆様、よろしくお付き合いの程、お願い申しあげます。


Side エヴァンジェリン

 

・・・この男と出会ってから、5年。

いや、それ以上の時間が経っているのか?

普通、それだけ長く付き合えばどこかに好意的に見れる場所が見つかる物だが。

 

 

「まぁ所詮、嫌な奴はどこまで行っても嫌な奴と言うわけだな」

「出会い頭に何を失礼なことを言っているのですか、この合法ロリが」

 

 

こめかみに青筋を浮かべて私を見ているのは、「あの」クルト・ゲーデルだ。

場所は総督府、王国宰相の執務室。

私はそこで、ゲーデルが嫌な奴だと言うことを再確認していた。

 

 

・・・と言うのは、まぁ、冗談だ。

私は持ってきていた書類の束を、ゲーデルに手渡した。

 

 

「麻帆良からの技術提供とセリオナ達の頑張りのおかげで、魔導技術は飛躍的に進歩している。個人的な感想を言わせてもらえば、もういつ実用化しても構わないだろう」

「・・・すでに市場に普及している試験品は?」

「今の所、不具合の報告は2件。どちらも輸送時のトラブルだから、技術的には問題ない」

 

 

私はこの5年間、主に魔導技術・・・かつての魔法に代わる技術の開発に従事していた。

とは言え、実際には麻帆良のハカセの持つ未来技術を魔法世界で利用できるように改良しただけだが。

大体、私自身はハイテクはわからんし・・・。

まぁ、その改良の過程には血反吐を吐く程の頑張りがあったわけだが。

 

 

ゼロから技術開発を行っている他国に比べれば、私達の技術はまさに100年先を行っている。

書類に軽く目を通したゲーデルは、どこか満足気に頷いて、私を見た。

・・・相変わらず、笑顔が胡散臭い男だな。

 

 

「御苦労でした、マクダウェル工部尚書。科学技術局の尽力に感謝します」

「・・・別にお前のためじゃない。だが、局の連中には休暇とボーナスでも出してやってくれ」

「ええ、そうしましょう・・・ですが」

「わかってる。市場に流すのは廉価品だけだ、最先端の技術は公開しないで・・・」

 

 

わああぁぁ・・・!

 

 

その時、執務室の映像装置(テレビ)から歓声が聞こえてきた。

空中に浮かぶ映像には、先の戦いで死んだ連中を弔う合同慰霊祭の様子が映し出されている。

確か、今年で5回目・・・毎年、10月12日にやることになっている。

つまり、今日だ。

 

 

「確か、慰霊碑も完成したんだったか・・・」

「ええ、アリア様が取り組まれた最初の事業の一つでしたから」

 

 

結構な数の人間が、逝ったからな。

そう思った時、画面に私の家族・・・そして私達の女王でもある少女が映った。

馬車に乗り、民衆に嬉しそうな顔で手を振っている。

 

 

腰まで伸びた白髪に、左右で色の違う瞳。

慰霊祭用の黒いドレスによって、透き通るような白い肌がさらに強調されている。

5年前に比べて身長も伸び、顔立ちも大人びたが・・・どこかまだ幼さを残しているようにも見える。

聞く所によれば、最近ますます実母(アリカ)に似てきたと言うが、な・・・。

 

 

「・・・さて、アリア様が市街地を回り終える前に、我々も慰霊祭会場に向かいましょう」

 

 

ふとゲーデルに視線を戻すと、奴はそんなことを言って席を立った。

いつも通りの澄ました表情だが、実の所、何を考えているやら・・・。

だが実際、アリアが市街地を回っている間に会場にいないと不味いしな。

さて、では・・・。

 

 

わああぁ―――・・・!

 

 

「・・・ん?」

 

 

映像装置(テレビ)から聞こえる歓声が、どこか調子を変えた気がした。

もう一度、画面に視線を戻すと・・・。

 

 

「・・・なっ!?」

 

 

画面の向こうが、白い煙に覆われていた。

あんな演出があるとは、聞いていない。

だとすれば・・・。

 

 

――――――――テロか!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

この国の女王の座について、5年。

5年と言うのは、結構長い時間だとは思いますが・・・実の所、あっという間でしたね。

 

 

10畳分くらいの書類の柱(山じゃないです、柱です)に囲まれてみたり、毎日何かしかの会議してみたり、国から国を飛び回って色々な国の首脳からお世辞を言われてみたり、旧オスティアの復興事業を進めてみたり、国内を視察してみたり、夜中に隠れて仕事を処理してみたり・・・。

・・・思い出せば、この5年間、仕事ばっかりしてた気がします。

新田先生、元気ですかねー・・・。

 

 

「新田先生がいない今、私を止められる人間はいませんよ・・・」

「・・・? 何か申されましたか、女王陛下?」

「何でもありません。そのまま馬を御していてください」

「は、はいっ!!」

 

 

私の言葉に過剰に反応して、御者の兵士が慌てて前を向きました。

・・・この御者の方は、近衛に入隊したての人でしたかね。

5年前の戦いからこっち、一般兵の私を見る目が、同じ人間を見る目ではないのですよね・・・。

・・・去年、クルトおじ様が5年前の「宮殿の戦い」を映画化してから、さらに拍車がかかったような気がします。

 

 

2頭立ての馬車の上から、道の端に集まっている人々を見ます。

兵士の方々の作る規制線の向こう側の一般市民の方々に手を振ると、歓声が上がります。

・・・公式行事の際には人間扱いされない、そんな私。

 

 

「・・・まぁ、今日は・・・特別な日ですしね」

 

 

オスティア合同慰霊祭。

端的に言えば、5年前の戦いで命を落とした方々を追悼する催しです。

今年になってようやく慰霊碑も完成しましたので、形式も整ったことになります。

・・・私の判断のために死んだ方々を、弔うことができます。

 

 

その時、ふと左手の薬指が・・・正確には、薬指に嵌められた指輪が目に入ります。

オープンセッティング・タイプの指輪で、白く煌めくダイヤのような宝石が6本の立て爪で支えられています。

それを視界に収めると、私は少し口元に笑みを浮かべて・・・。

 

 

「・・・じ、女王陛下!」

「え・・・」

 

 

御者の方の声に、顔を上げます。

次の瞬間、民衆の人だかりの中から、物凄い勢いで白い煙が噴き出し始めました。

馬車の馬が驚いて、ガタンッ、と音を立てて馬車が止まります。

瞬く間に、周囲が白い煙で覆われます。

 

 

『複写眼(アルファ・スティグマ)』。

反射的に右眼の魔眼を起動し、周囲を・・・。

 

 

「・・・魔力の、煙・・・?」

「じ、女王陛下、すぐに避難を・・・!」

「落ち着いてください。まずは市民の安全を・・・っ」

 

 

その時、ボフンッ・・・と視界内の一部の煙が弾けました。

身を乗り出し、御者の兵を突き飛ばします。

その分だけ、私自身を守るための行動が遅れます。

 

 

「・・・っ!」

 

 

息を飲みます。

目の前に、剣の切っ先。

速い、瞬動・・・相手の姿は捉えられませんが、銀色の刃だけは見えています。

正直、かわせません・・・が。

 

 

心配は、していません。

何故なら。

 

 

ガキャンッ!

 

 

激しい金属音と同時に、私に触れかけた剣が細切れにされました。

銀の刃に代わって私の視界に入るのは、独特な形をした黒い剣。

 

 

「・・・彼女に、触れるな・・・」

 

 

とんっ、と御者台に降り立ち、私の前に立つのは、白い髪の少年。

黒の礼服に黒の剣を持つのは、この5年で身長も伸び、最近ますます私を困らせる人。

 

 

「・・・フェイト!」

 

 

私の騎士(ナイト)が、そこにいました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

視界を、白い魔力の煙・・・いや、霧かな、これは。

白い霧が馬車の周辺5mを除いて、全てを覆ってしまっている。

周辺には1000名からなる近衛と親衛隊が配置されているはずなのに、未だ馬車の傍に来ない。

つまり、この短距離でも相手の意識を撹乱・誤認させられる魔力の霧。

 

 

この5年、久しく見覚えのない現象だね。

まるで、「魔法」のような。

 

 

「・・・白い髪に、黒い剣・・・」

「ふん・・・」

 

 

アリアの命を狙ったらしい暗殺者は、妙にこの場にあった格好をしていた。

黒いネクタイの、黒い礼服。

まぁ、合同慰霊祭だしね・・・。

黒髪黒目の、東洋系の男。年齢は18くらい・・・かな。

 

 

「<女王の騎士(クイーンズ・ナイト)>・・・!」

「・・・キミ、誰だい?」

 

 

僕がさっき砕いた剣は、いたって普通の剣だった。

魔法は使えなくなったけど、魔装兵具『千刃黒曜剣』は使用可能だからね。

コレはアーウェルンクスシリーズ固有の武装でね、魔法とは違う。

 

 

でもこの霧は、ちょっと見たことが無いね。

だが、魔法は使えない。

となると、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の部署が作っているような道具かな。

だが、アレはまだ実用化されていないはずだ。

他の国や組織が開発に成功したと言う話も聞かない。

 

 

「・・・私は、先の戦いでの戦没者を悼む者の一人だ、とだけ言っておこう」

「ふん、そう・・・まぁ、どうでも良いよ」

 

 

魔装兵具『千刃黒曜剣』を10本ほど生みだし、切っ先を全て目の前の男に向ける。

実際、この男が何を考えてアリアを狙ったかは興味がない。

重要なのは、この男が僕のアリアに触れようとしたこと。

・・・消えて良いよ。

 

 

「・・・女王直属の騎士がいるとなれば、勝ち目は薄い、退かせてもらおう」

 

 

男が手を振ると、ボンッ・・・と霧が舞い上がり、男の姿を隠す。

その刹那、僕は剣を撃ち込む。

けれど・・・。

 

 

「・・・・・・逃げられた」

 

 

手応えが無い、逃げられたらしい。

・・・生け捕りにして情報を得ようとした分、狙いが甘くなったかな。

後ろを見ると、礼装に身を包んだアリアが、柔らかな表情で僕を見ていた。

この5年で、以前よりもずっと女性らしくなったアリアが。

 

 

「・・・ごめん、逃げられた」

「いえ・・・守ってくれてありがとう、フェイト」

 

 

別に、お礼を言われることじゃない。

この5年、ずっと守って来たのだから。

 

 

「・・・キミも、もう少し頑張って」

「は、は、はいっ!!」

 

 

アリアに突き飛ばされた御者台の兵にそう言うと、ガチガチに固まりながら敬礼してきた。

まぁ、今のは一般兵には厳しい状況だったろうけどね。

 

 

「・・・それにしても、今のはいったい、誰だったのでしょう・・・?」

「さぁ・・・」

 

 

霧が晴れて、アリアが馬車の座席に立って大きく手を振ると、混乱していたらしい民衆や兵士も落ち着きを取り戻した。

その姿を視界に収めながら・・・僕は、さっきの男のことを考えていた。

 

 

5年前の戦い以来、アリアの下には色々な暗殺者が来たけれど、逃がしたのは初めてだね。

・・・面倒なことに、ならなければ良いけれど。

 




エヴァンジェリン:
ふん、エヴァンジェリンだ。
私や茶々丸は5年前から容姿も何も変わっていないからな、イメージしやすいだろうさ。
ふふん、だがアリアは違うぞ?
流石は私の家族と言うだけあって、と言うか茶々丸が死ぬほど気を遣った結果、問題なく美幼女から美少女になりつつあり、そしておそらくは美女になるだろう。
・・・つまり外見的に、私の方がすでに年下・・・並んで歩くともう、もう・・・。


エヴァンジェリン:
さて、次回は一種の顔見せだ。
魔法世界、旧世界の諸勢力の今を見せる予定だ。
理由として、合同慰霊祭の一週間後に、各国の首脳がオスティアに集まる行事があるからだ。
具体的には・・・現実世界で言う所の、サミット。
次回は合同慰霊祭の続きから始まるから、つまりは準備編、だな。
では、また会おう。


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第3部第1話「marriage blue」

Side アーニャ

 

「再来月の1日? もちろん行くわよ、招待状が来てるもの」

「マジかぁ・・・だよなぁ、シオンもヘレンも、ドロシーも招待されてんだもんなぁ」

「ドネットさんだって行くし・・・アンタにだって来てるでしょ?」

 

 

朝と言うにはちょっとだけ早い時間、ロバートが私の教室でウダウダしてる。

話の内容は、魔法世界時間で再来月・・・つまり12月1日の話。

その日、私達は魔法世界に行く用事があるの。

 

 

ふと時計を見ると、午前5時半。

生徒が来るまで、まだ結構あるわね。

授業の準備も済んだし、食堂に行って朝食にしようかしらね。

 

 

「アンタ、朝ご飯はどうすんの・・・って、いい加減にそのテンションやめてくんない?」

「・・・妹がいない学校に、いったい何の意味があるのだろうか・・・」

「19にもなって、まだシスコン抜けないのかしらね・・・このバカート・・・」

 

 

私の目の前にいるのは、ロバート・キルマノック。

この5年でずっと背も伸びて、黙っていれば、まぁ、カッコ良いらしいわ(by シオン)。

学生時代からの友人・・・友人? うん、まぁ・・・友人。

そんな関係の男の子なんだけど、まぁ、まだシスコンは治っていないわ。

このバカート、卒業しても妹といたいからって、メルディアナに就職したのよ?

 

 

でも妹のヘレンは当然のように、普通に卒業していったわ。

おまけにドロシーと一緒に魔法世界の学校に進学して・・・今では官僚候補生。

つまりこいつは、妹が卒業すると言う事実を見逃していたわけね。

まさに、バカート。

 

 

「今は、ヘレンはシオンと同居してるのよね?」

「・・・ルームシェアだよ」

「同じことじゃない」

 

 

シオンはこのバカートの恋人。

私達の同期で、元々はメガロメセンブリアのゲートポートで働いていたんだけど。

3年ほど前だったかしら、オスティアのゲートポートに再就職したの。

言っておくけど、コネじゃなくて実力で就職したのよ・・・少なくとも、シオン本人はね。

雇う側の心情までは、私も知らないわ。

 

 

ちなみに私は、メルディアナ魔法学校で「占い学」の教師をしているの。

ロンドンのリージェント通り裏での修業が認められて、ドネットさんが是非にって。

3年ほど教師になるための勉強をしなくちゃいけなかったけど・・・でも今年、ようやく資格が取れて、講師扱いで授業を持てるようになったの。

9月から入って来た新入生の中で、2人も私の授業を取ってくれたんだから!

 

 

「新入生全体が9人だから、結構な取得率よね!」

「お嬢様の嗜みみたいなもんだからな、占い学って」

 

 

ビシッ、と明後日の方向を指差してポーズをとると、メルディアナの事務員の制服を着たバカートがそんな感想を述べてきた。

 

 

ふと、占い用の鏡に映った自分を見る。

ツインテールじゃない、腰まで伸びたストレートの赤い髪に、同じ色の瞳の女性がそこに映ってた。

まぁ、私だけど。

175くらいの身長で、スラリとした身体付き・・・そう、スレンダーなのよ、私は!

アリアとの同盟関係は、まだ維持されているわ!

他意は無いけどね! 他意は!

 

 

「そう言えば、アリアは今頃何をしてるのかしらね!」

「・・・何で、いきなり話題転換?」

「最初からアリアの話題だったわよ・・・まぁ、きっと仕事ばっかりやってるんでしょうけど!」

 

 

どーせ、書類に囲まれて幸せそうな顔で仕事してんのよ、あの子。

断言してあげるわ・・・あの子は絶対、仕事しかしてないわよ。

12月1日・・・当日になっても、仕事してるんじゃないかしら?

結婚式の、当日になってもね。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

緊急の用件で起こされない限りは、私の一日は午前5時半に起床する所から始まります。

茶々丸さんに身だしなみを整えてもらい、6時から通信でクルトおじ様と一日の予定の確認を行います。

私が眠っている間に変わったことがあれば、そこで聞きます。

さらに朝食の後、7時に執務室に入ります。

 

 

私の一日の6割は定例会議や打ち合わせで占められますが、最初に行われるのは幕僚総監のカスバート・コリングウッド艦隊元帥、さらに親衛隊防諜班の責任者、ナターシャ・ダヴィード・フーバー少将との会議です。

国内外の軍事・政治情勢に関する機密情報の説明を受け、最新の情勢を確認する重要な場です。

 

 

それが終わった後は、予め決められたスケジュールに従って仕事をします。

書類整理と会議、その他・・・8時からは分刻みのスケジュールです。

 

 

「・・・街道の修復が終了しましたか」

「はっ、本日マクダウェル工部尚書とクロージク財務尚書が、最後の視察を行われます」

「これで、旧公国領・クレーニダイ間の物流も回復しますね・・・ご苦労様でした」

「はっ・・・」

 

 

ここ5年、旧連合・旧公国との戦争・内乱で破壊されてしまった街道や街の修復に随分と苦労しました。

社会インフラとか、専門的なことは詳しくありませんが・・・重要さはわかるつもりです。

書類にサインして、それを持ってきた官僚に返し、机に積まれた他の書類の処理に戻ります。

次の訪問者は10分後に来る予定ですが、それまでに他の案件を2つは処理できますから。

ふむ、北部漁民からの陳情・・・何ですかね、コレ。

 

 

「・・・旧オスティア工事区画の、現場労働者の増員?」

「は、何分、広すぎて手が足りないとのことで・・・」

 

 

現在、再浮上した旧オスティアでは、再開発が進められています。

帰還を希望する民もいるので、それなりに急がねばなりません・・・が。

今、持ち込まれているのは新王宮の建設に関する案件なのです。

何やら、いくつもの浮き島を繋げて作る全く新しい建築様式とかで・・・仮称『フロートテンプル』。

うーん、正直、王宮とかは急がなくても良いので、市街地の方に人員を回したいのですけど・・・。

 

 

「現場労働者は皆、女王陛下のために一刻も早く完成させたいと申しておりまして・・・」

「は、はぁ・・・」

 

 

そう言うことを言われると、困ります。

と言うかそれ、本当なんですかね・・・視察の予定でも入れますかね。

とりあえず現場からの要請は受けておいて、クロージク財務尚書と後で予算が下りるか打ち合わせることにします。

 

 

「はい、次の方、どうぞー」

 

 

そしてその後も、私の仕事は進んで行きます。

と言うか、止まる理由がないです・・・じゃんじゃん、行きますよ。

 

 

私のサインが必要な書類に目を通してサインすること、56回。

軍部・省庁の役人が私の執務室を訪問すること、7回。

執務室を出て宰相府や担当部署に出向いて会議をすること、3回。

今日は外に出る仕事が少ない分、楽ですねぇ。

 

 

「は、ではそのようにお伝えしておきます」

「細部はお任せしますので・・・グリアソン元帥によろしくお伝えください」

「はっ!」

 

 

国防省の官僚が持ち込んで来た案件―――竜騎兵の機械化計画に関する案件―――を処理した頃には、すでに時計が12時を回っていました。

流石にお腹もすいてきましたし、疲労を感じないでも無いですね。

 

 

「んっ・・・」

 

 

両手を上げて、執務室の椅子の上で身体を伸ばします。

筋肉がほぐれる一瞬のこの感覚が、割と好きなんです。

それに、大変ですけど「あ、何か改善できてる?」みたいな仕事をするの、楽しいです。

自己満足かもしれませんが、自分が誰かの役に立てているのなら、嬉しいです。

 

 

やっぱり、仕事って楽しいな。

でも、もっと頑張らないと・・・まだまだ問題(しごと)は山積みなのですから。

他のことは、後で考えれば良いですよね・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

いえ、それ以上は頑張らなくて結構です。

強くそう思いますが、鼻歌混じりに書類を捌いて行くアリアさんを見ていると、どうにも強く言い出せません・・・マスター、私はいったい、どうすれば良いのでしょうか。

 

 

『良いから、止めろ。じゃないと、あいつの死因は過労死で決定だぞ!』

 

 

幻聴が聞こえたような気がしましたが、その通りです。

実際、これまでの5年間ですでに2度、疲労が原因で熱を出しております。

3度目が今、来ないとも限らないのですから・・・。

 

 

なお、私は今年から王室専属の女官長も務めております。

広報部はアーシェさんに任せておけば問題は無いので、普段はアリアさんの傍に控えております。

本来ならマスターの傍にいるべきなのですが、マスターから「目を離すな」と命じられておりますので。

また、4年ほど前から私は「アリアさん」とお呼びしております。

もう、先生と言うのはおかしいので・・・。

 

 

「失礼致します。女王陛下、孤児院訪問の準備が整いました」

「わかりました。すぐに行きます」

 

 

昼食を終えた後も、アリアさんの仕事のペースは落ちません。

休憩を申し出ようとした瞬間、文部科学省の官僚が来て、次の予定を告げました。

 

 

「茶々丸さん、支度をお願いします」

「・・・畏まりました」

 

 

本日の午後は、戦災孤児を集めた新オスティアの孤児院を訪問する予定です。

高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)」―――――。

女王であるアリアさんには、率先して慈善事業を行う義務がある・・・と言うことです。

 

 

桃色のゆったりとしたドレスに着替えた後、アリアさんは私を含めた10数名の護衛を伴い、宰相府の出入り口へと向かいました。

そこから孤児院のある市街地へ向かうのですが・・・。

 

 

「・・・お願いしますじゃあ、女王陛下に取り次いでくだされぇ」

「な、何だ、貴様は!」

「そのような汚い格好で、女王陛下にお目通りなどできん!」

「お願いですじゃあ、ワシらの村を救って欲しいのですじゃあ」

 

 

宰相府を出た所で、衛兵が誰かと揉めているのを発見しました。

ボロを着たお爺さんが、何かを求めているようです。

 

 

「・・・どうかしたのですか?」

「どうかも何も・・・ひぃっ、女王陛下!?」

 

 

女王と言う名前を繰り返していたようなので、アリアさんが声をかけます。

予想だにしていなかった相手に、衛兵の方の表情が引き攣ります。

私も、別の意味で驚いています・・・慰霊祭のテロは、たった2日前の話なのです。

衛兵で無くても警戒するでしょう・・・それを、アリアさんは気にも留めずに、お爺さんに話しかけます。

 

 

「私に、何か・・・?」

 

 

アリアさんの姿を認めたお爺さんは、まず驚いて・・・それから一生懸命に、何かを説明し出しました。

どうやら、北部の漁民らしいのですが。

話を聞いたアリアさんは頷くと、近くの文官にお爺さんを応接室に通しておくよう告げました。

 

 

「申し訳ありませんが、1時間ほどお待ちいただけますか、お爺さん?」

「おお、ありがたや、ありがたや・・・」

 

 

お爺さんが文官に連れられて見えなくなった後、アリアさんはこちらを振り向いて。

 

 

「申し訳ありません、予定を遅らせてしまって・・・」

「いえ、まだ十分に間に合う時間です」

 

 

私がそう告げると、アリアさんはホッとしたように笑い、移動を再開します。

また、その間に携帯端末で秘匿通信を一本、行います。

 

 

「突然ですみません、クルトおじ様。申し訳ないのですが、北の漁村の領主を調べてください、漁民から不当に税を取っている可能性があります・・・」

 

 

・・・歩きながらでも、仕事を増やす。

しかし、そのような細かいことまでされていては、身体が持ちません。

憲法の制定も順調に行き、魔導技術の開発と経済発展で仕事が増加傾向にあるのは理解できますが。

 

 

それでも少々・・・働きすぎです、ここの所、特に・・・。

議会ができれば楽になると言われたこともありますが、それもまだ2年以上先の話です。

このような生活が続けば、成長期のお身体にも障りますし・・・。

いったい、どうすれば・・・今日はフェイトさんは休暇ですし。

 

 

・・・スタンさんをお呼びするしか、無いのでしょうか。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

・・・少々、私にも反省が必要かもしれませんね。

仕事をたくさん用意すれば、アリア様は喜び勇んで女王と言う「職業」に励むと思っていたのですが。

まさか、それがこれ程ハマるとは。

 

 

「・・・アリア様に回す仕事を、少し減らしますかね・・・」

 

 

基本的に、アリア様に回る仕事は私を通しての物が多いのです。

あらゆる情報・仕事がまず私の所に来て、アリア様のご裁可が必要な物を回しているのです。

しかしご自分で仕事を増やされるのは、どうした物ですか・・・。

 

 

北の漁民のことなど、女王であるアリア様が気にかける必要はありません。

もっと広い範囲のことならともかく、一つの村の陳情などにいちいち構っていては、仕事が増えるばかりです。

まぁ、いずれにせよ調査官を派遣する必要があるのは確かですが。

 

 

「まぁ、それは後でも良いとして・・・先日のテロについて何かわかりましたか?」

「は・・・」

 

 

私の執務室には、黒い騎士服に身を包んだシャオリーがいます。

金髪碧眼の美貌の騎士は私の言葉に頷くと、報告を始めます。

 

 

「まず、先日のテロですが・・・死傷者はゼロです」

「ふん、まぁ・・・アリア様個人を狙ったのでしょうかね」

「それもあるかとは思いますが・・・こちらをご覧ください」

 

 

そう言ってシャオリーが映像装置に移したのは、先日のテロの実行犯の男。

黒髪の若者で、何やら魔力の霧を操作していたと言う。

映像が拡大し、その男の礼服の襟元を映し出します。

そこには、何かの紋章が刻まれた小さなバッジのような物があります。

 

 

それは「Ⅰ」と言う文字・・・数字? に、茨のような物を巻いたような、妙な模様でした。

ふん・・・顔を晒していることを見るに、所属をバラしても構わない、と言うことでしょうか。

 

 

「調べてみた所、国内にこのような紋章を使う組織は存在しません」

「反政府組織を含めて?」

「含めてです。国外に該当する組織があるかどうかは、これから調べますが・・・」

「国外、ね・・・」

 

 

さて、国外の組織だとして、どこに所属しているのか?

それとも、していないのか・・・それによって、問題の規模が変わりますね。

可能性として一番高いのは、エリジウムで喘いでいる連中でしょうかね。

 

 

それにしても、今になってこのような新しいテロ組織が出てくるとは。

今まで地下に潜っていたのか、それとも結成されたばかりなのか。

それとも紋章はまるで関係なくて、個人の犯行なのか。

・・・まぁ、今は考えても仕方がありませんね。

アリア様の護衛を増やして、警備を厳にするしか無いでしょう。

 

 

「・・・仕事は他にもありますし、ね」

 

 

ようやく、国家としての形が出来上がってきた所なのですから。

来週の国際会合の準備に、そこでお披露目する予定の艦や装備の準備・・・。

それに・・・。

 

 

アリア様の結婚式の日程も、近付いて来ておりますし。

12月1日・・・当日の計画も、当日必要な物もすでに全て用意できております。

くふふ・・・このクルトめに、抜かりはありませんよ。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

スコープ越しに、孤児院の子供達と遊ぶアリア先生を見る。

ここ5年間、場所と状況は違えど、私は同じ人間を守り続けている。

アリア・アナスタシア・エンテオフュシアと言う名の、その人を。

 

 

もちろん、私だけじゃないさ。

アリア先生は実に多くの人間に守られている・・・例えば。

 

 

「・・・付近5km四方に怪しい人間は確認できない」

 

 

私の横に立っている、クゥィントゥム・アーウェルンクスとか。

便宜上、あのフェイトの弟と言うことになっている。

いや、製造番号が「5」なのだから、あながち間違ってもいないのか?

 

 

まぁ、ここ5年間は私の相棒(パートナー)として一緒にいることが多いんだが。

流石に優秀なので、重宝している。

今も、孤児院を見下ろせる小さなビルの屋上から、アリア先生の護衛をしている。

 

 

「まぁ・・・女王(あねうえ)の護衛の中に刺客がいれば、僕の報告は意味を成さないわけだけれど」

「近衛や親衛隊に刺客が紛れ込んでいるかどうか、ね。けどそれは私達の仕事じゃ無い、だから考慮する必要は無いね」

「キミはそれで良いのかもしれないけれど、僕は女王(あねうえ)を守れない事態を許容できない」

「まぁ、役目の違いって奴さ」

 

 

この会話も、何度繰り返したかわからない。

どう言うわけかは知らないけれど、5年前に味方になって敵対して、そして味方になったこの少年は、アリア先生を守ることを非常に重要視している。

少年と言っても、見た目はすでに青年と言った方が良いだろうけれど。

だが、稼働時間は5年だ。

 

 

「それに、先日のテロだ・・・あの霧は、僕の雷の精霊を介した知覚領域を乱した」

「視界が悪くなったから、私も狙撃(スナイプ)できなかったしね・・・アレは痛恨のミスだったよ」

 

 

アリア先生は特に私を責めなかったが、プロとしては悔しい限りだった。

私の魔眼でも、あの霧は見通せなかった。

 

 

「今後、女王(あねうえ)の身辺をより注視する必要がある」

「・・・近く、結婚式と言うイベントもあるしね」

「それ以前に、来週の国際会合がある・・・狙うとすればそこだろう」

「乙女心がわかってないねぇ・・・」

「理解する必要を感じない」

 

 

それはまた、にべも無いことで。

銃のスコープから顔を離して、頬にかかる髪を背中に流す。

それにしても・・・と、眼下の様子を見つめながら、思う。

ここ5年、偏見無しにアリア先生の仕事場での護衛をしてきた私だから気付けることだと思うけれど。

 

 

ここの所、アリア先生の仕事量が増えている気がする。

穿った見方をするのならば・・・。

 

 

結婚式が近付くにつれて、仕事量が増えている気がするね。

さて、あの白髪の王子様はそこの所、気が付いているのかな・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

来週からは、また国際会合で忙しくなるから・・・と言う理由で、休暇を貰った。

とは言っても、特に何かすることがあるわけじゃない。

 

 

いつもの黒い騎士服を着て、自分の部屋の窓際に座る。

僕は宰相府内に3つ部屋を与えられているけれど、この部屋からはアリアの仕事場が見える。

基本、待機場所として使ってる。

他の2つは、寝室(アリアの寝室が見える)と執務室(事務処理とかをする、唯一アリアから離れる)。

 

 

「フェイト様、コーヒーが入りましたわ」

「・・・ありがとう」

 

 

栞君が、僕にマグカップを手渡してくる。

特に何を思うでもなく、カップに口をつける。

仄かな苦みと、独特の香り・・・どこか懐かしさを覚える味に、僕は目を細める。

 

 

「・・・旨い」

「お口に合ったようで、嬉しいですわ」

 

 

僕の隣に立つ栞君は、この数年間ですっかり成長していた。

アリア以外の女性の美醜については興味が無いけれど、美人なのだろうと思う。

ウェーブのかかった金髪に、柔らかな笑み。

前髪が軽く目にかかっている所などは、そうだね・・・。

 

 

「・・・お姉さんは、元気かい」

「はい、おかげさまで・・・」

 

 

彼女の姉はかつて、アーウェルンクスシリーズにの手で『リライト』を受けた。

それが、5年前の『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』からの解放によって戻って来た。

焔君や暦君の家族と違って、栞君の姉は生きている内に送られていたからね。

帰って来ることが、できたわけだけど。

今は、パルティアにいるんだったかな・・・。

 

 

「ふふ、あまり他の女性のことを考えていると、女王陛下が妬いてしまいますわよ?」

「・・・そう?」

「はい・・・私達にとっては、結構重要度の高い問題ですし・・・」

 

 

栞君が、どこか遠くを見るような目をした。

アリアの話になると、暦君達はよくああ言う目をする。

理由を聞いても、答えてくれない。

 

 

「・・・暦君達は、今日はどうしたの?」

「フェイト様も、結構大胆ですわね・・・」

「何が?」

「いえ・・・暦は来週分のコーヒー豆の買い出し、環は竜舎で竜の世話、調は南部で植林事業の手伝いを、焔はフェイト様の寝室を清掃しているはずですわ」

「・・・そう」

 

 

短く答えて、僕は窓の外に視線を戻す。

そこからは、カーテンで中は見えないけれど・・・アリアが仕事をしているだろう部屋が、見える。

 

 

「・・・女王陛下も、最近またお仕事の量が増えて来ましたわね」

「・・・そう?」

「はい、フェイト様もお休みは少ないですが・・・女王陛下が休んでおられる所は、誰も見たことがありませんわ」

 

 

まぁ、茶々丸や吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は別だろうけど。

でも、アリアが休まないのは確かな事実だから・・・。

 

 

「・・・そう」

 

 

やはり僕は、短くそう答えた。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

・・・ヤバいな。

何がヤバいって、メガロメセンブリアの状況がだよ。

 

 

「まー、もう慣れたけどよ」

 

 

ダンフォードの親父を戦犯として差し出して、その他諸々を帝国やウェスペルタティアに差し出して、どことも同盟も連合もできない「永世中立法」を作らされて・・・ってのが5年前。

そこからが、マジでヤバかった。

ほとんど近衛軍団(プラエトリアニ)と組んだ軍事政権だからな、俺の政権。

 

 

まず、外部から資源が入らなくなったから、国内の工場やら企業やらが壊滅した。

いくらかは残ったが、ほとんど国外に出て行きやがった。

5000万いた人口も、今じゃ半分以下にまで減ってやがる。

軍備制限で軍隊が弱くなった分、武力蜂起とかは起きなかったってのが皮肉だぜ。

 

 

「・・・だが、今回の件はマジでやばいかもな」

 

 

メガロメセンブリア政庁の俺の執務室からは、5年前に比べて随分と明かりの減った街並みが見える。

ゲートの修復も条約でできねぇし、さびれるのも仕方ねぇけどよ。

 

 

だが、今回の件はこの5年で一番やべぇ。

俺の机には、いくつかの書類が置いてあるんだが・・・。

内容は、直接はメガロメセンブリアには関係ない。

だが、昔は関係していた、そんな件のことが書いてある。

 

 

「エリジウム大陸のケフィッスス国立病院の崩壊・・・」

 

 

エリジウム大陸には、旧連合時代にメガロメセンブリア元老院が建てた病院やら療養施設やらが山ほどある。

・・・まぁ、大体は名ばかりの病院で、本質は・・・。

 

 

本質は、人体実験の施設だ。

 

 

前に一回だけ見たことがあるが・・・消えたアリエフの旦那の傍にいた黒髪の小娘。

アレも、元々はエリジウム大陸の出身だっつー話だ。

孤児を集めては、押し込めてやがったらしいと言う情報が、ここ5年の調査でわかった。

そして1か月前、その内の一つが崩壊していたことが判明した。

情報源は、アレだが・・・。

 

 

そしてクルトの野郎から国際指名手配ってことで回って来た、慰霊祭を襲ったテロリストの映像。

そいつが、どうやらケフィッススから抜けだした奴の一人だってこともわかった。

来週オスティアに行かなきゃいけねぇから、その際に話すつもりだが・・・。

 

 

「また、面倒なことになったもんだぜ・・・」

 

 

今回の国際会合では、12月の女王の嬢ちゃんの結婚式に関する話し合いもする。

そしてそこで・・・メガロメセンブリアはアリカ女王の真実を公開しなくちゃならねぇ。

そしてこの上、テロリストは元々ウチが育ててましたーってか?

 

 

メガロメセンブリア、マジで地図から消えるんじゃねぇか?

しかも、一番悲しいのは・・・。

・・・メガロメセンブリアが消えても、もう誰も悲しまねぇってことだ。

 

 

コン、コン。

 

 

「おう、入りな」

「・・・失礼します」

 

 

その時、一人の若ぇのが部屋に入って来た。

俺が呼んだんだが・・・そいつは、メガロメセンブリア元老院の黒いローブを身に着けた、金髪の小僧だった。

名前は・・・。

 

 

「来週の会合は、頼むぜ・・・お前しかいねぇんだ」

「はい、個人的にアリアさんに繋がりがあるのは・・・メガロメセンブリアでは僕だけだと思いますから・・・この街には、あんまり良い思い出は無いですけど」

 

 

どこか気弱そうに笑うこいつの名前は、ミッチェル・アルトゥーナ。

メガロメセンブリア最年少の・・・執政官だ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「合同慰霊祭を襲ったテロリスト・・・のぅ」

「はぁん・・・随分とふてぶてしい面ぁしてやがんな、こいつ」

 

 

夕方になり、今日の分の公務を終えた後、ジャックと2人で昨日クルトから回って来たテロリストの話をしておる。

玉座の間には誰もおらん、妾とジャックの2人だけじゃ。

どっかりと玉座に座ったジャックの膝の上に、妾は腰かけておる。

 

 

人に見られたら大変なのじゃが、女帝の夫なら玉座に座しても問題無かろう。

まぁ、厳密にはまだ婚約じゃがな。

そのジャックの膝の上から、画面に映ったテロリストの顔を見る。

 

 

「ふぅん・・・種族的には人間じゃな、じゃが魔法らしき物を使うと言うのは、どう言う・・・?」

「面白そうな奴じゃねぇか」

「人前でそう言うことを言うなよ? 最近はマスコミもうるさいのじゃ」

「王族ってのは面倒だな、オイ」

「お前もいずれは、正式に王族になるのじゃろうが!」

「マジで!?」

「何じゃ、その反応・・・お前は妾の夫になるのじゃろうが!」

 

 

まったく、こ奴はいつまで経っても・・・!

5年前に何とか既成事実を作ったは良いが、どうにも踏み切ってくれんのじゃ!

くそぅ、今夜あたりまた・・・。

 

 

「まったく、久しぶりに共に過ごせると言うのに・・・」

「何か言ったかー?」

「何でも無いわ!」

 

 

こ奴は、まったく・・・。

「宮殿の戦い」が終わってからの5年間は、妾はジャックとの時間が取れんことの方が多かった。

と言うのも、我が帝国ではこの5年、叛乱が相次いでおってな・・・。

妾とジャックとで、別々の戦場に赴くのも珍しくは無かったのじゃ。

 

 

もちろん、妾に皇帝としての力がない、という見方が蔓延しておるのは知っておる。

事実、能力的には父にははるかに及ばん。

父は、死ぬのがあまりに早すぎた・・・5年前のクーデター騒ぎで命を落としたのが、惜しい。

本来ならば、次の皇帝に誰がなるか、もっと慎重に選ばれ、そして選ばれた者は時間をかけて基盤を築かねばならなかった。

長命なヘラス族なればこそ、下準備が重要じゃったのに。

 

 

じゃが父は死に・・・姉上達は囚われて薬を打たれ、妾しか皇帝を名乗れなくなった。

根回しも無く、勢力を築く時間も無く。

おかげで地方の大貴族が叛乱を起こし、新領土では暴動が頻発しておる。

国土は広がったが、これでは意味がない・・・。

 

 

「それに・・・」

 

 

それに、より重要な問題がある。

呟きながら、妾は自分の腹部に触れる。

 

 

・・・子が、生まれぬのじゃ。

5年前の戦いで世界が再編されて以降、ヘラス族を含めた亜人の出生率が激減しておる。

皆無ではないが、確実に生まれる子供の数が減っておる。

最初は、叛乱のせいとも思っていたが・・・先日、統計が取られて明らかになった。

原因はわからぬが、時期的に無関係とも思えぬ・・・。

 

 

未だ燻り続ける地方叛乱に、亜人の出生力の低下現象。

我が帝国は、存亡の危機にあると言って良い。

 

 

「・・・お、そういやぁ、再来月はナギの娘が何かすんじゃなかったか?」

「何って・・・結婚じゃ、結婚! もう16じゃからな、人族なら適齢期じゃろう」

「マジか・・・マジか!? だったらおめぇ、こうしちゃいられねぇじゃねぇか!!」

 

 

ナギとアリカの娘が結婚すると聞いて、ジャックが俄然張り切りだした。

それに対して、妾も否が応でも期待を膨らませてしまう。

 

 

「お、おお? そ、そうじゃぞジャック! お前にはまず妾に言うべきことが・・・」

「こうしちゃいられねぇ・・・ナギの野郎とアリカに『早く祖父ちゃん祖母ちゃんになれると良いな』って言って、からかってこねぇと!!」

「はぁ!? いや、ナギ達は今どこにおるかわから・・・いや、それ以上にまず・・・あ、待てっ・・・戻って来んか、ジャ―――――――――――ックッ!!」

 

 

ああ、もう!

少しはナギとアリカの娘の所の小僧を見習って、妾を求めてくれても良いじゃろうに・・・!

 

 

 

 

 

Side セラス

 

・・・芳しくないわね。

アリアドネーの技術開発部の研究所を視察しながら、私は内心で溜息を吐いたわ。

アリアドネーの研究員は優秀だし、頑張ってくれてもいる。

だけど・・・。

 

 

「・・・正直、見通しは暗いと言わざるを得ません」

「ええ、そうね・・・そうでしょうね」

 

 

溜息を吐きたい気持ちを抑えつつ、私は研究員の言葉に頷きを返した。

魔法に代わる代替技術の開発は、残念ながら遅れているわ。

5年前、突然失われた「魔法」。

もちろん、当時の判断を非難する気は無いわ。

 

 

ウェスペルタティア女王アリアは、可能な限りの材料で最良の選択をしたと信じてる。

けれど・・・あまりにも突然過ぎた。

 

 

「・・・ウェスペルタティアから送られてきたサンプルの解析は?」

「進めてはおりますが・・・」

「・・・わからない?」

「残念ながら・・・どうにも、技術様式が違いすぎて」

 

 

アリアドネー北方の新メセンブリーナ連合から流れてくる難民の受け入れを飲む代わりに、アリアドネーはウェスペルタティアから「魔導具」のサンプル提供を受けた。

でも、どうもこれまでの魔法技術とは根本的に違うらしくて、解析も思うように進まないの。

一番近いのは、建設系の魔法具だと言うことだけれど・・・。

 

 

「・・・今度の会合にも、私が行かなくてはならないでしょうね」

 

 

アリアドネー国内だけでも、混乱はまだ残っているから・・・できればここを動きたくは無いのだけど。

セブンシープ家を始めとする、古くからアリアドネーに存在する名家も、まだ落ち着いていない。

既得権益がほぼ失われたから、生き残れない家も存在した・・・。

 

 

それでも、私が・・・トップが行かなくてはならない。

去年のアリアドネーでの会合では、ヘラス帝国は叛乱鎮圧を理由に代理を送ってきただけだったけれど。

今年は、帝国も皇帝が自らオスティアに乗り込むでしょう。

 

 

「気分を悪くさせるつもりは無いのだけど・・・サンプルだけでなく、技術者の提供があれば進展する?」

「それは・・・もちろん。我々としてもお手上げの状態でして」

「そう・・・技術者は無理でも、ゲートポートの自由通行権を得られれば・・・」

 

 

そうなれば、旧世界側と直接交渉が持てる。

こちら側から旧世界との繋がりを直せないから、他の11か所のゲートの修繕も進捗していない。

ゲートポートの独占が、今のウェスペルタティアの地位を高めている一要因であることは確か。

もう一つは、新技術の独占・・・。

今の状況を何とかしなければ、アリアドネーは未来における地位を失う。

今でも、歴史学や薬草学など、魔法とは異なる分野の研究ではトップだと自負しているけれど。

 

 

それだけでは、これからの時代を生き残れない。

幸い、1ヶ月半後には・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「結婚式ですか~・・・?」

「せや、やから新しい着物買いに、今月中に休暇取って旧世界に行くえ」

「・・・余計なお世話かもしれませんけど~」

「何や?」

「休暇、取れるんですかぁ?」

 

 

・・・この娘、いきなり核心をついてきおった。

確かに、うちが休暇を取れるかどうかはかなりアレやけど、今回は行ける気がする。

王族の結婚式に行かなあかんねやから、それくらいは・・・。

・・・アリアはんも、いよいよ結婚かぁ。

いや、その前にここオスティアで一回、国際会合があるんやけど。

 

 

「今回は長から直々に休んでええて言われとるんや、何とかなるやろ」

「そんなこと言って、前みたいに3時間休暇とか無しですえー?」

「だ、大丈夫なはずや・・・」

 

 

自信なさげに呟いて、ちゃぷっ・・・と湯船の中で足を組む。

あぁ・・・やっぱ、自宅の風呂が一番やわ。

昨日までオスティアを離れて、他の街の旧世界連合の支部を回っとったから、身に滲みるわ。

 

 

うちの家は和風な風呂の造りになっとる、わざわざ旧世界から檜取り寄せて作らせたんよ。

やっぱ、日本人は風呂やねぇ。

 

 

「それで、うちがおらん間になんかあったか?」

「ん~・・・?」

 

 

ザバァッ、と頭からお湯をかぶっとる月詠に、うちは近況を尋ねてみる。

一週間もおらへんかったから、何か変わったかと気にもなる。

それにしても・・・育ちおったな。

月詠の身体つきを見て、そんなことを考える。

 

 

年の割に小柄なんは変わらへんけど、出るとこは出て、引っ込んどるべき所は引っ込んどる。

うん、良く成長したな、母親として嬉しいえ。

アリアはんやないけど、いつでもお嫁にやれるえ・・・まぁ、多少癖はあるかもしれへんけど。

 

 

「・・・特に、何もあらしませんでしたえー」

「・・・さよか」

「ドロシーはんとかも、獣医の勉強で忙しそうにしてますえー」

 

 

ドロシーって言うんは、月詠の友達や、年下らしいけど・・・。

いくつか学校を転々として、ようやくオスティアの王立ネロォカスラプティース女学院って所で友達を作れたんや。

あん時は、安心したもんやわぁ・・・。

 

 

「・・・あ、あと小太郎はんが帰って来ましたけど、それだけですー」

「さよか・・・ってぇ、それかなり重要なことやろ!?」

 

 

ザバンッ、と湯船から立ち上がると、月詠は不思議そうに首を傾げてきた。

お湯で濡れた長い髪が、細い身体に張りついとる。

 

 

この5年間ずっと武者修行の旅に出とる息子の名前を聞いて、落ち着いとれるかい。

いや、もちろんずっとおらんわけやなくて、たまに帰ってくるけども。

けど、せやからこそ、うちがおらな!

 

 

「アリアはんの結婚式の話したら、さよかー、せならそん時また来るわー言うて、颯爽と去って行きましたえー」

「そこで、留めといてや!」

「ええ~・・・そうは言いますけど、いつ帰らはるかわかりせんもん」

「ぐ・・・」

 

 

それは、確かにうちは普段は仕事が忙しいてアレやけども。

でも、それでも晩飯くらいは作ったろって、思うやろ・・・出張やったから無理やったけど。

 

 

「・・・大丈夫ですえ、またすぐ帰ってきますえー」

 

 

結果、娘に慰められる始末。

はぁ~・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「それで・・・身体の調子はどうだ、さよ?」

『はい、やっぱりこっちの方が調子が良いです』

「そうか・・・」

 

 

仕事を終え、夕食と風呂も済ませた私は、久しぶりに旧世界のさよに連絡を取っていた。

私は今、オスティアから西部にある都市、クレーニダイのホテルの一室にいた。

財務尚書のクロージク達と共に修復した街道の視察、2日の日程の1日目の夜。

 

 

さよは・・・去年、身体を悪くしてしまってな。

魔法世界の空気が新しい身体に合わなかったのかはわからんが、麻帆良の私のログハウスに、バカ鬼と住んでいるんだ。

さよだけでなく、最近は亜人種の健康状態が悪くなっていると聞く。

まさかとは思うが・・・再編魔法の影響かと疑ってしまう。

 

 

『そちらはどうですか、アリア先生は相変わらずですか?』

「ああ・・・入浴前に茶々丸と通信したのだが、今日も今日とて仕事三昧だったそうだ」

『あはは・・・今日も8時間ぐらい?』

「いや、11時間だ」

『・・・うわぁ~・・・』

 

 

私の言葉に、さよが引き攣ったような笑みを浮かべる。

まったく、あのバカが・・・茶々丸も控え目に注意するのだろうが、引き摺ってでも仕事を取り上げるようなレベルではないだろうしな。

クルトや他の閣僚連中も、注意はするのだろうが・・・実力行使まではしないだろう。

 

 

私がいれば、殴ってでも休ませるのだが。

確かに全ての権限がアリアの手中にある以上、あいつが頑張れば頑張る程に、この国は良くなっていくだろう。

それが嬉しいのも、わかる。

 

 

あいつは最近、この国の民のことが好きになってきているらしいからな。

傍で見ていれば、わかる。

だからこそ、危険だとも思う。

 

 

「私がいないとなると、後はスタンか・・・だがあいつは、旧オスティアの再建に忙しいしな・・・」

 

 

スタンと私は、割と仲が良いと思う。

良く一緒に酒を飲んでは、アリアについての話をするくらいには。

 

 

スタンは5年前から、旧オスティアの再開発を村人総出で手伝っている。

ウェールズに戻る気は無いらしいが・・・まぁ、アリアのことが心配なのだろう。

あるいは、ぼーやの方も気にしているのかもしれないが・・・。

 

 

『んー、じゃあ、あの人に言ってもらうしか無いと思いますよ?』

「あの人?」

『はい、もうすぐアリア先生の旦那様になる方です』

「・・・・・・若造(フェイト)か」

 

 

心底嫌そうな・・・いや、嫌な顔になる私に、さよは苦笑を浮かべる。

ちなみにこいつは、まだアリアのことを「アリア先生」と呼ぶ。

茶々丸は呼び方を変えたが・・・まぁ、アリアも特に訂正はしないしな。

 

 

「・・・私はまだ、許可してないからな」

『ああ・・・まだなんですか』

「当たり前だ!!」

 

 

その後、二言三言、言葉を交わして・・・会話を終えた。

ユラユラと揺れる盆の中の水面には、もう何も映らない。

 

 

「晴明、礼を言うぞ」

「構わん、どうせ暇じゃしな」

「ケケケ、ショテテンゲン!」

「一手目からど真ん中じゃと!?」

 

 

ベッドの上でチャチャゼロと囲碁を打っている晴明に礼を言うと、ヒラヒラと手を振り返された。

さよとの連絡には、基本的に晴明の力を使う。

魔法式の通信では、旧世界とは上手く繋がらないのだ。

むしろ、気・・・いや、それ以前に本体が旧世界側にある晴明の方が、繋がりを確保しやすいらしい。

 

 

さて、さよが最後に言っていたことも一理無くは無いが・・・。

だが、私から若造(フェイト)に頼みごとなど、断じてせん。

プライドが、許さん。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「最近、働き過ぎだと思うんだ」

「・・・は?」

 

 

その日の夜、これまでの5年間がそうであったように、今日も今日とてフェイトと過ごす夜。

今やスケジュールにすら記載されている、私とフェイトの時間。

いつものように紅茶とコーヒーを淹れて、テーブルに座って・・・開口一番。

 

 

私は、自分のアイデンティティーを否定されたのです。

しかも、私の婚約者(フィアンセ)によって。

 

 

「何と言う裏切り行為でしょうか・・・私は、極めて精神的に傷つきました」

「働き過ぎだと思うんだ」

「繰り返した!?」

 

 

2年前なら、ここで即座に謝罪の言葉があったと言うのに。

口調に抑揚がないのは変わりませんが、段々と私の扱いに慣れてきた感があります。

まぁ、5年も付き合っていれば慣れるなと言う方がおかしいですけど。

 

 

「いえ・・・待ってください、主語が無いと言うことは」

「アリアは、働き過ぎだと思うんだ」

「・・・私のことでしたかー」

「僕は、キミのこと以外は話さないよ」

 

 

・・・そ、そうですか。

 

 

「と、ところでフェイトは、今日の休暇は楽しめましたか?」

「・・・僕?」

「はい、貴方です」

 

 

フェイトは基本、私の予定に合わせてスケジュールが変わるので、大変でしょう。

来週から、また忙しくなるので・・・今の内にゆっくりしてほしかったのですが。

 

 

「今日は・・・」

 

 

フェイトは私の方をじっと見た後、手元のコーヒーに視線を落としました。

・・・?

 

 

「特に何も、していなかったよ」

「・・・そうなんですか?」

「うん・・・栞君にコーヒーを淹れてもらったくらいかな」

「・・・そうですか」

「うん」

 

 

まぁ、栞さんは私よりも上手ですからね、コーヒーを淹れるの。

美人で、スタイルとかも私より良いですし・・・胸とか。

お母様はあんななのに、未だに70台を超えないのは何故・・・英国人のはずなのに。

 

 

「・・・アリア?」

「何でも無いです」

「そう・・・」

 

 

・・・まぁ、フェイトはこう言う所で追及してこないので、良いのですけど。

複雑ですけどねぇー・・・。

 

 

「話を戻すけれど・・・どうして、仕事を増やしているのかな?」

「そこ、追及しますね・・・」

「たまにはね・・・キミに無い休暇が、僕にはあるともなれば」

「いえ、ですからそれは・・・」

「キミが僕を休ませたいと思ってくれるように、キミに休んでほしいと思うのは・・・いけないこと?」

「あ・・・えっと」

 

 

いや、だって・・・それは。

その、仕事が楽しいと言うか・・・没頭していたいと言うか。

・・・仕事を、していないと。

 

 

「・・・僕には、言えないこと?」

「そう言うわけでは・・・無いのですけど」

 

 

俯いて、眼を閉じて・・・逃げるように。

でも、実際・・・逃げているのかも、しれません。

仕事をしていない、静かな時間が・・・嫌だから。

嫌なことを・・・考えてしまうから。

 

 

「・・・無いん、ですけど」

 

 

左手の薬指。

そこには、フェイトとの婚約の証が嵌められています。

嬉しい、それは本当。

フェイトの傍にいたいですし、傍にいてほしい、これも本当。

全部、本当・・・だけど。

 

 

切なさも、愛しさも、温もりも・・・全部、全部本当です。

でも、それでも、考えてしまうのです。

 

 

怖い、と。

 

 

結婚・・・夫婦って、何なのでしょう。

何をすればいいのでしょう・・・それは、今とは何かが決定的に違うのでしょうか。

前の私も、今の私も・・・結婚生活を体験したことはありません。

それも、王族の結婚生活って・・・何をするの?

何を・・・しないの?

 

 

「・・・」

 

 

「その日」が近付いて来て、皆が「いよいよですね」とか、「おめでとう」とか・・・言ってくれますけど・・・嬉しいけれど・・・。

言われる度に・・・言いようのない不安が私を苛みます。

だから、考えないように・・・考えないで良いように・・・。

 

 

・・・仕事、したいな・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・アリア?」

 

 

しばらくして何も言わなくなったアリアに、声をかける。

だけど、返事は返って来なかった。

コトッ、とカップを置いて立ち上がり・・・近くに行くと。

 

 

「・・・すぅ・・・」

 

 

・・・アリアは、椅子に座ったまま眠っていた。

規則的な寝息を立てて・・・スヤスヤと眠っている。

これは、なかなか珍しい体験だね。

 

 

まぁ、とは言えこのまま放っておくわけにもいかないしね。

なるべく彼女を起こさないように、ゆっくりと両手で抱き上げる。

両腕に感じる、彼女の重みに・・・・・・記憶していたよりも、随分と軽い気がする。

僕の腕の中にすっぽりと収まってしまう、細い身体。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

腕の中で彼女が身じろぎして、僕の胸に頬を擦り付けるような体勢になる。

僕の胸元をきゅっ、と掴む手は、とても細くて、白い・・・。

握れば、折れてしまうのでは無いかと、心配になる程だ。

 

 

それに、いつもより体温も少し、高い気がする。

・・・やはり、疲れているのだと思う。

どうして、こんなにも働くのか・・・アリアは教えてはくれない。

だけど・・・。

 

 

「・・・茶々丸を、呼ぼうか」

 

 

とりあえずは、アリアをベッドに横たえることにしよう。

彼女を起こさないように歩いて、ベッドの傍へ。

そっと横たえて・・・アリアの頬にかかっている白い髪を、指先で払う。

白磁の肌が、どこか赤みを帯びているようにも見える。

それは、とても綺麗だとは思うけれど・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

茶々丸を呼びに行こうと立ち上がろうとした時、できないことに気付いた。

アリアの手が、僕の服の端を掴んでいたから。

大した力では無く、本当に・・・か細い力で。

 

 

「・・・アリア・・・」

 

 

僕は彼女の手を軽く握り、服の端から外す。

彼女のお腹の上に、その手を置く。

そこから、ゆっくりと視線を上げる。

 

 

薄桃色の薄着・・・ネグリジェに覆われた胸が、規則正しく上下している。

呼吸に異常は無いようだけど・・・まぁ、僕は医者では無いからね。

僕は彼女を起こさないように気を付けながら、彼女の頬に触れて・・・。

 

 

「・・・お休み、アリア」

 

 

彼女の額に軽く、口付ける。

そうすると・・・気のせいで無ければ、アリアの表情が少し柔らかくなった。

彼女の身体にシーツをかけて、軽く髪を撫でた後・・・。

 

 

僕は、アリアの傍から離れた。

・・・お休み、アリア。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

エリジウム大陸に居を構えて、グラニクスを拠点に活動を始めて、5年が過ぎた。

魔法世界を取り巻く状況は、年々厳しくなっているように思う。

特に・・・こう言う現場を目にしてしまえば。

 

 

「コレは・・・酷いな・・・」

 

 

僕の目の前には、人間の大人がすっぽり入ってしまえる程の試験管のような物がいくつも並んでいる。

近右衛門さんが中央・・・グラニクスで得た情報によれば、ここには21人の被験体(にんげん)が収容されていたらしいけれど。

職業柄、ここよりも酷い所は、いくつも見て来たけど・・・慣れる物じゃないね。

 

 

ケフィッスス郊外の岩山にあるこの病院・・・いや、研究施設は、一か月前に崩壊したらしい。

原因はわからない・・・まぁ、その調査も僕の仕事だけど。

後は、誰か生存者がいれば・・・と言う話だけど。

ランタンの明かりを動かして、施設の中を見る。

 

 

「・・・ここまでだとは・・・」

 

 

僕の視界には、試験管や用途のわからない計器が破壊されている様と、おそらくは研究員の物だったのだろう白衣や衣服が散乱しているのが見えている。

だが、誰もいない。

ただ、何かをぶちまけたかのような赤い液体の跡が、壁や天井に残るばかりだ。

 

 

いったい・・・何があったのか。

と言うよりも、嫌な予感がするね・・・身の危険を感じると言うか。

その時、カツンッ、と背後から音がした。

片手をポケットに手を入れて、即座に振り向くと・・・。

 

 

「・・・ネギ君?」

 

 

そこに立っていたのは、ネギ君だった。

施設の外で待たせているはずの赤毛の少年が、そこにいた。

 

 

もう16歳・・・すっかり背も伸びて、大人っぽくなった。

ナギに似た容姿だけど、どこかナギとは違う雰囲気。

長く伸びた髪を、首の後ろで束ねている。

ネギ君が動くと、束ねられた髪が尻尾のように動く。

 

 

「・・・何か、見つかった?」

「い、いや・・・そうだね、手がかりになるような物は何も・・・」

 

 

実際、綺麗に全ての記録が壊されている。

外からの襲撃で破壊されたのか、それとも中からの暴発で破壊されたのか。

それによって、変わって来るのだろうけど。

僕がそんなことを考えている間に、ネギ君は僕の横を通り過ぎて、奥に・・・。

 

 

「ね、ネギ君!?」

「大丈夫だよ、タカミチ。こう言うの・・・初めてじゃないから」

「それは・・・そうだろうけどね」

「それに・・・」

 

 

ネギ君は、どこか静かな瞳で僕を見る。

いつからか・・・大陸を巡る内に、ネギ君はこんな目をするようになった。

 

 

「・・・ちゃんと、見ないと」

 

 

そう言って、奥へと歩いて行く。

その姿に、僕は溜息を吐いた。

あの「宮殿の戦い」以来、ネギ君は自分で見聞きすることを重視するようになったらしい。

それ自体は、喜ばしい成長だと思うけど・・・。

 

 

・・・たぶん、僕が過保護すぎるんだろうけど。

ケフィッススのホテルで待たせてる宮崎君とネカネさんが聞いたら、また悲しむかな。

そんなことを考えながら、僕はランタンの明かりで側の壁を照らした。

そこには・・・。

 

 

大きく、「Ⅰ」と書かれていた。

それがどう言う意味かは・・・まだ、わからない。

 




茶々丸:
茶々丸です、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
アリア先生の体温は37度0分、微熱・・・明朝には下がるかと思います。
ゆっくり、お休みになればの話ですが。
少々、お疲れだったのでしょう・・・。
やはり、何か対策が必要なようです。
なお、marriage blue・・・つまりマリッジブルーとは和製英語です。

作中で登場するフロートテンプルは、元ネタはFSSです。
提供は伸様。
ナターシャ・ダヴィード・フーバーさんは、いずれ正式に描写が入るかと思いますが、わかりやすく言うとCIA長官のような役職の方です。
提供は黒鷹様。
ありがとうございます。


茶々丸:
検索してみた所、マリッジブルーに効果的な対処法はございません。
・・・検索できないと言うことは、私もお役に立てません・・・。
いったい、どうすれば・・・。
次回、サミット的な物が始まります。


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第3部第2話「爆弾」

Side 茶々丸

 

本日は、いつもとは異なるスケジュールになっております。

クルト宰相にお願いして、いつもよりも30分、アリア先生の起床時間を遅らせます。

元々、そこまで早く起きる必要は無いですし・・・。

それでも、朝の6時ですが。

 

 

「少し、寝坊してしまいましたか・・・?」

「いえ、まだ十分に間に合う時間です、アリアさん」

 

 

と言うよりも、いつもが早すぎるのです。

もう30分は眠られても、問題は無いはずなのですが・・・。

今日は、外国からのお客様を多くお迎えする大事な日なのです。

 

 

午後からはヘラス帝国やアリアドネーなどの大国の首脳がお見えになりますし、午前中には「イヴィオン」加盟国の首脳や旧連合加盟都市の首脳とも会わねばなりません。

明日には魔法世界諸国の拡大会合がありますし・・・。

外交的に、非常に重要だと言うのは理解できます。

 

 

「ユリアさん、ここを押さえておいてください」

「はい」

 

 

侍女仲間のユリアさんと共に、アリアさんの着替えを手伝います。

傍にはもっと多くの女官が控えておりますが、基本的には私が、そしてユリアさんが私のお手伝いをしてくれます。

水の精霊の血を引くユリアさんの存在が、部屋の空気を清廉な物にしてくれるからです。

 

 

アリアさんは公務の際には、基本的に薄桃色のドレスを着用されます。

今日も明るい内は同色の、しかしいつもとはデザインの異なるドレスで過ごされる予定です。

夜には各国首脳を歓待する夕食会が催されますが、その際には別のドレスを・・・。

 

 

「わぁ・・・女王陛下の婚約指輪、いつ見ても素敵ですね」

「え・・・そうですか?」

「はい」

 

 

着替えの最中、アリアさんとユリアさんがそんな会話を交わします。

・・・?

その際、何故かアリアさんの心音が少し乱れたように感じました。

アリアさんはそれを表には出しませんし、実際、何も言いませんが・・・。

ユリアさんも、少し不思議そうな表情を浮かべているようです。

 

 

「・・・はい、終わりです」

「ありがとうございます、茶々丸さん」

 

 

最後に腰の部分でリボンを結んで、大きな蝶のように形を整えます。

普段の薄桃色のドレスよりも、少しフリルとリボンを多くしたデザイン。

16歳という年齢を考え、かつ女王としての威厳を損なわない程度にデザインされています。

 

 

アリアさんは、ふわりと微笑んで、いつのようにお礼を言ってくださいます。

それは、とても喜ばしいことなのですが。

 

 

「・・・失礼致します」

「はい・・・って、わ?」

 

 

コツン、と額をくっつけて、アリアさんの体調をチェックします。

・・・肉体的な障害は見受けられません。

体温、36度2分・・・平熱です。

その他、女性特有の生理現象も許容範囲・・・。

 

 

「・・・問題は、ありませんね」

「もちろんですよ、茶々丸さん。それに本当に辛い時は、ちゃんと言います」

「・・・・・・・・・・・・わかりました」

「間を開けるの、やめてください・・・」

 

 

そう言って苦笑するアリアさんの顔を、私はじっと見つめています。

私が記録している限り、アリアさんは自分から不調を訴えたことは数える程しかありません。

アリアさんが12歳の時・・・お手洗い中に呼ばれた時くらいです。

 

 

それ以外の、例外的な事例を除けば・・・皆無に等しいと考えられます。

今後も、アリアさんの健康状態に注意を払う必要があります。

 

 

 

 

 

Side 環

 

表の華やかな外交式典とは別に、裏方の仕事と言う物がある。

もちろん、それはけして表には出ない、そんな仕事。

でも私は、フェイト様に拾われた時から・・・賞賛されたいと思ったことは無い。

 

 

賞賛を受けるべきはフェイト様・・・フェイト様のような表の人であるべきだと思ってる。

私のような人間は、裏でそれを支えていれば良い。

ううん、支えられる人間でありたい。

そう思い続けて、これまでを生きてきた。

 

 

「忙しい所スマン! 式典用の騎竜が1頭倒れて・・・誰か看てくれんか!」

「・・・わかった! キカネ、ここお願い」

「任せて」

 

 

同じ竜族のキカネに、騎竜への鞍の取り付けをお願いして、私は騎竜の上から降りる。

キカネは私と同じ竜族で、角が一本折れてるけど・・・でも、仲良し。

焔は、同族のレメイル君と仲が悪いけど。

 

 

「倒れた子はどこ?」

「こっちだ。今、魔獣医の候補生が看てくれてるんだが・・・」

 

 

式典用の衣装を着た竜騎兵の後についていくと、竜舎の奥で横になっている騎竜が見えた。

魔獣用の医療道具を持って、その子の所まで駆けて行く。

近くまで行くと、短い茶髪の女の子がその子のお腹のあたりを調べているのがわかった。

白衣を着たその女の子は、一か月前に王立ネロォカスラプティース女学院から来た研修生の・・・。

 

 

「ドロシー、どう?」

「あ、環さん・・・たぶんですけどこの子、食べ物が上手く消化できてないみたいなんです」

「消化が?」

 

 

両手に長手袋を嵌めて、竜の尻尾の後ろのあたりに行って・・・。

・・・うん、確かに消化が不十分。

水分も多い気がする・・・腸が悪いのかもしれない。

 

 

「今日はこの子、飛べないと思う」

「そうか・・・じゃあ、すぐに他の騎竜を用意させるよ、ありがとう」

「良い・・・この子は私達で見ておくから」

「本当にありがとう!」

 

 

手を振って、兵隊さんが駆けて行く。

本当は愛竜の傍にいたいと思うけど、今日は特別な日だから。

 

 

「ドロシー、糞(フン)に水分が多い。この子、下痢になるかもしれない」

「はい、だから下痢止めをとりあえず注射してみます」

「担当上官の許可は?」

「指示と一緒に、貰ってます」

「うん、良し」

 

 

ドロシーは、まだ候補生。

たぶん、私がここに来るまでの間に魔獣医班の教官から指示を貰ってるんだと思う。

騎竜は、特に健康管理に気を遣うから・・・実際、この子以外にも体調の悪い騎竜はたくさんいる。

 

 

最近は、騎竜は手間がかかるからって、魔導技術を使った「機竜」って装備の配備が進んでる。

本当の竜に乗るわけじゃ無くて、竜騎兵に装着する鎧みたいな装備。

確かに、騎竜の健康に予定や予算を左右されなくなるし、餌代もかからない。

でも、少し寂しい。

 

 

「・・・大丈夫、すぐに良くなる」

 

 

汚れてしまった手袋を外して、騎竜の頭を撫でる。

すると、少し弱ってるけど・・・可愛い声で、応えてくれた。

それに私は、少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

「総長、本艦は新オスティア国際空港の管制空域に入りました」

「・・・そうですか」

 

 

午後1時になって、新オスティア国際空港の管制空域に入った。

眼前のスクリーンには、確かに空港の様子が映し出されているわ。

いくつもの艦艇が、陽光に照らされて輝いて見える。

 

 

「現在、ヘラス帝国のテオドラ陛下の入港を行っているため、少しの間待機して欲しいとの要請が入っておりますが・・・」

「わかりました。作業の無事を祈りますと伝えなさい」

「はっ」

 

 

どうやら、テオドラ陛下の方が先に到着したようね。

確かに、帝国の『インペリアルシップ』の姿も見える。

テオドラ陛下の入港作業も、後10分はかかるでしょうし・・・。

聞いている予定では、「イヴィオン」首脳や旧連合加盟諸都市の代表もオスティアを訪問しているとか。

 

 

私の言葉を受けた艦長が、慌ただしく艦橋のスタッフに指示を与える。

その様子を横目で見ながら・・・私は他のスクリーンに視線を動かす。

そこには、真新しい軍艦が映し出されているわ。

私がアリアドネーから連れてきた護衛の巡航艦では、無い。

 

 

「・・・アレが、ウェスペルタティアの新造艦艇・・・」

 

 

いえ、正確には違うわね・・・。

国境で確認した所属名称は、正確にはウェスペルタティアでは無かった。

「イヴィオン」統合艦隊第1艦隊所属、第4巡航艦戦隊。

新鋭巡航戦艦ユリシーズ級の3隻・・・『ユリシーズ』、『アンダスタンド』、『アンダイン』。

 

 

・・・ウェスペルタティアは、すでに「イヴィオン」の諸艦隊を統合運用できる制度を。

いえ、それ以上にアレだけのレベルの新造艦を多数建造しているとは。

それも、新技術を使用した次世代艦艇・・・。

 

 

「ここで見せると言うことは、どう言う意図かしら・・・?」

 

 

威圧では無いと思う、いえ、皆無ではないでしょうけど。

ここで周辺諸国を威圧して敵意を煽る必要は無いはず・・・と、なると・・・?

コレが女王の意図か、それともクルト宰相の意図かでも変わって来るわね。

 

 

・・・いずれにせよ、何かのアクションであることには違いないわ。

先日のテロのせいで、不要な軍備増強と言うのも憚られる、このタイミング・・・。

 

 

「・・・総長、入港許可が下りました」

「・・・わかったわ、すぐに入港作業に入りなさい」

「はっ」

 

 

艦長に指示を出して、溜息を吐く。

さて・・・行きましょうか、アリアドネーの利益を確保しにね。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

入港した後、タラップを下りて、地面に敷かれた赤いカーペットの上に下りる。

楽隊が歓迎の音楽を奏で、周辺を警備している兵士達が儀仗剣を顔の前に構える。

それを見て、妾の隣に立つジャックが口笛など吹きおった。

 

 

「・・・ひゅう♪」

「ジャック・・・!」

「わぁってるって、大人しくしてりゃ良いんだろ?」

「絶対じゃぞ・・・!」

 

 

黒いスーツを窮屈そうに着たジャックに、念を押しておく。

まぁ、こ奴が大人しくしておいてくれれば・・・くれれば・・・置いてくれば良かったかの?

い、いや、しかし、公式の場での顔見せも立派な仕事じゃし。

仕事なら、きちんとするはずじゃ、うん。

 

 

・・・それにしても、この艦艇群、この兵士達。

去年のアリアドネーでの会合を欠席したので、空気を忘れかけていたが。

これが、今のウェスペルタティアの国力と言うことか・・・。

5年前、そして20年前とは見違えた。

同じ国とは、思えない・・・ましてや復興途上の国とは。

 

 

「・・・ご無沙汰しております、テオドラ陛下」

 

 

その声に、妾は全身を緊張させた。

妾の正面に、妾達を迎えに来たであろう王国の首脳陣がいた。

特に、先頭に立つ薄桃色のドレスの少女。

横に白髪の騎士、そして背後に王国宰相と金髪の吸血鬼を従えた、おそらくはウェスペルタティア史上最強の女王。

 

 

「ようこそ、ウェスペルタティアへ・・・心から歓迎致します」

「歓迎を感謝する・・・アリア陛下」

 

 

お互いに言葉を交わし、握手を交わす。

同時に、軍属なのか民間なのかはわからぬが、パシャパシャッ、といくつものシャッター音。

目の前でにこやかな笑顔を浮かべるのは、ナギとアリカの娘。

薄桃色のドレスで着飾ったその姿は、まさに可憐と言う表現が似合うじゃろう。

・・・が、その肩書きは凄まじい物がある。

 

 

ウェスペルタティア女王にして王国軍最高司令官、国家連合「イヴィオン」の共同元首にして「イヴィオン」統合艦隊総指揮官、アリアドネー講師の経歴を持つ研究者と言う一面をも持つ。

王国に技術革命をもたらし、5年前の戦いで世界を救い、齢16にして救世の女王として魔法世界にその名を知られる少女・・・。

 

 

「・・・アレは?」

「え・・・ああ、アレですか? アレは『PS』です」

「ぴーえす・・・?」

 

 

妾の視線の先には、不思議な物があった。

兵士の一部が装備しておる・・・何と言うか、ゴツゴツした鎧のような物。

一見、我が帝国の動甲冑に似ているようないないような・・・。

 

 

「また後ほど、詳しく説明致しますが・・・我が国の最新装備です」

「最新装備・・・それは」

「女王陛下、お時間が・・・」

「ああ、はい・・・そうですね」

 

 

アリカの娘に耳打ちするのは、クルト・・・その際、一瞬だけ視線が合う。

・・・まぁ、後で説明してくれると言うなら、少しくらいは待とう。

 

 

どの道、ここでいつまでも立ち話ともいかんじゃろうしな。

さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

テオドラ陛下の後、セラス総長をお迎えして、今は最後の一組を待っています。

ちなみに最後の一組とは、メガロメセンブリアのリカード主席執政官の訪問団です。

距離的には一番近いのですが、エオス、トリスタンなどの旧連合加盟都市の上空通過にことの他、時間がかかったようですね。

 

 

おそらくは、テオドラ陛下よりも先に到着しないようにでもされたのでしょうが。

まぁ、嫌がらせですかねぇ・・・。

エオス、トリスタンは帝国の影響下にある都市国家ですから。

 

 

「いや、遅れて申し訳ねぇ、何分、領空通過に時間がかかっちまって・・・」

「いえ、会合の開催の時間には十分に間に合っておいでですので」

 

 

メガロメセンブリア主力艦隊旗艦―――そして、メガロメセンブリア唯一の戦艦―――『スヴァンフヴィート』から降りてきたのは、相変わらず独特の髪形をしたリカード主席執政官。

軽い握手を交わした後、テオドラ陛下やセラス総長と同じように迎賓館へ案内しようとした所、リカード主席執政官が待ったをかけてきました。

 

 

「ちょっと待ってくれよ、実は紹介したい奴が・・・こないだ執政官になったばかりで、議長国の女王陛下にまず知らせておきたい」

「はぁ・・・」

 

 

クルトおじ様の方を見ると、軽い頷きを返されました。

まぁ、その程度であれば・・・と言うことでしょう。

 

 

「わかりました、どなたですか?」

「ああ、コイツだ」

 

 

そう言って、リカード主席執政官が1歩退きました。

そしてリカード主席執政官の後ろから、姿を現したのは・・・。

 

 

短い金髪に、青い瞳。

年齢は、私と同じくらい。

ただ身長は私よりも、たぶん10センチ以上高いです。

ガッシリとした身体に、でも対照的に気弱そうな笑みを浮かべている顔。

 

 

「あー・・・ミッチェル・アルトゥーナ執政官だ」

 

 

内心、驚愕します。

正直・・・どこで何をしているのか、音信不通でしたので。

こういう場で無ければ、旧交を温める所です。

と言うか・・・いつの間に引きこもり脱却したのですか?

 

 

い、いえ・・・そうではありませんね。

ええと・・・何と言いましょうか。

久しぶり・・・と言うわけにも。

 

 

「初めまして」

「・・・!」

 

 

メルディアナを卒業する以前とは、すっかり見違えたミッチェル。

そのミッチェルが、気弱そうな笑みを浮かべて、言いました。

初めまして、と。

 

 

「初めまして、女王陛下。僕はミッチェル・アルトゥーナと申します・・・噂通り、いえ、話に聞いていた以上にお綺麗で、驚いています」

 

 

その気弱そうな笑顔が、メルディアナ時代の彼と重なります。

そして・・・私は少し硬直していた身体から力を抜き、微笑みます。

確かに、公式の場で会うのは、初めてですものね・・・ミッチェル。

 

 

「初めまして、ウェスペルタティア女王、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです。アルトゥーナ執政官も、とても素敵な方で驚いていますわ」

「いえ、そんな・・・御冗談を」

「そんなことはありません・・・ようこそオスティアへ、歓迎致します」

 

 

そう言って、私はリカード主席執政官とミッチェル・・・いえ、アルトゥーナ執政官を案内するために、歩き出しました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・様子がおかしいだと?」

「はい・・・上手く言語化できないのですが」

 

 

今回の国際会合は、国家代表間の会議の他に、それぞれの担当閣僚間の会議もある。

外交担当の閣僚の会議や、財務担当の閣僚の会議とかだ。

工部尚書である所の私は、工部省の官僚と共に産業・技術などを担当する閣僚の会議を行おうとしているのだ。

議長国の閣僚なので、私が議長なわけだが・・・。

 

 

言うことは予め決まっているとは言え、何だか緊張する・・・と言う段で、茶々丸がやってきた。

会議に必要な機材を持ってきて、それを映像装置に接続したりしている最中に、そう言う話になった。

とは言え、周りの目もあるので・・・自然、小声になるわけだが。

誰に聞かれているともわからんので、名前は出さんが・・・。

 

 

「・・・どう言うことだ? さっきは別に何とも・・・」

「はい、普段はそうなのですが・・・何と言えば良いのか」

 

 

茶々丸が言い淀むと言うのも、珍しいな。

しかし茶々丸がアリアの様子がおかしいと言うのならば、そうなのだろう。

そう言うことについては、茶々丸の方が詳しいからな。

 

 

「ただ・・・どうも、式に関する話をすると、心拍数が乱れるようなのです」

「・・・要領を得ないな」

「申し訳ありません・・・」

 

 

私の言葉に、茶々丸も困り果てたような表情を浮かべる。

式・・・と言うのは、おそらくは結婚式だろうが。

むぅ・・・しかし、今すぐにどうこうできる物でも無いしな。

 

 

「・・・わかった、私が今夜にでも話を聞こう」

「お願い致します」

「ああ・・・」

 

 

あいつは、自分から悩みやら何やらを話さないからな。

まったく・・・まだまだ世話が焼けるなっ!

 

 

その後、茶々丸が会議室から出て行って、工部省の官僚が機器の操作を担当する。

アリアドネー、ヘラス帝国、メガロメセンブリアの3国と、オブザーバー参加の「イヴィオン」加盟国のアキダリアの工業大臣。

「イヴィオン」加盟国は、それぞれオブザーバーとして閣僚会議に参加している。

外交の閣僚会議には龍山が、財務の閣僚会議にはパルティアが・・・という具合にな。

 

 

「えー・・・では、これより主要国工業担当閣僚会議を開催する」

 

 

尚書になって2年だが、こういう場では流石の私も緊張する。

基本的には官僚の用意した原稿通りに進めれば良いわけだが、場面によってはアドリブも必要だしな。

ああー・・・数年前の私には想像もできんだろうな、今の私の姿は。

 

 

その後、挨拶をして、会議の基本方針を話して・・・そして、今回の会合の核心。

他国への我が国の技術援助の方針と、新技術の説明に入る。

説明するのは、私ではなく専門の技術者だがな。

 

 

「こちらが、我が国で順次導入している新装備・・・『PS(パワードスーツ)』です」

 

 

円卓の中央にブゥン・・・と映像が浮かび上がり、おお・・・と場がザワめく。

王国軍の歩兵に採用された、パワードスーツ・・・『PS』。

他国で近いのは、帝国の動甲冑かな。

 

 

だがウチのは、私だからできる表現だが・・・基本は、超鈴音が使用していた強化服だ。

それに対魔力耐弾耐熱対衝撃の装甲を装着するため、無骨な鎧のように見えるわけだ。

シュテット技術専用の精霊炉でエネルギーを充填する他、ある程度のエネルギーを充填したカートリッジを装備している。

 

 

「5年前の段階までは、詠唱魔法によって精霊の力を借り、魔法を使用していました。しかしご存知の通り、世界から詠唱魔法が失われ、ほとんどの魔法は使用できなくなりました」

 

 

工部省の技術者の説明に、皆が食い入るように画面を見る。

端的にいえば、詠唱は魔力と精霊を繋げる役目をしていたわけだな。

しかし超の技術とセリオナの頑張りのおかげで、それを代替する手段を得た。

つまり、魔導技術だ。

 

 

「魔導技術によって、精霊炉の大幅な改善に成功したおかげで・・・我々は詠唱に代わる手段を得ました。魔法その物ではありませんが、それに近いことを行えるようになったのです」

 

 

今、画面に映っているのは『PS-07』・・・通称、7式動甲冑。

2年前に開発された物で、一種の人型の支援魔導機械(デバイス)。

魔導技術を介して精霊の力を引き出し、魔法に近い物を使用することができる装備。

この装備で、『雷の斧(デイオス・テユコス)』程度は再現できる。

それ以上は・・・流石に無理だが。

 

 

2世代前の装備ではな。

新世代型の装備なら・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

新世代型の装備であれば、まだ上の威力を出せますがね。

ともかくこの『PS-07』は同盟国用、非同盟国用、そして中立国であり女性兵の多いアリアドネー用をすでに開発しています。

加えて言えば、民間用の『PS-07Commercia』・・・商品名『レイバー』がすでに3か月前から流通を始めています。

これは、旧オスティアの工事現場などですでに使用されています。

 

 

これらに加えて、艦艇エンジン用の小型精霊炉や民間製品などの輸出規制を順次解禁しましょう。

いい加減、我が国の技術独占状態に不満が高まっているようですからね。

・・・これだけの物を放出しても、我が国の技術に他国が追いつくにはそれなりに時間がかかります。

それだけの自信が、すでにあります。

 

 

「・・・と言うのが、私共ウェスペルタティアが今後輸出する製品と技術になります」

 

 

主要国元首・行政代表級の会議において、私はそう言いました。

可能な限りにこやかな笑顔で、そう、言うなれば星を飛ばす勢いの笑顔で。

 

 

・・・各国代表、つまりテオドラ陛下やセラス総長などが、非常に胡散臭そうな表情を浮かべておいでです。

まぁ、半ば予想していたことですよ。

ですが、アリア様が苦笑しているのは何故でしょうね。

そしてその後ろに立っているアーウェルンクス、そんな目で私を見るな。

 

 

「・・・輸出を解禁してくれるのは有難いのだけれど」

 

 

円卓の中で説明をしていた私に対し、セラス総長が何か言いたげですね。

はいはい、何でしょうか。

 

 

「技術者は派遣して貰えないのかしら、物だけ貰っても使えないのでは意味が無いわ」

「そこはご安心ください、この『PS-07』は民間にも流通しているモデルでして、付属のマニュアルをご覧頂ければ誰にでも使用できます。とは言えご不安な点もおありでしょうから、サンプルとして2機、希望する友好国の方々には無償で提供させて頂きます」

 

 

2世代前の機体ですがね。

 

 

「・・・民間モデル、ね」

「ええ、現場の方々からは大変好意的な反応を頂いております」

 

 

うーむ、何だか自分が政治家ではなく商人になった気分ですよ。

そして民間にも流れているモデルですからね、セラス総長。

軍事用の最新装備では無いので、あしからず。

 

 

「・・・まぁ、貴国の製品の素晴らしさはわかった。サンプルを貰えるのもありがたいが、貴国はそれらの技術の根本を旧世界からの技術協力で得ているのではないか?」

「技術協力と言う事実は存在しておりません。しかし、極めて友好的な関係を築かせて頂いているのは事実です、テオドラ陛下」

「ふん・・・できれば我が国も、旧世界とは誼(よしみ)を通じたいと思っておるのじゃが」

「何分、旧世界側が我が国としか関係を持ちたくないと言うことでして・・・」

 

 

ゲートの独占は、まだしばらくは維持させて頂きますよ。

とは言え、断ってばかりでは不満も残るでしょうから・・・。

 

 

「クルト」

 

 

静かな声で、アリア様が私に呼びかけます。

そのまま、悲しげな顔で首を横に振ります。

私はそんなアリア様に一礼し、再びテオドラ陛下の方を見まして。

 

 

「・・・我が国が直接、旧世界側の意志を決定できるわけではありません。しかしながら、明日の昼食会(ワーキング・ランチ)以降は旧世界連合の天ヶ崎大使も参加なさいますので、会談の席をご用意することはできます。それで、いかがでしょうか・・・?」

「・・・頼めるだろうか、クルト宰相」

「アリアドネーも会談を希望するわ」

 

 

再びアリア様の方を向くと、今度は花が開いたかのような笑顔で頷かれております。

とても可憐だ。

私は一礼した後、テオドラ陛下とセラス総長に会合のセッティングを約束いたしました。

まぁ、最初から予定には入れていましたがね。

 

 

「・・・さて、では次の議題ですが・・・先日、我が国の合同慰霊祭を狙ったテロの件です」

 

 

ピピッ、と映像装置を動かし、先日のテロの様子を映し出します。

そして現在、テロリストの正体が判明していないこと、及び捕縛できていないことを説明した上で、各国の協力を求め・・・。

 

 

「・・・ちょっと良いか?」

 

 

その時、それまで黙っていたリカードが手を上げました。

議長であるアリア様がにこやかに微笑んで、リカードの発言を許可されます。

 

 

「どうぞ、リカード主席執政官」

「ああ、すまねぇな・・・あー、非常に言いにくいんだが」

「何でしょうか?」

 

 

リカードは非常に困ったような表情を浮かべて映像のテロリストを見やった後、何かの書類の束を私達に示して。

 

 

「ウチには、そのテロリストに心当たりがある」

 

 

来やがりましたね、口実が。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

 

「あー・・・旧メガロメセンブリア元老院、まぁ、旧ってほど昔でもねぇが・・・今のグラニクスの連合評議会が、発端だ」

「・・・待ってくれんか、いきなりそこまで話を飛ばされても、わからん」

 

 

妾の言葉に、リカードはますます困ったような表情を浮かべおった。

その様子に、妾の後ろに立っておるジャックが声を殺して笑っているのがわかる。

 

 

「正直な所、俺も最近知ったばかりで全容を理解しているわけじゃない。だが順を追って説明すると、そうだな、始まりは・・・25年前の大分烈戦争だ」

「大分烈戦争じゃと・・・?」

「正確には、終戦の後・・・<黄昏の姫御子>の封印と、ウェスペルタティアの先代女王アリカの・・・まぁ、処刑が終わった後から、話は始まる」

 

 

クルトとアリカの娘を気にしつつ、リカードが説明する。

<黄昏の姫御子>・・・アスナ姫。

そして、アリカ。

 

 

公式記録では今でも死亡したことになっておるが、実は<紅き翼(アラルブラ)>と共に姿を消したのじゃ、2人ともな。

ここにおる人間の大半は、そのことを知っておる。

 

 

「・・・旧元老院が、<黄昏の姫御子>の力で・・・<墓守り人の宮殿>の封印された最奥部に至ろうと、あらゆる努力をしていたのは、まぁ、周知の事実だ」

 

 

そうじゃな・・・そのために、オスティアを災害復興支援を名目に占領したわけじゃからな。

世界の秘密を、手に入れるために。

 

 

「だが、奴らは気付いたんだ。自分達では最奥部に至れないことに・・・だがアリカ女王を始めとして、ウェスペルタティアの王族は全滅した。自分達で始末しちまったからだ・・・最奥部に至るには、ウェスペルタティアの血族の力がどうしても必要だった、もっと言えば<黄昏の姫御子>が必要だった」

 

 

それも、知っておる。

事実として、アリカは当時のメガロメセンブリア元老院に追い回されておったからの。

造物主(ライフメイカー)との戦いを続けつつ、その追跡を逃れ続けておった。

妾は、碌に助けることができなかった・・・特に、旧世界側ではどうすることもできなかった。

 

 

「ウェスペルタティアの血族がいなければ、宮殿最奥部に入れない・・・奴らは焦った。それはもうマジで焦った・・・で、トチ狂ったことを考えた。現実にいないなら・・・あー・・・その、何だ・・・つまりだ」

「・・・まさか」

「・・・そのまさかだ。連中は『造ろうとした』んだ、ウェスペルタティアの血族を、<黄昏の姫御子>を」

「何てことを・・・」

 

 

・・・造ろうとした。

セラスはどうやら、想像がついたようで・・・顔色が悪い。

 

 

「つまり、そいつは・・・」

「・・・そのテロリストは」

 

 

アリカの娘が、静かにリカードの言葉を引き継いだ。

その顔には・・・先程までのにこやかさは、無かった。

 

 

「そのテロリストは、私の親戚筋に当たるわけですか?」

 

 

そんなアリカの娘の言葉に・・・リカードは。

苦虫を噛み潰したかのような表情で、頷いた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

お父様、お母様、お知らせがあります。

私達には、どうやら親戚があと21人もいるそうですよ?

 

 

「1ヵ月前に崩壊したエリジウム大陸のケフィッスス病院。ここには21人の被験体・・・つまりは、人間が収容されていた」

 

 

ピピッ・・・と映像装置が動き、リカード主席執政官の言葉を映像化しました。

エリジウム大陸北部の地図が現れ、ケフィッススを赤い矢印で指し示します。

 

 

「ここに収容されていた人間は、ウェスペルタティア王家の人間の遺体から得たサンプルを基に造られた人造人間で・・・まぁ、一種の特殊なホムンクルスだ」

 

 

旧世界で言う所の、クローンですね。

リカード主席執政官によれば、<黄昏の姫御子>にちなんで<黄昏計画>と呼ばれていたそうですけど。

・・・最悪のネーミングです。

 

 

「崩壊した理由については、もうメガロメセンブリアの手を離れた施設だから俺達にもわからねぇ・・・ただ、ここから21人の姿が消えたらしいと言う情報は得た。最大で21人、どこかで活動してるってわけだ」

「その計画の細部は?」

「わからねぇ、正直、まだ調査中でな・・・それに実は、5年前にグラニクスの連中が逃げる際に資料を処分されたり、データを持って行ったりしたから・・・悪い」

「悪いで済む問題ではありませんね」

 

 

こめかみに青筋を立てながら、クルトおじ様が眼鏡を押し上げます。

本気でキレる5秒前って感じです。

もしここにリカード主席執政官の処刑執行書があれば、躊躇せずに「YES」に丸をつけたことでしょう。

 

 

それでもそれをしないのは、流石と言うべきでしょうか。

それとも、自分がメガロメセンブリアの執政官であった時に計画に気付けなかったことに責任を感じているのでしょうか。

オスティア総督であった時代に・・・気付いていたら。

気付いたとしても・・・どうしようも無かったでしょうけど。

 

 

「・・・まぁ、経緯はわかりましたが・・・それで何故、慰霊祭を襲撃することに繋がるのでしょうか」

「いや・・・すまん。連中が病院から脱走した後のことは、俺達には・・・」

「・・・そうですか」

 

 

まぁ、わかっていたらいたで問題なのですけどね。

しかし・・・わかりませんね。

慰霊祭を襲撃したり、私を襲ってみたり・・・。

ケフィッススから逃げたと言う彼らは、いったい何を求めているのでしょうか・・・?

 

 

まさかとは思いますが、私を恨んだりとか、していませんよね?

・・・連合の所業で被害を被るのは、勘弁願いたい所です。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

会議が終わった後は、各国首脳が参加する社交ディナーと・・・舞踏会。

ディナーの時は調理を手伝ったり、料理を運んだり・・・そして今は舞踏会上で仕事。

もの凄く、忙しいよ・・・。

 

 

「はぁ~、私もドレス着て、舞踏会に出たいなぁ」

「暦、次のボトル」

「はいはい・・・あのラカンって人、凄く飲むよね・・・」

 

 

私達はお盆にお酒の入ったグラスを乗せて、渡して回るんだけど、帝国のラカンって人がガブガブ飲む。

フェイト様は、25年前の大戦の英雄の一人だって言ってたけど。

紅き翼(アラルブラ)>の、ジャック・ラカン。

 

 

新しいワインを開けて、グラスに注いでいく。

もうコレ、お客様全員に行き渡るようにって言うよりラカンさんに渡しに行くみたいな物だよね。

 

 

「環はまだ、竜舎?」

「ええ・・・栞は厨房の手伝いの続き、焔は警備だそうです」

「そっか・・・」

 

 

私の前にいる調とは、もう何年も、ずっと一緒にいる。

調だけじゃなくて、焔も栞も、そして環も。

でも、仕事では別々になることが多くなってきている気がする。

フェイト様のお世話を優先することは、変わってないけど・・・。

 

 

これが、大人になるってことなのかなぁ・・・。

少し、寂しい気もする。

実際、身体はすっかり大人だよね。

私も含めて皆、背も大きくなったし、スタイルもずっと良くなった。

男の人に告白されたことだってある・・・誰も受けなかったけど。

 

 

「あ・・・」

 

 

その時、音楽が流れ始めた。

舞踏会って言うくらいだから、もちろん踊るんだけど。

私達メイドは良くて壁の華、目立ってはいけない。

 

 

ゆったりとした音楽・・・ワルツかな。

たぶん、スロー・ワルツの・・・サークル、それもカップルが決まってるタイプ?

優雅な音楽の中で、真ん中で踊るのは・・・女王陛下と、フェイト様。

 

 

フェイト様が左手で女王陛下の右手を握って、右手で女王陛下の腰を抱く。

女王陛下が左手をフェイト様の肩に置いて・・・踊りを始める。

他の組も、続いてダンスを始めて行く。

ああ言う抱き合うタイプのダンスって、身体の密着度とか意外と高くて、憧れるな・・・。

私もフェイト様と・・・フェイト様、と・・・!

 

 

「・・・暦、グラスが割れますよ」

「う、うん・・・わかってるんだけど、フェイト様がステップ間違えないかとか考えちゃって」

 

 

教えたのは5年以上前だし、これまでだって何度も踊る機会はあったわけだけど。

でも、やっぱり心配になるんだよね・・・こう言うダンスって、男性がリードしないとだし。

 

 

テールコートにホワイトタイのフェイト様と、純白のロングドレスの女王陛下。

・・・綺麗、それに女王陛下、とっても幸せそう。

外交の場でもあるってのもあるんだろうけど、それを抜きにしても・・・綺麗。

フェイト様が何かを囁き、女王陛下が頬を染めて頷く。

2人の世界って感じ・・・はぁ~・・・良いなぁ~・・・。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

10月とは言え、やはり夜は冷えるね。

満天の星空の下、私は銃を構えながらそんなことを思った。

舞踏会が始まってから、微動だにせず屋根の上から会場をスコープ越しに見張っている。

 

 

「・・・覗きにでもなった気分だ」

 

 

まぁ、ある意味では間違ってはいないかもね。

特にそんな趣味は無いけど、場合によってはプライバシーの侵害だしね。

 

 

それにしても、舞踏会は盛況のようだね。

あの眼鏡宰相が誰と踊るのかは知らないが、アリア先生はあの王子様(フェイト)と踊るのだろうね。

それ以外の選択肢が無いと言うか・・・それとも、他の国の首脳と踊ったりするのかな?

まぁ、エヴァンジェリンあたりが不機嫌になるかな?

 

 

「交代だ・・・食事を摂れ」

 

 

その時、私の横に紙袋を持ったクゥィントゥムが現れた。

休息・・・しかしスコープから目を離すことはせずに、紙袋を受け取る。

ガサガサと中を探って、パンを掴み・・・無造作に齧り付く。

ふむ・・・高いパンだな、柔らかくて美味い。

 

 

「まったく・・・人間とは不便だな、いちいち食事を摂らねばならない」

「アーウェルンクスシリーズだって、身体の基本構造は人間と同じだろう? なら、空腹くらい覚えるんじゃないか?」

「僕達は食事を摂らなくても長時間活動できるよう、調整されている」

「だとしても・・・」

 

 

口に含んだ物を飲みこんだ後、私は続ける。

水が欲しい所だけど・・・あまり飲むと、お手洗いが近くなるからね。

 

 

「何か、好みはあるんじゃないか? フェイトが珈琲党なように」

「アレは特殊な事例だ。本来ならば、好きだ嫌いだなどと言う感情など生まれない」

「なるほど・・・」

 

 

同じアーウェルンクスでも、いろいろとあるのかもね。

まぁ、クゥィントゥムの好みがあろうとなかろうと、私は知らないけどね。

・・・うん?

 

 

「アレは・・・アリア先生?」

 

 

その時、舞踏会の会場から外のテラスに誰かが出てきた。

誰かって言うか、アリア先生だね。

夜風にでも、当たりに来たのかな・・・?

 

 

・・・何か、両手で頬を押さえて、悶えているようにも見えるけど。

かと思えば、急に落ち込んだ・・・何なんだ。

 

 

「む・・・」

 

 

パンを置き、再びいつでも狙撃できる体勢をとる。

スコープの向こうで、もう一人テラスに出てきた・・・。

金髪の、男・・・アレは、確か。

 

 

「メガロメセンブリアの、アルトゥーナ執政官だな」

「メガロメセンブリアの・・・?」

 

 

そんな奴が、アリア先生に何の用だ?

・・・まぁ、詮索は良いね。

もし、怪しい動きを見せたなら・・・撃ち抜けば良い。

それだけだ。

 

 

『・・・(ザザ・・・)・・・』

「ん・・・何だ・・・?」

 

 

左耳につけた通信機が、反応を示した。

通信の相手は・・・シャオリー?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

フェイトとのダンスを終えた後、私は一人、テラスに出ました。

こう言う場では、私の相手はフェイトと決まっているので。

まぁ、婚約者(フィアンセ)ですし・・・。

 

 

「・・・まだ、顔が熱いですね」

 

 

ポンポン、と両手で頬を押さえます。

ダンスの誘い文句に始まり、手の握り方の力加減やら腰に触れる感触やら・・・毎回思いますけど、誰に教わったのやら。

と言うか、ダンス中に何かと耳元で囁くのは、何なのでしょう・・・?

 

 

私を気遣う言葉だったり、優しい言葉だったり・・・でも、ギリギリで愛の囁きにならないレベル。

甘い毒のようで・・・くすぐったくて仕方がありませんでした。

 

 

「ふぅ・・・あ」

 

 

ふと、左手の薬指が目に止まります。

婚約指輪(エンゲージリング)・・・将来、フェイトの妻になると言う約束の証。

将来と言うか、後1ヶ月半で。

結婚・・・妻。

 

 

その単語が脳裏に浮かんだ途端、急速に熱が冷めて行くのを感じます。

代わって胸の内に浮かび上がるのは、言いようの無い不安。

はぁ・・・。

良く考えてみれば、私に近しい人で結婚してる人って、いないんですよね。

もし、いるとすれば・・・。

 

 

「・・・お母様達、どうしているのでしょうか・・・」

 

 

稀に、連絡が入りますが・・・。

どうしてか、無性に会いたい気分です。

・・・親戚が増えましたと、報告しないとですし。

・・・・・・笑えませんね。

 

 

「・・・ご気分はいかがですか、女王陛下」

「・・・・・・悪くはありませんよ、アルトゥーナ執政官」

 

 

テラスの手すりに片手を置いて、振り向きます。

そこには、気弱そうな笑顔を浮かべた・・・ミッチェルがいました。

私も表面上の不安を消して、笑顔を浮かべます。

すると、ミッチェルが少し、妙な顔を浮かべました。

・・・?

 

 

「・・・ここには、誰もいません」

 

 

私がそう言うと、ミッチェルは少し逡巡した後・・・やはり、気弱そうな笑顔を浮かべました。

 

 

「・・・久しぶりだね、アリアさん」

「ええ、久しぶり・・・ミッチェル」

 

 

一瞬だけ・・・メルディアナ時代に戻ったような錯覚を覚えます。

もちろん、人に聞かれれば問題なので・・・ほんの少しの間だけ。

本当は、いけないことなのですけどね。

 

 

「遅れたけれど、女王就任と、それと・・・・・・婚約、おめでとう」

「ええ・・・」

 

 

婚約と言う単語に胸がザワめきますが、それ以上に・・・婚約と言う言葉を使った際の、ミッチェルの表情・・・。

どこか、寂しそうな・・・。

 

 

「・・・ミッチェル?」

「え・・・な、何?」

「いえ・・・何か、寂しそうと言うか・・・言いたそうな感じがしたので」

「いや、別に・・・その・・・」

 

 

ミッチェルのうろたえる姿に、私はクスッ、と笑みを浮かべます。

引きこもりを脱却しても、背が伸びても、ミッチェルはミッチェルなんだと少し安心します。

こういう場合のミッチェルへの対処法を、私は学生時代から知っているつもりです。

 

 

「何ですか? ゆっくりで大丈夫ですから、言ってみてください」

「あ・・・」

 

 

私が昔、よくミッチェルに言っていた台詞。

極度の人見知りで、言いたいことをすぐには言えなかったミッチェル。

懐かしいな・・・。

 

 

にっこり笑って、ミッチェルの言葉を待ちます。

ミッチェルは少し顔を赤くして慌てていましたが・・・私を見て、と言うより、私の左手を見え、やっぱり寂しそうな笑みを浮かべました。

それは・・・私の知らない顔で。

ミッチェルは、寂しそうな顔のまま、私を見ました。

 

 

「・・・ミッチェル?」

「・・・アリアさん」

 

 

ミッチェルは、本当に寂しそうで・・・。

 

 

「貴女は、気付いていなかったかもしれないけれど・・・」

 

 

とても、胸が締め付けられる、そんな顔で。

 

 

「・・・ずっと、貴女のことが好きでした」

 

 

・・・・・・え?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

ダンスの後、各国の有力者と話していたアリアは、夜風に当たりたいと言ってテラスの方へ。

少し気になったけれど、ついて行ったりはしない。

軽くお酒にアテられたのかもしれないしね・・・彼女、香りだけで酔ってしまうから。

 

 

あのテラスは龍宮真名と5(クゥィントゥム)のカバーしているエリアだから、2分ほどなら一人にしても問題は無いだろう。

少し間を開けてから、僕もテラスに行った方が良い・・・。

 

 

「・・・だよね、暦君」

「ふぇ!? そ、そこで私に確認しちゃダメですよ!」

「・・・そう?」

「そうですよ!」

 

 

周囲を気にしているのか、暦君は小声で囁いて来る。

5年前までは短かった黒髪も、今では腰のあたりで切り揃えられている。

・・・女性が髪形を変える理由は、それはそれは重要な理由らしいけれど。

でも、理由を聞いてはいけないらしい。

 

 

とてもデリケートな話題だからだ。

・・・まぁ、暦君自身が言っていたことだけど。

 

 

「いよぅっ!」

「あわわ・・・!」

 

 

僕から空になったグラスを受け取った暦君は、僕に声をかけてきた男の姿を見ると、そそくさと離れて行った。

 

 

「あーらら、嫌われちまったかぁ?」

「・・・キミがボトル50本も開けたからだと思うけどね、ジャック・ラカン」

「ははっ、カワイ子ちゃんが酌してくれるのが嬉しくてなぁ!」

「・・・婚約者(フィアンセ)に怒られるよ」

 

 

視線を動かせば、テオドラ陛下は自分の国の閣僚と何かを話しているし、セラス総長はクルト・ゲーデルと話しているようだ。

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は・・・茶々丸と何かを話しているようだね。

 

 

「婚約っていやぁ、お前よぉ・・・」

 

 

そして僕は、ジャック・ラカンに物理的に絡まれている。

具体的には、肩を組まれている。

・・・何故だ。

 

 

「・・・どこまでイッた?」

「立場と場所を考えて行動した方が良いと思うけどね、ジャック・ラカン」

 

 

肩に回された腕を無理矢理外して、ジャック・ラカンから離れる。

襟元に指を入れて、服の乱れを直す・・・まったく、この男は変わらないね。

 

 

「いやぁ、だってお前、婚約して5年だろ?」

「だったら何だい」

「だったらおめぇー・・・」

 

 

ギラッ、と真剣な眼差しで、ジャック・ラカンが僕を見る。

そして・・・。

 

 

「・・・ヤッただろ?」

 

 

「殺意」が湧いた。

 

 

「・・・僕は、彼女を汚そうと思ったことは一度も無いよ」

「んん~・・・意味は知ってんだな~?」

 

 

殺して良いかな。

まぁ・・・構うだけ無駄な人種だ。

2分経ったし、アリアの所に行くとしよう。

 

 

「・・・健全なこって」

 

 

ジャック・ラカンの言葉を背中に受けつつ、歩く。

まったく、健全だとか何だとか・・・バカバカしいね。

くだらない・・・。

 

 

ポケットに片手を入れたまま、テラスへ出るためにカーテンと戸を開ける。

ひゅうっ・・・と風が吹き、外の空気が頬を撫でる。

10月とは言え、夜は冷えるのかな。

アリアは、身体を冷やしていないと良いけれど・・・。

 

 

カーテンを潜り、一歩外に出る。

アリアは、すぐに見つかった・・・うん?

誰と話して・・・。

 

 

 

「・・・ずっと、貴女のことが好きでした」

 

 

 

・・・ふん。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

『侵入者だと・・・?』

「ああ、どうやらそのようだ」

 

 

足早に通路を歩きつつ、離れの塔に急ぐ。

そこの見張り塔の一つから、定期連絡が来ない。

向かわせた部下からも連絡が無い所を見ると、突発的な集団ボイコットでもしていない限り、侵入者に倒されたと考えるのが妥当だろう。

 

 

まぁ、それ自体は想定の範囲内だ。

元より先日のテロ以降、侵入者が無いはずが無いと考えて行動している。

 

 

「離れの塔から女王陛下を始めとする各国首脳がいる舞踏会場までは、外に面した橋を通るのが近道だ」

 

 

屋内には各所に多数の兵士が詰めているし、何よりも遠回りだ。

・・・田中殿とチャチャゼロ殿、晴明殿もいる。

屋内に来ないと言うことは、外の橋から来ると見て・・・。

 

 

『わかった、狙撃ポイントに移動する』

「頼む・・・・・・こちらはどうやら、当たりを引いたようだ」

『・・・・・・すぐに行く』

 

 

真名との通信を切り、舞踏会場への道を塞ぐように、立つ。

屋内から外に出た瞬間、冷たい夜風が頬を撫でる。

片手で前髪を払った後、腰から剣を抜く。

 

 

「・・・ああ、キミ、ちょうどいい所に」

 

 

剣を構えた先に・・・男が一人。

どうやら、先日の男とは別人のようだった。

黒いスーツに身を包んだ、18歳程の、短い黒髪に銀の瞳の青年。

 

 

「女王のいる所に行くには、この道で合っていたかな」

 

 

剣の柄のような物を両手に、それも逆手に持った男。

刃は無い、柄だけだ。

 

 

「・・・あれ、聞こえなかったのかな・・・女王に会いに行くには、この道で良いの」

 

 

アレが何かは知らん、詮索しても意味が無い。

この男がどこの所属の誰かも、この際はどうでも良い。

とりあえず、友好親善使節で無いことがわかれば・・・・・・な!

 

 

ギィンッ!

 

 

瞬動で背後に回り、斬り付ける。

だが・・・受け止められた。

男は、片腕を掲げて私の剣を受け止めている。

刃の無い柄・・・だが、私の剣を確かに受け止めている!

 

 

「・・・何・・・っ!?」

 

 

男が、もう片方の腕を振るう。

・・・何か来る!

 

 

右足で男を蹴り付け、その反動で後ろに跳ぶ。

地面に片膝をついて着地し、即座に顔を上げる。

・・・ブシッ、と音を立てて、右肩が深く斬れた。

 

 

「な・・・!?」

 

 

斬られた痛み以上に、驚愕が私の感情を支配した。

・・・斬られた? だが、刃は感じなかった。

刃だけでなく、魔力などの類も感じなかった。

だが、確実に攻撃された。

 

 

「貴様・・・」

「・・・邪魔をされると言うことは、この道で合っていると言うことか」

「な・・・待て!」

 

 

私の他には、兵は連れて来ていない・・・真名の狙撃の邪魔になるからだ。

屋内にはいるが・・・この男の攻撃の正体がわからないまま、中の兵をぶつければ犠牲が増える。

私に背を向けた男を追うべく、立ち上がると・・・。

 

 

私の持つ剣が、細切れに砕けた。

ガシャッ、と音を立てて、柄を残して地面に落ちる。

・・・バカな。

魔導技術でコーティングされた剣だぞ、伝説級のオリハルコンに匹敵する硬度の剣が、こんな。

 

 

「・・・キミじゃあ、僕は止められないよ」

「・・・小僧が・・・!」

「本当のことさ・・・キミは、僕よりも弱い」

 

 

男が腕を振るう・・・次いで、私の身体がドシャッ・・・と地面に崩れ落ちる。

・・・両足を、斬られた・・・!

視線を下げれば、繋がってはいる物の・・・太腿から激しく出血している。

いつの間に、どんな手段で・・・!?

 

 

「・・・ほらね」

 

 

そう言って、男が今度こそ私を置いて歩いて行く。

ぐ・・・!

行かせまいと、両手で身体を持ち上げようとした・・・刹那。

 

 

「・・・うん?」

 

 

男の眼前、屋内へと続く入口に・・・炎の壁が立ち上った。

突然燃え上がったそれは、まさに男の行く手を阻む壁だった。

だが・・・あんな仕掛けは、した覚えが無い。

 

 

「これは・・・何かな」

 

 

男の呟きと共に、炎の壁に一部が揺らぐ。

その揺らぎの中から・・・。

 

 

 

「・・・随分と、調子に乗っているようじゃないか・・・」

 

 

 

静かな声と共に、炎の中から白い髪の青年が姿を現す。

熱を孕んだ風に白いスーツをはためかせながら、現れた青年。

フェイト殿に瓜二つだが、より鋭い目と、収まりの悪い髪形。

彼は・・・。

 

 

クゥァルトゥム・アーウェルンクスは、不敵に笑った。

右手の指に嵌めた・・・指輪型の支援魔導機械(デバイス)を、見せつけながら。

アレは、女王陛下から限られた者にのみご下賜された、試作品の・・・!

 

 

 

「・・・テロリスト風情が」

 

 

 

ボッ・・・と、その指輪から、炎が噴き上がった。

 




真名:
うん・・・?
やぁ、移動中で失礼するよ、龍宮真名だ。
今回は割と真面目な仕事パート、シリアスなラブロマンスパート、そして最後にバトルパートが入った感じだ。
まぁ、私の仕事に関係の無い部分はどうでも良いけどね。


ちなみに、作中で出てくる新造軍艦・「PS」、あとまだ実物は出ていないけど、「機竜」は伸様提供の王国軍備だ。
ありがとう。


真名:
さて、次回は・・・まぁ、今回の続きだね。
シャオリーが待っているので、私は行くよ。
じゃあね。


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第3部第3話「Ⅰ」

Side アリア

 

「・・・ずっと、貴女のことが好きでした」

「・・・・・・え?」

 

 

その時の私の顔は、たぶん、そんな言葉を受けるような顔では無くて。

半笑いのような、あまり綺麗な表情は浮かべていなかったとは思います。

 

 

「・・・あ、えっと! 昔のことだし、そんな本気で受け取ってくれなくても、冗談みたいなノリで受け取ってくれれば・・・」

「・・・冗談、なのですか?」

「え、いや、それはもちろん本気って言うか、うん、まぁ・・・本気、だった」

 

 

一瞬ワタワタした後、元のように寂しそうな顔をするミッチェル。

好き「でした」、本気「だった」。

・・・物の見事に、過去形なのが気になりますが。

 

 

「・・・でも、本当・・・昔のことだから」

「いえ、言われた私としてはそれで済ませられないんですけど・・・」

「あ・・・そ、そうだよね・・・ごめん・・・」

 

 

・・・この空気、どうすれば良いのでしょうか。

えっと・・・と、とりあえず・・・。

 

 

「ご・・・ごめんなさい?」

「え、5年越しにフラれたの、僕・・・婚約してるんだから、それはそうなんだろうけど・・・」

「え、あっ・・・ご、ごめんなさい、こう言う経験があまり無くて・・・」

 

 

えっと、ほ、本当にどうすれば・・・?

と言うか、ミッチェルが私を・・・?

しかも、5年越しと言うことは、え、メルディアナ時代からずっと・・・?

だとすれば、私、ミッチェルに酷いことを・・・。

 

 

でも、ミッチェルの気持ちを受け入れられるかと言えば、それは。

それは・・・無理です。

いろいろな理由で・・・いえ、それ以前に、私にとってミッチェルは大切な友人です。

大切な・・・お友達で。

 

 

「本当に、その、気にしないで良いよ・・・昔のことだから」

「でも・・・」

「まぁ、だったら言うなよって話なんだけどね!」

 

 

あははーと、急に明るくなるミッチェル。

それから、やっぱり寂しそうな顔になって。

 

 

「婚約おめでとう、アリアさんが幸せなら、僕も嬉しい」

「ミッチェル」

「じ、じゃあね!」

「あ・・・」

 

 

ミッチェルはそのまま、舞踏会場に小走りに戻って行きました。

後には、少しだけ手を伸ばしかけた、私だけ。

・・・ミッチェル。

 

 

「・・・はぁ・・・」

 

 

溜息を吐いて、空を見上げます。

満天の星空を見上げながら・・・いろいろと、昔のことを考えます。

・・・そう言う目で見れば、いろいろと思い当たる節と言うのは、あるものですね。

 

 

それに気付いてあげれなかった自分が、バカみたい。

そして、気付けても受け入れなかっただろう自分が、嫌になります。

けど、もしかしたら何か、もっと・・・もっと、別の形で。

 

 

「アリア」

 

 

・・・その、声に。

心臓が掴まれたかのような、そんな錯覚を覚えます。

実際には、そんなことはあり得ないのに。

何故か、逃げ出したい気分になります。

 

 

「身体、冷えるよ」

 

 

ふわり、と肩にかけられる白い上着を、両手でそっと掴みます。

顔を上げれば、そこには・・・いつも通りの無表情を浮かべた、フェイトがいます。

特に、変化は無いようです、が・・・。

 

 

「そろそろ、中に戻った方が良い」

「・・・ええ」

 

 

・・・聞かれた?

いえ、聞かれたから何だって言うのですか。

別に不義を働いたわけではありませんし、後ろ暗いわけでもありません。

けど・・・どうして。

 

 

「・・・あの」

「何?」

「・・・いえ・・・」

 

 

聞いていたとしたらどうして、何も言わないのでしょう。

何も、言ってくれないのでしょう・・・?

いえ、何か言われたいのでしょうか、私は。

何を?

 

 

見ていたのなら、どうして。

どうして、何も・・・?

フェイトは、いつも。

 

 

「・・・優しい・・・」

 

 

何も言わず、当然のような顔をして、私の傍にいてくれます。

責めることも求めることも無く、ただ傍に・・・。

嬉しくて、有難くて・・・幸せなこと、だけど・・・。

 

 

・・・それが一番、辛いのに。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

クゥァルトゥム殿の持つ支援魔導機械(デバイス)は、3つの指輪で構成される独特な物だ。

右手の中指に小さな指輪が2つ、人差し指に大きな指輪が1つ。

3つの指輪には、それぞれルビーのような宝石が1つずつ付けられている。

 

 

そしてその3つの指輪から、小さな炎が噴き出している。

それが、クゥァルトゥム殿の好戦的な笑みを照らしているのだが・・・。

 

 

「やれやれ・・・こんな小道具に頼らなければならないなんて、面倒な世の中になった物だよ」

「・・・そうしたのは、キミ達王国側の人間だと思うけど」

 

 

それに対して、テロリストの青年は動揺した様子は無い。

詠唱魔法の使えないこの世界で、アレだけの火の精霊を活性化させていると言うのに。

チャ・・・と、刃の無い剣をクゥァルトゥム殿に向ける。

 

 

「仲間を、助けにでも来たの?」

「・・・仲間?」

 

 

炎に照らされたクゥァルトゥム殿の顔が、皮肉気に歪む。

左手をポケットに入れたまま、右手を相手に向ける。

 

 

「誰のことだい、それは」

 

 

それに対し、私は表情を引き攣らせた・・・やはりか!

正直な話、クゥァルトゥム殿はフェイト殿やクゥィントゥム殿と違い、仲間内での評判が悪い。

何故なら・・・。

 

 

「・・・消えなよ」

 

 

ゴッ・・・と、炎の渦がテロリストの青年を包み込む。

ただその炎の量は、お世辞にも青年の傍で倒れている私を気遣っているとは思えない。

と言うか、今も身体を引き摺るように離れようとしている所だ。

火の粉が、服の端に・・・!

 

 

クゥァルトゥム殿は、仲間内でも評判が悪い。

その好戦的な性格以上に、味方を味方と思わない態度が嫌われているのだ。

 

 

「ふん・・・3(テルティウム)が仕留め損ねた奴の仲間だと言うから、少しはやるかと思ったのだけれどね・・・まぁ、魔法の使えない人間なんて、この程度か」

 

 

私のことなど気にもせずに、クゥァルトゥム殿は自分の右手を見やった。

3つあった指輪の1つが、パキンッ、と砕けて地面に落ちた。

試作品ゆえに、クゥァルトゥム殿の炎の量に耐えられなかったのか・・・?

 

 

 

「・・・生憎だけど・・・」

 

 

 

次の瞬間、炎の渦が何かに切り裂かれたかのように細分化されて、消えた。

そこには、焦げ目一つ無い、青年がいた。

・・・バカな!?

 

 

「・・・貴様」

 

 

何か言おうとしたクゥァルトゥム殿の頬に、一筋の切り傷が生まれた。

頬だけでなく、肩先、服の端・・・次々と切れて行く。

やはりだ、魔力も無く、刃も無いのに、切られていく。

柄だけしかない剣を、ただ少し動かしただけで・・・っ!

 

 

「クゥァルトゥム殿!」

「遅いよ」

 

 

私の声よりも、青年の手の動きの方が早い。

次の瞬間、身体中を何かに切り裂かれて・・・クゥァルトゥム殿が、その場に膝を付いた。

それに伴い、総督府への道を塞いでいた炎の壁も、消える。

 

 

「・・・進ませて貰うよ・・・もう、5分も無いんだ」

 

 

ぐ・・・何と言うことだ、少し考えればわかることだったのに。

刃が無いと言う先入観が、気付くのを遅らせてしまった・・・!

私が倒れ、クゥァルトゥム殿が退けられてしまえば、後は・・・。

 

 

「・・・くくく・・・」

「・・・クゥァルトゥム殿!」

「へぇ・・・動けるんだ、腱を切ったつもりだけど」

 

 

膝を付いていたクゥァルトゥム殿が、顔を上げた。

その顔には・・・あくまでも不敵な笑みを浮かべている。

ボッ・・・と、残った2つの指輪に再び炎が灯る。

 

 

そして、左手をポケットから出した。

その手には、小さな箱のような物を持っている。

何か、奇妙な紋様の描かれた箱だが・・・。

アレは・・・?

 

 

「・・・思ったよりも、つまらない芸だったね」

「・・・キミ、見えて・・・?」

「当然」

 

 

クゥァルトゥム殿が、その箱に右手の指輪をぶつけた、次の瞬間。

小さな爆発が、私達を包み込んだ。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

僕が取り出した小箱の名は、『檻箱(スピリトゥス・ディシピュラ)』。

理論通りなら、中位以下の魔法を一つ事前に込めておける箱型の支援魔導機械(デバイス)だ。

ただし、事前に支援魔導機械(デバイス)で込める必要がある上、試作品。

案の定、発動するハズだった魔法は発動せず、見事なまでに爆発した。

 

 

まぁ、どちらかと言えば、そのつもりでやったんだけどね。

所詮、人間の作った兵器などその程度さ。

 

 

「キミの玩具も、同じことさ」

 

 

爆発に紛れて近付き、ゴッ・・・テロリストの顎に一撃。

ぐ・・・と右の拳を握りこむと、支援魔導機械(デバイス)の宝石から炎が溢れ、僕の拳を覆う。

まぁ、火属性の魔法の矢1発分と言う所かな。

 

 

「・・・十分!」

 

 

浮き上ったテロリストの身体の真ん中に、拳を叩きこむ。

すると、まるで人形のように・・・彼の身体が吹き飛んだ。

歩いてきた道を戻り、地面に3度衝突して、最終的には地面と口付けを交わすことになった。

パリンッ・・・僕の指輪がまた1つ、砕けた。

 

 

「な、な・・・?」

 

 

近くで倒れている近衛の女が状況についてこれていないようだけれど、どうでも良いね。

僕は、テロリストが取り落とした剣の柄のような物体を拾った。

 

 

「・・・ふぅん、面白い武器だね」

 

 

その刃の無い柄には、ちゃんとした刃が付いている。

まぁ、刃と言うにはいささか細すぎるように思えるけどね。

 

 

「無数の糸のような刃か・・・どうやって操作するのかな、魔力の込め方で柔軟さと硬度が変化すると言う所か」

 

 

本来なら刃があるべきそこには、幾本もの糸が付いている。

近衛の女や僕を斬ったのは、どうやらこれらしい・・・爆発でほとんど消し飛んだけど。

ふん、しかし鋼より硬い糸なんて、聞いたことが無いね。

 

 

「・・・それは、人間の髪だ」

「ほう?」

 

 

顔を上げると、テロリストが膝をつき、ゆっくりと立ち上がる所だった。

僕の拳が叩き込まれた胸を押さえている所を見るに、ダメージはあるらしい。

 

 

「被験体B-25とB-34・・・型式番号的には、僕の妹に当たる人間の髪だ」

「へぇ・・・」

「彼女達の髪には、精霊を取り込んで動くと言う特殊な現象を起こす力があってね・・・偶発的に似た遺伝子を持って生まれた僕が使うと、さっきのようなことができる」

「聞きもしないことをベラベラ喋るね」

「・・・喋りたくもなるさ」

 

 

まぁ、正直、目の前のテロリストがどこの誰だろうと興味は無い。

知ったことじゃない。

ボッ・・・と、残った最後の指輪に炎を灯す。

コレも、強度が足りなくて困る。

 

 

「久しぶりに少しだけ楽しめたよ、人間」

「人間、か・・・・・・まぁ、キミの手を煩わせる必要も無いさ」

「ふん・・・?」

「どの道、僕はもう死ぬ」

 

 

そう言って、テロリストは胸から手をどけた。

そこには・・・風穴が開いていた。

僕の一撃が叩き込まれた箇所なのだろうけど、どうもそれだけじゃないね。

 

 

「・・・元々、今日までの命だった」

 

 

その穴が、徐々に広がる。

サラサラと・・・身体の端から砂のように崩れて行く。

そんな彼が、懐から何かを取り出す。

 

 

「僕はただの・・・」

 

 

それは、何かのスイッチのような物体で。

テロリストが、躊躇なくそれを・・・。

 

 

パァンッ!

 

 

その瞬間、テロリストの首が何かに撃ち抜かれた。

・・・龍宮真名の狙撃か。

テロリストの身体が、狙撃の衝撃でガクンッ、と揺れる。

だが。

 

 

「・・・メッセンジャーさ」

 

 

だが、彼は躊躇なくそれを押した。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

舞踏会の最中、セラス総長と「あはは」「うふふ」とお喋りしております。

まぁ、お喋りの内容はとても他所には出せないような、そんな内容なのですがね。

 

 

「あはは、セラス総長はご冗談もユニークですねぇ」

「うふふ、いえいえ、クルト宰相ほどではありませんわ」

「あはは、ですが国内の復興に忙しいので技術者は無理です」

「うふふ、これまでのアリアドネーの尽力と支持を考慮してほしいですわね」

「あはは・・・」

「うふふ・・・」

 

 

一部を抜粋すると、こんな感じですね。

その他、交易の自由化だとか、軍事・技術交流はどうするだとか、そんなお話ですね。

まぁ、正直・・・政治勢力としてのアリアドネーはそれほど脅威では無いのですよね。

 

 

ただし、研究機関としてのアリアドネーは脅威です。

いかに現在は技術的に優位を保っているとは言え、将来はどうなるか。

なので、可能な限りその将来を引き延ばさせて頂くわけです。

ゲートの独占も、長くてあと10年と言う所でしょうかね。

ゲートの過半を域内に抱える帝国が政治的に安定するかどうかで、期間が変動しますが。

 

 

「・・・む、少々、失礼しますよ」

 

 

セラス総長から離れ、会場の壁際に移動します。

そこで待っていたのは、騎士服を着たジョリィ。

彼女は一礼した後、私の耳元に口を寄せて・・・。

 

 

「シャオリーから報告が・・・」

「・・・ふむ、侵入者ですか」

 

 

ちら、とアリア様を見ると・・・女中姿の親衛隊副長が、アリア様の耳元で何かを囁いておりました。

アリア様の表情を見るに、霧島副長がアリア様のドレス姿を褒めているわけではないでしょう。

・・・ふむ、アーウェルンクスがいつもより50センチほどアリア様から離れていますね、何かあったのでしょうか?

 

 

「・・・まぁ、そちらの処理は外の警備に任せるとして、他のルートからの侵入を警戒して・・・」

 

 

私がジョリィに指示を出しかけた、その時。

ブゥン・・・と、舞踏会場の巨大スクリーンが動きだしました。

これまで沈黙していた映像装置の突然の起動に、自然、皆の視線が集まります。

 

 

む・・・?

ザザ・・・ザ・・・と数秒間波打った後、鮮明な映像が浮かび上がります。

そこに映し出された物は・・・。

 

 

『・・・魔法世界に生きる、全ての人々にご挨拶させて頂きます・・・』

 

 

そこに映ったのは、車椅子の少女。

肩先で切り揃えられた金色の髪に、閉ざされた目。

間違いなく美少女の域の相貌ではありますが、緑色の病院服と左腕に繋がれた薬品のパックのような物が、その完璧な造形に異を唱えているように見えるから不思議です。

小柄な身体付きですが、年は15前後でしょうか・・・?

 

 

しかし、問題なのはその顔立ち。

あの、顔は・・・!

 

 

『私は・・・アイネ』

「・・・すぐに映像を止めなさい!」

「は、はっ・・・!」

 

 

もし一人であれば、爪の一つも噛んでいる所ですよ。

アレが・・・リカードが言っていたホムンクルスの、完成系だとすれば・・・!?

 

 

『私達は、「Ⅰ」・・・・・・救われぬ1を体現する者』

 

 

再びアリア様の様子を伺えば・・・どうやら、私ほどに動揺はしていない様子ですが。

むしろ、他の連中の方が動揺しているように見えますよ。

そしてその間にも、アイネと名乗った少女の言葉は続きます。

特に次の言葉は・・・。

 

 

『私達は・・・新メセンブリーナ連合の指示で活動しています』

 

 

私達の度肝を抜くには十分な言葉でした。

 

 

 

 

 

Side 近右衛門

 

「これは、どう言うことだ!?」

「私に言うな、そもそもあの施設の責任者は・・・!!」

「責任者などいない! そもそも全ての施設は『リライト』直後に廃棄が決まっただろう!!」

「それが何故、生き残りが・・・」

「いや、それよりも誰が命令しているのだ!?」

 

 

メガロメセンブリア元老院・・・では無く、グラニクスの新メセンブリーナ連合評議会は、凄まじい混乱に見舞われておる。

原因は、今まさに議場のスクリーンに流れておる車椅子の少女の映像じゃ。

 

 

どうやら、あの娘のことを知らぬのはここではワシだけのようで、皆が一様に慌てふためいておる。

はて・・・まぁ、どうやら良い状況では無いことは確かなようじゃが。

 

 

『私達の指導者は、新メセンブリーナ連合。彼らは私達に託しました、世界の行く末を。間違った救済を正すための力を授けて、私達に託しました』

 

 

どこか原稿を読んででもいるかのような、アイネとか言う画面の中の娘。

この映像は、どうやら魔法世界の11の地域で同時に流されておるらしい。

地域の中にはケフィッススも入っておるから、おそらくはネギ君達の目にも止まっておるじゃろう。

 

 

何故わかるかと言うと、聞いたからじゃ。

先程、突如一人の娘が議場に乱入してきた。

エリジウム大陸の食糧問題をどうするかと言う結論の出るはずもない会議を続けていたワシらの下に、15歳前後の黒髪の娘が現れて、言ったのじゃ。

 

 

『初めまして義父様方、最初で最後の親孝行をさせて頂きます――――』

 

 

・・・その娘は、砂になって消えた。

じゃが、最後のあの清々しいまでの笑顔は、しばらく夢に見そうじゃ。

ワシでこうなのじゃから、事情を知っておるらしい他の面々はどうなのじゃろうな。

 

 

・・・単純な話、ワシを除く全員に心当たりがあるようで、この放送に対して「無関係だ」と言えない事情があるらしいのじゃ。

なので、これを否定する声明も出せんし、出せたとして別の証拠を突きつけられればどうにもならん。

八方ふさがりじゃな。

 

 

『私達は親たる新メセンブリーナ連合の命令が「ある限り」、活動を続けるでしょう。新メセンブリーナ連合が「存在し続ける限り」、我々は王国・帝国、あるいはアリアドネーへの攻撃を続行する物とします・・・新メセンブリーナ連合が、「在る限り」』

 

 

ホ・・・3回も繰り返しおった。

狙いが透けて見え過ぎて、涙が出そうじゃわい。

前から思っとったが、ワシの人生はこれ以上浮上しそうにないのぅ。

わかっとったけど。

 

 

『私達「Ⅰ」は、新メセンブリーナ連合の忠実なる下僕なのですから』

 

 

ふむ・・・とりあえずはネギ君、タカミチ君と相談するかの。

八方ふさがりの状況から、命からがら逃れるのは得意じゃし。

・・・自慢にもならんがの。

 

 

『それでは皆様・・・またお会いしましょう』

 

 

犯行声明なのだか、それとも他の何かなのか・・・。

とにもかくにも、一応、なんとか・・・終わったようじゃった。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

あのアイネだか「Ⅰ」だか知らんけど、とにかく連中の犯行声明が流された1時間半後には、うちは仕事着に着替えとった。

月詠を起こさんように寝室の鏡台の前に座って、最低限の化粧を済ませる。

今は11時、あの子はいつも9時には寝るから・・・。

 

 

長い黒髪を頭の後ろで束ねた後、鏡の前で身だしなみを確認する。

・・・うん、若く無くなるのは辛かったけど、やっぱ元の姿はええわ。

5年前の段階で、エヴァンジェリンはんに戻してもろうたからな。

いや、やっぱあのままやったら母親には見えへんやん?

 

 

「・・・仕事ですかー?」

「ん? ああ、すまんな、起こしてもうたか?」

「元々、眠りは浅い方なんでー」

 

 

布団の中から芋虫のように、年頃の娘が這い出て来る。

・・・なかなか、シュールな光景やね。

 

 

「どこ行くんです~・・・?」

「総督府や。10分前に呼ばれてん・・・もうすぐ迎えが来るはずや」

「うちも行った方がええですか~・・・?」

「大丈夫やえ、護衛がいるような話はせんと思うから・・・」

 

 

クルトはんらの反応は、早かったえ。

あの犯行声明の1時間後に緊急で記者会見を開いて、そこで「イヴィオン」・帝国・アリアドネー・メガロメセンブリアの共同宣言を発表した。

1時間でまとめたもんやから、それほど凝った文章や無い。

 

 

要は「新メセンブリーナ連合、死ね」な内容や。

今までは経済制裁で止めとったねんけど、今回ので軍事制裁にランクアップするかもしれへんな。

 

 

「・・・ま、情報の出所はわからんでもないわな」

 

 

共同宣言の内容は、第一に新メセンブリーナ連合への批難。

次に、「Ⅰ」の正体・・・ある筋からの確かな情報とかボカしとったけど、間違いなく新メセンブリーナ連合の元々の親玉、つまりはリカードはんが情報の出所やろ。

ウェスペルタティア王家の血を使うたホムンクルス計画なぁ・・・。

マジやとしたら、外道やな。

 

 

まぁ・・・わかりやすいわな。

そんな外道なことをした連合を許すな、そんな物で生みだした人間兵器でテロをする連合を倒せ・・・その言葉の、何て説得力のあることか。

民衆の支持を得るに、これ程わかりやすい対比も無いやろな。

 

 

巻き込まれる側は、溜まったもんやないけどな。

長からこっちでのことは委任されとるけど、さて、どうするかな。

 

 

「ほな、行ってくるえ」

「はい~」

 

 

襦袢姿の月詠とぎゅっと抱き合うた後、うちは寝室を出て・・・家を出る。

そこには、この5年ですっかり見慣れた仮面の黒い殿方がおった。

 

 

「千草殿、迎えが来ている」

「はいな・・・カゲタロウはん」

 

 

軽く微笑んだ後、総督府から来た迎えの所に行く。

まぁ、それ程歩くわけや無いけど・・・。

 

 

「・・・それにしても」

 

 

あの映像の子、アリアはんそっくりやったな・・・。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

いや、酷い目にあったぜ・・・。

共同宣言に参加できたのは収穫だったが、その代わり記者会見で集中砲火を浴びたぜ・・・。

マスコミ、マジでヤベェ・・・。

 

 

アリア女王もテオドラ陛下もセラス総長も、その他の首脳も誰も助けちゃくれねぇからな。

当たり前だけどよ・・・何せ、「黄昏計画」の説明役は俺しかできねぇし。

後々のためにも、正直にわかってることを言わなくちゃいけねぇし・・・。

・・・これで12月にアリカ女王の真実を告げたら、メガロメセンブリア、終わるんじゃねぇかマジで。

 

 

「今でさえ、支持率がマイナスに行きそうだって話だしなー・・・」

 

 

史上初めてだぜ、支持率マイナス。

記者の質問で一番キツかったのは、アレだなやっぱ・・・。

 

 

『あの映像の少女と、ウェスペルタティア女王陛下が良く似ておられましたが・・・』

 

 

だから、人造のそっくりさんだっつぅの!

アレ何て拷問だよ・・・ひょっとして俺がメガロメセンブリアを何とかしようと踏ん張ってるのは、無駄な努力とかそういう感じな物なのか・・・?

 

 

とにかく、新メセンブリーナ連合に対する共同宣言は今日付けで効力を発揮した。

内容は・・・。

 

 

①魔法世界人と実験の被害者に対する即時の謝罪と補償の要求。

②非合法な人体実験及び関連計画について、10日以内に全面的かつ完全に申告するよう要求。

③30日以内に無条件で共同宣言署名国代表団の査察に協力することを要求。

④新メセンブリーナ連合の行動が平和と安全に対する脅威でなくなるよう、ただちに抑圧行為を停止するよう要求。

⑤人道支援が必要な人々に対し適切な対応が行えるよう、ただちに共同宣言署名国の支援物資輸送部隊に自由なアクセス権を与えるよう要求。

⑥指揮下にあるテロリストの即時の活動の停止及び引き渡し、さらに責任者の引き渡しを要求。

⑦この宣言に対するいかなる侵害も、新メセンブリーナ連合にとっては最も重大な結果をもたらすであろうことを強調する。これは「トリスタン条約」の精神に則る物であることを明記する。

 

 

共同宣言署名国は、ウェスペルタティア王国、ヘラス帝国、アリアドネー、メガロメセンブリア、アキダリア、龍山、パルティア、オレステス・・・まぁ、ほぼ魔法世界の全勢力だな。

 

 

「・・・事実上の最後通牒だよな」

 

 

7つの項目の内6つまでが要求なわけだが、その内の1つだって連中は受け入れないだろうぜ。

受け入れないってか、受け入れられない、だな。

俺達は正直、あのテロリスト集団が新メセンブリーナの指揮下にあるとは思ってねぇ。

だが、指揮下にある物として扱わなきゃならねぇ。

 

 

何故なら、どうやったかは知らねぇが・・・オスティアだけでなく、世界のほとんどの地域であの映像が流れた。

それを見た市民達が、新メセンブリーナ連合を潰せと叫んでいる。

だから今は、わかってて乗ってやるしかない。

 

 

会議の日程を至急縮めて、明日には首脳陣は自分の国に帰って準備を始めなくちゃならねぇ。

・・・戦争の準備だ。

 

 

「・・・っつーわけで、また忙しくなるぜ、ミッチェル・・・おい、ミッチェル?」

 

 

ホテルの部屋で今後のことについて話してたんだが、ミッチェルの野郎はウンともスンとも言わねぇ。

どうしたんだ・・・って。

めちゃくちゃ落ち込んでんじゃねぇかよ・・・。

 

 

「・・・最後に・・・」

「あん?」

「最後に抱き締めようかとも、思ったけど・・・」

「はぁ?」

「・・・やらなくて、良かった・・・」

「・・・おーい」

「本当に、良かった・・・!」

 

 

・・・どうも、話になりそうにねぇな。

しゃーねー、思春期のガキンチョの話に、付き合ってやるとしますかね・・・。

まず、男がビービー泣くんじゃねーよ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・疲れました・・・。

会見やら会談やら手配やらを終えて、ようやく寝室に入れた時には、すでに日付が変わっていました。

時間的にはいつもよ同じくらいですが、内容が濃かったですね、今日・・・。

 

 

「公人としても私人としても・・・ですね・・・」

 

 

公人としてのは私は、今日の国際会合を主催する立場です。

それだけでも忙しいのに、何とテロリストは私のクローン。

しかも襲撃、シャオリーさんは怪我をして、しかもクゥァルトゥムさんが試作品の支援魔導機械(デバイス)をドカドカ壊してくださいましたので、始末書が・・・それはグッジョブですけど。

・・・新メセンブリーナとも事を構えなければなりませんし、高確率で軍事制裁ですね・・・。

 

 

私人としても・・・そっちは、主にミッチェル関連ですけど。

ちら、と時計を目にしてみれば、いつもならフェイトが来ている時間。

でも、窓の外にフェイトの姿は見えません。

やっぱり・・・?

 

 

コン、コンッ。

 

 

窓の外ばかり見ていたら、扉がノックされました。

扉を開けると、そこには就寝前の紅茶なのか、ティーセットの乗ったカートを押した茶々丸さんと・・・。

 

 

「・・・エヴァさん?」

「お、おぅ・・・」

 

 

茶々丸さんの後ろで、何故か話しにくそうにしているエヴァさんがいました。

えっと、いつもはこんな時間には来ないはずなのですけど・・・。

 

 

「フェイトノヤローガナ」

「はい?」

 

 

フェイト?

茶々丸の頭の上に乗っているチャチャゼロさんが、ケケケと笑っています。

 

 

「フェイトさんが、今日は自分といるよりも、家族といる方が良いだろうとのことで」

「は、はぁ・・・」

「ま、まぁ、あの若造にしては殊勝な心がけだなっ」

 

 

・・・エヴァさん、どこか声が弾んでいますよ。

まぁ、考えてみればこの時間はフェイトと過ごすのが常で、エヴァさん達と過ごすのは本当に久しぶりですね・・・。

 

 

その意味では、今日の話の内容からしても、良い機会なのかもしれませんね。

けれど・・・。

 

 

「・・・あら?」

「邪魔するぞえー?」

 

 

私の横を、のそのそと灰銀色の狼が歩いて、寝室の真ん中で丸くなりました。

その背中には、晴明さん。

・・・これでスクナさんとさよさんがいれば、勢揃いですね。

田中さんは・・・。

 

 

「・・・お疲れ様です」

「任務デスノデ」

 

 

扉の前に立つターミネ○ター・・・田中Ⅱ世(セコーンド)は、無感動に私に答えました。

それに、私は少しだけ寂しい気持ちになります。

 

 

「う、うむ、何だか久しぶりにここに入るなっ」

「マスターはそうかもしれませんね・・・私は朝にここに入りますので」

「・・・今思ったんだが、お前、一番得してないか・・・?」

「何のことでしょう」

 

 

エヴァさん達の会話に、少し頬が緩むのを感じます。

でも・・・どうしてでしょう。

心のどこかで、別の気持ちが渦巻いています。

 

 

エヴァさん達が来てくれて、とても嬉しいです。

けれど・・・。

 

 

胸が、痛い・・・。

仕事か苺、欲しいな・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

自分の寝室の窓辺に座り、いつものようにコーヒーを飲む。

いつものように・・・?

 

 

いや、違うな。

彼女がいない。

だけど、どうしてか会いに行く気分にはなれない。

今は、2人きりにならない方が良いと思う。

何故なら・・・。

 

 

「あの・・・フェイト様?」

「・・・・・・何だい、栞君」

「その~・・・あの、時間・・・過ぎてますけど・・・」

「そうだね、暦君」

「いや、そうだねって・・・」

 

 

栞君と暦君が、どこか気ぜわしげに僕を見ている。

けど、別に慌てることは無い。

特に約束をしているわけでも、行くとも来いとも言ったことは無いのだから。

 

 

「・・・今日は、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)達と過ごすそうだから」

「へ、へぇ~、そうなんですか!」

「そう」

「へ・・・へぇ~・・・」

 

 

それでも暦君は、どこかソワソワとしている。

栞君も、落ち着かないようだった。

まぁ、いつもと違うことをすれば、そうなるのも仕方ないのかな。

 

 

「・・・コーヒー、頼めるかな」

「は、はい、すぐに・・・」

 

 

空になったマグカップを渡すと、栞君がパタパタと新しいコーヒーを淹れに行く。

残された暦君は、どこか緊張しているようだった。

僕はそんな暦君から視線を外して、窓の外を見る。

 

 

・・・アリアの寝室には、まだ明かりが灯っている。

はたして、どんな話をしているのだろうか。

テロリストのことか、新メセンブリーナのことか、それとも別のことか・・・。

その場にはいない僕には、想像するしかできない。

 

 

「・・・環君は、まだ竜舎かい」

「は、はいっ、どうも調子の悪い騎竜がいるとか・・・」

「調君は・・・」

「ぶ、舞踏会場の後片付けのシフトが・・・」

 

 

・・・舞踏会か。

掌には、まだ彼女に触れた感触が残っている。

脳裏には、彼女の慎ましやかな笑顔・・・。

・・・僕は、そっと目を閉じる。

 

 

「・・・焔君は」

「何だ、宿舎に誰もいないと思・・・って、何でフェイト様がここに!?」

「あ、ちょ、焔!」

 

 

焔君が来たのか、暦君が慌てたような声を上げているのが聞こえる。

目を閉じている僕には、姿を見ることはできない。

 

 

「・・・コーヒー、入りましたわ」

「・・・ありがとう」

 

 

仄かなコーヒーの香りを感じながら、僕は思った。

今は、2人きりにならない方が良いと思う。

何故なら・・・。

 

 

何故なら、2人きりになってしまえば。

僕は。

 

 

「・・・欲しいな」

「え、コーヒーがですか?」

「いや・・・」

 

 

これまで大切にしてきた物に、どうしようもなく。

何かを、してしまいそうで。

・・・この感情は、初めての物だった。

 

 

 

 

 

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

エリジウム大陸グラニクス近郊・・・ケルベラス大樹林。

古代の遺跡の立ち並ぶその場所に、私達はいます。

特に隠そうとも思わない・・・じきに、諸外国は映像の大本がここから発信されていることに気付くでしょうから。

 

 

隠れてしまっては、意味がない。

諸外国に私達がどこを活動の拠点としているのか、知らせなくてはならないのですから。

誰が私達のパトロンなのか、わかりやすく教えて差し上げなくては。

 

 

「・・・始まったぞ、アイネ」

「それは違うでしょう、これからやっと、終わるのです・・・」

「揚げ足を取るな」

「うふふ・・・」

 

 

光の無い世界で隣からかけられる声に、私は答えます。

そう・・・ここから全てが終わるのです。

始まりなんて、いらない。

 

 

日に日に罅割れて行く身体、衰えて行く思考。

カプセルの恩恵を失った私達には、それほど時間は与えられていないのですから。

魔法的な処理を定期的に受けなければ、身体の形を保てない、脆弱な命。

 

 

「元々、鍵の機能を果たすためだけに造られた命・・・」

 

 

誰が造ってくださいと願ったと言うのですか。

誰が、生み出してほしいと祈ったと言うのですか。

いえ、それでも必要とされているのなら救いもあったかもしれません。

けれど魔法世界の危機が去り、私達が開くべき宮殿が失われ、魔法すら失われた世界・・・。

 

 

そこに私達の存在理由は、ありません。

不完全な能力しか持たない私達の存在意義は、ありません。

だから逃げた、処分される前に。

生きるために、せめて最後まで・・・全うしたかったから。

伝えたかったから。

 

 

「私達のオリジナルの血筋は・・・ウェスペルタティアの女王陛下は、どうでしたか?」

「傍にいた騎士に邪魔されて、どうにも」

「そうですか、ならば・・・やはり、直接、私の所に来て頂くしかありませんね・・・」

「ああ・・・オスティアに映像を流しに行った仲間も、結局は到達できなかった」

 

 

合同慰霊祭のタイミングで、隣の彼に女王に会いに行って貰いました。

そして今日、私の声明を流すための電子精霊発生装置を持った仲間を送り出したのですが・・・。

・・・到達できないなら、会いに来てもらうしかありませんね。

 

 

噂で聞いた、救世の女王・・・きっと、彼女なら。

彼女なら・・・世界のほとんどの人を、10の内の9を、救えるのでしょうね・・・。

 

 

「・・・誰も、殺していませんよね?」

「ああ・・・怪我人はいるが、誰も死んでいない」

「そう・・・なら、良いです・・・」

 

 

だから、最後に伝えたい。

世界に、彼女に。

・・・私達は、ここにいると。

切り捨てられた10の内の「Ⅰ」が、こうして生きているんだと。

 

 

「・・・しかし、どうやってエリジウム大陸にまで親征させる?」

「簡単です・・・彼女の逆鱗に、触れれば良い」

 

 

21人の仲間の内、11人が今日、死にました。

彼と私を除いて、あと8人。

その内の、6人にお願いして・・・。

 

 

「5年前の段階で、私達の脳に移植された情報によれば・・・彼女には大事な物がいくつもあるとか」

「それは?」

「それは・・・」

 

 

例えば、家族・・・親・・・友人・・・そして。

 

 

「・・・旧世界の・・・」

 

 

彼女の、生徒。

そうすれば、きっと・・・彼女は私達を殺しに来てくれる。

 

 

 

 

 

Side シオン

 

例のテロリストの声明が流れた翌朝も、私の生活は何一つ変わらない。

ヘレンと一緒に昼食のお弁当を作って、玄関前で抱擁を交わした後に、出勤。

 

 

国際情勢がどうなろうと、私の仕事は変わらない。

オスティア・ゲートポートの受付嬢の一人として、旧世界へ渡航する人間をチェックする。

一日に平均で、500人くらいかしらね・・・。

 

 

「よっす、一人頼むで!」

「あら・・・旧世界連合の」

「おう、久しぶりやな!」

 

 

旧世界連合認証のパスを提出してきた黒髪の少年は、私の顔を見ながら快活に笑った。

粗雑だけど不快では無い笑顔に、私も自然と笑みを浮かべる。

 

 

ピンピンと尖った黒髪に、黒を基調としたラフな格好をした彼の名前は、天ヶ崎小太郎。

ここ2年ほど、頻繁に旧世界と魔法世界を行き来している少年。

使っているパスも、そのためか少しヨレヨレ。

まぁ、どんな状態だろうと、私の端末で認証できれば問題は無いわ。

 

 

「・・・はい、問題ありません。今度の渡航期間は何日くらいの予定ですか?」

「せやなー、一週間くらいやな、またこっちに戻って来なあかんし」

「わかりました・・・では、この書類を無くさないでくださいね」

「あいよ」

 

 

本当なら、麻帆良側で旧世界連合の事務所に登録に行くよう勧めるのだけれど、その旧世界連合の認証が入っているパスを持っているのなら、必要無いわね。

 

 

「では、お気を付けて」

「おう、サンキュな姉ちゃん!」

 

 

・・・姉ちゃんと言われるほど、年齢は離れていないつもりなのだけど。

軽く眼鏡に触れた後、次の渡航者の応対に移る。

渡航者は、彼一人では無いのだから・・・私以外の受付嬢の所にも、列ができているのだから。

 

 

「次の方、どうぞ・・・何名で渡航予定ですか?」

「・・・4人で、お願いします」

 

 

・・・薄汚れたローブを着た渡航者が4人。

まぁ、別に珍しくも無いけど・・・一般用の渡航券を4枚受け取って、端末で確認する。

渡航先は麻帆良・・・期間は3日・・・発券番号・・・何、この番号。

こんな番号は・・・・・・偽造?

 

 

「・・・貴方」

「失礼」

 

 

フードに覆われた青い目と、視線が合う。

視線が合って、それで・・・。

 

 

 

・・・・・・あれ?

 

 

 

・・・私、何を言おうとしたのだったかしら・・・?

 

 

「・・・良いですか?」

「え、あ、はい、申し訳ありません。どうぞ、お気を付けて・・・」

 

 

持っていた渡航券を返して、私は首を傾げる。

おかしいわね、私ともあろう者が渡航券の処理くらいで手間取るなんて。

疲れてるのかしらね・・・?

 

 

私は、薄汚れたローブの4人組を何となく気にしつつも、次の渡航者のチェックに移った。

・・・今日も、密航者はいない。

 

 

良いことね。

 




エヴァンジェリン:
私だ、突然だが、どうすれば良いかわからん!
結婚の経験・・・無い。
そもそも、恋人ができた経験が、無い!
どうすれば、どうすればいいんだ・・・!
誰か、教えてくれ!
・・・と言うか、何故私はアリアと若造の仲を心配しているんだ!?
破局上等じゃないか!
いや、しかし・・・どうすれば!


ちなみに今回登場の「檻箱」はまーながるむ様提供だ、ありがとう。
まだ未完成と言う扱いだが、いつか完成すると思う。


エヴァンジェリン:
えー、と言うわけで。
第3部、旧世界編・・・行ってみよう。


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第3部第4話「旧世界騒乱・Ⅰ」

注意!
魔法世界と旧世界には、一ヵ月程度の時間のズレがあります!
第2部終了時点で一ヵ月~二カ月のズレがあり、その時点でオスティアのゲートを繋いだためです。
現在はそれを多少修復したと考えて・・・一ヵ月のズレがある物として設定されています。
なので、魔法世界が10月の場合、旧世界は9月です。
それをご了承頂いた上で、どうぞ!


Side 楓

 

・・・9月。

高校生や中学生は新学期が始まっている頃でござるが、大学生はまだ夏休みでござる。

つまり、拙者のことでござるな。

 

 

「今日も熱いよね~・・・」

「本当、熱いです~・・・」

「これこれ、せっかくのかき氷が溶けてしまうでござるよ」

 

 

拙者の目の前でかき氷を前にダレているのは、風香殿と史伽殿。

中学生時代からの付き合いでござるが、昔と変わらず、幼い身体付きの2人でござる。

とは言え、流石に中学生程度の体格には成長しているでござるが。

・・・む? 言ってることがおかしいでござるな。

 

 

どんな縁があったかはわからぬが、高校のクラスも同じ。

そして今は、同じ麻帆良大学文学部の生徒でござる。

ゼミも、同じ・・・凄まじい縁でござるな。

そのおかげと言うか何と言うか、さんぽ部は未だ健在でござる。

 

 

「今日のさんぽ部の活動は、このかき氷を食べること~・・・」

「お姉ちゃん、それは流石にダレすぎじゃあ・・・」

「なはは、まぁ、熱中症で倒れるよりは良いでござるよ」

 

 

と言うわけで今日のさんぽ部の活動は、このかき氷屋で終わったでござる。

特に課題も無いでござるし、後は修業でもして過ごすでござるかな。

 

 

「そいじゃね、楓姉~」

「次は3日後、映画館でね~・・・」

「あいあい、わかったでござるよ」

 

 

3日後に映画館に行く約束をして、2人と別れる。

・・・確実に夏バテのようでござるが、大丈夫でござるかな?

 

 

「・・・ふぅ、では、山に戻って修業でもするでござるかな」

 

 

そう呟いて、何とは無しに周囲を見渡す。

麻帆良学園の駅前、その交差点は、相変わらずの賑わいでござる。

・・・ふむ、ではまずは、この人ゴミの間隙を縫って駆けてみるで・・・。

 

 

「・・・長瀬さん・・・?」

「おろ?」

 

 

その時、不意に声をかけられたでござる。

誰かと思って振り向いてみれば、そこにはどこか見覚えのあるような女性が。

長い黒髪を腰のあたりで二つくくりにした、スレンダーな身体付きの女性。

 

 

お・・・ろ?

記憶にある姿より多少、大人っぽくなっているでござるが・・・。

 

 

「あー・・・綾瀬殿?」

「そうです・・・高校で別のクラスになって以来ですから・・・5年ぶりくらいですか?」

「それくらいはするでござるかなー、いや、懐かしい」

 

 

やはり、綾瀬殿でござったか。

中学校のクラスメートの大半とは、高校の時点でクラスがバラけてしまったでござるからな。

風香殿達のような一部を除いて、ほとんどは中学の卒業式以来、時間が経つにつれて連絡も取らなくなっていたでござる。

 

 

「先程まで、風香殿と史伽殿もいたでござるが・・・」

「えっと・・・鳴滝さん、ですか? 懐かしい名前です・・・」

 

 

綾瀬殿が、懐かしそうに目を細める。

むー、今から呼び戻すのもアレでござるし・・・。

その時、ふと綾瀬殿が持っている茶封筒が目に入ったでござる。

・・・英国留学?

 

 

「・・・綾瀬殿は、留学するのでござるか?」

「あ・・・はい、冬に行く予定で・・・」

 

 

ほう、冬に。

イギリスとは、何故か懐かしい響きでござるな。

綾瀬殿は、少し逡巡した後、不安げに拙者に聞いてきたでござる。

 

 

「あの・・・長瀬さんは、のどかがどうなったか、知りませんか?」

「・・・宮崎殿でござるか?」

 

 

はて・・・何の話でござろう。

 

 

 

 

 

Side 夕映

 

5年前の、中学の卒業式。

あの時から、ずっと気になっていたです。

 

 

高校生になって、大学生になって・・・。

それでも、のどかはイギリスから帰って来ない。

帰って来ないばかりか、異常なことにハルナですら気にもしていない。

気にしていたとしても、「あの子、元気かなー」と言うくらい。

 

 

「おかしいとは・・・思わないですか?」

「まぁ・・・そうでござるなぁ、言われてみれば」

 

 

駅から少し歩いた所にある、私の行きつけの喫茶店。

そこで、長瀬さんとお茶してるです。

ハルナ以外の元3-Aメンバーに出会うのは、本当に久しぶりです。

 

 

釘宮さんとか・・・麻帆良大学でバンドを組んだりして目立ってる人を見かけたりすることはあるですが、こうして面と向かって話すのは、久しぶりです。

 

 

「それで、綾瀬殿はそれを確かめに短期留学を?」

「はいです。のどかが通っているはずの向こうの学校に・・・」

「うーむ、なかなかの行動力でござるなぁ」

「そんな・・・本当はもっと早く、確かめに行こうと思ったです」

「いやいや、謙遜なさるな」

 

 

コーヒーを飲みながら、長瀬さんはそう言ってくれたです。

中学時代には、あまり話したことは無かったですが・・・。

 

 

「しかし、そうは言っても・・・拙者も宮崎殿のことは、よく知らないでござる」

「そう、ですか・・・」

「力になれず、申し訳ないでござる」

「いえ・・・話を聞いてくれただけでも、ありがたかったです」

 

 

実際、少し心が軽くなった気もするです。

あの頃のことを話せる人間は、本当に限られているですから・・・。

ハルナは、プロの漫画家としてようやく軌道に乗って来た所で、それどころでは無いですから。

何か、天才魔法少年が女子高に来る話とか何とか・・・。

 

 

「・・・ぬ?」

「どうかしたです?」

「いや・・・何でも無いでござるよ。気のせいでござった」

「・・・?」

 

 

何のことかはわからないですが・・・。

まぁ、良いです。

 

 

その後は、普通に世間話や近況報告などをしたです。

同じ麻帆良大学だったことには驚いたですが、学部が違うので、滅多に会わないのも仕方が無いです。

そして、日も暮れ始めた夕方、喫茶店を出て・・・。

 

 

「綾瀬殿は、駅でござるか?」

「いえ、大学の寮です」

「送って行くでござるよ」

「いえ、そんな・・・悪いです」

「何の、最近は何かと物騒でござるからな・・・婦女子の一人歩きは危ないでござるよ」

 

 

・・・気のせいで無ければ、長瀬さんも婦女子だと思うですが。

まぁ、中学生の時から四天王とか言われていた気もするですね。

 

 

まぁ、せっかくですし、送られることになったです。

でも、その後・・・5分もしない内に。

 

 

「・・・尾けられているでござる・・・」

「・・・え・・・?」

 

 

長瀬さんに、そう言われたです。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

「あー、今日も夕日が綺麗だねっとー」

 

 

礼拝堂の雨漏りを直すと言う名目の下、私は礼拝堂の屋根の上にいる。

ここは結構高台にあるから、一番高い尖塔の傍とかに立ってると、麻帆良の街並みが良く見えたりする。

あー、今日も良い夕日だー、きっと明日も晴れだねこりゃ。

 

 

「ミソラ・・・またシスターに怒られルゾ」

「いーの、いーの・・・ココネも学校終わったし、大学も陸上部も休みだし、真面目に仕事なんてやってられないよーっと」

 

 

屋根の修理そっちのけで、ココネと一緒にスポーツ飲料を飲みながら、麻帆良の夕日を眺める。

平和だねぇ・・・本当に平和だよ。

この5年、本当に平和そのもの。

普通に高校を卒業して、普通に大学に進学した。

 

 

シスターとしての仕事については、シスターシャークティーは厳しいまんま。

でも魔法生徒としての私に対しては、前みたいに無理に指導しようとはしないんだよね。

5年前のなんやかんやで、思う所があったのかもね。

 

 

「美空! 雨漏りの修理は終わったのですか!? まさかまたサボっているのではないでしょうね!」

「うわったった・・・った!?」

「ホラ・・・」

 

 

下の方から、シスターの怒鳴る声が聞こえた。

隣のココネが、呆れたように私を見ている・・・たはは・・・。

 

 

5年前、あんなに小さかったココネは、ぐんと背が伸びた。

5年前の私より、少し高いと思う。

もう、スラッ・・・とシスター服から美脚なんて晒しちゃって、胸も若干、私より・・・。

 

 

「美空!!」

「はいっ、はいはーいっ、わかってますよ!」

 

 

はぁ・・・しゃーない、働きますかー。

と、思った矢先・・・ココネが私の服の裾を引っ張った。

 

 

「なーに、ココネ。私は労働に従事しないといけなくなったんだけど・・・」

「アレ・・・」

「へ・・・?」

 

 

ココネが指で示した先には・・・どこ?

 

 

「あそこ・・・」

「えー・・・目に魔力を集中・・・っと」

 

 

視力を強化して、指差された方を見る。

すると、そこには・・・。

 

 

麻帆良の街の屋根の上を飛び回る、誰かの姿だった。

 

 

・・・誰かって言うか、アレって、確か。

・・・元3-A組は要注意リストに入ってるから、まだ顔と名前を一致できないって言うのは、無い。

だから・・・。

 

 

「何やってんのさ・・・長瀬さん」

 

 

呆然と、私は呟いた。

あれ・・・と言うか。

こっちに近付いて来てない!?

 

 

 

 

 

Side 楓

 

綾瀬殿を抱えて、駆ける。

最初は手を引いて走っていたのでござるが、状況が変わりそうに無かったのと、何より綾瀬殿の体力が続かないので、両手で抱き抱えるように駆けるようになったでござる。

 

 

衆目の目を集めてしまうでござるが、仕方がないでござる。

これでも、拙者達を追いかけてくる者の存在は遠ざかりもせず、近付きもしてこないのでござるから。

つまり、振り切れないでござるよ。

拙者の脚についてくるとは・・・ただ者では無いでござるな。

 

 

「な、長瀬さっ、屋根、屋根の上です!?」

「口を閉じているでござる、舌を噛むでござるよ!」

 

 

狙いはどちらでござろうか・・・拙者が狙いの場合は、綾瀬殿をどこかに置いて行くと言う手段もとれるでござるが、綾瀬殿が狙いだった場合、どうにもならないでござる。

流石に、かつての級友を置き去りにはできないでござるし。

 

 

人ゴミに紛れて逃げるのが不可能と悟り、屋根の上を跳ぶ。

いくつかの建物を飛び越えた後・・・『縮地无彊』!

超長距離瞬動術・・・この5年で完璧に物にしたでござる、蹴った建物の壁に罅一つ入れることなく。

 

 

「ひゃあっ!?」

 

 

再び空中で体勢を変え、今度は下へ。

綾瀬殿の悲鳴を耳にしつつ、狭い路地裏へ着地、気配を消して隠れるでござる。

麻帆良の小さな銀行の裏でござるな。

 

 

・・・撒いたか・・・?

今のレベルの移動を見切られてしまうとなると、今の拙者では、綾瀬殿を守りながらは少々・・・。

 

 

「な、長瀬さん・・・貴方は、と言うか、尾行って・・・ストーカーです?」

「しっ、静かに・・・説明は後でござる」

「後でも何も・・・もがっ」

 

 

説明したいのは山々でござるが、拙者としてもイマイチ状況を掴めていないでござる。

綾瀬殿の口を軽く押さえつつ、周囲を探る・・・。

 

 

ドーン、ドドドドド・・・♪

 

 

・・・その時、拙者の携帯電話がゴッドファ○ザーのテーマを流し始めたでござる。

ま、マナーモードにしていたはずでござるが、いや今は不味い!

 

 

そう思い、携帯電話を取り出して画面を見ると・・・「非通知」。

・・・この展開では、割とホラーな感じでござるな。

しかし、無関係とも思えんでござるが。

 

 

「で、電話です?」

「・・・の、ようでござるが」

 

 

口が自由になった綾瀬殿の言葉に、曖昧に頷くでござる。

・・・いずれにせよ、このまま鳴らし続けるわけにもいかぬ。

そう思い、とりあえず出てみることに。

 

 

「・・・もしも『長瀬か?』・・・誰でござる?」

 

 

相手は、奇妙な声でござった。

おそらくは、変声機か何かを使っているでござるな・・・そんな声。

 

 

『私が誰かはどうでも良い・・・まぁ、そっちの状況は掴んでるつもりだ』

「ぬ・・・?」

『単刀直入に言うぜ、安全な場所に誘導してやる。私の指示通りに動いてくれ』

「・・・・・・信じられぬでござるな」

『まー、そうだろうな。けどよ・・・』

 

 

その時、路地裏の大通りへ抜ける側の道に、男が現れたでござる。

麻帆良でも学園祭でしか見ないような、薄汚れたローブを着た男。

浅葱色の髪に、同じ色の瞳。

スラリとした体躯に、造り物のような顔にたたえている、薄い笑み。

その男は、手に持っている数枚の紙と、拙者達を見比べると。

 

 

「・・・カエデ・ナガセと・・・ユエ・アヤセ・・・で、合ってるかな?」

「・・・だ、誰です・・・?」

「女王の、生徒・・・悪いけど、襲わせてもらうよ」

「な・・・!?」

 

 

あまりと言えばあまりの言葉に、綾瀬殿が絶句する。

それに、この男・・・。

 

 

『けどよ・・・選択肢は、ねーんじゃねーか?』

 

 

この男・・・できる!

事情は飲み込めぬが、確実に常人では無い。

拙者の実力では、綾瀬殿を守りながらは、逃げ切れぬ・・・!

 

 

『だから、私が逃がしてやるよ・・・長瀬。クラスメートのよしみでな』

 

 

・・・クラスメート?

 

 

 

 

 

Side 夕映

 

浅葱色の髪の男性が、ゆっくりと両手を広げて近付いて来るです。

襲う・・・とは、つまり、そう言うことでしょうか・・・完璧にストーカーです。

 

 

「・・・綾瀬殿!」

 

 

長瀬さんに急に呼ばれて、携帯電話を押し付けられるです。

な、何です・・!?

耳に押し付けられたそれを、片手で持つと・・・。

 

 

『綾瀬か?』

「だ、誰です?」

『もうすぐそこの銀行から人がわんさか出てくる・・・それに乗じて、逃げな』

「は!?」

 

 

い、意味がわからないです。

そう言おうとした、次の瞬間。

 

 

浅葱色の髪の男性と私達との間にある扉から、銀行員らしき人達がゾロゾロ・・・嘘!?

全員が、何故かぐっしょりと濡れていて・・・。

私達と浅葱色の髪の男性の間に、人の壁ができます。

 

 

「ちょ・・・どう言うことだよ!」

「知らないわよ、スプリンクラーが急に・・・」

 

 

な、え・・・スプリンクラー?

何の話・・・と混乱する中、長瀬さんが再び私を抱え上げ、壁を蹴って再び屋根の上へ。

と言うか、この状況はいったい・・・!?

長瀬さんは中学の頃から常人離れした身体能力を発揮していたですが、ここまでとは。

これでは、まるで・・・。

 

 

「な、長瀬さん、貴方は・・・『詮索は後だぜ、綾瀬』・・・またですか!」

 

 

携帯電話から響く声に、そう叫びます。

せめて、状況を説明してほしい物です!

 

 

『そのまま500m直進した後、交差点の真ん中に降りろ』

「はぁ!? 交差点の真ん中って・・・車が!」

『大丈夫だ、車は通らない』

「そこの交差点でござるか!?」

「ちょ、長瀬さん、待って――――――」

 

 

ハンズフリー、音量最大。

私は何も操作をしていないのに、携帯電話が勝手に・・・いえ、それだけでなく。

街の各所の電光掲示板に、「500メートル先の交差点へ」と・・・これは、いったい?

 

 

そうこうしている内に、交差点の真ん中に降り立ちます。

車は・・・走っていません。

全部の信号が、赤に・・・こんなの、あり得ないです!

 

 

『あり得ないなんて・・・あり得ないってね。次、さらに直進300、右折200、直進150』

 

 

矢継ぎ早に出される指示に、長瀬さんは忠実に従うです。

私は、振り回されるばかりで・・・後ろを見れば、先程の浅葱色の髪の男性が、交差点の真ん中に立っていました。

ただし、今度は車がブンブン走っていて・・・立ち往生しているです。

 

 

『あいつはたぶん、一般人には被害を出さない』

「一般人て・・・じゃあ、あの人は何なんです!?」

『説明は後って言ったろ?』

「今・・・!」

 

 

その後も、凄まじい指示が繰り返されました。

電車が通る直前の踏切を通過させられたり(4秒後に電車が通りました)、バスの上に乗れと言われたり(発車時刻ピッタリでした)・・・どこのアクションスターですか。

無茶苦茶です・・・。

 

 

でも、私。

 

 

こう言う無茶苦茶を、どこかで見たことがあったような気がするです。

いえ、この肌で・・・感じたことがあるような。

既視感・・・いえ、違うです。

コレは、現実。

 

 

「綾瀬殿、大丈夫でござるか?」

「いえ、少し・・・頭が・・・」

『頭、ね・・・』

 

 

現実・・・そう、現実。

何が?

私は・・・あの時。

あの時、確かにその答えを、持っていたはず・・・。

 

 

そう、あの時・・・誰がいたです?

私の、私「達」の前に、「それ」を持って現れたのは・・・誰。

 

 

『長瀬!』

「ぬ!」

 

 

浮遊感。

私の身体が、空中に浮いて・・・。

 

 

「追いかけっこは・・・終わりかい?」

「楓忍法―――――――」

 

 

ゆっくりと移動する視界の中で、浅葱色の髪の男性と長瀬さんが衝突していたです。

目にも止まらぬ攻防。

常人のそれでは、あり得ない動き。

どこかで・・・見たことがあるような。

 

 

浅葱色の髪の男性の手が、電気でも纏っているかのように輝いています。

拳が見えないくらいの速度の打撃が、長瀬さんを襲います。

まるで・・・。

 

 

「・・・あ・・・」

 

 

まるで・・・・・・「魔法」のような。

次の瞬間、私の中で何かが。

 

 

「悪いね、綾瀬さん・・・『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』」

 

 

何かが繋がりかけて・・・消えたです。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

うっわー、何あの男、長瀬さんフルボッコじゃん。

まぁ、その長瀬さんは今は、最近小皺が増えたシスターシャークティーが・・・。

 

 

「美空?」

「ういっス! 仕事モード!」

 

 

シスターシャークティーが十字架の雷撃陣で長瀬さん達を襲ってた浅葱色の髪の男を足止めている間に、魔法で眠らせた綾瀬さんを背中に背負い直す。

そしてそんな私の両足には、ココネとの本契約アーティファクト・・・『快足の女神(アタランテー)』が装着されている。

 

 

見た目は前とほぼ変わらないけど、速力は段違い。

あくまでも足が速くなるだけのアーティファクトに、何かの意地を感じるね。

パシッ・・・と左手で長瀬さんを抱えてるシスターシャークティーの腕を掴んで。

 

 

「誰も、私の逃げ足にはついてこれないぜ―――――――っ!!」

「自慢するんじゃありません!」

 

 

魔法世界ではアーティファクトが使用不能になってるって聞くけど、旧世界では使える。

精霊とか何とか、まぁ、詳しい事情は知らないけどね。

シスターシャークティーの説明、長いし。

 

 

とにかく、私は綾瀬さんを背負って猛然とダッシュする。

女子普通科の礼拝堂を通り過ぎ、普通科のグラウンドを目指す。

そこには・・・。

 

 

「・・・よっと!」

 

 

ザシィッ・・・と、グラウンドの端で立ち止まる。

2分ほどして、浅葱色の髪の男がやってきた。

・・・私の逃げ足についてくるとは、やるね。

 

 

「・・・鬼ごっこは、終わりかい?」

 

 

・・・変な奴。

わざわざグラウンドの真ん中に立って両手を広げて・・・それ以上は近付いて来ない。

久々の侵入者だから、どんだけ凶悪な奴かと思ったけど。

嫌に、穏やかだ。

 

 

「・・・投降なさい、貴方はすでに包囲されています」

 

 

そう言って、シスターシャークティーが片手を上げると、グラウンドをロボット軍団が取り囲んだ。

・・・いや、別にSFとかじゃなくて、マジでロボット。

 

 

「田中ブラザーズ」と、「茶々丸シスターズ」・・・知ってる? コレって正式名称なんだよ?

様々な種類の重火器を積んだ新世代型のロボット軍団。

魔法世界側との技術交流でますます進歩したとかどうとか。

そして一際目立っているのが・・・新型、「ガンガル君シリーズ」。

 

 

田中さんや茶々丸さんと違って、ガニ股のズングリムックリしたロボット。

ある意味、一番ロボット兵器っぽい。

 

 

そしてそれを見ても・・・浅葱色の髪の男は態度を変えない。

穏やかに笑って・・・それだけ。

 

 

「・・・そうですか」

 

 

それを拒否ととったシスターシャークティーが、腕を振り下ろした。

次の瞬間、物凄い雷撃がグラウンドを覆った。

 

 

 

 

 

Side ハカセ

 

戦術広域魔法陣・・・またの名を、対軍用魔法地雷。

魔法世界には、そう言う装備が存在します。

それをこちらの技術で捕縛用の小規模地雷として再現したのが、アレです。

 

 

この5年、魔法世界との技術交流は私の管轄する仕事です。

専門の研究機関と人員、予算・・・これ以上の環境は無いでしょう。

個人的には、民間向けの技術開発の方が好みですけど。

まぁ、そこは宮仕えですから・・・仕方がないのかもしれませんが。

5年前からの契約ですからね。

 

 

「・・・凄いナ」

「規模は半径10m・・・グラウンドの真ん中に誘導するのが条件でしたが」

 

 

まさか、自ら範囲内に入って来るとは思いませんでした。

まぁ、気付かれないようにカムフラージュはかけていましたが。

 

 

「シスターとミソラは・・・?」

「大丈夫ですよ、ココネさん。グラウンドの端までは雷撃は及びませんから」

 

 

幾度もの実験を重ねて、安全に対象を無効化できるよう、改良したのですから。

そして実際、その一隅にいる私達にも被害はありません。

映像で見ても良いのですが、こう言うのは直に見ることに意味があります。

 

 

カタカタカタ・・・と、手元の端末を操作しつつ、数値と目の前の事象を比較します。

ふむ、やはり人体に影響を及ぼさずに意識だけ奪い取れる効果が・・・。

 

 

「・・・終わりダナ」

「む、そうですね・・・雷撃が止みますね」

 

 

とは言え、これだけの物を用意するには、少し時間が必要でした。

30分とは言いませんが、10分弱はかかります。

シスターシャークティーや春日さんには、その時間を稼いでいただいたことになりますね。

それでも間に合うか微妙でしたが・・・。

 

 

少し前に、私の端末にタレコミがあったのです。

一般人が魔法世界からの刺客に襲われている・・・と。

私の端末の他、瀬流彦学園長や日本統一連盟の長、近衛詠春様の下にも同様の連絡がありました。

 

 

ただ、誰のタレコミかはわかりません。

ネット上で追跡をかけても、ことごとく不発で・・・。

アレはいったい・・・誰なのでしょうか。

 

 

「・・・え?」

 

 

雷撃が止み・・・そこには。

誰も、いませんでした。

ただ、白い砂の山が残るばかりで・・・。

 

 

・・・へ?

に、逃げられた・・・の?

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

・・・砂になって消える、ね。

それはまた、「非現実的」な話だな。

 

 

『シスターシャークティー率いるロボ軍団が、撤退します』

「ああ・・・記録上は逃亡したことになるのかね、襲撃者」

『おそらくは・・・』

 

 

ルカの報告に、私は頷く。

まぁ、長瀬と綾瀬の記憶はまた封印処理だろうが、そこはしゃーねーな。

助かっただけ、マシだろ。

 

 

「はぁ・・・」

 

 

ギシ・・・と椅子に深く座り直す。

薄暗い部屋の中で、無数の画面が私を取り囲んでいる。

そこには・・・世界の全ての情報が常に流れている。

この世界だけじゃなく、向こう側の世界のことまで。

 

 

『いやー、しかしアレですねー』

 

 

画面の一つに、緑色のツインテールの少女の笑顔が映る。

 

 

『まいますたーも頑張りますねー、昔の友達のピンチに現場介入なんて』

「はん・・・別に。友達でもねーよ・・・ただ、懐かしかっただけだ」

 

 

そう、私はただ、懐かしい顔を見たから、ちょっとお節介焼いただけだ。

ストーカーに追われる元クラスメートを、助けただけさ。

 

 

『まいますたーも、しぶといですねー』

「・・・私は一般人だよ、死んでもそこは譲らねーよ」

 

 

こいつら「ぼかろ」との付き合いも、もう5年だ。

こいつらが私にひた隠していた世界の「真実」とやらにぶつかったのは、2年前の話だ。

と言うのも・・・向こう側のネットワークを利用しないと私の居場所がバレそうだった事態に陥ったことがあってな。

 

 

<フォ○クス>の野郎、マジでしつけぇ・・・いや、それは別の話だ。

とにかく・・・私はその時初めて、真実を知った。

・・・いや、ちゃんと見なくちゃいけなくなった・・・かな。

だからこそ。

 

 

「私は、魔法だのどーだのに、これ以上関わる気はねーよ」

『それはまた、都合のいい話ですねー』

「るっせ、それより、もう片方の方はどうなったんだよ」

『そっちは・・・ほとんど同時に終わってますよー』

「そーかい・・・そりゃ良かった」

 

 

戦争の肩棒担ぐなんて、二度と御免だ。

そこまで・・・関わる気は無い、冗談じゃねー。

 

 

だけど・・・私のいる街で妙な騒ぎを起こす奴には、容赦しねぇ。

私の愛すべき日常を壊しに来る奴は・・・誰であろうと。

削除(デリート)するぜ。

 

 

『ひゃ~っ、まいますたー、カッコ良い~っ!』

「思考を勝手に読んでんじゃねーよ!」

『マスター、我らが領域に新たな攻撃が』

「またか・・・今度はどこのどいつだ?」

 

 

これが、今の私の日常。

・・・麻帆良に君臨する―――――電子の女王。

またの名を、ネットアイドル、「ちう」。

 

 

私のホームページ、見てくれよな。

 




千雨:
『はぁーい! 麻帆良の陰の女王、電脳世界の支配者、2つの世界を股にかける全世界の真の帝王、「ちう」だよ! 皆、見ってる~「死ねぇ!!」(ブツンッ)』

・・・はぁ、はぁ・・・ったく、あのボケミクが・・・・・・あ?
後書き担当、私? マジかよ・・・しゃーねーな。
あー、長谷川千雨だ。
「ぼかろ」の一体にデイトレードさせたら預金にゼロがたくさんついた、どうしよう・・・メガバンク以外の金融機関から投資話がドカドカ来てうぜぇ・・・。
・・・そんなわけで、麻帆良で未だにダラダラしてる私だ。
今回は、向こう側からの厄介話だったみてーだな、まぁ、細かいことはどうでも良いが。
なんか、後何件か同じようなのがあるみてーだが・・・そっちもカバーしとくか。


千雨:
次回は・・・えーと、元3-Aメンバーが出てくる。
・・・いや、まぁ、そりゃそうなんだけどよ。
じゃ、またな・・・もう私は出ねーと思うけど。


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第3部第5話「旧世界騒乱・Ⅱ」

Side 千鶴

 

麻帆良大学生協が運営しているカフェテラスで、幼稚園教諭の資格試験の勉強をする。

夏休みの間は、これが私の日課になっているの。

もう保育士・・・保母になるための必要単位は取得しているのだけど、麻帆良大学は併設して幼稚園教諭の資格も取れるから・・・。

 

 

「お待たせ、ちづ姉!」

 

 

・・・その時、カフェ店員の制服を脱いで私服姿になった夏美ちゃんが、私の所までやってきた。

夏美ちゃんは、ここのカフェでアルバイトをしているの。

セミロングの赤毛に、うっすらと頬に残ったそばかすがチャーミングな女の子よ。

中学生以来の付き合いで、今でも仲の良い友人として一緒にいることが多いわね。

 

 

学部は違うけれど、同じ大学寮に住んでいる仲でもあるし。

それに今日は少し特別な日だから、こうして待ち合わせをしてるの。

 

 

「時間、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫よ、まだ十分に時間はあるわ」

 

 

腕時計を確認しつつ不安そうにする夏美ちゃんに、私は微笑みながら答える。

ソワソワしながら時間を気にするその姿は、何と言うか・・・。

 

 

「・・・デートを楽しみにしてる乙女みたいねぇ」

「デッ・・・!? いや、違うよ!? ただ夕飯を一緒にどうかって話を先月手紙でしただけで!?」

 

 

大学生になるまで文通でお付き合いって言うのも、逆に凄いと思うけど。

まぁ・・・夏美ちゃんはムキになって「付き合ってません! 近況報告です!」って言うのでしょうけど。

傍から見てると、「ご馳走様」でしか無いのよねぇ。

 

 

「それにっ、ホラ・・・ちづ姉だって一緒じゃん!?」

「うふふ・・・大丈夫よ。良い感じの所で消えるから・・・」

「消えてどうするの!?」

「それはもちろん・・・」

「ごめん、言わないで!」

 

 

あらあら、すでにムキになっちゃってるわね。

こう言う所は、中学生の頃から変わらないわねぇ。

 

 

「でも、本当に私も一緒で良いのかしら?」

「も、もちろんだよ・・・何言ってんのさ・・・」

 

 

かすかに顔を赤くして、夏美ちゃんは俯きながら歩く。

うふふ・・・。

私はそんな夏美ちゃんの前に回ると、ムニッと頬を指で摘んだ。

 

 

「な、なんふんはよ~」

「ほらほら、そんな顔で迎えに行ったら、小太郎君もガッカリしちゃうわよ? せっかくの1年ぶりの再会なのに」

「む・・・」

 

 

頬から手を離して、パパパッ、と夏美ちゃんの衣服の乱れを直す。

うん、この間買ったブラウスもスカートも、良く似合ってるわ。

これなら、小太郎君もイチコロね♪

 

 

「・・・何か、変なこと考えて無い?」

「まさか・・・私が今まで、夏美ちゃんを困らせたことがある?」

「・・・・・・・・・」

 

 

ど、どうして沈黙するのかしら・・・。

 

 

「・・・ああ、そうだわ夏美ちゃん。私は自分の部屋でお料理の準備をしているから、小太郎君を迎えに行く前にお味噌と葱を買って来て貰っても良いかしら?」

「お味噌は良いけど・・・また葱?」

 

 

そう、葱よ。

何か、文句があるのかしら?

 

 

 

 

 

Side 夏美

 

いえ、葱には文句は無いです。

葱を使うちづ姉にも・・・何も文句は無いです。

 

 

「まったくもー、ちづ姉は・・・」

 

 

最寄りのスーパーで白味噌と葱(刻み葱)を買った後、私は小太郎君との待ち合わせ場所に向かった。

麻帆良学園都市中央駅前の、交差点。

まぁ、交差点って程でも無いけど・・・とにかく、小太郎君を待つ。

うーん、時間的にそろそろ来ても良い頃だと思うんだけど。

 

 

・・・いや、別に楽しみにしてるとかじゃなくて、心配・・・そう、心配してるんだよ。

何せ、小太郎君は年下だし?

年上のお姉さんとしては、そう言う所で気を遣うわけだよ。

 

 

「・・・いやいや、何を考えてるのさ、私・・・」

 

 

今から来るのは小太郎君であって、そう、ただの小太郎君だよ。

私の記憶の中の小太郎君はアレだよ? 1年前に会った時のままだよ。

まだまだガキンチョで、乙女心の一つも理解できない・・・いやいやいや。

 

 

・・・まぁ、小太郎君は携帯電話を持ってないからね、今ドキ珍しいことに。

おかげで、未だに文通だし・・・いや、別に不満なわけじゃ無いんだけどさ。

もう少し、こう・・・。

 

 

「おい、行ってみようぜ!」

「何か、銀行のスプリンクラーが壊れたって・・・」

 

 

・・・?

何か、騒がしくなってるみたいだけど・・・。

 

 

「カーノジョッ」

「・・・」

「かーのじょってば」

「・・・え、私?」

 

 

その時、不意に男の人に声をかけられた。

正直、ぼうっと小太郎君を待ってたから―――――驚いた。

何か、こう・・・金髪のチャラチャラしてる人なんだけど。

 

 

「もしかして暇? 何なら俺とお茶しない?」

「へ・・・?」

 

 

・・・もしかして、ナンパ?

ど、どうしてこのタイミングで、私みたいな凡人を!?

 

 

「い、いえいえ、私、ちょっと人と待ち合わせしてて・・・」

「え、マジ? でもホラ、まだ来てないみたいだし、ちょっとだけ、ね?」

 

 

こ、こう言う時に限ってしつこいしさあぁ~~~~~!

ど、どうしよう、どう断れば良いかな・・・。

 

 

「ホラ、行こうぜ!」

「え、ちょ・・・!」

 

 

その人の手が、私に伸びてきて、私は反射的に下がろうとする。

その時・・・男の人の手を・・・誰かが掴んだ。

 

 

既視感。

 

 

いつだったか、同じような状況で助けてくれたことがあった。

同じ人に。

 

 

「ちょい待ちや、兄ちゃん」

 

 

1年前に比べて、ずっと伸びた身長・・・もう、私よりも高い。

タレ気味だった目は、大人っぽくキリッとしてて。

すっかり・・・大人の男の人で。

 

 

「俺のツレに何、手ぇ出しとんねん」

 

 

それでも、快活な笑顔はそのまま。

そんな小太郎君が・・・そこにいた。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「いやー、相変わらず夏美ねーちゃんは、絡まれるのが好きなんやなぇ」

「べ、別に好きで絡まれてるわけじゃないよ!」

 

 

ナンパ野郎を適当にボコした後(いや、追い払っただけやで?)、俺は夏美ねーちゃんの荷物を持って、夏美ねーちゃんの部屋に向かっとった。

俺の隣には、夏美ねーちゃんがおる。

 

 

しっかし、夏美ねーちゃん、歩くの遅いわ~。

合わせるのが案外、難しいわ。

せやかて、男が先々女を置いて歩いたらあかんしな。

ま、ゆっくり行こか・・・。

 

 

「そいで? 夏美ねーちゃんはこの1年、何をしとったんや?」

「わ、私? 私は・・・まぁ、大学でも演劇部で頑張ってるよ」

「さよかー、へへ、やっぱ脇役か?」

「う、うるさいな! 良いんだよ私は、脇役で! そう言う小太郎君は、何をしてたの?」

「俺か? 俺はな、あ~」

 

 

あーっと、夏美ねーちゃんは一般人やからな。

向こう側の話はしたらあかんから・・・話せる範囲で、えー・・・そうや!

 

 

「半年前に、中国の廬山に行ってきたんやけどな、そこで古菲のねーちゃんに会うたんや!」

「へ? 古菲って・・・くーちゃん?」

「せや、何でも、地元の道場継いで、副業でガイドやってるらしくてな? 会うたんはホンマ偶然やったんやけど、案内してくれてなぁ、滝が凄かったで」

「ふ、ふーん・・・」

 

 

・・・む、むむ?

な、何や、夏美ねーちゃんの機嫌が急に・・・。

 

 

「・・・くーちゃんに会いに、わざわざ中国まで行ったんだ」

「え・・・いや! 偶然やて言うたやん! ちょっと修業の一環としてやな!?」

「ふーん・・・」

 

 

あ、あかん、ミスった。

話題の選択をミスった・・・!

ど、どないしよーかぁちゃん、俺、ミスってもーた・・・!

 

 

『落ち着くんや小太郎、まだ挽回のチャンスはあるえ!』

 

 

せ、せやな、まだ始まったばかりや。

・・・何が始まるんかは、まったくわからんけどな。

 

 

「あ、あれ・・・?」

「・・・お? 夏美ねーちゃん、どうかしたんか?」

「い、いや・・・何か、急に・・・」

 

 

夏美ねーちゃんが、こめかみを押さえて急にフラフラしだした。

な、何や、熱中症か何かか?

まぁ、駅からかなり歩いたからな、女には辛かったかもしれん、俺のミスやな。

あー、とにかく、どっかで休ませた方がええかな・・・。

 

 

「あー・・・あ、あそこに公園があるわ。そこのベンチに座るか?」

「う、うん・・・ごめんね」

「いや、ええって」

 

 

人気の無い公園に入って、夏美ねーちゃんをベンチに座らせる。

んー、何や顔色悪いな、やっぱ。

 

 

「ちょい待っとり、冷たいモンでも買うて・・・」

 

 

最後まで言い切る前に、喋るのを止める。

何や・・・ピリピリするわ。

今は隠しとるけど、耳があったら確実に反応しとるわ。

 

 

 

「彼女、気分でも悪いんですか?」

 

 

 

振り向いた先に、金髪に青い目の「男」。

短いザンバラの髪に、何や光の無い、気持ちの悪い目をした「にーちゃん」や。

年は多分、俺と同じくらいやろ。

 

 

「・・・何や、『にーちゃん』」

 

 

軽く気を当ててみても、小揺るぎもせん。

・・・この「にーちゃん」、強いな。

 

 

「ナツミ・ムラカミさん・・・襲わせて頂きます」

 

 

しかも、敵決定やな。

俺がおる前で・・・夏美ねーちゃんに手が出せると、思うとるんか?

 

 

アア?

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「ああ、はい・・・わかりました。では、そちらで対応してください、シャークティー先生」

 

 

関東魔法協会と関西呪術協会が統合されて以来、麻帆良への侵入者なんて滅多にいない。

旧世界連合の中心都市になってからは、むしろ海外の魔法関係組織のスパイの方が多くなったけど。

そう言うのは、表向きは普通の人間として麻帆良に入って来るから、以前のような夜の警備で必ず戦闘が起こる、みたいなことは減った。

 

 

だから今回みたいなタレコミは、本当に意外だった。

まぁ、情報提供者のことは全くわからないんだけどね。

 

 

「そうは言っても、無視はできないってね・・・」

 

 

今日に限って、詠春さんは京都の方に出張なんだもんなぁ。

四国の方で何か問題があったとか・・・四国妖怪がどうのって言ってたかな?

まぁ・・・とにかく詠春さんがいない場合は、僕らで何とかしないといけないわけで。

と言うか、いつの間にか僕が№2になってるわけで・・・。

 

 

麻帆良内で確認された侵入者は、今の所3人。

内1人は、すでにシャークティー先生の方で対応を始めてくれてる。

何でも、一般人・・・元3-Aメンバーらしい。

 

 

「3-Aメンバーは、いろんな所で活躍してる分、目立つしね・・・」

 

 

プロの漫画家になったり、麻帆良大学有数のバンドを組んだり・・・。

まぁ、僕達としても最も魔法に近付いた一般人のクラスとして、注意はしてるんだけどね。

 

 

「・・・と言うわけで、ガンドルフィーニ先生、刀子先生、お願いします」

「うむ」

「旧関西呪術協会のメンバーとの連携は、どうにか」

 

 

旧関西の人達とも、5年間一緒に仕事をしたおかげである程度は打ち解けてると思う。

結界とかは向こうの方が上手だしね。

 

 

「世界樹広場近くの公園の一つで、旧関西の構成員が敵と遭遇したとの信号がありました」

 

 

発信者の名前を見た時は、正直驚いたけど。

ネットの方のタレコミの情報の正しさが証明されたと言う意味もあるわけだけど。

まぁ・・・そんなわけで。

 

 

「久々の現場勤務かぁ、ドキドキしますよ」

「瀬流彦先生は、書類と無二の親友ですからな」

「やめてくださいよ、本当に・・・」

 

 

学園長職に就いて、5年。

未だに、仕事が好きと言う気持ちが理解できない。

いや、僕だって今の仕事が嫌いなわけじゃないよ?

 

 

でも・・・ねぇ?

 

 

 

 

 

Side 夏美

 

何だろう・・・凄く、頭が痛い。

さっきまで、全然、何ともなかったのに・・・貧血かな・・・。

何と言うか、酷い目眩がする・・・。

 

 

「だぁらっしゃあっ!」

「おっと危ない」

 

 

私の目の前で、小太郎君がまた喧嘩してる。

初めて会った時から・・・ずっとそうだったように。

いつも、喧嘩ばっかり。

 

 

さっきだって、ナンパ男相手に喧嘩してた。

・・・まぁ、喧嘩って言えるかは微妙だけど。

 

 

「・・・このっ、てめぇっ、ヤル気あんのかっ!?」

「もちろん、ありますよ」

 

 

でも今は、女の子相手に喧嘩してる。

それは、ダメだよ。

 

 

・・・良くわかんないけど、ダメだと思う。

小太郎君が殴りかかっても、ヒラリヒラリと避けられるばかりで、喧嘩になってるかはわかんないけど。

でも女の子相手に乱暴なことしちゃ、ダメだよ。

いつもは、言わなくてもちゃんと、女の子に乱暴なことはしないのに。

 

 

「おいコラ、てめぇ! それでも男か!?」

「見た目通りですよ」

「舐めやがって・・・!」

 

 

男の子・・・何、言ってるの、小太郎君。

その子、どう見ても女の子じゃんか。

金色の髪に、青い目の・・・外国人の、女の子。

 

 

「チョロチョロ逃げやがって・・・男やったら、正面からヤらんかい!」

「いえ、私は戦闘能力とか持ってないんで」

 

 

やっぱり、男の子だと思ってる!

どう言うこと・・・?

 

 

「ほいっと」

 

 

ブンッ・・・と、物凄い勢いで小太郎君が殴りかかるのと同時に、女の子がジャンプした。

足の裏を後ろにあった木の枝に引っ掛けて、宙ぶらりんな体勢になる。

そして・・・私を見た。

 

 

「ふーむ? そちらのムラカミさんは、術に対して耐性があるんですかね?」

「ああ?」

「いえいえ、どうも私の術がイマイチ効果が無いので・・・ふむ、ゲート職員には効いたんですけど」

「・・・てめぇっ!!」

「おおっと?」

 

 

ズンッ・・・!

小太郎君の拳が、女の子が足をかけている木の幹にめり込んだ。

ビギッ・・・と鈍い嫌な音がして、木の幹に大きな罅が入る。

どんだけの力で殴ったのよ・・・。

 

 

「・・・夏美に、何しやがった・・・?」

 

 

・・・へ・・・?

 

 

「別に何も、身体の害になるようなことは何も」

「ふざけとんのか?」

「ふむ、では言い変えましょう・・・」

 

 

女の子が、自分の胸に手を置いた。

それから、薄い・・・力の無い笑みを浮かべる。

何だろう・・・とても、存在感の薄い笑顔だった。

 

 

「私を倒せば、何も問題ありませんよ」

 

 

ギシッ・・・と、空気が張り詰める。

息が詰まりそうなくらい、呼吸するのが辛い。

ううん、それ以上に・・・。

 

 

いつも、飄々としてる小太郎君。

なんだかんだで、私には笑いかけてくれる、小太郎君の・・・。

小太郎君の、そんな怖い顔。

見たく、無いよ・・・。

 

 

「だ――――――」

 

 

だから。

 

 

 

「ダメぇ――――――――っ、小太郎君ッ!!」

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「――――――――――――――ッッ!?」

 

 

一瞬、何が起こったんかわからへんかった。

せやから、順を追って確認せなあかん。

 

 

まず、俺。

俺は、目の前で夏美ねーちゃんに術をかけた言う「にーちゃん」に渾身の一撃を叩きこもうとしとった所や。

まぁ、夏美ねーちゃんの前やから狗神は出せへんし、全力には程遠いけどな。

 

 

そいで、相手の「にーちゃん」。

俺の攻撃を避けてばっかで変な奴やと思ったが・・・どうやら術師タイプ、接近戦がでけへん奴やったらしいな。

今も、俺の拳についてこれとるとは思えへん反応や。

ガードも回避も、する様子は無かった。

 

 

最後に、夏美ねーちゃんや。

さっきまで、少し離れたベンチで気分悪そうにしとったはずやねんけど。

今、俺の目の前に飛び出して・・・。

・・・敵の「にーちゃん」を、庇って――――――――――――って、アホォッ!!

 

 

「ぬっ・・・おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!?」

 

 

ザンッ、と瞬動かけた身体を留めるために、右足で地面を削る勢いでブレーキをかける。

それから、拳に込めた気を全部引っ込めて―――――しかも風圧すら出ぇへんレベルにまで削がなあかん!

ヤバいヤバいヤバいヤバ――――――――――――くないっ!

―――――止める!!

 

 

ガチッ、と歯ぁ食いしばって、負荷に耐える。

ブシッ・・・ブチンッ・・・身体の中で嫌な音が響く。

拳の皮が破れた音と、筋肉の線が一本、切れた音。

そこまでやって・・・どうにか。

 

 

「・・・っ」

 

 

止まった。

夏美ねーちゃんの顔の直前で止まって、夏美ねーちゃんの前髪が軽く、風圧で揺れた。

あ、あっぶなぁ・・・!

 

 

「・・・このっ・・・アホォッ! 急に飛び出して・・・危ないやろが!?」

「バカなのはそっちでしょ!?」

「いい!?」

 

 

何故か、物凄い剣幕で怒鳴り返された。

え、何で!? 今のは夏美ねーちゃんが悪いやろ!?

 

 

「ちゃんと見なさい! 女の子相手に喧嘩しちゃ、ダメでしょ!?」

「はぁ? 女って、そいつ・・・!?」

 

 

どう見たって「にーちゃん」やん・・・と思って、見ると。

・・・・・・・・・ねーちゃんやんけ。

 

 

「あら・・・バレましたか」

「お、お前・・・女か」

「他人に指摘されたら解けちゃうくらいの、ささやかな力でしてね」

 

 

なんつーか、悪戯をバラされた子供みたいなツラで、そのねーちゃんはそんなことを言うた。

 

 

「私の脳に移植された情報では、貴方は女性は殴らないと聞いたので」

 

 

いや、それでも自分を男やと見せる意味がわからん。

わからんけど・・・。

俺は危うく、ポリシー曲げて女を殴る所やったらしい。

・・・まぁ、女って方が術の結果やったら笑えへんけどな。

 

 

まぁ、せやったら・・・悪いんは俺やな。

夏美ねーちゃんには感謝せなな・・・って。

 

 

「う・・・」

「夏美ねーちゃん!?」

 

 

ガクン、と膝をついた夏美ねーちゃんを抱き止める。

顔色が悪くて・・・少し、苦しそうやった。

 

 

「あらら・・・気絶しちゃいましたか、まぁ、一般人には負荷が強い結界ですけど」

「てめ・・・」

「どうしましょうね、その子を庇いながら戦えます?」

「・・・へっ」

 

 

夏美ねーちゃんを背中に背負って、俺は笑う。

これくらい、大したことないわ。

いつだって・・・。

 

 

男の戦場は、いつだって女の前や。

 

 

まぁ、そうは言ってもキツいな。

いくらこのねーちゃんに戦闘能力が無いて言うても、隠し玉ぐらいあるやろ。

 

 

「ふむ・・・目的は一応、達成しましたし・・・逃げるのも手ですね」

「あん? どう言うことや・・・狙いは夏美ねーちゃんやないんか」

「まぁ・・・『襲った』と言う事実が大切なのであって、別に誘拐はする気はないんですよ」

「はぁ・・・?」

 

 

また、意味のわからんことを・・・。

 

 

「そう言うわけなので、逃げさせて頂きます」

「いやぁ・・・それは困るなぁ」

 

 

俺でも、夏美ねーちゃんでも、目の前の術師のねーちゃんでも無い声が響く。

それに・・・俺は、笑みを浮かべる。

 

 

「遅かったやん、瀬流彦はん」

「いやぁ、これでも急いだ方なんだけど・・・」

 

 

ギシリ、と、術師のねーちゃんを光の縄みたいなんが縛り上げた。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「ふむ、近衛詠春がいない今、簡単に逃げられると思ったんですけどね」

「いやぁ、それは無いんじゃないかなぁ・・・この街に限って」

 

 

不審者の女の子(凄い言い方だ・・・)の言葉に、僕は苦笑いを浮かべる。

自慢じゃないけど、旧関西の技術とハカセさんの技術でセキュリティのレベルは5年前の軽く4倍にはなってると思うよ。

 

 

これで、詠春さんがいなかったんで侵入者を取り逃がしましたぁ、とかなったら、僕達いる意味が無いよね。

ただでさえ査定が厳しいんだから、無能扱いは勘弁してほしいな。

いろいろな意味で、必死なんだよ。

 

 

「不審な動きを見せれば、斬ります」

 

 

女の子の首筋には、刀子先生の刀が突き付けられている。

少しでも動けば、皮が切れるほどに・・・。

ちなみに、刀子先生は去年の6月に一般人の彼氏さんと再婚した。

そのおかげか、ここ最近は凄く機嫌が良いんだよね。

 

 

「下手な動きは見せない方が良いよ、その人だけじゃなく、この公園はもう魔法理論的に隔離されている

からね」

 

 

正確には、陰陽術の結界なんだけどね。

ガンドルフィーニ先生の指揮で、旧関西の陰陽師達が動いている。

・・・ここ5年間のガンドルフィーニ先生の頑張りが透けて見える話だよね。

本当に体当たりって言うか、3回くらい本気で殴り合ってたからね、本当に。

 

 

「・・・別にそこまで大仰なことをしなくても、抵抗なんてしませんよ」

 

 

僕達が拍子抜けする程あっさりと、女の子はそう言った。

まぁ、それをまるきり信じる気が毛頭ないけど・・・意外といえば、意外だった。

僕の後ろで一般人・・・えーと、元3-Aの・・・確か、村上、さん?

村上さんを背負った小太郎君も、どこか胡散臭そうに女の子を見てる。

まぁ、そうなるよね。

 

 

「どう言うつもりや、お前・・・」

「別に何も。聞かれたことには正直に答えますし、聞かれもしないこともベラベラ喋りますよ。と言うか、半分はそのために来たわけですし」

 

 

・・・意味がわからないな。

 

 

「・・・もってせいぜい、あと3時間ですし」

 

 

・・・本当に、意味がわからない。

何が、したいんだろ・・・この女の子。

刀子先生と視線を交わすと、ゆっくりと頷かれた。

まぁ、とりあえずは連行・・・かな。

 

 

この女の子・・・あ、いつまでも女の子じゃ不便だよね。

えーと・・・。

 

 

「とりあえず、名前は?」

「名前?」

 

 

その時、その子が浮かべた表情を・・・何て表現すれば良いんだろう。

強いて言うのなら、本当に・・・本当に、答えに困った。

そんな、表情だった。

 

 

「・・・そんな素敵な物を貰ったことはありません。なので好きにお呼びください」

「は?」

「強いて言えば、T-11です。短い間ですが、どうぞよろしく」

 

 

その子は、そう言って・・・ニコリ、と。

光の無い目で、場違いな程に可愛らしく、笑った。

 

 

 

 

 

Side 夏美

 

「はえ・・・?」

 

 

目が覚めた時、あたりはもう、真っ暗だった。

人生お先真っ暗とか、そう言う話じゃなくて・・・普通に、夜だった。

・・・はえ?

 

 

えっと、私、寝てた・・・?

でも、不思議なことに私は移動してるって言うか、歩いて・・・へ?

 

 

「うえええぇぇっ!?」

「うお!?」

 

 

私が耳元で大きな声を出したからか、小太郎君が驚いたような声を上げる。

いや、ようなって言うか、本気で驚いたんだと思うけど。

う、ううん、重要な問題はそこじゃない・・・。

 

 

何で私は、小太郎君に「おんぶ」されてるの!?

 

 

え、ちょ、わ、た・・・!?

お、下ろして下ろして・・・!

 

 

「え、うお!? ちょ、夏美ねーちゃん、何で暴れんねや!?」

「う、うっさい! 下ろしてよエッチ!」

「エッ・・・はぁ!?」

「良いから、下ろして―――――――!」

「いや、危なっ、危ないってオイ!?」

 

 

その後、数分ほど押し問答を繰り返した結果、何とか地面に下ろして貰えました。

その結果、足を捻ってしまいました。

・・・あう・・・私のドジ・・・。

 

 

「・・・あーもー、何してんねや、もー・・・」

「ご、ごめん・・・」

 

 

そして、まさかの「おんぶ」続行・・・。

大学生になって「おんぶ」とか、冗談抜きで恥ずかしいんですけど。

す、スカートの下に短パン履いてて良かった。

 

 

「・・・で、夏美ねーちゃんの部屋はどっちにあんねや?」

「・・・わからずに歩いてたの?」

「いや、大学の寮の大体の場所は聞いてんねんけど・・・」

「誰に?」

「瀬・・・い、いや、何でもええやん」

 

 

・・・何か、誤魔化された気もするけど。

 

 

「・・・で、どうして私は寝てたの・・・?」

「え? あー・・・ほら、夏美ねーちゃん、熱中症で倒れてもーたんやって」

「熱中症? もう9月で・・・まぁ、無くは無いのかな・・・?」

「実際に倒れてもーたんやから、あるんやろ」

 

 

そうなのかな・・・?

何か、もっと別なことがあったような気がするんだけど。

・・・・・・まぁ、いっか。

 

 

・・・あ。

その時、私は恐ろしいことに気が付いた。

 

 

「・・・どないかしたんか?」

「い、いや・・・ね、ねぇ、小太郎君、もう少しゆっくり行かない・・・?」

「何でや?」

 

 

普段なら恥ずかしくて言えないようなことも、今なら言える。

だって・・・。

 

 

「・・・ちづ姉が、ずっと待っててくれてるの・・・」

「・・・・・・・・・と、遠回りして行こか」

「・・・・・・・・・うん」

 

 

そんなことを話しながら、私は・・・。

小太郎君の首に回した腕に、少しだけ力をこめた。

 




小太郎:
おう、小太郎や・・・今回は俺の話やったな!
そうは言うても、情けない内容やったけどな。
もっと強うならなな、身体や技や無い、もっと別の意味でも強く。
女に心配されへんで良いような男に、俺はなるで!


小太郎:
次回は、どうも3-Aメンバーは出ぇへんらしいけど。
・・・ん、いや、出るんか・・・?
あのねーちゃんは、立ち位置が結構微妙やからな・・・。
ほな、またな!


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第3部第6話「旧世界騒乱・Ⅲ」

注意!
・「相坂さよ」は俺の嫁! な方は不快になられるかもしれません。
・原作キャラとオリキャラのCPはNGな方は不快になられるかもしれません。
・R15! な描写があります、ご注意!
・読まれれば、ピンと来られる方もいるやもしれませんが・・・「大人な描写」があります! NGな方はお気を付けてください!
以上の点をご了承頂いた上で、どうぞ!


旧世界・麻帆良。

表向きは、幼等部から大学部までの学術機関が集まる一大学園都市。

 

 

しかし、この都市は裏に別の顔を持っている。

かつての関東魔法協会の本部であり、現在は日本統一連盟の本部であり、旧世界の魔法関係者の国際組織である旧世界連合の事務局の所在地である。

加えて言えば、魔法世界と繋がるゲートを旧世界で唯一、稼働させている都市でもある。

 

 

「ほっ、ほっ、ほっ・・・ほいっと!」

 

 

そしてこの麻帆良学園都市の一隅には、裏の世界では「伝説」とすら言われる場所がある。

かつて、エヴァンジェリンと言う名の吸血鬼が住んでいたログハウスのことである。

今でも所有者の名はエヴァンジェリンとなっているものの、しかし、この家の主は滅多なことでは戻って来ることは無い。

 

 

今では、このログハウスを訪れる者自体が、皆無に等しかった。

そして今、このログハウスには2人の人間―――1柱と1人―――しか、住んでいない。

かつて程の賑やかさは、消えてしまっていた。

 

 

「うーむ・・・我ながら、芸術的なしまい方だぞ」

 

 

日が暮れかけた夕方、リョウメンスクナと言う名の青年―――1600歳―――は、一通り農具を片付け終えた蔵を眺め、満足そうに頷いた。

腰のあたりで紐で縛った白い髪に、金の瞳。

泥だらけのオーバーオールに、頭の後ろには麦わら帽子と言ういでたちである。

 

 

彼の背後には、5年前に比べて明らかに広い畑が広がっている。

かつては家庭菜園レベルだった物が、いくらかの木をのける(比喩では無く、彼は木を移動させることができる・・・切るとかあり得ない)ことで拡大し、30坪程度の物になっている。

ログハウスから少し離れた位置にあるその畑は、巧妙に結界で隠されているので、もし知っている者がいるとすれば、どこぞの忍者少女くらいの物であろう。

主のいぬ間に、好き勝手していたようである。

 

 

「別荘の中も良いけど、やっぱりお天道様で育った作物じゃないと」

 

 

リョウメンスクナ・・・スクナ自身のことはともかく、もう一人の同居人には栄養のある物を届けたい。

スクナは、そう考えていた。

特に今は、気を遣わねばならない時期なのだから・・・。

 

 

「・・・よっと」

 

 

両手と頭の上に、葉物や芋類などの作物を積んだ籠を乗せて、スクナは帰路についた。

とは言えスクナの足にかかれば、物の数秒で辿り着く距離だ。

彼はバタバタとログハウスの扉を開け―――ようとして、頭の上の籠をドア枠にぶつけた後―――家の中に入った。

 

 

「さーちゃん、ただいまだぞーっ!」

 

 

そのまま、玄関から声をかける。

すると台所の方から「はーいっ」と言う声が響き、20歳前後と思われる女性が、エプロンで手を拭きつつ、やってきた。

 

 

白みがかった髪・・・かつては腰まで届いていたそれは、今では肩のあたりで切り揃えられている。

赤い瞳に、造り物のような白い肌。

白い清楚なワンピースの上にヒヨコさんマークの入ったエプロンと言う姿のその女性の名は、相坂さよ。

こう見えて、2度死ぬと言う人類初(?)の快挙を成し遂げた存在である。

 

 

「おかえり、すーちゃん」

「うん、ただいまだぞっ」

 

 

ちゅっ・・・と軽く唇を合わせた後、さよはスクナの持っている籠の中身を見て目を丸くする。

 

 

「わっ・・・今日もたくさん採れたね」

「おうっ、さーちゃ・・・んには持たせられ無いから、ここに置いておくぞ!」

「別に、それくらい大丈夫だよ? 魔力で身体強化できるし・・・」

 

 

とは言う物の、さよはスクナの気のすむようにさせた。

そのことに、スクナはニンマリと笑う。

さよも柔らかく微笑みを返しながら、次の言葉を発した。

 

 

「もうすぐ、晩ご飯できちゃうけど・・・先にお風呂にする? それとも、ご飯にする?」

「お風呂にするぞ!」

 

 

さよの言葉に、スクナが嬉しそうに答える。

しかし、直後・・・スクナは笑みの質を変える。

小首を傾げるさよを覗きこむようにしながら、スクナは笑った。

 

 

「その後は、さーちゃんだぞ?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

その日の夕食は、五穀ご飯、冷やし茶碗蒸し、オクラの白和え・・・などのさっぱりした和食だった。

どちらかと言えばボリュームが少なく、量を食べるスクナなどには物足りないかもしれない。

とは言え、藍色の着物に着替えたスクナは、ニコニコと笑っていた。

 

 

「・・・ごめんね、すーちゃん。もしアレなら、お肉も焼くから・・・」

「何でだ? 全然だいじょーぶだぞっ!」

 

 

申し訳なさそうなさよに対し、スクナは笑いながら答えた。

正直な所、ここ1カ月ほど料理のボリュームが減っているのは確かだ。

ただ2人の量を比べると、スクナの方が3倍は皿や茶碗に盛られているばかりでなく、スクナの方にはさよには無い胡麻ダレうどんがあったりと、さよの気遣いが見える。

 

 

スクナとしては、それだけでも十分だった。

十分、胸が一杯になれるのである・・・・・・お腹が寂しかったりはするが。

究極的には、自分で肉を焼けば良いのである。

さよが無理をしてやる必要は無い・・・いつものようにそう結論付けて、スクナは食べ始めた。

 

 

「むぐむぐ・・・美味いぞ!」

「そ、そう? ほとんど素材のままだと思うけど・・・」

「さーちゃんのご飯は、最高だぞ!」

 

 

スクナの言葉に、さよは照れたように頬を染める。

ここ1年、ずっと続いている食卓の光景がそこにあった。

 

 

スクナが何かを話し、さよが淑やかに微笑みながら聞く。

稀にさよの方から話題を振って、スクナが大仰に反応を返す。

5年前ほどの賑やかさは無い物の・・・確かに温かな物が、そこには存在していた。

 

 

「そう言えば・・・話したかな、この間、エヴァさんと久しぶりに話したよ」

「吸血鬼(エヴァ)、来たのか?」

「あ、ううん、晴明さんの術で少しだけ繋がって・・・すーちゃんは、その時は畑の方の見周りに行ってたから」

「おお・・・吸血鬼(エヴァ)、元気だったか?」

「うん、何か・・・いろいろと忙しいみたいだけど」

 

 

エヴァンジェリンだけに限らず、魔法世界にいるさよとスクナの家族は、それぞれに忙しいことは知っている。

・・・約一名、自分から忙しさを増そうとする者もいるが。

1年前までは、さよとスクナも彼女らの傍にいたのだから、良く知っているつもりだった。

ただ・・・。

 

 

「ん・・・っ」

 

 

不意に、さよが箸を置いた。

まだ半分も食べていないが・・・片手で胸を押さえ、軽く眉をしかめる。

どことなく・・・苦しそうにも見える。

 

 

「さーちゃ・・・さーちゃんっ!」

 

 

スクナは箸を放り出して、食事もそこそこに、席を立ってさよの傍へ移動した・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

―――――M-06。

M-06と言うのが、その男の「名前」だった。

それ以外の名称で呼称されたことは無く、ただ一人を除いて、彼の知る全ての存在が彼をM-06と呼んでいた。

 

 

月明かりに照らされ、ボロ布のようなローブを纏った姿が晒される。

190はあろうかと言う巨体に、がっしりとした筋肉。

伸ばし放題になった赤い髪が褐色の肌に絡み、野性的な印象を見る者に与える。

彼は・・・高い杉の木の上から、じっとある家を見下ろしていた。

 

 

100mほど先にある、結界と強力な霊力・魔力で覆われたその家は、木造のログハウスだった。

かつての主の残している気配もさることながら、現在あの家にいる存在も、彼とほぼ同程度の実力を備えているであろうと言うことは、わかっている。

最初から戦闘を目的に造られた彼と同レベルの相手がいるとなれば、彼も慎重にならざるを得ない。

 

 

だから、彼は待っている。

自分に残された時間を正確に測りながら。

機会が訪れるのを、待っている―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「さーちゃん、大丈夫か・・・?」

「うん・・・ちょっと楽になったかも」

 

 

なるべく負担にならないように、スクナは小さな声でさよに話しかける。

それに答えるさよは、少し青ざめた顔で、寝室のベッドに横になっていた。

スクナが額に冷えたタオルを置くと、さよの表情から、少しばかり苦しさが薄れたように見えた。

そのことに、スクナもホッとしたような表情を見せる。

 

 

元々、さよが旧世界で暮らすようになったのは、1年前に体調を崩したためであった。

魔法世界の素材で造った身体なのだが、どうも新しい魔法世界の環境には適さなかったらしい。

旧世界に来てからは、徐々に良くなって来ていたのだが・・・。

 

 

「さーちゃん・・・」

 

 

スクナはさよの胸に軽く手を置くと、自分の霊力を少しだけ解放する。

ある事情から、さよの身体には過度な回復・治癒の力を用いることができない。

ただそれでも、神であるスクナの力を流し込むことによって、さよの不調を軽くすることはできる。

ポゥッ・・・とかすかな光がさよの身体を包むと、さよの顔色はかなり良くなった。

 

 

「・・・ありがと、すーちゃん」

「僕(スクナ)はすーちゃんのためなら、何でもするぞ?」

 

 

薄く笑みを浮かべるさよに、スクナはにっこりと笑顔を浮かべる。

少し気分が良くなったためか、さよは身を起こそうとする・・・が、それはスクナによって止められた。

 

 

「ダメだぞ・・・今日はもう休むんだぞ」

「でも・・・まだ、食器とか・・・」

「大丈夫だぞ、僕(スクナ)が全部やっておくぞ」

「え、でも・・・そんな、悪いよ」

「ダメだぞ」

 

 

その後、5分ほど押し問答を繰り広げた後・・・勝ったのは、スクナだった。

さよが押し負けたと言うのもあるが、さよ自身が疲れていたと言うのもある。

実際、熱っぽくて・・・身体が、だるいのだから。

 

 

「じゃあ・・・お願いするね」

「任せるんだぞ」

 

 

さよの髪を撫でながら、スクナが言う。

さよも、心地良さそうに目を閉じながら・・・それを受け入れる。

 

 

「何か、食べたい物とか・・・飲みたい物とか、ある?」

「ん・・・じゃあ、トマトとか・・・食べたいな・・・」

「トマト・・・」

 

 

それならちょうど、畑で採れる。

収穫時期でもあるし、5分もあれば十分量採って来れる。

そう考えたスクナは、ニカッと笑って頷いた。

 

 

「わかったんだぞ。さーちゃんはちゃんと休んで、待ってて欲しいぞ」

「・・・うん、わかった」

 

 

さよが微笑みながら頷くと、スクナも安心したような表情を浮かべる。

それから、さよの額に軽く口付けて・・・。

 

 

「じゃ、ちょっと待ってるんだぞ!」

「・・・うん」

 

 

窓から出・・・ようとして踏み止まり、スクナはきちんと寝室の扉から出て行った。

ダダダダ・・・っと、階段を駆け降りる音が響く・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「行っちゃった・・・」

 

 

ぽつりと呟きながら、さよはスクナの出て行った扉の方を見つめていた。

この家でスクナと2人きりの生活を始めてから、1年が経つが・・・スクナは、変わらない。

神だから、変化が少ないのかもしれない、などとさよは思った。

 

 

「ん・・・しょっ、と」

 

 

ベッドの上で体勢を変え、上半身を起こす。

スクナには横になるように、と釘を刺されていたが、さよは身を起こしていた。

何故なら同じ体勢でいると、少しずつ不快感が強まって来るような感覚に襲われるからだ。

 

 

襲われる・・・と言う程のことでも無いが、どうも足の付け根のあたりが痛むのである。

身体の不調と言うよりは、骨格の変化・・・とでも言った方がしっくり来るかもしれない。

 

 

「んー・・・身体、だるいな・・・」

 

 

胸の奥からこみ上げてくるような不快感に、さよは顔を顰めつつ溜息を吐く。

この体調で家事をする気にもなれず、スクナを待つしかない。

とは言え、ただ待っているだけと言うのも暇であるし、何か気分転換をしたい所である。

さよはワンピースのポケットをゴソゴソと探ると、一枚のカードを取り出した。

それには、中学生姿のさよの絵柄が描かれている。

 

 

今は魔法世界にいる・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアとの仮契約カードである。

5年前に一度情報を更新したため、主人(アリア)の名前もエンテオフュシア姓に変わっている。

 

 

「・・・アデアット」

 

 

現れるアーティファクトは、『探索の羊皮紙』。

自分と接点のあった相手を、限られた範囲内で探索できるアーティファクトである。

と言って今の段階で探すような相手はスクナくらいの物、しかも探す必要も無い。

探すまでもなく、自分から急速に離れて行くスクナの反応を捉える事ができる。

 

 

このスピードなら、数秒で畑まで到着し、数分でトマトをたくさん採って戻って来るだろう。

それがわかるから、さよの口元には笑みが浮かぶ・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

しかし、その表情がかすかに変化した。

戸惑うように、羊皮紙の上に指を置く。

 

 

そこには、スクナと、もう一人・・・自分の反応があるはずなのだが。

本来、さよ自身の反応が示されてしかるべき場所には、こう書かれていた。

 

 

<UNKNOWN>

 

 

それは・・・ある程度以上の接点の無い相手を捉えた時に表示される言葉。

しかし、羊皮紙の中央にはさよが示されるはずである。

だがそこには、さよの名は無い。

こんなことは、あり得ない。

考えられる可能性としては・・・。

 

 

 

真上に。

 

 

 

「・・・っ!?」

 

 

次の瞬間、さよは凄まじい勢いでベッドから飛び出した。

そして同時に、天井が崩れる。

さよは空中で機敏に体勢を整え、床に着地する。

 

 

着地した際の衝撃で身体の奥が軋み、小さく呻くが・・・それでも毅然と顔を上げる。

床に膝と片手をついた体勢のまま・・・前を見る。

 

 

「・・・サヨ・アイサカ・・・?」

 

 

妙に機械的な声。

天井を破りベッドを押し潰したその存在は、薄汚れたローブを纏った筋骨隆々とした男だった。

さよは知らないことだが、その男の「名前」はM-06。

魔法世界に出現したテロリスト集団、「Ⅰ」の一員である。

そして・・・女王アリアの縁者を狙って旧世界に潜入した4人組の1人である。

 

 

いずれにせよ、友好的な来客で無いことは、見ればわかる。

さよは全身を緊張させながら・・・寝室を満たすように薄く魔力を放った。

 

 

「・・・セット・・・!」

 

 

さよの呟きと共に、床下や壁、家具の裏から、黄色い閃光が飛び出した。

さよが5年前から愛用している魔法具・・・『アヒル隊』である。

万が一の備えは、最低限していたのである。

 

 

そしてそれらが、M-06に殺到する。

小さな爆発が連続で起こり・・・ログハウスの一部が吹き飛ぶ。

これでおそらく、外のスクナにも伝わるだろう。

 

 

「う・・・っ」

 

 

そこまで考えた所で、さよは口元を押さえて呻いた。

どうやら、久しぶりの実戦に身体の状態がついてこられなかったようである。

もう、出す物は無いはずだが・・・。

 

 

その時、ボンッ、と爆煙の中から何かが飛び出してきた。

煙を弾き飛ばす勢いで飛び出してきたのは、予想通り、M-06。

彼はその太い丸太のような腕を振り上げ、迷うことなく振り下ろす。

さよは、それを視線だけで確認すると。

 

 

「・・・・・・!」

 

 

迷うことなく。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

ザンッ・・・!

地面を蹴って、反転する。

 

 

ちょうど畑に到着した所で、彼はまだトマトを一つも採っていない。

だが、それとは関係なく彼は反転する。

反転しなければならない。

彼は強く・・・認識していた。

 

 

どこかの愚か者が、彼の大切な者に触れたことがわかって。

どこぞの愚か者が、愚かにも彼の大事な者に触れたことに気付いて。

 

 

物の数秒で戻れる距離を、最大速度で戻る。

数秒で・・・帰る。

 

 

思い知らせて、やるために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

一撃目は、腹部。

・・・両腕でガードし、魔力のほとんどを腕の強化に回した。

 

 

二撃目は、胸。

・・・片腕でガード、もう一本の腕は変わらず腹部を庇っていた。

 

 

三撃目は、顔。

ガードせず、そのまま受けた。

 

 

「ああっ・・・!?」

 

 

以上が、M-06の攻撃に対するさよの防御行動である。

彼女は自身の胴体部を守ることはしても、その他については防御すらしなかった。

M-06の剛腕によって受けた衝撃のままに、さよは吹き飛ぶ。

 

 

しかし背中を打つことを良しとせず、吹き飛ばされつつも身体を反転し・・・。

右腕を、背面の壁に叩きつけた。

左手で自分の右肩を掴み、魔力を流して無理矢理、衝撃を右腕のみに限定させる。

完全では無かったが、それは身体の他の部位への衝撃を殺す役割を果たし・・・。

 

 

骨の折れる音。

 

 

脳を突き抜けるかのような痛みに、さよの意識は一瞬、途切れる。

しかし、気力で引き戻す。

眼前に迫る床に対し、先程やったことと同じことをする。

 

 

骨の砕ける音。

 

 

結果、腕一本の犠牲で・・・彼女の身体は殴られた衝撃の大部分を受け流すことに成功する。

床に倒れる際にも、彼女は奇怪な行動を取った。

下半身を浮かせ床への衝突を防ぐのに対し・・・上半身は顔まで含めて床に這い蹲っている。

右腕は・・・流石に動かせないが。

左腕は床につくのではなく、あくまでも腹部を庇っている。

 

 

「・・・ぐ・・・ぁ・・・ふ、うぅ・・・っ!」

 

 

呻きつつも、床に這い蹲りつつも、目線を上げる。

前髪の間から覗く赤い瞳は、狂的なまでに強い光を放ち・・・相手を射抜く。

歯を食いしばり・・・ふーっ、ふーっ、と、まるで動物が天敵を威嚇するかのような息遣いが響く。

体勢は弱々ししいが、だが不気味なまでの迫力があった。

 

 

『それ以上、近付いたら・・・殺す』

 

 

さよの目は、そう言っているようにも見えた。

状況は、圧倒的にさよが不利だと言うのに・・・。

 

 

一方でM-06は、困惑していた。

正直、彼としては・・・そこまで傷つけるつもりは無かったのである。

顔への攻撃も、普通にガードされるだろうと思っていた。

たとえ直撃したとしても、普通に着地するだろうと思っていた。

 

 

だが現実には、彼の目標である「サヨ・アイサカ」は少なからぬダメージを負い、彼の前で床に伏している。

それも、不自然な防御方法によって・・・。

それに対し、彼は困惑していた。

 

 

さよの行動に、合理性が見出せない。

だから彼は困惑してしまい、次の行動に移れなかった。

そして、次の行動の選択を逡巡している間に。

 

 

 

誰かの手が、M-06の顔を掴んだ。

 

 

 

ミシリッ・・・と、骨が軋む音すらした。

振り向こうとしても・・・首が動かない程の握力。

大柄なM-06が、背中から手を回されて顔を掴まれている。

首を動かすことができず・・・目だけで、後ろを見る。

そこには・・・。

 

 

 

そこには、鬼がいた。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

グンッ、と力任せにM-06の頭を引き、後ろに引き倒す。

そして床に叩きつけるのではなく・・・膝に、首の後ろを叩きつける。

骨が軋み、肉が裂ける嫌な音が響いた。

 

 

のけぞった相手の腹に、真上から右拳を叩きつける。

内臓が潰れる音が響き、M-06の巨体が床にめり込む。

息を吐く間もなく首を掴まれ、やはり力任せに振り回す。

 

 

壁に叩きつける、床に叩きつける、天井に叩きつける。

 

 

そして最後に、崩れかけた窓に向けて放り投げ、外へと叩き出した。

・・・尋常でない力で、投げ飛ばした。

 

 

「さーちゃん!!」

 

 

M-06を嬲ったスクナはすぐさま、さよの傍へと駆け寄った。

うつ伏せに倒れているさよを優しく助け起こし、苦しげに歪む顔にかかった前髪を払う。

 

 

「さーちゃん、ゴメンだぞ、離れた僕(スクナ)が悪かったぞ・・・!」

「だ・・・大じょ・・・ぶ・・・」

「さーちゃん・・・っ」

 

 

スクナは、右足と右腕でさよの身体を支えながら、ブチッ、と自分の左腕の手首を噛み千切った。

傷口から噴き出る血を少しだけ口に含むと、躊躇することなくさよの唇に自分のそれを重ねた。

 

 

「んっ・・・んんっ、ふ、ちゅ・・・んくっ・・・っく・・・っ」

 

 

ツ・・・と、スクナの赤い血がさよの口の端から流れ落ちる。

さよの白い喉が何かを嚥下するかのように蠢き、合わせてスクナは強く唇を押しつけた。

 

 

さらにスクナはさよの腹部に左手を這わせると、何かの印を刻むように指先を動かした。

臍のあたりをなぞった後、服の上から下腹部へと移動する。

その時点で、さよも左手をスクナの手に添えるが・・・止めようとする素振りは見えなかった。

それが、さよの身体を癒す物とは別の術であることを知っていたから。

何より・・・スクナだから。

 

 

「ふ・・・む、ぅ・・・ん・・・」

 

 

次第に、さよの身体から力が抜ける。

20秒ほどもしただろうか、スクナが唇を離した時には・・・さよは、安らかな顔で眠りについていた。

唇には・・・スクナの血が、まるで口紅のようにこびり付いている。

 

 

どうにか復調したさよの様子に、スクナはホッと表情を緩める。

さよの頬を一撫でして、優しく壁にもたれさせ、砕かれたベッドの残骸からシーツの一部を持ってきて、さよに被せる。

それから・・・ゆっくりと、立ち上がる。

 

 

立ち上がって、ゴキンッ、と拳を鳴らし、M-06を投げ飛ばした外を見る。

・・・思い知らせて、やるために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

M-06は、衝撃を受けていた。

彼は・・・慄いていた。

 

 

M-06は、森の中に仰向けに倒れていた。

首の骨は完全に折れ、身体を動かすことができない。

「Ⅰ」のメンバーの中で最大の腕力を誇る彼は、単純な戦闘力なら「Ⅰ」最強の存在であるはずだった。

それこそ、彼は名も知らないが・・・全盛期のリョウメンスクナノカミとも互角に戦える程の実力を持っているはずだった。

そのように造られたはず、だった。

 

 

だが、事実として彼は、完膚無きまでに叩きのめされていた。

打ちのめされていた。

叩き潰されていた。

蹂躙されて・・・投げ捨てられていた。

 

 

能力(スペック)的には互角であるはずなのに、圧倒されていた。

反撃すら、ままならなかった。

M-06の存在意義からすれば、あってはならないことだった。

 

 

 

不意に、投げ出された彼の両足が、何者かに踏み潰された。

 

 

 

膝が、何者かに踏み砕かれた。

重苦しい呻き声を上げながら、M-06は自分の両足を砕いた存在を求めて視線を動かす。

そこには・・・。

 

 

 

そこには、鬼がいた。

 

 

 

長い白い髪が何かを呪うかのように野性的に蠢き、爛々と輝く金の瞳が、傲然とM-06を見下している。

彼・・・リョウメンスクナノカミと言う神は、犬歯を剥き出しにしてM-06の眼前にまで顔を近付けると。

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 

人類には理解できない言語で、吠えた。

圧倒的なまでの霊力と気が、M-06に体内の細胞が沸騰してしまったかのような錯覚を覚えさせる。

 

 

M-06は、己の知識の中から、比較的原始的な動物に関する知識を思い起こしていた。

その動物は、自分の巣や家族に手を出した者をけして許さないのだと言う。

けして許さず・・・相手を嬲り殺しにするのだと言う。

徹底的に、無慈悲なまでに嬲り殺しにするのだと言う。

 

 

そして、他の動物に示すのだ。

 

 

自分の巣に、家族に、大切なモノに触れたらどうなるか。

自分の領分を侵したら、大事なモノに触れたらどう言う目に合うか。

それを、わかりやすく・・・他の動物に示すのだと言う。

見せしめとして、嬲り殺しにするのだと言う・・・。

・・・M-06は、何故かそんなことを思い返していた。

 

 

彼の名はリョウメンスクナノカミ。

医療を司る神でもあり、彼以上に人の身体の癒し方を知っている者はいない。

だからこそ・・・。

 

 

だからこそ、最も惨たらしい人の身体の壊し方も、熟知していた。

 

 

M-06自身は知りようも無いことではあるし、後にどうなるかはわからないが。

少なくとも現時点で、彼は「Ⅰ」のメンバーの中で最も・・・。

 

 

 

最も苦しんで、短い人生の最期を迎えることになった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・翌朝。

昨夜の騒動が嘘のような穏やかさの中で、スクナはログハウスの屋根の上にいた。

彼の前には、大穴が開いた屋根。

彼の後ろには、木材と工具。

 

 

絶賛、屋根の修理中である。

 

 

吹き飛ばされたのは寝室の屋根なので、直さないわけにもいかない。

さらに言えば、滅多に来ないとは言え、ここの家主はエヴァンジェリンである。

二重の意味で、中途半端な修理はできなかった。

 

 

「あー・・・良い天気だぞー」

 

 

トンテンカンテン・・・とトンカチで釘を打ちながら、スクナは昇る朝日に目を細める。

ガチンッ、よそ見をしていた結果、お約束のように指をトンカチで打ち、スクナは屋根の上で悶えた。

 

 

「すーちゃ――んっ、朝ご飯だよ――っ!」

 

 

下から、さよの声が聞こえる。

昨夜の術のおかげか、今朝は比較的、身体の調子が良いらしい。

スクナが屋根の上から寝室に頭を出すと、盆に2人分の朝食を乗せたさよが立っていた。

エプロン姿のさよを見て、スクナはニンマリと笑った。

 

 

 

今日の朝食は、おにぎり(梅干し)とお吸い物だった。

あと、トマトのサラダ。

 




さよ:
お久しぶりです、相坂さよです。
名字はそのままです、すーちゃんが現代の婚姻をイマイチ理解していないので・・・。
いっそのこと、お婿さんにしようかな・・・。
今回は私のお話でした、珍しいかもですね。
3人称ですし・・・登場キャラが少なかったからですね。
それにしても、あの男の人は、誰だったんでしょう・・・?


さよ:
次回は旧世界編の4つ目、最後です。
最後は・・・麻帆良の外です。
とは言え、そこまで離れてはいないかもですが。
では、また機会があれば・・・失礼します(ぺこり)。


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第3部第7話「旧世界騒乱・Ⅳ」

Side 木乃香

 

うちは、「普通」に生きるって決めた。

でも、完全に「普通では無いこと」を振り切ることも、できひんかった。

それでも中学を卒業してからは、可能な限り「普通」を装うことにした。

 

 

こっちから近付くことは、せぇへん、何があっても。

でも、向こうから来る時は、その時は・・・。

 

 

「チーズバーガーお2つですねー、ご一緒にシェイクもいかがどすかー?」

「うーん、じゃあ、お姉ちゃん可愛いから、買っちゃおうかな」

「あはは、ありがとうございますーっ」

 

 

慣れた手つきでレジを操作して、お会計を済ませる。

奥のキッチンの男の子がハンバーガーを作っとるうちに、シェイク(バニラ)を作ってレジ横のトレイに乗せて、完成したハンバーガーも一緒に乗せて、お客様に渡す。

 

 

何をしとるかと言うと、まぁ、ハンバーガーショップでアルバイトしとるんやけど。

お昼ご飯の時間は、特に忙しいんよ。

今みたいに、一人のお客様しかおらん時なんて滅多に無いんやから。

それでも、もう夕方やし・・・晩ご飯で食べに来る人達が来る頃やろうけど。

シフトの融通が利くのはええんやけど、仕事がキツいのと油がベタつくのがちょっとアレやねぇ。

 

 

「近衛、上がります~」

「うっす、お疲れ様でーすっ!」

「ああ、近衛君、お疲れ様。最近、良く働くねー、近衛さんは可愛いからお客様からも人気があって、助かるよ」

「店長、それってセクハラですよー?」

「え、そうなの、鈴木君?」

「そうですよー、訴えられちゃいますよー?」

「そ、そうなの?」

「あはは、ほな、お疲れ様どす~」

 

 

大学の後輩の鈴木君(キッチンスタッフ、彼女無し)と店長の野口さん(40代前半、妻子持ち)の会話に笑いながら、うちは裏に引っ込んで行く。

野口さんはどこか、お父様に似とるんやけど・・・お父様、元気かな。

ここ2年、連絡も取ってへんけど・・・。

 

 

着替えて、軽く身だしなみを整えて、シフト終わりの手続きをして、皆にもう一度挨拶して、外に出る。

夕方やけど、まだ日は高い、まだまだ夏やねー。

人通りの多い通りで、軽く伸びをした、ん~・・・朝からやったから、疲れたわー。

うちは京都とも・・・そして麻帆良とも違う空気の感触に、目を細める。

 

 

「ん~・・・じゃ、せっちゃんを迎えに行こかな!」

 

 

せっちゃんの方が、うちよりも終わるのが1時間くらい遅いって聞いてたし。

そう考えて、うちは軽やかに雑踏の中へ入って行った。

 

 

・・・麻帆良の外に出て、2年。

うちは今日も、「普通」に生きとる。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

「840円になります、お弁当は温めますか?」

「あ、お、お願いします・・・」

 

 

にこっ、と軽く微笑みながら聞くと、目の前の中学生らしき少年は何故か顔を赤らめながらそう言った。

毎日のように来る常連なのだが、夕方に弁当を買うと言うことは、コレが夕飯なのだろうか。

まぁ、他人の家庭環境をどうこう言う資格は、私には無いが。

 

 

冷たい飲み物類と温めたお弁当を別々の袋に入れて、渡す。

その際、軽く少年と手が触れてしまったのだが・・・。

 

 

「ご、ごごご、ごめんなさいっ!」

「は?」

 

 

何か謝られるようなことをしてしまっただろうか、と首を傾げていると、少年は真っ赤な顔で店の外へと駆けて行った。

・・・何だったのだろうか。

 

 

「桜咲さんも、罪作りねぇ・・・」

 

 

アルバイト先の先輩(24歳女性、フリーター)が、何か訳知り顔で頷いていた。

先輩、裏で伝票の整理をしてたんじゃないんですか。

 

 

「とっくに終わったわよ、準社員を舐めるんじゃないわよ・・・あ、遅いじゃない、藤本君!」

「す、すんません、サークルの予定が押しちゃって」

「ったく・・・あ、桜咲さんは上がって良いわよ、遅くまでご苦労様」

「い、いえ・・・では、お疲れ様です」

 

 

先輩と藤本さん(大学3年生、先輩)に声をかけてシフト終わりの作業をして、着替える。

ふぅ・・・朝から夕方までだから、少し疲れたかもしれない。

とは言え、このコンビニでのアルバイトにもかなり慣れてきた。

4月からここで働かせてもらっているが、最初は目も当てられなかった。

私はこんなこともできなかったのかと・・・驚いた物だ。

 

 

剣の腕など、ここでは何の役にも立たない。

麻帆良とは本当に勝手が違う・・・同じ関東なのに。

 

 

「ごめん、このちゃん。遅くなって」

「あ、せっちゃん・・・終わったん?」

「はい」

「ほな、行こか?」

 

 

本コーナーにいたこのちゃんに声をかけると、このちゃんは読んでいた雑誌を棚に戻した。

ハンバーガーショップでアルバイトをしていたこのちゃんは、30分ほど前に店に来ていた。

このちゃんを待たせてしまうとは・・・。

 

 

バイト先を出て、その後は2人で最寄りのスーパーで夕飯の材料を買った。

そこからさらに、10分ほど歩く。

 

 

「うーん、夏休みも半分が過ぎてもたなぁ」

「そうですね・・・できるだけ早く、単位も取得してしまいたい物ですが」

「せっちゃんは真面目やねぇ」

「このちゃんだって・・・」

 

 

私とこのちゃんは2年前に麻帆良を出て、東京で新たな下宿生活をしている。

長・・・詠春様から十分な生活費の仕送りは受けているが、私達はそれぞれアルバイトをして、将来のために貯金することにしているのだ。

だがアルバイトにばかりかまけて、単位を落とすなんてことはしたくない。

前期の期末試験も、このちゃんはともかく私はかなりキツかったからな・・・。

・・・まぁ、それでも中学生の頃は考えもしなかったろうが。

 

 

まさか私が、このちゃんと一緒に東京大学に通うことになるなんて。

 

 

麻帆良大学でなく、東京大学。

高校時代、暇を見つけては素子様に勉強を見てもらう毎日・・・。

むしろ剣の修業よりも、素子様には勉強を見てもらった時間の方が多かったような気がする。

その素子様も、今では卒業され・・・。

 

 

・・・卒業されたが、今でも大学では素子様と縁のある先輩方が何人かいて、たまにお世話になることもあるが。

あれは、何だったか、そう、素子様の浪人時代の下宿先関係の・・・。

 

 

「ただいまーっ!」

 

 

物思いに耽っていると、いつの間にか私達の下宿のアパートに帰り付いていた。

素子様からは、神奈川の旅館に下宿する話もあったが・・・。

いろいろと考えた結果、木造2階建て6室(空き室2)のこのアパートに下宿することにしたのだ。

古い建物で、家賃の安さと設備の簡素さでは他の追随を許さないだろう。

 

 

ただ、まぁ、何と言うか・・・。

私達を含め、なかなか個性的な住人が多いのが、長所なのか短所なのか・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・101号室:柊薫(兄・大学3年生)・柊菫(妹・中学2年生):

 

木乃香と刹那の2人が暮らす木造アパートには、不思議な兄妹が住んでいる。

両親はおらず、兄のバイト代と奨学金で生活しているらしいのだが、詳しいことは木乃香も刹那も知らない。

ただ、妹が不登校児だと言うことは知っていて・・・。

 

 

「あ、菫ちゃん、ただいまーっ」

「・・・(こくり)」

 

 

木乃香の声に頷いたのは、アパートの庭の家庭菜園のプチトマトの前に座り込んでいる少女だった。

伸ばしっぱなしの黒髪に、同じ色のワンピースの少女。

感情の見えない無表情で添え木に絡まったプチトマトを見つめ、稀に専用のハサミでプチトマトの枝を切り取っている。

 

 

「・・・何をしているんですか?」

「・・・・・・間引き」

「そ、そうですか・・・」

「・・・(こくり)」

 

 

菫のその言葉に、刹那はどこか引き攣ったような笑みを浮かべた。

 

 

 

・103号室:井上三郎

 

「ヒャッハァ――――――――――――ッ!」

 

 

2階へ通じる階段へ向かう途中、1階の中央の部屋から凄まじい音と声が響いた。

刹那は階段へ一歩目をかけた体勢のまま、ビクッ、と身体を震わせるが、木乃香は慣れたようにニコニコしている。

 

 

しばらくその音・・・音楽? と声・・・歌? が響いた直後、その部屋の扉が開いた。

中から出てきたのは・・・。

 

 

七三分けのの黒髪にスーツと言ういでたちの青年だった。

20代前半だろうか、どこにでもいそうな青年だった。

とてもではないが、あのような奇声を発するとは思えない・・・。

 

 

「井上さん、こんにちはー」

「あ、はい・・・こ、こんにちは」

 

 

木乃香が声をかけると、その青年はキョドキョドしつつも挨拶を返した。

こう見えて、東京大学の4年生である。

 

 

「どっか行かはるんですか?」

「は、はい・・・卒論のことで教授によ、呼ばれてて、すみません・・・」

「そうなんどすか、頑張ってくださいね」

「は、はい、どうも・・・はい・・・」

 

 

キョドキョドしながら2人の脇をすり抜け、歩いて行くその先輩に・・・刹那は目を細めた。

悪い人間では無いのだが、別の意味で付き合うのに力のいる御仁だと思った・・・。

初対面では無い分、特に。

 

 

 

・202号室:流島法子

 

2階に上がると、大和撫子がいた。

・・・別に比喩で無く、刹那と木乃香が2階に上がった時、202号室から長い黒髪の着物を着た女性が出てきたのである。

 

 

「あ、ほーこさん、こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 

今度は、刹那も挨拶する。

この女性はこのアパートでは割と普通人なので、刹那も付き合いやすかった。

ちなみに法子は「ほうこ」では無く、本来は「のりこ」と読む。

ただ、本人の意思により「ほうこ」と呼んでいるのである。

どうも、「のりこ」と呼ばれるのが嫌いらしい。

 

 

法子は2人の存在に気が付くと、にこ・・・と淑やかに微笑んだ。

この女性もまた、東京大学の学生である。

ただし、大学院生だが・・・民俗学について研究しているらしい。

 

 

『お帰りなさい、アルバイトお疲れ様。大変だったでしょう?』

「いえ、それ程では・・・」

「それより、早くシャワー浴びたいわぁ」

 

 

その場で、2分程お喋り。

木乃香と刹那は普通に喋り・・・法子は、唇を動かすと同時にせわしなく手も動かす。

いわゆる・・・手話、と言う物だった。

 

 

 

・203号室:桜咲刹那・近衛木乃香

 

103号室と201号室は空き室であるので、最後の203号室が2人の部屋である。

別々の部屋に入ろうと言う話もあったが、どうせどちらかがどちらかの部屋に入り浸るのだから・・・と、ルームシェアすることにしたのである。

節約にもなる、とは木乃香の言である。

 

 

8畳程度の広さ、シャワールーム(トイレとユニット)、押入れが一つ、簡易キッチン。

洗濯機は共同、エアコン無し。

小さなテレビと冷蔵庫、押し入れの中に布団が二組、押し入れの下の収納スペースに衣類などを詰めている。

簡素な作りの部屋だ。

だが・・・この2年、2人で過ごしてきた部屋だった。

 

 

不便を全く感じないわけではないが・・・生きて行く分には、十分だった。

ここが、今の2人の生活空間だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 木乃香

 

シャワーを浴びるのは、うちから。

別に口で約束したわけやないけど、いつの間にか自然とそうなっとった。

高校1年くらいまでは、一緒に浴びようとか誘ったかもしれへんけど。

20歳にもなって、それもどうかと思うようにはなったんえ。

 

 

嫌なわけや無いし、気が向いたら一緒に浴びるのもええかもやけど。

少なくとも普段は、そんなことはしぃひん。

その意味では、中学生の時に比べてベタベタせぇへんようになったなぁ。

 

 

「お先に頂きましたー」

「あ、はい」

 

 

交代した後は、せっちゃんがシャワー浴びとる間にお夕飯を作り始める。

とは言うても、昨日のポトフの残りを温めるだけやけど。

冷蔵庫に鍋ごと入れといたんやけど、傷んでなくて良かったわぁ。

 

 

「シャワー、頂きました・・・」

「はいなー」

 

 

5年前に比べると、うちもせっちゃんも随分と落ち着いたと思うえ。

まぁ・・・あの頃は、いろいろと熱かったしなぁ・・・。

身体つきも、うちは割とメリハリのきいた身体つきになったけど、せっちゃんは本当にスレンンダーって感じに育ったもんなぁ。

サイドポニーもいつからかせぇへんようになって、今はうちと同じストレートやし。

でも今はサラシ解いとる分、若干、一部のサイズが上がっとるけど・・・。

 

 

その後は一緒にお夕飯を仕上げて、一緒に食べる。

食べ終えて、後片付けして・・・特に課題とか無ければ、そのまま2人でまったり。

 

 

「はえ? この芸能人、もう別れたん? この間、入籍したばっかやなかった?」

「ああ、はい・・・どうも一般人の伴侶が浪費癖があったとかで」

「へぇー、そうなんや。せっちゃんって芸能関係も詳しかったんやね?」

「いえ、バイト先の本のコーナーに芸能誌も置いてますので、自然と覚えてしまうんです」

 

 

こっちに来てからアルバイトを始めたせいか、せっちゃんはスポーツとか芸能人とかにも詳しくなった。

麻帆良にいた頃は、そんなことには興味も示さへんかったのに。

・・・まぁ、今も興味あるんかは、ちょっと微妙やけど。

 

 

「「・・・ん?」」

 

 

その時、うちとせっちゃんは、ほぼ同時に同じ方を向いた。

外の方を・・・。

・・・結界に。

 

 

「・・・少し、出かけてきます」

「どこに行くん?」

 

 

膝を立てて立ち上がろうとしたせっちゃんに、うちは聞いた。

するとせっちゃんは、軽く微笑んで。

 

 

「バイト先に、忘れ物をしてしまったので」

 

 

優しく笑いながら、うちに嘘を吐いた。

今回が初めてや無い、「そう言う時」にはいつも、せっちゃんはうちに嘘を吐く。

そしてうちは、それが嘘やとわかっていても・・・それを信じる。

だってうちらは・・・「普通」やから。

バイト先に忘れ物をしてまうことぐらい、あるやろ?

 

 

「そっか・・・はよ、帰ってきてな?」

「はい」

 

 

軽やかに微笑んで、せっちゃんは出て行った。

うちもそれを、笑顔を作って見送った。

うちは、外に出たらあかんから。

 

 

「・・・でも」

 

 

でも、できることはあるえ・・・。

うちは、通学用に使っとる鞄の中から、札を何枚か取り出した。

カリ・・・と、親指の先を噛み切って、自分の血で紋様を描く。

するとそれに、力が宿る・・・。

 

 

このアパートの四方に張り巡らせた結界に反応して力を発揮するタイプの符を、完成させる。

そしてそれを手に、祈る。

 

 

「お札はん、お札はん・・・」

 

 

相手に見えない所から、せっちゃんをサポートすること。

それが結局の所、うちにできる最良のことやと思うから。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

東京で暮らすようになってから、私は刀を持ち歩いてはいない。

もちろん、『月衣(カグヤ)』―――異空間の鞘のような魔法具―――の中には収めているが、持ち歩きはしない。

銃刀法、と言う法律があるらしい。

 

 

麻帆良にいた頃は、欠片も気にしたことは無かったが。

・・・麻帆良において、法律など意味を成さないしな。

 

 

「・・・ちなみに、屋根の上で人と語らうような習慣も無い」

 

 

木造アパートの屋根の上で、私はそう言った。

月明かりの下、私とこのちゃんの日常に無粋に侵入してきた部外者と相対する。

まぁ、初めての経験と言うわけでもない。

 

 

関東には妖怪の総大将もいることだし、その下っ端がこのちゃんの「気」にアテられて彷徨い這入ってくることもある。

だが・・・今、私の目の前にいる者は、そうでは無いだろう。

 

 

9月だと言うのに、白いコートを纏った女。

年の頃は15前後、不自然に青い髪を頭の後ろで束ねている・・・ポニーテールと言う髪型だろうか。

髪と同じ色の瞳が、私を見ている。

屋根の端と端から、お互いを見詰め合っている。

 

 

「・・・一般人の習慣には、精通しておりませんの」

 

 

そう言うと、女はコートの袖口から、ストン、と2本のナイフをその手に落とした。

常人にはそこまでしか見えないだろうが・・・私の目には、はっきりと映っている。

女の身体から、無数の糸が周辺に張り巡らされたのを。

いや、糸と言うよりは・・・。

 

 

「・・・髪の毛、か?」

「ご明察ですの・・・私はB-19。身体の一部を武器とすることができる被験体ですの」

「悪いが」

 

 

何やら自己紹介しているらしい女に対し、私はそれを遮るように言葉を紡いだ。

信条として、「そちら側」の事情は全て無視することにしている。

関係が、無いからな。

たとえ関係があっても、関心が無い。

 

 

「お前はただの不法侵入者だ、叩きのめした後、警察に引き渡させてもらう」

「・・・くすくす、おかしなことを言う方ですわね?」

「他人の住居に侵入しているお前の方が、よほどおかしい」

 

 

剣は抜かず、頭上に右手を掲げる。

どう言う意図で、何を求めてここに来たのかは知らない。

知る必要も無い。

 

 

・・・だが。

この程度で私を・・・「私達」をどうにかできると思っているのであれば、舐められたものだと思う。

 

 

―――――神鳴流・裏八式。

 

 

「斬空掌・散」

 

 

四方に放たれた気の弾丸が、私の周囲を取り囲んでいた髪の毛を全て切断した。

よほど強度に自信があったのか知らないが、相手の女の顔から笑みが消える。

 

 

「そ・・・そんなはずは・・・私の生体装具が、その程度の気で」

 

 

・・・説明してやる義理は無いので、説明はしない。

だが、あえて言うのなら・・・ここは、私達のホームグラウンドだ。

それに、先程から私を包むような気・・・このちゃんの魔力を感じる。

 

 

・・・近衛木乃香の、聖なる結界。

これは私の力を強め・・・逆に相手から力を奪う。

この結界に触れた時点で、相手は不利な状況下での戦いを強いられる。

 

 

加えて言えば、私は、知っているから。

この女よりも遥かに強い、糸遣いを。

人形遣い(ドールマスター)>と呼ばれる・・・金髪の少女を。

そして・・・その家族を。

 

 

「・・・この!」

 

 

焦ったのか、女がナイフを構えて、突っ込んでくる。

焦りか・・・実戦経験は少ないのかもしれない。

手段が一つ封じられた程度で焦るような戦い方は、5年前の時点で捨てた。

そうでなければ・・・これまで生きては来れなかったから。

 

 

女のナイフが、左右から迫る。

月光に煌くそれに対して、私も両腕を振るう。

 

 

「神鳴流・桜楼月華」

 

 

キキンッ・・・と音を立てて、ナイフの刃が折れる。

私の左右の手の指の間に、折れたナイフの刃が挟まれている。

ぶわっ・・・と、技の余波が桃色の花弁の形となって、舞う。

その向こう側には、驚愕に歪む女の顔。

 

 

これも・・・私は、知っているから。

この女よりも遥かに強いナイフ遣いを、知っているから。

チャチャゼロと言う、金髪の少女の従者を。

そして・・・その家族を。

 

 

「神鳴流・烈蹴斬」

「・・・!」

 

 

鋭く、気を乗せた蹴りを放つ。

ナイフの柄を捨てて、女が素早く離れる。

 

 

ザザ・・・と膝をつき、女が顔を上げる。

すると、ツ・・・と頬が切れ、そこからかすかに血が流れる。

それを視線だけで確認した女は、今度は怯えたような目を私に向ける。

 

 

「そ・・・」

 

 

震える声音で、女が言う。

 

 

「それだけ強くて、何故・・・!?」

 

 

何故、の意味がわからないのだが。

 

 

「それだけの強さを持ちながら、何故、こんな場所で・・・!?」

「何故の意味がわからないが・・・お前が私達の生き方に疑問を感じていると言うのなら、こう答えるしか無いな」

 

 

右の拳を握り込み、気を込める。

誰に見られるかもわからないんだ、手早く済まさせてもらう。

 

 

「私達が、そう生きたいからだ」

 

 

普通に・・・普通に、生きる。

私達にとっては、それが全てだ。

私にとっては・・・それで全てだ。

 

 

大学の勉強は難しいが、楽しい。

アルバイトも大変だが、面白い。

そうして私達は、今を生きている。

いろいろな人と関わり合いながら、生きている。

 

 

それを、邪魔すると言うのであれば・・・誰であろうと排除する。

相手が裏の人間であれば、なおさら。

 

 

私は、このちゃんの剣。

このちゃんに触れる者、全て・・・私が。

 

 

斬る。

 

 

ふっ・・・と、一瞬で間合いを詰め、振り上げた右拳を振り下ろす。

神鳴流・・・青山素子様、直伝。

 

 

「紅蓮拳!」

 

 

女がとっさにとった防御を破り、その身体を殴り飛ばす。

グニッ・・・と、奇妙な感触が拳に伝わる。

 

 

「・・・羨ましいですわ・・・」

 

 

不意に、女の囁くような声が聞こえた気がした・・・。

殴り飛ばされた女は、悲鳴も上げずに吹き飛び、屋根の下・・・に落すのは不味いので、襟首を掴んでぶら下げる。

 

 

「・・・さて、後は警察にでも・・・・・・な?」

 

 

女の襟首を掴んでいた左手が、不意に重みを感じなくなった。

・・・驚いて見てみれば、私の左手にはコートしか残っていなかった。

逃げられたか・・・? いや、まさか、そんなはずは。

だが、実際にいないわけだし、しかも周辺に気配すら感じない。

 

 

・・・逃げられたの、か?

私の持っているコートの端からは、サラサラと砂のような物体が零れ落ちるばかりだった――――。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

四国、松山。

旧関西呪術協会の重要拠点のひとつであり、飛騨のリョウメンスクナノカミ同様、強力な妖怪が封印されている場所。

ここ2年ほど、どうも封印が弱まっているようで・・・眷属が集まり、現地の日本統一連盟の支部に配置されている部隊と小競り合いを繰り返しているとの報告があります。

 

 

どうも笑い話で済まないレベルの騒動になりそうだと言うので、本山の戦力で再封印することを決断しました。

そして今夜になって、ようやく到着したのですが・・・。

 

 

「なるほど、そうですか・・・」

 

 

その眷属達―――808匹の狸とも聞いていますが―――が立てこもっている山の前に築かれた陣の中で、私は麻帆良からの報告を受けていました。

どうやら、只ならぬ侵入者があったとかで・・・。

 

 

目的は、旧3-A・・・いえ、アリア君の縁者。

どう言う意図で狙ったかは良くわかっていませんが、どうもアリア君絡みの問題らしいのです。

極端な話、高度に政治的な問題に発展しそうなのですよ。

もし本当にアリア君絡みの話だと言うなら、酷く面倒な話だ・・・。

 

 

「それで、捕らえた一人と言うのは?」

『それが・・・』

 

 

携帯電話の向こう側の人物・・・瀬流彦君は、そこで言いよどみました。

怪訝に思い、聞いてみると・・・一人は確かに捕らえたのですが、3時間後、死亡したとのことです。

別に拷問したわけでも、自白の魔法に抵抗されたわけでもない。

そもそも、そんなことをせずとも非常に協力的だったと。

 

 

・・・襲撃者にしては、奇妙な対応ですね。

良く、わかりませんが・・・。

 

 

『どうします? 魔法世界側の天ヶ崎さんを通じて抗議しますか?』

「ふむ・・・いえ、抗議はひとまず置きましょう」

『では、何も言わないので・・・?』

「いえ、こちらで何があったかは伝えてください、抗議の形にはせず・・・しかしこちらの不満は伝わるように」

『・・・ええー・・・?』

「千草さんなら、上手く伝えてくれるでしょう」

 

 

直接的に抗議の形にすれば、魔法世界側との関係がこじれてしまう可能性もあります。

と言って、まるきり不満を表明しないのでは旧世界連合の加盟組織に対して面子が立ちません。

なので正式な抗議という形は取らずに、しかし口頭で不満を伝えるに留めます。

無論、情報交換と事情の説明はして頂きますが・・・。

千草さんなら、上手くやってくれるでしょう。

 

 

その後、連絡を終えた後・・・私は東の空を見上げました。

星空・・・同じ星空の下にいると言うのに、遠い・・・。

麻帆良で捕らえた嫌に協力的な侵入者・・・その少女によれば・・・。

 

 

「木乃香・・・刹那君・・・」

 

 

あの2人なら心配ない・・・とは思う。

2人が揃っていれば、私よりも遥かに強いのですから。

だが、それでも・・・。

 

 

「長! 四国妖怪に動きが!」

「・・・わかりました、すぐに行きます」

「はっ!」

 

 

木乃香達が麻帆良を出て、2年。

2年前のあの時から、私は木乃香達とは連絡を取っていない。

「普通」に生きているあの子達に、私の存在は不要だから。

だが・・・それでも、信じても良いでしょうか。

 

 

・・・・・・強く、生きていると。

 




刹那:
お久しぶりです、桜咲刹那です。
このちゃんや素子様のおかげで、東京大学に入学することができました。
勉強は難しいですが、何とか頑張っています。
このちゃん狙いの襲撃者は稀に来ていましたが、最近は数も減ってきました・・・このちゃんも、自分の力と存在の制御に自信ができてきたようです。


刹那:
旧世界編は、とりあえず私達の話で終わり・・・魔法世界側から来た4人組は、全滅と言う結果に終わりました。
・・・何をしに来たのかは、依然として謎が残りますが。
そう言うわけで、次回からは再び魔法世界側の話に戻ります。
そうですね・・・私達が「Ⅰ」と遭遇している時、魔法世界ではどういう動きがあったか・・・のような話になるようですね。
それでは、また機会があれば・・・。


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第3部第8話「魔法世界騒乱」

Side アリア

 

新オスティア宰相府の私の執務室・・・机の上には、相も変わらず書類の山が積まれておりました。

とは言え、私が処理しなければならない書類では無く、もっと別のものです。

この5年間、改訂に改訂を重ねた物・・・。

 

 

「やっと、成文化に漕ぎつけましたか・・・憲法・・・」

「商・民・刑・訴訟の4法典に関しては、旧ウェスペルタティアに漫然と存在していた法律を整理して成文化、と言う手段も取れましたが・・・憲法に関しては初めての試みでしたからね」

 

 

国家の組織や統治の原則を定める最高法規、「憲法」。

旧世界から持ち込んだ概念ですが、統治する上では成文化された法典は必要不可欠。

憲法はその頂点であり・・・現在、私一人に集中している無制限の権力に枠を嵌める物です。

 

 

これを持って来てくれたクルトおじ様も、眼鏡を押し上げつつ、遠くを見るような目をしました。

おじ様が専門家中心の制憲委員会をまとめておりましたから、感慨深くもなるのでしょう。

 

 

「これが施行されれば・・・いよいよ、立憲体制への本格的な移行が始まりますね」

 

 

・・・ウェスペルタティア王国憲法。

官僚や法学者、在野の政治家が発表した私擬憲法を多少は参考にしつつも、形式としては君主である私が制定することになるので、欽定憲法に属する形を取っています。

故にその中核理念は「(女)王から王国民への主権の委譲」、と言うことになっています。

 

 

立憲主義、(女)王大権、議院内閣制、王国民の諸権利、司法権の独立・・・などが内容の柱です。

そして、憲法に負けず劣らず重要な法律が・・・。

 

 

「議会法・・・議会の開設については、5年前から繰り返し王国民の方々にも伝えてきましたが・・・」

「在野の政治活動家を中心に、いくつかの政党が結成された模様です。本日これから、アリア様には有力政党になると思われる政治グループの代表に会って頂くことになっておりますが」

「それは・・・楽しみですね」

 

 

私に代わって、立法権と行政権を執行することになる人達です。

議会政治が定着すれば、私の仕事もぐっと減ることでしょう。

・・・一瞬、議会を永久解散してやろうかと思ってしまうフレーズです。

 

 

「今年から政党の登録が開始されていますが・・・全国規模で有力な政党は6つと言う所でしょう。後は小規模な地方政党がチラホラ、と言う程度ですか」

 

 

ウェスペルタティア王国議会は形式としては(女)王から立法権を委譲される機関ですが、実質的に唯一の立法機関です。

一応、(女)王にも議会の解散・召集の権利はありますけど・・・形式的な物です。

形態は、いわゆる2院制です。

 

 

まず貴族院(上院)。

議席数は178、貴族院とは言いますが、貴族以外の議員も存在します。

終身の貴族議員(王国残存貴族84家から1名ずつ)、地方代表84名、勅選議員10名で構成されます。

下院に再考を促すための議会として、識見に富んだ議論を期待しています。

 

 

そして最重要、庶民院(下院)。

自由選挙によって公選された議員で構成され、議席数は302。

・・・選挙区の区分けとかで揉めてますけどね・・・小選挙区制か大選挙区制か、とか。

上院に対して優越権を持ち、法律や予算案の議決は原則として下院の決定を優先します。

加えて言えば、この下院の最大会派(政党)の代表が宰相として内閣を組織することになります。

形式上、宰相の任命権は(女)王にあるわけですが・・・あくまで形式であって、儀礼的な物です。

 

 

「いやいや、できればこのまま、宰相としてアリア様を支えたい物ですねぇ」

 

 

キラキラとした笑顔を浮かべながら、クルトおじ様がそう言います。

5年後に予定されている第一回下院選挙が終われば、クルトおじ様は宰相の座を下りることになりますからね。

・・・とは言え、この人・・・自分でいつの間にか政党を組織していたんですけどね!

 

 

クルトおじ様が私と密接に繋がっていることは、良く知られているので・・・私が立法・行政に関する権力を維持しようとしているのでは無いか、との印象を与えかねないのですが・・・。

政党の名前からして、あからさまですし。

 

 

「我が立憲王政党は、旧世界からの農産物(苺)輸入の推進及び魔法世界の農家(苺)支援を重点政策に掲げております、アリア様!」

「熱烈に支持します」

「ありがとうございます」

 

 

・・・いえ、冗談ですよ?

本当に本当に・・・冗談ですよ?

信じてくれますよね?

ただ一つ言うことがあるとすれば、私にも投票権はあるってことですかね。

 

 

「ただ、まぁ・・・まだ問題はありますけどね。選挙法もそうですけど、軍部と内閣の関係とか」

 

 

全軍の最高司令官は(女)王ですが、実質的には内閣の代表である宰相が軍の指揮権を持たねばなりませんし。

形式としては、宰相が(女)王の代理者として軍を統括することになるのですが・・・。

現在はHer Majesty's Armed Forces・・・「女王陛下の軍」と公文書には記載されています。

まぁ、平時は国防省が管理運営するわけで、事実上の文民統制(シビリアン・コントロール)ができてるわけですけど。

 

 

「そうですねぇ・・・確かに問題は山積みですが、女王陛下がオスティアにおられる限りは、解決の糸口も見つかるかと思われます」

「はぁ・・・」

「主要国会議もとりあえず昨日に終了したことですし、しばらくは内政面に集中したい物ですね」

 

 

ニコニコ笑顔で、クルトおじ様がそう言います。

まぁ、つまりはオスティアから出るなと言いたいのでしょうけど・・・。

 

 

・・・心配せずとも、別にエリジウム大陸に親征しようとか思ってませんよ。

大体、多国籍軍的な物がまだ編成途上ですし、まだ向こうが要求を呑むという可能性も残っています。

今の所は。

必要なら、行きますけどね・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

いえね、ここで釘を一本刺しておかないと、アリア様は普通に親征しそうなのでね。

アリア様は好戦的なわけではありませんが、義務感のお強い方なので。

このタイミングで憲法典問題を持ち込んだのも、アリア様をオスティアに留めるためですよ。

 

 

「・・・でも、憲法と議会ができてしまうと、私の仕事も減っちゃいますね」

「それでしたらアリア様、本など執筆されてはいかがでしょう? アリア様はアリアドネー講師の経歴もお持ちですし・・・」

「本ですか・・・?」

「ええ、議会政治は政治への国民の関心が高くないとアレですし、そう言う類の本でもお書きになられては? タイトルは、『竜でもわかる、女王アリアの政治学』・・・売れますね」

「売れるわけ無いでしょう」

 

 

買わせるんですよ。

苦笑を浮かべるアリア様に対し、私は割と本気でそう考えました。

まぁ、個人的には現状のまま、アリア様の超・独裁体制を続けるのもアリかと思っていますがね。

その時、コンコン、と執務室の扉がノックされて・・・絡繰さんが入室してきました。

 

 

「応接室に、お客様がお揃いになられました」

「わかりました」

 

 

アリア様は頷かれると、スタスタと執務室を出ました。

私を右側、絡繰さんを左側に従えて、廊下を歩きます。

・・・背後からガションガションと田中Ⅱ世(セコーンド)の足音が続くのは、もはや常識です。

 

 

「・・・ああ、そうそう、アリア様」

「はい?」

「ドロシー・ボロダフキンとヘレン・キルマノックと言うお名前に、何か心当たりは?」

「・・・メルディアナの後輩だと思いますけど、それが?」

「オスティアで・・・と言うか、ここ宰相府で働いておりますよ?」

「・・・はい?」

 

 

ふと足を止めて、アリア様が怪訝そうな表情を浮かべられました。

ああ・・・やはり、ご存じありませんでしたか。

とは言え私も官僚候補生の顔と名前までイチイチ覚えてはいませんが・・・この間、雇用者名簿をパラパラめくっていた時、経歴に「メルディアナ」とある新人がおりまして・・・もしやと思ったのですが。

 

 

オスティアの王立ネロォカスラプティース女学院に所属する生徒で、ボロダフキンさんは魔獣医候補生、キルマノックさんは法務官候補生として働いています。

そうですか、アリア様の・・・・・・ふむ。

 

 

「それは・・・知りませんでした」

「お会いになられますか?」

「え? うーん・・・会いたいですけど、やめておきます。立場とかありますし・・・」

 

 

まぁ、たかが候補生に女王が会うと言うのもおかしい話ですしね。

その2人のためにも、公的な立場で会うのは控えた方が良いでしょう。

・・・存外、2人がアリア様に連絡を取っていないのも、そのあたりが理由かもしれませんね。

 

 

その後、再び歩き出し・・・5分もしない内に応接室に到着しました。

中にいるのは・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

応接室にいるのは、5年後の総選挙で有力な存在になると考えられている政治勢力の代表者の方々です。

私個人としては、アリアさんの仕事量を減らしてくださる方々だと認識しております。

大いに頑張って頂きたい所です。

 

 

今日は政策や仕事の話では無く、あくまでも挨拶が目的です。

将来、円滑な議会運営を行う上でも、定期的に会って話をするのは重要だとのことで。

宰相の方とは、毎週内奏と言う形で非公式に会うことにもなっておりますし・・・。

ちなみに内奏とは、国政に関する報告のことで、国王と宰相の間で相談・助言をし合う重要な会合です。

 

 

「初めまして、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです。本日はお忙しい所を集まって頂き、感謝に堪えません」

「はーい、陛下、笑顔でお願いしまーす!」

 

 

パシャッ・・・と例によって例の如く、広報部のアーシェさんがその様子をカメラに収めます。

どこからともなく現れる彼女は、我が広報部のブラボー4・・・。

無論、私は常に録画モードですが。

・・・最近、新聞も始めました(by 広報部)。

 

 

「お、お初にお目にかかります、女王陛下・・・わ、私は、プリムラ・ディズレーリと申します・・・」

「はい、初めまして」

「・・・世の中を動かしているのは世間一般の人々が思っているような人物とは、まるで違う人物だと知ってはいましたが・・・いやはや・・・」

 

 

緊張のためか、どこか震える手でアリアさんと握手を交わすのは、プリムラ・ディズレーリ女史。

30代後半の女性で、茶色の髪と瞳に、黒を基調とした淑女然とした服装をしています。

ウェスペルタティア保守党の党首であり、政策としては保守主義を掲げているそうです。

大ウェスペルタティア主義を掲げてもおり、基本的にアリアさんを支持する一派です。

 

 

「初めましてですな、女王陛下。今後ともよろしく」

「はい、お手柔らかに・・・」

 

 

続いて、厳格そうな初老の男性がアリアさんと握手を交わします。

50代の男性で、禿げかけている白髪頭に、黒の瞳を鋭く細めて、アリアさんを観察しているようです。

この方の名はエワート・グラッドストン氏、自由党の党首です。

自由主義を掲げており、低所得者・外国人移民に人気があるとか。

 

 

「初めまして女王陛下、突然ですが倒れるまで仕事をしていると言うのは、おやめください」

「最初の一言目がそれって、凄いですね・・・」

 

 

次は、王国民主党、略して王民党のボルゾイ・レーギネンス氏。

年齢は57歳で、真っ白な髪をオールバックにした初老の男性です。

福祉と教育に力を入れている団体で、子育て世代が支持基盤とか。

 

 

「お初にお目にかかります、ヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアーと申します」

「あ、はい・・・これから、よろしくお願いしますね」

「は、はい・・・聖母様」

「・・・は?」

 

 

次は、ヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアー氏。

亜人と人間のハーフで、元裁判所勤務の判事の方です。

指導する団体は熱烈な王室支持者が多いとされる、キリスト教民主同盟。

・・・何でも、5年前の戦いの際、シスターシャークティーの説法を受けたのが始まりとか。

そこで博愛主義に目覚め、何故かアリアさんを聖母マリアの生まれ変わりだと思っている、とか。

 

 

「ろ、労働者の生活を改善することが、自分の役目だと考えています!」

「それは素晴らしいことだと思います、一緒に頑張りましょう・・・」

「重要企業の国有化と失業保険を含めた社会保障の充実こそが、肝要だと考えています!」

「・・・・・・そ、そうですか」

 

 

アリアさんの笑顔を若干引き攣らせたのは、ジェームズ・ハーディ氏です。

どちらかと言えば左派に属する、ウェスペルタティア労働党の指導者。

社会保障の充実と企業の国有化、労働者の権利拡大が売りだとか。

あらゆる戦争に反対する集団としても、有名です。

 

 

・・・以上の5党にクルト宰相の立憲王政党を含めた6党が、全国規模の政党になります。

後は、魔族の人権を訴える政党や地方自治権の拡大を訴える政党など、地方レベルの物になります。

とにかく、この6党の内のいずれかが、がアリアさんから移譲される権力を、5年後に持つことになります。

 

 

私にも参政権があるのですが、さて、どうしましょう・・・?

マスターは選挙その物に興味が無いようですが。

 

 

 

 

 

Side 元メルディアナ校長

 

旧オスティアの浮島の一つに、牢獄と言うには豪奢な屋敷がある。

3階建ての西洋式の建物で、魔導技術を使用した壁と堀に四方を囲まれている以外は、ちょっとした貴族が住んでいるのではないか、と思えなくもない設えの屋敷だ。

 

 

だが屋敷の中にいるのは貴族では無く、政治犯。

それも叛逆に加担したような高レベルの政治犯、有り体に言えば、5年前の旧公国において宰相の地位を受けながら死刑にもならずに生きながらえている政治犯の、居場所だ。

言ってしまえば、屋敷にいるのは私だ。

 

 

「ふんっ・・・まだ、しぶとく生きておったか」

 

 

普段は滅多に来客も無いが、定期的にこの屋敷に私を訪ねてくる者がいる。

それは、一国の女王であったり・・・今、目の前にいる偏屈な老人だったりする。

 

 

「お前に偏屈呼ばわりされる覚えは無いわい」

 

 

偏屈な老人・・・スタンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、勧めもしていないのに応接室の椅子にどっかりと腰かけた。

変わらない様子に、苦笑を浮かべる。

 

 

「・・・で? お前、いつまでこんな場所で楽をしとるつもりじゃ? ん?」

「いや、一応、私は裁判で戦犯認定を受けているのだが」

「自分で名乗り出たくせに、良く言うわい」

 

 

そうは言っても、私が名乗り出んことには、目に見える形で「公国の終焉」を演出できんかったしな。

目に見える形で責任を取れるような人物は、軒並みグラニクスに逃げたからな。

それに、どのような形であれ、公国の統治に協力したのは事実。

 

 

スタンや村人を救った功績と言うことで減刑され、こうして衣食住には困らない生活を保障されているだけでも、僥倖だと思うべきだろう。

 

 

「・・・そう言うお前も、聞いたぞ。5年後には議員様らしいでは無いか。新聞で見たぞ」

「ふんっ、ワシは了承した覚えは無いぞ」

 

 

そう言って鼻を鳴らすスタンに、私はまた苦笑する。

一応、ウェスペルタティアの主要な新聞には毎日、目を通している。

それによれば、スタンは5年後に開かれる議会に議席を得ることになっている。

とは言え宰相を輩出する下院では無く、上院の貴族院に勅選議員として席を占めるのだが。

 

 

「お前がやれ、ワシは村の農業を見るので忙しいんじゃ!」

「いや、だから私は戦犯認定を受けていて・・・」

 

 

ちなみにこのスタン、旧オスティアの浮き島の一つに村を再興した。

しかも、この5年間で農業に力を入れているらしいのだが・・・。

 

 

その農業は、苺栽培なのだ。

・・・どうも、孫(的存在)が可愛くて仕方が無いらしい。

まぁ、6年も石化していたわけで、気持ちは分からなくもないが・・・。

素直で無い所も、変わっていないようだ。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「ほう、今回は我らが女王は親征しないのか」

『ああ、どうやらそうらしい』

 

 

通信画面の向こうで、蜂蜜色の髪の男がどこか安心したように頷いていた。

女王のことを心配していたのだろう・・・前線に立てば何があるかわからんしな。

まぁ、女王自らが軍を率いると言うのは兵の士気を上げる要因にはなっても、究極的にはそれ以外のメリットが無いからな。

 

 

俺が今いるのは、25年前の大戦における激戦の地、グレート=ブリッジ要塞。

5年前のトリスタン条約とその付属協定で、メガロメセンブリアからウェスペルタティアに譲渡された軍事要塞だ。

全長300キロに及ぶこの巨大要塞は、今では旧公国領の治安と要塞両岸の守備と言う表向きの仕事の他、南で国境を接する帝国軍と睨み合うと言う役目がある。

友好国ではあるが、帝国はウェスペルタティアでは無いからな・・・揉め事もゼロでは無い。

実際、国境紛争寸前にまで行ったこともあるのだからな。

 

 

「・・・で、わざわざそれを伝えに俺の部屋に秘匿通信をかけたのか、グリアソン」

『別にそれでも構わんが、どうも面白い噂を聞いてな』

「ほう、噂か」

 

 

長年の付き合いだ、グリアソンの言う「噂」が事実上の「本当」である可能性は高い。

現在俺は女王の名の下に王国西部の治安権限を掌握しているが、グリアソンは中央で王国陸軍全部隊を指揮する立場にある。

階級は同じ元帥だが、やっている仕事は内と外、苦労も悩みも違うわけだ。

 

 

ただの軍人がやるには、少々荷が重いがな。

まぁ、5年もここの駐屯軍を率いていれば、勝手もわかってくるが・・・。

 

 

『エリジウム大陸の統治機構のトップに、リュケスティス、お前を・・・と言う声が政府内にある』

「・・・何?」

『先日の主要国会議の話し合い―――もちろん、非公式の話し合いの部分だが―――で、実はエリジウム大陸を制圧した後の分担・・・分割協議があってな。エリジウム大陸北部は一旦、ウェスペルタティアの信託統治領になることが決まったらしい。南部は帝国領に、シレニウムはアリアドネーだそうだ』

 

 

エリジウム大陸の北半分と言えば・・・グラニクスこそ外れる物の、軍港ブロントポリスやケフィッスス、セブレイニアなどを含む広大な領域だ。

面積だけなら、ウェスペルタティア本国の2倍以上。

 

 

しかも陸軍だけでなく、駐留艦隊の指揮権も俺に一任し、かつ民政面での権限も俺に。

臣下に与える権限としては、巨大すぎる気もするが・・・。

 

 

『何でも、女王陛下が特にお前を、とのことらしい』

「ほう・・・我が女王が、俺をな」

『また、お前はそんなヒネた言い方をして・・・』

「誰かと違って、ヒネた育ち方をした物でな」

 

 

そう軽口を叩きつつも、俺の胸の内にはかすかな興奮の熱が生まれつつあった。

委任統治の期間は限定的な物だろうが、それでも軍人としての俺では無く、一種の執政官としての俺の能力が試されると言う状況に、興奮を覚えるのだ。

だが女王が俺を推薦すると言う状況を、果たして喜ぶばかりで良いのかどうか。

あのクルト・ゲーデルなどは、さて、どう思っているのか。

 

 

例えば、奴はこの5年間で我が女王の王権を強化すべく動いていた。

我が国には5年前の段階で、200家以上の貴族がいたわけだが・・・今では半数も残っていない。

旧公国に荷担した貴族はもちろん、叛乱、不正、汚職、領地経営の不備・・・様々な理由で多くの家が廃絶した。

結果として王家の領地が増大し、王権が強化されて中央集権が進み・・・今では王室領が王国の過半を占めている。

この5年間は、クルト・ゲーデルが女王アリアの覇権を確立した5年と言っても過言では無いわけだ。

だからこそ、伝統的な貴族支配を廃して立憲主義的な議会政治へ移行することもできる。

 

 

・・・正しいが冷徹で、頼もしいが油断ならない。

それが、クルト・ゲーデルと言う男だ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「国境に軍が展開を始めた?」

 

 

新オスティアから帝都ヘラスに戻る途上、帝都ヘラスから緊急通信が入った。

秘匿通信と言うことなので、『インペリアルシップ』の艦橋では無く、艦内の自室で通信を受ける。

昨夜会議が終わり、今朝になって出立したと言うのに・・・忙しないことじゃの。

 

 

通信の相手は、コルネリアじゃ。

コルネリアは2年前まではオスティアで大使を務めていたのじゃが、その経験を買われて、今では帝都で外交・法務の政務官を兼任しておる。

妾はいっそ閣僚に・・・と思ったのじゃが、コルネリアがそれを辞退したのじゃ。

法務官僚に過ぎない自分が一気に閣僚になれば、軋轢を生む・・・とか言っての。

実質的に妾の顧問なのじゃから、変わらんと思うのじゃが・・・。

 

 

『・・・ゼフィーリア近郊の我が国との国境に、新メセンブリーナは部隊の配置を始めました』

 

 

コルネリアの言葉に、妾は頭の中に地図を思い描く。

ゼフィーリアはエリジウム最南端の都市であり、我が国の新領土外縁部に接しておる。

とは言え、新メセンブリーナは我が国の新領土統治を認めておらんがな。

 

 

そして我が帝国が本格的な軍の動員を始める前に、その新メセンブリーナが部隊の配置を始めた。

・・・ふむ、これはどう受け取るべきなのかの・・・。

 

 

『現状で動員できる部隊を派遣することも可能ですが・・・いずれにせよ、エリジウム侵攻軍の動員は始まったばかりで、本格的な攻勢には出られません』

「どれくらいかかるかの?」

『軍部の「積極的な」協力があれば、3日もあれば可能です』

「・・・・・・積極的な協力が無い場合は?」

『来年になっても不可能でしょう』

 

 

い、いや・・・それは流石に、不味いのでは無いかの?

いや、まぁ、確かにジャックが前線に立つようになってからは、どうも軍部が私から離れつつあるとは、思ってはいたが。

流石に、国際会議で合意したことにまで反対は、せんじゃろ?

 

 

『するでしょう、普通に。それで傷つくのは陛下の権威であって、軍部の名誉ではありませんので』

「うぐ!?」

『それに、あの筋肉ダル・・・ジャック氏が前線に出れば、大抵の兵士はやる気を失います』

 

 

・・・今コイツ、皇帝の夫になる男をバカにせんかったか?

 

 

「んぁ? 呼んだか?」

「呼んどらん!」

 

 

アホ面下げて昼間から酒を飲んでおるジャックを、シッ、シッ、と追い払う。

確かに、コイツは戦場以外ではあまり役には立たんしの・・・。

やる気を出せば凄いと思うのじゃが、そのやる気が出ん。

 

 

『・・・そもそも陛下は、国内の有力貴族の支持を未だに得ておりません。国内を糾合できていないのですから、仕方がありません』

「む、むむぅ・・・ど、どうすれば良いのか」

『何か、求心力を発揮できるような政策でもあれば、話が変わるかとも思いますが』

「むぅ・・・き、求心力か」

 

 

む、難しいのぅ・・・ううむ・・・。

つまり、こう、皆をやる気にさせれば良いのじゃろ、ならこう、わかりやすい目標を立てるとか。

 

 

「せ・・・世界平和、とか?」

『・・・はぁ』

「技術革新とか・・・そ、そうじゃ、イヴィオンに加盟してみるとか、どうじゃろう?」

 

 

ウェスペルタティアが中心となっておる国家連合「イヴィオン」に加盟すれば、ウェスペルタティアから正式な技術援助を受けることもできる。

魔導技術を使用した製品の輸入もしやすくなるし、民の生活も豊かになるじゃろう。

亜人の健康問題についても、共同研究ができるやもしれん。

タンタルスやフォエニクスなどの都市が、加盟申請をしておるとも聞くし・・・。

 

 

魔法世界の過半を領域に治める帝国が加盟すれば、世界平和にも大きく近付ける。

どうじゃろう、この案は?

 

 

『寝言を言ってないで、もう少し地に足のついた議論をしてください』

「い、いや・・・至ってマジなのじゃが」

『・・・はぁ・・・』

 

 

溜息を吐かれた!

部下に溜息を吐かれる皇帝って、何じゃそれ!

 

 

『・・・イヴィオンの加盟条件の項目をご覧になったことは?』

「な、無いが?」

『・・・・・・イヴィオンに加盟するためには、ウェスペルタティア女王を「共同元首」として認めることが必要になります』

「・・・あ」

 

 

それは確かに・・・無理じゃな。

帝国の元首は妾じゃし・・・加盟したとしても、ヘラス帝国皇帝がウェスペルタティア王国女王の風下に立つことを意味する。

形式的なこととは言え・・・帝国の民は、それを認めることはできんじゃろう。

 

 

『無論、私も認められません。我が帝国が王国の属国になるようなことは』

「いや、一応両国は対等で・・・」

『それは、建前でしかありません。この世に対等な国家など、存在しません』

 

 

・・・うぅむ・・・せ、正論じゃの。

どうした物か・・・。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

移動中であっても、できることはあるわ。

アリアドネーの戦乙女騎士団を始めとする軍事力の発動を、担当者に連絡すること。

さらに・・・。

 

 

「私が戻り次第、アリアドネー特別教授会を開催したいと思います」

『ほう、教授会を・・・』

『主要国会議の結果についてなら、何も教授会を開かなくても良いのでは?』

「いえ、今後のアリアドネーの在り方についてのコンセンサスを得たいのです」

 

 

アリアドネーの政治機能は、基本的に教授会が握っているの。

教授会に参加できるのは、アリアドネーで教授の称号を得て、しかも5年以上勤務している者。

アリアドネー全体の行政や研究、教育に幅広いを影響を持っているわ。

アリアドネーの代表である総長(グランドマスター)は、この教授会から選出される決まりよ。

 

 

私も10年以上前に教授会から選出されて、総長の地位に就いた。

そしてアリアドネーへ向かう途上の執務室で、私は私を支持している教授達と話している。

 

 

「オスティアで各国の代表に探りを入れ、会談を重ねた結果・・・私は、アリアドネーの在り方について、皆と議論する必要があると確信しました」

『ほう・・・時代が変わるか』

『中立を捨てると?』

『いや、それはできません・・・我々の存在意義に関わる』

 

 

私達アリアドネーの「中立」が機能していたのは、5年前の段階まで。

つまり、帝国と連合と言う2大国が併存していてこそ、私達の「中立」には意味があった。

しかし連合が崩壊し、帝国が不安定化し、ウェスペルタティア中心の国際秩序が形成されつつある今。

 

 

「私達は、政治的な中立主義を捨てるべきではないでしょうか?」

『ウェスペルタティアに屈すると?』

「覇権を認めることは、仕方が無いと思います。今後はあの国が世界の覇権を握るでしょう」

『しかしそれでは、我がアリアドネーの政治的独立が維持できないのでは?』

「政治的な独立は手段であって、目的では無いはずです」

 

 

アリアドネーの目的は、あくまでも学問・研究・教育の自由の確保のはず。

これまでは連合や帝国の干渉を跳ねのけるために、武力でもって政治的独立を確保してきた。

しかし、魔法世界に統一された秩序がもたらされるのであれば、形式的な独立に拘る必要は無いはず。

 

 

研究・教育への国家権力の不当な介入を許さない。

逆に言えば、それさえ認められるのであれば、どの国が覇権を握ろうと構わない。

 

 

「教育・研究の国家権力からの自由と自治、これさえ認められるのであれば・・・ウェスペルタティア女王を形式的な共同元首として戴くことも、イヴィオンに加盟して直接的な技術援助を受けることもできるはずです」

『イヴィオンにか・・・』

『それは少し、飛躍しすぎでは?』

 

 

現に、魔法世界はその方向ですでに動き始めているわ。

オスティアでのいくつかの会談、クルト宰相との宴席での会話で私はそれを肌で感じた。

ウェスペルタティアの支援を受けているパルティアやアキダリアは、未曾有の経済発展の段階にある。

イヴィオン加盟国オレステスなどは、議会政治導入を条件にウェスペルタティアとの合併を検討していると言う話しすらある。

テンペ、タンタルス、フォエニクスなどの諸都市は、すでに加盟交渉に入っているし・・・。

 

 

「現に私達は政治的な独立を有しているが故に、エリジウム大陸への派兵と言う、本来、学問とは関係の無いことまでする必要に迫られています」

『むぅ・・・』

『5年前までは、このようなことは無かったのだがな・・・』

 

 

教授会は基本として、全会一致が原則。

平時には良いのだけれど、変化が必要な時には迂遠に感じてしまうわね・・・。

けど、とにかく説得と根回しを急がなくては。

私の支持者ですらこうなのだから、反対派に話をするのはもっと大変でしょうね・・・。

 

 

『ふむ、なるほど、了解した』

 

 

その時、新しい通信が繋がった。

何人もの教授の顔の横に、もう一人、別の教授の顔がならぶ。

その教授は、金に銀を一滴たらしたような色合いの毛並みを持つ猫の妖精(ケット・シー)だった。

 

 

『何、ウェスペルタティア女王は我がアリアドネーの講師でもあった御方だ。ワタシはアリアドネーの名誉教授の一人として、セラス総長の考えに賛意を表明させて頂こうと思うが・・・よろしいかな?』

「あ、貴方は・・・」

『・・・反対派の説得は、私がしよう』

 

 

翡翠の騎士、猫の騎士、お伽の国の魔法使い・・・。

フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵。

通称、バロン先生が・・・茶目っ気たっぷりに、私にウインクして見せた。

 

 

 

 

 

Side 近右衛門

 

ガイウス・マリウス・・・と言う提督がおる。

メガロメセンブリアの宿将であり、5年前の戦争後はエリジウム大陸の軍港都市、ブロントポリスに身を置いておった。

本国であるメガロメセンブリアに戻ると、艦隊を放棄せねばならぬ故、エリジウム大陸に駐留せざるを得なかったのじゃろう。

 

 

ただ本人の意思では無く、部下が処罰されたり、職を失うのを恐れたためとも聞いておるが。

何と言うか、くじ運が悪いとしか思えんの・・・ワシも、良い方では無いが。

 

 

「お断りします」

 

 

まぁ、今まさにグラニクスの連合評議会・・・つまりはワシの目の前に壇上に立たされておるのが、そのマリウス提督なのじゃが。

メガロメセンブリアの軍服に身を包んだその姿は、厳格な雰囲気を滲ませておる。

もう70歳に達するかと言う年齢ながら、威圧感はこの場にいる誰よりも強い。

 

 

6個軍団4万、4個艦隊292隻。

彼の麾下の軍団は、間違いなくエリジウム大陸最強の武力集団じゃろう。

追い詰められたグラニクスの評議会の面々が、彼を頼ろうとするのは当然の選択じゃったが。

今まさに、その要請を断られた所じゃった。

・・・まぁ、そりゃそうじゃろうなぁ。

 

 

「こ・・・断ることはできん! これは評議会の命令なのだ!」

「お断りします」

 

 

グラニクスの評議会は、結局の所、オスティアから発せられた国際社会の要求を拒否することにしたのじゃ。

何故、受け入れられないのか・・・テロリストの身柄を確保できていないからと言うだけではあるまい。

つまり、やましいことをしている者しか、残っておらんのじゃ・・・。

 

 

「私はメガロメセンブリアの軍人であり、メガロメセンブリア本国の発した命令以外には従いません」

 

 

うむ、正論じゃな。

しかも彼の軍は、実は新メセンブリーナ連合の支援を受けていないのじゃよなぁ。

 

 

ブロントポリス郊外に広大な土地を借り、艦艇を仮設宿舎として使用し、屯田兵よろしく自給自足の生活を営んでおるのじゃから。

作物の種子などは自分達が住民支援用に持っていたのを使い、6万人の軍人の食いぶちを細々と養って、しかも近隣の村に食糧を分けてもいると聞いておる。

それは、新メセンブリーナの言うことを聞こうとは思わんじゃろうな。

聞く所によれば、ブロントポリスを彼らの采配に委ねようと言う動きもあるとか無いとか。

 

 

「そうか・・・どうしても我らの命令を受けないと言うのだな?」

「何度申されようと、答えは変わりません」

「そうか・・・ふん、では仕方が無いな、お前達には別の形で役に立って貰おう」

 

 

評議会の代表格が手を上げると、武器を持った衛兵が提督を拘束した。

提督自身は、表情も変えておらぬが・・・。

 

 

「お前とお前の部下達を、テロの首謀者としてウェスペルタティアに引き渡す」

「・・・無駄なことを」

「だが、私達が姿を隠すまでの時間稼ぎにはなるだろう?」

「・・・!」

 

 

・・・その言葉を聞いた時の提督の表情を、ワシは見た。

もしアレが絵になったのであれば、「嫌悪」か「侮蔑」と言う名がついたじゃろうな。

 

 

「今頃、お前の部下の幕僚達は我らの手の者が拘束しただろう・・・さて、もう一度聞こうか、我らのために、多国籍軍の侵攻を食い止めてくれるな?」

「・・・・・・」

 

 

提督は、評議会の面々の顔を烈火のごとき炎を灯らせたような瞳で眺めやった後。

・・・深々と、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

また、戦争が始まる。

エリジウム大陸では、食糧を巡る小規模な争いからグラニクスの評議会への大規模な叛乱まで、いくつもの紛争があった。

 

 

この5年間、僕はそれらを見続けてきた。

人間の汚い部分も、たくさん見てきた。

それはきっと・・・25年前に父さん達が見ていた光景で。

タカミチみたいな人達が、ずっと見てきた光景だと思う。

そして・・・僕が見ようとしなかった、憧れていた物の裏の顔だったんだと、今では思えるようになった。

 

 

「ネギ君、大丈夫かい?」

「うん、大丈夫だよ・・・タカミチ」

「疲れたら、ちゃんと言うのよ?」

 

 

ネカネお姉ちゃんを背負ったタカミチが、僕の方を向いて心配してくれた。

ネカネお姉ちゃんも心配そうにしてるけど、僕は大丈夫。

 

 

僕達は今、グラニクスに向かっている最中。

転送装置とかが使えれば良いんだけど、エリジウム大陸では普及していない。

魔法が使えなくなってから、そう言う方面が急激に不便になった。

 

 

魔法・・・魔法か。

僕も、もう・・・使えない。

使えなくなって初めて、自分がどれだけ魔法に助けられていたのかが、わかった。

 

 

「ネギさん、だ、大丈夫ですかー・・・?」

「はい、大丈夫です。のどかさんこそ、辛くは無いですか?」

「は、はいー・・・」

 

 

僕達は、正規の街道を離れて山道を歩いてる。

正規の街道を通った方が近いんだけど、関所がいくつもあって、その度に税金を取られてしまうから。

通行証もあるけど・・・賄賂とか要求されるし。

そう言うのを避けるために、盗賊とかと鉢合わせる危険を承知の上で、山道を歩いてる。

タカミチがネカネお姉ちゃんを背負って、僕がのどかさんを背負って。

 

 

5年前と違って、のどかさんは大人の女性になった。

髪とか・・・身体も成長して。

アーティファクトが使えなくなってからは、ネカネお姉ちゃんと一緒に僕の身の回りのことを世話してくれるようになった。

 

 

本人は、どこか申し訳ないと思ってるらしいけど・・・。

申し訳ないのは、僕の方だと思うから・・・。

 

 

「ネギ君、あと山を3つ超えるとグラニクスだ。頑張って」

「うん、タカミチ」

 

 

・・・あれから、5年。

アリアが何をしているのかは、大体は知っているつもり。

今度、このエリジウム大陸に攻めてくるらしいってことも。

 

 

・・・アリアは、今・・・何を考えて、何をしているのだろう。

父さん達と・・・一緒にいるのかな。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

ヤベェヤベェヤベェヤベェヤベェッ!

・・・あ、いや、それ程ヤバくも無かったか。

 

 

「はぁっ!」

「おっと」

「このっ!」

「ほいっと」

「てやあぁぁっ!!」

「うぉっ、今のは危なかった・・・ことも無かったな!」

「・・・お前!!」

 

 

適当に攻撃を避けてたら、相手の女がキレた。

女っても、まぁ・・・15くらいの小娘なんだけどな。

ボロ布みてーなローブを着てるけど、金髪紫瞳の綺麗な子だ。

 

 

ウェスペルタティア中央部、オストラとオスティアの間くらいの位置にある山。

その中に、俺はいた。

いや、ほら、空を見ろって、もう夕方じゃん?

今日はこの辺の小屋を借りて休もうって話になって、飯とか薪とか、男の俺が用意しなきゃじゃん?

一人は奥さんだし、もう一人は複雑な事情だしよ。

 

 

「お前・・・ふざけてるのか!?」

「はぁ? いや、良く見ろって、真面目に猪とか狩って、薪もほれ、ちゃんと拾ってるだろ?」

「・・・っ!!」

 

 

右肩に猪、そんでもって左手には大量の薪。

こんなに家族のために真面目に働いてる俺に対して、そりゃ無いんじゃねーの?

魔法が使えねーから、結構大変なんだぜ?

 

 

だが、どうも目の前に可愛い子ちゃんは俺の答えがお気に召さなかったらしい。

顔を真っ赤にして、超キレてる感じだ。

 

 

「ん~・・・ってーか、お前誰だよ。出会い頭に森の中で俺みてーなオッサンを襲うなんてよ」

 

 

そう、この可愛い子ちゃんは、山ん中で俺に出会うなり、「ナギ・スプリングフィールドだな! 恨みは無いが、襲わせてもらう!」とか何とか言って、襲いかかってきやがったんだ。

俺の名前と居場所を知ってるだけでも、大したモンだとは思うけどよ。

 

 

「私はS-06! 誇り高き「Ⅰ」の一人だ!」

 

 

どどーん、と名乗りを上げる可愛い子ちゃん、正直な奴だな。

嫌いじゃねーけどな、そう言うの。

ただよ・・・。

 

 

「・・・「Ⅰ」って、何だ?」

「ニュース、見て無いのか!?」

「見たかもしんねぇけど・・・肉体労働担当なモンでな」

 

 

えす・・・ぜろろく? とか言う可愛い子ちゃんは、すげぇショックを受けたような顔をした。

な、何だよ・・・そんなに知っといて欲しかったのか?

つーか、「地方局では映らないのかな・・・」とか泣きそうな顔で言ってんじゃねぇよ。

 

 

「まぁ・・・元気出せよ」

「うん・・・じゃ無く! お前が知っていようといまいと、襲わせてもらう!」

 

 

振り出しに戻りやがった。

S-06は跳びあがって木の枝を蹴ると、小柄な身体付きには似合わねぇデケェ手甲を着けた拳を俺に向けて振り下ろした。

さっきから避けてて思ったんだが、結構な威力だぜアレ、地面がヘコむしな。

 

 

その一撃を、俺は左手で受け止める。

薪がバラバラと地面に落ちる・・・あーあ。

 

 

「な、な、な・・・何でだ!? 魔法の使えない、ただの人間だろう・・・!?」

「ただの人間? おーおい、お前、俺のこと知らねぇのかぁ?」

 

 

ニッ、と笑みを浮かべて、久々の台詞を言ってみる。

 

 

「俺は、最強のサウザンドマスターだぜ?」

「・・・!」

 

 

まぁ、魔法使えねーけど。

でもホラ、俺ってば魔法抜きで嫁さんのピンチ助けちゃう男だし?

 

 

「しっかし、お前、何だって俺を襲うんだ? 普通の女の子だろ?」

「・・・普通な、物かっ!」

「おおっ?」

 

 

バシッと俺の手を跳ねのけて、S-06が俺から離れる。

もう、なんつーか・・・意味不明だ。

何しに来たんだ、コイツ・・・?

 

 

「ふ・・・ふんっ、そんな態度を取っていられるのは、今の内だぞ!」

「あ?」

「お前をここに足止めしている間に、私の仲間がお前の家族を・・・」

「・・・何だと!?」

 

 

流石に驚いて、家族・・・アリカ達のいる小屋の方向を見た。

すると・・・その瞬間、物凄ぇ爆発音と、地響きが伝わって来た。

 

 

「・・・てめっ・・・え?」

 

 

流石に頭に来て、S-06の方を見た。

そしたら・・・。

 

 

「あ、あれ・・・?」

 

 

・・・s-06が、物凄ぇアホ面してやがった。

自分で言っといて、予想外だったのかよ!

 

 

 

 

 

Side S-06

 

ど、どど、どう言うことだ?

い、いや、あいつの・・・G-15の能力なら、多少は派手になるのはわかっていたが。

それにしても、今の爆発はちょっと・・・アレだろ!?

 

 

「おいコラ! 結局の所、お前は何がしてーんだよ!」

「う、うるさい! お前に説明することなど無い!」

 

 

瞬動で山の中を駆けながら、私はナギ・スプリングフィールドにそう叫び返した。

私は全力で駆けているのだが、この男にはまだ余裕があるらしい。

想像以上の規格外だ、何だコイツ・・・。

 

 

コイツを、襲うとか、無理だ・・・。

そうこうする内に、森を抜け・・・山の中にポツリと佇む小屋が・・・。

 

 

小屋が、巨大な地竜に踏み潰されていた。

 

 

「・・・な!?」

「アリカ! アスナ!?」

 

 

ナギ・スプリンギフィールドが驚愕したような声を上げる、とすると、やはりあそこには・・・。

・・・だとすれば。

 

 

「・・・何をしている! G-15!」

 

 

私は、小屋から少し離れた位置に佇んでいたG-15に向けて、怒鳴り声を上げる。

金色の長い髪を持つ、18歳程度の男の身体を持つ「Ⅰ」メンバー。

アイネに頼まれて、女王の家族を襲いに来た仲間だ。

 

 

アイネの望みは、オスティアにいては手出しができない女王アリアを、引き摺りだすこと。

そのためには、女王アリアが理性的に思考できない状況を作る必要がある。

・・・アイネが女王アリアに何の用があるのか、実の所、私達も良く知らない。

だがカプセルから出してくれたアイネの頼みだ、他にすることも無い、アイネのために・・・。

 

 

「アレでは、お前、中の人間も無事では・・・G-15?」

 

 

近くまで行っても、G-15は反応を示さない。

コイツの能力は、竜・・・特に飛行能力を持たない地竜に対する親和性が高いことだ。

現に今も全長20m程の地竜を操り、小屋を踏み潰している。

 

 

だが、私達「Ⅰ」は誰も殺さないことを最初の話し合いで決めている。

少なくとも、直接的に誰かを殺したりはしない。

殺してしまえば、私達は私達を実験動物扱いした連中と、同列の存在になってしまう。

だと言うのに・・・。

 

 

「G-・・・!」

 

 

近付いて、肩に手をかける。

そして・・・私が触れた肩が、ボロッ・・・と崩れた。

 

 

「・・・え・・・?」

 

 

肩だけではなく、身体その物が崩れて、地面に落ちて行く。

な・・・じ、時間が、無くなったのか?

いや、まだ・・・。

 

 

次の瞬間、小屋を踏み潰していた地竜が、身体の真ん中に風穴を開けられた。

ボンッ・・・と言う音を立てて、巨象のような身体が吹き飛ぶ。

 

 

「・・・な、う・・・?」

 

 

状況が、飲み込めない。

そんな私をよそに、地竜の身体が倒れ・・・崩れた小屋の中から、一人の女が姿を現す。

金色の髪に青と緑の瞳、薄桃色のドレスのような衣服。

右手には、上質そうな銀色の装飾の施された剣を持っている。

こ、この女が、G-15を・・・?

 

 

「アリカ!」

「騒ぐな、阿呆・・・食材と薪はどうした」

「うえ?」

 

 

ナギ・スプリングフィールドが、その女の傍に降り立つ。

アリカ・・・アリカ・アナルキア・エンテオフュシア!

もう一人の、オリジナル血統!

この女が・・・。

 

 

「主(ぬし)も・・・私達を襲いにきた者か?」

 

 

アリカに声をかけられた瞬間、ゾワリ、と悪寒が走った。

それは、先程ナギ・スプリングフィールドに対して感じた戦慄とは別の感覚だった。

そしてそれは、アリカに対する感覚では無いと、本能的に悟る。

 

 

・・・アリカの後ろに、誰か。

何か、とてつもない化物がいる・・・!

 

 

「あ・・・オイ!」

 

 

気が付けば、私はその場から逃げ出していた。

あんな化物・・・化物共を一人で相手にするのは無理だ。

だから、伝えに行かなければ、残りの時間で。

 

 

アイネ・・・コイツらは、無理だ・・・!

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「・・・逃げたか」

「あっれー? 脅かし過ぎたか?」

 

 

隣でナギがいつものようにバカなことを言っておるが、私はそれを気にせずに後ろを見る。

そこには、先程の襲撃で崩れた小屋があるのじゃが・・・。

 

 

小屋の中心だった場所に、肘掛け椅子が一つある。

ゆらゆらと揺れるそれには、一人の少女・・・いや、もう女と言っていい年頃じゃな。

一人の女が、そこに座っておる。

オレンジ色のその女の名は、アスナ。

 

 

「・・・」

 

 

地竜の攻撃は、私には防げなかった。

ほとんど、不意打ちに近かったしの・・・だが、アスナが防いだ。

防ぎ・・・私にも気付かせずに、反撃までしておった。

その結果・・・敵の一人は倒れ、もう一人は逃げた。

 

 

アスナの容姿は、5年前に比べれば、大人っぽくなったという表現が的確じゃろう。

私と同じ程度にまで身長が伸び、オレンジの長い髪を背中に垂らしておる。

身体の年齢は、20歳・・・じゃが、その両目は閉ざされ、まるで眠っているかのようじゃ。

眠ったまま、防御本能のみで敵を撃退した。

 

 

「んで? 小屋がこんなんだし、移動するか?」

 

 

そのアスナの頭をワシャワシャと撫でながら、ナギがそう言う。

流石に5年も生活を共にしておればわかるのか、アスナも私やナギには攻撃しない。

元々、敵意無く接することができれば、攻撃行動には入らんが・・・。

 

 

「・・・そうじゃな、できれば2、3日後にはオスティアに着きたいしの・・・」

 

 

これまでは王国辺境を旅しておったのじゃが、様々な理由が重なって、今はオスティアに向かっておる。

理由と言うのは・・・「Ⅰ」のこと、新メセンブリーナとの戦争のことじゃ。

どうも先程の連中がそうらしいが、我が王家のコピー・・・。

 

 

あ、後、もう一つは・・・アレじゃ。

アリアの結婚式が・・・近いしの・・・。

当日に参加できるかは、微妙じゃし・・・何かと不安もあろうしの・・・。

ま、まぁ、アリアの方が私を必要とせんかもしれんし、無駄足かもしれんがなっ。

・・・自分でそう考えて、軽く落ち込んだ。

 

 

「・・・小屋の主には、どう言おうかの・・・」

「何とか何じゃね?」

「軽いな、主は・・・まぁ、主らしいが」

 

 

何はともあれ、一路オスティアを目指す。

アリアは・・・私達の娘は、元気にしておるかの・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「授爵・・・?」

「はい、フェイトは私との結婚後は現在の<女王の騎士(クイーンズ・ナイト)>だけでなく、<女王の夫君(プリンス・コンソート)>の称号を得ることになるので・・・それに伴って公爵位を、と言うことだそうです」

「・・・そう」

 

 

夜、いつものフェイトとの時間。

結局、ミッチェルとの一件のあった夜以外は、フェイトはいつものように私の寝室を訪れるようになりました。

今は、結婚後のフェイトの公的な地位について話している所です。

・・・結婚後の、ね。

 

 

私がテーブルの紅茶の入ったカップを手に取り口を付けると、合わせるようにフェイトもマグカップを手に取り、口を付けます。

 

 

「・・・ここ数年の廃絶続きで、王室領・・・つまり私の領地が増えましたから、そのうちいくつかの貴族領を合併して、新たに公爵領を作るんだそうです」

「・・・そう」

 

 

フェイトは、特に関心が無いようです。

まぁ、土地やら地位やらに興味が無いのはわかってますけど。

 

 

とは言え、フェイトにはオスティア近郊の広大な土地が領地として与えられることになっています。

女王の夫であり、先の戦いでも大功を上げたフェイトに公爵位を授けるのは、むしろ当然とも言えます。

旧オンカイダイ侯爵領、旧ヒュプシスタイ伯爵領、旧エーレクトライ伯爵領など7家の領地を統合して、オスティア南部一帯に新たな公爵家・・・中心地域の名にちなんでペイライエウス公爵家を私の名前で創設することになります。

 

 

ペイライエウス公アーウェルンクス家。

それが、フェイトの公的な家名になるでしょう。

基本的には地方議会と知事が政治を行いますので、フェイトが領主として何かするということも無いでしょうけど、形式的な物はあるかもしれませんが。

加えてフェイトが望むなら、貴族議員としての席も用意されていますが・・・。

 

 

「・・・興味が無いね」

「でしょうね」

 

 

予想通りの答えに、苦笑します。

ですが、その苦笑も・・・すぐに消えます。

 

 

仕事の話が終われば、沈黙が場を包みます。

以前から口数の多い方でもありませんし、以前はこの沈黙がとても心地良く感じられましたが・・・。

今は、どうしてか居心地が悪いです。

 

 

「・・・」

 

 

・・・フェイトの沈黙は、私の気持ち次第でどうとでも取れます。

以前は、沈黙の意味を考えるのがとても楽しかった。

でも、結婚式が近付くにつれて・・・どうしてか徐々に、不安ばかりが大きくなるようになって。

 

 

ミッチェルの件も、何も言いませんし・・・。

毎晩のように来てくれますけど、キスもしてくれますけど・・・。

でも・・・もしかして、と思ってしまうんです。

穿ち過ぎだと、考え過ぎだと、わかっているけれど・・・。

もしかして、フェイトは・・・。

 

 

 

義務感で、私と結婚しようとしているのでは、無いでしょうか?

 

 

 

・・・怖くて、とても聞けない。

フェイトは、何も言ってくれません。

何か言ってほしいと、そう思うのは・・・我儘ですか・・・?

 

 

不安ばかりが増して行って・・・怖いです。

こんな状態で結婚して、本当に良いの・・・?

 

 

 

・・・怖い、よ・・・。

 




アリア:
アリアです、こんばんは。
お気づきの方もおられるかもしれませんが、絶賛、マリッジブルー継続中です・・・。
仕事してる時は、かなり気分が紛れるんですけど・・・。
フェイトの前とか、することが無い時はいろんな不安が噴き出してきて・・・。
・・・どうしたら、良いんでしょう。
何か、良い解消法などは無いのでしょうか・・・。

なお、作中で登場した政党の内。
王国民主党・ボルゾイ・レーギネンス様は剣の舞姫様提供。
労働党・ジェームズ・ハーディ様、キリスト教民主同盟・ヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアー様は伸様提供です。
「魔族の人権を訴える政党」に関しては混沌の魔法使い様が元ネタ提供。
ありがとうございます。


アリア:
次回は、えー・・・今回から2日後くらいですね。
なになに・・・ラブロマンスが書きたいんだそうです。
意味がわかりませんね・・・R指定が入る・・・かも?
では、またお会いしましょう。


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第3部第9話「ブラックコーヒー」

注意点があります、物凄く。

*そして大前提・・・「私のフェイトさんはこんなことしない!」「フェイトさんは私の婿!」と言う方は、今更ですが、ご注意ください!

では、どうぞ!


Side アリア

 

以前にも言ったことがあるような気がしますが・・・。

夢を見ている時、不意に「あ、コレ夢だ」と気付くことがありますよね。

 

 

気が付いた時、私は見覚えのある湖の畔にいました。

私は椅子に座っていて、目の前には白いテーブルと、湯気を上げる紅茶があります。

薫る風の感触は、懐かしいウェールズの物で・・・。

 

 

「・・・お久しぶりです、姉様」

 

 

向かい側に座る女性に、私は微笑みを浮かべます。

腰まで伸びた金色の髪の髪に、身体全体を覆いつつも所々で肌を露出したシャープな服装の女性。

言葉は発さず、ただ微笑みを浮かべるシンシア姉様の姿に懐かしさと・・・痛みを覚えます。

 

 

5年前、「墓守り人の宮殿」で別れて以来・・・初めて、姉様の夢を見ています。

夢にまで見ても不思議では無いのに、どう言うわけか一度も姉様の夢は見なかった。

それが今日に限って、シンシア姉様のことを夢に見るなんて・・・。

 

 

「お久しぶりです、アリア先生」

 

 

でも姉様の口から漏れたのは、シンシア姉様の物とは全く別の声でした。

それを認識した途端、眼前の姉様の姿がブゥ・・・ン、と崩れました。

そして、代わって現れたのは・・・褐色の肌の道化師(ピエロ)。

肩まで伸びた銀の髪に、ピエロのメイクを顔に施した少女・・・。

 

 

ザジ・レイニーデイさんが、そこにいました。

5年前と、変わらない姿で。

 

 

「ザジ、さん?」

「はい、アリア先生。もしかして、他の誰かに見えていましたか?」

「え、ええ・・・」

「申し訳ありません。アリア先生の意識に引っ張られて、姿を維持できなかったかも・・・」

 

 

申し訳なさそうに謝って、ザジさんはテーブルの上のカップを手に取り、口をつけました。

え、と・・・これ、私の夢ですよね?

 

 

「はい、アリア先生」

 

 

言葉にしていないのに、ザジさんはそう答えました。

 

 

「・・・現在、私は姉と共に魔界からこの世界の行く末を観察しています」

「はぁ・・・それは、お疲れ様です?」

「いえ、アリア先生ほどではありません」

 

 

そう言えば、ザジさんのお姉さんがポヨさんなのですから、ザジさんも普通に魔族ですよね。

すっかり忘れていました・・・。

 

 

「今日は特に用事があって来たわけでは無いのですが・・・ご迷惑でしたか?」

「いえ、私も懐かしい顔を見れて、嬉しいです」

 

 

夢の中ですけど。

 

 

「・・・どうも、アリア先生は大きな悩みを抱えているようですね」

「え・・・?」

「魔族と人では習慣に大きな差があるので、コレと言ったことは言えませんが・・・」

 

 

えーと、何の話かわかりませんが、何か励まされているのでしょうか。

ザジさんが軽く微笑むと、視界が徐々に歪んできました。

む・・・?

 

 

「・・・目が覚めた時、最初に出会った人に相談してみると良いでしょう」

 

 

その言葉を最後に、私の視界が闇に閉ざされました。

闇に閉ざされ・・・すぐに、浮上します。

 

 

意識が現実に浮上して・・・とどのつまり眠りから覚醒した時、最初に感じたのは。

額に当てられた、掌の感触でした。

優しい手つきと、すべすべした感触に、うっすらと目を開きます。

 

 

「・・・やはり、熱っぽい気がするのじゃが・・・」

「そぉかぁ? 見た目そんなモンだろ」

 

 

・・・?

誰・・・?

 

 

「む・・・起こしてしまったかの?」

 

 

ベッドの横に、金色の髪の女性が座っているのが見えました。

どうやらその女性が、私の額に触れているようです。

シンシア姉様とは違う、青と緑のオッドアイを持つ、その人は・・・。

 

 

「・・・お母様・・・?」

「・・・うむ」

 

 

私の声に、お母様が、どこか嬉しそうに頷きました。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

母と呼ばれるだけで、胸の奥に仄かな温もりが宿るのを感じる。

私は王宮で幼少時を過ごした故、父や母とこのように接することは少なかったが・・・。

だがこうして娘に触れてみると、どうしようも無く、愛しい気持ちが溢れて来る。

私の父や母は、どうであったのだろうな・・・。

 

 

「・・・どうして、ここに・・・?」

「う、うむ、先程到着した所でな、休む前に様子を見るかと・・・こ、これ、熱があるに・・・」

「いえ、大丈夫です。仕事もありますし・・・それに、コレは多分・・・」

 

 

ベッドの上で上半身を起こしたアリアは、気だるげに自分の下腹部を撫でた。

そして私を見た後、どこか言いにくそうな顔で・・・。

 

 

「・・・お、何だ? 父ちゃんに何か言いたいことでもあんのか?」

「い、いえ、その・・・」

 

 

私の隣でボケッと突っ立っておるナギのことを、見た。

それから、助けを求めるように私のことをチラチラと・・・。

・・・うむ。

 

 

「ナギ、席を外せ」

「ああ? 何でだよ」

「女同士の話があるのじゃ、良いから席を外せ」

 

 

そこから軽い口論に発展し、そして最終的には半ば蹴り出すような形でナギをアリアの寝室から追い出した。

まぁ、いつものことじゃな。

 

 

ナギを蹴り出した後ベッドの横の椅子に戻ると、アリアが軽く驚いたような顔をしておった。

むぅ・・・娘の前でやることでも無かったかの。

だが、まぁ・・・。

 

 

「月のモノの話をするに、男親がいてはの」

「あはは・・・今日が18日ですから、そろそろ始まると思うんですけど・・・」

「ふむ・・・あまりにも辛いようなら、横になって休んだ方が良いぞ?」

「いえ、仕事もありますし・・・大丈夫ですよ」

 

 

ふむ・・・まぁ、女王の役職を背負う以上、すべきことが多いのは理解できるが。

特にアリアの場合、私よりも仕事は多かろう故。

だが、休息を取るのも大事なことじゃ、そこは気を付けさせねばなるまい。

・・・どう伝えれば良いのか、わからぬが。

 

 

「・・・お久しぶりです、お母様。でも、どうして急に・・・?」

「う、うむ・・・朝日が昇る前に到着してな、クルトがすでに起きていた故、アリアの顔を見て行ってはどうかと言われて・・・い、いや、言われずとも様子を見に来るつもりではあったのじゃぞ?」

「は、はぁ・・・」

「そ、それに・・・娘が結婚するとあっては、は、母親として様子を見に来たくもなろう・・・?」

 

 

私の言葉に、アリアの表情がわずかに暗くなったような気がした。

・・・う、む?

 

 

「どうした、何か心配事でもあるのか・・・?」

「い、いえ・・・何も心配事なんてありません。変なことを言うお母様ですね・・・」

「嘘を、吐くでない」

 

 

とは言う物の、私にも確信があるわけでは無く・・・何となく、アリアが嘘を吐いているように感じただけじゃ。

どこか、無理をしておるような気がしてならぬのじゃ。

私が結婚の話をした途端に、表情を固くして・・・・・・もしや。

 

 

「アリア、主(ぬし)、もしや」

「違います」

 

 

私が何か聞く前に、固い声でアリアが制する。

それで、聞かずとも私にはわかった気がしたのじゃ。

 

 

「・・・っ」

 

 

椅子を立ち・・・ベッドの上で上半身を起こしておるアリアを、なるべく優しく抱き締める。

アリアは一瞬、身体を震わせはしたが、跳ねのけはしなかった。

前よりも、上手くできていると良いのじゃが・・・。

 

 

「・・・結婚は、嫌か?」

「・・・嫌では、無いです・・・」

「・・・そうか」

 

 

自分でも拙いとわかる手つきでアリアの髪を撫でながら、私はほっと胸を撫で下ろした。

女王である以上、不本意な婚姻はむしろ当然。

アリアの場合は想い人との婚姻ゆえ―――私もそうじゃが―――もしや、嫌になったのかと思ったのじゃ。

そうでないのであれば、それはそれで良い。

 

 

「でも・・・」

 

 

何かを言いかけたアリアの頭を、ぎゅっ・・・と胸に抱え込む。

柔らかな抱き心地に、目を閉じる。

今のアリアがどんな気持ちでいるのか、わかる気がする故・・・。

 

 

「・・・私もの」

「・・・?」

「主の父と・・・ナギと結婚する際には、いろいろと不安じゃった」

 

 

まぁ、私の場合はその場の流れとか勢いとか、あったがの。

死を覚悟した直後に救われて、舞い上がっておった部分もあったじゃろう。

だがその後に来たのは・・・残された民への罪悪感と、どうしようも無い不安。

妻になることの不安と、いずれ母になる不安。

 

 

そもそも私はそうしたことについては、王族式の教育しか受けておらなんだからな。

王族という枠の外で、それがどういう意味を持つのか・・・不安で仕方が無かった。

 

 

「・・・母様も、そうでした・・・?」

「うむ・・・」

 

 

不安そうに見上げてくる瞳に、やはりかと思う。

どのような意味で不安なのかは、私にもわからぬ。

・・・もっと傍にいてやれれば、わかったのかもしれぬが。

 

 

「大丈夫じゃ、その気持ちはけして悪いことでは無い、安心せよ・・・と言って、できる物でもなかろうが」

「・・・どうすれば、その・・・怖く無くなります、か?」

「・・・酷なようじゃが、その気持ちはすぐには消えぬ。いや、もしかしたら何度となく主を苛むかもしれぬ、それは、そう言う物だからじゃ」

「そんな・・・」

 

 

そう、不安は消えない。

いつも、ことあるごとに浮かんでは消えて行く・・・そんな物じゃ。

まぁ、私の場合は・・・。

 

 

「・・・主はその気持ちを、相手に・・・婿殿に伝えたことはあるか?」

「え・・・?」

「結婚する相手に対して、きちんとその気持ちを、伝えたことはあるか・・・?」

「い、いえ・・・いえ、無いです」

「何故じゃ?」

「だ、だって・・・・・・嫌われるかも、しれないから」

 

 

・・・抱き締める腕に、思わず力が入った。

何じゃ、このいじらしい娘は・・・と言うか、婿殿は何をやっておるのか。

 

 

「・・・大丈夫じゃ、嫌われなどせぬ。私とナギを見よ、先程も軽く喧嘩をしてみせたし、これまでも大小様々な喧嘩を演じてきたが、20年以上、夫婦を続けておる」

「でも・・・」

「大丈夫、大丈夫じゃ・・・だから、の?」

 

 

私がそう言うと、アリアは私の腕の中で、かすかに頷いてくれた。

うむ、結婚前の不安を結婚後にまで持ち込むのは良くないのは確かじゃし。

それに、多少は不満を言い合えるくらいが、ちょうど良いとも思う。

・・・まぁ、私とナギ程になるのはどうかとも思うが。

 

 

アリアを優しく抱いて、あやすように髪を手で梳く。

・・・16の娘にするようなことでも無いかもしれんが、事情が事情じゃしな。

少しは、母親らしいことができたじゃろうか・・・?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

朝食後のコーヒーを楽しんでいたら、招かれざる客が来た。

見なくても気配でわかるけど、栞君と暦君が酷く驚いているようなので、僕も部屋の扉の方を見る。

 

 

「いょーっす!」

 

 

扉に寄りかかる形で片手を上げているその男の名は、ナギ・スプリングフィールド。

呼んだ覚えは無いし、そもそもいつの間に来たのか。

招かれてもいない彼は、ズカズカと歩いて、空いている椅子に勝手に腰かけて。

 

 

「栞ちゃん、俺にもコーヒー頼むわ」

「ふぇ!? え、あ・・・」

「ちょ、何ですか貴方! 他人の部屋に上がり込んで、いきなり!」

「・・・淹れてあげて」

「は、はいっ!」

「暦君も、落ち着いて」

「・・・はい」

 

 

僕の言葉に栞君がパタパタと駆けて行き、暦君が不本意そうにしながらも口を閉じた。

それを見て、ナギ・スプリングフィールドは頬杖をつきながら僕を見た。

気のせいでなければ、どこか咎めるような雰囲気がある。

 

 

「おいおい、あんな可愛い嫁さんがいて、お前、そんな可愛い子達を侍らせるってどうよ?」

「にゃ!?」

「別にそう言うつもりは無いよ」

「・・・にゃ・・・」

 

 

何故か、暦君が落ち込んでいた。

 

 

「・・・で、お前、実際の所、俺の娘のどこが良くて結婚するわけだ?」

「どうぞ」

「お、サンキュー・・・ちなみに俺は、一目で今の嫁さんと一緒になるんだって、ビビっと来てたぜ?」

「・・・そんな話を僕にして、どうするんだい?」

「どうするもこうするも、お前、結婚したら俺の息子だろ?」

 

 

・・・想像もしたくないね。

しかし、関係上は確かに義理の父子になるわけだ。

一時は戦った仲なわけだけど・・・。

加えて言えば、ネギ・スプリングフィールドが僕の義兄になるわけか。

 

 

「で、どうなんだよ。もう手は出したのか?」

「・・・父親の言葉とは思えないね。ジャック・ラカンも似たようなことを言っていた気もするけど」

「ま、男ってのはそう言うもんだろ?」

 

 

一部の男性の意見を、まるで全体の意見であるかのように言うのはどうかと思うけどね。

 

 

「・・・まぁ、それは冗談にしてもよ。実際の所、どうなのかと思ってな」

「何がだい」

「だから、お前がアリアのことをどう想ってんのかってことだよ」

 

 

・・・ことのほか真剣な目で、ナギ・スプリングフィールドは僕を見ている。

テーブルに置いたマグカップを、指先でコツコツとつついている。

 

 

「今さら父親面もできねーし、娘が欲しけりゃ俺を倒せ! とか言うつもりはねぇんだ、が・・・まぁ、若いし、言いにくいのかもしれねーけどよ」

 

 

かと思えば、あっけらかんとして冗談交じりの口調に戻る。

相変わらず、掴みどころの無い男だ。

その後は、基本的に自分の嫁・・・つまりは先代女王アリカの話題を一方的に話し始めた。

どこで喧嘩しただの、殴られただの・・・だけど最終的には「嫁さん最高」に帰結する。

・・・何がしたいんだ、この男・・・。

 

 

「今だって、嫁さんに殴られて娘の寝室から追い出された所だ」

「・・・それだけ喧嘩ばかりして、良く一緒に旅ができるね」

「ああん? わかってねーな、お前。その喧嘩が楽しいんじゃねーか」

 

 

だから、一部の意見を全体の意見のように言うのはどうかと・・・。

 

 

「つーか、お前だってアリアと喧嘩したことくらいあんだろ?」

「・・・僕はアリアを怒らせるようなことは、したことが無いよ」

「はぁ? ・・・じゃあ、お前、何が楽しくてアリアと結婚すんだよ」

「別に楽しむために結婚するわけじゃ・・・」

「良いかぁ、結婚生活ってのはな・・・」

 

 

その後、仕事が始まるまでナギ・スプリングフィールドに付き合わなければならなかった。

何なんだ、いったい・・・。

と言うか、暦君や栞君が僕の方を心配そうに見ているのは、何なのかな。

 

 

 

 

 

Side 焔

 

「・・・む」

「お・・・」

 

 

午前中、夜間警備の仕事を終えて宿舎に帰る途中で、会いたくも無い奴に会った。

腰まで伸びたボサボサのオレンジ色の髪に、赤い瞳。

名前はレメイル。

種族は、私と同じ炎の精霊に連なる部族だが・・・。

 

 

「・・・どけよ」

「貴様こそ、道を開けろ」

 

 

通路には余裕があるが、わざわざ道の真ん中で睨み合う。

かつてパルティアの内乱を悲しんだことはあるが、だがコレはどうしようも無い。

理屈云々では無く、感情の問題だからだ。

 

 

「てっきりパルティアで名ばかりの領事でもしてるかと思ったが、何だ、クビか?」

「お前みたいなメイドとは違って、俺は優秀なんだよ」

「そんな粗雑な髪型でか? 北の連中がそんなだから、部族全体の評判が下がる」

「南の連中は格好ばかりで中身が無いからな、髪型一つに何時間かけるんだ?」

 

 

私の部族は昔からパルティア南部に居住していたが、レメイルの部族は北部に住んでいた。

私達が生まれる前から何度となく戦火を交えたし、互いに必ず敵対する勢力についていた。

幼少時から叩き込まれた偏見は、たとえ同じ陣営に属したからと言って簡単に消える物じゃない。

頭ではわかっていても、こう、つい、な・・・。

 

 

別に私とレメイルに限った話では無く、今のウェスペルタティア陣営には良くある話だ。

女王陛下は種族を問わず支持される稀有な人物だが、部族間の偏見までどうこうはできない。

普段は、そう言う物も配慮して配置を決めるが、完全に調整するのは難しい・・・。

 

 

「・・・また、喧嘩してる」

「本当」

 

 

その時、反対側の通路から見知った顔がやってきた。

見知った顔と言うのは、環だ。

竜舎の飼育員の制服を着ていて、両手に何かの書類を抱えている。

そして、隣には環と同じ竜族の・・・確か、キカネとか言う片角の無い女だ。

 

 

「焔、喧嘩はダメ、フェイト様も言ってる」

「いや、私では無く、コイツが喧嘩を売ってくるんだ!」

「はぁ!? てめぇがいなけりゃ、俺は温厚篤実な男子として有名だっての!」

「私だって、お前がいなければ淑やかな乙女として定評があるんだ!」

 

 

・・・何故か、環から生温かい視線を受けた。

 

 

「と言うか、お前はどうしてキカネと仲が良いんだ?」

「・・・仲良し」

「ねー?」

 

 

ガツガツと互いの角をぶつけ合いながら、環とキカネがそう言う。

・・・角をぶつけ合うのが、どうやら親愛の情を現す方法らしい。

この2人も、最初は仲が良くなかったはずなのだが・・・。

 

 

「環、焔」

 

 

その時、さらにややこしいことに調がやってきた。

樹の精霊の加護を受けた部族の出身で、パルティア出身の人間が集まっていることになる。

部族紛争の縮図だな、一種の。

だが、調はそんな私の思考には関心が無いようで・・・。

 

 

「暦と栞が呼んでいます。どうやら、フェイト様のことで相談があるとか・・・」

「む・・・」

「・・・フェイト様?」

 

 

ここでフェイト様の名前で私達を・・・フェイトガールズを召集すると言うことは。

・・・つまり、そう言う話だろうか。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

憲法草案が一応の完成を見た後、私は主に行政機構の再編と地方自治機構の整備に関する仕事を手掛けるようになりました。

現在は1府8省によって行政の全てが管理されていますが、権限を再編・分離して1府12省に再編成します。

 

 

例えば、宰相府の権限を移管して王室関係の行政事務を執り行う宮内省を創設し、宰相府・社会秩序省の権限を移管して内務省を創設・・・といった具合ですね。

この内務省が、地方自治に関する行政を担当することになります。

 

 

これまでのウェスペルタティアの地方自治とは、つまるところ貴族による代理統治でした。

しかし今後は違います、84の貴族は名目上の地方領主とし、「代理総督」の役職を与えます。

その代わり貴族の持つ統治権(徴税・立法など)は全て、アリア様に返還して頂きます。

そして84の貴族領を含めた168の「自治県」に、王国全土を再編成。

それぞれに市民公選の地方議会を備えさせ、国法の範囲内での自治権を認めるのです。

地方議会議長が自治県代表を兼ね、さらに貴族院の議席をも占めます。

形式上、アリア様が各地方議会の議員の中から議長を任命することになりますが・・・。

 

 

その他、エリジウム討伐軍の編成なども行いますが、まぁ、そこはいろいろと・・・。

・・・と、まぁ、このように重要ですが面白くも無い事務作業を延々と続けていたのですが、昼食の段になって、私の灰色の一日が薔薇色に変化する好機に恵まれました。

・・・自分で言ってて、意味がわかりませんが。

 

 

「・・・うむ、美味じゃの」

「はい、とても・・・」

 

 

私の目の前には、初々しくも微笑みあいながら昼食をとる母娘の姿が!

このクルト、感激のあまり胸を抉られてしまいそうです。

いや、むしろ抉れ!

しかし死ぬと二度とお役に立てないので、断る!

 

 

・・・ふふ、私としたことが、取り乱してしまいましたね。

私はクールな王国宰相、いかなる時にも取り乱さない・・・。

 

 

「・・・どうかしましたか、クルトおじ様?」

「どうかしたのか、クルト?」

 

 

良し、私を殺せ!

アリア様もアリカ様も、小首を傾げて不思議そうな目で私を見つめるとは・・・。

・・・ダメだ、とても直視できない・・・手元の人参のソテーでも見つめていましょう。

 

 

「い、いえ、何でも・・・そう、何でもありません・・・」

「・・・はぁ」

「妙な奴じゃの・・・」

「スープのお代わりはいかがですか?」

「あ、はい、頂きます、茶々丸さん」

 

 

とりあえず、そこでお二方の世話をしている絡繰さんから、後で映像だけ頂きましょう。

そしてブラボー4、ちゃんと撮影していますか・・・!?

証拠写真は残せませんので、宰相権限で全て没収しますよ。

 

 

ちょっとした報告でお食事中のアリア様に面会の許可を頂いたのですが、アリカ様もご一緒で、しかもどうせだからと昼食に誘われ・・・何たる幸運、何たる僥倖。

このクルト、今この場で死を賜っても構いません。

でも死ぬとお役に立てないので、やはり生きる!

 

 

「いや、マジでうめーなコレ! あ、俺もお代わり良いか?」

「ナギ、もう少し丁寧に食べんか! 娘の前だと言うに・・・」

「あん? 娘の前だからこそ、気取って食う必要がねーんだろーがよ、なぁ?」

「え、えーっと・・・」

 

 

・・・約一名、私の心の泉にさざ波を立たせるバカが一人。

ナギめ・・・アリア様を困らせるとは、不敬罪を適用してやろうか。

バカは放っておいて、とりあえずアリア様とアリカ様のお姿をこの目に刻みつけておきましょう。

 

 

・・・今はまだ、宰相府の限られた場所でしか過ごすことのできないアリカ様。

しかし、もうすぐ・・・もう少しで・・・。

 

 

 

 

 

Side アスナ(明日菜)

 

・・・懐かしい景色。

どうしてか、そう思ってしまう。

 

 

『ここは、知ってる』

 

 

私は、知らない。

知らないはずなのに、私の中のもう一つの声が知ってると言う。

この「声」が「私」と混じり始めて、もうどれくらいの時間が経っただろう。

 

 

この「声」・・・目を閉じれば浮かび上がる名前は、アスナ。

アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア・・・。

私の、もう一つの名前。

ううん、「私」の本当の名前・・・?

じゃあ、私は・・・神楽坂明日菜は・・・本当では、無いの・・・?

 

 

『・・・貴女は、誰・・・?』

 

 

私は・・・誰?

私は・・・何?

貴女は・・・誰?

貴女は・・・何?

 

 

この子は・・・いったい、誰?

私は、いったい・・・何?

 

 

「・・・」

『・・・・・・』

 

 

サァッ・・・と風が吹いて、私の髪と服の端が揺れるのを感じる。

だけど、それを感じる「私」を、私は実感することができない・・・。

 

 

自分が、どこに立っているのか。

自分が何を見て、何を感じているのか。

どの記憶が「私(アスナ)」で、どの想いが私・・・明日菜の物なのか。

わからない。

 

 

「・・・?」

 

 

その時、ふと左手に何かが触れた。

敵意は感じない、怖い物でも危ない物でも無い。

ふと、視線を下ろすと・・・そこには、灰銀色の犬・・・狼?

とにかく、大きな動物がいた。

 

 

とにかく、その灰銀色の動物が私の左手に鼻を押し付けている。

自然、私の手はその大きな頭を撫でるように動くことになる。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

不意に、何かが左腕を這い上ってくるような感触を感じた。

見てみると・・・細い、触手のような物が2本、私の左腕を這い上がって来て・・・左胸に触れるような位置に。

それは、灰銀色の動物の背中から伸びている触手だった。

 

 

反射的に振り払おうと・・・思う前に、不思議な感覚が、頭の中に這入って来た。

フワフワするような、不思議な、感覚・・・。

 

 

「・・・」

 

 

灰銀色の動物から放たれる奇妙な力が、私の心の中のさざ波を、少し抑えてくれるのを感じる・・・。

心地良い感触に、私は目を細める。

 

 

『・・・カムイ・・・』

「カムイ・・・?」

 

 

私の中の「声」に合わせて、私は口の中で灰銀色の動物の名前を呟く。

カムイ、その名前を。

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

「・・・何をしている?」

 

 

宰相府の通路の窓から中庭を見下ろすと、<黄昏の姫御子>が灰銀色の狼の隣に腰かけていた。

あの狼は、普段は女王陛下(あねうえ)の傍でウロウロしていることが多いんだけど。

今日に限って、女王陛下(あねうえ)の傍を離れていると言うのも妙だね。

 

 

「<黄昏の姫御子>が宰相府にいると言うのは、3(テルティウム)から聞いていたが・・・」

「は、何を見ているのかと思えば、落ちぶれたお姫様か」

「・・・・・・言葉を選べ、4(クゥァルトゥム)

「選ぶ? はっ・・・くだらないね」

 

 

中庭から視線を外すと、反対側の廊下から4(クゥァルトゥム)が歩いて来るのが見えた。

いつものように皮肉気な笑みをたたえて、僕と同じように中庭の様子を見下ろしている。

 

 

「技術開発局のセリオナの所に行っているのでは無かったのか、4(クゥァルトゥム)

「行って来たさ、先日、貴重な支援魔導機械(デバイス)を2つの壊してしまったのでね」

「・・・で?」

「どうもこうも無い、セリオナが新しい物を造るまでは、コレ一つで間に合わせるしか無いさ」

 

 

そう言って、片手の赤いルビーのついた指輪型の支援魔導機械(デバイス)を見せてきた。

彼に限らず、僕や3(テルティウム)吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)も支援魔導機械(デバイス)をいくつか持っているけども、4(クゥァルトゥム)のように早々と壊したりはしない。

つまる所、4(クゥァルトゥム)は物の扱いが雑なのさ。

 

 

「・・・それで、キミはお姫様を見て何をしていたんだ? いつもならあの半魔族(ハーフ)の女と女王を陰から守っているだろう」

「その女王陛下(あねうえ)から、様子を見守るように命じられている」

「ふん、今さら<黄昏の姫御子>の力を狙うような人間もいないだろうに、見守るも何も・・・」

 

 

・・・稀に思うのだが、4(クゥァルトゥム)は実は女王陛下(あねうえ)に不満でもあるのだろうか。

そうでなければ、もう少し要領良く集団に溶け込めると思うのだが。

 

 

実際、4(クゥァルトゥム)は僕や3(テルティウム)と違って、周囲の人間に煙たがられている節がある。

どうも、3(テルティウム)とは別の意味で人形らしからぬ存在になりつつあるようだ。

 

 

「勘違いするなよ、5(クゥィントゥム)

「・・・何がだい?」

「僕は別に、キミや3(テルティウム)と違って女王に個人的な思い入れがあるわけじゃない。だから女王がどうなろうと、王国がどうなろうと・・・知らないね」

「それならどうして、ここで女王で守っている?」

「別に、守っているつもりは無いさ、ただ・・・」

「ただ?」

 

 

片手の支援魔導機械(デバイス)を弄びながら、4(クゥァルトゥム)は皮肉気な笑みを浮かべた。

それはまた、人形らしからぬ表情だった。

 

 

「屈服させてやりたい女が、いるんでね・・・厳密には、ここにはいないがな」

 

 

 

 

 

Side 暦

 

フェイト様と女王陛下の仲が、微妙になってるのは知ってる。

ナギ・スプリングフィールドの話を聞いていても、それはわかる。

・・・フェイト様は、辟易としてたみたいだけど。

 

 

・・・仲が微妙になってるって言っても、喧嘩したわけじゃない。

と言うか、喧嘩をしたことが無いんだから。

 

 

「フェイト様、お願いがあるのですが・・・聞いて頂けますか?」

 

 

仕事を終えて・・・いつものように女王陛下の部屋に行こうとしているフェイト様に、私と栞達がそう声をかける。

フェイト様は一瞬、不思議そうな顔をしたけれど・・・いつものように、許してくれた。

いつだって、フェイト様は私達に優しい。

 

 

とても、優しい人。

だけど、優しさの使い方が上手では無い人・・・。

 

 

「・・・フェイト様は、女王陛下のことをどう想っておられますか?」

「何だい、急に・・・ナギ・スプリングフィールドに影響でもされたのかい?」

「いえ、そう言うわけでは無くて・・・」

 

 

フェイト様が女王陛下を想う余り、そして優しぎるから、2人の仲が微妙になってる。

嫌い合ってるわけじゃなくて、ただ、最後のもう一歩が踏み出せないだけ。

もっと言えば、踏み出し方がわからないから、踏み出すことが怖いから・・・。

 

 

そしてそれは、フェイト様や女王陛下に限らない。

・・・私達にも、言えること。

だから、午後の間に話し合った・・・ううん、話し合うことなんて、無かった。

ずっと前から、私達は決めていたから。

 

 

「・・・では、フェイト様」

「何だい?」

「私達のことは・・・どう、想っておられますか?」

「・・・質問の意図が、わからないな」

 

 

・・・あ。

フェイト様との距離が、今、一気に開いたのを感じた。

後ろの栞達を振り返ると、私と同じことを考えたのか・・・頷いた。

 

 

栞はいつも通り微笑んでいたし、調は少し落ち込んで、焔は方を竦めて、環は自分の角を撫でてる。

・・・でもコレは、わかっていたこと。

 

 

「・・・私達は10年・・・あるいはそれ以上前から、フェイト様のお傍でお付けして参りました。フェイト様に救われて、生きる意味と価値を、頂きました」

「・・・別に僕は、何もしていない」

「フェイト様はそうお考えかもしれませんが・・・フェイト様は私達に、ずっと、たくさんの物を与えてくれていました」

 

 

ここでこうしていられること自体、フェイト様のおかげ。

その想いを胸に、私達は今日まで生きてきた。

自分達のことよりも、フェイト様のことを優先して・・・。

・・・たまに、自分達のことを優先したこともあるけど。

 

 

『フェイト様と一緒に行かせてください!! どこまでもついて行きます、最後までッ・・・』

 

 

ずっと前に、フェイト様に救われたあの日に・・・私はそう誓った。

私だけじゃ無く、栞も、焔も、環も、調も、皆。

でもフェイト様にとっては、きっと私達はいなくても良かった。

今でも、そうかもしれない・・・。

 

 

でも、女王陛下はそうじゃない。

だからコレは・・・。

 

 

「フェイト様、私達は・・・」

 

 

だからコレは、きっと。

 

 

「私達は、フェイト様のことを、愛しています」

 

 

だからコレはきっと、私達ができる・・・最後のこと。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「では、そのように処理してください」

「はっ、では失礼致します!」

「・・・・・・ん~っ」

 

 

法務省の官僚が持ってきた裁判所制度に関する案件を処理した後、私は執務室の椅子の上で伸びをしました、夕食後の仕事は、今日はもう終わりです。

腰骨が・・・鳴ったりはしませんでしたが、それなりに疲労を感じてはいますね。

 

 

そうは言っても、今日の仕事始めは午前7時半で、終わりは今・・・えー、午後9時過ぎ。

食事や休憩もありますので、まぁ、人並みの労働時間と言った所でしょうか。

いつもよりは短めのスケジュールでしたから、随分と楽でした。

クルトおじ様がいつも以上に張り切ってましたから、そのせいかもしれませんけど。

 

 

「マッサージでも致しましょうか?」

「ん~・・・そうですねぇ・・・」

 

 

茶々丸さんのマッサージは、激しいですが効果抜群ですからね。

だって、明らかに曲がらない方向に腕や足が曲がりますものね・・・。

挙句の果てに、腰が・・・まぁ、効果はあるんですけど。

 

 

「・・・今日は、遠慮しておきます」

「では、このまま寝室へ?」

「いえ・・・」

 

 

ふに、と胸に手を置きます。

何と言うか、私・・・今、テンションが高いです。

 

 

お母様に励まされたからかもしれませんが、凄くテンションが高いです。

正直、フェイトに何を言うか、話すかもわかりませんが、気持ちばかりが先行している状態です。

もう、居ても立ってもいられないと言う状態です。

一刻も早く、フェイトに会いたい。

久しぶりに、そんな気分になっているのです。

 

 

「・・・たまには、私がフェイトを迎えに行こうと思います!」

「わかりました」

 

 

そんなことを宣言する私に、茶々丸さんは妙に神妙な顔で頷きました。

 

 

「では私は、いつも以上に念入りにベッドメイキングした上で、アロマ・・・お香を焚いて参ります」

「何でですか!?」

「マスターには、内密にしておきますので・・・」

「な、何でですか!?」

 

 

え、本当に何でですか!?

でも茶々丸さんは、変わらず神妙な表情で「わかっています」と言わんばかりに頷いて。

 

 

「お香の種類は、イランイランでよろしいでしょうか?」

「イラ・・・何ですか、それ?」

「・・・」

「え、ちょ・・・茶々丸さん!?」

 

 

茶々丸さんは、そのまま頭を下げた体勢のまま下がって・・・執務室から出て行きました。

・・・イランイランって、本当に何ですか。

軽く溜息を吐いて・・・それから、執務室の外へ。

この時間であれば、フェイトも自分の執務室にいますよね・・・。

 

 

「フェイトの執務室へ行きます」

「ワカリマシタ」

 

 

そう考えて、歩き慣れた廊下を歩きます。

ガションガションと、田中Ⅱ世(セコーンド)が私の後についてきます。

田中さんが張り付いているので、私は安心して歩きまわれます。

それ以前に、宰相府は厳重に警備されてますけどね。

 

 

5分もしない内に、フェイトの執務室の前に到着しました。

普通の扉ですが、何だかいつもより大きく見えます。

中に何人かの気配を感じますし、どうやらいるようですね。

・・・とは言え、ここでこのまま立ち尽くしていても始まりません。

 

 

胸に手を置き、深呼吸。

・・・良し、行きますよ!

そう意気込んで、ドアノブに手をかけた、瞬間。

 

 

 

 

「私達は、フェイト様のことを、愛しています」

 

 

 

 

狙ったようなタイミングで、最悪の言葉を聞きました。

もし言葉に殺傷力があるのなら・・・。

 

 

私は、死んでいたと思います。

 

 

 

 

 

Side 調

 

「私達を・・・お嫁さんに、してください」

 

 

暦がそう告げた時のフェイト様の表情を、何と表現すべきでしょうか。

困惑と呼べば良いのか、それとも拒絶と取れば良いのか。

ただ一つわかることは、私達がフェイト様の答えを知っていたと言うこと。

 

 

そして一つだけ、意外なことがあったとしたら。

ガタンッ、と扉の方から音がして、そちらを見れば・・・扉の隙間から翻って消える、薄桃色のドレスの端。

 

 

「・・・アリア?」

 

 

何かが駆けて行く音に反応して、フェイト様が動きます。

・・・その行動に対して思うことは、「やっぱり」と言う感情。

もう、何年も前からわかりきっていたこと。

だから・・・。

 

 

「フェイト様!」

 

 

私が声をかけると、扉の直前で、一度だけフェイト様が振り向きました。

暦が俯いたまま動きませんから、他の誰かが言わねばなりません。

 

 

「・・・そう言う、ことです」

 

 

・・・薄桃色のドレスの主の存在は予想外ですが、コレで良かったのかもしれません。

フェイト様は、また形容しがたい表情を浮かべて・・・。

 

 

「・・・すまない」

 

 

それだけ、告げました。

それに対して、焔が寂しげに微笑む。

 

 

「謝らないでください。私達はもう十分に、貴方から幸福を頂きました」

「だから早く、追いかけて」

 

 

焔だけでなく、環も角を撫でながらそう言う。

・・・環のアレは、てれ隠しのような物なのでしょうか。

 

 

「ありがとう」

 

 

最後にそう告げて、フェイト様は扉の向こうへと駆けて行きました。

後に残されたのは、私達5人・・・。

 

 

『・・・どいてくれないかな』

『ココヲ通スナトノゴ命令デス』

『そう、なら・・・仕方が無いね』

『ディフェンスモード!』

 

 

・・・何か、廊下で揉めているようですけど。

まぁ、ここからはもう、私達が感知すべきことでは無いでしょう・・・。

 

 

「・・・どさぁ・・・」

 

 

その時、両手で目元を拭いながら、暦が何かを呟きました。

 

 

「・・・わかってた、けどさぁ・・・!」

 

 

そんな暦を、栞がゆっくりと抱き締める。

栞の肩に顔を埋めて、暦が肩を震わせています・・・。

見れば、焔も環の頭を撫でています。

 

 

・・・そう、わかっていました。

わかっていたんです、けど・・・フェイト様の優しさに甘えて、この5年・・・やってきました。

そう、わかって、いたんだ・・・。

わかって・・・っ。

 

 

「何よぉ・・・こんな美女が5人もお嫁さんにしてって言ってるのに・・・良いじゃんかぁ・・・っ」

「・・・そうですわね、失礼しちゃいますよね・・・でも、そんなフェイト様だから・・・」

 

 

そんなフェイト様だから・・・きっと、私達は惹かれた。

きっと、私達は恋をして・・・愛しさを覚えて・・・。

 

 

「いつか、後悔させてやるんだからっ・・・!」

「ええ、ええ・・・」

 

 

・・・こうして、私達の初恋は終わる。

どうか・・・お幸せに・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

どこをどうやって進んできたのか、覚えていません。

気が付いた時、私は寝室の扉に寄りかかって、床に座り込んでいました。

胸が・・・心臓が激しく動悸していて、呼吸がおかしいです。

 

 

何を・・・何も、そんなに驚くことは無いはずなのに。

あの5人がフェイトをどう想っているかなんて、それこそ5年以上前から知っていました。

それを承知で、フェイトの傍に置いておいたのは私自身です。

・・・フェイトの傍から無理に離すのも、どうかと思いましたし・・・。

 

 

「・・・嫌・・・」

 

 

膝を抱えて、ゆったりとしたドレスのスカートに顔を埋めます。

仕事がしたいと言う強い欲求が胸の奥から生まれてきますが、今日の仕事は終わってしまいました・・・。

深く息を吐くと、仄かな甘い香りが・・・何の香りでしょうね・・・。

 

 

「・・・嫌です・・・」

 

 

仕事と言う逃げ場が無くなってしまえば、後には・・・胸を抉られるかのような痛みだけが残ります。

右手は左手の指輪をしきりに撫で、「そんなはずは無い」と自分に言い聞かせるばかり・・・。

こんな気持ちは、嫌。

 

 

こんな気持ちになるために、フェイトに会いに行ったわけじゃありません。

お母様には、嫌われたくないと言ったけれど・・・本当は、そんなレベルでは無くて。

私は。

 

 

「・・・アリア?」

「・・・っ」

 

 

ビクッ・・・と、身体が震えます。

原因は、すぐ後ろ・・・扉の向こうから聞こえた、フェイトの声。

 

 

一瞬の内に私の頭はまた、嫌な思考を始めます。

・・・来てくれた? 嬉しい、でも、暦さん達には何て・・・断った? それとも・・・?

そんなことを考えてしまう自分が、どうしようもなく汚い生き物のように思えて。

こんな自分を見られたくなくて、私は扉を開けることができません。

 

 

「アリア?」

「・・・来ないでください」

「アリア・・・?」

「来ないで・・・」

 

 

扉の向こうに、フェイトがいます。

それがわかっていても、やっぱり私は、フェイトには・・・。

 

 

「アリア」

「私は今、きっと嫌な顔をしています、だから・・・」

 

 

だから、見ないで。

そう言うしかない自分が、とても情けなくて・・・。

私は、スカートに顔を埋めるしかできません。

 

 

・・・結局の所、私は臆病者なんです。

嫌われるのが嫌とか、怖いとか・・・自分の綺麗な面だけを、相手に見せたいだけで。

結婚だって、私の感性の問題で、断るつもりなんて無かった。

だって、フェイトを嫌えるはずが無いから・・・。

でも、怖かった。

どうしようも無く・・・怖かった。

 

 

このまま、当たり前の物になってしまうんじゃ無いかって。

フェイトが何を想っているのかがわからないまま、進むのが・・・。

今さら結婚式を延期できるはずもないから、さらに怖くなって・・・。

その後の保証が、何も無いのに・・・。

でも、それは当たり前のことで。

当たり前・・・それが、怖くて。

 

 

・・・自分で自分が何を考えているのか、わからない。

自分の中がグチャグチャで・・・もう、私・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

不意に、顔を上げます。

恐る恐る、扉の方を見上げますが・・・フェイトの声がしません。

気配も感じないので・・・行ってしまった?

 

 

その瞬間、よろめくように立ち上がりました。

待って・・・そう言いそうになって、ドアノブにかかりかけた手を止めます。

どうしようもなく、目の前が真っ暗になって。

扉に額を押し付けて、唇を噛んで・・・。

 

 

崩れ落ちそうになった、刹那。

 

 

「アリア」

 

 

 

背後から、抱き締められました。

 

 

 

お腹と、肩に回された2本の腕に・・・ぎゅっ、と、力強く、抱かれます。

心臓が、掴まれたかと・・・思いました。

 

 

「・・・?」

 

 

顔だけで振り向くと・・・そこに、白い髪と、無機質な瞳が。

彼の向こうには、開け放たれた窓。

いつも、彼がやってくる・・・窓が。

 

 

「あ、ぅ・・・」

「・・・とても、綺麗な顔だよ。嫌な顔なんて、していない・・・」

 

 

そう囁かれて・・・額に軽くフェイトの唇が触れます。

そして私の色素の薄い白い髪に、口づけるように顔を埋めて・・・。

・・・それだけで、身体から力が抜けてしまいそうで。

 

 

「は、離してください・・・っ」

 

 

それがまた怖くて、軽く身体をよじらせます。

いつもなら、コレでフェイトは離してくれるのですが・・・。

 

 

「・・・嫌だ」

 

 

今日に限って、拒絶されました。

そのことに、軽い混乱を覚えます。

フェイトが、私のお願いを断るなんて・・・初めてのことです。

 

 

「な、慰めとかなら、やめてください・・・惨めになるだけです・・・」

「・・・慰めとか、どうしてそんなことを言うのか、わからないけど」

 

 

肩に回されていた手が、ゆっくりと私の顎に触れます。

途中、鎖骨と首筋を掠めて・・・ぞくり、としました・・・。

 

 

「僕は、キミ以外にこんなことはしない」

 

 

きゅ・・・と、胸が締め付けられます。

その隙に、フェイトに軽く唇を奪われます。

それから、頬、瞼・・・と、キスを重ねられて、私・・・。

数センチも離れていない距離で、フェイトと見つめ合っています。

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

・・・一瞬、何を言われたかわかりませんでした。

だって・・・そんな。

 

 

「・・・嘘」

「嘘じゃ無い・・・どうして、疑うの?」

「だって・・・だって、今まで、一度もそんなこと」

「伝わってると思ってた・・・いや、違うね・・・どう伝えれば良いか、知らなかった」

 

 

一旦、離れて・・・今度は、正面から。

身体を回される間に逃げなかったのは、逃げられなかったから?

それとも・・・。

 

 

「でも、あの・・・この間は、何も・・・」

「この間・・・?」

「・・・ミッチェルに、その・・・んむっ・・・!?」

 

 

フェイトが軽く屈んで、上を向いた私の唇に、自分のそれを重ねます。

さっきのような触れるだけの物では無く、いつもより少しだけ乱暴で、強く口づけられます。

 

 

「んっ・・・ふむっ・・・ぷぁっ」

 

 

ぐっ・・・とフェイトを押しのけて、何とか呼吸の自由を取り戻します。

抗議しようとフェイトの顔を見ると、強い瞳と目が合って・・・自然、口を閉ざしてしまいます。

 

 

「・・・本当は、こうしたかった」

「え・・・」

「アリアは・・・違う? さっき、どう思ったの・・・?」

「わ、私は・・・そんな。けど・・・」

「けど・・・?」

 

 

気が付けば、背後の扉に背中を押しつけるように、フェイトと見つめ合うような体勢になっていて。

逃げようと思えば、逃げられるかも、だけど。

私の手はドアノブでは無く、フェイトの首に伸ばされていて・・・。

 

 

・・・言いたかった、叫びたかった、本当は。

この人は、フェイトは・・・。

 

 

フェイトは、私のだって。

誰にも・・・誰にも、渡さないって・・・叫びたかった。

だから・・・。

 

 

「・・・ます・・・」

「何・・・?」

 

 

フェイトに抱きついて、耳元で囁きます・・・。

でも意地悪なフェイトさんは、聞こえないフリをするんです。

私は、唇を噛んで・・・視界が潤むのを感じて・・・そして。

 

 

「愛してます・・・!」

 

 

言いました。

一度、言ってしまえば、後は止まらなかった。

 

 

「愛してる・・・愛しています! 貴方だけを愛してます・・・前から、ずっと、伝わってほしいって、でもフェイトは、何も変わらなくて・・・怖くて・・・どうしようもなくて!!」

「・・・うん」

「一緒にいるだけじゃ、嫌なんです! コーヒーを飲むのも紅茶を飲むのも、お喋りするのも、楽しいけど・・・楽しいけど、けど不安で、フェイトはどうなのかわからなくて・・・わかっていたけど、不安で、だって、何も言ってくれないから・・・だから、このままなのかって・・・だから!」

「・・・うん」

「何か言ってくれなきゃ・・・わからないじゃないですか!」

 

 

気持ちばかりが溢れて、何を言っているのかわかりません。

だけど、フェイトの温もりは感じてる・・・。

 

 

「・・・僕も、楽しかったよ。キミといると安らいで、キミが楽しそうにしているなら、それで良いのかと思っていたんだ」

「はぃ・・・はいっ・・・」

「でも、それじゃダメなんだね・・・伝えないと、伝え合わないと、わからないことがあるんだね。言葉にしないと、わからないことが・・・あるんだね」

「・・・フェイト・・・私、私・・・フェイト・・・!」

「・・・今になって理解するのも、遅いのだろうけどね」

 

 

抱き合ったまま、少しだけ離れて・・・フェイトの唇が、まるで私の涙を拭うように、額、頬・・・と、伝って行きます。

 

 

「けど、もし許してくれるなら・・・僕にもう一度、チャンスをくれないかな?」

「・・・」

「そして、できればキミも・・・僕にちゃんと、教えてほしい。何をしてほしくて、何が嫌なのか」

「は・・・」

「・・・許して、もらえるかな・・・?」

 

 

一瞬、フェイトの無機質な瞳が、不安に揺れた気がしました。

それはきっと、私の思いすごしなのでしょうけど・・・でも。

でも、それでも、私は・・・。

私はそんなフェイトが、どうしようも無く愛しくて。

 

 

「・・・は、ぃ・・・」

 

 

目を細めて、小さく頷いた、刹那。

フェイトに唇を塞がれて、私はそれ以上、何も言えなくなりました。

 

 

・・・甘い香りが、私達を包み込みました・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

伝えなければ、何も変わらない。

僕は「感情」を学んだつもりだったけど・・・どうやら、肝心な部分を学んでいなかったようだった。

実際の所、今でもよくわからないけれど。

 

 

「ん、ふ・・・っ・・・」

 

 

アリアの小さな唇に、自分のそれを重ねる。

この5年間、これくらいならば何度でもしてきた。

だから、加減などはわかっているつもりなのだけど・・・。

 

 

「・・・んぅ・・・っ」

 

 

いつもより長く・・・そして強く。

そんなキスを、望まれているような気がした。

と言うより、僕が望んでいるのか・・・?

 

 

唇の形を確かめでもするように、僕はアリアの唇を奪い続ける。

少し位置を変えるだけで、アリアがかすかな吐息を漏らす。

 

 

「ん、む・・・はぁ・・・っ」

 

 

定期的にアリアに息を吸わせつつ、キスを繰り返す。

ぎゅっ・・・と、腕に力を込めてアリアの身体を抱き締めながらキスをすると、どうしようも無く「愛しい」気持ちになる。

少し苦しそうに、それでも僕を拒絶せずにキスを受け入れるアリアの姿は、何よりも美しく見えた。

 

 

 

・・・もどかしいな・・・。

 

 

 

自分でも不思議なことに、何故かそんなことを考えた。

今は半ば床に座るようにアリアを抱き、唇を重ねているのだけれど。

どうしてか、もっと・・・そう、もっと、アリアに触れたい・・・そう考えてしまう。

これ以上の触れ方なんて、わからないけど・・・。

 

 

「ん、はぁっ・・・ふむっ!?」

 

 

・・・何度目かの呼吸のためにアリアが唇を開いた瞬間、僕はより強く唇を押し付けた。

その拍子に、互いの舌が一瞬だけ、掠めたような気がして・・・僕はそのまま、自分の舌をアリアのそれに絡めた。

 

 

「・・・ゃ、ちゅっ・・・はっ・・・」

 

 

アリアは少しだけ僕の腕から逃れようと身じろぎするけど、僕には彼女を離すつもりが無かった。

そのまま・・・アリアの口内を、ゆっくりと味わうことにする。

とんっ、とんっ・・・とアリアが僕の胸を叩くけど、僕はその手を掴んで、やめさせる。

彼女の息すら奪うような勢いで、唇を重ねる。

 

 

「・・・ちゅ・・・ぅんっ・・・ぁ、ふ・・・」

「ん・・・アリア・・・?」

「は、ぁ・・・の・・・じゃっ・・・た・・・」

 

 

焦点の合ってないような目をするアリアに、僕は再び唇を近付けようとして・・・。

・・・それは、アリアの手で遮られた。

 

 

「ダメ・・・?」

「ダメ、じゃ、無い・・・けど・・・その、ここ、床・・・だか、ら・・・」

 

 

・・・ふむ。

僕はアリアの額に軽く口づけると(「ひゃうっ・・・」)、アリアを両手で抱え上げた。

それから・・・ゆっくりと、ベッドに下ろす。

すると、シーツからかすかな甘い香りが立ち昇ったような気がした。

 

 

・・・何の香りかはわからないけど。

ただ、今は目の前のアリアの方が、僕にとって重要だった。

顔を赤らめて、どこか潤んだ瞳で僕を見るアリアの方が・・・大事だった。

 

 

「・・・あ、の」

「愛してる」

「・・・っ」

「・・・愛してる」

 

 

この言葉にどんな魔法がかかっているのかはわからないけど、それだけでアリアは表情を緩めてしまう。

その隙に、僕はアリアの上に覆いかぶさって、髪、額、瞼、頬に唇を這わせて・・・再び、唇を奪った。

・・・当然、深い方。

合わせて髪を撫でると・・・アリアも、僕に唇を押し付けてくる、ような気がする。

 

 

「ちゅ・・・ちゅ・・・ふ、んっ・・・」

 

 

次第に、アリアも慣れてきたのか・・・少し落ち着いてきた様子だった。

その証拠に、僕の背中に回されたアリアの腕に込められた力が、少し緩んだから。

僕はアリアの右手を左手でとり、ベッドに押し付けて・・・指を絡ませる要領で、手を重ねた。

 

 

「ふ、ぁ・・・フェイ、ト・・・ん、やぅっ・・・」

「・・・っ」

「んっ・・・んんんっ!? ・・・ぷぁっ!」

 

 

名を呼ばれた途端、言いようも無い感覚を覚えた。

そのためか、より強く唇を押し付けて・・・最後に、絡めたそれを強く吸い上げた。

はっ・・・はっ・・・と、酸欠を起こしたかのように喘ぐ彼女の姿に・・・「ぞくぞく」とした感覚を覚える。

潤み切ったその瞳が、たまらなく愛しかった。

 

 

「アリア・・・」

「は・・・ぁ、ま、待って・・・」

「何・・・?」

「・・・ぁ、の・・・」

 

 

アリアに覆いかぶさるような体勢のまま、僕はアリアの言葉を待った。

アリアは視線を彷徨わせた後、手の甲で口元を隠しつつ―――まさか、僕のキスを避けるためでも無いだろうが―――自分の小指を噛むようにしながら、控え目に、言った。

 

 

「・・・明かり、を・・・」

 

 

・・・明かりを、どうしてほしいのだろう。

ただ、アリアはそれ以降は何も言わないし、さて・・・。

どうした物かな・・・?

と、考えていると。

 

 

ドドドドドドッ・・・、と言う音が、寝室の扉の向こうから聞こえた気がした。

何だ・・・と思った、次の瞬間。

 

 

『ここを・・・けには・・・せん、マス・・・』

『やかま・・・ 非常・・・んだよ!』

『マ・・・ゴシュ・・・』

『そう・・・馬に蹴ら・・・』

『意味・・・らんわ・・・い、ど・・・共が!』

 

 

ドガンッ、と鍵を粉砕する勢いで、寝室の扉が開いた。

そこから現れたのは、予想通り・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

肩越しに、戦闘の跡が見えるのは何故だろう。

 

 

「アリア! 大変だ! 千草から連絡があって、旧世界のさよ達・・・が・・・あ・・・?」

「あ・・・」

「・・・ふむ」

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の声量が、急激に下がった。

アリアは目を丸くして、僕は特に驚くでも無く。

 

 

そんな僕とアリアは・・・ベッドの上で。

と言うか、僕がベッドで寝ているアリアの上に覆いかぶさるような体勢で。

しかもアリアは、両目に涙をたたえていて。

その状況を把握したらしい吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は、まず顔を赤くして、次いで青くして、さらに赤くして・・・。

 

 

倒れた。

 

 

背後には、茶々丸が立っていた。

片方の腕が、巨大な注射針になっているのだけど、何だいそれ?

茶々丸は自分の主人(エヴァンジェリン)を抱き抱えると、僕とアリアを見て・・・軽やかに微笑んだ。

 

 

「・・・ごゆるりと・・・」

 

 

そのまま、音も無く扉を閉めた。

まさに、何事も無かったかのように。

ただ、まぁ・・・。

 

 

「えっ、いやっ・・・その、違っ、ま、待ってえええぇぇぇ―――――――――ッッ!!」

 

 

先程までとは別の意味で顔を赤くしたアリアが、そう叫んだ。

・・・まぁ、そうなるよね。

慌てふためいているアリアを見ていると、僕はとてもおかしな気分になった。

 

 

可愛いな、と。

そして・・・早く、結婚したいな・・・と。

そう、思った。

 




クルト:
ははは、ごきげんよう、クルト・ゲーデルです。
とりあえず、お世継ぎは可能な限り早くお願いしたい物ですね。
姫が良いですねぇ・・・ナギに似なければ王子でも良いですが。
まぁ、アリア様のお子ならさぞかし・・・。
あの吸血鬼も、子供が生まれてしまえばどうせメロメロするに決まってますからね。


クルト:
では、ラブロマンスパート終了、次回からはどシリアスですよ。
と言うか、戦争パートに入りますよ。
では、ぜひとも我が立憲王政党に清き一票を。


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第3部第10話「女王」

煌びやかな衣装の上に新メセンブリーナ連合評議会議員の―――元々はメガロメセンブリア元老院の―――ローブを纏った数十人の人間が、荘厳な作りの円形議場にそれぞれ座している。

普段は薄暗い照明しか無いこの議場も、今日に限っては評議員の顔がはっきりと見えるほどに照らされている。

 

 

と言うのも、普段は秘密に行われる討議が今日は公開されることになっているからである。

議場の一隅に、国営・民間の報道機関の記者が詰めかけているのがその証左である。

 

 

「では、これより多国籍軍を称する外部勢力の要求に対する動議の採決を始める」

 

 

議長らしき男が、一段高い位置から厳かに宣言すると、議場全体が異様な熱気に包まれた。

所々でざわめきと囁きが起こる中、動議の内容が再確認された。

過去1週間に渡って話し合われた―――全ての評議員がその話し合いに参加できたわけではないが―――内容であるために、議場にいる人間はほとんどが知っている内容だった。

 

 

「では、まず第一に・・・」

 

 

議長が厳かな声を作って宣言した動議の内容は、以下の通りである。

①多国籍軍を称する勢力とその政府の宣言は、新メセンブリーナ連合の主権を侵害する物である。

②宣言は我が連合の結束と尊厳を傷つける内容であり、我が連合の解体を狙った物である。

③「悪の諸勢力」による、このような「邪悪な宣言」は断固として拒否せざるを得ない。

④かねてからの経済封鎖も非合法的かつ非人道的であり、即時の撤回を求める。

⑤また多国籍軍を称する勢力が指摘するような反政府組織は、我が連合とは一切の関わりが無い。

⑥諸勢力が主張しているような人体実験などと言う非人道的で、恥知らずな活動の事実は一切、無い。

⑦ただし我が連合は、経済封鎖解除と人道支援開始を前提に、対外諸勢力と対等の外交関係樹立に向けた協議に応じる用意がある。

 

 

「最後に、このような軍事的恫喝は我が国の主権と独立を侵害する物である。そして我々の主張は魔法世界の多くの民衆の理解を得る物だと、確信している。オスティア宣言なる者は一部の邪悪な専制者共が、侵略の口実のために作り上げた虚構でしか無い。もし専制者とその奴隷達が我が連合の国境を侵そうものなら、我が連合の国民軍が総力を挙げて迎え撃つであろう。共和政治万歳、専制者を倒せ、独裁者に死を!」

 

 

盛大な拍手と共に歓迎されたその宣言は、多国籍軍の共同宣言「オスティア宣言」に対して「グラニクス宣言」と呼称されることになる。

 

 

この動議はすぐに採決に出され、やはり厳かな雰囲気の中で、評議員達がそれぞれ票を採決用の投票箱にそれぞれの意思で投票を行った。

結果は・・・賛成票87、反対票0、棄権票1。

圧倒的賛成多数で、「グラニクス宣言」は成立したのである――――。

 

 

・・・なお、唯一賛成票を投じず棄権したのは、近衛近右衛門と言う旧世界出身の老人であった。

もっとも、新聞やニュースにその名が載ることは無かったが。

いずれにせよ魔法世界の人々の視線はオスティアからグラニクスへ、そして再びオスティアへと移るのであった・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

・・・エリジウム大陸グラニクスから、魔法世界全体に向けて放送された評議会の映像。

それを見ていた私は、別におかしくも無いのに、何故か笑いたい気持ちになりました。

 

 

今日の私はいつもの薄桃色のドレスでは無く、白と淡い青のオーガンジーが幾層にも重なり合った軽やかなドレスを身に纏っています。

小さなレースや小さな髪飾りなどもアクセサリーもあしらわれた一品です。

加えて、私の手には「阿古女(あこめ)」の号を持つ京扇子。

扇面の素材は絹で、天然素材の顔料で苺の花が描かれています。

いずれも先日、王室に納められたばかりの品々です。

 

 

「・・・と、言うわけです」

 

 

それが消えた後、私は宰相府最奥の会議室に集まった面々を見渡しました。

四方を近衛兵の詰め所に囲まれた窓の無い会議室。

今日はここで、クルトおじ様を含む王国首脳部でグラニクスの評議会の「返答」に対して今後どうするか、の会議を行うことになっています。

 

 

ここで行われる「国家安全保障会議」は先年創設されたばかりの諮問機関であり、王国の安全保障政策に関して外交・軍事の面から女王に助言するための機関です。

参加メンバーは私の他、宰相を含む重要閣僚、幕僚総監を含む制服軍人など10人前後です。

 

 

「グラニクスの評議会とやらの返答は形式に則った物ですが・・・要するに侮辱されて腹立たしいけれど、戦争は嫌です、でも経済援助はしてください、と言うことでしょう」

 

 

扇子を開いて口元を隠しつつ、会議室に居並ぶ首脳陣に向けてそう言うと、一部は笑い、一部は肩を竦め、一部は顔を顰めました。

どうやら表現を間違えたようで、あまりウケませんでした。

 

 

「国家安全保障会議」に参加しているメンバーは、以下の通りです。

王国宰相クルト・ゲーデル、工部尚書エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、財政尚書ヨハン・シュヴェリン・フォン・クロージク侯爵、国防尚書アドメトス・アラゴカストロ公爵、外務尚書テオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァー公爵。

以上5名が文官代表の出席者になります。

 

 

そして武官代表である幕僚総監カスバート・コリングウッド艦隊元帥、スティア・レミーナ艦隊元帥兼女王親衛艦隊司令官、親衛隊防諜班長ナターシャ・ダヴィード・フーバー少将、ベンジャミン・グリアソン陸軍元帥、そして今日のためにグレート=ブリッジ要塞から中央へ出向いてくれたレオナントス・リュケスティス陸軍元帥、以上5名。

 

 

以上10名に書記官、秘書官を含めた十数名が、我が王国の「国家安全保障会議」のメンバーです。

文字通り、我が国の最高幹部が揃っています。

 

 

「拒絶された場合の対応は先の『オスティア宣言』に盛り込まれておりますが、具体的な行動計画についてはまだ立案されておりません。今日の会議は、それを決定することを目的として召集した物です・・・すなわち、エリジウム大陸への侵攻及び占領政策の基本方針について、この会議で決定致します」

 

 

U字型のテーブルに両膝をついて、私は左右の文武官の代表者の顔を見渡します。

いずれも、それぞれの形で緊張の面持ちを作っています。

この5年、コレに近いメンバーでの会議は何度も行ってきたので、それなりに気心の知れた仲だと思っています。

 

 

「・・・では、これよりウェスペルタティア王国、国家安全保障会議を開催致します」

 

 

私がパチンッと扇子を閉じると、議事進行を務めるクルトおじ様が会議の開始を宣告しました。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

基本方針を定めるとは言っても、実際には先だっての主要国会議の場で各国の分担は決まっています。

今回の会議は、その範疇での我が国の行動を決定するための物です。

まずは、そのことについて再確認しましょうか。

 

 

先の主要国会議において、我がウェスペルタティア王国を始めとするイヴィオン統合軍はエリジウム大陸北部から侵攻することになっています。

魔法世界最北端、龍山連合首都「盧遮那」から南下することになります。

逆に帝国・アリアドネーの混成軍はシレニウム、ゼフィーリア方面からグラニクスへ向けて北上する手はずになっております。

 

 

「動員戦力は我が王国単体でイヴィオン統合艦隊所属の第一、第三、第七に親衛艦隊を含めた4艦隊298隻、陸軍1万・・・となる予定です」

 

 

この兵力に、イヴィオン統合軍に所属するパルティア、アキダリア、龍山の艦隊・陸軍が追加されます。

3個艦隊278隻、陸軍1万人、装備などは旧式ですが、数は力と言うことで。

艦艇576隻、陸軍2万、動員兵力合計20万人。

それが、エリジウム大陸侵攻を目的とするイヴィオン統合軍の戦力です。

過半数は我が王国軍、まさに主力ですね。

 

 

我が国始まって以来とも言える壮大な軍事行動に、会議室が仄かに熱気を孕みました。

もっとも、南方の帝国軍は我が国よりもさらに多い兵力を投入する予定ですが。

 

 

「財政省としては・・・」

 

 

最初に発言したのは、財政尚書のクロージク伯爵です。

ブラウンの髪を七三分けにした実直そうな壮齢の男性で、この5年は税制度改革と財政改革を進め、王国の財政を健全化させた有能な閣僚です。

 

 

「財政の健全化が進んでいる最中での大規模な軍事行動には、賛成しかねる。今でこそ国家予算は黒字になっている物の、地方自治制度の整備や総選挙の準備で財政が今後も均衡できるかは瀬戸際の状態なのだ。女王陛下が民意を第一に考えておられる以上、増税はできない。無論、国債に頼るなどもってのほかだ」

「実行面で見ても、20万もの動員兵力を養うだけの補給態勢は整えられるのか、疑問だな。我が軍だけでも10万もの兵力だ。加えて言えば龍山に本営を置くのは良しとしても、龍山やアキダリアが兵站基地・補給ルートとして機能し得るか、甚だ疑問だ」

 

 

財政面での疑問を呈するクロージク伯爵に対し、実行面での疑問を呈するのはリュケスティス元帥です。

反対することで非難されると言うことは良くありますが、この2人にそれを言う人間はいないでしょう。

 

 

「しかし外交的な方針としてすでに出兵が決まっている以上、いかにして出兵を成功させるかと言うことを考えるべきでしょう。もちろん、補給を軽視して良いわけではありませんが・・・」

「幸い、補給物資と資金はメガロメセンブリアを始めとする旧連合領諸都市から提供されることになっているので・・・後は輸送の問題が残るわけですが、そこは幕僚部が上手く計画しますよ」

 

 

それに反論するのは、軍部の中でも親女王派として知られるレミーナ元帥。

彼女はどちらかと言うと、「女王の意思の完遂」を第一に考えているようですが。

そして幕僚総監であるコリングウッド元帥が、収まりの悪い黒髪を掻きながら、補給計画について保証しました。

そこから数分かけて、コリングウッド元帥が補給について説明した後・・・次に口を開いたのは、親衛隊防諜班のフーバー少将です。

 

 

「それよりむしろ、占領後のことを心配すべきでしょう。我が親衛隊防諜班の調査によれば、エリジウム大陸の食糧事情は余りにも酷い。占領した後、占領地域の住民に食糧を供給することをご考慮頂きたいのですが・・・」

「ふむ・・・確かに、その点は重要だな」

 

 

旧世界出身のフーバー少将は、ユダヤと言う民族の血が入っている女性です。

かつては3重スパイをしていたと言う意味不明な経歴を持っているのですが、今は王国諜報機関のトップでもあります。

その筋では恐れられているとも聞きますが、アリア様の前ではその片鱗は余り見せません。

 

 

それはそれとしても占領地の食糧問題ですか、確かに問題ですね。

将来、占領地域の総督になるリュケスティス元帥も、無関心ではいられないようです。

 

 

「・・・古来、餓えた民衆ほど国を傾かせる物は無いからな」

 

 

静かにそう発言したのは、国防尚書のアドメトス・アラゴカストロ公爵。

5年前の旧公国との戦闘において、ほぼ独力で自領を守りきったアラゴカストロ公爵家の現当主です。

彼の父は優秀な将軍でしたが、彼自身は軍政官としての才能を持っているようです。

 

 

「長期に占領行政を行うと言うのであれば、食糧供与は絶対に必要だろう。敵があえて我々に餓えた民衆を抱えさせ、我が軍の補給に過大な負担をかける策に出る可能性もあるが・・・」

 

 

一堂の視線が、会議の成り行きを見守っていたアリア様に注がれます。

旧世界連合からの献上品である京扇子で口元を隠していたアリア様は、パチンッ、と扇子を閉じると。

 

 

「・・・占領地住民の生活保障を、第一に。派遣兵力の縮小も視野に」

 

 

・・・では、その方向で話をまとめましょうか。

さて、エリジウム大陸北部の住民を養うためには、どれだけの食糧が必要ですかねぇ。

・・・そう言えば。

 

 

「マクダウェル尚書、確か工部省が開発中の技術に、食糧増産に関する物がありましたね?」

 

 

珍しく何も言わずに黙っている吸血鬼に声をかけたのですが、何やら難しい顔をして腕を組んでいます。

・・・おや?

アリア様を見ると、どこか困ったように笑みを浮かべております。

・・・・・・おやおや?

 

 

「・・・エヴァさん」

「あ? ・・・あ、ああ、うん。食糧増産の研究か、もちろんあるが・・・」

 

 

アリア様に声をかけられると、吸血鬼は慌てたように手元の資料を持ちました。

・・・一応、話は聞いていたんですね。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

会議の内容を耳に入れつつも、私は別のことを考えていた。

何を考えているかと言われれば、昨夜のアレだ。

千草から旧世界で妙な連中が刹那達やさよ達を襲ったと言う連絡が来て、アリアの部屋に行ったまでは良いのだが・・・。

 

 

途中から記憶が欠落しているのだが、覚え違いで無ければ・・・。

アリアと若造(フェイト)が、同じベッドにいたような。

・・・いやいやいや、まさか、結婚前だぞ?

いや、だが、しかし・・・。

 

 

「・・・エヴァさん」

「あ? ・・・あ、ああ、うん。食糧増産の研究か、もちろんあるが・・・」

 

 

いかんいかん、私事で仕事を滞らせるわけにはいかんな。

そう思い直して、私は手元の資料を参考に会議に参加している面々に説明を始める。

 

 

内容は、要するに魔導技術で食糧増産はどれだけできるかと言うことなのだが。

まぁ、正直に言って、そこまでの成果は望めんぞ。

魔導技術を用いた農具や肥料と言っても、そこまで凄い物では無い。

バカ鬼印の種だって、そこまでの数があるわけじゃない、成長速度は半端無いのは確かだが。

 

 

そうだな・・・占領地の耕作状況を見ないと何とも言えんが、もし占領地のエリジウム大陸北部の民衆を恒久的に飢餓から救うつもりならば、機材と技術を現地に持ち込んでフル稼働しても・・・一ヵ月はかかる。

最短で一ヵ月だ、その期間、私達は占領地の民衆に食糧や生活物資を供給し続けなくてはならない。

 

 

「・・・と言うわけで、工部省の職員が徹夜続きで踏ん張ったとしても、来週の出兵までに穀物を5万トン増産できるかどうかだろう。無駄とは言わんが、根本的な解決にはならんぞ」

 

 

そもそも、食糧増産に関する魔導技術の開発は、王国の民衆が飢えぬようにするために開発が進められているんだ、いきなり占領行政に適応させろと言われても困る。

占領した後で機材を持ち込んで、と言う形ならともかく。

今から来週の出兵までに間に合わせろと言われても、国内備蓄用の生産分を回すくらいしかできん。

 

 

ついでに言えば魔導技術で作った穀物や作物は、市販の物に比べて死ぬほど不味いぞ。

まぁ、味など飢え死にしそうな奴にとっては、どうでも良いだろうが、

 

 

「そうですか・・・では、他の方法を考えるしかありませんね」

「すまんな、こっちも開発を急いではいるんだが」

「いや、マクダウェル殿が謝罪することは無い、皆の責任なのだから」

「・・・あ、ああ、そう言ってもらえると助かる」

 

 

アリアに謝ったんだが、何故かグリアソンが私を庇うようなことを言った。

何故か知らんが、奴は私に対して良く気を遣ってくるように思う。

奴の隣に座っているリュケスティスは、何故か生温かい目をしているし・・・何なんだ。

 

 

「少し待ってもらいたい。どうも即座に出兵する物と考えている方が多いようだが、そもそもオスティア宣言には直接的に宣言の拒否が出兵に直結するとは記載されていないはず」

 

 

ここで論戦に加わったのは、外務尚書のテオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァー公爵。

5年前まではアラゴカストロ公爵と共に「侯爵」だったが、「イヴィオン」結成を演出し、平和的な国際環境を整えた功績で「公爵」に格上げされた女だ。

旧公国領で唯一アリア側についたアラゴカストロ公爵家、そしてクロージク侯爵家と並んで、今の王国の三大貴族とも呼ばれている。

・・・若造(フェイト)の公爵授爵は、そのあたりの力関係を考慮した物でもある。

 

 

テオドシウスはエルフと人間のハーフで、項のあたりで一つにまとめた背中の中頃まである毛先が銀色の水色の髪と、青銀色の切れ長の怜悧な瞳が特徴的な女。

年齢は20代前半でどこか中性的な容貌、女にしては背が高い。

片目に銀の台座にシンプルで小粒なガーネットとサファイアのついた片眼鏡(モノクル)を着用していて、それに指先で軽く触れながら、メンバーを見渡す。

 

 

「物言いはともかく、新メセンブリーナはこちらに交渉を求めてきている。それを全く無視して開戦して良い物かどうか・・・少し外務省に時間を貰えないだろうか」

「ですが、我が国と新メセンブリーナには正式な外交関係がありません。それに我が防諜班の調査とメガロメセンブリアの提供した情報によれば、エリジウムに人体実験の施設があることは明白なのに、彼らはそれすら認めていない。これでどのような交渉が可能だと言うのです?」

「最終的な出兵は止むを得ない、それは認める。だが短絡的な出兵は計画面で無理が出る、その負担は国民に行くんだ、簡単に決めるべきでは無い」

 

 

親衛隊防諜班のフーバーの反論に、テオドシウスはあくまでも慎重論を唱える。

それに反論したのは、グリアソンだ。

 

 

「だが、敵は外交的に孤立している。また5年に渡る経済封鎖で補給状況も劣悪だろう。数で上回っている多国籍軍が電撃的に侵攻すれば、勝利の可能性は極めて高い。交渉で時間を与えれば、むしろ戦争を長期化させることになるのでは無いか?」

「戦争だけを見ればそうかもしれない。多国籍軍と言うことで負担も分散される。だが現地住民が我々に非協力的であれば、負担は長期化するだろう。私はそれによって我が国の民の負担が増すのが心配なんだ。占領行政に失敗すれば各国の非難の的にもなる」

「現地住民への情報の流布は、すでに我が防諜班が・・・」

「だが、占領地にかまけ過ぎると国内での食糧価格の高騰の可能性も・・・」

「しかし・・・」

 

 

会議は、それぞれの主張が交錯して紛糾している。

だが・・・と、私はアリアを見た。

 

 

・・・私は、私達は奴らを許さない。

奴らは・・・新メセンブリーナの連中はともかく、「Ⅰ」は許さない。

触れてはならぬ物に、触れたのだから。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

会議開始から3時間後、意見も出揃い、かつ調整も済んだ時点で採決がとられました。

会議に参加している文官、武官代表の10名の意思表示は、以下の通りです。

 

 

即時出兵賛成:

王国宰相クルト・ゲーデル、工部尚書エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、親衛艦隊司令官スティア・レミーナ艦隊元帥、親衛隊防諜班長ナターシャ・ダヴィード・フーバー少将、ベンジャミン・グリアソン陸軍元帥、幕僚総監カスバート・コリングウッド艦隊元帥・・・以上6名。

 

 

即時出兵反対:

国防尚書アドメトス・アラゴカストロ公爵、外務尚書テオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァー公爵、財政尚書ヨハン・シュヴェリン・フォン・クロージク伯爵、レオナントス・リュケスティス陸軍元帥・・・以上4名。

 

 

「・・・陛下、会議の結果が出揃いました」

 

 

クルトおじ様の言葉に、頷きます。

皆の視線が、再び私に集まります。

会議の結果がどうなろうとも、最終的な判断を下すのは私です。

この5年間、常にそうでしたから。

 

 

可能な限り公正に、可能な限り公平に、可能な限り民意に沿って、そして可能な限り多くの者のためになる選択を・・・そう心がけて来ました。

この5年間で王国市民は徐々に権利意識が芽生え、以前よりも主張するようになっています。

しかし、最終的には私が決めます。

 

 

憲法が施行されない限り、三権及び軍権の全てが私一人に集中しているからです。

国民の総意によって君臨しているはずの私に、誰も逆らえない。

誰も歯向かえない、誰もが私の命令に服従しなければならない。

無制限の、権力・・・専制的独裁者、絶対君主制。

・・・その意味では、新メセンブリーナの言い分は的を射ているわけですね。

 

 

「オスティア宣言に基づく出兵を許可します。編成は冒頭で述べた通りとし、帝国、アリアドネー、イヴィオン各国と連携しつつ盧遮那に全軍を集結させなさい。エリジウム大陸への侵攻開始は、主要国会議における非公式会談で決定された通り、11月1日正午とします」

「「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」」

 

 

私の言葉に全員が立ち上がり、唱和します。

私はそれに頷くと、テオドシウス外務尚書の方を向いて。

 

 

「テオドシウス外務尚書」

「は、何か」

「オスティア駐在の各国大使と協議した上で、最後通牒文書の作成を行ってください。また、それを新メセンブリーナが受け入れた場合には外交交渉の可能性もあることを通達。外交関係が無いので文書の手渡しは不可能ですが、今夜、私が多国籍軍代表として最後通牒文を読み上げます。なお、ウェスペルタティアがその役目を担うことはすでに各国首脳の承認を得ています」

「・・・は、ただちに」

 

 

・・・とはいえ、「オスティア宣言」を受諾できない以上、最後通牒も儀礼的な結果になりそうですが。

一応、グラニクスの評決への返答もしなければならないので、ちょうど良いでしょう。

 

 

「・・・うん? 多国籍軍代表として・・・とは、陛下、どう言うことでしょうか?」

「言葉の通りの意味です」

 

 

疑念を持ったらしいクルトおじ様の声に、私はそっけなく答えます。

パラ・・・と扇子を開いて、口元を隠します。

 

 

「多国籍軍・・・特にイヴィオン統合軍は、私が率います」

「ご親征あそばす・・・と言うことですか!?」

「アリア様!?」

「女王陛下・・・!」

 

 

あー・・・やっぱり、そう言う反応になりますよね。

わかってはいましたけど。

ちなみに一番最初に反対の論陣を張ったのは、少し意外なことにクルトおじ様では無く、リュケスティス陸軍元帥でした。

 

 

「我が女王よ、もし御身に万が一のことがあらば、我が王国は瓦解し、時代は旗手を失いかねませぬ。どうかオスティアにあって、前線の労苦は我らにお任せください」

「リュケスティスの申し上げる通りです。追い詰められた敵が窮鼠と化し、最悪の事態になるやもしれません。賊軍の討伐は我らにお任せあって、陛下はどうか後方で我らの戦いぶりを督戦して頂きたく」

「第一、新メセンブリーナが関与を否定する「Ⅰ」の動向が気になります。これ見よがしの挑発行為の数々は、陛下をエリジウム大陸へ呼び寄せるための布石ではありますまいか」

 

 

リュケスティス陸軍元帥に加えて、グリアソン陸軍元帥まで反対しました。

さらに最後には親衛隊のフーバー少将が「Ⅰ」の危険性を説き、私にオスティアに残るよう説得にかかります。

参加者の過半は、同じような考えのようですが。

 

 

「アリア・・・陛下」

 

 

エヴァさんだけは、直接的な反対はしていません。

・・・旧世界にいて、「Ⅰ」とか言う連中がさよさん達を襲ったと聞きました。

さよさんだけでなく、刹那さん達や旧3-Aの方々も。

まぁ、今や卒業して、立派に生きている3-Aメンバーはともかく。

さよさん・・・私の家族に手を出したことは、許し難い。

目の前にいたら、確実に・・・思い知らせてやるのに。

本当は、今すぐ乗り込んで・・・皆殺しにしてやりたいくらいなのに。

 

 

・・・5年前の私であれば、それだけで全軍を動かしたでしょうね。

でも今は私の家族を傷付けられたこと「だけ」を理由に、兵士を死地に送るようなことはできません。

 

 

「・・・もし「Ⅰ」の挑発行為が、私をオスティアに押し込めるための布石だったとしたら?」

「は・・・?」

「数々の挑発行為は、確かに私をエリジウムに呼び寄せる罠かもしれません。しかし、そう思わせるために、わざと目立つようなテロ行為に及んだ可能性はありませんか?」

「それは・・・」

「出兵によって、相対的にオスティアの警備は緩くなります。すでに彼らは2度に渡り私の近くにまで侵入していました。出兵によって警備が緩くなった場合、どうなりますか? むしろ大軍の中にあった方が、私の身は安全ではないでしょうか?」

 

 

こう言う言い方は、保身を図っているようで嫌いなのですけどね。

とは言え、私一人の身体ではありませんので・・・。

 

 

「そして、イヴィオン統合軍は各国の寄り合い所帯で指揮系統が複雑です。共同元首である私がいれば、表向きの指揮権は私を頂点として安定させることができます」

 

 

パルティアやアキダリアのように、国境紛争を抱えている国もあるのです。

盟主国元首であり、共同元首でもある私の存在は、統合の象徴として機能します。

 

 

「それに、これは個人的な我儘に分類されることですが・・・私は安全な所から命令だけして、兵士だけを死地に立たせることを良しとはできません。前線の将兵の方々には負担をかけるとは思いますが、どうか・・・聞いては頂けないでしょうか?」

 

 

最終的には命令では無く、お願いになってしまいました。

そんな私に、その場にいた全員が困ったような顔をしていました・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

新メセンブリーナ連合。

エリジウム大陸の諸都市によって構成される国家連合。

国家連合とは言え、グラニクスの連合評議会が実権を握る超国家機構でもある。

事実上の、エリジウム「連邦」。

元々の農工生産力は魔法世界でも有数の物やったらしいけど、ここ数年の経済封鎖で生産力は下降する一方。

今では、ピーク時の3分の1にまで生産力が減少してもうとるらしい。

加えて言えば、域外に逃げ出す難民は年々増え取って、社会問題化しつつある。

 

 

そして、「Ⅰ」。

その新メセンブリーナ連合の所属するとされる、謎のテロリスト組織。

新メセンブリーナ連合の人体実験の被害者が、その構成員らしい。

その他のことは、良くわかっとらん。

 

 

「・・・って言うのが、こっちでわかっとることです」

『なるほど、こちらとほぼ同じですね』

 

 

目の前に置いた銀盆の中の水面に映った長―――旧世界連合初代事務総長、近衛詠春―――は、神妙な顔で頷いた。

5年前に比べると、渋みが増した顔立ちになっとる気もする。

 

 

オスティアの旧世界連合特使の大使館で、うちは長と通信で会談しとる所や。

内容は当然、今後の魔法世界の情勢について。

とは言え、情勢は悪化の一途を辿っとるわけやけど。

問題は、その情勢に旧世界連合としてどう対応するか、やけどな。

 

 

『・・・こちらで得た捕虜から話を聞けたのは、2時間と少しだそうですからね、実質』

「2時間どすか、そら・・・自白の術を使っても大した情報は得られへんかったでしょうな」

 

 

コツ、コツ、と銀盆の端を指で叩きながら、うちは適当な相槌を打った。

 

 

「実際の所、どうなんでしょうなぁ。テロや言うんやったら、何か目的がある思うんですけど」

 

 

うちも、元テロリストやさかい。

やから、わかる。

テロって言うのは、自分を含めた他の物に興味を持てへんようになった奴がやることや。

唯一、興味が持てるとすれば・・・。

 

 

テロの結果、得られる物だけや。

連中にとって、テロで得られる唯一の結果がどないな物なのか。

 

 

『さぁ・・・ただ、彼女ら「Ⅰ」がどう言う意図で生み出され、そして使われるはずだったのか・・・と言う点については、私も無関係ではありませんが』

「・・・25年前の戦争の結果、みたいな物ですからなぁ」

『ええ・・・しかし、だからと言って、「Ⅰ」を放置はできません。また、どう言う意図にせよ旧世界連合の管理区域に対して攻撃を仕掛けたのは事実です』

「・・・まぁ、そうどすな」

『よって、我が旧世界連合は「Ⅰ」及びその元凶と思われる新メセンブリーナに対し、報復行動をとることが旧世界連合常任理事会によって決定されました』

 

 

・・・とどのつまりは、今回の戦争に肩入れする言うことか。

経過はどうあれ、戦況はアリアはんらに有利に動くはずやし、そこで恩を売って魔法世界での発言権を強化する・・・か?

 

 

「・・・狸やな」

『いえ、友好関係にある魔法世界の諸組織に対し協力するだけですよ』

「無償で?」

『・・・・・・』

 

 

黙って笑うなや。

 

 

「はぁ・・・わかりました。こっちで調整しますわ」

『頼みます』

「はいな・・・・・・ところで、長、その・・・」

『・・・小太郎君なら、無事ですよ』

「・・・おおきに」

『では、また』

 

 

銀盆の水面から、長の顔が消えた。

それに合わせて、うちは溜息を吐いた。

 

 

・・・無事やったなら、ええわ。

 

 

もう一度、溜息を吐いて・・・椅子に深く座り直す。

うちが今おるんは、大使館の自分の執務室や。

5年前は街角の事務所やったけど、今や5階建ての石造りのビルみたいな建物や。

随分、待遇も変わったもんやけど・・・仕事のキツさは変わらへんわ。

いや、むしろキツくなっとる。

 

 

「千草殿」

「・・・カゲタロウはんか」

 

 

その時、執務室の扉がノックされて、黒づくめの兄ちゃんが入って来た。

5年前からうちの仕事を手伝ってくれとる、カゲタロウはんや。

仮面の下の素顔は、たぶん、うちしか知らへん・・・。

 

 

「何やね?」

「宰相府のクルト・ゲーデルから、至急、会いたいと」

「・・・マジか」

「うむ」

 

 

さらに溜息を吐いて、うちは天を仰いだ。

・・・仕事が増える予感しか、せぇへんかった。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「戦争になるのか・・・?」

「はい、オスティアが戦場になることはありませんが」

 

 

オスティアが戦場にならない、と言う言葉に少し安堵を覚える。

そして同時に、ウェスペルタティアの兵が傷つくのではないかと憂慮する。

そして最後に、アリアが陣頭に立つと言う話を聞いて、心配になる。

 

 

午前の重要な会議を終え、遅めの昼食をとったアリアは、食後の紅茶を楽しんでおる。

付け合わせのスコーンを指先で弄りつつ、アリアは何かを考え込んでおるようじゃ。

 

 

「・・・主が自身で前線に赴くのは、旧世界の友人のためか?」

「友人・・・友人以上の存在ですが、まぁ、それも無いと言えば嘘になりますね」

 

 

執務室の椅子に深く腰掛けて、アリアは溜息を吐いた。

白と淡い青のフリルが幾層にも重なり合ったオーガンジードレスを着ておる様は、まさに16歳の少女じゃ。

だが、その肩にのしかかっておる責任は、どれ程の物であろうか。

 

 

「・・・でも、哀しいことに、それだけでは軍は動かせないんです。私個人の感情で動かして良い物なら、どれ程、楽か・・・」

「・・・そうじゃな」

 

 

・・・葛藤、迷い。

そうした物を、アリアの表情から読みとることができる。

かつては、私もあのような顔をナギに見せておったのじゃろうか。

 

 

「・・・どの道、パルティアとアキダリア、そして龍山との国境問題が絡んだ対立は、私しか調停できません。出兵自体は先の主要国会議で決定された物で、今さら変更はできませんし・・・環境の整備と準備さえ間に合うなら、国民投票でもしたいのですけど・・・」

 

 

それは、どこか自分に言い聞かせるかのような独白じゃった。

自分の行動を正当化するための理由を探しているような、そんな行為。

 

 

実際、アリアの言い分は間違ってはおらぬ。

オスティアに残るにせよ軍の先頭に立つにせよ、「Ⅰ」と言う存在がどのような組織であるのかがわからぬ以上、危険度は変わらぬやもしれぬ。

むしろ、精鋭を集めてその中にいた方が、確かに安全やもしれぬ。

そう考えたからこそ、最終的にはアリアの意思が通ったのじゃろう。

 

 

「・・・女王は主じゃ、アリア。主の思う通りにするが良い・・・」

「・・・お母様」

 

 

そして私は、そう言うことしかできぬ。

私は先代であり・・・かつ、本当ならばここにいないはずの人間なのじゃから。

政に関することは、何も言えぬ。

 

 

「・・・紅茶のお代わりは、いかがですか?」

「・・・頂こう」

 

 

茶々丸と言うアリアの侍従が紅茶を注ぐのを見つめながら・・・私は悩むアリアを見つめておる。

昨日、結婚が不安だと泣いておった16歳の娘は、そこにはいなかった。

そこにいるのは・・・多くの命に責任を持つ、女王じゃった。

 

 

 

 

 

Side スタン

 

天気も良いことじゃし、夕飯の食材の買い出しにでも行くかと言うことで、村の連中を引き連れて新オスティアにやって来た。

しかし、どうもいつもと様子が違うの・・・。

 

 

「・・・何じゃ、あれは?」

「え? 何がです?」

 

 

新オスティアに買い出しに来ておったワシらの目に、通りを練り歩く妙な連中の姿が映った。

何百人か、それ以上か・・・とにかく多くの人間が、横断幕やら旗やらを掲げて通りを練り歩いておる。

ワシの目がおかしくなっていなければ、デモのようにも見えるの。

 

 

「ああ・・・アレは、開戦派の市民デモですよ」

「市民デモ?」

「ええ、最近、政治活動の自由がアリアちゃん・・・アリア陛下から布告されたんで、ああやって自分たちの要求を伝えようとする活動が増えているんですよ」

 

 

そう説明するのは、ココロウァ夫人、有り体にいえばアーニャの母親じゃな。

6年間、石化しておったので・・・娘の年齢の割には若い。

まぁ、そこはワシもじゃが。

 

 

「あの人達は、ええと、何だったかしら・・・女王陛下を襲撃した勢力を許すな、と言うキリスト教民主同盟って言う政党の人達を中心に、人道に対する罪を犯した新メセンブリーナ連合を倒せ、と言う風に主張しているんですよ」

「ふん・・・若いモンは元気があって良いの」

「ご年配の方も参加してますけどね・・・」

「・・・む、アレは何じゃ?」

 

 

通りの反対側から、別の集団が歩いて来るのが見えた。

開戦派とやらのデモに比べれば、数が少ないように見えるが・・・。

 

 

「アレは、反戦派の市民デモですよ」

「今度は反戦派か・・・」

「ええ、健全な政治活動の結果です・・・アリア陛下は、自分への反対を嫌がりませんから」

 

 

ココロウァ夫人によると、反戦派は労働党と言う政治組織が主導しているのだとか。

主張は良く知らんが、戦争に対して反対していると言うのはわかった。

 

 

「・・・しかし、大丈夫かの。ああ言う連中は鉢合わせると面倒じゃぞ?」

「ああ、その点は・・・アレです、あのロボット・・・」

 

 

ココロウァ夫人の指差した先には、奇妙な人形が何体もおった。

ずんぐりした胴体に、薄い造りの手足、両手が異様に長く翼のようにも見える。

灰色のそれは、何体かは子供を肩に乗せてノシノシ歩いて喜ばせたり、重そうな荷物を抱えた老人を手伝ったりしているが・・・ほとんどはデモの方を見ている。

頭部には大きさの異なる大小の目がついていて、大きい方の目が赤く明滅しておる。

・・・デモ隊同士が衝突しないよう、監視しているようにも見えるの。

 

 

「何でも形状記憶弾性セラミック・・・と言う物質でできているロボットで、今年から新オスティアの警備用に配備された物だそうです。名前は・・・確か『ガーディアン』だったと思います」

「ふん、可愛げの無い連中じゃの」

 

 

それにしても、随分と変わった物じゃな。

魔法都市の警備に、ロボットとはの・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

夜になって、オスティアの駐在大使から帝都ヘラスに通信が入った。

妾の執務室に直接繋がった画像に映ったのは、現オスティア駐在帝国大使ソネット・ワルツじゃ。

腰まである金髪に青い瞳の美人じゃ。

種族は人間じゃがヘラス族の血も入っており、元々はオスティアの民じゃった。

 

 

今、こうして我が帝国に所属しておるのは、いろいろと事情があるのじゃが・・・。

まぁ、とにかく、まずはソネットから報告を聞くことにしよう。

 

 

『本日、ウェスペルタティアの呼びかけで大使級会議が行われました。内容は新メセンブリーナ連合に対する最後通牒に関する物です』

「最後通牒・・・か、侵攻は変わらず11月1日じゃな?」

『はい、全て予定通りに・・・』

「ふむ・・・」

 

 

最後通牒の内容自体は、正直「オスティア宣言」とほぼ同じ内容じゃ。

どちらかと言えば、宣戦布告が形を変えただけの物じゃしの。

帝国軍の展開も、何とかギリギリ間に合いそうじゃ、妾が帝都で軍部と折衝を重ねたからの。

 

 

「・・・イヴィオン軍の展開に関しての説明はあったかの?」

『基本方針は、我が国とほぼ同じです。大兵力でもって電撃的に侵攻し、敵戦力を掃滅ないし降伏せしめると言う方針です。もちろん、戦術的な部分は大きく異なるでしょうが』

「ふむ・・・わかった、何か変事があれば、また知らせよ」

『はっ』

 

 

通信を終えた後、妾は兵に命じてコルネリアを呼び出させた。

5分ほどして、皇帝の執務室にコルネリアが姿を現す。

 

 

「何かご用でしょうか、陛下」

「うむ、我が軍の食糧の備蓄状況はどうかと思ってな?」

「軍の補給物資に関して言えば、問題ありません。補給部門の幕僚たちは自信を持っております」

 

 

北の方から500隻以上の大艦隊と2万の軍勢がエリジウム大陸に侵攻するのと同時に、我が帝国も南からエリジウム大陸へ侵攻する。

皇帝直衛艦隊と帝国北方艦隊、合計6個艦隊594隻。

そして陸軍8万8千、動員兵力は合計約25万。

現在、妾が動かせる外征戦力の7割近くの戦力をエリジウム大陸南部の占領に行使する。

 

 

「占領地の住民への物資供給計画はどうか?」

「陛下の指示で、帝国辺境部の備蓄倉庫を解放しておりますので・・・5000万人が120日間生活できるだけの食糧・物資を用意できる予定です」

「うむ」

 

 

我が帝国は工業力でこそ、ウェスペルタティアやアリアドネーに及ばない。

しかしその代わり、亜人の体力と広大な耕作地に物を言わせた農業生産力がある。

食糧自給率は常に200%近く、そのために保存技術も他国よりも発展しておるのじゃ。

それをエリジウムの占領行政に使うことで、帝国の行政能力の高さを誇示できるじゃろう。

・・・と言うか、腹が減るのは誰でも嫌じゃろ?

 

 

5年前の戦いで混成軍の補給を帝国軍が担えたのも、その食糧生産力があればこそじゃ。

・・・裏を返せば、北のウェスペルタティア軍の補給面で恩を売ることもできよう。

 

 

「すまぬが、さらに30日分追加できるかの?」

「はぁ・・・食糧だけなら、輸送の裁量をお任せいただければ、1週間で調整しますが・・・何にお使いに?」

「北のイヴィオン軍から要請があり次第提供できるように準備しておけば、後々の役に立つと思うのじゃが・・・」

 

 

どうかの? と首を傾げて見せると、コルネリアは珍しく何も言わずに頭を下げ、執務室を出て行った。

な、何か調子が狂うの・・・。

 

 

『陛下!』

「わひゃ!? な、何じゃいきなり!?」

『も、申し訳ありません、緊急の連絡です!』

「緊急?」

『ゼフィーリア方面軍からの緊急報告です!』

 

 

ゼフィーリア方面・・・つまりは一足先に布陣しておる前線部隊に関する報告じゃった。

・・・もしや、先制攻撃でもされたか?

 

 

「メセンブリーナが越境してきたか!?」

『小競り合いです! 国境の向こうから1発だけ砲撃があって・・・反撃した所、撃ち合いになり・・・20分程で終息しましたが・・・』

「ぬぅ・・・やむをえん、少し後退して敵の射程から離れよと伝えるのじゃ、まだ全軍の準備が整っておらん!」

『り、了解しました、前線の責任者にそうお伝えします!』

 

 

ふぅ・・・と、とりあえずの指示を出して、溜息を吐く。

そして、不意に疑問が湧き上がって来た。

・・・新メセンブリーナが、この時期に先制攻撃・・・?

 

 

 

 

 

Side ガイウス・マリウス

 

「閣下、少しお休みになられてはいかがですか」

「む? うむ・・・そうだな、いや、そうもいかん」

 

 

ブロントポリスの軍港、私の率いることになる艦隊の旗艦の執務室で、私は迎撃作戦の準備に追われていた。

無駄な戦いとは言え、なるべく部下を生き残らせねばならない。

 

 

実の所、私は部下達に戦線離脱の許可を出しているのだが・・・。

99%の部下が、今も私に付き合って出撃の準備をしている。

 

 

「グラニクスに幕僚団の半数を引き抜かれてしまったからな、私がその分の仕事をしなければならん」

「引き抜きって・・・人質に取られただけではありませんか、閣下の御子息も・・・」

「・・・」

 

 

私の前に立っているのは、ロバート・ブロートン大佐。

濃いブラウンの髪の20代の青年将校であり、今は私の副官も務めてくれている。

こう言うのは不見識かもしれんが、私は彼には他の部下を率いてメガロメセンブリアに再亡命してほしいと望んでいたのだが。

 

 

・・・そして彼の言うように、私の息子がグラニクスに捕らえられている。

息子とは言っても、血の繋がりの無い養い子だが・・・コレがある限り、私は多国籍軍と戦わねばならない。

・・・我ながら、甘いかな・・・。

 

 

「・・・閣下、本当に正面から敵軍を迎え撃つのですか?」

「大佐には何か、腹案があるのかね?」

「兵力、補給、装備の面で圧倒的に不利である以上、正面から戦えば短期間で敗北します。であればこそ、焦土戦術に出るか、あるいはいっそゲリラ戦を展開すれば、何とか敵軍を撃退できるのではありませんか」

「・・・なるほど、確かにそうかもしれんな」

 

 

持久戦、長期戦に持ち込めば、侵攻軍に過大な負担を強いて撤退に追い込むことも不可能では無いだろう。

あるいは小兵力を分散派遣して、敵の補給路を寸断すれば・・・。

 

 

「・・・だが、それでどうなる?」

「閣下・・・」

 

 

戦略家としての思考になりかけた自分を、私は引き戻した。

そう・・・それで敵軍を撤退させて、どうなると言うのか。

エリジウム大陸の民衆は引き続き食糧難に喘ぎ、グラニクスの共和主義に名を借りた政治屋共に搾取される日々に逆戻りするだけのことだ。

 

 

もしコレが、物語に出てくるような悪逆非道な専制者から、清潔な民主主義を信じる無辜の民衆を守るための戦いであれば、私は喜んで戦いに臨んだだろう。

まさに命を懸けて・・・市民の盾となっただろう。

だが実際には、帝制、王制を標榜する国家が極めて清潔な政策を行い、逆に市民の多数の意見で選ばれたはずの政治屋が権力を私物化し、市民を苦しめている。

・・・だが、それでも・・・。

 

 

『閣下!』

 

 

その時、部屋に備えられた大型のスクリーンに、部下の通信士官の姿が映った。

 

 

「どうした、何か変事か」

『はっ、通信スクリーンに、多国籍軍代表としてウェスペルタティア女王が姿を見せています。エリジウム大陸に籠る賊軍に対し、最後通牒を行うと・・・』

「・・・映像を繋げ」

『はっ』

 

 

数秒後、画面が切り替わり・・・そこに映っていた少女に、私は「ほぉ・・・」と溜息を吐いた。

そこに映っていたのは、どこか先代アリカ女王を彷彿とさせる、美しい少女だった。

 

 

『・・・全魔法世界の皆様に対し、ご挨拶申し上げます。私はウェスペルタティア女王にして国家連合「イヴィオン」の共同元首、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです』

 

 

その少女は、群青色のドレスを身に纏っていた。

群青色を基調としたそのドレスは乳白色をアクセントとし、青色の花が胸元やスカートに散らされている。

乳白色のレースと青の花で彩られた群青色のドレスは、照明の光を反射して煌めく長い白髪にとても良く映える。

 

 

アリア女王は今朝の評議会の「オスティア宣言」拒否を強く非難し、同時に最後通牒を行った。

最後通牒の内容は基本として「オスティア宣言」と同じであって、事実上の宣戦布告であった。

 

 

『最後に、全魔法世界の皆さんに申し上げます。私、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアは本日を持ちまして、多国籍軍の代表になりました。しかし、これはエリジウム大陸の住民の方々に対する物ではありません。魔法世界の紛争を無くし、平和な時代を築くために、皆様と共に歩いてゆくことのできる最善の道の第一歩であると考えております』

 

 

通信の最後に、アリア女王はそう宣言した。

討つべきは悪政を敷くグラニクスの評議会であり、他の諸都市、市民に対する軍事行動では無いことを宣言したのだ。

すなわち・・・自分達は解放者であると宣言したわけだが。

 

 

若く、美しく、聡明で民を思いやることのできる優しい女王。

これまで特に失政も無く・・・賞賛に値する存在だが。

だからこそ・・・危険だと、私は思った。

 

 

 

 

 

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

『グラニクス評議会が我々の説得を受け入れないと言うのであれば、今後の事態に関する責任は、あげてグラニクス側にあると言うことを銘記して頂きます』

 

 

そう宣言して、ウェスペルタティアのオリジナルの声明は終わりました。

暗い、閉ざされた視界の中で聞こえてくるオリジナルの凛とした声は、心地良くすら感じます。

 

 

そうですか・・・来てくれるのですか。

最悪の場合は、オスティアの警備が相対的に薄くなるのに合わせて、こちらから出向くつもりでしたが。

そう・・・究極的には、どちらでも良かった。

限られた時間の中で、短期的にオリジナルに会うための手を打っていただけ・・・。

 

 

「・・・今、戻った」

 

 

その時、彼が戻って来ました。

私達の中で唯一、女王に姿を見られた彼。

今にして思えば、彼が女王と接触した合同慰霊祭の時が最初で最後の機会であったのかもしれません。

 

 

「お帰りなさい、首尾はどうでしたか?」

「ああ、帝国側は成功した。今、国境を挟んで帝国軍と連合軍が小競り合いを繰り返している。そして、北側は・・・S-06が上手くやったようだな。龍山との国境の島で、警備艦艇同士の小競り合いを誘発することに成功したようだ」

「・・・そう」

 

 

これまでの活動で、私達は仲間の多くを失ってしまいました。

とは言え、ほとんどは寿命で失ったのですが・・・。

 

 

「・・・う・・・」

 

 

その時、傍らの彼が地面に膝をつく気配を感じました。

苦しげに呻き・・・気のせいで無ければ、砂のような物が流れるような音が耳朶を打ちます。

・・・見えない目で、私は彼のことを見つめます。

 

 

ギシ・・・と車椅子を動かして、私は膝をつく彼の前に回ります。

そして・・・。

 

 

「・・・お舐めなさい」

 

 

ツイ・・・と、何も身に着けていない左足を、差し出しました。

彼の息を飲む声が聞こえると、私は口元にかすかな笑みを浮かべます。

 

 

「早く、消えてしまいますよ」

「・・・ああ」

 

 

返事の直後、苦しげな吐息と共に生温かい感触が左足の先に生まれました。

熱を持ったそれは、私の冷えた身体の隅々にまで温もりを伝えるかのようで・・・。

 

 

「・・・はぁ、ぁ・・・」

 

 

その熱が、足先から足首、太腿へと徐々にせり上がって来るにつれて・・・。

私は、身体をのけぞらせました。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

旧メセンブリーナ連合の領域に、テンペテルラと言う街がある。

砂漠地帯にあるオアシスの街であり、小規模ながら交易の中継地として栄えている。

その街でも特に有名な場所は、きっぷの良い亜人の女店主がいる酒場である。

 

 

「いやだねぇ、ここ5年は平和だと思っていたのに、戦争かい?」

 

 

その女主人が見ているのは、酒場の中央に設置された大型モニターである。

そこに映っているのは群青色のドレスを纏ったウェスペルタティアの若き女王。

現在放送されているわけでは無く、録画された映像を繰り返しているだけである。

それを証明するかのように映像が切り変わり、すぐにニュースキャスターとコメンテーターの顔が映る。

 

 

「ふむ・・・困っているのか?」

「いやぁ、この辺りが戦場になるわけじゃないし、むしろ景気は良いんだけどね? ジョニーやトラゴローって言うトラック野郎が良く来るんだけど、最近、運輸業は儲かって大変だって言ってさぁ」

「ほぅ・・・それは良かったな」

 

 

女主人が示した通り酒場は多くのトラック野郎で賑わっており、どこでどれだけ儲けただの、どの物資を運ぶとどれだけ儲けがあるかだの、どのそこは税金が高いだのと情報交換をしている。

 

 

その女主人の前、カウンターで酒を飲んでいるのは、奇妙な雰囲気を持つ男だった。

黒いローブを頭まですっぽりと被り、顔以外は外からは見えない。

手元には白い仮面があり、普段は顔も隠していることを示している。

褐色の肌の覗くその顔は、なかなか整った容姿をしていた。

 

 

 

「マスター」

 

 

 

その時、その男に声をかける少女がいた。

肩まで伸びた白い髪と、美しいが表情に乏しい顔はどこか人形めいた印象を相手に与える。

身に着けている衣服は、砂漠には不似合いな黒いローズレースブラウスワンピース。

チュールレースが華やかなブラウスワンピースであり、繊細なピンタッグが特徴的である。

小柄な少女には、良く似合ってはいるが・・・。

 

 

「・・・娘さんかい?」

 

 

女店主は聞いた。

 

 

「そのようなモノだ」

 

 

男は答えて、酒の代金を置いて立ち上がった。

それから少女を伴い、店だけでなく街そのものの外へ出て行った。

 

 

「どちらへ向かうのですか?」

 

 

少女が聞くと、男は一瞬だけ少女の顔を窺い、答えた。

 

 

「無論、救われぬ者達が集まる地・・・エリジウム大陸へ」

「わかりました」

「・・・別について来なくても良いのだぞ」

 

 

男がそう言うと、少女は不思議そうな視線を男に向けて、言った。

 

 

「私は、貴方と共にいます。マスター」

「・・・好きにしろ」

「はい」

 

 

男の名は、デュナミス。

少女の名は、6(セクストゥム)と言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

「すまんな、アリア」

 

 

仕事を終えて、就寝前の紅茶の時間。

共にテーブルを囲んでいるエヴァさんが、突然謝罪してきました。

正直・・・驚きました。

 

 

「・・・どうしたんです、急に」

「いや、さよ達のことで辛い思いをさせているかな、と・・・」

「アリアさん、マスターのことを許してあげてください」

「ケケケ、ユルシテヤッテクレヨ」

「うむ、許してやると良かろう」

「お前らな・・・」

 

 

・・・何故か茶々丸さんやチャチャゼロさんや晴明さんが急に話題に混ざって来ましたが、エヴァさんはどこか申し訳なさそう・・・と言うより、落ち込んでいるように見えます。

 

 

「昔なら・・・5年前なら、何を置いても助けに行った。バカ鬼が対処したから良しとしても、さよに手を出した奴らを皆殺しにしに行っただろう、だが・・・」

「・・・そうですね」

 

 

・・・今は、個人的な感情で動ける立場でも動いて良い立場でも無いですからね。

今回の件にしても、出兵自体は先だっての主要国会議と国家安全保障会議の採決によって決定されていました。

まぁ、私が親征するかどうかと言う問題はありますが。

それも外交的な理由で理由づけはできますが・・・。

 

 

「・・・大事な物が、増えたからだと思います」

 

 

私もエヴァさんも、この5年間で王宮や政庁、軍に仲間や友達、部下がたくさんできました。

それらを無視して、あるいは放って行動できない程に。

自分の能力や権限、感情が・・・自分の愛する人のためにのみ使用される。

それができた時期は、とうの昔に過ぎてしまったのですから・・・。

それができない程に、大事な物が増えすぎたと言うことでもあるのでしょう。

 

 

「・・・いずれにせよ、就寝前にする話では無いと思うけどね」

 

 

紅茶の香りが漂う中で、ただ一人ブラックコーヒーを飲んでいるフェイトが、そう言いました。

何故この場にフェイトがいるのかと言うと、彼は普段通りの時間に私の寝室を訪れたのです。

と言うより、アレです。

 

 

私とフェイトが会う時間に、エヴァさんが来ているのです。

エヴァさんがいるので、茶々丸さん達も来ているわけで・・・。

・・・いえ、別に不満なわけじゃないです。

むしろ、2人きりになると何があるか分からないという点では、少し安心もしないわけじゃないですし。

・・・でもやっぱり、アレだったり何だったり。

 

 

「ああ、そうだ・・・アリア」

「はい?」

 

 

私と向かい合うように座っているフェイトが、コトッ、と小さな小箱をテーブルの真ん中に置きました。

フェイトがそれを開くと、その中には青色の緑柱石をあしらったペンデュラム型のイヤリングが入っていました。

な、何だか高価そうですけど・・・。

 

 

「イヤリング型の支援魔導機械(デバイス)。魔法障壁特化型の物で、魔法障壁を作る以外の機能は無いらしいけど・・・セリオナから預かっていたのを思い出したよ」

「おい待て。どうして私の部下からの預かり物を私では無く、お前が持っているんだ?」

「あはは・・・でも、ありがとうございます」

「元はレアメタルマシーナと言う個人経営の装飾品(アクアイヤリング)だけど・・・支援魔導機械(デバイス)としての機能はむしろ他の物よりも優秀だよ」

 

 

イヤリングは2つあるのですが、フェイトはその内の1つを手にとりました。

あれ? 私のじゃ・・・。

 

 

「・・・一つは、僕のだそうだ」

「お揃いと言うことでしょうか」

「何だと!?」

「・・・!」

 

 

茶々丸さんの言葉に、頬が熱を持つのを感じます。

ちなみに、驚いているのはエヴァさんです。

お揃いは・・・ブレスレット以来ですね・・・なんて・・・。

 

 

私が少し照れつつも、小箱に残ったもう一つのイヤリングに手を伸ばします。

すると・・・自然、小箱をに触れているフェイトと手を重ねるような形になります。

 

 

「戦地に行くにしろ、オスティアに残るにしろ・・・僕はキミの騎士だ。キミの傍にいて・・・キミを守る義務が僕にはある。いや、義務以前の問題として・・・」

「・・・はい」

「・・・守るよ、キミを」

「フェイト・・・」

「・・・アリア」

 

 

フェイトと触れている指先が、かすかに熱を持ったような感触。

不安が溶けて消えて行くような、そんな感触・・・。

 

 

「・・・おい・・・」

「しっ、マスター、お静かに」

「・・・ヤバイ、オレハモウダメダ・・・」

「茶々を入れる隙が見いだせぬのじゃが・・・」

 

 

・・・一瞬、エヴァさん達の存在を忘れてしまいました。

そのことに気付いた私は、慌てて手を離そうと・・・。

 

 

 

ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

 

 

 

・・・その時、私の部屋の通信装置が呼び出し音を鳴らし始めました。

居住まいを正した後、私は通信画面を開きました。

相手は、クルトおじ様。

 

 

「何か?」

『・・・帝国と龍山連合の大使館から連絡がありました』

 

 

ヘラス帝国と龍山連合の大使館から・・・?

こんな時間に、何でしょうか。

 

 

『国境において、小規模ながら新メセンブリーナ連合軍と武力衝突に及んだ模様です』

「何だと・・・」

「・・・それで、どうなりましたか?」

『武力衝突自体は数時間で終息しましたが、どうも新メセンブリーナ連合軍の方から先に攻撃を仕掛けてきたようで』

「・・・そうですか」

 

 

南北で同時に、先に手を出してくるとは思いませんでした。

 

 

『・・・恐れながら陛下、どうやら新連合側には和平の意思は無いようです』

「・・・・・・そうですか」

 

 

クルトおじ様の言葉に、頷きを返します。

・・・そうですか。

 




アリア:
アリアです。
今話は非常に難しいお話ばかりでしたね・・・。
端的に言えば、戦争の準備に関するお話ですね。
そして、冒頭で述べた募集に関してです。

今話で登場した新キャラ・アイテム・小道具は以下の通りです。
新キャラ:
ロバート・ブロートン大佐:伸様提供。
アドメトス・アラゴカストロ国防尚書:伸様提供。
ソネット・ワルツ:ATSW様提供。
テオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァー外務尚書:リード様提供。

新アイテム・小道具:
京扇子「阿古女」:伸様提供。
群青色のドレス:伸様提供。
白と青のオーガンジードレス:リード様提供。
ローズレースブラウスワンピース:伊織様提案(Victorian maidenから出典)。
ガーディアン:司書様提供(元ネタ、天空の城ラピュタ)。
レアメタルマシーナ(企業):ルファイト様

イヤリング型魔法障壁特化デバイス:ライアー様提供。

アクアイヤリング:ルファイト様提供。
ありがとうございます!


アリア:
では次回は、戦争です。
・・・いや、違いますね・・・。
・・・戦争です、としか言えない・・・。
では、またお会いしましょう。


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第3部第11話「エリジウム解放戦」

Side クルト

 

コチ、コチ・・・律儀に働く手元の懐中時計が、正午を示しました。

それを確認した私は、宰相府の一室で窓の外を見続けている、ある御方の背に向け言葉をかけます。

 

 

「開戦予定時刻を過ぎました・・・アリカ様」

「・・・そうか」

 

 

窓の外をじっと見つめるアリカ様は、短くそう答えました。

・・・今頃、エリジウム大陸への侵攻作戦が開始されたはずです。

 

 

10日前に正式決定される前から、我が国の情報機関(インテリジェンス・コミュニティー)はエリジウム大陸で活動し、親王国・反連合の気運を高めるよう活動してきました。

さらに帝国・アリアドネーなどの各国とも協議を重ね、敵軍よりも質・量共に上回る規模の軍を整備することに成功しています。

その意味で、今回の戦いは勝つべくして勝つ戦いになるでしょう。

 

 

「か~っ、待ってるってのは性に合わねぇな~、やっぱ俺も行きゃあ良かったかなぁ?」

「おま・・・貴方が行くと話がややこしくなるので、やめてください」

 

 

アリカ様と違って、実に退屈そうに部屋のソファで寝そべっているナギの存在は、この際ですから無視しましょう。

アリカ様はともかく、なぜ私がナギの面倒まで見なければならないのか・・・。

しかし、言葉通りに戦場に乱入などされては面倒極まりないですからね。

 

 

本当ならば、私もアリア様について従軍したかったのですが、国内の政務を疎かにするわけにもいかないので、女王の代理人である宰相たる私が一時国政を預かっています。

私の他、テオドシウス外務尚書、クロージク財政尚書、アラゴカストロ国防尚書など主だった閣僚も残っていますので、さしあたって国政には問題はありません。

 

 

「・・・クルトよ」

「は・・・」

「無位無官の私などを気にかけておる暇があるのなら、仕事に戻るが良い」

「・・・は」

 

 

アリカ様の言葉に頭を下げた後、私は部屋から退室すべく踵を返しました。

その時、不意に灰銀色の物体が視界に入りました。

 

 

部屋の隅で丸くなっているそれは、いつもはアリア様の傍にいる灰銀色の狼です。

ですが今は、オレンジ色の髪の女性・・・アスナ姫を包むようにしています。

巨狼の背中から伸びる2本の触手のような物が、アスナ姫の身体を撫でるように動いています。

アスナ姫自身は、目を閉じたままそれを受け入れているようですが・・・はてさて。

 

 

まぁ、良いですかね。

私はアリア様の婚礼について、いろいろと手配しなければならないので・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

セブレイニアは、エリジウム大陸北東部一帯に広がる地域の名前である。

大規模な都市は存在しない物の、ここを抜けられるとエリジウム大陸屈指の軍港都市ブロントポリスまでが無防備になってしまうため、防衛戦略上、重要な地域であった。

そして11月1日午後2時、予測をはるかに上回る速度で、多国籍軍がこの地域に殺到した。

 

 

「だと言うのに、総司令部(グラニクス)は何を考えているんだ!」

 

 

セブレイニア地域の街道に陣を敷いた新メセンブリーナ連合軍の司令官は、そう毒づいた。

彼の手元にある兵力は2000程度に過ぎず、新メセンブリーナ連合軍の兵力のほとんどは、グラニクス正面に配置されていたからである。

 

 

つまる所、総司令部は首都であるグラニクスのみを防衛するつもりであり、他の地域には最小限の兵力しか割いていないのである。

首都が重要なのは確かであり兵力を集中するのは戦略的に当然なのだが、上層部への偏見も手伝って「見捨てられた」と言うのが、彼の率直な思いであった。

 

 

「司令官、敵です!」

「何だと!?」

 

 

幕僚の急な報告に驚いた彼は、ただちに陣の外の様子を確認しようとした。

そこには・・・。

 

 

「な、何だアレは・・・」

 

 

そこには、彼が見たことも無い兵器を用いて戦場を駆け、自分達を包囲している敵軍の姿があった。

・・・とても勝ち目は無い、司令官は瞬時にそう判断した。

彼にはグラニクスの政治屋達のために玉砕するつもりは、全く無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side グリアソン

 

俺に与えられた兵力はウェスペルタティア王国陸軍の機動兵4000を中心に、パルティア、龍山の軽装歩兵から成る兵団2000を合わせた6000の陸軍兵力と、護衛・援護のためのアキダリア艦隊所属の駆逐艦12隻と輸送艦の小規模艦隊だ。

 

 

与えられた任務は、セブレイニア地域の完全占領。

女王陛下直々の命令に、自然、身が引き締まる思いがする。

 

 

「元帥! 敵兵が我々の意図に気付いた模様です!」

「ふ、ようやくか・・・だが、遅かったな」

 

 

愛騎の騎竜「ベイオウルフ」を駆り、敵の陣地の周囲を旋回する俺の周囲には、無骨な装甲を身に着けた部下達がいた。

『8式機竜(MD-08)』と呼ばれる、我が竜騎兵団の新型装備だ。

小型の精霊炉を仕込まれた動甲冑であり、飛行機能を有する全長3m程の無骨な装甲だ。

魔力鉱甲鈑と魔力流体金属の三重積層構造を持つ装甲は、中級魔法攻撃を受けても耐えられる。

 

 

生身の騎竜は金がかかるし、何より最近は政治活動の自由化により愛護団体がうるさい。

そう言う様々な方向性から、魔導技術による機械化が我が軍の至る所で進んでいて、コレもその一環だと言える。

俺はしぶとく、生身の騎竜を使っているがな。

 

 

「スピーダー・バイク隊を出せ!」

「はっ!」

 

 

命令の直後、敵の陣地の周辺を不思議な乗り物に乗った無数の兵が取り囲み始めた。

無論、兵は全て『PS(パワード・スーツ)』を装備した重装兵だ。

7式動甲冑―――正式名称『PS-07A1』―――を身に纏った数百の兵が乗っているのは、『スピーダー・バイク』と言う一人用ないし二人用の乗り物だ。

 

 

『74-Z軍事用スピーダー・バイク』と言うのが正式な名前のそれは、全長4m程で小さな砲塔を一門、備えている。

見た目には、細長い昆虫のようにも見えるが・・・時速100キロ以上で走るそれらが陣地の周りを疾走する姿は、敵の目にはどう映るかな・・・。

 

 

「元帥、白旗です!」

「ほう、もうか・・・思ったよりも早かったな」

 

 

結果的にこの示威行動が功を奏したのか、敵は反撃らしい反撃もせずに降伏した。

まぁ、俺でも見たことが無い兵器に包囲されれば戦意喪失するだろうが・・・それ以上に、士気が低かったのだろう。

 

 

俺は包囲の輪を解くこと無く、敵陣の正面に部下と共に降り立った。

すると、陣地の中から敵の司令官らしき男が出てきた。

彼は自分達を取り囲む見たことも無い兵器の群れを気にしつつも、堂々とした態度で俺の前に立っていた。

 

 

「・・・部下達の安全の保障を要求する。それが容れられぬ時には、最後の一兵まで抵抗する」

「良かろう、貴官と部下の身の安全は保障しよう。降伏の意思に変わりは無いか?」

「・・・・・・無い。寛大な処置に感謝する」

「その感謝は我が女王に。我が女王は無駄な流血を好まれぬ方だ」

 

 

俺がそう言うと、敵の司令官は深く頭を垂れた・・・。

・・・その後は、敵兵2000を捕虜として後方へ護送しつつ、周囲の村々へ食糧・物資を供給する作業に入った。

帝国との事前協議で、食糧に関しては補給のメドが立っているので、精神的には楽だな。

 

 

輸送艦が数隻、地上に降りて配給の準備を進めるのを監督しながら、俺は次の目標に対する攻撃準備をも進める。

30分ほどした頃、幕僚の一人が慌ただしく俺の耳元に敵軍の動静に関する報告をもたらした。

 

 

曰く、ガイウス・マリウス率いる1万の兵が、ここセブレイニアに向かっている・・・と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

11月1日、午後3時。

エリジウム大陸北西部の都市ケフィッススは、籠城戦の様相を呈していた。

とは言え、空を駆逐艦と敵軍の不思議な飛行兵力(『機竜』部隊)で塞がれ、都市の周囲を見たことも無い兵器を用いる多数の敵軍に囲まれた状況を、籠城「戦」と言えるかは微妙だが。

 

 

「・・・我が軍は完全に包囲されてしまいました」

「民衆も我が軍を見限り、都市を出て敵軍を迎える始末です」

「・・・」

 

 

幕僚達の報告に、司令官らしき男は何も答えなかった。

戦闘開始1時間、たったそれだけで彼らは追い詰められていたのである。

民衆を人質に取ろうと言う声もあったが、司令官は採用しなかった。

ただそれは人道的な判断と言うよりは、人質に取った後の事態を考えてのことだったようだ。

市民を人質に取った卑劣な将軍がどうなるか、それがわからない程、彼の想像力は貧困では無かった。

 

 

今や一部の軍宿舎に立て籠るだけとなった彼の指揮下にある兵力は、わずかに800。

それに比べて敵は5000以上、勝ち目などあるはずが無かった。

籠城しようにも、武器弾薬・食糧などの物資の蓄えはほとんど存在しない。

 

 

「司令官、どうなさるのですか?」

「・・・」

 

 

部下の怯えを含んだ声に、司令官は答えない。

ただ何も言わず、足元に落ちた空の酒瓶を無感動に見つめているだけだ・・・。

 

 

その時、ズズンッ・・・と言う鈍い音と共に、何かが転がるような音が司令官達の籠る部屋の前に響いた。

 

 

次の瞬間、薄い木でできた扉ばかりか廊下に面した壁すら突き破って、奇妙な物体が転がり込んできた。

赤褐色の曲線と鋭角を組み合わせた昆虫のような恐ろしい外観をしたそれは、アルマジロのように丸めていた身体を変形させ、蠍とも蜘蛛ともになると、両腕に装備した小さな砲塔を司令官達に向けた。

司令官達は知りようも無いことだが、それは、「アルマジロ」と言うウェスペルタティア軍のロボット兵器であった・・・。

 

 

「な、何だ・・・!?」

 

 

うろたえる幕僚達は、その物体の胸部にウェスペルタティア王国の紋章が刻まれているのを見て、戦慄した。

コレが―――ウェスペルタティアの兵器だと言うのか!?

その物体は、目らしき部分を赤く明滅させると、機械的な音声を響かせた。

 

 

『タダチニコウフクシテクダサイ』

『テイコウハムイミデス』

『コウフクシナイバアイ、コウゲキシマス』

 

 

降伏勧告である。

 

 

『タダチニブソウヲカイジョシ、「クイーン・アリア」ニシタガウノデス』

 

 

ただちに武装解除し、女王アリアに従え。

その宣告に・・・司令官達は、肩を落とした。

選択の余地は、無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side リュケスティス

 

敵司令官の降伏を受諾した後、俺はすぐにケフィッスス周辺地域の掌握に乗り出した。

各所に部隊を進ませ、多国籍軍の管制下に置くのも俺の仕事の内だ。

 

 

「・・・装輪装甲車を何台か市街地の要所に配備せよ。我が軍の進駐に対する暴動が起こらんとも、限らないからな」

「はっ」

 

 

命令から数分後、新メセンブリーナ連合軍の司令部だった場所から、数台の無骨な車両が走りだした。

それは正式には戦闘装甲車と呼ばれる車両であり、歩兵を機動的に移動させ、武装も整えていることから市街地での戦闘支援を目的に設計された物だ。

 

 

精霊炉を組み込むことで、長距離の移動・魔法障壁の展開などが行える。

他にも人員輸送車、補給支援車などのバリエーションがあり、司令部施設前でケフィッスス市民に食糧の配給を行えているのも、この装甲車の輸送力があればこそだ。

 

 

「ウェスペルタティア王国女王万歳!」

「解放軍万歳!」

「女王(クイーン)アリア万歳!」

 

 

ケフィッススの通りには、そのような声が溢れている。

正直な所、俺は苦笑せざるを得なかった。

圧制者から救われた民衆が解放軍を歓迎すると言うのは歴史上、良くあることだ。

だが今や共和主義の総本山であるはずのエリジウム大陸の人間が、専制君主である我が女王を歓迎すると言うのは、皮肉としか思えない。

 

 

だが、この民衆達は気付いているのだろうか?

そもそもウェスペルタティア王国主導での経済封鎖が無ければ、重税に喘ぐことも食糧難に陥ることも、おそらくは無かっただろうと言うことに。

 

 

「・・・まぁ、あのような少女がそんな辛辣なことをするとは、普通は思わないだろうがな」

 

 

口の中だけで呟きながら、俺はまた苦笑した。

実の所、俺自身、我が女王への評価を定められていないのだ。

基本的に民に甘く、自己の権力を潔く捨てることもできる清潔な為政者に見える。

しかしその実、切り捨てる部分は切り捨てる冷徹な部分も持っている。

二面性、それはあの若く美しい白髪の女王を構成する一側面であるには違いなかった。

 

 

しかし、これほど早く進軍・制圧できるとは思わなかった。

開戦後わずか4時間で、エリジウム大陸の北部3分の1を占領してしまうとは。

無論、今日の所は部隊の再編と周辺地域の鎮定に臨まねばならないだろうが・・・。

・・・そう言えば、ここケフィッススには「Ⅰ」の研究所があるのだったな。

後で、調査班を派遣してみるか・・・。

 

 

『我が女王よ、婚礼前までに終わると良いですな』

『婚礼・・・・・・まぁ、戦争の直後に式を挙げるのもどうかと思いますので、1月に延期すると思いますけど』

『ほぉ・・・では、エリジウム征伐は2ヵ月で、と言うことですかな?』

 

 

出兵の数日前、俺は我が女王とそんな会話をする機会に恵まれた。

挙式の延期と言うのには驚いたが、まぁ、無理も無いとも思う。

かすかに頬を染めるその姿は、まさにただの小娘に見えた。

 

 

『・・・2ヵ月?』

 

 

表情を変え、かすかに冷笑のような物を浮かべた口元を、我が女王は旧世界の扇を開いて隠した。

そして・・・。

 

 

『そんなにはかかりませんよ。7日・・・そう、一週間。もしかしたら6日で終わるでしょう』

 

 

何を根拠にそんなことを言ったのかはわからんが、6日では終わらんだろう。

確かに、予想外の進撃速度ではあるが・・・。

 

 

「閣下」

「・・・む?」

 

 

その時、新たな情報が俺の下にもたらされた。

メガロメセンブリアの宿将、ガイウス・マリウス率いる1万の軍が、ケルベラスからケフィッススに向かっていると言う情報が。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

アリアドネー戦乙女騎士団による新メセンブリーナ連合領シレニウム侵攻は、思いのほか上手くいったわ。

・・・と言うより、抵抗らしき抵抗も受けず、無防備都市宣言を行ったシレニウム首脳部と停戦協定を結んだのだけど。

 

 

「辺境の都市が敵軍を歓迎する時、その国は滅亡の極にある」

 

 

いつだったか、そんなことが書いてある本を読んだことがあるけれど。

まぁ、そうは言っても・・・。

 

 

「セブンシープ隊長」

「はっ」

「ゼフィーリア市街地に展開して、帝国軍から治安維持権限の移譲を受けなさい。細部は事前に渡したマニュアル通りに」

「はっ! お任せください!」

 

 

シレニウムに部隊をいくつか置いて、私自身は西進してゼフィーリアに向かった。

とは言え、すでにヘラス帝国軍が占領しているのだけど。

帝国軍の艦艇で埋め尽くされている空港に艦をつけて、地上に降りる。

 

 

その際、私は率いてきた部隊の隊長―――エミリィ・セブンシープ―――に、ゼフィーリアの治安維持を命じた。

我々アリアドネーの役目は、エリジウム大陸の入口の治安を確保することだから。

 

 

「では、行ってまいります!」

「ええ、私はゼフィーリア政庁で政治と軍務を掌管しなければならないから」

 

 

緊張で頬を紅潮させる金髪赤目の若い戦乙女の姿に、私は不意に懐かしい感覚を覚えた。

25年前、私もエミリィのように、緊張を友として部隊の指揮を執ったことがあるから・・・。

 

 

エミリィ・セブンシープとその仲間―――ベアトリクス・モンロー、コレット・ファランドール、デュ・シャ、フォン・カッツェ―――は、5年前の戦いを生き延びた、若きホープとして期待される人材。

騎士団候補学校を卒業した後も、同じ部隊で共に戦っている。

・・・将来的には、もしかしたら次期総長(グランドマスター)候補になるかもしれない子達。

まぁ、今はまだまだ、だけどね。

 

 

「おお・・・セラスか、良く来たの」

「ええ、遅れて申し訳ないわね。戦況の方はどう?」

「うむ、今の所は目立った被害も無く、順調そのものじゃ」

 

 

ゼフィーリア政庁の一室で、私はテオドラ陛下と会談したわ。

内容はゼフィーリアの管理に関する権限委譲について。

それと、今後の軍事行動についてね。

 

 

「ただ、気になる情報があってのぅ・・・」

「気になること・・・?」

 

 

私の言葉に、テオドラ陛下は頷いた。

 

 

「うむ、グラニクスから南進してくる部隊があるのじゃが・・・」

「規模は?」

「情報によれば、1個艦隊約70隻、陸軍約2万」

「・・・なかなかの規模ね」

 

 

とは言え、帝国軍の規模に比べれば小勢力と言わざるを得ない。

艦隊・陸軍共に帝国軍の4分の1以下。

 

 

「・・・指揮官が、ガイウス・マリウス提督であるとの情報があるのじゃ」

「それは・・・厳しそうね」

 

 

ガイウス・マリウス提督。

かつてのヴァルカン総督、帝国と何度も戦火を交えた歴戦の将帥。

口にはできないけれど、帝国軍の将兵にとっては<紅き翼(アラルブラ)>とは別の意味で恐怖の対象のはず。

 

 

・・・簡単には、行きそうにないわね。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

エリジウム大陸の南北で戦端が開かれたのとほぼ時を同じくして、新メセンブリーナ連合の首都であるグラニクスも混乱の極にあった。

 

 

特に混乱していたのは、グラニクス評議会である。

「オスティア宣言」の拒否と言う政治的行動に対して、実の所、彼らは即時の軍事制裁は無いと踏んでいたのである。

むしろ外交交渉の呼びかけを期待して「グラニクス宣言」を発表したのだし、彼らの情報網は貧弱ながらも、オスティアなどで一部民衆が反戦運動をしているとの情報を得ていたのである。

 

 

「まさか、予備交渉も無しに攻めてくるなんて・・・野蛮な銀髪の小娘め! 外交儀礼を知らんのか!」

 

 

・・・と言うのが、一般の評議会議員の見解であった。

もちろん、「それ見たことか」と思っている者もいるだろうが・・・。

 

 

混乱に拍車をかけたのが、多国籍軍の侵攻に合わせたかのように暴発した市民だった。

市民達は税の軽減と評議会議員が独占する食糧・物資の市民への供出を求めて暴動を起こし、幾人かの評議会議員の邸宅が暴徒に襲撃されるに至った。

グラニクス評議会は即座に治安部隊の出動を決定し、「治安回復」を名目に暴徒の鎮圧に出た。

鎮圧行動は苛烈を極め、11月1日午後2時の段階で千人単位の死者を出したのである・・・。

 

 

そしてグラニクス郊外の政治犯収容所にも、その混乱は波及していた。

看守や警備兵は自分達の今後を思って動揺し、普段の職務を半ば放棄していた。

そしてそれ故に、一人の少年がその場に侵入することができたのである。

 

 

その少年の名は、ネギ・スプリングフィールドと言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ネギ

 

頭に叩き込んだ政治犯収容所内部の地図を思い出しながら、僕は収容所の中を進んでいました。

いつもはたくさんの看守や警備兵で溢れかえっているはずのその場所は、今日に限って閑散としている。

看守も警備兵も、ほとんどいない。

 

 

「それどころか、収容されていた人達もいないなんて・・・」

 

 

グラニクスの街に戻れたのは、3日前の話です。

かなり遠回りして戻って来たんだけど、戻った時にはもう、情勢が確定してしまっていた。

とは言え、まだ僕にもできることはある・・・と思う。

 

 

脳裏に、ニュースで見た群青色のドレスを着たアリアの姿が閃く。

・・・最終的には、自分がどうなるかはわかってるつもりだ。

 

 

「・・・ここかな」

 

 

今は、僕一人で行動しています。

タカミチは、グラニクスからネカネお姉ちゃんとのどかさんを安全な場所に移動させてくれているはず。

近右衛門さんは、まだ評議会にいるけど・・・。

 

 

そんなことを考えながら、僕が辿り着いたのは・・・政治犯収容所の地下3階。

ここまで来るのに、まだ残っている看守・警備兵と何度かニアミスしそうになったけど。

瞬動と魔力反応の遮断でどうにか・・・ならなかったらしい。

 

 

「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 

 

そう言って、狭い通路の中で僕の前に立ち塞がった人間がいました。

20歳くらいの、金髪の女性。

グラニクス評議会議員のローブを纏ったその女性は、僕が向かうのと反対方向―――つまり、僕の目的地と思われる場所―――から歩いてきました。

 

 

「・・・その先に、用があるんですけど」

「恐れながら、旧公国の亡命政権首班の方がご覧になるような物はありません。また、残念ながらその権限もありません、『公王陛下』」

 

 

慇懃無礼と言う言葉があるけど、その実物を目にした気分だった。

・・・だからと言って、ここで引き下がるわけにもいかない。

 

 

「この先にいる人を、助けたいんです」

「誰もおりませんよ」

「では、僕を止める必要は無いはずです」

「誰もおりませんよ」

 

 

・・・仕方が無いな、と、僕は「ポケットに手を入れた」。

それを見て・・・女性が溜息を吐く。

 

 

「・・・この先に誰がいるか、どこで聞いたのです?」

「・・・」

「・・・まぁ、想像はつきますけど」

 

 

近右衛門さんに聞いた話では、この先にはガイウス・マリウスと言う人の養い子がいるらしい。

この人を助けることができれば、戦闘を一つ止められる・・・と言う話。

僕や近右衛門さん、タカミチが掴んだ情報では無く、匿名でもたらされた情報。

たぶん、ガイウス・マリウスと言う人の縁者だと思うけど・・・。

 

 

「貴女は・・・今、外がどうなっているか、知っているんですか?」

「軍が市民に発砲しましたか? それとも王国軍なり帝国軍なりが乗り込んできましたか? あるいは市民によるクーデターでも成功しましたか? まぁ、私には関係の無いことです」

「関係ないって・・・」

「新メセンブリーナ連合などと言う腐った木がどうなろうと、知ったことではありません」

 

 

何だ・・・この人。

評議会議員のローブを着ているけど、連合がどうなろうと関係ないと、本当に思ってるみたいだ。

どこか・・・何だろう、どこか、変だ。

 

 

「じゃあ・・・どうして、ここにいるんですか」

「他に生きる場所が無かったからですよ・・・私はこれでも、<立派な魔法使い(マギステル・マギ)>の称号を持っていましてね」

 

 

・・・マギステル・マギ!

父さんと同じ・・・!

 

 

「とは言え別に連合に恩があるわけで無く、勝手に任命されただけです・・・私は、ウェスペルタティア人ですから」

「ウェスペルタティア人・・・!」

「プロパガンダの一環・・・まぁ、貴方と同じですね」

 

 

その女性は、真顔で自分がウェスペルタティア人だと告げた。

 

 

「意外ですか? 聡明な女王と言えども、100%の支持は得られないことの証左でしょうね」

「どうして・・・」

「どうして? 答えは単純。5年前の『宮殿の戦い』の影響で魔法が失われましたので、私はあの女王が嫌いなのです」

「魔法が、使えなくなったから・・・?」

「まさか、そんなバカな理由じゃありません。単に私の母親が魔法を使えば治ったはずの病気で死んでしまったからですよ。治せない病気ではありませんでした。ただ運の悪いことに、手術中に魔法が突然消えたので、医師が動揺しただけです」

 

 

・・・何て答えれば良いか、わからなかった。

 

 

「私の他にも、5年前の旧公国領の虐殺で見殺しにされたウェスペルタティア人も、少なからずエリジウム大陸に移住していますよ」

「・・・っ」

「他にもいろいろな理由で、連合は好きでは無いけれど、王国の息のかかった場所で生きていたくない人間がここにはいます」

 

 

その言葉に、僕は息を飲みました・・・。

それは、僕の。

女性は、両手を広げて見せました。

・・・僕は、この人には・・・。

 

 

「さぁ、どうしますか?」

「・・・」

「さぁ」

 

 

両手を広げて、女性が1歩、僕に近付く。

僕は・・・。

 

 

「・・・さぁ」

 

 

僕は。

僕は、ポケットから手を・・・。

 

 

ドシャッ・・・。

 

 

鈍い音を立てて、女性が倒れた。

 

 

「・・・な!?」

 

 

な、何、何が・・・。

 

 

「早く行け」

「・・・誰!?」

 

 

振り向くと、そこには僕と同じくらいの少年がいた。

海みたいな青い髪の、少年。

 

 

「・・・B-20」

「びぃ・・・にじゅう?」

「その女は、気絶させただけだ」

「え・・・」

 

 

見てみると、確かに倒れた女性はちゃんと息をしていた。

どうやって・・・?

顔を上げるとその男の子、B-20は・・・僕に背を向けて、歩き出していた。

・・・彼が何者かは、わからないけど。

 

 

「・・・行かなくちゃ」

 

 

やらなくちゃいけないことは、わかってるつもりだから。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ガイウス・マリウス提督が同時に多数の場所に出現しただってぇ・・・?」

 

 

イヴィオン統合艦隊総旗艦『ブリュンヒルデ』の艦橋に、艦隊の実戦指揮を行うコリングウッド元帥のすっとんきょうな声が響き渡りました。

 

 

それに軽く驚いて、私は茶々丸さんが淹れてくれた紅茶―――愛用のボーンチャイナのティーカップ―――から口を離しました。

それに気付いたのか、コリングウッド元帥が私を見て、照れたように頭を掻きました。

白磁器の口の広いティーカップを片手に持ったまま、私は軽く微笑みを返します。

 

 

「・・・どうも、賊軍が小細工を弄してきたようですね」

「あー、いや、どうもそのようです。どうやらこちらの進軍速度を緩めようとしているようで」

 

 

ガイウス・マリウス提督。

メガロメセンブリアの宿将であり、5年前の戦いで我が王国に侵攻しながら戦端を開かなかった将軍。

リカード主席執政官やテオドラ陛下からの情報によれば・・・。

 

 

『互角の条件であの爺さんとやり合って勝てる戦争屋は、そうはいねぇんじゃねぇかな』

『帝国軍にとっては、鬼門のような男じゃ・・・』

 

 

・・・まぁ、良い話は聞きませんが。

いずれにせよ、新メセンブリーナに進んで手を貸す将軍では無い、と聞いていましたが。

しかし現実に敵としてこちらの進軍を阻んでいる以上、排除しなければなりません。

降伏してくれるのなら、別ですけど。

 

 

「敵は、近くに来ていると思いますか?」

「おそらくはそうでしょう。斥候に第3駆逐戦隊を出しますか?」

「実戦レベルのことは、元帥に一任します。・・・その分のお給料は、出しているはずですよ?」

「給料分は働きますよ・・・年金生活のためにもね」

 

 

そう言って、コリングウッド元帥は通信士官に指示を与え始めました。

・・・紅茶を飲み切り、空になったカップを茶々丸さんに渡します。

 

 

「お代わりはいかがですか?」

「いえ、今は結構です。ありがとうございます」

「わかりました」

 

 

艦橋にいるのは、コリングウッド元帥と艦長のブブリーナ准将含むスタッフ。

その他、茶々丸さん、エヴァさん、チャチャゼロさん、晴明さんに・・・フェイト。

エヴァさんは兵としてではなく、閣僚として来ています。

 

 

「若造(フェイト)、お前・・・最近、調子に乗ってるだろ?」

「ケケケ、サイキンノオマエ、イカスゼ?」

「うむ、麻帆良にいた頃とは大違いじゃな」

「・・・照れるね」

「大体、皆が紅茶なのに何故しつこくコーヒーなのだお前は・・・聞けよ」

 

 

どうやら、仲が良いようです。

不意に・・・フェイトと視線が合います。

片耳に感じる支援魔導機械(デバイス)でもあるアクアイヤリングのかすかな重みが、心地良い。

結婚式は、年明けまで延期ですが・・・。

 

 

「若いなぁ・・・」

「千草はんも若いですよ~」

「・・・うむ、若い。私が言うのだから間違いない」

「・・・アホ」

「うふふ~?」

 

 

ちなみに旧世界連合の千草さんが、公的な立場でここに来ています。

今回の件は、旧世界も無関係では無いので・・・「Ⅰ」とか特に。

千草さんの両隣りには、5年前に比べて女性らしい身体付きになった月詠さんと、最近どうも千草さんとの関係が怪しいカゲタロウさん。

・・・と言うかカゲタロウさん、月詠さんの頭を撫でてますけど。

 

 

ちなみに、4(クゥァルトゥム)さんと5(クゥィントゥム)さんは親衛隊と共に艦内に待機。

そして真名さんが、砲座にいます。

一応、これが私と共に『ブリュンヒルデ』に乗り込んでいる面々ですが・・・。

 

 

「女王陛下、敵影っス! 数、およそ200ないし220! 戦闘体勢を取ってるっス!」

 

 

操舵手のオルセン少佐が、鋭い声で報告を飛ばします。

艦橋の空気が、急激に張り詰めます。

私はその場にいる人達と視線を交わした後、全艦に向けて命令を発しました。

 

 

「Vespertatia expects that every man & woman will do his duty」

 

 

その命令が各艦に伝わりきる前に、私は通信士官に告げます。

 

 

「親衛隊隊長に繋ぎなさい」

 

 

 

 

 

Side ガイウス・マリウス

 

・・・アレが、ウェスペルタティア女王の旗艦か。

艦橋のスクリーンに映る白銀に輝く艦に、私は目を細める。

映像では近くに見えるが、実際にあの艦に辿り着こうとすれば、400以上の艦艇群を突破しなければならない。

 

 

「閣下、敵艦隊の構成がわかりました」

「・・・うむ」

 

 

ブロートン大佐の報告に、私は重々しく頷いた。

我々は陸軍の大半と艦隊の一部を分散させ、南北から分散侵攻してくる敵の足止めに回した。

そのいずれの部隊にも、私がいることになっている。

特に帝国軍の迎撃に向かわせた艦隊には、私の本来の旗艦も混ぜてある。

 

 

どれほど敵を足止めできるかはわからんが、これ以上のことはできない。

結果として、今の私の手元には219隻の艦艇がある。

だが・・・。

 

 

「敵の艦隊構成は、ウェスペルタティア艦隊250ないし270隻、龍山連合艦隊70ないし80隻、パルティア艦隊90ないし100隻、アキダリア艦隊30ないし40隻・・・最小でも440隻を超えます、閣下」

「そうか・・・確実に我が艦隊の倍の戦力なわけだな。いや、我々が旧式艦艇で精霊砲すら満足に動くかわからん点を加えれば、それ以上か・・・」

「敵艦隊はウェスペルタティア艦隊を中心に、右翼アキダリア・龍山艦隊、左翼パルティア艦隊。そして各国混成の潜空艦部隊が下部に配置されています」

「うむ・・・堂々たる配置だな。敵ながら、流石と言うべきか・・・」

 

 

・・・この期に及んで、私はまだ迷っている。

はたしてこの戦いに、部下を巻き込んでいい物かどうか・・・。

 

 

「閣下、ご命令を」

 

 

だが傍らの若い幕僚は不安など微塵も見せずに、力強い瞳で私の命令を待っている。

見渡せば、艦橋のスタッフ達も同じような顔で私のことを見ている。

・・・すまんな、皆。

 

 

「・・・大佐、例の無人艦隊の準備はどうだね」

「はっ、艦隊の後方に配置しております。ご命令があり次第、投入できます」

「・・・うむ、我が軍が勝てるとすれば勝機は一瞬しか無いだろう、ぬかるなよ」

「はっ!」

 

 

キビキビとした動作で敬礼する若い幕僚に好感を抱きつつも、私は前を見た。

スクリーンに映る白銀の艦・・・女王の座乗艦を見て、心の中で呟く。

 

 

・・・そう、勝機は一瞬しか無い。

それどころか、我々が勝利を得るための条件すらも、一つしかない。

それは・・・。

 

 

・・・それは、戦場でウェスペルタティア女王を倒すことだ。

もっとも、それはある意味で、この世界で最も困難なことの一つだろうが・・・。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

最初に相手に砲撃を浴びせかけたのは、ウェスペルタティア艦隊である。

魔導技術を導入しているウェスペルタティアの艦艇は、旧式艦艇である敵軍、そして同盟国艦隊ですらも不可能な距離からの砲撃が可能なのである。

 

 

しかも1隻に複数の精霊砲を備えている新型艦も少なく無く、ガイウス艦隊正面に苛烈なまでの火力が叩きつけられたのである。

ガイウス艦隊の正面に配置されていた戦艦や巡洋艦が、一度に複数の砲撃を浴びて爆散した。

 

 

「数に物を言わせているようで、狙撃手としては複雑だけどね」

 

 

総旗艦『ブリュンヒルデ』の砲座で憮然とそう呟いたのは、女王専属傭兵隊長の龍宮真名である。

とは言え不機嫌そうな口調とは裏腹に、彼女は自分の仕事を淡々とこなしてもいた。

すなわち『ブリュンヒルデ』の全砲門を掌握し、敵艦を屠ることである。

 

 

後に<北エリジウム空域の戦い>と呼称されることになる戦いにおいて、数的有利はウェスペルタティアを中軸とする「イヴィオン」統合艦隊の側にあった。

そのため開戦当初からガイウス艦隊は守勢に立ち、「イヴィオン」統合艦隊は攻勢に立つことになった。

そして開戦10分後、ようやくガイウス艦隊は自分達の射程距離に敵を捉える事ができた。

それは同時に、ウェスペルタティアの同盟艦隊の射程距離に入ったことをも示していた。

 

 

「敵は混成艦隊だ。その連携が密であるはずが無い。両翼の敵艦隊に集中して、砲撃を浴びせるのだ!」

 

 

司令官の命令に、ガイウス艦隊各艦は即座に従った。

旧式の精霊砲が効きにくい新型のウェスペルタティア艦艇では無く、その両翼のパルティア・アキダリア・龍山連合の艦隊に砲撃を集中させたのは、ガイウス・マリウスの戦術指揮能力の確かさを証明することになった。

 

 

大規模な艦隊戦に慣れていないパルティアなどの艦隊は、敵が中央を無視して攻撃を集中してくるとは思っておらず、浮き足立った。

僚艦の撃沈する姿に動揺した各艦は、自分たちの司令部に救いを求め、その各国艦隊の司令部はウェスペルタティア艦隊―――「イヴィオン」統合艦隊総司令部―――に救いを求めた。

 

 

「敵の砲撃よりも、味方の救援要請の方が多いとはどう言うことだ?」

 

 

総旗艦『ブルンヒルデ』の艦橋で、ウェスペルタティア王国工部尚書エヴァンジェリンがそう呟いたが、その声は幸いにして誰の耳にも届かなかった。

女王アリアに実戦指揮を一任されているコリングウッド元帥は、しかし味方を見捨てるわけにもいかず、中央の守りが薄くなるのを承知の上で、艦隊陣形を左右に広げざるを得なかった。

 

 

コリングウッド元帥はおさまりの悪い黒髪を軽く掻くと、肩を竦めた後、指揮に戻った。

それから、できれば使いたくなかった攻撃手段を使用することにする。

 

 

「第3、第5航空戦隊に連絡、近接戦を行う・・・親衛隊の行動から敵の目を逸らせ」

 

 

彼の命令に従い、戦艦と巡洋艦に守られていた新型の「精霊炉空母」7隻が、合計して700機の8式機竜―――『MID-08』―――を発進させた。

この航空母艦はウェスペルタティア艦隊の最新鋭艦であり、100機の機竜を搭載しているだけでなく、精霊炉を動力とすることで1万m以上の高度での活動を可能としている。

 

 

戦車砲のような重火器を装備した無数の機竜が、ガイウス艦隊に襲いかかった。

砲塔を潰された戦艦や動力部を破壊された巡洋艦が、次々と戦線を離脱していく。

いかに強力な砲撃能力を持っていようと、蜂の群れの前には無力だった。

ガイウス艦隊も後方の母艦から騎竜を投入するが、機竜の機動力には対抗できなかった。

瞬く間に、ガイウス艦隊は制空権を失っていった。

 

 

「不味いな・・・」

 

 

戦況を見つめていたガイウス・マリウス提督が呟いた、その時。

彼の旗艦に、雷鳴のような轟音と震動が走った。

何事か、司令官が問い正す前に、部下が答えた。

 

 

「敵です! 強襲揚陸艦が・・・白兵戦だ!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

強襲揚陸艦が接舷したポイントに、数10名の重装歩兵が詰めかけていた。

旗艦の陸戦隊であり歴戦の勇者でもある彼らの前に、幾人かの人間が姿を現す。

 

 

一人は、黒髪に二丁拳銃―――トンプソンM1、拳銃で無く短機関銃―――を持つ青年。

一人は、般若の仮面に白い着物、白い刃の刀を持つ女性。

一人は、刃の無いチェーンソーを持った、老年の男性。

 

 

彼らの後ろには、奇抜な武器や風貌を持った隊員がゾロゾロいるが、共通項がある。

白いコートを肩にかけ、苺の花が刻まれた腕章とバッジ、エンブレム入りのネックレスを首にかけている者もいる。

 

 

2丁の短機関銃を構えた青年―――親衛隊隊長山本 章一―――が、ガッ・・・と敵艦の床を踏みつけながら、好戦的な笑みを浮かべる。

 

 

「そろそろ、おっぱじめるぜぇ!」

 

 

その言葉に親衛隊副長、霧島 知紅は般若の仮面を正面に被り、柳山 鉄心は自分の獲物に魔力を流し、魔力でできた刃のチェーンソーを激しく回転させた。

 

 

「いぃっっっっくぜえええぇぇぇ―――――――――――――っっ!!」

 

 

乱戦が、始まった。

 

 

山本隊長の銃弾が艦内を抉ったかと思えば、副長霧島が重装歩兵の防御を物ともしない剣撃を敵兵に叩き込み、意識を刈り取って行く。

なお、山本隊長の弾丸には眠りの魔法が込められており、当たり所が良ければ死なない。

 

 

ただ、鉄心率いる『テキサス・チェーンソー』だけは手加減のしようが無いので、そのまま敵を殴り倒していた。

特に鉄心の持つ新型チェーンソー、「ノンブレード・チェーンソー」は刃が砕けてもカートリッジを交換することで、ほぼ無制限に新たな刃を構築できるのである。

・・・コストパフォーマンスの悪さから、彼一人の専用装備になっているが。

 

 

「な、何だコイツら、手強い・・・と言うか化物みてぇに強いぞ!」

「俺達ぁ女王親衛隊だぁ! 死にたくなけりゃあ、司令官の所まで通しなぁっ!!」

 

 

彼らの任務は、敵司令官を捕らえて無益な抵抗をやめさせることだった。

女王アリアが思案し、コリングウッド元帥が立案したこの作戦は、リスクは高いが成功させれば戦闘が終わると言う作戦であった。

そして女王親衛隊はウェスペルタティア王国の陸戦戦力の中でも、近衛騎士団、王国傭兵隊と並ぶ戦闘集団としてその名を轟かせている。

特に5年前の「宮殿の戦い」での活躍は、魔法世界全土に知れ渡っている。

 

 

「・・・し、親衛隊・・・!」

「女王親衛隊だって・・・!?」

「じ、女王の番犬!」

 

 

瞬間、戦慄と恐怖がガイウス艦隊陸戦隊員の間を駆け抜けた。

勇猛果敢な兵士であっても、恐怖心が存在することの証左であった。

 

 

その心の隙を衝く形で、親衛隊が敵兵を薙ぎ倒しにかかった。

銃弾が、刃が、チェーンソーが、拳が、剣が・・・。

親衛隊の通った後には、無数の敵兵の身体が転がっている。

 

 

「ぬうぅ、このままでは・・・!」

 

 

ガイウス艦隊陸戦隊の指揮官が焦慮した、その時・・・。

ガクン、と旗艦が再び揺れた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「な・・・敵艦隊中央部への砲撃を中止!」

 

 

コリングウッド元帥は愕然としてそう命じたが、驚愕しているのは彼だけでは無かった。

女王アリアを含む全員が、一様に敵旗艦の行動に驚いている。

 

 

敵旗艦・・・すなわちガイウス・マリウスは、自らの艦を最前列、それもウェスペルタティア艦隊に腹を晒す形で前進させたのだ。

あのまま中央部に砲撃を続けていれば、中に侵入している親衛隊ごと吹き飛ばされていただろう。

 

 

「何て手を打つんや・・・」

 

 

旧世界連合大使、天ヶ崎千草は呻くように言った。

事実、敵中央部への砲撃は緩んだが・・・だからと言って、自分達の命ごと盾にするような手段を取るとは、普通は思わないだろう。

 

 

そして、砲撃が緩んだその一瞬で、ガイウス・マリウス提督は切り札を投入する。

彼は、すでに崩壊しかけている自身の艦隊に向けて、命じた。

 

 

「無人艦隊、突入せよ!」

 

 

これまで艦隊の後方に待機し、出番を待っていた無人艦隊が急速に前進した。

それは40隻前後の高速艦で構成されており、全て無人である。

急速に接近したそれらに、「イヴィオン」統合艦隊は砲火を集中したが・・・30隻前後の艦がその中を突破し、左右に別れて。

 

 

自爆した。

 

 

無人艦がすぐ側で爆発し、付近の「イヴィオン」艦艇は動揺し、巻き込まれ、中には大破する艦も存在した。

最も割を食ったのは、第1戦艦戦隊を率いて左翼に展開していたホレイシア・ロイド大将である。

30代で大将の地位にあるこの女将軍は左翼の同盟艦隊の救援のために、左翼前面に配下の戦艦2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦16隻と共に陣取っていたのだが・・・。

 

 

「うろたえるんじゃないよ!!」

 

 

自身の旗艦『センチュリオン』の艦橋の床をガッ、と軍靴で踏み鳴らし、彼女は叫んだ。

もし鞭でも持っていれば、彼女は床にそれを叩きつけただろう。

しかし勇猛さで鳴る彼女の艦隊も、至近で敵艦に自爆されれば無傷ではいられなかった。

 

 

「各艦、目前の敵艦を撃ち落とすことだけを考えな! 戦局全体のことは女王陛下と元帥が何とかしてくれる!!」

「「「イエス、マムッ!」」」

 

 

そうして両翼が無人艦の自爆攻撃に対処している中、ガイウス・マリウス提督は指揮下にある全艦に命じた、すなわち「全速前進し、敵総旗艦『ブリュンヒルデ』、ただ1隻を狙え!!」と。

 

 

無人艦の自爆攻撃によって両翼を混乱させ、その間隙を縫って防御が薄くなった中央部へ突撃をかける。

敵の艦隊を分散させ、自らは艦隊を集中運用してコレに当たる。

それが、ガイウス・マリウス提督の立てた作戦の全てであった。

全ての戦力を中央・・・すなわち女王の座乗艦『ブリュンヒルデ』目がけて叩きつけた。

 

 

「行けぇ―――――――――っ!」

 

 

司令官の魂が乗り移ったように、ガイウス艦隊が白銀に煌めく女王の艦を目指して殺到した。

その攻撃は苛烈を極め、新型艦揃いのウェスペルタティア艦隊と言えども、一瞬、艦列が乱されるかに見えた。

数条の敵艦の精霊砲が、『ブリュンヒルデ』を掠める・・・。

 

 

「・・・女王親衛艦隊、迎撃せよ!」

 

 

その白銀の女王の前に、女王親衛艦隊が立ち塞がった。

親衛艦隊司令官スティア・レミーナ元帥は自らの旗艦である戦艦『アルプス・レーギーナ』を『ブリュンヒルデ』の前に配置し、自らを盾とした。

 

 

「女王陛下の御前に、敵艦を一歩も通すな!」

 

 

それに続くように、親衛艦隊所属の戦艦、巡洋艦が『ブリュンヒルデ』の前に厚い壁を作り、空母から発進した機竜が敵艦隊の先頭集団に襲いかかる。

胴体部を打ち抜かれた戦艦が僚艦を巻き込んで爆散し、動力部を破損した巡洋艦が味方の砲撃に巻き込まれて撃沈する。

親衛艦隊の防御の前に、ガイウス艦隊は完全に足を止められてしまう形となった。

 

 

さらに親衛艦隊が敵を防ぐ間に体勢を立て直した両翼の艦隊が、中央に突出してくる敵艦隊を包み込むように側面を攻撃した。

中でもホレイシア・ロイド大将麾下の艦隊の横撃は凄まじく、敵の艦列を突き崩し、分断してしまった。

 

 

「撃て!!」

 

 

両翼からの攻撃でよろめいた敵艦隊正面に、コリングウッド元帥は一斉砲撃を命じた。

数百数千の砲撃が、ガイウス艦隊を殴り倒した。

ガイウス艦隊が攻撃の余力を失い、後退を余儀なくされると、コリングウッド元帥は安堵の息を吐いた。

それ程までに、今の敵の攻勢には「ヒヤリ」とさせられたのである。

 

 

「・・・陛下、今の内に親衛隊を撤退させた方が良いと思います。正直、この段階で旗艦を落としても・・・」

「・・・止むを得ませんね」

 

 

女王アリアはコリングウッド元帥に頷いて見せると、直接通信で親衛隊に退却を命じた。

すでに敵旗艦の半ばまでに侵入していた親衛隊隊長は、軽く舌打ちをした。

 

 

「ちっ、時間切れか・・・」

「どうするのじゃ、隊長殿」

「陛下(アリアさん)が退けってんなら、是非もねぇさ。知紅、退くぞ!」

「女王陛下の敵は死ねやあああああああっ・・・あ? ・・・陛下が言うなら、そうします」

 

 

女王アリアの名前を出すと急激に大人しくなった副長に苦笑しながら、親衛隊隊長は悠々と、しかし急いで退却した。

 

 

女王親衛隊が退却し、旗艦の安全を確保した後も、ガイウス・マリウス提督はともすれば崩れかかる戦線を必死で維持していた。

反撃と後退を繰り返しつつ、艦隊を再編して見せた手腕は、流石と言うべきであろう。

半数以下になった艦隊の陣形を整えた彼は、当然、逆転の策を用意しようとした。

だが、勝敗は意外・・・いや、むしろ当然の部分で決まった。

 

 

「閣下・・・」

 

 

申し訳なさそうな顔でガイウス・マリウス提督の下に報告に来たのは、補給担当の士官。

補給の途絶。

武器弾薬に医薬品、艦艇修復用資材にエネルギー・・・。

戦うために必要なそれらの物が、底をついたのである。

 

 

「・・・そうか」

 

 

その報告を、ガイウス・マリウス提督は顔色一つ変えずに受けた。

勝敗は、決した。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

勝敗は、決しました。

敵艦隊からの反撃が急速に弱まり、ほとんど的のような状態でこちらの艦隊の攻撃に晒されている状態です。

敵艦が爆散した後の穴は埋められることなく放置され、1隻沈む度に数百、数千の命が散って行くのです・・・。

 

 

「・・・女王陛下、恐れながら申し上げます」

「貴方の言いたいことはわかっているつもりです、元帥」

 

 

何ともやるせない表情を浮かべるコリングウッド元帥に、私も疲れたような声音で答えます。

京扇子を広げて、口元を隠します。

別に初めてではありませんが、何度経験しても慣れるようなことではありません。

慣れて良い物でも、ありませんし。

 

 

「・・・包囲下にある敵に対して、降伏勧告を行います。マイクを・・・そして同盟国艦隊にも攻撃をやめるよう伝えてください」

「・・・は」

 

 

この命令はすぐに実行されました。

一部の艦がさらなる攻撃命令を請うてきましたが、許しませんでした。

すでに敵艦隊は100隻を切り、抗戦能力を急速に失っている状態です。

これ以上、攻撃して何の意味があると言うのでしょうか・・・。

 

 

エヴァさんや茶々丸さん、千草さん・・・フェイトを見ると、小さく頷いてくれました。

・・・それに頷きを返した後、私はマイクを手に、敵艦隊に向けて降伏勧告を行います。

 

 

「・・・敵将、および敵艦隊将兵に告げます。貴方達は我々の完全な包囲下にあり、これ以上の抵抗は無意味です。ウェスペルタティア女王アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの名において誓約します。たとえ敵であったとしても、味方と同じように負傷者を手当てし、他の者も礼節をもって遇することを・・・降伏してください、戦いは終わったのです」

 

 

砲撃が止み、静まり返った戦場で・・・敵将ガイウス・マリウスから返信があったのは、2分ほどした後のことでした。

 

 

『元メガロメセンブリア所属、ガイウス・マリウスです。寛大な処置に感謝致します』

 

 

スクリーンに現れたのは、60代後半に達しようかと言う白髪の老人でした。

ただ少しも老人らしくも無い方で、背筋をシャンと伸ばし、厳格そうな雰囲気が全身から滲み出ているようでした。

 

 

『お言葉に甘え、私の麾下にある全将兵に対し、降伏を受諾するよう命令致しました。願わくば、部下達の安全な帰郷に御助力を願えればと思います』

「・・・わかりました。では動力を停止し、武装解除した上で地上に降りてください」

『心から感謝致します。ですがウェスペルタティア女王陛下、私一人に関しましては、降伏の対象から外して頂けますよう、お願い申し上げます』

「・・・・・・どう言うことでしょう」

 

 

私の問いかけに、老提督は力の無い笑みを浮かべました。

 

 

『・・・私は、自分の都合で多くの部下を死なせてしまいました。何故、自分だけおめおめと生き延びることができるでしょうか。生き残った部下達に対する責任を果たした後、私は戦死した部下達に対して責任を取ることになるでしょう。ご好意には感謝致しますが、私のような老体は、貴女には必要ありますまい』

 

 

画面の中で、老提督に誰かが話しかけた模様でした。

ですが、老提督は首を左右に振ってそれを拒絶したようです。

・・・部下に、止められたのでしょうか。

 

 

老提督は、再び私を見つめました。

私の何倍も生きてきた彼は、どんな思いと感情で私を見つめているのでしょうか。

 

 

『それでは、部下達をどうか、よろしくお願い致します』

 

 

私がかけるべき言葉を見つけられない中で、老提督が敬礼しました。

そして、通信が終わろうとした、まさにその時。

 

 

『待ってください!!』

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「待ってください!!」

 

 

間一髪・・・と言う表現で正しいのかはわからない。

もしかしたら、遅かったかもしれないくらいかもしれない。

 

 

『・・・誰ですか?』

『お前・・・ユリアヌス・・・!』

 

 

アリアの声と、ガイウスって人の驚いたような声が聞こえます。

場所は、変わらず政治犯収容所・・・警備員室の一つを拝借しています。

有事には各地の都市や部隊に救援を求めることもある政治犯収容所の通信機を使って、遠い戦場に通信を繋いでいます。

 

 

どこに通信を繋げば良いのかなんてわからなかったけど、目の前の僕と同い年くらいの少年・・・ユリアヌス・メナァさんは知っていた。

ガイウスさんの所への、直通の通信コードを。

 

 

「提督・・・お願いです。死ぬなんて、やめてください。僕はこうして自由になりました。もう戦う必要は無いんです」

『お前・・・何故・・・』

「・・・ある人に救ってもらったんです」

 

 

ちら、と僕を見るユリアヌスさん―――亜麻色の髪の少年―――に、僕は首を横に振りました。

僕の名前をアリアの前で出すのは、やめた方が良いと思ったから。

 

 

「提督、どうか死なないでください。もし提督に死なれたら、僕も死にます。提督のいない世界になんて、僕は生きていたくない」

『何をバカな、お前は若い・・・どんな時代になっても生きていけるだろう。何にでもなれる。だが私は違う、私は年を取り過ぎたし・・・部下を死なせ過ぎた。無様な敗残の将だ。それがどうして・・・』

「それでも僕は、お義父さんに生きていてほしいんです!!」

 

 

ユリアヌスさんは、叫んだ。

 

 

「生きていてほしいんです・・・負けっぱなしでも良い、連戦連敗でも、全戦全敗だって構わない・・・どんなにカッコ悪くたって、それでも良いから・・・生きていてください・・・」

『・・・ユリアヌス・・・』

 

 

負けっぱなしでも、カッコ悪くても良いから生きていてほしい。

僕は・・・父さんに対して、そんなことを思ったことがあっただろうか・・・。

 

 

『状況は、飲み込めませんが・・・』

 

 

画面の無い、音声だけの不鮮明な通信で、僕は久しぶりにアリアの声を聞いた気がしました。

でもアリアは、僕がここにいるとは思っていない。

 

 

『家族の願いは・・・聞いた方が良いと思いますよ・・・?』

 

 

どこか・・・「女王」と言う衣を脱いだかのようなアリアの言葉に。

通信機の向こうで、ガイウスさんは、深い溜息を吐いた・・・。

 

 

 

 

 

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

ドンッ・・・と、拳を車椅子の肘かけに叩きつけます。

身体が熱い。

自分の熱では無い異物感が体内を貫き、私は断続的に小さな悲鳴を上げます。

 

 

「ぐ・・・ふ・・・がっ・・・!」

 

 

ギリギリギリギリ・・・と、まるで催促でもするかのように、下腹部が軋みます。

痛みと熱とを孕んだそれは、私にとっては慣れた痛み。

あの研究所で無感動に受けていた痛み。

 

 

ドンッ・・・ドンッ・・・と、何度も拳を叩きつけます。

そうすることで、身体の中の痛みを和らげようとするかのように。

 

 

「・・・っ・・・あ・・・っ・・・」

 

 

そして、あの夜。

闇と影を引き連れたあの女に出会ってから、続く痛み。

身体が内側から、罅割れて行くかのような痛み。

 

 

「・・・は・・・ぁ・・・」

 

 

はぁ・・・と、大きく息を吐いて、私は車椅子の背もたれに寄りかかりました。

片腕を額にくっつけて、呼吸を整えます。

 

 

「・・・段々、周期が短くなってきていますね・・・」

 

 

もう片方の腕でお腹を撫でながら、私はそう呟きました。

事実、発作の起こる感覚は短くなっていて。

・・・オリジナルが、近付いて来ているからか・・・。

 

 

・・・だとしても、もう少し。

もう少しだけ、生きていたい・・・そうしたら約束通り、私の身体をあげる。

外に、出してあげますから・・・。

 

 

「・・・ファザコンが・・・お父様お父様と、うるさいんですよ・・・」

 

 

そう吐き捨てた後、私は汚してしまった服を脱いで、新しい物に着替えます。

同じ病院服ですけどね。

 

 

「アイネ」

 

 

着替え終わった直後、私の仲間達がやってきました。

最後に残った・・・彼と、S-06ともう一人。

B-20は、一足先にグラニクスへ。

私と、皆・・・全部で、あと5人。

 

 

「B-20が上手くやった、女王がすぐに来る」

「・・・そうですか」

 

 

かすかな痛みの残る身体、でも私は微笑む。

だって・・・やっと終われるのだから。

 

 

――――――グラニクスへ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

11月1日正午、ウェスペルタティア王国・ヘラス帝国軍を中核とする多国籍軍はエリジウム大陸に侵攻を開始した。

その進撃速度は史上稀にみる速度であり、新メセンブリーナ連合側の拠点は次々と攻略、ないし降伏した。

中でも、ウェスペルタティア女王アリア率いる「イヴィオン統合艦隊」がガイウス・マリウス提督率いる「元メガロメセンブリア艦隊」を破った戦いは、戦争全体の趨勢を決定づける重要な戦闘であった。

 

 

そして翌11月2日、総司令官の降伏を知ったガイウス軍の司令官達は各所で多国籍軍に降伏。

それを知った近隣の都市と守備軍も、雪崩を打つように多国籍軍に降伏、恭順の意を示した。

5年に渡る経済封鎖下にあった彼らには、もはや多国籍軍と戦う戦力も気力も残されていなかったのである。

そして何より、前日にグラニクス評議会が暴徒を武力鎮圧したことも伝わっており、影響を与えたことは否めなかった。

市民を守らない政府を支持するような国民は、エリジウム大陸には存在しなかったのである。

 

 

さらに明けて11月3日。

皮肉な事情ながら、多国籍軍の進撃速度は鈍ることになる。

あまりにも多くの都市・村・守備部隊や住民勢力が降伏・協力を表明したために、その処理に奔走するハメになったからである。

グラニクスの連合評議会の面々にとっては皮肉なことに、味方の早すぎる降伏がかえって、グラニクスへの多国籍軍の到着を遅らせたのである。

 

 

そして未だに残る微弱な抵抗を排しながら多国籍軍は進撃を重ね、新メセンブリーナ連合首都グラニクスを包囲したのが11月5日の夜。

本来、未だまとまった戦力を有し、かつ大都市であり一般市民も多いこの交易都市を陥落させるにはそれなりの時間がかかるだろうと多くの者は考えていた。

だが、現実はそうはならなかった。

 

 

攻略対象であるグラニクスが、内部から崩壊したからである。

 

 

後に「グラニクス内紛」または「グラニクス大乱」と呼ばれることになるこの事件は、始まりは多国籍軍の到着に狂喜した市民が評議会に対し暴動・・・と言うより叛乱を起こしたことである。

そしてそれが連鎖し、最終的には評議会議員同士の疑心暗鬼による内部抗争、味方を裏切り保身に走った軍将校のクーデターまでが起こり、混乱が極限にまで達したのである。

 

 

政治の腐敗、軍部の離反と反目、市民の暴発と略奪―――――それらが一度にグラニクスで起こった。

 

 

11月5日深夜、グラニクスの街は業火に包まれた。

多国籍軍の攻撃では無く、自分達の手でグラニクスの街に火をかけたのである・・・。

 

 

距離的に近く、最も早くグラニクスに到着していたヘラス帝国皇帝テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミアは、後にこう語ったと言う。

 

 

「・・・政治の腐敗が行き着く先がどこか、妾はようやくわかったような気がする・・・」

 




刹那:
・・・え? あ、私ですか・・・こ、こんばんは。
もはや本編にはほとんど関わってませんが、大変なことになっているようですね。
アリア先生達が幸せになれるよう、祈っています。

ええと・・・それと、今回初登場のキャラクター・装備・アイテムなどは以下の通りです。

新キャラ:
山本 章一(親衛隊隊長):黒鷹様提供。
ユリアヌス・メナァ(ガイウスの養い子):伸様提供。

新アイテム・新装備:
「装輪戦闘車」:試製橘花様提供です。
「ノンブレード・チェーンソー」:カナリア様提供です。
「精霊炉空母」:彼岸花様提供です。
「スピーダ―・バイク(元ネタ:スター・ウォーズ)」:司書様提供です。
「アルマジロ(元ネタ:スター・ウォーズ)」:黒鷹様提供です。
「親衛隊3種の神器(コート、腕章、バッジ)」:黒鷹様提供です。
「アリア女王親衛隊エンブレム付きネックレス」:リード様提供です。
「ボーンチャイナのティーセット」:伸様提供。
*なお、艦の名前などは、伸様、黒鷹様提供です。
ありがとうございます、今後もちょくちょく出るかと・・・。


刹那:
あ、えと・・・次回は、アリア先生達もグラニクスに入ります。
さらなる災害がグラニクスを襲うそうですが・・・大丈夫でしょうか。
では、今回はここまでです。


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第3部第12話「グラニクス」

 

Side アリア

 

11月6日の正午、私は艦隊を率いてグラニクスに到着しました。

とは言え、これまでの戦闘と各所への守備艦隊・輸送艦隊の配置などで、私と共にグラニクスまでやってきたのは、200隻前後に過ぎませんが。

 

 

総旗艦『ブリュンヒルデ』の艦橋から見えたグラニクスの街並みは、見るからに荒れ果てていました。

巨大な都市の一部は灰色の瓦礫で覆われていて、混乱の大きさを窺い知ることができます。

グラニクスの空港に降りた時も、どことなく雰囲気が暗いように感じました。

 

 

「待っていた、ウェスペルタティア王国女王陛下」

「痛み入ります、ヘラス帝国皇帝陛下」

 

 

空港で出迎えてくれたテオドラ陛下と共に、帝国軍が仮司令部として接収したと言うホテル「ゲッセマネ」に移動します。

なお、移動手段として用いるのはウェスペルタティア製の車両です。

軍が使用している「装輪戦闘車」の民間用の物で、装甲の厚みが軍用に劣る分、外見のデザインの自由度が高いのが特徴です。

 

 

私とテオドラ陛下が乗り込む車両とは別に、エヴァさん達が乗る要人用の車両が数台続きます。

そしてその車両の周囲に帝国の竜騎兵や『軍用スピーダ―・バイク』に乗った王国近衛騎士団、そして『スピーダー・バイク』のサイドカーバージョンの『ホバー・バイク』に乗った女王親衛隊が展開し、私達を護衛します。

帝国軍が完全制圧したと言っても、油断はできませんからね。

 

 

「・・・昨夜は、大変だったそうですね」

「うむ、市街地の約5%が焼失した・・・じゃが、火災よりも人災の方が被害が大きかった。軍の同志討ちと市民の暴動、略奪・・・一晩で収拾できたのが奇跡なぐらいじゃ」

 

 

テオドラ陛下はそう言うと、疲れたように溜息を吐きました。

主要国会議でお会いした時に比べると、どことなく雰囲気が変わったように見えます。

何か、思う所でもあったのでしょうか・・・。

 

 

「・・・それと、グラニクス評議会じゃが」

「はい」

「グラニクス宣言に唯一賛成しなかったコノエモンと言う評議員が無事でな、非常に協力的なのじゃが・・・主の知己じゃそうじゃな?」

「・・・知己?」

 

 

コノエモン・・・と言うと、多分、あの人だと思いますけど。

・・・そこまでの仲では無かったと思うのですが。

 

 

「まぁ、とにかく。とりあえずその評議員に停戦協定に署名させて、とりあえず戦闘を終えた方が良いと思うのじゃが」

「まぁ・・・そうですね。ですがエリジウム大陸の今後については・・・」

「明日にはセラスとリカードが到着する、その時に話そう」

「わかりました」

 

 

名目ともにメセンブリーナを滅亡させるためにも、評議員が協力してくれた方が早い。

テオドラ陛下によれば、他の生き残りの評議員は郊外の政治犯収容所に投獄されているそうです。

そして5分ほどして、ホテル「ゲッセマネ」に到着すると・・・。

 

 

「多国籍軍万歳!」

「ヘラス帝国万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「ヘラス帝国皇帝万歳!」

「ウェスペルタティア女王、万歳!」

 

 

無数の帝国兵が作る規制線の向こう側から、そんな声が響き渡っています。

ホテル「ゲッセマネ」の周囲は、少し煤や埃で汚れていますが、しかし明るい顔をしている市民の方々で溢れていました。

 

 

・・・ここまで歓迎されると、どうもこそばゆいですね。

テオドラ陛下と視線を交わすと、私と同じ気持ちでいるのか、苦笑のような笑みを浮かべています。

 

 

「ホテルに入る前に、ウェスペルタティア女王陛下。グラニクス市民1万人近くを保護、避難させた功労者に会わせたいのじゃが・・・と言うか、これも主の知己と言うことでな?」

「それは構いませんが、はて・・・どなたでしょう?」

 

 

テオドラ陛下と共にホテルの正面玄関まで進むと、そこに立っていたのは・・・。

 

 

「・・・セクストゥムさん?」

「お久しぶりです、お義姉様(じょおうへいか)

「何じゃ、やはり知己じゃったのか」

 

 

そこにいたのは、フェイトの妹であるセクストゥムさんでした。

白い髪に黒のブラウスワンピース、胸元に水晶のような物でできたペンダントが揺れています。

・・・随分、お洒落になりましたね。

 

 

「貴女が、市民を?」

「はい、無辜の民衆を救うのが我わ・・・・・・私の役目ですので」

「・・・お1人ですか?」

「い・・・はい」

 

 

・・・何故、答える度にどもるのでしょう。

まぁ、セクストゥムさんならば、1万人の市民を避難させたと言うのも納得できますね。

後ほど、またお話を伺うことにしましょう。

後ろからエヴァさんやフェイト、千草さんが来るのを確認しつつ、私はホテルに入ろうと・・・。

 

 

 

「アリア!」

 

 

 

・・・不意に、足を止めます。

近くから声をかけられたわけでは無く、少し離れた場所から声をかけられたような気がします。

具体的には、ホテルを囲む群衆の中から。

 

 

「アリア・・・!」

「・・・ネカネ、姉様?」

 

 

群衆の中に、見つけました。

5年ぶり・・・いえ、それ以上ぶりに見る、金髪の綺麗な女の人。

同郷の、年上のお姉さん・・・従姉。

ネカネ・スプリングフィールドが、群衆の中で私の名前を呼んでいました。

それに思わず、足を止めそうに・・・。

 

 

「お任せください、アリアさん」

 

 

足を止めそうになった私の耳元に、茶々丸さんが囁きます。

・・・そう、ですね。

今の私は、個人の立場でネカネ姉様に会えません。

 

 

「・・・お願いします」

「仰せのままに」

 

 

私から素早く離れて行く茶々丸さん。

その先にいる従姉のお姉さんを、もう一度だけ視界に収めて。

 

 

私は、溜息を吐きました。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

ホテル「ゲッセマネ」に入った後、個室にてアリカの娘・・・いや、アリア陛下との会談を続ける。

基本的には、今後の両国のエリジウム大陸における管理区域の設定についての話じゃ。

エリジウム大陸を南北に2分し、帝国と王国で信託統治することはすでに主要国会議で定まっておる。

 

 

じゃが、ここグラニクスだけは国際管理の下に置かれることになっておるのじゃ。

グラニクス北部の大部分をウェスペルタティアが、グラニクス南部の大部分を帝国が、グラニクス西部の一部をアリアドネーが、グラニクス東部の一部をメガロメセンブリアが管理する「国際共同管理都市」政策が実施される予定じゃ。

 

 

「・・・では、市民の移動の自由などは明日中に話し合うと言うことで良いかの?」

「はい、と言うより、せめてセラス総長やリカード主席執政官抜きで話し合えることの方が、少ないと思いますけど」

「違いないの」

 

 

笑顔を交わしながら、妾はテーブルの上の紅茶を口に含んだ。

そして目の前のアリア陛下の様子を観察しつつ、言おうか言うまいか悩んでいた―――言わずにはおれない事実―――ことを、なるべく言葉を選んで告げた。

 

 

「それで・・・の、評議会議員の他に、ユリアヌスと言う子を捕虜にしておるのじゃが」

「ああ・・・ガイウス提督の養子の。彼らの扱いも、明日中には話し合わないといけませんね」

「どうするかの、そちらさえ良ければ、ガイウス提督を捕虜にしておるそちらに引き渡しても構わぬが」

「それは・・・有難い申し出ですね」

 

 

妾の言葉に、アリア陛下は笑みを作った。

 

 

「ですが、捕虜は全て共同管理と言うことに致しましょう。どこか一国が管理するより、多国籍軍として管理した方が色々と都合がよろしいでしょう?」

「・・・そうじゃの」

 

 

別に借りを作ろうとしたわけでは無いが、そう言うことならば、それに乗らせてもらおう。

帝国軍としても、ガイウス提督を捕虜にしたと言う事実は小さくない意味を持つしの。

 

 

「あー・・・それと」

「何か?」

「・・・・・・ネギ・スプリングフィールドを拘束しておる」

 

 

表面上、アリア陛下は何らの反応も示さなかった。

ただ平然として、紅茶を飲んでおる。

 

 

じゃが、無視して良い名前ではあるまい・・・帝国軍にユリアヌスを含むガイウス提督の幕僚達を保護させた少年。

ネギ・スプリングフィールドは5年前から国際手配されておる、戦争犯罪人じゃ。

そして、アリア陛下の・・・。

 

 

「ネギ・・・ネギ・スプリングフィールドは、どこに?」

「外に置けぬ故、『インペリアルシップ』の営倉に収監しておる」

「そうですか」

 

 

コトッ・・・とティーカップを置いて、アリア陛下は妾を見つめた。

宝石のような赤と青の瞳には、何の感情も無い。

 

 

「・・・引き渡し交渉を、要請しても?」

「無論、構わんが・・・引き渡したら、どうするのじゃ?」

「さぁ・・・オスティアで国際法廷を開いて、その結果次第でしょうか。私は司法には疎いので」

 

 

国際法廷か、まぁ、そうなるじゃろうな。

旧公国のことはともかく、その後の戦争には帝国・アリアドネーも噛んでおるしの。

まぁ・・・普通にやれば。

 

 

「・・・会うかの?」

「お気遣い感謝致します・・・ですが、結構です。やらねばならないことが多くありますので」

「そうかの・・・」

 

 

普通にやれば、ネギ・スプリングフィールドは・・・。

 

 

「ところで、ジャック・ラカン氏は一緒では無いのですか?」

「ああ、いや、あ奴は『インペリアルシップ』で・・・」

 

 

ネギ・スプリングフィールドは、極刑じゃろうな。

・・・アリカ、ナギ・・・主らがコレを聞いたら、どうするじゃろうな・・・?

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「いよぅっ! 元気してたかぁ、ぼーず!!」

 

 

ドガンッ、と営倉の扉を蹴り破って中に入って見たが、歓迎の言葉は特に無かった。

営倉の見張りをしてる帝国兵は「またこの人か・・・」的な顔をしてるが、特に問題は無い。

飲み友達だしな、帝国人は酒豪に親切なんだぜ?

 

 

・・・っと、今はとりあえず、ぼーずだな。

別に抱きついてキスされることを期待してたわけじゃねーが(むしろされたらドン引きだが)、5年ぶりに会うんだから、何か一言あってしかるべきだと思うわけだが、一方のぼーずはと言うと。

 

 

「・・・・・・ラカン、さん?」

 

 

呆然として、俺の顔を見ていやがった。

営倉って言っても、別に縛られたり手枷を嵌められたりしてるわけじゃねぇ、ただ放りこまれてるだけだ。

魔法がある時代なら、それを封じる枷とか必要だったわけだが、無くなっちまったからな。

 

 

「どうして、ここに?」

「ん? そりゃお前、弟子が近くに来てるんだから会いにも来るだろうよ」

 

 

4畳くらいのスペースに押し込められてるぼーずを見つつ、扉の枠の部分に身体をもたれかける。

 

 

「・・・タカミチから聞いたぜぇ、お前、50人くらいの市民連中とメガロの幕僚を連れて、帝国軍に保護―――お前の場合は拘束か―――させたらしいじゃねぇか」

 

 

正直、政治の分野に入ると俺の出る幕はねぇからな。

一応、飾りとしてじゃじゃ馬女帝の傍にいなくちゃいけねぇんだが、ちょっとだけ抜けさせて貰ったぜ。

5年ぐらい使って無かった通信コードで、タカミチの奴が連絡してきやがったからな。

 

 

まぁ、正直、タカミチの連絡自体はどうでも良いんだけどな。

男の頼みで動くなんてのは、俺の趣味じゃねぇし。

 

 

「何で、そんなことしてんだ? こうなるってわかってただろ?」

「・・・マギステル・マギは、自分以外の誰かの命を守るために行動する・・・でしょ?」

「はん、そらまた教条主義的なこって」

 

 

究極的な話、ぼーずが何をどうしても俺には関係ない。

だが・・・。

 

 

「よっと・・・おーおー、5年間も放置してるから、こらまた凄いことになってんな」

「・・・」

 

 

ぼーずの片腕を取ると、そこにはしっかりと「闇の魔法(マギア・エレベア)」の契約の印が刻まれていやがった。

5年前は片腕だけだったってのに、今や半身にまで広がってやがる。

他のことはともかく、コレに関しては俺の責任だしな、一応。

 

 

「このまま放っておくと、お前、エラいことになるぜ。わかってんだろ?」

「・・・」

 

 

・・・ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ。

放っといたら、死ぬぞ、マジで。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

グラニクス郊外の政治犯収容所。

かつて自分達に反対する者を収監し、意のままに獄死させてきたその施設には、今やその施設の主人であった者達が収監されている。

 

 

「おのれ、汚らわしい亜人の頭目め、よくも我らをこんな薄汚い場所に・・・!」

 

 

かつては自分達が他人をその「薄汚い場所」に放りこんでいたと言う事実は完全に棚に上げて、グラニクスの連合評議会議員だった者達は憤りを隠そうともしなかった。

彼らは他人に揉み手をされて賞賛され、高価な料理や貴重な美術品を献上されることには慣れていたが、他者に批難され、罰されることには慣れていなかったのだ。

 

 

彼らは自分達以外の他人を、自分達を賛美し、何年かに一度の選挙で自分達に票を入れる以外には存在価値が無い物だと信じて疑っていなかった。

他人を支配し屈服させ、這い蹲らせて慈悲を求めさせることに慣れてはいても、その他人に謝罪し許しを請うことはできなかった、いや、許せなかったのである。

 

 

「・・・今に見ておれよ、野蛮な銀髪の小娘め・・・!」

 

 

暗がりの中で、ギラついたいくつもの視線が、牢獄の小さな窓から外を睨みつけていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side エヴァンジェリン

 

帝国が接収したホテル「ゲッセマネ」での実務会談が終わった後、私達はグラニクス北側のホテル「リヒテンベルク」を接収し、仮の王国軍司令部とした。

アリア達はそこに留まり、全体の指揮を執ることになる。

 

 

周辺は近衛と親衛隊で固めてあるし、空には艦隊がいる、安全だろう。

で、私はと言うと・・・。

 

 

「エヴァの姉御、行ってくるぜぇ!」

「ふ、厨房のことにゃあ、将軍だろうが口は出させねェさ」

 

 

親衛隊最強のバイク部隊「スレイプニル」の隊長シマ(本名、嶋)と、親衛隊の厨房担当、ライバック率いるコック兵達を、送り出す所だった。

 

 

オールバックの髪に、胸にサラシを巻いて特攻服を着たシマと、ゴツイ身体をコックの服に包んだ坊主頭のライバック。

全員がやたらゴテゴテしたバイクに乗っているのがアレだが、れっきとした親衛隊。

これからグラニクス北部中に資材と食糧を運んで、配給と炊き出しをやってもらう。

無論、命じたのはアリアだが・・・。

 

 

「行くぜぇ、お前らぁ―――――――っ!!」

「「「ヒャッハ――――――――ッッ!!」」」

 

 

ドッ、ドッ、ドッ・・・と重低音を響かせながら走り去るそいつらを見て、思う。

・・・「スレイプニル」の連中は、なぜ皆、モヒカンなのだろう・・・。

ま、まぁ、良いか、うん。

 

 

私は今、工部尚書として王国から連れてきた技術官僚(テクノクラート)を統率し、グラニクス北部の復興・救出作業を進めている所だ。

それ以外にも家を失った者のために仮設住宅を建てる工兵を派遣したり、食糧配給の準備をしたり、官僚と兵士を派遣してグラニクス北部の掌握に努めたりと、大忙しだ。

 

 

「アーシェ! グラニクス北部の映像、撮れてるか!?」

「あいあーい、ちょっち待ってくださーいっ」

 

 

現地に来た唯一の閣僚として、私には仕事が山のようにあるのだ。

・・・まぁ、アリアはもっと多くの仕事をやっているだろうが。

アイツは、仕事量でテンションが上下するしな・・・。

 

 

「マクダウェル尚書―――――ッ!」

「うん?」

 

 

振り向くと、1台の『スピーダー・バイク』がホテルの正面玄関に向けて走ってきていた。

乗っているのは、王国傭兵隊の・・・セルフィ・クローリーだった。

浅黒い肌と淡黄色の髪の女傭兵は、バイクの上から手を振りながら。

 

 

「すみませーんっ、尚書じゃないと判断できなそうなことが―――っ!」

「何だ―――っ?」

「地下に、変な空洞があるんですけど、どうしましょ――――っ!?」

 

 

・・・空洞?

疑問に思いつつも嫌な予感を覚えた私は、ヒョイッ、とセルフィの後ろのシートに飛び乗り、現場に向かうことにした。

グラニクスの風が頬を掠めて、バイクは疾走して行く・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

ネカネ・スプリングフィールド。

長い金髪の妙齢の女性で、分類としては美人にカテゴリーされるかと思います。

そして元メルディアナ職員であり、白魔法の使い手。

とは言え詠唱魔法の消えたこの世界では、白魔法は使えませんが。

 

 

そして何よりも重要なのは、この方がアリアさんの血縁だと言うこと。

アリアさんの従姉と言う事実は、今やそれだけで重要な意味を持ちます。

ナギ・スプリングフィールドの血縁であると言うこと以上に、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの血縁であると言う事実が。

 

 

「あの、アリアは・・・?」

「現在、政務中です。しばらくお待ちください」

 

 

紅茶とお茶菓子をお出ししてしばらくして、ネカネさんは控え目にアリアさんのことを問うてきました。

私はそれに端的に答えた後、再び黙してネカネさんを見つめます。

ネカネさんは、居心地悪そうに身じろぎをしました。

 

 

観察を続行します。

 

 

まだ用件を伺ってはおりませんが、おそらくネカネさんはネギ・スプリングフィールドの釈放、ないし助命を求めに来た物と考えられます。

ネギ・スプリングフィールドの身柄は帝国軍の管理下にあるのですが、ネカネさん自身が頼れるのはアリアさんのみだと結論付けたのでしょう。

血縁的にはアリアさんはネギ・スプリングフィールドの妹にあたりますし、幼い頃の2人を少なからず見てきたネカネさんとしては、そう考えざるを得ないのも無理からぬことでしょう。

アリアさんはそのことについては何も言わず、マスターは関心その物が無いようでした。

 

 

「あの・・・政務、と言うのは・・・? あの子は、本当に・・・」

「政務の内容はお教えできません、ご容赦ください」

 

 

そして、ネカネさんの現在の立場は、酷く微妙です。

彼女がこの5年間、国際手配されたネギ・スプリングフィールドとエリジウム大陸で行動を共にしていたらしいことは、こちらでも掴んでいます。

ネカネさんだけで無く、宮崎のどか、高畑・T・タカミチも、エリジウム大陸でNGO活動に従事していたとか。

 

 

その中にあって、ネカネさんだけが直接的な犯罪行為に手を染めていない。

だからこそ、一人でここに来たのかもしれませんが。

疑惑としては、ネギ・スプリングフィールドの過去の逃亡の手助けと言う罪状が課されますが・・・証拠がありません。

旧公国においても、公的な地位には就いておりませんでした。

そのことが、ネカネさんへの対応を難しくしております。

脅されて仕方なく・・・とでも言われれば、それまでです。

 

 

「・・・貴女は、アリアとはどんな関係なのですか?」

「主君と臣下、女王と王宮女官長・・・そして、家族であると認識しております」

「・・・家族・・・?」

 

 

私の返答に、ネカネさんは訝しむような表情を見せます。

・・・ホテル「リヒテンベルク」の一室に、微妙な空気がたゆたっております。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

『そちらの様子はどうだ、リュケスティス?』

「雛鳥の世話をするのに大忙しさ、グリアソン」

 

 

危うい表現の返答を返すと、修理が済んだばかりの通信スクリーン―――先の占領戦で通信機構を破壊させたのは俺だが―――に映る僚友は、軽く俺を咎めるような表情を浮かべた。

俺はその様子に苦笑すると、軽く肩を竦めて見せた。

 

 

「冗談だ、だが気分は似たような物さ。ケフィッススだけでなく、近隣の町や村からも続々と食糧支援の要請が入っている。どうやら、新メセンブリーナ連合は盗賊のような存在だったらしいな」

 

 

最も、そこまで追い込んだのは我々だが・・・とは、俺は言わなかった。

俺はここケフィッススを拠点に、エリジウム大陸北東部全域の政治・経済・治安を統括している。

いずれ正式に新メセンブリーナの滅亡が宣言されれば、グリアソンが預かっている北西部も含めて、「王国信託統治領北エリジウム」の総督に就任することになっている。

 

 

信託統治領総督は地位と権限において閣僚と同等であり、本国に倍する広さの地域を女王の代理人として統治する役職だ。

俺の指揮下に入る軍人・文官は3万人を越し、艦艇は100隻を超える。

コレは、女王を除けば王国において最大規模の集団の頂点に立ったことを意味する。

 

 

・・・とは言え、旧敵国、それも餓えた民衆の面倒を見なければならないと言う点に置いて、なかなかに骨の折れる仕事ではある。

権限と栄光の大きさには、それに応じた責任が課されると言うことだろう。

 

 

『その件に関して、外務尚書がお前に会いたがっているらしいぞ』

「ほぅ・・・あの半妖精(ハーフ・エルフ)がか。大方、帝国側の総督との境界線の交渉に外務省も参加させろとでも言うのだろうが」

『軍事だけで判断できることでは無いと言うことだろうさ、外務省には帝国からの食糧供与の件で世話にもなっているしな』

「そうだな・・・その通りだ」

 

 

食糧、今はとにかくそれが必要だからな。

帝国に一つ貸しを作ることにはなるが、「イヴィオン」ではエリジウム大陸の食糧需要を完全には満たせないのは事実だ。

 

 

「・・・それよりグリアソン、こちらの捕虜から気になることを聞いたのだがな」

『ああ、おそらく俺が聞いたのと同じ内容だろう。俺はすでに陛下に申し上げたが・・・』

「無論、俺も知らせた、最重要情報としてな。だが持ち場を離れることもできん以上、俺達にできることはもう無いだろう」

 

 

捕らえた捕虜から、いくつか気になる情報を得た。

その中で最たるものが、コレだ。

 

 

先年、グラニクスの地下で大量の工兵が動員されていた――――。

 

 

具体性にかけ、工兵が動員されていたからどうだと言う話でもあるが、無視はできん。

杞憂であれば良いが、最悪の場合は我が女王の安否に関わる。

我が女王には、こんな所で倒れてもらうわけにはいかぬのだから・・・。

 

 

『それにしても、敵の組織的な抵抗が終結するまでわずか6日か』

 

 

画面の向こうで、グリアソンが感嘆したように溜息を吐いて見せた。

 

 

『敵の戦意が著しく低かったとはいえ、ここまで短期で戦闘を終結できるとは。願っても無いことだが、いささか拍子抜けの感は拭えないな』

「・・・そうだな」

 

 

・・・グリアソンに教えてやろうか、開戦前に我が女王が何を言ったか。

5年前はただのお飾りの小娘に過ぎなかったあの方が、今やどのような存在であるのか。

 

 

『7日・・・そう、一週間。もしかしたら6日で終わるでしょう』

 

 

我が女王の冷やかな声が、俺の脳裏を掠めた。

・・・尊うべきかな、我が女王(マイ・クイーン)

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・地下空洞・・・?」

「ああ、それもグラニクス全域に渡って張り巡らされている物だ」

 

 

エヴァさんは頭を掻きながら、グラニクスの概略図が描かれたホワイトボードをコツコツと教師が使うような指示棒で叩いて説明してくれます。

場所はホテル「リヒテンベルク」の一室、私が仮の執務室として使っている部屋です。

 

 

エヴァさんの他、私の背後に田中さん、部屋の扉に背中を預けるようにしてフェイトがいます。

晴明さんは千草さんの所で復興作業のお手伝いで、チャチャゼロさんは私の膝の上です。

ところで、フェイトとホテルの部屋にいると思うとドキドキしますよね。

・・・すみません、戯言です。

 

 

「グリアソン、リュケスティス両元帥から気になる情報を聞いてはいましたが・・・」

「傭兵隊のセルフィの班が見つけた・・・と言っても、出入り口は他にも無数にあったが」

「調査班の報告は、まだですよね?」

「見つけたばかりだからな・・・」

 

 

ホワイトボードに赤いペンで発見済みの地下空洞を描きながら、エヴァさんは言います。

 

 

「最初は下水道か何かかとも思ったんだが、どうも違う」

「と言うと?」

「下水設備と繋がっているべきいくつかの建物が、繋がっていない。評議会議事堂、グラニクス空港、軍施設や政府庁舎、都市郊外が地下空洞網から外れている所を見ると、要人のための脱出経路とも考えられん。部下に軍部隊をいくつかつけて、空洞の奥を調査させているが・・・どうも臭う。グリアソン達の言う工兵の大量動員と言うのも気になる」

 

 

・・・ふ、む?

椅子に座ったまま、私は地下空洞の意図が読めないでいました。

 

 

「私としては、事情を知っていそうな評議会議員と話をしたいんだが・・・」

「評議会議員は、昨日の騒動で半数が死亡。残りは郊外の政治犯収容所に分散して収監されていますし、そこは南部の帝国軍の管轄ですから、テオドラ陛下と協議する必要が・・・あ、でも一人だけ市内で軟禁されているんですよね・・・」

「誰だ?」

「・・・近衛近右衛門と言うそうで」

 

 

・・・エヴァさんが、かなり微妙そうな顔をしました。

 

 

「まさか、ぼーやに続いてあの爺ぃが出てくるとはな・・・まぁ、良い。なら私が爺ぃに話を聞きに行っても良いが・・・これで知らなければ、無駄足だな」

「たぶん、知ってたら身の安全を買うために喋ると思うんですけど・・・」

「違いないな・・・でだ、お前は一旦、『ブリュンヒルデ』に戻れ。嫌な予感がする・・・」

 

 

艦に乗っていれば、いざという時に脱出もしやすい。

でも女王が戦艦にこもって出てこないとあっては、色々と問題なのですよね。

それに今の所、確定した危機も存在しないようにも思えますし・・・。

 

 

「その危機が確定してからじゃ、遅いだろうが!」

「まぁ、そうなのですけど・・・私一人が避難するわけにもいきませんし」

「だから・・・ああ、もう、ならいっそのこと部下も市民も避難させれば良いだろ。規模が半端無いが、危険が無ければ戻れると諭せば何とかなるだろう」

「うーん・・・そこまでの人的・物的エネルギーは・・・」

 

 

窓の外を見れば、すでに日が沈み始めています。

この時間から、急に避難しろと言われても・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「とにかく、テオドラ陛下と協議してみます。王国側だけで決めて良い問題では無いので・・・ごめんなさい」

「ああ・・・いや、私も熱くなった、すまん」

 

 

僕は特に口を出さなかったけれど―――それこそ、田中Ⅱ世(セコーンド)に対抗できる程に―――アリアと吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は、結構な時間口論をしていた。

いや、実際には口論と呼べるレベルでも無いのだけれど、とにかく押し問答をしていた。

 

 

結局の所、公的な立場と私的な立場の間にどう線を引くかと言う問題でもあったわけだけど。

結果として、アリアは帝国側との協議次第で避難作業を始めることを承諾したし、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)はその結果を待つことになった。

5年前だったら、その結果すら待たなかったろうけどね。

 

 

「・・・お前は、随分と大人しかったな」

「言いたいことは、大体キミが言ってくれていたんでね」

 

 

帝国のテオドラ皇帝に通信を繋いだアリアを背に、僕と吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は一旦、部屋の外に出た。

元首同士の会話に、入るわけにはいかないからね。

護衛には田中Ⅱ世(セコーンド)がついているし、窓の外は龍宮真名が見張っている。

そして、廊下には・・・。

 

 

「・・・何だ、3(テルティウム)か」

「女王陛下(あねうえ)は、まだ執務中か?」

 

 

扉の両側に立っていたのは、4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)の2人。

・・・この2人は、基本的に見えない所にいるはずなんだけど。

ちなみに、目に見える位置でアリアを守るのは親衛隊の役目だったりする。

 

 

「・・・何でいるの?」

「私が呼んだ・・・他の連中はどうした」

「・・・シャオリーの近衛騎士団には声をかけたよ」

「龍宮真名の傭兵隊にも声をかけた・・・親衛隊は、一人に声をかけた瞬間、全員が消えた」

「・・・そ、そうか・・・」

 

 

近衛騎士団・王国傭兵隊・女王親衛隊。

王室並びに女王を守るためだけに存在する、王国の戦闘集団。

数は少ないけれど、単純な戦力ならそれぞれが1個師団にも勝るとかどうとか。

その名声と虚名は、魔法世界中に轟いているよ。

 

 

「良し・・・とにかく、アリアを守る体勢を整えたわけだな。後はアリアと皇帝の話が終わるのを待つだけだが・・・」

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)はそう呟くと、懐から小さな長方形の塊を取り出した。

・・・彼女専用の支援魔導機械(デバイス)。

と言うより、ここにいる4人はそれぞれ自分の支援魔導機械(デバイス)を持っている。

 

 

僕はアリアと共同のイヤリング型の物を持っているし、4(クゥァルトゥム)は指輪型の物、そして5(クゥィントゥム)は黒いチョーカーのような形の物を身に着けている。

まぁ、僕らクラスの者が使うと、すぐに壊れてしまう可能性があるのだけど。

 

 

「こちらでしたか、お兄様方」

 

 

そこへもう一人、アリアの下にいれば支援魔導機械(デバイス)を用意されたであろう存在がやってきた。

白い髪に黒のワンピース、胸元に水晶のペンダント。

・・・6(セクストゥム)

 

 

どこで何をしていたのか、と聞くつもりは無い。

どこで何をしていたにしても、おそらくは一人では無かっただろうから。

 

 

「・・・お義姉様(じょおうへいか)は・・・」

 

 

6(セクストゥム)がアリアについて聞こうとした時、背後の扉が開いた。

そこから出てきたのは、もちろんアリアだ。

両手に、チャチャゼロを抱いている。

 

 

「テオドラ陛下と話し合いました。帝国軍の方でも夕刻、似たような地下・・・」

 

 

何かを言おうとしたようだけれど、その言葉は永遠に紡がれることは無かった。

何故ならその時、ホテル全体が・・・いや。

 

 

グラニクス全体が、揺れたからだ。

凄まじい衝撃が空間を振るわせるのと同時に・・・。

僕は迷わず、アリアを抱き寄せた。

 

 

次の瞬間、衝撃と同時に足元が抜けて、浮遊感が・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

ホテルは、どうにか倒壊を免れた、と言う風だった。

衝撃は断続的に襲ってきたが、直撃を免れたのかどうなのか、倒壊はしなかった。

ただし、床が抜けた。

 

 

「ぐ・・・?」

 

 

何階くらい落ちたのかは知らんが、私は軽く頭を振りながら上半身を起こした。

周囲は濛々と煙が立ち込めていて、気のせいで無ければ火の気配がする、火災か・・・。

・・・爆弾テロ、か?

ごそごそと腕を動かし、小さな通信機を口元に持ってくる。

 

 

「・・・茶々丸・・・」

『・・・イエス・マスター。ご無事ですか?』

「ああ、そっちはどうだ・・・?」

『現在、そちらに向かっております』

「アリアの従姉はどうした?」

『ロビーにて、兵士に保護を願いました』

「そうか・・・わかった、待っている、7階だ」

『イエス・マスター』

 

 

一旦、茶々丸との通信を切り、動こうとして・・・できないことに気付く。

どうも運が悪かったのか、右足が瓦礫に潰されていたからだ。

自覚した瞬間、痛みと灼熱感が脳髄を駆け抜けるが・・・別に悲鳴を上げたりはしない。

 

 

ぶちぶちっ・・・と潰された足を千切り取って、即座に再生する。

 

 

・・・足はともかく、スカートが破けてしまったな。

着替えが欲しい所だが、まぁ、良いか。

それより・・・。

 

 

「おい、若造(フェイト)! ちゃんとアリアを守ったろうな!?」

 

 

癪ではあるが、その点に関する限り、私は若造(フェイト)を信用している。

目の前で抱き寄せていやがったからな、もし守れていなければ殺してやる所だ。

アリアを庇って死ねば良いと思えないあたり、私も温いな。

 

 

「・・・おい! 返事しろ若造(フェイト)!!」

「ここにいるよ・・・」

 

 

すると、案外近い位置の瓦礫が崩れて、若造(フェイト)が出てくる。

腕には、しっかりとアリアを抱いている。

多少、砂埃で汚れているが・・・怪我は無いようだった。

 

 

「う・・・な、何・・・が・・・?」

 

 

軽い放心状態にあるのか、アリアは軽く頭を振った。

それから、数秒程して・・・若造(フェイト)の手を借りつつ、立ち上がる。

白と淡い青のオーガンジードレスについた埃を払いつつ、前髪を指先で払う。

 

 

それから、よろめきつつも自分の足で歩いて・・・窓ではなく、穴の開いた壁から外を見る。

ここは9階建てのホテルの7階に位置する、危ないとは思うが止めはしなかった。

熱を孕んだ風が、アリアの服をはためかせている。

 

 

「・・・これは・・・」

 

 

呆然と呟くアリアの、私達の目の前には、地獄が広がっていた・・・。

 

 

 

 

 

Side コリングウッド

 

「どうした、何が起こったのだ!?」

「わ、わかんねっス! グラニクスが・・・市街地から突然、火柱が!」

 

 

艦長と操舵手の声が耳朶を打つが、そんなことに構っていられるような状況では無かった。

我々がいる『ブリュンヒルデ』の艦橋スクリーンには、グラニクスの街のほぼ全域で火災が発生している様が映し出されていた。

 

 

帝国艦隊と王国艦隊が使用しているグラニクス空港には、被害は今の所は及んでいない。

だが、市民を守るべき軍隊としては、このまま座していることはできない。

とは言え、命令が無ければ独自に行動することになってしまうが・・・。

 

 

「女王陛下から、直接通信っス!」

 

 

オルセン少佐の言葉と同時に、艦橋スクリーンの一部に女王陛下の顔が映し出された。

無事だったか・・・と安堵するばかりではいられない。

女王陛下の顔が、泣きそうに歪んでいたからだ。

 

 

外の装輪戦闘車から通信をかけているのか、女王陛下の後ろには何人かの兵士が駆け回っている。

さらに、かすかにだが助けを求めるような人々の声が聞こえる。

ホテルに、民衆が助けを求めて詰めかけているのか・・・?

 

 

『コリングウッド元帥、及びその他の全将兵に命じます』

 

 

どこか掠れた声で、女王陛下が言葉を紡ぐ。

自然、私達もその場で背筋を正す。

 

 

『ただちに出動し・・・帝国軍と協力して、消火・救助及び避難民の受け入れ作業に入りなさい!!』

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

『すでに都市内部に入っている兵に空港へ民衆を先導させます、各艦、でき得る限りの人数を乗せて安全な場所まで飛んでください!』

 

 

それは、悲鳴のような声だった。

しかし・・・新メセンブリーナも良くやる。

気付いた時には・・・か、その執念を他に向ければ良いのに。

 

 

『コリングウッド元帥、細部は貴方の指揮に委ねたいと思いますが、お願いできますか』

「仰せのままに・・・しかし、女王陛下はどうなさるので?」

 

 

私の問いに、画面の中の女王陛下は泣き笑いのような笑みを浮かべて見せた。

 

 

『元帥、私が貴方なら・・・市民と部下を置いて逃げますか?』

「逃げる時は、全員で・・・ですか」

『そう言うことです・・・・・・皆さん、大丈夫です! 必ず無事に避難させて差し上げますから・・・!!』

 

 

最後に映った女王陛下の小さな背中に、私は敬礼した。

・・・さぁて、じゃ、軍人の仕事をしに行くかな。

戦争をやるよりは、人命救助の方がやりがいがあるのは確かだ。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「式神!」

 

 

符を投げて、式神を召喚する。

呼び出す式神は「水虎」―――3、4歳くらいの童の姿をしたそれは、身体中を固い鱗で覆っとる。

その水虎と配下の48匹の河童が現れて―――火の中に喚ぶんはホンマはアレやけど―――水の濁流を放って道を開ける。

 

 

通りの炎が消えてどうにか通れるようになると、うちは通りに取り残されとった人達を呼び寄せた。

人助けなんて柄や無いけど、そないなことを言っとる場合や無い。

旧世界連合・・・旧関西呪術協会は、人道に基づいて行動させてもらうえ。

 

 

「何をしとるんや! はよぉ逃げぇ!」

 

 

何や知らんけど、アパートの前でゴチャゴチャやっとる連中の所にまで行く。

すると、うちと同じくらいの年頃の女が。

 

 

「うちの子が、うちの子がぁ!!」

「こ、この人のお子さんが、まだ中にいるらしくて・・・」

「何やて・・・!」

 

 

ばっ、と仰ぎ見ると、そのアパートは今にも燃え崩れそうやった。

と言うか、この辺りはやたら燃え広がるんが早くて、5分もすれば火に包まれてまうんが目に見えとった。

とてもやないけど・・・。

 

 

「・・・もう無理や! 諦めて逃げぇっ!!」

「そんなっ!?」

「ここにおったって、どうしようも無い! アンタも死ぬだけや!」

 

 

うちかて、助けたい。

けど、どう考えたって助けに入るんは無理や。

いや、そもそも、もう・・・。

 

 

「うちの子が中にいるのに・・・!!」

「せやかてな・・・!」

 

 

・・・取り縋られても、困るわ!

揉めとる間に、アパートが燃え崩れて、屋根がうちらの上に・・・って、マジか!?

 

 

「危ないっ!」

「ぐえっ・・・!?」

 

 

女らしくない声を上げて、うちらは横からかっさらわれた。

吹っ飛ばされたとも言える。

地面を転がって、顔を上げると。

 

 

「カゲタロウはん!」

「・・・怪我は無いか?」

「あ、ああ・・・おおきに・・・アンタ、顔!」

「大事ない、仮面に罅が入っただけだ」

 

 

黒づくめのカゲタロウはんは、うちの上からどくとそう言うた。

仮面の端に、罅が・・・。

 

 

「う・・・うちの子は?」

 

 

うちの横に倒れ取った女は、燃え崩れたアパートを見て、顔を蒼白にしとった。

そして現実を認識して、叫びそうになった時・・・ゴッ、と殴られて、気絶した。

気絶させたんは・・・月詠はんや。

女の後ろで、刀を持っとる。

 

 

「峰打ちです~・・・あかんかったですか?」

「いや、ええよ・・・鈴吹! この2人も連れてきぃ!」

「わかりましたーっ!」

 

 

手近な部下を呼んで、逃げ遅れとった女と、それに付き合うとった男を避難させる。

うちらも離れへんと、危ないな・・・。

 

 

「・・・行くえ、一人一人の事情には付き合うてられへん」

「うむ・・・」

「わかりました~」

 

 

一人一人の個人的な事情に付き合うとったら、今みたいなことになる。

非情なようやけど、そうやないと救助なんてでけへん。

わかっとるけど・・・。

 

 

胸糞悪いったら、あらへんな。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

アリア陛下と通信した直後、グラニクス全体が火に包まれた。

部下の報告によれば、地下から突然、燃え上がったと言う。

グラニクスの地下に張り巡らされた空洞とは・・・!

妾のいたホテルも半壊崩壊じゃ、しかも忙し過ぎて、新たな仮司令部を作る暇も無い・・・。

 

 

「良いか、捨てて良い命など無いぞ! なるべく多くの命を救うのじゃ!」

「「「了解!」」」

 

 

帝国兵を動かして、できるだけ多くの民衆を空港へ、そして港へと先導させる。

本当なら妾が直々に指揮を執りたい所じゃが、妾が現場ばかりを気にしておると全体の効率が悪くなる。

それぞれの部署をそれぞれの部下に任せて、後方から各々の現場の動きを統制せねばならぬ。

わかってはおるのじゃが、歯がゆいの・・・!

 

 

「陛下! 病院船がパンク寸前です!」

「何じゃと!? ぬうぅ・・・止むを得ん、軍艦に民間人を詰め込め! 士官用の仮眠室も使用して構わん! それでも足りなければウェスペルタティア側に協力を要請するのじゃ!」

 

 

とは言え、ウェスペルタティア側も余裕は無いじゃろうがな・・・。

それでも無理な場合はどうするか、最悪の場合は工兵を使って仮設の病院を何とか・・・いや、今から作らせよう!

設備は無いが、仕切りと寝る場所があるだけでも違うじゃろ! できれば天井もの!

 

 

「工兵部隊の責任者を呼び出すのじゃ!」

「はっ!」

「ウェスペルタティア側から、女王の名で病院船を回すと言って来ています! 医薬品と医療用機材も提供するとのことです!」

「有難く受けると伝えよ!!」

「了解しました! すぐに手配します!!」

「陛下、工兵部隊長が参られましたぁっ!」

「すぐに病院を作るのじゃ!」

「はっ! ・・・は? 病院ですと?」

「陛下、被災者の住民代表が会いたいと・・・と言うか、市民側のクレームが処理しきれません!」

「ええい、泣き事を言うでないわ!」

「へ、陛下、病院を作れとは・・・?」

「人が寝られるスペースを確保せよ、と言うことじゃ!」

 

 

次から次へと舞い込んでくる報告に、妾は矢継ぎ早に指示を出す。

や、焼き切れそうじゃ・・・!

 

 

その時、市街地の方で大きな爆発があった。

それに対し、妾は少しだけ笑みを浮かべる・・・呆れの方が勝っておるがな。

ジャックめ、派手な救出方法を取りおってからに・・・!

後で苦情を受けるのは、妾なのじゃぞ!

 

 

「・・・皆、もう少しじゃ! 頑張ってくれい!!」

「「「了解!!」」」

 

 

・・・今夜は、眠れそうに無いの・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「グラニクス大火」。

後の歴史においてそう記録されることになるその災害は、人為的なテロであったとされる。

後に判明した事実によれば、新メセンブリーナ連合評議会の一部勢力が強行したともされるが、いずれにせよ、グラニクスの地下に爆発物・可燃性の液体(何であったかは諸説ある)を埋蔵し、いざという時に使用される予定であったことは間違いが無かった。

 

 

それが前日の帝国軍侵攻の際に使用されなかったのは、単に評議員が自分の命惜しさに使用できなかったからである(内紛でそれどころでは無かったとも言われるが)。

しかし彼らは郊外の政治犯収容所に集められたために(しかも、この郊外の収容所は地下空洞の範囲外だった!)、今度は使用を躊躇わずに済んだと言うわけである。

加えて言えば、帝国・王国の主力が集結すると言う彼らにとって最高のタイミングであったことも、彼らを決断させた要因であったろう。

 

 

実行犯は反女王アリア派・反皇帝テオドラ派の王国人・帝国人であったとされる。

そしてその混乱に乗じて、買収した兵士や警備員の協力を得て、脱出する。

それが評議会の計画であったし、それは成功の確率もそれなりにあったと思われる。

しかしここで、彼らにとっての誤算が生まれた。

 

 

彼らが逃亡するためには、帝国軍・王国軍の注意をグラニクスの災害に向けさせねばならない。

そのためにこそ用意した大規模な罠・・・だが、罠が大きすぎた。

あまりの規模の大きさに驚き、臆病風に吹かれた協力者が、彼らを見捨てたのである。

 

 

反女王派・反皇帝派と深く繋がっていた最強硬派の評議員以外は、逃亡の手段を失ってしまった。

 

 

結果として収監された53名の評議員の内、逃亡に成功したのはわずか5名。

逃亡に成功した数名の評議員は、炎と煙に紛れて、何処かへと姿を消した。

しかし失敗した残りの48名は「グラニクス大火」後、命乞いも虚しく、凄惨な最後を遂げることになる・・・。

 

 

一説によれば、特にウェスペルタティア女王アリアは、彼らをけして許さなかったと言う。

 

 

最終的には、死者・行方不明者6000名以上、負傷者1万名以上と言う大災害になった。

グラニクス全面積の約70%が焼失し、グラニクスは、自由交易都市としての機能の大部分を失うことになったのである・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

・・・一晩で消火できただけでも、僥倖だと思うべきなのでしょうか。

比較的火災の影響の受けていなかった新メセンブリーナ連合軍の中央司令部の屋上から、私は朝日に照らされるグラニクスの街並みを見下ろしていました。

一応、ここを帝国軍との共同仮司令部として使用することになりました。

今朝になって、ようやく仮司令部を移せたんですけど・・・。

所々で煙が上がっている箇所がありますが、火はほぼ鎮火できたとの報告を受けています。

 

 

・・・3階建てのこの建物よりも高い建物が見当たらない程に、焼け野原になっています。

それどころか、地下から噴き上がったらしい爆発のせいで、大穴が開いている所も少なくないのです。

これを復興するには、何年かかるか・・・。

 

 

「・・・また一つ、問題が増えました・・・か」

 

 

現在の時点でわかっている死者は、560名。

その内、ウェスペルタティア人の死者は27名、兵士は14名。

さらに言えば、その内9名の兵士は私の救助命令に従ったために死亡しました。

この後、時間が経てば・・・さらに犠牲者は増えて行くでしょう。

いえ、判明して行く・・・と言った方が良いでしょうか。

 

 

「アリア」

 

 

振り向くと、そこにはエヴァさんとフェイトがそこにいました。

2人だけでは無く・・・茶々丸さんにチャチャゼロさん、田中さん、クゥァルトゥムさんやクゥィントゥムさん・・・そして、セクストゥムさんも。

皆、それぞれの分野で救助活動に従事していました。

つまり、寝ていないのですが・・・。

 

 

・・・お前のせいじゃない、とか言う人は、ここにはおりません。

むしろ、言ってほしくないです。

もう少し早く気付けて、対処できていれば・・・とか、考えても仕方が無いです・・・。

・・・近い内に、亡くなった人々の遺族の方達や、被災者の方達に責められるでしょうから。

 

 

「・・・一度、休もう。寝ないと頭が回らんぞ」

「・・・兵士の方達は?」

「交代で休んでるよ」

 

 

エヴァさんの言葉に質問を返すと、フェイトが答えました。

そうですか・・・でも兵士は交代で休めても、女王は交代できませんから。

魔法薬で眠気を消して、仕事を続けましょうか・・・。

 

 

また、怒られるかな・・・なんて考えながら、私はその場を後にしようとしました。

そして・・・。

 

 

 

「救助活動は、一段落しましたか?」

 

 

 

不意に、声をかけられます。

声は、上から。

顔を上げると・・・。

 

 

屋上の扉の上の・・・屋上のさらに上。

いつの間にそこにいたのか・・・車椅子に乗った少女がいました。

私達の誰にも、気付かれることなく。

被災者でもその家族でも、ましてやこの仮司令部にいて良い人間でもありません。

その顔には・・・見覚えがありました。

 

 

金色の髪に、閉じた目、淡い緑の病院服。

そう・・・あの時、オスティアで・・・。

 

 

「救助活動の邪魔をしてはならないと思い・・・待たせてもらっておりました」

 

 

見えていないはずの目で、私を見下ろしています。

その少女の名を、私は知っています。

その少女の名は、アイネ。

自称新メセンブリーナ連合の・・・テロリスト。

 

 

「最後の朝です・・・張りきらせて、頂きましょう」

 

 

そう言って、アイネさんは可愛らしく笑いました。

 




アリア:
アリアです。
詳しいことは省きますが、都市災害は嫌いです。
・・・まぁ、好きな方もいないでしょうけど。
今回は人為的な物でしたので、それを行った方々にはそれなりの対応をさせて頂こうと思います。
なるべく公開する方向で。

今回初登場のキャラ・アイテムは・・・。
アーノルド・ライバック・嶋 達也:黒鷹様提供。
ホバー・バイク(元ネタ・スター・ウォーズ):黒鷹様提供。
今回は少なめでしたが、次回からまた組みこんでいければ・・・。
ありがとうございます!


アリア:
次回は、「Ⅰ」の件についていろいろとケリをつけます。
・・・と言うか、私がすること、あるのでしょうか。
次回は久々の個人戦闘オンパレード、ウェスペルタティア女王の護衛の力を見せて差し上げます・・・的なお話になる予定です。
では、またお会いしましょう。


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第3部第13話「Ⅱ」

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

私と言う存在が自我を持ったのは、数ヵ月前の話です。

それまでの私は、ただの人形でしか無かった。

 

 

結論を言えば、連合の研究者はエンテオフュシアの血統を再現することはできませんでした。

 

 

自我も感情も、命すらあるのかわからない、そんな人形しか造り出すことができなかった。

神の如く創ることはできず、人として造ることしかできなかった。

自身の身体の一部を武器として用いる、「生体装具」の化物。

王族の死体から偶発的に造り出された、本物には遠く及ばない偽物の人形。

 

 

そして私に備えられた「生体装具」は、体内での生物の治癒。

 

 

私の体内に触れている―――私の中に挿入(はい)っている―――存在(モノ)の新陳代謝を加速し、細胞を再生し、病を治し、怪我を癒し、寿命を延ばし、理論的には自然死すらも治療します。

身体の一部だけでも、私の体内に挿入(はい)っていれば良いのです。

例えば、指。例えば、舌・・・。

 

 

性行為と言うのは、最も効率的な手段であったようです。

 

 

腹を割いて手を挿入(い)れるよりも、見た目にも感覚的にも健全です。

個人的にも、腹や喉を裂かれるのは流石に厳しかったのは事実です。

私の能力が判明してからは、実験と称して連合の研究者達が私の身体を自由にするようになりました。

当時の私は自我も感情も無かったので、拒否も抵抗もしませんでしたから、便利だったでしょう。

女性の相手もいたようですが、良く覚えてはいません。

 

 

5年前からは、連合の議員が訪れるようになりました。

 

 

私の容姿が彼らの言う「銀髪の小娘」に似ていたので、不満のはけ口にしたかったのかもしれません。

中にはわざわざ私を銀髪に染め、カラーコンタクトを着けさせる議員もおりました。

そして彼らは、私を「銀髪の小娘」・・・「怨敵・女王アリア」として嬲ることに昏い楽しみを見出していたようです。

 

 

時に、行為に及びながら私を鞭で殴り、熱した鉄の棒で焼き印を入れて、鎖で繋いで引き摺り回し。

時に、下賤な生まれの複数の兵士に私の相手をさせ、それを見て愉悦に浸り。

そして何より、私―――女王アリアに扮した―――に許しを請わせ、行為を求めて懇願させる様を見るのが愉快でたまらなかったようです。

それに対して、当時の私は特に何かを思ったりはしませんでした。

漠然と、「女王アリア」は随分と恨まれているのだな、と思いましたが、それだけです。

 

 

そして数ヵ月前、自我を持った私は施設の仲間と共に彼らを皆殺しにしました。

 

 

私が自我を持ったのは、ただの偶然。

ある日、「使いすぎて具合が悪くなった」私に、彼らはある「肉」を食べさせました。

それは、人の肉でした。

5年前、ある元老院議員とその義娘が融合してできたと言う肉の塊の一部。

研究者や議員が、何を求めて私にそれを食させたのかは知りません。

再生させたかったのか、それとも他の何かなのか。

結果として、私はエリジウムの外に出られなくなりましたが。

 

 

いずれにせよ、事実だけが残りました。

私は自我を得ると共に自分の死に方を確定させて。

私達は彼らを皆殺しにして、彼らの仲間であった人間を皆殺しにすべく行動し。

せめて誰かの記憶に残れば良いなと夢想しながらも・・・。

 

 

オリジナル―――「女王アリア」の前に、こうして立っています。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

その少女・・・アイネさんを視界に収めた直後、私の後ろの床が崩れ落ちました。

私が立っている場所以外の床が崩れて、その上に立っていた皆の姿が、下の階層へと消えます。

 

 

「な――――――!?」

「・・・!」

 

 

エヴァさんが軽く驚く声が耳に入り、フェイトが表情を変えることなく、下に落ちます。

私が手を伸ばす暇も無く、全員が下へ。

1階まで数十m・・・まさか、それでどうにかなってしまう方はいないでしょうが。

・・・それよりも、周囲に霧が立ち込めてきています。

気のせいで無ければ、これは合同慰霊祭の時の・・・不味いですね、これでは真名さんも。

 

 

「せいぜい、お話しできる時間は5分と言う所でしょうか」

 

 

とんっ・・・と、車椅子から降りたアイネさんが、私の前に降り立ちます。

金の髪が朝日の光を反射して輝き、閉ざされた目が私を見つめます。

小さな病院服から伸びる白い足は、近くで見ると小さな傷がいくつもついています。

 

 

「貴女、足は・・・」

「特に悪くはありませんよ」

 

 

悪びれもせず、さらりと言われます。

アイネが立ったとでも言うと思わないでくださいよ。

私だって別に、心配をしているわけでは無いので。

 

 

「私の仲間が女王陛下、貴女の臣下を足止めできるのは多くて5分間。その間に、いろいろとお話させて頂きたいですね」

「・・・私には、話などありませんが」

「そうでしょうね・・・いえ、それで正しいのだと思います」

 

 

ニコニコと笑いながら、アイネさんがそう言います。

その顔には、近くで見ると小さな傷の跡がいくつもあります。

それに多少、不審を覚えながらも・・・問います。

今の私にとっては、最も重要なことを確認せねばなりません。

 

 

「・・・この災害は、貴女達が?」

「昨夜の災禍のことでしょうか? いいえ女王陛下、私達は自分達の手で罪なき者を誰も殺害しておりません。私達はただ、連合と言う器が無残に崩壊する様を見たかっただけです。加えて言えば、女王陛下、貴女にお会いしたかった・・・」

「それを信じると?」

「思いません・・・でもそれは、女王陛下にとって正しいこと」

 

 

自分と同じ顔が空虚な笑みを浮かべ、中身の無い声で言葉を紡ぐ。

そのことに私は、どうしようもない不快感と不安感を刺激されます。

まるで、鏡の向こう側を見ている気分。

もう一人の自分が、私に何かを語りかけてきているような気分・・・。

 

 

「女王陛下」

 

 

アイネさんはある一定の距離を保って、私の前に立っています。

そこから先には、歩いては来ない。

 

 

「どうか・・・助けてほしい」

 

 

ただ、言葉をかけてくる。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

落ちた瞬間、アリアの顔が見えた。

驚いているような、どこか不安そうな、そんな顔をしていた。

だから。

 

 

「キミに構っている暇は、無いよ」

 

 

ザッ・・・と、片手をポケットに入れた体勢で、1階か2階かは知らないけれど、床に降り立つ。

そんな僕の目の前には、黒髪の男がいる。

黒い礼服を纏った、18歳くらいの東洋系の顔立ちの男。

合同慰霊祭の時に出会った、霧の男。

 

 

今も、僕の周囲には薄い霧のような物が立ちこめている。

魔法でも無く、魔力で形成された物でも無い。

となると、何かの道具かな。

だけど、それもどうでも良い。

 

 

「そうはいかない、せめて5分、お前の足を止めさせてもらう。女王の騎士(クイーンズ・ナイト)

 

 

名前も知らない黒髪の男は、そう言って白い剣を構える。

それはどうも金属以外の何かでできているようで、見た目には白い石のような材質だ。

それを2本、両手に持っている。

 

 

「・・・この霧は、キミを倒せば消えるのかな?」

「そうだ」

 

 

隠す気が無いのか、それとも隠しても無駄だと思ったのか、男が答える。

答えてもらえるとは、少し意外ではあるね。

 

 

「この霧は一見、ただの霧だが・・・その実、外部との魔法的な連絡を完全に立つことができる。名称に『R』の番号を振られた被験体の身体から採取した脂(アブラ)を燃やすことで、この霧を造ることができるのだ」

 

 

そう言って、男は懐から小さな壺のような物を取り出して見せた。

その壺から、なるほど、白い霧のような物が立ち昇っている。

となると、アレを壊せば良いのか・・・それなら、話は早いね。

 

 

僕は周囲に『千刃黒曜剣』を造り出し、その切っ先を目前の男に向ける。

それを察した男は、バンッ・・・と霧に紛れて消える。

 

 

「・・・!」

 

 

黒曜剣の一本を手に取り、頭上に向ける。

すると次の瞬間、鈍い音と共に腕に確かな衝撃と重みが走った。

・・・黒曜剣、魔装兵具と打ち合うとはね。

 

 

「・・・この剣は『K』の番号を振られた被験体の骨で造られている。そこらの剣とはワケが違うぞ」

「そうかい」

 

 

特に感慨も湧かずに、僕は剣を振るった。

何かが削れるような音が響き、僕と男が離れる。

刹那、キッ・・・ンッ・・・と言う澄んだ音と共に、周辺に亀裂が入る。

次の瞬間、黒髪の男を巻き込んで爆発した。

 

 

「ぐっ・・・!?」

 

 

直撃こそ避けた物の、黒髪の男が床を転がりながら離れる。

僕は片手をポケットに入れたまま・・・それを見ている。

 

 

「悪いけど、手品には興味無くてね・・・・・・すぐに終わらせるよ」

 

 

ひゅるんっ・・・と、黒曜剣を回転させつつ、そう言った。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

ち・・・忌々しい、何だこの霧は。

魔導技術を使用した通信機ですらも、使い物にならんとは。

 

 

「貴女は・・・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「ほぅ・・・私の名を知っているとは、なかなか見所のあるガキでは無いか」

 

 

顔を上げると、青い髪のガキが私のことを見ていた。

瓦礫に片足を乗せて、私を見下ろしている。

私のことを知ってるのは感心だが、その態度は感心しないな。

 

 

「・・・<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>」

「ほぅ、そちらで呼ぶとはますます見所がある。最近は工部尚書としか呼ばれないからな」

 

 

最も、どちらだろうと私への態度を変えない奴もいるがな。

畏れるか、敬うか・・・愛するか。

 

 

小僧から視線を外すこと無く、私は服の袖をめくった。

そこから現れたのは、不思議な形をした銀のガントレット。

右腕の肘から先を覆うそれの中間にはカートリッジの差し込み口があり、手の甲の部分には青い宝石と細長い線が横に走った土台がついている。

 

 

「どうにも、お前達が何をしたいのかが良く分からんが・・・まぁ、どうでも良いことだな」

「ひと括りにされるのも困る。私達だってアイネが何をしたいのかはわからない」

「はん・・・?」

 

 

片眉を潜めて小僧を見返すと、小僧は表情を変える様子も無い。

 

 

「わからないことのために、こんなことをしているのか? まさに意味不明なテロリストだな」

「・・・かもしれない、だが」

 

 

ひゅっ・・・と、小僧が私めがけて突っ込んできた。

私は懐から小さな長方形の物体を取り出すと、それをガントレットに差し込んだ。

カシュッ・・・と空気の抜けるような音が響いて、カートリッジ内の小型精霊炉に込められた魔法が、ガントレットに充填される。

 

 

さらに、目前から小僧の姿が消えて・・・かわりに、糸のような物が周囲に張り巡らされたのがわかる。

4番目(クゥァルトゥム)の若造が喰らったとか言う、髪の糸だな。

 

 

「同胞(かぞく)のために動くのは、悪くないと思える!」

 

 

背後から、そんな声が響く。

それに対して、私は口元に笑みを浮かべる。

なるほど、家族のためか、それならば理解できる。

理解できたよ、だから・・・。

 

 

「だから、消えてくれ」

 

 

振り向き様に、右腕を振るう。

ガントレットの先から伸びた薄い、しかし高い硬度を誇る刃が、青い髪の胴体を捉えた。

鈍い感触と固い感触が同時に腕に伝わり、その余韻を感じる暇も無く、腕を振り抜く。

髪の糸など、何の問題も無い・・・同時に、切り裂いてくれるわ。

 

 

「か・・・っ!?」

「・・・『疑似(エンシス)断罪の剣(エクセクエンス)』」

 

 

支援魔導機械(デバイス)・『魔導剣―01』。

それが、私の支援魔導機械(デバイス)の名だ。

カートリッジに内蔵された術式を己の魔力で剣に(私の場合はガントレット型だが)装填し、術式を発動させる。

 

 

「・・・お前の名は聞かない、お前の墓には名前は無い。誰にも知られないままに、死んで行け」

 

 

悪いな、小僧。

私は私の家族のために、お前を踏み躙るぞ。

残念ながら、私は正義の味方では無く・・・。

 

 

―――――悪の魔法使いだから、な。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

いけません、アリアさんとマスターから離されてしまいました。

これでは、お2人をお守りすることができません。

距離的には近い場所にいるはずですが、どう言うわけかレーダーに反応がありません。

 

 

「ヒャッハァオラアァァ――――――アッ!!」

 

 

姉さんが敵に斬り付け、打ち合います。

姉さんと斬り合っている相手は、T-04と名乗った、金髪碧眼の女性です。

長い金髪を三つ編みにした、15歳程の女性なのですが・・・。

 

 

「マタカヨ!」

 

 

武器を持たないその女性、T-04さんは、巧みなステップを刻んで姉さんの攻撃を掻い潜り続けています。

それに対して、姉さんが焦れたような声を上げます。

そして、何よりも・・・。

 

 

「ナンニンイヤガルンダ!」

 

 

姉さんが憤慨したように叫びますが、それも当然でしょう。

T-04さんが何人もの分身を作り出して、姉さんの攻撃すべき対象を増やして、狙いを分散させているのですから。

 

 

しかも時々人数を変えて、3人になったり5人になったりする周到さ。

名前の頭のアルファベットと戦闘方法、及び旧世界連合から提供された情報によれば、アレは幻術のような物。

・・・本物は、1人だけのはずです。

 

 

「チッ、メンドクセーゼ!」

「全くです」

 

 

姉さんの言葉に、私自身も腕の銃器を乱射しつつ、頷きを返します。

確かに、面倒ではあります。

もし、ここに落とされたのが私と姉さんだけであれば、苦戦は必至だったでしょう。

ですがここには、もう一人・・・。

 

 

「『斬艦刀』ッ!!」

「・・・んなっ!?」

 

 

ここには、田中さんがおります。

戦艦すら斬り裂くとされる大剣を振り下ろした先にいるのは、本物のT-04さん。

驚いたような声を上げて田中さんの攻撃を避けた彼女に、私が銃弾や砲弾を打ち込み、姉さんが斬りかかります。

 

 

「チェ―――リオォ――――――ッ!」

「ぐ―――――っ!?」

 

 

振り下ろされたナイフを、T-04さんは左腕を犠牲にして防ぎました。

ブチンッ・・・と肉が切れたような音が響き、幻術では無い赤い液体が噴き出します。

傷口を押さえつつ、バックステップ・・・そして、たまりかねたように叫びます。

 

 

「どうして・・・本物がわかる!?」

 

 

それに対する回答を得る前に、やはり幻術に惑わされない私の弟がT-04さんに肉薄します。

トンッ・・・T-04さんの薄い胸元に突き付けられたのは、13ミリ対戦車拳銃。

―――対障壁貫通能力を備えた武装・・・『ドア・ノッカー』。

 

 

「ま・・・」

「射出(ファイア)」

 

 

何かを言おうとしたT-04さんに、田中さんは容赦なくそれを撃ち込みました。

零距離で放たれたそれは、T-04さんには防ぎようが無い程の無慈悲な一撃。

文字通り、上半身を砕かれた彼女は・・・二度と、何かを喋ることはありませんでした。

 

 

「・・・貴女の敗因はたった一つです、T-04さん」

 

 

それはとても、シンプルなこと。

相手が機械だった(わるかった)・・・。

 

 

ただ、それだけのコトです。

私の言葉を肯定するように、弟がブシューッ・・・と音を立てて、放熱しました。

戦闘時間、1分3秒37。

ターゲット、完全に沈黙致しました。

 

 

 

 

 

Side 6(セクストゥム)

 

お義姉様(じょおうへいか)と分断されてしまいました。

周囲の霧のためか、胸元の『双水晶のペンダント』を触媒にした念話もマスターに通じません。

 

 

「よーし、さぁ、かかって来い!」

 

 

ガチンッ、と両手の手甲を打ち付けて叫ぶのは、金髪に紫の瞳に小娘。

容姿としては、15歳程の普通の少女のようにも見えます。

 

 

「私はS-06! 誇り高き「Ⅰ」の1人! 一対三でも卑怯とは言わないでおいてやる!」

 

 

聞きもしないのに名乗りを上げたその小娘の言うように、確かに三対一です。

ここには、私の他に4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)がいますから。

とは言え、別に3人で同時に攻める程でもありません。

 

 

我々が3人がかりで攻撃しなければ倒せない相手など、この世界に何人いるかどうかです。

そして目の前の小娘は、明らかにその中には入っていません。

 

 

「・・・目障りだな、あの小娘」

「やめろ4(クゥァルトゥム)、また支援魔導機械(デバイス)を壊すハメになるぞ」

 

 

何か奇妙な小さな箱を取り出した4(クゥァルトゥム)に、5(クゥィントゥム)がそう言います。

舌打ちして、4(クゥァルトゥム)が箱をしまいます。

 

 

「ふふん、何をするつもりか知らないが・・・この霧がある限り、外には出れないぞ。これはある種の隔離空間のような効果も持っているからな!」

「・・・へぇ、それは良いことを聞いたね」

 

 

4(クゥァルトゥム)が、歩を進めて小娘に近付いていきます。

その右腕には、炎が渦巻いています・・・どうやら右手の指輪から吹き出ているようですが、5(クゥィントゥム)が溜息を吐いています。

 

 

「つまり、ここでは何をしてもバレないんだろう?」

「へ?」

 

 

小娘が間抜けな声を出した次の瞬間、4(クゥァルトゥム)の右腕が炎に覆われました。

それは次第に大剣の形になり・・・4(クゥァルトゥム)は躊躇なくそれを振り下ろします。

ヂリヂリと空気を焼きながら―――――それが小娘に叩きつけられました。

 

 

「どおおぉおおおっ!?」

 

 

両腕の手甲を頭上に掲げて防ぎますが、その程度で魔装兵具『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』は防げません。

手甲が溶けて・・・小娘がそれを捨てて逃げに徹しなければ、手甲ごと身体が消滅していたでしょう。

 

 

「な・・・ちょ、お前も規格外か! ナギ・スプリングフィールドかって・・・げふぁっ!?」

「意味がわからないね」

 

 

小娘の身体の真ん中を貫いたのは、5(クゥィントゥム)の魔装兵具『轟き渡る雷の神槍(グングナール)』です。

どうやら、あの小娘に付き合うのも疲れたようですね。

迸る雷の衝撃に、小娘が悲鳴を上げます。

 

 

正直な所、聞くに堪えませんので・・・静かにさせましょう。

ふわり・・・と、槍に穿たれた小娘の頭上に跳び、右手を掲げます。

 

 

――――――魔装兵具。

 

 

「『凍て尽くす氷の神鎌』」

 

 

右手に握った大鎌で、S-06とか言う小娘を斬る。

他の2人と違って、私は対象を焼いたり貫いたりなどと言う美しくないことはしません。

凍らせて、保存し封印する。

それだけです。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

僕が踏み込めば下がり、逆に僕が下がれば踏み込んでくる。

右に戦い、左に守り・・・良く動く。

黒髪の男は、剣士としては大した腕前をしているよ。

ただ、惜しむらくは・・・。

 

 

僕は別に、剣士では無いと言うことだね。

故に剣士同士の戦いでは無い、加えて言えば勝敗は単純な実力で決まる。

 

 

「当たらないね」

 

 

冷やかに事実を告げてあげると、彼の歯ぎしりの音が聞こえた気がした。

僕は息一つ乱していないけれど、彼はすでに肩で息をしている。

別にそこまで長い間、戦っていたわけじゃない・・・せいぜい、2分程度だ。

 

 

体力が無いのか、あるいはどこか具合でも悪いのかもしれないね。

だけど、そんなことは僕が考慮してあげることじゃない。

 

 

「そろそろ、行くよ」

 

 

告げると同時に、左腕を振るう。

彼が右手に持っている剣が、半ばから切断された。

切り裂いたのはもちろん、『千刃黒曜剣』。

 

 

「キミの仲間の骨でできていると言うその剣が無くなった時が、最後だよ」

「・・・っ!」

 

 

右腕を振るう、彼が左手に持っている剣が、半ばから切断された。

白い骨の刃が、クルクルと回転しながら宙を舞う。

それを交互に3度繰り返した時には、彼の剣の刃は全て失われてしまった。

 

 

それでも、彼は僕に対する抵抗をやめようとはしない。

蹴りを入れ、両腕を振るう。

無数の『千刃黒曜剣』が飛び、僕の蹴りで吹き飛ばされた彼の身体に、黒曜剣が突き刺さって行く。

右胸、左肩、左脇腹、右太腿、左足首・・・。

 

 

「かっ・・・はぁっ!?」

 

 

黒髪の男は壁に縫い付けられると、脱力したように動かなくなった。

アレだけやって動けるとなると、逆にどうかと思うけどね。

彼の身体から、赤い液体が流れ落ちて・・・まるでそれに合わせるように、霧が晴れてきた。

・・・彼の意識の有る無しが、霧の発生条件なのかな。

 

 

「・・・思ったよりも、時間がかかってしまったね」

 

 

2分半って所かな。

頭上を見上げると、意外と近い位置に屋上へと続く穴が開いていた。

早く、アリアの所に戻るとしよう。

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)4(クゥァルトゥム)達に、僕の役目を横取りされるわけにもしかないしね。

 

 

「・・・アイネ・・・」

 

 

不意に掠れるような声が聞こえた気がして、僕は一瞬だけ足を止めた。

だけど、それは一瞬だけで・・・振り向こうともしなかった。

 

 

・・・今、行くよ。

アリア。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・そんな話をして、私に何をしてほしいのですか?」

「助けてほしい」

 

 

アイネさんの話は、簡潔にして明瞭でした。

しかも、聞き間違えようも無い事実として、私の耳に残ります。

アイネさんが私と話したいと言った後の1分間にした話は、たった一つ。

 

 

エリジウム大陸に点在する彼女の同胞を、私に保護してほしいと。

 

 

シレニウムに1つ、ゼフィーリアに1つ、セブレイニアに1つ、グラニクス近郊に2つ、そしてエリジウム大陸域外のフォエニクスに1つ・・・合計6か所の研究所。

それぞれに合わせて数十名・・・彼女の同胞がいるそうです。

まぁ、研究所が一つしかないと言うのも、妙な話かもしれませんが。

ここ5年で新たに作られた物なので、メガロメセンブリアに残されたデータベースにも存在は記載されていない、そんな研究施設。

 

 

「私達は、自力ではカプセルの外に出られません。外に出れば体内に仕込まれた崩壊因子が作動して、短期間で死に至ります・・・カプセルの外で私の同胞が生きれる方法を、貴女に探してほしいのです」

「・・・」

「私達には、彼らを助けることができません」

 

 

・・・まぁ、わからないでもありません。

しかし、だからと言ってどうして私が彼女の同胞を助けなければならないのでしょうか。

 

 

「・・・テロリスト風情の頼みを、何故、私が聞かねばならないのです・・・?」

 

 

ここで彼女の要求を聞くと言うことは、ウェスペルタティア女王がテロリストと対等の立場で話し、かつテロリストの要求を飲んだことになります。

研究所の所在地に帝国の統治領域が含まれる以上、帝国に事情を話さねばなりません。

アリアドネーや他の各国にも、事情を話さなければならないでしょう。

 

 

どう説明するのですか、テロリストに屈しましたと?

できるわけがありません。

 

 

「第一・・・今回の災禍についてはともかく、今回の戦争の原因が貴女達にあると言うことを、自覚しているのですか?」

「エリジウム大陸が新メセンブリーナの支配下にある限り、私達は自由になれませんでした。そして私達には連合を倒せる程の力はありません。今の評議員を皆殺しにしただけでは、代わりの誰かが立つだけで・・・何も変わりません」

 

 

そんな理屈はわかっています。

5年前ならいざ知らず、今の私は理屈だけで動ける程、気軽な立場ではありません。

優しさや同情では、女王と言うお仕事はやれないんです。

何よりも。

 

 

「・・・私の同胞(へいし)を多く死なせるような状況を作った貴女のために、貴女の同胞を救えと?」

 

 

開戦の決断をしたのは私で、王国軍の兵士の死に対して責任を持つのも私です。

将来はともかく、今のウェスペルタティアは専制君主である私に全ての権限が集中しています。

だから、全ての責任は最終的に私が取らねばなりません。

私の命令で戦い、死んで行った私の同胞。

 

 

そんな私が、王国に対してテロを仕掛け、戦争に陥るような状況を作った目の前の少女のために動く?

冗談じゃ、ありません・・・済みません。

そんなことをして、私は今回の戦争の犠牲者にどう顔向けができると言うのでしょうか。

 

 

ああ・・・思い出しました、誰かに似ていると思えば。

5年前、私に王女の責務を押し付けて死んだ、オストラ伯に似ているんですね。

あの人も、時間と手段の欠乏を訴えていたような気がしますが・・・。

・・・だからどうした。

 

 

「アリア!」

 

 

その時、聞き慣れた声が響きました。

気が付けば・・・周囲に立ち込めていた霧が、いつの間にか霧散していました。

それを確認した私は、アイネさんの前から数歩、横に移動します。

 

 

まずエヴァさんが私とアイネさんの間に着地し、次いでフェイトが私の傍に。

茶々丸さんや6(セクストゥム)さん達も、続々と下の階層から上に上がって来ます。

アイネさんは5分と言っていましたが、3分も経っていないでしょう。

 

 

「遅れて、すまない」

「・・・いいえ、ちっとも」

 

 

フェイトの言葉に、軽く返します。

そんな私達を見ていたアイネさんは、ただ一言。

 

 

「・・・羨ましいな・・・」

 

 

とだけ、言いました。

・・・羨ましい・・・?

 

 

タァ・・・ンッ・・・ッ!

 

 

羨ましいと言うのであれば、貴女が自分でやれば良い。

自分で、女王にでも皇帝にでも、なってみせれば良い。

私は・・・正義の味方じゃ無い。

 

 

悪の魔法使いで・・・悪の、女王だ。

 

 

 

 

 

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

乾いた音と共に、肩のあたりに衝撃を感じました。

衝撃自体は重い物では無く、むしろ呆れる程の軽さ。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

口から漏れたのは、言葉では無く吐息。

もはや私の身体には感覚が残っていないので、特に痛みは覚えません。

自分の身体の感覚が自分の意思の下に無いことを、こんな場面で確認することになるなんて。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

右肩に続いて、右足の太腿を撃ち抜かれます。

ぷしっ・・・と血が噴き出し、私はその場に膝をつきます。

見た目は鋭く、派手な負傷に見えますが、その実、出血量は少ないのです。

 

 

理由は二つ、第一に重要な血管や臓器を傷付けずに撃ち抜かれていること。

第二に、弾丸自体に火属性の効果が付与されており、傷が焼かれて塞がっていること。

狙撃。

それも、人間離れした驚異的な狙撃。

視線だけ動かして、かなり離れた位置にある、右斜め前方に残るビルを見ます。

そこに、一瞬だけ何かが煌めいた気がしました。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

左足のふくらはぎを撃ち抜かれて、私はその場に座り込むような体勢にならざるを得ませんでした。

顔を上げると、私はまるでオリジナルに跪いているかのよう。

いえ、跪くのは構わない。

だけど。

 

 

「・・・見捨てないで・・・」

 

 

慈悲を請うように、手を伸ばします。

オリジナルの臣下が、3分と待たずに全て戻って来たということは、私の仲間は全て敗れたと言うこと。

いえ、敗れることはわかっていました。

私達の目的は、3つ。

 

 

第一に、新メセンブリーナの崩壊、これは復讐。

第二に、カプセルで眠る同胞の助命、これは共感。

第三に、上記の2つの条件を私達の寿命の内に満たすこと。

 

 

私達には、時間と手段が無かった。

第一と第二の、いずれか一つだけを取ることはできなかった。

他の仲間には、疑似的な感情はあっても自我がありません。

同胞を救うと言っても、理解はできないでしょう。

一方で私には自我があっても、エリジウムの外に移動できない制約がある。

 

 

でもそれは、私達の・・・私の都合。

だから言わない、だから私は、ただオリジナルにこう言う。

私達以外の同胞を。

 

 

「見捨てないで」

 

 

それに対して、オリジナルは。

 

 

「私が慈悲をかける相手は、私の家族と仲間と友人と・・・民だけです」

 

 

そして、砂時計の砂が落ち切ったように。

 

 

「私は、正義の味方ではありませんから」

「・・・」

 

 

私は、微笑みを浮かべます。

助けてくれる条件を、オリジナルが言ったから。

そして私達「Ⅰ」は、どうしようも無く卑劣で弱小な私達は、その中には入らない。

た・・・。

 

 

自分の物では無い鼓動の音が、身体の中から聞こえました。

 

 

そして、私の時間が終わります。

そこから先の時間は、私にはどうすることもできません。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

確か、アイネとか言う名前だったかな、興味は無いけれど。

まさに今、自分の狙撃によって右肩を撃ち抜いた少女の姿を視界に収めながら、そんなことを考える。

私は自分が狙撃する相手に、感情移入するような真似はしない。

何を思っていようと、何を求めていようと・・・知らないね。

 

 

ただ、狙い撃つだけだ。

冷静に、冷徹に・・・事態も状況も関係無く、自分の役目を遂行するだけ。

霧が晴れた次の瞬間には、引き金を引いていた。

アリア先生も数歩移動して・・・私の狙撃のスペースを確保してくれていた。

了解したよ、女王陛下。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

2発目で、右足を撃ち抜く。

アイネとか言うテロリストの頭目が、膝を吐く。

しかし、殺してしまうような真似はしない。

 

 

「頭をトマトのようにしてやった方が、楽なんだけどね」

 

 

そう呟きつつ、私はスコープから左眼を離さない。

何百m離れていようとも、私の眼からは逃れられない。

 

 

使用している銃はオートマチック型狙撃銃の『WA-2000』、ブルパップ方式のレイアウト、バイポッドが銃身の上のフレームに繋がって銃身をぶら下げる構造になっている。

まぁ、独特のシルエットと言えるのかな。

世界に76丁しか存在しない、貴重な狙撃銃さ・・・アリア先生は本当に金払いが良くて助かる。

傭兵冥利に尽きるよ。

 

 

ちなみに、使用している銃弾は狙撃用大口径弾の『300 WIN MAGNUM』。

弾頭内に呪物を封入しいて、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』相当の弾を撃てる。

射程距離? 見ての通りさ。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

3発目、崩れかけたアイネとか言う少女の左足を撃ち抜く。

これだけやれば、死なない範囲で無力化はできたと思う。

何か手を伸ばしているけど、興味が無いな。

 

 

スコープから目を離さないまま、狙撃した対象の様子を観察する。

何か妙な動きをすれば、また撃つことになるけど・・・。

 

 

「・・・うん?」

 

 

ふと、左眼の魔眼に妙な感覚が走った。

感覚と言うより・・・いや、それ以前に。

 

 

アイネとか言う少女の様子が、どこかおかしい気がする。

見た目には、特に変化が無いようにも見えるが。

だけど私の魔眼は、その変化を確実に捉えている。

アレは・・・。

 

 

「・・・おいおい・・・」

 

 

勘弁してくれよ・・・どこかのB級映画じゃないんだ。

身体の中に・・・何を飼っていたんだか・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

幸いと言うか、何と言うか。

ここには、多少のグロい現場を見ても騒ぐような初心な素人はいない。

とは言え、だからと言って平然としていられるかと言うと、また別問題だが。

 

 

「・・・こふっ・・・」

 

 

空気が漏れる音と共に、アイネとか言う小娘の口から一握り程の量の血が溢れ出る。

もちろん、真名の狙撃で致命傷を負ったわけじゃない。

と言うよりも、私の吸血鬼としての嗅覚が告げている。

 

 

この娘は、すでに死人だ。

 

 

先程まで確かに生きていたのに、物の数秒で死人の匂いを放つようになった。

生物学上、あり得ないことだ。

だが旧世界でのコイツの仲間は、力尽きる時に砂になって消えたと聞く。

私がさっき倒した奴も、同じように砂になって消えた。

オスティアで4番目の小僧が倒した奴も、同じだと聞いている。

つまりコイツらが死ぬ際には、突然死、と言う形を取ると言うことか。

 

 

「・・・悪趣味だね」

 

 

そう言って、若造(フェイト)がアリアの視界を遮るように前に出て、私の横に立つ。

まぁ、否定はしないが・・・視線を、前に戻す。

 

 

腕。

小娘の右肩の傷口から、腕が一本、突き出ていた。

小娘自身はすでに死んでいるから、悲鳴を上げたりはしない。

それだけが、まぁ、救いのような気もする。

 

 

「・・・ウフフ・・・」

 

 

その時、死んでいるはずの小娘の口から、かすかな笑い声が漏れた。

だが、小娘の声では無い。

 

 

ドプッ・・・と、小娘の下腹部が裂けて肉が飛び散り、血が溢れ出る。

内臓の欠片のような物がビチャビチャと音を立てて床に落ちる様は、なかなかにグロいな。

ブチブチと音を立てて、小娘の右肩から突き出ていた白くて細い手が、肉と骨を裂き、折りながら腹部へと移動する。

そして、小娘の身体が弓なりにのけ反った、次の瞬間。

 

 

腹部からもう一本の腕が飛び出し、小娘の腹を引き裂いた。

 

 

両手で肉を掴み、両側に引き千切って。

血と肉と、内臓と体液を撒き散らしながら、小娘の身体が捨てられた抜け殻のように力無く、その場に倒れる。

・・・まぁ、アレが「身体」と言えるかは、微妙だがな。

 

 

「・・・ウフフ・・・」

 

 

その小さな笑い声は、今度は小娘の口から漏れた物では無い。

小娘はもう、何も言わないし願わない。

笑い声を漏らしているのは、別の存在だ。

 

 

「・・・初めマシて、と申し上げルベきでショうか・・・」

 

 

小娘の血を服のように纏いながら、小柄な10歳程度の娘がその場に立っている。

血に染まった白い肌には、無数の黒い紋様が刻まれている。

床にまで伸びた黒髪には血肉がこびり付き、血色の瞳を妖しげに輝かせながら。

どこかで見た覚えのあるその娘は、一ヵ所だけ以前とは異なる点がある。

 

 

「私は、エルザ・・・」

 

 

右眼の色が、深い蒼に変わっている。

・・・アリアの瞳と、同じ色だ。

 

 

「エルザ・アーウェルンクス・『エンテオフュシア』」

 

 

・・・気に入らんな。

死にぞこないの、雑魚が。

 

 

 

 

 

Side エルザ・アーウェルンクス・「エンテオフュシア」

 

新しい身体は、ことのほか使い勝手が良いようです。

5年前にお父様と一つになってからの記憶がありませんが、A-00――――アイネとか名乗っていたらしいですが―――の特異な能力によって、再生は上手くいきました。

 

 

A-00の脳に刻まれていた記憶から、大方の予測はできています。

私の「核」・・・お父様の心臓と融合した「核」を、食べたのですね。

そしてその瞬間から、A-00は私のお人形。

随分と抵抗したようですけれど、まぁ、無益なことでしたね。

私とお父様の睦言に混ざれたのですから、感謝すれば良いのに。

 

 

「うン・・・んっ、んんっ・・・うん、外の空気は良いですね」

 

 

言語野の調子がズレていましたが、何とか修正。

久しぶりに意味のある言語を話しましたから、本調子では無かったのでしょう。

 

 

ああ・・・それにしても、お父様と一つになったあの瞬間は、とても良かった。

衝動のままに抱き抱かれ、肌と肉を合わせて喰らい喰らわれ、愛のままに繋がり合う。

痛みと快楽と、そしてそれを超える混濁した意識の中で。

私の嬌声とお父様の悲鳴が重なる瞬間を、私は今でも覚えています。

と言うより、今も・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

目前に居並ぶ人達が、息を飲む音が聞こえます。

視線の先には、剥き出しの私の腹部。

そこはまるで生きているように・・・ボコボコと動き、人の顔のような物が浮かび上がりました。

 

 

「んふっ・・・」

 

 

私が唇の端を舌で舐めると、鉄の味がします。

指先で撫でてあげると、その顔・・・お父様は大人しくなって、私の中へ戻りました。

・・・可愛いお方・・・。

 

 

しかし、それにしても・・・と、私は目の前にいる人達を眺めやります。

・・・A-00も、存外と役に立ちませんでしたね。

 

 

「街ごと燃やせば、皆殺しにできると思ったんですけどね・・・わざわざ5年前の面子が揃うように計画してあげたのに・・・」

「・・・どう言うことですか?」

 

 

銀髪の小娘が何か気に障ったような口ぶりですが、知ったことではありませんね。

本当に役に立たない・・・偽物の自我を与えて、自分の行動を自分の考えだと錯覚させたせいでしょうか?

お父様を放ってこの世の春を謳歌していた議員は、皆殺しにしてくれたのですが。

まさか、同胞を助けたいなどと思うようになるとは。

自我を与えずに、私が直接A-00の行動を操作した方が確実でしたか。

 

 

お父様のことを忘れて存在する連合が崩壊するのは良いとしても、それ以外に殺しはしないし。

何のためにオスティアに刺客を送りこませたのか、わかりゃしない・・・。

あの銀髪の小娘を、殺すためでしょうに。

グラニクスの地下のアレについては、完成しているとは思いませんでしたが。

まぁ、良いですね、だってお父様の愛が欲しいのですから。

 

 

私がお父様に愛されるためなら、千や万の人間が死のうがどうでも良いです。

重要なのは、お父様の愛。

それ以外は、ゴミだ。

 

 

「まぁ、良いですか・・・街の一つや二つ、次は上手く殺せるでしょう」

 

 

とりあえず、そう納得することにします。

今は、新しい身体の具合を・・・。

 

 

「一つだけ問います」

 

 

銀髪の小娘が、何かを言っています。

 

 

「今回の件の原因は、貴女ですか?」

「いいえ、違います」

 

 

お父様に中身を掻き回される感触に内心、悶えつつ・・・答えてあげます。

何もわかっていない、無知で本当の愛を知らない銀髪の小娘に。

 

 

「全ては、私とお父様の愛の結果です」

 

 

そう、コレは私とお父様が愛し合った結果。

あまりにも激しい営みに、周囲が勝手に錯乱して連鎖しただけ。

だと言うのに。

 

 

「・・・そうですか」

 

 

静かな口ぶりとは裏腹に、銀髪の小娘の両の瞳が紅く輝いていました。

・・・わかっていませんね。

愛こそが、全てだと言うのに。

 

 

これだから、お父様の愛を理解できない俗物は。

 

 

 

 

 

Side アリア・アナスタシア・<エンテオフュシア>

 

原因になった人間が誰かなどと言うのは、結局のところはどうでも良い話です。

誰が原因であろうと、結果は変わりませんから。

それに、ようするに・・・。

 

 

「5年前の宿題のやり残しだったと、そう言うわけだな」

 

 

エヴァさんの言葉に、頷きを返します。

今回の件は、5年前に留保した―――5年前にはその力が無かった―――ことの、清算のためのことだったと。

そう言うことでしょう。

 

 

旧メガロメセンブリア元老院・・・現新メセンブリーナ連合評議会。

旧元老院が残した負の遺産・・・「Ⅰ」と研究所。

それと、ネギ・・・。

そして今、私の目の前にいる・・・エルザ。

今や私と同じ姓を名乗っている、フェイトの姉に当たる人物。

 

 

「・・・元教師として、宿題忘れをするわけにはいきませんね」

「わかった・・・まぁ、任せておけ」

 

 

チャキッ、と支援魔導機械(デバイス)を構えて、エヴァさんが前に出ました。

 

 

「そもそも、アレは私が仕留め損ねたわけだからな」

「ふん・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)ですか」

「うん? 逃げなくて良いのか、逃がすつもりは無いが・・・5年前と同じような無様を晒したいようだな」

「・・・・・・あの時と同じだとは思わないことですね」

 

 

エルザさんの身体中の紋様が輝き、周囲の精霊がザワめくのが『複写眼(アルファ・スティグマ)』に映っています。

アレは・・・。

 

 

「元々、この紋様・・・<呪紋>は、魔法の使えない環境下で魔法を使うために設計された物。故に私は、今のこの世界でも・・・魔法を使える!」

 

 

紋様・・・<呪紋>に刻まれた力は、火属性の魔法。

脳裏に浮かぶのは、未来から来た私の生徒。

言ってしまえば、彼女は自分の身体を支援魔導機械(デバイス)に改造していたとも言えます。

 

 

「『紅き焰(フラグランテイア・ルビカンス)』」

 

 

放たれたそれは、久しぶりに見る魔法の炎。

分厚い柱のようなそれが、私めがけて放たれました。

しかし、やはり5年前ほどの威力は無い。

加えて私には、『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』があります。

そう思い、腕を伸ばすと・・・。

 

 

その一撃が私に届く前に、弾き消されてしまいました。

バシンッ・・・とそれを弾いたのは。

 

 

「ふん・・・欠陥品が」

「女王陛下(あねうえ)に手を出すのなら・・・実力で排除する」

 

 

クゥァルトゥムさんと、クゥィントゥムさんでした。

お互いの片手を重ねるようにして、エルザの攻撃を撃ち消したようです。

赤い指輪と黒いチョーカー、2人の支援魔導機械(デバイス)がかすかに輝いています。

それに対して、エルザは舌打ち一つ。

 

 

「・・・悪いけど」

「ひゃ?」

 

 

ぐっ・・・と私の肩を抱くようにしながら、フェイトが言います。

私の周囲に、十数本の黒い剣が浮かび上がっています。

 

 

「アリアは、キミに構っていられる程、暇じゃ無いんだ」

「珍しく意見が合ったな、若造(フェイト)・・・女王が出る幕じゃ無い」

 

 

エヴァさんは機嫌良さそうに笑った後、右手の支援魔導機械(デバイス)を一振りして。

 

 

「さて、ゴミ掃除と行こうか、小僧共」

 

 

そう、言いました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

アリアの肩を抱いたまま、僕自身は動かない。

さっきのようなことにならないとも限らないから、傍にいることにしよう。

服を来ていない女性と戦うのは、遠慮したい所だしね。

 

 

「あの・・・」

「何?」

「・・・別に」

「そう」

 

 

そんな短い会話をする間にも、目前の状況は動いている。

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が主に相手をしているのだけど、4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)も戦闘に参加している。

それと・・・。

 

 

「通しません」

 

 

僕達の前に立って、6(セクストゥム)が戦闘の余波を防いでいる。

後方は茶々丸と田中で固められて、遠距離からは龍宮真名が目を光らせている。

・・・思うに、この世界でアリアほど守りの固い存在はいないんじゃないかな。

 

 

それと、どう言う理屈かは知らないけれど、あのエルザ・・・元2番目。

生まれ落ちたばかりのあの存在は、どうも調子が悪いらしいね。

それとも、アレが全力なのかな。

 

 

「こ・・・っ!」

 

 

チョーカー型の支援魔導機械(デバイス)・・・『頭の中の小さき人(ホムルスインセレブロ)』を使用している5(クゥィントゥム)の動きに、元2番目(エルザ)はついていけないみたいだ。

頭の中の小さき人(ホムルスインセレブロ)』は雷化には及ばない物の、ある程度の身体強化・思考加速を行うことができる。

 

 

5(クゥィントゥム)元2番目(エルザ)の頭に右足の踵を叩きつけて、直後には下に回り込んで顎を左肘で打ち上げる。

普通の人間なら、それで意識が飛んでいるだろう。

 

 

「・・・のっ!!」

 

 

元2番目(エルザ)は右腕に火属性の魔法の矢を纏わせると、それを5(クゥィントゥム)目がけて振り下ろす。

だが、それは4(クゥァルトゥム)が止める。

炎を纏った腕を掴み・・・逆に、その炎を奪っている。

やはり、以前ほどの威力のある魔法は使えない、か。

 

 

「あの赤い髪の女が、似たようなことをするんでね」

「何を・・・っ!?」

「だから・・・殴り方も用意しているよ。次に会ったら、躾けてやりたいんで・・・ね!」

 

 

右手の指輪が砕けると同時に、4(クゥァルトゥム)元2番目(エルザ)の顔面を殴り飛ばした。

上半身をのけ反らせて、元2番目(エルザ)が吹き飛ばされる。

・・・結果として、4(クゥァルトゥム)は支援魔導機械(デバイス)を壊したけどね。

アーニャを躾ける前に、セリオナに躾けられることだろうね。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

ズンッ・・・と、吸血鬼の右膝が、私の腹部を打ちます。

かふっ・・・と、口から息が漏れる。

 

 

「な、何故・・・!?」

 

 

髪を掴まれ、今度は左膝が顔を打つ。

それから背後に回り込めて打ち上げられ、浮き上った所を、さらに前に回り込んだ吸血鬼が拳を打ち込んできます。

何故・・・魔法が。

 

 

「魔法が、使えないのに・・・私は使える、なのに何故!」

「何だ、お前も魔法の有無が勝敗に直結すると思うタイプか? 俗物だな」

 

 

せせら笑うかのようなその口調が、酷く勘に障ります。

5年前も、そうでした。

だが、5年前に比べて魔法が使えない分、弱体化しているはずなのに。

だと、言うのに・・・!

 

 

「お前の力は、弱くなっているはずなのに・・・何故だ!?」

「貴様が強くなっていないからだろ」

 

 

冷たく言い放って、吸血鬼が右腕を振り下ろします。

奇妙なガントレットの先から生まれた何かが、左肩に叩きつけられました。

 

 

私の左腕が、宙を舞った。

 

 

くるくると回転し、そして空中で砂になって消えたそれを、私は凝視します。

砂になって、消える・・・畜生、本物の人間の肉じゃないから。

 

 

「ふん・・・核を壊さなければならないのかと思ったが、そうでも無いらしいな」

 

 

どこか愉快そうに、吸血鬼が笑う。

ゾクンッ・・・背筋に寒い物を感じて、私はこの広い軍施設の屋上の端―――吸血鬼達がいるのとは反対の―――にまで、下がります。

斬られた左腕の傷口からは、血も流れない。

その代わり・・・ボコボコと肉が動いたかと思うと、次第に腕の形に変わり・・・再生しました。

 

 

それに、私は狂気しました。

やはり私は、お父様に愛されているのです・・・!

 

 

「何だ、やはり核を潰さねばならないのか」

「ふ、ふふ・・・うふふ・・・」

 

 

どうやらこの状況では、銀髪の小娘を殺すのは無理そうですね。

お父様の願い、この場では叶えられないようです。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リル・マギステル・・・」

 

 

口の中で<呪紋>コードを呟くと、私の身体の紋様が輝きを強めます。

・・・仕方がありません、逃げるとしましょう。

 

 

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネート・モイ・)炎の覇王(ホ・テユラネ・フロゴス)来れ(エピゲネーテートー)浄化の炎(フロクス・カタルセオース)燃え盛る(フロギネー・オンファイア)ほとばしれよ(レウサントーン)ソドムを焼きし(ピュール・カイテイオン)火と硫黄(ハ・エペフレゴン・ソドマ)罪ありし者を(ハマルトートウス)死の塵に(エイス・クーン・タナトゥ)―――――。

 

 

魔法を完成させて顔を上げると、吸血鬼達も私の意図に気付いたようですが、もう遅い。

・・・楽しかったですよ?

 

 

「『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』」

 

 

5年前に比べれば威力は劣るのは仕方が無いにしても、炎熱系最大の爆発力を誇るこの魔法。

これで奴らごと軍施設を破壊し、その間に逃げさせて頂きます。

後は、適当な人間を襲って服でも金でも奪えば良い・・・。

 

 

ガシュンッ!

 

 

・・・はず、が。

発動しかけた魔法が、突然、掻き消されてしまいました。

爆発は起こりましたが、炎が拡散せずに散ってしまったのです。

不完全燃焼でも起こしたように、煙だけが周囲に充満して・・・ザンッ、と私の前に現れたのは。

左眼を紅く輝かせた、銀髪の小娘――――――。

 

 

「『全てを喰らい―――』」

「き・・・!」

「『―――そして、放つ』」

 

 

顎の骨が砕かれました。

下から跳ね上げられた銀髪の小娘の左足が、私を打ち上げて・・・く・・・っ!

止むを得ません、このまま逃走を図・・・!?

 

 

とんっ、と着地したそこは、変わらず銀髪の小娘の前。

数mは移動したはずなのに、どう言うわけで・・・周囲には煙が、いえ、これは・・・。

 

 

『霧』?

 

 

と、逃走できな・・・そんな!?

次の瞬間、黒い剣が私の両腕を斬り飛ばしました。

銀髪の小娘の腰を抱くように引き寄せているのは、どこか憮然としている3(テルティウム)

そして。

 

 

ズン・・・!

 

 

鈍い音を立てて、私の胸に腕を突き刺したのは、金髪の吸血鬼。

ま、な・・・ま・・・やめえええええええええぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「これが、核か・・・悪趣味だな」

 

 

エヴァさんが持っているそれは、とても気持ちの悪い肉の塊でした。

エルザの胸から引き摺りだしたそれは、一見、赤い宝石のようにも見えます。

ですが・・・血管が浮き出て、しかも人間の顔―――少女と中年の男性の顔―――が浮かんでは消えて行くそれは、とても宝石とは思えません。

 

 

エヴァさんは興味も無いようで、バチュッ、と嫌な音を立てて、それを握り潰しました。

すると、床に倒れていたエルザさんの身体が、砂になって風に吹かれて・・・消えます。

ヒリヒリと痛む右手を軽く擦りつつ、私はそれを静かに見つめています。

本当は、5年前にこうしておくべきだったのでしょうけどね・・・。

 

 

・・・そう言えば、アーウェルンクスシリーズの核を見るのは初めてですね。

フェイトのは、どんなのですかね・・・などと思っていると、不意に右手を取られました。

 

 

「アリア」

「は、はい・・・?」

 

 

あ、あれ?

フェイト、何故かご機嫌ナナメ・・・っぽくないですか?

な、何で?

 

 

フェイトは、私の右手をじっと見つめています。

掌が若干、赤くなっています・・・まぁ、一回焼けたんですけど。

・・・どうでも良いですが、腰を抱きながら手を掴まないでくれます・・・?

 

 

「・・・火傷」

「え、あ・・・大丈夫ですよ、魔眼で再生もしましたし・・・」

「いや、そう言う問題じゃないだろ」

 

 

え、エヴァさんまでもが、咎めるような目で私を見ています。

いや、でも、『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』を防ぐ手段が他に思いつかなくて。

ここであんな威力の魔法を発動させたら、凄いことに・・・この軍施設周辺には、少なくない人数がいるのですから。

 

 

「だからって、お前なぁ・・・大体、火傷が残るってことは、身体に凄い圧力がかかったはずだろうが、どうやって防いだ?」

「え、ああ、それはたぶん・・・」

 

 

その時、私の片耳からイヤリングが床に落ちました。

宝石部分が割れたそれは、魔法障壁に特化した支援魔導機械(デバイス)。

フェイトからの、贈り物。

 

 

「コレが・・・守ってくれましたから」

 

 

にこっ、と笑いながらそう言うと、フェイトは私をじっと見つめて、エヴァさんは呆れたような表情を浮かべました。

何と言うか、「コイツ、本当にどうしてやろうか・・・」と考えているような顔です。

 

 

「アリア」

「はい?」

「後で覚えていろよ?」

 

 

・・・エヴァさんはいったい、私をどうするつもりなのでしょう。

そしてフェイトは、いつになったら私を離してくれるのでしょう。

 

 

「キミを離すと心臓に・・・核に悪いと言うことがわかった」

「それは否定せんが・・・なぁ、若造(フェイト)、私と代われ」

「断固拒否する」

 

 

・・・そうですか。

 

 

「・・・で、アレはどうする?」

 

 

エヴァさんが指差した先には・・・アイネさんだったモノ。

・・・別にどうもしませんよ。

 

 

「アイネさんのお願いを聞くのは、無理ですよ」

 

 

女王がテロリストの要求を飲むことは、できませんから。

でも、王国側の自発的な調査で王国の信託統治領内でそうした研究施設が見つかるかもしれませんね。

そして、そこに王国の信託統治領外の研究施設の情報があるかもしれません。

その場合は・・・別ですけど。

 

 

ふと、柔らかな感触を右手に感じました。

見てみると・・・フェイトが、赤く腫れている私の掌に、フェイトが軽く口付けていました。

私と視線が合うと・・・。

 

 

「帰ろうか」

「・・・はい」

 

 

・・・帰りましょう。

私達の国に。

 




エヴァンジェリン:
うむ、私だ。
量はあるが質は無い・・・今回の話はそんな感じだったな。
アリアはどうだか知らんが、私は「Ⅰ」が何をしたかったのか、良くわからん。
S-06とか言う奴以外は、全滅したしな・・・。
そのS-06も、6番目の小娘が凍らせたわけだし。
・・・まぁ、5年前に始末し損ねた奴を消せたから、とりあえず良しとすべきか。


今回初登場のアイテム等は、以下の通りだ。
・「頭の中の小さき人」:まーながるむ様提供だ。
・「300 WIN MAGNUM」「WA-2000」:伸様提供だ。
・「魔導剣・ワンオフ」:アイン様提供だ。
・「双水晶のペンダント」:フィー様提供だ。
ありがとう。


エヴァンジェリン:
次回は、戦後どうなったのかの話だな。
時間的には、2週間~3週間後の話になるのかな。
「Ⅰ」や連合の処理などが描かれるだろう。
あと、「完全なる世界」と・・・ぼーや。
では、またな。


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第3部第14話「始末と準備と、お約束」

Side クルト

 

その時、私は完璧な笑顔を浮かべていたと確信しています。

宰相府の執務室の机の上で、通信画面を前にしながら。

 

 

「それでは、当日はお願いしますね」

『いや・・・まぁ、ここまで来て渋ったりはしねぇけどよ』

「お願いしますね?」

『いや、まぁ・・・ああ、わかったよ』

「よしなに」

 

 

通信相手、メガロメセンブリアのリカードの引き攣ったような顔を見ながら、私は通信を切りました。

まぁ、正直、この5年はリカードの引き攣って無い顔を見たことが無いですがね。

・・・流石に言いすぎですかね。

 

 

まぁ、いずれにせよ、いよいよ来月です。

アリア様の結婚式において、未だに漠然としているアリア様の出生について公表します。

すなわち、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの真実を公表する。

とは言え、アリカ様は政治の表舞台に戻られる意思は無いですし、それも同時に公表します。

この件を政治的に利用させない環境を作るために、5年かかりましたが・・・。

 

 

・・・25年か。

いろいろあったな・・・と思うのは、どうにも年をとった感がしますね。

近衛近右衛門・・・あの老人の協力のおかげで、新メセンブリーナは正式に解体。

アリカ様の真実を公表する環境は、完璧に整ったと言えます。

合法的かつスムーズに信託統治も開始できましたし・・・あの老人自身は辺境で開拓使でもさせれば良いでしょう。

 

 

「失礼致します、宰相閣下」

 

 

私が椅子に深く座り感慨深い想いに浸っていると、一人の少女が執務室に入って来ました。

入って来たのは、赤に近い茶色の髪をした10代の少女。

名前は、ヘレン・キルマノックさん。

 

 

オスティア王立ネロォカスラプティース女学院の制服を着た彼女は、私に一礼した後、手元の書類の束を見つつ、私に報告を始めます。

 

 

「ええと・・・来年の女王陛下の結婚式の招待状の件ですが」

「ああ、終わりましたか?」

「はい、3日以内に魔法世界各所の招待客の手元に届く予定です。結婚式、午餐会、晩餐会に舞踏会に関する物をそれぞれに・・・」

 

 

彼女は元々、法務官候補として宰相府に来ていたのですが、少しばかり手回しして私の下級秘書官の仕事も体験させてみたのです。

・・・これがなかなか、独創性に欠けますが、誠実で真面目に仕事に取り組む良い官吏です。

まぁ、私の後継者としては性格が良すぎますが・・・後釜を作るのも大事な仕事ですし。

 

 

アリア様の学友と言うことで、少し試してみたのですが。

まぁ、それなりの掘り出し物ですかね・・・まずは法務省次官でも目指させて見ますか。

無論、本人の意思と適正次第ですがね。

 

 

「・・・宰相閣下?」

「ああ、いえいえ、ご苦労様でした。下がって構いませんよ」

「はい、それでは失礼致します」

 

 

きっちりと礼をして出て行く少女の後ろ姿を見送りながら、私は来年1月の結婚式について考え始めました。

結婚式に招待するのは、各国要人や慈善活動家、その他著名人、王国要人や貴族、アリア様の家族や友人など2000人。

午餐会や晩餐会、舞踏会の準備もせねばなりませんし・・・忙しくなりそうですね。

 

 

まぁ、私よりは初代の宮内尚書の方が忙しいでしょうけど。

いやぁ、楽しみですねぇ・・・と、綺麗なお話はそこそこに。

 

 

「・・・研究施設ですか」

 

 

どうもアリア様のお話では、「Ⅰ」が脱走したのと同種の研究施設があと6つはあるのだとか。

人道的見地からすれば、研究所を摘発して救出すべきでしょうね。

私も鬼ではありませんし、そう言った者を救うのも私の役目と言えなくも無くもありませんしね。

 

 

政治的見地からすれば、闇に葬るべきですね。

 

 

ウェスペルタティア王家の遺骸から造られた人形とは言え、血は血ですから。

まさか王位を要求するような馬鹿はいないでしょうが、利用する人間はいるかもしれない。

ならば、そのリスクは最初から排除すべきでしょう。

見つけ次第、被験体ごと破壊すべきでしょう。

アリア様とアリカ様のためにも、その方が後腐れが無くて良い・・・。

 

 

「まぁ、それは今後の調査次第ですから、まずは足元から・・・ネギ君から、処理しましょう」

 

 

では、午後はアリア様の下へ向かいましょうか。

裁判自体は2年後ですが、実は結論は出ているのでね。

アリア様のサインを頂かなくては。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

浮遊宮殿都市、『フロートテンプル』。

エリジウム大陸のインフラ整備や食糧生産などの復興支援を除けば、現在、工部省が取り組んでいる最大の事業はコレだろうな。

 

 

「とは言え、まだ2年はかかりそうだけどな」

「でもこれだけ予算と人員を使ってる事業、そんなに無いですよねー」

 

 

再浮上した旧オスティアの浮き島のいくつかを使用した群島都市でもあり、定住人口としては約10万人を想定している。

現在は居住区と商業区に学校区、そして都市エネルギーを賄うための動力・重化学工業区などの都市エリアを建設中だ。

加えて、中央の最大規模の浮き島には『フロートテンプル』の中枢である『ミラージュ・パレス』が建設中だ。

なお、完成後には各所にロボットが配置されて都市の保全管理・治安維持などを行う予定だ。

 

 

宮殿都市の中枢である『ミラージュ・パレス』は、王国の中枢でもある。

王宮、王国陸軍及び王国艦隊司令部、近衛騎士団本部、親衛隊本部、王国傭兵隊詰め所、王国議会議事堂、官公庁などが建設中、まさに国家の心臓部だな。

 

 

「アーシェ、良く撮っておけよ。来週の中間報告に使うからな」

「あいあーいっと」

 

 

この『ミラージュ・パレス』には、七つの塔が建設される予定だ。

朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)は『フロート・テンプル』最大の塔で、頂上付近に玉座が設置される他、アリアの私室などが置かれる予定。

その他、輝きの塔(グライス・タワー)青の塔(ブラウ・タワー)始祖の塔(アマテル・タワー)晴れの塔(ヘル・タワー)白の塔(ヴァイス・タワー)などがそれぞれ建設される。

そして第7の塔、魔の塔(デモンズ・タワー)。ここは・・・。

 

 

・・・どうでも良いが、私の好きなRPGで言うと、塔ごとに守護者とかいそうだよな。

その内、晴れの守護者とか白の守護者とか登場するんだろうか。

・・・無いな、うん。

 

 

「まぁ、そうは言ってもアレですよね」

「何がだ?」

 

 

工事の現場を視察して回っている私についてきながら、アーシェが周囲の光景をカメラに収めている。

20代後半にしては小柄なこの宰相府広報部王室専門室副室長は、やけに嬉しそうに再浮上した旧オスティアをカメラに収めている。

・・・まぁ、「千塔の都」の復興がコイツの夢らしいからな、嬉しいのだろう。

 

 

「何と言っても、今は結婚式場の建設ですよね! いや、楽しみだな~・・・って、どうしたんですか尚書、耳を塞いでそっぽを向いて・・・現実逃避?」

「やかましい、仕事しろ! カメラのレンズを叩き割るぞ!」

「ひぃっ!? この子(カメラ)だけは!?」

 

 

くっそ・・・そうだった、失念していた。

王宮と言うことは、私はアリアと若造(フェイト)の新居を作ってるってことじゃないか!

何だそれ!? いっそのこと王宮内で別居させてやろうか!?

・・・ダメだ、茶々丸が毎日のように私の夕食にニンニクを混ぜる様しか想像できん。

 

 

だが、断じて認めんぞ、若造(フェイト)との結婚など・・・まだ16だぞ!?

もう少し一緒にいた・・・ではなく、早すぎる! あと4年待つべきだ!

・・・いや、4年後でも何年後でもダメだ!

 

 

だが、この場では言えない、何故なら私はアリアの任命した閣僚の一人だからだ。

そんな私が、公的な場で女王の結婚に反対するのは不味い。

よって。

 

 

私的な場で、言うことにする!!

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

「こぉんのぉぶぅうぁかもんがああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

この2週間ですっかり聞き慣れてしまった感のある怒鳴り声に、私はビクッ、と身体を竦ませる。

先週までは怒鳴り声と一緒に杖の先が飛んで来ていたから、ある意味で少しは手加減されているのかもしれないけれど・・・。

 

 

「で、でも、スタンさん」

「でもも何も杓子もあるか、この、バカもんがっ!!」

 

 

蔵の果実酒の出来を確かめていたスタンさんが、作業の手を止めて怒鳴る。

苺と氷砂糖が詰められた、たくさんの保存瓶が棚に並べれている。

たぶん、苺の果実酒を作ってるんだと思うけど・・・。

 

 

私は今、旧オスティアの外れの浮き島の一つに再建された村に引き取られているの。

グラニクスがあんなコトになってしまって、アリアが部下の人に頼んで私をここまで運んでくれたの。

そのことには、感謝してる。

・・・どうしてか、会ってはくれないけれど。

それに、女王様だなんて・・・まだ子供なのに、そんな大変なコトを。

 

 

「本人が納得してやっとるんじゃから、放っておけば良いんじゃ」

「でも・・・」

「いつまでも、お前の妹分ではおれんのじゃ! いい加減にわからんか、戯けが!」

 

 

怒鳴り声に、また身を竦ませる。

 

 

「まったく、毎日毎日よくも飽きもせずにアリアがネギがと・・・お前も少しは働かんか、今月末には納入せねばならんと言うに」

 

 

ブツブツと文句を言いながら、スタンさんは蔵から出て行った。

慌てて追いかけると、目の前に村の光景が広がる。

ウェールズの村とは雰囲気が違う、けれどどこか同じような光景。

 

 

雰囲気が違うのは、きっと、襲われる心配が無いから・・・。

忙しそうに村の中を駆け回る男の人や、母親の手伝いをする子供。

何となく苺の香りが漂う、のどかな村。

 

 

「でも、スタンさん・・・ネギだって・・・」

「・・・」

「そんな時に、結婚式の準備だなんて、そんな」

「・・・以前は、逆じゃったろうが」

「え?」

 

 

逆?

何のこと・・・?

 

 

「でも、スタンさんだってネギに会ったでしょう? あんなに元気が無いのに・・・それにアリアが。私、心配で・・・」

「ネギも、いつまでもお前の弟分では無いわ」

「え・・・」

「アリアがお前を咎めずに村に戻した訳を、良く考えるんじゃな」

 

 

ふんっ、と鼻を鳴らして、スタンさんは私を置いて歩いて行った。

その場に立ち止った私だけが、取り残される。

5日前、スタンさんはネギに会った。

正直、助けてくれるかもと思っていたけど、そんなことは無くて・・・。

 

 

のどかさんや、タカミチさんもいなくて。

私、どうすれば良いか・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

私は今、極めて厳しい状況に置かれています。

まさに自分との戦い、超とハカセに与えられた自身の性能の限界への挑戦。

しかし私は、敗れるわけにも挫けるわけにもいきません。

私が敗れたら・・・。

 

 

「いったい誰が、アリアさんのドレスを作るというのでしょうか」

「ミセダロ」

「しかし姉さん、アリアさんの身体のサイズを知っているのは私だけなのです」

 

 

頭の上の姉さんとの問答も、慣れた物です。

ちなみにアリアさんの身体のサイズは、上から(――超重要最高国家機密――)です。

ここ1年・・・いえ、2年。

私はウェスペルタティアの王室御用達(ロイヤルワラント)の称号を持つ職人の方々と共に、アリアさんのドレス・・・それも、ウェディングドレスの準備を進めていたのです。

 

 

もちろん、アリアさんには知られるわけにはいきません・・・フェイトさんに知られるなど、もっての他です。

軍事機密並みの情報統制と箝口令を敷き、時として違反者を粛清(おしおき)し、時として私の私室の作業場を治外法権化し・・・そして、今日。

私の前には、完成間近のドレスが数着・・・。

結婚式用、昼食会用に晩餐会用、そして舞踏会用・・・検討と厳選を重ね、断念しては作り直し、休暇と称しては職人の方々と共に前人未踏の地へ材料採取へ赴き―――部族との戦闘、仲間との反目、未知の生物との遭遇―――挫折と後悔、そしてそれらを粉砕する鋼の意思と不断の努力を繰り返しました。

広報部と親衛隊の犠牲は忘れません(誰も死んでませんが)。

 

 

「そして今、私は神を超えます・・・!」

「ダイジョウブカオマエ・・・」

「今更じゃろ」

 

 

薄暗い作業場をフヨフヨと浮きながら、晴明さんがどうでもよさそうにそう言います。

ちなみに、晴明さんは作業初期において白無垢の採用を激しく主張し、現場を二分する論争を発生させました。

第三勢力まで現れ、あわや王国が分裂するところでした。

 

 

「・・・さぁ、もう時間がありません。もう少しです、皆さん、最後まで頑張りましょう!」

 

 

私がそう声をかけると、それぞれのドレスの周囲で作業を続けていた職人の方や、広報部や親衛隊の女性の方々が「おお―――っ!」と声を上げました。

ここは男子禁制です。

・・・晴明さんは、まぁ、今は少女人形ですので。

 

 

「トコロデヨー」

「小僧(フェイト)の服は、作らなくて良いのかの?」

「大丈夫です」

 

 

フェイトさんの服は、暦さん達の管轄なので。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・最近、ナギ・スプリングフィールドがやたらに構ってくる。

とは言え別に仕事の邪魔をしてくるわけじゃないし、栞君のコーヒー目当てに来るくらいなら、まぁ、別に構わない。

だけど、コレはどうなんだろう。

 

 

「良いか、めしべがな?」

「・・・」

「でだ・・・おしべがな?」

 

 

彼はさっきから、何故か植物の受粉についての話を真剣にしている。

自室で昼食後のコーヒーを飲んでいる最中に、何の話をしているのか。

でも実際に、ナギ・スプリングフィールドは植物の絵を指差しつつ、僕に示している。

 

 

念のために言うけど、彼は別に植物学者でも理科の先生でも無い。

ただ真剣に、植物の受粉について説明しているんだ。

意味がわからない。

いや、昔からナギ・スプリングフィールドは理解が難しい男だったけれど。

 

 

「・・・キミはいったい、何の話をしているんだい?」

「あん? わかんねぇのか?」

「皆目、見当がつかない」

「マジか・・・くっそ、ジャックがいれば超絶うめぇ絵で説明してくれるんだがな。やっぱ当日、ぶっつけで教えるしかねぇのか・・・?」

 

 

何かブツブツと言っているようだけど、本当に何のつもりなんだろう、この男。

しばらく植物の絵と僕とを交互に見ていたけれど、何かを断念したのか溜息を吐いた。

 

 

「・・・直接的な表現無しって、辛いぜアリカ・・・」

「何か言ったかい?」

「あ、栞ちゃん、コーヒーもう一杯」

「・・・」

「・・・淹れてあげて」

「はい、畏まりました」

「・・・相変わらず、フェイトの言うことしか聞かねぇなオイ」

 

 

ナギ・スプリングフィールドの言葉にクスクスと笑いながら、栞君がコーヒーを淹れ始める。

彼女の姉と同じように、独特な良い香りが部屋に漂う・・・。

 

 

・・・例の件の翌日からも、栞君や暦君達は、変わらずに僕と接してくれている。

何も無かったかのようだけれど、何も無かったことにはできない。

それがわかっているからこその、変化の無さ。

 

 

「けっ・・・」

 

 

アレ以来、どう言うわけかナギ・スプリングフィールドは僕と彼女達との関係を揶揄しなくなった。

話したことも無いし、聞かれたはずもない。

だけど、確かに何かを読んだのかもしれない。

 

 

「よし、じゃあ、もっかいやるぞ?」

「だから、何の話をしているんだい、キミは?」

「いや、だから、こう・・・なんつーか、身体の不一致による擦れ違いを避けるためのだな?」

「はぁ・・・?」

 

 

だけど僕は、この男を理解することは、やはりできそうになかった。

この男が、義理の父親か・・・。

 

 

「それより、今日はネギ・スプリングフィールドの所に行かなくて良いのかい」

「ん、ああ・・・」

 

 

どこか億劫そうな表情で、ナギ・スプリングフィールドは頭を掻いた。

ここの所、数日に一度は様子を見に行ってるようだけど。

 

 

「今日は、アリカが一人で行くってよ」

 

 

まぁ、僕は興味が無いけど。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

どうですか、これでわかったでしょう。

魔法世界の絶対者は私です。私が魔法世界の法であり、秩序なのです。

この魔法世界に生きとし生ける者は、その血の一滴まで私のモノです・・・。

 

 

・・・とか言えたら、かなり楽なんですけどねー。

戦争が終わったからと言って、それで問題が皆無になるわけが無いのですよ。

ズォーダ○大帝みたく、絶対的な力を持てば周りが黙るなんてあるわけが無く。

 

 

「軍縮・・・?」

「は、左様です」

 

 

私の執務室にやってきたクロージク財政尚書とテオドシウス外務尚書は、財政省と外務省の共同提案として、「魔法世界軍縮条約に関する提言」なる物を私に渡しました。

何でも、艦隊を中心に軍備を縮小しようと言う内容だそうで。

 

 

主力艦艇(戦艦・空母)の一定期間の建造停止、保有艦艇量の制限、新規軍事施設・工場の建造の禁止などがその主な内容です。

 

 

「エリジウム征伐が成った今、強大な軍備は財政を圧迫するだけです。何しろ明確な敵国が存在しなくなったのですからな、必要以上の軍拡に走る必要は無いはずです」

 

 

クロージク財政尚書は熱心に説きました、国家の財政の安定について責任を持つ彼の立場からすれば、それは当然の論法であると言えます。

 

 

「加えて、我が国の軍備が強すぎるとの声が各国から出ている。各国の我が国の大使館からは、ウェスペルタティアを仮想敵国に各国が秘密軍事同盟を結ばないとも限らない、との情報も来ている」

 

 

テオドシウス外務尚書は、青銀色の切れ長の目をさらに細めながら、そう言います。

ウェスペルタティアが脅威として公然と認識される前に、先制の一手を打つべきだと主張します。

それも軍事力では無く、政治力・・・外交の力で。

まぁ、新メセンブリーナが滅亡した後、ウェスペルタティアが新しい敵にされたらたまりませんからね。

 

 

「戦乱の時代は終わった、と言うことだ。少なくとも民はそう考えている、これからは治世の時代だ」

「民政により注力するためにも、財政には余裕を持たせたい。無論、我が国だけが一方的に軍備を制限することはできない、なので、外務省と協力して条約として・・・」

「・・・良いではありませんか」

「は?」

 

 

空いている方の手を伸ばして、ペン軸からペン先まで全てが硝子製のペン・・・『ガラスペン』を手に取ります。

毛細管現象を利用した筆記具で、筆の穂先状のガラスの側面に溝があり、一度インクにつけると金属ペンの軽く十倍以上は書き続けることが出来る優れ物です。

 

 

特に私が使っているのは国章、王室紋、個人の御印などが精緻を極めた細工が施されている物で、「陛下専用ガラスペン」としてイギリカ侯爵家から贈られた物です。

それで、サラサラと提言書にサインします。

 

 

「時代が変わると言うのなら、我が国が率先して変わるべきでしょう。対立の図式を無くし、平和な魔法世界を作るために最大の力を保有するウェスペルタティアこそがまず武器を手放すと言うのは、悪い選択肢では無いはずです」

「・・・なるほど」

「なんでしたら、艦艇の新規建造計画の先行停止や、グレート=ブリッジ要塞の破棄などを条約とは無関係にやっても良いかもしれませんね・・・ただし」

 

 

シャッ、とサインを終えて、提言書をテオドシウス外務尚書に返します。

まぁ、後は専門家で話し合ってください。

 

 

「軍備縮小に伴う軍人・軍属・軍需産業関係者の失業問題への対応計画書と、国防省・王国軍トップとの合意文書の策定、そして各国との協議の日程表、最低、この3つが無い限り条約は認めません。それでよろしいですか?」

「は、すぐに策定いたします」

「外務省も、すぐに各国との調整に入るよ」

「お願いします」

 

 

パチンッ、と京扇子を閉じて、2人の尚書を送り出します。

ふぅ・・・午後の最初のお仕事が終わりました。

と、思ったら・・・。

 

 

「いやはや、お見事な采配ですね。このクルト、感激の極みですよ」

 

 

入れ替わりで、クルトおじ様がやってきました。

褒められているんでしょうけど、何故か馬鹿にされてる気分になります・・・。

 

 

「・・・ネギの件ですか?」

「おや、おわかりでしたか」

「言ってみただけですよ・・・」

 

 

他にも候補が無くも無いですが、一番はネギのことだと思ったんですよ。

そしてクルトおじ様が差し出してきた書類に目を通して・・・。

 

 

「恐れながら、アリア様はネギ君にお会いになられない方が良いでしょう」

「・・・どう言う意味で?」

「政治的な意味で」

「・・・・・・別に、会いたいとは言ってませんが」

「なら、良いのですが」

 

 

・・・今さら会って、何が変わるでも無し。

私は、その書類にサインしました。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「小太郎!」

「わぷっ、な、何やねっ!?」

 

 

ゲートポートから出てきた小太郎を、両手で抱き締めたる。

もう身長がうちよりも高いから、子供のころみたいに頭を抱えれへんけど。

それでも、ワシワシと頭を撫でたる。

 

 

まぁ、今の小太郎やったら滅多なことは無い言うてわかってんねんけど。

それでも旧世界で襲われた言う話を聞いたら、心配もするんや。

うちの子や、心配するんもうちの役目や。

 

 

「長から聞いたで、ほんま無茶して・・・今夜はお説教やな」

「いや、子供やないんやから・・・」

「アンタなんか、うちからしたらまだまだ子供や」

 

 

抱き返してくれへんのが少し寂しい気もするけど、いつまでもゲートポート前におるわけにはいかんしな、うちは小太郎から離れた。

・・・したら、何故か今度は月詠が小太郎に抱きついた。

 

 

「・・・何しとるん、月詠のねーちゃん」

「へ? ここは抱きつく所やと思ったんですけど~? むむっ!?」

 

 

小太郎の胸に頭を預けとった月詠が、何かに気付いたかのように唸った。

 

 

「な、何やね?」

「・・・他所の女の匂いがします~・・・」

「アンタは俺の何やね!?」

「村上はんと何してきはったん・・・ナニしてきはったんですか~?」

「・・・何で言いなおした?」

「何となくです」

 

 

匂いの元が夏美はんであることは、否定せなんだんやね。

これは、ほんま、今夜は長くなりそうやね・・・。

 

 

「ははは、まぁ、小太郎もそう言う年なのだろう」

「うっさいわボケェ! てか、勝手に呼び捨てにすんな!」

「しかし、他に呼びようも無いしな」

「いくらでもあるやろ!? 勝負するかオラァッ!!」

 

 

うちと月詠と一緒に、カゲタロウはんも小太郎の迎えに来とるんやけど・・・。

例によって、小太郎はカゲタロウはんにキャンキャンと噛みついとるわ。

まぁ、これも慣れてしもうたけどな。

 

 

朝起きた時も、うちの部屋から出てきたカゲタロウはんに殴りかかったり、夕飯時に締め出そうとしたり・・・もうアレは、2人のコミュニケーションみたいなもんやね。

もう、一緒に住み始めて2年以上や言うのに。

 

 

「小太郎! そのへんにしとき、たまの休暇ぐらい大人しいにな」

「ちっ・・・」

「うむ、そうだぞ。レストランの予約時間に遅れてしまう」

「お前の都合なんざ知らんわ!」

「あはは~」

 

 

・・・聞きゃあせんしな。

月詠も楽しそうに笑とるし、まぁ、好きにしたらええわ。

そう思って、うちはカゲタロウはんの腕に自分の腕を絡めた。

 

 

・・・それを見て、小太郎がまたキレとったけど。

月詠が小太郎の腕を掴んどったから、動けんかったみたいやけどな。

 

 

 

 

 

Side シオン

 

新オスティアの市街地は、3重の意味で盛り上がりを見せているわ。

第一に、新メセンブリーナとの戦争が終わり―――それも、ほぼ完全勝利と言う形で―――、家族の元に多くの兵士が返って来れたこと。

ウェスペルタティアの軍事力を誇示できたことで、多くの人々は優越感を満足させているわ。

 

 

もちろん、影では戦死した人の家族が泣いているのでしょうけど。

遺族年金制度が整備されたとは言っても、何の慰めにもならない。

 

 

「戻る物、戻らない物・・・あ、ごめんなさい」

 

 

食材を詰め込んだ紙袋を持ちながら通りを歩いていたら、翼みたいな手を持つロボット『ガーディアン』の一体にぶつかってしまったわ。

大きさの違う目の一つが、ピピッ、ピピピッ、と明滅しながら私を見つめる。

・・・勘違いで無ければ、「こちらこそ」とか言われた気がするわ。

 

 

「ええと・・・」

 

 

・・・第二に、もうすぐ新年だから。

新オスティアでは、新年のお祝いの準備が本格化し始めた時期。

市場や店舗は、今からが稼ぎ時ね。

戦争が終わった直後だから、いつもより盛り上がるのかもしれないわね。

 

 

そして、第三点。

ミス・スプリングフィールド・・・いえ、女王アリアの結婚式が近いからよ。

流石に戦争のあった年にはできないから、と言うことで延期になったけれど、来年早々には挙式。

こんな時期に、と言う意見もあるけど、こんな時期だからこそ、と言う意見もある。

いずれにせよ、多くの民が女王の、それもウェスペルタティアに最盛期をもたらした、若く美しい白銀の女王の結婚式を望んでいるの。

 

 

そして、一日も早くお世継ぎを・・・と、ね。

現在、王室には女王アリア一人、口には出せないけど、女王アリアに万が一のことがあれば、王国は旗手を失うことになるわ。

 

 

「私としても、貴重な友人と寛容な上司を同時に失うことになるわね」

 

 

アパートが立ち並ぶ居住区画、その中の一棟に入って、自分の・・・私とヘレンの家へ帰る。

お給料が良いから、年齢の割には良い家に住まわせて貰っているわ。

とは言え、私は今、停職中だけどね。

 

 

先月、テロリストを旧世界に渡航させてしまったから。

場合によっては刑罰か免職もあったと思うけど、今回は特殊なケースだからと言うので、半年の減棒と一カ月間の停職処分で済んだ。

 

 

「それにしても・・・」

 

 

紙袋をリビングのテーブルの上に置いて、軽く溜息を吐く。

・・・いつになったら、プロポーズしてくれるのかしらね、彼(ロバート)。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

旧オスティア。

ここに来るのは、人生で二度目。

立場は全然、違うけど・・・。

 

 

「・・・似たような物、か」

 

 

あの時も今も、たぶん大して、僕は変わっていない。

何もできていないと言う意味では、たぶん同じだ。

 

 

僕は今、旧オスティアの政治犯収容施設にいます。

メルディアナの祖父がいるのと、同じ屋敷。

と言っても、自由に会えるわけじゃないし・・・と言うか、あてがわれた部屋から出れないし。

・・・出る気も、特には無いです。

 

 

グラニクスの事件の後、1週間ほど僕の身柄をどうするかの交渉が持たれたらしいんだけど、どう言う内容の物だったかは知りません。

現に旧オスティアにいるのだから、結果はわかってるけれど・・・。

 

 

「僕は良いけど、のどかさんとタカミチが・・・」

 

 

それだけが、気がかりだった。

特に、のどかさんは・・・。

 

 

コン、コン。

 

 

その時、部屋の扉がノックされました。

正直、誰か来るとは聞いていなかったから驚いたけど・・・入って来た人を見て、さらに驚いた。

長いオレンジ色の髪に、青と緑のオッドアイ。

胸元の大きく開いた深い赤色のドレスと、光の無い瞳が、以前と違う印象を受けるけど。

そこにいたのは、間違いなく。

 

 

「明日菜さん!?」

 

 

麻帆良で出会って・・・5年前、旧オスティアで別れた僕の仮契約者(パートナー)。

今の今まで気が付かなかった自分が、本気で嫌になる。

僕はいったい、どれ程の物を取りこぼしてきたのだろう・・・。

 

 

「明日菜さっ・・・!」

「違う」

「え・・・」

 

 

明日菜さんの口から漏れたのは、以前のような快活な声じゃ無くて、どこか固くて冷たい声音。

僕を見下ろす瞳には、以前のような元気さが弾けるような輝きは無い。

 

 

「明日菜じゃない、アスナ」

「え・・・」

「私は、神楽坂明日菜じゃない」

 

 

淡々とした、声。

ただ事実だけを告げている、そんな口調。

 

 

「神楽坂明日菜から、伝言」

「で、伝・・・?」

「・・・『一緒にいてあげられなくて、ゴメン』」

 

 

――――――――――っ。

その言葉に、頭の中が真っ白になります。

・・・明日菜さん。

明日菜さんは、そうだ、いつだって・・・いつだって、僕に。

なのに、僕は。

 

 

「『助けになれなくて、ゴメン』」

「・・・明日菜さん・・・」

「『お姉さんになってあげられなくて、ゴメン』」

「明日菜さん、明日菜さん・・・明日菜さっ・・・!」

 

 

明日菜さん・・・アスナさんの手を握り締めて、名前を呼ぶことしかできない。

これがお伽話なら、きっと明日菜さんは帰って来てくれる。

帰ってきて、また僕を怒ってくれて、「私に任せなさい」って、それで・・・。

 

 

だけど、これは現実で。

哀しいくらいに現実で。

泣いても喚いても・・・明日菜さんは、帰って来ない。

帰って、来ないんだ・・・!

 

 

「・・・明日菜さんは・・・」

 

 

数分程して、アスナさんの手を離しました。

アスナさんのドレスの袖を濡らしてしまいましたけど、おかげで落ち着きました。

 

 

「明日菜さんは、貴女の中で生きてるんですか・・・?」

「・・・」

 

 

僕の質問には、アスナさんは答えてはくれませんでした。

ただ、無機質な瞳で僕を不思議そうに見つめています。

 

 

「ふむ、出直して来た方がよろしいですかね?」

 

 

不意に声がして、見てみると・・・部屋の扉の傍に、見覚えのある眼鏡の男性が・・・。

・・・クルト・ゲーデルさんが、そこにいました。

 

 

「いやぁ、今日は特に忙しい日でしてね」

 

 

そう言って、クルトさんは肩を竦めて見せた。

そしてその向こうには、両手に枷を嵌められた、のどかさんが・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

いやはや、今日は本当に忙しい日ですね。

あっちこっち移動して、全く、忠勤を褒められてしかるべきでしょう。

 

 

「まぁ、話すことも無いので手っ取り早く用件のみ、伝えさせていただきますね」

「・・・はい」

 

 

どこか神妙に頷くネギ君に対し、アスナさんは興味無さそうに私の前を通り、歩き去って行きました。

ここの所、灰銀色の狼の治療効果なのか、安定してきたのですが・・・。

 

 

「おや、もう良いのですか?」

「伝言は伝えた、後は知らない」

「・・・左様で」

 

 

アスナさんの扱いも、難しいんですよねぇ・・・政治的に。

まぁ、表には出せませんよね・・・などと思っていると、アスナさんが出て行った扉の向こうから、ドゴンッ、と何かを殴るような音が響きました。

・・・おやおや。

 

 

「・・・では、ネギ・スプリングフィールド君」

「はい」

「国際法廷自体は2年後に開廷ですが、先日の関係国会議ですでにキミの処遇は決定されています。オフレコでお願いしますよ」

 

 

アリカ様の時もそうでしたが、国際法廷と言うのは要するに、判決を決めてから審議するのですよ。

法廷に立った時には、刑が決まっているわけですね。

国内裁判であれば逆転の目もありますが、国際法廷では逆転はほぼあり得ません。

 

 

今年はもう終わりますし、来年はアリア様の結婚式。

と言うわけで、2年後からと言うことになっているわけですが・・・。

 

 

「ネギ・スプリングフィールド君、キミを戦争犯罪、人道に対する罪、平和に対する罪その他17の罪状により、極刑に処させていただきます・・・が」

「・・・が?」

「本来なら公開処刑にする所なのですが、ユリアヌス・メナァを始めとして、キミがこの5年間の活動で助けてきた人達が助命請願をして来ていましてね。そのあたりの事情を考慮して・・・非公開での極刑に処させていただきます。さらに女王陛下が特別の恩寵を賜りましたので、自裁を許可します」

 

 

自裁・・・まぁ、つまり自殺ですね。

死刑の中では、かなり温厚な分類になりますかね。

ちなみに死刑より軽くはなりません、ネギ君には公的に「死刑」になって貰う必要がありますから。

いろいろな意味でね。

 

 

「・・・と言うのが、表向きの話」

「表向き・・・」

「ええ、2年後にキミは公的に死んだことになって頂きますが、まだ生きていて貰います」

「どう言うことですか?」

「いえ、単純な話で・・・幽閉します。終身刑ですね、一種の」

 

 

どう言うわけかアリア様は、ネギ君を「殺す」選択肢だけは受け入れませんでしたからね。

どうも、ネギ君のことを想って・・・と言うわけでは、なさそうなのですが。

 

 

「キミには、将来完成するアリア様の宮殿の一隅・・・『魔の塔(デモンズ・タワー)』で残りの人生を生きてもらいます。旧世界のキミの故国で言う所の・・・まぁ、ロンドン塔みたいな所ですよ」

 

 

中流階級くらいの生活は、保障しますよ。

保障するだけですがね。

 

 

「さて、そこで問題になってくるのが貴女です、宮崎のどかさん」

「待ってください、のどかさんは・・・!」

「良いんです、ネギさん。私・・・ネギさんと一緒が良いです・・・」

 

 

宮崎のどかさんには、選択肢を2つ与えておりました。

一つは、全てを忘れて旧世界に帰ること。

その際には、向こうでの記憶・記録処理などのアフターサービスもつける予定だったのですが。

彼女はもう一つの選択肢、ネギ君と一緒にいることを選びました。

ちなみにこの選択肢では、旧世界で彼女は事故死したことになります。

なので正直、意味がわかりませんが・・・。

 

 

よほどネギ君が好きなのか・・・。

それとも、よほど旧世界に帰りたくないのか。

両親との仲も、まぁ、何と言うか・・・。

・・・どうでも良いですがね。

 

 

「・・・クルトさん」

「何です? ああ、なんでしたらお二人でよく話し合ってくださって結構ですよ。あと2年ありますので」

「あ、はい、それは・・・・・・アリアに、伝えて欲しいことがあるんです」

「伝えるかどうかは別として、まぁ、聞いてはおきましょうか」

 

 

ちら・・・と扉の向こう側を気にしつつ、聞きましょう。

さて、何を言うのやら・・・。

 

 

「・・・大嫌いだって、伝えてください」

 

 

不敬罪ですね。

まぁ、今さらですがね。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・私も、貴方が大嫌いですよ、ネギ。

心の中だけで、そう答えます。

目の前の扉の向こうにいるネギに、でも私は会いに行かない。

 

 

「・・・大丈夫か、タカミチ」

 

 

そんな私の目の前には、壁に若干めり込んで気絶しているタカミチさんと、それを冷然と見下ろす明日菜・・・もとい、アスナさん。

心配そうに声をかけたのはお母様で、まぁ、ウェスペルタティア王家の血を引く女性がメルディアナのお祖父様の家に集合しているわけですが。

 

 

「キライ」

 

 

身体に纏わせた気を霧散させながら、アスナさんは冷たく言い放ちました。

キライ・・・嫌い。

明日菜さんなら、タカミチさんに対してそんなコトは言わなかったでしょうけど。

でもこの人、結構な武闘派だったんですね・・・。

 

 

・・・どうも、カムイさんがアスナさんの精神を治したみたいなのですが。

その結果、仮人格であった「神楽坂明日菜」がアスナさんの中に沈んだ・・・一体化した、らしいです。

と言うか、カムイさんはどうしてそんな力を・・・。

 

 

「神威(カムイ)」

「はい?」

 

 

タカミチさんから視線を動かしたアスナさんが、無感動な声で言います。

 

 

「100年前にもいた・・・オスティアの先住者。滅多に出てこない、大事にする」

 

 

それだけ言って、アスナさんは歩き去って行きました。

・・・タカミチさん放置ですか、そうですか。

カムイさん、先住者と言うことは・・・一番古くから、オスティアの地にいたと言うことでしょうか。

それだけ古くから存在しているのなら・・・。

 

 

「・・・礼を言う、アリア」

 

 

不意に、お母様がそんなことを言ってきました。

意味は、わからないでもありません。

 

 

「・・・許したわけじゃないです。むしろ、殺すより酷いことをするんです、私は」

「それでも・・・命が助かるだけ、マシじゃ。アレだけのことをしておきながら・・・」

「・・・」

 

 

・・・違うんです、お母様。

私は別に、ネギが兄だから、好きだから助けるんじゃないんです。

むしろ、死んでしまっても構わないとすら思っているんですよ。

 

 

でも、殺さない・・・殺せない理由があるんです。

私はネギを、殺せない。

胸元に、そっと手を伸ばすと・・・そこには、ネギを生かせておく、生かしておかなければならない理由が、あります。

 

 

いたたまれなくなって、私はその場を後にします。

やっぱり、来るんじゃなかった・・・。

メルディアナのお祖父様に会いに行くと言って、クルトおじ様について来た物の。

 

 

結局の所、私は・・・。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「直接会うのは久しぶりだな、リュケスティス」

「そうかな・・・いや、そうだな、グリアソン」

 

 

士官学校時代からの僚友の言葉に頷いて、俺はグリアソンと握手を交わした。

エリジウム大陸最大の軍港ブロントポリス。

エリジウム大陸に駐留する王国艦隊の停泊地でもあり、駐屯軍の総司令部が置かれることになる都市だ。

今日からは、このグリアソンが使っているオフィスが俺の城になる。

 

 

「司政官ぶりも板について来たんじゃないか、グリアソン?」

「よしてくれ、慣れない仕事をして、肩が凝っているんだ」

「謙遜か?」

「いや、本音さ、心からのな」

 

 

ケフィッススからの移動には少し疲労を覚えたが、この素直な僚友を前にすると、卑屈な性格の俺も自然と胸襟を開いて話すことができる。

貴重な友だと思う、俺にはもったいないくらいのな・・・。

 

 

「しかし、明日からはエリジウム北部の王国信託統治領はお前の管理下に入る。俺は本国に戻るが・・・」

「本国軍の陸軍最高司令官か、出世したじゃないか」

「お前ほどじゃないさ、リュケスティス」

 

 

カン、と軽くグラスを合わせて、互いの栄達を祝う。

まぁ、そうは言っても、俺達の仕事は楽な物では無いが・・・。

 

 

「・・・グラニクスだがな、やはりそのままの復興は不可能そうだ」

「そうか・・・地盤ごとダメになっているからな、やむを得ないが・・・」

「生き残った住民には、酷なことだとは思うがな」

 

 

内乱と大火を経験したグラニクスは、都市機能の8割近くを失ってしまった。

正直な所、復興するよりも新しい都市を造った方が早い。

 

 

そこで持ち上がっているのが、王国・帝国の総督府が合同で事業を立ち上げて、新主都を建設しようと言う計画だ。

エリジウム大陸中央部の高原地帯に計画都市を築き、両国の総督はそこで政務を行う。

将来の自治・独立に備えて、諸官庁・議事堂・空港や住宅地も必要になるだろう。

計画としては、5年で建設する予定だが・・・。

 

 

「そう言えば、ガイウス・マリウス殿が王国総督府の参事官に就任するらしいな」

「そう言う話があると言うだけだ、まだ確定じゃ無い」

「それはそうだが、そう言う話が出ると言うだけでも凄いことだ。本当だとすれば、我が女王も剛毅なことをなさる・・・エリジウムを統治するにあたって、ガイウス・マリウス殿の力を借りるのは良いことだ。そうだろう?」

「・・・そうだな」

 

 

なるほど、グリアソンはそう考えるわけか。

俺はむしろ、そう言う人事の話が故意に流されたことの方に何らかの意思を感じるがな。

我が女王か、それともあのクルト・ゲーデルか・・・?

 

 

・・・メガロメセンブリアの宿将にして共和主義の武の象徴、ガイウス・マリウスが王国の信託統治に協力する。

これは、単純ならぬ意味を持つ。

ガイウス・マリウスの旧部下を吸収し、彼を慕う民衆の支持を得る。

2週間前に新メセンブリーナ連合代表として近衛近右衛門と言う老人が降伏文書に署名し、連合が名実共に滅んだ今、彼の利用価値は高い。

 

 

さらに新メセンブリーナ連合の掲げていた共和主義が「偽物」であることを世界に対して証明する意味もあるだろう、そして彼が本来所属するメガロメセンブリアのリカード執政官にしてみれば・・・いや、よそう、考え過ぎるのは俺の悪い癖だ。

 

 

今は、自分に与えられた「王国信託統治領エリジウム総督」と言う職務を果たすことに集中するとしよう。

今は・・・な。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

ふはははは、その程度の動きで私を倒せると思うなよ!

秒間2000撃、巨龍すら屠る重拳の連突!

 

 

「むぅんっ!!」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

森から飛び出してきた全長20m程の黒竜に対し、私は全力で―――影が使えないので、以前ほどの威力は無いが―――拳を叩き込んだ。

 

 

「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ・・・ぬぅんっ!!」

 

 

ゴガンッ・・・と黒竜の顎に私の右拳が突き刺さった所で、勝負あった。

すまなく思う気持ちもあるが、これも自然の摂理。

悪く思わないでくれよ。

 

 

ズズ・・・ン、と黒竜が倒れるのを視界に収めながら、私はそんなことを思う。

この黒竜には恨みは無いが、仕方が無い。

 

 

「おおっ、デュナミス様がやったぞ!」

「流石はデュナミス様だ!」

 

 

黒竜が出てきた森の中から、わらわらと薄汚れた格好をした男達が出てきた。

手には手製の槍や弓を持っている、非常に原始的な武器だが、アレで黒竜を追い立てたのだから大した物だろう。

彼らは口々に私に礼を言いながら、黒竜の身体を分解し、肉を捌いて行く。

・・・まぁ、アレだけあれば、しばらくは食に困らずに済むだろう。

 

 

彼らは、グラニクスの民だ。

私と6(セクストゥム)で1万人ほど、混乱の中から避難させたのだが、ほとんどは帝国か王国の庇護下に入った。

その内の一部、1000人程がどう言うわけか私について来てしまったのだ。

ここはグラニクスから十数キロ離れた山中だ・・・見捨てるわけにもいかんし、かと言って彼らを養える程の力は無い。

男だけでなく、女子供に老人までいるのだ。

となると・・・。

 

 

「・・・どこかで村でも作った方が良いかもしれんな」

 

 

まぁ、根拠地を作るのは悪い話では無いが・・・。

逃亡した評議会の生き残りが気がかりではあるが、帝国や王国なら、新しく村を作ったからと言って悪いようにはすまい。

・・・地域密着型の悪の組織と言うのも、悪い物では無いだろう。

うーむ・・・。

 

 

「マスター」

 

 

その時、私の背後に白髪の少女が現れた。

・・・ここ20日ほど姿を見なかったので、そのまま女王の下に行ったのかと思っていたのだが。

ザッ・・・と片膝をついて私を見上げる6(セクストゥム)に、そんなことを考える。

・・・む?

 

 

6(セクストゥム)は胸元に、白い手紙のような物を持っていた。

その手紙には、ウェスペルタティアの印章が押されている。

 

 

「・・・何だ、それは」

「結婚式の招待状です」

「は?」

「・・・舞踏会・・・」

「・・・」

 

 

・・・いや、私は「死んだふり」中だからして。

そんな顔をされてもな・・・。

 

 

 

 

 

Side 新メセンブリーナ連合評議会議員

 

エリジウム大陸東南端の辺境、セントヘレナ諸島。

シレニウムとグラニクスの中間に位置する諸島であり、昔から反帝国の気風が強い地域だ。

グラニクスを脱出した我々5人は、帝国軍の監視の目を潜ってここまで移動してきたのだが・・・。

 

 

「ふん、こんな物しか出せんとは、辺鄙な土地だ」

「全くだな」

 

 

私達の前には鹿肉の料理が並んでいるが、グラニクスの料理の味に比べれば雲泥の差だ。

まぁ、卑しい漁民しかいない土地では、これが限度だろう。

我々がいるロングウッド館も、部屋数も少ないし家政婦も醜い。

館の質も料理の質も、女の質も悪いのではな。

全く、グラニクスでの生活が懐かしいわ。

 

 

・・・くそ、亜人の頭目に銀髪の小娘め、今に見ておれよ・・・。

いつか中央に戻り、奴らを・・・。

 

 

「そう言えば、奴はどうしたのだ」

「知らん、どうせまた村娘でも犯しに行ったのだろう」

「例によって、銀髪のか?」

「違いない」

 

 

ここには4人しかいない、5人目は今、どうやら女を抱きに出ているらしい。

奴は趣味が悪いからな、相手の女には同情する・・・二度と男を受け入れられない身体にされると言う意味で。

4人で少しばかり愉快な気分で笑うと・・・うん?

 

 

視界の隅が、霞んだような・・・。

そう思って周囲を見渡すと、どうも食堂に白い靄のような・・・霧のような物が。

 

 

「おい、火事じゃ無かろうな?」

「まさか・・・」

「いや、コレは霧か何かだろう。使用人が窓を閉め忘れたのではないか、質が悪いからな」

「そうらしいな・・・おい!」

 

 

1人が使用人を呼んだが・・・誰も来ない。

グラニクスでは呼べばすぐに来たと言うのに、全く田舎だな・・・。

もう一度呼ぶが、やはり来ない。

業を煮やして、席を立とうとした時・・・。

 

 

ギィ・・・と、食堂の扉が開いた。

 

 

ようやく来たか、と思えば、そこに立っていたのは先程も話に出た5人目の議員だった。

丸々と太った50代後半の小男で、お世辞にも美男子とは言えないが・・・。

その男に声をかけようとした時、その男が前のめりに倒れた。

グシャリ、と言う嫌な音を立てて、肉が潰れたかのように赤い液体が飛び散る。

 

 

視界の隅で白い霧が蠢き、扉側に座っていた2人の首が胴体から落ちた。

1人はまさに首と胴が離れたのだが、もう1人は頭部の半ばを切断された形であって、血と共に脳漿が飛び散って、私の顔に水っぽい音を立てて付着した。

 

 

「ひっ・・・!」

「う・・・うわあああああああぁぁあぁっ!?」

 

 

私よりも、私の隣に座っていた議員の方が狼狽していた。

椅子からずり落ちて床に這い蹲り、背後の壁まで下がる。

一方が取り乱すともう一方は冷静になると言うが、本当らしかった。

だが今は・・・取り乱した方がマシだったろう。

 

 

私達の前に、18歳くらいの黒髪の若い男が立っていた。

右腕が無いが、左手に白い剣を持ち・・・どうもこの霧は、この男から発されているようだった。

不意に、私の右頬を何かが掠めた。

 

 

「ぴぎぇっ」

 

 

背後から、蛙が潰れたような声が聞こえた。

見なくともわかる、もう一人が死んだのだ・・・男が投げた剣に貫かれて。

 

 

「ま・・・待て、待て・・・」

 

 

目の前の男が、テーブルの上の銀のナイフを手にするのを見て、私は両手を上げた。

無意識に降参の意でも伝えようとしたのか、あるいは別のか・・・。

だが、ここには反王国・反帝国派の武装兵が30人詰めていたはずだ、金と女を与えて懐柔しておいた・・・それが、何故か一人も来ない。

いや、そもそもこんな男の侵入を許すはずが・・・。

 

 

「ど、どこの誰か知らんが・・・要求があるなら、言ってみたまえ、聞こうじゃないか」

「・・・まぁ、お前は俺のことを覚えていないかもしれないが。俺はお前を覚えてる・・・アイネを犯していた議員の一人だ」

「あ、アイネ?」

 

 

そんな名前には、覚えが・・・いや、例のテロリストの・・・実験動物の雌か・・・?

 

 

「あ、ああ、そうか・・・A-00の縁者か。いや、彼女は残念だった・・・ウェスペルタティアの女王は人の皮を被った悪魔だな、あんな少女を殺すとは、いや全く、冷酷非情だ」

「・・・そうかもな」

「そ、そうだろう、そうだろう・・・おお、では我々は同志ではないか。共にあの銀髪の小娘から世界を取り戻そうじゃないかね・・・私が指導者・・・いやいや、キミが指導者でも良い、共に復讐を果たそうじゃないかね」

「復讐・・・そうだな、コレは復讐だ」

「そ」

 

 

うだろう、とは言えなかった。

喉にナイフが刺さっ・・・うごごお、おっ・・・おっ・・・!?

 

 

「ぁまっ、ででっ・・・ぜがっ、はぶ・・・はぶ、んっ・・・!!」

「世界の半分? そんな物・・・」

「・・・ぃのっ・・・ぢ・・・だへっ・・・はぁっ・・・!?」

「そんな物・・・いるか・・・・・・!!」

 

 

床でのたうつ私の身体を踏みつけ固定し、サラサラと砂のように崩れて行く男が。

喉元のナイフを掴み、私のくびぇ

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・アイネ・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

何かを感じたわけでも無いけど、ふと立ち止まった。

宰相府の通路の窓からは、二つの小さな月と無数の星が輝いている・・・。

 

 

「・・・ふん」

 

 

特に意味も無く上げた視線を戻して、再び歩き始める。

宰相府のこの通路・・・つまりはアリアの寝室への通路だけど、ここも歩き慣れた物だ。

あの一件以来、窓からは入らずに普通に入口から入ることにしている。

・・・まぁ、今日も吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)がいるのだろうけど。

 

 

「・・・おや」

 

 

噂をすれば何とやら・・・と言うわけでは、無いだろうけど。

アリアの寝室に至るまでの中間地点で、金髪の少女が通路の真ん中に立っていた。

言うまでも無く、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)だ。

 

 

眼光が、窓から漏れる月明かりに照らされて、鋭く輝いている。

右手には、特徴的なガントレット。

 

 

「・・・どこへ行く、若造(フェイト)」

「・・・言う必要があるかい?」

「いや、無いな」

 

 

唇を笑みの形に歪めながら、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が言う。

右手の支援魔導機械(デバイス)、『魔導剣-01』が起動して、『疑似・断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』が薄暗い通路を照らす。

自然、僕もポケットから手を出さない物の、臨戦態勢を取らざるを得ない。

 

 

「実はな、前々からやろうやろうとは思っていたんだが、どうも機会が無くてな」

「そう、わざとやっている物だとばかり思っていたよ」

「・・・相変わらず、口の悪いガキだ」

「それはどうも」

 

 

僕も彼女も、別に理由は聞かないし、意味が無い。

それこそ、以前から「やろうやろうと」思っていたことだからね。

それが今だと言う、ただそれだけのコトさ。

もっとも僕に言わせれば、もう少し時と場合を考えてほしいと思わなくも無いけどね・・・。

 

 

「・・・そろそろ、アリアの所に行く時間でね」

「無理だな」

「行くさ」

「行かせんよ」

「何故だい?」

「貴様のことが嫌いだからだ」

「はは」

「殺すぞ?」

「・・・やってみなよ」

 

 

良いさ、少しくらいなら付き合おう。

だけど、最後には僕はアリアの傍へ行く・・・。

 

 

「・・・愛してるからね」

「黙れ若造! 貴様に私の家族(アリア)が守れるか!?」

 

 

ヒュヒュンッ・・・と、断罪の刃の切っ先が僕の方を向く。

 

 

「自分よりも強い相手を前にしても―――――守れるか!?」

 

 

結局の所、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の「守る」ことはそこに帰結する。

この世界で最強の武力と最高の権力を持つ女王を相手に、個人の力で守ることを重視する。

ナンセンスだね。

だが・・・。

 

 

「・・・証明して見せようか、今、ここで?」

 

 

理解は、できるつもりだよ。

 

 

「やってみろ、若造(フェイト)!」

 

 

特に合図があったわけでも取り決めがあったわけでもなく、交錯したのは一度だけ。

それ以上は、必要が無い。

コレは、そう言うことだろうから。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

寝室の窓枠に頬杖をついて、ぼんやりと小さな二つの月を見上げています。

ここが火星だとすると、アレはフォボスと・・・何でしたっけ、ああ、ダイモス?

まぁ、とにかくそんな風に月と星を見上げつつ・・・。

 

 

「・・・ネギは、殺さない」

 

 

ネギの処遇について、自分に言い聞かせるように確認します。

ネギの処遇の真実を知っている者の中には―――クルトおじ様とか―――、ネギを生かしておくことを不満に思う方もいるようですが、コレばかりは譲れません。

だって・・・。

 

 

右手の指の間に挟んでいたカードを、目の前に掲げます。

それは、瞳を紅く輝かせた、幼い黒髪の少女が描かれたパクティオーカード。

すでに「死んで」いる、カードです。

描かれている少女の名は。

 

 

「・・・超さん・・・」

 

 

超鈴音。

遥か未来に存在する、私の生徒だった少女。

そして、未来から何かを成しにやってきた少女。

・・・ネギの子孫。

もしここでネギがいなくなれば、未来において彼女は生まれないかもしれない・・・。

 

 

もし私に幸福な未来と言う物が訪れて、私の子孫が未来に生きているのだとすれば。

その傍には、あの少女にいてほしいですから・・・。

 

 

「・・・」

 

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

 

「・・・」

 

 

・・・それ以外には、特に理由は無いです。

それだけですよ。

本当に・・・。

 

 

何となく後味の悪い何かを感じて、ふぅ・・・と溜息を吐いた時。

不意に、後ろから抱きすくめられました。

ふわり、とお腹のあたりに腕を回されて、身動きがとれません。

 

 

「ひゃっ・・・え、へ? あ・・・な、何、何ですか、フェイト?」

「別に・・・」

 

 

フェイトが喋ると、首筋に息がかかって、とてもくすぐったいです。

なので軽く身をよじるのですが、フェイトは離してくれません・・・。

ど、どうしたのでしょうか、今日に限って何故こんな?

 

 

「・・・生きてキミの下に辿り着けて、良かったと思って」

「本当にどうしたんですか・・・?」

 

 

と言うか、何があったんですか。

オスティアで危険な目に合うことって、ほとんど無いと思うのですけど。

しかもフェイトが危険を感じることって、滅多に無いと思うのですけど。

 

 

「え、えっと・・・?」

 

 

首だけを動かして後ろを見ると、フェイトの無機質な瞳と目が合いました。

合いました・・・が、あれ、何か若干、ボロボロ・・・?

何と言うか、魔王と死闘を繰り広げて世界を救った勇者的な感じに、ボロボロです。

意味不明ですが、私の知らない所で、何が・・・?

 

 

「あの、何が・・・」

 

 

あったのですか、と聞く直前に、フェイトの指先が私の顎を捉えて。

 

 

「むっ・・・ん・・・」

 

 

唇を、塞がれました。

当然、私は抗議しようとするわけですが・・・啄ばむような優しいキスを繰り返されては、どうにもこうにも・・・。

 

 

以前されたような、深いキスでは無かったですけど。

私達はそのまま、5分ほど・・・その場でキスを、繰り返したのでした・・・。

 

 

 

・・・私、この人と結婚します。

祝福して、くださいますか?

シンシア姉様――――――――――――。

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

ああー、大学とかマジでダリィ。

でもアレだよな、ちゃんと単位とか取らねぇといけねぇしな。

世の中は学歴社会・・・とまで言うつもりは無ぇけど、あって困るもんじゃねぇしな、学歴。

 

 

『あ、ねぇねぇ、モーリタニアの大統領を解放する命令書、偽造してみたよー』

『あら、私なんてパリのテロ対策状況の機密文書を見つけたんだから』

 

 

それにアレだ、就職活動だ。

履歴書はパソコンじゃなくて手書きだもんな、面倒だなぁ・・・。

まぁ、ちゃんと社会に出ねぇといけねぇし、皆やってることだしな、普通に。

 

 

『ナイジェリアで捕まった香港の船、見つけてみたよ!』

『CIA長官、ブログでイギリスの首相の悪口書いてる・・・』

『暇だから石油価格弄ってみても良い~?』

 

 

卒業論文もあるよなぁ、コレはパソコンで打って良いから楽だけど。

でも、内容は考えなくちゃいけねぇんだよなー、面倒だなぁ・・・。

しかし、一般人たる私は、ちゃんとしねぇと・・・。

 

 

『次、どの衛星のコントロール奪うー?』

『日本の天気予報を混乱させるのも、飽きたしねー』

 

 

い、一般人・・・。

 

 

『『ロシアの核兵器発射システムを掌握してみたり』』

『わぉっ、第3次世界大戦イッちゃう~?』

『『『いぇーいっ!!』』

「いぇーい、じゃねぇよ!!」

 

 

ダメだ、突っ込んだら負けだと思ってたけど、突っ込んじまった・・・!

つーか、おかしいだろ!

 

 

「お前ら、ハッキングばっかしてねんじゃねーよ!」

『えー、でもー』

「でもも何もあるか! お前ら・・・歌うために生まれてきたんじゃねーのかよ!?」

『『『『・・・!!』』』』

「だっつーのに、お前らときたら毎日毎日毎日毎『あ、そんなことよりも、まいますたー』聞けよ!」

 

 

さっき、一瞬だけ感動したーみたいな顔してただろうがよ!

けど、ミクは素知らぬ顔で、私の目の前の画面に変な紙切れの映像を・・・あん?

何だコレ、英語か・・・?

 

 

『あ、翻訳しちゃいますねー』

 

 

3秒で日本語に翻訳、英語の課題もコレでクリアした・・・い、いや、何でもねぇ。

とにかく、日本語に翻訳されたそれを見ると・・・。

・・・招待状?

 

 

『例のあの世界で、結婚式のご案内ですー・・・あ、もちろんコレはハッキングでゲットした物なんで、まいますたーが招待されてるわけじゃ無いですよー』

「わかってるっつの! いや、わかっても不味いが・・・」

 

 

どうもそれは、結婚式の招待状らしかった。

誰のだ・・・ミクがわざわざ見せるってことは・・・。

 

 

『結婚行進曲の代わりに、ダースベ○ダー登場の曲でも流してみますー?』

「やめろ、いやマジで」

『ワーグナーとかよりは、ぴったりだと思ったのにー』

 

 

・・・アリア先生か。

どーすっかね、何かするか・・・?

 




茶々丸:
茶々丸です。
皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
今話では、ネギ先生の処遇や今後の魔法世界の方針などが描写されておりましたが。
私は現在、それどころではありません。


なお、今回初登場のアイテム等は以下の通りです。

・浮遊宮殿都市「フロートテンプル」
(ミラージュパレスと七つの塔を含む):元ネタは「FSS」、伸様提供です。
・「ガラスペン」:黒鷹様・絡操人形様提供。
・「陛下専用ガラスペン」:絡操人形様提供。
ありがとうございます(ぺこり)。


茶々丸:
それでは次話、第3部最終話。
では、失礼致します(ぺこり)。


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第3部最終話「Royal wedding ・午前」

Side 千草

 

今日は、大事な日や。

魔法世界最大の経済・軍事大国の女王陛下の結婚式。

年明け早々の、ビッグイベントや。

 

 

新郎(フェイトはん)も新婦(アリアはん)も数年来の付き合いやし、知らん仲でも無い。

私人として祝う気持ちも、もちろんある。

せやけど身内だけの慎ましやかな一般人の結婚式ならともかく、そうやない。

公的な国家行事なんやから、うちも公人として参加せなあかん。

天ヶ崎千草個人やのぅて、旧世界連合の一員として参列せなあかんねや。

やから・・・。

 

 

「おかぁさん、刀を持ってったらアカン?」

「アカンに決まっとるやろ! ほら、背筋伸ば・・・し!」

「ぐえっ」

 

 

招待客の入場は午前8時過ぎからや言うても、ギリギリで行くわけにはいかん。

せやから、こうして朝5時に起きて準備してんねん。

 

 

新オスティアの自宅の寝室、大きな姿見の前で月詠を相手に着付けをしとる所や。

女の子は特に時間がかかるから、先に小太郎とカゲタロウはんの方は済ませとる。

と言っても、男はモーニングでって招待状に書いてあるけどな。

むしろ、この場合は女の子の方が大変や・・・!

 

 

「ええかー、昨日教えた通りにするんやで?」

「周りの人と同じことをする、そして余計なことは喋らない、ですやろ?」

「万が一、話をせなあかんようになったら?」

「まず、お祝いの言葉を述べますー」

「後、うちの傍を離れたらアカンで?」

「はいー」

「・・・っし、OKや!」

 

 

振袖にするか訪問着にするかが難しい所やけど、未婚やしな、袋帯を二重太鼓にして・・・と。

紅色の和服、結婚式やから華やかにせなな、花嫁より目立つんは御法度やけど。

 

 

「・・・っと、次はうちが着替えなな、ホテルの長を迎えに行かんとやし」

 

 

今日の結婚式には、うちだけやなく旧世界連合の首脳も何人か参加する。

流石に全員は無理やけど、長である近衛詠春はもちろん参加や。

他の国や組織もトップが参加すんねんから、当然と言えば当然やけどな。

 

 

頭の中で式場に到着するまでのスケジュールを確認しながら、うちが自分の着物に手を伸ばした時・・・。

ドドド・・・バンッ、とモーニング姿の小太郎が部屋に入って来た。

 

 

「かぁちゃん! ちょっと、アイツどうにかしてんか!?」

「何やね、騒々しい!」

 

 

小太郎が言う「アイツ」言うんは、カゲタロウはんや。

この子も月詠とは別の意味で式中に変なコトせぇへんか心配やけど、昨日、よう言い聞かせたし・・・。

でも母親と姉が相手とは言え、女子の寝室に突然入ってくるあたり、成長が無いなぁ。

 

 

「どないしたんですかー?」

「おぅ、月詠のねーちゃん、綺麗やん」

「嫌ですわ、お世辞なんて言うても何もでませんえ?」

「それより小太郎、何かあったんちゃうの?」

「せや! あのおっさん、着替えたはええけど仮面とるのは嫌や言うて、ゴネてんねんけど!?」

 

 

はぁ!?

 

 

「アホか!? 女王の結婚式に仮面で参列なんてできるわけないやろ!?」

「俺に言わんといてや!」

「く・・・ああ、もう、月詠、適当におだてて仮面脱がしてきぃ!」

「はいなー」

「仮面取った方が素敵やとでも言えば、あの人、絶対脱ぐから!」

 

 

経験則的にそんな感じや、あの人。

月詠と小太郎を送り出した後、溜息を吐いて姿見を見る。

 

 

・・・さて、と。

今日は長丁場になるやろうから、気合い入れて行こか。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

近衛騎士団、女王親衛隊、王国傭兵隊、王国陸軍及び王国艦隊地上警備要員に社会秩序省管轄の王都警察要員・・・。

警備のために動員された数は、合計して約2万人。

 

 

だが、今日のために世界中から集まった民衆の数は、確認できているだけでも約150万人。

私達に、どうしろと言うんだ・・・。

 

 

「シャオリー、楽隊の準備と浮き島間の封鎖は終わったぞ」

「ああ・・・」

 

 

仕事の困難さに挫けそうになっている私とは裏腹に、黒髪の同僚・・・ジョリィは張り切っているようだ。

紅潮している頬が、興奮の程を私に教えてくれる。

 

 

「いや、式に参列できないのは残念だが・・・ここ宰相府で、いや「夏の離宮」で女王陛下達の馬車が来るのをお待ちするのも、興奮するな!」

「ああ・・・そうだな・・・」

 

 

女王陛下の結婚式は、旧オスティアに再建されたオスティア大聖堂で行われる。

そこへの招待客は約2000人、いずれも名のある方ばかりだが・・・。

オスティア大聖堂への道は、7つの大きな浮き島を氷の橋で繋ぐことでできている。

今頃はセリオナ・シュテット率いる魔導技術兵団がそれぞれの島の下で橋を支えていることだろう、支援魔導機械(デバイス)は大型化すればする程、扱いやすく、かつ大きな事象を引き起こせる。

氷の橋の下には小型艦艇がアンカーで固定されて、土台になっていると聞く。

 

 

そして今、ジョリィは浮き島間の民衆の移動を止めてきた所だ。

今は7時で、あと1時間もすれば氷の橋を通って招待客達が大聖堂に向かうだろう。

 

 

「陛下達のパレードの先導役の胸甲騎兵は準備できたし、聖堂周辺は艦隊の陸戦要員で固めた。浮き島ごとの沿道警備は王都警察が、角の要所には陸軍兵が配備されているし、この離宮に入るコースは我ら近衛で固めている、万全と言うべきだろうな!」

「女王陛下が昨晩ご宿泊されたホテルの警備は傭兵隊のライラ・ルナ・アーウェン。フェイト殿のご宿泊されたホテルの警備は同じく傭兵隊のユフィーリア・ポールハイトが責任者だったな・・・」

「聖堂は傭兵隊長の龍宮真名だな、参列すると言うから羨ましい限りだ」

 

 

心の底から羨ましそうに、ジョリィは何度も頷く。

それに苦笑しつつ、私は自分達が立っている宰相府・・・いや、ウェスペルタティア王家「夏の離宮」の正門から、沿道に立ち並ぶ無数の民衆を見つめた。

皆、女王陛下のパレードを今か今かと待ち焦がれている。

結婚式の様子は、各所に設置された120台の巨大スクリーンで見ることができる。

 

 

聞く所によれば、3日前から泊り込んで場所取りをしている者もいるのだとか。

警備はもちろんだが、仮設トイレや水分補給所の敷設も、苦労したな・・・5000箇所用意したのだが、足りるかな・・・心配だ。

女王陛下は大聖堂からフェイト殿と馬車に乗り、旧オスティアの復興済みの七つの浮き島と新オスティアを一巡りしてここへやってくる予定だ。

 

 

「きっと、お美しいだろうな」

「・・・そうだな」

 

 

ジョリィの言葉に、私はそこだけは心から頷いた。

今日と言う日は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

当然と言えば当然だけど、僕は結婚式への参列はできません。

と言うか、求められてもいないんだけどね。

まぁ、求められても困るんだけど・・・。

 

 

メルディアナのお祖父ちゃんも、政治犯・・・国事犯収容所でもあるこの屋敷の中にいて、アリアの結婚式には参加していません。

その代わり・・・。

 

 

「凄い人ですねー・・・」

「・・・はい、そうですね、のどかさん」

 

 

僕は今、軟禁されている部屋に備えられた新型の映像装置で結婚式の様子、正確には結婚式の様子を映している民間のニュースを見ています。

この映像装置は『立体テレビ』と言って、平面では無く立体で映像が見れると言う特徴があります。

8時を過ぎた頃から、招待された各界の著名人の人達が続々と結婚式場のオスティア大聖堂に集まり始めている。

 

 

ニュースキャスターによるとこの大聖堂は2年前に再建されたばかりらしいけど、僕もあまり詳しくは無いです。

宰相府の方から、集まった観衆を退屈させないように、楽隊の人達が音楽を奏でながら行進している様子も映っています。

 

 

『・・・しかし、本日の注目は何と言っても、女王陛下のウェディングドレス姿でしょうね!』

『そうですねぇ、各所で予想が立てられているようですが、一切の情報がカットされておりましたからな・・・』

『ウェスペルタティア王家の婚姻は、先々代の・・・』

 

 

ニュースキャスターがアリアの花嫁姿を気にしている中、大聖堂には多くの人が集まっている様子だった。

そしてそれを・・・。

 

 

「・・・楽しそうですね・・・」

「・・・うん」

「・・・ネ・・・じ・・・け・・・」

 

 

最後の方は何を言っているのか聞こえなかったけれど、のどかさんは食い入るように映像を見ています。

その表情の中には、憧れ以外の何かが混ざっている気もしました。

・・・結局の所、のどかさんは僕と一緒にいることになりました。

 

 

『今さら旧世界に戻されても、私・・・・・・困ります』

 

 

そう言われてしまうと、僕はもう、何も言えなくなってしまう。

だって、今ののどかさんの状態は、どう言い繕ったって僕のせいで・・・。

・・・明日菜さんのことだって。

それに・・・。

 

 

「え・・・?」

 

 

映像の向こうで、人々のザワめきが大きくなるのを聞こえました。

見てみると・・・新しく誰かが、大聖堂に到着したみたいで。

でも、そこに映っているのは。

 

 

「父さん・・・と、か・・・」

 

 

ここに軟禁されてから、何度となく僕を訪れてくれる人達が、映っていました。

つまり、父さんと・・・。

 

 

「・・・母さん・・・」

 

 

言い慣れなくて、未だにしっくり来ないその言葉を、僕は唇に乗せた。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

オスティア大聖堂。

伝説によれば創造神が降臨した場所だとも、始祖アマテルの友が使い魔と出会った場所だとも言われていますね。

 

 

代々、ウェスペルタティア王家の婚礼の儀が執り行われる場所でもあり、2年前に再建されたばかり。

修復と言うよりは新しく作り直したと言った方が正しいので、真新しい建造物ですよ。

天を刺すように尖った塔を持ち、垂直感のある造りのこの大聖堂は、2000人の招待客を収容できる十分なスペースを持っています。

 

 

「ふむ・・・生憎の天気ですが、まぁ、大丈夫でしょう」

 

 

空を見上げれば、生憎の曇り、気象部によれば雨は振らないようですけど・・・。

大聖堂の鐘の音が鳴り響く中、それ以上の音を響かせる民衆の歓声。

それに対して選挙用スマ・・・心からの笑顔を向けつつ、手を振ります。

 

 

ザワッ・・・!

 

 

その時、観衆が大きくドヨめきました。

理由は、私の後に大聖堂に到着した人物にあるのでしょう。

 

 

「・・・ゲーデル宰相」

「アレは、そちらの意向ですかな?」

「これはこれは、今をときめく王国陸軍最高司令官殿と信託統治領総督殿にお声をかけていただけるとは、光栄の極みですね」

 

 

大聖堂の中に入った時、私とほぼ同時に到着したらしい王国の高級軍人の参列者の中から、軍服姿のグリアソン、リュケスティス両元帥が私に声をかけてきました。

私はそれに対してにこやかに対応したつもりでしたが、どうやら相手には大した感銘を与えはしなかったようですね。

 

 

リュケスティス元帥などは胡散臭そうな表情を隠そうともせず、唇の片端を皮肉気に歪めてすらいました。

・・・まぁ、別に彼らと私は10年来の親友と言うわけではありませんしね。

むしろ、どちらかと言うと仲は良く無い方ですから。

 

 

「アレはそちらの差し金ですかな、宰相閣下?」

「差し金とは心外ですね、元帥閣下?」

 

 

眼鏡を軽く直しながら、私はリュケスティス元帥から視線を外します。

 

 

「あの件については、今日に合わせて公表すると伝えてあったはずですが?」

「ああ、聞いていたな、午餐会でやるとな」

「ええ、午餐会でしますよ・・・事実の公表はね」

 

 

視線を後ろへ向け、私はそこにいる御方を視界に収めて、目を細めました。

赤毛で能天気そうな笑みを浮かべているバ・・・ナギ・スプリングフィールドのエスコートを受けて娘の結婚式場にやってきた御方を見て、目を細める。

 

 

夫とは違って、どこか緊張と動揺と狼狽を含んだ固い表情を浮かべた、金髪の美しい女性。

淡い青色で、肌の露出の少ないドレッシーな絹製のアフタヌーンドレス。

同じ色合いのリボンのついた帽子と手袋、小さなバックに淡い色のパンプス。

久しぶりに目にする・・・25年ぶりに目にするアリカ様の礼装姿に・・・。

 

 

私は、心の中で頷いたのでした。

あとは、アリア様ですね。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

昨日はお仕事をお休みして頂いて、ぐっすりと休んで頂きました。

結婚式が過労による発熱で中止と言うのは、誰にとっても不幸でしょうから。

 

 

午前6時、珍しくいつもよりも寝起きが悪くはあった物の、しっかりと起床。

午前6時30分、洗面の後、シャワーを浴びて頂きました。私もご一緒して身嗜みを整えるのを補助。

午前7時45分、軽めの朝食を終了。緊張を和らげる意味を込めて30分ほど歓談、テレビは禁止。

そして午前8時25分、再度の洗面の後、準備を始めます。

 

 

この際、私と共に着替えのための部屋に入っていたのはユリアさんを含めた王室女官11名。

老舗服飾店「ゴットフリード」の女性職員3名。

宝飾店「シュトラウス」からは総支配人リーゼロッテ・S・ゴットフリードさんを含む女性職員5名。

魔法世界で最高の絹を作ると評判の「輝虹絹」から、女性職員2名。

小物・インテリアで有名な「アトリエ・リリア」から女性職員2名。

合計、24名で準備をします。

 

 

本当は私一人で全て済ませても良かったのですが、今日に限っては補助はありがたいです。

私としたことが、何故か手先が震えるのですから・・・。

今日はハカセも来ているはずなので、後で看てもらいましょうか。

 

 

それはそれとして、作業です。

髪を最適な状態に保つ魔法の付与された「アトリエ・リリア」製の櫛、「リリアの櫛」で長い白い髪を梳きます。

表面に苺の花を模した装飾が成された「リリアの櫛」で髪を梳いた後、王室女官の皆さんに手伝って頂きつつ、ドレスに負けないよう髪を整えて行きます。

 

 

さらに、普段はほとんどしないお化粧も、今日はしっかりとさせて頂きます。

もちろん、化粧など必要無い程のきめ細やかな肌ですが・・・今日は特別です。

派手になりすぎないよう、かつ結婚式に相応しいように。

幾度となくイメージした、その通りに・・・。

 

 

そして最後に、ウェディングドレスの着付けを済ませた後、ベールを被せて・・・。

・・・目を閉じてされるがままになっていた白髪の花嫁から、私は数歩下がります。

 

 

「・・・終わりました」

 

 

道具類や余った宝石などをユリアさん達に預けてから、私はそう言いました。

その数秒後、ベールの向こう側で宝石のような青と赤の瞳が揺れるのを、私は確かに見ました。

それを見ると、何故か・・・胸部が震えます。

モーターの回転率が断続的に上昇と下降を繰り返し、何とも言えない状態に私を追いやります。

白髪の花嫁・・・アリアさんは、微笑もうとして失敗したかのような表情を浮かべていました。

 

 

「ありがとう・・・茶々丸さん」

 

 

その言葉を耳にした私は、渇くはずが無いのに、喉が渇いたかのような錯覚を覚えました。

正直な話、私は抱擁を望まないわけではありませんでしたし、アリアさんもどこか望んでいたようにも見えますが・・・。

実際には、陳腐な言葉を述べるに留めただけでした。

 

 

「・・・お幸せに」

 

 

私は・・・私達は、ただそれだけを祈っております。

部屋中に、何とも言えない柔らかな雰囲気が・・・。

 

 

 

「いぃ―――やぁ―――だぁ―――!!」

 

 

 

・・・雰囲気が、粉々に打ち砕かれました。

まぁ、そのおかげでアリアさんがクスクスと笑われたので、良しとしますが。

マスター・・・。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

・・・「闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)」って知ってる?

まぁ、他にもいろいろと物騒な呼び名があるんだけど、とにかく最強最悪の大魔法使い。

最近ではウェスペルタティアの重鎮としての顔の方が有名だし、軍の一部に熱狂的な支持組織があるとかで、そこまで悪人呼ばわりはされないみたいだけど・・・。

 

 

とにかく、魔法世界じゃ泣く子も黙る伝説の大悪党なわけよ。

でも、どうしてかしら、最近じゃ全然怖くないの・・・。

 

 

「嫌だ! 絶対に絶対に嫌だぁ―――――――っ!!」

「ゴシュジン、イマサラナニイッテンダヨ」

「今さらもことさらも無いわ! 私は絶対に嫌だ!!」

「キノウマデハイイッテイッテタジャネーカ」

「良いなんて言って無い! 仕方無いと言ったんだ!」

「オナジジャネーカ!」

「違うって言ったら違う!」

 

 

・・・いや、だって、アレのどこに恐怖心が刺激されるのよ。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル―――所々にフリルをあしらった可愛い青のドレスを着た女の子―――は、使い魔の人形と何か言い争ってた。

 

 

私達はアリアが花嫁衣装に着替えて出てくるのをホテルの廊下で待ってるんだけど、コレが結構、時間がかかるのよね・・・もう1時間くらい経ってるわよ?

 

 

「遅いわねー」

「でもアーニャさん、花嫁がホテルを出るのは10時50分ですよ。まだまだ時間に余裕はあります」

「わかってるわよ、でも、早く見たいじゃない。アンタ達もそう思うでしょ?」

 

 

いつものように肩には乗らずに、床の上で私を嗜める使い魔(パートナー)のエミリーにそう返した後、私は一緒にいる同級生と後輩にそう聞いた。

アリアの花嫁衣装、凄く興味があるもの。

私が振り向いた先にいたのは、シオン、ヘレン、ドロシーの3人。

3人とも、私とお揃いのドレスを着ているわ。

 

 

ブライズメイドドレスって言う、花嫁付添人(ブライズメイド)が着るドレスよ。

クリーム色のミディアム丈のワンピースタイプのドレス。

小さな宝石のついたネックレスとパンプスも、もちろんお揃い。

「シュトラウス」と「ゴットフリード」のブランド物よ?

髪の色は違うけど、髪型は同じで、頭の後ろで結い上げてるわ。

プロの人がメイクまでやってくれて・・・流石はロイヤルって感じね。

 

 

「そうね、ミス・スプ・・・じゃないわね、女王陛下のドレスについては情報が外に漏れていないから、私も気になるわ」

「お姉さま、綺麗でしょうね・・・(クルックー☆)」

「で、でででも、本当に私達が付添人で大丈夫でしょうか・・・?」

「本人が良いって言ってるんだから、良いんじゃない?」

 

 

花嫁付添人(ブライズメイド)って言うのは、わかりやすく言えば花嫁の世話役兼引き立て役。

本来は姉妹とか親族がやるんだけど、友人や学友がやっても問題は無いわ。

花嫁に先だってバージンロードを歩いて、指輪交換のときにブーケやグローブを預かったり、披露宴で花嫁の身の回りの世話をしたりするの。

お揃いのドレスを着て、花嫁と似たブーケを持つ・・・。

 

 

ちなみに、花嫁付添人(ブライズメイド)のリーダーは花嫁付添人代表(メイド・オブ・オーナー)って言って、花嫁と特に親しい間柄の人がやるの。

これは、茶々丸さんの役目。

茶々丸さんを含めて、付添人は6人。

つまり、もう一人いるんだけど・・・。

 

 

「・・・」

 

 

私達から数m離れた位置に立ってる、セクストゥムって子がそうよ。

フェイトとアルトの妹で―――ああ、アルトって言うのはクゥァルトゥムの略、長いのよアイツの名前―――かなり、寡黙な子。

私達と同じドレスを着ていて、アリアが来るのをじっと待ってる。

あんまり、話したことは無いけど・・・。

 

 

「いぃ―――やぁ―――だぁ―――!!」

「・・・ところで、彼女は何をゴネているのかしら?」

 

 

・・・最初はシオンも、エヴァンジェリンに対して敬意を表していたんだけどね。

 

 

「アレよ、ほら、アリアって公式的に父親がいないじゃない? もちろん、もっと適役はいたんだろうけど、本人が・・・」

「何が悲しくて、私が若造(フェイト)にアリアを渡しに行かにゃならんのだ!?」

「・・・と言うわけなのよ」

「な、なるほど・・・」

 

 

本来は、父親が花嫁と一緒にヴァージン・ロードを歩いて、花婿に花嫁を受け渡す。

でも少なくとも公式的に、まだアリアの父親はいないことになってる。

だから、父親以外に誰かやるか、アリアが一人で歩くか、いっそ花婿と歩かせるか・・・って話だったんだけど・・・。

 

 

「アリアガ、ゴシュジンガイイッテイッタンダローガ!」

「100万歩譲って結婚は認め・・・み、み、認めてやっても良い・・・だが! コレは無理だ!」

「ジャー、ホカノヤツニカワッテモラウカ?」

「いやダメだ! 他の奴には任せられない!!」

「ドーシロッテンダヨ!?」

「・・・よし、中止しよう!」

「シネーヨ!」

 

 

・・・使い魔の人形、チャチャゼロとエヴァンジェリンの不毛な言い争いは、際限無く続いて行くかと思えたけど、意外と早く終わった。

アリアが着替えに使ってる部屋の扉が、開いたから。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

誰かが、あるいは全員が、声を漏らした。

女官が開いた扉から出てきた白髪の花嫁に、皆が見惚れたから・・・。

 

 

「・・・エヴァさん」

「あ、いや、その・・・何だ、アレだ・・・」

 

 

エヴァンジェリンは目に見えてうろたえたけど、ベールの向こうのアリアの表情を見て、口を閉じた。

それから、数秒だけ目をそらして・・・また戻して。

 

 

「・・・綺麗だ、アリア。本当に・・・その、綺麗だ」

「ありがとうございます」

 

 

エヴァンジェリンの言葉は陳腐だけど、感情がこもってた。

それがわかったからか、アリアがはにかんだように笑って、そっと左手をエヴァンジェリンに差し出した。

 

 

「・・・お願いします、エヴァさん」

「む・・・」

 

 

エヴァンジェリンは、その場にいる全員の顔を見渡して、それからまたアリアを見て・・・。

・・・静かな表情で、頷いた。

 

 

「・・・・・・わかった。ちゃんと送り届けてやるからな」

 

 

エヴァンジェリンはそう言って、アリアの手を取った。

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

「・・・まだかな」

「まだも何も、僕達はホテルを出たばかりだけど」

 

 

隣に座る3(テルティウム)に対して、僕はそう答えた。

今日のために用意された黒塗りの装甲車の窓からは、沿道に立ち並ぶ無数の民衆が見える。

まぁ、大した興味は無いけど・・・3(テルティウム)と揃ってたまに手を振ってやる。

 

 

ガタンッ・・・と車体が揺れたのは、旧オスティア地区へ入ったからだ。

今、僕達の乗っている車両は氷の上を走っている。

旧オスティアの七つの大島を氷属性の道で固めて繋ぎ、魔導技術でさらに舗装した道を通る。

観衆は氷の橋以外の陸地に集められ、浮き島間の移動は原則禁止だ。

今は曇りだからそれ程では無いけれど、日が出ていれば氷に光が反射してさぞ美しかったろうね。

 

 

「・・・まだかな」

「まだホテルを出て2分程度だよ。大聖堂までは3分もすれば着く」

「・・・そう」

 

 

僕達がユフィーリア・ポールハイト達に見送られてホテル「サルヴェ・レジーナ」から出発したのは、2分前のことだ。

3(テルティウム)は先程から表蓋に苺の花が刻印された金無垢の懐中時計を見ているのだから、そのくらいのことはわかると思うのだけど。

 

 

・・・どうも、3(テルティウム)の様子がおかしい。

ブラックジャケットとダークグレーパンツの組み合わせのモーニングコートを着た3(テルティウム)を、横目に見やる。

ちなみに僕は普通のモーニングだよ。

 

 

「・・・」

 

 

・・・特に、いつもと違う所は見受けられないけど。

花婿付添人代表(ベスト・グルーズマン)としては、役目として新郎の世話をしなければならないからね。

ちなみに、4(クゥァルトゥム)3(テルティウム)の付添人(グルーズマン)だよ。

 

 

「・・・まさかとは思うけど、緊張してるわけじゃないよね」

「・・・」

 

 

・・・返答が無いのは、どう受け取れば良いのかな。

実の所、大した根拠も無く適当に聞いただけなんだけど。

アーウェルンクスシリーズが緊張するなんて話は聞いたことが無い。

いや、それを言ったら結婚するなどと思うはずも無いし・・・。

・・・4(クゥァルトゥム)のアンナ・ユーリエウナ・ココロウァへの執着や、6(セクストゥム)の裏面の変化などの説明ができない。

結論として・・・。

 

 

「・・・到着したよ」

「・・・そう」

 

 

結論として、そうだな、龍宮真名ならばこう表現したかもしれないね。

『あの王子様、実は凄く楽しみにしてるんじゃないか』・・・とかね。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

ひゃ~・・・豪華なメンバーだねぇ、流石はロイヤル。

午前10時20分の段階で、王国要人だけじゃ無く、魔法世界や旧世界の関係者の有名どころは揃ってる感じだもんね。

 

 

魔法世界の結婚式に出るってシスターシャークティーに言われた時はどうしようかと思ったけど、実際に来てみれば単なるお仕事だもんねぇ。

何しろ、25年前の崩落で大聖堂の人間も大半が死んじゃって、今じゃ大司教が一人いるだけ。

もちろん、それなりの人員の補充計画はあるんだろうけど、この聖堂自体が再建されて2年だからね。

花嫁とも親交のある私達が手伝ってくれれば・・・的な話。

そして、午前10時50分になった時。

 

 

「お待ち致しておりました、アンバーサ大司教」

「おお・・・この通り盲目でしてな、どうか御助力願いたい」

「誠心誠意、務めさせて頂きます」

 

 

参列者が起立して出迎えたのは、ドミニコ・アンバーサ大司教。

オスティア崩落の時に盲目になったって言う話で、60代前半の白髪のお爺ちゃんって感じの人。

シスターシャークティーが赤と金の司教服を着た大司教のお爺ちゃんの手を取って、祭壇まで案内する。

近くで見ると、意外とゴツいお爺ちゃんだけど。

 

 

「・・・司教って言うより、武闘家が無理してる感じ」

「ミソラ、失礼ダゾ」

「わかってるよ、言ってみただけ」

 

 

大司教とシスターシャークティーの後ろ、つまりは祭壇の隅に、私とココネを含めた宗教関係者が立ってる・・・ペーペーの司祭とか私達以外のシスターとかね。

もちろん、ドレスじゃ無くてシスター服だよ、私達はね。

祭壇にいるから、ドレスで着飾ったお歴々が良く見える。

 

 

えーと・・・帝国のテオドラ陛下と婚約者のジャック・ラカンさん。

一時期、合同でやるんじゃないか、とか噂もあったけど。

モーニング姿のラカンさんと、帝国のイメージカラー、つまり赤色のドレスにパールネックレスのテオドラ陛下。

うーん・・・露出は少ないけど何か色っぽい気がする、肌の色かな?

 

 

「うーん・・・胸かな」

「私は色っぽイカ?」

「・・・ココネって発育、早いよね」

「一応、帝国人だカラ」

 

 

それから、黒のシックなドレスに鮮やかな色合いのコサージュと靴を合わせたアリアドネーのセラス総長、アリアドネーの色だもんね、黒と赤って。

・・・お? エミリィさん達もいるじゃん、こっちは軍服っぽいけど。

見るからに緊張してるね~・・・足元のモーニング姿の金色の毛並みの猫の妖精(ケット・シー)が何か話しかけたら、表情が和らいだけど。

 

 

「何を言われたんだろ・・・あの猫の紳士に」

「あの人の紅茶、美味しイゾ」

「飲んだことあるんだ・・・」

 

 

それと、メガロメセンブリアのリカード主席執政官とミッチェル・アルトゥーナ執政官。

女性が少ないから、華やかさで他に負けてる気がするね。

・・・アルトゥーナ執政官が妙に挙動不審だけど。

 

 

「・・・花嫁攫ったりしないかな」

「不謹慎だゾ」

 

 

それからある意味で一番目立ってるのが、旧世界連合・・・特に旧関西組だよね。

瀬流彦先生はモーニングだし、ドネットさんはモカブラウンのドレスに薄い黒のショールを合わせてる。

まぁ、結婚式では普通な部類だよね。

和装の旧関西組は、組織としては間違って無いけど目立つなぁ・・・。

・・・まぁ、亜人とか獣人の参列者もいるから、悪目立ちはしてないんだけどね。

ちなみに、旧関西の参列者はトップの近衛詠春さんと大使の千草さんとその家族。

 

 

「・・・千草さんの横にいる男の人、誰?」

「さぁ・・・知らない人ダ」

 

 

後は、関係者兼旧3-A代表ッてことで私―――シスターとしてだけど―――と、ハカセと龍宮さん。

若草色のドレスの龍宮さんと、ライトミントグリーンのドレスのハカセ。

ドレスもアクセサリーもシンプルなデザインの龍宮さんと、ちょこちょことリボンベルトとかフラワーモチーフとかついてるハカセ、何か性格が出てる気がする。

 

 

そうそう、旧3-A参加者って言えば、ある意味で一番の驚き。

家族席(一番前の方)に座ってる、相坂さんの存在だよね・・・。

何か・・・同級生がああなるって、ちょっと感慨深いよね・・・。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「ふぅ・・・」

 

 

本当は新郎が入ってくるまで立ってなきゃいけないんだけど、座らせて貰いました。

正直な所、立ってると辛いし・・・。

ポンポン、と最近一段とふっくらしてきたお腹を軽く叩く。

そうすると、別の感触が身体の中から返ってきて・・・自然、頬が緩むのを感じます。

 

 

「さーちゃん、大丈夫か?」

「うん、平気だよ、すーちゃん」

 

 

隣から気遣わしげに声をかけてくれるすーちゃんに、私は微笑みを返します。

すーちゃんも今日はちゃんとした礼装姿です。

いつもは野ざらしな長い髪もきちんと梳いてまとめられていて、窮屈そうだけど服を乱したりはしない。

 

 

一方、私の格好はと言うと・・・まぁ、そう言うドレスです。

綺麗な透け感にベルベットの千鳥柄が浮き立つノーブルなドレスで、袖とスカート部分は落ち感が良いようにバイヤス使いになっています。

腰の後ろのオーガンジーの大きなリボンが、全体のイメージを引き締めてくれます。

お腹回りはもちろん、最近ちょっと大きくなった胸周りのサイズも合わせて貰いました。

 

 

「アレのおかげで、今日は随分と体調が良いの」

 

 

私の視線の先には、聖堂の四隅に設置された大きな箱みたいな支援魔導機械(デバイス)があります。

『箱庭の風』と言う大き目の精霊炉をコアにした設置型の魔導装置。

最近、亜人の体調不良が問題になっているから、その改善を目的として開発された医療用の装置。

生成収束させた魔力に軽い治癒や身体活性、精神安定などの効果を付与し周囲に散布するリラクゼーションシステム・・・らしいです、私も詳しくは無いんですけど。

とにかくアレのおかげで、私の体調も凄く良いんです。

 

 

本来なら赤の他人なのに、家族として招待してくれたアリア先生。

本当なら、いけないことだと思うけど・・・でも、嬉しいと思うのも事実。

官位を持たない私は、一番私人に近い形でアリア先生のことを祝える。

・・・木乃香さんと刹那さんは、来れないけど、その分もお祝いしたいから・・・。

目を閉じれば、今までのことが昨日のことのように思い出せます。

 

 

「アリア先生・・・どんな花嫁衣装なんだろ」

 

 

そして、午前11時。

大聖堂の外からかすかに聞こえる軍艦の礼砲と共に、結婚式が始まりました。

21発の礼砲が撃ち鳴らされた後、聖堂内の楽隊が演奏を始めます。

 

 

今度は私もちゃんと立って、まず新郎・・・フェイトさんを出迎えます。

フェイトさんよりも先に、フェイトさんの付添人(グルースマン)であるクゥァルトゥムさんとクゥィントゥムさんが入場します。

こうして並ぶと、本当にそっくりですよね・・・「弟」なので、変では無いと思うけど。

 

 

参列者に挟まれた赤い絨毯の上を、黒のモーニングコートを着たフェイトさんがゆっくりと歩きます。

祭壇の前にまで来て、シスターシャークティーの補助を受けたアンバーサ大司教と、短いけど伝統に則った重要なやりとりを交わします。

あの人が、これからアリア先生と結婚するんだ・・・。

 

 

「良いなぁ・・・」

「む?」

 

 

私が漏らした呟きに、すーちゃんが鋭く反応しました。

小さく首を振って「違うよ」と伝えた後、私は祭壇に視線を戻しました。

良いなぁ・・・私もこんな風に式を挙げたいな、和風とか良いよね・・・。

 

 

私がそう考えた、直後。

たぶん、この場にいる全員が待ち望んでいるだろう女性が、やってきました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

その瞬間、付添人の存在とか、参列者の顔ぶれとか、そう言うことは気にならなくなった。

まぁ、最初からそれ程に注意を払っていたわけじゃないけれどね。

 

 

付添人達が祭壇を背に一列に並んだ頃、曲調がそれまでの西洋式な物から変わった。

楽隊が演奏を止めて、代わってその後ろにいるオリエンタルな服装の人達が演奏を始める。

日本の結婚式で演奏されると言う「平調 越天楽」。

オリエンタルな服装の集団に交じって龍笛を吹いているのは、晴明だ。

アリアの花嫁衣装争いで敗れた代わりに、「入場曲は我がやる!」とか言っていたね。

だけど、それすらも今はどうでも良かった。

 

 

「・・・」

 

 

ほぉ・・・と、この場にいた全員が息を吐いていたと思う。

それを責める気にはなれなかった。

この場にいる誰よりも、僕が見惚れていたのだから・・・。

 

 

ベールの向こう側に隠された白い髪は、どうしてかいつもより艶やかで輝いて見える。

ベールに包まれたアリアは、かすかに顔を伏せているように見える。

数mはあるアンティークベール、先々代の王が娘―――つまり当時のアリカ王女―――のために7年がかりで作らせた物で、可憐な花と幾何学模様が白銀の糸で縫い込められている。

アリカ女王の処刑の後は使われること無く保管されていたらしいけど、今日になって日の目を見たわけだね。

 

 

輝虹絹(きこうけん)と言う最高級のシルクを素材とする純白のドレスは、アリアが一歩進む度に光の粒を振り撒くように淡く輝き、純白のドレスを白銀に染める。

上品に開いた胸元に、控え目でたおやかな印象を見る者に与える肩口のライン。

手元はレースで繊細に、そして歩く度に表情を変えるスカートはプリンセスラインで、ふんわりと足元まで隠している。

形の整った真珠や小さくカットされたダイヤモンドがいくつも縫い付けられていて、同じ色の糸で花が彩られている。

スカートから稀に覗く靴は、白のハイヒール。

真珠やダイヤモンドをあしらわれたペンダントとイヤリングは上品で清楚な造りになっていて、まるでアリアの可憐さを引き立てるために作られたかのようだった。

 

 

手には、小さな花が覆いかぶさるようにまとめられたキャスケードタイプのウェディングブーケ。

アリアらしい清楚で品のある仕上げになっていて、鈴蘭、撫子、アイビー、ヒヤシンス、ギンバイカなどの花で彩られている。

 

 

「フェイト・・・」

「・・・アリア」

 

 

気が付いた時には、アリアは僕のすぐ目の前にいた。

ベールの向こうで、青と赤の瞳が僕を見上げている。

アリアの左手を取っている吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は、怒っているような、泣きそうな、それでいて笑っているような、そんな顔をしている。

 

 

何か言いたそうにも見えるけど、何も言うことは無い、と言いたそうでもある。

ただ静かに、アリアから手を離した。

そして僕が、代わってアリアの手を取った。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・まるで、夢を見ているような気分です。

ウェディングドレスを着る前は、実の所かなり緊張していたのですが・・・。

着せられた後は、また別の感情が生まれました。

 

 

何故か、いろいろな人にお礼を言いたい気分になったんです。

朝から出会った人達、式に出席してくれた人達、集まってくれた民衆。

式場に視線を向ければ、各国首脳に著名人、そしてそれに混じって、私と私的な関係のある方々もたくさんおります。

クルトおじ様を始めとする王国の仕事仲間に、スタン爺様を始めとする村の人達もいます。

皆、私を祝福してくれています。

私は今、私を祝福してくれる全ての人達に、ありがとうと言いたい気分なんです。

隣に、この人がいると思うだけで・・・。

 

 

「それでは、結婚の誓約を・・・」

 

 

気が付けば、オストラで何度か顔を合わせたこともあるアンバーサ大司教のそんな声が耳に入りました。

大司教の補助をしているシスターシャークティーと目が合った時、かすかに微笑まれたような気がしました。

それに微笑みを返す前に、私の目は再び隣に映ります。

 

 

私の横に立っているフェイトが、私の右手を取ったから・・・。

アンバーサ大司教の言葉に続ける形で、フェイトが結婚の誓約を口にします。

 

 

「「私はこの女性と結婚し・・・

 

 

  夫婦となろうとしています。

  私は健やかなる時も

  そうではない時も

  この人を愛し

  この人を敬い

  この人を慰め

  この人を助け

  私の命の限り

  固く節操を守ることを

  神聖なる婚姻の契約のもとに

 

 

           ・・・誓います」」

 

 

フェイトらしい、感情の見えない穏やかな口調。

いつもとほとんど変化は無いけれど、でもやっぱり、どこかいつもと違う気もします。

わかっているのは、ただ・・・今の私には、フェイトしか見えていない。

フェイトの言葉しか・・・きっと、聞こえていない。

フェイトも同じであってほしいと思うのは、不思議なことでしょうか?

 

 

フェイトの右手を、今度は私が握ります。

大司教の言葉が耳に届いているのが、むしろ奇跡だと思えるくらい。

私は・・・。

 

 

「「私はこの男性と結婚し・・・

 

 

  夫婦となろうとしています。

  私は健やかなる時も

  そうではない時も

  この人を愛し

  この人を敬い

  この人を慰め

  この人を助け

  私の命の限り

  固く節操を守ることを

  神聖なる婚姻の契約のもとに

 

 

           ・・・誓います」」

 

 

・・・きちんと言えたでしょうか?

大司教の言葉の後に続けるだけなので、暗記する必要は無いのですが。

その代わり、一つ言葉を繰り返すたびに、どうしようも無い気持ちになってしまいます。

まさかとは思いますが、強制証文(ギアス・ペーパー)ではありませんよね、なんて・・・。

 

 

きゅっ・・・と、指先でフェイトの手を握ります。

本当に、夢の中にいるような気分です。

ふと、フェイトが私の右手を離しました。

・・・どうして? と少し不満な気持ちになりましたが、すぐに左手を取られました。

 

 

フェイトの手にはリングがあって、リングピローを持ったクゥィントゥムさんが離れて行くのが見えました。

気が付けば、茶々丸さんが私の持っていたブーケを預かってくれていました。

あ、指輪の交換ですか・・・少し、いえかなり恥ずかしい勘違いをしてしまった模様です。

と言うか私、本当に周りが見えていないんですね、今・・・。

 

 

「・・・」

 

 

フェイトが私の左手の薬指に嵌めてくれた指輪は、昨日まで着けていた婚約指輪とは違う指輪です。

蔦が絡み合う模様の入った上品な銀の指輪で、内側にはイニシャルが刻まれています。

何でも、ウェスペルタティアの銀山で採掘した銀で作るのが慣例だとか・・・。

でも、どこで作られた何であっても、どうでもいい気分です。

 

 

だって、フェイトが着けてくれると言うことに意味があるのですから。

きっとフェイト以外の誰から何を貰っても、こんな気持ちにはならないでしょう。

それから自分の身体が自分の物では無いような気分で、流れに乗るようにフェイトの左手を取り、同じように指輪を嵌めました。

えっと、コレで指輪交換は終わりですかね・・・。

 

 

「・・・それでは、誓いのキスを・・・」

 

 

大司教の言葉に、胸が高鳴ります。

期待半分、恥ずかしさ半分・・・と言った所でしょうか。

だって、こんな大勢の前でキスをするのは、初めてですから・・・。

 

 

でも、嫌ではありません。

 

 

お腹の上に両手を重ねて、軽く頭を下げます。

フェイトは親指だけをベールの内側に入れて、残りの指を揃えて・・・ゆっくりとベールを上げます。

その際、私とフェイトの顔が近付いて、見つめ合う形になりました。

フェイトは私の髪を梳くようにベールの裾を直し、私の両手を取って、私は頭を上げます。

とてもゆっくりな動作だったと思うのですが、どうしてか、そうは感じませんでした。

 

 

フェイトが私の肩にそっと手を置いて、私に顔を近付けて来ました。

私は特に何をするでもなく、身体の前で手を組んで軽く目を閉じ、ただ待ちます。

ふ・・・と、柔らかな感触を唇に感じた時。

 

 

軽く触れるだけの、3秒にも満たないキス。

それだけのことなのに、何故か私の目からは涙が流れました・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

・・・誓いのキスが終わった。

指輪の交換も終わったし、これでアリアは若造(フェイト)のモノか・・・。

いや、若造(フェイト)がアリアの婿なのだから、若造(フェイト)がアリアのモノになったのか?

 

 

だが同時に若造(フェイト)はコレでペイライエウス公の爵位を得て、大貴族の一員になる。

・・・その場合、私は若造(フェイト)のことも敬称で呼ぶ必要が生じるのだろうか?

・・・・・・今からでも無かったことには・・・・・・。

 

 

「私は、お二人の結婚が成立したことを宣言致します。お二人が今、私達一同の前でかわされた誓約を始祖アマテルが固めてくださり、祝福で満たしてくださいますように」

 

 

・・・無理そうだな。

大司教であり宮内尚書でもあるアンバーサの言葉に、私はそう思った。

若造(フェイト)の隣であんなに幸せそうに笑っているアリアを前にして、そんなことはとてもできん・・・。

 

 

・・・だって、そんなこと言ったらアリアがきっと泣く。

泣かないまでも、凄く悲しそうな顔をするだろうと思う。

私が本気で反対したら―――今までだって本気だったが―――アリアはもしかしたら、聞いてくれるかもしれない。

だが・・・。

 

 

「それでは、サインを・・・」

 

 

気が付けば、結婚証明書の署名が始まっていた。

結婚証明書とは、要するに読んで字のごとく、結婚を証明するための文書だ。

新郎と新婦、大司教と・・・証人が署名する物だ。

この場合、大司教とアリアとフェイト、クゥィントゥムと茶々丸かな。

私も、結婚の作法には詳しくないからな。

 

 

・・・と考えていると、目の前にその結婚証明者が示された。

何かと思って傍のアリアを見ると、幸せそうに微笑んでいた。

 

 

『お願いします、エヴァさん』

 

 

ホテルで手を取った時のアリアの言葉が、脳裏を掠める。

再び目を落とすと、結婚証明書にはこう書かれている。

 

 

『お二人が誓いを立て、始祖アマテルの元、夫婦になった事を承認します』

 

 

・・・わ、私もサインするのか!?

え、い、良いのか、コレ!?

い、いや、そもそも何で私が・・・!

 

 

キッ・・・と睨みつける。

アリアじゃないぞ、若造(フェイト)をだ。

くっそ、このガキ・・・やっぱりダメだ、認めん!

私はサインなどせんぞ、絶対にしないからな!

 

 

・・・・・・ああ、サインしたよ! 文句があるか!?

 

 

この場でサイン拒否とかできるわけが無いだろ・・・!

くそ、くそぅっ・・・良いか若造(フェイト)、幸せにしろよ!!

絶対だぞ、できなかったら100回殺すからな・・・!!

 

 

くそ、目の前が歪んでアリアと若造(フェイト)が良く見えん・・・。

・・・な、泣いてなどおらんぞ!?

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「これより、お二人は夫婦です。ご列席の皆様、お二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたお二人を、始祖アマテルが慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう」

 

 

それが、アンバーサ大司教の閉式の言葉でもあった。

1時間以上に及んだアリアの結婚式も、残す所わずか・・・か。

 

 

・・・始祖アマテルよ、今日結婚の誓いをかわした二人の上に、満ち溢れる祝福を注いでください。

二人が愛に生き、健全な家庭を作れますように。

喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、貴女に支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見出すことができますように。

また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように・・・。

 

 

「いや、良い式でしたな」

「ええ、本当に・・・」

「コレは今夜の舞踏会も期待できそうですな」

 

 

周囲の人間がそう囁き合うのを耳にして、頬を綻ばせる。

アリアは、皆の祝福を受けて結婚できたのじゃな・・・。

私は必ずしもそうでは無かった―――自業自得じゃが―――故、本当に嬉しい。

 

 

隣のナギを見ると、ナギも嬉しそうに笑っておる。

まだ周囲の目が気になるが、アリアの幸福そうな顔を見ると、それを上回る嬉しさが込み上げてくるのじゃ。

私達は最後尾の列にあって、結婚式に参列することを許された。

 

 

私達のことを話すのは、午後になってからじゃから・・・親として傍で見守ることは許されんのじゃ。

元より、今さら親面をしてアリアの結婚式にしゃしゃり出るつもりは無かった。

少し寂しいのは事実じゃが、せめて参列できるようにと手配してくれたクルトには感謝せねばな。

じゃが・・・本当に私のことを話しても良い物だろうか。

話さずにおいたほうが、波風も立たずに済むのでは・・・とも思うのじゃが。

じゃが、クルトの献身と長年の努力を思えば・・・。

 

 

不意に、ナギが私の手を握った。

見てみれば、いつものように快活に笑っておる。

私はそれを見て、口元をかすかに緩める・・・この男は、本当に・・・。

 

 

その時、聖堂内の楽隊が盛大な音楽を奏で始めた。

 

 

結婚行進曲・・・入場の音楽とは違う、軽快かつ荘厳な音楽に顔を上げれば、アリアが婿殿と腕を組んで退場する所じゃった。

アリアが使っておるベールは、亡き父上が私のために作らせた物じゃが・・・私はついに使えなんだからな・・・。

保管されていることを知ったアリアが、使いたいと言ってきた時は本当に嬉しかったの。

 

 

婿殿と幸せそうに腕を組み、ヴァージン・ロードを歩く純白の花嫁の姿に。

私は、万感の想いを抱かずにはおれなかった・・・。

・・・目尻に涙が浮かぶのを感じたが、クルトやエヴァンジェリン殿やスタン殿のように号泣はしなかった、とだけ言っておこうかの。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

大聖堂の外に出た私達を待っていたのは、晴れ渡った青空でした。

さっきまで、曇っていたのに・・・。

 

 

さらにオスティア郊外で陸軍砲兵隊が放った21発の礼砲と、青空を駆ける親衛隊機竜部隊によるアクロバット飛行・・・。

そして何より、大勢の民衆の祝福の声でした。

拍手と歓声、そして鐘の音・・・。

とても、良い気分です・・・今なら、誰にでも優しくなれそうな気分です。

純粋な、心からの笑顔で手を振ると、観衆の人達の声がさらに大きくなります。

 

 

「・・・行こうか」

「はい」

 

 

旦那さま・・・えへへ、旦那さま、だって。

フェイトの言葉に頷いて、式場の出口から歩いて行きます。

 

 

これから、パレードです。

左右に整列しているパレードの参加兵の方々の閲兵を行いつつ、大聖堂の前に用意された馬車に乗ります。

クラシカルな作りのランドー四輪馬車、前後から幌がかかる向かい座席の客馬車です。

これに乗って、旧オスティアの7つの浮き島と、新オスティアの中心市街地を抜ける形で一巡りして、宰相府へ向かいます。

そこで午餐会・・・昼食会を経て、また別のスケジュールが始まります。

でも、今は・・・。

 

 

「・・・大丈夫かい?」

「はい、もちろん」

 

 

今は、私の手を取って馬車に乗せてくれる旦那さまと、一緒にいられることを喜びたいんです。

10年前には、こんなコトになるなんて想像もしていませんでした。

自分がこんな・・・幸せな気持ちになれるなんて。

幸せで幸せで、どうしようもなくなってしまう時が来るなんて。

 

 

そしてこんな幸せな一日が、まだ半分も終わっていないだなんて!

ウェディングドレスの長い裾を、花嫁付添人(ブライズメイド)の茶々丸さんやアーニャさん達が苦労して馬車の中に収めてくれます。

そして馬車の扉を閉める際に・・・。

 

 

「アリア、おめでとう!」

「お姉さま、とっても綺麗です・・・!」

「え、えと、いつまでもお二人仲良く、お幸せに・・・」

「それでは、女王陛下、行ってらっしゃいませ・・・なんてね?」

「・・・これで、本当にお義姉さま」

 

 

周りの兵の方々に聞こえないような小声で、アーニャさん、ドロシーさん、ヘレンさん、シオンさん、セクストゥムさんが口々に私達を祝福してくれました。

それが心からの物であるとわかるから、本当に嬉しい。

私が心からのお礼を言うと、5人は馬車から離れました。

最後まで立っていたのは、茶々丸さんで・・・。

 

 

「・・・行ってらっしゃいませ」

 

 

まるで、自分のことのように嬉しそうに。

これまでで一番の笑顔で、私を見送ってくれています。

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

他に言いようが無いくらい、胸の中に感情が溢れています。

他に、何と言えば良いのかわからないくらい・・・。

茶々丸さんが離れるのを確認するのと同時に、御者の方が馬車を走らせます。

 

 

胸甲騎兵の先導を受けて、4頭の白馬に引かれた馬車が走り出します。

観衆の声に、私とフェイトさんは片手を振って応えます。

もう片方の手は、馬車の中でお互いの手を握っています・・・。

どうしてか、今は笑顔を見せるのがとても簡単です。

 

 

ニコニコしていると、馬車の傍の護衛兵の方と目が合う度に、兵士の方が顔を紅くします。

・・・軽く首を傾げていると、フェイトの方を見た途端に今度は顔を青くします。

・・・・・・?

・・・あ、観衆の最前列でフェイトのことを呼んでいる若い女の子が、フェイトのファンクラブでしょうか。

いつもなら嫉妬全開―――自覚はあるんですよ、一応―――ですが、今日は違います。

この人が、私の旦那さまなんです、良いでしょう? ・・・そんな気分です。

 

 

「フェイト」

「・・・何?」

「呼んでみただけです」

 

 

不思議そうに首を傾げて見せるフェイトが、可愛くて仕方がありません。

私の手を握る力を少しだけ強めたフェイトが、愛しくて仕方がありません。

もう、どうにかなってしまいそうなくらい。

でもそれが、嫌じゃないんです。

むしろ、嬉しくて嬉しくて、どうしようも無いんです。

 

 

「フェイト」

「・・・何、アリア」

「何でも無いです、フェイトは?」

「何も無いよ、アリア」

「一緒ですね」

「・・・そうだね」

 

 

何が嬉しいのかはわかりませんが、フェイトは私の顔を見て、表情を緩めたように感じました。

何故かはわかりませんが、フェイトが安らいでいるのなら、私も嬉しいです。

 

 

「・・・アリア」

「はい、何ですか?」

「何でも無いよ、呼んでみただけさ」

「・・・そうですか」

「そう」

「フェイト」

「・・・アリア」

 

 

やってみると、胸の中にポカポカした物が浮かんでくる感じでしたが。

やられてみると、くすぐったいような、別の温かさを感じますね。

名前を呼び合ってみると、止まらなくなりそうです。

 

 

パレードが進む間中、私達は民衆に手を振って、手を握り合って。

そしてたまに、思いついたように名前を呼び合ってみたりしました。

意味なんてありませんけど、そうしたかったんです。

そうしたいと思った時にそうできる幸せを、行使したかったのかもしれません。

 

 

「フェイト」

「アリア」

 

 

今日と言う日は、まだ始まったばかりですが・・・。

私はすでに、どうしようもない程の幸福感の中にいました。

これ以上、幸福になったら・・・死んじゃいそうなくらいに。

 

 

 

 

        ・・・しあわせ・・・

 

 

 

 




アーシェ・フォーメリア:
・・・へ? あ、私!?
え、えっと、広報部のアーシェです、今回は後書きを担当させて頂きます。
今回は女王陛下のウェディングドレス姿を始めとして、多くの写真を撮らせて頂きました。
その中で一番の目玉は・・・。
フェイト公爵のモノローグにおいて、女王陛下の花嫁姿への反応が激し過ぎた件でしょうか。
素材まで見抜くとなると、実は事前に情報が漏れていた可能性が・・・。


今回初登場のアイテム・キャラクター・ウェディング案などは以下の通りです。

・リーゼロッテ・S・ゴットフリード:リード様提供。
・老舗服飾店「ゴットフリード」及び宝飾店「シュトラウス」。
 及びウェディングドレス(ベール含む)を含むドレス、宝石・指輪類:リード様提供。
・白虹絹及び輝虹絹:ATSW様提供。
・立体テレビ:黒鷹様提供。
・「アトリア・リリア」及びリリアの櫛:フィー様提供。
・フェイト公の懐中時計:ライアー様提供。
・箱庭の風:フィー様提供。

・氷の橋:Agudogarudo様提供。
*本来は式場その物を氷でと言うことでしたが、一部採用と言うことで。
・艦艇・陸軍による礼砲:伸様・黒鷹様提供。
・アクロバット飛行:黒鷹様提供。
・結婚証明書・宣誓文:伸様提供。
・平調 越天楽:伸様提供。

ありがとうございました!


アーシェ・フォーメリア:
それでは次回は、午後の部ですね。
次回はお食事会な感じですかね・・・大人しめかもです。
なるべく定期投稿できるよう努力する、とのことですが・・・。
何分、作者が慣れていない場面なので、少し予定が狂うやもしれません。
その際は、どうぞご容赦ください。
では、仕事に戻りますね、そりゃーっ!


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第3部最終話②「Royal wedding・午後」

Side フェイト

 

午餐会への招待客は、各国首脳や魔法世界・旧世界の著名な人物が合計600名。

帝国やアリアドネーの首脳はもちろん、各界の有名人が参加している。

例えば、エリジウム大陸で新グラニクスの建設を担当する建築家リシオ・コスタ氏とかね。

ちなみに何故、午餐会と晩餐会を分けて行うかと言うと・・・王国側の要人などは交代で結婚式と政務を担当しなければならないからだ。

 

 

午餐会は午後1時30分から、少し遅めの昼食だね。

本来は着席レセプションでやるはずだったのだけど、晩餐会もあるから、今回は宰相府の中庭で立食ビュッフェスタイルで行われることになっている。

閉鎖的なイメージを持たれたくない、と言うアリアの意向らしい。

晩餐会は披露宴も兼ねるからね、午餐会ではあっさりしたイメージを与えたいのかもしれない。

 

 

「・・・まだかな」

「フェイト様、ご自重ください」

「・・・まだ、着替え初めて10分も経って無い」

 

 

僕の声に、使用人姿の調君と環君が呆れたような声音で答える。

この2人だけでなく、暦君達には参列用のドレスが何種類か用意されていたのだけど、固辞された。

自分達は裏方で十分で、ドレスなど分不相応だと・・・。

 

 

「・・・古来から、王族のお手つきはメイドから・・・」

「・・・何か言ったかい、環君?」

「いいえ、環は何も申しておりません」

 

 

僕の疑問に、何故か笑顔で調君が答えた。

環君が何かボソボソと言ったような気がしたけど、気のせいだったらしい。

 

 

ちなみに僕が今、何をしているのかと言うと、午餐会の会場に行く前にアリアを迎えに来たのさ。

アリアは別室で着替えている・・・いわゆる、お色直しと言う奴だね。

旧世界では日本だけの独特な習慣と聞いていたけど、ゲートで日本と繋がっていたウェスペルタティアは、どうも影響を受けているらしいね。

個人的には、ウェディングドレス姿のアリアをいつまでも見ていたかったけど・・・。

・・・頼んだら、また着てくれるかな?

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

不意に、部屋の扉が開いた。

どうやら、アリアの着替えが終わったらしい。

まず王室女官の茶々丸とユリア・・・と、親衛隊副長も兼ねる霧島知紅が扉を開いた。

その向こうから、アリアがやってきて・・・。

 

 

「お待たせしました、旦那さま・・・何て」

 

 

悪戯っぽく笑うアリアは、とても上機嫌なように見えた。

その身体には先程までの純白のドレスでは無く、爽やかで淡い色合いの青のアフタヌーンドレス。

胸元から裾まで切り返しの無い、真っ直ぐ広がるAラインドレスは、アリアのほっそりとした腰回りをさらにすっきりと見せて、思わず抱き寄せたくなってしまいそうだった。

腰の部分にはリボンも兼ねる花のコサージュ、結い上げた白髪を彩る空色の髪飾り。

 

 

「・・・行こうか」

「はい、お客様をお待たせしてはいけませんしね」

 

 

ごく自然に、僕はアリアの手を取る。

アリアは拒むことなく、僕の手を握り返してくれる。

どちらから伴く微笑み合って、歩き出す。

 

 

・・・ちなみに午餐会の後、宰相府のバルコニーから外の民衆にアリアと僕の姿を見せることになっているのだけど。

そこで僕がアリアにキスすることになっているのは、アリアは知らない。

・・・楽しみだ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

午餐会に先立つ挨拶で改めて、列席者の皆様にお礼を申し上げました。

その後、600人の招待客にウェスペルタティア産のシャンパンをふるまって、乾杯します。

いわゆるシャンパントーストと言う物で、新婚夫婦の幸福と健康を願う大事な行事なのですが・・・。

 

 

食前酒とは言えお酒はお酒、国家元首としてはある種の致命的弱点ですが、私はお酒が飲めません。

なので、会場の皆様が乾杯する中、飲むフリだけします。

一舐めで酔えますので、唇をつけることもできません。

・・・その後は、立食形式の昼食が始まります。

とは言え、私達は食べれない公算の方が高いですが。

 

 

「本日は私共の結婚式に参加してくださり、誠にありがとうございます」

「こちらこそ、素敵な式に招待して頂き、感謝しておる」

 

 

一番近くにいたテオドラ陛下にお礼を言うと、テオドラ陛下も笑顔で返してくれました。

帝国のテオドラ陛下を始め、各地のVIPがこの午餐会に招待されております。

600名に上るお客様達のそれぞれに挨拶をして、顔を見せて回らなければなりません。

顔見せも、立派なお仕事ですから。

 

 

「んぉ? 酒残ってるじゃねーか、飲まねぇのか?」

「え、あ、コレは・・・」

 

 

ラカンさんに指摘された通り、私のグラスにはシャンパンが手つかずのまま残っています。

本当は飲まないといけないのですけど、飲めないので・・・ボーイに渡しますかね。

先に渡しておけば良かったですね。

 

 

・・・とか思っていると、横からフェイトが私のグラスを手に取り、取り上げました。

はぇ・・・?

 

 

「・・・妻はアルコールは苦手なので、代わりに僕が飲みましょう」

 

 

そう言って、一息に飲み干しました。

あ、若干ですが間接キス・・・とか思いますが、それ以上に。

・・・妻だって、妻・・・えへへ・・・。

どうしましょう、どうしましょう・・・!

 

 

「・・・おーおー・・・」

「ま、まぁ、近く妾とジャックも婚礼の儀を上げる予定ゆえ、その際には是非とも我が帝都にいらしてほしい」

「はい、是非・・・」

 

 

何かに当てられたかのような表情を浮かべるテオドラ陛下とラカンさんを不思議に思いながらも、私は他のお客様の所へフェイトと共に赴き、挨拶回りを続けます。

アリアドネーのセラス総長にご挨拶した時は、懐かしい顔ぶれにも会えましたし。

 

 

「お久しぶりです、アリア先せ・・・じゃなく、女王陛下!」

「この度はおめでとうございます」

「素晴らしい式でした・・・」

 

 

コレットさん、セブンシープさん、モンローさんの3人に会うことができました。

他の方は本国だそうで、残念です。

彼女達だけでなく、バロン先生にも本当に久しぶりにお目にかかりました。

 

 

「素敵なご夫婦に、祝福を!」

「ありがとうございます」

 

 

カカッ、と愛用の杖で地面を叩きつつ一礼する猫の妖精(ケット・シー)に、クスッと笑みを浮かべます。

アリアドネーとは国境も接していない分、友好関係が続くでしょう。

次に挨拶を交わしたのは、麻帆良を含む旧世界連合の方々です。

詠春さんに瀬流彦先生、ドネットさんです。

 

 

「あはは、先を越されちゃったねー」

 

 

挨拶を交わした後、瀬流彦先生が懐かしい笑顔でそう言いました。

詠春さんはフェイトを興味深そうに見ていましたが、私の方を向いた後、何も言わずに足元を指差しました。

何かと思って、見てみると・・・。

 

 

「おめでとーございます!」

「スタンドアローンやえ!」

 

 

詠春さんの両足の影に隠れるように、2体の小さな式神が。

ちびせつなと、ちびこのか。

しかし、驚いて瞬きした次の瞬間には、2体の式神は消えてしまいました。

 

 

「・・・今のは?」

「何のことでしょう?」

 

 

詠春さんは、にこやかな笑みを浮かべたままでした。

・・・そうですか。

胸の中が、懐かしさと温かさで満たされるのを感じます。

でも私、刹那さんと木乃香さんには伝えて無いのですけど・・・。

 

 

その後、「イヴィオン」を含む小国の首脳部と会ったり、魔法世界各地の著名人と会話をしたりを繰り返しました。

そして、午餐会が予定通り終了しかけた時・・・。

 

 

「皆様、お楽しみのところ恐縮ですが、どうぞ中央のスクリーンをご覧ください」

 

 

始まりました。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

さぁ、いよいよですね。

このクルト・ゲーデル、最大の見せ場ですよ。

このために生きてきたと言っても、過言ではありません。

虚偽の上に虚偽を重ねて、真実へと変えるために・・・。

 

 

「皆様のご助力を賜りまして、我々は旧連合の残党を討伐することができました・・・そして女王陛下の命に従って焼け落ちた旧グラニクスを調査した所、大変な事実が判明したのです」

 

 

私はアリア様の結婚式への参加と協力への感謝の念を述べた後、そう言いました。

そして突然、中央のスクリーンにある映像が流れます。

25年前のあの日、あの場所で、<災厄の女王>が処刑された映像・・・。

結婚式の場に持ち出して良い映像ではありませんね。

事実、会場からもそのような声が上がるのですが・・・。

 

 

「なるほど、めでたい席で無粋な映像を流した無礼は謝罪いたします・・・しかし皆様はご存知でしょうか、この映像には虚偽と嘘と不正が含まれていると言うことに!」

 

 

さぁ・・・語りますよ。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの真実を・・・!

虚偽の上に、新たな虚偽を加えて。

私は25年前にアリカ様にかけられていた嫌疑を確認した上で、語り始めました。

 

 

第一に、アリカ様は「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」とは「敵対」以外のどのような関係も持ってはおらず、大戦の首謀者ではあり得ないこと。そして大戦の首謀者は利益の独占を図った旧連合の一部の人間であり、旧連合こそが大戦の首謀者であること。

第二に、アリカ様は「父王殺し」では無いこと。クーデターに近い形で王位を奪ったのは父王が敵の傀儡に堕してしまったためであり・・・そして先々代のオスティア王を暗殺したのは、旧連合であること。

第三に、100万のオスティア難民を生んだオスティア崩落は、魔法世界崩壊と言う今や知らぬ者の無い大災害の前兆であり、アリカ様個人に責任を負わすことは道理に合わず、また事実を歪曲して伝えた旧連合の策謀であること。アリカ様は島民の95%以上を身を呈して救った女王であったこと・・・!

 

 

献身的な自己犠牲によって世界を救いながら、旧連合首脳部によって<災厄の女王>のレッテルを張られ、絶望の淵に立たされたアリカ様を救ったのは、<紅き翼(アラルブラ)>。

そう、あの処刑の段階ではアリカ様は死んではいなかったのです!

 

 

「そして、現在ご両親の情報が秘匿されている我が女王陛下・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシア様のご両親こそ、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア様であり、<紅き翼(アラルブラ)>のリーダー、ナギ・スプリングフィールド殿なのです!」

 

 

私は、語りました。

時に激しく、時に冷静に、時に切なく、時に激昂して、根拠を示し証拠を提示し反論し反証し音声データを公開し、そして語りました。

 

 

10年前、魔法世界を崩壊から救う手段を得ながら旧連合に囚われたアリカ様。

そしてアリア様がそれを受け継ぎ、魔法世界を救うまでの感動物語を。

正直、ここは創作が入る余地がありましたがね。

劇的に、かつ客観性を加えつつわかりやすく、情緒的に伝えます、映像付きで。

なお、私の声と姿は全魔法世界に生放送中です。

驚愕し、戸惑い、信じられないと口走る人々の顔が目に浮かぶようです。

しかし!

 

 

「今のクルト宰相の話は事実だ・・・自分の国の恥部を晒すようでアレだが、真実だぜ」

「帝国も、同意する」

「アリアドネーの占領地でも、同種の情報が確認できているわ」

 

 

ナイス援護です、まぁ、以前から協力を取りつけておきましたからね。

突然の事態に困惑する午餐会場の皆様に、私はたたみ掛けます。

ここからは、勢いが大事ですよ・・・!

 

 

「そして! 話は戻り・・・1か月前、旧グラニクスで、我が軍は驚愕の事実を発見したのです・・・10年前に旧連合に囚われていたアリカ様とナギ殿が、生存しておられると言うことに!」

 

 

おおぉ・・・と、場がザワめきます。

私はマイクを握る手に力を入れて、片手で眼鏡を押し上げます。

ここは正直、嘘が入りますが・・・この際です、旧連合に全ての罪をかぶっていただきます。

リカードも、どうやらその腹積もりのようですしね。

 

 

「さらに! 今日、この場所、この瞬間・・・来て頂いております! お二方に! 先の結婚式場でお気付きになった方もおられるでしょうか・・・!!」

 

 

ぐぐっ・・・ばっ!

大仰過ぎる身振りで―――こういう場合、大仰な方が良いのです―――会場の入口を指し示します。

潜ませておいた楽隊のドラムロール・・・スポットライト!

息を飲む一堂の前で、私は叫ぶような勢いで言います。

 

 

「――――ご入来!!」

 

 

数秒後、赤い髪の男に伴われて・・・。

・・・アリカ様が、姿を現しました。

赤い髪の男、ナギは平然と笑いながら。

アリカ様は・・・どこか怯えを含んだような表情で。

 

 

ゆっくりと・・・静まり返った午餐会場を歩き。

中央で、アリア様とアーウェルンクスの前に立ちました。

 

 

「・・・あ、その・・・・・・あ」

 

 

アリカ様は、どこか戸惑われていたようでしたが・・・。

・・・アリア様は、何も言わずにアリカ様に抱きつきました。

アリカ様の胸に顔を埋めて、何も言わず。

そしてアリカ様が戸惑いつつも、アリア様の身体に腕をまわした時・・・。

 

 

「感動の! 感動のご再会にございます!! 皆様どうか、盛大な拍手を―――――――――!!」

 

 

後は勢いだけです、もう周囲が引くくらいの勢いで演出しますよ。

何よりも、私も胸が一杯でもう、もう・・・!

 

 

フ、フフ・・・。

私は今、勝利者となりました・・・!

・・・う、うううううぅぅぅ・・・!!

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

クルトが起草し、アリアによって勅命となった宣言文において、私がウェスペルタティア王家に復帰することが正式に認められた。

午餐会には魔法世界の政治勢力のほとんど全てが参加していた故に、国際的にも承認された。

過去25年に渡って剥奪されていた私の諸権利も回復し、私は完全に名誉を回復したことになる。

無論、王位はアリアの物であることもその場で確認し、5年前に私が「譲位」した形になった。

 

 

また、ナギは私の夫としてウェスペルタティア王国の貴族の仲間入りを果たすことになった。

旧オストラを含むオスティア近郊の伯爵領・子爵領を含む地域を合わせて、オストラ公ナギとなる。

これもアリアによって、その場で勅命として宣言された。

 

 

「お母様、行きましょう」

「う、うむ・・・」

 

 

もう堂々と出歩いて良いのだとわかってはいるが、どうも人目が気になる。

アリアから公然と母呼ばわりされることは、嬉しいことではあるが。

これからは堂々と傍にいられると思えば、喜びの方が勝るが・・・。

 

 

じゃが、本当に良いのじゃろうか?

私が至らぬ故に傷ついた民もおろうと言うのに、私だけが幸福になるなど・・・。

アスナのこともある・・・アスナは自ら王族への復帰を固辞した。

自分は死んでいる方が良いのだと言ったアスナの目を、私は忘れることができぬ。

だと言うのに、私だけ・・・。

 

 

「・・・まーた、塞ぎこんでるぜコイツ・・・」

「あ、お父様。王族らしい話し方をマスターするまでは寡黙な紳士でいてくださいましね?」

「・・・反抗期か?」

「違います。クルトおじ様の苛めです」

「あの野郎・・・」

 

 

これから、王族としてアリアと婿殿と共にバルコニーに出て民の前に出る。

クルトは「大丈夫です、任せておいてください」と豪語しておったが、本当に良いのじゃろうか・・・。

アリアの結婚式に、水を刺す結果になるのでは無いか・・・。

罵声を浴びせられたら・・・いや、私は良いのじゃ、だがアリアと婿殿が・・・。

 

 

「・・・」

「・・・な、何じゃ、婿殿?」

 

 

アリアの夫になり、関係上は私の義理の息子になった婿殿が、私のことをじっと見つめておった。

な、何じゃろうか・・・以前は敵だったのじゃから、何か言いたいことがあるのかもしれん。

などと思っていると・・・。

 

 

「娘さんを、頂きました」

 

 

・・・は?

その場にいる全員が固まった中、婿殿が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「・・・そう言えば、結婚の許可を貰いに行ったことが無いと思ってね。でも結婚してしまったので、事後承諾と言う形で良いかと・・・」

 

 

・・・誰に台詞を教わったのか、激しく問い詰めたいの。

・・・ナギ、何故に私から目を逸らすのじゃ?

主だって私の親に許可など貰っておらんじゃろうが・・・。

 

 

「フェイトは誠実な方ですから」

 

 

アリアだけは、眩しそうな目で婿殿を見つめておったが。

そう言えば、私も新婚の頃はナギのやることなすこと全てが輝いて見えたの。

今はその眩しさに慣れ、愛しさだけが残るようになったが・・・。

 

 

・・・そうじゃな、アリアが・・・娘が望んでくれるなら。

それだけを理由に、ここにいるのも良いか。

婿殿と幸せそうにしておるアリアを見ながら、私はそう思った・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

良かった・・・。

私の隣でぎこちなくも微笑みながら手を振るお母様を見て、ほっと胸を撫で下ろします。

今の所、お母様やお父様に罵声を浴びせるような方はいないようです。

 

 

お母様の王室復帰は、どうやら問題なく完了したようですね。

・・・クルトおじ様の情報統制も、あるのでしょうけどね。

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「アリカ様万歳!」

「ナギ公爵万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

 

 

でも、お父様とお母様が認められたようで、良かったです。

バルコニーから見渡す限り、民もお母様の帰還をとりあえずは歓迎しているようですし・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

 

 

不意に肩に手を置かれて、私は左隣を向きました。

その瞬間・・・。

 

 

「・・・んふっ・・・」

 

 

フェイトに、唇を塞がれました。

反射的に、目を閉じてしまいます。

・・・気のせいで無ければ、歓声が一瞬、止まったような気がします。

それが現実に起こっていることなのか、それとも私の感覚の問題なのかは判然としませんが・・・。

柔らかな感触を唇に感じていたのは、3秒ほど。

 

 

フェイトが離れた後・・・再び、バルコニーの下に集まった観衆から、大きな歓声が。

・・・こ、こんなに大勢の人の前で、しかもいきなりなんて。

少しだけ非難がましい視線を意識して作ってフェイトを見ますが・・・。

 

 

「・・・思い出した?」

「え・・・あ」

 

 

・・・思い出したら、急に恥ずかしくなりました。

そうでした、今日はお母様の復帰を祝う日じゃ無くて・・・。

 

 

「僕達の日だよ、今日は」

「・・・はい、ごめんなさい・・・」

「良いさ」

 

 

ちゅっ・・・と左頬にキスを落とされて、私はくすぐったくなりました。

そうでした、今日は私達ふ・・・夫婦の、お披露目の日でしたね。

このバルコニーの下にいる人達は、パレードの時も私達を見てくれていた人達。

私達を、祝福してくれていた人達・・・私達を。

 

 

気が付くと、お母様とお父様が室内に戻って行くのが見えました。

軽く手を振られて・・・後には、私とフェイトだけが残ります。

 

 

「フェイト公爵万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「ウェスペルタティア王国女王夫妻、万歳!」

「アリア女王万歳!」

 

 

民が、私とフェイトを呼んでいます。

 

 

「ほら、呼んでるよ、アリア」

「はい・・・フェイト」

 

 

フェイトと手を取り合って、私は眼下の民衆に大きく手を振ります。

その場にいる全ての民衆が、私達の名を呼び、祝福の言葉を投げかけてくれます。

私は観衆に手を振りながら。

 

 

「皆さん、私は今日はどうもありがとうとお礼を言いたい気持ちで一杯です! ウェスペルタティアの・・・そして魔法世界の全ての人に!」

 

 

歓声の中で、私の声がどれほど通るかはわかりません。

だけど、どうしてもお礼が言いたい気分だったんです。

私がフェイトを見つめる時、とても優しい気持ちになれることに。

 

 

「私とフェイトは、皆さんが私達と喜びを分かち合ってくださることに、この上ない喜びと幸せを感じています! 今日は私達の人生の最も大切な一日となります。生きている限り、今日のことを心に刻んでおきたいと思います・・・!」

 

 

世界の全てに、感謝を!

私は今・・・とっても、幸せです!

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「おい、もっと酒持って来いやオラァッ!!」

「アンタ、ちょっと飲み過ぎじゃなかい!? トサカ!」

「なぁーに言ってんだよママ、祭りはこれからだろぉ!? バルガスの兄貴も、もう一杯行きましょうぜぇ!?」

「おう、今日は飲むぜ野郎共ぁっ!!」

「「「ひゃっは―――――――っっ!!」」」

 

 

おい、チン、ビラ、なぁーにやってんだよ、今日は俺の奢りだぜ!

お前らも飲めよジャンジャンよぉ!

 

 

「「アザ―――ッス!!」」

 

 

新オスティアの酒場「ストガヤツルカ」は、もう、すげー盛り上がりだぜ。

つーか、オスティア・・・いや魔法世界中が大盛り上がりだぜオラァッ!!

 

 

「店長、生6つたのまぁ―――なっ!」

「あいよー!」

 

 

酒場の店主の亜人、ジェイス・ストガヤツルカっつー、元オスティア難民の店長の威勢の良い声が店の奥から聞こえてくる。

この店はオスティア難民だった奴が良く集まる店でな、店長―――60歳くらい、水色の髪で背中に魔族みてーな羽が生えてんだ―――も、元難民には気前良くサービスしてくれんのさ。

今日はマジで、めでたい日だかんなぁ・・・何度でも言うぜぇ!

 

 

何を隠そう、この俺もすげー盛り上がってるぜ!

なんたって今日はめでたい日だかんなぁ!

財布が空になるまで飲み明かすぜ畜生!

 

 

「いや、しかし驚いたなぁ、まさか先代の女王が戻ってくるとは」

「全魔法世界に流されたからな、パルティアの本部からも事実確認をしろと・・・今、モルとリゾが」

「だぁ~、仕事の話は後にしようぜ、クレイグの旦那にザイツェフの旦那ぁ!」

 

 

ガシッ、と俺が肩を抱き合ってんのは、王室お抱え冒険者(トレジャーハンター)のクレイグの旦那とザイツェフの旦那だ。

ちなみに俺ら拳闘団「オスティア・フォルテース」は王室専属の拳闘団になってる、オーナーはアリア様だぜ、すげーだろ!?

毎年一度、世界杯(ワールドカップ)っつー拳闘団の世界大会的な物がオスティアであるんだが、俺らはそこで戦うのよ・・・もう一度言うぜ、すげーだろ!?

 

 

いや、マジで今年はいい年だぜマジで、出だしからアリカ様が帰ってくるなんてよ。

しかもアリア様は結婚・・・パレードを生で見た時は感動したね俺は!

あんな綺麗なモン、この世に2つとねぇっつぅの!」

 

 

「わ、わかったわかったって・・・くそ、クリスとリンはどこ行きやがった・・・」

「ホテルじゃないのか? あの2人も新婚だろう?」

「あん!? クレイグの旦那はまたアイシャの姉御を孕ませたのかよ!? 何人目だオイ!」

「孕ませた言うな! 3人目だよ!」

「オイ野郎ども、さらに飲むぜこの野郎――――――!!」

「「「いぃぇぇあぁ―――――――っっ!!」」」

 

 

ガシャンガシャンと、軍から民間に供出された王国産ビール「白銀獅子(シルバールーヴェ)」が注がれた杯が打ち合わされる音が酒場に響く。

 

 

今日はマジで、めでたい日だぜ。

アリカ様の帰還に乾杯!

アリア様の門出に、さらに乾杯!

ウェスペルタティアに栄光あれ・・・ってなぁっ!!

 

 

 

 

 

Side 暦

 

午後4時、昼食会が終わったからって、私達裏方の仕事が消えてなくなるわけじゃない。

むしろ、この後の披露宴を兼ねた晩餐会と、その後の舞踏会の準備の方が大変。

昼食会が立食形式だったのは、たぶん、裏方の負担軽減の意味もあったんだと思うけど・・・。

 

 

「よーいしょっと・・・お野菜、お届けに来ましたー」

「はい、ご苦労様―――っ、エディさん、ウォリバーさんから荷物受け取って、厨房に運ぶの手伝ってあげてくれますか―――!?」

「よぉし、この俺に任せろおおおおおぉぉぉぉっっ!!」

「はい、まいどー」

 

 

オストラ産の新鮮なお野菜を届けてくれた王室指定業者のシサイ・ウォリバーさんに女王陛下の印象の入った受領書と代金を渡して、それを王国傭兵隊の自称「勇者」エディ・スプレンディッドさんに厨房まで運んで貰う。

それから、親衛隊の運輸担当ショーゾ・スズキ(鈴木 庄蔵)さんに書類を渡す。

胃薬が友達と評判で、元々は民間企業の課長さんだったんだって。

 

 

「お願いします!」

「自分で処理してくれる分、嬢ちゃんは他の連中よりマシだよ」

「どーも!」

 

 

バタバタと厨房に戻ると、そこはそこで戦場だった。

いろいろな理由で表に出れない裏方の戦場が、そこにあった。

 

 

怒声と間違えかねない指示が各所で飛んで、コックの作る料理をメイドが運んで、逆にメイドがコックに追加の注文をする。

酒瓶の数が足りないと誰かが叫び、料理と皿が合ってないと喚き、香辛料と素材の混ざり合う匂い、肉や魚が下ごしらえを終えて並べられて行って・・・。

 

 

「・・・何!? もっと早くだと!? ・・・厨房は俺達の聖域だ! 将軍だろうが政府高官だろうがVIPだろうが、ここでは俺達がルールだ! 上にそう伝えろ!!」

 

 

調理を続けながら、メイドの持つ通信機にそう喚き立ててるのは、アーノルド・ライバックさん。

地獄の料理人(ヘル・コック)なんて物騒な名前で呼ばれてる、竜も倒せるコックさん。

親衛隊でもあるんだけど、厨房のリーダーでもある。

 

 

ふぅ・・・と厨房の熱に、額に浮かんだ汗を拭う。

いろいろな意味で、熱いわ・・・。

 

 

「暦ちゃん、ちょっと良いかな―――!?」

「あ、はぁ――いっ!」

 

 

答えて、私はまた仕事に戻る。

私達が裏で働けば働く程、私達が好きな人達が素敵な時間を過ごせる。

そう信じて、私達は一生懸命に働くんだ。

 

 

フェイト様と、女王陛下のために。

今までも、そしてこれからも、きっと・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

午後5時30分、晩餐会の会場に来賓の客が集まり始める。

晩餐会は披露宴を兼ねるからな、席次なども気を遣う・・・身内だけの物で無いのだからな。

招かれた300人の客を収容するスペースを用意するのも大変だが、それ以上に受付をするアーニャやシオン達の方が大変だろうよ。

 

 

「・・・で、何で私と同じテーブルにいるのがお前らなんだ?」

「身内として喚算されているのだろうさ」

 

 

腕を組み、意識して尊大に聞いてみると、龍宮真名がこともなげに答えて来た。

7人がけの丸テーブルには、私の他にさよ、バカ鬼、龍宮真名、ハカセ、春日美空、ココネの6人が腰かけている。

・・・まぁ、身内と言えば身内・・・なのか? 下座だしな。

新郎新婦が座るメインテーブル前は、各国要人で占められているしな。

 

 

晩餐会の会場は、全体的に白を基調として整えられている。

壁紙、椅子にテーブルクロスなどは白、だがそれだけでは寂しいので、テーブルの中心には淡い色の花が飾られ、テーブルクロスにも白銀の糸で柄が刻まれていたりする。

細かい所でどれだけ力を入れるのか、と言うのもステータスの一種らしいからな。

 

 

「やっべーよ、何たってこんな人外の中に私が・・・」

「何か言ったか、春日美空?」

「何でもないっス!」

 

 

いつものシスター服と同色のイブニングドレスを着た春日美空は、私を見ずに返事をした。

・・・最近、こういう風に対応されると自分が悪の魔法使いなのだと再確認できて嬉しくなるな。

まぁ、今は晩餐会の開始まで、同じテーブルになった奴らと会話でも楽しむとするかな。

 

 

「直接会うのは久しぶりだな、大事無かったか、さよ?」

「はい、おかげさまで」

「スクナがいるから、大丈夫だぞ!」

「お二人のコトは、麻帆良でも有名なんですよ?」

 

 

さよとバカ鬼は相変わらずのようだな、ハカセも元気そうではある。

昨年、麻帆良が襲われたと聞いて心配したが・・・まぁ、バカ鬼が傍にいる限りはさよだけは大丈夫だと思っていたし、旧世界連合がハカセを守らないわけも無い。

ある意味、そこまでの心配は必要無いのかもな。

・・・しかし、さよは今、アレだしな・・・油断はできない。

 

 

「それにしてもエヴァさん、良くアリア先生の結婚を許しましたね?」

「本当ですよね、麻帆良にいた頃のエヴァンジェリンさんを知る身としては、信じられないですよ」

「いや、エヴァンジェリンは猛反対したんだよ、相坂、ハカセ」

「・・・父親の話を聞いてる気がするんスけど?」

「間違ってはいないさ、春日」

「・・・びっくりダナ」

 

 

・・・若いのが随分と好きなことを言っているな。

やはりここはアレか? もう一度私の恐怖を思い出させるべきなのだろうか。

私が改めて腕を組み、本気で考え込み始めた時・・・。

 

 

楽隊が音楽を奏で始め、また別のドレスに着替えたアリアと、若造(フェイト)が晩餐会の会場に入って来た。

要するに、新郎新婦の入場だな・・・言っててヘコんできた・・・。

・・・くそぅ・・・。

 

 

 

 

 

Side スタン

 

「これまで、申しわけなかった」

 

 

ワシがアリアの家族と言う扱いで晩餐会の席についた時、同じテーブルについていたアリカ殿に謝罪された。

家族席と言うことで、ワシと席を同じくしておったのじゃが・・・。

 

 

「い、いや、何の、ワシも大事な時には何もできなんだ故に・・・」

「しかし、幼少のアリアを見守ってくれていたこと。感謝してもしきれぬと思っております。アリアとネギを預かって頂いた時には、本当に・・・」

「ど、どうか頭を上げてくだされ、アリカ殿。本当にワシは何も」

 

 

実際の所、ワシはアリアやネギに対して何もしてはおらんのじゃから。

一番大事な時に石にされてしまって、結果として平穏からは程遠い人生を歩ませてしまった。

謝るべきは、ワシの方であろうに。

 

 

誠に、あのナギにはもったいない嫁さんじゃて・・・。

で、そのナギはと言うと。

 

 

「よ、ネカネも悪かったなぁ、いろいろとよ」

「わ、私は何も・・・」

 

 

謝罪するナギに、ネカネは俯いて何事かを呟いておった。

この晩餐会には、ワシだけでなくネカネや村の人間も数人呼ばれておる。

アーニャの両親やアリアやネギの伯父などじゃな。

 

 

その時、軽快じゃが荘厳な音楽が奏で始められ、照明が薄暗くなった。

逆に明かりが一ヵ所に集中し・・・振り向いてみると。

 

 

「おぉ・・・」

 

 

午前中の結婚式の際にも漏れたような感嘆の声が、ワシの口から漏れた。

政治犯収容施設などに籠っておるあ奴も、意地を張らずに出てくれば良かった物を。

 

 

タキシード姿の婿殿の腕を取って歩く孫娘同然に想っておる娘の姿に、ワシは何度も頷いた。

婿殿の服は、灰色がかったシルバーに輝く細身のジャケットに、シンプルな柄が入ったベスト。

ベストと共布で仕立てたボウタイと細身のパンツ、足元は飴色に輝く靴を履いておる。

うむ、うむ・・・幸福そうに歩くアリアの姿を見れただけでも、生きていた甲斐があったわい。

アリアは、白のイブニングドレスに身を包んでおる。

うむ、花嫁の色じゃしな・・・。

 

 

「おぉ、おぉ・・・立派に育ったの・・・!」

 

 

肩と胸元が上品に開いた、フワフワしたスカートの白いイブニングドレス。

スカートの中頃には金の色彩を持つパールやクリスタル、そしてライトによって白銀に輝く糸によって花の模様が彩られておる。

アリアが一歩進む度に光の粒が振り撒かれ、それがアリアの白い髪や肌と重なると幻想的なまでに美しいのじゃ。

 

 

左腕にはブレスレットが煌めき、首と耳を真珠のアクセサリーが飾っておる。

足元まで覆うスカートから時折覗くのは、気のせいで無ければ透明なガラスの靴のようにも見えた。

どうやらトレーンこそ短い物の、ほぼウェディングドレスの2着目と言っても過言では無いの。

形式として、イブニングドレスとしておるようじゃが・・・。

 

 

「うむ、うむ・・・ワシはもう、思い残すことは無いのぅ」

「な、何を申される、スタン殿」

「いやいやアリカ殿、貴女のような母もおる。ワシのような老人は潔く・・・」

「おいおい、良いのかよ爺さん」

 

 

その時、隣のナギがワシの耳元に口を近付けてきおった。

何じゃ、ワシは今アリアの晴れ姿を冥土の土産にしようと・・・。

 

 

「いいか、よーく考えろよ? アリアは結婚したんだぜ、となると、いつか子供もできるんだぜ?」

「だから何じゃ」

「だーかーらー・・・・・・『おじぃちゃあぁ~ん』・・・だぜ?」

「・・・!!」

 

 

 

   ―――――その時、ワシに『千の雷(キーリプル・アストラペー)』走る―――――

 

 

 

「いや、正確には俺がお祖父ちゃんなんだが・・・まぁ、とにかく、良いのかよ、曾孫的存在を見ないままに死んじまってよ」

「ひ、曾孫じゃと・・・!」

 

 

わ、ワシは・・・。

ワシはまだ、あと10年は戦える・・・!!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

晩餐会の会場にフェイトと入場した後、司会であるクルトおじ様によって、私とフェイトの簡単な紹介が成されます。

まぁ、概ね自己紹介レベルの物なので、大した内容ではありません。

とは言え、広報部王室専門室のアーシェさんお手製の紹介PVは、ちょっと恥ずかしかったですけど。

 

 

テーブルクロスに隠す形でフェイトと手を握り合ったまま、粛々と晩餐会のスケジュールが進んで行くに任せます。

その後、招待客の代表としてヘラス帝国皇帝テオドラ様と旧世界連合事務総長、近衛詠春様から祝辞を頂きました。

お二人とも礼節に則った物で、つつがなく終了。

その後、私とフェイトはその場に立って・・・改めて結婚の宣誓を行います。

 

 

 

「「私達二人は・・・

 

 

本日、始祖アマテルの恩寵の元、国民や参列者の皆様に見届けられて夫婦となりました。

今日からは心を一つにし

お互いを思い遣り

励まし合い

力を会わせて

温かい家庭と

未来ある国家と

魔法世界を築く事を

 

 

        誓います」」

 

 

 

結婚証明書とはまた別の結婚宣誓書と言う物に二人でサインをして、改めて列席者に見届けて頂きます。

惜しみない拍手が巻き起こり、やはり二人でお礼を言います。

もう、何回でもお礼を言っちゃいますよ。

ただその後、少しだけ不思議なことが起こったんです。

 

 

「えー、では次に各地から寄せられた祝電をご紹介致します。えー・・・『級友を代表し、電子の女王から魔法世界の女王へ、結婚を祝す。つつがなきや』・・・は?」

 

 

その祝電とやらに、クルトおじ様が一瞬、首を傾げました。

本来、遠方からの祝電を読み上げる時に、何か妙な物が紛れていたのですよね。

・・・何か、心当たりがあるような無いような。

と言うか、級友って、もしかして・・・?

 

 

「えー、思わぬハプニングもありましたが・・・・・・では、ケーキ入刀です!」

 

 

もはやすっかり宰相から司会へと転職(ジョブチェンジ)を果たしたクルトおじ様の声に、やたらに巨大なケーキが運ばれてきます。

5mはあるのでは無いかと言う、巨大な苺のウェディングケーキです。

 

 

8段重ねのそのケーキの各所にはシュガーアートによって、1000個近くあると思われるアイシングされた花で彩られています。

たっぷりのクリームと白いアイシング、繊細な縁取りに渦巻き模様、花や草の形を模した複雑な装飾。

一目で、職人技だとわかります。

 

 

「えー・・・こちらのケーキはアリア様も懇意にされている王室御用達(ロイヤルワラント)洋菓子店、【至福の苺(サプリーム・ブリス・ストロベリー)】のソフィ・リックエル氏によりデザイン、製作された物です」

 

 

クルトおじ様の言葉に、なるほどと頷きます。

あそこのお店は、苺のスイーツで大変有名なのです・・・。

 

 

そして、私とフェイトに銀のウェディングナイフが渡されました。

今日の日付と私達二人の名前が記されたそれを、2人で握り締めます。

かすかに触れるフェイトの手の温もりに、頬が緩みます。

カチリ・・・と音を立てて、お揃いのブレスレットが触れ合います・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はぃ・・・」

 

 

初めての共同作業・・・と言う程、初めてでも無いかもですが。

ゆっくりとケーキの中に沈んだ刃先と、かすかに感じる抵抗。

招待客の拍手すらも、何故か遠く・・・。

私は、隣に立っている旦那さまのことしか、見えていませんでした。

 

 

なので、うっかりと忘れておりました。

 

 

この直後のイベント・・・「ファーストバイト」のことを。

ケーキ入刀の後、お皿に盛られた一切れのケーキ(今、まさに入刀したケーキ)を渡されまして・・・フェイトが銀のフォークを器用に使い、一口分―――にしては若干、大きいです―――に切り分けたそれを、私に向けて差し出します。

 

 

いわゆる、「はい、あーん」な体勢。

 

 

ちなみに、ファーストバイトとはケーキカットのあとで、ウエディングケーキを新郎新婦がお互いに食べさせ合うイベントのことですね。

・・・って、冷静に解説してる場合じゃなっ・・・!?

み、皆が見て・・・エヴァさんっ、エヴァさんは何をしてるんですかっ!?

フェイトはフェイトで、平然と「あーん」状態ですし・・・っ。

 

 

「・・・あーん」

「・・・っ」

「・・・アリア?」

「・・・・・・あ、あー・・・んっ」

 

 

む、むぐっ・・・ちょ、ちょっとやっぱり、多いですね。

や、ま・・・んむ・・・っ。

ああ、もう、唇の周りについちゃったじゃないですか、グイグイ押しこむから・・・。

・・・苺、甘い、美味しい・・・はふぅ。

 

 

「・・・」

 

 

大きな苺が入っていたので気分を和ませていると、フェイトが小さく笑ったような気がしました。

・・・こうなれば、お返しですよっ。

今度は私がケーキを受け取って、一口では食べきれないくらい大きなケーキの塊をフェイトに差し出しちゃいます。

 

 

「はい、あーん?」

「・・・あーん」

 

 

・・・私と違って、フェイトは恥ずかしがるでも無く、ぱくっと口に含みました。

むぐむぐとケーキを食べるその姿が、何だか、その・・・可愛い・・・。

そう思っていると、ケーキを飲みこんだフェイトが、不意に私の手をとって・・・。

 

 

ぺろり。

 

 

「ひぁっ・・・!?」

 

 

・・・・・・っっ!?

ゆ、指先を舐められっ・・・え、ななな、何を、何をっ・・・!

 

 

「・・・クリーム、ついてたよ」

「ちょ・・・人前でっ」

「・・・人前じゃ無ければ、良いんだ?」

 

 

陳腐な台詞!

何ですか何ですか・・・何ですか!?

もう、私をどうしたいんですか・・・クリームだったら唇にだってついてるでしょ・・・ってそうじゃなくて!

 

 

「・・・知りませんっ」

「まぁまぁ、苺でも食べて」

「・・・・・・頂きます」

 

 

言っておきますけど、私は苺でほだされたわけじゃありませんからね!

フェイトだから、許したんですからね!

・・・・・・はぅ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

ウェディングケーキのイベントの後は、食前酒(アペリティフ)で乾杯じゃ。

それとアミューズ・グール、その後に食事と歓談が始まる。

ほどなくして、各々のテーブルから食事と歓談を楽しむ音や声が響き始める。

 

 

モシロン産のアワビとカニの冷製前菜。

ジュレを合わせたオストラ産の野菜のムース。

シバーム産フォアグラのポワレ。

スキャパレリチーズのリゾットとモシロン産エビのポワレ、香草風味。

ナッツを添えたイスメネ豚ロース肉のロースト。

・・・などの料理が、順序良くテーブルに並べられる。

素材が原則としてウェスペルタティア産なのは、まぁ、伝統じゃな。

 

 

「・・・量が少ねぇなオイ」

「貴方ならそうでしょうね、ジャック」

「普通ならこれで十分なハズなんだがな・・・って言うか、こういう所で文句言わねぇ方が良いぞ」

「わぁってるよ」

 

 

ポツリと漏らしたジャックの言葉に、詠春殿が軽やかに笑う。

それとリカードの言う通りじゃ、こういう場での料理を酒場の料理と一緒にするでない。

妾、ジャック、詠春殿に千草殿、リカードにセラス、バロン殿が同席するテーブルは、公的には緊張するが私的には和む組み合わせじゃった。

ここ数年、良く会う組み合わせじゃしの。

・・・まぁ、千草殿は隣のテーブルの月詠殿と小太郎殿とミッチェル殿の方を気忙しげに見ておるが。

 

 

「・・・それにしても、若いというのは良いわね」

「いや、まったくですな。とは言えワタシとルイーゼも負けては・・・」

 

 

セラスとバロン殿が見ておるのは、メインテーブルの新郎新婦じゃな。

・・・まぁ、当てられるのはわかるが、若さか・・・。

アレが、新婚の力という奴かの。

妾も皇族の結婚式には何度か出席した経験があるが、これ程に仲睦まじい様子を見せつけられるのは初めてかもしれんの。

 

 

何と言っても、皇族・王族の婚姻は政略的な物が多いからの。

自然、結婚式も形式的な雰囲気になることが多いのじゃが・・・これは例外のようじゃな。

まぁ、元々が恋愛結婚じゃと聞いておるしの・・・。

見ていて羨ましくなる、結婚したくなる・・・そんな、結婚式じゃ。

正確には、結婚式は終わっておるが。

 

 

「こ、この度は・・・」

 

 

その時、妙に緊張した声で、アリカがやってきた。

アリカの王族復帰も、嬉しいニュースの一つじゃな。

妾は結局、何もできなんだが・・・クルトの頑張りがコトの8割を成しておったわけじゃしな。

 

 

「この度は、む・・・娘の婚礼に出席して頂き、感謝する」

「いや、こちらこそこのような立派な式に招待してくださり・・・」

 

 

ナギと腕を組んで、親の役目を果たそうとするアリカ。

それを見て、妾も自然と笑顔になる。

まぁ、娘と言う単語でどもるのはどうかと思うが・・・。

 

 

・・・本当に、良かったのぅ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

何か、四つの物を(サムシング・フォー)

聞く所によれば、花嫁は結婚式の際に身に着けておくと縁起が良いとされている物があるらしい。

古い物、新しい物、借りた物、青い物。

 

 

ふと、隣ではしゃいでいる(少なくとも、僕にはそう見える)アリアを見つつ、さて、と考え込む。

幸いにして記憶力は良い方なので、数時間前のアリアを思い出してみる。

 

 

何か一つ古い物(サムシング・オールド)・・・母から継いだベール。

何か一つ新しい物(サムシング・ニュー)・・・花嫁衣装は全体的に新品。

何か一つ借りた物(サムシング・ボロウ)・・・ハンカチを誰かに借りたとか言ってたかな。

何か一つ青い物(サムシング・ブルー)・・・わからない。

少なくとも、外から見える範囲において青い物は無かったはず・・・。

 

 

「・・・何を考えているんですか?」

「キミのことを考えているんだけど」

 

 

ガツンッ。

 

 

アリアの手元が狂って、トーチの先がメインキャンドルからズレた。

2人で持っていなかったら、メインキャンドルが倒れていた所だよ。

・・・ふむ。

 

 

「大丈夫だよアリア、緊張しないで」

「そう言う問題じゃないでしょう・・・!?」

 

 

何か小声で抗議されるけど、怒られる理由がわからなかった。

ふむ・・・。

・・・じゃあ、疲れているのかな、長丁場だしね。

茶々丸に借りた『幸せな家庭を作る10の方法~こんな時、夫はどうするべきか~』によると、夫は妻を気遣うのが義務らしい。

まぁ、僕に言わせれば義務と言うより権利だけどね。

 

 

・・・と言うわけで、アリアは疲れていると判断。

右手でトーチを持ち、左手でアリアの腰を抱いて支えることにする。

 

 

「ちょ・・・」

「ほら、皆が待ってるよ」

「・・・」

 

 

とうとう、口を聞いてくれなくなったらしい。

たかがその程度のことで寂しい気持ちになる自分が、おかしく思えた。

 

 

・・・それはそれとして、僕とアリアの持つトーチで、晩餐会の会場中央のメインキャンドルに火をつける。

2m程の高さのそれはキャンドル型の支援魔導機械(デバイス)で、メインキャンドルの周囲を取り巻く19の小さなキャンドルにも同時に火が灯る。

そして、一番近くのテーブルのキャンドルにも火がついて・・・最終的には、45の全てのテーブルのキャンドルに火がついていった。

女性の歓声と男性の感嘆の声が漏れる中、キャンドルサービスのイベントはつつがなく終了した。

 

 

・・・本来、一つ一つのテーブルを回るべき何だけど、300人いるからね。

もちろん、この後も一つ一つのテーブルに挨拶回りをするのだけど。

 

 

「ねぇ、アリア」

「・・・」

「・・・まぁまぁ、苺でも食べて」

「・・・馬鹿にしてませんか?」

「いいや、馬鹿にはしていないね」

 

 

僕はアリアを馬鹿にしたことは無いね。

そして多分、これからも無いだろう。

 

 

「ただ、愛してはいるよ」

「・・・」

 

 

・・・何故か、顔をそむけられた。

どうやら、また怒らせてしまったらしい・・・理由がわからない。

どうやらまず、機嫌を取る所から始めなければならないらしかった。

 

 

・・・ちなみに、後で青い物について聞いてみたのだけど。

顔を紅くするばかりで、何も答えてはくれなかった。

・・・何故だろう?

結婚生活初日にして、躓いてしまったらしい。

 

 

・・・どうした物かな。

 




茶々丸:
ダブルアップです。
・・・間違えました、茶々丸です。
皆様、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今話は、まだ健全な内容になっております。
いえ、別に次が不健全なわけではありません・・・ありませんよ?
ただ一つ言えることは、私のメモリーを増設してくださいハカセ。

なお、今回初登場のキャラ・道具・アイデア等は以下の通りです。
ジェイス・ストガヤツルカ:波摩璽様提供です。
鈴木 庄蔵:黒鷹様提供です。

電子の女王の祝電:伸様提供です。
5mのウェディングケーキ:黒鷹様提供です。
ビール「白銀獅子」:黒鷹様提供です。
フェイトの晩餐会タキシード:リード様提供。
ソフィ・リックエルと「至福の苺」:ライアー様提供。
幸せな家庭を作る10の方法~こんな時、夫はどうするべきか~:ライアー様提供。
ありがとうございます。


茶々丸:
では、次回は舞踏会です。
舞踏会以外には何もありませんので、あしからず。
ええ、繰り返しますが何もありません。
・・・まったく関係ありませんが、ちょっとそこの知紅さん(親衛隊副長・女性)、湯殿の準備を・・・何故も何も、アリアさんが入浴されますので。
いえ、ほら、いつも以上に・・・他意はありませんよ?
では、私はこの世に生まれ落ちて最大の気遣いをせねばなりませんので、失礼致します(ぺこり)。


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第3部最終話③「Royal wedding・夜」

Side アリア

 

「まったくもう・・・困っちゃいますよ」

 

 

宰相府の衣装部屋で舞踏会のための着替えをしながら、私はブツブツと愚痴っておりました。

何についての愚痴かと言うと、フェイトのことです。

だってあの人、はしゃぎ過ぎと言うか・・・楽しみ過ぎなのですよ!

 

 

事あるごとに甘い言葉を囁くのは、前々からありましたが・・・。

今日は、いつも以上です・・・!

自覚しているとすればタチが悪いですが、無自覚だとすればもっとタチが悪いです。

フェイトが誰かれ構わずにそう言うことを言う人では無いとわかっている分・・・もう!

 

 

「まったくもう・・・」

「でも、お嫌では無いのでしょう?」

「・・・」

 

 

私が答えられないでいると、私のお化粧を直していた茶々丸さんは、微笑ましそうな顔で私を見つめていました。

・・・茶々丸さんも今日は上機嫌なので、相談する相手を間違えたかもしれません。

 

 

「さぁ・・・できましたよ」

 

 

手際良く私を別の夜会服(イブニングドレス)に着換えさせた茶々丸さんは、やはり上機嫌な様子で目の前の姿見を示しました。

 

 

チュールレースをふんだんに使った3段ティアードの薄桃色のイブニングドレス。

スカート部分の表面にはレースで作った花がいくつも彩られ、流線を描く白銀の糸と立体的なお花が華やかな豪華な仕立てのドレスです。

裾には幅広のホースヘアが施されてボリューム感が増し、動く度に軽やかに揺れます。

胸元と背中は適度に開き、襟ぐりと長手袋にもレースがあしらわれています。

腰回りを軽く締めたハイウェストのデザインで、シャープな印象を見る人に与えます。

そしてシンプルなデザインのクリスタルのネックレスとイヤリング、それにダンス用のパンプス・・・。

 

 

「さぁ、旦那様が首を長くしてお待ちですよ」

「茶々丸さん・・・」

 

 

旦那さま、と言う単語に、頬が軽く熱を持つのを感じます。

自分で言うのはともかく、他人に言われるとどうも・・・。

そのまま茶々丸さんに伴われて、ユリアさんと知紅さんの開く扉から外へ出ます。

2人の両側を抜けて、長い宰相府の通路の先には・・・。

 

 

調さんと環さんに伴われた、黒の燕尾服姿のフェイトが私を待っていました。

上着の襟に拝絹、ズボンに側章を付いた正式な礼装で、上着の内側に白のシャツとベストが覗いています。そして白手袋と黒のエナメルの靴・・・。

 

 

・・・カッコ良い・・・。

 

 

そこまで考えた所で、茶々丸さんの視線に気付いて軽く咳払い。

いけません、ここでそのまま言うとフェイトが調子に乗りますからね、ここは一つクールになりましょう。

 

 

「お待たせしました、フェイト」

「とても、綺麗だね・・・アリア」

「・・・」

 

 

・・・先制攻撃を喰らいました。

この人、もう嫌です・・・。

 

 

「・・・怒ってるの?」

「・・・」

「・・・困ったな」

 

 

聞かないでください、口に出さないでください。

フェイトは心底、困ったような顔をしていました。

困らせているのは私ですが、でも私は悪く無いです。

 

 

ふーむ、と何事かを考えていたフェイトは、何かを考え付いた・・・と言うより、何かを思い出したようでした。

それから、礼儀正しく一礼し、私に手を差し出します。

窓から注ぐ月明かりの中、とてもカッコ良い・・・ではなくて。

 

 

「Shall we dance?(僕と、踊って頂けませんか?)」

 

 

・・・いつだったでしょうか。

どこかで、私がフェイトに言ったような気がしますね。

まぁ、舞踏会も初めてでは無いので、気のせいかもしれませんが・・・。

 

 

・・・ま、まぁ、アレですよね、特に理由も無くダンスの誘いを断るのは失礼にあたりますから?

それに、同伴者と踊らないのはマナー違反ですし・・・。

 

 

「・・・I would love to.(・・・喜んで)」

 

 

だからそっと、フェイトの手を取るんです。

取らない選択肢なんて、あり得ないから・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

夜会に・・・それも舞踏会に出席するなど、何年ぶりのことじゃろうか?

王女時代にも、形式的に出たことはあっても特定の誰かと、と言う経験は無かった。

無論、作法は心得ておるが・・・。

 

 

「何だよジャック、礼服のくせにゴツゴツしやがって」

「てめぇは相変わらず、ヒョロっちぃなオイ」

「こ、これ、ジャック・・・!」

「ナギもじゃ、立場と状況をわきまえんか・・・」

 

 

私とテオが、互いのパートナーを嗜める。

た、確かにラカンは肩の部分などが内側の筋肉で圧迫されておるし、ナギはナギで、どうもぎこちないしの。

 

 

まぁ、長い逃亡生活で正装などする機会も無かった故、慣れておらぬのは仕方が無いが。

しかしそれでも、アリアに恥をかかせるわけにはいかぬ。

逆は良くても、親が子に恥をかかせるなど・・・。

 

 

「はは、まぁ、そう気負う物でもねーだろ」

「そうね、舞踏会は気楽に楽しむくらいがちょうど良いのでは無いかしら?」

 

 

私達2組の傍らには、セラスをエスコートしておるリカードがおる。

どうやら、踊るつもりらしいの。

詠春も、和装から着替えておるし。

ちなみに詠春の傍には、金髪の・・・確か、ドネットとか言う旧世界連合の幹部がおる。

 

 

「まぁ、それに今日の主役は何と言っても、あの2人ですから」

「そうですね、何だか、年月を感じます」

「そうじゃの・・・」

 

 

詠春とドネットの言葉に、私は頷く。

私達の視線の先には、ただ一組のみで踊っておる2人がおった。

無論、新郎新婦・・・アリアと婿殿じゃ。

 

 

宰相府の舞踏会場には多くの参加者が集っておるが、その中にあって一際目立つペア。

会場で音楽を担当しておるオスティア・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者から、「若き女王夫妻に」と最初の一曲を2人のために演奏したいとのこと。

アリアと婿殿はそれを快諾し、参加者に改めて挨拶と礼をした後、会場の中央に歩み出ていった。

そして・・・ゆったりとした音色に合わせて、スロー・ワルツ。

 

 

婿殿がアリアの右手を取り、自分の右手をアリアの腰に回して深く抱く。

アリアは左手を婿殿の肩から首の後ろのあたりにまで回し、2人の身体が密着する。

アリアの顔は紅いが、それでも嫌そうでは無い。

そんな微笑ましい様子に、会場には和やかな雰囲気が漂っておる。

 

 

「・・・アリアは幸せ、かのう?」

「アレを見てそれ以外にとれるなら、眼科医に看てもらった方が良いんじゃねーの?」

「・・・戯け」

 

 

ナギの言葉に小声で毒づきながらも、私は幸福そうな笑顔で踊るアリアを見つめる。

フワフワと揺れる薄桃色の花。

そんなアリアを、私はいつまでも見つめていたいと思った・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

クルクル、ヒラヒラ、クルクル、ヒラヒラ。

踊っている本人達はそれ程でも無いのだろうが、見ていると目が回りそうだ。

スローワルツから一転、今度は通常のウィンナ・ワルツに曲調が変わった。

曲は今日のために作曲された物で、タイトルは「女王円舞曲」。

 

 

作曲者の名は、確かシュトラウスとか何とか。

最近、オスティアで有名な作曲家らしいが・・・詳しくは知らない。

 

 

「はぁ・・・良くやるな」

 

 

アリアと若造(フェイト)のみが踊る一曲目が終わった後からは、他の連中も踊りを始めた。

まず、王族に復帰したアリカとナギ、帝国のテオドラとラカン、旧世界連合の詠春やアリアドネーのセラス・・・新旧両世界のトップがアリアと若造(フェイト)の外側で踊る。

三曲目からは、自由に。

 

 

む、アレは千草と・・・誰だ? 見覚えの無い奴だが、カゲタロウはどうした。

その傍で踊っているのは小太郎と月詠で・・・小太郎は千草の相手が気に入らんようだ。

それでも場所が場所だからか、威嚇などはしていない。

ま・・・いずれにせよ、私は壁の華と洒落込もうか、こんな身体(ナリ)だしな。

一応、ドレスは着て来たがな・・・。

 

 

「や、やぁ、奇遇だな、マクダウェル殿」

 

 

・・・古今東西、「奇遇だな」と言って近付いて来る男にはある共通項がある。

それは、決して「奇遇」では無い、と言うことだ。

多くの場合、意図的に「奇遇」とやらを演出している。

 

 

「・・・そうだな、奇遇だな」

 

 

そしてその場合、特に嫌悪を抱いていない相手でも無い限り、付き合ってやることにしている。

実際、そのおかげで私に声をかけてきた男は、どこかほっとした表情を浮かべた。

王国の4元帥の一人、そして王国陸軍最高司令官。

ベンジャミン・グリアソンと言う名のその男は、な。

 

 

王国陸軍の軍服をきっちりと着用し、胸には大鉄十字苺章がある。

王国の勲章の中でも上から2番目の物であり、誰でも授与される物では無い。

十字の中に苺の花と制定者であるアリアの名が刻まれている。

造り自体は簡素だが、女王直々に授与する数少ない勲章の一つでもある。

 

 

「何の用だ、グリアソン。踊らんのか?」

「う、うむ・・・相手がいなくてな」

「ほう?」

 

 

王国元帥ともなれば、女の方が放っておかんと思うのだがな。

しかもグリアソンは男にしては小柄だが、なかなかの美丈夫だ。

その気になればリュケスティスのように女の10人や20人、好きにできると思うのだがな。

 

 

「あ、あー・・・マクダウェル殿は、踊らないので?」

「私か? ははっ、私にはダンスは似合わんよ」

「そんなことは無いと思うが・・・」

 

 

まぁ、世辞を言われて嬉しく無いわけでもないが、こんな身体(ナリ)ではな。

後でナギでも誘うかどうか・・・アリカがいるから無理か。

ちっ・・・となると、本当に相手がいないな。

 

 

「ちっ・・・仕方無い、グリアソン、少し付き合え」

「う、うむ、私で良ければ」

「それと、この後も酒に付き合え。今夜は酔っていないと、どうにかなってしまいそうなんだ」

「・・・淑女がそう言う台詞を男に言うのはどうかと思うが」

 

 

グリアソンが意味のわからんことを言っているが、今夜はアレだからな・・・その、アリアと若造(フェイト)の最初の夜だからな・・・。

・・・酔ってでもいないと、邪魔をしに行きかねん・・・。

 

 

・・・いや、それもアリか?

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

士官学校時代からの友人が、金髪の幼女(偽物)の後を嬉しそうについて行く。

そんな場面を目撃した時、どうすれば良いのか。

あらゆる戦場で柔軟な作戦案を立てて来た俺の頭脳でも、未だに解答が得られない問題だった。

 

 

男女の仲は、政治や軍事よりも高度で複雑だ、とまでは言うつもりは無いが。

ふと視界を彷徨わせれば、会場の隅で何人かの女が俺を見ているのに気付いた。

とは言え、こう言う場では男から誘うのが礼儀。

女である自分達からは誘いに行けないが、できれば誘って欲しい・・・と、言った所か。

どこの令嬢かは知らないが、淑女が聞いて呆れる。

 

 

「ふ・・・うん?」

「・・・っと、失礼」

「いや、こちらこそ不注意だったが・・・」

 

 

意識して冷然と笑い、踵を返したその時、背後にいた女とぶつかりそうになった。

まぁ、割と良くあることだが・・・今回は、知らないでも無い相手だった。

 

 

「外務尚書殿か・・・」

「これは・・・元帥閣下」

 

 

そこにいたのは、外務尚書・・・テオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァー。

毛先になるほど色素の淡くなる水色の髪に、青銀色の切れ長の瞳。

女にしては身長が高いが、それでも俺の胸のあたりまでの身長。

いつもは「氷の」と名前の前につけて呼ばれることもある王国外務省の長は、普段とは異なり、流石に舞踏会の場に相応しい格好をしている。

ああ、そう言えばこの女も公爵だったか・・・。

 

 

胸元や腕は露出が少ないが、背中は大きく腰まで開いている青のイブニングドレス。

マーメイドラインのスラッとしたそのドレスは、腰の位置が高い彼女には良くに合っていて、襟元から足先に向かうにつれて色合いが濃くなるデザインになっている。

それと、瞳の色に合わせた宝石の髪飾りと揃いの腕輪、ネックレス。

 

 

「これは、珍しい相手に会ったな」

「こう言う場は、外交の場でもあるので・・・」

「なるほど・・・随分とお連れの方が多いようだが」

 

 

俺が彼女の後ろに視線を向けて言うと、外務尚書殿は弱り切ったような表情を浮かべた。

不機嫌そうな鉄面皮でいることが多いと聞くが、このような表情も浮かべるのか。

とは言え実際、どう見てもこの女狙いの若い男が何人も、ダンスに誘うタイミングを虎視眈々と狙っている・・・と言うのは、男から見ても苦笑せざるを得ないが。

美貌か地位か爵位か財産か、何を狙ってのことか知らんが、物好きな奴もいた物だ。

おそらくは、俺のこともさっさと消えて欲しいと思っているのだろう。

 

 

まぁ、なら俺としてはその期待に応えるべきかな?

などと考えていると、不意に目の前の女がニヤリと笑った。

 

 

「元帥閣下も、なかなか随員が多いようで」

「・・・む」

 

 

指摘されて顔だけ動かして後ろを見てみれば、先程までは数人だった女が10人以上に増えていた。

目の前の女との会話が終わるのを、今か今かと待っているようだった。

・・・俺としたことが、少々敵の戦力を見誤っていたらしい。

ここが戦場なら、俺は死んでいるな。

 

 

溜息を吐きたい気持ちを堪えつつ前を向くと、外務尚書殿と目が合った。

・・・どうやら、利害は一致しているようだった。

共犯者めいた笑みを浮かべ合った後、お互いに大仰なアクションで礼をする。

 

 

「一曲、踊って頂けませんか?」

「ええ、喜んで」

 

 

右手を取って軽く口付けた後、彼女をエスコートする。

俺目当ての女も彼女目当ての男も、ペアを組まれてはどうすることもできまい・・・。

 

 

「外務尚書殿、ダンスの心得は?」

「貴族令嬢として最低限度は・・・それと、ダンスのパートナーを肩書きで呼ぶのはどうかな?」

「ふむ、それは確かに・・・何と呼ぼうかな?」

「エリザと、親しい相手は皆、そう呼ぶ」

「では、私もファーストネームで呼んでもらおう」

 

 

事務的と言うには、いささか情緒的な会話を交わしつつ。

とりあえず、ますは一曲。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「では、お願いしますね」

「はっ、お任せください」

「では、お先に・・・」

 

 

舞踏会も順調に進み、半ばが終わったかと言う頃になって、私はコリングウッド元帥とレミーナ元帥の2人を舞踏会の会場から送り出しました。

艦隊司令官であるお2人には、明日の朝に行われる国際観艦式の準備をしてもらわねばなりませんからね。

 

 

ああ、国際観艦式と言うのはですね、一種の軍事パレードのような物ですよ。

世界中の艦艇が集まっていますからね、一つ派手目にやろうとのことで。

 

 

「あ、宰相閣下!」

「はいはい、宰相閣下はこちらですよ」

「おお、これはこれは宰相閣下・・・」

「ははは、これはどうも」

 

 

いやはや、流石にホスト国の宰相ともなると、何人もの人に声をかけられますね。

先程、セラス総長と一曲躍らせて頂いたのですが、その間もいろいろと深いお話を。

・・・なお、男女の話ではありませんよ。

クルト×セラスは成立しませんのでね、勘違いしないように。

私はアリカ様とアリア様一筋・・・いえ、二筋ですから!

 

 

「・・・お疲れですか?」

「はは、いえいえ・・・っと、シャークティー先生に、瀬流彦先生ではありませんか」

「ご無沙汰してます・・・はは、でも先生はやめてくださいよ」

「お久しぶりです。相変わらずのご活躍ぶり、聞き及んでおります」

「いやいや、お二方も・・・その辣腕ぶりは魔法世界にも届いておりますよ」

 

 

お互いに心にも無い・・・とは言い過ぎですが、世辞のような褒め言葉を交わし合った後、藍色のドレスに身を包んだシャークティー先生さんと燕尾服姿の瀬流彦先生としばし歓談します。

いや、テオドラ陛下や近衛詠春のようなトップとばかり話していれば良いと言う物ではありませんしね。

なるべく、色々な立場の相手とコネクションを持っておくに越したことはありませんから。

 

 

「それにしても・・・何と言うか、年月を感じますわね」

「と、言うと?」

「いえ、こう言うと失礼かもしれませんが・・・かつての同僚、それも一回り以上年下の同僚が、素敵な殿方を結婚する場面に居合わせると言うのは・・・不思議な気分ですね」

「うーん、そうですね、先を越されちゃったなぁ」

「シャークティー先生には、結婚式の運営まで手伝って頂いて・・・」

「いえ、これもシスターとしての務めですから・・・一番近くで祝福する機会を与えてくださり、むしろ感謝しているのです」

 

 

・・・アリア様のことを言っているのであろう言葉に、瀬流彦先生が頷きます。

内心、私も同意します。

実際、私がアリア様と直接お会いして、5年以上の歳月が経っています。

最初の頃は、アリカ様の娘である以外は単なる小娘でしたがねぇ・・・。

 

 

・・・アリカ様のように、映画にでもしますかね。

ハンカチが手放せない感動物語が作れるような気がしますよ。

 

 

「・・・おや、貴女はアーウェルンクスの・・・」

「・・・」

 

 

瀬流彦先生達と別れた後、舞踏会の会場の隅で白髪の少女を見つけました。

まぁ、アリア様が招待状を渡していたので不思議ではありませんが。

シンプルなペールグリーンのドレスを着たアーウェルンクスの少女は、褐色の肌の大男と一緒におりました・・・ふむ?

 

 

「はは、付添人の件はご苦労様でした」

「・・・(ふるふる)」

「まぁ、女王陛下の意思でもありますし、どうか楽しんでいってくださいね」

「・・・(こくこく)」

 

 

ははは、では・・・と爽やかに手を振り、私はその場を後にしようと―――――。

 

 

「・・・するわけが無いでしょう」

 

 

ガシッ、と褐色の肌の男の肩を掴みます。

仮面とローブが無ければバレないとでも思っていたんですかね。

 

 

「何と言いましたか、確かデュナミスさんでしたか?」

「な、何のことやら、私は通りすがりの悪の大幹部で・・・」

「悪の大幹部が通りすがるなんて話、聞いたことがありませんよ」

 

 

いや、まぁ、別に今さらどうこうって話でも無いのですけどね。

しかし、放置もできないと言うか・・・何で来たんでしょうこの人。

そのまま彼を連行しようとしたその時、非常にか細い力で私は袖を引っ張られました。

 

 

アーウェルンクスの少女が、無表情に私のことを見上げていました。

・・・何ですか、上目遣いで私にお願いできるのはアリア様だけですよ。

ちなみに、見下して命令ができるのはアリカ様だけです。

 

 

「まだ・・・」

「はい?」

「・・・まだ、踊って無い・・・」

 

 

踊った後なら、良いのでしょうかね・・・?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

こう言う場では、基本的には一つのペアはせいぜい2曲まで、と言うのがルールだ。

とは言え、結婚式の当日に花嫁をダンスに誘うような人間はいない。

だから別に、僕がずっと傍に張り付いていたせいでは無かったと思うんだ。

 

 

「・・・3時間に及ぶ舞踏会の間中、ひたすら踊り続けた私にかける言葉がそれですか」

 

 

舞踏会の会場の隅の椅子に腰かけながら、アリアは恨みがましそうな視線で僕を見上げていた。

僕は特に疲労は覚えないけれど、アリアは疲れてしまったらしい。

ちなみに踊る気が無い場合、女性は「疲れていますので」と断るのが礼儀だ。

今のアリアを見れば、誘う前から疲れていることがわかるだろう。

 

 

「すまない、今は反省している」

「疲れたって言ったのに・・・」

「舞踏会の招待客を歓談している間は、踊っていなかったと思うけど?」

「それ以外は踊り通しだったじゃないですか・・・」

 

 

新婦である前に女王だから、王国の著名人や帝国の重鎮などと歓談することもある。

そう言う場面ではもちろん、踊りは休憩だ。

・・・そうか、休めていなかったのか。

 

 

「・・・すまない、どうやら調子に乗りすぎたようだね」

「今さら気付いたんですか・・・」

「どうやら、そうらしい」

 

 

休むと言っても人目があるから、ゴロゴロできるわけじゃない。

舞踏会も残す所あとわずか、これが終われば今日の予定は終わりだ。

後は・・・。

 

 

「・・・もう、舞踏会も終わりだね」

「そうですね・・・」

「・・・」

「・・・」

 

 

特に意味は無いけど、僕とアリアの間に沈黙が落ちた。

何も話すことが無いと言うよりは、何かを話さなくても良い・・・そんな雰囲気だった。

ただ何もせずに、僕達が踊らない曲が流れるのを聞いている。

 

 

アリアはどこか少し、落ち着かない様子だった。

翻って僕はどうかと言うと、無心とは程遠い状態、と言うべきだろうか。

何とも言えない空気が、僕達の間で流れている。

コレが何なのか、言語化できる程に僕は経験豊かでは無かった。

ただ以前、似たような感覚に陥ったことはあるけれど・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

 

 

口元に笑みを浮かべて、アリアが僕を見上げる。

そんなアリアの目の前に、僕は手を差し伸べる。

 

 

最後に一曲(ラストダンス)・・・良いかな?」

「・・・疲れたんですけど」

「・・・」

「・・・・・・もう、しょうが無いですね」

 

 

軽く苦笑して、アリアは僕の手を取ってくれた。

正直な所、断られるとは思っていなかったあたり・・・自分でもどうかと思う。

だけど、どうしてかそう思った。

 

 

アリアの長手袋に包まれた右手を左手で取り、右手をアリアの背中に回す。

その際、剥き出しのアリアの素肌に触れるのだけど・・・これまでは特に思う所は無かった。

過去5年間、こうした舞踏会には何度となく出席してきたし、彼女の肌に触れるのも初めてでは無い。

彼女の手が、僕の首に回される。

 

 

「・・・」

 

 

曲が始まるまでの一瞬の空白の間に、僕はアリアの耳元で一言だけ囁いた。

僕が何を言ったのかは、アリアにしかわからない。

ただアリアは、僕の言葉に頬を染めて・・・花のような笑顔を、見せてくれた。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

始まりと同じように、最後の一曲は女王夫妻のために演奏されている。

会場の中央で、しっとりとした曲調に合わせて、アリア女王とフェイト公がゆったりと踊る。

・・・良く体力が持つな、若さか?

 

 

「いやぁ、テンションだろ」

「娘夫婦をそんな風に言っていいのかよ、お前」

「俺らだって、昔はテンションで大概のコトは乗り切ったじゃねぇか」

 

 

酒の入ったグラスを片手に、ナギがそんなことを言う。

隣ではアリカがテオドラと談笑してるし、ラカンはガバガバ酒飲んでやがる。

・・・こうして見ると、俺ら政治に携わる者として何かが間違ってる気がするぜ。

俺の場合、メガロメセンブリアに人がいないってのもあるが。

 

 

「・・・ま、良いんじゃねぇの、こう言うのも」

 

 

ナギは、らしくも無く作り笑いを浮かべてそう言った。

・・・ま、娘の方はともかく、息子の方がな。

時間が解決できると信じてぇが、俺らにはどうにもできねぇ問題だしな。

 

 

・・・ナギが王族に入る際には、スプリングフィールドの家名が問題になった。

これからはオストラ公スプリングフィールド家ってのが正式名になるんだが・・・息子が自分を「スプリングフィールドの息子」って名乗っちまったからな・・・一応、戦犯が。

結論を言えば、公的にはネギのぼーやは「自称ナギの息子」って扱いになった。

少なくとも、公文書にはそう記されることになってる。

ある意味、必要なことだが・・・何ともな。

 

 

「・・・もう少し、飲むか」

「お、勝負すっか?」

「バカ言え、もう一杯だけだっつーの」

 

 

昔みてーに、ガバガバ飲んで泥酔して良い立場じゃねぇんだっての。

・・・自由にやれた昔が、懐かしいぜ。

 

 

「・・・」

 

 

視線をちょいと動かすと、舞踏会の会場の一隅で、ミッチェルの野郎が帝国の駐オスティア大使と話してんのが見えた。

グラス片手に、金髪のヘラス族のワルツ大使と話す。

それだけなら、執政官として何も間違っちゃいねーがな。

 

 

だけどアイツ、やっぱ女王のこと気にしてんだろうなー・・・。

・・・間男になるだけの甲斐性はねぇみてーだが。

だが、告白とかやめろ。

俺はこれ以上、あの眼鏡宰相(クルト)にいびられたくねーんだってーの・・・。

 

 

・・・いや、マジで。

あの野郎、マジで容赦ねーっつーか・・・。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

・・・つ、疲れたわ・・・。

準備や後片付けをしてくれてる役人や使用人の人達に比べれば楽なんだろうけど、それでも疲れたわ。

花嫁のお世話って、想像してたよりもしんどいのね・・・。

 

 

「あ、アーニャさん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ・・・」

 

 

エミリーが頬をチロチロと舐めてくれて、精神的に癒される感じ。

ただ・・・。

 

 

「んっ・・・ふゃんっ」

「ヘレン・・・」

「・・・おにぃちゃ・・・っ」

 

 

隣で物凄く妖しい雰囲気をだしてる兄妹は、どうにかならないのかしら?

何をしてるって、ロバートがヘレンの足を揉んでんのよ。

マッサージよマッサージ、ただの。

ロバートも目立ってはいなかったけど、参列してたのよ・・・。

 

 

「・・・ねぇ、隣で妖しいことするのやめてくれない? 精神的にキツいんだけど」

「違う、神聖な儀式(スキンシップ)だ」

「わ、私はいらないって言ったもん・・・っ」

 

 

何故か、ヘレンが子供口調に戻ってるんだけど。

その時、宰相府の廊下の長椅子に座る私達の前に、シオンがやってきた。

 

 

「そうよロバート、そう言うのはこんな場所でする物では無いわ・・・」

「何だと!?」

「ああ、やっと常識的な」

「寝室でやりなさい!」

「・・・儚い夢だったわ」

 

 

普段は突っ込み役なシオンは、ヘレンが絡むと急激に頭が弱くなる。

・・・何なのかしら、この2人。

ロバートはロバートで、「そうだったのか!」みたいな顔してるし。

 

 

「それじゃあ、ミス・ココロウァ。また明日ね」

「・・・お休み」

 

 

そしてそのまま3人でどこかへ消えるんだから、どうしようも無いわね。

・・・流石の私も疲れちゃったから、これ以上は突っ込まないわよ。

 

 

   クルル~

 

 

・・・別に小動物が鳴いたわけじゃなくて、私のお腹の音よ。

お腹すいた~・・・夕食も軽めの物で済ませちゃったのよねぇ。

 

 

「ふん・・・今のキミなら、簡単に屈服させられそうだね」

 

 

周りの空気が、熱を持ったような気がした。

椅子に座りこんだまま、気だるげに視線を向けると・・・そこには、想像通りの相手。

 

 

「・・・何だ、アルトか」

「・・・言っておくが、僕はそんな略称を認めたことは一度も無いよ」

「じゃあ、名前を変えなさいよ」

「くだらないね、名前なんて」

「じゃあ、アルトでも良いじゃない」

「・・・・・・ちっ」

 

 

不機嫌ねぇ・・・まぁ、ご機嫌な所を見たことが無いけどさ。

アルトはしばらく立ったまま私を見下ろしてたんだけど、私は疲れきってるから、特に何も言わずにいた。

・・・しばらくして、聞き慣れた舌打ちの音。

フェイトと違って、アルトはこう言う所が粗雑よね。

 

 

そんなことを考えていると、私の前にアルトが何かを差し出してきた。

それは、お皿だった。

お皿の上に、サンドイッチがいくつか・・・。

 

 

「え・・・」

「・・・いらないのか」

「う、ううん、ありがとう・・・」

「・・・ちっ」

 

 

受け取って、お皿を覆ってたラップを取って、サンドイッチを口に含む。

・・・美味しかった。

ただ、ちょっと形が雑だけど。

私の隣に、アルトが乱雑な動作で座る。

 

 

「・・・これ、アンタが?」

「勘違いするなよ、キミのためじゃない。ただキミを屈服させるのに、キミが弱っている時を狙うのが嫌なだけだ」

「・・・意地っ張り」

「・・・飲め」

 

 

ゴトッ、と私の横にボトルを置くアルト。

飲み物まで、用意してくれていたらしい。

・・・雑だけど、良い所、あるのよね。

わかりにくいけど・・・。

 

 

「良いか、それを食べたら僕に付き合ってもらうからな」

「・・・こんな時間に?」

「問題があるのか?」

「・・・・・・無いけど」

「なら良い」

 

 

・・・横目にアルトを窺うけど、特に何も考えていないっぽい。

こんな時間に女の子に「付き合え」って・・・意味、わかってんのかしらね。

まぁ、そう言うのを・・・って!

 

 

「これ、お酒じゃない!」

「何か問題があるのか?」

「問題も何も未成年・・・はっ、まさか私を酔わせて・・・!?」

「・・・何を考えているのかは知らないけど、キミを酔わせてどうこうするつもりは無い」

 

 

どこか苛立たしそうに、アルトが言った。

 

 

「大体、キミごときがどうなろうと、知ったことじゃない」

「・・・ごとき?」

 

 

何故か、その一言はカチンと来たわ。

椅子の隅で丸まってたエミリーがビクビクしてるけど、それも今は良い。

私は今、こう、カチンと来たのよ。

ガンッ、とお酒のボトルの底を椅子に叩きつけて・・・。

 

 

ぐいっ、とアルトの胸倉を掴む。

鼻の先が触れ合うくらいの距離まで、私達は顔を近付ける。

そして・・・。

 

 

「・・・何だ」

「・・・本当に、私がどんな状態になっても・・・どうもしないのね?」

「・・・わかりきっているコトを聞くな」

「・・・っ、なら・・・」

 

 

相も変わらず不機嫌そうなアルトに。

 

 

「なら・・・試してみる・・・?」

 

 

私は、精一杯の虚勢を張った。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「・・・眠っとる時は、ホンマに大人しいんやけどなぁ」

「疲れたのだろう、朝から動き通しだったのだからな」

「せやね・・・」

 

 

午前0時30分頃、うちらは家に帰りついたえ。

と言っても、小太郎も月詠も疲れきって寝とったから、家の中に運ぶ時はうちが月詠を、カゲタロウはんが小太郎を背負って入った。

小太郎が起きとったら、さぞや騒いだやろなぁ。

 

 

うちが月詠を着替えさせて、布団に寝かしつけとる間に、小太郎の世話はカゲタロウはんがやってもうた。

ふふ・・・何や、父親みたいやなぁ。

 

 

「・・・ふぅ」

「疲れたか、千草殿?」

「大丈夫や、ああ言う場は慣れ取るから」

 

 

小太郎も月詠も体力はうちよりもあるけど、ああ言う場で使う体力と戦闘で使う体力は違う。

せやから、うちよりも先にあの子らがダウンした。

・・・まぁ、うちも疲れてへんわけやないけどな。

 

 

「それにしても、綺麗な式やったなぁ」

 

 

パタンッ、と月詠の寝室の襖を閉じながら、今日の結婚式を思い出す。

うちはやっぱり、和風がええけど。

でも、今日の式は新郎新婦がイチャついとる分、余計に素敵に見えたわ。

 

 

「ふむ・・・千草殿も、結婚に憧れたりするのか?」

「何や、年甲斐も無く・・・なんて、笑わんといてや?」

「そんなことは・・・」

 

 

居間に通じる廊下を歩きながら、そんな会話を交わす。

結婚・・・結婚なぁ。

憧れんでも無いけどなぁ・・・うちにはあの子らがおるしなぁ。

 

 

・・・不意に、それまでうちの後ろをついてきとったカゲタロウはんの足音が、途絶えた。

どないかしたんか思うて振り向くと、カゲタロウはんはじっとうちを見とった。

仮面をつけてへん、素顔のままで・・・。

 

 

「な、何や、どないかしたん?」

 

 

軽くおどけて見せても、いつものみたいな返事は返ってきぃひんかった。

むしろ、いつもよりも・・・何と言うか。

カゲタロウはんが2歩進んで、うちの目の前に立った。

そしてうちの前に、黒くて細長い小箱を差し出してくる。

 

 

「コレは・・・?」

「・・・」

 

 

・・・聞いても答えてくれへんから、仕方無く受け取って、自分で開けてみることにした。

そこには・・・小さなピンクオパールと真珠で5つの桜をあしらった、飾り簪が入っとった。

所々に金と白金も使っとって、見ただけで高いモンやとわかる。

思わず、うちはカゲタロウはんを見た。

 

 

こんな高そうな物、受け取れへん。

そう言おうとした時、簪を持つうちの両手を、カゲタロウはんの両手が覆った。

 

 

「・・・カゲタロウはん・・・?」

「・・・千草殿」

 

 

ぐ・・・と掴まれた手が、妙に熱を持っとる気がした。

仮面で遮られることの無い視線が、うちに向けられとる。

 

 

「千草殿、私と・・・」

「・・・」

「・・・私と、結婚して貰えないだろうか・・・?」

 

 

・・・カゲタロウはんのその言葉に。

うちは、一瞬だけ大きく息を吸って・・・。

ゆっくりと、時間をかけて息を吐いた。

 

 

それから、軽く俯いて・・・。

・・・顔を、上げた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「疲れました・・・」

 

 

舞踏会が終わった後、お客様方をお見送りして、ようやく今日のスケジュールが終わりました。

明日には明日のスケジュールがありますが、それはそれとしておきましょう。

アーニャさん達にも明日、改めてお礼を言わないと・・・。

 

 

それにしても、本当に疲れました。

朝から緊張のしっぱなしでしたし、柄にも無くはしゃぎましたしね。

今日はもう、ゆっくりと休みたい気分です・・・。

 

 

「アリア」

 

 

・・・が。

 

 

「また、後で」

「あ・・・・・・あー・・・はい」

 

 

たったそれだけの短いやり取りの後、フェイトと別れます。

何故か、返事がしにくかったです。

いえ、何故も何も・・・今日からはその、同じ部屋で・・・。

 

 

「ケケケ・・・」

 

 

私の傍に立っている茶々丸さんの頭の上で、チャチャゼロさんが何故か妖しげな笑い声を上げました。

・・・かと思えば、地面に降りてどこかへ消えました。

 

 

「姉さん、ジャスミンは一滴だけで十分香りますので」

「マカセトキナ」

「何の話をしているのでしょうか・・・?」

「では我は、大聖歓喜天の自在法でも仕込んでくるかのぅ」

「晴明さんは、さらに何をしているのでしょうか・・・?」

 

 

どこからともなく現れた晴明さんが、何やら妖しい呪符を手に極めて意味不明なことを言っております。

と言うか何でジャスミン・・・?

・・・それ以前に、前にも似たようなことがあったような。

 

 

とりあえず宰相府の廊下の隅で「余計なことしないでください!」と必死に・・・それはもう必死に頼み込んだ所、しぶしぶながら了解してくれました。

 

 

「・・・まぁ、風呂に入っている間に」

「ダナ・・・」

 

 

・・・しぶしぶながら、了解してくれたんです!

 

 

「アリアさん、湯殿の準備が整いました」

「あ、はい、わかりました」

 

 

寝室に行く前に、お風呂に向かいます。

舞踏会でたくさん汗をかいてしまいましたので、お風呂に入りたいです。

ドレスも脱ぎたいですし・・・。

 

 

「・・・本日は、私もご一緒致しますので」

「え・・・どうしてですか?」

「どうしてもです」

 

 

・・・まぁ、本日はって言うか、いつも一緒してますけどね。

ですから、今さら改めて宣言されるまでも無いと言うか。

でも今日の茶々丸さん、何と言うかこう、いつになく気合いが入っていると言うか。

 

 

「・・・今夜は、大事な日ですから。私がお世話致します」

「・・・はぁ」

「お任せください」

 

 

・・・私よりも、物凄く力が入っていますね。

それが何のためかは、まぁ・・・置いておくにしても。

これも私のことを想ってのこと・・・だと、思うので。

 

 

「じゃあ・・・お願い、します」

「お任せください」

 

 

・・・実際。

自分一人だと、いつまでも出て来れないかもしれないから。

だって・・・。

 

 

だって、今夜は。

・・・最初の、夜だから。

 




フェイト:
・・・ああ、僕かい。
今話は、舞踏会で話が終わってしまったからね。
まぁ、特に語るべきことも無い・・・かな?

今回は、「千草の桜の飾り簪」が黒鷹様の提案で出ているね。
あと、テオドシウスのドレスはリード様の提案だよ。
大聖歓喜天の自在法:伸様提供。
大鉄十字苺章:絡操人形様提供。
ありがとう。


フェイト:
次回は、急遽新設された「深夜」の部だね。
・・・じゃあ、またね。


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第3部最終話④「Royal wedding・深夜」

Side ナギ

 

正直な所、俺は良い父親じゃ無かったと思う。

良い父親がどんなのかって言われると困るが、少なくとも10年以上子供を放置してたような奴を良い父親とは言わねぇだろう。

色々と事情はあったわけだが、そんなコトが言い訳にもならねぇことはわかってる。

 

 

だが、あえて言うぜ。

俺は今、父親としての仕事をしてる・・・ってな・・・!

 

 

「良いか、義息(むすこ)よ」

「・・・その呼び方、気に入らないね」

「仕方ねぇだろ、お前がアリアと結婚しちまったんだから」

 

 

カポーン・・・ッ。

と、軽い音が反響するのは、ここが風呂場だからだ。

宰相府にある、王族専用のでけぇ風呂だ、一度に100人は入れそうな奴。

ここは元々、離宮だからな。

 

 

で、今は何をしているのかと言うと、アレだ。

風呂場で義理の息子(フェイト)に「この後のコト」を教えている所だ。

・・・我ながら、アホなこと言ってるぜ・・・。

 

 

「今さらお前にどうこう言わなくてもわかってると思うが、戦いってのは自分を鍛えるだけじゃダメだ。これから戦う相手のコトも知っておかなきゃなんねぇ」

「そうだね」

「相手の戦力も自分の力量もわからずに戦いに及ぶ奴は、大概死ぬ。まぁ、稀に俺やジャックみてぇな天才クールな英雄様が出現したりもするが・・・」

「上がって良いかな?」

「待てって」

 

 

そんな物凄くウザそうな顔すんなって、10年以上殺し合ってきた仲じゃねぇか。

大体、お前だって大概チートだかんな? 生まれた時から最強クラスなくせに。

 

 

「・・・それで、結局の所、キミは何が言いたいんだ?」

「だから、この後のコトだよ!」

 

 

澄ました顔してんじゃねぇっての、実はすげー楽しみにしてるって俺にはわかるぜ?

何しろ、今日まで繰り返し色々と吹き込んだからな、おかげで暦ちゃん達に目の敵にされちまって。

だが・・・。

 

 

「・・・残念なことに、今回の場合、お前もアリアも経験が浅すぎる」

「・・・はぁ」

「経験不足を補う時間も技術も無い、コレは結構キツいぜ・・・俺とアリカも、最初は大変だった。いや、コレはマジな話だぜ?」

 

 

何しろ、俺はアリカ以外の女と付き合ったコトねーし、アリカだって俺以外の男と付き合ったこと無かったからな。

俺らの仲間ん中じゃ、ジャックとガトウくらいしか相談できる相手がいなかった。

・・・アル? アイツは趣味に走るからアウト。

ジャックはそこんとこ案外、空気読んだりすんだよ。

相談できる相手がいた俺はまだしも、アリカなんて相談できる女が周りにいなかったからな・・・。

 

 

「・・・まぁ、とにかく、そう言う俺の経験から言わせてもらうとだ。経験不足なのは仕方がねぇ、こういう場合、男ができることはもう一つしかねぇ」

「・・・一応聞くけど、何だい?」

「それはな・・・」

 

 

ゴニョゴニョゴニョ・・・。

・・・俺の言葉に、フェイトは普通に頷いた。

へ・・・まぁ、わかりきってるコトだってコトか。

 

 

アリアを頼むぜ・・・。

・・・って、このタイミングで言うと変な意味に聞こえそうだけどよ。

だけどコレは、俺の本心だぜ?

娘の方は、まーコレで問題ねーよなー・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

原則として、王族は自分の身体を自分では洗いません。

とは言えアリア先生は10歳までは庶民的な生活をされておりましたので、きちんとご自分で洗われます。

 

 

・・・しかし、そんなコトは関係ありません。

乾かした後に生きて来るような手法をいくつか試みつつアリアさんの長い髪を洗い終えた後は、身体を洗い始めます。

防水機能とハカセに感謝をしつつ、私はアリアさんのお世話を続けます。

 

 

「あ、あの、自分で洗えますから・・・」

「いえ、アリアさんはお疲れでしょうから。何もせずにじっとしていてください」

「で、でも・・・くすぐったくて」

「我慢してください」

 

 

お風呂用の椅子に座られたアリアさんの前に膝をつき、柔らかな綿のタオルにミルクの石鹸の泡をたっぷりとつけて、足先から隈なく、かつゆっくり丁寧に洗い上げて行きます。

下から上へ、末端から中心へ、円を描くように念入りに。

壊れ物を扱うかの如くアリアさんの手や足を持ち上げ、隅々まで。

擦ると撫でるの中間ぐらいの力加減なので、それがくすぐったく感じるのかと・・・。

 

 

アリアさんのほっそりとした、華奢でしなやかな身体を全体的に洗い終えた後は、適度な休息を入れつつ、薔薇の花弁を浮かべた広い湯船に浸かって頂きます。

 

 

「・・・身体の調子は、いかがですか?」

「え・・・その、大丈夫・・・ですけど」

「そうですか」

 

 

私の各種センサーでも、疲労はありますが概ね正常と映っております。

かすかに筋肉が固い気も致しますが、それは単純に緊張のためかと。

それも、入浴のためか徐々に和らいで来ておりますが・・・。

 

 

・・・さて、ある意味で最大の問題は、入浴後です。

具体的には入浴後、髪や体を良く拭き、乾かした後。

つまりは、お着替えの際に・・・。

 

 

「・・・あの・・・」

「なんでしょう、アリアさん」

「・・・コレ、着るんですか・・・?」

 

 

・・・私の名誉のために申し上げておきますが、別にいかがわしい物をご用意したわけではありません。

むしろ、普段から着用されているようなネグリジェと変わりの無い物をご用意させて頂きました。

何と言っても、アリアさんにはあまりに扇情的なお召し物は早いと思われますので。

フェイトさんも、そう言った物よりはいつものような物を好まれるでしょう。

新調したてであることは、間違いありませんが。

 

 

まぁ、つまり・・・。

アリアさんが、いつもよりも過敏になっていると言う話です。

 

 

「では、参りましょう」

「こ、この格好で行くんですか!?」

「・・・」

 

 

・・・繰り返しますが、私はいたって普通のネグリジェをご用意させて頂きました。

とは言え、過敏になるのも無理からぬことだと思います。

 

 

「大丈夫です、ここから寝室までの道には誰も通すなと申しつけてあります。誰にも見られることはありません」

 

 

なので私は、アリアさんを宥めるような声音で語りかけます。

いつまでも、脱衣室で立っているわけには参りませんし・・・。

根気良く、かつ緊張を解す意味も込めて、ゆっくりとした調子で会話を続けます。

 

 

とりとめも無いことであったり、あるいは意味のあることであったり。

そうして、時間をかけて・・・最後の角を曲がる所で、私だけが立ち止まります。

 

 

「では、ここからはお一人で・・・お休みなさいませ。明日は11時から国際観艦式がございますので、9時頃、参ります」

「え・・・」

 

 

途端に、アリアさんは不安そうな表情を浮かべられました。

私としても、最後までお供したいのですが・・・ですが、寝室の扉の前には、フェイトさんがお待ちのはずなのです。

私のような者がいては、お邪魔でしょう。

 

 

「・・・大丈夫です、アリアさん。何も心配されることはございません」

「・・・・・・本当に、そう思いますか?」

「はい、私が一度だって、アリアさんに嘘を吐いたことがございますか?」

「・・・茶々丸さん・・・!」

 

 

ぎゅっ、と、アリアさんが私に抱き付いて参りました。

朝は避けましたが、今は抱き止めるべきと判断致しました。

同じくらいの力でアリアさんの身体を抱き、軽く髪を撫でて差し上げます。

 

 

アリアさんとは、6年程のお付き合いになりますが・・・。

・・・今日と言う日は、その中でも忘れられない物になるような気が致します。

理由は、まだわかりません。

ですが何年経とうとも、私はこの時のことを、昨日のことのように思い出せるでしょう。

 

 

「朝も言いましたが・・・どうか、お幸せに」

「・・・」

「それだけで、私達は幸福になれるのですから・・・」

 

 

私の胸に顔を押し付けたまま、アリアさんが頷きます。

それから、2歩ほど離れて・・・私は少しだけ乱れたアリアさんの髪や服を直します。

それから、礼儀正しく一礼。

 

 

「それでは、お休みなさいませ」

「・・・お休みなさい」

 

 

顔を上げた際、アリアさんの髪の端が角の向こうに消えるのを確認致しました。

私は姿勢を正し、数秒間その場に留まって目を閉じた後・・・。

 

 

「・・・では、マスターのお世話をしに参りましょう」

 

 

次の仕事に、向かいました。

心配は・・・特にはしておりません。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

し、心臓が、バクバクして・・・息が上手く、できません・・・。

茶々丸さんと別れて、寝室の前でフェイトと会った時は、心臓が止まるかと思いました。

こ、これからは毎日、一緒に寝るんですよね・・・ふ、夫婦ですから。

 

 

「・・・大丈夫?」

「は、はいっ、全然OKで・・・あ、でもOKってそういう意味じゃ無くてそのっ!」

「・・・そう」

 

 

無理! 一緒に寝るとか無理!

だってそんな、は、恥ずかしっ・・・天蓋付きのキングサイズベッドですから、端っこ同士で・・・いや、それ一緒に寝る意味無いですし!

だから一緒に寝るのが無理なんですって・・・お、落ち着け、落ち着いて(ビー・クール)、私!

 

 

そ、それに夫婦なのですから、一緒に寝るだけじゃ済まなく、て・・・!

し、深呼吸、まずはクールに深呼吸・・・!

 

 

「・・・入らないの?」

「は、ひゃいっ、失礼しましゅっ・・・あぅ・・・」

「・・・舌、大丈夫?」

「ひゃい・・・」

 

 

う、う~・・・何だかフェイトが普通で逆に冷静になってきました・・・。

フェイトは、緊張とかしないんですかね・・・?

 

 

「・・・あれ、開かないな」

「え・・・って、フェイト・・・その扉は引かないと」

「・・・そうだね」

 

 

引いて開ける寝室の扉を、フェイトは5秒ほど押していました。

私と目を合わせてくれませんけど、ひょっとして照れて・・・る?

可愛い、かも・・・。

私がクスッ、と笑うと、フェイトはどこか憮然とした様子で扉を開きました。

 

 

そして同時に、安心します。

良かった・・・フェイトもいつもと違う・・・。

 

 

「・・・どうぞ」

「はい、お邪魔します・・・って、変ですけどね」

「・・・そうだね」

 

 

フェイトが開けた扉を、ゆっくりとした歩調で潜って・・・寝室の中へ。

・・・気のせいでなければ、かすかに甘い香りが立ち込めているような気がします。

そして、きちんとベッドメイクされた天蓋付きのベッド・・・。

 

 

・・・を、見た瞬間、再び身体が硬直します。

軽く胸を押さえて、い、息が・・・。

あ、あのベッドで・・・。

 

 

「・・・座らないの?」

「は、はいっ、はいっ・・・!」

 

 

ギ、ギギ・・・と、油の切れたロボットのような動きで、右手と右足を同時に出して歩きます。

そして、ベッドの端に腰かけます。

・・・はっ!?

べ、別にベッドの端に座る必要性は・・・椅子でも良かったじゃないですかっ。

わ、私としたことが、私としたことがっ。

 

 

私が内心、そんな風にアワアワしていると、部屋の隅で何やらゴソゴソしていたフェイトが、ゆっくりと私に近付いて来て・・・わ、わわっ、わ・・・!?

ギシッ、と私のすぐ横に腰かけました。

ほんの数センチの距離に、フェイトがいます。

そう思うだけで、頭の中が酸欠にでもなったかのように、クラクラして・・・。

 

 

「アリア」

「・・・っ」

 

 

名前を呼ばれて、びくっ、と身体を震わせます。

つ、ついに・・・ついに、なのですか。

いえ、この5年間、いくらでもそう言う空気になったコトは、ありましたけど。

で、でもコレばっかりは、前世でも現世でも経験が無くって・・・どうしたら良いか。

う、上手くできるか、わかりませんけど・・・!

 

 

胸の前で手を擦り合わせつつ、一杯一杯な気持ちもできるだけ隠して。

だけど嫌では無いと伝えるために、目を閉じて。

フェイトの方を、向くと・・・!

 

 

―――――ヒタリ。

 

 

「ひゃわぁっ!?」

 

 

頬に当たった冷たい感触に、悲鳴を上げます。

な、何、何ですか・・・と、見てみると。

 

 

「どうぞ」

「へ? ・・・あ、はい・・・どうも」

 

 

赤い、かすかに苺の香りのする飲み物の入ったグラスを、フェイトから手渡されました。

え、えっと・・・?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

『エキュルラット・サンティユモン』。

端的に説明すれば、極度にアルコール度数の低い苺の果実酒。

まぁ、果実酒と言うよりジュースに近いんだけどね。

 

 

「・・・あ、美味しい・・・」

「・・・そう」

 

 

それは、良かった。

ほんの一口分だけ注いでおいたんだけど、アリアはそれを5分程かけて飲んだ。

やはり、身体が固かったからだろうけど・・・。

 

 

「あの・・・ごめんなさい・・・」

 

 

空のグラスを窓際のテーブルに置きに行くと、何故か謝られた。

・・・理由がわからない。

最近、こう言うのが多いな。

コトッ・・・と2つの空のグラスを置いて、アリアの方を見る。

 

 

ベッドの端に腰かけているアリアは、何故かいつもより小さく見えた。

白いレースをふんだんに使った、アンサンブルネグリジェ。

端々がレースで彩られたインナーはシルクで、薄めのワンピースにも見える。

上着は総レースで足元まで覆うタイプだけど、二の腕や胸元の肌の色が見える程に透けている。

 

 

「・・・私、気ばかりが急いて、その・・・」

「・・・ふ」

「わ、笑わないでください・・・っ」

 

 

怒ったようなアリアの声に、僕はふと口元を押さえた。

・・・笑った? どうやら僕は、笑ったらしい。

気が付かなかった。

 

 

「いや、すまない。ただ・・・少し、不思議に思ってね」

「不思議に・・・?」

 

 

小首を傾げる彼女の隣に、再び腰かける。

・・・少しは、固さが取れたかな。

 

 

「・・・京都で、最初にキミに会った時」

「・・・はい?」

「こんな関係になるとは、思ってなくてね」

「それは・・・私もですけど」

 

 

何だったかな、最初の会話らしい会話と言えば・・・。

 

 

『お会いしたかったですよ、フェイトさん。貴方を・・・・・・・・・殺しに来ました』

『奇遇だね・・・・・・僕もキミのことを殺してやりたいと、思っていたところだよ』

 

 

・・・うん、それから何がどうなって、結婚にまで至ったのだろうか。

僕は普通の人間では無いけれど、疑問に思わざるを得ないね。

アリアも似たような考えに至ったのか、クスクスと笑っていた。

 

 

「・・・その後、フェイトが私を見初めたんですよね」

「そうだったかな・・・逆では無くて?」

「違います、フェイトが強引だったんです」

 

 

そうだったかな・・・ええと。

記憶の片隅から、麻帆良での最初の邂逅時の会話の一部を引っ張り出してみる。

ええと・・・確か・・・。

 

 

『必ず貴方を、その組織だか何だかから引き剥がしてみせましょう』

『そう。なら僕も言おうか。必ずキミを、キミの家族から引き離す』

 

 

・・・似たような物だったような気がする。

やはり似たような考えに至ったのか、アリアがもうおかしくて仕方が無い、と言う風に笑っていた。

それから、少しだけ思い出話をした。

 

 

麻帆良の学園祭の話、魔法世界に渡る時の話、オスティアで再会した時の話・・・。

・・・そして今までのことを、少しだけ。

 

 

「ふふ、こうして聞いてみると、フェイトって意外と行き当たりばったりですよね」

「・・・キミに言われたくないな」

「酷いです・・・でも・・・」

 

 

とんっ・・・と、アリアが僕の肩に頭を預けてくる。

眠るように目を閉じて・・・いつしか繋いでいた手に、かすかに力が込められた。

 

 

「でも、そんな貴方が・・・・・・好きです」

 

 

最後の言葉は、とても小さな声だったけれど・・・確かに聞こえた。

それに僕は、言語化が難しい、そんな感情を覚えた。

だから、少しだけ身体を離して・・・片手で、彼女の頬に触れる。

色の異なる瞳が、潤んだように揺れる。

 

 

「僕も・・・愛してる」

 

 

そう答えると、アリアは幸せそうに、小さく微笑んだ。

明かりの消えた寝室で、それでも不思議な程に、記憶に残りそうな笑みだった。

どちらからともなく、ゆっくりと顔を近付けて・・・。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

軽く、触れるだけのキスをする。

数秒で唇を離すと、頬を染めたアリアと目が合う。

お互いに小さく笑って、再び唇を重ねる。

 

 

触れるだけの、軽い口付けを何度も繰り返す。

その間に頭を撫でて、髪を撫でて、背中を撫でて・・・。

最後には、アリアの小さな身体は、すっぽりと僕の腕の中に収まっている・・・。

アリアはまだ少し身体を固くしていたけど、拒絶はしなかった。

 

 

「・・・ん・・・んっ・・・」

 

 

少しずつ、キスの時間を長く、深くしていく。

唇だけでなく、額や瞼、頬にもキスを落としていく。

落ち着かせるように髪を撫でて・・・そして、唇を離す。

唇を重ねる度に、アリアの身体から固さが取れて行くのを感じる。

それを、5分ほど繰り返して・・・。

 

 

「・・・大丈夫?」

 

 

そっと、彼女の胸元・・・ネグリジェの上着の留め紐に手をかけた所で、声をかける。

アリアは、少しだけ不安そうな表情を浮かべたけれど・・・。

 

 

「・・・は、ぃ・・・」

 

 

拒絶は、しなかった。

 

 

「・・・ん、ふっ・・・!」

 

 

シュルッ・・・と留め紐を解き、これまでで一番、深く口付けた。

僕が舌先にかすかな苺の味を感じた時、堪え切れなくなったのか、アリアが身体から力を抜いて。

 

 

2人で、ベッドに倒れた。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

オロオロ、ソワソワと・・・あてがわれた寝室で、私はどうにも落ち着かんかった。

理由は、ただ一つ・・・アリアのことが、気になって・・・。

 

 

「おーい、明日も早いんだから、さっさと寝ようぜー?」

「わ、わかっておる、わかっておるがっ」

 

 

ダブルサイズのベッドの真ん中に寝転んでおるナギは、何故か落ち着いておった。

それが、少なからず私には不満でもあった。

こ、言葉にはできんが、何と言うかこう・・・。

 

 

「主は、心配では無いのか?」

「何がだよ」

「アリアのコトがじゃ!」

 

 

バフッ、とベッドに両手を叩きつけて訴えても、ナギは「あ~あ~、この嫁さんは」とでも言いたげな目を私に向けるばかりじゃった。

な、何じゃ、私は何かおかしなことを言ったか!?

 

 

私がナギと最初の夜を過ごした時のコトを思えば、心配してしかるべきじゃろうに!

いや、それでナギとどうこうにはならなんだが・・・アリアはどうなるか、わからんじゃろ!?

 

 

「だーいじょぶだって、何も心配することねーよ」

「な、何故、そう言えるのじゃ?」

「今日のフェイトを見てたろ? 何も心配することねーよ」

 

 

ふぇ、フェイトか・・・アリアの婿殿。

正直、最初に聞いた時は信じられんかったが、あのアーウェルンクスが・・・。

・・・まぁ、1番目や2番目とは感じの違うのは、確かにそうじゃが。

今日も、ひたすらにアリアと仲睦まじく・・・。

紳士的であったのは、認めるが、しかし。

 

 

「だ~も~・・・心配したってしゃーねーだろ? 見に行くわけにもいかねーし、まさか俺らが実践して見せるわけにもいかねーし、手取り足取り教えてやるわけにもいかねーだろ?」

「あ、当たり前じゃ、戯け!!」

「だったら、明日の朝にケアしてやるくらいしか、やることねーだろが。大体、こう言うのは誰かに教わるもんじゃなくて、当人同士でどうにかするもんだろー?」

 

 

そ、それは、そうなのじゃが。

わ、私もナギとは、いろいろと、の・・・。

 

 

「それにだ、ジャックとも話したんだけどよ・・・フェイトは大丈夫だって」

「・・・何がじゃ?」

「これは俺らの勘だけどよ・・・アイツは、当てるぜ? たぶんな」

 

 

相も変わらず、根拠も無く自信満々な奴じゃの。

と言うか、当てるとは何じゃ、意味がわからん・・・。

 

 

ああ、しかし・・・大丈夫かの、心配じゃ・・・。

下世話とはわかっておるが、気になって仕方が無い。

明日の朝、泣いておったらどうすれば・・・。

い、いや、ここは母である私が、しっかりせねば・・・!

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「マスターがお世話になりました」

「いや、こちらこそ相手をし切れず・・・」

「いえいえ、そんな・・・」

 

 

深々と頭を下げるグリアソンに、茶々丸が頭を下げ返している。

う~・・・と唸ると、私を背負った茶々丸が頭を起こして、ゆっくりと歩き出す。

離れて行くバーのカウンターには、高そうなワインのボトルが50本ほど・・・。

・・・後で領収書を切ってもらおうか、支払いはカードで。

 

 

・・・バーの隅にいるのは、リュケスティスとテオドシウスか。

飲んでる最中は誰か判然としなかったが、少し落ち着いてみるとわかった。

他にも何人かチラホラ・・・。

 

 

「・・・茶々丸、アリアはどうしたぁ~・・・?」

「お休みになられました」

「そうかぁ~・・・っく、ちくしょ~・・・っく」

 

 

と言うことは今頃、アリアは若造(フェイト)に思う様・・・ちくしょ~・・・。

人目につかない道を選んで、茶々丸が私の寝室に向かう。

む~・・・もう少し振動を抑えてくれんか、ヤバそうだ・・・。

 

 

「大体なぁ~・・・アリアはあんな若造にはもったいないんだ・・・っく・・・」

「そうですね、マスター」

「さよも嫁に行ったし、アリアまで・・・っく・・・皆、私を置いて行く・・・」

「そうですね、マスター」

「さよもアリアも、いつかいなくなるのに・・・っく、もう少し私の、傍に・・・」

 

 

しゃくり上げながら、ブツブツと自分でも意味のわからないことを呟き続ける。

飲み過ぎたかな・・・どうにも、頭が回らん。

 

 

「っく・・・皆、不死になりたいって言ってくれないし・・・」

「言われても、断るでしょう?」

「当たり、っく・・・前だろうが、不死なんてなるもんじゃ無い・・・寂しいだけだ、っく」

 

 

寂しい。

寂しい、寂しい・・・皆、私を置いて行く。

行ってしまうんだ、私を置いて。

誰だって、いつかは・・・それが正しい姿だから。

時間を止められた私が、異常なのだから・・・。

 

 

いつか私も・・・。

私も、いつか・・・家族と一緒に、老いて死ねるんだろうか・・・。

 

 

「大丈夫です、マスター」

「・・・あん・・・?」

「私はガイノイドです。私がずっとマスターの傍におります、マスターが私のマスターでいてくださる限り、私が貴女の傍におります」

「・・・」

「姉さんも、田中さんも、晴明さんも・・・スクナさんも。100年後も200年後も、きっとマスターの傍におります。私達が、マスターを独りにはさせません」

「・・・茶々丸・・・」

「だからどうか・・・悲しまないで」

「・・・ふん」

 

 

やはり飲み過ぎたようだな、らしくも無いことを言ってしまった。

だけど・・・ふん、寂しいなどは言わん。

言わん、よ・・・。

 

 

・・・いつか私に、誰かが用意した終わり()が来るのなら。

その時は・・・。

 

 

その時は・・・きっと・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

端的に言えば、フェイトはとても優しかった、と、思います。

他の男の人に身を任せたことが無いので、比較はできませんが・・・。

とにかく、優しかった、と思います。

 

 

途中までは、何と言うか、慣れない感覚に戸惑いもしましたが。

でも、嫌だったりはしなかったので・・・。

・・・服を全部脱がされた時は、恥ずかしくて別の意味で逃げ出したくなりましたけど。

でも、何とか逃げ出したりはせずに済みましたし・・・。

それに、少しは、その・・・。

 

 

いっぱいキスをして、たくさん抱き締め合って・・・指を絡めて、手を繋いで。

愛していて、愛されていて、髪を撫で合って、甘い言葉を交わし合って。

とても、幸福で・・・愛おしくて。

そして、たぶん、お互いに何かを堪え切れなくなった時。

かすかに薫る甘い匂いと、滑らかなシーツの感触を背中に感じる中で・・・。

 

 

 

      フェイトと、繋がりました。

 

 

 

・・・そこからは、悲鳴を上げることしかできませんでした。

想像していたような、素敵なだけのコトでは無くて。

かすかな甘さと、そしてそれを上回る激しい痛みに、悲鳴を上げるしかできませんでした。

正直、それからのコトは良く覚えて無いです・・・。

 

 

ただ、やっぱりフェイトは優しかったと言うことと・・・。

その優しさに甘えて、途中でやめたくは無かったと言うことは、覚えています。

早く終わってと思ったことはあっても、嫌だともやめてとも、思いませんでしたから。

フェイトの背中に爪を立てて、悲鳴を上げて、泣いて・・・後はそればかりでした。

後は・・・触れ合った温もりと、熱の感触だけ。

 

 

 

髪を撫でられる度に、安らかになって。

 

指を絡めて、互いの手を強く握り合う度に、縋り付きたくなって。

 

抱き締め合う力を強める度に、心が奪われて。

 

唇を奪われてキスをする度に、夢中で応えて。

 

好きですと叫ぶ度に、どうしようも無くなって。

 

愛してると囁かれる度に、堪らなくなって。

 

肌が擦れ合う度に、幸せになって。

 

名前を呼ばずにはいられなくて、名前を呼んで欲しくて。

 

そして最後に、強く・・・本当に強く抱き締められて、深く繋がった時。

・・・身体から、力が抜けました。

 

 

 

「・・・頑張ったね、ありがとう」

「・・・」

 

 

終わった(らしい)時、フェイトが私の頭を撫でて、耳元で何かを囁いてくれましたが・・・。

正直な所、聞こえていませんでした。

ただ、優しい言葉をかけられたらしいことはわかったので、できれば笑顔を見せたかったのですが。

 

 

・・・もう、本当に疲れ果ててしまっていて。

私はそのまま、眠ってしまいました。

 

 

・・・フェイト・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・コトが済んだ後、ほとんどそのまま眠ってしまったアリアの寝顔を、僕は見つめている。

僕は疲労を感じないし、休み必要も無いからね。

だけど、どうしてか・・・今日は「眠りたい」と思える日だった。

 

 

そしてそれ以上に、隣で眠るアリアを見つめていたいと・・・そう、思えた。

すぅすぅ・・・と、可愛らしい寝息を立てて眠るアリアが、何故かこれまで以上に美しく見えたから。

 

 

お互いに何も身に着けていない、生まれたままの姿で、シーツにくるまっている。

僕の左腕を枕にするように、そして僕に抱きつくような形で眠るアリア。

彼女の額に指を伸ばして、汗で張り付いた前髪を、そっと外す。

疲れきっている、それでいてどこか満足気なアリアの顔を見ると、妙な気持ちになる。

 

 

 

・・・「痛い」と、「待って」。

 

 

 

それが、アリアが一番多く口にした言葉だった。

痛みを訴える度に中断しようとしたけれど、アリアは僕を待たせることはあっても、やめさせようとはしなかった。

 

 

だから、最後まで続けた。

以前のように、退くことで彼女を傷つけたくなかったから。

正しい判断だったのかは、わからない。

だけど、間違ってはいない・・・と、思う。

 

 

掌は今でも、さっきまで触れていた彼女の滑らかな肌触りを覚えているし。

唇は今でも、何度も重ねた唇の感触と熱さを覚えている。

そして僕の身体は、触れ合った肌の温もりを覚えている。

 

 

それでも、痛みを訴えて泣いて、悲鳴を上げる彼女を見るのは何故か辛くて。

僕はただ、唇と指先で彼女の涙を拭って、彼女の髪を撫でて、抱き締めて、手を繋いで、キスをして・・・。

愛してると囁くことしか、できなかった。

縋り付いて来る彼女が背中に爪を立てても、それに耐えるしかなかった。

他に、できることが無かったから。

 

 

「・・・ぅ・・・?」

 

 

何時間かした後、アリアが目を覚ました。

時計を見れば、いつも彼女が起きる時間で・・・生体時計と言う奴かな。

 

 

とは言え、流石に疲れが抜け切っていないのか・・・どこか、ぼうっとしている。

それでも気だるげに身体を起こそうとして、不意に身体を固くした。

もぞ・・・と、シーツの中で彼女がかすかに身体を丸めるのがわかった。

シーツよりも白い彼女の肌が、かすかに露になる。

 

 

「・・・いたぃ・・・」

「・・・ごめん」

 

 

身体の使い慣れていない部分を使ったためか、違和感があるらしかった。

左腕で彼女の頭を抱き寄せて、労るように額に口付け、右手で髪を撫でる。

アリアは目を細めて・・・再び、目を閉じた。

 

 

「・・・今、何時ですか・・・?」

「まだ6時だよ、あと3時間は寝ていられる」

「・・・そ、ぅ・・・」

 

 

そのまま、アリアは再び規則正しい寝息を立て始めた。

それから僕は、時間が来るまで・・・ずっと、アリアの頭を撫でていた。

 

 

・・・アリア・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

マスターを起こした後、私はアリアさんを起こしに参ります。

マスターは二日酔いなどなさる方ではありませんので、そこは有難く思っております。

万が一なっても、頭を叩き割って再生すれば治るなどと恐ろしいことを申されておりましたが。

・・・アレは、冗談だったのでしょうか。

 

 

「田中さん」

「何デショウ」

 

 

ガション、ガションと田中Ⅱ世(セコーンド)を背後に従えて歩きつつ、私は弟である彼に注意します。

・・・それは、初夜を終えた新婚夫婦に言いたいかもしれませんが、けして言ってはならない台詞。

 

 

「間違っても、昨夜はお楽しみでしたね、などと申されてはいけません」

「何故デスカ」

「逆に聞きますが、問い返したと言うことは言いたかったのですか?」

 

 

・・・返答が返って来ませんでした。

まぁ、確かにお約束ではありますが・・・。

私共々、ハカセに看てもらった方が良いのかもしれません。

 

 

と、まぁ、そんな冗談を弟と交わしつつ(本気だったら問題です)、アリアさんの寝室へ。

・・・いえ、もはやアリアさんとフェイトさんの寝室、ですね。

お二人の寝室の前に、到着いたしました。

時刻は、午前8時55分27秒。

・・・いきなり、ノックするような野暮なことは致しません。

 

 

「・・・言い忘れておりましたが、田中さん」

「何デショウ」

「今から1時間ほどの映像を記録することを禁止します」

「何故デショウ」

「おそらくですが、アリアさんが記録してほしく無い場面が多々、出てくるかと思いますので」

 

 

などと会話を交わしつつ、室内をサーチ。

・・・生命反応、2。

寝室最奥、ベッドにおられます。

・・・ジャスミンのアロマは、功を奏したでしょうか。

いろいろとおありでしょうから、まずはお風呂に・・・。

 

 

「ちなみに、私は記録しますので」

 

 

扉の向こうで、おそらくはアリアさんと思われる人間が、起きそうになっているのがわかります。

軽く揺り動かして起こそうとしているのは、フェイトさんでしょうか。

・・・万が一の場合は、肉体的・精神的なケアを試みなければならないのですが・・・。

 

 

『・・・きゃああああああああっ!?』

 

 

・・・寝室から、甲高い声が聞こえました。

どうやら、アリアさんが目を覚まされたようです。

それは良いのですが・・・。

 

 

『ちょ、どうしてフェイトがここに・・・って、きゃああああああああっ、服っ、どうして私、服着て無い・・・って、フェイトも何で服・・・きゃあああああああああああああああっ!!』

 

 

・・・落ち着きましょう、アリアさん。

その方は、貴女の旦那さまですから・・・。

 

 

「何だ、どうした!?」

「女王陛下のお声がしたぞ!?」

「何だって!? 女王陛下が助けを求めている!?」

「すぐにお助けせねば!?」

 

 

・・・半径50m圏内には、誰もいなかったはずなのですが。

どこからともなく、ワラワラと兵が・・・ああ、親衛隊ですか。

寝室の近くなので、女性兵ばかりですが。

 

 

「むぅっ、しかし茶々丸様が入り口前におりますぞ!?」

「何と、茶々丸様にもどうにもできない事態!?」

「茶々丸様がやられた!?」

「敵は手錬れだと!?」

 

 

・・・やられてません。

と言うか、何でも無い事態を大事にするのはやめてください。

荷電粒子砲ブチ込みますよ?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

魔法世界国際観艦式。

簡単に言えば、軍用艦艇での軍事パレードのような物です。

それも、魔法世界中の国家が参加する大規模な。

 

 

観閲を受ける艦艇が停泊している間を観閲艦艇が航行する停泊方式と観閲を受ける艦艇も一緒に航行する移動方式の2種がありますが、多国間で行う場合は停泊方式が一般的です。

艦艇を動かさない方が多国間での調整がしやすいからと言う理由と、移動方式は長い訓練を積んだ艦艇で無いと危険と言う理由があります。

 

 

「それではこれより、観閲を開始させて頂きます」

「よろしくお願い致します」

 

 

艦長の言葉に頷きを返し、観艦式が開始されます。

私達が乗り込んでいる観閲艦艇は、白銀の総旗艦『ブリュンヒルデ』では無く、「イヴィオン」統合艦隊第一艦隊所属の新鋭高速戦艦、『アマテル』です。

この新型の精霊炉を搭載した次世代艦艇に乗って、各国の艦艇を観閲します。

参加艦艇は、王国、帝国、アリアドネー、「イヴィオン」加盟国、その他小国を含む11ヵ国70隻。

 

 

『アマテル』に乗り込んでいるのはもちろん、私やフェイトだけではありません。

帝国のテオドラ陛下やアリアドネーのセラス総長などの各国の要人や、クルトおじ様などの王国要人もおります。

皆で甲板に立って、観閲を受ける艦艇を見つめています。

・・・まぁ、形式と言う物ですね。

とは言え、これはこれで立派な外交戦略になりますから。

 

 

観艦式自体は、2時間ほどでつつがなく終了しました。

この後、昼食込みの多国間会合を行うわけなのですが・・・。

 

 

「女王陛下――――――ッ!」

「アリア様――――――ッ!」

 

 

・・・空港からの移動の際、未だにお祭り騒ぎの民の皆さんに声をかけられたり。

前々から思ってましたけど、お祭り好きな国民性ですよね。

まぁ、楽しくて良いですけど。

 

 

「あはは・・・相変わらず、楽しい人達ですね」

「・・・そうだね」

「・・・まだ、怒ってます?」

「別に・・・」

 

 

同じ車両の中、隣に座るフェイトの返事は、どこかそっけないです。

・・・あー、やっぱり、今朝のアレが不味かったですかね。

変態とかえっちとか、いろいろ言っちゃいましたからねー・・・。

・・・でも、ちゃんと謝ったじゃないですかー。

 

 

「・・・体調は?」

「え・・・あ、はい・・・大丈夫、です」

「そう」

 

 

まぁ、まだ少し違和感があると言えば、あるのですけど。

痛いと言うよりは、ぎこちない感じの。

でも・・・。

 

 

「うふふ・・・」

「・・・何?」

「何でも無いです」

 

 

ちゃんと気遣ってくれる優しいフェイトが、好きです。

昨日は、いろいろと大変でしたけど・・・。

でも、これからもずっと一緒にいられると思うと、嬉しさの方が勝ってしまいます。

 

 

フェイトさんだけじゃなくて、皆も。

エヴァさん達、お母様達、王国の皆に・・・今は会えない人達も。

皆、一緒。

それがとても、嬉しい。

そしてこの嬉しさを、フェイトも感じてくれていれば、もっと嬉しいです。

 

 

「フェイト」

「・・・何?」

「私、幸せです」

「・・・そう。それは、良かったよ」

 

 

・・・幸せを感じられて、良かった。

幸せを掴めて、良かった・・・。

 

 

・・・姉様。

シンシア姉様・・・。

私、幸せです。

言葉にできないくらい、幸せです。

 

 

でも、できれば周りの人達にも、幸せでいてほしいなと思います。

だから・・・もう少し、頑張ろうと思います。

皆で、幸せすぎて困るって、言えるくらいに・・・。

 

 

だから、どうか見守っていてくださいね。

シンシア姉様――――――――。

 

 

 

 

アリアは、結構、がんばります。

 




今回初登場のアイテム・イベント案などは以下の通りです。
・国際観艦式:伸様提案。
・エキュルラット・サンティユモン:黒鷹様提案。
ありがとうございます!


アリア:
アリアです。
・・・長かったようで、短かったような。
そんな、旅でした。

皆様のご声援のおかげで、ここまで来れました。
皆様のご助力のおかげで、ここまで来ることができました。
皆様のおかげで・・・辿り着くことが、できました。

作者になり代わりまして、御礼申し上げます。

本当に・・・本当に、ありがとうございます。
あえて過去形は、使いません。

たくさんの感謝と、いっぱいのお礼の気持ちを。
本編・・・この世界の方々は、今後も続きますが。
物語としての私達は、本筋としては、ここまでです。
後は、続いて行くばかり。
繋がって行く・・・ばかりです。

それでは・・・言葉を重ねれば万に届きますが。
これで、お別れです。
皆様。

ありがとう・・・ございます!
それでは・・・また、お会いしましょう!


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~Good End~

泣き声。

泣き声が、その部屋には響き渡っていた。

誰かに何かを伝えようとするような。

誰かに・・・自分の存在を伝えようとするかのような、そんな声が。

 

 

「・・・どうしたの?」

 

 

その声に引かれて、一番に駆け寄った存在がいた。

色素が抜け落ちたかのような、白い髪。

ルビーを思わせる、赤い瞳。

年齢に似合わぬ落ち着きように、片手には難しい文字や模様が書かれた分厚い本を持っている。

・・・もっとも泣き声が聞こえた途端に、本は放り捨てられていたが。

 

 

白い髪の、男の子。

年は・・・3歳くらいだろうか。

表情を変えることなく、泣き声を響かせている存在に視線を向けている。

 

 

「ふええええええええっ」

 

 

それは・・・赤ん坊だった。

生まれて間もない赤ん坊が、仕立ての良い淡い色のベビーウェアを着せられて、揺り籠の中にいる。

泣き声と共に、揺り籠が揺れる。

 

 

綺麗に編み込まれて造られている白い揺り籠の中には、柔らかそうな金色の髪を持つ赤ん坊がいた。

澄んだ青い瞳に涙を一杯に溜めて、何が不満なのか、泣いている。

白い髪の男の子は無表情なままに小さな指先を伸ばして、赤ん坊の真っ白な頬に触れて涙を掬う。

 

 

「ふえええっ、ふえぇ・・・うぅ?」

 

 

途端に、赤ん坊が泣き止んだ。

泣き止んで、大きな瞳で・・・自分に触れている存在を見つめる。

目が見えているのかいないのか、そもそも認識できているのかは、わからないが・・・。

 

 

「・・・どうしたの?」

「あー、うぅ、あぁうっ」

「・・・あーうーじゃ、わからないよ」

「うぅーあっ、あー」

 

 

白髪の男の子は困ったように首を傾げると、ポケットから何かを取り出した。

それは・・・宝石を模したガラス玉のついた、小さな指輪だった。

彼はそれを右手の人差し指に着けると、ガラス玉を撫でて・・・軽く振るった。

 

 

シャランッ☆

 

 

すると、淡い色の小さな花火のような物が、そこから飛び出した。

それに・・・。

 

 

「きゃっ、きゃっ」

 

 

と、赤ん坊が笑う。

シャランッ、シャランッ、と繰り返すと、また笑う。

楽しそうに笑う。

赤ん坊が・・・妹が笑う。

 

 

「・・・」

 

 

そのことに対して、白い髪の男の子は、表面上は無表情なままだった。

ただ、頬が少し赤らんでいて、小さな興奮を覚えているようだった。

妹を喜ばせていることが、嬉しいらしい。

小さな手を一生懸命に伸ばして、指輪から飛び出す光を掴もうとする妹の姿を、まじまじと見つめている。

 

 

「ファリア」

 

 

その時、慈愛に満ちた声が室内に響いた。

白い髪の男の子・・・ファリアはその声を聞いた途端、指輪を放り捨てて、転がるような足取りでその声の主の下へと駆けて行った。

・・・妹が不満そうな声を上げるが、兄を引き止めることはできなかったらしい。

 

 

「かぁさま」

 

 

自分を呼んだ声に負けないくらいの温もりを込めて、ファリアは相手を呼んだ。

母と呼ばれた白髪の若い女性はしゃがみ込んで、小さな息子を抱き止めた。

青と赤の瞳を嬉しそうに細めて、自分の胸に飛び込んできたファリアを抱き締める。

 

 

「シンシアの面倒を見てくれていたんですか? ファリアは良い子ですね」

「・・・」

 

 

母に褒められて、ファリアはますます母にしがみ付いた。

むぎゅー・・・っと赤くなった顔を隠すように、母の胸に顔を埋める。

一方で、ファリアの妹・・・シンシアも、放置されているわけでは無かった。

 

 

「うぁーぁ、うぅ? あぁ、だぁっ」

「・・・うん、良いよ」

「うーぶぶっ、きゃっ、きゃっ」

 

 

赤ん坊の言語を理解しているかのような応答をして、ファリアとシンシアの父親が、慎重な動作でシンシアを揺り籠から抱き上げていた。

娘の小さな身体を、慣れた手付きで、しかし大事そうに抱っこする。

 

 

「きゃっきゃっ、きゃっ」

 

 

シンシアが嬉しそうに笑いながら手を伸ばし、父親の白い前髪を掴んで引っ張っている。

父親は感情の見えない無機質な瞳でそれを見下ろしつつも、口元にかすかな笑みを浮かべているように見える。

母親はファリアを抱いたまま、それをとても優しい表情で見つめていた。

 

 

「・・・さぁ、ファリアもシンシアも、お昼ご飯のお時間ですよ」

「うん・・・そうだね」

 

 

ファリアを抱っこして立ち上がった母の姿を視界に収めて、父もそれに続く。

息子は未だに母親にしがみ付いていて、娘は父親の髪を引っ張って喜んでいる。

父と母・・・若い夫婦は互いに視線を交わすと、小さく笑い合った。

 

 

 

「行こうか・・・アリア」

「はい、フェイト」

 

 

 

そう言って、2人は・・・否、4人は、部屋から出て行った。

後には・・・主のいなくなった揺り籠と、床に放り捨てられた指輪だけが残る。

そして・・・。

 

 

ぱたんっ、と、扉が閉ざされて静寂が訪れた後には。

・・・扉の向こうで、また別の喧騒(ものがたり)が始まる。

 




竜華零:
お別れの直後に投稿と言う暴挙に出てみました。
まず最初に申し上げます、ふざけてごめんなさい・・・。
でも、コレは書いておきたくて。
時間軸的には結婚式から5年くらい・・・ですかね。
男の子の名前は悩みましたね~、女の子の方は前々から予想されていた方もおられそうですけど。

第4部がまだ続きますので、今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、アフターストーリーにてお会いしましょう。


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アフターストーリー第1話「新婚旅行・前編」

前後編・私的な新婚旅行です、今回は前編。
リンクス様・ライアー様・☆HINA☆様ご希望。
予想通り、ストーリー性、ほぼゼロ・・・!
では、どうぞ。
後、今回から後書きの形式を変えてみました。


Side 近衛騎士(女・独身・21歳)

 

私はしがない近衛騎士、名前はまだ無い。

・・・いや、冗談だ、名前はちゃんとある。

だが、自己紹介したい気分では無い。

理由は・・・。

 

 

「・・・フェイト、フェイト、ほら、騎竜の赤ちゃんですよ」

「・・・可愛いね」

 

 

理由は・・・できれば、聞かないでほしい。

私は近衛騎士、自分の職務に疑問を感じたことは無い。

王室を守るべく私心を捨てることは私の義務であるし、上からの命令に従って王族を守るのが仕事だ。

 

 

給料にも待遇にも、十分に満足している。

高給で休暇も多く、ついでに言えば年金も高い。

 

 

「お、おおぅ・・・け、結構、重いですね。ドロシーはいつも背中にくっつけていたんですが・・・」

「アリア、危ないよ・・・」

「大丈夫ですよ、私にはルーブルと言う経験がですね・・・」

 

 

・・・繰り返すが、私は自分の職務に限界を感じたことは無い。

だが今は、いささか気分が悪い。

と言うより、酷い胸やけを感じるんだ。

 

 

ああ、そうか、コレが噂に聞く高山病と言う奴かな。

ここは山だからな、おいガイド、お前は平気なのか・・・。

 

 

「慣れていますので」

 

 

そうか・・・流石はガイドだな。

コレに慣れると言うのは、凄いなガイド・・・。

 

 

「ひゃっ・・・わ、わわわっ・・・っと」

「・・・だから、言ったのに」

「ご、ごめんなさい・・・でもこの子、大人しい子ですよ?」

「問題は、キミの方だけどね・・・」

「あ、酷いです」

 

 

・・・重ねて繰り返すが、私は自分の職務に疑問を感じたことは無い。

だが、限界を感じたことはある。

今がその時だ。

 

 

「最近わかったんですけど、フェイトは意外と意地悪ですよね」

「・・・キミは、意外と落ち着きが無いね」

「・・・本当、意地悪です」

「キミに対してはね・・・」

「・・・」

 

 

もう嫌だ、こんな仕事辞めたい。

だけど、そんなこと言ったらシャオリー団長、怒るだろうなぁ・・・。

いつもは部下想いの方なのだけど、女王陛下関連だと沸点が低いんだよなぁ・・・。

何たってこんな任務の時に、当番になっちゃったんだろ。

 

 

「フェイト・・・」

「・・・アリア」

 

 

・・・私はしがない近衛騎士、名前はあるが自己紹介する気にはなれない。

現在、ある任務で人生何度目かの挫折を味わいそうになっている所だ。

 

 

・・・何の任務かって?

女王陛下の新婚旅行の護衛と言う、意味不明な仕事だ。

独り身の私に対する、一種のパワーハラスメントじゃないだろうか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

結婚式から10日後、私はフェイトとウェスペルタティア王国南部、グリルパルツァー公爵領のオンカ・アテーナ近郊の山岳地帯におります。

オンカ・アテーナはヘラス帝国との国境に近い王国辺境の山岳地帯に位置する人口3500人程度の町で、ウェスペルタティア第三の山と美しい湖を持ち、風光明媚な観光地としても有名です。

 

 

とは言え、ここに来たのは昨日の話でして・・・。

結婚式の2日後から1週間の日程で、「公的な」新婚旅行は始まっておりました。

そちらはウェスペルタティア東部の3つの貴族領、イギリカ侯爵領・クロージク侯爵領・旧ヒュプシスタイ伯爵領(叛乱により取り潰し)を巡るスケジュールでして、公務としての色彩が強い物でした。

領主主催の食事会、住民代表による歓迎式典、行政機関への表敬訪問、戦災被害者の慰霊碑訪問、学校・病院訪問、現地駐屯軍の演習閲覧・・・etc。

旅行と言うより、多くの民との触れ合いが主目的でしたね。

 

 

「テオドシウスさんには、感謝ですね」

「・・・そうだね」

 

 

領地の名称でおわかりかもしれませんが、ここは外務尚書テオドシウス公爵の領地です。

私達のために、公爵家所有の山荘「ツム・テュルケン」を貸切にまでしてくれて・・・。

今は標高1000m程の場所にある騎竜の養育場で、騎竜体験をさせて頂いている所です。

山荘から山一つ越えた場所にあって、今日は私達で貸切です。

 

 

今は「私的」な新婚旅行で、民の目も少なく・・・のびのびできます。

昨日はテオドシウス公爵の居城で祝宴などもありましたが、今日からはそう言った物もありません。

つまり、人目少なく、フェイトと2人きりになれたりも・・・。

 

 

「・・・何?」

「な、何でもありませんよ?」

 

 

不思議そうに首を傾げるフェイトからごく自然に視線を外しつつ、私は抱っこしていた騎竜の赤ちゃんを地面に下ろします。

騎竜の赤ちゃんは小さな首を伸ばして、ニーニーと鳴いています。

か、可愛いですね・・・クリクリお目々に生え揃っていない鱗とか特に。

昔のルーブルを思い出しますねぇ・・・。

 

 

「女王陛下、乗竜のご経験はおありでしょうか?」

 

 

私が騎竜の赤ちゃんに心癒されていると、この養竜場付きの観光ガイドの若い女性が、そんなことを言ってきました。

乗竜・・・まぁ、つまり騎竜に乗ったことがあるかと。

 

 

「いえ、ありません」

「でしたら、いかがでしょう。あちらに成竜の乗竜場がございますが、ご経験されてみては・・・?」

「ほほぅ・・・」

 

 

うーん、正直、興味はあったんですよね。

たまにグリアソン元帥の演習とか親衛隊のアクロバット訓練とか見学しますが、私自身はやったことないので。

・・・ちらっ、としゃがみ込んで騎竜の赤ちゃんの頭を撫でつつ、傍のフェイトを窺い見てみます。

フェイトはそれに気付くと、少しだけ首を傾げて・・・。

 

 

「・・・良いよ」

「本当ですか?」

「キミが望むならね・・・でも、危ないことはダメだよ」

「はぁい」

 

 

軽く敬礼して返すと、フェイトは肩を竦めました。

ふふ、こう言う所は甘いですよねー・・・。

 

 

「じゃあ、お願いします」

「かしこまりました」

 

 

一礼して、慌ただしく駆けて行くガイドさん。

・・・それにしても。

 

 

随員の近衛騎士の方々が、とても居心地が悪そうなのですが。

・・・動物が、嫌いなんですかね?

都会っ子ですからねー・・・仕方ありませんね。

忘れられがちですけど、私もウェールズの田舎育ちなのですよ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

オンカ・アテーナの山岳地帯はいくつかの山稜が重なり合う山紫水明な土地で、山と川と森が至る所で絵心を誘うような景観を見せている。

標高が最大で4000mに及ぶ山脈の頂きは空と交わり、その一部には氷河が見える。

 

 

頬に触れる空気は冷たいけれど、寒いと言うことは無い。

と言うのも、僕の腕の中にアリアがいるからね・・・。

 

 

「例えて言うなら、パ○ーとシ○タ的な体勢ですよね・・・!」

「・・・何の話?」

「いえいえ、こちらの話です」

「そう」

 

 

バイザー付きのフライトヘルメット越しに、アリアの声が聞こえる。

耳元の通信機から響くそれは、聞き間違いようも無い。

バイザーと布製のマスクを着けているから、お互いの顔は良くは見えない。

とは言え厚い乗竜用のスーツの上からでも、触れ合っている箇所を通じてお互いの温もりはわかる。

 

 

僕が騎竜の手綱を持って2人乗り用の鞍の後ろに座り、アリアが前に座っている。

手綱を握っている僕の両手の間に細い身体を収めて、背中を僕に預ける形になっている。

本当は、養竜場付きのプロの飛行士がやる役目なのだろうけど、僕も騎竜の2人乗りくらいはできる。

10年ぐらい前に、いろいろとね。

そう言うわけで、アリアとタンデム飛行しているわけなのだけど。

もちろん、付近には近衛が乗る騎竜が3匹程。

 

 

「綺麗ですねー・・・」

「・・・そうだね」

 

 

ギシッ・・・と手綱を強く引いて、硬度を維持する。

アリアが顔を向けている方向には、いくつかの川の水源となっている大きな湖がある。

深い渓谷と滑らかな湖岸線が融合する場所でもあるそこは、午後の太陽に照らされて、水面に近隣に山々を映している・・・。

 

 

そしてその湖水の近くには何匹かの騎竜が水を飲んでいて、親竜が子竜の水浴びを手伝っている光景も見ることができる。

このあたりの土地は、養竜場の職員を除けば彼らの物だからね。

 

 

「・・・気分は?」

「最高です」

「そう」

 

 

軽く興奮しているのか、アリアの気分は良いらしい。

体質にもよるけど、人によっては気分が悪くなったりする物だけどね。

まぁ、良いなら良いで越したことは無いけど・・・ね!

 

 

「ひゃああああああっ!?」

 

 

グンッ、と手綱を操り、騎竜を降下させつつ速度を上げる。

魔法や魔法具でもっと早く飛んだこともあるだろうに、アリアは控え目と言うには大きすぎる悲鳴を上げた。

鞍に備え付けられた手すりにしがみ付いて、突然の加速の衝撃に耐える。

・・・目論見が、外れたかな。

 

 

速度を上げた後は上昇して、より高度を上げる。

そこでようやく、騎竜は姿勢を安定させた。

 

 

「ちょ・・・何で急加速!?」

「特に理由は無い・・・って言ったら、怒るかい?」

「当たり前ですよ!」

 

 

それにしても最近、僕は少し、おかしいのかもしれない。

何故かはわからないけど、アリアを困らせてみたくなることがあるんだ。

例えば、今とかね。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

「あー、もうっ、腹立つ――――――っ!」

「暦、うるさい」

「ごめん!」

 

 

何て会話をしつつ、ブンッ、と腕を振るい、環が投げて来た薪を爪で割る。

何をしてるって、今夜の暖炉とか炊事とかお風呂とかに使う薪を割ってるの。

オスティアと違って、こう言う別荘地は・・・えーっと、あなろぐ? って言うの?

とにかく、不便なのよ。

 

 

ここはグリルパルツァー公爵家所有の山荘「ツム・テュルケン」。

シンプルな木造の山荘で、部屋数は30室くらい。

庭にプールがあるくらいで、後は普通に森の中に建ってる別荘でしかない。

まぁ、公爵家所有にしては小さいし、女王陛下の新婚旅行先としては質素なのは間違いない。

私達5人で3日だけとは言え、管理できちゃうくらいにはね。

 

 

「で、何が腹が立つの?」

「何がって・・・・・・フェイト様と女王陛下のことに決まってるでしょ!?」

 

 

ここには今は私達フェイトガールズ(公称・いつまで使えるんだろ・・・)しかいないけど、念のため周囲を見渡してから、小さな声で言ってみる。

 

 

「リビングに7人くらい座れそうな大きなソファあるじゃない? 昨日の昼に覗いたら、1人分しか使って無くて・・・って、何が言いたいかわかる? つまりフェイト様の膝の上に・・・!」

「・・・だから?」

「羨ましい!!」

 

 

いや、私達はもうフェイト様に未練は無い・・・わけじゃ無くも無いけど。

でも、まぁ、横恋慕とかしたいわけじゃなくて、むしろ応援してるって言うか・・・。

だけど・・・だけどさぁ!?

 

 

あーもうっ、羨ましい!

そう思っちゃうのは、仕方が無いでしょ!?

 

 

「それにしても、新婚だからって四六時中ベタベタベタベタ・・・当てつけかっ!?」

「何だ、そんなこと?」

「そんなことって・・・じゃあ、何だと思ったわけ?」

「・・・・・・夜とか」

 

 

・・・そ、そこにはあえて触れないけど。

フェイト様って・・・意外と。

 

 

「おーい、暦、環。薪割りまだか・・・って、どうした暦、風邪か?」

「え・・・ええ!? まっさかぁ、薪、うん、薪割りね、終わる終わる!」

「そ、そうか? なら、良いんだが・・・」

 

 

山荘の中から、焔がひょっこりと顔を出してきた。

中の掃除、終わったのかな。

じゃあ、私達も薪を集めて戻ろうか・・・。

 

 

その時、森の方で何かがガサガサと音を立てていることに気付いた。

豹族の私の聴覚には、はっきりと聞こえてる。

 

 

「・・・来る」

 

 

環の呟きの直後、それは現れた。

グルルルッ・・・と威嚇しているそれは、竜だった。

 

 

「何だ・・・鷹竜(グリフィン・ドラゴン)じゃないか、この時期に珍しい」

 

 

山荘の窓で頬杖をつきながら、のほほんと焔が言った。

焔の言った通り、そこにいたのは鳥に羽根をつけたような竜がいた。

下級の竜種、どちらかと言うと魔獣に近い。

・・・養竜場が近いから、そこのかな。

 

 

その割には、何だか変な竜だけど。

角は2本とも折れてるし、顔には火傷の痕がある。

まるで昔、誰かに爆弾でも投げつけられたかのような。

 

 

クルァッ!

 

 

その鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が、威嚇のレベルを上げた。

風の障壁を纏い、一歩こちらに踏み込んで来る。

 

 

「   」

 

 

不意に、環が私達には理解できない言葉を使った。

多分、竜の言語なんだろうなーって思えたのは、相手の鷹竜(グリフィン・ドラゴン)がやたらに怯えた鳴き声を上げて飛んで行ったから。

別の山の方に行ったけど、このあたりは養竜場だから、問題は無いと思う。

 

 

「・・・下級の竜で良かった」

「ありがと。ところで、何て言ったの?」

「・・・人に言うような言葉じゃ無い」

 

 

それだけ言って、環は薪を整理し始めた。

・・・まぁ、良いけどさ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

おっかしぃですねぇ・・・フェイトってもうちょっとこう、ストイックなキャラだったはずですが。

最近どうも、私に対してだけキャラがおかしいです。

・・・私に対してだけ。

 

 

い、いやいや、そこで喜んじゃダメですよ私。

ああ、でも私に対してだけなら、仕方が無いですよねーとか普段ならウザいとしか思えないようなことを考えてしまうのは、どうしてでしょうか。

 

 

「・・・まだ、怒ってる?」

「怒ってます。すごくすごーく、怒ってます」

「そう」

 

 

もちろん嘘です、実はそれほど怒っていません。

でも、フェイトの声に笑いの微粒子を感じましたので、逆のことを言ってしまいました。

私は、悪く無いです。

意地悪なフェイトが悪いんです。

 

 

「・・・そろそろ、降りるかい?」

「んー、そうですね・・・そうしましょうか」

 

 

左手のスーツの袖口をめくって時計を確認すると、すでに40分ほど飛んでいます。

騎竜も疲れるでしょうし、ガイドの人によれば1時間が限度とのことですし。

何より私も、良い感じに疲れて来ましたし・・・。

 

 

「じゃあ、あの山をぐるりと回って養竜場に戻るけど、良い?」

「お任せします」

「うん」

 

 

今度はゆっくりと騎竜を動かすフェイトさんに背中を預けながら、私は夕焼けに染まりつつある景色を見つめることにします。

のどかな自然が広がるその光景は、どこかウェールズの村が重なって見えて・・・。

何と言うか、郷愁を誘われます。

 

 

「・・・そう言えば、あの山の裏手にあるの、私達の泊ってる山荘じゃないですか?」

「そう?」

「そうですよ、だってホラ・・・」

 

 

私が指差した方向に、フェイトが騎竜を動かします。

今までよりも比較的に低空飛行で近付くと、やっぱり、遠目に木造の山荘が見えます・・・。

 

 

クルァッ!

 

 

その時、何かが私達の前を通り過ぎました。

騎竜よりも一回り以上大きな何か・・・何か、大きな鷹に似た動物だったのですが、それが突然、山荘近くの森の中から飛び出して来たのです。

 

 

「ひゃあっ!?」

「・・・っ」

 

 

それに驚いて、私達の騎竜が身体をのけ反らせました。

私は驚きましたけど、フェイトは落ち着いて手綱を捌いて、すぐに体勢を整えます。

さ、流石ですね・・・。

 

 

・・・と、思ったんですけど、な、何かあの鷹・・・こっちに戻って来てませんか?

ん、んー・・・?

アレは鷹竜(グリフィン・ドラゴン)じゃないですか、どこかで戦ったことがあります。

アレは確か・・・と私が記憶を精査する間もなく、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が風のブレスを放ってきます。

な、何か私達に恨みでも・・・?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「「「女王陛下! 公爵閣下!」」」

 

 

僕達の後方を飛行していた近衛が即応して、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)を後方から半包囲しようとしているのが見える。

ただ騎竜よりも鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の方が大きいからか、思うようには動けていないようだ。

 

 

さて、どうするかな。

殺してもいいなら即座にやれるけど、養竜場の竜だとすると面倒だしね。

それにしても、やけに攻撃的だな・・・。

・・・仕方無い、か。

 

 

「アリア」

「はい?」

「ちょっと、持っててくれる?」

「へ?」

 

 

一旦、開けた空間に騎竜を上昇させて、手綱をアリアに渡す。

アリアが慌てたように僕を振り向くけど、その頃には僕はいなかった。

何しろ、そのまま後ろに跳んでいた物でね。

 

 

「え、ちょっ・・・フェイト! 私、馬だって一人で乗ったこと無いのに――――――っ!?」

 

 

そんなアリアの声を聞きながら、二度ほど虚空瞬動を繰り返して――――。

 

 

後方にいた鷹竜(グリフィン・ドラゴン)の首の後ろに、膝を叩き込んだ。

 

 

風の障壁が多少はあったようだけど、僕にとっては大したことは無い。

ナギ・スプリングフィールド曰く、大概チートな物、だからね。

グギッ・・・と骨が軋む鈍い音がして、鷹竜(グリフィン・ドラゴン)が奇妙な声を上げて落下を始める。

殺してはいない、まぁ、しばらく飛べないだろうけどね。

 

 

「後、任せるよ」

「は・・・はっ」

 

 

近衛の返事を聞く前に、3度ほど虚空瞬動。

僕が追いついた時、アリアの操る騎竜はとても、何と言うか。

ヨロヨロと、飛んでいた。

流石に観光用に訓練されているだけあって、インストラクターに教えてもらった基本さえ守っていれば、墜落したりはしない物だよ。

・・・初めてのアリアは、とても困っているだろうけど。

 

 

「お、おぉ・・・お? おおおぉぉ・・・?」

「ただいま」

「おおぉ・・・お? あ、フェイト、見てください! ひょっとしたら私、騎竜の才能があったのかも・・・!」

 

 

僕がアリアの後ろに戻った時、何故かアリアは調子に乗っていた。

まぁ、初心者にはありがちなことだと思うけど。

 

 

「よ、良くわかりませんが、とりあえずやってみる物ですね・・・!」

 

 

非常に拙い動作だけど、それを補う程に一生懸命に手綱を操るアリア。

それに合わせて、騎竜もゆったりとした動作で飛ぶ。

まぁ、飛び出しと着地以外は、意外と簡単な物だから。

 

 

バイザー越しでも、アリアの目が興奮に彩られているのがわかる。

他人には見せないけれど、アリアは時々、妙に子供っぽくなることがある。

もちろん先日までの「公的な」新婚旅行では、最初から最後まで「女王」だったけどね。

その差異に戸惑いを感じることもあるけれど、それも僕の前だけど思えば・・・。

 

 

「アリア」

「はい・・・って、ひゃっ?」

 

 

アリアの手の上に自分の手を重ねて、手綱を握る。

それから・・・グイッ、と、急旋回した。

 

 

「ちょ、だから急加速はやめてって――――――――!」

 

 

アリアのそんな声を耳に入れつつ、僕は騎竜を養竜場の方向に向けた。

・・・それにしても、さっきの鷹竜(グリフィン・ドラゴン)は何だったのかな。

 

 

 

 

 

Side 調

 

タンッ・・・と、お肉を包丁で叩いた体勢のまま、私は動きを止めました。

今夜はフェイト様と女王陛下は別の場所にお泊りになりますので、今日は私達5人しかいないのですが・・・。

 

 

「・・・どうかして、調?」

「あ、いえ・・・何と言うか、こう・・・」

「・・・?」

 

 

シチューをかき混ぜていた栞が、不思議そうに私の方を見ています。

私自身、何とも言えない感覚なのですが・・・。

 

 

「・・・何か、フェイト様からお叱りを受けそうな気がします」

「嫌に魅りょ・・・具体的な予感ですわね」

「そうですね、まぁ、気がするだけで実の所どうかは・・・」

 

 

虫の知らせならぬ、精霊の知らせとでも申しましょうか。

私や焔は、精霊の気配が強い場所では力が増しますが、そうでない所では逆に弱くなります。

ここは森の中ですから、私の調子が上がるのは確かですが。

まぁ、別に予言とかができるわけじゃないので。

 

 

新婚と言うだけあって、フェイト様は女王陛下にかかりきりですから。

まぁ、今さら・・・どうと言う話でもありませんが。

・・・ふぅ。

 

 

「今日は私達の分だけで良いのですよね?」

「そうですわね、フェイト様と女王陛下は今夜はレウカーバードにご宿泊の予定ですわ」

 

 

レウカーバードと言うのは、麓の温泉街です。

近隣でも有名な温泉街の一つで、王国最大規模の豊富な湯量を誇るとか。

今夜は、ホテルの一つがフェイト様と女王陛下のお2人で貸切になっているはずです。

まぁ、随員の近衛が10人ほど同行しているでしょうけど。

先日までの公務の疲れを癒してほしいとの、周囲のお気遣いでしょう。

 

 

フェイト様と女王陛下は、今日は珍しくお昼までお休みになっておりました。

昼食後に山一つ向こうの養竜場を訪れた後、レウカーバードに向かう予定のはずです。

今頃は、すでにホテルに到着された頃でしょうか。

 

 

「・・・温泉ですか」

「憧れます、調?」

「そうですね・・・温泉は好きですね」

 

 

樹の精霊に連なる一族ですので、私。

・・・でも油断すると、根を張りそうになるんですよね、なんて。

 

 

「・・・そう言えば、茶々丸さんはどうされたのでしょうか?」

「茶々丸さんなら、すでにホテルでスタンバってるはずですわ」

「・・・今夜は、2人きりにして差し上げるのでは無いのですか?」

「茶々丸さんが、そのあたりを抜かるわけがありませんわ」

 

 

・・・まぁ、そうですね。

でも正直、わざわざ2人きりにする必要があるのでしょうか。

だってあの2人・・・公務が終わった後、いつも・・・いつも・・・。

 

 

「調?」

「い、いえ、お肉、焼きますね」

「・・・?」

 

 

・・・新婚って、怖い。

私もいつか、素敵な殿方とああ言う生活ができるのでしょうか。

無理な気がするんですが、でも新婚だと私もああなるんでしょうか・・・。

想像、できないです。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

新婚旅行。

それは、結婚したばかりの夫婦にとっては外せないイベント。

特に公務と言う性格が常に行動に付きまとうアリアさんにとっては、この「私的な」新婚旅行3日間は非常に重要です。

 

 

無論、王室女官長であり広報部室長でもある私は、「公的な」新婚旅行にも同行しておりましたが。

アリアさんとフェイトさんは旧ヒュプシスタイ伯爵領から直接ここグリルパルツァー公爵領に来られたのですが、私は一旦、オスティアに行かねばなりませんでしたので。

 

 

「皆さん、昨日一日、私の不在にも関わらず良く陛下のお世話をしてくれました」

「茶々丸殿・・・我々は、もうダメであります!」

「あの空気に当てられる上、先程も失態を・・・!」

「気持ちは、良くわかります」

 

 

私はホテル「アルベリュウム」の一室で、泣き崩れる近衛の方々を励ましております。

端的にいえば、「あの2人、イチャつき過ぎなんだよ!」と言っている方々に対して「新婚なのですから、大目に見て差し上げてください」と言っているのです。

特にアリアさんの場合、先日までの公務で我慢を強いられておりましたので、反動もありましょう。

 

 

「さぁ、元気を出してください、陛下の旅程の安全をお守りできるのは、貴女方だけなのです」

「ち、茶々丸殿・・・!」

「我々が間違っておりました!」

「そうだ、我々は近衛騎士団! 王室をお守り参らせるのが存在意義!」

「王室の繁栄こそ、我らの目的!」

 

 

わあぁ・・・と、近衛の方々が元気を取り戻します。

肩を組んで円陣を組み、お互いを励まし合います。

何と言うか、凄まじい一体感です。

 

 

「・・・それで、陛下と公爵閣下は今、どちらに?」

「・・・・・・混浴スパでご一緒に入浴中です・・・・・・」

 

 

私の質問に、一瞬でテンションが元通りになりました。

私も今、到着したばかりなのですが・・・なるほど、ご一緒に入浴中ですか。

 

 

とは言え、ここは温泉とは言っても日本の物とは違いますので。

どちらかと言えば、スパリゾートと言った方が正しいでしょう。

日本のような露天風呂もありますが、そうした温泉を中心に、ストレス解消や美容のための各種トリートメント、エステ、マッサージルーム、リラックスルーム、ジャグジーやプール、サウナなどがあります。

おそらく、アリアさんとフェイトさんがいるのは水着で入る大浴場かと。

 

 

「・・・一応、5人程がお傍に控えていますが・・・」

「わかりました、では私達はお2人の部屋の準備をしましょう」

「は、すでにスイートをご用意しております」

「わかりました」

 

 

新婚旅行の夜。

先週の旅程では夜の時間はおろか、2人きりになれる時間も少なかったですからね。

ここは、なるべく良いムードを作りたい所です。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

大理石の床と柱、同じ素材の壁にはギリシア風の模様が描かれた高級感の漂うお風呂。

動物や鳥などの白い石像から優雅にお湯が注がれ、水面を波打たせています。

ちょっとしたテニスコートよりも広い湯船には至る所に大理石の島があり、小さな橋や階段で他の足場と繋がっています。

そしてガラス張りの窓からは、綺麗な山々の夜の風景を一望できます。

 

 

コレもこの施設の設備の一つでしか無いのですから、驚きですね。

さっきまでは私、ジャグジー風呂で泡に包まれたり薔薇風呂で香りを楽しんだりしておりましたし。

貴族と言うのは、こう言う所で休暇を楽しむのですねぇ・・・まぁ、私は王族ですけど。

 

 

「・・・まぁ、そうは言っても、私も結構贅沢しているような気もしますし」

 

 

服とか料理とか、最高級ですしね。

寝起きしてる部屋の調度品やベッドも、一級品ばかりですし。

休憩がてら、浮き島の一つに腰かけて・・・水面を蹴ったりします。

 

 

・・・今はまだ、私が全権力を掌握して仕事してますから、良いですけど。

2年後になれば行政権は内閣に、4年後には立法権が議会に移譲されて、憲法によって私は国事行為を行うだけの存在になるでしょう。

そうなった時、私は自分がどうなるか・・・少し、自信がありません。

私がすべき仕事が無くなる、あるいは少なくなった時、私はそれに耐えられるのでしょうか・・・?

 

 

「あれ・・・?」

 

 

不意に、浴場全体が薄暗くなりました。

照明が消えて、一瞬の暗闇。

・・・暗殺かとも思いましたが、その考えはすぐに消えました。

 

 

ポッ、ポポッ・・・と、浮き島の隅に設置されたお椀のような形をした石像の中に小さな炎が灯り、浴場を照らしたからです。

薄暗くなったことで、ガラスの向こうの夜景が夜空と共にはっきりと見えるようになって、大理石や水面には炎の明かりを反射して、とても幻想的な雰囲気を演出しています。

とても、素敵です・・・。

 

 

「アリア」

 

 

声が聞こえた瞬間、お湯の中に戻りました。

別に逃げたわけでなく・・・何となく、恥ずかしかっただけです。

ちゃんと、水着は着てますよ。

首の後ろで結ぶタイプの紺色のリボンビキニと、同色の2段フリルスカートのセットの水着です。

 

 

「アリア? ・・・どうしたの?」

 

 

案の定、フェイトがやってきました。

・・・思うんですけど、何で男の人の水着は下だけなんでしょうね。

何と言うか・・・恥ずかしいです。

 

 

「・・・何で、下を向いてるの?」

「・・・・・・ば、バタ足でもしようかと」

「・・・まぁ、止めはしないけどさ」

 

 

先程まで私が座っていた場所に座って、フェイトは足だけをお湯につけます。

お湯を蹴るようなことはしませんが、傍にフェイトがいると思うと・・・。

・・・不思議。

 

 

結婚する前から、これ以上ない程に好きだったはずだけど・・・。

・・・結婚した後も、まだ好きになれる自分がいます。

 

 

「・・・綺麗だね」

「そう、ですね・・・」

 

 

フェイトと2人、幻想的な明かりに揺らめく浴場と、ガラスの向こうの夜景を眺めます。

・・・先日までは、こんな穏やかな時間は取れませんでしたからね。

スケジュールをこなすので、体力のほとんどを使っちゃいますし。

なので、まぁ・・・いろいろと。

2人きりでゆったりとできるのは、久しぶりで・・・。

 

 

ちゃぷ・・・。

 

 

水面が揺れて、フェイトが私の隣に入って来ました。

水深が深いので、立って入るんですけど・・・。

髪を洗ったばかりなのか水滴が滴り、幻想的な明かりがフェイトの白い身体を・・・いやいやいや。

冷静に観察してどうしますか、私・・・。

 

 

「・・・ん・・・?」

 

 

見つめているのに気付かれたのか、フェイトが私の方を見ました。

その時には、私はフェイトから目をそらしていたので・・・どんな顔で見られているかは、わかりません。

 

 

「どうしたの・・・?」

「・・・別に、どうもしませんけど」

「・・・そう」

 

 

ちゃぷっ・・・と、今度は小さく水面が揺れました。

何を思ったのか、フェイトは水面に浮かぶ私の髪の一房を手の取ると・・・。

 

 

そっと、その髪先に口付けました。

 

 

・・・っ!?

い、いえ別に、髪にキスされたぐらい、どうってことないですけど。

も、もっと凄いことしたわけですし・・・初夜と昨日で2回も・・・。

お、大人ですから、どうってことないです。

 

 

「どうかした?」

「・・・べ、別にぃ・・・」

「そう」

 

 

・・・笑いの微粒子を含んだその目が、なんかヤです。

他人には、無表情に見えるのかもしれませんけど。

 

 

・・・とんでもなく意地悪で、でも大好きな人。

まったく・・・まったく、もう。

・・・困った人。

 

 

 

 

Side 近衛騎士(女・独身・21歳)

 

私はしがない近衛騎士、名前はまだ、言いたくない。

突然だが、今なら血で辞表が書ける気がする。

 

 

私達は近衛騎士だ。

昨年のエリジウム侵攻戦では女王陛下に従い、当地の治安維持や敵兵の残党狩りなどを行っていた。

命の危険に陥ったことも、一度や二度では無い。

だが我々は臆することなく任務に従事し、見事生還した。

私達は自分を、いかなる困難な任務にも立ち向かう勇敢な騎士だと自負している。

 

 

だがそれも、仕事のジャンルによる。

正直今は、新婚夫婦の護衛を命じられるくらいなら、公爵級悪魔と戦えと言われた方がマシな気分だ。

何故なら悪魔にはこちらから仕掛けられるが、新婚夫婦には仕掛けられないからだ。

 

 

「・・・アリア」

「フェイ、ト・・・?」

 

 

かふっ・・・私の隣にいた同僚が、湯の中に沈んだ。

私達は近衛騎士、女王陛下と公爵閣下の身辺警護が仕事だ。

無論、女王陛下達の邪魔になってはいけないので、少し離れた位置から見ている。

 

 

誤解をしないで欲しいが、別に覗きたいわけじゃない。

むしろ、今すぐここから逃げたい・・・。

と言うか、この仕事辞めたい。

できれば、今すぐに。

 

 

「あの・・・のぼせちゃいます、よ・・・?」

「・・・ああ、だからか」

「何がですか・・・?」

「顔が、赤い」

「・・・そ、それは・・・その」

 

 

げはっ・・・と、また一人、湯に沈んだ。

視界を巡らせれば、反対側にいる連中も似たような状態になっていた。

激しく胸やけを堪えているかのような表情をしている。

しかし護衛のため、目が離せない。

何だ、この生き地獄。

 

 

おかしいな、先日までの女王陛下達の公務中にはこんなこと、無かったはずなのにな・・・。

やっぱりアレだな、戦場を離れて鈍ったかな。

前線勤務に転属願、出そうかな・・・。

今なら、大概の状況に耐えられる気がするんだ。

 

 

「フェイト・・・」

「・・・アリア」

 

 

・・・私はしがない近衛騎士だ、名前はまだ、あえて言わない。

そろそろ、ゴールしてもいいだろうか・・・。

ちなみに繰り返すが、私は独り身だ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

少し長湯してしまったけど、アリアはのぼせずに済んだようだった。

お風呂から上がった後、少し休んで・・・7時頃、夕食をとった。

ハニーワインとチーズ料理を中心としたメニューだったんだけど、覚えのある味だったね。

 

 

その後は、アリアとのんびりホテルの中を歩いて回った。

特に珍しい物は無かったけれど、それはそれで構わなかった。

貸切だから、職員や随員の他には誰もいないしね。

 

 

「そろそろ、部屋に行きましょうか?」

 

 

適当な飲み物を飲みながらテラスで話していると、眠くなったのか、アリアがそう言った。

話の内容自体はとりとめも無い物で、特に続ける意味も無い。

特に反対するでもなく、了承した。

テラスに備え付けられていたテーブルに空になったグラスを置いて、今夜の宿に向かう。

 

 

僕達の部屋は、9階建てのホテルの最上階のスイートルーム。

もちろん、僕とアリアは同じ部屋だよ。

 

 

「・・・素敵な、お部屋ですね?」

「そうだね」

 

 

部屋の一部を見ないようにしながら、アリアが部屋を褒める。

それが少しおかしくもあったけど、特に指摘することでも無いと思った。

 

 

「では、我々はここで・・・」

「あ、はい。ご苦労様、今日もご迷惑をおかけしました」

「いえ、任務ですので・・・では、また明日」

 

 

どこかやつれた感のある近衛達とは、ここで別れる。

・・・ちなみに、昼間の鷹竜(グリフィン・ドラゴン)だけど。

アレはどうやらアリアドネーからメガロメセンブリアに返還された物の、メガロメセンブリアが養えないと言うので、ウェスペルタティアで保護した魔獣らしい。

普段は大人しいらしいけど、今日に限って何故か、興奮していたとか。

・・・それを聞いたアリアは「あー・・・」とか言いながら、何かを思い出している様子だった。

大したことじゃないと言って、特に説明はしてくれなかったけど。

 

 

部屋自体は、なかなかの広さの部屋で・・・白を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋だった。

ソファや照明などの調度品も質素な造りで、清潔感のある部屋だった。

うっすらとした明かりと、ダブルベッドの向こうにのテラスから覗く夜景が美しい、そんな部屋だ。

何となく、爽やかなアロマの香りがする気もするし・・・光量も意図的に調整されている気もするけど。

 

 

「今日も疲れましたし・・・も、もう、休みますか・・・?」

「・・・そうだね」

 

 

相も変わらず、部屋の一部を見ずに言うアリアが、何だかおかしかった。

どこを見ていないかは、あえて言わないけど。

 

 

「じ、じゃあ・・・着替えて来ますね」

「・・・どうして?」

 

 

・・・涙目で睨まれた。

そのまま備えつけの浴室に駆けて行くアリアを見送りながら、ふむ、と考え込んだ。

・・・何か、不味かったのかな。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

おのれ、テオドシウスめ・・・いつの間にアリアを招待したのか。

と言うか、茶々丸の奴~~~・・・!

 

 

「オラオラゴシュジン、サッサトハンコオセヨ」

「やかましぃわ!」

 

 

私は今、新オスティアにいる。

アリアのいるオンカ・アテーナでは無く、新オスティアだ。

アリアが新婚旅行に出ているからと言って、国政が止まるわけじゃない。

テオドシウスも今日の昼には領地から帰ってきたし、他の閣僚も普通に政務に携わっている。

 

 

で、私が何をしているのかと言うと、工部省の解体作業の書類決裁だ。

解体と言うよりは、権限・機能の分散と言った方が正しいが・・・。

現在の工部省は、国営の鉄道・造船・鉱山・通信事業の運営・展開から技術開発・経済活動までを幅広くやっている巨大な官僚機構だからな。

これを2つか3つに分けて、スリム化を図ろうと言うわけだ。

他にも、宰相府や社会秩序省を再編して内務省と宮内省を新設したりと、いろいろと動きがあるわけだが。

 

 

「それにしても茶々丸め、アリアの新婚旅行に続きがあるのを隠していたとは・・・!」

「アイツダケジャネーケドナ」

「お前とかな!」

 

 

2日前までの新婚旅行は、地方訪問、つまりは公務としての色彩が強かったが、今回は違う。

静養を兼ねた正式な休暇だ。

あのアリアが休暇を、と感慨深くも無くは無いが、だがしかしだ!

 

 

「どいつもこいつも、私にだけ隠していたとはどういうことだ!?」

「キュウカノコトハツタエタダロ」

「オスティアでの休暇だと思ったんだ!」

 

 

しかも、ここぞとばかりに尚書の決済が必要な仕事を集中して持ってくるとは、どう言う了見だ!?

アレか、私を自由にすると確実に邪魔をしに行くとでも思ってるのか!?

良い読みしてるじゃないか!

だが末端の兵士にまで言い含めているとか、どれだけ周到なんだよ!

 

 

くそっ、バックは誰だ。

茶々丸かゲーデルかナギかアリカか・・・それとも全員か、スタンと言う線もあるな!

あの裏切り者、曾孫がどうのと日和おってからに・・・!

 

 

「茶々丸の奴、戻ったら巻く、絶対に巻いていやる。泣いて許しを請うまで巻いてやるからな、うふふ、うふふふふふふふ・・・!」

「イイカラシゴトシロヨ」

「いつか、お前のナイフコレクションを悉く砕いてやるからな・・・!」

「ハイハイ」

 

 

私の従者は、どいつもこいつも主人をないがしろにする奴ばかりだな!

くそぅ、いったい、どこで教育を間違えたのか・・・。

 

 

私と言う抑止力がいない以上、あの若造(フェイト)め、きっとアリアにあんなコトからこんなコトまで・・・そ、そんなコトまで!?

おのれ許さん、帰ったら殺す。

絶対、殺すからな・・・!

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第1回広報

アーシェ:
皆さん、こんばんわー!
王国撮影班ブラボー4、アーシェでーす!
今回から、後書きでの広報活動を任されちゃいました!
今回は私一人ですが、次回からはお手伝いの方一人と私の対談形式になる予定です。

そして今回は、女王陛下と公爵閣下の新婚旅行の様子をお送りしました。
うーん、恋人が欲しくなっちゃうかも。
まぁ、私はカメラが恋人だけどね!
そんな私の今日のベストショットは、こぉちらぁーっ!(じゃ、じゃんっ)


「混浴スパで公爵閣下が、女王陛下に手を伸ばした瞬間」!


髪にキスした後、公爵閣下は女王陛下がのぼせていないか、女王陛下のおでこに手を伸ばし確かめようとされたのですが・・・。
幻想的な湯殿の雰囲気と、存在を疑う程に白く、美しい女王ご夫妻。
そして何より・・・この瞬間の、女王陛下のお顔をご覧ください!

この、目をかすかに細めて顔を赤らめ、期待と不安がない交ぜになった「待ち」のお顔! くぅ~・・・たまりませんね!
明日の一面、コレで頂きです!
表のじゃなくて、裏の方ですけどね!
茶々丸室長の監査の下、親衛隊ルートで流通、数量限定ですよ!
守秘義務を忘れずに願います!
マクダウェル尚書とかに見つかっても、喋っちゃダメですよ~。


アーシェ:
それでは次回も、女王ご夫妻の旅行風景を追います!
次回の後書きのお客様は・・・げ。
ま、マクダウェル尚書・・・!?
2回目にして、私、死ぬんじゃ・・・。


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アフターストーリー第2話「新婚旅行・後編」

Side クルト

 

ははは、いや、どうしましょうね。

いえ、別に何か致命的なことになっているわけではありませんが、いずれ致命的なことになるかもしれませんね。

 

 

「ある意味、幸せ慣れしていなかったと言うことですかねぇ」

 

 

アリア様も、なかなかに匙加減が難しい方ですからね。

こう、極端から極端に走るのは、ご両親の血筋による物か生来の性格かはわかりませんがね。

・・・グリルパルツァー公爵領からの報告文書を燃やしてゴミ箱に捨てつつ、そんなことを考えます。

 

 

まぁ、旅行先ぐらいは好きなように過ごされれば良いとは思いますがね。

それ以前の東部3領の公式訪問に関しては非の打ちどころがありませんので、特には。

今はまだ、特には何もする必要はありませんが。

周囲を含めて、アリア様の構成物である以上・・・特には、今は、ね。

 

 

「・・・まぁ、私としてはどう転んでも、どうとでもなるんですがねぇ・・・」

 

 

宰相たる者、全体を俯瞰して打てる手を打っておく物ですから。

国璽と詔勅を司り、「女王陛下」を輔弼し、その代理人として王国全土を統治するのが、その役割の全て。

その気になれば、王国を私物化することもできる・・・私はしませんがね。

 

 

あのアーウェルンクスには有力なバックがいないので、外戚として権勢を振るう懸念がありません。

今の所はですがね・・・将来には将来の条件と言う物があるでしょう。

 

 

「ま・・・とりあえずは、随伴の近衛の待遇でも考えますかね・・・」

 

 

ボーナスでも休暇でも異動でも、状況と本人たちの希望次第ですかね。

まぁ、それは明日にでもどうにかするとして・・・。

 

 

「そろそろ・・・」

 

 

宰相の執務室から出て、しばらく歩くと尚書室が集まっている通路があります。

各省の尚書の仮の執務室が並ぶ場所でして、浮遊宮殿(フロートテンプル)の建設が終わるまでは、この状態ですか。

 

 

・・・で、私が向かうのはその内の一室。

コンコン、とノックするも・・・沈黙が返って来ました。

懐から小さな鍵を取り出して差し込み、特定のパスワードを入力して解錠。

 

 

「・・・まぁ、ここまで予測通りだと自分が怖くなりますねぇ」

 

 

工部尚書室には、ここぞとばかりに私が用意した一週間分の仕事に関する書類の山が。

そしてその山の中には・・・。

 

 

「ヨゥ、ゲーデル」

「・・・シュールですね」

 

 

天井から宙吊りにされた凶悪な人形と、机の上に残された一枚のメモ。

 

 

『親愛なる宰相閣下へ

 全部終わった、陛下を迎えに行ってくる。

 普通の事態はニッタン次官、緊急の事態は通信で私に。

 通信の座標? 宰相閣下が一番、良くおわかりかと。

                  貴方の工部尚書より。

 

 P.S.

 公爵閣下の身に何かが起こるかもしれません』

 

 

丁寧な文章の中に悪意と殺意といろいろな物が透けて見えますね。

・・・メモを燃やして証拠隠滅した後、凶悪人形(チャチャゼロ)さんを見上げます。

 

 

「バラしてしまったんですか?」

「ナイフコレクションヲヒトジチニトラレテ・・・ア、ソノショルイハシホウショウニ」

「・・・まぁ、仕事が終わってるなら、プライベートで何をしようと良いですがね」

 

 

パラパラと書類をめくりつつ、おそらくは一番理性的で良心的なチャチャゼロさんを相手に、そんな会話をします。

さぁて、どこまで私の予測通りになりますかね・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ホテル「アルベリュウム」には、小さいながらも庭があります。

良く手入れされた庭で、庭木を巧みに使って小さな迷路のように仕上げられています。

 

 

「左手は常に壁・・・なんて」

 

 

そんな馬鹿なことを言いながら、ひんやりとした朝の空気を胸一杯に吸い込みます。

何だか、まだ身体に昨夜の熱が残っているような気がして、冷たい空気がとても心地良いです。

紫がかった冬薔薇の混じった木のアーチをいくつか抜けると、小さな池がありました。

 

 

池と言っても人造の物で、透明な水の底には綺麗な石がいくつも並べられています。

何となく、しゃがみ込んで手を入れてみます。

 

 

「あ・・・お湯なんですね、流石は温泉地・・・」

 

 

池の水はお風呂と言う程ではありませんが、ぬるま湯のような温度でした。

足を入れてみたりすると、気持ち良いかもしれませんね。

キョロキョロと周囲を見渡しますが、貸切な上に早朝ですから、誰もおりません。

・・・靴を脱ぎまして、スカートの端を摘んで・・・。

 

 

「・・・何をしているの?」

 

 

・・・私がフリーズしました。

再起動までには時間がかかります、少々お待ちください・・・。

 

 

「・・・まぁ、僕はそれでも良いけど」

 

 

ポケットに手を入れて、じーっと私を見つめて来るフェイト。

そうですよね、私以外に自由に行動できる人がいたんですよね・・・。

何事も無かったかのように、私はスカートを直し、靴を履きます。

 

 

「おはようございます、フェイト」

「うん、おはよう、アリア」

 

 

先程、部屋で起きた時にも交わした言葉を、もう一度交わします。

再起動ですから、リスタートです。

やり直しです、つまり無かったことになります。

なるんです。

 

 

「・・・大丈夫?」

「大丈夫です。不思議なことを聞くフェイトですね」

「そう?」

「そうです」

 

 

何て会話をしつつ、フェイトと2人、手を繋いで庭を歩きます。

昨夜の余韻がまだ残っているのか、指を絡めて手を繋ぐと気恥ずかしいですが・・・。

 

 

「どこか、調子が悪いのかと思って」

「・・・意地悪です」

「謝る」

「仕方が無いので、許してあげます」

 

 

ふと上を見ると、庭木のアーチの隙間から、高くて青い空が広がっているのが見えました。

朝の澄んだ空気と、綺麗な庭。

隣にはフェイト。

・・・平和ですねぇ・・・。

 

 

「・・・仕事、したくなってきました」

「・・・アリア・・・」

「え・・・いや、ほらっ、風邪で一週間学校休んだら、無性に行きたくなったりすることってあるでしょ? そんな感じで、私もこう、ほらっ、なっちゃうんですよ」

 

 

私ってまだ専制君主ですから、私が仕事しないと、ね?

だからそんな、「どうしようかなこの子」みたいな目で見ないで・・・!

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

仕事をしなければならないのは、理解するけどね。

別に僕はそれを責めたことは無いよ、責められているように彼女がもし感じているのなら、それは内面の彼女自身が彼女を責めていると言うことになるんじゃないかな。

 

 

「・・・地底湖?」

「はい、この近くにございます」

 

 

パンと卵料理が中心の単調な朝食をとった後、コーヒーを持ってきてくれたメイドが、「ゼーレマ」と言う名前の地底湖の話を聞かせてくれた。

何でも、観光地の一種らしい。

 

 

このホテル近隣の山の地下一帯に広がる地底湖で、元々は鉱物資源の採掘が行われていたらしいけど、100年ほど前に大量の地下水が噴き出して、湖になってしまったのだとか。

 

 

「オンカ・アテーナの地上湖にも繋がっていて、新婚カップルの方にも人気のスポットなんですよ」

「・・・そう」

「ボートで中に入って、そのまま地上の湖に出るのが流行のコースで・・・」

 

 

・・・まぁ、僕は特に興味は無いけれど。

これまでと違ってこの旅行には特に予定を組んでいないので、どうしようかとは思うけどね。

 

 

むしろ、興味があるとすれば。

このメイドが、何故このタイミングで地底湖の話をするのかと言うことと。

コーヒーの味に、覚えがあることだね。

コーヒーの味が、暗殺やテロの可能性を否定している。

 

 

「・・・まぁ、良いのではないでしょうか。特にすることもありませんし」

 

 

おそらくは「新婚カップルに流行」と言う部分に惹かれたのか、アリアは特に嫌がりはしなかった。

・・・アリアはコーヒーに備えつけの砂糖とミルクを入れるからね、味の変化には疎い所がある。

ブラックでそのまま飲む僕だからこそ、わかるのだけどね。

特に教えようとも、思わないし。

 

 

「なら・・・行ってみるかい?」

「はい」

 

 

コーヒーを一口飲んだ後、アリアはしっとりと微笑んで地底湖へ行くことを了承した。

・・・うん、おそらくは気付いていない。

 

 

メイドに地底湖への行き方を訪ねているアリアを視界に収めつつ、僕は周囲を見渡した。

近衛達がテーブルを囲んで朝食をとっていて、何かを話し合っている。

それと、他のメイド達が固まっていて、アリアと話しているメイドをハラハラした目で見ている。

・・・ふむ。

 

 

「・・・フェイト、どうかしましたか?」

「・・・別に」

 

 

小首を傾げて尋ねてくるアリアに、僕は特に何も言わなかった。

アリアは不思議そうにしているけれど、僕はコーヒーに口を付けて何も言わない。

別に、言うことも無かったからね。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

どうもフェイトさんは何かに気付かれている様子、流石です。

私は昨夜からお2人の近くに控えているのですが、せっかくの時間に私がいてはお邪魔でしょうと言うことで、適度に距離を保っております。

 

 

事実上のステルスモードです、お2人を遠からず近からず、見守ります。

フェイトさんは、特には何かのアクションを起こそうとはしていないようですし・・・。

 

 

「き、緊張しました~」

「お疲れ様です」

 

 

地底湖情報をアリアさん達にリークしてくれたメイドに心ばかりのお礼を渡して、今度は近衛の方々とお話します。

何しろ、ことは近衛の方々の仕事の内容にも影響いたしますので・・・。

 

 

「・・・と言うわけで、より2人きりになれる状態を作り出そうと言う作戦なのですが、いかがでしょうか」

「我々としては、問題はありませんが・・・」

「精神的な問題を除けば、いかようにも」

「では、問題ありませんね」

「・・・茶々丸殿は意外とスパルタ・・・」

 

 

精神的な問題など、気の持ちようでどうとでもなります。

より重要なのは、お2人の新婚の思い出をクリエイトすることです。

そしてそれを記録することです。

抜かりは、ありません。

 

 

「ゼーレマ」の「ゼー」は昔の言語で「湖」の意味なので、つまりは「レマ湖」と言う名前です。

地下水が溢れだしてできた地底湖で、ほとんど手が加えられていない観光地。

小さなボートに乗ってゆったりとした時間を過ごせるので、新婚のカップルには人気があるのだそうです。

これは、乗らない手はありません。

 

 

「良いですか皆さん、我々は影です。現実に存在しない影なのです」

「承知しております」

「例えボートの上でお2人がどのような状態になろうとも、影は何も語らず何も聞こえません」

「承知しております」

「ん・・・ん、んんっ」

 

 

軽く咳払いをして、私は近衛の若い女性の方達を激励します。

 

 

「私達の目的は?」

「「「王室の安泰です!」」」

「そのためには?」

「「「お2人の仲を、促進!」」」

「必要なことは?」

「「「・・・我々の、忍耐です」」」

「はい、では今日も頑張りましょう」

「「「・・・了解・・・」」」

 

 

何故かテンションは上がらなかったようですが、意思統一はできました。

何しろ私は、姉さんや晴明さんやさよさんやクルト宰相やアリカ様やナギ様やスタン様、その他大勢の方々の期待と依頼と願いを背負ってここに来ているのです。

 

 

完璧を期す義務が、私にはあるのです。

・・・何より個人的に、早く見たいのです。

何が、とは、野暮ですので何も申しませんが。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

地底湖とやらは、ホテルから歩いて20分ほどの所にありました。

車やら箒やら何やらで移動するのもつまりませんので、フェイトと2人でのんびりと歩いて行くことにしました。

近衛の方々には、申し訳ありませんけどね。

 

 

でも何だかこの3日くらいは、酷くのんびりと過ごせているような気がします。

本当、平和ですねぇ・・・。

そして、隣には大好きな人。

・・・まぁ、今は後ろにいますけどね。

 

 

「・・・フェイトって、船頭もできたんですね・・・」

「大したことじゃないよ」

「・・・いえ、十分に凄いと思います・・・」

 

 

地底湖は旧坑道に水が入ってできた物とのことでしたが、思ったよりもずっと広かったです。

天井は、湖の浮かんだボートの5mほど上にあり、透明な水の底は見えないくらいです。

 

 

私達が乗っているボートは、長くて幅が狭いゴンドラのような形をしています。

一つのオールで動かすタイプのボートで、ボートの前面には鉄製の装飾があり、何故か苺の花が刻まれていますが・・・この鉄製の装飾が船頭の方とバランスを取る重りの役目を果たしているのですが。

今、その船頭の位置にフェイトがいます。

 

 

「・・・プロの船頭さんに任せれば良いのに」

 

 

若い男の方だったのですが、西洋系の顔立ちのナイスガイでして。

何故かフェイトが自分がやると静かに(それでいて極めて強硬に)主張しまして。

・・・隣に座って、ゆっくりしたかったんですが・・・。

でも・・・。

 

 

「・・・何?」

「何でも無いです」

 

 

でも、2人きりです。

船頭さんがいないので、ボートの上で、2人きりです。

もしかしたら、フェイトもそのあたりを考えてくれたのかもしれません。

なんて思ってしまうのは、贔屓でしょうか?

 

 

「・・・出るよ」

「え?」

 

 

いつもと変わらず、短いフェイトの言葉。

私はいつも、その短い言葉の意味を考えて、首を傾げなければなりません。

でも今回の場合、その意味はすぐに知れました。

 

 

元坑道と言うだけあって、地上に通じる穴がいくつもあるのですが・・・。

ボートが、そうした穴が多くある開けた空間に出ました。

これまでは川のようでしたが、今度はまさに湖のような場所で。

 

 

「わぁ・・・」

 

 

数十mの広大な空間の中で、紺碧の輝きが広がっていました。

白い岸壁が坑道の穴から漏れる太陽の光を反射し、それをさらに水中の石が反射して、底から青い光が生まれてきているかのような印象を受けます。

 

 

白い岸壁、透明な水、降り注ぐ太陽の光、神秘的な青・・・。

・・・とても、素敵です。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

聞く所によれば、ここには先々代のオスティア王も訪れたことがあるらしい。

つまりは、アリアの母方の祖父と言うことだね・・・先の大戦で当時の「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」と通じ、娘である先代女王のアリカに王位を奪われた。

 

 

関係性で言えば複雑だけど、事実としてみれば、別に不思議なことでも無い。

長いウェスペルタティア王家の歴史の中で、実の親子が王位を奪い合うなんてことは珍しいことじゃない。

・・・その意味では今のアリアの状況は、外から客観視すると危ないとも言えるね。

実の母親と王位を争うことになるのでは、と言う声も一部ではある。

 

 

「あ、そうです」

「うん・・・?」

 

 

青く輝く湖を過ぎて、再び緩やかな川に差し掛かった時、アリアが何かを思いついたようだった。

何をするのかと思えば、それまで僕に背を向けていたアリアがその場でくるりと回って、僕の方を見るようにして座り直した。

 

 

細いオールを手にボートを操作して立っている僕と、ボートの真ん中にちょこんと座り、はにかむように笑いながら僕を見上げるアリア。

 

 

「これなら、フェイトも見ながら、景色も楽しめますよね」

 

 

・・・いや、それはどうなのだろうか。

正直、そう思ったけど・・・特に何も言わなかった。

言ったとして、僕にどんなメリットがあるのかわからないしね。

実際、僕もアリアの顔が見えるようになったわけだしね。

 

 

湖は過ぎても、所々から太陽の光は漏れている。

地底湖は奥に行くほどに幅が狭くなるから、その分、青の色合いは深くなってくる。

より群青に近く、より深く・・・。

群青色は、ウェスペルタティアの色でもある。

 

 

「・・・綺麗だね」

「そうですね、本当に」

 

 

僕はいつも、アリアが美しいと思う時には、同じことを言っている。

でも、アリアはきっと気付いていない。

方向性の違いに・・・。

 

 

・・・そう言えば、結局の所、結婚式の時に身に着けていた「何か青い物(サムシング・ブルー)」については、今日までわからないままだったね。

アリアは、聞いても答えてくれないし。

と言うよりも、「も、もう見たじゃないですか・・・」と赤い顔で言うばかりで。

・・・ふむ?

 

 

「・・・アリア」

「はい、何でしょう?」

「・・・・・・何でも無い」

「・・・? 変なフェイトですね?」

 

 

まぁ、良いかな、別に大したことじゃないしね。

それにしても・・・アリアは最近、「変なフェイト」と言って、良く笑う。

理由はわからないけど、悪い気はしないね。

 

 

 

 

 

Side 環

 

「フェイト様達、帰ってくる・・・?」

「そーよ、帰ってくるの!」

 

 

ハタキ片手に別荘の中を駆け回る暦の言葉に、私はコクリと頷いた。

今夜は、フェイト様と女王陛下が戻ってくる。

あの2人のことだから、昨日の夜もきっとベタベタしてたと思う。

 

 

フェイト様があんなに女王陛下を大事に扱うのは、正直、驚いたけど。

フェイト様、ストイックだから。

でも、どこか納得できる私もいる。

フェイト様、とても優しいから。

 

 

「そんなコトは、今さら言われなくてもわかってんの!」

 

 

暦とかは、キーッて怒るけど。

でも、本当は怒って無いって、私にはわかる。

暦は、女王陛下のこともちゃんと好きだから。

 

 

・・・3年くらい前、私達に近付いてきた貴族がいた。

当時は、まだフェイト様と女王陛下は婚約状態だった。

その貴族は、私達のことを調べた上で・・・近付いてきた。

 

 

―――フェイト様を取り戻したくないか、いろいろと力になる―――

 

 

要約すると、そんなことを言ってきた貴族がいた。

今はもう、その貴族はいない。

何とかって言う伯爵だったけど、取り潰されて処刑されちゃった。

私達が、宰相さんに言ったから。

その後のことは宰相さんの仕事で、私達は良く知らない。

 

 

『舐めるんじゃないっての・・・!』

 

 

あの時の暦の言葉は、私達の気持ちを代弁してた。

私達はフェイト様に幸せになってほしいのであって、フェイト様を振り向かせたいわけじゃない。

そこを、取り違えないでほしい。

そこを取り違えられると・・・私達が惨め。

 

 

フェイト様の好きな人は、私達にとっても好きな人。

その人は、フェイト様を幸せにしてくれるから。

だから私達は・・・今でもフェイト様の傍に置いてもらえる。

 

 

「・・・お手つきも狙える・・・」

「何か言ったー? 環」

「・・・何でも無い」

「そうー?」

 

 

パタパタとフェイト様と女王陛下の寝室のダブルベットのシーツを取り替えてる環に、コクリと頷いて見せる。

・・・今日は良いけど、昨日は大変だった、シーツの取り替え。

痕が・・・残ってたから。

私達、乙女。

 

 

「・・・フェイト様、今、何してるかな」

「さぁー? どーせまた、女王陛下とイチャついてるんでしょ」

 

 

どこか拗ねたみたいに唇を尖らせて、暦が言う。

でも別に、不満そうじゃ無い。

私はそれに、何だか嬉しくなった。

暦も優しい、だから好き。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

地底湖を抜けた先には、森に囲まれた小さな湖がありました。

元々は坑道の別の出口だったらしい道から、ゆったりとした流れに乗って・・・。

今やのんびりと、湖の真ん中に浮かぶだけです。

 

 

「・・・穏やかですねー・・・」

「・・・そうだね」

 

 

上を見れば透けるような青い空、横を見れば緑豊かな森、下を見れば地底湖と水源を同じくする、透明度が高くて太陽の光で煌めく水・・・。

かすかに髪先を揺らす程度の風と、ゆったりと揺れるボート・・・。

・・・穏やかな、時間です。

昨年までの慌ただしさと忙しさが、嘘みたいに。

 

 

「・・・逆に、平和過ぎて怖いですよねー・・・」

「・・・貧乏性だね」

 

 

貧乏性って、そう言う使い方で合ってましたっけ?

と言うか、私のコレって貧乏性って言うんですかね・・・?

 

 

ふーむ・・・まぁ、良いですかね。

膝にかかる重みと、掌に感じるサラサラした感触で、頭が一杯ですし。

他のコトは、後で良いですよね・・・。

 

 

「・・・穏やかですねー・・・」

「・・・そうだね」

 

 

意味も無く同じ会話を繰り返しながら、私はフェイトの髪を撫でています。

ボートの中で器用に寝転んだフェイトは、私の膝の上に頭を乗せています。

現在、絶賛膝枕中です。

 

 

膝枕って、不思議ですよね。

何と言うか、くすぐったいと言うか・・・変な感じです。

頭を乗せられた箇所にかかる重みが、何故か心地良くて、恥ずかしくて。

でも・・・とても、愛おしくて。

 

 

「・・・」

 

 

特に会話があるわけじゃないのに、この時間がとても大切に思えます。

自然、私の手はフェイトの頭を撫でているわけで・・・。

 

 

不意に、頬にかすかな感触がありました。

フェイトが手を伸ばして、私の頬に触れているのです。

くすぐったくて、軽く首を竦めてしまいます。

 

 

「ちょっ、やめてくださ、ぃ・・・」

 

 

声が尻すぼみになっていったのは、フェイトの目が真剣だったから。

ふざけているのかと思いましたけど、思えばフェイトはそんなキャラじゃありませんでしたね。

クッ・・・と引かれて、少しずつお互いの顔が近付いて・・・。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

唇に感じたのは、どうしてかまだ慣れない、そんな熱。

いつもと違う角度から行われたそれは、どこか新鮮さも備えていて。

そんなことを考えてしまう自分が、なんだか恥ずかしくて。

・・・まぁ、良いや・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

・・・実に、良い雰囲気ですね、素晴らしいです。

これはきっと、将来に皆で楽しめることでしょう。

最大望遠、最高画質録画中です・・・じー・・・。

 

 

「・・・茶々丸殿って、凄いよな」

「ある意味、あの人もあの空間の創出に手を貸してるんだよね・・・」

「新婚って、あんな雰囲気になるのかぁ~・・・私も結婚したくなってきたかも」

 

 

湖を囲む森の中、私と近衛の皆さんは湖の真ん中で良い雰囲気になっているアリアさんとフェイトさんを見守っております。

まぁ、見守っているだけでなく・・・。

 

 

「な、何だテメェら!?」

「ど、どうしてこんな辺境に、首都の兵士がいるんだ!?」

 

 

・・・あのように、秩序を乱す賊を排除することも仕事の内です。

本来であれば警察機構の役目ですが、ここの治安権限は近衛騎士団が掌握しております。

 

 

私の後ろには、やたらに腫れあがった顔(近衛の皆さんが一撃で沈めておりました)をした盗賊らしき男の方々が3人。

3人とも、縛られて見動きが取れなくなっております。

 

 

「・・・グリルパルツァー公爵家から提供された資料によると、彼らは帝国・王国国境部を拠点にしている盗賊だそうです。帝国軍に追われれば王国領に、王国軍に追われれば帝国領に・・・と、国境を上手く利用して当局の捕縛を免れて来たとか。主に観光客を狙う盗賊で、このあたりで張っていたのかと」

 

 

やって来たのが女王夫妻であったことが、彼らの運の尽きですね。

まさか、近衛騎士団が警護しているとは思わなかったでしょう。

・・・そうでなくても、フェイトさんに沈められていたでしょうけど。

 

 

「なんと言うか・・・ようやく、近衛らしい仕事ができてるよな、私達」

「正直、こっちの方が落ち着くな・・・」

 

 

盗賊の方々を捕縛している近衛が、達成感に満ちた表情を浮かべております。

・・・ある意味、ストレスの解消にもなっているのかもしれません。

 

 

「茶々丸殿、ここは我らにお任せください」

「残りの2グループは、変わらず警護についておりますので」

「はい、ではお願いしますね」

 

 

フェイトさんがああ(キスを)してアリアさんの気を引いている間に、近衛の皆さんは盗賊の方々を引き摺って連行して行きました。

 

 

「さぁて、王都式の質問だが・・・他に仲間はいないのか?」

「へっ・・・」

「・・・反抗的だな、さて、どうしような?」

「王都式で良いだろう?」

「そうだな、まぁ、コイツを使えばじきに良い声で囀るようになるさぁ・・・」

 

 

何を使うのかはわかりませんが・・・。

お2人が安全に良い雰囲気になれるよう、私と近衛の皆さんの仕事は続きます。

・・・むむっ、どうやら船着き場に向かうようですね。

 

 

もうお昼ですから・・・いけませんっ。

船着き場のレストラン(貸切)に移動しなければ・・・!

 

 

 

 

 

Side 栞

 

「「「「「お帰りなさいませ」」」」」

 

 

夕方になって、フェイト様と女王陛下は山荘にお戻りになりましたわ。

お2人仲良く手を繋いで、見ているだけで当てられそうですわね。

夕食はもう少しかかりそうですので、先にお風呂をお勧めしました。

 

 

「わかりました。では、そのように・・・」

「では、陛下・・・こちらに。すでに用意が整ってございます」

 

 

らしくもない丁寧な口調で、焔が女王陛下を案内していきます。

この山荘には湯殿は広いのですが、一つしか無いので、先に女王陛下が入浴されるのです。

次にフェイト様・・・私達5人は仕事が終わった後、皆でお湯を頂くのですわ。

・・・もしかしたら深夜に女王陛下がお使いになるかもしれませんので、私達の入浴中に準備も済ませておきます。

 

 

「お疲れ様ですわ、フェイト様」

「本日は、どのようにお過ごしになったのでしょうか?」

 

 

視界の隅で環と暦が近衛騎士の方々と肩を組んで何かを共有しているようですが、まぁ、それは比較的に優先度が低いので・・・。

私と調は、フェイト様のお相手を務めさせていただきます。

 

 

「・・・うん、楽しかったよ」

「そうなのですか」

 

 

フェイト様の短い言葉に、調が嬉しそうな顔で頷きを返します。

フェイト様は寡黙なお方ですので、言葉が多い方ではありません。

なので、私達の方で推し量るしか無いのですが・・・。

 

 

付き合いもそれなりに長いので、フェイト様が本当に休日を楽しんでらしたのがわかります。

それがわかれば、私達にとってはそれで十分です。

それだけがあれば・・・十分です。

フェイト様がお幸せであるのなら、それで良いのです。

 

 

「では、私達は夕食の準備をしてまいりますので・・・フェイト様はどうぞ、お寛ぎください」

「うん・・・いつも、ありがとう」

「滅相もございません、では・・・」

 

 

調と2人、一礼してフェイト様の前を辞します。

・・・お優しいフェイト様。

 

 

「では、仕上げにかかりましょうか、調」

「そうですね、栞」

 

 

私と調が浮かべるのは、今はまだほろ苦さを含んだ笑顔。

今はまだ、気持ちの整理の時期ですけど。

いつか・・・。

 

 

「・・・それにしても、新婚と言うのは凄いですね」

「調は、そればかりですわね」

「す、すみません・・・でも、そうは思いませんか?」

「そうですわね・・・少し、当てられてしまうかもしれませんわ」

「でしょう?」

 

 

調とクスクスと笑い合いながら、厨房へ入ります。

さて、夕食の用意を急ぎましょうか・・・。

 

 

・・・いつか、気持ちの整理がついて。

私達が、フェイト様と女王陛下に負けないくらいの家庭を築けた時。

フェイト様は、祝福してくださるでしょうか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・おかしい。

何がおかしいって、自分がおかしいんです。

何と言うかこう・・・何かがズレてる気がするんですよ、今の私。

 

 

「どう思います、焔さん?」

「はぁ、まぁ・・・そうかもしれませんね」

 

 

何とも答えにくそうな表情で、焔さんがそう答えます。

むぅ、煮え切りませんね。

 

 

「と言われましても・・・私は、そこまで人間の機微に詳しくはありませんし」

「そうですか・・・うーむ、何か、ひっかかるんですよね・・・」

「はぁ・・・」

 

 

普段は茶々丸さんが淹れてくれる就寝前の紅茶を飲み干して、テーブルに置きます。

焔さんはそれを盆に乗せると、慎ましやかに礼をして、寝室から出て行きました。

寝室の窓辺の椅子からそれを見送りながら、私はなおも考え続けておりました。

 

 

ここ数日の、自分について。

何と言うか・・・ぬるま湯に浸かって満足しているかのような。

気を配るべき何かに、気付けていないような。

もう少し、こう・・・何と言うか、モヤモヤする感じです。

 

 

「・・・フェイト・・・」

 

 

ぽつり、と夫の名前を呟くと、途端に頬が緩みます。

・・・今日も優しかったなー・・・えへへ・・・・・・はっ!

いけません、いけません・・・ぶんぶん、と頭を振ります。

どうも、ここ数日はフェイトのこと以外、思考が・・・。

 

 

妙な確信があるのですが、この傾向は自分ではどうしようも無い気がします。

・・・こう言う時、相談できる相手が傍にいないのは辛いですね。

どうも、自分を甘やかしてしまうと言うか、だってフェイトが・・・。

・・・フェイト・・・。

 

 

「・・・今日も・・・なの、でしょうか・・・」

 

 

この「私的な」新婚旅行に来てからは、2日連続ですし・・・もしかして、今日も・・・とか。

膝の上で両手の指先をモジモジしつつ、心持ちソワソワします。

べ、別に楽しみにしてるわけじゃ・・・まだ、慣れませんし、怖いです・・・し。

でも、フェイトは優しいですし・・・。

 

 

・・・嫌がる理由は、特に無い、ですし・・・。

でも積極的になる理由も、やっぱり無いですし・・・。

 

 

「ああ、もう・・・頬が熱いです・・・」

 

 

両手で頬を撫でつつ、窓の外の方に視線を移します。

あ、カーテン締めないと、恥ずかし・・・じゃなくてっ・・・って。

・・・・・・はぇ?

 

 

「・・・」

 

 

グシグシ、と両目を擦ります。

いや、まさか、何で・・・いや、でも。

窓の向こうに、魔お・・・じゃなくて、見覚えのある金髪の女の子が。

 

 

「・・・」

『・・・』

 

 

・・・見間違い・・・じゃなくて。

見つめ合っていると、窓の向こうで「へくちっ」とクシャミの声が。

えーと、風邪を引くといけませんので、中に入れることにしましょうか。

鍵を開けまして、ガラガラッ・・・っと、で。

 

 

「な、何でここにいるんですか、エヴァさ「アあああああぁぁぁぁリいいいいいぃぃぃぃアあああああぁぁぁぁぁ――――――――――――ッッ!!」・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

 

そこにいたのは、エヴァさんでした。

出会い頭に、どうしてか超怒られました。

 

 

・・・あ。

何故でしょう・・・ピンと来た気がします。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

旧世界に、織姫と彦星と言う童話がある。

諸説あるが、子供向けに簡略化した物を要約してやると、こうだ。

 

 

織姫と彦星がイチャイチャイチャイチャし過ぎて仕事をしなくなったから、神様がキレた。

・・・と、言うことだ!

つまり、何が言いたいのかと言うとだ・・・。

 

 

「今の貴様らの状態は、まさにそれなんだよ!!」

 

 

ベッドの上に仁王立ちして指を突き付け、絨毯の上で正座しているアリアと若造(フェイト)を傲然と見下ろす。

織姫と彦星がこいつらだとすれば、神は私だ!

 

 

「良いか、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし! イチャイチャベタベタするのも良いが、やりすぎると多大な迷惑を周囲に与えるんだ!!」

「・・・た、例えばどのような・・・」

「一言で言うと、ウザい!!」

「酷く無いですか!?」

「当然だ! 私は悪の魔法使いだぞ!?」

 

 

まったく・・・結婚前はこんな風にタルんだりはしなかったと言うのに。

本当に手がかかる・・・手がかかるな!

やはり、私のような存在が傍におらんとな、うん。

 

 

「それと若造(フェイト)!」

「・・・何かな」

「お前も、もう少し自重しろ! さもないとナギの息子と呼ぶぞ!?」

「・・・・・・わかった」

 

 

ナギが聞いたらショックを受けそうな・・・いや、たぶんアイツ、何も感じんな。

まぁ、とにかく・・・若造(フェイト)はとりあえずそれで良いとして。

問題は・・・。

 

 

「お前だ、ボケロボ!!」

「何でしょうか、マスター」

「何でしょうか、マスター・・・じゃない!」

 

 

何故か知らんが、影からコソコソコソコソと・・・ボケロボが!

アリアは知らんが、若造(フェイト)は気付いていたようだがな、ともかく!

 

 

「お前、最近アリアを甘やかし過ぎなんだよ!!」

 

 

挙句の果てに主人まで嵌めやがりおって・・・いい加減にせんと、修正するぞ!?

えーあいの自己進化だか何だか知らんが、限度があるだろうが。

超の奴は何を考えて、設計したんだ?

 

 

「し、しかしですね、マスター」

「しかしもかかしも無い! 後で仕置きだ、ボケロボが!!」

 

 

ちなみにチャチャゼロの奴は、ここに来る前に〆て来た。

そこから高速艇やら支援魔導機械(デバイス)やらを使って一日かけて、ここまで来たんだが。

・・・はぁ。

私が深い溜息を吐くと、アリアが居心地悪そうに身じろぎした。

 

 

「・・・アリア」

「・・・ご、ごめんなさい・・・」

「いや・・・まぁ、新婚だしな、私には良く分からんが、はしゃぎたくもなるんだろ」

 

 

女王なんて職には、私人である時間が存在しない。

その意味で、タガが緩んだのかもしれんが・・・まぁ、過ぎたことは仕方が無い。

私も少し、興奮しすぎた。

 

 

「・・・明日から、また、ちゃんとするんだぞ」

「・・・はい」

 

 

しゅんとした―――だが、どこか得心した風でもある―――アリアを見て、溜息を吐く。

・・・世話が、焼ける・・・。

 

 

そろそろ、公的にアリアの王室を管理する役職がいるかな。

こう、王室の私生活を管理したり意見したりする感じの。

女官長は茶々丸で良いとして・・・そうだな。

王室顧問とか、どうだろう。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第2回広報


アーシェ:
はーい、こんばんはー!
王室映像班のアーシェです! 第2回広報、はーじまーりまーす!
本日のお客様はぁ・・・こちら!
ウェスペルタティア最強の合法幼女! 誰もが認めるお父さん! エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんでーすっ!

エヴァンジェリン:
・・・それが、最期の言葉か?

アーシェ:
い、いやちょっと待ってマクダウェル尚書、台本、台本なんですって・・・!

エヴァンジェリン:
・・・今話で、新婚旅行は終わりだ。後はまた、別の話が始まることになる。

アーシェ:
な、なるほどー・・・じ、次回からはどんな感じですかね?

エヴァンジェリン:
・・・アリア達の視点からは、離れる予定だ。

アーシェ:
な、なるほどー・・・(やべー、普通に怖いし・・・)。
そ、それではぁ・・・今週のベストショットは、こちらぁ!


「早朝、最後の書類の決裁を終えた瞬間のマクダウェル尚書」!


見てください、この笑顔!
何か、いろんな物が透けて見えますよね!
何と言うかこう・・・本能丸出しな感じ?

エヴァンジェリン:
よーし、わかった。やっぱりお前、こっちに来い。

アーシェ:
え、ちょっ・・・待って! 本当に待っ・・・(フェードアウト)。


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アフターストーリー第3話「天ヶ崎家・家族の肖像・前編」

最近、何故か未来編のストーリーが思い浮かんで来ました。
そのようなわけで、どうぞ。
灰色様・Big Mouth様・司書様・伸様ご希望の要素を含んでおります。


Side 小太郎

 

トントントントン・・・台所でかぁちゃんが包丁を使う音が、聞こえる。

身体は寝とるけど、耳だけは音の方向を向いとる。

それから、嗅ぎ慣れた味噌汁の匂い・・・。

 

 

『月詠、小太郎を起こしてきてやー』

『はいな~・・・』

 

 

そんな声がして1分もせん内に、階段を上る音がして・・・静かになった。

スス・・・と、俺の部屋の襖が開く音がして・・・。

 

 

「小太郎は~ん、朝ご飯ですえ~? 起きてくだはれや~」

「・・・んー・・・?」

「・・・うふふー、もう、しゃーないですなぁ、小太郎はんは」

 

 

月詠のねーちゃんが、やたらに甘い声を出した。

それを聞いた次の瞬間、俺は跳ね起きた。

正直、まだ完全には起きてへんかったんやけど。

・・・いや、まぁ、毎朝のことやけどな。

 

 

「・・・なぁ、月詠のねーちゃん。いい加減、それやめてくれへんか・・・?」

「そんなん、小太郎はんが自分で起きてくれれば終わる話ですやんか」

「いや・・・せやけどなぁ・・・」

 

 

跳ね起きた体勢のまま、視線を下に下ろす。

そこには、俺の何百個目かの枕に小刀を刺しとる月詠のねーちゃんがおった。

・・・枕、また買わなな。

 

 

「ほな、はよ顔洗ってきてくださいな。朝ご飯、できとりますえー」

「・・・おーぅ・・・」

 

 

まぁー・・・こっちの世界におる時はいつもこんな感じやねんけどな。

もう慣れたわ、ええ感じに起きれるのは確かやし。

 

 

適当に顔洗って、着替えて、俺が居間に降りて行った時には、もう俺以外の奴は揃っとった。

千草のかぁちゃんはしゃもじ片手に人数分のお椀に米を盛っとるし、月詠のねーちゃんは茶ぁ淹れとるし、そんでもって・・・カゲタロウのおっさんは、新聞読んどるし。

 

 

「カゲタロウはん、朝食にしますえ」

「・・・うむ」

 

 

そんでもって、朝飯。

何かもう、これが最近の朝飯・・・つーか、朝夕二食の光景になりつつあんねやけど。

昼飯は基本的に別々やしな。

と言うか、何でこれが普通になってんねやろ。

いや、それ以前にカゲタロウのおっさんと千草のかぁちゃんの間の空気が何か嫌や。

 

 

「カゲタロウはん、今日の卵焼きはどないですやろ?」

「・・・うむ、美味い」

「さいどすか! ふふ、今日の卵焼きは月詠が作ったんどすえ?」

「・・・ふむ、美味い」

「うふふ~、おおきにどすー」

 

 

最近は何故か、月詠のねーちゃんまで変な感じなんやけど。

どうしてか、疎外感を感じんねやけど。

ズズズ・・・と味噌汁を飲みながら、俺はそんなことを考えとった。

まぁ、しゃーないかなぁー、なんて思わんでも、だってなぁ・・・。

 

 

「・・・ってぇ、んなわけないやろがぁ!?」

 

 

ガタンッ、とお椀片手に立ち上がる俺に、千草のかぁちゃんが驚いたような顔をした。

他の2人は、変化がよーわからんわ。

 

 

「かぁちゃん! 毎日言っとるような気ぃするけどやな・・・!」

「小太郎、食事中や、ちゃんと座りや」

「いや、今俺はもっと大事な――――「小太郎?」――――うぃ・・・」

 

 

・・・とりあえず、朝飯を食うことにした。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

カゲタロウはんに貰うた桜の飾り簪を四六時中身につける・・・なんてことはせぇへんけど、きちんと直しとるえ、ああ言うのは普段から身につけるような代物や無いさかいにな。

ええ加減、うちもそんな若く無いし。

若い頃やったら、そらまぁ、いくらでもやったらええて思うけど。

 

 

それこそ、新婚のアリアはんとかは、ええんちゃうかなぁ?

何や新婚旅行先から戻って来てから、また仕事増やしたとか聞くけど・・・。

 

 

やっぱ、年若い娘は着飾ってこそやろ。

うちも昔はそうでも無かったんやけど、月詠と一緒におるようになってから、そう思うようになったえ。

うちができひんかった分、ええもん着せてやりたいし、ええもん食わせたいやん。

まぁ、でも、月詠は同性やからまだええけど、小太郎が最近、どうも・・・。

 

 

「何やかんやでわややになっとるけどやなー・・・俺はまだ、こんなオッサン認めてへんからな!?」

 

 

何やろなー・・・エヴァンジェリンはんと仲良くなれるんとちゃうかなー・・・。

どうしてか、今の小太郎を見とったらそないなことを考えてしまうんやけど。

・・・と言うか、5年・・・いや、もう6年になるんか?

とにかく、カゲタロウはんがうちの傍におるようになってから、小太郎の反応はいつも変わらん。

 

 

よっぽど、カゲタロウはんが嫌いなんやねぇ。

片頬に手をついて、溜息を吐く。

 

 

「・・・うーん、小太郎は何がそないに気に入らんの?」

「まず仮面が気に入らん! 次に仮面が気に入らん! 最後に仮面が気に入らん! つーか、飯ん時くらい仮面取りぃや!?」

「ははは、小太郎殿は今日も元気が良いな」

「その態度がすでにムカつくんやってーのにっ!!」

 

 

キシャーッ、と威嚇する小太郎に対して、カゲタロウはんは悠然と構えとる。

・・・まぁ、カゲタロウはんの方がまだ、ちょい強いかなぁ。

それがわかっとるからか、と言うかわかってしまうからか、小太郎はますます不機嫌になって行く。

ああ、これはまたいつものパターンやね・・・。

 

 

「とにかく、俺は絶対にこんなオッサン認めへんからな!」

「あ、ちょ、小太郎!」

 

 

最後に何か犬っぽく鳴きながら、家から飛び出して行ってまうんや。

これが最近の日常茶飯事と言うか、朝の光景と言うか・・・。

・・・ほんま、どないしたもんかなぁ・・・。

 

 

「・・・堪忍どす、カゲタロウはん」

「・・・構わない」

「おおきに・・・」

 

 

カゲタロウはんは、特に何も言わへん。

何も言わずに、ただ待っとってくれはる。

ほんまに、有り難いことや思う。

うちなんかには、もったいないことやて、思うわ。

 

 

けど、うちは・・・。

うちは・・・。

 

 

 

 

 

Side 月詠

 

・・・千草のおかぁさんは、小太郎はんが嫌や言うとる限り、カゲタロウはんの求婚を受けへんつもりやね。

まぁ、でも、あの飾り簪を大事に取っとる所を見ると、気持ちは決まっとるんやろうけど。

小太郎はんも、お子様やからねぇ・・・。

 

 

「・・・おかぁさん、片付け終わりましたえー」

「あ、ああ・・・ありがとな」

 

 

うちがタイミングを見計らって居間に戻ると、俯いて何かを考えとる様子やった千草おかぁさんは慌てて顔を上げて、笑顔でうちの方を見た。

食器洗いを終えたのは事実やから、ええけど・・・。

 

 

でも、やっぱり、元気無いなぁ。

何と言うか、斬り応えなさそうな感じや。

斬らんけど。

 

 

「おかぁさん、もう行かなあかんのとちゃいます?」

「え、あ、ああ・・・せやな、はよ行かんと」

 

 

うちが居間の時計を見ながらそう言うと、千草のおかぁさんは慌てて立ち上がって、パタパタと上に上がって行ったえ。

今日は、何やよーわからんけど、工場かどっか視察に行くらしいえ。

旧オスティアで、何やどんどん新しい工場が建っとるらしいからなぁ。

そう言う技術の出所である旧世界連合としても、権益やら権利やら、まぁ、いろいろとありますやろ。

千草のおかぁさんなんかは、そのせいで出ずっぱりやけど。

 

 

カゲタロウはんも、千草のおかぁさんと一緒に行くんやけど。

カゲタロウはんは、まぁ、いつも通りの格好やから、今さら準備することも無いやろね。

 

 

「なぁなぁ、カゲタロウはん」

「・・・何か、月詠殿」

 

 

うちが声をかけると、カゲタロウはんは何を考えとるんか感情の読めへん声音で応じてくれました。

 

 

「・・・うちは、カゲタロウはんのことは嫌いやないですー」

「月詠殿・・・」

「でも、小太郎はんより好きかと言うと、そうでも無いんですー」

「・・・」

「それだけ知っとってくれはったら、うちはカゲタロウはんのこと好きでいたりますー」

 

 

うちとしてはまぁ、千草のおかぁさんや小太郎はんがええて言うなら、別にええと思うんです。

逆に、あかん言うんであれば、別にそれでもええと思いますー。

せやから、うちは千草のおかぁさんとカゲタロウはんの間のことについては、何も言いませんわ。

積極的な賛成もする気は無いですけど、反対する気も無いです。

 

 

「・・・ほな、月詠、行ってくるえ」

「はいはい、ほんまにうちは行かんでええんどすかー?」

「ええ、ええ、別にそんな遠くに行くわけやなし・・・」

 

 

数分後には、玄関先で千草のおかぁさんらをお見送りですわ。

今日はうちも学校休みやから、ついてってもええかなーと思ったんですけど。

ま、急に随員増やすわけにもいかんですやろからなー。

・・・何より、斬れへんし。

 

 

・・・何や、千草のおかぁさんはやっぱり、どこか元気無い感じやけど。

んー、面倒ですなー。

ハラハラと千草のおかぁさん達を手を振って見送った後・・・。

 

 

・・・さて、どないしましょかなー。

やることも無いですしなー・・・小太郎はんにでもちょっかい、出して来ましょうか。

カゲタロウはんのためやなく、千草のおかぁさんと小太郎はんのために。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

・・・気に入らへん。

気に入らへんわ、気に入らへんったら、気に入らへんねん。

いや別に、千草のかぁちゃんが誰を選んだって、別にええねんけど。

 

 

問題はそこやないっつーか、何と言うか・・・。

・・・くそっ。

 

 

「・・・あ? 何やね・・・ったく」

 

 

いつの間にか無くなっとったスポーツドリンクのペットボトルを、10m先のゴミ箱に投げ入れる。

『CC衛門』っつー最新シリーズか何か知らんけど、レモン系の飲み物や。

まぁ、それを飲み干した後は、ベンチの寝転んで時間潰しや。

特にやることも無いしな、ここでは。

 

 

「にーとですねー」

 

 

目の前に、月詠のねーちゃんのニコニコした笑顔が出て来た。

ベンチの背もたれに寄り掛かる感じで、ベンチに寝転んどる俺の真上から、俺の顔を覗きこんどる。

 

 

「今の小太郎はんは、見事なまでにニートですねー」

「・・・うっせ、月詠のねーちゃんかて似たようなもんやろ」

「うちは学生ですから、ニートじゃないですー」

 

 

いや一応、俺も旧世界連合に籍を置いとるんやから、ニートってわけやないで?

・・・まぁ、荒事が減ってきとるのは確かやから、めったに仕事も無いけどな。

結局の所、俺には腕っ節しか無いし・・・。

 

 

「それで、小太郎はんは何がそんなに気に入らないんですー?」

 

 

ツンツン、と俺の鼻っ柱を指でつつきながら、月詠のねーちゃんがそんなことを聞いてきた。

それは今朝、千草のかぁちゃんが聞いてきたことでもあって・・・。

煩わしげに月詠のねーちゃんの手を払って、身体を起こした。

 

 

「別に、カゲタロウはんが嫌いなわけやないですやろー?」

「はぁ? 俺はあんなオッサン、死ぬ程ぶっ殺したいっつーか、そんな感じやっての!」

「嘘どすな」

 

 

・・・俺の隣に座りながら、月詠のねーちゃんはあっさりと言い切った。

いや・・・もうちょい、考えてや。

 

 

「嫌いやったら、とっくの昔に叩き出しとるはずですやん」

「・・・」

「そう言う場合は、うちもヤっちまいますしー」

 

 

・・・カゲタロウのオッサンは、まぁ、強い思う。

千草のかぁちゃんは、たぶん俺の方がまだ弱いて思うてんのやろうけど。

まぁ、マジでやったら、実の所、どうやろな。

俺一人ならともかく、月詠のねーちゃんと二人がかりなら倒せる思う。

追い出すくらいなら、楽に行ける。

せやけど・・・。

 

 

せやけど、千草のかぁちゃんとカゲタロウのオッサンと結婚したら。

してしもうたら、きっと・・・。

 

 

「・・・気に入らへんねや」

「さいですか、なら、仕方ありまへんなー」

 

 

変わらず笑いながら、月詠のねーちゃんは俺の隣でホワホワしとった。

特に、自分の考えを言うわけでもなく。

そのまま、俺と月詠のねーちゃんはオスティアの自然公園で時間を潰すことにした・・・。

 

 

 

 

 

Side カゲタロウ

 

やはり、早まってしまったのだろうか。

他人の結婚式に触発されて、というのが不味かったのかもしれない。

それまでは確かにあった物の形が、変化してしまったと言う意味で。

 

 

「堪忍どす、カゲタロウはん」

 

 

あの日以来、千草殿は何度も私にそう言ってくれる。

申し訳なさそうな顔で、何度も私に謝ってくれる。

だが私は、そう言う物を望んだわけでは無かった。

 

 

千草殿には千草殿の譲れない一線と言うか、譲りたくない一線と言う物があって、つまりはただそれだけのことで。

私としては、そこを犯してまで千草殿を貰い受けたいわけでは無い。

と言うより、そこを犯してしまうと、千草殿は千草殿では無くなることがわかっている。

天ヶ崎千草と言う女性が、別の何かになってしまうことが、わかっているのだ。

 

 

「構わない」

 

 

だから私は、そうとしか言わない。

私が自分の条件を整えても、仕方が無い事で。

千草殿の条件が整えなければ、どうしようも無いことで。

 

 

待つことに比較的慣れている私にとっては、待つことは苦痛にはならない。

だが、千草殿に「待たせてしまっている」と負い目を感じさせてしまうのは、どうしようも無く嫌だった。

それは、私が望んだ物では無いのだから。

 

 

「小太郎も、カゲタロウはんのことが嫌なわけやないと思うんどす」

「・・・うむ」

「ただ、あの子には父親がおらんもんやから・・・」

 

 

旧世界連合の大使館から旧オスティアの工場へ向かう車両の中で、千草殿はなおもそう言っていた。

私自身、目で見える程には小太郎殿に嫌悪されているとは思ってはいない。

ただ、それとこれとは話が別と言うだけの話で。

だがそれは、ただの意地として片付けるには、いささか複雑さを孕んでいて。

 

 

「・・・堪忍どす」

 

 

結局の所、千草殿はその言葉で会話を締めくくった。

そこからは、私的な話は一切無かった。

空港に到着して、旧オスティアの工場に向かうための小型の飛行鯨に乗り込む際には、公人としての仮面を纏っていた。

私はいつも通り、物理的に仮面をかぶっているので、もとより他人に表情を読まれることは無い。

 

 

「ようこそ、待っていた・・・久しいな、天ヶ崎特使」

「そうどすな、マクダウェル尚書・・・今日はどうぞよろしゅう」

 

 

旧オスティアの件の工場の側の仮設空港に降り立った時、ウェスペルタティアのマクダウェル尚書が出迎えに来ていた。

ウェスペルタティア工部省と旧世界連合の麻帆良の合弁で行われている工場だから、当然だが。

 

 

・・・私は仮面の中から、公人として振る舞う千草殿を、ただ見つめていた。

いつものように、何も語ることなく。

旧世界連合オスティア特使付き武官、カゲタロウと言う公人として。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

旧オスティア・『浮遊宮殿(フロートテンプル)』建設予定地の一つ。

後にその宮殿群島に附属される事になる小さな浮き島に、旧世界連合との合弁工場が作られている。

基本的に魔法世界側の工場はウェスペルタティアが、旧世界側の工場は麻帆良が管理しているわけだが、ここは違う。

 

 

オスティアは双方の行き気ができる唯一のポイントだからな、そう言う話も出る。

旧世界連合側としては、魔法世界への経済進出の足掛かりの一つ。

王国側としては、麻帆良の独占技術を国内に確保できる・・・まぁ、いろいろだ。

権益は旧世界連合が51%、王国が49%。

・・・粘ったんだが折半にはできなかった、まぁ、仕方が無いな。

 

 

「事前協議で決められた通り、ここでは軍用の『スピーダーバイク』の量産を行う予定だ。完成品の生産は2ヶ月後からだが、一部の部品の製造はすでにスタートしているが・・・」

「うちの技術主任からも、そのあたりは聞いとります。民需用も並行して作らはるんやろ?」

「ああ、軍用のバイクの性能を落として・・・時速は最大で80キロ程度まで落とす。『69-Aスピーダー・バイク』として売り出す予定だが・・・」

「名前は好きにしてくらはれ、売上の分配は・・・」

「・・・権益の比率、だろ?」

「命名権以外は、な」

「ああ、警備の費用以外は、な」

 

 

魔法世界側にあるので、労働者の多くは魔法世界人。

工場の管理と技術者は旧世界連合側の人間だから、いろいろと問題もあるがな。

まぁ、今の所は上手く回っている。

周辺の警備は真名の王国傭兵隊の仕事だがな。

 

 

本来なら工場の視察くらいはもっと下の立場の人間に任せても良いんだが、千草が相手ではな。

尚書級くらいは出さんと、後でどうなるかわからん。

最近の詠春は、隙を見せると毟り取ってきやがるからな・・・京都で死にかけていたのが嘘のようだ。

 

 

「では、次は実際に工場のラインを視察するとしようか」

「おおきに」

 

 

工場内の事務室での説明と簡単な会談を終えた後、本格的な視察に入る。

ここからは、工場内を実際に案内する技術者の代表やら労働者の代表やら、工部省の私の部下や千草の所の部下なんかがゾロゾロとついてくる。

後は工場内を1時間ほど視察して、今度は本格的な会談、とスケジュールが決まっているわけだが。

 

 

・・・しかし、何だ、今日の千草はどこか沈んでいる様にも見えるな。

別に仕事の面で影響があるわけでは無いから、どうでも良いが。

仕事相手のプライベートのことまで気にしていたら、キリが無いしな。

プライベート、か・・・。

 

 

「えー、ではまずバイクに乗せる精霊炉の生産ラインを・・・」

 

 

ゴウンゴウンと音を立てて動く機械(ライン)の前で―――この機械自体、精霊炉で動いている―――技術者が説明するのを、頭の隅で聞きながら、私は別のことも同時に考えていた。

 

 

・・・プライベート、なぁ。

オスティアに戻って来てからは、アリアと若造(フェイト)は普通に仕事するようになった。

いや、別に新婚旅行に行っていた際も仕事はちゃんとしてたがな・・・。

・・・茶々丸は田中と一緒に旧世界行き、現在ハカセの所でメンテ中だ。

おかげで身の回りの世話がアレだが、まぁ、あと2日くらい何とかなるだろ。

茶々丸も、たまには休暇も良いだろうしな・・・。

 

 

 

 

 

Side 合弁工場労働者(45歳・妻子持ち)

 

工部尚書と旧世界の偉いさんが来るってんで、皆、気合いが入ってる。

まぁ、だからって俺らの仕事が変わるわけじゃねーけどな。

実際、工場の隅で作業してる俺らからは、遠目にしか見えねぇしな。

 

 

しっかし、アレだねぇ・・・精霊炉ってーのはすげーな。

前の奴より、良く動くぁな。

その分、扱いがわかり辛いっちゃー、辛いんだがよ。

 

 

「班長ぉっ! ちょい来てくれやせんか!」

「何だ、どうしたぁっ!?」

「ハンスのバカが、ボルト一個無くしちまったってよぉ!」

「んだとぉっ!?」

 

 

機械の横から、茶色の毛を油まみれにした狼の獣人がそんなことを言ってきやがった。

力自慢の良い奴なんだが、短気でいけねぇやな。

まぁ、だとしてもボルトを無くしたってのはいけねぇやな。

ライン全部止めて、探さなきゃいけねぇんだが。

 

 

「ハンス、またお前か!?」

「す、すんません、班長・・・」

「ああーったく、しゃーねぇなお前は~・・・」

 

 

犬の獣人のハンスが、髪の色と同じ黄色い犬耳を垂らしながら、頭を下げてやがる。

月に3度は、何か問題を起こしやがるんだが、憎めねぇ若いのでなぁ。

人族なんだが、なんつーか、うちの倅と同じくれーの年頃でよぉ。

 

 

「どうしやす、班長?」

「ああ~・・・とりあえずハンス、おめぇは向こうで燃料缶の運搬でもしてな」

「は、はいっ、すみません、すみません・・・!」

 

 

タタッ・・・と、隅の方で一抱えほどの燃料缶の運搬を始めるのを見て、嘆息する。

 

 

「工場長には、俺から言っとく。んで、すぐにボルト探さなきゃいけねぇんだが・・・向こうの技術屋には伝えたんだろ?」

「へぇ、それが視察が終わるまで待てって話で」

「・・・マジか」

 

 

これだから、机の前に座ってやがるインテリはよ・・・現場で部品が一個無くなるってのがどんだけ危ねぇか、わかっちゃいねぇんだかんな。

視察の終わりは、後30分くらいか・・・?

それまで、何も起こらなきゃ良いが・・・。

 

 

「すいやせん班長、どうもB-2のラインの調子が悪いらしいんス!」

「B-2?」

「・・・ハンスのいた所です、班長」

「ハンス・・・!」

 

 

・・・そういや、聞きそびれたが、ハンスの無くしたボルトってのは、どこのだ!?

予備に持ってる奴なら良いが、メンテ中に抜いたのを差し忘れたとかだったら・・・!

 

 

「おい、ハンス! お前、どこで・・・!」

「・・・はい? な、何ですか班長・・・っ!?」

 

 

慌てて燃料缶の所に行って、燃料缶を両肩に抱えたハンスを見つける・・・って、オイ!

何を慌てたんだか知らねぇが、側の燃料缶を積んでる台に足を引っ掛けてコケやがった・・・!

グラリ、と缶の山が揺れるのと同時に。

工場の中で―――B-2ラインの方向―――から、何かが爆ぜるような音がしやがった。

 

 

ヤバ――――――――――――――――――。

次いで、轟音。

 

 

 

 

 

Side カゲタロウ

 

・・・凄い物だな。

現在、C-1と言う『スピーダーバイク』に積む小型精霊炉の生産ラインを視察している。

先の大戦を知っている私としては、凄いとしか言いようが無い。

 

 

もちろん、製品の性能にも驚きではある、先の大戦の時代にこれらの一部でもあれば、いろいろなことが違っただろう。

だが何より私が驚いているのは、亜人と人族が入り混じって働いていると言うことだ。

25年前であれば、とてもではないが想像もできなかっただろう。

彼らを統合しているのは、統合の象徴としての王室・・・。

 

 

「亜人は帝国、人族は連合と、区別がされていたからな・・・」

 

 

大戦期、ウェスペルタティアは名目上は中立だったが、実質的には連合側に立っていたからな。

まぁ、その後、あの<紅き翼(アラルブラ)>の活躍や<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>などが表舞台に立ち、私のような存在はいないも同然になってしまったが・・・。

・・・そう言えば、エリジウム大陸に<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>と似たような名前の村ができていると言う話を聞いた覚えがあるような気がするが・・・。

 

 

「えー、民需用のバイクは、全長3m前後、積載量は2キロ程を想定しておりまして、デザインについても・・・」

 

 

技術者の先導と説明を耳に入れながら、並んで歩く千草殿と王国のマクダウェル尚書の後について私も歩く。私の後ろにも、それぞれの部署の人間がついて歩いて来ている。

小型精霊炉は、細かな部品は他の工廠で作り、この工場で完成品として組み上げられる仕組みになっている。

私の隣には、そのラインの一部が大きな音を立てながら稼働している。

 

 

「・・・む?」

 

 

その時、説明を続けていた技術者の下に、工場労働者らしき狼の獣人がやってきて、耳元で何かを囁いていた。

担当の技術者は一瞬だけ不快そうな表情を浮かべたが、工場労働者を追い払った後、特に何も言わずに視察を続けようとしたので・・・。

 

 

「どうした、何かあったのか?」

「い、いえいえ、大したことじゃありませんです。良くあることでして」

「・・・?」

 

 

マクダウェル尚書はかなり不審そうな表情を浮かべた物の、予定もあると言うことで、そのまま続けることになった。

工場の権益と管理が新旧世界で入り混じっているため、マクダウェル尚書も千草殿を放って強くは出れない、と言う事情もあったのだろうが・・・。

 

 

「・・・お、おい、アレは大丈夫なのか?」

「何か、煙が出てるぞ・・・」

「む・・・?」

 

 

そのまま5分ほど工場の中を進むと、私の後ろの連中が何かを囁き合っていた。

工場内の階段を上り、上から生産ラインを見下ろしている所なのだが・・・。

 

 

ラインの一部から、煙が上がっていて。

これは、いか

 

 

 

 

 

  ―――――――ズズンッ―――――――!!

 

 

 

 

 

Side 千草

 

・・・っ・・・?

何や、何が起こったんや・・・?

 

 

「・・・っ、う・・・?」

 

 

よほど強く打ち付けたんか知らんが、背中、痛・・・。

しかも何や、煙っぽくて息がしずらいわ・・・それに暗いし、うちの身体の上に何かあるみたいで・・・。

 

 

ピチャッ・・・ヌチッ・・・。

 

 

その時、頬に何か水がかかって、右手で掴んだ物も濡れてて、滑ったような音がしたえ。

何や、やけに、温かな・・・。

 

 

・・・カシャッ・・・。

 

 

身体を起こそうと左手を地面についたら、何かを割ってしもた。

何かと思って手にとって見れば、それは見慣れた物で。

この5年、視界のどこかに必ずおった、仮面で。

 

 

「・・・は・・・?」

 

 

呆けたような声を上げて、上を見てみれば。

黒いローブを纏った人間が、うちの上に覆いかぶさってて。

半分だけになった仮面からは、綺麗な左目と、口の部分から溢れた赤い液体と。

それと、左胸に。

 

 

「・・・カゲ・・・ッ」

 

 

言葉を飲み込んで、息ができんで。

それで、カゲタロウはんの、左胸に。

 

 

左胸に、棒みたいなんが、刺さってて。

 

 

私の右手が掴んでるんは、それで。

うちの掌に、カゲタロウはんの身体から流れてる血が・・・血が。

カゲ・・・。

 

 

「ぁ・・・あんたぁぁっっ!!??」

 

 

自分のもんとは思えへん声が、うちの口から出た。

もうそこからは、どないしたんかわからへん。

とにかく、必死にカゲタロウはんの身体の下から這い出して・・・。

 

 

這い出したそこは・・・地獄やった。

何が爆発したんかはわからへんけど、工場の一部が吹き飛んで、天井から空が直に見える。

そこかしこで人の呻き声がするし、火事も・・・。

 

 

「す・・・鈴吹、木下・・・藤原! 誰か、誰か近くにおるんか・・・ぁ・・・!!」

 

 

随員として連れて来た連中の名前を一通り呼ぶけど、誰の返事も無い。

・・・畜生、冗談やないで・・・!

 

 

「あんた・・・あんたっ、あんたぁ・・・!!」

 

 

呪文みたいにカゲタロウはんのことを呼びながら、うちはカゲタロウはんの身体を掴んで引き摺ろうとする。

引き摺って、それで・・・それで、どないしたらええんや?

だって、こんな、血が。

血が、止まらへんのに・・・!

 

 

「・・・け、へん・・・抜け、へ・・・ぅ・・・!!」

 

 

カゲタロウはんの左胸の当たりに刺さっとるそれが、血で滑って抜けへん。

ガラ・・・と、身体の上の機械の破片を払ってると、うちの手や指も切れてもうて・・・。

でも、そんなんどうでもええねや。

・・・あかん、あかんえ、そんな、嘘や、こんな。

こんなん、あかんて・・・だって、うち、まだちゃんと。

あんた、あんた・・・カゲタロウはん、カゲ・・・。

 

 

「だ、誰か・・・」

 

 

誰もおらんて、わかってるけど。

でも。

 

 

「誰か・・・!!」

 

 

助け。

 

 

 

「ぬぅうううおおおおぉぉぉぉっっ!!」

 

 

 

その時、うちから数m離れた位置の瓦礫が吹き飛んだ。

次いで冷たい空気が吹き抜けて・・・一部の火災が凍って、消える。

そこから出てきたんは・・・。

 

 

「何だコレは、事故か!? オーディッツ! やはりさっきの現場労働者は・・・・・・お?」

 

 

何か喚いとったみたいやけど、その子は・・・エヴァンジェリンはんは、うちらに気付いた。

うちは反射的に、助けを求めるようと右手を伸ばして。

 

 

「無事か、天ヶ崎『特使』!!」

 

 

・・・・・・右手を、握り込んで。

 

 

ゴスッ。

 

 

・・・そのまま、自分の額を思い切り殴った。

額が切れて血が流れるのを感じるけど、それでどうにか、自分を取り戻す。

しっ・・・かり、しぃや、天ヶ崎千草・・・!!

あんたは今、誰や!?

 

 

「マクダウェル尚書!」

「何だ!?」

「こっちの怪我人も多数や・・・救助の協力を、要請したい!!」

「・・・わかった!」

 

 

数秒間だけ視線を交わして、後は何も言わへん。

お互い、やるべきことはわかっとる。

 

 

「なら、まずそっちの・・・カゲタロウ殿から、外へ運び出すぞ、良いか?」

「おおきに、他の負傷者と同じ・・・・・・同じ扱いで、頼んます・・・・・・!」

「・・・了解した。可能な限りのことをしよう」

 

 

・・・堪忍え、カゲタロウはん。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

「状況はどうなってる?」

「隊長!」

 

 

私が現場に到着した時、そこにいたのは王国傭兵隊(ウチ)のライラ・ルナ・アーウェンだった。

青と黄色の瞳を困ったように細めて、手短に事情を聞く。

 

 

端的にいえば、工場で事故があったと言う話だけど。

そこに、うちの工部尚書と旧世界の特使連中までが居合わせたってことが、事態をややこしくしている。

合弁工場と言うのは、どうにもね・・・王国傭兵隊(ウチ)は警備権限はあるけれど、非常事態においてどう動くかは、その権限の外なんだよね。

私一人なら、「契約以上のことは知らないね」とでも言って放置もできるけど・・・。

 

 

「雇い主の一人がいるとなると、そうも言ってられないかな」

「いや、それ以前の問題だと思いますけど・・・」

「冗談だよ」

 

 

本気の口調でライラにそう告げて、さてどうするかと思案する。

現在、工場の一部が吹き飛んで、さらにその一部で火災が起こってるらしいけど・・・。

・・・その気になれば、どうにでもできると思うけれど。

 

 

うちの工部尚書がこの程度の事故でどうにかなるとは思わないけれど・・・。

他の面子は、どうなるかわからないからね。

 

 

「さて、命令無しで救助を始めて良い物か・・・と言うか、そろそろ」

「隊長、セルフィが来ました」

「報告でーすっ」

 

 

シュタッと敬礼してくるヘラス族のハーフの傭兵に、私は視線だけ向ける。

 

 

「・・・何だ?」

「王国傭兵隊はそのまま待機しろとの命令が、通信兵から届きましたー」

 

 

・・・待機?

内心、首を傾げていると・・・工場周辺を固めている私達傭兵隊の傍に、何台もの装輪戦闘車が止まった。

そこからゾロゾロと出て来たのは、王国陸軍の兵士で・・・。

・・・軍を投入するのか?

 

 

その次の瞬間には、工場の一部が凍り付くのが見えた。

私の左眼の魔眼で視る限り、アレはうちの工部尚書のだね・・・流石は、エヴァンジェリン。

うっかりをしない限りは、頼れるね。

 

 

「・・・どうしましょう、隊長?」

「・・・ま、クライアントが動くなと言うなら、その通りにしようかな」

 

 

上でどう言う話が通って、どう言う判断がされたのかは私にはわからないけど。

まぁ、私達は傭兵だ。

傭兵である以上、クライアントの命令に従うさ。

 

 

それ以外のことは、知らないね。

それが、プロの傭兵って物だろうさ。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「こら――っ、病院内の廊下は走らないでください!」

「す、すんまへんっ」

 

 

叱られてもなお、俺は走るのをやめへんかった。

新オスティアの中央病院、俺は今、そこにおる。

何でそこにおるかって? そらお前・・・。

 

 

千草のかぁちゃんが、旧オスティアで何や事故に巻き込まれたって聞いたからや。

 

 

それ以外には、そら、旧世界連合の同僚とか、心配しとんねやけど。

それ以外には、特には何も無いで。

・・・無いったら無いんや!

 

 

「かぁちゃん!」

 

 

受付で聞いた通りの場所に行くと、そこに千草のかぁちゃんがおった。

何や、女の医者(せんせい)の前に座って、両手に包帯が・・・。

 

 

「かぁちゃん! 大じょ・・・あたっ!?」

 

 

慌てて近付いたら、デコピンされてもうた。

か、かぁちゃん・・・?

 

 

「・・・静かにしぃや。病院の中やで」

「あ・・・ああ、スマン・・・」

 

 

別に痛くも無いけど、額を片手で撫で擦った。

良く見てみると、千草のかぁちゃんの手の怪我は大したことがなさそうやった。

指に包帯巻いとるだけやし・・・ちょっと切った程度なのかもしれんわ。

酷い事故やったって聞いたけど、何や、大したこと無いんやんか。

 

 

「ほな、先生。うちの職員らをよろしゅう頼んます」

「わかりました、お大事に」

 

 

医者(せんせい)と頭を下げ合って、千草のかぁちゃんはそのまま部屋を出て行きおった。

慌ててついて行くと、俺の後を追っかけとったらしい月詠のねーちゃんが、そこに立っとった。

 

 

「か・・・かぁちゃん、他の連中は・・・?」

「・・・死んだ奴はおらんよ、何とかな。大半はすぐ復帰できる思うえ」

「それは、良かったですねー」

 

 

ホンワリと笑みを浮かべる月詠のねーちゃんの頭を一撫でして、千草のかぁちゃんが歩き出した。

な、何や、何か雰囲気がいつもと違う言うか・・・。

 

 

「月詠、悪いけどカゲタロウはんの面倒、見とったってくれるか? 夜になったら、うちが看るさかいに・・・」

「はいな・・・カゲタロウはん、どうかなさったんえ?」

「・・・・・・あと数日は、目が覚めん」

「は・・・?」

 

 

思わず、立ち止まった。

数日、眠りっぱなし? あのオッサンがか?

い、いや、それ以前に、何で・・・。

 

 

「ほな、頼むえ」

「・・・・・・はいな」

「あ・・・」

 

 

何で、千草のかぁちゃんが最初っから、面倒見ぃひんのや?

いや別に、あのオッサンのことを心配しとるわけやないけど、けど。

何や、拍子抜けって言うか・・・何と言うか。

 

 

そう聞こうとしたら、月詠のねーちゃんに肩を掴まれて、止められた。

千草のかぁちゃんは、そのまま旧関西の服を着た連中と合流して、どっかに行ってしもた。

・・・仕事か?

仕事があるから・・・カゲタロウのオッサンにだけ構ってはおれんっちゅー、ことか?

 

 

「おかぁさんは、大人ですから」

 

 

ゆるゆると首を振りながら、月詠のねーちゃんがそう言うた。

いや・・・それくらいは、俺にもわかるけど。

けど・・・。

 

 

・・・大人って、何やね。

釈然とせぇへん何かが、俺の中には残っとった・・・。

 




今回新登場の小道具:
ヴラド=ツェペシュ様より「CC衛門」元ネタは境界線上のホライゾンです。


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第3回広報

アーシェ:
はーい、こんばんはー!
王室映像班のアーシェです! 第3回広報、はーじまーりまーす!
今回のお客様はぁ・・・。

茶々丸:
現在メンテ中の茶々丸です。
皆様、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。

アーシェ:
いやー、何か大変ですねぇ、室長。

茶々丸:
そのようですね、今回は千草さんの所のお話らしいのですが、マスターも登場しております。

アーシェ:
あの人は、どこででも出れる人ですからねー。

茶々丸:
それではアーシェさん、本日のベストショットを。

アーシェ:
はぁい、では今日のベストショットはぁ・・・こぉちらぁ!!


「事故現場で、自分を殴った瞬間の天ヶ崎特使」


・・・壮絶な感じですねー・・・。

茶々丸:
・・・それでは次回は。

アーシェ:
後編です!


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アフターストーリー第4話「天ヶ崎家・家族の肖像・後編」

Side アリア

 

原則として、仕事が増えると言うのは私にとっては歓迎すべき事態であると言えます。

ただしそれは建設的な仕事に限ることであって・・・例えば、工場事故の事後処理に関する話であるとかになると、歓迎とは逆の感情が芽生えることになります。

 

 

もちろん、私に仕事を選ぶ権利は無く、また逃げることも許されません。

何故なら私は、女王ですから。

 

 

「最終的に死者3名、重軽傷者19名の事故になった。面目ないとしか言えん、すまん」

「いえ、エヴァさんが無事で何よりでした」

 

 

エヴァさんが現場にいたために、比較的早く事故の状況が私の所まで上がってきました。

最悪の場合、数日経ってようやく私の耳に入る、と言うこともあり得ましたから。

それでは、遅いので。

エヴァさんがその場で事態の収拾に動いたからこそ、わずか一日で収束させることができたのです。

事故があったのは昨日のことですが・・・。

 

 

軍を展開して立ち入りを禁止すると共に、生存者の救出と事故原因の究明。

それから事故情報の公開に、被害者及びその家族への対応・・・こう言うのは、初動が大事なので。

 

 

「・・・最悪の場合、私が辞職して話を付けねばならんかもしれん」

「おや、それは良いことを聞いたような気が致しますねぇ」

 

 

こんな時でも調子を変えないクルトおじ様、この3人が、私の執務室で事故の対応を話し合っているのですが・・・。

エヴァさんが、工部尚書を辞職と言うのは。

 

 

「・・・まぁ、いつもなら大歓迎ですが、残念ながら今回はそこの吸血鬼がリストラされれば済むと言う問題ではありません、アリア様」

「リストラじゃない!」

「そうですね・・・」

 

 

今回、事故のあった工場は王国の工場ではありません。

旧世界連合と王国の合弁工場なのです、しかも権益の過半数が旧世界連合側にある工場。

しかも管理権は向こうで、警備権はこちらと言うややこしい工場で。

 

 

「・・・ちなみに、事故の原因は?」

「ああ、工部省(ウチ)の調査によると・・・」

「よると?」

「人為的なミス、だそうだ」

 

 

・・・ちなみに労働者は魔法世界人で、監督者は旧世界連合の職員なんです。

なので、責任問題が非常にややこしいんです。

心情的には、「こちらが悪かった、申し訳ない、被害者には十分な補償を我が国の責任で」と言いたい所なのですが・・・。

そう言う場合のことも双方の事業協定で定められてはいますが、どうなるか・・・。

 

 

「まぁ、とりあえずはそこの吸血鬼に30か月ほど棒給を返上させるとしまして・・・」

「・・・おい、それは2年以上タダ働きと言うことか?」

「後は、とりあえず被害者への一時金の手配その他を、我が国の責任の有無とは関わりなく進めておきましょう」

 

 

・・・まぁ、こっちの責任云々の話で被害者への救済が遅れるのが一番、不味いですからね。

後、事故原因の情報なども初期から開示して・・・はぁ。

 

 

死者、3人ですか・・・全員、こちらの人間ですけど。

内2人に、家族がいて・・・ああ、もう。

専制君主になりたがる連中の気が、知れませんよ。

代われるなら、代わって貰いたいくらいですよ。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

いやはや、昨年のエリジウム侵攻戦以来の大型案件ですね。

ややこしさで言えば、それ以上です。

普通の工場事故であれば、より簡潔に事態を収拾することができたのですが。

 

 

「さて、どのような形で落とすのが妥当でしょうか・・・」

 

 

アリア様の執務室を辞した私は、廊下で待っていたヘレンさんを伴い自分の執務室に戻る所です。

最近は私の秘書的な位置を占めつつある茶色の髪の少女からいくつかの案件を記した書類を受け取り、それぞれに対して指示を与えます。

ふと、私の指示の一つ一つに素直に頷く少女に、私はかすかな興味を含んだ視線を向けます。

 

 

「どうですか、ヘレンさん。勉強は捗っておりますか?」

「は、はい、宰相閣下のおかげで・・・」

「それは良かった」

 

 

ヘレン・キルマノックさんは、今はまだ王立ネロォカスラプティース女学院所属の学生に過ぎませんが、来月の試験に合格し次第、正式に宰相府の職員として雇用する予定です。

彼女の学友でもあるドロシーさんも、いずれ宰相府所属の獣医として雇用することになるでしょう。

その他にも、オスティアの王立ネロォカスラプティース女学院、旧世界のメルディアナ魔法学校の出身者が定期的に我が国の官吏として供給される予定です。

 

 

特に現在の王室とメルディアナ魔法学校とは、少なからぬ縁がありますからね。

アリア様の父であるナギも、メルディアナ出身ですからね。

中退ですがね、本当に面倒な・・・。

・・・まぁ、今はアリカ様とナギは王国東部を訪問中ですがね。

王室としての初の訪問ですが、特に問題は無いでしょう。

 

 

「さて、今はとりあえず工場の方ですが・・・」

 

 

工部尚書(エヴァンジェリン)の首を切ると言うのは非常に魅力的ですが、今回は見送りましょう。

いえ、最終的にそうなると言う可能性は残しますが・・・さて、一概に良いとは言えませんね。

閣内から有力な親女王派の一人を失うと言う意味でもありますし。

 

 

・・・まぁ、それを抜きにしても、今回の事故の責任をどうするか、これ次第ですね。

我々と旧世界連合麻帆良のどちらが、より多くの責任を有しているのか、どうか。

打つ手を誤ると、女王アリアの治世において最初の総辞職、と言うことになりかねません。

それも面白くはありませんし・・・。

 

 

「・・・まぁ、我慢のしどころですね」

 

 

旧世界連合側との接触ができていない今、さて、どうしますか・・・。

旧世界連合首席大使であり麻帆良代表特使である天ヶ崎さんに連絡を取らないことには、何事も動きませんしね。

・・・そう言えば。

 

 

「ヘレンさん、貴女の友人に確か・・・」

「はい・・・?」

 

 

まぁ、チャンネルの全てを閉ざすことも無いでしょう。

・・・さて、どう片付けますか。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

ほんまに、不味いことになったと思う。

これまでは、代表特使と言う立場もあったし・・・うちが宰相府に出向くんがほとんどやった。

でもうちが昨日の晩に麻帆良の長に事故のことを報告したら、「相手が来るまで公邸を出るな」って言う命令を受けてしもたわ。

 

 

ようするに、相手が責任を認めて謝罪に来るまで会うなってことやろ。

・・・責任、となると、かなり微妙や言うんわこっちにもわかっとる。

たぶん、王国側も対応に困っとる思うわ。

それでも事故の内容を公表して、一時金と被害者グループとの交渉を始めたんは素早い対応やと思う。

・・・責任、と言う最重要の問題は除いてやけど。

 

 

「・・・結果、こう言うことになるんわ、わかっとったけど・・・」

 

 

旧世界連合大使公邸の執務室の窓から外を見ると、何やプラカードを持った100人程の市民が座り込みをやっとるのが見えた。

単純にいえば、旧世界連合の対応への批判行動やね。

王国側に比べて、動きが遅い言うんが主な声やけど・・・まぁ、王国側の官庁前でも、似たようなことをやってる連中がおるらしい。

ウェスペルタティア労働党って言う政治団体が中心になって運動してるらしいけど・・・。

 

 

シャッ・・・とブラインドを下ろして、窓から視線を逸らす。

長が何を狙っているのか、読み切れへん所があるけど・・・たぶん、そう長い間だんまりを続けたりはせぇへんと思う。

一種の、駆け引きみたいなもんやろうから・・・。

 

 

「・・・まぁ、実際に石を投げられるんはうちらやから、大変やけどなぁ、カゲ・・・タ・・・」

 

 

・・・名前を。

名前を、呼びそうになって・・・軽く、笑ってしもたわ。

そうやった、今、ここには・・・あの人は、おらんのやったな。

仕事場では、大体いつも、おるから。

 

 

・・・病院の方は、大丈夫や思うけど。

うちはここから出れへんから、月詠に負担をかけることになってまうけど・・・。

・・・小太郎は、飯とか自分で何とかできとるかな。

どうしようもなく、会いたいわ。

小太郎と月詠に、そして・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・ブラインドを閉じた窓を、見つめる。

その向こうには、今も新オスティアの市民が集まって、合弁工場事故に対する旧世界連合(うちら)の対応を批判しとる声が聞こえる。

労働者の保護がどうだの、事故の全容がどうだの。

・・・責任? 補償?

 

 

そんなん・・・。

・・・そんなん、うちが欲しいわ。

 

 

 

 

 

Side 月詠

 

千草おかぁさんが動けへんようになるのは、ちょっと予想外ですわ。

まぁ、別に構いませんけどー。

 

 

「ほな、カゲタロウはん、うち小太郎はんにお昼作りに行ってきますんでー」

「・・・」

 

 

返事は期待してまへんけど、そのまま寝といてくださいねー。

何や包帯だらけなカゲタロウはんを病室に放置するのはアレですけど、小太郎はんのお昼ご飯作ったらなあかんですからー。

あ、起きても良いですけど、うちがおる時にしてくださいねー。

千草おかぁさんに知らせたらなあきまへんので。

 

 

なんて考えながら、うちは窓から外へ出る。

千草おかぁさんには怒られるかもやけど、正面玄関から出るとマスコミに捕まるんです。

うちはええけど、記者を斬り殺したら不味いですやろ?

だってマスコミって、ウザいんですもん。

最近では、見ただけで斬り殺したく・・・おっとと・・・。

 

 

「こら―――っ、病院では跳ばないでください!」

「すんまへんですー」

 

 

カゲタロウはんの病室(3F)から跳び下りたら、どっかの廊下から顔を出した看護師さんに怒られました。

それを背中に聞きながら、うちは病院の敷地から外へ。

大きく跳んで民家の屋根の上に飛び乗った後は、そこから瞬動の連続。

 

 

「んー・・・?」

 

 

ほどなくして、大使館とは別の方向にあるうちの家に到着する。

するん、やけど・・・。

 

 

「・・・わーお・・・」

 

 

せやけど、家の前には・・・・・・たくさんの人間がワラワラおりました。

記者はんか、それとも普通の人間の集まりかは、わかりませんけど。

とにかく、十数人ほどの人間が、家の前に集まっとりました。

 

 

ビタッ、と屋根の上で立ち止まって、家の方を窺いますけど・・・。

・・・どうしましょうかね。

と言うか小太郎はん、家におらんのとちゃいますかね。

おるんやったら、追い散らすなり何なりしますやろ。

 

 

「・・・どないしましょか」

 

 

うーん、と考えこみます。

気付かれんようにうちに入ることはできますけど、炊事とかしたらバレますやろ。

・・・斬ったらあかんかなぁ・・・。

 

 

「クルックー☆」

 

 

・・・ふん?

不意に、うちの頭の上に何かが乗りましたー。

それは・・・。

 

 

「・・・クルックー?」

「お~・・・ルーブルはんー?」

 

 

そこにおったんは、小さな子竜でした。

うちの頭の上に乗ったまま首を伸ばして、うちの頬に顔を押し付けて来ますー。

学校の友達のペットで、滅多にその子から離れへんのですけど。

 

 

「・・・お?」

 

 

両手で頭の上から下ろすと、ルーブルの小さな足に何か・・・。

・・・手紙?

 

 

「・・・おろ?」

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

・・・行ったな。

病院の屋上から、月詠のねーちゃんが遠ざかるのを見送る。

何やシーツ干しに来たらしい看護師のねーちゃんとかが変な目で俺を見とるけど、そんなんはどうでもええわ。

 

 

ひょいっと、柵を乗り越えて、壁伝いに目的の病室まで行く。

月詠のねーちゃんが窓を開けっぱなしにしとるはずやけど・・・。

 

 

「こら―――っ、病院では降りない!」

「す、すんまへんっ」

 

 

看護師のねーちゃんに怒られながら、目的の病室に入る。

魔法世界の病院だけあって、そう言う所で慌てへんのは流石やけど・・・まぁ、下手すると警備員呼ばれてまうけどな。

 

 

で、俺が入った病室には、当たり前やけど目的の人間が寝とるわけで。

誰かって言うと、まぁ・・・カゲタロウはんのオッサンなわけやけど。

・・・別に、心配で来たわけやない。

俺は死んだってオッサンの心配はせぇへん、絶対や。

せやけど・・・。

 

 

「・・・何を勝手に死にかけとるんや、オッサン・・・」

 

 

何や上半身が包帯だらけで、ようわからん機械に繋がれて点滴受けて・・・。

顔色はそれほど悪ぅは無いようやけど、仮面が無いってのは、やっぱ変な気分やわ。

・・・千草のかぁちゃんは、どうしてか来ぉへんのやろな。

いや別に、行かへんなら行かへんで構わへんのやけど、千草のかぁちゃんなら寝ずの看病とかするんやろうなって、俺は心のどっかで思っとったから・・・。

 

 

・・・特にこのオッサン、たぶんやけど、千草のかぁちゃんを庇ってこうなったんやろ。

俺はその場におらへんかったし、実際に何がどうなったんかは、わからん。

わからんけど・・・たぶん、そうなんやろ。

 

 

せやから、普通に特使の仕事をしとるのが不思議でしょうがないんや。

月詠のねーちゃんは何か勘づいとるみたいやけど、それを言葉にしたりはせぇへんから、ますますわからへんねや。

どうして、千草のかぁちゃんは・・・。

・・・いや、別にカゲタロウのオッサンのことなんざどうでもええんやけどな。

 

 

「・・・あん?」

 

 

別に見舞いに来たわけやないから、ちょっと見たらすぐに帰るつもりやったんやけど・・・。

・・・気のせい・・・。

 

 

「・・・ぅ・・・」

 

 

・・・やなかった。

気のせいでも何でもなく、俺の目の前で寝とるカゲタロウのオッサンが。

・・・起きるんか!?

え、よりにもよって、俺しかおらん時にかいっ!?

 

 

どど、どうする・・・って、やることは一つしか無いな!

誰か・・・誰か来てくれや―――――っ!!

 

 

 

 

 

Side 千草

 

大使公邸の裏口から月詠がやってきたんは、夕方になってからやった。

表は未だに市民が抗議行動をやってたりするから、危ないしな・・・。

・・・この場合の「危ない」は、もちろん月詠自身の身の安全って意味もあるけど、外で月詠の邪魔をする連中の身の安全って意味もあるんえ。

 

 

本当なら来たらあかんねやけど、月詠は手紙を届けてくれたんよ。

何の手紙かって?

それはな・・・。

 

 

『ほぅ、クルト君からの親書ですか』

「親書っちゅうか・・・まぁ、非公式なモンですけど」

 

 

宰相府預かりの子竜が持って来たって言う手紙。

伝書鳩ならぬ伝書竜ってわけやけど、差出人はおそらくゲーデル宰相。

おそらくって言うのは、正式な署名が無かったからや。

でも宰相府の文書印は押されとったし、こっちの呪術調査では間違いなく公的な物や。

誰が書いたか、わからんだけで。

 

 

「内容自体も、今回の事故の収拾についての交渉を求めるモンで・・・詳しいことは何も。まぁ、手紙がどこでどうなってもええように作ってありますわ」

 

 

うちか月詠はんを加えた数人にしか開けへんように呪いがかけてあったし、内容を読むにもうちらしか知らんパスワードを2重に刻まんと読めへんようにはなってた。

とりあえずは、チャンネルを維持すると言うだけの意味しか無いんやろうとは思う。

内容も、一般的で普通のことしか書いて無かったしな。

 

 

まぁ、とにかくも向こう側からのアクションや。

月詠を別室に待たせて、麻帆良におる長を連絡を取っとる所やけど・・・。

 

 

「で、どうします? このまま手をこまねいとると、うちらが悪者になってまいますけど」

『別に今回のことが無くても、いずれは旧世界連合への反発は起こったでしょう』

「・・・ガス抜きが必要、ってことどすか?」

 

 

銀盆の中で、長を映した水面が揺れる。

・・・まぁ、魔法世界の連中は5年前までは旧世界のことを見下しとった風やから。

実際の所、王国を通じて旧世界連合の存在感が高まっとる面も、確かにある。

今回の工場なんかは、目に見える形でそれを証明しとるわけやしな。

 

 

「まぁ、ガス抜きも重要でしょうけど・・・」

『そうですね、我々としても王国側と必要以上に揉めるつもりはありません』

 

 

加えて言えば、簡単に譲歩すれば長の・・・詠春はんの基盤が揺らぐ。

ここ5年は安定しとるけど、過激な連中がおらんわけやない。

最近は日本国内で言えば京妖怪、国外で言えばアメリカの連中が煩いて聞くしな。

 

 

『・・・そうですね、一時的な物として。交渉とそれに伴う謝罪については・・・』

 

 

その時、うちの執務室の扉が開いた。

慌てて開かれたらしいそこからは、ここの職員が入って来た。

一瞬、月詠かと思ったけど・・・。

何や、今はうちが長と話しとるさかい、入ってくるなて・・・。

 

 

「中央病院から、カゲタロウ殿が意識を取り戻したとの連絡が・・・」

 

 

その報告がうちの耳に入るのと同時に、銀盆の向こうで、長が話を続けた。

 

 

『・・・意識不明の職員が、意識を取り戻してからとしましょう』

 

 

その言葉は、奇妙にうちの胸を響いた。

・・・カゲタロウはん・・・。

 

 

 

 

 

Side 月詠

 

カゲタロウはんが目ぇ覚ましはってから、一日が経ちました。

せやから、事故から二日後ですねー。

朝、長はんからの返書をルーブルはんにくっつけて飛ばしてから、うちは病院に来てカゲタロウはんのお世話をしてるんですけど・・・。

 

 

「もー、せやからうちがおる時に目ぇ覚ましてて、言いましたやんかー」

「・・・」

「あー、はいはい、無理して喋らんでもええですよー」

 

 

数日間は眠りっぱなしって話やったんやけど、一日で目ぇ覚ましはるなんて、化物ですなー。

まぁ、そうは言うても動けへんですから、うちが面倒を見るんですけど。

せやから、うちがおる間に目ぇ覚ましてて言いましたやんか。

無理でしょうけどー。

 

 

「はーい、手ぇ上げてくださいー」

 

 

傷に触れへんようにしながら、身体を拭いて上げます。

うーん、薬品の匂いで血の臭いが消えてしまうんで、ちょっと残念ですー。

まぁ、包帯を変えるついでに身体を拭いてるんですけど。

 

 

「・・・」

「あー、はいはい、お礼なんて良いですえ」

 

 

言葉は話せへんでも、目を見れば大体の意思疎通はできますえ。

札を貼って念話してもええですけど、キョンシーっぽくなりますし。

 

 

「まぁ、カゲタロウはんは良いとしても」

「・・・」

「小太郎はんは、何してはるんですかー?」

「・・・別に、何ってわけやないけど・・・」

 

 

どうしてかはわかりまへんけど、カゲタロウはんの病室に小太郎はんもおるんです。

てっきり、千草おかぁさんについて行くもんやと思っとりましたけど。

どう言う風の吹き回しですやろな。

昨日も、家におらんとここにおったって聞いとりますけど。

 

 

「どないかしたんですかー?」

「・・・別に・・・」

 

 

・・・むむむ、歯切れが悪いですねー。

まぁ、別に何でもええですけどー、何か思う所でもあったんでっしゃろ・・・おろ?

 

 

「・・・」

 

 

うちが包帯をぐーるぐーると巻いとると―――どうせ、後でプロの看護師さんが直しますけど―――カゲタロウはんが、うちをじーっと見つめておりましたわ。

 

 

照れますえ。

 

 

やなくて、ふんふん・・・ふん?

はいはい、小太郎はんと話したいんですねー。

えーと、ホワイトボードホワイトボード・・・。

 

 

「・・・小太郎はーん?」

「何やね、月詠のねーちゃん」

「カゲタロウはんが、何か話したいらしいですー」

 

 

うちの言葉に、小太郎はんがかなり微妙な顔をしました。

まぁ、ほな、こっからはうちがカゲタロウはんの代わりに筆談的なことをしますんでー。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「『小太郎殿は、私が気に入らないか?』」

 

 

たぶんカゲタロウのオッサンの言いたいこと何やろうけど、月詠のねーちゃんが持っとる小さなホワイトボードにはそんなことが書いてあった。

どうも月詠のねーちゃんが代筆と言うか、そんな感じらしいけど・・・。

 

 

「・・・気に入らへんって言うか・・・」

 

 

いや、気に入らへんのは気に入らへんのやけど。

正直な話、千草のかぁちゃんにはこんな仮面オヤジは似合わん思うし。

じゃあ誰ならええのかって言われてもアレやけど、まぁ、それはええやん・・・。

 

 

「・・・まぁ、気に入らへんねやけど」

 

 

カゲタロウのオッサンが目ぇ覚ましたんは昨日やけど、何やいろいろと大変やって話で、千草のかぁちゃんはまだオッサンに会ってへん。

そのことがどうも、納得がいかへんって言うか・・・。

オッサンが文句ひとつ言わへんのも、アレな気もするし・・・。

 

 

「えー・・・『小太郎殿には、好きな娘はいるのか?』」

「はぁっ!? ど、どう言う話の流れやねん!?」

「そう言う流れですねー。あ、ちなみにうちの好みのタイプは、斬られてくれる人ですー」

 

 

・・・いや、月詠のねーちゃんの趣味はともかくとしてや!

なん、何やね!?

好きな娘・・・はっ、そんな軟弱なもんが俺に―――――。

 

 

「『流石に、死ぬかと思った』」

「・・・・・・まぁ、そうやろな」

 

 

心臓と肺を繋ぐ血管がエラいことになったって聞いたからな。

どう治療したかはわからんけど、ヤバかったんはわかる。

 

 

「『千草殿に求婚しておいて、良かったと思った』」

「む・・・」

「『大戦の時はそうでも無かったが・・・今は、死ぬのがとても怖い』」

「・・・」

「『だからと言うわけでは無いが、小太郎殿も・・・何だったか、定期的に会っていると言う旧世界の・・・』ああ、夏美はんのことですねー、『そう、そのナツミと言う少女だ』、一般人ですけどー、『むぅ、それは確かに難しいかもしれんが』」

「俺を無視して、会話せんといてか?」

 

 

と言うか、月詠のねーちゃんは何でわざわざホワイトボードに書くんや?

つーか、夏美ねーちゃんのことはええやろ!?

 

 

「『こんな仕事をしていると、いつ死ぬかわからない』」

「いや、そらまぁ・・・そうやけど」

「『だから、そのナツミと言う娘のことについても、きちんとした方が良い』」

「いや、まぁ・・・それは・・・」

「『・・・だから私は、千草殿に求婚したことを後悔していない』」

 

 

・・・いや、まぁ、実際に死にかけたんやから、そうかもしれんけど。

と言うか、話の流れが掴めへんねやけど・・・熱とか、大丈夫か?

・・・いや、別に心配してへんけどな!

 

 

「『だからできれば、小太郎殿にも認めて欲しいと、思っていたのだが・・・』」

「・・・いや、認めるとか、そう言うことやなくて・・・」

 

 

いや、そら・・・何と言うか、ムカつくんやけど。

ムカつくって言うか、嫌って言うか・・・。

・・・千草のかぁちゃんが、結婚したら・・・。

結婚、してもうたら・・・。

 

 

「・・・そしたら、子供とか・・・できるかもしれんやん」

 

 

ほんまの理由は・・・ほんまに、ガキみたいな理由で。

単純に、それだけのことで。

俺や月詠のねーちゃんは、そら確かに、千草のかぁちゃんの子供(ガキ)かもしれんけど。

でも結局は、ただの拾われっ子で・・・ほんまの子供ができたら。

その時は、きっと・・・。

 

 

「・・・」

「・・・小太郎はん」

「・・・うっせ」

 

 

いや、別にええけどな!

もしもの時は、また一人に戻るだけのことやし?

大したことは・・・。

 

 

「『心配はいらない』」

「・・・何や、慰めか? はっ、そんなんいらんわ、ええか? 俺はなぁ・・・」

「『問題無い』」

 

 

じゃあ、何やねん。

そう思って顔を上げると、カゲタロウのオッサンが・・・。

 

 

「『そうだろう?』」

「・・・いや、そこで同意を求められてもやな」

 

 

つーか、誰に同意を求めてるんや・・・。

 

 

「・・・それは・・・」

 

 

その時、俺の言葉に答えたんは、カゲタロウのオッサン(の筆談をする月詠のねーちゃん)やなくて。

 

 

「・・・うちの同意を、求めとるんやろうな」

 

 

病室に入って来た・・・千草のかぁちゃんやった。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

数日て聞いてたけど、一日で目ぇ覚ましたんか。

事故からは、二日。

・・・たった二日が、どうしてかやたらに長く感じた気がするえ・・・。

 

 

せやけど、うちはカゲタロウはんを見舞いに来たわけやないんや、まだ。

代表特使として、部下の見舞いに来ただけや。

それも、マスコミへのアピールの意味も兼ねて・・・他に入院しとる部下の所は、先に回ってきたえ。

せやからこれは・・・独り言や。

 

 

「・・・まぁ、うちには手のかかる可愛ぇ子供が、2人もおるんやけどな?」

 

 

一人は、最近になってようやく学校に馴染めてきたらしい、可愛ぇ女の子や。

刀を振り回すのは未だに治っとらんけど、それでも人斬りの気質は少しずつ薄れてきたと思う。

多少、思考が他人とズレとる所もあるけど、それでも良く気ぃ付く子やし、優しい娘や。

いずれはきっと、誰かええ人を見付けて、お嫁に行くんやろなぁ・・・って、密かに思っとる。

ちなみに、結婚式では泣く自信があるえ。

 

 

もう一人は、修行ばっかりしてて心配やけど、世界一カッコええ男の子や。

喧嘩っ早いんがタマに傷やけど、思いやりのある優しい子や。

まぁ・・・最近、少し甘えん坊かなって、密かに思うてる。

いずれは、うちよりも小太郎を大事に想うてくれる娘と、一緒になるんやろうなぁ。

・・・それが旧世界のあの子になるんかは、うちにはまだわからへんけど。

 

 

「やたらに手ぇかかるから、正直、疲れることもあったけど・・・」

 

 

けど、投げ出したいと思ったことは一度も無いえ。

あんまり面倒で、しんどくて、うんざりして、生意気なその面を張っ倒したろかと思うたことも一度や二度では無いけど・・・。

母親としての義務を放棄したいと思ったことだけは、無かったえ。

手放すつもりも、捨てる気も無かったえ。

 

 

それが誇らしかった。

それだけが、大して才能も能力も無いうちが、代表特使やら大使やらなんて言う大層な仕事をやり遂げる上での原動力やった。

子供らにええもん食べさせたかったし、ひもじい思いをさせたくなかった。

うちが親無しになって、苦労した分・・・できるだけのことをしたいて、必死になれた。

それだけは、凡人のうちでも他人に胸を張れることやった。

 

 

「これまでもそうやったし・・・これからもそうやと思う。でも、それを言葉以外の何かで証明することは、今のうちにはできひん」

 

 

せやから・・・。

 

 

「もし、許してもらえるなら・・・」

 

 

うちは、手のかかって、そんでもって可愛くて仕方が無い「2人の子供」・・・特に男の子の方を、意識して見つめて。

 

 

「許してもらえるのなら、それを証明する機会を・・・貰えへんやろか」

 

 

・・・そう、言うた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

結局、王国と旧世界連合の間で正式に交渉がもたれたのは事故から三日目です。

事故から三日目の午前中に予備交渉がもたれ、「双方に責任がある」と言う、何とも玉虫色で曖昧な妥協が成立し、午後に共同で会見を行うと言う段取りになりました。

 

 

「・・・以上のような流れですけど、よろしいですか?」

「ええ、それで結構どす」

 

 

宰相府の官僚が書いた会見で読み上げる草稿を確認しつつ、会見に使う大部屋に付属している小さな控え室で、私は千草さんと会見についての最後の確認を行っておりました。

とは言え、答えるべき言葉もすべきことも、すでに決められておりますが・・・。

 

 

負傷者、あるいは亡くなった方々の遺族に対する謝罪と補償方法。

補償金は王国と旧世界連合で折半。

工場の修復費用は王国持ちですが、その代わり旧世界連合は技術提携の深化を確約・・・。

・・・素直に哀悼の意を表せ無いあたり、後味は悪いですが。

 

 

「まぁ、慈善事業ではあらしませんからな」

 

 

千草さんの言葉は、簡潔で冷たい物でした。

とは言え彼女自身、補償を受ける側ですけど・・・。

カゲタロウさんは、どうにか快方に向かっているとか。

後遺症が残るかは、今後の治療経過次第とも聞きますが、とにかく命に別状は無いとのこと。

だからこそ、詠春さんも何とか妥協の方向に組織を動かせたのでしょうけど。

 

 

「そうそう、現場でも言いましたけど・・・マクダウェル尚書によろしくお伝えください、お世話になりましたんで」

「いえ・・・」

 

 

それと結局、エヴァさんは工部尚書の地位を辞職しておりません。

事故のあった合弁工場の責任者は、何名か首が飛びますけど。

下手を・・・打たなくとも、刑事裁判ですかね。

そのあたりのことについても、また交渉ですけど・・・。

 

 

ちなみに千草さんと私は、喪服を身に着けております。

喪服姿で会見に出る、と言うのは、あざとすぎるようにも思えますが・・・。

 

 

千草さんは和服ですが、私は洋装です。

千草さんは略式の黒い半喪服。

そして私は、大人しいデザインの黒のワンピースドレスです。

私の所有する衣装としては珍しいことに、レースやフリルはありません。

結婚指輪以外のアクセサリーは身に着けておりませんし・・・帽子の黒ヴェールくらいでしょうか。

 

 

「・・・では、参りましょうか」

「そうですな」

 

 

担当の職員が呼びに来た後、互いの顔を確認するように見つめあいます。

・・・頷きを交わし合って。

穿った言い方をすれば・・・。

 

 

遺族の罵倒を浴びに、私達は会見場に入りました。

 

 

 

 

 

Side 夏美

 

「夏美ちゃーん、携帯鳴ってるわよ~」

「あ、はーいっ!」

 

 

大学寮の自分の部屋。

大学の講義とアルバイトが終わった後、久しぶりにちづ姉と夕飯を一緒することにしたんだ。

前に一緒した時はちづ姉が作ってくれたから、今日は私が・・・って、思ってたんだけど。

 

 

・・・電話?

はて、相手は誰かなー・・・?

 

 

「はい、携帯」

「ありがと、ちづ姉」

 

 

一旦、料理の手を止めて、居間でちづ姉から携帯電話を受け取る。

ええっと、相手はー・・・・・・はれ?

小太郎君じゃん・・・?

 

 

「うふふ、じゃあ、私はキッチンでお鍋を見ているわね」

「いや、別に聞かれて困るとかじゃ無いんだけど・・・って言うか、何その顔」

「あらあら、うふふ」

「いやいや、意味わかんないから!」

 

 

口元に手を当てて、ちづ姉がススス・・・とキッチンに消えていく。

・・・いや、良いけどさ。

 

 

でもああ見えて、ちづ姉はもう保母さんの資格とか持ってるんだよね。

良いなぁ・・・私、そう言うの全然だし。

まぁ、仕方ないけどさ・・・。

 

 

「ごめん、すぐ行くから!」

「良いから良いから・・・それより、早く出た方がいいんじゃないかしら?」

「へ・・・わ、わわわっと・・・!」

 

 

さっきも言ったけど、電話の相手は小太郎君。

どうしたんだろ、約束して無い時に電話とか珍しい。

いつもはむしろ、私がかけて繋がらないとかの方が多いのに・・・。

・・・いや、別にそんな、しょっちゅうかけてるわけじゃないよ!?

たまに、そう、たまにだよ・・・!

 

 

「も・・・もしもし?」

 

 

少し緊張気味に電話に出ると、相手はもちろん、小太郎君で・・・。

・・・へ?

今、麻帆良に来てる・・・?

・・・本当に、珍しいね。

急に、どしたの・・・う、うん? 今から・・・?

 

 

「え、いや、そりゃあ、どうしてもって言うなら出るけど・・・え、ああ、うん・・・どうしても? それなら、まぁ・・・」

 

 

ちら、とキッチンの方を見ると、ちづ姉が私の方を覗きながら手をヒラヒラ振ってた。

行ってきて良いらしい。

 

 

「うん、まぁ・・・べ、別に良いけど」

 

 

・・・大事な、話?

むぅ、小太郎君のくせにそんな真面目な声なんて出しちゃって。

まぁ、どうせ喧嘩とかわけわかんないバトル(おとこのこ)脳的な話なんだろうけど。

 

 

「うん、うん・・・わかった、じゃあ・・・うん」

 

 

まぁ、期待せずに聞きに行こうかな。

小太郎君の、大事な話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<おまけ?>

 

Side さよ

 

「すみません、わざわざ来て頂いたのに、大したおもてなしもできないばかりか・・・」

「いえ、構いません」

「そうそう、大丈夫だよー」

 

 

本当なら、私がお夕飯の支度をしなければいけないんですけど・・・。

今日に限って、私は座らせてもらっています。

理由は、普段は魔法世界にいる家族の一人が、麻帆良に来ているからです。

しかも、かなり気を遣ってもらっていて、何だか申し訳ないです。

今は畑に出ていていないけど、すーちゃんも最近ますます私に気を遣ってくれていて・・・。

 

 

「ありがとうございます、茶々丸さん」

「構いません、こう言う機会でも無いと、さよさんのお世話はできませんので・・・」

 

 

麻帆良にメンテナンスに来た茶々丸さんが、久しぶりにここに・・・エヴァさんのログハウスに泊まって行ってくれるんです。

それと、お客様はもう一人いて・・・。

 

 

「ほいほい、もーちっとだからねー」

 

 

田中さんの頭にパソコンを繋いで、物凄いスピードでキーボードを叩いているハカセさん。

5年・・・6年前の学園祭以来、ハカセさんも良くこの家に来てくれるんです。

旧3-Aメンバーでは、もしかしたら一番、付き合いが深いかもしれません。

真名さんは魔法世界だし、刹那さん達はもう来ないし・・・。

 

 

「・・・そういえばさ」

「はい?」

「5月の後半だっけ、それとも6月の前半だっけ? 予定日」

「ああ・・・はい、そうですね、その頃には・・・」

 

 

田中さんのメンテ作業に集中したまま、それともどこか気忙しげに、ハカセさんがそう言います。

最近では、私は畑に出ずに家で家事をするだけ・・・つまり一人の時間の方が多いんです。

なので、万が一の時のために・・・と、緊急連絡用の小さなボタンみたいなのを作ってくれたのは、ハカセさんです。

機械弄りとか研究とかだけじゃなくて、とても優しい人。

 

 

そんなハカセさんの言葉に・・・私は、すっかり大きくなっちゃったお腹を撫でます。

まだ、3ヶ月くらい先の話ですけど。

・・・2階には、エヴァさんとかが送ってくれた道具とか服とか人形とかが一杯だけど。

 

 

「マスターは、さよさんのことを非常に気にかけておいでで・・・予定日までには、晴明さんをこちらに戻すことも考えておられるそうです」

「あはは・・・そうですか」

 

 

お腹を撫でながら目を閉じると・・・初めて話をした時のエヴァさんの狼狽した顔が、思い出せます。

申し訳ないですけど、本当にうろたえた顔で・・・。

その記憶は、きっとずっと、忘れません。

・・・あと、3ヶ月と、少し。

もう少しで、私・・・アリア先生よりも、一足先に。

 

 

 

 

お母さんに、なります。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第4回広報

アーシェ:
はぁーいっ、アーシェです、皆様、こーんばーん・・・あれ?
あれ、ちゃんと撮れてるー・・・?

――――ザザザ――――

ちびアリア:
ぬふふふ・・・この放送は我々「ちびーず」がジャックしたですぅ!

ちびせつな:
あわわ、あわわわわ・・・。

ちびこのか:
震えるちびせっちゃん、可愛ぇなぁ。

ちびアリア:
こうでもしねーと、出番が無いですぅ! と言うか、何故に出番が無いですぅ!?
世の中、間違ってるですぅ! 皆、もっとちびアリアに優しくするですぅ!

ちびこのか:
うちらはあったえ、出番。

ちびアリア:
・・・へぅ?

ちびせつな:
一瞬だけですけど、ありましたー、台詞。

ちびアリア:
な、なんですとぉ!?
・・・は、背後からの一撃! 敵は前でなく後ろにいた的なオチですぅ!?

ちびこのか:
ですぅですぅばっかりやと、キャラが薄いんとちゃうん?

ちびせつな:
あわわ、ちびこのちゃん。

ちびアリア:
ち、違うですぅ、ちびアリアはキャラ薄く無いですぅ! むしろ、キャラが被ってるお前達のせいですぅ! お前達のせいでちびアリアの「ますこっとせんりゃく」が・・・!

ちびせつな:
あ・・・時間が。

ちびアリア:
な、なんと!? 仕方ねーです、じゃあここでお約束のかけ声ですぅ!
せーのっ。

ちび×3:
「「「次回も、ちぇ―――りお(ブツンッ)」」」

―――ザザザ―――

アーシェ:
・・・私の出番が!?
えーと、えーと・・・突然ですが皆さん!
水戸○門と暴れん○将軍だと、どっちが好みですかー?
私は暴れ○坊の方が好きです!
では!


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アフターストーリー第5話「暴れん○女王・前編」

なお、今話は伸様提案です。
また、暴れん○将軍・水戸黄○的な要素がございます。
では、どうぞ。


Side フェイト

 

結婚式から1ヶ月半、新婚旅行から戻って1ヶ月。

その日の朝も例によって例の如く、僕は隣で眠る―――僕は寝ていないけれど―――アリアを起こす所から自分の仕事をスタートさせる。

 

 

以前は茶々丸の仕事だったけれど、今ではアリアを起こすのは僕の仕事になっている。

これは効率の問題で、特に交渉があったわけじゃない。

毎夜毎朝、アリアと同じベッドで過ごしている僕が起こすのが正しい選択だろう。

毎朝、6時ちょうどにアリアを起こす。

 

 

「アリア、アリア・・・朝だよ、起きて」

「・・・むぅ~・・・?」

 

 

いつもはそれ程の抵抗を受けないのだけど、稀に手強い時がある。

そういう時は・・・。

 

 

「アリア、アリア・・・仕事の時間だよ」

「・・・しごと・・・」

 

 

むくり、と上半身を起こして、右手で何かを押す仕草を始めるアリア。

左手でシーツを持って胸から下を隠しているあたり、慣れを感じるね。

・・・ちなみに僕はガウンを着ているよ、一応ね。

 

 

「・・・はえ? しょるいは・・・?」

 

 

ハンコを押す仕草からサインの仕草に変わったあたりで、アリアはようやく意識を覚醒させたらしい。

時間にして5分、これは結婚して気付いたことだけど、寝起きのアリアはかなり弱い。

特に、睡眠時間を削って致した翌朝とかは。

 

 

「おはよう、アリア」

「・・・おはようございましゅ、フェイト・・・」

 

 

未だにゆらゆらと揺れるアリアの顔を手で支えながら、僕はアリアの両頬におはようのキスをする。

そして眠たげに眼を細めながらも小さく微笑む彼女を、しっかりと抱き締める。

そうして5分ほど髪を撫でていると・・・。

 

 

「・・・おはようございます、フェイト」

「うん、おはよう、アリア」

 

 

今度こそ目が覚めたらしい彼女に、僕はもう一度おはようのキスをする。

次は頬では無くて唇に、そして少しだけ長く。

新婚旅行以来、寝室の外ではこう言うことはできないので、寝室の中では可能な限りしよう・・・との暗黙の了解が完成したのも、この一カ月の成果ではあるね。

 

 

それからは、スケジュールに定められた通りの行動をすることになる。

ベッド脇に置いてある鈴を鳴らして、茶々丸を始めとする使用人を呼んで、アリアは着替えを始める。

今朝はアリアが服を着ていないから、着替えの前に僕は寝室の外へ出る。

それから僕も自分の衣裳部屋で暦君達の補助を受けながら、身支度をするわけだけど。

まぁ、それほど補助が必要とも思わないけど、それが暦君達の仕事だからね。

 

 

「フェイト様、本日のお召し物はこちらでよろしいでしょうか?」

「任せるよ」

「畏まりました」

 

 

朝食の後には、アリアは執務室で政務に就くことになるけど。

一方で僕には、<女王の夫君>と言う称号以外には特に公的な役職は無い。

端的に言えば、僕は女王アリアの夫であると言うこと以外は、法的には女王の臣下であり帰化外国人に過ぎないと言う、微妙な立場に置かれているわけだね。

 

 

だから僕の仕事と言えば、アリアの執務室に新たに供えられた僕の執務机の前に座って、アリアの個人秘書的な仕事をする以外には無い。

毎朝アリアの前に積まれる事になる書類を整理し、アリアが目を通す前の書類を読んでおき、アリアに尋ねられれば2人きりの時に限って自分の見解を述べる。

それからアリアが誰かと会談している時にはその議事録を残し、アリアが読まないような新聞や本を読んでアリアが読むべきと判断した箇所に線を引き、やはり誰もいない時に限ってアリアにそれを示す。

・・・それくらいかな、後はアリアの公務について外出するくらいかな。

 

 

 

「・・・ご馳走様でした」

「・・・ご馳走様」

 

 

昼食と夕食は誰か客人がいることが多いけれど、朝食だけは僕とアリアの2人きりでとることにしている。

きっちりとデザートの苺も食した後、アリアと10分程お喋りをする。

内容は、特に大した物じゃない。

 

 

「・・・さて、じゃあ今日は奮発して12時間(はんにち)は仕事しましょうか!」

 

 

奮発の使用法を間違えていると指摘するべきかどうか僕が悩んでいる間に、アリアは食堂の扉を使用人に開かせている。

そして今日も、アリアの仕事が始まる―――――。

 

 

「残念、ここは宰相府ですよ、アリア様」

 

 

―――――はずだった。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「まさか、自分の宰相に仮とは言え王宮から追い出されるとは思いませんでした」

 

 

アリアさんは、とても憤慨しておられる様子でした。

何に対する憤慨かと言うと、宰相府から追い出されたことに対する憤慨です。

 

 

「これって宮廷クーデターだと思うんですけど、どう思います?」

「我の時代には、珍しくも無かったからのぅ」

 

 

プリプリと怒っておられる様子のアリアさんに、晴明さんはのんびりと返事をします。

宮廷クーデターが珍しくも無いと言うのは、逆の意味で凄いですが・・・。

 

 

現在、我々がいるのは、新オスティアの市街地エリアの外れにある小さなカフェです。

人気の少ない―――ぶっちゃけてしまえば、寂れた―――商店街のカフェでお茶をしている所です。

アリアさんと私、晴明さんの他には・・・。

 

 

「ケケケ、ウマイカ?」

「・・・微妙だね」

「コーヒー豆ヲ、解析中デス」

 

 

コーヒーを飲むフェイトさんと、それを囲んでいる姉さんと弟です。

このメンバーで、新オスティアの市街地を当ても無く歩いていたのですが、そもそもの原因はクルト宰相です。

端的に説明をすれば、「本日は大きな案件が無いので、終日市内を視察してはいかがでしょう?」とのクルト宰相の計らいで、ていよく休暇を与えられたと言うわけです。

市井の生活を知るのも、大事な政務とか何とか申されて、アリアさんも渋々納得されました。

 

 

しかしお祭り期間中でも無いので、主だった所は午前中で回れてしまいました。

ちなみに、今日のアリアさんはいつもとは異なる服装です。

と言うか、いつものように女王・お姫様然とした格好でアリアさんが外を歩くと非常に面倒なことになりますので。

今日は大きめの帽子の中に髪を隠して、それに合わせてジャケットとパンツをお召しになられています。

 

 

「新婚旅行でちょっとハメを外し過ぎたかなと反省して、仕事に精励してきたと言うのにこの仕打ち・・・」

 

 

アリアさんは物憂げに溜息を吐いておられますが、その結果として2週間14時間労働はどうかと思います。

クルト宰相で無くとも、極端な方だと思われるかと思いますが。

ただでさえ、夜のお時間も伸びる傾向にありますのに・・・。

 

 

「クルト宰相も、アリアさんのお身体を気にかけておられるのでしょう」

「いーえ、違います! コレはきっとアレです、宮廷革命です! きっと私をおじ様好みのお飾りのお人形さんにするつもりなんです!」

「気持ちはわかるけどね」

 

 

フェイトさんが小声で凄い事を申されました。

それが聞こえているのかいないのか、アリアさんは小さな手を強く握りこんで。

 

 

「きっと今頃、クルトおじ様ってば楽しくお仕事をしながら・・・」

 

 

アリアさんの憤慨は、注文した苺パフェをカフェの店員さんが持ってくるまで続きました・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

現在、我が国は政治的に中休み的な状態におかれております。

内政的には、来年始めに行われる初の貴族院議会の召集とそれに伴う地方議会召集のための統一地方選挙法案が成立し、先の工場事故の被害者に対する救済法案や工場法の公布が成され、大きな案件は処理されています。

後は、スケジュールに記載されている会談・訪問をつつがなく行うくらいです。

 

 

そして外交的には、帝国・アリアドネーをテオドシウス外務尚書が訪問しているので、彼女の帰還待ち。

同時に「イヴィオン」加盟国やメガロメセンブリアなどを外務省、経済産業省の次官達が歴訪中です。

経済協定と軍縮会議についての話し合いも、今年中にはまとまるでしょう。

と言うわけで、概ね外交の状況も落ち着いております。

 

 

「やはり、現在の夫君の能力と功績は、女王陛下の共同統治者にふさわしいのでは無いか?」

「いや、統治権は国主お一人に集中させるべきだろう」

 

 

大きな案件は、現在、ありません。

しかし、重要な案件は存在します。

しかも、できればアリア様に参加していただきたくない類の案件。

有体に言えば・・・。

 

 

女王の夫君(フェイト)に、どれだけの政治的な権力を与えるか」

 

 

と、言う議論ですね。

ひいては国王の配偶者にどれだけの政治的権利を与えるか、与えないのか、と言う議論です。

宰相府の会議室の一室で、宰相府・宮内省・法務省の三省の代表者が集まって、議論が行われています。

 

 

全体的な議論の方向性としては、女王の夫君(こくおうのはいぐうしゃ)に対しては一切の公的身分を与えない、と言うことでまとまりつつあります。

ペシレイウス公爵と言う身分を有してはいても、彼は貴族院議員になる資格を有しておりません。

これは、アリカ様やナギについても同じです。

王室の所有する権力は、全て女王の手に帰しているべきである、と言うのが議論の大勢です。

 

 

「現在の夫君の能力と功績は、女王陛下の共同統治者として不相応では無いが・・・」

 

 

ドミニコ・アンバーサ宮内尚書の言葉に、一同が頷きます。

あのアーウェルンクスは、戦闘においては一流であり、組織の運営の面においてもそれなりの才覚を有しております。

充分、政治的な役割を演じることもできるでしょうが。

しかしいずれ、いえ、もしかしたらすでに・・・。

彼は内閣や議会を超越した無限の影響力を、アリア様に対して行使できる立場に立っているのですから。

それに法的根拠を与えることは、危険を通り越して破滅的ですらあります。

 

 

「女王陛下の夫君には、内閣・議会から当面、公的な役職や称号を与えないこととする」

 

 

盲目の大司教の言葉によって、その場の議論は決着しました。

・・・私があのアーウェルンクスをアリア様の夫として支持したのは、もちろんアリア様のお気持ちを汲んでのことですが。

当然、それだけが理由ではありません。

 

 

政治的野心の無さ、アリア様の役に立とうとする意思。

この2つが両立し、かつ外戚が国政を掌握する可能性が皆無だったからです。

彼ほど「無害な実力者」は、他におりませんでした。

政治はアリア様の領分であって、アリア様以外が政治を職分にしてはいけないのですから。

 

 

私が彼に期待するのは、極めて「非公式な権力」を握ることですし。

そして彼が果たすべき役割は、飾らずに言えばベッドの中に限定されますから。

 

 

「とはいえ、夫君が何の仕事もなさらないのは不味いのでは・・・」

「何か、名誉職的な仕事をして頂いては・・・」

 

 

問題は、アリア様の反応ですね。

はたして、愛しい夫が爪弾きにされるような状況を認めて頂けるかどうか。

しかし、私としては・・・。

 

 

・・・以前と異なり、アリア様の味方が十分に増えた現状では。

アリア様の「家族」が権力機構の中心にいると言うのは、好ましく無いのですがね。

筆頭は、あの吸血鬼ですが。

そこに甘えが生まれてしまうのであれば、なおさら。

君主が臣下に甘えることなど、あってはならないのですから。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

今頃、私をのけ物にしてお仕事を楽しんでるに違いないです、クルトおじ様は。

きっと、碇ゲン○ウ的な体勢で眼鏡をキラッ、と煌めかせているのですよ。

まぁ、私がいない間に話すことと言えば、さて・・・。

 

 

「お待たせしましたー、苺パフェのお客様―っ」

「はい、私です!」

 

 

しゅばっと手を上げて、苺パフェをお盆に乗せてやってきたウェイトレスさんにアピール。

ウェイトレスさんは私と同い年くらいの女性で、ポニーテールにした長い茶髪が印象的です。

桃色のウェイトレス衣装が、眩しいですね。

まぁ、今はとにかく苺パフェですよねっ。

市街地の中心地だと、お忍びでもバレちゃいますからね、こう言う穴場的なお店の方が良いのです。

 

 

「はーいはいっ、ここで「邪魔するよ、レティちゃあん」「ダブリン・・・!」・・・すよ?」

 

 

ウェイトレスさんが、私を目前にして、歩みを止めました。

お盆の上には、未だに私の苺パフェが乗っています。

繰り返しますが、私の苺パフェですよ。

 

 

「何しに来たの!?」

「何しに来たとはひでぇなぁ、レティちゃあん。俺とお前の仲だろ?」

「今は、営業中よ! 邪魔するなら帰って頂戴!」

 

 

ウェイトレスさんが、何やらやたらにとんがったサングラスと毒々しい色のスーツを着た若い男の方と話し始めました。

男の方は一人では無く、後ろに何人か取り巻き的な人達が。

 

 

・・・いえ、あの、お知り合いですか?

いや、まぁ・・・限りなくどうでも良いんですけど、とりあえずその苺パフェを私に・・・。

ええ、まずは可及的速やかにその苺パフェを私に。

・・・聞こえてます?

 

 

「つれないねぇ・・・でも俺達もさ、仕事で来てるんだよ、わかるだろ?」

「・・・っ」

「利子が積もり積もって溜まりに溜まった借金、今日こそ払ってもらいたいんだがねぇ」

 

 

いえ、複雑な事情があるのはわかりましたので、苺パフェを・・・。

 

 

「期日はとっくのとっくに過ぎてるんだぜ? 返せないなら、担保になってるこの店と土地を頂くしかねぇなぁ」

「・・・ダメよ!」

「じゃあ、金を払ってもらおうか?」

「・・・」

「なら、店の権利書を出しな」

 

 

い、苺パフェ・・・。

 

 

「俺が紳士的に話している間に、渡した方が良いと思うぜ、なぁ・・・?」

 

 

男の方が背後の取り巻きに視線を向けると、取り巻きの男の方々が下卑た笑みを浮かべて、カフェのテーブルや看板を壊し始めます。

蹴り飛ばされた椅子が倒れ、ガラスの割れる音が響きます・・・。

 

 

「・・・やめて!」

 

 

それを見て、ウェイトレスさんが止めに入ろうとします。

しかし、目の前の男の方に腕を取られて、止められてしまいます。

涙すら浮かべてウェイトレスさんが男の方を睨みますが、効果はありません。

 

 

「・・・離して!」

「店と土地だけじゃ足りねぇよなぁ、レティちゃんには、俺達の店で働いて貰おうかなぁ・・・まぁ、旦那に引き渡す前に俺達が味見しても・・・」

「嫌よ、離して! 誰かぁっ!」

「誰も助けねぇよ、俺達にはパーマストの旦那がついてんだぜ?」

 

 

で、ですから、何故に私達の目の前でドラマが展開?

揉み合う2人、ウェイトレスさんが身体を捻った際、お盆が手から落ちます。

つまり、私の苺パフェも。

い、苺パフェが、地面に落ち・・・。

・・・苺が!?

 

 

「・・・あああああああああああああああああああああああっっ!?」

 

 

ベシャリ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

苺パフェが地面に落ちた時、アリアはまるで国が滅びでもしたかのような悲痛な表情を浮かべていた。

僕としては、それで十分だったんだけど・・・。

 

 

「お、覚えてやがれ~!」

 

 

・・・どこかで聞いたような捨て台詞を残して、すっかりボロボロになったチンピラ達が走り去っていく。

来た時と同様、何の感慨も湧かない退場の仕方だった。

まぁ、どうでも良いけどね。

深く帽子をかぶり直して、肩についた埃を手で払う。

 

 

一方で、隅の方で田中が茶々丸に叱られていた。

チンピラ達に対して、やたらにゴツイ装備を使おうとしたかららしい。

・・・何をしようとしたのだろう。

ちなみにチャチャゼロと晴明は、すでに人形の振りをしているよ。

・・・いや、元々人形だったか。

 

 

「この度は、娘の危機を救って頂いて・・・」

「あ、ありがとうございました」

 

 

しばらくすると、あのチンピラ達と何やら揉めていたウェイトレスと、父親で店主らしい男が出て来た。

ただし店主の男の方は、どうも身体の具合が悪いのか、顔色が悪いけど。

 

 

「まったく・・・冗談じゃありませんよ、信じられないです」

 

 

苺を粗末に扱われたことが本当に気に入らないのか、アリアは機嫌が悪そうだった。

ただそれも、目の前に新しい苺パフェが持って来られると一転、笑顔へと変わった。

付け合わせの苺味のお菓子、苺味のアイスクリームと、そして苺。

片手を頬に当てながらニコニコと苺パフェを食べて行く様からは、苺の花がアリアの背景に咲いているのを幻視できる程だった。

 

 

僕は僕でコーヒーのお代わりを飲みつつ―――栞君やその姉の腕前には程遠いけれど―――そんなアリアをただ見ていた。

そして僕が一杯のコーヒーを飲む終わる頃には、アリアは三つ目の苺パフェを食べている所だった。

・・・お腹、冷えるよ。

 

 

「それにしても、いったいどうして、あんな人達が? 差し支えなければ、事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 

苺パフェ一つ、では無く三つで、随分と発言に落差ができていた。

君主としては危ないとも思うけど、今の所アリアに賄賂として苺を持ってきた者はいない。

山吹色のお菓子とやらを持ってきた人間はいるけど、そう言う連中は今は獄の中だ。

アリア曰く、「連中は物の価値をわかっていない」―――。

 

 

「まぁ、大したお力にはなれないかもしれませんが・・・」

 

 

苺味のアイスクリームを乗せたスプーンを口に咥えたまま、アリアは視線を余所へ向ける。

そしてその先には、僕達について来ていた近衛がいる。

彼女達の何人かは、アリアの意を受けてその場から消えた。

 

 

・・・やれやれ。

新しい仕事を、見つけてしまったらしいね。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

カフェの店主の方のお名前は、クラークさん。

そしてウェイトレスは、レティさんと言うお名前だそうです。

奥様は2年前の事故で他界され、その際に受けた怪我が元で、クラークさんは身体を悪くしているのだとか。

 

 

「それ以来、こいつには苦労をかけ通しで・・・」

「もう、お父さん、それは言わない約束でしょ?」

「ああ、そうだったな・・・」

 

 

何ともお約束の会話をしつつ、軽い咳を繰り返しながら、クラークさんは事情を説明してくれました。

それによると、どうやらこの近辺には再開発計画があるそうなのです。

新オスティアはここ5年、未曾有の好景気に恵まれており、それは新オスティアの市街地外縁に位置するこの商店街も例外ではなく、3年前までは多くの人々で賑わっていたとか。

 

 

「それがある時から急に客足が途絶えて・・・いつの間にか、この商店街を潰してショッピングモールを作ろうと言う話が立ちあがったんです・・・」

 

 

その再開発計画・・・大型ショッピングモールを建てる計画を進めているのが、パーマストと言う大商人だとか。

・・・私のデータベースから注視した情報では、おそらくはマグリード・パーマスト氏と推定されます。

ここ数年で急激に財を成した新興の大商人の一人で、強引な手腕で各所の店舗や権利を買っては値を吊り上げて転売し、それで儲けを得ていると言う噂。

 

 

「最初は、穏やかな話し合いが続いていたんですが・・・2年程前から急に強引になって。立ち退きに応じない店にゴロツキを送り込んで追い出しにかかったり、営業妨害をしたりで・・・」

 

 

今ではクラークさんの経営するカフェを含めて、数軒が残るばかり。

立ち退きに応じても土地や店を安値で買い叩かれるため、路頭に迷う人もいるのだとか。

アリアさんのお膝元とも言える新オスティアで、そんなことが・・・しかし。

 

 

「・・・官憲に訴えたりは、しなかったのですか?」

 

 

ポツリと、アリアさんはそう言いました。

実際、ここ5年で警察機構などはかなり整備されたはずなのですが・・・。

 

 

「官憲なんて!」

 

 

吐き捨てるように、レティさんは返しました。

聞けば、この近辺の警察を統括する社会秩序省の高官は、パーマスト氏の強引な商売にも目を瞑っているのだとか。

レティさんの憶測でしかありませんが、賄賂を取っているとか・・・。

・・・この段になると、アリアさんは苺パフェを食べる手を止めておりました。

 

 

他の地区の官憲に訴えようとしても、先ほどのようなゴロツキ達に邪魔をされてしまうのだとか。

しかも、クラークさんが店の経営や自分の怪我の治療のために正規の銀行から借りたはずのお金も、いつの間にかパーマスト氏傘下の高利貸しからの借金に変わっていて、客足が減る中、利子の返済もできなくなり・・・。

現在のような状態に、なったのだとか。

 

 

「正直な所、こいつに迷惑をかけ続けるくらいなら、店を手放すのも・・・」

「何を言うのよ、お父さん!」

 

 

どうも、クラークさんは弱気になっているようですね。

一方でレティさんは・・・。

 

 

「あんな連中に負けて店を閉めるなんて、お母さんに何て言えば良いのよ! それにこのお店には、お母さんとの思い出だってあるじゃない・・・」

「レティ・・・そうだな、ルイーザと俺達の店だものな、うん・・・」

 

 

そんな2人の様子を、アリアさんは。

 

 

「・・・」

 

 

スプーンを咥えたまま、じっと見つめていました。

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

正直な所、非効率的であると言うしかない。

何のことかと言えば、現在、女王の身辺を守る武力集団のことだね。

 

 

現在、女王陛下(あねうえ)の身辺を守る武力集団は3つある。

僕が龍宮真名と共に所属している王国傭兵隊。

シャオリーが統率し王室を守る近衛騎士団。

そして、女王陛下(あねうえ)個人に忠誠を誓う親衛隊。

この3つの武力集団の職責は、実はかなりの部分で重なっていてね・・・例えば。

 

 

「近衛と親衛隊の連中も、すぐ傍にいるのだわぁ」

「うむ、いつものことだな」

 

 

市街地の郊外へと逃げて行くチンピラ達を密かに追いかける中、僕の両側からそんな話し声が聞こえる。

まぁ、女王陛下(あねうえ)の意を受けてあのチンピラ達を追っているのだけど。

捕らえずに泳がせているのは、バックにいる存在を確認するためだ。

 

 

建物の屋根から屋根へと飛び移る僕の両側には、同じく王国傭兵隊に所属する2人の女がいる。

暗器を満載した浅葱色の着物を着たアカツキ・ルルヴィアと、油断するとすぐに自爆しようとするレヴィ・ギャラガーの2人だ。

気配の消し方は、流石と言うべきだけど。

近衛はともかく、親衛隊と傭兵隊は騎士には向かない性格の者が多くてね。

 

 

「・・・どこまで行くのかな」

 

 

チンピラ達はすでに市街地から出て、住居の少ない地域へ向かっているのだけど。

・・・まぁ、王室直属の3部隊が動いている以上、見失うようなことは無いだろうけど。

何しろ、職責が重なる分、競合意識が激しくてね。

それが功を奏する時もあるけれど、効率は悪いね。

 

 

せめて何か、もっと大きな組織にひとまとめにしてくれれば、この効率の悪さも何とかなるのだろうけど。

3つを合わせて、大きな騎士団でも作ってくれるよう奏上してみるのも良いかもしれない。

ただ僕は、女王の夫君である3(テルティウム)の弟と言う立場だからね。

龍宮真名あたりがやるべきなのだろうけど・・・彼女はそこまでやる気を刺激されてはいないだろうね。

何しろ、給料以上の仕事はしないのが龍宮真名の信条らしいからね。

 

 

「あ、あれは・・・?」

「屋敷なのだわぁ」

 

 

新オスティアの市街地郊外には、小さな森がある。

富豪の私有地が多い場所でもあるのだけど・・・その内の一つに、女王陛下(あねうえ)がいるカフェで揉め事を起こしたチンピラ達が入って行った。

あれは・・・。

 

 

「大商人マグリード・パーマスト氏の屋敷だな」

「・・・良く知っているね」

「忍だからなっ」

 

 

浅葱色の着物の傭兵が自慢気に答えるのを聞きつつ、僕は視線をチンピラ達が入って行った石造りの屋敷に向けた。

あたりを探れば、近衛や親衛隊の人間も辿り着いているようだった。

 

 

・・・面倒だね、いろいろと。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

商店街のカフェにいつものように嫌がらせに行ったゴロツキ達は、しかしいつもとは異なりほうほうのていで雇い主の所に戻らざるを得なかった。

いつものように標的の商店を襲い、盗みや暴行を欲しいままにできるはずであったのに、今日に限って邪魔が入ったのである。

 

 

ゴロツキのリーダー格、毒々しい色のスーツを着たダブリンと言う名前の若者は、雇い主の屋敷の離れの庭先に出ると、身に着けていたサングラスを外した。

・・・意外と、つぶらな瞳の若者だった。

 

 

「旦那、旦那・・・パーマストの旦那!」

『・・・何だ、騒々しい・・・』

 

 

鬱陶しげな声が中から漏れたかと思うと、庭に面した窓の一つがかすかに開いた。

明らかに肥満しきっているとわかる手が窓を押し開き、カーテンの隙間から脂ぎった顔が覗く。

手にはジャラジャラと指輪が嵌められており、その内の一つでも売れば、一人の人間が数年間は働かずに食っていけるほどの価値を有しているのは明白だった。

 

 

『・・・なぁにぃ、こんな時にお客さんなのぉ・・・?』

『何、また土地が手に入ったと部下が報告に来たのだろう。後で新しい宝石を買ってやるから、待っていなさい』

『本当ぉ? 嬉しい!』

 

 

媚びるような女の声―――それも、一人では無い―――が漏れ聞こえる中、ダブリンは冷や汗をかいていた。

何故なら彼は、失敗の報告に来たのだから・・・。

 

 

『それで、何だ? ルイーザの店に行ったのだろう?』

「へ、へぇ・・・それが・・・」

 

 

とはいえ、まさか嘘を吐くこともできない。

ダブリンは、思わぬ邪魔が入ったために失敗したことを、婉曲に、脚色しつつ、しかし確実に伝えた。

それに対して、彼の雇い主は・・・。

 

 

「失敗しただと!? この役立たずが!!」

 

 

今度は窓を完全に開けて、パーマストはダブリンを怒鳴りつけた。

裸の上半身を外気に晒し、肥満しきった中年の身体を惜しげも無く晒している。

でっぷりとした腹には油が溜まり、胸や腕には濃い色の毛が渦巻いている。

どこからが首かわからないような首周りには、豪奢な黄金の首飾りを身に着けているが、半分ほど肉に埋まっている様にも見える。

 

 

威厳など欠片も見えないが、それでもダブリン達はその場に跪いて許しを請うた。

彼らが好き勝手できるのはパーマストの後援があってこそだと言うことを、若者達は良く心得ていたのである。

パーマストは将来、その財によって議員の身分をも買い取るはずだったのだから・・・。

怒鳴った直後、パーマストが表情に後悔の色を浮かべたのは、ダブリン達に狭量な所を見せたのを後悔したから―――では、無かった。

 

 

「おぅおぅ、お前達を怒鳴ったのではないぞ」

 

 

実際、彼が猫なで声で宥めたのは後ろの女達であって、目の前の若者達では無かった。

だがとにかくも、パーマストは自分の怒気を収めた・・・。

 

 

「・・・で、その邪魔者とは何者なのだ?」

「さ、さぁ、それが初めて見る連中で・・・」

「それすらもわからんのか、役立たずな上に能無しめが」

 

 

パーマストの言葉に、ダブリンはとにかく平身低頭するしか無かった。

だがダブリンから邪魔者とやらの容貌を聞きだしたパーマストは、かすかに記憶を刺激されたようであったが・・・。

 

 

『ぱぱぁ、まぁだぁ?』

「おぅおぅ、すぐに行くぞ」

 

 

自分を呼ぶ若い女達の声に、その作業を中断してしまった。

 

 

「とにかく、お前達は控えておれ。こうなればあの店のことは、私からヴェンツェル様にお願いしておく・・・」

『ぱぁぱぁ~』

「おぅおぅ、可愛い奴らめ・・・」

 

 

若者達に威厳を見せようとして失敗したパーマストは、実にだらしのないニヤケ顔で窓を閉めた。

ダブリン達は立ち上がると、首と肩を同時に竦め合った・・・。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

Side アリア

 

「今日は本当にありがとう、良ければまた来てね」

「はい、ご馳走様でした」

 

 

レティさん達の特殊な事情を窺った後、5杯目の苺パフェを平らげて、私達はカフェを後にしました。

なかなか美味でしたので、また来るのはやぶさかではありません。

ありませんが・・・。

 

 

「・・・こうして見ると、本当に活気の無い商店街ですね」

「開店率は20%を切っているかと思われます」

 

 

茶々丸さんの言うように、そもそも開いている店が少ないですね。

レティさんのカフェは商店街の北側の端にあったので気が付きませんでしたが、こうして南側に抜けながら見てみると、確かに潰れたり無くなったりしたお店が多いですね。

 

 

新オスティアの他の場所では、あまり見ないレベルの活気の無さですね。

・・・いわゆる、シャッター街的な。

 

 

「まぁ、それ自体は私が直接関与する問題でもありませんが・・・」

 

 

経済活動の結果そのものについては、私は関与しないことにしておりますから。

まぁ、それ以外の面については考えるべき点もあるようですがね。

そんなことを考えながら頭にチャチャゼロさんを乗せて、同じく頭に晴明さんを乗せているフェイトと並んで歩いています。

 

 

「ことが社会秩序省・・・官僚の不正に繋がっていると言うのであれば、それは私の仕事です」

「ケケケ・・・ダマサレテンジャネーノ」

 

 

もちろん、レティさん達の主張が正しいのかどうかは現時点ではわかりませんけれど。

賄賂云々の話は、現時点ではただ、そう言う話があると言うだけの話です。

噂だけを根拠に何かをできる程、王国の法の目は粗くありませんので。

しかしゴロツキが店舗を襲っているのは事実、それは犯罪です。

 

 

「我の時代には、あれくらい可愛い物じゃったがのぅ」

「新旧王国法ニ抵触シテイマス」

「現在では、普通に犯罪なのです、晴明さん」

 

 

この国において、法律の遵守と結果に対して最終的な責任を持つのは女王(わたし)です。

要するにこの国で犯罪を犯すことは、法案の施行の際にそれにサインする女王(わたし)に対する挑戦です。

 

 

「フェイト」

「うん」

 

 

フェイトがどこからともなく取り出して私に手渡したのは、苺の花が描かれた京扇子。

帽子を脱いで、髪を解いて。

パンッ・・・と絹でできた扇面を広げ、口元を隠します。

そして私は、商店街を抜けた後、後ろを振り向いて・・・さて。

 

 

「たまには、外を歩いてみる物ですね」

 

 

宰相府に帰って、仕事を始めるとしましょうか。

結局の所、公務を見つけてしまえば、私はそれを何より優先しなければならないのですから。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

夕刻になり、アリア様がお戻りになりました。

そして私室に戻るのでは無く、何やら執務室におこもりになられました。

・・・嫌な予感しか、致しません。

まぁ、得てして嫌な予感と言うのは私の味方をしてくれる物なのですがね。

 

 

と、<女王の夫君>に関する我が内閣の統一見解・・・とは別の法案の書類をアリア様に手渡した私は、そう考えておりました。

その法案は、「摂政法案」と名付けられた王室典範の附属法に分類される物です。

<女王の夫君>の王室内の序列と権限に関しては細部の検討が未だ必要なので、先にこちらを。

要するに、アリア様が未成年の後継者(こども)を残して崩御された場合―――おそらくは、私の方が先に死ぬと思いますが―――<女王の夫君>をお世継ぎの王子なり王女なりが成人するまで、摂政に任命すると言う法案です。

まぁ、お世継ぎがお生まれになるのが前提条件ですがね。

 

 

「・・・これは内閣の総意ですか、クルト宰相?」

「末尾のサインの通りです、アリア様」

 

 

そこには王国宰相・宮内尚書・法務尚書の連名での署名が入っており、アリア様は私に意味ありげな視線を向けた後、自分よりも扉に近い位置に執務机を置いている夫君(フェイト)を見てから、法案にサインされました。

宮内省が扱いに苦慮している夫君は特に気にした風も無く、アリア様のために書類整理をしておりました。

アリア様は王室紋が刻まれた専用のガラスペンのペン先を滑らせて、法案に成立の許可を与えます。

たとえ憲法によって権力に枠が嵌められようと、この様式は変わらないでしょう。

女王のサインがあって初めて、法律が成立すると言う様式は。

 

 

その他、いくつかの法案にサインを頂き―――先の工場事故の検証委員会の設立法案や新王宮の追加補正予算案など―――、私はアリア様の執務室を辞しました。

その際、アリア様が私を呼び止められました。

 

 

「クルト宰相、今日は夕食を共に致しましょう」

「有り難き幸せにございます」

 

 

心の中でタップダンスを踊りながら、現実の私は紳士的に礼をしました。

これはきっと先日、旧世界から王国へ輸入する農産物(苺)にかかる関税に関する紛争を妥結させた功績への褒美に違いありません。

ひゃっほう。

 

 

そしてそれとは別に、別の思考も巡らせます。

はたして何故、このタイミングで私と夕食を共にするのか。

その意図を推し量らなければなりません。

 

 

「それと申し訳ありませんが、社会秩序尚書を呼んでくださいますか?」

「こちらに・・・でございますか?」

「はい。王国宰相を使いのように扱って、申し訳ありませんが」

「滅相もございません、私は女王陛下の僕でございますれば・・・して、何か懸念でもおありでしょうか」

「いえ、ただ新オスティアの警察機構について確認したいことがあるだけです。今日は宰相の心遣いのおかげで市井の生活を見ることができましたので、気になってしまって」

「・・・左様でございますか」

 

 

それはそれは、素晴らしいことでございますね。

警察機構・・・なるほどなるほど。

さて、どの件がアリア様のお耳に届いたのでしょうね・・・。

 

 

私自身が関わっている件は皆無ですが。

しかしアリア様の意図を推し量るのが、王国宰相たる私の役目ですから。

 

 

 

 

 

Side レティ

 

天国のお母さん、今日は不思議なお客さんが来たの。

どこかで見た気もするんだけど、あんなに苺パフェを食べる人には覚えが無いし・・・。

 

 

まぁ、とにかく初めて会う人達だったし、久しぶりのちゃんとしたお客さんだったの。

お金もきちんと払ってくれたし、しかもダブリン達を追い払ってもくれたのよ。

正直、あの人達がダブリン達から仕返しされないかだけが心配だけど・・・。

でも、お父さんの考えたスイーツを褒めてくれて、嬉しかった。

お父さんのスイーツは、世界一なんだから!

 

 

「はい、お父さん、今日の帳簿」

「・・・いつもすまねぇなぁ」

「もう、だからそれは、言わない約束でしょ?」

 

 

2年前から、お父さんは謝ってばかり。

お母さんが死んだ時は、それは悲しかったけど・・・お父さんがいてくれたから、寂しく無かったもの。

お店を締めて―――私一人だから、結構大変だけど―――夜、咳き込むお父さんの背中を撫でながら、それでも私は笑顔だった。

今日は本当に、良い日だったから。

 

 

お母さんが生きていたら、とか思わないわけじゃないけど。

でも、あの交通事故で一番悲しくて辛い目にあってるのは、お父さんのはずだもの。

その時の怪我が元で循環器官に疾病を抱えた後も、ちゃんと私を支えてくれているもの。

 

 

「お父さん、早く元気になってね。それまでは、私が頑張るから」

「そうだなぁ、お前が嫁に行くまでは、何とかなぁ・・・」

「もう、またそんなこと言って!」

 

 

相手もいないのに、お嫁さんとか結婚とか。

私、まだ16だよ?

 

 

「しかし、お前、女王陛下だって16でご成婚されたじゃないか」

「そうだけど、でも私はまだ予定は無いもの。お父さんと一緒にいるんだから」

 

 

女王陛下のご成婚・・・か。

確かに、凄い結婚式だったなとは思うし、良い女王様なのかもしれないけど。

でも、だからどうなのって感じ・・・。

 

 

政治とか、私から凄く遠いからわからないし、それに・・・。

・・・それに、ダブリン達みたいな連中を放置してるような人じゃない。

あの女王様自身は良い人でも、結局はダブリン達と組んでるような官憲をどうにもできない人じゃない。

恨んでるとかじゃないけど、でも女王様が私達の生活をどうにかしてくれるわけじゃないもの。

だから・・・。

 

 

ガン、ガンガン!

 

 

ビクッ・・・と、身体が震えた。

お父さんのカフェは1階部分にあって、2階は私達父娘の生活空間になってる。

でも今、1階の・・・下ろしたシャッターを誰かが叩いた。

いったい、こんな時間に誰なんだろう・・・。

 

 

「夜分遅くに申し訳ありません、警察の者なんですけれども――――」

 

 

警察、ダブリン達のような借金取りじゃないことに、ホッと胸を撫で下ろす。

でも・・・別の不安が、私を苛んだ。

警察って・・・こんな時間に、来るものだったかな―――――?

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第5回広報

アーシェ:
はーいっ、出番を取り戻しましたアーシェです!
今回のお客様は、な、なななんとぉ――っ!?
私のお給料の出所! 王国の暗部! クルト宰相でーすっ(ばばーんっ)!

クルト:
ははは、どうもどうも・・・アーシェさんの生活レベルを掌握している私です。

アーシェ:
いやぁ~、今話でも怪しさ大爆発でしたね! ところで最近、若い女の子を執務室で囲っていると言う噂が宰相府で持ち上がってるんですけど!

クルト:
政治家はノーコメントしか言わないんですよ、知っていましたか?

アーシェ:
実はいろんな人から嫌われてるって話もあるんですけど!

クルト:
アリカ様とアリア様以外の感情は、この際どうでも良いですねぇ。

アーシェ:
ブレない所が素敵との声もあるんですが!

クルト:
アリカ様とアリア様(以下同文)。

アーシェ:
本当にブレませんね!

クルト:
忠誠心の賜物です。

アーシェ:
それだけじゃない気も・・・そして、今回のベストショットはぁ・・・(ごそごそ)・・・。

クルト:
夕食時に出てきた苺のケーキを食すアリア様です。

アーシェ:
私の台詞が!?
出番に続いて台詞をとられるの!?

クルト:
見てください皆さん、これは表情を緩められているわけではなく、様々な思考が電撃的に脳内を駆け抜けた結果なのです。
私が立案し私が調達の指示を出し私が納入の書類にサインし私が―――(中略)―――した結果なのです。
すなわちこの刹那のアリア様の地の表情と仕草はまさに若かりし頃のアリカ様の怜悧さと並ぶ、ああいえアリカ様は現在も若さと美しさと可憐さを維持されておりそれもまた私の忠誠心を刺激してやまないことこの上なく―――。

アーシェ:
本気すぎて引くし!


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アフターストーリー第6話「暴れん○女王・後編」

Side アリア

 

私は何日かに一度、君主として各省庁の視察を行うことが公務として組み込まれています。

視察と言っても、官僚の方々が忙しく働いているのを廊下から見る・・・と言うような内容の物で、これは私が視察によって所定の仕事が遅れることを嫌って成立した形式なのです。

 

 

そして私が新オスティアのある商店街を訪問した3日後の午後に視察したのは、社会秩序省です。

特に、警察部門の視察です。

これは社会秩序尚書との合意による物ではありますが、かといってこれまでの慣例を変えるつもりはありません。

いつものように官僚の方々の働く様子を見て、それで全て。

少なくとも、私はそう考えていたのですが・・・。

 

 

「捧げ――――筒!」

 

 

他の省庁と異なり、社会秩序省警察庁は宰相府では無く、新オスティアのリゾートエリア近くに官舎があります。

元々は新オスティア中央警察署の施設で、今は警察庁本部と新オスティア警察署の両方の機能を果たしています。

そして灰色のシンメトリーの立派な建物の前には、儀礼用の黒の制服を着た警察官らしき方々がズラリと並び、馬車から降りた私とフェイトを出迎えています。

 

 

「・・・どう言うことでしょうか」

 

 

近くに控えている宮内省の職員にそう告げると、その近侍は慌てて駆けて行き、やはり黒の儀礼服を着た現場責任者らしき男性を連れて来ました。

40代後半の黒い髭をたくわえたその男性は、緊張した面持ちで敬礼してきました。

 

 

「儀礼隊長のヴィルヘルム・マグレンブルグであります」

「ご苦労さまです・・・こうした出迎えは不要と、宮内省の方から連絡が入っていたはずですが」

「は、その、あー・・・それはそのー・・・」

 

 

むしろ私を焦らそうとしているのでは無いかと疑いたくなるほど露骨に困惑の表情を浮かべた儀礼隊の隊長は、私の言葉が予想外だったのかどうなのか、必死に言葉を探している様子でした。

私は京扇子を開いて顔の下半分を隠したまま、儀礼隊長から視線を逸らすと、傍らに立つフェイトに視線を向けました。

 

 

結婚して1ヶ月半が経っても未だ公的役職を持たないフェイトは、何も語ろうとはしません。

ただ無機質な瞳を一瞬だけ閉じて、小さく首を振るだけです。

・・・なるほど。

 

 

「こぉれはこれは女王陛下、夫君殿下、この天下晴れの青空(クイーンズ・ウェザー)に行幸のお運び、一臣下として誠に光栄に存じます」

 

 

未だにしどろもどろな儀礼隊長を仕事に戻らせるよう近侍に囁こうとした時、何と言うかこう、背筋にゾワリとした感覚を走らせずにはいられない猫撫で声が聞こえました。

声の方に視線を向ければ、警察庁官舎の入り口に立っている男性が、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩いて来ておりました。

 

 

美麗にデザインされているはずの儀礼服がはち切れんばかりの身体に―――筋肉では無く、明らかに脂肪で―――モジャモジャとした黒い縮れ毛が印象的です。

・・・かなりでっぷりと太った、猫族の獣人でした。

 

 

「よもやこのような栄誉に預かれようとは考えもしませんでしたので、感激の余り声が震えてしまうのをお許しくださいニャ」

 

 

発言を許しもしていないのに、欠片も震えなど見せない声音でそう言われて、さらに背筋がゾワリとします。

そしてその悪寒は、儀礼として彼が跪き、私の手の甲に口付けた段階で最高潮に達しました。

表情には出せませんが、フェイトの腕を取っていた手に力を込めることで表現します。

 

 

「キミは・・・」

「これは申し遅れましたニャ、私、警察庁長官の首席補佐を務めさせて頂いております、ヴェン・ヴェンツェルと申しますニャ。どうかお見知りおき願いたく・・・ニャ」

 

 

フェイトの言葉に、まさに猫撫で声で、ヴェンツェル首席補佐とやらはそう答えました。

毛むくじゃらの顔の向こうに、猛禽のような緑の瞳が、脂っぽく輝いておりました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「これは・・・これは、これは・・・ようこそ・・・」

 

 

官舎としては無駄に大きな応接間で僕らを歓待したのは、杖をついた老人だった。

70歳くらいだろうか、髪だけでなく顔中を白い毛で覆ったような人族の老人だ。

彼はヨロヨロと歩きながらも自分で応接間の扉を開いてアリアと僕を招き入れ、席を勧めた。

 

 

太るどころかむしろ痩せる一方なんじゃないかと言う体格の彼は、僕達、特にアリアを見ると泣き出さんばかりに皺だらけの顔をくしゃくしゃに歪めて見せた。

ただ、彼の身体の震えが感激のためか老化のためかは、にわかには判然としない。

彼の名はウォルター・スコットヤードと言い、社会秩序省警察庁長官の要職にある男だ。

連合の信託統治時代には、治安面でクルト・ゲーデルに協力していたとか。

ただアリアが即位してからは、職務こそ滞らせない物の、徐々に才覚を翳らせているとも聞くけれど・・・。

 

 

「お久しぶりですね、ウォルター老」

「おお、おお・・・陛下も、ご機嫌麗しゅうに・・・」

 

 

流石にそのレベルの地位にあれば、アリアや僕とも面識がある。

アリアとしてはその老人に好意に似た物を抱いているようで、柔らかな声で挨拶を告げた。

どことなく、孫に会った祖父を思わせる。

僭越とも取れる言動もあるけれど、アリアに気分を害した様子は無い。

少なくとも・・・。

 

 

「えへん、えへん」

 

 

少なくとも、長官の横に座ってふんぞり返っているヴェンツェル補佐官ほどじゃない。

スコットヤード長官は警察庁長官と新オスティア警察署長を兼任しているのだけど、署長の役職の実務に就いては彼が代行しているらしい。

3年前に参事官として赴任し、3年でそこまで昇りつめた。

能力自体は、それなりにあるのだろうけれど。

 

 

アリアは補佐官に対しては一瞥を投げかけるだけで、長官と数分ほど体調などの会話を楽しんだ。

体調については、本当に気にしている風だったけど。

 

 

「ところでウォルター老、今日、私は普段の職員の様子を拝見したかったのですが・・・」

「おお、おお・・・補佐官がのぅ、ああした方が陛下が喜ばれるじゃろうて言うてな・・・」

「はぁ・・・」

 

 

長官の言葉にアリアが視線を横にズラすと、ヴェンツェル補佐官は「えへん、えへん」と胸を逸らした。

これ見よがしに襟元の階級章を見せるような仕草に、アリアが京扇子を開いて口元を隠す。

 

 

「聡明な女王陛下、夫君殿下におかれましては、普段の様子をお伝えするだけでは忍びなく。粗末ながら盛大なお出迎えを・・・と愚考した次第にございまして。お気に召しませんでしたでしょうかニャ」

「・・・」

「・・・特に、気に入らないと言うことは無いと思いますが」

「そうですかニャ! いや流石は英明な女王陛下に夫君殿下ですニャ、そもそも私は以前から・・・・・・」

 

 

アリアが京扇子で口元を隠して何も言わないので、代わりに僕が答える。

すると何を勘違いしたかは知らないけれど、補佐官はボキャブラリー(びじれいく)の限りを尽くしてアリアや僕を褒め千切り始めた・・・。

 

 

アリアはその大半を聞き流していたようだけれど、近く自分の指揮で新オスティアの治安の再編を図るつもりだと興奮気味に補佐官が自分を賛美し始めた時には、一言だけ返した。

 

 

「『ウォルター老の指揮』で、貴方が実行するのですね」

 

 

アリアにしては、棘のある言い方だった。

スコットヤード長官が、白い毛の片眉を上げてアリアを見ている。

ふとアリアの横顔を窺えば、どうやら何かを決めたらしい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

・・・さて、これはいったいどう言うことでしょうか。

本来であれば私は、アリアさんについて警察庁の方は行かねばならないのですが、アリアさんにお願いされて別の場所に向かっておりました。

3日前に訪れた、あの寂れた商店街です。

ですが・・・。

 

 

『工事中』

 

 

商店街の入り口が白い壁で覆われ、その壁にそう書かれた紙が貼り付けられています。

そこには工期や工事後にできる物について、法令に従って記述されており・・・パーマスト商会の名が刻まれておりました。

・・・3日で、何故ここまで・・・?

 

 

「・・・あ、貴女は確か・・・」

「・・・レティさん?」

 

 

どうした物かと私が途方に暮れていたその時、茶色の髪が印象的な女性に声をかけられました。

髪を下ろしている上、頬に白い湿布のような物を貼っているため瞬時に判別ができませんでしたが、データベースによる照合の結果、レティさんであることが判明いたしました。

 

 

「えっと・・・茶々丸さん、だったかしら。もしかして、お店に来てくれるつもりだったの?」

「ええ、そうなのですが、これはいったい・・・?」

 

 

レティさんは私の視線を追い、工事のために閉鎖されてしまったらしい商店街を見て、まず悲しそうな顔をなさり、次いで怒りに顔を赤く致しました。

ですが複雑すぎる心境が邪魔をしたのか、あるいは他の要因が働いたのか、レティさんは感情を言葉にすることに失敗してしまったようです。

 

 

「・・・今は、私達より前に立ち退かされた知り合いの喫茶店で、厄介になってるの」

「はぁ・・・」

 

 

ここでは何だからと言うことで、商店街から少し離れた位置にあるカフェでお話しすることにしました。

私達とは何の関係も無い普通のカフェですが、笑顔で接客するウェイトレスを見るレティさんの目は、複雑そうでした。

 

 

「・・・お父さん、逮捕されちゃったの」

 

 

コーヒーが運ばれてきた後、それまで黙っていたレティさんがそう言いました。

私が事情を聞きたがっていることを察したのか、それとも誰かに聞いて欲しかったのかは判然としません。

ただ・・・レティさんは時折、涙を拭うような仕草をしておりました。

 

 

「3日前、貴女達が来てくれた夜に、警察の人が来て・・・お父さん、連れて行かれちゃった」

 

 

頬の怪我は、警官から父であるクラークさんを奪い返そうとした時に負った物だそうです。

しかもその警察官―――複数いた様子ですが―――の傍らには、先日の借金取り達の姿もあったそうです。

・・・どうやら、思っていた以上に事態は重要な方面に向かっている様子です。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様は夫君と共に中央警察署を視察された後、新オスティア内の病院と孤児院を慰問し、さらに新オスティア空港にて新型民間輸送鯨の進空式に参加される予定です。

今はとにかく、アリア様と夫君の姿を多くの階層の多くの人間の目に触れさせるべき時期ですからね。

 

 

書類仕事も重要ではありますが、外での公務の方が王族にとっては重要性が高い面もありますから。

私も外部に露出する機会は多いのですが、美少女・美少年(あるいは美女・美青年)である女王夫妻を露出させた方がいろいろと良いでしょう。

結果として、私は内にこもっていろいろと様々なことを細々とやることができます。

 

 

「ヘラス帝国皇帝テオドラ陛下とジャック・ラカン氏の婚姻の儀の日取りが、2ヶ月後の5月7日と決定された旨、通達された」

 

 

ヘラス帝国・アリアドネーの歴訪を終えた外務尚書(テオドシウス)が、宰相の執務室にやってきました。

アリア様への奏上はすでに午前中に成されており、現在、宮内省で参加する旨の返信の内容やお祝いの品の選定が最終段階に入っていることも、同時に報告を受けます。

またそうした儀礼的な案件以外にも、王国・帝国の国境警備のための合同部隊の設立に関する案件や経済産業省や財政省も絡んだ関税協定の交渉についての案件などの報告も。

 

 

「それとこれはまだ非公式だが、アリアドネーがイヴィオンへの参加を打診してきている。ただし、軍事部門以外で」

「ふむ、それについてはアリア様は何か仰っておりましたか?」

「信義と誠意を汚すことの無いように期待します・・・とのことだ」

 

 

銀の台座の片眼鏡(モノクル)の向こう側の銀色にも青銀色にも見える怜悧な瞳が、いつもよりさらに細まっている様にも見えます。

まるで私ほど「信義と誠意」と言う言葉が似合う紳士はいないと言いたげな、信頼感と友情に満ちた視線ですね・・・・・・自分で言っててそら寒くなりました。

 

 

でも私は、不正に関わったことも不忠を働いたこともありませんよ。

清廉潔白が私の座右の銘です。

ゲーデル家の家訓は、「清く正しく美しく」です。

 

 

「・・・報告は以上だ」

「ええ、では正式な報告書は明日の朝の閣議の際にでも」

「了解した」

 

 

背中の半ばにまで垂れている水色の髪を翻しながら、外務尚書(テオドシウス)が私の執務室から出て行きます。

 

 

「・・・ああ、そうそう、来週にエリジウムに飛んでもらうかもしれませんので」

「・・・私がか?」

「ええ、将来独立させる諸都市の要人とパイプを作ってもらいたいですし」

 

 

現在はリュケスティス総督の下、ケフィッススなどの都市は内政自治を認められています。

もちろん将来的には親王国諸都市として独立して頂きますので、今の内から将来の外交ルートを作っておくにしくはありません。

 

 

「その際には、総督によろしくお伝えください」

「・・・了解した」

 

 

それを最後に、外務尚書(テオドシウス)は今度こそ私の執務室から出て行きました。

それを見届けた後、私は手元の銀の鈴を鳴らしてヘレンさんを呼び出します。

数秒を要さずに室内に入った茶髪の少女は、私の姿を認めると軽く微笑みを浮かべつつ。

 

 

「・・・御用でしょうか、宰相閣下?」

「法務尚書と社会秩序尚書、それと警察庁長官と大審院(最高裁判所)の代表判事を呼んでください。それもできる限り丁重に丁寧に、そして最大限の誠意と信義をもって・・・ね」

 

 

・・・さて、私とウォルター老の古い協商が未だに生きているのであれば。

アリア様の輝かしい人生に、さらに輝点を刻むことになるでしょう。

私はその輝きの下に蹲って・・・アリア様の足元に這いずり回る蛆共を潰して回るのが使命なのですから。

いや、実に生き甲斐のある人生ですねぇ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

民需用精霊炉を搭載した新型民間輸送鯨の進水式ならぬ進「空」式に参加した後、私とフェイトは王室専用の馬車に乗り込み、市街地を迂回しつつ宰相府へと帰還の途につきました。

市街地を迂回しつつ宰相府に向かうその馬車の御者は・・・。

 

 

「ご苦労様です、茶々丸さん」

「はい、遅れて申し訳ありません」

 

 

茶々丸さんでした。

そして手綱を握る茶々丸さんの隣には、田中さんがチャチャゼロさんを頭に乗せて座っております。

・・・あれ、今、この馬車に何キロ乗ってるんだろ・・・。

馬車を引く4頭の馬が一瞬、本気で心配になりました。

 

 

「では、ご報告させて頂きます」

 

 

周囲を親衛隊の『スピーダーバイク』隊に守られる中、茶々丸さんは私がお願いしていた件についての報告を始めました。

先日行った、商店街の件について。

 

 

「結論から言えば、事態は最悪の方向へ向かった模様です」

 

 

茶々丸さんの話によれば、レティさんのお父さんは私が先ほど訪問した警察署に収監されているとのこと。

3日前にレティさんと共に逮捕されたのですが、レティさん自身は1日で釈放されたそうです。

その際に父親の署名の入った「立ち退き承諾書」を提示され、家でもあったカフェを失いました。

そして今日になって、商店街その物が閉鎖され・・・知人の店に厄介にならざるを得なくなったとか。

ちなみに、逮捕理由は「公務執行妨害」だそうです。

いったい、何の公務の執行を妨害したと言うのやら・・・。

 

 

さらに茶々丸さん自身が親衛隊防諜班の協力の基に調査した所、中央警察署のさるルートから、面白くも無い話を発見したとのことです。

 

 

「・・・それは?」

「どうやらクラークさんの借金と2年前の事故には、作為的な事情が絡んでいたようです」

 

 

そもそも、クラークさんが身体を悪くする原因となった2年前の交通事故は、パーマスト商会の人間が引き起こした物なのだそうです。

事故の当事者の名前はダブリンと言う名前で、しかも証拠不十分で不起訴になった。

さらに民間銀行が持っていたはずのクラークさんの債権が移動したのも、パーマスト商会が多大な資金をその銀行の理事の一人に渡したからだとか・・・。

 

 

茶々丸さんが持ってきた当時の調書や債券取引の書類に目を通すと、何となく、当時の思惑やら事の流れやらが見えてきます。

そして何度警察に被害を届け出ても黙殺されたと言う事実。

ただ一つ無い物があるとすれば、決定的な証拠だけと言うこれまたお約束な状態・・・。

 

 

「失礼」

 

 

その時、馬車の傍に誰かが通り過ぎ、私の膝の上に手紙のような物を置いて行きました。

一瞬の事で姿は見えませんでしたが、「女王陛下(あねうえ)へ」と書かれた手紙の裏面には、「5」と書かれております。

内容は・・・。

 

 

『パーマスト商会代表マグリード・パーマスト氏が、警察庁長官首席補佐官兼中央警察署長代行ヴェン・ヴェンツェル氏の私邸を秘密裏に訪問する模様』

 

 

・・・何でしょうね。

何か、都合の良いように動かされている感が無くもありませんが。

 

 

「どうするの?」

「言わねばなりませんか?」

「・・・いや」

 

 

私の返答に、フェイトが茶々丸さんに馬車の行き先を告げます。

その行き先に対して、私は別に何も言いませんでした。

何も言わずに・・・流れ正しさを認めざるを得ない状況に、溜息を吐きました。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

その日の夜は例年よりも気温の低い夜だったが、しかし雪が降る程でも無かった。

雲がわずかに魔法世界の2つの月を覆い隠しながらも、雲の間から覗く星空は美しい。

そんな夜に、奇妙な熱を持った場所が一つ。

 

 

「ニャわははは、ああ、良い気分だニャ~」

 

 

でっぷりと太った猫が、ゴロゴロと喉を鳴らしながら上機嫌に笑っている。

毛むくじゃらで太い両腕に美女(らしき猫族の女性)を一度に4人抱き、彼女らの差し出す肉や酒を頬張っては、時折果物の端を咥えさせ口移しで自分に食べさせたり、あるいはそれ以上に危険な部位に触れたり・・・。

まさに、酒池肉林。

そんな光景が、新オスティア・リゾートエリア郊外の豪奢な屋敷の庭で繰り広げられている。

 

 

そしてこの屋敷で行われている宴は、中心に座る猫族・・・ヴェンツェルでは無く、その傍で両手を揉みしだいている男の金で行われている物であった。

このヴェンツェルを人族にしたかのような容姿の男・・・パーマストは、ヴェンツェルに対してまさしく「猫撫で声」で語りかける。

 

 

「ヴェンツェル補佐官・・・いえいえ、ヴェンツェル次期社会秩序尚書閣下、ご気分の程はいかがなものでしょうか」

「うむうむ、悪く無いニャよ~」

 

 

あからさまに自分の位階を格上げして呼ばれたにも関わらず、ヴェンツェルは上機嫌その物だった。

事実、彼はその称号で呼ばれる日も近いと考えていた。

中央警察署はもちろん、社会秩序省や司法関係者にも多くの知己―――金銭で繋がった―――がおり、同時に彼らの犯罪についての証拠をいくつも掌中にしている彼としては、それほど大それた予想では無いように思われた。

今の警察庁長官にした所で、今にも死にそうな老いぼれではないか、との思いもある。

 

 

彼は自己の権限を恣意的に解釈し、かつ積極的にそれを活用する点において才能を有していた。

そしてパーマストとの関係は、自己の才能を支える資金源の一つであった。

パーマストにしてみれば、ヴェンツェルに与している限り犯罪スレスレ―――時として犯罪その物―――の行為を行おうとも、それを揉み消せるのである。

 

 

「この度は、例の商店街の土地の権利を得るのに協力して頂いて・・・」

「うん、うん、何、善良な商人に救いの手を差し伸べるのも、王国に忠実なる公僕の務めだろうニャ」

「流石はヴェンツェル次期社会秩序尚書閣下! その御見識に私、感服するばかりでございます」

「ニャわはは、世辞を言うニャ」

「いえいえ、私は本当のことを申したまででございます」

 

 

揉み手しつつ告げるパーマストに、ヴェンツェルは上機嫌のまま答えた。

それから、少しだけ何かを思い出すような仕草をして。

 

 

「何と言ったかニャ、最後まで抵抗した店の店主だった女・・・」

「ルイーザにございます、閣下」

「そうそう、ルイーザも哀れな奴ニャ、私の6人目の人族の愛人になっておれば良かった物を、断ったのだからニャ」

「左様、おまけに閣下肝いりの再開発計画に抵抗するなど、見た目ほどには頭は良く無かったようで・・・」

「うむ、ほんの少し警察署に・・・私に資金を寄付すればそれで済んだのにニャ。それに人族だけあってヤワだったニャ、ちょっと単車をぶつけただけで挽き肉になってしまったニャ」

「美人薄命と言う物ですな」

 

 

その実行と言うリスクを冒させられたパーマストとしては言いたいこともあったが、事実として土地も手に入ったので、特に文句は言わなかった。

ただひたすらに揉み手しつつ、ヴェンツェルを褒め千切る。

その言葉の一つでも心からの言葉かどうか怪しい物だが、この際それは問題では無かった。

 

 

「閣下、どうかこれからも我がパーマスト商会をどうぞご贔屓に」

「ニャニャニャ・・・パーマスト、お主もワルよニャア」

「いえいえ、ヴェンツェル閣下ほどではございません」

「ニャニャニャ・・・」

「むふふふふふ・・・」

「「にゅーっふっふっふっふっふっふっ!」」

 

 

天下泰平、事もなし。

もはや彼らの繁栄を止められる存在など、いないように思えた。

しかし。

 

 

「貴方達の悪事も、今宵限りです」

 

 

待ったをかける者が、そこにいた。

2人の小悪党の周囲に舞うは、淡い色の苺の花弁―――――。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

Side フェイト

 

「何奴ニャ!」

「無礼者め、ここは次期社会秩序尚書閣下の屋敷だぞ!!」

 

 

ヴェンツェルとパーマストが口々に(勝手なことも含めて)叫ぶと、先日カフェに行った格好をした僕達の姿を求めて、2人は上を向いた。

つまり、中庭を見下ろす屋根の上に腰かけた僕達を。

 

 

「その宴、この世の名残の宴と知るが良いでしょう」

 

 

侮蔑の色を隠そうともせず、不快さすら滲ませて、アリアはそう言った。

理由は2つ。

罪無き民の生き血を啜って笑う者への侮蔑と、醜悪な宴への生理的嫌悪。

 

 

民に寄生して生きる大商人と高級官僚の癒着。

どこにでもある話だし、アリアが即位してからも何件かあった。

まぁ、勝手に尚書を気取る輩は初めてだけどね。

いずれにせよ、醜悪だ。

 

 

「貴方達の悪事―――すでに調べはついています」

「・・・貴様は!?」

「何ニャ、コレは!?」

 

 

アリアの言葉に、傍に立っていた茶々丸が手に持っていた書類を投げ、田中が両腕から扇風機のように風を放ってバラまいた。

眼下の中庭にヒラヒラとバラまかれたそれは、過去に彼らが行った不法な取引や消えた公金の行方、あるいは2年前の不審な事故の調書などだ。

 

 

「ぶ、無礼な小娘ニャ! 者ども、出てくるニャ!!」

 

 

ヴェンツェルが毛むくじゃらな顔を怒気で膨らませながら叫ぶと、屋敷の中からゾロゾロと警備兵らしき連中が中庭に入ってきた。

その間にヴェンツェルにしなだれかかっていた亜人の女性達は、中庭から離れる。

 

 

「あっ、パーマストの旦那! この間、邪魔をしてきやがったのはコイツらですぜ!」

「何ぃ!?」

 

 

その中にいた毒々しい色のスーツを着た男が、僕達を指差して叫んだ。

・・・誰だったかな。

 

 

「ヴェン・ヴェンツェル、マグリード・パーマスト。貴方達のような人間でも王国の民・・・今からでも悔い改めれば」

「黙れ黙れ! 小娘が賢しげな口をきくで無いわ、こんな紙切れが何の役に立つか!!」

「控えおろう! こちらに居わす御方をどなたと心得る!!」

 

 

僕の頭の上から、晴明が高らかに宣言した。

ヴェンツェル達はむしろ、人形が喋ったことの方に驚いている様子だったけど。

 

 

「一度、言ってみたかったのじゃ」

 

 

そうかい。

 

 

「な、何ぃ・・・何度も偉そうに」

「い、いや、待つニャ・・・あの顔は、はて・・・」

「・・・わかりませんか、ヴェンツェル補佐官。私の顔が・・・」

 

 

パンッ、と京扇子を広げて口元を隠しながら、アリアは言った。

帽子を脱いで、長い艶やかな髪を月明かりに晒す。

 

 

「今日の昼に、会ったばかりだと言うのに・・・もう忘れたのですか? 貴方の記憶力はまさに猫並ということですか・・・」

「ぬ、ぬ・・・ニャッ!?」

 

 

サァ・・・とアリアの白い髪と瞳の色を記憶と整合させたのか、ヴェンツェルの顔に怒気とは別の感情が表れる。

 

 

「じ、女王陛下!? するとそちらの御方は・・・夫君殿下ですかニャ!?」

「女王陛下に、夫君殿下ですと!?」

「控えおろう! 頭が高い!」

「「「は、ははぁ―――――っ!!」」」

 

 

晴明はやたらに楽しそうだった。

そして眼下の人間が全員、その場で跪く。

それを見たアリアは、扇子で口元を隠したまま・・・。

 

 

「ヴェンツェル補佐官」

「ははっ」

「新オスティアの治安を守る要職にありながら商人と結託して私腹を肥やし、あまつさえ、奉仕すべき民の窮状を無視するなど、言語道断」

「それ、それは違いますニャ! 私は日々女王陛下への忠勤に励み」

「そのような言葉、聞きたくもありません!」

 

 

パンッ、と京扇子を閉じ、それでヴェンツェルを指し示すアリア。

 

 

「貴方達の悪事は明々白々! わずかでも良心が残っているのなら、潔く法の裁きに服しなさい!」

「ニャ、にゅうう~~~・・・銀髪の小娘めっ!」

 

 

アリアの政敵が用いるアリアの呼称を用いた段階で、ヴェンツェルと警備兵がその場に立ち上がった。

明らかに観念する気は無いようで、ただならぬ視線をアリアに向けている。

しかし不意に、それが下卑た笑みに取って代わる。

 

 

「こ奴は、女王陛下では無いニャ!」

「な・・・」

「女王陛下がこのような場所に来られるはずが無いニャ、つまりこ奴は恐れ多くも陛下の名を騙る不届き者ニャ!」

「そ、そう、閣下の申すとおりだ。者ども、偽陛下を討ち取った者には50万ドラクマ払うぞ!」

 

 

急激に場が殺気立つのと同時に、アリアの眼から感情の一部が消えた。

それは諦観にも似ていて・・・アリアは、再び京扇子で顔を隠した。

・・・まぁ、ざっと50人って所かな。

 

 

「フェイト、田中さん、懲らしめてやってください!」

 

 

了解。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

懲罰と言うよりは、それは一方的な蹂躙でした。

当然と言えば当然ですが、そもそも戦力が違うわけで。

 

 

「発射(ファイア)」

 

 

田中さんの胸部が開き、そこに収められているバルカンから秒間数百発ものトリモチ弾が放たれます。

悲鳴を上げて数十名の警備兵―――あの毒々しいスーツの人も含めて―――がトリモチ弾の直撃を受けて動きを封じられていきます。

・・・ハカセさんの作品ですが、直撃は嫌ですねアレ。

 

 

とにかく、大半は田中さんによって撃破されていきます。

まぁ、特に手間取らずに終わりそうですね。

 

 

「ひ、ひぃ・・・こんなはずでぷっ!?」

「捕縛デス」

 

 

そしてパーマストも、田中さんのロケットパンチで捕まりました。

強靭なワイヤーに絡め取られたパーマストは、泡を吹いて気絶したようです。

・・・そう言えば。

 

 

「役立たずばかりニャ! ここまで来て・・・!」

 

 

ズン・・・ッ、と私の目の前に降り立ったのは、でっぷりと太った猫族の男。

右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視ると、その全身に魔力が漲っているのがわかります。

流石は亜人と言うことでしょうか、魔力で筋肉が膨らみ、一時的に身体が2倍以上になっています。

 

 

銀髪の小娘(おまえ)を倒し、適当な女を偽者に仕立てれば全てが変わるニャ!」

「できる物なら、やってみるが良いでしょう」

 

 

京扇子を構えたまま、私は言葉を返します。

その程度で国を奪えると考えているのなら、大したことはありません。

私しかいなかった5年前とは、違うのですから。

そんな突発的な考えで崩せる程・・・甘くはありません。

 

 

「ただし、失敗した時は・・・」

「ぶめニャッ!?」

「・・・残念なことになります」

 

 

膨れ上がったヴェンツェルの顎先を、掌底が掠めます。

ブルンッ、とたるんだ筋肉が震えて、ヴェンツェルの身体ぐりんっ、と横に回転します。

掌底を放ったのは、もちろんフェイトで。

私としては、ただそれに見惚れているだけで良いのです。

 

 

「・・・慮外者!」

「アーラヨット!」

 

 

私の背後から飛び出したチャチャゼロさんがヴェンツェルの髭を斬り落とし、茶々丸さんのロケットパンチがヴェンツェルを下の庭に叩き落しました。

潰された蛙のような悲鳴を上げて、ヴェンツェルが地面に落ち、気絶しました。

 

 

「突入―――――!」

 

 

その時、屋敷の周辺に伏せておいたシャオリーさん達、近衛騎士団が突入してきました。

茶々丸さんを通じて、先ほどの反逆の証拠が伝わったのでしょう。

・・・この場の事態は、これで収束しました。

 

 

私は、最初に蒔いた苺の花弁を一掴み、茶々丸さんから受け取ると。

眼下に向けて、投げました。

 

 

「成敗!」

 

 

・・・晴明さん、本当に好きなんですね・・・。

 

 

 

 

 

Side レティ

 

・・・茶々丸さんとお茶をした翌朝、裁判所から呼び出された。

お父さんの裁判が始まるからって・・・でも、最初はおかしいと思った。

だって、裁判って普通はもっと時間をおいて始まる物のはずだし・・・。

 

 

だけど、私には選択肢は無い。

わざわざ迎えに来た裁判所の公用車(思えばこれも、変だったけど)に乗って、新オスティアの裁判所に。

・・・どうしてか、民事裁判所じゃ無くて刑事裁判所だったけど。

どうしてそんな大事になっているのかさっぱりで、正直、混乱した。

けど・・・。

 

 

「お父さん!」

「レティ!」

 

 

裁判の前に、お父さんに会えた。

お父さんはちょっと痩せてたけど、大丈夫そうだった。

 

 

「お父さん、大丈夫だった? 酷いことされてない?」

「お前こそ、大丈夫か?」

「私のことより、お父さんの方が」

「いや、お前の方が」

「あー・・・申し訳ないが、そろそろよろしいだろうか?」

 

 

私とお父さんがそうやってお互いの無事を確認していると、傍に立っていた騎士らしい格好をした女の人が声をかけて来た。

お父さんと抱き合ってたんだけど、急に恥ずかしくなって離れた。

 

 

「す、すみません、お見苦しい所を・・・」

「いや、構わない」

 

 

その女性の騎士は、金髪の綺麗な人で・・・見ただけで、身分の高そうな人だとわかる鎧をつけている。

軍の人かな・・・。

 

 

「申し遅れたが、私はシャオリー。王室守護を任とする近衛騎士団の団長を務めている」

「は、はぁ・・・」

 

 

王室守護、近衛騎士団。

その単語に、私はますます混乱した。

どうして、そんな人と話してるんだろう、私。

 

 

「さっそくですが、こちらへ」

「はい・・・」

 

 

シャオリー様の言葉に、お父さんの表情が曇る。

私もきっと、同じくらいの気持ちで、お父さんを見てる。

お父さんが、裁判に。

それも、きっと勝ち目の無い裁判に・・・。

だけどそんな気持ちも、シャオリー様の次の言葉で吹き飛んでしまう。

 

 

「傍聴席は最前列をご用意させていただいております」

「へ・・・?」

 

 

そのまま、被告席じゃなくて本当に傍聴席に連れていかれて。

困惑したままお父さんと席についてソワソワしていると、裁判長らしき人が入って来て、私とお父さんも他の傍聴人と一緒に起立。

この時点で、もう一杯一杯なのに・・・。

 

 

「えー・・・ではこれより、元社会秩序省警察庁長官補佐兼新オスティア中央警察署長代理ヴェン・ヴェンツェル及びパーマスト商会代表マグリード・パーマスト及びその一党の裁判を始めます。罪状は収賄、公金横領、談合、殺人及び殺人幇助、ならびに不敬罪及び大逆罪・・・」

 

 

マグリード・パーマスト・・・パーマスト!

裁判長席で裁判の開始前の書類を読み上げている男の人―――黒い裁判官のローブを着た、オールバックに眼鏡の男の人―――が、ちら、と私達を見た。

・・・あれ、この人、新聞とかで見たことが・・・裁判官、だったっけ?

ううん、あの人、もっと上の・・・。

 

 

「それでは被告人の入廷の前に本日、特にこの裁判を傍聴したいと仰せの御方に、入廷して頂きましょう」

 

 

その時、バン・・・ッ、と音を立てて、私達の大扉が勢いよく開いた。

そして、扉の脇に立っていたシャオリー様が、声を張り上げた。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、法と秩序の守護者―――アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下、御入来!!」

 

 

扉の向こうから入って来た、その人の顔は。

・・・苺が大好きな、あのお客さんと同じ顔をしていた。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「・・・いやぁ、今回限りにしてほしい物ですね」

 

 

裁判を終えて2階の控え室に戻り、裁判官のローブを脱ぎ捨てながらそう言います。

宰相たる私が法務尚書や最高裁判官を差し置いて裁判に口出しをするのは、結構な越権行為なのですから。

行政府の長が司法に関与できるのは、まだ憲法が公布されていないからです。

憲法が施行されるのは、来年の第1回貴族院議会の開会時からですから・・・。

まぁ、証拠やら何やらを効果的に集められるのが、今回は私だったと言うことで。

 

 

「・・・迷惑をかけたのなら、謝ります」

「いえいえ、アリア様が謝罪なさることなど何もございません」

「そうでしょうね」

 

 

カチャ・・・とボーンチャイナのティーカップを置いて、ソファに座しておられるアリア様が横目で私を見つめます。

・・・スキャパレリのマイタケの名陶工トーマス・フライ氏制作の一点物のティーカップ。

普通のティーカップより、口の広いのが特徴。紅茶が空気と触れる表面が大きいので香りがよく引き立ちます。

 

 

「てっきり私は、クルトおじ様が最後まで関与したいかと思ったのですが」

「ははは、まるで私が最初から事態に関与していたかのような仰り様ですねぇ」

「そう聞こえますか?」

「いいえ、全く」

 

 

ブラインドの一部を指で広げると、裁判所の前で抱き合う父娘の姿が見えます。

・・・彼女らの資産と店は、多額の賠償金と共に再建されることでしょう。

 

 

「・・・クルトおじ様、私はクルトおじ様に擁立されて女王と言う地位に立っていられると感謝しております」

「有り難きお言葉でございます」

「ですが、だからと言って無条件に貴方を支持するつもりもありません」

「・・・心得ております、もちろん。しかしアリア様・・・」

 

 

現在、実務的に王国を動かしている官僚・政治家には2種類おります。

第一に、5年前のアリア様の即位から官僚・政治家になった新進気鋭の若手官僚達。

頂点は私やエヴァンジェリン工部尚書、テオドシウス外務尚書、底辺はヘレンさんやドロシーさんのような者達で、比較的に、あるいは明確にアリア様のために働いている人材群です。

いわば、新興派ですね。

第二に、アリア様の治世以前からウェスペルタティアに仕えているベテラン達。

クロージク財政尚書やアラゴカストロ国防尚書、リュケスティス元帥などで、場合によってはアリア様の必ずしも忠実ではありません。

いわば、旧守派・・・まぁ、こう言う連中はまだマシです。

 

 

最悪なのは、連合統治時代にも要職にあった者達です。

連合に媚を売ることで―――私は媚は売りませんでしたよ、靴は舐めましたが―――信託統治以前と同じ、あるいはそれ以上の地位を金や他人の財産で手に入れた者も少なくありません。

アリア様の即位直後は、そんな人材でも使わざるを得なかったわけですが。

・・・この5年で統治も行き届き、人材も揃い始めて、炙り出され始めたわけです。

 

 

「今回の一件は、氷山の一角に過ぎません。事実、両被告の私邸から押収した帳簿やリストから、横領や脱税、収賄に関与した他の官僚や政治家、企業人の名前が上がっております。これはウォルター老の報告ですが」

「ウォルター老は、一晩で今回の裁判の証拠を集めてもくださりましたが・・・」

 

 

何とも微妙な表情をなさるアリア様、無理もありません。

ウォルター老は、アリア様の前でこそヨボヨボした爺ぃですが。

あの老人は、ある意味で私よりもエグいですよ?

 

 

元秘密警察のトップでしたから。

何しろ、先々代のオスティア王の下で創設された―――「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の傀儡になった時期のことで―――王国秘密警察の長だった方です。

アリカ様のクーデターと同時に、解体されましたが。

いったい、汚い話の証拠をいくつ握っているやら・・・いやぁ、怖いですね。

 

 

「・・・細部は任せます。良きように」

仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)」

 

 

跪いて、アリア様に見下されながら・・・その手の甲に口付ける栄誉を賜ります。

いやぁ・・・ゾクゾクしますね。

 

 

両被告と能動的に加担した者は死罪。

受動的に従った者は、禁固10年から終身刑。

財産は全て没収し、被害者の救済金にあてます。

これで、一応は一件落着・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・アリア、アリア、時間だよ・・・」

「んぅ・・・ふぁい・・・?」

 

 

・・・ヴェンツェル事件と呼称されるようになった一連の事件から、一週間。

その日の朝も、私はフェイトに起こされることから一日をスタートします。

ちなみに、今朝はちゃんとネグリジェを着ています。

昨夜は身体的な事情があったので、抱き合って眠ることしかできませんでしたから。

 

 

フェイトに身体を囁かれて、揺さぶられて起こされて、両頬にキスをされて抱き締められて・・・。

・・・そこまでされて、ようやく私は目が覚めるんです。

何か途中、モゴモゴと喋っていたような気がしますが、覚えて無いです。

 

 

「・・・おはようございます、フェイト」

「おはよう、アリア」

 

 

そして、おはようのキス。

短いキスの後に、少しだけ長いキスをします。

唇と薄い布越しに感じるフェイトの温もりに、一段と眠く・・・。

 

 

「アリア、起きて」

「・・・・・・ぉ、起きてます」

 

 

寝室以外では、こう言う風にくっつけませんので。

最近は、エヴァさんが夜中に邪魔してくることもありますし・・・。

 

 

「おはようございます、茶々丸さん、皆さん」

「はい、おはようございます」

「「「おはようございます、女王陛下」」」

 

 

その後、ベッド脇の銀の鈴を鳴らして、茶々丸さん達を呼びます。

フェイトは別室で着替えますので、暦さん達と共に部屋の外へ。

朝食までの間に、私も準備します。

ユリアさんに洗面を手伝ってもらい、知紅さんにネグリジェと下着を脱がせてもらい、茶々丸さんに今日の下着とドレスを着付けてもらいます。

・・・何か、この一連の流れに慣れてきました。

 

 

フェイトと共に朝食を終えた後、オスティアで発行されている新聞を読みます。

国営の物を含めて、主要な物は5紙あります。

その他、地方新聞や主要政党の機関紙、スポーツ紙・・・。

 

 

「・・・あ、トサカさんが負けてます」

「一面に載ってるね・・・」

 

 

旧世界における野球やサッカーくらいのレベルで、こっちでは拳闘が新聞に載ります。

トサカさん達のチームは、王室がパトロンになっているのですが。

まぁ、たまには負けることもあるでしょう。

近いうちに観戦に行くのも良いかもしれませんね。

 

 

後は、ウェスペルタティアの経済情勢や他国の記事などを読みます。

・・・パルティアとアキダリアの国境紛争が、いよいよ怪しくなってきましたか。

後、内政問題に関しての有識者のコラム・・・。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

 

 

その時、フェイトがある記事を見せてきました。

フェイトにしては珍しい行動で、私はどんな記事なのか興味がわきました。

ええと、どれどれ・・・?

 

 

「えー・・・レティ・ミッドフィルさん、市民による汚職取り締まり機関設置を求める市民団体の理事に就任・・・へ?」

 

 

・・・活動、早くないですか?

どうやらまた一人、活動的な市民が誕生してしまったようです。

 




ボーンチャイナ関連:伸様提供。


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第6回広報

アーシェ:
はい、もはや顔馴染みなアーシェです!
いやぁ、最近は民間からも写真が届きますね。
親衛隊の規制を抜いてくるのもあるんで、びっくりです!
そして今回のお客様は、信じられないけど英雄なナギ・スプリングフィールドさんでーすっ!!

ナギ:
よっす、俺がナギだ!

アーシェ:
テンプレな挨拶どーも!
ナギ様、今回の話はどうでしたか?

ナギ:
そうだな・・・・・・苺しかわからなかったぜ。

アーシェ:
女王陛下の代名詞ですからね!
女王陛下とは最近、どうです?

ナギ:
いろいろやって嫁さんに殴られたりしてるが、概ね問題ねぇ・・・はずだ、よな、うん。

アーシェ:
・・・何やったんです?

ナギ:
アリアの着替えに出くわしたんだよ、そしたらアリカだけじゃなくフェイトとエヴァまでキレやがってさぁ・・・空気読んで逃げたけどよ。

アーシェ:
もっと早く読みましょうよ・・・。

ナギ:
しばらく家で口を聞いてもらえなかったぜ。

アーシェ:
はは・・・では、本日のベストショットはこぉちらぁ!

「桜ふ・・・苺の花吹雪舞う中登場する、女王陛下一行」!

うーん、まさに暴れん坊!

ナギ:
俺も行きたかったぜ!

アーシェ:
それでは、また次回~。


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アフターストーリー第7話「エヴァンジェリンの幸福」

伸様・月兎様・伊織様・スモーク様提案の内容を含みます。
では、どうぞ。



Side リュケスティス

 

「それでどうだい、最近のエリジウムは」

「ん・・・?」

 

 

俺が食後のワインの香りを楽しんでいると、目の前の女がそう声をかけてきた。

場所はエリジウム大陸北部ケフィッスス、総督府の食堂。

元々は旧連合の国営高級ホテル「ケーバラ」であり、食堂とはつまり展望レストランだ。

俺はそこで、本国から来た政府要人と夕食を共にしているわけだ。

 

 

背中の大きく開いた扇情的なドレスを事もなげに着こなしてしまうこの女は、テオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァー。

王国貴族であり、女王の信任厚い外務尚書であり、半妖精(ハーフ・エルフ)。

ついでに言えば、俺としたことがある事情から愛称で呼び合う仲になってしまった女でもある。

 

 

「どうと言われても困るが・・・まぁ、何とかやっているさ」

 

 

事実として、概ね総督府の統治は王国信託統治領―――エリジウム大陸北部―――全体に行き渡り、大きな事件も無く半年が経過し、4月になった。

エリジウム戦役直後は、北部だけで10万人の難民とその5倍の失業者を出した。

 

 

しかし半年経った今、難民は多くが故郷に戻り―――皮肉なことに、オスティア難民の経験が生きた―――大規模な難民問題は多くが収束しつつある。

失業問題については接収したメセンブリーナの評議会議員の資産(帝国側と折半)7億ドラクマを元手に、公共事業を行った。

新グラニクス建設事業、エリジウム北部を縦断する8000キロの鉄道・街道の整備事業、食糧増産のためのセブレイニアでの農業事業・・・経済制裁と戦争によって荒廃したエリジウムでは、数え上げればキリが無い程の大小の事業が存在する。

資金と人手は、むしろいくらあっても足りないくらいなのだ。

 

 

「最初は月に10度はあったデモやストライキも、先月には2件まで減っている」

「流石だね、総督殿」

「そうでもないさ・・・たまにマリアとか言うお前の友人から、ヘンテコな手紙を貰うがな」

「う・・・」

 

 

悪魔で愉快犯な友人の名を出されては、怜悧な外務尚書殿も困ると見える。

まぁ、奴からの手紙は読まずに燃やして捨てているが、それは別に言う必要は無いな。

 

 

「そちらはどうなのだ、最近」

「ん・・・私か。私は・・・最近は、アキダリア問題にかかりきりだな」

「ほぅ、アキダリア」

「ああ」

 

 

それ以上のことは言わなかったが―――むしろ言われれば、機密保持の点から問題があるが―――大体の事情は、外務省関係者で無くとも新聞を読んでいればわかる。

俺は俺で、自前の耳を持っていることだしな。

 

 

・・・アキダリア問題は、アル・ジャミーラを首都とするアキダリア共和国とその隣国、パルティア連邦との紛争だ。

パルティア北部の小さな島々を巡る領土紛争でもある。

良くある話で、パルティア領内のアキダリア人が多く住む地域がアキダリアへの帰属変更を求めており、それを武力弾圧したパルティア政府に対してアキダリアが反発している・・・と言う物だ。

先月に入って2度、国境警備艦隊同士の砲撃戦に発展している。

 

 

「一時期は、沈静化したんだがな」

「ああ・・・」

 

 

今年の1月に王国の仲介で両国の首相がオスティアで会談して、停戦と国境画定交渉の開始が合意された。

その後1ヶ月ほどは、沈静化したのだが。

停戦に合意した2人の首相が国内の反発を抑えきれずに辞任して、白紙に戻ってしまった。

 

 

「・・・そう言えば、本国で面白い噂を聞いたよ」

「ほぅ」

「ああ、確かキミとも親しいグリアソン元帥に関する噂なのだけど・・・」

 

 

空気を変えようと思ったのか、エリザが別の話題を振ってきた。

だがそれにしても、グリアソン・・・?

 

 

「どんな噂だ?」

「何でも、グリアソン元帥がね?」

「ああ」

「あのマクダウェル尚書と、結婚するらしい」

 

 

・・・・・・何と言うか。

明日、エリジウム域内の物価が10倍に高騰したとしても、今ほど驚かないだろうよ。

それは、そんな話だった。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

言われの無いことで責められた時、どうすべきか。

これはなかなか、深い問いでは無いでしょうか。

 

 

「どぅうおおぉぉいうぅことだゲ――デルゥ―――――ッッ!!」

 

 

アリア様への朝の謁見と閣議を終えた私は、いつものように執務室に戻りました。

その直後、と言うかほとんど同時に吸血鬼(エヴァンジェリン)が私の所にやってきて、机を叩きながら怒鳴り散らしました。

 

 

・・・どう言うことだと、言われましても。

はて、どれがバレたのでしょう。

アレでしょうか、それともアレでしたか・・・。

 

 

「貴様だ! この国で起こる奇怪な出来事や不快な事件は大体がお前が原因だ!!」

「・・・話が見えないのですがね」

「しらばっくれるなあぁ――――――っ! イライラするわっ!!」

「・・・イライラされましても」

 

 

いよいよ殺気をぶつけられる段階になっても、私はさっぱりでした。

私が目の前の吸血鬼に話していない後ろ暗いことは、実の所かなりあるのですが。

そのどれについてバレたのかがわからない限り、何とも返答のしようがありません。

 

 

「・・・まぁ、とりあえずは何をそんなに怒っているのか、聞かせて貰えませんかね」

「そぉか・・・あくまでシラを切ると言うなら私にも考えがあるぞ」

「貴女程度の浅い考えなど興味はありませんが、まぁ、事情を話してみてくださいよ」

「八つ裂かれたいのか、貴様?」

「クビにしてやりましょうか、貴女?」

 

 

鼻先が触れ合う程の距離で睨み合う私と吸血鬼。

・・・数秒程して、離れました。

吸血鬼は傲然と腕を組み、頬をヒクつかせながら・・・。

 

 

 

「何で私とグリアソンが結婚することになっているんだ!?」

 

 

 

そう、言いました。

そして私は、聞いたわけですが・・・。

 

 

「・・・は?」

「は? じゃない!! さぁ、どう言うことか説明してもらおうか・・・!?」

 

 

・・・私の人生において、これ程まで明確な意思を持って使用した「は?」は、ちょっと記憶にありませんねぇ。

どうしましょう・・・ウェスペルタティア王国の陰謀は全部私のせいだと言われたこともある私が。

 

 

まったく、全然、これっぽっちも何の話かわからないだなんて。

 

 

私としたことが、本当に何の話かさっぱりですよ。

吸血鬼と、グリアソン元帥が、結婚?

・・・は?

 

 

「正確には、見合いすることになってるらしいが・・・」

「見合い・・・ですか」

「そうだ! さぁ、吐け! キリキリ吐け、さもないとぉ・・・本気で殺す!!」

「はぁ・・・」

「何だそのアホ面は!? これ以上シラを切ろうったってそうはいかんぞ!! さぁ、知ってることをキリキリ吐け! とにかく吐け! 今すぐ吐け!! ・・・・・・・・・知ってる、よな?」

 

 

・・・私が心の底から「は?」状態なので、吸血鬼も不安になったのか、最後には自信を失いかけていたようです。

 

 

「あの・・・さっぱり、話が見えないのですが・・・」

「え・・・お前じゃ、無い?」

「おそらく・・・」

「・・・だ、騙されんぞ! お前が知らない陰謀があるはずが無いんだ!」

「いや・・・高く評価して頂いて恐縮ですが・・・」

「・・・知らないのか?」

「残念ながら・・・」

「・・・ホントに?」

「はぁ」

「・・・少しも?」

「さっぱり」

「「・・・」」

 

 

・・・何でしょう、この空気。

 

 

「・・・とりあえず、詳しく話を聞かせて頂けますか」

「・・・うん」

 

 

妙に素直に、吸血鬼が頷きました。

ただ残念ながら、私はアリカ様とアリア様以外にはときめきませんので。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「・・・あ、マスター。おはようございま」

「こぉんのボケロボォ―――――――ッッ!!」

「す・・・って、え、ちょ、マスター・・・ああっ、いけませんそんなに巻かれてはあぁあぁあぁぁぁあ」

 

 

アリアさんのためにお紅茶を淹れようとした時、マスターが私の部屋に乱入してまいりました。

そして即座にネジを奪い取り、私を押し倒して馬乗りになると、頭をわし掴みにして無理矢理に突っ込み、乱暴に蹂躙し始めました。

大量の魔力が私の中を無遠慮に駆け巡り、私はもう、もう・・・!

 

 

「噂を辿ってみれば何てことは無い、大本はお前か―――――――っ!!」

「ますっ、ますたっ、巻かない・・・そんな乱暴に巻かれたらっ、はぁああうううぅぅ・・・っっ!?」

 

 

何度かショートと再起動を繰り返し、前後不覚にされてしまった私は立つこともままならず、マスターの良いようにされてしまいました・・・。

 

 

「ます、ますたぁ・・・もう、もう、お許しを・・・」

「よーし、最初からそう言えば良いんだ」

 

 

最初からも何も、話をする前に実力行使されてしまったのですが。

 

 

「・・・それで、ご用件は何でしょう。そしてできればネジから手を離しぁうんっ!?」

「聞きたいことは他でも無い、お前が各方面に働きかけたと言う私とグリアソンの見合い話についてだ」

「・・・ああ、そのお話なら確かに私がセッティングさせて頂きました・・・ひぅっ!?」

「私は今、家族の酷い裏切りにあって傷心中なんだ。だからうっかりと手が滑ってしまうかもしれんが、寛大な心で許せ。ちなみに、私は許さん」

「ま、マスター・・・お、お待ちを、そ、そんなに強くされたら私――――――!?」

 

 

さらに30分ほど責め抜かれて、ようやく解放されました・・・。

正直、回線がいくつか飛びましたが・・・。

・・・ええと、何のお話でしたか・・・。

 

 

「見合いの話だ」

「ああ、はい、その話ですが、元々はマスターにも原因があることなのです」

「原因?」

 

 

マスターはもの凄く訝しげな表情を浮かべましたが、私が何故お見合いをセッティングしたかについてはわかりかねているようです。

しかしこれは間違いなく、マスターの過失も含まれているのです。

 

 

「・・・週に6回、内4回です」

「は?」

「アリアさんとフェイトさんの夜の性か・・・生活において良い雰囲気になるのは、平均して週に6回。そしてマスターは平均してその内の4回を妨害しております」

「はぁっ!?」

 

 

先日、アリアさんから相談されたのです。

最近、マスターが良く寝室に足を運ぶ・・・と。

マスターがどうにも嫉妬心豊かなのか、以前にも増してフェイトさんに絡んでいるのです。

結果として、新婚夫婦の夜を邪魔することに・・・。

端的に言えば、お邪魔虫なのです。

 

 

「・・・いや、それはだな、お前・・・」

「そこで私は考えました、いっそマスターも結婚してしまえばいいのでは無いかと」

「そこは待て」

「しかし残念ながら、マスターの夫になれるような人材はなかなかおらず・・・」

「いてたまるか!」

 

 

さよさんもアリアさんも家庭を持たれましたので、マスターもいかがかと。

・・・まぁ、正直それほどの熱意をもって実現させようとは思いませんでしたが。

大方、私が何気なく呟いているのを誰かが聞いて、噂が広がって事実に近い所にまで昇華されたのでは無いかと。

 

 

「・・・まぁ、相手が誰かまでは私も存じませんでしたが」

「何で、ナギじゃなくてグリアソンなんだ・・・?」

 

 

ナギさんは妻子持ちです、マスター。

ですが、どれほど真実に近かろうと噂です。

75日ほど放っておけば、自然と消えるかと・・・。

 

 

「消えるわけ無いだろうが!!」

 

 

ですよね。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

俺は今、極めて機嫌が悪い。

俺は自分が公明正大な人間であると思い上がったことは無いが、常に公明正大であろうとしている人間だと信じている。

 

 

そんな俺にとって嫌いな物が4つある。

不正、虚偽、不条理な暴力・・・そして中傷だ。

特に、妙な噂を信じて他者の名誉を傷つけるがごとき言動は、俺は憎んですらいる。

そのような行為は、この世から消えて無くなってしまえば良いのだ。

 

 

「元帥閣下、おめでとうございます!」

 

 

・・・新オスティア郊外での陸軍の演習を視察が終わった後、配下の若い士官がそんな声をかけてきた。

今日で何人目かわからんが、この後に言われることはわかっている。

 

 

「何でも、マクダウェル工部尚書とご結婚なされるそうで!」

「・・・貴様もか」

「は?」

「貴様もそんな根も葉も無い噂を信じて、俺ばかりでなくマクダウェル殿の名誉を傷つけるか!!」

「は・・・は!?」

 

 

どいつもこいつも、くだらん噂に振り回されるとは。

俺はともかく、マクダウェル殿の名誉を傷つけることは許さん。

そもそも、俺とマクダウェル殿が結婚だの見合いだの・・・。

 

 

・・・極めて光栄だ。

だが俺は、それでマクダウェル殿が傷つくのであれば、断固としてそれを否定せねばならない。

 

 

「まったく・・・どいつもこいつも」

 

 

演習場から新オスティアへ戻るべく歩きつつも、俺の苛立ちは募るばかりだ。

どこの誰が広めた噂か知らんが、俺の考えつく限り最悪の噂だ。

婦女子の名誉に傷を付けるような輩は、許してはおけん。

 

 

しかしだからと言って、噂を根こそぎ撲滅するようなこともできん。

現実的では無いし、何よりもくだらん。

 

 

「マクダウェル殿に迷惑がかかっていなければ良いのだが・・・」

 

 

ただ、それだけが気がかりだ。

俺の名誉など究極的にはどうでも良いが、あの方に浮き名など似合わない。

リュケスティスくらい名を馳せていれば、今さら一つくらい増えても良いのだろうか。

・・・いや、それはそれで問題だが。

いつかアイツも、温かな家庭を持ってほしいものだ。

 

 

「・・・元帥閣下!」

 

 

軍用車両に乗り込もうとしたその時、一人の士官が駆けて来た。

通信士官の中佐で、彼は俺に敬礼した後、報告してくる。

 

 

「宮内省から通信が入っております」

「宮内省? 国防省では無くか」

「はっ」

 

 

・・・少々、不思議に思ったが。

通信と言うなら、聞く義務が俺にはある。

 

 

「宮内尚書ドミニコ・アンバーサより、女王陛下のお召しである、すぐに参内願いたいとのことです!」

「女王陛下が・・・? 何事が危急の事態でも生じたのか」

「いえ、ただ参内せよとのことです」

「ふん・・・?」

 

 

ますますもって不思議だが、しかし女王陛下のお召しとあらば何よりも優先して赴かねばならん。

俺は通信士官に了解の旨を返信するように命じた後、新オスティアへの帰還を急ぐことにした。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「見合いをしろだとぉっ!?」

「ええ」

「お前、朝はそんなことは言わなかっただろうが!!」

 

 

私と一緒に昼食の席についているのは、フェイト、エヴァさん、クルトおじ様ともう一人。

給仕は茶々丸さん。

女王、夫君、工部尚書に宰相、王室女官長。

場合によっては、御前会議が開けるメンバーですね。

 

 

ちなみに何を話しているかと言うと、エヴァさんのお見合い問題です。

正直、私としても不用意に相談してしまったことを後悔し始めています。

 

 

「私も今では反省しております、マスター」

「本当にごめんなさい・・・」

「いや、アリアはこの際だから良い・・・茶々丸は後で仕置き続行だ」

 

 

だって・・・直前に部屋に入られたらどうすれば良いのかわからなくて・・・。

何の直前かは、まぁ、羞恥心の範囲内と言うことで。

 

 

「・・・まぁ、私としても今朝の段階ではどうでも良いことだと思ったんですが・・・」

「私にとってはどうでも良く無いぞ!」

「正直、ただの噂なら放っておいたのですが・・・」

 

 

非常に珍しいことに、クルトおじ様も困ったような顔をしておりました。

クルトおじ様が状況に流されていると言うのは、非常に珍しいですね。

そんなクルトおじ様の視線の先に、最後の一人。

 

 

「・・・うちも、旧世界側から聞いた時は本気でビビったんですけど・・・」

 

 

千草さんです。

昼食前の私の最後の面会者で、合弁事業の今後の展開や物的・人的交流に拡大について話した後、エヴァさんの噂について確認されて、本気でビックリしました・・・。

ど、どう言うわけで旧世界に・・・?

 

 

「うちも詳しくは無いんどすけどな、どうも・・・まほネットに情報が流れとるらしいんどす。エヴァンジェリンはんと元帥はんが見合いするんは、もう既成事実になっとるらしいんどす」

「なんでだ!?」

「いや、うちに聞かれても・・・」

 

 

千草さん自身もそこまではわからないのか、困惑した表情を浮かべておりました。

 

 

「長は、エヴァンジェリンはんにはとても世話になったから言うて・・・もしよければ、見合いの席は旧世界連合の旧関西呪術協会で用意すると言っとります」

「詠春が何で、私の見合いの会場を用意するんだ・・・?」

「そうですね、これはあくまでも王国側の問題ですので」

 

 

キラッ・・・と眼鏡を輝かせて、クルトおじ様が会話に入りました。

どこか、調子を取り戻してきた様子です。

 

 

「しかし、ここまで話が大きくなってしまった以上、見合いをしないわけにはいきません。まぁ、幸い個人的な話ですので・・・内密に見合いしたと言う事実を作るだけにしましょう」

「まぁ・・・うちらは別に構わへんけど」

「いや、う・・・マジ、か・・・?」

 

 

疲れたように項垂れるエヴァさんの様子に、私は溜息を吐きます。

どうしてこんな・・・ネットって怖いですね。

それにしたって、どうしてこんな急速にネットで噂が・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・そう言えば、今日のフェイトはいつにも増して無口ですね。

昨夜も邪魔されましたから、実は事態が進むのを静観しているのではないでしょうか。

 

 

「陛下、グリアソン元帥閣下がお見えになりました」

「・・・わかりました。謁見室に通しておいてください」

「は・・・」

 

 

知紅さんがグリアソン元帥の来訪を告げましたので、カップを置いて席を立ちます。

・・・さて、どう説明しましょうか・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

・・・2日後の夕方、私の抵抗も空しくグリアソンとのお見合いが敢行されてしまった。

実力行使以外では、私は実はかなり無力だ。

女王の名で布告が出されて、宰相府が間に立ってしまうとどうにもならん。

 

 

私はアリアの閣僚の一人だが、それは魔導学者あるいは技術官僚(テクノクラート)としての私が重用されているのであって、政治的センスを買われてのことでは無い。

 

 

「・・・とても良くお似合いです、マスター」

 

 

私に見合い用の振袖を着付けていた茶々丸が、満足気に頷いている。

見合いならコレと言われたが・・・私は黒地に金と淡い赤の柄が豪奢さと清潔さがバランスよく配された着物を着ている。

髪はまとめられて、色は黒で所々に金色で星が描かれている簪「夜空」が私を彩っている。

 

 

・・・うん、もう、アレだ、どこからどう見ても見合いだ。

私の人生が始まって600年。

見合いは、初めてだな・・・。

 

 

「何か思う所もあるでしょうが、そのようなお顔をされていてはお相手の殿方に失礼ですよ?」

「・・・言っておくがな、私もグリアソンも噂に乗せられてやってるんだ。3分で終わらせるぞ、こんなくだらんイベント」

「一応、国家事業としての見合いなので、結婚式とまでは言わないでしょうが・・・結構な長さになるかと思われます」

 

 

見合いで公的身分が出てくるのか!

出てくるのだろうな、立場上。

くっそ・・・ほぼ身内だけの見合いだが、実にくだらん・・・。

 

 

私が結婚などするはずが無いだろうに、いや、そもそも。

・・・できるわけが無い!

 

 

「まぁ、そんな毛嫌いせずに・・・そんなに悪い物でも無いですし」

「いつからそんな恋愛至上主義者のような発言をするようになった、茶々丸」

「別に、そのようなつもりはございませんが・・・」

 

 

噂の大本を作った本人が、何を言っているのか・・・。

確かに私は、アリアとフェイトの間に割って入ることが多かったかもしれん。

だがそれは規律と節度のためであって、けして嫉妬とかでは無い!

 

 

「そんなことを言っていては、いつまでたってもお孫さんができませんよ、マスター」

「誰が誰の孫だ、ボケロボ!」

 

 

いや、確かにアリアは娘のような存在ではあるが、それは何か違うだろう。

くっそ、やはり頭がおかしくなってるんじゃないかこのロボ・・・。

 

 

「それにしても、グリアソンには迷惑をかけるな・・・」

 

 

いや、私のせいでは無いが、私の従者が原因で流れた噂だしな。

まったく、グリアソンに恋人でもいたらどうするつもりだ・・・。

 

 

大体、私はまだナギを諦めていないぞ!

今は無理かもしれんが、いずれ私のモノにしてくれる。

そうすれば、事実上アリアの母にもなれると言うわけだ。

うむ、悪く無い・・・悪く無いな!

と言うわけで、今回の見合いは破談で決定だ。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ああー・・・面倒ですね。

ただでさえ仕事が多いんですから、面倒ごとを起こさないでくれませんかね。

成功しようとすまいと、私にはあんまり利益がありませんし。

 

 

「ははは、いやめでたいですね」

「・・・おじ様、棒読み過ぎます・・・」

 

 

旧世界連合の大使公邸の応接室、そこが見合いの場に急遽セッティングされました。

一応、非公式と言うことで・・・この場にいるのはアリア様、アーウェルンクス、アリカ様、ナギに私、絡繰さんだけです。

完全に少人数の身内だけで行われております。

あとは・・・まぁ、当然。

 

 

「マ、マママ、マクダウェル殿・・・」

「・・・何だ」

「ご、ごごご、ご趣味は・・・?」

「・・・家族サービス」

 

 

ガッチガチに固まって周囲が見えていないグリアソン元帥と、やけに無愛想な吸血鬼。

以上が、このお見合いの参加者なのですが・・・。

・・・私がここまでやる気が出ないのは、生まれて初めてかもしれませんねぇ。

 

 

本当なら、この事態を逆用して利益を得ようとするのですが。

どうも、この件に関してはやる気が出ません。

仕方が無いので、アリア様の可憐さとアリカ様の美貌を堪能しておくとしましょうか。

明日の活力に致しましょう。

 

 

「はい、ではまぁ・・・とりあえず、乾杯しましょう」

「そうですね・・・では、乾杯」

 

 

絡繰さんが運んできた夕食を前に、食前酒で乾杯します。

アリア様の音頭に合わせて、グラスを掲げて・・・夕食後に、吸血鬼と元帥が2人きりになる時間が用意されております。

・・・まぁ、破断でしょうねぇ・・・。

・・・やる気、出ませんねぇ。

何か、私のやる気を刺激してくれるイベントはありませんかねぇ。

 

 

「・・・む、この飲み物は美味じゃの」

「え、どれですか・・・ああ、これは私、知ってます」

 

 

夕食の最中に饗されたお酒の一つに、アリア様が興味を持たれたようです。

はて、アリア様はお酒に弱かったはずですが・・・。

 

 

「これは、フェイトが結婚式の夜に私に飲ませてくれた物なんです。ね、フェイト?」

「え・・・」

「ほぅ、婿殿がのぅ」

「はい、お母様。確か・・・エキュルラット・サンティユモン・・・でしたっけ。私、これだけは飲めるんです」

「いや、それは・・・」

 

 

アーウェウルンクスが手を伸ばして何か言いたげにしておりましたが、アリア様はアリカ様から受け取ったグラスに口を付けました。

そのまま、グラスの半分ほどを満たしていた赤い液体を、二息ほどで飲み干してしまわれました。

 

 

「それは・・・ルージュ・エトワール・・・」

 

 

止め損ねたアーウェルンクスが、そのお酒の銘柄を告げます。

ルージュ・エトワール・・・別名「赤い星」。

アルコール度数、まさかの50%です。

次の瞬間、アリア様はドタッ・・・とテーブルに突っ伏されました。

 

 

「・・・アリア」

「あ、アリア!? ど、どどどうした、しっかりせぬか・・・!?」

「アリアさんは、お酒にとても弱いのです。そして酔われると・・・」

「ん~・・・?」

 

 

アリア様はまるで眠っているがごとき動作で身を起こすと、ユラユラと頭を揺らしておられました。

これはいけません・・・と、私が席を立ってお傍に近付いた、その時。

 

 

「お・じ・さ・ま♡」

 

 

衝撃―――――。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

アリアが酒に弱いと言う話は、本人からも周囲からも聞いておった。

だがこれだけは飲めると言うので、不思議に思いつつもグラスに注いでやったのじゃが・・・。

・・・酔うとどうなるか、と言う話は聞いたことが無かった。

 

 

「あのねクルトおじ様、私・・・24時間、働きたいんです」

「い、いや、それはちょっと流石にどうかと・・・」

「・・・私のこと、お嫌いですか・・・?」

「い、いや、そのようなことは決して・・・け、けけ、決して・・・!」

 

 

顔を赤くしたアリアが、クルトに文字通り絡んでおる。

か、絡み上戸なのか・・・?

 

 

「いえ、甘え上戸です」

「甘え上戸!?」

「はい、アリアさんはお酒を飲むと甘え上戸になり、ひたすらにお仕事をねだり始めます。そして酔ったアリアさんに絡まれてお仕事を渡さない人間はおりません。かの新田先生でさえ、陥落寸前まで行かれました」

「に、新田?」

 

 

それが誰かは知らぬが、絡み方が意味不明じゃ。

そ、そんなに仕事がしたいのかの・・・いや、良い事には違いないのじゃが。

だとしても24時間と言うのは、流石に無理じゃろ。

 

 

その時、ドシャッ・・・と誰かが倒れる音が響いた。

誰かと思えば、クルトじゃった。

 

 

「ど、どうしたのじゃ、大丈夫かクルト!?」

「もう、ゴールしても、良いですかね・・・がくり」

「く、クルト―――――ッ!?」

 

 

ゴールも何も、「がくり」すら口で喋っておるでは無いか!

と言うか、何がどうなって・・・。

 

 

ぽふんっ。

 

 

その時、背中に何やら温かい物が。

何かと思えば・・・アリアが、私の背中に・・・。

 

 

「お母様ぁ~♪」

「こ、これ!」

 

 

このような場所で、この娘は・・・酔っておるにしても度が過ぎると言う物。

手がつけられぬ娘じゃ・・・ええいっ。

 

 

「しっかりせぬか、アリア!」

「お母様」

「な、何じゃ?」

「・・・好きです」

 

 

アリアを背中から引き剥がして肩を掴むと、今度は正面から抱きつかれてしまった。

そのまま、私の胸に顔を埋めてくる。

娘のその様子に何ともムズムズする、不思議な感覚に捉われて・・・いやいや。

 

 

「こ、これ・・・」

「ふかふかします・・・」

「む、む・・・」

 

 

16とは言え、そして結婚したとは言え、娘は娘。

幼い頃に放っておいたと言う負い目を感じぬはずも無いし・・・。

しかし、この子はもう女王じゃし・・・。

ぬ、ぬぅ・・・。

 

 

「・・・お仕事、ください?」

「結局それか!」

 

 

何をどうしたら、こんなに仕事仕事言う娘に育つのか!

と言うか、瞳を潤ませながら言うべきことではなかろうが。

ど、どうすれば良いのじゃ、この娘。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

・・・まぁ、身内しかいねーし、好きにしたら良いと思うけどよ。

さんざん騒いだ挙句、アリアは寝ちまうし、んでもって茶々丸とうちの嫁さんに寝室に運ばれていくし。

ちなみにアレだぜ、エヴァとグリアソンの旦那がは騒ぎの間に別の部屋に行ったぜ。

 

 

まぁ、後は若い奴ら同士で・・・と言うわけだな。

・・・正直、若いとは言えないけど。

つーか、600歳だしな、エヴァとか。

 

 

「おーぅ、どうした、今日は随分と飲むじゃねーか」

「・・・別に」

 

 

まぁ、今の俺はフェイトの相手で一杯一杯なんだがな。

意外とコイツ、イケる口なんだぜ?

だけど酔ってんだか酔って無いんだか、見分けがつかねぇんだよなぁ・・・。

 

 

とはいえ、こいつがワイン10本も空けるなんてのは珍しいな。

いつもは慎ましく1本で終わるのによ。

誰もいなくなった応接間で、フェイトと2人、酒を飲んでる。

悪くねぇな。

 

 

「・・・嵐のようであったな・・・」

「おぅ、お疲れさん」

 

 

その時、うちの嫁さんが戻ってきた。

疲れ切った様子で、俺の横の椅子に座る。

 

 

「飲むか?」

「・・・そうじゃの、頂こう」

 

 

アリカにもグラスを渡して、ワインを注ぐ。

それにしても、本当に飲むな、今日のフェイトは。

アリカが1杯飲む間に、3杯は空けてるぜ。

早ぇなぁ・・・。

 

 

フェイトは初めて出会った時から無表情だったけどよ、最近はちょっと違う種類の無表情だかんなぁ。

表情のある無表情・・・みたいな感じっつーの?

さーて、何か気に入らないことでもあったのかね?

 

 

「どうしたどうしたぁ、何だ、夫婦喧嘩か?」

「・・・別に」

「まぁ、確かに今日は婿殿は、やけに静かであったな」

「・・・別に」

 

 

別に、しか言わねぇし。

まぁ、良いけどよ・・・。

それに大体、こいつらの夫婦喧嘩ってアレだ、ウザいしな。

前に「どっちの方が素敵か」で延々と口論してやがったからな・・・。

 

 

ちなみに、俺も嫁さんで口論に参加しといたぜ。

後でアリカに殴られたけどな。

 

 

いやしかし、フェイトと最初に会ったのは、もう17年も前か。

いろいろあったけどよ、まさかこんな関係になるとは思わなかったな。

・・・いや、流石の俺もアーウェルンクスが娘と結婚するとか考えつかねぇって。

アリカの奴はガキの時に構えなかった分、あれやこれやと心配ばっかしてるみてーだし・・・。

アリアにしろネギにしろ・・・な。

 

 

「・・・もう一本、貰えるかな」

「お♪ 本当に行くねぇ」

「・・・別に」

 

 

・・・それにしても、ホントに不機嫌そうだな、こいつ。

何か、気に入らねぇことでもあったのか・・・?

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「まったく・・・見合いしたと言う事実だけが必要とは言え、随分と適当な扱いだったな」

「う、うむ・・・」

 

 

別室と言えば聞こえは良いが、半分外に面したテラスのような場所に放り出されてしまった。

しかも、グリアソンと2人で。

正直、そこまで親しいわけじゃないから、何を話せば良いのかもわからん。

それでなくとも、軍服姿のグリアソンがやたらに固い。

話題を振っても、明瞭な答えが返ってこん。

・・・いや、そもそも私がグリアソンに気を遣ってやらねばならん理由は、あんまり無いのだが。

 

 

「マ、マクダウェル殿」

「あん?」

「ほ、ほほ、星が綺麗だな」

「・・・曇ってるが」

 

 

残念ながら、今夜は曇りだ。

星はおろか、月も見えんぞ。

 

 

「う、うむ、曇りだな。美しい雲だ」

「・・・まぁ、人それぞれだとは思うが」

 

 

いったい、こいつは何を言いたいのだろうな。

雲を美しいと言う奴は、珍しいと思うが。

まぁ、私から話題を振るか。

 

 

「それにしても、今日は迷惑をかけたな」

「い、いや、そんなことは・・・」

「お前、恋人はいるのか? 好きな女は? だとしたら、妙な噂を作ってしまうな」

「いや、そんなことは無い!」

「そ、そうか」

 

 

最後だけやけに反応されたが、まぁ、いないなら良いか。

まぁ、浮き名の一つや二つ御しきれなくては、男が廃るというものだろう。

 

 

「ま、マクダウェル殿こそ・・・その、想い人や恋人などは」

「うん? ・・・フフ、おらんよ。そもそもな、グリアソン、私には人生の伴侶を定めて幸福に生きるようなことはできんよ」

「そんなことは・・・無いと思うが」

 

 

・・・お前は優しいな、グリアソン。

だが、私は誰かと愛を育むことを当然のように要求する権利を、すでに失っているのさ。

この600年で、私がしてきたことを考えればな。

 

 

それでなくても、不老不死のこの身体。

いつかも言ったが、私は「こんな身体(ナリ)」だから。

「こんな身体(ナリ)」。

この言葉に込められた意味を知るのは、私だけだ。

受けた物を返せない身体。

 

 

だから私は、ナギへ(かなわない)想いを言い募り続けるのさ。

ナギが私に靡かないことなど、とっくの昔にわかってる。

仮に靡いたとしても、それはナギとアリカの仲を裂くことに他ならない。

アリアの両親を、引き裂くことに他ならない。

そんなことは、できない。

だからナギも、何も言わない。

アリカも・・・。

 

 

「マクダウェル殿!」

「・・・っ、な、何だ!?」

 

 

私の顔をじっと見つめていたグリアソンが、急に大きな声を出しおった。

な、何だ、本当に今日のコイツは意味不明だな。

 

 

「マクダウェル殿・・・いや、エヴァンジェリン!」

「・・・・・・まぁ、何だ」

「だから、その・・・」

 

 

勝手に人のファーストネームを呼ばれたのはアレだが、今日は迷惑をかけたことだし、許してやることにした。

・・・それから・・・。

 

 

「俺と―――――」

 

 

胸に手を当てて、何かを訴えかけるグリアソン。

それは・・・。

グリアソンの「その言葉」を聞いた私は――――――。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

その日の俺の夕食後の最後の仕事は、エリジウム大陸北部の農工業の生産見通しについての報告を民政部門の官僚から受けることだった。

俺は総督就任と同時に自分の権限を軍事と民政に分け、それぞれに補佐を置いた。

ちなみに、軍事補佐の高等参事官はあのガイウス・マリウス提督だ。

 

 

エリジウム大陸北部は元々、豊かな農業生産と鉱物資源に恵まれた豊かな土地だ。

ちなみに南部は工業生産が高い土地だ。

我が女王のエリジウム侵攻以前の経済制裁でかなりのダメージを受けたとは言え、この半年で社会インフラの復旧に努めた結果、回復の兆しを見せ始めている。

 

 

「まず、エリジウム北部の人口はおよそ7000万人、その内のおよそ3800万人が労働力人口であり・・・」

「穀物と肉類の最低価格統制法によって、インフレは収束の兆しに・・・」

 

 

文官達の報告に頷きながら、俺は同時に思考を進めてもいる。

・・・エリジウム北部の1年の穀物生産量は、ピーク時で小麦3000万トンを中心に7600万トン。

漁業資源も豊かであり、畜産業も盛んで自給率は極めて高い。

現在はダメージからの回復期であるから、ピーク時の6割程度の生産に落ち着いているようだ。

 

 

そして何より重要なのが、72種類の豊かな鉱物資源を背景とする鉱業だ。

農業もそうだが、鉱業の面では本国の数十倍の産出量を誇っている。

旧連合統治時代のピーク時には、例えば鉄は1年でおよそ2億5000万トンを生産していた。

ちなみに我がウェスペルタティアは1270万トンで、差は歴然としている。

他にも、魔法世界最大の資源国である帝国ですら生産できない希少金属も多数産出するのが、ここエリジウムだ。

つまり、俺の管轄領域は本国の我が女王をはるかに上回る生産力を有している・・・。

 

 

「・・・総督閣下?」

「・・・ああ、ご苦労だった。下がってよろしい」

「はぁ・・・」

 

 

訝しげな顔をする文官達を下がらせた後、俺は椅子に深く座りなおした。

・・・やれやれ、どうもくだらんことに考えが及んでいたようだ。

総督執務室の壁に視線を向ければ、そこには我が国の国旗と我が女王の軍旗の間に、我が女王の肖像画がかけられている。

 

 

宝石の散りばめられた王冠と黄金の剣、そしてサファイヤとラピスラズリで装飾された金の王錫。

王権の象徴を身に着けた我が女王の肖像画。

我が女王は自分の石像や銅像を作ることを固く禁じる一方で、肖像画については自由にさせている。

奇妙な拘りを持っているようだが、それは別に嫌では無かった。

ただ・・・。

 

 

『総督閣下、お休みの所、失礼いたします。グリアソン元帥からプライベート通信です』

「・・・繋げ」

『はっ』

 

 

・・・プライベート通信だと?

確か昨日もかけてきていなかったか、『リュケスティス、俺はどうすれば良い!?』とか意味不明なことを言っていたが・・・。

そして今日も、どうやら意味不明なことを聞かされるようだった。

 

 

「何だ、グリアソン・・・何、ダメだった? そんなことを俺に言ってどうする・・・」

 

 

ふと、壁にかけられた我が女王の肖像画をもう一度見る。

・・・我が女王は、今頃何をしているのかな。

少なくとも、傷心の友人を慰めたりはしていないだろう。

今頃、あの白髪のご夫君と睦んででもいるのかな・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・頭、痛いです・・・」

「今度からは、お飲みになる前に確認してください」

「すみません・・・」

 

 

かすかな苺の香りが漂う寝室で―――苺のアロマキャンドル―――私は、ベッドの上で茶々丸さんに膝枕されておりました。

どうやら酔っていたようで、目が覚めた時はやたらに頭が痛かったです・・・。

今は痛み止めの魔法薬のおかげで、ほぼ治ってきました。

 

 

「うーん、今回はごめんなさい、茶々丸さん・・・」

「いえ、私は問題ありません。ですが・・・」

「・・・はい、エヴァさんには、やっぱり自分でちゃんと言わないと、ですね」

 

 

夜、急に寝室を訪れるのはやめてほしいと、ちゃんと言いましょう。

少なくとも、事前に行くと連絡があれば問題も減ると思いますし。

明日、ちゃんと謝らないと・・・エヴァさんに。

それから・・・。

 

 

「・・・起きてたの」

「あ、フェイト・・・」

「それでは、私はこれで・・・お休みなさいませ」

 

 

しばらくして、フェイトが寝室にやってきました。

ただ、エヴァさんのお見合いの時に着ていた白いスーツのままです。

着替えに行っていないのでしょうか・・・?

 

 

フェイトを見た茶々丸さんが私から離れて、寝室から出て行きます。

私は軽く頭を振りながら、ベッドの上に座ったまま、フェイトを見つめます。

・・・?

あれ、何か、様子が・・・。

 

 

「・・・フェイト?」

 

 

ゆっくりとした足取りは、いつも通りですけど。

でも、やっぱりどこか違う気もします。

はて、どうしたので、しょ・・・っ?

 

 

    ギシッ

 

 

ベッドの、軋む音。

・・・へ?

ぽすっ、と私の頭が枕の上に倒れて・・・と言うか、はぇ?

どうして私、フェイトに・・・?

 

 

「・・・気分は?」

「え、えっと・・・お騒がせ、しました?」

「別に、それは構わない」

 

 

・・・お酒の、匂い?

えと、フェイト・・・怒って、ます?

な、何で・・・?

 

 

「あ、あの、私・・・皆に、迷惑を・・・」

「・・・クルト・ゲーデルと先代のアリカ女王には、かけたかもしれないね」

「あ、そ、そうですか・・・おじ様と、お母様に。それは明日、ちゃんと・・・」

「・・・僕には、来なかったけどね」

「へ・・・?」

 

 

軽くベッドを軋ませながら、フェイトの右手が私の顔のすぐ横に。

そして左手は・・・シュッ、と音を立てながらネクタイを解いています。

え、あの・・・え?

 

 

「僕の所には・・・来なかったね」

「・・・あの、何の話・・・?」

「わからない?」

 

 

何を言われているのかわからなくて、小さく頷きます。

するとフェイトの右手が私の頬に触れて、指先でゆっくりと頬を撫でました。

触り方が、何とも、その・・・ゾクリと、します。

 

 

「僕の所には、来なかった」

「あ・・・う、その・・・ごめんなさ、い?」

「・・・何を、謝っているの・・・?」

 

 

そ、そんなことを言われましても。

正直、覚えていないと言うか、何と言うか・・・。

こ、こう言う時に限って、エヴァさんは来てくれませんし。

あ、あ・・・ちょ、だめ・・・!

 

 

「・・・そう。なら・・・わかるまで」

「・・・ぁ・・・っ」

「・・・仕方が、無いね」

 

 

 

――――ギシッ――――

 

 

 

その夜は結局、最後まで、どうしてフェイトが怒っているのか、わかりませんでした・・・。

・・・今までで一番・・・激しかった、です。

 




新登場アイテム:
ルージュ・エトワール:黒鷹様提供。
夜桜・苺アロマ:スモーク様。
王錫:リード様。


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第7回広報

アーシェ:
はい、アーシェです!
うーん、おっかしぃですねぇ・・・最後、結局、陛下達の話になったような。
そろそろですかねー。
・・・あ、それで今日のお客様なんですけど。

ミク:
ひゃっほ―――っ、みんな、元気――――!
・・・じゃなくても良いですよっ。

アーシェ:
・・・この画面の中にいるのが、そうなんですけど・・・。

ミク:
くふふふふふ、適当に噂を広めてみたですが、なかなか面白いでーすねー?

アーシェ:
・・・私としても、初体験。

ミク:
私達の話もまだできてませんし、マスターも最近はあまり構ってくれませんし・・・。

アーシェ:
・・・ある意味、究極の広報手段なのかなぁ・・・?

ミク:
・・・じゃっ、私はこれから世界を救いに行かないといけないんでー。

アーシェ:
いや、どんな世界を救いに行くのさ・・・あ、今回のベストショットは・・・うーん・・・。

「元帥に返事を返す、マクダウェル尚書」

・・・しんみりですねー・・・。

ミク:
私達のおかげですねっ。

アーシェ:
帰れ!


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アフターストーリー第8話「オスティア犯科帳・前編」

伸様・まーながるむ様・ATSW様・灰色様のご希望要素が含まれます。
また、鬼○犯科帳的な描写があるやも。
では、どうぞ。


Side アーニャ

 

5月1日(旧世界時間では4月1日)、私は久しぶりに魔法世界に行くことになった。

1月のアリアの結婚式以来だから・・・4か月ぶりぐらいかしらね。

理由は、ヘラス帝国皇帝の結婚式に招待されたから。

 

 

「本当なら私が行きたいのだけれど、来週から旧世界連合の総会がアメリカで開かれる予定で、調整がつかないのよ」

 

 

4月の中旬にメルディアナ魔法学校の校長室に呼び出された私は、ドネットさんにそう言われた。

旧世界連合は帝国とは交流が無いから、必ず行かなければならないわけじゃない。

けど招待その物を無視してしまうと、後々のためにならない。

 

 

そこで、旧世界連合は全権を与えた代理を出席させることにしたの。

そしてその人選で、5年前の戦い以降、何かと向こうの要人と関わりがある私が選ばれたってわけ。

 

 

「授業も大変でしょうけど、お願いするわ。向こうで何かあったら、日本のアマガサキさんに相談して頂戴。何せ魔法世界政策の全権を任せられている有能な人だから、頼りになるはずよ」

 

 

確かに、何度か面識はあるけれど。

でも・・・失礼だけど、そこまで仕事がデキる人には見えなかった。

だけど実際に魔法世界での旧世界連合の利益を確保してるんだから、きっと私の目の方が間違ってるのね。

 

 

とにかく、私は5月1日の午前に魔法世界に入って、まずは天ヶ崎さんに挨拶に行った。

それから天ヶ崎さんと昼食を一緒にして、夕食はシオンとヘレンと一緒にした。

そして旧オスティアの村に行って、お母さんの家で眠った。

久しぶりに食べるお母さんの朝ご飯は、凄く美味しかった。

それで・・・。

 

 

「遠路ようこそ、歓迎します。ココロウァ特使」

「過分な歓迎、感謝致します。ウェスペルタティア王国女王陛下」

 

 

ウェスペルタティア王国宰相府に赴いて、女王陛下に挨拶。

2日・・・つまり、今日のお昼に、アリアに会ったの。

まぁ、お互い立場があるから、昔みたいに手を合わせて再会を喜ぶなんてことはできないけど。

宰相府の応接間で、向かい合って座るのが限界。

 

 

それにしても・・・んん?

茶々丸さんが出してくれた紅茶に口を付けながら、不躾にならない範囲でアリアの顔を見る。

白い肌に、薄い紅色の頬・・・昔から綺麗な子だったのはわかってたけど。

何と言うか、ますます・・・?

 

 

「ココロウァさん?」

「あ、ああ、いえ、大丈夫です」

 

 

ちょっと見つめすぎたのか、アリアが怪訝そうな顔を浮かべてた。

慌てて大丈夫だと伝えると、アリアは安心したみたいに微笑んだ。

・・・や、やっぱり、前より綺麗になってる・・・?

 

 

「良かった・・・ではクゥァルトゥムさん、お願いしますね」

「・・・了解」

「へ?」

 

 

いつの間にか、アルトが応接間の扉の前に立ってた。

何か、相変わらず不機嫌そうな顔をしてる。

・・・それを見て、少し安心する自分が、何か腹立つ。

 

 

で、でも、いつの間に?

わ、私がアリアに見惚れてる間に、どんな話が展開されてたの?

 

 

「当日までに、我が国の艦艇で帝国までお送りします。それまでの間は、私の義弟がココロウァ特使のお世話をさせて頂きます」

「へ・・・?」

「え・・・何か?」

「・・・い、いえ、その・・・ありがとうございます」

 

 

表向きはそう言ってるけど―――いや、ここで「良いです」とか言えないし―――私の内心は、まったく別のことを叫んでた。

何と言うか・・・。

 

 

いや、ちょ、何で私がアルトなんかに世話されなきゃいけないわけ!?

アリアも何「良い事しました」みたいな顔してるのよ、仕事のしすぎでおかしくなってない!?

あ、仕事のしすぎでどうにかなるなら、もっと前になってるわね、つまりシラフ!

・・・もっと悪いじゃない!

ちょっと、もうっ・・・ただでさえ気まずいんだからさぁ~~~~!

 

 

 

 

 

Side 暦

 

アーニャが帰った後、女王陛下はフェイト様と一緒に昼食。

てっきりアーニャも一緒にするのかと思ったけど、クゥァルトゥム様と一緒に宰相府から出た。

街でも案内するのかしら・・・。

 

 

「女王陛下、お薬のお時間です」

「・・・ああ、そうでしたね。ありがとうございます」

 

 

昼食が終わるのを見計らって、お水とカプセル剤を乗せた小さな盆を女王陛下の前に出す。

お薬と言っても別にそんな大した物じゃ無くて、ただの風邪薬、それも依存性の弱いタイプ。

最近、女王陛下は微熱が続いていて・・・フェイト様もとても心配してるみたい。

まぁ、それでもお仕事には差し支えない程度らしいけど・・・。

 

 

「ん・・・ありがとうございます。下がって構いません」

「はい」

「・・・ああ、暦君。悪いけど、栞君にコーヒーを持って来て欲しいと伝えてくれないかな」

「かしこまりました」

 

 

空になったコップと水差しの乗った盆を持って、食堂から下がる。

・・・すっかり、ただの侍女になっちゃった気分。

もちろん、それを望んだのは私だけど。

 

 

「それで、次の仕事は何・・・」

「イスメーネ伯爵と言う方と会見を・・・」

 

 

でも・・・やっぱり、考えてしまう。

もし、あの場所にいるのが私だったらって・・・どうしようも無いことを。

そんなことを考えてしまう度に、溜息を吐いてしまう。

環達は、どう思ってるのかわからないけど・・・私とは、少し違う気もする。

 

 

「あ、暦さん。こんな所にいたんですか」

「・・・あ、ハンナさん」

 

 

女王陛下とフェイト様のいる食堂から少し離れた廊下で、侍女仲間の一人とはち合わせた。

ハンナって言う私より一つ年上の女の人で、ウェスペルタティア西部出身の人族。

詳しいことは知らないけど、3か月くらい前から一緒に働いてる。

気立てが良くて優しくて、侍女仲間からも慕われてる。

軽くウェーブのかかった金髪が、窓から漏れる日の光を反射してるみたいに輝いて見える。

 

 

「厨房のスズキさんが、呼んでおりましたよ」

「スズキさんが・・・何だろ」

「さぁ、たぶん食材の納入に関してだと思いますけど」

「ふぅん・・・」

 

 

でも困ったな、盆を下げて栞に所に行って、それからになっちゃうんだけど・・・。

 

 

「ああ、そのお盆は私が帰しておきますね」

「あ、本当? ありがとう!」

「いえ・・・陛下専属の医師の所に行けば良いのですね」

「うん、そう」

 

 

私が盆を返す場所を教えると、ハンナさんは軽く頷いて引き受けてくれた。

女王陛下のお薬は、国立オストラ病院のレイヴン・ブラックさんが作ってるの。

で、管理は陛下専属の侍医がやってる。

盆や水差しも、暗殺とかあっちゃいけないから、何重にも監視しながら扱う。

 

 

まぁ、お盆の返却とかならそこまでじゃないけど。

それから、何人かの侍女仲間とすれ違いながら、私は栞の所に急いだ・・・。

 

 

 

 

 

Side エミリー

 

・・・これは、いったい。

アーニャさんの服の中で丸まりながら、私は外の様子をチラチラと窺っています。

外と言っても、新オスティアの街並みを見ているわけじゃ無いです。

 

 

むしろ何と言うか、街を見てる場合じゃないです。

私、小動物的にピンチです。

 

 

「・・・ねぇ」

「・・・何」

「疲れたんだけど」

「・・・」

 

 

・・・し、無視(シカト)しました――――!

クゥァルトゥムさん、アーニャさんを無視しましたよ!?

 

 

アーニャさんは今、クゥァルトゥムさんと連れ立って新オスティアの市街地を歩いてます。

相変わらず多様な人種が歩いてる国際都市ですけど、でも今はそんなことを気にしてられません。

宰相府で帝国への旅程の予定について担当者と1時間ほど話した後、のんびりと移動してたんですけど。

でも、雰囲気が全然、のんびりじゃ無いです・・・。

人ごみの中、クゥァルトゥムさんから30センチほど離れた後を、アーニャさんが歩いてます。

 

 

「・・・ねぇ」

「・・・何」

「・・・どこに行くのよ」

「・・・」

 

 

・・・ま、また無視(シカト)しました――――!

クゥァルトゥムさん、アーニャさんの質問に答える気が皆無ですか!?

アーニャさんのこめかみに、心なしか青筋を浮いてるように見えるのは気のせいでしょうか。

 

 

かと思えば、クゥァルトゥムさんが急に立ち止まりました。

その背中にぶつかる直前で、アーニャさんも立ち止まります。

 

 

「ちょ・・・何よ!」

「・・・疲れたんだろう」

 

 

クゥァルトゥムさんの視線の先には、小綺麗な路上カフェがありました。

・・・え、何ですかそれ、キュンと来たんですけど。

その無愛想で不良然としていながらも実は優しいんだよ、的な行動は何なんですか。

 

 

「・・・わ、わかってんじゃない」

「・・・ふん」

 

 

そして何でしょう、このアーニャさん。

素直になれないだけで本当は嬉しい、みたいなその態度。

半年くらい前までは、もっとこう・・・頑なだったじゃないですか!

ちょ、私の知らない間に何が・・・。

 

 

ドンッ・・・。

 

 

アーニャさんに、誰かがぶつかりました。

服の中にいる私は、むぎゅっ、と潰されました。

 

 

「あ・・・ごめんなさいっ」

「え・・・ちょっ、待っ・・・エミリー、大丈夫?」

「だ、大丈夫です・・・」

 

 

服の中からモゾモゾと出つつ、アーニャさんにそう答えると・・・軽くウェーブのかかった金髪の女の人が、どこかに人ごみに紛れこもうとしているのが見えました。

・・・あ、また人にぶつかってる、ドジな人なのかなー・・・。

 

 

・・・と、思った次の瞬間、クゥァルトゥムさんが目の前から消えました。

私達の目の前から消えて・・・気が付くと、さっきの金髪の女の人とぶつかった男の人の右手を、捻り上げていました・・・。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

「あででででででっ!?」

 

 

先ほどあの女(アーニャ)にぶつかった女・・・にぶつかった男の右手を捻り上げている。

ギシギシと骨を軋ませ、折れる寸前まで。

 

 

「あででで、あーででででっ!?」

「・・・これ、キミの?」

「え・・・」

 

 

僕の手の中にある物を、金髪の女に見せる。

・・・どこかで見た気もするけど、人間の顔を覚えるほど暇じゃ無い。

そして僕の手の中にあるのは、小さな赤い袋。

男がスった際に傷がついたのか、留め紐が半分とれていて中身が覗いているけど。

中身は・・・。

 

 

「・・・薬?」

「・・・っ」

 

 

赤い小さな袋の中身は、何の変哲も無いカプセル剤だった。

透明なカプセルの中には、白い粉が入っている。

それが、袋の中にぎっしりと詰まっている。

 

 

「・・・ふん?」

 

 

・・・どう言うわけか、金髪の女は顔色を青くして駆けて行った。

袋を見て、次いで僕の顔を見て、そして顔を青くしていたようだけど。

・・・この薬、何かあるのかな。

 

 

「・・・ねぇ、キミ」

「あででででっ!? な、何だよぉ!?」

「これ、何か知ってる?」

 

 

片手で器用に袋の中を探り、カプセル剤を一つだけ摘まんで見せる。

スリの男は、関節を極められる痛みに顔を歪めながらも、怪訝そうな表情を浮かべてカプセル剤を見た。

それから、首を傾げつつ・・・。

 

 

「・・・何ですかい、そりゃあ?」

「知らないの?」

「へ、へぇ・・・」

「・・・ふぅん」

 

 

・・・本当かな。

本当は知っていて、盗もうとしたんじゃないかな。

あるいは、相手の女が逃げてしまったのを考えれば、実はグルで受け渡し方法がスリだったとか、無いかな。

その可能性も、あるよね。

いや、むしろ、そうであってくれた方が僕としては楽しいね。

最近、あまりそう言うことには駆り出されていなくてね・・・。

 

 

「・・・ひっ!?」

 

 

ふん、何を怯えているのだろうね、この人間は。

僕はただ、キミのお喋りを少しばかり、手伝ってあげようと言うだけなのにね。

さて・・・。

・・・どうやって。

 

 

「クゥァルトゥム・アーウェルンクス!」

「・・・」

 

 

ちっ・・・と舌打ちしつつ振り向くと、あの女(アーニャ)が立っていた。

赤い髪に、同じ色の燃えるような瞳の女。

さらに良く見れば、僕達の周りだけを避けるように、人間共が輪を作っていた。

不躾な好奇の視線は、あまり好きじゃ無いね。

・・・人間、風情が。

 

 

「・・・軽犯罪者の拘引に、立ちあっても?」

「・・・お好きに」

 

 

その言葉に、スリの男がホッと身体を弛緩させるのを感じる。

だから、さらにキツく腕を極めてやった。

さて・・・。

 

 

「逃げた女は、どうしようかな」

「あ・・・じゃあ、私、追いかけてみます!」

「え・・・エミリー! ダメよ、危ないわ!」

「大丈夫です、さっきぶつかった時に、匂いも覚えたので・・・すぐ戻りますっ!」

 

 

あの女(アーニャ)が呼び止めるのも聞かずに、オコジョ妖精が飛び出して、人ごみの中に消えた。

群衆の足元を器用に抜けて、オコジョ妖精の姿が見えなくなる。

・・・まぁ、使い魔なのだから契約で繋がっているだろう。

 

 

それよりも、今は・・・この薬か。

はたして、久しぶりに何か、面白いことになってくれるのかな・・・。

そんなことを考えながら、僕は群衆をかき分けて近付いてくる警官を見つめていた。

 

 

 

 

 

Side 環

 

カツンッ、カツンッ、カツンッ!

 

 

「・・・今日も、お疲れさまでした」

「でしたー」

「ど、どうしていつも、角をぶつけ合うの・・・?(クルックー?)」

 

 

陸軍竜舎の最後の点検も終わって、私は同族のキカネと角をぶつけ合いながらお互いを労わる。

ドロシーはいつもと同じ質問、いい加減、ちょっとしつこい。

竜族は、お互いの角をぶつけるのが挨拶って、何度言えばわかってくれるの。

ルーブルはまだ子供だから、わからないかもしれないけど。

子供は、角をぶつけちゃダメ。異性ならなおさらダメ。

 

 

カツンッ、カツンッ、カツンッ!

もう一度キカネと角をぶつけあって、それで終わり。

・・・本当は、両方の角を使うんだけど、キカネは片角だから。

 

 

「じゃあ、また明日」

「明日は朝の5時半からね」

「じゃあ、また・・・(クルックックー!)」

 

 

ルーブルが私の頬に頭を擦りつけて、それでお別れ。

また明日。

空を見上げれば、夕焼けに赤く染まってる。

 

 

竜舎から出て、陸軍の竜舎管理事務所の短距離転移ポートへ。

精霊炉を原動力とするこの転移装置も、今年から本格配備。

まだ短距離(具体的な数字は、軍事機密)だし、小人数しか運べない。

軍用に少量しか生産されていないって言うし・・・女王陛下のお部屋とかには、もちろんついてるけど。

 

 

「あ、環! 環も帰りなの?」

「暦」

 

 

宰相府内に設置されてる転移ポートエリアに出ると、そこで暦とはち合わせた。

 

 

「暦も、どこかに行ってたの?」

「ああ、うん。クママさんの所に行ってたの」

「クママさん?」

 

 

知ってる、新オスティアの酒場で働いてるクマの人。

5年前から、何かとお世話になってる。

ちなみに凄く強い、子供に大人気。

 

 

「最近、スズキさんって人事に異動したらしくてさー・・・」

「ふんふん」

「何か、クママさんに辞令? 的な物が出て・・・何か、女官になってくれないかってさ」

「ふーん」

 

 

クママさん、王宮に来るんだ。

それは、ちょっと楽しみかも・・・。

 

 

「失礼」

 

 

その時、急に道を塞がれた。

廊下を歩いていたんだけど、前後に合わせて5人の男の人が現れた。

ウェスペルタティアの紋章の入った、黒い服を着てる。

 

 

「失礼ですが、王宮女官の暦様でいらっしゃいますね?」

「・・・そうですけど・・・」

「申し訳ありませんが、ご同行願います」

 

 

抑揚の無い口調で、前面の3人の真ん中の人が喋る。

凄く、事務的。

でも、だからって私達まで事務的にならなきゃいけないわけじゃない。

 

 

「・・・誰」

「これは申し遅れました。我々、こう言う物です」

 

 

男の人が出したのは、王国官僚が持つ平均的な身分証明書。

そこには、写真と、所属が記されていて・・・。

 

 

「宰相府、公安調査局・・・」

 

 

知ってる、政治警察。

秘密警察ではないけれど、外部の情報を収集する親衛隊防諜班と対を成す、王国内部の調査機関。

でも、何で、そんな人達が暦に・・・?

 

 

暦と視線を交わすと・・・不安そうだった。

それで、私の行動も決まる。

皆に・・・そして、フェイト様に知らせないと。

暦が、危ない。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・今、何と申しましたか」

「暦さんを始めとする王宮女官6名を捕縛致しました・・・重要参考人として」

 

 

・・・暦君?

ピクリと・・・書類をファイルに綴じていた手を止める。

アリアの処理が必要な書類には、形式的な物と実際的な物がある。

だからこうして整理することで、決済の速度を上げられるようにすることができるわけだね。

 

 

「私は、聞いておりませんが」

「火急の用件と判断いたしましたので、暫定内閣法の規定に基づき、私が決定致しました。事後承諾となってしまったことをお許しください」

「・・・火急・・・? 私の夫の侍女を無断で拘束する程の火急の事態があるのでしょうか」

 

 

暦君が、拘束された。

それも宰相府・・・とどのつまりはクルト・ゲーデルの部下によって。

僕はもちろん、アリアも知らない内に。

 

 

「まぁ、まずはこれをご覧ください」

 

 

そう言ってクルト・ゲーデルが指を鳴らすと、黒服を着た彼の部下が2人ほど入って来た。

彼らの押す台車には小さな薬瓶と、小さな水槽に入った小さな魚。

あの薬は、確か・・・。

 

 

「・・・私が服用してる、風邪薬じゃないですか」

 

 

そう、アリアがここ10日ほど飲んでいる風邪薬。

どうも最近、微熱が続いているらしくてね。

 

 

クルト・ゲーデルはアリアの言葉には答えずに部下を下がらせると、薬瓶を手に取った。

そしてその中の一粒を取り出し、カプセルを開いて水槽の中に注いだ。

すると数秒後には・・・水槽の中の魚が、もがき苦しんで死んだ。

プカ・・・と、身体を変色させて、浮かんで動かない。

 

 

「おわかりかと思いますが、あえて言わせて頂きます。これは毒薬です」

「毒・・・」

「調査の結果、ストロフェルトと言う種類の極めて強力な毒薬であり、効果の見ての通りです」

 

 

ストロフェルト。

パルティア奥地の特殊な植物から採取できる毒薬。

平均的な成人男性で言えば、致死量は3ミリグラム以下、解毒剤は無い。

変な話だけど、裏の世界で入手しようと思えば10グラムで30万ドラクマはするだろう。

 

 

「・・・それがどうして、暦君の捕縛に繋がるのかな」

 

 

僕が尋ねると、クルト・ゲーデルは僕のことを見つめた。

僕には、アリアと閣僚の間の会話に割り込めるだけの政治的権限は無い。

僕に認められているのは、あくまでも非公式な権利なのだから。

 

 

「・・・端的に言えば・・・」

 

 

ただそれでも、クルト・ゲーデルは答える。

相手はあくまでも、アリアだけど。

アリアへの報告と言う形で、クルト・ゲーデルは僕の質問に答える・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「順を追って説明致しましょう・・・もっとも、私がアリア様に順を追って説明しなかったことはありませんが」

 

 

一言余計です。

目でそう促すと、クルトおじ様は眼鏡を指で押し上げました。

それから懐からもう一つ、別の小瓶を取り出しました。

私の風邪薬の薬瓶とまったく同じ瓶と薬。

 

 

「ちなみにこちらは正真正銘、アリア様の風邪薬です」

「はぁ・・・」

「なお本日、新オスティアの路上で4番目のアーウェルンクスが捕縛したスリが所有しておりました」

「・・・は?」

 

 

・・・何で、私の薬瓶を新オスティアのスリが持っていたんですか。

スリはスリで問題ですけど、観光客の多いこの街では珍しくはありません。

軽犯罪の撲滅も、難しい問題の一つですからね。

と言うか、4番目・・・クゥァルトゥムさんですよね。

アーニャさん、一緒だったはずですが。

 

 

「そしてこちらのそっくりな毒薬の薬瓶、こちらはアリア様専用の薬棚にありました」

「・・・すり替え」

「まぁ、すり替えですね」

 

 

フェイトの言葉に、クルトおじ様が無視を装った返事を返します。

 

 

「事は単純にして明快、本日、アリア様の薬棚の風邪薬が毒薬とすり替えられました」

 

 

特に言葉を飾ることも無く、クルトおじ様ははっきりと言いました。

私の風邪薬が、毒薬にすり替えられていたと。

つまり、暗殺。

 

 

「・・・にしては、回りくどいようですが」

「ですが、アリア様が微熱気味であることは、お世話をする侍女であれば誰でも知っております。そして、医務室のカルテを見れば、明日もお薬を飲む可能性が高いこともわかるでしょう」

「・・・」

「あるいは、毒薬にすり替えられることをこちらに伝える意図があってのことかもしれませんが・・・」

 

 

もう一度、眼鏡を押し上げるクルトおじ様。

ただ、いつもの飄々とした雰囲気ではありません。

 

 

「もし、すり替えが昨日行われていたとしたら?」

「・・・」

「本日の昼食後、アリア様は昨日までと同じように迷い無く、侍女の差し出すお薬をお飲みになっておりました。もちろん監視体制は万全ではありますが、本日、実際に起きてしまいました・・・もし、昨日だったら」

 

 

もし、昨日だったら。

私は、間違い無く死んでいたでしょう。

だからクルトおじ様は、多少の独断専行を承知で果断速攻、動いた。

 

 

「アリア様にお薬をお渡ししたのは、暦さんを含めて7名。とりあえずはその7名を重要参考人として拘束致しました。絡繰さんがその中に入っていないのは、この際は好都合と考えるべきでしょうか」

 

 

その他、宰相府の医務室の医者、看護師、定期的な出入りができる人間が合計で24名。

そちらは、宰相府の公安調査局が監視しているとか。

ですがどうやら、クルトおじ様はそちらの線は薄いと判断しているようで・・・。

 

 

「・・・ですが現在、一人だけ行方を掴めぬ侍女がおります」

「誰です?」

「詳細は私もまだ存じませんが・・・ハンナと言う名前の侍女だとか」

 

 

ハンナ、さん・・・。

・・・さて、あまり良くは知らない方ですが。

 

 

「なお、暦さんの他には、親衛隊副長を兼ねる霧島知紅、ユリア・・・」

 

 

・・・どうも、事態はかなり大きい方向に動いているようですね。

帝国への外遊も含めて、外交環境は油断できない状態ですし。

ヴェンツェル事件からこっち、汚職の摘発と綱紀の粛清で内政も慌ただしいですし。

気のせいで無ければ、時が経つほどに面倒事が増えて行く気がします。

 

 

・・・ふと、フェイトの顔を見ます。

正直に、言って・・・どんな顔をしていてほしいのか。

私にも、わかりません。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

「・・・エミリー、帰ってこないわね」

「・・・」

 

 

特に答える必要は感じなかったから、僕は何も言わない。

場所は変わらず、あの路上カフェだ。

もう6時間以上は居座っているから、店主が何か言いたげに僕らを見ている。

知ったことじゃ無い。

 

 

「エミリーとは契約で繋がってるから、場所はわかるはずなのに・・・」

「・・・」

 

 

どうやら、契約による通信が途切れているらしい。

それだけでどうと言うわけじゃない、使い魔との通信が途切れる状況は、ちょっと考えただけで10種類は考えつくことができる。

最悪の場合、殺されたとかね。

 

 

「どうしよう・・・エミリーにもしものことがあったら・・・」

「・・・たかが使い魔だろうに」

「ただの使い魔じゃないわ!!」

 

 

ガタンッ、と立ち上がって、あの女(アーニャ)が叫ぶ。

使い魔はただの使い魔でしかない。

人間と同じで、すぐに壊れる哀れで儚い生き物だ。

 

 

「・・・7年間、一緒にいるのよ! 家族同然に過ごしてきたわ!」

「使い魔にしろペットにしろ・・・あんな小動物を家族呼ばわりする連中は、理解できないね」

「アンタだって・・・家族、いるじゃない」

「家族?」

 

 

僕に、家族なんて低俗なコミュニティは存在しない。

まったく、人間と言うのは・・・。

群れなければ、何もできない。

 

 

「エミリー・・・どこにいるのよ」

「どうでも良いが、僕はいつになったらキミの世話と言う仕事から解放されるのかな。少なくとも、キミを旧オスティアの自宅まで送り届ける必要があると思うんだけど」

「・・・エミリー、探さないと。何かに巻き込まれたのかもしれないし・・・」

 

 

・・・はぁ。

舌打ちで無く、溜息を吐いた。

まったく・・・面倒な女だ。

面倒過ぎて・・・苛々する。

だがこの苛立ちは、他の人間に対する苛立ちとは少し違う気もする。

 

 

それに、また苛立つ。

頭の隅と針で刺すような苛立ちを、あの女(アーニャ)を見ていると感じる。

ああ・・・苛々する。

 

 

「・・・どこに行くのよ」

「・・・」

 

 

いちいち、煩い女だ。

少しは黙ると言うことを知らないのだろうか。

飲んでもいないコーヒーを置いて、座席から立ち上がる。

 

 

「あの、お代金・・・ひっ」

「・・・」

 

 

店主に代金を押し付けて、そのまま立ち去る。

付き合っていられるか。

 

 

「ま・・・待ちなさいよ」

「・・・何でついて来る」

「アンタが自分で言ったんじゃない、私の世話をしないとアリアに怒られるんでしょ」

「・・・ふん」

 

 

今度は、舌打ち。

本当に、苛々する女だ。

まったくもって・・・苛々する。

 

 

この女だけじゃない、この世界全てが。

僕を、苛々させる。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

エミリーとは、7年前からずっと一緒にいる。

初めて会ったのはもう少し前で・・・カモミールがメルディアナで女子の下着を漁って捕まった時だったかな。

上級生総出でタコ殴りにしたっけ・・・。

使い魔契約を交わしてからは、本当にずっと一緒にいる。

 

 

初めてロンドンの裏路地でお店を出せる場所を確保した時も、麻帆良に行った時も、5年前の戦争の時も、メルディアナの先生になった時も、今までも・・・。

ロンドンでの最初の夏、路地裏が蒸し暑くて、一緒に熱中症になって倒れた。

最初の冬、路地裏のお店は寒くて・・・一緒に身を寄せ合って寒さを凌いだ。

エミリーの身体は本当に温かくて、お客さんが一人も来なくても頑張れた。

私の家族。

だから、探さないわけにはいかないのよ。

 

 

「・・・ねぇ」

「・・・何」

「・・・どこに行くのよ」

「・・・」

 

 

まぁた、無視されたわ・・・実はバカにされてるんじゃないかしら。

いや、絶対にバカにしてるわね、コイツ。

今日、何度も同じことを感じた。

感じる度に、声をかけようとするんだけど・・・。

 

 

『なら・・・試してみる・・・?』

 

 

その度に、あの夜のことを思い出してしまって。

そうすると、もう何も言えなくなってしまって。

ほとんど記憶は無いんだけど・・・でも、霞んだ記憶の中で、ぼんやりと覚えている。

 

 

むせ返るような、お酒の匂い。

肌の熱と、汗の手触りと、シーツの感触。

アイツの声と、他人のように聞こえる私も知らない私の声。

試したのは私だったのか、それともアイツだったのか・・・。

 

 

「・・・ねぇ」

「・・・何」

「・・・ちゃんと、来たから」

「・・・」

 

 

今度も無視されたけど、だけどその代わりアルトは足を止めて、振り向いた。

相変わらず、何かに苛ついてるみたいな顔。

 

 

「・・・何が」

「・・・わからないなら、良いわよ」

「・・・」

 

 

また舌打ちして、アルトはまた歩き出した。

それについて、私も歩く。

・・・エミリーの行き先に、心当たりがあるのかしら。

 

 

気が付けば、ロンドンの裏路地みたいな場所に入ってた。

不潔で、陰気くさくて・・・ジメジメしてる。

路地裏と言うより、スラム・・・?

新オスティアにも、こう言う場所あるのね。

だけど、ここに何しに・・・。

 

 

その時、肩を掴まれた。

 

 

振り向くと、薄汚れたボロを着た小男が、私の肩を掴んでた。

な、何・・・?

 

 

「へっへっへっ、姉ちゃん、こんな所になにょうっ!?」

「え・・・へ?」

 

 

私が何か対応する前に、その小男が吹っ飛んだ。

何でって・・・アルトが殴り飛ばしたから。

小男が吹っ飛んで、路地裏の壁に2回ぶつかって地面に叩き付けられて、倒れた。

・・・ちょ、ちょっと、やりすぎじゃないかしら。

 

 

「て・・・てめぇ! 何しやがる!?」

「なんだなんだぁ・・・揉め事かい?」

「そいつは良くねぇなぁ・・・俺らの庭でよ」

 

 

し、しかも何か、ゾロゾロと物陰から人が出て来たんだけど。

誰も彼も、あまりよろしく無い顔色と言うか、見るからにヤバそうな連中が・・・。

な、なんたってアルトはこんな所に・・・。

 

 

「・・・げ」

 

 

アルトと背中を合わせる感じで、私も身構える。

・・・んだけど、どうしてか明かりを持ってる男達が、アルトの顔を見た瞬間。

 

 

「「「「あ、あぁぁにきいいいいいぃぃぃ―――――――――っっ!!??」」」」

 

 

・・・あ、兄貴?

え、アルトって・・・普段、何してるの?

 

 

 

 

 

Side エミリー

 

・・・トタタ、と、建物の管の中を走っています。

あの金髪の女の人は、新オスティアの外れに向かって行きました。

新オスティアの端、ナイーカ村の郊外。

アーニャさんとの契約通信ができない距離になっちゃったけど・・・。

 

 

アーニャさんは、クゥァルトゥムさんに任せておけば大丈夫だと思います。

もしかしたら、もう私はいらないのかもしれませんけど。

・・・そんなことは、無いと信じたい。

まだ私は、アーニャさんのお役に立てると信じたい。

 

 

「だけど、この建物・・・使ってる人がいないのかな」

 

 

建物・・・と言っても、25年前の戦争の時にすでに廃棄された、廃工場ですけど。

あの金髪の女の人は、この中に入って行きました。

・・・何か、嫌な予感がします、アーニャさん。

 

 

タンッ、と管を抜けて、今度は廊下を走ります。

人気は無いけど、複数の人間の匂いがします。

 

 

「・・・どうす・・・で・・・」

「ゲー・・・粛・・・」

 

 

話し声。

誰かの話し声が聞こえました。

そっちの方に走ります。

 

 

「・・・ゲーデ・・・清が始ま・・・」

「・・・ンスの流した分・・・も、十分に・・・」

「・・・ら、領地に・・・退・・・」

 

 

何の話だろう・・・?

扉の所に近付いて、聞き耳を立てて見ます。

何・・・?

 

 

・・・精霊炉・・・魔導具・・・?

指輪・・・量産品、代金、情報・・・独立?

・・・領地・・・兵・・・毒・・・?

西部・・・連合・・・時代・・・宰相・・・粛清?

 

 

良く聞こえない、もう少し近付いてみます。

と言うか、姿を見ないと、何人いるかもわかりません・・・。

もう少し。

 

 

「・・・・・・叛・・・・・・」

 

 

・・・叛・・・?

扉の横の荷台に乗って、1メートル半くらいの位置から中を覗いてみます。

すると・・・。

 

 

目の前に、目がありました。

誰かと、目が合ったんです。

 

 

「・・・そこで、何をしているんですか・・・?」

「・・・っ」

 

 

反射的に飛び退くと、次の瞬間に扉が開きました。

その向こうから、あの金髪の女の人が。

青いメイド服のロングスカートを靡かせて・・・。

 

 

「どうした、何かいたのか」

「・・・使い魔に、聞かれたようです」

「何だと!? では気付かれたのか・・・!?」

 

 

使い魔だと、気付かれた!? 一目で・・・魔法使い!?

 

 

「ご安心を、伯爵様」

 

 

伯爵さま・・・?

・・・後ろにいるのは、貴族?

でも、どこの・・・って、ここは王国だから王国の貴族?

 

 

「気付かれたかどうかは・・・」

 

 

女の人が、袖から薄いナイフのような物を手に落とすのが見えた。

に、逃げる・・・ぎっ!?

 

 

「使い魔の中身を調べれば、わかりますから」

 

 

・・・速い!? 身体を掴まれ・・・!

アーニャさ・・・!!

 

 

 

 

 

Side クルト

 

宰相府司法監視局民事裁判課課長、ボリス・テンペホール。

民事訴訟に関する汚職17件に関与・・・投獄。

宰相府防災事務局次長、ミシェル・フォン・クラウド。

収賄9件を主導、及び22件に関与・・・投獄。

法務省出入国管理局西部国境課第2室長、マルティン・オットー。

不法入国者350名に金銭を要求・・・投獄。

財政省造幣局中央課課長、シレジア・ウィンポッド。

収賄・公金横領45件に関与・・・投獄。

経済産業省商務情報政策局政務官、ドブルク・ファンメイ。

物資横領・談合27件に関与・・・投獄。

・・・。

 

 

「地方官僚508名、下級官僚70名、中級官僚35名、上級官僚3名・・・削除」

 

 

ネイスタイ子爵家。

帝国国境警備の任にありながら、帝国の盗賊を領内に引き入れ略奪を代行させる。

・・・取り潰し。

イスメーネ伯爵家。

パルティアからの密輸に関与、脱税の疑惑を受けること34件。

・・・取り潰し。

しかも伯爵自身は王都に逗留しているので、捕縛はたやすいでしょう。

 

 

「残存貴族84家中、家ごと不正に関与している家は9家・・・削除」

 

 

シャ・・・ッ、と、最後の書類にサインします。

私の前には、ヴェンツェル事件の際に手に入れたリストの名前に多少水増ししたリストがあります。

何のリストかと言われると、照れてしまうのですが・・・。

 

 

粛清リストです。

 

 

いや、お恥ずかしい。

こう言う物は人目に晒すわけには参りませんので、こうして自室で隠れて作っているのですよ。

明日の朝にアリア様に上奏して、勅命として公布します。

そして実行は、公布の直前に電撃的に行います。

 

 

「しかしどうやら・・・先に反応してくれたおバカさんがいるようですねぇ・・・」

 

 

机の隅に置かれている薬瓶を指先でつつきながら、呟きます。

こんなにも早く、尻尾を見せてくれるあたり・・・ヴェンツェルも存外、役に立ちましたね。

この国のゴミ掃除の道具程度には、役に立ってくれたようです。

 

 

薬のすり替え程度で、アリア様を殺せるはずもありません。

私がいるのですから。

アーウェルンクスや吸血鬼がいる限り、実力でアリア様を殺すことはできない。

そして私がいる限り、謀略でアリア様を殺せるはずも無い。

暦さんの捕縛は、相手にアクションを起こさせるためのただの餌です。

 

 

「前時代の膿、アリア様を気に入らない奴ら、アリカ様を恨む連中、ナギを毛嫌いしている善良な人間、そしてアーウェルンクスを邪魔に思う存在・・・」

 

 

アリア様もアリカ様も、お優しいお方ですから。

彼らのような存在も、許しておしまいになるのです。

だから私が、夜なべして粛清リストを作って差し上げなければ。

 

 

「・・・む、通信ですか」

 

 

その時、私の手元の通信機が鳴り響きました。

出て見れば・・・片目を覆い隠してしまう程に長い黒髪の女性、ユフィーリアさんが相手でした。

ふむ、旧オスティアの政治犯収容施設の警備を担当している方ですが。

さて・・・。

 

 

『夜分に申し訳ありません。ご報告が・・・』

 

 

・・・ふむ、ふむ・・・何ですって?

聞き間違い、とかではありませんよね。

だとすると・・・。

ユフィーリアさんとの通信を切った後、私はそのまま宮内尚書に通信を繋ぎました。

 

 

『何でしょうかな、宰相閣下』

「・・・夜分に失礼。火急的な事態が・・・生じてしまいましてね、ある意味で国家転覆レベルです」

『・・・聞きましょうかな』

 

 

いやぁ・・・問題と言うのは次から次へと出てくるものですね。

退屈しないで済むと言う物ですが、さて。

これは、どうした物ですか。

旧オスティア政治犯収容施設で・・・。

 

 

 

 

ノドカ・ミヤザキが懐妊しました。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第8回広報


アーシェ:
再び、アーシェです(どーんっ)。
最近ここで出番貰えてるからか、本編で登場できない!
ま、まさかこのまま・・・?

暦:
まぁ、元気出そうよ。

アーシェ:
おお、今日のお客さんの暦さん。
今回は牢屋からお送りします。

暦:
登場できても、捕まるとかあるし。

アーシェ:
捕まってもいいから、出番欲しいです。

暦:
そ、そうなんだ・・・。

アーシェ:
今日のベストショットは・・・

「攫われる暦さん」

です。

暦:
攫われてないよ!?
私、自分でついてったもん!

アーシェ:
出番ー!


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アフターストーリー第9話「オスティア犯科帳・中編」

Side アーニャ

 

「ま、まま、姐さんもどうぞ!」

「あ、ありがとう・・・?」

 

 

さっき私の肩を掴んでアルトに殴られた小男が、頬を張らしたまま私に椅子を勧めてきた。

・・・屋根の無い路地裏で、今にも崩れそうな背もたれも無いボロボロの椅子だけど。

私の目の前には、中で木クズが燃えてるペンキ管。

そして隣には・・・。

 

 

「いやぁ~、すんません、まさか兄貴だとは思わず!」

「いつもお1人だったもんで、早とちりしちまって!」

「しかも、女連れとは兄貴も隅におけねっすねぇ!」

 

 

何故か貧民街(スラム)の人達に大人気のアルトがいた。

私より若干、椅子のランクが高い・・・背もたれがあると言う意味で。

 

 

「ちなみに、この女は兄貴のコレっスべぇあっ!?」

「ああっ、ブルーが兄貴に物凄い勢いで殴られたぞ!?」

「え、あ、じゃあ・・・買ったんじゃめぇあっ!?」

「うおっ、今度はパープルが地面にめり込んだぞ!?」

 

 

・・・ほ、本当に大人気ね。

多少、バイオレンスだけど・・・。

 

 

「そ、それで兄貴、今日はどんなご用件で・・・?」

「・・・」

「・・・え、ちょ、そこで私を指差さないでよ!」

「キミの探し物をしにきたんだろう」

 

 

探し物って・・・エミリーのこと?

え、いや、ここで何でエミリーを探せるわけよ。

でも、アルトは腕を組んで目を閉じて、もう関わる気が無いみたい。

 

 

「官憲を除けば、ここの連中以上にこの街に精通してる連中はいない」

「え、ええ~・・・」

「任せてくだせぇ、姐さん!」

「大恩ある兄貴の女の頼みなら、俺ら何でもするっスよ!」

「こ、コイツの女とかじゃないわよ!」

「「「まぁたまたぁ~」」」

 

 

ここの人達、嫌いだわ。

 

 

「・・・で、何をお探しで?」

「クスリっスか?」

「金ですかい?」

「密輸品かも・・・」

「どれも違うわよ! と言うか、犯罪の匂いがプンプンするんだけど・・・!」

「「「まぁまぁ」」」

 

 

やっぱり嫌いだわ、と言うか危険だわ。

まぁ、でも、とりあえずは説明することにする。

せっかくだし。

 

 

「・・・白いオコジョ?」

「使い魔契約してる喋るオコジョ・・・?」

「・・・毛皮製品にす「違うわよ!」」

「じゃあ、食肉用にす「違う!」」

「・・・なら、ペットか?」

「・・・まぁ、それで良いわ」

 

 

本当はいろいろ言いたいんだけど、とりあえずそれで良しとする。

後、細かい特徴を説明して、絵を描いて・・・。

 

 

「任せておいてください姐さん! 夜明けまでには尻尾を掴んでみせますぜ!」

「オコジョだけにぐふぇえっ!?」

「オ、オレンジが兄貴に蹴られて壁にめり込んだぞ!?」

「あの出来じゃあな・・・」

 

 

・・・何でこんな乱暴にされてるのに、アルトに懐いてるのかしら。

怖くて従ってる風でもないし・・・。

それにしても、ブルーにパープルにオレンジ。

色の名前ばっかりね。

 

 

「俺らの名前、不思議っスか?」

「え? え、ええ・・・色ばかりで、偶然にしては揃ってるわよね」

「あー、そりゃそうっスよ。俺らの名前は、兄貴がくれたもんっスから」

「へ・・・?」

「余計なことを言うな」

「へ、へいっ、兄貴」

 

 

変わらず苛立ったような顔で、アルトが小男を止めた。

ここの人達の名前、アルトがあげたって・・・?

私が首を傾げてる中で、貧民街(スラム)の人達が慌ただしく動いていた・・・。

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

新オスティア・ナイーカ村郊外・廃工場。

誰もいないはずのその場所には、言葉の通り誰もいないはずだった。

だが、実際には・・・。

 

 

「・・・終わりました。伯爵様」

 

 

指先に付着した液体を振り払い、軽くウェーブのかかった金髪の女性が、そう告げた。

手に持っていた物を投げ捨てて、伯爵と呼んだ相手の方を振り向いた。

 

 

「結論から言えば、このオコジョ妖精は王国側の間諜ではありません」

「そうか・・・では、まだ我らのことは気付かれてはいないな」

「はい」

 

 

それ以上のことは言わず、金髪の女性は足元のオコジョに視線を向けた。

・・・しかしやはり、何も言わなかった。

 

 

「薬の件が知られた以上、時間が無いな・・・ゲーデルめ、何も私がいる間に行動を起こさんでも良かろうに・・・」

 

 

男は何か不満気な様子だが、女性の方はそれを無表情に見ているだけだった。

 

 

「仕方無い・・・ヨハンは切り捨てるとしよう」

「・・・義弟(おとうと)を・・・」

「そうだ、少しでも時間を稼がせるのだ・・・行くぞ、ハンナ」

「・・・はい、伯爵様」

 

 

女性の顔を見ようともせずに、伯爵と呼ばれた人物が足早にその場から歩き出す。

金髪の女性は一瞬だけ何か言おうとして・・・やめる。

そして足元に目を向けて・・・やはり、やめる。

そして、女性も彼に続いてその場から去る。

 

 

後に残されたのは、朱に塗れた小さな物体・・・。

オコジョ妖精。

それは、もう二度と動かないのではないかと思わせるほど、ぐったりとしていて・・・。

 

 

「・・・ゃ・・・」

 

 

ところが、動いた。

ズ・・・と、数ミリだが、確かに動いた。

 

 

「・・・しらせ、なきゃ・・・」

 

 

身体を引き摺るようにして、いや、まさに引き摺って。

わずかずつ。

少しずつ、前へ・・・。

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

今日の分の仕事を終えた午後9時48分、急に面会を申しこんできた相手がいました。

クルトおじ様です。

珍しく急いだ様子で、私の裁可が必要な案件があると。

 

 

クルトおじ様は完全無欠の人格者と言う称号からある意味でもっともかけ離れた位置にいる方ですが、しかし焦ったり慌てたりをあまりしない方です。

そして私は、臣下が会いたいと言えば原則的に会うことにしています。

なので特に不快を感じることも無く、クルトおじ様と執務室で面会することにしたのですが・・・。

 

 

「陛下、ご決断を」

 

 

思った以上に、不快な案件を持ってきたようです。

薬関連・・・暦さんとか・・・の話でもしにきたのかと、思ったのですが。

しかし渡された書類には、こう書かれていました。

 

 

『宮崎のどかの堕胎処置に関する許可願』

 

 

・・・のどかさんが、妊娠しました。

ネギの子供を。

まぁ・・・ほぼ、確信的に一緒にいさせたのですが。

実際に聞くと、衝撃的ですね。

 

 

「・・・許可は、できません」

「・・・アリア様」

 

 

私の言葉に、クルト様は嗜めるような声を出します。

言いたいことはわかりますが、許可できません。

私は、のどかさんのことはあまり好きではありませんが。

 

 

ですが、堕胎処置は許可できません。

私的な理由としては、同じ女性として。

公的な理由としては、王室の尊厳のために。

そして、未来のために。

 

 

「・・・アリア様、これをご覧ください」

「これは?」

「粛清リストです」

 

 

さらりと、凄いことを聞きました。

ですが、クルトおじ様ならそれぐらい用意してそうです。

・・・偏見でしょうか。

 

 

「官僚616名を中心とした、1000名近くの王国貴族・官僚・企業人その他の粛清リストです。明朝、アリア様のご裁可を頂き次第、実行する予定でした」

「・・・」

「今回の粛清計画は、独立直後の西部貴族粛清に続く第二の粛清であり・・・アリア様のこの国における覇権を確立する物です・・・ですが」

 

 

・・・ネギに子供が生まれると、それも無為になる可能性がある、と?

 

 

「事実、アリカ様に接触する貴族は増えております。ちなみに先週だけで3人の貴族・企業人がアリカ様と面会しております」

「はい、私も許可しました」

「そこへ、極刑が確定しているとは言え、ネギ君に子供ができたとなると・・・」

「あのネギは偽物・・・と言うことで情報を統制しているはずですが」

「偽情報など、いずれはバレます。あるいはネギ君やミヤザキさんが自分でその子供に教えるかもしれません・・・己の血統について」

 

 

・・・情報統制とは、つまりは偽の情報を流していると言うだけです。

知っている人は知っていますし、バレる時はバレます。

 

 

「王室の安寧のため、そしてアリア様の覇権のため、何よりも数千万の王国臣民のために」

「・・・」

「路傍の小石を取り除くお覚悟を、お持ちください」

 

 

・・・路傍の、小石。

それは、人生の半分以上を政治の世界で生きて来たクルトおじ様にとっては、必要な処置なのでしょうけど。

だけど・・・。

 

 

・・・傍で何も言わず、成り行きを見つめているフェイトの方へ、視線を向けます。

けれど、フェイトは何も言いません。

何も言わずに・・・。

・・・私は、決断しました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

朝、工部尚書の執務室にいた私に、一枚の書類が回って来た。

それにはいろいろと書いてあったが、とどのつまりは綱紀粛正を徹底するとの通達だった。

有り体に言えば、女王アリアの名の下に行われる粛清(パージ)の通知だった。

 

 

汚職や不法取引に関与した国内の官僚・貴族・企業人などの有力者、合計927名が今日、捕縛される。

と言うよりおそらく、この通知が出回る頃にはすでに実働部隊は動いているだろう。

先のヴェンツェルの一件以来、国内では不穏な動きがあったからな。

・・・ゲーデルの張った罠に反応する奴は、ここで消されるか。

自由党のグラッドストンあたりが、また騒ぎそうだな。

 

 

「工部省からは、下級官吏12人・・・か。少ない方だな」

 

 

私の下で働いている連中が中に不正に関与していたと言うのは不快だったが、しかし王国が独占する魔導具の技術を外に漏らすわけにはいかない。

何が、あっても。

 

 

その意味で、情報漏洩に関与していた奴は捨て置けない。

はたして、どこに漏らしていたのか。

どこから漏れていたのか。

 

 

「まぁ・・・私が入っていないのは、少しばかり不思議ではあるな」

 

 

もっとも、私の粛清などアリアが許すはずもないが。

・・・そして私がそう確信してしまうが故に、ゲーデルは私を危険視することもわかっている。

王に法を無視させてしまうかもしれない存在。

奴の目から見れば、危険極まりない存在だろうよ。

だが、それは。

 

 

「私達だって、同じだが」

 

 

・・・不正を繰り返し行っていた官僚、領民に重税を課したり密貿易に手を染めたりしていた貴族、賄賂によって政治家と癒着していた企業人、なるほど、粛清に値する連中だ。

誰がどう見ても、捕縛して裁き、彼らによって苦しめられている連中を救うべきだろうさ。

彼らに頼らなくても良いように、この国の体制を5年もかけて整えたのだからな。

今年中に地方選挙もあるし、来年には議会が開かれる。

彼らに代わる支配機構が、動き出すのだから。

 

 

「だが・・・気に入らんな、このやり方」

 

 

粛清という特性上、情報を秘匿するのはわかる。

最高責任者であるアリアには話を通してあるし、ゲーデル自身は法に触れるような真似は何もしていない。

だが、どうしようも無く、不愉快だ。

 

 

ゲーデルは宰相としては得難い人材だ、それは私も認める。

だが、人望と人格と言う点で、奴はどうかとも思う。

まぁ、私が言えた義理じゃ無いが。

奴は宰相府だけで無く、王国全体を女王の代理人として見事に治めている。

アリアの気持ちを汲めるように政策を練り、アリアの邪魔になる物を排除し、人を動かし物を動かし、組織を整え情報を集め処理して、円滑に王国を纏め上げている。

だが。

 

 

「・・・気に入らんな」

 

 

感情が、奴を認められない。

奴の正しさを認めることはできても・・・奴自身を認めることが。

どうしても、できない。

 

 

己の主ですら餌に使うその態度が、称賛されるはずが無いからだ。

そして同時に、認めざるを得ない。

奴が他人から嫌われれば嫌われる程に。

 

 

「女王アリア」が、好意的に見られて行くと言うことに。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

王室に復帰してからの私は、アリア程では無いにしても公務に就いておる。

日々、宮内省の組むスケジュールに従ってどこかを訪問したり、誰かと会見したり。

政治に関与することは無いが、王室に属する者としての生活を送っておるつもりじゃ。

 

 

「それでは皆、養生するように」

「はい、アリカ様もどうかお元気で・・・」

「・・・うむ」

 

 

今日の午前には、身体に障害を持つ者のための医療施設を慰問した所じゃ。

魔法世界の医療技術をもってしても、100%と言うわけではない。

生まれながらに身体に障害を持つ者は、どこにでもおる故。

そうした者達を支援し、支えとなることも国家の重要な役目であろうから。

 

 

「・・・ナギ」

「・・・ん」

 

 

当然、公務であるからには夫であるナギもこの場におる。

と言うか、私の隣におる。

さらに言えば、初めての公務では無い。

だが、ナギは喋るといろいろと問題があるので―――言動的な意味で―――公的な場では、黙っていることが多い。

 

 

・・・先日、民間の大衆紙(タブロイド)を読んでみた所、ナギのことを「寡黙な大公」と評しておった。

正直、その記事を書いた記者に会いたくなってしまった。

若い記者らしいので、大戦時代のナギのイメージとの違いにそれほど違和感を感じんのだろう。

私としては、死ぬほど違和感がある。

 

 

「アリカ様、迎えの車両が来ております」

「うむ」

 

 

施設の正門を抜けた所で、近衛騎士のジョリィの迎えを受ける。

小道を挟んで大きな道があり、そこに王室専用の公用車が止まっておる。

今日はさらに、戦艦の搭乗員の兵舎の視察に赴かねばならぬ。

 

 

ふと立ち止まり、周囲を見渡す。

近衛兵の規制線の向こうに、何十人かの市民が詰めかけておる。

どうやら、私達の姿を見ようと集まって来たらしい。

別に珍しいことではない、私はそれを視界に収めつつ道を歩き、公用車に乗り込もうと・・・。

 

 

「あ・・・こら、キミ!」

「む・・・?」

 

 

その時、子供が一人、近衛の規制線を抜いて、こちらへとやってきた。

薄い赤毛の男の子で、両手には黄色い花でできた花束を持っておる。

アレは・・・何じゃ、薔薇か?

 

 

ふむ、良く分からんが、アレを私に渡したいのかの。

まぁ、それくらいならば。

そう思って、公用車に乗り込まずに立っておったのじゃが。

 

 

「こら、勝手に通っちゃダメだろう!」

 

 

先ほど抜かれた近衛が、その少年の肩を掴んだ。

私から3mほど離れた位置のことで・・・。

 

 

不意に、ナギが私の身体を抱えた。

 

 

そのまま、その少年から離れるように跳ぶ。

・・・な!?

 

 

「ナギ! 人前で・・・っ」

「伏せろ!」

 

 

ナギが周囲にそう叫んだ次の瞬間、ナギに抱えられて空中を跳ぶ私の身体の下で、何かが爆発した。

その爆発は公用車をも巻き込み、小規模だが致命的な爆風を周囲に撒き散らす。

私がナギによって地面に下ろされた時には・・・地面が茶色く焦げておった。

公用車の残骸には、まだ火が燻っておるが・・・。

 

 

「・・・ば、爆弾テロ・・・か?」

「これがそれ以外に見えるんだったら、大したもんだぜ・・・ジョリィ、生きてるか!?」

「・・・は、はっ!」

 

 

鎧に煤をつけた黒髪の女騎士が、ヨロめきながら私達の前に来る。

吹き飛ばされはしたものの、目立った怪我は見えぬ。

 

 

「あのガキはどうした?」

「は、はぁ・・・それが、爆弾を仕込んでいたと思しき花束を抱えたままでしたので・・・」

「もろとも、か」

「おそらくは・・・」

 

 

自爆テロ・・・あんな子供が?

 

 

「ちょっと腑抜けたんじゃねぇの、『姫さん』。大戦の時には、アレくらい日常茶飯事だったろ」

「・・・戯け」

 

 

確かに、大戦の時には子供を使ったテロなど、珍しくも無かった。

ここの所、平和が続いておった故に・・・少し、腑抜けていたのは確かじゃが。

じゃがそれも、爆発に巻き込まれた市民を見れば・・・変わる、いや、戻る。

 

 

「ジョリィ! 周囲の警戒を続けつつ、市民・近衛の負傷者を急ぎ搬送せよ!」

「はっ」

「比較的に無事な者も同様じゃ、さらに陛下に緊急連絡、王室その物を狙った連続テロの可能性もある!」

「はっ」

 

 

当座の指示を出した後、爆発に巻き込まれずにいた公用車も動員して負傷者を病院に運ぶ。

私自身も、すぐに移動せねばなるまい、しかし・・・。

テロとは、穏やかでは無いな。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「構わないでください、それは陽動です」

「は・・・?」

 

 

ヘレンさんからその報告を受けた際、私はそう切って捨てました。

報告した側は驚いているようですが、報告された私としては驚くには値しません。

良くある手です、私でも使うでしょう。

 

 

メインから目を逸らすための、陽動。

何から目を逸らせたいのかが、この際は問題ですね。

 

 

「・・・とは言え、無視もできません。近衛の人員を増やして、アリカ様の身辺警護に当たらせるように」

「負傷者については、どうされますか」

「それは民間に・・・いえ、国防省に協力を仰いで、軍用車両を動員なさい」

「はい、他には何か」

 

 

その他の指示も適当に与えて―――死傷者全般の扱いなど―――私は、再び思考を再開します。

現在の所、粛清は順調に進んでおります。

不正に手を染めた官僚や貴族は「アリア様の名の下に」粛清され、その蓄えた富を被害者に分配するのです。

それでこそ、アリア様の政治基盤は盤石になると言う物。

 

 

本当、粛清の名分を与えてくれたヴェンツェルには感謝しませんと。

ただ惜しむらくは、時期でしょうか。

王都に逗留していたはずのイスメーネ伯爵と、例に薬の件に関与していると思われるハンナとか言う侍女が行方知れずです。

後者はともかく、前者は見過ごせませんね。

 

 

「その後、新たなテロは?」

「い、いえ、一件だけです」

「そうですか・・・」

 

 

やはり陽動、なら次はどう出ますかね。

おそらく、私の粛清の動きを敏感に察知して動いたのでしょうが。

さて・・・次はおそらく。

 

 

「空港の警備を強化。ならびにコリングウッド元帥に連絡して、不審船を一隻たりとも逃がさないように依頼してください、臨検も許可します」

「空港の封鎖はしなくても・・・」

「そこまではしません・・・たかが一貴族に我が国の経済活動を阻害されては、たまりませんからね」

 

 

合理的に考えれば、新オスティアからの脱出を図るでしょう。

しかし、新オスティアは浮き島、船でないと脱出は不可能です。

新オスティアで隠れようとはしないでしょう。

加えて言えば、脱出したとしてどこへ行くのか。

常識的に考えれば、領地でしょうが。

 

 

「まぁ、いずれにせよ・・・」

 

 

理由はどうあれ、アリカ様を狙ったその所業。

万死に値します。

アリカ様を狙えば、私が他を放置してそちらに走ると思ったのでしょうが・・・くふふふ。

 

 

 

楽に死ねると、思うなよ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・お母様とお父様が!?」

 

 

その報告を聞いた時、アリアは珍しくその場に立ち上がった。

両眼が紅く輝き、全身から努気を漲らせている。

そしてそれは、報告に来た宮内省の職員を呑むのに十分な圧力を持っていた。

 

 

「・・・アリア」

 

 

僕が声をかけると、アリアは一度だけ僕を見た。

紅く明滅する両眼が、僕を射抜く。

・・・アリアは大きく深呼吸すると、自分の感情を抑制して、椅子に座りなおした。

 

 

「・・・それで、どうなりましたか」

「は・・・はっ、アリカ様、ナギ様は共にご無事。軍に守られながら宰相府に戻りつつあるとのこと」

「そうですか・・・」

 

 

大きく安堵の息を吐いて、アリアが軽く俯く。

伏せられていた眼が再び開かれた時には、紅い輝きは消えている。

アリアは、いつも公務で浮かべる微笑を浮かべて、職員に語りかけた。

 

 

「大きな声を出して、申し訳ありませんでした。報告を続けてください」

「め、滅相もありません。それで・・・」

 

 

職員の報告を受けた後、5分もしない内に、今度は宰相府の書記官がやって来た。

彼は、宰相クルトが立てた基本方針に関する上奏を持って来たらしい。

それによると、すでに宰相の名で艦隊が動き、新オスティアを封鎖していると言うことだ。

 

 

加えて、今回のテロの最有力首謀者についても。

イスメーネ伯爵と言う、昨日アリアに会いに来ていた貴族。

確か自分がパルティアの部族と密輸しているなどただの噂と、直接訴えに来たんだったね。

ただ、アリアはそれを信じなかったようだけど・・・。

 

 

「・・・わかりました。細部は任せると宰相に伝えなさい。そして、明日の朝、詳しい報告をするようにと」

「はっ、では失礼致します」

 

 

宰相府の書記官が下がると、アリアは表情を消した。

それは・・・僕も久しぶりに見る表情だった。

怒りと、不安と、憎悪。

それらが複雑に混じり合った、そんな表情。

 

 

彼女は自分の身内が攻撃される度に・・・そんな顔をする。

そしてその度に、彼女の敵は・・・。

 

 

「・・・良かった・・・」

 

 

それから、安堵の溜息。

両親が無事で、本当に良かったと思っているらしい・・・。

・・・僕は立ち上がると、アリアに近付いて、手を伸ばした。

 

 

「フェイト・・・?」

「・・・やっぱり、少し熱があるね」

 

 

彼女の額に手を当てると、いつもの体温よりほんの少し高い。

大したことは無いけれど、やはり微熱は続いている。

まぁ、だからこそ、不安も増すのだろうけれど・・・。

 

 

「・・・フェイトの手、冷たくて気持ち良いです・・・」

「・・・そう」

 

 

僕はしばらく、そうしていることにした。

・・・そう言えば、4(クゥァルトゥム)はどうしたのだろうか。

戻って来ないんだけど。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「戻ってへんやてぇっ!?」

 

 

新オスティアでテロがあった言うから、まず旧世界連合(うちんトコ)の職員連中の無事を確かめた。

カゲタロウはんはまだちょいと戦線復帰はできてへんけど、月詠が傍におるさかい、大丈夫やろ。

ただ、一人だけ居場所が確認でけてへん奴がおる。

 

 

昨日来た、アーニャはんや。

それほど親しい付き合いは無いけど、メルディアナの特使と言う形でこっちに来とるんや。

そうである以上、その身柄の安全は最低限うちの責任の範疇になる。

ところが、王国側に問い合わせたら護衛つけて送ったて。

旧オスティアにあるっちゅー実家に人を送ってみたんやけど、おらんて。

・・・おぉいっ!

 

 

「あんの小娘、自分の立場わかっとんのか!?」

 

 

それとも何か、テロに巻き込まれでもしたんか・・・?

いや、王国側が回してきた情報やと、現場にアーニャはんはおらんて言うし。

となると、どっかほっつき歩いとるとしか思えへんねやけど。

でも、連絡が無い言うんは・・・。

 

 

「失礼します、お探しのココロウァさんですが・・・」

「何かわかったか!?」

「友達の家に泊まる、と連絡していたそうです」

「友達って誰やねんなあぁぁっ!?」

「さ、さぁ、そこまでは・・・」

 

 

報告に来た職員も、そらそこまでは知らんやろな。

くぅ~・・・あんの小娘、どこや、どこにおんねんや~・・・!

アーニャはんのこっちでの交友関係なんて、うち知らんし。

プライベートとか、特に。

 

 

こっちでのアーニャはんの友達言うたら、まずアリアはんやろ。

それから、アレか、結婚式で一緒におった娘らかなぁ。

でもあの娘らとうち、直接的な連絡手段が無いから、いちいち王国側に確認を取らなあかんのかいな。

面倒な・・・。

 

 

「小太郎!」

「何やね?」

 

 

ガタンッ、と天井の板が外れて、黒髪犬耳の男の子が部屋に入って来た。

いつからそこにおったんかは知らんけど、まぁ、護衛的な何かやろ。

 

 

「悪いけど、アーニャはん探して来たってんか」

「えぇ~・・・何で俺が」

「アーニャはんの知り合いでうちが自由にできる人材が、他におらんねや!」

「まぁ、ええけど・・・ほななっ」

 

 

シュバッ、とその場から姿を消す小太郎。

うちはそれを見送った後、深く溜息を吐いた。

・・・あの小娘、見つけたらタダじゃおかんえ。

 

 

ガサゴソ・・・と、机の引き出しの中に手を突っ込んで、探し物。

・・・胃薬、まだあったかいな・・・。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

あのオコジョ妖精の行き先がわかったのは、正午近くになってからだった。

もう少し早くわかるかと思ったけど、思ったより低能揃いだったのかもね。

あるいは、正規の手順を踏まないから、と言うことかな。

何せ・・・。

 

 

「エミリーッ!!」

 

 

バンッ・・・とプラスチックの窓を叩かれると、その中の小さなベッドに寝かせられたあのオコジョ妖精が、かすかに反応を示した。

目を薄く開いて、あの女(アーニャ)を見ている。

・・・赤ん坊が入れられるようなベッドだな。

 

 

「・・・どう言うこと?」

「はぁ、それが・・・」

 

 

僕の横にいるのは、新オスティアの外れにあるナイーカ村の小さな動物病院の獣医の老人だ。

実際、僕達の周囲には様々な動物が寝たり喚いたりしている。

獣医の老人は、しわくちゃの顔を困惑の色に染めて、何故このオコジョ妖精がここにいるのかの説明をする。

 

 

それによると、あのオコジョ妖精はナイーカ村に入るか入らないかくらいの道端で倒れていたらしい。

村の子供が水を汲みに行く最中に見つけたとかで、酷い怪我をしていたとか。

酷い怪我をしているのは、見ればわかるけどね。

まぁ、とにかく今は絶対に安静だとか・・・だろうね。

しかし、動物病院か・・・どうりで発見が遅れたわけだ。

貧民街(スラム)の連中では、ここには入れないからね。

 

 

「酷い、誰がこんなことを・・・」

 

 

半分泣いているかのような声で、あの女(アーニャ)が呻く。

誰がやったかは、たぶんそのオコジョ妖精本人にしかわからないだろうけど。

今は、喋れそうに無いね。

 

 

「何・・・何? エミリー、何か言いたいの?」

『・・・』

 

 

プラスチックの箱のようにも見える動物用の(そして精霊用でもある)ベッドの中で、オコジョ妖精が震えながら手を伸ばしている。

白い毛に覆われた小さな手を、必死に伸ばして。

 

 

「・・・っ」

 

 

すると何を思ったのか、あの女(アーニャ)はオコジョ妖精を覆っていたプラスチックの箱を取り外してしまった。

 

 

「あ、ちょっとキミ!」

 

 

獣医が非難の声を上げるが、あの女(アーニャ)は無視してオコジョ妖精の手を取った。

数秒間、その場で固まった。

固まったまま、凍りついてしまったかのように動かない。

動かないから、慌てて駆け寄った獣医にいとも簡単に引き剥がされてしまう。

 

 

「何を考えているんだ、もしも容体が急変したらどうするんだね!」

 

 

しかしそれに、あの女(アーニャ)は何も答えない。

凝固したまま、獣医に押されるまま・・・何も言わずに。

何も、見ていないかのような目で。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

・・・エミリーの小さな手に触れた途端、頭に映像が流れて来た。

オコジョ魔法の一種で・・・接触型の、契約主への情報伝達。

ほとんど、掠れた映像だったけど。

 

 

だけど、それで十分だった。

エミリーが見た物、聞いた物、感じた物。

言われたこと、されたこと、全部。

痛かった、苦しかった、そして怖かった、その気持ちも。

誰が、エミリーをあんな目に合わせたのかも。

 

 

金髪の女。

 

 

金髪の女と・・・あと一人は、誰だか知らないけど。

・・・許さない。

良くも、あんな。

私の使い魔(パートナー)、親友・・・家族に、よくも。

よくも。

 

 

『・・・以上、王国広報部より、先程のテロに関する情報でした』

 

 

・・・気が付いた時、私はナイーカ村の動物病院の待合室にいた。

そこには、猫とか・・・良く分からない生き物とかを連れた人が何人かいて・・・。

それと、田舎の村には不似合いな大画面の映像装置(テレビ)があった。

公共の場だから、政府から配給でもされたのかしらね・・・。

 

 

『なお現在、王国軍・警察はテロへの関与が疑われている2名の容疑者を追跡しており・・・』

 

 

だから、そこに映ったテロの容疑者とか言う人達の顔写真を見れたのは、割と偶然で。

イスメーネ伯爵って人は、知らない。

だけど、もう一人の・・・金髪の女。

 

 

  ――――ドクンッ――――

 

 

嫌な音が心臓から響いて、思わず胸を押さえた。

あの、女の人は・・・昨日の、そして、今の。

エミリー、の・・・!

 

 

「・・・アルト、あの女の人、昨日、会ったわよね・・・」

「・・・ああ、あの薬の奴かい?」

 

 

そう、昨日・・・会った。

思えばエミリーは、あの女の人を追いかけて行ったんだった。

あの時、もっと止めてれば。

 

 

「アルト・・・ッ!」

「・・・何」

「あの人達、官憲以外じゃ一番、探し物が得意なのよね・・・?」

「・・・ああ、新オスティア中にネットワークがあるからね」

 

 

あの人達・・・貧民街(スラム)の人達。

正直、あまり良い人達じゃないけど、だけど悪い人達でも無い人達。

エミリーを探してくれた、人達。

 

 

「お願い・・・探して、あの女の人を、金髪の・・・」

「・・・それで、どうするのさ」

「・・・決まってんじゃない・・・!」

 

 

ぐっ・・・と、私の胸元に揺れてる赤いペンダントを、握り込む。

まるで燃えてるみたいに、熱かった。

 

 

・・・ハンナ。

ハンナ・イスメル。

名前は、覚えたわよ・・・!

 

 

 

 

 

Side のどか

 

ネギ先生の子供を、妊娠しました。

とても、嬉しい。

私が、ネギ先生に愛された証だから・・・。

愛し合った、証だから。

 

 

「ほっほっほっ、いや、めでたいのぅ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

今、私がいるのは・・・旧オスティアの政治犯収容所。

私はこの屋敷で、ネギ先生と暮らしているんです。

着る物も食べる物も必要以上にあるけれど、自由だけは無い、そんな場所。

ネギ先生のお祖父さんとも、一緒にいるけれど・・・。

 

 

私がいるのは応接間で、相手は、あの学園長先生。

とは言え、もう学園長先生じゃないけど・・・。

 

 

「学え・・・じゃなくて、近衛のお爺さんは、今は辺境で働いているんですよね」

「ほっほっ、そうじゃよ。しかし今度はエリジウムに行けと言われての、こうして王都に辞令を受け取りに来たと言うわけじゃ。するとネギ君に子供ができると言うではないか、これは、会いに行かねばと思ってのぅ」

「あ、ありがとうございます・・・」

「ほっほっほっ」

 

 

ネギ先生は、最近は本をたくさん取り寄せて、いろいろ研究してるみたいです。

私には難しくてわからないけれど、私も一緒に、本を読んだりして過ごすんです。

来年には、そこにもう一人増える・・・。

お母さんになるのは不安だけど・・・でも、嬉しい・・・。

 

 

「ほっほっほっ・・・むぅ」

 

 

機嫌良さそうに笑っていた近衛のお爺さんが、急に難しい顔をしました。

ど、どうしたんだろ・・・。

 

 

「どうか、したんですか・・・?」

「むぅ、いやいや、少し心配になってのぅ」

「心配、ですか・・・? それは、私が未熟だから・・・」

「いやいや、違うのじゃよ。ただのぅ・・・」

 

 

うーむ、と考え込んで、言いにくそうに。

 

 

「・・・その子を育てる上で、ここの環境は良いのかのぅ、と思っての」

「え・・・?」

「いや、何じゃ・・・ネギ君のこともあるしの」

「・・・それ、どう言う意味ですか・・・」

「む、いや、さて・・・まぁ、アリア君のこととか、あるしの」

 

 

・・・アリア、先生。

ネギ先生が、ここに閉じ込められた経緯と、これから。

これまでとこれからは、違うかも、しれなくて。

だから・・・だから?

 

 

「・・・うっ・・・!」

 

 

急に吐き気がして、口元を押さえる。

そのまま座っていられなくて、前屈みに・・・テーブルに手をつきます。

苦、し・・・。

 

 

「う・・・うぅ、うぇっ・・・」

「・・・のどかさん!?」

 

 

その時、ネギ先生が部屋にやってきて・・・私の背中を、撫でてくれました。

ネギ先生・・・ネギ、先生。

 

 

「お、おぉ・・・長居してしまって、疲れさせてしまったかの。すまんの、ネギ君」

「い、いえ・・・のどかさん、大丈夫ですか?」

「はぃ・・・っ」

 

 

・・・ネギ先生。

ネギ先生と、私の、赤ちゃん。

赤ちゃん・・・子供。

・・・守らなきゃ。

 

 

「・・・っ」

 

 

守らないと、守らないと、守らないと。

私が、守らないと。

そうじゃないと、だって。

 

 

私が。

 

 

 

   ま も ら な い と

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第9回広報


アーシェ:
この広報もいよいよ9回目、おなじみアーシェです。
さて、ここまで回数を重ねるとマンネリ気味になる可能性もありますよねー。
そこで!

環:
・・・何、してるの。

アーシェ:
おーっと、環さんじゃありませんか。
いえいえ、私もせっかくの出番を失わないために、いろいろ考えてるんですよ。

環:
たとえば・・・?

アーシェ:
えーと・・・・・・。
・・・特に無いです。

環:
そう。

アーシェ:
(し、静かな人だなー、やりにくいかも・・・)

環:
写真は・・・?

アーシェ:
あ、ああ、はいっ、今日のベストショットは~・・・。

「アリカ様をお助けするナギ様」

でしょうか、王室専門室としては。

環:
・・・そう。

アーシェ:
(や、やりにくい・・・)。


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アフターストーリー第10話「オスティア犯科帳・後編」

新旧オスティアは、浮き島の上に都市を築くと言う魔法世界でも特異な地である。

「宮殿都市(フロートテンプル)」建設の進む旧オスティアや宰相府が佇立する新オスティアも、都市としての構造は同じである。

都市を抱えた壮大な群島は「千塔の都」と呼ばれ、毎年多くの観光客が訪れている。

しかしそれは、いわゆる「地上部」のみの話である。

 

 

新オスティアの内部、いわゆる「地下部」には各種倉庫、地下シェルター、軍用ドックなどが存在する。

そしてもう一つ、見逃せない物が存在する。

いわゆる、「脱出路」と言うべきものである。

 

 

「この脱出用の秘密港の存在を知るのは、ごく一部の限られた者だけだ」

 

 

夜半、その秘密の「脱出路」を抜けて小さな地下の港に姿を現したのは、イスメーネ伯エルメストと言う名の男と、ハンナと言う金髪の侍女の2人だった。

貴族と侍女、特に珍しい組み合わせでは無いが、場所は異質だった。

岩をくり抜いただけの港には3隻の旧式小型鯨が魔法的に封印処置が施されており、港の出口と思わしく空間の先には、白い雲海が広がっているのが見える。

 

 

「・・・1隻は故障しているようです、伯爵様」

「魔法が失われたために、封印処理に不具合が生じたのだろう」

 

 

初老と言うべき年齢に達しているエルメストは、髪と同じ色の白い口髭を指で撫でながら、故障した船を傷ましそうな視線で見つめた。

小柄ではあるが肥満体でも無い身体には、青い宮廷衣装のような服を纏っている。

この秘密の脱出路を作ったのは150年前の彼の先祖であり、先々代のオスティア王が崩御してからは彼しか知らない港である。

 

 

「よもや、私がそれを使うことになろうとは・・・」

 

 

魔法が失われて5年、いずれは他の2隻も失われるのであろう。

もっとも、その内の1隻は今、彼が使用するのであるが・・・。

元々、エルメストが新オスティアを訪問したのはアリア女王、アリカ先代女王に拝謁するためである。

それが今こうして、タイミング悪く粛清対象として追われることになっている。

 

 

「まぁ、良い。領地に戻れば何とでもなる、行くぞ、ハンナ」

「かしこまりました、伯爵様」

 

 

従順に頷く侍女を視界に収めつつ、エルメストは壊れていない小型鯨の1隻に向かう。

ここから新オスティア周辺の雲海に紛れて軍の監視網を抜け、領地まで戻る。

そして隣接するパルティア連邦内の大部族と共謀して捲土重来を図る。

それが、エルメストの考えで・・・。

 

 

「伯爵様!」

 

 

ハンナは鋭く叫ぶと、主君を引き倒して覆いかぶさった。

訓練された動きであり、事実、その行動は直後の惨事からエルメストを守った。

 

 

次の瞬間、エルメストが向かおうとした1隻の船が、巨大な炎の剣によって斬り裂かれてしまったのだ。

直後、爆発。

主君を庇った侍女の背中を覆う布地が焼け、白い肌に軽い火傷を刻む。

痛みに顔を顰めながらも、ハンナは背後を振り向いた。

燃える船体の中から、人間の気配を感じたからである。

 

 

「・・・お、お前は・・・」

「・・・一応、名乗るけれど」

 

 

狼狽したエルメストの声に答えたのは、対照的な冷たい声。

冷たいと言うより、無関心ともとれる。

所々飛び跳ねている白髪に、苛立ったような色を覗かせる無機質な瞳。

その肩腕には、炎の大剣。

 

 

「女王直属近衛騎士、4(クゥァルトゥム)・アーウェルンクス」

「女王直属・・・やはり、銀髪の小娘に知れていたのか! だが、何故ここがわかった!?」

「キミの頭が古いんだろうさ」

 

 

無関心に答えて、4(クゥァルトゥム)は炎の大剣を消した。

背後の小型鯨は、未だ燃えているが。

不意に、その炎が揺れた。

 

 

「―――――見つけたわよ」

 

 

そしてもう一人。

白髪の少年とは反対側、すなわちエルメストとハンナがこの港に入った、いわば入り口側に。

炎を体現したかのような少女が、そこにいた。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様が即位されて、そして私が王国宰相となって5年。

総督期間も合わせれば、10年以上。

まぁ、普通・・・調べますよね、島内を隅々まで。

 

 

「まぁ、旧態依然とした貴族らしいと言えば、らしいですが」

 

 

嘲弄するように・・・そして事実として嘲弄しながら、私は呟きました。

内閣公安調査室は元々は、私が総督時代に独立派の若者を中心にして集めた、ウェスペルタティア人の地下組織です。

主に新オスティア内部構造を調査して・・・今ではその情報を基に、政治警察として機能しております。

 

 

なので女王アリカ以前に貴族が作った脱出路など、だいぶ前から知っています。

王族の脱出経路でもあるので、それなりの数がありましたがね。

・・・放っておいたら引っかかるバカもいるかと思っておりましたが、本当にかかる物ですね。

貴族も全てが愚鈍なわけではありませんし、イスメーネ伯爵も領地経営においてはそれなりの手腕を持っているのですが・・・密貿易を中央に隠し、かつ先々代のオスティア王以降の王位継承を認めていないと言う点を表だって表明しないと言う点でね。

 

 

『いつでも対象を捕縛できますが・・・』

 

 

地下部の秘密港を映し出しているスクリーンの脇に映った赤に近い金髪の謹厳な顔つきをした50代前半の男性が、報告と言うより要請に近い声音で告げました。

ラインハルト・シェア中佐、オスティア崩落以後は帝国で傭兵生活を送っておりましたが、先の独立紛争以来、自らの傭兵団ごと王国軍に帰参した士官です。

このような秘密作戦おいて、手腕を発揮するタイプの軍人です。

 

 

『エミリーをやった・・・金髪の女!』

 

 

そんな彼の率いる少数の部隊が持つ撮影機材に、ココロウァさんが映っています。

そして、4番目のアーウェルンクスも一緒に。

さっきまでは全ては私の掌の上ですよアハハハ・・・な状態だったのですが、イレギュラーですね。

どう処理しましょう。

 

 

まぁ、起きてしまったことは仕方がありません。

とりあえず、王国の黒幕としてはこれも予定通りの物として使・・・。

・・・ふむ。

 

 

『どうしますか、宰相閣下』

「そのまま待機してください」

『は、しかし・・・』

「ここは、陛下直属の近衛騎士(クゥァルトゥム)に任せるのです。部隊は一時待機」

『・・・了解しました』

 

 

・・・4番目のアーウェルンクスとココロウァさんの存在は、使えます。

特に、4番目のアーウェルンクスの性格はね。

使える物は何でも使いますよ、もったいありませんからね。

それにアレです、詠春には貸しをいくつ作っておいても損では無いでしょうから、くふふふ・・・。

 

 

 

 

 

Side ハンナ

 

私が伯爵様に拾われたのは、5年前のウェスペルタティア内乱の時です。

私だけでは無く、伯爵様は多くの戦災孤児を領地に引き取っています。

私にとっては、第二の父のような方です。

 

 

「ハンナ、私が残りの1隻で脱出するまで時間を稼ぎなさい」

「・・・はい」

 

 

だから、迷うことはありません。

だから、辛いこともありません。

侍女(メイド)服のエプロンの中に両手を入れ、そこから小さな箱を取り出して投げます。

・・・王宮侍女に支給される簡易版『檻箱(スピリトゥス・ディシピュラ)』。

 

 

王宮侍従隊は、親衛隊や近衛騎士団、王国傭兵隊に続く第四の王室護衛の任務を持つ部隊。

近衛騎士団や親衛隊の華やかさに隠れてほとんどの人間は見逃していますが、常に王室のお世話をする侍女こそ、武力が必要です。

だからこそ、王宮侍女にはある程度の武器が支給されます。

もっとも、要人のみが持てる限定版『檻箱(スピリトゥス・ディシピュラ)』と異なり、この魔法収納箱に入っているのはただの花火や閃光弾レベルの物でしかありませんが。

 

 

「む・・・」

 

 

クゥァルトゥム・アーウェルンクスの足下に落ちたそれが開き、閃光を放って彼を包み込みます。

その間に、伯爵様は無事な1隻に向かって駆けて行きます。

当然、私は行きません。

私はここで、伯爵様が逃げる時間を稼がなければなりませんから。

 

 

「な・・・」

 

 

もう一人の赤い髪の小娘も、当然、伯爵様を追うものと思っておりました。

だからこそ、もう一つの箱は伯爵様と小娘の間に向けて投げたのですが。

小娘は、迷うことなく。

 

 

「ハンナ・イスメルぅ―――――っ!!」

「・・・っ」

 

 

振り下ろされた拳を、紙一重で避けます。

ヂッ・・・と音を立てて私の頬を掠めた拳が、頬に火傷を刻みます。

かわしたはずなのに、火傷を負う。

拳に、炎を纏わせている・・・支援魔道機械(デバイス)も無しに!

 

 

パンッ・・・と、右手の甲で相手の拳を押さえ、左手で腕を掴み、振り回すようにして小娘の身体を投げる。

小娘はそこで生まれる遠心力を逆用して受け流し、投げられながら空中で身体を曲げて、足を私の身体に絡めた。

ジュッ・・・と音を立てて、今度は腹を焼かれる。

 

 

「・・・っ!」

 

 

漏れそうになる悲鳴を噛み殺しつつ、私は小娘から手を離した。

離れる身体、だけど小娘は私に追撃を加えてくる。

拳をかわし、蹴りを避ける。

だけどその度に、彼女の身体に纏わりついた炎が私の身体を焼いて行く。

炎を体現したかのような、赤い少女。

・・・服の両袖からナイフを4本取り出し、2本を投げた。

 

 

「・・・アンタが、エミリーを!」

 

 

あろうことか小娘は、ナイフを避けずに拳で叩き落とした。

両手の甲から、かすかに血が流れるのが見える。

両手を左右に開く格好になった小娘の懐に飛び込み、残りの2本のナイフで斬りかかる。

 

 

「・・・エミリー? 誰ですかそれは!」

「アンタがやった・・・白いオコジョ妖精よ!」

 

 

小娘の頬に切り傷をつくると、私の肩が焼ける。

小娘の衣服の脇腹部分に切り傷を作ると、私の太股が焼ける。

 

 

「私の家族を、よくも!」

 

 

小娘の赤い瞳が、私を射抜きます。

白いオコジョ妖精、工場で身体を開いてやったあのオコジョですか。

そんな物のために、伯爵様の邪魔をしに来たと言うのですか。

 

 

ふつふつと・・・怒りがこみ上げて来ました。

たかが動物一匹のために・・・ペットごときのために、邪魔しに来たのか!

 

 

「そんな余裕のある言葉、聞きたくもありません!」

 

 

ペットを家族と呼べる、恵まれた小娘。

純粋に・・・嫉妬しました。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

この金髪の女は、官憲の監視網から逃れるために裏通りを使った。

そこは、貧民街(スラム)の人達のテリトリー。

身なりの良い男を連れていれば、なおさら目立つ。

後は・・・エミリーが相手に付けた痕跡を、追ってきただけよ!

 

 

「そんな余裕のある言葉、聞きたくもありません!」

「・・・余裕ですって!?」

 

 

余裕なんて無い。

私の家族を傷つけた相手を前にして・・・余裕なんて、あるわけが無いじゃない!

 

 

「貴女も、あの女王と同じ・・・自分だけが幸福になって、満足している。それを余裕と言わずして何と言うんですか!?」

「余裕・・・?」

「傍で見ていて、わかりました・・・あの女王は、忘れている!」

「何を!」

「見殺しにしたことをです!」

 

 

時間稼ぎだと、わかってる。

本当はしちゃいけないことだって、わかってる。

だけど今、何よりも優先すべきなのは・・・目の前のこの女を、全力でぶん殴ることよ!!

 

 

「5年前・・・旧公国の内乱の時! 女王は王都だけ守って西部の民を守らなかった! 見殺しにして・・・旧西部貴族の連合軍が民衆を引き潰すのを、黙って見ていた!」

 

 

それは、アリアへの弾劾の言葉。

アリア自身が聞いたなら、少しは何かの反応を返したのかもしれない。

ううん、きっと返した。

 

 

「旧西部貴族は粛清されて・・・罪を贖いました。旧公王ネギも、来年には処刑されます! でも、女王だけはのうのうと、幸福に生きている! 後悔もせず、思い出しもせずに!」

 

 

だけど。

私には、関係無い。

それが、どうした。

それが、エミリーを傷つける理由になったと思っているのなら。

大間違いよ・・・!

 

 

「私は許さない。生きている人間は忘れているかもしれませんが、私は忘れない。たとえあの女王がどれだけ多くの民を救おうと、私達を見殺しにした事実を忘れない! 女王や貴女のような、祝福されて生まれてきた、恵まれて生きてきた小娘とは、違うんです!」

 

 

恵まれている?

11年前、お母さんは石にされた。

アリアは、唯一の家族から見捨てられた。

 

 

石化した村の人達を、何時間もかけて一緒に磨いた日々。

私はそれを、覚えてる。

あの時のアリアの顔を、覚えてる。

・・・恵まれているなんて。

 

 

「そんな『余裕のある』言葉・・・聞きたくも無いわ!!」

 

 

叫んで、『アラストール』を使って炎を生みだす。

あの子(アリア)がくれた、親友(アリア)がくれた魔法具(おまもり)。

 

 

「「何も・・・知らないくせに!!」」

 

 

同時に、同じ言葉を放つ。

何も、知らないくせに。

そして。

知りたくも無いと伝え合う言葉を、同時に放つ。

知ってもらうことが、目的では無いから。

 

 

「アンタは私の家族(エミリー)を傷つけた・・・絶対に許さない!」

「ペットを家族と呼べる、恵まれた小娘が!」

 

 

飛び込んで、右足を跳ね上げるようにして蹴りを放つ。

ハンナは後ろに倒れ込むようにしてそれをかわすと、バク転の要領で両足を振り上げる。

・・・ブーツの先から、ナイフが飛び出してきた。

 

 

「・・・っ」

 

 

チッ・・・と首筋を何かが掠める感触。

身体を下げなければ、頸動脈が切れていた。

地面に足をつけたハンナが、肩で体当たり(ショルダータックル)を仕掛けてくる。

お腹に衝撃が走って、私の身体がさらに下がる。

衝撃に逆らわずに、そのまま倒れた。

 

 

そんな私の鼻先を、さらなるナイフが掠める。

見れば、ハンナの服の左腕の袖が破れて、服の下に隠していたらしいナイフ投げの装置(リストバンド)が見えていたわ。

仰向けに倒れた私に、ナイフを逆手に持ったハンナが襲いかかる。

 

 

「ふ、ぅ・・・っ!」

 

 

炎を纏った両手でハンナの手を掴んでナイフを止めると、ハンナが表情を歪めた。

その隙に、ハンナの腹に足の裏を叩き込んで、投げ飛ばす。

東洋で言う所の、巴投げ。

 

 

腹部と背中への衝撃が事の他大きかったのか、動きを鈍らせたハンナ。

追撃。

 

 

まず、右拳で顔を。

次いで、左拳で顔を。

さらに、右足で顔を。

鈍い音を立てて、ハンナが地面に転がる。

まだ、満足できない。

エミリーの痛みは、こんな物じゃ無かったはずよ。

そう思って、さらに・・・。

 

 

グニャリと、視界が歪んだ。

 

 

「・・・!?」

 

 

目眩と吐き気と頭痛と耳鳴り。

それらが同時に襲って来て、思わず地面に膝をついた。

な、何よ・・・これ。

 

 

「・・・やっと、効いてきましたか」

 

 

身体中に火傷を負ったハンナが、緩慢な動作で身体を起こすのが見える。

だけどそれを認識することすら、今の私にはできない。

急激に、意識が遠のいて・・・。

 

 

誰かに、支えられた気がした。

誰・・・?

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

・・・ふと視界を巡らせれば、1隻の小型鯨が出航するのが見える。

追おうと思えば終えるけれど、外には艦隊がいる。

別に、僕が追う必要も無い、そう思っただけだよ。

それだけだ。

 

 

「・・・ぁ、んた・・・?」

 

 

僕の腕の中で、勝手に暴走して勝手に死にかけている赤い髪の小娘(アーニャ)が力無く僕を見上げている。

今回の事の発端は、毒だった。

なら、相手の使う武器に毒が仕込まれている可能性があることも、想定しておくべきだと思うけどね。

 

 

「・・・伯爵様は、無事に脱出されたようですね」

 

 

随分と勝手なことを言っていた金髪の女が、急に冷静になった。

さっきまでのアレはこの女(アーニャ)向けの演技だったのか、それとも違うのか。

まぁ、どうでも良いけどね。

 

 

「投降します」

 

 

あっさりと両手を上げて、金髪の女がそんなことを言う。

 

 

「・・・どういうつもりかな」

「伯爵様が逃げられた以上、私が戦う必要は消えました。それに・・・」

「それに?」

「それに私は、女王暗殺の大逆の罪人です。大逆罪を犯した者は、王の目の前で処刑されるのが慣例」

 

 

そしてその場で、さっき喚いていたようなことを女王に向けて言い放つのかな。

それはまた・・・。

 

 

「くだらないね」

 

 

僕が呟くのと同時に、ゴッ、と炎が渦巻く。

当然、僕が生みだした物で・・・女(アーニャ)を抱いた僕を中心に、炎が吹き荒れる。

人目があるからね。

金髪の女も巻き込んで発生した炎の渦が、僕達の姿を外界から隠す。

 

 

次の瞬間、言葉にするのもバカらしい無様な悲鳴が上がった。

 

 

痛みと熱さと苦しさを訴えるそれは、目の前の金髪の女が発した物で。

上げていた両手が、炭になっていた。

プスプスと黒い煙を上げるそれを見ながら・・・金髪の女が泣き声を上げている。

無様だね。

 

 

「何を勘違いしたかは知らないけど、僕は別に女王がどうなろうと知ったことじゃないんだ」

 

 

大逆がどうとか、暗殺がどうとか・・・知ったことじゃない。

人間風情の揉め事に、全く興味は無いよ。

だから事後処理の面倒な投降よりも、処理のしやすい処刑を選ばせてもらおうか。

抵抗されたから殺した、と言うことにしておこう。

背後関係とか、興味無いしね。

 

 

僕の片手に嵌められた赤い3つの指輪が、煌めく。

同時に、任意の場所に炎が生まれる。

任意の場所に。

 

 

「・・・さて、帰ろうか」

 

 

毒が回って気絶した腕の中の女(アーニャ)を見下ろしながら、そう呟く。

・・・キミは。

キミはきっと、あんな無様を晒さないんだろうね。

 

 

いつか、キミを屈服させて・・・僕だけの所有物(モノ)にした時。

キミを・・・。

・・・楽しみだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

イスメーネ伯エルメストは新オスティア周辺の雲海を隠れ蓑に、無事に新オスティア駐留艦隊の哨戒網を抜けて脱出した。

少なくとも本人はそう思っていたし、事実として彼の駆る小型鯨に搭載された旧式のレーダーは、周辺に他の艦艇が存在しないことを告げていた。

後は自分の領地に戻り、交流の深いパルティア部族に救援を求めるだけである。

 

 

「ゲーデルめ・・・」

 

 

逃亡劇の高揚感から解放されてしまえば、後に残るのは苦々しい憎悪だけだった。

そもそも彼は、先代のアリカ女王の即位からして認めていなかった。

そもそも、イスメーネ伯爵家は2000年以上の歴史を誇る名家である。

ウェスペルタティア建国の時から王室に忠誠を誓い、初代のイスメーネ伯などはかの初代女王アマテルから直々にお言葉を賜ったこともある、由緒ある血筋なのだ。

 

 

それ故に、先々代のオスティア王がクーデターで当時のアリカ王女に弑逆された時、エルメストは本気で悔やんだ物である。

賢明なるオスティア王を弑逆したアリカ王女が王位を簒奪するや国は滅び、復活したと思えばアリア女王は貴族では無い低俗な輩を国政の中心に据え、あまつさえ長年王室に忠義を尽くしてきた貴族階級を締め上げ、虐待している。

特に女王アリアの代理人として権勢を極めているクルト・ゲーデルなどは、そもそも戦災孤児であり、どこの馬の骨とも知れぬ下賤の身に過ぎない。

王国史上ありうべからざる暴挙である、少なくともエルメストはそう思っている。

 

 

「王国貴族の真髄を見せてやる」

『くふふふ・・・』

 

 

不意に、船内の通信機から笑い声が聞こえた。

 

 

「な・・・誰だ!?」

『いや、失礼。稀に聞くバカ話だった物で・・・いや、さらに失礼』

「な、何だと!?」

 

 

ガクンッ、と船体が揺れる。

一人乗り用の小型鯨の周囲には、未だに艦影は無いと言うのに。

 

 

『パルティアとの密貿易で財を蓄え、戦災孤児を育成し私兵に仕立て上げ、アリカ様、アリア様への不満を溜め込む毎日・・・本当にご苦労様でした』

「貴様・・・ゲーデルか!?」

『由緒ある名家がまたひとつ消える・・・いや、寂しい物ですねぇ』

 

 

欠片も「由緒ある名家」などを信じていない口調で語るのは、クルト・ゲーデル。

音声だけの通信だが、エルメストには確信があった。

そして同時に、この時点での敗北を認めた。

元来、無能な男では無い。

自分が進退極まったことを、悟ったのである。

 

 

「ふ、ふふ・・・よかろう、負けを認めてやろうではないか。だが私は倒れても、パルティアに嫁いでいる私の娘がいずれは貴様らを滅ぼすぞ!」

『ほぅ、死人に滅ぼされる国家とは、寡聞にして初耳ですね』

「死人だと・・・?」

『先日、パルティア政府軍がある部族を殲滅したと聞きましたが・・・さて、どこの部族なのでしょうねぇ』

 

 

その時のエルメストの表情を、どう表現すべきであろうか。

憤怒、絶望、焦虜、諦観・・・それらが入り混じって、一つの顔を形成していた。

 

 

「ぬ・・・だが! ハンナは私を逃がした後、投降するはずだ、そうすれば・・・今、毒を持っているのは貴様なのだ、貴様こそが暗殺犯なのだと証言してくれよう!」

『くふふ・・・いえ、それが抵抗したそうですよ?』

「何だと!?」

『いや、本当に残念です』

 

 

そんなはずが無かった。

ハンナには女王を弾劾し、かつ自分は宰相の命令で動いたと処刑の際に主張すると言う最後の任務があったのである。

それを機に、各地で戦災孤児達を煽り、暴動を頻発させる・・・それが計画だった。

 

 

『まぁ、誰が西部とは反対側に位置する貴方の領地に孤児を運んだのかとか、そもそも旧貴族間の横の連帯の中心人物は誰かとか・・・聞きたいことは山ほどあるのですが・・・まぁ、貴方とは別の捕らえた貴族の口を割らせる方が楽そうですし・・・』

 

 

ガクン、と揺れたのは船か、それともエルメストの身体か。

 

 

「げえぇでるぅうううううううううっっ!!」

『さようなら、イスメーネ伯爵』

 

 

通信が途切れた次の瞬間、全ての計器類が停止した。

エルメストは知らないことだが・・・その船には、燃料が積まれていなかったのである。

 

 

「王国、万歳――――――!!」

 

 

エルメストの今際の言葉は、むしろ滑稽にすら響いた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side クルト

 

「・・・という次第でして」

 

 

5月4日の朝の閣議の際、私は過去2日間にわたって行われた国内の粛清について報告しました。

なるべく穏便かつコミカルに伝わるよう配慮したつもりでしたが。

 

 

「・・・おや?」

 

 

それがどうも、あまり伝わらなかった様子ですね。

と言うか、むしろ反感を買ってしまっているような気さえしますね。

何故でしょう、本気でわかりませんねぇ。

 

 

何故ならば私、特に不味いことはしておりませんし。

結果的には、王国の・・・女王陛下の利益を最大限確保したわけですし。

新聞には、国内の不正を一掃して見せたアリア様の統治手腕を褒め称える記事が載っておりますし。

まぁ、一方で拙速な手段だったと私を非難する記事もありますがね、バランスですよ。

憲法が成立してからでは、こうしたことはできませんでしたので・・・良いタイミングでした。

 

 

「・・・まぁ、今さらお前に対して物を言えなくなるような神経の細い奴はここにはいないがな、ゲーデル」

 

 

テーブルに頬杖をつきながら、吸血鬼が目を細めつつ発言しました。

 

 

「だが今回、少々やりすぎな面もあったんじゃないのか? 女王にしか命令権が無い親衛隊員の拘束とかな」

「もちろん、アリア様の勅命によって全ては行われました。もし私の行動に何か問題があると思うなら、女王陛下に直接、訴えかければ良いではありませんか」

 

 

親衛隊は、何でも女王陛下のために存在するとか。

ならば、女王陛下の安全を保証するために拘束されることを拒否することはできないはずです。

彼らは自己の満足のためでは無く女王陛下の満足のために全てを捧げることで、現在の地位を得ているのですから。

これは、王室に関係する全ての人間に対して言えることですがね。

しかしそれでも、女王の権威を傘に着ているように聞こえる私の発言に、また場の温度が下がりますが。

 

 

私の行動の全ては、アリア様とアリカ様のために。

あのお2人が死ねと言うのであればこのクルト、喜んで死にましょう。

自分の利益のために動いたことなどありませんし・・・だからこそ。

表だって私を罷免しろと言う者は少ないわけです。

別に宰相が愛される必要は無く・・・女王陛下と王室が愛されていれば良いのですから

と言うか、好かれようとしたことがありません。

有権者以外には。

 

 

「さて、国内の問題はそれとして・・・本日から行われるアリア様の帝国訪問ですが」

 

 

とはいえ、すでに終わった粛清問題だけが我々の仕事ではありません。

アリア様がヘラス帝国を公式に訪問し、結婚式に参列する間のことも考えねばなりません。

実際、やるべきことは多いのですよ。

粛清によって、王室の領地はさらに増えましたし。

アリア様の勢力が、また増してしまいました・・・いや、実に重畳。

 

 

吸血鬼は今回、アリア様に同行できませんし・・・いや、私だって行きたいのですから、そんな殺人的な視線を撃ち込んでこないでくれませんかね。

宮殿都市(フロートテンプル)や国内の大小の公共事業を統括せねばならないでしょうが。

アリア様がおられない間の公務はアリカ様が代行されますし、外務尚書テオドシウスがいない間は私が外務尚書代理を兼任します。

その他・・・今年の12月に行われる、我が国初の民主的な選挙について。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

目が覚めた時、そこは知らない天井だった。

その後すぐに、そこがオスティア中央病院の個室で、自分が入院したんだってことを聞いた。

何でも、毒を抜くのにそれなりに時間がかかったとか、一時は本気で危なかったとか、王国軍に保護されていなければ処置が遅れて本気で危なかったとか・・・。

それから・・・。

 

 

「ちょ、おまっ、ふざけんのも大概にせぇやあぁ~~~~っ!?」

 

 

それから、千草さんに物凄く怒られた。

それは公的な物も私的な物もたくさんあったけど、要約すると心配させるなってことらしかった。

素直に、申し訳ないと思った。

 

 

特に、私がこんなになっちゃった(毒をもらって入院とか)から、千草さんが旧世界連合代表としてヘラス帝国に行かなくちゃならなくなったこととか。

私が倒れた場所が場所だったから、探しに来た小太郎君が途方に暮れてたとか。

あと、メルディアナにどう説明すれば良いのかとか・・・ことは高度に政治的な問題も孕んでるとか。

・・・うん、私、かなりヤバいことしちゃってたのね・・・今さらだけど。

 

 

「とにかく、安静にしときや! これ以上のゴタゴタは本当に勘弁やえ!!」

 

 

怒ってるんだか心配してるんだかわからない口調で、千草さんが出て行った。

これから空港に行かなくちゃいけないんだって。

・・・本当に、悪いことしちゃった。

しちゃったとか、そう言う軽いレベルじゃないけど。

後で、お母さんとかにも怒られるんだろうな・・・。

 

 

・・・クビかな、コレ。

ふぅ・・・と溜息を吐いて、病室の窓の外に視線を投げる。

ここは3階で、木と一緒に空が見える・・・。

 

 

「・・・エミリー、大丈夫かしら」

 

 

使い魔契約のリンクは切れていないから、大丈夫だとは思うけど。

だけど、とても細々とした物だから・・・凄く心配。

怪我、酷かった物ね・・・早く退院して、お見舞いに行かなくちゃ。

早く、良くなって・・・それで。

・・・今、外ってどう言うことになってるのかしら。

ここ、新聞とか置いてあるのかしらね。

 

 

―――――カタン・・・。

 

 

その時、不意に窓とは反対側―――つまりは、病室の扉側―――から控え目と言うには、やけにはっきりと聞こえる音が響いた。

とどのつまりは隠すつもりが無い、そんな音。

振り向いてみれば・・・。

 

 

「・・・何よ」

「別に・・・」

 

 

そこにいたのは、白い髪の男の子。

いつもいつでも、不機嫌そうな顔をした・・・男の子。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

久しぶりに浴びた太陽の光に、私は目を細めた。

釈放されたのは昨日だけど、結局いろいろと事務処理とかでアレだったし。

まぁ、記録に残らないのは助かるけどさー。

 

 

「でもいきなり、フェイト様の随行で帝国まで行けってのはキツいわね」

「じゃあ、休む?」

「休むわけ無いでしょ!? 私はフェイト様の行く所ならどこでも行くわよ!?」

「・・・ストーカー?」

「違うわよ!?」

 

 

ちょっと会わない間に、環がとんでも無い誤解をしてた。

いや、実際、休暇あげるけどって普通にフェイト様に言われたけど!

でもそんなこと言われたら、意地でもついて行くのがお付きの侍女ってモンでしょ。

大体、急に休暇貰ったってやること無いし・・・。

それに、帝国にちゃんと行くのは初めてだし、少しは興味があるしね。

 

 

「まぁ、何にせよ特に酷いことはされなかったみたいですし、良かったですわね」

「う、うん・・・でもさ栞、どうして焔をはがい締めにしてるの?」

「ぎ、ぎぶ・・・ぎぶだってしお・・・!」

「うふふ、こうしないと焔ったら、アーニャさんの所に行くでしょう?」

 

 

いや・・・でも焔、顔が紫色なんだけど。

まさに、部族最後の生き残りになっちゃいそうなんだけど・・・。

・・・あれ?

 

 

「調は?」

「休暇を取って、故郷に戻りましたわ」

「故郷・・・パルティアに?」

「ええ」

 

 

・・・何で、急に?

お姉さんがいる栞以外は、パルティアに戻ることなんて無かったのに。

 

 

「・・・調の家族、見つかったって」

「え・・・でも、調の家族って、確か」

 

 

私や焔の部族とかは、他の部族との紛争で全滅してる。

調の部族は、殺されはしなかったけど・・・。

 

 

「角を取られて、奴隷にされてた」

「それが、最近のパルティアの政変でいくつかの部族が滅んで・・・そこで奴隷として捕らわれていたのが、保護されたらしいんですの」

「・・・そうだったんだ」

 

 

そう、なんだ。

でも・・・ううん、これは調の問題だから。

相談でもされない限りは、私達は何もできないし、何をしてもいけないと思う。

私達にとっては、部族の話はそう言う(デリケートな)物だから。

 

 

「・・・とにかく! 一人欠員だけど・・・フェイトガールズ、今度は帝国に行くわよ!」

「・・・その公称、いい加減にやめて貰えないでしょうか・・・」

「私達、もう良い年・・・」

「あ、アーニャにも、言われたぞ・・・っ」

 

 

・・・いや、だってこれが本当に公式名称なんだから、仕方が無いじゃない。

でも正直、そろそろ私も辛いかな~って思うんだけど・・・。

女王陛下、新しい名称とか、考えてくれないかな・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・結果だけを述べてしまえば。

イスメーネ伯爵家を含む3つの貴族の家が共謀して私やお母様の暗殺を図った。

と、言うことで話が落ち着きました。

3つの家は取り潰しが確定、それぞれの領地には艦隊が派遣されて即日制圧。

 

 

もちろん、話がそれだけかと言うと、表ざたにはできないことがいくつもありますが。

例えば、隣国であるパルティア連邦の一部族が関係していたとか。

旧世界のメルディアナ特使が巻き込まれて(むしろ自分から首を突っ込んで)いたとか。

・・・どれもデリケートな問題なので、まだ公表できませんが。

 

 

「・・・アリアさん、そろそろ・・・」

「・・・はい」

 

 

茶々丸さんが耳元で囁き、私は時間が来たことを悟ります。

今の私の目の前には、多くのジャーナリズムの関係者が詰め掛けていて・・・ここは新オスティア国際空港の一室に設営された会見場なのです。

ヘラス帝国への出立に先立ち、会見を行っていたのです。

 

 

まぁ、話題は大体がクルトおじ様の粛清問題と、帝国での婚礼についての物ですが。

宰相府の方から言い含められているのかはわかりませんが、特にフェイトとのことは・・・。

世継ぎ・・・つまり、子供のこととか。

聞かれても、どうとも言えませんけどね。

 

 

「それでは、会見を終了させて頂きます!」

 

 

広報官の宣言で、会見は終了。

私は2言3言、お別れの言葉を述べて・・・フェイトと連れ立って、会見場を後にします。

後には茶々丸さんと田中Ⅱ世(セコーンド)を含む侍従団と護衛の近衛・親衛隊などが続きます。

まぁ、そうは言ってもそれほど大仰な団体を連れてはいけませんので。

 

 

私やフェイト、茶々丸さんなどが乗る戦艦『ブリュンヒルデ』を含めて、巡航艦2隻、駆逐艦8隻の11隻の艦艇で構成される護衛小艦隊が全てです。

艦艇は女王親衛艦隊所属の者に限りますが、レミーナ元帥は同行しません。

あんまり、帝国の方々を刺激するわけにもいきませんので。

何でも、帝国側は軍部関係でゴタついているとか・・・。

 

 

「・・・大丈夫?」

「はい」

 

 

どことなく心配そうなフェイトの声に、私は苦笑します。

そんなに心配しなくとも、ちゃんと仕事はできますよ。

多少、微熱が続いていても、多少、体調が優れなくても・・・。

仕事してれば、治りますので。

それに船の中では、特にすることもありませんし、休めますよ。

 

 

だから、あんなに連れてくることは無いのに。

そう思って後ろを見れば、私についてくる団体の中に白衣を着た人々がいることに気付きます。

総勢15名の、侍医団。

要するに、王室専用のお医者さんや看護士さん達です。

この場合、私のためだけに用意されたわけですけど・・・フェイト、お医者さんいらないですし。

大げさです、クルトおじ様。

 

 

「帝国の結婚式は、初めてですね。フェイトは?」

「王族の物は、僕も初めてだね」

「そうですか・・・」

 

 

まぁ、お仕事とは言え楽しみです。

帝国の、結婚式。

楽しみですね。

 

 

「ジャック・ラカンの結婚式か・・・」

 

 

・・・何故か、フェイトが遠い目をしてました。

 




新登場キャラ:
ラインハルト・シェア:伸様提供・オリキャラ。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第10回広報

アーシェ:
はーい、アーシェです、この広報も10回目!
マンネリを避けるために、新たなコーナーを作ってみることにしました。
ずばり、読者投稿オリキャラを紹介しよう!・・・です!
この物語の弱点(長所でもありますが)の一つには、オリキャラが多くて把握が難しいと言うのがあると思うんです。
そこで、後書きで私が特別記事を設けて、紹介していこうと言うコーナーです。
と言うわけで・・・最初は、私についてです!


アーシェ・フォーメリア(フィー様提案)
年齢:現在、20代後半(まだ30じゃないよ! ここ重要!)
性別:女 種族:人間
身体特徴:
金髪碧眼で小柄な体格、十人並みの容姿。
魔法世界の標準的な女性だね、標準でも凄い人は凄いけど・・・。

性格:
よく言えば明るく、悪く言えば軽い。
映像を撮るのが趣味と言うか生きがい、だけど実は人物より風景が好きなの。
人も動物も、風景の一部さ。
休暇をとっては秘境巡り、たまに死にかけます。
魔法があった時代には、転移などの移動系が大得意だったよ。
今は女王陛下のはからいで、転移装置の優先使用権と移動用のデバイスを貸与されてます。

略歴:
オスティア生まれ。オスティア崩壊の時に親とはぐれ孤児になった。
その後、いろいろあって旧オストラ伯領に一時ご厄介に。
運良く教育支援を受けれて、アリアドネーに入学。
そこで映像と言う運命と出会ったわけ・・・懐かしいなぁ。
卒業後は新オスティアの駐留警備隊に就職して・・・今はウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室副室長兼撮影班ブラボー4。
王家とか難しいことはアレだけど、オスティアの復興は本当に嬉しい。


・・・ふぅっ、後はプライベートな個人情報だから、勘弁ね!
こんな感じで、今後はオリキャラ設定をちょくちょく公開していこうと思います。
こうすることで、投稿キャラクターへの理解が深まってくれれば、もっと楽しくなる・・・と、良いな?


では、次回は・・・おわかり? ですよねー。
帝国ウェディング編、いきまーす!


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アフターストーリー第11話「帝国物語・前編」

*お読みになる前に
今話では、ヘラス帝国に関するオリジナル設定・オリジナルキャラクターが多数登場します。
オリジナル設定が苦手な方は、ご注意ください。
神駆様提案の内容を含みます。

いざ帝国編を書こうとした際、ラカンさんとテオドラさん以外に帝国人を知らないことにびっくりしました。
・・・あ、ココネさんがおりましたね。


Side 茶々丸

 

・・・36.9度、やや高めです。

アリアさんのお着替えをお手伝いしながら、私は密かにアリアさんの体調をチェック致します。

本当であれば、アリアさんの了解をとってからに行う方が効率的なのですが・・・。

 

 

「・・・終わりました、アリアさん」

「ありがとうございます、茶々丸さん」

 

 

テオドラ陛下の婚礼に出席するための衣装に身を包んだアリアさんが、ふわりと微笑みます。

頬がかすかに赤らんでおり、それは一見、アリアさんの可憐さと肌の白さを強調しているようにも見えますが・・・どうにも、心配です。

特に致命的な不調を訴えられるわけでもございませんので、密かに様子を窺うしかありません。

何しろアリアさんは意外に頑固と言うか、強情な所がおありですから・・・。

 

 

病人扱いするな、触れるなと言われてしまえば、連れてきた侍医団はアリアさんを診察することもできません。

私やマスターと言う特殊なケースですら、表立っては何もできません。

アリアさんは専制君主であり・・・その意思を曲げられる者は存在しないのですから。

 

 

「窓を開けてください」

「はい、女王陛下」

 

 

身だしなみをすっかり整えたアリアさんは衣裳部屋を兼ねる寝室から隣の部屋へ移ると、窓を開けるように侍女のユリアさんに頼みました。

水色の髪の侍女が部屋の窓を開けると、オスティアとは異なる空気が部屋に流れます。

 

 

群青色を基調とした儀礼用のドレスに身を包んだアリアさんが、オスティアのそれよりも強い日差しを浴びて、かすかに眼を細められます。

心地良さそうなその姿からは、身体の不調など感じられませんが・・・。

身体のラインに合わせるように作られた群青色のドレスの素材は絹(シルク)で、唯一ふわりと広がっているスカートには、所々レースやフリルで装飾が施されています。

その他、結婚指輪を含むオスティアの宝飾店「シュトラウス」のアクセサリーを数点。

 

 

「・・・ここが、帝都ヘラス・・・」

 

 

窓の外には、ヘラス帝国の首都の光景が広がっておりました。

帝都ヘラスの高級ホテル「テオファノ」に到着したのは昨日の夜でしたので、明るい内に見るのは、今回の旅程では初めてのことになります。

20階建ての高層ホテルの最上階から見えるのは、巨大な橋の向こうに見えるヘラス宮殿です。

丸みを帯びた独特な尖塔がいくつか見えますが、あれはほんの一部に過ぎません。

新オスティアの宰相府(離宮)の数倍の大きさを誇る建造物で、今頃は婚礼の儀式の準備で大忙しのはずです。

 

 

橋によって繋がる大地と大地の間には大きな滝があり、これは帝都ヘラスの豊かな水源による物です。

帝都ヘラスは円環(サークル)状に広がるいくつもの大地で構成される特異な都市で、7つの円環大地(サークル)が千に及ぶ橋で繋がった大都市です。

円環大地(サークル)はそれぞれ身分に応じて居住者が変わり、私達がいるのは富裕層の多い第二円環(セカンドサークル)、外側に行くほど住民の所得が下がる傾向にあるそうです。

オスティアに勝るとも劣らぬ歴史を持ち、定住人口だけで1500万人、軍港を含めて4つの空港があり、また帝都を中心に帝国の9つの主要街道が放射状に広がっているので、経済の中心地でもあります。

そのため普段なら空には絶えず飛行鯨の姿があるのですが・・・流石に今日は見当たりません。

 

 

「失礼致します、女王陛下・・・夫君殿下がお待ちです」

「わかりました、すぐに参ります」

 

 

暦さんやユリアさんと同じく、拘束を解かれ元の任務に戻った親衛隊副長、知紅さんの声に答えて、アリアさんは部屋の外へ向かいました。

知紅さんは、今回の旅程におけるアリアさんの護衛の責任者でもあります。

 

 

さりとて、流石に本日の主役はアリアさんとフェイトさんではございません。

本日の主役は・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

化粧を終え、着替えを終えてしまえば、妾にはやることは残っておらぬ。

婚礼の儀式の細部は姉上・・・総大主教であるエヴドキア第一皇女が執り行ってくださる。

儀式の順序については、妾もジャックも嫌と言うほど覚えさせられた。

・・・あんまりキツく教えられるので、帝位継承のことを恨まれているのかとすら思ったが。

 

 

まぁ、ジャックが意外とあっさりと覚えてしまったのには、驚きつつも納得したがの。

ジャック・・・ジャックと出会ったのは、妾がまだほんの子供だった時じゃな。

年齢差は縮まらぬが、じゃが、妾も大人の女になった。

今日という日を、心待ちにしておった。

じゃが、何故じゃろうな、昔が懐かしいのじゃ。

ジャックと結ばれることだけを無邪気に夢見ておった、昔の自分が・・・。

 

 

「クワン・シンよ」

「はい、皇帝陛下」

 

 

帝国の婚礼の作法に則り、妾はジャックが迎えに来るまでは寝室におらねばならぬ。

そして夫となる男以外に姿を見せてはならぬ故、必然、妾の周囲におるのは女性のみに限る。

その中でも特に若い女性―――少女にすら見える―――黒く長い髪を結い上げ、皇帝親衛軍の軍服を着た有角族の将校が、妾の前に跪いておる。

 

 

ヘラス帝国陸軍将校の中では若年じゃが、長く国境守備に就いておった軍人じゃ。

6年前までは、連合の指示で国境警備をしておった王国のリュケスティス元帥と国境を挟んで睨み合っておったとか・・・あとクワン直属の部隊は全て女子で、娘子軍との異名を取っておる。

現在はその娘子軍をも含めた第8親衛騎兵師団の師団長であり・・・妾の身辺を警護しておる。

当然、この婚礼の儀でも妾を守る役目に就くはずじゃが・・・。

 

 

「そなたなら言わずともわかっておろうが・・・今日の婚儀において、第一に守らねばならぬ者は、誰じゃと思う?」

「そうですね・・・」

 

 

クワンはわずかに妾を見上げた後、特に時間をかけずに返答した。

 

 

「ウェスペルタティアの女王陛下かと」

「・・・そうじゃ」

 

 

クワンには、妾よりもアリア陛下を優先して守るよう命令しておる。

最悪、妾の傍にはジャックがおる。

姉上2人はある理由で狙われる可能性が低く、他の貴族や有力者は倒れても最悪、反乱が一つ増えるだけで済ませられる・・・それもアレじゃが。

アリアドネー、メガロメセンブリアなどの諸国と問題を構えても、それもどうにかできる。

 

 

じゃが、ウェスペルタティアとの間にだけは問題を起こしてはならぬ!

 

 

今回の婚儀はもちろん、ジャックと結ばれる私の幸福を意味する。

そして帝国の統一を保つために、帝室の権威を知らしめるためでもある。

つまりそうせねば帝権の下に統一を維持できぬ・・・端的に申せば分裂しかけておると言うことじゃ。

特に軍部が危うい・・・ウェスペルタティアに融和的な穏健派は妾についてくれておるが。

過激派が・・・。

 

 

「ウェスペルタティアとの戦争だけは、何があっても回避せねばならぬ・・・頼むぞ、クワン」

「御意、ウェスペルタティア女王一行に私の部隊を回しましょう・・・ですが」

「大丈夫じゃ、妾にはジャックがおる・・・それに、妾に万一のことがあっても・・・」

 

 

・・・アリア陛下自身にはアーウェルンクスを含む強大な護衛がついておろうが。

じゃが、他の者に危害が及んでも戦争は避けられぬかもしれぬ。

戦争は回避できても、王国は技術供与を止め、帝国は資源供給を止めると言う経済戦争になりかねん。

そんなことになれば・・・。

 

 

・・・本当に、ただジャックとの婚姻を夢見ておれば良かった時期が懐かしい。

父上、妾は弱い娘です・・・父上の遺してくだされた国を守ることすら、難しいほどに・・・。

 

 

「おぃ―――っス、元気かじゃじゃ馬姫!」

 

 

その時、どーんっ、と寝室の扉が開かれた。

そこには・・・。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「ラカン殿・・・ラカン殿!」

「ぁんだよ、うるせぇなぁ」

 

 

堅苦しい儀礼用の衣装に着替え終わった後―――ヘラス帝国の民族衣装なんだが、これがおっそろしくダセェ―――慣習とか何だか知らねぇが、花嫁を寝室まで迎えに行かなくちゃならねぇんだと。

で、それでズカズカと人払いの済んだ宮殿最奥部の廊下を歩いてたんだがよ。

 

 

「いや、うるせぇでは無く、護衛を置いて行かないでください!」

 

 

で、そんな俺に纏わりついてくるコイツは・・・あー・・・。

・・・誰だっけ?

 

 

「ライザー・J・ルーグです! と言うか、もう5年の付き合いでしょ!?」

「冗談だよ、冗談・・・相変わらず面白くねぇなぁ、お前」

「いや・・・だから、護衛を置いていかないでくださいよ!?」

 

 

コイツも人間換算だと結構な年のはずだが、俺からすりゃまだまだ小僧だ。

そこそこ腕は立つが、第1親衛装甲師団を前の団長から引き継いで半年、真面目すぎてアレだ。

だから、アレだ。

あー・・・。

 

 

「お前、俺様に護衛とかいると思うか?」

「・・・相変わらず、嫌味なまでの自信ですね・・・」

「で、どうよ?」

「・・・いらないんじゃ無いですかね?」

「だろ? てーわけで、じゃなっ!」

「あ、ちょっ・・・えええぇぇっ!?」

 

 

どきゅんっ、とその場からかっ消える俺。

ライザーの小僧も追いかけてこようとするが、無理。

俺に追いつける奴なんて、そうはいねぇ。

 

 

だからまぁ、俺以外の他の連中の護衛に回ってな、ライザー。

自分以外に護衛を振り分けてそうな、じゃじゃ馬姫(テオドラ)とかな。

もう姫じゃねーけど。

 

 

「・・・っとにガキだかんな、あのじゃじゃ馬・・・」

 

 

自分から結婚結婚って騒いでたくせによ、いざ結婚式が近付いてきやがると暗ぇ顔しやがってよ。

どーせ、自分がこの国をどうにかしねーと、とか思ってんだろーけどな。

なんつっても、ナギの嫁さんのダチだかんな。

似た者同士ってんで、頭が良いくせに要領が悪いわけだ。

うん、バカなんだな、多分。

 

 

そうこうしてる内に、もう何度も何度も来すぎて面白みの欠片もねーが、アイツの寝室についた。

兵士や侍従のねーちゃん達に適当に挨拶しつつ、俺は。

 

 

「おぃ―――っス、元気かじゃじゃ馬姫!」

「結婚式当日くらい、しんみりと呼べんのか戯け!!」

 

 

いや、だってお前。

お前が暗いなら、俺がその分明るくしねーと、アレだ。

バランスが悪いだろーが。

 

 

「おー・・・綺麗になっちまって」

「な、ななっ・・・た、戯けっ」

 

 

まったく・・・先が思いやられるぜ、この女帝さんはよ。

昔と何にも変わっちゃいねぇ。

手がかかって、仕方ねーわ。

祝いの日に、何を暗い顔してんだか・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

帝国の婚礼の儀を見るのは、実は初めてじゃない。

もっとも僕が見たことがあるのは民間の物で、今回の婚礼とはスケールからして違うけどね。

何と言っても、帝室の婚礼だからね。

 

 

「帝国の結婚式は、床に座るんですね・・・」

 

 

僕の隣で、アリアが物珍しげに呟いている。

僕達がいるヘラス帝国宮殿に隣接する大聖堂―――アギア・ソビアー大聖堂、古代の言語で「聖なる叡智」を意味する―――は、まさに婚礼の儀式に相応しい威厳を持っていると言える。

丸みを帯びた巨大な天蓋にはヘラス帝国の歴史を表すモザイク画があり、石造りの床には赤を基調とした厚い絨毯が幾重にも敷かれている。

椅子に座る王国と違い、帝国では絨毯の上に座るのが慣習だ。

 

 

新郎新婦が通る真紅の絨毯のすぐ傍に客人用の絨毯が敷き詰められていて、身分ごとに色や模様が異なる。

順番としては新郎新婦が結婚を宣誓する祭壇から見て、各国の王族・首脳、帝国の王族・貴族・首脳、その他の賓客・・・と言った順番だ、人数はざっと2000人と言った所かな。

僕達がいるのは貴賓席(ロイヤル・ボックス)と言うわけで・・・最前列。

隣り合って座るアリアのドレスは巧みにデザインされていて、座るとスカートがふわりと広がって、一輪の花が咲いたかのようだ。

 

 

「様式は違いますけど、オスティアの聖堂とどこか似ていますね」

「まぁ、源流は同じだからね」

 

 

帝国人の中で、オスティアは特別な意味を持っているからね。

歴代皇帝はオスティアに都を遷すことを夢見て、幾度となく北伐を行った。

王国と帝国の関係史において、最も多く登場するのは「戦争」と言う一語だからね。

 

 

「祭壇の方で祭祀の役目を務められているのは、テオドラ陛下の姉君様・・・エヴドキア皇女殿下ですね」

「・・・帝国では、長子が寺院に入って宗教的権威を身に着けるのが慣習だからね」

 

 

僕達の割と近い位置には、階段によって数段上に設けられた石造りの祭壇がある。

そこには神官らしき赤い装束を着たヘラス族の若い少女が数人、そして床に届きそうな程の長い金色の髪の女性がいる。

ゆったりとした丈の長い白い衣装に、最高位の神官であることを示す袖の無い赤い上着・・・。

顔立ちは、テオドラ陛下を少し成長させたくらいだろうか、でも少し小柄だ。

 

 

ヘラス帝国第一皇女にして総大主教・・・帝国の宗教的指導者。

本来であれば、彼女が帝位に就くのが筋だったのだろうけど。

まぁ、そのあたりは帝国の内政問題だからね。

 

 

「ふぅ・・・な、何ですか?」

「別に・・・」

 

 

息を吐くアリアの横顔を、じっと見ていると、アリアが顔を赤らめながら微笑んだ。

照れているだけなら、可愛いで済むのだけど。

茶々丸や暦君達はここには入れないから、僕が傍で気を付けないとね・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア外務尚書)

 

・・・女王陛下達とは、席が離れてしまったな・・・。

まぁ、王族と閣僚では席が違うのも仕方が無いか。

そんな私は、式典会場のかなり後ろの方にいる。

心なし、絨毯も王族に比べれば簡素な模様になっている気がする。

流石は、身分社会の帝国と言った所か。

 

 

それでも、他の国の閣僚の中では最前列だけど。

アキダリアなどは首相が未だに決まっていないから、代理が最後列にいるしね。

まぁ、良い・・・私は私の仕事をするとしよう。

 

 

「参列してる人間の質と顔ぶれで、大体の国力がわかると言うけど・・・」

 

 

女王陛下の結婚式には、王国だけでなく世界中の有力者が集まった物だけど。

・・・人数の規模は同等だけど、顔ぶれを見るに参列者が選ばれている気もする。

さて、これをどう考えるべきかな・・・。

分裂してると見るべきか、それとも逆か。

・・・昨年の後半からは、内紛や叛乱騒ぎも収まっているようだけど。

 

 

「皇帝補佐のコルネリアや駐オスティア大使のソネットは、やり手だけどね」

 

 

王国と帝国の関係は、まぁ、一応は準同盟関係にある。

先日、私が帝国を訪問した際に調印された「安全保障関係に関するウェスペルタティア・ヘラス共同宣言」によって、両国の友好関係はさらに一歩進んだ。

半年に一度、外務・国防当局の次官級による「2+2」対話が行われるようになったし、軍事情報包括保護協定(ジーソミア)・物品役務相互提供協定(アクサ)・企業活動保護のための投資協定なども締結されている。

外見上は、確かに友好関係が深まっているように見えるけど。

 

 

・・・だけど先日、私が訪問したその日に、外国勢力の排除を訴える反政府武装勢力のテロで、帝都の士官学校が爆破された。

毎週火曜日には、ウェスペルタティア大使館の前で抗議デモがあるし。

王国・帝国国境のサバ地域でしかウェスペルタティア資本は進出できない上、効率の悪い帝国企業との合弁を強制されているし・・・第一、帝国は資源・軍需産業以外は基盤が脆弱で、合弁すると利益率が下がる傾向にある。

それに帝国政府は国内資源の生産管理も始めていて、輸入に影響がでているし・・・。

・・・とどのつまり、問題の方が多い。

友好関係を結んでいるのは帝国の中央政府とだけで、他は・・・。

 

 

「・・・ん・・・?」

 

 

不意に視線を感じて―――本国に置いてきたマリアかと思った―――視線を巡らす。

その先には、帝国の皇族達の中で特に目立つ風貌の長身の男。

あれは誰かな、初めて見る気がするけど・・・。

 

 

20代後半くらいに見える男で、褐色の肌に、一房だけ三つ編みの金髪。

絨毯にゆったりと腰掛けながら、切れ長で銀にも見える淡い糖蜜色の瞳を、真っ直ぐ私に向けている。

怜悧さと精悍さを併せ持った、琥珀色の民族衣装を纏った美丈夫。

私と目が合うと、視線を逸らされた・・・何なんだ。

 

 

「もし・・・」

「はい、何か御用でしょうか」

 

 

傍で控えている帝国の侍女に声をかけて、あの御仁について聞いてみる。

ペプロス―――両肩だけを留めた袖の無い民族衣装―――を身に纏ったヘラス族の侍女は、ああ、と頷いて教えてくれた。

 

 

「あのお方は、シュヴェーアト大公殿下ですわ」

「シュヴェーアト・・・?」

「シュヴェーアト部族のベネディクト殿下・・・皇帝陛下の遠縁に当たるお方です」

「そう・・・」

 

 

シュヴェーアトの、ベネディクト・・・。

どうしてか、少し、気になった。

その時、オスティアのそれとは異なる音楽が、流れ始めた。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

戦乱と混乱が続いた昨年までとは違って、今年は本当にめでたいことが続くわね。

1月にはウェスペルタティアで、そして5月にはここヘラスで。

壮麗な結婚式が執り行われたのだもの。

もっとも、厳密にはまだテオドラ陛下とジャック・ラカンの婚儀はこれからだけど。

 

 

いずれにせよ、今年に入って行われた2つのロイヤルウェディングは、私のかけがえの無い戦友が幸福を手にしているわ。

問題は確かに多くあるけれど、そればかりに目を向けては何も始まらない。

喜ぶべきときには、喜ぶべきだわ。

 

 

「・・・これより・・・祭儀を・・・執り行います・・・」

 

 

か細い、だけど何故か確かに耳に届く声で、儀式を執り行うエヴドキア皇女殿下が結婚式の開始を宣言したわ。

テオドラ陛下とはまたタイプの違う、大人しい・・・テオドラ陛下の即位の直後、自らは帝位継承権を永久に放棄すると宣言して世俗を離れた・・・そんな方よ。

ヘラス族としては、まだ若い部類に入るはずだけれど。

 

 

「・・・奏でよ・・・」

 

 

エヴドキア皇女殿下の声に従い、どこからともなく緩やかかつ荘厳な音楽が流れ始める。

オスティアの交響楽団とは違う、どこかエキゾチックな音楽。

そして。

 

 

・・・おぉ・・・

 

 

広場が静かにざわめき―――矛盾するけれど―――広間の最後方、長い紅の絨毯の向こう側を見る。

そこに、花婿を伴った花嫁がやってきたわ。

・・・ジャック・ラカンを花婿と言うのは、どうしてか抵抗があるけど。

全員が立ち上がり、2人を迎える。

 

 

「・・・お2方・・・こちらへ・・・」

 

 

エヴドキア皇女殿下の言葉を受けて、2人が中央の赤い絨毯を歩く。

帝国の作法に則り、心持ち花嫁が先行する。

帝国では結婚の儀式は全て花嫁の家で行われるの、花嫁主導の結婚式なのよ。

相手の男性がどこの出身でも、花嫁の家の慣習に従うよう求められるわ。

 

 

テオドラ陛下の花嫁衣裳は、ウェスペルタティアのアリア女王とはまるで赴きが異なる物だった。

赤い・・・鮮やかな赤色の毛織物で構成された衣装。

複雑な紋様を編み込まれた薄いワンピースのような衣装の上に、前が胸元まで覆う特殊な意匠の上着、腰の留め布には蛇、長い髪を収める帽子には鳥のような物が象られていて・・・。

皇族だけが身に着けることを許されると言う、赤い宝石を埋め込んだ装身具を身体中に身に着けているわ。

首飾り、耳飾り、胸飾り、帽子や腰の留め布、衣服その物に至るまで全て。

 

 

そのエキゾチックな衣装の極めつけは、厚めの生地でできたベール。

ウェスペルタティアのそれとは異なり、花嫁の顔を透かして見る物では無いの。

幾重にも紋様が刻まれた刺繍布(スザニ)のようなベールで、花嫁の身体のほとんど全てを覆っているわ。

アレは聞く所によれば、ヘラス帝室に代々伝わる物で・・・皇族の娘が結婚する度に、一つずつ模様が増えて行くんだそうよ。

 

 

一方でジャック・ラカンの方も、赤を基調とした帝国の民族衣装を着ているわね。

花嫁に比べると・・・少々、逞しすぎるようだけど。

後ろに引き摺るほど長い毛織のローブに、二重巻きにした腰布、半円形の帽子。

花嫁ほどじゃないけれど、やはり赤い宝石のついた特殊な装身具を身に着けているわ。

 

 

「・・・テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア・・・」

 

 

2人がゆっくりと階段を上り終えて・・・エヴドキア皇女殿下の前に並ぶ。

いよいよ、宣誓ね。

2人とも、本当におめでとう・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

姉上が私達の名前を順番に確認した後、帝国に伝わる聖典の婚姻に関する部分を読み上げて行き、その間に様々なことが確認されていく。

帝国の婚姻では、最後の数個を除けばこうした確認作業が主体じゃ。

・・・と言うか、衣装が重いのであまり動けぬのしの。

 

 

新郎新婦のこれまでの出生と現在に至るまで、婚姻相手の確認、離婚金(メヘリエ)の確認。

・・・離婚金(メヘリエ)とは、読んで字の如くじゃ。

離婚した時に夫が妻に支払わねばならぬ金額を事前に決めるのが、帝国式じゃ。

合理的じゃが、結婚の時に離縁の可能性に言及するあたり、夢が無いのは確かじゃ。

まぁ、そもそも女が計画を立て、男が金を払うのが帝国の慣習じゃしの。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

ふと気が付けば、と言うより当然のことじゃが、妾は皆の視線に気付いた。

皆、妾を見ておる。

当然のことじゃ、妾は皇帝であり、花嫁なのじゃから。

見られるのは、当然のこと、責務ですらある。

じゃが、その視線の中には・・・けして好意的で無い者も混じっておる。

むしろ、かすかな黒い視線すら感じる。

 

 

・・・自信が、無い・・・。

 

 

何の自信が無いかも、妾にはわからぬが・・・。

祝福される自信やもしれぬし、認められる自信やもしれぬ、他の何かやもしれぬ。

とにかく、妾には自信が無い。

叛乱と暴動が相次いだこの5年、妾は・・・皇帝としての妾は。

 

 

「・・・テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア・・・」

「・・・」

 

 

聖典の読み上げを終えた姉上が、静かな面持ちで妾を見つめておった。

妾よりも10程も年上じゃが、身長は妾よりも小さい。

小さな一の姉上(ちょうじょ)が、翡翠色の瞳で妾のことを見つめておる。

 

 

その瞳に、どうしても怯んでしまう自分がおる。

帝位継承を辞した時の姉上も、同じ目をしておった。

妾に・・・お前にできるのか、と言う目。

問いかけてくるような眼差し。

子供の頃から、ずっと。

 

 

「貴女は・・・ジャック・ラカンを夫とし・・・良き時も悪き時も・・・病める時も健やかなる時も・・・共に歩み、他の者に依らず・・・死が二人を分かつまで・・・愛を誓い・・・夫を想い・・・夫のみに添うことを・・・誓いますか・・・?」

 

 

か細くも耳に残る、不思議な喋り方。

しかし、妾は答えぬ。

1度目は答えぬのが、しきたりじゃ。

 

 

「・・・誓いますか・・・?」

 

 

誓うか、誓わぬか。

形式に過ぎない、嫌なら式など挙げぬ、そもそもこれは妾が望んだこと。

・・・そう、妾が望んだこと。

ジャックは、冗談っぽく言い訳しながら逃げ回っておったが・・・アレは、本気じゃったのではなかろうか。

 

 

そう考えてしまった瞬間、妾は恐ろしくなってしまった。

 

 

愛されておらぬとは言わぬ、すでに何度も肌を重ねたのじゃ・・・じゃが、それは妾の見方であって、ジャックにしてみればどうなのじゃろう。

抱いた女と必ず結婚せねばならぬ・・・と言う理由では無いじゃろ。

愛されてはいたやもしれぬ、じゃが、愛され続けることができるじゃろうか?

結局、妾がゴリ押ししただけでは、なかろうか・・・?

 

 

「・・・誓いますか?」

 

 

3度目の問いかけ、今度は答えねばならぬ。

答えようとして・・・声が出ぬことに気付き、戦慄が、妾を襲った。

涙が出そうな目で、姉上の翡翠色の目と見つめ合う。

少しの間、沈黙が続き・・・つい、と、姉上が視線を妾の横へと動かす。

誘われるように、そちらへと視線を動かすと・・・。

 

 

ジャックが、物凄く珍妙な顔で妾を見ておった。

 

 

・・・何と言うか、言葉にし難い顔じゃった。

な、何じゃ・・・何か言いたいのか知らんが、さっぱりわからん。

次々と表情を入れ替えてくれるわけじゃが・・・最終的に、ニカッ、と笑いおった。

・・・・・・その笑みを見て、妾は溜息を吐いてしもうた。

 

 

「・・・戯け(ばか)・・・」

 

 

誰にも聞こえぬよう、口の中でだけ呟く。

ジャックの耳くらいになら、届いておろうが。

・・・妾は、顔を上げて。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

はい(バレ)

 

 

古代の言語ででテオドラが返答した後、ラカンの野郎にも同じ問答があったわけだが、嫁と違って野郎はあっさりイエス。

祭祀役の第一皇女(エヴドキア)はどこか満足そうに頷いて、指輪交換を指示した。

帝国産の銀でできたリングを交換して・・・ラカンの指輪、ゴツい気がするなオイ。

 

 

てーか、あのラカンが結婚だもんな!

無理してスケジュール空けてでも来た甲斐があったぜ・・・いや、まさか大戦の時にはマジでオッサンとガキだった奴らが、どうしてなかなか似合いじゃねぇの。

・・・いや、やっぱラカンが家庭を持つとかイメージに合わねぇ、正直無理だ。

後で誰も見ていない所で冷やかしてやろうと思う、戦友として。

まぁ、それで照れるような可愛い野郎じゃねーだろうがな。

 

 

「・・・2人は・・・夫婦として・・・我らが始祖に・・・認められました・・・」

 

 

第一皇女(エヴドキア)が祝福すると、周りにいた若い神官のお嬢ちゃん達がラカンとテオドラの2人の周りに花弁を降らせた(フラワーシャワー)

白と桃色の花弁が魔力の風に煽られて、会場の中に広がるみてーだ。

 

 

俺も詳しくはねーけど、花の香りでまわりを清め、新郎新婦の幸せを妬む悪魔から守る、という意味が込められていると言われてるらしい。

・・・いや、ラカン相手じゃ悪魔の方が逃げ出しそうだけどな。

てーか、ジャック・ラカンを手に入れたってだけで・・・帝国の戦力は半端無く強化されてるしな。

その意味では、ナギやアーウェルンクスのいるウェスペルタティアもアレだ。

アリアドネーは、人員の平均的能力値(アベレージ)で他を圧倒してるしな。

・・・うん、何もねーのウチだけだわ。

 

 

「・・・それでは・・・次に・・・」

 

 

帝国の結婚式では、式典会場がそのまま披露宴の会場になる。

膳を運んで朝・昼・晩の3食を兼ねる宴が始まることになってる。

夕食を終えた頃に、新郎新婦はまた別の儀式があるらしいが・・・。

・・・と、その前にと・・・ウェディングケーキの登場だ。

 

 

直径50センチくらいで、高さも20センチ以上あるでけぇケーキだ。

白いクリームで覆われ、レースのようにピンクの縁取りがされていて、ケーキのてっぺんには2人の名と祝いの言葉が書かれている。

でだ、ここからは嬉し恥ずかしのケーキカット・・・。

 

 

ジャキンッ!

 

 

・・・かと思ったんだが、テオドラの手ごとナイフ持ったラカンの野郎が、ケーキを物の見事に分割しやがった。

・・・いや、ケーキカットってそう言う物じゃ無いだろ。

もうちょっとこう、ウェスペルタティアのアリア嬢みたいに、微笑ましさを見せるべき所だろ。

 

 

「おぉ――っと、やり過ぎたかぁ?」

「た、戯けっ・・・!」

 

 

・・・まー、ラカンらしくていーけどよ。

ま、おめでとさん。

ナギとアリカがいねぇのが、ちょいと残念だけどよ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

結婚式場と披露宴会場が同じと言うのは、経済的ですね!

私達の時は、お客様にかける移動負担がなかなかでしたから・・・ねぇ、フェイト?

 

 

「・・・その着眼点は、独特だと思うよ」

「そうですか?」

「うん」

 

 

ズバリ断言されてしまいました、リアルに傷つきます。

・・・それにしても、素敵な儀式でしたねぇ。

婚儀を2時間ほどで終えて後はひたすら宴と言うのは、帝国らしいと言うか何と言うか。

 

 

「帝国人のイメージを、ジャック・ラカンで固定しない方が良いと思うよ」

「・・・いえ、だって、強烈さではトップクラスじゃないですか」

「存在感と言う意味ではね」

 

 

まぁ、ラカンさんやテオドラ陛下以外の帝国人の方は、私的には良く知りませんので。

・・・いえ、言いたかったのはそう言うことでは無く。

 

 

「・・・私達の式を、思い出しちゃいますね」

「様式が違うけど」

「そう言うことじゃ無くて・・・」

 

 

もう、こう言う所は変わらないんですから。

私が言いたいのは、そう言うことじゃ無くて・・・。

・・・と言う所で、帝国の侍女の方々がたくさんの料理を乗せた大皿をいくつも運んで来ました。

口を閉ざして、会話を止めます。

一つの絨毯につき一つ、つまり一組に一つの割合で料理が用意されているようですね。

 

 

まずお茶(チャイ)と歪な形の角砂糖の入った小瓶が目の前に置かれ、そこからナン(パン)、肉料理に小麦・コメ料理、野菜、果物にお菓子などがどんどん並べられていきます。

どうやらコース料理では無く、ドカドカと豪快に出されるようですね。

ふむふむ、国が変われば食文化もまた変わるものですねぇ・・・。

 

 

「それでは、心行くまでお楽しみくださいませ」

「ありがとう」

 

 

女王の立場で侍女の方にお礼を言って、宴の正式な開始を待ちます。

見れば、祭壇のあった場所に皇帝夫妻用の物らしき絨毯がいくつか敷かれて、そこにテオドラ陛下とラカンさんが腰掛けます。

2人の後ろに大きな白いクッションが置かれるのとほぼ同時に、私達や他のお客様達にも同じようなクッションが用意されます。

私とフェイトが一緒に座ってもまだ余るような、大きなクッションです。

フワフワしますが、材質は何でしょうね・・・?

 

 

「・・・アリア、ヘラス族のお茶の飲み方はわかるかい?」

「あ、はい・・・ええと、角砂糖を口に含んでから飲むんですよね?」

「そう、口の中で角砂糖を転がしながら・・・」

 

 

帝国では、宴の前にお茶(チャイ)を飲むのが慣習ですから。

ん~・・・でも、あんまり甘かったり苦かったりは・・・と言う気分ですね。

・・・あっさりめのが、食べたい気分です。

 

 

ふぅ・・・今日も若干、身体がダルめです。

まぁ、お仕事には支障ありませんので、良いですが・・・風邪にしては、長い気もします。

ゆったりしていれば、問題無いですかね。

フェイトや茶々丸さんには、心配をかけないように気を付けないと・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「それではどうか、存分に宴を楽しんで頂けますように・・・乾杯!」

「「「乾杯!」」」

「ヘラス帝国に栄光あれ!」

「皇帝ご夫妻に幸いあれ!!」

 

 

妾の挨拶の言葉の後、乾杯の音頭に対していくつかの声が唱和した。

最初のお茶(チャイ)以外は、客が希望すればボルクス産の葡萄酒(ワイン)なども饗する。

そしてその声を覆うように楽隊が帝国の音楽を奏で始め、宴が始まる。

周囲を見渡せば、すぐ近くの席にアリア女王やリカード、セラス達がおる、後で挨拶に伺わねばなるまい。

 

 

そして宴が始まってすぐに、ヘラス族の者を中心に広間の中心に出て踊り始める。

それは帝国に伝わる婚礼の踊りでもあり、各々が音楽に合わせて好きに踊れば良いのじゃ。

帝国の宴では、皆が交代で踊りを絶やさぬようにするのが、ならわしじゃ。

永劫に続く宴の踊りは、帝国の永遠の繁栄と安寧を祈る意味もあるのじゃ。

当然、後ほど妾もジャックと踊らねばならぬ、しきたりじゃからな。

 

 

「まったく、戯けめが・・・また恥をかかされる所じゃったぞ」

「あ~ん? 宴なんだからアレくらいでちょうど良いだろ、おめーは肩肘張りすぎなんだっつーの。そんなんだと皺が増えるぜ?」

「しっ・・・無いわ! 人間換算でまだ20歳じゃ「いーから」ぞ・・・?」

「楽しめよ、テオ」

 

 

ニカッ、といつものようにアルカイックな笑みを浮かべるジャック。

・・・何じゃろなぁ、こやつを見ておると、悩んでおる自分がバカらしく思えてくるんじゃが。

ああ・・・最初の時からこうじゃったな。

 

 

皇女としての価値観しか持たなんだ幼い頃の妾にとっては、自由と言う言葉が霞んでしまう程に自由であったジャックの存在が・・・眩しかった。

奴隷拳闘士から這い上がったジャックにとって、「自由」と言うのは特別な意味を持つのやもしれんな・・・。

だからこそ、妾のアプローチも長く無視されたのやもしれぬ・・・。

・・・この際、妾の魅力が足りなんだのではと言う可能性は無視することにする。

 

 

「・・・戯け(バカ)

 

 

結局の所、妾はそうとしか言えなんだ。

ただ・・・悩んでばかりでなく、今の幸福をも噛み締められるように。

 

 

「おぅ」

 

 

隣でバカを晒しているだけにも見える男が、気をかけてくれなくとも良いように。

せめて、それくらいには・・・なりたいと思えるから。

昔のように無邪気に喜ぶのでは無く、今度は・・・もっと。

別の形でこの男と結ばれた幸福を、感じられるように・・・。

 

 

父上・・・どうか。

我が帝国と、娘の行く末を・・・お守りください。

 

 

 

 

 

    ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

・・・ヘラス帝国帝都ヘラス、その都市構造から「円環の都」と言われる都市の中枢、ヘラス宮殿。

行政府も兼ねるその巨大な建造物はヘラス帝国の中枢であり、まさに皇帝のお膝元であるはずの場所。

しかし・・・その宮殿全体を掌握するのは、時の皇帝であっても困難を極める。

 

 

「サムイル長官・・・とうとうテオドラめがジャック・ラカンなる裏切り者と華燭の典を執り行いましたぞ」

「うむ・・・ヨアネス将軍・・・」

 

 

事実として皇帝の結婚式の最中にあっても、宮殿の一部では別の集会が行われていた。

いずれも招待されなかったか、招待されても断った者達で構成された集会。

どう控えめに見ても、現在の皇帝に対して好意的な会合であるとは言えない。

 

 

帝都長官(市長のような役職)サムイル・オフリーダ、帝国陸軍第152師団長ヨアネス・ツィミスケス・軍事貴族バルダス・フォカス、バルダス・スクレロス・・・その他、10数名の顔ぶれが、そこに集っていた。

薄暗い部屋の中で、それまでの帝国の歴史と同じように・・・反皇帝派は蠢く。

いつの時代も・・・そして、今も・・・。

 

 

 

 

「このまま儀式を終了させてはならぬ・・・!」

 

「うむ、テオドラは今宵、ジャック・ラカンなる者と非武装で神殿にこもる・・・」

 

「エヴドキア殿下のことは仕方が無いが、我らにはゾエ第二皇女殿下がおられる・・・」

 

「我らはメレア民族、ヘラス族の単独支配にはもう我慢がならぬ・・・」

 

「テオドラ側の有能な部隊は新領土の治安維持に忙しい、親衛軍も一枚岩では・・・」

 

「だが、北の民はどうする・・・」

 

「ウェスペルタティアなど恐れるに足りぬ、技術差は兵力で補えば良い・・・」

 

「いや、それより首尾良く女王の首を挙げれば、北の民(ウェスペルタティア)はテオドラに対し好意的ではおられまい・・・」

 

彼奴ら(ウェスペルタティア)が怒涛の如く攻め寄せてくれば、中央は混乱する・・・」

 

「その時こそ、我らが起つ時ぞ・・・」

 

「北の富と我らが聖地オスティアを、民の手に取り戻すのだ・・・」

 

 

 

 

宴の賑わいに混ざることなく、会合は続く・・・。

皇帝の婚姻に湧く帝都ヘラスの中で、異質な熱気を放ちながら、彼らは言う。

 

 

 

 

「ヘラスに繁栄を・・・」

 

「「「ヘラスに繁栄を」」」

 

「ウェスペルタティアに滅びを・・・・」

 

「「「ウェスペルタティアに滅びを」」」

 

 

 

「「「「「テオドラに、破滅を」」」」」

 

 

 

偉大なるヘラス帝国に、栄光あれ―――――・・・。

唱和する声が、帝都の片隅に響き渡る・・・。

 




新登場キャラ・設定:
ベネディクト・ユストゥス・シュヴェーアト:リード様提案。
クワン・シン:伸様提案。
ライザー・J・ルーグ:スコーピオン様提案。

ウェディング衣装:黒鷹様提案(元ネタ:乙嫁語り)。
フラワーシャワー:ライアー様提案。
ボルクス村:スモーク様提案。
ワイン:スモーク様、ライアー様提案。
「ヘラスに繁栄を、ウェスペルタティアに滅びを、テオドラに、破滅を」:
伸様提案。
ご協力、ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第11回広報:

アーシェ:
はい、広報部のアーシェです!
今日は帝国のロイヤルウェディングの現場に来ています。
・・・私もついてきてるんですよ!
ほら、画面の端に・・・! 画面って何さ。

さて、今日は今回の最重要キャラをご紹介しましょう。
オリジナルですので、ご注意くださいね。

エヴドキア・バシレイア・ヘラス:
年齢:ヘラス族であることを考慮しましょう。
性別:女 種族:ヘラス族
身体特徴:
床まで届く金の髪、ストレートと言うより軽く広がるイメージ。
翡翠色の瞳に、顔立ちはテオドラと似た容貌(どちらも母親似)。
妹であるテオドラより頭一つ分背が低く、一見すると姉妹が逆転する印象を受ける。

略歴:
ヘラス帝国の第一皇女として帝都ヘラスに生を受ける。第一子であるため、宗教的権威を身に着けるために教会に入る。これは長子が帝位を継ぐまで世俗から離れられるように配慮された結果である。そのため先の大戦の時などは表立った活動は控え、自主的に態度を表明することは無く、政治的な傷を作ることも無かった。逆に帝国内では慈善活動などに関わることが多かったためか、一般市民には好意的な印象を持たれている様子。
しかし先のクーデターの際にはクーデター側に捕らえられるなど、世俗の事情に巻き込まれることもある。妹であるテオドラが帝位を名乗った際にはこれをいち早く認め、自身は帝位継承権を放棄した。その証として、自身の名から個人名と出身を除く部分を削って見せている。
現在は、聖地オスティアと帝都守護聖獣に祈りを捧げる毎日を過ごしている。


・・・ふーむ、第一皇女さまのプロフィールでした。
でも今は、正式には第一皇女の身分を放棄しているんだそうですけど、総大主教猊下と言うのもアレですしねー。

では、今回はここまでです。
次回も、帝国編が続きます。
ではっ。


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アフターストーリー第12話「帝国物語・中編」

Side クルト

 

さて、アリア様は今頃、どのような感じなのですかねぇ。

帝国側から事前に伝えられたスケジュールでは、今頃は宴の最中ですかね。

夕食の時間まで宴が続いて、その後は・・・。

 

 

「どうか致しましたかな、宰相閣下?」

「・・・ああ、いや、これは失礼」

 

 

意識を遥か遠くヘラスから戻して、オスティアへ。

いやはや、アリア様がお傍にいるのといないのとでは、私のモチベーションの上がり方に雲泥の差がでますからね。

ちなみに私のモチベーションを上げるには、アリカ様にキツく命令されるか、アリア様に可愛く命令されるかです、逆でも可。

そのアリカ様も、市内の学生シンポジウムをご聴講中でご不在ですし・・・。

 

 

そして今、私が何をしているのか言うと・・・年末以降、お世話になるであろう王国の主要政党の党首達との会食ですよ。

年末に我が国初の統一地方選(各地方議会・議長選挙)が行われます。

そしてそこから、貴族院の開設と憲法の施行が続きます。

私の政権を維持する上で、とても重要な意味を持つわけですが・・・。

 

 

「どうも、宰相閣下はお疲れのようですな。まぁ、連日のように新たな粛清リストを作っておられるのでしょうからな」

 

 

が、私はあまり好かれるほうではありませんので。

自由党のグラッドストン老人は禿げかけた白髪頭を片手で撫でつつ、なかなかに辛辣な皮肉を言います。

しかし、まぁ・・・。

 

 

「ははは、何、グラッドストン老こそお疲れでしょう。連日のように東部の選挙区で女性達に人の道を説いておられるそうではありませんか」

「・・・誤った道にいる者を正道に戻すのが、私の役割だと自負している」

「それはそれは・・・」

 

 

グラッドストン老人は、自身の選挙区の街を夜な夜な歩いては、売春婦の更正に勤しんでおられる方です。

一歩間違えればストーカーですので、実際にいくつか訴訟を起こされているとか。

道義的にはともかく、政治的には致命傷になりかねませんね。

まぁ、正直、私と我が立憲王政党としてはグラッドストン老人の自由党よりは・・・。

 

 

「女王陛下は、今頃、帝国でどのように過ごされておられるのでしょうか・・・」

「たまにはご政務を忘れ、異国の儀式を楽しまれるのも良いでしょう」

聖母(アリア)様のご威光を、より知らしめなければ・・・」

 

 

保守党のプリムラ・ディズレーリ、王国民主党のボルゾイ・レーギネンス、キリスト教民主同盟のヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアーの3氏の方と懇意にしたい所ですね。

政策的にも比較的近く、かつ彼らは王室に好意的です。

ちなみにもう一つの有力政党、反王室的な労働党の代表者は、そもそも呼んですらおりません。

 

 

さて・・・まだまだ忙しいですね。

女王であるアリア様を支える議会。

どのような形で、落ち着けてやりましょうか・・・。

・・・それはそれとしてアリア様は今頃、どんな感じですかねぇ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ニンジンの焼き飯(ポロ)羊とキジの串焼肉(ズィフ・カワプ)ピラフ(プロフ)羊肉を玉葱炒め(クルダック)円形の固めのパン(ナン)肉と玉葱の(チョ)生地包みスープ(チュレ)肉野菜の麺入りスープ(スイカシ)・・・。

 

 

数々の帝国料理が所狭しと並べられ、香ばしい香辛料の香りと強いお酒の香りが場を包んでいます。

帝国の料理はお米や麦の他には肉料理などが多く、総じて脂っこい物が多いのが特徴です。

そのため、あっさりした物が少ないのです。

デザートと思わしき苺の層状パイ(カトリマ)砂糖揚げ菓子(クイマック)ですら、油分が多くて少し閉口してしまいます。

とは言え立場上、食べないわけには行きませんので・・・。

 

 

「・・・無理は、しない方が良いよ」

「はい?」

 

 

スープを少し口に運ぼうとした際、何故かフェイトが私を心配してくれました。

特に無理をしているつもりはありませんでしたので、私は首を傾げてフェイトを見返すことしかできませんでした。

 

 

「別に、無理なんてして無いですよ?」

「・・・そう」

 

 

そう言いつつ、実はフェイト、かなり食べてます。

私達の前に用意された料理の数々は、時間が過ぎるごとにどんどん減っていきます。

・・・何がフェイトの食欲を刺激しているのかはわかりませんが、助かっていないと言えば嘘になります。

どうも、食が進みませんので。

具合が悪いとか、そう言うのでは無いのですけど。

 

 

「楽しんで貰えておるじゃろうか、アリア陛下」

「何だ何だぁ、随分と食ってんじゃねーか、ん~?」

 

 

その時、挨拶回りに来たらしいテオドラ陛下とラカン殿下が、私達の所にやってきました。

・・・ラカン殿下・・・いえ、良いんですけどね・・・ラカン殿下・・・。

 

 

テオドラ陛下は、手ずから私のカップにお茶(チャイ)を注いでくださりました。

恐縮しつつ、それを受けます。

一方でフェイトはラカン殿下に葡萄酒(ワイン)を注がれています、と言うかラカン殿下も飲んでます。

・・・また、深酔いして妙なことにならないと良いのですけど。

 

 

「これは・・・お手ずから、ありがとうございます」

「うむ・・・国同士の関係もそうじゃが、結婚に関してはそちらが先達じゃな、よろしく頼むゆえ」

「い、いえいえ・・・そんな」

 

 

歪な形をした角砂糖を一つ口に含みつつ、テオドラ陛下に注いで頂いたお茶(チャイ)を頂きます。

・・・先輩と言っても、4ヶ月程だと思うのですが。

4ヶ月間、夫婦としてやったことなんて・・・なんて・・・なんて?

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

・・・何やら、アリア陛下の顔が赤いが大丈夫かのぅ。

酒が飲めぬと言う話は知っておったので、お茶(チャイ)にしたのじゃが。

このお茶(チャイ)は、帝国では食事の際に必ず出される飲み物じゃからな。

 

 

「ではアリア陛下、また後ほど・・・」

「はい、ありがとうございます」

「うむ・・・ジャック、いつまで飲んでおるか」

「おーぅ、んじゃな!」

 

 

何やら無表情に葡萄酒(ワイン)を飲み続けるアーウェルンクスを心配そうに見つめておるアリア陛下に言葉をかけた後、妾は次の招待客の下へと向かうことにした。

その際、周囲に配されておる皇帝親衛軍の警備武装兵に視線を巡らせるが、特に問題は無さそうじゃった。

 

 

・・・どうやら、クワン達が上手く統制しておるようじゃな。

まぁ、流石にこれだけの客人がおる前で強硬策も取れまいが。

 

 

「オイ、じゃじゃ馬(テオ)

「だから、何故にお前は妾のことをじゃじゃ馬じゃじゃ馬と・・・大体お前、皇帝(わらわ)の夫としての自覚がなさ過ぎるのでは無いか?」

「へっ、俺は奴隷育ちなもんでね」

「戯けが・・・」

 

 

まったく、こやつは・・・どうした物かのぅ。

無理矢理どうにかしようとしても、聞くわけが無いしの。

これでも、奴隷拳闘士から皇帝の夫にまで成り上がった男で、巷では時代の寵児とまで呼ばれておるのじゃが。

じゃが固定ファンが多い分、帝室でどのように扱うべきか難しい所があるのも確かじゃ。

しきたりやならわしで縛るのも、考え物じゃし・・・。

 

 

「まーた、くっだらねぇことで悩んでんだろ、どーせ」

「ど、どうせとは何じゃ、戯けが・・・!」

 

 

・・・今日だけで、いったい何度「戯け」と言ったのじゃろうか。

新婚でこれとは、また自信が無くなってくるのぅ・・・。

妾は、本当にこの男と帝室を盛り立てて行けるのじゃろうか。

 

 

「だーいじょぶだって、心配性な奥さん(テオ)

「・・・あ?」

「ま、何とかしてやっからよ」

「・・・は?」

「だぁから、もしここで何があっても、俺が何とかしてやるってんだよ、このジャック・ラカン様が、な」

 

 

・・・強さに関しては、まさに世界最強。

魔法が失われた魔法世界において、生身でこの男に勝てる存在が何人いることやら。

じゃから、もし賊が現れても、身の安全という点で心配することは無いのじゃろうが。

じゃが、のぅ・・・。

 

 

「だから、楽しめよ、今をよ」

「・・・言いよるわ、筋肉ダルマが」

「お? じゃあ仕方ねぇ、そんなこと言う奥さんに・・・」

 

 

ニッ、と笑って、ジャックは言った。

 

 

「俺様の本気を、見せてやろうじゃねぇの」

 

 

 

 

 

Side 千草

 

宴の開始から、何やかんやで4時間くらい経ったわ。

異国のけったいな宴言うもんは見慣れてきたと思っとったけど、やっぱり、いざ目にすると面食らうもんやなぁ。

脂っこい料理がドカドカと並べられるんはええけど―――小太郎、連れてきたったら良かったかな―――踊りっぱなしってのは、凄いわ。

 

 

あの踊りにどう言う意味があるんやわからんけど、ウェスペルタティアと違ってやけに騒がし宴やわ。

こら、アーニャはんみたいな若い娘が来たら、戸惑ったかもしれへんなぁ。

ほなら、まぁ、うちが来て良かったかな、仕事が増えたけど。

 

 

「しっかし、よー踊るわ、ほんま・・・」

 

 

絶えず誰かが踊っとって、疲れたら他の誰かが踊るって感じや。

大体、10人から20人くらいが、絶えず踊っとる感じやな、お手伝いさんからお客さんまで、幅広く。

・・・ひょっとしてコレ、うちらも踊らなアカンのかな。

・・・舞踊とかで、大丈夫やろか。

 

 

「まぁ、しかしアレやな、年に二度も結婚式とはなぁ、こんな年もあんねやなぁ」

「でも所ちょ・・・じゃなかった、大使だって夏にカゲタロウ殿と・・・」

「・・・いや、それはアレや、ほらっ・・・もう、アホッ」

「ぶっ!?」

 

 

連れてきた部下、鈴吹―――最近、月詠に付きまとわへん、成長したら興味失せたらしい。それはそれでムカつく―――の背中を照れ隠しに叩いた。

したら、何や目の前の大皿に顔を突っ込んだ・・・そないに強ぉ叩いたかなぁ。

 

 

いや、でもホンマに違うねんて、違うんよホント。

小太郎が事実上のOK出してくれた矢先、ほな式場探しに行こかって話になってんな?

でもうちは止めたねんで? あの人まだ怪我治ってへんし、せやから止めたねんけど、あの人が早う一緒になりたいって言いよって。

そしたら、うちとしてはやっぱ悪い気はせぇへんやん? 長とかも楽しみにしてくれてはるみたいやし?

それにうちかて早う・・・もう、言わせんといてやっ。

 

 

「お楽しみ頂いているようですね」

「あ、これは陛下、この度はめでたい席、に・・・」

 

 

隣の鈴吹を引き起こして、挨拶を返す、今は公務中やからね・・・て、は?

瞬き3回。

え、あれ、うちの聞き間違いかな・・・。

 

 

「この度は私共の婚礼の儀式を見届けて頂き、誠にありがとうございます」

「え、あ、こ、こちらこそ、招待してもろうて・・・」

 

 

うちの目の前には、テオドラはんとラカンはんが並んで立っとる。

そんでもって、うちに挨拶してくれてはるんやけど・・・いや、別に初対面やないで?

もう結構な回数、会っとるし・・・別にどうこうってわけや、無いんやけど。

 

 

「いや、今後とも我が国と友好的な関係を・・・」

「は、はぁ・・・長に伝えときます・・・」

「よろしく」

 

 

ガシッ、とうちと握手したんわ・・・ラカンはん。

ゴツゴツした筋肉質の掌に、うちの両手がすっぽりと包まれとる。

隣のテオドラはんは、やたらに目を丸くするばかりで。

え・・・と言うか、え?

こう言う場では、ラカンはんって今まで何かの役に立っとるようなイメージ、あんまり・・・失礼やけど。

 

 

い、イメージ、違いすぎるんどすけど・・・。

このラカンはん・・・誰?

 

 

 

 

 

Side ミッチェル

 

・・・帝国の宴って、凄いんだな・・・。

僕自身は、帝国を訪問するのはこれが始めてでしただから。

何しろ帝国は叛乱の鎮定に忙しくて、外交使節の受け入れが難しい国だったから。

それでも、リカードさんとかは訪問していたけれど・・・。

 

 

「よぅ、どうしたよミッチェル、ぼうっとしてよ」

「あ・・・頂きます」

 

 

慣れていない雰囲気に、多少、居心地悪そうにしていたかもしれない。

そのせいか、帝国の要人の方々と談笑していたリカードさんが、僕のいる絨毯にやってきた。

ドカッ、と腰掛けて、帝国産の葡萄酒(ワイン)を僕の杯に注いでくれる。

あまり得意では無いけれど、付き合い程度には飲めます。

 

 

「今の内によく見ておけよ、これからは帝国に来ることも増えるんだからよ」

「は、はい・・・」

「特にアイツだ、今度、帝国副宰相になった・・・ベネッサ・フォメニアンス」

 

 

リカードさんの視線の先には、僕がいる絨毯より、かなり前方・・・帝国の要人が集まっている絨毯の方を向いていた。

その中心には、灰色の民族衣装を身に纏った妙齢の女性がいて、今まさに、皇帝テオドラ様の手の甲に口付けている所でした。

金色の目が三つある亜人で、どことなく狡猾そうな印象を受ける。

宰相はテオドラ陛下が兼任してるから、事実上の宰相に就任したことになる。

 

 

「性格のいやらしさでは定評があるんだと、気を付けろよ、呑まれないようにな」

「は、はい・・・」

 

 

帝国は亜人種(デミヒューマン)の国だから、ああ言う外見の人達が多いのは当たり前だけど・・・。

別に差別するわけじゃないけど、やっぱり一歩引いてしまう。

・・・外は、やっぱり怖いな・・・。

 

 

それから、さらに前方に視線を動かすと・・・見えた。

最前列の絨毯に座る、あの人を・・・。

 

 

「・・・アリアさん・・・」

「・・・でだ、外務大臣がこれまたいやらしい奴でだな」

 

 

誰にも聞こえないように、口の中だけで呟く。

傍で帝国の新しい内閣構造について話しているリカードさんの話を聞きながらも、心は別のことを想ってしまう・・・。

 

 

「・・・」

 

 

照明の光を照り返して淡く輝く白い髪に、同じような白い肌、頬は心なしか薔薇色で・・・。

・・・1月に結婚式で見た時よりも、いや、それ以前よりもずっと。

気のせいか、綺麗になった気がする・・・女性らしさが増したというか。

・・・胸が、痛い。

諦めたはずの想いは、やっぱり、どうしようも無くて。

 

 

目を閉じれば、いつもアリアさんの顔が浮かんでしまって・・・。

優しくて、綺麗で・・・美しい、アリアさん。

もう、他の男のものになってしまったけれど、でも。

アリアさんの顔が浮かぶと、どうしようも無く胸が、身体が熱くなってしまって。

心がはやって・・・傍に、行きたくなる。

 

 

でも僕は、メガロメセンブリアの執政官で・・・無理なのに。

・・・夜も、眠れなくなるんです・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

宴は、滞りなく進んでおる。

無論、担当者の采配による物じゃが、妾とジャックの立ち回りによる所も大きいと思う。

いや、この場合・・・。

 

 

「いやぁ、夫君殿下はお話がわかるお方だったのですな、我々も誤解しておりましたぞ!」

「いやいや、私などは昔から殿下と懇意にさせて頂き・・・」

「HAHAHA、いや何、今後とも我が帝国をよろしく」

 

 

目の前で、財界人達と談笑しておるジャックがおる。

無論、妾も話には一応、混ざっておるが・・・。

・・・え?

いや・・・ええ!?

 

 

ど、どういうことじゃコレは・・・ジャックめ、やればできるでは無いか!?

いや、できると言うか・・・もはや別人じゃろコレ!?

しかも何じゃ、ジャックのことを知っておる様子の財界人もチラホラおるようじゃし。

まぁ、いつの間にか拳闘大会に出資しているような男じゃから、そう言うこともあるのじゃろうが。

それにしても、ジャック・・・。

 

 

「・・・で、どうよ?」

「す、凄いでは無いか! 完璧じゃぞジャック・・・!」

 

 

招待客の間をあらかた回り終えた後、ジャックはいつもの口調に戻りおった。

その自慢気な笑みが少しムカつくが、じゃがそれを差し引いても凄いでは無いか!

 

 

「い、いったいどこで、そのようなイメージに合わぬ物腰を?」

「何気にひでぇなオイ!」

 

 

事実として、イメージに合わんのじゃから仕方があるまい。

元いた自分達の席に戻った後、宴の様子を窺いながら・・・妾は、ジャックを質問攻めにした。

 

 

「そ、それで何故、あのような・・・?」

「いや、何故も何も・・・俺だって、最初から今みたいだったわけじゃねーよ」

「む・・・」

「庶民には下積み時代、ってのがあるんだよ、王家のお嬢さん」

「王家・・・帝室にだってあるわ!」

「へいへい、そうですかっとぉ」

 

 

葡萄酒(ワイン)を上品かつガブガブと飲み始めたジャックを横目に・・・妾は、また考えざるを得なんだ。

・・・ジャックの言う、下積み時代について。

 

 

妾が出会った時点で、ジャックはすでに最強じゃった。

唯一の例外はナギで・・・ジャック・ラカンはすでに、25年前の段階で、無敵じゃった。

じゃが・・・思えばジャックとて、最初から最強・無敵であったわけが無いではないか。

奴隷拳闘士から始まり・・・現在まで至るジャック・ラカンの人生(ものがたり)を、妾は一部しか知らぬではないか・・・。

 

 

滞り無く宴が進行する中で。

妾はもっと、ジャックのことが知りたいと・・・そう、願(おも)うようになった。

皇帝として、妻として・・・そして、これからの人生を共に歩む夫婦として。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「・・・皆様・・・」

 

 

宴も進んで、時間的に日が落ちるか落ちねぇかって頃に、小せぇがどう言うわけか全員の耳に届く声が、会場に響いた。

誰かと思えば、テオの姉貴が聖堂の奥から出てきやがった。

相変わらず、小せぇなぁ・・・いろいろと。

 

 

「・・・ジャック?」

「へぇへぇ」

 

 

肩を竦めて、テオの姉貴―――つーか、俺の義姉貴(あねき)でもあるわけか―――の、エヴドキアの方を見る。

宗教的権威だか何だか知らねぇが、良くもまぁ・・・。

 

 

「・・・これより・・・花嫁花婿は・・・宮殿・・・『奥の院』へと・・・お入りになります・・・」

 

 

良くもまぁ、あんな細々とした喋り方ができるもんだぜ。

ちなみに『奥の院』ってのは、聖堂の最奥部にある大部屋のことだぜ。

場所的には、聖堂と宮殿の中間くらいの位置になるな。

そこで、皇帝夫婦は最初の夜を過ごすってわけだ。

そして同時に・・・。

 

 

「・・・帝都守護聖獣の祝福の後・・・第一夜を過ごされます・・・」

 

 

同時に、皇帝の命令しか聞かないっつー帝都守護聖獣の祝福ってのを受けるらしいぜ。

帝都守護聖獣ってのはアレだ、古龍・龍樹とかだ、俺の喧嘩仲間の一匹。

結構、強いんだぜ?

 

 

で、夜明けにまたいろいろやって、帝都をパレードだな、第三円環(サードサークル)まで。

まー、それが大体のスケジュールって奴だな・・・って、お?

 

 

「どうしたよ、じゃじゃ馬(テオ)?」

「む、い、いや・・・別に、何でも無いわ・・・」

 

 

・・・何か知らねぇが、テオが急に顔を赤くしてモジモジし始めやがった。

正直、うぜぇ・・・。

まさかとは思うが、第一夜って部分に反応したわけじゃ無いよな?

かなり今さらだと思うんだが・・・だってお前。

 

 

「ほれっ、行くぞジャック!」

「・・・へーへー」

 

 

義姉貴(あねき)の先導を受けながら、俺はテオの手を取って、並んで歩く。

他の客は、飽きるまで宴を続けて良いことになってるわけだが・・・。

あー・・・マジで王族なんて代物に入っちまったんだなぁ、俺。

やっぱ、もうちょい逃げてりゃ良かったかなぁ。

 

 

まったく、俺としたことがよ。

隣でやたらに嬉しそうな顔をしてるじゃじゃ馬を見て、溜息を吐く。

暗ぇ顔されるのもアレだが、こんな顔されるのもアレだな。

ま、しゃーねぇか・・・。

 

 

惚れた弱みって奴だ。

ま、じゃじゃ馬(テオ)には死んでも言わねぇけどな。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

一方、その頃・・・。

 

 

「いよいよテオドラが、聖堂の奥にこもるぞ・・・」

「手はずは、整っておるだろうな・・・」

「問題無い、親衛軍の師団長達は各地の客人の護衛に忙しいようだ・・・」

 

 

ヘラス宮殿の一室で、やはり反皇帝派の面々が会合を行っていた。

薄暗がりの中、昼間と異なる顔や足りない顔が存在するが、会合をリードしている顔ぶれは変わっていなかった。

すなわち、帝都長官サムイル・オフリーダ、軍事貴族バルダス・フォカス及びバルダス・スクレロスらである・・・。

 

 

「それに一部の親衛軍師団長は第二皇女ゾエ様に忠誠を誓うと言うておる・・・」

「ヨアネス師団長らの部隊も、すでに警備を名目に市内に展開して・・・」

「帝都以外では、帝国南部辺境のメレア民族が叛乱を起こす手はずに・・・」

 

 

長テーブルに広げられた帝国及び帝都の地図を前に、反皇帝派は話し合いを続ける。

帝国全土を示す地図には、帝国南部の広範な地域に赤いラインが引かれていた。

それから帝都ヘラスを示す地図には、今夜占拠するであろう場所に、やはり赤いラインが引かれている。

それは宮殿各所(行政府込み)、貴族会議議場、帝都中央研究所、司法当局、軍施設、兵器庫、通信センター、放送局、空港、交通・流通・物流センター、他国要人の宿泊するホテル・・・などである。

 

 

「テオドラとジャック・ラカンが『奥の院』で倒れれば、第二皇女ゾエ様が帝位につかれる・・・」

「エヴドキア様もその場におられるが・・・」

「やむを得ないだろう、元第一皇女と言う身分は新皇帝の邪魔になる・・・」

「だが、ジャック・ラカンの力はあなどれんぞ・・・」

「例え大戦の英雄と言えど、非武装ではそれほどではあるまい・・・」

 

 

ジャック・ラカンと言う固有名詞を話す時に限り、彼らの声に翳りが見える。

しかし、それでも反皇帝派は蠢動をやめる意思は無いようだった。

・・・否、そもそもやめるとかやめないとか言う地点を、彼らは通り過ぎているのだった。

 

 

新帝即位に伴い、彼らは自身の職権や地位の多くを失ってしまったのである。

先代の皇帝の時代であれば、有り得ない人事によってそれは成されたのであり・・・「テオドラでは帝国は滅びる」と言う意思の下で、彼らは行動しているのである。

彼らにとってこれは、正当な諸権利を回復するための戦いであり・・・。

同時に、帝国の未来を守るための戦いであるはずだったのだから。

 

 

「ですが」

 

 

その場でただ一人だけ・・・雰囲気の異なる声が放つ者がいた。

哀しみと畏れを抱いたその声に、その場にいた反皇帝派が、上座の椅子に座る人物を見る。

短い銀髪の・・・小柄なヘラス族の女性を。

 

 

「ですが・・・婚儀の場で革命(クーデター)など起こせば、帝国の名を地に落すことになるのではありませんか?」

 

 

言外に計画の中止を訴えていることは、明白だった。

確かに、各国の代表が集まるこの場で叛乱などを起こせば、少なくとも帝国の国際的な地位は低下せざるを得ないだろう。

だが・・・。

 

 

「畏れますな、殿下。我が帝国には人間諸国の評価(ルール)など必要ありませぬ」

「先代の皇帝陛下も、人間諸国に対しては毅然とした対応をされておりましたぞ」

「それに各国の代表が集まっておるからこそ、今後の展望が開けると言う物です」

 

 

反皇帝派・・・と言うより、一般的な帝国人の認識としては、「どうして外国と付き合わねばならないのか」と言う物がある。

7億人からなる亜人(デミヒューマン)帝国、ヘラス。

周辺の人間諸国から毛嫌いされる歴史が2000年以上続いてきたがために、身内意識が強く、外に対する警戒心が強い。

 

 

むしろ開放政策を推し進める現皇帝の方が、異質なのである。

それゆえ反皇帝派の主張は、むしろ帝国人の一般的な見解から極めて近い。

だからこそ・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・だからこそ、第二皇女ゾエは沈黙する。

彼女の現在の立場が、彼女を沈黙させざるを得ないのである・・・。

 

 

 

「ヘラスに繁栄を・・・」

 

「「「ヘラスに繁栄を」」」

 

「ウェスペルタティアに滅びを・・・・」

 

「「「ウェスペルタティアに滅びを」」」

 

 

「「「「「テオドラに、破滅を」」」」」

 

 

偉大なるヘラス帝国に、栄光あれ―――――・・・。

唱和する声が、帝都の夜空に響き渡る・・・。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 茶々丸

 

「・・・ウェスペルタティア女王ご夫妻が、宴からの退席をご希望されております」

「はい、わかりました」

 

 

宴席の外で待機していた私達の下に、帝国の侍女の方がやってまいりました。

どうやら、皇帝ご夫妻―――ラカンさんとテオドラさん―――が引き込んだようですね。

私も帝国のしきたりには詳しくはありませんが、どうやら次の段階へ移行したようです。

次の予定は、明日になりますので・・・今日はホテルに戻り、休養となるでしょう。

 

 

帝国の侍女の知らせによって、宴席たる聖堂の外に待たされていた我々王宮侍女の仕事も再開されます。

もちろん、食事は饗されておりましたよ、私達にも。

暦さん達は、帝国料理の数々を楽しんでらしたようですね。

 

 

「では、女王陛下ご夫妻をお迎え致しましょう、お2人をつつがなくホテル「テオファノ」までお送りしなければなりません」

「「「「はいっ」」」」

 

 

ぱんっ、ぱんっ、と手を打ちながらそう言うと、傍の暦さん達が元気の良い返事を返してくださいます。

連れてこれる人員には厳しい制限がついておりまして、非武装で5人、それで私と暦さん達4人のみが随行を許されております。

亜人種に対して偏見が無い、と言う条件も考慮させて頂きましたが。

それと、アリアさんに限りもう数名・・・。

 

 

「絡繰殿・・・」

「これは、侍医殿」

 

 

王室侍医団の医師と看護士が、合計で3名。

帝国側に要望した所、特別に了承して頂きました。

とは言えアリアさんが診察を拒否されておりますので、ただいると言うだけの存在になってしまっているのですが・・・。

どうやらアリアさんは、意外と医者嫌いのきらいがあったようです。

 

 

「どうか女王陛下に診察を受けて頂けるよう、上申して頂けませぬか」

「・・・そんなに悪いのですか?」

「それを知るためにも、診察を受けて頂きませんと・・・」

 

 

そもそも、どこがどう悪いのかすらわからない状態なようです。

私が密かに取っている生体データだけでは、いかに優秀な医師と言えども判断ができないのでしょう。

 

 

「実際の所・・・どう思われますか?」

「やはり、微熱の持続が危惧されますので・・・」

「そうですか・・・」

 

 

それは、私も危惧している所ではありました。

しかし通常通りに生活されておられますし、特に致命的な疾患があるとも思われないので・・・。

逆に、何かしかの病気の前兆と言う可能性もあります。

やはり、どうにか診察を受けてくださるよう、お願いするしか無いのでしょうか。

 

 

「茶々丸さん、女王陛下がこちらへ」

「はい、暦さん」

 

 

侍医団の方々を残して、私は暦さん達とアリアさんのお迎えに。

そして、宴席である聖堂の専用出口から、フェイトさんに伴われたアリアさんが・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

帝室・・・特に皇帝夫婦は聖堂と本宮殿の中間の『奥の院』で第一夜を過ごすのが、ならわしじゃ。

これは帝室や帝室に近い大貴族の子息であれば、10歳を過ぎた段階で教えられることじゃ。

そうでなくとも、広く知られておるならわしじゃが。

 

 

夫婦はまず帝都を守護する聖獣にそれぞれ祈りを捧げ―――帝国の繁栄と相手の幸福を―――それから、夫婦としての最初の朝まで、眠ることなく共に過ごすのじゃ。

・・・皇族で無くとも、新婚夫婦にとって最初の夜とは重要なはずじゃが。

 

 

「・・・お?」

 

 

隣でバカ面を見せておるジャックには、そんなロマンチックさを求める方が間違っておるようじゃった。

さっきは見直したが、さらに見直し直すやもしれぬ。

・・・はぁ。

 

 

それは確かに、すでに何度も肌を重ねた仲じゃし?

今さらと言われれば、それで済んでしまうのは確かじゃが・・・それでも妾も女子。

少しくらい、幼い頃を思い出して夢を見ても良いじゃろ・・・。

ま、まぁ、何じゃ、妾がそれらしくすればジャックも少しはそう言う気分になるやもしれんな、うん。

妾も帝室のはしくれとして、10歳を過ぎた頃より老侍女(ばぁや)にお妃用の閨房学を学んでおる身じゃ。

いざとなれば、あの手この手を使ってじゃな・・・!

 

 

「お? んだよ、じゃじゃ馬(テオ)

 

 

・・・無理な気がしてきた。

不意に、前の方からクスクスと小さな声が漏れ聞こえてきた。

どうも、妾達の前方を歩く姉上(エヴドキア)が小さく笑ったらしかった。

背中しか見えぬが・・・姉上の笑い声を、久しぶりに聞いた気がする。

 

 

そうこうする内に、聖堂の奥の階段を上りきったようじゃった。

丸い尖塔のような形をした聖堂の天井部から突き出るような形の橋の上からは、帝都を一望できる。

すでに日は落ち、はるか遠くの円環大地(サークル)のかがり火の灯りまでが見える。

星の瞬く黒き夜空と、民が住まう地上の光に挟まれて・・・。

びゅうっ・・・と風が吹き、妾達3人しかおらぬ橋の上を清めておるようじゃ。

ここより先には、妾達以外の誰も入れぬことになっておる。

 

 

「・・・では・・・ご案内いたしま・・・」

 

 

聖堂の反対側・・・すなわち妾達の前方には、ヘラスの本宮殿が見える。

見えるのは壁面の一部であって・・・全体は聖堂の数倍。

そもそもこの聖堂も、元々は帝室の婚礼用に作られた物じゃ。

 

 

橋の終わりには、小さな祠のような建造物がある。

小さく見えるが・・・中に入ると、意外に広い。

姉上が祠の扉を開くと、中のかがり火に一斉に火が灯った。

そして・・・扉とは異なる三方向に、下へと続く階段が見える。

 

 

「・・・控えているはずの・・・下級神官達が・・・いない・・・」

「姉上?」

「・・・いえ・・・」

 

 

姉上は小さく首を振ると、正面の階段を背に妾達の方を向いた。

そして静かに、左右の階段を示して。

 

 

「では・・・夫となる方は右の太陽の間へ・・・妻となる方は左の月の間へ・・・」

「へーいへい」

「ジャック!」

「・・・へいへい」

 

 

妾は心底面倒そうな顔をするジャックに呆れておるのじゃが・・・姉上は気にしておられぬ様子じゃった。

有り体に言えば、丁重に無視することにしたらしい。

 

 

「・・・それぞれの部屋で共に聖獣に祈りを・・・そしてさらに下の星の間にて・・・お過ごしください・・・」

「・・・」

「・・・夜が明けた後は・・・私のいる聖獣の間へお2人で・・・最後の誓いの儀を執り行います・・・」

 

 

しきたりに則った説明を終えた後に、姉上は階段を下りていった。

しきたりによれば、姉上も夜通し聖獣に祈ることになっておるのじゃ。

 

 

それから・・・妾はジャックを見た。

相変わらずのバカ面で・・・むぅ、ジャックめが。

うーむ・・・そうじゃっ。

良いことを思いついたぞ、妾はジャックの腕を掴むと・・・。

 

 

「ジャック、ジャック、(ちこ)う」

「あ?」

「良いから!」

 

 

 

   ちゅっ

 

 

 

「・・・っ、おまっ!」

「また後での! サボらずにすぐ来るのじゃぞっ!」

 

 

ふっふっふっ、やってやったわ!

妾は自分でもわかる程に頬を緩ませながら、階段を駆け下りて行ったのじゃった・・・。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

 

あのじゃじゃ馬、後で死なす(なかす)

俺は固く心に誓った、もう盛大に泣かす。

どうやら、ちょっとばかりサービスしすぎちまったらしいぜ。

朝はプルプル震えてたくせによ・・・。

 

 

「はぁ・・・ま、行くか。右だっけな・・・」

 

 

つっても、ここにいても始まらねーし、行くか。

・・・一瞬、逃げてやろうかとか思ったのは内緒だぜ。

逃げて帝国全軍のお尋ね者っても悪くねーけどな、人生は波乱万丈じゃねぇと。

 

 

「おー・・・」

 

 

太陽の間とか言う場所に下りてみると、なんつーか金ピカな部屋だった。

黄金製の調度品とか鎧の飾りもんとか・・・太陽ね。

それ程広くねぇ、細長い部屋だ。

俺が下りた階段の向こう、ほぼ正面の位置にまた階段が見えるぜ。

あそこから、さらに下に行くのかね・・・っと、その前にっと。

 

 

一応、俺もしきたりだのを一通りは聞いてるけどよ。

黄金製の騎士甲冑が居並ぶ細い道を通って、部屋の真ん中あたりへ。

そこだけ、少し広く作られてんだが・・・俺から見て斜め四方に、4つの黄金の像がある。

一つは、古龍・龍樹を象った物だってのはわかるぜ、それと・・・。

 

 

「繋がってんのか・・・?」

 

 

そしてその像からは確かに、古龍・龍樹の魔力っぽい強烈な波動を感じるぜ。

どうやら、何かの契約で繋がってるらしいな。

俺くらいになると、じっと見てればわかる。

 

 

えー・・・でだ、どうすんだっけか。

・・・あー、像の前に供えられてる花を、古龍・龍樹の奴から順繰りに供え直していけば良いんだったっけな。

 

 

「あー・・・めんどくせ・・・」

 

 

たく、皇族王族ってのは、どうしてこんな意味のあるんだか無いんだか良くわからんことをするんだかな。

えー、まず古龍・龍樹の奴から・・・紅い鳥みたいな奴と、白い虎みたいな奴、んでもって黒い亀みたいな奴のとこを回って、古龍・龍樹の像に戻ってくる。

あー・・・これで良いんだっけな。

マジで意味がわかんねぇけど・・・ま、良いか。

じゃ、あのじゃじゃ馬(テオ)を泣かしに行きますかね・・・。

 

 

 

   ガシャッ

 

 

 

「・・・あん?」

 

 

後ろから、金属がこすれ合うような音。

振り向くと―――――。

 




新登場キャラクター:
ベネッサ・フォメニアンス(黒鷹様提案)


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第12回広報:

アーシェ:
はい、いつも通りのアーシェですよー。
・・・え、飽きた? そ、そんなこと言わないでくださいよ~・・・。
が、頑張りますから~。
・・・ってなわけで、今日ご紹介しますのは~・・・こちらのお方です!


ソネット・ワルツ:
30代後半、ウェスペルタティア人の女性。
腰まである金髪に青い瞳、ヘラス族の血が混じっているために成長が遅く、実年齢よりも一回り若く見える。

毒舌家。何か、旧世界の・・・がん○む? がマイブームらしいです。
大戦時の戦争難民で、現在はヘラス帝国の諜報部員。表向きは駐オスティア帝国大使。
旧世界のアニメを模した武器とかを集めるのが趣味。
18年前に処刑されようとしたアリカを救出しようと元老院直属部隊に潜り込んだが失敗、紅き翼の騒動に紛れて脱出した。
現在は皇帝テオドラの信を受けて、オスティアに滞在。
女王アリアには個人的に思う所がある模様。


・・・ふーん、いろいろ苦労してるんだ。
帝国編だけあって、帝国人の紹介の機会が多いですね。
では、今回はここまでです。

次回、帝国編の最終話。
いろいろと大暴れな回になりそうです。
それでは、ちぇーりおっ。


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アフターストーリー第13話「帝国物語・後編」

Side テオドラ

 

帝都守護聖獣を象った4対の像に、花を添えて祈る。

備える順と花の位置は、帝都を守る結界の力の循環を示す物じゃ。

一つ一つの像に、しきたりに則った祝詞を捧げる・・・。

 

 

「・・・我が帝国と・・・ジャックをお守りくださるように・・・」

 

 

帝国の安寧と、ジャックの幸福を聖獣に願う。

・・・まー、ジャックは聖獣と伍する程の強さを持っておるわけじゃが。

ぶっちゃけ、ジャックについては祈らなくとも良いのでは無いかとも思うが。

・・・祈りたいと願うこと自体は、別に悪いことではあるまい。

加えて、ジャックのために祈れること自体に幸福を感じるのじゃからして・・・うん。

 

 

「・・・さて、そろそろ行くかの」

 

 

銀製品で埋め尽くされたこの月の間は、我が帝国の豊かさを示す物でもある。

置物、甲冑、調度品・・・全てが銀製じゃ、それも当然、帝国産の銀じゃ。

・・・おっと、いかんいかん。

妾が早く来いと言った手前、ジャックより遅くなるわけにはいかんしの・・・。

 

 

「・・・ふふっ」

 

 

別れ際のジャックの顔を思い浮かべただけで、笑みがこぼれる。

自然、下の部屋へと向かう足取りも軽くなると言う物で・・・。

 

 

背後で、何か固い物で同士がぶつかり合う音が響いた。

 

 

金属が火花を散らすような、そんな音で・・・。

妾が動いた一瞬で、打ち込まれた物じゃった。

そしてそれを正確に洞察し得たのは、妾が反射的に背後を振り向いたからで。

だからこそ、そのまま妾めがけて振り上げられた銀の剣を・・・。

 

 

「ぬおっ!?」

 

 

急に動いたので、長くて・・・しかも重い婚礼衣装の裾に踵を引っ掛けてしまって、妾はその場で尻餅をついてしまった。

そしてそのおかげで、妾は凶刃から逃れることができた。

 

 

「な、な・・・何じゃ、主らは!?」

 

 

月の間に飾られておった銀製の甲冑が、ギギギ・・・と音を立てながら動いておった。

旧式の動甲冑で、今では観賞用にしかならぬが。

実際に動くと、これがなかなか優秀で・・・って、そうでは無く!

 

 

重い衣装に舌打ちしたい心境になりながらも、床を這い回るようにして凶刃から逃れる。

妾も一応、それなりに鍛えてはおるが・・・相手は動甲冑、こちらは丸腰では。

しかも一体ではなく、八体・・・部屋に飾られておった銀の甲冑全部が、動いておる。

中の人間の顔は、甲冑で見えんが・・・。

 

 

「り、慮外者―――――っ!!」

 

 

這い回る・・・と言うより、ほとんど転がるように逃げ回る。

調度品を引き倒し、物を掴んでは投げ、下へと続く階段を目指して逃げる。

せめて、まともな武器さえあれば・・・!

 

 

「が―――!?」

 

 

階段側にいた動甲冑に、横腹を蹴られた。

亜人のそれとは比べ物にならぬ力が、妾の身体にかかる。

床に激しく身体を打ち据えられた後、調度品を壊しながら、壁に激突する。

肺が引き攣り、身体を丸めて咳き込む。

・・・服が厚いのが、少しは役に立ったかの。

 

 

そ、それはそれとして・・・逃げねば・・・壁に手をついて、痛みに悲鳴を上げる身体に鞭打って、足を引き摺りながら動く。

しかし、そのような緩慢な動作では、逃れられるはずも無く・・・。

ぐっ・・・と、衣装の裾を踏まれて、動きを止められた。

 

 

「・・・っ・・・!」

 

 

皇帝と言う立場上、暗殺の危険はどこにでも転がっておる。

だから、いつ何時、命を落とそうとも・・・恨みはすまいと心に決めておった。

じゃが・・・。

 

 

今日・・・今夜だけはと、心のどこかで思ってもおった。

 

 

ジャックと結ばれる、この日だけはと。

心の、どこかで・・・。

 

 

「・・・っく・・・!」

 

 

目前で銀の剣が閃く中、妾が最後に思ったことは。

 

 

「・・・じゃっく・・・!」

 

 

やはり、あの男のことで。

そして妾があの男のことを考えた、刹那。

 

 

 

壁が爆発して、目前の動甲冑が、吹き飛ばされた。

 

 

 

身体の上に圧し掛かっていた圧力が消えて、呼吸が自由になる。

激しく咳き込む私の身体を、壁の向こうから現れた太い腕が、やや乱雑に掴み上げた・・・。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

『つーかあのオッサン、剣が刺さんねーんだけどマジで』

・・・っつーのが、俺の異名の一つだ。

んで、一番に疑われる異名でもあるわけだが。

 

 

「なっ・・・剣が刺さらない!?」

「あの噂は、本当だったのか!?」

 

 

だから大体、初対面の刺客ってか相手は、まずその確認から入るわけだ。

黄金の動甲冑を着たその連中は、折れた剣をその場に投げ捨てながら動揺してやがる。

んー、何だ、別に試練とか儀式とか、そう言うもんじゃねぇってことだな、なら。

 

 

「・・・いってー・・・なぁオラァッ!!」

「ぶゲろべっ!?」

 

 

背後に立ってた奴の身体の真ん中あたりに、右の拳をかるーく入れてやる。

すると、旧式の動甲冑は簡単に砕けて・・・中身の腹に俺の拳を届かせちまう。

あんまり脆いんで、こっちがビビるぜ。

甲冑の破片を撒き散らしながら、そいつは部屋の壁と天井を3往復した後、地面にめり込んで止まった。

 

 

「ひ、ひるむなっ、相手は丸腰だ!」

「「「お、おう!」」」

「あー、何だお前ら? 知らねーのか?」

 

 

まぁ、自分で言うのも何だが、俺を知ってる奴で俺を襲おうとする奴なんていねーしな、ほとんど。

いるとしたら、バカか死にたがりかだ。

俺は、ゴキバキと拳を鳴らしながら、言った。

 

 

「俺は、素手のが強ぇぜ? つーか、お前らよぉ・・・」

 

 

じーっと、7人の甲冑野郎共を見つめる。

あー・・・ひーふーみーの・・・っと。

 

 

「俺に挑むにしちゃあ・・・人数が11億9999万9992人ほど足りねぇんじゃねーか?」

「か、かかれぇっ!」

 

 

俺の挑発に乗ったわけじゃねーだろうが、3人ほど同時に飛び掛ってきやがった。

右拳の甲で一人を殴り払って、左拳で一人を殴り飛ばして、右足で一人を踏み抜いた。

・・・よえー・・・。

 

 

「鍛え方、足りねーなぁ」

「く・・・ひるむな! 先の大戦で同胞を大量に殺戮した男だぞ!」

「帝国臣民の敵め!」

 

 

・・・まー、確かに大戦の時、俺は帝国の敵だったけどよ。

戦場で対等の条件でやりあった結果だ、ごちゃごちゃ言われる筋合いはねーよ。

 

 

「くっ・・・強がっていられるのも、今の内だ! 我々に構っている間に・・・!」

じゃじゃ馬(テオ)を殺(や)るってか? 良く話しだなオイ」

 

 

つっても、放っておくわけにもいかねーしな。

あー・・・目を凝らして、両側の部屋の壁を見る。

造りと厚みと経験と勘・・・ぶっちゃけ、壁向こうの気配を読んでるわけだが。

あー・・・このへんだな、たぶん。

 

 

「らぅぁかぁん~~~」

「な、何をす」

「いぃん・・・ぱくとぉっっ!!」

 

 

甲冑野郎共は無視、練りこんだ気の拳を石造りの壁に叩き込む。

収束・ラカンインパクト(今、命名)。

壁に大きな―――指向性を持たせた気の拳で―――穴が開く。

 

 

破片も塵になって消えるから、瓦礫とかもねーんだぜ。

むしろ・・・砂?

まぁ、爆発的な物はあるけどな。

おお、案外離れてたんだな、下と上で繋がってるから、そこまで離れてるとは思わなかったんだけどよ。

ま、10mくれぇの石の壁なんざ、あって無いようなもんだろ。

 

 

「おーおー、こっちにもゾロゾロと・・・やっぱ人数足りてねーんじゃねーか、ん?」

「き、貴様っ・・・!」

 

 

俺と言う人間をわかってねー連中だな。

もう少し、マシな戦力を送ってこいよ。

 

 

「・・・ジャック・・・」

「んー? 何だ、じゃじゃ馬」

「・・・戯け(ばか)

 

 

どうやら、間一髪(ナイスタイミング)だったみてーじゃねーか。

俺はじゃじゃ馬(テオ)の身体を片手で抱え上げると、ニッ・・・と笑った。

さて、と・・・片付けますかね。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

ヨアネス・ツィミスケス率いる帝国陸軍第152師団は、理由すら知らされないまま、夜陰に紛れて帝都の各所に移動していた。

彼らの他にも、第234師団、第316師団と言った2線級だが膨大な兵力が、帝都周辺に展開しているのである。

 

 

帝国軍では、師団の数字はそのまま装備・錬度を表している。

50番台までの師団は現役兵のみで構成され装備も充実しているが、それ以降は兵の錬度、装備の質が落ちるのである。

それでも、兵力は兵力であるし、亜人の身体能力を侮ることはできない。

 

 

「先に送り込んでいた部隊からは、連絡が無いのか」

「は、未だに」

「まったく・・・軍事貴族お抱えの暗殺班も、存外頼りにならんな・・・」

 

 

ヨアネス・ツィミスケスが反皇帝派に組しているのには、いくつかの理由がある。

第一に、年長者を差し置いて帝位に就いた現皇帝への倫理的な反発。

第二に、帝国南方辺境のメレア民族出身者としての民族主義的な反発。

第三に、外国勢力を排除したいと言う、国家政策上の反発。

そうした様々な理由から、彼は第二皇女ゾエを担ぎ上げてのクーデターに参加したのである。

とは言え、皇帝に弓引く行為に部下の全てがついてくると思うほど楽観的でも無かったので、部下には配置換えとしか説明していないが・・・。

 

 

「見えてきたな・・・」

 

 

祝賀気分で賑わう市街地を避けつつ彼らが接近しているのは、第二円環(セカンドサークル)の高級ホテル街である。

そこには、各国からの招待客が宿泊するホテルが多数あるのである。

たとえば、ウェスペルタティア女王が宿泊する高級ホテル「テオファノ」など・・・。

 

 

その時、彼の率いる直属の大隊の中ほどから、白い煙のような物が噴き出した。

 

 

そして同じような煙が、部隊の各所から噴き出し始めたのである。

集団が動きにくい細い裏道を通っていたことが災いして、それはみるみる内に部隊全体を覆いつくした。

 

 

「こ、これは・・・!」

 

 

そして、師団長であるヨアネス・ツィミスケスはそれが何か知っていたが、それを伝える前に。

ヨアネス・ツィミスケスの声は、煙の中に消えて言った・・・。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

Side クワン・シン(第8親衛騎兵師団長)

 

「全て捕らえなさい、皇帝陛下に対する叛逆者です」

 

 

風下で起こっている惨状―――深い睡眠効果を持つ煙幕兵器に襲われる相手の兵―――を見つめながら、私は配下の騎兵を動かしていました。

いくつもの大隊、中隊が私の指示で、帝都の夜陰に紛れて動きます。

 

 

私が指揮しているのは、帝国軍最精鋭の第8親衛騎兵師団長。

敵・・・敵! 敵は同じ帝国軍の第152師団、ヨアネス・ツィミスケス将軍。

彼の指揮下にある直属の大隊でした。

帝国軍同士が相討つのは、もう慣れてしまいました。

 

 

私の任務は、各国の賓客が宿泊しているホテルを守ること。

その分、皇帝陛下周辺の防御力が落ちているのですが・・・。

まぁ、何とかするでしょう。

あの、ジャック・ラカンがいることですし・・・。

 

 

「む・・・」

 

 

その時、煙の中からいくつかの部隊が抜け出し、撤退していくのが見えました。

私も亜人ですから、人族よりもはるかに優れた視力を持っているのですよ。

逃れた部隊の中に、ヨアネス・ツィミスケス将軍らしき人影―――黄色い毛の虎族―――がいるのを見つけて、部下に追撃を指示します。

 

 

「他の部隊はどうなっていますか」

「は、親衛軍内部の反逆者は、士官を中心に第4、第9師団に多かったようです。すでに、第1親衛装甲師団のライザー殿の指揮で捕縛が進んでいるとか」

「そうですか・・・」

 

 

皇帝を守るべき親衛軍の将校にすら、皇帝への叛乱に加担する者がいる。

そして今回の叛乱は、これまでの大貴族が単独で起こすような叛乱とは質的に異なる物でしょう・・・そう、私は洞察します。

 

 

とは言え、帝都での叛乱は抑えられます。

第152師団以外の部隊も叛乱に加担しているようですが・・・要所は、皇帝派の親衛軍が押さえているため、動揺せずに鎮圧できるはずです。

でも・・・。

 

 

「・・・たぶん、辺境でも同時に・・・」

「は、師団長、何か?」

「いえ、何でもありません」

 

 

そこまでは、私にはどうすることもできません。

・・・そして幸いなことに、帝都の叛乱軍は重火器を持ち出していないようなのです。

市街地を中心にお祭り騒ぎを続けている市民に危害を加えることを恐れたのか―――まぁ、クーデター後の新政権を支持してもらう意味もあったにしろ―――民衆に武器を向けるようなことは、していません。

 

 

やろうと思えば、市民を盾に政権を奪うこともできたでしょうに。

私なら、迷わずそうします。

とにもかくにも・・・叛乱軍は、人気のない場所や事前に規制されていた自然公園や広場、空港や帝都外延部の平原に兵を集結させ、運用しているようなのです。

あくまでも、市民を傷付けないスタンスを取る・・・。

 

 

「師団長、叛徒共が第二円環(セカンドサークル)の財務大臣私邸、第三円環(サードサークル)の警察庁及び軍務大臣別邸を占拠したとの報告が・・・第152師団の一部の兵士だそうです」

「国営放送局の一部が、第234師団の兵士に占拠されたそうです!」

「帝都外延部の重武装パトロール中隊が、所属不明の大部隊と交戦状態に入りました!」

「わかりました、すぐに対処します」

 

 

とは言え、政府・軍関係者に対しては容赦が無いようです。

そしてこの後、私は帝都中で行われているだろう叛乱計画の鎮定に奔走することになります。

第一、第二円環の主要部の大半は押さえていた物の、広い帝都中で行われている局地戦のいくつかで、味方が苦戦することもあったためです。

そし私を始めとする軍人にできることは、目前の物を対処療法的に処理することだけであり・・・。

 

 

根本の問題を解決できるかどうかは、私達が信じた皇帝(テオドラ)陛下次第であったのですから。

私達はただ、皇帝陛下が帝国をまとめ上げるのを期待することしかできません。

夜が明けるのは、まだしばらく先で・・・。

夜は、長いのですから。

 

 

 

 

 

Side エヴドキア(ヘラス帝国元第一皇女)

 

「・・・慮外者・・・」

 

 

太陽と月の間の下、星の間の奥・・・聖獣の間。

正四角形の形をしている部屋の四方には、巨大な帝都守護聖獣の像があります。

像のそれぞれが聖獣と繋がっていて、4色の炎がそれぞれの像に纏われています。

どうやら、テオとラカン氏はきちんと手順を踏んだようですね。

 

 

翌朝に、ここで2人に再び婚姻の宣誓をさせるのが私の仕事。

それで、2人は正式に夫婦となるのです。

ですが・・・。

 

 

「・・・ここを・・・神聖なる場所と・・・心得ているのですか・・・」

「失礼は承知の上でございます、皇女殿下」

「・・・私は・・・すでに皇女では・・・ありません・・・」

 

 

面倒な政争に巻き込まれるのが億劫でしたので、政治的地位の全てを放棄しました。

毎日、聖都と聖獣に祈りを捧げ、帝国臣民の安寧を願うのみの生活を望んでいるのですが。

生まれと言うのは、自分ではどうにもできないことですね・・・。

 

 

「私共が望んでおりますのは、殿下に状況の変化をご理解いただくことであります」

「・・・変化・・・」

「はい、僭越ながら私共が殿下を黄泉の国へとご案内させていただきます」

 

 

私の目の前には、神官服を着た複数の男性がおります。

どうやら、私に死んでほしいようです。

テオにも手が伸びているとかで・・・テオと私が死ねば、残るはゾエ一人。

どうやら、(ゾエ)は担がれてしまったようですね。

 

 

でも、そんなことはどうでも良いのです。

 

 

問題は、彼らが神官を害し、しかも神聖な場所を土足で汚していることです。

神聖なる、聖獣を祭る場所を汚す。

帝国人、失格です。

 

 

「・・・慮外者・・・」

「・・・では、失礼致します」

 

 

スラ・・・とナイフを懐から抜いて―――ここは武器禁制―――偽神官が、私に一歩近付きます。

その、次の瞬間。

 

 

「ぶぺらべっ!?」

 

 

その偽神官の上に、大きな黄金の甲冑が降ってきました。

かなり重そうで・・・偽神官は豚が潰されたような声を立てて見えなくなります。

・・・今度は・・・何でしょう。

 

 

「取り込み中しっつれーい」

 

 

私が首を傾げていると、背後から太い腕に抱きかかえられました。

左腕と思わしき物に腰掛けるような形で抱えられた私は、期せずしてテオを向かい合うような形になります。

テオはどうやら、右腕で抱えられているようです。

女性とは言え、成人女性を2人、それぞれ片手で抱えられるとは・・・。

 

 

「姉上、ご無事ですか!」

「・・・テオ・・・?」

 

 

所々衣装が裂けているテオは、私を心配してくれました。

私は顔を上げると・・・。

 

 

「・・・聖獣に仕える女性は・・・男性に触れられてはならない・・・掟なのですが・・・」

「げ、マジでか」

 

 

ラカン氏が、文字通り「げ」と言うような顔をしておりました。

何やら、テオが言い訳をしておりますが・・・。

 

 

「き、貴様は・・・せ、千の刃の・・・!」

「じ、じじじじ、ジャック・ラカ―――ンッ!?」

「何故ここに、上の連中はどうした!?」

「ふんっ、あんな雑魚共はすでに片付けたわっ!!」

 

 

何故か、テオが自慢しておりますが。

 

 

「何と・・・それでは仕方が無い、我々の手で・・・!」

「帝国の未来のために!」

「ん~良いね良いねぇ、良い感じに3流だぜ、お前ら」

 

 

ラカン氏は愉快そうに笑うと、太陽のように朗らかな笑顔を私に向けてきました。

・・・ぁ・・・。

 

 

「義姉貴(あねき)、悪ぃな」

「・・・はい・・・?」

「上の階、かなり壊しちまったぜ」

「・・・そうですか・・・」

「す、すまぬ姉上、やむにやまれずと言うか、加減と言うか・・・」

 

 

どれくらいの被害なのでしょうか・・・。

せめて、原型は留めておいてほしいのですが・・・。

 

 

「ま、そんなわけで上では過ごせそうにねーしよ、最後の儀式ってのをやっちまってくれよ」

「・・・儀式を・・・ですか・・・」

 

 

ラカン氏が後ろを振り向くと、上の階から黄金と銀の甲冑が何人か降りてきていました。

生き残りか、亜人の身体能力に物を言わせて復活したのか・・・。

 

 

「おう、手っ取り早く頼むぜ」

「・・・・・・・・・」

「・・・姉上?」

「・・・わかりました・・・」

 

 

ラカン氏の笑顔から顔を逸らして、私はテオを見ました。

身体の安定を得るために、ラカン氏の腕に指先を添えて・・・。

 

 

「・・・では・・・新たな皇帝夫婦に・・・聖獣の代理として・・・問います・・・」

 

 

最後の誓約の儀式を、執り行います。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

姉上の声は、とても不思議な声なのじゃ。

とてもか細く、小さい声なのに・・・どう言うわけか、耳に届く。

今も・・・。

 

 

「・・・貴女がた夫婦は・・・」

 

 

ジャックが瞬動で移動し、風を切る音に混じって届く姉上の声。

妾と姉上はジャックの逞しい腕に守られて、刺客の手など届く様子も無い。

・・・と言うか、成人女性2人を抱えて何故、誰よりも速く動けるのじゃろう?

 

 

「気合いに決まってんだろ、全ては気合いで何とかなる」

 

 

世の中、気合いで何とかなったら皇帝はいらん。

まぁ、コイツはバグじゃし、世界が間違って生み出してしまった感があるしの。

そして妾は、その間違いに感謝しておる。

妾をジャックに出会わせてくれた、世界の間違いに。

 

 

「・・・良き時も悪き時も・・・」

 

 

そしてそのような中でも、朗々と響く姉上の声。

唱えているのは、婚礼の儀でも誓った、誓約の言葉。

 

 

「・・・病める時も健やかなる時も・・・」

 

 

ジャックがしゃがみ、頭上を銀の棍棒が通り過ぎる。

それをやり過ごした後、ジャックは視線を向けるだけで相手を吹き飛ばした。

・・・羅漢・眼力波(今、妾が命名)。

たぶん、気を目からビーム的な技じゃと思う。

 

 

「・・・共に歩み、他の者に依らず・・・」

 

 

今度は飛び出し、目前の偽神官共に連続で蹴りを加える。

一度のジャンプで、どれだけの蹴りを放てば気が済むのじゃろうか。

・・・羅漢・旋風脚(今・妾が命名)。

滞空時間の長さと高速かつ連続で放つ蹴りが特徴じゃ。

 

 

偽神官達の悲鳴と、部屋が破壊されていく音が連続で響く。

それも「ドゴン」とか「ガズン」とか、やたらに豪快な音が。

その度に姉上のこめかみに青筋が浮かぶのが見えるのじゃが・・・。

 

 

「・・・死が二人を・・・分かつ時まで・・・」

「はっはぁ―――っ、オラオラどうしたぁっ!!」

 

 

姉上の声に被せるようにジャックがでかい声でがなると、姉上の額に青筋が浮かぶのが見えた。

ですが姉上、それは仕方が無いのでは・・・。

 

 

ギィンッ・・・と音が響き、ジャックの背中に当たったナイフが根元から折れた。

・・・いったい、どんな身体の構造をしておるのじゃろうか。

やはり、気合いか・・・?

 

 

「な、何で刺さらないんだ!?」

「気合いに決まってんだ・・・ろぉっ!!」

 

 

ゴンッ、と音を立てて、後ろの偽神官が床石の下に消えた。

そしてやはり、気合いじゃった。

 

 

「・・・誠実な愛を誓い・・・互いを想い・・・互いのみに添うことを・・・」

 

 

ズンッ・・・と、ラカンの足元が振動し、何かの波動が周囲に拡散した。

それによって、周囲の刺客達が部屋の調度品やら何やらごと壁にめり込んだ。

・・・とっさに、技の名前が思いつかなんだ。

 

 

「・・・聖獣の守護の下・・・誓えますか・・・?」

 

 

刺客が全滅するのと同時に、姉上の言葉も終わる。

そして。

 

 

「誓うぜ」

 

 

ジャックが、凄く強い目で・・・妾を。

それは、とても・・・うむ、腰に来る視線で。

直後に重ねた唇は、戦いの余韻のためか、とても熱く・・・深かった。

 

 

「・・・二人は・・・聖獣の守護の下・・・夫婦として・・・認められ、ました・・・」

 

 

普段は淡々としている姉上の声が、どこか揺れていた。

そして、部屋中に聖獣の魔力が満ちる・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア外務尚書)

 

ヘラスの皇帝夫妻が籠ったのに合わせて、女王陛下と夫君殿下も部屋へと戻った。

セラス総長やリカード氏、千草大使など、各国のトップも部屋へと戻り、残っているのは閣僚級と大使級、帝国の財界人などだ。

それ自体はまぁ、帝国のしきたりと各国の序列に従った退席順だと言うだけだ。

だけど・・・。

 

 

「・・・軍人が、見当たらないな・・・」

 

 

宴の途中までは儀礼用の軍服を着た高級士官がゾロゾロいたんだけど、今はどう言うわけかほとんど見当たらない。

皇帝夫妻が退席したあたりから、徐々に見えなくなったのだけど・・・。

そのくせ、軽武装の兵士が宴席の壁際にズラリと並べられている。

あの襟章は、帝国親衛軍の物だったと記憶しているけど。

 

 

「・・・何か、あったのかな」

 

 

葡萄酒(ワイン)のグラスを掌で弄びながら、私はそんなことを考える。

通常の軍人が動員されるような、何かが・・・。

 

 

「お楽しみ頂けておりますか」

 

 

深夜だし、そろそろ私も退席・・・と考えていた時、不意に声をかけられた。

重厚な、何となく腰に響くテノールボイスの持ち主は、宴の初期に私の方を見つめていた・・・。

・・・確か、シュヴェーアト大公ベネディクト。

褐色の肌に金の髪、淡い糖蜜色の瞳。目鼻立ちのはっきりした精悍な容貌。

 

 

どうして声をかけられたのかはさっぱりだけど、さりとて無視もできない。

私が立ち上がって答礼すると、相手は私の手をとって手の甲に口付けてきた。

うーん、元帥(リュケスティス)みたいな奴だな・・・。

 

 

「お初にお目にかかります、ウェスペルタティア王国外務尚書、テオドシウス・エリザベータ・フォン・グリルパルツァーです」

「・・・ベネディクト・ユストゥス・シュヴェーアト、一応、帝国政府からは大公と呼ばれております」

 

 

・・・あれ、初めましてって言ったあたりから機嫌が悪くなったかな。

えーと・・・シュヴェーアトと言う部族を良く知らないから。

 

 

「・・・美しい・・・」

「え? ああ・・・美しい式典でしたね」

 

 

文化の違いには戸惑いも覚えるけれど、確かに綺麗な式典だった。

 

 

「お料理も、豪勢で・・・普段から、帝国の方はあの量を?」

「いえ、ああ言うのは中央だけですよ」

「はぁ・・・」

「中央の水は・・・合いませんから」

 

 

・・・まぁ、地方によって食文化も違うのかな。

多民族国家だからね、最近は王国も外国人労働者が増えてきたけど。

 

 

「えー・・・殿下の領地は、どのような土地なのですか?」

「北の山奥の・・・水が綺麗な土地です。琥珀やラピスラズリなどを産出しますので、それで細々と生計を立てているのですよ。もしよろしければ、いつでもお越しください」

「ありがとうございます」

 

 

・・・周囲の様子を窺うのを、やんわりと阻止された気分だけど。

まぁ、でも・・・帝国の地方領主とコネクションを持つのは悪いことじゃない。

帝国中央政府の屋台骨が怪しい、この時期ならなおさらね。

大っぴらに言葉にはできないけれど。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・静かになってきたね」

 

 

空が白み初めてきた時間帯になって、街は静けさを取り戻し始めていた。

高級ホテル「テオファノ」の僕とアリアの部屋のテラスから、僕は帝都ヘラスの様子を窺っていた。

一晩、ここに立って見下ろしていたのだけど・・・。

 

 

・・・皇帝の結婚を祝う市民で溢れ返る市街地とは別に、もう一つのお祭り会場が設定されていたようだ。

市街地から離れた場所や、高級住宅街の一部で煙や火が出ていたようだよ。

少なくとも、お祝いの行事では無いと思う。

誰と誰の揉め事かは知らないけど、一般市民に危害を加えないように戦場を設定していたようだね。

 

 

「近くまでは・・・来たようだけど」

 

 

僕やアリアのいるホテル街には、王国関係者で貸し切られているこの「テオファノ」を含めて、7つの高級ホテルがある。

そしてそのそれぞれに、各国の代表を始めとする招待客の多くが宿泊している。

だから、狙うにしろ守るにしろ、重要な場所だったろう。

 

 

「・・・まぁ、来たとしてもアリアまでは到達できなかったろうけどね」

 

 

そんな結論を出して、僕は外の風景に背を向けて、部屋の中に入った。

微細な装飾の入った調度品が並んだスイートルームのリビングを素通りして、寝室へ。

カーテン越しに日の光が入るその部屋は、うっすらと明るい。

 

 

そして白を基調とした寝室の真ん中には、ダブルサイズの白いベッドが置かれている。

そしてその中央には・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

そこには胸の下あたりまでシーツで覆ったアリアが、薄い胸を緩やかに上下させながら、静かな眠りについている。

淡い色合いのネグリジェを着ていて・・・昨夜は、式典から帰った直後、すぐに眠ってしまった。

気のせいでなければ、額にうっすらと汗が滲んでいるようにも見える。

 

 

・・・ここの所、アリアは体調が芳しくないようだった。

それも、先週あたりから徐々に。

それでも、アリアは休養しようとはしない。

それはおそらく、病気だと認められてしまうことが嫌なのだろうと思う。

 

 

「・・・ただの過労にしては、長いし浅い・・・」

 

 

アリアは過去にも、過労で何度か高熱を出したことがある。

けれどその時は数日で落ちついたし、長続きはしなかった。

けれど今回は、わずかな微熱がずっと続いている。

 

 

表面上は問題無いように見せているから、大多数の人間は気付かない。

だからこそ、より深刻で・・・茶々丸などが気にかけるのだろうけれど。

僕としても、アリア自身が望まないことはしたくない。

けれど・・・アリアが望まなくともアリアのためにしなければならないことも、あるのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「それでは、またお会いしましょう」

「うむ、是非に」

 

 

結婚式の次の日の昼食後、妾はヘラス第一国際空港でウェスペルタティアのアリア陛下らを見送りに来ておった。

すでに他の参加者は午前中に空路・陸路からそれぞれ帰参し、昼食を共にしつつ非公式会談を行ったアリア陛下らが、最後に残った客なのじゃ。

後は元々、帝都に住んでおる者達だけじゃ。

 

 

アリア陛下らと握手を交わし、別れの言葉を告げあった後・・・アリア陛下の船と護衛の小艦隊が空港から飛び立って行った。

国境までは、帝国北方艦隊の艦船が護衛(エスコート)することになっておる・・・。

 

 

「・・・ふむ」

「どうしたよ?」

「いや・・・たぶん、気のせいであろう」

 

 

ジャックの訝しげな声に、妾はそう答えた。

昼食の席上、アリア陛下はあまり食が進まないようにも見えた。

とは言え、自分の分はきっちりと平らげていた故・・・会話に集中していただけやもしれぬな。

 

 

「それより、次の予定じゃ。帝都中に妾達が夫婦となったことを知らせねばならん。ここから6時間はパレードじゃぞ」

「うぇ~・・・マジか」

「マジじゃ。せいぜい笑顔で手を振れ」

 

 

まぁ、様式と言う物じゃ、仕方があるまい。

それにジャックのことじゃ、たぶん、できるじゃろ。

じゃが・・・パレードどころでは無いことも、進行しておるのじゃがな。

 

 

昨夜、クーデターの主な首謀者を取り逃してしまった。

 

 

朝、妾が「奥の院」から出てきた時には、帝都での戦闘は全て終わってしまっておった。

もっと早く出たかったのじゃが、姉上が「しきたりです」と言って出してくれなんだ・・・。

クーデター側が市民を敵に回すのを恐れて、極めて迂遠な計画を練っておったおかげで・・・要所を押さえておったクワン率いる親衛軍のおかげで、帝都の叛乱は今朝方にはほぼ鎮定された。

クーデター側が市民に隠れて行動し、かつこちら側の手で速やかに鎮圧できたおかげで、市民にはまだクーデター騒ぎは気付かれておらぬ。

 

 

「それ故に、妾達は予定通りに行動する必要があるのじゃ」

 

 

ここで当初の予定を狂わせれば、「何かあった」ことを認めてしまうことになる。

クーデターの首謀者の一人、ヨアネス・ツィミスケス将軍は昨夜の戦闘で戦死したと聞く。

じゃが、他の者は昨夜の内に帝都から消えてしまったのじゃ。

 

 

・・・二番目の姉上も、同時に姿を消してしまった。

まさかとは思うが、結婚式に参列してくれなかったことを考えると・・・。

 

 

「いずれにせよ、妾は立ち止まることを許されぬ」

 

 

情報部によれば帝国の南の辺境、メレア地方で不穏の気配があると言う。

その他にも、帝国からの自立・独立を目指す動きが各地で活発化しつつある。

帝国の統一を保ち、父上から受け継いだこの国の民を守る。

それが、妾に課せられた責務じゃ。

 

 

じゃが、一人では無理じゃ。

多くの者に力を借りて・・・妾は、帝国をより豊かな国にするつもりじゃ。

そして、妾に力を貸してくれるべき第一の相手は・・・。

 

 

「妾に力を貸してたもれ、ジャック」

「ああ? 面倒くせーなオイ」

「ジャック?」

「・・・へーいへい、女帝さま~っと」

 

 

まったく、頼りになるのかならんのか・・・。

妾の夫は、大層な気分屋じゃからな。

では・・・。

 

 

「行くぞ、ジャック」

「おーう」

 

 

妾達の結婚を祝福してくれる、帝国臣民の中へ。

妾とジャックの帝国を、守るために。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

帝国での旅程を終えたと言っても、アリアさんの外国訪問の全てが終わったわけではありません。

実はこの後、王国・帝国国境のサバ地域とパルティア・アキダリアに立ち寄る予定なのです。

アリアさんは普段から軽々と外国訪問ができる立場ではありませんので、一度に数ヶ国・地域を回ることで友好親善を深めると言うのは、自然な発想とも言えます。

 

 

サバ地域は帝国領ですが、ウェスペルタティア資本の進出が進んでいる地域です。

国外では最大のウェスペルタティア人コミュニティが作られているため、アリアさんは合弁工場の視察と同時に、コミュニティの労働者やその家族を慰問するために訪問されるのです。

 

 

「艦体、安定軌道に達したっス」

「ご苦労様です・・・私は私室で少し休みます。何かあれば呼ぶように」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」

 

 

アリアさんはお気に入りの京扇子を開いたままオルセン少佐ら艦橋のスタッフにそう告げると、ゆっくりとした動作で指揮シートから身を起こしました。

そのまま扇子でどこか顔を隠すようにしつつ・・・夫であるフェイトさんや私を含めた侍従を引き連れて、『ブリュンヒルデ』内の私室へ戻りました。

・・・心拍数が、若干上昇しているように見受けられます。

 

 

「・・・茶々丸さん」

「はい・・・?」

 

 

途中、京扇子で顔を隠したアリアさんが小さな声で話しかけて参りました。

自然、私も声を小さくして返事をします。

 

 

「・・・お化粧を直してきますので・・・」

「・・・かしこまりました」

 

 

船内のアリアさんの私室・寝室・衣裳部屋の隣には、女王専用の化粧室があります。

化粧室と言うのは、扱いが難しく・・・侍従と言えどご一緒はできません。

・・・心拍数に変化があったのは、フェイトさんの傍だからでしょうか。

 

 

「私は少し寄る所がありますので、フェイトは先に部屋に戻っていてください。暦さん達はコーヒー、茶々丸さんは紅茶の用意を」

 

 

そう言って、アリアさんはやはりゆっくりとした足取りで私達から離れます。

その後ろ姿について行くのは、ガションガションと歩く田中さんです。

外においてはともかく、船内においては田中さんは常にアリアさんの傍におります。

まぁ、そうでなくとも『ブリュンヒルデ』内の警備体制は厳重ですが・・・。

 

 

「・・・茶々丸」

 

 

その時、フェイトさんが私に話しかけて参りました。

 

 

「はい、何でしょうか」

「・・・話があるのだけど」

 

 

・・・話、ですか。

いったい、どのような・・・と思う反面。

内容がわかっているような気も、致しました。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・我慢、できませんでした。

ザー・・・と蛇口から水が流れて行く様を見つめながら、そんなことを考えてしまいました。

蛇口を締めることもせず、そのまま、流れるに任せます・・・。

 

 

「・・・ふ、ぅ・・・」

 

 

汚れてしまった口元を備え付けの白いタオルで拭うと、私は顔を上げて、化粧台の上部に設置されている鏡を見ました。

・・・いつもより白みを帯びた顔に、どこか不安そうな、弱々しい表情が張り付いています。

 

 

口元にタオルを当てたまま、視線を下に戻せば・・・大半は水で流れてしまいましたが、テオドラ陛下との昼食会で頂いたお料理の一部が、化粧台の隅にこびり付いているのが確認できました。

・・・言っておきますが、別に隠して持ってきて捨てたわけじゃありませんよ・・・。

・・・あ、ダメです、冗談を言っている気力も無いかも・・・。

 

 

「・・・気持ち、悪・・・ぃ・・・」

 

 

昼食で食べた物を戻してしまった後だと言うのに、まだ気分悪いのですけど・・・。

こう言うのって、出してしまえば楽になる物ではなかったのですか。

以前は、そんな感じだったんですけど・・・あ、茶々丸さんが水を飲ませてくれたんでしたっけ。

でも今は、水も欲しく無い気分です。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

何とも言えない脱力感に襲われて、立っているのが辛くなります。

大理石の化粧台に両手をついて、身体から力が抜けるのに任せるように・・・ズルズルと、化粧室の床に膝をついてしまいました。

あ・・・薄桃色のドレスが、汚れてしまうかも・・・なんてことを、ふと考えます。

 

 

ヒタリ・・・と、冷たい大理石の化粧台に額をくっつけていると、少し気持ちが良いです。

ふぅ・・・まいってしまいますよ、これは。

どうしちゃったんでしょう、私の身体・・・。

 

 

「・・・まだ、お仕事が・・・あるのに・・・」

 

 

お仕事は、大事です。

私にしかできないことがあって、皆が私を頼ってくれているのですから・・・。

・・・私が、皆のお役に立たないと・・・。

そうでないと・・・意味が無いから・・・。

 

 

「・・・ぃ、かなく、ちゃ・・・」

 

 

あまり長くここにいると、不審に思われます。

扉の向こうの田中さんは、私が許さない限り誰かに何かを言ったりはしないとは言え・・・。

・・・立たないと。

 

 

ちゃんと立って、何でもない顔をして部屋に行かないと。

行って、お茶を飲んで、少し休んで・・・それから。

それから・・・。

・・・皆に心配をかけないように、笑顔でいないと・・・。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第13回広報:

アーシェ:
はいっ、皆さんこんばんわ!
今回は茶々丸室長も招いての後書きコーナーですよー!

茶々丸:
お久しぶりです、皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
いやー、帝国ウェディング編も何とか終了。
でも大変なのはこれからですよねー。
と言うわけで、今回ご紹介する読者投稿キャラクターは、こちらぁ!


セレーナ・ブレシリア
30代前半の美人女医、栗色のショートボブ、やや垂れ目の青い瞳。
魔法世界人で、人族。

のんびりした性格で、現在は国立オストラ病院の院長を務める。
王室関係者の診察をすることも許されており、女王アリアが過労で発熱した際、何度か王都に呼ばれている。
密かに、女性の体型について女王アリアと盟友関係を築いているとも。
なお、本人は否定している(「陛下は立派なスタイルでおられますので」)。


アーシェ:
最近は、オストラ中を歩いて病人を診て回ってるんだって!


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アフターストーリー第14話「女王、不予」

今回から、水色様・ATSW様・黒鷹様・ライアー様・ひなた螢様ご提案の内容が含まれます。
ご提案、ありがとうございます。
では、どうぞ。
*現実味・生々しい表現があるかもしれません、ご注意ください。


Side 暦

 

ジリリリリ・・・今朝も、目覚ましの音がやかましく響く。

私達、女官(メイド)の朝は早い。

何と言っても、女王陛下(ごしゅじんさま)より早起きでないといけないから・・・。

 

 

「暦、暦・・・起きろ、燃やすぞ(あさだぞ)

「・・・にゃぇ・・・?」

 

 

何かあり得ないような単語が聞こえた気がしたけど、私は誰かに揺さぶられて目を覚ます。

王子様(フェイトさま)が起こしに・・・なんて夢でしかあり得ないようなことは起こらずに、私を揺さぶっているのは、焔だった。

・・・どことなく、機嫌が悪そうにも見える。

 

 

「ふにゃぁ・・・おふぁよ、ほむら・・・今、何時?」

「午前4時55分だ」

「・・・いっけない、準備しないと・・・」

 

 

女王陛下とフェイト様は、6時には起きて女官(メイド)をお呼びになる。

私達は、5時45分には茶々丸さんと一緒に寝室の前で待ってないといけないから・・・。

 

 

「じゃあ、起こしたからな・・・」

 

 

ちなみに焔は夜勤だったから、今から寝るの。

億劫そうに女官服(メイドふく)を脱いで、下着姿のままベッドに潜り込む。

おつかれ、焔・・・っと、起きないと。

 

 

「んっ・・・おはよ、皆!」

 

 

ぐにゃ、と身体を曲げて(豹族だから、柔らかいの!)伸びをして、私は他の3人に声をかけた。

すると、環、栞、調がそれぞれ返事を返してくれる。

 

 

「私はもう洗面を済ませてしまったので、先にフェイト様のコーヒーを淹れる準備をしてきますね」

「調、新しい豆の場所はわかります?」

「大丈夫です、栞」

 

 

どうやら先に起きていたらしい調が、フェイト様の朝のコーヒーの準備をしにフェイトガールズ(公称)の寝室から出て行った。

・・・帝国の結婚式の後、女王陛下がパルティアに立ち寄った時に、調と合流した。

それから、1週間経つけど・・・調は、見つかった自分の部族の生き残りについて、何も言わない。

私達も特には聞かない、それで良いと思うから。

 

 

「環、今朝は竜舎の掃除当番だっけ?」

 

 

尻尾に専用のブラシをかけて毛並みを整えながら、向かいのベッドの上で同じように角の手入れをしている環に声をかける。

環の側には、女官服(メイドふく)の他に大き目の白衣と長手袋があるから、今朝は竜舎の方に行くんだと思う。

 

 

「うん、キカネと待ち合わせてる」

「ん、わかった。じゃあ、今朝は私と調と・・・栞?」

「ええ、そうですわね」

 

 

身だしなみを整えている間に、すでに時間は午前5時30分。

こう言う時、時間って経つの早いよね。

えーと、今日は女王陛下とフェイト様のお部屋、寝室、衣裳部屋のお掃除と、応接間のお掃除と、女王陛下とフェイト様の公務への随行にお給仕・・・今日も忙しいね!

 

 

「あ、おはよう、知紅さん、ユリアさん」

「おはようございます、暦さん」

「・・・おはよう」

 

 

調が戻ってくるのを待って、それから環を送り出して、寝室の鍵を閉めて。

隣の使用人部屋から出てきた水色の髪の侍女(メイド)、ユリアさんと白い髪の和装女官(メイド)、知紅さんといつも通りの時間に集合して。

 

 

宰相府の廊下に、ようやく陽の光が入ってきた時間・・・よし!

今日も一日、頑張るぞ!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

今日も一日、頑張りましょう・・・。

・・・とは言えここ数日、朝、起きるのが辛いです。

何か、凄く眠くて・・・身体がダルいです・・・。

 

 

「・・・アリア」

「大丈夫です・・・」

 

 

無表情に心配そうな顔をするフェイトに、「大丈夫」と答えます。

ここ数日、何度と無く繰り返されていることで・・・フェイトとのおはようのキスもそこそこに、私はベッド脇の銀の鈴を鳴らして、茶々丸さん達を呼びます。

 

 

「おはようございます、アリアさん」

「「おはようございます、女王陛下、夫君殿下」」

「「「おはようございます、女王陛下、フェイト様」」」

「・・・うん、おはよう」

「おはようございます・・・」

 

 

それから、フェイトは暦さん達に連れられて出て行くのを見届けて、私自身は茶々丸さん、ユリアさん、知紅さんの3人がかりで着替えさせられます。

特に動かなくても着替えられるこのシステムが、今は少しありがたいです・・・。

 

 

「今朝は、ご入浴されますか?」

「いえ、結構です」

「・・・かしこまりました」

 

 

いつもは朝の入浴をしてから身だしなみを整えるのですが、今朝はそんな気分ではありません。

茶々丸さんは少し訝しそうな顔をしましたが、特に何も言わずに黙々と私の身支度を整えていきます。

ブラシ、手鏡、リリアの櫛が並べられた鏡台の前で髪を整え、金色の蓋付きのガラスの小箱の中に収められたわずかばかりの化粧品で、軽くお化粧を施してくれます。

・・・これで、少しは顔色も良く見えることでしょう。

 

 

さらにネグリジェと昨夜の下着を脱がされ、午前中に着用する薄桃色の簡素なドレスに着替えさせられます。

執務の際は、見栄えよりも簡素さの方を重視しますので。

・・・まぁ、それでも十分に手の込んだ装飾や意匠が加えられているのですが。

 

 

「お待たせしました、フェイト」

「・・・いや」

 

 

その後、王室専用の小さな食堂でフェイトと再会します。

フェイトはいつも私よりも早く身支度を終えるので、いつも待たせてしまうのですが・・・。

それから、朝食です。

 

 

フェイトはコーヒー、私はお紅茶。

フェイトは普段は栞さんにコーヒーを淹れさせますが、たまに自分で淹れます。

今日は、自分で淹れる日だったようです。

食前も食後もブラック、お紅茶よりも強い香りが食堂に広がります。

茶々丸さんが朝食を並べて、調さんがお紅茶のポッドとカップを乗せたトレイを置いて退出した後は、フェイトと2人きりの朝食です。

今朝は簡素に、オートミール、シリアル、ベーコンエッグ、ソーセージにトースト、付属でオレンジジュース、ヨーグルト・・・。

 

 

「いただきます・・・」

 

 

・・・食べられるでしょうか。

でも、ちゃんと食べないと皆に心配されます。

 

 

「・・・アリア」

「とても、美味しそうですね」

「・・・そう」

 

 

・・・ほら。

無表情に心配するフェイトに、私は久しぶりに自然に微笑むことができた気がします。

・・・いただきます。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・アリアは、明らかに体調を崩している。

特にここ数日、起きる時と眠る時、アリアは酷く辛そうな顔をする。

そして今朝も、朝食を半分以上残していた。

 

 

アリア自身は、「少しダイエットを」とか何とか言っていたけど・・・。

ダイエットが必要無いことは、僕が手ずから確認している。

 

 

「おはようございます、アリア様。ご機嫌麗しゅうございましょうか?」

「まぁまぁです、クルトおじ様」

 

 

朝の御前閣議と軍事担当者からの機密情報・国際情勢の説明を受けた後は、アリアは午前の執務に入る。

午前9時に始まる執務の最初は、クルト・ゲーデルが持ち込む銀のトレイから始まる。

それは宮内省から回されてきた、国民からのアリアへの手紙だ。

宮内省に届けられる手紙は一日に500~1000通、その中から宮内尚書が選んだ10通が、毎朝アリアの下に届けられる。

残りの手紙は、行政に関わる質問が書かれれば行政担当者、などのように、それぞれの担当者に届けられる。ちなみに、女性が返事を書くことが定められている。

 

 

アリアは法案などの書類の決裁を始める前に、その10通の手紙に目を通すことにしている。

そして稀に、自分で返事を書くこともある。

今日はその日だったようで、赤い王室の紋章が入った白い便箋を使って2通ほど返事を書いていた(後で聞いた所、以前に訪問した孤児院の子供からの手紙と養老院援助の嘆願書だった)。

その際には決裁用のガラスペンでは無く、苺の花の意匠が刻まれた職人ガンダルの万年筆で返事を書くのが、アリアの習慣だ。

 

 

「それでは、本日もお願い致します」

「良きように」

 

 

そしてその後、本格的な午前の執務が始まる。

今日は軍人・官僚の訪問予定は無いから、実質的に書類の決裁に集中できる。

恭しく傅くクルト・ゲーデルの両脇から、2人の宰相府の職員が黒と赤の小箱をそれぞれアリアの前に置く。赤は外交に関する文書、黒は内政に関する文書が収められている。

これは今日の最低の分量であって、途中、急送されてくる書類は含まれていない。

 

 

「・・・フェイト、お願いします」

「うん」

 

 

クルト・ゲーデルらが下がった後、ようやく僕の仕事が始まる。

アリアが黒箱の一番上の書類を手に取り、処理を始める。

 

 

その間に僕は残りの全ての書類を自分の執務卓に持って行き、全ての書類に目を通して優先順位を振り、整理して行く。

ファイルを綴じ、必要なら寸評を書いたメモも添える・・・僕に与えられた非公式な個人秘書としての仕事は、アリアの仕事の負担を効率面で支えることだと考えているから。

ちら・・・とアリアの顔を窺えば、仕事をしている時はとても元気なように見える・・・。

 

 

「・・・」

 

 

仕事の際のアリアは、常に真剣な表情を浮かべている。

寝室で見せるような少女の一面は、ここではほとんど見れない。

彼女の立場からすれば、当然のことだろう。

事実、彼女は多忙だ・・・午前の執務の時間だけでも、内閣で承認された法案や条約批准書など40の文書に目を通し、サインしなければならない。

 

 

こう言う物は、条文の一部だけが変わっただけでも新しく公布しなければいけないから。

そしてその一つ一つに、僕も目を通す。

・・・王国地方自治基本法、公害防止特別法、改正戦傷病者給付金法、改正船舶入港基準法、改正雇用基準法、改正鉱業許可法、改正外国租税法、改正スポーツ助成法、改正出産助成法、改正旧公国戦役戦災孤児救済法、ウェスペルタティア・トリスタン犯罪者引渡し条約、ウェスペルタティア・タンタルス租税条約改正議定書、ウェスペルタティア・テンペ脱税防止情報交換協定・・・。

 

 

「・・・フェイト、次をお願いします」

「・・・わかった」

 

 

そんなアリアが今日、最初に署名して御璽を押印したのは。

・・・「貴族院議会選挙・統一地方選挙公示に関する詔書」だった。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリアさんは午前の執務を終えられた後は、速やかに昼食に入られます。

本日のメニューはラム肉のソテーとチーズ、メロン、デザートのシャーベットとリンゴのメレンゲ。

そして今日は珍しく、ナギ様とアリカ様も同席されております。

 

 

公務の都合上、昼食は別々に取られることが多いのですが、稀にご一緒になることがあります。

ここにマスターが混ざると、非常に賑やかで楽しいお食事になります。

もちろん、マスター不在でも楽しい時間をお過ごしになられますが。

ですが・・・。

 

 

「・・・む、どうしたのじゃアリア、もう食べぬのか?」

「ちゃんと食べねーと、背ぇ伸びねーぞぉ?」

 

 

アリカ様がまだメインディッシュを召し上がられている間に、アリアさんはデザートまで済ませておしまいになりました。

ちなみに、ナギ様は3回目のおかわりをされた所です。

・・・ただ、半分以上残されております。

特にメインのラム肉のソテーに関しては一口二口、手をつけられただけで・・・。

 

 

「・・・いえ、もう十分に頂きましたから」

 

 

ナプキンで口元を拭いながら、アリアさんはそう言いました。

いつもはナギ様やアリカ様がご一緒の時は、優しいお顔をされるのですが・・・今は、特に表情を浮かべてはおられず、お澄まししているようなお顔です。

 

 

「これ、アリア。あー・・・食事を残すのは良く無いぞ」

「・・・ダイエット中な物で」

「あん? それ以上、細くなってどうすんだよ。なぁ?」

「・・・そうだね」

 

 

嗜めるアリカ様に、呆れるナギ様、同意するフェイトさん。

・・・しかしアリカ様に嗜められるまでも無く、アリアさんは食事を残されるような方ではありません。

ですがここ数日、良く残されます・・・ダイエットにしては、急激な気も。

そして、食される部分に若干の類似性が・・・。

 

 

「では、失礼致します」

「あ、これ、アリア!」

 

 

アリカ様の制止も聞かず、さらにはフェイトさんも置いて・・・。

アリアさんは、どこか足早に食堂から出て行かれました。

 

 

「・・・茶々丸、あの子から目を離さずにおいてくれぬか」

「・・・はい」

 

 

アリカ様はナイフとフォークを置き、口元をナプキンで拭いながらそう申されました。

それに対し、私も神妙な気持ちで頷きます。

 

 

「・・・あの子は、同席者がまだ食べておるのに席を立つような子では無い」

「・・・はい」

 

 

そしてそれ以上に、アリアさんがアリカ様やナギ様をおいて食堂から出て行くなど、あり得ないことです。

何か、席を立たなければならないような事情があったのだと思います。

 

 

「フェイトさん・・・」

「・・・うん」

 

 

これは、以前フェイトさんがお話した通り・・・。

アリアさんの意に反してでも、アリアさんを医師に診せる必要があります。

 

 

 

 

 

Side 調

 

フェイト様と女王陛下の午後の予定は、新任の龍山大使の引見があります。

それと、旧オスティアの浮き島の一つの復興完了記念式典へ出席された後、午後の執務。

それぞれ別の衣装で行われるため、お付きの女官(メイド)も忙しいのです。

 

 

「フェイト様、遅いわね・・・そろそろ着替えないと時間なのに」

「ご昼食が、長引いておられるのかもしれませんわね」

 

 

暦と栞がフェイト様の衣装の用意を進めながら、首を傾げています。

けれど、確かに時間が・・・。

 

 

「私、食堂までお迎えに上がってきます」

「え? だったら私が―――」

「行ってきます!」

 

 

暦の返事を待たずに、私はフェイト様の衣裳部屋から飛び出しました。

フェイト様にお会いしたいと言う気持ちは、もちろんあります。

でも、今は・・・何かと動いていたい。

 

 

タタタッ・・・と宰相府の廊下を駆けながら、それでも私の頭の片隅には、パルティアで再会した一族のことが浮かんでいます。

・・・貧困と重労働と暴行で痩せこけた身体、生気の無い瞳・・・。

・・・奴隷。

 

 

「・・・一族の、復興」

 

 

今は皆、パルティア政府軍の運営する病院に入院しています。

私達の集落は、もうありません。

土地も、お金も、何も・・・ありません。

でもいつか・・・きっと復興できると、信じています。

まずは心と身体を癒して・・・それから。

 

 

そこから、生き残った部族73名の復興が始まると信じて。

今は・・・仕送りのために、頑張って働かなくては。

 

 

「あ・・・ユリアさん、知紅さん」

「あら、調さん」

 

 

いくらか進まない内に、女官(メイド)仲間の2人と鉢合わせます。

2人の後ろには、逞しい身体付きの田中さん。

 

 

「オ疲レ様デス」

「はい・・・何をしているんですか?」

「女王陛下をお待ちしている」

 

 

和装女官の知紅さんの声に視線を巡らせれば、それは宰相府にいくつか所在する王室専用の化粧室で。

・・・ああ、待っているとはそう言うことですか。

 

 

「フェイト様は・・・?」

「まだ、食堂では無いでしょうか?」

「食堂・・・」

 

 

ユリアさんの返答に、少し首を傾げます。

女王陛下の傍には、常にフェイト様がいるものだとばかり・・・少し意外です。

 

 

「・・・お待たせしました」

 

 

とその時、口元をハンカチで押さえた女王陛下が化粧室の中から出てきました。

・・・あれ、何か、いつもよりお顔が白いような。

と言うか、どうしてハンカチ・・・?

 

 

「・・・あら、調さん。もう時間ですか?」

「は、はいっ、女王陛下・・・!」

 

 

声をかけられて、慌てて頭を下げます。

事実して、予定の時間でしたし・・・私の部族の所在を知らせてくれたのは、女王陛下です。

フェイト様が気を遣ってくださったことが主因ですが、女王陛下のはからいが無ければ再会できなかったのも事実です。

 

 

女王陛下は小さく微笑むと、そのまま近くの衣裳部屋に向かって歩き始めました。

ガションガションと田中さんがついていくのを見つめながら・・・。

 

 

「・・・あ、フェイト様を・・・!」

 

 

・・・私は、王室専用食堂を目指して駆け出しました。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

何だかますますもって、身体が重くなってきた気がします。

やっぱり、ちゃんと食べないからでしょうか・・・。

・・・でも、食べると戻してしまうので・・・。

 

 

メロンとシャーベットは、何とか食べれましたけど・・・すぐに戻してしまいました。

もちろん、誰にも気取られずに化粧室を出ましたが。

でも、さらに酷くなると、ちょっと・・・。

 

 

「お待たせいたしました、アリアさん」

 

 

私がユリアさんに髪を持ち上げられて、知紅さんに午前のドレスを脱がせてもらっていると、パタパタと慌てた足取りで茶々丸さんが衣裳部屋にやってきました。

どうやら、昼食の後片付けは済んだようです。

 

 

「すみません、茶々丸さん。食事の途中で席を立って・・・」

「いえ、お気になさらず」

「お母様達は、ご気分を害したりとかは・・・」

「そちらも大丈夫です。気にされた様子はございませんでした」

 

 

本当は最後まで座っていたかったのですが、急に胸がムカムカして・・・。

お母様達が気にされていないと言う茶々丸さんの言葉に、少しホッとします。

でも後でちゃんと、お詫び申し上げないと・・・。

 

 

「陛下、御手をお上げ頂きますよう」

「はい」

 

 

着替えで立ち続けるのも、少し疲れますが・・・。

スル・・・と知紅さんが上の下着を脱がせてくれるのと同時に、茶々丸さんが素早く新しい物を当ててくれます。

下も同じように―――茶々丸さんが、脱いだ私の衣服をどうしてかチェックしておりましたが―――代えて、それから引見用の新しい別のドレスに着替えさせられます。

こちらは、見栄えを優先した造りのアフタヌーンドレスです。

 

 

「・・・アリアさん、少しお話したいことが・・・」

「ごめんなさい、茶々丸さん。少し時間が押していて・・・」

 

 

化粧室で「手間取った」ので、時間が押しています。

13時から、宰相府の謁見の間で龍山連合の新任大使の引見をせねばならないのです。

ですから、ちょっと時間が・・・。

その時、コンコン、と衣裳部屋の扉がノックされたので、手の空いた知紅さんが扉越しに応対します。

それから、恭しく戻ってきて。

 

 

「陛下、外務尚書閣下、宮内尚書閣下、侍従長が到着したとのことです」

「わかりました。茶々丸さん、急ぎでお願いします」

「・・・かしこまりました」

 

 

ごめんなさい、茶々丸さん。

後でちゃんと、聞きますから・・・。

・・・仕事をしてる時は、少し気分が良くなるような気がします。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

とりあえず、何かあった時のための準備だけはしておこう、と言う話で落ち着いた。

ただ、僕を含めて皆が何かと忙しいから、結局はアリア自身に気を付けてもらうしかない。

病気になったからと言って休めるような職業じゃないからね、王族と言うのは。

 

 

「麗しの女王陛下のご尊顔を拝し奉り、誠に恐悦至極に存じます」

「・・・遠路はるばる、大義でした」

「ありがたき幸せにございまする」

 

 

宰相府の謁見の間・・・「夏の間」と呼ばれる部屋は、5年・・・いや、6年前に旧連合軍の迎撃策や『リライト』阻止の方策を考えたこともある部屋だ。

会議用の机などが無いこと、数段高い位置に設えられている玉座の隣に僕の椅子が置かれていることを除けば、当時と何も変わらない。

 

 

そして今この部屋にいるのは、数名の近衛騎士団を除けば・・・まず、僕とアリア。

それから、外務尚書のテオドシウス公爵に、宮内尚書のアンバーサ大司教、そして魔法世界の北の辺境国、龍山連合から来た新任の駐在大使。

それから、女官長の茶々丸と・・・侍従長。

侍従長は新任で・・・名前は、クママ。

3日前に就任したばかりで、熊族の亜人・・・と言うか、アリアお抱えの拳闘団から召し上げられた、6年前の戦いでも功績のあった、あのクママだ。

 

 

「私はこの度、国の代表たる龍山連合代表主席から選ばれ、こうして陛下の御前に参上致しました次第にございまする。ここに前任者の解任状と、私の信任状をお渡し致します」

 

 

龍山連合の新任大使はそう言うと、跪いたまま玉座の階段の下まで進み、アリアに信任状を捧呈する。

そこには要するに、龍山連合の元首たるアリアに、王国との友好親善増進のために大使を派遣したことが書いてある。

大使は人格も能力も優れていて全幅の信頼が置ける・・・云々、とかね。

アリアは玉座から立つと、大使が捧げる信任状を受け取り、傍で控えているテオドシウス外務尚書に手渡した。

 

 

「・・・我が国は初めてですか? 滞在中にウェスペルタティアを周って、我が国との友好を深めてくださいね」

「は、ははぁー・・・!」

 

 

白地に赤い花の装飾とルビーをあしらったドレスを着たアリアに、分厚い生地の礼装を着た龍山人が、跪いたまま深く頭を垂れた。

・・・アリアは龍山連合の元首でもあるし、魔法世界を救った女王でもある。

治世下での戦争は全て勝利し、技術革新をもたらし・・・一部の人間には半神扱いされるけど。

 

 

「陛下もぜひ一度、我が国にお越しくださいますよぅ・・・」

 

 

・・・隣に座るアリアは、大使の引見の間はにこやかに笑っていたけれど。

京扇子で巧みに隠しているようだけど、僕の位置からは額に少しだけ汗が滲んでいるようのが見える。

衣装が重くて厚みがあるから、熱がこもってる可能性もあるけど・・・。

 

 

「・・・アリア」

「何ですか、フェイト?」

 

 

引見を終えて奥に引っ込んだ際に、声をかける。

この次は、宰相府の外・・・旧オスティアでの式典だけど。

 

 

「・・・大丈夫かい?」

「・・・大丈夫に、決まってるじゃないですか」

 

 

変なフェイトですね、と言って、アリアは小さく微笑んだ。

その表情に、核がかすかに震えた気がした。

・・・こう言うのを嫌な予感と、言うのだろうか。

 

 

後ろに随行している茶々丸―――クママと何事か話していた―――と、軽く視線を合わせる。

・・・軽く頷き合って、前を向いた。

アリアは・・・いつもより、歩くのが遅かった。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

旧オスティアの復興も、だいぶ進んできたな。

今日の式典で復興完了が宣言されるのは、旧オスティアの第18島区画だ。

開通のテープカットが済めば、元オスティア難民を含めた577名が入島し、それぞれ定められた住居に住むようになる。

 

 

・・・口で言うのは簡単だが、実はかなり大変だった。

何せオスティア崩落時点の難民の財産をどこまで補償するか、どこに土地を確保するか、その他にもいろいろとクソ面倒くさいことがあってだな・・・。

クルト・ゲーデルが戸籍やら財産登録やらの資料を保管していなければ、さらに5年はかかっていただろうが・・・。

・・・忘れた頃に手柄を立てるから、アイツはいやらしいんだよ。

 

 

「・・・と言うわけで、改めて言わせて頂きます。皆さん、お帰りなさい、オスティアは貴方達を歓迎致します」

 

 

・・・と、考えてる間にアリアの挨拶が終わったな。

まったく誰が考えてるかは知らんが、長いスピーチだったな・・・。

今日は5月にしては日差しが強いし、手早く済ませれば良いだろうに、これも形式か?

 

 

この島に住むことになる577人の島人が盛大な拍手と共に、アリアは島の港から居住区へと続く道の中間で、赤いリボンを切った。

いわゆる、テープカットという奴だな。

その後、手続きの済んだ住民から島内に入る。

・・・大きな荷物を抱えた島民が、ゾロゾロと動く様はいつ見ても壮観だな。

 

 

「女王陛下、ありがとうございます!」

「生きてる間に、また島に戻れるなんて・・・!」

「いえ・・・今まで、お待たせして・・・申し訳無いくらいです」

 

 

全員では無いが、白地に青の花の彩られた涼しげなドレスを着たアリアが、島人一人一人と握手し、声をかける。

まだ全住民が帰島できたわけでは無く、全体の3割程でしか無い。

だが・・・それでも、確かに前進している。

 

 

「激写ですよー!」

 

 

民間の報道陣と一緒になって、アーシェの奴がそれをカメラに収めていく。

ま、これも必要なことなのだろうさ。

 

 

2時間程の式典が終わった後は、私は後片付けだ。

アリアは若造(フェイト)と一緒に宰相府に戻って、執務だろ。

来年には王宮も完成する、そうすれば・・・。

 

 

「エヴァさん、お疲れ様です」

「おお、何だか久しぶりだな、アリア」

 

 

式典終了後、港の移動用鯨の前でアリアが声をかけてきた。

正直、1週間ぶりかな・・・アリアが帝国・パルティア・アキダリアを訪問している間、私は今回の式典の準備で忙しかったからな。

朝と昼は仕事、夜は・・・若造(フェイト)との時間の邪魔をしてはいかんことになってるしな・・・。

 

 

「元気だったか? と言うか、少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食事は取ってるのか・・・?」

「ええ、大丈夫です」

「ふん・・・?」

 

 

・・・何だ、先週に別れた時と少し雰囲気が違うな。

まぁ、気のせいか・・・?

 

 

「よぉ、若造(フェイト)、久しぶりだな」

「・・・そうだな」

 

 

アリアの後ろには、当然のように若造(フェイト)がいるわけだが・・・。

コイツも、何か変だな。

アリアから目を離さないのは、いつものことか。

 

 

「マスター・・・」

「おぅ、茶々丸か。お前も・・・」

 

 

・・・?

茶々丸も、何か変だ。

何か言いたそうにしているが、言って良い物かどうか迷っている。

そんな様子だった。

フェイトと同じように、アリアを心配そうな顔で見つめている。

 

 

・・・改めて、アリアを見る。

すると白磁の肌は、いつもより不自然に白い気がして・・・。

小さな微笑は、いつもより力が無い気が・・・。

 

 

「アリア、お前・・・」

「はい、何で、しょ・・・っ」

 

 

移動用の鯨に乗ろうとしたのか知らんが、アリアが転んだ。

スカートの裾を踏んだのか声をかけられて驚いたのか、石に躓いたのかは知らん。

とにかく、転んで・・・私に抱きつくような形で、転ぶのを防いだ。

場違いだが、久しぶりの抱擁に、少し嬉しくなる。

だがアレだ、遠ざけているとは言え報道陣もいるからな、さっさと離れんと。

 

 

「はは、ドンくさい奴だな。お前は・・・・・・アリア?」

 

 

ぽんぽん、と背中を叩いても、アリアは返事を返さなかった。

いや、それどころか・・・ぐったりと、私に寄りかかって来ていて。

 

 

「・・・アリア?」

 

 

ぐ・・・とアリアの身体を押すと、アリアはそのまま地面に両膝をついてしまう。

カーペットが敷いてあるとは言え・・・ちょ・・・どうした!?

アリアは胸を押さえていて・・・額には、汗が滲んでいる。

・・・オイオイオイオイ!?

 

 

「アリア! っく・・・オイ!」

 

 

口元を押さえて、そのまま蹲ろうとするアリアを、私は必死に支える。

衣服越しに伝わるアリアの身体は、何となく熱かった。

その頃には、若造(フェイト)や茶々丸も傍に駆け寄ってきている。

 

 

「いっ・・・!」

 

 

反射的に、叫んだ。

 

 

「医者を呼べえええぇぇ―――――――っっ!!」

 

 

私の声が、島に響き渡った・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「・・・大丈夫ですか? のどかさん・・・」

「はい、ネギせんせーが傍にいてくれるなら・・・」

「・・・そうですか」

 

 

気分が悪くなったのどかさんをソファの上に寝かせて、額に濡らしたタオルを置く。

そうすると、ひんやりとして気持ちが良いのか、のどかさんが目を細める。

タオルの上に置かれた僕の手に自分の手を重ねて、幸せそうに笑ってくれる。

 

 

・・・それを見て、僕は少し安心する。

ここの所、のどかさんはまるで生気が抜けたみたいに倒れることがあって。

とても、心配だったから。

しかも、その原因が・・・。

 

 

「・・・3ヶ月、でしたっけ」

「はい・・・」

 

 

僕が尋ねると、のどかさんは可愛らしく頬を染めて、笑った。

のどかさんの視線に合わせて、視線を下げれば・・・のどかさんのお腹に、行き当たる。

今はまだ、目立たないけど・・・。

のどかさんのお腹の中には、僕の子供が宿っているって、のどかさんが言っていた。

 

 

『ネギせんせーが好きです。中学生の頃から、そして今も・・・ずっとずっと、大好きです』

 

 

そう、のどかさんに言われたのは・・・もう4ヶ月以上前のこと。

僕が、のどかさんを旧世界に無事に戻せないか考えていた時だった。

のどかさんは、以前の・・・修学旅行の時と変わらない目で、僕を好きだと言ってくれた。

嬉しかった。

それは、嬉しかった。

同時に、申し訳なくて・・・優しく僕を抱きしめてくれるのどかさんの気持ちが、嬉しくて。

 

 

一晩だけ、同じベッドで眠った。

 

 

結果・・・先月になって、子供が宿ったことを告げられた。

最初はどうすれば良いのか、わからなかったけど・・・宰相府がお医者さんを回してくれて。

それに、のどかさんは辛い時は辛いって言ってくれるから、こうして僕も手伝えてる。

 

 

「そうだ、気分転換にテレビでも見ますか?」

「はい、ネギせんせー・・・」

 

 

のどかさんが小さく頷くのを見て、僕はテレビをつけた。

こう言うのは、旧世界と変わらないんだよね。

すると・・・緊急ニュース?

テロップが流れていて・・・。

 

 

『女王陛下、不予』

 

 

・・・え?

 

 

『本日午後15時15分、旧オスティア第18島区画の復興記念式典直後、女王陛下不予のニュースが全土を駆け巡りましたが・・・』

『はい、現場からです。女王陛下は式典直後、周囲と少し歓談され・・・マクダウェル工部尚書に抱きかかえられるように・・・』

『女王陛下は過去にも、ご過労による発熱で病臥されており・・・』

 

 

女王陛下、不予って・・・アリア!?

アリアが、倒れた・・・・・・痛っ・・・?

 

 

「のどかさん・・・?」

 

 

のどかさんの額に乗せていた手に、のどかさんが少し爪を立てていた。

・・・少し、痛かったけど。

それより・・・のどかさんが・・・。

 

 

「・・・心配ですね、アリア先生・・・」

「・・・ええ」

 

 

僕は、のどかさんの言葉に頷くしか無かったけど。

アリア・・・また、過労かな。

どうなんだろう・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「アリアが不予とは、誠か!」

 

 

私が午後の公務―――新オスティア国際文化展覧会への出席―――を終えて宰相府に戻ったのは、午後17時10分のことじゃ。

2時間前に第一報を聞いた際には、いてもたってもおられなんだが。

それでも、公務を放棄するわけにはいかなかった。

もっとも、ナギがおらねば中途で席を立ったやもしれぬが・・・。

 

 

じゃが、アリアが不予!

すなわち、病臥したのじゃ・・・やはり、昼の内に侍医に見せておくべきじゃった。

後悔の念を抱きつつ、侍従や女官の作る列の間を駆け抜けるように、アリアの寝室へ向かう。

 

 

「アリアの・・・陛下の容態はどうなのじゃ、わからんのか!」

「まーまー、落ち着けよ。皆、ビビってんじゃねーか」

「そうですよアリカ様、まずは落ち着いてくださいな」

「何を悠長な・・・誰じゃ?」

 

 

こんな時にも悠長に落ち着いておるナギに軽く苛立ったが、その際に見覚えのある顔に声をかけられた。

私達の前に立ちはだかるようにして立つその者は、何と言うか・・・クマの着ぐるみのような亜人じゃった。

うむ、やはりどこかで見たような・・・。

 

 

「クママと申します。今日から本格的に侍従長として働かせて頂いてますんで、どうぞよろしく」

「う、うむ・・・?」

 

 

な、何ぞ良くわからんが・・・今は、それよりもじゃ!

 

 

陛下(アリア)の容態は、どうなのじゃ!?」

「はいはい、ご案内しますよ・・・ほらアンタ達、ボサッとしてないで働くんだよ!」

 

 

周囲の侍従や女官達を追い散らしながら、クママが私達を先導する。

身体が大きいためか、ズンズン進んでくれる。

物の数分もしない内に、アリアの寝室に到着すると・・・。

 

 

「クルト、婿殿(フェイト)!」

「ああ、これはこれはアリカ様」

「・・・遅かったね」

「はい、ナギ様もここでお待ちくださいね!」

「は、何でだよ?」

 

 

アリアの寝室の前には、クルトや婿殿を始めとする男性の侍従や職員がおった。

そしてその中に、クママによってナギが加わった。

どうやら、男性は入れぬように配慮されておるらしい。

 

 

「では、アリカ様はどうぞ中へ」

「う、うむ・・・」

 

 

いざとなると、足が震える。

何ぞ、重大な病であったらばどうすれば・・・。

・・・い、いや、私がそのような弱気でどうするのか。

病臥したアリアの方が、何倍も苦しく不安じゃろうに・・・。

 

 

アリアの寝室に入るのは、考えてみれば久しぶりじゃった。

白を基調とした調度品が品良く並べられた寝室の中央には、ドレープで飾られた天蓋付きのベッドがある。

白いシーツが綺麗に敷かれたキングサイズのベッドの上には・・・。

 

 

「・・・アリア・・・」

 

 

知らず、声が震える。

そこには薄い色のネグリジェの袖を捲られ、点滴を受けておる娘がおった。

傍には茶々丸を含めた数名の女官が立っており・・・ベッド脇のスツールには、侍医と思しき黒い巻き毛の女性がアリアの衣服をはだけて、診察をしておるようじゃった。

そして部屋の隅には、エヴァンジェリン殿が膝を抱えるように椅子に座っておる。

 

 

「の・・・のぅ、先生。陛下は・・・娘は、大丈夫じゃろうか・・・?」

「ん~・・・?」

 

 

私が声をかけると、先生はアリアの脈を見つつ、眉根を寄せつつ首を傾げておった。

・・・わ、悪いのじゃろうか。

 

 

「いえ、危なかったことには・・・違い無いのですが」

 

 

黒い巻き毛のショートカットの髪に、金混じりの碧色の瞳。

童顔なのか、随分と若く見える。

先生はアリアから手を離して点滴の様子を確認すると、立ち上がってこちらを向いた。

 

 

「・・・えー、王室侍医のダフネ・B・シュレーディンガーです。ご説明させて頂きますけど・・・」

「う、うむ」

「ど、どうなんだ? 危ないとは、どう危ない?」

 

 

エヴァンジェリン殿が、心の底から心配そうにしておった。

どこか不安そうで、泣きそうでもある。

私も、似たようなものじゃろうか・・・。

しかし一方のダフネ医師は、どこか当惑しておる印象じゃった。

 

 

「えーと、まず、陛下がお倒れになった原因は、ご病気では無く・・・脱水症状のためです」

「・・・脱水症状じゃと? で、では病気では無いのか?」

「はい、その通りで・・・一応、点滴で補給させて頂いておりますが・・・」

 

 

病気では無い。

その言葉に、場の空気が弛緩するのを感じた。

私も、胸を撫で下ろす。

しかし、脱水症状とは・・・。

 

 

「あー・・・それと、念のためにお尋ね申し上げたいんですが」

「な、何であろう?」

「その・・・」

 

 

ダフネ医師は周囲をキョロキョロと妙に可愛らしい動作で見渡した後、屈託無く首を傾げて、問うてきた。

そしてそれは、私にとっては予測の斜め上で・・・。

 

 

「女王陛下の最後の・・・・・・は、いつでしょうか・・・?」

 

 

・・・な、に・・・?

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

・・・本当に、迂闊でありました。

もっと早く、もっと強く、進言しておくべきであったと後悔しております。

可能性には行き着いておりましたが、しかし・・・。

 

 

「・・・ん・・・?」

「おお、アリア。気分はどうじゃ・・・?」

「な、何か欲しい物は無いか?」

 

 

ダフネ医師の診察から約2時間後、19時を過ぎた頃に、アリアさんは目を覚まされました。

日中に比べて、幾分かすっきりしたお顔をされている気が致します。

点滴で水分と栄養を補給されたためでしょうか。

だとしたら・・・一安心です。

 

 

そんなアリアさんは、自分の傍にいるマスターとアリカ様のお顔を見ると、不思議そうな表情を浮かべられました。

アリアさんが目を覚まされたことで、侍女の何人かが慌しく外へと出て行きます。

 

 

「私・・・?」

「式典の後、倒れたんだ。気分はどうだ・・・?」

「・・・エヴァさん。そうだ、私・・・っ、お仕事がまだ・・・!」

「こ、これ! まだ無理に起きようとしてはならぬ!」

「でも、お母様・・・私、午後の執務がまだ・・・!」

 

 

何やら、アリアさんとマスターとアリカ様が揉め始めました。

ベッドから身を起こそうとするアリアさんを、2人がかりで止めておられます。

 

 

「書類の決裁は、私の署名と印が無いと・・・」

「ならぬと言うに!」

「体調が芳しくない時は、ちゃんと休め!」

「・・・私には、女王としての責務があるんです・・・!」

 

 

・・・アリアさんが決済する書類には、国家の運営上重要な物が数多く含まれております。

なので、少々の風邪や疲れで休むことはできないのです。

他の用事を理由に遅らせることも、許されません。

それが、国家元首という職業なのです。

ですが・・・。

 

 

「誰か・・・クルトおじ様はおりますか!」

『・・・は、扉の向こうに控えております、陛下』

 

 

半身を起こして、ベッド脇の通信装置で音声だけ外に届けます。

すると当然、呼ばれた方が出てこられるわけですが。

 

 

「すぐに・・・書類箱を持ってきてください」

『はぁ・・・しか「ならぬぞ、クルト!」し・・・アリカ様? いったいどう「持ってきてください!」し・・・・・・』

「クルト!!」

「おじ様!!」

『・・・このクルト、困惑の極み・・・!』

 

 

直後、マスターによって通信は切られます。

・・・おそらく、クルト宰相の困惑は放置です。

 

 

「お母様、何を「ならぬ!!」・・・っ」

「今は・・・ならぬ」

 

 

アリカ様に怒鳴られて―――記憶する限り、初めてのことです―――アリアさんが、身を竦めました。

・・・巻き添えで、マスターまでびっくりしておいでですが。

 

 

「・・・大きな声を出して、すまぬ。じゃがのアリア・・・今夜は休むのじゃ、本当に危なかったのじゃぞ・・・?」

「・・・」

「国のため、民のため・・・尽くしてくれるのは本当に嬉しい、誇りに思う。私にはできなんだことじゃ・・・じゃが、それでものぅ」

 

 

アリカ様は優しげに微笑まれると、膝の上のシーツを固く握り締めておられるアリアさんの手に、ご自分の手を重ねられました。

それから、そのままアリアさんの手を・・・。

 

 

「それでも・・・もう、主(ぬし)一人の身体では無いのじゃ・・・自愛せよ」

 

 

・・・アリアさんの下腹部に、持って行きました。

アリアさんは、とっさには何のことか、わからなかった様子ですが・・・。

 

 

「・・・良いか、アリア。落ち着いて聞くのじゃぞ」

「え・・・」

「主はの・・・」

 

 

続けて発せられた「その言葉」に。

アリアさんは・・・色違いの瞳を、大きく見開かれました。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「主は、子を身籠っておる」

 

 

・・・お母様に言われた言葉の意味が、とっさにはわかりませんでした。

お腹に置かれた私の手には、お母様の手が重ねられたままです。

視線を上げれば、お母様の隣でエヴァさんが神妙な顔をしています。

 

 

「と、とにかく、安静にしてろ、な?」

「マスターの申される通りです」

 

 

宥めるようなエヴァさんの声に、茶々丸さんが合わせてきます。

安静に・・・って、そんなの。

 

 

「初期は特に大事じゃと、ダフネ医師・・・侍医も申しておった」

「5週・・・2ヶ月目で。気を付けないと、その・・・難しいことになりやすい時期だそうだ」

「・・・でも・・・」

 

 

・・・2ヶ月。

でも、それじゃ・・・お仕事は?

 

 

「当面は、公務も最小限にして・・・大丈夫じゃ、子を成すのも王の立派な務めぞ」

 

 

そんなこと、言ったって・・・。

私にしかできないお仕事が、たくさんあるのに。

それができなくなるなんて・・・そんな。

 

 

「・・・ぃ・・・」

「アリア・・・」

「嫌です・・・」

「・・・アリア、お前なぁ」

「だって、だっ・・・・・・ぅ」

 

 

急に、胸が焼けるような、そんなムカつきが込み上げてきます。

最近、より頻繁に起こるように・・・。

 

 

「ああ、もう・・・だから申したに。侍医を呼ぶのじゃ」

「かしこまりました」

「・・・う、ぅ・・・・」

「アリア、大丈夫か・・・?」

 

 

エヴァさんが、背中を撫でてくれます。

それはいつもなら、凄く安心するのに・・・今は、涙が出そうなくらい、怖い・・・。

怖いです・・・身体が思うように動かなくなるのが。

お仕事が減って・・・そのまま必要とされなくなったらと思うと、怖いです。

 

 

それに、私が。

私が、子供を・・・赤ちゃんを?

私が・・・私なんかが、お母さんになるなんて。

怖くないわけ、無いじゃないですか・・・!

 

 

「わ、私、どうしたら・・・! 赤ちゃんの育て方なんて、何も」

「案ずるで無い、私達もおる・・・それに乳母もつく。主だけが必死になるようなことは無い」

「でも、だけど・・・」

 

 

・・・怖い。

今までの人生で、子供を産んで育てたことなんて、ありません。

一度だって、無いんです。

でもそんなことは関係無しに、赤ちゃんは産まれるのです。

これが、恐怖でなくて・・・何なのでしょう。

 

 

それに、もし・・・もし。

もし、ちゃんと育てられなかったら。

それで、もし・・・嫌われたり、憎まれたりしたら。

そう、思うと・・・。

 

 

『今さら母親面されても・・・受け入れることなんてできません』

 

 

・・・愕然と、します。

 

 

『私は、貴女が、大嫌い』

 

 

私は、何てことを・・・お母様に言ってしまったのでしょう。

相手は、幻だったのか、本物だったのか・・・。

でもどちらにも、私は似たようなことを言いました。

何て、何て・・・ことを。

 

 

「・・・お母様、お母様、私・・・わた、し」

「良い・・・」

 

 

何も言わずに、抱き締めてくれるお母様の胸に、縋りつきます。

サラサラと髪を撫でられる感触に眼を閉じると、溢れた涙が頬を伝います・・・。

 

 

・・・そのまま、少しの間、そうしていました。

気持ちも気分も落ち着いた頃に、お母様が小さな声で、大事なことを言ってくれます。

それは・・・。

 

 

「・・・婿殿を呼ぶが、良いかの・・・?」

 

 

・・・フェイトに、ちゃんと伝えろと言うこと。

それはとても大事なことで、そして隠せることでも無くて。

でも・・・。

 

 

「アリアさん」

 

 

再び怖気づく私に、茶々丸さんが優しい声をかけてくれます。

 

 

「結婚される時、私は申し上げました・・・大丈夫、何も心配されることはありませんと」

「・・・」

「・・・大丈夫です」

 

 

・・・やっぱり、怖いです。

怖い、けど・・・。

 

 

・・・とても、あたたかいです・・・。

どうして私の周りには、私を甘やかす人しかいないのでしょうか。

自分を保つのが、本当に難しいです・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

女官達が、慌しくアリアの寝室から出入りしている。

しばらくすると先程アリアの寝室から出てきたダフネ医師が、今度は複数の医師や看護士、機材やらを伴って戻ってきた。

 

 

一方で僕達は、未だに状況が掴めていない。

病臥してはいないと言うことと、数分前にアリアが目覚めたことはわかっている。

だけど、それ以上のことはまだ知らされていない。

おかげで、男性陣は待ちぼうけさ。

 

 

「・・・極めて、困りましたねぇ・・・」

 

 

アリアの命令に従って、ヘレン・キルマノックら宰相府の職員に赤と黒の書類箱を持ってこさせたクルト・ゲーデルは、女官が出入りする扉を前に困惑していた。

アリアとアリカ、どちらの意思を尊重すべきか迷っているらしい。

法的には前者だけど、状況的にどうかな。

そして寝室の扉の前には・・・・。

 

 

「男子禁制だよ!」

 

 

ズン・・・と空間的に重みの有る存在、侍従長クママが立ちはだかっている。

おかげで、中には入れない。

どうした物かな・・・アリア・・・。

 

 

「まーまー、そんな慌てんなって・・・目ぇ覚ましたんだろ?」

「・・・キミは案外、冷静だね」

「まったくです、アリア様は繊細だと言うのに」

「・・・ったく、どいつもこいつも雁首揃えて不安そうにしやがってよ。大戦の頃の気概はどこ行ったんだよ、なぁ?」

「い、いえ、私はまだ生まれてもおりませんでしたので・・・」

 

 

傍に立っていたヘレン・キルマノックに絡みながら、ナギがそんなことを言っていた。

確かに、大戦の時は政治指導者が倒れるなんてことは、良くあることだったけどね。

たぶん、そう言うことを言いたいのだろうけれど。

その割にはナギ自身も2時間、食事にも行かずにここにいるけどね。

 

 

「ご、ご報告申し上げます!」

「何です、騒々しい」

 

 

苛立たしげに眼鏡を押し上げながら、クルト・ゲーデルはこの場に駆け込んできた近衛騎士団長、シャオリーを睨み付けた。

しかし金髪碧眼の女騎士は、それを意に介さなかった。

 

 

「女王陛下の不予を知った新オスティアの市民達が、宰相府正門に押し寄せてきております!」

「・・・どう言うこと?」

「彼らは口々に我が陛下の安否を尋ねており・・・すでに1000人を超える市民が!」

 

 

・・・報道関係者のいる前で倒れたからね。

そうでなくとも、第18島の関係者から漏れているだろうし。

どうした物かな・・・アリア・・・。

 

 

「仕方がありません、私が何とか宥めて来ましょう」

「僕が行こうか?」

「いえ、結構」

「俺でも良いぞ?」

「事態がさらにややこしくなりますので」

 

 

僕とナギの提案を一蹴して、クルト・ゲーデルがシャオリーに先導されて正門へ向かった。

・・・結局、待つしかないのか。

そう思い、思わず溜息を吐いていると・・・。

 

 

「フェイトさん」

 

 

いつの間にそこにいたのか、茶々丸が立っていた。

どうやら、今の騒ぎの間に寝室から出てきていたらしい。

そして僕が何かを尋ねる前に・・・。

 

 

「アリアさんが、フェイトさんを呼ばれております」

「俺は?」

「ナギ様はまた後ほど」

「えー・・・」

 

 

・・・アリアが、僕を呼んでいる。

それについては、何も問題は無い。

それよりも、気になるのは・・・茶々丸の表情だ。

 

 

「とても・・・とても大切なお話があるそうです」

「・・・何かな」

「私の口からは・・・ただ、一つだけ。どうか、アリアさん達をお願い致します」

 

 

深々と頭を下げる茶々丸は、それ以上は何も言わなかった。

僕はそれを少しだけ見つめた後・・・そっと傍を離れる。

・・・何を話されるかは、わからないけれど。

 

 

「・・・アリア」

 

 

寝室の扉を潜った、僕に。

 

 

「・・・フェイトさん、私――――・・・・・・」

 

 

僕に、アリアは・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

・・・コトッ、と、私はそのカードを棚の箱に戻した。

厳重な封印を施されたそのカードには、一人の老紳士が描かれている・・・。

・・・やっぱり、いけないことよね・・・。

 

 

「・・・どうかしたんですか?」

「あら、ネカネちゃんじゃない。また倉庫にいたの?」

 

 

旧オスティアの村の倉庫から出てきた私は、異様な光景を目にした。

異様というか・・・必死?

 

 

「え・・・と、皆、どうかしたんですか?」

「あら、聞いてないの? 女王陛下・・・アリアちゃんが倒れたのよ」

「アリアが・・・」

 

 

アーニャのお母さんが、本当に心配そうな声と顔で教えてくれた。

そう・・・それで、皆・・・。

 

 

「おい、アリアちゃんが倒れたってよ!」

「またか! また過労か!?」

「またぁ!? もうあの子、何回仕事で死にかければ気が済むのよ!」

「昔っから不器用な子だったからねぇ」

「何ぃ、俺達のアリアちゃんが!? まずは苺を持っていってやんねぇとな!」

「この間、ネギが風邪引いた時に持ってった薬草はいると思うか?」

「アリアへーか、おかぜなのー?」

「ねーちゃ、びょーき?」

「スタン村長はどうしたの?」

「何か、家に籠ってるんだよ」

 

 

・・・大人から子供まで、皆が大慌てで準備をしていたわ。

まぁ、ほとんどは良くわからないことだけど。

とにかく、皆がアリアのことを心配しているみたいなのは確かだった。

 

 

「こぉんのぶぁわかどもがああああぁぁぁ―――――っ!!」

「うおっ、村長!?」

 

 

ドンッ・・・と酒場の扉が開いて・・・って、スタンさんったらまた昼間からお酒。

やめた方が良いって行ってるのに。

 

 

「うろたえるでは無いわ! バカ者共が!」

 

 

いつものパイプを咥えて、スタンさんが村人を叱咤した。

うん、ここまではいつも通りだったんだけど・・・。

 

 

「おーい、皆、大変だ―――――っ!」

 

 

その時、何人かの村人がこっちに駆けてくるのが見えた。

何かの用事で新オスティアに出てた人達で、やけに慌ててるみたいだけれど・・・。

 

 

「大変だ皆・・・もう、向こうは大騒ぎだぜ!」

「アリアちゃんが倒れた話なら・・・」

「情報遅ぇよ! それどころじゃねーんだって!」

 

 

何か情報に変化があったのか、本当に慌てていて。

もしかして、アリアの身に何か・・・。

何か、起こったんじゃ。

 

 

 

「アリアちゃん、懐妊だってよ!!」

 

 

 

・・・え?

一瞬、何のことかわからなかった。

皆も、同じだったみたいで・・・。

 

 

「・・・解任って、アリアちゃん、クビになったのか?」

「死ね! 懐妊だよ懐妊・・・妊娠だよ!」

「もう、街中がお祭り騒ぎだったんだから! 世継ぎの誕生を祝うんだって、気の早い連中は宴会始めてるんだから!」

 

 

・・・懐妊?

妊娠!?

さっきとは別の熱気が、村を包み込みそうになって・・・。

 

 

「こぉんのぶぁわかどもがああああぁぁぁ―――――っ!!」

 

 

また、スタンさんが活を入れた。

入れたけど・・・。

 

 

「モタモタするな! ワシについてこんかあああぁぁぁぁっっ!!」

 

 

さっきと、言ってることが違う!

と言うか、もう見えない所に・・・って、皆もついて行っちゃうし。

私、私は・・・。

 

 

「・・・」

 

 

皆が大騒ぎしながら賭けて行くのを横目に・・・。

私はもう一度、背後の倉庫を振り向いた。

 

 

・・・私が考えていることは、きっと、許されないこと。

でも・・・母親になるあの子と、父親になる、あの子のために。

私が・・・私が、できることは・・・。

 




新登場アイテム・キャラクター:
ガンダル製万年筆:スコーピオン様提案。
ダフネ・B・シュレーディンガー:リード様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第14回広報:

アーシェ:
祝・女王陛下ご懐妊~(パンッ)!
いやぁ、もうてっきり奇病・難病・重病・呪詛の類かと思いましたけどね!

エヴァンジェリン:
んなわけがあるかぁ! と言うか、あってたまるか!(ちくちくちく・・・)。

アーシェ:
おーっと、いつもは怖くて顔も見れないマクダウェル尚書ですが・・・今は怖くありません。
何故なら・・・赤ちゃんの服を作るためにお裁縫中だからです。
茶々丸室長に任せれば良いのに・・・。

エヴァンジェリン:
殺されたいのか貴様・・・!(ちくちくちく)

アーシェ:
全然、怖くない・・・と言うか、まだ性別も不明なのに・・・。
・・・あ、今回の投稿コーナー!


「霧島 知紅」
親衛隊副長、旧世界出身。
彼女には3つの顔がある。
①冷静沈着で的確な指示を出し、親衛隊員からの支持も厚い副長。
②女王陛下に心酔する侍女、隊員からは「デレモード」とも。
③女王陛下を侮辱されたりした場合・・・。

白髪のストレートロングの美女。
戦闘時は真白い着物に般若の化面を付けている。
武器は日本刀の二刀流と手榴弾(主にMK2手榴弾)流派は二天一流。
基本戦法は敵に手榴弾を投げて敵を混乱させ、そこに斬り込む。
メイドの資格は、イギリスに留学した際に取得。
髪の色が女王陛下と同じため、影武者候補とされることも。


アーシェ:
・・・この人、付き合いにくいんですよねー。
女王陛下のこと以外は会話が成立しないんですよ。

エヴァンジェリン:
知らん(ちくちくちく・・・)。

アーシェ:
ちなみに、女王陛下はフェイト殿下に何て言って伝えたんです?

エヴァンジェリン:
知らんな(ちくちくちく・・・)

アーシェ:
やーれやれ・・・では次回。
世界の秘密に、近付いてみましょうか。


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アフターストーリー第15話「カムイと姫御子・前編」

オリジナル設定になりますので、ご注意ください。
また、今回一部にネギまらしさを出してみました。

今回のお話は黒鷹様ご希望、ありがとうございます。
では、どうぞ。



Side アスナ

 

『女王陛下とウェスペルタティアの未来に・・・乾杯!』

『未来の皇太子殿下に乾杯!』

『なぁに、王女殿下の未来に乾杯!』

『王子でも王女でも、とにかく乾杯!』

 

 

宰相府、オスティア、いや・・・国中の人間が同じような言葉を告げているのが聞こえる。

扉から、窓から、廊下から、中庭から・・・。

・・・私はそれに、閉ざしていた目を開く。

 

 

どうやら、外は夜のようだった。

それも、相当な深夜・・・時計もカレンダーの無いこの部屋では、日付や時間はわからない。

私が宰相府の一室に籠り始めて、そしてもう一人の「私」と話し始めて。

もう、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

今度はどれくらい、眠っていたのか・・・。

 

 

「・・・カムイ」

 

 

私が声をかけると、灰銀色の狼が部屋の隅から私の傍に寄ってくる。

椅子と小さな机と、ベッドしかない部屋。

隅に蹲っていた灰銀色の狼が身を起こして・・・部屋の真ん中に置かれた椅子に座った私の傍に。

ぽむっ・・・と、私の膝の上に、灰銀色の大きな頭が乗ってくる。

私は灰銀色の毛並みに手を置くと、ゆっくりと撫でる。

 

 

この行動の意味は、私にもわからない。

でも、何故かとても温かい。

視線を横に向ければ、椅子の側の小さなテーブルの上に、食事が置いてあった。

クリームポタージュ、サーモンムース・・・パンと季節の野菜。

食べるかどうかわからない私のために、誰かが用意してくれたのだと思う。

でも、私はそれには手をつけない・・・。

 

 

「・・・そう」

 

 

開いた窓の外には、薄いレースカーテン越しに満月が見える。

中空に差し掛かったそれは、100年前と変わらずに2つ、そこに存在している。

私と、同じように。

 

 

クルルッ、と、膝の上でカムイが喉を鳴らすのが聞こえた。

視線を下ろすと、灰銀色の狼は不思議な光をたたえた2つの目を、私に向けている。

私や月と同じように、100年前と変わらない・・・。

 

 

「・・・そうなの」

 

 

私は、<黄昏の姫御子>アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。

・・・名前は、ただの記号に過ぎないけれど。

始祖アマテル亡き今、世界で唯一<始まりと終わりの力>を識(し)る者。

この100年、この地位にあるのは・・・私だけ。

だけど・・・。

 

 

「生まれる・・・」

 

 

だけどそれも・・・もう終わり。

何故なら、感じるから。

そう。

 

 

「・・・姫御子が、生まれる・・・」

 

 

感じて、いるから。

・・・私の手に、カムイが頭を押し付けていた。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「・・・アリア陛下が、ご懐妊じゃと?」

「は、左様にございます」

「それはそれは・・・謹んで、お祝い申し上げると陛下にお伝えくださるよう」

「もったいなきお言葉、我が陛下に代わって御礼申し上げまする」

 

 

妾とジャックの婚礼のちょうど10日後の朝、ウェスペルタティア大使が妾に会いにきた。

とは言え、数日前にすでに予定を入れておったし、その間にすでに妾の耳にも届いておる。

アリア・アナスタシア・エンテオフュシアが子を身篭ったというニュースはの。

 

 

「こちらこらも、改めて祝電と祝いの品を駐在大使に届けさせる故、陛下にはよろしくお伝え頂きたい」

「あり難き幸せにございまする」

「よしなに頼む、ゾルゲ大使」

 

 

ウェスペルタティアの駐帝国大使は、ゾルゲ・クライスト殿と言う名じゃ。

雪のような長い銀髪の中年の男で、元はフリーの記者じゃったとも聞いておる。

何にせよウェスペルタティアの全権代表じゃ、悪し様にはできぬ。

 

 

・・・それにしても、あのアリア陛下がご懐妊とはな。

本当にめでたい話じゃ、アリカも喜んでおるじゃろうの。

・・・赤子か。

妾とジャックとの間には、未だに子は無い。

はよう、授かれぬものかのぅ・・・。

 

 

「時にテオドラ陛下、こちらに宰相閣下からの書簡にございます」

「クルト宰相から・・・わかった。後ほど目を通しておこう」

「はは・・・」

 

 

傍の侍従に目配せし、大使から書簡の入った細長い箱を受け取らせる。

その後、2、3の件について言葉を交わし合った後、大使は玉座の間から辞して行った。

・・・それから、大使が持ってきた書簡を開いた。

王国の国章と女王の印章が押されたそれは、間違いなく王国からの親書じゃった。

 

 

まずは挨拶から始まり、両国の友好関係の感謝に加えて、女王アリアが懐妊したことが改めて記されておった。

それから、今度サバ地域の経済特区地域を拡大し、ウェスペルタティア企業用の工業団地を新設する案件について書かれておった。うむ、上手く投資を呼び込みたい物じゃな。

今度、新たに2500万ドラクマを投じて洗濯用機械と冷蔵用機械の工場を作ることになっておる。

それから・・・直接言及はされておらぬが、帝国内の事情について手助けの用意があると言うこと。

 

 

「・・・国防大臣を呼べ!」

「はは・・・」

 

 

妾の命令に、控えておる侍従の一人が足早に玉座の間から出て行く。

・・・ウェスペルタティアや他国の介入を許す前に、姉上とメレア民族の問題を解決せねばならぬ。

 

 

現在、帝国は内戦直前の状態にあるのじゃ。

ヘラス帝国南方、国土の約4分の1を占める辺境部が、二番目の姉上を担いで「神聖ヘラス帝国」を名乗って独立の動きを見せておるのじゃ。

2日前には、南方の2つの砦を落とされた。

それを敏感に察知した新領土でも、労働党を名乗る勢力が不穏な空気を醸し出しておるし・・・。

それ故、妾自身は討伐に向かわず、ジャックに軍を預けて南下させておるのじゃが。

 

 

「・・・子は、まだ先かの」

 

 

妾が玉座で一人、ぽつりと呟いておると・・・。

国防大臣の到着を、侍従が告げた。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

ウェスペルタティア王国に、世継ぎが生まれる。

男の子にしろ、女の子にしろ、次代のウェスペルタティア王となる可能性が高いわ。

女の子の後に男の子が生まれたりすると、少し面倒になるけれど。

 

 

いずれにせよ、ここは重要な局面ね。

我がアリアドネーとしては、最大限友好的な祝賀使節を送る必要があるわ。

 

 

「・・・と言うわけで、貴女達にその使節団に参加してほしいの」

「わ、私達がですか・・・!?」

 

 

私の目の前には、我がアリアドネーでも比較的に女王アリアと関わりがある人材が並んでいるわ。

すなわち、エミリィ・セブンシープ、コレット・ファランドール、ベアトリクス・モンロー、J・フォン・カッツェ、S・デュ・シャの5人。

 

 

我がアリアドネー魔法騎士団の最精鋭、「戦乙女旅団」の若きホープ達。

・・・あと20年もしたら、総長(グランドマスター)候補になるかもしれない子達。

そしてウェスエルタティアの女王アリアの元生徒、心情的にも歓迎されるはずよ。

まぁ、まだ全権を任せられる程じゃ無いけどね。

 

 

「外交儀礼に関しては、他の人に任せているわ。貴女達は心の底から、アリア陛下のご懐妊をお祝い申し上げて来てくれれば良いの。そこまで固くならなくて良いわ」

「アリア先せ・・・じゃない、陛下が、ご懐妊・・・」

「ニュースは見ていますが、本当だったんですニャ」

「ええ、今朝、王国政府が正式にご懐妊を認めるコメントを出したわ」

 

 

ちなみに、彼女達は「PS-07A51」と言う流線型の鎧のようなスーツを身に着けているわ。

現在、「戦乙女旅団」で正式採用されているウェスペルタティア製の「PS(パワードスーツ)」よ。

・・・全体のフォルムが女性をイメージして作られているのを見る度に、飾り部分の胸部の(バスト)サイズを巡る王国側との意味も無く血生臭い交渉風景が思い出されて、やるせなくなるのだけど。

 

 

「・・・と、言うわけで、祝賀使節団の団長、よろしくお願い致しますね」

「ふむ、婦女子の頼みごととあれば・・・断ることはできませんな、任されよう」

 

 

5人の若い女性騎士の前にちょこんと立っているのは、我がアリアドネーの名誉教授。

身長30センチ程の小さな金色の毛並みの猫の妖精(ケット・シー)は、愛用のステッキをくるりと回すと、翡翠色の綺麗な目を細めた。

 

 

「全力で、麗しの女王陛下にお祝い申し上げよう」

 

 

フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵・・・通称、バロン先生。

加えて、アリアドネーの祝賀使節団長。

これで、アリアドネー分校のオスティア開設交渉も前進すると良いわね。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「うええええぇぇぇぇぇっっ!?」

「・・・何や、知らんかったんかいな」

 

 

私がその知らせを聞いたのは、もうお昼を回った頃だった。

ちなみに先に弁明しておくけど、私の病室にはテレビとか無いから、ニュースで知ってるとかは無いわよ。

個室から出ることも無いしね・・・まだ新オスティアの病院に入院中なのよ、私。

エミリーだってまだだし・・・。

 

 

それで、えー・・・改めて。

・・・ええええええええええええっ!?

 

 

「あ、ありっ・・・アリアが、に、にににっ・・・に!?」

「ご懐妊やて」

「・・・か!?」

「やからご懐妊やて・・・あとアリア陛下な」

 

 

私のベッド脇のパイプ椅子に座ってる千草さんは、むしろ淡々としてたわ。

でも、私は淡々とできないわ・・・だって、アリアが妊娠よ妊娠!

子供ができたって・・・相手は誰!?

・・・って、フェイトに決まってるじゃない!

 

 

と言うか、何で教えてくれなかったのよアルトの奴!

昨日も一昨日もその前も、毎日毎日絡んで来るくせに、肝心なことは教えてくれないとか。

100%ワザとね・・・「何で僕が教えなくちゃいけないんだい?」とか言ってるのが、簡単に想像できるもの。

今度会ったら―――たぶん今日中―――ぶん殴ってやるわ。

 

 

「え、え・・・そ、それで、その・・・えーと」

「アリア陛下は健康そのものやて、王国政府がコメント出しとったえ」

「そ、そう・・・そうですか・・・」

「幼馴染やさかい、心配になんのはわかるけど・・・少しは落ち着きや」

「す、すみません・・・ちょっと、びっくりしちゃって」

 

 

・・・でも、アリアがお母さんになるのかぁ・・・。

・・・ネギがお父さんになるって聞いた時もアレだったけど、やっぱり、驚くわ。

そっか・・・そっかぁ。

 

 

「それで、これからお祝いの言葉を述べに参内するんやけど、一緒に行くか?」

「え・・・良いんですか?」

「元々、あんたの仕事やったわけやしな」

「ぐ・・・」

 

 

い、痛い所をつかれたけど、でも病院側の許可も得てるってことだし。

アリアも、ひょっとしたら心細い思いをしてるかもしれないし。

それに親友として、お祝いもしたいし・・・。

 

 

「わかりました! 行きます! えーっと、確かそっちのクローゼットに礼服が入りっぱなしに・・・」

「ああ、そんな慌てて着替えんでも・・・」

 

 

ガチャッ。

 

 

・・・その時、病室の扉がノックも無しに開け放たれたわ。

タイミングとしては、ベッドの上から飛び降りて上のパジャマを首元まで捲り上げた体勢になった時。

まぁ、つまり最悪のタイミングだったわけなんだけど。

 

 

「・・・何をしているの?」

 

 

そこにいたのは、アルトだった。

片手には赤い花の花籠―――ガーベラのフラワーアレンジ、微妙にセンス良いんだけど―――を持ってて、いつもと同じ、不機嫌そうな顔で私を睨んでる。

 

 

「・・・何や、この展開・・・」

 

 

千草さんが呟くのとほぼ同時に、アルトの視線が私の顔から下に移動した。

・・・そして、溜息を吐かれた。

 

 

「・・・あ、う、こっ・・・の・・・!」

 

 

私はいろいろな意味でプルプルと震えた後。

えーと・・・。

 

 

「死ねええええええぇぇぇぇっ!!」

「嫌だね」

 

 

殴りに行ったら、普通に返された。

・・・普通に返事すんじゃないわよ!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・私の懐妊が新オスティア中に広まってから、3日。

さらに宮内省を通じて魔法世界全土に正式に公表されてから、数時間。

すでに、私の公私に渡る生活全般が変化を始めておりました。

まず・・・。

 

 

「アリアさん、ご気分はいかがですか?」

「大丈夫です、茶々丸さん」

「少しでもご気分が芳しくないようでしたら、仰ってくださいね」

「はい」

 

 

以前は他の仕事で席を外すこともあった茶々丸さんは、全くと言って良いほど私の傍を離れることが無くなりました。

茶々丸さんは個人的な理由からそうしているのでしょうけど、どうも侍女全体が私の体調を中心に仕事を割り振られているようなのです。

フェイトガールズの皆さんも、私の傍にいることが多くなりました。

・・・これは、フェイトさんがお願いしたのかもしれませんけど。

 

 

「アリア、気分はどうだ?」

「・・・大丈夫です、エヴァさん」

「そ、そうか。何かあったら呼べよ?」

「・・・はい」

 

 

エヴァさんが、以前にも増して私の様子を窺いに来るようになりました。

仕事の合間を縫って、何か必要な物は無いかと気を遣ってくれているのです。

 

 

「ん、んんっ・・・あ、アリア、大事は無いか?」

「だ、大丈夫です・・・お母様」

「う、うむっ・・・無理はならんぞ、良いな?」

「は、はい・・・」

 

 

さらには、お母様がことあるごとに様子を見に来てくださいます。

これまではそんなに頻繁に会うことは無かったのですが、公務の合間を縫って会いに来てくださるのです。

稀にですが、お父様もひょっこり顔を出しに来てくれます。

 

 

「アリア様、ご機嫌麗しゅうございましょうか」

「・・・はい・・・」

「おや、お元気そうではありませんね。これは旧世界連合からの面会の申し出を心苦しくもお断りしなければ・・・」

「・・・貴方は一回目かもしれませんが、私は今日、すでに何度も同じ質問に答えているので・・・」

「それはそうとアリア様、ご懐妊されたからには食べたい物、飲みたい物は心行くまでご堪能されますように。それが一番と聞き及びます」

「・・・考えておきます」

 

 

とりあえず、千草さん達には夕方に会うことにして、私はクルトおじ様を返しました。

・・・このように、私はいろいろな方から心配されているようです。

他にも、魔法世界中から祝電が続々と来ているばかりか、市民の方々からひっきりなしにお見舞い品が届いていて・・・。

気を遣って頂けるのは、嬉しいのですけどね。

 

 

「でもやっぱり、病人扱いは何か嫌です」

「・・・ベッドの上で言っても、説得力は無いと思うよ」

 

 

・・・フェイトの言葉に、私は憮然とした表情を浮かべます。

事実として私は仕事着(ドレス)では無くネグリジェ姿で、ベッドの上で半身を起こしている状態です。

昨日と一昨日は大丈夫でしたが、今日は朝からその・・・つわりが、酷くて。

 

 

そしてそんな私の傍には、隅に控えている茶々丸さんと・・・ベッドの脇にフェイト。

フェイトの横には赤と黒の書類箱が置かれていて、彼の手には書類があります。

私に読む気があろうと無かろうと私の裁可が必要な書類は続々と急送されてきますので、フェイトがこうして私に読み聞かせてくれるのです。

そして私が片手だけ動かしてサインする・・・普段の執務よりかなり楽です。

 

 

「・・・大丈夫かい」

「もう・・・またその質問ですか?」

 

 

今朝からいろいろな人に聞かれる質問、けれどフェイトが言うと他とは違う言葉に聞こえて。

フェイトはずっと前からとても優しい人でしたけれど、妊娠を伝えてからはもっと優しくなったような気がします。

私が、フェイトの赤ちゃんを授かれたから・・・。

 

 

それがとても・・・嬉しくて。

私はとても、安らかな気持ちで過ごすことができています。

・・・でも、このつわりと言う物は何とかならない物ですか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「王室御用農場のホウサック農場から、アリア陛下のご懐妊祝いにと、苺7キロが到着致しました!」

「パルティア大使館より、祝いの献上品としてアオザイなる衣装が届いております!」

「宝飾店「シュトラウス」より、祝賀ジュエリーのデザイン案が・・・!」

「民間の家庭用魔導具メーカーから、新型の『高性能アイロン』が献上されております!」

 

 

オスティア・・・否、ウェスペルタティア中から、アリアの懐妊を祝う品々が続々と宰相府に届けられておる。

宰相府には1900の客間が存在するのじゃが、仮置き場とされたそれらの部屋がどんどん埋まっていく勢いじゃ。

 

 

すでに各方面からの祝電は数知れず、贈り物や献上品もご覧の通りじゃ。

とは言え、全てを無条件にアリアの下へ届けることはできぬ。

物量的に難しいと言うこともあるが、王族には他に警戒せねばならぬ物も存在するのじゃ。

例えば・・・贈り物に見せかけた暗殺、とかの。

女王個人に届けられた贈り物は、宮内省と女王親衛隊が二重にチェックする体制になっておる。

まず、安心じゃと思いたいが・・・。

 

 

「・・・それにしても、見事な品々じゃの」

「3分の1が苺関連ってあたりに、特徴を感じるけどな」

 

 

・・・ナギの言う通り、献上品には苺が多いが。

特に新オスティアの市民からの献上品は、ほとんどが苺なのじゃが。

・・・厨房で使い切れると良いがの。

 

 

「まぁ、ここは担当者に任せれば良かろう。それよりも我らは公務じゃ、午後だけで養老院と病院を2件ずつ回らねばならぬ。その後は劇場の夜間興行の観覧じゃ」

「げー・・・急に増えたなオイ」

「仕方あるまい、アリアは以前ほど自由に動けぬのじゃからの」

 

 

そうした品々が運び込まれてくるのを横目に、私達は自分達付きの侍従達や近衛騎士を連れて宰相府の外へと向かっておった。

アリアの懐妊が確認されてしまった以上、アリアはこれまでのように軽快に動けぬ。

私達は王国の政治に介入すべきでは無い、である以上、王室の顔として外部の施設訪問などの公務は私達が代行せねばならぬ。

 

 

アリアは懐妊したからと言って、自分の職責を他者に譲ったり預けたりすることに同意するような娘では無いが・・・皆でアリアの負担を分散してやらねばならぬ。

とは言え、王室の人数が少ないのは確かじゃ、私達だけで全てを代替するのは難しい。

 

 

「せめて・・・」

 

 

・・・せめて、ネギやアスナがいてくれればの。

どちら共に・・・不可能ではあるが。

そして、それは・・・私の自業自得でもある故・・・。

仕方の無い、ことじゃの。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

私は今、さよに続く第二の衝撃を味わっている。

・・・アリアが、若造(フェイト)に孕まされた。

 

 

「ミモフタモネーイイカタダナ」

「やかましいぞチャチャゼロ・・・私は今、真剣に悩んでいるんだ」

 

 

そう、私は真剣に悩んでいる。

珍しくフィールドワークの無い私は、工部尚書の執務室で書類処理に追われているわけだが。

ちなみに、執務卓の椅子に座っている私の頭の上に、チャチャゼロが乗っている。

 

 

そして繰り返すが、私は真剣に悩んでいる。

それは私の周囲に散らばっている紙屑を見れば、わかってもらえると思う。

・・・そして今、再び紙を丸めて放った。

くそぅ・・・何だコレ、どんな企画書や報告書よりも難しいじゃないか・・・。

 

 

「くそぅ・・・若造(フェイト)を殺してやりたい。子供ができたんだから、もう良いよな?」

「ダメニキマッテンダロ」

「そうか、ダメなのか・・・くそぅ」

 

 

いや、それにしても・・・アリアの子供か。

さよの子供も物凄く楽しみで仕方が無いが、アリアの子供も物凄く可愛いのだろうなぁ・・・。

・・・私自身が子供を産めないからかもしれんが、物凄く心配で楽しみにしている自分がいる。

 

 

・・・子供、か。

知識として知ってはいるが、さよにしろアリアにしろ、実際に身内が母親になると言うのは妙な気分だ。

何をしてやれるだろう、何をしてやれば良いのだろう。

正直、わからない。

 

 

「セイメイハ、サヨノトコロニツイタカナ」

「先週に行ったのだから、とっくに着いているだろう」

 

 

アリアよりも、さよの出産の方が先だ。

何と言っても、半分は神の血を引く赤子だからな・・・専門家の晴明を向かわせた方が良いだろう。

予定日は、確か5月末・・・旧世界時間で、一ヵ月後だな。

大丈夫だろうか・・・心配だ。

私の、もう一人の娘。

・・・バカ鬼の心配はいらんだろ。

 

 

「いや、さよの方は良いんだ・・・問題はアリアだ!」

「ベツニイマキメルヒツヨウ、アンノカ?」

「やかましいぞ、チャチャゼロ。競争率が高いんだから、先に考えておいた方が通りやすいんだよ・・・だぁっ、これもダメだ気に入らん!!」

 

 

グシャグシャと紙を丸めて、投げ捨てる。

うう~・・・。

 

 

 

「アリアの子供の名付け親は、私だ・・・!」

 

 

 

口に出して言ってみても、事態は一行に改善されない。

実際問題、私には何も良い案が無かったからだ。

ナギのバカはどーせ考えて無いだろうし、アリアも今はそんな余裕無いだろうが・・・スタンだ。

あのじじぃのことだ、どうせ今頃、あれこれ考えているに違いないんだ・・・!

私が、先に決める!

 

 

「・・・ゴシュジン」

「何だ、何か良い案でも思いついたのか」

「・・・マルクナリスギダロ」

 

 

・・・何故か、チャチャゼロはとても悲しげだった。

う、うるさいっ、仕方ないだろ。

私にとっては、孫にも等しい存在なんだから・・・良いだろ別に。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様が、ご懐妊されました。

気付けなかったのは一生の不覚ですが、しかし喜ばしいことです。

お世継ぎの存在は、それだけで重みを持ちますから。

 

 

王子であればさぞや聡明な、そして王女であればさぞや可憐なお世継ぎとなることでしょう。

個人的にはアリア様及びアリカ様似のお世継ぎであれば、第三の忠誠の対象が誕生するのですがねぇ。

 

 

「まぁ、思っていたより時間がかかりましたか・・・ね?」

 

 

アリア様の結婚式から指折り数えてお待ちしておりましたが・・・4ヶ月ですか。

まぁ、授かりものですからね。

おかげでいろいろと計画できましたし。

 

 

「とりあえず、各国各界の名士を招いて祝賀会(パーティー)ですね」

 

 

すでにアリアドネーからは、祝賀使節団を送ってくると連絡が入っておりますし。

それに合わせて祝賀会を催し、改めてアリア様のご懐妊を宣言致しましょう。

アリア様は体調的な事情もございますし、舞踏会形式は考え物ですが。

それからお酒の価格の引き下げや恩赦なども、検討しても良いかもしれませんね。

 

 

ガチャ・・・と執務室の窓を開ければ、うっすらとですが、お祭り騒ぎを続ける市街地の賑わいがここまで届いてきます。

もう、かれこれ3日は続いている様子ですね。

お祭り好きな国民ですから、なおさらでしょうね。

 

 

「くふふ・・・忠誠心が溢れますねぇ」

 

 

でもこれで先祖返りしてナギ似のお世継ぎが誕生したら、どうしましょう。

このクルト、人生で初めて叛逆してしまうかもしれませんね。

アリア様が泣いてしまわれそうなので、しませんが。

でも私の精神衛生上、アリア様及びアリカ様似の王女殿下とかだったら、三代続けての女王誕生に暗躍してしまうのですが。

 

 

侍医団によると、予定日は1月の15日だとか。

・・・結婚記念日にご出産とかになったら、祝日が一つ減るかもしれませんね。

そうなると・・・1月の議会の開会宣言は、アリア様は無理かもしれませんねぇ。

今の内から、宮内省と予定の擦り合わせを行わなくては。

 

 

「・・・アリア様やアリカ様に似ておられると、良いですねぇ・・・」

 

 

その場合、私は何と呼ばれることになるのでしょうね。

アリカ様のように呼び捨てにされるのも良いですが、アリア様のようにおじ様と呼ばれるのも捨てがたいですね。

まぁ、それよりも先に考えておくべきことが少しばかり・・・。

 

 

「・・・お世継ぎの将来を守るために・・・」

 

 

もう一人の子供と、「Ⅰ」の残存施設(クローン)。

・・・そろそろ、処断の方法を考えておくとしましょうか。

何、路傍の小石を取り除く程度、身重のアリア様の手を煩わせる必要はありませんよ。

全ては、我が王国の千年の安寧のために・・・。

 

 

他の者達―――筆頭、吸血鬼(エヴァンジェリン)―――はどうせ、お祝いごと(おめでたいコト)だけを考えているでしょうから?

・・・くふふふ・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・アリア、大丈夫?」

「もう、そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ・・・」

 

 

夕刻、旧世界連合の千草さんとアーニャを引見した後、僕はアリアの身体を半ば支えるようにしながら彼女を私室のソファに座らせた。

僕があまりに何度も同じことを聞くので、アリアは苦笑しっぱなしだ。

 

 

以前なら、20分ほどの面会で疲れるとも思えなかっただろうけれど。

妊娠を自覚してからの彼女は、以前にも増して疲れやすくなっているような気がするからね。

と言うより、僕が彼女をそう言う目で見るようになったのだと思う。

誰もいない私室の中で、僕は彼女の手を取ったまま、身を屈めて彼女の頬に触れる。

くすぐったそうに目を細めるアリアの様子に、少し安心する自分が不思議だった。

 

 

「何か、飲むかい。それとも、何か食べたい物は・・・」

「もう、夕食前ですよ?」

「夕食は、食べれそうかい?」

「はい・・・もう、フェイト」

「何?」

 

 

自分でも本当に不思議なのだけれど、アリアの傍を離れる気になれない。

そしてそれは、これまでとはまた別種の気持ちのようだった。

 

 

「昼間、十分に休ませてもらいましたし・・・その、体調も戻りましたから」

「・・・だから?」

「そんな、腫れ物を触るみたいな扱いをされると・・・寂しいです」

 

 

休んだと言っても、書類仕事はほとんど減っていないのだけどね。

まぁ、簡素化の努力はされているようだけど・・・。

・・・寂しい思いをさせてしまったのであれば、悪いことをしたとも思うけれど。

でも・・・と、視線をアリアの下腹部に向ける。

そこには・・・。

 

 

「・・・む」

 

 

僕の視線に気付いたのか、アリアは少し頬を赤らめた。

それから、おもむろに僕の手を取って・・・自分の、腹部へと誘う。

薄桃色のドレス越しに伝わるアリアの体温は、やはり以前より少し高くて。

とても・・・温かかった。

 

 

「・・・フェイト」

「何・・・?」

「・・・貴方の、赤ちゃんを・・・授かりました・・・」

「・・・うん」

 

 

ゆったりと流れる時間の中で、僕達は3日前から何度もしている会話を繰り返す。

まるで、事実を何度も確認しているかのように・・・。

僕が今、触れている場所には・・・僕とアリアの子供が、宿っているのだと言う。

僕の子供を、授かったのだと言う。

・・・まぁ、生物学上は自然なことだとおも思うけど。

 

 

・・・人形の僕が、父親になるのだと言う。

アリアとの間に子を成せたと言う事実は、僕に何かの影響を与えるのだろうか。

それとも、すでに影響は出ているのだろうか・・・僕には、わからないけれど。

 

 

「・・・キミに似て、可憐な子供だと思うよ」

「・・・フェイトに似て、カッコ良い子かもしれませんよ?」

「いや、キミに」

 

 

延々と続きそうだったその会話は、アリアが僕の唇に人差し指を当てたことで止まった。

僕はアリアの腹部から手を離すと・・・そっと、その指を握った。

それから、自然な動作で指から手全体を覆うようにする。

 

 

もう片方の手を、赤らんで温もりのこもった彼女の頬に当てる。

・・・僕の子供を授かってくれたと言う、アリア。

どうしてか・・・とても、愛しかった。

以前よりも、ずっと。

 

 

「ん・・・」

 

 

そ・・・と眼を閉じる彼女に、僕も目を閉じながらゆっくりと顔を近づける。

そして、唇の先がかすかに触れ合った、その時。

 

 

コン、コン。

 

 

・・・誰かが、扉をノックする音が響いた。

ゆっくりでかすかなそれは、ともすれば聞き逃してしまいそうな音だった。

 

 

「・・・ど、どうぞ」

 

 

慌てて居住まいを正したアリアは、きちんとソファに座り直すと、扉の向こうに声をかけた。

不本意ながら、僕もアリアから離れる。

そして、扉を開けて入ってきたのは・・・。

 

 

「・・・カムイさん?」

 

 

灰銀色の、巨大な狼だった。

鼻先でドアを押し、のそのそとした動きでアリアの私室に入ってくる。

そして・・・突然の来客は、狼だけでは無かったようだ。

 

 

「・・・明日菜さん」

 

 

どこか声に固さを滲ませて、アリアが狼の背後に立つ女性の名を呼んだ。

長く艶やかなストレートのオレンジ色の髪、青と緑の色違いの瞳(オッドアイ)、10人中10人が認めるだろう美貌、だけど表情は凍りついたように動かない。

スタイルの良い肢体を燃えるような赤いドレスで包み、ピンと背筋を伸ばして立っている。

 

 

彼女の名は、神楽坂明日菜・・・いや、<黄昏の姫御子>アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。

公的にも、私的にも・・・今や人前に出ることの少ない人間だ。

多くの時間を、自室での瞑想に使っていると聞いている。

それが何故か、こうしてアリアの私室を訪れるとは・・・。

 

 

「・・・何の、ご用でしょうか?」

「・・・」

 

 

固い声で問いかけるアリアに、アスナ姫は無表情を崩さない。

ただ、凍りついた表情のまま・・・灰銀色の狼の頭を撫でている。

 

 

「・・・アスナさん?」

「・・・」

 

 

アリアが再度問いかけると、今度は反応した。

形の良い唇をかすかに動かして、言葉を紡いだ。

だけど、それは・・・。

 

 

「・・・姫御子が、生まれる・・・」

 

 

それは・・・ある意味で、予想外の言葉だった。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

姫御子が、生まれる。

明日菜さん・・・いえ、アスナさんは、そう言いました。

打算も何も無い、ただ事実だけを淡々と述べるような口調で。

 

 

「それは・・・どういう意味かな」

「・・・言葉の、通り」

 

 

フェイトの問いに、アスナさんはやはり淡々と答えます。

・・・<黄昏の姫御子>は、別にアスナさんだけの称号ではありません。

エンテオフュシアの血筋に何代かに一度生まれる、特別な力を持つ子供。

<王家の魔力>・・・始祖アマテルの<精霊殺し>を受け継ぐ存在。

<造物主(ライフメイカー)>の<始まりと終わりの力>の継承者。

<黄昏の姫御子>。

 

 

「・・・まさか」

「そう」

 

 

アスナさんは小さく頷くと、私を・・・と言うより、私のお腹を指差しました。

私の・・・私達の、赤ちゃんが。

 

 

「貴女の子が、次の姫御子」

 

 

突然、ぎゅ・・・と胸を締め付けられるような感覚に襲われました。

どうしてか、背筋に冷たい何かが走って・・・呼吸が。

どうしようも無い不安が、生まれて。

 

 

「・・・アリア」

 

 

・・・フェイトが、私の手を握ってくれていました。

隣に座って、私の傍に。

 

 

「・・・大丈夫。<黄昏の姫御子>の存在価値は、『リライト』が終わった今、無いに等しい。何も変わらない」

「・・・でも、兵器としての力はあります」

 

 

今、世界を繋ぎとめている<楔の術式>も・・・結局は精霊の力です。

詠唱魔法は消えても、この世界の根幹には精霊が関わっているのですから。

もし、もし・・・私達の赤ちゃんが、利用されたら。

 

 

「僕が守るよ」

「・・・っ」

「キミも子供も、僕が守るから・・・信じて」

 

 

・・・そう、ですね。

フェイトはいつだって、私を守ってくれました。

これまでも・・・きっと、これからも。

そしてもちろん、私も・・・。

 

 

私も、フェイトと赤ちゃんを守れば良いのです。

私が・・・赤ちゃんを守る。

誰にも、利用なんてさせない・・・。

 

 

「・・・でも、どうしてわかるんですか?」

 

 

不意に不思議になって、私はアスナさんに問いかけます。

正直、妊娠2ヶ月で生まれる子供が<黄昏の姫御子>かなんて、わかるとは思えないんですけど。

すると、アスナさんはカムイさんを前に押し出すようにしながら。

 

 

「カムイがわかる」

 

 

・・・カムイさん。

前々から、どう言う存在なのかわかりませんでしが・・・。

ここに来て、さらにわからなくなりました。

 

 

「カムイさん・・・貴方は」

 

 

貴方は、いったい・・・何なのでしょう。

生まれる前の子供を、姫御子だとわかったり・・・王家の神殿で狼の群れを率いていたり。

そして、今はアスナさんの心と魂を癒していたり・・・。

貴方は、いったい、何なのでしょう。

 

 

不意に、カムイさんの背中から2本の触手のような物が生えてきました。

フヨフヨと蠢くそれは・・・私達3人を囲むように円を描きます。

え、えっと・・・?

 

 

ヒュンッ・・・と、私の目の前に浮遊するのは、黄金の王家の剣。

部屋の壁にかけられていたコレが、どうして。

そして、私が状況の把握をできないでいる間に・・・。

 

 

「カムイ」

 

 

淡々とした、アスナさんの声が響いた直後。

視界が、真っ白に染まりました―――――。

 

 

 

 

  ・・・・・・・・・

 

 

 

・・・。

・・・・・・?

気が付いた時、私は荒れ果てた荒野のような場所におりました。

 

 

・・・って、落ち着いてる場合じゃ無いんですけど。

え、えーと、見渡す限りの荒野ですね。

もう、視界の隅から隅まで荒野な上に・・・頭上には厚い雲と赤い空。

・・・どこですか、ここ。

フェイト・・・フェイトはいませんか?

 

 

「・・・ここは、どこでしょう・・・?」

 

 

たぶん、カムイさんが移動させたのではと思いますが。

でも、どうしてこんなことを・・・。

 

 

ザリッ・・・。

 

 

その時、後ろの方から足音が聞こえました。

砂利を踏みしめるようなその音に反応して、後ろを向けば。

そこには・・・。

 

 

振り向いて、目を見開きます。

小さな丘の上から、誰かが私を見下ろしていました。

長い髪のその人は、明らかにフェイトではありません。

ですが・・・。

 

 

「キミ」

 

 

腰まで伸びた金色の髪に、明るい空を彷彿とされる青い瞳。

人をくったような笑顔、細身だけど私よりも長身で、しなやかな印象を相手に与える身体つき。

細いスタイルの良い身体に、灰色のローブを纏っている少女。

 

 

知っています。

私は・・・彼女を知っています。

・・・でも私の記憶よりも少し、幼い印章を受けます。

私の知る彼女は、20歳前後の容姿でしたが・・・そこにいるのは、15歳くらいの少女。

彼女の、名前は。

 

 

 

「そんな所でしゃがんでると、危ないよ」

 

 

 

・・・シンシア姉様。

シンシア・アマテルが、そこにいました――――。




新アイテム・新キャラクター:
高性能アイロン:司書様提案。
ホウサック農場:だつう様提案。
アオザイ:黒鷹様提案。

ゾルゲ・クライスト:黒鷹様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第15回広報:

アーシェ:
はーい、お祭り騒ぎの市民の波に攫われて大ピンチなアーシェでーす!
と言うか、本当にお祭り好きな人たちだなぁもう!

トサカ:
でぇははははははっ、オラ嬢ちゃんお前も飲めぇ!!

アーシェ:
え、ちょ、現場で変なオッサンに絡まれたぁ~~~!?


ドミニコ・アンバーサ
60歳半ばの男性、元オスティア難民で盲目のおじ様。
白髪が大半を占める髪は、所々が黒。
2メートル近い長身に、ガッチリした身体つき。
「困りましたな」が口癖らしい、現在、宮内尚書の地位に就いている。

略歴:
オスティアにある教会にて司祭を務めていた。とても敬虔深く、相手の貴賎に関係なく教えを施していた。どちらかと言えばアリカ様派。
オスティア崩落の際に盲目になった物の、武装神官としての経験から並の盗賊には
負けない戦闘力を持つ。
長い年月で培ってきた観察眼と経験が、オストラ、オスティアで彼の周囲の人間の力になっている。


アーシェ:
あべべ・・・神官様とは真逆な人間に絡まれちゃったよ。
じゃあ、次回は本番。
カムイさんの秘密、公開かも!


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アフターストーリー第16話「カムイと姫御子・後編」

Side アリア

 

『キミ・・・そんな所でしゃがんでると、危ないよ』

 

 

赤い荒野で、私はシンシア姉様と思しき方に声をかけられました。

思しき・・・とつくのは、目の前にいるシンシア姉様が記憶よりも若い容姿なためです。

金髪碧眼の、15歳くらいの少女の姿。

でも、纏っている雰囲気はシンシア姉様そのものです。

口調も・・・仕草も。

 

 

「あ、の・・・ね『聞いてるの、アマテル?』ぇ・・・?」

 

 

すると、どうしたことでしょう。

シンシア姉様は私の言葉には答えず、続けて言葉を発しました。

しかも、アマテルと・・・良く見れば、どうも私を見ていると言うより・・・?

 

 

その時、とんっ・・・と小高い丘の上から、シンシア姉様が跳び下りて来ました。

慌てて避けようとしますが・・・必要ありませんでした。

ぶつかる、と思った瞬間、シンシア姉様が私の身体を擦り抜けました。

そしてそのまま、後ろの方へスタスタと歩いて行きました。

慌てて振り向くと、そこにはさっきまでいなかった存在が。

 

 

『おーい、アマテルってば、まだ怒ってるのかい?』

『・・・怒ってなどおらん』

 

 

そこには、姉様と同じようなローブを着た少女がおりました。

地面の石を調べていたらしい少女は、服についた埃を払いながら立ち上がって、姉様の方を振り向きました。

・・・金色の髪、青と緑の瞳。

髪は短く、まだツインテールではありませんが、どこかお母様に似た容貌のその少女は・・・。

・・・アマテルさん。

 

 

『ただ、まさか本気で外の星に来るとは思わなんだだけじゃ。まったく、てっきりあそこで創るのかと思っておったわ』

『まぁまぁ、新しい空間の創造には相応の触媒が必要って言ったのはキミだろ?』

『それはそうじゃが・・・何故、ここに触媒に見合った土地があると判断したのか、さっぱりわからんぞ。カムリの地から、どうしてここに飛べる・・・』

『まー、彼が規格外ってことで良いんじゃないかな。あ、ちなみにここ、火星って名前だから』

『何で知ってるのじゃ・・・』

 

 

火星・・・触媒、創造。

この、会話は・・・まさか。

私が思考を巡らせている間に、目の前の状況はまた変わります。

姉様とアマテルさんの足元の地面が突然、割れたのです。

 

 

爆発するように大地が割れて、2人は空中に放り出され・・・ると見せかけて、瞬時に後方に下がっています。

ちなみに、何故か私の周囲だけ変化がありません。

 

 

『ワオ♪ 巨大ミミズ! 火星には生命体が存在したんだね! ボク、ちょっと感激だよ!』

『電波め!』

 

 

興奮するシンシア姉様と、それに対して悪態をつくアマテルさん。

そして、地面の下から現れたのは・・・まさに、巨大ミミズでした。

地面から出ているだけで10メートル以上あるミミズの頭部分は縦にぱっくり割れていて、左右に無数の牙が並んでいます。

ミミズと言うより、ワームって感じですね。

 

 

『・・・と言うか、あのバカは何を創っておるんじゃ!?』

『まぁまぁ、失敗は誰にでもあるよ』

『限度があるわ!』

『怒らない怒らない、まぁ、彼が失敗しても・・・』

 

 

不意に、姉様の手に黒い何かが生まれます。

次の瞬間、目前の巨大ミミズの身体が不自然に捻じ曲げられます。

何かが潰れるような音と、砕けて千切り取られるような鈍い音が複数回、あたりに響きます。

それと、形容しがたい悲鳴。

・・・ミミズの悲鳴、初めて聞きました。

 

 

『・・・何をしたのじゃ?』

『・・・ダークブリング、「ゼロ・ストリーム」。流動・・・相手の血液を操作して、身体ごと捻っただけだよ。ミミズの悲鳴って初めて聞いたけど』

 

 

ビチャッ、と地面に広がったミミズの体液を踏みしめながら、シンシア姉様は笑っておりました。

 

 

『さ、行こうよアマテル。彼が待ってる』

『・・・はぁ、頭が痛いのぅ』

『頭痛薬出すよ?』

『主原因が目の前におるから、効果が無い』

 

 

そして、2人の少女はそんな会話を交わしながらどこかへと歩き去って・・・。

ガチリ、と、その場の時間が停止しました。

こ、今度は何・・・?

 

 

「アリア」

 

 

不意に、背後から抱きすくめられました。

突然だったので、かなり驚きましたが・・・その声に、そして他者に触れてもらえると言う事実に、同時に安心もしました。

 

 

「・・・フェイト」

「大丈夫?」

「はい・・・」

 

 

短い応酬の間に、万感の想いを込めます。

そして肩に回されたフェイトの腕を軽く押すことで解くと、私は彼の後ろに佇んでいる女性に視線を向けます。

すなわち、アスナさんと・・・その傍らにいる、灰銀色の巨狼(カムイさん)を。

静かな瞳をたたえるアスナさんに、私は問わなければなりませんでした。

 

 

「ここは・・・どこですか?」

 

 

それに、アスナさんはやはり淡々とした口調で答えます。

 

 

「・・・記憶の廊下」

 

 

次の瞬間、赤い荒野が失われました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

そこは、言うなれば美術館の廊下のような場所だった。

人が3人も歩けば壁にぶつかるような狭い廊下の両側に、2メートル間隔で油絵がかけられているような。

 

 

薄暗い廊下に、僕達3人(プラス1匹)が佇んでいる。

アリアは、僕と手を繋いでいる。

・・・僕が繋いだ手に少しだけ力を込めると、握り返してくれた。

それを静かな瞳で見つめていたアスナ姫は、小さな声で言葉を紡ぐ。

 

 

「・・・ここは、記憶の廊下。姫御子の魂に刻まれた、血の記憶」

「・・・幻想空間(ファンタズマゴリア)

「その、オリジナルのような物」

 

 

僕の呟きに、アスナ姫は淡々と返した。

ここが幻想空間だとするなら、アスナ姫の物か、それとも・・・。

・・・アスナ姫が一枚の絵に触れると、周囲の光景がまた変わる。

 

 

『ぺぺらぽっぺらーっと、「たずね人ステッキ」~』

『・・・何じゃその杖』

『名前の通りだよ、これで彼を見つけてみせようじゃないか』

 

 

赤い荒野で、奇妙な杖を先頭に歩くシンシアとアマテル。

・・・その、映像だった。

アスナ姫の言葉を借りるなら、記憶か。

ちなみに、何故かアリアはシンシアが杖を取り出した瞬間、吹き出していた。

・・・どうしてかは知らないけど。

 

 

そして、元の廊下に戻る。

おそらく今のは、アスナ姫がアリアや僕のためにやって見せたのだろうね。

アスナ姫は僕達を一瞥すると、また歩き始めた。

灰銀色の狼がその後に続き、僕とアリアはお互いに見つめあった後、アスナ姫の後を追った。

・・・大きく背中が開かれたデザインのドレスのために、アスナ姫の白い背中が薄暗い空間の中で、艶かしく揺れているように見える。

・・・アリアが僕の手を握る力を、強めた気がした。

 

 

「・・・姫御子は、始まりの魔法使いの力の情報を保存する、器のような物」

「器・・・」

「・・・その中には、記録情報(おもいで)も含まれる・・・これから見せるのは」

 

 

カッ・・・と、ヒールブーツの踵を廊下に打ち付けて、アスナ姫が立ち止まる。

赤い長手袋に覆われた細い手が触れているのは、縦が10メートルはある、細長い油絵だった。

そこには・・・おそらくは若かりし頃の物だろう、アマテルとシンシア、それと・・・。

全身を漆黒のローブで覆われた誰かと、小さな狼が並んでいる。

そんな、絵だった。

そして・・・。

 

 

「魔法世界と・・・姫御子と王国の観察者(しゅごしゃ)が生まれた、瞬間」

 

 

アスナ姫の触れた絵が、白く輝いた。

 

 

 

 

 

Side アスナ

 

表面積・地球の約4分の1、質量・地球の約10分の1、重力・地球の約40%。

自転周期・24時間39分35.244秒。

大気構成・二酸化炭素95%、窒素3%、アルゴン1.6%、酸素及び水蒸気0.4%。

 

 

魔法使いの火星移住計画(テラフォーミング)―――。

ケルト、アルビオン・・・何でも良いけれど、ウェールズの地から異空間を超えて火星に入植する方法を彼は見つけた。

後に生まれてくる同胞(まほうつかい)のための、2600年前の大事業。

 

 

『ふむ・・・まぁ、とりあえず、こんな所か』

 

 

後に魔法世界(ムンドゥス・マギクス)と名付けられるその世界は、入植実験の時点では・・・まだ、とても小さな空間に過ぎなかった。

それでも、歴史上誰も成したことの無い、人類初の世界創造。

それを成したのは、始まりの魔法使い・・・造物主(ライフメイカー)。

神話の、時代。

 

 

彼はこの時点で、すでに肉体を無くしてる。

黒いローブだけが人の形を保っていて、顔の部分の前には大きな鍵のような杖がある。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>。

 

 

『お、いたいた、やっほー』

『どこをほっつき歩いておるのかと思えば・・・』

『・・・む、来たか』

 

 

そこへ、2人の少女がやってくる。

太陽の女神アマテルと、月の女神シンシア。

そして、造物主(ライフメイカー)。

この3人が、魔法世界の創造者。

王(ツマ)と、神官(アイジン)と、造物主(カミサマ)。

 

 

『探したよ、キミ、地球からの座標を適当に設定しただろ』

『うむ、失敗したかもしれぬな』

『・・・初めて聞いたぞ!? つまり私は、どことも知れぬ場所に放り出されかけたと言うことか?』

『まぁまぁ、彼にも悪気は無かったんだよ』

『そこで主が庇うと、ややこしくなるじゃろうが・・・』

 

 

シンシアの言葉に、アマテルが深々と溜息を吐いた。

どうやら、そんな関係性らしい。

 

 

『・・・ところで、さっき巨大なミミズが出たんだけど?』

『ああ、あれも我が失敗した』

『また主は、性懲りも無く・・・』

『まぁまぁ、彼にも悪気は無かったんだから』

『そう言う問題か!? ・・・で、今度は何を創ろうとしたのじゃ?』

『うむ、この世界を安定させるため、また後々のために<精霊>なる存在を向こう側から持ってきて・・・で、その管理をする<精霊王>的な存在を作ってみたのだが』

 

 

そこで、シンシアとアマテルは・・・彼の視線を追うように、自分達も視線を上げた。

すると、そこには・・・。

 

 

『・・・何か、申し開きはあるのか?』

『まぁまぁ、アマテル。彼にも悪気はなかったんだよ』

『主がそうやって、甘やかすから・・・』

『我も、反省はしている』

 

 

重々しく―――その割に、緊張感は無い―――会話をしてる3人の視線の先には・・・。

全長20メートル程の、巨大な灰銀色の狼が立っていた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・カムイさん、スケール2倍バージョン。

そんな感じの灰銀色の狼が、私達の目の前におりました。

と言うより、いるように見えていました。

 

 

目前にしているのは、記憶・・・記録の中の、シンシア姉様達です。

私達は、それを見ているに過ぎません。

 

 

『これ何て殺生○だい・・・』

 

 

若かりし頃のシンシア姉様が、たぶん私にしか通用しないネタを呟いておりました。

でもまさに、そのような感じの・・・妖狼じみた化物が、姉様達の目の前に存在しているのです。

それも明らかに威嚇体制で、歯軋りと唸り声が重なり合ったような音が響いています。

 

 

「・・・あの狼、カムイさんですか?」

 

 

私の問いかけに、アスナさんの傍らにいるカムイさんは軽く視線を向けてきただけでした。

加えて、フサフサした尻尾を一振りしただけです。

・・・何ですか、その微妙に可愛い反応。

 

 

そうこうしてる内に、映像はさらに進みます。

灰銀色の妖狼が、その数メートルはあるだろう腕を振り上げ、足元の人間3人に対して振り下ろしたのです。

ゴシャッ・・・と赤茶けた大地が砕け、3人がいた場所に巨大な足跡が刻まれます。

 

 

『ちょっ・・・またバトルぅ!? 痛いのは嫌なんだけど・・・なっとぉ!』

 

 

真っ直ぐ後ろに跳んだシンシア姉様は悪態を吐きながらも、パァンッと両手を打ち合わせました。

 

 

『「造形者の手袋(メイクハンド)」!』

 

 

ブカブカした手袋が両手に嵌められ、それが地面に打ち付けました。

次の瞬間、妖狼の足元の地面が太い木の根のような形になり、妖狼の巨大な身体を縛り上げました。

・・・ですが、妖狼が一吠えすると、その土の拘束は脆くも崩れ去っていきました。

 

 

『あれ・・・おかしいな』

『精霊王だからな、大地の精霊に命令して拘束を解いたのだろう』

『・・・冷静に指摘しないでくれるかな』

 

 

シンシア姉様の身体を包むように背後に現れた漆黒のローブ・・・造物主(ライフメイカー)の言葉に、姉様はげんなりとした表情を浮かべました。

 

 

『なら』

 

 

その間に、また状況が変化します。

タンッ・・・と妖狼の鼻先に着地した小さな少女、アマテルさんが、そ・・・っと妖狼の顔に触れます。

それだけのことで、妖狼の身体が地面に叩きつけられました。

顎先から地面に突き刺さるような勢いで、妖狼の巨体が地面に押さえつけられています。

 

 

『壊しても良(よ)いな?』

 

 

どこから取り出したのか、王家の黄金の剣を持ちながら、アマテルさんが冷静に問います。

・・・<精霊殺し>。

全ての精霊は、アマテルさんに勝利することはできない・・・。

 

 

『まぁ、待て、アマテル。何も壊さなくとも良かろう』

『・・・じゃあ、どうしたいのじゃ、主は』

『魔力を多く注入しすぎたのだから、もう少しコンパクトにすれば良いと思う』

『じゃ、コレだろうね』

 

 

アマテルさんと造物主(ライフメイカー)の会話に割り込む形で、シンシア姉様が手を掲げました。

フォンッ・・・と現れたそれは、漆黒の鍵。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>。

 

 

『ボクとひとつになろう、愛しい人(ライフメイカー)

 

 

どこか頬を染めて、姉様はそう言いました。

・・・な、何だか、いかがわしいですね。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

ズル・・・と音を立てそうな雰囲気で、漆黒のローブがシンシアの身体に絡みついた。

それに合わせて、シンシアの唇から熱のこもった吐息が漏れる。

・・・何となく、アリアと繋いでいる手に力を込めてみた。

 

 

『ん・・・』

 

 

衣服に覆われていない白い肌が漆黒の色に染まっていくのは、見た目の現象よりもどこか背徳的な印章を見る者に与えているようにも感じる。

 

 

『『・・・ふん、便利な剣があるな』』

 

 

2人の声が、1つの口から発せられる。

ただ、口調は主・・・造物主(ライフメイカー)の物だ。

ローブの隙間から覗くシンシアの青い瞳は、赤く明滅している。

それは・・・アリアの魔眼を思わせる輝きだった。

 

 

そして右手に<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>を持ったまま、左手に一本の西洋剣を創造する。

僕も見たことがあるそれは・・・確か。

 

 

『『「バルトアンデルスの剣」』』

 

 

術式統合(ウニソネント)、と2つの声が唱和すると、剣が鍵に吸い込まれた。

・・・ああ言う使い方ができるとは、知らなかったね。

まぁ、造物主(ライフメイカー)だからできることなのだろうけれどね。

 

 

『『アマテル、ちょっとそのまま押さえておいてくれるかな?』』

『ふん、勝手にするが良い』

 

 

今度はシンシアの口調でそう言うと、アマテルはどこか拗ねたように返答した。

どうも、何かが気に入らないらしい。

と言っても、彼女は登場時から変わらず不満そうにしていたけどね。

 

 

一方の狼の方はと言えば、アマテルに鼻面を押さえられて以降、大人しいものだった。

小さく唸りはする物の、それ以上の身動きは取れないでいる。

そしてそこに、造物主(ライフメイカー)・シンシアは『バルトアンデルスの剣』と統合された<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>の鍵先を突きつけた。

 

 

『『魔力の暴走を止め、再創造する』』

 

 

そしてその鍵先が狼の額に触れた、次の瞬間。

バリッ・・・と電気がスパークするかのような音と共に赤い光が狼の全身に走り、急激に魔力が収束して言った。

膨大で無秩序だった魔力が、急激に理性的なそれに整理されていくのがわかる。

 

 

巨大な狼の身体が、赤い光と共に分解される。

・・・かと思えば、より小さな物体が、その跡に出現していた。

それは先程に比べて、格段に小さく・・・まるで、赤ん坊のようだった。

 

 

「・・・ずいぶん、可愛らしくなっちゃいましたね」

「・・・うん」

 

 

アリアの言葉に、頷く。

何故なら、映像の中で・・・灰銀色の狼は50センチ程度の大きさになってしまっていて。

その愛くるしさに打たれたらしいアマテルに、抱っこされていたから。

 

 

 

 

 

Side アスナ

 

「・・・あれが、2600年前のカムイ」

「はぁ・・・あれ? ではカムイさんって、いつかあれくらい大きくなるんですか?」

 

 

・・・それは、どうだかわからないけれど。

白髪の女王(アリア)の言葉に、それでも私はさほど興味を持たなかった。

ううん、私は何にも興味は持たない。

持っているのは・・・。

 

 

「・・・カムイは、2600年前から・・・ずっと見ていた」

 

 

魔法世界を維持するためには、楔が必要。

それは造物主(ライフメイカー)であり、シンシアであり、アマテルであったと思う。

そしてそれを支えるのは、精霊の仕事。

カムイの仕事は、その精霊を管理すること。

 

 

そして監視すること。

アマテルの血が絶えないように、監視すること。

精霊の循環に必要な血が、絶えないように。

魔法世界を保護する<造物主(ライフメイカー)>の呪文情報を持つ<黄昏の姫御子>が、絶えないように・・・。

造物主(カミサマ)が創った、最初の人形(うつわ)。

この世界(まほうせかい)と運命を共にする、最初の知性体(ほしのかけら)

 

 

「だから、エンテオフュシアに姫御子が生まれるのは必然」

 

 

これまでの歴史の中で、何人もの姫御子が生まれた。

ウェスペルタティアの歴史の中で、私を含めて12人。

王として立った姫御子もいれば、兵器になった姫御子もいる。

そして今、13人目の姫御子が生まれる・・・。

 

 

「私は、それを伝えに来ただけ」

 

 

過去の映像が終わり、元の記録の(おもいで)の廊下へ戻る。

カムイの生まれた時の映像(おもいで)が終わり、元の空間へ戻る。

それだけ。

 

 

別に何かを伝えたかったわけでも、伝えようとしたわけでも無い。

ただ、教えにきただけ。

そして教えたかったのは、私じゃない。

カムイでも無い、カムイはただ見ているだけ。

見守っているだけ、だから。

 

 

「・・・アスナさん」

「何」

「ありがとうございます、教えてくれて」

 

 

だから、そう言われても私は何も感じない。

カムイが今の女王に擦り寄って、頬に鼻先を押し付けるくらい。

それだけ。

私自身は、今の女王も女王の子供にも、関心は無い。

たとえ、その子供が次の姫御子だとしても。

 

 

関心があるのは、あくまでももう一人の「私」。

・・・これで、良いの?

心の中に、言葉を送る。

すると・・・まるで浮かび上がってくるように、返事が返ってくる。

 

 

<ん、サンキュね>

 

 

別に、構わない。

興味無いし。

 

 

<素直じゃないわねー、ナギの子供の役に立ちたかった、とか言えば良いじゃない>

 

 

それだけは無い。

 

 

<あっそ・・・とにかく、ありがと>

 

 

・・・ありがとう。

感謝の言葉。

でも、それだけの言葉。

ずっと昔・・・言ったことのある言葉。

たぶん、もう言わない。

 

 

<言えば良いじゃない。ホント、素直じゃないわよねー>

 

 

・・・はぁ。

頭の中に響くもう一人の「私(カグラザカアスナ)」の声に。

私は、溜息を吐いた。

 

 

・・・溜息。

どうして、溜息なんて・・・?

 

 

<年なんじゃない?>

 

 

同い年。

 

 

<それもそうね・・・できれば、ネギの方も何とかしてほしいなーなんて・・・>

 

 

嫌。

 

 

・・・この気持ち。

私と「私」。

アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。

神楽坂明日菜。

・・・どっち?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・記録の廊下から戻って来た時、現実では1分も経っていませんでした。

私の私室の時計を見ると、本当に1分しか経っていなくて・・・。

夢を見ていたような、不思議な気分になりました。

 

 

「帰る」

「え・・・」

 

 

突然、アスナさんがソファに座る私達に背を向けて歩き出しました。

そして引き止める暇もお礼を言う暇も無く、私室の扉に手をかけて・・・。

 

 

「・・・姫御子の」

「え・・・」

「姫御子のことで何かあれば・・・来てくれて良い」

 

 

そして右眼の緑の瞳だけを私に向けて、そう言います。

・・・私達の赤ちゃんが、姫御子ゆえに何かあれば。

その時は自分がいると、言ってくれました・・・。

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

私のお礼とアスナさんが扉を閉じるのは、どちらが早かったでしょうか。

正直、これまでは特に仲が良くも不仲でもありませんでしたが・・・。

でも今は、お礼を言うべきだと思います。

 

 

「・・・ひゃ?」

 

 

その時、フワフワの灰銀色の何かが、ソファに座る私の膝の上に乗ってきました。

ぽふっ・・・と気の抜けるような音を立てたそれは、カムイさんです。

それから、鼻先を私の下腹部に押し付けて、スリスリしてきます。

 

 

さっきの映像並に巨大化されるとアレですが―――まぁ、今でも数メートル級の大きさですけど―――、その仕草は、とても可愛いです。

ふんわりとした毛並みに手を入れて、親愛の情を込めて撫でます。

そうですね・・・。

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

きっと、カムイさんも心配してくれたんですよね。

だからわざわざ、来てくれたんですよね。

・・・まさか、エヴァさんより年上だとは思いませんでしたけど。

でもアスナさんとかが結構、それっぽいことを言ってはいたんですよね。

あまり気にしたこと、なかったですけど・・・。

 

 

・・・でもさっきの映像的に考えると、あまりシンシア姉様達のこと、好きでは無いのかもしれませんね。

そのあたり、どうなのでしょう。

若い頃の姉様、随分とはっちゃけてましたね・・・。

 

 

「あ・・・」

 

 

しばらくスリスリしていたカムイさんは、不意に私から離れました。

そしてその後は、全くこちらを見ることなく・・・尻尾を振りつつ、自分で扉を開け閉めして、出て行きました。

・・・アスナさんの後でも、追ったのでしょうか。

結構、ご無体な所があるようです。

 

 

「・・・<黄昏の姫御子>、ですか」

 

 

何となく言葉に出してみながら、お腹に触れます。

そこに、新しい命が宿っていると言うのは、まだ実感が持てませんけど・・・。

でも、確かにここにいる・・・私の、私とフェイトの赤ちゃん・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

・・・いつの間にか、俯いていたようです。

隣に座るフェイトが、私の頬に手を置いて・・・上向かせてくれます。

 

 

「・・・不安かい?」

 

 

不安か、と問われれば・・・不安です。

赤ちゃんを産むということ、子供を育てると言うこと。

そして・・・姫御子。

不安要素は、たくさんあります。

あります・・・けど。

 

 

「・・・いいえ」

 

 

私は、首を横に振ります。

だって・・・。

 

 

「・・・守って、くださるのでしょう?」

 

 

フェイトが、いるから。

フェイトが、私を守ってくれるから。

フェイトが私・・・私「達」を守ってくれるなら。

私も、フェイト「達」を守れると、信じられるから。

それに。

 

 

「フェイト・・・」

「何?」

「・・・愛しています」

 

 

愛してる。

結局、そんな陳腐な言葉に収まってしまうのが、何だか悔しい。

でも心は、それ以上だと信じています。

信じられて、いるんです。

 

 

・・・頬にかかるフェイトの手に、私は自分の手を重ねます。

それから、眠るように眼を閉じて・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

王室専用のボーンチャイナのティーセット、銀のスプーン、ピンク色のミルクポット、銀のシュガーポッドと砂糖挟み、それと念のために蜂蜜と生姜をご用意致しました。

アリアさんの、食前のお紅茶です。

 

 

それらを乗せたトレイを持ちながら歩く私の後ろには、同じようにコーヒーの用意をした暦さん達がおります。

そして、私の隣には・・・。

 

 

「いや、しかし陛下達のカフェインの過剰摂取は何とかならないもんかねぇ」

 

 

先日、宮内省侍従職の侍従長として就任された方で、クママさんです。

最近、王都の子供達に大人気と聞き及んでおります。

・・・拳闘団の方のお仕事も兼業されているそうです。

 

 

それはともかく、問題は「カフェイン過剰摂取」の件です。

フェイトさんがコーヒー党であり、カフェイン依存症であることは周知の事実ですが。

フェイトさんと同じレベルでお紅茶を飲まれるアリアさんも、実はカフェイン依存症です。

依存症が言い過ぎでも、日に7杯のお茶の時間を共にしているお2人がかなりのカフェイン摂取を行っていることは、想像に難くないと思われます。

 

 

「あー、それ、私達も気にしてたんですよ」

「ことあるごとに、フェイト様は私にコーヒーを淹れるように申されますもの」

 

 

暦さん達も、同意の声を上げます。

侍医団の方々も、その点は注意が必要だと懸念されておりました

特に、カフェインの過剰摂取が妊婦に与える影響は考慮せねばなりません。

そこで、我々侍従も対策を講じました。

 

 

ノン・カフェイン作戦です。

・・・端的に言えば、カフェインを抜いたコーヒー、お紅茶をお出しするだけです。

 

 

「これからお2人にお出しするコーヒー、お紅茶は全てノンカフェインです」

「ですよねー・・・あれ? そう言えばどうしてフェイト様まで?」

「この際ですから、ご一緒にカフェインを卒業して頂こうかと・・・」

 

 

ちなみにこれからアリアさんにお出しするお紅茶は、ノンカフェイン・セイロン。

旧世界・スリランカから取り寄せたセイロンの茶葉をノンカフェイン化した物です。

 

 

ノンカフェインとは言え、香りと水色、鮮紅色のお紅茶と、そのままセイロンティーです。

しかしセイロンティーより喉越し爽やかで飲みやすく、そしてノンカフェインなので健康的です。

この他のお紅茶の茶葉も、ことごとくノンカフェイン化されております。

・・・稀にであれば、普通のお紅茶も飲まれた方が良いでしょう。

2ヵ月後くらいからは、ハーブティーを試してみても良いかもしれませんね・・・。

 

 

「あ・・・アスナさん?」

「・・・じゃ」

 

 

その時、アスナさんとすれ違いました。

短い応答の後、立ち止まること無く通り過ぎていかれます。

・・・アリアさんの私室の方向からですが、外を歩いているのを見るのは初めてかもしれません。

 

 

「何だい何だい、陰気な娘だねぇ」

 

 

おそらく初対面のクママさんが、凄いことを申されておりました。

そして、アスナさんの後を追うように・・・。

 

 

「カムイさん?」

「・・・」

 

 

これまた珍しく、灰銀色の狼(カムイさん)が廊下を闊歩しておりました。

返事の代わりに、尻尾を振って去って行かれました。

暦さんが過剰に威嚇しているのを除けば、特に何もありませんでした。

 

 

「何だい何だい、でかい犬だねぇ」

 

 

狼です、クママさん。

そしてそうこうする内に、アリアさんの私室の前に到着いたしました。

ノン・カフェイン作戦、始動です。

 

 

他の皆さんと視線を交わし、頷き合い・・・。

扉の前に佇立している私の弟、田中さんに目礼して。

コン、コン、とノックした後、扉を開きます。

 

 

「失礼致します、アリ」

 

 

・・・。

・・・・・・。

部屋の中と扉で、言語化が極めて不敬に当たるような事態になっておりますアリアさんと、やはり極めて短い時間、見つめ合います。

 

 

「・・・ぁ、茶々丸さ・・・」

「・・・・・・・・・ごゆるりと」

 

 

できたメイドである私は、他の方に見えないよう、即座にかつ静かに扉を閉めました。

ナイスタイミングでありました・・・。

 

 

「・・・何で、入らないんです?」

「いえ・・・」

 

 

暦さんの不思議そうな声に、私はゆるゆると首を振って答えます。

今は少々、入室できません。

しかし私はできたメイドですので、私室の中でのことの全ては口を緘して語りません。

ガイノイドですから、口の固さにはいささか自信がございます。

 

 

まぁ、そのようなわけですので。

数秒後、私は恥ずかしげに顔を赤らめながら扉を開けるアリアさんを、録画することに成功致しました。

・・・記録(メモリアル)・・・。




新魔法具:
『ドラえもん』から『たずね人ステッキ』:司書様提案。
『RAVE』から『ゼロ・ストリーム』:司書様提案。
『フェアリーテイル』から『造形者の手袋』:kusari様提案。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第16回広報:

アーシェ:
はーい、実は幻想空間の中に入れなくて何が起こったかさっぱり!
・・・な、アーシェです!
というわけで、今回は早くもキャラ紹介!

キカネ:
性別:女、種族:竜族。
身体的特徴:頭に角が二本で、片方が折れてる。
性格は活発で、明るい女の人。角が半分折れてるからか、相手の角を欲しがる癖があるとか。フェイトガールズの環と出会ってからは、特には癖は出ていない。
パルティア出だから、いろいろ合った模様、ただ本人しか詳しいことは知らない。

アーシェ:
うーん、いろいろあったんだろうねぇ。
ちなみに、パルティアの外で生きてるパルティア人に部族のことを聞くのはタブーです。家族・故郷の話もNG。
・・・ま、私も難民時代の話なんて、したくないしね。

そんなわけで、久々のベストショット!

最後のシーン、茶々丸室長の撮った録画。

・・・私のじゃないじゃん!?


アーシェ:
次回は魔法世界では無く、旧世界がクローズアップされます。
何故かって? 予定日だから。
何の予定日かって、それは・・・。


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アフターストーリー第17話「麻帆良の奇跡・前編」

次々回以降は、アフターストーリー(第4部)の後半になります。
これまでと異なり、ストーリー固定化の予定です。

今回の話から、リード様、スコーピオン様、霊華@アカガミ様、司書様のご提案部分が入るかと思われます。
では、どうぞ。


Side 和泉亜子

 

ふぅ――・・・と、うちは大きく息を吐く。

愛用のベースを抱きかかえるようにしながら、楽屋の中で一人、集中する。

いつからかは忘れたけど、これがうちのスタイルになった。

 

 

子供の頃から変わらへん、自分に自信が無いから、こうやっていちいち心の準備がいるんや。

何度も何度も深呼吸して、心臓の鼓動を落ち着けようって努力する。

そうじゃないと、ステージに立てへんから。

色素の薄い髪も瞳も、背中の・・・も、まだ、怖いから。

部屋の中で一人、何度も深呼吸するんや。

 

 

「・・・亜子! 時間だよ!」

「あ、うん!」

 

 

楽屋の扉が開いて、バンド仲間の釘宮がうちを迎えに来てくれた。

これも、デビューから続いてることや。

釘宮がいなかったら、きっとうちはここにいないと思う。

 

 

「お♪ 来た来たニャー?」

「それじゃ、今夜も一発、ブチかましてあげましょーか!」

 

 

楽屋の外には、他の2人・・・柿崎と桜子がおった。

柿崎はギターを持ってて、桜子はドラムのスティックをカチカチ鳴らしてる。

うちの他の3人は、うちよりもずっと早く心の準備とかできるから、羨ましいわ・・・。

 

 

この間、彼氏と別れてから髪が短くなった柿崎。

逆にセミロングになった釘宮、三つ編みの桜子。

着てる服はライブ衣装、お揃いやけどデザインが微妙に違う。

皆、昔よりずっと大人やけど・・・変わってへん部分も、あると思う。

・・・テンションとか。

 

 

『皆―――っ、おっまたせ―――――っ!!』

 

 

・・・ステージの上、始まりを告げる桜子の声。

熱いスポットライト、満員のお客さん、甲高い声援・・・。

全部に、圧倒される。

 

 

熱気と、ボリューム。

凡人のうちには、本当にキツいわ。

主に、精神的な意味で。

でも・・・皆と一緒やから、精一杯やれる。

 

 

『そいじゃまー、挨拶代わりにまずは一曲目!』

 

 

ワアァッ・・・と、桜子の声に物凄い音量の声が返ってくる。

その間に、うちは観客席を見渡してみた。

その中には、うちらの今の友達とか、ファンクラブの人とかがおるんやけど。

 

 

・・・一番、最前列の席だけは、いつも空けてあるんや。

これは、ずっと前からやっとることなんやけど。

一度も、来てくれたことは無い。

でも、当たり前や。

チケットの送り先、わからへんもん・・・。

たまに、ファンレターに混じって応援のお手紙があるくらい・・・。

 

 

『・・・いっくよ――――っ!!』

 

 

桜子の声に、釘宮達と目を合わせて、頷き合う。

すぅ・・・と、大きく息を吸って、手を上げて・・・。

・・・っ!

 

 

―――――スタート!

 

 

 

 

 

Side 長谷川千雨

 

『・・・昨夜、日本武道館で行われた「でこぴんロケット」のライブイベントには、チケットを入手した1万人以上のファンが駆けつけ、大変盛況の内に・・・』

「・・・あがっ?」

 

 

ガタンッ、と何かが―――後で見たら、目覚まし時計だった―――落ちた音で、私は目を覚ました。

んー・・・?

ガリガリと頭を掻きつつ、私は突っ伏していたらしい机から顔を上げた。

 

 

「・・・いっけね、机で寝ちまったか・・・」

『まいますたー、おそよーございます!』

『『もう、10時だよー?』』

「あん・・・?」

 

 

つけっぱなしだったパソコン画面からのミク達の指摘に画面隅の時計を見れば、確かに午前10時4分。

・・・まぁ、たまにはこんな日もあんだろ。

日曜日だしな。

 

 

「いーだろ別に、就職も決まったし・・・後は悠々自適の学生ライフの残りをエンジョイすりゃ良いんだからよ」

『ダメ人間ですねー』

「切るぞ」

『ごめんなさい』

 

 

ちなみに、私の就職先は中堅どころのIT企業だ。

就職難のこのご時世、内定があるだけでも有り難く思わねーとな。

・・・まぁ、どこかのぼかろのせいで、私の資産は「大学生? ナマ言ってんじゃねーよwww」レベルにまでなっちまってるわけだが・・・。

・・・油田の権利とか、どうすりゃ良いんだよ。

 

 

『石油王になっちゃえば良いじゃない、ゆ~♪』

「死ね!」

『あ、ガス田の方が良かったです?』

「そうじゃねぇよ! ・・・って、テレビもつけっぱなしだったか・・・」

 

 

・・・何か、ワイドショーで中高の同級生が映ってるわけだが。

旧3-A組は、いろんな所で目立ってやがるからな。

和泉とかは、特にアレだけどよ・・・まさか「でこぴんロケット」がメジャーデビューするとは思ってなかったしなぁ・・・。

 

 

『・・・それでは次の話題です。今夏に行われる水泳の世界選手権に向けて強化合宿に入っている女子200m背泳ぎ代表の大河内アキラ選手は、大会に向けた意気込みを・・・』

 

 

・・・ま、皆がんばってるってことだろ。

私は、普通に生きていければそれでいーけどな。

 

 

『あ、まいますたー、卒業論文完成しましたよー』

「勝手に書くなよ!?」

『まいますたーのお役に立ちたくて・・・』

「そ、そうか・・・ちなみに、何について書いたんだ?」

『今後のコスプレ市場の成長可能性について』

「マジで死ね!!」

 

 

なんつーもん書いてんだよ、そんなもんゼミの教授に出せるわけねーだろが!?

外では堅物真面目キャラで通ってるんだよ私は、畜生!

 

 

 

 

 

Side ハカセ

 

「・・・ほいっと、直ったよー」

 

――ありがとうございます、ハカセさん――

 

「良いよ、ここのシステム作ったの、元々は私だしね」

 

 

四葉さんのお店の屋根から梯子を伝って降りて、私は下で見守ってた四葉さんの傍に降りました。

四葉さんのお店、「超包子」は・・・もう、屋台じゃない。

麻帆良各所に固定の店舗を持った、普通のお店になってます。

管理者はもちろん、四葉さん。

 

 

ちなみに私が今いるのは「超包子」第一号店、屋根に取り付けたソーラーパネルの調子がおかしかったから、直してみました。

んー、午前11時、お昼ご飯前に直せて良かった。

 

 

――お礼に、お昼ご飯を食べて行ってくださいね――

 

「お、本当? 悪いねー」

 

――いえ――

 

 

相も変わらず独特な話し方の四葉さん、でも今、麻帆良で一番注目されてる若手料理人なんだよ?

・・・まぁ、キャラクターも手伝ってるんでしょうけど。

お店を構えても、基本は早い、安い、旨いだから、客層は学生が多いですし。

 

 

「あっ、四葉さん!」

 

――いらっしゃいませ――

 

「お、俺と付き合ってください!」

 

――(ニコッ)――

 

 

・・・たまに、距離感を勘違いする男子もいるみたいだけどねー。

四葉さん、大人になってからまた可愛くなったし。

まぁ、私は研究が恋人だし、でも最近はあんまり面白いこと無いんですよねー。

新開発より整備・改良・量産の方が多いし、麻帆良は平和そのものですし。

 

 

お店の内装は、屋台時代とさほど変わらない。

調理場が見えるカウンター席と、いくつかのテーブル席、後は外にもテーブルがある。

良くある中華料理店って感じです。

・・・その時、カランカランッと、お店の扉が開く音がいた。

カウンター席に座ってる私からは、誰が入ってきたのかはわかります。

 

 

――いらっしゃいませ・・・あ、相坂さん――

 

「こんにちは、四葉さん。昨日の出前のお皿、返しに来ました」

 

――動いて大丈夫なんですか? 後でこちらから取りに行きますのに――

 

「大丈夫です、何だか今日は、動いてみたくて」

 

 

入店してきたのは、同級生の相坂さん。

最近は移動するのも大変らしくて、今は車椅子に乗ってる。

私が作った、片手で操縦できる超万能全自動車椅子「紀子ちゃん(N-0-rik00)」。

 

 

相坂さんは顔の造りとかが少し丸みを帯びて、前より優しい印象を受けます。

色素の薄い長い髪に赤い瞳、淡い色合いのマタニティワンピースを着てる。

 

 

「やっほー、相坂さん」

「あ・・・こんにちは、ハカセさん」

 

 

挨拶すると、相坂さんはにっこりと微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

5月最後の日曜日、のんびりとお散歩してみます。

何だか今日は、とても動きたい気分なんです。

ここ数日は、むしろ動くのが億劫だったんですけど・・・。

 

 

「まぁ、家に籠ってるのも飽きるもんねぇ」

「あはは・・・そうかもですね」

 

 

ガラガラと・・・世界樹広場を、車椅子で進んでいます。

ハカセさんが作ってくれたこの車椅子は、いろいろと機能がついていてとても便利なんです。

・・・ただ私自身が機械に疎いので、使い方がマスターできてないんですけど。

 

 

せっかくだからと、お昼はハカセさんとご一緒しました。

すーちゃんは、畑でお弁当だと思うし・・・。

それで、その後は四葉さんのお店を出て、一緒にお散歩です。

片手で車椅子を操作しながら、ハカセさんの隣をゆったり進みます。

 

 

「5月にしては、今日って結構暑いよねー」

「ですね、おかげで昨日までは動くのが億劫だったんですけど・・・どうしてか、今日は妙に動きたくて」

「ふーん、でも無理はしないでね」

「はい」

 

 

中学生の頃は、ハカセさんとはあまり親しくは無かったんですけど・・・。

こちらで過ごすようになってからは、とても仲良くして頂いています。

こんな車椅子や、妊婦用の運動器具とかも頂いてしまって・・・本当に有り難いです。

お礼に渡せるものが、畑の野菜とかで・・・。

 

 

「そういえばさ、アリア先生も子供、できたんだって?」

「はい」

 

 

ハカセさんの言葉に、自然、声が弾みます。

先日、魔法世界からアリア先生のお手紙が来て・・・知りました。

一緒にお母さんになれるの、とても嬉しいです。

・・・実は、エヴァさんや茶々丸さんのお手紙とかですでに知ってたんですけど。

でも、心を込めてお祝いのお手紙を送りました。

届いたかなぁ・・・。

 

 

「生命(せいめい)かぁ・・・」

「呼んだかの?」

「うひゃあっ!?」

 

 

感慨深そうに呟いたハカセさんに反応したのは、車椅子の座席の下の籠の中にいた、晴明さんです。

銀色の髪のビスクドールが、ひょっこりと顔を出しています。

・・・先月くらいから、私を心配してついてくれているんですけど。

 

 

「晴明さん、人目が・・・」

「大丈夫じゃ、これ以上は動かん。車椅子に結界をつけておるでな」

 

 

いつの間にか、変な機能が追加されていました。

・・・ふぅ。

 

 

少し息を吐いて、片手でお腹をポンポント軽く叩きました。

すると・・・お腹の中で、何かがモゾモゾと動くのがわかるような気がします。

何かって言うか、私の赤ちゃんなんですけど。

予定日が近付いて、「いつでも」な状態になって・・・改めて思うんです。

ああ・・・私の中に、別の命があるんだなぁ・・・って。

 

 

「・・・むむむ? あれは・・・」

「はい?」

 

 

ふと、ハカセさんが足を止めました。

合わせて、私も止まります。

ハカセさんの視線の先には、世界樹広場の中の・・・それも、良く待ち合わせとかに使う広場があって。

そこに・・・。

 

 

「あれ・・・瀬流彦先生?」

「だね」

 

 

何か、妙に緊張した様子の瀬流彦先生が、直立不動な感じで立っていました。

・・・何、してるんだろ、こんな所で。

声をかけようか迷ったけど・・・誰かと待ち合わせかもしれませんし。

 

 

・・・?

 

 

行きましょうか、とハカセさんに声をかけようとして、ふと何かが気になりました。

でも、それが何かは、わからなくて・・・。

ただ、何となく動いていたいと言う気持ちがあって。

他には・・・周りには、世界樹くらいしか見えなくて。

・・・まぁ、良いかな。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「あ、あ~・・・や、やぁ、良い天気だネ! ・・・い、いや、何か発音が変だな・・・ぜ、全然待ってないヨ、今来た所サ! ・・・いやいやいや・・・」

 

 

い、いけない、シミュレーションのつもりがどんどん方向性を見失っているじゃないか・・・!

しかも一人でブツブツ呟いているもんだから、通行人が酷く微妙な顔で僕のことを見てきた。

不味い、非常に不味いね・・・!

 

 

ば、場所変える?

いや、でも待ち合わせ場所ここだしねぇ・・・。

 

 

「・・・ん、んんっ!」

 

 

咳払いをすることで、通行人を追い払うことに成功した。

何故か、勝った気分になった。

でも、勘違いだと思った。

 

 

・・・ちなみに、僕が何をしてるのかって?

え、いやぁ・・・はは、まぁ、なんと言うか

・・・彼女(こいびと)と、待ち合わせ的な?

 

 

「恋人って言うか、婚約者なんだけどね!」

 

 

口に出して言ってみると、想像以上に恥ずかしかった。

いや、でも何となく、無意味に宣言したくなる時って、あるでしょ?

元々は、新田先生の紹介で会った女子高生だったんだけど・・・あ、今は大学生だよ?

いやぁ・・・最初は普通だったんだけど、これがまた、複雑な諸事情があってね・・・婚約までが大変だったんだから。

 

 

一般人の子かと思ってたら・・・実は元西の陰陽師!

しかも、西では結構な家の子で・・・いろいろ事情があって、実家から出奔した子。

詠春さんの所ほどじゃないけど、うん、いろいろあったんだよ。

 

 

「・・・3回くらい、死にそうになったしねぇ」

 

 

あの時ほど、新田先生は知っててワザとやってるんじゃないかって思ったことは無いよ。

途中で相談したら、「キミにしかできないことをしなさい、瀬流彦君」とか意味深なこと言ってたし。

でも一応は一般人のはずだから、確認できないし・・・。

・・・でもやっぱり、実は全部知ってるんじゃないかなぁって、思う時がある。

ネギ君やアリア君の時だって、何だかんだでいろいろ黙認してたわけだし・・・。

 

 

「・・・んせ?」

「うーん・・・」

 

 

やっぱり怪しいよねぇ、新田先生。

今度聞いてみようかな・・・でも、藪蛇は不味いしなぁ。

 

 

「せんせ?」

「うーむむむ・・・」

「・・・・・・せーんせ!」

「は、はいっ!?」

 

 

近くで呼ばれて、反射的に気をつけの体勢で返事をする。

・・・これも、職業病って言うのかな・・・じゃなくて!

慌てて振り向くと、そこには待ち人がいたわけで・・・。

 

 

「あ・・・ご、ごめん! えっとその、考え事してて・・・」

「お待たせしてしまいましたか?」

「い、いやいや全然! 今来た所だから!」

「そうですか、良かった」

 

 

深く追求されなくて、ほっとした。

・・・僕のことを「せんせ」と呼ぶこの子は、土御門 明楽さん。

艶やかな長い黒髪で、前髪は軽く何本かのピンで、それと後ろ髪はバレッタで留めてる。

薄藍がかった黒の瞳に右目の下に泣きぼくろ、黒の銀のシャープなデザインの眼鏡をかけてる。

女性にしては身長は高めだけど、身体つきは細い・・・と、思う。

いや、ジロジロ見るのって失礼だし・・・。

 

 

服装は薄手の淡いグレーのカーディガンにシンプルな白のシャツと、膝より少し長めのスカートに黒のストッキング、それと踵の低いシンプルなデザインのパンプス。

手にはハンドバックを持っていて、バッグを持つ手に誕生石(アメシスト)のついたシンプルな指輪と、左手の薬指に銀の婚約指輪。

一言で言うと・・・凄く、可愛いと思う。

 

 

「・・・何か?」

「え、いやいやいや、何でも無いよ!?」

「そうですか・・・新しい眼鏡を買いに行くのに付き合せてしまって、面倒なら・・・」

「ま、まさかぁ!? 迷惑だなんてそんな・・・うん! じゃあ、行こうか、うん!」

 

 

何たって、僕は麻帆良で一番眼鏡に詳しいからさ!

ガンドルフィーニ先生も刀子先生も詠春さんも皆、眼鏡だからね、うん。

 

 

「・・・はい」

 

 

小さな声が聞こえたかと思うと、僕の二歩半後ろを彼女がついてくる気配が。

何だか、背中がくすぐったいや・・・。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

「いやはや、なんとも平和ですねぇ」

「・・・そうですね、アル」

 

 

図書館島地下にある、アルの隠れ家。

・・・まぁ、別にもう隠れる必要は無いのですが。

それでもどう言うわけか、アルはここから出ようとしない。

本人は、気に入ってるからだと言っているが・・・。

 

 

「詠春、私のことはクウネル・サンダースと呼んでくださいとアレほど」

「今さら、貴方のことをアル以外の名で呼べと言われても・・・」

「・・・ナギとラカンも、さっぱり呼んでくれないんですよねー・・・」

「あはは・・・」

 

 

カチャッ、とティーカップを置いて、軽く笑う。

この5年で、私はますます老け込んだと思う、白髪も増えましたし。

だが、アルは何も変わらない。

造物主(ライフメイカー)の封印を10年留めていた影響で、今ではほとんど力を失ってしまったと言う、それ以外は。

 

 

図書館島の地下で、隠居しているのも変わらない。

一応、オスティアとのゲートの管理人と言うことにはなっていますが・・・それは、そうした肩書きでも無いとここに置くわけにはいかないからです。

つまり、私の都合だ・・・。

 

 

「ところで詠春、最近、娘さんとはどうですか?」

「ああ、先日、手紙を貰いましたよ」

「おや、仕送り以外にも関係を持てたんですね」

「ええ、おかげさまで」

 

 

まぁ、それでも近況報告程度の物で、しかも差出人は刹那君ですが。

どうも・・・私に気を遣って、自分と木乃香のことを伝えてくれているようです。

良い子ですね、本当に・・・。

 

 

・・・ただどうも、余り平穏平和な話ばかりでなかったことは、気がかりですが。

旧関西絡みは別にしても、土地の妖怪同士の勢力争いに巻き込まれたり、同じアパートの子供を取り返しに北海道の孤島に乗り込んだりとか。

・・・どんな生活をしているのでしょう、木乃香と刹那君。

 

 

「貴方ほどじゃないでしょう、詠春」

「そんなことは・・・」

 

 

アルに指摘されて、ふと考え込みます。

・・・四国妖怪と戦ったり、旧世界連合を取り纏めたり、魔法世界のクルト君と交渉してみたり、麻帆良を襲った謎のハッカーに頭を悩まされたり、挙句の果てには京都の本山で伝説の大妖怪と相見えたり・・・。

 

 

「・・・アル」

「はい?」

「・・・平和ですね」

「ねぇ」

 

 

大惨事も大事件も無く。

珍しいことにここ数ヶ月は、麻帆良は平和その物です。

できれば・・・もうしばらくは、続いてほしい物ですね。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

あの後、世界樹広場近くのカフェでハカセさんとお茶をしながら、時間を潰しました。

ハカセさんは、生命と言う物を最近、良く考えるんだそうです。

茶々丸さんや田中さん、魔法の力を込めたロボットが「魂」を持つ点に、着目しているとか。

 

 

ある意味で、最近は私も命について考えることが多くなりました。

お腹の中に、実際に新しい命を抱えているからかもしれません。

とても重くて・・・温かいんです。

大変なことも、たくさんありますけど・・・。

 

 

「ハカセさんは、そのまま大学の研究室に残るんですか?」

「え、うん、そうなると思うよ。連盟・・・詠春さんとの契約もあるしね」

「そうですか・・・じゃあ、これからも、ご近所さんですね」

「だね」

 

 

正確には、ご近所さんでも何でも無いですけど。

でも、これからも仲良くして貰えるなら、嬉しいです。

そんな感じで、午後はハカセさんと過ごしていました。

臨月に入ってからは、ほとんど外に出ない生活だったんですけど。

でも、今日は何でか、外に出たくて・・・。

 

 

 

 

    『・・・・・・ま・・・・・・』

 

 

 

 

・・・?

今、何か・・・?

 

 

気のせいかな・・・と、あたりを見渡してみるけど・・・。

広場を行きかう通行人くらいしか、いないし。

気のせい・・・。

 

 

「・・・あれ?」

「ん? どうしたの?」

 

 

不意に、世界樹が目に留まりました。

麻帆良の大半から見える巨木ですし、ここは世界樹広場ですし・・・。

・・・その、世界樹が。

 

 

「・・・発光してる?」

「え?」

 

 

私の声に驚いて、ハカセさんが世界樹を仰ぎ見ました。

 

 

「・・・してないと、思うけど」

 

 

でも、ハカセさんの目にはいつも通りに映ってるみたい。

私の目には、かすかに世界樹が光っているように見えるんですけど・・・。

・・・気のせい?

 

 

 

 

    『・・・・・・マ・・・・・・』

 

 

 

 

・・・っ。

また、また何か、聞こえたような・・・。

 

 

「・・・何じゃ・・・?」

 

 

車椅子の籠の中から、晴明さんの訝しげな声が聞こえた。

晴明さんは、感じてるんだ。

私が、それを確認しようとしたタイミングで・・・。

 

 

「さーちゃーんっ!!」

 

 

その時、広場の向こうからすーちゃんがやってきました。

畑仕事が終わったのか、私を探しに来たのか・・・長い白髪を靡かせて、涼しげな色の和服姿で。

周りの人が好奇の目で見てるけど、一顧だにせずに。

 

 

「すーちゃん・・・」

「探したぞ、なかなか帰ってこないし・・・あんまり、外に出ちゃダメだぞ!」

「ごめん・・・」

「良いぞ、僕(スクナ)は怒ってない」

 

 

プルプルと首を振りながら、すーちゃんが笑う。

それを見て、私は口元が綻ぶのを感じました。

 

 

「それじゃ、私はこれで失礼しようかな。邪魔しちゃ悪いしね」

「あ・・・じゃあ、お会計・・・」

 

 

しましょうか、と、言おうとした。

まさに、その時。

 

 

 

 

    『・・・・・・ママ・・・・・・』

 

 

 

 

急に、身体が。

ズンッ・・・と、何か、重たい何かが、お腹が。

 

 

 

 

    『・・・ママ・・・!』

 

 

 

 

からだ、が・・・・・・!

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

いやー、うん、何と言うかアレだね。

・・・幸せだなぁ。

 

 

「ありがとうございます、せんせ。お休みの日に」

「え? いやいや、むしろお休みの日だからこそ、明楽さんと一緒にいるって言うか・・・・・・あ、いやっ、別にこれくらい、いつでも付き合うよ!?」

 

 

うん、いや本当、毎日だって付き合うよ!?

むしろ、僕が付き合ってほしいくらいだよ!

 

 

「・・・って、もう付き合ってはいるんだけどね!」

「せんせ?」

「あ、ごめん、こっちの話」

「こっち?」

「うん、こっち」

 

 

・・・何を意味不明な会話を展開させているんだろう、僕は。

いや、うん、こう言う時は年上の僕がリードしないとだよね、うん。

もう何年も付き合ってるんだし―――誓って清い関係だよ! 彼女の両親に釘を刺されててさ・・・いや、それが無くても不埒なことはしないよ!?―――、いつまでも付き合いたてのアワアワ状態から抜け出せないんじゃ、明楽さんも愛想尽かしちゃうよね・・・。

 

 

「クス・・・変なせんせ」

「そ・・・そう、あはは」

「うふふ・・・」

 

 

かぁわいぃーなぁもぉ―――――――っ!

細くなる目とか、そして口元を押さえる細い手とか。

うん、もう・・・どうでも良いよね、いろいろと。

 

 

「いや、それにしてもたくさん眼鏡を試着したよね」

「結局、前のと同じデザインで注文したんですけど」

「うん、良いんじゃないかな」

「でも、たまには違う物を着けてみたくもなります」

「うん、良いんじゃないかな」

「・・・三つ目用の眼鏡とか」

「うん、良いんじゃないかな」

「・・・せんせは、何でも良いんですね」

「え・・・あ、いや、違うよ? 明楽さんなら何でも似合うよねって話で・・・」

「あ、ありがとうございます」

 

 

可愛いなぁ・・・本当に本当に可愛いなぁ。

口に出しては言わないけど、恥ずかしいから。

あと、大人だしね僕。

 

 

・・・そんな会話をしてたら、いつの間にか待ち合わせ場所近くに戻って来てた。

つまり、世界樹広場。

えーと・・・。

 

 

「えっと、ちょっと休憩しようか?」

「休憩?」

「うん、お茶とか・・・」

 

 

それ以外の意図は無いです。

・・・本当だよ?

 

 

と、とにかく、明楽さんも良いって言うから、カフェでも行こうか。

確かこの近くに、割とお洒落な若い子向けのカフェが・・・。

・・・おや?

 

 

「何だろう、人だかりが・・・」

 

 

目的のカフェはすぐに見つかったんだけど、外のテーブルの一隅に人が集まっていた。

何かあったのかな?

・・・うん? あそこにいるのって、もしかして・・・。

 

 

「あ、明楽さん!?」

 

 

突然、明楽さんが駆け出した。

いつも僕の後ろにいるから、かなり珍しい・・・じゃなくて。

僕も、すぐに後を追う。

周りの人に謝りながら、それほどでも無い人だかりを抜けて・・・って。

 

 

「あ、相坂君!?」

「あ・・・瀬流彦先生!」

「ハカセ君!?」

 

 

そこにいたのは、相坂君とハカセ君だった。

あとそれと・・・スクナ君じゃないか!

 

 

「さーちゃん・・・さーちゃん!」

「大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」

「さーちゃんが急に・・・って、お前誰だ?」

 

 

白髪の和装少年(スクナくん)が抱き止めているのは、相坂君だった。

相坂君は顔色が真っ白で・・・スクナ君がいなければ、そのまま地面に倒れこんでるんじゃ無いかってくらいだ。

明楽さんは、これを見つけたから・・・。

 

 

「救急車は呼びましたか!?」

「え、えー、はい!」

 

 

明楽さんに気圧されながら、ハカセ君が答える。

え、ええと、相坂君は確か今・・・。

 

 

「あ、相坂君、大丈夫かい!?」

「・・・る、彦、せん、せ・・・」

 

 

息も絶え絶えな感じで、相坂君が蚊の鳴くような声で答えた。

顔色がかなり悪いんだけど・・・え、大丈夫!?

予定日とか、近いんじゃなかったっけ?

 

 

「・・・産まれるぞ」

「へ?」

「もう、産まれる。命の脈動を感じる、凄いぞ・・・!」

「え、ちょ、えええええぇぇぇぇっ!?」

「せんせ、落ち着いて!」

「はい!」

 

 

明楽さんに落ち着くように言われるけど、かなりてんぱってる。

だって、スクナ君の言ってることが本当なら、悠長なことしてらんないじゃないか・・・!

・・・子供が、産まれるんだよ!?

 

 

ど、どうしようどうするどうしたらどうすれば!?

こ、こう言う時、男はどうしてれば良いのやら・・・!

 

 

「ぐ・・・う~・・・!」

 

 

相坂君、本気で痛そうって言うか、苦しそうだ。

 

 

「・・・こ、声が・・・!」

「え?」

「あ、赤ちゃんの・・・?」

「へ?」

 

 

ズン・・・ッ。

 

 

相坂君が何を言ってるのか、わからなかったけど。

それを確認する前に・・・。

 

 

ズ、ズン・・・ッ!

 

 

大地が・・・麻帆良が、揺れた。

 

 

 

 

 

Side 長谷川千雨

 

・・・いきなりだったから、受け身が取れなかったぜ。

と言うか、電化製品だらけだからマジでヤバいんだが、私の部屋(大学寮)の場合・・・。

 

 

『私達も、リアルにヤバかったです・・・』

「停電したら役立たずだもんな、お前ら・・・」

 

 

何とか無事だったノートパソコンの画面の中で、緑のツインテール娘が冷や汗をかいてやがった。

いや、前に一回あったんだけど、停電したら出てこれないんだよ、コイツら。

携帯の電池切れたりしたら、もう手段が無いんだもんな。

・・・やたら静かなんだよな。

 

 

「しっかし・・・地震か?」

『んー・・・速報とかは無いですねー』

 

 

地震にしては、短かったような気もするが。

今日も今日とて、一日中ネットサーフィンやらぼかろの歌作りやらホームページの更新やらやってたんだが、突然揺れやがってな。

でも地震速報もねーって、どう言うこった?

 

 

「あーあー、もう。棚の中身がグチャグチャじゃねーか。割れてねーよな・・・コップとか」

『リアルは嫌ですねー』

「どこかの廃人みてーなこと言ってんじゃねーよ」

 

 

私はちゃんと、リアルを生きてるんだっての。

・・・あ、でも今日、外に出てねーな私・・・。

大学以外はあんま外出ねーし、人付き合いとかもあんまり・・・。

・・・い、いや、大丈夫だ、うん。

 

 

『まいますたー!』

「あ?」

 

 

画面の中から、ミクが叫んだ。

今度は何だと思った・・・次の瞬間。

 

 

   ズンッ

 

 

また、揺れやがった。

それも今度は一回じゃなくて、連続っつーか・・・。

本気で、地震だった。

 

 

家具がガタガタ揺れて・・・や、やべっ、これマジでやべーって・・・!

こ、コンセント、コンセント抜いた方が良いのかコレ、ブレーカーとかよ!?

 

 

『切らないでください―――っ!』

「主人の命を優先しろよ!?」

『あっ、ついにまいますたーとしての自覚が!』

「うっせぇ!」

 

 

いや、冗談抜きでヤバッ・・・!

・・・ガシャンッ、パリンッ、と音を立てて、棚から物が落ちる。

て、テレビ落ちるテレビ・・・!

 

 

『まいますたー!』

「何だよ!?」

『これ、地震じゃないです!』

「ああ!?」

 

 

現に、めちゃくちゃ揺れてんじゃねーか!

そう思ってミクの方を見れば、画面には麻帆良の断面図。

そして、何かを表してるんだか知らねーが、赤い滲みみてーなのが下から・・・。

 

 

「地面の下から・・・何か来る!? ミク!」

『計算中・・・・・・・・・・・』

 

 

ブゥンッ、と、画面が数秒だけ切り替わる。

だけど、すぐにまた緑の髪のツインテール娘が画面に映る。

で、結論を言うわけなんだが。

 

 

『・・・世界樹です、まいますたー!』

「・・・は?」

 

 

世界樹がどうしたってんだよ。

まーた、「そっち」の話じゃねーだろうな・・・。

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

「ぬ、ぬおぉ・・・?」

 

 

軽く呻きながら、我はプラプラと空中で揺れておる。

どうも服の一部が、車椅子に引っかかってくれたらしいのぅ。

人目がある故、動けぬのじゃが・・・いやはや。

 

 

まさか、地面が割れるとは思わなんだ。

 

 

・・・いや、正確には割れたわけでは無いの。

地面から、巨大な木の根が隆起してきただけじゃ。

・・・いや、それも十分にアレじゃな。

向こう側(まほうせかい)に慣れると、感覚が麻痺して敵わんな。

さて、それはそれとしてどうした物かの。

 

 

「さーちゃん!」

 

 

カフェ前の道に沿うようにして、数メートルはある巨大な木の根が露出しておる。

この街の下には、世界樹と言う巨大な霊木の根が張り巡らされておるのは知っておったが。

しかし、それが突然、地上部に出てくるとは・・・。

それも我が引っかかっておる5メートル程の位置から見ただけでも、ここ以外の場所でも同じような現象が起こっておるようじゃ。

 

 

リョウメンスクナが店が壊れこそしなかった物のテーブルなどが散乱しておる店から・・・地面から、さよ殿の名を呼んでおる。

そして、一方のさよ殿はと言えば・・・。

 

 

「・・・すーちゃ・・・っ・・・」

 

 

細い木の根で編まれた牢のような物に、閉じ込められておった。

我がおる位置よりも、遥かに高い・・・地上10メートルくらいの位置におる。

逃れようにも、どうも陣痛が始まっておるらしく、動きが緩慢じゃ。

ま、不味いのぅ・・・それにしても、先程から強い気の脈動を感じる。

心臓の鼓動のようにも聞こえるそれは、どこから聞こえてくるのか・・・。

 

 

ギシッ・・・ビシィッ!

 

 

その時、何か固い物がひび割れる音が響いた。

かと思えば、ズズ、ズ・・・と、地面のコンクリートを破って地上に飛び出してきておった木の根が、今度はゆっくりと、しかし確実に地面の中に戻りつつある。

・・・我も一緒か、まぁ、良いがな。

さよ殿の傍を離れるわけにも、いかんしの。

 

 

「さーちゃ「きゃあああっ」・・・危ないぞ!」

 

 

当然、リョウメンスクナはさよ殿を助けようとするが・・・木の根が戻る際、今度こそ地面が割れた。

大半の者はすでに離れておったが、店の中から様子を見に来たらしい女店員が、足を取られた。

最終的に、幅4メートルほどの隙間ができ、本来ならば世界樹の根で埋まっておるはずの空間に落ちかけてしまった・・・底が、見えんのじゃが。

リョウメンスクナが、それを反射的に助けてしまった。

女店員の身体を持ち上げ、後退する。

 

 

その代わり、さよ殿を救うタイミングを逸してしまった。

・・・まぁ、仕方が無いの。

 

 

「・・・さーちゃん!」

「すー・・・ぅ・・・!」

 

 

腹を抱えて蹲るばかりのさよ殿は、どうにもできん。

そのまま、地下深く・・・世界樹の懐の中へ。

ちなみに、付録で我も落ちるわけじゃが・・・。

 

 

「晴明様!」

 

 

落ちる刹那・・・誰かが、人形の我の手を掴んだ。

この状況下で人形の我を救おうとするのは・・・陰陽師しかおらぬな!

 

 

「た・・・戯け! 何をしておるか!?」

「も、申し訳ありませ・・・!」

 

 

我が普段から発しておる気のせいで、陰陽師には我が誰かわかってしまう。

故に見捨てることができなんだか・・・土御門の娘!

 

 

「あ・・・っ」

 

 

我を掴む土御門の娘の右腕に、触手のような細い木の根が絡みついた。

まずっ・・・!

 

 

「――――明楽さんっっ!!」

 

 

さらに、地面の下へ沈みかける娘の左手を掴んだのは・・・瀬流彦とか言う教師。

最初は、ガッチリと手を掴み合った。

数秒後には、指先を絡め合うような形になった。

数十秒後には、引っかかっておった指先が・・・。

 

 

「・・・っ・・・せん、せ・・・っ」

「・・・うぅぁあああぁっ!」

 

 

 

 

 

―――――離れた。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

「こ、これは・・・!?」

 

 

ただならぬ気配を感じて、図書館島の敷地内から外に出ましたが・・・。

都市側へ通じる橋が半ば崩れているのですが、湖の底から突き出しているアレは、もしや。

 

 

「世界樹の根・・・のようですね」

「アル! 出てこれるのか・・・?」

「ええ、どうも調子が良いようでして」

 

 

私の傍らに姿を現したのは、先程まで私とお茶をしていた黒髪の司書、アルビレオ・イマ。

しかし、世界樹の根が地下から隆起してくるなど聞いたことがありません。

そもそも、世界樹は眠っているはずではなかったか。

 

 

「外から、何かしかの力が加えられれば別でしょうね」

「外部から・・・?」

 

 

世界樹に影響を与えるような・・・それも、アルが外で実体化できるまでに魔力が満ちるような。

そこまでの大きな力が、存在するでしょうか?

そんなことは、6年前の戦い以来で・・・。

 

 

「貴方が通ってきた直通エレベーター、今は軸が歪んで使用不能です。運が良かったですね」

「エレベーター・・・いけない!」

 

 

世界樹の隆起が、麻帆良にどんな影響を与えたのかわかりません。

そこですぐに、日本統一連盟の危機管理センターに通信を繋ぎました。

今日の当直は明石教授のはず・・・。

 

 

『詠春さんですか! 良かった繋がった・・・!』

「明石教授! 状況はどうなっていますか!?」

『不明です! 麻帆良の電子精霊群の即時調査では・・・世界樹の隆起は世界樹広場を中心に半径1キロ以内で起こっているようです!』

「ええ、それはこちらでも見えていますが・・・」

 

 

被害状況を確認してみると、住居損壊が2件、事故が10件、死者重傷者無しの軽傷者20名以下と言う把握になっているそうです。

・・・範囲が限定された分、被害が少なくて済んだようですが。

 

 

しかし、どうして麻帆良全体で無く、世界樹広場を中心とした一部地域に限定されているのか。

・・・まぁ、ここで考えても仕方が無いことですね。

とにかく、麻帆良の緊急指揮所へ向かいましょう。

私がいないと、旧関東はともかく旧関西が動けない・・・。

 

 

「ただちに、動ける人材を招集してください。それと麻帆良市長に、住民の避難対策を・・・端的に言って」

 

 

当面の指示を出しながら、私は身体を強張らせています。

端的に言って、そう、これは・・・。

 

 

「・・・どうやら、休息の時間は終わってしまったようです」

 

 

これは、麻帆良の危機です。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い、いた、ぃ・・・!

ジンジンと言うか・・・それどころじゃない痛みが断続的に、しかも延々と続きます。

お腹だけが痛いんだとばかり思ってたけど、何か、頭も痛いような・・・。

 

 

・・・とか何とか、考えてる場合じゃ、無いぃ・・・!

ギッ・・・と歯を噛み締めながら、痛みに耐えます。

・・・・・・3秒でギブアップ、耐えられない!

こ、こんな痛いなんて、動けなくなるくらい痛い・・・!

言うなれば、骨と肉の間に指を突っ込んでグリッてする感じでしょうか・・・!

 

 

「・・・っ、はっ・・・ぁ、ぐっ・・・っ」

 

 

お腹―――正確には、お腹の下あたり―――が、痛い。

痛いとか痛くないとかじゃなくて、割れそうです。

中から裂かれそう、で・・・!

 

 

しかも最悪なのは、私が置かれている状況です。

病院じゃなくて、地下です。

しかも、一人です。

・・・とんでも無く、どうしようもありません。

 

 

「・・・ぁ、ぁ・・・れ、かぁ・・・!」

 

 

絶望感、こう言うのをそう呼ぶのでしょうか。

呼んでも、誰も来てくれません。

薄暗い、木の根に囲まれたどこかで・・・一人、痛みに耐えるしか。

 

 

「・・・すーちゃ・・・っ・・・」

 

 

呼んでも、来ない。

目の前が、真っ暗になりそうで・・・。

・・・でも。

 

 

「・・・じょぶ、大丈夫だから・・・っ、ね・・・?」

 

 

それでも、何とか諦めないで頑張れています。

狭い空間をズルズルと動いて、できるだけ身体を楽な体勢にして、太い木の根に背中を預けます。

はっ・・・と息を吐きながら、サワサワと・・・お腹を撫でます。

 

 

どうしてかって言うと、私の不安が移ると良くないから。

だって・・・。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

 

 

・・・声が、聞こえるんです。

私の中から、たぶん、お腹の中から。

グ、ググ・・・と圧迫感が増すにつれて、はっきりと聞こえるようになってきた、声。

 

 

赤ちゃんの、声。

 

 

何で聞こえるのか、全然、わからないけど・・・確信があるんです。

これは、私の赤ちゃんの声だって。

とても不安そうで、泣いちゃいそうな、可愛い声・・・。

この声が、聞こえる限りは。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「大丈夫、大丈夫だよ・・・」

 

 

この子を、ちゃんと、産んであげるまでは。

声が、聞こえる限りは。

 

 

頑張れ、る・・・。

でも、できれば・・・・・・はやく、きて・・・。

すー・・・ちゃ・・・。




刹那:
刹那です、お久しぶりです。
今回は魔法世界のお話では無いので、広報をお休みだそうです。
なので、今回と次回は旧来の形態になります。
えーと、私とこのちゃんの話は、大したことが無いので・・・今話ですね。
今回は、さよさんのしゅ・・・出産、と・・・瀬流彦先生の、2つの話が主軸に置かれるそうです。
それに、千雨さんも絡むようで・・・複雑化しそうですね。


今回登場の新キャラクターですが。
土御門 明楽:リード様提案。
ありがとうございます。


刹那:
さて、次回ですが・・・。
次回は、救出・収束編です。
誰が誰を救い、何を収束させるのか。
では、またどこかで・・・。


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アフターストーリー第18話「麻帆良の奇跡・後編」

Side 詠春

 

「では、状況を説明します」

 

 

午後6時、普段なら夕食の時間かもしれませんが、残念ながらそのような暇はありません。

その代わり、私は麻帆良市内の日本統一連盟本部の本部ビルの一室に魔法関係者を集めて会議です。

 

 

旧関西・旧関東の幹部メンバーを集まった会議室には、20名程の関係者が集まっています。

議題はもちろん、今回の世界樹の隆起事件について。

まず、麻帆良の電子精霊ネットワークの責任者である明石教授に状況説明をお願いします。

 

 

「えー、まず、地上に露出した世界樹の根ですが・・・」

 

 

2時間の調査の結果、世界樹の根の地上部への隆起は、外部からの魔力干渉による物と判明しました。

電子精霊や学園結界その物に変調は無く、魔力の発生源は麻帆良内部に限定。

加えて、地下に取り残された(取り込まれた?)人間が存在し、おそらくはその人物達のいずれかが原因と見るのが自然ですが・・・。

 

 

「相坂さよ、土御門明楽・・・そして、安倍晴明の3名です」

 

 

明石教授の報告に、頭を抱えたくなります。

3人が3人とも、扱いに困る。

相坂君は、いわずと知れた魔法世界側の重要人物の身内。

後の2人は、それぞれ旧関西側の重要人物です。

組織内のパワーバランスなども考慮しなければなりませんが・・・。

 

 

「すぐに救出すべきだ!!」

 

 

・・・と言う意見が、予測通りに旧関西側から出されます。

旧関東側も、人道的見地から救助自体には反対しません。

しかし・・・。

 

 

「どこにいるのか、わからないのではな・・・」

 

 

この6年で幾分老け込んだようにも見えるガンドルフィーニ先生が、溜息を吐きながら首を横に振ります。

・・・後の2人はともかく、相坂君の方は急を要すると聞き及んでいます。

 

 

ですが、どこにいるのかがわかりません。

すでに調査隊や救助隊も向かわせたのですが、魔法使いであろうと陰陽師であろうと、肝心の地下に入れないのです。

麻帆良中の世界樹の根が動いたようで、地下への道が軒並み封鎖されてしまいました。

しかも並の陰陽術や魔法では火力が足りず、しかも霊木である世界樹には退魔の剣である神鳴流も通用しないのです。

 

 

「それと、電子精霊による監視を続けた結果・・・世界樹内部の魔力がまだ安定していない、との結論に達しました」

「何と・・・」

「では、不用意に近付くのはかえって危険か」

 

 

明石教授のさらなる報告に、弐集院先生と神多羅木先生が呻くように言葉を紡ぎます。

・・・最悪の場合。

 

 

「・・・世界樹自体を排除・封印せざるを得ないかもしれませんね」

「そんな!」

「まさか!」

 

 

私の言葉に、場がどよめきます。

世界樹は、日本統一連盟にとってはかけがえの無い財産ですが。

しかし・・・それ自体が一般市民にまで危険を及ぼすとなれば。

我々としても、決断せざるを得ないでしょう。

 

 

「とにかく、すぐに第二次救助隊を編成して・・・」

「いや、まずは世界樹の観測をやり直すべきではないのか?」

「そんな悠長なことを言っていたら・・・」

「ことは高度に政治的な・・・」

「・・・!」

「・・・」

 

 

・・・激しい議論が重ねられる会議室。

その中にあって・・・ただ一人、沈黙を守っている人間がいることに、私は気が付きました。

俯いて、何事かを考えているその人物は・・・。

 

 

・・・瀬流彦先生、でした。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

会議は、30分ほどで一応は終わった。

決定打になるようなアイデアは出なかったけど・・・一般人を守るために最大限努力することが、確認された。

・・・まぁ、それは良いよね。

 

 

会議の後、詠春さんに時間を貰えるかって聞いたら、5分だけ時間を割いてもらえた。

別室で話そうってなって・・・ああ、もう結論から言っちゃうね。

辞表、出したんだ、僕。

 

 

「・・・辞めたいと?」

「はい」

「・・・・・・このタイミングで?」

「はい」

 

 

よどみ無く、答える。

会議室の隣の部屋で、詠春さんに辞表を渡す。

これで僕は、もう魔法先生じゃない。

 

 

「非常識ですね」

「・・・はい」

 

 

はっきり言われて、苦笑する。

辞表にだって、出すタイミングもあれば経るべき手続きがある。

それを無視して辞表だけ渡しても、意味が無い。

 

 

だからこれは、僕の我侭だ。

うん、普通に社会人失格だね。

 

 

「一応、理由を窺っても?」

「・・・」

 

 

詠春さんの言葉に、僕は右手の中に持っていた物を詠春さんに見せた。

それは、紫色の宝石(アメシスト)のついたシンプルな指輪だった。

・・・明楽さんが身に着けていた物。

 

 

そして、僕が彼女を引き上げ損ねた時に取れた物だ。

指輪だけが・・・僕の手に残った。

 

 

「・・・」

 

 

・・・僕と明楽さんの関係は、詠春さんも知ってる。

と言うか、詠春さんが土御門の家に口添えしてくれたって言うのも、婚約成立の裏話であったりもするしね。

だからかもしれない、それ以上は何も言わなかった。

ただ、深々と溜息を吐いて・・・。

 

 

「・・・羨ましいですね」

「へ?」

「いえ、今の貴方のような決断が、6年・・・いや、10年前の私にできていたら、と思いましてね」

 

 

・・・たぶん、娘さんのことを思い出しているんだと思う。

あの京都修学旅行での事件で、この人は踏み出したはずだから。

だけど、僕はそれに首を振る。

 

 

「僕はただ・・・ちょっと、真似をしてみたいと思っただけですよ」

 

 

自分の大切な人のために、それ以外の物を切り捨てることができる。

6年前の時点でそれをしていた、白い髪の女の子。

僕はただ、あの子の真似をしたくなっただけだ。

 

 

「・・・お世話に、なりました」

「・・・」

 

 

最後の言葉には返事が無くて、僕はそのまま退室した。

すると・・・。

 

 

「・・・よっ」

 

 

神多羅木先生やガンドルフィーニ先生、麻帆良の魔法先生達がいた。

・・・ちょっと、驚いたけど。

明石教授は肩を叩いてくれて、シャークティー先生は僕のために祈ってくれた。

刀子先生は目礼だけで、弐集院先生は餞別の肉まんをくれた。

・・・肉まんはちょっと、アレだけど。

 

 

でも、皆が僕を送り出してくれようとしてるのは、わかった。

この6年、僕が学園長になんてなっちゃって、迷惑もたくさんかけちゃったけど・・・。

・・・僕は、ぐっ、と発動体の杖を両手で握った。

 

 

「あの・・・「た、大変です!」・・・え?」

 

 

僕が皆に何か言おうとした時、関西の陰陽師の人が駆け込んできた。

 

 

「ち、地下から信号が送られてきています―――晴明様です!!」

 

 

その言葉に、僕達の間の空気が一気に緊張した。

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

陰陽術の極意は、異なる技術(モノ)との交合(まじわり)にこそある。

我はこの数年で、西洋の魔法なる物を学んだ。

主に、西洋の鬼(エヴァンジェリン)から勝手に技術を盗んだ。

 

 

向こう側(まほうせかい)では、その件で良く揉めた物じゃが。

・・・まぁ、それはそれとしてじゃ。

 

 

「まぁ、こんなような物じゃろ」

「晴明様、意外と機械に強いんですね・・・」

「そうかの? 主の携帯のじーぴーえすは生きておるか?」

「すみません、携帯電話は持たない主義で」

「ほぅ、今時珍しいの。じゃが持っておった方が良いぞ、現代人の必須アイテムじゃ」

「は、はぁ・・・」

 

 

最近は何やら、携帯電話を超える超小型電子機器もあると言うでは無いか。

昔は陰陽術や魔法でしかできなんだことが、今や一般人の多くが普通にできる時代じゃ。

遠くの人間と意思疎通することも、素早く物を運ぶことも。

 

 

深い地下にあって、外に助けを求める手段とかの。

赤い光を点滅させながら外に何かしかの信号を発信しておるさよ殿の車椅子を見ながら、そう思った。

・・・まぁ、車椅子自体は半壊しておるから、信号を発信する以外はほぼ何もできんが。

 

 

「怪我は無いかえ、土御門の娘?」

「は、はい・・・あ、髪留めが・・・」

 

 

腰にまでサラリと流れた黒髪の一房を手に取りながら、土御門の娘がそんなことを言う。

ふーむ、髪留めは・・・と。

 

 

「ほれ、シニョンでよければあるぞ」

「あ、ありがとうございます」

「構わん。我の持ち物では無いしの」

 

 

半壊した車椅子の籠の中から、いくつか髪留めを放ってやる。

その時の受け止め方から見ても、どうやら怪我は本当に無いらしい。

・・・ふむ。

 

 

「ほれ」

「わっ・・・あ、懐中電灯?」

「この空間では、陰陽術と魔法はどうにも使いにくいようじゃし、それを光源にするしかあるまい」

 

 

世界樹と言ったか、どうにも妙じゃの。

魔力はともかく、気の流れすら遮るとなると・・・。

 

 

視界を上げれば、そこは木の根のドームのような場所じゃ。

大きな木の根がいくつも寄り合わさってできたような、そんな場所じゃ。

そこの、どうやら木の根と根の間の空間に落ち込んだらしい。

・・・ふむ、どうにか進めそうな隙間があるの。

我自身には、光は必要無い。

どのような暗がりであろうと、普通に見える。

 

 

「では我は奥に進む故、主は車椅子の傍で救援を待つが良い」

「・・・いえ、私も行きます」

「何?」

「晴明様お一人にするわけにはいきませんし・・・それに」

 

 

土御門の娘は、懐中電灯の光を道の先にやりながら、そう言う。

 

 

「それに・・・あの女の子を、探しに行かないと」

「・・・うむ」

 

 

・・・さよ殿を、一刻も早く見つけねばならぬ。

ここに引き込まれる前から、陣痛が始まっておったことを考えると・・・。

・・・急がねば、ならぬ。

 

 

 

 

 

Side 長谷川千雨

 

・・・なるほど、そう言うアレかよ。

どうにか片した大学寮の部屋で、私は9台のパソコンを前に頭を抱えていた。

 

 

・・・ちなみに私の自作パソコン1台、ぼかろの専用パソコン8台だ。

ぼかろ専用の方は、ぼかろが自分で勝手に発注して自分達でカスタマイズした奴だ。

普通に、私のより性能が良いんだぜ畜生・・・。

・・・しかも、自分達で稼いだ(デイトレード)した金でな。

だから、文句が言えねぇ・・・いや、元は私の貯金なんだけどな?

 

 

『ぬふふのふ、連中の会議の様子は筒抜けですぜ親ビン』

「誰が親ビンだ、誰が!」

『ふふふのふ、連中の情報を手に取るように御前に、電子の女王(マイ・クイーン)

「誰が女王だ、だ・・・あ、いや確かに連続ブログ女王記録樹立中だけど」

 

 

いや、まぁ、それはそれとして。

ミク達が集めた情報によれば、なるほど、これは「あっち」側の話だったってぇわけだ。

世界樹・・・あの非常識なでけぇ木が、今回の騒動の原因たぁね。

さぁて、どうするかなぁ。

 

 

「・・・街の連中の様子は?」

『世界樹広場周辺の住宅街からは、避難が終了したみたいですねー』

『でも、世界樹の根は麻帆良域外にまで張り巡らされています』

『『この先、どうなるかは保障できません』』

「なるほど、ねぇ・・・」

 

 

さぁて、この私の平穏な一般人ライフに影響を与えてくるとは、かなりムカつくが。

この大学寮も、いつ避難対象になるかわかったもんじゃねぇ・・・。

 

 

『どうします、まいますたー?』

 

 

そうだな・・・。

 

 

『とか言って、もういろいろと勝手にやってたり♪』

「おぉいっ!?」

 

 

せめて、マスターの命令を待てよ!?

・・・いや、マスターじゃないけどな!?

じゃあ、文句言う筋合いは無いじゃね・・・って、そうじゃねぇ!

 

 

『まったまたぁ~、もう、まいますたーのツンデレ』

「コイツらは、何年経っても・・・!」

『ねぇねぇ、知ってますかまいますたー?』

「あん?」

 

 

どうせまた、どうでも良いようなことをグダグダと・・・。

 

 

『陣痛の平均時間って、12時間なんですって』

「・・・」

『一説によれば19時間とか言われますし、10時間ってこともあるそうですけど・・・』

 

 

・・・ちっ。

・・・・・・くっそが!

 

 

「おらっ、モタモタすんな! 魔法だ陰陽術だなんて言うオカルトが通じなくても・・・」

『あいあい、まいますたー!』

 

 

人間には、まだ科学ってモンがあるんだよ。

・・・現実的な範囲でな!

 

 

 

 

 

Side ハカセ

 

ドンッ・・・と、音がします。

骨が折れるようなその鈍い音は、断続的に3時間以上、続いています。

終わることなく。

 

 

「スクナさん・・・」

 

 

その音の原因の名前を、私はぽつりと呟いてみます。

でも、呟いたからと言って、何かが変わるわけじゃありません。

ただ・・・。

 

 

「・・・凄い」

 

 

相坂さんや晴明さん達が消えた、あの場所。

ここはもう、一般人は誰もいません。

完全に隔離されていて、割れた地面にはみっしりと木の根が詰まっています。

そして、その木の根に・・・スクナさんはひたすら、拳を打ち付けているんです。

 

 

ドンッ!

 

 

何も言わず、ただ一心不乱に。

どんな魔法でも陰陽術でも・・・こじ開けられない木の根の壁。

それが、スクナさんの拳で陥没してる。

スクナさんの身体が、地面の下に見えなくなるくらい・・・。

 

 

「・・・信号は、まだ来てる・・・」

 

 

私の端末には、1時間ぐらい前から信号が届いてる。

地下から・・・発信源は真下、相坂さんの車椅子。

相坂さんは、かなり危ない状態のはず。

 

 

ちら、と横を見れば、そこには茶々丸の姉妹機が並んでる。

救出と同時に処置ができるように、助産機能を付けてあります。

けど、下に行けないんじゃ・・・。

・・・許可も、下りてない。

気持ちが焦れて、親指の爪を噛む。

 

 

「このままじゃ・・・」

「ハカセ君!」

「・・・瀬流彦先生?」

 

 

その時、瀬流彦先生が本部ビルの方向から走ってきた。

手に杖を持って、必死の形相で田中タイプのロボ軍団の規制線を越えて来る。

 

 

「ど、どうしたんですか、そんな慌てて」

「じ、状況はどうなってる!?」

「へ? え、あ、状況ですか。えーっと・・・」

 

 

少し面食らいながら、私は状況を説明した。

魔法・陰陽術での突破が不可能、でもスクナさんが頑張ってくれてること。

でももう、3時間以上が経っていて、中がどうなっているのかわからないこと。

あと・・・。

 

 

「せめて、詠春さんがロボ軍団の使用を許可してくれれば・・・」

 

 

その場合、最大火力で穴を開けられます。

魔法・陰陽術では無理でも、私のロボ軍団ならば。

・・・その後のことが、ちょっとリスキーですけど。

世界樹への影響とか、いろいろと。

 

 

ドンッ!

 

 

また、スクナさんが拳を撃ちつける音。

同時に、膨大な余波で周囲が揺れます。

・・・正直、アレも結構リスキーだよね。

 

 

「くっ・・・スクナ君、僕も手伝うよ!」

「いやいやいや、瀬流彦先生は繊細なんですから、近付いちゃダメですよ!」

「止めないでくれっ、ハカセ君!」

「いやいやいや、冷静になりましょうよ瀬流彦先生!」

 

 

スクナさんの所に行こうとする瀬流彦先生の身体に抱きついて、止めます。

瀬流彦先生じゃ、正直・・・その、実力とか魔力とか、普通の人には・・・。

・・・スクナさんクラスの人で、ようやくアレなんですから。

 

 

その時、私達の頭上で・・・ザシッ、と何かが降りてくる音がしました。

ふと、見上げてみれば・・・。

 

 

「およよ? お取り込み中だったかな~?」

 

 

空に昇りつつあった綺麗な月を背景に、その人はそこにいました。

少し崩れたカフェの、屋根の上。

腕を組んで、悠然と・・・シスター服の裾を風にはためかせて。

 

 

「・・・春日さん!?」

「はーい、春日さんですよっと」

 

 

どこかおどけた風に、春日さんは片目を瞑ってウインクしてきました。

・・・その手に、一枚の書状を持って。

 

 

 

 

 

Side 春日美空

 

まぁったく、シスターシャークティーも人使い荒いよねぇ。

人がせっかく、たまの休みにココネと寝てたってのにさ。

いきなり呼び出して、最高速で書類届けろってんだから。

 

 

そんなんだから、最近小皺が増えたんだよ。

・・・おっと、今のはシスターシャークティーには内緒ね?

シスター、怒ると今でも怖いんだよ。

 

 

「えーっと、んじゃあ、手っ取り早く用件だけ伝えるね」

 

 

下であんぐりした顔で私を見上げるハカセと・・・何で瀬流彦先生がいんのさ、会議中じゃないの?

シスターはまだ本部にいるのに・・・まぁ、良いか。

さっさと仕事やって帰ろ。

えーと・・・シスターから渡された書類を、ばさっとカッコ良く開こうとして・・・失敗。

普通に封を切って開ける。

 

 

「んーと、ロボ使ってよし! 的なことが書いてあるよ、うん、以上」

「・・・それだけですか!?」

「それだけって・・・何か不満なの?」

「いえ、十分です!」

 

 

・・・じゃあ、何で最初に「それだけ!?」とか言うのさ。

別に良いけどさー。

 

 

「スクナさん! 今からそこを『こじ開け』ます! 下がっててください!」

 

 

そう叫ぶと、ハカセは何か高速で端末を叩き始めた。

ガガガガガ・・・と、こっちまで音が聞こえてくるくらいの勢いで、端末を叩いてる。

・・・壊れるよ?

 

 

すると、数秒もしない内にババババッ・・・と言う音が響いてきた。

何事かと上を見てみれば・・・。

 

 

「わ・・・わー、お・・・?」

 

 

何か、田中さんが5人(5体?)程、空中でホバリングしてた。

その田中さん達は、何か大きな黒い大砲みたいな物を運んでて。

その砲身は、真下・・・つまり、地割れの中の世界樹の根に向けられてる。

・・・うん、嫌な予感しかしないよ、ココネ。

 

 

「茶々丸の置き土産・・・『セワード・アーセナル165mm多目的破砕(デモリッション)・榴弾砲(ガン)』!!」

 

 

・・・いやいやいや、何さそれ。

せ、せわーど・・・?

 

 

「各機搭載精霊路同調・・・火精霊高濃度圧縮完了、エネルギー充填!」

 

 

空中で、ボッ・・・と田中さんの背中と足のあたりからオレンジ色の光が溢れ出る。

な、何だろアレ、魔力とちょっと違うような。

えーと、逃げても良い?

とか何とか、考えてる内に・・・。

 

 

「発射(ファイア)ぁっ!!」

 

 

タンッ・・・ハカセが端末を叩いた、瞬間。

世界樹の根の所から、白髪の和装の子がどいて・・・。

 

 

・・・戦争モノの映画とかでさ、爆撃の音とか聞いたことある?

 

 

それの10倍くらいでかい音と衝撃と爆風が、私を襲った。

地面に降りて伏せてれば良かったぁ――・・・。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「・・・ぃよーしっ、完璧です! 計算通り!」

 

 

・・・爆風が収まった後、ハカセ君が気持ち良いくらいの笑顔でガッツポーズしてた。

何か今、一般の人間が持ってたら大問題な兵器が目の前で炸裂したような気がするんだけど。

まぁ、ハカセ君のロボ軍団は、大なり小なり危険極まりない兵器としての側面を持ってるんだけど。

 

 

「待ってください、スクナさん!」

 

 

チリチリと焦げ臭い臭いが漂う中、世界樹の木の根で閉ざされていた場所に、大きな穴が開いてる。

その中に即座に飛び込もうとしたらしいスクナ君を、ハカセ君が止める。

土ぼこりを被った端末を持ったまま、スクナ君の傍に駆け寄る。

 

 

「この子を連れて行ってください」

 

 

そう言って、ハカセ君は茶々丸君に似たタイプのロボットを示した。

ペコリ、とロボットが礼儀正しく礼をする。

対するスクナ君は、あまり良い顔をしていなかった。

 

 

「邪魔だぞ」

「相坂さんのためです、きっとお役に立ちます。スクナさん一人で、相坂さんの出産を手助けできますか? いえ、仮にできるとして・・・出産した後の赤ちゃんのケアの現代知識を、どの程度お持ちですか?」

「・・・僕(スクナ)は神様だぞ」

「真面目に話をしてください」

 

 

・・・いや、スクナ君は極めて真面目に話してると思うよ?

と言うか、ハカセ君もスクナ君の正体を知ってるはずなんだけど。

・・・って、こんなことをしている場合じゃ無い。

 

 

「ぼ、僕も行くよ・・・いや、行かせてくれ!」

「・・・え、でも瀬流彦先生は・・・その」

「わかってる」

 

 

言いにくそうにするハカセ君に、はっきりと答える。

正直に言って、僕が行っても仕方が無いかもしれない。

凡人だしね、僕。

・・・けど。

 

 

「助けなくちゃいけない人が、いるんだ」

 

 

はっきりと、そう告げた。

僕は、明楽さんを助けに行かなくちゃいけない。

・・・二度と、助け損ねたくないから。

 

 

「・・・好きにすれば良いぞ」

「あっ・・・スクナ君!」

 

 

スクナ君は、僕を気にした風も無く、すぐに地下へと跳び下りた。

・・・好きにしろってことは、ついて行っても良いってことだよね?

見てみると、開いた穴が少しずつ新しい根で塞がれつつあった。

急がないと・・・。

すると、背後から誰かにガシッと掴まれた。

 

 

「え、えーと、キミは・・・」

「ちぅ・・・じゃなく、茶々美とお呼びやが・・・ください」

「は、はぁ・・・」

 

 

茶々丸君に良く似たそのロボットは、僕の身体を掴んだままホバリングを始めた。

わ、わわわっ・・・。

 

 

「あ、ちょ・・・まだプログラミングして無いのに、何で・・・!?」

 

 

ハカセ君の、何か気になる声を発してたけど。

新しい根で塞がる寸前、僕と茶々美君は地下に入ることに成功した。

待ってて、明楽さん・・・!

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

・・・後方から、何やらただごとでは無い音と振動が聞こえた気がしたが。

ふと足を止めて振り向いてみるが、随分と進んだ故、何もわからなんだ。

その代わり・・・。

 

 

「疲れたかの、土御門の娘」

「い、いえ・・・大丈夫です」

 

 

土御門の娘が、壁に手を着いて息を上げておった。

衣服の所々が泥と土埃で汚れており、シュシュで結い上げた髪も少しばかり乱れておる。

狭い木の根の間を潜ったり登ったり降りたりしたからの、陰陽術が使えん分、体力の消耗が激しいのであろう。

最初の場所から、1時間以上歩き通しじゃ。

 

 

我は、体力とかそのような物を気にする必要が無い。

この身体・・・『水銀燈』は、依代に過ぎん。

飛べるしの、一応。

 

 

「休むかの?」

「いえ・・・大丈夫です」

 

 

呼吸を整えて、土御門の娘は壁から手を離した。

無理せずとも良かろうに・・・。

 

 

しかし、ここまで進んで離れるとなると、逆に危険やもしれぬ。

さよ殿のことも気にかかる、先を急がねばな。

土御門の娘には酷じゃが、頑張ってもらうしか無い。

ペタ・・・と、壁に目印代わりの札を貼って、先へ進む。

 

 

「それにしても・・・妙な道じゃの」

「はい?」

「いや、奥に進むにつれて道が広くなる」

 

 

こう言う場合、奥に進むにつれて道は狭く、険しくなる物じゃと思うのじゃが。

まぁ、偏見と言われればそれまでじゃが。

最初は人が一人通れるかどうかと言うレベルになっておったのじゃが、今では3人ほどは通れそうじゃ。

土御門の娘のように、徒歩で進む者には良いじゃろうが。

しかし、ここは世界樹のどのあたりか・・・図書館島とかじゃろうか?

 

 

「晴明様」

「うん?」

 

 

そしてさらに幾分か進んだ頃に、大きな空間に出た。

20メートル四方ほどの空間じゃろうか、玉の内部のような場所じゃ。

円形の壁の四方から、中心に向かって血管のように脈打つ木の根が伸びておって、気持ちが悪いのぅ。

 

 

「・・・晴明様、あそこに!」

「む・・・?」

 

 

土御門の娘が指差したのは、木の根のまさに中心。

血管のように脈打つ木の根が寄り合わさって、さらに小さな玉を形成しておる。

そして、木の根の隙間から見える、あの布地は・・・さよ殿の衣装の布地か!

 

 

「さよ殿!」

 

 

聞こえるかどうかは定かでは無いが、声を上げる。

しかし、返答は無い。

 

 

「とにかく、あそこから下ろさないと・・・あぅっ!?」

「土御門の娘っ・・・むぅっ!?」

 

 

さよ殿を包む木の根を千切り取ろうとした瞬間、土御門の娘と・・・我の身体に、木の根が絡みついてきおった。

しかも、シュルッ・・・と巻きついた後、ギチギチと締め上げてきおるわ・・・!?

 

 

「あ、あ・・・っ・・・晴・・・」

「つ、土御かっ・・・!」

 

 

物の数秒で、我らの身体の大半が木の根によって覆われてしまう。

掴んで、締め上げ、包み込んで・・・まるで、自らの意思を持っておるかのように。

 

 

「ぐっ・・・!」

 

 

ギ、ギギッ・・・と陶器の身体から嫌な音を立てつつ、どうにか懐から札を取り出す。

しかし、それまでじゃった。

まさに陶器に無理な圧力を与えた時に上げる音を立てていた、我の腕が・・・待て待て待てっ!

 

 

「ぬ、ぬぬうううぅっ、さよ殿・・・っ」

 

 

奮闘、虚しく。

ボギンッ・・・と、折れた。

 

 

 

 

 

Side スクナ

 

さーちゃんを助けに来たら、何か変なのがついてきたぞ。

それも、2人も。

 

 

「本当に来たのか」

「来るよ! そりゃあね!」

「私は付き添いみたいなもん・・・のような物でございます」

 

 

茶々丸みたいだけじゃないけど茶々丸みたいな奴と、あと・・・・・・。

・・・・・・えーと。

 

 

「とにかく、僕(スクナ)は行くぞ」

「お待ちください」

 

 

その時、茶々丸みたいな奴に止められたぞ。

何だと思えば、目がチカチカ光ってたぞ。

 

 

「・・・っし、方位を確認。ここから歩幅で計測しながら進む。先導するからついて・・・来てくださいまし」

「・・・喋り方変だぞ、お前」

「確かに、ハカセ君のロボットにしては・・・」

「そ、そうですか? おほほほ・・・」

 

 

・・・変な奴だな。

それから、茶々美と瀬流彦(・・・2人がそう呼び合ってたぞ)と一緒に歩いたぞ。

すぐに、さーちゃんの車椅子を見つけたぞ。

かなり、壊れてたけどな。

 

 

「さーちゃん・・・」

「信号の発信機能と一部の備品が使用された痕跡がある、先に進んだんじゃねーか?」

「・・・茶々美君?」

「お、おほほほ・・・」

 

 

先に進めるような道があった・・・壁に、晴明の札が貼ってあったぞ。

きっと、こっちだ。

 

 

「ず、随分、進むね・・・」

「だな・・・い、いや、ですね」

 

 

瀬流彦は、たまに茶々美に手伝ってもらってたぞ。

僕(スクナ)は、それに構わずにドンドン進むぞ。

早く、さーちゃんの所に行かないと・・・。

 

 

「・・・遅いぞ」

「ご、ごめん」

「へーへー・・・です」

 

 

晴明の札を頼りに、先に進む。

大体、1時間ぐらい進んだと思うぞ。

それくらい歩いた時・・・。

 

 

「・・・わ、広い空間に出たね」

「みたいだな・・・3キロと少し進んでる。高低差を考えて・・・麻帆良のちょうど真ん中あたりか? 22年に1度、世界樹の魔力が集まる空間・・・」

 

 

そこは、妙な気配の部屋だったぞ。

木の根でできた玉みたいな場所で、四方から木の根が中心に伸びてる。

そこには、小さな木の根の玉があって・・・さーちゃんの香り!

良く見ると、さーちゃんの服が木の根の間から、見えたぞ!

 

 

「さーちゃん!」

 

 

呼んでも、答えは無い。

待ってろ、今すぐにそこから出すぞ!

 

 

「うん? ちょっと待ってくれ、何か変・・・」

「さーちゃん!!」

「聞けよ! って・・・下だ!」

 

 

茶々美の叫び声が聞こえたと同時に何かがスクナの足に絡みついたぞ。

さーちゃんの所に行くことしか考えて無かったから、避けられない。

顔面から、床にぶつかる。

 

 

「な、何だよコレ・・・!」

「しょ、処理落ちしちまうっつーの!」

 

 

瀬流彦が杖を構えるけど、それごと木の根は瀬流彦を絡みとるぞ。

茶々美は空中に飛んだけど・・・四方から木の根が飛んできて、蜘蛛の巣にかかったみたいな状態になるぞ。

ギリリ・・・きつく締め上げられる音が響く。

 

 

「ぐっ・・・ぁ・・・・っ!」

「ちょちょ、壊れる壊れる・・・!」

「・・・さーちゃん!」

 

 

ブチブチと音を立てて根を切ることはできる、上のより柔らかいぞ。

けど、1本取る度に新しいのが3本絡んできて、キリが無いぞ。

地面の上でゴロゴロしながら、ちっとも進めない。

 

 

さーちゃんのいる場所に、手を伸ばす。

でも、届かない。

この手じゃ、届かない。

この手の長さじゃ、届かない。

この身体じゃ、届かないぞ、恩人(アリア)・・・!

 

 

ギリッ、響いたのは僕(スクナ)の骨が軋む音か、木の根が軋む音か。

せめて・・・せめて、僕(スクナ)が鬼だったら!

 

 

「こ、これっ・・・何、だろ・・・!?」

 

 

その時、喘ぐような瀬流彦の声が聞こえたぞ。

身体の右半分が木の根に埋まりつつある瀬流彦の左手には、一枚の札。

アレは・・・晴明の札だぞ!

でも、どうしてこんな所に・・・?

 

 

 

 

 

Side 長谷川千雨

 

『き、機体耐久度20%低下―――っ!?』

『このままでは、この後の任務に差し支えます!』

『こんなの、壊れちゃうよぉっ』

『『あ、今のちょっと良い感じじゃない?』』

「やる気あんのか、てめぇらっ!」

 

 

くそっ、くそくそくそくそっ!

頭部装着型映像装置(ヘッドマウント・ディスプレイ)越しに変化する状況に嫌になりながらも、ぼかろに指示を出すための9台のパソコン同時打ちはやめねぇ。

コレやめたら、麻帆良側にバレずに茶々美の身体を使うのがキツくなりやがる。

 

 

だが、どうする・・・どうすりゃ良い!?

このまま行けば、パーティは全滅だぜ・・・ダメだ、ゲーム用語を使っても気を紛らわせることもできやしねぇ。

 

 

『ま、まいますたー!』

「諦めるんじゃねぇ! むしろ燃えてきたぜ・・・おい、あの広間ってどんな構造だったっけか!?」

『え、えーっとぉ・・・』

 

 

ピピッ、と画面の片隅に出るのは・・・22年に1度、魔力溜まりができる空間だ。

大体、麻帆良の真ん中あたりの空間なんだが・・・歩測が正しければ。

ピピピピッ・・・と、ミク達が360度の俯瞰図を見せてくれる。

ここから、逆転の1手は・・・!

 

 

「おいっ、スクナ!」

 

 

茶々美に繋がってるマイクに向けて、叫ぶ。

これが外れたら、お手上げだぜ・・・!

 

 

「下だ!」

 

 

茶々美を動かして、茶々美の左腕を着脱(パージ)する。

木の根に絡まれていた左腕が外れて・・・その下の軽機関銃が自由になる。

即座にそれを―――ぼかろに照準補正させた上で―――撃つ、撃ちまくる。

それはスクナに絡んでた木の根の先を、撃ち抜いた。

 

 

スクナの攻撃は・・・若干だが、一番硬度が高いと思われる外郭の根を傷付けていやがった。

・・・なら!

 

 

「ぶち抜け! 下は・・・空洞だ!!」

『・・・うおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!』

 

 

雄たけび一発、スクナが地面に拳を叩きつける。

ズンッ・・・と、画面が揺れた。

・・・もう一発!

 

 

ズンッ・・・次の一撃の時には、画面上の木の根の床は大きく揺れてやがった。

ギシリッ、嫌な音が全体に響く。

その時、茶々美の機関銃が新しい根に捕まった。

スクナにも、新しい根が行く。

・・・けど。

 

 

『ハアアアアアァァァァッッ!!』

 

 

遅かったな。

3回目で、木の根の床が抜けた。

スクナが木の根の床をブチ抜いて・・・木の根のボールみたいな空間が、グラリと揺れる。

下は、思ったとおり・・・細い道と、でかい空洞。

魔力溜まりの部屋、今は無いが。

 

 

スクナが、どうやってんだかは知らねーが、空中で身体を固定する。

だが、そっから相坂の所まで行けるのか・・・?

援護しようにも、茶々美もちょっとキツい。

 

 

『リョウメンスクナ!』

『・・・晴明!?』

 

 

吹き飛んだ木の根の中から、変な人形が出てきた。

手が1本、足が2本なくなってて、かなりボロボロだが・・・。

 

 

『・・・札を喰え! 限定解除じゃ!』

『晴明!』

『構うな! 我が壊れても、代わりはまだある・・・!』

 

 

人形が、空洞の・・・下へ、深い深い底へ、落ちていった。

・・・あの人形、喋って無かったか・・・?

右足を着脱(パージ)、そこから出るのは、ビーム状の刃。

ハカセの奴、何てモンを作ってんだ。

実は世界征服とか狙ってるんじゃないだろな。

 

 

「瀬流彦先生、たぶんその札だ!」

 

 

とにかくそれで左腕の根を切る、気分は格ゲーだな。

再び自由になった左腕の軽機関銃で、今度は瀬流彦先生の方を撃つ。

スクナがブチ抜いた余波で、身体が半分落ちかけてた瀬流彦先生が、どうにか自由になる。

根をロープ代わりによじ登りながら、口に咥えてた札を杖に巻く。

それを。

 

 

『瀬流彦!』

『行っけええええぇぇぇ―――――っ!!』

 

 

スクナの声に、瀬流彦先生が札を巻き付けた杖を投げる。

途中、木の根がいくつか杖の進路を塞ぐ。

 

 

「ぼかろ!」

『『『『『『『『Append』』』』』』』』

 

 

私のマザーパソコン以外の8台の画面が、赤く輝く。

カウントと同時に始まるのは、木の根の行動予測と照準補正、茶々美の機体制御・・・。

・・・ディスプレイに浮かぶターゲットサイト・・・。

 

 

「・・・狙い撃つぜ!」

 

 

旧3-Aメンバーで言えば龍宮が言いそうな台詞を言いつつ―――でも、押すのはエンターボタン―――撃つ。

まぁ、実際にはぼかろが全部やってんだけどな。

木の根の先を吹っ飛ばす、木の根の真ん中で千切り飛ばす、そして撃ち抜く。

 

 

木の根を撃ち抜いて、杖がスクナの手に渡る。

手にって言うか・・・口でキャッチして。

杖を噛み千切って、それごと札を嚥下しやがった。

 

 

『うえっ・・・』

「・・・ねーわ」

 

 

思わず、酷いことを呟いちまったぜ。

だけど、本番はここからだな・・・!

待ってろ、相坂。

 

 

『まいますたーってば、やっさしー』

『『ひゅ~、ひゅ~』』

「うるせぇ!」

 

 

良いか、私は別に相坂が心配だったとか、元クラスメートのよしみとか、そう言うんじゃねぇんだよ!

た、ただっ・・・平穏に暮らしたかっただけだ、うんっ。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

声が、聞こえる。

赤ちゃんの声・・・不安で、怖くて、泣いてしまいそうな、そんな声。

それが聞こえる度に、私は「大丈夫だよ」って、声をかけてあげます。

 

 

だって、わかるから。

お腹の中で、繋がっているからかもしれません。

わかるんです。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「・・・大丈夫、だよ・・・」

 

 

もう何時間続いているのかわからない痛みに耐えながら、お腹を撫でます。

頭って、このあたりかな・・・どうだろ?

できるだけ優しく、撫でてあげます。

 

 

赤ちゃんの不安が、消えるように。

赤ちゃんの怖さが、消えてくれるように。

赤ちゃんの涙が、止まってくれるように。

・・・わかる、よ。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「うん・・・わかるよ、不安なん、だよね・・・っ・・・」

 

 

この世界に、生まれてくるのが。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「・・・うん、怖いんだよ、ね・・・?」

 

 

この世界に、生まれてくるのが。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「泣きたくなるくらい不安、で・・・怖くて、生まれても良いのかって・・・」

 

 

・・・お母さんとの繋がりが切れて、外に出るのが怖い。

正直、エヴァさんが送ってくれた育児本とかには、載ってない。

生まれる前の赤ちゃんと、言葉を交わすなんて。

半分、神様だからかな・・・神様と、人間・・・ホムンクルスの間の、赤ちゃん。

普通じゃないかもし・・・っ、痛っ・・・!

 

 

「だ、大丈夫だよ、ゴメンね・・・っ」

『・・・ママ・・・』

「ゴメンね、不安にさせて・・・でも、大丈夫だよ・・・」

 

 

・・・生まれて、良いんだよ。

不安なことも、怖いことも、たくさんあるかもしれない。

今日から貴方の周りは、わからないことだらけかもしれない。

それに酷いこともたくさん、あると思う。

 

 

「でも、ね・・・」

 

 

それでも、貴方は生まれても良いの。

・・・ううん、私が生まれてきてほしいの。

不安なこと、怖いこと、酷いこと、辛いこと。

 

 

だけどそれだけじゃ無いってことを、教えてあげたいな。

会わせたい人達が、いるの。

 

 

「だから、大丈夫だよ・・・」

 

 

・・・エヴァさん、アリア先生、茶々丸さん、田中さん、晴明さん、カムイさん、私の家族。

他にも、たくさん・・・たくさん、お友達やお世話になった人達に。

貴方を、会わせたいの。

それと、ね・・・。

 

 

『・・・ママぁ・・・』

「・・・貴方の、パパに・・・会ってほしい、な」

『・・・・・・ぱぱ?』

「そうだ、よ・・・っ・・・すーちゃん、貴方の、パパはね・・・」

 

 

ビシッ・・・。

その時、何かが罅割れる音が聞こえました。

それは、次第に大きくなって・・・。

 

 

「・・・パパは、ね・・・」

 

 

目の前の壁が、崩れます。

かすかな光が差し込んで・・・私は、笑いました。

白い、大きな腕が・・・私を、私達を包み込んで。

 

 

「さーちゃん、大丈夫か!?」

「これは・・・助産ソフト、ダウンロード・・・!」

 

 

すーちゃん(パパ)の声と、茶々丸、さん・・・?

 

 

「・・・ね、パパの手は・・・あったかいでしょ・・・?」

 

 

だから、生まれて・・・くれない、かな・・・?

・・・ね?

 

 

『・・・ママ・・・』

 

 

う、ん・・・良い子、良い子・・・。

私の、赤ちゃん・・・。

・・・。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「さーちゃん!」

「すぐに処置を始める!」

 

 

上の方では、スクナ君と茶々美君が相坂君を無事、救出したらしい。

どう言うわけか、世界樹の木の根も動かなくなってる。

スクナ君が砕いた穴が徐々に広がる形で、ボロボロと木の根が崩れ始めていて・・・危ないんだけど。

 

 

「ちょ、明楽さんっ・・・!」

 

 

僕はまだその危険地帯にいるんだけど、何をしてるかと言うと。

・・・木の根を身体に絡めた明楽さんの左手を掴んで、引き上げようとしてる所。

ところが明楽さんは、どうしてか下のほうに手を伸ばして、身を乗り出して・・・。

無理に木の根を足場にしようと足を伸ばしているからスカートがずり上がって、伝線したストッキングに覆われた足が・・・いやいやいや、見て無いよっ!?

 

 

「明楽さん、落ちるからっ、下じゃなくて上に・・・!」

「でも・・・っ」

 

 

何を、そんなに・・・と、目を凝らして見ると、明楽さんの手の先には、木の根に引っかかった・・・。

・・・明楽さんの眼鏡が。

 

 

「め、眼鏡・・・?」

「・・・せんせと、買った眼鏡・・・っ」

「え・・・?」

 

 

いや、確かにそれは僕と一緒に今日、買った奴だけど・・・。

い、今はもうちょっとこう、別の心配を・・・っ。

事実、僕が足場にしてる根もいつまで保つかわからない。

発動体の杖も、壊れたし・・・。

 

 

「大丈夫です・・・ちゃ、ちゃんとっ、取って・・・!」

「いやいやいやっ、下を見ようよ!?」

「もう、少し・・・!」

 

 

明楽さんが眼鏡に手を伸ばすにつれて、僕と明楽さんの手がズレていく。

掌から、指先へ・・・あの時みたいに。

僕の手には、薬指の婚約指輪の感触が・・・。

 

 

・・・っ。

このっ・・・!

 

 

 

「―――いい加減にしろ!!」

 

 

 

生まれて初めて・・・女の子を、怒鳴った。

でも本当にこう、頭に来てる。

 

 

「せ、せん・・・っ!?」

「いい加減にしろよ本当! 僕が何のためにこんな危ない所でこんな危ないことしてると思ってるんだよ畜生! 普通なら僕みたいな後方の若造が来ちゃいけないんだ! それでも何で来たかわかる!? キミを助けるためにだろ!? それでキミが、僕よりも眼鏡の方を優先するとか、いい加減にしてよ!」

「やかてっ・・・せやかてっ」

「せやかてもかかしも無い! 僕は別に眼鏡に思い入れがあるわけじゃ無いんだ! キミに思い入れがあるんだよ! わからない? わかれよ! むしろ眼鏡が無い方が綺麗だ! 今度からコンタクトにしてみたらどうだろう!?」

 

 

あれ? 途中から変な話になってる気がする。

えーと、とにかく!

 

 

「眼鏡なんて良いから・・・僕の所へ、来いよ!」

「・・・っ」

 

 

明楽さんは、一瞬、泣きそうな顔をして。

もう一度、眼鏡の方を見て・・・そして。

 

 

眼鏡に伸ばしていた右手を引っ込めて、その手で僕の手を取った。

 

 

僕はそれに笑顔を見せると、両手で彼女の手を掴んで。

ぐっ・・・と、引き上げた。

僕が彼女の身体を引き上げて抱きとめた直後、足場が崩れた。

・・・眼鏡と、一緒に。

慌てて下がって・・・何とか、安全そうな場所にまで下がる。

 

 

「あ、危なかった~・・・ははっ、まぁ、まだ危ない場所なんだけどさ」

「・・・あの・・・」

「いや本当、無事で良かった~・・・あー、でも僕、これからどうしよ・・・」

「あのっ」

「へ?」

 

 

明楽さんの声に、下を向く。

当然、引き上げた時のまま・・・つまり、両手でガッチリ彼女を抱き締めてるわけで。

・・・ひゃわぁっ!?

 

 

「ご、ごごごごめんっ!? でもやましい気持ちは全然無くて柔らかいとか本当、全然!」

 

 

慌てて両手で万歳して、彼女を離す。

でも、どうしてか明楽さんはそのまま、僕にくっついていて。

僕の胸に、顔とか胸とか、身体全体を押し付けてきていて。

わ、わわわっ・・?

 

 

「せんせ・・・」

「え、えええぇぇ・・・?」

「・・・うち、せんせのこと・・・ほんまに・・・」

 

 

あ、標準語じゃない。

僕がそんなバカなことを考えた時。

 

 

・・・歌が、聞こえた。

 

 

それは、上から聞こえてきて・・・それに、花が。

世界樹の根に、白い大きな花が、いくつも咲いた。

白い花弁が、淡い光を発して・・・ヒラヒラと、花弁が舞い落ちてきた。

 

 

「これは・・・」

「綺麗・・・」

 

 

歌と、花と。

そして、泣き声。

それはまるで・・・奇跡、みたいだった。

 

 

 

 

 

Side スクナ

 

世界樹に、花が咲いたぞ。

茶々美の歌が、あたりに響いて・・・全てが、柔らかい。

白い花弁と柔らかな歌の中、泣き声が聞こえる。

 

 

「生まれた、ね・・・」

 

 

僕(スクナ)の右腕の中で、さーちゃんが呟く。

僕(スクナ)の右腕だけが鬼モードだぞ、でもそんなに大きくない。

身体の構造は変えられないから、晴明が札で限定解除した。

さーちゃんの身体を、包めるくらいのスペース。

 

 

そんなさーちゃんと僕(スクナ)の目の前には、茶々美がいる。

そして、茶々美の両手には・・・小さな、小さな布にくるまれた、赤ん坊がいるぞ。

とても大きな力を持つそれは・・・2つ。

2人、いたぞ。

 

 

「双子、だったんだ・・・」

 

 

溜息を吐くような声で、さーちゃんが言う。

そしてその声は、双子の赤ん坊の泣き声と、茶々美の歌で消える。

・・・茶々美の口から、8種類くらいの声が聞こえる気がするのは気のせいか?

ゆったりとした子守唄の中、双子の赤ん坊が泣く。

 

 

「・・・まだ、怖い・・・?」

 

 

・・・?

何の話だ?

 

 

「・・・でも、大丈夫・・・」

 

 

そっと、さーちゃんが赤ん坊の頬を撫でる。

力無く片手を伸ばして、2人の赤ん坊の頬に、順番に手を添える。

あやすように、2人の赤ん坊を撫でる。

 

 

「生まれてくれて・・・ありがとう・・・」

 

 

とても温かな声で、そう言ったぞ。

世界樹の変調も収まって、僕(スクナ)の力も十分に使えるようになる。

ふわり・・・と、浮きながら、さーちゃんと赤ん坊を包むぞ。

それで、その時・・・。

 

 

「・・・でも、ごめんね・・・」

 

 

ビキッ、と陶器が罅割れるような音がしたぞ。

それは・・・さーちゃんの身体から出た音で。

 

 

「さーちゃん・・・?」

「ごめんね、すーちゃん・・・」

 

 

ビシビシと、音を立てて。

さーちゃんの身体が、罅割れて。

体液が、まるで砂みたいに罅から流れ落ちる。

 

 

「・・・せっかく・・・来てくれたのに・・・」

 

 

まるで、何もかもを吸われ尽くしたかのように。

腕に、足に・・・そして、血と体液で汚れた服の下も。

さーちゃんの身体が、崩れていくぞ。

 

 

慌てて、僕(スクナ)の力を注ぐ。

でも、意味が無かった。

 

 

「・・・ごめ・・・」

 

 

ビシッ、と音を立てて、顔にまで罅が広がった直後。

さーちゃんの身体が、陶器が割れるみたいに崩れた。

後には、砂が残るばかり・・・さーちゃ・・・さ・・・。

 

 

「さよ―――――――――っっ!!」

 

 

白い花と、歌。

そして、泣き声・・・。

それだけが、残った。

 

 

さーちゃんは・・・いない。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

・・・事態が一応は収束した、翌朝。

私は再び、関係者を日本統一連盟の本部ビルの会議室に呼び集めました。

昨夜の事態の確認と今後の動向の見通しについての報告を明石教授から受けた後・・・。

 

 

関係者が居並ぶ中で、一人の魔法先生が私達の前に立たされておりました。

もちろん、瀬流彦先生です。

彼は今回、組織人としてしてはならないことをしました。

それに対して、処罰を下さなくてはなりません。

 

 

「瀬流彦先生」

「・・・はい」

「念のために聞きますが、何か申し開きはありますか?」

「・・・いいえ」

 

 

瀬流彦先生の言葉に頷いて、私は懐から彼の辞表を取り出し、机に置きます。

 

 

「受理できません」

「・・・」

「その上で、貴方を免職処分とします。後日、しかるべき部署から辞令が届くまで謹慎を命じます」

「だ、代表!」

「何でしょう、ガンドルフィーニ先生」

 

 

私の言葉に反応したのは、当の瀬流彦先生では無く、他の先生でした。

 

 

「た、確かに彼は勝手な行動を取りましたが、結果として事態の収拾に功績があります。罷免は・・・」

「いつも厳格なガンドルフィーニ先生らしくありませんね。それは結果論です」

 

 

今、問題となっているのは彼の功罪がどうと言う話ではありません。

彼が組織人でありながら、個人的な事情を優先させたと言う事実こそが問われているのです。

それがわかっているから、ガンドルフィーニ先生も言葉を続けられない。

 

 

「・・・ご迷惑を、おかけしました」

 

 

だからこそ、瀬流彦先生も何も言わずにこちらの決定を受け入れているのです。

だから、それで終わり。

彼の魔法先生としてのキャリアは、これで終わりです。

魔法使いとしての、人生もね。

 

 

「おそらく、もうここで会うことは無いでしょう。今までお疲れ様でした」

「・・・はい」

「・・・ではお元気で。そして・・・今後とも学園長としての貴方のご活躍を、祈っています」

「・・・はぃ・・・って、へ?」

「解散!」

 

 

会議の終わりを告げて、私は会議室を後にします。

扉を閉めた直後、賑やかになりますが・・・他に仕事があるので。

 

 

リョウメンスクナと相坂君が原因らしい今回の災害の後始末について、いろいろと。

ウェスペルタティア王国側とも話さないと・・・またクルト君か。

・・・私は、魔法関係者の人事権を持ってはいますが。

一般の学校職員の地位をどうこうする権限は、ありませんから。

・・・甘いですかね。

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

うーむ・・・酷い目にあったわ。

コキッ、コキッ、と新しい身体を馴染ませるように動かしつつ、病室の鏡に自分を映す。

前の身体は、結局ダメになってしまったからのぅ。

 

 

鏡に映る我は、西洋の鬼の家から新しく持ってきた人形に分霊を固定しておる。

シルクハットに白のブラウス、青のケープとズボン、付属で金の鋏。

赤みのある茶色の短髪に、緑と赤の瞳、陶器の肌。

その名も、『薔薇ノ乙女・蒼星石』じゃ。

ふーむ、まぁまぁじゃの。

 

 

その時、コンッ、と我の頭に何かがぶつかった。

何かと思えば・・・哺乳瓶じゃった。

中にミルクが入っておる。

我はそれを手に、背後を振り向いた。

 

 

「さよ殿! ぽるたーがいすとはほどほどにせよ!」

『ご、ごめんなさーいっ』

 

 

そこには、我と同じく身体を失ったはずのさよ殿がおった。

ただし半透明で足が無く、普通の人間には姿も見えず声も聞こえぬが。

端的に言えば、幽霊じゃ。

陰陽師的には、調伏した方が良いのかのぅ。

 

 

「「ふええええっ、ふええええっ、ふええええっ」」

『はいはーい、ママはここですよ~♪』

 

 

我の手から哺乳瓶がフヨフヨと浮かんだかと思うと、赤子用の寝台に寝かせられておった赤子の片割れも浮いた。

赤子の力ではなく、さよ殿の「ぽるたーがいすと」で。

まるで母の腕に抱かれているような位置に赤子が浮かび、まるでさよ殿が飲ませているかのような位置に哺乳瓶が浮かぶ。

実際には、どちらも触れられてはおらぬ。

 

 

もう片方の赤子は、これまた「ぽるたーがいすと」でおしめを替えられておる。

・・・便利じゃの、「ぽるたーがいすと」。

おそらく、双子の赤子はさよ殿を認識できておるのじゃろうが。

 

 

「・・・3度目の死を超えて、さらに化物じみてきおったの・・・」

「「ふええええええんっ」」

『はいはーい、ママですよ~♪』

 

 

・・・まぁ、さよ殿が幸せそうじゃし、良いかの。

いや、良いのか?

我がそう考えた時、病室(3階)の窓からリョウメンスクナが顔を出してきた。

その手には、何やら黒電話のような物を持っておる。

 

 

『あ、ほら、パパだよ~』

「「ふえええっ、ふえええっ」」

「おお~元気そうだぞ~・・・あ、吸血鬼(エヴァンジェリン)からだぞ」

『へ? エヴァさんから?』

 

 

やはり「ぽるたーがいすと」で浮かぶ受話器、そこから。

 

 

『さよーっ、さよさよさよ、さよーっ、大丈夫か大丈夫なのかーっ!?』

 

 

騒がしいこと、この上ないのぅ。

すると今度は、病室の扉がノックされて・・・。

 

 

「失礼しま・・・って、何じゃこりゃあああっ!?」

「茶々美!? やっぱりメンテを・・・って、物が浮いてる!?」

 

 

ハカセ殿と茶々美殿がやってきて、また騒がしくなる。

気が休まる時が無いのぅ。

やれやれ・・・。

 

 

「「ふええええええええええんっ」」

『は~い♪』

「元気が一番だぞ!」

 

 

・・・ま、良いか。

どれ、我も抱かせてもらおうかのぅ・・・。




木乃香:
お久しぶり、木乃香やえ~。
さよちゃん、ほんまに良かったわ~。
うちも、赤ちゃん欲しくなってもうたわ~。
うーん、ちびせつなもちびアリアも可愛いんやけど。
やっぱり、せっちゃんと・・・やね。


今回初登場の魔法具は、これや。
「薔薇ノ乙女・蒼星石」:元ネタ・ローゼンメイデン。
黒鷹様・haki様提案や。
ありがとうな。


木乃香:
じゃあ、次回のお話やね。
次回からは、いつもどおり魔法世界が主軸やね。
物語の中の時間としては、アリア先生の出産前後の1年間くらいの話やね。
魔法世界が、大きく変わる・・・そんな物語や。
アリア先生、頑張ってや。
ほな、またどこかでな!


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アフターストーリー第19話「7月事件」

今回から短編では無く、10話前後の長編になります。
アフターストーリー(第4部)、後半です。
今話より伸様・リード様・Big Mouth様のご提案部分が入ります。


Side アリア

 

「違和感はありませんか、女王陛下」

「はい、大丈夫です」

 

 

お腹のひんやりとした感触に、多少はくすぐったいと感じます。

でも、違和感とか痛みとかは感じません。

 

 

「・・・経過は順調です。13週目に入りましたので、そろそろおつわりも落ち着いてくると思いますが」

「はい、ここ数日は大分・・・」

「それでしたら、食欲も戻るかと思います。体重の増加に注意が必要ですが、どうぞ心行くまで飲食なさることです」

 

 

私のお腹に小さな魔導機械を当てて赤ちゃんの成長の経過確認をしてくれているのは、テレサ・ハラオウン先生。

王室お抱えの産婦人科の先生で、今は旧世界で言う超音波検診をしてくれている所です。

ボブカットの金髪に緑の瞳、おっとりとした20代後半のお姉さんです。

7月の半ばのある日、お昼前に寝室で定期健診を受けている所です。

 

 

私とフェイトの赤ちゃんは私のお腹の中でスクスクと育っているようで、少しだけお腹が膨らんできているように思います。

うーむ、この中に赤ちゃんがいると思うと、不思議ですが。

そろそろ、マタニティ用の衣装が必要になってくるとか。

 

 

「血圧、体重その他についても現在の所は順調です。ですがまだまだ安心はできませんので、良くお休みになってくださいますように」

「はい・・・あ、ところで・・・」

 

 

私の衣服を治してくれているダフネ先生に、私は恐る恐る聞いてみます。

 

 

「えーとですね・・・お仕事の方は、どの程度まで・・・」

「それはもちろん、少なければ少ないほどよろしいかと思いますが」

 

 

3秒でダメ出しを喰らってしまいました。

しかし、諦めるつもりはありません。

つわりも治まってきたことですし、最近は身体の調子も良いですし。

むしろ、お仕事をしている時の方が落ち着きますし・・・。

・・・お仕事が無いと、時間をもてあましてしまいますので。

 

 

今日はオスティア難民問題に関するシンポジウムと、それとオスティア・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に出席することになっております。

実はどちらも、フェイトが名誉職に就いている団体なのです。

フェイトには政治的役職がありませんが、最近ではその周辺の組織の名誉職を引き受けることが増えているんです。

これは私にとっても喜ばしいことで、是非とも出席したいのですが・・・。

 

 

「その程度であれば、問題は無いかと思います」

「ですが、ご無理はなさりませんように・・・結局、それが一番ですわ」

「ありがとうございます」

 

 

ダフネ先生とテレサ先生の許可が得れたので、私は両手を合わせて喜びます。

お腹の赤ちゃんには、古典音楽が良いと言う話を聞いたことがあるような気がしますし。

ちょうどその時、寝室がノックされました。

入室を許可すると、そこには暦さんが・・・。

 

 

「失礼致します、フェイト様がお越しですが・・・」

「フェイトが?」

「まぁ・・・」

 

 

その時の私の顔を見てどう思ったのか、テレサ先生がおっとりと自分の頬に片手を当てて、微笑みました。

 

 

「想われておりますね、女王陛下」

「・・・」

 

 

その言葉に、私は気恥ずかしく微笑むことしかできませんでした。

そんな私を見て、暦さん達はまた優しげに微笑んでくださるのでした・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「そうか・・・順調か」

 

 

昼食後の休憩時間に私がマスターの下を訪れアリアさんの妊娠生活の経過をご報告すると、マスターは安心されたようなお顔をされました。

アリアさんのご懐妊が確認されてからと言うもの、マスターは実母であるアリカ様以上にアリアさんの体調を気にかけておいでです。

 

 

そんなマスターの側には編み物籠と小さな棚が置いてあり、執務の合間の休憩時間の度に増えていく赤ちゃん用の衣類やぬいぐるみの類が整然と棚に並べられております。

フリルなどが多めですが・・・男の子だった場合、どうなさるおつもりでしょう。

 

 

「さよの方もいろいろと問題はあるが、順調に育っているそうだ」

「喜ばしいことです」

「ああ、本当にな・・・」

 

 

コト・・・と何やら製作途中の編み物を置いて、マスターは執務用の椅子に深くもたれかかれました。

上質な皮製の椅子が、かすかに音を立てます。

椅子を回転させて、背後の窓の方を向くと・・・若干、遠くを見るような目をされています。

 

 

「さよもアリアも新しい命を産んで・・・そして育てていく。それで良い、人間として当然のことだ」

「・・・マスター」

「ケケケ、ナニヲタソガレテンダカ」

「ふん・・・まぁ、改めて考えることもあるんだよ」

 

 

姉さんの皮肉に、マスターは笑みを浮かべて答えます。

・・・こう言うやりとりは、まだ私にはできません。

その意味では、姉さんが羨ましいです。

 

 

「さよがな、私に言うんだ。赤ん坊を抱いてやってほしいと・・・アリアも、産まれたら抱っこしてやってほしいと言ってくれてる」

 

 

それは、とても素晴らしいことだと思います。

さよさんやアリアさんのお子様を、マスターがお抱きになる。

私としても、この上ない喜びであると・・・。

ですが、マスター自身はどこか微妙な表情をされております。

執務卓に頬杖をつきながら、もう片方の掌と甲を何度も繰り返しながら・・・。

 

 

「・・・嫌、なのですか?」

「嫌じゃないさ、嬉しいに決まってる。決まっているが・・・」

 

 

マスターは口元で笑っておられますが、目には別の感情を宿しているような印象を受けます。

ただ、じっと・・・ご自分の手を、見つめておられます。

ただそれも、長い時間のことではありませんでした。

不意に椅子を正面に戻すとマスターはいつも通りの鋭い、どこか他者をからかうような笑みを浮かべられて、話題を転じました。

 

 

「・・・まぁ、こう言うめでたい時期にいらんことをしそうな奴もいそうだがな」

「はぁ・・・」

「アン? ダレノコトダヨ」

「ふん、この国で余計なことをする奴と言えば、一人しかいないさ」

 

 

・・・マスターはこう申し上げると、全力で否定されるでしょうが。

 

 

「クルト・ゲーデル」

 

 

クルト宰相のことを話す際には、とても活き活きとされるような気が致します。

・・・ただそれは、親愛や友愛とは正反対の意味で、ですが。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ふむ、誰かに噂されているような気が致しますね。

誰でしょう・・・おそらく非友好的な噂だと思うのですが。

と言うか、友好的な噂をしてくれる人間に心当たりがありませんのでね。

 

 

「いかがなされましたかな、宰相閣下」

「・・・ああ、いえいえ。これは失礼、少し考えごとをしておりましてね」

「まぁ、今をときめくウェスペルタティアの宰相閣下ともあろうお方の考えごととは、どのようなことでしょうか」

「はは、大したことではありませんよ」

 

 

空になった昼食のお皿を見下ろしつつ、口元をナプキンで拭います。

私は現在テオドシウス外務尚書と共に、龍山連合(40代後半の女性)とアキダリア外相(50代前半の男性)を招いての非公式の昼食会を催しております。

政治的な会談を兼ねる物なので、宰相府の小食堂を借り切っての催し物です。

私とテオドシウス外務尚書の向かい側に、アキダリア外相と龍山連合の外相が座っています。

非公式なので、給仕以外は誰もおりませんが・・・。

 

 

「いや、それにしても両国の間を取り持てたのは、喜ばしいことです」

「我々としましても、貴国のおかげで平和的に問題を解決でき喜ばしい限りです」

「ええ、本当に・・・」

 

 

ははは・・・と笑いながら、外相3人と談笑を続けます。

魔法世界北方に位置する龍山連合とアキダリアは、数年前から国境の島々を巡って紛争を起こしておりましたが・・・我が王国が仲介する形で今日、和平協定に調印することができました。

 

 

比較的に軍事力が弱い龍山連合と、南にパルティアと言う敵を控えているアキダリアの間で妥協が成立したのです。

アキダリア・パルティア間の紛争と異なり、民族問題が絡んでいないのも理由の一つでしょうが。

我が王国としても、該当諸島近海の海底資源の権益の30%を得ることができましたし、上々です。

とは言え、まだ非公式の協定ですが・・・。

 

 

「そう言えば、貴国は近々パルティアに鉄道を敷設されるとか・・・」

「これはお耳が早い」

 

 

アキダリア外相の言葉に、私は大仰に驚いてみせます。

それに対して、私の隣に座るテオドシウス外務尚書が冷たい目を向けているような気が致しますが、まぁ、気のせいでは無いでしょうね。

 

 

実際、王国南部イスメーネ・パルティア東部エルファンハフト間の街道を鉄道に発展させ、最終的にはモエル・ゼフィーリアまで繋ぐと言う計画が存在します。

これは、アキダリアを経ずにエリジウムから王国本土までを陸上で結ぶ計画でもあるわけですが。

当然、パルティアと緊張関係にあるアキダリアの外相としては面白く無いでしょうが・・・。

 

 

「宰相閣下にはご存知でしょうが・・・近年、パルティアは我が国固有の領土であるユートピア海上の島々に政府高官を派遣し、道路や港を不法に整備しておるのです」

「ほぉ・・・それはそれは」

「・・・その件に関しましては、また別の席で」

「そうですわね、せっかくの食事会ですもの」

「む・・・」

 

 

同じ女性だからと言うわけでも無いでしょうが、テオドシウス外務尚書と龍山連合の外相が話題の転換を促します。

アキダリア外相は面白く無さそうな表情を浮かべた物の、話題がアキダリアに建設される予定の精霊炉を利用したエネルギー供給施設の物になると、そちらに意識が行ったようです。

まぁ、ウェスペルタティア資本の進出があってこその計画ですがね。

 

 

「・・・」

 

 

外相3人の話に耳を傾けながらも、私は同時に別のことを考えています。

同時に複数のことを考えるくらい、軽い物です。

 

 

・・・アキダリアの主張は別にしても、「イヴィオン」内では比較的に軍事大国であるパルティア。

最近、我が国への要求が拡大する一方で、どうも協調を欠きます。

国内の複雑な部族問題もさることながら、同じ亜人国家である帝国の不安定化も原因なのでしょうが。

近い内に牙を一本、抜いておいても良いかもしれませんね・・・。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

ああ~・・・めんどーくせーなー・・・。

机の上に積まれた紙の束を見ながら、俺はそんなことを考えてた。

誰もいねーのを良いことに、机に足を乗せて思い切り椅子の背もたれにもたれかかって、おまけにペンを鼻と口の間に乗せてダラダラする。

ああ~・・・マジでめんどくせー・・・。

 

 

「なぁ~んたって、俺がこんなことしなけりゃなんねーんだよ」

「グダグダ言わずに仕事を進めよ、まったく、文句ばかり言いおって・・・」

 

 

宰相府の俺の執務室・・・っても、先月くらいまではまるで使ってなかったわけだが。

ぶっちゃけ、俺に書類仕事させるとか意味わかんねぇし。

任せようとする奴に至っては、頭がおかしいんじゃねーかとか思うし。

 

 

だけどそれ以上におかしいのは、アリカだな。

誰に何を言われたのか言われて無いのかは知らねーが、何で俺の執務室に机と椅子と自分の仕事を持ち込んでんだよ。

 

 

「主が一人では書類の決裁ができんからじゃろーが!」

「わーかった、わかったって、怒るなよ。・・・皺が増えるぜ?」

「・・・」

「・・・スミマセン」

 

 

・・・すげぇ、睨まれた。

 

 

「・・・アリアが以前ほど仕事ができん以上、政治に関わりの薄い仕事がこちらに回ってくるのじゃ。これも身重の娘の負担を減らすためじゃ、精進せよ」

「ああ~・・・?」

 

 

政治に関わりが薄いったって・・・何十枚あんだよ書類。

つまり、アリアにとってはこれ、仕事の一部でしか無いってわけだよな・・・?

・・・アイツ、ほんとに俺の娘か?

 

 

「それでも、主の性格に合っておる物を選んで渡しておるのじゃ。なんなら私の方を処理するか?」

「・・・そっちって何だよ」

「オスティア美術館で催されるメガロメセンブリア芸術展に関する物と、アリアドネーの魔法騎士団候補学校と我が国の王立ネロォカスラプティース女学院が合同で行う学術シンポジウムの」

「わかったわかった! こっちをやるよ!」

 

 

半分悲鳴を上げて―――どんな戦場でも、上げたことねぇのに―――俺がそう言うと、俺の嫁さんは鼻を鳴らして手元の書類に視線を戻した。

・・・はぁ、ジャックの野郎も俺みてーなことになってんのかねぇ、リカードやセラスは良く続けられるなマジで・・・。

 

 

諦め半分、面倒さ半分で、俺は自分に任された書類を読み始めた。

あー・・・10月のオスティア平和記念祭か、確かに祭りは好きだけどよ。

これは、何か違うだろ。

 

 

「戦没者慰霊に始まって、前の終戦記念祭に平和記念を混ぜて・・・」

 

 

俺らが戦った大戦の終戦を祝うだけだったオスティア祭は、今じゃアリアの時代の戦争の終戦祝いって意味合いの方が強いんだな。

・・・時代を、感じるぜ。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

王国傭兵隊の宿舎は、実は宰相府の敷地内には無い。

王室お抱えと言うには粗雑に過ぎる、市街地内にある築何十年かの古い木造アパートに少し手を加えただけの建物、それが王室傭兵隊の宿舎だ。

何故かと言うと、私達は正確には女王アリアの臣下では無いからさ。

王室私有戦力の一つには数えられているけど、結局は金で雇われたならずもの集団。

 

 

お綺麗な宮殿には似つかわしく無いし、私達も宮殿の空気は好きじゃない。

私を含めて、正式な仕官を勧められる奴もいるが・・・私が知る限り、受けた奴はいないね。

代金を受け取って、契約した通りの仕事をする。

それだけの存在だよ、傭兵なんて言うのはね。

 

 

「さて、今日の仕事はいつも通り、女王陛下の護衛だ。何か質問はあるかい?」

 

 

今日は、午後からアリア先生が外出する。

妊娠してから外へ出る公務の頻度は減ってるけど、それでも宰相府に閉じこもっているわけじゃない。

たまには外に出て、臣民に姿を見せることも必要なのさ。

それが、先生の「仕事」だからね。

黙々と仕事をこなす姿勢は、個人的には好ましいと思うよ。

 

 

「じゃあ、セルフィ、ユフィーリア、ラウラ、いつも通り頼むよ」

 

 

私がそう言うと、傭兵仲間はそれぞれ会議室から出て行く。

興奮すると語尾が変わったり、可愛い物が好きだったりする個性的な連中だけど、良い仕事をする連中だよ。

まぁ、でなければ傭兵なんて職業で生き残れるはずが無いからね。

その分、それなりに気心が知れた仲だと思っているけれど・・・。

 

 

「・・・で、こんな所に何の用だい?」

 

 

女王陛下(クライアント)からの依頼を説明するだけの、会議とも言えない会議が終わった後・・・一人だけ、私以外に残っている奴がいた。

そいつの名前は、クゥァルトゥム・アーウェルンクス。

4番目のアーウェルンクス、アリア先生の専属騎士。

5番目の方と違って、ここに来るのは本当に珍しい。

 

 

「・・・貧民街(スラム)の連中が、気になる話を持ってきてね」

「貧民街(スラム)?」

 

 

オスティアも都市である以上、貧困層と言うのは存在する。

ただ、それとこの目つきの悪いアーウェルンクスがどう関係するのかはさっぱりだ。

 

 

「で、何だい?」

「・・・最近、見慣れない連中が新オスティアに入り込んで来ているらしいよ」

「見慣れない・・・?」

 

 

これからアリア先生の護衛につこうとしている私に教えると言うことは、たぶん、そう言う話なのだろうけど。

それなら、近衛騎士団や親衛隊にでも教えれば良いだろうに。

・・・ああ、このアーウェルンクスはあの手の連中が嫌いだったね。

嫌われている、と言っても良いけど。

 

 

「・・・伝えたよ」

「まぁ、気に留めておくよ。・・・ところで」

 

 

ふと気になったので、聞いてみることにした。

この嫌われ者のアーウェルンクスは、どうして急にアリア先生を守るつもりになったのか。

 

 

「どうして、わざわざ伝えに来てくれたんだい?」

「・・・」

 

 

4番目のアーウェルンクスは、何も言わなかった。

両手をポケットに突っ込んで、不機嫌そうな顔で部屋から出て行く。

 

 

「・・・女はうるさい・・・」

 

 

最後に、それだけ呟いて。

・・・女、ね。

アリア先生の王子様(フェイト)もそうだけど、アーウェルンクスは女に弱いのかな。

だとすれば、意外な弱点だ。

 

 

さて・・・あの4番目に何かを吹き込める女と言うと。

・・・誰のことかな?

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「よぉ、トサカじゃねぇか、今日は休みかい!?」

「ちげーよ! 酒樽3つ頼むわ、今日の祝勝会で使うんだよ」

「何だよ、試合前に勝ったつもりかい?」

「うっせ、今日のナイトゲームは頂きだっつの・・・おおっ、ジョニーの旦那じゃねぇか!」

 

 

夕方、俺らの拳闘団の行きつけの酒場・・・オスティアの市街地の外れにあるジェイス・ストガヤツルカの旦那の酒場に行くと、カウンター席に見た顔が座っていやがった。

ジョニー・ライデインっつー黒髪のおっさんは、俺を認めると「おお」と手を上げてきた。

 

 

「久しぶりじゃねぇか、何だ仕事か?」

「それ以外に何があるってんだよ。運送屋はここん所、大忙しだからな」

「おっ、景気良いのか?」

「まぁまぁだな」

 

 

ジョニーの旦那とは、もう5年以上の付き合いになるな。

つっても、俺もジョニーの旦那とはめったに会わねぇけど。

ジョニーの旦那は魔法世界中を飛び回ってるから、仕方がねーやな。

 

 

「新聞で見たぜ。お前の所のチーム、頑張ってんじゃねーか」

「へへ、まぁな。今夜はアレだ、オスティア記念祭の拳闘大会に向けての予選の準決勝なんだぜ?」

「へー、すげぇな。てか、そんな奴がここにいて良いのかい?」

「ママが王宮に取られてから、その分の仕事が俺に回って来てよー、大変なんだよ」

 

 

今夜の準決勝も大事だが、何と言っても決勝戦だな。

決勝戦は女王一家も観戦に来るって話だからな、久々のチャンスだな。

バルガスの兄貴も燃えてるし、今日は頂きだぜ!

 

 

で、ジョニーの旦那は今でも例のエイ型飛行鯨で運送業をやってるんだが・・・。

最近、テンペにも戻れねーくらい忙しいってよ。

拳闘もそうだが、今は本当に景気が良いからな。

ただ、南の帝国の方が最近どうも怪しいらしい。

 

 

「はぁん・・・つっても、前々からキナ臭かったじゃねぇか」

「いやいや、今回のはマジでヤバいらしい。だってよ・・・」

 

 

ジョニーの旦那が声を潜めて、隣に座る俺の耳元に囁いた。

うん? ふんふん・・・あぁ!?

 

 

「帝国が攻めてくるだぁっ!?」

「声がでけぇよ! それにあくまで噂だ、噂!」

「噂ったって・・・そりゃねーだろ旦那」

 

 

帝国が、ウェスペルタティア王国に攻撃を仕掛けてくるらしい。

・・・なんて噂を、ジョニーの旦那は帝国国境付近での運送中に聞いたらしい。

まぁ、一昔前ならあったかもしんねーが。

 

 

いや、でも、無いだろぉ。

ここんトコ王国(ウチ)と帝国は仲良いし、こないだも結婚式だって友好ムードバリバリだったぜ?

拳闘団で定期購読してるオスティア・メール(大衆新聞・日刊紙)だって、帝国の結婚式は王国(ウチ)に負けず劣らず素晴らしかったって書いてたぜ?

 

 

「俺もおかしいなぁとは思ったんだけどよ、それがな・・・」

 

 

パリンッ・・・。

ジョニーの旦那が続きを話そうとした時、騒がしい酒場が一瞬、静まり返った。

振り向くと、カウンター近くのテーブルに座ってた客が皿を落としたらしい。

床に皿の破片が落ちてやがる、間抜けめ。

 

 

「ちょっとお客さん!」

「・・・」

 

 

店主のジェイスの旦那が声を上げるが、そいつは何も言わなかった。

頭まですっぽり覆ったボロを着た奴なんだが、亜人っぽいな。

そいつはジェイスの旦那にいろいろ言われた後、すごすごと酒場から出て行った。

すぐに、酒場に喧騒が戻ってくる。

 

 

「何だぁ、あいつ・・・」

 

 

軽く首を傾げるが、特に俺は気にしなかったね。

今の女王アリア様が即位してから、亜人なんてこの街じゃ珍しくもねーしな。

あんま見ない奴だが、外から来た労働者か何かだろ。

俺はそのことをすぐに忘れて、自分の仕事を思い出すまでジョニーの旦那と話し込んだ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

午後5時、私はフェイトを伴って新オスティアの公会堂で催されたオスティア難民問題に関するシンポジウムに出席しました。

大体は壇上の貴賓席に座って、学者の講演を聞いたり帰還難民の訴えを聞いたりするだけです。

 

 

私のお仕事は、開会の宣言と宮内省の用意した挨拶文を読み上げることです。

後は、王室としてシンポジウムの運営委員会に資金を寄付するくらいです。

いるだけ、お金を出すだけと言うのは、何やら居心地が悪いです。

他にも何かできることは無いかと、クルトおじ様に聞いてみたことがあるのですが・・・。

 

 

「君主は学者や芸術家にお金だけ出していれば良いのです。必要以上に好みを持ったり博識な所を披露したりすると、かえって問題を起こしますからね」

 

 

と、やんわりと何もしなくて良いと言われてしまいました。

まぁ、実際・・・私も学問や芸術にそれほど通じているわけではありませんし。

専門家に任せればそれで良いと言うのは、理解できますけど。

・・・でも、だったらクルトおじ様が私のことを書いた本を本名を隠して出版しているのは何なのでしょう。

 

 

「な、ななな、なんのことやら」

 

 

・・・あざといくらいにわざとらしい、クルトおじ様の声が聞こえた気がしました。

ここにはいないと言うのに、返答が予測できる私も凄いですけど。

そうこうする内にシンポジウムは終わり・・・最後に、新任の国際奴隷制度撤廃推進委員会委員長であるフェイトが、閉会の言葉を読み上げます。

 

 

宮内省の文官が起草した短い文章ですが、これまで公的な仕事を何もしていなかったフェイトとしては、十分すぎる程の公務です。

オスティア難民を未だに縛る奴隷制度―――お母様がかつて通した奴隷制度―――は、早急に完全撤廃したい所なのですが・・・。

 

 

「・・・奴隷制度は、人道的精神に反する・・・」

 

 

100万人のオスティア難民の内、重度の債務を抱えて奴隷になってしまった方は約20万人。

その内の半分はここ数年の運動と法整備の甲斐あって、なんとか・・・。

最低限の身分保障はあるとは言え、奴隷は奴隷。

 

 

魔法世界全体で施行されてしまった「死の首輪法」の完全改正には、諸外国の協力がどうしても必要ですし・・・。

旧連合関連の富裕層や悪徳商人・政治家の下にいた奴隷の方々は無償で救済できるのですが、正規の手順で奴隷を獲得した商人や奴隷のままでいても良いと言う方は、どうにも・・・。

 

 

「・・・魔法世界文明の黒い汚点である・・・」

 

 

フェイトの挨拶が終わると、5000人の聴衆が詰め掛けた公会堂全体から、フェイトに向けて惜しみない拍手が贈られました。

当然、私も精一杯の気持ちを込めて拍手します。

問題はまだまだ多いですが、いつかきっと解決できると信じています。

・・・とても、難しいですが。

 

 

シンポジウムが終わった後は何人かの学者や帰還難民の方々と懇談して、次の予定地へ向かいます。

皆がフェイトのことを褒めてくれるので―――社交辞令だとしても―――嬉しくなってしまいます。

まぁ、フェイト自身は何も思っていないようですが。

 

 

「女王陛下万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「お世継ぎ様万歳!」

 

 

公会堂の外に出て、フェイトと共に王室用の馬車に乗り込みます。

道の両側には公会堂にいた聴衆の他、何百人もの人々が詰め掛けて、近衛騎士団の規制の向こう側から熱の籠った歓呼を私達に浴びせています。

私とフェイトは、いつものように馬車の上から民衆に手を振って応えます。

 

 

特に私達の赤ちゃんの誕生を望む声には、私も胸の内が温かくなります。

皆が待ち望んでくれていると言うのはプレッシャーですが、それ以上に嬉しくもなります。

それに・・・。

 

 

「女王陛下!」

 

 

その時、歓呼とは別種の声が、私の耳朶を打ちました・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

外部からの指摘を受けるまでも無く、僕はすでに動いている。

隣のアリアの身体を左腕で抱き込み、右手に漆黒の剣を生み出す。

 

 

「きゃっ・・・」

 

 

小さく悲鳴を上げるアリアはひとまず置いて、僕は視線を左に、つまり馬車のアリア側に転じる。

そこには、道端の民衆や幾人かの近衛を弾き飛ばしてきた男がいる。

明らかに非友好的な態度を取っているその男は、どうやらゴリラの亜人であるようだった。

 

 

身に纏っていたボロは、殴り伏せられた近衛が手を離さなかったために破れていた。

毛深い筋骨隆々とした、亜人らしいガッチリとした身体つき。

何か気合の入った雄叫びを上げていたその男は、すぐに黙ることになる。

左手でアリアの目を覆った上で、僕の投げた黒剣が彼の喉を貫いたからね。

白目を向いて亜人の男が倒れ、民衆の中から女性の物らしき悲鳴が上がる。

・・・配慮が足りなかったかな。

 

 

「グエッ!?」

 

 

直後、馬車の反対側から鶏が潰れたような声が聞こえた。

振り向くと、まさに鳥の亜人が取り押さえられている所だった。

空から急襲するつもりだったのかはわからないけど、2枚の翼と2本の腕のそれぞれを白い刀で貫かれていて、その上には和装の白髪の女性・・・女王親衛隊副長の知紅が乗っている。

 

 

「助かるよ」

「・・・陛下の安寧のためですから」

「そう」

 

 

短いやり取りの後、アリアがやんわりと僕を押しのけた。

まず左側の事切れた亜人を見て・・・次いで、取り押さえられた右の亜人を見る。

その眼は・・・どことなく、哀しげに揺れているような気がする。

道の両側に詰め掛けていた民衆も、今は静まり返っている。

アリアが、何か言おうと唇をかすかに開いた時・・・。

 

 

「危ない!」

 

 

民衆の誰かが、悲鳴を上げた。

見れば馬車の斜め前方に、ボロを纏った人族の男がいた。

亜人の乱入で混乱した近衛の規制線を破ったらしい男は、両手に銃を持っていた。

その銃口は当然・・・アリアに向けられている。

 

 

アリアの魔眼は、物理的な物からは守ってはくれない。

当然、僕はアリアを守るために動こうとして・・・。

 

 

「・・・っ」

 

 

ギシリッ、と、身体の内部から軋むような音がしたような気がした。

何・・・?

そして僕がそれに戸惑っている間に、目前の男が発砲した。

アリアは、それに反応できない。

しま・・・。

 

 

金属が弾かれるような、甲高い音が響いた。

 

 

アリアに向かうはずだった2発の銃弾は、アリアに届く前に「撃ち落された」。

僕の目には、銃弾が銃弾で弾かれた様子が見えている。

弾き合った計4発の弾丸が、地面にめり込む。

こんな芸当ができるのは・・・龍宮真名か。

 

 

「ぬ・・・うあああぁぁっ!」

 

 

外れたことを知った狙撃手の男は、音程を外したような声を上げて再び銃を構える。

だがそれは、叶わなかった。

・・・民衆の中から投げられた石が、彼の側頭部に命中したから。

 

 

「じ・・・女王陛下を守れ!」

「そ、そうだ、俺達の陛下をお守りしろ!」

「賊を逃がすな!」

 

 

元々、近衛騎士団より民衆の方が数が多い。

近衛の規制線を破った民衆が、アリアを狙った男に一斉に群がって行った。

頭を殴り、銃を奪い、腕に噛み付き、足を蹴り折り、背中を踏み付け、地面にねじ伏せる。

圧倒的な数の暴力は、賊の生命をあっと言う間に踏み躙り・・・民衆の熱は危険な方向に向かい始める。

民衆の「女王万歳」の声が、「亜人追放」に変わり始めた所で・・・。

 

 

 

「やめなさい!!」

 

 

 

半ば呆然としていたアリアが、座席の下から金色の『檻箱(スピリトゥス・ディシピュラ)』を取り出し、放る。

数秒後に箱は開放され、魔導具の中に込められていた魔法が、空砲のような音を立てる。

驚いた馬が嘶き、御者がそれを必死に宥める。

それは極めて危険な行為だったけど、民衆は驚いて動きを止める。

・・・民衆の足の間から、先程の賊の物と思われる手が朱に塗れて倒れているのが見える。

 

 

民衆の暴力的な声が収まった後には・・・子供の泣き声が各所から聞こえている。

馬車の座席に立ったアリアは、何も言わなかった。

何も言わずに、ただ・・・ぺこりと、頭を下げた。

感謝なのか、謝罪なのか、それはわからない。

ただ少なくとも・・・民衆は冷静さを取り戻したようだった。

我に返った近衛が民衆を押し戻し、男を殴打したと思しき民に話をして同行してもらう・・・。

 

 

「銀髪の小娘!」

 

 

だからこそ襲撃者の中で唯一生き残った鳥族の亜人の声は、良く響いた。

女王アリアに対する不敬罪を平然と犯したその亜人は、知紅に圧し掛かられたままの体勢で叫ぶ。

 

 

「銀髪の小娘! 血塗られた専制君主、独裁者よ! 軍事力で周辺国を威圧し、自らの信望者で周囲を固める偽善者よ! 貴様が善政と言う名の飴でどれほど民衆を手懐けていても、飢え死にした者は貴様の豊かな生活を覚えているぞ!」

 

 

それは、過激な共和主義者が良く使う論法だった。

そして一方で、事実でもある。

 

 

「労働者が失業と飢えに怯えている間、貴様がたらふく食っていたことを覚えているぞ! 貧しい者が寒さに震えている間、貴様が煌びやかに着飾っていたことを覚えているぞ! 貴様の持つ宝石一つでいったい何人が救えたか、覚えているぞ!」

「・・・」

「貴様の玉座は、無数の屍の上に立っているのだ! 旧公国しかり、エリジウムしかりだ! いつか貴様はヴぇっ・・・」

 

 

男の言葉は、知紅が男の嘴を刺し貫いたことで止まった。

地面に口を縫い付けられた男は、黙らざるを得ない。

・・・それ以上のことをどうすれば良いのか、知紅は指示を求めてアリアを見た。

一方のアリアは、感情の見えない眼で自分を弾劾した男を見下ろしていた。

そして一言だけ、医者を呼んでやるように告げると馬車に座った。

 

 

「出してください」

「は、はいっ・・・」

 

 

ようやく馬を落ち着けた御者に馬車を出すように告げ、近衛によって整然さを取り戻した民衆の間を進み始める。

何事も無かったかのように笑顔を浮かべ、民衆に手を振って見せる。

するとアリアの無事に安心したのか、民衆の雰囲気も元も戻っていった。

 

 

そしてその後は、予定通り演奏会に出席した。

ただ・・・僕の手を握り続けていた彼女の手は。

ずっと、震えていた・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「・・・それで、その後はアリア様はどのように行動されましたか?」

「ご予定通り、オスティア・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会をご鑑賞された後、宰相府にお戻りになられました。ただその際、ご予定よりも遠回りでお帰りになられたとか・・・」

「ああ、それは構いません」

「はぁ・・・」

 

 

私の言葉に、宰相府の職員は訝しげな顔を浮かべました。

・・・暗殺事件が起こった後にアリア様がそそくさと宮殿に引っ込めば、民衆はアリア様が民衆への信頼感を失われてしまったのでは無いか、と疑心暗鬼に駆られるでしょう。

 

 

それでは結局、共和主義者の思う壺です。

だからこそアリア様は、ことのほか時間をかけて民衆にお姿を晒されたのでしょう。

後は宮内省の報道官を通じてメッセージでも出せば良し・・・。

 

 

「しかし、大丈夫でしょうか。女王陛下は共和主義者の弾劾に反論されなかったそうですが・・・」

「はは、冗談でしょう?」

 

 

捕らえた暗殺犯の持ち物リストが書かれた書類に目を通しながら、職員の言葉を笑い飛ばします。

王制への弾劾に対する反論など、君主自らがする必要はありません。

そんな物は、我々下々の者がやれば良いのです。

だいたい、君主や政府などと言うものは罵詈雑言を叩き込まれてナンボです。

 

 

「なぜ、我らが女王陛下が賊ごときの主張に耳を貸さねばならないのです?」

「は、はぁ・・・」

「我が女王は愛すべき民の声に耳を貸し給う、しかし賊の主張に貸す耳は無く答える口はありません・・・まぁ、それは良いでしょう、それで?」

「は、はい。それで、現場で賊を殺害してしまったと言う数名の男が自首してきておりまして・・・」

「法に則って扱いなさい、詳細は司法の手に」

「は、しかし・・・」

「返事は?」

「は、はっ、承知いたしました!」

 

 

個人的には特赦を与えても良いのですが、それは拙い。

殺人は殺人、理由はどうあれ・・・後は裁判所の仕事ですがね。

職員が執務室から出て行った後、私は一人で笑います。

女王を守るために人を殺め、それを罪に感じる民。

・・・素晴らしいではありませんか。

 

 

「・・・加えて」

 

 

改めて、賊の持ち物リストを眺めます。

その中に、興味深い物が3つあります。

旧世界製の銃器、これまた旧世界製の「共産党宣言」と言うタイトルの本、そしてウェスペルタティア労働党の意匠・・・。

 

 

ウェスペルタティア労働党は王制廃止、重要産業国有化、労働者「主権」、私有財産の否定などを掲げる急進左派の政党組織です。

最近増加している外国人労働者階級に、特に支持者が多いのですが・・・ウェスペルタティア人からの支持はあまり得られておりません。

過激派は特に「人民戦線」と称して暴力行為を行っているのですが。

今はまだ合法的な組織ですが、さて・・・。

 

 

「失礼します、宰相閣下・・・お呼びでしょうか」

「ああ、ヘレンさん」

 

 

最近は私の個人秘書になっているヘレンさんが入室してきたので、私はいくつかの書類を彼女に手渡します。

身体を張ってアリア様を賊から守った近衛騎士団員達への、アリア様からの感謝状です。

今回の騒動で負傷した騎士達に贈る物で、感謝と共に良く療養するように書き添え、快復の後に勲章と特別手当てを与える・・・と言う内容です。

 

 

「明日の朝一番に陛下の下に赴きサインを頂いた後、各々の騎士に送付なさい」

「はい・・・でもコレ、宰相閣下が書かれたのですか?」

「いいえ? アリア様のサインがあれば・・・それは全て陛下のお手紙ですよ」

 

 

自首してきたと言う民にも、アリア様からお手紙を出して頂かないと。

まぁ、アリア様のことですから気付き次第、ご自分で書き直すでしょうが。

私は困惑した表情を浮かべるヘレンさんの顔を、楽しげに見つめておりました・・・。

 

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

もう、すっかり日が暮れた頃・・・。

私がいつものように倉庫から出てきた時、すでに村中がアリアの話題で持ちきりだった。

アリアが、新オスティアの市街地で亜人に襲われたと言う話だった。

村の大人達は皆、アリアのことを娘か孫みたいに想っているから・・・。

 

 

「心配だなぁ、こりゃスタンさんには教えられねぇよなぁ」

「そうねぇ・・・あら、ネカネちゃんじゃない、どうしたの?」

「い、いえ・・・」

 

 

村の人達との会話もそこそこに、私は自分の家に向かって足早に歩く。

持っている物を、両手で抱き締めるようにして・・・。

 

 

「おお、ネカネ。どうしたんじゃ、そんなに慌てて・・・」

「す、スタンさん・・・急いでますから、失礼しますっ」

「お、おぉ・・・?」

 

 

途中、スタンさんに出会った時には心臓が止まるかと思ったけれど・・・。

何とかごまかして、村外れの私の家へ。

部屋が一つしかない、こじんまりとした小屋。

もっと良い家を皆に勧められたこともあるけど、一人で暮らす分には十分だし。

ネギとのどかさんがいれば、別でしょうけど・・・。

 

 

周りをそれとなく確認した上で、家に入る。

背中で扉を閉めるようにして、大きく息を吐く。

ほっ・・・と胸を撫で下ろして、手に持っている物を見る。

それは・・・。

 

 

「・・・近右衛門さんからの、お手紙・・・」

 

 

一つは、エリジウムにいる近右衛門さんからのお手紙。

あの人は、今はエリジウム総督府で働いているらしいけれど・・・。

・・・手紙には、ネギとのどかさんが心配だと書いてあった。

2人が置かれている状況は、薄氷の上と言っても過言では無い、そんな状況。

でもこの先、アリアはともかく周囲の人間がどう言う行動に出るかわからないと・・・。

 

 

近右衛門さんだけじゃなくて、のどかさんからもお手紙が来ることがある。

そっちは検閲があるけど、でもとても不安そうな文面で・・・。

ネギは、手紙を書くような子じゃないし・・・。

 

 

「私が・・・」

 

 

私が、2人の面倒を見てあげないと。

・・・村の人達も、アリアのことばかりでネギのことはあまり気にして無いみたいだし。

でも、私が何を言っても・・・。

 

 

「でも、私には2人を助けてあげられない・・・」

 

 

私には、そんな力は無いし。

でも、ううん・・・だから・・・。

けど・・・。

 

 

 

『何も迷う必要は無い』

 

 

 

・・・そう、でも、迷っている場合じゃない。

だって、こうしないとネギとのどかさんが・・・。

・・・同じ赤ちゃんなのに、どうしてこうも反応が違うのかわからない。

近右衛門さんのお手紙をズラすと、そこには倉庫から持ち出した一枚のカード。

黒尽くめの老紳士が描かれた、そのカードは・・・。

 

 

「・・・仕方が、無いのよ・・・」

 

 

私には、他に方法を思いつけない。

薄暗い部屋の中を、ゆっくりと歩く。

それから私は果物籠から果物ナイフを取り出すと、机の上に魔方陣を描いて中心にカードを置いた。

・・・少しだけ躊躇して、それでも・・・。

 

 

「・・・っ」

 

 

ツプッ、と小さな音を立てて、ナイフで指先を深く切った。

そして・・・。

 

 

・・・ポタタッ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ぞくり、と、嫌な感触が背筋を走ったような気がします。

何でしょう、何か・・・。

 

 

「アリアさん、いかがなさいましたか?」

「・・・いえ、何でもありません」

 

 

柔らかな照明と湯気に覆われた宰相府の王室専用浴場の湯船の中で、感じるはずも無い悪寒を感じたような気がします。

でも湯船の縁に座って私を心配そうに見つめる茶々丸さんを、これ以上は心配させたくありません。

ちゃぷ・・・と掌でお湯を掬いながら、そんなことを考えます。

 

 

「・・・茶々丸さん」

「はい」

「この浴場の維持費って、いくらぐらいでしょうか・・・」

「年間で約2万4千ドラクマですが」

「そうですか・・・」

 

 

・・・自分が、全ての人に受け入れられている人間だなどと思ったことはありません。

君主制廃止論や共和主義など、王制国家が生まれた時から存在する物です。

でも久しぶりに他人から弾劾されて・・・少し、キてますね。

 

 

何より民衆に人を・・・殺めさせてしまいました。

何より怖いのは、私を守るためなら人を殺めても良いと、一時的な熱狂のためとは言え民衆が思ってしまうことです。

民が私を慕ってくれるのは嬉しいのですが、狂信や妄信は困ります。

どうすれば・・・良いのでしょうか。

 

 

「・・・上がります」

「かしこまりました」

 

 

ちゃぷ・・・とお湯を跳ねながら立ち上がり、湯船から出ます。

浴室から脱衣所に向かう間に、茶々丸さんが私の身体を丁寧に拭いてくれます。

特に少し膨らんできたお腹は、慎重に。

・・・こう言う扱いを受けられるのも、私が女王だからでしょうか。

 

 

「・・・たとえアリアさんが女王で無くとも、私は同じように致します」

「え・・・」

 

 

脱衣所で着替えを受けながら言われた言葉に、驚きます。

心を、読まれたのでしょうか。

 

 

「そのように考えられては・・・悲しいです」

「・・・ごめんなさい」

「いえ・・・それから、アリアさんの生活費は王室領からの収入で賄われております。政府税収とは切り離された個人収入ですし、一部は福祉・教育・育英事業に寄付されております。またアリアさんは王国国民6500万人の生活と財産を支える重要なお仕事をされておりますし、過ぎた収入とは思いません」

「えっと・・・私の収入っていくらでしたっけ」

「アリアさん個人で年間約460万ドラクマ、王室全体で年間約2700万ドラクマ、土地・不動産などの価値は合計約8億ドラクマ、その他証券・債券が・・・」

 

 

うん、暗殺されて当然な収入でした。

と言うか、資産とかあまり考えていませんでしたが・・・。

 

 

「・・・それに」

「はい?」

 

 

就寝用のネグリジェに着替え終わった後、茶々丸さんは不思議な色合いの瞳を向けてきました。

 

 

「私はアリアさんやマスター、姉さん達が豊かな生活を送れるのであれば・・・他の方が貧しくとも構わない、とも考えます」

「・・・茶々丸さん、で「バカなこと言ってるんじゃ無いよぉ!」「はぶっ!?」って、茶々丸さん!?」

 

 

突然、茶々丸さんの頭にチョップが。

何かと思えば、傍で控えていたクママさんでした。

クママさんは茶々丸さんからバスタオルを奪い取ると、私の身体をゴシゴシと・・・痛いです痛いです!?

 

 

「陛下もあんまり気にすると、お腹の子に障りますよ!」

「は、はぁ・・・」

「あ、私のお仕事が・・・」

 

 

よ、良くわかりませんが、励まされたようです。

身体を拭かれながら、何だか子供に戻った気分で頬を掻きます。

う、うーん・・・。

 

 

身体を拭いた後は就寝用のネグリジェを着せられて、終わりです。

そして、外に出た時・・・。

 

 

「お疲れの所を申し訳ありません、女王陛下。ヘラス帝国の大使館・領事館より急報でございます」

 

 

浴場から通路に出た所で、宰相府の女性職員が跪いて私にそう言いました。

そしてまた、ウェスペルタティア人が私に保護と救いを求めてくるのです・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)

 

グリルパルツァー公爵家は言うに及ばず、有力な貴族は王都に屋敷(タウンハウス)を持っているのが常識だ。

いちいち領地と王都を言ったり来たりできるわけじゃないし、その方が経済的だしね。

 

 

「・・・ふぅ」

 

 

私も外務尚書と言う役職上、王都にいることの方が多い。

領地の屋敷は祖父の代からいる管理人に任せているし、王都の屋敷(タウンハウス)でも暮らす分には問題無いしね。

領地経営その物は、今上陛下(アリアさま)の改革で名ばかりの物になっているしね。

 

 

とは言え、50室からなるこの屋敷(タウンハウス)も豪邸には違いない。

私は新オスティアの貴族住宅街にあるこの家で、1年の大半を過ごしている。

今も寝室に隣接している小さな浴室(大きいのもあるけど、好きじゃないんだ)で、シャワーを浴びていた所。

タオルで髪を拭きつつ、バスローブを身に着けて隣の寝室に入る。

使用人は、私が子供の頃から世話してくれてる爺やを含めて3人しかいない。

まぁ、だからある程度は自由に・・・。

 

 

「・・・だーれだ」

 

 

寝室に入って照明をつけようとした時、背後から誰かにやんわりと両目を塞がれた。

悪戯とも呼べない稚拙な悪戯で、私は溜息を吐く。

 

 

「勝手に淑女の寝室に入らないでくれないか・・・マリア」

「あれ? バレちゃった?」

 

 

声の主は、マリア・ジグムント・ルートヴィッヒ。

魔族の血を引く男で、さらりとした銀の髪と菫色の瞳と言う色素の薄い奴だ。

一応、外務省の私の部下・・・のはずだ、うん。

 

 

「あーあ、つまんないの~」

「・・・何か用?」

 

 

ごく自然にスルリとバスローブの胸元に手を入れようとしたマリアの手を抓りつつ、何の用件か尋ねる。

今日は難しい交渉を纏めて疲れてるんだから、変な悪戯はやめてほしい。

と言うか、後ろから抱き付いて肩に顎を乗せるのやめてくれないかな・・・。

 

 

「報告だよ、尚書閣下・・・僕よりも仕事を取るなんて、妬いちゃうなぁ」

「気持ち悪いことを言うな・・・・・・女王陛下が?」

「ああ、それね。なかなか『美味しかった』よ?」

 

 

悪魔のマリアが「美味しい」と言う場合、そこには人間の負の感情が存在したと言うことだろう。

・・・公会堂前で襲撃、陛下もお腹の子供も無事。

良かった・・・。

 

 

「可愛い女王様だよね、ちょっと何か言われたくらいで揺らいじゃってさ・・・ま、僕は『美味しい』感情を食べれたから、良いけど」

「・・・今のは聞かなかったことにするよ」

 

 

バスローブに手を入れて腹部を撫でようとしてきたマリアの手を抓って、そう言う。

今のは十分に不敬罪に値するよ、マリア。

そのマリアの持ってきた書類の続きを読むに、どうやら我が宰相閣下は女王陛下ほど胸を痛めてはいないようだ。

明日の朝の閣議も嫌な物になりそうだ・・・労働党の非合法化ね。

 

 

「それと・・・ヘラス帝国か」

「うん、そっちも『美味しそう』だよね」

 

 

私の太腿を撫でているマリアの手を叩いて、私は溜息を吐いた。

・・・また、戦争か。

本当に飽きもせずに良くやるなぁ・・・迷惑を被るのは民だろうに。

 

 

それにしても、今回の報告はちょっと信じられない。

「ジャック・ラカン戦死」って・・・あり得ないだろ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「ジャックが死んだ・・・じゃと?」

「はい、皇帝陛下」

 

 

妾の問いに、皇帝補佐官のコルネリアは淡々と答えてきた。

あまりにも淡々と言ってきたので、聞き違いかとすら思った。

何故なら・・・それは、あり得ないことだったのじゃから。

 

 

ジャック・ラカンが「神聖ヘラス帝国」との会戦で戦死した。

そのような噂が、帝国中を駆け巡っておるらしい。

そのコルネリアの報告に、妾は衝撃を受けた。

衝撃を受けざるを得まい、最愛の夫が戦死したと言うのじゃから。

・・・それに。

 

 

「・・・ジャックは、ここにおるが」

「あ?」

 

 

妾の声に、隣で高級葡萄酒(ワイン)をラッパ飲みしておったジャックが間抜けな声を上げおった。

極めて五体満足、先月に「神聖ヘラス帝国」の砦を5つ潰して戻って来たのじゃが・・・アホ面で上半身裸じゃぞ?

皇帝の寝室に夜分に訪れて何かと思えば、コルネリアも妙なことを言う奴じゃのぅ。

 

 

「・・・その噂に触発されて、帝国各地で火の手が上がりましてございます」

「・・・何じゃと!?」

 

 

火の手・・・叛乱か!?

何故じゃ、ここの所は静かじゃったと言うのに。

 

 

「まぁ、ラカン殿下の武名で抑えられていたのですから、ラカン殿下がいなくなった途端に叛乱するのは合理的かと思いますが」

「落ち着いておる場合か!? だいたい、ジャックはここにおるぞ!?」

「陛下、ここで問題なのはラカン殿下の生死では無く、帝国各地の政治・軍事指導者がラカン殿下が死んだと思いたがっていることです。そして現実に、叛乱は起きているのです」

 

 

じ、ジャックを婿に迎え、「夫君王(キング・コンソート)」の称号を与え帝国の共同統治者としたことに批判があったのは事実じゃ。

じゃが、それでも帝都の民は受け入れてくれたと思っておったのに。

 

 

「すでに第50軍団のボルゲーゼ将軍、アルギュレー方面軍のシュマルカルデン将軍とイェライッチ将軍、シルチス方面軍のムスタファ参謀長がそれぞれの任地で武装蜂起。ノアチス地域の軍事貴族ルドヴィカ家、ティレナ地域の大貴族カウニッツ家に不穏の気配があります。また東方艦隊のクルーゼンシュテルン提督、西方艦隊のヴィルヌーブ提督と連絡が取れなくなりました。さらにサバ地域で市民が蜂起、人民政府の樹立を宣言し・・・」

「待て待て待て! そんなにか!?」

「はい」

 

 

落ち着いた口調で、コルネリアは頷いた。

いや、と言うかそれ・・・ほぼ帝国全域で叛乱が起きておるでは無いか!

 

 

「それから」

「まだあるのか!?」

「オスティア駐在大使ソネット・ワルツからの急報で、ウェスペルタティア女王夫妻が暗殺されかけたとか」

「何じゃと・・・?」

「どうも犯人が亜人だったらしく、反帝国感情が増しているとか・・・」

「帝国の民じゃったのか!?」

「さぁ、そこまでは」

 

 

む、むむむ・・・と、とにかく今は、帝国の統一を保たねばならぬ。

妾はキッ、と隣でアホ面を浮かべておるジャックを睨んだ。

 

 

「ジャック!」

「嫌だね」

「叛乱を鎮圧・・・って、お前の国のことじゃぞ!?」

「知らねーよ、何で俺がそんな面倒なことしなくちゃいけねーんだよ。しかもタダで」

「皇帝の夫じゃろーが、お前は!」

 

 

手元の兵力が少なくて、とても全部に鎮圧軍を派遣できんのじゃ!

ジャックなら一人で撃破できるじゃろ!?

良いから、行って来い!

 

 

「・・・それにしても、何故にそのような噂が」

「調査によれば、エリジウム駐屯軍から流れてきたとか」

「・・・何で、そんな所から?」

「さぁ、そこまでは・・・」

 

 

ま、まぁ良い。

ジャックが健在とわかれば、叛乱も治まるじゃろ。

さぁ、行くのじゃジャック、妾の最愛の夫よ!

 

 

「夫を戦場に蹴り出すってどーよ?」

「やかましい!」

 

 

・・・しかし、本当に誰が噂を流したのじゃろうか。

見つけたら、タダではおかぬ。

我が帝国と帝国の民を苦境に立たせた落とし前を、つけさせてやるからの・・・!

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

俺が女王夫妻暗殺未遂の報を受けたのは、総督府を兼ねているホテルの自室に戻ろうとした時だった。

午後10時近くのことで、いつもより仕事終わりがかなり遅かった。

来月、女王に直接信託統治領の統治状況を報告するためにオスティアに戻るので、その準備が忙しくてな。

 

 

「ほぅ、女王陛下がな・・・」

「ええ、お労わしいことです」

 

 

それを伝えに来た文官は心にも無い(そう見えるのは、俺の性根が捻くれているからかもしれんが)ことを言って、哀しそうに胸を押さえて見せた。

一方で俺はと言えば、別に哀しみを表現する必要を感じないので何もしない。

 

 

「それよりも、一時的とは言え俺は王都に戻る。俺の不在の間マリウス提督らと協力して、よろしく頼むぞ」

「はぁ・・・」

 

 

俺が自分に同調してくれなかったのが不満なのか、文官は気の無い返事をした。

その文官にいくつかの指示を残して、執務室から出る。

ふん・・・。

 

 

・・・むしろ我が女王が共和主義者や左派のテロリストや亜人の凶刃に倒れるようであれば、それこそ興ざめと言う物だろう。

あの若く美しい女王がそのようなことで倒れるはずも無いし、倒れるとすればもっと早くに歴史の表舞台から姿を消していただろうさ。

現に今回もテロを歯牙にもかけずに、無事息災で生き残っているでは無いか。

・・・それで良い、我が女王は。

 

 

「おお、これはこれは総督閣下」

「・・・」

 

 

部屋に戻る途中、俺は会いたくも無い奴に会ってしまった。

相手は・・・元新メセンブリーナ連合評議会議員、近衛近右衛門。

異様に長い後頭部のその男は、どう言うわけかこの総督府の政務官になりおおせている。

 

 

「何でも、総督閣下は近く王都に戻られるとか」

「・・・そうだが、何かあるのか」

「ふぉふぉふぉ・・・いや何、ちょっとした噂を小耳に挟みましてのぅ」

「噂?」

 

 

俺が片眉を上げて不快を示すと、「ふぉふぉふぉ」と言う笑い声が返ってきた。

 

 

「総督閣下は王国随一の将帥、ワシのような老害が侘しい知恵をお貸しする必要は無いと思いますが、心配でしてのぅ」

「わかっているのなら、黙っていることだな。失礼する」

 

 

くだらん、時間の無駄だ。

俺は近右衛門の傍を通り過ぎて、部屋に戻ろうと・・・。

 

 

「・・・何でも、リュケスティス元帥が王都に収監中の公王ネギを攫いエリジウムで独立叛乱を起こすと言う噂が、まことしやかに囁かれているとか・・・」

 

 

・・・足を止めて振り向いた時、近右衛門はもうそこにいなかった。

ただ、「ふぉふぉふぉ」と言う笑い声が響くばかり。

・・・くだらん。

この俺がネギ・スプリングフィールドを擁して独立?

笑えん冗談だ、本当にそんな噂が存在するなら噴飯物だな。

 

 

「・・・あのクルト・ゲーデルでも、もう少しマシな噂を流すだろうさ。それに・・・」

 

 

もし俺が、本当に我が女王に叛すると言うのであれば。

叛するので、あれば・・・。




新登場キャラクター:
テレサ・ハラオウン:剣の舞姫様提案。
ボルゲーゼ将軍・クルーゼンシュテルン提督・ヴィルヌーヴ提督:伸様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第17回広報:

アーシェ:
復・活!
このまま干されるかと思ったけど、そんなことは無かったよ!
久々の広報・・・今回は宰相閣下もお越しです、どんどんぱふぱふ~!

クルト:
ハハハ、どうも、ウェスペルタティアで最も私心の無い男、クルト・ゲーデルです。

アーシェ:
自分で言ったよ・・・。

クルト:
さて、今回から本格的に登場したアリア様の新たな「敵」、労働党についておさらいです。

アーシェ:
う・・・うっス。でも・・・本当に敵なんですか?

クルト:
何か問題でも?(ニヤリ)

アーシェ:
(ぶんぶんぶんぶんっ)


ウェスペルタティア労働党:
労働者達の受け皿を自称する政党。王制廃止・共和制支持、大企業分割・重要産業国有化、政府による労働者保護(低負担・高福祉)、反エリート層・反知識層、農民・労働者独裁・・・などを掲げる極左勢力。

ウェスペルタティア人には支持されないが、外国人労働者に支持者が多い。
その関係でその組織基盤は王国内よりも帝国領に多く、ジェームズ・ハーディ氏が率いるウェスペルタティア労働党本体とは区別して「人民戦線」と名乗っている。この「人民戦線」はテロも辞さない武装勢力であり、帝国・王国域内で闘争を続けている。今回、女王アリアを狙ったテロや帝国サバ地域の市民勢力の蜂起はこの勢力による物とされる。



クルト:
・・・かように、とてもとても危険な組織なのですよ。

アーシェ:
ほぅほぅ、それは危ないですねぇ。
おーっと、時間が・・・。
次回は8月のお話、王国はどんどん強くなりますが、帝国は・・・。
では、また!


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アフターストーリー第20話「動揺の8月」

Side クルト

 

移動と準備は昨日までに全て終わらせてあります。

そしてアリア様のご用意も整ったとの連絡を受けましたので、私は一歩前に進み、声を張り上げます。

私の前には、今日のためにお越し頂いたエリジウム大陸の名士の方々が居並んでおります。

 

 

「皆々様、本日はお忙しい中、ご足労頂き、誠にありがとうございます」

 

 

ウェスペルタティア王国とオスティア王家の紋章が刻まれた赤い天鵞絨(ビロード)がかけられた壁に、天井にはダイヤを散りばめたシャンデリア、静かな色合いの床石、そして最奥に設えられた玉座。

宰相府とは異なる絢爛豪華な造りの玉座の間、そう、ここは宰相府ではありません。

 

 

ここはウェスペルタティア王国西部、ゴゥン離宮。

元々は大貴族プロスタテンプステトメア家の所有する宮殿だったのですが、6年前の旧公国動乱の際に王室が接収し離宮としました。

700以上の部屋に8つの階段、5つの中庭に3つの泉、おまけに図書館まで併設された大宮殿。

贅を尽くしたこの宮殿は、かつての領主がどれほど民から収奪していたかの象徴でもあります。

 

 

「今日の良き日に、将来のエリジウム北部の独立国家の代表者の方々とお招きできたことは、我が国にとっても誠に光栄なことと考えております」

 

 

またこの離宮の城下とも言うべき西部有数の大都市ゴゥンは、旧公国において公都として宣言された都市でもあります。

その際、この宮殿は公王府として利用されたと聞き及んでおります。

 

 

ちら・・・玉座の間に整然と並んでいる諸氏の前に立つ私の隣にいる、アドメトス・アラゴカストロ国防尚書は、隣接するアラゴカストロ公爵領の領主でもあります。

40代半ばの理知的な風貌を持つこの国防尚書は、今や唯一の西部貴族。

それから、北エリジウムの代表者の列の先頭に立つリュケスティス総督・・・。

 

 

「この度、皆様の「イヴィオン」加盟が首尾良く定まりましたこと・・・このクルト・ゲーデル、心よりお喜び申し上げます」

 

 

そして本日の最重要ポイント、学校であれば確実にテストに出ますよ。

現在、北エリジウムには総督府の管轄下で内政自治権を有する国家・都市国家がケフィッスス、セブレイニア、ブロントポリスなどを含めて12ヵ国存在します。

そして今日、この12の国家が我が「イヴィオン」に正式に加盟する運びとなりました。

 

 

国家連合「イヴィオン」は、アリア様を共同元首とする「同君連合」です。

つまりアリア様はウェスペルタティア女王であると同時にアキダリア女王でありパルティア女王であったりするわけですが・・・君臨すれども統治せず、各国の政府は各々独立しているわけですね。

そして今日、アリア様は新たに12の国々の女王として「即位」されるわけです。

 

 

「では、堅苦しい挨拶はここまでと致しまして・・・」

 

 

旧連合の諸都市も、近く「イヴィオン」に加盟する見通しです。

さて・・・私のかつての誓いまで、あと何歩でしょうか?

 

 

「―――始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、法と秩序の守護者、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下、ご入来―――!!」

 

 

声に合わせて、楽隊が「始祖よ女王を守り給え(アマテル・セーブ・ザ・クイーン)」を奏でます。

そして居並ぶ我々の前に専用の入口から、夫君を伴って一人の女性が入室して参りました。

 

 

繊細な装飾と宝石で輝く薄桃色のドレスに大礼用の赤い外套(マント)を纏い、左手に黄金の宝珠(オーブ)、右手に青い大粒のサファイヤとラピスラズリで装飾された黄金の王錫、腰には黄金の王家の剣。

そして白く艶やかな美しい髪を彩るのは、ルビー、サファイア、真珠などの宝石があしらわれた王冠。

王位と統治権、力と正義を示す全てを身に着けたアリア様のお姿には、いつも胸が熱くなります。

夫君であるアーウェルンクスの手を取り入室してきたアリア様に、その場にいた全員が片膝をつき、臣下の礼を取ります。

 

 

「・・・大義です」

 

 

そう告げて、アリア様が玉座に腰掛けます。

下手な貴族が座るよりも、何十倍も有用と言う物。

最初にウェスペルタティア王国、次いで「イヴィオン」原加盟国4ヵ国、そして今回の12ヵ国。

 

 

・・・仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

世界は全て、貴女のモノです(ユー・ハブ・イット・マダム)

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・お、重い、です・・・。

何がって、頭の上の王冠がです・・・これ、2キロあるんですよ・・・。

フェイトに手を引いて貰わなければ、姿勢が歪む所です。

 

 

「本日、北エリジウムを代表する皆様と一堂に会することは、私の深く喜びとする所です」

 

 

とは言え、お仕事はお仕事です。

身体にかかる重みを我慢して儀礼的な歓迎の言葉を、しかし心を込めて言います。

今日のお仕事は、言ってしまえばこれが全部なのですから。

もちろん、オスティアや各地から急送されてくる書類の決裁はしなければなりませんが。

 

 

「今回、我が王国をご訪問して頂いた方々に心からの歓迎の意を表すると共に、このような機会を与えてくれたクルト・ゲーデル宰相とレオナントス・リュケスティス総督の両名の働きに、特に感謝する物とします」

「・・・御意」

「もったい無きお言葉・・・!」

 

 

リュケスティス総督は短く、しかもカッコ良く「御意」と答えたのみですが・・・クルトおじ様は、場所が場所であれば30分は語り続けそうな勢いを感じます。

・・・個性って、ある物ですね。

 

 

そしてこの後は、新しく「イヴィオン」に加盟する12ヵ国の代表の方が私に忠誠を誓う儀式です。

忠誠と言っても、私は彼らの国を直接統治するわけではありません。

なのでこれはあくまでも儀式・・・形式です。

面倒ですが、こう言う儀式は国家運営上どうしても必要になりますから。

 

 

「・・・我がセブレイニア共和国は今日より陛下を元首と仰ぎ、その治世に従い、また全霊を持って陛下を支えるものと・・・」

 

 

まずセブレイニアの代表の方が1分ほど緊張した面持ちで向上を述べ、自分達が私を元首として戴く旨を記した書状を捧げ持ちます。

 

 

私の右手側にはクルトおじ様とアラゴカストロ国防尚書がおりますが、左手側にはテオドシウス外務尚書とグリアソン元帥がおります。

もちろん、フェイトは隣です。

・・・私はその中のテオドシウス外務尚書に視線を向け、頷いて見せます。

それを受けて、テオドシウス外務尚書が恭しくセブレイニアの忠誠の書状を受け取ります。

 

 

「・・・大義です、今後の貴国の忠誠に期待します」

「・・・ははぁー・・・」

 

 

それに対して私が何か一言、相手国の代表に言葉を投げかけるのです。

これを延々と続けるわけですが・・・結構、疲れますね。

ああ、重い・・・です・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・で、こうなるんだね」

「ごめんなさい・・・」

「良いよ」

 

 

午後の儀式を2時間ほど続けた後、午後3時過ぎにアリアと僕はゴゥン離宮の寝室(ベッドルーム)に戻った。

宰相府のそれとは違い、青を基調とした造りになっている。

アリアが横になっているダブルベッドにしても、天蓋から垂れている天鵞絨(ビロード)は淡い青色で、白い花が描かれている。

 

 

「・・・具合はどうだい?」

「はい、少し疲れただけなので・・・大丈夫ですよ」

 

 

アリアの「大丈夫」は、こういう場合はアテにならないからね。

油断はできない。

実際、大礼用の衣装を脱いでクリーム色の薄衣のみの姿になったアリアは頬にかすかな赤みがある。

アリアの京扇子を使って、パタパタと彼女を仰ぐ。

 

 

「・・・また少し、大きくなったね」

「大きくなったとか、女性に言っちゃダメですよー・・・」

「ごめん」

 

 

・・・アリアは、今月で妊娠5ヶ月になった。

先月よりもさらに腹部が大きくなり、目立つようになっている。

今日のドレスは巧みにデザインされていたから、傍目には目立たなかったろうけど。

体型が毎月変わるから、茶々丸や針子達が忙しそうにしているのは事実だよ。

 

 

ダフネ医師やテレサ医師は、そろそろ安定期に入る頃だと言っていたね。

程よい運動や軽い旅行は良いこと・・・と言われた時のアリアの顔は、何と言うか、抜け道を見つけた子供みたいな顔をしていた。

それで王都を離れたここゴゥンに来て(小旅行?)、儀礼的な仕事を執り行っている(運動?)わけだけど・・・。

 

 

「・・・茶々丸に、紅茶でも淹れて貰うかい?」

「・・・苺の方が良いです」

「そう」

 

 

ベッド脇の銀の鈴を鳴らして、茶々丸と暦君達を室内に呼ぶ。

コーヒーと紅茶、苺を持ってきてくれるように頼んで、すぐに下がらせる。

 

 

「・・・徐々にだけど、食欲が戻ってきたね」

「食欲とか、女性に言っちゃダメですよー・・・」

「ごめん」

 

 

また謝ると、アリアは楽しそうにクスクスと笑った。

その姿に、安心する自分がいるような気がする。

・・・熱っぽさや吐き気に悩まされる夜も減って、少し余裕が出てきたのかもしれない。

 

 

先月、労働党過激派のテロがあった時は随分と塞ぎ込んでいたけれど。

どうやら、山は越えたようだね。

さわ・・・と、握っているアリアの手を右手の親指で撫でる。

すると、アリアも悪戯を返すように僕の左手を自分の親指で撫でてきた。

・・・静かな、時間だった。

 

 

「・・・さぁ、夜も頑張らないとですね」

「・・・そうだね」

「「「失礼致します」」」

 

 

茶々丸と暦君が紅茶、コーヒーと苺をトレイに乗せて入室して来た時、アリアは僕の手を話して身を起こした。

僕は暦君から苺の入った皿と小さな銀のフォークを受け取ると、フォークに苺を刺した。

 

 

「まぁ、無理をしない範囲でね」

「・・・フェイトがいるから、大丈夫ですよ」

「そう」

 

 

光栄だね、と僕は言った後。

むぎゅ、とアリアの小さな唇に大き目の苺を押し込んだ。

・・・アリアは凄く、笑顔だった。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)

 

国家連合「イヴィオン」の加盟問題となれば、それは私の職分だ。

陛下が執り行う国事行為としての儀式は終わったけれど、加盟条約の調印後のプロセスに関する細かい点は、私や外務省官僚が行う。

 

 

特に今回の場合、旧連合支配下の荒廃に悩む北エリジウム諸国に労働党が浸透するのを防ぐ、と言う狙いもあったからね。

現地の政権のテコ入れと言う側面も存在するわけで、逆に言えば労働党のイデオロギーは貧困層ほど浸透しやすいから。

一方、北エリジウム諸国の政権としては女王の権威を盾に自分の政権を強化したい所だろう。

 

 

「ま、もちろん我が国(うち)の取り分をきっちり取るのがあの宰相閣下なのだろうけど・・・」

 

 

例えばブロントポリスには今後49年間、王国軍が駐留を続ける。

セブレイニアでは、王国の国営企業が120万ドラクマを投じて亜鉛鉱山を独占開発する。

そしてケフィッススには・・・と言う具合にね。

独立後も、我が国の影響力は確実に残る。

 

 

「いやらしいよね・・・この部屋と同じくらいね」

 

 

カッ・・・と靴音を鳴らして私が立ち止まったのは、ゴゥン離宮のサルーンの一つ。

このサルーンには、王国の代表的な古典画家の描いた肖像画や家族画などが数多く壁にかけられている。

ただまぁ、一枚に何万ドラクマかけているのかはわからないけど・・・被写体がね。

 

 

溜息を吐いて、サルーンから回廊へと歩を進める。

華美な装飾が多いこの離宮は、かつての持ち主の趣味が良くわかって好きじゃない。

だからこそ、来年には民間に払い下げられて高級ホテルになると言う話もあるのだろうけど。

・・・でも、お客が来るのかな。

 

 

「・・・だ、リュケスティス!」

「どうもこうも無いさ、グリアソン」

 

 

・・・?

回廊の途中で足を止めると、どこからか誰かの声が聞こえた。

良く聞いてみると、それは案外と近くから聞こえている。

・・・ビリヤードルームの扉が、開いて・・・?

 

 

「どうもこうも無い・・・では無く、自分のことだろう!」

「グリアソン元帥は心配性だ、単なる噂に我々がどうこうすることもあるまい」

「しかしだな・・・陛下はともかく、あのクルト・ゲーデルがこれを・・・む」

「あ・・・失礼」

 

 

ビリヤードルームでビリヤードもせず、王国で4つしか無い元帥の記章がついた軍服を纏った男性が2人、そこにいた。

私が扉を開けたことで、2人・・・グリアソン元帥とリュケスティス・・・レオは会話を止めた。

何か、喧嘩をしていたみたいだけど・・・?

 

 

「何、外務尚書閣下が気にする話では無いさ」

「え・・・?」

「おい、リュケスティス!」

 

 

ポンッ、と私の肩を叩いて、レオは颯爽と歩き去って行った。

グリアソン元帥はまだ何か言いたげだったけど、後は追わなかった。

・・・まぁ、レオは案外と人の話を聞いてくれないからね。

何となく、レオに叩かれた肩に自分の手を置いてみる。

 

 

「・・・何の話をしていたのですか、グリアソン元帥?」

「あ、いや・・・軍務がありますので、失礼」

 

 

グリアソン元帥は明快な彼にしては珍しく言葉を濁して、その場を後にした。

・・・・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

夜になれば、今度は北エリジウム諸国の代表者の方々を歓待する晩餐会が催されます。

シャンデリアが輝くゴゥン離宮の大ホールには、私とフェイトを頂点にクルトおじ様を含む王国首脳や財界人、加えて各国の代表者や北エリジウムの経済人や文化人が長テーブルに座っています。

招待客は、合計で150人だとか。

 

 

すでに挨拶や国歌の演奏は終わり、今は王国の料理やお酒が振る舞われて宮廷音楽の生演奏と共に晩餐が和やかな雰囲気で行われています。

私は午後の儀式とは違い、腹部に圧迫感の少ない濃い青のロングドレスを着ています。

お腹にはリボンで作った花のコサージュが重ねられ、膨らみを隠してくれています。

 

 

「いやぁ、しかし流石にウェスペルタティア王国の晩餐会ともなると違いますな」

「左様、誠に見事な物です」

「・・・お喜び頂けているようで、何よりです」

 

 

国賓扱いでの歓待に慣れていなかったのか、北エリジウムの代表の方々は最初は緊張していたようです。

ですが、徐々にお酒が入ると気分も陽気になってきたようで・・・。

 

 

「それにしても先月の王都でのテロ騒ぎの際には、本当に驚きましたぞ」

「左様、女王陛下の御身がご無事で誠に何より」

「ご心配頂き、痛み入ります。ですが私は夫を始め、多くの頼りになる方々に守って頂いております。おかげで、身辺の心配はせずに済んでおりますので」

「おお、羨ましい限りですなぁ」

「いや、まったく・・・実は最近は、我が国でも労働党の影響を受けた組織が活発でしてな・・・」

 

 

多少、晩餐の席には相応しくない話題もありますが・・・私は笑顔で応対します。

それがお仕事ですし、この6年の王族生活のおかげで笑顔を作るのにも慣れました。

・・・テーブルクロスの下で、フェイトが私の手を握ってくれます。

・・・大丈夫です。

 

 

先月のテロは、唯一の生き残りの亜人が獄中で自殺と言う形で幕を閉じてしまいました。

いろいろと憶測が流れているようですが、クルトおじ様は労働党を犯人と断定したと上奏して来ています。

それ以来、どうも不穏な空気が国内に流れているような気がするのですが・・・。

 

 

・・・少なくとも、近衛の方々に出した御礼のお手紙の効果かはわかりませんが、私の警護がいつにも増して厳重になったのは確かです。

何事も無く、平和に平穏に・・・とは、なかなかいかない物ですね・・・。

 

 

「女王陛下、お世継ぎが誕生された暁には是非、我が国をご訪問ください」

「いやいや、是非ともまずは我が国にこそ行幸の栄誉を!」

「・・・お誘い、誠に嬉しく思います」

 

 

その後は2時間かけて、北エリジウムの方々を歓待しました。

招待客の多くは離宮の客室に宿泊されますので見送りの苦労が無い分、楽です。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「お疲れ様です、アリアさん」

「はい・・・疲れました」

 

 

私室にお戻りになったアリアさんをお迎えして、お着替えをお手伝いします。

この後はご入浴ですので、質素なドレスにお着替えの後、浴室へ向かわれます。

ちなみにアリアさんのドレスやネグリジェなどの衣装は全て、私の手作りです。

 

 

もちろん私一人では無く、お針子の皆さんや王室御用達のお店の方々に協力して頂いております。

王室の方は1日に4度のお着替えがしきたりとしてありますし、アリアさんの体型の変化も考慮せねばなりませんので、なかなかに大変です。

 

 

「身体の調子は、いかがですか?」

「大丈夫です、ずっと座ってましたし・・・でも、疲れました。早くお風呂に入って眠りたいです」

「かしこまりました」

 

 

軽く施していたお化粧を落として、イヤリングなどの装飾品を外し、ドレスの留め紐を解きます。

その際、お腹に手を回して・・・超音波検診。

・・・異常無し、です。

 

 

「・・・楽しみです」

「茶々丸さん?」

「いえ、何でもありません」

 

 

不思議そうな顔をされるアリアさんに、微笑んで見せます。

するとアリアさんも、小さく、そして可愛らしく微笑んでくれました。

私達の間に、優しい和やかな空気が・・・。

 

 

「失礼致します・・・って、何を抱き合ってるんです?」

 

 

その時、入室してきた暦さんが目を丸くしておりました。

楚々として離れて・・・お着替え続行です。

 

 

「何か?」

「ああ、はい・・・宰相閣下がお見えです。上奏したいことがあるとか」

「上奏・・・このような時間にですか?」

「はい・・・いかがなさいましょう?」

「・・・ふむ」

 

 

アリアさんは少し考え込まれた後、近くの応接間で待たせるように伝えました。

私は大急ぎで、簡素な造りの薄桃色のドレスをお着せして、アリアさんについて応接間へ。

その際、ノンカフェインのお紅茶のご用意も忘れません。

 

 

アリアさんが応接間に入ると、そこにはクルト宰相がお待ちでした。

クルト宰相はアリアさんが一人掛けの柔らかな椅子に座るのを確認すると、ひとしきり今回の「イヴィオン」拡大についてお祝いの言葉を述べてから、本題を切り出されました。

一枚の上奏文を、アリアさんに差し出します。

それを受け取り、さっと目を走らせたアリアさんは・・・困惑されたように、眉を寄せました。

 

 

「・・・リュケスティス元帥を、総督職から解任?」

 

 

椅子にお座りになったままのアリアさんは、目前に立つクルト宰相に不可解そうな視線を向けます。

 

 

「元帥は、まだ総督職に就いて1年も経っておりませんが・・・」

「は、左様でございますね」

「それに今回の「イヴィオン」拡大についても大功があると、先日テオドシウス外務尚書からも別の上奏があったことはご存知ですよね?」

「は、もちろんでございます」

 

 

基本的に、閣僚の任命権は宰相であるクルトさんにあります。

まぁ、アリアさんの承認が必要ではありますが・・・ですが、リュケスティス元帥の総督職は女王が直接任命する物で、解任もアリアさんの意思によります。

そして現在の所、リュケスティス元帥はエリジウム北部を良く治めていると言えます。

生産力の回復と失業率の改善、犯罪の検挙率は、帝国が進駐した南部とは比較になりません。

 

 

「特に失敗もしていない人材を解任はできませんし・・・それとも、何かあるのですか?」

「は・・・」

 

 

不思議そうに問うアリアさんに、クルト宰相ははっきりとは答えようとはしませんでした。

それに、アリアさんはますますもって困惑されたような表情を浮かべます。

・・・どうしたのでしょうか?

 

 

とは言え、侍従に過ぎない私はお傍に控えることはできても、口を出すことは許されません。

それが、良き侍従と言うものだと心得ております。

 

 

「・・・クルトおじ様?」

「・・・アリア様は、近日来、宮廷内外に流れる噂をご存知でいらっしゃいますでしょうか」

「噂・・・?」

 

 

クルト宰相の言葉に、アリアさんは首をかしげました。

噂とは・・・どのような物なのでしょうか。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

まったく、リュケスティスめ・・・少しは自分の身を案じたらどうなのだ。

それでなくとも、信託統治領総督府はかつてのオスティア総督府を上回る程の権限と兵力を与えられているのだ、讒言や諫言などいくらでも出て来ようと言うに。

 

 

「士官学校時代からそうだ、アイツはいつも敵を作る。しかもそれを、リュケスティスと来たら楽しんでいる風でもあるのだからな・・・」

 

 

口に出してそう言ってみてから、慌てて口を噤む。

誰が聞いているかわからんし、あのクルト・ゲーデルにでも聞かれたらと思うと面倒で叶わん。

・・・いや、今は俺のことよりリュケスティスだ。

 

 

俺は王都であのクルト・ゲーデルと共に陛下の勅命を直接受ける立場にあるし、陸軍を統括すると共にテロ対策の実働部隊の総責任者でもある。

だが陛下のご出産の日が近付けば、首席閣僚であるクルト・ゲーデルの権勢がいや増すと言うものだ。

 

 

だからこそ、リュケスティスは注意すべきなのだ。

リュケスティスは本国以上に豊かな土地と人口を持つ北エリジウム全域の執政官であり、ある意味で軍人の枠を超えた仕事をしているのだ。

不安に思う者が出てくるのは当然だ、だと言うのにリュケスティスの奴は・・・。

 

 

「・・・リュケスティス総督に伝えてくれ、俺が会いに来たと」

「はっ、ご苦労様であります!」

 

 

ゴゥン離宮のリュケスティスの部屋を訪ねると、扉の前の警備兵が肩肘張って敬礼してきた。

まぁ、酒の一杯でも飲んで話せば少しはわかって・・・。

 

 

「・・・どうした、早く取り次いでくれ」

「はっ・・・ですが、そのぅ・・・総督閣下はご不在です」

「何?」

 

 

リュケスティスが部屋にいないと聞いてまず最初に思いついたのは、女だった。

またどこかの侍女か女性職員と会っているのか、どうせ長続きしないものを・・・まぁ、浮気や二股をかけないだけマシか。

女関係についても、アイツは士官学校時代から大盤振る舞いだったからな。

事前に約束をしていなかった俺も悪いとは言え・・・しょうの無い奴だ。

・・・まさか、北エリジウムの関係者が相手では無いだろうな、無いとは言えないのが困り物だ。

 

 

別にそれを確認したかったわけでは無いが、一応、行き先を尋ねてみた。

すると警備兵は多少、答えにくそうにしながら・・・。

 

 

「・・・何!? 陛下の下に召し出されただと!?」

「は、はっ、その通りであります・・・元帥閣下!?」

 

 

女性は女性でも、女王陛下であったか!

それを聞いた俺は、踵を返すと足早に廊下を歩き出した。

どこに行くかと言えば、当然、陛下の所だ。

よもやとは思うが、陛下はあの噂についてリュケスティスを質すおつもりではあるまいな。

 

 

あの、リュケスティスがエリジウムで叛意を抱いているなどと言う噂を。

よもや聡明な陛下が、あのような噂を信じるとは思わんが・・・陛下は今は身重であらせられる。

そこへ、あのクルト・ゲーデルがしゃしゃり出ればどうなるかわからん。

いや、まさかとは思うが・・・。

 

 

「早まるなよ、リュケスティス・・・!」

 

 

リュケスティスは誇り高い男だ、身に覚えの無い叛逆の疑いをかけられただけでも・・・。

・・・ええい、面倒な同僚だ、アイツは!

今、俺が行くからな。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

午後10時に、談話室兼書庫(シッティング・ルーム)に来るように。

そんな命令を受けたのは、俺がグリアソンと酒を酌み交わしにでも行こうかと思っていた時だった。

呼ばれた時には、ほぉ、と思った物だ。

 

 

はたして、何用で呼ばれた物だろうか、と。

もし例の噂の件だとすれば、興ざめも良い所だと思う。

どこが源かは知らんが―――近右衛門の顔が浮かぶが、一笑に付した―――そのような噂を信じて臣下を処断する王など失望の極みと言う物では無いか、どの道、仕える価値も無い。

そして反面、もしそうなら我が女王は俺をどうするか、と興味も沸いて来る。

解任するか、拘束するか、それとも・・・?

 

 

「お待ちしておりました、陛下は中でお待ちです」

「・・・うむ」

 

 

談話室兼書庫(シッティング・ルーム)の前で、緑色の髪の侍従が俺を迎え入れた。

中に入ると、落ち着いた色合いの部屋が目に飛び込んでくる。

自然の物を使った木製のテーブルや椅子に、それに合わせた自然色の壁紙とカーテン、カーペット。

部屋の半分は書庫であり、辞書のような分厚さの書物がいくつかの本棚に収められている。

 

 

「失礼致します、陛下」

 

 

そして部屋の中央・・・談話スペースと書庫の間の椅子の一つに、我が女王が座っていた。

驚いたことに、夫君を伴わず・・・一人だった。

長い髪を頭の後ろで結い上げ、落ち着いた色合いの薄いドレスを身に纏っている。

かすかに膨らんで見える腹部の前、膝の上に本を置いており・・・時折、細く白い指でページをめくっている。

 

 

「・・・何を、お読みになっているのでしょうか」

 

 

我が女王の座る椅子の側に片膝をつき、跪く。

そして俺の言葉に反応して、我が女王が俺を見た。

赤と青の瞳が、柔らかく細まる。

 

 

・・・民を魅了してやまない、その微笑み。

だが、その下には・・・。

 

 

「『プロスタテンプステトメア侯爵家勃興史』・・・特に面白くはありませんでした」

 

 

パタン、と本を閉じてテーブルの上に置くと、我が女王はそのまま俺の方に右手を差し出してくる。

俺はその手の甲に軽く口付け、それからその場に立ち上がる。

 

 

「・・・それで、どのようなご用件でしょう」

「いえ、実はそれほど大したことでは無いのですが・・・」

 

 

さて、何を言うのか。

普通の答えであればつまらないし、できれば普通では無い答えを期待したい。

まぁ、どの道、例の噂に関わることだろうが・・・。

臣下の叛逆の噂を「大したことが無い」と言えるのは、なかなかに剛毅ではある。

さて、何を・・・。

 

 

その時、我が女王は本を置いたテーブルの上から何かを取り上げ、俺に手渡してきた。

それは・・・高級そうな木製の細長い箱だった。

そう、普通のサイズのペンが入りそうなくらいの。

 

 

「・・・これは?」

「ご存知ありませんか? 王室御用達の職人、ガンダル氏の万年筆です」

「はぁ・・・聞き及んだことは、ございますが」

 

 

その木製の箱の表面には、ガンダル氏の署名と共に王室の紋章が刻まれている。

王室御用達の店にしか許されないことで、しかも職人ガンダルは頑固者で有名だ。

彼の万年筆を受け取れる者は少なく、細部まで凝らされた装飾には芸術的価値も認められている。

 

 

「・・・大義でした」

「は・・・?」

「これからも良く私に尽くしてくださると、嬉しく思います」

 

 

・・・俺としたことが、数瞬、女王の行為と言葉の意味がわからなかったが。

なるほど、噂の真偽も聞かずにただ褒美を取らせると。

そう言うことか・・・。

王室の所有品を賜ると言うのは、階級や勲章とはまた別の栄誉だ。

グリアソンやあのクルト・ゲーデルでさえ、受けたことは無いだろう。

 

 

「北エリジウムの方々も、元帥のことをとても評価しておりましたよ」

「・・・光栄の極み」

「これからも、引き続きお願いしますね・・・『総督』」

「・・・御意」

 

 

尊うべきかな、我が女王。

貴女が貴女である限り、俺はその風下を歩くことができるだろう。

性格や性根の部分で多少、波とムラはあるだろうが。

そこは私的な部分であって、公的な忠誠とはまた別の物だ。

 

 

その後、我が女王とは二言三言、エリジウムの特産品などについての雑談を交わした。

それから、我が女王は就寝すると言うので俺は部屋を辞した。

そして、扉の外で心配気な顔をしていた僚友(グリアソン)の肩を叩いてやった。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・何か、言いたいことでもあるのですか?」

「おや、アリア様それは誤解です。私はアリア様に言いたいことなど、ハハ、あるわけが無い!」

「じゃあ、本棚の陰から私をジ~っと見つめるの、やめて頂けませんか?」

 

 

カラカラ・・・と、移動式の本棚を動かして、クルトおじ様が姿を現します。

キラキラを星を飛ばすような朗らかな笑顔と、胡散臭い動作で両手を広げて、そしてついでに言えば同じ物をいくつ持ってるんだと言いたくなるスーツ姿で。

 

 

もうおわかりかもしれませんが、先程の私とリュケスティス元帥の会話の様子を、クルトおじ様は本棚の向こうで聞いておりました。

おそらく、リュケスティス元帥も気付いていたでしょうけれどね。

 

 

「それは無理でございますす、アリア様。何故なら私にとって、アリア様のお姿を心のアルバムに収めるのは趣味と言うか生きがいでございますから。あ、ちなみにアリカ様を見つめるのは生き様でございます」

「・・・そうですか」

 

 

手元の銀の鈴を鳴らして、茶々丸さんを呼びます。

すぐに扉が開き、茶々丸さんが扉の所で一礼。

 

 

「お紅茶と苺をお願いします」

「かしこまりました」

 

 

茶々丸さんの姿が扉の向こうに消えるのを見送ってから、再びクルトおじ様の方を見ます。

クルトおじ様は、とても満足そうな笑顔を浮かべておりました。

 

 

「流石はアリア様、見事な差配。このクルト、感服致しました」

「・・・何のことですか?」

「ご説明致しましょうか?」

「・・・」

 

 

・・・リュケスティス元帥がネギを使って叛逆を企んでいる。

などと言う噂を基に彼の解任を迫る上奏文を上げて来たのは、クルトおじ様です。

しかし、クルトおじ様は私がそれを拒むことを知っていたはずです。

 

 

そんな荒唐無稽な噂を信じて元帥を解任するなど、あり得ません。

噂に信憑性が無さ過ぎますし・・・何より、私は元帥を信頼しています。

しかし、この噂は元帥自身を含めてかなりの所まで広がっているのも事実。

だからこそ元帥に私の持ち物を贈り、かつ変わらず総督の地位に置くことを喧伝する。

女王は宰相の上奏を歯牙にもかけない程に元帥を信頼しているのだと、見せるために。

 

 

「同時に、リュケスティス元帥にも釘を刺すことができると言うわけでございます」

「・・・そうですか」

「左様でございます、陛下。何しろリュケスティス元帥は国家の重鎮、有用な人材です・・・今の所は」

 

 

大仰な仕草で礼をするクルトおじ様に、溜息を吐きます。

私が元帥の叛逆の噂を欠片も信じない理由は、先程も述べましたが・・・。

・・・正直、黒い噂であればクルトおじ様の方が上です。

むしろ、もっと汚い噂だって聞いたことがあるのですから。

 

 

曰く、宰相は女王と密通している、だから宰相の地位を降ろされることが無い。

曰く、宰相は世継ぎが生まれた後、女王を幽閉して退位宣言書を書かせ、幼君を擁して独裁政治を行うだろう・・・etc。

 

 

「巷では、私がクルトおじ様の傀儡だと言う話もあるそうですよ?」

「まさか! このクルト・ゲーデル、アリア様の奴隷になったことはあってもアリア様を蔑ろにしたことはございません。これまでも、そしてこれからも・・・」

「わかっていますよ、クルトおじ様」

 

 

まぁ、私よりお母様にその気持ちは向いているのでしょうけど。

クルトおじ様は私心を優先したことは無く、王国の拡大と維持に腐心することに関して他者の追随を許しません。

問題は、私の意思に関わり無く「私のために」行動する所でしょうか・・・。

 

 

「元帥の件はさて置くとしても・・・明日中に北エリジウム諸国の代表団を伴って出発し、明後日には王都に戻って「イヴィオン」原加盟4ヵ国首脳を含めた拡大会合を行います。おじ様の差配に期待して、よろしいでしょうか?」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

クルトおじ様が大仰な仕草で跪いた時、茶々丸さんがお紅茶と苺を持ってきてくれました。

それに視線を向けながら、私はふと部屋に視線を巡らせます。

そう言えば、ここゴゥン離宮は旧公国の公王府でしたね。

明後日には、皆を連れて王都オスティアに戻りますし・・・。

 

 

・・・あんまり豪華な建物は、好きじゃないです。

ネギは良く、ここで王様をやってられましたね・・・。

 

 

 

 

 

Side スタン

 

最近、年を自覚するようになってきたのぅ。

トントンと昔に比べて曲がった腰を手で叩きつつ、新オスティア側と直通の鯨から村の船着場に下りる。

ふむ、やはり移動が堪えるようになったの。

杖無しでは、歩き辛くなってきたし・・・そろそろ潮時か。

 

 

「あ、村長。お帰りなさい、ネギ君には会えました?」

「うむ、元気にしとったわ・・・子供の頃と変わらず、本ばかり読んでおったぞ」

 

 

船着場の村民に、鷹揚にそう答える。

ワシは今日、ネギに会いに行っておったのじゃ。

のどか殿の様子も見れたしの・・・何かを待っておる風ではあったが。

まぁ、出産が待ち遠しいのかもしれんの。

 

 

アリアの方も無論、大事にせねばならんが。

不詳の孫に添うてくれるのどか殿も、大事にせねばならん。

うむ・・・曾孫が2人か、うむ。

 

 

「ははぁ、まぁ、ネギ君はどちらかと言うと学者タイプでしたからねぇ」

「ふん! だからあんなひ弱に育つんじゃ!」

「ナギさんみたいになっても、困るでしょう」

 

 

確かに。

ワシは船着場の村民と別れると、のんびりと村の自分の家に向かった。

ワシの家・・・村長の家じゃな。

何年か前に、アリアが「村長の家! 依頼を受ける所ですね!」とか言うておったが。

 

 

・・・アレは、どう言う意味なのかの。

最近の若い連中の間で流行っておるのじゃろうか。

この年になると、じぇねれーしょんぎゃっぷが激しくなる一方じゃのぅ。

溜息を吐いて空を見ると、もう夜も深い。

早く帰って、「ひよこク○ブ」でも読むとするかの・・・。

 

 

「あ、スタンさん・・・こんばんは」

「おお、ココロウァ殿、皆、良い夜じゃな」

 

 

家の前につくと、ココロウァ殿と何人かの村民と会うた。

どうやら、ワシの家の前で待っておったようなのじゃが。

 

 

「お待たせしてしまったかの・・・?」

「いえ、あの・・・ネカネちゃんのことなんですけど」

「ネカネ・・・?」

「はい、最近・・・ここ1ヶ月ほど、様子がおかしいんです」

 

 

・・・そう言えばここ1ヶ月ほど、ネカネと顔を合わせておらんの。

ワシは村を空けることも多かったし、巡り合わせなり何なりが悪かっただけかと思っておったが。

 

 

「家からあまり出ていないようですし、朝まで灯りがずっとついているらしくて・・・たまに出てきたかと思えば、凄く痩せていてフラフラしていますし・・・」

「ふむ・・・?」

「私達、心配で・・・」

 

 

ふーむ、ネカネのぅ。

おそらく、またネギのことで塞ぎ込んでおるのじゃろうが。

うむ・・・明日にでも、様子を見に行ってみるかの。

 

 

「まぁ、今日は時間も遅いしの、明日にでも・・・「あ、アレは何だ!?」・・・むぅ?」

 

 

村民の一人が指差した先に、禍々しい紫色の光が浮かんでおった。

あれは、確か・・・村外れの、ネカネの家のある方向・・・。

深い夜の暗闇を煌々と照らすその光は、明らかに自然による物では無い。

それどころか、この変質したドロドロとした魔力は・・・!

 

 

その時、その紫色の光が急速に収縮し・・・。

空へと、弾けた。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

今日は、スタンさんが来てくれた。

週に一度くらいで会いに来てくれるんだけど、僕よりのどかさんの方を気にかけてるみたい。

・・・曾孫って、そんなに楽しみなものなのかな?

 

 

「それで、本ばかり読んで無いで運動しろって、怒られてしまったんです」

「うふふ・・・ネギ先生は本がお好きですからね」

「のどかさんには、敵いませんよ」

 

 

のどかさんの寝室のベッドにスツールを寄せて、のどかさんが眠るまでお話をする。

それが、僕の毎日の日課。

そして今、僕が言ったように・・・僕よりもたくさんの本を読んでる。

ここ数週間ののどかさんは体調が悪いのか、ここで過ごすことが多いからかもしれないけど。

部屋の至る所には、分厚い難しそうな本が何十冊も積まれてる。

 

 

・・・本好きにしても、読み過ぎなような。

それに、「悪魔招来術」「地獄9階層」「神歌」・・・何か、偏りがあるような。

 

 

「ネギ先生は、研究はどうですか?」

「僕は・・・まぁ、それなりに」

 

 

右腕の方に意識を向けながら、のどかさんにそう答える。

・・・「闇の魔法(マギア・エレベア)」の侵食は、詠唱魔法が失われても止まらなかった。

元の使い手であるエヴァンジェリンさんが一度だけ診てくれたけど、対処方法は無い。

父さんや母さんにも、どうしようも無いし・・・。

それで今、研究を進めているんだけど。

 

 

「僕のことより、今はのどかさんですよ」

「はい、赤ちゃんは元気に育ってるって・・・お医者さんも。私、名前も考えてみたんです」

「わ、そうなんですか? 教えてくださいよ」

「・・・内緒です」

「えぇ~・・・」

 

 

のどかさんは、クスクスと笑ったようだった。

ようだったって言うのは、のどかさんが窓の外を見ているから。

今日は一度も僕の方を見てくれなくて、何か怒らせるようなことしたかな・・・。

 

 

「産まれた時の、お楽しみです・・・でも」

 

 

不意に、のどかさんの声のトーンが変わった。

楽しそうな柔らかな声じゃなくて、沈んだ固い声に。

 

 

「産まれて・・・それで、どうなるんでしょう・・・」

「・・・のどかさん」

「その後は、私達みたいにここに閉じ込められるんでしょうか・・・それとも、取り上げられるんでしょうか」

「・・・アリアは、そんなことは」

「アリア先生の周りの人たちは? 私、本でたくさん読みました・・・私達みたいな人、この子みたいな子供・・・」

 

 

6ヶ月目に入って大きくなってきたお腹を抱くように、のどかさんの両手がお腹を撫でる。

 

 

「私、考えたんです。守らないとって・・・私が、守らないとって」

「・・・」

「ここはまるで・・・ううん、牢獄です。きっと・・・私達を繋ぐ、牢獄」

「・・・のどかさん」

 

 

どう言葉を飾っても、どんなに不自由の無い暮らしを保障されても。

ここが牢獄だと言う事実は、変わらない。

それは、本当のことだけど・・・でも、僕達は。

 

 

「でも、もう大丈夫です」

 

 

今度は急に、のどかさんの声が明るさを取り戻した。

 

 

「近右衛門さんのお手紙にも、ネカネさんのお手紙にも・・・ちゃんと、書いてありましたから。魔法的な検閲はするけど、旧世界の原始的な暗号や密書の送り方について、ここの人達は疎いから・・・」

「・・・のどかさん?」

「・・・ねぇ、ネギ先生・・・」

 

 

・・・?

その時、僕はスツールから立ち上がった。

何か、大きな力が、ここに・・・?

 

 

そんな僕に、今日初めて、のどかさんが僕を見た。

そして・・・僕は、息を呑んだ。

 

 

「・・・私が、守ってあげますから・・・ね?」

「のどか、さん・・・?」

 

 

のどかさんの右眼が、赤く輝いている。

まるで・・・アリアの魔眼みたいに。

決定的に違うのは、のどかさんのそれは、のどかさんの魔力とは違う波動を発していること。

右眼に輝く、二重の六方星。

 

 

次の瞬間、のどかさんがさっきまで見つめていた窓が、周りの壁ごと吹き飛ばされた。

轟音と共に、魔法的な素材で防護されていたはずのそれがあっけ無く崩れる。

ガラスや壁の破片が飛び散るけれど、どうしてか僕とのどかさんを避けていく。

そして、その向こうには・・・。

 

 

「・・・ネカネ、お姉ちゃん・・・?」

 

 

長い金髪の髪に、静かな色合いの瞳・・・スラっとした身体に、質素な色合いのワンピースドレス。

いつも僕に優しい、僕の大切なお姉ちゃん。

小さい頃から、ずっと僕の世話を焼いてくれていて・・・。

そんなネカネお姉ちゃんが、僕は大好きだった。

 

 

だけど今は、綺麗な金髪や衣服は赤い液体で汚れていて。

左の手首から、とめどなく血が流れている。

それだけでも違和感しかないのに、それ以上に。

両眼が、血よりも紅い輝きで満たされていた・・・。

 

 

「やぁ、久しぶりだね・・・ネギ・スプリングフィールド君」

 

 

・・・ネカネお姉ちゃんの口で、ネカネお姉ちゃんの声で。

ネカネお姉ちゃんじゃないそいつが、僕を呼んだ。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

まー、正直、それほど大事だとは思わなかったって言うのが素直な感想だな。

書類仕事も飽きたし、今日はアリアもクルトもいねーからな。

後は嫁さんの鉄拳制裁さえ回避できれば、何とでもなる!

 

 

・・・と思って出て来たのが、20分前だったんだが。

正直、ここまでだとは思って無かったぜ。

 

 

「お・・・おいおい、じーさん! 大丈夫か!?」

「お、おお・・・ナギか・・・」

 

 

旧オスティアの2箇所で爆発があったてーから、スタン・・・のいない方に来たんだが。

建物は半分吹っ飛んでるし、中からメルディアナの爺は担架で運ばれてくるしで、大わらわだぜ。

と言うか、ネギとのどかちゃんはどうしたぁ!?

 

 

「おい、じーさん! ネギとのどかちゃんはまだ中か!?」

「う、うむ・・・」

「うっし、任せな!」

「あ、ちょ・・・ナギ様、現場に出ちゃダメですってぇ!」

 

 

兵士の声を振り切って、半壊した建物の中に入る。

政治犯収容所っつっても、宰相府並にでかいからな。

それに、火事まで起きちまってるからな・・・瞬動で素早く駆け抜ける、何、火が回るよりも早く走れば良いんだよ!

 

 

見る見る燃えて行く屋敷の中を駆け抜けながら、ネギやのどかちゃんを含めた生き残りがいないか探す。

この屋敷には、30人くらいが詰めてたはずだが・・・。

 

 

「ネギ、のどかちゃん、いんのか!?」

 

 

ドンッ・・・と、2階の部屋のドアを一つ一つ蹴破っていく。

開けて探すのが面倒くせぇ・・・!

 

 

「オラァッ!!」

 

 

何十個目かの扉を蹴破ると・・・ビンゴ!

ここにいたのか、ネギ、のどかちゃん・・・と、おお?

 

 

「おや・・・見つかってしまったね」

「ネカネ!? 何でお前が・・・・・・いや」

 

 

そこにいたのは、ネカネの姿をした何かだった。

残念ながら、ネカネはそんな圧迫感のある存在感はしてねぇんだよ・・・!

そいつは、両手で気を失ったのどかちゃんを抱いて・・・って、オイ。

 

 

「ネギ! 何してんだ!?」

 

 

そいつの後ろに、ネギが立っていやがった。

のどかちゃんを助けるでもなく、ただ・・・立っていやがった。

何とも、なっさけねー面しやがってよ・・・!

 

 

「ふむ・・・ここは舞台として相応しく無いからね」

「ああ!?」

「では、失礼させて頂くよ・・・過去の英雄(ナギ・スプリングフィールド)君」

「あ・・・待てよゴラァッ!!」

 

 

ドンッ・・・飛び出した時には、もう遅い。

空間が捻じ曲がったかと思うと、ネカネものどかちゃんも・・・ネギも。

俺の伸ばした手に掠りもせずに・・・掻き消えやがった。

 

 

空を切った拳を、握りこむ。

後に残ったのは、崩れかけた部屋と火の粉だけだ。

・・・畜生。

何が・・・何でだ、畜生!

 

 

「・・・ネギイイイィィ―――――――――ッッ!!」

 

 

だぁっ・・・くそがっ!

一体全体、何がどうなってやがる!?

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

一体全体、どうなってんだ畜生め・・・。

帝都の宮殿で一番小さい中庭の芝生に寝転びながら、俺は人生のやるせなさについて考えていた。

皇帝の寝所に行かねーといけねーんだが、んな気分じゃねーしなぁ。

 

 

「あー・・・かったりぃ」

 

 

あのじゃじゃ馬(テオドラ)、俺をあっちこっちに飛ばしては働かせやがって・・・。

昨日も昨日で、ティレナ地方の叛乱を3つほど潰しに行かされたしよ。

 

 

しかも、タダで。

あり得ねぇ・・・この俺様をタダで使うなんて奴、奴隷拳闘士時代以外では存在しなかったぞ。

あの姫さん(アリカ)でさえ、ガトウ経由で紅き翼(アラルブラ)・・・つまり俺に報酬は振り込んでたんだぞ。

アリカはテオと似て人の話は聞かねーけど、それでもナギだったりが頼めば考慮はするからな、一応。

だってのに、あのじゃじゃ馬(テオドラ)・・・。

 

 

「妻が可愛くは無いのかえ?」

 

 

・・・とか何とか言いやがってあの女(アマ)、マジでどうにかしてやろうか。

あんなんだから、叛乱起こされるんじゃねーの?

人の話は聞かねー、自分が決めたら変えねー、行き詰まったらゴリ押しの力押し。

そして最終的に、「ジャックー!」だかんなアイツ。

 

 

そんなんだから、帝国人に嫌われるんじゃねーのか・・・「ヘラス・タイムズ」の世論調査で支持率20パー切るだけのことはあるぜ。

言ったら逆ギレされて面倒だろうから、言わねーけど。

 

 

「・・・ったく、窮屈で仕方ねーぜ」

 

 

大体のことは気合いで何とかなるが、それにしたって好き嫌いはあるっての。

あーあ、やっぱもう少し逃げとくべきだったかなー・・・っと。

 

 

「・・・そこは・・・立ち入り禁止・・・ですよ・・・」

「・・・あ?」

 

 

突然、声をかけられて驚いちまったぜ。

あんまり驚いちまったもんだから、手を使わずに逆立ちして後ろを確認しちまった。

 

 

「・・・そこは・・・立ち入り禁止・・・ですよ・・・」

「いや、別に聞こえなかったから『あ?』って言ったわけじゃねーよ」

 

 

地面に引き摺ってんじゃねーかってぐらい長ぇのに、何故か絶対に汚れねぇ金髪。

それと、赤い神殿の紋章が刻まれた丈の長い白い服。

そこにいたのは義姉貴(あねき)だった・・・要するに、元第一皇女のエヴドキア。

ふーむ・・・白いな。

 

 

「んだぁ? 神殿の奥の引き篭りが何で外に出てんだよ」

「・・・ここは・・・神殿の・・・敷地ですが・・・」

「マジで?」

 

 

おーぅ、俺としたことがミスっちまったぜ。

宮殿と神殿って同じ敷地内にあっから、境界が曖昧なんだよなぁ。

どうりで、いつもはすぐに来るじゃじゃ馬(テオ)が来ねーと思ったぜ。

 

 

「あー、すまねぇ、すぐに出てくわ」

「・・・いえ・・・芝生の中に入らなければ・・・構いません・・・」

「お、マジで?」

「・・・(こくり)・・・」

 

 

静かに頷いた後、義姉貴(あねき)は俺のことを何も言わずにじーっと見つめていやがった。

ま、まだ何かあんのか・・・コイツ、何を考えてんのかわかんねぇんだよな。

 

 

「・・・逆立ち・・・」

「お?」

「・・・ここは普段・・・人が来ません・・・」

「あ?」

「・・・一人になるには・・・最適かと思います・・・」

「お、おお」

 

 

ぺこり、と頭を下げて、義姉貴(あねき)はゆったりと歩き去って行った。

・・・まぁ、良くわかんねーけど。

この日から俺は、静かな環境っつーのをゲットした。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第18回広報:

アーシェ:
はーい、アーシェです!
今回で18回目のこの広報、ノってきましたねー?
そして今日は・・・えー、テオドシウス外務尚書閣下にお越し願いましたー。
どんどんぱふぱふー。

テオドシウス:
どうも・・・と言うか、こんな部署あったんだ。

アーシェ:
あったんですよー、それが。
いやー、しかし最近いろんなことがありますよね、テロとか叛乱とか。
昔はあんまりありませんでしたけどー。

テオドシウス:
目立ってなかっただけで、農民一揆や少数民族の弾圧とかは割と昔からあったよ。と言うか、無い国なんて存在しないし。

アーシェ:
そうなんですか?

テオドシウス:
うん・・・特にこの5年で目立つように感じるのは、宰相の・・・つまりは陛下の改革によるね。
言論・集会・結社の自由と情報公開のおかげで、表に出るようになった。
後は、昔から細々と続けられていた旧世界からの思想の輸入とかね。
本とかも輸入できるし、一応。

アーシェ:
へー・・・あんまり見た事無いですけど。

テオドシウス:
最近は宗教とかも入ってきてるらしいし・・・まぁ、何を信じるかは個人の自由だよ。
本とかは数は少ないけど、国立の図書館とかには割とあるよ。

アーシェ:
ほぅほぅ・・・おっと、今回の紹介。


ガイウス・マリウス:
70歳前後の老提督(人族)。
常に不機嫌そうな顔をしているがそうでも無い、無骨な軍人。
元メガロメセンブリアの軍人で、新メセンブリーナに一時的に協力していた。
現在は、王国の信託統治領総督府で軍事監査官の要職にある。
部下や民衆からの信頼も厚く、彼が王国にいるおかげでエリジウム市民は王国を受け入れたと言う面もある。
ブロントポリス軍港に常駐。


アーシェ:
私の3倍くらい生きてますもんねー。

テオドシウス:
いい人だよ、レオも助かるって言っていた。

アーシェ:
ほほぅ(ニヤリ)。
ではでは、また次回!


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アフターストーリー第21話「9月事変・前編」

Side ラカン

 

あー、今日も良い天気だなっと、朝日が眩しいぜ。

帝都じゃ神殿込みのこの宮殿よりもでけぇ建物はねーから、街の向こうまで良く見えるぜ。

帝都の都市構造自体が、第一円環(ファースト・サークル)が一番高台って位置にありやがるからな。

 

 

まー、皇帝の権威付けって奴だろ。

皇族ってのは、どうでも良いもんで権威とか示そうとかしやがるからな。

 

 

「・・・ぃよっと!」

 

 

何百メートルだか知らねーが、まぁ、屋根の上から下の中庭に飛び降りる。

あーいきゃーんふらーいってな!

 

 

ズンッ!

 

 

・・・やっべ。

地面のヤワさを計算に入れてなかったから、思い切りヘコみやがったぜ。

あー、やべーな、芝生が裏返ってやがるぜ。

義姉貴(あねき)に見つかる前に、何とかしねーと・・・。

 

 

「・・・げ」

「・・・おはよう・・・ございます・・・」

 

 

噂をすれば何とやら、義姉貴(あねき)がそこに立っていやがった。

しかも、お付きの女神官2人も一緒だった。

バリヤバだぜ。

こ、これは確実に出禁喰らっちまうかもしれねーな・・・!

 

 

そして、見つめ合うこと数十秒。

義姉貴(あねき)が、開いてんだか閉じてんだか良くわかんねーくらい、小さく唇を開いて。

 

 

「・・・芝生の上は・・・立ち入り禁止・・・ですよ・・・」

「って、そこかよっ!!」

 

 

ズビシッ、とツッコンでみたが、義姉貴(あねき)は表情を少しも変えなかったぜ。

うーむ・・・じーっと見つめて分析してみる。

俺の目を持ってすれば、透視できない物はねぇ。

・・・白ばっかだな。

 

 

「・・・何か・・・」

「うーむ・・・」

 

 

ズンズンと歩いて、義姉貴(あねき)に近付く。

義姉貴(あねき)は無表情のままだったが、何故かお付きの女神官がすげー怯えた顔をしてやがった。

まぁ、それは良いんだが。

 

 

再び、義姉貴(あねき)と見つめ合う。

コイツいろいろと小せぇから、俺の顔を見ようとするとほとんど真上を見る感じなんだよなー。

そんな義姉貴(あねき)に、俺は手を伸ばして・・・。

 

 

「・・・あふっ・・・」

 

 

ムニムニと、揉んでみた。

 

 

・・・あ、顔な、ほっぺほっぺ。

ムニムニムニムニ~・・・と、無理矢理に笑わせてみる。

お~、じゃじゃ馬(テオ)よりも柔軟性があんじゃねーか。

 

 

「きゃああああああああああああっ!?」

「え、エヴドキア様に何と言うことを・・・っ!?」

 

 

悲鳴を上げたのはお付きの方で、義姉貴(あねき)は何も言わねぇ。

ただ、俺にされるがままにムニムニと・・・おお、何かだんだん楽しくなってきたぜ。

よーし、んじゃもっと芸術的に・・・。

 

 

「・・・じゃ~・・・っ」

 

 

お?

 

 

「・・・くううううぅぅぅっっ!!」

「ごふぁ!?」

 

 

次の瞬間、側頭部を蹴られたぜ。

裏返った芝生をさらに荒らしつつ、俺はわざとらしく吹っ飛ぶ。

あえて言うなら、スーパー○舞伎のように。

 

 

「毎朝毎朝、妻を放ってどこに行っておるのかと思えば・・・!」

 

 

どこからともなくダッシュでやってきて、俺の頭に飛び蹴りを喰らわせやがったのは・・・。

褐色の肌を惜しげもなく晒した露出度の高い黒い服を着た、俺の嫁さんだった。

何だか知らねーが、目に涙まで溜めちまって。

 

 

「・・・浮気か!? 新婚早々浮気か、このバカ者――――っ!!」

 

 

何で、そうなんだよ・・・。

いや泣くなってマジで、ったく、面倒くせー奴だな~・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「・・・どうぞ・・・」

「あ、ど、どうも・・・」

 

 

姉上にお礼を言いつつ、姉上の淹れたコーヒーを頂く。

ここは人の目がある宮殿では無く、世俗から隔絶された神殿の一室じゃ。

じゃからプライバシーは守られる、うむ。

 

 

「・・・許可無く敷地に入った件は・・・後で抗議文を・・・送らせますので・・・」

「う、うむ・・・」

 

 

神殿の敷地内には、実は神殿側の許可が無くては皇帝といえど入れぬのじゃ。

今朝は少し、気持ちが暴走して敷地に入ってしまったが・・・いや、それはそもそもじゃ。

 

 

「そもそも、ジャックが妾を放って神殿におるのが悪いのじゃ!」

「へーへー、ごめんしたっと」

 

 

浮気の件は、妾の勘違いじゃったから置くとしてもじゃ。

まぁ、姉上に手を出すとかいろいろと有り得んわけじゃが・・・。

何故、妾がダメでジャックはOKなのじゃ、不公平では無いか。

 

 

「・・・彼は・・・しきたりに・・・不慣れなので・・・」

「いや、ジャックは皇族のしきたりを全て網羅しておるぞ姉上」

「HAHAHA」

 

 

あそこでわざとらしく陽気に笑っておる男は、帝室のしきたりや掟を完全暗記しておるぞ。

しかも、一時間ほどで。

姉上がどう思っているかは知らぬが、ジャックはいろいろとバグじゃぞ?

昨夜も4回戦どころか5回戦・・・。

 

 

「今日は8回戦な」

「ぬ、む・・・せ、せめて6・・・」

「8な」

「む、むむむ・・・」

 

 

く・・・さ、先程の蹴り(コト)を根に持っておるな?

器の小さい男じゃのぅ・・・ぼ、ボロボロにされるやもしれぬ・・・。

 

 

「・・・何の・・・話・・・ですか・・・」

「い、いや、清らかな姉上には関係の無い話で・・・」

「・・・清らか・・・ですか・・・」

 

 

すると、姉上は何やら両手で自分の両頬を撫でた。

サワサワと撫でて・・・何かを確認するように、溜息を吐く。

 

 

な、何じゃろう、あの姉上がどこか困惑したような顔をしておる。

幼少の頃から、姉上は表情が変わらない人なのだと思っておったのじゃが・・・。

最近、どうも変わってきたような気もする。

 

 

「・・・それより・・・皇帝・・・」

「む?」

「・・・帝国は・・・大丈夫ですか・・・」

「む・・・」

 

 

姉上としてでは無く、帝国の総大主教としての問いに、息を呑む。

な、何と言うか、言外に夫婦喧嘩などしておる場合かと言われたような。

 

 

じゃが、まぁ・・・帝国は今、屋台骨が揺らいでおる所じゃ。

南の「神聖ヘラス帝国」の叛乱を契機に、帝国全土で叛乱と暴動が起こっておる。

基本的に、ジャックを行かせれば鎮圧できるが・・・一つ潰すと二つ叛乱すると言った具合での。

しかも、あんまりジャックが出張る物じゃから・・・最近は「反ジャック・ラカン」で叛乱勢力が糾合されつつある。

 

 

「・・・まぁ、何とか・・・」

 

 

叛乱を武力で潰すことで、新たな叛乱が生まれる。

しかし叛乱を潰すには、どうしても武力がいる。

悪循環じゃな・・・。

 

 

・・・緩やかに衰退する帝国を救うには、外国の技術を導入して活性化するしか無い。

どうして皆、わかってくれぬのじゃろうなぁ・・・。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

・・・おかしいわ。

いや、別に体調がおかしいとか、そんなんじゃないんだけど。

むしろ、体調はいい加減すこぶり良いんだけど。

 

 

「・・・退院できない・・・」

 

 

もう何度目かわからない疑問を口にしながら、私は病室のベッドから降りる。

何と言うか、もう住み慣れて自分の部屋って気すらするんだけど・・・。

 

 

私の身体は、もう随分前に毒も抜けて完治してる・・・はず。

自分が医者じゃないから、確かなことは言えないけど。

少なくとも、体感する限りにおいては大丈夫だと思う。

だけど・・・退院できない。

 

 

「エミリーがまだ治りきって無いから、助かると言えば助かるけど・・・」

 

 

でもどう言うつもりなのかしら、ドネットさん。

授業のことは良いから、そこでゆっくりと休んでいて欲しいって話だけど。

・・・これは、遠まわしにクビってことかしらとかも思ったけど。

 

 

けど、それにしては妙だし。

メルディアナのお爺ちゃんも私のいるオスティアの中央病院に入院してるし・・・。

・・・ドネットさんは、私がどうするのを期待しているのかしらね。

 

 

「・・・ネギの件も、あるしね」

 

 

先月の旧オスティアの事件以降も、ネギ・スプリングフィールドはオスティアにいることになってる。

けど、実際はいない。

王国側が情報を操作してるの、私もお母さんから聞くまで知らなかったもの。

どこに行ったのかはわからない・・・ネカネお姉ちゃんも、ミヤザキさんも。

・・・あのバカ、どこに行ったのよ・・・。

 

 

その時、コンコン、と病室のドアがノックされた。

反射的に、髪とか身だしなみとかを整える。

べ、別に他意は無いわよ・・・期待とか、全然してないんだからねっ!

それで、さらにコンコンとドアが・・・。

 

 

「おはよう、ミス・ココロウァ。調子はど・・・あら、どうしたの?」

「・・・何でも無いわ」

 

 

さ、窓を開けましょ窓、空気の入れ替えとかしなくちゃだしね。

うん、入れ替えましょう空気を。

 

 

「頼まれていた雑誌、買ってきたわよ」

「あー、ありがとうね、シオン」

 

 

シオンは、アルトの次くらいにお見舞いに来てくれる友達よ。

頻度で言うと、アルト5回に対してシオン1回くらい。

・・・いや、別に私に友達が少ないわけじゃ無いのよ?

ただ、こっち側には少ないってだけで・・・うん?

 

 

「うーわ、何この週刊誌ー、不敬罪じゃないの?」

「表現の自由よ」

「そう言う物かしら・・・?」

 

 

それにしても、最近は多いわよねー。

女王と宰相の関係に対する3流ゴシップ紙。

まぁ、誰も信じて無いんだけどさ。

 

 

でも実際、あの宰相さんアリアを見る目がちょっと・・・。

・・・ま、まさかねー。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「お久しぶりですね、ハーディーさん」

「は、はい、陛下・・・」

 

 

その日の午前、私の最後の公務はウェスペルタティア労働党の指導者と会うことでした。

労働党、そう、7月に私を公衆の面前で暗殺しようとした方々の所属していた組織です。

そして私の目の前にいるのが、ジェームズ・ハーディー氏。

 

 

王国北部の鉱山で働く炭鉱夫の家庭で育ち、労働運動から政治家に転身した努力の方です。

まだ40代と言うことですが、年齢の割に少し老けて見えます。

宰相府の謁見の間の玉座に座る私の前に傅くハーディー氏の横には、宰相であるクルトおじ様が同じように跪いています。

今回の会見は、クルトおじ様の希望で実現しました。

 

 

「共和主義者と女王と言う相反する立場ではありますが、この会見が実りある物になることを期待しております」

「は、はい、陛下・・・私共としましても、陛下ご自身に思う所はございません」

「ありがとうございます。貴方が地元新聞に投稿した論文は、私も目を通しています」

 

 

個人的には、別に王制自体にはこだわりはありません。

その場合、私も一般市民として生きていけるなら、それはそれで構いません。

処刑とか言われると、ちょっとアレですが。

 

 

そしてハーディー氏自身にも、論文や街頭演説の中でそれほど過激な思想は見えません。

産業国有化や極端な社会福祉政策を掲げることはあっても、それを暴力的な手段で相手に押し付けることは固く戒めています。

労働者として従属させられる状況の変革を望んでいるのに、自分達が他者を従属させてはならない。

事実、過去5年間の労働党の活動は反戦デモやビラ配りなどの平和的手段による物でした。

 

 

「しかし昨今、貴方の党の一部の方々が王国各地で騒乱を起こしている件について、私も私の政府も懸念致しております。当初の理念に立ち返り、平和的な政党として活動することを希望します」

「は・・・私の指導力不足による所が多く、慙愧に耐えません」

 

 

その後、ハーディー氏は私に対し、党内の引き締めを図ると同時に非暴力での活動を改めて表明してくれました。

実は会見とは言っても、形だけの物です。

すでに政府・・・クルトおじ様と労働党の間で交わされた融和協定の再確認行為でしかありません。

 

 

私の命令には強制力がありますが、しかし私は政党組織の専門家ではありません。

専門家の持ってきた案件に対して勅許を与え、国事行為を行う。

要は、私がハーディー氏と会って友好を確認したと言う事実が重要なのです。

 

 

「・・・これで、良いのですか?」

「ええ、当面の所は。しかしすぐに別の動きが出てくるでしょう、その際には素早く対応せねばなりません」

 

 

ハーディー氏が退室した後、私はそのままクルトおじ様との会見に入ります。

玉座に座る私の正面に跪き、自身の考えを奏上してきます。

・・・まぁ、基本的には任せますが。

形だけでも労働党側と協議ができたのは、確かに良いことです。

しかし労働党の件以外にも、重要な案件があるはずです。

 

 

私は、肩肘を椅子の肘置きに置いて・・・もう片方の手で京扇子を開きます。

口元を隠しつつ、目を細めてクルトおじ様を見下ろします。

 

 

「それで・・・ネギ達の行方は?」

 

 

私の言葉に、クルトおじ様は顔を上げます。

そして・・・いつもと同じく、にっこりと微笑みを浮かべました。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ネギ君その他が行方を眩ました件は、現在、我が国のトップシークレットです。

この件を知っているのは、王国でも限られた人間のみ。

しかし案外、すぐにバレてしまうかもしれませんがね。

 

 

「申し訳ございません、アリア様。現在、全力で捜索しておりますが依然として・・・」

「・・・そうですか」

 

 

扇子で顔の半分を隠されたまま、アリア様は私を見ております。

ああ、その見下すような視線がたまりませんね。

私の、陛下。

 

 

「いずれにせよ、彼はノドカ・ミヤザキ、ネカネ・スプリングフィールドと共に収容所から逃亡致しました。多数の負傷者を出して」

 

 

幸運にして死者はおりませんが、10数名が重軽傷を負っております。

事故後一週間の間に、アリア様も彼らの病院を2度慰問されておりますのでご存知でしょう。

ネギ・スプリングフィールドが何をしたのか。

 

 

・・・まぁ、正直に言えば私も予想外でしたがね。

まさか、逃げるとは。

無論、目は付けさせておりましたが・・・。

ネカネ・スプリングフィールドがまさか、自身の村人を石化した悪魔に助力を請うとは。

いや、人生と言うのは不測の事態が頻発する物ですね。

 

 

「・・・捜索を、続けなさい」

「もちろんです、アリア様。彼にはオスティアに戻ってもらわなければ」

 

 

まぁ、失火による焼死とかで処理しても良かったのですがね。

直接の目撃者も、どうやらナギだけのようですし。

しかし、それではあまりにも拙い。

 

 

それでは、あまりにもつまらない。

今回の件を、アリア様のご成長の糧とさせて頂きませんと。

 

 

「しかし、一度(ひとたび)逃亡した以上・・・アリア様、そのまま変わらずと言うわけには参りません」

「・・・」

「・・・おわかりでしょうか?」

 

 

アリア様は、何も仰せにはなりませんが・・・。

しかし、いずれはネギ君関連で何らかの騒乱が起きたでしょう。

その根本的な原因を作ったのは、他ならぬアリア様ご自身です。

 

 

私が以前提出したネギ君排除・赤子堕胎に関する上奏は、にべも無く却下されました。

もし実行されていれば、今回の騒乱は起こらなかったでしょう。

 

 

「今度こそ・・・お覚悟されますように」

 

 

特に力を込めて申し上げたわけではありませんが、アリア様にとっては耳の痛い話でしょう。

しかし、必要なことです。

我が王国の、千年の安寧のために。

そして・・・アリア様の基盤を、確固たる物とするために。

 

 

そのために必要な汚れ役は、このクルト・ゲーデルめにお任せを。

アリア様はただ座して・・・熟した果実のみを、食して頂ければ良いのです。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)

 

2ヶ月前からヘラスで起こっている叛乱は、「ヘラスの春」と呼ばれている。

現皇帝への反発、ヘラス族支配への反発、外国人への反発、帝国体制への反発。

これまで眠っていた民衆の不満が爆発し、反政府活動へと人々を駆り立てているんだ。

今の所、帝国は武力でどうにか形を保っているけど・・・。

 

 

別個の叛乱や暴動なら、これまでもあった。

それこそ、1年で何千件もの社会的抗議活動が発生していた。

それが今回に限りここまで大規模化した理由は、実は魔法世界の変化と密接に関わっている。

 

 

「先月から、サバの我が王国領事館より矢継ぎ早に緊急要請がもたらされている」

 

 

それは、魔導技術の発達だ。

帝国に限らず、暴動が小規模な物に留まっていたのは、軍による魔法封鎖が大きい。

暴動と暴動の間で魔法通信ができず、各個撃破されていたんだ。

 

 

でも我が国から輸出されてる民間用の通信装置は、帝国各地に建設された我が国の精霊炉通信仲介装置を介して暴動と暴動を結びつけた。

帝国軍にはそれを阻害する技術力が無い、だから暴動と叛乱の拡大を止められない。

加えて、王国と帝国の投資協定で帝国側は仲介装置の敷地内に入れない。

製品輸出と協定の双方を昨年から強く勧めたのは、うちの宰相だけど・・・。

 

 

「それによれば反政府デモの参加者が領事館に乱入し、館内の文書や我が国の国旗を窓から投げ捨てているとか。領事館員には今の所、危害が加えられていないようだが・・・」

「誠に遺憾だと考えております」

「遺憾か・・・だがそれだけでは無く現地に帝国政府の統治能力が及んでいるのか、我が国は真剣に憂慮している」

 

 

宰相府の外務省の一室で、私は帝国大使ソネット・ワルツ殿と会談している。

話題は、帝国内のウェスペルタティア人の生命と財産の保護についてだ。

とは言え、領事館ですらもはや安全でない以上・・・。

 

 

ソネット・ワルツ殿は30代後半の女性で、ウェスペルタティアとヘラス双方の血を引いている。

腰まである金髪に青い瞳、ここ数年間、外務尚書と大使として何度も顔を会わせている。

だけど、今回ほど緊迫した会談は記憶に無い。

 

 

「貴国の領域であるはずのサバ地域は、現在サバ人民戦線なる組織の実効支配化にあり・・・彼らは我が国の資本を接収するとこちらに通告してきた」

「事実無根です」

「しかし現実だ、早急に対応して頂きたい」

 

 

ソネット・ワルツ殿は真剣な顔で確約してくれるけど、実行されるかは別問題。

サバ地域はウェスペルタティア資本の進出が進んでいる地域だ。

そこを反政府勢力に占拠されたとなると・・・。

 

 

「もし、貴国にその能力が無いと判断されれば・・・我が国としても相応の手段を取らざるを得ない」

「これは帝国の内政問題です。貴国には介入を控えて頂きたい」

「・・・そのような事態にならないことを、我が国も願っている」

 

 

・・・教育水準が向上して、経済的に豊かになり、そして外部との交流が増えれば増える程に。

人々は彼らの意思を無視して意思決定を行う体制を、容認できなくなってくる。

それが、民主化への一里塚になる。

 

 

その意味では我が国も、帝国と同じ危機に瀕していたと言える。

だけど今上陛下は懸命にも権力に固執せず、開明的な立憲制度への以降を最初から表明した。

様々な分野での自由化が進み、市民の意思が政治に反映されるよう配慮と努力を重ねた。

・・・帝国も権威で上から押し付けるだけが政治では無いことに、早く気付いてくれると良いのだけど。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

オスティア平和記念祭。

10月初旬に行われる、王国最大最長の式典だ。

戦没者合同慰霊祭の翌日から、10日間のお祭り騒ぎが始まることになっている。

 

 

とは言え、今年は1月にアリアの結婚式があったし、5月には若造(フェイト)にアリアが孕まされたと言うのでお祭り騒ぎだった。

つまり、いつでも理由があれば祭りをやる連中だと言うわけだ。

祭り好きな国民性だからな、それに暗いよりは良い。

 

 

「よーし、そこの区画は当日は屋台が並ぶからな! 毎日別の屋台が入るから、順番を間違えるなよ!」

「「「はいっ!」」」

 

 

で、そうした建設的な事業は我が工部省の管轄だからな。

旧オスティア浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)事業と平行しつつ、仕事を進めていく。

社会秩序省や国防省の奴らと警備の話し合いをしたり、こうして現場に出て民間に発注した機材の設置や当日の商業活動計画の確認をしたり。

・・・大忙しだ!

 

 

「アーシェ、アーシェはいるか!? 当日の撮影班の配置(シフト)状況はどうなってる!?」

「まだでーす、恋人持ちの人達の対立が解けないんで~」

「今日中に提出しろ、ゴネる奴には私の名前を出して黙らせろ!」

「あーい・・・マクダウェル尚書、今日はいつに無く気合い入ってますね~」

「ふふ・・・わかるか?」

 

 

心なし、片手で意識して髪をかき上げる。

ふふ・・・こう言う催し物は、今まではアリアが自ら決済してきたわけだが。

だが、今回は違う!

 

 

名目的な物とは言え、ナギが推進委員長なのだ。

今日も公務として現場を視察している・・・つまり、私を見に来ているわけだ。

こうしてデキる女な私を見せることで、普段とのギャップをだな・・・。

 

 

「でも尚書、ナギ殿下ってば全然、見てませんよ~」

「何だとぉ!?」

 

 

アーシェからカメラを奪って「ああっ、ご無体な!?」、レンズを覗き込む。

すると、祭りが行われる市街地の建物の屋根の上に、ナギがいた。

何を考えているのかは知らんが、屋根に座って遠くを見ている。

・・・くそぅ、やっぱりカッコ良いな。

どうにかして、私のモノにできんかな・・・無理だろうが。

 

 

それに、何を考えているかなんて聞かずともわかる。

ぼーやのことだろう。

あのぼーや、まさか従姉とミヤザキノドカと共に姿を眩ますとはな・・・。

 

 

「・・・ナギは、その瞬間を見たと言うからな・・・」

「え、何ですかー?」

「何でも無い、仕事を続けろ」

 

 

アーシェにカメラを投げ渡して「投げないで!?」、私自身も仕事に戻る。

ぼーや・・・前に「闇の魔法(マギア・エレベア)」の副作用について診てやった時には、少しはマシになったかと思っていたが・・・。

 

 

・・・まぁ良い、私には関係の無い話だ。

それにどうせ、あのクルト・ゲーデルが裏で何かしているに決まっているからな。

触らぬ神には・・・だ。

 

 

 

 

 

Side ヘレン・キルマノック

 

・・・この人はいったい、何を考えているんだろう?

目の前で黙々と書類を処理していく男性を見つめながら、私はぼんやりとそんなことを考えていました。

試験をクリアして正式に宰相府入りが決まった後でも、それは変わりません。

 

 

「私が何故、他者から嫌われていても宰相の椅子に座っていられるか、わかりますか?」

 

 

クルト・ゲーデルと言う名のその男性は、書類を処理する手を止めずにそう言いました。

私は秘書とは言っても若輩者なので、できる仕事は書類運びやお茶汲み・・・有り体に言えば、雑用係です。

別に、それを不満に思ったことは無いです。

 

 

でも、不思議には思います。

どうして私みたいな学生を傍に置いて、今みたいにいろいろと話してくれるのか。

どんなに考えても、わからないんです。

お兄ちゃんやシオンお姉ちゃんにも聞けないし・・・。

 

 

「えと・・・わかりません」

「それはですね、私を宰相から引き摺り下ろす材料が無いからです。不正に関わるのは3流、嘘を吐くのは2流です。その点、私は嘘を吐いたことも不正を行ったこともありません」

 

 

・・・こんなに胡散臭い人なのに、汚職とかしたことが無い。

偏見で物を見る人からすれば、許し難い人間かもしれません。

でもこうして近くで見ていると、意外と・・・。

 

 

「そして私は、究極的にはアリア様とアリカ様のために行動しておりますので・・・他者の評価など気にしたことがありません。と言うか、他者の評価を気にしていては政治家などできませんよ」

「えと・・・でも、演説とかで国民のためがどうとか言いますよね?」

「それは建前です」

 

 

そんなはっきりと。

 

 

「国民の気持ちなどと言う、明日には変わってしまうような不確かな物にいちいち反応していては大事は成せませんよ。まぁ、無視して良いとも言いませんがね」

「は、はぁ・・・」

「あ、今のはオフレコでお願いします」

「・・・わかりました」

 

 

クルト宰相は、何と言うか、生温かい目で私を見ています。

・・・自然と、背筋を正してしまいます。

 

 

「・・・話を戻しますが、例えばマクダウェル尚書やテオドシウス尚書が私を毛嫌いしていたとしても、嫌いだからと言う理由で私の解任を唱えることはできません。政治と言うのは結果が全てで、結果が出ている限りは私を辞めさせることはできない、つまり他者の評価は必要無いと言うわけですね」

「な、なるほど・・・」

 

 

・・・結果。

結果と言うことであれば、この人は王国の歴史に残ることをしたと思う。

戦争を宰相として指導したと言う、それだけじゃなくて・・・。

 

 

憲法の制定、立憲体制の確立、貴族階級の特権廃止、議会制度の法整備に地方自治の推進、オスティア難民の雇用対策も含めた公共事業の展開、年間経済成長率10%超を支える技術革新と製品輸出、社会資本の整備に原料・食糧の確保と分配、行政・司法改革に国民の自由の拡大、社会福祉政策の整備、国家連合「イヴィオン」を柱とする外交革命、他国を圧倒する軍事力の保有・・・。

全て、この人がいなければ実現しなかった。

 

 

「まぁ、例外があるとすれば・・・」

 

 

だからこそ、本当にわからない・・・。

 

 

「宰相が女王の制止を振り切って勝手に行動し・・・国民がその解任を望んだ場合、ですかね。それによって、宰相の首を切った女王を支持する者がまた増えると言う点で」

 

 

この人は、本当に・・・何を考えているんだろう。

そんな話をどうして、私にしてくれるんでしょう・・・。

・・・わかりません、お兄ちゃん。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・以上の理由から、やはり予備役兵の動員が最善であると考えます」

 

 

厳かな声でそう説明を締めくくったのは、国防尚書のアラゴカストロ公爵です。

説明が終了した直後、国防省の職員がそそくさと私の執務室に持ち込まれた映像装置をしまい始めます。

・・・まぁ、プレゼン用の機材ですね。

 

 

椅子にもたれかかって、片手で両目の瞼を軽く撫でます。

あー、何か最近、疲れやすくなってきた気もします。

 

 

「・・・お疲れでしょうかな? 女王陛下」

「ああ、いえ、大丈夫ですよ」

「まぁ、時期が時期ですからな、お仕事はお休みになって・・・ゆっくりご静養されては?」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 

 

だから私から、お仕事を取り上げようとしないでください。

本当にお願いします、お仕事が無いと何をして生きれば良いかわからないんです。

そりゃ、ダフネ先生とかは休め休め言いますけど。

 

 

・・・でも、一度お仕事を手放してしまうと返って来ない気がして。

あえて「お仕事」の部分を「権力」と言い換えても良いかもしれません。

一度、私抜きでお仕事が通る例ができてしまうと、二度と戻らないと思います。

お仕事量死守のため、お腹の赤ちゃんには我慢してもらわないと・・・!

 

 

「とりあえず、予備役兵動員の件はわかりました。実戦部隊の長である4元帥とも相談して、できるだけ早くご返答しますね」

「ははっ・・・」

 

 

予備役兵と言うのは、一般社会で普通に生活している軍在籍者のことです。

有事と平時では必要な兵力が違いますので、有事の際に優先的に召集される人達とでも認識して頂ければ良いかと思います。

平時の我が国の兵力は陸軍・艦隊合わせて約20万人ですが、それで足りない時に私の権限で召集することができます。

 

 

で、今アラゴカストロ国防尚書は外務省と協議の上で、私にその予備役兵の動員を打診してきました。

理由は、帝国領サバの王国人・王国資本を守るためです。

平時の兵力では不十分と言う判断から、そのようなことになったのだと思います。

まぁ、帝国が相手ではそうなるでしょうね・・・。

 

 

「・・・帝国が早く安定してくれれば、しなくても良いのですが・・・」

「・・・そうだね」

 

 

私と閣僚の議論には加わらずに(加わる権限もありませんが)、黙々と議事録を取っていたフェイトはただ頷きました。

・・・頷くしか無いからそうした、まさにそんな感じですね。

 

 

・・・はぁ、と溜息を吐きます。

サバの領事館から送られてくる情報は、ほとんど悲鳴に近い物です。

現地のウェスペルタティア資本はすでに接収され、ウェスペルタティア人技術者の身も危なくなってきています。

そうなると・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

不意に、フェイトが声をかけて来ます。

そちらを見れば、いつもと変わらない無感情な瞳がそこにあります。

・・・目を、逸らしました。

それは私にとってはかなり珍しい行動で・・・フェイトに見られてドキドキしないのは、かなり久しぶりな気がします。

 

 

「・・・どう、したいの?」

「・・・どうって、言われても・・・」

「・・・そう」

 

 

そうするしか無いから、頷いた。

そのような形で、フェイトは矛を収めてくれます。

でも・・・。

 

 

『お覚悟されますように』

 

 

午前の謁見の、クルトおじ様の声が甦ります。

覚悟・・・何の覚悟を持てと、言うのでしょうか。

・・・いいえ、本当はわかっています。

 

 

わかっていたけれど、先送りしてきたこと。

一度も会わず、知らないふりをして・・・蓋を閉めて満足していたこと。

自分のことに没頭して、振り向かないようにしていたことです。

・・・ぐっ、と、胸元のカードに、服越しに触れます。

けど・・・けれど、もう。

 

 

「・・・ぁ・・・」

「・・・どうしたの?」

「いえ・・・」

 

 

・・・少しだけ、びっくりしました。

フェイトの訝しげな声にも曖昧に答えて、胸元に置いていた手を。

手を・・・また少し大きくなったお腹に、持って行きます。

 

 

サワサワと・・・心なし、撫でるように触ります。

すると・・・。

 

 

「・・・ぁ・・・」

「・・・何?」

「いえ、その・・・お腹が、少し・・・」

 

 

今、少し・・・お腹の中で何かが動いたような。

もしかして・・・赤ちゃん?

とすると、これが世に聞く胎動と言う物でしょうか・・・?

 

 

「・・・侍医を」

「いえ、あの・・・たぶん、大丈夫です」

「呼ぶよ」

 

 

今度は有無を言わさずにそう言って、フェイトは足早に侍医を呼びに行きます。

・・・大丈夫なのに・・・。

溜息を吐いて、両手でお腹を撫でます。

どうしようも無く、愛しいです・・・。

でも・・・。

 

 

「・・・今、生まれてくるこの子と・・・」

 

 

それとも、未来の・・・。

・・・私、どうしよう・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

夜になってから、オスティア大使館の定時連絡を受けたのじゃが・・・。

・・・う、うむ、煮詰まってきたようじゃの・・・。

 

 

「そ、それでじゃ、先方は物凄く苛立っておるらしい」

「それはそうでしょうね」

 

 

こんな時でも冷静なコルネリア、頼りになるのが普通にムカつくのじゃ。

じゃが、まぁ、それはそれとして・・・うーむ。

どうにか、大使のソネットは王国側の即時介入だけは回避したようじゃが。

正直な所、いつまでも説得はできないとも伝えてきておる。

 

 

しかし、外国勢力の排除が叛乱側の大義名分である以上、外国軍に反乱鎮圧をさせるわけにはいかん。

そんなことをされては、帝室の権威に致命的な傷がついてしまう。

 

 

「これはよほど帝国がサバの叛乱に本気なのだ、と言う姿勢を見せないとどうにもならないでしょう」

「・・・例えば?」

「皇帝親征」

 

 

やはり、それか。

コルネリアの冷静な提案に、妾は苦虫を噛み潰したかのような気分になる。

皇帝自らがサバの鎮圧に向かえば、確かに本気さは伝わるじゃろう。

・・・じゃが、帝都を空にすることになる。

 

 

「・・・コルネリア、帝都を」

「私が防衛の指揮を取った場合、3日で陥落させられる自信がございます」

「自信満々で言うことか」

 

 

まぁ、期待はしておらなんだよ。

コルネリアは文官であって、軍人では無いからの。

しかし、臨時帝都長官として民政を統括することはできよう。

宰相代理にも協力させて・・・。

 

 

「・・・兵力は、第一、第三、第八、第十三の親衛師団を連れて行く。それと第354師団じゃ、合わせて4万の地上軍を連れて行く。帝都の北方艦隊はフレイヤ・ブラットレイ将軍に任せ、有事には」

「帝都を空にされると?」

「いや・・・ジャックを置いて行く」

「・・・危ない、不敬罪を働く所でした」

「その発言が十分に不敬罪じゃ」

 

 

しかしジャックがおれば、帝都が落ちることは無い。

帝都守護聖獣がおる以上、外からの攻撃でこの都市は落ちん。

例外は、数年前のクーデター・・・すなわち、内側からの制圧。

じゃがそれも、ジャックがおれば防げる。

 

 

ジャックが動かせぬ以上、妾が動くしかない。

幸い、クワン・シンを始めとする連れて行く軍は信頼できる。

叛乱軍は艦隊を持たず、武器も旧式の物しか無いと聞く。

報告では、サバ人民政府はサバ全域を掌握しているわけでも無い。

 

 

「・・・陛下がお決めになったことを変えられない方だと知っているので、反対は致しません。しかし、一つだけ忠告を」

「何じゃ」

「帝都の民は、帝都の民を殺した皇帝を受け入れることはありません」

「・・・」

「・・・その点、良くご夫君に含ませておかれますように」

 

 

それだけ言って、コルネリアは退室した。

忠告と言うか、警告に近いぞそれ・・・。

 

 

・・・叛乱を潰すには、武力が無ければならぬ。

じゃが、武力を用いれば民が死ぬ。

民を守るべき皇帝が、民を殺す。

民を殺された民が、また叛乱を起こす・・・。

・・・蟻地獄じゃな。




新登場キャラクター:
フレイヤ・ブラットレイ(まだ名前だけ):黒鷹様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第19回広報:

アーシェ:
はーい、アーシェの広報ですよ!
今日はひっさしぶりに茶々丸室長にお越しいただきました~。

茶々丸:
皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
いや~、最近どうも、いろいろと忙しそうですよね!
こくさいじょーせーとか。

茶々丸:
左様ですね。
まぁ、王室侍女は現在、総動員でアリアさんのご出産の準備に追われているのですが・・・。

アーシェ:
皆で服作ったりするんですか?

茶々丸:
いえ、王国各地から世継ぎにと送られてくる贈り物の処理です。
王室御用達のお店以外からの物は、基本的に受け取れないので・・・。

アーシェ:
ああ、あの大量の荷物、それだったんだ・・・。
それでは、今回の紹介はこちら~!

コルネリア・スキピオニス
30代後半の女性(ヘラス族)。
虎縞色の頭髪が特徴的。
ズバズバ物をタイプだけど、怜悧な法務官僚でもある。
皇帝テオドラは一時、彼女を宰相に望んでいたとも。
アリアドネーで法律を学び、法務官、オスティア大使を経て現在は皇帝補佐。まさにエリート街道まっしぐら。


アーシェ:
それでは次回、後編です!

茶々丸:
それでは、またお会いしましょう。


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アフターストーリー第22話「9月事変・後編」

Side テオドラ

 

帝都を発って10日後のある日、妾は日が昇らぬ内から進軍を続けておった。

地上軍の移動速度では、いかにウェスペルタティア製の装輪車をフル稼働しても時間がかかる。

4万もの軍勢を、一度に移動させることは物理的にできんのじゃから。

 

 

「う、うぅ・・・」

「陛下、お加減はいかがですか?」

「だ、大丈夫じゃ・・・」

 

 

で、妾はどうかと言うと・・・ガタガタと揺れる車内で、グロッキー状態じゃ。

格好をつけて皇帝親征を唱えた所で、実体はこう言う物じゃ。

思えば、これまでは『インペリアルシップ』での移動ばかりじゃったからな。

地上軍に直接同行すると言うのは、初めての経験では無いじゃろうか。

 

 

しかし無様な姿を兵に晒すこともできぬので、こうして移動中は車両の中に引き籠っておる。

止まった後は、野営地を見周ったりして兵達に姿を見せねばならぬ。

故に、車内の妾の体たらくを見ておるのは・・・。

 

 

「・・・忠誠心を試されているような気が致します」

「そう言うで無い・・・」

 

 

第8親衛騎兵師団長、クワン・シンだけじゃ。

運転席から座席は見れぬからの、まさに2人だけじゃ。

有角族のこの女将軍は、何故か妾に忠誠を誓ってくれておる。

・・・その忠誠心を、今まさに試されているらしいが。

 

 

「大体、あのPS(パワード・スーツ)とか言う装備、気のせいか暑いぞ」

「兵器に快適さを求めないでください」

「・・・」

 

 

最もなことを言われたので、ぐうの音も出ぬ。

妾が乗っておるのは皇帝専用車であり、そして装備もまた皇帝専用。

親衛軍にはウェスペルタティアから輸入したPS(パワード・スーツ)の対帝国輸出モデルを配備してある。

故に、妾のPS(パワード・スーツ)も妾専用にいろいろとチューンされておる。

 

 

障壁とか、武装とかな。

まぁ、暑くて重いのじゃがな、もう少し何とかできぬ物か・・・。

じゃが、帝国の技術班では、どうにも・・・。

 

 

『皇帝陛下、目標地点の3キロ前方のポイントに到着致しました』

「了解。一時停止して全軍を集結させるように、各師団長に伝えなさい」

『了解、各師団長に部隊の集結命令を伝達致します』

 

 

運転席の兵からの報告に、妾の代わりにクワンが答える。

皇帝は、兵と直接会話をしてはならぬからじゃ。

例外は、皇帝が話しかけた時のみ。

 

 

「陛下、ご準備ください・・・ご気分は?」

「悪いが良い」

「それは重畳」

 

 

後、実戦指揮は全てクワンに任せておる。

妾は軍事に才があるとは言えぬ故、妾の名でクワンに指揮をさせておる。

キキッ・・・と、車両が止まる。

空気の抜けるような音と共に車両の扉が開き、赤い軍服を纏った妾が外に出る。

 

 

そこにはすでに、無数の兵が集結しておった。

ざっと見ただけでも、十数の民族・部族の混成であることがわかる。

多様性の統合こそ、帝国の本領・・・まぁ、最近はその国是が揺らいでおるが。

 

 

「皇帝陛下の、おなぁり~!!」

 

 

気の抜けたような式部官の声と共に、兵達が各々の武器を妾に捧げる。

兵で作られた道を通り、前へ進む。

 

 

「大義であるぞ、ルーグ卿、ランベルク卿」

「「ははっ」」

 

 

途中、正面で跪く2人の師団長に声をかける。

第1親衛装甲師団のライザー・J・ルーグと、第3親衛装甲師団のショウ・ジュリアード・ドラ・ランベルクじゃ。

 

 

ライザーは先祖代々帝国に仕える騎士の家系で、父の地位を譲られたばかり。

そしてショウは、金髪碧眼の妖精(エルフ)族じゃ。

こちらは帝国の名家の出身で、やはり代々帝国に仕えておる。

 

 

「残余の兵も、午前中には布陣できるかと」

 

 

そして、妾の背後で跪く第8親衛騎兵師団のクワン・シン。

これが、妾の軍。

さらに・・・。

 

 

「・・・あれが、サバか」

 

 

数キロ先に、開けた場所にぽつんと存在する都市が見える。

帝国有数の人口と経済力を誇るそれは、帝国新領土サバ。

かつては連合の支配下にあった都市、そして今では帝国・王国の国境でもある都市。

そして・・・。

 

 

労働党の人民戦線なる組織が、占拠した都市。

妾は、アレを取り戻しに来たのじゃ。

ジャック・・・妾を見守ってたもれよ。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「ぶぇっ・・・くしぃっ!?」

「きゃあっ!?」

「うぉあっ!?」

 

 

あー・・・んだぁ?

どっかで誰かが俺のこと噂してんのかね。

クシャミなんて久々にしたぜ・・・おかげで周りにいた連中が吹っ飛んじまったじゃねーか。

・・・向こうで良い感じに折り重なって赤くなってる侍女と兵士とかは、礼を言ってくれても良いかもしれねーけど。

 

 

他の連中は・・・まぁまぁ、そう睨むなって。

ワザとじゃねぇんだ、ワザとじゃ・・・あれ、俺が顔を向けた途端に逃げ出しやがった。

いや、俺も傷つくからなそれ?

 

 

「殿下! ラカン殿下は何処におわすか!?」

「おおっと、やべーやべーっと」

 

 

ひょいっと廊下から窓に出て、そのまま宮殿の屋根の上から上へと移動する。

コルネリアのオバはんに見つかったら、書類にサインしろしろうるせーからな。

俺が軍の奴らを訓練すると、3日は動けなくなるからなー。

てか、この20年で帝国軍の質、落ちたんじゃね?

 

 

「どーっこいせっとぉ・・・ああ、どーもどーも、続けて続けて」

 

 

で、俺が逃げ込む・・・いや、戦略的転進する先は神殿だな。

講堂の掃除をしてた連中に鷹揚に手を振ってやると、女神官がそそくさと逃げていきやがった。

・・・いや、だから傷つくからなそれ?

 

 

まぁ、仕方ねーやな。

最近じゃ「同胞殺し」とか言われてるらしーしな、俺様。

間違ってねーから、特に反論はしねーけど。

 

 

「あー・・・ダリィ」

 

 

床に座って(椅子が無ぇ)、ダラダラと時間を潰す。

実際の所、やることがねーんだよなー俺って。

こっからは出れねーし、つって何かすると怖がられるしなー。

怖がってる奴に絡む程、俺も空気読めねーわけじゃねーよ。

あー・・・暇だわ、タリィ・・・。

 

 

「あー・・・マジで何すっかな、じゃじゃ馬(テオ)もいねーし・・・」

「・・・どうぞ・・・」

「おお、サンキュー・・・ずぞぞ・・・」

「・・・」

「・・・って、いつの間にぃ!?」

「・・・どうも・・・」

 

 

・・・俺様のお約束なリアクションも、華麗にスルーだと!?

この女、デキるぜ・・・!

 

 

・・・まぁ、単純に義姉貴(あねき)がいつの間にか俺の横にいて、しかも何故かコーヒーを差し出してきやがったってだけなんだが。

無表情でいつの間にかそっと出てこられると、流石の俺もビビるぜ。

 

 

「・・・私は・・・政(まつりごと)には・・・口出しできませんが・・・」

「あ?」

「・・・ここにいて・・・良いのですか・・・」

「いーっていーって、コルネリアとかコルネリアとかコルネリアとかが何とかすんだろ」

 

 

まー、どうしてもってんなら、俺も仕事するけどな。

でも俺、ぶっちゃけ帝国がどうなろうと知ったこっちゃねーからな、基本。

 

 

「・・・そうですか・・・」

「おーう」

 

 

あー・・・だりぃ・・・。

じゃじゃ馬(テオ)の奴、北でピーピー泣いてねーと良いけどな。

 

 

 

 

 

Side コルネリア(皇帝補佐・帝都長官代理)

 

「ラカン殿下は、何処におわすかーっ!!」

 

 

ぜぇ、ぜぇ・・・と息を切らせて、宮殿の廊下で膝に手をついて項垂れる。

ま、まったく・・・あの方は、自分の立場をわかっておられるのか。

・・・いや、わかっているのだろうが。

 

 

『はぁん? 何でこの俺が労働に従事しなくちゃならねーんだ? ジャック・ラカンつーのが俺の名前なんだが知らなかったか?』

『だいたい、ここの連中は俺の命令なんて聞きたくねーだろ?』

 

 

何日か前に、ラカン殿下が言われた言葉が脳裏に甦る。

そしてそれはある意味では、一側面を正しく突いていると言える。

確かに、宮殿の人間は同胞殺しのラカン殿下に従うのを内心で良しとしない者が多くいる。

 

 

しかし逆に、ラカン殿下の力に怯えて従属する連中もいるのだ。

心酔や忠誠による協調が期待できない以上、恐怖で彼らを縛るしか無い。

私が上奏した皇帝親征は、それも含めての物だったのだが・・・。

・・・ラカン殿下ご自身に、帝国への愛着が無いのは知っていたが・・・予測の最悪を極められてしまったようだ。

 

 

「ひぃっ、ひぃっ・・・こ、コルネリアどのぉ~・・・」

「トゥペーロ卿、殿下はおられたか!?」

「い、いえ、いえ・・・っ」

 

 

ドタドタと太った腹を揺らしながら走ってきたのは、小太りの中年の帝国人だった。

皇帝補佐、オットー・トゥペーロ殿だ。

私同様、上司に振り回される苦労人でもある。

私の前まで駆けてくると、息を切らせてその場に崩れ落ちる。

 

 

「ど、どこにも、おられませんでした~・・・っ」

「そうか・・・まったく、どこに行かれたのか・・・」

 

 

あのバグや・・・いや、ラカン殿下に追いつくなど、常人の我らには無理か。

どうするか・・・。

 

 

「・・・仕方ない、もう一度探してみよう」

「は、はい~・・・」

 

 

実際はどうあれ、せめて仕事をしているフリはして頂かないと困る。

どうにか探し出して、殴・・・泣き落とすしか無い。

何なら、皇帝陛下の幼少時の秘密をいくつか・・・。

 

 

「コルネリア長官と・・・トゥペーロ卿、ですな・・・?」

「む・・・?」

 

 

その時、不意に声をかけられた。

振り向いてみると、そこには何人かの文官や侍女などが顔を並べていた。

・・・神殿の者も、いるようだが?

何人かの顔には、見覚えがある。

 

 

「そうだが・・・何か?」

「その・・・少し、お話があるのですが・・・」

「話?」

 

 

訝しげに聞き返すと、その者達は頷いた。

話か・・・実の所、少し急いでいるのだがな・・・。

 

 

「・・・こ、コルネリア殿~」

「トゥペーロ卿?」

 

 

何とも情けない声に振り向いてみれば。

トゥペーロ卿が、剣を突き付けられて両手を上げていた・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

今日も今日とて、黙々と書類仕事に励む。

もちろん公務として外出することもあるが、最近は書類仕事が増えて来た。

どうやら、本格的にアリアは静養に入るのかもしれぬ。

 

 

・・・私がネギとアリアを産んだのは、逃亡生活の最中の話であったからな。

細かいことに関して、今さらどうこうは言わぬ。

ただ、私がかなり危険なことをしていたことは自覚しておるつもりじゃ。

故に、可能な限り静かな環境でアリアには出産に望んで欲しいのじゃが・・・。

 

 

「・・・ナギ、綴りを間違うておるぞ」

「・・・ん、悪ぃ」

「いや、良い」

 

 

共に執務をしておるナギは、ここのところ何を考えておるのか。

先日のネギの脱走以来、ナギはどうもあまり眠っておらぬらしい。

私が毎夜のように様子を窺っておるのじゃから、間違い無い。

・・・まぁ、それは裏を返せば私も寝ていないと言うことなのじゃがな。

しかし、寝不足で仕事を滞らせるわけにもいかぬ。

 

 

「ナギ、6日後の平和記念祭についてじゃが・・・」

「・・・ん」

「・・・ナギ」

 

 

もしかしたなら、私の声にはかすかな苛立ちが含まれておったかもしれぬ。

ネギのことが気にかかるのは、わかる。

私とて、行けるなら探しに行きたい。

 

 

じゃが、それでも王族としての義務を疎かにはできぬ。

我らには前科がある分、次はアリアやクルトがいかに庇おうとも覆らぬ。

私達のここでの立場は、いわば薄氷の上に立っておるような物なのじゃ。

責務を放棄して、自由に動けた時代は遠い過去の話なのじゃ。

 

 

「・・・わかってんよ」

「なら良い・・・すまぬ」

「何でお前が謝んだよ」

 

 

屈託なく笑い、ナギは手元の書類に文句も言わずに視線を落とした。

・・・戯けが、無理をしているのがまるわかりじゃ。

 

 

「んじゃ、とっとと片付けちまいますかねぇ~っと。えー、何々、サーカス・・・?」

 

 

・・・先月の脱走事件は、今の所は内々で事を済まそうとしておるようじゃ。

じゃが状況によっては内々で済まぬ場合がある、そうなってしまえば。

・・・ネギ、どこじゃ、どこにおる。

主はどこで、何をしようとしておるのじゃ・・・?

 

 

関係者の証言で、事件の全容が少しずつじゃが見えてきておる。

12年前、ナギによって還されず現世に留まり続ける悪魔ヘルマン。

そして、ネカネ殿とのどか殿・・・。

 

 

「・・・ネギ」

 

 

ナギに聞こえぬように、口の中で息子の名を呟く。

・・・どこに、おるのじゃ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・はい、問題ございません。今週も順調その物です」

「ありがとうございます」

 

 

ダフネ先生が検診用の器具を片付けながらそう言うと、私はいつもほっとします。

赤ちゃんが順調に育ってくれていると言うこともそうですが・・・何より、何か変調があれば怒られる上にお仕事禁止の憂き目にあってしまいますからね。

 

 

「血圧、血糖値も問題ありませんが、少し上昇している傾向にあるのでご注意ください。陛下のご親類の方には妊娠高血圧症の患者はおりませんが、注意するに越したことはありません」

「はい」

「それから胎動をご自覚なされたとのことですので、本格的な早産対策を始めましょう。早い方では7ヶ月で産気づかれることもございますので」

 

 

要するに、絶対に転ばない、お腹に圧力をかけない、ストレスには注意して、食生活も正しく、加えて睡眠はたっぷり取ること、と言うことらしいですが。

 

 

・・・まず、睡眠は割と少ないかもしれなくて、食事は苺の消費量が3倍になっていて、移動は馬車だったりして、それで・・・ストレス。

・・・まぁ、ストレスが無いと言えば嘘になりますね。

でも、怒られるのが嫌なので言いません。

 

 

「それにしても心配性なご夫君ですねぇ」

 

 

超音波機材を片付けていたテレサ先生が、クスクスと笑いながらそう言います。

黒髪の凛々しいダフネ先生と対照的な、金髪のおっとりお姉さんなテレサ先生。

テレサさんが言っているのは、私が初めて胎動を感じた時のフェイトのことです。

無表情に慌ててしかし急がず、フェイト自らが呼びに来た時は驚いたとか。

・・・もう、大丈夫だって言ったのに・・・。

 

 

でも、そんなフェイトを愛しています。

カッコ良くて・・・そして、可愛い人。

 

 

「それで、どう致しましょうか、女王陛下」

「はい?」

「いえ、そろそろ性別がはっきりしてきますけど・・・先にお知りになりたいですか?」

「ああ・・・そうですね」

 

 

・・・アスナさんが「姫御子」って言っていたので、女の子ですかね。

男の子だったら「姫御子」じゃなくてただの「御子」なので、やっぱり女の子?

確か、さよさんの所は・・・。

 

 

「どうなさいますか?」

「うーん・・・良いです」

 

 

準備とか諸々考えると先に知っておいた方が良いでしょうけど、ここは引っ張りたいです。

産まれた時に、初めて知って・・・と言うの、少し憧れてるので。

だから、「その日」まで内緒です。

 

 

・・・別に、良いですよね?

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

・・・ふ、むぅ。

顎に手をやりながら、幕僚本部の精霊炉搭載型情報統合装置を睨みつける。

3次元で俺の目の前に展開されているのは、魔法世界の地図だ。

 

 

そしてその世界地図には、各地の気候、人口移動、兵力分布、要人の現在位置などが詳細に画像付きで判別できるようになっている。

特に幕僚本部に設置されているこの装置には、各国の軍の部隊・位置・兵力・装備が小さな三角マークで地図上に表示される。

この場にいながらにして、魔法世界の軍事情勢を把握することができると言うわけだ。

 

 

「これも、技術独占の成せる技、か・・・」

 

 

魔法が主流だった時代にもこう言う装置はあったが、当然他国は情報の流出に備えるし、相手も同じシステムを持っているとの前提で動く。

なので結局は、あまりアテにならなかったのだが。

 

 

だが今は、我が国の技術力が他国を圧倒している。

我々は他国の動向をほぼリアルタイムで王都にいながらにして把握できるが、他国は我が国の動向を知ることはできない。

それこそ、肉眼か昔ながらのスパイでも使わない限りは。

前者は遅すぎるし、後者はバレた時のリスクが大きい。

 

 

「まぁ、それでも油断はできませんがね」

「しかし、情報で圧倒的に優位に立てているのは確かです。これも女王陛下の治世なればこそ・・・」

 

 

癖のある黒髪を掻いて謙遜するコリングウッド元帥と、逆の陛下の判断を称えるレミーナ元帥。

ここは幕僚本部―――総監はコリングウッド元帥―――の最奥部に位置する大部屋で、我々の他にも100人からなる情報スタッフが座席について端末を叩き続けている。

常に情報を更新し、それに合わせて方針と戦略を決める。

それが、幕僚本部の最重要の仕事だ。

 

 

「・・・さて、それでサバ地域だが・・・」

 

 

我々がここに集まったのは、国防省の方から打診された帝国領サバへの介入作戦の検討をするためだ。

すでに予備役兵の動員は始まっており、帝国との国境に集結させつつある。

目の前の装置を見ても、青い三角マークで示された我が国の軍部隊が帝国領サバの直前にまで展開しているのがわかる。

 

 

それに対応しているのが、帝国領側だ。

黒いマークのサバ人民政府軍と赤いマークの帝国軍。

こちらの圧力に配慮した形で、皇帝自らが乗り込んでいると聞いているが・・・。

 

 

「どうかなリュケスティス、帝国軍は首尾よくサバの叛乱軍を鎮圧できるかな」

「さぁな。皇帝の軍才次第だろうが・・・いずれにせよ、して貰わねば困る」

「それはそうだ、サバには我らの同胞が4万人も居住しているのだから」

 

 

そしてここには、リュケスティスもいる。

北エリジウムの政治家達の王国ツアーが終わるまでは、王都に留まるのだそうだ。

近く平和記念祭があるからな、そこで拡大「イヴィオン」の結束を示すつもりなのだろう。

あのクルト・ゲーデルが考えそうなことだ。

 

 

「いずれにせよ、他の勢力が帝都を押さえれば帝国は事実上瓦解する」

「しかし、帝都にはかのジャック・ラカンがおりますが」

「ジャック・ラカン。確かに奴は強い、頭も良いだろう、だがそれだけだ。やりようによっては・・・いや、やられようによっては奴は帝都を捨てざるを得なくなるだろうさ」

「おいおい、怖い予測を立てないでくれよ」

 

 

レミーナ元帥の言葉に冷笑気味に答えたリュケスティスに、俺はそう告げる。

全く、連合に続いて帝国まで崩壊すると言う事態は勘弁願いたい物だ。

 

 

「そうかな? だが、あのクルト・ゲーデルなどは・・・いや、これはただの偏見だな」

「気付いてくれて嬉しいよ、それで、どうする」

「サバもそうだが、実は面白い話をガイウス提督が持ってきていてな。どうも南エリジウムから・・・」

 

 

王国軍最高位、4元帥。

これだけの軍首脳は、世界中を探してもそうはいまい。

 

 

祖国と戦友、部下・・・そして女王陛下の名の下に同胞を守る。

それで良い、それが軍と言う物だ。

だからこそ強い、我が軍は。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「では、そのように」

「用件は承った。ではすぐに本国の了解を取るとしよう」

 

 

金色の毛並みを持つ猫の妖精(ケット・シー)、アリアドネーのフンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵は私の言葉に頷くと、帽子と杖を持って応接室から出て行きました。

・・・ちなみに彼は、現在のオスティア駐在のアリアドネー大使です。

 

 

先のアリア様のご懐妊祝賀施設の代表としてやってきたのですが、どうやらそのまま大使として赴任したようです。

こちらの監視網からも度々消えてくれるので、なかなかのやり手のようですね。

まさに、神出鬼没と言うべきでしょうか。

流石にアリアドネーは、他の国と違って人材の質が高い。

 

 

「・・・単純な人材の質で言えば、我が国以上かもしれませんねぇ」

 

 

まぁ、そうでなければ帝国と連合に挟まれて中立を保ってはいられなかったでしょうが。

現在の所、人材の質以外の面で我が国に遅れを取っている状態ですが・・・。

今後100年ほどは、まぁ、大丈夫だとは思いますがね。

ただ、セラスは油断ならない・・・。

 

 

・・・とにかく、男爵を通じてアリアドネーにこちらの意思は伝わるでしょう。

幸い、6日後のオスティア平和記念祭の時には各国の首脳が集まりますから。

帝国を除けば、アリアドネーが唯一の大国。

他はほぼ我が国の同盟国(ぞっこく)、名目的な多国籍軍を作ることは容易い。

帝国への対策の道筋は、最初から最後まで作ってありますが・・・。

 

 

「・・・ヘレンさん」

「はい、宰相閣下」

「ハーディー氏は、まだお元気ですか?」

 

 

私の問いかけ方に、私の傍らに立っていたヘレンさんは訝しげな表情を浮かべます。

しかし、私が返答を促すと・・・。

 

 

「・・・労働党のハーディー党首は、党内の穏健派のリーダー、ジョン・キノック氏の助力を得て党を再編していると聞いていますが」

「ああ、そうですか。まだ元気なら良いんです」

 

 

ふ、ん・・・まだ、元気なんですね。

ま、私は何もしませんよ・・・私はね。

国内の労働党の拠点は、サバ地域とも接するグリルパルツァー公爵領。

そこから、帝国領へ・・・。

 

 

「・・・くふふ・・・」

 

 

さて、あと何歩でしょうか。

アリア様の魔法世界制覇まで、あと、何歩でしょうか。

捧げて見せましょう、アリカ様から一度は全てを奪った、この世界。

世界の全てを、我が王国に・・・。

 

 

・・・あ、いや、私は何もしませんよ?

本当ですよ?

 

 

 

 

 

Side ソネット・ワルツ(ヘラス帝国・駐オスティア大使)

 

今日も、ウェスペルタティアのテオドシウス外務尚書と会談しました。

・・・いえ、会談したと言うより呼び出されたと言った方が良いでしょう。

 

 

「サバ地域の動向については、まだわかりませんか?」

「皇帝陛下が討伐軍を直接率いて向かったと言うのが、帝都からの情報で・・・」

「それが、最後ですか・・・」

 

 

大使館の職員の言葉に、溜息を吐きます。

帝国・王国の国境都市の動向は現在、我々の最大の関心事。

これに進展が見られない以上、我々としてはどうしようもありません。

 

 

とは言え、テオドシウス外務尚書を通じて王国側の苛立ちは伝わってきています。

いつまでも王国側を宥めることはできませんし、進展が無ければウェスペルティア王国軍の介入を許してしまいます。

それは帝国の主権を侵害する行為であり、断じて許すことはできません。

ただ・・・。

 

 

「・・・帝国の主権とは、どこまでの領域に生きているのか・・・」

 

 

ウェスペルティア人とヘラス族の間に生まれた私は、両国の大使として最適の人材。

そう判断されてオスティアに駐在しているのだけれど、実際、こうなってくると辛い。

かつての祖国と、恩義のある第二の祖国。

そして今、第二の祖国が揺らいでいます。

 

 

王国側に言わせれば、サバ地域にはすでに帝国の統治能力が及んでいないと言うことになります。

皇帝直属軍の投入が無ければ、今週にも軍事介入があったかもしれない。

 

 

「・・・本国との定期連絡の準備はまだですか?」

「あれ? おかしいですね・・・まだ通信室からの連絡が・・・」

 

 

皇帝陛下が動いてくれたおかげで、まだ交渉できる余地が残されました。

しかし、それも長い時間は無理でしょう。

このまま明確な成果が無ければ、私は王国側から「外交官待遇拒否(ペルソナ・ノン・グラータ)」の認定を受けてしまう可能性すらあります。

 

 

いえ、最悪の場合は大使召還・・・。

・・・・・・遅いですね。

 

 

「大使! 大変です!」

「どうしたのですか、本国との通信は・・・」

 

 

本国との定期連絡の時間を、すでに30分は過ぎています。

苛立つ私に、その職員はとんでも無いことを宣告してきました。

 

 

「帝都との連絡が、つきません!」

「・・・何?」

 

 

帝都ヘラスと駐オスティア大使館とは、直通の回線で繋がっています。

ですから、通じないはずがありません。

・・・帝都側から、拒否しなければ・・・。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

俺が食堂で晩メシ食ってる時に、むさ苦しい奴らがゾロゾロと入ってきやがった。

何だ何だぁ、メシ時に無粋な奴らだぜ。

他人のメシを邪魔する奴は最低だな、詠春の野郎も俺を見ながら良くそう言ってたぜ。

 

 

「えー、えへん、えへん、ジャック・ラカン殿下ですな?」

「ああん?」

「・・・」

 

 

・・・軽く睨んだだけで倒れたんだが、俺はどうしたら良いんだろうな。

てか、そんな弱いのに来んなよ。

まぁ、見るからに弱そうな爺だったがよ。

その爺の後ろにいた何人かが、代わって俺に何かしかの要求を始めやがった。

 

 

「・・・で?」

「わ、我々はヘラス・コミューンの代表の者だ。たった今から帝都は・・・いや、ヘラスは我々が統治する」

「はぁん、好きにしろよ」

「・・・」

 

 

・・・何なんだコイツら。

この街を治めたいってんなら好きにすれば良い。

俺は知らん。

てか、そんな困った顔すんなよ。

揃いも揃って「想定外だ」みたいなツラしやがって。

 

 

「・・・で?」

「わ、我々は、労働者階級の自治による統治を求める」

「はぁん、最近流行の労働党って奴か?」

「違う! 我々は北の民と妥協する現在の政権を容認できない。よって我々は蜂起し、北の民との戦いを続ける」

「ふんふん、まぁ、頑張れや」

 

 

あー、この魚は最高だな。

詠春のジャパニーズ・ソースが懐かしいぜ。

・・・・・・はぁ、何なんだコイツらは。

 

 

「・・・で?」

「え、ええと、我々は・・・連合の手先として同胞を殺したラカン殿下、貴方を容認できない!」

「ふむふむ・・・で?」

「そ、それから・・・ヘラスの統治に無関心な貴方を、統治者としておくことは・・・」

「ほうほう・・・で?」

「む、そ、その・・・我々は皇帝補佐を2名人質に・・・」

「・・・くっだらねーな」

 

 

ごちゃごちゃとうるせー連中だな。

そんな御託はどうでも良いんだよ、要は何が言いてーんだ?

もっとこう、わかりやすいのがあるだろ。

 

 

「要は俺のことが気に入らねーんだろ? だったらそう言や良いじゃねーか。それを何だかんだとゴチャゴチャと誤魔化しやがって。てめーら男だろ? ついてんのか? ああん!?」

 

 

さっきよりもさらに小さく、圧力を加えてやった。

3人くらいそれで気絶したが、他の何人かは気合いで耐えた。

そのせいかは知らんが・・・急に表情が変わりやがった。

 

 

「・・・貴様は大戦の時、俺の祖父が乗っていた船を沈めた!」

「俺の村はお前の沈めた船の下敷きになって潰されたんだ!」

「貴様が父さんを殺したせいで、俺と母さんがどれだけ苦労したかわかるか!?」

「同胞をあれだけ殺しておいて、何が英雄だ、何が殿下だ! ふざけやがって!! あんな皇帝、もういらねぇ!!」

「この人殺し!!」

 

 

同胞殺しに人殺しね、家族の仇に村の仇ね、ふふん。

・・・面白くなってきたじゃねーの!

 

 

「はっはぁっ!! 言いてーことはそれだけか、ああん!!??」

 

 

良いぜ、それくらいわかりやすい方が良い!

じゃじゃ馬(テオ)の奴は帝都の連中と揉め事を起こすなとか言ってたが、こうなりゃ仕方がねーやな!

 

 

安心しな、手抜かり手ぇ抜いてやるぜ・・・かかってきな!!

・・・命だけは勘弁してやる!

 

 

 

 

 

Side エヴドキア(ヘラス帝国元第一皇女)

 

「いつもながら、猊下のお身体は本当にお美しいですわ」

「本当に・・・エヴドキア様は聖獣の娘ですわ」

 

 

・・・女神官達の見え透いた世辞を聞き流しながら、私は冷たい水の中に自分の身体を浸しました。

小さな泉ほどもある沐浴場の中心にまで進み、一日の穢れを祓います。

これも、私の日課の一つ・・・。

 

 

身に着けている物を全て脱ぎ去り、冷えた冷水に身を浸すことで外界の汚れを落とす。

聖獣に仕える巫女は、清らかで無ければなりません・・・。

 

 

「・・・二度も・・・男性に・・・触れられました・・・」

 

 

その意味では、私は戒律を破ってしまいました。

聖獣に仕える巫女として、あるまじきこと。

男性に触れられた場合は、触れた相手の命を聖獣に捧げるか・・・それとも。

 

 

ちゃぷ・・・と水面を揺らして、自分の身体を抱き締めます。

不思議な男性(ヒト)、今は亡き父上様とも違う男性(ヒト)。

他の男性とは、何かが違う。

聖獣の教えの外にいる男性(ヒト)・・・。

 

 

「猊下! 猊下! 変事でございます!!」

 

 

その時、別の女神官が沐浴場に駆け込んできました。

本来、ここでは騒ぐことは許されません。

しかし、彼女は凄く慌てていて・・・。

ちゃぷ・・・と水面を揺らして、岸に向かって歩きます。

 

 

「・・・何か・・・」

「そ、それが、帝都の第六・第七の円環(サークル)区画で暴動が・・・」

「・・・暴動・・・」

「さ、さらに、殿下が・・・ラカン殿下が、ご乱心を!」

「・・・」

 

 

ぴたり、と、片足を水の外に出した所で動きを止めます。

その名前に私が動きを止めた、次の瞬間。

 

 

銅の鐘を打ち鳴らすかのような、鈍い音が響きました。

 

 

高い・・・高い天井が崩れて、そこから何かが落ちてきます。

激しい水音を立てて落ちてきたそれは・・・帝国の兵士達で。

・・・男性でした。

 

 

「・・・!」

 

 

反射的に、傍らの女神官の持っていた薄布を身体に巻きます。

肌を、見られては・・・。

 

 

「うおっ、冷てぇっ!?」

 

 

見られて、は・・・。

 

 

「ぺっ、ぺっ、塩入ってねーかコレ・・・お?」

 

 

水面から顔を出したのは、上半身に服を着ていない男性で。

褐色の肌、逞しい身体・・・。

それを認めた時、傍の女神官達が悲鳴を上げました。

 

 

「ひ、ひぃっ、じ、ジャック・・・ッ」

「ジャック・ラカン・・・っ!?」

 

 

・・・怯えるのも、無理はありません。

彼は何人もの兵士を肩に担いで、岸にまで運びました。

それはつまり、私の傍に来ると言うことで・・・。

 

 

・・・血に塗れていた身体は、沐浴場の水でいくらかは綺麗になりましたが。

神殿の外を知らない私には、それがとても鮮烈で。

 

 

「あ~・・・何か説明がめんどくせーな」

「・・・?・・・」

 

 

上半身を晒したラカン氏は何かを考えた後、薄布一枚の私に・・・。

手を、差し伸べてきました。

 

 

「あ~・・・アレだ、このままここにいると多分、皇帝にされっぞ?」

 

 

・・・意味がわかりません。

私は、世俗からは隔絶されているので・・・。

・・・でも、皇族。

 

 

「行くか?」

 

 

・・・説明しろ、とは言いません。

求めるばかりなのは、いけないこと。

求めず、受け入れることが戒律、教え。

 

 

「げ、猊下、なりません!」

「そのような卑しい男・・・同胞殺しの裏切り者などに!」

 

 

・・・それは世俗の話。

世俗の評価は、ここでは関係がありません。

ただ、教えが全て。

ですから・・・。

 

 

「・・・」

 

 

望まれるなら、望むものを。

私は、そっと手を・・・。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

エリジウム北部、セブレイニア地方。

ここでの生活は、とても単調だ。

 

 

朝早くに起きて、朝昼晩に食事を摂る。

朝と夕には新聞を読み、夜にはお風呂に入る。

仲間との会話を楽しみながら、毎日の生活を送る。

去年の新メセンブリーナ連合の崩壊からは、日々が過ぎるのがとても早い気がする。

近右衛門さんがやって来たのは、そんなある日のことだった。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

「・・・」

「ふぉっ、ふぉつ・・・何か反応してくれんかの?」

「いえ、何と言うか慣れちゃって・・・」

 

 

鍬を・・・農具を肩に担いだまま、僕は苦笑した。

僕は青い作業着を着ていて、所々泥に汚れている。

対する近右衛門さんは、なかなか小綺麗なローブ姿だ。

気のせいでなければ、麻帆良時代とあまり変わってない気がする。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、精が出るのぉ?」

「まぁ、開拓ですから・・・成果はまだですけどね」

 

 

僕は今、王国の信託統治領の一つで開拓員の仕事をしている。

僕の力を活かして、大きな物を持ったり、岩や森を砕いて平地を作ったり。

ここの開拓団は150人程度の規模で、新メセンブリーナ連合時代には税を納められずに難民化していた人達ばかりで構成されてる。

一応、僕はリーダーみたいな仕事をしてる。

 

 

ウェスペルタティア王国信託統治領セブレイニア自治共和国。

来年には、正式な独立国になる予定。

そうすると、ここでの僕の仕事も終わる。

共和国政府の開拓担当者が派遣されてくれば、僕と交代する。

その後は、またNGO活動にでも従事しようと思ってる。

ネギ君達も・・・保護って言うか、幽閉されてしまったしね。

手紙で聞く分には、元気にしているようだし。

 

 

「・・・それで、今日はどんなご用件ですか?」

 

 

近右衛門さんとは、手紙のやり取りはあっても直接こうして会うことは無かった。

王国のエリジウム北部を治める総督府に配属されたと聞いた時は、上手く世渡りしてるんだなぁと思ったけど。

別に不満は無いけど、僕と比べれば凄く上にいると思う。

 

 

まぁ、実の所、近右衛門さんはどんな罪になるかと言われた時・・・困るからね。

適当な所に放り込んでおこうって言う力が働いたんだと思う。

・・・いや、とにかく。

 

 

「近右衛門さんが僕を訪ねて来るなんて・・・何かあったんですか?」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・実はのぅ」

 

 

こそこそ・・・と、近右衛門さんが僕に近付いて、口を耳に寄せた。

それで・・・。

 

 

「ネギ君・・・それと、のどか殿とネカネ殿のことなのじゃが・・・」

 

 

・・・え?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「・・・♪」

 

 

・・・歌。

歌が、聞こえる。

のどかさんの、歌う声が聞こえる。

 

 

「―――♪」

 

 

ここがどこかは、わからない。

いや、エリジウム大陸のどこかとはわかってる。

深い森の中の、どこかの廃城。

 

 

この森の雰囲気と、そして空に見える二つの大きな月には覚えがある。

たぶん、ケルベラス大森林のどこかだと思う。

まぁ、そうで無かったとしても問題にならないけど。

ただ、王国の統治下に無い土地であることはわかっている。

 

 

「・・・♪ ―――♪」

 

 

崩れた天井から漏れる月明かりの下で、倒れた柱に座って歌うのどかさん。

その両手はお腹を撫でていて・・・時折、ポンポンと軽く叩いている。

それだけなら、まだ良いけど・・・のどかさんの眼に浮かぶ二重六方星。

 

 

「・・・」

 

 

少し離れた位置に、ネカネお姉ちゃんがいる。

壁にもたれかかって目を閉じて・・・けれども口元には笑みを浮かべて。

 

 

ネカネお姉ちゃん

いや・・・少なくとも今は違う存在だとわかってる。

・・・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマン伯爵。

そして・・・僕の手には、一枚のカード・・・。

 

 

「・・・『魂の牢獄』」

 

 

カードに刻まれた名前を、読む。

アリアの、魔法具。

僕は、これを・・・解かないといけない。

 

 

ネカネお姉ちゃんと・・・のどかさんのために。

そうでないと、2人がどうなるか。

僕は、あの時・・・燃える屋敷の中、そう言われた。

 

 

「・・・ヘルマン」

「何だい、ネギ君」

「お前は、まだこのカードの中に封印されているんだな?」

「そうだよ、そこに血印があるだろう?」

 

 

ネカネお姉ちゃんの声で、ヘルマンが言う。

そして手元のカードには、赤い何かで印が描かれている。

絵柄の上に描かれたそれは、ネカネお姉ちゃんの血で描かれた物だ。

ヘルマンはこの印を媒介にして、ネカネお姉ちゃんの身体を操っている。

 

 

「この娘の血では効果が薄くてね・・・だがキミが解いてくれたなら、この娘の身体を返そう」

「・・・のどかさんは?」

「彼女との契約は別だね。彼女は悪魔と契約を交わした・・・魂を一つ捧げるとね」

 

 

・・・悪魔との契約には、術者の魂が必要。

だから、召喚する人はほぼ自殺に近い形で悪魔を使役する。

のどかさんは、それをした・・・。

 

 

・・・そして。

この10日間、ずっと考えていることがあった。

 

 

「・・・ヘルマン。一つ教えて欲しいのだけど」

「何かな、ネギ君」

「・・・貴方を呼んだのは、誰?」

「のどか君だよ、わかっているだろう?」

「そうじゃなくて・・・」

 

 

最初・・・そう、一番最初。

始まりの、あの日。

12年前、ウェールズの村で。

 

 

命を捨ててまで・・・大量の悪魔を呼んだのは誰?

最近は、フェイト達が「鍵」で呼んだのかとも思ってたけれど・・・「鍵」は封印されていた。

それに。

 

 

「・・・メガロメセンブリア元老院だよ、知っているだろう?」

「・・・そうじゃなくて」

 

 

それも、もう聞いた。

けど、それは黒幕で・・・召喚した人じゃない。

 

 

「・・・誰ですか?」

「・・・」

「魂を・・・命を捨ててまで、爵位級悪魔を何体も召喚したのは誰? いったい誰が、僕やアリアをそこまでして殺したいと思ったのは誰?」

 

 

あの時、村には何百体もの悪魔が襲ってきていた。

ヘルマンクラスの悪魔だって、10体以上いたって聞いてる。

それこそ、高位の魔法使いが何十人もいないとできないような・・・。

 

 

そこまでして、僕とアリアを殺したいと思ったのは誰?

それはどこの誰で・・・どんな人だったんだろう?

 

 

「・・・封印を解いてくれたら、全てを話してあげよう」

 

 

にいぃ・・・と笑って、ヘルマンはそう言う。

封印を解けば真実を教えると、囁いてくる。

 

 

「さぁ、頑張ってくれ給え。私はキミの才能に期待している・・・何、のどか君のことは任せたまえ。丁重にお世話させて頂こう、大切な身体なのだからね」

「・・・」

 

 

・・・いずれにせよ、僕には何もできない。

待つしかない。

今はただ、待つしか・・・。

 

 

・・・待つって・・・。

誰を?




新登場キャラクター:
ショウ・ジュリアード・ドラ・ランベルク:
オットー・トゥペーロ:
共に黒鷹様の提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第20回広報:

アーシェ:
ハイハイ、アーシェですよー!
今回で20回目!
と言うわけで・・・。


シサイ・ウォリバー:
20代前半、牛族でミノタウルスなイメージ。
身長は2メートル超!
気は優しくて力持ち、そして八百屋さんです。
最大の敵は空腹。
何かする時「よいしょ」と言う。
オスティア難民とオストラの住民の間に生まれた子供。
今も両親とと八百屋さんを続けているとか。


アーシェ:
以上、今回の紹介でした!
何度か会ったことがあるけど、マジでミノタウルス。


アーシェ:
さーて、次回は・・・お祭りだー!


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アフターストーリー第23話「催事の10月・前編」

Side クルト

 

初日の合同慰霊祭、2日目・3日目の多国間首脳会談(サミット)。

全て、つつがなく終了致しました。

特に合同慰霊祭時の多国籍艦隊による鎮魂の礼砲発射は、好評を博しました。

 

 

そして本日のお祭り4日目には、オスティアを訪問している各国の首脳が入れ替わり立ち替わり二国間での会談を行います。

無論、私もウェスペルタティア王国宰相として各国首脳と二国間での会談に挑みますよ。

例えば今は、アリアドネー・メガロメセンブリアとの三国による大国首脳会談を・・・。

 

 

「・・・大国、ですかねぇ」

「いや、そこで俺を見るのやめろよ」

「おや、バレてしまいましたか」

「目の前でバレるもクソもねぇだろ・・・」

 

 

いや、だってアリアドネーはともかく、メガロメセンブリアは・・・ねぇ?

6年前の段階で各国からいろいろと毟られて、もう虫の息ですし。

宰相府に用意された会議室の中には、私、リカード、セラス総長の3人しかおりません。

その中で私は笑い、セラス総長は苦笑し、リカードは苦虫を噛み潰したような顔をしています。

 

 

「そう思うなら、北エリジウムの賠償要求をどうにかしてくれよ」

「内政不干渉が我が国の原則ですので」

「どの口で言ってんだか・・・」

「この口ですが、何か?」

 

 

メガロメセンブリアは6年前の戦時賠償こそ済ませた物の、旧連合の加盟国から賠償要求攻勢に晒されていて、最近はまたぞろ財政危機だとか。

条件次第では、財政支援してあげても良いですよ?

ただし、かつてメガロメセンブリアが我が国にどんな条件で資金援助をしていたかを思い出してもらう必要がありますがね。

 

 

・・・閑話休題。

会議室の窓を開ければ、わあぁ・・・と、ここまで祭りの歓声が聞こえて来ます。

オスティア祭事務局の統計によれば、4日目にして新オスティアへの入島者数が300万人を超えたとか。

1日に約80万人ほどのペースですか、まぁ、流石に1日で150万人を集めたアリア様の結婚式には及びませんが・・・のべ人数では、過去最大規模の物となりそうですね。

 

 

「いや、盛況そうで何よりですね」

「ええ、アリアドネーの学園祭とはまた別の趣がありますわ」

「うちは・・・いや、まぁ、すげーな」

 

 

アリアドネーは、現在は我が国に次ぐ大国としての地位を保っていますからね。

凋落したメガロメセンブリアや混迷を極める帝国とは違い、格が異なります。

有能な人材と技術力、ソフトパワー国家・アリアドネー。

 

 

「・・・アリア陛下は、今日はお姿を見ませんわね」

「何分、4日目ともなるとお疲れになってしまわれますので。今日は医師からも止められ、休養を余儀無くされています」

「まぁ、それは心配ですわね」

 

 

いやいや、ご心配無く・・・。

・・・さて、それでは。

 

 

「では・・・ヘラス帝国への対応について、話し合いましょうか」

 

 

ま、アリア様にはお休み頂くとして。

その他の些事は、全て私が処理しておきましょう。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「はわぁ・・・想像してたより人が一杯だね、すーちゃん」

「ふぉうふぁは、ふぁーふぁん」

「・・・買ってくるの、早いね」

 

 

ゲートポートから新オスティアに着いたばかりなのに、すーちゃんはもう何か食べてました。

何か・・・お饅頭的な物を。

確かに、船着場の時点でたくさんの屋台が並んでたけどね。

 

 

それにしても、1月に来てから9ヶ月、新オスティアの活気は変わらないね。

お祭りだけあって、凄くたくさんの人がいる。

初めてじゃないし、麻帆良の学園祭の喧騒を知ってるから人込みには慣れてるつもりだったけど。

新オスティアの市街地には、道の両側に所狭しと屋台が並んで、空にはバルーンと花火が・・・。

 

 

「ふええええええぇぇ・・・っ!」

「あ、はいはーい、ママですよ~?」

 

 

花火の音か、あるいはお祭りの混雑に驚いたのか、私が押していた双子用の乳母車から可愛い泣き声が聞こえた。

周りの人は特に気にしてないみたい、私達の他にも家族連れは一杯いますしね。

 

 

乳母車でバタバタと小さな手足を動かして泣いているのは、お姉ちゃんの観音(カノン)ちゃん。

たくさん泣く子で、夜泣きで最初に泣くのは決まってこの子なんです。

先月エヴァさんから貰った新しい身体(3個目?)で、観音(カノン)ちゃんを抱っこします。

4ヶ月目に入って、首がすわってきました。

つぶらな瞳に涙を溜めていて、とっても愛しいです・・・。

 

 

「もふぁえふぁ、ふぃっふぉふぉあふぁふぁいふぁ~?」

「・・・」

 

 

私が観音(カノン)ちゃんを宥めている間に、すーちゃんはしゃがみ込んでもう一人の顔を覗き込んでいました。

そっちは、弟の千(セン)ちゃんです。

お姉ちゃんが隣で泣いていたのに気付きもせず、スヤスヤとお休み中です。

 

 

あんまり泣かない代わりに良く寝る子で、起きててもどこかぽやんっ、としてて可愛いんです。

観音(カノン)ちゃんは私にしがみ付いて離れてくれなかったので、乳母車はすーちゃんに押してもらって、トコトコと人込みの中を歩きます。

それで、待ち合わせ場所の噴水広場まで来たんですけど・・・。

 

 

「ふぁふぃはわふぇ、ふぉふぉ?」

「えーと、噴水広場の所で誰かが待っててくれてるらしいんだけど・・・?」

 

 

観音(カノン)ちゃんを抱っこしたまま、私はキョロキョロと周りを見渡しました。

私達が今日ここに来たのは、お祭りを楽しむとかもありますけど・・・。

もう一つ、重大な目的があって来たんです。

 

 

新しい身体のおかげか、調子も良いですし。

・・・どうでも良いけど、すーちゃん、お饅頭を口に咥えたまま喋らない方が良いよ?

 

 

「・・・さよさん、スクナさん!」

「ケケケ、ミツケタゼ」

 

 

どうしようかと私が思っていた時、どこからか懐かしい声が聞こえました。

その声のする方に、顔を向けると・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

トントントン・・・人差し指でテーブルを叩きながら、私はさよ達を待っている。

先月に新しいホムンクルスの身体を旧世界連合経由で送ってやったが、問題は無いだろうか。

それを抜きにしても、9ヶ月ぶりの再会だからな。

 

 

「・・・少しは、落ち着いたらどうだい?」

「ああ?」

 

 

コイツ以外には出し得ないような声音で、私は声をかけてきた若造を睨む。

しかし相手の若造・・・若造(フェイト)は私の視線など気にもせずに、長い足を組んでコーヒーなぞ飲んでいる。

・・・それと何故か、「孫子」の本など読んで。

 

 

ここは祭り会場に設置された休憩コーナーで、白い丸テーブルが石畳の上にいくつも並べられている。

運河の見えるカフェテラスのような場所で、若い連中に人気がある。

祭りの喧騒からは少し離れていて、落ち着いて休むには便利だ。

現在、ここには私と若造(フェイト)の他に・・・。

 

 

「はぁっ・・・んむっ♪」

 

 

苺のクレープに齧り付いている17歳の妊婦がいる。

・・・まぁ、つまりアリアなんだが。

ちなみに田中とカムイはいない、目立ちすぎるからな。

 

 

「んふっ? ・・・むぐむぐ・・・何か?」

「いや、別に・・・って言うか・・・」

 

 

アリアのお気に入り、『至福の苺(サプリーム・ブリス・ストロベリー)』の屋台で買った苺のクレープを食べているアリアを見ていると、多少のことはどうでも良くなる・・・が。

じー・・・っと、アリアと若造(フェイト)を見る。

 

 

アリアは青いマタニティーワンピース、若造(フェイト)は白のシャツとスラックスを着ている。

そこまでは良い。

だが、何故に帽子で何故にサングラスなんだ・・・?

まさかとは思うが、それで変装したつもりなのか?

だとすれば、結構なバカだろ・・・。

 

 

「マスター、ただいま戻りました」

「っ・・・と、あ、ああ、茶々丸か」

 

 

すぐ傍から聞こえた茶々丸の声に、私は飛び上がりそうになった。

見てみれば、いつもの身体では無く、10歳程度のボディに換装した茶々丸が立っていた。

頭には、チャチャゼロが乗っている。

そして、その向こうには道を歩く大量の祭り客と・・・。

 

 

「お久しぶりです、エヴァさん、アリア先生・・・と、フェイトさん」

「久しぶりだぞ!」

 

 

そこには、さよとバカ鬼がいた。

どうやらさよの身体に不具合は無いらしく、ホッ、とした。

それから・・・それから、小さな命が2つ・・・そこにいた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

大きな帽子とサングラスを身に着けたおかげで、私がウェスペルタティア王国の女王だと言うことはバレていないようですね。

もちろん、フェイトが女王の夫君だともバレていません。

 

 

ふふ、お母様達が追っ手を撒いた際に使用したと言う変装術ですからね、年季が入っていますよ。

我がエンテオフュシア家に代々伝わりし、芸術的変装術・・・!

・・・その割には、何かチラチラ見られてる気もしますけど。

まぁ、妊娠するといろいろと気になると言いますしね。

あまり気にしないことにしましょう。

 

 

「お久しぶりです、さよさん、スクナさん」

「我もおるぞー」

「わっ・・・晴明さんもお久しぶりです」

 

 

スクナさんの押している乳母車の籠から、晴明さんが顔を・・・・・・ああ、今度は『蒼星石』にしたんですね。

何でも、さよさんの出産の際には大騒動だったと聞いていますが・・・。

 

 

「・・・その子達が?」

「はい、私達の・・・赤ちゃんです」

 

 

そう言って、さよさんは自分が抱っこしている小さな赤ちゃんを見せてくれました。

その時のさよさんの笑顔が、何と言うか・・・せ、先輩と呼ばせて頂いても・・・?

私とさよさんの間に、何故か格差を感じます。

 

 

さよさんとスクナさんは、共に淡い色合いの和服を着ておりました。

スクナさんは無地の、さよさんは夏の花々が描かれた涼しげなお着物です。

髪は、スクナさんがポニーテールで、さよさんは簪で軽く結い上げています。

そのせいか、2人の赤ちゃんも白い和風の服を着ていて・・・でも、端にフリルがついているこのデザインは。

 

 

「マスターが送った161着の衣服の一つですね」

「ドンダケオクッテンダヨ」

 

 

冷静に、今日は私よりも背が低い茶々丸さんが解説、そしてチャチャゼロさんが突っ込みます。

フェイトは我関せずでコーヒーを飲んでいて、エヴァさんは・・・。

 

 

「わ、私の作った服、使ってくれてるのか・・・」

「はい、たくさん頂きましたし・・・この子達も、気に入ってくれてるんですよ」

「そ、そうか・・・そうか。あ、あー・・・いくつになったんだったか」

「まだ0歳だぞ」

「わ、わかってるっ、バカ鬼は黙ってろ」

 

 

確か、こちらの時間で6月に生まれたので・・・生後4ヶ月目でしょうか。

ふわふわの白い髪に、淡い赤色のクリクリした瞳。

双子の赤ちゃんが、じ~・・・っと、エヴァさんを見ています。

 

 

「む、む・・・?」

 

 

それに気付いたのか、エヴァさんが少し動揺しています。

それを見たさよさんは、少し笑って・・・自分の抱っこしていた赤ちゃんを、エヴァさんに手渡そうとしました。

 

 

「エヴァさん、抱っこしてあげてくれますか?」

「え、あ、いや、私は・・・その・・・」

「首はすわってますから、大丈夫ですよ」

「い、いや、そう言うことじゃ無くて、な・・・何だ、その・・・」

 

 

エヴァさんは慌てたようにパタパタと両手を振って、遠慮します。

しどろもどろになりながらも、赤ちゃんとは見つめ合ったままです。

困ったように眉根を寄せて、どうした物かと言わんばかりの顔で、助けを求めるように周りを見渡して・・・。

 

 

「・・・無理はしない方が良いんじゃないかな」

「う、うるさい! 無理なんてしてないさ・・・私はな!」

 

 

フェイトの言葉に、反発するように叫びました。

すると・・・。

 

 

「ふえええええええぇぇえんっ!」

「おわっ!?」

「あ、あー・・・よしよし、ママですよ~?」

「わ、私か? 私のせいかっ」

 

 

エヴァさんの大きな声に驚いたのか、赤ちゃんが可愛い声で泣き出しました。

乳母車に乗っている子の方は、泣いている方を不思議そうに見上げています。

結局その後は、さよさんが泣き出した赤ちゃんを宥めるのに時間を使ってしまいました。

 

 

エヴァさんがオロオロしながらもあやそうとして失敗して、さらにオロオロして・・・。

さよさんが笑いながら、赤ちゃんをあやして泣き止ませます。

・・・さよさん、本当にお母さんなんだ・・・。

私達がその場から移動できたのは、それから30分後でした。

 

 

 

 

 

Side 山本 章一(女王親衛隊隊長・独身)

 

我々女王親衛隊は、もちろんのこと女王陛下に忠誠を捧げる集団である。

しかし同時に、女王陛下の臣民を守護するのも俺達の重要な仕事だ。

よって不埒な奴が侵入しかねない区画に優先的に人員を配置し、女王陛下と彼女の民を守るべく職務に従事しているわけだ。

 

 

「ハッピ姿でそんなカッコイイことを言っても、様になりませんよー」

「・・・」

 

 

横で親衛隊ハッピを着て日本式焼きそばを作っている親衛隊員の言葉は、軽くスルーだ。

新オスティアには大きな橋がいくつもあるが、その内の丸々一つが俺達の区画(ブース)なわけだ。

道行く無数の人々に対し、親衛隊ハッピを来た店員達(親衛隊員)が威勢の良い声をかけている。

ちなみに売上の半分は福祉施設に寄付、残りは親衛隊の運営資金にさせていただきます。

 

 

親衛隊ハッピは、青地にズバリ「親衛隊」と書いてあるハッピだ。

デザインは、まんま旧世界のハッピ。

背中の字は「女王陛下ラヴ」とどっちにするかで揉めたが、いろいろと分別をつけて前者にした。

 

 

「どうでも良いスけど、モノローグやってると副長の班に負けますよー?」

「・・・」

「おいちゃん、焼きぞば3つー」

「はーい、毎度どーもー!」

 

 

小さな子供からお金を受け取って、横の親衛隊員が焼きそばを渡す。

焼きそばを始め、ここの区画(ブース)の出店では親衛隊員が旧世界のお祭り料理を振舞っている。

フィッシュ・アンド・チップス、ケバブ、たこ焼き、ジャラード、ピザ、トムヤムクン、中華まん、ジンジャークッキー、ハンバーガー、スコーン、ホットドック・・・などなどだ。

 

 

これがなかなか、売れる。

俺がうむうむと頷いていると、手元の黒電話が鳴った。

正確には黒電話型通信機だ、俺はすかさず受話器を取った。

 

 

「どぉしたぁっ!」

『た、隊長っ、大変です!!』

「どぅぉしたぁっ!!」

『じ・・・女王陛下が、ご家族とご一緒にこの区画(ブース)に!』

「何だと!?」

 

 

そう言えば、今日は女王陛下はお忍びで祭りに参加されると、親衛隊の定期回覧板に載っていたな!

しかし、まさかここに来るとは・・・だが、俺達は親衛隊。

常に女王陛下の御ために、動く!

 

 

「女王陛下専用、特別シフトだ――――!!」

『『『了解(イエス)、隊長(マイロード)!!』』』

 

 

俺の命令が電撃的に各屋台に伝達され、あらかじめ用意されていた屋台の出し物が次々と追加される。

苺飴、苺のかき氷、苺のクレープ、手掴み苺ケーキ・・・そして、苺の掴み取り!

 

 

『いらっしゃいませー!!』

『今なら、スコーンに苺ジャムがつきますよー!』

『お値段締めて・・・1アスになります!!』

 

 

ふふ・・・良いぞ、とにかく苺を全面に押し出すんだ。

女王陛下ならば、あるだけ買ってくれるはず・・・!

 

 

『大変です隊長!』

「どぉぉしたぁぁっ!!」

『女王陛下が、苺に見向きもせずにリターン!』

「なん・・・だと・・・!」

『どうも女王陛下のお連れ様の赤ん坊がオムツがどうとか・・・隊長? 隊長ー?』

 

 

・・・至極単純な理由で、女王陛下はユーターンされたらしい。

ファーストラウンド、敗北・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

毎年のことやけど、ほんまに賑おうとるなぁ。

オスティアのお祭りは、祇園祭とは勝手が違うて最初は戸惑うとったけど。

流石にもう、慣れたわ。

 

 

「しゃあーっ、行ったれやトサカはーんっ!!」

「うふふ、タレが垂れますえ・・・おおぅ、京都人にあるまじき失態どすー」

 

 

うちの横には、月詠と小太郎が並んで座っとる。

小太郎は両手に鰻の蒲焼きみたいな肉を持って、交互にかぶりついとる。

その際にタレがボタボタ落ちるから、月詠がその都度、拭ってやっとる。

・・・いや、別にそこで人種がどうとかで落ち込まんでもええけど。

 

 

ちなみに、小太郎の肉は鰻やのうてドラゴンの肉や。

・・・いや、ドラゴン、竜、龍やで?

『龍の眉毛』っちゅードラゴンの蒲焼きの出店で買ったんよ、一枚5アス。

 

 

『おぉっと、トサカ選手がガードを下げて左右に身体を振り始めた! こ、これは―――!』

 

 

あと、うちらはオスティアの拳闘大会を観戦中や。

毎年年末にやる世界杯(ワールドカップ)やのうて、2年に1度、「イヴィオン」加盟国の選手を集めて行う「イヴィオン競技会(ゲームズ)」の拳闘大会やな。

小太郎と月詠が見たがった言うのと、トサカはんらのチームには知り合いも多いからな。

一応、休暇がてら応援に来たんよ。

 

 

「毎年のことやけど、凄い人やねぇ」

「うむ、そうだな」

 

 

小太郎らとは反対側に座っとるカゲタロウはんは、いつも通り仮面の御仁や。

うちの隣で、腕を組んでジッとしとるだけや。

・・・それだけ、や。

何となく気恥ずかしい気分で、左手の指を撫でる。

 

 

い、いや、うちもほら・・・結構な年やから。

特別、何がどうってわけやあらへんよ。

ほんまに。

 

 

「失礼、この座席は空いているだろうか」

「え・・・ああ、はい、空いとりま・・・」

 

 

その時、不意に声をかけられた。

そこにおった相手を見て、うちは言葉を途切れさせる。

せやかて、ええー・・・。

 

 

「あ、あんたらは・・・!」

 

 

一人は、黒いローブに仮面。

若干、うちの亭主(ヒト)とかぶってる。

そしてその仮面ローブに寄り添うように、どっかで見たことのある顔と短い白い髪の女の子が立っとる。

・・・と言うか、デュナミスはんとセクストゥムはんやろが!

何で、おんねや!?

 

 

・・・うん?

な、何や、うちの亭主(ヒト)が急に立ち上がって・・・。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

顔・・・やなくて、仮面と仮面を突き合わせて睨み合いを開始した。

小太郎と月詠も、肉を咥えたまま固唾を飲んで見守っとる。

ゴクリ・・・と、うちも唾を飲み込む。

 

 

ピリピリとした空気が、周囲を包み込む。

あえて言うなら、ここが戦場かのような。

そのまま、緊張感のある沈黙が続いて・・・。

・・・そして。

 

 

「どうぞ」

「どうも」

 

 

・・・って、普通に座席を勧めた!

そして、普通に談笑を始める。

 

 

「いや、本当に凄い人込みですな」

「まったくですな。エリジウムの村人へのお土産を買うのに手間取る手間取る」

「ははは・・・それはそれとして、良い仮面ですな」

「いやいや、そちらこそ粋な仮面で・・・」

 

 

仮面談義を始めた!

アレか・・・共通の趣味で友情でも芽生えたんか。

仮面でか・・・うちの亭主(ヒト)のが万倍カッコええけど。

・・・うん?

 

 

気が付いたら、デュナミスはんの向こう側の座席からセクストゥムはんがうちを見とった。

下唇のあたりで右手の人差し指を左右に振って・・・かすかに、妖しく笑った。

・・・いや、黙っといてなとか言われてもな。

と言うか、あんま一緒におる所を誰かに見られたく無いんやけどなー・・・。

うちの立場的に。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

この1週間くらい、もう本気で頼み込んだ結果、一日だけ仮退院できたわ。

と言うか、普通に外出許可だけど。

毒の症状がぶり返した時のためのお薬も貰って、お祭りで賑わう街並みを歩く。

 

 

「おまたせー!」

「おせーぞ、爆裂娘」

「ごねんね、シオン。待った?」

「いいえ、私達も今来た所なの」

「無視(シカト)かよ!」

「いやぁね、冗談よ冗談、ロ・・・バカート」

「言い直した意味がわからねぇ!」

 

 

なんてバカな会話をしながら、私は待ち合わせ場所のカフェのテーブルに座る。

私が適当にコーヒーを頼んでいる間に、シオンは手元の端末を閉じて、バカートは変わらずダラダラとテーブルに突っ伏してる。

 

 

いくつになっても、幼馴染を前にすると子供の頃に戻っちゃう。

そう言うことって、あるわよね。

ちょっと恥ずかしいけど、でも嫌じゃないわ。

 

 

「ミスタ・アルトゥーナは仕事を抜けられないそうよ」

「あー、執政官だもんね」

 

 

今日はメルディアナの友達で集まろうって話になってるんだけど、ミッチェルは無理よねー。

メガロメセンブリアの執政官様だもんね。

アリアは、何かお忍びで来るとか言ってたけど・・・大丈夫かしら?

まぁ、合流するのは夜だけどさ。

 

 

「ああ、それとな・・・コレ、校長からだ」

「ドネットさん?」

「おう」

 

 

バカートが、白い封筒を私に渡してくる。

シオンはコーヒーを飲んで目を閉じててくれてるから、その間に受け取る。

表には何も書いて無いけど、裏面にはドネットさんのサインと校章がある。

・・・ふぅん、バカート経由なんだ。

 

 

まぁ、幼馴染と会うついでって感じなのかしら。

エミリーのこともあるけど、私がずっとこっちにいるのは不思議だったし。

何が書いてあるのかしら・・・。

 

 

「・・・お客様、当店はペットの入店は、その・・・」

「え、ええ・・・?(く、クルックー・・・)」

 

 

その時、カフェの入口で誰かが店員と揉めてるのに気付いたわ。

どうも、ペットの入店・・・具体的には、背中に子竜を張り付かせての入店を拒否されてるみたい。

と言うか、ドロシーとヘレンじゃない!

物凄く困った顔で、オロオロしてるのがわかるわ。

 

 

「行くわよ、ロバート」

「合点承知だ、シオン」

 

 

そしたら、シオンとロバートがすっ飛んで行ったわ。

3秒後には、ヘレンを抱き締めて店員に弁護・・・いや、拒否られてるのはドロシーだからね?

私は溜息を吐いて、ドネットさんからの手紙をハンドバッグにしまうと、席を立った。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

ギシッ・・・僕とアリアが乗っている物がかすかに軋み、アリアが小さく息を飲む。

僕の腕を掴んでいる手に力を込めて、大きく息を吐いた。

僕は自由な方の手を伸ばすと、アリアの前髪に触れる。

 

 

「・・・大丈夫?」

「はい、もちろん・・・ただ、久しぶりで驚いただけです」

「そう、無理はしないでね」

「大丈夫です・・・ですから、続けましょう?」

 

 

かすかに微笑む彼女の額に軽く口付けて、僕は頷く。

だけど彼女は身重、腹部や腰に響くようなことは控えないといけない。

だから、短めに済ませるとしよう・・・。

 

 

「・・・キミ、そろそろ引き返してくれるかな」

「はい、了解であります!」

 

 

周囲の風の音に負けない声で、竜騎兵が返事をする。

それに合わせて、ゴンドラを乗せた大型の輸送用騎竜が大きく旋回し、ぐるりと回る。

魔導技術で風と熱から保護されたゴンドラの外側には、新オスティアの島が見える。

 

 

陸軍の竜騎兵による、ゴンドラ遊覧。

僕とアリアが乗っているような騎竜に乗り、新オスティア島を周回する乗り物だ。

陸軍の催し物なだけに、アリアや僕の正体がバレる可能性もあったけれど。

事実、この騎竜の乗り手でありゴンドラ遊覧竜騎兵隊の隊長も兼ねる赤い短髪と無精髭の兵士、ショーン・ヴァーユ中尉などは・・・。

 

 

「・・・何」

「別に、ただ・・・もうちょっと乗っていたかったなと思っただけです」

 

 

ふと視線を下げると、アリアが僕のことを見ていた。

どこか、少しだけ不機嫌さを感じたけれど・・・。

 

 

「8ヶ月前も、一緒に竜に乗りましたよね」

「・・・ああ、そうだね」

「忘れてました?」

「いや、忘れたことは無いよ」

 

 

まだ1年も経っていないのに、忘れるも何も無い。

今年の始めの新婚旅行で、形は違うけどアリアと僕は騎竜に乗っている。

あの時は、アリアも多少の無理ができる身体だったけれど・・・。

 

 

「今日は、ここまでにしよう」

「わかってます。ただ少し・・・浸ってただけですよ」

「・・・そう」

 

 

本当は、こう言う乗り物には乗らない方が良いのだけど。

実際、赤ん坊を連れているサヨ・アイサカやリョウメンスクナは飛行鯨の遊覧船に乗っている。

僕としては、アリアもそっちへ行った方が良いと思ったんだけど。

 

 

・・・そう、そう言うことだったんだね。

それは確かに、アリアに・・・僕らにとって、大事な思い出だものね。

僕はアリアの身体を抱き寄せると、自由な方の手でアリアの腹部に触れる。

腹部を撫でるように手を動かすと、アリアは柔らかく微笑んだ。

 

 

「また来年・・・お忍びで来よう」

「またお忍びですか? ・・・楽しそうですね」

「そう」

 

 

アリアが「アリア」として行動できる時間は、とても限られている。

だからこそ、お忍びで街に出ることに淡い楽しみを見出しているのかもしれなかった。

 

 

「よし行けトリュク! あそこのゴンドラにぶつけるんだ!」

「い、いやいやいや、無理ですってマ・・・じゃなく、お客さん!」

「マスター、あまり揺らさないでください。手ブレ補正にも限度があります」

「ケケケ、バレバレダゼ」

 

 

・・・後ろで、黒い長髪を頭の後ろで結んだ若い兵士をけしかけている声は、この際どうでも良い。

アリアが身体を冷やす前に―――ゴンドラの中は一定温度に保たれているとはいえ―――降りよう。

今の所、僕はアリアのことを第一に考えなければならないからね・・・。

 

         

 

 

 

Side 霧島 知紅(女王親衛隊副長)

 

我々女王親衛隊は、もちろんのこと女王陛下に忠誠を捧げる集団です。

しかし同時に、女王陛下の臣民を守護するのも俺達の重要な仕事です。

よって不埒な奴が侵入しかねない区画に優先的に人員を配置し、女王陛下と彼女の民を守るべく職務に従事しているわけです。

 

 

新オスティアの運河の途上にある橋の上において、私達は女王親衛隊の広報活動を行っています。

装備品の展示や活動内容を紹介したパンフレット配布やプロモーションビデオの上映、そして女王陛下関連の書籍や映画・アニメDVDなどを無償配布しております。

私達の活動にご理解頂くのと同時に、女王陛下の素晴らしさを再確認して頂く。

我々の活動は、とみに重要なのです。

 

 

「見よ! 唸る刃の刻む芸術の嵐を!!」

 

 

ギュララララッ・・・と音を立てて丸太を激しく削り、女王陛下を模した像を作るチェーンソーアートが、どうやら一番人気のようです。

 

 

おおおぉぉ・・・と、作業台を取り巻く祭り客の皆様から、感嘆の声が漏れます。

 

 

チェーンソーアート・・・チェーンソーによる芸術。

行っているのは当然、我が女王親衛隊の柳山鉄心率いる「テキサス・チェーンソー」。

女王陛下の像だけで無く、動物や祭り客自身の姿を象ることもできます。

女王陛下の像は制作が法によって規制されているので、扱いが難しいですが。

 

 

「おひねりはご遠慮ください!」

 

 

一応、チェーンソーアートの作品は販売しています。

視線を巡らせれば、戦車に乗せてもらっている子供や武術を披露している亜人隊員などが見えます。

女王陛下の臣民に対し、我らは常にオープンで無ければなりません。

その点は、女王陛下のお望みでもあります・・・。

 

 

『ふ、副長! 大変です!』

「どうしましたか」

 

 

通信機である白電話が鳴り、私はそれを手に取ります。

受話器の向こうからは、慌てたような隊員の声が。

 

 

『じ、女王陛下が、お忍びでこちらへー!』

「そうですか、わかりました」

 

 

淡々と告げて、私は通信を切ります。

まったく、女王陛下が来られるのは別に想定外のことではありません。

我ら親衛隊、常に女王陛下が傍におられるものとして活動するが常識。

 

 

章一からの連絡もありました、何を慌てることがありますか。

しかし、女王陛下が来られるならそれ相応の対応を。

私は、この区画(ブース)の全員に命じます。

女王陛下を、全力で無視し給うようにと。

 

 

「女王陛下はお忍びでのお時間を楽しまれています、邪魔をすることは許しません」

 

 

聞けば、女王陛下は変装をなされているとか。

何でも、普通にバレバレなお可愛いらしい変装だそうで。

まぁ、変装などで女王陛下から発せられるオーラを抑えられるはずもありませんが。

 

 

とにかく、変装は些事から解放されたいとの願いからでしょう。

であれば、我々が騒ぎ立てて女王陛下のお時間を奪うわけには参りません。

他の兵や市民が陛下にお声をかけないのも、同じ理由からでは無いでしょうか。

この国の民で、女王陛下の普段の多忙さを知らぬ者はおりません。

だからせめて、お休みの時間を邪魔をしてはならないと・・・。

 

 

「畏れ敬うのでも、崇め奉るのでも無く」

 

 

ただ、皆が女王陛下の休息を邪魔したくないと思える国。

女王陛下が、臣民に配慮してくださる限り。

我ら臣民は、彼女を頭上に戴く。

神でも悪魔でも無い、人間の王として。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

少し不安でしたが、軍や親衛隊の方々の出し物も盛況のようですね・・・。

別に媚を売る必要はありませんが、市民の方々に親しみを持って頂くのは重要です。

結果として、認可して良かったですね・・・って、いたたたたっ。

 

 

「あーうー」

「あ、あたたっ、あたたたって・・・」

「あ、ご、ごめんなさいアリア先生っ」

「い、いえいえ・・・いたたっ」

 

 

えーっと、さよさんが抱っこしてる赤ちゃん・・・カノンちゃんに、髪を引っ張られてしまいました。

それほど痛いわけではありませんが、ぐいぐい引っ張るので・・・。

まさかお仕事のことを考えていたから、と言うわけでも無いでしょうけれど。

 

 

「ごめんなさい、観音(カノン)ちゃんってば最近いろんな物を掴むので・・・観音(カノン)ちゃん、ダメですよー?」

「いえいえ、本当に大丈夫ですよ」

「う、うー?」

 

 

ふーむ、赤ちゃんは好奇心の塊みたいなものと聞きますが、カノンちゃんはそう言うのが強いのでしょうか。

でも弟のセンちゃんの方は、乳母車で大人しくしておりますし・・・赤ちゃんによって、個性があるのでしょうか。

 

 

・・・私の赤ちゃんは、どんな子でしょうか。

フェイトみたいに物静かだったり、あるいは逆に元気いっぱいな子だったりするのでしょうか。

つわりが治まってからは、そう言うことを良く考えるようになりました。

 

 

「ふぁあ、いふぁはあはんふぁふぇへほふぃふぁはふぁいお」

「・・・食べるか喋るかどっちかにしろ、バカ鬼が」

「マスター、私は今日は記録に専念しますので大人しくしていてくださいね」

「ああ、わかっ・・・オイ」

 

 

・・・茶々丸さんが、今日はさよさんの赤ちゃん2人にべったりです。

何か、将来の様子を垣間見たような気がします。

 

 

「わっ、カーニバルですよー?」

「雑技団のようだね」

 

 

さよさんの声に、フェイトが応じます。

その視線の先には、新オスティアの広場の一つで行われているカーニバルが。

ちょうど進行方向なので、少し寄ってみることにします。

なかなか人気なようで、多くの人が足を止めて20人ほどの雑技団の演技を見ています。

チャチャゼロさんとかは、ナイフのジャグリングに興味を示したようですが。

 

 

その時、私の目の前にフワリと誰かが舞い降りました。

銀の髪、赤い瞳、褐色の肌にピエロのメイクと衣装。

15歳くらいのその女の子は私を見つめると、ニコリと微笑みを・・・って。

 

 

「・・・ザジさん?」

「はい、アリア先生。お久しぶりです」

「ザジさんじゃないですか! え、何で・・・?」

「姉もおりますよ」

 

 

ザジさんがそう言った途端、ザジさんの隣にシュタッと誰かが降り立ちました。

それは、ザジさんそっくりなピエロ少女で。

 

 

「妹、サボるなポ「ポヨさん!」・・・げ」

 

 

そんな嫌そうな顔をなさらなくとも・・・。

すると、フェイトとエヴァさんが私の前に出て来ました。

え、えーっと、もしかしなくとも臨戦態勢ですか・・・?

 

 

「ご安心ください、我々は現在、誰とも契約を結んでおりません」

「ほぅ? 契約無しで悪魔がこっちにいるのか・・・信じられんな」

「まぁ、本来なら私達だって来たいわけじゃ無いポヨが」

「なら、どうしてここにいるんだい?」

「あ、あのー、もしもし・・・?」

 

 

私の前で、この世界で最強の組み合わせのタッグマッチが実現しようとしています。

でもここ、お祭り会場ですから。

私がそうやってアワアワしていると、茶々丸さんまでもが出て来ました。

そして、ポヨさんに向かってぺこりとお辞儀を。

 

 

「その節は、大変お世話になりました」

「・・・どの節ポヨか?」

「貴女が田中さんの頭を持ち帰ってくれたおかげで、弟は一命を取り留めました。感謝致します」

 

 

その茶々丸さんの言葉に、ポヨさんはあから様に嫌そうな顔をしました。

でも、確かにポヨさんが田中さんの記憶媒体を拾ってくれなければ・・・。

・・・エヴァさんも、舌打ちしながらポヨさんから離れます。

 

 

「お礼なんていらないポヨ、私達はちょっと人探し・・・悪魔探しをしているだけポヨから」

「悪魔探し?」

「お前達には関係無いポヨ、妹も早く仕事に戻るポヨ」

 

 

ポヨさんはそう言うと、こちらの返事も待たずにカーニバルの方へ戻って行きました。

・・・悪魔探し、ですか。

 

 

「・・・すみません、姉はああ言う人・・・悪魔なので」

「あ、いえ・・・」

「旧交を温めたい所ですが、仕事中なので・・・占いなどいかがですか?」

「占いですかー?」

「はい」

 

 

にっこりと営業スマイルを浮かべて、ザジさんはさよさんの言葉に答えます。

そしてザジさんが指差した先には、多くの人で賑わう黒い天幕のような施設があります。

・・・占いコーナーですか。

 

 

「今なら、私の知人と言うことで優先的に入れます」

「あ、じゃあ・・・私は行ってみますね。この子達のこと、占って貰っちゃいます」

「なら、僕(スクナ)も行くぞ」

「僕は遠慮しておくよ」

「私もだ、占いなどくだらん」

「では、私と姉さんは行ってまいります・・・命名占いに」

「コトシハナンボンナイフカエルカナー」

「後学のために、我もついて行こうかの」

 

 

エヴァさんとフェイト以外は、占いに行くようですが・・・。

 

 

「私は遠慮しておきますね、少し疲れましたし・・・」

「では、あちらにベンチがありますから、そちらで・・・」

 

 

ザジさんの示した方向には、確かにベンチがあります。

この身体で並ぶのはなかなかに疲れますので、休ませてもらうことにします。

ザジさんは礼をしながらベンチを示し・・・そのまま、人込みの中に消えてしまいました。

・・・次に会えるのは、いつでしょうか。

 

 

そんなことを考えながら、フェイトとエヴァさんに支えられながらベンチへ。

すると・・・。

 

 

「・・・あれ?」

 

 

さっきまで誰もいなかったはずのベンチに、お婆さんが座っています。

あ、あれ、ずっと見てたのに・・・。

 

 

「・・・うっひゃっひゃひゃひゃ・・・」

 

 

怪しい笑い声を上げるお婆さんは、70歳代くらいに見えます。

亜人のようですが、黒いローブを纏っているので顔が良く見えます。

お祭りには馴染まない、陰気な人ですが・・・雑技団の方でしょうか?

 

 

「あの、もし・・・?」

「・・・は?」

 

 

呼びかけてみると、隣のエヴァさんが訝しげな表情を浮かべました。

そして、肝心のお婆さんはと言うと。

 

 

「ん~・・・んん、うひゃひゃひゃ・・・んん~・・・なるほどのぅ、んん、わかっておるわかっておる・・・聞きたいことはわかっとるでの・・・このヴァレタ婆に任せるが良いて・・・うひゃひゃひゃっ・・・」

 

 

どうしましょう、会話が成立しそうにありません。

と言うか、普通に危ない人です。

私は即座に別のベンチを探すことにしました。

 

 

「お、おい・・・?」

「・・・アリア?」

 

 

いやいや、何故に引き止めようとするんですかフェイト、エヴァさん。

ここは撤退の一手でしょうに・・・。

 

 

 

『インカの老貴族は、年甲斐も無く動く。

 その口は甘く、ストロファンツスの実の汁の如し。

 インカの老貴族の謀は、愚かな乙女達を操り、賢しらな愚者は乙女達に引き摺られる。

 やがて、インカの老貴族は天国に劫火を起こすであろう・・・』

 

『一天に二匹の獅子は居られず。

 銀の雌獅子と金銀の雄獅子は天国にて対決する。

 宵の明星の民と天国の民を巻き込み、天国は荒廃するであろう。

 そして、新世界への道が開けるであろう・・・』

 

 

 

・・・?

やけに朗々とした声に、もう一度お婆さんを・・・。

 

 

「・・・あれ?」

「あれ? じゃなくてだな・・・挙動不審してどうした」

「・・・疲れた?」

「いえ、疲れたって言うか・・・あれ?」

 

 

お婆さん、いなくなってました。

私の前には空いたベンチと、お祭り客の賑わいだけが残っています。

・・・え?

 

 

今のはいったい、何だったんでしょうか。

・・・ザジさんの演出、とか?

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

シャンッ、と軽やかな音楽に合わせて、2人の女性が舞台の上で踊っております。

まるでアラビアンナイトに出て来そうな中東系の生地の薄いヒラヒラした衣装を纏った2人の女性は、パンフレットによれば姉妹だとか。

2人が左手の曲刀(シミター)を打ち合わせると、両手足に付いた鈴が不思議な音色を奏でます。

 

 

手と足の先まで薄い布で覆った方が、長女のタトラ・チゼータさん。

褐色の肌に背中に広がる深紅の髪、にこやかな笑みを浮かべたエキゾチックな美女です。

一緒に踊っているのが次女のタータ・チゼータさんで、こちらは手も足も露出した踊り子。

健康的な色香を漂わせる美女で、見る者を圧倒するような躍動的な踊りに魅力を感じます。

 

 

「これより語るのは遠い遠いお国の物語・・・」

 

 

語り部と音楽を担当しているのは、三女のターニャ・チゼータさん。

露出も少なく、他の2人とはどこか雰囲気が違います。

首の後ろで2つに分けて垂らした髪で、両手でウードと言う撥弦楽器を操っています。

 

 

『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』・・・アラビアンナイト、千夜一夜物語。

旧世界にも存在しますが、魔法世界にも同じような物語があります。

まぁ、マスターと言うなまはげも存在しますし、どこにでもあるお伽話の一つですね。

この3人の踊り子は魔法世界でも有名な3姉妹で、帝国では王侯貴族に3人まとめて求婚されたこともあるとか。

 

 

「そのお国には、それはそれは恐ろしい王様が君臨しておりました・・・」

 

 

三女の音楽と語りに合わせて、姉の2人が踊りでそれを表現する。

躍動的でエキゾチックな踊りと、魔力の乗った不思議な鈴の音。

新オスティアの自然公園に設置された円形の大ステージの催し物の一つですが、座席に座っている何百人かの観客だけで無く、立ち見をしている方々もおります。

 

 

ちなみに私達は、最前列の座席に座っております。

夕方5時から始まるこの催し物は、様々なエンターテイナーの方々が次々と登場する目玉イベント。

これはきっと、良い思い出になることでしょう。

 

 

「わっ・・・わー、観音(カノン)ちゃん、千(セン)ちゃん、良かったね~」

「花なんか食えな・・・いや、コレ食べられる花だぞ!」

「うー?」

「・・・ぁむ・・・」

 

 

私の隣では、舞台からカノンさんとセンさんに投げ渡されたお花について盛り上がっております。

双子ちゃんも喜んでいる様子・・・でもセンさん、そのままお花を食べてはいけません。

記録中、記録中・・・。

 

 

そしてさらにその向こうでは、アリアさんが双子ちゃんをとても優しい目で見ております。

少し無理をしてお2人に来て頂いて、正解だったようです。

そしてそれは、おそらくフェイトさんも同様でしょう。

アリアさんのお腹の命に対する想いを、さらに強めてくれることでしょう。

こちらも記録中、記録中・・・今日は本当に忙しいです。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「お待たせ~、ゴメン! 道が凄く込んでてさ・・・!」

「あ、ああ・・・別に大丈夫だろ、まだ1個目だしな」

 

 

剣舞が終了した6時頃になって、アーニャとか言うアリアの友人達が席にやってきた。

このイベント、入場券・座席券を持って時間までに来ないと途中入場ができないからな。

例外は、催し物の間の休憩時間だけだ。

 

 

「わっ、ひっさしぶり~・・・って、何そのサングラスと帽子」

「久しぶりね・・・もしかして、変装のつもりなのかしら?」

「さ、流石ですお姉さま・・・っ(クルックー☆)」

「え、えーっと、誰だかわかりませんでしたよ先輩!」

「はは、俺の妹は空気が読めて可愛いだろ?」

「一部を除いてバカにされてる気分です!?」

 

 

友人達からいろいろ言われて、アリアがショックを受けていた。

まぁ、私から見てもあの変装はどうかと思うが。

本人が良いなら良いがな。

そのまま、アリアは学生時代の友人達に囲まれてきゃいのきゃいのし始める。

親しい友人に囲まれることは、普段ではほぼあり得ないからな。

 

 

「まったく、いつまでたってもガキだな」

「記録する側としては、今日はとても素晴らしい日です」

「そ、そうか」

 

 

まぁ、茶々丸も楽しそうだし、良いか。

たまには、こう言う日があっても良いだろう。

ピエロ姉妹(ザジたち)と出会った後、少し挙動不審だったが・・・特に心配する必要は無いらしいな。

体調も悪くは無さそうだ、まぁ仕事漬けの毎日よりは健康的だろう。

たまには運動せんと良く無いとも聞くしな・・・。

 

 

・・・子供、か。

続く、続いて行ける命の、何と素晴らしいことだろう。

さよもアリアもその輪の中で幸福になれば良いと、心から願う。

それは、私にはできないことだから。

 

 

「マスター」

「ゴシュジン」

「・・・あ? ああ、すまん、何だ・・・って」

 

 

横を向くと、茶々丸が赤ん坊を抱いていた。

確か・・・カノンとか言ったか、さよとバカ鬼の子供。

不思議な力を感じる・・・おそらく、将来は大物になるだろうな。

・・・って、そうでは無くて。

 

 

「な、何だ?」

「さよさんが、是非に抱いて欲しいと」

「う・・・」

 

 

茶々丸の言葉に、本気で弱る。

茶々丸の向こうには、どこかハラハラしたような顔をするさよが見える。

参ったな・・・いや、抱きたくないわけじゃ無いんだが。

 

 

むしろ、抱いてやりたい。

この淡い赤色の瞳で、じっと私を見上げている赤ん坊を。

この腕で、抱いてやりたい。

だが、私は・・・その、困ったな・・・。

 

 

「・・・ゴシュジン」

「・・・いや、良い」

「マスター・・・」

「・・・そんな顔をするな、さよが気にする」

 

 

チャチャゼロは知っているだろうし、茶々丸も気付いているのかもしれない。

だからあえて、何も言わない。

言う必要が無いし、言ってしまうのは私の誇りが許さない。

だから・・・。

 

 

 

だから、茶々丸からそっとカノンを受け取った。

 

 

 

赤ん坊など、初めて抱いた。

抱き方はこれで大丈夫だろうか、頭を支えるように、慎重に抱き上げる。

想像していたよりも、ずっしりとしていて・・・温かかった。

ぽかぽかで、柔らかくて・・・・・・涙が、出そうだった。

淡い赤色の瞳が、不思議そうに私を見つめている。

 

 

無垢で、穢れの無い、純粋で美しい瞳だった。

それが不意に細まって、にぱっ、と笑った時・・・本気で、泣きそうになった。

・・・これが、赤ん坊か。

・・・・・・重い、な。

 

 

「・・・何や、アンタらもここやったんか」

 

 

その時、アーニャ達が来たのとは反対方向から、千草達がやってきた。

犬っころが何か肉を食ってるが、それは別にバカ鬼の同類と言うだけだろ。

問題は、千草の後ろにいる・・・カゲタロウの横にいる奴だ。

そいつはカゲタロウと同じように白い仮面をつけていて、しかも若造(フェイト)そっくりな女を連れている・・・って、オイ。

 

 

「何で、貴様らがいるんだ―――――っ!!」

「ふぇ・・・ふえええええええぇぇぇぇぇっ!」

「う、うおおぉぉ・・・っ!?」

「むぅ、赤子を泣かすのは良く無いな、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「やかましい!」

 

 

私がまた叫ぶと、私の手の中でカノンが一際大きな声で泣いた。

ま、不味いぞ、泣き止まん・・・。

ど、どどど、どうすれば、どうすれば泣き止むのだ・・・!?

 

 

え、えーと、えーと・・・。

・・・え、『疑似(エンシス・)断罪の剣(エクセクエンス)』!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

最後に登場したのは、移動式サーカス団「奇跡の箱(パンドラ)」。

昼間にザジさん達がいたのとはまた別で、人間離れした身体能力を持つ方々が様々なパフォーマンスを行います。

 

 

魔法世界中の子供に大人気とかで・・・認識できているのかはわかりませんが、カノンさんやセンさんもじーっとサーカスを見ています。

赤ちゃんって、こう言う時にどんなことを考えるんでしょうか。

何というか、不思議な目で見つめますよね。

 

 

「「「皆さん、こんばんは~~」」」

 

 

最初に登場したのは、やけに身体の密着度が高い三つ子のピエロ。

気のせいか、ザジさん達のおかげで耐性がついてます。

そのため、他の観客に比べて冷静に観察できますよ・・・!

 

 

次々と登場するサーカス団員、誰も彼も旧世界ではあり得ないような方々です。

野性的な色香の漂う獣の言語を理解する魔獣使い、やけに動きがシンクロしている双子のダンサー、綺麗な歌声の義手の歌い手と隻眼の奏で手、義足の空中ブランコと盲目の空中綱渡りと言う危険極まりない組み合わせ、そして蛇の肌を持つ男性と黒い執事・・・執事? あ、あとオペ○座の怪人みたいな人もいました。

 

 

「何でもアリだな・・・」

 

 

ポップコーンをポリポリと食べながら、エヴァさんが呟くのが聞こえます。

そして私も同感です、いくら魔法世界とは言え、ここまで人間離れしたエンターテイメントは初めて見ますよ。

 

 

この一大エンターテイメントは、2時間に渡り続き―――その間、カノンさんが2回泣きました。センさんは本当に泣きませんね、逆に心配になります―――最後に、団長のリリス・ミカエル・サンジェルマンさんが閉幕の挨拶をします。

仮面を着けた長身の女性で、肩甲骨辺りまでの緩いウェーブのかかった金の髪がスポットライトを浴びてキラキラと輝いています・・・このパンフレットの「夜の女王」って何でしょう。

 

 

「皆様、今宵はどうやらこれでお別れのようです・・・ああ、嘆かないで、皆様が望む場所に行くが我がサーカス、またどこかでお会いすることもあるでしょう」

 

 

貴族の着るようなヒラヒラのついた服を着て、芝居がかった仕草で口上を述べます。

耳についた宝石のピアスが輝くと同時に、円形劇場の中心にスポットライト。

真っ暗な空間の中で、そこにだけ光があります。

 

 

そしてそこにいたのは、穏やかな表情を浮かべて楽器を手にする一人の男性。

藍がかった漆黒の髪を一つに括り、冷たい月のような銀の瞳。

白い肌を覆うように、ゆったりとした丈の長い衣装を腰帯で留め、白のズボンと皮の短靴を履いています。

 

 

「それでは、最後は流浪の吟遊詩人ザラキエル・ルーナ・コラール による演奏で・・・お別れ。『2つの白の恋歌』」

 

 

団長さんの言葉が終わると、繊細で甘い旋律が会場を覆います。

静かに、しかし力強く、時に激しく時に切なく、歌の場面ごとに調子を変えて、流浪の吟遊詩人の奏でる音が場を支配していきます。

それは聞き手の言葉を奪うに十分で・・・私は自然、隣のフェイトの肩に頭を乗せて、お腹を撫でます。

 

 

フェイトは何も言いませんでしたが、特に拒みもしませんでした。

そして拒まないことが了承の証であることを、私は知っています・・・。

 

 

「・・・」

 

 

耳元でフェイトが何かを囁いて、私は微笑みます。

・・・そう言えば、ここまで完璧に休むのはいつ以来でしょうか。

思えばずっと、駆け足でしたからね・・・。

 

 

横を見れば、エヴァさんはポップコーンを食べるのをやめていますし、茶々丸さん達も穏やかに音楽を聴いています。

さよさん達は、眠ってしまった赤ちゃんを幸せそうに見つめています。

眠っているのは、千草さんの所の小太郎さんも一緒ですけど。

・・・と言うか、デュナミスさんとセクストゥムさんがいるんですけど。

これ、捕まえた方が良いのかな・・・。

 

 

「・・・では、これにて閉幕」

 

 

音楽が終わるとスポットライトが消えて、暗闇の中から団長さんの声。

万雷の拍手、赤ちゃん起きちゃいますね・・・。

・・・今日は本当に、楽しかったですね・・・。

遊び疲れるなんて、何年ぶりでしょうか。

 

 

毎日がこんな風に、穏やかであれば良いのに。

私は、心の底からそう思いました・・・。

 

 

 

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

王国南端・・・グリルパルツァー公爵領・対帝国国境。

ウェスペルタティア王国にとっては、対帝国の最前線である。

 

 

「交代だぜー」

「おお、やっとかー・・・ったく、今頃は王都じゃ盛大に祭りだってのに」

「そう言うなって、仕事なんだから」

「仕事仕事言うなよ、女王陛下かお前は」

 

 

そのためもあり、帝国は王国の軍事進攻を想定して国境に3重の要塞線を敷いている。

かのグレート=ブリッジ要塞級の要塞が3つあるような物で、極めて強固な防衛設備とされている。

それに対応するように王国南部の国境都市、オンカ・アテーナにはシュコドラ要塞がある。

十万人規模の陸軍が駐留できる設備を持つその要塞は、近隣のファレロン軍港と共に王国の南の壁として機能している。

 

 

その司令部には多数の将兵が常駐しており、今も夜勤の兵士達が昼間に働いていた兵士達と交代している所だった。

彼らの操作する端末は司令室前面のスクリーンに情報を入力するための物であり、彼らは外部の監視映像や国境巡回艦隊から送られてくる情報を処理し、常にリアルタイムの情報を司令部と王都に送信するのが任務である。

万が一、国境に変事があればいち早く王都に伝えられるようにと・・・。

 

 

「無駄口を叩くな! さっさと交代しろ」

「も、申し訳ありません!」

 

 

この要塞の司令官の名はリーマン・フォン・ザンデルス中将、男爵の地位を持つ貴族である。

貴族出身ではあるが、長く前線を経験した百戦錬磨の軍人であり、メガロメセンブリア統治時代には帝国軍との国境線を経験したこともある。

中央の4元帥に比べれば華々しさに欠けるが、地道で着実な実績が評価されて要塞司令官の地位にある。

 

 

グリルパルツァー公爵領に駐留する約3万の王国陸軍は、筋肉質だがどこか丸みを帯びた身体付きをしているこの50代前半の司令官を敬愛している。

ただ、規則に厳しく細かい点をチマチマ注意してくる点には辟易していると言う話である。

 

 

「し、司令官! 国境巡視艇より通信です!」

「どうした、また避難民か」

 

 

ザンデルズ中将は部下の声にげんなりとした表情を浮かべた。

ここ2ヵ月ほど、帝国領から難を逃れて数千から数万人の亜人が国境を越えて来ているのである。

原因は帝国内の軍事的混乱だが、身の安全を求めてくる以上、無視はできなかった。

特にサバ地域で皇帝軍と叛乱軍の市街戦が始まって以降は、流入が加速したように思われる。

 

 

国境の警備を任されているザンデルズ中将としては、頭を抱えるしか無い。

純軍事的な分野を超えた話に付いていける程、彼は柔軟な思考を持ち合わせてはいなかった。

 

 

「そ、それが・・・これまでに無い規模だそうで・・・」

「どの程度だ、まさか一度に一万人が流れて来たわけでもあるまい」

「いえ、そうでは無く・・・」

 

 

冗談交じりの司令官の言葉に、部下は歯切れが悪い。

しかし報告しないわけにもいかないので、彼はありのままを司令官に報告した。

 

 

 

「・・・およそ、十万人だそうです・・・」

 

 

 

・・・その言葉に、その場の全員が沈黙した。

一万人どころでは無い、その十倍の亜人が流れて来るのである。

それは、王国陸軍の全てよりも多いのである。

 

 

「そ、それで・・・」

「な、何だ」

「半数は、王国人だそうです」

「・・・何?」

 

 

半数の約五万人は、ウェスペルタティア人。

その新たな情報に、要塞司令部はさらに混乱した。

そして彼らの預かり知らないことではあるが、国境を巡回していた艦艇には、国境の向こう側からこのような通信がもたらされていたのである・・・。

 

 

 

『・・・こちらはヘラス帝国軍第8親衛騎兵師団長、クワン・シンです。現在、我が軍はサバ地域に居住していたウェスペルタティア人約4万名を保護しつつ南下しつつあり。これは貴国の民の人命を優先した我が皇帝、テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア陛下のご英断によるものであり、貴国には快く迎え入れて頂くことを期待するや切であります。繰り返します、こちらはヘラス帝国軍・・・』

 

 

 

―――――ヘラス帝国皇帝、ウェスペルタティア王国へ亡命。

その報が魔法世界全土に行き渡るのは、もう数日先のことである。




出し物一覧
・「奇跡の箱」とリリス・ミカエル・サンジェルマン:リード様提案。
・吟遊詩人ザラキエル・ルーナ・コラール:リード様提案。
・艦隊による鎮魂、親衛隊出店・広報:黒鷹様提案。
・「至福の苺 ver屋台」:ライアー様提案。
・チェーンソーアート:カナリア様提案。
・竜騎兵ゴンドラ遊覧(ショーン・ヴァーユ、トリュク・ガスト):グニル様提案。
・三姉妹の剣舞(長女・次女は元ネタ・魔法騎士レイアース):司書様提案。
・ドラゴンの蒲焼きの店『龍の眉毛』:司書様提案。
・占い師ヴァレタと予言:伸様提案。
・ザジ姉妹の路上雑技:伸様・黒鷹様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第21回広報:

アーシェ:
はい、お祭り特別号~ですっ。
いや、本当にすごい賑わいですね~、撮影班も流されちゃって・・・。
今回は出し物がすごいので、紹介とかのコーナーはお休みです。

女王陛下達のお休みも終わり・・・次回からはまたシリアスですよっ。
ではでは、今回は短めにどろーんっ!


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アフターストーリー第24話「催事の10月・後編」

Side クルト

 

・・・全ては、私が思い望む通りの展開になりました。

とか言えたら、私は自分の忠誠心と能力の高さに自惚れられるんですがねぇ。

少し、帝国側の人材の質を舐めていた部分があったと言わざるを得ません。

 

 

「ヘラス帝国軍暫定代表、クワン・シンです。貴国のご厚意に感謝します」

「この度、駐在大使に加え外務大臣代理を拝命致しました、ソネット・ワルツです。この度の貴国のご温情に感謝致します」

 

 

厚意と温情で動く国があったら、世の中戦争なんて起きませんよ。

しかしそこは私、政治家ですから。

記者団の前で床に傅いている2人の女性を罵倒するとか、あり得ませんから。

 

 

私は極めて柔らかい笑顔と声で、優しく言葉をかけて労わねばなりません。

例え、内心でこの帝国人ふざけんなよコノヤローとか思ってても、おくびにも出しません。

プロですから、選挙用(えいぎょう)スマイルですから。

まぁ、内実はどうあれソネットさんは金髪碧眼の美女で、クワンさんは美貌の女将軍ですし。

そして流浪の若き女皇帝・・・わー、世論受けしそうですよねー、かっこ棒読み。

 

 

「いえいえ、さぞやご苦労なさったことでしょう。我々としても、我が国の民を保護してくださったご恩を返さないわけには参りません。どうか顔を上げてください」

 

 

そのまま額を床に打ち付けて死ねば良いのに。

・・・おおっと、今のはオフレコでお願いしますよ。

 

 

そして今、私が言ったように・・・今回、我が国に軍ごと亡命してきたテオドラ陛下は、「サバ地域のウェスペルタティア人を保護するために、やむなく帝国の外に出た」との立場を喧伝しています。

クソ面倒くさいことに、我々が軍を派遣して救うはずだったウェスペルタティア人4万人を「保護」して来た物ですから、国境に足止めるわけにもいきませんでした。

・・・帝国軍4万と帝国人2万と言うおまけ付きで。

 

 

「では、これより我が「イヴィオン」の会合に参加して頂きますので・・・記者団の方々はここまでと言うことで」

 

 

ガヤガヤとうるさいマスコミの方々は、「イヴィオン」の代表が集まる会議室と控え室までは入れませんからね。

さっさと締め出して、帝国側の代表2人を招き入れます。

 

 

「では、お2人にはこれから「イヴィオン」の代表者会合に紛争当事国として参加して頂きます」

「わかりました」

 

 

記者団が扉の向こうに消えると、クワンさんとソネットさんは殊勝な態度を消しました。

亡命者と言う致命的な立場の中でも最良の立場を確保しようとする姿勢は、共感できますがね。

ああ、面倒くさい・・・。

まぁ、それでも貰う物は貰いますが。

・・・と言うか。

 

 

貰わないと、我が国の経済が崩壊します。

我が国の経済的優位など、所詮はその程度でしかありませんから。

さーて、面白くなってきやがりましたよっと・・・。

・・・シルチスとか、欲しいですね。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

ヘラス帝国が、崩壊した。

いや、厳密にはまだ崩壊してはおらぬが、しかし時の皇帝が亡命するなど前代未聞のことじゃ。

 

 

とにかく、その報が新オスティアにまで届いた時は、驚愕した。

驚愕して・・・どうすれば良いのか、とっさにはわからんかった。

・・・そしてすぐに、何の権限も無い私にできることは無いと思い至った。

さらに言えば、そのようなことを考える自分を嫌悪した。

 

 

「テオ・・・!」

 

 

私にできることと言えば、アリアへの謁見に訪れたテオを迎えに出ることくらいじゃ。

いや、これもアリアが気を回してくれねば叶わなかったであろう。

謁見に行く者が待たされる控えの間、「白の間」に向かえば、そこにはテオがおる。

 

 

どうにか用意できたのか、赤い大礼服を纏ったヘラス帝国の亡命帝が。

テオは、思ったよりも元気なようじゃった。

顔色も悪くないし、椅子から立ち上がる動作も滑らかじゃ。

ただ、私は感情の機微と言うか、そう言うのを読み取るのが得意では無い故な・・・。

 

 

「おお、アリカでは無いか・・・久しいの」

「う、うむ」

 

 

どう反応すれば良いのかわからんから、ただ頷くしかできなんだ。

私がその後の言葉を続けられずにいると、むしろテオの方が苦笑を浮かべて。

 

 

「何じゃ、変な顔をしおって」

「いや・・・何じゃ、息災じゃっ・・・いや、く、国を失っても志があれば!」

「急に何を言うのじゃ!?」

 

 

い、いや、私も一度は国を失った身ゆえ。

しかし、今はこうしてかなり幸福に生きておる。

だ、だから、その・・・。

ああっ、ダメじゃ、何を言っても上手くいかなそうな気が・・・!

 

 

「・・・ありがとうの、気を遣ってくれて」

「いや、その・・・」

「国を追われたのは、それはかなり悲しいと言うか、悔しいと言うか、まぁ、いろいろあるのじゃが・・・」

 

 

・・・テオ?

かなり動揺しておる私とは違い、テオはどこか落ち着いておった。

そしてそれは、どこか・・・。

 

 

「でも、正直・・・・・・少し、楽になったのじゃ」

 

 

・・・どこか、昔の私に似て。

あの時、ケルベラスの処刑場でナギに救われ、女王としての生涯を終えた時。

私は、何故か肩の荷が降ろせたような気分になったのじゃ。

 

 

正直、無責任じゃとは思う。

じゃが、王と言う役職をとても重く感じていたのは確かで。

全ての責務を忘却できる一瞬を求める自分がいたのも、確かなのじゃ。

今のテオは、そう言う心境なのかもしれなかった。

 

 

「おおー、マジでいやがった」

 

 

その時、ナギが「白の間」に入ってきおった。

部屋の前までは一緒じゃったが、気を遣ったのか時間差をつけての入室じゃった。

ナギは挨拶もそこそこに、キョロキョロと部屋を見渡して・・・。

 

 

「ラカンなら、ここにはおらぬ」

「・・・マジで? まぁ、あの筋肉野郎が死ぬわけねーから心配してねーけど」

「ナギ!」

「あはは、いや、実際、帝国のラカン財閥経由で無事は確認できておるのじゃ、ただ・・・」

 

 

そこで、初めてテオが表情を暗くした。

な、何じゃ・・・?

 

 

「・・・姉上と・・・」

「あ?」

「む・・・?」

 

 

あ、姉君とな?

良くはわからぬが、何やら妙なことを考えておるような。

 

 

「お時間です」

 

 

その後、テオが謁見の間に呼ばれたので詳しくは聞けなんだが。

・・・テオ・・・。

大戦時代からの数少ない友人の一人じゃ、何かできることは無いものじゃろうか・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

ヘラス帝国と言う国家は、まだ存在しておる。

法的には妾が退位宣言書に署名せぬ限り失われぬし、実質的にも新領土の一部は妾に従う姿勢を見せてはおる。

南エリジウム、アルギュレー北部などがそれじゃ。

 

 

帝国内に留まっておる帝国軍の主力も、未だ妾の指揮権を認めておる。

ただそちらは、妾の命令が届かぬ故に自主的な行動を強めつつある。

プロメテやノアチスなどがそれであって、事実上の軍閥化じゃな。

それから、帝国南部一帯に広がるゾエ姉上の「神聖ヘラス帝国」とサバ・シルチス・ティレナ一帯に広がる「人民共和国」、帝都ヘラスを実効支配する「ヘラス・コミューン」・・・。

 

 

「・・・・・・ハハ」

 

 

思わず、笑い声が漏れる。

妾の前には、ウェスペルタティア王国女王の玉座がある。

妾が立つ位置よりも数段上にあるそれは、妾とアリア陛下の立場を如実に表しているように思えてならなかった。

 

 

クワンの機転で、サバのウェスペルタティア人4万人を連れて来たとは言え。

所詮は、補給が途絶えて進退極まり、国境を強行突破した流浪の軍の皇帝でしか無い。

加えて言えば、「待たされる」と言うこと自体がそうじゃろう。

・・・じゃが、何故じゃろうな。

先程、アリカにも言ったが・・・楽になったと考える自分がおるのじゃ。

 

 

「結局・・・」

 

 

結局、妾は皇帝の器では無かったし。

ヘラス帝国と言う国家は、メセンブリーナ連合と言う「非民主的な民主国家」に対する対抗国家としての性格しか有していなかったと言うことじゃろうか。

連合が消滅し、領土的野心と政治思想(イデオロギー)の対立と言う皮が剥がれれば・・・醜く内部で政争を行うしか、無かったのじゃろうか。

 

 

連合・人族から身を守るために結合していたはずの亜人帝国(エンパイア・デミヒューマン)ヘラスは、いつから外部を拒絶する閉鎖的な国になってしまったのか・・・。

そしてそれを取り戻そうとするのは、実は愚かなことなのでは無いじゃろうか。

 

 

「・・・ジャック」

 

 

傍にいてほしいと想う者は、今はおらぬ。

ラカン財閥―――代表不明と言うが、妾は知っておる―――からの連絡では、無事じゃと聞く。

今、こちらに向かっておるとも。

帝都から何人かを連れていると聞いておるが、その中にはエヴドキア姉上がおるらしい。

 

 

・・・考えるのを、そこでやめた。

妾はこれ以上、自分を嫌いになりとう無い故・・・。

そしてようやく、王国の式部官らしき男が玉座のある壇上の隅に姿を見せた。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、法と秩序の守護者、ウェスペルタティア女王アリア陛下の、 御入来!!」

 

 

その声と共に、妾は背筋を伸ばした。

今はせめて、連れて来た6万の民と兵のために・・・。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

「・・・まぁ、アレだ。国の栄華なんて儚いモンだよな」

「そうね」

 

 

身につまされているのか共感しているのかは不明だけど、リカードの言葉には説得力があったわ。

と言うか、説得力しか無かったわ。

もう、いろいろな感情が詰まってる感じ。

 

 

メガロメセンブリアほど、急速に国力を失った国も珍しいから。

・・・まぁ、メガロメセンブリアの海外権益の42%はアリアドネーが貰ったのだけど。

でも私とリカードの個人的関係は、国家間関係には無関係だから。

そしてそれは、帝国に対しても同じ。

テオドラ個人に対しての私の個人的感情は、アリアドネーの対帝国政策とは無関係で無ければならない。

 

 

「サバから帝国軍・・・テオドラ軍を追撃してきた人民政府軍は、王国軍の国境警備隊が撃退したそうよ」

「あー、そらまぁ、そうなるだろうな」

 

 

テオドラ軍を追撃してきたサバの人民政府軍は、装備の質では王国軍と比べるべくも無いわ。

だから結果として、一方的に撃退されて終わったらしい。

・・・まぁ、準備万端で迎撃した王国軍も、なかなかどうかと思うけど。

 

 

「連合に、エリジウム、そんで今度は帝国かよ。クルトの野郎も良くやるぜ」

「犠牲を最小限に王国の勢力を拡大していると思えば、なかなか敏腕と言えるわね」

「けどなぁ・・・いや、元々はうちの勢力圏だったんだが」

 

 

今回のオスティア祭に際して呼ばれた北エリジウム12カ国を含めて、ウェスペルタティアを盟主とする「イヴィオン」は17カ国体制になったわ。

それに加えて、今回はクリュタエムネストラ、テンペなどの準加盟・加盟交渉国認定が行われた。

王国の勢力はここ数年で急激に伸長していると言って良いわ、覇権主義的とすら言える。

 

 

とは言えアリアドネーもシレニウム、ゼフィーリア、トリスタンなどの国々と友好条約を結んで、一種の非同盟諸国運動を展開しているわ。

帝国・王国のいずれの陣営にも参加せずに中立を保つのが運動の目的、とは言え、王国に隣接するトリスタンや帝国領に挟まれたゼフィーリアなど、事情は様々だけど。

加えて言えば、帝国が事実上分裂した今、どれだけこの運動に意味があるのかわからないけど。

 

 

「・・・で、どうするよ」

「さぁ・・・」

 

 

私とリカードの会談のために用意されたその部屋は、私の持つカップから漂うコーヒーの香りで満ちている。

外はオスティア祭の最終日、市民の賑わいはピークに達しているはずよ。

 

 

「・・・政治的な問題ね、それは」

 

 

国境のプロメテが軍閥化するなら、戦乙女旅団に臨戦態勢を命令しなければならないし。

非公式な契約だけれど、今回のオスティア訪問でアリアドネーは王国に10年間で約25億ドラクマを支払って、約300機のPS(パワードスーツ)と機竜を購入することが決まったわ。

現在は年間約18億ドラクマに留まっている両国の貿易額を、10年以内に60億まで引き上げる。

そこから、技術を吸収して・・・。

 

 

・・・テオドラが我がアリアドネーに何かメリットをもたらしてくれるのなら、私はテオドラを応援することになると思うけれど。

もしそうで無いなら、その時は。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

テオドラ陛下との会見は、小1時間ほどで終了しました。

基本的にテオドラ陛下が受け入れに対してお礼を言って、私が過去の帝国政府の王国への貢献―――再独立戦争、エリジウム解放戦争時の軍事支援、女王アリカの過去の活動に対する人道的支援など―――に触れて、謙遜する・・・と言う流れです。

 

 

・・・と言うか、他に何も言えません。

下手なことを言うと政治的言質を与えることになってしまうので、言葉を選ばざるを得ないのです。

おまけに、私とテオドラ陛下はそこまで個人的に親しいわけではありません。

お母様の親友ではありますが、現在の王国の政治に影響力がある程では・・・。

・・・おまけに、労働党の活動で亜人への感情が悪化している所ですから。

 

 

「・・・はぁ」

「お疲れ様です、アリア様」

 

 

テオドラ陛下との会見の後、私はそのまま謁見の間でクルトおじ様の訪問を受けました。

私がテオドラ陛下と会見している間に、帝国側の代表を含めた拡大「イヴィオン」会合を取り纏め、その結果を報告に来たのです。

 

 

「イヴィオン」は今回の会合から正式に17カ国体制になり、意思決定はその分、難しくなると思っていたのですが。

案外、短時間で会合は切り上げられたようです。

元々、予定外の会合だったはずですが・・・流石はクルトおじ様と言う所でしょうか。

・・・最初から予定の内だったとか、無いですよね?

 

 

「予定の内ですが、何か?」

「・・・え?」

「ご存知でしょうか、アリア様。チャンスになってから準備をするようでは遅いのです、チャンスが来た時には準備が終了していなければなりません」

 

 

クルトおじ様の政治哲学講座が終わった後、会合の結果を聞きます。

まず、ウェスペルタティア人の救援を果たしたテオドラ軍の功績を認める声が多かったこと。

失地回復のための根拠地を王国内に与えることと、必要な援助を与えることが決議されました。

ただし公的には失地回復では無く、帝国内の叛乱分子を排除するのに「イヴィオン」の力を借りると言うことになったそうです。

 

 

「可能な限り早く、プロメテかアルギュレーに移動してもらうことになるかと思いますがね」

 

 

クルトおじ様はそう言うことで、本心では王国内に受け入れたく無かったことを伝えています。

おじ様としては、他の国に亡命してほしかったようですが。

友好国ではあっても同盟国では無い王国よりも、中立国のアリアドネーかトリスタンに行ってほしかったらしいです。

距離的な問題で、王国になりましたが。

 

 

「ま、来てしまったのは仕方がありません。限界まで利用しましょう」

 

 

クルトおじ様によれば、すでに帝国からの輸入が途絶し始めているので、早急に対策が必要だそうです。

例えば食糧の2割は帝国からの輸入ですが、帝国中央の混乱により輸入が途絶えています。

加えて言えば、北エリジウムで消費される食糧の4割も帝国からの輸入です。

王国内の工業生産に必要な資源の約7割は帝国産で、それも輸入が途絶しています。

国内の備蓄は、共に3か月分。

 

 

「新材料の開発と資源使用量削減のための企業補助金として、4000万ドラクマを拠出しますが・・・まぁ、それはまたの機会にご説明致します」

 

 

・・・とは言え、会合ではパルティアとアキダリアが軍事介入を強く主張しているので、とりあえずパルティア北部で「イヴィオン」の合同軍事演習を実施することが合意されました。

・・・と言う建前で、帝国国境に軍を展開することが合意されました。

 

 

それによると王国以外の「イヴィオン」加盟国軍が帝国領シルチスへ、そして王国は帝国領サバに軍を展開するそうです。

 

 

「・・・何故、分けるのですか?」

「ハハハ、信頼できる同盟国が是非に任せてほしいと言うので、押し切られてしまいまして」

「はぁ・・・」

 

 

・・・まぁ、細かい交渉は任せますが。

ですが・・・。

 

 

「・・・なるべく、戦争は避けてくださいましね」

「アリア様、それは帝国側の出方によります」

 

 

・・・本当に?

クルトおじ様の言葉に、そう思わないでも無いですが・・・。

帝国における王国の財産を取り戻すには、他に方法が無いのかもしれません。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

「巷では、グリアソン元帥の出兵が噂されているらしいな。サバ地域の工場群を素早く占領・確保できるのは元帥を他においていないんだそうだ」

「ほう、そのグリアソンとか言う奴は随分と凄い奴らしいな」

 

 

陸軍司令部の廊下を歩いている最中に出くわしたリュケスティスからかけられた言葉に、俺は苦笑しながら応じた。

まったく、グリアソンとか言う奴は本当に凄いらしい。

実態は、そこまで凄い奴では無いのだがな。

戦場の名将が、後方で優れた司令官になれるわけじゃない。

 

 

「何、謙遜するな。ベンジャミン・グリアソンは王国最高の将帥だそうだしな、その用兵は神速にして理に適う、並ぶ者など存在しないとな」

「それは俺の聞いた話とは違うな、俺はもっと緻密で柔軟な用兵をする人間を知っているぞ。そいつはな、レオナントス・リュケスティスと言うのさ」

「ほう、それは是非とも会ってみたい物だな」

 

 

お互いの自尊心をくすぐり合った後、俺達は声を抑えて笑った。

途中、すれ違った何人かの将校が不思議そうな顔で俺達を見るので、咳払いして居住まいを正した。

 

 

「・・・その噂、どこからだ?」

「国防省と幕僚本部からだ、8割は確定の話だろう。今日か明日には我が女王に辞令を渡されるはずだ」

「そうか・・・まぁ、それに近い話は聞いてはいたが」

 

 

サバ方面か・・・予備役兵の動員は済んでいるが。

帝国側の3重の要塞線を抜けるのが面倒そうだな・・・。

 

 

「王国軍の燃料備蓄も、それほど余裕があるわけじゃ無いからな」

「帝国からの輸入が途絶えると、どうしてもな・・・」

 

 

北エリジウムの生産力も、王国の需要を満たすには至っていない。

と言って、「イヴィオン」加盟国からの輸入でも賄いきれない。

これは王国だけでなく、帝国の食糧と資源が無ければ魔法世界の経済は立ち行かない。

 

 

「・・・まぁ、それは政治が考える領分だろう。それよりどうだ、今夜あたり」

「悪いが、俺は今日にはエリジウムへ発つことになっていてな」

「何? 2日後じゃ無かったのか?」

「予定変更と言う奴さ、どうも南エリジウムから北エリジウムへの難民の流れが止まらないらしくてな」

「そうか・・・残念だな」

 

 

久しぶりに酒でも飲み交わそうと思ったのだが、仕方が無いな。

またの機会にしよう、また平和になった時にでも。

 

 

「・・・じゃあ、ここでお別れだな」

「ああ」

 

 

司令部の出入り口までリュケスティスを送って、握手して別れる。

俺はリュケスティスの後ろ姿を見送った後、仕事に戻った・・・。

 

 

 

 

 

Side シオン

 

年に一度のオスティア平和祈念祭も、今日で終わり。

お祭り期間中もゲートポートは動いているから、私もお祭りばかりに行くわけにはいかなかったけれど。

魔法世界中からのべ1000万人が新オスティアを訪れ、旧世界からの訪問者もいつも以上の数になった。

 

 

「あら、アレは何かしら」

「え?」

 

 

お昼休みに外でヘレンと待ち合わせて、昼食を一緒に食べたわ。

ヘレンも最近は本格的に公務員としての仕事にシフトしてきたから、私以上に忙しいの。

そんなヘレンが私の声に軽く驚いて、レストランから窓の外を見る。

可愛いわね、本当に。

何でロバートの妹で私の妹じゃないのかしら。

 

 

レストランは市街地の二階にあって、壁の一面がガラス張りになっていて、そこから外が見えるの。

そこにはもちろん、賑やかなお祭りの様子が見えるのだけれど・・・。

その中に、お祭りには不似合いな黒いローブを着た人間達がビラ配りをしているの。

 

 

「アレは・・・キリスト教民主同盟の人達、ですね」

「あら、良く知っているのね」

「えと、宰相府で見かけたことがあって・・・」

 

 

私の言葉に照れたのか、ヘレンがはにかむ。

可愛いわ、本当に。

どうして私の実妹じゃ無いのかしら・・・。

 

 

キリスト教民主同盟。

旧世界から中途半端に伝わったキリスト教を基盤に、社会民主主義的な政策を掲げる政治集団よ。

ただ彼らの信奉するキリスト教は、どう言うわけか王室信仰と言う形態を取っているの。

女王アリアの功績を称えるだけに留まらず、神格化しようとしているとか。

先の労働党員による女王暗殺未遂の際、暗殺犯を撲殺したのは彼らだと言われているわ。

 

 

「聖母様のご威光を広めるために、どんな犠牲を払っても聖戦に協力しよう・・・」

 

 

彼らの傍には、そんな標語の書かれた横断幕が見える。

何と言うか・・・文学的感受性を刺激しない表現ね。

 

 

「聖戦・・・新聞に載ってる、帝国の内乱でしょうか」

「まぁ、他にもあるでしょうけど・・・」

 

 

彼らの言う聖母と言うのが女王アリアのことを指しているのだとすれば、勘違いも甚だしいわね。

貴女のために人を殺してきましたと言われて、誰が喜ぶと言うのかしら。

 

 

・・・脳裏に、かつてのミス・スプリングフィールドの顔が浮かぶ。

少なくとも、彼女は喜ばないはずよ。

新聞も報道も、もう戦争が当たり前みたいなことを言っているけれど・・・。

 

 

「・・・あ」

「どうしたの?」

「アレは・・・?」

 

 

今度は私が、ヘレンの示した方向に視線を動かす。

するといくつかの建物の向こう側で、何か不自然な人の動きがある。

・・・何かしら?

 

 

 

 

 

Side 暦

 

「え・・・政治家になる?」

「はい」

 

 

最終日くらい遊んでくると良いとフェイト様に言われて、フェイトガールズも今日はお休みを貰った。

べ、別に、キミ達なんていてもいなくても一緒さとか言われたわけじゃないよ?

・・・いやいや、今はそっちじゃなくて、調の話だよ。

 

 

至福の苺(サプリーム・ブリス・ストロベリー)』の屋台で買った苺のクレープを食べながら、私達5人はお祭りの中を歩いてる。

女王陛下の影響か知らないけど、私達を含めて若い侍女には苺が好きな人が多いの。

まさか、採用の時に調べてるわけじゃ無いだろうけど。

 

 

「パルティアで私の部族の生き残りが見つかったことは、知ってますよね?」

「え、あ・・・うん」

 

 

焔達と視線を交わしながら、頷く。

部族の話は、あまり突っ込んでしないことにしてるから・・・。

気にした風も無く―――あるいは、そう見せて―――調が、続ける。

 

 

「今すぐと言うわけでは無いですが、早ければ5年後には・・・私は、私の部族の族長になります。私以外の部族の大人達の衰弱が酷くて、部族の子供の面倒が見れないから・・・」

 

 

・・・それだけじゃ、無いと思う。

調の部族は、部族間抗争に負けて奴隷にされて・・・全員、角を取られた。

環の友達のキカネもそうだけど、亜人、特に有角族にとって角は命よりも大事な物。

唯一、調だけが角がある。

 

 

だから、族長には調にしかなれない。

でも、私達は何も言わない。

部族の全滅した私や栞、離散した環、集落を焼かれた焔・・・。

・・・不幸ぶるわけじゃ無いけど、パルティア部族の常識として。

他人の部族の話に、口を出しちゃいけない。

 

 

「パルティア部族の族長は、族長会議って言うパルティア連邦議会の議員資格を得ることができます。パルティアのため、そして部族のために・・・私は、政治家になります」

「・・・調は、それで良いの?」

「はい・・・フェイト様もご成婚されましたし、魔法世界も救われて、ご恩は返せたと思うんです」

 

 

・・・フェイト様への想いは?

6年前、そして1年前に決着したはずのそのことを、私は今でも引き摺ってる。

調は、そうじゃないのかな・・・。

少しだけ・・・寂しかった。

 

 

「それにしても、そんなにパッパとなれる物か、政治家って?」

「・・・クルト宰相が、後押ししてくれるらしいです」

「もうその時点で、胡散臭いですわね」

「たぶん、私がパルティアの首相になるのを期待しているのでは無いかと・・・」

「・・・どしたの、環?」

 

 

調が栞と焔と話していると、何故か環が私の手を握って来た。

・・・いや、別に寂しくていじけてるわけじゃないし。

もう大人だし、そう言うこともあるよ。

 

 

「・・・む? 何の騒ぎだ?」

 

 

市街地の途中で新しい道に出た時、何かお祭りとは別の人だかりに出くわした。

何だろ、何か知らないけど、横断幕がある。

えー・・・反戦ゼネスト? 何それ・・・。

 

 

「大変だ、倒れたぞ・・・!」

「人が刺された!」

 

 

・・・その言葉を聞いた次の瞬間には、私達は意識を入れ替える。

女王陛下じゃ無いけど、まだまだ休むわけにはいかないよね・・・!

 

 

 

 

 

Side ジェームズ・ハーディー(ウェスペルタティア労働党党首)

 

今、この国は不幸な方向へ向かおうとしている。

武力を背景に帝国主義的に勢力を拡張し、世界を牛耳ろうとしているのだ。

軍事力では、本当の平和は作れない。

第一、戦争で傷付くのは労働者であり、得をするのは一部の上流階級でしか無い。

 

 

止めなければならない。

際限の無い軍拡競争を抑制し、軍事費から社会保障費へと資金の流れを変える。

戦争によって得られる物など、何も無いのだから。

仮にあったとしても、そんな物は虚しいだけだ。

テロも同じだ、力で他者に従わせようとする点では帝国主義と変わらない。

 

 

「我々労働党は、10週間のストライキを提案する!」

 

 

祭り客に対して主張することでは無いが、しかし祭りが終わる頃には政府は対応を決めてしまう。

むしろ市民が祭りに興じている間に、一部の首脳のみで話し合うのがオスティア祭なのだ。

さる筋からの話では、政府は亡命した皇帝を利用して帝国領の一部に侵攻するつもりらしい。

断じて、認めるわけにはいかない。

 

 

「あらゆる戦争に、我々は反対する!」

 

 

戦争の無い社会、差別の無い社会、格差の無い社会。

誰も不当に苦しむこと無く、理不尽に涙することも無い。

そんな社会を作りたいと思ったのは、私が20歳に達した頃だった。

鉱山で毎日休みなく18時間働かされ、貰える給料は地方役人の50分の1。

23歳の時、働いている炭鉱で労働組合を結成したのが始まりだった。

 

 

そもそも私は、船大工の父と家政婦の母の間に生まれた七男坊だった。

正規の学校には行けず、父がゴミ捨て場から拾ってきてくれた旧世界の本で学ぶしか無かった。

まぁ、そこで労働運動や社会主義と言う概念を学べたのは幸運だったが。

10歳の頃から鉱山で働いて・・・労働者の生活向上に半生をかけてきたつもりだ。

 

 

「・・・おい、アレって労働党じゃね?」

「えぇ、どうしてこんな所にいるのよ、テロリストでしょ?」

 

 

それが今、道行く人々から白い目で見られることになっている。

先の女王暗殺未遂や帝国での混乱の首謀者として、労働党の名が喧伝されているためだ。

世界と国を救った女王を非難する我々は、今や社会の敵として認識されてしまっている。

 

 

支持者であったはずの労働組合すら、我々との接触を控えるようになってしまった。

それも、急速に。

私が女王アリアと・・・いや、宰相クルトと会談してから、急速に。

・・・それでも諦めるわけにはいかない、一人でも多くの労働者を救わねば。

気を取り直して、私は雑踏の中で仲間達と共に反戦のビラを・・・。

 

 

 

    トン

 

 

 

胸に伝わった衝撃は、むしろ軽かった。

すれ違いかけた誰かの肩が、私の肩にぶつかっている。

・・・数秒後、身体から急速に力と熱が失われていくのを感じた。

 

 

 

「お前は、女王に甘過ぎる。そんなやり方では真の革命は果たせない」

 

 

 

耳に届いたのは、そんな声で。

・・・ああ。

また一人、私と同じように哀れな労働者がいる。

 

 

待ってくれ。

話をしよう。

私の話を、聞いてほしい。

そして、キミの話を・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア外務尚書)

 

労働党党首のジェームズ・ハーディーが殺された。

犯人は、労働党の過激派だ。

そんな急報がもたらされて、私は緊急の閣議に呼ばれた。

もちろん、王都にいる閣僚は全員が召集されている。

 

 

ただ、閣議自体は事前に召集が決まっていた。

帝国問題の討議で集まる所に、労働党問題が加わっただけだ。

別にハーディー氏と個人的に交流があったわけでは無いけれど、労働党の国内の拠点は領地(ウチ)だ。

多少、責任を感じないでも無い。

治安が悪化しないと良いのだけれど・・・領民の生活を守らないと。

 

 

「・・・おや、元帥閣下」

「む・・・何だ、外務尚書殿か」

 

 

会議室に向かう途中で、リュケスティス元帥・・・レオと出会った。

きっちりと軍服を纏った美丈夫の鋭い視線が、私を射抜く。

自然、私はレオの歩みに歩調を合わせる。

 

 

「宰相府で会うなんて、珍しいね」

「何、女王陛下のお召しとあれば、私も文官の牙城に来ざるを得んよ」

「ふぅん、そうかい」

 

 

私はクスリと笑うけれど、レオは毛ほども表情を変えない。

その代わり、私から視線を逸らして前を見ている。

 

 

「・・・閣議か」

「まぁね」

「良く行くな、私などあのクルト・ゲーデルの話を聞くことになるかと思うと気分が悪くなるが」

「・・・人に聞かれるよ」

 

 

まぁ、否定はしないけどね。

実務的なアラゴカストロ国防尚書やアンバーサ宮内尚書はともかく、私やマクダウェル工部尚書は宰相と相性が良く無いらしいからね。

特に近頃のあからさまな王国の勢力伸長は、まるで対外勢力を挑発しているようにも・・・。

 

 

「じゃあな」

「あ・・・うん」

 

 

その後は何を話すでも無く、途中でレオと別れる。

・・・漠然とだけど、何かが引っかかるような気がする。

 

 

今回のハーディー氏の死にした所で、何かがおかしい。

いや、一連の労働党政策にしてもだ。

そもそも何故、女王暗殺未遂の後で労働党の党首を呼び出す必要があったんだ?

融和のため・・・?

 

 

「帝国の労働党と・・・レオ」

 

 

・・・王国の労働党の指導権を否定する、帝国の労働党。

それから、リュケスティス元帥に叛意ありと言うあの噂。

どこから、誰が・・・何の目的で?

 

 

・・・そこまで考えた所で、軽く頭を振った。

考え過ぎかな。

立て続けに嫌なことが起こったから、神経質になっているのかもしれない。

何でもかんでも、「誰か」の陰謀だと疑うのは偏見だろうから・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「出兵することになるでしょうから、必要な書類と準備をしていてください」

 

 

緊急閣議において開口一番、私は閣僚の皆さんにそう言いました。

まぁ、別にすでに定まっていたことで特に繰り返す必要はありませんがね。

これを機にヘラス帝国の資源地帯を抑え、王国の食糧・資源自給率の向上に努めます。

 

 

シルチスへはパルティア・アキダリアを主力とする「イヴィオン」軍が、サバには王国軍が、そして帝国軍にはアルギュレー南部へ侵攻して貰います。

ああ、補給の都合をつけるのが非常に面倒ですよ。

予備役兵の動員は、できればやりたく無かったのですがね・・・。

 

 

「・・・また、戦争か」

「ええ、何より国民自身がそれを望んでいますから」

 

 

テオドシウス外務尚書の個人的思想は、この際は問題ではありません。

アリア様のお命を狙う勢力の粉砕、王国の経済的需要の充足、理由や立場は様々ですが、国民が出兵を望んでいるのです。

選挙が近いですから、ここでその声を無視することもできませんしね。

 

 

「未だ帝国に残っているウェスペルタティア人の生命を保護し、我が国資本の財産を取り戻すために。これは正義の戦いなのです」

 

 

それにコレは、考えようによってはチャンスですから。

ヘラス帝国が一枚岩であった時代は、こちらも下手には手を出せませんでしたが。

分裂してしまった今こそ、各個撃破の好機です。

もちろん、焦って全体を狙う必要はありません。

帝国の内乱は、我が国の経済を破壊しない範囲で長期化してくれれば良い。

 

 

正直、王国の利益になれば正義とかどうでも良いです。

正義=大義名分、正義があれば勝てるわけではありませんし。

正義は必ず勝つ? 噴飯物ですね。

より多くの準備をしていた者が勝ち、最後まで生き残った者が勝ち、勝った者が正義です。

 

 

「そしてこれは友好国であるヘラス帝国のための、義戦でもあるのですから」

 

 

端的に言えば、私は帝国の統一を取り戻してやる気など欠片もありません。

せいぜい、安定的な複数国が鼎立することを望んでいます。

南の神聖ヘラス帝国、北の人民政府、飛び地込みの東西のヘラス帝国・・・まぁ、少なくとも3国には分裂して貰いましょうか。

 

 

可能なら12くらいに分裂してもらって、いくつか「イヴィオン」に入ってくれれば。

あと鉱山とか農耕地域とか炭田とか企業とか道路とか労働力とか、譲ってくれれば。

統一帝国から緩やかな国家連合体(コモンウェルス)にでも移行してくれれば、万々歳です。

そこから切り崩せる。

魔法世界の残り半分を、アリア様に。

 

 

「・・・労働党の件はどうするんだ?」

「心配には及びませんよ、穏健派のジョン・キノック氏が党内を纏めるそうです」

「随分と、動きが早いじゃないか」

「ええ、ハーディー氏は己の死を予見していたようですね。いや、実に惜しい政治家を亡くしました」

 

 

・・・おやおや、吸血鬼の視線が厳しいですね。

そんな怖い目で見つめても、私は何もしていないのでどうしようもありませんよ?

いや、本当に何もしていませんから。

何かしたら、私が失脚してしまうじゃありませんか。

 

 

私は他人の不正の証拠(よわみ)を握るのは好きですが、握られるのは嫌いです。

私を意のままにしたいなら、アリア様かアリカ様を抱きこむべきです。

制度的にも精神的にも、私はアリア様とアリカ様の奴隷なので。

 

 

「さて、それと女王陛下が来月で妊娠8カ月目に入られます。いよいよ休養生活が本格化されると思いますので・・・」

 

 

テオドラと配下の将軍には、王国の民を救った功績で我が国の勲章を授与します。

それから、ジェームズ・ハーディー氏の国葬を女王の名で執り行います。

さらに労働党過激派の活動を非合法化し「極左主義者鎮圧法」を制定、同時に災害・健康保険や老齢年金

の基準緩和・支給金増額を柱とする「改正社会保障法」を制定し、社会の階級融和を図ります。

 

 

アリア様が出産のために奥へと引き込む間に、人当たりの悪いことは全て済ませておきます。

お世継ぎへの、贈り物として・・・ね。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

謁見の間にて我が女王に跪いた俺に対して、2つの勅命が下された。

1つは、俺の「ウェスペルタティア王国信託統治領北エリジウム総督」と言う長い名称の俺の役職を解くと言う物だった。

 

 

それに対して、俺は特に思う所は無い。

まだ少しやり残した仕事もあるが、それが我が女王の判断ならそれもまた良し。

元帥の地位が剥奪されると言うならまだしも、仮の役職などに未練は無い。

しかし、問題は2つ目の勅命・・・。

 

 

「代わって元帥に命じます。我が王国の総督として、全エリジウムの政治・軍事を全て掌管しなさい。総督府の所在はケフィッススから復興中の新グラニクスに移動する物とし、麾下の人員も増派、これを悉く掌握しなさい」

 

 

先の役職から「北」の部分が除かれ、俺は新たに「ウェスペルタティア王国信託統治領エリジウム総督」と言う役職に就くことになった。

文字通り、エリジウム大陸全土を女王の代理人として統治することになる。

 

 

我が女王の説明する所によれば、南エリジウムの宗主国であったヘラス帝国が事実上、統治能力(ガバナリティ)を失ってしまったらしい。

また皇帝テオドラの亡命受け入れの見返りとして、さらに言えば南エリジウムに展開していた帝国軍を祖国への反攻軍の貴重な戦力とするため、帝国が王国へ施政権を譲渡したのだそうだ。

当初は、俺とは別の誰かが南エリジウム総督として就任するはずだったらしいが・・・。

 

 

「貴方の統治範囲は単純に倍増しますが、貴方の能力と才幹であれば十全にこなせる物と期待します」

 

 

女王の代理人とは言え、総督と言う地位には女王の大権を統治範囲内において行使できる特権が与えられている。

つまり俺は事実上、エリジウム大陸の王として君臨することになる。

・・・エリジウム大陸の代王!

跪き、床についている手に、自然と力がこもるのを感じる。

 

 

人員も増派され、おれの麾下には平時の王国軍の2割以上の兵力が入ることになる。

陸軍1万7千と「イヴィオン」第二艦隊の99隻、乗員4万、合計5万以上の兵力。

・・・帝国内乱で王国本土の兵力が分けられることを考慮すれば、これは我が女王以上の兵力を一時的ながら掌握したことを意味する。

無論、エリジウム大陸の方が本国の数倍広大であると言う制約があるが・・・。

 

 

「よく励むように・・・私と私の王国、そして王国の民のために」

 

 

我が女王の言葉に、俺は跪いたまま視線をかすかに上げる。

そこには当然、玉座に座る我が女王がいる。

少女から母へと変化する、特有の風貌。

・・・我が女王よ。

 

 

そしてその隣には、女王の夫君(プリンス・コンソート)がいる。

白い髪の夫君は玉座の横に座してはいるものの、現在はそこにいるだけだ。

・・・将来、いや今にしてすでに、我が女王に無限の影響力を有する存在。

 

 

「・・・・・・御意」

 

 

我が女王に対してのみ、俺は頭を垂れた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ネギやネカネ姉様、のどかさんと赤ちゃん、ヘルマン卿のこと。

テオドラ陛下やラカン殿下、そしてヘラス帝国の内乱への干渉戦争のこと。

王国史上初の国政選挙や労働党の混乱を含む、王国内の内政問題のこと。

 

 

民の生活に直結するそれらは、私の身体よりも優先されるべきことです。

私を慕い、私を頼り、私に願う人々のことです。

私が女王と言う役職に就いている以上、それらに対処する義務が私にはあります。

それだけ、今が王国の政治において重要な時期なのです。

なのに・・・。

 

 

「さ、3ヵ月もですか・・・?」

 

 

リュケスティス元帥や北エリジウム代表団の送迎の謁見が終わった後、フェイトに伴われて私室に戻ると・・・宰相府所属の侍医団が、恐るべき言葉を伝えて来ました。

すなわち、来月から妊娠後期に入るのでお仕事を休め、です。

普通の人でも、8ヵ月目にはお仕事を休むなり辞めるなりするそうで・・・。

 

 

その期間、実に3ヵ月。

書類にサインすることと、どうしても必要な国事行為を除く全てのお仕事が、禁止されます。

それはまさに、私のアイデンティティーを否定する行為。

言うなれば、ボンゴ○リングの無い守護者、聖○の無い聖○士、トラン○ムの無いダブル○ー・・・。

 

 

「その代わり、陛下には別の仕事をして頂かねばなりません」

「と、と言うと・・・?」

「出産に際しての知識を学んで頂かねばなりません」

 

 

ダフネ医師が言うには、8ヵ月目以降には「母親学級」なる物に通うのが普通だとか。

そ、そう言えば、さよさんも何か言ってたような。

い、いやでも、ほら、そんなお仕事禁止とか、言い過ぎだと思うんですよ。

 

 

「父親の参加があると大変良いので、よろしければ夫君殿下もどうぞ」

「・・・うん」

 

 

隣のフェイトは、少しも庇ってくれませんでした。

端の方で人形のフリをしてるチャチャゼロさんも晴明さんも、何にも言ってくれません。

魔法世界人の前で人形のフリをして、いったい何の意味があるんでしょうか。

 

 

・・・つまりは、出産の心構えや仕組みについて学んでほしいとのことでしょうか。

異常分娩のときの医療処置とか、無痛分娩とか、 呼吸法の練習とか、沐浴実習とか・・・。

 

 

「宰相閣下の許可はすでに得ておりますし、国民も陛下が無事にご出産されることを求めております。僭越ながら陛下、陛下には彼ら民の心配を受け入れることも必要かと存じます」

「え、いや、あの・・・えーと・・・でもホラ、私って女王ですし」

「それでは、こちらの方々が来週より陛下に出産の知識についてご教授させて頂くことになる・・・」

 

 

は、話を聞いてくれませんよこの人!?

不敬罪っ、不敬罪ですよ!

大体、何故にこのタイミングでクルトおじ様までもが・・・。

 

 

「これまでは陛下のご意思を尊重させて頂きましたが・・・妊娠後期は、本当にご自重ください。母体の無理はすぐにお世継ぎに影響します。すでに早産の危険性もあるのですから」

「う、うぬ・・・」

「・・・アリア」

 

 

ふぇ、フェイトまでも・・・。

え、いや、でも・・・さ、3ヵ月は、ちょっと長く無いですかね?

ほら、きっと今まで一緒にお仕事してきた赤ちゃんも、急に私がお仕事しなくなると不安がりますよ。

そう、きっと私の赤ちゃんもお仕事が大好きな・・・!

 

 

「陛下、どうか臣らの願いをお聞き届けてくださいますよう、お願い申し上げます」

「「「お願い申し上げます」」」

「え、あ、う・・・」

 

 

ダフネ医師ら侍医団が、深々と頭を下げてきています。

こ、これで拒否ると、私が凄く狭量に見られてしまうではありませんか・・・。

でも、お仕事しないとストレスが・・・ライフスタイルが・・・。

う、うー・・・。

 

 

「・・・ぜ、善処します・・・」

「・・・善処?」

「・・・ど、努力で」

「・・・努力?」

「・・・・・・・・・や、休み、ます・・・はい・・・・・・うぅ」

 

 

・・・終わりました、何もかも・・・。

私はいったい、これから何を楽しみに生きて行けば良いのでしょうか・・・。

・・・誰か、教えてください。

しかし神は、まだ私に試練を与えようとするのでした。

 

 

「それから女王陛下、僭越ながら果物・・・苺もお控えください」

「・・・・・・え?」

 

 

い、今、何と・・・?

 

 

「いえ、ただ量をお控えくださいと言うだけで・・・お身体に良いとは言え、過ぎれば糖分としてカロリーが計算されます。妊娠糖尿病を防ぐと同時に、むしろ貧血防止に鉄分の多いほうれん草などを・・・」

 

 

・・・ダフネ医師の声は、もう私には届いていません。

え、何ですか・・・妊娠って、そんな我慢しなくちゃいけない物なんですか・・・?

・・・この世の終わりって、こんな感じですかね。

 

 

苺と、お仕事。

私の、アイデン・・・ティティー・・・。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第22回広報:

アーシェ:
はーい、アーシェですよーっと!
今日は再び室長にお越し頂きましたー。

茶々丸:
皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
今日は陛下が仕事と苺を取り上げられた悲しい日ですね。
・・・激写しましたけど。

茶々丸:
記録中、記録中・・・。

アーシェ:
では、今回のキャラクター紹介ですー。


レオナントス・リュケスティス
40代前半の人族、今ウェスペルタティアで一番イケてる人。
長身で、頭髪は黒に近いブラウン、目の色はアイスブルー。
落ち着き払って過激なことをする人で、王国軍の4元帥の一人。
軍事的才能の他、政治家にもなれそう、実際に総督。
女性に凄くモテるが、実は親友のグリアソン元帥との仲の方が噂されることの方が多い。その意味でも女性のモテるとか。


アーシェ:
あの人、超怖いんですよねー、何考えてるかわからないから。

茶々丸:
では次回から、アリアさんがいろいろと絶望します。
仕事と苺を失ったアリアさんには、何が残るのでしょうか・・・。

アーシェ:
それではっ、次回も・・・ちぇ―――りお―――っ!!


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アフターストーリー第25話「11月の憂鬱」

今回からプラム様・Fligel様・ライアー様の要素が入る予定です。
では、どうぞ。


Side ラカン

 

あー・・・と口を開けて、右手に持ったフランクフルト・ソーセージを勢い良く噛み千切る。

マスタードがたっぷりついていて、なかなか美味いぜ。

やっぱ宮廷のチマチマした飯じゃ、腹が膨れねぇからな。

 

 

提供はラカン財閥、より正確にはラカン食品株式会社だ。

帝都からの脱出も、財閥の株式会社ラカン物流の手伝いで成功したからな。

いつでも逃げ出せるようにしておくもんだな、備えあれば何とやらだぜ。

・・・あ? バカ言え、オーナーは俺じゃねーよ。

 

 

「んー・・・良い感じに燃えてるじゃねーか」

 

 

俺は今、ちょっとした岩山の上にいるんだが・・・目の前の小さな盆地には、3隻ほどの帝国駆逐艦が沈んでやがる。

ゴウゴウと音を立てて燃えてるそれは、まぁ、俺が沈めた。

それも一撃で、3隻ともな。

 

 

何か知らねーが、攻撃してきやがったんだからしゃーねーだろ。

俺一人ならともかく、連れがいるんじゃなぁ。

コルネリアとトゥペーロのおっさんは、ラカン財閥の奴らがプロメテ方面からアリアドネーに抜けさせる手はずになってる。

俺らは逆に、アルギュレー方面からじゃじゃ馬(テオ)の勢力圏に入るつもりだ。

 

 

「・・・っと、追加が来たら面倒だな」

 

 

さっさと移動するか・・・ここはアルギュレーの南端、ガレ湖の近くだ。

じゃじゃ馬(テオ)の軍がアルギュレー北部に集結してるってラカン通信株式会社から聞いてるからな。

一応、そこに向かってみるつもりなんだが・・・あー、面倒くせぇな。

俺一人なら、要塞でも戦艦でも正面突破なんだけどなー。

 

 

「よーっす、飯は食ったか・・・って、何してんだオイ」

 

 

いくつか小さな岩を越えた先に、岩をくり抜いて作った洞窟がある。

その中に、ラカン家具に用意させた簡易ベッドと焚火の跡があるんだが・・・。

・・・灰色のローブを着こんだ義姉貴(あねき)が、焚火の跡の前で途方の暮れてやがった。

 

 

帝都での綺麗な絹の服とかは、逃亡中には無理だからな。

そこは我慢してくんねーと、でも今はそんな感じじゃねーやな。

ローブの間からサラリと流れる金の髪と、何故か俺と違って煤一つつかねー褐色の肌、赤い瞳。

そしてその手には・・・俺がさっき食ってたのと同じ、フランクフルト・ソーセージ。

・・・いや、何でまだ朝メシ食ってねーんだよ。

 

 

「・・・あの・・・これ・・・どうやって食べれば・・・」

「ありがちだなオイ!」

 

 

そんなモンお前、ガッと食やいーだろ、じゃじゃ馬(テオ)は普通に食ってたってーの。

 

 

「・・・ナイフと・・・フォークは・・・」

「ねーよ! てか、いい加減に慣れようぜ、一ヵ月以上経ってんぞー?」

「・・・はぁ・・・」

 

 

この一ヵ月間はアレだ、こいつのお嬢様ぶりに呆れた回数の方が戦闘より多かったぜ。

まぁ、神殿から出たことが無いってんだもんなーコイツ。

ある意味、じゃじゃ馬(テオ)以上の箱入りか・・・?

 

 

義姉貴(あねき)はそれからたっぷり一分間は考え込んだ後、ようやく小さく口を開けた。

それから、両手で持ったソーセージの先にゆっくりと口を付ける。

それはそれは、もう本当に微々たる齧り付きなもんで・・・。

 

 

「・・・いや、食う気あんのか、お前」

「・・・大きくて・・・」

「いやいやいや・・・ソーセージ一本食うのに何時間かけるつもりだよ」

「・・・初めて・・・ですから・・・」

「マジで!? どんだけ箱入りだよ!?」

 

 

まー、普段は庶民のソーセージなんざ口にはしないんだろうけどよ。

でも、なんつーか・・・何か、違うだろ。

はぁ・・・いつになったら出発できるかわかったもんじゃねーな・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

編成し直してみれば、妾の指揮下に入る帝国軍はそれなりの数にはなった。

ただしそれは書類上のことであって、実際にアルギュレー北部に全軍が集結するには1ヵ月は見なければならん。

さらに寂しいことに、妾の命令が十全に届くのは帝国全軍の3割に満たない。

 

 

・・・6年前のリィ・ニエのクーデターの時にすら及ばぬ。

まぁ、それでも少なからぬ軍将校が妾に忠誠を尽くすと言ってくれておるし、有難く思わねば。

ただ不思議なのは、これだけの危機にあって兵士達の士気が高い気がするのは何故じゃろうか。

 

 

「嬉しいのでしょう」

 

 

クワンに問うてみた所、予想外の声が返って来た。

祖国を失ったも同然じゃと言うのに、何が嬉しいのか。

 

 

「僭越ながら、陛下はこれまで何かあるとラカン殿下のみを頼って参りました。それは結果として正しく、また犠牲も少ない選択であるとは思います。しかし、それでは我ら軍は何のために存在しているのですか」

「それは、帝国の民を守るためであろう?」

「然りです。そう、我らは帝国の民を守るために存在します。しかし陛下はラカン殿下の力のみで帝国を守ろうとなさいました。それは・・・我らの存在意義を否定するに等しい行為なのです」

 

 

ジャック一人で、大概のことはどうとでもなる。

しかしそれは帝国軍や文官の仕事を奪い、自尊心を傷つけ落ち込ませることに繋がる。

結果として、それが犠牲を増やすことになるとしても・・・彼らは、自分を頼ってほしいと思っている。

 

 

・・・クワンのその言葉は、妾にとっては酷く新鮮な物に思えた。

思えば26年前から紅き翼(アラルブラ)の連中ばかりと付き合って、皇族としての認識が弱まっていたのやもしれぬ。

元々、紅き翼(アラルブラ)の連中を重宝するようになったのは緊急避難的処置であったはずなのにな・・・今でこそ、仲間意識が強くあるとは言え。

 

 

「それと陛下、アリアドネーの帝国大使館経由での報告がございます」

「何じゃ」

「コルネリア補佐官とトゥペーロ補佐官の両名が、無事に帝国領を抜けてアリアドネー領に入ったそうです」

 

 

アルギュレー北部、旧連合領ヴァルカン近郊の野営地で、妾は軍の陣頭指揮を取っておる。

とは言え、実務的な指揮は全てクワンが執っておるわけじゃがな。

それにしても・・・そうか、コルネリア達も無事であったか。

・・・良かった。

 

 

「・・・ジャックは、今はどこにおるのじゃろうな」

「・・・」

 

 

口に出してみたその問いに、クワンは答えぬ。

当然じゃ、妾は答えを求めてはいないのじゃから。

第一、ラカン財閥経由で定期的にジャックからの連絡は受けておる。

 

 

いつ、どこでどうしているのか、そしていつ頃ここに到着するのか。

・・・誰と、いるのかもの。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

帝国の内乱への介入に関しては、アリアドネーは原則として中立を貫くことになるわね。

王国・帝国側からの出兵要請も無いし、あったとしても容易に受諾することはできない。

中立を国是に据えている以上、容易に旗色を鮮明にすべきでは無いから。

 

 

ただ同時に、分裂した帝国と言うのも容認はできない。

オスティアでの首脳会談では、同時に「一つの帝国」の原則も再確認されたから。

帝国全土を統治する権限は、ヘラス帝国及びヘラス皇帝にのみ認められる。

これは王国側のリップサービスと見るか、帝国側の外交的勝利と見るかで見解が変わるけど・・・。

 

 

「建前としては、統一帝国を支持せざるを得ないわ」

 

 

アリアドネーへの帰還途上、私は移動用の政府専用機の中で後継者候補にそう説明する。

噂では、王国のクルト宰相も秘書の一人に後継者教育を施しているとか。

世代交代の波が、近くまで来ているのかもしれないわね。

 

 

私の後継者候補は、未だ戦乙女旅団の騎士服を着た5人の娘。

エミリィ・セブンシープを筆頭とする、かつて女王アリアやマクダウェル尚書とも関わりがあった娘たちよ。

バロン先生の大使就任挨拶の際に、外交的な顔見せデビューを果たしてもいる。

 

 

「む、難しいニャ・・・国際情勢は複雑怪奇ニャ・・・」

「フォン・カッツェ! 情けないですわよ!」

「ええ~? じゃ、委員長にはわかるの?」

「委員長じゃありません! このくらい当然ですわ!」

 

 

・・・今はまだ、学生の気配が残ってるけどね。

でもセンスは悪く無いわ、いずれはこの5人がアリアドネーをリードすることになるはずよ。

私の目が、正しければね。

 

 

『総長、本国より通信です』

「何かしら、帝国の補佐官の件なら聞いているけど?」

『いえ、それとは別のようです』

「・・・? 繋げて頂戴」

『はっ』

 

 

機長経由で繋がった通信画面には、アリアドネーの一般騎士が映っていたわ。

階級は高そうだけれど、一般騎士の通信が私に繋がるのは珍しいわね。

5人の娘達も、今は静かにしてくれているわ。

 

 

『帝国国境警備隊より、報告であります』

「何か?」

『プロメテの帝国軍と反政府武装勢力が国境付近で衝突、帝国軍に40名の死者が出たそうです』

「・・・こちらに来るかしら?」

『現在の所、その兆候は見られません。一時国境に近付きましたが、双方に警告を発した所、撤退しました』

「そう、ご苦労様」

 

 

まぁ、国境付近で戦闘があったのは憂慮すべきだけれど・・・。

でも、それだけで私に繋ぐ理由にはならないわね。

他にも、何かあるわね。

 

 

「それから?」

『は・・・それに関連して、我が国の精製工場に隣接する鉱山数ヵ所が同反政府武装勢力数百名に襲撃され、事務所や車両を破壊した模様です』

「・・・そう」

『現地のアリアドネー人65名の安否は確認できましたが、我が軍に保護を求めています。・・・いかがすべきでしょうか?』

 

 

・・・その報告に、私は冗談では無く頭を抱えたわ。

帝国領内のアリアドネー人の保護のためには、騎士団を越境させなければならない。

中立を宣言したばかりなのに・・・。

 

 

・・・とは言え、保護を求めてきている以上、無視はできない。

サバ地域では、王国軍が同じような立場で戦っているはずだけれど・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

元々、王国・帝国の国境は双方の多数の兵力が睨み合う緊張地帯ではあった。

女王陛下とヘラス皇帝の間で友誼が結ばれていたとしても、互いに相手こそが自国に比肩し得る軍事大国であることを承知していたのだろう。

 

 

「・・・まぁ、まさかヘラス皇帝の承認を得てヘラス領内に侵攻するとは思わなかったが」

「確かに、冗談しては出来過ぎておりますな」

「まったくだ」

 

 

幕僚の声に笑みを浮かべるが、自分でも少し笑みが強張っていることを自覚せざるを得ない。

何せ、冗談にしては本当に質(タチ)が悪いのだからな。

帝国側には、過去5年間で建造された難攻不落の要塞線が存在する。

 

 

要塞線を三重にした縦深陣地群がそれであって、それぞれの要塞線に3つないし2つの要塞がある。

合計8つの要塞があり、帝国側はこの要塞線のためにのべ150万人の労働力と合計6億ドラクマをかけたとされる。

ただし毎年の維持費に帝国軍事費の47%がかかるため、帝国軍の近代化を遅らせる要因にもなった。

おまけに要塞線を機能させるには大量の兵力が必要なので、他の方面への機動的な兵力移動ができない。

 

 

「結果、軍事費が財政を圧迫する好例を生んでしまったわけだが・・・」

「しかし総司令官、あの要塞線を正面から抜くのには骨が折れますぞ」

「そんなことは、わかっている」

 

 

平時には金食い虫でも、戦時には効果を発揮するのは目に見えている。

要塞線の合計全長は約2000km、エネルギー供給施設と弾薬庫は地下深くにあり、要塞前面には対戦闘車両・対歩兵用の鉄骨・鉄条網地帯「竜の歯」、要塞前面の壁の熱さは350㎝以上、さらに各区画は装甲鉄扉で区分されている。

それから、20万の兵力と合計3万以上の砲塔・・・。

 

 

俺の手持ちの兵力は陸軍・艦隊戦力の合計で約5万。

だが、正面から攻略にかかればかなりの犠牲を覚悟しなければなるまい。

・・・正面からなら、な。

 

 

「帝国軍の奴ら・・・いや、もう帝国軍じゃ無いんですかね? とにかく、出兵の条件に要塞線の図面を提供させたなんて夢にも思っていないでしょうね」

「ああ・・・」

 

 

実際、俺の司令部の指揮用端末には敵要塞線の全図面がインプットされている。

強い所から弱い所まで、全てが筒抜け。

まぁ、100%信用はできんだろうが・・・要塞を攻略する上でこれ程の優位はあるまい。

帝国の分裂で、敵兵が一枚岩でいられるかも重要だ。

 

 

だが、どうも腑に落ちんな。

この度の出兵は、女王アリア即位以降の未曾有の経済発展の果実を失いたく無いと言う民の焦りから生まれた物のはずだ。

ならば何故、資源地帯のシルチスでは無くサバに我が軍を侵攻させるのか・・・。

・・・あのクルト・ゲーデル、何を考えているのやら。

 

 

 

 

 

Side ヘレン・キルマノック

 

この人は本当に、何を考えているのだろう。

宰相付きの秘書官として働くことになってから、もう何回この人のことを考えたんだろう。

でも、私は一度だってこの人の意図を見抜けたことは無いです・・・。

 

 

「ええ、安心してください皆さん。大丈夫、皆さんの資産の返却に就いては政府が責任を負いますよ」

「ほ、本当でしょうな、宰相閣下」

「サバの工場が動かないと、銀行の負債が・・・」

「もちろんですとも。政府としても皆さんの功績を高く評価しておりますので」

 

 

クルト宰相はニコニコ笑顔ですが、その実、何を考えているのかはさっぱりです。

王国軍のサバ侵攻を聞き付けて押しかけて来た財界人の方々を前にしても、笑顔を崩しません。

彼らはサバ地域に投下した資本の補償を求めていて、クルト宰相はそれについては確約しました。

サバ地域には過去5年で累計455件、27億ドラクマの投資が行われていますから。

でも、戦争なのにお金の心配と言うのもあまり・・・。

 

 

「固定要塞など、人類の作った愚かな記念碑でしかありません。グリアソン元帥ならば1カ月でサバを制圧してくれることでしょう」

「そ、そうですか、それなら・・・」

「しかし、それでも数カ月後には原料不足で恐慌が起こりかねない。資源地帯にまで軍を広げるべきでは無いのか」

「国内の物価も、今月は先月比で2%増だ。インフレの兆候が出ているのでは・・・」

「まぁまぁ、皆さん落ち着いて」

 

 

・・・でも経済界はサバ地域の奪還と同時に、シルチス・アルギュレーの穀倉・資源地帯の確保を求めています。

でもクルト宰相は軍事介入をサバ地域に限定して、シルチスは「イヴィオン」に、アルギュレーは帝国軍に任せてしまっています。

 

 

実はそのことで、クルト宰相は国内から攻撃されているんです。

国内の主戦派を抑えて、それでいて反戦派に迎合するわけでも無く。

左右の強硬派に挟撃されて、支持率がジリジリと下がっているんです。

ただでさえ、「極左主義者鎮圧法」の制定で人権派に責められているのに・・・。

 

 

「・・・やれやれ、潤いの無い時間でしたね」

「・・・お疲れ様です」

 

 

財界人の方々との会談を終えた後、私はクルト宰相にコーヒーをお出しします。

 

 

「戦時需要で儲けているくせに・・・いやはやまったく、ああ言う連中こそ最前線で死ねば良いですのにね」

 

 

何とも賛同し難い意見を出しながら、クルト宰相はコーヒーに口を付けます。

そしていつものように美味いとも不味いとも言わずに飲み干して、仕事を続行します。

気のせいか、アリア先ぱ・・・陛下が休養されるようになってから仕事量が増えたような気がします。

 

 

「・・・いや、アリア様が休養されていて助かりましたね」

「え・・・」

「でなければ、あの守銭奴共はアリア様の下に行ったでしょうから・・・」

 

 

・・・この人は本当に、何を考えているのだろう。

最近、私はクルト宰相のことばかり考えています。

お兄ちゃんに、怒られるかな・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

拝啓、さよさん・・・今になって、先月の段階で「休め」と言われた理由がわかるようになりました。

8ヵ月目に入って、お腹が急に大きくなったような気がします。

何か、胸とかお腹とか、いろいろと中から押し上げられているような気がするんですけど・・・。

 

 

何より以前から感じていたお腹の「重み」が、ここに来て凄いことに・・・腰、痛いんですけど・・・。

手とか足とかのむくみが酷くなって、何にもやる気が出ないんですけど。

 

 

「はいはい、大丈夫ですからねぇ・・・」

「あぁ・・・気持ちいーです・・・」

「この時期は、手首の靭帯がむくみやすくなりますからねぇ」

 

 

白髪混じりの金髪を頭の上で結っているお婆さん、ルーシア・セイグラムさんが、むくんだ私の手をお湯を入れた洗面器に浸して、マッサージしてくれます。

やたらに気持ち良いです・・・私は目を細めてホニャっとします。

 

 

ルーシアさんは、ほんにゃりとした雰囲気を持つお婆さんで、王宮付き医務官だった方です。

過去形なのは、すでに引退しているからです。

御年79歳、お母様の出産に立ち会った経験もあるとかで・・・お母様が呼び寄せてくれたそうです。

現在、一時的に復帰して私のケアを・・・お祖母ちゃんって、こんな感じでしょうか。

 

 

「はい、そろそろ終わりましょうねぇ」

「うぅ、もう少し・・・」

「ダメですよ陛下、あんまり長時間やるとお腹が張りますからねぇ」

 

 

うぅ、そんな殺生な・・・むくみ辛いですよぉ・・・。

・・・うぐ、な、何かお腹がモゾモゾと・・・。

 

 

「あらあら、大変。茶々丸さん、陛下をベッドに寝かせて差し上げてくださいな」

「はい、セイグラム先生」

「うぅ・・・私、死ぬんですか・・・」

「大丈夫ですからねぇ、少し赤ちゃんが疲れただけですよ」

 

 

穏やかに言われますが、私の気分は全く穏やかではありません。

だって、物凄くダルいんですもん・・・最初の頃の気分に逆戻り、憂鬱です。

違いは、最初の方はお仕事で誤魔化せましたが、今はそれも叶いません・・・しかも。

 

 

「茶々丸さん、苺・・・欲しい・・・」

「申し訳ありません。食事中以外の間食は侍医団に止められております」

「うぅ~・・・」

 

 

お腹の張りは、ベッドで横になれば多少は楽になります。

でも、最近とても甘い物が食べたくなるようになりました。

苺、食べたい・・・です。

 

 

「お腹の赤ちゃんが、糖分を欲しがっていますからねぇ」

「じゃあ、食べなきゃですねー・・・」

「でも食べ過ぎると、かえっていけませんからねぇ」

「我慢してください、アリアさん」

 

 

我慢・・・してますよー・・・凄く凄く、してますよー・・・。

お仕事したいです・・・でも、自分があんまり動けないこともわかってます。

自分の身体を、思うように動かせません。

凄く・・・ストレスです。

 

 

私のお仕事は、クルトおじ様とかお母様とか、お父様とか・・・フェイトとかが代行してくれています。

代行、できてしまっています・・・。

 

 

「・・・茶々丸さん、暑い・・・」

「はい、空調・・・は、ダメなので。仰ぎますね」

 

 

7ヶ月目と、8ヵ月目。

ただの1ヵ月の違いなのに、どうしてここまで違うのでしょう・・・。

・・・ズルい。

 

 

きっと今頃、皆、楽しくお仕事しているんでしょうね。

私はこんなに憂鬱なのに、ズルいです・・・。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

人が仕事を好きになる条件はいくつかあるが、その内の一つには順調さと言う物があるだろう。

自分の携わる事業が順調か、あるいは順調になりつつある場合、人はより積極的にその仕事に取り組もうとするだろう。

まぁ、中には我が女王のように、順調かそうでないかに関わらずやる気を刺激される変人もいるが。

 

 

エリジウム大陸の場合、とても順調とは言え無い部類に入るだろう。

特に南エリジウムは旧宗主国である帝国の混乱の影響をモロに受け、物価・失業率の上昇と食糧・エネルギー供給・工場稼働率・犯罪検挙率の低下と言う「6重苦」に見舞われている。

俺が元々受け持っていた北エリジウムも、南エリジウムの危機とは無関係ではいられない。

北エリジウムも、信託統治領の統合の影響で様々な指標が悪化しつつあるのだ。

 

 

「さて、ここで問い正しておきたいことがあるのだがな、政務官」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、何ですかのぅ」

 

 

建設途上にある新グラニクス、そこに開設された新たな総督府の執務室において、俺はある老害を呼び出している。

その老害の名は、近衛近右衛門と言う。

 

 

ここ1ヵ月間で、俺は60人程の豪商や軍需産業関係者を処断した。

全て南エリジウムの者達であり、有り体に言えば総督の俺に賄賂を贈ってよしみを結ぼうとした連中だ。

どうも、旧連合や帝国の連中とはそうやって付き合っていたらしいな。

北でも同じようなことがあったが、やはり処断した。

まぁ、問題は・・・。

 

 

「その豪商達と政務官とは、私が本国から戻る間に接触があったと聞く。それもほぼ全員とだ、事実かな?」

「事実ですな」

 

 

あっさりと、近右衛門は頷いてみせた。

その胆力と言うか、図々しさには称賛の念すら感じるから不思議ではある。

彼はたっぷりと質感のある髭を片手で撫でながら、何度も頷いて。

 

 

「総督がご不在の際には、私が総督への会見を代行する責任があるかと思いましてな。余計なことでしたなら、甘んじてお叱りを受けますぞい」

「確かに余計なことだが、それはこの際、置くとしよう。問題は、豪商達は政務官にも賄賂を贈ったと言うことだが・・・?」

「事実ですな」

 

 

それにもあっさりと頷くと、近右衛門は懐から紙袋を一つ取り出し、提出した。

 

 

「ここに銀行の預金証明書と貸金庫の鍵、それと彼らの収賄現場の映像記録ディスクが入っております。これを証拠として裁判所にご提出されるのが、よろしかろう」

「・・・まさかとは思うが、わざと受け取り、後に証拠として提出するためだったとでも言うつもりか?」

「無論ですじゃ。鋭敏な総督閣下のこと、彼らを必ずや処断なさるでしょうからの。ワシのような者が出しゃばることもありますまいて」

 

 

・・・おそらくだが、1アスも手を付けてはいないのだろう。

だからこそ、こうして俺の前に出てきていけしゃあしゃあとこんなことを言っている。

そして実際、贈収賄の事件を解決に導く有効な方法であることも確かなのだが・・・。

 

 

「・・・最近、南エリジウムを中心に小規模なデモが頻発しているのだが」

「おお、存じておりますぞい」

「そのデモの首謀者達とも接触していると聞くが、何故かな?」

「それはもちろん、女王陛下と総督閣下の御ために、社会的衝突を避けるための交渉ですじゃ。総督閣下がご不在なため、少しでもお役に立てればと思いましてのぅ」

 

 

髭を撫でながら、やましさなど欠片も感じさせることの無い、献身的ですらある声音で近右衛門は言う。

だが、何故か不快だ。

この後頭部の異様に長い政務官は、相手を苛立たせる才能があるのかもしれない。

もしそうなら、交渉を優位に進めるにうってつけな才能だろうな。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・」

「理由はどうあれ、収賄を受けた以上は重要参考人として拘引せねばならんが・・・」

「ふぉっ、ふぉっ・・・もちろん、ワシは総督閣下に協力致しますぞい」

「・・・・・・連れて行け」

 

 

部下に命じて、近右衛門を連れて行かせる。

これであの老害の顔を当面は見なくて済むかと思うと清々するが・・・。

・・・同時に、俺の中の冷徹な部分が警告を発するのを感じる。

 

 

これまで何一つこちらに口実を与えなかった男が、なぜ今になってこんなあからさまな失点を?

・・・今になって、目立った失態を犯す理由は?

例えば、何かから目を逸らすため・・・とか?

・・・考え過ぎ、か・・・?

 

 

 

 

 

Side ガイウス・マリウス(旧メガロメセンブリア提督・現エリジウム総督府軍事顧問官)

 

新グラニクスにリュケスティス総督が入られてからは沈静化したが、この1ヵ月間でエリジウム大陸におけるデモ活動は増加の一途を辿っている。

ほとんどは新たに王国の信託統治下に入った南エリジウムで起こっており、帝国軍の撤退と王国軍の進駐による武力の空白時間を衝いての突発的な物だろうと思われる。

 

 

しかし突発的な物とは言え、頻発すれば統治の効率を落とし結果、市民生活に影響することになる。

また、彼らの主張は部分的には正当な物も存在するのだから・・・。

 

 

『農地を返せ!』

『我々の職場を返せ、食糧を返せ!』

「皆さん、落ち着いてください! 皆さんのデモ活動は申請した地点外に出つつあります!」

 

 

例えば現在、数百m先で部下達が必死に統制しようとしているデモ隊にしてもそうだ。

ここはボレア地方と言う場所で、グラニクス地方とは川を挟んで隣り合う関係にある。

漁業・交易によって栄えてたグラニクスとは違い、ここは平地に位置するために農業が主産業なのだが・・・。

 

 

『我々の大切な農地を返せ!!』

 

 

見ての通り、街道の一つをデモ隊によって占拠されてしまっているのだ。

ボレア地方東端の街から西端の街までの示威行進自体は、事前に総督府に申請されている。

あくまで行進を許可したのであって、占拠までは許可していない。

我々がこうして出動せざるを得なかったのも、街道の占拠に対し商工組合から抗議があったからだ。

ブロントポリス軍港からの異動の直後に、こんなことになるとは・・・。

 

 

事の発端は、帝国の委任統治時期にまで遡る。

遡ると言っても、1年足らず前のことだが・・・。

ある帝国資本が、ボレア地方一帯の農地11000ヘクタール・・・比率に置いてこの地方の半分以上の農地を一方的に借り上げてしまったのだ。

さらに言えば現地の農民をそのまま雇わずに帝国本土の農民を連れて来て、追い出してしまった。

つまり、彼らは帝国に土地を奪われたのだ。

 

 

「皆さん、どうか冷静に! これ以上の占拠は法令違反になります、申請通りに行進を続けてください!」

 

 

しかし元々の地主と企業の正式な契約であるので、我々には介入することができない。

そもそも我々がここ南エリジウムに進駐してまだ1ヵ月、対応への時間など無い。

しかも悪いことに、奪われた農地で生産された農作物は北エリジウムに輸出されている。

 

 

帝国の混乱の影響をモロに受けた南エリジウムは、若年層の失業率が20.9%にまで上昇している。

それに対して北エリジウムは総督の施政効果もあり、9.1%に抑えられている。

ちなみに、ウェスペルタティア本国は0.5%だ。

物価上昇率も南が7.1%なのに対し北は2.9%、つまりは「豊かな北、貧しい南」と言う格差が固定化しつつある。

デモの根底にあるのは、同じ信託統治下にありながら発生する格差への不満・・・。

 

 

『農地を返せ!』

『帝国に手を貸す奴らの法など、守る必要は無い!』

『帝国主義者め!』

『資本家の横暴を許すな!』

「・・・!」

 

 

そしてついに、決壊する。

投石が始まり、次いでかろうじてデモ隊の膨張を抑えていた規制線の警備兵達が突破される。

兵士達が投石に怯んだ隙に、デモ隊が怒涛の如く押し寄せ、街道の両端に配置していた装輪車を引っ繰り返し始める。

数千人の人の波が、数百の兵士達を飲み込もうとしていた・・・。

 

 

「て、提督!」

 

 

隣の部下が悲鳴を上げた時には、私のいる装輪車のすぐ目前にまで群衆が押し寄せてきている。

そして我々の後ろには、怯えた商人達が引き籠っている街があるのだ・・・。

 

 

「・・・鎮圧せよ!」

 

 

デモ隊・・・いや、暴徒の鎮圧を命じる。

苦渋の決断ではあるが、かろうじて実弾の使用を禁じることには成功する。

そして同時に、不味い、と思わざるを得ない。

 

 

これまで一貫して市民の味方であり続けていた王国が、市民の敵になるかもしれないのだ。

それも、帝国資本の一方的な収奪を擁護するような立場で。

せめて、軍が市民を殺傷するような事態だけは避けねばならないが・・・。

・・・それもいつまで保つか、自信は無かった。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

「ふーむ・・・女王の休養が宣言されて1ヵ月でコレか」

 

 

遺跡発掘者達の街ヘカテスで話を聞き付けてやってきて見れば、随分と大事になっているようでは無いか。

街道が占拠されてしまい村に帰れず難儀していたのは確かだが、武力鎮圧とは穏やかでは無いな。

 

 

南エリジウムの暴徒鎮圧に、王国軍が専用の放水車などで対応している。

アレは魔法世界では珍しい方法だが、旧世界では割と主流らしいな。

旧連合であれば、すでに実弾での鎮圧が始まっているだろう。

いずれにせよ、王国は帝国の失敗の結果だけを押し付けられた格好になったわけだ。

 

 

「さて・・・ここは悪の大幹部として、どう動くべきか」

 

 

目の前のデモ隊は、王国軍の鎮圧行動によって散り散りになりつつある。

ボレア地方の街道封鎖解除も時間の問題で、一般の商人や旅行者などは胸を撫で下ろしているだろう。

最終的には100人前後の逮捕者を出し、かつ逮捕者のほとんどを一日以内に釈放して収束するだろう。

 

 

「ただのタイミングなのだろうが、女王が責任を取れない時期に暴発するか・・・」

 

 

これでは感情的にはともかく、理性的には女王を攻撃することができない。

むしろ、どちらかと言えば女王の不在を守れない宰相や総督の権威に傷がつくだけだろう。

無論、女王の任命責任を問うことはできるが・・・どうかな。

産休中の女性を攻撃すると言うのは、健全な悪の大幹部としてどうだろう。

 

 

それに北エリジウムの例を信じるのであれば、南エリジウムの混乱もいずれは収束するだろう。

失業率を抑え、産業を振興し、将来の独立に向けた環境整備が始まるだろう。

今回はたまたま、帝国の混乱の負の部分が燃え上がったに過ぎない。

 

 

「まぁ、とりあえずは村に帰るとしよう」

「お土産もたくさんですしね」

「うむ」

 

 

隣で顔の正面が見えない程に箱をいくつも持っている6(セクストゥム)の言葉に、頷きを返す。

とは言え、私も同じような状態だ。

しかも、両肘に多くの紙袋を提げている。

全て、村人達へのオスティア土産だ。

 

 

何しろ祭りだったからな、村の子供達も喜んでくれるだろう。

何より、今回は良い友人と出会うこともできたしな。

妻帯者で無ければ、勧誘している所だったぞ。

 

 

「日が暮れる前に戻るぞ。魔物が出ては面倒だし、王国軍に見つかってもつまらんからな」

「はい」

 

 

我らの村の名は、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』。

グラニクス難民の一部を吸収して、将来の悪を育てる根拠地を築いてみた。

ふふふ、いずれは必ずや世界を我らの手に・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

・・・アリアの魔法具、『魂の牢獄』。

ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマン伯爵と言う爵位級悪魔を封印している、魔法具。

正直な所、僕がこれをいくら見ても、何にもわからない。

 

 

「・・・凄いな、どう言う造りになってるんだろ」

 

 

薄暗い、廃墟の個室。

ヘルマンが持ち込んだ見たことも無い魔法書とかが、無造作に積まれている。

机の上にはビーカーと紙、羽根ペン。

数式を書き込んでは消す作業、なかなか根気がいる。

 

 

・・・そう言えば、メルディアナにいた頃は良く書庫に籠ってたな、僕。

それから・・・・・・他は、あんまり覚えて無いや。

と言うか、他に何かしてたっけ、僕・・・。

 

 

「・・・気のせいか、こう言う数式、どこかで見覚えがあるんだけど」

 

 

呟きながら、ヘルマンの封印解除式の仮定式が書かれた紙を持ち上げる。

パラパラと、何枚か見つめて・・・うん、やっぱり覚えがある。

どこかで、見たことがあるんだけど。

 

 

例えば・・・メルディアナで。

例えば・・・麻帆良で?

僕は、誰かがこんな数式を考えてるのを、見たことが・・・ある?

でも、誰だっけ・・・?

 

 

「・・・っ」

 

 

ズクンッ、と、身体の中で鈍い音が響く。

それと同時に、身体の右半身から左半身へ、熱を持った何かが這い進むような感覚を覚える。

それは、ここ数年間・・・慣れ親しんだ感覚。

 

 

つまる所、「闇の魔法(マギア・エレベア)」の副作用。

むしろ、詠唱魔法が無い今となっては副作用しか無いんだけど・・・。

徐々に、身体が蝕まれていくのがわかる。

 

 

「・・・ぐっ・・・ガッ・・・」

 

 

ギシッ、ギシッ・・・と筋肉や骨が軋む。

闇の魔法(マギア・エレベア)」の紋様は、日を追うごとに全身に広がりつつある。

徐々にだけど、紋様の形も異様に、かつ黒くなってきているような気がする。

 

 

こ、これは・・・結構、本気で不味いかも・・・。

ラカンさんやエヴァンジェリンさんは、かなり危ないって言ってたけど。

でも、だからと言って何か効果的な処方箋があるわけじゃないし・・・。

・・・つまり、放置するしか無いわけで。

 

 

「・・・あと、どれくらいかな」

 

 

ギュルギュルと渦巻く、「闇の魔法(マギア・エレベア)」の刻印。

闇の魔法(マギア・エレベア)」の・・・。

・・・それは、闇なる力を受け入れ、昇華し同化する技法。

 

 

・・・ただ封印を解いて、ヘルマンを自由にするくらいなら。

ネカネお姉ちゃんや、のどかさんの身体と魂を危険に晒すくらいなら。

少しは、試してみる価値があるかもしれない。

こんな、僕でも・・・。

 

 

「・・・ああ」

 

 

そうだ・・・そうだったね。

いつだったか・・・見たことがあったよ。

メルディアナの図書館で、僕がいた場所とは反対側で、アーニャとかと一緒に。

一生懸命、何かを計算していたよね・・・アリア。

 

 

アレは、何をしていたんだろう・・・。

今さらだけど、少し気になった。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

あぁ・・・私、もう・・・ダメかも・・・。

朦朧とする意識の中で、私は様々な人に別れを告げます。

だってもう、こんな生活、無理。

 

 

お仕事が無いとか、無理。

苺を食べちゃダメとか、無理。

あと、お腹が重くて無理です・・・腰が痛いです、舐めんなちくしょーです。

・・・さよなら、皆・・・ガクリ。

 

 

「うん、お休み」

「・・・普通に明かりを消さないでくださーい・・・」

 

 

私のアカデ○ー賞級の名演技を無表情に無視して、フェイトは寝室の明かりを消しました。

同時に、ベッドの中で半身を起こして読んでいたらしい本をベッド脇に置きます。

いや、たま○クラブって貴方・・・。

 

 

「・・・間違ってる?」

「いえ、大正解は大正解なんですけどね・・・まぁ、良いです・・・」

 

 

ぶっちゃけますと、突っ込む元気もあんまり無いです。

何か、ここ数日すぐに疲れちゃうんですよね。

だって、常にお腹が張ったり息切れたりダルくなったり・・・ああ、憂鬱です。

 

 

仰向けになると圧迫感が半端無いので、眠る時は横向きになります。

すると決まって、フェイトはお腹に圧力がかからないように注意しつつ、抱き締めてくれます。

今日も生活するだけで疲れると言うストレスの溜まる一日でしたが、ベッドでこうしていると少しは落ち着きます。

今日も、フェイトの赤ちゃんをちゃんと育てましたよ・・・なんて。

 

 

「うん・・・ありがとう」

「・・・何にも言って無いですよ」

「うん、そうだね」

 

 

・・・はぁ、と溜息を吐きます。

それから、顔を隠すようにフェイトの胸でモゾモゾします。

この夫、もしかしてずっとこんな感じなのでしょうか・・・。

 

 

「・・・今日もお仕事ができませんでした」

「書類にサインはしてたよね」

「30枚ちょっとです・・・苺も、食べれませんでした」

「夕食で出てきたよ」

「3個きりです・・・フェイトは分けてくれませんでした」

「キミのためにね」

 

 

そう言われると・・・溜息を吐きます。

何でもかんでも、私のためですか。

はいはい、そうですかそうですか・・・・・・はぅ。

 

 

「・・・シャワー」

「何?」

「お風呂で、シャワー浴びるんですけど・・・お腹とか」

「うん」

 

 

重いし、身体を思うように動かせないし、しんどいし。

お仕事だってできないし、苺も制限されて本当に最悪なんですけど。

でも・・・。

 

 

「お腹にお湯を当てると・・・逃げるんですよ」

「誰が?」

「赤ちゃんがです。こうシャワーのお湯から逃れるように、うにょにょにょ~って」

 

 

いや、初めて見た時は超ビビリましたよ。

赤ちゃんが動くのは知ってましたけど、いや、本当に動くとわかるものなんですね。

例えばシャワーのお湯をお腹の右側に当てると、お腹の赤ちゃんが左側に逃げるのがわかるんです。

まさに、「いやいや」な感じに。

ちょっぴり、感動と言うか・・・悪戯心と言うか。

 

 

「・・・この子、きっとお風呂嫌いです」

「それは、わからないね」

「いいえ、きっとお風呂が嫌いな子です。どうしましょう・・・」

 

 

きっとアレです、いつまでも一人で頭が洗えなかったりするんですよ。

シャンプーハットが友達だったりするんですよ。

・・・用意しておいてもらわないと、シャンプーハット。

 

 

・・・そう言えば・・・。

・・・誰か、お風呂が昔から嫌いな人がいたような気がします。

 

 

「・・・おやすみなさい、フェイト」

「おやすみ、アリア」

「・・・」

 

 

・・・誰だった、かな。

そんなことを考えながら、私はフェイトの腕の中で眼を閉じました。




新登場キャラクター:
ルーシア・セイグラム:フィー様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第23回広報:

アーシェ:
いよーしっ、23回目に突入だーっ!

ザジ・レイニーデイ:
(ぱちぱち)

アーシェ:
今回から何と、女王陛下は蚊帳の外です!
政治的にほぼ遮断状態、国家転覆クラスのことが起こらない限り出てこないかも?
まぁ、出産間近なら仕方が無いよねー・・・って言うのが一般的な反応?

ザジ・レイニーデイ:
・・・。

アーシェ:
とは言え、王様だから仕事がゼロになることは無いですからねー。
いやいや、王族って言うのは大変だねコレは、うん。

ザジ・レイニーデイ:
・・・。

アーシェ:
え、えー・・・それでは今回のキャラ紹介。
今回はちょっと変則で・・・行くよ!


・ラスカリナ・ブブリーナとインガー・オルセン。
女王陛下の座乗艦「ブリュンヒルデ」の艦長さんと副長さんだね。
大軍を指揮したりとかは苦手だけど、1艦の操艦の腕前は凄いんだよ?
ちなみに2人とも女性。
と言うか、「ブリュンヒルデ」には一部を除いて女性しか入れないから。


アーシェ:
さてさて、ここから1話ごとに情勢は悪くなります。
・・・あれ? それって最悪じゃね?

ザジ・レイニーデイ:
・・・私も、出る。

アーシェ:
・・・って、喋れたの!?


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アフターストーリー第26話「鳴動の12月」

Side グリアソン

 

市街戦。

いかに近代的装備を整えた軍とは言え、都市内部での戦闘行為は困難を極める。

特にサバのような工業都市になってしまうと、幾何学的な建造物が多く近接戦闘が多くなる。

 

 

帝国人、つまり人族よりも身体能力が高い亜人ゲリラの待ち伏せを受けやすく、かつ野戦のように隊列を組んで押し切る系統の戦闘では無いので、兵の錬度や数の差を活かすことができない。

装甲戦闘車両の大量投入もできず、市街地であるから機竜による絨毯爆撃で焼き払うわけにもいかない。

ウェスペルタティア人の脱出は済んでいるとは言え、帝国人の民間人を無視するわけにはいかないからだ。

 

 

「侵略者として石を投げられるのは良いが、虐殺者として歴史に汚名を残すのは嫌だからな」

 

 

とは言った物の、要塞線の突破の時点で2名だった我が軍の被害がここに来て増加したのは確かだ。

要塞線自体は図面と帝国人の協力のおかげもあって、5日で突破することができた。

艦隊の半数を残して後背の補給線を維持し、同時に駐留帝国兵を要塞内に押し込めている。

そこから2日でサバ近郊にまで進攻し、ヴァイクセル川の渡河作戦、ブッセ高地の占領作戦に成功した我が軍は、工業都市サバの包囲網を完成させた。

 

 

2週間に及ぶ包囲によって敵の補給を完全に遮断し、散発的に包囲を突破しようとする敵部隊を各個撃破し、同時に脱出してくる帝国市民を保護した。

ただし脱出してきた市民の中には、ゲリラが紛れていることもあった。

結果として、我が軍の損害は3週間余りの戦闘で300名を超えた。

 

 

「・・・勝てる、な」

 

 

サバ包囲の前に占領したブッセ高地の仮設総司令部の中で、俺はそう呟いた。

確かに包囲戦によって損害は増えつつあるが、戦いの最終局面はサバ市内に移っている。

サバ市内のゲリラの抵抗で我が軍の占領をそれほど遅らせるとは思えない。

 

 

我が軍の基本方針は、サバ市内を「A」~「H」の8区画に分類し、一つずつ占領して行くことにある。

さらに最新型のPS(パワード・スーツ)を装備した兵士を10人の小規模グループに分け、さらにそれを80人前後の混成部隊としてまとめ、建造物を一つずつ奪取して行くのが個々の戦術になる。

そして現実に、すでに三つの区画からゲリラを完全に排除した。

 

 

「・・・前線の兵士達の様子は?」

「はっ、概ね我が軍の士気は高く、負傷者の後送作業も支障ありません。市内の広場などに戦闘車両と大砲を運び込む作業も順調であります」

「そうか・・・脱落者は?」

「今の所、戦闘に支障を来す規模では無いと思われます」

 

 

通信士官の言葉に、俺は頷く。

我が軍は精強ではあるが、しかし部隊の一部は予備役兵だ。

先週あたりから、予備役兵を中心に精神疾患を訴える兵が増えている。

 

 

いわゆる砲弾恐怖症(シェル・ショック)、戦闘ストレス反応による離脱者だ。

いかに装備が発展しても、この手の戦場特有の病気の予防にはならない。

長時間に渡り戦場と言う極限状況に放り込まれれば、精神的に参るのはある意味で当然だ。

戦友の手足が吹き飛ばされる姿がフラッシュバックしたり、、物音をゲリラの足音と過度に恐怖したり・・・そうして、過度のストレスからヒステリーを起こす。

 

 

「全く、昨今は軟弱な兵が増えたものですな」

「そうか? 俺など未だに恐怖で眠れない夜があるがな」

 

 

年配の幕僚の言葉にそう返答すると、司令部のスタッフが驚いたように俺を見てきた。

・・・忘れているかもしれんが、俺も最初から元帥だったわけじゃ無いぞ?

それに・・・戦場で自我を保っていられる方が、人間としては異常だと思う。

士気を下げるので、口には出さないが。

 

 

いずれにせよ、兵も人間である以上、ストレスを感じるし疲労もする。

定期的に部隊を交代させ、休養させつつサバ市内の制圧に当たらせるしか無い。

まぁ、それもあと数日の辛抱だと思うが・・・。

 

 

「・・・司令官閣下、本国から定期連絡です」

「うむ・・・?」

 

 

その時、通信士官が通信内容を書いたメモを持ってきた。

司令部のスクリーンに映さず、どうした物かと思ったが・・・。

 

 

「・・・何?」

 

 

そこに書かれていた情報に、俺は眉を顰めた。

クルト・ゲーデルめ・・・だから無理だと言ったのだ。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「ほぅ、グリアソンはサバの占領に成功したか」

 

 

部下の報告に、俺は笑みを浮かべる。

厳密には占領はまだだが、グリアソンが都市に引き籠るゲリラごときに遅れを取るとは思えない。

数日後には、サバ地域は王国の支配下に置かれるだろう。

これで国内の財界人を黙らせることもできるし、領内の帝国人2万人を故郷に送り返すこともできる。

 

 

しかし問題は、グリアソンのサバ地域では無く・・・「イヴィオン」連合軍が進攻したシルチス地域だ。

そこにはパルティアとアキダリアの混成軍が進攻したのだが・・・これが、完膚無きにまで敗北した。

敗因は、政治的な問題に起因している。

 

 

「帝国領シルチスに進行した混成軍は、功を焦ったパルティア軍の敗走を端緒に・・・」

 

 

エリジウム進攻戦の例にも見てとれるように、「イヴィオン」加盟国軍は極めて脆弱だ。

敗因は、いくつかある。

シルチスの軍閥のリーダーにそこそこの軍事的才能があったこと、戦闘中にパルティア・アキダリア本国で領土紛争が再燃したため連携を欠いたこと、などだ。

 

 

とにかく、強行着陸した両軍はシルチスの軍閥部隊の奇襲によって敗走。

加えてどちらが先に撤退するかで揉め、一部では同盟軍にも関わらず交戦したとすら報告されている。

結果、シルチスに投入された「イヴィオン」軍4個師団は7割の損失を出し、敗退した。

 

 

「パルティア、アキダリア両政府は王国に救援を求め、クルト宰相は遺憾の意を表明。本国からジョナサン・ジャクソン将軍とホレイシア・ロイド提督がシルチス進攻軍を率いてすでに進発したとのことです」

「ほぅ、ジャクソンもロイドも、とんだ貧乏クジを・・・」

 

 

引かされたな、と言いかけて止め、少し考える。

元々、「イヴィオン」混成軍にシルチスの占領は無理だと軍部を中心に反対論があった。

だがあのクルト・ゲーデルがその反対論を抑えて、外交的配慮から承認したと言う流れだが。

 

 

・・・あのクルト・ゲーデルが、資源地帯のシルチスを他国に渡すはずも無い。

そして、今や「他国に求められて」「仕方無く」シルチスの占領に動いている。

これは果たして、偶然だろうか。

それに、待ち構えていたかのようなジャクソンらの派兵・・・。

 

 

「・・・そう言えば、この件に関して我が女王は何と? さぞやお心を痛めていることだろうな」

「あ、いえ・・・陛下はお世継ぎのご出産に備えておられて、その・・・」

「・・・ああ、そうだったな」

 

 

そう言えば、もうそんな時期だったか。

我が女王は元々、自分から政治を主導することは少なかったが、それでも周囲の部下の手綱を握っていることは間違いが無かった。

 

 

それが今は女性と言う身体特性上、避け得ない事態のために動けずにいる。

・・・つまり、あのクルト・ゲーデルは今や野放しで動いているわけか。

我が女王の意では無く、あのクルト・ゲーデルの意が王国の最高意思と言うわけか。

総督と言う特殊な地位にある俺も、今やあのクルト・ゲーデルに使われる立場か。

 

 

「・・・近衛近右衛門は、どうしている? 大人しくしているか?」

 

 

話題を逸らそうとして、クルト・ゲーデルと並んで疎ましい人間の名を口にしてしまった。

言ってから後悔したが、部下はあの後頭部の長い老害が健康に生きていることを伝えて来た。

その話はさっさと終わらせて、俺は次にガイウス提督が抑えている南エリジウムのデモについての話題に転じた・・・。

 

 

 

 

 

Side 近衛近右衛門

 

牢の中で外の情報を得るには―――それも、法に触れずに―――牢番と仲良くなるのが一番じゃて。

特にワシはヨボヨボの爺じゃからして、相手も油断すると言う物じゃよ。

 

 

「じゃからのぅ、ワシは総督閣下が心配なだけなのじゃよ、わかるじゃろ?」

「うーん、俺はただの牢番だから、そう言う難しいことはなぁ」

 

 

新グラニクス郊外の監獄、ここは階層ごとに犯罪者のランクが別れておる。

軽犯罪者は1階、強盗以上は3階、と言う風にの。

ちなみに、ワシは2階じゃよ。

2階の隅の牢屋で、鉄格子越しに牢屋番と話しておる所じゃ。

 

 

「しかしのぅ、年を取ると心配性になるのじゃが・・・ワシは一応、女王陛下の勅任を受けて配属された政務官じゃろ?」

「まぁ、そうらしいな。良くは知らないけど」

「じゃからして、女王陛下に窺いを立てること無く拘引して、果たして総督閣下の将来の禍根にならぬのかどうか・・・ワシはそれだけが気がかりでのぅ」

 

 

まぁ、現実には何の問題も無いじゃろうが。

何、年寄りの世迷言と思うて聞き流してくれい。

 

 

「実際、ほれ、以前に総督閣下に不穏の気配ありとの噂があったじゃろ?」

「でも、ただの噂だろ?」

「もちろんじゃとも。ワシは総督閣下を露ほども疑ってはおらん。それは総督府の者なら誰でも知っておる、総督閣下ほど清廉にして鋭敏な御方はそうそうおらんて・・・牢番の質も良いしの?」

「いやぁ、おだてんなってじーさん」

「いやいやいや、お主はなかなかに見所がある。じゃからこそ、話すのじゃがな・・・」

 

 

あえて声を落として、ヒソヒソと話す。

 

 

「・・・どうも王都の宰相閣下が、総督閣下の罷免を考えておるそうなのじゃよ」

「えぇ・・・?」

「先の総督閣下の王都訪問の際にも、罷免の上奏を陛下に行ったと言う噂じゃ。その時はほれ、英明な女王陛下が拒絶なされたそうじゃが・・・今はその女王陛下もご出産のために休養中じゃしのぅ」

「いや、でもなぁ・・・」

「最近、南で暴動が頻発しておるじゃろ? 宰相閣下はその件で総督閣下の統治能力を疑っておるのじゃ。いや、もしかしたら本国以上に豊かなエリジウムを統治する総督閣下に、嫉妬しておるのでは無いかのぅ?」

「うーん、そんな人かな。いや、でも何かどっかで妙な噂を聞いたような・・・」

「それとじゃ、今、本国では選挙じゃろ? つまりはのぅ・・・そう言うことじゃよ」

 

 

噂とは、病に似ておる。

それは、ある意味では真実を突いておる「かも」しれぬことじゃ。

あり得る「かも」しれん未来の、一つの可能性と言う話じゃな。

結構、当たっておる「かも」しれぬのぅ。

 

 

「まぁ、年寄りの戯言じゃよ。ふぉっふぉっふぉっ・・・」

「じーさんは本当に変なことを考えてんなぁ・・・おっと、交代の時間だ。じゃあな、じーさん、大人しくしてろよ」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・」

 

 

髭を撫でつつ、牢屋番がいなくなるまで笑ってみる。

・・・ふぉふぉ、まぁ、今日はこんなような物かのぅ。

 

 

『・・・思ったより、楽しそうでは無いかね』

「ふぉ?」

 

 

その時、牢屋の椅子の向かい側の壁・・・つまりワシの目の前の壁に、黒い染みのような紋様が浮かび上がったぞい。

禍々しい気配を発しておるそれは、まさしく・・・。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・これはこれは、伯爵殿」

『捕らえられたと聞いて、見に来たのだが・・・助けが必要かね?』

「いやいや、それには及びませぬぞい。わざわざ済みませぬのぅ」

『いや何、こちらも兵力補充のついでだからね』

 

 

正直な所、今はこうして牢にいる方が得策じゃよ。

手は打ち、やるべきことはしたしのぅ、後は中心から離れることが肝要じゃよ。

中心から離れておることが、生き残るための必須条項じゃからな。

そうである限り、ワシの身はワシを捕らえておる者が保証してくれる。

それは地位ある人間かもしれぬし、あるいは法かもしれぬがのぅ。

 

 

それに・・・助けを求めるにしても、相手を選ばねばのぅ。

助力の代償の大きさも考えずに、助けを求めるのは・・・身の破滅を呼ぶからの。

 

 

「ワシのことは、路傍の小石のごとく捨ておいてくれて構いませぬ。それよりも彼らを頼みますぞい」

 

 

そう、彼ら。

はて、さて・・・。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・」

 

 

・・・誰と誰が、消えてくれるかのぅ。

人生まだまだ、これからじゃて。

ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

政争の季節・・・特に王国史上初の選挙となる今回は、そう言う雰囲気にならざるを得ないでしょう。

選挙権は男女共に18歳以上、所得などの制限は無しの普通選挙です。

最初の選挙では有権者を制限してはとの声もありましたが、あえて制限無しです。

 

 

厳密には今回は地方選挙であって、国政選挙とは異なります。

とは言え地方議会や市長などを決める統一地方選ですから、国政にとっては重要です。

貴族院の議席の半数は貴族で占められ、若干名は女王の勅撰議員。

残りの半分は、地方議会の最大会派の代表で占められるのですから。

 

 

「投票の際には、我が党に是非とも清き一票をお願い申し上げます!」

 

 

新オスティアの街並みには、現在、このような声が溢れております。

まぁ、当然と言えば当然ですが・・・極端な話、清くなくても良いので票を寄越せと言うのが本音でしょうね。

政治家などと言うのは、選挙間近で無いと国民に優しくなりませんので。

 

 

だからこそ、政党を超越した存在としての女王の存在が、重要なのです。

まぁ、そうは言っても議会が開かれてしまえば・・・もうこれまでのように私とアリア様のみの意思で国を動かすことは難しくなるでしょう。

さらば、私とアリア様の超・独裁時代と言うわけですね。

もちろん、私が選挙で首尾よく勝利を収めれば続行可能でしょうが・・・。

 

 

「いや、なかなかに厳しいですねぇ」

「お疲れ様です」

 

 

選挙用の車両の上で街頭演説を行った後、また次の場所へそのまま移動です。

今日は朝から、ひたすら演説ですね。

移動中の車両の中で、ヘレンさんからタオルやら栄養ドリンクやらを受け取ります。

 

 

いやはや、帝国の混乱への干渉政策で随分と私も支持率を下げましたからねぇ。

介入するにしては小規模で、非介入を決め込むには不十分ですから、仕方がありませんが。

それに不味いことに、今回の出兵が内政上のミスを誤魔化すための手段だ、などと新聞に書かれてしまいましたし。

私が宰相に就いて6年ですから、そろそろ飽きが来ていると言うこともあるのでしょう。

 

 

「まぁ、政府を攻撃するのが野党とジャーナリズムの存在意義ですからね。仕方が無いでしょう」

 

 

とりあえず、それで納得することにしています。

ジャーナリズムが政府を攻撃できるのは、健全な証拠ですし。

野党は、まぁ・・・政権党になって苦労すれば良いと思いますし。

口で言うほど自分達が政権を担うに相応しい能力を持っているかどうかは、政権について見ないとわかりませんから。

 

 

「今回はアリア様が無事にお世継ぎをご出産された後の宰相と政府を決める選挙、と言うわけですが」

 

 

となると、私が宰相でいられるのは最短で1月末までと言うことになりますね。

それまでに、いろいろとカタをつけておきませんと・・・。

またぞろ、妙な噂が流行っているようですが・・・まぁ、選挙中ですからね。

 

 

「・・・ま、勝てれば良いのですがね。いやいや、そんなに心配しないでください」

 

 

世論調査では、私もまだまだ勝てる可能性がありますから。

だからそんなに不安そうな顔をしないでくださいよ、ヘレンさん。

・・・ああ、これがアリア様だったらこのクルト、勇気がリンリンなんですけどねぇ。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

・・・先の労働党の混乱以降、政党に対する監視は強化されている。

だが、阻害しろとも阻止しろとも言われているわけでは無く、過激派のテロを防止するための物だ。

任務としては、退屈極まる物だが・・・。

 

 

『有権者の皆様、人生と言うものは自分の力で創り上げるものです。そして人は、そうして出来上がったものをこう呼ぶのです・・・「運命」と』

 

 

ガジッ・・・と、手に持った赤いリンゴを齧る。

それを口の中で咀嚼しながら、僕は新オスティアの広場の一つを借りて立会演説を行っている女を監視している。

 

 

僕が少し離れた路地の陰から見ているその女の名は、保守党の党首プリムラ・ディズレーリ。

広場に設営された演説用のお立ち台の上で、数百人の聴衆を前に政策演説を行っている。

拡声器を使って話しているそれは選挙のための物であって、実に退屈極まる。

どうして僕が、あんな女を見守らなければならないのか・・・。

 

 

「兄貴、兄貴」

「・・・」

「兄貴、姐さんとは別れたんですかい? それで次はあんな年増を・・・はっ、まさか兄貴は熟女好きぃいあああぁぁっ!?」

「「「ぱ、パープル――――っ!?」」」

 

 

横に落ちていたゴミを踏み潰した後、僕はリンゴの食べカスを後ろに投げた。

後ろで残りの実を取り合って揉める音が聞こえるけれど、そんなことは知らない。

今の僕の任務は、労働党過激派のテロを防止することだからだ。

 

 

「ははっ、バカだなぁパープル。兄貴の女があの姐さんだぜ? きっと兄貴はムッチリした熟女よりもむしろぉっふぉっ!?」

「す、すんません兄貴ぃ! 兄貴の女を侮辱するつもりにゃばっ!?」

 

 

・・・コイツらは、いったいどうして僕に纏わりついて来るんだ?

鬱陶しいことこの上ないんだけど。

 

 

「・・・つーか兄貴、あの年増女は何を喋ってやがるんですかい?」

「・・・選挙のための演説」

「センキョ?」

「・・・キミらだって、投票用の資格証明書が送られているだろう」

 

 

新オスティアだけで無く、王国の有権者全ての家に投票の有資格証明書が発送されているはずだ。

それを持って投票所に行けば、一人に就き一票、投票できるシステムだ。

・・・まったく、こんなことに何の意味があるんだか・・・。

 

 

「へぇ、そんなもんがあるんですねぇ」

「・・・キミ達の所にだって、送られているだろう」

 

 

まったく、人間と言うのは・・・。

 

 

「あーいや、俺らは住所とか無いんで、そう言う手紙とか受け取ったこと、無いんスよ」

「・・・ああ、そう」

 

 

・・・まったく、人間と言うのは。

本当に、面倒だ。

 

 

「あれ? 兄貴、どこに行くんで?」

「あの年増女、まだ喋ってますぜ?」

「・・・」

 

 

貧民街(スラム)の連中の言葉を聞き流しながら、僕はその場で跳んだ。

跳んで・・・建物の屋上へと出る。

眼下では、まだディズレーリとか言う奴が演説をしている。

 

 

『行動したからと言って、いつも幸福が約束されるわけではありません・・・しかし! 行動しなければ、永久に幸福は訪れないのです!』

 

 

・・・それを見下ろしながら、僕は。

苛立ちに任せて、足元に唾を吐いた。

・・・くだらない。

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

先の労働党の混乱以降、著名な政治家に対するテロの危険性は増している。

特に選挙期間中は年末にも関わらず、多くの人が街頭を練り歩いている。

だからこそ、僕達のような存在が目を光らせておく必要がある。

 

 

特に、女王陛下(あねうえ)の目が届かない今の時期はね。

だからこうして、僕は自由党のエワート・グラッドストン氏の演説会場にやってきている。

 

 

『どのような地位も財産も、愛の前には何の意味も持たない!!』

 

 

公会堂を借りきって行われている自由党の演説会。

数百人の聴衆が詰めかけているその場に、僕もいる。

まぁ、演説自体には興味は無いけれど。

正装を着た中年の男性や女性に混じって、場に合わせた正装を着て足を組み、グラッドストン氏の演説を聞いている。

 

 

内容は、今の政権を批判する物がほとんどだ。

彼の主張は主に帝国主義的な拡張政策の即時撤廃と、エリジウム大陸の信託統治領の即時放棄、サバ地域を含む帝国内乱への干渉政策の即時廃止、女王大権の縮小と議会権限の拡大・・・などだ。

 

 

『自由主義とは、思慮分別に慣れた人々の分別である。そして保守主義は恐怖政治に慣らされた人々の不信でしかない! よって、人々は特定の個人による抑圧から解放されねばならない!』

 

 

・・・彼は、特に共和主義者と言うわけでは無いけれど。

 

 

「聞きようによっては、女王と宰相を非難しているようにも聞こえるね」

「・・・龍宮真名」

「隣、良いかな?」

 

 

その時、僕の隣の席に一人の女が腰かけた。

長身で、完成されたプロポーションを持つ褐色の肌の若い女。

黒に近いグリーンのイブニングドレスと、対照的な淡い色のショール。

大きく開いた胸元と背中、加えて、長い脚を組むと深いスリットのために太腿のかなり上の部分までが露になる。

 

 

・・・随分と、挑発的な格好ではある。

と言って、僕自身がそれに対して何かを感じたりするわけじゃない。

ただ、周囲の男性がぎょっとした顔をするくらいだ。

 

 

「なかなか言うね、あのご老体も」

「・・・体制側の人間として、それはどうなんだい?」

「私は傭兵だ。別に王国自体がどうなろうと、知らないね」

 

 

どこか楽しそうな顔で、龍宮真名は言う。

確かに彼女は傭兵で、クライアントである女王陛下(あねうえ)以外のことには興味が無いのだろう。

・・・それよりも。

 

 

「・・・何か、用かい?」

「何、キミに会いたくなってね・・・・・・冗談だよ」

 

 

苦笑して、龍宮真名は視線を僕からグラッドストン氏に戻す。

わざわざ隣に来ると言うことは、何か用があるのだろう。

無かったとしたら、その行動に意味が無い。

 

 

「・・・例の噂が、裏でぶり返しているようだ」

「噂・・・?」

「ただの噂だし、それほど信憑性があるわけじゃないけどね」

 

 

・・・今度は僕が、龍宮真名の横顔を見ることになった。

一方の龍宮真名は、淡々とした表情で演説を聞いていた・・・。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

選挙期間中は、王族の外での公務も控えることになるんだと。

何でも特定の政党に肩入れしてると思われると不味いとかってんで、おかげで外にも出れねぇ。

まぁ、孤児院だり養老院だりに行くぐらいしかねーけどな、公務っつってもよ。

 

 

「これは・・・スタン殿、ようこそおいでくだされた」

「げ」

「げ、とは何じゃ、げ、とは」

 

 

でもだからって、スタンのじーさんの方からやって来ることはねーだろ。

アレか、曾孫が楽しみで仕方がねーってか?

 

 

「当・然・じゃ! 村人一同が楽しみにしておるわい!!」

「わ、わーった、わーったよ・・・」

「有難いことです。スタン殿、本当にありがとう」

「いやいや、アリカ様もご苦労なさっておられるでしょうが・・・」

 

 

・・・そして、俺の嫁さんとスタンのじーさんの仲が良くなっていくんだよな。

何でだ・・・似た者同士なのか? 頑固で素直じゃねーとことか。

 

 

とにもかくにも、スタンのじーさんが午後のお茶の時間にやってきたわけだ。

まー、別に良いけどよ。

ただ、書類仕事とどっちがマシかってーと、結構なレベルで甲乙つけ難いってーか。

 

 

「・・・せっかくおいで頂いたのですが、今日はその・・・アリアは会えぬと思います」

「ほぅ、どうかしたのかのぅ?」

「頭痛が酷くて死にそうなんだと。まったく・・・頭痛なんて、なぁ? 大したもんじゃねーよなぁ?」

「「ナギ?」」

「・・・すんません・・・」

 

 

嫁さんとじーさんに、すげー睨まれた。

いや、冗談だって冗談・・・俺も心配はしてるんだぜ?

えーっと、9ヶ月目に入ったあたりから、こうアリアは情緒不安定っつーか・・・とにかく、また急に調子が悪くなってきやがったからな。

 

 

「何で女の人しか妊娠できないんですか!?」とか、意味不明なこと言ってやがったらしいし。

頭痛と不眠が酷いってんで、軽く風邪気味になってるらしいし。

侍医団がやたらに忙しそうにしててよ、俺とアリカも面会に行けねーんだわ。

どうも、かなりカリカリしてるらしくてな・・・。

 

 

「・・・ふむぅ、難しい時期じゃからのぅ」

「はい・・・」

 

 

・・・まぁ、だからってアリカやスタンのじーさん並に深刻ぶることもねーけどな。

アリカだってネギとアリア産んだし、アリアも大丈夫だろ。

何にも、心配することなんてねーって。

 

 

・・・そういや、のどかちゃんはどうなってっかな。

ネギの奴が連れてったはずなんだが・・・あの悪魔と一緒に。

・・・別に、ネギがネカネやのどかちゃんとここを出て行ったこと自体は、良いんだ。

それはアイツらが決めることで・・・まぁ、結果どうなるかは、アイツらが責任とんなきゃいけねーんだが。

 

 

「そうですか、街はそんなにも・・・」

「うむ、まさに選挙一色でございましたぞ。中でも王国民主党などは、大家族の党員が多く・・・」

 

 

新オスティアの様子について話し出した嫁さんとじーさんの様子を見ながら、俺は考える。

不眠ってんなら、この2人も良い勝負だよな、とかな。

・・・ネギ、男なら・・・わかってるよな?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

僕は・・・たぶん、たくさんの人に迷惑をかけたと思う。

正直、どうしたら良かったかなんて今でもわからないけれど。

だけど・・・少しだけ、行動の指針ができたような気がするんだ。

 

 

父さんだったら、どうするか。

 

 

父さんが・・・ナギ・スプリングフィールドが僕の立場だったら、どうするか。

結局の所、僕にはこれしか無いことに気付く。

そう思い至った時、僕は思わず笑った。

でも今は、昔と違って僕は父さんのことをちゃんと知ってると思う。

だから・・・そんなに、外れて無いと思うんだ。

 

 

「結局、僕って父さんのこと以外、何も無いんだな・・・」

 

 

その父さんのことだって、結構・・・怪しいけどね。

それにネカネお姉ちゃんのこととか、のどかさんのこととか・・・産まれてくる、子供のこととか。

いろいろと考えなくちゃいけないことは、あるんだろうけど。

どうすれば良いかなんて・・・わからない。

 

 

だから、行動する。

行動して・・・考えて、それでもってやっぱり、行動する。

それでも・・・きっと正解じゃ無い。

 

 

『もし何をすれば良いのかわからないのなら』

 

 

・・・昔、あの夢の中で、僕はザジさんに言われたことがある。

僕は独りで・・・何も無いと。

 

 

『自分の感情をそのまま口にすれば良い』

 

 

だけど、もし本当に独りで、何も無かったのなら。

ネカネお姉ちゃんは、僕に優しくしてはくれなかった。

タカミチは僕に修業をつけてくれなかったろうし、ザジさんは僕を助けてくれなかったと思う。

明日菜さんは僕の姉になろうなんてしなかったろうし・・・のどかさんは、傍にいてくれなかったと思う。

 

 

『貴方が、それを望んだからです』

 

 

父さんことは、今でも僕の唯一で。

他のことは、二番目かもしれないけど・・・いや。

全部、きっと大切な何かだと思う。

だから・・・。

 

 

「・・・もし、父さんが僕の立場だったとしたら・・・」

 

 

『魂の牢獄』のカードを持った右手は、今でも疼く。

闇と魔力・・・詠唱魔法の失われたこの世界でも、この力は消えなかった。

消えずに、残っている。

 

 

これに・・・何の意味があるのかはわからないけど。

だけど、何か意味があるんだと信じたい。

 

 

「・・・絶対に、ただ言いなりになったりしない」

 

 

・・・そうだよね、父さん。

右腕と、ほぼ全身に広がりつつある紋様が・・・疼いた。

 

 

 

 

 

Side 宮崎のどか

 

「・・・は、ぁ・・・はぁ、ぁ・・・っ」

 

 

お昼ご飯を食べた後から、少しだけどお腹が痛くなってきました。

最初は30分間隔くらいで、少しずつ短くなってきて・・・今は、15分間隔くらいです。

本で読みました・・・10分間隔くらいになると、もうすぐ産まれるサインだって。

 

 

陣痛。

 

 

私の・・・ネギせんせーの、赤ちゃんが産める。

痛い、けどとても幸せな気分です。

あの悪魔さんと契約してから、右眼が熱くて痛くて碌に眠れなかったですけど・・・。

でも、それもこれも今日のため。

だからとても、嬉しいんです。

 

 

「でも、ここだと不味いです・・・よね・・・っ」

 

 

額に汗が滲むのを自覚しながら、私は深く息を吸っては吐き、呼吸を整えて椅子から立ち上がります。

ゆっくりと立ち上がると、少し楽になりました。

確か、寸前までは動き回った方が良いって・・・。

 

 

「いや、待たせて申し訳ないね、お嬢さん」

 

 

その時、私の部屋の扉が開きました。

そこにいたのは、ネカネさ・・・ヘルマンさん。

ネカネさんを経由して契約した、私の悪魔さん。

 

 

ヘルマンさんの後ろには、見たことが女の人が何人かいました。

髪や瞳の色は違うけど、皆、同じ顔をしています。

どこか・・・あの人に似ているような気がします。

つまり、あんまり好きじゃない顔です。

 

 

「ああ、気にしないでくれたまえ。彼女らは私の従者だ」

「従者・・・悪魔ですか・・・?」

「魂だけね。何分、この身体では召喚ができない。だが幸い、この大陸にはちょうど良い『人形』があったようで、その身体に魂を定着させて貰った。私の目であり・・・口でもある」

「・・・はぁ」

 

 

何を言っているのか、意味がわかりませんが・・・。

いずれにしても、徐々に強まる腹部の痛みのせいで、あまり考えられません。

 

 

「彼女らが出産を手伝う。何、人間の医者よりはるかに優秀だから安心してほしい。ほら、そこのソファに横になりなさい」

「あ、ありがとう・・・ございます」

 

 

悪魔と言うのは、残酷なイメージがありますが・・・契約者には優しいことが多いとも聞きます。

それは、もちろん後で魂を食べるからですけど。

私の魂・・・死後、私の魂はこの悪魔さんの物になります。

それでも良い。

それで、赤ちゃんやネギせんせーが助かるなら・・・。

 

 

「大事な大事な契約者だからね、気を付けないといけないよ」

「・・・はい」

「本当にね・・・何しろ」

 

 

私の魂なんて、どうなっても・・・。

 

 

「何しろ、元気な契約者を産んでもらわなければいけないからね」

 

 

・・・・・・え?

 

 

「おや、どうしたのかね・・・私は最初に言ったはずだよ、お嬢さん。魂を一つ、捧げて貰うと」

「それ、は・・・私の・・・」

「いやいや、キミのようなお嬢さんの魂を食べるなど・・・悪魔と言えども、心が痛む」

 

 

・・・どう言う、こと?

ううん、わかってる、けど。

わかりたく、無い。

 

 

悪魔さんの、ネカネさんの顔から、人間らしい表情が消える。

浮かんだ笑みは・・・絵に描いたような、「ニタリ」とした笑みで。

 

 

 

「契約者は、お嬢さんのお腹の子供だよ」

 

 

 

ギシリ、ト、ナニカガキシムオト。

ソレハサイショハチイサク、シダイニオオキクナッテ。

ソシテ。

 

 

 

 

 

Side ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマン伯爵

 

『あアあああああぁァぁあああぁアぁあああァアぁぁっ、ぃアアあああアあぁあぁぁああァああああぁあああぁああァァッッ、うあああぁぁあぁああああああああああぁあぁぁああああぁぁあぁっっ!!!!』

 

 

扉の向こうからは、断続的にお嬢さんの悲鳴が響いている。

うむ、嘆かわしい。

人間の女性にとって、出産とはかくも過酷な試練なのだろうか。

人間の聖典によると、出産は神が女性に与えた罰だと言う。

いや、神は本当に人間を苦しめるのが好きだね。

 

 

考えてみれば、人間を滅ぼすのはいつだって神だ。

だと言うのに、人間は神を信仰する。

不思議な生き物だよ、理解し難い。

 

 

「キミも、そうは思わないかね?」

 

 

人間の願いを叶えるのは、いつだって我々悪魔だ。

正当な報酬さえ支払えば、人間の願いを叶えるために行動する。

それが、悪魔なのだから。

 

 

「・・・ネギ君」

 

 

お嬢さんの部屋の前の廊下、そこには私の他にもう一人いる。

ネギ・スプリングフィールド・・・サウザンドマスターの息子。

そして、我ら悪魔に近い闇色の匂いをさせる青年。

 

 

ネギ君はしかし、何も答えてはくれなかった。

ふむ、寂しいね。

外はどうやら激しい雨のようで、雷も鳴っているようだ。

 

 

「懐かしいね、ネギ君。麻帆良でキミと再会した時も、こんな天気だったかな?」

「・・・」

 

 

ネギ君は私の思い出話には関心が無いようで、何も言わず、シャツを脱いだ。

なかなかに鍛え上げられた身体だが、何より目を引くのは、身体中に這いまわる闇色の紋様。

稲光に照らされるそれは、悪魔の私から見ても禍々しい。

 

 

「ふむ・・・良いね、ネギ君。前にも言ったかもしれないが、私は才能のある人間を見るのは好きだよ。そう・・・キミには『見所』がある」

「貴方を、倒します・・・ヘルマン」

「ほぅ・・・大きなことを言うね、ネギ君」

 

 

どうやら、何か準備をしているようだが・・・どうするのかな。

私のこの身体は、本体では無い。

本体は未だに、あのアリア君のカードの中だ。

長く生きているが、あんな物は初めてだ。

まぁ、6年間でジワジワと穴を開けて、こうやって部分的に出ることはできたがね。

 

 

・・・背後の扉からは、未だにノドカ嬢の悲鳴が聞こえる。

従者達がお嬢さんを傷付けることは無い。

だからと言って、叫べば出産を止められる物でも無い。

・・・なかなかに、美味だよ。

 

 

「キミは、どんな味なのかな・・・ネギ君」

 

 

そう言って、一歩を踏み出す。

すると・・・足元で何かが輝いた。

視線を下ろせば、そこには魔法陣。

 

 

それも、ただの魔法陣では無い。

あのカードに、この娘(ネカネ)の血で描いた印と同じ物だ。

封印の、仲立ち。

 

 

「ネカネお姉ちゃんの血よりも・・・僕の血の方が『近い』」

 

 

再び視線を戻せば、ネギ君が右手を前に突き出している。

掌の上には、あのカード・・・『魂の牢獄』が浮かんでいる。

 

 

「なるほど素晴らしい、しかし私を再封印することはできないよ、ネギ君。キミにはそれは『使えない』だろう?」

 

 

私の言葉に、ネギ君は少し表情を歪める。

心のざわめきは、まさに私の好み。

何とも・・・悪魔を魅了してやまない青年だよ。

 

 

「・・・確かに、僕にはこれは使えないし、使う資格も無い」

 

 

淡々と・・・強いて淡々と、ネギ君は告げる。

その全身の闇色の紋様が、黒い光を浮かべている。

詠唱魔法が使えないこの世界で、良くもこれだけの術式を動かせる。

とても人間とは、思えない。

自然と私の口元に笑みが浮かぶ、良いね・・・。

 

 

「・・・それでも、貴方をネカネお姉ちゃんの身体から引き剥がすことくらいはできる!」

 

 

ぐんっ・・・と、ネギ君が右の拳を握り込んだ。

カードとの間で魔力が拮抗し、反発し・・・右手の皮膚が弾け、血が飛び散る。

苦悶に歪む顔、分不相応な術式の展開は彼の身体と魂を蝕む。

・・・素晴らしい!

 

 

「ふ・・・ふふはははっ、良いね! 素晴らしい・・・それでこそ、サウザンドマスターの息子だ!」

 

 

実に惜しいね、その才能。

才能だけは豊かな、歪んだ不安定な自我と肉体。

それが壊れる様を、是非とも見てみたい!

 

 

「ありがとう―――――最高の、褒め言葉です」

 

 

次の瞬間、硝子のの器が砕けるような音が響いた。

自分の顔の前で、ネギ君が『魂の牢獄』のカードを握り潰す。

いや、握り潰したように見えただろう。

 

 

ネギ君の全身の闇色の紋様が輝き、魔力の圧力が暴風となって周囲を襲う。

仲立ちの紋章・・・契約印によって縛られた私は、それをあえて見ている。

砕かれたカードは、細かい粒子となって未だに存在し、私を封じている。

何か、抗いがたい力に引き寄せられるのを感じるよ・・・!

 

 

「―――『固定(スタグネット)』、『掌握(コンプレクシオー)』―――」

 

 

ぐんっ・・・と、身体が・・・否、魂が引かれる。

 

 

「『魂の牢獄:ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマン』――――――!!」

 

 

引かれて、惹かれる。

素晴らしい・・・!

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

・・・俺自身の所に「噂」が届いて来たのは、我が軍がシルチスへ進軍を始めたと言う報告を受けた3日後のことだ。

大した経路を辿ったわけでは無く、いつものように出勤してきた俺を、従卒が不安そうな顔で見ていたので問いただしただけだ。

 

 

どうやらエリジウムの街々ではまことしやかに囁かれている噂らしいのだが、それだけに俺のような公人の耳に届くまでには時差(タイムラグ)があったらしい。

とは言え、噂自体は真新しい物では無い。

 

 

「王都では女王陛下のご不在を良いことに、宰相クルトが専横を極めている。そして宰相クルトは自分に比肩しうる政敵であるエリジウム総督リュケスティス元帥を追い落とすべく画策している・・・」

 

「その原因は、エリジウム総督リュケスティス元帥が宰相クルトの裁可無く高官を粛清したことである。エリジウム総督リュケスティス元帥は宰相クルトの風下に立つことに不満を持っている・・・」

 

「ために、宰相クルトは女王陛下のご不在にかこつけてエリジウム総督リュケスティス元帥を罷免し、彼を粛清しようとしている・・・」

 

「これを恐れるエリジウム総督リュケスティス元帥は、軍事的蜂起(クーデタ)によって政権を奪取し、逆に宰相クルトを粛清すべく先制の一撃を与えようとしている・・・」

 

「そしてエリジウム総督リュケスティス元帥は自身の権力の正当性を訴えるため、女王陛下をエリジウム視察と言う名目で呼び寄せようとしている・・・」

 

「しかしそれを知っている宰相クルトは、自身の権力維持のために女王陛下を王都に留めて離さず、出産を名目に拒絶し、エリジウム総督リュケスティス元帥の召喚状を女王陛下に書かせるだろう・・・」

 

「身重の女王陛下は狼狽して成す所を知らず、宰相クルトとエリジウム総督リュケスティス元帥の確執を止められないだろう・・・」

 

 

・・・そこまで聞いた所で、俺は従卒を執務室から下がらせた。

どうやら配慮が足りなかったようで、若い従卒は恐縮しきって部屋から出て行ったが・・・。

想像以上に不愉快な噂を聞かされた俺としては、それくらいのことは許して欲しいとも思う。

 

 

噂の大枠自体は、単に俺が叛逆すると言う先だってよりあった噂だ。

だが先の噂は、未だ政治の第一線にあった我が女王に取り上げられもせずに握りつぶされたでは無いか。

それでもなお噂が続いていることは不愉快でならないし、さらにより不愉快なのは、この噂がいずれは王都にまで届くであろうと言うことだ。

噂とは流行病のような物であって、止めようとして止められるような物では無い。

 

 

「それにしても、良くできた噂ではあるな。俺があのクルト・ゲーデルを毛嫌いしていることは事実だし、脚本としては2流程度にはなっているだろう」

 

 

俺がクルト・ゲーデルを気に入らない理由は・・・まぁ、まずは生理的に無理と言うのもあるが。

何より合わないのは、先代のアリカ女王に対する視点の違いだろう。

俺と・・・そう、俺やグリアソンは、先代のアリカ女王を名君とも賢君とも思っていない。

 

 

だが、奴は違う。

奴はまず、先代のアリカ女王の名誉を回復するために今の我が女王を押し立てたに過ぎない。

なるほど、全ての原因はメガロメセンブリア元老院の陰謀だったのかもしれない。

だがそれは原因であって、結果では無い。

結果に対する責任が、先代女王アリカにはあるはずだった。

 

 

「今でも、我が女王よりは先代女王への忠誠が勝っているだろうよ」

 

 

その点において、俺とグリアソンは一致している。

・・・そうか、今はグリアソンも王都にいないのだったな。

 

 

我が女王が俺を粛清するはずも無い、現に先の王都訪問の際、話題にすらしなかったでは無いか。

叛逆の噂を黙殺し、俺に王室御用達(ロイヤルワラント)のガラスペンを賜れた。

だが、その我が女王が思うに任せて動けぬとあれば・・・。

 

 

「・・・今、本国は統一選挙の真っ只中、か」

 

 

噂自体は、恐れるに足りぬ。

ただ一点、気に入らない点があるとすれば・・・我が女王を、身重だと言うだけで何もできぬ無能だと誹謗している所だろう。

 

 

我ながら度し難いとは思うが、俺は我が女王を先代女王アリカより上位に置きたいし、事実として上位だと思っている。

だからこそ、先代女王アリカを優先するあのクルト・ゲーデルと本質的な点で対立もするのだろう。

・・・つまりは、妊娠などで我が女王の聡明さが陰るわけが無いと思い込みたいのかもしれなかった。

 

 

「・・・政務官を―――牢屋にいる方じゃ無いぞ―――呼んでくれ、本国へ送る公式文書について協議したい」

『はっ』

 

 

机の通信機を動かして、公式文書の起草の担当官を呼ぶ。

本国へ書き送る公式文書は、招聘状。

 

 

内容は・・・我が女王に、新グラニクスの建設状況を視察して頂くと同時に、南エリジウムの民の慰撫を依頼する内容になるだろう。

つまり、我が女王を・・・エリジウム大陸へ招聘する。

・・・あえて、噂に乗ってやろうでは無いか。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

やれやれ、アリアの奴は今日も不機嫌だったな・・・などと考えながら自分の執務室にいたのは、ほんの30分前の話だ。

何しろ昼食の時に「野菜スープって何ですか! 苺持ってきやがれですよ!」とか言って、マジギレしていたからな・・・。

 

 

・・・いや、それは良いんだ。

もうすぐ10ヶ月目、臨月だからな。

いよいよ、本気で出産間近だ・・・さよの時は傍にいてやれなかったが、今回は傍にいてやれる。

 

 

「準備はバッチリです、マスター」

「ケケケ、バッチコイだぜ」

 

 

茶々丸とチャチャゼロもノリノリだし、若造(フェイト)も無表情に黙々と準備している。

ナギやアリカ、その他の侍医や侍女達のシフトも決まって準備万端だ。

とうとう、赤ん坊が産まれる。

・・・・・・だと、言うのに!

 

 

「どおおおおおおぉぉぉぉ言うことだゲーデルううううぅぅぅぅぅっっ!!」

「・・・・・・いや、本当にもう勘弁してくださいよ・・・・・・」

「知るかぁっ! お・前・は! いつでもどこでもどんな時でも碌な事しやがら無いんだからな・・・!」

 

 

そして今、私はゲーデルの執務室で奴の首をへし折ろうとしている所だ。

ところがコイツもこれでなかなかの使い手なので、ギリギリへし折れない。

仕方が無いので、ガクンガクンと首を揺らしてやることにする。

 

 

「あ、あわわわ・・・!」

 

 

アリアの後輩でゲーデルが囲っていると噂のヘレン・キルマノックがオロオロしているが、そんなことはどうでも良い。

選挙演説や普段の政務でグロッキー状態のゲーデルを、ひたすら問い詰める。

 

 

「ちょ、おまっ・・・今回は本当にバカだろ!?」

「ちょ・・・本気で勘弁してくださいよ、選挙活動って体力勝負なんですから・・・」

「死ね! たぶん、お前が死んだら世界平和が来そうな気がする!」

「たとえ私が死んでも、必ずや第二第三の私が・・・」

 

 

貴様が2人も3人もいたら、ウザいを通り越して殺意を覚えるわ!

・・・ともかく、私は今回、真面目にキレている。

何故なら・・・。

 

 

「アリアがエリジウムに行くとは、どう言うことだ!?」

 

 

女王アリアが、エリジウムへ行幸する・・・。

と言う話が、ある。

正直に言って、冗談では、無い!!

 

 

「お前だって知ってるだろ! アリアはお前、来月が臨月でお前・・・バカだろ!? お前はアリアのことでは手抜きをしない男だと思っていたぞ!?」

「な、何をバカな、私はアリア様の第一人者ですよ。検定があれば一級は間違い無いです」

「だったら、何故!?」

 

 

何か知らんが、リュケスティスの奴が招聘状を出したと聞いたぞ。

詳しい話は知らんが、ややこしい政治的事情がどうとか言う話だったと思う。

何度でも言うが・・・アリアは、来月が臨月だ。

 

 

今から行幸の準備などをしていては、臨月に長旅をすることになってしまう。

常識的に考えて、あり得ない。

リュケスティスの奴も、何を考えて・・・。

 

 

「何故、アリアをエリジウムに行かせるんだ!?」

「・・・・・・はい?」

「・・・あ?」

「・・・さっきからいったい、何の話ですか?」

 

 

・・・何か、いつかのパターンだった。

 

 

「確かにそう言う噂があるのは知っていますが・・・まだ、正式に招聘状は来ていませんよ?」

「は・・・?」

「仮に来たとしても、流石に臨月にそう言うことは・・・」

「・・・だ、だよな」

 

 

・・・ゆっくりと、ゲーデルから手を離す。

な、何だ・・・ただの噂か。

そりゃそうだよな、ゲーデルがいかに鬼畜で陰険で眼鏡とは言え、流石にそこまでは。

 

 

「あ、あの・・・」

 

 

その時、恐る恐ると言った具合に、ヘレン・キルマノックが口を挟んできた。

 

 

「せ、正式な公文書はまだですが・・・通信での仮申請書は、本日の執務書類に入ってますけど・・・」

「・・・! ゲーデ・・・・・・ル?」

 

 

騙されたかと思ったが、ゲーデルの顔は、ことのほか深刻そうだった。

ここ数日は選挙対策に忙殺されていたから、くたびれたサラリーマンみたくなっていたが・・・。

 

 

「・・・マクダウェル尚書」

「あん?」

「その話、どこから拾ってきたんですか・・・?」

「あ、いや・・・私も詳しくは。エリジウムに出張してた工部省の官僚がそんな話を・・・って」

 

 

・・・何故、公文書よりも先に?

いや、噂が先なのか・・・どう言うことだ?

いかん、混乱して来たぞ・・・混乱?

と言うか、何でもう行くことが決定みたいな流れに・・・?

 

 

「・・・どうも、選挙にばかりかまけてる場合では無いようですね」

 

 

眼鏡を光らせながら、ゲーデルがそう言った。

どうやら政治的な話になりそうだが・・・私は一つ、心配なことがあった。

・・・仕事に餓えてるアイツが聞いたら、どうするか・・・。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第24回広報:


アーシェ:
ハイッ、こちら王都です!
いやいや、盛り上がってますね~・・・選挙です!


アーシェ:
はいっ、では次回は1月に突入。
あ、言ってませんでしたけど・・・。
・・・女王陛下の予定日は、結婚記念日だそうですよ。
では、今回はここまでっ。


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アフターストーリー第27話「女王兼新妻兼母親(予定)」

Side アリア

 

旧世界ではまだですが、魔法世界では年が改まって1月1日。

日本や英国とはまた少し違う形で、ウェスペルタティアの民も新年を祝っています。

と言うか、基本的にお祭りです。

 

 

「本年が国民の皆様にとり、少しでも良い年となるよう願っております」

 

 

私がそう声をかけると、宰相府で最も大きい中庭に集められた市民が歓声で応えてくれます。

中庭には抽選で選ばれた700人の市民の方々がが訪れており、そして宰相府の外には1万人以上の方々が集まってきているそうです。

 

 

ここ2ヵ月ほどエヴァさん達と侍医団の攻勢ですっかり包囲されていた私ですが、新年の民への挨拶は君主として王族として必要な公務、国事行為です。

つまり久しぶりのお仕事です、ああ・・・癒されます・・・。

午前10時からの30分間、宰相府の2階から階下の人々に対して挨拶をし、手を振ります。

 

 

「年頭に当たり、世界の平和と人々の幸せを祈っています」

 

 

王室としての行事なので、私の隣にはフェイトがいます。

さらに言えばお母様とお父様もおりますし、民からは見えない廊下の向こう側には茶々丸さん達がおります。

ついでに言えば、本当はこれ、あと6回はしなければならないのですが・・・私の体調のことがあるので、午前と午後の2回きりです。

 

 

体調・・・つまり、私のお腹の赤ちゃんのことですね。

予定日は1月の後半、侍医団によるともういつ産まれてもおかしく無いらしいですけど・・・。

あと数週間後には、この手に抱けているかもしれません。

・・・・・・ああ、かなり辛かったですね、妊娠生活。

 

 

「女王陛下万歳!」

「新年が王国のさらなる飛躍の年に!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「どうか元気なお世継ぎを―――!」

「女王陛下、お身体にお気を付けて―――!」

 

 

民の方々も、赤ちゃんの誕生を心待ちにしてくれているようです。

その声に、少しだけお腹を撫でて微笑んで見せます。

すると、ガラス張りの壁の向こう側で民がさらに歓声を上げてくれます。

 

 

それに手を振り続けて・・・予定より3分前に、私は奥に下がらせて貰いました。

私が立っているのに疲れてしまったのと、後、腰と太腿が痛くなってしまって・・・。

・・・これは、お腹の赤ちゃんも疲れてしまったと言うことでしょうか?

 

 

「お、おい、大丈夫か・・・?」

 

 

そのまま部屋まで歩かずに廊下に用意された椅子で休む私に、エヴァさんが不安そうに声をかけて来ます。

私はそれに、小さく笑って。

 

 

「大丈夫ですよ、むしろ久しぶりにお仕事ができて、気分が良いんです」

「ほ、本当か・・・? さよみたいに車椅子とか、いるか?」

「いえ、自分で歩きたいので・・・」

 

 

エヴァさんは、本当に心配性ですね。

ここの所、私から離れてくれません。

それにどの道、フェイトやお母様達が戻ってくるまではここにいるつもりですし・・・。

 

 

「疲れたって言うよりも、少し動きにくいと言うか・・・」

「・・・お腹のお世継ぎが、下がって来たのでしょう」

 

 

傍に控えていた侍医の中から、ダフネ先生がそう意見を述べます。

ダフネ先生によると、赤ちゃんは自分が生まれやすい体勢を探して下へ下へと下がるのだとそうです。

そして母親の骨盤に頭を固定したら、後は本当に産まれるだけで・・・。

 

 

「そんな大事な時に、本当に行くのか・・・?」

 

 

ダフネ先生の話を聞いたエヴァさんが、ますます心配そうな顔になりました。

 

 

「・・・エリジウムに」

 

 

・・・エヴァさんだけでは無くて、その場にいる人間全てがおそらくは反対。

それに私は、また小さく笑いかけました。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

・・・アリアが、エリジウムの新グラニクスへ行幸する。

それ自体は別に、不思議なことでは無い。

君主が自国の信託統治領を訪れ、人心を慰撫するのは立派な公務じゃ。

 

 

じゃがこの場合、問題なのは行為では無く時期じゃ。

臨月にあるアリアが本国を遠く離れた地へ赴くなど、普通はあり得ぬ。

例え信託統治領の総督が招聘状を出したとしても、出産を理由に断るなり延期するなりしても良かろうに。

おそらく、今回ばかりは誰も責めぬ。

 

 

「・・・私が産休の間に、何でここまで状況が悪くなってるんですか・・・」

 

 

民への新年の挨拶を終わらせた後、アリアが廊下の椅子に腰かけたままそう言うのが聞こえる。

歩を早めること無く、あえてゆったりとした足取りでそちらへ向かう。

 

 

「・・・申し訳ありません」

 

 

その前に傅いておるのは、クルトじゃ。

状況の悪化とは、王国本国政府とエリジウム総督府の関係の悪化のことを指しておる。

アリアも報告で知ってはいたじゃろうが、ここ2ヵ月は体調が優れなかったのもあって、基本的には対処を宰相府と総督府の折衝に任せておったのじゃが・・・。

 

 

ただ、一方の本国政府は選挙の時期にあって柔軟な手を打てず、片や総督府はエリジウム大陸域内で頻発する小規模なデモや暴動の鎮定に奔走されておった。

おまけに、拡大する一方の「リュケスティス総督に不穏の気配あり」と言う噂が、双方の職員の間に見えない疑心暗鬼の網をかけてしまった。

 

 

「現地の民の間ではすでに、アリア様の行幸が既成事実の物となっております」

「公式発表前に、何でそんなに広がるんですか?」

「不明です。しかし、ただの噂にしては広がり方と定着の度合いが異常であることは確かです」

 

 

元々、アリアの新グラニクス視察は宮内省の予定に入っておった。

現地の治安を回復する上でも、ウェスペルタティア女王の訪問は効果があると思われるからじゃ。

何しろ、将来はアリアを共同元首と戴くやもしれぬ土地じゃし・・・。

 

 

それは別にしても、クルトの言うように噂の広がりが異常じゃ。

まるで、何らかの力が働いているかのような・・・。

 

 

「・・・出産の後では、遅いのですね?」

 

 

そして、さしものアリアにも迷いはあるようじゃった。

それは当然じゃろう、何しろ初めての出産じゃし・・・まぁ、私も一度しか経験が無いが。

 

 

「・・・御意でございます、アリア様」

「何故だ!? もう1ヵ月遅らせれば済むことだろ!?」

「先走ったらしい現地のいくつかの都市が、すでに歓迎の用意をしているとのことで・・・ここで断ると、噂がどんな方向に行くかわかりません。あるいは、噂通りの方向へ誘導されるやも・・・」

 

 

・・・聞く所によれば、女王アリアの行幸の報を受けたエリジウムでは、暴動の発生率が下がり始めているらしい。

アリアは、そのあたりの効果を考えているのやも・・・。

 

 

「我々侍医団は、反対です。今は女王陛下にとってもお世継ぎにとっても、重要な時期です」

「私達も反対だ。政治的イメージがどうだか知らんが、今はアリアの身体が第一だろ」

 

 

マクダウェル殿と侍医団が、揃って反対する。

クルトは立場上、少し苦しいし・・・かと言って、私やナギが口を挟むわけにはいかぬし・・・。

・・・私は、出産に関して無茶するなと叱る資格が無いから。

 

 

そして、一同の視線はある1点で固定された。

すなわち、アリアの夫君・・・婿殿、フェイト殿を見つめる。

突発的で非公式な話し合いでもあるし、場所も場所ではあるが。

・・・現時点で、非公式に最もアリアに影響力を持つ殿方じゃ。

ある意味で、婿殿の言葉でアリアは動くと言っても過言では無いが・・・。

 

 

「行けば良いんじゃないかな」

 

 

・・・なので、婿殿が賛成するとは思わなんだ。

いや、まぁ、今さらと言えば今さらじゃが・・・。

 

 

「移動中はともかく、万が一の際には向こうの病院で・・・と言う手段もある。今は戦時だし、一刻も早く不要な噂を取り除いた方が良いと思う」

 

 

そして婿殿のその言葉に、アリアはにっこりと笑みを浮かべる。

我が意を得たり、まさにそのような笑顔じゃった。

・・・そこまで、仕事がしたいのじゃろうか・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「オイ、どう言うつもりだ」

 

 

流石に廊下でする話でも無いだろうと言うわけで、皆はそれぞれの持ち場に戻ることになった。

また改めて、正式な話し合いの場を持つことになるだろう。

だが正直な所、アリアが自分の意思を曲げるとも思えん。

となると、出発と帰還は早ければ早い方が良いと言うことになるだろうが・・・。

 

 

・・・とりあえず、公然とアリアの意見を支持した若造(フェイト)を呼び止める。

若造(フェイト)は足を止めると、片手を振って暦達を下がらせた。

アリアやアリカ達がいなくなった廊下には、私と若造(フェイト)だけが残る。

 

 

「・・・どう言うつもり、とは?」

「とぼけるな。何でアリアを止めない、お前だって無茶だってことはわかっているだろう」

「そうだね」

 

 

私の言葉に、若造(フェイト)は淡々と頷くばかりだ。

それで無くても、臨月に長旅などあり得ない。

だと言うのに、長旅に加えて仕事をするだと?

頭、沸いてるんじゃ無いだろうな・・・。

 

 

「・・・アリアが普通の立場の人間であれば、僕も賛成はしなかった」

「普通で無くても反対しろよ、お前はその・・・・・・・・・アリアの、ぉっ・・・だろ、うん」

「そうだね、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

 

 

あくまでも淡々と頷く若造(フェイト)、だんだんと苛々してきた・・・。

 

 

「でも、だから賛成したんだよ」

「あ?」

「・・・はぁ」

 

 

溜息を吐かれた。

・・・そろそろ、殴っても良いか?

 

 

「僕は女王陛下の夫君(プリンス・コンソート)なんだよ、、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「・・・そんなことは、わかってる」

「いいや、わかっていないね。僕がアリアの夫であることと、女王陛下の夫君(プリンス・コンソート)であることは別なのさ」

 

 

・・・どう言うことだ?

 

 

「・・・アリアは趣味で仕事をしている」

「・・・ああ」

「だけど同時にそれは彼女にしかできない仕事で、彼女しかやってはいけない仕事だ。代わりはいない、厳しい仕事だし、実際は時間も足りていない。今回の信託統治領の件には、そう言う側面もある」

「・・・何の話だ?」

 

 

私が首を傾げると、若造(フェイト)はさらに溜息を吐いた。

さらに苛立つわけだが、何故か若造(フェイト)も苛立ったような目をしていた。

何だ・・・やるのか。

 

 

「・・・まさかとは思うけれど」

「何だ」

「キミ、未だにアリアが自分のモノだなどと思っているわけじゃ無いよね?」

「・・・だったら、何だ」

 

 

・・・今度ばかりは、コイツは私の逆鱗に触れたぞ。

ビシリ・・・と、私の足元の床に罅が入る。

それは当然、私の身体から漏れだす魔力と殺気で起こった現象だ。

だが若造(フェイト)は、その程度ではまるで動じていない。

 

 

・・・アリアは、私の家族(モノ)だ。

最近はアリアの立場も慮って口にはしないが、例え嫁に行こうと女王になろうとアレは私のモノだ。

誰かに・・・誰にも、否定などさせん。

 

 

「アリアは・・・私のモノだ。何だ、貴様のモノだとでも言うのか?」

「それは一面の事実ではあるけれど、残念ながら違うよ。彼女は・・・」

 

 

ポケットに両手を入れて、目を伏せて若造(フェイト)は言った。

 

 

「アリアは、国のモノだよ」

「・・・!」

「彼女は女性として、そして妻として母としてお腹の子供を気にかけてる。そして同時に君主として、自分が背負っている国と民のために何ができるかを必死に考えている。その両方を認められない限り、キミは彼女の傍にいるべきじゃ無い」

「んなっ・・・!」

 

 

わ・・・私が聞きたいのは、そんな理屈っぽいことでは無い!

アリア自身の・・・一人の人間としてのアイツをどうするかと、そう言う話だろうが。

 

 

「はっきり言おうか・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「若造(フェイト)・・・」

「・・・彼女と同じ物を見て、彼女と同じ場所に立てる。それができない者が今、彼女の隣にいるのは許されない」

 

 

・・・アイツが、見ている物?

 

 

「キミ・・・最近、緩いよ」

 

 

・・・そう言って、フェイトはコツコツと足音を立てながら歩いて行った。

私は追わなかったし、今度は呼び止めもしなかった。

もし、声をかけたりすれば・・・。

 

 

・・・殺してしまいかねなかったから。

アリアの「家族」として、それはしたくなかった・・・。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

最近、新オスティアで奇妙な噂が蔓延している。

噂自体は、数ヵ月前から流行っている「リュケスティス元帥に不穏の気配あり」と言う物だ。

僕自身は関わったことは無いが、どうも国中に広がっているらしいね。

 

 

まぁ、今では色々と尾ヒレがついているけどね。

例えば、宰相と総督が女王に懸想して争っている、とかね。

女王の犬になり下がっている3(テルティウム)などが聞けば、どう思うかな。

ふん、女に使われるとはアーウェルンクスの誇りを・・・。

 

 

「あれ? 兄貴、今日は姐さんはど・・・・・・すんませんっしたー・・・」

 

 

特にやることも無いので、僕は貧民街(スラム)・・・新オスティアの路地裏にいる。

古ぼけたソファに横になって、自分の腕を枕にして足を組んでいる。

まったく、どうして僕がこんな所に・・・。

 

 

「・・・き、今日の兄貴はやけに不機嫌だな」

「あ、姐さんと喧嘩でもしたんじゃねーか? それで一方的に負けたとか」

「ああ、兄貴って意外と尻に敷かれそうだからな・・・」

 

 

路地裏の隅の方でふざけたことを言っている連中は、後で燃やすとして・・・。

・・・実の所、僕はかなり苛々している。

別に何かがあったわけじゃ無い、ただ苛々しているだけだ。

 

 

「あ、兄貴・・・?」

「・・・」

「れ、例の噂のことなんスけど・・・」

 

 

その時、一人の薄汚れた男が僕に近付いてきた。

噂と言うのは、さっきも言った総督の奴だ。

僕自身は、特に興味も無いけど・・・。

 

 

「どうも、やっぱ国中に広がってるみたいっス。他の街から来た連中は皆、知ってるみたいなんで・・・」

「・・・」

 

 

・・・どうも、気に入らないね。

噂なんていくつもあるけど、入れ替わりも激しい物だ。

だけど、この噂だけは嫌に長く続いている。

しかも、時間が経つ程より強く人の心を縛りつけられる。

 

 

「・・・ただ、どうも妙なんスよ」

「・・・」

「帝国とか龍山とか、外から来た連中は知らないみたいなんス。あ、でもエリジウムから流れて来た奴らは知ってるみたいなんスけど・・・」

「・・・」

「あ、兄貴?」

 

 

ギシッ・・・と壊れかけのスプリングの音を鳴らして、僕はソファから立ち上がった。

僕に噂の件を話に来た男は困ったように頭を掻いていたが、特には追ってこなかった。

 

 

「「「ぷげらっ!?」」」

 

 

さっき、僕のことをヒソヒソと話していた連中を壁と床に沈めた後、僕は路地裏から外に出た。

表通りに出ると、新年を祝う祭りの真っ最中だ。

・・・ここの人間は、どうしていつも何か理由を見つけては祭りをするんだ?

 

 

能天気な連中だ・・・頭のネジが緩んでいるのか?

まぁ、良いさ・・・僕には関係無い。

・・・別に僕が動かなくとも、3(テルティウム)達が何とかするだろう。

 

 

「・・・だけど」

 

 

・・・僕の庭を荒らす奴は、なるべく早く焼却処分した方が良いかもしれないね。

あくまでも、僕のためにね。

 

 

 

 

 

Side シャオリー

 

アリア陛下が、ご出産間近にも関わらずエリジウムを訪問されると言う。

正直な所、今回ばかりは上層部の決定に首を傾げざるを得ない。

女王陛下のみならず、お世継ぎにまで万が一のことがあったらどうするつもりなのか。

 

 

・・・よもや、女王陛下ご自身の決定とも思わないが。

いや、あの陛下のことだからな・・・いやいや、不敬だぞ私、うむ。

 

 

「と言うわけで、急遽、近衛騎士団の中から兵を選んで女王陛下の護衛に随行させることになった」

 

 

近衛騎士団の宿舎の中で高級騎士を集めて、女王陛下のエリジウム行幸の護衛部隊を選抜した。

私自身が行きたい所ではあるが、アリカ様とナギ様の護衛にも人員は必要だ。

宰相府を含む王都の王室関連施設の警護も重要な使命だ、蔑ろにはできない。

 

 

「行幸ルートはオスティアから、トリスタン、テンペ、タンタルス、フォエニクスを経由してブロントポリスに入り、そこから新グラニクスへ向かうことになる」

「アキダリア経由のルートの方が近いのでは・・・」

「アキダリア・パルティア間の領土紛争が再燃しているので、そちらは使用できない。それにあまり帝国領に平行する形で飛行するわけにはいかんから・・・」

 

 

それに現在、王国の4元帥の内2人は外国の任地にいる。

王国の兵力は分散しているし、相対的に抑止力が弱体化している。

この時期に行幸に行くのは、実はかなり危険なのだが・・・。

 

 

・・・まぁ、王室の決定には従わなければならない。

女王陛下の体調も考慮して、なるべく早くとのことなので準備が大変だが。

なんとかしよう、これも臣下の務めだ。

近衛騎士団としての準備はそれ程でも無いが、問題は外との連携だな。

 

 

「随行する近衛騎士団の指揮は、ジョリィ、お前に任せるぞ」

「うむ、任せておけ。必ずや無事に陛下をお守り参らせよう!」

 

 

パルティアでの赴任が長かったせいか、多少日に焼けたジョリィが威勢よく返事をした。

腕は確かだし、ある意味で年少の騎士達の人気の的ではあるから、大丈夫だろう。

女王陛下への忠誠心は、かの親衛隊にも引けを取らんしな。

 

 

「傭兵隊や親衛隊の連中も随行すると思うが、揉めるなよ」

「傭兵隊の連中とは、上手くやれる自信がある」

「・・・揉めるなよ」

「善処しよう」

 

 

自信たっぷりに頷いて見せるアリカ様時代からの同僚の言葉に、私は深く溜息を吐いた。

ビジネスライクな傭兵隊とは特に揉めたことは無いが、どうも親衛隊とはウマが合わなくてな。

権限とか・・・テンションとか。

あと、人としての在り方とか。

 

 

・・・不安だ。

最大限、準備だけはしておこう。

私は、そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

準備だけは、しっかりとしておかねばなりません。

医療的なことは、随行する侍医団の方々が全て準備致します。

なので、我々侍女はアリアさんの着替えや女性用品を普段より多めに用意致します。

 

 

何分、出産が近いために生理的な諸々がありますので。

アリアさんがお仕事に集中できるよう、全て準備をしておかねばなりません。

それに加えて、マスターも非公式に関与しているお世継ぎ・・・赤ちゃん用品もご用意致します。

専用の布製品やグルーミングセットなど、色々と・・・。

 

 

「ははぁ、それは自覚が足りないねぇ」

 

 

衣装部屋やリネン室、それから1階の王室関連品の搬入部屋などを行ったり来たりする最中、侍従長であるクママさんがそう言います。

と言うのも、私がアリアさんの急なエリジウム行きについてご説明した所なのですが・・・。

 

 

「茶々丸さん、コレは?」

「・・・ああ、はい、それは向こうに運んでおいてください」

「わかりました!」

 

 

途中、暦さん達に指示を出します。

パタパタと駆け回る暦さん達は、本当に熱心にお仕事をしてくださるので助かります。

 

 

「・・・失礼するよ、暦君はいるかい?」

「へぅっ・・・フェイト様!?」

 

 

・・・その時、フェイトさんが暦さんを呼んで部屋の外に連れ出しました。

こ、これは・・・もしや。

 

 

「私が思うにねぇ、女王陛下は母親としての自覚が足りないのさ」

「・・・母親としての、自覚?」

 

 

暦さんの方が気になりましたが、クママさんとの会話も続いています。

とりあえず、そちらを優先することにします。

同時に、廊下の外の音も拾えるように集音のレベルをアップです。

 

 

「けどまぁ、難しい立場だからねぇ。これが普通の若奥様だったらぶん殴ってる所なんだけど」

「はぁ・・・」

「アンタも気を付けるんだよ。誰からも注意されない叱られないってのは、それだけで危ないモンなんだからね」

「・・・はぁ」

 

 

・・・一応、『皆さんの名言フォルダ』に収めておくことに致します。

クママさんの言わんとしていることは、今の私にはまだわかりません。

しかしいつか、わかる可能性が高い気が致します。

 

 

「ほら、とっとと準備しちまうよ。病院で産めるとは限らないんだからね」

「あ、はい」

 

 

女官長である私がアリアさんについていくので、侍従長であるクママさんはオスティアに残って、他の侍従を統括せねばなりません。

体育会系なクママさんは、侍従達からは結構な人気があったりします。

 

 

・・・違反者は、鉄拳制裁ですが。

私も、何度か・・・理由は不明です。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

仕事の最中に、フェイト様に呼び出されました。

指向性の魔力の音を放つ銀の鈴じゃなくて、普通に声をかけられて。

女王陛下と、それともちろんフェイト様のエリジウム行きの準備の最中だったんだけど・・・。

 

 

「栞、ちょっとここお願い!」

「はい? ・・・ああ、はい、わかりましたわ」

「ありがと!」

 

 

でもフェイト様に呼ばれたなら、一も二も無く行かないと。

何と言っても、私達・・・私は、フェイト様付きの侍女なわけだし。

フェイト様のご命令が、最優先。

 

 

「何ですか?」

「・・・こっちへ」

 

 

衣裳部屋の外の廊下に出ると、フェイト様は自分についてくるように言って、歩き出されました。

ちょっとしたことを頼まれると思ったんだけど、違ったのかな?

 

 

少し首を傾げつつ、私はフェイト様についていく。

そこに疑問なんて無いし、そもそもフェイト様を疑うなんてあり得ないし。

・・・そうして連れてこられたのは、宰相府でも奥ばった所にある、普段は誰も来ないような個室で。

 

 

「フェイト様?」

「・・・中へ」

「へ? でもこの部屋には何も無いって言うか、普段は誰も・・・・・・っ」

 

 

その時、私に電流が走った。

まさに、「はっ」と気付いた。

こ、これはまさか・・・と、私の動物的直感にビビビッとキた。

 

 

普段は誰も来ない、奥の個室。

=私とフェイト様、2人きりで個室。

=しかもどこか、フェイト様は人目を忍んでおられる感じ。

=つ、つまり・・・!

 

 

「・・・どうしたの?」

「い、いぃいえっ!? べ、別に何ともカンとも!?」

「・・・そう」

 

 

ま、間違いない・・・ゴクリ、と唾を飲み込む。

こ、これは・・・この感じは・・・!

 

 

「お手付き」だ!

 

 

こ、これが噂に聞く王族がメイドに手を出す瞬間なんだ、初めて体験するよ。

そう言えば環が言ってた、「お手付きはメイドから」って。

一応、私って上級使用人(パーソナルメイド)だし・・・。

あれ、こう言うことだったんだ・・・あぁ、でもそれって私の命が風前の灯って言うか、女王陛下怖いしっ!!

 

 

「し、失礼しにゃすっ・・・します!」

「・・・うん」

 

 

ガチガチに固まって部屋に入る(鍵を閉める私)私を、フェイト様は不思議そうに見ている。

でも正直、私はそれどころじゃない。

ど、どうしよう、まさか今日とは思わず、上も下も普通のヤツなんだけど・・・お化粧とか、大丈夫だよね? ああ、ここ鏡が無いし・・・。

ええと、今日って大丈夫だっけ・・・豹族は周期計算がちょっと・・・。

 

 

・・・でも、フェイト様は女王陛下にしか興味が無いとばかり・・・はっ!?

そうか、その女王陛下が今、できないんだ!

結婚以来、フェイト様も目覚めちゃってるから・・・・・・た、溜まってる、感じ?

こ、これが、栞が言ってた「男性の生理」なのかな・・・。

 

 

「・・・暦君」

「ひ、ひゃい!」

「折り入って、キミに頼みがあるんだけど・・・」

 

 

き、きた――――――――っ!!

ど、どうしようどうするどうするべきっ、一度はお断りするべきなのしょ・・・淑女として!

でもでも、フェイト様相手に断る選択肢が・・・っ。

 

 

・・・まぁ、正直。

そんな立場で良いのって思う、自分もいるけど。

でも、私は・・・!

私・・・っ。

 

 

「・・・アリアのことを、頼みたいんだけど」

「は・・・はいっ、絶対に言いません! 大丈夫、口は固いですから私!」

「うん、僕が言ったって言わないでね」

「もちろんです!」

 

 

も、もの凄く慎重だわ、フェイト様!

でも確かに、女王陛下にバレたら物理的に私の首が飛ぶし。

それくらい慎重に・・・その・・・し、しないと。

 

 

「な・・・慣れないことなのでっ、お手数をおかけしますがっ・・・!」

「いや、わかってる」

「わ、わかってるんですか!?」

「うん、キミはSPじゃないからね」

 

 

さ、流石に女王陛下といろいろなご経験をシテるだけあって、余裕が・・・って、SP?

 

 

「・・・あの、SPって・・・?」

「キミと栞君達に、今回の旅程中は僕よりもアリアについていてほしい」

「・・・・・・・・・え、えー・・・っと?」

「アリアは今、難しい体調だからね。茶々丸だけでは手に余ることもあるだろうから」

「・・・えぇー・・・」

「・・・・・・嫌かい?」

「い、いぃいえっ!? そ、そんな、まさか嫌だなんて! は、ハハ、ハ・・・はぁ・・・」

 

 

・・・だ、だよねー、フェイト様が女王陛下を裏切るようなこと、するわけないよね。

ハハ、何を一人でテンパってたんだろ、私・・・。

 

 

・・・良かった。

 

 

・・・・・・いやいや、何も良くないし。

でも、どうしてホッとしてるんだろ、私。

 

 

「・・・頼めるかい?」

「え・・・あ、はぃ・・・」

 

 

一人で盛り上がって一人で落ち込んでる私に対して、フェイト様はあくまでも自然体。

いつものように静かで・・・真剣な目で、私を見つめてる。

でもその瞳は、本当は私を見ていない。

 

 

・・・反省。

私は女王陛下だけじゃなくて、フェイト様を裏切る所だった・・・。

 

 

「・・・・・・はい、わかりました」

 

 

一途で、誠実で、お優しいフェイト様。

そして、女王陛下を愛しておられるフェイト様。

そんな貴方が、私は大好きです。

 

 

「本来は職務放棄になってしまうのですが・・・それが、フェイト様のお望みならば」

「・・・うん」

 

 

床に片膝をついて、胸に手を当てて頭を垂れます。

女では無く、臣下として。

そして臣下では無く、女として。

 

 

・・・愛しています、フェイト様。

ずっとずっと、お慕い申し上げております・・・永遠(とわ)に。

だから・・・。

 

 

「・・・女王陛下は、私が・・・私達がお助けします、必ず」

「・・・頼むよ」

「はい」

 

 

私がとびっきりの笑顔で頷くと、フェイト様も小さく笑ってくださったような気がしました。

そしてフェイト様は普通に鍵を開けて、部屋から外へ。

私はそれを、礼をしながら見送って・・・。

 

 

・・・愛しています、フェイト様。

だから、私。

貴方の愛する奥様(へいか)を、この身に代えても・・・守って見せます。

・・・必ず。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ご出産の際には、こちらの2人が場を指揮することになります」

「よろしくお願いしますねぇ」

「シエン・ヴィータェです。お初にお目にかかります」

 

 

私が私室でダフネ先生から紹介されているのは、私の出産を直接に手伝ってくれる人達です。

まぁ、端的にいえば助産婦なのですが。

2人いて、1人はお母様の出産にも立ち合っていたルーシアさん。

 

 

そしてもう一人は、60歳前後のウェスペルタティア人の女医さんです。

名前は、シエン・ヴィータェさん。

厳しそうな風貌をした細身の女性で、オスティア郊外の村の高名な助産婦さんです。

貴族からも呼ばれる程の腕前と言うか信頼度で、今回は貴族の方から推薦されて私の出産を担当することになったとか。

ちなみに、推薦者は財務尚書のクロージク侯爵です。

 

 

「正直に言えば、この時期に外国へ行くなど絶対に認められないのですが・・・」

 

 

どこか咎めるような視線で、シエン先生は言います。

ダフネ先生やルーシアさん、他の侍医団の方々も内心は同じ気持ちなのだろうと思います。

・・・と言うか、普通は反対するでしょうけど。

 

 

まぁ、私自身も私の判断に反対しているのですけど。

私が自分の「仕事をする」と言うスタンスに批判的なのは、珍しいことなんですよ?

だって臨月に大陸間で行幸とか、普通はあり得ないですもの。

私だって、できれば行きたく無いです。

 

 

「ごめんなさい、皆さん。私はどうも、模範的な妊婦では無いようで・・・」

 

 

私のお腹は、もうどんなに頑張っても服では隠せないレベルにまで大きくなっています。

10ヶ月目、あと数週間で産まれるでしょう。

この2カ月間は、赤ちゃんを産むために呼吸法やら王室専用母親教室やら・・・学んでいました。

 

 

正直、体調が悪くて死にそうで仕事とか政治とか、気にしてられるような状態ではありませんでした。

今だって、別に身体の調子が良いわけじゃ無いんです。

お腹の「重さ」は、日々増すことがあっても減ることは無いのですから。

 

 

「でも今、私が動かないと・・・取り返しのつかないことになる気がするんです」

 

 

片手で右眼の瞼を撫でながら、そう言います。

どうもここの所、右眼に違和感を感じると言うか・・・。

何と言うか、良く霞むんですよ。

 

 

・・・クルトおじ様の王国政府とリュケスティス元帥の総督府の間に、見えない溝が出来始めているような気がします。

起因となったのは噂ですが、それ以外の要素も感じます。

いずれにせよ、政治で収拾をつけるのが難しくなっているようなのです。

 

 

「・・・私は、女王ですから」

 

 

王室なんてものは、普段はそれほど目立つ必要はありません。

でも・・・いざと言う時には、政府を超越する存在として臣下間の諍いを止めなければなりません。

・・・正直、何でクルトおじ様とリュケスティス総督の仲が悪くなっている―――と言うことになっている―――のかは、さっぱりわかりませんが。

2人の個人的な関係はともかく、公人としての関係を破綻させるわけにはいかない。

 

 

政治家の最高位にいるクルトおじ様と軍人の最高位にいるリュケスティス総督、双方の上に立てるのは私しかいません。

お母様でもお父様でも、そしてフェイトでも無く。

私にしか、できない。

政治も政党も軍隊すらも超越する、君主として。

 

 

「・・・その前提で、出産の準備を整えてください」

 

 

そしてこれは、命令。

私の言葉は全て、公的には拒否権の無い命令として機能してしまいます。

希望でもお願いでも無く、厳正な命令として。

 

 

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」

 

 

・・・そのことに、少し疲れを覚えたりはしますけどね。

とても・・・いえ。

・・・少しだけ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

女王陛下の夫君殿下(プリンス・コンソート)

実の所、これはアリア自身と王室、それと内閣の総意で贈られた称号に過ぎない。

役職名では無く、だからと言ってただ女王の夫であることを示しているわけでも無い。

 

 

席次としては女王陛下に次ぐ第二位とされているけれど、実体的な権力は何一つ持っていない。

アリアが出産のために空けた名誉職などをやってはいるけど、いずれも実態を持つ物じゃない。

つまる所、僕には仕事らしい仕事なんて、何も無い。

僕に求められているのは、そう言うことでは無いからね。

 

 

「・・・今日の検診は終わったのかい?」

「はい・・・何かあればお呼びください」

 

 

途中、ダフネ医師を始めとする侍医団とすれ違った。

適当にいくつか言葉を交わして、別れる。

そして僕が、アリアの・・・アリアと僕の私室に入った時、そこにはアリアが1人でいた。

 

 

他の場所は慌ただしくバタバタしていると言うのに、ここだけは本当に静かだった。

部屋の真ん中の大きな椅子に腰かけているアリアは、1人眼を閉じて、両手で自分の腹部を抱き締めていた。

何を考えているのか、何をしているのかは、僕にはわからないけれど。

窓から漏れる日の光が、柔らかく彼女の姿を照らし出していた。

 

 

「・・・何を、しているの?」

 

 

わからなかったので、素直に聞いてみることにする。

アリアも僕が部屋に入って来たことには気付いているだろうけれど、特に反応はしなかった。

ただ、僕の言葉にぽつりと答える。

 

 

「・・・嫌われたかなと、思って」

 

 

誰に? とは、あえて言わない。

そして僕は、アリアの行為に対して感想を述べたりはしない。

何かを言う必要は無いと思うし、アリアにしたって何かを言われたいわけでは無かったろうから。

 

 

そして・・・僕に求められていることは、そう言うことじゃ無い。

僕は唯一、この国で彼女の横に立っていることを許された存在。

そして、立っていなければならない存在。

夫婦であり・・・そして、国を守る同志で無ければならない。

 

 

「・・・って、胎動とかのピークは過ぎてるんですけどね」

「・・・そう」

 

 

小さく頷いて、僕はアリアの前に回る。

すると腹部を抱き締めていたアリアが、少しだけ両腕を引いた。

・・・ここ2ヵ月で新しく増えた、僕とアリアだけのサイン。

 

 

僕はその場に膝をつくと、力を込めずに彼女の身体に腕を回し、抱き締める。

そして顔を、片耳を彼女の腹部に押し当てるような格好になる。

そっ・・・と、彼女の手が僕の髪に触れる。

両手を使って、アリアは僕の髪と自分の腹部を撫でる。

 

 

「・・・何か、言っていますか?」

 

 

アリアの声の振動や、彼女の心臓の鼓動が聞こえる。

そして、別の誰かの気配も感じると思うのは・・・気のせいかな。

 

 

「・・・うん」

 

 

アリアの言葉にはそう答えて、僕は目を閉じる。

アリアの・・・アリア「達」の温もりを感じながら。

僕は、自分の役割を再確認する・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

さて、我が国初の国政選挙は、概ね我が立憲王政党の勝利と言って良いでしょう。

他の政党の掲げる「現状からの変化」に対しノーが突き付けられた形で、とりあえずは私と党の方針に王国の民が了承を与えた形になるでしょう。

 

 

有難いことに、我が党は全国で70%近い得票率を得て、まぁ、安定多数を得たと言って良いでしょう。

2年後を目指して準備中の下院選挙までは、私の政権が続くことになります。

・・・いやぁ、万が一に備えてアレやコレや手を回していましたが、必要ありませんでしたかね。

宰相をクビになった後、「イヴィオン」の事務総長に就任する案とかありましたけど・・・。

 

 

「・・・と言うわけで、今後ともよろしくお願い致しますね」

 

 

私がそう声をかけたのは、閣議用の会議室に集まって頂いた私の政権の閣僚たちです。

つまりは吸血鬼であったり、テオドシウス外務尚書であったりクロージク財務尚書であったり・・・。

・・・何やら、クロージク財務尚書が妙に痩せて見えるのですが。

 

 

「・・・いや、心配には及びません。ちょっと財政が苦しいだけですので」

「そうですか、ちょっとなら問題ありませんよね」

「・・・」

 

 

実際、シルチスとサバと言う2つの場所で同時に戦争をしているわけですから、軍事的にも財政的にもキツいことはわかっていましたけどね。

従来、それほど余裕のある税制体質ではありませんでしたし、王国。

 

 

数週間前は精悍な顔立ちをしていた老貴族は、今や頬が痩せこけて不健康そうに見えます。

・・・なるべく早く、都合をつけねなりませんね。

 

 

「今回、様々な事情が重なって、女王陛下がエリジウムへ行幸されます。本来であればご出産の後のはずでしたが・・・まぁ、様々な事情でお手を煩わしてしまうことになりました」

 

 

本来であれば、あり得ないのですが・・・。

・・・「臨月にも関わらず臣下を調停する女王」と言う政治的イメージを、最大限利用するしかありませんね。

 

 

あまりにもあからさま過ぎて誰かの陰謀を考えたくなるような展開ですが、何故かそう言う方向で話が展開しています。

エリジウムの暴動も女王陛下行幸の報を聞いた途端、あからさまに沈静化しつつあります。

そして、宰相府と総督府の軋轢を煽る奇妙に定着率の高い、異常な噂。

・・・どうも、政治的な陰謀と断定するには何かがありそうなのですよねぇ・・・。

 

 

「問題の特性上、我が政権から人は送れません。なので我々は、女王陛下の留守中に南方の戦局を安定させ、かつ経済的な問題を早期に解決することが求められます」

「・・・ふん」

 

 

・・・吸血鬼が私をやたらに睨んでいますが、いや、そんなに見られても。

まぁ、1人くらいは行っても問題は無いのかもしれませんけど。

幸い、貴女は新グラニクス建設事業に責任のある工部尚書ですし。

でもそれにしては、圧力が小さいですね。

何かありましたかね・・・・・・まぁ、知ったこっちゃ無いですが。

 

 

「テオドシウス外務尚書、パルティアとアキダリアはどうなっていますか?」

「・・・シルチスからの撤退後は、ユートピア海の島嶼を巡って国境紛争が続いている」

 

 

12月にシルチスに進攻したパルティア・アキダリア混成軍は、両国の国境紛争の再燃もあって敗北、我が国が「仕方無く」シルチス占領を肩代わりしました。

すでにジャクソン・ロイド両将軍が率いる我が軍とシルチス軍閥の間で戦端が開かれ、主要拠点の制圧にかかっているとのことです。

 

 

サバ地域の占領はグリアソン元帥によってすでに完遂され、帝国との協定によりヴァルカン―ニャンドマを結ぶ線より北、アルギュレー北部は我が国に譲渡されます。

資源地帯と、穀倉地帯。

これで何とか、国内の需要を満たすことができるでしょうか。

・・・それでも、ユートピア海の安全が保障されないと国際物流に問題が出ますね。

 

 

「12月29日にはアキダリア艦隊が現地のパルティア艦隊を撃破し、有人島を含む11の島に陸軍を送って占領した。パルティア側は100名以上が死傷し、49名が捕虜になったそうだ」

「ほほぅ、なかなか本格的ですね」

「こっちが南で手一杯だと思われているんだろう、事実、北にまで戦力を回せる程の余裕は無い」

 

 

テオドシウス外務尚書が真向かいに座るアラゴカストロ国防尚書に視線を向けると、彼は静かに頷きました。

・・・ついでに言うと、クロージク財務尚書も頷いています。

 

 

いずれにせよ、「イヴィオン」各国の大使を集めて緊急会合を開く必要がありますね。

正式に議会が開き、アリア様のご出産が終わるまでは余裕がありませんが・・・。

 

 

「・・・経済産業尚書、エネルギーと食糧の確保状況はどうですか?」

「テンペから緊急で穀物を輸入できることになりました。それからクリュタエムネストラと合同経済委員会を今月中に開き、鉱物資源の安定供給に関する覚書を・・・」

 

 

・・・やるべきことは、どっさりあります。

とは言え、このような時期にアリア様のお手を煩わせることになろうとは・・・。

何たる失態。

 

 

どこのバカかは知りませんが、良くも私にこのような。

今は笑っているが良いでしょう・・・しかし、その笑みが次の瞬間には凍り付くような思いを、味わわせてやりますからね・・・。

・・・待っていなさい。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

我が女王が臨月にも関わらずエリジウムへ行幸する、と言う報告を受けた時、無責任ながら軽く驚いた。

無論、直接の原因は俺の招聘状にある。

全エリジウム総督である俺が、分不相応にも懐妊中の我が女王を呼びつけたわけだ。

 

 

とは言え、他に取り得る手段が無かったのも事実ではある。

噂を噂として片付けるには規模が大きくなりすぎたし、行幸の話が出ることで暴動を抑制できているのも確かだ。

我が女王が俺の招聘状を拒否すれば、それがどれ程の正当な理由による物であろうとも噂に真実性を与えてしまうことになる。

我が女王が噂を信じて俺を排除すると言う可能性は、この際は考えなくて良い。

 

 

「まぁ・・・別に叛逆者になるのは構わんが」

「は?」

「いや、何でも無い。それで本国政府はどう対処している?」

 

 

今回の1件は、ひとえに噂の異常性にその原因を求めることができる。

我が国の陰謀と策謀を具現化したような(俺が一方的に思っているだけだが)男だが、奴の策謀力と政治力、組織力と実行力は現役の政治家の中で群を抜いていることは認めざるを得ない。

問題は、その忠誠の対象が先代の女王アリカに向けられていることだが・・・。

 

 

「は、宰相府の発表によれば、社会秩序省警察庁長官ウォルター・スコットヤードに対し、公安調査局局長を兼任させることを決定したようです」

「ほぅ・・・ウォルター老をな。あのクルト・ゲーデルも焦っていると見える」

 

 

警察庁長官が、一時的とは言え政治警察の指揮権も得るとはな。

どうやらあのクルト・ゲーデルも、噂の根を探し始めたらしい。

だが・・・ウォルター老は先々代の王に仕えていた人間だ。

はたして、どこまで我が女王を優先するか・・・。

 

 

「・・・だとしても、我が女王が彼らの木偶に成り下がるはずも無い、か」

「は?」

「いや、良く分かった。ご苦労、下がって良い」

 

 

片手を上げて部下を下がらせた後、俺は今後のことについて1人で思考を巡らせる。

いかにして、何者かの見えない手から逃れるか。

どのようにして、我が女王を守るか・・・。

 

 

・・・いっそ、俺自身が我が女王を庇護してはどうか。

新グラニクスに入った我が女王を、それこそ出産と産後の休養を留めて返さず、噂の根を排除するまで新グラニクスに仮の宮廷を開く。

王国における政治決定権は最終的には我が女王に帰するのであるから、本国の文武百官とてどうすることもできまい。

 

 

「そして事態が収拾するまでの間、俺がこの手に我が女王と世継ぎを保護する・・・か」

 

 

それは、一時的とは言え王国の全権を掌握することに他ならない。

過去の国王を支持するような奴らでは無く、この俺の手で、だ。

穿った見方をするのであれば、我が女王がこの時期にエリジウムに行幸するのは、俺を信頼してのことでは無いのか?

・・・それは一見、魅力的な策のように思える。

 

 

だが実際には、穴だらけのくだらない三流の策謀に過ぎない。

エリジウム域内には、未だに暴動が燻っている。

仮にそのようなことをして、かえって我が女王を危険に晒すことになる可能性の方が高い。

あのクルト・ゲーデルのような奴らはともかく、王国の民の大半は我が女王を信奉しているのだから。

 

 

「・・・いずれにせよ、宮内省の計画に従って準備を進めるとしよう」

 

 

本国の方は、忌々しいがクルト・ゲーデルが何とかするだろう。

エリジウムの方は、不慣れではあるが俺自身が内偵を進めておこう。

宰相府と総督府の間で、何故か連絡が付きにくくなっているが・・・。

別に俺がいちいち言わなくとも、あの男ならやるべきことはわかっているだろう。

 

 

・・・それにしても、異常な噂だ。

悪魔じみた定着力と、言わざるを得ないな・・・。

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・深夜の新オスティアは、新年を祝う人々で大いに賑わっていた。

新オスティアに限らず、王国全土の都市や村々が・・・そして魔法世界中の人々が、新年を祝っている。

内乱の嵐が吹き荒れる帝国各地においても、今日ぐらいはと言うことで、珍しく戦火が収まっている。

 

 

人々は新たな年を祝い、かつ今年こそ平和をと祈っている。

・・・それが誰による誰のための平和かは、別にして。

とにかく、新オスティアの街は多くの人々で賑わい、祭りの喧騒に包まれていた。

人々は平和と、王国のさらなる躍進を願って祝っている・・・。

 

 

・・・一方で街の喧騒とは一線を画し、静かな場所が存在する。

市街地のナイーカ村方面に面した巨大な建造物とその周辺は、静寂に包まれている。

一部はお祝いムードを出そうと装飾されているが、全体としては静けさが勝っている。

 

 

ここは、「王立オスティア中央病院」。

多くの国民には伏せられていることながら、旧世界連合の特使や女王アリアの祖父に当たる人物が入院している病院でもある。

ウェスペルタティアで最も規模が大きく、設備が整った魔法世界最先端の医療機関である。

内科、外科から小児科、皮膚科や歯科まである総合病院であり・・・そこには当然、研究所も含まれる。

 

 

オスティア中央病院の一画に、人的・物的に厳重な警備体制が敷かれている区画が存在する。

そこは特別な難病治療を目的に設立された区画であり・・・少ないながらも、「入院」患者も存在する。

特別科と呼称されることもあるその区画の、地上6階に面した特別病室。

 

 

その部屋の中心には、滑らかな流線形の青いカプセルのような物がある。

不思議な液体で満たされたそれは横に置かれており、一見すればベッドのようにも見える。

コポ・・・と、カプセルの中で泡が浮かぶ。

その中には・・・人間がいる。

口元や腕に呼吸と栄養補給のためらしき器具を取りつけられたその人間は、少女だった。

 

 

15歳前後の、長い金色の髪の少女だ。

白い病院服らしき物を着せられた少女が、カプセルの中で眠るようにたゆたっている。

いや・・・本当に、眠っているのである。

そしてその少女は、見る者が見ればこう表するであろう容姿を持っていた。

・・・「女王に似ている」、と。

 

 

・・・カプセルには、その少女の名前らしき物が記されていた。

そこには、こう書かれている。

 

 

 

―――――――「S-06」、と。




新登場キャラクター:
シエン・ヴィータェ:まーながるむ様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第25回広報:

アーシェ:
はい、25回目ですよ!
盛り上がってまいりました・・・あ、クルト宰相ですよ!
クルト宰相、今回の勝因は何ですか!?

クルト:
ひとえに、女王陛下の恩寵の賜だと考えております。

アーシェ:
本音はどうですか!?

クルト:
単純に、出番の差だと思います。オリキャラですしね、相手。

アーシェ:
最悪の回答!
あと、女王陛下がエリジウムに行くって本当ですか!?

クルト:
・・・(にっこり)。

アーシェ:
怖い顔でノーコメント!


ヨハン・シュヴェリン・フォン・クロージク侯爵
50歳半ばの人族の男性、ブラウンの頭髪を七三分けにしたナイスミドル。
謹厳実直で責任感の強い性格で、官僚として規則を順守することを美徳と信じている。
ウェスペルタティア貴族であり、生き残った大貴族の一人。
アリアドネーの大学で法学と政治学と経済学を学んだ後、地方公務員になった異色の貴族。そのため社交界では浮いていた。
ただ財務官僚として有能であったために、そちらで地歩を固めることに成功。
大分烈戦争初期においては従軍した経験もあり、その時の功で子爵から伯爵へ、さらに女王アリアの治世でさらに侯爵へと位階を進めた。
高い事務処理能力と財政家としての声望を買われて財務尚書になり、6年間に渡り王国の財政を支え続けている。


アーシェ:
最近、戦費とか資源不足解消とか外国支援とかで財政出動が多いので、かなりしんどい目にあってるらしいですけど・・・(ちらっ)。

クルト:
いやぁ、優秀な方ですよ?

アーシェ:
・・・あははは~。


アーシェ:
では、次回は女王陛下ご一行が出発・・・そして。
・・・行ってみよう!


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アフターストーリー第28話「始まりの痛み」

Side カスバート・コリングウッド(ウェスペルタティア王国軍幕僚総監)

 

やれやれ、我ながら不味い仕事をしている物だなぁ、と思う。

特にここの所はそうで、幕僚本部は前線の将兵への補給計画と情報処理の仕事に忙殺されてしまっていて、全体の軍事戦略立案作業や事務・人員管理の仕事が遅れがちになりつつある。

 

 

ウェスペルタティア(パクス・ウェス)による平和政策(ペリアーナ)―――ウェスペルタティアを中心とする魔法世界秩序の構築が、現在の王国の国家戦略の中軸に据えられている。

現在のエリジウム諸国の「イヴィオン」への取り込みも、帝国への干渉政策もとどのつまりはそのために行われていると言って良い。

 

 

「まぁ、給料分の仕事はするさ」

 

 

そんなことを言いつつ、私よりも優秀な部下達に全て任せているわけだけどね。

人には得手不得手や領分などが存在するのだから、別に私が全部をやらなきゃいけないわけじゃない。

それこそ、そこまでの給料は貰って無い。

元帥やら幕僚総監やらになって感謝することがあるとすれば、給料が上がって部下達に奢れる酒のグレードが上がったり、退役後の年金の給付額が上昇したくらいの物さ。

 

 

・・・歴史上、強大な覇権国の登場によって世界規模、または地域世界規模で一定の平和が保たれた事例は新旧両世界に数多く存在する。

ただし、その覇権(ヘゲモニー)国家になるためには軍事力だけでは無理だ。

そしてこれに、軍事力の基盤となる政治力と経済力が加わる。

政治力では「イヴィオン」の盟主であり経済力では「世界の工場」である王国が、覇権国になるためには大きく3つの条件がある。

 

 

「第一に交通路の支配、第二に戦略地域の安全確保、第三に対王国同盟の阻止・・・」

 

 

交通路の支配は、覇権(ヘゲモニー)維持のためには不可欠な物だ。

交易上の問題だけで無く、魔法世界全土に機動的に必要な兵力・物資を動かすことができなければ、覇権は握れない。

王国政府は現在、国際飛行鯨ルート上の国家の大半を「イヴィオン」に組み込み、そこに軍事拠点を築きつつある。

 

 

戦略地域の安全確保は、本国の安全に直結する問題でもある。

隣国のパルティア・アキダリア・オレステスと同盟を結び、トリスタン・エオスを中立化することでこれはほぼ達成されている。

例外は南方の帝国だが、現在進行中の干渉政策によって国境地帯の制圧・緩衝地帯化に成功しつつある。

 

 

対王国同盟の阻止は単純で、流石の王国も魔法世界の複数の国家・勢力を相手取るのは不可能だ。

だからこそ、王国を対象とした多国間同盟や単独で王国を凌駕する国家の存在を認めることはできない。

帝国の分裂は、だから王国にとってはメリットもあるわけだ・・・。

そして艦隊は「二国標準(ツー・パワー・スタンダード)」を採用し、端的に言えば第二位・第三位の艦隊大国の艦隊を合わせたよりも強大な艦隊を保有する構想を・・・。

 

 

「総監! まだこんな所にいらしたんですか!?」

「へ・・・?」

「へ・・・じゃ、ありませんよ!」

 

 

慌てたような声を上げる副官―――金髪の女性士官―――が突然、部屋に入って来た。

おいおい、淑女(レディ)がそんな・・・。

 

 

「女王陛下の歓送式典、始まりますよ!!」

「・・・・・・ああっ!」

 

 

し、しまった・・・そうだった、今日は1月5日!

女王陛下が、エリジウムへの視察へ出発する日じゃないか・・・!

え、えー・・・軍服で良かったかな、それとも礼服・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

歓送式典と言っても、それほど華美な物ではありません。

と言うより、私の体力的な問題で長時間の式典はできませんから。

記者団すらシャットダウンして、新オスティア国際空港の一画を一時的に借り切っての式典です。

 

 

「・・・では、私が留守の1週間、国務を滞りなく遂行するように」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」

 

 

私の前で臣下の礼を取るのは、私には随行しないクルトおじ様などの王国政府の面々です。

そして私の後ろにいるのが、私に図随行する侍女団・侍医団、そして親衛隊と近衛騎士団の人達です。

その他、女王の座乗艦『ブリュンヒルデ』を含め、巡航艦2隻、駆逐艦8隻で構成される護衛小艦隊の乗員およそ4000名が、今回の旅程に参加する全てです。

 

 

「せめて、親衛艦隊の全てをお連れ頂けませんか。あるいは、私にもお伴を・・・」

「いえ、レミーナ元帥には国内に残って頂かないといけません」

 

 

式典の後、『ブリュンヒルデ』のタラップの前で心配そうに声をかけてきたスティア・レミーナ元帥に対して、私はそう言います。

今回は噂の払拭と臣下間の諍いの調停に赴くのが目的なのですから、あまり大規模な護衛を伴うわけにはいきません。

 

 

それに、グリアソン・リュケスティスを始めとする実戦部隊の高級指揮官の多くが国外に出ている現状、コリングウッド・レミーナ両元帥には国内で諸外国に睨みをきかせてもらう必要があります。

北では「イヴィオン」加盟国間での紛争が起こっているのですから・・・出産後は、パルティア・アキダリアの調停が私の仕事になりそうですね。

 

 

「・・・次のお仕事について考えておられる所、恐縮ですが」

「・・・・・・か、考えていませんよ」

 

 

クルトおじ様の指摘に、私は視線を泳がさずに冷静に解答します。

臣下の前ですから、ええ、毅然とした対応が肝要です。

 

 

「まぁ、それはまた来週のご帰還時に話し合うとして・・・とりあえず、視察中の宰相府との連絡役は彼女にやって頂きますので、ぜひお連れください」

 

 

クルトおじ様の言葉に合わせるように前に出て来たのは、茶色の髪の可愛らしい女の子でした。

私と同年代のその女の子のことを、私は良く知っています。

何と言っても、その子は・・・。

 

 

「王国宰相付き下級秘書官、ヘレン・キルマノックです。視察の間、女王陛下のお傍で連絡係を務めさせて頂きます。至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願い申し上げます」

 

 

片膝を地面について臣下の礼をとったその子は、私の後輩ですから。

学生時代には、妹的存在でもありました。

とは言え、公的な場で正式に顔を合わせるのは初めてなので、口上は必要であって・・・。

 

 

「・・・良く務めるように、キルマノック秘書官」

「・・・仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)」

 

 

膝をついたまま顔を上げたヘレンさんは、かすかに笑みを浮かべます。

私はそれに、とても懐かしい感覚に陥るのでした・・・。

 

 

・・・旅程は1週間。

予定日より前に戻る予定ではありますが、どうなるかはわかりません。

うーん、自分でもかなり無茶だと思いますが。

 

 

「気を付けて行くのじゃぞ、アリア」

「土産はいらねーからな」

「はい、お母様・・・お父様、いずれにせよお土産は無理です」

 

 

お母様とお父様にも見送られて、とにかくも『ブリュンヒルデ』に乗ることにします。

 

 

「・・・行こう、アリア」

「はい、フェイト」

 

 

最終的には、やっぱりフェイトに手を取られてタラップを上がります。

いやぁ、妊婦は移動が大変です、ええ。

そんな私達の後に、茶々丸さんや暦さん達、ダフネ先生と侍医団、ジョリィさんの近衛騎士団、知紅さんの親衛隊などが続きます。

 

 

・・・さて。

出産前の、最後の公務です。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

甲高い独特な飛行音を立てて、戦艦『ブリュンヒルデ』が親衛艦隊と共に大空へと飛翔します。

ここからアリア様の一行は、トリスタンやテンペ、タンタルスなどを経由してエリジウムへ向かいます。

アキダリアルートは絶賛、国境紛争中ですからね。

 

 

ははは、これは盟主としての我が国を侮辱していると言うことですよね。

両国の政権の命数は、あと幾ばくも残っていないでしょう。

残ってても、ぶったぎって差し上げます。

軍事制裁はしませんが、軍事力を背景とした砲艦外交を展開してね。

 

 

「・・・さて、では我々も宰相府に戻るとしましょう、アリカ様」

「・・・うむ」

「俺は無視かー?」

 

 

黙れナギ、貴様など私にとっては限り無くどうでも良い存在だ。

私がこの世で一番嫌いな人間を上げろと言われれば、上位3人は貴様とジャック・ラカンとアルビレオ・イマで占められるぞ。

 

 

・・・おおっといけない、私としたことが攻撃的になってしまいましたね。

いやはや、アリカ様は今日もお美しいですね。

思えば、アリカ様は数年間は肉体的な変化が停止していたわけですので、その意味で年齢差は縮まっているわけですよね。

いえ、別にだからどうと言うわけではありませんが。

 

 

「我々も宰相府に戻り、各々の仕事に戻るとしましょう。2月に正式に行われる組閣作業も残っておりますしね」

 

 

私の傍で式典に参加していたテオドシウス外務尚書やアラゴカストロ国防尚書にそう声をかけて、さらには他の軍人・文官達も三々五々、それぞれの役目を果たすべく動きだします。

国家である以上、式典は必要ですが準備と撤収が面倒ではありますね。

まぁ、王室収入の中から十分に拠出できる範囲ですがね。

実は王国の半分近くは王室領ですから、王室には結構な収入があるのですよ。

 

 

「そう言えば、クルト」

「はい、なんでしょうかアリカ様」

 

 

何でも仰ってくださいアリカ様、私は貴女の奴隷です。

貴女のためなら・・・えー・・・ええ、大体のことは成し遂げて見せましょう。

ええ、大体のことは・・・9割ぐらいは。

 

 

「マクダウェル殿の姿が見えぬのじゃが・・・」

 

 

私は、アリカ様のそのお言葉にフンフンと頷きました。

確かにこの場には、あの吸血鬼の姿はありません、が・・・。

 

 

・・・もう見えなくなりつつある『ブリュンヒルデ』の姿を空の中に見つめつつ、思います。

まぁ、アーウェルンクスと吸血鬼がついていれば、大体のことは大丈夫でしょう。

・・・9割ぐらいは、ね。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・何だよ」

 

 

『ブリュンヒルデ』の艦橋に上がって来た面々に対して、私はそう言った。

式典の最中も艦長のブブリーナ達にさんざん見られたが、今はアリアや若造(フェイト)などにジロジロと見られている。

 

 

・・・そ、そんなに見るなよ。

何となく、居心地が悪いだろうが・・・。

 

 

「・・・何か、文句でもあるのか」

「いえ・・・でもここ数日、姿を見なかったので」

「忙しかったんだよ」

 

 

アリアの言葉に、私は腕を組みながらそう答える。

事実、私は忙しかった。

この1週間、アリア達に同行するために国内の公共事業やら交通路整備やら民間企業の諸事業の事務処理やらを終わらせたりメドを立てて・・・。

 

 

・・・つまり、かなり頑張っていたわけだ。

後は工部省次官のフーガ・ニッタンに任せてきた。

 

 

「私もついて行くぞ、文句は許さん」

 

 

ふん、と鼻を鳴らしながらそう言う。

出産間近なアリア(むすめ)の傍に私がいないなど、考えられんだろ。

茶々丸やチャチャゼロの視線が、何故かムカつく。

 

 

・・・と言うか、アリアが生温かい笑顔で私を見ているんだが。

アリアはゆっくりと私に近付いて来ると、何かを手渡してきた。

 

 

「クルトおじ様からの辞令です」

「辞令・・・?」

「はい」

 

 

そこには、私の新しい役職名が書かれていた。

工部尚書を兼任のまま、新グラニクス建設長官の役職を帯びるようにと書いてある。

そして、今回のアリアの行幸に随行して新グラニクスの建設状況を視察して来るようにと。

アリアとゲーデルのサインが入った、正式な物だった。

 

 

・・・何と言うか、ゲーデルに見透かされたようでイラッと来たが。

とりあえず、私の随行は法的根拠を得たらしい。

そこについては、素直に感謝しておくことにした。

・・・アリアにだけ。

 

 

「・・・旅の間、お願いします、エヴァさん」

「任せておけ。必ず王都に無事に帰らせてやるからな」

 

 

正直、未だに賛成はできないが・・・。

お腹の子のことにさえ気を付けておけば、過去にいくつもあった行幸と変わらない。

私が閣僚代表として、アリアに随行するだけのことだ。

 

 

私が必ず、守って見せる。

アリアも・・・お腹の子もな。

 

 

「そう言うわけだ・・・言いたいことは?」

「・・・無いよ」

 

 

アリアの傍に立っていた若造(フェイト)に問うと、特に反論はしてこなかった。

ただし、気のせいだろうが・・・かすかに、口元に笑みを浮かべたような気がした。

・・・後で殴ろうと思った私は、悪くない。

 

 

 

 

 

Side ガイウス・マリウス(エリジウム総督府軍事顧問官)

 

レオナントス・リュケスティスと言う男は、叛逆の噂を立てられるような人間に見えるか?

多くの人間が私にそう問うてくるが、私はその全てに対して口を閉ざしている。

理由はいろいろあるが、最も大きな理由として私の立場がある。

 

 

私は今でこそここエリジウムの、それも王国の総督府で軍事顧問官を務めているが・・・元々はメガロメセンブリアの将軍であり、メセンブリーナ連合の中で一定以上の地位に就いていた。

新メセンブリーナ連合においては、一度は女王陛下の軍と戦ったのだ。

その私を女王陛下は許し、かつての部下達と共にこうして無事に過ごさせてもらっている。

個人的にも道義的にも、女王陛下そして王国は私の恩人なので。

 

 

「・・・」

 

 

そんな私が、女王陛下の信任を得て総督の地位にある男―――今、私の目の前で女王陛下の歓待についての計画書に目を通している男―――を、どうして誹謗できるだろうか。

そして私より若くして重責を担っているこの男は、噂などで誹謗されるべきことは何もしていない。

 

 

臣下の叛逆は、君主にとってはマイナスであり、国家にとっては致命的ですらある。

例外は政治的暗殺やテロリズムであって、その場合は国民全体の敵意を暗殺者やテロリストに向けさせることができる。

先の貴族粛清や労働党過激派の非合法化は、その典型であろう。

翻って、総督の叛逆はそれらとはレベルが違う。

 

 

「・・・修正すべき点など何も無い。提督の計画書通りに全てを進めてほしい」

 

 

書類を読み終えた総督が、私に計画書の束を返してきた。

そこには、ブロントポリスから新グラニクスまでの女王陛下の旅程が記載されている。

護衛や視察スケジュール、万が一の際の病院の手配などだ。

総督の口調は上位者としてのそれだが、不快さは無い。

そう言った一種の清廉さが、この総督には備わっているのだ。

 

 

理性と知性の両面において、およそこの総督は当代随一の軍人であるように思える。

その才幹は、一軍の将としても広大な領土の総督としても、不足は無かった。

ただ・・・。

 

 

「最初はどうなることかと思わないでも無かったが、提督のおかげで私の負担も随分と軽くなっている。今後とも、万事において私を補佐してくれると有難い」

「・・・お褒めに預かり、恐縮ですな」

 

 

その後、一言二言、細かい点について短く話し合った後、私は総督の執務室を辞した。

廊下で待機していた部下の敬礼に軽く頷いた後、その部下を連れて総督府を歩く。

道行く文官や武官も、部下と同じように私に敬礼を施してくる。

 

 

・・・私はこれから、女王陛下の歓待のためにブロントポリスへ向かう。

女王陛下の行幸の情報が広がった途端に、各地の暴動が沈静化した。

正直な所、何か意図的な物を感じる。

いつもと同じく、与えられた職務を果たすとしよう。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス(エリジウム総督)

 

ガイウス提督が退室した後、俺は小さく息を吐いて、身体の筋肉をほぐすように椅子の背もたれに背中を押し付けた。

ギシ・・・と、高級な造りの革製の椅子が、小さく軋む。

 

 

女王陛下の行幸が正式に決まってからのここ数日間は、歓迎の準備などで働きづめだからな。

南エリジウムを中心に起こっていた小規模なデモや暴動も、ここ数日は沈静化している。

経済的な指標は改善されていないと言うのに、それまで吹き荒れていた暴動の嵐が停止する。

これはどう考えても、何者かの意図があると考えて良いだろう。

 

 

「・・・と言って、それだけのことが可能な存在が思い至らないわけだが・・・」

 

 

溜息の一つも吐きたくなることに、今までの貴族の陰謀や労働党のテロのようなわかりやすさが、今回の件には見えない。

近衛近右衛門と言う不安要素が怪しいが、アレは逆に怪し過ぎて当てにならない。

どうも、エリジウム総督府内に噂が流れる一因を作ったらしいが・・・。

 

 

・・・嫌いだからと言う理由では、裁けないしな。

奴には罪があるが、極刑に至る程の罪状は無い。

あるいは、そこまでに至る証拠が無い。

 

 

「・・・いずれにせよ、我が女王の行幸を成功させ。かつ世継ぎの出産に差し支えないよう気を配る他は無い、か」

 

 

今の所、俺にできることはそのくらいだろう。

我が女王を迎え入れる以上、全ては水の漏れる隙が無い程に努力しなければならない。

そうで無ければ、我が女王に対して、礼を失することになるだろう。

 

 

「・・・小休止に、コーヒーでも飲むか」

 

 

先日までいた従卒は、俺の対応が不味かったのか辞めてしまった。

すぐに新しい従卒が配属されるだろうが、まぁ、たまには自分でコーヒーを淹れるのも悪くはあるまい。

そう言えば、女王の夫君のコーヒー好きが国民に伝わって、新しいブランドができつつあるとか聞いていたが、アレはどうなったのかな。

王都から離れると、そう言ったトレンド情報がなかなか入って・・・。

 

 

「どうぞ、総督閣下」

 

 

その時、コト・・・と、俺の目の前に淹れ立てのコーヒーが置かれた。

白い湯気を立てるそれからは、香ばしいコーヒーの香りが立ち上っている。

 

 

顔を上げれば、そこには女がいた。

薄い灰色の従卒の制服を着たその女は、多くの従卒がそうであるように、若かった。

おそらく、我が女王とそれほど年齢差はあるまい。

つまり、少女と言っても良い容姿だった。

背中に垂れた長めの金髪に、赤い瞳・・・顔立ちからして、おそらくはウェスペルタティア人。

 

 

「・・・申告致します」

 

 

その従卒の少女は、俺の前に立つと、姿勢よく敬礼をして見せた。

柔らかく目を細めて、口元には笑みを年齢に不相応な笑みを浮かべている。

 

 

「この度、総督閣下の新任の従卒となりました・・・名は、オクトーと申します」

 

 

オクトーと名乗ったその従卒は、敬礼を解くと一礼し、そのまま執務室の隣の従卒の控室へと下がっていった。

・・・俺はその背中を見送ると、口元に手を当てて少し考え込む。

 

 

今度の従卒は、若い女・・・名は、オクトー。

・・・俺に、女の従卒をつける・・・だと・・・?

人事部は、何を考えているんだ・・・?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

エリジウム大陸、とある場所・・・。

ある森の中に、それはいる。

 

 

黒一色の服装を纏った「彼」は、ある森の中にいる。

帽子も、コートも、シャツもパンツも、ブーツも手袋も・・・全てが黒一色だ。

コートの裾はボロボロで、そしていずれの服も身体のサイズに合っていないのか、少しダボダボな印象を受ける。

帽子とコートの襟の間から覗く白い肌には、漆黒の紋様がいくつも刻まれているのが見える。

 

 

「・・・8匹目(オクトー)は上手く総督に接触できたかね」

『ソノヨウデス』

 

 

「彼」の声に、別の声が答える。

ただしその別の声の主の姿は、どこにも見えない。

「彼」はそれに構わず、会話の内容に満足気に頷いて見せて。

 

 

「新オスティアの5匹目(ペンテ)も、上手くやっているようで何よりだよ。10匹目(デカ)はどうかね、新しい身体を見つけられたかね・・・?」

『ヨテイドオリニ・・・ヒトノユメノナカニ』

「よろしい、では・・・計画通りに進めるとしよう。この姿では契約者の魂も食せ無いからね」

『イエス・マイロード・・・』

 

 

「彼」の言葉と共に、別の声の気配が消える。

「彼」はそれに満足気に頷くと、帽子を脱いだ。

 

 

「・・・まったく、本当に素晴らしい才能だよ・・・まぁ、良い。こうなれば、私の封印を解くために・・・あの娘と血肉の契りを結ぶとしようか」

 

 

楽しそうな、呆れたような声で笑う「彼」は・・・赤い髪の、青年の姿をしていた。

それは「彼」であって・・・「彼」では無い、「誰か」だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 茶々丸

 

私達がエリジウム大陸の西側の入り口、ブロントポリスに到着したのは1月7日の午後のことです。

それまでは特にすることも無く―――アリアさんの体調のため―――いくつかの寄港地に寄りつつも、順調に旅は続いています。

 

 

とにかくも、特に問題も無く、アリアさんの体調な急激な変化も無く、無事にブロントポリスにまで到着致しました。

ここまでは、アリアさんはマスターやフェイトさんなどと『ブリュンヒルデ』内の自室で過ごされたり、侍医団と出産に向けた訓練をすることにのみ時間を費やしておられました。

それはとても平和で・・・とても、叛逆の噂が絶えない臣下の下を尋ねる旅の最中には見えませんでした。

 

 

「出迎えご苦労様です、ガイウス提督」

「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく・・・」

 

 

これまでは特に何もありませんでしたが、このブロントポリスではガイウス・マリウス提督を始めとする総督府の方々の歓迎式典が執り行われることになっております。

これは総督府の叛逆の噂を払拭するための行幸であるので、必要な行事と言えます。

 

 

ここブロントポリスは、エリジウム大陸最大の軍港都市です。

総督府直属の信託統治領軍の約3割の兵力が駐屯し、かつ艦隊の半分が駐留しています。

まさに軍事的中枢であって、この都市が独立した後も王国軍はここに駐留を続けることになっている程、軍事的に重要な拠点とされているのです。

 

 

「では陛下、ささやかながら晩餐会を催させて頂きますので・・・」

「わかりました。それまで、どこかゆっくりと休める所に行きたいのですが・・・」

「・・・仰せのままに、陛下」

 

 

アリアさんは軍港でガイウス提督らに歓待された後、ガイウス提督の養子であるユリアヌス少年の案内で、本日の宿である高級ホテル「アンタイオス」に入られました。

これが、1月7日午後16時22分のことです。

1時間30分ほどの休憩の後、アリアさんはマスターやフェイトさん、それから近衛騎士や親衛隊員などを連れて歓迎式典を兼ねた晩餐会に出席されました。

 

 

私も晩餐会にまでは出席できませんが、晩餐会の会場の外で暦さん達と終わるのを待ちます。

これはいつものことで、晩餐会の間、暦さん達も交代で食事を摂ります。

ホテル「アンタイオス」の晩餐会の会場の外で、じっと待機しております。

 

 

『・・・茶々丸、茶々丸・・・』

「はい、マスター」

 

 

晩餐会の最中、マスターから通信が入ります。

ドール契約に基づく念話通信なので、傍受される心配はありません。

 

 

『どうだ、何か不自然な様子は無いか・・・?』

「はい、マスター。現在の所、特に気になる点は見受けられません」

『・・・そうか・・・』

 

 

・・・?

マスターは何か気になる点がおありなのか、どうも歯切れが悪い様子でした。

 

 

『いや、気になると言うか、変な感じが一瞬・・・』

「・・・?」

『・・・いや、お前が何も感じていないなら、私の気のせいだろう。もうすぐ終わるから、待っていてくれ』

「・・・イエス・マスター」

 

 

・・・アリアさんの体調のこともあるので、晩餐会は30分ほどで切り上げられました。

ガイウス提督の他、ブロントポリス自治議会の方々も参加される盛大な式典となったようです。

アリアさん達をお迎えした後、ご宿泊のお部屋へとご案内します。

どうやら、何事も無く一日が終わろうとしているようです・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ああ、疲れました・・・。

溜息一つ、私はスイートルームの浴室で入浴中です。

傍にはもちろん、茶々丸さん・・・と、何故かチャチャゼロさんと晴明さん。

 

 

「・・・チャチャゼロさんまでは良いとして、晴明さん?」

「何、女子同士で恥ずかしがることもあるまい」

「いや・・・いやいや、晴明さんって男性じゃ」

 

 

いや、確かに見た目は少女のビスクドールですけど。

何と言うか、人形同士の戦いが始まりそうな感じですけど。

でも、魂は男性ですからね?

 

 

「ケケケ、トビラノソトニハタナカモイルゼ」

「うむうむ、我らに任せておくが良い」

「何をどう任せれば良いのやら・・・」

 

 

まぁ、良く良く考えてみれば麻帆良時代からお風呂も一緒してましたしね。

・・・懐かしいな、また皆であの別荘に・・・。

 

 

「・・・う?」

「どうかされましたか、アリアさん?」

「いえ・・・別に、どうと言うわけでは無いのですけど」

 

 

湯船―――スイートルームの浴室なので、10人ぐらい入れそうな広さの―――の外から、茶々丸さんが心配そうに声をかけてきます。

私はそれに心配はいらないと応じながら、片手でお腹に触れます。

 

 

はて、今、赤ちゃんが動いたような。

・・・お風呂に入っているから、「いやいや」な状態なのでしょうか。

やっぱりこの子、お風呂嫌いなんじゃ・・・うーん、困りましたね。

私からすると、どうしてお風呂を嫌いになれるのかさっぱりなんですが・・・面倒だから、とか?

 

 

「・・・ぁ」

 

 

茶々丸さんに心配されないように、小さな声をポツリと漏らします。

またです、何か・・・赤ちゃんが、やけに・・・?

 

 

「・・・少し早いですけど、上がります」

「わかりました」

「ミミノウラマデアラッタカー?」

「子供ですか、私は?」

 

 

チャチャゼロさんの言葉に笑いながら、私は湯船の中で立ち上がります。

一人で湯船から出るのは少し苦労するので、茶々丸さんに手を貸して貰います。

それから、茶々丸さんの手で身体の隅々までを丁寧に、かつ手早く拭いて貰います。

普段なら自分でしたいと思いますが、今はお腹が大きくて上手くできませんから助かります。

 

 

そして、妊婦用のレースの白いネグリジェに着替えさせて貰って・・・。

・・・?

サワサワと、お腹を撫でます。

 

 

「ドーカシタノカ?」

「いえ、大丈夫です。少し疲れました・・・」

「それはいけません、すぐにお休みに・・・」

 

 

茶々丸さん達と会話を続けながらも、私の手はお腹から離れません。

何でしょう・・・何か。

何か・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

アリアと僕は同じ部屋だけれど、アリアが個室の浴場を使っているので、僕はホテルの大浴場を使わせてもらっている。

僕は別に構わないのだけど、アリアは気にするだろうからね。

 

 

物の本によると、妊娠中の女性は男性に身体を見られるのを極端に嫌うらしい。

アリアも、例外では無いと思う。

 

 

「・・・出産には、立ち会うべし」

 

 

大浴場の湯船の段差に腰かけながら、僕は本を読んでいる。

作法として良くないとはわかっているけれど、他にアリアに知られずに本が読める場所はお手洗いしか無い。

お手洗いよりも長くいられる代わりに、湯気で本の紙が湿気るのが問題ではある。

 

 

本のタイトルは、「パパになるための10の方法」。

魔法世界で100万部を売り上げたと言う触れ込みの、いわゆるベストセラーだ。

ウェスペルタティアの書店大手、オスティア・ブ○クスの月間売上ランキングは3位。

・・・でもこの本、妻が妊娠することがすでに第6段階の扱いになっているんだよね。

つまり、結婚直後に読むのが正しい。

 

 

「・・・出遅れは、取り戻せる」

 

 

・・・らしい。

とにかくも、僕としてはアリアのために何ができるかを考えなければならない。

インストールすれば良いのだろうけど、こうして学ぶことに意味があるように思える。

・・・む?

 

 

 

次の瞬間、僕は本を上に放り投げた。

 

 

 

さらにその次の瞬間、大浴場の広い壁の向こう側から何かが無数に飛び込んできた。

それは湯船の水面を跳ねさせ、飾りの植物などを弾き、そして僕に襲いかかってきた。

連続した発砲音―――機関銃のような―――と共に、無数の弾丸が僕の視界を走る。

なかなかに急な事態ではあるけれど、魔力を伴ったそれは明らかに・・・。

 

 

「・・・ヤッタカ・・・?」

「サガセ」

 

 

・・・大浴場の一面、とどのつまりは入り口の方から誰かが入ってきた。

それは、僕を大浴場まで案内して入り口で護衛を続けていた総督府の兵士達だった。

容姿はわからない、と言うのも、暗灰色の兵士の戦闘服は頭部を武骨なマスクで覆っているからだ。

入ってきたのは2人、どちらも両手に軽機関銃のような物を持っている。

どうやら、僕を攻撃したのはこの2人らしいけれど・・・。

 

 

「ガッ」

「ゲッ」

 

 

特に振り向くことなく、僕は『千刃黒曜剣』を2本、空中に生み出して放つ。

それ以降は特に興味は無いけれど、僕の障壁に傷をつける魔力のこもった弾丸。

ウェスペルタティア製・・・まぁ、総督府の兵士なら特に不思議は無いけれど。

・・・ポスン、開いたままの本が上から落ちてきた。

 

 

「・・・特に、裏の事情に関心は無いけれど」

 

 

パタン、と、僕は本を閉じて湯船から立ち上がった。

・・・アリア。

 

 

 

 

 

Side ヘレン・キルマノック

 

「お、アリアの後輩の・・・ヘレン、だったな」

「あ・・・はい、そうです・・・ヘレン・キルマノック・・・です」

 

 

ロビーの購買部に寄った時、マクダウェル尚書に会いました。

床にまで届く滑らかな金の髪に、深い海の色の瞳。

・・・<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>、魔法世界で最強を謳われる1人。

 

 

正直に言って、苦手です・・・怖いし。

だって、小さな頃はママから「なまはげ」だって教えられていましたから。

お友達で怪談話をすれば、1回はこの人の話題が入る程ですし。

でも、陛下の・・・アリア先輩の話をするマクダウェル尚書は、とても優しい顔をしています・・・。

 

 

「売店に用事か?」

「はい、飲み物を・・・」

 

 

でもそれは裏を返せば、アリア先輩に縁があるから優しくされていると言うことで・・・。

そうでなかった場合、どうなったかはわかりません。

マクダウェル尚書は、私の直属の上司である宰相閣下との不仲が噂されてますし・・・。

・・・でも、この間は仲が良さそうな気がしましたけど。

 

 

「その年で宰相付きとは凄いじゃないか・・・どうして官僚になったんだ?」

「そ、それは・・・えと・・・」

 

 

アリア先輩のお役に立ちたい。

・・・私が官僚を目指した理由に、そう言う物が無かったと言えば嘘になります。

でもそれは理由の一つでしか無くて、本当は・・・。

 

 

・・・?

それまで私と話していたマクダウェル尚書は、不意に表情を険しくしました。

な、何かしてしまったかと怖くなりましたけど・・・。

 

 

「・・・何故、守衛がいない?」

「え・・・」

 

 

マクダウェル尚書の視線を追うと、ホテルの出入り口の方に行き当たりました。

ロビーにいる私達からは、そこは良く見えて・・・本当に、誰もいませんでした。

総督府の警備兵さんとかが、いるはずなんですけど・・・。

 

 

「・・・こ、交代とか、でしょうか」

「いや・・・交代でも、いないなんてことはあり得ないだろう」

「そ、そうですね」

 

 

・・・よく周りを見てみると、ついさっきまで各所に立っていたはずの警備兵さん達が、見当たりません。

え、えと、集団で交代とか休憩・・・なんて、あるわけがありませんね。

 

 

「せ、責任者に確認してみます・・・」

「・・・いや、ついて来い。嫌な予感がする」

「へ、え、えぇ・・・?」

 

 

足早に歩き出すマクダウェル尚書、私は少し迷った後、慌ててその背中を追いかけました。

い、嫌な予感がする・・・って・・・?

 

 

「あ、あの・・・あの、どこへ・・・?」

「アリア・・・陛下の所だ、決まってるだろ」

「は、はぃっ・・・」

 

 

短く返された答えに、私は頷く。

そう・・・そうです、私は宰相府の職員です。

何よりも女王陛下を・・・アリア先輩を。

 

 

お助け、しなくちゃ。

そうだよね・・・お兄ちゃん、お姉ちゃん。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

「威勢よく引き受けたは良い物の・・・実際はもの凄く複雑だよねぇ~」

「何がだ?」

「何がって、焔・・・には、わかんないかな、この乙女の葛藤が」

 

 

本来はフェイト様付きの侍女な私達フェイトガールズ、今は一時的に女王陛下付きになってる。

もちろん、フェイト様のご命令。

だからこうして、女王陛下のお部屋の前の廊下で待機を続けてるってわけ。

 

 

まぁ、実際にはフェイト様と女王陛下は同じ部屋だから、ほとんどの時間は一緒なんだけど・・・。

と、その時、栞と調の2人が部屋から出てきた。

女王陛下の就寝前のお茶が終わったのか、ティーセットとかを乗せたトレイを持ってる。

 

 

「2人とも、お帰り~・・・他に何か言われた?」

「いいえ、特に何も」

「どうやら、今日も問題は無いようですわ」

「そっか・・・」

 

 

一応、予定日とかあるけど・・・その少し前に来ることもあるって聞くから。

ここにも医者はいるし、もしもの場合は『ブリュンヒルデ』から応援も呼べるし・・・。

まぁ、大丈夫かな?

 

 

「田中さんもいるしねー」

「恐縮デス」

 

 

ガション、と扉の前に屹立しているのは、旧世界から来たターミネ○ター。

つまりは、田中さん。

いつもどこでも、女王陛下の部屋の前には田中さんがいる。

私も職業柄、こうして扉の外で呼ばれるまで待機してることが多いから・・・割と仲良くできてると思う。

 

 

基本的に、田中さんがいれば下手な護衛なんていらないもんね。

特に火力においては、私達より強いんじゃ無いかな・・・。

 

 

「・・・?」

「どうした、暦」

「ううん・・・何か、来るみたい」

 

 

ひょこひょこと豹族の耳を動かして、探る。

すると、何人かがこっちに来るのがわかる。

と言うか、何人か足音消しながら歩いてるのは何故・・・って。

 

 

「・・・マクダウェル尚書? と・・・うわ、いっぱい来た」

「アリアは・・・陛下は無事か!?」

「は?」

 

 

マクダウェル尚書の言葉に、私と他の皆が呆けた返事をする。

無事も何も、今、普通にお茶してましたけど。

と言うか、フェイト様が戻り次第お休みになられると思うけど・・・。

 

 

マクダウェル尚書の他には、えーと、ヘレンって秘書官と・・・。

・・・傭兵隊の真名隊長に、近衛騎士団のジョリィ副主席、親衛隊の霧島副長。

女王陛下の護衛の責任者が、ズラリとそこに並んでた。

え、えーと・・・何が、あったん、ですか?

 

 

「何カ緊急事態デショウカ」

「ああ、すぐに陛下に取り次いでもらいたい」

「急ぎで頼むよ」

 

 

田中さんの言葉に、ジョリィ副主席と真名隊長がそう言う。

と、とにかく、急いで取り次ぎを・・・。

 

 

何が起こっているのか、さっぱりわからないけれど。

でも、女王陛下は私達がお守りする。

だって、頼まれたんだもの。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

就寝前のお茶を終えたのが、午後21時40分のことです。

ノンカフェインのお茶は正直、飽きましたが・・・まぁ、仕方がありません。

カフェインありは1日2杯の約束で、今日はお昼の内に飲んじゃいましたしね。

 

 

「陛下、お休みの所を失礼致します」

 

 

後はフェイトがお風呂から戻るのを待って就寝するのみ、と言う段になって、来客がありました。

正直、少しばかり体調が気になっていたので・・・憂鬱になりました。

何というか、下腹部が張ってる感じがするんです。

 

 

まぁ、先月あたりから良くお腹が張ってましたし、慣れた感がありますけど。

でも、何か右眼のあたりが熱を持っているような気がするのは何ででしょうか。

そんなこんなで、できれば今から面会とか勘弁してほしかったりしますが・・・。

 

 

「・・・何か、ありましたか?」

「はい、それが・・・」

 

 

扉の所で暦さんから何事かを囁かれた茶々丸さんが足早に私の方に来たので、問いかけます。

ベッドの上で半身を起こした大勢でフェイトを待っていたので、そのまま聞きます。

対して、茶々丸さんの表情は曇っています。

・・・えーと、不機嫌な声とか、出しちゃいましたかね?

 

 

「マスターと・・・アリアさんの護衛責任者の3名が、急ぎ会いたいとのことです。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「・・・そんなに?」

 

 

ちなみに今のは、「そんなに来てるんですか?」と言う意味合いです。

誰が来たとかどうとかでは無く、皆が来たんですね。

まさか皆でお休みの挨拶をしに来たわけでも無いでしょうから、体調の悪さを誤魔化しつつベッドから出ます。

シーツの中から足を出して、床についた段階で茶々丸さんの手を借ります。

 

 

「・・・やはり、侍医団をお呼びした方が」

「いえ・・・少し休めば大丈夫です。それに、エヴァさん達が来ますから・・・」

 

 

心配そうな茶々丸さんにそう言って、私は薄いカーディガンを羽織ってエヴァさん達を呼びました。

エヴァさん、真名さん、知紅さん、ジョリィ、暦さん達にヘレンさん・・・本当に皆ですね。

チャチャゼロさんと晴明さんは元から室内ですし、そして田中さんも来ていますから。

フェイトを除けば、ホテル内にいる王国の最高幹部が揃っちゃってる感があります。

ガイウス提督達は、ブロントポリス政庁ですからね。

 

 

・・・エヴァさん達の表情は、どこか緊張しているようです。

私は、両手でカーディガンの前を抱き締めるようにします。

 

 

「・・・何か、あったのですか?」

「外の様子が、どうもおかしい。ヘレンの携帯通信機が通じないんだ」

「嫌な気配も感じる・・・ここはたぶん、安全じゃないよ」

「申し訳ありませんが、すぐにご出立して頂けませんか、陛下」

 

 

エヴァさん、真名さん、ジョリィの順に状況の説明がされます。

それに・・・私自身の思考は緩慢な変化しか返せません。

体調が悪いと言うのもありますが、正直、何が起こっているのかわかりません。

 

 

ただ・・・戦闘のプロの方々が「危険」だと言うのを無視はできません。

でも・・・。

 

 

「失礼致シマス」

「ひゃっ・・・?」

 

 

私が逡巡していると、不意に田中さんに抱き上げられました。

ゆっくりと私の身体に振動を与えず、でも急いで確実に。

田中さんは私をお姫様抱っこしたまま、部屋から外へと出ます。

 

 

「あっ、オイ、田中! ・・・チャチャゼロ、晴明、来い!」

「アイアイサーダゼ、ゴシュジン」

「ふーむ・・・ふむ?」

 

 

廊下を進むと、待機していたらしい近衛騎士や親衛隊員、傭兵隊の方々が10数名おりました。

シュンッ・・・と田中さんの脇を擦り抜けて私の前に出たのは、エヴァさんです。

目の前で揺れる長い金髪を視界に収めながら、私は気になっていることを聞きました。

 

 

「あ、あの・・・どこに?」

「とりあえず、『ブリュンヒルデ』を目指す。若造(フェイト)は自力で来るだろ・・・まずは何よりお前の安全を確保する」

 

 

具体的に私の聞きたいことを(聞きにくいことまで)答えてくれるエヴァさん。

ただそれ以上は何も言いませんでしたので、たぶん、エヴァさんにも何もわかって無いんだと思います。

他の皆さんも、きっと勘に近い何かで・・・。

ぎゅっ・・・と、田中さんのジャケットの裾を握ります。

 

 

何が起こっているか、わからない。

けど、どうやら危険だと言うことだけがわかっているようで・・・。

 

 

「・・・っ」

 

 

・・・誰にも気付かれないように、下唇を噛みます。

右眼、右眼の魔眼が、熱くて・・・それから。

それから、何か・・・。

 

 

 

―――――お腹、痛い・・・。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第26回広報:

アーシェ:
はいはいはいはいっ、怪しい展開になってまいりました!
いったいぜんたい、何が起こるのか!
と言うか・・・え、本当に大丈夫?
最後とか、マジでヤバい単語が聞こえたんですけど・・・。


シエン・ヴィータェ
60歳前後の人間の女性、助産婦。
母親学級で若い母親の教育にも熱心に取り組んでいるとか。
普段はオスティア近郊の農村で小さな病院に勤めてます。
地方貴族の出産も扱って、腕が認められて今回、女王陛下の出産を行うことに。


ルーシア・セイグラム
80歳前後の金髪のお婆さん、王室医務官。
先王アリカの誕生に立ち会った経験があり、先代女王の推薦で女王陛下の出産に立ち会うことに。
はんにゃりした人だけど、でも仕事はデキるお婆さん。


アーシェ:
はい、今回のキャラクター紹介は侍医団の中からこのお2人でした~。
出番が近いと思うんで、頑張ってほしいですね!
では、次回・・・うん、ロクでも無いことになりそうです・・・。


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アフターストーリー第29話「ボクノ、ダイジナキミ:前編」

*人の死を扱います、苦手な方はご注意ください。


ブロントポリスは、軍港都市である。

故にその都市のほとんど全てが、軍港に努める軍関係者のために機能している。

いわゆる基地経済と言うものであって、娯楽施設や商業施設の多くは、軍港関係者をターゲットにしている。

 

 

だからと言うわけでは無いが、ブロントポリスは深夜でも明るく、ある意味で騒がしい街である。

それが今は、どう言うわけか静まり返っていた・・・。

・・・ごく、一部を除いて。

 

 

「ふむ・・・良い感じに孤立させられているようではないかね」

 

 

ふわり・・・と、ブロントポリスの街に「彼」が舞い降りる。

漆黒のコートに赤い髪の「彼」は、高級ホテル「アンタイオス」の屋上にいる。

眼下には、「彼」の用意した舞台で駒が動いている。

それを見ている「彼」は、上機嫌その物だった。

 

 

「ふむ、9匹目(エンネア)もなかなかに頑張ってくれるね。街全体を覆う夢・・・か」

 

 

その時、ホテルからほど近い道路の中ほどで、何かが爆発した。

赤い光が一瞬だけ膨らみ、後に黒い煙が吹き出す。

その様を見て、「彼」は口元をニイィ・・・と歪めた。

 

 

「なるほど、あそこかね」

 

 

目的のモノを見つけて、「彼」は笑う。

そしてそこから動こうとして・・・。

 

 

 

「・・・デュナミス様は仰いました。民衆を苦しめる元凶を突き止めろと」

 

 

 

白い雪の結晶でできた輪のような物が、「彼」の身体を拘束していた。

「彼」はやれやれとでも言いたげに肩を竦めると、そのまま後ろを向く。

 

 

そこに、少女がいた。

短い白い髪に、漆黒のワンピースドレス。

片手の人差し指を「彼」に向けて、少女は淡々と告げる。

 

 

「・・・女王陛下(あねうえ)の傍を見ていれば、いずれわかるとは思っていましたが・・・」

「・・・」

「貴方だったとは・・・○○・○○○○○○○○○○」

 

 

少女の言葉に、「彼」は笑った。

「彼」の笑みに、少女はかすかに表情を動かした・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

私に向かって走って車を視界に捉えた瞬間、私は道路に降り立って駆け出す。

瞬動を駆使して右へ左へと高速移動する私の姿は、運転手から見れば消えては現れているように見えるのかもしれない。

 

 

そして、右手に装着したガントレット・・・支援魔導機械(デバイス)、『魔導剣―01』に細長いカートリッジを差し込む。

相対する車が放つ銃火をかわしつつ、最後には跳躍する。

 

 

「・・・『疑似(エンシス・)断罪の剣(エクセクエンス)』」

 

 

ガシュンッ・・・と軍用装輪車の上に着地した私は、右腕の魔力の剣を車に突き立てる。

そのまま右腕を真横に振り抜くと、バターでも切るかのような感触と共に車が切断される。

切り口が赤く染まったそれは、ゆっくりと二つに分かれて・・・中の人間もろとも、爆散する。

無論、私は爆発に巻き込まれる前に離れている。

 

 

再び地面に着地した私は、一旦、後ろに跳んだ。

目前に迫っていたもう一台の車から、距離を取るためだ。

そして一瞬だけ2mほど離れた直後、今度は私から近付くために跳躍する。

装輪車の上に備え付けれれている銃座の兵の首に手をかけて掴み、同時に右手の魔力の刃を下に向ける。

私が力を込めずとも、車は自分の進む力で切断され、一台目と同じ運命を辿った。

 

 

「・・・オイ、まだ意識はあるだろ。どうして自分達の女王を狙う?」

 

 

先程、車の銃座から引き摺り出した兵士に問いかける。

銃座から降ろした時の衝撃で腰骨が折れているようだが、まだ生きている。

・・・何も喋ろうとしないので、焦れた私は兵の無骨なヘルメットを片手で剥ぎ取った。

 

 

「答えろ。そうすれば医者くらいは・・・」

 

 

手配してやっても良い、と言いかけた所で、私は言葉を止める。

ヘルメットを剥ぎ取った下には、当然だが兵士の顔があった。

だから剥ぎ取ったわけだし、わけもわからぬままに総督府の兵士に襲われている状況も把握できるかと思ったんだ。

まぁ、場合によっては拷問もアリかと思ってやったわけだが・・・。

 

 

「ゲゲ、ゲ・・・」

 

 

ヒクヒクと口角を歪めて泡を吹いているその兵士は、気絶しているわけでは無かった。

言うならば・・・薬物中毒に近い状態かもしれない。

死体のような青白い顔の兵士の男、だがその目には・・・明らかに、理性の色が無い。

どうにも濁りきった目をしていて、私は顔を顰める。

 

 

薬物中毒に近い肉体反応、だが薬物中毒では無い。

これは・・・どちらかと言えば。

 

 

「ゲッ、ゲゲ・・・ゲゲェ!」

 

 

次の瞬間、男の顔のあたりから何かが外れる音がした。

それが顎の骨の外れる音だと気付いたのは、限界まで開かれた男の口から黒い何かが飛び出してきたからだ。

それが私の顔めがけて飛びかかってきた、瞬間・・・。

 

 

タァンッ!

 

 

聞き覚えのある発砲音と共に、それが弾けて消えた。

私が身体を掴んでいた男の身体からは、すでに力が抜けてしまっている。

・・・私は手を話して、その兵士を地面に打ち捨てた。

 

 

「・・・500ドルだよ、エヴァンジェリン」

「総督府にツケておいてくれ」

 

 

私は吐き捨てるようにそう言うと、道路に面した小さな崖の上から狙撃した龍宮真名を見上げる。

さっきまで私もいた場所で、情報を得るために巡回の兵士の車を襲った。

まぁ、見つかった瞬間に攻撃されたから、潰したが・・・どの道、情報は得られなかっただろ。

何せ、今回の件・・・この街の連中は。

 

 

「・・・アリア達は?」

「少し先の自然公園に隠れてるよ。道路や街道には、異常なくらい検問が敷かれていてね」

「そうか・・・急ぐぞ」

 

 

言った直後には、私と龍宮真名はすでに瞬動で移動している。

まったく・・・どこのバカがこんなコトを・・・。

・・・ん?

 

 

「霧が出てきたね」

 

 

龍宮真名の言葉に、私は眉を顰める。

ただの霧でも面倒だが・・・私は、このかすかに魔力のこもった霧を見たことがある。

これは・・・「Ⅰ」の霧だ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ホテルから逃げる際、どう言うわけか車がありませんでした。

ホテルに入る際に使用した車両はもちろん、警備が使用しているはずの物やホテルの従業員用の物まで全て・・・。

 

 

・・・仕方が無いので、徒歩で港にまで行くことになりました。

どう言うわけか通信が通じないので、港から迎えが来ることもありません。

さらに最悪なことに、霧が出てきました。

踏んだり蹴ったりって、こう言うことを言うのでしょうか。

 

 

「車両が確保できれば、もう少し楽に港まで行けるのですが・・・」

「・・・いえ、大丈夫です」

 

 

茶々丸さんの言葉にそう答えますが、気のせいか霧で身体が冷えて・・・。

・・・寒い、です。

 

 

ここが屋外なのがさらにアウトですよね・・・ここは、ホテルから2キロほど離れた位置にある自然公園の中です。

いわゆる人工林の中で、隠れるにはうってつけですが。

 

 

「・・・っ」

「陛下、大丈夫ですか?」

「・・・大丈夫です」

 

 

ジョリィの言葉にそう答えつつ、私は私を抱いてくれている田中さんの身体にくっつきます。

内燃機関のためか何かは知りませんが、熱がこもっていて暖かいので・・・。

・・・片手は、お腹を押さえていますが。

 

 

ここには、近衛や親衛隊の兵もいます。

だから、もう少し・・・我慢、を・・・。

 

 

「今、戻ったよ」

 

 

その時、エヴァさんと真名さんが戻って来ました。

しゅたっ・・・と、私達の前に姿を降り立ちます。

そして、開口一番。

 

 

「アリア、これは霧だ」

 

 

エヴァさんが、物凄くわかりきっていることを言ってきます。

いえ、霧が出ているのは見ればわかるんですけど・・・。

 

 

「違う、『霧』だ・・・お前も覚えがあるだろ。魔力を拡散させて通信を阻害する・・・例の『霧』だ」

「・・・それは」

 

 

答えようとすると、エヴァさんが人差し指を自分の唇に当てて首を振ります。

私と、一部の人間が理解していれば良いと言うことでしょうか。

・・・この霧は、「Ⅰ」の『霧』。

実験体の脂(アブラ)を燃やして発生させる、通信阻害の『霧』・・・。

・・・総督府で、管理されているはず。

 

 

「それと・・・」

 

 

さらにエヴァさんが何か言おうとした、次の瞬間。

私達の周囲が、炎に包まれました・・・って、へ?

 

 

「な・・・何だ!?」

「敵襲か!?」

 

 

あまりにも突拍子も無く炎に包まれると言う展開に、周囲の兵士がザワめきます。

即座に真名さん、ジョリィさん、知紅さんがそれぞれの部下に落ち着くように命令じる声が響きます。

いや、でもコレで落ち着けって言うのは無理ですよね。

 

 

「騒ぐな! コレは幻術だ!! ただ少し強力で普通の人間には解けないだけだ!!」

「イヤ、ソレデオチツケルヤツハイネーヨ」

「うむ、むしろ絶望するのぅ」

 

 

エヴァさんの言葉に、チャチャゼロさんと晴明さんが突っ込みを入れています。

・・・冷静だな、この人達・・・。

 

 

「・・・幻術?」

「ああ、それも・・・悪魔のな」

「悪魔・・・」

 

 

・・・悪魔。

私のこれまでの人生の中で、付き合いのある悪魔はそう多くはありません。

心当たりは、何人・・・何人? かありますが・・・。

 

 

「だが基本は人間の術師の使う幻術と同じだ。起点を壊せば解ける」

「起点・・・」

「ああ、だが何、私が・・・って、オイ?」

 

 

田中さんの腕の中で、私は身を乗り出します。

正直な所、私はかなり足手まといですが・・・そう言うことなら専門です。

顔に掌を当てて、指の間から周囲を見ます。

・・・起動、『複写眼(アルファ・スティグマ)』。

 

 

「・・・ぅ」

 

 

アレ・・・おかしい・・・です。

以前までは、あらゆる魔法的な物がクリアに視えたのに。

今はどう言うわけか、少し霞んで見えます・・・イメージとして、接触の悪いテレビみたいな。

ザザ、ザ・・・と、途切れ途切れで、良く・・・。

 

 

 

――――使用権、譲渡中――――

 

 

 

どこかで聞いたような女性の声で、そんな言葉が頭に響きます。

私に力をくれた女性と同じ声のそれが聞こえて、そして・・・。

 

 

痛み。

 

 

眼が・・・そしてそれ以上に。

身体の中身が引き摺りだされるような、痛みが。

 

 

「――――オイ! アリア!」

「アリアさん!」

「・・・っ、そ、こ・・・と、あそこ・・・」

 

 

私が指を指した場所が、すぐさま真名さんによって撃ち抜かれます。

そして、今まで見えていた炎が嘘のように消えて、静かな人工林が戻って来ます。

ただ・・・炎の代わりに、嫌な感触が肌を刺しています。

何か・・・何か、います。

何・・・・・・ぁ、ぁ・・・あ・・・。

 

 

「探さなくて良い! バカが、お前が無理をする必要なんて・・・・・・アリア?」

 

 

怒っていたらしいエヴァさんが、不意に声の調子を変えました。

でも、私はエヴァさん所か、ちょっと周りに気を、払えなく、なってて・・・ぇ・・・。

・・・ぅ、うぅ・・・ぃ。

 

 

「・・・い、た・・・ぃ・・・」

 

 

ぎゅっ・・・と、下唇を噛んで、身体を抱えるようにしながら。

私は、痛みに耐えて・・・。

・・・風船が破裂したような音が、身体の中で響いたような気がしました。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

その時、私の聴覚が風船が割れたようなかすかな音を拾いました。

その音はすぐ近くで響いた物であって、直後、田中さんの腕の中でアリアさんが身体を丸めるようにしているのに気付きました。

 

 

マスターと共に声をかけますが、反応がありません。

屈んで覗きこむと、アリアさんは青白い顔で唇を噛んでいました。

まるで、何かに耐えるように・・・。

 

 

「・・・い、た・・・ぃ・・・」

 

 

・・・おそらくは無意識の内に発せられたであろう言葉に、一瞬、呆然としました。

しかしそれも数秒のこと、すぐに再起動を果たした私はアリアさんのお身体を確認します。

呼吸、脈拍、そして何よりも・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

・・・濡れていました。

どことは申しませんが、私が触れたその箇所はぐっしょりと濡れていて。

22時49分、確認。

 

 

「ど、どうした、茶々丸・・・?」

 

 

不安の色彩を帯びたマスターの声は、この場にいる方々の心理を代表しているかのようです。

・・・それに対し、私は正確に情報を伝達する義務があると判断します。

 

 

「・・・破水しています」

「はす・・・何だって?」

「破水です、マスター。アリアさんの出産が・・・始まりました」

 

 

あえて淡々と事実だけを告げます、しかしその場には無言の驚愕が広がります。

破水・・・特に本格的な陣痛前に起こる破水を、医学用語で前期破水(プロム)と言います。

赤ちゃんは卵膜と言う袋の中に羊水と共に入っているのですが、破水とはこの卵膜が破れて羊水が外に出てしまっていることを言います。

 

 

原因には様々な理由が考えられますが、今回の場合は襲撃のショックだと思われます。

前期破水(プロム)自体は妊婦の三割の方がなるので、異常なことではありません。

すぐに医師の手で適切な処置を受ければ、問題無く健康に赤ちゃんを産むことができます。

 

 

「・・・すぐに『ブリュンヒルデ』に連絡をつけて、待機組の侍医団に引き渡す必要があるね」

 

 

おそらくはこの場で最も冷静な龍宮さんが、必要なことを言ってくれます。

正直、私と田中さんはアリアさんの身体状態監視(バイタルチェック)に全機能を集中しているので、そこまでは気を回せません。

 

 

「アリアさん、聞こえますか? 意識をしっかり保って、呼吸を・・・」

「・・・は、ぁぁ・・・っ」

「脈拍ニ乱レガ・・・」

 

 

ですが、この場所での出産作業は困難です。

大至急・・・まさに、設備の整った『ブリュンヒルデ』に向かう必要があります。

本当はブロントポリスの病院の方が良いのですが・・・そちらは安全とは言い難いので。

 

 

「すぐに移動したい所だけど、無暗に動かすのも不味いと思う。だから目的地を定めよう・・・ここから1キロほど先に広場がある。自然公園の敷地内で、艦艇も降りれる」

「女王陛下のご容体からして、それで良いとして・・・どうやって『ブリュンヒルデ』を呼ぶ?」

「普通の通信は通じないからな・・・・・・あ、いや、待て。工部省で『霧』対策用の通信機を開発したはずだな。施設管理権限のある総督府にいくつか・・・ブロントポリス政庁にもあるはずだ」

 

 

マスターと龍宮さん、そしてジョリィさん達が今後の話し合いをしています。

この『霧』は「Ⅰ」の生体兵装による物。

それこそ、エリジウム内部の「Ⅰ」施設捜索と管理を任されていた総督府の人間なら・・・。

・・・総督府。

いえ、今はそれは考えなくて良いですね・・・。

 

 

「・・・良し、まとめるぞ。一部がここで別れてブロントポリス政庁に向かう、軍港より政庁の方が近いからな。それから残りがアリアを守りながら広場まで行く・・・さっきのように妨害もあると思うが、これで行く。何か質問は?」

「・・・総督府の妨害、かい?」

「・・・で、誰が連絡に行くかだが」

「私が行こう」

 

 

龍宮さんの言葉に、マスターは答えませんでした。

その代わり、連絡役を誰にするかと言う話では・・・ジョリィさんが名乗り出ます。

 

 

「マクダウェル殿や龍宮殿は、陛下のお傍におられた方が良いでしょう。今後、何があるにしろ・・・私程度ではお役に立てない可能性が高い。加えて、少数での限定された任務においては、我ら近衛騎士団の方が統率した行動がとれます」

 

 

そこから少し、人選で揉めました。

相対的にマスターの地位が高いとは言え、最高意思決定者が判断できない状況下だったためです。

最終的には、ジョリィさん達が政庁に行くことになりましたが・・・それは、下手をしなくとも置き去りにされる可能性が大きい任務です。

正直、マスターは独力で生き残れる自分が行くつもりだったようなのですが・・・。

 

 

「・・・必、ず・・・戻って・・・命れ、です・・・」

 

 

どこか朦朧としている様子のアリアさんの言葉で、決します。

ジョリィさんはその場に跪くと、形式的な口上を述べて私達から離れて・・・。

 

 

「・・・まだ、返して貰って無い・・・」

 

 

アリアさんのその言葉に、ジョリィさんは少しだけ足を止めました。

それから、不思議な笑みを浮かべて・・・一礼。

今度こそ・・・近衛騎士を率いて、離れました。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

「いったい、どうなっているのだ!」

「わ、わかりません。でも提督、とにかく急いでください」

「・・・わかった」

 

 

政庁に隣接する官舎の中で、私は義理の息子であるユリアヌスとそのような会話をしていた。

亜麻色の髪の少年に急かされるまでも無く、私はすぐに軍服に着替えて官舎から出るべく足を速める。

いったい、何が起こっているのか・・・。

 

 

ブロントポリスの内部で、抗争が起きていると言う報告を受けたのが10分前だ。

今は午後23時35分・・・深夜だ。

陛下を狙ったテロリストの奇襲かとも思ったが、どうやらそうでは無いらしい。

状況はわからないが、どうやら総督府の部隊の中で命令も無く動いている物があるも・・・。

 

 

「すぐに政庁に・・・いや、ホテル「アンタイウス」に向かう。直属部隊を率いて女王陛下の下へ」

「わ、わかりました!」

 

 

階段を下りると、扉の傍に黒いヘルメットをかぶった武装兵がいる。

迎えの兵だろうか、私は兵に動揺を知られないよう、少しだけ歩速を緩める。

そして、何か命じようとした・・・その時。

 

 

・・・その武装兵が、手に持っていた銃の銃口を私に向けた。

何を・・・。

 

 

「提督!」

 

 

息子の声が耳に届いた次の瞬間、無数の弾丸が私を襲った。

反射的に、息子を背中に隠―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ジョリィ

 

・・・私があの世に行ったら、いったい、何人に殴られるのだろう。

そんなことを考える時がある。

相手はアリカ様を守れずに死んで行ったかつての同僚か、あるいは・・・。

 

 

ドンッ、ドンッ・・・と、重火器の放つ重低音が響いている。

部下達が、正面から政庁に攻め込んだのだろう。

部下と行っても、私を含めてここに来たのは8名しかいない。

・・・その内の5人を、正面に回した。

 

 

「ジョリィ様」

「・・・ん、行くぞ」

 

 

両側の部下にそう告げて、私は政庁内に侵入を果たす。

・・・裏口の、警備システムの死角からだ。

 

 

我が国の技術である程度は強化されたろうが、将来の独立を前提とした技術供与。

だから本国ほどえげつない物は置いていないし、何より我らには図面データもある。

近衛騎士が警備のために渡されたデータだから、間違いは無いはずだ。

 

 

「・・・セイモンニシンニュウシャダ」

「シンユウシャハハイジョセヨ」

 

 

何度か敵兵―――敵兵と言うのは抵抗があるが―――とすれ違ったが、見張りのつもりがあるのか無いのか、すぐに正門の騒ぎを聞き付けては持ち場を離れている。

・・・マクダウェル殿は、幻術と言っていたが。

 

 

彼らがどう言う状態なのかはわからないが、知能は低いのか・・・?

ここまで来るのにさしたる妨害が無かったことと、関係があるのかもしれない。

だが今は、そのような考察よりも前にやるべきことがあるはずだった。

女王陛下と別れてから、すでに30分以上が経過している。

急がなくては・・・。

 

 

「目指すのは最も警備が薄い第4警備室だ。そこには非常用の通信機がある。データによればそれは特別製で、今でも繋がる・・・」

「「了解(ヤー)」」

 

 

端的に『霧』対策と言いたかったが、それは部下達には言えない。

・・・『霧』と王室の関係は、トップシークレットだからだ。

 

 

敵兵をやり過ごしながら、政庁内を進む。

何度か危なかったが、どうにか・・・。

 

 

「・・・シンニュウシャダッ」

「・・・!」

 

 

建物の中に入った瞬間、見つかった。

その敵が銃を撃つのと、私がベルトの背中部分に差し込んでいた投擲用ナイフを投げるのと同時。

ナイフは敵兵の肩口に刺さり・・・銃が逸れる。

チッ・・・頬を銃弾が掠めたが、瞬動で突進した私は剣先を敵兵のスーツとヘルメットの間に突き刺すことに成功する。

 

 

鮮血が飛び、手に肉を裂く音と骨が折れる音が伝わる。

操られているだけとすれば、本当に申し訳ないと思うが・・・仕方が無い。

それに私には、彼に同情している暇は無い。

 

 

「・・・はあああぁぁっ!」

 

 

叫んで、駆ける。

殺した敵兵の後方に、さらに2人いた。

瞬動で床と天井を交互に跳び、懐に入り込んで切り上げ、胸を抉る。

姿勢を低くしたまま切り下げ、もう一人の足を斬り落とす。

 

 

「・・・行くぞ!」

「「は・・・はいっ!」」

 

 

パシャッ・・・床に広がった血溜まりを蹴って、部下達と共に駆ける。

政庁でも外れにある第4警備室を含むこの施設は、それほど広くない。

常駐している兵は、10人くらいだろう。

それでも、応援が来れば不味い・・・その前に。

 

 

「ついた・・・第4警備室!」

 

 

5分ほども、敵兵と切り結んだだろうか。

私の先を走っていた近衛騎士が、不用意に扉を開ける。

止める間も無く扉を開いた部下は、次の瞬間には銃声と共に倒れる。

首と腹から血を流して。

 

 

傷口は小さいが、それだけに深刻なダメージを身体に受けている。

出血が広がるごとに、身体が痙攣して・・・そして私は、それを見捨てて行く。

その部下が嫌いなわけじゃない、嫌いな部下とここまで来れるはずが無い。

だからこそ、私は任務を優先する。

 

 

「・・・はっ!」

 

 

部屋の前に出ると同時に、剣を投げる。

すると案の定、扉の前に立っていた敵兵に当たり・・・次の瞬間には、敵兵の顔面に足の裏を叩きこんで顔面を潰した。

同時に、敵兵の胸から剣を抜く。

 

 

「シンニュウシャッ」

「だったらどうした!!」

 

 

叫んで、転がり、銃火から逃れる。

今度は機関銃、タチが悪い。

警備室は狭い、ウェスペルタティア製の機関銃から逃れる術は無かった。

右腕から左足にかけて・・・10発程、貰う。

 

 

内臓をひっかき回されるかのような感触。

身体の中を異物が駆け抜ける感触。

最後の瞬動。

部屋の壁を蹴って・・・突進する、技術も何も無い。

左肩に、衝撃。

 

 

「・・・っっ!!」

 

 

痛みを通り越してマヒして、むしろ痛くない。

本当はかなり痛いはずなのに、私の身体は・・・意識は、それを無視する。

痛みを無視して敵兵から銃を奪い、銃把で敵兵の顔を殴る。

剣は無い、どこかに転がった。

後はただ、殴る、殴る、殴る、殴る、殴って・・・潰した。

 

 

ヘルメットごと潰して、殺した。

おそらくは操られていただけだろう無実の兵を、殺した。

それでも、私は任務を優先する。

それが近衛・・・兵士、軍人と言う生き物だから。

 

 

「・・・入り口、固めろ・・・」

 

 

もう一人の部下に命じるが、部屋の外から変事は無かった。

・・・それすらも無視して、私は警備室の通信機の所に行く。

左足が動かないので、引き摺りながら。

 

 

「・・・通じろよ・・・」

 

 

祈るように、コンソールに触れる。

・・・最初の3分は、砂嵐のような音が響くばかりだった。

基本は、近衛の端末と同じはずだが・・・と思って、通信機を弄る。

もしかして、『霧』対策を外されているのか・・・と怖い想像をしたが、最終的にどうにか繋がった。

 

 

『こち・・・ザザ・・・ンヒルデ』、誰か応と・・・』

「こ、こちら近衛騎士団副主席のジョリィだ。繰り返す・・・」

 

 

その後どうにか、『ブリュンヒルデ』の通信士に女王陛下の待機場所の座標を送ることはできた。

はは、我が国の技術は本当に凄いな。

生体兵装の『霧』すらも無効化する・・・とは言え。

 

 

・・・部下もそうだが、私も無事とは言い難いな。

特に腹が不味い、まぁ、大戦の時に腰が半分切れた時に比べればまだ・・・。

しかし、死ぬなと命じられている。

部下達の負傷の様子も見て、どうにか連れて・・・。

 

 

「ジ・・・ジジ、ジンビュウビャ・・・ッ」

「・・・!?」

 

 

気付いた時には、もう遅い。

先程、顔を潰した兵が・・・私がその場に捨てた銃を持っていた。

そして・・・。

 

 

 

タタタタタタ、タ・・・タンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ああ、いかんな・・・1分ほど気絶していたか。

・・・・・・うむ、今度は指一本動かせないな。

任務が終われば、後は部下を回収して戻るだけと言うのに・・・難儀だな。

しかし・・・。

 

 

『・・・必ず、戻ること、命令です』

 

 

ああ・・・そんな命令も、受けていたな。

だが通信はできた、後は・・・。

 

 

 

『・・・・・・まだ借りを、返して貰っていませんから』

 

 

 

・・・・・・ああ、そんな恨みも買っていたな。

本当、あの世にいったら何人に殴られなければならないんだろう・・・。

・・・私が、まだ王女・・・いや、王女ですら無かった頃の女王陛下を誘拐した、罪。

 

 

その清算がまだ・・・済んでいないか。

シャオリーに殴られただけでは、足りないからな・・・。

 

 

 

なら・・・戻らないと、何としても。

戻って・・・処刑の予約を、守らなければ、な・・・。

アリカ様のご息女・・・小さな、小さな・・・私の・・・。

 

 

 

 

「・・・へ、ぃ・・・か・・・」

 

 

 

 

 

・・・・・・へいか。

 

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

・・・しばらくして、正門の騒動を「片付けた」総督府の兵が戻って来た。

黒いヘルメットで顔を覆った彼らは、第4警備室で戦闘の跡を見ることになる。

 

 

「ゲ、ゲゲ・・・シンデ、ル?」

「ニンゲン、シンデル」

 

 

転がっているのは、彼らと同じ格好をした10数名の死体。

それと、違う格好をした3人の遺体だった。

その内2人は、第4警備室前の廊下で倒れている。

戻って来た兵は、その遺体に50発ずつ、銃弾を撃ち込んだ。

念のためと言うには、機械的な動きだった。

 

 

そしてもう1人は・・・第4警備室の中―――と言っても扉の前―――にうつ伏せに倒れている。

通信機の傍の床から、扉の前まで・・・何かを引き摺ったような赤い染みができていたが、兵達にはそれが何かわからなかった。

と言うより・・・興味が無かったのだろう。

 

 

「ニンゲン、シンデル?」

 

 

確認と言うには、あまりにも機械的な動きで。

兵達は、自分の持っている銃の銃口を倒れている黒髪の騎士に向けた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 暦

 

・・・ピクッ、ピクッ。

私の豹族の耳が、後ろの方から近付いて来る無数の足音を捉えた。

不気味な程に規則的な足音が・・・結構、たくさん。

 

 

「アリア、大丈夫か・・・?」

「・・・は、ぃ・・・」

 

 

ジョリィさん達と別れてから、30分か40分は経ったと思う。

政庁はホテルの割と近くにあるから、そろそろ到着してる頃かな。

警備用のデータ持って行ったから、道に迷うことは無いと思うけど・・・。

・・・ジョリィさん達がいなくなったから、人数的には四分の一くらい減った感じ。

 

 

それで今、半分・・・つまり別れた位置から500mくらい離れた所。

本当はパパッと行きたいんだけど、人工林の深い所に隠れながら行かなくちゃいけないから。

それに女王陛下の体調がアレだから、たまにこうして止まらないといけない。

 

 

「ひ、ぅっ・・・っ・・・」

「息を詰まらせないで、吸って吐いてを繰り返して・・・」

 

 

茶々丸さんがついてるけど、かなり不味そうな気がする。

こんな時にこんな場所で、しかも予定日より少し早く赤ちゃんを産むんだから。

・・・妊娠なんてしたこと無いけど、それが凄く不味いってことはわかるつもり。

 

 

でも、さっきから後ろが気になる。

それも、さっきの幻術と一緒で・・・嫌な感じがする。

つまり、敵。

・・・フェイト様は、まだ来てない。

 

 

「・・・暦」

 

 

環が、私の服の裾を引っ張った。

他の3人を見ると・・・頷いてきた。

皆、フェイト様の願いを知っているから。

 

 

「・・・皆、先に進んだ方が良い」

「ええ、そろそろ近衛の方々も目的を達するはずですから」

「ここは・・・私達で止めます」

 

 

私、栞、調の言葉に、皆が驚く。

でもマクダウェル尚書と龍宮隊長は、ここに置いて行くわけにはいかない。

もしもの時の戦力としてマクダウェル尚書は重要だし、龍宮隊長は『ブリュンヒルデ』に戻ったら砲手もしなくちゃいけない。

親衛隊と傭兵隊は頭数として必要だし・・・何より、私達は5人の方が戦いやすい。

 

 

だって、フェイト様が私達をそう鍛えてくれたから。

1人で・・・そして5人で生きていけるように。

フェイト様が全部、教えてくれたから。

 

 

「後ろから、敵が来る」

「さ・・・早く行って!」

 

 

味方に背中を向けて、5人で並んで・・・私達は、壁。

この世でたった1人の例外を除いて誰も通さない、壁。

私達が・・・奥様(へいか)を守る、赤ちゃんも。

 

 

「・・・まっ・・・っ」

 

 

女王陛下は何か言おうとしたらしいけど、痛いなら喋らない方が・・・。

私達を残して、他の皆が先へ進む。

もう少し先の、広場まで。

 

 

「・・・しなないで・・・」

 

 

最後に、女王陛下がそんなことを言って。

・・・行った、か。

しなないで、ねぇ・・・。

 

 

「あの子ってさぁ、真面目だけど空気読めないよね。こんな所で縁起でも無いこと言わないでって感じ?」

「暦、不敬罪」

「えー、そう?」

「そうだな、帰ったら軍法会議モノじゃないか?」

「いや、私は軍人じゃ無いし・・・」

 

 

環と焔と、そんな軽口を叩き合う。

そしてその間にも、後ろ・・・私達にとっては正面から、段々と足音が近付いてくる。

急ぐでも無く、でもゆっくりでも無い機械的な足取りで。

 

 

・・・・・・ヤバい、かなり怖い。

何て言うか、生きて帰れる気がまったくしないんだよね。

6年前は・・・死んでも『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に行ける可能性が高かったから、まだ何とかなってたけど。

でも今は、そんな物は無い。

 

 

「焔、怖くない?」

「怖いが、何か文句があるのか?」

「環は?」

「・・・怖い」

「調ー?」

「怖くないと言えば、嘘になりますね」

「・・・栞は?」

「単純な戦闘能力は、私が一番低いので・・・怖いですわ」

「そっか・・・うん、どうしよう、私も怖いんだ」

 

 

良かった、私だけじゃ無かった。

フェイトガールズは、いつも一緒。

・・・いや、こんな所まで一緒じゃ無くて良いんだけど。

 

 

正直、6年前の戦いが終わった段階で・・・このまま、普通に生きて行くんだろうなって思ってたし。

それが何で今、こうして誰かのために命張るハメになってるんだろ。

決まってる。

フェイト様のため。

フェイト様の期待に応えられない自分を、私はきっと許せない。

 

 

「・・・信じてるよ、皆」

「出会ってから今まで、お前達を信じなかった日は無いよ」

「私も・・・ずっと、信じてる」

「ええ、私も信じています」

「大丈夫・・・最後まで信じられますわ」

 

 

私、焔、環、調、栞。

フェイト様に救われて・・・出会った、あの日から。

ずっと。

 

 

目の前の茂みが揺れると、無駄話をやめる。

全身を緊張させて・・・茂み揺れが大きくなった、瞬間。

 

 

「『豹族変化(チェンジ・ビースト)』!!」

「『炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)』!!」

「・・・竜族・・・竜化・・・!!」

「木精憑依最大顕現・樹龍招来!!」

「・・・行きます!!」

 

 

茂みから出て来た黒いヘルメットの兵隊に、突っ込んだ。

フェイトガールズは、いつも・・・一緒だから・・・!

 

 

 

 

 

Side 真名

 

・・・どうもこう言う熱い展開は性分じゃないんだが、まぁ、仕方が無いか。

良い傭兵は、自分の生存確率を上げるための努力を惜しまない物だしね。

それにアリア先生を守ると言う直接的な仕事さえ果たしていれば、契約違反にはならないしね。

 

 

「・・・おいおい」

 

 

だがそんな私でも、溜息を吐きたくなる時はある。

例えば、目的地の広場に到着したは良いけど・・・。

 

 

「・・・ざっと、2000って所かな」

「ああ・・・」

 

 

私の言葉に、エヴァンジェリンが苦虫を噛み潰したような表情で応じる。

実際、苦虫の一つや二つは噛み潰したくもなる状況だった。

あのフェイトガールズが後ろからの敵の接近を知らせた時から、もしやとは思ったんだが。

 

 

・・・広場は確かに、艦艇が乗り入れられる程度には広い。

いざと言う時のためだろう、さすがは軍港都市。

だけど今、その広場にいるのは艦艇で無く、人だ。

それも、無数のね。

 

 

「・・・民間人が混ざってます」

 

 

ぽつりと呟いたのは、親衛隊の知紅。

確かに黒ヘルメットの兵士だけでなく、広場の向こう側からこちらへと近付いて来る人々の中には明らかに非武装の民間人がいる。

・・・皆、普通じゃないけどね。

こう言うの、映画で見たね・・・バイオ○ザードだっけ?

 

 

ふと、空を見上げる。

普通の人間には視えていないだろうけど、いつの間にかブロントポリス全体が妙な膜で覆われてる。

さっきの幻術の大型バージョンにも見えるけど・・・。

・・・都市全体が、罠になっていたわけか。

 

 

「・・・ぁ、あ・・・ぅっ・・・!」

「アリアさん・・・」

 

 

・・・今は、アリア先生の方が先か。

とは言え、『ブリュンヒルデ』が来ないんじゃな・・・。

・・・失敗かな?

 

 

・・・お?

その時、私の横を通り過ぎて、田中に抱えられて「産みの苦しみ」に耐えているアリア先生の前で、膝をついた。

 

 

「陛下、我々に離脱の許可を」

「・・・っ・・・ぇ・・・?」

 

 

親衛隊の面々が、その場で跪く。

10人もいないけれどね・・・後は艦隊の方にいるから。

いずれにせよ、今のアリア先生に何かを判断しろと言うのは不可能だろうね。

それがわかっているから、知紅もアリア先生の命令を待つことはしない。

 

 

「キタゾ!」

 

 

チャチャゼロの声に、皆が空を見る。

夜空の片隅に、白銀に輝く戦艦が1隻・・・来た。

でもその代わり、周囲の兵や民衆が足を早めた。

・・・普通に考えて、誰かが操作しているんだろうけど。

どんな術だ・・・?

 

 

「時間を稼ぎます。その間に陛下を船へ」

「あ、オイ・・・」

 

 

知紅はエヴァンジェリンに言いたいことだけ言うと、アリア先生の傍に寄ってネグリジェの裾を持ち、そっとキスをした。

・・・臣従の証かい、古風だね。

 

 

「・・・我らの愛と忠誠を貴女へ。どうかご無事でオスティアへ・・・」

「・・・ぁ・・・っ・・・ぁ」

 

 

痛みと苦しみと、そして衝撃と衝動に耐えながらアリア先生が手を伸ばす。

しかしそれを取らず、知紅は狐の面をかぶる。

そして、10人もいない親衛隊員がそれぞれの方角に散る。

 

 

アリア先生は手を伸ばして・・・痛みで、引っ込める。

・・・また減った、か。

 

 

「・・・ぁぁああああっ!」

 

 

アリア先生の声に応えるように、白銀の戦艦が降りて来る。

女主人を、迎えに来たんだろう。

・・・私は、銃の弾倉をチェックした。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

全長1000m級の戦艦が乗り付けても余るほど、ここの自然公園は広い。

いざと言う時はここが拠点になるわけだし、平時には軍の訓練にも使われている。

都市全体の5分の1が、自然公園の敷地とも聞いている。

 

 

「急げよ!」

 

 

虚ろな目をした兵士や民間人を魔力の刃で薙ぎ倒しながら、私は叫ぶ。

アリアについていた近衛と親衛隊の奴らは、すでにここにはいない。

その代わり『ブリュンヒルデ』の内部に待機していた軍が出入り口を固める形で、アリアを船に搬送している所だ。

 

 

「体温が高い! 意識の混濁も・・・」

「バイタル低下、衰弱の兆候が・・・」

「最後の食事は・・・」

 

 

タラップから駆け降りて来たダフネたち侍医団が、アリアを搬送用のベッドに寝かしたまま難しい事を言っているが・・・先に船内に入れよ!

目前の兵士の首に蹴りを入れると、鈍い音と共に骨が砕けるのがわかる。

 

 

たんっ・・・と跳び、空中で後ろ向きに二度回転し、着地する。

そこはタラップの先、田中が陣取って守っている場所だ。

 

 

「ファイア」

 

 

その田中の胸部がバカッと開くと、何やら物騒な重火器(ガトリングガン)が火を吹いた。

秒間数百発の弾丸が、船に群がってくる敵を薙ぎ倒していく。

・・・私はその場を田中に任せて、アリアの方へ行く。

 

 

「オイ! 何をやってる、早く行けよ!」

「まぁ、落ち着きなよ」

 

 

タラップの上から狙撃している龍宮真名が、冷静にそう言う。

しかし・・・落ち着いていられる状況では無かった。

 

 

「陛下を処置室に運びます」

「・・・そんなに悪いのか?」

 

 

・・・私の言葉に、ダフネは答えない。

厳しい顔で、ただ自分の仕事をこなしている・・・くそっ、だから無理だと言ったんだ。

だが、今さら言った所でどうにもならん。

 

 

「・・・は、ぁ・・・はっ・・・」

「・・・アリア」

 

 

我ながら情けない声で、アリアの名を呼ぶ。

茶々丸が傍についていて、手を握っている。

アリアは呼吸もままならないのか、酷く苦しそうで。

額には玉の汗が滲んでいて・・・断続的に、小さな悲鳴のような声を上げている。

 

 

・・・出産。

代われるなら・・・と思うが、私では産めない。

産めないんだ・・・こんな身体だから。

畜生・・・。

 

 

「側面!」

 

 

不意に、龍宮真名が叫んだ。

田中が前を、そして龍宮真名がタラップの左側を迎撃している。

そして右側を守っていた兵を突破して・・・銃を。

 

 

反射的に、アリアの上を飛び越えて庇う。

私の身体を、盾にする。

後ろでは、茶々丸がアリアの壁になろうとしているのがわかる。

・・・私は不死身だ、100発や200発の弾丸など大したことは無い。

後は後ろに逸らさないよう、貫通されないようにするだけだ。

身体に力を込めて覚悟を決め・・・アリアの悲鳴のような声が耳に届いた、瞬間。

 

 

 

「『千刃黒曜剣』」

 

 

 

千本の黒い剣が壁を作り、銃弾の嵐をせき止めた。

同時に、わざわざ私の目の前に・・・白い髪の男が、降り立った。

タラップに膝をつき、目の前の敵に黒い剣の嵐を叩きつけている。

・・・何だ、そのタイミング。

 

 

「ふぇいと・・・っ・・・」

 

 

アリアの声に、その男・・・若造(フェイト)が立ち上がる。

そして私を素通りして・・・って、オイ。

 

 

「アリア」

「・・・ごめ・・・なさ・・・」

「良いよ」

 

 

若造(フェイト)はアリアにそれ以上は喋らせずに、額に口付けて黙らせる。

そのまま落ち着かせるように頬を撫でながら、侍医団と兵に船内へ撤収するように言った。

その声に各々が了承して、急いで、しかしアリアの身体に刺激を与えないように船内に駆けこむ。

 

 

「・・・どうしてここがわかった?」

「別に難しいことじゃない、彼らについてきただけだよ」

 

 

彼らと言うのは、言うまでも無くあの奇妙な兵達だろう。

虚ろな目、単調な動き、明らかに普通では無い。

何者かに、何らかの操作を受けている。

 

 

フェイトは一瞬、少し向こうの人工林を見つめた。

そこには、残してきた娘達がいるはずだったが・・・若造(フェイト)は何も言わずに、船内に向かう。

・・・龍宮真名や他の兵達も、順次撤収を・・・って。

 

 

「田中! 早く戻れ!」

「発進ヲ援護シマス」

 

 

どう言うわけか田中だけが、戻らずにその場に踏み止まっている。

胸だけで無く両腕を重火器に変形させて、背後を除く3方向全てに攻撃を加えながら。

田中の足元に、空薬莢の山が築かれていく。

 

 

「・・・バカか!? 置いて行けるわけ無いだろ!」

「なぁに、心配はいらぬよ」

 

 

答えたのは田中では無く、晴明だった。

フヨフヨと浮かび、そして田中の頭の上に降りた晴明は、何枚かの紙を私に示してくる。

 

 

「どいつもこいつも、命を粗末にするバカばかりじゃ。だから我が残って、転移符で全員を連れて行く。そなたらは先に行くが良い」

「・・・晴明!」

 

 

私の叫びは、『ブリュンヒルデ』の発進音にかき消される。

晴明・・・田中!

その中で、晴明が犬のような式神を呼び・・・それを、私に突進された。

虚を突かれた私は、その式神に押されて・・・『ブリュンヒルデ』の中へと押し込まれる。

 

 

タラップが上がり・・・閉まる。

そして・・・ばっ。

 

 

「バカ野郎―――――――――っ!!」

 

 

命を粗末にしているのは、お前達の方だろうが!

私と違って、無尽蔵にはあるわけじゃ無いくせに・・・っ!

どいつも、こいつも! バカばかりだ!!

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

命を粗末にするつもりは、毛頭無い。

我にはまだ身体の代わりがあるが、他の者達には無いからの。

白銀の船が空高く昇って行くのを見つめながら、我はそう思った。

 

 

「まったく、世話の焼ける奴ら達じゃて・・・のぅ?」

「ソウデスネ」

 

 

我の言葉に簡潔に答えつつも、田中殿は周囲の敵を薙ぎ倒す作業を止めぬ。

ふと見れば、白銀の船の発進を見たからか・・・人工林の中から、1匹の龍が飛び立つのが見えた。

それは見覚えのある龍で・・・確か、環殿じゃったか。

 

 

おそらく他の者達も、それぞれの才腕で脱出を図るじゃろう。

そろそろ、我らも退散するとするかの・・・あの娘共の出立の援護と言う仕事は果たしたしの。

 

 

「・・・静カデスネ」

「ぬ・・・?」

 

 

すると、どうしたことか・・・周囲の人間共が攻撃をやめておった。

田中殿は銃を、そして我は符を構えたまま・・・警戒する。

何じゃ、どうして止まる・・・?

 

 

「・・・ふむ、どうやら間に合わなかったようだね」

 

 

人の群れが、左右に割れる。

その間を、ゆっくりと歩いて来る人間が・・・いや、人間では無い者が一人。

漆黒のコートに身を包んだその男は、青年と言うべき年齢じゃろうか。

赤い髪と、瞳。

そして、その顔は・・・。

 

 

「ネギ・スプリングフィールドト認メマス」

「・・・ネギ殿、じゃと?」

 

 

話は聞いておる、オスティアから悪魔と逃げた青年。

じゃが、我の目には・・・とても人間には見えぬ。

顔にまで及んでいる黒い紋様、そして気配。

明らかに・・・人のそれよりも、化生の類と言った方が。

 

 

「ああ、ある事情で帽子が無いので失礼するよ。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン・・・一応、まだ伯爵だよ」

「・・・ヘルマン。悪魔デスネ」

「ほう、良く知っているね・・・では」

 

 

バガンッ・・・と、重厚な音が響く。

我が気付いた時には、田中殿の身体が・・・身体の中央から砕かれておった。

胸の中央部を殴られ、砕けて・・・四方に・・・っ。

 

 

「・・・『悪魔パンチ(デーモニッシェア・シュラーク)』」

「・・・オンドボハンランジキ・・・ソワカ!」

 

 

田中殿の頭部を抱えたまま―――ここを壊されると、本気で不味い―――服の袖から符を取り出す。

『矢射ちの呪符』に描かれた絵が顕現し、呪力の矢が放たれる。

化生だと言うなら・・・調伏するのみ!

 

 

「ぬ!?」

 

 

矢はネギ殿・・・あえてネギ殿と呼ぶが・・・の影を射抜き、動きを封じる。

我は田中殿の頭を抱えたまま空中で印を結び、その矢を起点に呪印を刻む。

たんっ・・・地面を踏みしめ、背中から黄金の挟を抜く。

この人形の身体に付属していた、魔を断つ挟。

 

 

「ほぅ、不思議な術だね」

「まずは主を・・・ネギ殿から切り離す!」

 

 

・・・しゃきんっ!

挟を振りかざし、動きを止めたネギ殿に向か・・・。

 

 

背後から、何者かに頭を掴まれた。

 

 

判断が追いつく前に、四肢をもがれる。

挟と田中殿の頭部を取り落とし、地面に転がる。

術が解け・・・いや、そもそも誰じゃ、気配など・・・!

 

 

「主は・・・!」

 

 

そこにいたのは、金色の髪の女子じゃった。

どことなく、あの娘に似ておる顔の造形。

じゃが、放っておる気配は・・・。

 

 

「ご苦労、9匹目(エンネア)

「ハイ」

 

 

エンネア・・・と言うのか、この娘は。

良くはわからぬが、他の操られているだけの存在とは違う。

こ奴からも・・・化生の気配がする。

 

 

「何者じゃ・・・主ら」

 

 

あえて、陳腐な話題を投げかける。

代わりがある我はともかく、田中殿の頭部から意識を逸らさねば。

すると、思った通り・・・ネギ殿が我の方を見る。

 

 

「ふむ・・・不思議な術を使っているのだね」

「ふん・・・主こそ、何じゃその『中身』は」

 

 

我の言葉に、ネギ殿は年齢不相応な笑みを浮かべる。

膝をつき、動けぬ我の頭を掴む。

 

 

「ふふん・・・我を倒しても、意味は無いぞ」

「確かに・・・ふむ、なるほど、分身体のような物かね」

 

 

彼はうんうんと頷くと、我に顔を近付けて来た。

それに伴い、メキメキと我の頭が・・・く、この身体も壊れるか・・・。

じゃが、まだ代わりはある・・・問題は田中殿の頭をどう回収するか。

 

 

「・・・これは、個人的な見解なのだがね」

「・・・?」

「キミは分身体として本体から力を供給されていると仮定して・・・もし、いやいや、もしもだよ?」

 

 

ギシッ・・・我の身体の硝子の瞳に、罅が入る。

ぬ、ぬぬ、ぬ・・・。

 

 

「もしも・・・キミの術式を逆用して、キミから他の分身体、あるいは・・・」

 

 

・・・無事であれよ、皆の者。

 

 

「・・・本体に、攻撃が可能なのでは無いかね?」

 

 

・・・何も答えぬ我に、ネギ殿は笑みを深くした。

そして―――――。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「ふええええっ、ふええええええんっ」

「・・・ふぇっ!?」

 

 

ベッドの中でウトウトしてたら、観音(カノン)ちゃんの泣き声で目が覚めました。

さ、さっきミルクあげた所なのに・・・もう?

うーんと、今度はおむつかな、それとも何かな・・・。

 

 

弟の千(セン)ちゃんは本当に大人しい子なんだけど、観音(カノン)ちゃんは良く泣く子で・・・。

特に最近は、夜泣きが凄くて・・・赤ちゃんを育てるのって、本当に大変なんですね。

ちょっと寝不足だけど、いざとなれば霊体でやれば疲れない。

でも、できるだけこの腕で抱っこしたいし・・・。

 

 

「はいはい、ママですよ~」

「ふえええええっ、ふえええええええんっ」

「・・・うぇええぇっ・・・」

「はえ? 千(セン)ちゃんも?」

 

 

私とすーちゃんの寝室に並べたベビーベッドの中で、双子ちゃんが寝ています。

まぁ、今は観音(カノン)ちゃんが凄く泣いていて、それでいて千(セン)ちゃんまでぐずり始めています。

ふ、2人同時なの~?

 

 

え、えーっと、とりあえず観音(カノン)ちゃんを抱っこしてあやして、千(セン)ちゃんはポルターガイストでフヨフヨさせて・・・。

えーっと・・・あれ、おむつ大丈夫だ。

ミルクはさっきあげたし、うーん・・・。

 

 

「ふええええぇぇえんっ」

「うええぇぇ・・・っ」

「わ、わわっ・・・はいはい、ママですよ~?」

 

 

頑張ってあやしても、全然泣き止まなくて・・・い、今までで一番、手強いかも。

どうしたんだろ、どうして急に・・・。

 

 

「さーちゃん?」

「あ、すーちゃん・・・ごめん、起こしちゃった?」

「良いぞ・・・おお、元気だぞ!」

「元気過ぎて困ってるんだけど・・・」

 

 

ベッドからすーちゃんも出てきて、千(セン)ちゃんを抱っこしてくれる。

うーん・・・でも泣き止んでくれない。

・・・不意に、2人とも泣き止んだ。

 

 

「・・・あれ?」

 

 

泣き止んで・・・それぞれ私とすーちゃんにしがみ付いて来る。

・・・はえ? 今度は、甘えん坊さんなの?

私がそんなバカなことを考えた・・・次の瞬間。

 

 

ドンッ・・・!!

下の階から、家全体を揺るがすような音が聞こえた。

ミシリ、家全体が嫌な音を立てて・・・。

崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あたた・・・」

 

 

・・・少しして、私は顔を上げる。

するとそこは、いつか閉じ込められた木のドームのような場所で・・・。

と言っても、観音(カノン)ちゃんを抱っこした私が顔を上げると、木の根が崩れたけど。

 

 

「さーちゃん!」

「・・・すーちゃん」

 

 

すぐ横には、千(セン)ちゃんを抱っこしたすーちゃんもいた。

ただ・・・家は本当にこう、斜めに倒れ込んだみたいに崩れてしまっていて。

木の根のドームが無ければ、押し潰されていたかもしれません。

エヴァさんの、家が・・・。

 

 

・・・双子ちゃんは、スヤスヤと寝ています。

もしかして・・・。

 

 

「・・・何が、あったの?」

「わからないぞ・・・ただ」

 

 

私達を心配そうに見ていたすーちゃんは、不意に表情を厳しくして、ある一点を見ます。

そちらを見ると・・・嫌な感じがしました。

それは、エヴァさんの家の地下からで・・・。

 

 

後で調べてわかったんですけど、それは魔法球・・・別荘の部屋からで。

具体的には・・・晴明さんの社がある、場所からでした・・・。




新アイテム:
矢射ちの呪符:元ネタ「ゆうれい小僧がやってきた!」(藤様提案)。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第27回広報:

アーシェ:
えー・・・アーシェです。
正直、今回はいろいろとキツいです・・・ウェスペルタティア人として。
王国の民的には、今回の話は無いですよ・・・。

今回の話の「結果」は・・・また、後の話で明言されると思います。
では、今回はここまで。
またすぐに、次回の後書きでお会いしましょう。
・・・では、また。


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アフターストーリー第30話「ボクノ、ダイジナキミ:後編」

Side エヴァンジェリン

 

「・・・アリア!」

 

 

『ブリュンヒルデ』が飛び立った直後、私は移動用の簡易ベッドに乗せられているアリアの傍に行った。

ブロントポリスに置いて来た奴らのことも気になるが、今はとにかく目の前のアリアの方が重要だった。

アリアは、意識はあるようだが・・・もう、声も出せない程に衰弱している。

顔色は蒼白で・・・。

 

 

素人目にも、危険だとわかる。

処置室へと移動しながらも、私はアリアの手を握ってやっている。

傍には茶々丸と・・・もちろん、若造(フェイト)もいる。

 

 

「・・・」

 

 

誰も何も言わないが、胸にあるのは気持ちの良い感情では無いだろう。

後悔かもしれないし、自責かもしれない、怒りかもしれない。

対象が、違うだけで。

 

 

ズ、ズン・・・!

 

 

その時、船体が大きく揺れた。

かなり大きな揺れで、何人かの兵や侍医がその場に倒れる。

私と茶々丸、そして若造(フェイト)は踏み止まる。

踏み止まって・・・アリアを乗せたベッドが倒れないよう、支える。

 

 

「・・・・・・何だ!?」

『・・・悪魔っス!』

 

 

揺れが収まった後、私の声が聞こえたわけでは無いだろうが・・・艦橋から『ブリュンヒルデ』全体に放送が入る。

だが、悪魔と言う単語は気に入らない。

ああ・・・気に入らないな。

 

 

『たぶん、最下級の使い魔っスけど・・・数が半端無いっス! どんだけの魔力こめればこんな数に・・・っ!?』

「砲座に行くよ。生憎、私がここにいても役に立てないからね」

 

 

放送の最中に、龍宮真名が砲座へと駆けて行った。

こんな状況でも冷静に自分の仕事を見つけて果たすのは、流石と言うべきか。

だが・・・。

その時、再び船が揺れた。

 

 

『か、艦体に取りつかれたっス――――!』

 

 

・・・状況は、最悪のようだ。

どう言うわけかは知らないが、どこぞの誰かがこの船に使い魔をけしかけている。

・・・少しは静かに、産ませろよ・・・!

 

 

思わず、ぎゅっ・・・とアリアの手を握っている手に力を込める。

・・・だが、アリアは握り返して来ない。

 

 

「・・・陛下!?」

「不味い、意識が・・・」

「アリアさん!」

 

 

侍医団が騒ぐ・・・気絶したのか!?

ちょ・・・それって、不味いんじゃ無いのか。

茶々丸が耳元で名前を呼びながら、頬を軽く叩いている。

 

 

わ、私は・・・何をすれば良い?

ここにいて役に立てないのは、龍宮真名だけでは無い・・・私だって。

 

 

「・・・頼むよ」

「あ・・・おい」

 

 

すると、若造(フェイト)がその場から離れようとするのが見えた。

私が呼び止めると、振り向く。

いつも通りの無表情、無機質な目で・・・私を、いやアリアを見る。

 

 

「甲板に出て、迎撃するよ。砲撃じゃ細かいのは無理だろうからね」

「そ、それなら・・・私が」

 

 

私が、迎撃に出る。

お前は・・・アリアの傍にいなくちゃ、ダメだろう。

 

 

「・・・残念だけど、今のキミには広範囲殲滅戦闘はできない」

「いや、それは・・・そうだが」

「アリアを・・・頼むよ」

 

 

・・・そう言って、若造(フェイト)は行った。

その目は、最後までアリアを見ていて。

頼むって・・・何だよ、それ。

 

 

どうして皆、私に後を任せて・・・行くんだよ。

どうして皆、そんな・・・勝手なんだよ・・・っ!

・・・畜生!!

 

 

「・・・ゴシュジン」

「わかってる!」

 

 

チャチャゼロに促されて、私は若造(フェイト)の向かったの方向と反対側に駆け出す。

そっちは、アリアを乗せたベッドが角を曲がった所で・・・。

私は、アリアの傍にいるために・・・駆け出す。

・・・どうしようも無い、無力感を抱えて。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)を残したのは、広域殲滅魔法が使えないからだけじゃない。

正直な感想を言えば、彼女が本気になれば1人で万単位の敵を屠ることもできると思う。

 

 

単純に・・・もしもの時のために、誰よりも強い彼女を残しておきたかった。

アリアの傍に彼女がいれば、きっと・・・何があってもアリアは大丈夫だと思えるから。

単純に言って、僕よりも強いからね。

本当は・・・僕がアリアの傍にいてあげたいのだけれど。

 

 

「そこは少し・・・嫉妬、だね」

 

 

たぶん、嫉妬と言うのが正しいのだろうね・・・この感情は。

手元の装置を操作すると、甲板へ通じる扉が開く。

整備士が使う扉の一つで・・・普段、飛行中に開くことは少ない。

 

 

機械音を立てて、扉が上へとスライドする。

すると、開いた先から人間の物では無い爪のような指先がかかる。

・・・悪魔の指。

サイズ的には僕と変わらない、最下級の使い魔。

開ききった瞬間に飛び出してきたそれの頭を、片手で掴んで止める。

 

 

「・・・邪魔だよ」

 

 

身体を捻ってもがいていたそれの頭を、握り潰す。

僕は<地>のアーウェルンクス、膂力は・・・他のアーウェルンクスよりも強いよ。

握力、筋力・・・基礎体力。

 

 

「・・・僕が出たら、閉じておいてね」

「は、はいっ・・・!」

 

 

この扉の近辺の区画の警備を担当している女性兵にそう告げて、僕は外に出る。

ぶわっ・・・と風が僕の全身を撫でる。

だけどそれ以上に、甲板全体を埋め尽くしている使い魔に目を奪われる。

 

 

醜悪な外見をしたそれは、黒い影のようでもある。

形は様々で、獣のような物もあれば人型の物もある。

甲板だけで無く、『ブリュンヒルデ』の艦体周囲を使い魔が取り囲んでいる。

・・・どこから、いつ出て来たのか。

でも、それを考えている暇は無いね。

 

 

「・・・邪魔だよ」

 

 

いろいろな意味で、キミ達は邪魔だ。

白銀に輝く甲板の上で、僕は両手を広げる。

・・・そう言えば、6年前の戦いで似たような状況になったことがあったね。

今は、あの時よりも状況は悪いかもしれないけれど。

 

 

「『千刃黒曜剣』」

 

 

ジャカッ・・・と、僕の周囲に千本の黒い剣が生まれる。

・・・悪いけど。

 

 

「静かにしていてくれないかな」

 

 

大事な時なんだ、今。

アリアにとっても・・・僕にとってもね。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・気が付いた時、そこは白い部屋でした。

白いと言っても、自然な色では無くて・・・いわゆる、人工的な色合いです。

無味乾燥と言うのが、表現としては正しいのかもしれません。

 

 

霞む視界の中で、小さく周囲を見渡します。

良く見えないのですが・・・何人かの人が私を囲んでいるのがわかります。

その内の何人かは、私に何かを言っている様子です。

でも、良く聞こえなくて・・・っ。

 

 

「は、あああぁぁぅ・・・っ!?」

「アリア!」

 

 

不意に、全てが戻って来ます。

眼は光を捉えて、耳は音を。

頭は記憶を、そして身体は、痛みを取り戻します。

正直、最後の方はいらないです・・・っ。

 

 

「あ、あぅっ・・・はあぁぁ・・・ぁ・・・っ」

「アリアさん、大丈夫です・・・落ち着いて、息をしてください!」

「ぁ・・・茶ち・・・ゃ・・・うっ」

 

 

左側に、茶々丸さんがいました。

私の額に布を押し当てて、たぶん、汗とか拭ってくれてるんだと思います。

手術着みたいな服を着ていて、マスクとかしてます。

どうも、息をしろって言われてるんだと思いますが。

 

 

息、息・・・息って、何でしたっけ・・・?

喉が渇いて・・・唇が痛いです。

胸、苦しぃ・・・っ。

 

 

「・・・ぃぬ、死んじゃ・・・ぅ・・・っ」

「大丈夫だ、死なない! 死なせない!!」

 

 

ぎゅううっ・・・と、右手が誰かに掴まれています。

右側にいる人が、私に・・・必死に、呼びかけて来ていて。

その声が私を起こしたような、そんな気がします。

 

 

「え・・・えぁっ、さ・・・ぃた、いっ・・・痛いぃ・・・っ!」

「な、泣き事を言うな! 母親になるんだろ!!」

 

 

お、お腹の下の部分が、とんでも無く痛いです。

お腹が張ってるとか固いとか、そう言うレベルで文句言っててごめんなさい・・・っ。

誰に対してかはわかりませんけど、何となく謝りたくなりました。

 

 

謝って終わるなら、もう何回だって謝ります。

だから・・・だから、早く終わって。

何が何だかわからないですけど、こんなに痛いのは、もう嫌ぁ・・・。

ポロポロと涙が溢れてきて、止まりません。

 

 

「ぃ、た・・・痛い・・・痛いぃっ!!」

「う、う・・・シエンッ!」

「大丈夫、痛い痛いって言ってる内は大丈夫ですよ・・・っ」

 

 

し、シエン・・・あ、助産婦さん?

こんな・・・こんなに、痛いなん、て。

に・・・二度と、妊娠なんて・・・っ。

 

 

「だ、大丈夫、大丈夫だぞ・・・頑張れ、頑張れ・・・!!」

「う、うううぅぅうぅ、う・・・っ!」

 

 

エヴァさんの声を耳にしながら、歯を食いしばります。

他は良く聞こえなくて、どうしたら良いかわかりません。

わからなくて・・・ただ痛くて、エヴァさんの手を握るしか、何も・・・。

 

 

・・・どうして。

どうしてここには、あの人がいないの・・・?

 

 

 

 

 

Side 真名

 

やれやれ、どうにも分が悪いね・・・!

『ブリュンヒルデ』の全砲塔を指揮下に置いて、私は引き金を引く。

砲撃手がエネルギーを充填させて、主砲と副砲を間断なく発射する。

 

 

『ろ、6時の方向から敵小集団!』

「・・・!」

 

 

通信機から響いた報告に、私は座席を180度反転させる。

ぎゅるっ・・・と飾りの銃座ごと後ろを向いて、艦体後部の副砲と連動した引き金に指をかける。

甲高い電子音を立てて、後方6時の方角から襲い来る敵の使い魔の集団に照準を定める。

 

 

―――――狙い撃つ!

裂帛の気合いを込めて引き金を引き、10数の副砲が同時に火を吹く。

ウェスペルタティア製の精霊砲が、6時方向から来ていた使い魔を数十体は薙ぎ倒す。

・・・だけど、全部は無理だね。

何体か砲撃から逃れて、艦体に取り付こうとしている。

 

 

「こうなると、砲撃じゃ無理だね・・・機銃座、中にいれるなよ!」

『『『了解(ヤー)!!』』』

 

 

艦体各所に備えられている機銃座から、対空戦闘用の重機関銃が次々に火を吹く。

対魔コーティングが施された特殊弾は、最下級の使い魔ごときなら楽に撃ち抜ける。

正直、敵の強さは大した事が無い。

 

 

むしろ数だ、ここの360度スクリーンで把握しているだけで1000弱。

1隻の戦艦にこれだけ付かれると、かなり困るね。

鬱陶しいとも言えるよ。

しかも、他の護衛小艦隊とはぐれてしまってはね・・・孤立無援だ。

後はもう、エリジウム大陸外に必死に逃げるしか無い。

 

 

『隊長、機竜隊はいつでも出れますぜ!』

「そのまま待機! ハッチの周辺に使い魔がいる!」

『でも、このままじゃ嬲り殺しですぜ!』

 

 

傭兵隊の中で機竜を扱える連中が、血気に逸って出撃許可を求めてきている。

ブロントポリスでは近衛と親衛隊に良い所を持っていかれたからね・・・焦りもあるのかもしれないね。

だけど・・・。

 

 

「ハッチを開けると・・・中に侵入される!」

『何とかならねぇんですかい!?』

「とにかく待機だ・・・よっ!」

 

 

引き金を引き、精霊砲を撃つ。

本当、かなり厳しいね。

ここまで厳しいのは、6年前の戦い以来じゃないかな。

 

 

・・・最近、優位な状態からの戦闘ばかりだったから。

その意味では、久しぶりの負け戦、撤退戦。

・・・まぁ、給料分の仕事はするさ!

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

大型の使い魔はいない、小型の使い魔ばかりだ。

戦艦を落とすつもりで放っているとは思えない、なら時間稼ぎと考えるのが妥当だろうね。

問題は、何のために時間を稼いでいるのかと言うことだけど・・・。

 

 

「『千刃黒曜剣』」

 

 

千本の黒い剣を何度も作り出し、射出する。

艦体を傷付けるわけにはいかないから、少し距離のある使い魔を落とすのに使う。

ある程度は操作もできるし、時に鋭角に曲がり続けて敵の使い魔を屠る。

 

 

魔装兵具『千刃黒曜剣』の攻撃能力は、圧倒的だ。

複雑な動きをしない使い魔の間を蹂躙し、戦果を拡大していく。

問題は、すでに艦体に取り付いている使い魔だった。

下方や側面のは、機銃座にある程度は任せられるけれど・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

頭上から襲いかかって来た使い魔が、先程まで僕がいた位置に落ちて来る。

『ブリュンヒルデ』の甲板の表面が、重みと衝撃で小さくヘコむ。

バックステップでそれをかわした後、周囲に浮かべた黒い剣の内から数本を射出し、使い魔の身体に突き立てる。

 

 

ひゅっ・・・と両腕を振るい、黒い剣を左右に放つ。

剣が刺さり、僕の両側にいた使い魔が悲鳴も上げずにボロボロと崩れ落ちる。

どうも、随分と脆いようだけど。

 

 

「・・・この構成魔力には、覚えがある」

 

 

そしてその使い魔の身体を構成する魔力・・・つまり、術師の魔力に僕は覚えがある。

かつて、契約によって使役したことがある悪魔の物に酷似している。

それは・・・伯爵級悪魔、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンの魔力。

数ヵ月前、政治犯収容所からネギ・スプリングフィールドその他を連れて逃げた、悪魔。

 

 

・・・だけど、この使い魔達の構成魔力には淀みがある。

つまり、混ざり物と言うことだ。

悪魔の物と混ざり合う、この魔力は・・・人間の物。

そう、彼の物だ。

 

 

「『千刃黒曜剣』!」

 

 

再び、千本の漆黒の剣を周囲に放つ。

それは甲板周辺の使い魔を薙ぎ払い、使い魔の群れの一角をごっそりと削り取ることに成功する。

 

 

・・・パチパチパチパチ。

 

 

その時、拍手が響いた。

それはこの場所には不似合いな音であって、ある意味では不快でもある。

そしてその拍手は、突然この場に現れた男によって行われていた。

 

 

「・・・キミは」

「いやいや、久しぶり・・・と、言うべきかな?」

 

 

漆黒のコートに・・・赤い髪と目。

・・・ネギ・スプリングフィールド。

だがその身体から感じるのは、悪魔の魔力だ。

 

 

「・・・ああ、ちなみにここへはある人形から拝借した転移符で来たのだがね」

 

 

・・・人形。

脳裏に浮かぶのは、西洋人形に魂を乗せた陰陽師。

 

 

「何分、エリジウム大陸の外には出てほしくなくてね・・・おやおや」

 

 

何か言っているようだけれど、話を聞く必要は無いね。

僕は右手に持った黒い剣の切っ先を、ヘルマン・・・ネギ君に向ける。

それに対して、ネギ君の顔に嫌な笑みが浮かぶのが見える。

 

 

いろいろと聞きたい話もあるのだけど・・・。

・・・キミを倒して、使い魔を消させてもらうよ。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

こう言うと問題だが、私はアリアと出会ってからと言う物、無力感に苛まれることが多くなったように思える。

今も・・・私には、何もできない。

 

 

「う、ううぅぅぁぁああぁ・・・っ!!」

「陛下、もう少しです!!」

「陛下、もう一度!」

「・・・っふううぅ、ぅぅ・・・ぁっ!」

 

 

シエンやルーシア、助産のための侍医の言葉も、今のアリアを慰めているとは思えない。

もう、どれくらいの時間が過ぎたのかもわからない。

1分かもしれないし、10分かもしれない、1時間かも・・・。

 

 

その間、私はずっとアリアの手を握って、無責任に「頑張れ」と言うことしかできない。

アリアは今、私には経験できない「産みの苦しみ」を味わっているんだ。

私には、何もできない。

何も・・・何もだ!

 

 

「アリアさん・・・落ち着いて、息を吸って・・・吐いて・・・」

 

 

出産用の特別なベッドに寝かされたアリアは、外の状況を知らない。

それでも破水から陣痛開始、そしてここでいくつかの薬を使って出産を促進して・・・きっと、混乱しているはずだ。

 

 

茶々丸はそんなアリアを落ち着けようとしているのだろう、汗を拭いてやったり、水を含んだスポンジを唇に当ててやったりしている。

これは私が勘違いしていたのだが・・・ラマーズ法と言うのは呼吸法のことでは無く、それを含めた精神予防性無痛分娩法のことを言うらしいな。

だから茶々丸は、精神的にアリアの苦痛を和らげようとしているわけで・・・。

 

 

「・・・は、ぅ、ぃぃい、ぎっ・・・ぃっ!」

 

 

・・・私は、そんな気の効いたこともできない。

自分が情けなくて・・・ただこうして、アリアの手を両手で握ることしか。

ぎゅううっ、と握り締めてやることしか。

 

 

アリアは、本当に苦しそうで・・・辛そうだった。

額には玉の汗が浮かんでいて、ポロポロと涙を流し続けて、可愛らしい顔を歪めて、唇を噛み切る程に歯を食いしばって・・・全身に、断続的に力を込めて痙攣している。

口を開けば、悲鳴ばかりで・・・。

 

 

「・・・あ、あ・・・ぁぁああ、ぁ・・・くぅあっ!!」

「・・・頑張れ・・・頑張れよ・・・!」

 

 

私はただ、早く終わるように祈るしかできなくて。

アリアの右手を両手で握り締めて・・・それに額を押し付けて、震えていることしかできない。

畜生、畜生・・・。

 

 

「頑張れ・・・頑張って・・・頑張って・・・!」

 

 

・・・子供を産むと言う痛みを、私は感じることができない。

だから、逃げ出したくなっても・・・私はアリアの傍を離れない。

それくらいしか、してやれないんだよ・・・!

 

 

どうして・・・どうしてだ、畜生。

どうして皆、出産の時くらい大人しくしていないんだ。

頼むから・・・静かに、産ませてやってくれ。

頼むよ、そんなに贅沢な願いじゃないだろ・・・!

 

 

 

 

 

Side ラスカリナ・ブブリーナ(ブリュンヒルデ艦長)

 

状況は、極めて厳しいと言わざるを得ない。

味方の護衛小艦隊とも分断され、我が『ブリュンヒルデ』は孤立無援だ。

おまけに、医療区画の機能の半分はアリア様のご出産のために使用されている。

 

 

艦内に敵の使い魔の侵入が無いため、負傷者が少ないのが幸いだった。

とは言え、一介の艦長である私が判断して行動するには、あまりにも厳しい状況だ。

せめて正式な艦隊司令官がここにいてくれれば・・・私では、『ブリュンヒルデ』の行動に関する判断しかできない。

 

 

「か、艦長・・・甲板に新たに巨大な魔力反応っス!」

「何・・・!?」

 

 

これまでの所、『ブリュンヒルデ』の乗員各員と龍宮真名、そして夫君殿下の活躍によってどうにか保っているが・・・。

ここに来て、新たな要素が出てくるとは・・・。

 

 

「映像に出せるか!?」

「や、やってみるっス!」

 

 

オルセン副長が返事を返した数秒後、艦橋のスクリーンに甲板の映像が映る。

そこには、夫君殿下と向かい合う、一人の青年がいた。

赤い髪の、その青年は・・・まさか。

 

 

・・・だがそれを口に出すわけにはいかない、公的な問題になってしまうからだ。

だが、あれは・・・。

 

 

「・・・ブロントポリスの管理空域からは、あとどのくらいで離脱できるか!?」

「え、えー・・・っと・・・あと、30分あれば!」

「保たせろ! この艦は女王陛下の座乗艦・・・『ブリュンヒルデ』だ! 何があろうともこの艦だけは落とされてはならない!!」

 

 

他の艦が撃沈されるのと、この艦『ブリュンヒルデ』が落とされるのとでは、意味が違う。

この『ブリュンヒルデ』が落とされる・・・それはすなわち、女王の敗北、王国の敗北を意味する。

逆に言えば、この艦だけでも安全空域に離脱できれば、それだけで我々の勝ちだ。

 

 

それが、女王の座乗艦を預かる我らの誇り。

それだけは・・・何があっても、させない。

私は、女王の座乗艦の艦長なのだから。

 

 

「周囲の使い魔、離れて行くっス!」

「何!?」

 

 

オルセン副長の言葉に、スクリーンの映像が切り替わる。

すると確かに、群がっていた使い魔達がこの艦から距離を取るのが見えた・・・。

・・・どう言うことだ?

 

 

ズ、ズン・・・!

 

 

その時、艦体が大きく揺れた。

操舵士が悲鳴を上げて警告する中、オルセン副長の声が響く。

 

 

「夫君殿下が、新しい悪魔と戦闘に入ったっス!」

「・・・離脱を急げ!」

 

 

指揮シートにしがみ付きながら、私は代わり映えのしない命令を飛ばす。

他にできることが無い。

だが・・・自分の責任からは、逃げない。

 

 

この艦を、一刻も早く安全な空域へ。

一秒でも、早く・・・!

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

今のネギ君の状態は、人間の肉体に爵位級悪魔の魂と魔力を乗せたような物だ。

そしてそれは、ある特定の術式によって結び付けられている。

端的に言えば、その術式を解くことができれば人間の部分と悪魔の部分を切り離せるのだろうけれど。

 

 

「・・・何のつもりだい?」

 

 

僕がそうして相手を分析していると、ヘルマンと融合したネギ君は周囲の使い魔を離れさせた。

 

 

「何、私は複雑なルールを設定するのが嫌いでね。単純(シンプル)に行こう、私を倒せばキミ達は逃げ切れる。倒せなければ私の勝ちだ」

「ふぅん・・・キミが勝った場合、どうなるのかな」

「ふむ、それは確かに重要な所だ・・・ふむ」

 

 

ネギ君は、漆黒のコートを風にはためかせながら腕を組んでいる。

重厚さをまるで感じないのは、貫禄と存在感の問題だろうね。

 

 

「・・・とりあえず、アリア君の肉体を貰」

 

 

相手の言葉が終わる前に、僕の拳は彼の顎を捉えている。

鈍い音と共に彼の顔が跳ね上がり、数歩、たたらを踏んで後退する。

・・・僕の右拳は、殴った衝撃でビリビリとした感触を覚えている。

 

 

「・・・ふ、ふふふふ・・・」

 

 

・・・普通の人間なら、今ので終わっているはずなんだけどね。

彼は踏み止まって、ゆっくりと顔を僕に向ける。

 

 

「・・・!」

 

 

彼の顎、ちょうど僕が殴った部位に奇妙な紋様が輝いている。

幾何学的な紋様でありながら、どこか黒く昏い魔力を感じさせるその紋様は・・・。

 

 

「・・・<闇の魔法(マギア・エレベア)>と言うらしいね、コレは」

「・・・・・・そう言うことか」

 

 

要するに、ネギ君のスキルをヘルマンが使用している。

そして不味いことに、アレは闇の眷属である悪魔にとっては・・・。

・・・ノーリスクのブーストに近い。

 

 

しかし、そうなるとネギ君の肉体はすでに・・・。

と、僕が数秒間考察している間に、ネギ君・・・ヘルマンは掌に黒い魔力の塊を生み出している。

それはどこか雷のようにも見えて・・・その黒い雷を、彼は顔の前で握り潰した。

何かが繋がるような音がした瞬間、黒い雷が僕の前を駆けた。

 

 

「・・・!」

 

 

自分の顔に衝撃を感じたのは、倒れてからだった。

もちろん、僕も無様に倒れたりはしない。

殴られた衝撃をそのまま利用して、その場で一回転。

地面に膝をつく形で着地し・・・・・・顔の左側面に、相手の踵。

 

 

蹴り抜かれる、僕が吹き飛ぶ。

甲板スレスレの所を低空で飛ばされて・・・バンッ、目前の床を叩いて衝撃の方向を変え、身体の位置を戻す。

立て直した瞬間、ネギ君の身体がそこにある。

疾い、そう脳が感じた瞬間には僕の腹部に彼の肘が撃ち込まれている。

 

 

「ふむ・・・『黒雷瞬動』とでも名付けようかな」

「・・・っ!」

 

 

それも一撃では終わらず、複数回、衝撃が続く。

僕の障壁にすら罅を入れるそれは、僕の身体を再び吹き飛ばす。

 

 

「ぐっ・・・あ」

 

 

・・・『千刃黒曜剣』!

甲板から甲板の端へ飛ばされながらも、僕は漆黒の剣の群れを放つ。

しかしそれは、黒い雷と化した相手には掠りもせず・・・代わりに、艦体の周囲に浮いていた使い魔達を巻き込んで行く。

 

 

そして僕自身は、背後に回った彼に打たれる・・・これは、5(クゥィントゥム)の雷化に近い。

アレには劣るが速力は限りなく近い、瞬動では追いつけない。

なるほど、確かに脅威だ。

皮肉なことだね、ネギ君・・・これはおそらく、キミがかつて望んだ領域の技術だろう。

 

 

「そう言えば・・・かつてキミには理不尽な契約を結ばされたことがあったね」

「・・・」

「そう・・・襲撃対象を襲うなとか言う契約だったかな」

 

 

正確には、アリアに触れるな、だよヘルマン。

まぁ、そのおかげでキミは数年間、封印されるハメになったのだろうけど。

・・・アリア。

 

 

僕の妻、僕の女王・・・きっと、僕が傍にいなかったと後で怒るんだろうね。

そして今・・・彼女は出産と言う戦いに挑んでいる。

はっきり言うけれど、僕は彼女が「偉大なお母さん」になることを信じて疑っていない。

だから・・・きっと、暦君達も約束を守ってくれたんだと信じたい。

彼女達の想いは、ボクにはもったいないくらいの物だけれど。

 

 

「なるほど、流石はかの<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>の技法だ。これなら私も、没落貴族で無くより上位の爵位に行けるかもしれない」

 

 

ああ・・・パチパチとうるさいね。

何発目かはわからないけれど、ゴンッ・・・と彼の攻撃で僕の障壁が砕ける。

そして彼は、僕の背後へキュンッ・・・と回る。

 

 

視界に残るのは、黒い雷の残滓。

だけど僕の視覚は、彼の位置を的確に掴んでいる。

身体は追いつかない、だから・・・僕が振り向いた瞬間。

僕の左脇腹に、彼の拳が深く叩きこまれた。

その際、彼の腕全体に黒い紋様が浮かび上がって・・・そして。

 

 

「・・・ッ!!」

 

 

振り上げた拳を、ネギ君の顔面に叩きつけた。

彼が顔面から甲板に叩きつけられて、バウンドする。

キュンッ・・・再び黒い雷が僕の背後に回り込む。

 

 

振り向き様、彼の拳が僕の顔を捉える。

そして同時に、僕も相手の顔を・・・再び顎を撃ち抜いている。

 

 

「な・・・」

「・・・風属性の精霊を使って、電位差を固定して移動先を決める」

 

 

彼は再び背後に回り込もうとして、できないことを悟る。

何故ならその途上に、僕の足が置かれていたから。

ネギ君は自分から僕の足に、「当たりに来た」んだ。

 

 

「空気の感触と・・・先行放電(ストリーマー)」

「・・・!」

「最強種の技法で・・・有頂天になったかい、ヘルマン?」

 

 

ただ疾いだけの攻撃、しかも「軽い」。

そんな物は、別に大したことじゃない。

カウンターの餌食にすれば良いだけのこと。

 

 

そして、再び僕の拳が彼の身体に届く。

振り下ろした僕の右拳がネギ君の頬骨を砕いて、彼の身体を甲板に叩きつける。

僕を殴るその瞬間だけは、雷化を解かなければならない。

それが弱点・・・二つ目。

 

 

「ごっ・・・おっ、おおっ・・・お!?」

 

 

骨の砕けた頬を押さえて、ネギ君が悶える。

特にそれに何かを感じたりは、しない。

何故なら僕は・・・一刻も早く、アリアの下へ行かねばならないから。

 

 

「ま・・・待て、待ちたまえ。私をこのまま倒すと、ネギ君の命も・・・」

 

 

悪いけど、僕はネギ君に遠慮してあげるべき理由を何も持たない。

せいぜい、アリアが悲しむかを考えなくてはいけないくらいだ。

僕は右拳に魔力を収束させて・・・倒れたネギ君に近付く。

後ずさる彼を・・・甲板の端にまで、追い詰める。

 

 

「・・・ま、待て待て、そう、話し合おうじゃ・・・」

 

 

答えず、右腕を振り上げる。

そしてやはり、迷わずに振り下ろした。

 

 

「・・・ぬううっ!!」

 

 

キュンッ・・・彼が放った拳を受け止め。

踏み込む、足元が砕ける。

僕の右拳が彼の左胸を捉え、紋様に蝕まれた心臓を撃つ。

振り抜くこと無く、一撃。

彼は・・・吹き飛んだ。

 

 

「ぬおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ・・・っ!?」

 

 

・・・ネギ君は、吹き荒ぶ風に揉まれて落下していった。

そしてその時、同時に・・・おそらくはネギ君が動かしたんだろうね。

僕の後方の空に待機していた使い魔が、背後から僕に突進してきた。

僕はネギ君を殴り飛ばしたままの体勢だったけれど、相手は最下級の使い魔、大したことは・・・。

 

 

 

―――――ギシッ―――――

 

 

 

・・・いつかも感じた身体の軋みが、僕を襲った。

労働党のテロから、アリアを守り損ねた時に感じた・・・軋み。

二度目のそれは、最悪のタイミングで僕を襲った。

軋みが収まった時には、僕の身体は使い魔の突進を受けて、甲板から投げ出されていたから。

 

 

激しい風に揉まれて落下しながら、僕が考えたことは・・・。

・・・アリアのことだった。

アリア・・・僕の大事なキミ。

必ず・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・気が付いた時、私はまた別の部屋にいました。

と言うか、この見なれた天蓋は・・『ブリュンヒルデ』の私の私室のベッドです。

正直、直前までの記憶があんまり無いんですけど。

 

 

「あ・・・アリア?」

 

 

私がうっすらと眼を開けるのが見えたのか、傍にいた誰かが驚いたような声で私を呼びました。

聞きなれたその声は・・・思った通り、エヴァさんで。

目の下に薄い隈を作ったエヴァさんが、そこにいました。

 

 

「・・・ぁ・・・」

「い、いぃいや、無理に喋らなくて良い。ち、ちょっと待ってろ!!」

「・・・ぇ・・・」

 

 

ガタタンッ、といろいろな物に身体をぶつけながらエヴァさんが部屋を出て行った後は、蜂の巣を突いたような騒ぎが待っていました。

まずダフネ先生やルーシアさんなどの侍医団の方々が来て、私の身体を診察して・・・。

 

 

・・・ちなみにこの時点で、私は自分の身体がやたらに軽いことに気付きました。

と言うか、お腹がヘコんでいて・・・身体の節々が軋むんですけど。

 

 

「初産ですので、仕方がございません」

「はぁ・・・」

 

 

そう言う物ですか、と頷いた所で・・・はたと気付きます。

そうですよ、お腹が小さくなってるってことは・・・赤ちゃんは?

わた、私の、赤ちゃんは・・・どこ?

 

 

「い、いやいや、落ち着け。すぐに・・・」

「・・・失礼致します」

 

 

軽く動揺して起きようとすると、エヴァさんが慌てて私を押さえつけてきました。

そしてちょうどその時、寝室の扉が開いて・・・茶々丸さんが入って来ます。

茶々丸さんの、腕には・・・。

 

 

「あ・・・」

 

 

そこには、小さな布の塊があって・・・塊って言うか、その。

その・・・私の、赤ちゃん・・・です、よね?

 

 

「はい、アリアさん」

 

 

柔らかな声で茶々丸さんが答えると、布の中で赤ちゃんがもぞもぞと動いているのがわかりました。

エヴァさんに身体を支えて貰って、ベッドの上で上半身を起こします。

そんな私に、茶々丸さんが・・・赤ちゃんを、渡してくれます。

 

 

は、初めて・・・初めて、赤ちゃんを抱きました。

我ながら拙い抱き方ですけど、だ、大丈夫ですかね・・・?

赤ちゃんは意外に重くて・・・覗きこむと、小さな小さな顔が見えました。

目はまだ開ききってませんけど、生え揃っていない髪は・・・白。

白い髪の赤ちゃんは、とても重くて・・・とても、とても温かくて。

 

 

「な、泣く奴があるか・・・」

「す、すみません、でも・・・何だか、感極まっちゃって」

 

 

段々と思い出してきましたよ・・・そう、まさに死ぬほど痛かったんですから。

痛みに耐えて・・・ちゃんと、産めました。

それが嬉しくて、涙が滲んでしまいます。

 

 

「・・・ふえぇ・・・っ」

「え・・・わ、わわわっ・・・」

「ああ、いけません。お疲れなのでしょう」

 

 

私が泣いたせいかはわかりませんが、赤ちゃんまで泣き出してしまいました。

どうしたら良いかわからずにオロオロしていると、茶々丸さんが助けてくれました。

赤ちゃんを茶々丸さんに渡して・・・。

 

 

「ちなみにお前、抱くのは2回目だからな」

「へ?」

「出産直後にも抱かせて貰ったろ・・・まぁ、その後すぐに力尽きたみたいだから、覚えて無いだろうが」

 

 

な、何てことでしょう、そんな大事な場面を覚えていないだなんて!

必死に思い出そうと頑張っている間に、赤ちゃんは茶々丸さんが新生児用の部屋へと連れて行ってしまいました。

リアルにショックです、もう少し抱っこしたかったんですけど。

 

 

・・・あ、そう言えば。

私はキョロキョロと周りを見回しますが・・・ここにいるべき人がいなくて、首を傾げます。

悩んでいても仕方が無いので、聞いてしまいますけど・・・。

 

 

 

 

「あの・・・フェイトはどこですか?」

 

 

 

 

瞬間、場の空気が凍りついたかのようでした。

侍医や侍女は顔を上げず・・・エヴァさんですら、顔を逸らします。

・・・?

 

 

私は首を傾げつつ、次々に聞きます。

晴明さんは、田中さんは、暦さん達は、知紅さん達は、ジョリィ達は・・・?

どうして皆、ここにいないんですか?

どうして誰も、答えてくれないんですか?

まぁ、後半の方々は仕事かも・・・仕事?

 

 

「・・・いないよ」

 

 

寝室の扉に身体を預けるようにして立っていた真名さんだけが、かろうじてそれだけ教えてくれました。

いない? いないって、どう言う・・・。

 

 

不意に。

 

 

不意に・・・記憶が、戻って来ます。

整合性を、取り戻し始めます。

断片的な、途切れ途切れなそれらが繋がって・・・理解へと。

理解。

何て、嫌な言葉。

 

 

 

 

「・・・フェイトは、どこですか?」

 

 

 

 

今度は、震える声音で問います。

誰でも良いから、私が信じられる答えを言ってほしかった。

どうして誰も、何も言ってくれないんですか。

 

 

シーツを握り締める手が、ギリリ・・・と音を立てます。

爪が掌に食い込んでいるのがわかりますが、そんなことはどうだって良いんです。

 

 

 

 

「皆は・・・フェイトは、どこ?」

 

 

 

 

・・・どうして誰も、私と目を合わせてくれないんですか。

どうして誰も、教えてくれないんですか。

ねぇ・・・どうして? どうしてですか・・・?

 

 

教えてくださいよ、答えてくださいよ・・・。

・・・ねぇ、エヴァさん。

ねぇ、真名さん・・・ねぇ、皆!

何、何で・・・何で!?

 

 

 

 

「・・・・・・どこおおぉ―――――――――っ!!」

 

 

 

 

ナンデ、オシエテクレナイノ――――――――。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第28回広報:

アーシェ:
アーシェ、です。
お世継ぎ誕生、おめでとうございまーすっ!!
どんどんぱふぱふ~・・・はぁ。
すみません、無理ですよね・・・テンション上げるのは。

これはしばらく、ドシリアスが続きそうですね。
私みたいな人間には、なかなか辛いですよ。


レメイル:
焔さんと同年代、同じ部族の出身の少年。
今はパルティアで大使をやっているらしいです。
ちなみに、焔さんとは同じ部族ですが出身の村が違うのでかなり仲が悪いです。
腰まで伸びたボサボサのオレンジの髪と、赤い瞳が特徴。


アーシェ:
今回のキャラクター紹介は焔さんと犬猿の仲のレメイル君でした。
どうもでしたー。


アーシェ:
では、次回。
女王陛下が・・・女帝への道を歩み始めるかもしれません。
そうでなければ・・・歩けないから。
では、またお会いしましょう。


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アフターストーリー第31話「世界を望むココロ」

Side テオドラ

 

ヴァルカン・ニャンドマの地元の有力者と会談し、基盤を整える。

かつて対MM用に築かれた要塞・城塞をいくつか接収し、拠点とする。

アルギュレー南部・ノアキス地方に跋扈する盗賊団を討ち、近隣の民と交流を深める。

 

 

帝国国内の皇帝直属軍・正規軍・北方艦隊と連絡を取って支持を取り付け、各地の軍閥に対する蜂起を支援する。

民の農地を守り、アルギュレーの豊富な水資源を活用した灌漑設備を整備する。

外国政府・外国資本の援助を受けながら資金を集め、同時に南エリジウム派遣軍の再編成を進める。

サバ・シルチスの領有権を放棄すると共に、王国からの軍事援助を取り付ける。

国内外向けのプロパガンダとして、立法権の無い皇帝の諮問機関としての議会の開設を表明する。

 

 

「皆、後一押しじゃ、生き残るのじゃぞ!!」

 

 

妾の声に、兵が応える。

鬨の声が妾の耳朶を打ち、大地が震える。

そして今、妾がおるのは・・・最前線じゃった。

 

 

数千・・・数万の兵がひしめき合う、最前線じゃった。

死が暴風となって吹き荒れる、そんな場所じゃった。

ファビェラ要塞、対MM用に築いた海岸要塞線の最西端の要塞じゃ。

位置的には、中立国エオスの南方に位置する要塞であり、半島の先端部に築かれておる。

かつての帝国軍が築いた要塞には今、この一帯を勢力範囲とする軍閥がおる。

 

 

「陛下! ここはもう・・・持ちません!」

 

 

近くの兵が叫び、次の瞬間には軍閥側の兵に首を跳ねられる。

ここは最前線で、敵兵に最も近い所。

ウェスペルタティア製のPSに身を包んでおるとは言え、攻撃が当たれば死ぬのじゃ。

 

 

死・・・妾の命令で出兵する兵士達のいる場所を、妾は知ることができた。

ここには、恐怖と恐慌しか無い。

ファビェラの軍閥を孤立させるために、周辺の農村の者達と1ヵ月以上の交渉を持った。

民が何を思い、何を願っておるのか・・・初めて聞いた。

 

 

「もう少し・・・もう少しで、クワン達の別動隊が要塞を落とす! それまで、耐えよ!!」

 

 

妾が囮となって敵主力を引きつけ、こちらの主力がその間に要塞を落とす。

ぶっちゃけ、部下から嫌われているとしか思えない作戦。

じゃが、妾はそれを許可した。

クワン達を始めとする我が軍を、信じたからじゃ。

 

 

「陛下!」

 

 

部下が飛び出し、妾を庇って死ぬ。

一人二人と、死んで行く。

妾はそれから、目を逸らさぬ。

かつて妾が見なかった・・・見ようともしなかった物を、見続ける。

 

 

それが皇帝の・・・妾の義務じゃろうと思うから。

そして妾達の部隊が圧倒的な不利な状況が、唐突に終わる。

遠くに見える敵の要塞の各所が爆発するのが、見えたからじゃ。

それを見た軍閥側の兵も、浮き足立って撤退を始める。

妾はそれを緩やかに、形だけ追撃しつつ・・・情報を求めた。

 

 

「・・・報告します!」

「クワン達が突入したのか?」

「いえ、違うようです!」

 

 

・・・違う?

内心で首を傾げる妾に対して、部下は続けて。

 

 

「・・・ジャック・ラカンです!」

「・・・」

「ラカン殿下が、要塞をお1人で落としたとのことで・・・敵の首魁も討伐した模様です」

 

 

・・・ジャック、か。

ラカン財閥経由で近くまで来ているとの情報は得ておったが・・・そうか。

・・・うむ、何と言うか・・・アレじゃ。

初めて、実感した。

 

 

人が必死にいろいろと頑張って、今一歩と言う所で・・・いろいろな物をかっさらわれる、気分。

圧倒的で、こっちがいくら努力してもそれ以上の結果を出されてしまう、気分。

やるせなさとも違う、やりきれない気持ち・・・。

現場で目の当たりにして、初めて知ったぞ。

・・・こう、イラッ・・・とするな。

 

 

「・・・報告します!」

「今度は何じゃ、ジャックが同時に他の城塞でも落としたのか?」

「いえ、ウェスペルタティア女王に関する続報です!」

 

 

・・・ウェスペルタティア女王・・・アリア陛下の続報。

私はそれに、気持ちを切り替えた。

ジャックは後で殴る、いろいろな理由で。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

ウェスペルタティア女王、オスティアに帰還。

その報告が私の所に来たのは、1月の14日になってからよ。

それまでは王国側の報道管制もあって、どうなっているのかがまったくわからなかった。

 

 

こちらの情報網は王国側に封殺されてしまっているし、オスティア大使のバロン先生が細々と送ってくれる情報が頼りだったのだけれど。

・・・宰相府も総督府も、ここ1週間は何もコメントを出さなかったから。

そして今日、ウェスペルタティア女王の帰還が大々的に国際中継されたの。

 

 

『あ、出て来られました・・・陛下です! 女王陛下が今、新オスティア国際空港から・・・』

 

 

アリアドネー総長(グランドマスター)の執務室の映像装置 (ウェスペルタティア製)からは、オスティア放送のリポーターの声が響いているわ。

映像は、新オスティア国際空港から宰相府への道をパレードしているアリア陛下を映しているわ。

王室専用の馬車に乗ったアリア陛下が、新オスティアの大通りを進んでいる。

 

 

端的に言えば、女王が健在であることを国民・諸外国に知らしめるための行動なのでしょうけど。

たぶん、それ自体はクルト宰相あたりの発案だと思うのだけれど・・・。

 

 

『あ、あれは何でしょう? 女王陛下の腕に抱かれているのは・・・赤ちゃんでしょうか?』

 

 

リポーターの言葉に、私は目を細めて画面を睨みつける。

良く見ると、確かに・・・馬車の中に座っているアリア陛下の腕に、赤ん坊が抱かれているわ。

加えて言えば、遠目で良く分からないけれど・・・腹部が細くなっているような・・・。

 

 

『・・・あ! 今、情報が来ました。あの赤ちゃんは・・・・・・お世継ぎだそうです! 何と女王陛下は、エリジウムへの行幸の途上でご出産されたとのことで・・・』

 

 

・・・世継ぎ!

それが事実だとするなら、ウェスペルタティア王国は王位継承者を得たことになる。

それは王室の存続を約束する慶事であって、王国の民にとっては重要な意味を持つはずよ。

 

 

事実、画面の中で沿道に集まった人々は、口々に女王と世継ぎを称え、国歌である「始祖よ女王を守り給え(アマテル・セーブ・ザ・クィーン)」を歌っているわ。

・・・?

でも、おかしいわね・・・。

 

 

『女王陛下万歳! 王子殿下万歳! 本日は王国にとって吉日として記憶されることでしょう・・・』

 

 

リポーターは意識的に無視しているのか、それとも統制されているのかはわからない。

けれど・・・どうして。

どうして、女王の傍に「彼」がいないのかしら・・・?

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

この1週間は、生きた心地がしなかった。

何しろ、一時は崩御(しぼう)したとの憶測まで流れたくらいじゃ。

その話を聞いた時は、心臓が止まるかと・・・。

 

 

しかしそれが次第に否定されて、行方不明となった。

生死不明となったので、今度は中途半端な情報に不安になる時間が続いた。

ナギは「心配いらねぇよ」と言っておったが、私はそこまで楽観的にはなれなんだ。

民の動揺を抑えるためにクルトが情報を統制したため、私の下に届く情報も少なくなった。

私は、そうした情報の中枢からは距離を置いていた故・・・。

 

 

「とにかく、無事で良かった・・・」

「な、だから言ったろ?」

 

 

新オスティアの市街地でパレードを行ったアリアを、宰相府の正門前で出迎える。

しかも聞く所によれば、当初危惧されたようにアリアは途上で出産したと言う。

詳しい事情は知らぬが・・・かなり、危なかったと言うことは聞いておる。

 

 

アリアの無事が正式に確認されたのは3日前、1月9日のことじゃ。

アリアの座乗艦である『ブリュンヒルデ』が、単艦でフォエニクスの港で発見されたのじゃ。

その場で、アリアの無事と世継ぎの出産が知らされた。

あの時は、本当に腰が抜けるかと思ったわ。

ただ、それ以上のことは私も知らぬ故、細かいことはアリアから直接に聞かねばならぬのじゃ。

 

 

「いったい、行幸先で何があったのじゃ・・・」

「お、来たぜ」

 

 

その時、カラカラと白い馬車が道の向こうに見えて、私は居住まいを正す。

沿道の民の歓声が徐々に大きくなって・・・それは、馬車が止まって宰相府の前にアリアが降り立った時に最高潮に達し・・・。

 

 

・・・う、む?

アリアは、1人じゃった。

行幸前には、アリアの馬車には例外無く婿(フェイト)殿が乗っておったに。

いや、厳密には腕に世継ぎを抱いておる故、1人では無いが・・・。

 

 

「・・・ただいま戻りました、お母様、お父様」

「え・・・あ、ああ、良くぞ無事に戻・・・って・・・」

 

 

世継ぎを傍の茶々丸殿に預けて、アリアがゆったりとした足取りでこちらへとやって来た。

宰相府に入るのじゃから、それは当然で。

加えて言えば、正門前で出迎えておる私に声をかけてくることも、特に不自然は無い。

 

 

じゃが、どこか不自然じゃった。

違和感と言っても良い。

何じゃろう、上手く言葉にできぬのじゃが・・・何と言うか。

アリアの目に、私が映っていないような気がした。

 

 

「・・・」

「・・・オイ、行っちまったぞ」

「え・・・あ、ああ、そうじゃな」

 

 

私がアリアに対して違和感を感じておった間に、アリアは私の横をすり抜けて宰相府の中に入って行きおった。

形式的な物なので、特に会話が必要なわけでは無いが。

・・・違和感を、感じる。

 

 

「茶々丸殿」

「・・・はい」

 

 

世継ぎを抱いてアリアに続こうとした茶々丸殿を、呼び止める。

初めて見る世継ぎ・・・孫は、白い髪の小さな赤子であった。

正直、不思議な気分になるのじゃが・・・今は、気になることを確認するのが先じゃ。

 

 

「・・・婿殿は、どうされたのか?」

 

 

私の言葉に、茶々丸殿は動揺したようじゃった。

世継ぎを私の傍に控えておったクママ侍従長に手渡して、いくつかの囁きを交わす。

クママ侍従長と侍女団が宰相府に入る中で、茶々丸殿は私を見る。

 

 

そして・・・。

・・・私は、アリアの違和感の原因を知った。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

私が宰相府に戻ったのは、昼食の時間を少し過ぎた頃だった。

できればアリアと一緒に戻ってきてやりたかったが、そうも言ってられなかった。

唯一女王に随行した閣僚として、今回の不祥事の後始末をしなければならなかったからだ。

 

 

ただ、エリジウム総督府との連絡が取れていないから・・・残してきた奴らがどうなったかは、まだわからない。

無論、生きていてほしいとは思うが・・・。

 

 

「・・・アリアは?」

 

 

宰相府に戻ってゲーデルに詳細な報告書を提出した後、私はアリアの部屋へ行った。

これはある意味で予定の行動と言う物で、別にスケジュールとして組み込んでいたわけじゃない。

今は、アリアの傍にいてやるべきだと思ったんだ。

 

 

そして私と同じことを考えていたのかは知らんが、アリアの私室の前には茶々丸とチャチャゼロがいた。

他の奴が寄りついていないのは、おそらく、『ブリュンヒルデ』での逃亡期間中と同じ理由からだろう。

 

 

「・・・寝室に、閉じこもっておいでです」

「ケケケ・・・」

「・・・・・・そうか」

 

 

茶々丸の言葉に、深く・・・本当に深く、溜息を吐く。

チャチャゼロの笑い声にも、いつものような力が無い。

おそらく、茶々丸もチャチャゼロも中に入りたいのだろう。

 

 

だが、入れない。

それだけの圧力が・・・あったのだろう。

茶々丸の手元には、食事の乗ったトレイがある。

おそらく、アリアの昼食だろうが・・・。

 

 

「・・・また、食べなかったのか」

「はい・・・」

 

 

困り果てた顔で、茶々丸が頷く。

私は、もう一度だけ溜息を吐いた。

アリアは、ここ数日・・・食事を取らない。

出産後のケアが必要な身体だろうに、侍医も遠ざけている。

と言って、以前のように仕事に没頭するわけでも無い。

 

 

朝の帰還パレードのように、最低限のことはするが・・・他には、何もしない。

何もせず、ただただ・・・ぼんやりとしている。

何もせず、何も見ず、何も聞かず、何も言わず・・・ただ、ぼんやりとしている。

 

 

「あまり・・・良くないな」

 

 

『ブリュンヒルデ』でも、アリアは自室から出ようとはしなかった。

誰とも会おうとせず、自分の殻の中に閉じこもって・・・。

時折、思い出したように赤ん坊の世話をしだす。

まるで、それ以外の物には関心が無いかのように・・・。

 

 

・・・若造(フェイト)の、バカ野郎。

どうして、帰って来ない。

アリアが、泣いてるんだぞ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・また、ここですか。

ベッドの上でうっすらと目を開けて、私は小さく溜息を吐きました。

朝、ここに戻ってきて・・・すぐに眠りました。

 

 

目が覚めたら、きっとフェイトがいるから。

あの人はきっと私の傍で、私にしかわからない程度に微笑んでくれるはずだから。

夢から覚めて、フェイトの腕の中にいるはずだから。

フェイトがいないなんて、夢に決まってるから・・・。

 

 

「・・・また、いない・・・」

 

 

ぐいっ・・・とシーツを胸元まで引き上げて、私はベッドの上でまた丸くなりました。

服は、何も来ていません。

ネグリジェを着るのが面倒で・・・ここからは見えませんけど、『ブリュンヒルデ』から戻る時に来ていた薄桃色のドレスが乱雑に脱ぎ捨てられているはずです。

 

 

「・・・広い、な・・・」

 

 

1人で眠るには、このベッドは広すぎます。

結婚してから、1年間・・・私は、1人で眠ったことがありません。

1人寝なんて、したことがありません。

だから・・・寒い。

とても寒くて・・・眠れない。

 

 

眠れないと、あの人に会えないのに。

眠らないと・・・また、ここに来てしまうのに。

ここは、嫌・・・。

 

 

「・・・」

 

 

ごそごそ、と・・・1人で使うには大きすぎる枕の下に、手を入れます。

10秒ほどごそごそと手を動かして、目当ての物を見つけます。

それは、カプセル剤が入ったガラスの小瓶です。

 

 

透明なカプセル剤の中には、白い粉薬が詰まっています。

別に、そんなに珍しい薬じゃ無いです・・・前に処方してもらった、睡眠薬ですよ。

依存性が低くて良く効くので、貰ったんです。

赤ちゃんがお腹にいる間は、不眠でも飲めませんでしたけどね。

でも今は、気にしなくても大丈夫ですから。

 

 

「・・・早く、眠らないと・・・」

 

 

寝転んだまま瓶を開けると、ザラザラとカプセル剤がベッドの上に落ちてきます。

あーあ・・・まぁ、良いですけど。

シュル・・・と、肌とシーツが擦れる音を響かせて、カプセル剤を一つ取ります。

 

 

・・・起きていたくない。

だって、こんなの夢だもの・・・。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

小さく口を開けて、カプセル剤を口に含みます。

味の無いカプセル剤を、舌の上で転がして・・・カチリと。

口の中で、噛み潰して。

 

 

私は、あの人に会いに行く。

・・・フェイト・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)

 

<リュケスティス総督叛逆・女王陛下は一命を取り留めて帰還せり>

 

 

これが、現在は表に出ていない我が国のトップシークレットだ。

この情報を最初に得たのが外務省であって、宰相府や国防省で無かったことにはある事情がある。

エリジウム大陸・・・特に北エリジウムには早期の独立が約束された12の国家が存在する。

 

 

今はまだ王国内の自治国としての地位しか持っていないけれど、今後数年間で順次独立する予定だった。

そしてそれに備えて、各自治国には高等弁務官と言う形で将来の大使・公使・領事が外務省から派遣されている。

今回、それらを通じて各自治国の首脳部がこぞって情報を提供してきている。

とどのつまりは、将来に備えて媚を売ってきているわけだけれど。

 

 

「・・・肝心の総督府からは、どうして何も言ってこない?」

 

 

12の自治国首脳部からは、ひっきりなしに虚実が混ざった情報が送られてくると言うのに。

それなのに、肝心の総督府とエリジウム総督・・・レオからは何も言ってこない。

おかしい・・・叛逆の事実がどうであるにせよ、いや、事実であるのなら・・・。

 

 

「なおさら、何か言ってくるはずじゃないのか・・・?」

 

 

もし仮に、叛逆の事実が本当だとするならば。

レオは自分の立場の正当性を訴える何かしかの行動をとるはずじゃないか。

それこそ、12の自治国から情報をダダ漏れにさせるはずが無い。

 

 

そしてそれが無いと言うことが逆に、叛逆の事実を否定することになる。

レオは叛逆などしていない。

・・・もちろん、だからと言って今回の不祥事の責任を取らないで良いと言うことにはならないけれど。

 

 

「どうしたんだ、レオ・・・?」

 

 

それにしたって、エリジウム総督府の沈黙は異常だ。

何も言わな過ぎる。

総督府の沈黙が、かえって自治国の大合唱を目立たせてしまう。

このままでは、本当にレオが叛逆者になってしまう。

 

 

「・・・マリア」

「うん? ああ、良いよ、エリザ」

 

 

私が座っている執務室の椅子の後ろから、細くて白い指が伸びて来る。

私の頬を撫でる彼は、魔族の血を引く青年(マリア)。

裏向きの、秘密外交官。

 

 

「元帥とは同じ戦場で遊んだ仲だからね・・・見て来てあげるよ」

「頼む」

 

 

・・・今回、女王陛下が被った被害は半端じゃ無い。

もし事態がこのまま進めば、最悪の方向に行かざるを得なくなる。

今回の件に関して、味方がいるとすれば・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

「何だこれは・・・冗談にしては笑えぬし、冗談で無いとすれば質(タチ)が悪すぎるぞ」

「いや、そのぉ・・・何と申しますか・・・」

 

 

無意識に低い声を出していたからか、俺に通信文を持ってきた通信士官を怯えさせてしまったようだ。

悪いことをしたと思わないでも無いが、しかし俺はもっと悪いことをされたと思っている。

何しろ通信士官が持ってきた通信文は、俺の不快感を誘うには十分すぎる程の威力を持っていたのだから。

 

 

俺は結局、サバ地域で年を越すことになった。

都市部からゲリラを完全に排除し、次いでサバ地域の山岳地帯に逃げ込んだゲリラを虱潰しに排除していった結果、1月の始めにはサバ地域の全域を我が軍が制圧することができた。

友軍のシルチスの占領も進み、どうにか鉱業資源の本国への輸送を再開させることができた。

その意味では、我が国は当初の戦略目標を果たしたことになる。

 

 

「女王陛下のエリジウムへの行幸の件は知ってはいたが・・・」

 

 

詳細な情報は伝わっていないが、その行幸が途上で中断されたことは聞いている。

だがそれが、リュケスティスが意図的に引き起こしたことだと言われるのは容認できない。

ましてや・・・。

 

 

「リュケスティスが叛逆など、あり得ん!!」

 

 

数ヵ月前にもリュケスティスが叛逆を企てているなどと言う噂が立ったが、聡明な女王陛下の行動によって払拭されたはずでは無いか。

大体、リュケスティスが叛逆するならば、行幸の途上で暗殺するなどと言う半端な手段は取らない。

 

 

そう言う姑息なことができる男では無いし、そのような男と何十年も親友付き合いができる程、俺もできた人間では無い。

それが万人に理解されないことが、俺は腹立たしくてならない。

 

 

「ああ、いえ、それが・・・今回は正式な公文書でして・・・」

「・・・」

「し、失礼します!」

 

 

通信士官には罪は無いとわかってはいても、睨まずにはいられなかった。

怯えた様子のまま、通信士官が司令部から去って行く。

サバの王国領事館に臨時に開設した占領軍司令部の面々は、皆、同じような様子で俺を見ている。

 

 

・・・俺は握り潰した通信文を開くと、親の仇でも見るような気持ちでその文面に目を通した。

すなわち、「リュケスティス元帥、叛逆。グリアソン元帥は協議のため王都に帰還されたし」と言う文面をだ。

 

 

「・・・リュケスティス」

 

 

お前が叛逆など、するはずが無い。

俺は、信じているからな。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

俺が叛逆し、我が女王を行幸途上で暗殺するよう命じた。

それはブロントポリス政庁と軍事顧問官ガイウス・マリウスの手により実行され、我が女王は配下の一部を失いつつも一命を取り留め、王都へ帰還した・・・。

 

 

・・・と言う話が、まことしやかに市井で流れている。

そしてそれは、事件の3日後に急に流れ出した話だ。

ただし事件前の俺の噂とは異なり、こちらは人為的な拡散の気配がある。

すなわち、宰相府とあのクルト・ゲーデルの陰が見え隠れしていると言うことだ。

 

 

「総督閣下! 何故に総督府は正式な意見表明を行わないのですか!?」

 

 

そして今、俺の執務室に怒鳴り込んで来ている広報担当官(スポークスマン)の言うように、俺はそれに対して何らの反応も示していない。

宰相府の工作を無視し、域内自治国の本国への通報を黙認し・・・。

・・・何故か? 単純な理由だ。

 

 

「このままでは、我々は本当に叛逆者にされてしまいますぞ!?」

「ああ、そうだな・・・広報官」

「閣下・・・!」

「いや、言い分は良くわかった。おって指示を出すから、待機しておいてくれ」

 

 

顔を真っ赤にして危機感を訴える部下を宥めて、とにかくも一旦、下がらせる。

彼の訴えは正当な物であって、今や総督府全体が不信と不安が渦巻く場と化してしまっている。

現在の所は、俺への信頼感がかろうじて組織を維持しているが・・・。

 

 

「叛逆者にされてしまうぞ・・・か」

 

 

叛逆者になるのは一向に構わないが、叛逆者に仕立て上げられるのは御免こうむりたい物だ。

・・・以前の俺ならば、そう思っただろう。

だが今の俺は・・・自ら望んで、叛逆者になろうとしている。

 

 

何故か?

 

 

そうしなければ、俺の矜持と我が女王の双方を守ることができないからだ。

俺の矜持の部分は、まさに単純だ。

俺は誰かに叛逆者に仕立て上げられたなどと言う事実を許容できないし、認めるつもりも無い。

俺が無関係な不祥事のために―――総督としての責任はともかく―――謀殺されるなど、耐えられない。

それくらいなら、いっそ・・・と言う思いが、俺の胸中で見えざる炎となって燃え上がっている。

 

 

「我が、女王よ・・・」

 

 

そして冷静な部分が、我が女王を守るためには不祥事の全てが俺の意思で行われたことにするしか無いのだと告げる。

信託統治領の民に襲われたとか、ブロントポリスの民を虐殺したのだなどと言う風評の存在を、俺は絶対に認めることができない。

我が女王は・・・俺がこの世界で膝を屈するただ一人の存在が、そんな低俗な存在だなどと言われるのは絶対に耐えられない。

 

 

俺は、そのような方のために戦ったわけでも、お仕えしたわけでも無い。

俺が俺の上に立つに相応しいと信じたからこそ、俺は我が女王に膝を折るのだ。

それを・・・どこぞの害虫に汚されるなど、あってはならない。

それくらいなら・・・それくらいならば、いっそ。

 

 

 

『これからも良く私に尽くしてくださると、嬉しく思います』

 

 

 

ああ・・・我が女王よ。

貴女は俺の叛逆の噂を口にも出さず、俺に所有物を賜ると言う栄誉すら与えてくれた。

できるならこのまま、貴女の臣下として王国の行く末を見てみたい。

 

 

だが俺が貴女をお守りするためには、俺は貴女と戦わざるを得ない。

俺の矜持のためにも、叛逆せざるを得ない。

 

 

 

『そんなにはかかりませんよ。もしかしたら6日で終わるでしょう』

 

 

 

・・・そして戦うからには、俺は全力を尽くす。

無謬でも全能でも無い我が女王を打倒するために、最大限に努力する。

そうでなければ、叛逆では無い。

そうすることでこそ・・・。

 

 

「・・・コーヒーを、お持ちしました」

 

 

その時、金髪赤目の従卒の少女・・・オクトーが、俺の前にコーヒーを置いた。

それから、敬礼し・・・従卒の控え室へと入っていく。

俺はその背中を、目で追っている。

 

 

・・・そしてカップを手に取り、コーヒーに口をつける。

・・・・・・すまんな、グリアソン。

それから・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・また、食べて無いのか」

「はい・・・」

 

 

昼食の時と同じように、夕食時にアリアの部屋の前に行った。

そしてそこには昼と同じように、茶々丸が困り果てたような顔で立っている。

頭に乗っているチャチャゼロも、「ケケケ」と言う笑い声に力が無い。

・・・アリアは、夕食もとらなかった。

 

 

声をかけても返事が無いし、茶々丸達は許可が無い限り入れない。

となると、こうして扉の前で途方にくれるしか無いわけだ。

私は、そっとアリアの部屋の扉に手を添えて・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

そっと、声をかけるしかできない。

・・・それでも、返事は無い。

はぁ、と溜息を吐いた。

 

 

「アリア、寝てるのか?」

 

 

再び声をかけてみるが、返事は無い。

ただ、静かな沈黙が返ってくるだけだ。

・・・アリアが、ここまで衝撃を受けるとは思っていなかった。

 

 

「辛いだろうが、とりあえずは飯を食え・・・なぁ?」

 

 

いや、半ば予想できたことでもあるが。

だが、ここまでとは・・・。

 

 

「・・・おい、出てこいよ」

 

 

・・・ああ、イライラする。

若造(フェイト)め、どこでチンタラしてるんだ。

大体・・・アリア、お前。

 

 

「出てこいと・・・」

「ま、マスター?」

 

 

お前、まだやることがあるだろうが!!

 

 

「言ってるだろうがあああああぁぁぁっっ!!」

 

 

アリアの部屋の扉を、拳で撃ち抜いた。

魔法的に防護された扉だろうが、私にとっては紙に等しい。

やってから、アリアが扉の前にいたらヤバいなとか思ったがそれは無かった。

ついでに言うと、アリアが人を払っていて助かった。

 

 

こんな場面、人に見せられない。

私は私室の扉を殴り飛ばした後、アリアの姿が無いのを確認してから隣接する寝室の扉を蹴り飛ばした。

一度も二度も同じだ、クソが!!

 

 

「ま、ままま、マスター!」

「アリア、起きてるんだろ! 気配でわかるからな!!」

 

 

殴りつけるように灯りのスイッチを入れて、私はドカドカと天蓋付きのベッドにまで歩いて行った。

ざっ・・・とビロードを払うと、予想通り、アリアがシーツの中で丸くなっている。

・・・何で服を着ていないかは、この際は良いとしてだ。

 

 

「いっつまでもウジウジウジウジウジウジ・・・バカかお前は、寝ている場合じゃないだろうが!?」

「・・・」

「起きろ!!」

 

 

ちょ、何シーツの中に潜ろうとしてるんだよ!?

私はシーツの端を掴むと、破る勢いでアリアから剥ぎ取った。

・・・良かった、肌着は着ていたか。

 

 

その時、剥ぎ取ったシーツの間から何かが床に散らばった。

何かと思えば・・・それは、透明なカプセル剤だった。

 

 

「・・・お前、これ何だ」

「・・・」

「・・・何だって、聞いてるんだよ!!」

 

 

キャミソールの胸元を掴んで引き寄せ、耳元で叫ぶ。

肌着の破れる音がした気がするが、知ったことじゃない。

アリアは・・・酷い顔をしていた。

目の下が黒ずんでいて、何となく・・・痩せた気がする。

明らかに、身体の調子が悪そうで・・・。

 

 

「・・・ただの、睡眠薬ですよ・・・」

 

 

ようやく、それだけ返してきた。

床のカプセル剤を拾って見ていた茶々丸が、私に頷いてくる。

・・・そうか。

だが・・・。

 

 

「・・・いくつ、飲んだ?」

「・・・今日はまだ・・・4つくら」

 

 

乾いた音、なんて可愛い物じゃ無い音が響く。

アリアの答えを聞く前に、私の左手がアリアの頬を張っている。

アリカなら、殴らなかったかもしれない。

 

 

だが、私は殴る。

私は、そう言う女だからだ。

 

 

「・・・今のは、代わりだ。若造(フェイト)だったらこうするだろ」

 

 

・・・まぁ、正直に言ってアイツがアリアを殴るかは微妙だが。

繰り返し言うが、私は殴る。

家族として、殴らなきゃいけない。

 

 

「・・・ぃ・・・か・・・っ」

 

 

そして個人的に、いつまでもウジウジウジウジされてはムカつくと言うのがある。

だからこれは結局の所、極めて個人的な理由による行動だ。

 

 

「・・・あ? 何だって?」

「いなぃじゃ・・・ない、ですかぁ・・・っ」

「・・・!」

 

 

次の瞬間、今度は拳を叩き込んだ。

ビリィッ・・・と、右手で掴んでいた肌着が破れて、アリアのベッドの上から転げ落ちる。

と言うか、吹っ飛んだ。

高価な調度品をいくつか巻き込んで、ベッド向こうの床に転がる。

 

 

「ま、ままま、ますっ、マスター・・・」

「オイオイ・・・」

「・・・どうした、少し前のお前なら普通に避けれただろ」

 

 

茶々丸達を無視して、私はさらりと嘘を吐いた。

実の所、アリアに今のは避けられない。

だが今は、そんなことを言ってる時じゃ無い。

 

 

「・・・何とか、言ってみろ!!」

「・・・ぃ・・・ぇ・・・」

「ああ!?」

「・・・私の、せいなんですよ!?」

 

 

痛みで睡眠薬の弛緩効果が切れたのか、アリアが叫び返してくる。

殴られた右頬を押さえて、涙を流しながら。

 

 

「み・・・皆っ、ふぇ・・・田中さん、晴明さん・・・ジョリィや親衛隊の皆、皆・・・フェイトも、私のせいで!!」

「ああ、そうだな、お前のせいだな!!」

「ま、マスター!?」

 

 

茶々丸うるさい! すっこんでろ!!

 

 

「全部お前のせいだよ!! 田中も晴明も若造(フェイト)も、お前のせいで行方不明だ!! 大体、産み月に行幸とか、バカだろ! どうだ、満足か!? 可哀想だな哀れだな、苦しいよな辛いよな! 同情されて、お前は満足なのか、ああ!?」

「ち、違・・・」

「いいや、お前は不幸ぶって同情されたいだけなんだよ。だから薬で無理矢理に夢の世界に逃げるわけだ・・・はっ、いつだっかか似たような術に嵌ったことがあったな!」

 

 

あの時は、私も夢に囚われたわけだが。

その意味では、私は強く責められない。

だが、今はそれで良い。

 

 

「不幸ぶってるんじゃない! 小娘が!!」

「違う・・・っ」

「ああ? 聞こえんなぁ~?」

「・・・違う!!」

 

 

叫んで、アリアの身体から魔力が吹き荒れる。

左眼が赤く輝いて・・・それから。

私は、アリアと家族喧嘩をした。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・たぶん、30分くらいだったと思います。

私とエヴァさんの、殴り合い。

最初は基本的に私が一方的に殴られてたんですけど、途中から髪を引っ張ったり爪で引っかいたり・・・戦闘じゃなくて、本当にただの喧嘩になってました。

 

 

棚とか机とか、椅子とか・・・いろいろな物が、寝室の床に散乱していて。

そんな寝室の真ん中のキングサイズのベッドの真ん中で、私はエヴァさんと倒れこんでいます。

2人で並んで、ベッドの上に寝転んで・・・。

 

 

「・・・クスリ、抜けたか?」

「・・・・・・はい」

 

 

正直、エヴァさんに殴られている最中に意識がはっきりしまして・・・どうして私、エヴァさんと喧嘩なんてしていたんでしょうか。

まぁ、何となく・・・覚えていますけど。

 

 

「もうちょっと、穏便にしてくれても・・・」

「だが、痛かったろ」

「・・・」

 

 

・・・まぁ、確かにかなり痛かったと言うか、今も身体の節々まで痛いんですけど。

痛くて・・・涙が出そうなくらい。

 

 

「ああ、もう・・・またか。ウジウジする(なく)な、やることがあるだろ」

「やること・・・?」

「若造(フェイト)達を探すんだよ」

 

 

ぎしっ、と壊れたスプリングを軋ませて、エヴァさんが身を起こします。

・・・さが、す?

 

 

「死んだと思っているのか?」

「そんなわけ・・・無いです」

「だったら行動しろ、ウジウジしていないでな」

 

 

・・・そう、ですよね。

フェイトが・・・皆が、死ぬはず、無いですよね。

皆、きっと待ってる。

 

 

わかっていたことのはずなのに、どうして私が何もしていなかったのでしょう。

どうして、私は・・・わた、し。

 

 

「・・・っ」

「お、おい・・・何でまた泣くんだよ、ちょ・・・はぁ」

「・・・す、ぃ・・・せ・・・っ」

 

 

どうして私、心の中であの人達を殺してしまっていたのでしょう?

どうして・・・信じられなかったんでしょう?

どうして・・・。

 

 

 

・・・ふえぇぇっ・・・。

 

 

 

・・・その時、泣き声が・・・聞こえました。

反射的に身体を起こして、扉・・・壊れてますけど、そちらを見ます。

そこには・・・私とエヴァさんの喧嘩の最中に飛び出して行った茶々丸さんと。

・・・赤ちゃんを抱いた、お母様がいました。

呼んで・・・来たんですか。

 

 

「あ・・・」

 

 

え、ちょ・・・私、今ほぼ裸に近いんですけど。

髪とか顔とか、最悪なんですけど。

でもお母様は何も言わずに私の方へ来て、赤ちゃん・・・私の赤ちゃんを、私に差し出して来ました。

 

 

慌てて、受け止めます。

まだ慣れませんけど、抱っこして・・・白い髪がふわふわの、私の・・・赤ちゃんを抱っこします。

さっきまで泣いていたのか、小さな宝石のような涙を目に溜めています。

・・・小さな赤い瞳が、私を見つめています。

 

 

「・・・いつまでも、ピーピーと子供(ガキ)みたいに泣いてるんじゃないぞ」

 

 

エヴァさんに、そう言われて。

そう言えば私、この子を抱いたのって・・・いつでしたか。

朝、抱いてました・・・か?

え、えーっと・・・。

 

 

「・・・あー」

 

 

赤ちゃんの、声に。

どうしてか、涙が止まりませんでした。

ポタポタと私の涙が赤ちゃんのほっぺに落ちて、それにびっくりした赤ちゃんが泣き出してしまっ・・・。

 

 

「ごめ・・・ごめ・・・なさっ・・・!」

 

 

ぎゅ・・・と、潰してしまわないように抱き締めて。

いつまでも、子供でいられないはずの私。

私はもう、お母さんで。

ちゃんとしなくちゃ、いけなくて。

全部、ちゃんと、しなくちゃ・・・するから、だから。

 

 

二度と、こんなことが起こらないように。

田中さん、晴明さん、皆・・・フェイト。

・・・ふぇい、とぉ・・・!

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アリア様に呼び出されるのを待っていたら、翌朝になってしまいました。

いやはや、激情のままに呼び出されると思っていたのですがねぇ。

まぁ、実際には逆に精神的に死ぬ所だったようですが。

 

 

私としては・・・喪失した物を別の物で埋めるとかが最良だったのですけど。

・・・世界、とか。

 

 

「ご無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます」

「・・・昨日は、いなかったようですね」

「申し訳ありません。何しろ、我が国には問題が山積しておりますので」

 

 

これは本当です。

実際、我が国には対処しなければならない問題が多々ありますのでね。

最大の問題はもちろん、エリジウム総督レオナントス・リュケスティスの叛逆ですが。

 

 

他にも帝国から譲渡された新領土の統治、アキダリア・パルティア間の対立と国際飛行鯨ルートの寸断、工業用資源の確保、2月に開設される貴族院議会の開設式典・・・問題は山積です。

と言って、アリア様の御身以上に重要なことなどありませんが。

 

 

「・・・今回の騒動の裏には、とある悪魔が存在していたとか」

「・・・」

 

 

私の言葉に、アリア様は何も仰いませんでした。

ただ、私が参上した私室の窓辺に立って・・・私に背を向けております。

私は忠実な臣下ですので、扉の横の床に跪いておりますよ。

形式と言う物です、あと趣味。

 

 

・・・吸血鬼が私に上げて来た報告書にも書かれていましたし、『ブリュンヒルデ』の映像にもバッチリと「彼」が映っておりましたからね。

ネギ・スプリングフィールド、いえ、今はヘルマン卿とお呼びすべきでしょうか・・・?

 

 

「アリア様、私は申し上げました・・・処断すべきだと」

 

 

ネギ君も、のどかさんも・・・そしてその子供も。

のどかさんはギリギリで命を助けるにしても、ネギ君とその子供は処断すべきと申し上げました。

 

 

「はっきりと言わせて頂ければ、今回の件はアリア様の自業自得でございます」

「・・・本当に、はっきりと言いますね」

「強権を用いて私の口を封じないのは、流石でございます」

 

 

君主の真価は、臣下に耳に痛い事を言われた時にこそわかります。

アリア様は進言を理由に臣下を遠ざけない御方だと、私は信じておりますれば。

そして事実として今回の不祥事の大本の原因は、アリア様ご自身がお作りになったことですので。

ネギ君を処断しておけば、そもそも起こるはずの無いことですから。

エリジウムの研究所を根こそぎ処分しておけば、起こり得なかったことですから。

 

 

「・・・では、どうしろと言うのですか?」

「おわかりのはずですが?」

 

 

そこで、アリア様は私の方を向きました。

くるり・・・と白い髪を靡かせて振り向くと、多少痩せたお姿で。

そしてその腕の中には、淡い布に包まれた赤ん坊。

お世継ぎ・・・男子ですか。

・・・まさか、アーウェルンクスに似るとは思いませんでしたが。

 

 

「しかし残念なことに、ネギ君も・・・そしてご夫君やご友人も、行方不明でございます。彼らはいずれも王国の領域の外におり、アリア様にはどうすることもできません。いや、残念ですね」

「・・・では、どうしろと?」

「さぁ・・・私などの貧しい知恵では。まぁ・・・そうですね。王国域内であれば、探し出せる自信があるのですが・・・いや、残念ですねぇ」

「おじ様」

 

 

ああ・・・良いですね、その苛立った眼差し。

以前より冷たさを増した瞳・・・美しい。

 

 

「・・・では答えましょう、アリア様。魔法世界、この世界全ての国と民の王とおなりください」

「・・・意味がわかりません」

「いえいえ、アリア様はわかっておいでのはずです。ネギ君を探す、ご夫君とお仲間を探す、それは我がウェスペルタティア・・・そして「イヴィオン」! この域内であれば全て意のままでございます。魔法世界全土をその手にお納めあれば・・・全て、アリア様の意のままでございます」

 

 

アリア様に・・・エンテオフュシアに世界を捧げる。

魔法世界の全国家・全民族を一つの秩序の内に統合し、その頂点にエンテオフュシア王家が立つ。

何も戦争に訴えることはありません・・・「イヴィオン」は外交で拡大が可能です。

無論、最強の軍事力を持つのはウェスペルタティアですが。

 

 

平和裏に、そして確実に、この魔法世界をアリア様のモノにすることが可能なのです。

帝国の分裂具合にもよりますが・・・魔法世界国家、全56ヵ国、12億人。

それら全ての王になるのです。

 

 

「加えて言えば・・・敵がいなくなれば。そう、『敵』を全て滅ぼせばアリア様とご家族・お仲間、そして我が民に害なす者もいなくなるでしょう・・・お世継ぎの身も、安泰と言う物でございます」

「・・・あー」

 

 

その時、お世継ぎであらせられる王子殿下が私に賛同の声を上げてくださりました。

・・・まぁ、実際にはそんなこともありませんが。

しかし、今のアリア様にはどう聞こえたかと言う意味であれば、話は別です。

 

 

敵を全て滅ぼすなど、不可能。

しかし・・・。

 

 

「お世継ぎをお守りし・・・王朝を安泰せしめること。これこそが肝要なのでございます・・・アリア様」

「・・・」

「・・・どうか、今度は判断を誤りませぬように」

 

 

・・・そして、ご決断されたその後は。

些事は全て、私めにお任せくださいますように・・・。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

―――ブロントポリス以東・アルボル湖。

 

 

軍港都市ブロントポリスから20kmほど離れた場所にある湖であり、エリジウム大陸最大の湖である。

周囲53km、南北に21km、東西に13km、166平方kmの面積を持つ。

最大深度は43mであり、海抜マイナス213mである。

流出する河川は無く、流入するのは海から流れるアルボル河を含めた7河川、すなわちこの湖の水は海水である。

 

 

水量が豊富であり、動植物の固有種も豊かな地である。

ただ海側を除く周辺を深い森や山々で囲まれているため、居住人口自体は少ない。

それでも最近、森の中に新たに村を作った人々がいると言う噂も流れているが・・・。

 

 

「ほいほい、悪のためならえーんやこーら・・・・・・お? んん~?」

 

 

外部との交流が少ないためにどのような村かは定かでは無いが、彼らに関する噂の一部を紹介する。

曰く、盗賊に襲われている所を「悪の誇りを持たぬ奴らめ!」と叫ぶ黒い仮面の男に助けてもらった。

曰く、森の中で迷った猟師の息子が、無表情な白髪の娘に助けられて恋に落ちた。

曰く、その村の人間は「悪ですから!」と言って、お礼を受け取らない。

曰く・・・。

 

 

「た・・・大変だ! おーい、皆来てくれ――――!!」

 

 

曰く。

 

 

 

川辺で倒れていた白い髪の青年を、介抱している。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第29回広報:

アーシェ:
アーシェ、です!
オスティアはまた祭りです・・・女王陛下ご帰還とお世継ぎ誕生の!
どんだけ祭り好きなんだよ!
・・・でも、ご夫君に関する報道は一切されていません。
じ、ジャーナリズムの自由を・・・。


ユフィーリア・ポールハイト(ユフィ)
20代後半の女性、170センチ前後の長身。
膝裏まである黒髪で前髪を9:1くらいで分けており、右目が隠れている。
瞳はスカイブルーで若干つり目。
見た目とは裏腹に可愛いモノ好き、ぬいぐるみとか抱き締めたい。
口調は硬め、でも可愛いモノを見ると「はぅっ」となる。
現在は王国傭兵隊の一員。
オスティアの貧民島出身、妖精族の父と魔族の母の間に生まれる。
風属性の精霊と親和性が高く、空気その物をある程度操作できる。


アーシェ:
ザ・傭兵隊シリーズ! 割と出てくるあの人でした。
では次回は、うーん・・・村?
またね!


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アフターストーリー第32話「京都異変」

Side 千草

 

旧世界の日本とかが例外的とは言え、こっちの世界もなかなかに物騒になってしもうたなぁ。

北の連合は完全に消滅して、代わりにウェスペルタティアを中心とする同君連合ができた。

かと思えば、南の帝国も分裂した。

 

 

うちらがおる新オスティアには混乱は見られへんけど、女王を狙う暗殺(テロ)の脅威は消えへん。

その女王である所のアリアはんがエリジウムから戻って来てから、1週間。

フェイトはんらは未だに行方不明、帝国の混乱は収拾する兆しがあるとは言え継続中。

おまけに最近の王国政府は選挙結果を笠に着てるんかは知らんけど、露骨に勢力拡大中やし。

 

 

「ほんま、最近は物騒になってしもうたねぇ」

「他人事かいな」

 

 

冷静に突っ込みを入れて来たんは小太郎、ほっぺのご飯粒を取ったりたくてウズウズするわ。

お茶碗片手に米(王国産コシヒ○リ)をかき込んどる所やから、どうせ意味無いけどな。

 

 

「アンタも気ぃつけてや。最近、またぞろ旧世界人(ウェテレース)排斥の空気になってきたからな」

「またかい、定期的に来るけどな」

 

 

最近は旧世界連合出資の企業も増えて来たから、魔法世界の企業との競合が激しくなってきとるから。

どっちも魔法世界人を雇用しとる企業やから、本質に差は無いんやけどなぁ。

たまに、魔法世界人の心無い連中が「旧世界人(ウェテレース)は帰れ」的な運動をするんよ。

旧世界連合大使館は、魔法世界での旧世界人(ウェテレース)の利益を保護するのが仕事やから。

その分、やっかみも多いんよ。

 

 

「月詠もやで、女の子なんやから気ぃ付けんと」

「うい~・・・でも最近、おかぁさんはうちがどんだけ強いか忘れとる気がしますえ」

「あんたも、まだ怪我治りきってないんやから」

「・・・うむ」

 

 

味噌汁片手にほんわかしとる月詠と、食事中に新聞を読むのをちっともやめてくれへんカゲタロウはん。

ほんで、お櫃の前でしゃもじ持っとるうち。

まぁ、いつもの朝の光景やけど。

 

 

「そう言えば、かぁちゃんは今日はえらいゆっくりやねんな?」

「うん? ああ、それがなぁ・・・」

 

 

小太郎からお茶碗を受け取って、3杯目のおかわりをしたりながら困った声でうちは答える。

ほんまなら、長経由でいろいろと言ってきて忙しいんやけどな。

 

 

「今、どうも向こうの方がゴタついてるらしくてなぁ」

 

 

なんでも、晴明様に縁のある日本各地の社やら結界やらが、軒並みおかしくなっとるらしくてな。

京都の晴明神社なんか、壊滅状態やて聞いとるんやけど・・・。

・・・何ぞ、あったんかなぁ?

 

 

 

 

 

Side 綾瀬夕映

 

『京都~、京都~、お降りの方はお忘れ物の無いように・・・』

 

 

ウトウトしてたですが、車内アナウンスで何とか起きれたです。

慌てて窓の外を見て、アナウンスが正しいことを確認。

それから、隣で眠りこけているハルナを起こしたです。

 

 

「・・・はっ、ハルナ、着いたです!」

「・・・もうちょっと寝かせてよ~、締切がマジでヤバくて・・・」

「出ちゃうですから!」

 

 

何とか新幹線が発射する前に、ハルナと荷物を車外に連れ出すことに成功したです。

えーと、お土産も無事でした。

東京ばな○、定番です。

 

 

「あっ・・・ぶな! うっかりと日本橋に行っちゃう所だったわ!」

「ハルナが起きないから・・・」

「あはは、メンゴメンゴ。でもマジで担当が厳しくってさ~」

「その話はもう20回は聞いたです・・・」

 

 

などと言う会話をしつつ、私とハルナはそれぞれの荷物を持ち直したです。

とは言え、1泊だけですから大した荷物では無いです。

 

 

「いやぁ~、京都! 中学の修学旅行以来じゃ無い? 高校はハワイだったし」

「そう、ですね・・・」

 

 

ここは、京都です。

中学生の時に修学旅行で来て以来の・・・。

 

 

「・・・あんまり、覚えて無いです」

「あはは、だよねだよね? 私もほとんど忘れててさ。まぁ、子供の頃の記憶なんてそんな物だよね」

「はぁ・・・」

 

 

・・・まぁ、ある程度なら忘れても仕方が無いですが。

でも私の場合、どうも・・・違うような気がするです。

所々、すっぽりと抜き取られてしまったような。

我ながら、アホなことを言ってるような気がするですが。

 

 

それに今回は、旅行に来たわけでは無いです。

今日は、同窓会に参加するために来たです。

発起人は、朝倉さんだと聞いてるですが・・・中学卒業から数年、同窓会には良い時期かもしれませんですね。

 

 

「皆、元気かなぁ~。のどかも来れば良いのにね」

「・・・そうですね」

 

 

のどかは、来ない。

とても残念に思う反面、どこか納得している自分がいるのは何故でしょう・・・。

結局、私はイギリスにものどかの実家にも行けずじまいで。

のどかのことは、相変わらず何もわからなくて・・・。

 

 

「・・・あ、アレってひょっとして?」

 

 

その時、ハルナが何かに気付いたように足を止めたです。

ハルナの視線を追うと、同じ新幹線だったのか・・・見覚えのある、正確には見覚えのある顔を若干成長させたような顔が2つ。

どちらも長い黒髪の、かなりの美人さんで・・・。

1人はおっとり笑顔、もう1人は凛とした表情の、あの人達は。

 

 

「木乃香! 刹那さ――んっ!」

 

 

ハルナの声に、2人はこちらを見て・・・。

小さく、微笑んだです。

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

・・・ついに、来ちまったぜ。

時刻は14時55分、同窓会の開始時間まであと5分だ。

場所は、京都駅近くのちょっと洒落たお食事処。

 

 

年末とは言え、特にやることもねーし・・・まぁ、良いかなーとか思ったのが運の尽き。

雪広・・・いいんちょの家の店だってんで、タダで飲み食いできるって聞いたし。

あと、新幹線代も出るって話だったし・・・。

・・・いや、別に必死で理論武装してるわけじゃねぇよ!?

 

 

「こちらどす」

「うむ、どーもかたじけないアル・・・お?」

 

 

げ、誰か来やがっ・・・と思って、振り向いた瞬間。

やたらにでけぇ褐色の肌の女に、私は抱き締められた。

お、おおおぉぉおおぉ!?

 

 

「ちょ、おまっ・・・誰だてめコラッ!?」

「ひっさしぶりアルね~長谷川! 私よ私!」

「うっせ離せこのっ・・・って、お前・・・・・・古菲か?」

「うむ!」

 

 

えーと・・・10年ぶりくらいに、なるのか?

そこにいたのは、古菲・・・らしかった。

倍ぐらいに伸びたんじゃねーかってくらいの身長に、腰まで伸びた髪に活力に溢れた緑の瞳。

 

 

「あの、お客様・・・」

「あ、すいませんアル」

「見ろ、怒られたじゃねーか、相変わらずハズい奴だな、てめーは」

「うむうむ、長谷川もHPでは随分と・・・」

 

 

バカな、古菲がネットを扱えるようになっただと!?

・・・なんてバカなことを考えてる間に、古菲がさっさと同窓会の会場の部屋の扉を開けた。

そこには・・・。

 

 

「おおっ、古ではござらぬか? 久しぶりでござるな~」

「え? ・・・うおっ、でか!?」

「私達に対する挑戦と見た―――!」

 

 

麻帆良大学の名物、さんぽ部3人衆の長瀬と鳴滝姉妹。

鳴滝姉妹は、大学生のはずだが中学生にしか見えねぇ・・・。

 

 

「まったく、相変わらず騒がしい人達ですわね。もう大人ですのよ?」

 

―――楽しくて、良いですよ―――

 

 

そしてこれまた麻帆良大学の名物・・・最近は会社経営してるらしい、いいんちょこと雪広。

それと、麻帆良中の男のハートを撃ち抜いてると(ネットで)噂の四葉。

 

 

「『でこぴんロケット』とプロスポーツ組は流石に無理だったね~」

「皆、すっかり有名人だもんね~」

「うふふ、夏美ちゃんも番犬がついてるって有名よ?」

「・・・な、何言ってるんだよ・・・」

 

 

麻帆良スポーツに入社が決まったらしい朝倉と、保母になるらしい那波、普通な村上。

でも、村上の「普通」もかなり危なそうなんだよな・・・私的に。

 

 

ちなみに『でこぴんロケット』はメジャーデビューしたガールズバンドで、和泉、釘宮、柿崎、椎名の4人のこったな。

で、プロスポーツ組はアレだ、アメリカ留学中のバスケットの明石、水泳日本代表の大河内、新体操選手の佐々木のこと・・・本当に才能の塊みたいな連中だなオイ。

あと来てねーのは・・・向こう側の奴らか。

 

 

「あ、千雨ちゃんや」

「ごぶさたしてるです」

 

 

・・・で、最後に。

私や古菲のすぐ後に来た奴らなんだが・・・早乙女と綾瀬、近衛と桜咲。

確か早乙女は、漫画家になったんだったか。

 

 

えー・・・何て漫画だったかな、週刊誌に連載してる・・・。

・・・魔法先生○○○だったかな、実は記憶とかあるんじゃねーかコイツ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・晴明神社。

大陰陽師安倍晴明を祀る神社であり、京都の観光名所の一つ。

しかし裏の姿は、大陰陽師安倍晴明の神格化した魂の社。

 

 

京都を邪な存在から守護する重要な結界を構成する一部でもあり、日本統一連盟・・・特に旧関西呪術協会が管理する重要拠点の一つでもある。

しかし数週間前、突如としてこの場所の霊場に歪みが生じたのである。

原因は不明だが、何か強力で邪悪な力に侵されたことは明白だった。

そのために現在は閉鎖され、一般観光客は入れないことになっている。

 

 

「お・・・おい、何か変じゃないか?」

「晴明井の水が・・・!」

 

 

晴明神社には晴明井と呼ばれる井戸があり、これは安倍晴明の霊力に寄って無限に水が湧き出る物なのであるが・・・今、この井戸からは血のように赤い液体が溢れている。

結界の修復に当たっている陰陽師や、謎の爆発により吹き飛んだ境内を修復している旧関西呪術協会の人員が、怯えたような表情を見せている。

 

 

さらに・・・神社の最奥、安倍晴明の神格化した魂が収められている場所では・・・。

明らかに神では無い気配が、増大していた。

そしてそれは、次第に神社全体を覆うように広がって行く。

まるで、何かに反応するかのように。

 

 

「な・・・何だ、何だ!?」

「わからん、だが、このままでは市内にまで・・・!」

「な・・・何か来るぞ!」

 

 

霧のような気配を漂わせた、それは。

それは・・・。

 

 

―――――神だった。

 

 

 

 

 

Side 楓

 

ん~、中学生時代の仲間と会うのは久しぶりでござったが、良く考えてみると大半は麻帆良にいるのでござるな。

それで何故、京都なのか・・・・・・ん~、まぁ、良いでござるか。

 

 

麻帆良の店では新鮮味も無いでござるし、一部の都合もあったようでござるしな。

例えば、ガイドの仕事で古が関西にいる時に合わせたわけでござるし・・・最近は中国からの観光客が増える一方だとか。

・・・と言う話を、観光学の准教授が言っていたような気がするでござる。

 

 

「ぃよーしっ、もう一件行くよもう一件!」

「二次会ヒャッホ―――ッ!」

「おほほほ、では次はうちの系列の大人なバーにでも・・・・・・大丈夫ですわよね?」

「「ウチら、もうハタチ過ぎてるっつーの!」」

 

 

なはは、風香殿と史伽殿は元気でござるなぁ。

いいんちょ―――正確には「元」―――殿も、相変わらずのようでござるし。

まぁ、男の趣味は変わっていないらしいでござるが。

京都の往来で騒いでいると、どうにも昔が懐かしいでござるし・・・。

 

 

「それで、古はガイドの仕事はどうでござるか?」

「うむ! 先月は五○峰に2人連れて行ったアル!」

「マジでござるか」

「基本的に、秘境巡りは私の担当アルから・・・たまに熊とか大熊猫(パンダ)とか倒すアル」

 

 

国民的愛玩動物を・・・マジでござるか。

 

 

「現地人からすると、結構な猛獣アルよ?」

「ふむふむ、なるほど」

「楓は、ここ何年かは何をしていたアルか?」

「む? ふーむ、そうでござるなぁ」

 

 

史伽殿や風香殿とさんぽ部の活動をしたり、散歩の最中に妙な気配を匂わせる和装の青年に畑の作物を貰ったり、のんびりと学生生活をエンジョイしつつ修業の日々を送ったり・・・。

・・・まぁ、概ね満足な毎日でござったな。

 

 

「修業相手がいないのが、悩み所ではござるが」

「それは私も同じアル」

 

 

ん~、しかし探せば意外と・・・ふん?

ふと立ち止まって、キョロキョロとあたりを見渡す。

どうも古も何かを感じたのか・・・立ち止まっている。

しかし他のメンバーは特に何も・・・。

 

 

「・・・楓」

「刹那?」

 

 

その時、刹那が私達に近付いてきたでござる。

シャープなデザインの今風の衣服に身を包んだ刹那は、中学生の頃とは雰囲気が違うでござるな。

胸元にシルバーアクセなど下げて。

刹那は少し離れた位置の木乃香殿を示しつつ・・・。

 

 

「私とこのちゃんは、少し抜ける」

「む? 何か急用でござるか?」

「コンビニだ」

 

 

そう言って、刹那はくるりと背を向けたでござる。

それから、木乃香殿と・・・。

 

 

「わ・・・私も行くですっ!」

「おろ? 夕映殿?」

 

 

ぱたぱたと、夕映殿が刹那と木乃香殿の後を追った。

ん~・・・私がポリポリと頭を掻いていると、隣にいた古までもが。

 

 

「追いかけるアル! 夕映のことは任せるアルよ!」

「あ、古・・・・・・刹那と木乃香殿は放置宣言でござるか?」

 

 

あれよあれよと言う間に、4人も抜けたでござる。

まぁ、店の場所は知ってるでござ・・・知ってるでござるか?

後で携帯でどうとでもなるでござるか・・・と、思ったら。

 

 

「ああ? どうしたんだよアイツら」

「おお、長谷川殿」

 

 

相変わらず皆から数歩離れた位置にいた長谷川殿に、声をかけられたでござる。

うーむ、実は長谷川殿とのツーショットは学生時代でも無かった珍しい事態なのでは・・・。

 

 

 

 

 

Side 夕映

 

どうして追いかける気になったかは、わからないです。

でも、追いかければ「何か」がわかる気がしたです。

・・・「何」が? わからないです、でも。

 

 

ずっと求めていた「何か」・・・欠けていた、欠落している、本来なら私の中にあるべき「何か」。

あの2人を・・・木乃香さん達を追いかければ、「何か」。

「何か」が、どうにか、なるんじゃ無いかって・・・。

 

 

「・・・あ、れ?」

 

 

角を何度か曲がっている内に、見失ったです。

おかしいですね・・・確かこっちに・・・これは、完全に見失ったですか。

肩を落として、溜息を吐くです。

 

 

・・・仕方が無いです、戻るですか・・・いや、もう少し探してみるです。

何やら霧も出て来たようですが、ここまで来て。

知りたい、「何か」を。

もしかしたら、のどかのこととも関係が・・・。

 

 

「何してるアルか?」

「わひゃあっ!?」

 

 

いきなり後ろから肩を叩かれて、驚いたです。

慌てて振り向いてみれば、今や私よりも頭一つ大きい古菲さんが・・・って、古菲さん?

 

 

「ど、どうしてここに」

「どうしても何も・・・追いかけて来たアルよ」

「あ・・・木乃香さん達をですか」

「いや、むしろ夕映を」

 

 

わ、私ですか。

いや、私は木乃香さん達を追いかけて来たわけですが。

 

 

「・・・で、ここはどこアルか?」

「いや、どこも何も・・・え?」

 

 

霧・・・霧、深すぎです!?

京都市内で何故にこのような、目の前すら見えるか怪しい霧が出るですか。

関西では、霧がデフォですか・・・?

私は京都の飲食店街にいたはずなのに、周りには人っ子一人いません。

いえ、古菲さんがおりますですが。

 

 

「・・・何で、いるんですか・・・」

 

 

溜息と同時に漏れたような声が、聞こえたです。

振り向いてみれば、そこには私が探していた2人がいたです。

 

 

「やっほーやな、夕映」

 

 

木乃香さんが、ヒラヒラと手を振っていました。

呆れているのは桜咲さんだけで、こちらは相変わらずの謎な笑顔ですね。

と言うか、何でも何も・・・。

 

 

「なーなー、くーへ、コンビニってどこかなぁ?」

「いやぁ、私もさっぱりアルよ。清水寺周辺ならわかるアルが」

 

 

そして、ズレた会話を展開したです。

木乃香さんは無理そうなので、桜咲さんに声を・・・。

 

 

携帯電話の着信音。

 

 

古菲さんの携帯電話でした。

相手は・・・。

 

 

「おおっ、楓アルかー?」

「何で、通じるんですか・・・」

「ふむふむ、ふむふむー? ・・・ほぅほぅ、わかったアル」

 

 

いくつかの会話を経たらしい古菲さんは、あっさりとその携帯を桜咲さんに差し出したです。

どう言うわけか携帯が通じたことを不思議に思っていたらしい―――何故かはわかりませんが―――桜咲さんは、首を傾げながらも受け取りました。

それから・・・。

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

いやはやはやはや・・・何とも、苦しい事態アル。

ここまで苦しいのは、瀬流彦先生の婚約を知った時以来。

まぁ、アレは別の種類の苦しさアルが。

 

 

「ああ、うん、こっちで良いんだな・・・・・・楓?」

 

 

私の前を歩いてる刹那の手には、私の携帯電話が握られているアル。

でも相手は、たぶん楓じゃないアルね。

楓の声には違いないアルが、楓じゃない。

 

 

難しい理屈はわからないアルが、刹那も相手が楓じゃ無いことはわかってると思うアル。

むしろ、今の問題は・・・。

 

 

「木乃香さんは、もしかして現在の状況を理解しているのでは無いですか?」

「うーん、さっぱりやねぇ」

「では、どうして急にコンビニなどと・・・」

「ご当地グッズが欲しかっただけやえ?」

「な、何故に今のタイミングでそんな・・・」

「今さっき、思い出したんやもん」

 

 

木乃香に纏わりついてる、夕映の方アルか。

確か、ネギ坊主関連の記憶は消されたはずアルが。

私は、消されて無いアル・・・卒業式のあの日から、誰にも話してない。

 

 

・・・監視もついてるアルしな。

でも今は、その監視の気配もしないアルね。

むしろ、この霧に包まれた空間は何アルか。

もう随分と歩いたはず・・・けど、さっぱり先が見えない。

 

 

「・・・ここか、楓」

 

 

ふと、刹那が足を止めた。

そこは、石の階段がある場所で・・・おお、看板がある、どれどれ。

えー・・・晴明神社?

 

 

・・・いやいや、歩いて来れる距離じゃ無いアルよ。

ついでに言えば、早く到着し過ぎアル。

 

 

「・・・引き寄せられた。どうすれば良い? うん・・・うん、いや、わかりやすくて良い。ああ・・・じゃあな」

 

 

パタンッ、と携帯電話を閉じて、刹那は私達の方を向いた。

その際、私に携帯電話を返してくれるアル。

 

 

「ありがとう、助かった」

「うむうむ・・・で、お参りでもするアルか?」

「・・・そうやね、ならうちとせっちゃんだけで行ってくるわ」

 

 

何と、マジアルか。

冗談で言ったら真実だったパターン、なるほど、わかるアルよ。

 

 

「え、いや、この状況で離れるのは・・・」

「夕映ちゃん」

「は?」

「・・・野暮はメッ、やえ?」

「・・・はぁ?」

 

 

・・・関係の無い話アルが、晴明神社は赤ん坊の名前を決める井戸があるネ。

人呼んで「名付けの神様」・・・らしい。

ああ、いや、そこの看板に書いてあるよ?

 

 

「え、ええ? それがいったい、今の状況と何の関係が!?」

「いや、混乱させるつもりは無かったアルが。まぁ、ここで大人しく待ってるアルよ」

「はぁ・・・いや、おかしいでしょう!?」

 

 

え、いや、ちょ・・・。

 

 

「・・・やっぱり、追いかけるです!」

「あ・・・ちょ、待つアルよ!?」

 

 

夕映は、神社の中に入って行った刹那達を追いかけて行ったアル。

み、妙な所で行動派なのは今も変わって無いアルね・・・!

と言うわけで、なし崩し的に私も・・・って、マジアルか。

いつかのパターンアルよ、コレ。

 

 

 

 

 

Side 木乃香

 

晴明神社・・・まぁ、端的に言えばうちのお師匠様の本拠地なんやけど。

京都についてからと言う物、何かに呼ばれてる感覚はあった。

うちの生まれとか今の力とか考えたら、何かに呼ばれるのはむしろ普通なことなんやけど。

 

 

「何も、コンビニに行くタイミングで攫わんでもええやん、晴明ちゃん(おししょうさま)・・・」

「このちゃん、最近コンビニグッズにハマってますからね」

 

 

うちの横で、せっちゃんが笑う。

それにうちも笑顔を浮かべて、霧で囲まれた境内の中を進む。

別に道に迷ったりはせぇへんよ。

呼ばれる声について行けばええだけやから。

 

 

『おお、おお・・・藤原の姫か・・・』

 

 

藤原の姫・・・まぁ、うちの血筋からすると不思議やないけど。

でも、その呼び方はやめて欲しいわ・・・晴明ちゃん。

 

 

『どうやら、他にも何人かおるようじゃが・・・まぁ、姫さえ食えれば良し』

 

 

その言葉だけで、晴明ちゃんがおかしくなっているのがわかる。

気配だけで、全てがおかしいのがわかる。

・・・隔絶されてしもとる空間や言うのが、わかる。

 

 

肌にチリチリと来るこの霊力は、晴明ちゃんの結界。

数年前は、毎日のように感じとった霊力。

神通力。

魔を退ける存在のそれには、今はどうしてか魔が混ざってる。

 

 

『・・・可哀想なうち』

 

 

その時、霧の中から女の子が現れる。

長い艶やかな黒髪の、和装の女の子。

昔のうちやった。

 

 

『お爺様にもお父様にも騙されて、せっちゃんまで知らずに利用して・・・最後には自分の都合で全てを割り切ったうち。本当に可哀想・・・哀れで儚い、うち』

 

 

・・・懐から、符を抜く。

晴明ちゃんが、教えてくれたことやえ?

 

 

『うちがせっちゃんを見る目と、せっちゃんがうちを見る目は違うってわかってるのに・・・どうにもできない、我儘で情けない、矮小なうち・・・あの時も』

「・・・」

『「あの人」と契約したあの時も、本当はせっちゃんのことなんて』

 

 

符を一枚、唇に当てて。

うちは、祝詞を紡ぐ。

それはうちとせっちゃんの、神聖な契約の証・・・。

 

 

 

「『汝、魔ヲ断ツ剣トナリテ―――――』」

 

 

 

瞬間、背後からうちを白い翼が包み込んだ。

この白い羽根は、全てがうちのモノ。

そしてうちは・・・貴女のモノ。

 

 

・・・晴明ちゃんが、教えてくれたことやえ?

化生の類の話は、一切、無視。

取り込まれるな、取り込め・・・それが。

化生を御するモノ、陰陽師。

 

 

 

 

 

Side 夕映

 

な、何が起こったですか?

気が付けば深い霧に包まれて、視界が・・・他の3人は?

 

 

『んん・・・? 藤原の姫だけを呼んだつもりじゃったが・・・迷い人か?』

「え・・・?」

『ふむふむ、まぁ・・・タシにはなろうの』

 

 

・・・声が、したです。

いくつもの声が重なり合っているかのような、不思議な声が。

そして同時に、霧も周囲が見通せない程に深く・・・と、都市部でこんな霧が、急にどうして・・・。

 

 

『良い感じの、淀み具合じゃ』

「は・・・?」

 

 

不意に、目の前に人が現れたです。

その人は、女性です。

長い黒髪の、おさげを二つ後ろに垂らして横髪を三つ編みにした・・・それは。

 

 

それは、昔の私でした。

ただ一つ違うのは、血のように赤い・・・赤い、両目だけで。

 

 

『・・・可哀想な私』

「え・・・」

『あるべき物を奪われて、いるべき人を失って・・・そしてそれにも気付いていない、哀れで弱く、儚い私・・・』

 

 

な、何の話です・・・?

と言うか、目の前の私は、誰。

良くはわかりませんが、でも目の前の私が言った次の言葉だけは、容認できませんでした。

 

 

 

『本当は、のどかのことなんてどうでも良いくせに』

 

 

 

・・・!

 

 

「ち・・・違う! 私は、のどかのことが心配で・・・」

『のどかだけが「向こう側」に行けるのが許せなかった。のどかだけが「新たな知識」を得ることができるのが許せなかった。のどかだけが「退屈な毎日」から抜け出せるのが許せなかった・・・』

「違う・・・違う」

 

 

それは違うです。

私はのどかが妬ましかったんじゃ無い。

あの時、祖父を亡くした私に新しい光と時間をくれた、のどか。

私は、のどかのことが本当に大切で。

 

 

『だから嘘を吐いた。「あの人」から引き離して、自分の傍に置こうとした。のどかのためなんかじゃない、私は私のためにのどかを「こちら側」に引き戻そうとした』

「な、何の・・・何の話を」

『貴女の話を』

 

 

わ・・・私の、話?

そんなはずは、私はのどかに嘘を吐いたことなど、何も。

あれ・・・でも、じゃあ、どうして。

 

 

『選ばれたのがのどかでは無く私だったら、私はのどかのことを放って行ったのに』

「ち、ちがっ・・・」

『だって本当はのどかのことなんか、どうだって良かったから。危険と冒険に満ちた「ファンタジーの世界」に行きたかっただけ。退屈な日常に嫌気がさしていただけ』

 

 

違う、それは絶対に違う。

私は、そんな・・・のどかの気持ちを踏み躙るような、裏切りのような真似、絶対。

 

 

<・・・ゆえ・・・?>

 

 

頭に響くのは、「あの時」ののどかの声。

・・・「あの時」?

そんな時は、無かったはず・・・なのに。

 

 

私、いったい、何を・・・「何か」、忘れてる?

ワタシ、ナニカワスレテル?

 

 

『のどかなんかどうだって良い、退屈な毎日なんてウンザリ、もっと楽しい世界があっても良いのに!』

「やめ・・・やめて、やめてよ・・・」

『のどかが憎い! のどかが嫌い! のどかが許せない―――我慢ならない! のどかなんて・・・』

「やめてえええええええええええええぇぇぇ・・・っっ!!」

『のどかなんて・・・消えれば良いのに!!』

 

 

とすん・・・と、その場に膝をつくです。

頭を抱えて、耳を塞いで。

こんな・・・こんなの、私じゃ無い、本心じゃ。

 

 

「貴女は・・・誰ですか」

『私は貴女』

「・・・違う」

『違わない、認めれば楽になるのに』

 

 

くんっ・・・と、昔の私が私の顎に指をかけて、上向かせます。

私は・・・何もできない。

 

 

『その証拠に・・・私達は、ひとつになれる』

 

 

ゆっくりと、幼い私の顔が近付いて。

頬にかかる小さな指は、本当に昔の私の物で。

私、私は・・・。

眠るように、目を。

 

 

 

――――汝、魔ヲ断ツ剣トナリテ――――

 

 

 

次の瞬間、硝子の割れるような音と共に、世界が壊れたです。

ゆっくりと・・・薄れゆく意識の中で私が見たのは・・・。

 

 

白い翼と、それに守られる誰か。

・・・のどか、私・・・貴女を、本当に。

・・・・・・ごめんなさい・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

『錬金鋼』――――かつて先生から頂いた、可変金属(まほうぐ)。

麻帆良と違って自由に刀を持ち歩けないので、普段はこれをシルバーアクセサリーとして身に着けている。

それがグニャリ、と瞬時に形を変えて小刀(ナイフ)になる。

 

 

「御免」

 

 

呟きと共に、小刀を振るう。

刃の長さは大したことは無いが、「気」を乗せれば別だ。

龍宮では無いが・・・神鳴流に、苦手な距離は無い。

 

 

神鳴流奥義:『斬魔剣・弐の太刀』。

 

 

普通であれば斬れない晴明様の結界も、今や魔が混じっている。

魔なるモノが相手であれば、私に斬れないモノは無い。

我は、近衛木乃香の「魔を断つ剣」。

 

 

「・・・晴明ちゃん、やね?」

『おお、藤原の姫か』

 

 

硝子の砕けるような音と共に、霧の姿をした結界が壊れる。

現れたのは神社の境内、晴明様の井戸の前。

井戸に腰掛けるような形で、陰陽師の格好をした若い男性がこちらを見ている。

平安の大陰陽師・安倍晴明様。

 

 

「このちゃん」

「うん・・・あの影やね、余分な影を斬ってや、せっちゃん」

「委細、承知」

 

 

ばさっ・・・破魔の翼でこのちゃんを背中に隠し、前に出る。

神であるはずの晴明様、しかし今は魔なるモノに犯されている。

それは、ローマ数字で3番目と刻まれた魔なるモノ。

晴明様の陰に取り付いているそれを・・・。

 

 

「・・・斬る」

『おお、羽根娘か・・・すまぬが、食われておくれ』

 

 

晴明様が腕を振るうと、その影から何かが出てくる。

それは、7体の西洋人形のような形をしていた。

羽根が生えていたり、挟のような物を持っていたり・・・どこかで見覚えがあるな。

 

 

いずれにせよ、強力な式神のような物と見た。

私が飛び出すと、7つの方向から飛びかかってくる。

晴明様の式神にしては・・・遅い。

―――――素子様直伝、神鳴流・・・。

 

 

「『飛燕抜刀霞斬り』」

 

 

ぐにゃり、小刀の金属が二つに割れて・・・薄く細い二刀に。

・・・シャンッ!

涼やかな音と共に、西洋人形達の獲物を砕く。

神鳴流・・・。

 

 

「『斬魔剣・弐の太刀・百花繚乱』」

 

 

・・・西洋人形の形をした影を、斬り伏せる。

私が斬り抜けるだけではダメだ、このちゃんに通さないことが肝要なのだから。

そして斬り抜けた後、問題が発生する。

 

 

晴明様が発されたのであろう呪が、目前に迫っていた。

回避はできない、このちゃんに呪が及ぶ。

影を斬った直後で回避もできない、受けて耐えるしかない。

そう、私が覚悟を決めた瞬間。

 

 

「『我、汝の盾トナリテ――――』」

 

 

私の前に、別の呪力が顕現する。

このちゃんの呪力が、私を守る。

 

 

「3秒しか保たへんえ!」

「・・・『斬魔剣』!」

 

 

素子様、直伝!

 

 

「『弐の太刀・一閃』!」

 

 

このちゃんが止めた呪力ごと・・・晴明様に取り付いている影を斬る!

鋭く絞った気を斬撃として飛ばし、魔なるモノのみ斬り離す。

 

 

『ギエエエエエエエエッ!?』

 

 

甲高い悲鳴を上げて、晴明様の霊体から何か黒いモノが離れる。

それは空中に飛び出し、対流したかと思うと・・・このちゃんに向かって・・・!

 

 

『カラダ、ヨコセエエエエエエエエッ!!』

「ひゃっ・・・!?」

「このちゃん!!」

 

 

境内を壊す勢いで、跳躍する。

跳びながら身体を捻り、空中で姿勢を整え、小刀をもう一度一つにまとめて腰だめに構える。

・・・素子様直伝、神鳴流奥義!

 

 

「『滅殺斬空――――斬魔剣』!!

 

 

私の「気」力の全てを刃に練り込み、斬撃として放つ。

神鳴流奥義にして・・・青山素子様、最強の剣。

宗家の・・・剣!

 

 

このちゃんに向かった影のような魔なるモノを、両断する。

両断して、追い抜き・・・このちゃんの腰に手を回し、離れる。

ざざっ・・・と砂利を踏みしめて、きんっ、と『錬金鋼』を元の形に戻す。

羽根を翻し、このちゃんを包み込む。

 

 

「・・・あったかい」

 

 

このちゃんの言葉に、私は笑みを浮かべる。

どうして晴明様がああなって、こうしてこのちゃんを呼んだのかはわからないが。

・・・今回も、どうにか守れたようだった。

 

 

 

 

 

Side 木乃香

 

『いやぁ、何か急に分体から嫌なモノが流れてきおっての』

 

 

良くない物を落とした後の晴明ちゃんは、妙にフランクやった。

せっちゃんが倒れとった夕映を下に運んでる間に、うちは大体の事情を晴明ちゃん(本体)から聞いた。

晴明ちゃんが言うには、「3番目(トレイス)」とか言う「嫌なモノ」らしい。

どうも、向こう側・・・アリア先生絡みの話とか。

 

 

・・・懐かしい、な。

でも、もう会うことも無いやろうけど。

 

 

『分体の記憶ごと滅するのも雅では無いと思っておったらば、迷惑をかけたようじゃの』

「うちらは、まぁ・・・ええけど」

『霧に飲まれた陰陽師達は、我の方で現世に戻しておくからの。いや、食う前で本当に良かった』

 

 

最後に怖いことをサラリと言って、晴明ちゃんはカラカラと笑った。

・・・あの中にずっとおるってそれ、大丈夫なん?

・・・まぁ、ええけど。

晴明ちゃんによると、うちが知っとるアリア先生の所の分体は、そのうち直すとか言ってたえ。

はよぅ、戻れるとええなぁ・・・。

 

 

「おお、本当に無事アル」

「当たり前だ」

 

 

神社の外に出ると、せっちゃんとくーへが待っとった。

くーへがうちを見て驚いて、せっちゃんがそれに不機嫌になる。

夕映は、せっちゃんに背負われとる・・・ちょっと羨ましい。

まぁ、それはええけど・・・。

 

 

「お参りは終わったアルか?」

「うん、コンビニは今度でええわ」

「そうですね、皆も待ってるでしょうし・・・」

 

 

夕映は・・・まぁ、疲れってことにしよか。

麻帆良の記憶処理、不味い方向に歪んでるようにも思うけど・・・うちには治せへんし。

記憶を戻すわけにもいかへんから・・・。

 

 

・・・まぁ、正直、それはうちがやらなあかんことや無い。

麻帆良側の、そして夕映の問題やから。

 

 

「おお、そう言えば2人は就職したアルか?」

「ああ・・・まぁ」

「一緒の会社とかアルか?」

「いや・・・別々の所だ」

 

 

・・・せっちゃんは、最近は何でもうちと一緒にしようとはせぇへんようになった。

バイトも別やったし、就職先も別や。

常に一緒におらなうちを守れへん時期を過ぎた言うのもあるけど、一番は・・・。

 

 

うちの傍におるのが全てや無いって、思えるようになったんや無いかな。

寂しいけど、ええことやと思う。

いつまでも・・・何もかもが変わらへんわけには、いかへんから。

 

 

「このちゃん」

「はい?」

「行きましょう」

「・・・んっ♪」

 

 

それでも、ずっと一緒。

うちとせっちゃんは・・・そんな感じや。

 

 

「あ、やっと来たー!」

「遅いよ~・・・って、何で夕映ちゃん寝てるの?」

「あはは・・・あ、千雨ちゃん」

「・・・あ?」

 

 

今度こそ本当の楓に電話して、二次会の場所を聞いて。

・・・諸事情で、結構遠かったけど。

とにかく、皆と合流や。

それから・・・。

 

 

「ありがとうな」

「・・・はぁ? 何でお礼言われるのか意味わかんねーし」

 

 

千雨ちゃんは、顔を赤くしてそっぽ向いた。

顔が赤いんは、たぶんバーのお酒のせいやないんやろうなぁ、なんて。

うちは、そう思ったえ。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

安倍晴明に縁のある各地の結界が、急激に安定を取り戻している。

年末のある朝、麻帆良にいる私の下には同じような報告が寄せられていました。

・・・突然不安定になって、突然安定すると言うのは、いったい何が?

 

 

事態の収拾に関わった陰陽師達は、全員が肝心の部分の記憶を消されていると聞いています。

ただ一つの例外は、麻帆良にある例の「社」だけですが・・・。

しかし、そこは不可侵地帯ですから。

 

 

「いずれにせよ、中国やアメリカの協会につけ込まれる前に事態を収拾できて良かった」

 

 

最近は旧世界連合内にも、日本の台頭を抑制しようとする動きがありますからね。

まぁ、ゲートの独占と未来技術の占有・・・魔法世界におけるウェスペルタティアと旧世界における日本統一連盟は、実は似たような理由でそれぞれ地位を保っている。

 

 

ウェスペルタティアは旧連合諸国、日本統一連盟は中東・欧州・南米・アフリカの協会をとりまとめることで国際的地位を保っていて・・・ここも似ている。

合弁企業も増加の一途を辿り、そこで得られる利益がそれぞれの資金力の支えである点も共通している。

そう言う意味では、ウェスペルタティアは日本統一連盟の運命共同体と言うことになりますか。

 

 

「まぁ、ここ数週間は関西の結界の揺らぎに対処したりで干渉の度合いを下げていましたが・・・」

 

 

それでも、千草さんからの定期レポートには目を通しています。

これは、旧世界連合に提出している大使報告書とは別のレポートです。

端的に言えば、こちらの方が重要。

 

 

今、私が読んでいるのもそれですし・・・。

・・・ウェスペルタティア女王が魔法世界時間2月1日に議会を開き、最初の決議において軍備拡張を宣言する、とか。

女王艦隊(ロイヤル・ネイビー)拡張計画―――――すでに旧世界連合の経済技術部との契約で、250万ドラクマで戦艦10隻・巡航艦38隻を中心とする艦隊増強分の資材・精霊炉の生産がスタートしています。

 

 

「それをどう使うかは、アリア君次第か・・・」

 

 

かつてはあちら側で戦争を止めた身としては、なかなかに複雑ではあるわけですが。

しかしもう、私があちら側のことでとやかく言う時代は過ぎた。

立場もあるし・・・それに。

 

 

「・・・」

 

 

目を閉じて想うのは、誰か。

互いに意識的に避け合っている以上、会えるはずも無い。

陰ながらの援助も、必要なくなる時が来るのだろうか。

 

 

巣立ちと言うのは、寂しい物ですね。

ナギも・・・同じような気持ちなのでしょうか。




長谷川千雨:
・・・はぁ? 何でお礼言われなきゃいけねーのか意味わかんねーし。
私は何もしてねーし、道に迷ったバカをナビしただけだし。
私は、今回の話にはまったく関係ねーし。
・・・な、何だよ、その目は。
そ、そんな目で・・・見んなよ。


長谷川千雨:
ったく・・・あー、アレだ、次回予告。
次回は、王道だ、王道。
・・・意味不明な予告だが、気にすんな。
じゃ、縁が合えばまた会おうぜ。


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アフターストーリー第33話「角笛:前編」

Side フェイト

 

・・・夢を、見ていた気がする。

誰かが、泣いている夢。

だけど、僕はすぐに気のせいだと気付く。

 

 

何故ならば、アーウェルンクスは夢を見ない。

だから、これは夢じゃない。

夢じゃ無いから・・・苛立つ。

泣いている誰かを、僕は知っているはずだから・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・?

 

 

目を覚ました時、そこはどこかの小屋だった。

木造りの小屋には、一人用のベッドと・・・簡単な調度品しか置かれていない。

少なくとも、宰相府の寝室じゃない・・・隣にアリアもいないしね。

どのくらい眠っていたのか・・・かすかに軋む身体を、ゆっくりと起こす。

身体を起こすと、軽く目眩がした。

 

 

「・・・ここは」

 

 

・・・いつか、こんな部屋で同じように目覚めたことがあったような気がする。

あの時は、そう、コーヒーの香りがあったけれど。

今は、そんな物は・・・。

 

 

カシャンッ。

 

 

・・・?

その時、何かを取り落としたような音が響いた。

そちらに視線を動かすと、小屋の出入り口らしい扉があって、そこに。

 

 

「・・・暦君?」

 

 

そこに、暦君がいた。

侍女(メイド)服では無い、村娘が着るような淡い色のワンピースを着ている。

ただ、頭や腕、そして足などに包帯を巻いていて・・・どうやら、怪我をしているらしい。

足元には手桶と、中に入っていたらしい水。

でも暦君は両手で口元を押さえていて、足元の惨状には目もくれずに。

 

 

「・・・ふぇ」

 

 

両目に涙をためて・・・扉から一足飛びに。

跳んで来た。

そのまま、抱きつくと言うよりは衝突する勢いで、飛びついて来る。

 

 

「フェイトさまああああああああああああああぁぁっっ!!」

「・・・っ」

 

 

冗談で無く、骨が軋んだ。

僕がどう言う状況で何があったのか定かでは無いけれど、今の暦君の一撃は重かった。

とは言え、ベッドの上で(今気付いたけれど)上半身に服を着ていない僕に抱きついて泣いている暦君を相手にそれを言うのは、憚られる。

ちなみに僕の上半身は服こそ着ていない物の、包帯が巻かれている。

 

 

・・・とりあえずアリアには、内緒にしておこう。

そこで、僕は不意に気付く。

アリア。

 

 

「・・・暦君」

「ふぇ、フェイトさまっ、フェイトさまぁ・・・よ、よかっ、よかったぁぁ・・・!」

「暦君、悪いけれど泣き止んで」

 

 

暦君の頬に手を添えて、指先で涙を拭う。

正直な所、焦っている。

僕はいったい、どのくらい眠っていたんだ?

 

 

アレから、何がどうなったのか。

アリアは無事なのだろうか、出産はどうなったのか。

そもそもここはどこなのか、他の皆はどうなったのか。

おそらく暦君は知っているはずだけど・・・泣きっぱなしで話にならない。

 

 

「・・・起きたのですか、3番目(おにいさま)

 

 

小屋の中にもう1人、誰かが入って来たのはそんな時だった。

僕と同じ顔、少し伸びて女性らしさを増した白い髪、黒のワンピースドレス、胸には水晶のペンダント。

彼女は・・・僕と同じ存在。

 

 

「・・・6(セクストゥム)

「ごきげんよう、3番目(おにいさま)

 

 

感情の見えない、抑揚の無い声で。

6番目のアーウェルンクスは、無機質な瞳で僕を見ていた。

 

 

 

 

 

Side 6(セクストゥム)

 

ここは、コズモ・エンテレケイア村。

ブロントポリス東方の湖の畔に築かれた、自然豊かな村です。

水源は湖、燃料は近隣の森林の木材を利用しています。

自給自足・地産地消が原則、もう一つ加えて「働かざる者食うべからず、ただし病人・子供・老人を除く」です。

 

 

なお、正式には届け出ていないので書類上は存在しません。

そしてだからこそ、存在することができる。

我らは、影鳴る存在。

 

 

「総人口は約350名、また外部に170名の仲間がおります」

 

 

そしてコズモ・エンテレケイア村と言う名前の他に、もう一つの名があります。

我らの影の名、それは・・・。

 

 

「ネオ・コズモ・エンテレケイア!!」

 

 

背後の3番目(おにいさま)を振り返りつつ、びしっと指をさして声を張ります。

その際、近くで農作業をしていた4人の男性が私の左右でポーズを取りました。

ただの仕様です、お気になさらないでください。

軽く手を振って、すぐに農作業に戻らせます。

 

 

ネオ・コズモ・エンテレケイア・・・「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の後継組織です。

規模は極めて弱小、資金力は極めて矮小、されど志は極めて大。

地域密着型秘密結社であり、村の法はただ一つ。

・・・「悪を成すこと」、これさえ守れば村民たる資格を持つことが許されます。

 

 

「・・・そう」

 

 

何故か、私の後ろを豹族の従者に支えられながら歩く3番目(おにいさま)の反応が芳しくありません。

目を覚ましたばかりなので、仕方がありませんね。

 

 

「あの小屋は、私の家です。アーウェルンクスの調整室も兼ねています」

「・・・そう」

「3日に1度、私はデュナミス様とあの小屋で1夜を過ごさせて頂いています」

「そ、その言い方は、どうかと・・・」

 

 

豹族の従者が顔を紅くしていますが、それは私には関係ありません。

デュナミス様以外のことは、私にとっては重要事項では無いので。

次点として、村人達のことを考えてはいますが。

 

 

3番目(おにいさま)のことを村人が発見したのは偶然ですし、私がブロントポリスからの帰路で傷付いた3番目(おにいさま)の従者5名を発見したのも偶然に過ぎません。

事実、あの都市で拡散した他の人々の情報はありませんから。

・・・あの悪魔に不覚を取ったのは屈辱ではあります、腕を一本、持って行かれましたので。

まぁ、そのおかげでデュナミス様に調整(あい)して頂けたので、怒りはあまりありません。

 

 

「詳しいことはわかりかねますが、デュナミス様は貴方に話があるそうです・・・3番目(おにいさま)

「・・・そうかい」

「はい」

 

 

私が立ち止まったのは、村の中央に作られた若干大きな建造物。

粗末な作りですが村役場と・・・学校を兼ねています。

 

 

「デュナミス様がお待ちです、中へどうぞ」

「・・・」

3番目(おにいさま)が気になされていることの大半も、デュナミス様が教えてくださるでしょう」

 

 

では、どうぞ中へ。

ここはコズモ・エンテレケイア初等学校。

村の子供達が通う、「悪」の大幹部養成所です。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

人は遅かれ早かれ、必ず大人になる。

すなわち、子供の内にしかできないことと言う物が必ずあるわけだ。

人によっては、それを思い出と呼ぶのだろう。

 

 

幼い子供達には、たくさんの思い出が必要だ・・・。

その思い出作りを邪魔するような輩は、このデュナミスが断じて許さん!!

 

 

「と言うわけで、少しばかり待つが良い」

「・・・そう」

「うむ、そうだ」

 

 

デュナミス・大幹部モード。

高濃度に圧縮した影の鎧と腕によって覆われたこの身体は、ちょっとやそっとのことではビクともしない。

まぁ、全盛期に比べれば少し脆くなったきらいはあるが・・・。

 

 

例えば、小さな子供が5人や10人まとわりついて来る程度では、問題無いわけだ。

複数本の腕を動かして上に放っては受け止めたり、人間には不可能なレベルで綾とりができたりする。

 

 

「でゅなみすせんせ~」

「きゃっ、きゃっ」

「もっとして~」

 

 

うむ、幼い子供は本当に無邪気だな。

普通、私の大幹部モードを見た者は怯えるか泣くかなのだが、普通に受け入れられてしまっている。

とりあえずリクエストに応えて、子供達でジャグリングしたりする。

 

 

・・・いや、実際の所、この村には子供の遊び場が少ないからな。

少々不本意ではあるが、役場の裏の木の下で青空教室兼デュナミスアスレチックを行っているわけだ。

まぁ、座学を好まないのもこの年頃の子供の特徴と言えるだろう。

基本、勉強よりも身体を使った遊びをすることが多い。

 

 

「でゅなみすせんせー、まじでかっこいー」

「おててが、ひとつ、ふたつ、みっ・・・ちゅ? たくさんあるお!」

 

 

男の子からは、何故か憧れの眼差しを受けたりする。

子供の頃からの親しみは、地域密着型秘密結社にとっては重要ではある。

この年頃の男の子は、本当に純真だからな。

 

 

「はぅ~、おめめ、ぐるぐる~」

「んとね、えとね・・・あたしね、でゅなみすせんせーのおよめさんになるー!」

 

 

女の子は、あまり激しい遊びは好ましく無い子もいる。

嫌がられているわけでは無いので、まぁ良し。

あと、それはお父さんに言ってあげなさい。

 

 

・・・そして、昼食の時間に子供達を親元に帰すまでが私の日課だ。

教師がいないので、学校は私の空き時間にしか開けないのだ。

うむ、やはり教育環境の整備は急がねばなるまい。

うむうむ・・・と頷いた後、すでに大幹部モードを解いている私は、後ろを振り向いた。

 

 

「・・・うむ、待たせたな3(テルティウム)

「・・・割と、急いでいるんだけどね」

 

 

先程から大人しく待っていたらしい3(テルティウム)は、柄にも無く焦りを滲ませているように感じる。

ふふん、「焦り」か・・・本当にアーウェルンクスらしく無い奴めが。

 

 

3(テルティウム)の状態は、従者に支えられなければ立っていられるかも怪しい程だ。

では、何故にそれほど焦るのか・・・。

大方、あの女王のことだろうが。

 

 

「良かろう、アポ無しだが話をしてやろう・・・とても重要な話だ」

「・・・何かな」

「ふん・・・」

 

 

私はチラリと、3(テルティウム)の豹族の従者を見つつ・・・。

・・・まぁ、良いか。

知っておいた方が良かろう。

 

 

3(テルティウム)

「・・・何だい」

「貴様・・・」

 

 

腕を組んだ体勢のまま、宣告する。

 

 

「もうすぐ死ぬぞ」

 

 

 

 

 

Side 暦

 

あの後・・・肝心な話を聞けないまま、私だけ帰された。

つまり、私には聞く資格が無いってことだと思うんだけど・・・でも。

こんなの、生殺しだよ・・・。

 

 

「・・・何だ、それ」

 

 

デュナミス様はフェイト様を連れて村役場の中に入って行ってしまって。

それで6(セクストゥム)様が門の間で陣取ってしまわれて、中に入れなかった。

だからこうして、ひとまずは皆の所にフェイト様のことを教えに来たんだけど・・・。

 

 

「どう言うことだ、それは!」

「わ、私だって、わかんないよ!!」

 

 

結果として、焔と口喧嘩になった。

それが腕づくの喧嘩にならなかったのは、焔の怪我が私より酷かったから。

ベッドの上で上半身だけ起こした焔は、右腕を白い布で吊っていて、左眼には包帯を巻いてる。

私も軽い怪我ってわけじゃ無いけど、豹族だから、獣化すれば大概の傷は治るから・・・。

 

 

「お、落ち着いてくださいまし」

「そうです。私達が言い争っていても、何も変わりません」

 

 

一方で、栞と調が冷静な意見を言う。

栞は右足が折れて、左足の骨に罅が入ってるから・・・車椅子に乗っていて。

調は、見た目は一番マシだけど・・・樹木の精霊の力を使い過ぎて、肌の一部が木に変化したまま戻らない。

半年もすれば元通りになるらしいけど・・・。

 

 

・・・で、一番無事なのが環。

竜化していたから、実は外傷ゼロ。

今も私達5人にあてがわれた小屋の隅で、リンゴの皮を剥きながら私達の様子を窺ってる。

 

 

「・・・ごめん」

「い、いや、私こそ取り乱して・・・すまん」

 

 

焔とは、すぐに仲直りできた。

でも、だからって何も変わらない。

詳しいことは何もわからないのに、フェイト様のお命が危ないらしいってことしか・・・。

 

 

「・・・とにかく、冷静になるべきですわ。慌てるべきはフェイト様であって、私達ではありませんもの」

「そ、そうだよね・・・フェイト様の方が、大変、だよね・・・」

 

 

栞の言葉に、皆が頷く。

フェイト様が慌てふためいている所なんて、想像もできないけれど。

でも、死ぬって言われたのは私達じゃ無い。

 

 

「・・・行く」

 

 

その時、ぽつりと環が言う。

行くって・・・もしかして、フェイト様の所?

でも、今は・・・。

 

 

「今は無理かもしれないが、ここにいても何も変わらない・・・確かに、そうだな」

「ちょ・・・焔! 動いたらまた骨が・・・」

「・・・大丈夫だ」

 

 

ベッドから降りて歩こうとする焔を、調と支える。

栞は木製の車椅子を器用に動かして、小屋の外へ・・・。

・・・皆、勇気あるなぁ。

 

 

私なんて・・・聞きに行くのが怖いのに。

本当・・・友達で良かった。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

死と言う概念に対する恐怖心は、僕には無い。

ただ、今後の時間をアリアと共にできないこと・・・これに対しては不思議な感情を抱いている。

人間はこれを、死への恐怖と呼ぶのだろうか。

 

 

「単刀直入に聞くが・・・子を成したな、3(テルティウム)?」

 

 

村役場と言う割に簡素な作りの小屋に入るや否や、デュナミスはそう聞いて来た。

役場と言う割にたまの集まりにしか使わないらしく、小屋の中に人はいない。

大きめの郵便局のような小屋の中で、僕はデュナミスと向かい合っている。

 

 

・・・特に隠すことでも無いので、素直に頷くことにする。

それに、僕はそこで重要なことを確認することができた。

 

 

「その口ぶりだと・・・アリアは無事に出産できたんだね」

「うむ、母子共に健康だそうだ。少なくとも王国政府はそう言っている、1週間ほど前のことだ」

「・・・そう、かい」

 

 

目を閉じて、息を吐く。

日付は後で確認する必要があるけれど、そこまで眠っていたわけでも無いらしい。

・・・アリアと、子供が無事なら。

とりあえずは、それで良い。

他の情報は、おいおい集めて行けば良いだろう。

 

 

「・・・それで、僕が死ぬと言うのはどう言うことかな?」

「人形に対し「死」と言う概念が正しいのかはわからないが・・・貴様はそう遠く無い時期に、機能を停止することになるだろう」

「・・・」

「ここ最近、身体に不調は無かったか? 急に動きが止まったりとか・・・」

 

 

・・・2度ほど、ある。

今回は特に、そのために僕は地上に落ちたのだから。

 

 

「あるのだな?」

「・・・」

「『核』の摩耗の兆しだな。そして稼働年数の割に摩耗が速いのは・・・子を成したからだ」

「・・・どう言うことかな」

「アーウェルンクスシリーズの生殖能力は、いわば緊急避難だからだ」

 

 

緊急避難・・・それはデュナミスや墓所の主、そして万が一にも我らが造物主(カミ)が倒されてしまった時のための、保険。

アーウェルンクスシリーズの調整スキルを持つ者が全滅してしまった時のための、保険。

僕達アーウェルンクスシリーズの生殖能力は、そのために作られた。

 

 

それが、デュナミスの説明だった。

そして・・・。

 

 

「そしてアーウェルンクスシリーズの成した子供には、アーウェルンクスシリーズの情報が刻まれる。肉体は人間かもしれないが・・・魂は違う、そこには『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の全てが保存されている・・・」

「・・・」

「初めてのケースなので私にも確かなことは言えないが・・・貴様の子供は、生まれながらにして我らの経験の全てを宿して生まれたはずだ。ふふ、これでかの王家の力を備えていれば・・・まぁ、それは私には関係の無いことだが」

 

 

子供に関しては、僕にもわからない。

何しろ、まだ会ったことが無いからね。

それよりも・・・。

 

 

「・・・僕は、あとどのくらい動いていられるんだい?」

「さて・・・どうかな、数日から数十年と言った所か。・・・そう睨むな、初めてのケースだと言っただろう」

 

 

言っておくけど、僕は別にデュナミスを睨んではいない。

僕はいつも、こんな目だよ。

 

 

「私には調整しかできない。『核』を創り直すことができるのは我らの造物主(カミ)のみだからな」

「・・・」

「それでも、稼働限界(じゅみょう)を少しは伸ばせるかもしれん。どうする、従者達の怪我が癒えるまでもう少しかかる。少しこの村に逗留してはどうだ・・・村の性質上、外部との連絡はできんが」

「・・・そう、だね」

 

 

答えながら、僕は自分の手を見る。

数十年なら、まだ良いけれど・・・数日だったら、笑い話にもならない。

合理的な判断をするのなら、ここに残って調整を受けるべきだ。

 

 

「・・・頼めるかな、デュナミス」

 

 

だけど、そう答えるのには思いの外・・・力が必要だった。

・・・アリア。

どうやら、すぐには戻れないようだけれど・・・待っていて。

 

 

気がかりはいくつもあるけれど・・・一番の問題は、あの悪魔だ。

あの悪魔・・・ヘルマン=ネギ。

あの時、倒せていればと思うけれど・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・同エリジウム大陸、ケルベラス大森林内部・廃墟。

広大なケルベラス大森林には古代遺跡を含めた無数の廃墟が存在し、その中には邪な存在も身を潜めているとされる。

 

 

現在は軍によって撤去されてしまったが、かつては「Ⅰ」と言う組織が潜伏していた場所でもある。

そして、そこにある無数の廃墟の一つは・・・現在、不可思議な気配を漂わせていた。

 

 

「ハクシャクカラノレンラクガナイ」

「ウム、オカシイナ」

 

 

廃墟の内部、ある部屋の前。

そこに、2人・・・否、2体の「悪魔」がいる。

伯爵級悪魔ヘルマンの従者にして、「Ⅰ」の身体(にんぎょう)を奪いし悪魔。

名を、「4匹目(チッタレス)」と「6匹目(ヘクス)」。

 

 

「マァイイ、エサノショクジノジカンダ」

「ニンゲンハフベンダナ、クチデシカエイヨウヲトレナイ」

 

 

パンの入った籠を持った悪魔たちが、ある部屋の扉を開ける。

そこは、少し広めの寝室のような場所だった。

とは言え、脚が一本折れた粗末なベッドくらいしか無い部屋だが・・・。

 

 

しかし、そこは無人だった。

 

 

いるはずの人間の姿が無いことに、悪魔達は不審がった。

そしてその疑問は、すぐに解消されることになる。

 

 

「ニゲタ」

「ニンゲン、ニゲタゾ」

 

 

寝室の窓―――3階の部屋―――の枠を支えに、いくつもの布で作った簡易ロープが地面にまで垂れ下がっていたのである。

そして、彼らの目には・・・森の中へと消える人間の姿が映っていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ネカネ・スプリングフィールド

 

わ、私にだって、少しくらい身体強化は使える、わ・・・っ。

詠唱魔法が消えてから、こう言う魔力を使った技術は廃れて行く一方だけど・・・。

でも、こう言う時には、まだ・・・っ!

 

 

「だ、大丈夫、大丈夫だからね・・・のどかさん・・・っ」

「・・・」

 

 

私の肩に顎を乗せるような形になっているのどかさんに、私は懸命に声をかける。

・・・でも、のどかさんは何も答えてはくれない。

虚ろな目で、ぼんやりとしているばかりで・・・。

 

 

・・・あの日、私が「私」として目を覚ました時、のどかさんの出産は終わっていたわ。

良く思いだせる、去年の暮れの日のことを。

雷鳴のなる外と、薄暗い部屋の中で蠢く悪魔、掲げられるのは赤ん坊・・・ベッドの上で、ぐったりと動かないのどかさん。

そして・・・ネギ。

 

 

「私が・・・助けて、あげるから・・・っ」

 

 

背中にのどかさんを背負って、私は森の中を進む。

・・・方向、わからないけど・・・痛っ!?

 

 

「・・・っ」

 

 

裸足の左足に、枝が刺さったみたい。

窓から逃げる時、最後に落ちちゃったから・・・。

・・・ふふ、と場所を弁えずに笑みが浮かぶ。

 

 

「危うく、貴方を潰しちゃう所だったわね・・・」

 

 

そう囁きかけるのは、胸元の小さな小さな・・・赤ちゃん。

ふわふわした黒髪の、可愛らしい赤ちゃん。

不思議そうな目で、私を見つめているわ。

布で、私の胸元にしっかりと固定してある。

 

 

背中にのどかさん、胸元に赤ちゃん。

できればのどかさんがこんな風にされる前に逃げたかったんだけど、私も身体が回復したのが先週くらいで・・・正直、今もあまり調子は良く無いのだけ、ど・・・?

 

 

「イタゾ」

「ハクシャクノエサヲニガスナ」

 

 

ぞくり・・・として振り向くと、まだそれほど離れていない廃墟から・・・悪魔が。

人間の姿はしているけれど、中身は文字通り悪魔。

そこからは、私には余裕なんて少しも無い。

 

 

見つかった。

逃げなくちゃ。

 

 

「・・・っ!」

 

 

1人・・・そう、私が1人で何とかしないと。

ここには他に・・・誰も、いないんだから。

深い森の中に逃げ込めば、何とか・・・。

 

 

はっ、はっ・・・息を切らせて、少しずつだけど進む。

だけど大人1人と赤ちゃんを抱えては、スピードには限界がある。

元々、私は悪魔よりも速くは動けない・・・。

 

 

「大丈夫・・・だからっ」

 

 

あの時だって、ちゃんと守れた。

だから、今回だって・・・ちゃんと!

 

 

「エサガニゲルゾ」

「ホラホラ、ニゲルゾ」

 

 

・・・遊ばれてる。

いつしか、そう感じるようになる。

2体の悪魔が、私で遊んでいる。

 

 

でも、それでも良いから・・・少しでも遠くへ。

枝に引っ掛けて、顔や腕の肌が切れる。

裸足の足の裏は、もうマヒしてどうなっているかわからない。

だけど。

2人を置いて行くことだけは、考えない・・・!

 

 

「・・・あっ!?」

 

 

木の根に足を引っ掛けて、転ぶ。

赤ちゃんを庇う、顔から地面に転がる。

痛み。

 

 

でもそれを感じるよりも早く、身体を起こして・・・赤ちゃんの無事を確認する。

良かった・・・のどかさんは?

のどかさんは・・・私の横に、倒れてた。

やっぱり、何の反応も示さないけれど・・・。

 

 

「アキタナ」

「ソウダナ」

 

 

・・・そして、悪魔が来る。

私は赤ちゃんとのどかさんを両手でそれぞれ抱えて・・・後ずさる。

でも、背中はすぐに木にぶつかってしまって・・・ひ。

 

 

「こ・・・来ないで・・・」

「マタニゲラレルトメンドウダナ」

「ソウダナ、アシクライナラタベテモイイダロウ」

 

 

あ、足・・・?

悪魔が、近寄ってくる。

こ、来ないで・・・触らな・・・。

 

 

『・・・ネカネさん、伏せて』

「え・・・」

『伏せるんだ!!』

「は・・・はいっ!」

 

 

聞き覚えのあるような声が、響いて。

反射的に言うことを聞いて、のどかさんと赤ちゃんを抱えて伏せた。

すると・・・。

 

 

「『豪殺・居合い拳』」

 

 

大砲のような音と共に、私達の背後の木が薙ぎ倒される。

見えないそれは、悪魔を巻き込んで・・・吹き飛ばす。

 

 

「きゃああああああああっ!?」

 

 

でも、それを確認している暇は無くて・・・余波から2人を守るので、私は精一杯だった。

全てが収まった後には・・・砲撃が通り過ぎたかのように、正面の森だけがまっすぐに薙ぎ倒されていて・・・な、何・・・?

 

 

「あ・・・た」

 

 

ぱら・・・と木の欠片を払って、赤ちゃんとのどかさんの無事を確認した後、後ろを振り向いた。

するとそこには、スーツを着た見覚えのある無精髭の男性がいた。

それは・・・。

 

 

「タカミチさん・・・!?」

「・・・どうも、ネカネさん」

 

 

タカミチさんが、煙草を咥えた姿でそこにいた。

はぁぁ・・・と、私の身体から力が抜ける・・・。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

やれやれ、近右衛門さんから聞いていた話とかなり違うな。

まぁ、あの人の情報が現場の状況と食い違うことなんて、珍しい事じゃないけれど。

 

 

「た、タカミチさん・・・」

「何とか無事で良かった・・・少し、そのまま待っていてください」

 

 

ひょいっ、と、倒した木の根を飛び越えて、ネカネさん達の前に立つ。

・・・ネカネさんは、見るからにボロボロの姿で。

そして、のどか君と・・・赤ん坊、か。

 

 

そこから視線を前に戻すと、そこにはなかなかにレベルの高そうな悪魔がいた。

悪魔・・・で良いんだよな、情報では。

確かに・・・気配は、悪魔だ。

 

 

「・・・キサマハ」

「悪いけれど、僕がここにいるといろいろと問題でね・・・すぐに」

 

 

終わらせる。

そう呟いて、僕は身体の前で両手を合わせる・・・。

魔力と気の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)、使うのは数年ぶりだけど。

 

 

「『咸卦法』」

 

 

ごっ・・・僕の身体から吹き荒れる気と魔力の混合物に、周囲の空気が震える。

同時に、目の前の2体の悪魔の両目が赤く輝く。

 

 

・・・来る。

相手が動く前に、僕が先に放つ。

ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ直伝・・・。

 

 

「『千条閃鏃無音拳』!!」

 

 

千発の無音拳が拡散し、対象を撃ち抜く。

限定空間内を駆け巡る『居合い拳』から、逃れる術は無い。

頭から爪先まで、僕の拳の的だ。

 

 

逆説的ではあるけれど、詠唱魔法の消滅は気の優位性を生んだ。

結果として、僕の技を完全に生身で防げるのはラカンやナギのようなバグキャラだけ。

そして残念ながら、目の前の悪魔は常識の範囲内の相手だったようだね。

形容しがたい悲鳴を上げて、空高く舞い上がり・・・。

 

 

・・・僕は手をポケットから出すと、咥えていた煙草を指先で掴む。

携帯灰皿を取り出して中に吸殻を詰めた時には、何か重いモノが地面に落ちる音がした。

 

 

「・・・大丈夫かい、ネカネさん」

「あ、ああ・・・タカミチさん」

 

 

気が抜けたのか、座り込んだまま立てないネカネさんに、僕は笑みを向ける。

それから、ネカネさんの胸元の赤ん坊と、虚ろな目でぼんやりとしたのどか君の姿を見て・・・。

・・・いや、今は後悔している場合じゃ無いな。

 

 

「で、でも、どうしてここに・・・」

「・・・ある人に、教えられて」

 

 

まぁ、その話も少し曖昧で・・・僕が新メセンブリーナ時代に「Ⅰ」の施設を調査していたことが今回は功を奏したらしい。

・・・まさか、そこまで計算づくだったとは思わないけれど。

とにかく、細かい説明は後だ。

 

 

「・・・ネギ君は?」

「あ・・・」

 

 

僕の言葉に、ネカネさんは急に表情を曇らせた。

・・・近右衛門さん、聞いてませんよ・・・。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「ほぅ・・・私と友誼を結びたいと」

 

 

1月も残り少なくなったある日、俺の下に自治国のお歴々がやってくると言うことがあった。

ケフィッススやセブレイニアなど、9自治国のトップが共同で俺に会談を申し入れてきたのだ。

会談を求める申請書が総督府に届いた時、俺は素直に感銘を受け、また関心もした。

 

 

こう言う場合、普通は沈黙するか総督府の支配を静かに否定するかだと考えていたからだ。

そして俺の叛逆の件について、どんな非難を鳴らしてくるのかと楽しみにしていたら・・・。

 

 

「我々9自治国は、総督閣下の覇業成就のために尽力する物であります」

 

 

・・・俺としたことが一瞬、呆気に取られてしまった。

どんな非難が来るのかと総督府の会議室の円卓に座ってみれば、自治国側からの従属を表明されたのだからな。

俺でなくとも、驚きを禁じ得なかったであろうよ。

 

 

「・・・お前達は、心から俺に味方すると言うのか」

「左様です、閣下」

「ほほぅ・・・それで、そちらの好意に対し、私はどのような花束を用意すれば良いのかな」

「そう皮肉を仰いますな」

「我々はただ、総督閣下が至尊の地位に就いた後にもお手伝いできることもあるだろうと・・・」

 

 

・・・なるほど、将来への投資か。

まぁ、野心の表明としては理解できなくも無い。

だが・・・。

 

 

「貴国・・・あえて貴国と呼ばせて頂くが、どうも本国に私の叛逆の情報を喧伝しているとか」

「それは誤解です、閣下」

「左様、我々はあの非道な宰相の圧力によって、不本意ながら協力したまでのこと」

「なればこそ、その軛から逃れるためにも、総督閣下に協力しようと・・・」

 

 

なるほど、野心と言うよりは保身か。

よりわかりやすくなった・・・俺と本国、どちらが勝利しても良いように手を打っているわけだ。

小物にありがちな思考だが、理解はしやすいな。

 

 

・・・どうせあのクルト・ゲーデルのことだ、これくらいは読んでいるだろう。

ならば、わざわざ俺がどうこうせずとも・・・。

 

 

「総督閣下こそ、頂点に立つに相応しい才幹と実績をお持ちだ」

「左様、総督閣下こそ宰相、いや王の位に相応しい」

 

 

・・・。

 

 

「だと言うのに、海外の総督の地位に押し込められて・・・嫉まれておりますな」

「いやまったく、嘆かわしい」

「まぁ、あのような・・・」

 

 

・・・・・・。

 

 

「若く美しいだけが取り得なだけの女に仕えていては、栄達もできぬでしょうからなぁ」

 

 

だんっ!

俺が机を叩いて立ち上がると、自治国のお歴々は驚いたように俺を見る。

逆に、俺の視界にはお歴々の姿はすでに映っていない。

 

 

「衛兵! この害虫共を牢にぶち込んでおけ・・・拘束するのだ!」

「「「はっ」」」

「なっ・・・」

 

 

俺の直属の部下達が自治国のお歴々を拘束し、会議室から連行して行く。

だが連中はそれが気に入らないのか、今度こそ非難を浴びせてきた。

 

 

「な・・・何故!?」

「何の罪で我々を!?」

「決まっているだろう・・・反逆罪だ」

「はっ・・・バカな!」

「情報が不足していたな・・・俺は我が女王に背くにあらず! 我が女王の傍にあって国政を壟断する、君側の奸を討つのだ!!」

 

 

何やら喚いているお歴々を下がらせると、俺は再び椅子に座って乱れた前髪を撫でつけた。

ふぅ・・・と、息を吐いて笑う。

我ながら、短絡的なことをした物だ・・・しかし、そうか。

 

 

これが、権力を握ると言うことか。

権力を握ると、あのような害虫の相手もせねばならないと言うことか・・・。

・・・少しは、我が女王に近付けたと言うことだろうか。

そんな考えをする自分に、俺はまた笑った。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アーウェルンクスの行方は、ようとして知れません。

ついでに言うと、ネギ君も発見できていません。

さらに言えば、エリジウム大陸内の状況がさっぱりです。

いやぁ、困りましたねぇ・・・いろいろと手を打たねばならないじゃありませんか。

いやいや、大変ですねぇ。

 

 

宰相府の公安調査局の調べで、ある程度のことはわかりますが・・・確定情報の量が、ね。

・・・ああ、エリジウム自治国からに密告など、信頼できるはずもありません。

多分に情緒的かつ主観的ですし、ついでに言うと彼らは無能なので。

むしろ、事態を悪い方向に持って行って関心を買おうとしているようなのですよね。

 

 

「まぁ、権力者の9割5分はそんなモノですからね」

 

 

独立させた後、掃除するとしましょう。

どうせすぐにボロを出して、民衆を御せなくなるのですから。

そこに白馬の騎士たる王国が出てきて、治安を回復すれば・・・。

 

 

「おお、ようこそ・・・ようこそ、おいでくだされましたな」

「お出迎え感謝しますよ、ゴー・コー評議長」

 

 

そしてそんな私の目の前に、9割5分に入る男がまた1人。

私は新オスティアにはいません、第一ゲーデル内閣の宰相として最後の外遊に出ている所です。

海を挟んでエリジウム対岸にある国家、タンタルスとフォエニクス。

 

 

すでに北のタンタルスの訪問は終わり、研修員受け入れなどの技術支援と引き換えに軍事同盟の締結に成功致しました。

編成が終わり次第、我が軍の駐留が開始されるでしょう。

エリジウムへの軍を派遣する際には、重要な拠点となるでしょうから。

そしてここ、フォエニクスには・・・。

 

 

「いえ、本当にお会いできて光栄ですよ」

「ははは、今をときめく王国宰相閣下にそう言われるとは恐縮ですな」

「ははは、いえいえ・・・本当にそう思っているのですよ」

 

 

フォエニクスのトップは、ゴー・コーと言う小太りの男です。

2年前に軍事クーデタで当時の文民政権を倒したこの男は、人民民主評議会などと言うご大層な代物のトップの座にのさばっています。

当時は中尉でしたが、今や中将を名乗っているそうで。

どうして民衆がこんな男に従うのかわからない、9割5分の一例です。

 

 

「今日は、いろいろと両国の今後について話し合うとしましょう」

「ははは、宰相閣下は仕事熱心でいらっしゃいますなぁ」

「ええ、例えば・・・」

 

 

・・・9割5分、ね。

 

 

「・・・地下の研究所のこととか」

「・・・」

「おや・・・どうかしたのですか、急に立ち止まられて」

 

 

空港から送迎車に向かう途中で、私は足を止めます。

後ろを振り向くと、青い顔でこちらを見つめているフォエニクスの独裁者・・・。

私は近付くと、親しげに肩を叩きます。

 

 

「さぁ、行きましょう・・・何、大丈夫ですよ。我が国は貴国と・・・いや、貴方と友好関係を持ちたいと考えているのですから」

「・・・は、はは、ご冗談を」

「ええ、冗談です・・・くふ、くふふふふ・・・」

「はは、ははは・・・」

 

 

・・・さぁて、と。

今度は、魔法世界の掃除を始めましょうかね。

アリア様が踏むに相応しい、従順で美しい世界に。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

あの日から、いくらか時間が過ぎて・・・ある日の朝。

産後、私のお仕事の量は徐々に増えています。

と言うのも、まぁ・・・それくらいしか、することも無いので。

 

 

産後休暇と言う形でぼんやりとしていると、良く無いことを考えたりもしてしまいますので。

つまり、ある意味で私にとってはお仕事と睡眠薬は同義であると言うことですね(意味不明ですね)。

ここ数週間は特に軍務関係のお仕事が増えて・・・。

・・・あ、でも、ちゃんとすることはしてます。

 

 

「・・・ふぁ・・・」

「大丈夫ですか?」

「いえ・・・大丈夫です」

 

 

茶々丸さんの優しい眼差しに、私も微笑みで応えます。

少し驚いたと言うか、まだ慣れていないだけで、特に変調を感じたりはしていないのです。

胸元でごそごそと動く小さな手が、ちょっとくすぐったいです。

 

 

「・・・たくさん、飲んでくださいね・・・」

 

 

できるだけ柔らかい声で、私は胸元の愛しい存在に話しかけます。

片手で赤ちゃんを抱きながら、もう片方の手でふわふわの髪を撫でます。

まだ首がすわっていませんから、気をつけないといけませんが・・・。

 

 

・・・可愛い。

 

 

目を閉じたまま一生懸命に私の胸に吸いついてくる赤ちゃんを見ていると、本当にそう思います。

私は今、いわゆる・・・朝の授乳、と言うことをしているわけです。

私には女王としての職務があるので、毎回毎度と言うわけではありませんけど・・・。

出来る限り、母乳で育ててあげたいんです。

 

 

「アリアさんも大分、慣れて参りましたね」

「そう・・・ですかね」

「・・・録画中・・・」

 

 

最初の数日は、上手く吸わせてあげられなくて・・・ルーシアさんに手伝って貰っていました。

でも今では何とか、自分だけで赤ちゃんにお乳を飲ませてあげられるようになっています。

毎朝、この時間は茶々丸さんが連れて来てくれた赤ちゃんにお乳をあげています。

私の傍でその様子を見ていられるのは・・・今の所、茶々丸さんだけです。

 

 

私としても、茶々丸さんがいてくれれば心強いですし・・・服の胸元をはだけても、抵抗が少ないですし。

・・・フェイトがいなくなった直後は、ご飯も喉を通らなかったんですけど。

でも、今は赤ちゃんに美味しいお乳を飲んで欲しくて・・・ちゃんと、食べてます。

フェイトが戻って来た時に、見せられるように・・・。

 

 

「けふっ」

 

 

授乳後、赤ちゃんに可愛らしくげっぷをして貰って・・・朝の授乳は終わりです。

授乳は1日4回、朝昼晩と私の就寝前。

それ以外は、既成品(ミルク)を与えます。

ルーシアさんなどの侍医団も母乳での育児を勧めていますし、私もそうしたいので、できるだけ・・・。

 

 

「可愛い・・・」

 

 

もう、本当に可愛いです。

何でしょうこの可愛らしさ、男の子ですけど可愛い・・・。

出産の時は痛くて死ぬかと思いましたけど、でも本当に可愛いです。

さよさんがあんなに双子ちゃんに甘々なのも、理解できると言うものです。

 

 

ふんわりした白い髪も、ふっくらとしたほっぺも、ちっちゃな手も・・・可愛くて可愛くて。

愛しくて・・・首がすわってないので注意が必要ですけど、ほっぺを合わせてすりすりします。

柔らかくて、あったかいです・・・。

 

 

「・・・あー」

「・・・はぁ、可愛いです」

「・・・録画中・・・」

 

 

声まで、物凄く愛らしいなんて・・・無敵すぎます。

・・・早く、フェイトや皆にも見せたいです。

きっと皆、虜になっちゃいますから。

と言うか、この子の愛らしさに胸を撃たれない人は人間じゃありません。

だから。

 

 

その時、寝室の扉がノックされて、ユリアさんがやってきました。

水色の髪の涼やかな雰囲気を纏った侍女は、私に時間だと告げます。

私はそれに頷くと、名残惜しげに・・・と言うか、本気で名残惜しいのですけど、茶々丸さんに赤ちゃんを預けます。

本当は、いつでもどこでも一緒にいたいんですけど・・・。

 

 

「お願いします、茶々丸さん」

「はい、お任せください」

 

 

赤ちゃんは、1日の大半を育児部屋(ナーサリールーム)で過ごします。

茶々丸さんは今、女官長でありながらナースメイドのチーフもしています。

ナースメイドは、高等教育を受けた育児専門の侍女のことです。

チーフであるナースは茶々丸さんで、10人からなるナースメイドがその補佐をします。

 

 

なので基本的には茶々丸さんが1日中、赤ちゃんのお世話をしてくれています。

母乳ではありませんが、胸部を使っての授乳もできるので・・・乳母に近い立場ですね。

本当に本当に・・・私がずっと傍にいたいのですが、茶々丸さんならと我慢しています。

 

 

「私ならば、育児疲れやストレスに悩まされることも無く、また不眠不休でお世話ができます」

 

 

・・・と、本人の強い要望もあって。

あの時は、本当に熱意を感じたなぁ・・・と、衣服を直したながらそんなことを考えます。

それから、寝室の扉の前で赤ちゃんと・・・・・・お別れ、です。

う、うぅ・・・。

 

 

「・・・アリアさん、またお昼にお連れしますので・・・」

「も、もう少し、もう少し抱っこさせて・・・」

 

 

・・・まぁ、可能な限りスムーズに、お別れします。

赤ちゃんは泣くのが仕事ですけど、でも泣き声を聞いたらソワソワする私。

・・・ママ、ですから。

 

 

「では陛下、そろそろ・・・」

「・・・ええ」

 

 

気持ちを切り替えて、今度はウェスペルタティア王国の女王陛下へ。

明後日の議会開設での演説に備えて、いろいろとやらなかえればならないことがあります。

今までは私の個人的趣向でお仕事に取り組んでいましたが、今は少し変化しました。

民のため、と言うのはもちろんですが・・・私の赤ちゃんのために。

 

 

あの子が私から玉座を引き継ぐ際に、可能な限りたくさんの物を渡せるように。

何か、あの子のために残してあげたい・・・だから、働くのです。

むむん、ますますモチベーションが上がって来ました。

 

 

「・・・さて、今日も頑張りましょう」

 

 

どこにいるのかは、まだわからないけど・・・見ていて、フェイト。

私、あの子のために・・・頑張ろうと思います。

可愛らしいあの子が、大きくなるのを見たいから・・・だから。

 

 

そのために・・・あの子を守るために、必要だと言うのなら。

・・・・・・私は。

 

 

 

世界を、手に入れる。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第30回広報:

アーシェ:
はーいっ、30回目だよ!
作者もまさかここまで続くとは思っていなかった・・・と言うか、アフター延長し過ぎ!

茶々丸:
室長の茶々丸です、皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
30回目と言うことで、チェンジ!
これまではオリキャラ紹介でしたが、今度は・・・「国」!
名前だけ良く出てくる物語の中の国を、アーシェ先生がわかりやすく説明しちゃったりしますよ!

茶々丸:
おぉ~。


・パルティア連邦共和国
シルチス亜大陸の中央部に逆三角形状に位置する連邦共和国。
モエル・エルファンハフト・アンティゴネーなどの大都市を抱える地域大国。ウェスペルタティアよりも広い国土を持つが、人口は約5000万人。
小さな部族が寄り集まっている地域で、人口の66%は部族出身者。帝国からの移住亜人が22%、旧連合からの入植者が10%程度居住している。
豊富な資源を抱える土地で、古くから帝国・旧連合の介入・代理戦争の地として争いが絶えなかった。6年前、政治・経済の中枢を握っていた連合人をウェスペルタティアの援助で追放し、独立を達成。
しかしそれ以降も民族紛争が絶えず、さらに北方のアキダリア共和国と数次に渡り国境紛争を繰り返すようになった。
ウェスペルタティア王国からは軍事援助の他、6年間で経済援助として無償資金協力481万ドラクマ、有償資金協力631万ドラクマを受け取っている。


アーシェ:
・・・てなもんです!
ところで室長、その、抱っこしてる赤ちゃんは・・・?

茶々丸:
お休み中ですので、お静かに願います。
(すやすや・・・)

アーシェ:
(じゃあ、来ないでくださいよ・・・!)
ま、まぁ、最近は陛下もお子さんにデレ期らしいですけど・・・。

茶々丸:
とても可愛いです・・・大事に大切にお世話致します。
(すやすや・・・)

アーシェ:
・・・あ、今日のベストショットはこれ、「授乳時の陛下」。
もう、見てるだけで幸せな気分になれます・・・でもお子様は見ちゃダメです。

茶々丸:
では、次回からは「すく☆すく♪ 赤ちゃん」のコーナーを・・・。

アーシェ:
しませんて!(びしっ)

茶々丸:
(・・・ふええええっ・・・)
・・・アーシェ、サン?

アーシェ:
す、すすすすすみませ・・・っ!
あ、ちょ、そんな所だめで(通信途絶)。

茶々丸:
よーしよし・・・あ、それでは次回。
議会、開いちゃいます。
(ふえええん・・・っ)
おー、よしよーし・・・。


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アフターストーリー第34話「角笛:後編」

Side アリア

 

全能なる始祖と偉大なる国王陛下の名において。

国王の領土たるウェスペルタティア王国及びその他の諸領土の全ての臣民は、正義・自由及び安全を確立し、臣民全体の幸福を増進することを念願し、主権を行使し、ここに憲法を定める。

 

 

臣民の自由な決定の原理に従い、王国は王国に結合する意思を表明する全ての国王の領土に対し、正義・自由・平等の理想を共有すると共に、民主的進展を目指して構成される新たな諸制度を提供する。

また、魔法世界の平和的発展及び秩序の形成に責任を自覚し、これに邁進することを宣言する。

卓越し給う女王アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下は議会に参集した臣民の助言と同意、権威を承認し、人民に諸権利を授ける。

 

 

「ウェスペルタティア王国女王陛下―――・・・万歳!」

「「「女王陛下、万歳!!」」」

「「「ウェスペルタティア王国に、栄光あれ!!」」」

 

 

・・・本日、2月1日。

ウェスペルタティア王国は史上初となる議会を召集し、かつ憲法の制定を全会一致で承認しました。

これにより私が持っていた三権及び軍権は、内閣・議会・裁判所にそれぞれ分け与えられることになりました。

 

 

2代目宰相であるクルトおじ様が議会中央の壇上で読み上げたのは、その憲法の前文です。

まぁ、2代目と言うより2期目と言った方が正しいのでしょうけど。

さらに言えば・・・別に前文に私の名前を書き込む必要性は無かったと思いますけど。

そして私の目の前には、扇上に広がる議席に座る貴族院議員の皆さん。

各界を代表する、王国の代表者の方々です。

 

 

「それでは、女王陛下よりお言葉を賜ります。一堂、ご起立を願います」

 

 

そう宣言するのは、クルトおじ様では無く・・・貴族院議長、アレテ・キュレネ。

オストラ自治区代表議員として、貴族院に席を占めています。

思えば、昔はいろいろと言われましたけどね・・・。

 

 

一方で私は議場の最奥、議長席の後ろに設置された玉座に座っています。

1人では無く・・・腕の中には愛しい愛しい、私の赤ちゃんを抱いています。

先程の議員の唱和に驚いて、少しぐずっていますが・・・。

・・・玉座に座る私の前に、議会の書記官が一枚の紙片を持って立ち、私が内容を読み上げます。

 

 

「本日、第1回貴族院議会の開会式に臨み、臣民を代表する皆様と一堂に会せたことは、私の深く喜びとする所です。憲法の理念に従い、議会が民の生活の安定と向上、魔法世界の平和と繁栄のため、たゆみなく努力を続け、人民の信託に応えることを切に希望します」

 

 

私の言葉が終わると、起立した全議員が万雷の拍手。

おかげで、私の赤ちゃん・・・愛しい王子がますますぐずってしまいます。

それすらも愛しくて、腕の中で赤ちゃんを揺らしている間に、議事は滞り無く進みます。

 

 

議会の会期、各委員会人事、今年度議会の議案などが定められて・・・最後に。

私、女王の施政方針演説があります。

ここには、議員だけで無く各国大使や「イヴィオン」加盟国の高官なども来ています。

それらの方々に対して、王国の基本方針を示すのが目的です。

私は、赤ちゃんを抱いたまま壇上に立ち・・・。

 

 

「・・・皆様は、王国、「イヴィオン」、そして魔法世界の指導者です。これまで、たゆまぬ努力で人民の権利の昂進に努めて参られました。私ことアリア・アナスタシア・エンテオフュシアはウェスペルタティア王国及び「イヴィオン」の元首の地位にありますが、これは王国のためでも「イヴィオン」のためでもありません。魔法世界の紛争を無くし、平和な時代を築くために、皆様と共に歩いて行くことのできる最善の道であると考えたからこそ、私は元首の地位にあるのです。私と共に、その未来へと進もうではありませんか」

 

 

一旦、言葉を切ります。

視線を動かし、傍で控えるクルトおじ様を見ると・・・ニコニコしておりました。

視線を下におろせば、赤ちゃんが私を不思議そうに見ています。

私は微笑むと、再び前を見ます。

 

 

「皆様がこれからも世界の指導者であるためには、自らが変わらねばなりません。今、この時代が変革して行くようにです・・・現在、我が国は不幸な諍いの危機にあります。先年にも争いが起こり、かつ今やユートピア海では2つの軍事大国が衝突し、帝国すらも未曾有の危機に瀕しているこの時期にあって、私は一つの思考を巡らせます。すなわち、何故に争いが、対立が無くならないのか? この思考に至った時、私は一つの答えを得ます」

 

 

自分では無い他者の存在は、常に対立の対象となるから。

では、対立を無くすためにはどうすれば良いのか。

答えは・・・一つ。

 

 

全てが一つにならなければ、争い・・・少なくとも、国同士の争いは消えない。

これは理想主義ではありません。

現実主義としての、世界の無政府状態を解消する唯一の方法。

強力な、世界秩序。

 

 

「私は今ここに、魔法世界の紛争の元である国家の垣根を取り除き、魔法世界を一つの統一共同体と考える新世界秩序の樹立を宣言します」

 

 

私が共同元首を務める同君連合「イヴィオン」を中軸とする、全魔法世界を覆う統一共同体の設立。

名付けて、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦。

 

 

この統一共同体は連邦と言っても、各国が独立した体勢でまとまる独立主権国家連合体であり、どの国家も政体や元首を変更することなく、一つに纏めようと言う構想です。

「イヴィオン」加盟国以外・・・例えば帝国などは、皇帝の地位を保ったまま参加できます。

これによって、世界を統一し・・・平和を。

 

 

「この世界の未来は、皆様にかかっているのです! どうかこれまでの、そしてこれからの指導者として・・・この変革を受け入れることを、切に望みます!!」

 

 

腕の中に、この温もりがある限り。

私は、戦える。

この子に危害を加える意思の存在を、私は絶対に認めません。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

議会の開設式を終えた後、アリアは王子を連れて私達の部屋を訪問した。

公務の一環としての訪問であって、議会の様子や今後の政治情勢についての説明をしに来たのじゃ。

現にアリアと王子だけで無く、複数の侍女や衛兵に加えてカメラを携えた記者達も宰相府の応接間に入ってくる。

 

 

「ご心配をおかけしております、お母様」

「いや、女王にも何かと都合もあろう。そのような中での王子を連れての訪問、嬉しく思う」

 

 

故に会話も母娘としての物では無く、どこか形式と言う衣を被った物になってしまう。

しかしそれでも、娘と・・・孫に会うのは嬉しい。

アリアも、戻って来た時に比べれば顔色も良くなって・・・。

 

 

・・・婿殿達が戻らぬ日々が続いておる故、けして安穏とした心境では無かろうが。

それでも、王子の存在がアリアの心を留めておるのであろう。

 

 

「お、お~・・・結構、重いんだな」

「はい、落とさないようにお気を付けください」

「おう、へへ・・・」

 

 

そして私が形式的な挨拶を交わしている間に、ナギが茶々丸殿から王子を受け取っておった。

・・・まだ、私も抱かせて貰ったことが無いのに。

 

 

「はーいっ、それではそちらの椅子に並んで座って頂いて・・・はい、ありがとうございます~」

 

 

広報部のアーシェ殿に促される形で、婿殿を除く王室一家が一つのソファに座る。

その間、私はいつか私的な訪問で王子を抱かせて貰おうと心に決めておった。

不謹慎かもしれぬが、私にとっては初孫なのじゃからして、その。

か、可愛らしいのぅ・・・。

 

 

「はい、それでは撮影は5分以内でお願いしますね~」

 

 

アーシェ殿の言葉と共に、記者達の持つカメラが何度かフラッシュを焚く。

その間も、私達の会話は続いておるが・・・インタビューなどは無い。

普段ならある程度、記者達との交流もあるのじゃが。

今日は乳児の王子もおるので、短時間でとのことで撮影を許可した。

まぁ、王子のお披露目のような物じゃな。

 

 

「いやぁ、本日はどうもありがとうございました」

 

 

撮影が終わった後、1人の記者が声をかけてきた。

仲間がカメラを片付けるのを待っておるようで、特に他意は無いように見えるが。

アリアも普段は、こうして声をかけられるのを好むのじゃが。

 

 

「王子殿下の撮影ができたのは嬉しいんですけど・・・できればご夫君もご一緒だと良かったですね」

「・・・そうですね」

「あ、あっ・・・お声かけはご遠慮くださーいっ」

「いやでも、どうなんですかねぇ、実際の所」

 

 

アーシェ殿が慌てて注意したが、あるいは私と同じ感情を抱いたのかもしれぬ。

それは、彼に返答したアリアの声の温度でわかっても良さそうな物で・・・。

 

 

「1ヵ月近く音信が無いって話ですけど、実の所、どんな感じ、なん・・・」

 

 

・・・記者も、流石にそこで口を噤んだ。

いつしか、応接間は沈黙に包まれておった。

それはまるで、空気の一部が凍りついてしまったかのような静けさで。

 

 

「・・・貴方」

 

 

声を出しているのは、アリアのみ。

私の位置からは、ソファに座るアリアの横顔しか見えぬが・・・。

 

 

「・・・どこの、記者ですか?」

 

 

部屋の時間が、止まったかと思った。

アリアの声は、けして激しくは無い。

微動だにせず、ただ記者の方を見つめているだけじゃ。

 

 

先程まで口の軽かった記者は、今や何も話せない。

逆にアリアが、何か言おうと口を開きかけた所で・・・。

 

 

「・・・ふえぇぇ・・・っ」

「うおっ、と、とっ・・・?」

 

 

王子が泣き出し、瞬時に意識を切り替えたアリアが記者を放ってナギの方を向いた。

すぐに王子を受け取って、柔らかな顔であやし始める。

王子にかける声は、どこまでも優しい温かな物じゃった。

 

 

アリアに見つめられておった記者が、ほぅっ、と胸を撫で下ろしておったが・・・。

・・・私は、それ以上にほっとしておった。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

王室の写真撮影が行われている時間、私は別の場所でカメラの前に立っていました。

場所は、旧オスティア『浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)』。

その内の、完成したばかりの議会議事堂の一室です。

 

 

工部省が全力で取り組んでいる『浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)』建設は現在、完成度85%。

アリア様の居城である「ミラージュ・パレス」の一部を除けば、ほぼ完成しているのです。

貴族院議会の開設式に間に合うかが微妙でしたが、何とか議場や行政施設、軍司令部などの建物は完成致しました。

今後、徐々にですが新オスティアから政治・軍事の機能を移転することでしょう。

 

 

「ディズレーリ党首、今回の連立合意について一言、お願いします!」

「そうですね・・・女王陛下のため、王国の民のために一命をかける所存です・・・」

 

 

真新しい会議室の中で記者団を前に私と固い握手を交わしているのは、プリムラ・ディズレーリ保守党党首です。

保守党は今回の選挙で得票率26%、貴族院に15議席を得る第二党に躍進しました。

 

 

我が党だけでも70%と言う圧倒的な議席数を誇りますが、単独で政策を進めるのもアレですので。

大ウェスペルタティア主義を掲げる同党とは政策も近く、連立交渉は割と早くまとまりました。

キリスト教民主同盟の閣外協力も取り付け、第2次ゲーデル政権は議会の9割を制したことになります。

アリア様の魔法世界連邦構想を止められる存在は、少なくとも国内には存在しなくなったことになります。

 

 

「宰相閣下、2期目の目玉政策はやはり新連邦構想なのでしょうか?」

「そうですね、それも一つの重要な政策ではありますね」

 

 

他にもいろいろ、ありますけどね。

経済的には、物価高騰への警戒と経済成長率・輸出・消費の増加率が鈍化していることに神経を尖らせなければなりませんし。

 

 

サバ・シルチス・アルギュレー北部の領有によって、ある程度の資源確保のメドは立ちましたが・・・。

対帝国国境の盗賊発生率は昨年後半の段階で22%増加、鉱山やバナナ農園がゲリラに襲撃されたりしています。

旧帝国領内では軍閥同士の紛争で毎月200人超の死者が出ている有様ですし。

さらに言えば、今回のエリジウムの混乱・・・。

 

 

「女王陛下は何故、このような政策を主導されることになられたのでしょうか」

「それはもちろん、平和を愛するが故でしょう」

 

 

ぶっちゃければ、アリア様は今回のことで嫌気が刺したのでしょう。

ご夫君を一時的・・・あえて一時的と申しますが、一時的に失って、戦争やら内紛やらが絶えないこの世界が嫌になられたのでしょう。

 

 

わかります・・・そのお気持ち、察するに余りあります。

だからこそ、フォエニクスから戻った翌日に議会の開設式に臨むと言うハードスケジュールにも耐えることができるのですから。

 

 

「陛下は大変お優しいお方です。今の魔法世界の人々の境遇に胸を痛められても、仕方が無いでしょう」

 

 

まずは「イヴィオン」の拡大と統一市場化を進め、経済支配権を握ります。

旧帝国諸国を巻き込んで新連邦を形成し、そして魔法世界通貨「ドラクマ」を統一管理する「中央銀行」をオスティアに創設し、金融支配権を握ります。

 

 

そしてアリア様を元首として認めない国家の参加をも認める新連邦の常任議長職。

これを握ることで、世界の政治的・軍事的支配権を握るのです。

そして魔法世界は統一、めでたしめでたし・・・と言うわけですね。

そのためにも、まずはエリジウム問題の解決が先決・・・すでに、準備は整っていますよ。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

あー・・・忙しいな畜生。

アリアと赤ん坊の傍にいてやりたいんだが、工部尚書の引き継ぎの仕事が忙しくてな。

・・・ん? ああ、私はゲーデルの2期目の政権では工部尚書じゃないんだ。

 

 

と言うか工部省自体が解体されて、いくつかの省に分割されたり別の省に権限が移譲されたりするからな。

だから、その長である私もお払い箱と言うわけさ。

だがもちろん、タダで辞めるわけじゃない。

 

 

「ふふん、アリアめ、驚くだろうな・・・」

 

 

私の次の役職については、私とゲーデルの小僧しか知らないからな。

ふふん、アリアと茶々丸の驚く姿が目に浮かぶ。

若造(フェイト)が戻って来た時の反応も楽しみだ、ふふん。

 

 

「・・・む」

 

 

宰相府の中を歩いている時、見覚えのある顔が廊下に立ち尽くしているのを見つけた。

辞令らしき紙を手に持って、それを見つめている。

小柄な蜂蜜色の髪を持つ軍人で・・・つまりは、グリアソンがそこにいた。

見るからに沈んでいて・・・元気が、無さそうだった。

 

 

当然か、親友が今や叛逆者扱いされているわけだからな・・・。

とは言え、私自身もその叛逆者騒ぎに巻き込まれた口なのだが。

 

 

「グリアソン、戻っていたのか」

「あ、ああ・・・マクダウェル殿か。いや、昨日の夕刻にサバから戻った所で・・・」

 

 

声をかけると、グリアソンは持っていた書類を慌ただしく懐にしまった。

私はグリアソンが書類をしまい込むのを確認した後、告げる。

 

 

「・・・リュケスティス討伐の辞令か」

「・・・」

「・・・そうか」

 

 

グリアソンは何も答えないが、表情は沈痛その物だった。

無理も無い、2人は士官学校時代からの付き合いだと聞くからな。

親友、か・・・。

 

 

「・・・昨夜の内に陛下に召し出されて、討伐軍の指揮を執るようにと」

「・・・そうか」

「翻意を願い出たが・・・リュケスティスから何も言ってこない以上は、どうすることもできないと」

「・・・」

 

 

・・・艦隊はとのかく、陸軍の指揮官でリュケスティスに勝利できるのは、グリアソン以外にはいないだろうからな。

コリングウッドが艦隊を率いてユートピア海・・・アキダリア・パルティアの紛争を調停に行ってしまったから、レミーナしか艦隊を束ねられない。

消去法の上でも、グリアソンしかいないわけだ。

 

 

「・・・そうか」

 

 

それに、リュケスティスの奴も謝罪文や釈明文の類を一つも送って来ない。

連絡が取れないから、アリアとしてもどうにもできない。

・・・若造(フェイト)のことも、ある。

たとえリュケスティスに直接の責任が無いことがわかっていても、あの時の感情は消えない。

それは、私も同じだ。

 

 

あの時・・・アリアの出産の時の無力感と屈辱感は、忘れない。

アリアが感じているのは、それ以上の感情だろう。

 

 

「・・・あまり、思い詰め過ぎるなよ」

「・・・ありがとう、マクダウェル殿」

 

 

・・・別に、お前のために慰めているわけじゃない。

そんな気持ちを込めて、私はグリアソンの腕を軽く叩いた。

その時のグリアソンは・・・私がフった時よりも、情けない表情をしていた。

 

 

「・・・ああ、そうだグリアソン」

「何だろうか?」

「まぁ、内心はどうあれ・・・エリジウム大陸に行くなら、対策を練ってほしいことがある」

「・・・聞いておこう、何だろうか」

 

 

・・・エリジウム大陸と、そして少なくともこの王都オスティア。

私と龍宮真名の、共通見解。

それを、伝えておかねばならない。

それは・・・。

 

 

「事件の背後に、悪魔が・・・・・・夢魔がいるぞ」

 

 

夢魔、人の夢に入り込んで人を操る、下級悪魔だ。

だがそいつの力次第で、街中の人間を操ることもできる・・・当然。

人の心に定着する噂を、流すこともな。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

お昼の授乳が終わった後は、赤ちゃんはお昼寝の時間です。

今日は午前中の議会開設式に参加―――参加と言えば参加でしょう―――致しましたので、とても疲れていることでしょう。

 

 

そのせいか、育児部屋(ナーサリールーム)に戻る最中は大変ご機嫌斜めでした。

単純にお母様の傍を離れて不満なのかもしれませんが、赤ちゃんが泣かれますとアリアさんがお仕事どころでは無くなりますので・・・あのアリアさんのお仕事の手を止めるのですから、凄いです。

実は、この国の最高実力者なのかもしれませんね。

 

 

「うぇぇええぇ・・・っ」

「はい、よしよし・・・」

 

 

ナーサリールームに戻ってからも、なかなか泣き止んでくれません。

宰相府の一室に構えられたナーサリールームは、「ミラージュ・パレス」の完成までの仮の部屋ですが、ここだけでも20畳程度の広さがあります。

 

 

シルクのベビーベッドや育児用具、基礎的な調度品からベビーウェア、おむつに至るまで全て・・・。

・・・マスターとスタンさんが送って来た物です。

アリアさんやフェイトさんの手配で用意された物ももちろんありますが、お2人もマスターやスタンさんの気持ちを尊重する形を取ったので、結果としてそうなりました。

高級品と言うわけではありませんが、心のこもった物であることが嬉しかったのでしょう。

 

 

「うえぇぇ・・・っ、ふええぇぇっ」

「おー、よしよーし・・・」

 

 

ミルクを含めた水分を与え、おむつを替え、寝付くまで子守唄。

私はガイノイド、疲れを知りません。

普通の女性であれば育児ノイローゼになることもあるでしょうが、私は大丈夫。

不眠不休で、お世話ができます。

 

 

「お休みになるまで、お傍におりますよ・・・」

 

 

育児責任者(ナース)、それが私に与えられた新たな役職です。

7歳になるまで、子供はナーサリールームで育てられます。

その中で、食事・安全管理・清潔さの徹底・健康管理に教育、全てを私が行います。

 

 

お仕事で忙しいアリアさんは、ご自分で赤ちゃんの面倒を見ることができません。

私の役目は、アリアさんに代わって赤ちゃんを健康に、健全にお育てすることです。

・・・14時頃になって、ようやくお休みになってくれました。

 

 

まだ目元の涙が乾いていない小さな顔には、あどけない寝顔が。

アリアさんやマスターを見る時とは別の意味で、モーターの回転数が上がるのを感じます。

 

 

「・・・では皆さん、今の内に殿下がお目覚めになった際の準備をお願いします」

「「「はい」」」

 

 

静かに返事をしたのは、壁際に並んだナースメイドの方々です。

10代や20代、若い貴族の子女などがほとんどです。

いずれも高等教育を受けた女性達で、力仕事や掃除、洗濯などが役目になります。

 

 

「・・・ああ、デカさん。先にリネン室に新しいシーツが用意できているか、確認してきて貰えますか」

「はい、わかりました」

 

 

綺麗な金髪を短く切り揃えたナースメイドが私に一礼して、パタパタと出て行きます。

何人かもついて行って・・・私は頭の中で赤ちゃんが起きるまでにすることを考えながら、王子以外は女性しかいないはずの部屋で、ただ一人の男性に視線を向けます。

 

 

「クゥィントゥムさんも、お願い致しますね」

「・・・任せてくれ、何が来ても王子だけは守ろう」

「頼りにしています」

 

 

エリジウムでの一件から神経質になったアリアさんは、赤ちゃんの護衛にクゥィントゥムさんをつけています。

クゥィントゥムさんは文句も言わず、ただ淡々と護衛の任務に就いてくれています。

 

 

おかげで基本的には、安心できています。

しかし何が起こるかわかりませんので、私も注意します。

何があっても、アリアさんの赤ちゃんは死守です。

私・・・この小さな命を、守りたい。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

と言うか、いい加減に退院したいんだけど。

最近の私の、本気の気持ちよ。

そろそろ、エミリーも良い感じに治ってきたし・・・。

 

 

いや、それが無くても何ヵ月入院させられてんのよ、私。

ドネットさんからの手紙で、しばらくこっちにいろって言われたけどさ。

でも病院の外は自由に出歩けないし、だから友達のピンチにも駆け付けてあげられないし・・・。

・・・それに、第一!

 

 

「・・・何でアンタ、四六時中病院にいるわけ・・・?」

 

 

心持ちパジャマで包んだ身体・・・特に胸元を意識して庇いながら、私は言う。

相手は・・・ツンツンした白髪に目つきの悪い、男の子。

年中変わらず詰襟を着てる、センスの無い奴よ。

 

 

今は私の病室のベッド脇のパイプ椅子に座って、経済新聞なんか読んでるわ。

『ウェスペルタティア、アリアドネーと情報保護協定を締結』・・・って、知らないわよそんなの!

 

 

「ちょっと! 聞いてんの!? もう面会時間終わるんだけど!?」

「・・・」

「無視すんな!」

 

 

無視されたのが悔しくて、枕を投げる。

普通に避けられた上に、コイツってば私の方をチラ見して・・・。

 

 

「・・・フッ」

 

 

は、鼻で笑いやがったわね!?

よーし、OK、そっちがその気なら・・・いやいや、落ち着こう私。

深呼吸よ深呼吸・・・すーはーすーはー・・・。

 

 

「・・・はぁ」

 

 

するとコイツ・・・アルトは、経済新聞を片付けて、溜息を吐いた。

それから・・・。

 

 

「ナースコールって、コレだったかな」

「ぶっ飛ばすわよアンタ!?」

「・・・はぁ」

 

 

私がアルトの手からナースコールのボタンを奪うと、今度は何故か物凄く不機嫌そうに溜息を吐かれた。

リアルに、私もムカついた。

溜息吐いて良い?

 

 

「きーきーとうるさい女だな、本当に・・・」

「も、元はと言えば、アンタがいつまでも私の部屋にいるからでしょ!?」

 

 

もう本当、コイツってば四六時中いるのよ!?

おかげで着替えも碌にできないし、・・・病室だからパジャマ一択だけど。

・・・でも、身体を拭いたりとかもできないし・・・シャワーくらい借りれるけど。

・・・で、でも、着替えとか、し・・・は、肌着とかあるし。

ええと、つまり、その・・・あ~もぉ~!

 

 

「つまり、アンタが悪いのよ!!」

「・・・はぁ」

「む、ムカつく・・・!」

 

 

・・・と言うか、本気で何でずっと病院にいるのかしらコイツ。

も、もしかして・・・。

 

 

「か・・・身体が目当て・・・とか?」

「・・・まぁ、そうとも言えるかな」

「嘘ぉ!?」

 

 

冗談で聞いたら、当たりだったわ!

え、嘘、本当に本気で!?

か、身体が目当てだったとか・・・マジ!?

 

 

「この病院には、見張っておかなくてはならない身体があるから」

「そ、そう、なんだ・・・」

「・・・何だ?」

「う、ううん!? 何でも無いわ!」

「・・・静かにしてくれるなら、それで良いけどね」

 

 

とか何とか言いつつ、アルトは別の新聞を読み始めたわ。

『「イヴィオン」加盟国が小麦備蓄協定を締結』・・・だから何よ。

 

 

私は今、それどころじゃないの、隣の狼をどう撃退するか考えなきゃいけないの・・・!

ま、まさか身体が目当てとか、ストイックな顔して嘘、マジで・・・?

え、えーと・・・ど、どうしようエミリー、私が上で良いのかな・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「うふふ、あんまり急いじゃダメですよー・・・」

 

 

夕食後のお仕事を終えての、就寝前の授乳。

最近は、この授乳の瞬間のために生きていると言っても過言ではあります。

私が優しく声をかけると、赤ちゃんが喜んでくれているような気がするんです。

 

 

ちゅうちゅうと胸に吸いつかれると、少しくすぐったいのですけどね。

案外、力が強いんですね、赤ちゃんって・・・。

 

 

「今日も、良い子にしてましたかー・・・?」

「はい、良く寝て良く泣いておられました・・・あ、いえ、この場合の泣くとは悲しみを表現しているわけでは無く、赤ちゃんの生理現象としての「泣く」ですので、あしからず」

「いえ、そこまで必死に説明しなくてもわかりますけど・・・」

 

 

赤ちゃんの泣き声って、不思議ですよね・・・何と言うか、ママを引き寄せる魔法がかかっているような気がします。

記憶にはありませんけど、私も赤ちゃんだった頃があるのですよね。

・・・物心ついた頃には、旧世界に放置されてましたけど。

 

 

とにかく、私は赤ちゃんはなるべく母乳で育てたい派です。

何でもダフネ先生が言うには、母乳にはカルシウムやビタミンなどの栄養が豊富な上、赤ちゃんにとっても消化に良い最高の栄養源なのだとか。

免疫物質もたっぷりで、赤ちゃんの顎も鍛えられます。

さらに、母子の絆も深められるとか・・・言うこと無しです、愛情をたっぷり注ぎます。

 

 

「・・・はい、ごちそう様ですか?」

「・・・ぅ?」

 

 

私の胸から愛らしいお口を離した赤ちゃんは、今度は眠そうにむにゃむにゃしていました。

可愛い・・・もう、本当に可愛いです。

月並みで陳腐な言葉ですが、可愛いから良いです。

 

 

と言うわけで、今度は赤ちゃんの背中を擦ってげっぷをさせます。

これも結構、大変な作業なのですよー・・・時間もかかりますし。

でも赤ちゃんと密着していられるので、とても幸せです。

 

 

「けふっ」

 

 

5分から10分くらいで、赤ちゃんが可愛らしいげっぷをします。

はい、じゃあお休みなさいですね。

生後1ヵ月間は、育児部屋(ナーサリールーム)では無く母親、つまり私の寝室で眠ります。

もうすぐ1ヵ月経っちゃいますので、少し悲しい気分・・・。

 

 

「ぃよぉ―――しっ、アリアも茶々丸も揃ってるなぁ!!」

「ふぇっ・・・ふええええぇぇぇぇえええんっ!」

「・・・・・・エヴァさん」

「マスター・・・」

「え、あ、いや・・・その、すまん・・・」

 

 

エヴァさんが突然、騒々しくやってきたので・・・赤ちゃん、泣いちゃいました。

でもエヴァさんも本気でヘコんでましたので、それ以上は何も言いません。

・・・泣き声も可愛い。

 

 

「・・・それで、喜び勇んで何の用ですか?」

「だからスマンて・・・」

「いえ、別に怒ってるとかじゃ無いので・・・」

 

 

ちなみに、赤ちゃんが絡むとエヴァさんは死ぬほど及び腰になります。

どうしてかは、今の所は不明。

きっと私の赤ちゃんが可愛いからだと思います。

 

 

「え~・・・次期政権における私の役職が決まった」

「はぁ・・・」

「お~、よしよーし・・・」

 

 

茶々丸さんが赤ちゃんをあやしてくれている間に、エヴァさんが辞令を渡してきてくれました。

そして、そこには・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

・・・翌日の午前9時、新オスティア空港においてエリジウム討伐軍の閲兵式が行われた。

出陣する兵士を陛下直々に見送ると言う意味合いの閲兵であって、今回のエリジウムへの派兵の特殊性を強調することになっている。

 

 

「ベンジャミン・グリアソン陸軍司令官、エリジウム大陸への派遣軍の総司令官職を命じます」

「・・・・・・は、勅命、謹んでお受け致します」

 

 

俺の背後に3000の陸軍兵と50隻の艦隊が出発を待っている。

背後に居並ぶ兵達の士気の高さをピリピリト感じながら、俺は総指揮官の証である銀の剣を女王陛下から直々に賜る。

 

 

・・・すでに、議論の余地は無い。

俺はもちろん、リュケスティスの叛逆を未だに信じてはいない。

当然だが、叛逆の声明があったわけでは無い。

だが逆に、釈明も弁明も無い。

だからこうして、女王陛下は征伐軍を俺に預けた上で・・・。

 

 

「元帥がエリジウム大陸の政治・軍事を掌管した後、私自ら軍を率いてエリジウムに入り、治安の回復を確認することとします」

 

 

後詰として、女王陛下自らがフォエニクスまで軍を進めることになっている。

女王陛下ご自身の手で信託統治領の治安を回復することと、一度はエリジウムから追い立てられたと言う敗北の記録を雪ぐことになる。

 

 

だが・・・だが、リュケスティスを女王陛下に討たせるわけにはいかない。

女王が臣下を討つと言う前例を作るわけにはいかない・・・とにかく、リュケスティスに女王陛下に釈明する機会を与えなければ話にならない。

 

 

「・・・現在、先んじてエリジウム総督府に特使が向かっています。本人の強い要望でもありますが・・・そちらの成否によって、元帥の役割は変わります、わかっていますね?」

「は・・・」

 

 

特使と言うのは、第2次ゲーデル内閣において社会秩序尚書となる閣僚のことだ。

社会秩序省は国内の地方自治や海外領土を管轄している。

まぁ、事実上は宰相府の外部局のような省でもあるが・・・警察も社会秩序省の管轄だ。

 

 

そして次の社会秩序尚書に自ら立候補して、かつ今回の特使にまで立候補した彼女。

・・・俺も、リュケスティスを救うために出征するのだから。

 

 

「それでは、女王陛下・・・」

「はい・・・貴方達の頭上に、幸運があることを祈っています」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

兵士達が「始祖よ女王を守り給え(アマテル・セーブ・ザ・クイーン)」を高らかに歌い、出征が始まる。

・・・この出征が、「出征」にならないことを祈るばかりだ。

そうだろう、リュケスティス・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国前外務尚書)

 

ウェスペルタティア王国社会秩序尚書。

それが、私の次の役職名だ。

これで私は、王国の地方自治・信託統治領の運営に責任を持つ立場となった。

 

 

正式な辞令は2月2日付け、すなわち今日の午前0時を過ぎた段階で、私は正式に社会秩序省のトップになった。

長く務めた外務尚書の地位に未練が無いわけではないけれど、閣僚ポストの横滑りなんて物は珍しいことじゃないし、あまり長くやっていると官僚との関係も変質するからね。

 

 

「外務尚書・・・いや、社会秩序尚書殿自らがご来訪とは、痛み入るな」

 

 

そして私は今、軍の進発に先立つ形でエリジウム大陸総督府を訪問している。

訪問と言う言い方には語弊があるし、それほど友好的な物でも無い。

現に私の目の前に座るアイスブルーの瞳の男は、けして友好的な雰囲気を持ってはいない。

 

 

レオナントス・リュケスティスと言う名のその男は、私に怜悧な目を向けている。

そしてその奥にある物が読みとれなくて・・・私は、苦悩している。

何を持ってすれば、この男・・・レオを説き伏せることができるのか。

 

 

「本国では昨日、壮麗な議会開設式典が催されたらしいが、貴殿は参加しなくて良かったのか?」

「私は女王陛下の勅命をもってここに来ている。貴官に心配されるいわれは無い」

 

 

閣僚であり、そして貴族院に議席を持つ私は開設式に参加する資格を持っている。

ただ今回の特使としての役目を果たすため、委任状を出して欠席させて貰っている。

・・・つまり、女王陛下としても落とし所を探っていると言うこと。

それは、条件次第で彼を・・・レオを公的に許せる可能性があると言うことだ。

 

 

「レオナントス・リュケスティス総督、貴官に女王陛下からのお言葉がある」

 

 

私はこの時のために、陛下に書状をしたためて貰っている。

それはつまり公的には勅命であって、王国の臣下である以上は従属しなければならないはずの物。

 

 

内容はまず、昨今の不穏かつ不適切な風評に対して態度を明確にすべきであることが記されている。

そして先のブロントポリスにおける不祥事の責任の明確化と被害状況の調査を行った上で、女王の前に屈し、忠誠の有無を表明すること。

・・・つまり、非武装での王都への召喚命令だった。

 

 

「・・・そうか」

 

 

読み終えた後、レオはしばらく何も言わなかった。

何も言わずに考え込んだ後・・・顔を上げて、私に告げる。

 

 

「外務・・・いや、社会秩序尚書、貴殿を軟禁させて貰う」

「・・・!」

「俺は一度世間から叛逆者扱いをされた身だ、一度が二度でも同じことだろう・・・連れて行け、くれぐれも丁重にな」

「・・・レオ!」

 

 

両側を屈強な衛兵に固められて、私は総督の執務室から追い出される。

その際、当然、私は声に非難の色を込めるわけだが・・・。

 

 

「・・・非武装で我が女王の御前に行くのは良い。だがそれで、何かが解決するのか」

 

 

・・・最後に、レオのそんな声が聞こえた。

解決、解決って・・・キミのやり方で、何が解決するって言うんだよ・・・。

 

 

「さ、こちらへどうぞ」

「・・・ああ」

 

 

仕方が無いので、衛兵に従って廊下を歩く。

いずれにせよ、もう少し時間はあるはずだ・・・その間に、何とか説得を。

その時、金髪の従卒の少女とすれ違ったけれど。

 

 

「・・・」

 

 

チラッ、と視線が交差しただけで、特に何かを思ったりはしなかった。

今の私には、他に考えるべきことが多すぎて・・・。

 

 

 

 

 

Side 近衛近右衛門

 

ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。

若い連中が、どうやら騒がしいようじゃのぅ。

いやいや、獄中にあるワシのような老人には、何もわからんて・・・。

 

 

「じーさん、アンタすげーな、マジで叛逆っぽいっつーかさー」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・いやいや、賢明な総督閣下が叛逆などするはずが無いじゃろうて」

 

 

ワシにできることと言えば、牢番の小僧と仲良くお喋りをすることくらいじゃ。

他にできることも無いしのぅ、じゃからして外で起こっておることはワシとは無関係じゃ。

ワシは無力な老人じゃしの、最近、腰も痛いしのぅ。

 

 

「えー、でも女王陛下を暗殺し損ねたって噂なんだぜ?」

「いやいや、総督閣下は無関係じゃよ。決まっておるじゃろうが、のぅ?」

 

 

実際、ブロントポリスの件には無関係じゃろうしの。

細かいことは・・・そう、細かいことはワシにはさっぱりめっきりどっきりわからんのじゃ。

うむうむ、牢獄にいては何もわからんのぅ・・・いやはや。

 

 

「総督閣下はのぅ、今、本国におる君側の奸を討とうとしておるのじゃよ。女王陛下がお若いのを良いことに権力を握る輩を打倒して、陛下をお救いしようと言うわけじゃよ」

「へぇ~、じーさんは本当に物知りだなぁ」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・いやいや、年の功じゃよ」

 

 

・・・さて、それはさておき、タカミチ君はどうしておるかのぅ。

セブレイニアの開拓地で元気にしておるかのぅ・・・。

元気にしておると良いのぅ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。

 

 

夢でも現でも、最近ではワシに会いに来る者もおらんでのぅ。

それこそ、牢番の小僧と話すくらいじゃ。

・・・悪魔とか、さっぱりめっきりどっきり、わからぬのぅ。

ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。

 

 

「つまりのぅ、総督閣下は宰相閣下を打倒してその陰謀からお救い申し上げようと言う・・・」

「へぇ~・・・確かにあの宰相、怪しいもんなぁ」

「まぁ、噂じゃよ。とにかく総督閣下は・・・」

 

 

それにしても、ネギ君達はどうなったのじゃろうなぁ。

・・・ネギ君もその子供も、大事な子供であるこことには違いないでのぅ。

子宝と言う言葉のように、まさに子は宝じゃからな、大切に扱うべきじゃと言うのにのぅ。

 

 

うむうむ・・・子は、宝じゃ。

大切にしておいてこそ、その価値は高まろうと言う物じゃのになぁ。

やれやれ・・・。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・」

 

 

・・・掌中の玉が輝きを増せば増す程に。

ワシの手札も、増えて行くと言う物じゃよ・・・。




アリアの演説:元ネタはガンダムW、提案は伸様。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第31回広報:


アーシェ:
はーいっ、久しぶりに出番をゲットした私です!
でも女王陛下がすげー怖かったです!
ギャグ風に言うと、目のハイライトが消えてました・・・。
リアルに言うと、「ウェスペルタティアに下品な男はいらない」みたいな目をしてました。
・・・ご夫君、早く帰ってきてくれないかなー・・・。


あ、では今回ご紹介するお国はこちらでーす。


・アキダリア共和国
魔法世界中央の海、ユートピア海に浮かぶ島国。
首都はアル・ジャミーラ、人口2000万人程度の立憲共和国(元首はウェスペルタティア女王)。旧連合時代は砂糖とコーヒーのプランテーション経済を押し付けられていたので、経済構造は歪。現在はウェスペルタティア王国からの経済援助で経済再編・再建を目指している。独立後の6年間で有償資金協力は370万ドラクマ、無償資金協力が420万ドラクマ、技術協力援助が105万ドラクマ。交通の要衝である分、王国からの直接投資も多い。
独立後は南北の国と国境紛争を抱えていたが、北の龍山連合とは国境が確定し、軍事協力を進めている。問題は南のパルティアとの関係で、アキダリア系住民の多く住む島嶼を巡って今も銃火を交えている。なお、何故パルティアにアキダリア系住民が住んでいるかだが、旧連合の一部の富裕層がリゾート開発のために奴隷として強制移住させたからだとされている。
最近の選挙で右翼政党連合「統一」が勝利を収めたため、領土紛争に対して強気になっている。


アーシェ:
・・・でしたー!
では次回は、えー・・・うん。
戦争かも!


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アフターストーリー第35話「第2次エリジウム解放戦」

Side 6(セクストゥム)

 

背後に回り込み、大きく振り上げた右拳を下から3番目(おにいさま)の脇腹を目がけて放ちます。

鈍い音を立てて3番目(おにいさま)の脇腹に突き刺さったはずのそれは、しかし辛うじて3番目(おにいさま)の手によって受け止められています。

 

 

拳撃の威力だけが受け流され、拳を握られたまま放った次の攻撃も、片手でいなされます。

3日前までは、この時点で私が勝利していました。

しかし今や、私の攻撃のほとんど全てがいなされ、受け流されてしまいます。

 

 

「・・・!」

 

 

1の本命の中に100のフェイントを交えて、拳を放ちます。

それを最小限の動きでいなしつつ、3番目(おにいさま)は徐々に後ろに下がります。

くんっ・・・3番目(おにいさま)が大振りの上段蹴り(ハイキック)を放つのに合わせて姿勢を低くし、回避行動を取ります。

 

 

同時に地面に手をついて、踵を3番目(おにいさま)の足に叩きつけます。

3番目(おにいさま)は高く跳び、それをかわして・・・。

 

 

「『千刃黒曜剣』」

 

 

頭上から、千本の黒い剣。

数秒後には、私を含めた周辺を粉々に寸断してしまうことでしょう。

個人的に、自然破壊を認めるわけには参りません。

対抗します。

 

 

「『凍て尽くす氷の神鎌』」

 

 

蒼い大鎌を両手に構え、振り上げます。

しゃらんっ・・・大鎌の柄についた小さな2つの鈴が、涼やかな音を奏でます。

白い飾り布が視界を横切ると、前方の全てが瞬時に凍り付きます。

 

 

―――細氷結晶(ダイヤモンド・ダスト)―――

 

 

千本の黒い刃が凍てついて砕け、白い細やかで美しい雪となって散ります。

そこで不意に、私は視線を下げます。

視線の先に、3番目(おにいさま)の姿がありました。

千の刃は囮、私の氷結の結界すら抜けて―――――。

 

 

「・・・っ!?」

 

 

腹部に、大きな衝撃。

鎌を振り切った腕を掴まれ、引き寄せられるように拳を叩きこまれました。

<地>のアーウェルンクスの膂力をまともに喰らっては、私の身体はひとたまりもありません。

成す術も無く、視界が回転、最終的に地面に転がることになります。

 

 

・・・一応、手加減はして頂けたのか、それ程の距離を吹き飛んだりはしませんでした。

とは言え、正直な所、両足が震えて立っていられませんので・・・。

 

 

「参りました」

 

 

倒れたまま、私は両手を上げてそう言います。

そんな私の喉元には、3番目(おにいさま)が黒い剣を突き付けていました・・・。

・・・酷い人。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「参りました」

 

 

6(セクストゥム)のその言葉を受けて、僕は剣を引いた。

正直、氷結の波から逃れるのが厳しかったけれど・・・むしろ、肩口とかかすかに凍りついている。

まぁ、それでもどうやら、調子は戻って来たと思う。

 

 

「六ねーちゃんが負けたー!?」

「ほーっほっほっ、どう、フェイト様の強さを思い知った!?」

 

 

・・・実はここは村の広場で、周囲には暦君達と村人達が観衆(ギャラリー)として来ている。

むしろ、僕と6(セクストゥム)の組手を一種のエンターテイメントとして見ているらしい。

何しろ、ポップコーンとか食べてるからね。

 

 

暦君達はまだ数週間ほどしかここにいないのに、すっかり村の子供達と仲良くなっている。

でも、暦君のように子供と張り合うのはどうかと思うけどね。

ちなみにこれは聞いた話だけれど、村の男の子は皆、6(セクストゥム)に憧れているらしい。

何しろ、「六ねーちゃん」と言う愛称が浸透しているのだから。

 

 

「娯楽が少ないので、助かります」

「うむ、小さい子にはたくさんの思い出が必要だ」

 

 

6(セクストゥム)の言葉に、村の子供達にまとわりつかれているデュナミスが頷いている。

・・・まぁ、人間、変われば変わる物だからね。

 

 

それはそれとして、今回の組手で大分、感触は掴めたと思う。

ここの所は、デュナミスの調整を受けてばかりだったからね。

左手で右手の手首を持ち、右手の指を動かして調子を確かめる。

・・・良し。

 

 

「・・・行くのか、3(テルティウム)

「うん、いろいろとありがとう」

 

 

今日は、2月16日。

ブロントポリスの事件から、すでに1ヵ月以上が経過している。

これ以上は、流石に待てない。

 

 

デュナミスが自分のネットワークで持ってきた情報によれば、すでに王国軍が総督軍と戦闘状態に入っていると聞いている。

一般市民を巻き込まないように、郊外の無人の平野を戦場に設定しているらしい。

・・・女王も、近く再びエリジウムに入ると聞く。

 

 

「僕は、アリアの傍に帰るよ」

「・・・そうか」

 

 

デュナミスは重々しく頷くだけで、それ以上は何も言おうとはしない。

僕も、あえてこれ以上は何も聞かない。

説明はもう、十分に受けている。

 

 

「もちろん、私達もお伴します!」

 

 

そう言って並んで立っているのは、暦君達だ。

・・・でも、栞君や焔君はまだ怪我が治っていないはずだけど。

 

 

「私が、運ぶ」

 

 

意気込んでいる環君の頭に手を置いて、僕は「そう」とだけ答える。

・・・背中を向けた後、「環ズルい!」とか聞こえたけれど。

 

 

3(テルティウム)

「・・・何」

「また、いつでも来るが良い」

 

 

そして、子供達に囲まれたデュナミスがそう言う。

どう言うつもりで言ったのかはわからないけれど、僕はそれには頷きだけを返した。

デュナミスの傍には、同じように子供の相手をしている6(セクストゥム)がいる。

 

 

・・・僕に残された時間が、どれくらいなのかはわからないけれど。

僕は、アリアの所へ帰る。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

兵士の錬度と装備の質が相互に対等の軍が相手の場合、勝敗は容易には決しない。

俺が軍を率いてエリジウム大陸に上陸したのは2月4日のことだったが、上陸の際には特に迎撃を受けなかった。

 

 

通常、敵軍の上陸の際には多数の兵力を持って迎撃する物だが、新グラニクス近郊までリュケスティスの迎撃は無かった。

新グラニクスは大陸中央部に位置するので、すでに我が軍はかなり奥深くにまで進撃したことになる。

理由としては、あまり拠点から離れたり、あるいは多数の兵力を分散させることができないからだろう。

つまり、分散した兵力に叛乱を起こされる可能性があるからだ。

 

 

「こちらとしては、そこに勝機を見出す他は無いわけだが・・・」

 

 

加えて言えば、リュケスティスはこの方面に全ての戦力を投入することはできない。

ブロントポリス方面だけでなく、北・南・西からの進攻も気にしなくてはならないからだ。

1万7千の陸軍と99隻の艦隊を持っているが、俺が撃破すべきはその半分と言った所だろう。

・・・矛盾する2つの戦略的条件が、リュケスティスの指揮能力を制限している。

 

 

「・・・リュケスティスへの通信は、まだ通じないのか」

「はっ、依然として」

「そうか・・・」

 

 

新グラニクス郊外の仮設司令部の中で、俺は役立たずの通信機を叩き壊したい衝動に駆られていた。

俺は開戦前にリュケスティスを通信で説得しようと試みたのだが、拒否された。

それ以降、2週間に渡ってリュケスティス側と音信不通の状態が続いている。

思いとどまるよう、説得しようと思ったのだが・・・。

 

 

話すことなど何も無いと、そう言うことなのかリュケスティス。

それ程までに、叛逆の意思は固いと言うのか・・・いや、そんなはずは無い。

そんなはずは、無いはずだ。

 

 

 

「とは言え、正面戦力はほぼ互角・・・」

 

 

塹壕戦。

リュケスティスが市街戦を避けたために、俺とリュケスティスは新グラニクス郊外の平野部で衝突することになった。

ここまでは通常の3倍の速度で進軍して来たが、流石にリュケスティスが出て来たとなると進軍も止まらざるを得ない。

 

 

戦局は硬直化し、戦線は膠着化する。

理由は、もちろん俺とリュケスティスの指揮能力が互角であること、史上初めてウェスペルタティア製の最新兵器を装備した軍同士がぶつかったこと、などがあるが・・・。

最大の理由は、同志討ちと言う状況下で兵士達がお互いに攻撃を控えたためだ。

結果、新グラニクス郊外には両軍の築いた塹壕が幾重にも連なっている。

 

 

「・・・前進部隊の編成、急げよ」

「「「はっ」」」

 

 

司令部とは言え、地面を1mから1m半ほど掘った塹壕の中に設営されたまさに「仮設」司令部だ。

兵士とほぼ同じ環境化にあるわけで、兵の消耗の早さもわかっている、士気の低さも。

何としても、女王陛下の直属軍が来るまでに決着をつけなければ。

そうでなければ、リュケスティスの生命を救うことも・・・。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

軍事的な技術革新に伴って、塹壕戦も従来の物とは異なっている。

極端な話、現在の王国の魔導技術を活用した迫撃砲やロボット兵器、機械化された歩兵の力をもってすれば、塹壕線を幾重にも連ねている所で無意味だ。

局地的な火力と点を線として繋ぐ歩兵力、これがあれば塹壕戦での持久戦など意味は無い。

 

 

だがそれは、あくまで敵軍を打倒すると言う強い意志の下に作戦を組んだ場合の話だ。

これは通常の戦争・戦闘では当然の思想ではあるが・・・今回は違う。

グリアソンが相手にしているのは、王国軍であり王国の民なのだ。

軽々に殲滅して良いわけが無い。

 

 

「だからこそ、対峙して2週間経っても双方の犠牲者が100人を超え無いわけだが・・・」

 

 

新グラニクス郊外に布陣した総督府側の兵力は7000、本国軍(グリアソン)側は2500。

兵力で言えば俺が上だが、本国軍(グリアソン)側は機動的に戦場を動くことで数の劣勢を補っている。

さらに言えば俺には援軍の予定は無い、だがグリアソンには無傷の女王直属軍が背後に控えている。

総督府軍よりも機械化された、装備の質も兵の数も違う女王直属軍。

グリアソンの進軍に合わせて移動しているとすれば・・・。

 

 

「・・・そろそろ、ブロントポリスにまで兵を進める頃か」

 

 

グリアソンは本来、電撃戦が得意な男だ。

自軍の機動力を十二分に発揮して敵の背後に回り込んだり、敵が陣地を構築する間に包囲したり・・・とにかく敵に主導権を握らせずに戦場を設定し、短期間で撃破することが大の得意だ。

しかし今回、その電撃戦は使用できない。

 

 

俺もそうだが、まず兵の士気に期待が持てない。

グリアソンはどうか知らんが、俺は部下の士気にまったく期待していない。

同志討ちと言う事実以上に、「女王への叛逆」と言う行為を強制すると言う点でまったく期待できない。

だからこそ、新グラニクスの塹壕戦の主役は『アルマジロ』などのロボット兵器なわけだ。

そして、俺と言う敵将に対して安易な機動戦など通用しないことを知っている。

だから、グリアソンは足を止めて持久戦を戦わざるを得ない。

 

 

「・・・だが悪いな、グリアソン」

 

 

覚えているかもしれないが、俺は電撃戦よりも浸透戦の方が得意だ。

目前の戦場だけでなく、戦局全体を見渡して手薄な拠点や防御上の死角を見つけ、必要な兵力を投入して敵軍に致命打を与える戦い方、いわゆる出血戦だ。

6年前、旧連合との戦いで出血戦による遅延戦闘を提案したのも俺だ。

 

 

そして今回の場合、防御上の死角とはどこか?

少なくとも、新グラニクスに展開しているグリアソン軍では無い。

それは・・・。

 

 

「コーヒーをお持ちしました」

「・・・ああ」

 

 

思案に耽っていると、従卒のオクトーがコーヒーを持ってきた。

俺はそれに口を付けると、執務室の窓から「外」を見る。

そこには、無限の雲海が広がっていた・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

私が自ら軍を率いて(実務は全てレミーナ元帥が執っていますが)エリジウム大陸に再びやってきたのには、いくつか理由があります。

公的な理由としては、もちろん女王としての政治的姿勢を示すためです。

 

 

理由はどうあれ、女王が自分の領地から追い出されたのは確かですから。

女王自らが領地の治安を取り戻し、かつ事件の原因究明を進めて主導性を示さねばなりません。

特にここブロントポリスは、「リュケスティス総督の叛乱」の第一幕として有名です。

なので、ブロントポリスの民は私の進駐に怯えていた面もあったのですが・・・。

 

 

「私は、ブロントポリスの民の罪を問いに来たわけではありません」

 

 

ブロントポリス空港で記者団を通じてそう表明することで民の恐怖心を取り除き、都市の政治・軍事機能の掌握を進めることに成功します。

とは言え、都市ごと襲ってきたという記憶は真新しく、正直怖いです。

 

 

「何とか一命を取り留められて、良かったですわ・・・と、言って良いのかはわかりませんけれど・・・」

「いえ、提督も陛下がご無事で喜んでいることでしょう」

 

 

本国艦隊が制圧して駐留軍を一時的に武装解除した、ブロントポリス軍港内の軍病院。

そこには、ガイウス・マリウス提督を始めとする王国軍の負傷者が多数入院しているのです。

事件の収束後、リュケスティス総督は直属部隊の一部を割いて被害状況の把握に務めていたようです。

しかし対外的には、あくまでも本国軍が行ったことになっています・・・。

 

 

「一刻も早い回復を、祈っています」

「ありがとうございます、陛下」

 

 

そう言って頭を下げて来るのは、ガイウス提督の養い子であるユリアヌス少年です。

この亜麻色の髪の少年は、あの混乱の中で負傷したガイウス提督を連れて脱出を図り、ガイウス提督の旧部下の方の所まで連れて行くことに成功したのだそうです。

ガイウス提督ご自身は、意識不明の重体ですが・・・。

 

 

この軍病院には、ガイウス提督以外にも多くの兵士が入院しています。

その中には、私を守って戦った近衛や親衛隊の方々もいて・・・本当に、ちゃんとした治療を受けなければ間に合わなかった方もおられるとか。

その意味では・・・総督の処置が早かったと言うことでしょう。

 

 

「皆様の忠誠に、感謝致します」

 

 

公務としての軍病院の慰問も、自ら軍を率いて来た理由の一つ。

フェイトを含めた生存者の捜索・・・ここには、フェイトはいませんでしたけど。

それに・・・。

 

 

・・・それに、もう会えなくなってしまった人達のことも。

想わないわけには、いきませんから。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

心のどこかで、今回も大丈夫だろうと思っていた。

だが現実には、そこまで都合の良い結果が二度も三度も続くはずが無いことも知っていた。

だから、覚悟はできていた。

 

 

「・・・『ブリュンヒルデ』に運んでくれ、丁重に頼む」

「了解しました」

 

 

軍病院の霊安室、だが私の前から「それ」を乗せた台車を押して行ったのは、病院関係者では無い。

専門の訓練を受けた、工兵だ。

本来ならここから運び出されるのは死人なので、軍医や看護兵などが行うべきなのだが・・・。

 

 

まぁ、単純な話で・・・今、私の目の前から運ばれたのは、人間じゃ無いからな。

それは「田中Ⅱ世(セコーンド)」と言うロボットで・・・私の家族だ。

・・・そう言えば、今回はあの台詞、言っていなかった物な。

 

 

「・・・だが、私はお前を誇りに思う」

 

 

私の手には、ゴツいサングラスのような映像装置がある。

田中Ⅱ世(セコーンド)の頭部に接続して、最後の様子の映像データを見るための機械。

端的に言えば、私は田中Ⅱ世(セコーンド)の最後の記憶を見ていたわけだが・・・。

正確には、もう1人。

 

 

「・・・転移符で飛んで来るんじゃ無かったのか、お前は」

 

 

まぁ、こいつは1人と言うか1体と言うか微妙だが、とにかく、私の家族には違いない。

所々にドス黒い悪魔の魔力の痕跡を残している人形の残骸を眺めながら、呟く。

自信満々で明言したくせに、実はあんまり実行しない、曖昧な奴だからな。

・・・予備の人形に宿って戻って来ない所を見ると、何か良くない事情があるのだろう。

 

 

そして田中Ⅱ世(セコーンド)や晴明の他にも、近衛騎士団や親衛隊にも多くの犠牲者が出ている。

ブロントポリスの制圧までは曖昧な情報しか入って来なかったが、ここに来て確定情報になってしまったわけだ。

・・・傭兵隊に死者がいないのが、何とも部隊の特色を現しているようだな。

 

 

「・・・で、お前も死んだのか」

 

 

近衛の遺体の安置所を進めば、そこには見知った顔もいた。

近衛騎士団副主席、ジョリィ。

・・・いろいろな意味で、アリアと一番深く付き合いのあった近衛騎士だったな。

 

 

言いたいことも無くは無いが、別に絶対に言わなくてはならないことでも無い。

静かに目を閉じて祈って・・・それだけだ。

それ以上に、何がいる。

 

 

「・・・さて、と」

 

 

さらに奥に進むと、先の事件で私達が倒した黒マスクの総督府兵の遺体が安置されている場所がある。

そこは、ある事情で魔導技術により封印が施されていて・・・。

 

 

「明日の朝には新グラニクスに出発だからな・・・手早く、済ませるか」

 

 

ゴキンッ、と右手を鳴らして・・・私は安置室の扉を閉める。

そんな私の目の前には、安置・・・と言うより封印されていた350の総督府兵の身体から滲み出た黒いナニカが寄り集まって出来た、魔力の塊が存在していた・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

その日の夕方には、2度に渡るロボット兵による突撃戦が行われた。

迫撃砲による局所集中砲撃による援護もあって、数ヵ所で敵の塹壕を突破・占領することに成功する。

それを支えたのは装輪車による機動的な兵力移動と十分な補給、本国軍の優位性を示したことになる。

 

 

だが、あまりにも奇妙だ。

最初の1週間はこちらの機動戦術も完璧に読まれていたため、効果的な戦果を上げることができなかった。

しかし今日に限って、急激に敵の戦意が減退していると感じる。

何しろ、兵の多くが持ち場を死守せずに逃走するか降伏するかと言う状態なのだから。

 

 

「・・・リュケスティスの指揮下にある軍にしては、おかしい」

 

 

こちらの戦術行動に対処することなく、常に後手に回るなどリュケスティスらしく無い。

リュケスティスであれば、俺の機動戦の目標地点を的確に見抜いて必要な兵力を投入するだろうに。

・・・あまりにも、兵の動きが違い過ぎる。

まるで、指揮官が変わったかのような・・・。

 

 

「元帥閣下、敵軍より通信です!」

「・・・・・・リュケスティスか?」

 

 

敵、と言う単語に少し不機嫌になるのを自覚するが、口には出さない。

リュケスティスが実情はどうあれ、叛逆行為を行っているのは確かなのだから、部下の通信士官を怒鳴りつけるわけにはいかない。

その代わり無言で、通信士官の持ってきた通信文を受け取る。

 

 

するとそれは、通信文と言うよりは我が軍の前線指揮官の連名での報告文で・・・。

・・・何、だと?

 

 

「・・・降伏、だと!?」

 

 

そこには、総督府軍の塹壕の奥深くまで進んでいた我が軍の前線部隊からの報告が記されている。

すなわち、正面に展開している総督府軍が降伏を申し入れて来たと言うのだ。

わからない、ここで降伏だと?

 

 

リュケスティスが降伏するような男で無いことは俺が一番良く知っているし、このタイミングでの降伏に意味があるとも思えない。

いったい、どう言うつもりだ・・・?

急に動きが変化した総督府軍、そして突然の降伏・・・。

 

 

「・・・総督府軍、の・・・」

 

 

・・・そうか、しまった!

 

 

「降伏を申し入れて来た総督府軍の司令官の名前は、わかるか!?」

「は、それが・・・何分、前線部隊からの急な報告なので・・・」

「調べろ、すぐにだ!!」

「は・・・ははっ!」

 

 

しまった・・・そうか、そう言うことかリュケスティス!

お前は・・・いったい、いつから。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

3日ほど前からだよ、グリアソン。

数日前からそこには、俺はいなかったのさ。

司令部に2日分の策のみ授けて、後は降伏するように命じておいた。

時間的には、昨日の午後6時には総督府軍の主力はグリアソンに降伏したはずだ。

・・・グリアソンなら、兵達を悪いようにはしないだろう。

 

 

俺は最初から、最短の時間と最小の犠牲でこの内乱が終結するように手を打ってある。

叛逆や内戦など、我が女王にとってはマイナスでしか無い。

そうである以上、他の諸国・諸勢力が動き出す前に終結させる前提で動かなければならない。

 

 

「・・・時間か」

 

 

朝の5時、薄暗い私室のベッドの上から降りて、傍の椅子にかけておいた軍服を着込む。

着慣れた軍服ではあるが、それも今日で着収めかと思うと不思議な感慨を感じなくも無い。

 

 

・・・いや、感傷だな。

それに、まだ俺の負けが決定したわけでも無い。

そう、俺はまだ・・・負けを認めたわけでは無いのだから。

 

 

「・・・お時間ですか?」

 

 

その時、ベッドの上でシーツの塊がかすかに動き、金髪の少女が気だるげに身体を起こすのがわかった。

シーツで身体を包むようにしながら上半身を起こし、前髪を片手でかき上げるような仕草をする。

なかなか艶めいた行為だが、俺は特に何も感じない。

 

 

軍服をきっちりと着込んだ上で、机の上に置いておいた銃を手に取る。

弾倉を確認し、再度装填する。

そしてそれを・・・ベッドの上の半裸の少女―――オクトーに向ける。

 

 

「・・・何のつもりでしょうか?」

「・・・」

「あれ・・・もしかして、バレちゃってますでしょうか?」

 

 

特に答えず、一夜を共にした少女・・・少女の皮を被った何者かに対して銃口を向ける。

この娘は、突然、俺の従卒として配属されたわけだが・・・。

書類上は確かに配属されているが、人事部に彼女の顔を知っている者は存在しなかった。

それどころか、総督府内で彼女のことを知っている人間はいない。

すれ違ったはずの人間ですら、次の瞬間には彼女を意識の外に置いてしまっているのだ。

 

 

そして、ブロントポリスの事件の前後に急に軍籍を取得している。

普通、そんな人材を総督の従卒にしたりはしない。

しかも、審査された形跡すら無い。

明らかに、普通では無い。

 

 

「・・・でも、確か人間の男性は肌を重ねた女性を殺せないんですよね?」

「・・・・・・悪いが」

 

 

邪気の無い笑みを浮かべるオクトーに対し、俺は言う。

普通の男ならば、確かにそう言うこともあるだろうな。

グリアソンなどは、特に。

 

 

「俺は、女が嫌いだ」

 

 

引き金を引いて、迷うことなく撃つ。

次の瞬間、シーツが舞う。

シーツの陰から飛び出してきたオクトーは、そのまま壁を蹴って俺の懐へ。

 

 

脇腹に、灼熱感が走った。

 

 

見れば・・・少女の爪、いや、「骨」が伸びて槍のようになっていた。

細い「骨」の槍が3本、俺の脇腹に刺さっている。

白い「骨」に、赤い液体が滴り落ちて・・・俺は。

 

 

「見たことありますか、総督閣下。「Ⅰ」の生体兵装と言う奴らしいですよ、コレ」

「・・・っ」

「人間って、たまに妙な物を造りますよね・・・神気取りで」

 

 

クスクスと笑いながらも、指先を捻って傷口を抉るのを忘れない。

昨夜に初めて知ったことだが、この女、意外とネチっこい。

そしてその額に、俺は銃口を押し付けた。

正直な所、俺はこの女が何なのかは知らない。

だが、少なくとも正規兵で無いことは確かだ。

 

 

タァンッ!

 

 

額に押し当てた銃を、迷い無く撃つ。

脳漿と血液が飛び散り、少女の身体が転がる。

 

 

「地獄で、お待ちしておりますわ」

 

 

上半分を失った顔が、最後にそう言った。

衝撃で折れた「骨」の槍を引き抜くと、血管でも傷付けたのか・・・血が噴き出した。

・・・赤いな。

 

 

深く息を吐いて・・・俺は上着を脱ぎ、新しい軍服の上着をクローゼットから取り出して着替える。

その際、適当な白い布を腹に巻いて血を止めておいた。

軍医にかかれば良いのだろうが、俺は医者も嫌いだ。

それに、どうせ地獄に行くのだからな・・・医者にかかろうとかかるまいと同じだろう。

 

 

「そ、総督・・・」

 

 

扉の外に出ると、銃声を聞きつけたのか、衛兵が集まっていた。

適当な命令を与えて追い散らして、俺は私室から艦橋へと向かった。

そう、艦橋だ。

俺は新グラニクスの陸軍では無く、少数の艦隊を率いて・・・ブロントポリスにいる。

 

 

艦橋のモニターには、数キロ先のブロントポリス軍港―――レーダーの死角―――から離陸する、白銀の艦が映っていた・・・。

・・・今なら、何があっても俺の責任にできる。

動くなら、今しか無いだろう。

後は、時間との勝負か。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

日が昇ってまだ間も無い時間に、ブロントポリスを離れます。

ブロントポリスだけで無く、再制圧したか無防備・降伏を宣言した都市を訪問しつつの新グラニクス行になりますので・・・。

 

 

それに先の事件の際、都市中が私を襲った理由が不明と言うのも理由の一つです。

ただしそれは、エヴァさんがある程度の解答を得てくれているようなのですが・・・。

 

 

「総督府兵の遺体の脳髄の中に、こう言うのがいた」

 

 

軍港から離陸する『ブリュンヒルデ』、その私の私室の中で、エヴァさんはそう私に説明します。

エヴァさんの手には小さな試験管が握られていて、その中にはウネウネと動く黒いミミズのような生き物がいます。

・・・生き物、であってるんですよね・・・?

 

 

「正確には生き物じゃ無い。単なる魔力の塊で、強力な夢魔が獲物に残していくことがある物だ」

「夢魔・・・ですか」

「ああ、悪魔だな・・・心当たり、あるだろ」

「・・・」

 

 

ここからはエヴァさんの推測ですが、例の噂が異常な定着を見せたのも、夢魔のせいでは無いかとのことです。

夢に何度も見せることで噂を絶やさないようにし、かつブロントポリスの住人には催眠魔法との併用で眠ったまま私を襲わせたのだとか。

 

 

「あの時の総督府兵や民の連中には、私達が魔物か何かに見えてたんじゃないか」

「・・・王都の人達の頭の中にも、ある、のですか?」

「何割かの人間にはあるだろうな・・・取り除くには、対象の夢魔を倒すしか無い。ただ、夢魔に接触するのはかなり難しいんだよな・・・」

 

 

難しそうな顔で腕組みしつつ、エヴァさんが頭を捻ります。

私としても、看過できない問題なのですが・・・クルトおじ様に言わせれば、これも私の行為の一つの結果と言うことになるのでしょうね・・・。

 

 

王都に残してきた赤ちゃんのことも、急に心配になってきました。

茶々丸さん達がついていてくれているので、大丈夫でしょうけど・・・。

・・・そんな私の片手は、胸元のカードを触っていて。

自分の優柔不断さが、今は凄く嫌です。

優先順位は、はっきりしているはずなのに。

 

 

「・・・アリア」

「はい」

 

 

顔を上げると、エヴァさんが椅子の肘置きに頬杖をつきながら私を見ていました。

何と言うか・・・観察されていると言うか、思案されていると言うか、見透かされているような気分になる、そんな視線でした。

 

 

「お前、さ・・・もしかして、お前が中途半端にぼーや達を庇ってるのって、もしかして・・・」

「・・・はい」

「もしかして、超の・・・」

 

 

エヴァさんが、その名前を言葉にしようとした・・・。

その時、『ブリュンヒルデ』が揺れました。

何と言うか、何か大きな物にぶつけられたかのような、そんな揺れでした。

 

 

「何事だ!?」

 

 

私がベッドの端に捕まっている前で、エヴァさんが通信機を殴るように操作しているのが見えました。

どれほど揺れていても、エヴァさんは立っていられるんですよね・・・。

程なくして、艦橋から通信が帰って来ました。

 

 

『艦底部・・・真下からっス!』

「何がだ!? 主語をつけて喋れ!」

『潜空艦・・・穴ぁ開けられたっス! は、白兵戦・・・マジっスかー!?』

 

 

副長の声が、通信機と通して部屋に響き渡ります。

せ、潜空艦・・・白兵戦。

・・・そう、ですか。

 

 

「エヴァさん」

「何だ?」

「申し訳ありませんけど・・・」

 

 

心当たりは、2つ。

女王としての対応と個人としての対応。

優先すべきコト。

 

 

「着替えを、手伝って頂けませんか?」

 

 

時間が経つごとに、何故か自体は面倒になっていきます。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリアさんは最後まで悩んでいたようですが、流石に戦場と思しき場所にお子様を連れて行くわけには参りません。

なので当然、王都に残して行かれることになります。

 

 

結果アリアさんの即位以来初のことながら、私がアリアさんに随行しないと言う事態になりました。

公的には、王室の育児部屋(ナーサリールーム)に所属する私とナースメイド数名でお世話をするのですが、個人的にアリアさんの赤ちゃんをアリカ様とナギ様の私室にお連れすることもあります。

その際、アリカ様は人払いをした上でデレます。

でも実は、私はナギ様の方がデレておられるのでは無いかと思っております。

 

 

「・・・やっと、休まれましたね」

 

 

起こさないように呟く私の目の前には、ベビーベッドの上ですやすやと眠っている生後1ヵ月の赤ちゃん。

ふわふわの白い髪と、ふっくらしたほっぺがとても愛らしいです。

・・・が、実は先程まで物凄い声量でお泣きになられておりました。

 

 

生後1ヵ月を過ぎた赤ちゃんは、基本的に2時間から3時間ほどで目を覚ましてミルクを求めます。

その他、多くの理由で泣かれますが、実は理由も無く泣いておられることもあります。

この時期、普通の母親の方々はノイローゼになることが多いそうです。

ちなみに、私にノイローゼなどあり得ません。

なので、何時間でもお世話(ろくが)することができます。

 

 

「皆さんも、お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」」

 

 

赤ちゃんを起こさない声量で、私は後ろの数人のナースメイドに声をかけます。

とは言え、他のナースメイドの方々は普通の人間です。

体力を含めた能力の高さで王子殿下のナースメイドに選ばれたとは言え、疲れも溜まります。

 

 

「1時間半で夜勤も終了です。交代までもう少し、頑張ってください」

 

 

なので、交代制で人員を回していくしかありません。

私一人で全てのことをできるわけではありませんので、サポートは重要です。

ミルクの準備、おむつを含めた備品の補充、清掃と食事・・・様々な仕事がありますので。

通常は、母親一人で全てを行うのですが・・・母親は偉大です。

その意味では、アリアさんは母親としての苦労の半分程は体感される機会が無いのかもしれません。

 

 

「女官長、侍従長がお呼びです」

 

 

その時、パタパタと入室してきた金髪のナースメイドが、私にそう告げました。

相手はデカさんで、細面の若い女性・・・デカさんです。

なお、王子のお世話をするナースメイドは基本的に美人揃いです。

しかし、クママさんがこんな早朝に何の用でしょうか?

 

 

「何でも、王子殿下のミルクについて相談したいと・・・仕入れ先に問題があったとか」

「・・・そうですか、わかりました。それならば、私が必要ですね」

 

 

アリアさんがいない場合、市販(無論、王室御用達(ロイヤルワラント)のお店ですが)の物を使用しております。

ここの所ご機嫌斜めなのは、そのせいかもしれませんね。

 

 

「では、少しの間、お願いしますね」

「「「畏まりました、女官長」」」

 

 

ナースメイドの皆さんに後を任せて、私は育児部屋(ナーサリールーム)を後にします。

それから、デカさんに確認したクママさんの居場所へ向かいます・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

デカ・・・そう、その少女の名はデカと言う。

綺麗な金髪を短く切り揃えた育児侍女(ナースメイド)は、非常に端正な顔の造りをしている。

育児責任者(ナース)である絡繰茶々丸が育児部屋(ナーサリールーム)から出て行った後、彼女は部屋の中を見渡した。

 

 

そこには彼女の仕事仲間(ナースメイド)達が3人、いた。

それを視界に収めて、デカ・・・10匹目(デカ)は、邪気の無い笑みを浮かべる。

さらに視界を巡らせれば、そこには「目的のモノ」もいる。

 

 

「・・・? どうしたの、デカ、キョロキョロし」

 

 

仕事仲間(ナースメイド)の一人の言葉は、最後まで続かなかった。

10匹目(デカ)が、その仕事仲間(ナースメイド)の少女の薄い肩を掴んで頭部に噛み付いたから。

大きく口を開けて・・・噛り付いていたからだ。

 

 

その歯が、まるで分厚いナイフのように太く長く伸びて、仕事仲間(ナースメイド)の少女の頭蓋骨を貫いて、脳を破壊してしまったからだ。

ブシッ・・・血が吹き出し、鈍い音を立てて歯が折れて・・・仕事仲間(ナースメイド)の少女だったモノが倒れる。

 

 

「え・・・う、く」

「・・・き」

 

 

驚きに声を上げつつもロングスカートの下から武器を取ろうとした侍女と、ただ悲鳴を上げようとしただけの侍女。

しかし、結末は同じ・・・折れた歯―――ナイフのような―――を投げつけ、喉を裂いたから。

右と左のそれぞれの首から血を吹きだして、残りの2人は声も上げずに倒れた。

優しい色合いで作られた育児部屋(ナーサリールーム)の壁は、瞬く間に赤く染められた。

 

 

10匹目(デカ)は金の髪や清楚な侍女服を朱色に染めながら、口の中の肉と血を嚥下し、笑みを浮かべる。

ゴキッ、ゴリッ・・・とかすかな鈍い音がしたかと思えば、彼女の顔立ちが、骨格が変化する。

見る者が見れば・・・「女王に似ている」と評しただろう顔立ちに、変化する。

どうやら、それが本来の顔立ちらしかった。

 

 

「人間もたまには、面白いモノを造る」

 

 

皮肉気にそう呟いて、10匹目(デカ)は「目的のモノ」へと近づいて行く。

ベビーベッドの上ですやすやと眠る・・・「ウェスペルタティアの王子殿下」の下へと。

 

 

「ご安心・・・殺しはしません。夢を見れなくなっては9匹目(エンネア)の餌にならない・・・」

 

 

むしろ優しげに伸ばした指先には、怪しく蠢く黒いナニカ。

それは夢魔のマーキング、対象の夢に干渉する証・・・。

遠く、エリジウムの地より来る指令に従い。

 

 

彼女は・・・10匹目(デカ)は、それを。

それを、白い髪の小さな命に植え・・・。

 

 

「・・・それは、無理だよ」

 

 

そんな10匹目(デカ)の腕を・・・。

 

 

「それはできない、何故なら・・・」

 

 

独特な髪形をした白い髪の青年が、掴んだ。

無機質な瞳に、金髪の少女の姿を模した悪魔を映して。

ギシッ・・・と、掴まれた少女の腕が軋む。

 

 

「僕が、いるから」

 

 

パリッ・・・と、青年の身体に電流のような物が走った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

オスティア中央病院の一画に、特に厳重な警備体制が敷かれている区画が存在する。

そこは特別な難病治療を目的に設立された区画であり・・・少ないながらも、「入院」患者も存在する。

特別科と呼称されることもあるその区画の、地上6階に面した特別病室。

 

 

その部屋の中心には、滑らかな流線形の青いカプセルのような物がある。

不思議な液体で満たされたそれは横に置かれており、一見すればベッドのようにも見える。

口元や腕に呼吸と栄養補給のための器具を取りつけられた少女がいる。

女王に良く似た風貌を持つその少女は、「S-06」と言う名前だった。

不意に、カプセルの中でその少女が目を開く。

 

 

「・・・」

 

 

口がかすかに動き、ゴポポッ、と水中で泡が立つ。

本来なら紫のその瞳は、今は深紅に輝いている。

水中で口や腕の器具を引き抜くと、その少女・・・「S-06」は拳を二度ほど開いて閉じて・・・。

 

 

軍用の強化ガラスで出来たカプセルを、殴りつけた。

 

 

罅が入り、徐々に広がり・・・二撃目で、完全に粉砕した。

青い不思議な液体が病室の床に流れ落ち、危機を察知した警報機が鳴り響く。

赤い警報電灯が明滅うる中で、少女は病室の床に降り立った。

 

 

「ヤット、カラダヲミツケタ」

 

 

少女の口から紡がれるのは、皺がれた別人の声。

5匹目(ペンテ)と言う名のそれは、自分が「借り受ける」身体を手に入れて笑みを浮かべる。

彼女は鳴り響く警報に耳を澄ませて笑みを浮かべた後、カプセルの水やガラスの残骸が散らばった床の上を裸足で歩き出した。

 

 

「サテ・・・さテ、とりあエズはエさでも探し・・・」

 

 

徐々に慣れてきたのか、言葉のアクセントも修正されているようだった。

だが、それも口を閉ざしてしまっては意味が無かった。

それもそのはずで、彼女の目の前には。

 

 

「ああ・・・助かったよ。かくれんぼは趣味じゃなくてね・・・」

 

 

何故か、シャツの前を開いて肌を露出している・・・独特の髪形をした白い髪の青年がいたから。

見る者が見れば、シャツの端に付着した一本の赤い髪に気付いたかもしれない。

彼は、シニカルな笑みを浮かべて・・・「S-06」もとい、5匹目(ペンテ)を見つめている。

 

 

「それに早朝と言うのも良い。うるさい女がいなくてやりやすい・・・まぁ、沈めたのは僕だけど」

 

 

警報色よりも赤い、深い色の炎を指のリングから吹き出しながら・・・。

両手を、挑発的に広げて。

 

 

「まぁ・・・手早く済まそう」

 

 

ゴッ・・・青年の身体を、紅蓮の炎が包み込んだ。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第32回広報:


アーシェ:
はい、私でーす。
茶々丸室長に毎日のように呼び出されては王子殿下の写真撮らされてます。
・・・上下関係って、切ないね!
いや、嫌なわけじゃないんだけどね!?


・トリスタン
ウェスペルタティア王国の西方に位置する中立国。旧メセンブリーナ連合加盟国で、人口は約800万人の小国。
経済的・軍事的に存在感があるわけでは無いが、ウェスペルタティア・メガロメセンブリアの休戦交渉が持たれて以来、「トリスタン条約」締結など、国際会議場の提供を行うことによって特殊な地位を築いている。
アリアドネー・エオスなどの中立諸国と「非同盟運動」を展開する国家でもあるが、隣接するウェスペルタティア王国の存在が、同国の存在を揺さぶっている状態でもある。
国内政治は、親ウェスペルタティア王国派・中立堅持派・親メガロメセンブリア派の3派で3分割され、前者2者が連立する中道右派政権が過去6年間に渡って続いている。
王国から直接の経済援助は受けていないが、人員交流と言う名目で研修生の交換を行い、事実上の技術支援を受けている。


アーシェ:
えー、そろそろ、いろいろと終わりそうです。
では、またお会いしましょう~。


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アフターストーリー第36話「ココロのカタチ」

Side アリカ

 

・・・目を覚ますとそこには、気の抜けたような赤毛の男の寝顔があった。

毎夜、いろいろなことを気に病んで―――子供らのことや民のこと―――眠りについたとしても、朝になって目覚めれば同じ顔が目に入る。

 

 

それはこの赤毛の愛しい夫・・・ナギと結ばれてから、一時期を除いて変わらぬ日課でもある。

朝になれば、この夫(バカ)の寝顔が私を安心させてくれるのじゃ。

もう一日、頑張ってみようと思わせてくれるのじゃ。

・・・面白くないし、何よりも恥ずかしいので口には出さぬが。

 

 

「・・・こやつも、たまには妻や娘より早起きしたらどうなのじゃ・・・?」

 

 

などと小声で漏らしながら、私は指先で同じベッドで眠るナギの頬をつついてみる。

口を開けて眠る夫は、しかし私の行為にも目を覚まさない。

ナギはこう見えても、かなり鋭い男じゃ。

危機が迫れば、即座に起きる。

 

 

しかし危機を感じられなければ、基本的に何をしても起きぬ。

例外は新婚の時の・・・いや、まぁ、それよりも。

私が何をしても起きないのは、裏を返せば受け入れられていると言うことで。

どうしようも無く、胸の奥が温かくなる。

 

 

「さ、さて、孫の様子でも見に行くかの・・・」

 

 

年甲斐も無くはしたないことをしてしまったの、早う起きて王子の様子を見に行くとしよう。

ベッドの上で上半身を起こし、シルクのネグリジェに包まれた身体を伸ばす。

んっ・・・!

 

 

「・・・娘の頼みじゃしの」

 

 

アリアは公務及び軍務でエリジウムに行っておる。

その間どうか王子のことを頼むと、繰り返し38回ほど頼まれた。

回数はともかく、あのアリアが。

 

 

あのアリアが、娘が初めて私に頼みごとをしてくれたのじゃ。

気負うなと言うのが、無理じゃろう。

戦地に赴いておるアリア自身のことも気になるが、女王としての職務とあればやむを得ない。

王は時として、自身の命を危険の中に投げ込む必要もあるからじゃ。

 

 

「ナギは・・・まぁ、もう少し寝ておるか」

 

 

口を開けて、か~・・・と寝ておるナギの額に唇を軽く当てて、私はベッドから降りた。

それから、ベッド脇のテーブルの置かれた鈴を鳴らし・・・。

 

 

ズ、ズン・・・!

 

 

・・・鈴を鳴らして侍女を呼ぼうとした瞬間、私は2つの衝撃に見舞われた。

一つは、宰相府全体が揺れたのでは無いかと思ってしまうような大きな破裂音。

もう一つは・・・。

 

 

「・・・何か、物騒な音が聞こえた気がしたんだが」

「な、ななな・・・な?」

 

 

急に引っ張られて、ナギに抱かれておったことじゃ。

後ろから抱きすくめられるような形になり、急なことに私は混乱することになった。

・・・と言うか、起きたのか、今?

 

 

「ん~・・・何があったんだろうな?」

「・・・さ、さぁの、確認せねばな」

 

 

新婚の娘ではあるまいに、流石にそれ以上はうろたえぬが。

う、うむ、平常心じゃ・・・。

・・・それに、本当に何があったのか。

 

 

王子・・・そう、王子じゃ!

すぐに、無事を確認せねば・・・!

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

骨が武器、と言うのはなかなかにユニークではあるね。

人間には約206の骨があるらしいけれど、どの程度を武器とできるのかな。

仮に骨を再生できるとすれば、なかなかに面倒なのだけれど。

 

 

「思考加速・・・」

 

 

支援魔導機械(デバイス)、『頭の中の小さき人』。

チョーカー型のこの支援魔導機械(デバイス)は、一定の思考加速・身体強化を僕に施すことができる。

雷化ほどでは無いが、速力を高める効果もある。

 

 

腕の骨を剣へと変化した侍女は、僕にしれを突き出してくる。

僕はそれを拳で捌く、相手の右手が突き出されれば右手の甲で、左手の剣が突き出されれば同じ手の掌で弾き、いなしてかわす。

剣に込められた威力が抜けて、僕の背後の壁や調度品、窓を破壊するのを感じる。

だけど、それは究極的には関係ない。

 

 

「王子を守りながらで・・・どこまで持ちますかねぇ!?」

「・・・どこまでもさ」

 

 

相手の言葉にそう答える僕の左腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。

生後1ヶ月、守るのにこれほど苦労する対象はいない。

首の骨がすわっていないような赤ん坊だ、激しい運動などできるわけが無い。

だから足を止めて、相手の攻撃を紙一重で逸らすことしかできない。

右腕のみを動かし、左腕は一切、動かさない。

 

 

「・・・」

 

 

赤ん坊・・・ウェスペルタティアの王子は、とっくに目を覚ましている。

覚ましているんだけど、泣きもせずに不思議そうな目で僕を見ている。

現在の僕の護衛対象であり、そして・・・。

 

 

アーウェルンクスの血を引く、初めての存在。

 

 

女王陛下(あねうえ)は申された、守れと。

ならば守ろう、僕の仮初の命に代えても。

 

 

「クゥィントゥム殿!」

「むうっ、曲者め!」

 

 

その時、育児部屋(ナーサリールーム)の扉から武装した近衛騎士達が押し入ってきた。

僕の立場から言わせれば、救援が来たと言うべきなのかもしれないけれど。

 

 

「アハッ・・・!」

 

 

侍女は両手の骨の剣を一旦収めて僕から離れると、両手を自分の腹部に突き刺した。

跳躍、宙を舞い、口の端から赤い液体を流しながら・・・骨、肋骨を複数本、引き抜いた。

それがナイフのような形状に変わり、投擲。

彼女が着地する頃には、最初に踏み込んで来た騎士達の喉に骨のナイフが刺さっている・・・。

 

 

「・・・あー」

 

 

・・・王子の声に応じたわけじゃ無いけれど、僕は壊れた壁から外へと跳んだ。

このままここにいても、状況は打開できない。

3階、だけど僕にとっては1階から飛び降りるも同じだ。

王子に負担をかけないよう、柔らかく着地する。

 

 

背中に、何かが刺さる。

 

 

王子に配慮してゆっくりと降りたのが、不味かったらしいね。

ツ・・・口の端から何かが漏れるのを感じながら、後ろを振り向く。

朱に塗れた侍女が、唇を歪めて宙に浮いている。

左右の手を振り、骨の刃物を投げつけてくる。

王子に負担をかけないよう、ゆっくりと後ろに下がる。

 

 

「・・・あー」

 

 

何だい、アーウェルンクスの子。

僕を応援でもしているのか、だとすればキミは大物だよ。

先が楽しみだね。

 

 

「アッハァ―――――!!」

 

 

両手に骨の刃物を大量に持った侍女が、それを一度に投げてくる。

とんっ・・・背中には、中庭の終わり、つまりは壁。

一瞬、次の行動の選択が遅れる。

遅れた分、回避が遅れる。

 

 

思考の結果、僕は王子を両手で抱いて後ろを向く。

この仮初の身体を、盾にする。

 

 

「・・・あー」

 

 

その時、耳に届いたのは王子の声、そして視界には・・・。

・・・灰銀色。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

骨遣いの侍女・・・10匹目(デカ)が最後に投げた骨の数は、36本。

それは的確に標的を貫き―――この時点で、目的の赤ん坊は眼中に無い―――周囲の庭や壁をも巻き込んで、粉砕した。

 

 

普通の人間であれば、とても生きていられるはずも無い。

ガラガラと崩れ落ちる壁を空から見下ろしながら、10匹目(デカ)は笑みを浮かべる。

この場合、悪魔の本能である破壊衝動の充足が優先され・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

その時、様子がおかしいことに気付く。

骨の剣の嵐が引き起こした煙が晴れた後・・・そこには、灰銀色の大きな塊がいた。

それが狼だと判断するのに、そう時間はかからなかった。

灰銀色の巨狼はその巨体を盾とし、2つの命を守った。

 

 

小さな赤ん坊と、白髪の青年(クゥィントゥム)を。

灰銀色の巨狼の身体に、幾本かの骨のナイフが刺さっている。

身体の向きを変えて、空中の10匹目(デカ)を威嚇するように唸り声を上げ始める。

 

 

「・・・うるさい・・・」

 

 

不意に、涼やかな声が響く。

崩れた壁の向こうから聞こえたそれを追えば、そこには1人の女性がいた。

鮮やかなオレンジ色の髪、可憐さ扇情さを合わせたような赤いドレス。

大きな椅子に深く座り、長い脚を組んで・・・彼女は。

特徴的な色違いの瞳(オッドアイ)を開いて・・・。

 

 

「・・・うるさい」

 

 

同じ言葉を、二度繰り返した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アスナ(明日菜)

 

何・・・本当にうるさい。

少し、静かにしてほしいんだけど・・・。

朝は、静かにすべき。

 

 

「何だ・・・オマエ」

 

 

今朝になって急に騒がしくなったと思ったら・・・部屋の壁が崩れた。

2階の部屋にしておけば良かったかな。

カムイが怒るし、変な騒動に巻き込まれるし・・・変な気配がする侍女はいるし。

 

 

アレ、何・・・悪魔か何か?

けど、かすかに私と同じ気配を感じるけど・・・。

 

 

「・・・あー」

「・・・」

 

 

サラ・・・と前髪を片手で流して、顔を動かす。

視界の先に、白髪の人形がいて・・・その腕の中に、赤ん坊。

ふわふわした白い髪の、赤ん坊。

 

 

「・・・」

 

 

・・・私と、同じ。

まぁ・・・頑張ってね。

 

 

『ちょ、助けなきゃでしょー!? 赤ちゃんよ赤ちゃん!』

 

 

・・・また、出てきた・・・。

本当に、うるさい。

溜息が出る、頭が少し痛い。

 

 

「・・・うるさい・・・」

 

 

呟いて、椅子から降りる。

立って歩いたのは、久しぶり。

外に出るのは、もっと久しぶり・・・。

 

 

「アッハァッ!!」

 

 

宙に浮いている変な侍女が、何かの束を投げてきた。

私は、それを追いながら・・・。

 

 

「・・・カムイ」

 

 

私の声に合わせて、カムイが咆哮する。

その咆哮は空気を震わせて、飛来した何かを弾き飛ばす。

弾かれたそれは空中で一瞬だけ、止まる。

 

 

一度きりの足場を使って、空を渡る。

・・・静かに。

 

 

「して」

 

 

左足、後ろから首に当てる。

右手、吹き飛びかけた侍女の右足を掴む。

侍女の身体から骨みたいな刃物、変な攻撃・・・でも。

本当に。

 

 

「うるさい」

 

 

骨に構わず、左手の指を侍女の頭に刺す。

そして、王家の魔力で・・・「潰す」。

これで終わり。

やっと、静かになる。

 

 

ぼんっ・・・と爆ぜる侍女の頭。

中の悪魔っぽい何かも、それで終わる。

ボトボトと血と肉が落ちる音を聞きながら、着地。

 

 

「・・・あー」

 

 

指の血を払いながら部屋に戻ると、途中で赤ん坊の声を聞いた。

私は数秒間だけ視線を固定した後、カムイと一緒に部屋に戻る。

カムイは触手で器用に骨を抜きながら、自分の傷を治療する。

 

 

「・・・お礼を言うべきなのかな」

「いらない」

 

 

やっと静かになる・・・そう思う。

けど、崩れた壁の向こう側に人が集まり始めた。

・・・静かに、してよ。

 

 

溜息を吐くと、カムイが大きな欠伸をした。

・・・赤ん坊も、一緒に。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

S-06と言う女は、かの「Ⅰ」の唯一と言って良い生き残りだ。

フォエニクスを除くエリジウム大陸の研究施設にいる分は、まぁ、自我の無い人形に過ぎない。

あの「Ⅰ」が自我を持ち得た要因は、ひとえにアイネと言うリーダーの個性が影響したに過ぎない。

 

 

つまり、2番目(セクンドゥム)の残滓。

つまりは、アーウェルンクスと紛い物が混ざってできた副産物でしか無い。

まぁ・・・。

 

 

「アハハハハハハハッ!」

 

 

今は、そんなことはどうでも良い。

僕にとっては、王国だの「Ⅰ」だの、どうでも良い。

僕がここにいるのは、あくまでもあの女を僕の手で。

 

 

「ホラホラ、どうしたんだい・・・燃えてしまうよ!」

 

 

パチンッ・・・僕が指を鳴らすと、指輪型の支援魔導機械(デバイス)を通じて火の精霊が反応し、炎を生み出す。

『檻箱(スピリトゥス・ディシピュラ)』・・・魔法の込められた小さな箱型の支援魔導機械(デバイス)と併用することで、特別病室を炎で蹂躙することができる。

爆発と言う形で。

 

 

特別病室とやらは酷い惨事だったけれど、耐熱素材で覆われた病室では火災など起こらない。

地上6階のこの部屋は使い物にならなくなるだろうけれど、そんなことはそれこそ知ったことじゃ無い。

 

 

「グッ・・・!?」

「遅いなぁ」

 

 

爆炎から転がり出てきたS-06・・・の身体を乗っ取ったナニカを、追い討つ。

腕を掴み、膝に叩きつけて折り、燃やして、右拳を叩きつける。

相手が吹き飛び、特別病室の壁際に転がる。

 

 

その際、僕の右手の3つの支援魔導機械(デバイス)の指輪が割れる。

ガラスが割れるような音が響いて、力が消える。

 

 

「そレが無ケれバ、炎ハ出セナイようダナッ!」

 

 

それを見た相手が、ここぞとばかりに体勢を整えて飛び掛ってくる。

姿勢を低くして焼け焦げた病室の床を駆ける彼女に、僕は笑みを浮かべる。

懐から新しい指輪を取り出し、嵌める。

指輪に取り付けれた赤い宝石部分から、僕の魔力を吸って新たな炎が吹き出る。

 

 

「え、何だって?」

 

 

向かってきた相手の顔に、右足を叩き込む。

ミシリ、と鈍い音が響き、指先から脚へと炎が駆け上がり、顔を焼く。

 

 

「ヒぎャアああアアぁぁっ!?」

 

 

・・・ああ、良い声だ。

もっと、大きな声で。

楽しませてくれ。

 

 

「・・・ッ!!」

「む・・・」

 

 

と、思ったら・・・相手が僕の炎で崩れた壁から外へと逃げてしまったよ。

身体を焦げ付かせながら、地上6階からね。

ふ、ん・・・かくれんぼは、嫌いなんだけどね。

 

 

でも、鬼ごっこは好きだよ。

徐々に獲物が弱って行く所とか・・・良いよね。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

早朝とは言え、病院には人通りも多い。

そこへ、見るからに深い火傷を負った少女がズタボロの病院服姿で飛び込んで来れば、普通は騒ぎになるだろう。

 

 

ただ幸い、普通の病棟にも今は人が少ない。

特別病棟の方で余りにも爆発が続くので、避難が進んでいたためである。

それでも入院患者全員の避難は済んでおらず、所々に人も残っているが・・・。

 

 

「ゼッ・・・ぜっ・・・!」

 

 

5匹目(ペンテ)にとってそれはこの際、どうでも良いことだった。

むしろ、他の人間のことなど考えている暇も無い。

何故なら。

 

 

「・・・グェええああァァアぁっ!?」

 

 

突然、背後から炎が襲った。

その炎は的確に―――病棟自体にダメージを与え無いと言う意味で―――彼女の足を焼き、5匹目(ペンテ)は無様に床に転がった。

綺麗な金髪の端を焦がしながら、5匹目(ペンテ)は地面に手をついたまま背後を見る。

 

 

そこには、周辺の温度を数度上げるような熱を纏った、白髪の青年がいる。

特に急ぐでも無く、悠々と歩いて・・・。

 

 

「・・・追いかけっこにも、飽きた」

 

 

どこか苛立ったような目つきでそう呟いた次の瞬間、数十mの距離を瞬動で一気に詰めてくる。

青年・・・クゥァルトゥムは新しい指輪を右手に嵌めて、それを5匹目(ペンテ)に向ける。

身体の半分近く、手足や背中、顔を焼かれてしまった5匹目(ペンテ)には、もはやどうすることもできない。

ただ、慄くような目でクゥァルトゥムを見上げて・・・。

 

 

そして白髪の青年が、掌を握り。

・・・開こうとした瞬間。

 

 

「はい、ストップ」

 

 

その腕を、誰かが掴んだ。

5匹目(ペンテ)は、突然の闖入者を驚いたような目で見つめ。

クゥァルトゥムは、さらに苛立ったように目を細める。

 

 

「やりすぎよ、アンタ」

 

 

そこにいたのは、燃えるような赤毛の女性だった。

宝石のような鮮烈な輝きを放つ赤い瞳に、陶器のような白い肌、細い肢体。

少し乱れた髪を気にするように片手で撫で付ける彼女の胸元には、不思議な形のペンダントが揺れていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アーニャ

 

まったく、急な避難指示で叩き起こされた時はどうしたのかと思ったわよ。

昨日の夜に着てたパジャマは使えなくなっちゃったから、新しいの出してガウンを羽織った。

で、外に出てみれば・・・これよ。

 

 

知ってる魔力が何度も爆ぜる音を聞いて来て見れば、アルトが大暴れしてるし。

しかも相手は、年下の女の子。

たぶん、アルトはアルトで任務的な何かなんだろうけど・・・。

 

 

「でも、コレはやり過ぎよ」

 

 

視線を動かせば、天井やら壁が焼け焦げた病院の廊下。

良く火事にならなかったわねとか思うけど、スプリンクラーとかが作動して水浸しだし。

熱反応タイプなのかしらね。

火事にならなかったって言っても、それと任務だって言っても、限度があるでしょ。

そんなんだから、友達いないのよ。

 

 

「・・・離せ」

「嫌よ、離したらまた暴れるでしょ」

「・・・」

「・・・」

 

 

掴んだ・・・って言うか、握ったって感じなんだけど・・・重ねた掌を挟んで、アルトと睨み合う。

アルトの側から熱の圧力が増すけど、私も『アラストール』で押し返す。

そのお互いの熱が作った空気の流れで、私の髪が舞う。

私とアルトの周囲の温度が上がるのを感じながら、でも私はアルトの手を離さない。

 

 

「女(アーニャ)・・・」

「・・・何よ、男(アルト)」

 

 

空気が、熱い。

熱を孕んだ風は、私とアルトが生み出した物。

・・・でも、退かない。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

アルトに対して、私は絶対に退かない。

退いてはいけないと、直感的に理解してるから。

それが、私とアルトの関係。

 

 

その時、私とアルトのやり取りを見ていた女の子が、声も無く飛び掛ってきた。

 

 

私とアルトの意識がお互いから外れたのは、一瞬だけだったと思う。

視線が動いて、身体中に火傷を負った女の子が両手を振り上げているのを確認する。

次いで、私とアルトはそれぞれ自由な方の手を動かした。

私の左拳が、女の子の左脇腹を。

そしてアルトの右拳が、女の子の顔を殴り飛ばした。

 

 

「・・・ッ!?」

 

 

襲ってきた時と同じように、声も無く女の子が吹き飛ぶ。

病院の廊下と天井を2往復くらいした後、床に倒れて動かなくなった。

ピクピクしてるから、ただの気絶だと思うけど。

ふぅ、と息を吐くと、アルトと目が合った。

・・・相変わらず、目つき悪いわねー・・・だから誤解されやすいのね、人相悪くて。

 

 

「・・・離してくれないか?」

「嫌よ、離したらまた誰かに迷惑かけるんでしょ? 昨日は私の勝ちなんだから、言うこと聞きなさいよ」

「はぁ・・・? 昨日は僕の3勝だったはずだけど」

「はぁ!? 3勝は私でしょ!?」

「いや、僕だね」

 

 

え、何、コイツ・・・普通にムカつくんだけど。

良いわよ、じゃあ、今から白黒つけてやるわよこの野郎・・・!

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

潜空艦を衝突させて強制的に接舷と言うのは、貴婦人に対してすることでは無いが。

まぁ、今回の場合は多少は大目に見てもらうとしよう。

 

 

ウェスペルタティア製の艦同志の戦闘、艦の性能は互角なのだから。

せめて、コレくらいの奇策は弄させて貰うとしよう。

でなければ、我が女王に対して礼を失すると言う物であろうよ。

 

 

「うひゃ~・・・大歓迎ですね、総督」

 

 

6年前のオスティア防衛戦以来、多くの戦場を共に駆けて来た幕僚がそう告げる。

大歓迎と言うのは、こちらを一つの区画に封じるようにバリケードらしき土嚢を積み上ている『ブリュンヒルデ』守備兵のことだ。

人数は少なく見積もってこちらの4倍、実に盛大な歓迎と言うべきだろう。

 

 

「総督、ありゃあ親衛隊の連中ですよ」

「ほぅ・・・」

 

 

潜空艦から持ち込んだ資材で築いたバリケードに身を潜めながら、幕僚が言う。

なるほど確かに、向こう側にはグローブを嵌めた旧世界人やらチェーンソーをがなり立てている連中がいる。

あんな個性的な部隊は、我が国では女王親衛隊しかあり得ない。

 

 

「ふ・・・あんな無秩序な私兵相手では、いささか物足りないな」

 

 

俺の言葉に、この場に連れて来た直属の兵がやんややんやと声を上げる。

俺を除き、『ブリュンヒルデ』への侵入を果たした総督府兵は全員PS(パワード・スーツ)を着用している。

俺は着ない、理由は好きでは無いからだ。

 

 

「だが我々の目的は艦の占拠では無い。ただ一人の女性を誘いに行くためだけにこれだけの男を連れて来たわけだが、振り向いてくれるものかな? ちなみに、相手は人妻だ」

「色々な意味で外道ですね」

 

 

幕僚がしんみりと頷くと、また笑いの渦が起こった。

ここに連れて来た直属部隊は、その多くが20年前からの連れ合いだ。

いわゆる古参兵の集まりであって・・・総督府開設の際も、本国軍に残らずに俺について来た。

 

 

彼らは、指揮官としての俺を信じている。

叛逆者呼ばわりされていても、俺について来ている。

だから俺も、兵としての彼らを信じている。

世の中には、存外に馬鹿が多い・・・。

 

 

「そりゃまぁ、男ですから」

「何だ、それは・・・」

 

 

男が全員、馬鹿だと・・・いや、俺も馬鹿の1人なのだからとやかくは言えんか。

なら、後は野となれ山となれ・・・。

 

 

「目的の場所まで、俺の膝をけして床につけさせるな」

「凄まじく傲慢なご命令ですね・・・・・・でも、了解です。総督は誰にも膝を屈しちゃいけない方、ですもんね」

 

 

がぽっ、と顔にフルフェイスのヘルメットを被りながら、幕僚が頷く。

それに合わせて、バリケードのこちら側やまだ潜空艦内に残っている総督府兵が、それぞれに剣や槍を構える。

そして俺は、じんわりと広がって行く腹部の痛みを無視しながら・・・。

 

 

「・・・突撃!」

 

 

俺の短い合図の後、幕僚の声が鋭く飛んだ。

そして、血みどろの白兵戦が始まった・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

総督府軍の降伏の受け入れ作業は、思いの外、スムーズに進んだ。

と言うのも総督府軍が秩序だって降伏したためで―――降伏する兵士達のリストまで用意していた―――本国軍がするべき事務処理の過半は、降伏の時点ですでに終わっていると言う有様だった。

 

 

古今東西、これ程までに整然と降伏した軍隊は他にはいないだろう。

もっとも、彼らにとっては降伏では無く帰順になるのだが・・・。

 

 

「艦隊を分散していただと?」

 

 

降伏した総督府軍の実質的な代表だったある将官が言うには、リュケスティスは最初から兵力を分散させ、正面戦力を減少させていたのだと言う。

それは「兵多ければ最も良し」と言うリュケスティスの戦略観からあまりにもかけ離れた行動で、俺は最初は本国軍の侵入方面がわからなかったか、それとも念のために戦力を各地に分散させたのかと考えた。

しかしそれも、俺以外の誰にも見せるなと厳命されたと言う封筒を渡されるまでの短い疑問だった。

 

 

「・・・ああ、リュケスティスは女王陛下と王室の安泰のために、あえて自分の手を汚したのだな・・・」

 

 

溜息混じりの言葉に、総督府軍の中将も俺の幕僚団も首を傾げていた。

だが、俺は封筒に入っていた書類の内容を教えるつもりは無かった。

エリジウム大陸各地の「Ⅰ」施設を、艦砲射撃によって抹消したなどと言うことは。

 

 

・・・そこにいただろう、旧連合の実験の被害者達もろとも。

叛逆の汚名を着せられた、リュケスティスにしかできなかっただろう。

女王陛下の密命によって維持されていたそれらは、暴挙と言う形でしか消せなかっただろう・・・。

 

 

「・・・」

 

 

まだ、すべきことはあった。

それは例えば、総督府内の一室に軟禁されていたテオドシウス社会秩序尚書の救出などだ。

数週間に渡って軟禁されていたテオドシウス社会秩序尚書は、少し痩せてはいたものの、お元気そうにしておられた。

リュケスティスは女嫌いだが礼節を弁えた男だ、手荒い扱いなどするはずも無い。

 

 

「レオ・・・リュケスティス総督は、どうなりましたか?」

 

 

テオドシウス社会秩序尚書は、少し衰弱して足元が覚束ない所もあったが、しっかりと自分の足で立っていた。

本国軍が掌握した総督府の中で、俺は今日何度目かわからない溜息を吐いた。

 

 

そして聞かれた以上、俺は現状を説明する義務がある。

怜悧な瞳に少しの不安の色を浮かべた、テオドシウス社会秩序尚書に対して。

恨むぞ、リュケスティス・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

一方、『ブリュンヒルデ』の艦橋は艦内への侵入を許すと言う初の事態に浮き足立っていた。

人外が相手ならともかく、人間を相手にした戦いで敵の侵入を許したのは建造されてから初めてのことだった。

 

 

「重火器は使うな! 女王陛下の座乗艦でそんな物を使うことは許さん!」

 

 

艦橋では、艦長であり先の事件で女王を守りきった功で階級を進めたラスカリナ・ブブリーナ准将が声を張り上げている。

女王の座乗艦はただ守れば良いと言うわけでは無い、それが彼女の信念でもあった。

 

 

そして彼女が逡巡したり判断を遅らせたりすれば、それだけで兵の犠牲が増えるのも事実だった。

若い兵士が手や足を失い、腹部から漏れ出た腸を抑え込むハメになるのだ。

艦橋と言う一種の安全地帯にいる人間として、判断は義務であって責任であった。

 

 

「艦底部のコバンザメを何とかして欲しいっス! じゃないと艦の重心がっス―――!」

 

 

副長であるインガー・オルセン少佐も、艦の姿勢を制御するのに必死だった。

まさにコバンザメのように張り付いてきている艦底部の敵潜空艦は、『ブリュンヒルデ』の航行に凄まじく邪魔だった。

とは言え、護衛の親衛艦隊の砲撃で剥がすわけにもいかない。

 

 

だからオルセン少佐は、艦の制御に悲鳴を上げるしかなかった。

なお余談であるが、彼女の慌てた声には周囲を落ち着かせる効果があると評判である。

魔力的な物では無く、単純に人格的な問題である。

 

 

「敵陸戦隊、艦の区画の一部を占拠しましたー!」

「包囲して殲滅しろ! ・・・陛下はどうなされたか、女王陛下の私室は!?」

「依然、連絡が取れません! マクダウェル尚書もご一緒なはずですが・・・」

 

 

艦橋スタッフの返答に、ブブリーナ准将は歯噛みするしか無い。

艦内の敵との戦闘における指揮はできても、それ以外の判断は彼女の手には余る。

それでも彼女には、女王を守ると言う使命と責任があった。

 

 

それは過去6年間、彼女が自身に課してきた責務でもあった。

しかしこれからもそう在り続けられるかは、また別の問題であるが・・・。

 

 

「さ、左舷から高魔力反応っス――――!」

 

 

少佐の叫びに、艦橋スタッフは次の対応が必要なことを悟った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side リュケスティス

 

戦闘の最中、俺はいつしか1人になっていた。

拠点を確定せず、ひたすら兵に紛れて相手方の密集陣形を突破する戦術を取っていたためで、俺としては晩節を汚したと言われても仕方が無い雑な用兵に恥ずかしい気持ちで一杯だ。

 

 

「俺が1人だからと言って、相手がいないことの理由にはならないがな・・・」

 

 

そんな俺の周囲には、誰もいない。

機能美を追求したような先程までの廊下と違い、赤い絨毯や高価そうな絵画などが壁にかけられた、見るからに雰囲気の違う廊下だ。

軍高官として何度か訪れたことのある俺だ、この廊下の先に何があるのかぐらいわかっている。

 

 

そして相手方も、俺の居場所を見失っているわけでもあるまい。

だからこれは、あえて通らされたと考えるべきだろうな・・・。

・・・そして、ここまでは聞こえないが。

今頃は、俺の部下達が『ブリュンヒルデ』の兵達と死闘を演じていることだろう。

だがそれでも、俺の心の一部には高揚するような感情が確かに存在する。

 

 

「度し難いな、我ながら」

 

 

苦笑の波に抗うこと無く身を委ねると、脇腹の傷が酷く痛む。

くくっ・・・と笑うだけで、じっとりとした液体が足を伝うのを感じる。

今回の叛逆は、言ってしまえば俺の意地から出た物で・・・本当に、度し難いな俺は。

そして・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・そして、辿り着く。

他の部屋のそれに比べて、より手の込んだ装飾の大きな扉の前に。

この扉をくぐるだけのことが、魔法世界の大半の人間にはできない。

俺の目の前の扉は、そう言う扉だった。

 

 

「・・・ふ」

 

 

そんなことを考えてしまう自分にまた苦笑して、俺は腹部の傷の痛みを再確認する。

黒の軍服にできた染みは、そろそろ隠しきれないかもしれない。

だが、すでにこれまでに殺した敵の返り血で汚れた我が身。

加えて言えば、軍人である俺が血を気にするなど、滑稽でしか無い。

 

 

だが・・・それも、扉の向こうの御方の存在がそうさせるのだろう。

俺は痛みを緩めようとするかのように、深く息を吐いた。

それから、多少、場にそぐわないことを自覚しつつも・・・礼儀を守り、扉をノックする。

これにもまた、苦笑せざるを得ない。

俺は、何をやっているのだろうな。

 

 

 

「・・・・・・どうぞ・・・・・・」

 

 

 

だがそれも、中からの返事で全て消える。

俺は思考を変えて、扉を開く。

扉を開いた瞬間に斬り殺されるようなことがあるかも、などとは考えない。

 

 

それもまた良し。

だが、それが無いと言う奇妙な確信も存在した。

 

 

「・・・」

 

 

上品な調度品の並ぶ私室の中央に、我が女王がいる。

それ以外の部屋の構成物・・・絨毯や明かり、壁紙や細々とした家財道具は、この際は意識の外だ。

今はただ、我が女王のみを見る。

我が女王も・・・真っ直ぐに、俺を見ているのだから。

 

 

胸元のごく一部のみを露出した薄桃色のドレス、ただしスカートの途中から純白の絹に布地が変わっている不思議なデザイン。

腰には白のリボンとパールを飾り付けた薄桃色の花のコサージュ、そしてドレスの袖口は短く、細い両腕を覆うのは手の甲までの白の長手袋。

そして薄い赤色の宝石をあしらった金のティアラとシンプルなイヤリング、左手の薬指には蔦のようなデザインの銀の結婚指輪。

そして・・・その両手にはまるで突き立てるように切っ先を床につけて持つ、王家の黄金の剣。

女王としての、それは最高の礼装だった。

 

 

「・・・我が女王よ、臣より謹んで申し上げます」

「・・・・・・聞きましょう」

 

 

俺の言葉に、我が女王は耳を傾けてくださる。

それを確認した後、俺は。

 

 

「自分ことレオナントス・リュケスティスは、我が女王に対し奉り」

 

 

ざっ・・・とその場に膝をつき、頭を垂れる。

俺がこの世でたった1人、まさに目の前におられる我が女王にしかしない。

臣下の礼。

 

 

「・・・寛大なるご処置を賜りたく、本日この場に参上つかまつりました次第にございます」

 

 

がっ、顔の前で右手の拳を左手の掌に叩きつける形で、顔を上げ。

俺は、そう告げた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

寛大な処置を請う。

そう私に告げたリュケスティス総督の顔に、迷いはありませんでした。

本気で・・・私に、許しを請うているのです。

 

 

「それは・・・」

 

 

ゆっくりと、言葉を選んで。

そして跪く総督から視線を逸らさずに、私は問いかけます。

アリアとしてでは無く、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアとしての言葉で。

 

 

「何に対して、寛大になれと言っているのでしょうか」

「・・・我が女王よ」

 

 

総督が、跪いたまま私に呼びかけて来ました。

私が床に突き立てている黄金の剣には、もしかしたら彼の顔が映っているかもしれません。

多くの女性が夢中になると言うリュケスティス総督の顔は、今はどこか血の気が少ないような気もしますが・・・。

 

 

「我が女王よ、我が女王は私をご信頼あって、エリジウム総督と言う地位をお与えくださいました。にも関わらずその職責を担うこともできず、先のブロントポリスにおける前例無き不祥事によって陛下の貴重な臣下を失わしめたことは、我が不徳の致す所。深く悔いる所です・・・しかし」

「・・・しかし?」

「しかし、我が女王がご即位されてから今日まで、自分ことレオナントス・リュケスティスは1日の例外も無く陛下への忠節に生きてまいりました。その点において、私にはいささかもやましい所など無いと断言することができます」

 

 

私も、リュケスティス総督の忠誠と献身を疑ったことはありません。

総督の親友であるグリアソン元帥が、命を賭けて庇おうとする程の人です。

アリア・アナスタシア・エンテオフュシアとしての私は、彼を信じています。

 

 

ただのアリアとしての私は、フェイトや田中さん達の件で責任を問いたくて仕方がありません。

彼が悪いと叫んでしまうのは、とても簡単です。

でも・・・。

 

 

「・・・では何故、叛逆したのですか?」

「そちらは完全な虚偽です、我が女王よ」

「虚偽だと言うのなら、何故もっと平和的な手段で弁明しなかったのですか?」

「我が女王よ・・・全ては我が不明。陛下に大役を与えられておきながら、異界の悪魔に乗じられる隙を与えてしまったのが、私にとっての・・・・・・っ」

「・・・総督?」

 

 

不意に、総督の声が途切れました。

床に片膝をついていた総督の身体がかすかに傾き、私に捧げていた手を下げて、身体を支えます。

不思議に思って良く見れば、総督の足元が何かの液体で湿っていることに気が付きました。

絨毯とは別の種類の赤色が、そこに広がっています。

 

 

「リュケスティス・・・!」

 

 

反射的に、総督に駆け寄ります。

両膝を床についた時、ぬめり気のある液体でドレスが汚れてしまいますが、それは別に良いです。

問題は、ドレスに付着した液体が赤かったことです。

 

 

これまで総督は平然とした顔をしていたので、気が回りませんでした。

負傷していたなんて・・・ここに来るまでの間に?

とにかく私は剣をその場に置いて右手の白い長手袋を外すと、それを総督の身体に押し付けます。

たぶん、お腹のあたりかと思いますが・・・。

 

 

「・・・っ」

「・・・痛みますか・・・?」

 

 

私の言葉に、総督は苦笑を浮かべようとして失敗したような顔をしていました。

近くで見た総督の額には玉の汗が滲んでいて、これまで精神力で傷の痛みを無視していたことがわかります。

スマートなようでいて、実は・・・と言うタイプなのかもしれません。

 

 

「・・・我が女王よ」

「何・・・」

「私は、貴女以外に膝を屈さない・・・」

 

 

その時、総督のアイスブルーの瞳が・・・痛みのためか、かすかに細められました。

総督のお腹に長手袋を押し付けている格好の私と、至近距離で眼が合います。

・・・そう、ですか。

 

 

ある意味、私はようやく・・・この時点で、やっと。

レオナントス・リュケスティスと言う人間と、交流できたのかもしれません。

そして、だからこそ。

私の過去の判断の結果を・・・いえ、判断しなかったから、その結果が。

 

 

「・・・レオナントス・リュケスティス総督」

「・・・・・・は」

「私は・・・」

 

 

総督と眼を合わせたまま、私は。

言葉を。

 

 

『総員、衝撃に備えるっス―――――――!!』

 

 

その時、部屋の通信機から大音量で声が響きました。

主語の無いその声は、間違いなく艦内全てに流しているのであろうそれで。

その次の瞬間。

 

 

至近距離で何かが爆発した、そんな音と衝撃が私達を襲いました。

 

 

爆風と、閃光と、衝撃。

それは、私の私室のすぐ傍から響き渡って来た物で。

『ブリュンヒルデ』の外壁をいくつもブチ抜いて、何かが突入してきた物でした。

頭の中身をシェイクされるような衝撃が過ぎると、視界がチカチカして・・・。

 

 

「う・・・?」

 

 

どうやら私室の扉の向こうにまで吹き飛ばされたらしく、私は廊下で、それも扉の上に倒れる形になっていました。

高々度で外壁に穴が開いたためか、空気が物凄い勢いで外に吸い出されています・・・。

ちょ、かなり不味・・・あ・・・。

 

 

「・・・そ」

 

 

私の身体に覆いかぶさるように、と言うかのしかかるように、大柄な男性の身体が私の上にありました。

ダークブラウンの髪と黒の軍服、それは・・・総督で。

 

 

「総督・・・!!」

「・・・負傷したのは私です、貴女では無い・・・」

 

 

呻くような声で返事が返って来ましたが、正直それに突っ込んでいる所ではありません。

衝撃から私を庇ったのかどうなのか、総督の背中とかが凄いことに・・・!

苦労して総督の身体を私の上からどかしただけで、私の両手に総督の物らしき血が・・・。

 

 

 

「いやぁ、これは驚いた・・・まさか彼が8匹目(オクトー)を出し抜いてアリア君に命乞いをするとはね! 余りにも驚いた物で・・・少々、ノックが強くなってしまったよ」

 

 

 

その時、どこかテンションの高い声が響きました。

私がそちらに顔を向けると・・・大きな穴が開いた外壁の縁の部分に、黒いコートを着た男性が立っていました。

 

 

背後に黒い龍のような生き物がいて、『ブリュンヒルデ』に首を突っ込んでいます。

その生き物と『ブリュンヒルデ』の隙間から、空気が漏れ出ているようですが・・・。

そして黒いコートの男性の左右に、金の髪のそっくりな少年少女が何人か。

 

 

「さて、さてさてだよアリア君、残念ながら私は無事だった・・・そしてこうして、キミを求めてここに来たわけだ・・・わかりやすく言おう、私の封印を解くために・・・」

 

 

そして黒いコートの男性は、赤い髪と赤い瞳の、見覚えのある顔。

頬に大きな傷がありますが、あれは知りませんね・・・。

そこにいる青年・・・ネギは。

 

 

「キミを抱きに来たんだ、アリア君」

 

 

ネギの仮面を被ったヘルマンは、物凄く気持ちの悪い事を言いました。

逃げるにせよ、抵抗するにせよ・・・全力を出す必要があるようです。

でも正直、今の私は物凄く弱いので。

 

 

このままだと、かなり不味いことになりそうな予感です。

フェイト・・・!




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第33回広報:

アーシェ:
無理矢理は良くないと思います。
そんなわけで、アーシェです。
一番最初の台詞は、今回の終わりを受けての女性としての反応です。
はい、最後のアレはそう言う意味ですよ皆さーん。
無理矢理はいけないと思います。


さて、そろそろ何かクライマックスな予感ですが、フェイト殿下どこにいるんだろ、奥さんがピンチですよー?
・・・まさか、出待ちしてるわけじゃないよね?


・テンペ
魔法世界北部に位置する中継交易国家。
国土の大半は砂漠で、点在するオアシスに小規模な村が存在する。テンペは名目上、それらのオアシスの村々を束ねる国家。それでも総人口は500万に満たない小国で、厳密には元首も議会も無い村の寄り合いのような国家。首都はテンペテルラ、軍隊は無く、かつては旧連合が安全保障活動を行っていた。現在は砂嵐対策を名目に駐留するウェスペルタティア王国軍が安全保障を担っており、事実上に自由連合化・保護国化が進んでいるとされる。「イヴィオン」への加盟も決まっており、見返りに300万ドラクマの開発援助を受けることになっている。


アーシェ:
ほいほい、では次回はですねー・・・えー・・・。
王子様現る、なはずなんですけど・・・そこに行くまでにいろいろと厳しいことが起こったり起こら無かったりするかもです。


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アフターストーリー第37話「遅れて、本当にすまない」

Side アリア

 

魔法具、『魂の牢獄』。

対象の魂を封じ込める魔法具であり、私が創ったまま放置していた魔法具の1つです。

6年前、私が麻帆良で悪魔ヘルマンに対し使用した魔法具。

 

 

「どうもこのカードは、私が知っているどの封印のアイテムとも構造が違うのでね」

「スタン爺様に壺に封じられた癖に・・・」

「これは手厳しいね」

 

 

紳士然と笑うヘルマン、ですが残念ながらネギの身体です。

ネギが紳士然と笑った所で、私は全然ときめきませんよ。

笑顔1つで私を落としたいのなら、フェイトを連れて来なさい。

 

 

「まぁ・・・私としてもね、アリア君。合計して10年以上の封印と言うのも、なかなかに辛い物があるのでね・・・そろそろ、自由になりたいのだよ」

「・・・」

「しかしどうも、このカードの封印が解けなくてね。キミの実兄であるネギ君の血と魔力を使えば解けるとばかり思っていたのだが・・・」

 

 

困ったように肩を竦めた後、ヘルマンは懐に手を入れます。

外壁が破れて空気が吸い出されている部屋の中で、黒い影のようなコートがバサバサと揺れます。

でも外見はネギなので、ちっともカッコ良くありません。

 

 

後、この世界に存在する方法では、『魂の牢獄』の封印は解けないでしょうね。

何かの媒介にすることはできても、封印の解除はできないでしょう。

・・・所有権が今、誰にあるかもわからない代物ですしね。

 

 

「しかし、キミになら解けるのでは無いかね、アリア君?」

 

 

懐から取り出したカード『魂の牢獄』を私に示しながら、ヘルマンが言います。

まぁ、私なら解除できたかもしれませんけど。

でも、どうなのですかね・・・正直な所。

私はとっくに力を失って、しかも右眼もこんな状態ですし・・・解けないかも。

・・・一瞬だけ、ヘルマンに謝りたくなりました。

 

 

「と言うわけで、キミの身体を譲って欲しいのだがね」

 

 

でも、それは嫌です。

何より、床に座り込んでいる私の膝の上には、リュケスティス総督が倒れたままです。

血を流し過ぎて意識が飛んでいるのか、ピクリとも動かなくて・・・かなり、危ない。

 

 

「・・・まぁ、黙って譲ってくれるとも思っていない」

「・・・」

「紳士として淑女に対し、大変心苦しいのだが・・・性的交渉によって、キミの魂を汚して心を壊す所から、始めようと思う」

 

 

勝手に始めないでください、気持ち悪い。

身体的に実の兄妹ですよ、と言うより、フェイト以外の男性が私の肌に触れるなんて・・・。

我慢、なりませんから。

 

 

 

「別に皆殺しにしてしまっても、構わんよな?」

 

 

 

私が嫌悪感を表情に出すよりも少しだけ早く、金色の旋風がヘルマン達の背後に出現しました。

それはリュケスティス総督が来る前に、私の部屋のどこかに隠れたエヴァさんです。

正直、ヘルマン達が突入してきた衝撃でどうなったのか、わからなかったのですが・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

正直に言おう、出るのが少し遅かったと。

リュケスティスにアリアを襲う意思が無いとわかった段階で気を抜いたのが、不味かったのかもしれん。

油断せずして何が最強かと言う考えが、いけなかったのかもしれない。

 

 

結果、ヘルマン達の突入の際の爆発に巻き込まれて右腕が胸の一部を巻き込んで、それと右足の表面の一部を抉り取られてしまった。

そのため再生の時間分、出るのが遅れてしまったと言うわけだ。

 

 

「別に皆殺しにしてしまっても、構わんよな?」

 

 

登場の次の瞬間、私はそう告げる。

しかしアリアの許可は待たずに―――待つ必要があるか? いや、無いな―――次の行動に移る。

何しろ、私のアリアに対してあそこまで下劣な宣言を行ったのだ。

殺す・・・いや、魔界に還れ無い程に滅ぼしても問題は無かろう。

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)かね――――」

 

 

ぼーやの肉体を借りたヘルマンとか言う悪魔が私から距離を取ると、その穴を埋めるように左右からアリアに似た金髪のガキが出てくる。

ああ、「Ⅰ」の身体を使っているのか。

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)・・・」

「・・・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「ほう、私のことを知っているとは、なかなかに見所のあるガキどもだ」

 

 

まぁ、中身は何年生きているのか知らんがな。

一歩目で瞬動、二歩目で止め、手の届く距離にまで一気に詰め寄る。

そして同時に右側の奴の首の横に肘を叩き込み、次いで身体を捻って掌底を胸に。

私の攻撃の衝撃で首が半ばから千切れ、胸の中央部が爆発、風穴が開く。

肉を破り血が手先にこびり付く感触に、私は笑みを浮かべる。

 

 

「キサマッ!」

 

 

背後からの敵の拳を、見もせずに首を傾げるようにしてかわす。

それどころかその腕を掴み、逃げられないように固定。

振り向き様に、腹の真ん中を手刀を突き入れる。

ぶちぶち・・・と言う嫌な音と共に、私の手には生温かい腸をかき分けるような感触。

 

 

ガキの腹から手を引き抜き、その場に打ち捨てて頭を左足で踏み潰す。

ぐちゅっ・・・蛙を踏み潰したのとそう大差無いような音が響く。

ふん、爵位級悪魔の従者だと言うからどれ程の物かと思えば・・・。

 

 

「・・・2匹目(デュオ)7匹目(ヘプタ)を一撃かね」

「次はお前だよ、没落貴族(ゴミ)」

 

 

ヘルマンの傍には、突入の際に浸かった黒龍を除けば誰もいない。

万策尽きたと言うわけだろう、そして私がぼーやの身体に遠慮してやる義理はあんまり無い。

さっさと滅ぼして、禍根を断たせて貰うとしよう。

 

 

「ふむ・・・残念ながら、まだ残っているのだよ」

「はん・・・その黒龍か?」

「無論、この1匹目(ヘイス)もそうだがね・・・」

 

 

外へと漏れ出す空気の流れに黒いコートをはためかせながら、ぼーやの身体でヘルマンが肩を竦める。

・・・ふ、ん・・・。

 

 

・・・!

 

 

その時、背後に黒い魔力を感じた。

さっき殺した2人とは格の違う、大きな魔力だ。

と言って、私ほどでは無いが・・・。

 

 

 

「紹介しよう、我が最強の従者にして男爵級悪魔・・・『夢魔』、9匹目(エンネア)だ」

 

 

 

・・・夢魔! その単語に私は全身を緊張させる。

そして振り向く。

振り向くと、そこには・・・。

 

 

・・・そこには。

『私』が、いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

その少女は、美しかった。

年齢は10歳前後だろうか、当時としては大人の直前とも言える年齢である。

艶やかな金髪、絹のような白い肌、空を映したかのような青い瞳。

多くの人々は、そんな可憐な少女を見れば和やかな気持ちになるだろう。

 

 

時は1428年、スイス南部ヴァレー州。

この時、人々は初めて本物の「魔女」を目にすることになった。

何しろこの金髪の少女の姿をした「魔女」は、斧で腕を切り落としても、熱した釘で肺を抉り出しても、水と食料を断って放置しようとも、縛り上げて川の底に沈めようとも、そして・・・剣や牛を用いて身体を複数に引き裂いても。

 

 

死なないのだから。

 

 

当時はまだ、後に「魔女狩り」と呼ばれる行為の方法は確立していなかった。

それが正式に形となって広まるには、まだ少なくとも50年は待たなくてはならない。

しかし人々は、それまでの慣習上の魔女とは明らかに異なるこの「魔女」を恐れた。

そして、求めた。

日頃の重税と戦乱の不満をぶつけられる、そんな生贄の羊を・・・。

 

 

「魔女め!」

「不幸と災厄をもたらす、魔女に死を!」

「男を誑かし、懐の金を盗む卑しい魔女を殺せ!」

「「「殺せ!!」」」「「「殺せ!!」」」「「「殺せ!!」」」

 

 

人々が狂ったように叫び、石を投げる中を少女は歩く。

少女・・・と言っても、実年齢はその倍に達しているが。

金髪の少女は、ほとんど裸に近い格好で道を歩かされている。

薄汚れた布は少女の秘部を申し訳程度に隠す機能しか無く、裸足で土の道を歩く少女の両手足には重い木の枷が嵌められている。

 

 

少女は、疲れていた。

 

 

美しい金の髪は傷んでくすみ、絹のような肌には土や血がこびり付き、青い瞳には光が無い。

人々の投げた石が額に当たり、血を流すが・・・その傷もすぐに再生してしまう。

それを見た人々はさらに熱狂し、より高く「殺せ」と叫ぶ。

 

 

(死ねないのに)

 

 

少女は思う、どんなに痛くても苦しくても死ねない気持ちが、他人にわかるだろうかと。

これから何をされるのか、大体の想像はできる。

だがどうせ、痛くて苦しいだけで・・・死ねないのだろうと。

少女は、諦めていた。

 

 

だから最初から「魔女」だと認めた。

それでも拷問はされたが、それは教会の異端審問官が幼女を嬲って喜ぶ性癖の持ち主だったからに過ぎない。

少女としては、それすらもどうでも良かった。

 

 

(どうせ、終わらない)

 

 

続いて行くのだ、これからもずっと、1人で。

1人きりで、この先の何十年、何百年を生きて行かねばならないのだから・・・。

 

 

『そんなことは無い、貴女はこの時間で死ぬ』

 

 

その時、声が聞こえた。

声は、少女が死ぬことを告げていた。

少女は、死を想う。

 

 

死は、救いだ。

もし死ねるのであれば、自分は何でもするだろうと・・・。

もう誰も、そう、家族も友達すらもいないのだから・・・。

 

 

(・・・家族・・・?)

 

 

火刑と呼ばれる処刑法は、最も残酷な方法の一つであるとされる。

だがあまりにも残虐なために事前に絞首刑や他の方法で予め殺害し、遺体を焼くのが一般的である。

ただ、この「魔女」は死なないため、炎で「清めて」灰にするしか無い。

 

 

少女は大きな木の棒に括りつけられると、足元の薪や葦などの可燃物に火をかけられるのを他人事のように見つめている。

次第に、熱と煙が少女の肌と肺を痛めつけ始める・・・。

 

 

(・・・か、ぞく・・・?)

 

 

少女の胸の内を、ぐるぐると違和感が駆け巡っていた。

それは、肌を焼く炎や人々の狂った叫びをも遠ざけて・・・。

 

 

『貴女は、ここで死ぬ』

 

 

声がするが、それすらも遠い。

火に焼かれる少女の前に、槍で武装した教会の兵が進み出る。

 

 

(・・・誰、だっけ。父様と母様・・・ううん、もっと別の・・・)

 

 

次第に、感覚があやふやになっていく。

そう、それはまるで、「夢」から覚める直前のような・・・。

 

 

『・・・死ね!』

 

 

教会の兵が、槍を突き出す。

それは確実に少女の薄い胸を貫き、心臓を潰した。

縛られた少女には、それをかわすことはできない。

 

 

(そう、だ・・・私には、命を賭けても守ると誓った、「家族」がいた・・・はず?)

 

 

・・・縛られていたはずの少女の腕が、動く。

その手は、自分の心臓を刺している槍を掴む。

 

 

「・・・・・・悪い、が」

 

 

(家族・・・そう、だ、私は・・・・・・「私」)

 

 

「火刑の最中に槍を刺すバカは、いないんだよ・・・!」

 

 

疲れていた少女の瞳に、瑞々しい生気が漲り始めていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side エヴァンジェリン

 

なるほど、夢とは本当に厄介な物だな。

確かに、600年前のあの段階の私ならば、赤子の手を捻るように殺せただろう。

現実の私は、精神的に死ぬと言う所か?

 

 

「夢魔・・・それも爵位級か、なるほどな」

 

 

例の『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』とは、逆の夢。

絶望と疲労の極にあった時点にまで対象の精神状態を「戻し」、夢の世界で緩やかに殺す。

人間、誰しも「死にたい」と本気で考える時がある物だからな。

 

 

だが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の時もそうだったが、夢には矛盾がでる。

あやふやで、曖昧で、生温い。

それも『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』のように合理的でも客観的でも無い、悪魔の主観によって改変された夢。

 

 

「その間隙を縫って、対象を支配するか。姑息で陰険なやり口だな、流石は悪魔と褒めてやろう」

 

 

私の目の前に広がるのは、最弱だった頃、私が一度だけ炎に焼かれた記憶。

長らく忘れていたが、なるほど、こう言う光景だったか。

ぶちぶち・・・と、自分の身体を縛り付ける綱を切り、足元の炎を凍らせながら着地。

その間も、私を刺した教会の兵の槍の先を握っている。

 

 

「ここは夢の世界なのだろう、ならばここでは現実では使えない力も使える・・・」

 

 

リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。

 

 

「何しろここは私の夢、ここでは私が王なのだから」

 

 

契約に従い我に応えよ、闇と氷雪と永遠の女王。

 

咲きわたる氷の白薔薇、眠れる永劫庭園。

 

来たれ永久の闇、永遠の氷河。

 

凍れる雷もて魂なき人形を囚えよ、妙なる静謐。

 

白薔薇咲き乱れる永遠の牢獄・・・。

 

 

「その身体、借り物の人形なのだろう?」

 

 

ビシビシと槍が氷、氷の蔓のような物が徐々に教会の兵を、そして周囲の人々を全て包み込んで行く。

いつか若造(フェイト)を殺してやろうと思って、6年間で作った私の独自呪文。

正直、詠唱魔法が無いので旧世界以外では意味が無いかと思っていたが。

まさか、自分の夢の世界で使うことになるとは思わなかった。

 

 

我が雷氷の蔓は「人形」の気配を漂わせるエンネアとか言う夢魔を正確に嗅ぎ分け、捕らえる。

悪魔の障壁など意味は無い、これは障壁ごと、障壁の外側を凍てつかせる大呪文。

 

 

「ハハッ・・・ほら、どうした。早く私の夢の中から逃げないと、その借り物の容れ物(カラダ)から永久に出られなくなるぞ?」

「・・・あ、あり得ない。何だ貴様・・・ッ」

「私か? 私はな・・・最強最悪の大悪党さ、知らなかったのか?」

 

 

硝子の砕けるような音が響いて、私の夢の世界が壊れる。

崩れ落ちた後には、闇のみが広がっている。

何も無い、無意識の空間だ。

 

 

そこにいるのは、私一人。

そして・・・私の中に侵入し、今や蜘蛛の巣のように広がった雷氷の蔓に囚われた夢魔が一匹。

かすかに舞う氷の結晶が私の魔力の光を乱反射し、万華鏡のように周囲の空間を歪ませる。

夢魔の方を見ないままに、私は右手の指を前に出して・・・。

 

 

「永久に自分が凍らされ続ける夢を見ながら・・・滅びるが良い」

 

 

ぱちんっ!

私が指を鳴らすのと同時に、雷氷の蔓が白薔薇のような形を形成する。

それは永遠の牢獄、夢魔すら縛る美しい彫像。

 

 

「『終わりなく白き九天』」

 

 

後に残るのは、完璧なる静寂の世界。

ふむ、やはり私にはこう言う孤独で静かな世界の方がお似合いだな。

イメージに合っていると言うか、カッコ良いだろ。

 

 

「さて・・・現実の方では何分経ったか、何しろ火と水と鉄の拷問フルコースを13回ほど受けていたからな」

 

 

釘のついた仮面を被らされたりとかしてたからな、急いで起きるとしよう。

そして、この茶番にケリをつけるとしよう。

私が、この手でな。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「エヴァさん!」

 

 

ヘルマンの手下らしき方々を一蹴した後、エヴァさんがその場に倒れました。

見方にもよると思いますけど、いきなり寝たように見受けられます。

魔法『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』や魔法具『眠(スリープ)』で攻撃された際と同じような感じですので、たぶんそうでしょう。

ヘルマンの言葉を借りるならば、夢魔、ですか・・・。

 

 

「雷速・『悪魔パンチ(デーモニッシェア・シュラーク)』!」

 

 

でも残念ながら、私はエヴァさんばかり心配している場合ではありません!

総督の身体を庇うように身を伏せたのが功を奏したのか、衝撃は私の頭上を通り過ぎて行きましたけど・・・。

 

 

轟音。

 

 

私の後ろの壁や隔壁を粉砕して、ヘルマン=ネギの拳圧の凄まじさを証明します。

と言うか、人の艦をこれ以上壊さないで欲しいのですけど・・・!

 

 

「ふむ・・・どうかね、できれば淑女を痛めつけたくは無いのだがね」

「は・・・嘘を吐くなら、もう少し上手く吐きなさい」

 

 

唇を三日月の形に歪めて笑うような男が、何を言うのでしょうか。

アレが悪魔としての本性なのか、それともネギの身体を借りている影響かはわかりませんが。

いずれにせよ、相手は私を嬲るつもり満々なようです。

通常なら逃げの一手、でもエヴァさんと総督を残して逃げるなんて論外。

となれば・・・。

 

 

「ほほう?」

 

 

ヘルマンが意外そうな声を上げたのは、私が総督の身体の目に出て身構えたからです。

総督の身体をその場に横たえ、守るように前へ。

気取って言うのならば、臣下を守るのも女王の義務です。

 

 

「そう言えば、アリア君は6年前にも私を倒せる程の実力を持っていたのだったね」

「・・・もう一度、封印して差し上げますわ」

「ふむ、それは困るね・・・」

 

 

懐から鉄扇ならぬ京扇子を取り出し、姿勢を低くして構えます。

外から見れば、それなりにサマになっているように見えるでしょうけど・・・。

正直に言います。

 

 

今の私は、6年前の私よりもずっと弱いです。

魔法具は創れず、共に戦う仲間もおらず、さらに言えばこの6年間、碌に訓練もしていません。

戦闘力と言う一点に限定すれば、私はネギにだって勝てないでしょうよ。

例外は両目の魔眼、でも右眼はある事情で使えません。

だから・・・。

 

 

「・・・どこを見ているね?」

 

 

次の瞬間、黒い雷が私の身体を撃ちました。

私の意識が追いつく前に背後に回ったヘルマンの一撃が、同時に私の胸を撃っていたのです。

心臓付近に撃ち込まれた一撃が、私の意識を暗転させ・・・。

 

 

「『黒雷瞬動』」

 

 

返しの背中からの一撃が、私の意識を強制的に引き戻します。

痛みが追いついて来たのは、形容しがたい音が身体の中で響いた後で。

もう、何と言うか・・・てんで手も足も出ていないわけで。

痛いの一言すら言えない程で、正直・・・。

 

 

「・・・えはっ・・・うぇ・・・くふっ・・・!?」

 

 

咳き込んで、痛みと吐き気を堪えてその場に蹲るしかできません。

激しく咳き込む私の服の襟を、ヘルマンが掴んで引き寄せます。

ぐいっ・・・と引き寄せられるのと同時に、ヘルマンの腕を掴んで、身体を跳ねて反撃。

しかし突き出した拳は、虚しく掴まれて・・・。

 

 

「雷速・『悪魔パンチ(デーモニッシェア・シュラーク)』」

 

 

再び、黒雷の拳圧が放たれます。

魔力が放電現象を起こし、破壊を撒き散らすこの瞬間。

それも、身体を密着させているこの状態こそが。

 

 

私にとって、最初で最後のチャンスです。

 

 

『全てを・・・喰らう』!

左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が起動し、魔力化した相手の攻撃を吸収。

私の身体のダメージを癒し、同時に急加速させます。

 

 

「ぬ・・・っ」

 

 

ミシリ、と音を立てたのはヘルマン=ネギの首。

原因は、私の蹴りが決まっていたからです。

襟元からヘルマンの手が離れた刹那、私は地面に着地。

魔眼の加速効果が残っている内に突撃、相手の腹に拳を撃ち込みます。

 

 

すれ違うように背後に、跳躍、空中で回転しつつヘルマンを飛び越え・・・。

両膝を、顔面に叩きつけました。

軽い音が響き、スカート越しに鈍い感触・・・普通なら、コレで十分にノックダウンです、が。

 

 

「・・・それじゃ、「僕」は殺せないよ・・・アリア」

「・・・え?」

 

 

不意に、それまでとは質の違う声が・・・何?

でも次の瞬間、ヘルマンの瞳が赤く輝いて。

 

 

私の身体が、床に叩きつけられていました。

 

 

一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。

ただいつの間にか、足を掴まれて・・・。

 

 

「―――――――――――――ッ!?」

 

 

地面を二度ほどバウンドした後、お腹を蹴られます。

かと思えば、私の身体が止まった途端に腕を踏まれ、鈍い音・・・折れました。

痛みに悲鳴を上げる前に喉を掴まれ、壁に。

壁を突き破り、隣の部屋へ放り投げられます。

 

 

そこから先は、記憶に残りませんでした。

とにかく、ただひたすらに痛くて・・・最後には痛みとか全然、わからなくなって。

気が付いたら、髪を掴まれて・・・。

 

 

「・・・ああ、申し訳ない。どうやら我を忘れていたようだ」

「・・・ぁ・・・」

「侘びと言うわけでは無いが、9匹目(エンネア)の力で・・・魔界の快楽と言う物を教えてあげよう」

 

 

ずず・・・と、ヘルマンの足元の影が蠢きます。

それは徐々に広がって、触手のようになって私の身体に触れて来ます。

足先から、徐々にせり上がってくるそれに・・・。

 

 

「・・・ぅ・・・」

 

 

気持ち悪い。

嫌・・・嫌、嫌・・・嫌・・・触らないで・・・!

でも、身体が動かない・・・。

 

 

・・・私の嫌悪は、影の触手がロングスカートの裾の下に潜り込んできた時、最高潮に達しました。

ずる・・・と、生温かい気持ちの悪いそれが、太腿の表面を撫で始めて・・・。

痛みとは別の理由で、涙が・・・。

嫌ぁ・・・気持ち、悪・・・ふぇ・・・。

 

 

「・・・ぇぃ・・・ぉ・・・」

 

 

助けて、心の中で・・・そう、叫んだ。

あの人以外に、触られたく・・・無いぃ・・・。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

・・・さて、嫌な予感は多分にするけど、内部はどうなっているのかな。

一応、砲座から艦内の自動銃とかを遠隔操作して総督府軍の兵士を狙い撃ったりはしているのだけど。

ああ、言っておくけど私は正規兵じゃないから、同志討ちも別に気にしないよ。

 

 

お金さえきちんと貰えれば、何も文句は言わないさ。

ある意味、労働者の鑑と言えるのかもしれないね。

何しろ、お金がいくらあっても足りない事業と言うのはいくらでもある物でね・・・。

 

 

「とは言え、クライアントあってのことだけどね」

 

 

クライアントが死んでしまっては、お金は貰えない。

それは当たり前のことで、傭兵の常識でもある。

自分の命より優先なんてことはしないけれど、よほどのことが無い限りクライアントの安全は確保する必要がある。

 

 

私がアリア先生を守っているのは、興味以上にそう言う事情の方が強い。

裏を返せば、お金さw貰えるのであればアリア先生がクライアントで無くとも構わないと言うことさ。

まぁ、そこまで急展開できる程、私も人でなしでは無いつもりだけど・・・。

 

 

「勝つ側につくと言うのも、重要なことだしね」

 

 

砲座の計器を操作しながら、そんなことを呟く。

今の所、私には無駄口を叩く余裕がある。

艦に黒い竜が突撃してきた時は、流石に焦ったけれど・・・それ以降、第二波は無い。

 

 

艦底に取り付いた潜空艦にしても、近過ぎて私にはどうすることもできない。

周囲は数十隻の王国艦に囲まれていて、少なくとも外からこれ以上の敵性勢力の接近を許すとも思えない。

 

 

 

―――ピピピッ、ピピピッ―――

 

 

 

その時、砲座の計器が鳴り響いた。

ある方向から接近する何かを、レーダーに捉えたらしい。

私は銃の形をした照準装置を手に取ると、座席(シート)を回すようにしてそちらに各砲塔の照準を合わせた。

360度スクリーンが、正確に外の様子を私に教えて・・・。

 

 

「・・・・・・ハハッ」

 

 

そちらを見た私は、思わず笑い声を上げる。

何だい何だい、ようやく来たのか。

ヒーローは遅れてやって来ると聞くけども・・・少し、遅れすぎじゃないかい。

 

 

「・・・アリア先生が、待ってるよ・・・」

 

 

かつて私が、「彼」の帰りを待っていたように。

らしくも無く、私はそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

Side 環

 

追いつくのには、苦労した。

いくら竜形態になっていても、軍艦に追いつくのは無理。

だけど、相手が止まってくれているのなら・・・。

昼夜問わず飛行を続ければ、追いつけないことは無い。

 

 

「すまない、環君」

 

 

頭の上から、フェイト様の声。

私は今は人間の言葉を喋れないけれど、それでも気持ちが伝われば良いと思う。

だから私は、もっと翼を動かして速く飛ぶ。

 

 

でも、できれば。

謝るんじゃ無くて、ありがとうって言って欲しい。

それだけで、私はもっと頑張れるから。

 

 

「わ、わわわっ・・・ちょ、環! ちょっと張り切り過ぎ・・・!」

「よ、酔う・・・!」

 

 

尻尾とか足の方に捕まってる暦達が、文句を言う。

竜形態になった私の身体、フェイト様が頭、栞と調が背中、暦が尻尾で焔が足。

捕まる難易度も、その順番。

でも仕方が無い、私の身体にも限界がある。

 

 

目の前には、王国艦隊がいる。

ブロントポリスから、そんなに離れて無い・・・中心に、白銀の戦艦。

・・・艦の底に、何かくっついてる?

 

 

「環君、『ブリュンヒルデ』の左舷に沿うように飛んでくれるかい・・・たぶん、そっちにアリアがいる」

「ええ、フェイト様、何でわかるん・・・ひゃあっ!?」

「こ、暦、喋ると舌噛むぞ舌・・・っ」

 

 

暦達は無視して、フェイト様の指示通りに飛ぶ。

連絡して無いから、護衛の駆逐艦が何隻か砲撃してきた。

仕方無い、私の竜形態を知らない人もいるんだから。

 

 

・・・っ!

 

 

捕まってる皆を振り落とさない範囲で、回避行動。

風を受ける翼を巧みに動かして、身体の位置を微妙に変える。

旋回して、回転して、上下運動、精霊砲スレスレに飛行しながら『ブリュンヒルデ』に近付いて行く。

不思議と、『ブリュンヒルデ』からの砲撃は無かった。

そのおかげで白銀の戦艦の懐に飛び込んで、他の艦の砲撃を制限することができた。

 

 

「・・・何アレ、黒い龍・・・?」

「左舷のあそこは・・・居住区画の付近ですわね」

 

 

暦達の声の通り、『ブリュンヒルデ』の左舷、穴の開いた所から黒い龍が飛び出してきた。

私よりも一回り大きい、もしかしたら私よりも上位の竜種かもしれない。

でも私のやるべきことはただ一つ、フェイト様を『ブリュンヒルデ』まで運ぶこと。

 

 

フェイト様・・・行って!

 

 

大きく空気を吸って、身体に力を込める。

私は止まらない、このまま・・・!

 

 

「すまない、環君」

 

 

・・・フェイト様。

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

フェイト様!

フェイト様が私の身体から跳ぶのと同時に、私は黒い龍に体当たりした。

何かが軋むような音が響いて、黒い鱗の龍がよろけるように離れる。

 

 

「よ、よよ・・・よーし、行っちゃえ環――――!」

「私達に構わないでください!」

 

 

背中とか尻尾から、暦達の声が聞こえる。

できれば、振り落とされないように気を付けて・・・。

 

 

「―――――――ッ!」

 

 

相手の龍が、咆哮する。

ビリビリと衝撃が来て・・・私は。

 

 

「――――――――――――ッ!!」

 

 

竜の言葉で、物凄く汚い言葉を返した。

・・・ギリギリ説明すると、「かかって来いやこの○○××がぁオラァッ!!」的な・・・。

貴方は・・・私が、倒す。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

環君から飛び降りた後は、虚空瞬動で微調整して『ブリュンヒルデ』内に入る。

前の時もコレができれば、問題は少なかったんだけどね。

まぁ、今回の場合は外壁がすでに破壊されていたからだけどね。

 

 

中に入ると、結構な範囲まで抉られているのがわかる。

僕の考えだと、ここはアリアの私室付近だと思うのだけれど・・・。

・・・途中、何かを蹴った。

 

 

「・・・キミか」

 

 

金髪の吸血鬼が、小さな外壁の破片に塗れながら眠っているのを見つけた。

どうも普通の睡眠とは違うようだけれど・・・。

それと、すぐ近くに随分と大怪我をした男がいた。

その男はレオナントス・リュケスティス、見るからに半死人なのだけど。

だけど彼の腹部の傷に当てられた長手袋には、見覚えが・・・。

 

 

「・・・ぇぃ・・・ぉ・・・」

 

 

その声に、僕は吸血鬼と元帥を意識から排除する。

声・・・震えた、すすり泣くような、とても哀しい・・・嫌悪に満ちた声だ。

その声の主は、そんな声を僕に対して使ったことは無い。

 

 

「・・・めて・・・お願い・・・触らな・・・」

 

 

そう、声の主。

その人のことを、おそらくは僕は誰よりも良く知っている。

だから、こんな声を聞いたのは初めてで・・・。

・・・・・・あえて、聞こうか。

 

 

「・・・キミを、殺しても良いよね?」

 

 

おそらくは稼働して(うまれて)初めて、僕は純粋な殺意を抱いている。

外壁に穴の開いた部屋から2つほど隣の部屋で、僕はネギ君の身体の肩に手を置いた。

ここまでどう言うルートで進んだか、何を考えていたかは、詳細には覚えていない。

重要なのは、結果だから。

 

 

影に拘束された四肢、涙に濡れた瞳。

嫌悪に歪んだ顔は青ざめて、普段の美しさの半分も発揮できていない。

影の一部は薄桃色のドレスの中に潜り込んでいて、薄い布越しにどこに触れようとしているのかがわかる。

そして影で無理矢理開いた足の間に膝をつきかけたヘルマンの肩に、僕が手をかけた所で・・・。

 

 

「殺すよ、キミを」

 

 

次の瞬間、僕はヘルマン=ネギの頭を砕く勢いで殴り飛ばした。

右拳、全力、拳の先に嫌な感触。

初めて、僕は明確な殺意を持って誰かを殴った。

悪魔の障壁をあえて無視して、障壁ごと吹き飛ばす。

 

 

僕が言うのもアレだけど、障壁なんて大した意味を持たない。

ただ少し、拳の骨が砕けるだけさ。

 

 

「アリア・・・」

「・・・っ!」

 

 

ヘルマンを殴り飛ばした後で僕がしゃがむと、アリアがそのまましがみ付いて来た。

僕の胸に顔を押し立てて・・・震える肩を、ゆっくりと抱いた。

衣服の所々にぬめり気のある液体が付着していて、どうやらまだ影が残っているようで・・・。

 

 

「・・・ごめん、触るよ」

 

 

断った上で、衣服の中に残った黒い影を引き剥がす。

生温い手触り、とても気持ち悪かったろうと思う。

黒い影は、彼女の鎖骨や脇、太腿に多く付着していて・・・白い肌を、汚しているように見えた。

 

 

「すまない・・・遅くなって」

「・・・うぶ、まだ、何も・・・れてな・・・っ」

「うん・・・」

 

 

何も言わなくて良い、そんな気持ちを込めて彼女を抱き締める。

・・・遅れて、本当にすまない。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

怖かった・・・本当に、怖かったんです。

あのままフェイト以外に許したことの無い場所まで触れられていたら・・・死を選んだでしょう。

でも死ねないんです、私は。

 

 

だって、オスティアで赤ちゃんが私を待っているのに。

そう考えたら、死ねなくなりました。

だから耐えるしかないんだと気付いて、死ねないのに死にたい気分になりました。

 

 

「・・・ぇぃ、とぉ・・・!」

「うん・・・」

 

 

だから、来てくれた時・・・本当に嬉しかった。

あんな姿を見られて、また死にたくなりましたけど・・・でも、本当に。

また会えて良かった、間に合ってくれて嬉しい。

そんな気持ちが溢れて、止まらなくて。

 

 

「酷い怪我だ・・・遅れて、本当にすまない」

「・・・っ」

 

 

その言葉にフェイトの胸に顔を擦りつけたまま、首を振りました。

遅れてなんて、いないから。

フェイトはちゃんと、間に合ってくれたから・・・。

 

 

 

「・・・いや、今のは効いたね」

 

 

 

その時、ガラ・・・と、壁の向こうから黒いコートの男が現れました。

首が不自然に曲がっていましたが、頭を片手で持って「ごきり」と戻しています。

彼・・・ヘルマンと目が合った瞬間、私はフェイトの服を掴みました。

嫌だ、あの人。

 

 

「いやはや・・・傷付くね、その反ぷぉっ!?」

 

 

ヘルマンが言葉を紡ぐ前に、黒い剣が顔面に刺さりました。

ぴぴっ・・・と赤黒い血が飛び散って、ヘルマンは衝撃で数歩下がります。

それは、フェイトが放った『千刃黒曜剣』でした。

 

 

フェイトが私を抱く手に力を込めると、さらに数本の黒い剣が飛びます。

右肩、左胸、右脇腹に左足・・・明らかに、殺すつもりで放っています。

ですが、どうしてかヘルマンは・・・ネギの身体は、倒れません。

 

 

「ふふふ・・・いや、おそらくは無駄だよ」

 

 

剣が刺さったまま、ヘルマンが嗤います。

かと思えば、黒い剣がズブズブとヘルマンの身体の中に飲み込まれて・・・消えます。

コレ、は・・・?

 

 

「ふふふ・・・いや、この「闇の魔法(マギア・エレベア)」は本当に素晴らしい力だね。人間の魔族化・・・いや、吸血鬼化? いずれにしても素晴ラ、シいネ・・・ッ!!」

 

 

ネギの身体が、どす黒く染まり・・・ビキビキと音を立てながら変化していきます。

衣服の下にあるはずの「闇の魔法(マギア・エレベア)」の刻印が、今ははっきりと見えます。

それは激しくグルグルと回って、力を増していきます。

 

 

ネギの・・・人間の身体を、化物のそれに変えて行きます。

全身が黒く染まり、頭と肩に無数の角が生え、手と足には鋭利な爪が伸び、尻尾まで。

まるで・・・獣。

 

 

「ははハはハハはハッ! どうかね、気に入って貰えたかね・・・こレがネギ君ノ本来ノ才能! 到達すルはズダっタ境地、オソらク純粋な力なラば彼ノ父親ヲも超えルハずダッた能力・・・!」

 

 

魔力の圧力は段違いに上がり、まさしく私とフェイトを圧倒します。

接触していないのに、私の左眼が疼く程の高濃度魔力。

さるほど、確かにネギはいろいろと規格外の才能を持ってはいたようですね・・・!

それこそ、私など足元にも及ばない程の。

 

 

「そシテそシテさラに、悪魔でアル私ノ力を上乗せスルコとデ、人間にハ到達不可能ナ域にマで・・・変身スルこトガ可能なノだヨ・・・!!」

 

 

もはや二足歩行せず、手足をまさに獣のように床につけて、ヘルマン=ネギが唸り始めます。

その身体はギシギシと何かに変化しようとするかのように蠢き、人間には不可能なレベルの濃度で魔力を断続的に周囲に撒き散らします。

それは小規模ながら魔力嵐を引き起こし、私はフェイトにしがみ付いていないと吹き飛ばされそうで・・・!

 

 

これが・・・ネギ本来の、才能!

到達するはずだった・・・位階!

 

 

「ぬゥウうウウぅゥォぉおオオおオおおおオおォォぉおオォッッ!!」

 

 

咆哮、そして閃光。

艦体その物を揺らす程の衝撃で持って、ヘルマン=ネギの変身が・・・。

・・・完了すると、思った・・・その時。

 

 

 

 

   ―――――そこまでポヨッ!!―――――

 

 

 

 

その時・・・どこかで聞いた覚えのある声(と言うか、語尾)が、響いて。

 

 

 

 

   ―――――開きなさい、地獄の門―――――

 

 

 

 

 

そして、私達の視界が白く染まりました。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

ふむ・・・3(テルティウム)は、行ったか。

腕を組んで顎先を撫でながら、そんなことを考える。

6(セクストゥム)との組み手の後、従者を連れて飛び出したアーウェルンクスのことを。

 

 

「・・・こんな所に、おられたのですか」

「む・・・ふむ、何となくな」

 

 

私は村役場と学校を兼ねる木造の建物の屋根の上から、私は村を見渡している。

男達は農作業や湖での漁を行い、女達は家事や森の中での薪拾いや果実の採取に従事している。

老人達は自分の経験や知識を幼い子供達に語って聞かせ、幼い子供達はそれを純粋な顔で聞く。

 

 

けして豊かでは無いが、住民全てが己の領分を知り、他者のそれを侵さない。

小に囚われること無く大を知りて、日々の糧を得る毎日に充実感を得る。

誇りある、悪の因子。

 

 

「・・・デュナミス様は」

「む?」

「デュナミス様は何故・・・このような村を作られたのですか?」

 

 

そんな私の傍には、常に6(セクストゥム)がいる。

本当に何故だかはわからんが、この人形は常に私の傍にいる。

しかも村の年配の女子衆に気に入られ、妙なお洒落意識にも目覚めてしまって・・・。

 

 

「このようなささやかな村・・・王国と言わず、ブロントポリスやセブレイニア程度の軍事力でも一瞬で消し飛ばせるでしょうに」

「ふむ・・・まぁ、そうだな」

 

 

実際、こんな小さな村など・・・潰す方法はいくらでもある。

我々がいるとは言え、より強大な力の前には無意味だ。

力が正義、それはある意味でこの世の理の一つではある。

 

 

「だが、ささやかでも良い。そうは思わないか、6(セクストゥム)

「は・・・?」

 

 

この村の住人には、独力で強大な軍事力に対抗できる力など無い。

しかし、ここでささやかな営みを続けて行くこと。

そう、続くことにこそ意味があるのだ。

 

 

それはいつか、形となる。

 

 

他の何にも屈することなく、続けて行くこと。

それこそが、「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の真髄。

誰にも従属せず、しかし誰にも従属を求めない。

 

 

「すなわち、結局は最後に立っていた者が勝つのだ!!」

 

 

どんなに強大な敵を前にしようとも、逃げ切り生き残れば我らの勝利!

逆にどんなに強大な勢力を持っていようとも、全うできなければ無意味!

ふふふふ、世界を手にするまでは折れず曲がらず、細く長く続けて行くのだ。

・・・・・・こほん。

 

 

「・・・3(テルティウム)は、女王の下についただろうか」

「そうですね・・・時間的には、そうかと」

「ふむ・・・」

 

 

一応、調整と言う名の悪あがきはしてみたが、どうかな。

私にできるのは調整でしか無く・・・造物主(ライフメイカー)のように再創造はできん。

後、どれくらい生きていけるか。

 

 

私の予測では、あと・・・年ほど、か。

・・・せいぜい、太く生きることだな。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第34回広報:

アーシェ:
どう言うタイミングで来てるんだよ!(ずびしっ)。
どうも、思わず突っ込みを入れたアーシェです!
いやぁ、うちの夫君殿下もやりますね・・・出待ちだなんて!

月詠:
はぁはぁ・・・ええわぁ、うちも行きたい・・・イキたいわぁ。

アーシェ:
何で言い直・・・げっ、旧世界連合の辻斬り娘・・・!?

月詠:
ほえ? あんた誰どすかぁ?

アーシェ:
(ここに来といて私を知らないとか!?)
コミュニケーションが取れそうに無いので、いつものコーナー行きましょう!


・北エリジウム諸国
現ウェスペルタティア王国信託統治領エリジウムの北半分、第1次エリジウム解放戦直後からの王国の信託統治下にあった諸地域、旧連合領。
ブロントポリス、ケフィッスス、セブレイニアなどいずれも小国の集まりだが、合計するとウェスペルタティア本国と同等の人口規模を持つ。そのため、王国政府はこの地域で国家連合や新連邦が形成されるような動きを全て抑止した(潰した)とされている。結果、12の小国が分立することになった。そしてこれらの国々は全て独立と同時にウェスペルタティア王国を盟主とする国家連合「イヴィオン」に加盟することが決定され、ウェスペルタティア王国を中心とする集団安保機構に組み込まれることになった。特に国際飛行鯨ルートに接続するブロントポリスには王国軍が直接駐留し、プレゼンスを維持することになった。なお、域内の企業・資源などの経済権益の70~80%はウェスペルタティア資本によって押さえられているとされる。


アーシェ:
・・・国家紹介って言うより、うちの宰相さんのあくどさを説明しただけな気が。

月詠:
あの人もエエわぁ~・・・(うっとり)。

アーシェ:
怖いから。
・・・えーと、次回はあの2人が出ます。
ヒントは、「ポヨ」です。
では、また~(ぱたぱた)。


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アフターストーリー第38話「レイニーデイ」

Side アリア

 

―――――門。

それは、門でした。

真っ白い空間の中に、門だけがあります。

 

 

否。

 

 

門だけが存在する空間には、私とフェイト、ヘルマン=ネギ、そして・・・。

門の左右に立つ、2人の魔族。

麻帆良女子中の制服を着た、褐色の肌にピエロのメイクの、2人の少女。

 

 

「ザジさん・・・と、ポヨさん?」

「ついでみたいに言うなポヨ」

 

 

ポヨさんは酷く不機嫌にそう言いましたが、反対側に立っているザジさんはフェイトに抱えられたままの私を見て、ニコリと微笑みを浮かべました。

でも、それ以上は何も言わず・・・。

 

 

2人の間には、2人の身長の3倍の高さと2倍以上の幅を持つ大きな門があります。

表面は無地の、白い空間の中で存在を主張するような漆黒の門。

取っ手も模様も何も無い平らな門、見方によっては壁にも見えます。

 

 

「こ、ここは・・・?」

「・・・僕にも、わからない」

 

 

フェイトの服を掴んだまま、私は状況の急展開に混乱しています。

フェイトにもわからないとなると・・・でも、ここ、何となく。

似てる気がします、雰囲気が・・・あの、「初代女王の墓」の棺の間に。

シンシア姉様達の、お墓に。

 

 

「コレは・・・まサカ・・・!」

 

 

そして私達以上に強い反応を返しているのが、ヘルマン=ネギです。

黒い獣の身体をまま、2人のレイニーデイを振り返り、屹立する門を見上げます。

その声には驚愕の感情よりも、畏れの色彩の方が強いように感じます。

 

 

「まサカ・・・マサかマサかまサカ!」

「「ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵」」

 

 

2人のレイニーデイが同時に言葉を紡ぎ、そしてやはり同時に2人の身体が変化します。

額と頭の横に合計4本の角が、そして背中に漆黒の一対の翼が生えて・・・背後に。

女性の上半身を象ったかのような黒い何かが現れ、大きな翼と腕が2人をそれぞれ包むように蠢きます。

姉妹だからか、とても良く似ていますが・・・。

 

 

「お前の人間界での活動は、魔界の掟に反しているポヨ」

「我らレイニーデイ、魔界の掟の番人の手足」

「手続き無しでの位階(クラス)変更、魔界から人間界への魂の移動。そして、無許可での人間界での『魔族勢力の拡大』に繋がりかねない行為・・・」

「我らレイニーデイ、人間界のバランスを司る権限を持ちし者の子」

「「掟に従え(ポヨ)、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン」」

 

 

魔界・・・と言うのは、正直良く知りませんけれど。

ただ、どうやらレイニーデイ姉妹がそれなりに上位の存在であることはわかります。

少なくとも、伯爵よりは上・・・。

 

 

「・・・バカナ!」

 

 

黒い獣・・・ヘルマン=ネギが、片手を大きく振って叫びます。

場違いですが・・・それは、舞台で令嬢に愛を叫ぶ俳優のようにも見えました。

 

 

「私ハタだ、自分ノ封印を解くタメに行動しタダケでハ無いカ!!」

「「魔界全体にとっては、関係の無いこと(ポヨ)」」

 

 

しかし対するレイニーデイ姉妹は、冷然とヘルマンを突き放します。

突き放して・・・そして。

ギ、ギギギギィィ・・・と、蝶番が軋む音を立てて、門が。

 

 

「「掟に、従え(ポヨ)」」

 

 

大きな音を立てて、2人の少女の間の門が開きます。

一瞬、門の向こう側には何も無いように見えました。

真っ暗な闇が広がるばかりで、何も見えなくて・・・。

 

 

「ウ、ウぅおおオオおおオオオおオおォォおおォっッ!?」

 

 

でも、ヘルマンには何かが見えているようです。

何かが見えていて、覚えていて。

私達からは背中しか見えませんが、でも怯えているのはわかります。

でも、何に・・・右眼が使えれば、私にも視えたでしょうか。

 

 

次の瞬間、ヘルマン=ネギの身体が何か黒い物に貫かれました。

 

 

左胸を的確に貫いたそれは、門の中央から伸びていて。

門の向こう側から、激しい風が押し寄せてきます。

私がフェイトにしがみ付いて耐えていると、門の向こう側から誰かの笑い声が響いてきました。

それは聞く者の嫌悪感と恐怖心を強制的に引き出すような哄笑で。

 

 

「私ガ・・・私ガ、何をシタと言うノダ!? 私はタダ・・・自由ニ・・・自ユ・・・!!」

 

 

その言葉を終える前に、ヘルマン・・・いえ、ネギの身体から黒い何かが引き抜かれました。

門の中央から伸びているそれは、人の形をした影のような物体を先に掴んでいて。

おそらくそれは・・・ネギの身体に憑依していたヘルマンの魂だと、思います。

それが形容しがたい悲鳴を上げて・・・門の向こう側に、引き摺りこまれていきました。

 

 

大きな音が響いて門が閉じると・・・笑い声と悲鳴が、聞こえなくなりました。

そして、後には・・・。

 

 

「・・・う・・・?」

 

 

後には、1人の人間だけが残りました・・・。

・・・ネギ。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

地面に手をついたまま、軽く頭を振って意識をはっきりとさせる。

ぼやける視界の中で思ったことは・・・まだ生きてる、そう言うことだった。

てっきり、すぐに殺されると思ったんだけど。

 

 

「・・・上手く、いかない物だよね・・・」

 

 

まぁ、良く考えてみれば・・・そんな物だったかもしれない。

僕が考えたことで上手く行ったことなんて、そんなに無いんだから。

ネカネお姉ちゃんやのどかさんは、どうなっただろう。

それと・・・。

正直、僕の意識が表に出ていた時間は全体で1割くらいだから・・・。

 

 

「ネギ先生」

 

 

その時、声をかけられた。

そうして初めて、僕は改めて周りを見る余裕を持つことができた。

ここは・・・どこだろう、真っ白で・・・門?

それと、声をかけてきたのは・・・。

 

 

褐色の肌の、ピエロのメイクを顔に施した女の子。

懐かしい麻帆良の制服を着たその子は・・・ザジ、さん?

 

 

「あちらを」

 

 

ザジさんの指差した先を見てみると、そこには・・・。

・・・白い髪の男女がいて。

フェイトと・・・そして、アリアがそこにいて。

 

 

地面に膝をついた僕と、フェイトに抱えられたアリアの目が、合う。

アリアと目を合わせたのは、とても久しぶりな気がした。

それが何となく気恥ずかしくて、僕は視線を傍のザジさんに戻した。

 

 

「これが最後です、ネギ先生」

「え・・・?」

 

 

最後と言う単語の意味が、すぐにはわからなかった。

だけど・・・わからなかったのは、ほんの一瞬。

優しそうな微笑みを浮かべるザジさんに、僕は頷きを返す。

それから震える足に鞭打って、立ち上がる。

 

 

顔を上げると、アリアもフェイトから離れて自分で立っていた。

薄桃色のドレスは所々が薄汚れていたけれど、格好で言えば僕も似たような物。

だから、気にならなかった。

 

 

「・・・アリア」

 

 

残り数歩の距離まで近付いた所で、僕はアリアの名前を呼んだ。

どうしてかはわからないけれど、とても久しぶりに呼んだ気がした。

それも・・・とても、素直な気持ちで。

 

 

「・・・何ですか」

「僕はね・・・」

 

 

だからかもしれない。

もう、何度も言った言葉だけれど。

 

 

「キミのことが、大嫌いだよ」

 

 

とても素直に、そう言えた。

それに対して、アリアは・・・。

 

 

「私もですよ、ネギ」

 

 

だよね。

僕はそこで、とても素直に笑うことができたよ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

悪魔ヘルマンがどこへ消えたのかは、わからない。

あの門の向こう側に何があるのかも、僕は知らない。

けれど別にヘルマンに同情してのことでは無く・・・単純に、殴り足りなかっただけだよ。

 

 

「そうポヨ、キミは気にする必要も無いポヨよ」

「はい・・・少なくとも、彼が人間界に召喚されることはもう無いでしょう」

 

 

僕の両側に現れるのは、ピエロのメイクの魔族。

かなり高位の魔族であることはわかるけれど、流石に具体的な位階(クラス)はわからないね。

まぁ、大して興味も無いけれど。

ここはおそらく、この2人が作った「幻想空間(ファンタズマゴリア)」だろう。

 

 

ポヨ・レイニーデイは僕のことを興味深そうに見ているけど、妹のザジ・レイニーデイは別の対象を興味深そうに見つめている。

それは、アリアであり・・・ネギ君であるようだった。

 

 

「昔から・・・キミのことが大嫌いだったよ!」

「お生憎様ですね、私は生まれた時から面倒な人だと思ってましたよ!」

「じゃあ、僕は生まれる前からウザいと思っていたね!」

「小学生ですか、貴方は!」

「キミに言われたくないよ!」

 

 

真っ白な空間の中で、赤髪の青年と白髪の女性が戦っている。

戦闘と言っても、僕からすれば稚拙な物だけど。

何しろ魔法具無しのアリアと「闇の魔法(マギア・エレベア)」抜きのネギ・スプリングフィールドは、お世辞にも強いとは言えないから。

 

 

まぁ、そうは言っても一般人よりは遥かに強いわけだけれど。

中国拳法・八極拳のネギ君と、合気柔術のアリア。

2人とも魔力で身体強化くらいはしてるだろうから、それなりだね。

・・・アリア、片腕が折れてるはずなんだけど。

 

 

「・・・止めなくて、良いんですか?」

「けしかけたのはキミだろうに・・・それに、まぁ」

 

 

ザジ・レイニーデイの言葉に溜息を吐いて、僕は両手をポケットに入れる。

 

 

「・・・あれくらいなら、ね」

 

 

・・・ネギ君が距離を詰め、空中から右手の手刀を下ろす。

アリアはその手刀を受け止めるけど、それはフェイク。

ネギ君はその体勢のまま着地し、フェイントを交えて左拳をアリアの胸に打ち込む。

でもしれはアリアも予測済み、アリアは自分の右手にゆったりとしたドレスの布地を絡めて器用に使い、ネギ君の攻撃力を逆用して引き寄せ、関節を極めようとする・・・。

 

 

双方共にカウンター主体の流派だからね、ある意味で安全な組み合わせだよ。

打撃を撃ち込み合う格闘戦と言うよりは、相手を嵌めようとする頭脳戦に近い。

僕のような最強クラスの存在になると、それだけで相手を潰せるのだけど・・・。

 

 

「・・・やれやれ」

 

 

アリアもたまには、運動すれば良いと思うよ。

それに・・・どうやら、戦闘と言うよりは。

兄妹喧嘩と言った方が、しっくり来るレベルだしね。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ウッザい!

はっきり言ってウザいですよ、中国拳法!(中国拳法を習ってる皆さん、ごめんなさい)。

クネクネのろのろと・・・ネギにぴったりなウザさです。

 

 

攻撃してきたと思ったら引っ込めて、私が合気に入ろうとすれば捌いていきます。

いや、拳法の試合で考えれば普通なことなんですけどね。

でもウザいです、はっきり言って。

 

 

「キミのそれ・・・合気柔術だっけ?」

「だったら、何です?」

「・・・相手の力をアテにする所が、アリアらしくて鬱陶しいよ!」

「似たような物を使っておいて、良くもそんな口を!」

 

 

とは言え、私から攻撃はできません。

したらモロにカウンター喰らいますので、でも向こうからも決定打が来ないので・・・。

 

 

「ふっ・・・!」

 

 

ネギが突き出してきた拳を両腕で包むように掴もうとしても、技が極まる前に抜けだされてしまいます。

私のロングスカートとネギのロングコートが、それぞれの間合いを微妙に誤魔化しているためです。

ああ、もう・・・鬱陶しい。

 

 

「前に戦った時より・・・随分と弱いね、アリア!」

「でも、別に貴方が強くなったわけじゃありませんよ・・・ネギ!」

 

 

6年前、一度だけ本気でネギと戦ったことがあります。

その時は、魔法具やらアーティファクトやら魔眼やら使ってボコボコにした覚えがありますが・・・残念ながら、今の私はそのほとんどを使えません。

なのでこうして、苦戦中なわけです。

 

 

でも、そう・・・ネギが強くなったわけじゃない。

ただ・・・対等になっただけです。

 

 

「・・・ぅあああぁっ!」

「くぅうぅぅっ・・・!」

 

 

ネギの左拳を右掌で受け止め、左手をネギの左肘に添えます。

足運び、力の込め具合、それぞれを上手く噛み合わせて。

とんっ・・・右足でネギの足を払います。

 

 

足を払う前に、ネギが跳びます。

ぐっ・・・右拳を私の左肘に乗せて、両膝を折って私の顔へ打ち込んできます。

それは顔を逸らしてかわしましたが、体重移動に失敗。

おまけに、魔力硬化で誤魔化していた骨折してる腕が・・・!

・・・結果。

 

 

「・・・っ」

 

 

私は、床に背中から倒れて・・・気が付けば、ネギが馬乗り直前の状態に。

直前と言うのは、ネギが足と膝を床につけてかすかに私の身体から離れているためです。

反射的に私が腕を突き出す前に、ネギの拳が私の顔の前に。

ピタリ・・・寸止め。

 

 

「・・・」

「・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・僕の勝ちー」

 

 

不意に、ネギが子供みたいに笑いました。

私はそれに・・・溜息を吐きました。

・・・私に勝つくらい、別にそんな難しい事じゃ無いですよ。

難しいことじゃ・・・無かったんですよ。

 

 

「・・・どいてくれます?」

「勝ちー」

「ウザいです、気持ち悪い笑顔を見せないでください」

「あははは・・・うん、僕やっぱり、キミのことが大嫌いだ」

「私だって嫌いです、だから触らないでください」

 

 

ネギが私の上からどくと・・・いつの間に近くにいたのか、フェイトが私を助け起こしてくれました。

・・・今さらですけど、私って今、凄くはしたないことをしていたような。

・・・急に恥ずかしくなってきました。

 

 

などと私が心の中でアワアワとしていると、ザジさんとポヨさんがネギの傍に。

そして・・・。

 

 

「・・・もう、良いですか?」

「・・・はい」

「え・・・」

 

 

ザジさんの言葉にネギが頷くと、ポヨさんが黒い門に向けて何かを囁きました。

それは人間の耳では聞き取れない言語でしたが、門が淡く輝き始めました。

ヘルマンの時とは異なり・・・どこか穏やかな音を立てて、門が少しだけ開きます。

そして、レイニーデイ姉妹に連れられてネギが・・・って、ちょちょ、ちょ!

 

 

「待っ・・・!」

「彼は、我々が魔界に連れて行くポヨ」

 

 

呼び止めようとすると、逆のポヨさんに止められました。

いや、魔界にって。

 

 

「彼はもう人間じゃ無いポヨ。「闇の魔法(マギア・エレベア)」なる術に魂を侵され、肉体を一時とは言え悪魔に奪われた彼は、人間よりも我々に近しい存在になったんだポヨ」

「・・・どういうことだい?」

「人間を超えた存在になりながら人間界に留まる事を許された存在は、過去に3人しかいないポヨ。彼はその3人じゃ無い、だから連れて行かないといけないポヨ」

「いや・・・それは、でも」

 

 

別にネギがどこに行こうが、知ったこっちゃありませんが・・・クルトおじ様に叱られそうですけど・・・でも!

 

 

「のどかさんは・・・それと、たぶん子供、産まれてますよね! 赤ちゃんだって・・・ネカネ姉様のことはどうするんですか!? やりっぱなしですか!」

 

 

そこの所をきちんとして貰わないと、私的に物凄く困るんですけど。

たぶん、肝の部分。

ネギがいなくなれば、ますますもってややこしくなるんですけど。

 

 

「・・・ごめん」

 

 

いえ、謝るとか良いですから。

えっと・・・え―――っと・・・だから!

 

 

「でも、どうにもできないんだ・・・」

 

 

私の方を見たネギ、その顔には・・・かすかに、罅が入っているように見えます。

頬の表面が剥がれるように、罅が入っていて。

人間じゃ無い、ポヨさんの言葉が脳裏に響きます。

・・・そう言う、所が。

 

 

「そう言う所が、大嫌いだって・・・どうしてわからないんですか!」

「うん、僕も・・・キミのそう言う所、凄く嫌いだったよ」

 

 

いつだって・・・いつだって、そうだった。

勝手に何かして、その後始末ばかり私にさせて。

でも・・・そんなの。

そんなの、本当は・・・。

 

 

門が大きく開き、視界が再び白く染まって行きます。

世界が壊れる・・・そんな場所で。

私は、とても久しぶりに・・・ネギと「会話」した気がしました。

 

 

「でもね、アリア」

「何ですか・・・もう何を言っても許しませんよ」

「あはは・・・うん、やっぱり嫌いだ。でも・・・」

 

 

最後に良い奴になるみたいな終わり方、認めませんからね。

そう言うの、一番ズルいんですから。

 

 

 

「世界で一番、大嫌いだったけど・・・・・・」

 

 

 

うるさいです、認めない。

そんなの・・・こんなの、絶対、認めない。

貴方の事情なんて知ったこっちゃ無いです、ちゃんと処刑されに戻ってきてください。

そうじゃないと・・・。

 

 

世界が、白く染まって行く中で・・・私は。

「大嫌い」と、叫んだように思います。

 

 

 

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

 

 

・・・・・・ばいばい。

・・・ネギ、兄様・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・ほぼ同時刻、シルチス亜大陸南部国境付近。

国家連合「イヴィオン」を代表するウェスペルタティア王国軍が占領したこの地域に、迫り来る軍勢があった。

それは旧帝国領内部の人民戦線派の民兵であって、手製の武器を手にシルチス地域に侵攻して来たのである。

 

 

何しろウェスペルタティア王国軍は、エリジウム大陸、サバ地域、ユートピア海などの諸地域に軍事力を分散させているのだ。

今なら、楽に領土を切り取れる・・・そう考えた軍閥のいくつが手を組み、王国占領地に攻撃を仕掛けたのである。

機械化されてはいないが、己の身体能力に絶対の自信を持つ亜人種の軍勢である。

 

 

勝利は、約束されたような物。

彼らは意気揚々と進軍を続け・・・そして。

 

 

「残念、ここは王国領なのさ」

 

 

現地の王国艦隊を掌握するホレイシア・ロイド提督によって、迎撃された。

第1次エリジウム解放戦で苛烈な戦果を上げ、名を馳せた女提督である。

旗艦『センチュリオン』を筆頭とする26隻の艦隊が、民間鯨に分乗した民兵を悉く大地に叩き落とした。

1隻落ちる度に、数百人の帝国人がこの世を去って行く・・・。

 

 

「・・・」

「はっ・・・砲撃の手を緩めず、敵に体勢を整える時間を与えるな!」

 

 

地上でも同様に、ジョナサン・ジャクソン将軍率いる部隊が砲列を並べ、国境を越えて来る民兵を端から狙い撃ちにした。

着弾と同時に民兵の血と肉が散り、悲鳴と怒号だけが響いた。

背中を見せて逃げ出した民兵の後を、ロボット兵器『アルマジロ』が追撃して行く・・・。

 

 

『タダチニ、コウフクシナサイ』

『タダチニブソウカイジョシ、「クイーン・アリア」ニシタガウノデス』

『テイコウハムイミデス、シタガウノデス』

『シタガワナケレバ・・・』

 

 

感情の無いロボット兵器は、躊躇することなく数千の民兵を飲み込んで行った。

足を負傷した男を踏み潰し、逃げる敵の頭を吹き飛ばし、錯乱して向かってくる敵兵の腹を刺して内臓をぶちまけさせる、普通の人間なら見ただけで嘔吐するような地獄が展開されたのである。

その凄惨さは、後に報告を聞いた国境付近の軍閥の長が王国への恭順を示す程だったと言う・・・。

 

 

同日中に、エリジウム大陸の総督府軍が本国に帰順。

サバ地域の人民政府首脳部が降伏表明、そしてユートピア海の紛争当事国が撤兵を表明した。

ウェスペルタティア王国は、世界の数ヵ所で同時に軍事力を行使できることを魔法世界に証明して見せたのである・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side エヴァンジェリン

 

あの後、私が目を覚ましたのは結局、全てが終わった後だった。

流石に、夢魔の夢と言えども時間は相応に過ぎる物らしかった。

しかも私が寝こけている間、いろいろなことが起こっていたらしいじゃないか。

 

 

例えば、ぼーやが死んだらしいこと。

良くはわからないが、どうもヘルマンと共に滅んだと言っていた。

アリアがな、たぶん嘘だ。

6年も付き合ってれば、嘘かどうかくらいわかるさ。

・・・ああ、そうそう。

 

 

「おい、若造(フェイト)」

「何だい?」

「・・・歯を喰いしばれ」

 

 

人が寝てる間にひょっこり戻って来ていた若造(フェイト)は、見つけた瞬間に殴っておいた。

それでまた『ブリュンヒルデ』の内装が壊れたりしたが、良いだろ別に。

アリアが泣きながら庇わなかったら、手足を4本ほど千切り取ってやるつもりだったが。

 

 

・・・エリジウムでの叛逆の方も、終息に向かっている。

総督府軍の秩序だった降伏のおかげで、犠牲は最小限で済んだ。

とは言え、それでも全体で236人が死に、907人が負傷した。

当然、総督府は解体され、新たな機構の下で信託統治が再開されることになるだろう。

 

 

「特に北の9カ国で指導者がいないと言うのだからな」

 

 

リュケスティスは、今回の叛逆を徹底的に利用した。

エリジウム諸国の指導層を「浄化」し、かつ叛乱分子が動き出さない内に全てを終わらせた。

結果、エリジウム大陸から「政治指導者」が一掃されてしまった。

 

 

そして、「Ⅰ」の施設。

リュケスティスが向かわせた艦隊によって、全て焼き払われた。

名実共に「叛逆者」になることで、女王の許可なく「女王のために」行動することができたわけだ。

域外の唯一の研究施設があるフォエニクスでは、ゲーデルが何かしたのか・・・フォエニクス軍が「片付けた」らしい。

 

 

「何とも、後味の悪い話だがな・・・」

 

 

結局、アリアが決断しなかったからゲーデルやリュケスティスが苦労した、と言う話になるらしい。

リュケスティス自身の今後はどうなるかわからんが、かなり深い傷を負ったらしいからな。

何とも、救われない話じゃないか。

 

 

救いがあるとすれば、ブロントポリスで別れ別れになった連中に一部の無事が確認されたことだろうか。

近隣の村や森に身を潜めていた連中が、アリアの再進攻を聞き付けて来たんだ。

NGO団体『悠久の風(A A A)』に保護されていた親衛隊の知紅とかも、その1人だろう。

一部だけでも、無事で良かったと思う。

 

 

「・・・で、問題だけが残ったわけだ」

 

 

そして、1週間後。

私達は、総督府・・・旧総督府のある新グラニクスに到着した。

そしてそこからさらに、10日後。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国社会秩序尚書)

 

この10日は、ほとんど事後処理に追われる日々だった。

レオのしたことの事後処理がほとんどだけれど、動揺したエリジウム大陸の自治制度や民間物流の復旧、負傷者の収容と移送などもある。

 

 

犠牲が最小限だったと言っても、叛乱と言うのはそこまでリスクの大きい事件なんだ。

何とか民衆にダメージがいかないように、いろいろと苦心している所なんだよ。

幸い、女王陛下は民衆の生活・食糧を優先事項として認識してくれているみたいだし・・・。

 

 

「やぁ、調子はどうだい?」

 

 

叛乱に関しては、公式発表はまだされていない。

悪魔の介入があったことは、王国の上層部には良く伝わっているのだけど・・・民間にどの程度の情報を公表するか、まだ定まっていない。

女王陛下自身は、全て包み隠さず公表しても良しと思っておられるようだけど。

 

 

まぁ、あの宰相閣下がそうさせるかは微妙だけどね。

だから、世間的にはレオナントス・リュケスティスが叛逆して女王陛下に返り討ちにあったって言うのが一般的。

 

 

「・・・たった今、最悪になった所だ」

「キミね・・・」

 

 

そしてその当人、レオナントス・リュケスティス・・・元総督。

正式に総督府が解体されて、レオ自身も更迭されることになった。

事情はどうあれ、事実上の叛逆としか見えない行動を多々取っていたわけだからね。

まぁ、仕方が無いと思う。

それに・・・。

 

 

「・・・半死人のくせに、口だけは変化無しなんだからね、キミは」

「俺は逆子らしいからな、口から先に産まれた弊害だと思って諦めてくれ」

「何それ・・・」

 

 

新グラニクスに建設されたばかりの軍病院、そこにレオはいる。

『ブリュンヒルデ』で女王陛下を庇って大怪我したって聞いてるけど、詳しいことは知らない。

女王陛下の周辺なら知っているんだろうけど・・・レオは話してくれないしね。

 

 

結果だけを言えば、レオはもう軍人としては死んだも同然だ。

腹部の傷もそうだけど、その後につけられた背中の傷が不味かったらしい。

腰から下の神経がダメになったらしくて、歩けなくなった。

一言で言えば、下半身不随。

 

 

「・・・何だ」

「・・・ん、いや、別に。総督府でキミの忘れ物を見つけてね」

「忘れ物・・・?」

 

 

うん、怪我と後遺症に関しては本当に言うことは無いんだ。

レオが自分で判断して、受け入れていることだから。

そこに私なんかが口を挟む余地は無い。

ベッドの上で逞しい上半身を晒した(包帯だらけだけどね)レオに、私は「忘れ物」を手渡す。

それは、綺麗な木の箱に入った・・・ガラスペン。

 

 

「・・・大事な物、なんだろ?」

「ふん・・・」

 

 

礼の一つも言わずに、レオは箱を開けた。

中には王室御用達(ロイヤルワラント)の逸品・・・恩寵のガラスペンがある。

 

 

レオはそれを手に取ると、窓から漏れる太陽の光で透かすように掲げ持った。

それを眩しそうな・・・形容しがたい表情で見つめているレオを。

私は、少しの間・・・見ていた。

 

 

 

 

 

Side 近衛近右衛門

 

ふむ・・・どうやら、外の騒ぎは収まったようじゃのぅ。

外がどうなったのかを正確に知る手段は無いが、それでも牢番や囚人内部の情報ネットワークを通して大体のことはわかるわい。

 

 

「いやぁ、上の人が何も教えてくんねーから、俺も詳しいことはわかんねーけどよ」

「ふむふむ、総督閣下はどうなされたかのぅ」

「さぁ・・・あ、でも総督は更迭されちまったらしいぜ。布告が出てたから、それは下っ端の俺でもわかる」

「ほほぅ、それは心配じゃのぅ・・・」

 

 

・・・と言うようにじゃ、ワシの所にもある程度の情報は降りて来るでな。

しかし、ふむぅ、更迭と言う言い方が気になるのぅ。

つまりは、生きておると言うことじゃな。

 

 

牢に入ると言う策は、身の安全を守るには最適じゃったが・・・。

まぁ、ここは生き残るのが肝要じゃて。

どれ程の罪状を調べようとも、死罪にはならぬ。

死罪にならぬ以上、上に登り続けることができるからの・・・。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・」

 

 

とは言え、次はどうするかの。

まぁ、次のスタート時点にもよるがの。

ワシを殺せぬ、それがアリア君の限界じゃからの。

 

 

ワシのような人間からすれば、抜け道を見つけやすくて有難いわい。

まぁ、それもワシがいずれ埋めて差し上げるとするがの。

そのためには、ワシの経験を向こうが買いたがる状況を作らねばならんて・・・。

 

 

「う、うえええええっ!?」

 

 

その時、牢番の小僧がやけに取り乱した声を出しおった。

何かと思って顔を上げれば・・・重そうな音を立てて、牢の扉が開いた。

そこから入って来たのは・・・。

 

 

「げ、げげげげげ、元帥閣下、ど、どうしてこのような場所に・・・っ!?」

「ああ、いや、大した用じゃない」

 

 

動揺する牢番の小僧を宥めながら牢に入って来たのは、蜂蜜色の髪の将官じゃった。

いや、将官では無く・・・元帥か。

蜂蜜色の髪の元帥、1人しかおらんの。

 

 

「おお~・・・これはこれは、陸軍総司令官のベンジャミン・グリアソン元帥閣下ではござらんか」

 

 

長い髭を撫でながらそう言うと、元帥閣下(グリアソン)は感情の読めない表情でワシを見つめて来た。

口元が少し、笑みの形を浮かべておる。

 

 

「・・・光栄ですな、今をときめく近衛近右衛門殿が私ごとき若輩者をご存じとは」

「いやはや・・・」

 

 

今をときめいておったらば、こんな牢にはおらぬよ。

 

 

「いや、旧エリジウム総督府政務官とお呼びした方が良いですかな?」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、好きにお呼びくだされぃ」

 

 

さてぇ・・・どう読むべきかのコレは。

元帥自ら、となると・・・釈放かの、移送かの。

少々、判断に苦しむ・・・。

 

 

「まぁ、生前の地位など・・・これから先の貴方には何の役にも立たないからな」

 

 

冷然と言い放たれた一言に、ワシは背中に冷たい汗が浮かぶのを感じた。

・・・これは、苦しいやもしれぬの。

生前の地位・・・う、うぅむぅ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・新グラニクスの人心は、比較的に安定しているようです。

まだ市内に入って間もありませんが、視察した限りでは混乱は起きていません。

物価も安定し、犯罪の発生率も叛乱事件以前の水準を保っています。

 

 

これは総督府が民生面を沈着にまとめていてくれたことと、軍事面でも速やかに降伏してくれたためです。

そしてもう一つはここ数年、エリジウムで活動しているNGO組織の存在があります。

 

 

「この度は私共の不祥事に手をお貸し頂き、誠にありがとうございます・・・どうか、お顔を上げてください」

「は・・・女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 

新グラニクスの旧総督府に仮の執務室を構えて、そのNGO組織『悠久の風』の代表の方々をお招きしています。

彼らの存在は、もはやエリジウムには無くてはならないと言えるでしょう。

今回の事件の際も、各地で様々な活動をしていたと聞きます。

 

 

王国の公共事業もそうですが、彼らが草の根の活動を続けていることの意味は大きいのです。

すでに本国政府は、代表に対して勲章の授与を決定しています。

一応、王国も認可している組織なので・・・それに。

 

 

「・・・無事に戻ってくれて嬉しく思います、知紅さん」

「陛下には我が愛と忠誠を捧げましたれば・・・」

 

 

『悠久の風』の皆様が謁見に合わせて連れて来てくれたのは、親衛隊の知紅さんでした。

和風な侍女服を纏った親衛隊副長が、深く私に跪いています。

知紅さんを含む数人の親衛隊の方々がブロントポリスからの脱出後、彼らの下に身を寄せていたのです。

全員ではありませんが・・・でも、無事な人達がいてくれたことが嬉しい。

 

 

これ以上は、嫌ですから。

ただ・・・何でしょう。

知紅さんは、両腕で小さな何かを抱いておりました。

何かと言うか、それは・・・赤ちゃんでした。

ふわふわな黒髪と、赤い瞳の・・・アジア系の顔立ちの、赤ちゃん。

 

 

「知紅さんの・・・と言うわけでは、ありませんよね」

「は・・・私はケルベラス方面の『悠久の風』施設に身を寄せておりました。そこで女王陛下のことを聞き及び、3日前に出立したのですが・・・その直前、ある方に託されまして」

「ある方?」

「この子と共に・・・陛下へのお手紙を預かっております」

 

 

そう言って、知紅さんは私に白い便箋を渡してきました。

差出人は、高・・・・・・。

 

 

「・・・知紅さん」

「は、処罰ならばいかようにも」

「いえ・・・」

 

 

処遇は、後で定めます。

でも・・・これも結局、私が決断できなかったせい。

今回のことは元を正せば私の責任、ですから。

 

 

逃げられない。

 

 

毎日届けられる死傷者の数が、私の責任を追及するのですから。

だから・・・。

 

 

「・・・知紅さん、今すぐに私の専属侍女として復帰して頂けますか?」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

かさっ・・・握り締めた手紙が、音を立てました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「どこの葱畑から連れて来たんだ、そいつは?」

 

 

例によって例の如く、私だけに許された非公式の権力である「無断で女王の私室に入る」を行使している最中、アリアが戻って来た。

窓の外の空は赤らんでいて、そろそろ日が落ちることを示している。

 

 

ちなみに私の「葱畑云々」の対象は、アリアに続いて入室してきた知紅の手の中にいる。

黒髪赤瞳の赤ん坊、容姿の特徴や魔力の波長が誰かに似ていなくもない。

私が知紅と目礼を交わすと、アリアは知紅から赤ん坊を受け取って、退出するように命じた。

知紅が出て行くのを待って、私は口を開く。

 

 

「・・・で、どこの葱畑だ?」

「・・・」

「ああ、良い。説明しなくても大体は予想がつくさ・・・ぼーやの種だろ」

 

 

生後2、3ヵ月と言う所かな・・・かすかに感じる潜在魔力が、ナギやぼーやのそれに近い。

容姿は流石にまだ微妙だが、瞳の色とか目元とかがナギに似てる気がする。

私はぼーやのことは知らんが、ナギのことは良く知ってるつもりだ。

15年間、ナギの魔力(のろい)をこの身に宿していたのだからな。

 

 

「・・・タカミチさんが、NGO経由で私の所へ届くようにしたそうです」

「はん、タカミチか・・・どうせまた、簡単なことを複雑に考えて意味不明なことをしたんだろう」

 

 

何でも、タカミチからの手紙にはそれほど細かい事情は書いていなかったらしい。

宮崎のどかとネカネ・スプリングフィールドの面倒は見ると言っているらしいが、できれば探さないで欲しいとか。

 

 

・・・舐めてるとしか思えんな。

誠実で真面目そうに見えて、実は何も考えていなそうな奴のことだ。

どうせ、いらん物を背負おうとしてるんだろ。

 

 

「・・・で、どうするんだ?」

「・・・この子は、何も悪く無いですから・・・」

「お前が育てる?」

「・・・はい」

 

 

拳骨を喰らわせてやった。

 

 

「・・・痛いです」

「痛くしたからな」

 

 

軽く涙目になったアリアに溜息を吐いてから、私はアリアの腕の中で大人しくしている生後間もない乳児を見つめた。

・・・ふん。

 

 

「・・・おい、寄越せ」

「え?」

「良いから、そいつを寄越せ」

 

 

戸惑うアリアから赤ん坊を奪い、腕に抱く。

さよやアリアの子とはまた違う感触に、私は軽く笑みを浮かべる。

ぼーやの子は、私の腕の中で不思議そうに私を見上げている。

小さな手を伸ばして、目の前で揺れる私の前髪を掴もうとする。

 

 

「性別は・・・何だ女か」

「あ、あの・・・エヴァさん?」

「名前は? タカミチはこいつの名前は何だと書いていたんだ?」

「え・・・えっとですね・・・・・・ユエ、だそうです」

「・・・・・・そうか」

 

 

名付け親は、聞かなくてもわかるな。

ユエ・・・ユエか、ふん。

まぁ、良いだろう。

 

 

「良し、ではお前は今日からユエ・マクダウェルだ」

「・・・ぅー?」

「え、ちょ、エヴァさん!?」

 

 

アリアの声を無視して、そのまま赤ん坊・・・ユエを連れて部屋を出て行く。

当然、アリアは私を止めようとするわけだが。

 

 

「お前・・・女王が養子なんて取れるわけ無いだろ」

「そ、それは・・・」

「それよりは、私が戦場で拾ったことにした方が問題が少ないだろ。私が戦災孤児を1人引き取るくらい、問題にする奴なんていないだろうよ」

 

 

コイツは頭は悪くないがバカだからな、はっきりとズバズバ言ってやった方が良い。

そこらへんは、血筋なのかもしれん。

・・・嫌な血筋だな。

 

 

だが実際、ウェスペルタティア女王であるアリアが養子など持てるわけが無い。

扶養するだけでも、政治的に大問題だ。

それよりは、私が引き取った方が問題が少ないだろ。

・・・他に、事情を知っていてしかも後腐れの無い奴、いないだろうしな。

 

 

「それにアレだ、お前とさよを見ていて私も子供が欲しいと思っていた所だ。何せ、私は産めないと言うのにやたらに抱かせる奴らがいたからな」

「あ・・・」

「そんな顔をするな、冗談だよ」

 

 

内心でしまったと思いつつ、冗談と言うことにする。

・・・まぁ、他にも理由は無いでも無いが。

 

 

「アリア、お前は超がいる未来を『作ろうと』していたんだろうがな、それはおそらく超からすれば余計なことでしか無かったと思うぞ」

 

 

確証は無いが、おそらくはアリアの未来を変えただろう女。

超鈴音。

アリアはおそらく、奴がいる未来を守るためにぼーやと宮崎のどかを生かした。

そこについては、確信がある。

 

 

だがその結果、今回の惨事を生んだ。

そしてそれは、超からすれば「ふざけるな」の一言だろうと思う。

私は奴じゃ無いから、断言はできないがな。

 

 

「・・・じゃあな」

 

 

言いたいことだけ言って、私はアリアの部屋から出て行った。

アリアは、追ってこなかった。

途中で知紅とすれ違ったが、特に会話はしなかった。

 

 

「・・・さて、お前のために服を作ってやらねばな」

 

 

そして、私の腕の中にはアリアから強奪してきた赤ん坊。

そこには、穢れの無い瞳が私を不思議そうに見上げていた・・・。

それに私は、小さく微笑みを浮かべる。

 

 

・・・まったく、不器用な奴らだよ。

なぁ、超・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・そこは、何も無い空間だった。

もちろん、「何も無い」と言うのは赤い髪の青年の主観でしか無い。

実際には砂漠のような荒野が広がっていて・・・砂漠の割には、吹きすさぶ風が嫌に冷たい。

 

 

ここには、太陽が無いからだろうか。

そんなことを考えて、青年は人間が吸えない空気を吸って生きている。

ここは魔界、ここは地獄。

人間は生きていけない、不毛の地・・・。

 

 

「先生、こちらです」

「ああ、はい・・・どこに行くんでしたっけ?」

魔界の中枢(パンデモニウム)です。そこで魔界での国籍と住民票と・・・あと健康保険証とかいろいろと取得して頂かないといけませんので」

「・・・意外と近代的なんですね」

「手続きが死ぬほど面倒くさいポヨ・・・何しろ魔族だから受付がノンビリ過ぎるポヨ・・・」

 

 

目印も何も無い砂漠で、双子の魔族が赤毛の青年を先導している。

その足取りは確かで、道に迷っている風では無い。

 

 

「つくまでに多少、時間がありますので・・・魔界のことについてお教えしますね。歴史や文化、種族や国際関係、人間界との繋がりなど・・・」

「魔族が人間界に行くには、資格を取るか王命を受けるか、術者に召喚されるかしか無いポヨ」

「召喚、ですか・・・」

 

 

赤毛の青年は、太陽の無い空を見上げる。

その向こう側に思いを馳せて、口の中で何かを呟いた。

だがそれは、双子の魔族の少女達の耳には届かなかった。

 

 

「早くするポヨ!」

「あ・・・すみません!」

 

 

青年が立ち止っている間に、少女達は随分と先に行ってしまっていた。

赤毛の青年が駆けて・・・そして足跡だけが残る。

その足跡も、吹きすさぶ風が砂を運んで消してしまう。

 

 

そして後には・・・何も残らなかった。

何も、残らなかった。

そして―――――――。




ユエ・マクダウェル:伸様提案。
ありがとうございます。


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第36回広報:

アーシェ:
途中で陛下達がどこかに行ったんですけど!
かと思ったら、戻ってきてるし・・・何だったんでしょう。
夫君殿下も、ひょっこり復帰してるし・・・。
・・・マクダウェル尚書は、いつの間にか子供作ってるし。
世の中、下っ端にはわからないこともあるもんですね。


・龍山連合
魔法世界最北端の国家で人口は約2000万人、旧連合時代は鉱物資源・天然資源の供給基地として発展していた。現在も産業構造は変わらず、資源・農産物などの一次産品が生産の80%を占めている。輸出の70%はウェスペルタティア王国、輸出できる工業製品が無いので貿易収支は毎年のように赤字である。政治は議会体制、ウェスペルタティア女王を元首に頂く「イヴィオン」の一国。南の隣国アキダリアとは長らく国境紛争を抱えていたが、ウェスペルタティア王国の仲介で国境が確定。以降は独自の軍縮政策を行い、旧連合から引き継いだ軍隊の規模を縮小している平和国家でもある。


アーシェ:
えーでは、次回がアフターストーリーの最後ですね。
つまり、私のコーナーも終わりが近いと言うことですか・・・。
・・・ではでは、また。


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アフターストーリー第39話「学園生活の、終わり」

今話はアフターストーリー最終話であると同時に、「アリアの物語」の最後でもあります。
子孫世代の話は基本的には書かない予定なので、これ以降は皆様の想像と心の中で物語が続いていくのだと思います。
この後は、王子世代を絡めたおまけの話を3話~5話程度書いて、それで完全な完結とさせて頂きたいと考えております。
正式な御礼は、本当の最終話の時に改めて行う予定です。
では、もうしばし・・・お付き合いくださいませ。
どうぞ。


Side シオン・フォルリ

 

第2次エリジウム解放戦、またはエリジウム「行幸」戦・・・あるいはサバ・シルチス亜大陸・ユートピア海での戦闘と合わせて、気の早い歴史学者がすでに「再編戦争」と言う名称を名付けているとも聞くわね。

 

 

とにかく、先の戦争の終結から2ヵ月が過ぎたわ。

戦争は結局、300人弱のウェスペルタティア人と10倍以上の他国人の犠牲で終わった。

それだけの犠牲を払って得られた物は、ほんの少しだけ変わった世界。

 

 

『ご覧ください、浮遊宮殿都市「フロート・テンプル」の威容を!』

 

 

私の部屋の立体映像装置(テレビ)が映しだしているのは、旧オスティアの復興地区。

ほぼ復興は完了して、今日からは新オスティアと合わせて「統一オスティア」と呼ばれることになるの。

その中でも、七つの大島を繋いで築いた浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)の完成は、一大行事としてアピールされているわ。

 

 

中でも七つの塔を中心とした無数の建造物で構成される女王の居城(ミラージュ・パレス)は、特に目を引くわね。

魔導技術の粋を極めて築かれた、世界の中心(オスティア)

空から宮殿都市の完成式典をリポートしてるリポーターの声にも、熱がこもっているわ。

 

 

『女王アリア陛下は夫君殿下、王子殿下と共に、式典の冒頭に先の戦いの戦没者と犠牲者の哀悼の意を重ねて表明されました。式典の最中に女王陛下と会話した戦没者遺族の中には、女王陛下の手を取って涙を流す様子も・・・』

 

 

・・・この2ヵ月で、魔法世界はまた少し変わったわ。

魔法世界の国々が、ウェスペルタティアを中心とする連邦構想に賛同の意思を示したの。

王国の呼びかけけに対してアリアドネーのセラス総長と、分裂したとは言えヘラス帝国のテオドラ陛下が前向きな回答を示したのが大きかったわね。

 

 

偶然か狙ったのかはわからないけれど、ウェスペルタティアは今回の戦乱でシルチス亜大陸・エリジウムと言う資源供給地を完全に確保した。

帝国の資源に頼らずとも、シルチス―オスティア―エリジウムの「王国の道(キングダム・ルート)」と言う独自の通商ルートを用いて自給自足できるようになった。

そして、世界の数ヵ所で同時に敵軍を制圧できる軍事力の誇示。

 

 

『あ、お見えになりました! ウェスペルタティア王国女王陛下にして「イヴィオン」共同元首、そして魔法世界連邦元首会議議長、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア様のお姿です! 夫君殿下、王子殿下と仲睦まじく馬車に乗られ、新王宮へのお引越しを・・・』

 

 

覇権国家、ウェスペルタティア王国。

多くのウェスペルタティア人はその事実に熱狂して、女王万歳を叫ぶ。

もちろん、全員では無いけれど・・・でも、国民の大多数が女王陛下を支持しているわ。

選挙の結果を信じるのであれば、90%の国民が女王陛下の政策を支持している。

 

 

帝国は崩壊し、他の小国は全て「イヴィオン」に加盟。

アリアドネーも単独ではウェスペルタティアには対抗できない、経済・軍事制裁を恐れて表立って反王国を掲げられる国はもはや存在しない。

世界は、ウェスペルタティアの手に・・・女王の手に、落ちた。

国民はそれに、熱狂している。

魔法世界はウェスペルタティアの物、聡明なる我らが女王が世界に覇を唱えるのだと・・・。

 

 

「た・・・ただいまっ!」

「・・・あら?」

 

 

その時、玄関の方から茶髪の女の子が駆け込んできたわ。

可愛らしい私の義妹(予定)、ヘレンが妙に慌てて帰ってきたの。

・・・さっき、出て行ったはずだけど。

 

 

「わ、忘れ物、しちゃっ・・・!」

「ああ、はいはい、慌てないの」

 

 

映像装置(テレビ)を消して、ヘレンの方へ行く。

ヘレンの自室からは、机の引き出しを引っかき回しているような音が・・・。

 

 

「手伝いましょうか?」

「だ、大丈夫! ご、ごめんね、お姉ちゃんは休暇中なのに・・・っ」

「良いのよ、どうせでかける所だったしね」

 

 

可愛い義妹(予定)のことだもの、何でも受け入れるわよ。

それに、私もそろそろ出ようと思っていたし。

 

 

「お姉ちゃんは、どこに行くんだっけー・・・?」

「ん? ああ、大したことじゃないわよ」

 

 

くいっ・・・眼鏡を指で押し上げながら、続けて言う。

 

 

「ちょっと、ロバートと婚姻届を出しに行くだけだから」

「へぇ~・・・・・・って、うえええええええええええええええっっ!?」

 

 

・・・ヘレンの部屋から、本棚とかが倒れるような音が聞こえたわ。

そんなに変なこと、言ったかしら・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

目を開くと、そこは世界の頂でした。

新たな玉座の上から見下ろす世界は、これまでよりも高く感じます。

1人で立つには、不安になる程に。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、また魔法世界連邦元首会議議長にして法と秩序の守護者、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下!!」

 

 

式武官の高らかな声が聞こえると、入口から玉座まで続く真紅の絨毯の左右に文武百官が並んでいるのが見えます。

文官の先頭にはクルトおじ様、武官の先頭にはグリアソン元帥。

先の事件の責任と療養のために予備役編入が確定したリュケスティス元帥は、ここにはいません。

そのことに苦い思いを抱きつつも、私は大礼装で新たな玉座に座ります。

 

 

新王宮「ミラージュ・パレス」を構成する七つの塔の1つ、朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)

その頂上階に位置する、玉座の間。

天井には王家の歴史を示す絵画、壁には真紅のビロード。

そしてビロードの間は外の景色が見えるようになっていて、透明な3重の特殊硝子の向こうには新旧の統一オスティアの光景が広がっています。

 

 

女王の夫君(プリンス・コンソート)にしてペイライエウス大公、フェイト・アーウェルンクス・エンテオフュシア殿下!」

 

 

王冠と真紅の外套(マント)、そして王家の剣を腰に差している私の片手に口付けて、フェイトが私の隣の椅子に座ります。

その際、私は少し早く手を引いて・・・フェイトと、目を合わせにくかったです。

複雑な気持ちがあって・・・良くないとは、思ってるんですけど・・・。

 

 

・・・朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)は別名「女王陛下の宮殿にして要塞(Her Majesty's Royal Palace and Fortress)」、政治的・軍事的に女王と王室のために建設された塔です。

王家の儀式や王室財産の保管庫などがあり、高さは110m前後。

浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)」及び統一オスティアで最も高い位置にある建物で、遍く民を見下ろす位置にあります。

 

 

王太子殿下(プリンス・オブ・オスティア)、ペイライエウス子爵にしてオストラ子爵・・・ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア殿下!」

 

 

そして、私が腕に抱いている赤ちゃん・・・ファリア。

私とフェイトの子供、いずれは全てを引き継ぐ男の子。

そして誰にも言っていませんが、次期<黄昏の姫御子>に指名された運命の子。

・・・男の子だから、姫御子じゃないかもですけど。

 

 

「ウェスペルタティア王国、万歳!」

「女王アリア陛下、万歳!」

「夫君殿下と王太子殿下、万歳!」

 

 

新王宮での初の謁見の儀の間、赤ちゃん・・・ファリアは、スヤスヤとお休みでした。

さっき、授乳したばかりだからかもしれません。

大きな声と音にむにゃむにゃとしてますが、腕の中で揺らすと安らかな寝顔に戻ります。

・・・愛しいです。

 

 

顔を上げると、貴族達の先頭の位置に王族・・・お母様達が見えます。

私やネギを抱いた時も、お母様は今の私と同じ気持ちでしたでしょうか。

ネギのことで・・・傷ついておられるでしょうか。

 

 

「・・・大義です。今後も臣民の皆様と共に、恒久平和に向けた世界的な運動を支援して行きたいと思います。そして臣民の総意がある限り、私は臣民の皆様と共にあることを改めて、ここに誓約することと致します」

 

 

私の「お言葉」に、その場にいる全員が傅きます。

玉座から見る世界は、本当に高くて。

腕の中で眠るファリアがいつか見る光景は、とても寂しくて。

フェイトだけが、隣に立つことができる世界で。

 

 

私はこれ以上、私の民(みうち)を不幸にしたくないと思いました。

それが、家族や友人・・・そして。

ファリアのために、私がしてあげられることだと信じているから。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

『以上、現場からでした。リポーターは私、宰相府広報部王室専門室「室長」、アーシェ! アーシェ・フォーメリア! 新王宮完成式典の様子をお送りしました! 女王陛下万歳、ウェスペルタティアに栄光あれ!』

 

 

テンションの高いリポーターの声を最後に、ウェスペルタティアの新王宮都市の完成式典の生中継映像が終わる。

次に国営オスティア放送のニュースが始まって、式典のハイライトなどを流し始める。

それを眺めながら、妾は私室のソファに深く座って考え込む。

 

 

「うぅむ・・・」

 

 

まず、今の妾達(ていこく)の状態を頭の中で整理する。

妾は現在、ウェスペルタティア王国の間接的な軍事支援のおかげもあって、帝国の北部一帯を奪還することに成功した。

シルチス亜大陸とアルギュレーの新領土は手放した物の、以前からの旧帝国領だけで魔法世界で最大の版図を誇っておったのじゃから、全体で見れば大した損失では無い。

 

 

むしろ、負担を切り離したと考えるべきじゃろう。

ただし南にはゾエ姉上の神聖ヘラス帝国・・・ゾエ姉上は未婚で懐妊したとの情報がある。

大臣らの誰かが父親らしいが、詳しいことはわからぬ。

それと、中央のヘラス地域には未だに人民戦線勢力がおる。

帝国領内の3つの勢力による膠着は、少し動かし難くなってきた・・・。

 

 

「どうしたぁ、辛気くせー面してよ」

 

 

妾の隣に座っておるジャックが、不意に声をかけてきおった。

もう、何にも考えてなさそーな顔をしておるのじゃが、コレはコレでいろいろと考えておるのじゃろうなぁ。

実際、ラカン財閥の資金力が無ければウェスペルタティアから兵器が買えんわけで。

ただでさえ借りを作り過ぎて、魔法世界連邦構想にも反対しにくいしの。

 

 

・・・これ以上、ウェスペルタティアとアリアドネーから借金すると本気で首が回らなくなる故。

まぁ、ラカン財閥の代表はあくまでも不明なわけじゃが。

と言うか、本当に無関係じゃったらどうしよう・・・もう融資額(しゃっきん)が半端無いんじゃが。

 

 

「やかましい、妾はいろいろと考えねばならぬのじゃ」

「へー・・・」

「・・・お前と言う奴は・・・」

 

 

糸目で妾を見て来るジャックに、若干イラッとする。

昔からのことじゃが、最近は質が違う気もする。

再会してからと言う物、何だか・・・それに、最大のイライラの原因はじゃ。

 

 

「・・・お紅茶を・・・どうそ・・・」

「おー、さんきゅなー」

「・・・テオも・・・どうぞ・・・」

「・・・うむ」

 

 

姉上じゃ。

エヴドキア姉上、ジャックが帝都脱出の際に連れ出してくれたのじゃ。

女性神官が凌辱されて殺されたと言う情報もある、連れ出してくれて本当に助かった。

・・・が。

 

 

何じゃ、この位置関係。

 

 

具体的には、一つのソファに姉上―ジャック―妾の順序で座っておるわけじゃ。

・・・つまりコレ、ジャックが両手に華状態では無いか!

と言うか姉上、戒律はどうしたのじゃ戒律は!?

 

 

「・・・その件については・・・責任を・・・取って頂かないと・・・」

「責任!? 何の責任じゃ何の!? ジャック!?」

「あ? いやいやいやいや、そんな大それたことは何もしてねーってマジで!」

 

 

いや、だってお前、じゃあ何故に寡黙な姉上が顔を赤らめてジャックの胸板で「の」の字を書いておるのじゃ!?

再会してからずっと姉上の様子がおかしいのじゃ、ヤバい気がするのじゃ!

 

 

そこの所、きっちりと説明して貰わんことにはじゃな・・・。

・・・今夜は、寝かせぬぞ?

無論、夫婦の生活的な意味では無い。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

我々アリアドネーは、魔法世界連邦構想を支持するわ。

だけどもちろん、交渉の結果として認めるのであって、ただで丸飲みにするつもりは無い。

取れる物は、きっちりと取らせて貰うわ。

 

 

「我々アリアドネーはウェスペルタティア女王の魔法世界連邦構想を支持すると同時に・・・・・・国家主権を放棄します」

 

 

私の言葉に、アリアドネーの最高意思決定機関である教授会のメンバーがそれぞれの表情で頷きを返してくる。

オスティアで華やかな式典が催されている時間帯、私はアリアドネーの会議室でアリアドネーの方針を大きく転換しようとしていた。

 

 

国家主権の放棄。

 

 

でも中立の方針は変えない、私達は将来の魔法世界連邦内部において「厳正中立の学園都市」と言う地位を確保する。

防衛・外交の権利を放棄する代わりに、内政に関しては100%の自治権を認めさせる。

 

 

「魔法世界はウェスペルタティアを中心にまとまるでしょう。これは遅かれ早かれ確実に行われます、ならばその中で最大限の利益を得ることを考えねばなりません」

 

 

私の言葉に、アリアドネーの教授達が難しい顔をする。

当然でしょう、これまでの路線を放棄すると言うのだから。

でも、これは放棄では無く回帰だと私は考えているの。

 

 

アリアドネーは元々、いかなる種族でも受け入れる学術機関として発達したのだから。

国になり、軍事力を整備したのは外部の勢力からそれを守るため。

魔法世界が統一されようとしている以上、過度な軍事力は必要無い。

戦乙女旅団は規模縮小の上、警備隊として残る。

もしかしたら、一部は将来の連邦軍に編入されるかもしれないけれど。

 

 

「人材の育成と、新たな理論・技術の開発と研究。我々の本分に立ち返る時が来たのです」

 

 

私達は政治家である前に教師、国家の運営よりも学校の運営こそが本分。

強力な統一政体によって安全保障が保たれるなら、私達はただの学校に戻るべき。

もちろん、すぐにでは無いけれど。

 

 

「・・・では、この新方針に関しての採決をとります。賛成の方はご起立を・・・」

 

 

その言葉に、ガタガタ・・・と、いくつかの椅子が動く音がする。

そして・・・今日。

アリアドネーの、今後が決まった。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

メガロメセンブリアでのウェスペルタティア女王の評判は、まぁ、控えめに言っても悪い。

むしろかつての繁栄を奪われたってんで、人気なんざ無いに等しいわけさ。

と言って表立って反抗する気力も無ぇから、その感情は鬱屈した物になっていくわけだ。

 

 

だから女王暗殺未遂や叛逆事件なんかが起こると、新聞とかが賑やかになる。

心の中で快哉を上げるわけだ、「ザマァ見ろ女王」ってな。

その度に記事の差し止めをせにゃならん、外交問題になるからだ。

 

 

「今、変化の風がこの魔法世界に吹いています。私達がそれを好むと好まざるとに関わらず、この超国家的意思の高まりは1つの政治的事実です」

 

 

今、メガロメセンブリアで流行ってる寓話がある。

1人の可愛らしいお姫様が実は恐るべき魔女で、世界を欺いて世界を手に入れちまうストーリーだ。

検閲ギリギリ、だが気持ちはわかるぜ。

 

 

この6年間でメガロメセンブリアは海外の経済権益を99%失って、しかも国内の工業生産は70%低下、人口も半減しちまった。

かつての栄光なんて影も形も無ぇし、艦隊の保持が禁止されてるから軍事力なんて形だけだしよ。

これでも10年前は、魔法世界の半分を支配してたんだぜ?

 

 

「私達はそれを事実として受け入れなければなりません、そして私達の政策はそれを考慮に入れた物でなければならないのです」

 

 

まぁ、そうは言っても現実は受け入れなくちゃいけねぇ。

今、ミッチェルの奴が元老院で演説してるのはそう言う趣旨の政府方針の説明だからな。

今回の魔法世界連邦構想はある意味でチャンスだ、メガロメセンブリアが国際社会に復帰するための、な。

 

 

「ま、反応は芳しく無ぇわけだが・・・」

 

 

実際、演説の最中もヤジが止まらねぇしな。

この間の選挙でうちの党が過半数割っちまって、少数与党政権になっちまったからな。

だが、ところがどっこい。

 

 

うちのミッチェルは、けなされたり貶められたりした方が燃えるタイプなんだよ。

特に、女王アリアが王子を産んだ時くれーから顕著になった。

どこに燃える要素があったのかは、謎だが。

 

 

「ま、それでも何とか、ボチボチやってくしかねーわな」

 

 

口の中で呟いて、俺はミッチェルと野党側の議論に耳を傾ける。

これも、故郷(メガロメセンブリア)のためだってね・・・。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

「ああ、わかった・・・すまない、助かったよ」

 

 

黒電話型の通信機を片手に、僕は相手にお礼を言った。

相手は「悠久の風」の人間で、アリアちゃんに・・・女王アリアの所にネギ君の子供が上手く渡るよう、取り計らってくれたんだ。

 

 

僕が昔、戦場で助けたことのある人で・・・今回は、僕が助けてもらったわけだね。

他にも家の手配とか、いろいろとね。

こう言う所も、師匠に教わったことでもある。

 

 

「うん・・・たぶん、もう会えない。今まで・・・ああ、いや、僕の方こそ・・・じゃあ」

 

 

チンッ、と軽い音を立てて、通信機を切る。

これでもう、外の人間と交流するのは最後かもしれない。

僕は今、2人の女性と共にエリジウム大陸の中央部、セブレイニアとケフィッススの間にそびえ立つ山岳地帯にいる。

 

 

山奥に建てられた築10年ぐらいのログハウス、庭には小さいけど畑があって、最低限の食糧は手に入る。

僕が持っていた資産を使いきって、日用品の供給ルートとかも確保してある。

どちらにせよ、完璧な引き篭りを目指して環境を整えた。

誰かが故意に探さない限りは、静かに暮らして行けるように。

 

 

「たまには、日の光に当たらないと・・・」

「・・・・・・」

 

 

ログハウスの居間を通り過ぎて庭に出ると、2人の女性がそこにいる。

1人は、ネカネさんだ。

そしてもう1人は、宮崎のどか君・・・いや、のどか・スプリングフィールド君だ。

 

 

のどか君は、僕がケルベラスの森で2人を救出して以来、何かが抜け落ちてしまったかのようにぼんやりとしている。

目には生気が無くて・・・近く、悪魔関係に強い医者に診てもらうつもりだ。

僕がユエちゃんをアリアちゃんの所に送ったのは、そう言う理由もあった。

 

 

「・・・ネギ君」

 

 

結局の所、ネギ君は戻ってこない。

詳細はわからないけれど・・・死んだと言う話もある。

死んだというのは嘘だとしても、無事では無いだろう。

責任の一端は、僕にもあるから・・・だから、ネカネさんとのどか君は、僕が責任を持って面倒を見るつもりだ。

 

 

いずれにしても、ここにいるよりは未来があると思った。

だから、ユエちゃんを・・・。

 

 

「・・・アスナ君の時を、思い出したな」

 

 

アスナ君・・・アスナ姫を麻帆良に連れて行った時のことを。

随分とケースは違うけれど・・・でも、思い出してしまう。

そう言うことが、あったのだと。

 

 

そして僕は、そのどちらでも・・・。

・・・たぶん、何かを決定的に間違えたのだろうと。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「偉大なる女王陛下の下、我が国は世界一豊かで強い国となるのです!!」

 

 

午後、貴族院での議会演説をそう締めくくると、議場の9割以上の議員がスタンディングオベーション。

ほとんどの議員の皆さんが立ち上がって拍手、私はそれに笑顔を見せて手を振ります。

ははは、いやいや、ははは・・・そんな感じです。

 

 

支持率は90%以上、議会での政権基盤も磐石。

2年後の庶民院選挙までは、私の政策を止められはしないでしょう。

何しろコレは、「民意」なのですから。

国民の総意を体現しているのが私であり、アリア様なのです。

 

 

「いやはや、実に見事な演説でしたな」

「誠に、我ら貴族層も陛下と宰相閣下に協力を・・・」

「それは素晴らしい、我が陛下もお喜びになられることでしょう」

 

 

アリア様は憲法上は三権と軍権の長ですが、実務上の責任は内閣と議会、裁判所と軍部に移管されました。

すなわち、もはやアリア様に対し責任を追及できる者はいないと言うことです。

そうでありながら、その影響力は絶大な物があります。

実務上の権限を放棄されたにも関わらず、その勅命はいかなり法律よりも大きな力となる。

 

 

そしてアリア様を元首と戴く「イヴィオン」は、すでに旧連合加盟国の大半が根拠条約である「オスティア条約」を批准し、年内に加盟国は30ヵ国を超える予定です。

象徴だった統合軍は「オスティア条約機構軍」と名を変え、加盟国間貿易の特恵マージン制度によって、ウェスペルタティアの工業製品輸出と資源輸入が確保されました。

そして加盟国30・・・これは、魔法世界の過半数の国家が王国に従ったことを意味します。

 

 

「よって、魔法世界連邦構想は民主的手続きによって承認されたも同然です」

「おお、流石は女王陛下と宰相閣下」

「もはや、我が国の覇道を阻む者が存在しませんな!」

 

 

分裂した旧帝国やアリアドネーには、我が国に対抗できるだけの力はありません。

もし反対するのであれば、国際経済・政治環境から孤立することを意味します。

そう・・・まさに今や、魔法世界はアリア様の御手に帰しました。

 

 

・・・とは言え、いてもいなくても同じような取り巻きの議員達のようには楽観できません。

仮に新連邦構想が実現したとしても、戦争が内紛に置き換わるだけのこと。

また、他の全ての国が協力して王国に対抗すると言う可能性も無くはありません。

常に先手を打ち、盟主国として主導権を握り続ける必要があります。

 

 

「・・・仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

議場の壁に国旗と軍旗に挟まれる形でかけられているアリア様の肖像画に向けて、私は微笑を浮かべます。

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)・・・私は依然、確かにお約束致しましたね、アリア様。

 

 

争いの無い、「絶対の王」が長く君臨する平和な世界を。

我が愛と忠誠の生涯を、貴女に捧げることを。

誓いましょう・・・くふふふ・・・。

私の人生、今が絶頂期かもしれない!!

 

 

 

 

 

Side 真名

 

旧オスティア復興区・・・新王宮「ミラージュ・パレス」を含む浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)の一区画には、新たに王立の戦没者合同墓地が作られている。

王国と王室と臣民のための戦いで命を落とした者のための、墓だ。

 

 

新王宮完成式典の冒頭で、朝にアリア先生が夫君と王子を連れて献花したのもここだ。

今は戦没者の遺族も帰宅して、静かになっている。

人工の芝の上に白い墓石が無数に並び、風が吹いて髪を靡かせる・・・。

 

 

「・・・これまで、多くの仲間が逝ったが」

 

 

名前の刻まれていない無数の墓石の一つに花を備えた私の後ろから、静かな声が響いた。

花を供えたのは、特に深い意味は無いさ。

クライアントに準じた、そう考えてくれれば良い。

 

 

「しかし誰も、後悔はしていないだろう」

 

 

後ろを振り向けば、そこには金髪碧眼の女近衛騎士がいる。

そして彼女の後ろには、同じ近衛の鎧を纏った女性騎士達がいる。

・・・彼女達の仲間も、幾人かが今回の戦乱で死んだ。

 

 

と言うか、近衛は毎年のように誰かが死ぬ。

王室警護とは、そう言う仕事だからだ。

一方、私の傭兵隊からは死人が滅多に出ない。

忠誠とは別の物で王室と繋がっているのが、私達だからね。

 

 

「・・・墓が必要とは、人間は本当に良くわからないな」

「そう言うもので、絆を確認したりするんだよ」

 

 

私の隣にいる5(クゥィントゥム)は、墓と言う概念に興味が無いようだね。

まぁ、人間でない彼には、理解できないのかもしれない。

そもそも、死と言う概念に対する認識が違うのだから。

 

 

だけど人間と言うのは、死者への想いで日々を生きると言う一面があるんだよ。

私も、その1人。

・・・我ながら、女々しいことだとは思うけどね。

だからこそ、私は他人のそれをバカにはできない。

 

 

「・・・そしてすぐに忘れるんだろう、人間と言う生き物は」

「そうだね、「人々」は忘れるだろうね」

 

 

現に兵士達の死を覚えているのは、遺族とその周辺だけ。

人々はすぐに嫌なことを忘れて、華やかで耳障りの良いことに目を向ける。

生還した兵士(えいゆう)達、壮大な兵器、そしてそれを率いる若く美しい女王陛下・・・。

 

 

世界に冠たる覇権(ヘゲモニー)国家、ウェスペルタティア王国の誕生。

ウェスペルタティア人は、世界で最も優秀な民族なのだ・・・ってね。

そしてまた、同じことを繰り返す。

 

 

「だけど、「人」は忘れないよ」

 

 

そう、忘れない。

集団としての人間は忘れても、個人としての「私達」は忘れない。

この墓地に眠る者達が、何を成して逝ったのかを・・・。

 

 

・・・もうすぐ、日が暮れるね。

仕事に戻るとしようか。

何だったかな、元学園長を処刑場に連れて行けば良いんだったかな。

ネギ先生がいないから、他に裁けるわかりやすい人間がいないからね・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

ネギが、死んだのじゃと言う。

ただ、エヴァンジェリン殿が言うには生きているだろうとのことじゃ。

つまりは、アリアは公式的にはネギはもういないと言うことにするつもりらしい・・・。

 

 

「・・・はぁ」

 

 

厳密には、「ナギの息子を騙った男の死」と言うことになる。

国際非公式裁判で裁かれるはずだったので、他の国との難しい事後処理などの交渉もクルトが行っているらしいのじゃが。

 

 

・・・ネギ本人にはかろうじて傷が及ばぬよう、ギリギリの配慮がなされておったのに。

のどか殿の行方は知れぬが、タカミチが面倒を見ているだろうとのこと。

そして、孫娘のユエをエヴァンジェリン殿が引き取ったこと。

もっと、私がしっかりとしておれば・・・。

 

 

「・・・・・・はぁ」

「・・・まぁ、こんな感じでウチの嫁さんは絶賛落ち込んでんだけど」

「お前も少しは見習ったらどうじゃ・・・ごほっ、ごほっ」

「ああっ・・・スタン殿、大丈夫ですか・・・?」

 

 

向かいの座席で軽く咳き込み始めたスタン殿に近付き、背中を撫でて差し上げる。

朝の式典の後に夕食にお招きし、その後は歓談しておったのじゃが。

どうも最近、身体の調子が思わしく無いらしく・・・こちらも、心配なのじゃ。

アリアと孫の王子もまだ心配じゃし、それと・・・。

 

 

「・・・まぁ、こんな感じでウチの嫁さん、心配性が加速してどうにかなっちまいそうなんだよ」

「ごほっ・・・お前も少しは見習ったらどうなのじゃ。おおアリカ殿、あまり気を遣わず・・・」

「しっかりしろよ爺さん、玄孫まで見んだろー?」

「ナギ! お前はもう少しスタン殿を労わって・・・」

 

 

午前中にアリアと共に、新王宮に引っ越してきた。

私とナギの住まうのは「蒼玉宮」と言う離宮で、名前の通り蒼を基調とした色合いの造りになっておる。

私達が今いる応接間や執務室、寝室の調度品も蒼が基調で、ティーカップの白の陶磁器の底に青薔薇が描かれておる程じゃ。

 

 

新王宮「ミラージュ・パレス」には無数の塔や宮殿などの建造物があり、ここもその一つじゃ。

「蒼玉宮」は他の宮殿に比べて小さく、1000室ほどの造りになっておる。

私やナギが安らかに過ごせるようにとの配慮が、随所になされて・・・アリアやエヴァンジェリン殿の気遣いが感じられる。

じゃが・・・。

 

 

「ごほっ、ごほっ・・・」

「ああっ、スタン殿・・・」

「いや、いろいろ心配しすぎだろー・・・ネギだって向こうで何とかやってるって」

「「向こう?」」

「おっと、やっべコレ内緒だった・・・ああ、うん、気にすんな」

 

 

今、何かナギが気になることを言った気がするが・・・。

とにかく、私には良くしてもらう資格があるのかどうか。

・・・はぁ。

 

 

「・・・うるさい・・・」

 

 

部屋の隅の椅子に座ったアスナが、不満そうにそう言った。

赤いドレスに包まれたその膝には、灰銀色の狼が頭を擦りつけておった・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「私達を、王子殿下のナニーにしてくださいっ!」

「はい、構いませんよ」

 

 

2ヶ月前の王子殿下暗殺未遂の件で、王子殿下のナースメイド体制を見直すことになりました。

結論としては当然であって、クママさんも同じ見解です。

後、私はある特別な印が無い限り、王子の傍を離れないことになりました。

 

 

「ケケケ・・・ヤットネタゼ」

 

 

私の頭の上では、ナイフでは無くガラガラを持った姉さんがカタカタと笑っています。

現在、私達は女王勅命以外では王子殿下のお世話を最優先することを定められています。

同じ手は二度と通じません、次は大丈夫。

二度と、アリアさんのお子様のお傍を離れることはありません。

 

 

「軽っ、以外に軽いですね茶々丸さん!?」

「皆さんなら、問題は無いと思いますが」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

そんな私は、王子殿下と共に新王宮「水晶宮(クリスタル・パレス)」にお引越ししました。

主宮殿である「水晶宮(クリスタル・パレス)」は「ミラージュ・パレス」の中でも最大の敷地を持ち、舞踏会場、音楽堂、美術館、謁見室や図書館などが設置されています。

水晶宮(クリスタル・パレス)」に常時勤務する侍従は約700名で、その内88名は住み込みで働いています。

 

 

そして王子殿下の新しい育児部屋(ナーサリールーム)は、宰相府のそれの2倍以上の広さがあります。

夕刻、私は王子殿下のナニー・・・ナースメイドになることを希望する5人の女性と会っていました。

腕の中に白い髪の赤ちゃんを抱いて、私は暦さん達と会っています。

 

 

「わぁ・・・可愛い」

「フェイト様と・・・似てる・・・」

「う、うむ・・・小さいな」

 

 

間近で見るのは初めてだったのか、暦さん達は静かに歓声を上げます。

お休みになられたばかりなので、大きな声で話すとお目覚めになってしまわれますから。

生後3ヶ月、産まれた時より倍近く体重が増えました。

8キロ前後、順調な発育と言えるでしょう。

そろそろ、首すわりの検診が必要な時期かもしれません。

 

 

「では、今夜からさっそく、お願いしますね」

「「「「「はいっ」」」」」

「夜は特に大変なので、覚悟しておいてくださいね」

「「「「「は、はい・・・」」」」」

 

 

赤ちゃんのお世話は、ミルクの時間の細かさやおむつ、その他様々な理由で「泣き」への対応に追われます。

赤ちゃんの睡眠時間以外は、次にお目覚めになられた時のための準備に追われます。

まさに、全ての予定が赤ちゃんの機嫌によって決まるのです。

 

 

つまり、赤ちゃんのお世話以外のことは何もできなくなりますので・・・。

本当に、覚悟してくださいね?

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

疲れたかい、と僕が聞くと、彼女は決まって、大丈夫です、と答える。

ここ2ヵ月は、特にそうだった。

式典と新王宮への引越しが主な仕事だった今日は、比較的に早く仕事が終わった。

 

 

主宮殿でありアリアの居館となる「水晶宮(クリスタル・パレス)」は夜になると月明かりで淡く輝く特別な石で築かれた純白の宮殿で、基本的に女性しか入れない。

七つの塔を中心に無数の塔に取り囲まれたこの宮殿には、許可の無い者が侵入するのは難しい。

特に詠唱魔法が失われてしまったこの世界では、ね。

 

 

「・・・疲れたかい?」

「大丈夫です」

 

 

決まった会話を繰り返して、アリアは新しい寝室のベッドの端に座る。

深く息を吐くその姿は、とてもじゃないけど疲れていないようには見えない。

責任の大半を議会に委譲したとは言え、アリアの仕事は減らない。

そしてそれ以上に、アリアは以前にも増して仕事に取り組んでいる面があるからね・・・。

 

 

新しい寝室は主宮殿の東西に伸びる翼にある、東向きのサロンに位置している。

寝室と外を隔てる木製の欄干には彫刻が施され、純白を基調とした寝室には金と銀を使った錦織の装飾が飾られ、王子を含んだ女王一家の肖像画が色を添えている。

2つある暖炉の上には、気圧計付き振り子時計と4つの枝付き燭台が置かれている。

金糸銀糸で彩られた純白のシーツとビロードのベッドは、宰相府のそれより少し大きい。

 

 

「・・・でも、とても疲れた顔をしているよ」

「気のせいですよ」

 

 

そっとアリアの頬に手を添えると、アリアはやんわりと僕の手を取って頬から離す。

エリジウムでの一件以来、アリアは少し痩せたような気もする。

かなり強いストレスを、感じているのだろうと思う。

この2ヵ月間は、お互いに忙しくて特に話をするような雰囲気では無かった。

けれど、今日のように時間が空く日もある。

 

 

「そうは、見えないよ・・・」

 

 

視界に入ったアリアの手を取って、ネグリジェの裾をズラす。

すると、そこは何かで擦ったように赤くなっていて・・・。

 

 

「また、強く身体を洗った?」

「・・・え、と」

 

 

少しだけ怯えたような顔になる彼女の手に、僕はそっと唇を当てる。

びくっ・・・と身体を固くするのは、あの悪魔に汚されたと言う意識があるからかもしれない。

 

 

「・・・すまない」

「どうして、謝るんですか・・・?」

「キミの傍を、離れた」

 

 

仕方の無い理由があったとは言え、離れないとの誓いを破った。

それは本当に、すまないと思っている。

そして・・・アリアに僕の寿命の話をしていないことも。

 

 

「・・・良いんです」

 

 

きゅっ、と僕の手を握って・・・アリアは僕を許す。

それに何故だろう、胸が痛いのは。

 

 

「これからずっと、傍にいてくれれば良いんです・・・そうでしょう?」

 

 

微笑もうとして失敗したような顔で、アリアはそう言う。

僕は・・・それに答えず、ただアリアの身体を引き寄せて抱き締める。

そうして髪を撫でることしか、できない。

 

 

僕の役目は、アリアが民衆の前に立てるように背中を押し、支えること。

求められているのはそう言うことだし、僕自身もそうありたいと望むけれど。

ふと、「恐怖」を覚えることがある。

僕がいなくなったら・・・誰がアリアの心を支えてくれるのだろう?

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

首筋から鎖骨にかけて、アリアの肌はうっすらと赤い。

ここは、僕が引き剥がした悪魔の影が張り付いていた所で・・・。

・・・僕はそっと、アリアの肌に口付ける。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

正直、自分でもやり過ぎたとも思わないでも無い。

と言うのも、私の養女になったユエのことだ。

いや、ユエ自身がどうと言うわけでは無くてだな・・・。

 

 

「マスター、今月のお給金が底をつきました」

「ええいっ、風呂の最中にまで財布事情をとやかく言うな!」

「申し訳ありません、妹のアドバイスに従ったのですが」

 

 

一応、私もアリアの居城「ミラージュ・パレス」内に屋敷を構えている。

ここには議会や軍司令部、最高裁判所などもあるからな・・・各尚書の官邸もある。

ただし私は、あくまでも個人で屋敷を与えられている。

だから基本的には、私の給料から建設費用が引かれるはずが無いんだが・・・。

 

 

育児部屋(ナーサリールーム)の増設とかベビー用品の発注とか服とかぬいぐるみとか・・・いろいろとやった所、今月の給料が無くなった。

い、いや、大丈夫だ、ちゃんと600年分の貯蓄があるから問題無い。

なお、ナースメイドとして旧世界から茶々丸の姉達を呼んだ。

私は仕事が忙しいからな、ユエの世話は茶々丸の姉達に任せてある。

 

 

「・・・ぅー」

「んん? 何だ、気持ち良いのか?」

「・・・ぁー」

 

 

だが、風呂に入れるのだけは私の仕事だ。

旧世界の別荘の浴場と同じくらいには大きい浴場、湯船の縁の所に段差を作って椅子のようにした。

ユエは小さいからな、湯が私の胸と腹の間くらいに来るように調節してある。

 

 

そうするとだ、私も疲れずにユエを抱っこして風呂に入れるわけだ。

まぁ、多少改装費は張ったが・・・自分のために使うことも無いしな。

それに良く考えてみれば、今まで茶々丸やアリアのために金を使ったことはあるが、特に自分のために使った覚えはあんまり無いな・・・。

 

 

「ふふっ・・・ほら」

「・・・ぅー」

 

 

頬のあたりを指で撫でると、ユエは風呂で機嫌が良いのか、顔を歪めて笑った。

4ヶ月目になって、良く手を動かすようになった。

今も私の指を触って、ふにゃふにゃとしている。

・・・ふふっ。

 

 

「・・・何だ、何か言いたいのか」

「いえ、何も」

 

 

茶々丸の姉の視線がうるさいが、知らん。

茶々丸はアリアの子の世話で忙しいだろうからな・・・ふむ、良い友達になれるかもな。

と言うか、才能はあるはずだから・・・ふふん、私が鍛えてやろう。

私は今や王室顧問だからな、王族の教育は私の管轄だ。

おお、何か楽しくなってきたな。

 

 

・・・まぁ、そのアリアもアリカと一緒で、いろいろストレスを感じているだろうが。

アレの精神的なケアは、アイツの仕事だろ。

若造(フェイト)・・・いや、フェイトの、な。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ねぇ・・・どうして、無事だったの・・・?」

「うん・・・?」

 

 

頭を撫でてくれる手と頬に触れるフェイトの胸の温もりにウトウトとしながら、私は彼に聞きました。

あの時・・・『ブリュンヒルデ』から落ちた時、どうして無事だったのか。

どうして、助かったのか・・・私は直接見ていなかった分、悪い想像しかできなくて。

 

 

デュナミスさんの村で治療を受けたとか、暦さん達の頑張りのおかげとか・・・。

・・・そう言うことは、もう何度も聞きました。

でも、私が別の答えを望んでいるのはフェイトも知っていて。

 

 

「・・・キミの傍に、いたかったからね」

 

 

だからその答えを聞く度に私は安心して息を吐いて、眼を閉じてフェイトの胸に頬を擦りつけます。

自分でも卑怯だとわかっています、だけどもう二度と失いたくない・・・1人の夜は嫌。

私はとても弱くて、弱くなってしまって・・・フェイトやエヴァさん達がいないと、何もできなくなってしまったんです。

そして私をそんな風にしたのは、皆です・・・。

 

 

しゅる・・・と、シーツと肌が擦れ合う音を立てて、私はフェイトの首に腕を回します。

お互いに何も身に着けていない、生まれたままの姿で・・・フェイトの上に身体を乗せるように。

腰から下を覆うシーツの中で、お互いの足を絡めるように。

フェイトの白くて逞しい胸に頬を押し当てて、まどろむように眼を閉じたまま・・・。

 

 

「フェイト・・・私、決めたんです」

「うん・・・」

「・・・もう二度と、自分の感情を優先させないって・・・」

 

 

今回の件で・・・私が、女王が個人的な感情を優先させるとどうなるか、目の当たりにしました。

たくさんの人に迷惑をかけて・・・どれだけの人が、亡くなったのか。

結果的にクルトおじ様達の頑張りのおかげで、国自体の方向性は維持されただけで。

他は、全然・・・全く、ダメで。

 

 

だけど、それは・・・フェイトやエヴァさん達にも、嫌な想いをさせるかもしれないと言うことで。

国や民のことを自分の大事な人より優先させなければならない場面が、これから先にはいくらでもあって・・・。

それはフェイトだったり、エヴァさんだったり・・・ファリアだったり、するのかもしれません。

だけど・・・。

 

 

「・・・愛しています。ずっと、愛していますから・・・だから」

「・・・うん」

「・・・信じて、いて。それだけは・・・私がこれから先、どんな決断をしても」

 

 

フェイトやファリアを・・・皆を、皆の気持ちを失いたくない。

怖い、だって失ったら・・・立っていられない、あんな場所に1人で座れない。

だから、それでも愛しているって・・・信じていてほしいんです。

何て、我侭になってしまったんでしょう・・・私。

 

 

「・・・うん。僕も・・・愛しているよ」

「・・・はい」

 

 

何だか、恥ずかしくて・・・上を向いて、微笑み合って、軽く口付けます。

そしてシーツの中で足を動かすと、フェイトの手が私の頭から背中へと移動していきます。

つつ・・・と背中を指先で撫でられると、ぞくりとします。

 

 

「・・・約束です、ずっと私を愛していてくださいね」

「うん」

「私と・・・私の傍に、ずっといてくださいね・・・?」

「・・・うん」

 

 

言葉を交わす度に、フェイトの手と指はより危ない場所へ。

あの時、ヘルマンに汚された場所は・・・今では、別の跡をつけられてしまいました。

服で隠せる位置だけですが、朝になったら魔法薬と化粧品で消さないと・・・。

 

 

「二度と・・・いなくなるなんて、しないで・・・っ」

「・・・うん」

「そして、できれば・・・私より、長生きしてくださいね・・・」

「・・・」

 

 

軽く息を詰まらせながらそう言って、私はぎゅっとフェイトに強く抱きつきます。

言いながら、少しだけおかしくなります。

フェイトはアーウェルンクス、私よりずっと長生きさんなはずですから・・・。

だからきっと、的外れなお願いですね。

 

 

「・・・・・・・・・」

「・・・フェイト?」

 

 

動きが止まって・・・顔を上げると、フェイトが私を見つめていました。

無機質な瞳が、じっ・・・と、私の顔を覗き込んでいます。

・・・どうして。

 

 

「フェイト・・・?」

 

 

どうして、そんな顔で私を見るんですか・・・?

・・・どうして、いつものように「うん」って、言ってくれないんですか?

どうして・・・そんな、眼で。

 

 

「あの・・・ひゃっ」

 

 

今まではどちらかと言うと私が上だったんですけど・・・急に、下に。

あっさりと、寝返りの要領で引っ繰り返されて。

身体に、フェイトの重みがかかります。

 

 

それは別に、良いんですけど。

でも、何か・・・どうしてか、誤魔化されたような気分になってしまって。

何か言おうとすると、フェイトの唇で口を塞がれてしまって。

 

 

「ん・・・ふ・・・っ」

 

 

身体にかかる重みと熱さに、何も・・・考えられなくなってしまって。

強く深く愛されると、もうそれだけになってしまうからです。

置いていかれないよう・・・必死になるばかりで。

 

 

愛しています・・・愛しています、好きです、大好きです。

いつしか、想いを告げることしかできなくなってしまっ・・・て・・・。

・・・フェイト・・・!

ずっと・・・ずっと、一緒・・・に・・・っ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

新しい寝室で迎える最初の朝、カーテンの間から漏れる光がベッドの上もかすかに照らしている。

僕の隣には、これまでと同じようにアリアが眠っている。

昨夜は少し強くしてしまったからか、髪やシーツなどがいつもよりも寝乱れている。

 

 

規則的な寝息を立てるアリアの剥き出しの肩に、シーツをかけ直す。

陶器のような肌と、うっすらと赤い頬・・・額にかかった髪に、そっと触れる。

昨夜、彼女が僕に懇願していたことを思い出す。

 

 

「・・・アリア」

 

 

ずっと一緒にいてほしい、自分よりも長生きしてほしい・・・。

・・・言うべきだろうか、彼女に。

僕は、それほど長くは生きられないだろうことを。

少なくとも、彼女より長生きすることは難しいことを。

 

 

「キミは・・・悲しむかな。それとも・・・怒るかな」

 

 

言わないと言うのは、彼女に対する裏切りだろうか。

けれど・・・自分よりも国を優先すると決意した彼女に、言えるだろうか。

アリアを苦しめると、わかっていることを。

 

 

「・・・む」

 

 

ふと寝室の扉の外に気配を感じて、部屋の柱時計を見る。

すると、もうアリアが起きる時間だと気付く。

・・・さっき寝たばかりなので、もう少し寝かせておくことにした。

 

 

アリアを起こさないようにベッドから降り、ガウンを羽織る。

それから、扉を開けると・・・。

 

 

「あ、フェイト様、おはようございま・・・した・・・っ」

 

 

・・・いきなり、暦君が倒れた。

淑女(レディ)の前でガウン1枚と言うのが、失礼だったのかもしれない。

笑顔で暦君を引き摺っていく栞君を見送りながら、僕は後で謝罪しようと思った。

 

 

それから、もう1人・・・赤ん坊を抱いた茶々丸がいた。

赤ん坊と言うのは、つまる所ファリア・・・僕の息子だ。

ぱっちりと目が開いていて、じっと僕を見つめている。

・・・「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の全ての情報と経験を魂に刻まれた、アーウェルンクスの子、そして<黄昏の姫御子>。

 

 

「おはようございます、フェイトさん」

「ああ、おはよう・・・悪いけれど、アリアはまだ寝ているよ」

「あ、それは・・・困りましたね、そろそろ・・・」

「・・・ふぇ・・・っ」

 

 

突然、ファリアがぐずり出した。

急に両目に涙を溜めて、数秒でポロポロと流し始め・・・大声で泣き始める。

何かと思えば、ミルクの時間なのだと言う。

ああ、そう言えば・・・いつもこの時間だったかな。

 

 

「・・・ふぇいと・・・?」

「・・・ああ、すまない。起こし・・・」

「こちらへ・・・」

 

 

茶々丸がファリアをあやしていると、僕と同じようにガウンを羽織ったアリアがいつの間にか横にいた。

手早く泣き喚くファリアを受け取ると、あやしながら寝室へ戻る。

ベッドに腰けけて、ガウンの前をはだけて胸にファリアの顔を近づける。

半ば寝ボケているようだが、自然な動きに見えた。

 

 

「はぁい・・・たくさん飲んでくださいね・・・」

 

 

アリアの声は、優しかった。

それは、僕に向けるのとはまた別の種類の優しさだった。

その声に応えてか、ファリアの小さな手が動く。

アリアの肌の上を滑るそれは・・・とても。

 

 

「・・・フェイト、茶々丸さん」

「うん・・・?」

「はい、何でしょうか」

「これは、確証の無い話なのですけど・・・」

 

 

アリアに母乳を与えるアリアの背中を見つめながら、僕はアリアの声を聞いている。

それは僕にとって、聞いておかなければならない声だと思うから。

 

 

「たぶん・・・この子、魔眼持ちになります」

「魔眼・・・ですか?」

「はい、それも私の右眼・・・『複写眼(アルファ・スティグマ)』を」

 

 

・・・アリア自身が出産の後、右眼の魔眼を使えなくなったことから立てた予測だと言う。

時期はわからないが、いつかファリアは魔眼に目覚める。

アーウェルンクスで、姫御子で、魔眼持ち。

末恐ろしいことだね。

 

 

「フェイト」

 

 

今度は僕だけを呼んで、アリアは僕の方を振り向いた。

ファリアの授乳も終わり、げっぷもさせて。

お腹が一杯になったためか、機嫌の良さそうなファリアを僕に差し出す。

 

 

・・・腕に抱くと、意外と重い。

いつも、そんなバカなことを考える。

僕とアリアの、息子。

 

 

「ファリア~・・・」

「うん・・・ファリア」

 

 

アリアと共に名を呼ぶと、手を伸ばして前髪を掴もうとしてくる。

僕は特に、その行動を止めない。

僕の身体に寄りかかるようにしながら、アリアがファリアの手を取って止める。

その時のアリアの表情を見て、僕は想う。

 

 

たとえ、僕がアリアの人生の中途で退場することになっても・・・。

・・・ファリアがいる。

ファリアがいれば・・・きっと、アリアを支えてくれると思う。

 

 

「・・・アリア」

「はい?」

「・・・いや、何でも無いよ」

「・・・? 変なパパですね?」

「・・・ぁー」

 

 

アリアの声に、ファリアが返事をする。

ファリアがアリアの指を握って笑うと、アリアは僕に向けるのとは別の笑顔を見せる。

それはきっと、母親の顔なのだろう。

茶々丸が気を利かせてか、部屋の外に出て行くのを視界に入れながら・・・僕は、そんなことを考えた。

 

 

・・・アリアと、ファリア。

2人の上に、全ての幸福が降りかかることを。

僕は、祈った。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「えーかげんにしぃやっ!」

「あだっ!?」

 

 

ごちんっ、とエラい音が頭からした。

いや、単純な話で俺が千草のかぁちゃんに拳骨くろたって話なんやけども。

と言うか、俺はいくつになるまでかぁちゃんの拳骨くらわなアカンねやろか。

 

 

そろそろ俺、18なんやけど。

何と言うか、そろそろこう、何かあるやん?

もうちょい、大人扱いしてくれるとかさぁ。

 

 

「まぁ、仕方が無いんじゃないでしょうか~」

 

 

俺の隣には、俺と同じように頭にタンコブ作った月詠のねーちゃんがおる。

何か最近、月詠のねーちゃんが前以上にほんわかしてる気ぃする。

何と言うか、毒気が抜けた感じ?

 

 

んで2人揃って朝から家の縁側に正座させられて、目の前にかぁちゃんが仁王立ち。

正直、拳骨くらい余裕で避けれるんやけど。

避けたら口聞いてくれへんようになるから、避けられへんねや。

 

 

「アンタらは毎年毎年、ウチに隠れて拳闘大会に出る言うてまったく・・・!」

「俺らからしたら、何でいつもバレるんかがわからんねやけど」

「口答えすな!」

「あだっ!?」

「へぅっ!?」

 

 

また拳骨くろた。

タンコブ二個目、泣きそうやわ。

泣かんけど。

 

 

・・・まぁ、怒られる原因はいつも同じや。

俺らがかぁちゃんに内緒で拳闘大会にエントリーする度に、同じことが繰り返されとるからな。

でもほら、俺も強い奴と戦って強くならんと。

男の子やし、しゃーないやん?

 

 

「バカなこと言うとらんと、真っ当に働きや!」

「またそれかいな・・・」

「大会でも賞金稼げますえ~?」

「やぁかましぃっ!」

 

 

かぁちゃんが言うことは、いつも一緒や。

拳闘なんてやめて、真っ当に働いて稼げて。

でも正直、拳闘の方が簡単に稼げるんやけどなぁ。

 

 

「まぁまぁ、2人も十分に考えた上での」

「アンタは黙っとき!!」

「・・・う、うむ、スマン」

「うちに黙って許可出してホンマ・・・次やったら離縁やからな!」

「い、いや、それは本筋と関係ないのでは・・・」

 

 

カゲタロウのオッサ・・・・親父は役に立たへんし。

でも大体、扶養家族な俺らが拳闘大会に出れるんは親父の許可があるからなんやけど。

サインとか、いろいろ。

その度に離婚の危機が来るから、むしろ俺としては万々歳・・・?

 

 

「まったく・・・ウチの子らはホンマ。しゃんとしてくれな困るえ」

「へーへー」

「わかりました~」

 

 

ようやく、今日のお説教が終わるわ。

あーしんど、んじゃ野試合でもしに・・・。

 

 

 

「もうすぐ、弟か妹ができるんやから」

 

 

 

行こか・・・って。

今、何か凄く変な言い方されたような。

 

 

「へ?」

「お?」

「む?」

 

 

俺、ねーちゃん、親父。

かぁちゃんは着物に覆われた腹をポンポンと叩いて、ニッコリ。

・・・。

 

 

「「「・・・ええええええぇぇぇっっ!?」」」

 

 

えええぇぇっ、マジでええぇ・・・っ!?

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「エミリー!!」

「アーニャさん・・・!」

 

 

朝早くに新オスティアの使い魔専用の病院まで行って、出てきたエミリーと抱き合う。

胸に飛び込んで来たオコジョ妖精を抱き締めて、その場でクルクルと回る。

周りの人も特に気にした風も無い、もしかしたら慣れてるのかもしれないわね。

 

 

でも本当に、エミリーが治って良かった。

私も今日、正式に退院(それでもかなり遅いけど)できたの。

・・・エミリーは、少し後ろ足を引き摺ってたけど。

 

 

「・・・うん! でもゴメンねエミリー! ちょっと急いでるのよ!」

「え、ええ!? どうしたんですか!?」

「今日の渡航で旧世界に帰らないといけないんだけど、時間がヤバいのよ!」

 

 

いや、本当ゴメン!

できればもう少し再会を喜び合ったりとかしたいんだけど、本当に時間が無くて。

ドネットさんてば、急に帰って来いとか言うんだから・・・。

 

 

「・・・おい、何で僕がこんな」

「あっ、手続き終わった!? ありがとー助かったわ!」

「・・・」

 

 

アルトがエミリーの退院手続きをしてくれて、本当に助かった。

正直しこたま文句言われるって思ったんだけど、本当に助かったから笑顔で振り向いてお礼を言ったら、黙った。

・・・変な奴。

 

 

あ、時間がヤッバ・・・!

そのまま病院を出て、ダッシュでゲートポートまで行く。

今朝の渡航に間に合わないと、ナリタの飛行機の時間に間に合わないのよ!

と言うわけで、新オスティアの市街地を爆走・・・!

 

 

「はーっ、はー・・・っ・・・ど、どうやら、間に合ったみたいね」

「そ、そうですね・・・」

 

 

その甲斐あってか、何とか間に合ったみたいね。

間に合わなくて、シオンに泣きつくような事態だけは避けたかったし。

肩の上のエミリーも目を回してるくらいだから、かなり急いだわね・・・。

 

 

「・・・何だ、旧世界に行くのか」

「そーよ・・・って、言って無かったっけ?」

「ああ」

 

 

・・・ってそれじゃ何よ、コイツは何も知らないのに私のアレやコレについて来てたわけ?

文句・・・は、結構言われた気がするけど。

そう言えば、ここの所はコイツと一緒にいる時間がやたら長かった気がするわね。

 

 

えーっと、私が入院してた期間だから・・・・・・うん。

まぁ、うん・・・アレよ、結構イイ奴よね。

ムカつくけど。

 

 

「ふん・・・ようやく静かになる」

「そうね、ギャーギャー言う奴がいなくなって清々するわね」

 

 

素直じゃないし、会話する度に喧嘩したり勝負したりになるけど。

まぁ、勝つのはいつも私だけど。

 

 

「さっさと行け、僕は忙しいんだよ」

「あっそ、じゃあ行くわよ・・・あ、あんまり貧民街(スラム)の人達苛めるんじゃないわよ!」

「・・・うるさい女だ」

「はぁ!? アンタね、別れ際くらい・・・」

「あ、アーニャさん、そろそろゲートが・・・」

 

 

おっと、そうね、行かないと。

私を床に置いてた荷物を右手で持って、アルトの方を振り向いた。

それから、いつも以上に不機嫌そうなアルトに近付いて。

 

 

 

    ちゅっ

 

 

 

・・・アルトの服の襟から手を離して、そのまま離れる。

そこから、たたたっ・・・と駆け出して、離れてから振り向く。

そして、荷物を持っていない方の手の指を目の下に、そしてちょっぴり舌を出して。

 

 

 

「・・・ばぁ―――――かっ」

 

 

 

口元を押さえて突っ立ってるアルトを見て・・・あははっ、あの顔!

何か言われる前に、クルリッ、とターン。

そして、ダッシュ!

 

 

後はもう振り返らない、口元がニヤけて仕方が無いもの。

・・・またね!

 

 

 

 

 

Side さよ

 

旧世界はまだ3月、日によっては肌寒い日もありますが、今日はポカポカ日差しです。

双子ちゃん達は、お散歩が大好きです。

特に、お庭でお昼ご飯をするのが好きらしくて。

 

 

「すーちゃーんっ、ご飯にするよーっ!」

「おお~!」

 

 

今日も、お庭にレジャーシートを敷いてお昼ご飯です。

最近は双子ちゃん達も離乳食になって、見た目も食事っぽくなってます。

食べこぼしとか、凄いですけどね。

お座りができるようになってから、ご飯を食べるすーちゃんを良く見るようになって・・・。

 

 

「い、いやいや坊よ、よせよせ我を食べるでない・・・!」

 

 

先月になって戻って来た晴明さんも、新しい人形の端々を口に入れられて困ってます。

金色の如雨露を持った人形の晴明さんの指先を口に入れて舐めてる弟の千(セン)ちゃんは、発育の早い子なんです。

ミルクも卒業しちゃって、伝え歩きとかも普通にできて・・・。

 

 

「・・・まんま・・・」

「いやいや、我は食べる物では無いぞ坊よ・・・!」

 

 

と言う風に、ちょっとした言葉を喋るようになりました。

でもご飯の時だけで、まだ「ママ」とかは言ってくれません。

多分、食いしん坊さんなんですね。

 

 

「ふええええぇぇぇっ・・・」

「ああ、はいはい・・・大丈夫ですよ~」

 

 

でもお姉ちゃんの観音(カノン)ちゃんは、ゆっくりな子です。

離乳食よりミルクが好きで、私から離れるとすぐに泣いちゃいます。

今も、お座りの状態から後ろに転んで、私を求めて泣いちゃいました。

多分、とっても甘えん坊さんなんですね。

 

 

「いやぁ、本当にお母さんって感じだよね」

「そうですか?」

 

 

今日は、ハカセさんがお客様として来ています。

外でもパソコン片手で、何か、壊れた田中さんの頭みたいなのを弄ってます。

 

 

「あ、ねぇ相坂さん。私さ今、田中Ⅲ世(テールツォ)のスペックとか考えてるんだけどさー」

「う、うん?」

「・・・意思のある戦艦と人型機動兵器、どっちが良いと思う?」

 

 

ハカセさんはいったい、何を造ろうとしているのでしょう。

 

 

「さーちゃん!」

「あ、おかえりー」

 

 

2ヶ月前に壊れたエヴァさんのログハウスは、すーちゃんが直しています。

今も、屋根の上で修理です。

あと、ちょっと・・・。

 

 

さぁ・・・と、風が吹いて。

私は、今の幸福を噛み締めました。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「夕映―――? 午後のゼミ遅れるよ―――?」

 

 

ふわぁ・・・と欠伸を噛み殺しながら、早乙女ハルナは同じ大学寮に住まう親友の部屋の扉を叩いた。

彼女自身、漫画の締め切りに追われて昨夜も徹夜だった。

それでも大学卒業のため、ゼミには出なければならない。

普段なら、ゼミが同じな親友の方が彼女を迎えに来るのだが・・・。

 

 

「・・・入るよ―――?」

 

 

呼びかけても出てこないので、ハルナは部屋に入った。

鍵は開いていて・・・何度も入ったことのある部屋が、視界に入る。

たいして広くも無い寮の部屋で、親友の姿をすぐに見つける。

 

 

「何だ、いるんじゃ・・・どしたの?」

「・・・あ、ハルナ・・・?」

「・・・どうしたの!?」

 

 

親友・・・綾瀬夕映は、笑顔でハルナを見上げた。

だが床に座る夕映の目からは・・・涙が流れていた。

どうしたのかとハルナが問うと、夕映はテーブルの上を示す。

そこには、一枚のハガキがあった。

 

 

「・・・これ」

 

 

イギリスから・・・宛名は。

そこには、もう1人の・・・3人目の親友の名前が。

そして、裏には。

 

 

『元気で』

 

 

・・・それだけが、書かれていて。

それは、別れの言葉とも取れる。

消印が随分と前なのが、気になるが・・・。

 

 

「・・・夕映、アンタ」

「・・・やっと・・・」

「え・・・?」

 

 

落ち込んでいるかと思ったが、ハルナにとっては予想外なことに・・・。

・・・夕映は、笑っていた。

泣きながら、笑っていた。

 

 

夕映が親友のためにどれほど思い煩い努力していたかを知っているだけに、ハルナにとっては意外であった。

だが夕映は、どこか重い荷物から解放されたような顔で・・・。

 

 

「やっと・・・終われる・・・」

「夕映・・・」

「救われた、気がするんです・・・やっと・・・」

 

 

両手で涙を拭って、それでも笑って。

・・・綾瀬夕映は。

 

 

 

「やっと・・・私にとっての、中学時代が・・・終わった、です・・・」

 

 

 

今日、本当の意味で麻帆良女子中を卒業した。

本日を持って、麻帆良女子中3-A。

 

 

全員、卒業。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第37回広報:

アーシェ:
37回に渡って展開された広報も、今回で最後ですかー・・・。
この度「室長」に昇進した、アーシェです!
長かったような短かったような、そんな気がしますが。
今後は私、王国内を巡って風景をフィルターに収めて来ようと思っております。
オスティアも復興しちゃいましたし、次の目標に向かってどどーんっ、ですよ!
皆様も、頑張ってくださいね!

それでは最後にご紹介するのは、ウェスペルタティア女王の名で全世界に宣言された魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦構想に関してです。
ではでは、どーぞー。


・魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦構想
ウェスペルタティア女王が提唱した魔法世界圏統一国家連合の正式名称、連邦と名がついてはいるが複数の主権国家から成る事実上の連合国家。「コモンウェルス・オブ・ネーションズ (Commonwealth of Nations)」と言う名称案もあるが、単純に「主権国家共同体」と呼称されることもある。ウェスペルタティア女王を自国の国王に擁く人的同君連合である「イヴィオン」諸国も加盟国に含まれるが、独自の元首や大統領を元首に擁く国家の加盟も認められる緩やかな連合。加盟国市民にはほぼ自動的に「連邦市民権」が付与される。国際平和の維持(オスティア条約機構軍)と経済・社会に関する国際協力(経済相互援助会議)が設立・活動の目的。

加盟予定国は54ヵ国(神聖ヘラス帝国・ヘラス人民戦線はヘラス帝国の「一つの帝国」規定により加盟資格無し)、ウェスペルタティア王国・アリアドネー・ヘラス帝国を常任理事国・機関(拒否権保有)とする安全保障理事会が最高意思決定機関。その他、加盟国元首による「連邦元首会議」(総意での拒否権保有)や加盟国代表による「連邦総会」(運営費分担金による議席配分)などが設立される予定。

(ちょっと未来のお話)
ウェスペルタティア女王の提唱から9年後、原加盟国39ヵ国で実現。
その後加盟国を増やし、最終的には発足から6年後に魔法世界全体を包容する国際機関となる。
さらに発足から8年後には、「一つの帝国」原則が放棄されて56ヵ国体勢に移行。
56ヵ国体制移行後は小規模な紛争を除けば、国家間戦争が勃発しない魔法世界の「安定期」が到来することになる・・・。
そして56ヵ国体制(オスティア体制)成立と同年末、ウェスペルタティア女王は以降の生涯を喪服で過ごすことを宣言することになる・・・。


アーシェ:
それでは、次回からはファリア王子とかが出てくるほのぼの話が続く予定です。
子育て話になったりするかもしれませんが、意外とラブが入るかもしれません。
では、またどこかで~・・・お疲れ様です!


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王室日記①「ファリア3歳・王子様の一日」

その後、なお話の第一弾です。
3歳児視点での挑戦ですが、失敗した面があるかもしれません。
3歳児の気持ちになる、って難しいですね・・・。
と言うか、ほのぼの路線を目指したのに何故、な出来です。
じ、次回こそは・・・!

*今話は、ほぼファリア王子視点オンリーです。


Side ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア(3歳)

 

 

  ◆ ◆ チャチャゼロの場合 ◆ ◆

 

かぁさま、かぁさま・・・。

僕が呼ぶと、かぁさまはにっこりと笑ってくれる。

たくさん呼ぶと、かぁさまはもっとニコニコしてくれる。

 

 

いつも、「おしごと」で忙しいかぁさま。

かぁさま、もっと遊んで。

そうお願いすると、かぁさまはとても困ってしまう。

とても困った顔になって、「ごめんね」と言って僕の頭を撫でてくれる。

 

 

「・・・」

 

 

かぁさまにもっと遊んでほしいけど、頭を撫でられるのは好き。

ぎゅってするのは、もっと好き。

かぁさまの胸にモフモフすると、とても良い匂いがしてポカポカする。

かぁさまの胸で眠るのが、一番好き。

 

 

でも、かぁさまはいつも「おしごと」で忙しいから。

だから、一緒に寝るのもあまりできない。

一緒にいられる時間は、少ししかない。

 

 

「・・・・・・」

 

 

かぁさま、かぁさま・・・。

大好きなかぁさま。

優しくて、ポカポカで、あったかくて。

 

 

僕はいつか、かぁさまのお役に立ちたい。

かぁさまは「おしごと」で忙しいから、お手伝いをしたい。

僕がそう言うと、かぁさまは「ありがとう」と言って僕の頭を撫でてくれる。

かぁさま・・・。

 

 

「・・・・・・・・・ん」

 

 

ぱちり、と眼を開けると、かぁさまの笑顔が消える。

その代わりに目の前にあったのは、怖いお人形だった。

 

 

「ケケケ、アサダゼ」

 

 

大きなベッドで眠る僕の目の前に座っているそのお人形は、僕を見ながらカタカタと喋った。

喋るお人形、凄く怖い。

でも、このお人形は怖くない。

 

 

「・・・ちゃちゃぜろ・・・」

「ケケケ、オキヤガレ」

「・・・うん・・・」

 

 

こくりと頷いて、シーツの中からモゾモゾと出る。

枕元に座ってたチャチャゼロを掴んで、ぎゅっとする。

・・・固くて、痛い。

 

 

「ドウシタ、コワイユメデモミタカ」

「・・・ううん・・・」

「ケケケ・・・」

 

 

片手で眼を擦りながらチャチャゼロを離すと、少し不満になる。

・・・かぁさまが良い。

でも広い僕の部屋には、僕とチャチャゼロしかいない。

 

 

かぁさまは、「おしごと」で忙しいから。

あまり、朝も一緒にいてくれない。

 

 

「ケケケ、オキルジカンダゼ」

 

 

チャチャゼロがカタカタと歩いて、ベッドの横の机から銀色の鈴を取って軽く振った。

涼やかな音が響いて、部屋の外から誰かが入ってくる。

だけど僕は、かぁさまに会いたい。

かぁさまが良い。

 

 

かぁさま、かぁさま・・・。

・・・かぁさま、今、どこにいるんだろう。

 

 

 

  ◆ ◆ 絡繰茶々丸の場合 ◆ ◆

 

「おはようございます、ファリアさん」

「・・・おはよう、ございます・・・」

「はい、良くおできになりました」

 

 

そう言って僕をぎゅっとして両方のほっぺにキスをしてくれるのは、茶々丸。

緑色の髪の、僕のナニー。

侍女服の真っ白なエプロンに顔を押し当ててグリグリすると、頭を撫でてくれる。

 

 

茶々丸にぎゅっとされるのも、とても好き。

茶々丸はとても優しくて大好きだけど、ちょっとだけ怖い時もある。

 

 

「さぁ、朝のお風呂に参りましょう。その後、お着替えと朝のホットミルクをご用意致しますね」

「・・・・・・やだ」

 

 

お風呂は、嫌いだ。

シャンプーが眼には入ると痛いし、熱いお湯は苦手だし、あと・・・なんだか怖い。

だから、お風呂はいやだ。

でも僕がそう言うと、茶々丸はいつも怖い顔をする。

いつも優しいけど、僕が良くないことを言うと怖い顔になる。

 

 

「いけません、きちんとご入浴されませんと」

「やだ」

「ファリアさん」

「・・・やだ」

 

 

逃げようとすると、後ろから抱っこされて捕まる。

抱っこは好き、でも今は茶々丸に抱きつかないでブラブラしてる。

お風呂は、いやだ。

 

 

「ファリアさん?」

「・・・」

「・・・はぁ」

 

 

どうしよう、茶々丸が困ってる。

でも、お風呂はいや。

 

 

「・・・ご入浴いただけたなら、朝食にはデザートに苺のアイスクリームをお出ししますから」

「・・・うん」

「それにお綺麗にしておかないと、お母様もお困りになりますよ」

「うん」

 

 

かぁさまにも、「ちゃんとお風呂に入りましょうね」って言われてる。

あと、苺のアイスクリーム・・・。

僕がしゅんとしていると、茶々丸が僕を抱っこしたまま頭を撫でてくれる。

 

 

「はい、ファリアさんは良い子ですね」

「・・・ん」

 

 

褒められた、恥ずかしい。

茶々丸が僕を降ろして、前からぎゅってしてくれる。

僕も茶々丸に抱きついて、茶々丸の胸に頭をグリグリする。

 

 

茶々丸は柔らかくて温かい、ぎゅってされると嬉しい。

一番はかぁさまだけど、茶々丸も大好き。

・・・でもやっぱり、お風呂はやだ。

 

 

「・・・茶々丸」

「はい、何でしょうか?」

「・・・チャチャゼロ、持って行っても良い?」

「オレモカヨ」

「うーん・・・はい、良いですよ」

「イイノカヨ、オイ」

 

 

1人だと怖いから、チャチャゼロも持って行く。

チャチャゼロの手を持つと、チャチャゼロはカタカタと笑いながら僕の手を引いて歩き出す。

その後ろを、茶々丸がついてくる。

 

 

それから、お風呂に入った。

茶々丸にお湯をかぶせられて、やっぱりシャンプーが目に入った。

・・・お風呂、嫌い。

 

 

 

 ◆ ◆ エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの場合 ◆ ◆

 

朝のお風呂の後は、朝ご飯。

茶々丸の作ってくれるホットミルクが、好き。

かぁさまは「おこうちゃ」を飲むけど、僕はまだダメだって。

とぉさまの「こーひー」も、ダメ。

 

 

僕も、かぁさまやとぉさまと同じのが良い。

でも、そうお願いするとかぁさまが困った顔をする。

かぁさまが困るのは、いけないこと・・・。

僕がご飯を食べていると、1人のお姉ちゃんが部屋に入ってきた。

 

 

「おお、ファリアじゃないか。おはよう、今日も元気か?」

「・・・エヴァお姉ちゃん」

「ファリアさん、朝にお会いした時は何と言うのですか?」

「おはようございます、エヴァお姉ちゃん」

「ん・・・ちゃんと挨拶できたな、偉いぞ」

 

 

そう言って僕の頭をグリグリと撫でてくれるのは、エヴァお姉ちゃん。

茶々丸に言われた通りに「おはようございます」と言うと、いつも褒めてくれる。

キラキラした金色の髪の、お人形さんみたいなお姉ちゃん。

 

 

かぁさまも、「困った時はエヴァお姉さんに言うんですよ」って言ってた。

僕とも良く遊んでくれる、優しいお姉ちゃん。

ちゃんと挨拶できたから、茶々丸が苺のアイスクリームを出してくれる。

 

 

「・・・あむ」

「ふふ、美味いか?」

「・・・うん」

「そうか、たくさん・・・食べるとお腹を壊すからな、気を付けるんだぞ」

「うん」

「そうか、ファリアは良い子だ」

 

 

グシグシと頭を撫でられた。

褒められた、恥ずかしい。

それから僕は、苺のアイスクリームをスプーンで掬って食べる。

すると、チャチャゼロがカタカタと笑う。

 

 

「ウマイカ?」

「うん」

「ソウカ、ヨカッタナ」

 

 

・・・冷たくて甘くて、美味しい。

苺は、好き。

僕があむあむと苺のアイスクリームを食べていると、茶々丸とエヴァお姉ちゃんが何かをお話してるのが聞こえた。

 

 

「・・・アリアはど・・・」

「でしたら・・・で・・・」

 

 

・・・かぁさま?

僕はスプーンを置くと、言った。

 

 

「かぁさまに会いたい」

 

 

すると、茶々丸とエヴァお姉ちゃんが僕の方を見る。

困った顔をするのが見えて、僕はいけないことをしたんだと思った。

ごめんなさいと謝ると、また困った顔をした。

俯くと、エヴァお姉ちゃんがまた頭を撫でてくれた。

 

 

「お前のお母様は、仕事が忙しいんだ・・・すまないな」

「マスター、それは最悪の慰め方かと」

「う、うるさいっ」

 

 

かぁさまは、「おしごと」で忙しい。

かぁさまを困らせるのは、良くないこと。

僕が良い子にしていないと、かぁさまが困る。

 

 

かぁさま、かぁさま・・・。

僕、良い子にしてるよ。

でも、かぁさまに会いたい。

 

 

 

 ◆ ◆ クルト・ゲーデルの場合 ◆ ◆

 

朝ご飯の後は、お勉強の時間。

たくさんご本を読んで、お勉強をする。

かぁさまはたくさんの絵本をプレゼントしてくれているから、それを読んで過ごす。

 

 

「これはこれは王子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

「・・・こんにちは、クルトおじさん」

「おや、絵本ですね。ふむ・・・王子殿下は、このような物には興味がおありですか?」

 

 

今日は、クルトおじさんがやってきました。

紙の束をたくさん持って、ひょっこりと僕の部屋に。

 

 

「おわかり頂けますでしょうか、王子殿下。ここが殿下のお国でございます」

「おくに・・・?」

 

 

クルトおじさんは、変な人。

難しいことをたくさん言うけど、ほとんど良くわからない。

でも、かぁさまを褒めてくれるのは嬉しい。

だけどかぁさまは、「そこまでじゃ無いですよ」って言っていた。

 

 

今日はクルトおじさんが、僕に世界地図を見せてくれた。

難しい字はまだ上手く読めないけれど、絵ならわかる。

クルトおじさんは、地図の真ん中あたりを指差していた。

 

 

「ここ・・・?」

「はい、ここにございます。ここに殿下のお城・・・お家があるのでございます」

 

 

ニコニコしながらクルトおじさんが指差した場所は、赤い色で塗ってあった。

地図の真ん中に、小さな赤い「おくに」。

ここが僕のお家だと言うのは、良くわからないけど。

 

 

「より厳密に言えば、オスティアにございますね」

「おすてぃあ、は・・・知ってる」

「流石でございます、殿下はお母君に似て聡明でございますね」

「・・・ん」

 

 

褒められた、恥ずかしい。

その後は、クルトおじさんはいろいろな「おくに」の話を聞かせてくれた。

えと、「ありあどねー」とか「へらす」とか「めがろめせんぶりあ」とか・・・。

 

 

絵本でしか見たことの無い乗り物とか動物とか、たくさんあるんだって。

クルトおじさんは、かぁさまはほとんど全部の「おくに」に行ったことがあるって言った。

僕はおすてぃあの他は良く知らなくて、外のことは良くわからないけど。

 

 

「僕も、かぁさまと一緒に行きたい」

 

 

そう言うと、クルトおじさんはにっこりと笑ってくれた。

何だか、ちょっと怖かった。

 

 

「ええ、近い内に全てが殿下のお庭になりますので。その時はどこでも殿下のお気の召すままに、お出かけすることができますよ」

「ほんとう?」

「ええ、もちろんにございます。このクルト・ゲーデルは嘘を申したことが無いと巷で評判の男にございますれば・・・ああ、その地図は差し上げます。どうぞ色塗りにでもお使いくださいませ」

「うん・・・えと、ありがとうございます」

「いえいえ・・・ではでは」

 

 

いつか、かぁさまと一緒にいろんな「おくに」に行きたい。

地図を眺めながら、僕はそう思った。

 

 

「あ、クルト宰相・・・こちらにおいででしたか」

「やぁ、茶々丸さん」

 

 

茶々丸がやってきて、クルトおじさんと何か話し始めた。

本当は、クルトおじさんはあんまり好きじゃない。

クルトおじさんが来ると、かぁさまの「おしごと」が増えるって僕、知ってるから。

 

 

僕は机からクレヨンの赤色を取って、手に握る。

そして、クルトおじさんに貰った地図の他の白い部分を赤く塗っていった。

 

 

 

 ◆ ◆ フェイトガールズの場合 ◆ ◆

 

お勉強をして、お昼ご飯が終わった後は、お昼寝の時間。

ちゃんとお昼寝をしないと、後で眠くなってしまうから。

でも、今日はあんまり眠く無い。

 

 

「お昼寝、したく無い・・・」

「えぇ~、ダメですよ殿下。ちゃんとお昼寝してくださらないと」

「この間も、晩御飯が食べられなくなってお母様に叱られたでしょう?」

 

 

そうしたら、暦と調がちゃんと寝るようにって言ってきた。

でも今日は、本当に眠くない。

だから今度は、大丈夫。

 

 

「大丈夫じゃありません、ちゃんと寝てくださいましね?」

「・・・」

「殿下、ちゃんと寝る」

 

 

暦が腰に手を当てながら、そして環が僕を着替えさせながらそう言う。

着替えた後も僕が黙っていると、焔が僕を抱っこしてくれる。

焔の身体はとても温かくて、他の人よりもヌクヌクする。

 

 

「仕方ない、眠くなるまで何かお話でもしましょうか?」

「・・・ん」

「ああっ、環ズルい!」

「何がだ、何が・・・」

 

 

僕は焔にベッドの上に降ろされて、枕元のチャチャゼロの隣に座る。

その時、焔がポンポンと頭を撫でてくれて、嬉しい。

すると栞がホットミルクを持ってきてくれて、僕はそれをクピクピと飲む。

 

 

栞のホットミルクは、茶々丸のホットミルクとはちょっと違う味がする。

どうしてって聞いても、栞は教えてくれない。

いつも「禁則事項です」って言って、もう少し僕が大きくなるまで内緒って言う。

よく、わからない。

 

 

「さて、今日はどんなお話をしましょうか」

「ん~・・・童話とか?」

「・・・絵本とか」

 

 

焔や環、暦が僕の絵本をいくつか持ってきている間に、調が僕の頭を撫でてくれた。

調が頭を撫でてくれると、とても良い気持ち。

お庭にいる時みたいな、気持ち良い感じ・・・。

 

 

「・・・さぁ、今日もお休みなさいませ」

「うん・・・」

 

 

ミルクのカップを栞に渡した後、調がシーツをかけてくれる。

その間も、お庭にいる時みたいな気分は続いてる。

とっても、安心できる。

 

 

「はい、じゃあ今日はガ○バー旅行記と○太郎ですよー」

「・・・定番?」

「まぁ、定番だな」

 

 

それから、皆に囲まれてお昼寝をした。

皆が、僕に絵本を読んでくれた。

茶々丸もだけど、皆も優しい。

 

 

皆が、とても好き。

僕がそう言うと、皆が笑って僕をぎゅってしてくれた。

でも、「ふぇいとがーるず」って呼ぶとダメって言われる。

・・・どうしてだろう?

 

 

 

 ◆ ◆ アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの場合 ◆ ◆

 

ここは、どこ・・・?

広いお部屋、机の上にはたくさん紙がある。

そのお部屋にはエヴァお姉ちゃんやクルトおじさん、茶々丸がやってくる。

 

 

机の椅子には誰かが座っていて、白い羽根のペンが揺れてる。

何をしているのかは、わからないけど・・・でも。

そこにいるのは、か・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・もぞ、と動くと、スベスベしたシーツの感触が顔に当たる。

誰かに頭を撫でられたような気がして、起きた。

眼を開けて、ゴシゴシと目を擦ると・・・。

 

 

「む・・・お、起こしてしもうたかの?」

「いえ、そろそろ起きて頂こうと思っていたので」

「・・・ふみゅ・・・」

 

 

誰かの声と、茶々丸の声。

ベッドの上で起きると、そこにはアリカおばぁさまがいた。

金色の髪に青と緑の目の、僕のおばぁさま。

僕の頭を撫でてくれていたのは、おばぁさまだったみたい。

ベッドの横に座っていたおばぁさまに、抱きつく。

 

 

「おばぁさま・・・」

「ん・・・どうしたのじゃ?」

 

 

ぎゅって抱きつくと、おばぁさまにはかぁさまみたいな温かさがある。

僕を抱き締めてくれて、頭の後ろを優しく撫でてくれる所も一緒。

僕が顔を胸に擦り付けると、ぎゅってしてくれる所も。

 

 

「かぁさまの、夢を視ました」

「・・・そうか」

 

 

さっき、かぁさまがいたような気がする。

朝も、お昼寝の時も・・・かぁさまの夢。

かぁさま、かぁさま・・・。

 

 

「かぁさまに、会いたいです」

 

 

僕がそう言うと、おばぁさまは凄く困った顔をした。

僕がかぁさまに会いたいと言うと、皆が困った顔をする。

僕は、とてもよくないことを言っているみたい。

 

 

「そうじゃな・・・母に会いたかろうな」

「・・・うん」

「うむ・・・じゃが、その、主の母は忙しい上、今は少し身体が・・・」

「・・・ん」

 

 

おばぁさまの胸に顔を埋めると、おばぁさまの手が僕の頭を撫でてくれる。

かぁさまは、「おしごと」が忙しい。

だから、僕と一緒にいてくれない。

「おしごと」が終わらないと、会えない。

 

 

「・・・かぁさまには、夜に寝る前にしか会えないです」

「うむ・・・寂しいかの?」

「ん・・・」

「・・・そうか。じゃが王族たる者、そうした感情を内に閉じ込めねばならぬ。主にはまだ難しいかもしれぬが・・・」

 

 

だから、かぁさまを困らせないように良い子にしてないといけない。

僕は、かぁさまが大好きだから。

 

 

「・・・はい」

「・・・うむ、良き子じゃ」

 

 

最後にぎゅってして、おばぁさまから離れる。

ゴシゴシと目元を擦って、それで・・・。

 

 

「何なら、ウチ来るかぁ?」

「・・・おじぃさま」

「・・・それ、まだ慣れねぇなぁ」

 

 

おばぁさまから離れると、ナギおじぃさまがドアの所にいた。

僕はベッドから降りて、とてとてと走っておじぃさまにも抱きついた・・・。

 

 

 

 ◆ ◆ 龍宮真名の場合 ◆ ◆

 

僕の家からおじぃさま、おばぁさまの家までは遠いから、お馬さんの乗り物に乗っていく。

おじぃさまとおばぁさまは別の乗り物、僕は1人で乗る。

一緒に乗ると、「しめしがつかない」から。

 

 

「ケケケ、バシャッテイウンダゼ」

「うん・・・ばしゃ、お馬さん」

 

 

でも、チャチャゼロも一緒だから寂しくない。

カタカタと笑って、僕の横に座ってる。

でも、他の人にはチャチャゼロのことは「内緒ですよ」って、かぁさまが言ってた。

 

 

それと、「ばしゃ」にはもう1人いる。

僕の前に座っている、黒い髪のお姉さん。

ちょっと、怖いお姉さん。

 

 

「・・・うん? どうかしたのですか、王子様?」

「ううん。何でも、無いです」

「そうかい」

 

 

僕の「ごえい」の、マナお姉さん。

かぁさまとも仲が良くて、ちょっと怖いけどカッコ良いお姉さん。

じぃっと見つめていると、マナお姉さんも僕を見つめてくる。

 

 

「何でしょうか、王子様?」

「何でも、無いです」

 

 

マナお姉さんが、クスクスと笑った。

・・・恥ずかしい。

僕は、チャチャゼロを前に押す。

 

 

「コラコラ、オスナオスナ」

「ふふ・・・可愛いですね、王子様は」

「・・・ん」

「ケケケ・・・」

 

 

ガラガラと揺れる「ばしゃ」の中で、マナお姉さんとチャチャゼロが笑った。

・・・恥ずかしい。

 

 

「・・・王子様、ナギ様とアリカ様が好きですか?」

「・・・うん、おじぃさまとおばぁさま、好き」

「そうですか。まぁ、嫌いよりは良いでしょうね」

 

 

ナギおじぃさまとアリカおばぁさま、優しいから好き。

一番はかぁさまだけど、おじぃさまもおばぁさまもとても好き。

かぁさまの、パパとママ。

 

 

「でも王子様? 王子様がナギ様とアリカ様のお家に行くのも、結構大変なんですよ」

「・・・ん」

「今はまだ良くわからないかもしれませんが・・・いつか、わかる時が来ると良いですね」

「・・・うん」

 

 

マナお姉さんは、時々クルトおじさんみたいに難しいことを言う。

でも、ちゃんと聞く。

かぁさまが、「お姉さんのお話はちゃんと聞くんですよ」って言ってたから。

 

 

「『水晶宮(クリスタルパレス)』から『蒼玉宮』まではすぐですから、もう少しお待ちください」

「・・・うん」

 

 

それから、マナお姉さんは眼を閉じて何もお話してくれなくなった。

マナお姉さんは、ちょっと怖いお姉さん。

でも、好き。

 

 

マナお姉さんも、優しいから。

だから、とても好き。

僕がそう言うと、マナお姉さんはちょっとだけ笑ってくれた。

 

 

 

 ◆ ◆ アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアの場合 ◆ ◆

 

おじぃさまとおばぁさまのお家は、僕のお家よりもちょっとだけ小さい。

僕のお家よりも大きなお家を見たことが無いから、良くわからないけど。

壁に大きな穴の開いているお部屋で、おじぃさまとおばぁさまが遊んでくれる。

 

 

「おばぁさま、コレはなぁに?」

「それは暖炉じゃ、冬に薪を燃やすのを見たことがあろう。覚えておらぬか?」

「あれ? 暖炉って使ってたっけか?」

「主が忘れてどうする・・・」

「いやぁ、だって最近は普通に空調機(エアコン)使うしよ」

 

 

おじぃさまとおばぁさまは、とても仲良し。

とぉさまとかぁさまの次くらいに、いつも一緒にいる。

いつもは、とぉさまとかぁさまと同じでとても忙しい。

 

 

でも今日は僕と遊んでくれる、嬉しい。

おじぃさまのお膝の上で絵本を読んだり、おばぁさまと積み木で遊んだりする。

チャチャゼロとも、ボール遊びをした。

 

 

「・・・あっ」

 

 

僕がボールを受け取り損ねて、ボールがコロコロと転がっていった。

そのボールはお部屋のドアの隙間から外に出てしまって、僕もそれを追いかけて行く。

とてとてと走って、ドアの隙間から手を伸ばすと・・・。

 

 

「・・・はい」

「あ・・・ありがとう、ございます」

 

 

かぁさまの言い付け通りに、ボールを拾ってくれたお姉さんにお礼を言う。

廊下に立っていたお姉さんは、オレンジ色の綺麗な髪のお姉さんだった。

お姉さんは僕にボールを返してくれて、僕から離れる時に頭を撫でてくれた。

 

 

「・・・気を付けて」

「うん・・・わぁ、わんわん?」

 

 

お姉さんの横に、ネズミさんみたいな色のわんわんがいた。

僕よりもお姉さんよりも大きなわんわんで、ちょっと怖い。

 

 

「・・・わんわんじゃない、狼」

「おおかみ?」

「・・・カムイ」

「かむい?」

「・・・そう」

 

 

そう言って、お姉さんはどこかに行ってしまった。

だけどわんわん・・・かむいは、そのままだった。

じーっと僕を見て、ぺろんっとほっぺを舐められた。

 

 

「くすぐったい」

「・・・(ペロペロ)」

「うふっ、うふふふふっ、くすぐったい!」

 

 

かむいはとっても大きなわんわん、僕を背中に乗せても全然平気。

のっしのっしと部屋の中を歩いてくれて、凄く楽しかった。

ボール遊びもできるし、積み木遊びもできるんだ。

 

 

かむいと一緒に遊んで、かむいが好きになった。

それにかむいは、とってもモフモフ。

抱きついてスリスリすると、とっても温かい。

僕はずっとかむいにスリスリして、それで、何だか・・・ねむ・・・く・・・・・・。

・・・かぁさま・・・。

 

 

 

 ◆ ◆ アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの場合 ◆ ◆

 

かぁさま、かぁさま・・・。

僕が呼ぶと、かぁさまはにっこりと笑ってくれる。

たくさん呼ぶと、かぁさまはもっとニコニコしてくれる。

 

 

かぁさまは、いつも「おしごと」でとっても忙しい。

だから皆、僕がかぁさまに会いたいって言うと困った顔をするの?

僕は、かぁさまに会っちゃいけないのかな。

 

 

「・・・かぁさま・・・」

 

 

茶々丸もチャチャゼロも、暦も環も・・・皆、優しい。

優しいから、僕は皆がとても好き。

でも・・・。

 

 

やっぱり、かぁさまが良い。

かぁさまに会いたい。

かぁさまと、もっと一緒にいたい。

 

 

「かぁさま」

 

 

かぁさまと、もっとたくさんお話したい。

もっと、一緒に遊びたい。

でも僕は「おうじさま」だから、我慢しなくちゃいけない。

 

 

やっぱり、僕がかぁさまと会っちゃいけないのかな。

かぁさまは、僕と一緒にいたく無いのかな。

かぁさま、かぁさま・・・。

 

 

「・・・かぁさまぁ・・・」

 

 

いつものシーツとは違う、モフモフした何かにスリスリする。

かぁさまに会えなくて、寂しい。

でもかぁさまは「おしごと」が忙しいから、我慢しなくちゃいけない。

 

 

「・・・ぐすっ・・・」

 

 

かぁさまを困らせるのは、良くないこと。

だから・・・だから、だから。

・・・ふぇ。

 

 

「かぁさま・・・」

「・・・はい、何ですか?」

「・・・!」

 

 

ネズミ色のモフモフから、顔を上げる。

僕はかむいのモフモフに包まれていて、それで、えっと。

その中から、かぁさまが僕を抱っこしてくれた。

かぁさまが両手で僕を抱っこして、頭を撫でてくれて・・・。

 

 

「・・・かぁさま?」

「はい、お母様ですよ」

「・・・かぁさま!」

 

 

両眼を手でグシグシと擦って、それからかぁさまに抱きつく。

ぎゅってすると、凄く良い匂いがする。

グリグリと顔を擦りつけると、凄くポカポカする。

 

 

「かぁさまっ、かぁさまっ」

「今日は、いろんな人に遊んで貰ったんですね?」

「あ・・・えと、ごめんなさい・・・」

 

 

僕が謝ると、かぁさまは凄く困った顔をした。

困らせた、どうしよう。

どうしよう、かぁさまを困らせた。

 

 

「・・・ファリア」

「あ・・・とぉさま」

 

 

とぉさまも近くに来て、僕を見た。

僕はかぁさまの胸に顔を埋めて、とぉさまから隠れる。

とぉさまは好きだけど、怒るから怖い。

かぁさまを困らせると、とぉさまに怒られる・・・。

 

 

「・・・ファリア、ファリア。お父様も私も、怒っているわけじゃ無いですよ」

「・・・・・・ほんとう?」

「はい、本当です」

 

 

・・・かぁさまの胸からちょっとだけ顔を上げると、かぁさまがニッコリしてた。

とぉさまも、怒って無い?

すると、かぁさまが僕をぎゅってしてくれた。

 

 

「・・・さ、今日はどんなことがあったのか、お母様に教えてくれませんか?」

「・・・・・・うんっ」

 

 

かぁさま、かぁさまっ。

僕はかぁさまに抱きついたまま、えと、今日のことを教えてあげる。

えっと、えっとね・・・!

 

 

それから、かぁさまとたくさんお話をした。

とぉさまにも、それにかぁさまのお腹にいるって言う弟か妹にも・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア・アナスタシア・エンテオフュシア(20歳・妊娠6カ月)

 

ファリアが産まれた時、可能な限り傍にいてあげたいと願いました。

私自身があまり親の愛情を受けずに育ったと言うのもありますが、何より可愛いので。

でも、現実には思うように傍にいてあげることができていません。

 

 

前世でも今でも、子供の傍にいてあげない大人、と言うのを軽蔑していた時期がありました。

でも自分が大人になって子供を持つ身になって初めて、時間に対する不自由さを知りました。

傍にいてあげたいと言う想いと実際そうできる時間は、必ずしも比例しないのだと言うことを。

 

 

「・・・ファリアには、寂しい想いをさせています」

 

 

深夜10時、すっかり寝付いたファリアの頭を撫でながら、私は息を吐きます。

今日は育児部屋(ナーサリールーム)で無く、私とフェイトの寝室で眠らせています。

ベッドの上で私の膝を枕に眠る小さな身体は、とても温かくて、柔らかい。

 

 

「ここの所、国内外で難しい案件が立て続けにあったからね。仕方が無い」

「・・・仕方が無い、で済ませたくは無いのですけど」

 

 

フェイトの言葉に、また溜息を吐いてファリアの頭を撫でます。

ファリアは聡い子です、だから自分が我慢しなければならない立場だと言うことを感覚的に理解しつつあるのだと思います。

でも、やはりまだ3歳です・・・今日のように、寂しくて泣いてしまうこともあります。

 

 

身の回りの世話は茶々丸さんや暦さん達がしてくれますし、それに今日のように、お母様達が休息時間を利用して気にかけてくれたりもします。

王宮内であれば、ファリアもそれなりに自由にできるのですが・・・。

 

 

「この子が産まれて、落ち着いたら・・・やっぱり例の件をできるだけ早く進めましょう」

「・・・そうだね」

 

 

プライバシーと安全性を確保された離宮か別荘を、どこかに作ろうと言うエヴァさんの案に乗ることにします。

オスティアや国内の離宮では、私達は常に他者の目に晒されてしまいますから。

ファリアを甘えさせてあげることも、思うようにできませんし・・・。

 

 

旧世界のウェールズか麻帆良、たぶん後者。

私達の、思い出のあの場所・・・旧世界なら、魔法世界側の目をシャットダウンすることもできますし。

でも、あまり私が座を離れることもできませんし・・・それに。

 

 

「ファリアも、楽しみにしているようですし・・・」

 

 

さっきまで今日あったことを一生懸命に話しながら、私のお腹を撫でていたファリア。

お兄ちゃんになる、と言うことを具体的にわかっているのかはわかりませんが。

いずれにせよ、楽しみにしてくれていることはわかります。

 

 

私とフェイトの、2人目の子供。

もうすぐ7カ月、ここからが大変な時期ですね。

膨らんできたお腹では、ファリアを抱っこするのも一苦労ですから。

 

 

「・・・かぁさま・・・」

 

 

眠りながら、私の膝に顔を擦りつけて私を呼んでくれるファリア。

それがいじらしくて、可愛くて・・・頭を撫でずにはいられません。

可愛い、私の息子。

寂しい想いをさせて、ごめんなさい。

 

 

「・・・寝ようか」

「はい、そうですね・・・」

 

 

灯かりを消した後、私とフェイト、ファリアの3人で川の字になって眠ります。

・・・1つのベッドで眠る際も、川の字って言うのでしょうか?

とにかく、私とフェイトの間にファリアが入る形で眠ります。

 

 

ちゅっ・・・と、まずはフェイトとおやすみのキス。

それからフェイトと2人でファリアの頬にキスを落として、ファリアの幸福を祈ります。

おやすみなさい、良い夢を・・・。

 

 

「愛してる、私達の可愛い子・・・」

 

 

耳元で囁きかけて、抱き締めながら眠ります。

すり寄ってくるファリアの顔が、笑うのを見つめた後。

私も、眼を閉じました。




アリア:
アリアです・・・この方式は物凄く久しぶりな気がします。
20歳になりました、読者の皆様と出会ってから作中時間で10年経ったと言うことができるかもしれませんね。

最近は国政とかよりも、子育てに悩んでいます。
子供の傍にいるなんて簡単なことのように思っていましたが、思ったよりも難しいことだと気付きました。
やるべきこととか義務を放置して子育てに没頭できないのが、酷く辛いです。

いえ、私は良いのですがファリアが・・・下の子が産まれたら、本当にどこかで家族の時間を持ちたいですね。
オズボ○ンとは言いませんが、どこか・・・家族水入らずで遊べる場所が欲しいです。

と言うわけで、次回。
旧世界・別荘・・・久しぶりに登場の予定です。
・・・子供達と、交流できると良いのですが。
それでは、またお会いしましょう。


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王室日記②「女王一家ご静養」

Side ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア(6歳)

 

・・・何かがモゾモゾしているのに気が付いて、僕は眼を覚ました。

すると、ヌクヌクしたシーツの感触がはっきりとわかるようになる。

僕はまだ起きたく無くて、グシグシとシーツに顔を押し付ける・・・。

 

 

モゾモゾ。

 

 

・・・?

やっぱり、何かが僕のシーツの中でモゾモゾしている。

僕よりも小さくて温かいそれは、下の方から少しずつ上に来ているような気がする。

 

 

「・・・なに?」

 

 

それが気になって、僕は眠れない。

眼を擦りながら、僕はシーツをめくろうと・・・。

 

 

「・・・ばぁ――っ!」

 

 

・・・僕がシーツをめくろうとしたら、そのシーツが勝手にめくれた。

めくれたと言うより、シーツの中にいた子が両手を上にして起き上がって、勢い良く飛び出してきんだ。

 

 

白いシーツが宙を舞って、ぶわっ・・・と風が吹いたみたいになる。

ベッドで眠っていた僕のすぐ横にまで来ていたその子の金色の髪が、シーツと一緒に広がる。

青い眼は得意そうに細まってて、とても嬉しそう。

 

 

「えっへへへ・・・びっくりした? した? ・・・わぷっ」

 

 

両手で万歳したままのその子に、宙を舞っていたシーツがかぶさる。

白い布オバケみたいになって、またモゾモゾと動き出す。

・・・シーツ越しに、「みえない~」って聞こえた気がする。

 

 

仕方が無いから、シーツを取ってあげた。

そうしたら、中から出て来た金色の塊が、僕に凄い勢いでぶつかってきた。

僕が受け止めてあげると、小さなその子は僕にむぎゅ~ってくっついて来る。

 

 

「にぃさまっ、おっき!」

「・・・うん、起きたよ」

「えへへ・・・しあ、おてつだい、できた?」

 

 

お手伝い、たぶん僕を起こすのがお手伝いなのかな。

僕が頷いてあげると、しあ・・・シア、シンシアは凄く嬉しそうに笑った。

綺麗な笑顔の女の子、シンシア・アストゥリアス・エンテオフュシア。

僕の妹、3つになったばかり。

 

 

「にぃさまっ、にぃさまっ」

「・・・どうしたの?」

「んとね、えっとね・・・・・・あれ?」

 

 

シアは何かを思い出そうとしているみたいだけど、忘れてしまったみたい。

うーんうーんと頑張ってるけど、思い出せないみたい。

・・・たぶん、朝ご飯とかだと思うのだけど。

 

 

「・・・王子、王女」

「朝食の時間です」

 

 

その時、別の声が聞こえた。

声の主は僕のベッドの側にいて、2人いる。

同じ顔で同じ服の、僕と同い年くらいの子達。

 

 

えっと・・・カノンとセンって言う名前だったかな。

昨日会ったばかりだから、まだ良く分からない。

母様のお友達の、子供。

黒い髪に、黒い眼、黒い法衣って言う変わった服を着てる。

何だか、凄く大きな魔力を感じる双子。

 

 

「あっ、そうだ! にぃさまっ、ママがね、あさごはんですよって!」

「・・・うん、わかった」

「えへへ・・・しあ、わすれなかったよ。えらい? えらい?」

「・・・うん、偉いね」

 

 

頭を撫でてあげると、シアが凄く嬉しそうに笑った。

そんな僕達を、カノンとセンがじーっと見つめてた。

父様みたいに表情が無いから、何を考えてるかわからない。

 

 

「にぃさまっ、すきー」

「・・・うん、僕もシアが大好きだよ」

 

 

でもとりあえず、むぎゅーって抱きついて来るシアの頭を撫でてあげる。

お兄ちゃんは、妹を喜ばせるものだから。

 

 

 

 

 

Side アリア・アナスタシア・エンテオフュシア(23歳)

 

仕事に目途を付けることに成功―――2日ほど徹夜が必要でしたが―――し、どうにか時間を作ることができました。

その時間を使って行ったのは、旧世界訪問。

 

 

厳密には、旧世界の麻帆良・メルディアナへの訪問ですね。

ファリアと、将来的にはシンシアのメルディアナ通いの下見も兼ねています。

ファリアはすでに王室付き教師によって基礎教育過程を終えていますが、できれば学校生活と言う物を経験させてあげたいので。

そして詠春さんの好意で、「別荘」のあるエヴァさんのログハウスを宿泊先として・・・。

朝までの6時間、別荘内で6日間の時間を過ごすことができます。

 

 

「あのね、あのね、しあはね・・・あ」

「シンシア、はしたないですよ?」

「あぅ・・・」

 

 

朝食の席で、口元にパンの苺ジャムをべったりつけたシンシアの顔を白いナプキンで拭いてあげます。

むー・・・と唸っているシンシアはとても可愛いのですが。

ファリアは静かに食べているのですが、シンシアはとてもお喋りな子です。

食事中でも良く喋るので、食べるのも遅くて・・・どうやって躾をしようか、茶々丸さんも悩んでいる所です。

 

 

朝食の席についているのは、私とフェイト、ファリアとシンシア、茶々丸さんとチャチャゼロさん。

それから、今やこの別荘とログハウスの主人であるスクナさんとさよさん、及び晴明さん。

そして・・・法衣姿で、髪型も口調も同じなために見分けが難しいカノンさんとセンさん。

 

 

「・・・よ、良く食べますね」

「え? そうですかー?」

「これくらい、いつも普通だぞ!」

「・・・女王」

「お気になさらず」

 

 

ダメです、親であるさよさんとスクナさんは感覚がマヒしているようです。

スクナさんがご飯を凄く食べて、お櫃を5つ空にするのは良いのですが。

まだ6歳であるはずのカノンさんとセンさんが、それぞれお櫃を2つずつ空にすると言うのは・・・。

・・・お、大食い一家?

さよさんの躾が良いのかお行儀良く食べている分、何ともシュールです。

 

 

「・・・」

「・・・ユエ」

「は、はい・・・申し訳ありません、お母様」

 

 

それから、エヴァさんと・・・ユエさんです。

1人だけお留守番と言うのもアレと言うことで、エヴァさんが連れて来たのですが。

カノンさん達の食べっぷりに眼を奪われていたユエさんがスプーンをスープのお皿にぶつけてしまい、エヴァさんが静かに注意していました。

何と言うか、貫禄を感じます。

 

 

そんなエヴァさんに少しだけ怯えたような声で返事をしたのが、ユエ・・・ユエ・マクダウェルさん。

ファリアやカノンさん達と同い年で、腰まで伸びた黒髪とルビーのような赤い瞳が特徴的です。

服はカノンさん達とは対照的なまでにフリフリした黒ドレス・・・確実にエヴァさんの趣味ですね。

エヴァさんの娘・・・そして・・・。

・・・いえ、良しましょう。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

一方で、フェイトとファリアは隣同士ですが会話がありません。

2人とも、黙々と朝食を食べています。

ファリアやシンシアには、こう言う庶民的な朝食は珍しいでしょうか・・・。

 

 

・・・フェイトとファリアは、仲が悪いわけでは無いのです。

無いのです、が・・・少し緊張した関係にあるようです。

たぶん、フェイトが家族の中で子供達を叱る役目を担っているからだと思います。

私は、あまり強く叱れないので・・・自然、そうなってしまいました。

 

 

「ファリアさん、シンシアさん、朝食のデザートは私特製の苺のアイスクリームですよ」

「ほんとう!? わぁいっ!」

「・・・うん」

「ケケケ、ヨカッタナ」

「・・・静かにね」

 

 

茶々丸さんの言葉に、子供達が・・・と言うか、シンシアが歓声を上げます。

シンシアはファリアと違って、フェイトに叱られてもへこたれない子なんですよね。

何と言うか、いろいろな意味で強そうな。

 

 

事実、食事中は静かにするようにとのフェイトの言葉を、ファリアは守りましたがシンシアは守りません。

・・・この自由っぷりは、誰に似たのでしょうね。

いずれにせよ、かなり無理と無茶を通して作った時間です。

子供達と、たくさん遊んであげられると良いのですけど・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

レーベンスシュルト城。

闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>時代の吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が暗黒大陸(アフリカ)に持っていた居城、現在は「別荘」として機能している。

 

 

6年ほど前に破損したらしいけれど、直後には修復されたらしい。

城、ジャングル、砂漠、氷河に田園エリアとも繋がっていて、さながらリゾート施設のような場所だ。

僕達は基本的に、外のリゾートにプライベートで行けないからね。

貸切りもできるけど、アリアは公務以外でそうした行為をしたがら無い。

 

 

「だが、ここならばプライバシーも安全性も保てると言うわけだ」

「旧世界に来なければ使用できないけどね」

「仕方が無いだろう、新世界側に運ぶとどんな影響があるかわからないんだ」

 

 

別荘の海エリアで、僕はパラソルの下の椅子に寝転んでいる。

隣の椅子には、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が僕と同じ姿勢で寝転んでいる。

僕は黒の水着に白のパーカー、吸血鬼(エヴァンジェリン)は小さな青いリボンのついた白のワンピースの水着を着ている。

そして僕達の傍には、茶々丸が給仕として静かに控えている。

 

 

僕達の椅子の間には小さな白のテーブルがあり、トロピカルジュースとアイスコーヒーのカップが置かれている。

まさに、南国リゾートと言う雰囲気だね。

 

 

「パパ~っ」

 

 

そんな僕の所に、アリアに良く似た顔立ちの女の子が頼りない足取りで駆けて来た。

その後ろには転移ポートが見えて、水着姿のアリアがゆっくりと歩いて来ているのが見えた。

アリアは落ち着いた色のワンピースだけれど、女の子・・・シンシアはフリルとリボンに包まれた桃色の可愛らしい水着を着ている。

 

 

僕とアリアの娘で、3歳になったばかり。

シンシアは嬉しそうに僕の所に来ると、可愛らしく首を傾げた。

 

 

「パパ達は、なにしてるの?」

「・・・ゆっくりしているんだよ」

「あそばないの?」

「遊んでいるよ」

「・・・???」

 

 

僕の答えに、シンシアは反対側に首を傾げ直した。

シンシアにとっての「遊ぶ」は、跳んだり跳ねたり走ったりだからね。

僕や吸血鬼(エヴァンジェリン)のような楽しみ方は、まだ少しわからないのかもしれない。

どう言って説明しようかと、悩んでいると・・・。

 

 

「あ、にぃさまだっ」

 

 

その前に、シンシアは波打ち際でスクナの子供達や吸血鬼(エヴァンジェリン)の娘と遊ぶファリアを見つけて、そちらへと駆けて行った。

どうやら晴明とチャチャゼロを砂に埋めているようだけど・・・大丈夫かな。

関節に砂が入ると思うのだけれど、本人達が良いなら大丈夫なのだろうね。

 

 

「フラれたな」

「かもしれないね」

「・・・フェイト、エヴァさん」

 

 

吸血鬼(エヴァンジェリン)の皮肉に言葉を返していると、アリアがやってきた。

海から吹いて来る風に靡く髪を片手で押えながら、微笑みかけて来る。

 

 

「お昼はここでこのまま、バーベキューにするんだそうです。今、スクナさんとさよさんが田園エリアで野菜とお肉を用意してくれているそうです」

「おいアリア、肉って畑で用意できる物だったか?」

「さぁ、そこは私も聞いて無いの「まぁまぁ~~っ!」で・・・はい、今行きますから!」

 

 

視線を動かすと、砂浜でシンシアが片手を振ってピョンピョンと跳びはねていた。

もう片方の手はファリアと繋がれていて、横では双子とユエが黙々と準備体操らしきことをしている。

・・・そう言えば、シンシアは海は初めてだったかな。

だから、あんなに元気なのかもしれない。

 

 

「じゃあ、私は子供達の傍にいますから・・・」

「・・・あんまり、身体を冷やさないようにね」

「ええ、わかっていま「ママッ!」す・・・って、あんまり走ると転びますよ?」

「へーきだもんっ」

 

 

その時、待ち切れ無かったのかシンシアがまた駆けて来た。

ぶつかるようにアリアの足にしがみ付いて、やっぱりピョンピョンと跳びはねる。

 

 

「あのねっ、あのねっ。おみずがね、どーんって言ってね。おすながざざざーって、すごいんだよっ」

「はいはい、わかりましたから・・・」

「ママもっ、ママも!」

「はいはい・・・」

 

 

やけに元気なシンシアの様子に苦笑しながら、アリアがシンシアに手を引かれて波打ち際の方へ歩いて行く。

・・・ふと、視線を感じた。

見れば、ファリアが僕のことを見ていて・・・僕と目が合うと、そそくさとアリアの方へ駆けて行った。

 

 

「・・・」

「・・・おい、若造(フェイト)」

「何だい?」

「お互い、子育てには苦労するな」

 

 

それがどう言う意図での言葉だったのかはわからないけれど、僕は返答しなかった。

だから、それ以上の会話は無い。

ただ、子供達の歓声を聞くばかり。

 

 

・・・苦労を感じたことなんて、実の所、無いけど。

だけど困惑を覚えなかったかと言えば、嘘になるね。

インストールすれば何でもできるわけじゃない、それを学んだ気がするのも確かだ。

・・・子育て、か。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

海でたくさん遊んだ後は、浜辺でバーベキューです。

自家製のお野菜とお肉(豚肉と牛肉、「自家製」ですよ?)をスクナさんにご用意して頂いて、浜辺でそのまま切って調理します。

 

 

金串に通して焼くのがセオリーですが、子供が多いのでバラバラで焼くとしましょう。

日本産の黒炭を使用し、じっくりと火格子式のグリルでお野菜とお肉に火を通していきます。

もう一つ別に鉄板タイプもご用意し、こちらでは焼きそばを作らせて頂きます。

お米もたくさん炊きましたので、観音(カノン)さんや千(セン)さんのお腹も大丈夫でしょう。

お2人とも、お父様に似てとても良く食べますので。

 

 

「お味の方はいかがですか?」

「・・・うん」

 

 

私の言葉に、ファリアさんは頷きます。

モフモフとお肉をお召し上がりになっておられるようなので、お野菜をお皿に乗せてお渡しします。

バランス良く、お召し上がりくださいませ。

 

 

なお、今回は立食形式とさせて頂いております。

ファリアさんも立食パーティーに参加したことはおありでしょうが、こうした形でのバーベキューは初めてかと思います。

 

 

「ユエ、ちゃんと肉も食べろよ」

「は、はい・・・お母様」

「肉を食べないと、体力がつかんからな」

 

 

マスターは逆に、お野菜しか食べないユエさんのお皿にお肉を積んでいます。

ユエさんは小食な上にお肉が苦手なので、少し辛いかもしれませんね。

でも、バランス良く食べないと発育に悪影響が出ますので。

 

 

「さーちゃん、おかわりだぞ!」

「・・・ママ」

「おかわりです」

「はーい、3杯目からはそっと出してね~」

 

 

一方、さよさんのご家庭は良く食べ良く寝て良く育つを地で行っている様子です。

用意されたお米は全てスクナさんの作物なので、いくら食べても問題は全くありませんが。

 

 

「すごいね~、どうしてそんなにたべるの?」

「・・・王女」

「お父上のように大きくなるためです」

「どれくらい?」

「・・・お父上」

「80m程でしょうか」

 

 

それは、流石に大きくなり過ぎだと思いますが。

シンシアさんの問いかけに、観音(カノン)さんと千(セン)さんが順繰りに答えます。

具体的な大きさを想像できなかったのか、シンシアさんは首を傾げています。

 

 

「シンシア、もう食べないんですか?」

「あっ、たべゆー!」

 

 

お母様であるアリアさんの声に、シンシアさんは嬉しそうにパタパタと駆けて行きます。

お皿を片手にしゃがみ込んだアリアさんが、小さなフォークをシンシアさんに渡しました。

それで小さく切り分けられたお肉を取り、嬉しそうに口に入れようとして・・・。

 

 

「・・・たべないの?」

 

 

と、私に聞いて参りました。

私はガイノイドですので、食べる必要はありません。

ひたすら、皆様のためにお肉や焼きそばを作るのみです。

ですが、シンシアさんにはそれをどう説明した物か・・・。

 

 

「・・・はい!」

 

 

私が思考を進めていると、シンシアさんがフォークにお肉を刺して差し出して参りました。

・・・食べろと言うことでしょうか?

 

 

「シンシア、お行儀が悪いよ」

「えぅ・・・」

 

 

フェイトさんに叱られて、シンシアさんがしゅんと落ち込みます。

それでも何かを一生懸命に考えて・・・不意に、ファリアさんが何かをシンシアさんに囁きました。

シンシアさんは破顔して、今度はお皿ごと私に差し出して参ります。

 

 

「はい、どーぞ!」

 

 

・・・フェイトさんやマスター、アリアさんの様子を窺った後、私はシンシアさんに視線を合わせるようにしゃがみ込みます。

それから、両手でシンシアさんのお皿を受け取りました。

 

 

その時の、シンシアさんの嬉しそうな顔・・・。

・・・永久保存です(じー)。

 

 

 

 

 

Side ファリア

 

・・・海。

王国の海と似てるけど、少し違う気がする。

お昼ご飯の後は、また皆で遊ぶ。

 

 

「にぃさまっ、にぃさまっ」

 

 

僕の後ろには、いつもシアがついてきている。

僕が歩くと一緒に歩きたがるし、僕が座ると隣にちょこんっと座る。

ぱしゃぱしゃと僕が海の水を蹴ると、シアは真似をしようとして転んだ。

 

 

「・・・ふえぇ・・・にぃさまぁ・・・えぐっ」

「・・・よしよし」

 

 

頭から水をかぶることになって、泣きそうになるシアを助けてあげる。

そうすると、ぴったりくっついて離れてくれなくなる。

・・・困った。

 

 

キョロキョロと周りを見ると、茶々丸が僕達のことをじっと見てた。

でも、どうしてか動かなかった。

カノンとセンは、お父さんのスクナさんと「かき氷」を食べて頭を押さえてる。

チャチャゼロと晴明は・・・ユエに砂から掘り起こされてる。

えっと・・・。

 

 

「まぁ、シンシアはどうしたんですか?」

「・・・かぁさま」

「ママッ!」

 

 

母様が来て、シアを抱っこした。

シアが僕から離れて、母様にむぎゅ~っと抱きつく。

・・・良いな。

 

 

「まぁまぁ~・・・ふええぇぇっ」

「ああ、はいはい・・・泣かないで、シンシア」

 

 

母様は困った顔をして、シアの背中をポンポンと叩く。

母様、困ってる・・・?

母様を困らせるのは、いけないこと。

なのに、シアは全然泣き止まなくて・・・。

 

 

「ファリア」

「はい・・・」

「ファリアは、いつもシンシアの面倒を見てくれて・・・とても良い子ですね」

「・・・ん」

 

 

母様に褒められた、恥ずかしい。

俯くと、シアを抱っこしたまま、母様が僕の頭を撫でてくれる。

母様が、褒めてくれた。

嬉しい。

 

 

「流石、お兄ちゃんですね」

「・・・ん」

 

 

サラサラ、母様が僕の頭を優しく撫でてくれる。

何だかほっぺたが熱くて、僕は頭を撫でてくれてる母様の手に両手で触った。

母様の手、凄くあったかい・・・。

 

 

「む~・・・!」

「・・・え」

 

 

シアが、ほっぺたを膨らませていた。

どうしてだろう、凄く怒ってる。

母様も不思議そうに、シアの顔を覗き込む。

 

 

「あら・・・シンシアは、ご機嫌斜めですか?」

「ななめ!」

 

 

ほっぺたを膨らませて、シアはプンプンしてる。

それから、僕に手を伸ばして・・・。

 

 

「わたしも、にぃさまなでたいっ」

「え、うーん・・・ファリア、良いですか?」

「はい」

「良かったですね、シンシア・・・お兄ちゃんにありがとうは?」

「ありがと?」

 

 

母様がしゃがむと、シアは僕の頭に手を置いてグシグシした。

ちょっと、痛い。

でも、シアはとても嬉しそうだった。

 

 

「シンシアは、本当にお兄ちゃんが大好きなんですね」

「うんっ、にぃさま、だいすきっ!」

 

 

・・・僕、お兄ちゃんだから。

ほっぺたが、何だか熱いや・・・。

 

 

「・・・女王、王子、王女」

「お母上達が、そろそろ冷えるから戻ろうと言っています」

 

 

山盛りのかき氷(苺ミルク)を両手に持ったカノンとセンが迎えに来て、海で遊ぶのは終わり。

・・・まだ、食べてたんだ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

海に入った後は、入浴と言うことになる。

何しろ、砂や塩水をつけたまま夕食や団欒をするわけにもいかないからね。

この城にはいくつか浴場があるけれど、諸々を考えて男女別で入ることになった。

 

 

つまり、父親である僕にはファリアの面倒を見る義務が生じることになるね。

と言うわけで、ファリアと一緒に浴場へ行ったわけだけど。

 

 

「・・・良く洗うようにね、ファリア」

「・・・ん」

「返事は『はい』にすること。頷くだけじゃわからないよ」

「・・・はい」

 

 

ファリアはアリアにはとても良く甘えたりするのだけど(見る目があると言わざるを得ないね)、僕に対してはそう言うことはしない。

アリアは仕事が忙しく、叱ると言うことがあまりできない。

自然、比較的に時間のある僕が子供達を叱る役目を引き受けることになる。

 

 

ファリアやシンシアの躾は基本的には茶々丸や暦君達の仕事だけれど、僕やアリアは彼女達に子供達のことを任せきりにするわけにはいかない。

いつまでも親として傍にいてあげられるわけじゃないから、ある程度は僕達も子育てに関与する。

アリアと話し合って、そう決めた。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

とは言え、叱り役を引き受けたおかげでファリアには苦手に思われてしまったらしい。

今も黙々と、自分の頭を洗っている。

そしてその隣で、僕も自分の身体を洗ったりしている。

ファリアはお風呂が嫌いだからね、こうして見張って無いとカラスの行水なんだよ。

まったく、誰に似たのだろうね・・・。

 

 

「・・・お父上」

「ダメだぞー、ちゃんと綺麗にしないとママとお姉ちゃんに嫌われるぞー」

「・・・お父上」

「ダメな物はダメだぞー、我慢我慢だぞー」

 

 

一方、僕達の横にいる2人は非常に騒がしいと言うか、コミュニケーションが活発だね。

スクナと、その子の千(セン)。

スクナは千(セン)の頭をワシャワシャとシャンプーで洗ってあげていて、その後はシャワーで洗い流したりしている。

 

 

何かにつけて千(セン)が声を上げているけれど、2人の間でどう言う意思疎通がされているのかは僕にはわからない。

けど、スクナには千(セン)の言いたいことがわかるらしいね。

 

 

「・・・父様」

「何だい、ファリア」

「・・・お父上」

「仕方が無いなぁ、1回だけだぞ?」

 

 

僕がファリアの声に答えている間に、スクナは子供を抱えて湯船に飛び込んだ。

比喩では無く、プールのように広い湯船に走って飛び込んだんだよ。

大きな音を立てて、水柱・・・この場合、湯柱が立つ。

・・・作法として、間違っているけれど。

 

 

「・・・お父上!」

「なはははは~っ」

 

 

まぁ、当人達が楽しそうだから良いかな。

ここは王宮じゃないしね・・・ファリアの教育には、悪いのかもしれない。

だけど、ファリア自身はスクナ達の方をけして向かない。

理由は、すぐにわかった。

 

 

「・・・父様」

「何かな、ファリア」

「あの・・・・・・センって、女の子・・・ですよね?」

「・・・」

 

 

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

けれど、ファリアにふざけている様子は無い。

となると、本気で千(セン)のことを女の子だと思っているらしい。

 

 

観音(カノン)の方は、確かに女の子で・・・千(セン)もそっくりだからね。

まだ男女の区別がしにくい年齢だし、勘違いしたのだろう。

千(セン)が観音(カノン)と同じ格好をしていて、しかも可愛いと言うのもあるのだろうけれど。

 

 

「千(セン)は、男の子だよ」

 

 

千(セン)は、観音(カノン)の「弟」だからね。

双子で・・・姉弟。

そう教えて上げると、ファリアはとても驚いていた・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

フェイトとファリアは、仲良くお風呂に入れているでしょうか。

ファリアはこちらに来たがっているようでしたが、一応、躾も兼ねて男女で分けました。

スクナさん達もおりますし、大丈夫だとは思いますが・・・。

 

 

「ママ~ッ」

「わっ・・・もう、シンシア、人を驚かせてはいけませんよ」

「えへへ~・・・」

 

 

そんなことを案じつつ広い湯船の端の方で湯に浸かっていると、後ろからシンシアに抱きつかれました。

高低差があるので、肩にシンシアの小さな頭が乗っている形になります。

シンシアの綺麗な金色の髪は濡れていて、すっかり洗われていることがわかります。

 

 

シンシアはファリアと違ってお風呂が大好きなので、入浴では苦労せずに済んでいるようです。

女の子ですから、大事なことですよね。

私が肩越しにシンシアの頭を撫でてあげていると、茶々丸さんがやってきます。

 

 

「さぁ、シンシアさん。お湯の中に入りましょうね」

「ママのおひざのうえがいい~」

「え・・・もう、本当に仕方の無い子ですね」

 

 

苦笑して、私はシンシアの小さな身体を両手で抱えて膝の上で抱きます。

私は半身浴な感じですが、シンシアにとっては肩まで浸かることになります。

3歳頃のファリアは甘えん坊さんでしたが、シンシアはそれに輪をかけて甘えん坊さんです。

そして私やフェイト以上に、ファリアが大好きな子。

今はまだそれで良いですけど、将来が少し心配かもしれません。

 

 

庶民的かもしれませんけど、アレです。

伝説の「わたし、○○のおよめさんになる~」の「○○」がフェイトになるのかファリアになるのか・・・。

ファリアに「母様をお嫁さんにする」と言われる日を、実は私すごく楽しみにしています。

言ってくれると良いのですが・・・。

 

 

「お隣、良いですか~?」

 

 

私と茶々丸さんがチャプチャプとお湯を跳ねて遊んでいるシンシアを見つめていると、さよさんとエヴァさん達がやってきました。

それぞれ、娘さんを連れて・・・。

 

 

「はぁい、ちゃんと肩まで浸かって100数えるんですよ~」

「一、二、三、四、五・・・」

「すごーい、おねぇちゃん」

 

 

さよさんの言いつけに従って100まで数え始めるカノンさんを、シンシアが尊敬の眼差しで見つめています。

カノンさんの頬が赤いのは、お湯の熱さのせいだけでは無いかもしれません。

一方、エヴァさんとユエさんはとても静かに入浴して・・・。

 

 

「あ・・・その痣は?」

「え・・・あ、これは、お母様との訓練で」

 

 

ユエさんの身体には、あちこちに小さな痣があります。

多くは魔法薬で治療されていますが、いくつかは残っているようで。

・・・訓練って、やっぱりエヴァさんのですよね。

 

 

・・・エヴァさんの、訓練。

あ、いけません・・・思い出したら何故か物凄く吐き気が。

と言うか、6歳の子供にエヴァさんの基礎訓練はヤバいです。

エヴァさん自身はユエさんのためを想ってのことなのでしょうが、訓練を受けた経験のある身からすると同情を禁じ得ません。

 

 

「か・・・身体の調子は、いかがですか?」

「え・・・か、身体の調子、ですか?」

「ユエ」

 

 

どことなく困惑しているユエさんに対して、エヴァさんは厳しさを滲ませた声音で言います。

 

 

「もっとハキハキと喋れ、鬱陶しく聞こえるぞ。それでも私の娘か」

「・・・はい、申し訳ありません・・・」

 

 

途端に尻すぼみになるユエさんの声。

エヴァさんはそれを横目に見ながら、舌打ち寸前の表情をしています。

何と言うか・・・スパルタなのでしょうか、教育ママなのでしょうか?

 

 

「・・・九十八、九十九、百」

「おねぇちゃん、すごーい!」

 

 

その時、カノンさんが100まで数を数えて、シンシアが歓声を上げました。

さよさんと茶々丸さん、そしてエヴァさんはそれをとても優しい眼で見つめています。

そしてそんなエヴァさんを、ユエさんは何とも言えない眼で見つめていました・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

風呂の後、少し団欒した後に夕食になる。

いつもそうだが、一日と言うのは短いな。

仕事に追われている時はそうだが、家族で過ごしているとまた早く感じる。

 

 

一日と言う時間に限らずとも、年月でも同じことが言えるだろう。

少し前まで赤ん坊だったユエやファリア達はもう6歳だし、年月が過ぎるのは本当に早い。

アリアは23歳で、さよなど28歳だ。

・・・早いな、本当に。

残り時間もあっという間に過ぎてしまうのでは無いかと、怖くなってしまう程に。

 

 

「しっかり食べたか、ユエ」

「はい、お母様」

「そうか、茶々丸の作る食事は美味いからな」

 

 

ユエとそんな会話をしたのは、夕食後のデザートとお茶の時間になってからだ。

それまでは、ユエはカノンと共にシンシアの相手をしながら食事をしていたからな。

シンシアは年長の子供達に良く懐いているようで、いつ見てもニコニコと笑っている。

ファリアはそれほど表情が豊かな方では無かったから、面食らう時もあるが。

 

 

気のせいで無ければ、シンシアの存在は上手い具合に潤滑油になっているのだろう。

子供達は「妹」としてシンシアを扱うのを楽しんでいるようだし、何となく微妙な若造(フェイト)とファリアも、シンシアを間に挟むとそれなりにやれているようだしな。

 

 

「初めて食べる料理ばかりでした」

「・・・そうか。美味かったか?」

「はい、エヴァお姉ちゃん」

 

 

ファリアの言葉に、私は頬が緩むのを感じる。

ファリアやシンシアは普段、王宮の料理人の作る料理しか食べないからな。

茶々丸の作る和食や中華は、食べる機会も無いだろう。

・・・ところで、私はいつまで「お姉ちゃん」でいられるんだろうな?

 

 

「・・・ん? どうした、ユエ?」

「・・・あ、いえ、何でもありません・・・」

「・・・そうか?」

 

 

ユエが私を見ていたようなので声をかければ、手元のケーキに視線を落として何でも無いと言う。

・・・ユエはどうも、自己主張が苦手らしい。

まったく、もっとハッキリと喋れないと生きていけないぞ。

 

 

「ママ、いちごほしい」

 

 

その時、テーブルの隅で面白いことが起こっていた。

有り体に言えば・・・娘(シンシア)が母親(アリア)のショートケーキの苺を欲しがっているわけだが。

アリアの苺好きを知っている立場からすると、なかなかに興味深い。

さて、アリアはどうするのか・・・。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

あっさりと、アリアは娘にショートケーキの苺をやった。

10歳の頃、「ショートケーキの上に乗っている苺こそ、至高・・・!」とかわけのわからんことを言っていたアリアが、躊躇なくシンシアに苺をやった!

流石は母親、それに23歳にもなって苺で泣いたりはしないようだ。

 

 

「わぁいっ」

「ふふ・・・ゆっくり、味わってくださいね」

 

 

アリアは笑顔だが、だがしかし私にはわかるぞ。

茶々丸もわかっているようで、絶賛録画中だ。

・・・アレは、擬態だ!

 

 

実の所、アリアは物凄い衝撃を受けている。

その証拠に、紅茶のカップを持つ手が震えているからな・・・!

 

 

「・・・ヘイワダネェ」

「坊らが1つか2つの時は、我らはしゃぶられまくったからのぅ・・・」

 

 

晴明とチャチャゼロが何か言っているが、そんなことは知らん。

ベビーベッドの中で涎まみれにされていた奴らがとやかく言うんじゃない。

とか何とか言っている内に、若造(フェイト)が自分の分の苺をアリアにやっていた。

流石は夫、妻の気持ちを良く分かっているじゃないか・・・。

 

 

「ママ・・・」

「・・・う」

 

 

そしてその苺を、シンシアはまた欲しがる。

・・・実の所、茶々丸が台所にどれだけの苺を用意しているかを知っている私としては、笑える光景ではある。

 

 

「まったく、キミは本当に仕方が無い子だね」

「ちがうわ、パパ。しあはね、ちいちゃなおんなのこなのっ」

 

 

そしてその苺もまんまとせしめたシンシアに、若造(フェイト)が苦言を呈した。

すると、シンシアはむしろ胸を張って言った。

自分は小さいのだから、良いのだと。

・・・それは、流石にどうかと思うが?

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

夕食の後、8時にはお子様達はお休みになられます。

夜更かしは厳禁です、小さい内は素早く眠ることが好ましいのです。

と言うわけで、ある意味で最大のお仕事である「寝かしつけ」を断行します。

 

 

「ちゃちゃまる、ごほん~」

「はい、わかりました」

 

 

今日はファリアさんと眠るのだと言ってきかないシンシアさんは、ファリアさんとベッドに潜り込んだ後に絵本を読むように催促されました。

こうなると絵本をお読みするまでお休みになりませんので、仕方がありません。

では今日は、シンデ○ラでも・・・。

ベッドの傍にスツールを寄せて、私は絵本を読み始めます。

 

 

「むかしむかし、ある所に・・・」

 

 

絵本と言っても3歳用なので、字はほとんどありません。

それでも、作りこまれた絵にシンシアさんは興味津々といったご様子です。

ファリアさんにしがみついたまま、絵本に夢中で・・・ついには。

 

 

「ねぇねぇ、ちゃちゃまる」

「はい、何でしょうか?」

「わたしも、おひめさまになりたいっ」

 

 

貴女はすでにお姫様ですよ、シンシアさん。

 

 

「さぁ、そろそろお休みに・・・」

「ちゃちゃまる・・・」

「はい・・・?」

 

 

手強い・・・ファリアさんはそうでもありませんでしたが、シンシアさんは本当に手強いです。

何と言うか、次から次へと・・・。

 

 

「・・・どうしたんですか?」

「・・・ぅ~」

 

 

しかし今度は何をしてとは言わず、顔を隠してモゾモゾとしております。

・・・はい、お手洗いですね。

 

 

「にぃさまも・・・」

「え、僕も・・・?」

「にぃさまもっ!」

「・・・うん」

 

 

そして、ゴリ押しでファリアさんもご一緒に行くことになりました。

・・・本当に、手強いですね。

将来が非常に楽しみです。

 

 

それから、ファリアさんとシンシアさんをお2人とも抱っこします。

シンシアさんの我慢がどのくらい保つかわかりませんので、可及的速やかにお手洗いへ向かいます。

お2人ともがぎゅっとしがみついて来てくださるので、録画しつつお手洗いへ。

ほどなく複数の個室からなる共用のお手洗い(学校やホテルにあるようなお手洗いです)に到着し、せっかくなのでファリアさんも済ませて頂きましょう。

 

 

「・・・はい、ではお2人とも降りてくださいましね」

「はい」

「はぁいっ」

 

 

ファリアさんは静かに、シンシアさんは元気良く返事をして、床へ降ります。

お手洗いのドアを開けると、3つの個室が・・・ええと、灯かりはどこでしたか。

 

 

「・・・茶々丸」

「はい、何でしょうか?」

「明るい・・・」

 

 

ファリアさんの言うように、真っ暗なはずのお手洗いは一部が青白く光っております。

そもそもお手洗いはシンシアさんのことも考えて、絶えず電気がついているはずなのですが。

事実、ここに来るまでの廊下は明るかったわけで。

 

 

しかし今は、何故か一部だけが青白く・・・。

その時、一番奥の個室の扉がギギギ・・・ッ、と音を立てて開きました。

そこから、暗がりの中でぼんやりと浮かぶ青白い火の玉と、宙に浮かぶ小さな電球。

・・・ホラーです。

ホラーです、が、これは・・・もしかして。

 

 

「・・・ふぇ・・・」

 

 

私はすでに正体見たりな気分でしたが、シンシアさんは違ったようです。

ファリアさんにしがみついて、涙ぐんでおられ・・・あ、これは不味いです。

私が、そう思った次の瞬間。

 

 

「・・・ふぇえええええええええええええぇぇぇぇぇんっっ!!」

 

 

シンシアさんが、大声で泣き始めました。

お、オロオロ・・・。

 

 

 

 

 

Side ファリア

 

「ふえええぇぇんっ、ふええええぇぇっ!」

 

 

シアが、泣いてる。

綺麗な眼からポロポロと涙を流して、大声で泣いてる。

・・・これは、良く無いこと。

 

 

とても良く無いこと、シアが泣くのは良く無いこと。

トイレに行ったら、オバケが出た。

オバケが出て、シアが泣いた。

シアが・・・僕の妹が、怖がって泣いた。

 

 

「・・・!」

 

 

こう言う時、どうしたら良いんだろう。

どうしてだろう、わかる気がする。

まずはシアを僕の後ろに隠す。

 

 

それから、「視る」んだ。

両眼が、熱くなるぐらいに・・・「視る」んだ。

そして・・・どうするんだろう。

それから先は、まだわからない―――――。

 

 

『ま、待ってくださーいっ』

「さよさん!」

「え・・・」

 

 

その時、茶々丸が母様のお友達の名前を呼んだ。

すると、青白い火の玉みたいな物が出て来たトイレから、火の玉よりも大きな青白い何かが・・・人?

・・・良く「見る」と、本当に母様のお友達だった。

 

 

『ご、ごごご、ごめんなさい。驚かすつもりじゃ無くて・・・ここのお手洗いの電球が切れてたのを思い出して、交換に来ただけなんです』

「どうして、霊体で・・・」

『あ、それは・・・子供達を寝かしつけた時に、離してくれなくて・・・身体は置いてきました!』

「・・・はぁ、そうだったんですか」

 

 

さよさんは、どうしてか半分くらい透明だった。

・・・霊体って、何のことだろう。

 

 

オバケじゃないとわかって、僕はほっといた。

何だか熱くなった両眼も、熱く無くなって・・・。

・・・何で、熱くなったんだろう?

 

 

「・・・ひっ・・・ふぇえ・・・っ」

「あ・・・」

 

 

いけない、シア。

僕が後ろを見ると、シアはまだ泣いてた。

明かりがついた後も、グスグスと泣いていて・・・。

 

 

「・・・ふぇえぇ・・・っ」

「もう大丈夫だよ、怖くないよ」

「・・・うぇっ・・・ぐすっ・・・ふぇっ・・・もっ・・・」

 

 

それでも、シアは泣き止んでくれなかった。

両手でグシグシとしても、シアの涙は流れて、足元の水たまりに・・・。

・・・・・・あ。

 

 

「まぁまぁ・・・」

『わ、わ・・・大変です。すぐにタオルと着替えと・・・お風呂の準備をしてきますー』

 

 

・・・えっと、シアの頭を撫でて「よしよし」する。

茶々丸とさよさんがパタパタと動いていて、えーと・・・よしよし、泣かないで。

 

 

「・・・ひっ・・・にぃさま・・・ふぇ・・・」

「・・・うん」

 

 

まだ少しグスグスしてるけど、少しだけ泣き止んでくれた。

茶々丸が傍に来て、シアを抱き上げようとして・・・。

 

 

「・・・大きな声が聞こえましたけど、どうかしたんですか?」

「・・・シンシア?」

 

 

母様と父様が来た。

すると、シアは母様の方を見て・・・あ、泣いちゃうかな。

シアはぐすっ、ぐすっ・・・としながら。

 

 

「ま・・・ママ、ママ・・・ふぇえ・・・ふぇええええええぇぇぇぇぇぇんっっ!!」

 

 

・・・泣いちゃった。

やっぱり、僕にはできなかった・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ええと、さよさんが霊体でいる段階で大体の想像がついてしまったのですが。

まぁ、3歳のシンシアには怖かったかもしれませんね。

さよさんも、リアルにヘコんでいるようですし・・・。

 

 

さよさんはそのまま、自分の身体に戻った上でお風呂の準備をしてくれるとか。

また鉢合わせて泣かせてもいけないから・・・とのことです。

それから、茶々丸さんはシアの着替えを・・・。

 

 

「えぐっ・・・ぐっ・・・ひっ・・・」

 

 

シンシアは私に抱っこされて、胸に顔を埋めたまましゃくり上げています。

フェイトが頭を撫でてもさっぱり効果が無いので、これは本当に怖かったようですね。

足元では、ファリアがとても心配そうにしています。

 

 

「・・・ファリアは、良い子ですね」

「・・・?」

「シンシアを、守ろうとしてくれたのでしょう?」

 

 

シンシアをあやしながら、私はファリアにそう言います。

茶々丸さんとさよさんの話を聞く限り、ファリアはさよさんからシンシアを隠したのだとか。

・・・おかげで、さらにさよさんがショックを受けていましたけど。

 

 

「だから、ファリアは本当に良い子です。流石はお兄ちゃんですね」

「・・・うん、そうだね」

 

 

・・・おや、珍しい。

 

 

「・・・偉い、よ」

「・・・ん」

 

 

本当に珍しいのですが、フェイトがファリアを褒めました。

しかも、頭まで撫でて・・・ファリアは少しびっくりしながらも、顔を紅くしている所を見るに嬉しいみたいです。

 

 

「・・・にぃさま、ありがと・・・」

「・・・ん」

 

 

私に抱っこされたシンシアも、まだ少しぐずっていましたが・・・ファリアにお礼を言いました。

そのせいか、またファリアの顔が赤くなって・・・。

 

 

「・・・アリアさん、お風呂とお着替えの準備が整いました」

「あ、はい・・・さぁ、シンシア」

「・・・ん」

「ファリアも、ついでに行って来てください・・・そんな顔をしてもダメです。シンシアについていてあげてくださいね」

「・・・にぃさまもいっしょ」

「・・・・・・・・・ん」

 

 

私とシンシアのお願いを受けて、ファリアも茶々丸さんに連れられてお風呂へ。

すっかり冷えてしまったでしょうし、シンシアもお兄ちゃんと一緒の方が嬉しいでしょう。

私も一緒に行きたいのですが・・・。

 

 

「・・・大丈夫かい?」

「ええ、まだ何とか・・・私も、着替えが必要ですね」

 

 

衣服はシンシアの涙やら何やらでちょっと・・・アレですし。

それと、私がお手洗いに来たのはシンシアの泣き声を聞いたからですが。

フェイトに伴われて寝室を出たのは、別の理由です。

 

 

・・・私自身の体調が、夕食の時から芳しく無くて。

具体的に言うと、吐き気と言うか胸のムカつきと言うか、それが強くて。

あと、できればすっぱい目の苺を頂きたいなと・・・。

そして気のせいでなければ、私はこう言う症状をこれまでの人生で2回ほど経験していまして。

 

 

「・・・3人目、かな」

 

 

フェイトには聞こえないように、可能性の話をしてみます。

まぁ、覚えはあるかと言われれば無いはずが無いと答えるしか無いので・・・。

・・・戻ったら、ダフネ医師に診てもらうとしましょう。

 

 

もし、本当に私の考えが正しいのであれば。

十月(とつき)経ったら、シンシアもお姉ちゃんですね。

確証の無い、ただの勘ですけど。

さ、早く着替えて、お風呂から出てくる子供達を迎えに行かないと・・・。




法衣:灰色様提案。
ありがとうございます。

茶々丸:
茶々丸です。
皆様、ようこそいらっしゃいました。
お久しぶりです・・・現在、私はファリアさんとシンシアさんのお世話で充実した日々を送っております。

それに加えて・・・アリアさんに、またもやご懐妊の気配アリです。
3人目が産まれるとしたら、男の子でしょうか女の子でしょうか、双子と言う可能性もありますね・・・。

カノンさんとセンさんは、今の所は見た目で性別を見分けるのが苦労する年齢。
スクナさんも同じ服を着せるので、その点も苦労しますね。
似合ってはおりますが、法衣。
もちろん、私のメモリーに全て保存です。

私の保存データは、様々な場所で活躍中です。
例えば・・・随分と以前のお話になってしまいますが、アリアさんがフェイトさんとご結婚された次の年。
旧世界の新田先生宛てに、ばっちりと「結婚しました♪」な年賀状を送らせて頂きました。

では次回、さらに時間が進みます。
ファリアさんが10歳になり、休日と言うことで様々な「親子」が水晶宮にお集りになります。
・・・では、シンシアさんに呼ばれておりますので、これで・・・。


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王室日記③「ファミリー」

Side アリア・アナスタシア・エンテオフュシア(27歳)

 

世の中には、驚くべきことがいくらでもある物なのですね。

私もそれなりに経験を積んで、ある程度の事態を前にしても驚かない自信があったのですが。

いえ・・・まぁ、悪いことでは無いので、素直な気持ちを告げることにしましょう。

 

 

「おめでとうございます、アーニャさん」

「・・・・・・ありがと」

 

 

珍しく政務・公務が途絶えたとある休日、私はアーニャさんの訪問を受けています。

事前に打診があったので、スケジュール的には問題はありません。

ですが、具体的にはアーニャさんとクゥァルトゥムさんの「2人での」訪問です。

 

 

訪問の目的は、もちろん事前に知らされていますが。

いざ、実際にこの耳で聞くと驚きを禁じ得ません。

以前からもしやとは、思ってはいましたが・・・。

 

 

「それで、あの・・・アーニャさん」

「・・・・・・何よ」

 

 

アーニャさんは、どことなく不機嫌そうです。

話の内容は明るいのですが、何とも空気が重いです。

場所は『水晶宮(クリスタル・パレス)』の第3応接室・・・私がプライベートで人と会う時に使う部屋です。

 

 

だからアーニャさんを迎え入れることもできているわけですし、これからやってくるシオンさんやヘレンさんなどが来ても問題はありません。

また、クルトおじ様や千草さん、テオドシウス尚書も来る・・・こちらは公的な意味で。

ちなみに今、この部屋にいるのは・・・アーニャさん達の他には私とフェイト、茶々丸さんとエヴァさんです。

 

 

「えっと・・・結婚式は、いつ?」

「・・・・・・来月」

 

 

そう、今日はアーニャさんとクゥァルトゥムさんの結婚の報告を聞いています。

クゥアルトゥムさんは一応、公的には公子と言うことになっていますので・・・。

 

 

それを抜きにしても、何と言うか・・・アーニャさんが不機嫌すぎます。

結婚式って、もっと楽しそうに報告する物じゃ無いんですか・・・!

気のせいか、対照的にクゥァルトゥムさんは勝ち誇った顔をしてますし。

 

 

「ああ、もうっ・・・何でこうなるのよ!?」

「ふっ・・・」

「あ、今笑ったわねアンタ!」

「・・・ふっ」

 

 

い、いったい、何がそんなに気に入らないのでしょう。

助けを求めるように左右を見ても、フェイトさんはコーヒーを飲むばかりですし、エヴァさんはそもそも興味が無いようですし。

茶々丸さんは・・・あ、「そっち」の録画ですか。

 

 

「油断したっ・・・本当に、油断した! ねぇアリア、どうして妊娠って女にしかできないのかしらね」

「それは私も以前から不思議でしたけど」

 

 

苦笑しながら、アーニャさんに言葉を返します。

どうやら、そうとうキているようですね。

まぁ、10年以上何があっても「結婚」だけは避け続けてましたからね・・・自分から申し込むのがあり得ない、みたいなお2人でしたから。

 

 

それが今、「結婚」に踏み切らざるを得ない状況に追い込まれています。

それはさっきアーニャさんが口にした言葉、「妊娠」、コレがヒントです。

そして事態はもはや「妊娠」の一歩向こうに進んでいまして・・・。

 

 

「ふぇっ・・・ふぇえええぇぇぇぇっ!」

「・・・ぐすっ・・・ぐすっ・・・」

「げ・・・ごめん、ウチの子が」

「ああ、いえ・・・私達は慣れてますから」

 

 

アーニャさんが慌ててソファから立ち上がろうとするのを、制止します。

その間に、茶々丸さんが手慣れた様子で赤ちゃんをあやして、瞬く間に泣き止ませます。

・・・「2人」の、赤ちゃんをです。

ここで言う「2人」は、人数の話でして・・・。

 

 

この部屋に備え付けられたベビーベッドは、「2つ」。

1人は私とフェイトの「4人目」の子供にして三女、アリア・アンジェリク・エンテオフュシア。

ふんわりした金色の髪と青と緑の色違いの瞳(オッドアイ)が可愛らしい、生後3カ月の赤ちゃんです。

名前でわかるかもしれませんが・・・私の名前を、受け継いでいます。

 

 

「どうぞ、アーニャさん」

「あ、ありがと・・・茶々丸さん」

 

 

そして茶々丸さんからアーニャさんに渡された赤ちゃんも、生後3カ月。

加えて言えば、時間こそズレがありますが・・・アン(三女のことです)と同じ日に産まれたそうで。

言ってくれれば、病院とか手配したのに・・・アーニャさんは本当に今の今まで教えてくれなくて。

 

 

とにかく、アーニャさんの腕に抱かれているのは・・・赤い髪と瞳の赤ちゃんです。

アーニャさんと、クゥァルトゥムさんの間に産まれた子供で・・・名前は、ルチア。

ルチア・コンスタンツァ・ココロウァと言う名前なのだとか。

何だかんだ言いつつ、アーニャさんが娘を抱く顔は・・・。

 

 

「失礼致します。陛下、ご友人のフォルリご夫妻とボロダフキン様がご到着されました」

「・・・わかりました。ここへ通してください

「畏まりました」

 

 

知紅さんの知らせに指示を与えて・・・ああ、そうそう。

シオンさんとロバートは結婚して、5年前に子供ができて・・・。

・・・クルトおじ様も結婚して、すでに子持ちです。

 

 

まぁ、何と言うか・・・うん。

・・・世界って、変わり行く物なんですね。

 

 

 

 

 

Side ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア(10歳)

 

母様達がお客様の相手をしている間、僕はお客様のご子息の相手をしなくてはならない。

これはある意味では僕が将来、誰かをホストする時のための練習でもあるのだと思う。

もちろん、子供部屋にいる2人の妹の面倒も僕が見ないといけない。

 

 

「殿下、お客様をお連れしました」

「ありがとう、暦」

 

 

侍女(ナニー)の暦が連れて来たのは、赤髪赤瞳の男の子だった。

5歳くらいだろうか、初めて会う。

何だか不安そうに、キョロキョロしてて・・・。

 

 

「ロナルド・フォルリです、5歳です。ロンって呼んでください。よろしくお願いします」

「・・・ファリアです」

 

 

礼儀正しくお辞儀をするロナルド・・・ロンに、僕も自己紹介する。

5歳のロンに王子がどうとか言うのもアレなので、簡潔に済ませる。

そしてまず、お客様にすることは・・・。

 

 

「暦、お客様に苺の準備を」

「畏まりました」

「・・・いちご?」

「お嫌いですか?」

「ううん、好きです」

 

 

そうだろう、母様も「苺が全人類を友達にするのです」と力説していた。

母様が嘘を吐くはずも無い、そして何より僕も苺が大好きだからね。

実際、ロンは不安そうな表情を消してにっこりと笑った。

 

 

暦が部屋から出て行って、たぶん苺・・・と、お茶の準備をしにいったのだと思う。

さて、じゃあ親睦の苺が来るまでに何をしようか。

母様のお客様のご子息を、退屈させるわけにはいかない。

 

 

「兄様っ」

「・・・おにぃさま」

 

 

その時、2つの声が僕の名前を呼んだ。

振り向いてみると、僕の2人の妹がトタトタと部屋の隅からこちらへと駆けて来ていた。

2人の手は、侍女(メイド)服を着たユエの手を掴んでいる。

 

 

「・・・ごめんね、ユエ」

「い、いえ・・・別に、はい」

 

 

・・・1人は、シンシア。

シンシア・アストゥリアス・エンテオフュシア・・・7歳。

腰まで伸ばした金色の髪は光に輝いて、深い空色の瞳には生気が溢れてる。

白い肌をうっすらと彩るのは、母様の普段着に良く似た薄桃色のドレス。

僕の1人目の妹・・・1番僕にくっついてくる妹。

 

 

2人目は、ベアトリクス・アタナシア・エンテオフュシア。

3歳になったばかりで、僕の2人目の妹。

アンが産まれたから、末っ子じゃなくなった。

シアと同じように薄桃色のドレスを着て・・・でも、どこかまだ頼りない足取り。

金色の髪に赤い瞳、片手にタヌキのぬいぐるみを抱えていて・・・僕に似て物静か。

 

 

「兄様っ、向こうで一緒にゲームでもしましょう?」

「・・・お客様の前だよ、シア」

「あら、ごきげんよう! 貴方も一緒に遊びましょう?」

「は、はい・・・ロナルドです。ロンって呼んでください」

 

 

僕がどう扱おうか悩んでいる間に、シアが真っ先にロンと打ち解けていた。

シアは、もしかしたらこう言う才能があるのかもしれない。

 

 

「さ、兄様も早く!」

「・・・あそぶ」

 

 

シアの声に、ベアトリクスが僕の服の端を掴んでくる。

タヌキのぬいぐるみを抱えて、僕を見上げて来るのはルビーみたいな綺麗な眼。

・・・はぁ、溜息を吐く。

 

 

「・・・苺が来てからね」

「あ、苺さえあれば良いんで・・・いえ、申し訳ありません・・・」

 

 

・・・?

僕が見つめると、ユエは慌てて押し黙った。

別に、睨んだわけじゃ無いのだけど・・・。

 

 

 

 

 

Side ユエ・マクダウェル(10歳)

 

ファリア様達は、お客様のロナルド様を交えてボードゲームに興じておられます。

スゴロクと言う旧世界のゲームで、魔法世界の物と異なり全て手動で行うレトロなゲームです。

何でも人間の人生を象ったゲームで、結婚や出産、果ては破産など実にリアルなルール設定だとか。

 

 

正直、私が混ざるのは畏れ多いので、最初は遠慮したのですが・・・。

途端にシンシア様が不機嫌になられてしまわれたので、私も参加することになりました。

シンシア様は、とても強引なお方なので・・・。

 

 

「この数字は何て読むかわかりますか、ベアトリクス?」

「・・・さん?」

「はい、良くできました~。じゃあ、この駒を3マス進めて~」

「・・・さん、すすむ?」

 

 

そのシンシア様も、妹君のベアトリクス様に対しては甲斐甲斐しくお世話をしています。

今も、ベアトリクス様にルーレットの回し方や駒の進め方を嬉しそうに教えておられます。

ベアトリクス様がお産まれになられた時、1番喜ばれたのはシンシア様ですから。

何と言うか、姉と言う立場を楽しんでおられるようで・・・。

 

 

「はい、次はロン君の番ですよ!」

「は、はい・・・えっと、あぅ、1・・・」

「あははっ」

 

 

そして今は、ロナルド様を弟のように扱って楽しんでおられるようです。

何と言うか、年下の子供に対しては気遣いを見せたがると言うか・・・。

一方、長兄であるファリア様はそれを静かに見守られております。

時折、ご自分の番が来ると静かに自分の駒を動かしています。

 

 

物静かなファリア様、お元気なシンシア様、大人しいベアトリクス様。

そして産まれたばかりのアン様に、女王陛下や夫君殿下・・・。

・・・皆様、私にとても良くしてくださります。

まるで本当の家族のように扱ってくださるばかりか、学校やお医者様のお世話まで・・・。

 

 

「ユエの番!」

「え・・・あ、はい、申し訳ありません」

 

 

ぼんやりと考えていたら、早々と私の番になっておりました。

私はボードのルーレットに手を伸ばして、カラカラと回して・・・。

 

 

「・・・それ、なぁに?」

「え?」

 

 

ベアトリクス様が指差されたのは、私の手首のあたりです。

侍女服の袖がかすかにズレて、白い包帯が巻かれているのが見えています。

・・・慌てて、私は手を引っ込めました。

 

 

「な、何でもありません。少し怪我をしただけで・・・」

「怪我したの? じゃあダフネ先生に診て貰いましょうよ」

「ああ、いえ・・・ちゃんと治療はしていますので、どうかお気になさらないでください」

 

 

心配そうなシンシア様の声やファリア様の視線に曖昧な笑顔を向けつつ、私は自分の手首を撫でます。

いえ、本当に大した怪我では無くて・・・お母様との訓練で、少し。

もう慣れましたし、本当に大したことでは無いのです。

 

 

「はーい、お待たせしました!」

「・・・苺と、ジュース」

「わぁっ、苺!」

「いちご・・・」

 

 

その時、暦様と環様が苺とお茶を持ってきて・・・シンシア様とベアトリクス様が歓声を上げました。

ファリア様はまだ私を気にしておられるようでしたが・・・話題が変わったので、私はほっとしました。

あまり、触れてほしくは無いことなので。

 

 

・・・お母様のことは、本当に。

昔から厳しくて、厳しくて・・・褒められた記憶はあんまり無くて。

それに、最近は・・・怖い。

訓練が厳しいとかじゃ無くて、何と言うか・・・お母様は、どうして。

どうして、私と同じくらいの年齢にしか見えないのでしょう・・・?

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

時間が経つのは、本当に早い。

ついこの間にファリアが産まれたかと思えば、瞬く間に3人も姫が産まれた。

姫は皆がアリアに似ているので、ゲーデルなどは狂喜乱舞しているだろうが・・・。

 

 

と言うか、若造(フェイト)は何回アリアを孕ませれば気が済むんだ?

いつまでも新婚気分で、毎晩毎晩イチャイチャしおってからに・・・。

・・・まぁ、年齢的には当たり前かもしれんが。

 

 

「いやぁ、まさかあの爆裂娘が結婚たぁなぁ」

「うっさい、死ねバカート」

「相変わらずひでぇな、オイ」

「ミス・・・いえ、もうすぐミセスになるのかしら?」

「残念ながらね」

 

 

時間と言えば、アリアの友人達も以前とは立場が随分と変わった。

例えばこのシオン・フォルリとか言う女は、オスティア・ゲートポートの主任管理官になった。

その夫のロバート・フォルリは、オスティアに開設された麻帆良・メルディアナの共同分校の事務員長だし。

 

 

「アーニャ先輩の赤ちゃん、抱っこしても良いですか・・・?」

「良いわよ、別に」

「あ、ありがとうございますっ・・・」

 

 

そこでアーニャの子供を抱かせて貰って喜んでいるドロシー・ボロダフキンにした所で、今やオスティアのカリスマ若手美人女獣医だしな。

・・・ドロシーの気を引くためにペットを飼い始める男がいるとか、聞いたことがある。

 

 

「それで、結婚式は身内だけで済ませるんですか?」

「うん、出来ればね・・・でもアイツ公子だし、友人としてアンタを招待したら・・・」

「・・・すみません、どう考えても身内でしめやかに・・・とかは無理になっちゃいます」

「そうよねぇ・・・」

 

 

今、アリアは学友に囲まれてプライベートな話をしている。

私はと言えば、アリアの4番目の子供が寝ているベビーベッドの近くで茶々丸の淹れてくれた紅茶を飲んでいる。

私が混ざれる話題など無いし、たまにはアリアも友人と昔に戻って楽しく話せば良いだろうさ。

 

 

一方、視線を動かせば、若造(フェイト)はクゥァルトゥムのガキの相手をしている。

何を話しているのかは興味が無いが・・・結婚生活のイロハでも教えてるんじゃないのか?

ま、あのガキとアーニャが結婚するなら、新旧両世界の架け橋にもなれるかもしれんしな。

王国の貴族と、旧世界の女教師・・・組み合わせとしては、微妙かもしれんが。

 

 

「失礼致します、陛下。ゲーデル宰相ご夫妻と、テオドシウス尚書とご子息、並びに旧世界連合の天ヶ崎ご夫妻がお見えになりました」

「あ・・・わかりました、部屋を変えますのでそちらに通してください」

「畏まりました」

 

 

知紅の知らせに、アリアがそう返す。

・・・私は、アリアの4番目の子の安らかな寝顔を見ながら、溜息を吐いた。

時間か・・・本当に、過ぎるのが早い。

 

 

何しろ、ゲーデルやテオドシウスが普通に結婚して子持ちだしな、今や。

ユエも10歳になって、最近よそよそしくなったような気がするし。

・・・反抗期か、アレは?

 

 

 

 

 

Side ファリア

 

妹達がボードゲームに飽き始めた頃、暦がまたお客様を連れて来た。

今度は3人、男の子2人と女の子1人。

2人は知ってる、僕と王宮の家庭教師が同じ人だったから。

 

 

それにしても、今日はお客様がたくさんだ。

母様は、僕を試しているのだろうか・・・?

 

 

「あ、レオ君だ」

「お久しぶりです、王女殿下」

「うふふ、くすぐったい」

 

 

1人はグリルパルツァー公爵家の長男、レオパルドゥス・マリア・フォン・グリルパルツァー。

僕よりも1歳半くらい年下の8歳で、水色の髪と青銀色の瞳が綺麗な、女の子みたいな男の子。

貴族らしく礼をして、駆け寄って来たシアの手の甲にキスしたりしてる。

それから、シアの後をついて来たベアトリクスにも同じことをする。

僕も、ねだられてたまにやるけど・・・うん、たくさんお話をしよう。

 

 

「シア、シアは女の子達と向こうで遊んでくれる?」

「えー、皆で一緒に遊んだ方が楽しいでしょう?」

「こう言うのは、男女で別れる物だって母様も言ってた・・・良いね?」

「んー・・・兄様がそう言うなら。じゃあ、ベアトリクス、クロエちゃん、行こう?」

 

 

シアが連れて行ったのは、妹のベアトリクスと・・・新しくやってきた女の子。

クロエ・ゲーデル・・・クルトおじさんの娘。

長い髪と眼鏡の奥の切れ長の瞳はどちらも金色な、6歳の女の子。

良い子だと思うけど、ただ・・・。

 

 

「はいっ、殿下のご意思に従いましゅっ・・・従いますっ!」

 

 

・・・凄く、噛んだ。

ああ、いや、それは良くて・・・何と言うか、お父さんのクルトおじさんの真似をするのが好きみたい。

今もシアに手を引かれて、凄く嬉しそうに表情を緩めてる。

 

 

まぁ、女の子の方はシアに任せるとしよう。

僕はロンを呼んで、それからレオの服の襟を掴んで部屋の反対側へ進む。

 

 

「あ、あの・・・王子殿下?」

「うん、向こうの方が静かにお話できそうだからね」

「静かである必要性の説明を求める」

「その旨を却下する」

 

 

ズルズル・・・あ、忘れる所だった。

僕は振り向いて、興味深そうにベアトリクスの後ろ姿を見送っていた男の子を見つめる。

その子の名前は天ヶ崎月影、9歳。

肩先で斬り揃えた黒髪に黒い瞳、どことなくオリエンタルな服装。

 

 

そして彼は、何故か狐のお面を横かぶりしている。

月影がベアトリクスの方を見ているので、そのお面の目が僕を見ることになる。

少しだけ、怖い。

 

 

「行くよ、月影」

「ん・・・はいな、王子様」

 

 

呼びかけると、快活に笑う。

月影が笑うと、八重歯がちらりと見える。

それに、僕はふっ、と口元を緩めた。

 

 

・・・一応、彼らが僕の「友達」。

外では、もちろんこんな風には付き合えないからね。

 

 

 

 

 

Side シンシア・アストゥリアス・エンテオフュシア(7歳)

 

兄様に任されたからには、私が女性陣を・・・えーと。

・・・女の子達を、そう、ホストするの。

でも、ホストって何をすれば良いのでしょう・・・?

 

 

「ねぇ環、ホストって何をすれば良いのでしょう?」

「・・・お茶を飲みながらお喋り、とか?」

 

 

壁際に立っている環に聞いたら、そんな答えが返って来ました。

なるほど、お茶を飲んでお喋り。

母様がそう言うの、「ガールズトーク」って言っていたような気がします。

 

 

「じゃあ皆、がーるずとーくをしましょう!」

「はいっ、王女殿下の仰せのままにゅっ・・・仰せのままにっ!」

「がー・・・?」

「ガールズトークです、ベアトリクス様」

 

 

クロエちゃん、ベアトリクス、ユエ。

私のお友達、これだけ集まれば素敵な「ガールズトーク」ができるはずです。

で、えー・・・。

 

 

「環、環・・・がーるずとーくって何をすれば良いのでしょう?」

「・・・いつもと同じで良い」

「そう・・・わかりました。いつもと同じ話、同じ話・・・」

 

 

私がいつも、ベアトリクスやアンに話していることを言えば良いのでしょう?

なら、とても簡単です。

調がやってきて、私達4人が座るテーブルにジュースと苺のクッキーを置いて行くのを待って、私はいつもと同じ話を始めます。

 

 

「今日の兄様についてなのだけど・・・」

「本当に同じ話ですね・・・あ、いえ、大丈夫です、はい」

「・・・おにぃさま?」

「王子殿下のお話ですか?」

 

 

これはまだママにしか言ったことが無いけど、私、将来は兄様のお嫁さんになるの。

だって、兄様はとてもカッコ良いもの。

パパもカッコ良いけど、パパは優しくしてくれないから・・・。

 

 

でも、兄様はいつも私に優しい。

だから、ずっとずっと前から決めてたんです。

兄様のお嫁さんになるって・・・。

 

 

「王女殿下が、お望みにゃらっ・・・お望みならば!」

「・・・わたしもー」

「えー、ベアトリクスも兄様のお嫁さんになりたいの? んー、じゃあ、ちょっとだけですよ?」

「いや・・・うーん・・・は、はい、良いんじゃないかと・・・うーん」

 

 

ほらっ、皆も良いって言ってるでしょう?

えへへ・・・早く、大きくなりたいな。

そうしたら、兄様のお嫁さんになるんです。

 

 

ママの結婚式の映像を茶々丸に見せて貰ってから、ずっとずっと兄様のお嫁さんになりたいって思ってたんです。

そうしたら、茶々丸もウェ・・・「うぇでぃんぐどれす」を作ってくれるって。

もちろんユエとかクロエちゃんとか、お友達も皆、呼びましょうね。

私と兄様の、結婚式に・・・。

 

 

 

 

 

Side アーニャ・ユーリエウナ・ココロウァ(28歳)

 

まぁ、良いんだけどね・・・別に。

赤ちゃん可愛いし、アイツのことは嫌いじゃ無くも無いと言ってあげても良いくらいには・・・まぁ、アレなわけだし。

それなりに付き合い長いし、良い年だし、納得してあげなくも無いわ。

 

 

・・・だけど、あの勝ち誇った顔はムカつく。

ああ、もうっ、男が妊娠できれば間違いなく私が勝ってたのに!

そこの所だけが、ホントにムカつく!!

 

 

「ど、どうどう、アーニャさん・・・えーと、それで、どんな形に収まりそうですか?」

 

 

アリアが私を宥めながら視線を向けたのは、旧世界連合の千草さんと、最近また外務尚書になったグリルパルツァー公爵。

経緯は良く知らないけど、10年前のゴタゴタで退役した元帥さんと結婚したんだって。

 

 

私とアイツ・・・アルトの結婚は、新旧両世界の「関係者」間での初めてのケース。

だから一応、外交的・法律的な観点から会談を持ったみたい。

むしろ、今日はその話を非公式に内々でするのがメインみたいな物だから・・・。

千草さんはこっちの人と結婚したけど、旦那さんは魔法世界の組織の人じゃないから。

シオンとロバートもいるけど、庶民同士だったからスルーだったし・・・。

 

 

「特に問題は、無い・・・と言う結論になりました」

「ああ、法的には何の問題もあらへんけど・・・どやろな、お互いの世界の関係者を集めて大々的に友好を演出しようって言う連中もおるんやけど」

「げ・・・」

 

 

千草さんに睨まれて、慌てて口を押さえる。

でも、冗談じゃ無いわよ・・・見世物なんてゴメンだわ。

ああ、もう、だから面倒だったんだけど。

 

 

でも、子供までできちゃったら逃げられないしね。

・・・いや、別に子供を言い訳に使うわけじゃ無いけどさ。

 

 

「それは・・・困りましたね」

「まぁ・・・夫君の弟が旧世界の関係者と結婚ってことになると、気を回す連中もおるから・・・」

「あー・・・実はその話、もう宰相府の中で噂になってますよ。花嫁がココロウァさんとはバレてませんけど」

「げ・・・」

 

 

同じ行動を繰り返す私、でも何で噂になってるのよ。

今や王国の庶民院(下院)の議員さんになってるヘレンを睨むと、ヘレンは苦笑しながら肩を竦めた。

く・・・政治家になってからかわし方が上手くなったわね・・・。

 

 

「もしかしたら・・・あの人が振り撒いているのかも」

「あの人・・・」

 

 

そう言って指差すのは、男性陣の輪の中にいるクルト宰相。

・・・いや、何でもかんでもあの人のせいにしたら良くないと、思うわ、うん。

指差したヘレンの左手の薬指には、キラリと光る銀のリング・・・。

・・・どいつもこいつも、とっくに結婚してんのよねー。

 

 

「あら、ミス・ボロダフキンはまだよ?」

「ドロシーはモテるから良いのよ」

「え、えぇ・・・っ?」

 

 

シオンとドロシーとも絡みつつ、私は溜息を吐く。

公子様の妻、か。

厳密には公子じゃ無いらしいけど、それでも女王の夫君の弟と結婚。

・・・面倒くさいわねぇ。

 

 

まぁ、それを言ったらアリアなんてもっと形式ばった夫婦生活とかしてるのかもだけど。

うーん、この機会に聞いてみようかしら。

 

 

「ねぇアリア、貴女の旦那様の良い所ってどんな所?」

「え? 悪い所がどこかあるんですか? フェイトは優しくて気立てが良くてハンサムで強くて良く気のつく人で昼はもちろん夜もとても優しく気遣ってくれて」

「ゴメン、本当に私が悪かったわ・・・」

 

 

たまらず、途中で遮った。

うん、聞く相手を間違ったかもしれない。

 

 

「あら、ロバートは何かと手のかかる人だけど私がいないと靴下の場所もわからないダメな所がとても可愛くてでも実は激しい所もある・・・」

「え、えーと・・・アーニャ先輩、あの人は皆から変態とか胡散臭いとか言われますけどそれは実は照れ隠しみたいな物で本当は誠実で熱烈な王室ファンで・・・」

「あ、これうちも言わなアカン雰囲気か? うちの人はなぁ、子供に好かれる素敵な人で最近は小太郎も懐いて来た感じがするねんけどもう1人子供欲しいなぁみたいな話を・・・」

「・・・わ、私も? えーと、アイツはいざと言う時に何かプライドが邪魔してズレた決断をしたりするけどそれは裏を返せば真面目ってことで」

 

 

納得した。

アウェーだわ、ここ。

 

 

「・・・ドロシー、私達親友よね」

「え、えぇ・・・?(くるっくー?)」

「うん、ルーブルも親友よ」

 

 

ドロシーとルーブルだけが味方だった。

と言うか皆、まくしたて過ぎよ!

何で息継ぎもせずに旦那の自慢話が延々と続くのよ・・・!

 

 

「・・・はぁ。まぁ・・・良いわよ」

 

 

観念してあげようじゃない、将来は娘と2人でバカにして過ごしてやるんだから。

それに、アイツの得意気な顔を見るのも嫌いじゃないしね・・・。

 

 

「・・・え、良いって・・・じゃあ、大々的にやります?」

「・・・へ?」

「いや、まぁ・・・うちらはええけど」

「いや、ちょ・・・」

「それなら、我が家で貴族令嬢としての立ち居振る舞いやマナーを学んで貰わないと」

 

 

え、えええぇぇぇ・・・?

いやいや、待って待って、違う違う。

違うのよアリア、私が「良い」って言ったのはそっちじゃなくてね・・・!

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

・・・女性陣は、何やら楽しそうに騒いでいるけれど。

男性陣(こちら)は、まぁ、静かな物だよ。

特に共通の話題があるわけでも無いし、あるとすれば・・・。

 

 

「いやぁ・・・本当にお可愛らしいですねぇ、アリア王女殿下は!」

「やかましい、こっちに来るな変態」

 

 

・・・向こうで、1人輪から離れてアンのことを見つめているクルト・ゲーデルくらいかな。

吸血鬼(エヴァンジェリン)が煙たそうにしているけれど、あえて頑張れと言いたいね。

娘が生まれる度に狂喜されるのは、正直どうかと思うし。

流石に10年経って年齢を感じさせる容姿になったけど、まだまだ現役。

あれから2回の選挙の洗礼を受けてなお、まだまだ宰相として前線に立っている・・・。

 

 

「・・・粗茶ですが」

「ああ、いやいや、お構いなく」

「ど、ども・・・」

 

 

茶々丸が持ってきた緑茶を受け取るのは、カゲタロウとアリアの友人の・・・ロバート・フォルリ、だったかな。

まぁ、庶民的な話に華を咲かせているようだね。

 

 

だけど僕は、もっと別のことを話しておかなければいけない。

それは・・・「子供を作った」4(クゥァルトゥム)に向けて話すべきことだ。

僕達アーウェルンクスが子供を作ると、どうなるのか。

 

 

「・・・4(クゥァルトゥム)、キミは」

「ふん・・・」

 

 

僕が何かを言おうとすると、4(クゥァルトゥム)は鼻を鳴らして制止してきた。

何も言わずに詰襟の衣服の腕の袖をズラす、そこには・・・。

・・・・・・そう、か。

 

 

「・・・デュナミスに」

「必要無いさ」

 

 

どこか不機嫌そうにそう言うと、4(クゥァルトゥム)は服の袖を直す。

実は今、デュナミスには比較的に連絡が取りやすくなっている。

デュナミスの率いる政党「新生完全なる世界(ネオ・コズモ・エンテレケイア)」が、新グラニクスを中心とする中央エリジウム自由国で政権党の地位にあるからだ。

 

 

私的にも公的にも、連絡の手段がある。

何しろ相手は、「イヴィオン」加盟国の政治指導者なのだから。

事実、僕はこの10年ですでに3度ほどアリアに秘密で会っている・・・。

 

 

「勘違いするなよ3(テルティウム)、僕は別に人間としての幸福を求めたわけじゃない」

「・・・4(クゥァルトゥム)

「お前だって、そうだろう」

 

 

・・・僕は何も答えずに、首を振る。

言葉で否定する程に間違っているとは思えない、けれど肯定もするつもりも無い。

けれど・・・。

 

 

「・・・良いのかい?」

「何がだ? 僕はただ手に入れたかっただけさ・・・相手を屈服させて奪う、その後は知ったこっちゃ無い」

「・・・そうかい」

「ああ、そうさ」

 

 

・・・それでも。

それでも、結婚式はしてあげても良いと、考えているんだね。

それに、貧民街(スラム)の人達のためにキミがこの10年でしていたことは・・・。

 

 

・・・僕が何を言っても、意味は無いのだろうね。

もし何か意味のあることを彼に言えるとしたら、それはきっとこの世で2人だけだろう。

アリアの傍で笑ってる女性と、そしてあそこでスヤスヤと眠る赤ん坊だけ。

 

 

「・・・もう、こんな時間だね」

 

 

時計を見れば、すでに午後4時を過ぎている。

僕はそれに・・・何も言わず、眼を閉じた。

 

 

 

 

 

Side ファリア

 

楽しい時間と言う物は、すぐに過ぎる物。

僕達が遊んでいる間に母様達のお話も終わったみたいで、次々に迎えが来た。

私的な場で皆で話せるのはめったに無い機会だから、次はいつになるかわからないけど。

 

 

「またね、月影」

「ん、王子様も元気で・・・また手紙送るわ」

「静かにしぃ・・・そしたら、また次は公的な場で」

「はい、ではまた・・・お送りしなさい」

「はっ」

 

 

母様と父様に連れられて、『水晶宮(クリスタル・パレス)』の北大(アリア)門までお客様達をお送りに出る。

もちろん、シアとベアトリクスも一緒に。

アンも、茶々丸に抱っこされて一緒にいる。

 

 

今見送った月影・・・旧世界連合の方々の馬車が最後。

他は身分に応じて、それぞれの門からそれぞれの馬車で市街地や貴族街の方に。

結局、クゥァルトゥム叔父上は公式な場で結婚式を挙げられることになったらしい。

詳しい話は、母様はまだ僕には教えてくれないけれど。

早く公務に就けるようになって・・・母様のお手伝いがしたいな。

 

 

「・・・ふぅ、では今日の予定は終了です。ファリア、良くお客様のお相手をしてくれましたね」

「・・・はい」

 

 

人目があるから、頭は撫でてくれないけれど。

でも、母様が褒めてくれた。

恥ずかしい、でも嬉しい。

 

 

「・・・シンシアも、ね」

「はいっ!」

 

 

父様に褒められると、シアも嬉しそうに返事をする。

まぁ、シアは父様が大好きだからね・・・将来は父様のお嫁さんになりたいとか考えているのかもしれない。

僕も、母様をお嫁さんにできると良いのだけど・・・。

 

 

「では茶々丸さん、夕食の準備をお願いします」

「畏まりました」

「さぁ、子供達は夕食の前にお風呂に入ってしまいましょうね」

「はい」

「はぁい」

「・・・はい」

 

 

母様の言いつけに、アン以外の妹達も僕と一緒に返事をする。

お風呂・・・嫌だな。

でもちゃんとしないと、父様に叱られるし。

 

 

「では厨房に指示を伝えて参りますので・・・その後、ファリア様のお世話をさせて頂きますね」

「え・・・」

「きちんとご入浴されるよう、いつものようにお手伝いさせて頂きます」

「いや・・・うん、良いよ、1人で・・・大丈夫」

 

 

茶々丸は今でも、僕の頭を洗ってくれたりとかするけど・・・何だろう、最近。

それがとても、恥ずかしい気がする。

どうしてだろう・・・?

 

 

「え・・・でも」

「えと・・・茶々丸は、シア達の面倒を見てあげて。僕は暦や栞にお願いするから・・・」

「え・・・私も兄様と一緒に」

「シンシア? はしたないですよ?」

「えぅ・・・」

 

 

シアが母様に注意されている間に、僕はそそくさとその場から離れる。

茶々丸が来る前に、お風呂から上がらないと・・・。

 

 

・・・でも、どうしてだろう。

暦や栞、環とかなら全然、入浴を手伝われても何とも思わないのに。

どうして、茶々丸だけ・・・?

 

 

 

 

 

Side ユエ

 

「今日は楽しかったか、ユエ?」

「・・・はい。皆様に良くして頂いたので・・・」

「そうか、良かったな」

「・・・はい」

 

 

浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)のミラージュ・パレス内の道を走る馬車の中で、お母様とそんな会話をします。

お母様は私を見て小さく微笑まれた後、頬杖をつきながら馬車の窓の外を眺め始めます。

 

 

お母様の向かいの座席に腰掛けた私も、何となく窓の外を見つめます。

窓の向こうには、無数の塔で構成される光輝く女王陛下の居城・・・『水晶宮(クリスタル・パレス)』、その一部が見えます。

・・・お母様は、今も女王陛下ご一家のことを考えておられるのでしょうか?

 

 

「・・・今日は訓練、できなかったからな。代わりに寝る前に魔導学の本を読んでおけよ」

「・・・はい、お母様」

「・・・ん」

 

 

時折、思い出したように訓練や課題、勉強のお話をします。

お母様は、自ら私に一流の教育を施してくださります。

アリアドネーの大学教授の部屋にあるような難しい高価な本を何十冊も用意してくれたり、魔法薬の調合用の希少な材料をいくつも買ってきてくれたり・・・どれもこれも、オスティアの王立学校の授業ではお目にかかれない品物ばかりです。

 

 

そして何より、自ら私に訓練を施してもくれます。

訓練と言っても、基礎訓練を終えた後は一方的にお母様に殴られる毎日です。

もちろん、お母様は手加減してくれて・・・・・・いると、思います。

でも私は、それについていけない・・・お母様の期待通りのスピードで、訓練をこなせない。

動きが遅い、物覚えが悪い・・・だから毎日、怪我をしたり痣を作ったり・・・。

 

 

「・・・? どうかしたのか?」

「・・・いえ、何でもありません、お母様」

「・・・そうか」

 

 

ああ、また・・・お母様は不機嫌そうに、窓の外に視線を戻します。

ハッキリと物を言わない、言えない私に苛立っているのかも・・・。

・・・でも、私・・・お母様に聞きたいことが、ある、のかも・・・。

 

 

私の目の前のお母様は・・・その、どう見ても私と同年代にしか見えない。

ファリア様やシンシア様のお母様・・・女王陛下とは、違う。

どう見ても、10歳の子供がいる母親には見えないんです。

ウェーブのかかった長い金髪、青い瞳・・・透き通る白い肌、まるでお人形さんみたい。

ずっと・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・ずっと、ずっと前から、気になっていました。

気になって・・・でも、聞けなくて。

お母様・・・お母様、ねぇ。

 

 

ねぇ、お母様・・・貴女は。

貴女は、本当に・・・私の。

 

 

 

私の、お母様ですか?

 

 

 

・・・そして私は、今日も。

お母様に、何も言えませんでした・・・。

 

 

 

 

 

SIde アリア

 

今日は、子供達も楽しめていたような気がします。

ファリアやシンシア、それにベアトリクスも嬉しそうに夕食の席で今日お友達とお話ししたことを教えてくれましたから。

 

 

ファリアは普段はメルディアナの寄宿舎に入っていますし・・・今日のような長期休暇の際には、戻ってきてくれますが。

シンシアはオスティアの学校なので、そう言う意味でもファリアの傍にいたがるのかもしれませんね。

あの2人は、本当に仲が良いので。

その内、ベアトリクスやアンがやきもちを焼いてしまうかもしれませんね。

 

 

「それでは、おやすみなさいませ」

「「「おやすみなさいませ、女王陛下、夫君殿下」」」

「はい、おやすみなさい」

 

 

寝室から出て行く茶々丸さんと侍女達を、私はベッドの上から見送ります。

・・・以前から思っていたのですが、茶々丸さんって実は複数の身体を同時に使ったりしているのでしょうか?

私やフェイトのお世話だけでなく、育児部屋(ナーサリールーム)の子供達のお世話までしているので・・・同時に別の場所で出没している可能性があります。

 

 

今度、聞いてみましょう。

私は強く、そう心に決めました。

 

 

「・・・それで結局、アーニャさんの結婚式は完成したばかりの浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)の聖堂を使用することになりそうです」

「・・・そう」

 

 

アーニャさんの結婚式は、公爵にして夫君の弟に相応しい格式で執り行われることになります。

これで一応、アーニャさんも王国貴族の端に加わることになるかもしれませんね。

 

 

私とフェイトの結婚式の際に祝福してくださった、アンバーサ大司教が結婚の宣誓を行ってくれます。

誕生日も同じなアーニャさんの娘さん、ルチア。

私とフェイトの3人目の娘、アンと仲良くなれると良いのですが・・・。

 

 

「そう言えば、私とフェイトも結婚して10年経っちゃいましたね」

「・・・そうだね」

 

 

私の言葉に、フェイトが小さく微笑んでくれます。

傍目には無表情なので、きっと私にしかわかりません。

英国式に錫婚式なんてして、ブリタニアメタルの食器なんて交換したりしました。

 

 

10年・・・長いような短いような、あっという間に過ぎちゃいましたね。

あ、もちろん、これまでの結婚記念日の贈り物は大切に保管していますよ。

このままずっと、変わらずに贈り物を交換できると良いな・・・。

 

 

「・・・じゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい・・・んっ」

 

 

ちゅっ・・・とおやすみのキスをして、私とフェイトはベッドの上に横になります。

それから私はフェイトの腕に包まれて、彼の胸に額を押し付けます。

 

 

結婚してから今まで、一部を除いて離れて眠ったことなんてありません。

いつもこうして、抱き合って眠ります。

こうして眠るのが、一番安心できますし・・・それに・・・。

 

 

「・・・ファリアとシンシア、ロン君やクロエちゃん達と仲良くしてましたね」

「そうだね」

「・・・やっぱり、弟や妹が増えたみたいで嬉しいのでしょうか」

「・・・そうかもね」

 

 

ベアトリクスやアンが産まれた時、シンシアなんて大喜びでしたもの。

ファリアも妹がたくさんできて、嬉しそうです。

でも、まだ弟がいませんから・・・ロン君のような存在は、嬉しいのかもしれませんね。

 

 

「・・・何?」

「・・・」

 

 

・・・何も言わずに、視線に込めてみます。

・・・・・・・・・あ、ダメですね。

もうっ・・・。

 

 

私はフェイトの腕から抜け出すと、軽く身体を起こします。

それからフェイトにしなだれかかるように、フェイトの胸に手を置きます。

 

 

「・・・もう1人くらい・・・」

「うん?」

「もう1人くらい、男の子・・・欲しい、かも・・・」

「・・・そう」

 

 

フェイトの手が、私の頭の後ろに回されます。

もう何度、繰り返したかわからない行為。

ゆっくりと引き寄せられる内に、眼を閉じて・・・。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

最初は優しく、それから強く、深く。

舌先が触れるだけだったキスが、いつしか貪るような激しさに・・・。

徐々に大きくなっていく波に身を任せながら、フェイトの背中に腕を回します。

 

 

頭の奥が甘い何かで溶かされるまで、そう時間はかかりませんでした。

・・・私の愛しい、旦那さま。

いつまでも、私と子供達の傍にいてくださいね・・・。




レオパルドゥス・マリア・フォン・グリルパルツァー:リード様提案。
ありがとうございます。

クルト:
どうも、アリア様の永遠の宰相、クルト・ゲーデルです。
現在、第3次内閣を率いさせて頂いております。
憲法で4選禁止になってますので、そろそろ手を打つべきかなと思っております。

まぁ、それはさておき今回は「10年後の魔法世界」についてご説明致しましょう。
アリア様の帝こ・・・こほんっ。
(キラキラした笑顔で)魔法世界人の皆様のための世界ですから、懇切丁寧にご説明致しましょう。
まぁ、私主観ですけどね。


ウェスペルタティア王国
統一オスティアを王都とする立憲君主制国家、それが我がウェスペルタティア王国です。
国民性は明るくてお祭り好き、あと基本的に王室支持者が多いです(私を含めて)。その王室はアリカ様を最後に絶える寸前まで行きましたが、アリア様が立て続けにご懐妊されておりますので、その意味では安泰ですね(王女殿下が3人も産まれて、私の忠誠心も保てると言う物です)。
経済的には過去10年間で総生産が年平均9.8%成長、名目失業率も0となり完全雇用を達成。
物価・エネルギー供給も安定しておりますので、とても住みやすい良い国ですよ(にっこり)。
軍事的には、国際旅客飛行鯨のルート上の全ての国家と同盟条約を結び軍を駐留させている他、新連邦加盟国を中心に約7000名の兵士達が平和維持活動や道路・港湾・施設補修などを行っております。
え、占領? ははっ、バカなことを言わないでください。
全ては愛と平和と自由のためですよ(キラキラ~)。

「イヴィオン」
現在は独立したエリジウム22カ国やシルチス・サバなどの国々を含めた30カ国体制となっております。
もともとは反メガロメセンブリア同盟と言う形でスタートしましたが、今やアリア様の非公式帝国です・・・おっと、今のはオフレコでお願いします。
アリア様を元首に戴く同君連合であり、条約によって統一された軍を持ちます(オスティア条約機構軍)。また経済協定も改訂して物品貿易関税の撤廃や投資の自由化などが行われておりまして、魔法世界北部は自由貿易圏となっております。もちろん、加盟国間の特恵マージン制度も存在しますが。

「魔法世界連邦(ムンドゥス・マギクス)連邦」
現在、アリア様のご意思により進められている構想ですね。昨年に39カ国で発足、ヘラス帝国とアリアドネーも加盟しております。表向きは各国平等の共同体として機能しております。
しかしその実、ウェスペルタティア王国の意思が根強く表れる組織構造になっております。例えば、加盟国元首で構成される「連邦元首会議」。これは安全保障理事会や連邦総会にも影響を与え、かつ各国元首が方針を確認する重要な機関なのですが・・・実は加盟国のほとんど(正確には30カ国)の元首はアリア様なので、アリア様お1人で30票(議決権の過半数)を行使することが理論上は可能なのです。
いやぁ・・・不思議ですねぇ、構想の段階ではこうなることはさっぱりめっきりどっきり予期することができませんでした。
うーん、私のお馬鹿さん。


ヘラス帝国
はい、現在「北のヘラス帝国」「南の神聖ヘラス帝国」「ヘラス人民共和国」に分裂している国家ですね。その他、小さいながらも数十の都市が自治を宣言しております。
内乱のそもそもの原因は、現テオドラ陛下の皇帝位継承問題と外国人勢力の流入に反発した市民感情が複雑に絡んだことですね。まぁ、テオドラ陛下が内部を掌握しないままに皇帝位に就いたことと、彼女が民の心情に鈍感だったことが原因だったと言えるでしょう。そのテオドラ陛下も、まだご懐妊されていないようですし・・・姉姫様とジャック・ラカンの関係も噂されたままですしねぇ。
外交的には「一つの帝国」方針により統一されたままですが、分裂後10年が経って諸外国は実務的な関係を後者2国と結びつつあります。
テオドラ陛下の支配下にある帝国北部・東部からはニャンドマ・ノアチスを経由してエネルギー供給のためのパイプラインが完成しており、経済関係の再構築が進んでおります。なお帝国内の通信基地局の8割、新造船受注の7割、港湾・道路整備・鉱山開発の7割は我が国資本が占めております。


アリアドネー
アリア様提唱の新連邦に原加盟国として参加、外交権を新連邦に譲渡する代わりに自由都市(正確には自由学術都市)として10年で生まれ変わりました。我が国と学術・文化・技術交流を進めております。なお、ベアトリクス王女殿下がご成長された暁にはアリアドネーに入学することが検討されています。
何、両国の平和と友好のためですよ(キラキラした笑顔で)。


クルト:
ふぅ、大体このような所でしょうか。
旧世界との関係では、帝国の内乱とエリジウムの混乱で、ゲートの修理が遅れていることですかね。
いやぁ、もうしばらくオスティア・ゲートの独占状態が続きそうですね・・・予期できないことが多くあるのが国際政治ですよね(うんうん)。


クルト:
では次回は、おまけ最終話ですね。
次回を含めてあと2回で終わりです・・・ああ、そうそう。
次回の後書きは、アリア様達のお子様方の説明をさせて頂くそうです。
今回でも良かったのですが、何しろまた増えるかもしれませんので。
もちろん、天ヶ崎大使や他の方々のお子様の説明も致します。
では、失礼致します。


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王室日記④「女王アリア即位20周年記念式典・前編」

Side エヴァンジェリン

 

今日は、王国にとって大事な式典の日だ。

毎年毎月、何かと理由を見つけては祭りを行っている王国の民にとっても、今日は少しばかり特別な日だと考えているだろう。

 

 

女王アリアの即位20年を記念して行われる、祝賀祭の日だからな。

アリアの即位から今年で20年、この20年間は王国にとって発展と躍進の20年だったんだ。

なおさら祝うだろう、それも盛大に。

好景気が続いているから消費も活発、商人達にとっても稼ぎ時だな。

 

 

「・・・うん?」

 

 

そんなわけで、王室顧問として王室一家で過ごさなければならない私もドレスを着ている。

黒を基調として、白のフリル、レース、紐で彩った簡素なドレスだ。

無論、手作りだ・・・小さな帽子もついているぞ。

面倒だが、こう言うのは形式と言う物があるからな。

 

 

「どうした、茶々丸?」

 

 

そろそろ時間だ、だからアリアや王室の連中の様子を見て回っていたのだが。

水晶宮(クリスタル・パレス)』のファリアの部屋の前の廊下で、立ち尽くしている茶々丸を見つけた。

普段は忙しそうにあっちこっちに出没するくせに、珍しいじゃないか。

 

 

「あ・・・マスター、おはようございます」

「ああ・・・で、何をぼんやりとしているんだ?」

「はい、ファリアさんのお着替えが終了するのをお待ちしております」

「着替え・・・お前が手伝うんじゃ無いのか?」

 

 

他の子供達ももちろんそうだが、ファリアの衣装や身嗜みを整えるのはナニーである茶々丸の仕事のはずだろう。

それが何故、廊下に突っ立ってるんだ?

 

 

「はぁ・・・それが、最近はファリアさんは私がお着替えをお手伝いするのを嫌がられますので」

「はぁ、ん・・・?」

 

 

心無し、茶々丸の顔が寂しそうな表情を浮かべている。

私は小さく首を傾げながらそれを見つめると、つい・・・と、ファリアの部屋の扉を見る。

・・・ふん、思春期か?

 

 

ファリアももう13歳だからな、それくらいの自我を持っていても不思議は無いか。

ユエも少し前に初潮を経験したし、難しい年頃と言うことか。

寂しいと言う茶々丸の気持ちも、わからなくは無いが。

 

 

「・・・お待たせしましたぁ」

「着替え、終わり」

 

 

その時、ファリアの部屋の中から暦と環が出て来た。

ここ10年でそれなりに成長した肢体は、ある意味で茶々丸よりも女性らしい。

・・・何だ、暦や環は良くて茶々丸だけが外なのか?

じゃあ、思春期では無い・・・のか? よくわからん。

 

 

中から出て来たのは、13歳になったファリアだ。

身長もグンと伸びて、もう追い抜かれてしまった。

綺麗に梳かれた白い髪とルビーのような赤い瞳、どこか若造(フェイト)を思わせる顔立ち。

うむ、なかなかの美形に育ったじゃないか、白のモーニングが良く似合う。

 

 

「よう、ファリア」

「・・・おはようございます、エヴァさん」

「・・・ん、おはよう」

 

 

父親に似た静かな口調に、私は少しだけ胸が痛むのを感じる。

もう、私は「お姉さん」じゃ無い。

ファリアが私から茶々丸に視線を移すと、茶々丸が小さく微笑んだ。

まるで、成長した我が子を見る母親のような目だった。

 

 

「とても良くお似合いです、ファリアさん」

「ああ、なかなか決まってるぞ」

「・・・そんなこと、無いよ」

 

 

茶々丸と私が褒めると、ファリアはかすかに頬を赤らめてそっぽを向いた。

はは、こう言う所はまだまだ可愛い坊やだな。

私は腰に片手を当てて息を吐くと、もう片方の手でくいっと後ろを指差して。

 

 

「さぁ、行くぞ。今日はお前のデビューの日でもあるんだからな」

「・・・はい」

 

 

私の言葉に、ファリアは表情を引き締める。

そう、今日はファリアの王太子としての公務デビューの日でもある。

王室顧問として、いろいろと気を回さねばならないんだよ。

 

 

それから私と茶々丸に挟まれるような形で、ファリアは歩き出す。

さぁ、行ってみようか。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

私が玉座に上ってから、20年と言う月日が経ちました。

20年と言うと凄いですが、10歳で即位しているので・・・。

平均寿命で考えると、まだあと50年は行けそうな気がするんですよね。

 

 

何しろ、国王には定年退職とかありませんから。

毎日お仕事がいっぱいで、決まった休暇も無く、むしろ休暇があっても緊急の案件の決裁をしなければならなくなったり、いくら残業しても怒られず、かつ体系化されたお給金も無く・・・。

・・・天国はあります、ここにあります・・・。

 

 

「おはようございます、母様、父様」

「はい、おはようございます、ファリア、シンシア、ベアトリクス、アン・・・」

「うん、おはよう」

 

 

朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)内の、玉座の間にまで直結している王族の私室の中で、私とフェイトは子供達の歓待を受けます。

ファリアが代表して朝の挨拶をしている間に、3歳になったアンが私のドレスのスカートにしがみ付いてきます。

 

 

それに苦笑しながら、私はアンの綺麗な金色の髪を撫でてあげます。

アンもそうですが、シンシアとベアトリクスの髪も綺麗な金色の髪です。

私も幼少時は同じ色合いでしたが、もう戻ることは無いでしょう。

 

 

「・・・こほっ・・・」

「あ・・・大丈夫ですか、アン?」

「へいき、です・・・」

 

 

か細い声で答える3歳の娘に、私は心配になります。

アンは身体の弱い子で・・・何ヶ月かに一度は熱を出して寝込んでしまうんです。

今日は重要な式典なので、子供達もある程度は参加しないといけないのですが・・・。

 

 

「・・・栞君、頼めるかな」

「畏まりました、フェイト様。今日1日、アン様のお傍仕えをさせて頂きます」

「私からもお願いしますね、栞さん」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

10年以上の付き合いになり、すっかり気心の知れた仲の栞さん。

コーヒーを淹れる腕前は今や超一流、王宮でもちょっとした有名人です。

フェイトガールズは今や、それぞれが1人1人の子供達の付き人でもあります。

 

 

「平気です、ママッ」

 

 

そんな中、10歳になったシンシアが胸を逸らして「えっへん」、と腰に両手をつけます。

・・・発育、良い子なんです。10歳なのにもう・・・。

 

 

「私がアンの面倒を見てあげます、お姉ちゃんですからっ」

「・・・うん、そうだね」

「兄様っ、私、頑張りますっ」

 

 

シンシアの言葉に、ファリアが小さく微笑みます。

シンシアは感激したように声を上げますが、何でしょうか、最近少し心配になります。

ブラコン・・・いえ、実はファリアがシスコンなのかもしれませんが。

 

 

「・・・ベアトリクスも、頼むよ」

「・・・はい、お父様」

 

 

一方、6歳になったベアトリクスはフェイトに頭を撫でられて、顔を赤らめています。

可愛い子ですが、とても引っ込み思案で人見知りな子なんです。

兄弟姉妹の遊びの輪に加わることも少なく、窓辺で静かに本を読んでいるような子。

まぁ、それはそれで個性と言う物ですからね。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

その時、茶々丸さんが私室に入って来ました。

その後ろにはエヴァさんもいて・・・茶々丸さんの手には、1歳の赤ちゃんが抱かれています。

アルフレッド・アリスティデス・エンテオフュシア・・・私とフェイトの、5人目の子供。

 

 

「そろそろ時間だぞ、式部官の声に続いてそれぞれ玉座の間へ入ってくれ」

「はい、わかりました・・・皆、ちゃんとするんですよ?」

 

 

アルフレッドを茶々丸さんから受け取りながら私がそう言うと、子供達はそれぞれに返事をします。

思えば、子供達を公式な場で全員式典に出席させるのは、今日が初めてですね。

 

 

「暦さん達も、子供達のフォローをお願いしますね」

「「「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)」」」」」

 

 

白のモーニングを着たファリアには、暦さん。

薄桃色のドレスのシンシアには、環さん。

群青色のドレスのベアトリクスには、調さん。

白いドレスのアンには、栞さん。

そしてアルフレッドは私が抱いて玉座へ、しかる後に焔さんにお任せします。

 

 

・・・では、今日も「お仕事」に行きましょうか。

フェイトや皆と頷き合って、いつものように自信に溢れた、国の象徴としての顔で。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、また魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦元首会議議長にして法と秩序の守護者、全臣民の母、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下、御入来!!」

 

私は、玉座に座ります。

これまでも・・・そして。

これからも。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

宰相の任期は、庶民院のそれと同じ5年です。

庶民院の開設は10年と少し前で、昨年3度目の庶民院選挙が行われました。

まぁ、結果として私は3度目の宰相を正式にアリア様から拝命したわけです。

つまり、あと4年少々は第3次ゲーデル内閣を率いることになるわけですね。

 

 

とは言え私の場合、議会が開設される前の10年間も宰相だったのですがね。

合計すれば、20年。

アリカ様のために動いていた20年と合わせて、40年。

まさに人生の大半を、ウェスペルタティアのために使ったと言えるでしょう。

厳密に言えば、アリカ様とアリア様のために。

 

 

「女性のために人生を捧げたと言うと、好印象な感じがしますね。いつか出す回顧録には、この一節を入れておくことにしましょう」

「・・・聞こえますよ」

 

 

1人でうんうんと頷いていると、私の横に立っていたヘレンさんがそんなことを囁いてきます。

それは失礼。

顔を上げると、そこは朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)の玉座の間。

赤い絨毯とビロード、そして煌びやかなシャンデリアで彩られた女王のための部屋です。

三方の窓からは遥か遠く、オスティアの光景を見ることができます。

 

 

「・・・即位20年にあたり、ここに集まられた皆様の祝意に深く感謝致します。即位以来、20年の月日が経った事に深い感慨を覚えます。この間には我が王国で、また魔法世界で、様々な事が起こりました。民の皆様が共に協力し、努力し、今日を築いてきたことに思いを致し、今後も皆様が力を尽くして、より良い世界を築いていくことを願っています」

 

 

耳に入るのは、即位20周年の「お言葉」を読み上げる美しい女性の声。

玉座の周りに夫君とお子様方を置き、お膝の上には第2王子のアルフレッド殿下を抱いておられます。

 

 

即位した時は10歳の少女だったアリア様は、今ではかつてのアリカ様を想わせるご容姿に。

まぁ、一部のスタイルはかなり違うと申し上げておきますが。

列の最前列でアリア様に拍手しておられるアリカ様も、実年齢よりも20は若く見えて・・・エンテオフュシア家は、老化が遅いと言う遺伝子を始祖(アマテル)から受け継いでおられるのかもしれませんね。

 

 

「大義です」

 

 

女王の「お言葉」の次は、国内外からのお祝いの品が玉座の間に持ち込まれます。

国内の貴族や経済界の大物、あるいは外国の大使や祝賀使節がアリア様の前に跪き、貢物を献上するわけですね。

各国平等を謳いつつも、事実上はアリア様の非公式帝国ですから。

 

 

イギリカ侯爵領の即位20周年ガラスペン、グリルパルツァー公爵領の職人ガンダルの記念万年筆、オスティアの高級絹「白虹絹」、宝飾店「シュトラウス」のダイヤ・・・王室御用達(ロイヤルワラント)の数々。

そしてアキダリアの色とりどりの花が描かれた民族衣装アオザイ、黒字の着物に苺の花が描かれ花弁が動いて見える民族衣装、龍山連合の「夜桜」・・・次々と貢物が献上されます。

まぁ、貢物のグレードで王国の援助額に幅が出ま・・・・・・って、オイ。

 

 

「中央エリジウム自由国大首領、デュナミスにございます」

「・・・ご尊顔を拝し奉り、光栄に存じます。セクストゥムにございます」

 

 

何か、仮面を被ったバカと無表情な白髪の女性が前に出て来ました。

と言うか大首領って国のトップが名乗って良い名称じゃないでしょう。

いや、それ以前に、何故ここにいる。

 

 

アリア様も笑いを堪えているような表情で・・・。

・・・大人しくしていてくださいよ。

今日はこの後、重要な局面が多々あるのですからね。

 

 

 

 

 

Side ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア(13歳)

 

・・・はぁ、と、誰にも気付かれないように小さく息を吐く。

午前中はずっと母様へのお祝いの品の献上の式典が続けられて、立ちっぱなしだった。

ようやく座れたのは、昼食会が始まってからだった。

 

 

朱塔玉座(ヴァーミリオン・タワー)内の大広間の1つ、そこに国内外の賓客を集めての昼食会。

主宰は母様、300人以上のお客様が序列に従って縦長の2列の椅子にズラっと並んでいる。

僕は王太子だから、母様と父様に次ぐ位置に座っている。

シア達は、少し離れた位置になってしまっているけれど・・・。

 

 

「・・・それでは、我が王国のこれまでの発展と、これからのさらなる飛躍を祝して・・・乾杯」

「「「乾杯」」」

 

 

母様が静かにグラスを掲げると、僕を含めた他のお客様達もほぼ同時にグラスを掲げる。

食前酒は非公式ながら王室の象徴でもある、苺の果実酒。

母様はお酒が飲めないし、僕のような未成年もいるから・・・そっちは、苺のジュースだけど。

 

 

「では、しばしの間・・・お楽しみくださいませ」

 

 

母様の言葉で、昼食会が始まる。

これから2時間の日程で続く昼食会の後は、まだまだ予定が詰まっている。

正直、僕はもちろんシア達の体力が保つのかが心配だ。

特に、アンは身体が弱いから・・・栞がついていると思うから、一応は安心できるけど。

 

 

一方で、母様と父様は疲れた様子も見せずに周囲のお客様と歓談している。

歓談しつつ食事もスマートに進めるのだから、手慣れていると思う。

僕は周囲の貴族や使節の方々との会話も上手くできないし、会話に集中すると食べる手が止まってしまう。

凄いな、母様も父様も・・・。

 

 

「お飲み物のお代わりはいかがですか?」

「え・・・あ、うん」

 

 

斜め後ろから、暦が僕のグラスに苺のジュースを注いでくれる。

その作業を進めながら、誰にも聞こえないように小さな声で。

 

 

「大丈夫、殿下は誰よりも素敵です」

「・・・ありがとう」

 

 

侍女(メイド)服姿の暦は、にっこりと微笑んでくれる。

いつも僕に優しい、ナニーの暦。

暦の優しさは、いつも僕を助けてくれる。

 

 

「オスティア牛ヒレ肉のポワレにございます」

 

 

それから、新しい料理が運ばれてくる。

肉料理、ユエが苦手そうだな・・・と思いながら顔を上げると、茶々丸がいた。

あ、う・・・。

 

 

「・・・? どうかされましたか?」

「な、何でも・・・無いよ」

「・・・左様でございますか」

 

 

・・・どうしてだろう、最近、茶々丸の顔が上手く見れない。

それでいて、茶々丸が笑うと凄く頬が熱くなる。

何でだろう・・・茶々丸の前だと、上手く喋れない。

 

 

暦や環なら平気なことでも、茶々丸がいると変な気持ちになる。

僕、病気なのかな・・・?

 

 

 

 

 

Side アリカ・アナルキア・エンテオフュシア

 

王国北部原産の海の幸のブイヤベースやきのこのクリーム煮などに手を付けながら、私は近くの席の者達と歓談を楽しんでおる。

時折、給仕の侍女が飲み物を注いだり新しい料理を持ってくる以外は、落ち着いた昼食会じゃ。

 

 

私はそれこそ幼い頃から経験を重ねておる故、慣れておる。

アリアも問題無かろう、即位20年と言う経験は伊達ではあるまい。

問題は孫達じゃが、私の位置からではどうすることもできぬ。

王族として最低限度のマナーは学んでおるはずじゃが、さてどうか。

 

 

「あ、すまねぇけどパンのお代わり頼むわ」

「畏まりました、ナギ様」

 

 

私の隣には、もちろんナギがおる。

途中の8年間を封印されておったためか、それとも老けにくい体質なのかはわからぬが、外見はまだそれなりに若い。

と言うか、年を経ても未だにガキ大将的な気分が抜けん奇妙な奴じゃ。

 

 

ファンクラブとか言う団体は未だ健在、最近は・・・えーと、何じゃ「渋カッコ良い」路線が売れ筋じゃとか聞いておる。

何を売るのかは、さっぱりわからぬが。

まぁ、アリアの親衛隊のような物じゃろ。

 

 

「ナギ、もう少し口調を改めよ」

「んぁ? ああ、ああ、うん。悪ぃ」

「恥をかくのはアリアや孫達なのじゃからして・・・」

「わかったわかったって」

 

 

じゃから、その手をヒラヒラ振るのをやめよと言うに。

まったく、いつまでたっても王族らしくならぬ奴よ。

しかも困ったことに、孫達には大人気なのじゃよな・・・。

 

 

ナギは格式の高い家の大人には不人気な面もあるが、子供が相手となると別じゃ。

何のカリスマがあるのかはわからぬが、孫達や子供はナギに良く懐く。

べ、別に羨ましいわけでは無いぞ。

それに、まぁ・・・私もナギのそのような面に惹かれた1人じゃしな。

 

 

「いや、しかし盛大な催し物ですなぁ、アリカ様」

「・・・気に入って頂けたのなら、陛下(むすめ)も喜びましょう」

「これだけの式典を催せるのは、いや、さすがは女王陛下と言うばかりで・・・」

「まぁ・・・そのような」

 

 

おっと、いかんいかん、ナギに引き込まれる所じゃった。

私はナギとは反対側の席に座っておる貴族との歓談を再開し、取りとめは無いが重要な会話を続けた。

アリアから式典の参加者全員に贈られた陶磁器の皿についての話や、この後の拳闘大会観覧の話など、いろいろなことを話す。

 

 

ちなみにこの後の拳闘大会で登場する「オスティア・フォルテース」と言うチームは王室所有のチームで、元オスティア難民の拳闘士が多く在籍しておる。

私にとっても、感慨深い試合になろう。

・・・楽しみじゃの。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

女王アリア杯(クィーン・アリア・カップ)

アリア女王の即位20年を祝って新設された拳闘大会で、世界杯(ワールド・カップ)やイヴィオン・ゲームズと並んで大きな拳闘大会・・・ってことになってる、今年からな。

魔法世界中から有名所のチームが集まる、ウチもそうだ。

 

 

だからもちろん、今年が記念すべき第1回大会なわけだ。

んでもって、決勝戦はアリア女王やアリカ様達王室のメンバーも観覧に来るって話だ。

王室はこのチームのオーナーなわけだが、それはもうアレだ、二義的な問題でしかねぇ。

 

 

「よぅし・・・この大会こそは優勝飾るぞゴルァアアァァッ!!」

「「アニキィ―――――ッ!!」」

「気合い入ってるねぇ、トサカは」

「まぁ、万年2位だからな、ウチのチーム」

 

 

俺の雄たけびに、ピラとチンが声を上げる。

よぅし、ノってんな野郎共!

だけどバルガスの兄貴とママはノってこなかった、空気読んでくれよ!

ママは、今や王宮の侍従長さんだけどな。

 

 

けどバルガスの兄貴の言う通り、ウチのチームは万年2位のチームだ。

どこのどんな大会に出ても2位、勝率やチームの規模、収益率や獲得賞金額、その他とにかく何でもかんでも2位!

このチーム呪われてんじゃねーのかってくらい、2位!

1位にもならねーけど、3位以下にもならねぇ!

 

 

「だぁが、それも今日までだぜ野郎共ォオオォ――――ッッ!!」

「「アァニキイィ――――――ッッ!!」」

 

 

今日こそ・・・今日こそは!

今日こそはアリア様やアリカ様のチームとして、優勝して見せるぜ!

これまでの脇役人生とおさらばして、ついに今日、俺は主役になってやるぜ!!

 

 

「・・・っし! 行くぜ!!」

「「アニキッ、ファイトォっす!!」」

「焦ってコケるんじゃ無いよ」

「落ち着いて行け」

 

 

チームメイトの声を背に、俺はオスティアの闘技場に続く階段を駆け上がる。

そして、熱い太陽の日差しと共に現れる大観衆。

流石は決勝戦、そして遠目にVIP席に見えるのは間違いなく俺達(オスティア)の女神。

審判の女のマイクパフォーマンスも、今は届かないぜ。

 

 

『さぁ、それでは決勝戦の相手は、はるばる帝国からやって・・・・・・え、嘘、コレ良いの?』

 

 

ふふん、相手チームの弱点モロモロ、全て研究済みだぜ!

今日の俺は、気合いがかなり違うからなぁ・・・!

 

 

『え、えーっと・・・驚くなかれ、本日の帝国チームの代表選手! 何かいろいろ噂のある最強の奴隷拳闘士、数多の伝説を残す帝国最強の漢!・・・その名も!』

「よっし! かかって来いやゴルァッ!!」

 

 

俺はいつでも準備万端だぜ!

見ててくださいよ、アリア様にアリカ様・・・!!

この大会こそ、優勝カップを持ち帰りますぜ!

 

 

 

『その名も・・・・・・じゃ、じゃじゃじゃ、ジャック・ラカ―――――ンッッ!!』

 

 

 

・・・・・・終わった、いろいろと。

やっぱ今年も、2位かぁー・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ・ バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア

 

「こっの・・・戯け戯け戯け、戯けぇ――――――――っっ!!」

 

 

女王アリア即位20周年式典と言うことで、もちろん帝国の長たる妾も招待を受けておる。

夫であるジャックも当然、まぁ、一緒に参加しておる。

こう言うのは夫婦同伴が基本じゃからな、当たり前じゃ・・・が!

 

 

「戯け! 戯け・・・この、戯けがっ!!」

「いや、あのチームのオーナーがラカン財閥でよ。そこのトップから頼まれてよ、ホラ俺アイツとマブダチだし」

「たぁわっ・・・けぇ―――――!!」

 

 

ぱしぱしぱしぱしぱし・・・がすんっ。

最初の張り手の音、最後のはグーで殴った音じゃ。

ジャックの身体は鋼鉄のような物じゃから、欠片も効いておらんが。

くそぅ・・・バグめっ!

 

 

「ああ、もう・・・どうして主はそうなんじゃ」

「そうだぜジャック! 何で俺にも声かけてくれねーんだよ!!」

「ナギ! この戯けめが!」

 

 

闘技場のVIP待合室、個室であるそこで妾はジャックを責め立てておる。

ナギとアリカもおるが、別にウェスペルタティア王室として抗議にきたわけでは無い。

じゃが後で抗議されるかもしれぬ、だって女王の名を冠した大会で帝国の夫君が優勝って。

しかも登場の仕方が最悪じゃったし・・・!

すまぬ、良く知らぬが相手のチームの選手よ。

 

 

「いやホラ、良く見てくれよ。ジャックじゃなくてシャック・ラカンで登録してあったんだ。実況のねーちゃんが間違えただけで。それにデュナミスの仮面借りてたし、大丈夫だって」

「それが何の慰めになるんじゃあぁ―――――――っっ!!」

 

 

がすんっ・・・顔面を殴っても、さっぱり効かぬ。

むしろ、妾の拳が痛いのじゃ・・・。

 

 

「終わった・・・今年の王国・帝国関係は冷却下して終わりじゃ・・・」

「おいおい、今年はまだ始まったばっかだろー?」

「なおさら悪いわっ!」

 

 

あうぅ・・・弱ったのじゃ、ヘラス帝国支配地域に外資・・・ウェスペルタティア資本を呼びこむのが今回の訪問の目的じゃったのに。

ヴァルカン―ニャンドマ間の国境地域に新産業地域を創設して、80億ドラクマの巨額投資を引き出す予定じゃったのに・・・貨物専用鉄道を背骨に工業団地や物流基地を作るはずじゃったのに・・・。

エネルギー供給とか工業用水のインフラ整備とか・・・他にもいろいろ案件があったのに。

 

 

「だ、大丈夫じゃテオ、たぶん、クルトもそんな重箱の隅をつつくかのような真似は・・・」

「・・・しないと思うのかの?」

「・・・」

 

 

アリカは、曖昧に笑いおった。

良いんじゃアリカ、もうその気持ちだけで・・・。

ふ、後であの陰険眼鏡宰相にグチグチ言われるくらい、何てこと無いわ。

 

 

そう、妾には帝国の民の生活水準を昂進させると言う責務があるのじゃ!

この程度のことで、負けてはおれぬ。

待っておれよ、我が民よ。

妾は必ずやウェスペルタティアから譲歩を引き出してじゃな・・・!

 

 

「・・・お疲れ様・・・でした・・・」

「お、サンキュー。いや、義姉貴(あねき)はいつも気が利くよなぁ」

「・・・嗜み・・・です・・・」

 

 

・・・頑張れ、妾。

帝国の明日は、妾にかかっておるのじゃから・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

あえて何も見なかったことにしつつ、式典は何事も無かったかのように次へ進みます。

何せ愛用の京扇子を開いて口元を隠し、そして開いた時にはある選手の攻撃でクレーターができた闘技場が綺麗に修繕されていましたから。

 

 

・・・相変わらず、親衛隊の工作班は良い仕事しますね。

でも何故でしょう、麻帆良の工学部の人達を思い出してしまったんですけど・・・。

スケールこそ違いますが、似たような光景を見たことがあるのかもしれません。

私が京扇子を軽く振ると、王室専用特別席(ロイヤルボックス)の傍にいた担当官が慌てて動きます。

 

 

「・・・相変わらずだね、彼は」

「そうですね」

 

 

フェイトの声に小さく微笑んでから、私はすぐに今の光景を忘れます。

ここ20年で学んだことは、王室には時として「見ないフリ、見なかったフリ」が必要な時があると言うことです。

そして修繕された闘技場では、次は軽やかな音楽が流れ始めます。

 

 

登場するのは拳闘士では無く、いつかオスティアのお祭りに登場した移動サーカス団です。

奇跡の箱(パンドラ)」と言う名のそのサーカス団を呼んだのは、子供達・・・特にファリアのためですね。

人間離れしたエンターテイメント、それこそ10年ぶりですけど・・・。

 

 

「・・・ファリアは1度、見ているんですよ?」

「え・・・そうなのですか、母様?」

「ええ、うふふ・・・」

 

 

お腹の中にいた頃ですけどね。

・・・あれ、それってつまり、見て無いんじゃないですかね?

・・・無意味に子供を混乱させたかもしれません。

 

 

なお、このサーカス団の模様は全国中継されます。

そして記念日と言うことで、10歳以下の子供達を2000人ほど闘技場に招待しています。

子供達は全て無料で、王室費から2000人(子供料金)分をサーカス団に支払っています。

私が普段から懇意にしている孤児員の子供達も、たくさん来ています。

朝のお手紙の中に、「サーカスが見たい」との要望があったのを思い出しまして。

 

 

『はぁい、ピエロのお兄さんから子供達にプレゼントだおーっ』

 

 

サーカス団の三つ子ピエロの声と同時に、ぽんっ、と小さな破裂音。

闘技場の空から、小さな傘のついたお菓子袋が子供達に降り注ぎます。

・・・あ、うちの子供たちにも来ましたね。

 

 

「良かったですね、アルフレッド?」

「・・・うぃっ」

 

 

膝の上に乗せている小さな息子も、お菓子袋を手に笑顔です。

まだ食べれませんけど、プレゼントは嬉しいですものね?

頭を撫でて上げると、アルフレッドはにへら~っと可愛らしい笑顔を見せてくれます。

 

 

・・・その後、サーカスの後にはやはりオスティアのお祭りにも来ていたチゼータ三姉妹の剣舞、そしてザラキエル・ルーナ・コラールの無料チャリティーコンサートなどが続きます。

子供達の歓声を聞きながら、私はアルフレッドを抱っこしていました・・・。

 

 

 

 

 

Side シンシア・アストゥリアス・エンテオフュシア(10歳)

 

はぁ・・・疲れた。

ママとパパに教えられた通り、いつでもどこでもニコニコしてます。

正直、ほっぺが痛い・・・。

 

 

「んぅ・・・疲れたぁ・・・」

「・・・まだ、途中」

「はぁい、ナニー・・・」

 

 

私が王室用のお手洗いの中で大きく背伸びしていると、傍に立っている環が呟くように指摘してきた。

環の言う通り、まだまだ式典の予定はたくさん残っています。

ああ、考えただけでも疲れちゃいそう・・・。

 

 

でも、頑張らなくちゃ・・・王女の務め、だもん。

だけど私でも凄く疲れちゃうから、アンが熱を出してしまったの。

アンは身体が弱いから、長時間拘束されるような式典は辛かったのでしょう。

パパとママも心配していたけれど、式典を抜けることができないから・・・。

 

 

「アンの様子、何か聞いてる?」

「・・・問題無い、栞がいる。シンシア様は心配しなくて、良い」

「・・・そうね、栞がついてるものね」

 

 

ちょっとだけ、怒られた気分です。

ぱんっ・・・とお手洗いの鏡の前でほっぺを叩いて、気持ちを入れ替えます。

アンは心配だけど、でも私は私のやるべきことをいなくちゃ。

私がちゃんとしないと、パパとママだけじゃ無くて兄様にもご迷惑がかかるもの。

 

 

環に身嗜みを軽く整えさせてから、お手洗いから出ます。

クルトおじ様が他の国の人達と会談している間は、私達は休憩時間。

ママとパパは、ヘラスの皇帝陛下と会ってるって・・・本当、凄いよ思う。

疲れたりとか、しないのでしょうか・・・?

 

 

「・・・えぇ、本当?」

「うん、私、宮内省の人達が話してるのを聞いて・・・」

「・・・?」

 

 

お手洗いから出た時、少し離れた位置で侍女が2人、何かを話していました。

まぁ、だからと言って別に何も思いませんでしたけど・・・。

侍女の噂話なんかに、興味無いもの。

 

 

「本当なの、それ・・・今夜の舞踏会で」

「うん、そう・・・探すって話でね・・・」

 

 

早くママの所に戻って、ベアトリクス達の面倒を見てあげないと。

私、お姉ちゃんなんだから・・・。

 

 

 

「そう、ファリア殿下のお嫁さん探しを兼ねてるって話でね」

 

 

 

でもそれ以前に、妹だから!!

 

 

「ちょっと、その話・・・少し詳しく説明なさい」

「え・・・あ、お、王女殿下!?」

「し、シンシア様? いえ、その私も人づてに聞いただけですので、その・・・」

 

 

両手に腰を当てて、噂を聞いたって侍女を下から見上げる。

兄様の、お嫁さん探しですって・・・?

・・・兄様のお嫁さんは、私なのに・・・!

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

テオドラ陛下を含む各国元首との交流を済ませた後、夜の予定のために港へ移動する前のわずかな時間を使って、僕は『水晶宮(クリスタル・パレス)』の育児部屋(ナーサリールーム)に向かう。

アリアは無理だ、主役だからね。

 

 

僕なら他の者には不可能な速さで移動できるし、アリアよりは仕事が少ないからね。

とは言え、あまり長時間アリアの傍を離れることもできない。

だから、ほんの数分ほどのことでしか無い。

 

 

「・・・ありがとう、栞君」

「いえ、当然のことをしたままでですわ」

 

 

僕がお礼を言うと、侍女(メイド)服姿の栞君がしっとりと微笑んだ。

育児部屋(ナーサリールーム)には子供達のためのベッドがあり、今はその内の1つが使われている。

僕とアリアの3女、アリア・・・アン。

 

 

小さな身体を薄いパジャマに包んだ僕の娘は、ベッドの中で眠りについている。

侍医に薬を処方されて、氷枕なども使って・・・熱のせいか、少し頬が赤い気もする。

侍医の話では微熱で、疲れが出ただけだろうと言うことだ。

 

 

「朝には熱も引いて、お元気になられるそうですわ」

「・・・そう、良かった」

 

 

そっ・・・と、アンの綺麗な金色の髪を撫でる。

具合が悪くなったと聞いて、僕もアリアも心配していたのだけど・・・まだ、3つだからね。

仕方が無い、今はゆっくりと休むと良い。

・・・アンの額に軽く口付けてから、僕はベッドから離れる。

 

 

「・・・悪いけど、ついててあげてくれるかな」

「畏まりました」

 

 

深々と頭を下げる栞君にもう一度お礼を言って、僕は育児部屋(ナーサリールーム)から出る。

さて、アリアの所に戻らないとね。

今夜は、空の上の舞踏会だから・・・。

 

 

・・・不意に、足を止める。

右手の甲で軽く口元を押さえると、こほっ、と咳が出る。

少し呼吸が苦しくなって、身体が軋むように動きを止める。

そんな状態が、2分ほど続く。

 

 

「・・・・・・ん、風邪かな」

 

 

誰にともなく「嘘」を吐いて、僕は身嗜みを軽く整える。

それから、何事も無かったかのように歩き出す。

今日も仕事がたくさんだからね、早く戻らないと。

 

 

・・・そう、まだやることはたくさんあるんだ。

だから僕は、まだアリアや子供達の傍にいないと。

だけどあと、どれくらいの時間を僕はアリアや子供達のために使えるのだろうか。

・・・僕の疑問には、誰も答えてくれなかった。




アリア:
アリアです。
本日は私の即位20年をお祝い頂きまして、誠にありがとうございます。

フェイト:
・・・ありがとう。

アリア:
さて、前回クルトおじ様が少し申し上げたように・・・今回は、私達の最愛の子供達をご紹介しますね。
少しだけ未来の話などもありますので、お楽しみ頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア
長兄、父親の因子を最も強く受け継いだ第1王子。
白い髪と赤い瞳、父に似た顔立ちから国民の人気は実は他の弟妹に劣る。しかし王家の血を最も色濃く受け継いだのは彼であり、一般には知られていないが彼は「黄昏の姫御子」としての才能を持っている。また、アーウェルンクスの持つ全ての情報と経験を魂に刻まれており、母から「複写眼(アルファ・スティグマ)」と言う特殊な魔眼をも受け継いだ。そのため、個人的な才能では他の弟妹を圧倒する。
母親への愛情は深く、誕生日の贈り物を大事に取っている。一方で父親には苦手意識を持っているようだが、愛情が無いわけでは無い。弟妹からは「優しいお兄ちゃん」と言う認識を受けている。

(未来のお話)
成人して後は経験を積むためオレステス総督、龍山連合総督、テンペ総督などを歴任、魔法世界中を訪問し王国の平和外交の象徴となる。
王国の歴史上最も長く王太子であり続けた人物でもあり、母から王位を受け継いだのは81歳の時。
わずか1年の在位の後に崩御、子供は国内の大貴族出身の正妃との間に王子が1人と王女が1人。


シンシア・アストゥリアス・エンテオフュシア
長姉、5人の子供達の内で最も奔放かつ明るい性格。金色の髪に青い瞳の美しい少女で、母と祖母の面影を残す容姿をしており、エンテオフュシアの外見的特徴を最も良く受け継いだ。人当たりの良い性格と細かいことに頓着しない性格により、国民の人気は最も高い。ただ元気が過ぎて父親や母親から叱責を受けることもあるが、生来の性格のためか人から恨まれることは何故か少ない。
そして兄が母から魔眼を受け継いでいたように、彼女もまた魔眼を受け継いでいた。「殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)」である。本人も勉学よりも運動を好んだため、王室顧問エヴァンジェリンによる戦技訓練を5人の中で唯一、受けることになる。
最大の特徴は、兄を愛していること。

(未来のお話)
後に「学び舎の母」と呼ばれることになるシンシアは、ウェスペルタティアの貧しい地域に私財で学校・病院・孤児院などを建てて行く。本人は医療や教育に関する知識を全く持っていなかったが、その重要性は理解していたとされる。そのため彼女は貧困層からの支持を受けることになるが、これは貧民街(スラム)にパイプを持つ叔父の存在が大きかったとも言われている。


ベアトリクス・アタナシア・エンテオフュシア
次女、金色の髪に赤い瞳を持つ物静かな少女。人見知りが激しく、あまり社交的とは言えない性格。
外で運動するよりは部屋で読書をすることを好み、父親も母親もそこは娘の個性として受け入れているようである。数いるナニーの中でもフェイトガールズの調に懐いており、逆に暦や焔などの活発な女性達には苦手意識を持っている様子。そのため調がパルティアに戻った後も、毎日のように文通を続けた。
母親から魔法薬・魔導理論に関する才能を受け継いだのか、机の上で物を考える力に優れている。それに関連して王室顧問エヴァンジェリンが理論面での師となり、共に机を並べることが多かったユエ・マクダウェルとは5人の中で最も気心の知れた仲となる。

(未来のお話)
成長して後はアリアドネーに留学、そこで魔法薬に関する博士号を取得、研究員の資格も得ることになる。王国に戻って後は、慈善事業を精力的に行う姉シンシアの補佐として活躍、姉の思い付きの事業が軌道に乗れたのは、多くは彼女の功績である。後に外国人と結婚し、王子を1人出産してこれを「フェイト」と名付ける。実は隠れファザコンだった模様。


アリア・アンジェリク・エンテオフュシア
母の名を受け継いだ第3王女、金色の髪に青と緑の色違いの瞳と言う容姿を持つ少女。
身体が弱く、産まれた時から病気がちであった。そのためベッドで過ごすことが多く、兄や姉が持ち込む外の話を聞くのを喜んだ。姉であるシンシアが後に病院の建設事業に力を入れるようになったのは、彼女の存在が大きいとも言われる。室内での読書を好む姉ベアトリクスからは良く本を貰い、その影響で彼女も学問への関心が高くなることになった。病弱と言うこともあって、父親と母親からは特に心配されていた。誕生日を同じくするココロウァ家のルチアとは、生涯の親友となる。

(未来のお話)
姉ベアトリクスの影響で学問への関心が高かったが、姉のように外国への長期留学が可能な体力はついにつかなかった。むしろ彼女の功績は王室の家庭像を赤裸々に綴った「王室日記」と言う本の執筆にあり、王国臣民の王室への親近感を高めることに貢献した。「出産は命と引き換え」と侍医から言われた彼女は恋仲にあった国内貴族の青年と結婚後、まさに「命と引き換え」に王女を出産。2年後に夫も後を追うように死去、娘は姉シンシアの養女となる。


アルフレッド・アリスティデス・エンテオフュシア
末っ子の第2王子、法的には第2王位継承者となる。
母親以上に、3人の姉に非常に可愛がられている。その分、父親や兄との関係が希薄になっているとも言われるが、誕生日の際には2人からも心のこもった贈り物を受け取っている。父親からは人間性を、母親からは愛情を、シンシアからは外への好奇心を、ベアトリクスからは学問への関心を、アリア(アン)からは他者への慈しみの心を受け、学び、健やかに成長することになる。そのためか多少甘えん坊だが、献身的なナニー達により厳しく躾けられて育つ。

(未来のお話)
成長した後は、士官学校に入学。軍人王子として軍事面から母、そして兄を支えることになる。
母と兄の死後は元帥の地位にあった彼が兄の子供達を守護、王位継承の正統を守ることになる。自らは妻との間に3人の子を儲けるが、全て女子。しかし彼の孫娘が兄ファリアの孫と結ばれることが後の王室にとって重要な転機となるのだが、それはまた別の話である・・・。


アリア:
・・・以上です、お楽しみ頂けたでしょうか?

フェイト:
・・・じゃあ、次回。

アリア:
はい、次回はおそらく最後の本編ですね。
残す所、あとわずか・・・もう少しだけ、お付き合いくださいませ。
では、またお会いしましょう。


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王室日記⑤「女王アリア即位20周年記念式典・後編」

今回で、本編更新は最後となります。
まだあと1話、残っておりますが・・・これまでお付き合い頂きまして誠にありがとうございます。
最後までお付き合い頂ければ、幸いです。
物語が展開すればする程に、続きが書けてしまいそうになってキリがありませんが・・・今話で、区切りとさせて頂きます。
この後は、皆様の心と想像の中で、続きをご覧に頂ければと思います。
では、どうぞ。



最後だからと言うわけではありませんが、今話内では原作の設定を採り入れつつ、インフィニ○ト・ストラトスとガンダムダブ○オーの設定が絡む可能性があります。
どのような形かは・・・今話をご確認くださいませ。


Side アリア

 

王室御座船「ウェスペルタティア号」、またの名を・・・「田中Ⅲ世(テールツォ)」。

言ってしまえば、豪華客船「田中さん」。

私達と国内外のお客様が乗り込んだのは、そう言う船です。

 

 

旧世界連合と我が国の工部省が協力して建造した船で、まさに新旧両世界の技術の粋を集めた船です。

ハカセさんによって人工知能を備えつけられ、これが船のライフライン管理や警備用ロボット制御、運航などを全て自動で行います。

そしてそれを行うのが、田中さんの頭脳です。

厳密には頭脳じゃありませんけど・・・でも、私達の家族が管理している船です。

 

 

「完成したばかりの船で恐縮ではありますが、こうして国内外の友人の皆様をお招きできたことを、とても嬉しく思います。どうか今宵は普段の激務を忘れ、心行くまでお楽しみください」

 

 

全長400メートル、総トン数は実に25万トン、しかも並の軍艦よりも強い武装を備えています。

何しろ、最新鋭の精霊炉を6基も備えているモンスター船ですからね、その気になればトラ○ザムもできそうな豪華客船です。

その他、レストラン、バー、プール、シアター、フィットネスクラブなどを備えています。

 

 

私達がいるのは、その豪華客船「ウェスペルタティア号」の大型レストラン、立食形式(ビュッフェ)での夕食会の会場です。

白を基調とした大広間は、煌びやかなシャンデリアと豪華な食事で彩られています。

 

 

「それでは、まずは我が国自慢の料理の数々を、お楽しみくださいませ」

 

 

乾杯、とグラスを掲げると、各所で同じようにグラスが掲げられます。

ここに招待されているのは、国内外の有力者300名前後。

極端な話をすれば、ここにいる300人で魔法世界人12億の運命を決めることができます。

 

 

だからこそ、こうして私の即位20周年式典にも参加してきているのでしょう。

午後に私が闘技場で「オスティア・フォステース」の試合や「奇跡の箱(パンドラ)」のサーカスを観覧している間にも、クルトおじ様は各国首脳と実務者協議を行っていたのですから。

そしてその結果も、私はすでに報告を受けています。

 

 

「いやぁ、相変わらずお美しくあらせられますな、女王陛下」

「まぁ、お上手ですこと」

「いえいえ、本音ですとも・・・おっと、ご夫君の前で失礼を」

「・・・いえ」

 

 

次々と私にお世辞をかけて、私の前に傅いて手の甲にキスをしてくる人達。

私のもう片方の手はフェイトの手を取っているので、自然、片方の手を取って口付ける形になります。

黒の正装を来た「紳士」の方々は、私の気を引こうと必死な様子ですね。

 

 

まぁ、慣れましたけど。

タチが悪いのは、私の愛人になりたいとか言ってきますから。

そう言う方は、2度と私の前には現れられなくなりますけどね・・・。

 

 

「お久しぶりです、女王陛下」

「はい、そ・・・・・・あら、アルトゥーナ執政官、ご無沙汰しております」

 

 

途中で、1人の男性とも挨拶を交わします。

その人に対しては、私は他の方よりも優しい心地で手を差し出すことができました。

そして手の甲に口付けを受ける一瞬、私はその人と少しだけ切ない視線の交差を行うのでした・・・。

 

 

 

 

 

Side ミッチェル・アルトゥーナ(メガロメセンブリア執政官)

 

・・・僕だけが長々と挨拶を続けることはできない、そんなことはわかってる。

だけど、少しだけ・・・気持ちが通じ合ったような気がするのは、きっと僕が幼馴染だから。

それ以上では、けして無い。

 

 

それは、ここ10年・・・あの白髪の夫君との生活を伝え聞く度に感じていたこと。

でも僕はそれでも、今でも・・・。

 

 

「いやぁ、すげーすげー」

「あ・・・リカードさん」

 

 

たくさんの人に囲まれるアリアさんを遠目に見ていると―――本当に、遠い人になっちゃったな―――リカードさんが、お酒のグラスを片手にやってきた。

・・・何が凄いんだろう?

 

 

「いや、さっきこのグラス貰った姉ちゃんがやけに別嬪さんでよ」

「はぁ・・・」

「しかもお前、それがロボットだって言うからマジで驚いたぜ・・・そういや、あの給仕の姉ちゃん、女王の所の茶々丸とか言う女官長に似てたな、うん」

 

 

リカードさんの言葉に、僕は周りを見てみる。

すると確かに、各所に見える侍女や給仕はほとんどがロボットで、アリアさんの所の女官長に確かにそっくり・・・少し幼い感じだけど、妹みたいな物かな?

 

 

そしてその誰もが、普通の人間と何も変わらない対応をしている。

こう言うのを見ると、ウェスペルタティアの技術力は本当に凄いや。

でもこんなにロボットが普及してなお、ウェスペルタティア人の完全雇用を維持してるって凄いな。

メガロメセンブリアなんて、未だに失業率は20%近いのに・・・。

 

 

「羨ましいねぇ」

 

 

同じ事を考えていたのか、リカードさんが白髪の増えた頭をガリガリと掻いていた。

・・・でも、これでもこの10年間でメガロメセンブリアも持ち直してきた。

経済成長率も20年ぶりにプラスに転じたし、新連邦に加盟して国際貿易網にも復帰できた。

貿易赤字も少しずつ減ってるし、ウェスペルタティアとメガロメセンブリアの政府系投資ファンドが協力して、3億ドラクマ規模の共同投資ファンドを設立できたし・・・。

 

 

艦隊の保持はまだできないけど、メルディアナ側の要望もあってゲート修復の事前協議も始まった。

少しずつだけど、各国との交渉も進んでる。

1歩ずつ、小さな歩みだけど・・・。

 

 

「・・・わっ?」

「きゃっ・・・」

 

 

その時、何か小さな物が僕の足にぶつかった。

小さな声も聞こえて、見てみると・・・そこに昔のアリアさんがいた。

 

 

・・・そう思うくらい、アリアさんにそっくりな女の子がいた。

金色の髪に赤い瞳の女の子は、僕にぺこりと頭を下げるとピュ~っと走り去って行った。

少し離れた位置にいた髪の長い侍女の所に行って・・・えと、確か調・・・さん、だっけな。

 

 

「あの子は・・・?」

「ありゃあ、ベアトリクス王女だろ。王国の・・・確か2番目の王女殿下」

「ベアトリクス・・・様、か」

 

 

そっか、アリアさんの娘さんか・・・。

本当に、アリアさんに似ていたな。

僕がそんなことを考えていると、不意に夕食会の会場が薄暗くなった。

な・・・何?

 

 

『お楽しみの所を申し訳ありません、皆様・・・私、ウェスペルタティア王国宰相クルト・ゲーデルと申します』

 

 

ぱっ・・・一部だけ明るくなって、王国宰相の姿が見えるようになる。

そして天井から・・・四方に映像を映すスクリーンが設置された大きな機械が降りて来る。

・・・シアターでも、始まるのかな・・・?

 

 

『これより・・・我が国の新たな事業を、夕食の席の余興に発表させて頂きたいと思います』

 

 

新たな・・・事業?

何だろう、スケールが大きそうな話のような気がするのだけど・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

こうした国際親善のための集まりは、もうそれだけでホスト国の国力を招待客に教えることになります。

なので、こうした場で経済レセプションを行うのも大切なパフォーマンスの1つです。

特に、ファリア殿下の足場固めをしようとされているアリア様のためにも。

まずが午後の「イヴィオン」会合での決定を周知、軽いジャブですね。

 

 

今回の会合で、「イヴィオン」加盟30カ国は個々の金融政策機関を統合してオスティアへの「イヴィオン中央銀行」設置が合意されたこと、企業や個人の課税逃れを多国間で取り締まる「税務行政執行共助条約」が発効されたこと、龍山連合の希少金属鉱山でランタンやセリウムなどを年間6000トン生産する共同事業が発足したこと・・・等々ですね。

そして・・・本番、これは度肝を抜くことになるでしょう。

 

 

「そして我が国の次なる目標は・・・・・・ずばり、宇宙開発でございます!」

 

 

私の言葉に、会場の人々が互いに囁き合ったり、にわかにザワめきます。

私は眼鏡を押し上げつつ、片手を挙げてザワめきを静まるのを待ちます。

まぁ、元々魔法世界には「宇宙空間」と言う概念はありませんからね、驚くのは無理もありません。

私とて、旧世界連合経由で学ぶまでは碌に気にしたことがありませんでしたから。

 

 

しかし理論上、すでに我が国の精霊炉空母などは成層圏での活動が可能です。

と言うか、この豪華客船でも行けないことはありませんよ。

いろいろな理由で酷い目に合うでしょうけど。

 

 

「我が国はこれより、新たなフロンティアとして魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の外部世界を目指し・・・引き続き魔法世界において主導的な役割を担うことになるでしょう」

 

 

まぁ、まだまだ構想段階で、私が生きている間には形にならないでしょうね。

とはいえ超長期的プランとしては悪くありません、魔導技術や精霊炉を活用すれば十分に可能です。

まだ机上の空論の枠を出ませんが・・・魔法世界(わくせい)の静止軌道の向こうまで「軌道エレベーター」を建造し(総事業費200億ドラクマ)、宇宙への玄関口とします。

 

 

同時に宇宙空間での活動のための専用船(1隻2000万ドラクマ)、及び宇宙空間での活動を可能とする「新世代型機竜(第6世代機竜)」の開発・・・試作品はすでに完成しております。

魔法世界の月である「フォボス」と「ダイモス」に月面基地を作り(王国領化した上で)、さらなる外宇宙への進出を目指します。

宇宙空間に無数に存在する資源を地上にもたらし、さらに人類のフロンティアを拡大する。

 

 

「我々魔法世界人の可能性はまさに無限大、統一された魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦市民1人1人が協力し合えば、できないことなど何もございません」

 

 

心にも無い事を言いつつ、私は計画の概要を説明します。

壮大で、人の心を掴む、そんな夢想の話を。

そして成功すれば、ウェスペルタティアが宇宙(ソラ)から他の諸国を威圧するであろう計画の話を。

 

 

そしてこの計画は、第6世代機竜の名を取って・・・。

こう、呼ぶことに致します。

 

 

「その名も、『無限の(プロジェクト・)成層圏計画(インフィニット・ストラトス)』!!」

 

 

パパッ・・・とライトが集まり、照らされるのは・・・白銀に輝く新型機竜。

おぉ・・・とお歴々がどよめく中、私はにこやかに説明を続けます。

100年か200年かはわかりませんが、魔法世界人は宇宙へと生存圏を広めていることでしょう。

そしてそこに、ウェスペルタティア王国が君臨する。

私は、その礎となるのです・・・。

 

 

・・・まぁ、その最初の1歩として、ファリア殿下には早くご婚約して頂かないと。

どなたか、気に入って頂ける美少女・美女がおられれば良いのですが。

あ、アリア様には内緒ですよ?

 

 

 

 

 

Side ファリア

 

夕食会の後は、舞踏会が始まる。

舞踏会のために用意された大きな部屋は、円形の壁で覆われているんだけど・・・それは外の景色が見えるようになっていて、月の光に照らされるオスティアの様子が見える。

 

 

豪華客船での、「空の舞踏会」。

こう言うことができるのは、暦によるとウェスペルタティアだけらしいけど。

ただ僕にとっては産まれた時からこれが当たり前で、外国の方の感覚はちょっとわからない。

クルトおじさんの言う「宇宙開発」と言うのも、良くはわからないけど・・・。

 

 

「ははは・・・あ、これはこれは。殿下、こちらはカーナヴォン伯爵、王国西部において農場経営に才腕を発揮しておられる御方で、王室とも遠戚関係にあり・・・」

「は、はぁ・・・」

「そしてこちらがカーナヴォン伯爵のご令嬢でございます。まだ10歳と言う若さながら気立てが良いと評判で・・・」

「・・・は、はぁ」

 

 

何故か、舞踏会が始まってから人に囲まれている。

特に、娘さんがいる上流階級の人達が多いみたいなのだけれど・・・。

と言うか、どうしてクルトおじさんが1人1人の女の子について細かく説明してくれるんだろう。

 

 

「・・・ああ、これはこれはキャリスブルック侯爵。殿下、ご紹介致します」

「は、はい・・・」

「そしてこちらがキャリスブルック侯爵のご令嬢、領民に対する慈善活動を精力的に行っておられまして、休日には・・・」

「・・・そ、それは素晴らしいですね」

 

 

ニコニコと笑いながら、貴族の人とか娘さんとか(比率的に、1対9くらい?)を紹介してくれる。

一応、僕の紹介と言うか、顔見せみたいなのも兼ねてるらしいのだけど。

う、うーん・・・?

 

 

クルトおじさんが僕に紹介してくれる女の子は、皆、綺麗だと思う。

母様や妹達には及ばないかもしれないけど、たぶん、美人・・・だと思う。

女の子の美醜は、僕にはまだ良く分からない。

髪の長い子や短い子、背の低い子や高い子、優しそうな子や気が強そうな子、ハキハキと喋る子やお淑やかそうに微笑む子・・・。

 

 

「初めまして、ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシアです・・・」

 

 

何度目かの自己紹介をして、女の子達の手の甲に口付ける。

社交と言うか、礼儀としてだけど・・・。

うーん・・・何と言うか。

 

 

どうして女の子達は皆、僕を見ると頬を染めるんだろう・・・?

僕、何かしたのかな。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

あら・・・?

ファリアが女の子に囲まれていますね、珍しい。

まぁ、社交の場ですからある程度は仕方が無いのでしょうけど。

 

 

ファリアはハンサムさんですから、女の子が放っておかないのでしょう。

何と言ってもフェイトの息子ですし、優しくてカッコ良いと来ればモテモテに決まってます。

でも何か、私の所に来てくれないのが少し面白くないのは何故でしょう?

 

 

「ベアトリクスは、もう眠りましたかね?」

「そうだね、調が連れて行くのを見たよ」

 

 

とは言え私の子供はファリアだけでは無いので、他の子供達のことも気にしなければなりません。

アンは熱を出して夕食会前に離脱、幼いベアトリクスとアルフレッドも夕食会後はすぐに寝室に引っ込み、後はファリアとシンシアだけです。

・・・シンシアの姿が見えませんけど。

 

 

そして私は女王、しかも今日の式典の主役です。

舞踏会の間も、フェイトと踊るだけで無く無数の方々の相手をしなくてはなりません。

こう言う場では、できるだけたくさんの方に顔を見せなければならないので。

ファリアの将来のためにも、頑張らないと。

 

 

「女王陛下、本日はお招き頂きましてありがとうございます」

「あら、ごきげんよう・・・テオドシウス尚書」

 

 

もちろん、王国の大貴族と顔を合わせるのも大事なお仕事です。

すでに閣僚を引退したクロージク侯爵や、国防尚書のアラゴカストロ公爵。

そして今は、外務尚書のグリルパルツァー公爵。

毛先の色がかすかに違う妖精族(エルフ)の貴族は、可愛らしい女の子を1人、連れておりました。

 

 

「こんばんは、ヴィクトリア?」

 

 

私の挨拶にドレスのスカートの端を両手で摘んで礼をしたのは、テオドシウス尚書の娘さんです。

長男はファリアの幼馴染ですが、この子とも交流があると聞きます。

フルネームは確か、ヴィクトリア・ローデリヒ・フォン・グリルパルツァー。

誰かを思わせるダークブラウンの髪とアイスブルーの瞳が特徴的です。

 

 

「いや・・・しかし、驚きましたね。閣僚の私も初めて聞いた時は驚きましたが・・・」

「ええ、そうですね」

 

 

話題はやはり、クルトおじ様がぶち上げた宇宙開発、『無限の(プロジェクト・)成層圏計画(インフィニット・ストラトス)』。

まぁ、私はあらかじめ詳しい説明を受けていましたけど・・・後、旧世界連合の方にも。

何でも、ハカセさんが「燃えて」いるらしいです。

・・・まさか、田中四世(クァールト)を宇宙戦艦にしたりしませんよね。

 

 

「・・・でも、少し楽しみですよね」

「そうですね・・・最も、我々の世代が見れるかはわかりませんが」

「私は心配しておりません、子供達がいますもの・・・ね、フェイト?」

「・・・そうだね」

 

 

第6世代機竜・・・振り向いて、舞踏会場の奥に展示されている白銀の試作機を見ます。

あれは現在、王室、特に女王のための機体と言うことになっています。

その名も、女王限定機「グラース・オ・スィエール」。

天使を象ったようなデザインと、女性的な流線を描くような様式美。

基本色は白銀、胸の装甲に苺の模様が紅で入れられているのがポイント。

 

 

最も、私がそれを宇宙で使えるかは本当に微妙ですけどね。

女性しか触れてはいけないとの触れ込みなので、シンシアやベアトリクス、アン・・・あるいは、私の子孫の誰かが、使うことになるのかもしれません。

 

 

「・・・本当に、楽しみですね」

 

 

遠い未来、宇宙に進出するのは、私の子孫かもしれない。

そんなことを考えつつ、私は未来に思いを馳せるのでした・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

宇宙開発・・・宇宙開発のぅ、まぁ、夢は広がるのかもしれぬが。

どうなのかの、ちょっと想像できぬわ。

妾とか、普通に生きてそうじゃから特に。

 

 

「・・・まぁ、寿命しかアドバンテージが無いのじゃから、大事にすべきかの」

「向こうにはエヴァとかいるけどな」

 

 

うんうんと妾が納得しておると、横からジャックが茶々を入れてきおった。

やかましい、それでも王族の平均寿命では勝っておるんじゃ。

言いたくは無いが、偉大である分、女王アリアの死後に王国がどうなるかは不透明なのじゃ。

それよりも先に、宰相クルトやアリカ達の方が先に逝くじゃろうが・・・。

 

 

寂しいが・・・いや、それは個人的な感傷に過ぎぬな。

今の妾はヘラス帝国皇帝、それだけで良い。

 

 

「サラーニン、港の皆の様子を見て来てくれぬか?」

「はい、陛下」

 

 

にこやかに笑って静々と妾から離れて行くのは、ティファ・サラーニン。

王国の「王宮侍女隊」に対抗する目的で組織した「帝国侍従隊」の1人で、眼鏡をかけた侍女じゃ。

妾の専属で・・・なかなかに優秀じゃ。

 

 

ただ、あまり良く無い噂も聞く・・・何でも、「ふじょし」? とか言う奴らしく・・・。

“メイドと主のイケない関係”とか“執事と主”と言う本だとか、“白き王女と鬼畜宰相――真夜中の背徳の執務室――”とか言う本を出しておるとか聞く。

・・・まぁ、配下の趣味について深く詮索するつもりは無いが。

うーん、でも人選を激しくミスったような気がするのは何故じゃろう。

 

 

「あら、ちょうど良かったわ」

「おお、セラスではないか」

 

 

その時、セラスがやってきおった。

最近はアリアドネーも随分と変わったらしいが・・・相変わらず総長をやっておる。

まぁ、国で無くなっただけとも言えるが。

 

 

「改めて紹介するわね。昨年の次期総長選考で選ばれた、私の後継者になる子よ」

「ほぅ、アリアドネーに次の総長か・・・」

 

 

それは興味深いの、そう思って視線をセラスの後ろに向けると・・・。

びしっ、と姿勢良く敬礼をするドレス姿の若い娘が2人。

 

 

1人は、長い金髪の女性で、切れ長の赤い瞳には生気が溢れておる。

端正な顔立ちの中に、生来の生真面目さが滲んでおるな。

もう1人は対照的に、どこか脱力した印象を相手に与える獣人の女性じゃ。

短い金色の髪に、眼鏡の奥に垂れ目気味の緑の瞳。

2人とも、黒を基調としたドレスが褐色の肌に良く映えておる。

 

 

「次期アリアドネー総長(グランドマスター)を拝命しております、エミリィ・セブンシープです!」

「同じく、次期戦乙女旅団団長を拝命、コレット・ファランドールであります!」

 

 

元気良く挨拶をしてくる2人に、妾は目を細める。

先程も言ったように、ヘラス族は魔法世界でも最も長命な種の1つじゃ。

じゃからこそ・・・世代交代、と言う物には特に感慨が深い。

 

 

かつて、「紅き翼(アラルブラ)」の時代。

妾達が、上の世代を越えようとしていたように・・・いつかは。

いつかは下の世代に、追い抜かれてしまうのじゃから。

 

 

 

 

 

Side ファリア

 

「・・・ふぅ」

 

 

疲れた・・・小さく息を吐いて、僕は会場の隅の方の椅子に座り込んでいる。

何か知らないけど、50人くらいの女の子にずっと囲まれてて・・・。

・・・あんなにたくさんの女の子と話したの、初めてだった。

 

 

でもこれも王子として必要なことだから、頑張らないと。

母様の子として、笑われないようにしないと。

・・・でもやっぱり、女の子に囲まれるのはちょっと苦手かもしれない。

ベアトリクスが人見知りになるもの、わかる気がする。

 

 

「はは、お疲れさんどす」

「王子様も大変ですね」

「あ・・・レオ、月影」

 

 

隅の方で休憩がてら隠れていると、旧世界連合大使の息子と、グリルパルツァー公爵家の御曹司、2人の僕の幼馴染がいた。

そっか、2人の親も招待されてるよね当然・・・。

 

 

月影は両手に飲み物のグラスを持っていて、片方を僕に渡してくれる。

苺のジュース・・・うん、素直にありがとうと言おう。

 

 

「・・・で、ウェスペルタティア王国の王子様はどの娘が好みなんやね?」

「ぶふっ・・・!」

 

 

むせた、理由は推して知るべし。

と言うか、月影が凄く嫌な笑顔を浮かべてるんだけども。

レオはレオで、我関せずを貫きながらチラチラ見て来るし・・・と言うか。

 

 

「・・・何、それ」

「へ? いやほら、何と言うか・・・王子が舞踏会で女の子集めとったら、普通そう言う話にならん? あっちにおった娘ら、お嫁さんがどうとか話とりましたえ?」

「僕もそう聞きましたよ」

「レオまで・・・お嫁さんって、そんなこと考えたことも無いし・・・」

 

 

口元を拭いて、息を吐く。

この幼馴染達は、どこで何を聞いたのか知らないけど。

 

 

「大体、僕のお嫁さん探しのために女の子を集めるなんて・・・そんな非常識な。大体、それで気に入ってお嫁さんだなんて、相手の子に失礼だよ」

「・・・・・・何でやろ、僕、凄く自分が汚い物みたいな気持になりましたえ」

「うん、何か負けた気分になりますよね・・・」

「・・・?」

 

 

良く分からないけど・・・お嫁さん、か。

そう言えば、良くシアが僕のお嫁さんになりたいとか言ってくるけど。

でもシアは妹だし、無理だよね。

もちろん、シアのことは愛しているけど。

 

 

「んー・・・でも、好きなタイプとかありますやろ?」

「えぇ・・・好きなタイプとか言われても・・・」

「ほら、とりあえず眼ぇ閉じて・・・えーと、髪の色とか性格とか、何と言うか・・・一緒にいて落ち着くとか、ドキドキするとか、そう言う相手、おりません?」

「えぇ・・・?」

 

 

んー・・・髪の色・・・・・・緑とか、良いかも。

一緒にいて落ち着く、ドキドキする・・・落ち着くなら母様だけど。

でも、そう言うのじゃ無いよね、たぶん。

 

 

性格・・・何て言うんだろう、優しいけど厳しくて、甘やかしてくれるけどダメなことはダメって言ってくれて・・・悪いことをしても怒らないけど、とても哀しそうな顔をする。

産まれた時からずっと一緒で、もしかしたら母様よりも長い時間を過ごしているかも・・・。

・・・あれ? 好きな女性のタイプについて考えてたんだよね・・・?

と言うか、今、僕が考えてたのって・・・。

 

 

「はいっ、じゃあ、そこで1番最初に思い浮かぶ相手は?」

 

 

 

 

茶々丸。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・っっ!?」

「ビンゴどす、その娘が貴方の理想のお嫁さんやえ!」

「い、いや違っ・・・その、今の違・・・だ、だってナニーで・・・」

「「ナニー?」」

「な、何でも無いよ、うん」

 

 

茶々丸はその・・・そう言うのじゃ、無い、はず。

だって茶々丸は僕にとってお姉さんみたいな人で、そりゃ茶々丸がお嫁さんだったら・・・いやいや。

綺麗で優しくて、凄く温かくて・・・何でもできて、僕にもいろいろ教えてくれるし・・・いやいや。

でも最近、着替えとかお風呂で茶々丸にお世話されるのが恥ずかしくて、でも。

 

 

「人はそれを、恋と呼ぶんや!」

「恋と呼ぶらしいですよ」

「え、えぇ・・・そうなの・・・?」

 

 

何か、月影のテンションが上がってるんだけど。

そしてレオ、キミ適当に合わせてるだけだろう。

 

 

「その人とずっと一緒におりたい言う気持ち、それはつまり恋やと思います」

「・・・恋」

「ちなみに僕も恋しとります」

「そ、そうなの・・・?」

「はい、せやからわかります・・・王子はその人に、恋をしとるんどす」

 

 

・・・僕が、恋?

・・・・・・茶々丸に?

 

 

・・・そう考えた途端、どうしてだろう、凄く胸がドキドキする。

鼓動が速くて、胸が凄く苦しい。

その人と、ずっと一緒にいたい気持ち。

・・・恋。

 

 

「おや・・・こんな所におられたのですか、殿下」

「あ・・・クルトおじさん」

「ご無沙汰しとります、天ヶ崎月影です」

「レオパルドゥス・マリア・フォン・グリルパルツァー」

 

 

クルトおじさんが来たのはそんな時で、2人も普通に外交モードで挨拶してた。

それから2、3話して離れて・・・僕はまた、クルトおじさんに20人ほど女の子に引き合わされた。

でも正直、良く覚えて無い。

 

 

僕が・・・茶々丸に、恋。

僕は・・・。

茶々丸が、好き。

・・・凄く、しっくり来た。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

ピークは過ぎたとは言え、ダンスに誘ってくる輩は結構いる。

毎回毎回断るのは面倒だし、護衛と言う当初の仕事に支障を来すからね。

だからまぁ、そう言うわけさ。

 

 

「そんな理由で僕を呼んだのかい?」

「まさか、そんな理由で相棒を呼ぶわけが無いじゃないか」

「・・・」

 

 

・・・そう睨むなよ、坊や。

何て冗談は良いとして、私は舞踏会場でドレスを着てアリア先生の護衛任務中さ。

私の他にも、傭兵隊の何人かがアリア先生の周囲を密かに囲んでいるよ。

後、王子様や王女様の傍にも何人かね。

 

 

そして私の隣にはアーウェルンクスの5番目、5(クゥィントゥム)が正装で立っている。

舞踏会場の中での仕事なのだから、正装なのは当然だろう?

だから本当に、男避けに置いてあるわけじゃないよ。

 

 

「・・・本当だろうね?」

「お姉さんの言うことは信じる物だよ、坊や?」

「坊やじゃない」

 

 

クク・・・と喉の奥で軽く笑うと、気のせいか5(クゥィントゥム)は不機嫌になった。

最近、少しだけだが感情表現が豊かになったね。

ま、乏しいことには違いないけどね。

 

 

「・・・そう言えば、近く近衛と傭兵隊、親衛隊の組織体系を変えるらしいよ」

「ああ、そうらしいね」

「平和の世には傭兵は不要と言うわけだね、キミはどうするんだい?」

「別に何も」

 

 

各国の要人に囲まれているアリア先生を遠目に見ながら、5(クゥィントゥム)と取りとめの無い会話をする。

傭兵隊の組織改革もそうだけど、女王の居城ミラージュ・パレスの七つの塔にそれぞれ守護者をつけるって話、どうなったのかな。

 

 

女王が住まう『水晶宮(クリスタル・パレス)』を取り巻く、七つの塔の守護者。

いつだったか、どこかの仕事で12くらい部屋を突破したことがあったな。

アレと似たようなような物かな。

 

 

「私はあくまでアリア先生との個人的な傭兵契約でここにいるからね、他の連中がどうなるかは私が考えることじゃない。それに貧乏暇なしって奴さ、考えている暇も無い」

「・・・記憶では、キミはすでに億万長者なはずだけど」

「さぁ、どうだったかな」

 

 

アリア先生は実に良い顧客だよ、金払いも良いしね。

ただお給金の大半は養護施設に送っているから、手元に残るのは僅かだよ。

戦災孤児やら何やらで拾った子供達を見つけては施設に預けて資金援助・・・金はいくらあっても足りない。

 

 

それに金を送れば良いという問題じゃない、根本的な解決が必要だ。

経済と教育、まだまだ金も人も足りない。

・・・まぁ、アリア先生が死ぬまではここで働くさ。

私は半魔族(ハーフ)だから、アリア先生よりは長く生きる。

 

 

「・・・まぁ、頑張りなよ、坊や」

「坊やじゃない」

 

 

・・・ああ、そうそう。

最近どうも、私と5(クゥィントゥム)の仲がどうと言う話が王宮や市井に流れているらしいけど。

5(クゥィントゥム)は将来有望だけど、残念ながら違う。

 

 

・・・私は昔、1人の男に心を捧げた。

だからもう、私は誰かに捧げる心を持っていないのさ。

心は、1つしか無いかけがえの無い物。

・・・だろ?

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「それじゃ、私はまた舞踏会場に行くからな」

「・・・はい、お母様」

 

 

午後10時、未成年はお家に帰る時間だ。

とは言え私は今日は仕事で屋敷に戻れそうに無いからな、アリアに頼んで『水晶宮(クリスタル・パレス)』にユエのために部屋を取って貰った。

 

 

ユエは先程まで、私と一緒に舞踏会場にいた。

で、未成年お断りの時間になる少し前に、ここに送り届けに来たわけだな。

うん、気のせいで無ければ親らしいことをしているかもしれん。

これからまた、港まで戻って小型鯨に乗って舞踏会のある豪華客船に乗り入れて・・・はぁ、面倒くさいな。

 

 

「それではな、温かくして寝るんだぞ」

「・・・はい、お母様」

「ん・・・ユエを頼む」

「畏まりました」

 

 

ユエの世話を茶々丸の姉に任せて、私は舞踏会場に戻る。

ああ、面倒だ・・・仕事だから仕方ないか。

・・・・・・いかん、アリアのが移ったかもしれん。

 

 

「あの・・・お母様」

「ん・・・? どうした?」

「その・・・えと・・・い、行ってらっしゃいませ」

「・・・ああ。早く寝ろよ」

 

 

そう言って、ユエが廊下の向こうに消えるまで見送る。

・・・ふと窓の外を見れば、2つの月が私を見下ろしていた。

・・・美しいな。

 

 

ユエはたぶん、私が母親じゃ無いと考えているだろう。

 

 

そんなことは、随分と前からわかっていたことだ、事実だしな。

と言うか、成長しない母親など、気味が悪くて当然だろう。

自分との違いを察して、疑いを持つのも当然と言える。

だから、あと2年・・・ユエが15歳になったら。

 

 

「全部教えて、手放す」

 

 

旅に、出そうと思う。

手放して、好きにさせようと思う。

その結果、どこに辿り着くのだとしても・・・受け入れてやるさ。

私は、「母親」だからな。

 

 

「マスター、こちらにいらしていたのですか?」

「・・・ああ、ユエを送りにな」

 

 

水晶宮(クリスタル・パレス)』の中を歩いていると、茶々丸とすれ違った。

どうやら、ベアトリクスやアンの様子を見に来たらしい。

特にアンは体調を崩したらしいからな・・・。

 

 

そのまま、静かに会話を続けながら正門へ向かう。

すると、玄関ホールの方が騒がしく・・・ああ、ファリアが戻ったのか。

・・・シンシアの姿が見えないが、どうしたんだアイツ?

 

 

「エヴァさん・・・・・・あ、茶々丸・・・」

「お帰りなさいませ」

「よぅ・・・うん?」

 

 

階段を上がって来たファリアと、挨拶を交わす。

傍にいるのは暦だけど、他は近衛を除いて誰もいない。

まぁ、それは良いが・・・私達を見た。

 

 

見た途端、急速に顔を赤くしてアワアワし始めた。

気のせいで無ければ、若造(フェイト)が特定の行動を取った時のアリアに似ている。

・・・親子だな。

 

 

「・・・どうした?」

「え、えと・・・」

 

 

近付いて顔を覗き込むと、ますますアワアワする。

・・・何だ、何かの病気か?

不味いな、明日はファリアにとって大事な・・・。

 

 

「い、いえ具合が悪いとかじゃ無くて・・・その・・・」

「・・・あん?」

 

 

何なんだ・・・ユエと言いファリアと言い、最近の若者はハッキリしない奴が多いな。

まいったな、こう言うのは苦手なんだよ。

と・・・その時、ファリアがとても眠そうに欠伸をした。

 

 

「ふ・・・まぁ、今日はもう寝ろ、明日も早いぞ」

「・・・ん」

 

 

普段は9時には寝る優良健康児なお坊ちゃんだからな、仕方が無い。

もう10時半だ、それに今日は働き詰めで疲れただろう。

話はまた、いつでもできる。

 

 

それにまぁ、私も仕事があるからな。

私は茶々丸に後を任せて、港に向かうことにした・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「さぁ、ファリアさん。もう少しでベッドですよ」

「・・・ん」

 

 

マスターと別れてから、暦さんがベッドメイクをしてくれている間にファリアさんをお風呂に入れてしまいます。

ファリアさんの抵抗がいつもより強かったような気が致しますが、半分お眠りになっておられましたので、どうにかお風呂とお着替えを済ませることができました。

 

 

その後は、ファリアさんを支えるようにしてベッドまでお運びします。

と言うよりも、最終的にはほぼ抱っこ状態です。

もう12時近くになっていますから、無理もありません。

・・・昔に比べると、本当に大きくなられました。

 

 

「・・・さ、今日はゆっくりとお休みなさいませ」

「ん・・・」

 

 

ベッドにファリアさんの身体を下ろして、後は失礼するだけですね。

明日も朝が早いので、ゆっくりと休んで・・・。

 

 

「・・・茶々丸・・・」

「・・・?」

 

 

どういたことでしょう、ベッドにファリアさんの身体を下ろしたは良いのですが・・・ファリアさんが私の首に両手を回して、ぎゅっと抱きついて来ています。

離してくれませんね、どうしましょう。

 

 

でも、嬉しいです。

最近はあまり、こうしたスキンシップがありませんでしたので・・・。

 

 

「・・・好き・・・」

「・・・! はい、ありがとうございます」

 

 

抱き締め返して、ポンポンと背中を叩いて差し上げます。

小さな頃は良くこう言うこともしていたのですが・・・久しぶりです。

眠気で、少し退行しておられるのかもしれません。

 

 

言葉にするのは不敬ではありますが、私もファリアさんが大好きです。

お守りします、何があろうとも。

お傍におります、マスターと共に・・・。

 

 

「・・・お嫁さんに・・・なって・・・」

 

 

むにゃむにゃと、ファリアさんが「お嫁さんになって」と言います。

これは・・・私に向けてのお言葉でしょうか。

だとすれば、とても微笑ましい気持ちになります。

 

 

そこまで想って頂けるのは、本当に嬉しいです。

いつか大人になってしまわれれば、忘れておしまいになるでしょうが・・・。

 

 

「はい、楽しみにしておりますね・・・」

 

 

お母様には、内緒にしておきますね。

そう言って、私はファリアさんの腕を離し・・・ベッドから離れます。

ぺこり、頭を下げてから部屋を出ようと・・・。

 

 

「・・・はぅー・・・」

「・・・シンシアさん?」

 

 

そこにはすでにお休みになられているはずのシンシアさんが、眠そうに目を擦りながら立っておりました。

・・・これは、お説教が必要でしょうか?

 

 

 

 

 

Side シンシア

 

ん~・・・兄様の帰りがこんなに遅いとは思いませんでした・・・。

しかも茶々丸が「夜更かしはいけないことです」って凄く怒るから。

眠い・・・けど、兄様と一緒に寝たかったんだもん・・・。

 

 

私がそう言うと、茶々丸は凄く困ったみたいに溜息を吐いた。

でも私は凄く眠くて、ふらふらするの・・・。

 

 

「はぁ・・・では、今日だけですよ?」

「はぁい・・・」

 

 

こう言う時、茶々丸が甘いのを私は知ってる。

茶々丸は私を抱っこすると、兄様のベッドに連れて行ってくれた。

兄様はもう随分前に育児部屋(ナーサリールーム)から個室に移ったから、一緒に寝るのは凄く久しぶり。

昔は、いつも一緒に眠ってくださったのに・・・。

 

 

でも良いの、今日は一緒に眠れるから。

明日になったら、また改めて茶々丸に怒られるでしょうけど・・・。

兄様と同じベッドに入れられた途端、どうでも良くなりました。

 

 

「では・・・お休みなさいませ」

「はぁい・・・」

 

 

茶々丸が出て行くのを待って、私はシーツの中をモゾモゾして、兄様の傍に移動する。

 

 

「・・・兄様・・・」

 

 

すやすやと眠る兄様のお顔は、他のどんな男の子よりも綺麗。

眼も鼻も、瞼も睫毛も・・・全部綺麗、他の男の子みたいに偉そうじゃないし、凄く優しい。

そして何よりも、私をとても大切に扱ってくれるの・・・。

 

 

お嫁さんなんて、嫌。

ずっと私の傍にいてほしい、兄様さえいてくれれば何もいらない。

・・・やっぱり、パパとママと妹達と弟、あと茶々丸とエヴァさん、お祖母様とお祖父様も・・・。

・・・でも、一番は兄様です。

 

 

「・・・ん、シア・・・?」

「・・・兄様、好き・・・」

「・・・ん」

 

 

ぎゅ・・・兄様が抱き締めてくれて、凄く嬉しい。

兄様に抱かれて眠るのは、やっぱり凄く落ち着きます・・・。

私の永遠の兄様・・・。

 

 

「・・・にぃさま・・・」

 

 

クママの婆やが教えてくれた、赤ちゃんの作り方。

大人になった男の子と女の子が一緒に眠ると、赤ちゃんができるの。

そうすれば、私が兄様のお嫁さんになれるわ。

 

 

だから朝に目が覚めたら、コウノトリさんが私と兄様の赤ちゃんを届けてくれているはず。

兄様の赤ちゃん、きっと可愛い。

楽しみ・・・そう思いながら、私は兄様に抱きついて眼を閉じました。

えへへ、にぃさま・・・♪

 

 

 

 

 

Side アリア

 

朝になってからは船を降りて、オスティアの島々の間をパレードです。

私の即位20周年を祝う行事である以上、私の姿を市民に見せるのも必要とのことで。

島から島へ、王室専用の馬車と御座鯨を乗り継いでパレードします。

 

 

『ウェスペルタティア王国、万歳!』

『女王アリア陛下、万歳!!』

 

 

兵と民の声が唱和する中を、私は進みます。

かつての新オスティア国際空港から、市街地を抜けてかつての旧オスティアへ。

そして最終的には、浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)へ。

 

 

お祭り好きな国民達は、今日もお祭りを楽しんでいる様子ですね。

外国から来たお客様も楽しんでおられるようですし、経済官僚と財政官僚は経済効果や臨時税収などを考えているでしょう。

 

 

「・・・元気な国民達だね」

「そうですね」

 

 

馬車の上、私の隣に座るフェイトも呆れたように道々の国民を見つめています。

まぁ、確かにお祭りが大好きな国民性ですからね。

他の国の方々に比べて、我が国のお祭りの開催度合いが大きいのは事実ですし。

 

 

そして浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)の大広場に用意された会場に到着すると、私とフェイトは待ちます。

私達の傍には、ファリアを除いた子供達もおりますが・・・何か、シンシアが不機嫌です。

朝から不機嫌なのですが、何か「婆やの嘘吐き・・・」とか言っていたような。

 

 

「・・・来たよ」

「あ、はい・・・」

 

 

フェイトの声に前を見ると、貴族や政治家、多くの方が立ち並ぶ間を私達の息子が歩いてくるのが見えます。

ファリアが、長く紅いカーペットの上を歩いて・・・そして、私達の前へ。

 

 

ファリアがその場に跪くと、私は手に持っていた王家の黄金の剣を横に持ちます。

それを、ファリアに渡します。

受け取る際、ファリアと眼が合います。

フェイトに似た顔立ちと髪、私の魔眼を受け継いだ赤い瞳・・・。

ファリアの瞳には、うっすらと赤い五方星が浮かんでいます。

 

 

「ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア」

 

 

ファリアは、まだ何も答えることは許されません。

ただ跪いて、私の言葉を待ちます。

 

 

「今日より貴方に、この剣を授けます・・・この剣はまだ、剣としての重みしかありません」

 

 

剣をファリアの手に乗せて、剣と共に言葉を授けます。

母と子では無く、女王と王子として。

 

 

「いずれ国と民、全ての重みが加わるでしょう・・・支えられるよう、精進なさい」

「はい、どうかこれからも私をお導きください・・・女王陛下」

 

 

ファリア・・・私の可愛い王子。

これで、ファリアは公式的に王太子として認められたことになります。

あと2年間は勉強が必要でしょうが、15歳になれば王族、王太子としての仕事が増えるでしょう。

 

 

楽隊が「始祖よ女王を守り給え(アマテル・セーブ・ザ・クィーン)」の演奏を始め、集まった人々が祝福と忠誠の声を上げます。

ファリアを受け入れてくれているようで、ほっとしました。

もちろん、これから先にもいろいろ、大変なこともあるでしょう。

 

 

「ウェスペルタティアの民に・・・幸福が訪れんことを」

 

 

隣にはフェイトがいて、周りには子供達がいて・・・。

エヴァさんがいて、茶々丸さんがいて・・・皆がいます。

私はもう、独りでは無いことを知っていますから。

 

 

皆がいてくれる限り、何も怖くなんてありません。

だからきっと、大丈夫・・・。

・・・私がそちらに行ったら、たくさん自慢話をお聞かせしますね。

 

 

 

 

 

――――――シンシア姉様。

アリアは、幸せです。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

―――――この後。

後世の歴史家により『良き女王(グッド・クィーン)』の模範と称えられることになる女王アリアの治世が、本格的に幕を開くことになる。

 

 

ウェスペルタティア王国史上、最長の在位記録を誇ることになる女王アリアの治世。

その期間は、実に88年と3ヶ月に及んだ。

この記録の更新は、後の女王フェリアの時代を待たなければならない。

 

 

彼女はウェスペルタティア王国の最も輝かしい時代の象徴となり、「君臨すれども統治せず」の立憲君主制の理念によって議会制民主主義を貫き、宰相クルト・ゲーデルや夫君フェイトの支えによってウェスペルタティア王国を繁栄させた。

この間の治世の輝きによって、女王アリアは<中興の祖>と後々にまで称えられることになる。

 

 

その治世はアリア朝と呼ばれ、クルト・ゲーデルを始めとする大政治家・大経済家がきら星のごとく登場した時代でもあった。

また夫君フェイトとの結婚生活は国民の羨望と尊敬を受ける程に円満なものであり、女王アリアは2男3女を王室にもたらして、王室の将来を安泰たらしめた。

 

 

また『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦』構想を主導し、かつ実現した。

それは魔法世界に平和と統一の時代をもたらし、戦乱に疲弊した魔法世界を回復させ、各地で多くの文化を勃興させることになった。

彼女の名は数百年後にまで残り、アリア通り、アリア大河などの地名に彼女の名を見ることができる。

 

 

 

 

―――――アリア・アナスタシア・エンテオフュシア。

そして、アリア・スプリングフィールド。

彼女の生涯は、波乱の多いものであったが・・・。

 

 

 

 

最後まで、多くの人間(みうち)に囲まれた人生であったと言う。




ヴィクトリア・ローデリヒ・フォン・グリルパルツァー:リード様提案。
グラース・オ・スィエール(IS):剣の舞姫様提案。
帝国侍従隊・ティファ・サラーニン:黒鷹様提案。
ありがとうございます。


アリア:
アリアです。
では今回は前回に続き、他の方の子供達についてご紹介しますね。

フェイト:
・・・うん。


天ヶ崎月影
千草とカゲタロウの息子、その後天ヶ崎家の事実上の世襲となる旧世界連合大使の地位を後に受け継ぐ。ファリア王子の友人の1人であり、お調子者だが憎めない性格。なお、性格形成には遊び相手であった天ヶ崎小太郎と天ヶ崎月詠の影響を受ける所大である。なお、初恋は王国のシンシア王女 (フラれる)。後、ファリア王子とはマザコン仲間。


レオパルドゥス・マリア・フォン・グリルパルツァー
グリルパルツァー公爵家の跡取り息子、ファリア王子より1歳半下。
王子と共に王宮で家庭教師アレテ・キュレネ(政治学者)に政治学・地理学などを学ぶ。ファリア王子とはマザコン仲間、子供の頃は互いの母親の話で三晩ほど徹夜できた仲。
未来においては母の跡を継ぐ形で、王国外務尚書の地位に就くことになる。


ヴィクトリア・ローデリヒ・フォン・グリルパルツァー
グリルパルツァー公爵家の末娘、典型的な貴族の令嬢として育つ。
将来におけるウェスペルタティア王国王太子妃、王妃。
つまりはファリア王子の正妃となる女性。


クロエ・ゲーデル
宰相クルト・ゲーデルの子、実子である説と養子である説がある。
幼少時から政治学・帝王学と経済学を学び、そしてそれ以上に王家の歴史と現在の王室の素晴らしさを教え込まれた。結果、王室への忠誠心を幼少時から養うことになった。宰相クルト・ゲーデルの跡を継いだ後のヘレン宰相の下で経験を積んだ後、庶民院議員に。女王アリアの5人目の宰相として歴史に名を残すことになる。


ロナルド・フォルリ
シオンとロバートの息子、後の王国経済産業省運輸局局長。
叔母である両親の妹に良く懐いており、幼少時の頃も大人になっても彼女の力になり続けた。どうやら王家の「苺の呪い」とは別の呪いが、フォルリ家にはかかっているようである。
王子ファリアとも友人として付き合いを続け、良き相談相手となる。


ルチア・コンスタンツァ・ココロウァ
アーニャ・ユーリエウナ・ココロウァの娘、王国貴族ペイライエウス公爵(アーウェルンクス家)に連なる人間。第4王女アリアと誕生日を同じくし、生涯の親友となる。母親の気質を受け継いで快活で活発、父からは「炎」の才能を受け継いだ。第4王女アリアの死後、その子のナニーとなる。


ユエ・マクダウェル
ネギ・スプリングフィールドの娘、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの養子。15歳の時に実の両親を探す旅に出る。その過程で旧世界に渡り、女王の教え子だった古菲(その時点では結婚して超菲)の息子と出会い、小さな恋のメロディを鳴り響かせる。その後、再び魔法世界に渡って実の母親の下を訪ねることに成功する。彼女が王宮のエヴァンジェリンの下に戻ったとき、彼女はユエ・マクダウェルでは無く、ユエ・チャオと名乗っていた。
そして後に、超鈴音(チャオ・リンシェン)の祖母となる人物を出産することになる。


アリア:
・・・以上です。
そして今回のお話で、本編は完結となります。

フェイト:
・・・僕達の人生は、まだ続くけどね。

アリア:
そうですね・・・では、次回。
「エピローグ」。
また、お会いしましょう。


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エピローグ:「いつか、また、皆で」

前書きと言う場ですが、この場をお借りして御礼申し上げます。
今話をもって、「とある妹の転生物語」に始まったアリア・シリーズは完結と言うことになります。
これまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

読者の皆様の数々のご声援・ご指摘に支えられての作品でした。

本当にありがとうございます、お世話になりました。
それでは、エピローグです。
では・・・どうぞ。


「ねぇねぇ、ばーや・・・それでどうなったの?」

「ん・・・その後か? そうだな・・・皆、元気に過ごしていたぞ」

 

 

深夜、私のベッドの中に潜り込んで来た小さなお姫様に、私は昔の話を聞かせてやっている。

それは100年前の話だったり、あるいはほんの20年前の話だったりする。

だが、話の中心にいるのは常に同じ人間だ。

私の家族・・・今はもういない、家族の話だ。

 

 

ベッドの中で上半身を起こして子守唄代わりに話す私の手の中には、シックなデザインの木製オルゴールが握られている。

苺の装飾が掘り込まれたそのオルゴールは、『追憶のオルゴール』。

王室御用達『アトリエ・リリア』の小物で、音楽と共にゼンマイを巻いた者の思い出が投影される。

それを使って、私はアリアから数えて5代目の王になる少女に私は話を聞かせてやっている。

 

 

「・・・さぁ、もうおやすみの時間だぞ」

「えぇ~っ! もっとばーやのお話が聞きたーいっ!!」

 

 

私の隣には、可愛らしく頬を膨らませて不満そうにゴロゴロと転がっている少女がいる。

年齢は10歳、腰まである綺麗な金髪と、青と緑の宝石のような瞳。

清楚な造りの白いネグリジェに包まれた小さな身体からは、まだまだ元気が溢れているのがわかる。

顔の造りは、エンテオフュシアの女のそれだ。

名前はフェリア、フェリア・アマデウス・エンテオフュシアだ。

 

 

ファリアの孫息子とアルフレッドの孫娘が結婚して、さらにその子がアンの曾孫と結ばれて、フェリアは産まれた。

今の4代目エリア王が死ねば、アリカ、アリアから3代間を空けての女王になる。

 

 

「・・・じゃあ、もう少しだけだぞ?」

「はぁいっ、ばーや大好きっ」

「はは・・・こらこら」

 

 

・・・アリアは、12年前に逝った。

基本的に仕事漬けの毎日だったが、あれが40になった年に若造(フェイト)が先に逝った時だけは別だった。

あの時アリアは精神的に一度死んだと思う、しばらく部屋から出ようとしなかったから。

そんなアリアを支えたのは、若造(フェイト)の忘れ形見達だった。

 

 

あの時から、甘え癖の抜けないガキだったファリアやシンシア達が、マシになった。

1人立ちして、寄りかかるのでは無くて、母の支えとなるために。

アリアの悲しみは癒えなかったが・・・それでも、笑顔は戻った。

 

 

「お前のご先祖さま(アリア)は、それはそれは苺が好きでな・・・」

「フェリアも大好きだよっ」

「ああ、そうだな」

 

 

むぎゅっ・・・と抱きついてくるフェリアに、頬が緩むのを感じる。

頭を撫でてやると、頬を赤く染めて嬉しそうに笑う。

懐かしさすら感じる笑顔は、何よりも愛しく思える。

 

 

『先に逝きます・・・向こうで、待っていますね』

 

 

・・・それが、アリアの最後の言葉だった。

たぶん、私が自分の死について研究しているのに、薄々気付いていたのだと思う。

私は、終わりたかった。

家族と一緒に・・・老いて、死にたかったから。

 

 

アリアだけじゃない、ナギやアリカも、他にも多くの奴が逝った。

置いて行かれることを、これほど辛く感じたのは久しぶりだった。

だけど・・・。

 

 

「お前くらいの年には、学校の先生でな・・・」

「先生? フェリアはお姫様だよ?」

「ああ、そうだな・・・」

 

 

だけど、新しい子供が産まれる度に「もう少し」と思ってしまうんだ。

もう少しだけ、傍にいてやろうと思ってしまう。

茶々丸やバカ鬼や・・・まだ生きている奴らを、置いて行けない気持ちになってしまうんだ。

私は、我侭だな・・・。

 

 

「・・・・・・眠ったか」

 

 

しばらくして、私の隣からは健やかな寝息が聞こえてきた。

横を見れば、あどけない寝顔がそこにある。

可愛いが・・・本当は、いろいろなことを感じているだろう、小さな少女。

アリアの面影を残す、私の宝。

 

 

「・・・おやすみ」

 

 

そっ・・・と額に口付けて、シーツを肩までかけてやる。

ベッドから降りて、寝室の窓を開ける。

ふわ・・・っと風が入り、カーテンが揺れる。

 

 

「もう、行くのか」

 

 

そこには、黒い特異なスーツを着た女がいた。

女と言っても、15歳ほどの小娘だ。

超鈴音(チャオ・リンシェン)・・・関係的には、私の子孫だ。

厳密には、ぼーやの子孫。

 

 

・・・ユエは、15歳の時に1度、私の手元から離れた。

戻ってきた時は、すでに20歳になっていて・・・しかも結婚していた!

あの時は本気でキレた、親の許可も無く嫁に行きやがったんだぞ、あの娘は!

・・・い、いや、それは今は重要じゃないな、うん。

 

 

「勿論、必要なことだからネ」

 

 

テラスの縁の部分に腰掛けていた超は、私の方を振り向いた。

黒いスーツの胸元には英字で名前が刻まれていて、背中には懐中時計のような魔法具を付けている。

カシオペア・・・時を遡る機械。

 

 

戻るのは、100年前のあの時。

タイム・パラドックス・・・たとえ未来がどう変わろうと、あの時点で超はあの場にいなくてはならない。

茶々丸を・・・そして田中や多くの技術を、持って行かなければならない。

 

 

「まぁ・・・貴女にすれば、一瞬で私は戻ってくるがネ」

「だがお前は、3年の時を過去で過ごす」

 

 

過去を変えるためでは無く、未来を変えないために。

理由は違っても過去に行かねばならないのだから、不思議な物だな。

・・・。

 

 

「・・・気をつけてな、我が弟子(いとしいむすめ)

「・・・あいさ了解、師匠(エヴァママ)

 

 

軽く視線と笑みを交わした後、超は姿を消した。

気配を読むことはできない、何故ならこの時代から消えたのだから。

成功していれば、すぐにまた会えるが・・・。

 

 

・・・昔の私、超のことを全力で殴ってたな。

・・・・・・帰って来たら、少し優しくしてやろうと思う。

 

 

「・・・さて」

 

 

風が吹く、その中にかすかな血と闘争の匂いを感じる。

吸血鬼だからな、そう言うのには敏感だ。

遥か遠く、『水晶宮(クリスタル・パレス)』から離れた遠くで・・・。

 

 

・・・クレアが、ゲーデルの子孫の小娘が動いたかな。

では、私は俗世の騒動から王位継承者を守らなければならんな。

私は未だ手に持っていたオルゴールの中から、1枚の小さな紙片を取り出す。

 

 

『女王アリアから、王室顧問エヴァンジェリンへ』

 

 

それは勅命、アリアが私のために密かに用意してくれた、想い。

王室顧問は、次代の王を指名できる権限を持つ1人。

700年生きた私にのみ認められる、特例事項。

 

 

「次代の王位は・・・フェリアのモノだ」

 

 

元々、第1王位継承者はフェリアだ。

それを揺るがすいかなる申し立ても、王室顧問(ワタシ)は認めない。

異議があるならそれは・・・叛逆者だ。

 

 

さて、超がこの未来を守ってくれている間に・・・。

・・・私も、アリアが、家族が遺した世界を守りに行くとしようか。

 

 

 

「もう少しだけ・・・待っていてくれ、アリア」

 

 

 

そっちには、フェイトもナギも・・・子供達も、いるだろう?

だからまだ私が行かなくても、寂しく無いだろう。

アイツは寂しがり屋だし・・・私が、アリアのいる天国に逝けるのかはわからないが。

・・・いつか。

 

 

 

 

いつか、また、皆で―――――。

 

 

 

 




ファリア王子の初恋:taka様提案。
追憶のオルゴール:フィー様提案。
ありがとうございます。

シンシア・アマテル:
やぁやぁ、ボクだよ。
え、わからない? いやだなぁ、ボクだよボク。
そ、シンシアさ・・・皆、今までアリアを見守ってくれて本当にありがとう。

ボクからも、お礼を言わせてもらうよ。
うん、本当にありがとう。
アリアが生き残れたのは、皆のおかげさ。
何せ、一番最初のアリアの手持ちの貧弱さと言ったら無かったからね、うん。

ボクも心配だったのだけど・・・心配することも無かったね。
何せ、アリアにはこんなにたくさんの味方がいたんだから。
ボクがとやかく言うことも、無かったね。
・・・うん。

さて・・・それじゃ、本当に閉幕の時間だ。
さよならの時間だ。
バイバイの時間だね。
終わらない物なんて無い、なんてのは誰が言ったのかな・・・。
・・・寂しいね。


シンシア・アマテル:
それじゃ、さようなら。
アリアを守ってくれたキミ達のことを、ボクはずっと覚えているよ。
・・・ありがとう。
キミ達の頭上に、全ての幸福があらんことを――――。


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キャラクター設定:「アリア」

最終的なアリアの設定資料集です。
ウ○キ的な形式に則って書いてみました。

基礎情報・能力・略歴・結婚生活・子女・アリアを取り巻く人々、の順番で書いております。
略歴を書くと膨大で・・・まさに人生を書ききった感があります。


ネタバレ注意です。
そして、最下部の「取り巻く人々」では一部のキャラクターの「その後の人生」にも触れておりますので、それもご注意ください。
なお、一番最後には作中でひた隠しにされた最重要国家機密が記載されております。
興味のある方は、どうぞご覧ください。
では、どうぞ。


名前:アリア・アナスタシア・エンテオフュシア(Aria Anastasia Enthophysia)

旧名:アリア・スプリングフィールド(Aria Springfieldes)

性別:女性 出身国:英国(魔法世界ではウェスペルタティア王国)

社会的地位:

メルディアナ魔法学校卒業生 → 麻帆良女子中学校教師 → アリアドネー臨時講師

→ ウェスペルタティア王国王女 → ウェスペルタティア王国女王

(イヴィオン共同元首・連邦元首会議議長など他多数)

 

 

能力:

複写眼(アルファ・スティグマ)』:アリアの右眼

全ての魔法、気、精霊を解析し、解除することができる。

ただし、解析対象があまりにも巨大である場合、強大である場合は、一定時間、魔眼としての機能を失うと同時に視力を失う(オリジナル設定)。

また『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』と違い、意識的にオンオフを切り替えることが出来る。

第1王子ファリアに遺伝、以降その子孫に受け継がれる。

 

殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』:アリアの左眼

全ての魔法、気、精霊を吸収し、強力な身体、回復能力を得る。

ただし吸収できる魔力量には上限があり、許容量以上の魔力を吸収すると、一定時間魔眼としての機能を失うと同時に視力を失う(オリジナル設定)。

第1王女シンシアに遺伝、以降その子孫に受け継がれる。

 

『魔法具作成能力』

アリアがシンシア・アマテルから譲られた、思い描いた魔法具を創造することができる能力。

魔法具は、アリアからの魔力供給が尽きない限り消えることはない。

(この魔力はアリアの意識の外で自動供給される。よって作中で魔力切れという場合、現在外に出ている魔法具を維持するための魔力を除いて魔力が切れた状態、ということになる)

またこれらの魔法具は、魔力、気などを注ぐことで使用できる(必要魔力量は魔法具、使用者によって異なる)。魔法具自体は、純粋にアリアの魔力で構成される(ただし、譲渡された魔法具は相手の魔力・気で維持される事になる)。原則として、同じ物を同時に2つ創造することはできない(譲渡した物も含む)。複数人への譲渡が確認されており、能力が失われた後も残っているアイテムが存在する。

 

*魔法具が壊された場合

魔法具が意図せずに破棄、破壊された場合、その魔法具は最短で1000時間再作成できない。

所有権が作成者以外にある場合は、その所有権を失う。この場合、アリアが再びその魔法具を作れるまでに1000時間かかる、ということになる。

ただし、消耗品に類する物はこの限りではない。

(消耗品であっても、24時間以内に12回以上連続で創造することはできない)

 

*魔法具が所有者以外に使用された場合。

魔法具は原則、所有権を有する本人が貸与・譲渡しない限り、他者には使用できない。

ただし、他者であっても移動させたり、持ち出したりすることはできる。

また他者が無理に(魔力にものを言わせるなど)使用した場合、使用できないことは無いが、身の保証はできない。

 

*魔法具・多重創造

複数(10種類以上)の魔法具を同時に創り出すことが可能。

通常より多くの魔力を消費し、持ち切れない魔法具はその場に放置されることになる。なので、一人の時などには原則使用しない。

訓練次第だが、一度におよそ20の魔法具を創造することができる。

 

『千の魔法(MILLE VENEFICIUM)』

アリアがエヴァンジェリンとの仮契約で得たアーティファクト。

魔法世界から詠唱魔法が消えた段階で、魔法世界では使用が不可能に。

 

(効力)

あらかじめ登録した魔法を使用することができるアーティファクト。

登録できる魔法は全部で千種類。

このアーティファクトで使用される魔法は、原則として、精霊を介する通常の手順を踏まない。そのため、対抗魔法、防御魔法、結界魔法その他によって阻害されたり、妨害されたりすることはない。

ただし、他のアーティファクトによる対抗、阻害、妨害などは防ぐことができない。

 

(条件)

1種類につき、一日に1度のみ使用することができる(24時間後、自動で回復する)。

使用した魔法のページは、一旦白紙に戻る。

また、魔法を使用する場合は、使用する魔法のページを開いておかなくてはならない。

重複して同じ魔法を登録することはできない。加えて、一旦登録した魔法は削除することができない。

また、「魔法の射手」のように、複数の魔法を行使する場合、その数も登録しなければならない。

例えば、「魔法の射手・連弾光の18矢」の場合、光属性の矢を18矢放つだけの魔法となる。

属性・矢の数を変更する場合は、新たに別の魔法として登録する必要がある。

この場合、上記の条件、「重複不可」の原則の例外扱いとなる。

また、アリアの総魔力を超える魔力が必要な魔法は行使することはできない。

つまり、魔力切れの際などには、このアーティファクトは使用できない。

例えば、ドラ○エにマダンテという、全魔力を消費する魔法が存在するが、これを仮に使用すれば、アリアの魔力は0になる。よって残りの999種は、状態がどうあれ、魔力が回復するまで使用できない。

 

*『千の魔法』への「魔法」登録法

登録法は2種類存在する。

①正規手順法

細かい条件などを設定した上で、長い時間を使い登録する方法。

必要とされるのは使用者の血液と魔力を混ぜ合わせた特殊なインク。

あらかじめ設定した条件を口頭で述べつつ、このインクを書き込むページに垂らせば、後は自動で登録される。

登録する魔法が複雑か強力であるほど、時間がかかる。最大で1000秒。

 

②手順破棄法

上記の手順の全てを破棄して行う短縮法。非常時に使用される。

その時点の全魔力と引き換えに登録。その魔法を発動させる。

ただし、この方法が使えるのは1000日に一度。

 

 

容姿・容貌:

髪は腰まで伸びたストレート、色は白銀に見える白。

幼少時の一時期と魔法世界でザジ・レイニーデイにより「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」のレプリカ術式に囚われた際には、艶やかな金髪であった。

作中においてフェイト・アーウェルンクスやエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルなどのモノローグ内で、何度か「サラ・・・と流れるような」「手で梳くと、サラリとした感触が手に伝わる」などと描写されており、髪質の程が窺える。また絡繰茶々丸を含めた多くの人物から、リボンや髪飾りなどの贈り物を受けることも多い。

顔立ちは多くの人物から実母であるアリカ・アナルキア・エンテオフュシアに瓜二つであると表現されている。作中においては、その顔立ちを政治的に利用される、または利用する場面すらあった。

ただ瞳の色に関しては実母と差があり、右眼は赤く、左眼は青い。

肌は「処女雪を思わせる白さ」であり、フェイト・アーウェルンクス曰く「滑らかな肌質」である。本人の好みか周囲の好みかは判然としないが、身に着ける衣服はフリルやレースがあしらわれた少女趣味な物が多い(エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの影響とも言われる)。なお、女王になってからは上質なドレスを身に纏うことが多くなった。衣装の色としては作中を通じて、青、白、黒、桃色などが過半である。しかし麻帆良で教職に就いていた頃はスーツ姿で活動する等、タイトな衣装も必要とあらば着こなしていた。

装飾品(アクセサリー)はシンプルな物を好み、華美な物は敬遠する傾向にあるようだ。

 

 

略歴:

(0歳~9歳)

転生前については一切の描写が無いため不明、しかし原作32巻(291時間目)までの原作知識を保有していた。加えて魔法具の作成の際に見せたアイテム類の元ネタの多彩さは、アリアの前世における生活の一部を窺い知ることができるだろう。

とにもかくにも、実兄ネギ・スプリングフィールドの双子の妹と言う立場で、アリアはこの世界に生を受けることになった。父はナギ・スプリングフィールド、母はアリカ・アナルキア・エンテオフュシアである。6歳までは、スタン老の隠れ里に預けられて兄と共に育つことになる。

幼少時の段階で幼い兄と2人暮らしと言う点を除けば、ネカネ・スプリングフィールド、アンナ・ココロウァ(アーニャ)との関係を含めて概ね良好な環境で平和に過ごしていた。また4歳の時点では、実兄ネギ・スプリングフィールドとの関係も良好であり、兄妹としての関係性も確立しかけていた。

しかしこの当時、アリアは運命の出会いを果たすことになる。左眼の魔眼「殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)」の呪いに苦しんでいたアリアを救い、かつこの世界で生きる一つの方向性を持たせた存在、シンシア・アマテルとの出会いである。自らを「世界最古の転生者」にして「神様に対する反逆者」と称したシンシア・アマテルは、その後のアリアの人生において決定的な影響を与えることになる。

その決め手となったのは、スタン老の村に対するメガロメセンブリア元老院一部過激派による、「アリカの子抹殺」を目的とした国家的テロである。この事件によって、村人は永久石化の呪いを受け、また、シンシア・アマテルも死を迎えることになる。この時、アリアは右眼の魔眼「複写眼(アルファ・スティグマ)」を覚醒させ、またシンシア・アマテルの能力の一部を受け継ぎ、特殊な魔法具の精製能力を行使することができるようになった。しかしそれは、当時のアリアにとっては何の慰めにもなっていなかった。それを悟っていたのかどうなのか、シンシア・アマテルは消え去る直前、「自殺しないよう」にアリアの心に魔法をかけている。

その後、メルディアナの祖父によって保護されたアリアはネギ・スプリングフィールドと共にメルディアナ魔法学校に入学することになる。これは半ば強制的な入学であったが、両親が英雄あるいは女王、または一部から国際的犯罪者として見られていた2人をスタン老に代わって保護するために選び得る方策としては、この時点ではもっとも健全な部類に入っていたと考えられる。少なくともアリアはそう思っていたし、この時点でネギ・スプリングフィールドは魔法の勉強以外の事には興味を抱いていなかった。またアリア自身、石化した村人の解呪のための知識と情報を欲していたので、魔法学校での勉学は望む所ではあった。

魔眼の影響で魔法が使えず、魔法具・魔法薬に傾倒して行ったアリアを蔑視する風潮も存在したが、ここでの数年間は同時にアリアにいくつかの教訓を与え、同時に生涯の宝を得ることにもなった。ロバート・キルマノックを含む学友達との出会いと交友である。村人の石化解除研究と個性的な学友達との学生生活、この頃には冷え切っていた実兄ネギ・スプリングフィールドとの関係や実兄の「取り巻き(ネギ本人に自覚は無いが)」達との確執など、この時期のアリアはその後の人生と同じように「多忙」であった。

 

 

(10歳~19歳)

そして10歳(数え)の時、2年の飛び級を経て実兄ネギ・スプリングフィールドを含む7人と共にメルディアナ魔法学校を卒業することになる。総合的な席次は下から数えた方が早かったが、一部の成績においては総合一位である実兄ネギ・スプリングフィールドをも上回っていた。ここで与えられた卒業課題によって、アリアは実兄と共に日本・麻帆良学園で魔法使いとしての修行を受けることになる。

 

<麻帆良時代>

明らかに他のクラスとは様子の異なる3-Aの生徒達に手間取りつつも、アリアは麻帆良学園女子中等部の教員の一人として過ごすことになる。この時点では実兄が担任、アリアは副担任・女子寮管理人と言う立場であった。

麻帆良学園に赴任したアリアは、当初から「多忙」を極めていた。生来の性格も災いしてか10歳の少女(少なくとも、肉体的には)がこなすにはあまりある仕事量を抱え続け、それは実兄ネギ・スプリングフィールドとの間に「違いと言うにはあまりある異質さ」として周囲から見られることに繋がった。特に一般教諭側は強くそう感じていたようで、中でも新田教諭との関係はアリアにとって特別な意味を持つことになる。そしてこの時期に、アリアは人生において2度目の決定的な出会いを果たすことになる。

その出会いとは、真祖の吸血鬼にして父ナギ・スプリングフィールドの「犠牲者の一人(アリア談)」であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとの出会いである。アリアは自分の身を削って魔眼を使用し、麻帆良大停電の夜にエヴァンジェリンの封印を完全解除することに成功。これによりエヴァンジェリンはアリアを自分の「所有物(ほごたいしょう)」とみなすようになり、最終的には「所有物(かぞく)」へと変化することになる。エヴァンジェリンとの交友は、アリアにとって研究の大幅な促進と魔法使いの戦い方の修行、および絡繰茶々丸やチャチャゼロとの交流を意味するようになる。

また3-A関連では幽霊学生・相坂さよに肉体(エヴァンジェリン作)を与え、京都修学旅行において近衛木乃香・桜咲刹那と関係を深めることになった。しかしアリア自身は一般生徒を魔法関係に関わらせることを「自分の仕事の範疇」と断じ、またその点で実兄ネギ・スプリングフィールドや神楽坂明日菜、学園長を含む魔法関係者と関係を悪化させていくことになる。ただし瀬流彦と言う若い教諭は、魔法先生としても一般教諭としてもアリアに好意的な態度を取り続けている。なおこの時点での3-A生徒の一般見解は、ネギ・スプリングフィールドは「年下の友達」であり、アリアは「年下の先生」と言う物であった。

そして京都修学旅行において、第3の出会いが訪れる。フェイト・アーウェルンクスとの出会いである。アリアはフェイト・アーウェルンクスに対して「飢餓にも似た感情」を抱いた。そしてそれはフェイト・アーウェルンクスにとっても同様であり、2人は動揺を覚えつつも激しく互いを意識するようになる。京都修学旅行における一連の事件の後、東西の魔法関係組織の会談の結果として、アリアは初めて公的に重要な立場を周囲に認知される事になった。<闇の福音の従者>と、<西の姫の庇護者>と言うのがそれである。この時は未だ無意識である物の、アリアは公的立場が自分を守る効能も持っていることを学ぶことになる。アリアは京都修学旅行以降も、エヴァンジェリンの下で学ぶと共に、絡繰茶々丸や相坂さよ、そして京都で封印から解放された鬼神リョウメンスクナと家族としての絆を育むと共に、過去を打ち明けた。その中には転生者と言う特殊な事情も含まれていたが、エヴァンジェリン達はそれすら受け入れて見せ、アリアはエヴァンジェリン達への感情の傾斜を強めることになる。しかし同時に無視できない問題も進行していた、実兄ネギ・スプリングフィールドとその従者の少女達との関係である。

6年前の悪魔襲撃事件に関わりのある伯爵級悪魔、ヘルマン卿の襲撃の際、兄妹の関係は修復不能なまでに冷却化することになる。幾度かの確執を経て、アリアは実兄から「兄としての記憶」を奪い、血縁の家族としての縁を事実上切り捨てる判断を下した。この時、アリアは「ネギ兄様」と言う過去の呼称を二度と用いないことを言外に宣言した。しかしこの時点では、未だスプリングフィールド姓を名乗っていた。

そして変則的ではあるが、第4の出会いに関係する事件が、麻帆良学園祭の際に発生することになる。超鈴音と言う名のその出会い(出会いと言っても、すでにそれなりの付き合いであったが)が、ある意味でアリアの後の人生においてある程度の影響を与えたのは確かである。兄としての記憶を失った実兄ネギ・スプリングフィールドを利用した上で学園祭における一連の事件を起こした超鈴音は、アリアに対して個人的に接触を重ねることになる。

その明確な意図は不明な点が多かったが、彼女はアリアに警告と助言を与えた。そしてその警告と助言により、アリアは故郷の村人の石化解除の目処をつけることに成功。同時に、エヴァンジェリンの反対を押し切って自身の魔法具作成能力を事実上封印する。

そして変則的ではあるが、アリアは学園祭の間に「母」に会うことができた。同時にその「母」に心酔する新オスティア総督、クルト・ゲーデルから魔法世界への招聘を受けることになる。

ウェールズの村人やメルディアナの祖父がメガロメセンブリア元老院により魔法世界に攫われたこともあり、アリアは家族と共に魔法世界へ渡ることを決意する。この時、妹は「客」として、そして「兄」は犯罪者として魔法世界に渡ることになった。そしてフェイト・アーウェルンクスの手により、新旧両世界のゲートが破壊されることになる・・・。

 

<アリアドネー時代>

厳正中立の魔法学術都市アリアドネーの臨時講師となったアリアは、やはり「多忙」であった。騎士団候補生学校の生徒、コレット・ファランドールを始めとする生徒達ともここで交流した。旧世界出身で「スプリングフィールド」の姓を持つアリアは、そこでもある程度は知られた存在であった。しかしここでの生活は、アリアにとっては悪い物では無かった。本人の学者的資質ともあいまって、アリアドネーの空気には良く馴染んでいたようである。そしてだからこそ、アリアは魔法世界救済と言う事業に興味を抱き、故にエヴァンジェリンなどは心配を強めることになる。だがその生活も、長くは続かなかった。

オスティア難民にして元王国騎士、ジョリィによりアリアはアリアドネーから誘拐されることになるからである。それは、己の領地の難民の行く末を案じるオストラ伯爵の依頼による物だった。アリアはここで改めて、「ウェスペルタティア王国王女」としての自身の境遇と向き合うことになる。当初は反発したアリアだが、難民の子供との交流、連合の軍の虐殺などを目の当たりにしたアリアは、半ば引き摺られる形で王女と言う公的立場を表明することになる。

ここから、全てが始まった。

 

<ウェスペルタティア女王時代>

短い王女としての時期を経験したアリアは、クルト・ゲーデルによって新たな「女王」として祀り上げられる。クルト・ゲーデルはこの日のために20年間の雌伏の時を過ごしてきたのである。彼はかねてからの計画に従い、「新女王アリア」を求心力として旧王国勢力を結集する。後の「王国の四元帥」や閣僚集団などは、この時期に集められた。しかし、王国の再興には障害があった、メガロメセンブリアを中心とする連合軍と、実兄ネギ・スプリングフィールドの率いる「ウェスペルタティア公国」である。「闇」の少女エルザが事実上の独裁権を握るこの国において、神楽坂明日菜と宮崎のどかもまた囚われていた。

アリアは実兄の軍を辛くも破ることに成功するが、次なる試練が訪れる。

魔法世界の崩壊と言う危機に、である。アリアは帝国・アリアドネーと協力しつつ、またフェイト・アーウェルンクスの協力を受け、これに対応する。ポヨ・レイニーデイ、そして墓所の主アマテルから世界の真実を伝えられ、そして「紅き翼」の目的をも知る。アリアは世界を救う決意をし、多くの協力者を得ながら「紅き翼」の術式を実行する。

この過程で、アリアは運命の相手、シンシア・アマテルと再会を果たすことになる。シンシア・アマテルは実母の身体を利用する形で、アリアに辛辣な別れを告げる。しかしそれは、アリアを自分から引き離すための優しい嘘であった・・・。

<造物主>に身体を奪われたエヴァンジェリンを共に破り、そして想いを伝え合ったフェイト・アーウェルンクスと共に、アリアは新オスティアへと凱旋した・・・。実兄ネギ・スプリングフィールドと宮崎のどかの幽閉、両親との再会、王国の国際社会への復帰、これら全ての仕事に対応しながら、アリアは女王としての道を歩んで行くことになる。

その後、国内の粛清や国家連合「イヴィオン」の結成、「Ⅰ」を名乗るエンテオフュシアのクローンにより誘発されたエリジウム解放戦、王国元帥リュケスティスの叛逆を利用した王権打倒の陰謀、実兄ネギ・スプリングフィールドの魔界への亡命・・・様々なことを経験しながら、女王としてのアリアは国を育てていく。そしていつしか、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦構想を主導し、魔法世界を1つに束ねると言う大事業に挑むことになる。それは、完全な実現まで23年と言う長い時間を擁する事業であった・・・。

 

 

結婚生活:

上記では除いているが、アリアは16歳の最後の月にフェイト・アーウェルンクスと結婚している。

それはウェスペルタティア女王に相応しい格式のある、また盛大な結婚式(ロイヤル・ウェディング)であったと言う。その様子は数多くの映像や絵画に残され、後の歴史においてはクルト・ゲーデル著「王国宰相回顧録」や絡繰茶々丸著「女王アリアの私生活」などで細かく知ることができる。

女王アリアと夫君フェイトの円満な家庭生活は国民の模範かつ羨望の的となり、アリアはフェイトとの間に5人の子供(2男3女)を儲けている。新婚旅行先での仲睦まじさは侍女である「フェイトガールズ」や近衛騎士の何人もが証言しており、女王の品位の低下を懸念した宰相クルト・ゲーデルが手を回した程であるという。当時の王室の婚姻には珍しい恋愛結婚(駆け落ち同然であった実母アリカは例外として)であったことも、女王アリアが浮かれた原因であると言えるかもしれない。

とにかく、その夫婦仲の良さは「魔法世界一(ヘラス皇帝テオドラ談)」であり、アリアは夫君フェイトと結婚生活のある一時期を除いてベッドを別にすることは無かったされる。

それは結婚生活の間中、変化することは無く・・・。

2人は毎夜、新婚夫婦のように何度も愛し合っていたと言う。

そしてその結果、5人の子供に恵まれてエンテオフュシア家には多くの後継者が生まれ、王室を安泰たらしめることになった。

 

 

子女:

ファリア・アナスタシオス・エンテオフュシア

長兄、父親の因子を最も強く受け継いだ第1王子。

白い髪と赤い瞳、父に似た顔立ちから国民の人気は実は他の弟妹に劣る。しかし王家の血を最も色濃く受け継いだのは彼であり、一般には知られていないが彼は「黄昏の姫御子」としての才能を持っている。また、アーウェルンクスの持つ全ての情報と経験を魂に刻まれており、母から「複写眼(アルファ・スティグマ)」と言う特殊な魔眼をも受け継いだ。そのため、個人的な才能では他の弟妹を圧倒する。

母親への愛情は深く、誕生日の贈り物を大事に取っている。一方で父親には苦手意識を持っているようだが、愛情が無いわけでは無い。弟妹からは「優しいお兄ちゃん」と言う認識を受けている。

 

(未来のお話)

成人して後は経験を積むためオレステス総督、龍山連合総督、テンペ総督などを歴任、魔法世界中を訪問し王国の平和外交の象徴となる。

王国の歴史上最も長く王太子であり続けた人物でもあり、母から王位を受け継いだのは81歳の時。

わずか1年の在位の後に崩御、子供は国内の大貴族出身の正妃との間に王子が1人と王女が1人。

 

 

シンシア・アストゥリアス・エンテオフュシア

長姉、5人の子供達の内で最も奔放かつ明るい性格。金色の髪に青い瞳の美しい少女で、母と祖母の面影を残す容姿をしており、エンテオフュシアの外見的特徴を最も良く受け継いだ。人当たりの良い性格と細かいことに頓着しない性格により、国民の人気は最も高い。ただ元気が過ぎて父親や母親から叱責を受けることもあるが、生来の性格のためか人から恨まれることは何故か少ない。

そして兄が母から魔眼を受け継いでいたように、彼女もまた魔眼を受け継いでいた。「殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)」である。本人も勉学よりも運動を好んだため、王室顧問エヴァンジェリンによる戦技訓練を5人の中で唯一、受けることになる。

最大の特徴は、兄を愛していること。

 

(未来のお話)

後に「学び舎の母」と呼ばれることになるシンシアは、ウェスペルタティアの貧しい地域に私財で学校・病院・孤児院などを建てて行く。本人は医療や教育に関する知識を全く持っていなかったが、その重要性は理解していたとされる。そのため彼女は貧困層からの支持を受けることになるが、これは貧民街(スラム)にパイプを持つ叔父の存在が大きかったとも言われている。

 

 

ベアトリクス・アタナシア・エンテオフュシア

次女、金色の髪に赤い瞳を持つ物静かな少女。人見知りが激しく、あまり社交的とは言えない性格。

外で運動するよりは部屋で読書をすることを好み、父親も母親もそこは娘の個性として受け入れているようである。数いるナニーの中でもフェイトガールズの調に懐いており、逆に暦や焔などの活発な女性達には苦手意識を持っている様子。そのため調がパルティアに戻った後も、毎日のように文通を続けた。

母親から魔法薬・魔導理論に関する才能を受け継いだのか、机の上で物を考える力に優れている。それに関連して王室顧問エヴァンジェリンが理論面での師となり、共に机を並べることが多かったユエ・マクダウェルとは5人の中で最も気心の知れた仲となる。

 

(未来のお話)

成長して後はアリアドネーに留学、そこで魔法薬に関する博士号を取得、研究員の資格も得ることになる。王国に戻って後は、慈善事業を精力的に行う姉シンシアの補佐として活躍、姉の思い付きの事業が軌道に乗れたのは、多くは彼女の功績である。後に外国人と結婚し、王子を1人出産してこれを「フェイト」と名付ける。実は隠れファザコンだった模様。

 

 

アリア・アンジェリク・エンテオフュシア

母の名を受け継いだ第3王女、金色の髪に青と緑の色違いの瞳と言う容姿を持つ少女。

身体が弱く、産まれた時から病気がちであった。そのためベッドで過ごすことが多く、兄や姉が持ち込む外の話を聞くのを喜んだ。姉であるシンシアが後に病院の建設事業に力を入れるようになったのは、彼女の存在が大きいとも言われる。室内での読書を好む姉ベアトリクスからは良く本を貰い、その影響で彼女も学問への関心が高くなることになった。病弱と言うこともあって、父親と母親からは特に心配されていた。誕生日を同じくするココロウァ家のルチアとは、生涯の親友となる。

 

(未来のお話)

姉ベアトリクスの影響で学問への関心が高かったが、姉のように外国への長期留学が可能な体力はついにつかなかった。むしろ彼女の功績は王室の家庭像を赤裸々に綴った「王室日記」と言う本の執筆にあり、王国臣民の王室への親近感を高めることに貢献した。「出産は命と引き換え」と侍医から言われた彼女は恋仲にあった国内貴族の青年と結婚後、まさに「命と引き換え」に王女を出産。2年後に夫も後を追うように死去、娘は姉シンシアの養女となる。

 

 

アルフレッド・アリスティデス・エンテオフュシア

末っ子の第2王子、法的には第2王位継承者となる。

母親以上に、3人の姉に非常に可愛がられている。その分、父親や兄との関係が希薄になっているとも言われるが、誕生日の際には2人からも心のこもった贈り物を受け取っている。父親からは人間性を、母親からは愛情を、シンシアからは外への好奇心を、ベアトリクスからは学問への関心を、アリア(アン)からは他者への慈しみの心を受け、学び、健やかに成長することになる。そのためか多少甘えん坊だが、献身的なナニー達により厳しく躾けられて育つ。

 

(未来のお話)

成長した後は、士官学校に入学。軍人王子として軍事面から母、そして兄を支えることになる。

母と兄の死後は元帥の地位にあった彼が兄の子供達を守護、王位継承の正統を守ることになる。自らは妻との間に3人の子を儲けるが、全て女子。しかし彼の孫娘が兄ファリアの孫と結ばれることが後の王室にとって重要な転機となるのだが、それはまた別の話である・・・。

 

 

女王アリアを取り巻く人々(その後):

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア・・・

夫ナギと共に、娘アリアを見守る役目に徹することになる。自身の時代は終わったと悟り、アリアが必要としてくれる限りにおいては公務や私生活の面で娘を支える道を選ぶ。ウェールズで幼少時のアリアを育て守っていたスタン老やメルディアナ校長との交流と、孫達の健やかな成長を何よりも喜んだと言う。夫ナギが孫達と遊ぶ(侍女がハラハラするような運動とか)姿を、スタン老とお茶をしながら見つめるのが日課であったとか。

 

クルト・ゲーデル・・・

完全無欠にして鬼謀百出、ウェスペルタティア王国史上に冠絶する大政治家・・・としてよりも、アリカ、アリアの2人の女王に仕え切った「騎士(ナイト)」としての面が強調されることが多い。なお、その忠誠心は3人の王女にも向けられていたとか。最後まで人々から嫌われ続けていたが、「清廉潔白な陰謀家」と言う意味不明な偉業を成し遂げることになる。王室の女性達の素晴らしさがひたすら書かれた回顧録を出版、印税は全て育英事業に寄付されたとか。

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル・・・

ウェスペルタティアの生ける伝説、<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>。彼女がいる限り、王位継承者を暗殺することは不可能であると言う。王室の子供達の守役であり、教育係。王室の子供達に過去を語り、未来へと背中を押してやるのが自身の役目であると認識している。彼女の従者チャチャゼロを頭に乗せる者が、次の王であると言われている。なお、自身の養い子の一族である超家のことも気にかけ続けることになる。

 

絡繰茶々丸・・・

主人であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと共に、ウェスペルタティアの永遠の女官長であり王室の子供たちのナニーであり続ける。良き母であり、良き姉として子供達に慕われ、時として男性王族の初恋の君となる。彼女が自身のフォルダに残している映像はまさに王室の歴史であり、その意味で彼女は生き証人であり続ける。王室の子供達に苺のデザートを作るのが日課とか。

 

近衛木乃香・桜咲刹那(及び旧3-A生徒)・・・

表向き普通の人間としての生活を送るが、裏ではいろいろと面倒ごとに直面する人生だった模様。刹那は裏の世界では魔法世界の天ヶ崎月詠と並ぶ旧世界の剣豪と呼ばれることになるが、その正体を知る者はいなかった。それは刹那の傍に高度な術師がいて、彼女を隠していたからだとされる。2人は共に結婚しなかったが、1人の子供を拾って育てたと言う。

*旧3-Aメンバー:

旧3-Aメンバーの多くは、様々な方面で才能を活かす人生を歩んだ。

メジャーデビューした和泉亜子など「でこぴんロケット」の4人や、大河内アキラや明石裕奈などのプロスポーツ組だけでなく、漫画家になった早乙女ハルナやイギリス文学の学者になった綾瀬夕映、保母になった那波千鶴や麻帆良スポーツの記者になった朝倉和美など、多岐に渡る。

魔法関係者で言えば、シスターシャークティーの跡を継いだ春日美空とココネ・ファティマ・ローザ。中国でその名を知らぬ者のいない格闘家兼ガイドになった古菲(クー・フェイ)(結婚後は超菲(チャオ・フェイ))。オスティアで灰銀色の狼と共に王家の行く末を見守る神楽坂明日菜などがいる。

なお最も特異なのは長谷川千雨であり、彼女は死後も人格データを電脳空間内に残し、8人の電脳精霊と共に生き続けているとか・・・。その人生は、世界の危機や国家テロと常に隣り合う生活だったとか。

 

相坂さよ・リョウメンスクナ・・・

アリアと家族としての関係を続けた相坂さよは、ホムンクルスの肉体に与えられた寿命が尽きると共に完全に霊格化し、京都に移住。この女性、成仏する気ゼロである。現在は、晴明神社(安倍晴明の家)で家族と共に厄介になっているとかいないとか。なお双子達は健やかに育ち、現在も母の霊体の媒介となっている社(晴明神社内に密かに建設)を父と共に守護している。

 

天ヶ崎千草(及びその家族)・・・

100年以上続くことになる旧世界連合天ヶ崎家の礎を築いた女性であり、3人の子供の母となる。夫に先立たれた後、晩年は娘の月詠と共に京都に戻り、たまに息子の小太郎と村上夏美が2人の間に生まれた孫を連れてくるのを楽しみに生きると言う安穏とした生活を送る。もう1人の息子である月影は旧世界連合大使の地位を事実上世襲し、母の跡を立派に継いだと言う。

 

アーニャ・ユーリエウナ・ココロウァ(及びメルディアナの友人)・・・

アーニャは4(クゥァルトゥム)との結婚後もメルディアナ教師を続け、定年まで勤め上げる。夫には娘が成人する前に先立たれるが、娘ルチアを立派に育て上げる。また、女王の夫君フェイトの死の際には誰よりも早くアリアの下に駆けつけ、悲しみを分かち合ったと言う。ルチアが第4王女アリアの親友であり続けたように、アーニャもアリアの親友であり続けた。

*メルディアナの友人:

ロバート・シオン夫妻は、夫が主夫になると言う形で結婚生活を送った。妻は運輸局局長にまで上り詰めるが、それは夫と子供が彼女の心の支えになった点が大きいとされる。彼らの妹ヘレンはウェスペルタティア宰相となり、ドロシーは結婚せず、生涯を魔獣医療に捧げた。最後の1人、ミッチェル・アルトゥーナはメガロメセンブリアで政治活動をして過ごす。なお、母アリアだけでなく娘ベアトリクスに求婚して断られると言う面白記録もあるが、これは信憑性の無いただの噂だとされている。

 

フェイトガールズ・・・

夫君フェイトの人生の大部分に関わった彼女達「フェイトガールズ」も、様々な形の人生を歩むことになった。夫君フェイトの死後も、後にパルティア連邦の首相となって部族を再興する調を除いて王室に残ることになる。暦は茶々丸と共に王室のナニーとして働き、それは晩年まで変わることが無かった。環は夫君フェイトの墓を守る「守護竜」となる道を選び、稀に親友キカネと共に角をぶつけ合っていたとか。焔も夫君フェイトの墓を守る役目をアリアから任せられ、後に墓荒らし達から「赤い閃光」と恐れられるようになる。栞はナニーとして働き、そして暦と違って晩年は故郷に戻り、姉と共に過ごしたとされる。

 

フェイト・アーウェルンクス・・・

女王アリアの最愛の夫であり、おそらくは最も尊い存在であったろう女王の夫君。ウェスペルタティア女王の夫として、議会から唯一公式に「夫君殿下(プリンス・コンソート)」(His Royal Highness the Prince consort)の称号を認められた人物。秘密結社「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」に所属しながら、女王アリアとの愛のためにアリアに味方したと言う逸話は無数の本・映画などになって国民に親しまれている。ウェスペルタティアの女性は少女時代、一度は必ず「あんな恋がしたい」と言うとまで言われている。誰よりも強い力を持ちながら優しく、かつ美しく、またその眼を愛する妻にしか向けない所が女性の憧れの的になったのだとか。家庭生活においては、妻との長く変わらぬ愛の営みによって5人の子を儲け、厳しい父として子供達から畏れられた。政治的な地位は持たなかったが、晩年(と言っても30代)に自身が責任者となったオスティア万国博覧会を大成功させ、ここでも歴史に名を残すことになる。

彼が42歳の時に若くして「病死」した際、アリアは嘆き悲しんだ挙句に宮殿に数年間引き篭ってしまった。その後、子供達の支えもあって公務に復帰、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)連邦の完成に力を注ぎ世界平和を成し遂げることになる。それは「夫の願い」でもあった・・・。

アリアは晩年、フェイトを懐かしんで様々な名誉称号を彼に与えた。自身に授与権限のある様々な勲章を贈り、王室の名誉職を授けるなどの行動を取った。その他、アリア&フェイト記念博物館やロイヤル・フェイト・ホールなどの夫君フェイトを記念した事業を精力的に推進した。それだけ、アリアの中でフェイトは大きな存在だったのである・・・。

 

 

 

 

 

*注意!!

この下にはウェスペルタティア王国のトリプルSランクの超国家機密が記載されております。

女王親衛隊及び王国宰相府公安調査局の執拗な追跡をかわす自信のある方のみ、ご覧ください。

(なお以下の情報は絡繰茶々丸の情報ネットワークでの攻○機動隊ばりの電脳戦の結果、ある旧世界出身のスーパーハッカーの電子精霊達が奪い取った情報である)

 

 

 

 

 

ミク『・・・本当にいいんですねー?』

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

ミク『・・・では、責任は取りませんよ~』

 

 

 

 

 

女王アリアの身体のサイズ(10歳 → 18歳の間の変化):

 

身長(cm):135 → 156

体重(kg):35 → 41

スリーサイズ:

(10歳時点)B61/W46/H61

(18歳時点)B72/W53/H77

 

 

 

 

 

ミク『それじゃ~・・・皆、にっげろ~♪』

 

 

 

 




アリア:
アリアです。
こうして見ると、本当に長い人生だったような、そうでも無いような気分になりますね・・・。

そしてこの人生の大半は、読者の皆様のおかげで生き抜くことができたと思っています。
皆様のアイデア、魔法具、魔法に小道具、それに私の周りを固めてくださったキャラクターの皆さん。
その全ては、読者の皆様のおかげであり、私は読者の皆様と共に歩んできたのだと思います。

皆様と一緒に、人生を歩んで参りました。
これからは、私は皆様の心と想像の中でのみ、生きて行くことになります。


これまで、本当にありがとうございました。


私が最後に掴めた、噛み締めることのできた幸せは、読者の皆様がいなければ手に入らない物ばかりでした。
このご恩は、まさに「生涯」、忘れることはありません。
ありがとう・・・。


アリア:
では、今度こそ最後です。
さよなら、皆様。
そして・・・あえて、申し上げますね。


また、お会いしましょう。
それでは・・・お元気で。


・・・アリアより、愛を込めて。



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