ラブライブ! 委員長はアイドル研究部のマネージャー (タトバリンクス)
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一章 First Live
一話 篠原沙紀 その一


初めましてタトバリンクスです。

処女作であるため拙いところもありますがどうか、暖かい目で読んで頂ければ幸いです。




 1

 

 私──矢澤にこには少し変わった後輩がいるわ。

 

 名前は篠原沙紀(しのはらさき)

 

 音ノ木坂学園2―Β。

 

 自称『何処にでもいる普通の高校生』。

 

 容姿は顔立ちは綺麗に整って、憧れるようなモデル体型(あとムカつくけど、胸が大きい)。

 

 見た目は分かりやすい方で、今時珍しい三つ編みのお下げと眼鏡──いわゆる委員長スタイルね。その見た目のせいかしら(多分そうとしか思えないのだけど)クラスメイトからは委員長でも無いのに、よく委員長って呼ばれているみたい。

 

 運動も出来て、成績は学年上位に入るくらいの学力もある。私としては羨ましい限りだけど、それも委員長なんて呼ばれる原因の一つかもしれないわね。

 

 今年──沙紀が二年生に進級した際に、その場のノリでつい(と言うよりも半ば強引に)クラス委員に推薦されてしまい、まさかの満場一致で当選という結果だったとか。

 

 あのときは内心驚きはしたって、本人は言っていたわね。そう言ったこともあって、名実ともに本当に委員長になってしまったわ。

 

 趣味は読書、音楽鑑賞で、どっちも興味を持ったものに手を出すくらいで、特に拘りはないみたい。

 

 また彼女には様々な噂が広まっている。

 

 例えば、彼女の実家は名家であるとか。

 

 例えば、町でたまたま見つけた他校の不良を、学年上位に入るくらいの模範生までに更正させたとか。

 

 その噂の数はとても多く、中には実は宇宙人じゃないかなどと、根も葉もない噂もあるみたい。

 

 そして数多くの噂が集まって、今では『音ノ木坂の生きる伝説』という肩書きを(本人は不本意ながら)持っているわ。

 

 学年の違う私のクラスまで容姿や肩書きが届いてるくらい、この学校ではとても有名な生徒だわ。

 

 そんな彼女と私は二人でアイドル研究部という部活で、何だかんだ一緒に活動しているのよ。

 

 これは彼女と私の物語。

 

 そしてとあるスクールアイドルグループとマネージャーの物語。

 

 2

 

「私って、完璧と言う言葉が、一番似合う人間だと思いません」

 

 昼休みのアイドル研究部の部室で、この部唯一の後輩である沙紀は唐突におかしなことを口にした。

 

「なによ! 突然」

 

 昼食を食べ終えて、部室のパソコンで趣味であるアイドルのことについて調べていた私はとりあえず作業をやめて、バカなことを言った沙紀の方を見る。

 

「文武両道、容姿端麗、それに慈愛に満ちた完璧な人間──それこそが私だと結論付けたので、何となく口に出したまでです」

 

「そんな私に全人類は崇め称えるべきなのが、自然の摂理だと思うのですが……どう思います」

 

「どう思うもなにも……今のあんたの言葉から慈愛なんて微塵も感じないのだけど」

 

 そもそもこいつの言葉は、冷たく感情が込もってないのよね。そのせいか優しさは全く感じられない。それに自意識過剰な気もするけど、その他の部分では強ち否定はできないわ。

 

 綺麗に整った顔立ち。出るところは出て、絞まるところは絞まって、制服の上からでも分かる体つき。更に眼鏡を掛けることによって、知的な感じを醸し出しているわ。

 

 この後輩の言う通り同性なら誰でも憧れるようなモデル体型だけども、それに不釣り合いな今時珍しい三つ編み。

 

 いや私もそれなりに珍しいツインテールだから、人のことは言えないだけども、それでもいくらなんでも今時三つ編みは珍し過ぎるわね。

 

「フフフ、私が尊敬するにこ先輩が私の溢れ出す慈愛の深さに気づかないというなんて面白い冗談ですか、可笑しくて笑いが止まりません」

 

「そんな笑ってるようには見えないのだけど……」

 

 やっぱり言葉に感情が込もってないし、目が全然笑ってない。それどころか冷たく見下しているそんな感じなのよね。いや、実際そうにしか見えないんだけども。

 

「にこ先輩は私よりも背も胸も小さく、たまに小学生と間違えそうなときもありますけど、それに私より良いところなんて何一つありませんが、それでも私はにこ先輩を尊敬しています」

 

「そう……今のであんたがにこのことをバカにしているのは、よ~く分かったわ」

 

 さりげなく私の身体的説明していた気がするけども、そんなことはどうでもいいわ。

 

「バカにはしていません。愛玩動物のように可愛がっているだけです」

 

「バカにしてるどころか、あんたの中でにこはペットと同じって、完全に見下してるじゃない!!」

 

 あまりの暴言に私は立ち上り、机の上をバンって思い切り叩いて、沙紀の顔の方を見る。

 

「いえいえ、にこ先輩そんなことはありませんよ。よく言うじゃありませんか。ペットは家族の一員って、つまり、私にとってにこ先輩は、家族のように尊敬していると言うことになります」

 

 そう堂々と立ち上がり胸を張って言う沙紀。その姿は清々しいを通り越して呆れるレベルだわ。あと本当に胸を張るんじゃないわよ。なんか悲しくなってくるから。

 

「いや、結局ペットじゃあ家族の中で階級が一番下じゃない」

 

 家庭によってはペットを他の家族より階級が高いところもあるかもしれないけども、どう見てもこいつがそんな家庭な気がしないから、結局沙紀の言ったことは意味がない気がしてきたわ。

 

「にこ先輩ハウス」

 

 そう言って沙紀はさっきまで私が座っていた椅子の方を指を指す。ハウスって完全にペット扱いじゃない。しかも私の家はあそこなのね。

 

「フフフ、ふざけるんじゃな~~いわよ!!」

 

 私は沙紀に詰め寄って服を掴もうとするけど、体格差が有りすぎて、目の前にはとても大きな山が二つ立ち塞がっていた。

 

 なんかこれを目の前にしたら泣きそうになったわ。あれ? なんか目から汗が出てきた。どうしてかしら。

 

「分かりました。ごめんなさいにこ先輩。悪ふざけが過ぎました。これからは牧場の牛くらいに尊敬します」

 

「それ……家畜じゃない。更に酷くなってるわよ」

 

「黙りなさい、にこ。お前は私の欲を満たす道具でしか無いのに私に楯突くつもり」

 

「遂に人ですらなくなったわ!! しかも今私のことさらっと呼び捨てになってるじゃない」

 

「…………」

 

「何か喋りなさいよ!!」

 

「…………」

 

 散々バカにした挙げ句の果てに、遂に私のことは視界に入っていないのかように座って、机の上に置いてあったアイドル雑誌をいつの間にか読んでいたわ。

 

「もう嫌……」

 

 私は自分の家(パソコンの前の椅子)に戻って、最初のように……とはいかず、キーボードを退かして机に顔を伏せた。

 

 そしてそのまま私と沙紀は数分間一言も喋らず、そのまま沈黙が続き、どんどん部室の中の空気が悪くなっていく。

 

 そろそろ頃合いね。

 

 何て思った私は立ち上がり、軽く手を叩いて──

 

「はい、茶番はこれで終わり、気が済んだ」

 

「はい、楽しかったですにこ先輩!!」

 

 そう言って沙紀の悪ふざけが終わった。

 

 3

 

「いやぁ~、最初はクール系キャラで行こうかと思いましたけど、にこ先輩の反応が面白くて、つい途中から毒舌キャラになっていましたね」

 

 先程とは打って変わって蔑んだ目はしていなく、言葉にも感情が込もって、笑顔でいきいき話す沙紀。

 

 ホント、さっきとは別人と言うくらいに酷い変わりようね。

 

「なっていましたね──じゃないわよ!! 何であんたの悪ふざけで、道具扱いにされなきゃいけないのよ」

 

 悪ふざけ。

 

 沙紀が唐突に別のキャラを演じて、私を弄るという悪趣味な遊び。

 

 しかし、さっきのやり取りを聞いてたら分かるけど、彼女の演技力はかなり高く、完全に別のキャラになりきれるのよ。

 

「流石にあそこまでやるつもりはなかったんですけど……楽しすぎてつい熱が入りまして……ごめんなさい、にこ先輩」

 

 さっきの悪ふざけの謝罪を込めて、私に頭を下げる沙紀。

 

 その姿には見苦しさはなく、逆に美しいと感じてしまうわ。いや、頭下げてる姿が美しいなんて、何言ってるか意味が分からないけど。

 

「さっきの演技で不快な思いをされたのなら責任を取って、一生にこ先輩の奴隷として生きていく覚悟はあります、いえ、理由もなく、今すぐでも私をにこ先輩の奴隷にしてください」

 

 バカなことを言いながら私に詰め寄ってくる沙紀がとても面倒なので、とりあえずお腹に一発入れといて黙らせる。

 

 私と沙紀には体格差が有りすぎるけど、逆に丁度良いところにパンチが入るのでこれで十分だわ。

 

「に……こ先……輩……腰の入った良いパンチでしたよ……でもSMはちょっと趣味じゃないです……」

 

「何の話よ!!」

 

 小さく呟きながら気を失って倒れた沙紀に、私はそうツッコミを入れる。

 

「こんな姿。誰にも見せられないじゃない」

 

 床で倒れてる沙紀を見て、私は呆れながらそう呟いた。

 

 これが『音ノ木坂学園の生きる伝説』──篠原沙紀の本性。

 

 この学校に広がっている沙紀の印象は淑やかで、誰にでも分け隔てなく優しい。まさに委員長って感じなのだけど、今の沙紀からはそれが微塵も感じられないわ。

 

「まあ、最初の頃と比べると大分マシにはなったわね」

 

 不意に初めて私と沙紀が会ったときの事を思い出す。

 

 当時の沙紀は脆く壊れそうな少女だと思ったわ。目は死んだように暗く俯いて、心此処に非ずって感じで、まともに会話ができそうになかったわ。

 

 そんな彼女がどういう訳かアイドル研究部に見学に来て、始めは追い返そうとしたわ。けど、色々とあって中に入れることになって、少しだけ話をして、そのまま一緒に帰ることになったわ。

 

 そうして次の日も沙紀はやって来て(私が何時でも来て良いと許可を出したんだけど)少し話して一緒に帰る。そんな毎日が続いて、沙紀のことをどんどん知っていくうちに、彼女の秘密を知ってしまったわ。

 

 秘密を知った私は、彼女にアイドル研究部に入部するのを勧めると、彼女は(少し躊躇いはしたけど)入部して、一緒に活動するようになったの。

 

 そこから沙紀は少しずつ明るくなり、さっきも言ったように淑やかで、誰にでも分け隔てなく、優しい委員長みたいな子になっていったわ。

 

 それと同じくらいの時期だったかしら。沙紀の噂が学校中に広まりだしたのは。この学校に凄いスペックの高い委員長みたいな子がいるって。

 

「もしかして……こいつがこんな風になったのは私のせい?」

 

「もしかしても、何もありませんよ。その通りですよ、にこ先輩」

 

「きゃ~!! びっくりしたわ、あんたもう起きたの!?」

 

 突然、声を掛けられてびっくりする私。声がしたほうを見ると、沙紀が何事もなかったように、平然と雑誌を読んでいたわ。

 

「それはもちろん鍛えていますから回復も早いですよ」

 

 まるでそれが当たり前のようにさらっと言う沙紀。いやいや、流石に気を失って、すぐに回復してからそのまま雑誌を読むのは普通じゃないから。

 

「それにしてもにこ先輩」

 

「なによ」

 

 また何かされたら堪ったものじゃないから沙紀に声を掛けられて、少し身構える。けど私の予想とは違って、沙紀は少し頬を染めて──

 

「私が気を失っている間、私のことを想っていたなんて照れちゃいますよ」

 

 なんてピンク色のオーラを放ち出した。

 

「想ってないわよ!! 少し昔のことを思い出していただけよ」

 

「も~照れちゃって、にこ先輩のて・れ・や・さ・ん♪ きゃ♪」

 

「とりあえず、もう一発入っとく」

 

 拳を構えながら何時でも入れられるように準備して沙紀を脅す。

 

「ごめんなさい。マジで調子に乗りました」

 

 さっきまでのピンク色のオーラは一瞬で消え去って、流れるように土下座する沙紀。今までのクール系キャラや毒舌キャラ、脳内お花畑キャラはどこに行ったのやら。

 

 そんな風にバカな会話をしていると、ふと予鈴が鳴るのが聞こえて、昼休みの時間は終わりを告げるのを知らせていた。

 

「それではそろそろ戻りましょうか」

 

「そうね」

 

「それではまた放課後、中庭で」

 

 私たちは教室に戻る準備をしながら沙紀は放課後の活動場所を伝えて、私たちはそれぞれの教室に戻っていった。

 

 戻る途中、私はあることを思っていたわ。

 

 次の授業はなんだったかしら。

 

 4

 

「にこ先輩、残りワンセットです」

 

 放課後──退屈な授業を終わって、多くの学生が部活動に精を出しているなか、私たちは約束通り中庭に集まって、その片隅で私は沙紀監修の基礎トレーニングメニューを行っている。

 

「にこ先輩お疲れ様です。はい、飲み物をどうぞ」

 

 沙紀の言葉を合図に練習を一旦止めて、私は飲み物を受け取ってからその場に座り休憩に入る。

 

「良い調子ですね。これならば何時メンバーが増えて、活動が活発になっても問題ないです。流石はにこ先輩です」

 

 沙紀に渡された飲み物を飲んでいると、沙紀は私の隣に座り今日の練習の評価をした。

 

 彼女は私の前ではお調子者だけど、根は真面目だからお世辞は言わないから、沙紀がそう言ってくれるのなら本当に問題はないようね。

 

「当然よ、なんたって私はスーパーアイドル矢澤にこなんだからこれくらい余裕だわ」

 

 なんて自信満々に言ってみたけど、実のところ沙紀のおかげなのよね。

 

 私のトレーニングメニューをこいつ一人で作ってくれている。しかも私の体に無理が無いように気遣いながら長期間ではあるけど、少しずつ、そして確実に実力が付くようなメニューを常に考えてくれるわ。

 

 たまにクラス委員としての仕事やそれ以外の仕事があるときは、ちゃんとメニューを伝えてくれるし、学校が休みのときは、家で簡単にできるメニューまでも考えてくれるのよ。

 

 さらに私がこれを良くしたいとか言うと、その目的に沿ったメニューを次の日には考えてくれて、私が上手くなるために努力をしていれば、沙紀は必ずその手伝いをやってくれる。

 

 正直に言えば私には勿体ないくらいに沙紀のマネージャーとしての能力は高いのよね。

 

 その能力を生かせば、運動部を全国大会まで連れていけるじゃないのかなって思うときもある。よくは知らないけど、他の部に練習メニューに助言をしていたこともあったそう。

 

(私は貴方をスーパーアイドルにして見せます)

 

 不意に私は沙紀が入部した次の日に誓ってくれた言葉を思い出したわ。

 

 あの時はまだ本当に沙紀のこと信用はできなかったけど、あの時沙紀が言ってくれた言葉には熱意があり、本物だと思ったから信じてみようと思ったわ。

 

 今はまだステージの上には立てないけど、遠くない未来にきっと沙紀は私をステージの上に立たせてくれると、そう確信を持てるの。

 

 だから、私は沙紀を信じて、何時か本当にステージの上に立つために努力をするわ。

 

 そして、必ず私は自分がステージに立つ姿を沙紀に見せてあげたい。それがきっと沙紀に出来る最高の恩返しだと思っているわ。

 

「沙紀!!」

 

「何ですか? にこ先輩」

 

 私は急に立ち上がって、沙紀を呼んでも、沙紀は驚かず、真っ直ぐ笑顔で私の方を見てくれる。

 

 そんな沙紀の手元には練習メニュー表を持っていて、私をステージの上に立たせるために考えては書き直した鉛筆の消しあとがいっぱいあるのが見えた。

 

 それを見た瞬間に感謝の気持ちがより一層込み上げてくるが──

 

「私をスーパーアイドルにして見せなさいよね。わかった!!」

 

「ええ、分かっていますよ。必ずにこ先輩をスーパーアイドルにして見せます。それが私の今の目標ですから」

 

 感謝の気持ちを伝えようとしたけど、つい恥ずかしくなって口が悪くなって命令みたいに言うけど、沙紀はそんなことを一切気にせず、さっきとは比べ物ないくらい良い笑顔でそう言ってくれたわ。

 

 どうやら私が言いたいこと、考えていることはお見通しみたいで、ホント、こいつには敵わないわね。

 

「学校の中庭で二人の少女が夢に向かって頑張っていくと誓い合う姿は青春やなあ」

 

 そうして休憩を終えて、そろそろ練習に戻ろうとすると、突然──関西弁みたいな喋り方をする第三者が割って入ってきた。

 

 声がする方を見ると、そこには羨ましい限りの豊富なバストを持った私の同級生であり、この学校の生徒会副会長である東條希が、ニヤニヤしながら楽しそうに立っていたわ。

 

 5

 

「ウチは委員長ちゃんを用が合って、探していたら、二人がなかなか良い雰囲気やったから、遂に、にこっちが委員長ちゃんに告白するのかなって思ったら、つい遠くから眺めさせてもらったんや」

 

 そうペラペラと楽しそうに喋るのは私と沙紀の知り合いである希。

 

 ならどうして声を掛けないのよ、って思ったけど、こいつなら面白そうな状況を見つければ、こっそりと傍観して楽しむことだって平気でやるわ。

 

「けど、肝心のにこっちがへたれちゃったから部活動に励む先輩と後輩の青春の一ページみたいなったけど、まあそれはそれでウチは好きやから、良いものを見せて貰ったよ」

 

 ホント、こっちとっては迷惑でしかないわ。

 

「OK分かったわ。つまり、あんたは最初から見ていたみたいに見えるけど、どうなのよ」

 

「そうや。ウチは最初から見てたんよ。けどそれがどうしたんにこっち?」

 

 もしかしたら途中から見て勘違いしたのかもと思い確認したが、そうでもなく最初から私たちのことを見ていたみたい。ならば、私が気になることはただ一つだけよ。

 

「それならどうしてにこが沙紀に告白しようとして、へたれたって勘違いしたのよ!!」

 

 何を、どうしたら、そう見えるのよ。私は普通に沙紀に感謝の気持ちを伝えようと(出来なかったけど)していただけなのに、希の目はどう映っているのよ。

 

「えぇ~、あの時のにこっちの顔は恋する乙女みたいな感じやったやん。そんな顔をみたら誰だって告白すると思うんよ。ねぇ、委員長ちゃん」

 

「その通りですよ、にこ先輩。正直……私もにこ先輩に告白されるかななんて思って、内心ドキドキしていましたよ」

 

 最悪だわ。希のやつ沙紀に同意を求めてそれを沙紀も乗ってきたわ。こうなると私の周りには味方が居ない。二人かがりで私を弄り倒しに来るわ。そうなる前になんとなしなくちゃ。

 

「そんなわけないでしょ。何で私が沙紀に告白しなきゃいけないのよ」

 

「そんな……、にこ先輩酷いです。そんな風に言わなくてもいいじゃないですか。私は……真剣だったのに、にこ先輩は私の気持ちを弄んだんですね」

 

「ヒドーイ、にこっち。委員長ちゃんの心を踏みにじるなんて」

 

 しまった。完全に言い方を間違えたわ。そのせいで何か私が沙紀を泣かしたみたいになっているし。というか希の言葉に棒読み感あるけど、明らかに沙紀の方は役に入っているわ。

 

 その証拠に手で顔を隠して、嘘泣きしてるのが分からないようにしている。しかも僅かな指の隙間からこちらの様子を伺っている。このままだと余計に私が不利になるわ。

 

「違うわ。そうじゃないわよ、にこは沙紀のことを嫌っている訳じゃないのよ。どちらかと言えば好きよ。あんたと居れば退屈はしないんだから」

 

 あぁ~、なに言っているの私。明らかにこの二人に乗せられて、余計な事を言っているわ。そんな風に自分が言った台詞に後悔していると沙紀は私に寄ってきて──

 

「にこ先輩。大好きです。結婚しましょう、今すぐに」

 

 嬉しそうに抱きついてきた。

 

「何するのよ。離れなさいよ、暑いでしょうが。さらっと結婚って言わなかった!?」

 

「言いましたけどいいじゃないですか。私は全然平気ですよ」

 

「あんたは良くても私は良くないわよ」

 

 私がなんとか沙紀を引き離そうして抵抗するが沙紀の力は強くなかなか離れない。

 

「にこっちも素直になれば良いのに、まあそれがにこっちの良いところなんやけど。しかしまあホント、仲ええな」

 

 そんな大変な思いをしてる私の横で希はニヤニヤしながら何か言ったような気がする。

 

 まあどうせ変なことしか言ってないだろうから無視しておくけど、それよりも今は沙紀を何とかしなきゃ。

 

 結局沙紀が満足するまで私から離れることは無かったわ。あぁ、疲れたわ。身体中汗まみれよ。沙紀のやつどれだけ体温高いのよ。

 

「フフフ、にこっちお疲れ様」

 

 他人事のように声を描けてくる希。元々はあんたのせいでこんなことになったのでしょうが。

 

「それであんた沙紀に何の用があるのよ。まあ大体は予想が付くけど」

 

「そうや。ウチは委員長ちゃんに用事があって来たんやっけ。ついにこっちたちが楽しそうにしてから忘れてた」

 

「忘れてたんかい!!」

 

「にこ先輩ナイスツッコミです」

 

 用事があって来たのに肝心の本人が忘れていたんで思わずツッコんじゃったけど、まあいいわ、思い出したんだし。これで話は進むわ。

 

「それでは希先輩どう言ったご用件ですか」

 

「その前に委員長ちゃん。今日発表されたことを知ってる?」

 

「えぇ、知っていますよ。この学校の廃校のことですよね」

 

 基本的に彼女たちの会話に口を挟むつもりはないけど、彼女たちの会話には聞き逃せない単語があった。

 

 廃校。

 

 現在、私の通う音ノ木坂学園は廃校を迎えてるの。ここ数年──この音ノ木坂学園は入学者数が減っていき、ついに今年の新入生は1クラス分つまり約40人程度しかいないのよ。

 

 その結果、今日音ノ木坂学園を廃校すると発表されたわ。

 

 正しくは廃校の見込みがあるというだけで来年生徒が集まれば学校は存続できるみたい。

 

 まあ、私は廃校の事実に驚きはしたがそこまで動揺はしなかったのよね。何となくだけど、この学校に入学してからそういう雰囲気は確かにあったわ。

 

 実際にクラスの数減っている訳だし。けど廃校という事実に冷静に納得する自分とそれと同じくらい寂しいなと思う自分がいたの。

 

 どうやらこの学校に通ってるうちにいつの間にかこの学校の事が好きになっていたみたいね。

 

 でもそんな事実を知ったところで一生徒である私がどうこうできる問題ではじゃない。

 

 そんな問題に一人で努力したところで、無駄であることなんて目に見えて分かっていることだから私は何もしないし、何も出来ない。

 

 でもきっと何人かは廃校を阻止するために動くでしょうね。例えばこの学校の生徒会長とか。

 

「それなら話は早い。委員長ちゃんウチら生徒会の手伝いをしてくれると嬉しいんやけど、どうかな? そうしてくれるとエリチも助かるやろうし」

 

 ほら、やっぱり。あの生徒会長なら動くだろうね。

 

「そういうことでしたら分かりました。ですが……その前に私はあくまでもにこ先輩のマネージャーですから協力する前に、にこ先輩の許可を取ってからですけど」

 

「じゃあ、にこっち良いかな、委員長ちゃん借りちゃっても」

 

 例え学校が廃校しようともぶれずに沙紀は私のマネージャーとして私のことを最優先で考えている。

 

 そんな沙紀のことを理解している希は私から沙紀を借りて良いのか聞いてくる。

 

 確かに沙紀の能力の高さならきっと生徒会の助けになるわ。なら答えは一つね。

 

「いいわ沙紀、生徒会に協力しなさい、にこのことは心配しなくてもいいわ、にこはにこでやれることをするから、あんたはあんたのやれることを最大限ことにやりなさい」

 

「分かりましたにこ先輩、私は私の出来る最大限の力で生徒会の手伝いをします」

 

 明日から沙紀は生徒会の仕事を手伝うことになるわね。

 

 忙しくはなるけど、まあ、それでも普通にアイドル研究部の仕事もやるのが私のマネージャーなんだけどね。

 

「なら決まりや、明日放課後生徒会室で待っているで、ほなな」

 

 そうして希は目的を果たしたので生徒会に戻っていったわ。

 

 6

 

 希が生徒会に戻ってから、私たちは休憩を終えて、練習を再開していると、気づいたら五時前と、そろそろ帰らなくいけない時間になっていた。

 

 私は練習を止めて、練習で掻いた汗を拭きながら、中庭の隅に片隅に置いておいた鞄の所まで行き、帰る準備をする。

 

「にこ先輩? そろそろ帰りますか?」

 

「そうね、そろそろ帰らないと妹たちの夜ご飯作るのが遅くなるわ」

 

 今日はママが帰ってくるのが遅いから私が妹たちの夕食を作らなきゃいけない。

 

 場合によっては食材も買って帰らなくちゃいけないから、このぐらい時間に帰ればスーパーのタイムセールにも間に合うから早く帰る準備を済ませるわ。

 

「分かりました。私も一緒に帰ります」

 

 沙紀も私の家庭のことを知っている(というかちょくちょく遊びに来る)から理解も早く、すぐに鞄を取りに行き、あっという間に帰る準備を終える。

 

 そうして準備を終えた私たちは、二人で一緒に帰ることになったわ。

 

「しっかし沙紀、あんたも大変よね。明日から部活と生徒会の両立なんだから」

 

「心配してくれてありがとうございます。にこ先輩、いえ、このくらいなら大丈夫です。馴れていますから」

 

 そう言って笑顔で返す沙紀。本人も言ったとおり全然辛そうではない。たまに生徒会の手伝いをすることがあるため特に大変だとは思わないみたい。

 

「でも、明日からの活動は結構大変そうですね。何せ廃校を阻止するための案を出さなくていけませんから」

 

 確かに何時もならちょっとした案件に助言をする程度だけど、今回は規模が大きい。何せ学校一つの存続が掛かっている。プレッシャーも相当な筈よね。

 

「そうね、この学校……廃校になっちゃうのよね。でも、あんたの事だからもうとっくに色々と思い付いてるじゃない、『音ノ木坂の生きる伝説』さん?」

 

「ははは、あの肩書きは私不本意なんですけどね、それに流石に廃校を阻止する案なんてそうポンポンと思い付きませんよ。今のところ良くて一つ、二つですよ」

 

「思い付いてるんかい!!」

 

 からかうように沙紀の肩書きを言うと、やっぱり沙紀はあの肩書きのことを気に入ってないみたい。でも流石は肩書き通り、既に案を思い付いているから思わずノリでツッコンでしまったわ。

 

「思い付いていますけど、多分きっと今の生徒会長だと許可は貰えないでしょうね。だってリスクが高いですし」

 

「そうなの? 確かにあの生徒会長は頭固そうよね。ホントに嫌になるわよ」

 

 私はあまり生徒会長と関わりがないからよくは知らないけど、何時も怖い顔してお堅そうなイメージがあるから。

 

「いや、そういう意味で言ったでは無いのですが、まあいいでしょう」

 

「えっ、違うの? あんたの事だから凄く斜め上な発想して、更にリスクが高いって言ったら怒らせそうなイメージがあるわよ」

 

「むっ、それは心外ですにこ先輩。流石に真面目な場ならちゃんとしますよ」

 

 流石にさっきの私の発言に不機嫌になったのか少し不機嫌気味に言う。どうやら私の思っていることと違うみたい。

 

 やっぱり関わりがある沙紀からしたら生徒会長が違う風に見えるのかしら。

 

 多分、私や希がよく見る沙紀とこの学校に出回ってる沙紀のイメージが違うようにきっと沙紀は生徒会長の違う一面を知っているのかもしれないわね。

 

「まあいいわ。それよりもにこはあんたが考えていることは気になるだけど」

 

 そんなほぼ他人みたいな生徒会長より沙紀が考えたアイデアのほうが数十倍気になるわ。きっと私なんか思い付かない凄いアイデアを思いつているかもしれないから聞いてみるのも面白いから。

 

「そうですね。それじゃあ……いや、駄目です。内緒です」

 

 沙紀は少しだけ考えて言おうすると、突然言うのを止めた。

 

「良いじゃない減るもんじゃないし教えなさいよ」

 

「駄目ですよ」

 

 無理矢理教えさせようと沙紀を捕まえようとするが簡単に私を避けて、避ける沙紀は笑顔で私を見てたの。

 

 そんな風に馬鹿なことや会話しながら歩いて行くと、そろそろ沙紀と別れなければならない場所まで来ていたわ。

 

 沙紀と一緒に居ると疲れることが多いけど、何だかんだで、私は楽しいと思っちゃっているから少し寂しく感じるわ。

 

 それは沙紀も同じで少し寂しそうな顔をしていたわ。

 

 そういえば、今日ネットで調べたときに見つけたあれに誘ってみるかしら。ふと、沙紀の顔を見て、そんなことを思い出したので沙紀に聞いてみる。

 

「沙紀、明日の朝って暇?」

 

「暇ですけど、どうかしましたか」

 

 明日の予定を聞くと、沙紀は少し不思議そうに答えた。

 

「暇なら学校に行く前に、一緒に秋葉行くの付き合いなさいよ」

 

 そう言うと沙紀の顔が凄く明るくなりとても嬉しそうな顔して──

 

「もしかして先輩と朝デートですか。ついに私の好意に気づいてくれたんですね」

 

 とんでもないことを言った。しかも、好意がどうだとか言ってた気がするけど、聞かなかったことにするわ。

 

「違うわよ!! バカ。秋葉でA-RISEを見に行くのよ」

 

「うぅ、そんな否定しなくてもいいじゃありませんか」

 

 私が怒ると、しょぼんとして、涙目に落ち込む沙紀。そんな姿がちょっと可愛いと思ったのはナイショよ。

 

「朝ですか……暇ですけど、いえ、にこ先輩ためなら例えどんな予定があっても最優先でにこ先輩の元へ駆けつけます」

 

「いや、流石にそこまではしなくて良いから」

 

 時々この後輩の怖いと思うときがあるわ。今のように全てを犠牲にして私に尽くそうとするときとか特に、割りと冗談じゃなくて本気でやりそうだから困るわ。

 

「分かりました!! では、明日の朝、秋葉集合ですね。楽しみにしています、それではにこ先輩さようなら、また明日です」

 

「また明日」

 

 そうして凄く楽しそうにして分かれ道のほうを進み、私の方を振り向いて、元気に手を振りながら挨拶をして私も恥ずかしいけど、手を振って別れの挨拶をした。

 

 沙紀と出会ってめんどくさいときもあるけど楽しくて可愛い後輩だわ。

 

 だから私が卒業するときまで沙紀がいっぱい笑っていられるそんな楽しい日々が続きますようにと、願いながら私に家に帰った。

 




如何だったでしょうか。

にこはこんな感じかどうか良くわかりませんがこんな風にやっていきたいと思います。

誤字、脱字等がありましたらご連絡ください。


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二話 篠原沙紀 その二

毎回、小説を書いて思うことはこのキャラこれで口調これで合ってるのかなとそんな風に思いながら書いています。

では、二話目をどうぞ。


 1

 

 ウチの名前は東條希。音ノ木坂学園三年生で生徒会副会長をやってるんや。

 

 あれ? 前回はにこっちが語り手をやってたのに何でウチがやってるのかって? それはウチも沙紀ちゃんの先輩やからや。

 

 まあ本当はあの子に自分語りさせるのは、ちょっと心配というか、不安しかないのが理由なんやけどね。

 

 なんというか前回の彼女の飛ばし振りを、にこっちから聞いていると、まだ早いかななんて思って、今回はウチが語り手もとい進行をさせてもらいます。

 

 あっ、そうそう。前回から分かるようにウチも沙紀ちゃんの本性も知っているし、にこっちを溺愛しているのも(ホント事故みたいなもんやったけど)知っている。

 

 と、言っても委員長ちゃんの……あっ、委員長ちゃんって言うのは沙紀ちゃんのあだ名で理由はにこっちが語ってくらたら省略するけど、ウチは沙紀ちゃんのことを委員長ちゃんって呼んでるんや。

 

 話は逸れちゃったけど、委員長の本性を知っているのはウチとにこっちくらいで他の人たちは見事に騙されてるみたいやけど。

 

 となると、本性を知っている人がもういないから(ウチが知らないだけで他にもいるかもしれないけど)次は誰が語り手をやることになるのかはちょっとわからないけど、ひとまずはウチが今回を遣り切れなければいけないので、先のことは考えず、今を精一杯が頑張らせてもらいます。

 

 拙い語り手だと思いますが何卒よろしくお願いします。

 

 というわけで、早速本題や。

 

 現在、音ノ木坂は前回にこっちが語ってくれたように廃校の危機を迎えてるんや。

 

 そこでウチら生徒会は廃校を阻止するために動き出そうと、ウチの親友であり、生徒会長でもある絢瀬絵里(ウチはエリチと呼んでるやけど)を筆頭に、今朝この学校の理事長に許可を取ろうとしたんやけど、許可は下りなかった。

 

 エリチは生徒会長として学校のため何か出来ないのかと考えているやけども、理事長から何で許可が下りなかったのか理由は分からずただ焦っていた。

 

 ウチは何で理事長が許可を出さなかったのか、理由は分かるんやけど、それはエリチ自身が気付かないと意味がないので今はそれに気づけるように準備をしているところや。

 

 といっても、何かしら生徒会副会長として、理事長が許可を出しそうな案をとりあえず出しとかないと、エリチの機嫌が悪くなるから、そんなわけでこの学校で最も有名な生徒──篠原沙紀ちゃんに知恵を借りて、その説明をしにもう一度会いに向かったのは良かったんやけど……。

 

「にこ先輩。何で私の愛を受け取ってくれないのですか。ひどい……、酷すぎます」

 

「だ~から、あんたの愛は重いって言ってるの沙紀!!」

 

 どういう状況や、これ? 

 

 2

 

 とりあえず状況を整理しないと。何事も整理整頓は大事や。

 

 まずウチはさっきも言ったように委員長ちゃんの知恵を借りようと、昼休みにアイドル研究部の部室に向かったん。向かったところまでは良かったんや。そこまでは。

 

 そしてアイドル研究部の部室のある階まで向かうと、まるで別世界みたいにピンク色の甘々な空気を肌で感じてた。

 

 ウチは思わず委員長ちゃんが、何時ものように、にこっちとラブラブしていると思って、部室の扉をノックしてから扉を開けると、さっきのやり取りが丁度行われてたんやけど……全く状況が分からないんよ。でも、面白そうだからもうちょっとだけ見てよ。

 

「私の丹精込めて作ったお弁当を……にこ先輩はどうして食べてくれないですか、せっかく、にこ先輩と朝デート出来ると思って、楽しみのあまりに昨日の夜から準備していたのに」

 

 フムフム、成る程。委員長ちゃんはにこっちと朝から一緒にいられるのが嬉しすぎてお弁当まで作ったのに、肝心のにこっちは食べてくれないと。

 

 これだけ見ればにこっちが悪いんやけど、委員長ちゃんやからな~。何かとても変なことをやらかしていると思うんやけど。

 

「普通に作ったら食べもなくもないわよ。でも……」

 

 でも? 一体、委員長ちゃんは何をやらかしたんや。そんな風に考えてるとやっぱりというべきやのか、にこっちの口からとんでもない事実を知ってしまう。

 

「何でお弁当のおかず全部に沙紀の体液を混ぜ混んでるのよ!!」

 

 へっ、にこっちは今なんていたの? 体液? 汗や涙、血とかの人間が出す体液? 

 

 少しこの事態に頭がついていってない。なんやろ、とりあえずはにこっちはまだお弁当を食べてないみたいやからセーフだと思いたい。

 

「沙紀が言わなければ全部食べちゃうところだったわよ。というか、一口食べちゃったじゃないのよ」

 

 アウトみたいや。なんいうか……にこっち御愁傷様や。色々な意味で。

 

「酷いじゃないですか。せっかく私の料理の腕前を披露して、特に私の味を覚えてもらおうと美味しく作ったのに……」

 

「頑張る箇所がおかしいのよ!! ちゃんとまともにお弁当を作ってくれば、評価はしたわよ」

 

 確かに頑張る箇所はおかしい。委員長ちゃんならわざわざ余計なことをせずに、普通に作っても美味しく出来そうやのに。

 

「でも、この際、はっきり言うわ、沙紀。さっきも言ったようにあんたの愛は重い。とてつもなく重すぎてこっちが受け止められないから迷惑なのよ」

 

「そんな……私はにこ先輩のために頑張って来たのにそんな私をにこ先輩は嫌だと……」

 

 その言葉にショックを受ける委員長ちゃん。まるで糸が切れた人形みたいガクッと足元から崩れてその場で固まる。

 

「そうよ。正直に言ってあんたの事、にこは嫌いだから」

 

 更に追い打ちを掛けるにこっち。それ以上は止めてあげてにこっち、委員長ちゃんを追い詰めないであげて、本当に可哀想だから。

 

 まあでも何時もならここで委員長ちゃんがまた変なことをやらかすんやけど。しかし、今日は何か違っていた。

 

「フフフ、そうですか。にこ先輩は私の事が嫌いですか、そうですか……」

 

 何かが吹っ切れたみたいに不気味に笑う委員長ちゃん。顔は俯いて見えないから彼女がどんな顔をしているのかが分からない。

 

「なら、私に生きる意味はないですね。にこ先輩に必要とされない私はただの産業廃棄物ですから」

 

 産業廃棄物ってそれは言い過ぎじゃない。

 

「でも、私一人で死ぬのは嫌ですからにこ先輩……私が愛したあなたを殺してからバラバラにして、それから隅々まで私がにこ先輩の体を食べましょう」

 

 そう言って委員長は顔を上げて立ちあがる。その際に見えた顔はとても怖く目には光を感じられずそれでいて笑顔だった。

 

 光を失った目でにこっちを見つめたあと、自分の鞄から包丁を取り出してにこっちに向ける。なんで、委員長ちゃんの鞄に包丁が入っているんや。

 

「そしてにこ先輩を食べきって私たちが一つになったあとで、私が死んで永遠に一緒にいられるようにしましょう。あぁ、なんて嬉しいことでしょう。死んでもなお、にこ先輩と共に居られるのですから」

 

 とても嬉しそうに恐ろしいことを口にする委員長ちゃん。包丁を持っているせいか、その姿からは狂気しか感じられない。

 

「やれるもんならやってみなさい。にこはそう簡単にやられるつもりはないわ」

 

 準備運動をしながら委員長ちゃんを挑発するにこっち。というか、にこっち拳で包丁を持っている委員長ちゃんと殺り合うつもりや。

 

「ちょっと待って。にこっちに委員長ちゃん。一部始終見せてもらったけど、何も殺し合う必要ないやろ」

 

「あら、希先輩要らしていたんですか。ごめんなさい。取り込み中でしたので気づきませんでした。にこ先輩の下ごしらえを終わらせたらお茶を用意しますので、そこで少々お待ちください」

 

「希!! 今のバカにそんなことを言っても無駄よ。それにこれは私たちの問題よ部外者は黙ってて」

 

 これ以上は危険だと思い二人を止めようと仲裁に入るけど、委員長ちゃんはヤル気満々で止める気は全くないし、にこっちに至ってはウチを部外者扱いにする始末。

 

「そういうのはええから!! 委員長ちゃん学校でそういうことは止めてほしいから」

 

 一番危ない委員長ちゃんの元へ駆け寄って体を抑えて包丁を奪おうとするけど、委員長ちゃんが暴れるから奪えない。だからせめて手元が狂ってウチや委員長に刺さってしまわないように、委員長ちゃんの腕を押さえるのが、精一杯やった。

 

「放してください希先輩。このままじゃ、にこ先輩と一つになれないじゃないですか」

 

「ならなくていいから、ひとまず包丁を置いて落ち着こう委員長ちゃん」

 

 ウチを振りほどこうと暴れる委員長ちゃん。その力は強く抑えるのがきつくて何時振りほどけてもおかしくない。その前になんとか説得しないと。

 

「よし、希そのままバカを抑えておいて一発で仕留めるから」

 

「にこっちも委員長ちゃんを仕留めようとしないで!!」

 

 チャンスだと思ったのか、にこっちは委員長ちゃんに向かって走り出す。ウチは一瞬にこっちに気が向いて油断してしまったのか、その一瞬の隙を突いて、ウチを振りほどき瞬く間に足払いをして、邪魔されないように床に倒す委員長ちゃん。

 

「止めてぇぇ!」

 

 ウチの叫びの声を空しくも届かず、にこっちの心臓に向けて包丁を構え突っ込む委員長ちゃんだったが、にこっちが包丁を紙一重でかわし、委員長ちゃんの鳩尾に見事に拳を当てる。

 

 鳩尾に当たった委員長ちゃんは意識を失いながらもにこっちに止めを指そうと、包丁を握ろうと手に力を込めるが一瞬の内ににこっちが包丁を奪い、そして奪った包丁で委員長ちゃんの心臓を貫いた。

 

「ありがとう沙紀。そして……さようなら」

 

「ゴッフ、愛しています……にこ先輩…………」

 

 力を抜けたようににこっちのもたれるように前に倒れる委員長ちゃん。

 

 それは歪んだ愛を持ってしまったものとその愛を受け止められない者の悲しい結末だった。

 

 3

 

 だった……。じゃないんよ。どうするのこの状況。嘘や、何でウチの語り手の時に限って、しかも三話の前半にして主人公死亡ってどう収集つけるつもりなの。

 

「どうもこうもないわ希。あいつとにこが出会ったときから何時からかこうなる運命だったの。それが偶然―今日だっただけ」

 

 ウチの心を読んだのかそう口にするにこっち。その口調から悲しみはあるけど動揺がなかった。

 

「不思議なものね。大切な後輩を殺したって言うのに全く動揺しないなんて。それどころか頭のなかがどんどん冴えてく感じ。次に何をすべきかもう思い付いちゃってるわ」

 

 横たわっている委員長ちゃんに近づき、顔を少しだけ悲しそうに撫でて委員長ちゃんを持ち上げようとするが、体格差がありすぎて持ち運べず、持ち運ぶのは断念して委員長ちゃんの両足を持つにこっち。

 

「何をする気なん?」

 

「あのバカのことだからにこを処理して自分が生き残った時の準備を隣の部屋でしているはずだからそれを使わせてもらうわ」

 

「にこっち!! まさか!?」

 

「それにこいつ一人で生かせるのは可哀想だからね」

 

 にこっちの行動で理解できなかったウチやったけどその言葉で全てを理解してしまった。にこっちは委員長ちゃんと一緒に死ぬつもりや。

 

 あんなに委員長ちゃんの愛を拒否していたにこっちだったが本心では受け入れていたんや。それやけど、委員長ちゃんを殺してしまい罪悪感と後悔積り心中するつもりや

 

「あとの処理は任せたわ希。ごめんなさいね。偶然用があって来たあなたを巻き込んじゃって」

 

 そういってにこっちは委員長ちゃんを引きずりながら隣の部屋のドアを開けようとする。その姿は悲しみに包まれた女の顔やった。

 

「待って!! にこっち!! くっ」

 

 心中させないと立ち上がろうとするが、先ほど委員長ちゃんから受けたダメージが回復しておらず、立ち上がれずにその場を見届けることしかできない。

 

 そうしてその場に取り残されてしまったウチ。友達同士の悲しい争いを面白半分で見てなければ止められるはずだった争いを止められなかった無力なウチに嫌気を感じる。

 

 その場で何分時間が経ったのか分からないけど、足も回復して何とか立ち上がれた。

 

 ふらふらな足取りでにこっちと委員長ちゃんがいるはずの……いや、正確にはにこっちと委員長ちゃんだったものある部屋の扉の前に立つ。

 

 こうなってしまったらウチは最後まで見届けなければならない。それが彼女たちに何も出来なかった罪滅ぼしかもしれない。

 

 扉の前で深呼吸する。そうして気持ちを切り替えて扉に手を掛ける。例えどんな結末を向かえてもウチは受け入れる。

 

 そして、扉を開けるとそこには──

 

『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードを持った死んだはずの二人がにこやかに笑ってそこにいた。

 

「なんや、それぇぇ!!」

 

 アイドル研究部の部室からウチの声が学校中に響いた。

 

 

 4

 

「本当に申し訳ありませんでした!!」

 

「でした!!」

 

 深々と土下座をするアイドル研究部の二人。

 

「でっ、何時から……。何時から計画を立てていたのかな?」

 

「昨日の夜から何となく今日希先輩が来ると予想できたので、ドッキリを仕掛けてみようと私が提案しました」

 

 土下座しながら自らを主犯だと名乗り出るこの学校で一番の有名人である慎ましくおしとやかで誰にでも優しいと定評のある委員長──篠原沙紀、しかし今は噂の影が微塵も感じないん。

 

 委員長ちゃんの説明によると、昨夜、お弁当の準備をしているときこの設定を思い付き、最初はにこっちに仕掛けるつもりだったみたい。

 

 だけど、昨日すでに一度仕掛けてるため、連続で仕掛けると感づかれて面白くないから、にこっちに仕掛けるのは止めた。

 

 それで終わればいいんやけど、委員長ちゃんの恐ろしいことに、さっきも委員長ちゃんが言ったように、昨夜の段階で、既にウチが昼にまたアイドル研究部に訪ねてくるのが予想できたみたいや。

 

 その予想を朝に、にこっちに伝えて協力を求めたようや。

 

 そうして、委員長ちゃんの予想通りにウチが来るタイミングを見計らってドッキリを仕掛けたと言うのが事の顛末。

 

「う、う~ん。何かなぁ」

 

 まさか、ウチの行動が先読みされていたなんて。

 

 廃校の知らせから生徒会が動くのを理事長に止められるというところまでを予想して、そこからありとあらゆる可能性を考慮した上で、ウチが今日アイドル研究部に訪ねてくると予想した。いや、結論を出していたんやろうな。

 

 これが『音ノ木坂の生きる伝説』篠原沙紀の凄さの一端を垣間見た気がする。

 

 だけど、現在土下座をしている彼女にその凄さは全く感じられないんけど。

 

「本当に申し訳ありませんでした!!」

 

 また、深々と土下座をする委員長ちゃん。その土下座の姿はとても綺麗で何かこれを見てしまったら今までのこと許してもいいかなと思うくらい美しい土下座。しかし、他の生徒には絶対に見せられない姿やね。

 

「にこっちは何でそこのお馬鹿さんの提案に乗ったんや。正直に話して。怒らないから」

 

 一先ずは委員長ちゃんの動機は聞き出せたから、次はまんまと委員長ちゃんに乗せられてしまった。共犯者から動機を聞き出すことにしたん。

 

「毎回ごとく希にイタズラを受けていたので沙紀の話を聞いて仕返しのチャンスだと思って、つい話に乗ってしまいました」

 

「まあ、確かにウチもにこっちにちょっかいは掛けるけども、流石にそこまでことをされる筋合いはないと思うやけどな……」

 

 まあ動機は分からなくないけども、流血沙汰の修羅場ドッキリを受けるのはおかしい。本当におかしい。

 

「沙紀の演技に熱が入って私も負けてられないと対抗意識が芽生えてしまい、ついあそこまで話を拗らせてしまいました」

 

「確かに委員長ちゃんの演技は凄かったけどにこっちも凄かったなぁ」

 

 あの出来事を思い出しながら素直な感想を口にする。

 

「マジ!! もしかしてにこ女優の素質ある!?」

 

「素質ありますよ。私との特訓の成果が出ています。これならすぐに大スターです」

 

「嬉しいけど、当然よね!! 何たってスーパーアイドル矢澤にこ何だから」

 

「さすがにこ先輩!! 何処からか来る無駄な自信に尊敬します」

 

「そこふざけてるだったらもう一回わしわし行っとく?」

 

 ウチが誉めると嬉しそうにするにこっちに更に褒め称えようとする委員長ちゃん。このまま二人だけの世界になりそうだったのでウチの得意技であるわしわしのポーズを取る。

 

『ホント、マジで勘弁してください』

 

 すごく体を振るわせながら全力で土下座をして謝るアイドル研究部の二人。そこまでウチのわしわしはイヤやの。

 

「分かったならよろしい。それじゃあ、この話はおしまいや」

 

『ありがとうございます』

 

 そうして、この騒動は終わりを告げた。

 

 あれ、もしかしてウチ何も目的果たせてない?

 

 5

 

「会長、書類の整理終わりました」

 

「会長、この書類にサインをお願いします」

 

「会長、チェック終わった書類にそっちにまとめておきますね」

 

 放課後──生徒会室できびきびと働く委員長ちゃん。

 

 何故生徒会でもない彼女が生徒会室で生徒会の通常業務をやっているのかと言うと、昼休みにあの修羅場ドッキリのあと、ウチはとりあえず生徒会室に放課後来てほしいと伝えて、自分の教室に戻ったん。

 

 その後、午後の授業も終わり、エリチと共に生徒会室へ向かうと、そこには大量の書類が置いてあったんや。

 

 何故こんなことになったのか、理由は簡単。今年の新入生が入ってきたので、近々行われる新入生歓迎会の準備をしなければならなくって、そこで発表する催しに関する許可書。あと全く関係ない生徒からの要望が大量に送られていたんや。

 

 ウチもエリチも仕事は溜めず、コツコツとやっていたんやけど、どうやらタイミングが悪く、みんなが今日纏めて提出したみたいや。

 

 流石に生徒会が通常業務を疎かにするわけにはいかないから、仕事に取り掛かろうとするけど、やってもやっても書類が減らずまるで地獄のようやった。

 

 そんなときに委員長ちゃんが約束通りにやって来て、その業務の量を見ると手伝うって言い出したんや。

 

 だけどエリチがただでさえ生徒会でもないのに、廃校の阻止の手伝ってくれて、更にこんなことまで手伝ってくれるのは悪いと思って一回は断った。だけど、そこは委員長ちゃんは何とか押しきって、結局生徒会の手伝いをすることになったんや。

 

 そして委員長ちゃんが手伝った結果、大量にあった書類の山は三十分程度で全部無くなってしまったんや。

 

「会長、副会長をお疲れ様です。お茶をどうぞ」

 

 仕事を終えたウチとエリチに、委員長ちゃんはそう言って、彼女が何時の間にか用意したお茶をウチたちの前に置く。

 

「ありがとう。篠原さん」

 

「ありがとうね。委員長ちゃん」

 

 ウチたちは委員長ちゃんにお礼を言うと、委員長ちゃんは笑顔で頷いて、ウチの隣の席に座る。

 

「それじゃあ、ひとまず仕事も片付いたから少し休憩にしましょうか。廃校についての話し合いはそのあとで。それで良いかしら希、篠原さん」

 

「ウチはかわないよ」

 

「私も問題ありません」

 

 流石にウチも委員長ちゃんもこのあと続いて廃校について話し合いをするのは疲れるから、エリチの提案に乗って、ウチは委員長ちゃんから渡されたお茶を飲みながら少し休憩することにする。

 

「ごめんなさいね。結局手伝わせてしまって」

 

「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、あの量の仕事を見て手伝わないほうがおかしいですから」

 

 委員長ちゃんを手伝わせてしまったことに負い目を感じて謝るけど、委員長ちゃんは当然のように特に気にしてない感じで言う。

 

「確かに……そうね。私も流石にあれだけの仕事を見たら見ない振りはできないわ」

 

 エリチも立場が逆だったらと考えてみて、自分もあの仕事量を見ていると誰でも見ない振りはできないと結論付ける。

 

 ホントにあれは地獄やった。委員長ちゃんが居なかったら今日じゃあ終わっていなかったやろうなあ。流石は『音ノ木坂の生きる伝説』や。あっ、でもこれ本人に言うと凄く嫌がるんやけど。

 

「しかし、どうしてあんなことになってしまったのかしら」

 

「ホントにそうやね。この生徒会に何かお化けとか、スピリチュアルなものでも取り憑いてるんやろうか」

 

「希!! 変なこと言わないでよ。貴女が言うと本当にここに何か居そうな気がするから」

 

 さっきウチの言った言葉にエリチが反応して少し怯えたように声で喋る。ウチはこれをチャンスやと思って、ちょっと疲れたから癒しにエリチをからかおうとする。

 

「エリチはお化けとか恐いもの苦手やもんね。そういうところ可愛いやん」

 

 ウチがからかうと恥ずかしそうに顔を赤くして、目線を委員長ちゃんに向けて、助けを求めるが残念やエリチ。委員長ちゃんはウチと同類やで。

 

「会長。可愛いですよ」

 

「も~う~篠原さんまで、何言っているのよ」

 

 委員長ちゃんに可愛いと言われて、余計に照れるエリチ。やっぱり、エリチに本性がバレてないから何時もよりかは抑え気味。これがにこっちだったら ──

 

(にこ先輩が可愛いのは世界の節理何ですから当たり前ですよ。あぁ~にこ先輩は本当に可愛いなぁ。あっ、ヤバッお持ち帰りしたい。と言うわけでちょっと家に連れて帰ります)

 

 なんてことを言うやろうや。案外本当ににこっちを連れて帰りそうやな。

 

 そんなことは置いといて(置いといちゃいけないんやけど)、エリチは生徒会長として凜としているところもいいけど、こうやって女の子らしいところの方がもっと良い。

 

 そう言う可愛い一面を知っている人が残念やけど、そんなに多くないから何とかみんなに知って貰おうとしてるけど、生徒会長として凜としてお堅いイメージが凄く付いているから難しいんや。

 

 まあ、もう一人凄く猫被ってるそっち系の委員長がウチの近くにいるんやけど。

 

 チラッと委員長ちゃんの方を見ると委員長ちゃんと目が合う。すると委員長ちゃんは顔を染めてあからさまに照れてる素振りをする。

 

 本当になんやろなこの子は。もう存在そのものが交通事故みたいなものや。

 

 ウチとしては音ノ木坂の全生徒が驚くところを見たいやけど、下手したら何人かが病院送りになるか、委員長ちゃんが警察に(実質犯罪者予備軍みたいなものやし)逮捕されるかもしれないので、非常に残念やけど、委員長ちゃんの本性をばらすのはグッと我慢する。

 

 そんな風に休憩していると、唐突にドアをノックする音がした。その音を聞くとエリチはさっきまでの可愛らしさはなくなり、生徒会長として顔になって休憩は終わりとなる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。二年の高坂穂乃果です」

 

 エリチが入室を許可すると入ってきたのは見覚えのある顔。昨日、ウチたちが会った三人の生徒が入ってきたのやった。

 

 6

 

 昨日──ウチたちは廃校の知らせを聞いて、誰かその事に詳しい人に聞こうと思って、この学校に通っている理事長の娘である南ことりさんに話を聞いてきたんや。

 

 その際に他の二人も丁度一緒に居て話を聞いていたんやけど、南さんも廃校のことは聞かされてなかったんや。

 

 当然と言えば当然やけど。ウチの中では理事長は公私を分けて仕事が出来るカッコいい大人の女性ってイメージがあるから、いくら自分の娘やからってそんな重大なことを音ノ木坂の生徒である以上言うはず無いんや。

 

 そんな感じでウチらは偶々彼女たちと接点を持っていたんや。

 

「これは」

 

 エリチの前には高坂さんから提出された書類が置いてあった。心なしかエリチの顔が不機嫌に見える。

 

「アイドル部、設立の申請書です」

 

「それは見れば分かります」

 

「では認めて頂けますね」

 

「いいえ、部活は同好会でも最低五人は必要なの」

 

 そう音ノ木坂は部活を設立する際には部員が五人以上はいる。申請書には目の前にいる三人の名前のみなので申請は許可できないんや。

 

「ですが校内には部員が五人以下のところもたくさんあるって聞いています」

 

 高坂さんと一緒に来ていた長い黒髪の園田海未さん(名前は申請書に書いていたのを消去法や)が言った通り五人以下の部活もあるのだけど。

 

「設立したときはみんな五人以上いたはずですよ。うちの学校は一度申請が通れば、あとは何人になってもいいですからね」

 

 今まで横で黙っていた委員長ちゃんが部員数についての補足をするが、高坂さんはそんな説明をした委員長ちゃんの顔をまじまじと見てた。

 

「あぁ~!! 今朝、UTXでA-RISEを変な人と一緒に見てて、私にスクールアイドルについて色々と教えてくれた人だよね。どうしてここに居るの?」

 

「穂乃果、ここは生徒会室ですよ。大きな声出さないで下さい」

 

 委員長ちゃんの顔を見て大声を上げる高坂さんだったが、園田さんを怒られてしまいついやってしまったみたいな顔して黙った。

 

「ははは……、今朝ぶりですね。高坂さん。私は生徒会のお手伝いでここに居るんですよ」

 

 流石に委員長ちゃんもこれには苦笑しながら説明するとへぇ~そうなんだ。凄いねみたいな感じのことを言って納得をしたん。

 

 そういえば昼休みににこっちと一緒にUTXに行ってきたって言ってたなあ。というか、さっき話のなかに出てきた委員長ちゃんと一緒に居た変な人ってにこっちじゃないのかな。

 

 多分UTXに行ったときにコートにサングラス、マスクともろ不審者の格好で行ったんやろう。それを高坂さんに見られたと言うわけやな。

 

 にこっちはアイドルについて変なところで変な拘りが有るから、きっと完全な不審者の格好は拘りの一つだと思う。委員長ちゃんも何か言ってあげれば良いのに。

 

 いや駄目や。委員長ちゃんはにこっち至上主義者やから、きっと何も言わずににこっちの主義に合わせるやろうな。

 

「で、いいかしら」

 

「ごめんなさい」

 

 突然話の腰を折られたエリチは更に不機嫌そうな感じで高坂さんに言う。

 

「そう言うわけだから貴方たちの申請は受理できないわ。それが分かったら早く戻りなさい」

 

 そうして三人を追い返そうとするエリチ。

 

「あと二人やったら……」

 

 アイドル研究部に相談すれば良いと言おうとしたが、ウチの座っている椅子に横から蹴られた感じがした。なんやろなと思って委員長ちゃんの方を見ると──

 

『喋ったら先輩を身も心も私無しじゃあ生きられない体にします』と書かれた紙がウチにしか見えないように置いてあった。

 

 その紙に書かれたことを瞬時に理解した。委員長ちゃんなら本気でやりかねないと思ったウチは全身の血の気が引いていく感じがした。

 

 ウチの表情から委員長ちゃんは察し、すぐさま紙を誰にも見られないようにぐしゃぐしゃしてポケットの中に入れて処理した。

 

「あの……大丈夫ですか。顔色悪そうですけど……それになんか汗も結構出ていますよ」

 

「大丈夫ですよ。副会長たちはさっきまで仕事が忙しくって疲れただけですから、少し休んだら回復しますので気にしないでください」

 

 南さんがウチを心配そうな顔で見てくれるが、委員長ちゃんがしれっとウチは疲れていると笑顔で嘘を付いていた。

 

「あと二人集められたら部活として成立しますので、頑張ってください」

 

「うん、ありがとう。あと二人頑張って集めてくるから」

 

「待ちなさい。どうして、この時期にスクールアイドルを始めるの。貴方たち二年生でしょ」

 

 委員長ちゃんが応援すると、高坂さんたちは残り部員を集めるために生徒会を出ていこうとすると、エリチに止められる。

 

「廃校を何とか阻止したくって、スクールアイドルって今すごい人気があるんですよ」

 

 確かに高坂さんの言う通り、今スクールアイドルは今凄く人気がある。にこっちがアイドルについてよく熱弁していたから少しではあるのやけど知っている。

 

「だったら例え五人集めて来ても認めるわけにはいかないわね」

 

「えっ!! どうして!?」

 

 エリチの言葉に声に出して驚く高坂さん。他の二人も声には出てないが驚いていた。

 

「部活は生徒を集めるためにやるものじゃない」

 

「思い付きで行動したところで状況は変えられないわ、変なこと考えてないで残り二年自分のために何がするべきかよく考えるべきよ」

 

 そうエリチは冷たく言い放ち、それを聞いた高坂さんたちは表情が暗くなってそのまま生徒会を出ていった。

 

 7

 

「さっきの、誰かさんに聞かせたい台詞やったな」

 

「いちいち一言多いのよ。希は」

 

 高坂さんたちが出ていったあと、エリチをからかうと小声で少し恥ずかしそうにしてウチからそっぽを向く。

 

 実際にエリチが言った台詞は、今朝理事長に似たようなことを言われているため自分のことを棚に上げて言ったようなものやから言い返せないんや。

 

「でも、私は高坂さんのアイデア良いと思いましたよ」

 

「篠原さん貴方まで……。いや、貴方はアイドル研究部だったわね。なら、どうして彼女たちに自分の部活のことを話さなかったの」

 

 委員長ちゃんの発言に意外そうな顔をするエリチやけど、委員長ちゃんの所属している部活を考えると有り得なくはない。なら、エリチの言う通り何故、自分の部活の話さなかったのか疑問が残る。

 

「そうや、わざわざウチのことを脅してアイドル研究部のことを話さなかったんや。話せば少なくともにこっちさえ説得出来れば彼女たちは部活として活動できたのに」

 

「脅し? 何言っているの希。篠原さんはちょっと可愛らしいイタズラはするけど、そんなことするはず無いじゃない、やっぱり貴方、篠原さんが言ったように疲れているじゃないのかしら」

 

 あぁ~、駄目や。エリチ完全に騙されてる。その証拠にエリチの目が病人を見るような目で見ている。親友にそんな目をされると凄く心が傷つくやけど。

 

「会長の言う通りですよ副会長。私が副会長のこと脅すはずありませんよ。その必要性もないですから言い掛かりは止してください」

 

 またしれっと嘘を付いてエリチに便乗する腹黒エセ委員長。その清々しさは流石としか言い様がない。

 

「まあ、副会長はそこでゆっくりしていてください。では、会長の疑問にお答えしたいのですが、その前に会長も同じことが言えますよね」

 

 さりげなくウチのことをスルーしてエリチの疑問に答えようとするがその前にあの会話で起こったもう一つの疑問について追求する。

 

「貴方だってアイドル研究部の存在は知っていたはずなのにどうして貴方はそのことを彼女たちに教えなかったのか。まずはそこを教えていただきたいです」

 

 そう。エリチはこの学校の生徒会長なんやからアイドル研究部のことは当然知っていた。だが、委員長ちゃん同様に言わなかった。

 

 その理由を聞かなければ委員長ちゃんは話すつもりはない。そんな感じで言った。

 

「それは……、彼女たちがどんな理由でアイドル部を設立するのかを聞いて、問題が無かったら私だってアイドル研究部ことを話したわ。でも、彼女たちの理由は不適切だったから話す必要がないと考えて言わずにいたのよ」

 

「なるほど、会長の考えはよく分かりました。多少疑問は残りますが、それを今は追求する必要がありませんし、何より時間もあまりありませんから」

 

 時間がない? 何で委員長ちゃんがそんなことを言ったのかよくは分からないけど時計を見たら分かった。いつの間にか時刻は最終下校も近い時間やった。

 

 それなら確かに時間が無いのでエリチの回答に多少疑問が残るのやけど、ここは聞かずに委員長ちゃんの理由を聞いておこうや。しかし、もうこんなに時間も経っていたんやな。気づかなかった。

 

「では、会長たちの疑問なのですが言ってしまえば簡単です。うちの部長はアイドルに関して拘りがありますから、私が今紹介しても追い返されるだけでしょう。なので一旦様子を見て彼女たちが部長に会っても大丈夫なら後日紹介しようと思ったんですよ」

 

「そうやね。にこっちなら中途半端な気持ちでスクールアイドルを始めようとする人たちを簡単には認めないやね」

 

 昔のにこっちことを考えれば、尚更高坂さんたちの入部を認めないやろう。にこっちがどんな想いでアイドル研究部を立ち上げたのか、そのあとどうなったのかを考えれば。

 

「私の理由は以上です。それから会長。もう一つ質問に答えてくれませんか。実は今日最初にこの質問をしたかったので」

 

 なんだかんだで今日はゴタゴタしていたからそうやって本当に質問したいことが言えなかったみたいや。だから、丁度、質問をしたので聞いてみたかったみたいや。

 

「えぇいいわ。篠原さんには仕事を手伝ってもらったから質問ならいくらでも答えて上げる」

 

「ありがとうございます。では……」

 

 快くエリチは委員長ちゃんの質問を聞くと言って委員長ちゃんの方を見る。

 

「貴方は何故、廃校を阻止したいのですか」

 

 委員長ちゃんの質問聞いた瞬間にウチはその質問の意図が分かってしまった。そしてエリチがどう答えるのかも……。

 

「それは生徒会長として学校を廃校にするわけにはいかないからよ」

 

 エリチはそれが当然のようにそう言った。

 

 8

 

 エリチが委員長ちゃんの質問に答えたあと生徒会室の片付けをすると言って、委員長ちゃんとウチを先に帰らせようとした。

 

 委員長ちゃんは元々生徒会ではないから片付けまで手伝わせるのは忍びないから最初に帰らせて、ウチも委員長ちゃんのせいで、体調が悪いことになっているから、エリチを少しだけ手伝ってから帰ることになってしまったんや。

 

 そうしてウチは一人で帰るために下駄箱に向かっていると、学校の玄関の前で先に帰ったはずの委員長ちゃんが一人立っていた。

 

 ウチはどうして委員長ちゃんがあんなところに立っているのか気になって、上履きを靴に履き替えて委員長ちゃんの近くにまで行くと──―

 

「可能性……後悔……」

 

 何てよく分からないことを呟いていた。

 

「そんなところで何考えてるんや」

 

「きゃぁぁ、希先輩何するですか。いきなりわしわしするなんて、びっくりするじゃありませんか」

 

 ウチから距離を取って胸を隠しながら怒る委員長ちゃん。周りにウチ以外居ないためさっきまでの大人しい委員長ではなく、何時もの残念な委員長ちゃんに戻っていた。

 

「ええやん。今日、散々ウチに色々とからかったんやから、それに……」

 

「それに、何ですか」

 

「フフフ、きゃぁぁ、やって。委員長ちゃん可愛い」

 

 ウチはついニヤニヤしながらさっきの委員長ちゃんの反応を思い出していた。

 

「うぅ、仕方がないじゃないですか。考え事していたんですから……」

 

 恥ずかしさのあまり俯いて小さく恥ずかしそうな声で呟いた委員長ちゃん。

 

 何やこの可愛い生き物は。何かその姿を見ただけでもっと弄りたくなる。何てそんな邪な気持ちが混み上がりくる可愛さは一体何や。

 

 委員長ちゃんもエリチみたいに背が高く、足が長くてスタイルも良いけど、こういうギャップがたまに見られるから本当に可愛い。

 

 なんや、ウチ。さっきから可愛いばっか言ってる気がするやけど、だけど可愛いとしか言い表せないのが委員長ちゃんの一面や。

 

 だけど、これ以上やると明日の報復が本当に怖い。下手にやり過ぎると、生徒会室で見せられた紙みたいなことを平気でやって来るところが、委員長ちゃんの恐ろしいところでもあるからここはぐっと我慢する。

 

 まあ、ここで我慢しても結局弄られたら弄り返すのが、委員長ちゃんやから我慢の意味は無いんやけど、その時はまたウチも弄り返せば良いやから気にしない。

 

「ウチに気づかないくらいに凄く考え事をしているなんて珍しいやん。何かあったの?」

 

「はい、さっきまで高坂さんたちが居たんですよ。会長に厳しいことを言われて落ち込んでみたいだったので」

 

「あぁ~、エリチは真面目やけど不器用やからな、つい高坂さんたちに厳しいことを言ってからな。それで委員長ちゃんは声を掛けようとしたん」

 

 委員長ちゃんはウチやにこっちの前やと残念な人ってイメージがついているやけど、本当は困っている人や悩んでる人を見るとほっとけない性格やし。

 

「そうです。それで高坂さんたちに声を掛けようとしたんですけど……」

 

 何かすごく言いにくそうな顔をしている。もしかしてやけど委員長ちゃん……。

 

「また委員長ちゃんは可愛い女の子を見るとついちょっかい掛けちゃったん。確かに高坂さんたちは可愛いけど時と場所を考えようや」

 

「何ですか!! 流石に私でも可愛い女の子が居ても落ち込んでいるときにちょっかい掛けませんよ。そこまで無神経じゃありませんよ」

 

「えぇ~、ほんとに何もしてないの」

 

「何で信じてくれないんですか!!」

 

 いや、実際にウチやにこっちが多くの被害を受けているんやから委員長ちゃんに言い訳の余地がないや。

 

「自分の行いを思い出してみや」

 

「くそっ!! 言い訳の余地がない……」

 

「委員長ちゃん。キャラが壊れている壊れている」

 

 委員長ちゃんも自分の罪を認めるのは良いやけども、流石に女の子がくそって言うのはどうなのかと思う。

 

 そこまで心当たりが有りすぎて、動揺しているんやろうか、一先ず委員長ちゃんが落ち着くまで待つことにする。

 

「大丈夫? 委員長ちゃん。落ち着いた?」

 

「はい、すいません。見苦しところを見せてしまって」

 

 少し時間が経って大分落ち着いてきた委員長ちゃんはウチに頭を下げて謝る。

 

「良いんや。元を正せばウチも委員長ちゃんのことを信じられなかったのがいけないんや。それで委員長ちゃんはさっきまで何があったん」

 

 そもそも委員長ちゃんが珍しく考え事をしてたのがことの発端やから、大分話がずれたけど、ここは聞き出さなければならないんや。

 

 もしかしたら重要な事かもしれないんやし。

 

「はい、高坂さんたちに声を掛けようとしたんですけど、突然高坂さんが歌い出して走り出したんですよ」

 

 へっ? 何言っているのこの子。高坂さんが突然歌い出して走り出したやって。ちょっとウチには理解できんな。もしかして、また委員長ちゃんウチのことをからかっての。

 

「その顔、ほらやっぱり信じて貰えない。だから話すの嫌だったですよ」

 

 しまった。どうやらウチの顔に出てたみたいや。そのせいで委員長ちゃんが、今までに無いくらい泣きそうな顔してるやん。

 

「いや、違うんや。違わないやけど、流石に突然歌い出して走り出したって言われても、どう反応して良いのか分からないんや。だから、委員長ちゃんのことを信じてないんやなくて、ちょっと理解できなかったやけや」

 

「フン。良いですよ。どうせ、私は嘘つきで女の子が大好きな変態ですよ」

 

 そう言って拗ねる委員長ちゃん。その顔も可愛いと思ったけど、今はそんなことを考えてる場合や無い。

 

「ゴメンな。委員長ちゃん。傷ついたなら何かお詫びをさせてくれないん」

 

「じゃあ、私を慰めるために今日希先輩の家に泊めて下さい、私知っていますよ、希先輩一人暮らしだって」

 

「何で、ウチが一人暮らしやって知ってるの、あんまりその事人に話したことないのに」

 

 委員長ちゃんの提案に驚いたけど、それよりもウチが一人暮らしだって言うことを知っている方がかなり驚いた。

 

 その事はエリチくらいしか話していないから、一体どこでそんな情報を手に入れたんや。

 

「フフフ、私の女の子の情報網を甘く見ないで下さい、この学校の可愛い女の子の情報は既に全員把握済みです」

 

「把握済みって、何やそれ、そんなの把握してどうするつもりや」

 

「どうするもこうするも決まっているじゃないですか、可愛い女の子と仲良くなるためです」

 

「そんなことしなくても委員長ちゃんなら普通に仲良くなれそうな気がするけど」

 

 真面目な委員長ちゃんなら普通に初対面でも結構話せそうなイメージがあるやけどウチの勘違いやったかな。

 

「多分、仲良くなれますよ。なれますけども委員長キャラ以外で行くと、グヘヘ、君可愛いね。私と友達になってよ。なんて言っちゃいそうで、そのあと結構な確率でSNSとかに拡散されそうで怖いじゃないですか」

 

「完全に不審者やん。何でそんな風に話すの前提なの。あと、SNSに拡散は結構現実にありそうやん」

 

「当たり前じゃないですか。私が可愛い女の子の前にしたら魔が差すのは明白です。実際に会長と話したときはめちゃくちゃ我慢していたんですから」

 

「そして、今現在進行形で希先輩をめちゃくちゃしたいと言う欲求が三十秒に一回襲ってきて危ないんですよ」

 

「そんな現実知りたくなかった」

 

 三十秒に一回って結構な確率やん。真面目に委員長ちゃんの頭の中が本当に分かんないやけど。

 

「そんなことは置いておいて、私を泊めてくれるんですか。くれないですか。どっちなんですか!!」

 

「いや、置いといちゃ駄目やよね」

 

 ツッコムけどそんなことお構い無しでウチに詰め寄ってくる委員長ちゃん。

 

 ウチとしては出来れば可愛い後輩のお願いを聞いてあげたいけど、相手は最早委員長の見る影もない百合で残念な後輩。

 

 しかも家に泊めて何をされるか分かったのものじゃないからとても躊躇われるん。

 

「どうなんですか。どうなんですか」

 

 ウチに詰め寄ってきて、目をウチに合わせてくる。そのせいで顔が近いし、目が若干血走っていて怖いやけど。

 

「分かった、分かったから。ウチの家に泊まって良いからそんな迫らないで」

 

 委員長ちゃんの気迫に押されついウチの方が折れてしまったん。あまりの恐怖に折れてしまった自分の心を凄く恨みながら。それにこれからやって来るであろう悲劇に怯えながら。

 

「ヤッター♪ ありがとうございます。希先輩大好きです」

 

 喜びのあまり詰め寄った体勢からウチに抱きついてくる委員長ちゃん。その行動に反応できなかったウチは倒れそうになるけど、何とか持ちこたえて委員長ちゃんにされるがまま抱き付かれる。

 

 ウチの顔から見える委員長ちゃんの顔は、先ほどまで恐怖が一気に遥か彼方に飛んでいってしまうくらい凄い良い笑顔だった。

 

「くんくん、希先輩良い匂いがします」

 

 前言撤回、やっぱり委員長ちゃんを家に泊めるの凄く怖い。ほんとに雰囲気を台無しするのが上手いな委員長ちゃん。

 

「それで何の話やっけ。さっきから話が逸れまくっているやけど」

 

「え~と、ああそうでした。私が高坂さんが突然歌い出して走り出して言って希先輩が信じてくれなかったところですね」

 

「それはもう良いから、ウチは信じるからその先を話してや」

 

 なんやろうな。委員長ちゃんのせいで話が進まなって、こんな逸れるつもりがなかったやけど、やっと話の本題に戻れる。

 

「その高坂さんが歌った歌詞に少し考えさせられてしまって、ここで考えていると希先輩がわしわししてきたと言うわけですよ」

 

「成る程なぁ、大体分かったや。それで委員長ちゃんは何を考えてたの?」

 

 わしわししたのはもうどうでもいいやけど、その高坂さんたちを見て委員長ちゃんは何を思ったのか気になる。

 

「会長は彼女たちがスクールアイドルをやっても生徒が集まらないと言っていましたよね。でも、さっきの高坂さんの歌詞と行動を見たら彼女たちならやってくれそうそんな感じがしました」

 

「会長にあんなことを言われて普通なら落ち込んでいるはずなのに、高坂さんはそれでも続けようとする強さに少ししか関わってないですけど、賭けてみたいと思いました」

 

「へぇ~委員長ちゃんにそんなことを言わせるやなんてすごいな高坂さん。やっぱり、ウチが占いでみた通りや」

 

「なんだ、希先輩この学校の未来占っていたんですか。じゃあ、この先もどうなるのって分かっているんですか」

 

 つい口が滑って占ったことがバレてしまったけど、そこまで驚いてない委員長ちゃん。やっぱり侮れないな。

 

「流石にウチはそこまでは見えてないんや。でも、この学校に九人の女神が揃えば廃校が阻止できるかもしれないってな」

 

 ウチの話を聞いて考え込む委員長ちゃん。本当ならこの占いの結果は九人揃うまで話すつもりはなかったんやけど口を滑らしたなら仕方がない。

 

 委員長ちゃんに変に隠し事しても結局、バレてしまうから先に話して協力してもらった方が断然効率が良い。それに委員長ちゃんには色々とやってもらいたいことがあるし。

 

「分かりました希先輩。私は貴女の考えに乗りましょう。私はあの人のためにやらなきゃいけないことがありますから。それは希先輩も同じですよね」

 

 あの人、きっとにこっちのことやな。委員長ちゃんはにこっちのことを常に考えているから必ずこの話に乗ると信じていた。

 

「ははは、そこまでバレてたん。流石は委員長ちゃんや。ウチも大切な親友のためにやらなきゃいけないことがあるんやから」

 

 ウチはエリチが笑顔で居られるようにしたい。そのためには出来ることはやっていきたい。それは委員長ちゃんと同じや。

 

「お互いめんどくさい人が大切な人だなんてほんと可笑しい話ですね。まあ、自分達も十分めんどくさい人種ですけどね」

 

「そうやね。ウチの周りは本当にめんどくさい人ばっかや。でもそれが楽しいやんか」

 

 自分達がめんどくさいことも助けたい人がめんどくさいこともつい似ていているからとても可笑しくってつい笑ってしまった。

 

「なら、私がやるべき事は彼女たちを見極めないといけませんね。高坂さんたちがどこまで本気でスクールアイドルやるのかを近くでこの目で見てみます」

 

「協力してくれてありがとう。ウチは影ながらサポートさせて貰うから頑張ってや」

 

「はい、大切な人のために全力で頑張らせていただきます。では、そろそろ帰りましょうか」

 

 そう委員長ちゃんは言って、ウチと委員長ちゃんの企みは互いの大切な人のために高坂さんたちを利用する形になったが成立して一緒に帰ろうと誘ってくる。

 

「そうやね。一緒に帰ろうや」

 

 そうしてウチは歩きだす。これから始まる九人の女神と一人の女の子の物語に不安と期待に胸を膨らせながら。

 

 でも、委員長ちゃんには話していないけどウチにはもう二つ話してないことがある。

 

 一つはウチの本心。

 

 これについては叶ったら良いな程度やからそこまで語らないけど問題はもう一つ。

 

 占いの本当の結果。ウチは九人の女神が揃えば廃校が阻止できると言ったんやけど、それは話の八割しか話していない。

 

 残りの二割は九人の女神を導く存在が占いで出ていたんや。ウチはそれを委員長ちゃんやと思っているやけどそれを敢えて伝えてない。

 

 委員長ちゃんはまだ本当の意味でウチに本心を開いていない。きっとにこっちならその本当の委員長ちゃんを知っているやけど、今はにこっちに聞いても答えてくれないやろう。

 

 委員長ちゃんとにこっちはウチには分からない奇妙な友情がある。互いが互いに恩を返したいウチにはそんな風に見える。でも、二人はそんなこと口にしないやろうな。

 

 この二人に一体何があったのか凄く気になるのやけどそれはきっと九人の女神が揃って友情が深まったときそれが分かると占いに出ていた。

 

 そして、委員長ちゃんの本心を初めて知ったとき九人の女神の存在がより強くなるそんな結果が分かったんや。

 

 だからウチはこの二つの事は絶対に言わない。今はまだ九人が揃えるのに集中して欲しい。只でさえ多くの奇跡が重なってるなかにもう一つ奇跡が重なってるんや。このチャンスを絶対に逃してはいけない。

 

 そんなことを考えながら今ウチはあることを思い出した。

 

「そういえば、本当にウチの家に今日泊まるの」

 

「何言っていますか。当たり前ですよ」

 

 どうやらまだまだ大変な一日は続きそうやな。

 




この小説の希は沙紀のせいでかなり苦労人となってしまいます。

このあとも希は沙紀が泊まりに来て大変な目に会うんですよね。

その辺の話はまたいつか書きたいと思います。

ですので次からはまた別のキャラが語ってくれます。

一体誰になるでしょうか。ついに沙紀は語り手になれるでしょうか。それは次回をお楽しみに。

誤字、脱字等がありましたらご報告ください。


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三話 作戦会議?

今回の話はまた、どうしてこうなったって感じの話です。

また何時ものように彼女がやらかしてくれました。

では、お楽しみください。


 1

 

「にこお姉ちゃん。おはよう」

 

 私が何時ものように朝──アイドル研究部の部室にやって来ると私よりも先に来ていた馬鹿(沙紀)が何時ものように別のキャラを演じていたわ。

 

「おはよう、沙紀。朝からテンション高いわね」

 

「当たり前じゃない。朝からにこお姉ちゃんに会えるんだから元気にならずにはいられないよ」

 

 にこやかな顔で答える沙紀。今回のキャラは前二つと比べると、まだ可愛らしい方だから別段気にするつもりはないわ。

 

「それで、昨日はどうだったの。何か進展はあった?」

 

「ははは、それがね、結局忙しくて何も進まなかったの」

 

 それから昨日の生徒会の活動ついて聞かされたわ。運の悪いことに生徒会の通常の業務が大量に送られて、更に部活の申請してきた人が来て(何の部活かは言ってないけど)それを生徒会長が追い返して一日が終わったみたい。

 

「何それ、意味ないじゃないの」

 

 正直な感想を口にすることしか出来なかったわ。せっかく、沙紀を貸したのに何も進んでないなら、私の練習を手伝って貰った方がよっぽど有意義じゃないの。

 

「そんなことないよ。昨日、希お姉ちゃんの家に泊めてもらえたから凄く楽しかったよ」

 

「いや、何をどうしたら希の家に泊まることになるのよ、ホント、あんた生徒会で何してきたのよ」

 

「え~と、希お姉ちゃんともっと仲良くなるため?」

 

「廃校を阻止するためでしょ!! 大事なことなんで忘れてるのよ」

 

 そもそもそのために沙紀を貸しただから、決して希と仲良くなるために貸したわけでないのよ。それに沙紀と希がこれ以上仲良くなると、二人掛りで私を弄る確率が上がるじゃない。

 

「希お姉ちゃんに凄く甘えてきたから、つい忘れちゃった。テヘッ」

 

「テヘッ、じゃないわよ。この年中お花畑が~!!」

 

 可愛くはにかむ沙紀についイラッとして、沙紀の元へ詰め寄り彼女の制服を掴んでグラグラと沙紀の体を揺らす。

 

「にこお姉ちゃん。制服引っ張らないで伸びちゃうからそれに痛いから。助けて~希お姉ちゃ~ん!!」

 

「バカ止めなさいよ。本当に希が来るでしょう」

 

「呼んだ?」

 

「ホントに来た!?」

 

 不吉な名を叫んだ沙紀を何とか捕まえて抑えようとするとガラッと、部室を開けてタイミング良く現れたスピリチュアル悪魔。

 

「希お姉ちゃん!! 助けて~にこお姉ちゃんが苛めるの~」

 

 しまった。私は驚きのあまり沙紀を逃がしてしまい沙紀はそのまま希の方に泣き付いて行った。

 

「よしよし、可哀想な委員長ちゃん。ウチが慰めてあげるからなぁ」

 

 希に頭を撫でられる沙紀。その姿は微笑ましい限りだけど、微かに見える沙紀の顔をよく見ると凄くにやついているのが見えた。

 

 こいつ……どさくさに紛れて希の身体を堪能しているわね。私はそんな沙紀に若干どころかかなり引いた。

 

「何やにこっち。ウチの可愛い妹を苛めるなんてあんまりやない」

 

「ちょっと待ちなさいよ。何時からあんたたちは姉妹になっているのよ!!」

 

 沙紀の奇行に気付いてない哀れな希は可哀想だと思ったけど、それよりも希の台詞の中に変な言葉が入っていたことを聞き逃せなかったわ。

 

「決まってるやん。昨日、委員長ちゃんが泊まりに来たとき姉妹の契りを交わしたんやよね~。委員長ちゃん」

 

「そうだよ希お姉ちゃん言う通りだよ」

 

 何言っているのと言いたげな目で私を見る希。その目から感じるのはまるで真実を言っているのか如く真っ直ぐな目だった。

 

 ホント、どうなってるのあんたたち。昨日の私たちみたいに今度は私を嵌めようってわけ。上等よ、やってやろうじゃない。

 

 覚悟を決めた私の行動は早かったわ。沙紀と関わるようになってからセクハラを幾度なくやられ、そのたびに制裁を与える日々。

 

 その結果、悲しいことにアイドルとして全く役に立つことない制裁スキルが上がってしまったのよね。

 

 だが、今はそんなことを悔やむ気持ちが一切なかったわ。有るのはただ純粋にこのバカどもを制裁できると言う高揚感のみ。

 

 ただ一つ問題があるなら希の幸運の高さ。彼女の運の高さは異常なくらい高いわ。

 

 例を挙げるならおみくじで常に大吉を引き当てたり、商店街の福引きで一等を当てたり、適当に買った当たり付きのお菓子が全部当たりだったりと、彼女はまるで世界にでも愛せれてるかのように幸運なのよ。

 

 逆に沙紀は全く良いほど運がないのよね。

 

 沙紀の場合、別の意味で化け物だけど、基本的に沙紀は私の前では隙だらけ。まあそれだけ信用されているということなんだけど、そのため沙紀はそれほど脅威ではないわ。

 

 そうなればこの二人に制裁を加えるには沙紀を使って間接的に希に制裁を与えなければならないわ。下手に希から狙えば、彼女の幸運によって私のみが不幸な目に会うのは明らかよ。

 

 幸い沙紀が希にくっついたままだから、沙紀の体勢を崩せば希も巻き込まれて倒れることになる。沙紀が可愛い女の子と顔と顔が触れそうな距離で倒れている。そんな状況で沙紀が取る行動はただ一つ。

 

 自身の欲望に身を任せようする。そうなれば、私が手を下さずとも希を制裁が出来るわ。沙紀は完全にご褒美だけど……。多分、そのあとに沙紀は勝手に自爆してくれる……はず。

 

 完璧な計画ね。流石は私と言うべきかしら。

 

「何やにこっち。何か探し物? 手伝おうか」

 

「いい。すぐに見つかるから」

 

 もと居た場所から移動した私に気になったのかそう質問した希にそう答えた。もちろん、探し物があるなんてなんて言うのは真っ赤な嘘。入り口でイチャイチャしている二人に怪しまれず近付くため口実。

 

「にこお姉ちゃんの身長ですぐ見つかるかな。私も手伝う!!」

 

 若干、沙紀にイラッとするが(というか何時までそのキャラを続けるのか疑問はあるけど)ここはぐっと我慢して少しずつ気付かないように彼女たちに近付く。

 

 そうして距離を少しずつ縮めて私の脚の長さが沙紀に届くくらいの距離のところで脚に力を込めて沙紀の脚を払って倒れさせようとするが──

 

「ほな、そろそろ気がすんだやろ」

 

「うん!! ありがとう希お姉ちゃん」

 

 タイミングの悪いことに丁度希が沙紀から離れてしまったわ。

 

「にこお姉ちゃん? 何を……きゃぁぁ!?」

 

「しま……、きゃぁぁ!?」

 

 脚を止めようにも既に遅く沙紀だけが倒れそうになるがたまたま沙紀は倒れる瞬間に私を掴んでしまう。その結果、私を巻き込んで二人で床に倒れてしまった。

 

 床に倒れてしまった際に痛みで目を開けられず周りを確認できない。幸いなことに勢い余って脚を棚にぶつけただけで、机や椅子にぶつかることなく倒れただけなので大怪我はしていない。

 

 ただ棚から小物やアイドルグッズが床に若干散らばってしまい中には限定品もあるから、安全に立ち上がれるかを確認しないと、後で後悔する羽目になるので手探りで物が落ちてないか確認する。

 

 とりあえず手当たり次第に手探りで確認するとムミュと柔らかくて弾力のある感触が手に触れた。

 

 初めはボールかと思ったけどこの部室にボールなんて無かったはずそれに妙に弾力がある。とりあえず、触って何かを確かめることにした。

 

「ひゃうぅ!!」

 

 何かを触ると何故か沙紀の変な声が聞こえて私は何か嫌な予感を感じ恐る恐る目を開けると、そこには顔を赤くした沙紀が私を見つめていた。その沙紀の表情を見て私は震えが止まらなかったわ。

 

 そして、ゆっくりと自分の手を見るとその手には沙紀の胸を掴んでいた私の手が見えた。

 

「違うわよ沙紀!! これは事故なの」

 

「にこお姉ちゃん……。私、嬉しいよ。やっと私のことを求めてくれたんだね」

 

 慌てて弁解しようにも既に沙紀のスイッチが入っていて訳の分からないことを言い出しそのまま私が逃げないように一瞬で抱きついてきた。

 

「にこっち朝から大胆や」

 

「希うるさいわよ。事故だと言ってるでしょ。それより助けなさいよ!!」

 

「えぇ~、だってにこっち自分から委員長ちゃんを押し倒したんや。つまりそういうことやろ」

 

 近くで見ていた希は余計な茶々を入れるだけで助ける気が微塵もない。確かにこれは私の自業自得だけどここ学校であんたは生徒会副会長でしょ。なら、この不純行為を早く止めなさいよ。

 

「ほな、ウチはお邪魔やしそろそろ戻ろうかな。ごゆっくり~」

 

 私の心の叫びは希には届かずニヤニヤした顔しながら部室を出ていった。あの顔、明らかに事故だと分かっていて面白そうだから見逃したのが丸見えだった。

 

「これで希お姉ちゃんも居ないから二人きりだね。にこお姉ちゃん」

 

「だから事故なのよ。アクシデント。偶然。たまたま運悪く」

 

「ふふふ、初めてだからって緊張しているんだね。そんなにこお姉ちゃんも可愛い。心配しないで私がリードしてあ・げ・る・か・ら」

 

 沙紀の口調はまだ妹キャラだけど顔が色ぽっく見えて私が男だったらきっと理性が吹っ飛んでしまいそうなそんな風に思うくらい私は沙紀の顔に釘付けにされた。

 

「ちょ……、顔が近い近い。何で顔を近付けてるのよ」

 

「勿論、キスするためだよ。それとも接吻って言った方がいい?」

 

 それ言い方が違うだけで何も変わってないわよ。そんな突っ込みを心の中でするけど意味はなく、確実に沙紀の唇が私の唇に近づいてくる。

 

 何とか抜け出そうとするけど、沙紀がガッチリと私の身体を固定しているので、手も足の動かせず制裁を加える事が出来ない。

 

 あっ、これダメだわ。もう詰んだわ。私は沙紀から逃げ出す事が出来ないし、希は裏切っていなくなっている。

 

 それに他に助けを求めようとも朝が早いから生徒も少ない。そもそも近くにまともに活動してある部活はない。この状況から助かる確率は限りなく0。

 

「沙紀……」

 

「何、にこお姉ちゃん……」

 

 顔の距離が残り僅かなところで沙紀を呼ぶと、少し不思議そうだけど、何処か色っぽい顔で顔が近付くのを止めた。

 

「私……女の子とそういうことするの初めてだから凄く怖いけど、そんな私としていいの?」

 

「大丈夫だよ。普通、同姓同士ですること自体おかしいから怖いのは当たり前だよ」

 

 初めてだから怖いと答えると、沙紀は自分がおかしいのが理解した上で私を安心させるため優しい声でそう答えた。

 

「だから、にこお姉ちゃんが気持ち良くなるためしっかりリードするから安心して私に身を任せて」

 

「分かったわ。貴方に全部任せるわ」

 

 ここまで来たらなるようになれ見たいな自棄になり、全てを沙紀に任せるため身体の力を抜く。

 

 後輩に全てを委ねるなんてカッコ悪いけど沙紀ならそんな私も受け入れてくれる。そんな気持ちが心の中に生まれていた。

 

 そうして再び沙紀の顔が少しずつ近づいてくる。柔らかくて少しピンク色をした沙紀の唇。

 

 それが私の唇と重なるなんて思うと少し恥ずかしくなるし、初めてのキスが女の子なんて一生忘れられないけど、きっといい思い出になるじゃないかななんて考えている自分がいる。

 

 そんなことを考えてると沙紀もう少しで私の唇触れそうな距離まで近づいていた。その時、私の近くで何か落ちたような気がするけど、まあいっか。

 

 ゆっくり、目を閉じてその時が来るのをじっと待つ。だけど、いくら待っても沙紀の唇が私の唇に触れる感触がしない。

 

 不思議に思った私はそっと目を開けると沙紀は私の方を見ていなく私の少し横を見ていた。しかも、沙紀の顔は先程までの色ぽっさなく、目の焦点が妙にあってなく、汗も凄く掻いており身体が異常に震えていた。

 

 明らかに沙紀の様子がおかしいためただ事ではないと何とか顔を少し動かし目線を沙紀が見てる方に移動させるとそこには…………黒光りするやつがいた。しかも、私のすぐ近くに。

 

「きゃぁぁ~~!!」

 

 流石に近くにやつがいるなかそういう行為をするほど精神が図太くなく私は思わず叫んでしまった。叫んだところで沙紀にガッチリと身体を固定されているので逃げられない。

 

「沙紀!! 早く退きなさいよ!!」

 

 何とか沙紀に退いてもらおうと呼び掛けると沙紀はあの状態で気絶していた。そういえば、この子。虫は苦手だったわね。

 

「はっ!! にこ先輩? 何かありましたか……!?」

 

 そして、私の呼び掛けで何とか意識を取り戻す(ショック余り口調が元に戻ってる)と再び沙紀の目線がやつの方に向く。

 

「きゃぁぁ!? テラフォ…………」

 

 やつに気付いた沙紀は恐怖の余り何か変なことを言いながら立ち上がり、私を置いてその場から離れようとするけど、さっき私が散らかした小物で踏んづけて、そのまま身体のバランスを崩して壁に激突して気絶した。

 

 この時の沙紀には私に対する忠誠心や委員長としての威厳が全く無かった。

 

 沙紀が離れたことでやっと身体の自由を手に入れた私も沙紀の二の舞にならぬように素早くその場を離れようとする。流石に騒ぎすぎたため奴も移動して私も万事休すかと思って奴の方を見るとやつは一歩も動いてなかった。

 

 疑問に思った私は奴をよく見るとあることに気付いたわ。

 

「何これ、偽物じゃないの」

 

 小学生とかが誰かを驚かす際に使われる奴の偽物のおもちゃ。偽物と分かると実際に触って確かめて見るとゴム見たいに柔らかい。

 

 そして、奴の偽物を触ると今までの事がバカらしくなってゆっくりと立ち上がり部室を見渡すと、床に散らばった小物とアイドルグッズ。そして、気絶してる馬鹿が一人。

 

「ハハハ、一体私は何をしてたのかしら」

 

 この現状を見てみると笑いしか出てこない。実際、馬鹿みたいなことしかしていないのだから。だが、一つ疑問が残る。この私の手に握ってる奴の偽物は誰のか。まあ、誰なのか大体分かっているのだけど。

 

「終わった? 何や……これ?」

 

 すると、また、タイミング良く希が戻ってきて、この惨状に少し驚くが直ぐ様沙紀の方に向かって沙紀を安全なところに移動させていた。

 

「希、これあんたのじゃないの」

 

「あぁ、これこの前学校で見つけて委員長ちゃんを驚かそうとここに隠しとったやつや。忘れてた」

 

 私はやつの偽物を希に見せると案の定希の物だった。しかもその反応から完全に忘れていたみたい。

 

 結果的に希に制裁を与えようとした結果希に助けられたことになってしまった。やっぱり、こいつには敵わないわ。

 

 この騒動で私が得た教訓は三つ。

 

 一つ目は希に一人で害を与えないようにすること。自分に全部返ってくるため。

 

 二つ目に沙紀と絶対一緒に寝ないこと。今日は何とかなったけど、次はこうなるとは限らない。確実に次は初めてを奪われるから。

 

 三つ目に沙紀が暴走したら虫を用意しておくこと。これで沙紀は平常心が保てなくなるから隙が出来る。

 

 その三つを踏まえたうえで私は奴の偽物をポケットにいれた。

 

 2

 

「それで結局、あんた何しに来たの」

 

 散らかってしまった部室を片付けながら、希がここに来た理由を聞く。

 

 散々ふざけていて忘れていたけど、希がわざわざ朝早くからアイドル研究部に来るなんて珍しい。いつもは生徒会の仕事があるはずだから、そっちに行くはず。だから私か沙紀に何か用があったはずよね。

 

「ん? 委員長ちゃんに報告したいことが有ったけど……今、こんな状態やし」

 

 そう言って沙紀の方を見ると椅子の上で横になって、それほど怪我もなく気絶してる。どうして保健室に運ばないのかって? これを保健室まで運んでいくと騒ぎになるからよ。

 

 私も何時も忘れてるけど、沙紀はこの学校でかなり有名人。学校には沙紀のファンみたいな人が居るみたいで、その中でもかなり心酔している生徒が居るとか居ないとか。

 

 これも沙紀の噂の一つ。実際はどうか知らないけど、念のため沙紀をここで放置することにしているの。

 

「少し待ってなさいよ。どうせ、沙紀のことなんだからすぐに目を覚ますわよ」

 

 沙紀はやたらと身体は頑丈だから、数分放置したら、勝手に目を覚ましてテンションもまともに戻っているはず。多分……きっと……。

 

「なら、そうさせて貰うで」

 

 希は空いている椅子に座って、沙紀の回復を待つことにした。私も片付け終わったので、何時もの定位置に座る。運が良いことに片付けていたアイドルグッズは壊れてなかったから凄く安心したわ。

 

 定位置に座ると、何時ものようにネットでアイドルの情報でも集めようかなと思ったけど、希が居るので止めておくことにした。

 

「別にウチのこと気にせんでも良いのに」

 

「ふん、別に気にしてなんかないわよ。今はそんな気分じゃないだけよ」

 

「にこっちは素直じゃないんやから」

 

「そんなんじゃないわよ!!」

 

 別に素直じゃないとかそんなじゃない。ただ……人が来てるのに少しは持て成す気持ちを持ってないと、沙紀に怒られるのよ。あの子、その辺はきっちりしてるから。

 

 まあ、お茶を出すのは沙紀の仕事だから目覚めたら勝手に淹れてくれるでしょう(というかお茶とかお茶請けの場所私知らないし)。私はせめて希の話し相手にならないといけないから、こうして希と話すことにしてるのよ。

 

「それにしてもや。にこっちとこんなに仲良くなるなんて少し前やと考えられないなあ」

 

「確かにそうね。あんたとは沙紀が来るまで関わったこと無かったわね」

 

 今ではこんな感じに話したりしているけど、去年の秋か冬くらいまではお互いに学校ですれ違う程度で、あんまり話したことがなかったのよね。

 

「あの頃のにこっちは友達が全然居なくて、捨てられた子犬みたいに寂しそうな目をしてたやん」

 

「誰が捨てられた子犬みたいよ。それに友達が居ないってどういう意味よ。にこがぼっちって言いたいわけ」

 

「流石にそこまでは言うつもりはないやん。ただ、にこっちはあのときから委員長ちゃん来るまであまり人と関わろうとしなかったやん」

 

 そう言われると、否定は出来ないわね。希の言う通り、沙紀がここに訪れるまでは、一人でここへ来てはアイドルについて調べるだけ調べて帰る毎日を繰り返してた。

 

「だから、びっくりしたんや。誰とも関わろうとしなかったにこっちと仲良くなった子が居るのを見てな」

 

「そして沙紀のことを調べて、あいつのハチャメチャ振りを知っちゃった訳ね」

 

 あの事件は相当酷いものだった。まさか私の写真を盗撮してたなんて……それどころか可愛い女の子の写真を大量に部室に隠してあるなんて思ってもみなかったわ。

 

 そして、それがバレた沙紀は写真を持って部室から逃走。そのあと、丁度沙紀のことを調べていた希にぶつかってしまい、偶々落ちたその写真を見られて沙紀の本性を知ってしまった。

 

「まあ、あのときは流石にウチじゃなくてもびっくりするやん。正直、びっくりを通り越してたんやけど」

 

 本人の言うとおりびっくりどころか、完全に頭が追い付いてなかったみたいだったような……。

 

 まあ、そのあと何だかんだあって、結局、希の胡散臭いスピリチュアルパワーでいつの間にか沙紀は捕まえることに成功。そして、沙紀の持っていた全ての写真は私たちの手で、誰にも知られず灰にしてやったわ。

 

 ちなみにそのときの沙紀の顔はまるでこの世の地獄を見ているかのようなスゴイ顔をしていたわ。

 

「でも知れて良かったと思うんや。委員長ちゃんはにこっちに変なことはするけど、絶対に悲しませることはしないって。それににこっちとも仲良くなれたし」

 

「そうね。あんたとは仲良くなれたどうかは知らないけど、少なくとも沙紀は馬鹿だけど良くやってくれてるわ」

 

 沙紀が来てから随分賑やかで楽しい毎日が送られてるような気がする。

 

 スクールアイドルとしての活動はまだ出来てないけど、その準備だって真剣に手伝ってくれる。かなり変なちょっかいは掛けてくるけど、何だかんだで私を笑顔にしちゃったりして色々とやってくれてる。

 

「やっぱり、にこっちはここでも素直じゃないやね。素直に感謝してるっていえば良いのに……委員長ちゃん凄く喜ぶと思うやけど」

 

「良いのよ。変に褒めるとあいつ調子に乗ってまた今日みたいなことされても困るし。こういう関係が丁度良いのよ……私たちは……」

 

「ふぅん、成る程なぁ。にこっちたちがそれでいいんだったらウチは口出しするのは無粋やな」

 

 希は私たちの関係にとりあえず納得したみたいで、凄く満足した顔して、この話を切り上げる。

 

「そう言えば、あんた沙紀に用事があるって言ってたけど、それってにこが聞いて良いことなの。生徒会の話でしょ」

 

 私はさっき言ってた希の用事を思い出して、そっちの話題に切り替える。ただそれを一生徒である私が聞いては不味いかなって思うから一応確認した。

 

「う~ん……どうかな……」

 

 希は何となく複雑そうな顔をして考えているのが分かる。どうやらグレーゾーンな話みたい。

 

「なら、沙紀が起きたらにこはここから出るべきね」

 

「いや、生徒会関係の話じゃないからそこまでしてもらう必要ないやけど。ただ……」

 

 私は気を利かせて部室から出ようとすると、希はそこまでする必要がないと言うけど、やっぱり話しにくいそうな顔をしてる。

 

 生徒会の話じゃない? けど、話しにくい話って一体何なのかしら。気になりはするけど、本人が話しにくそうな感じがするから、私は聞かないほうがいいかもしれない。

 

「良いじゃない希お姉ちゃん。にこ先輩に話しても別に問題があるわけでもないし」

 

『!!』

 

 唐突に第三者の声が聞こえて驚いた私たちは声のした方を見る。

 

「うぅ、少し頭と背中が痛い」

 

 沙紀が身体を伸ばしながら少し痛いと言うだけで、いつの間にか目を覚まして何事も無かったように普通にしていた。

 

 いや、背中に関しては椅子に寝かしておいたから少し痛いのは分かるけど、流石に頭は少し痛いってじゃすまない気がするけど。

 

 結構凄い勢いで壁に頭激突したみたいだけどそれでも少し痛いってだけで済むのは頑丈過ぎない。もしかして沙紀の頭は石頭なの。

 

「それであんた、何時から起きていたのよ」

 

 まあ、それは何時ものことだから置いといて、問題と言うほどでもないけど、こいつが何時から起きていたか聞いとかないといけない。

 

 さっきの沙紀の話を聞かれてると流石に恥ずかしいし、それにこいつは気絶した振りをしていた可能性も無くはないから。

 

「にこ先輩が希お姉ちゃんに生徒会の話を聞いたくらいです」

 

 どうやらさっき目を覚ましていたみたいね。口調もテンションもまともに戻っているからさっきまでの話は本当に聞いてないみたい。聞いていたらテンションがウザいほど高くなってはずだから大丈夫ね。

 

 口調もテンションもまともになのに、明らかに一部おかしいところはあるけど、今はそれを追求するつもりはないわ。追求すると、また話が逸れそうだし。

 

「それであんたたちは何するつもり。あんたたちのことだから変なこと企んでるじゃないの」

 

 この二人が手を組んで何かしようとすると、大抵はろくなことにならない。けど、今回は何時もよりは真面目な雰囲気。

 

「委員会ちゃん本当に話すの? にこっちに話すとあの子たちの邪魔するやない」

 

「大丈夫だよ。にこ先輩なら分かってくれるよ。だって、にこ先輩には悪い話じゃないもの」

 

 こそこそと話す二人。あの子たち? 私に悪い話じゃない? よくは分からないけど、本当に変なことをするわけじゃあ無さそう。

 

「委員会ちゃんがそこまで言うなら止めないやけど」

 

 私がそうこう考えているうちに、希は沙紀に説得されて私に説明するのを許可した。

 

「すいません。待たせてしまってにこ先輩。実は……」

 

 そう言って沙紀は私にこれからのことを話始めた。

 

 3

 

「……と言うわけです」

 

 私は昨日の生徒会で起きた出来事を説明してくれた。

 

「何よそれ……。生徒会来た二年生たちは思い付きでスクールアイドルをやろうとしてるの。ふざけてるじゃないの」

 

 沙紀から説明を終えて最初に出た感想はこれだった。他にも言うべきことがあるのだけど、私にとって二年が取った行動はアイドルを馬鹿にしているようにしか思えなかったから。

 

 私とってアイドルはみんなに笑顔を届け、楽しい時間を与えるのが仕事だと思っている。会場に来てくれた人たちに楽しい夢の一時を与えて来てくれたファンみんなを笑顔して楽しんでもらう。それがアイドルに一番必要なものだと思っている。

 

 それなのに思い付きでアイドルを始めるなんてふざけるじゃないわよ。そんな中途半端な気持ちで誰かを笑顔に何かに出来るはずないじゃない。だからこそ最初にそんな感想が出た。

 

「にこ先輩ならそう言うと思ってました」

 

 どうやら沙紀は私が最初に何を言うのか分かっていたみたい。それはそうね、何だかんだで一緒に居るから私がアイドルにどれだけ拘りがあるのは、知っているのだから。

 

「分かっていて話すって言うのは、あんたたちは何か考えがあるつもり。言っとくけどそんな連中連れてきてもここに入れるつもりはないから」

 

「それは百も承知です。ですから、私は彼女たちがどれだけ本気なのか見極める為に彼女たちのお手伝いをしようと考えてます」

 

「でも、昨日生徒会で生徒会長に言われてるでしょ。正直、もう諦めてるじゃないの」

 

 あの生徒会長のことだから凄くキツイ言葉で彼女たちを追い返したんでしょうね。上級生しかも生徒会長にそんなことを言われれば、誰だって止めとこうと普通は考えるじゃない。

 

「それは問題ないんよ。今日、高坂さんたち朝早くから講堂の使用許可を取りに生徒会に来たんや。ウチはそれを委員会ちゃんに伝えようと思って来たんやけどね」

 

 今まで黙っていた希が口を開てそう言った。講堂を使うと言うことは、アイドル活動の本業であるライブをするつもりがあると言うこと。つまり、彼女たちはスクールアイドル活動を続ける意志があることが分かる。

 

「やっぱり、彼女たちは諦めてなかったんだ……。ちなみに講堂の使用許可した日は何時?」

 

 希の知らせを聞いて、沙紀は少し嬉しそうな顔をしながら、希から何時ライブをやるのかを聞く。ライブをするにも結成したばかりだから、そんなに早くはないだろうけど。

 

「高坂さんたち講堂が使うのは新入生歓迎会の日。つまり、あと一ヶ月もないや」

 

『えっ?』

 

 私の予想よりも早く、どうやら沙紀もすぐにやるとは思っていなかったみたいで、一緒に驚いてしまう。

 

「まあ、希お姉ちゃんの言ったとおり高坂さんたちはまだ諦めていません。けど、諦めなかったからと言って、ライブが上手くいくとも限りませんから」

 

「そうよ。現実はそんなに甘くない。ましてや結成したばかりのアイドルユニットのライブに人がそこまで集まるとは思えないし」

 

 確かに最初のライブの時期は悪くはないわ。新入生歓迎会はこの学校でスクールアイドル活動をしているアピールができるから。ただ一ヶ月では期間があまりにも短すぎるわ。

 

 作詞、作曲をオリジナルの物を自分たちでやるならもう始めなければ、振り付けや衣装のイメージが難しい。ましてや彼女たちに作詞や作曲の出来る人がいなければ、余計に時間が掛かるわ。更にその他にもやることは多い。

 

 それだけライブを一つやるにも色々と準備は必要なのよ。それを一ヶ月足らずでやろうとするなら完成度はかなり低くなるわ。

 

「だから、私は見てみたいですよ。彼女たちが最初のライブで結果はどうあれ、どんな答えを出して、その先に踏み出すかどうかを」

 

 そう言った沙紀の瞳は真剣なものだった。

 

 沙紀にとってライブが成功するかどうかは問題ではない。成功するならそれだけ彼女たちは実力があると言うことになる。失敗したにしても続ける覚悟あるならまだ伸びる可能性がある。

 

 結論を言えば沙紀は彼女たちの最初のライブではそこまで成功を求めていない。彼女は歩き続けるかどうかが重要なのだから。

 

「分かったわ沙紀。あなたの好きにしなさい」

 

 だから、私は折れることにした。珍しく本気になった沙紀を無理矢理止めるほど、私は鬼ではない。

 

「良いんですか?」

 

「好きにしろって言ってるでしょ。でも、やるからには本気でやりなさい。中途半端は許さないだから」

 

 聞き返して来る沙紀に厳しい言葉で返す。あぁ~、何でこう何時も素直に頑張れとか言えないよ。

 

「ありがとうございます。にこ先輩の言う通り中途半端にはしませんよ。やるからには全力です」

 

 相変わらず素直になれない自分に腹は立つけど、それでも沙紀は私が応援してくれていると理解してくれるのは嬉しくはなる。だけど、やっぱり素直に応援の言葉を掛けたいと余計に思ってしまう。

 

「それで私は何をすれば良いの?」

 

 何かすることがあると言われても、本気かどうか分からない彼女たちに何か出来ることはないわ。仮に合ったとしてもきっと余計なことしかしなさそうだし。

 

「ライブが終わってまではひとまずは何時も通り練習に励んでください」

 

 つまり何時も通りにしていろと言うことね。その方が余計なことをせずにいられそうだから楽だし、安心だわ。

 

「彼女たちが本気ならいずれ部員を五人以上揃えてここに来るはずですから。その時はにこ先輩がこの部の部長として彼女たちがスクールアイドルに向いているかどうか判断してください」

 

 結局、私の仕事は大分先みたい。部員を五人以上集めてもきっとあの生徒会長ならこのアイドル研究部が存在してるから認められないと言うわ。

 

 だから既に部長として成立しているこの部と相談しにやって来ると、その時に私が判断しろとそう言うことね。

 

「分かったわ。とりあえずはあんたたちの考えに乗ってあげる。ただし、私が必ず認めるとは限らないわよ」

 

「なら、決まりやな。にこっちも協力してくれって一応は言ってくれたからこれで一安心や」

 

「それじゃあ、私は早速高坂さんたちと接触することにしますね」

 

 今後の方針は固まり一先ずはこれで終わりというべきかしら。沙紀は既に次の行動を決めているけど、まあ何時ものことだから気にしないわ。

 

 正直、沙紀をここまで本気にさせた二年生たちに若干焼きもちを焼いている。彼女は基本誰とも親しく見えるが実はそうでもない。彼女は他人とは一線を引いている。それは親しい希だって例外ではない。

 

 いや、違う。私は沙紀の今回の行動の意図に気づいてしまった。

 

 沙紀は高坂さんたちに興味を持って関わろうとはしていない。だってそれは絶対に有り得ないことだから。

 

 他人とは一線引いている沙紀が誰かと関わろうとする理由が一つだけある。それを果たすためなら沙紀は自分のプライドだって捨ててしまう。

 

 それだけ彼女にはどんなことよりも優先してすることがあるのだから。その為だけに二年生たちに近づくことだって十分有り得るわ。だって、沙紀は目的のためなら手段を選ばない。

 

 そんな彼女に酷いことをさせてる原動力。理由は──それは私の為だ。

 

 何故なら沙紀にはそれしか無いから。それだけしか彼女の心には無いのだから。

 

 やっぱり、私は早くあの子に恩返しをしなければならない。私が卒業するまでもうあと一年しかない。だから、それまでに私が恩返しをしなければ沙紀を救えない。

 

 だから、今回二年生たちに掛けてみるのも手かもしれない。私は沙紀を救わなければならない。彼女たちが本気ならきっと私は彼女たちを受け入れるだろう。

 

 お願いだから、彼女たちが本気でありますように。

 

 沙紀に本当の笑顔でいられる日々が戻りますように。

 

 この場に居ない知らない人にすがるなんて馬鹿みたいだけどそれが今の私の願いだから。

 

「いきなり私の顔を見てどうしましたかにこ先輩?」

 

 考え事してたら無意識のうちに沙紀の顔を見ていたみたい。

 

「いや、何でもないわ。それよりも練習の準備をしないと」

 

 そう言って私は今日も自分のため、そして沙紀のために練習の準備を始めた。

 

「頑張ってください」

 

 沙紀は何時ものよう笑顔で私を応援した。

 




如何だったでしょうか。

次回からはまた今までとは別のキャラでやっていきたいと思っています。

誰なのかは次回のお楽しみというところで今回も読んでいただきありがとうございした。

誤字、脱字等がありましたらご報告ください。

では、また次回もお楽しみに。


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四話 接触

お待たせしました。

今回は彼女が語り手です。

どうぞお楽しみください。


 1

 

 初めまして園田海未と申します。

 

 今回は私が語り手を進行することになったのですが、本編でそれほど出番のなかった私が語り手をするには、些か不安があります。

 

 語り手をする際に私の前に二人ほど語り手をして苦労したと語り手を引き受ける際に伺いました。

 

 特に二番目の方は相当苦労されたと言われ、更にその方は近いうちにまた語り手が一回以上あるのが確定していることだそうです。

 

 それはさておき、やはり自身の体験したことをどんな形であれ何かを伝えるのは、なかなか慣れていないと困難だと思います。私も実際に思ったことを文字にするのは……いえ、忘れてください。

 

 それでも引き受けたからには、キッチリとこなさければなりません。ですので僅かな時間ではありますが、私の拙い語りを聞き耳立てるくらいで、聞いていただけると嬉しいです。

 

 あまり真剣に聞かれますと、恥ずかしいですし……。

 

 それでは何処からお話をすれば良いのでしょう。一先ずはスクールアイドルを始めるきっかけを話すことにしましょう。

 

 皆様はご存じの通り音ノ木坂学園は廃校の危機に瀕しています。その際、私の幼なじみである──高坂穂乃果が何を思ったのか突然私たちでスクールアイドルを始めようと言い出したのです。

 

 私は当然反対しました。そもそも穂乃果は飽きやすい性格ですし、何より今人気のあるスクールアイドルはプロ並みに努力をして人気を手に入れた人達。

 

 それに便乗する形で始めようとする穂乃果が続けられるとは思わなかったからです。

 

 あと、恥ずかしいですし……。

 

 そんなわけで私は穂乃果の案に反対したのですがもう一人の幼なじみである──南ことりに説得されて、結局穂乃果の思い付きに参加することになってしまったのですが。

 

 ですけど、穂乃果の思い付きで振り回されることはよくありますけど、不思議と後悔したことがないですよね。穂乃果に付いていくと見たことのない景色が見られることが多いですからそれにもう慣れていますし。

 

 ことりを含めて私たちでアイドル部を設立しようと生徒会に申請書を提出しに行ったのですが皆様のご存じの通り生徒会長に反対されて追い返されました。

 

 確かに生徒会長の言い分には分かりますが(実際に私も反対しましたし)私たちの思いは理解してくれると思っています。誰も自分たちの学校を廃校にしたくないと言う思いを。

 

 流石に穂乃果も生徒会長にあんなことを言われて諦めるかと思いましたが彼女は諦めていなかったのです。

 

 そんな穂乃果を見て私たちもまだ諦めかけていた気持ちが無くなり、また頑張ろうと思いました。

 

 ホント、不思議な人です。穂乃果は。

 

 そうして、再びスクールアイドル活動をして廃校を阻止しようと動き出したのです。

 

 2

 

「はぁ、まさか何一つ決まっていなかったなんて思ってもみませんでしたよ」

 

 決意を新たにした翌日の昼休み──私は穂乃果たちと学校の中庭で昼食を取りながら先程まで知ってしまった事実に溜め息を溢し呆れていました。

 

「えぇ~、海未ちゃんだって忘れていたじゃん。穂乃果は悪くないよ」

 

「確かに忘れていた私も人の事は言えませんけど、いえ穂乃果のことだから忘れていることを失念した私の失態です」

 

 穂乃果は何と言うべきでしょうか。そうですね、猪突猛進と言う言葉が相応しいのかもしれません。細かい事は気にせずとりあえず目の前のことしか見えてないそんな感じです。

 

 その結果、細かい事が積み重なって大事になってしまうのが何時もの落ちなのですが、私もそんなことにはならないように気を付けているのですが今回は見事にやってしまいました。

 

「ヒドイよ、海未ちゃん。良いじゃんか、早いうちに分かったから」

 

「ですが、流石にグループ名も曲も振り付けも何一つ決まっていなかったなんて……。せっかく、講堂の使用許可を取ったのに」

 

 そうなんです。順を追って説明しますと今朝──生徒会に講堂の使用許可を取りに行き、何とか使用許可を取れたのですがそのあとスクールアイドルのグループ名が決まっていない事に気付いたんです。

 

「えぇ~、でも、掲示板でグループ名は募集したんだから大丈夫だよ」

 

「何処からそんな自信が来るのですか。あなたは……」

 

 穂乃果はそんなことを言いますが、先程穂乃果の言ったように穂乃果がいつの間にか貼ったライブのポスターにグループ名募集と書き加えてあとは放置です。完全に他力本願です。どうするつもり何でしょうか変なグループ名入っていたら。

 

 そうしてグループ名は他人に任せて、今度は学校内での練習場所を探し屋上を使うことをしたのですが、今度は曲が用意してなかったことに気付いたのです。

 

「はぁ、とりあえず今日うちにはその辺りを決めとかないといけませんね」

 

「そうだね。衣装の方は私がデザインするから良いけど、他は私たちだけだと経験無いから難しいよね」

 

「すいません。ことり、衣装の方は貴方に殆どお任せしてしまって。ですが先程の衣装は考え直してくれませんか。脚が見えてますし……」

 

 ことりは衣装のデザインが出来ますから衣装の方は問題ないのでけど、ただ先程見せてもらったデザインはスカートが短すぎて脚が見てしまって恥ずかしいですから。

 

「大丈夫だよ、海未ちゃん。脚綺麗だから気にしなくっていいよ」

 

 ことりは笑顔でそう言ってくれますが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいですし。

 

「ですが、やっぱりスカートが短いのは駄目です」

 

 きっぱりと私はそう断っておきました。ことりに何と言われようと誰かに脚を見られるのは無理ですし。それにアイドルのスカートが短いといけないと言うルールはありませんから。

 

「どうする? ことりちゃん。海未ちゃんあんなこと言ってるけど」

 

「どうしようね。とりあえず、さっきのデザインの衣装を海未ちゃんに黙って作っておいて当日それしか着られないようにしておく?」

 

「ことりちゃん……何気にヒドイね。でもそうだね、そうした方が海未ちゃんも観念して着てくれるだろうし」

 

「何二人でこそこそと話しているのですか」

 

『ははは、何でもないよ』

 

 明らかに怪しい。何か私に隠れて企んでいるじゃないでしょうか。

 

「さて、これからど~しようかな~」

 

「そうだね。他にもいっぱい決めないといけないからね」

 

「二人とも話を逸らしましたね」

 

 確かに他にも考えなければいけないことが多いですからこれ以上追及するのは止めておきますか。ことりは難しいですけどそのうち穂乃果は勝手に口を滑らせてしまうでしょう。

 

 そうして一先ずは先程の件は置いておいて私たちはこれからどうするべきか考えると──

 

「ちょっと、良いですか」

 

 穂乃果やことりの声ではなく第三者から声が聞こえた。なんか凄い既視感を感じます。先日、昼休みに丁度生徒会長と副会長に声を掛けられましたし。

 

 しかし、今回は先程のお二人でもなく別の声でしかも最近何処かで聞いたことがある声でした。

 

 そうして、声がした方を私たちが見るとそこには昨日、生徒会室でお会いした三つ編みに眼鏡と言う以下にも委員長風な方がお弁当箱を持ってそこには居ました。

 

「一緒にお昼食べても良いですか」

 

 3

 

「ごめんなさい。三人で楽しくお昼食べていたのにお邪魔してしまって」

 

「気にしなくも大丈夫だよ。それにあなたには昨日スクールアイドルのこと色々と教えてもらったし」

 

 突然、お昼をご一緒したいと言った生徒会の方は少し申し訳なさそうにしていたが穂乃果はそんなこと全然気にせず笑顔で答える。

 

「そう言えば、昨日そんなことを言っていましたね。何処で知り合ったのですか」

 

「昨日UTXに行ってA-RISEを見た時にスクールアイドルについてよく分からなかったから、偶々近くにいた音ノ木坂の生徒に声を掛けたら……、えっと……。名前何だっけ?」

 

「穂乃果、流石に人の名前を忘れるのは失礼ですよ」

 

「忘れてないもん。ただ……そうだ!! 名前聞いてなかったんだよ」

 

 そうだって、言い訳にしか聞こえないのですが聞いていなかったのなら仕方がありませんね。

 

「そう言えば、私は皆さんの名前は知っていますけど私は名乗っていませんでしたね」

 

 どうやら彼女曰く本当のようだったようです。これで本当に穂乃果が忘れていたのでしたら説教ですがその必要は無くなりました。

 

 そうして彼女は軽く咳払いをして名乗る準備します。

 

「それでは、私の名前は篠原沙紀と言います。よろしくお願いしますね」

 

 えっ、今彼女何て名乗りましたか。凄く聞いたことのある名前だった気がするのですけど。

 

 しかもこの学校ではとても有名な名前だったような気がします。

 

 私は穂乃果とことりにさっきのは聞き間違いでは無いかと目で確認するとことりも驚いた顔で私のことを見て同じことを思ったようです。そして、穂乃果は──

 

「篠原沙紀ちゃんね。じゃあ沙紀ちゃんだね。よろしくね」

 

「よろしくお願いしますね。高坂さん」

 

 何時ものように普通に彼女と接していた。

 

「穂乃果!! 何であなたは彼女の名前を聞いて普通にしているのですか!!」

 

「えっ、え? どうしたの? 海未ちゃんそんなに驚いて沙紀ちゃんってスゴイ人なの」

 

「スゴイも何も穂乃果ちゃん知らないの? 篠原さんのこと。この学校じゃとっても有名な生徒だよ」

 

 私とことりは穂乃果のとても有り得ない行動に驚いてしまってつい先程までの緊張感が解けて穂乃果を問い詰めるのですが、穂乃果は全くと言っていいほど状況を理解していなかったので篠原沙紀さんについて軽く説明することにしました。

 

「フムフム、なるほど!! 沙紀ちゃんってスゴイ人なんだね」

 

「凄いどころではありません。篠原さんを見てください」

 

 そうして私たちは篠原さんの方を見ると篠原さんは私たちに微笑んだ。

 

「無駄のない呼吸、凛々しいくも淑やかな佇まい。そして美しく綺麗に整った姿勢。武道を嗜む私なら分かります。どれを取っても私たちとは別次元の方ですよ!!」

 

「海未ちゃんが今までないくらい興奮して熱く語ってる……」

 

「それくらい篠原さんがスゴイ人なんだよ。特に海未ちゃんは篠原さんを尊敬していた見たいだからね」

 

「尊敬していたのなら顔くらい知ってるじゃないの。何で気付かなかったの?」

 

「多分、海未ちゃんは恥ずかしかったじゃない? だって海未ちゃん恥ずかしがり屋さんだから話だけ聞いてなかなか声とか掛けれなかったとか」

 

「なるほど!! 海未ちゃんなら有り得る」

 

 何か穂乃果とことりがこそこそと話していますが今はそんな事は関係ありません。私はとても大きな失態を犯してしまったのですから。

 

「あぁ、何で気付かなかったのでしょう。この学校で眼鏡に三つ編みと委員長風な方を篠原さんと一目見て気付かなかったのでしょうか。自分の未熟さを思い知らされます」

 

 出来ればもう少し心身共に成熟した際に状態でお会いしたかったのですが、こんな未熟な姿を篠原さんに見られてしまったら恥ずかしさの余り死んでしまいます。

 

「そんなに気にしなくて良いですよ、園田さん。私もそこまでスゴイ人間ではありませんし普通に皆さんとお話したいですから」

 

 落ち込む私に何と優しい言葉を掛けて下さる篠原さん。本当に優しくて清らかな方です。私も彼女のようになれように日々精進しなければいけません。

 

「何と心優しい方なんでしょう。流石は立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花の如くそれに心は海のように広い方です」

 

「ごめんなさい。私、最初に園田さんが言った、立てば芍薬辺りは初めて聞きました」

 

 これは凄く恥ずかしいです。まさか、篠原さんはそんな風に呼ばれたことが無かったなんて……。

 

「海未ちゃん顔真っ赤だよ。もしかして、自分で沙紀ちゃんのことをそう思っていたの」

 

「ち、ち、違います。これは誰かが篠原さんの事をそう言っていたのですよ。決して私が考えたわけではありません!!」

 

 穂乃果は私をそんなことを言いますが何とか弁解しようとしますが先程の失態でかなり動揺して言葉に説得力がありません。

 

「あぁ、またこのパターンですか」

 

「どうしたの? 沙紀ちゃん何か分かったの」

 

 篠原さんは私の反応を見て何か気付いたのか何やら納得した様子をした。それを見た穂乃果は篠原さんに図々しくも普通に聞いています。

 

「よくあるんですよね、私の知らない間に変な噂や肩書きとか付いていたりすることが。ですから園田さんはそれらを聞いてしまって私のことをそう思っていたと言う訳です」

 

 そんなことが……、いえ、確かに篠原さんの噂の中には明らかに根も葉もない噂が幾つも有ります。そう考えれば彼女が知らない肩書きが出回ってもおかしくはないはずです。

 

「何と……私は噂に踊らされていただけだった何て……。尚更、自らの修行不足を感じてしまいます」

 

 自ら墓穴を掘っていく。そんな風に未熟さを更に思い知らされるなんて先程から恥ずかしがってばかりです。

 

「でも、そうだよね。さっき海未ちゃんから少し沙紀ちゃんの噂の中で沙紀ちゃんが宇宙人じゃないかって噂は流石に嘘だよね」

 

 また私が恥ずかしがっていると穂乃果が納得したように話し明らかに嘘である噂を口にした。流石に私でもそれは根も葉もない噂でしか無いと分かりますよ。

 

「それですか。それ、本当ですよ」

 

『えっ!?』

 

 しかし、篠原さんの回答は私たちの予想とは全く違うもので思わず三人とも驚いてしまう。またまた、今なんと篠原さんが宇宙人ですって。

 

「実は私……、家系は火星人でしてとある事情で地球に移住してきたんですよ」

 

「数十年前、地球から送られた台所によく出る黒い虫が謎の進化してしまってその新種の生物と私たち先住民である火星人は火星の覇権を巡って日々争っていました」

 

「その結果、私たちの一族は負けて地球に逃げてきてひっそりと暮らしているのですよ。何時か再び火星を取り戻すために」

 

 自身の事情を話す篠原さん。その顔は何処か儚げで悲しそうなとても嘘を付いているようには見えません。

 

「火星ではそんなことが起きてるなんて」

 

「そうだったんだ。大変なんだね、篠原さん」

 

「沙紀ちゃんファイトだよ!!」

 

「やっぱり、地球の方は悪い方ばかりでは無いんですね。その言葉でまた火星を取り戻そうと頑張れます。まあ嘘なんですけど」

 

『へっ?』

 

 今、篠原さん何と言ったのですか。

 

「ですから今の話は嘘です。ごめんなさい」

 

 そう笑顔で先程の話が嘘だと言いました。

 

「何で、そんな嘘ついたの? 沙紀ちゃん!?」

 

「そうだよ。ことりはホントだって信じちゃったよ」

 

「篠原さんが嘘を付くなんて信じられません」

 

 私たちは各々篠原さんの嘘に反応して驚いてしまいますが篠原さんは私の反応を見て少し嬉しそうにしていました。

 

「簡単に言えば、私は噂に聞くほどスゴイ人間ではありません。ちょっとした可愛い嘘も付きますし失敗だってします」

 

「だから、少しだけでも親近感が湧くようにちょっとした嘘を付きました。ですからそんな私ですけど仲良くして頂けると嬉しいです」

 

 そうして篠原さんは申し訳なさそうに自分が嘘を付いた理由を言って最後だけ少し照れくさそうに篠原さんはそう口にしました。

 

「そっか、なら全然大丈夫だよ。だって私たちもう友達でしょ。ねっ、海未ちゃん、ことりちゃん」

 

 そんな篠原さんに穂乃果は迷いもなくすぐに友達宣言をして私たちに同意を求めます。

 

 彼女は何時もそうです。どんな人でも仲良くなるそんな才能と言うべきか魅力と言うべきか分かりませんが人を惹き付ける何かが。私もそんな穂乃果の魅力に惹き付けられて幼なじみになったんですけど。

 

「そうだね。穂乃果ちゃんの言う通りだよ、沙紀ちゃんよろしくねっ」

 

「そうですね。私も噂ばかりに踊らされてちゃんと篠原さんのことが見えていなかったのかもしれません。ですから未熟な私ですけどよろしくお願いします」

 

 だから、彼女の提案を否定するつもりはありません。だって、穂乃果と友達になって悪い人は居ませんから。

 

「海未ちゃん、カッターイ!!」

 

「良いじゃないですか。これが何時もの私なんですから」

 

 仕方がないではありませんか。私は穂乃果のようにそんな誰かとすぐ打ち解けるような性格ではありません。

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 

 穂乃果が何かを言って私が怒ったりして、ことりが仲裁に入る何時もの風景。

 

「皆さん、よろしくお願いしますね」

 

 そんな私たちのやり取りを見て微笑みながら篠原さんは私たちにそう言いました。

 

『よろしくね(お願いします)』

 

 そして、今日から篠原さんと私たちは友達になりました。この出会いがのち、出来事に大きく関わることなんて知るよしもなく。

 

「ちなみに、さっきの火星の話は?」

 

「あぁ、それですか。私、漫画を読むのを好きですから最近嵌まっている漫画から少し設定を拝借しました」

 

 また、篠原さんの新たな一面を知ってしまいました。

 

 4

 

「さて、自己紹介も済んだところで先程の話の続きといきましょう」

 

「先程の話? 何の話だっけ」

 

 私たちと篠原さんが友人となり話が一区切り付いたので当初の話の話題に戻そうとする篠原さんに穂乃果は惚けた顔でそんなことを言いました。

 

「どうして穂乃果と篠原さんが知り合ったのかって話ですよ。もう忘れたのですか」

 

「あっ!! そうだった。すっかり忘れていたよ」

 

「はぁ、貴方って人は何で何時もそうなんですか。だいたい貴方は……」

 

「海未ちゃんストップストッ~プ!!」

 

 私が穂乃果に説教しようとすると穂乃果は大声で止めました。

 

「ちょっと何ですか穂乃果。私は貴女の為を思って」

 

「今はそんなのあとにしようね。ねっ!! 穂乃果と沙紀ちゃんが知り合ったのを聞いてからでもいいでしょ」

 

「分かりました。一先ずはその話を聞いてからにしましょう。私も気になっていましたから。ですがそのあとでちゃんと私の話も聞いてもらいますからね」

 

「うぅ、分かったよ。後でちゃんと聞くから。それじゃあ話すね」

 

 そんな風に穂乃果に釘を指しておいて私たちは穂乃果と篠原さんが知り合った話を聞きました。ちなみに内容はこんな感じでした。

 

 昨日の朝に穂乃果はA-RISEを見にUTX学園に行きました。

 

 その時はまだ全然スクールアイドルの知識が無かったため近くの人に聞こうとしたのですが、その際に聞いた相手がサングラスにコートと明らかに不審者の格好をした人に聞いたそうです。

 

 流石に近くに聞けそうな人が居なかったからといいそんな不審者みたいな人に声を掛けるのはどうかと思いますが、そんなの穂乃果は気にせずその方から少し教えてもらったそうです。

 

 そのあと、その不審者さんと一緒にA-RISEを見ていると篠原さんが不審者さんのところにやって来たそうです。

 

 どうやら篠原さんはその方と待ち合わせをしていたらしく、その際に篠原さんと知り合ってスクールアイドルに興味を持った穂乃果に最近のスクールアイドルについて教えてもらって、更に雑誌も幾つか貰ってきたと言う訳です。

 

「なるほど、昨日何処からともなくスクールアイドル雑誌を持ってきたのは篠原さんから貰ってきたと言う訳ですね」

 

 昨日、穂乃果がスクールアイドルをやろうと言い出した時に何冊かスクールアイドルの雑誌を持って来ていましたが朝早くからよくそんな雑誌を集める時間とお金がありましたね。

 

 何て思っていましたけどなるほど篠原さんに貰ったものだと言えば納得します。しかし、それよりも……。

 

「何で沙紀ちゃん、そんな不審者さんと待ち合わせしてたの?」

 

 あの篠原さんがそんな怪しい人と付き合っているイメージがありませんから、つい気になっていましたので聞こうとすると先にことりが聞いてくれました。

 

「ははは……、実はあの人、この学校の先輩なんですよね。あの人アイドル全般が大好きですからあれは一種の拘りですから気にしないでください」

 

「へぇ~、あの人先輩だったんだ。ならさ、その人に一緒にスクールアイドルやらないか聞いてみようよ」

 

「そうですね。確かにアイドルに拘りを持った方なら相当アイドルについて熟知していると考えて間違いなさそうですし」

 

「案外、ことりたちの悩みを解決してくれるじゃないかなぁ」

 

 穂乃果の提案に私とことりは特に異議はなくむしろ賛成と言う形で話を進めています。理由は簡単で実際のところ私たちは全くと言っていいほどアイドルの知識はありません。

 

 そのせいで現在も行き詰まっていますのでそう言った詳しい方がメンバーに加わって頂ければ状況も打破できますし、部員も増えて部活の申請に一歩近づき活動もしやすくなります。

 

「あの……盛り上がっているところ申し訳ないですけど、多分先輩を勧誘するのは、今はちょっと無理です」

 

 そうして私たちが先輩を勧誘する話で盛り上がっているなか篠原さんがとても言いにくそうにそう言いました。

 

「どうして?」

 

「あの人はさっきも言った通りアイドルに拘りを持っている人何なので言いにくいですけど、高坂さんたちが今会いに行くと『あんたたちはアイドルをバカにしている。思い付きで出来るほど甘くなんてないのよ』何て言われて確実に追い返されます」

 

 うぅ、確かに篠原さんの言う通りです。アイドルに拘りを持っているのですからそんな中途半端な気持ちで始めた私たちが会いに行くと追い返されるのは当たり前です。

 

「そっか~、せっかくその先輩と沙紀ちゃんを入れて部員が五人になって部活として活動できると思ったのに」

 

 何と穂乃果がそこまで考えてそんな提案をしていたのですか。てっきり私は何も考えず思い付きで言ったと思っていました。

 

「あっ!! 海未ちゃん明らかに穂乃果が何も考えず思い付きで言ったと思っている顔している。ヒドイよ!! ねぇ、ことりちゃん」

 

「う……うん。そうだね。ことりも穂乃果ちゃんがそこまで考えているとは思っていなかったよ」

 

「ことりちゃんまで!! 沙紀ちゃん何とか言って!! 私だって考えるときだってあるんだって」

 

「わ……私ですか!? 知り合ったばかりですし。そこまで知ってる訳ではないですけど。いや、それよりも私がさりげなく部員の数としてカウントされます」

 

 流石に篠原さんにその返答を求めるのは酷だと思いますし、篠原さんにしてみればそちらの方が気になりますよね。

 

「えっ? だって沙紀ちゃんもアイドルのこと詳しいし、その先輩と一緒にアイドルがやるんだったらやってくれると思っただけどな~」

 

「それに沙紀ちゃん。スタイル良いし、綺麗だし可愛いし絶対人気者になれるよ」

 

 そう言って穂乃果は篠原さんの身体をじろじろと見る。制服の上からも分かるように篠原さんは同じ女性としては羨ましいくらいスタイルも良いですし、スカートの下から見える脚も細く引き締まって長いです。

 

 出来ることならどうしたらこうなるのかご教授してもらいたいぐらいです。

 

「誘ってくれるのは嬉しいですが私一身上の都合がありますのでアイドルとして活動するのは申し訳ないですけどお断りさせてもらいます」

 

「えぇ~良いじゃん、やろうよ。アイドル楽しいよ」

 

「穂乃果!! 篠原さんにも都合がありますのに無理に勧誘するのはやめなさい」

 

 流石に事情があるのに無理に勧誘する穂乃果に私は彼女を注意する。

 

「ごめんね。沙紀ちゃん」

 

「気にしないでください。アイドルを出来ないのは私のちょっとした都合があるためですからそれに……」

 

「それに?」

 

「こんな私でも良ければマネージャーとして部員に入れてくれると嬉しいです」

 

「えっ!? だってさっきお断りしますって言ってなかった」

 

 篠原さんの提案に驚いてしまう穂乃果。確かに断られたような気がしますが私の聞き間違いだったのでしょうか。

 

「アイドルとして活動するのは、ですからそれ以外でしたら幾らでもお手伝いいましますから」

 

 そう言えばそんな風に言っていた気がします。成る程、アイドルとしてステージには立つことは出来ませんがそれ以外だったらお手伝いが出来ると言うことですね。

 

「ホント!! やった~!! これで部員が四人だ!! よろしくねっ、沙紀ちゃん」

 

「はい、よろしくお願いします、皆さん」

 

「じゃあ、放課後家で作戦会議だね」

 

「すいませんが穂乃果。私、今日は弓道部の練習に行かないと行けませんので遅れますが良いですか」

 

 私は弓道部と兼任してアイドル部(まだ部活として認められた訳ではないのですが)やってますので弓道部の練習があるときには出なければなりません。

 

 ですからこうして集まるときにはどうしても抜けなければならないのです。

 

「ごめんなさい。私も放課後は生徒会のお手伝いがありますので遅れますけどいいですか。それに私、高坂さんの家の場所知りませんし」

 

 どうやら篠原さんも私と同じように生徒会との手伝いを兼任して今日また手伝いがあるのも同じようです。

 

 更に彼女は知り合ったばかりですので、当然穂乃果の家の場所も分かりません。

 

「なら、海未ちゃんが部活終わってから沙紀ちゃんと一緒に穂乃果ちゃんの家に連れていたったらいいんじゃない」

 

「そうだね。海未ちゃん、よろしく」

 

「まあ、いいですけど。篠原さんそれで問題ありませんか」

 

「大丈夫です。よろしくお願いします園田さん」

 

 そんな感じで放課後の予定は決まり、残りの時間は他愛ない話をして昼休みも終わり私たちは教室に戻りました。

 

 5

 

 放課後──私は弓道部の練習を終えて篠原さんとの待ち合わせ場所である校門に向かっていました。

 

 理由は昼休みに話した通り穂乃果の家に篠原さんを案内するためです。

 

 そうして待ち合わせ場所に着くと篠原さんが既に校門の前で待っていました。

 

 その待つ姿はとても凛々しくも可憐であり、更に夕日の日差しが彼女の美しさを際立たせているためにまるで一枚の絵画のようでとても声を掛けるのは憚られます。

 

「あっ、園田さん。どうしたんですか? そんなところでボーッとして」

 

 篠原さんに見とれていた私に気付いた彼女は此方まで歩いてきて、とても不思議そうな顔をして私にそう言いました。

 

「い……いえ、何でもありません。それよりも待たせてすいません」

 

 流石に篠原さんに見とれていた何て言える筈もなく、私はただ遅れてきたことを謝罪します。

 

「良いですよ。私も今来たところですし」

 

 遅れてきたことに特に気にしていないように言う篠原さん。実際のところ本当かどうかは分かりませんが彼女の表情を見ると、平静な表情をしているためそこまで待っていないと分かります。

 

「そうですか。それでは行きましょうか」

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 そうして私たちは合流出来ましたので、一緒に穂乃果の家に向かうため歩き始めます。

 

「…………」

 

「…………」

 

 歩き始めて少しすると特に会話はなく無言でただひたすら歩くだけというとても気不味い雰囲気になってしまいました。

 

 うぅ、どうすれば良いのでしょう。

 

 正直に申し上げますと私は大変緊張しています。篠原さんはお昼に話したように音ノ木坂でとても有名な生徒です。

 

 彼女はあのときは気にしなくいいと言いましたが、やはりそんな凄い方と一緒に歩くだけでも緊張します。そもそも私たちとは全く違う世界の人とイメージが強かったので尚更です。

 

 何かお話しようにもお昼の件がありますから迂闊なことを聞くと、また恥ずかしい目に合うのは目に見えていますから喋りづらくなりますし、篠原さんがどう言ったお話をするのかお昼の時には全く分かりませんでした。

 

 そもそも穂乃果とことりが本当に他愛ない話ばかりしていたので、それを私と篠原さんが聞いて、何か適当に返すのを繰り返していましたから、なおのこと篠原さんについて知ることは出来ませんでした。

 

 あっ、そう言えば漫画は読むとか言ってましたよね。あぁ、駄目でした。私そっち方面の話は全然分かりません。どちらかと言えば小説の方がよく読みますけど篠原さんはどうなんでしょう。

 

 篠原さんなら読んでいそうな気がしますけど、かといって聞くのも勇気がいります。もし、全然読んでいなかったら何て考えてしまって余計に話しづらくなってしまったらどうしましょう。

 

 そうこう考えているうちに気付いたら穂乃果の家まで半分くらい距離になってしまいました。更に丁度信号が赤となり一旦信号が変わるまで待たないといけなくなりました。

 

 どうしましょう。さっきまでは歩いて何とか会話がなくても篠原さんは道を覚えたりしていたかもしれませんから良かったかもしれませんが(私の思い込みですが)今は立ち止まってしまったら、何かお話しをしなければ本当に失礼な方だと思われてしまいます。

 

 何かお話しを……。あぁ!! 何も思い付きません。どうすれば……。

 

「おや、あれは何ですか?」

 

 私が頭の中で凄く思い悩んでいると篠原さんは何かを見つけたようです。

 

 そうして私も篠原さんの見ていた方を見てみるとそこには何もありませんでした。

 

「スキアリ」

 

「一体、な……きゃぁぁぁ!!」

 

 向いた先に何も無かったので何が見えたのか篠原さんに聞こうと振り返ろうとするといつの間にか篠原さんは私の背後に周りな、な、な、何と胸を触ってきたのです。

 

「フム、やっぱり制服の上からも分かるようにそこまで大きくはないですけど形はかなり綺麗に整っていますね」

 

「それに丁度手に収まって触り心地も良いのでなかなかすぐに離すのは勿体ないですね」

 

 私の胸を触りながら篠原さんは何か言っていますが突然のことに戸惑い思考が停止していまい、つい──―

 

「ぐはっ!!」

 

 思い切り篠原さんに肘内をしてしまい篠原さんはその場に倒れてしまいました。

 

「だ、だ、だ、大丈夫ですか!? 篠原さん」

 

 無意識に篠原さんに肘内をしてしまったことに気付いた私は篠原さん方を見て無事かどうかを確認しました。

 

「ははは、だ、だ、大丈夫ですよ。それよりも良いものをお持ちで……どちらの意味でも……ガクッ」

 

 そんな意味の分からないことを言いながら篠原さんは意識を失いました。

 

「篠原さ~~ん!!」

 

「はい、何でしょう」

 

「ふぇ?」

 

 私は篠原さんの元に駆け寄って見ると篠原さんは何事も無かったようにけろりとして返事をしました。あまりにも驚異的な回復力に私はつい変な声を出してしまいました。

 

「あぁ、制服汚れちゃいました」

 

 篠原さんは立ち上り制服の汚れを手で払いながら身だしなみを確認します。ある程度問題ないと判断したら気絶した際に落とした鞄を拾いました。

 

「大丈夫ですか……。それよりも何のつもりですか!! いきなり私のむ、む、胸を触ったりして!!」

 

 心配して声を掛けますがそもそもことの発端は篠原さんが私の胸を触ったことが原因なので彼女にその理由を問いただそうと彼女に詰め寄ります。

 

「ん? あぁ、その件ですか。何と言いますか……チラチラと気になって触りたいと言う衝動に駆られまして、つい……」

 

 特に悪びれるつもりもない感じでまるでそこに山があったから登るみたいな感じで触ったと言いたげな風に篠原さんはそんなことを言いました。

 

「衝動に駆られたからって……そんな理由で触ったのですか!!」

 

「ダメですか?」

 

「駄目です!! 信じられません。まさか、篠原さんがそんなことをするなんて……」

 

 私の中の篠原さんのイメージがどんどん崩れていきます。私が落ち込んでいると篠原さんは私を見てクスクスと笑っていました。

 

「何が可笑しいんですか!!」

 

「いや、さっきまで緊張している顔をしていましたからそうやって怒ったりして感情を曝け出していますので」

 

「あっ!!」

 

 篠原さんに言われて今──自分が緊張せず普通に篠原さんと喋っていることに気付きました。

 

「成る程、お姉ちゃんの言った通りだ。同性ならワシワシした方が仲良くなれるって」

 

「まさか、篠原さん私が緊張しているのに気付いてわざとそんなことをしたのですか?」

 

 もしそうだとしたら篠原さんはとんだ食わせものです。自分が殴られるのをわかった上で私の胸を触ったりしたのですから。

 

「さて、どうでしょうか?」

 

 そう言ってはぐらかそうとする篠原さん。その彼女の顔は悪戯が成功した子供みたいな無邪気な笑顔でした。

 

「フフ、貴方は変わった人ですね」

 

 そんな笑顔を見てしまった私は先程までの緊張していた自分が馬鹿らしくなるくらい気付いたら自然と笑顔になっていました。

 

「よく言われますよ。それにしてもそろそろ私の事を名前で呼んでくれませんか」

 

「えっ? どうしてですか」

 

「園田さんだけ私の事を名前で呼んでくれていませんし。あと、友達ですから」

 

 そういえばそうでした。穂乃果とことりはすぐに篠原さんと仲良くなると篠原さんの事を名前で呼んでいますけど私は違います。でもそれは──

 

「篠原さんだって同じではありませんか」

 

 そう篠原さんは私どころか穂乃果やことりまで名字で呼んでいます。

 

「あっ、そうでしたね。なら私も名前で皆さんの事を呼びますし、もう少しフレンドリーに話しますから園田さんも私の事を名前で呼んでください」

 

「それに若干、しゃべり方被ってどっちが喋っているのか分からなくなりますし」

 

 確かにそれは何となく分からなくも無いですし、それに篠原さんの言うことは最もですから、友達ですからもう少し距離感は近い方が良いですよね。

 

「え、え~と、分かりました。それじゃあ、さ、さ、沙紀?」

 

 私は篠原さんの提案に乗り恐る恐る篠原さんの事を名前で呼んでみると篠原さんはとても笑顔で──

 

「はい、よろしく海未ちゃん」

 

 そう答えてくれました。

 

 そんなところで私と沙紀の距離は縮まって少しずつ仲良くなりました。

 

 6

 

 私と沙紀の距離感が縮まったところで信号も青になりましたので、私たちは再び穂乃果の家に向かい始めました。

 

「そういえば、さっきお姉ちゃんがどうとか言ってましたけど、沙紀にはお姉さんがいるのですか」

 

「えっ? 私、一人っ子だよ」

 

 ふと、沙紀が言っていたことが気になったので聞いてみると沙紀はとても不思議そうな顔でそう返してきました。

 

「でもお姉ちゃんが言っていたって、言ってましたけど」

 

 私の胸を触った際にそんなことを言っていた気がしますけど私の気のせいだったのでしょうか。

 

「あぁ、それね。先輩に私の事を妹みたいに可愛がってくれる人がいるから私もその先輩の事お姉ちゃんって呼んでるんだよ。昨日から」

 

「そうなんですか…………。昨日から!!」

 

 親しい先輩がいるのですね。何て考えてそれなら納得だと思いましたが、思ったよりもわりと最近の事だったみたいだったのでつい驚いてしまいました。

 

「うん。昨日、お姉ちゃんの家に泊まったときに」

 

「昨日からと言うことは今日──その先輩の家から登校したってことですか」

 

 そうだよ、後でまた荷物取りに行かないと何て言って肯定する篠原さん。

 

「それにしても昨日お姉ちゃんから教えてもらった直に教えられたワシワシは凄かったなぁ」

 

 沙紀の発言に何がどう凄かったのかとても聞きにくいことに私はどう反応すれば良いのか分からなく思わず苦笑いするしかありませんでした。

 

「これ女の子同士だから出来ることだからね」

 

「まあ、そうですよね」

 

 沙紀にやられたことを殿方にやられた暁には恥ずかしすぎて死んでしまいそうです。そう考えると今回は沙紀だったから良かったと考えるべきなのでしょうか。

 

「やっぱり、女の子同士っていいよね」

 

 何が良いのかよくは分かりませんが友情的な意味だと私は一先ずは受け取っておきます。

 

「沙紀は本当に噂通りの人ですがこうして話してみると思っていた以上に話しやすいですね」

 

 話が一区切りつきましたので少しですが沙紀と話してみて思ったことを口にすると沙紀は落ち込んだ顔をしました。

 

「あぁ、それ結構言われる。私の噂色々と尾ひれがついて大変なことになってるし。知っているでしょ私の通り名」

 

「確か……『音ノ木坂の生きる伝説』ですよね」

 

「そう!! それ!! 海未ちゃん的にあれどう思う」

 

 どう思うと言われましてもそもそも何でそんな通り名がついてしまったのか。理由がイマイチ分かりませんのでどう答えたら良いのか答えるのを渋ります。

 

「海未ちゃんみたいにこの答えづらさ。私も何であんな通り名になったのかわからないんだよ」

 

「ある意味あの通り名も噂同様に勝手出回ったせいで余計に話し掛けづらいイメージを付けられたんだよ」

 

 そうですね。それは分かります。私も噂と通り名を良く聞いていましたので今日まで私が沙紀と話すのはおこがましい何て思っていましたし。

 

「そこで海未ちゃんにお願いがあるんだけど……いいかな」

 

「はい、ある程度のことならお手伝いしますが」

 

 この流れから考えて沙紀のお願いは自分のイメージの払拭するお手伝いすると思っていましたが沙紀の提案はそれの斜め上でした。

 

「私の新しい通り名を考えて欲しいだよ」

 

「へっ? 今なんと」

 

「だから私の新しい通り名を考えて欲しいだよ。海未ちゃんに」

 

「な、な、な、な、何ですか!! どうして私が」

 

 沙紀のとんでもない提案にまた、動揺してしまいました。ある意味、私の親友である穂乃果と同じくらい思考の持ち主何かじゃないのか何て思ってみたりもします。

 

「どうしてって、お昼海未ちゃんが私のイメージについて言っていたときに私の中でピーンと来たんだよね。海未ちゃんに新しい通り名を考えてもらおうと」

 

「お昼って……まさかあれの事ですか」

 

「そう立てば芍薬云々のやつ」

 

 やっぱりですか!! あれはもうできれば忘れて欲しいのですが。まさか、あんな風に沙紀の事を思っていたのが私だけって分かってとても恥ずかしかったんですから。

 

「海未ちゃん顔赤いけど大丈夫?」

 

「誰の所為だと思っているのですか」

 

「えっ? 日本経済の所為?」

 

「貴女の所為ですよ!!」

 

 何で日本経済の所為に何ですか!! 関係ないじゃないですか。

 

「まあまあ、良いじゃない。私も海未ちゃんの事は大和撫子って言葉が似合うなって思っていたし」

 

「それに海未ちゃんになら通り名の事任せても良いかな何て」

 

 うっ、そんなことを面と向かって言われると照れてしまいます。

 

「そもそも通り名って身内で考えるもの何ですか」

 

「まあ、そこは気にしなくてもいいかな」

 

 そんな素朴な疑問がありますけど沙紀がそういうのだったらもうどうでもいいと思ってしまいました。

 

「それで……どんな感じが良いのですか」

 

「そうだね。可愛い感じで」

 

 可愛い感じ……と言われましても大雑把過ぎて考えるのは難しいです。あとなにか条件があると思い付きやすいのですが。

 

「やっぱり難しい?」

 

「はい、可愛い感じだけだとなんとも」

 

「じゃあ、お昼立てば芍薬云々みたいな感じで」

 

 あれみたいにと言われますと花の名前を入れれば良いのでしょうか? しかし、そうは言っても花も色々と種類がありますし。

 

 そうして考えているとある光景が私の中で思い出されました。私が今日、校門の前で見た沙紀の姿を。

 

「白百合の委員長って言うのはどうでしょうか」

 

 あの姿を見て私はそんな風に彼女のイメージがスラッと出てきました。

 

「白百合の花言葉は確か……純潔、威厳、純粋だったかな」

 

「そうです。やはり沙紀は知っていましたか、流石です」

 

 あの時見た沙紀の姿はまさしくそれに相応しいと思っていましたのであと委員長の部分は彼女の特徴的な見た目を考慮してそんな風に付けてみたのですが。

 

「どうでしょうか?」

 

「凄く良いと思うよ。それに」

 

「私──百合好きだよ」

 

 どうやら気に入ってくれたみたいですし、それに好きな花の名前を入れたのが良かったみたいだと思います。

 

「ありがとう。海未ちゃん、あとはこれを広めるだけだね」

 

「しかし、どうやってそれを広めるのですか。あと、やっぱり恥ずかしいです」

 

 私が考えた通り名が音ノ木坂中に広まって行くのですからそう考えると恥ずかしくなりますし、さらにどうやって広がり過ぎた今の通り名を払拭するのか気になります。

 

「広める方法? それは秘密。それにもう着くんじゃない?」

 

「そうですね。もう着きますね、意外と早く着きましたね」

 

 沙紀にそう言われて周りを見渡すと確かに穂乃果の家のすぐそばまで来ていました。そして、広め方について言う際の顔はとても悪い顔をしていました。

 

「さてと、穂乃果たちはちゃんと話しているのでしょうか」

 

「さあ、どうだろうね」

 

 そんな事を言って私たちは穂乃果の家に入っていきました。

 

 そして後日、彼女の通り名は『音ノ木坂の生きる伝説』ではなく『白百合の委員長』になっていました。

 

 一体、何をしたんでしょうか。そこについては永遠の謎でした。

 




如何だったでしょうか。

「私――百合好きだよ」

「やっぱり、女の子同士っていいよね」

さて、沙紀はどんな意味でそんなことを言ったんでしょうか

それは皆さんが考えてるのが答えです。

というわけで今回は海未が語り手でした。今回も彼女はこんな風で良いのかなと四苦八苦しながら書かせていただけました。

そんな訳で今回もお楽しみいただきありがとうございました。次回もお楽しみに

誤字、脱字等がありましたご報告ください


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五話 作詞と作曲とグループ名 side‐U

今回の語りはサブタイから分かるようまた彼女です。

では、お楽しみください。


 1

 

 お久し振りです。前回ぶりですね。

 

 はぁ、まさか私が連続で語り手をやるなんて思いませんでしたよ。

 

 他の方々は一区切り付いたら一旦休憩と言いますか。少し間を空けてから語り手をやっていましたのに何故か私は連続でやる形になってしまいました。

 

 ですが今回は私の担当の部分が終わればすぐに他の方と交代しても良いと言われましたから、次回は次の方に回せると思いますので少しの間ですがまたよろしくお願いしますね。

 

 さて、ここからは前回の続きです。

 

 私と沙紀は少しずつ仲良くなりながら沙紀を穂乃果の家まで案内して中に入りますと、穂乃果のお母様が居ましたので挨拶と沙紀の紹介をして穂乃果の部屋まで上がって行きました。

 

 蛇足ですが穂乃果の家は老舗の和菓子で私もよく買い物をしたりしています。

 

 それは置いておいて実のところちゃんと二人だけでこれからの事を話しているのか心配だったのですが案の定──穂乃果とことりは二人でお団子を食べていました。

 

『練習お疲れさま~』

 

 私と沙紀が穂乃果の部屋に入ってくると二人揃ってお団子を食べながらそう言って部屋の中でゆっくりしていました。

 

「貴方たちダイエットするつもりじゃなかったんですか」

 

『あっ!!』

 

 私がそう指摘すると二人は思い出したように互いの顔を見合せてしまったと言う雰囲気を出していました。

 

 お昼にアイドルの活動をする時にダイエットだと言って行き混んでいたのは何処のどなたでしたっけ。

 

「こうなったら皆道連れだよ。お団子食べる?」

 

「食べません」

 

「いただきます」

 

 自棄になったのか穂乃果は私たちまで巻き込もうとしますが私は当然その提案に乗るはずもなく断ったのですが、さらりと沙紀はお団子を受け取って食べようとしていました。

 

「沙紀!! 何で貴方は普通にお団子を食べようとしているのですか。こんな時間にお団子何か食べたら太りますよ」

 

「えっ? 食べていいって言うから」

 

 子供みたいな事を言ってお団子を食べようとしている『音ノ木坂の生きる伝説』もとい『白百合の委員長』。その曇りなき瞳はあまりにも純粋過ぎて見ている此方が悪いと思ってしまいます。

 

「それに私太りにくい体質だし、運動もしているからそのくらいなら全然大丈夫だよ」

 

「何だって!! その話聞き捨てならないよ!!」

 

「そうだよ、沙紀ちゃん。全国のダイエットに悩んでる女の子に喧嘩売っているようなもんだよ」

 

 沙紀の発言に反応した穂乃果とことりは彼女に詰め寄ります。そんな二人の気迫に飲まれた沙紀は戸惑い困った表情をしています。

 

「うぅ、だって……生徒会の仕事をしていると内なる私との戦いだから疲れるんだよ。だからこれは頑張った私のご褒美と言うことで後生に~」

 

 そう言われると此方も強くは言えません。生徒会の仕事で、きっと大変な思いをしながら学校の為に頑張ってあるのですからストレスだって溜まりますよね。

 

 内なる自分の戦いと言うのはきっとストレスか何かの比喩だと思ってこの時は特に追求することはありませんでした。

 

 しかし、この時──沙紀が言っていた事は比喩でもないことを知ったのは更に後の事でした。

 

「はいはい、穂乃果もことりも沙紀は色々な活動をして身体を動かしていますからそれくらいで勘弁してあげてください」

 

 二人から沙紀を引き離し沙紀を保護すると二人は何か驚いた顔をしていました。

 

「何ですか。そんな顔をして」

 

「いや、海未ちゃんと沙紀ちゃんいつの間にそんなに仲良くなったの?」

 

「うん。お昼の時とは全然違うよね。何か沙紀ちゃんもお昼とは雰囲気違うし、こっちに来るときに何かあった?」

 

 どうやら二人は私が沙紀と仲良くなっていることに驚いたようです。当然と言えば当然ですか。私お昼の時は緊張してあまり沙紀とは一対一で話していませんでしたし。

 

「えぇ、まあ色々と」

 

 本当に此方に来るまで衝撃的な事がありました。胸を触られたり通り名を考えさせられたりと。流石に二人に伝えるのは恥ずかしいですので言いませんが。

 

「教えてよ~海未ちゃん」

 

 気になったのか私から聞き出そうとする穂乃果。ことりも何も言わないですけど聞きたそうな顔をしています。

 

「お団子美味しい」

 

 そして私の横では自分は関係ないと思ったのか沙紀は一人でお団子を悠々と食べていました。しかも美味しそうに食べるので若干ではありますが私も食べたいと言う衝動に駆られてしまいます。

 

 穂乃果の誘いを断った手前、更にダイエットしなければならないためここは我慢するしかありません。

 

「それはそうと、作詞と作曲の件はどうなったのですか。目処は付いたんですか」

 

 お団子の誘惑と今の話題から逸らすため本来ここで話し合っていた筈の本題に話を変えると二人は問題ないと言いたげな表情をしていました。

 

「作曲については一年生に歌の上手い子がいるからその子にお願いしようかなって思っているだけど」

 

「もしかして放課後に何時も音楽室でピアノ弾いている赤髪の一年生のこと?」

 

「そう、その子。沙紀ちゃん知っていたの?」

 

「名前は知らないけど放課後よく音楽室の前を通ると彼女の歌声が聞こえてくるから。確かにあの子なら技術もセンスもありそうだし有りだと思うよ」

 

 穂乃果が言っていた一年生の事を私は彼女の事は知りませんので沙紀がそう言うなら作曲も任せてもいいかもしれません。

 

 ただ引き受けてくれるかどうかは別だと思いますが……。

 

「作詞の方は当てがあるの?」

 

 作曲の方は一応ではありますが目処は立ちましたのでもうひとつの問題である作詞についてどうなのか聞いてくる沙紀。そちらも目処が立っている雰囲気がありそうですが、何か嫌な予感がします。

 

「それはねぇ……」

 

 そう言ってことりと穂乃果は私の方を見てニヤニヤしながら此方に顔を近づけてきます。

 

「何ですか」

 

「海未ちゃんさぁ、中学のときポエムとか書いてよね」

 

「読ませてもらったこともあったよね」

 

 ポエム。

 

 その単語を聞いた瞬間に私は中学のときの嫌な記憶と恥ずかしさが蘇ります。

 

 その恥ずかしさのあまり私はその場から逃げ出そうと穂乃果の部屋を出ていこうとしますが、いつの間にか沙紀がお団子を食べながら扉の前に先回りしていました。

 

「沙紀……いつの間に。それよりもそこを退いてください」

 

「何となくなんだけど海未ちゃんが逃げ出す気がしたから。え~と、こんな時なんて言うんだっけ」

 

「そうだ。此処を通りたければ、私を倒してから行け」

 

 そう言ってポーズを取る沙紀。ただしお団子を持ちながら言う所為か格好が付きません。それよりもまだ食べてたんですか。

 

「漫画とかでよく見たことあるセリフだ。言う人初めて見たよ」

 

「そうだね。そんなことよりも穂乃果ちゃん。沙紀ちゃんが海未ちゃんの邪魔している内に捕まえようよ」

 

「そうだね」

 

 私が沙紀に気を取られている間に穂乃果とことりは私の背後に回り二人掛りで私が逃げ出さないように身体を押さえて捕まえにきました。

 

「くっ、離してください。嫌ですあれを思い出すくらいなら死んだ方がましです」

 

 二人を振り払おうとしますが流石に一対二では分が悪く振り払えず元の場所に戻されてしまいました。

 

 更に戻されると横に沙紀が私を逃げ出さないように座りました。

 

「お断りします」

 

「そこを何とか」

 

 作詞をするのを断ろうとしますが穂乃果は食い下がらず手を合わせて頼み込みます。そんなことされても絶対に嫌なものは嫌です。

 

「大体中学の時だって恥ずかしかったですよ」

 

 あの時の恥ずかしさと言ったら今思い出すだけでも悶えてしまいそうです。

 

 すると、ことりが自分の胸の当たりを掴み私の方を見ます。これはもしかして不味いです。

 

「海未ちゃん。おねが~い」

 

 瞳をうるうると震わせて、甘い声で私に頼むことりの姿に私は心が動揺しやっても良いじゃないかなと思わせてしまいます。

 

「分かりました。引き受けますよ」

 

 そうして私はことりの謎の魅力によって作詞を引き受けることになりました。

 

 なんと言いますかことりにそんな風に頼まれると断ったらすごく罪悪感が生まれそうなくらい愛おしい表情をしているため、そんな顔を見てしまうと誰だって引き受けてしまいます。

 

「やったね!! ことりちゃん、沙紀ちゃ……!?」

 

 私が作詞を引き受けることになり喜んだ穂乃果はことりとハイタッチをして沙紀ともしようとすると、穂乃果は何かに驚いた顔をしていました。

 

 私は穂乃果が何に驚いたのかを確かめるため沙紀の方を見ますとそこには……。

 

 とても良い笑顔をしながら鼻血を大量に出している沙紀の姿がありました。

 

「さ……沙紀!! 大丈夫ですか。何があったんですか」

 

「何が?」

 

 私たちが何に驚いたのか分からないのかすごく安らかな顔で首を傾げる沙紀。本当に自分が鼻血を出しているのに気づいていない様子です。

 

「大量に鼻血が出てるよ!!」

 

「あっ、本当だ……。でも大丈夫だよ」

 

 ことりにそう言われて鼻を触れて確認してやっと自分が鼻血を出していたのに気付いた沙紀ですが、それでも安らかな顔でいます。

 

「大丈夫じゃないですよ!! 穂乃果、ティッシュは何処ですか」

 

 穂乃果にティッシュの場所を聞いて穂乃果は部屋の何処かにあるティッシュを探してもらい私は酷くならないように看病します。

 

「はい、沙紀ちゃん」

 

 穂乃果からティッシュを受け取った沙紀はティッシュを持ったまま何もせずそのまま──

 

「あぁ、もう死んでもいいや」

 

 そう言って沙紀はその場で倒れてしまいました。

 

『沙紀(ちゃん)!!』

 

 何故、彼女が倒れたのか。この出来事の真相を知ったのはずっと先のことでした。

 

 2

 

「いや~、大変見苦しい姿を見せてしまって大変申し訳ない」

 

 鼻にティッシュを詰めながら照れ隠しに頭を掻く沙紀。

 

「本当にびっくりしたよ。急に鼻血を出して倒れたからそのあともだけど……」

 

 ことりは倒れたあとの沙紀の事を思い出しながら何とも言えない感じで言いました。

 

 沙紀が倒れたあと救急車でも呼ぼうかとあたふたしている間にいつの間にか何事も起き上がり、そのままティッシュを鼻に詰めてまたお団子を食べようとしましたから。

 

「本当に何があったんですか」

 

 突然の出来事に私たちは付いて来られずに流されていましたが本当に何があったのか分かりません。もしかしたら沙紀は体調が悪いのに無理に私たちに付き合ってしまったからあんなことになったのかもしれませんし。

 

 でも、沙紀が鼻血を出す直前にあった出来事と言えばことりが私に頼み事をしていたくらいでそれ以外は特に何も無かったような気がします。

 

 もしかして沙紀は私の隣に座っていましたからその際にことりの謎の魅力を見て鼻血を出したかもしれませんが、流石にそれはないと思い口にはせずそのまま無視することにしました。

 

「多分、此所に来るときに倒れたときに鼻を打って時間差で出なのかも知れない」

 

 そういえば、私の胸を触った際にそんなことがありましたね。何か色々とありすぎて忘れていました。確かにあのときなら有り得そうだと思います。

 

「さてと、作詞と作曲の目処も立ってきたことだし、そろそろ私の出番かな。穂乃果ちゃんパソコン貸してくれる?」

 

「うん。良いよ。ちょっと待ってね」

 

 そうして沙紀は穂乃果からパソコンを借りて手慣れた手つきでとあるサイトを開きました。

 

 それはスクールアイドルの頂点に君臨するA-RISEのライブ映像が公開されているサイトでした。

 

「沙紀ちゃん? どうしてこれを?」

 

「ん? これを見てもらえば分かるだけど彼女たち笑顔で踊っているでしょ」

 

 沙紀の言う通り映像の中の彼女たちは終始笑顔で曲が終わるまで躍り続けています。その姿は本当に楽しそうで見ているこっちまで楽しくなりそうな気持ちにさせてくれるようです。

 

「じゃあ、穂乃果ちゃん。腕立て伏せやってみて」

 

「うん? 分かったよ」

 

 沙紀に言われるがまま穂乃果は腕立て伏せをやるため机を退かしまして腕立て伏せをします。

 

「じゃあ、そのまま笑顔を作って腕立て伏せしてみて」

 

「こう?」

 

 穂乃果はその場で笑顔を作り、腕立て伏せをしますがきついのか顔がひきつった表情をして倒れます。

 

「イッターイ」

 

「つまり、少し腕立て伏せするだけでも笑顔で居続けるのは辛いのに約4分近く躍りながら笑顔でいるのはもっときつい」

 

「極端な例を挙げると持久走を全速力で約4分間ずっと笑いながらやるようなもんだよ」

 

 なるほど、沙紀の言いたいことは分かります。私も彼女たちを見て同じような事を思いました。しかし、沙紀の例は想像するとなかなか狂気を感じますね。

 

「穂乃果ちゃんとことりちゃんは何か運動している?」

 

「穂乃果は特には」

 

「ことりもあんまりしてないかな」

 

 運動しているかどうかを聞くと二人は特に運動していないと答える。

 

 私の記憶が正しければ二人は運動部には所属もしていなければ、外で何かクラブに参加している訳でもないですので必然的に運動はほとんどしていません。

 

「なるほど、海未ちゃん以外はあまり運動していないか。そうなると体力作りから始めないといけないか……」

 

 ぶつぶつと何かを言いながら考え事をする沙紀。その様子から察するにもしかすると──

 

「もしかして沙紀が練習メニューを考えてくれるのですか」

 

「迷惑じゃなければそのつもりだったけど……。正直、今ところ私はこれくらいしか出来そうにないし」

 

 何か手伝うって言って今の所何も役に立ってないし。何て言う沙紀は申し訳なさそうな感じで言いますがそうすると穂乃果が──

 

「迷惑じゃないよ。沙紀ちゃんも部員なんだから気にしなくても良いよ」

 

 そんな風に笑顔で答える穂乃果に沙紀は少し恥ずかしそうにありがとうと言いました。

 

「そうですよ。むしろ有り難いです。沙紀に練習メニューを考えて貰えるなんて光栄です!!」

 

 迷惑なんてとんでもない。すごく嬉しいです。まさかこんなところで沙紀の直々の練習メニューが受けるなんて。

 

「そんなにすごいの? 沙紀ちゃんの練習メニュー」

 

「凄いと言いますか。効率が良いんですよ」

 

「これはソフトボール部の友人に聞いて確かな話ですが、沙紀が少し練習メニューをアドバイスしただけで練習量は変わらないのに部員の能力が前とは比べ物にならないくらい上がったと聞きました」

 

 今回はちゃんと裏も取れていますし、信憑性も高いので間違った噂ではありません。その証拠に沙紀の表情はそんなことあったな言った顔をしています。

 

「と言っても当分は体力作りだから他とそんなに変わらないよ。それに体力作りは根気とやる気が重要だから此処をさぼる人がアイドル出来る訳ないからね」

 

「そっかぁ、アイドルって大変なんだね」

 

「やっと、理解しましたか」

 

 今更ながら自分のやろうとしたことの大変さを知った穂乃果。それを踏まえた上で続けるのなら私はこれ以上には口にはしません。あとは行動が示してくれるはずです。

 

「まあ、そんなわけで。とりあえず今の所は曲と歌詞が出来るまではひたすら体力作り。そして、二つが出来たらダンストレーニングって感じだけど、どうかな?」

 

「穂乃果は大丈夫だよ」

 

「ことりも大丈夫だよ」

 

「はい、問題ありません」

 

 今後の練習メニューに特に不満もないため私たちは二つ返事で答えます。ダンストレーニングに関してはまだ振り付けが出来ていませんので今考えても仕方がありませんから。

 

「なら、私からは以上!! お団子食べようと♪」

 

「まだ食べるんですか!!」

 

 そうして、今日、決めるべきことは決めて明日に備えるために私たちは解散しました。

 

 沙紀は帰るまでお団子を食べ続けていました。どれだけ、お腹すいていたんですか!! 

 




今回で海未の語りは当分、お休みです。

やっと、作詞のところ……。なかなか進まない……。

まだまだファーストライブまで結構時間が掛かりますがゆっくりお付き合い頂けると幸いです。

では、また次回。

誤字、脱字等ありましたらご報告頂けると有り難いです。


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六話 作詞と作曲とグループ名 side‐H

今回は少し駆け足気味ですが楽しんで頂けると幸いです。

そして、皆さまのお陰でUA4000のところまで来ることが出来ました。


 1

 

 私──高坂穂乃果。

 

 音ノ木坂学園の二年生。そしてスクールアイドルをやっているの。ってもうみんな知ってるよね。

 

 今回は穂乃果が語り手? って言うのをやるだけど……。一体、何をやればいいのかな? いきなり、今回はよろしくって任されたからよく分かんないんだよね。

 

 とりあえず、今日あったことを言っておけばいいのかな? 

 

 それじゃあ、はじめるね。

 

 昨日──穂乃果の家で海未ちゃんが作詞してくれるのとピアノの上手い一年生の子に作曲を頼むのと沙紀ちゃんが練習メニューを考えてくれるのが決まってたの。

 

 そして、今日──海未ちゃんとことりちゃんと学校に行くときの集合場所に使っている神社で朝練をやることにしたんだよ。

 

 穂乃果はてっきり、沙紀ちゃんが考えてくれるからきっと海未ちゃんが考えてるよりは簡単なものだと思っていたんだけど、そんなことはなく多分これ海未ちゃんが考えたんじゃないって思えるくらい練習がキツかったよ。

 

 階段を全力で登ったり腕立てしたりスクワットしたりといろいろやって朝から疲れたよ。しかもこれが朝と夕方あるんだから大変だぁ。

 

 でも、これくらいやらないとスクールアイドル何て出来ないんだよね。廃校を阻止するために穂乃果たちは頑張るよ。

 

 練習していると副会長さんが神社でバイトしていて使っているだったらお参りしておきって、言っていたからお参りもして準備満タンだ。

 

 そんな感じで朝は練習をして終わって昼休みに一年生の子に作曲を頼みに行くところなんだよね。

 

 その前に沙紀ちゃんと合流してお昼食べないとそういうわけで沙紀ちゃんのクラスに行くところから今日は始まりだよ。

 

 2

 

 なっが~い午前の授業が終わって、やっとお昼になってすごく自由な気持ちになりながら海未ちゃんとことりちゃんと一緒にとなりのクラス──沙紀ちゃんのクラスに向かう。

 

 穂乃果たちと沙紀ちゃんはクラスが違うから呼びに行かないといけないだよね。

 

 となりだからすぐに沙紀ちゃんのクラスに着いて沙紀ちゃんを探すとすぐに見つかった。沙紀ちゃん分かりやすい髪型しているし、窓際の席に座っていたから結構見つけやすいから。

 

「沙紀ちゃ~~ん!!」

 

「穂乃果!! うるさいですよ。他の皆さんがびっくりするじゃありませんか!!」

 

 大声で沙紀ちゃんを呼ぶと沙紀ちゃんは穂乃果たちに気付いて手を振ってこっちに来るけど海未ちゃんに怒られた。

 

「ははは、相変わらず元気だね」

 

「出来ればもう少し落ち着きを持ってもらいたいのですけど」

 

「でもこれが穂乃果ちゃんらしいよね」

 

 みんなが穂乃果のことを色んな風に元気があるって言うけど、だって元気なのは穂乃果の取り柄だもん。

 

「それじゃあ、そろそろ移動しようね。ここじゃあ邪魔になるし」

 

「そうだね。移動しようか」

 

 入口を塞いでいたらみんなに迷惑になっちゃうもんね。そんなわけで沙紀ちゃんと一緒に移動するわけだけど、何か沙紀ちゃんのクラスの人がすごくざわついていたけど、どうしたのかな? 

 

「先にお昼にする? それとも一年生の子に作詞頼んでおく? どうする?」

 

 まるで沙紀ちゃんはそんなこと気にしてない様子でこれからどうするか聞いてきた。

 

「どうしようかな? 海未ちゃんとことりちゃんはどっちにする?」

 

 穂乃果はどっちでも良いかな何て思っているから二人に聞いてみる。あっ、でもお腹すいたからお昼早く食べたいなぁ。

 

「そうですね。今ならばお昼休みも始まったばかりですので教室にいる確率は高いですし、先に会ってみるのはどうでしょうか」

 

「そうだね。食べてからだと教室に居ないかもしれないし、探さないといけないから先に行った方がいいとことりも思うな」

 

 海未ちゃんとことりちゃんの言う通り先に頼んでおいた方が良いよね。頼むだけならすぐに終わるからそれならちょっと我慢できるしね。

 

「それじゃあ、一年生の教室に行こうか」

 

 そんなわけで穂乃果たちは一年生の教室に向かうことにしたの。

 

 距離もそこまで遠くないのですぐに着いて一年生の教室に入っていく。

 

「失礼します」

 

「一年生の皆さん。こんにちは。スクールアイドルの高坂穂乃果です」

 

 そう言って見たもの一年生のみんなはきょとんとした顔をして穂乃果たちのことを全く知らない反応をしていた。

 

「あれっ? 全く浸透していない?」

 

「当たり前です」

 

「まあ、まだ掲示板にライブやるよって、くらいしか宣伝してないから仕方ないよ」

 

「それで、穂乃果ちゃんが言っていた歌の上手な子は」

 

 ことりちゃんに言われて赤髪の一年生の子を探すけど見当たらない。もしかして、もうどっか行っちゃったのかな。

 

 何て考えてると扉が開く音がしたからその方を見ると丁度探していた赤髪の一年生の子が戻ってきた。

 

「あなた、ちょっといい?」

 

「へっ? 私?」

 

 赤髪の一年生の子は戸惑いながらも穂乃果たちと一緒に屋上まで付いて来てくれた。

 

「何か、言い方悪いけど調子に乗っている後輩を呼び出して締めようとする先輩たちみたいに見えない?」

 

「あぁ、そう見えなくもないですね。状況が状況ですし」

 

 屋上に移動しているときに沙紀ちゃんが急にそんなことを言い出して海未ちゃんが分からなくもないみたいな感じで答えていた。

 

 そんなこんなで屋上に到着して作曲をお願いしてみると──

 

「お断りします」

 

 すぐに断られちゃった。

 

「お願い。貴方に作曲してもらいたいの」

 

「お断りします」

 

 試しにもう一回お願いしてみるとさっきと変わらずにまたすぐにきっぱりハッキリと断られた。

 

「あっ、もしかして歌うだけで作曲とかは出来ないの」

 

 もし出来なかったら頼んでも出来ないよね。そうだったら諦めるしかないだけど。

 

「いや、穂乃果ちゃん。今更だけど流石に歌が上手くてピアノが出来るから作曲が出来るって理屈はおかしい気がする」

 

「やっぱり……沙紀も気付いていましたか」

 

 何か、また海未ちゃんと沙紀ちゃんがこそこそと何か言っている。えっ~、だってピアノが上手に弾けて歌が歌えるなんて作曲出来そうな気がするじゃん。

 

「出来ない訳ないでしょ。ただ、やりたくないです。そんなこと」

 

 出来るんだ。って声が後ろから聞こえたけど出来るならどうしてもこの子にお願いしたい。この子ならきっといい曲が作れる気がするから。

 

「学校に生徒を集めるためだよ。その歌で生徒が集まれば……」

 

「興味ないです」

 

 穂乃果が説得しようとしたけど、途中でそう言って一年生の子は一人で屋上から出ていって帰っていっちゃった。

 

「お断りしますって、海未ちゃんみたい」

 

「あれが普通の反応です」

 

「はぁ、せっかく海未ちゃんが良い歌詞作ってくれたのに」

 

 海未ちゃんが作ってくれた歌詞が書かれた紙をポケットから出す。

 

「本当に!? 流石は海未ちゃん仕事が速い。見せてもらっていい?」

 

「いいよ。はい」

 

「駄目です」

 

 沙紀ちゃんに紙を渡そうとすると海未ちゃんが穂乃果の身体を掴んで沙紀ちゃんに見られないように邪魔してきた。

 

「何で!! 曲が出来たらみんなの前で歌うんだよ」

 

「それはそうですが」

 

 相変わらず海未ちゃんは恥ずかしがりやさんだね。結局、聞かれるだから見せても良いのに、遅いか速いかの違いだよ。

 

「へぇ~、なかなか良い歌詞だね。海未ちゃんの想像力の豊かさが感じられるよ」

 

 いつの間にか穂乃果から紙を取ってそこに書かれている歌詞を読んで沙紀ちゃんはそんなこと感想を言った。言われた海未ちゃんはと言うとすごく顔を赤くして恥ずかしそうに俯いていた。

 

「さてと、まあ色々とまた考え直さなきゃいけないけど一先ずお昼食べに戻ろうか?」

 

 沙紀ちゃんは歌詞の紙を穂乃果に返してそんな提案をする。

 

「さんせ~い。穂乃果お腹ペコペコだよ」

 

 確かに作曲の事を考えないといけないけどお腹が空いたから沙紀ちゃんの提案に乗ってお昼ご飯を取りに行こうと教室に戻ろうとすると──

 

「生徒会長?」

 

「ちょっといいかしら」

 

 生徒会長さんが少し怖い顔をして屋上の出口の所にいた。

 3

 

 生徒会長さんはどうやら穂乃果たちに忠告するためにわざわざ屋上に来たみたい。

 

「スクールアイドルが今まで無かったこの学校でやってみたけどやっぱり駄目でしたってなったらみんなどう思うかしら」

 

 生徒会長さんにそう言われて気づく。頑張ったけど全然結果が出せなかったってみんなに言ったらがっかりして余計に学校の中の雰囲気が悪くなる。

 

「私もこの学校が無くなって欲しくない。本当にそう思っているから簡単に考えて欲しくないの」

 

 生徒会長さんも学校が無くなって欲しくないって気持ちは同じだけど、凄く真面目に考えているから多分穂乃果たちがふざけながらやっているように見えたんだよね。

 

 そんなつもりはないよ。私たちだって確かにスクールアイドルをやろうと言ったのは思い付きだけど、それでも一生懸命考えて練習も頑張って身体中筋肉痛になるくらいやって来たんだよ。

 

 でも、生徒会長さんに言われたことも最もだし、顔も怖いからそんな風に言い返すこともできず穂乃果たちはただ黙っている中でただ一人──

 

「彼女たちはそんな簡単に考えてませんよ。ちゃんと考えて行動してますよ、絢瀬生徒会長」

 

 そう堂々と真っ直ぐに生徒会長さんの顔を見て言い切った沙紀ちゃんが居た。

 

「篠原さん……どうして貴方が此処に……」

 

 どうやら沙紀ちゃんが居たことに生徒会長さんは気付いていなくとても驚いた表情をしていた。

 

「どうしてって決まっています。私は彼女たちのお手伝いしていますから。そういえば言ってませんでしたね」

 

 最後の方は思い出したかのように言う沙紀ちゃんに更に驚いた表情をする生徒会長さん。

 

「何で貴方が彼女たちの……いや、あの時から貴方は希と同じように彼女たちの肩を持っていたわね」

 

「思い出して頂けたのなら話が早いです」

 

 生徒会長さんも沙紀ちゃんが何故穂乃果たちに協力していたのか理由を思い出したみたいで納得した感じがする。それが分かった沙紀ちゃんは説明する手間が無くなっても真面目に生徒会長さんの方を見ていた。

 

「でも貴方なら分かるでしょ。彼女たちがやろうとしていることは分の悪い賭けだって」

 

「そうですね。穂乃果ちゃんたちがやっているのは凄く分の悪い賭けだと分かっていますよ」

 

 分の悪い賭け。そんな風に思われていたことにショックを受ける穂乃果たち。沙紀ちゃんも実はそんな風に思っていたことに更に追い討ちを掛ける。

 

「だけど、だからこそ。私は彼女たちが本気なのか確かめるために友達になった」

 

「そして、まだ知り合って一日しか経ってませんけど穂乃果ちゃんたちが本気で廃校を阻止するために頑張っていることが分かったからこそ、私は手を貸そうと思いました」

 

 そういえばそうだった。沙紀ちゃんと知り合ってまだ一日しか経っていないのにそんな穂乃果たちに沙紀ちゃんは真っ直ぐに真剣にそう言ってくれた。

 

 何か沙紀ちゃんにそう言われると凄く嬉しい気持ちが沸き上がって来る。友達に真剣にそう言ってもらえるのはとっても嬉しいから。

 

「貴方にそこまで言わせるなんて彼女たちは一体……」

 

「今はまだ分かりません。だから、こうやって色々と準備をしているんですよ。彼女たちがどこまでやれるかを知るために」

 

 そうだ。まだ私たちは何処まで出来るのか分からないだからこそ今は頑張っているんだ。廃校を絶対に阻止するために。

 

「分からないわ。貴方は一体誰の味方なの?」

 

「何時もならあの人の味方だと言いたいところですが、ここではあの人は関係ないですので強いて言うのなら」

 

「私は自分の意思で行動しようとする人の味方ですよ」

 

 沙紀ちゃんは迷いのない真っ直ぐな瞳で生徒会長さんをそう堂々と言い切った。

 

 4

 

 生徒会長さんはどうして沙紀ちゃんが私たちに協力してくれるのか理解できないまま結局、言いたいことをとりあえず言って屋上から出ていっていた。

 

「沙紀ちゃ~~ん!!」

 

「ちょっと、穂乃果ちゃん!? いきなり、抱きつかないでびっくりするから」

 

 嬉しさのあまり沙紀ちゃんに抱きつくと沙紀ちゃんはびっくりするけど気にせず沙紀ちゃんに抱きつく。

 

「だって、沙紀ちゃん。穂乃果たちのことそんな風に思ってくれたなんて思ってもみなかったから嬉しくてねえ?」

 

「そうだよ。あの時の沙紀ちゃんとってもかっこよかったよ」

 

「かっこよかったよって言われても私、女の子だからそんな風に言われると素直に喜んでいいのか分からなくなるよ」

 

 ことりちゃんにかっこいいと言われて恥ずかしがりながら少し複雑そうに言う沙紀ちゃん。何かそんな風に恥ずかしがる沙紀ちゃんを見てると、まだまだ沙紀ちゃんの知らないところがあるんだなと思っちゃう。

 

「良いじゃないですか。生徒会長に臆することなくビシッと言ってしまうところは、流石は噂通りの篠原沙紀と思いましたから」

 

「そりゃもちろん。なんと言っても私『白百合の委員長』ですから」

 

 逆に海未ちゃんに言われると凄く自信満々に自分の肩書きを言う沙紀ちゃん。

 

「沙紀それ自分で言いますか。そして、その肩書きは出来ればあまり人前で口にしないで下さい。恥ずかしいですから」

 

 何で海未ちゃんが沙紀ちゃんの肩書きで恥ずかしがるのは分からないけど、何か妙に海未ちゃんと沙紀ちゃんの距離感が近い気がする。

 

 やっぱり、昨日──家に来る前に何か合ったんだ。これは後でちゃんと海未ちゃんに問い出さないと、もちろんことりちゃんと一緒に。

 

「はぁ、絢瀬生徒会長に堂々とあんなこと言っちゃった。明日からどんな顔で生徒会の手伝いをすれば良いんだろう」

 

「そういえば沙紀ちゃん……生徒会の手伝いもしていたんだよね。ごめんね。私たちのせいで」

 

「気にしないであれは私が言いたくて言ったことだから、それにおね……、希先輩に後でフォローしてもらうから大丈夫だよ」

 

 何か言い直した気がしたけど、気にせず希先輩なら優しそうだから沙紀ちゃんのこと守ってくれそうだもんね。

 

「それよりもお昼ご飯を取りに行こう。時間が無くなっちゃうよ」

 

「そうだった!! お昼ご飯を取りに行くところだった。思い出したらお腹ペコペコだよ」

 

 さっきまでの緊張感が無くなったのか前よりも更にお腹が空いた感覚がするから穂乃果たちは屋上から教室に戻ってお昼ご飯を取りに行く。

 

 戻る際にグループ名の募集した掲示板の前を通ると沙紀ちゃんが──

 

「そういえば募集してから1日経ったけど入ってるのかな?」

 

 何て言うから穂乃果たちは気になって箱の中を確認するとそこには折り畳まれた一枚紙が入っていた。

 

「入ってた!!」

 

「ほんと!!」

 

「あったよ~!! 一枚」

 

「気になるけど、後でゆっくり見よ」

 

 穂乃果はたった一枚だけど誰が考えてくれただろうグループ名が書かれた紙を大事に持ちながら教室に戻る。

 

 急いで教室に戻って、穂乃果たちはそれぞれお昼ご飯を持ってきて四人で机を囲んで

 

「良い? 開けるよ」

 

 穂乃果たちはゴクリと唾を飲み込みながらゆっくりと紙を開くとそこには『μ's』と書かれていた。

 

「ユーズ?」

 

 読み方がよく分からないからそのまま読んでみる。案外、こう言うのってそのまま読むものって多いよね。

 

「多分、ミューズじゃないかと」

 

「あぁ、石鹸!!」

 

「違います」

 

 えぇ、ミューズって言われると石鹸しか出てこないじゃん。

 

「石鹸といえば、小学生のころレモン石鹸って合ったよね。この学校は無いみたいだけど今もレモン石鹸ってあるのかな」

 

「沙紀、話を逸らさないで下さい」

 

 あぁ確かに在ったね。そんな石鹸。あれ、レモンの匂いがして良いよね。

 

「おそらく神話に出てくる女神から付けたものだと思います」

 

 へぇ、神話の女神の名前なんだ。穂乃果、神話とか全然読んだことないから知らなかったよ。

 

「おやおや、海未さんは高校生ながら敷居の高い神話に興味があるんですか」

 

「何ですか沙紀!! ニヤニヤしたその顔は」

 

「いや別に~」

 

 何かまた海未ちゃんと沙紀ちゃんがじゃれあっているけど穂乃果はこの名前に少し惹かれてそんなこと気にせずただμ'sと書かれた紙をじっと見ていた。

 

「良いと思う。私は好きだな」

 

 どうやらことりちゃんはこの名前を気に入ったみたい。

 

「しかし、まあこの名前……妙に的を射ている。もしかして考えたのって……」

 

 海未ちゃんとじゃれあっていたはずの沙紀ちゃんがボソッと何か言っていたような気がしたけど小さすぎてよく聞き取れなかった。

 

「μ's……」

 

 自然と穂乃果は読み上げる。

 

「うん。今日から私たちはμ'sだ!!」

 

 そうしてこの日から私たちはμ'sになった。

 

「ねぇ、私とレモン石鹸について少し語り合わない?」

 

『結構です』

 

 沙紀ちゃんは一体何処の回し者なの? 

 

 5

 

 グループ名が『μ's』に決まって、安心して眠っていつの間にか終わっちゃった午後の授業。

 

 だって仕方がないよね。お昼のあとは眠くなるし、朝は練習があったから早く起きて頑張って疲れたから。それに今からまた練習があるから十分休めたよ。

 

 そんなことを海未ちゃんに言うと確実に怒られるだけど(もう授業寝ていたのがばれちゃったけど)練習を頑張れるからいいよね。

 

 そんなわけで放課後になって穂乃果は練習に行く前に一年生の教室にもう一度向かおうと教室を出ると──

 

「おや、穂乃果ちゃん。何処へ行くの?」

 

「沙紀ちゃん。ちょっと、一年生の教室に」

 

 ほぼ同じタイミングで沙紀ちゃんが自分のクラスから出てきて穂乃果に声を掛けてきた。

 

「ああ、もしかしてもう一回あの一年生の子に頼みに行くつもり?」

 

「そうだよ。やっぱりあの子に作曲お願いしたいなぁって」

 

 さっきは駄目でももう一回頼んでみたらもしかしたらやってくれるかもしれないし。それに私、あの子の歌気に入ったから出来ればあの子にやってもらいたいなんて。

 

「分かった。それじゃあ私も付いていくよ」

 

 少し考えて沙紀ちゃんは穂乃果と一緒に一年生の教室に行くと言った。

 

「えっ? 良いの? 沙紀ちゃん今から生徒会の手伝いをするじゃなかったの」

 

「そうなんだけど、お昼の件もあるから今日は止めておこうかなって思ったから」

 

 お昼の件って言われると少し穂乃果は沙紀ちゃんに悪いことをしたなって思っている。沙紀ちゃんは穂乃果たちを庇うためにあんなことを言って生徒会長さんと仲悪くちゃっているかもしれないから。

 

「気にしなくても良いよ。あれは私がやりたくてやったことだから」

 

 沙紀ちゃんはあまり気にしていないみたいだからこれ以上何か言うのは止めておこうかな。きっと沙紀ちゃんはすぐに生徒会長さんと仲直り出来ると思うし。

 

「うん!! そうだね。それじゃあ早く行こうか」

 

 早く行かないともしかしたらもう帰っちゃってるかもしれないからね。

 

 そんなわけで穂乃果と沙紀ちゃんと一緒に一年生の教室に向かって着くとそこは──

 

「あぁ、誰もいない」

 

 教室には誰もいなくてもうみんな帰っているみたいだった。

 

「あぁ、本当だ。誰もいない。みんな帰るの早いなぁ。どうする?」

 

 これじゃあ、頼むことも出来ないよね。どうしようかな。さっき帰ったばかりだったらまだ学校の近くにいるかな。

 

「にゃ」

 

 そんな風に考え事していると穂乃果たちにショートヘアーの一年生が声を掛けてきた。

 

「ねぇ、あの子は?」

 

「あの子?」

 

 一年生の子にあの子がどこ行ったか聞いて見ると、一年生の子が困った顔している。そういえばあの子の名前知らなかったっけ。

 

「西木野さんですよね。歌の上手い」

 

 またまた困っているところ今度は別の眼鏡を掛けた一年生の子があの子の名前を教えてくれた。よかった。あの子で何とか伝わったよ。もしかして、お昼あの子を連れて行くの見たのかな。

 

「そうそう。西木野さんって言うんだ」

 

「はい……、西木野真姫さん」

 

 西木野真姫。よし、これであの子の名前は覚えたよ。

 

「用があったんだけどこの感じだともう帰っちゃってるよね」

 

「やっぱり、明日──頼み行くしかないかな?」

 

 名前は分かったけどここにいないってことはもう帰っちゃってるし、沙紀ちゃんの言う通りもう明日頼みに行こうかな。

 

「音楽室じゃないですか」

 

『音楽室?』

 

 今日頼みに行くのを諦めていたところショートヘアーの一年生が西木野さんの居るところ教えてくれた。けど何で放課後に音楽室に居るんだろう。

 

「あの子。あまりみんなと話さないんです。休み時間は何時も図書館だし、放課後は音楽室だし」

 

「あぁ、そう言われてみると西木野さんどっちでも何回か見たことあるなぁ」

 

 一年生の子に言われて思い出したみたいに言う沙紀ちゃん。西木野さんはあんまりクラスに馴染めていないのかな。なんて一年生の子の話を聞いて思っちゃう。

 

「そうなんだ。二人ともありがとう」

 

 穂乃果は二人にお礼を言って西木野さんに会いに音楽室に行こうとすると沙紀ちゃんは立ち止まって二人をまじまじと見ていた。

 

「沙紀ちゃんどうしたの?」

 

 戻って沙紀ちゃんを呼び掛けてみると返事はなく二人の一年生の体をあっちこっち真剣に見ていた。

 

「ねぇ、貴方たち……」

 

「あ、あの……何でしょうか……」

 

 真剣な目で一年生の子を見ている沙紀ちゃんだけど逆に一年生の子はすごく怯えてように見える。そりゃもちろんいきなり上級生にそんなに見られると怖いのは当たり前だよ。

 

「二人ともとっても可愛いね」

 

『へっ?』

 

 予想しなかった沙紀ちゃんのセリフに思わず一年生の子と穂乃果も一緒に首を傾げちゃったけど。

 

「眼鏡の貴方は声も良いし、私と同じ眼鏡キャラでしかもメーカーが同じ。なんて偶然なの。最近眼鏡キャラの扱いがぞんざいのなか、こうも眼鏡が似合う女の子に巡り会えるとは貴方──名前は何て言うの?」

 

 何か何時もより明らかにテンションが高く眼鏡の一年生の子に名前を聞こうとする沙紀ちゃん。しかもやたらと眼鏡を気にするし、沙紀ちゃんは眼鏡に一体何の拘りを持っているの。

 

「こ……小泉花陽です」

 

「花陽ちゃんね。貴方のような眼鏡キャラに巡りあえて私とっても幸せよ」

 

 名前を聞き出した沙紀ちゃんはいきなり花陽ちゃんの手を握ってとっても嬉しそうに言うけど花陽ちゃんはめちゃめちゃ戸惑った顔をしてこっちに助けを求めてるよ。

 

「にゃ~!! かよちんが怯えてるから離れるにゃ~」

 

 そう言ってもう一人の一年生の子が沙紀ちゃんと花陽ちゃんの間に入って二人を引き離して花陽ちゃんを庇うように前に立つ。

 

「にゃ~って……。現実にそんなこと言う子いるなんて……これは……不味い……」

 

 何が不味いか分からないけど沙紀ちゃんはもう一人の一年生の子に近づいて、突然その子の頭を撫で回した。

 

「ちょ、ちょっと沙紀ちゃん!? 何やってるの」

 

「何って、この子が可愛いからつい頭を撫でているんだよ」

 

 いやいや、さすがに可愛いからっていきなり初対面の子を撫でるなんて普通しないよ。しかも、撫でられてる一年生の子はすごい気持ち良さそうな顔をしてるし。

 

「いや~、良いものを堪能させて貰ったよ。ありがとう」

 

 一年生の子を撫で回して沙紀ちゃんが今まで見たことないくらい満足した表情をしている。それに対して一年生の子は──

 

「にゃ……にゃ……にゃ……。はっ!! 凛は一体何を!? 何かとても恥ずかしい思いをした気がするにゃ」

 

 恥ずかしさのあまり記憶が飛んでいるみたい。よかったと言っていいのかは分からないけど忘れておいた方がいいよね。

 

「なるほど、あの子──凜ちゃんって言うんだ。覚えておこう」

 

 きっかりともう一人の名前を覚えている沙紀ちゃん。一体、沙紀ちゃんが何をしたいのか分からないよ。

 

「いやいや、まさかこうも逸材に巡り会えるとはしかも二人。どう、この入部届けにサインしてスクールアイドルやってみない」

 

 何処から取り出したのか分からない入部届けを二人にサインさせようとする沙紀ちゃん。マネージャーとして見込みのある子に声かけるのはいいけど絶対今のタイミングは間違ってるよね

 

「かなり凄く怪しいけど、かよちんチャンスだよ。かよちん昔からアイドル憧れていたでしょ」

 

「えっ、そうなの」

 

 またまた出会った一年生がアイドルに憧れていたなんてこんな偶然あるんだね。

 

「なんと丁度いい。なら、更に私考案の今から始めようスクールアイドル練習メニューセットを付けて」

 

「沙紀ちゃん。ちょっと静かにしてもらえる?」

 

「あっ、はい。ごめんなさい」

 

 謝ると沙紀ちゃんは静かになってやっと落ち着いた感じがする。どうしたんだろう沙紀ちゃん? 何かちょっと落ち着いてない感じだったけど。

 

 まあ、後で聞いてみればいいのよね。

 

「わ……私、あんまりアイドル向いていませんから……。その……ごめんなさい」

 

「そっか、こっちこそごめんね。沙紀ちゃんそろそろ行こっか」

 

「あ、あの……」

 

 花陽ちゃんに断られてそろそろ音楽室に向かおうとすると花陽ちゃんが引き止めて穂乃果たちは花陽ちゃんの方を見る。

 

「が、頑張ってください。アイドル……」

 

「うん!! がんばる」

 

 私は笑顔で花陽ちゃんの応援を受け取った。

 

「応援されると凄く嬉しい気持ちになるよね」

 

 確かに沙紀ちゃんの言う通り。誰かが応援してくれるとこんなに嬉しい気持ちが溢れだしてこれからも頑張ろうって気持ちになるよ。

 

「それにしてもあの一年生。二人とも可愛かったなぁ」

 

 そして、そんな気持ちを台無しにする沙紀ちゃん。ホント、沙紀ちゃん一体何があったの? 

 

「沙紀ちゃんどうしたの? 今日何かブレブレだよ」

 

「へっ? そうかな。何時もと変わらないと思うけど」

 

「いつもとはちょっと違っていたよ。何か穂乃果たちと初めて会ったときはもうちょっと距離感あった感じがしたけど」

 

 なんかこう委員長みたいな出来る人って感じがしたんだけど何か今日は残念な感じがすごいしたよ。

 

「もしかしたらグループ名が決まったから気が緩んじゃったかな。ほら、いい名前貰ったから」

 

「確かに『μ's』っていい名前だよね。ああ、なるほどそれなら納得だ」

 

 そんな感じで穂乃果たちは西木野さんに作詞を音楽室に向かった。

 

 ちなみに沙紀ちゃんが言ったことが嘘だった事が判明するのはずっと後の話。

 

 6

 

 音楽室の近くまで来るとピアノの音色と歌声が聴こえてきた。

 

 それを聴いて穂乃果は西木野さんが音楽室に居るのが分かり音楽室を覗くと、そこには西木野さんはピアノを演奏して歌って居た。

 

 綺麗な歌声、ずっと聴いていたいピアノの音。やっぱりあの子の演奏はなんかこう聴いてて楽しい気持ちになると言うかなんと言うかこう感動だよ。

 

 そうして演奏は終わってピアノを演奏し終えた西木野さんが一息つくと穂乃果と沙紀ちゃんは一緒にパチパチと拍手をした。

 

「うぇ!?」

 

 演奏して気付いていなかったみたいで穂乃果たちの拍手を聞いて驚く西木野さん。その間に穂乃果たちは音楽室に入っていく。

 

「西木野さん。やっぱり歌上手くってピアノ上手だね」

 

「そうだね。私もちゃんと聴くのは初めてだけど、演奏から音楽を楽しんでいるのが伝わって此方も楽しい気分になるよ」

 

 穂乃果と沙紀ちゃんは西木野さんの演奏を聴いてそれぞれ思ったことを西木野さんの前で口にする。

 

「それで、何のようですか?」

 

 西木野さんは穂乃果たちの方を向いて何しにきたのかを聞いてくる。

 

「やっぱり、もう一回お願いしようと思って」

 

「しつこいですね」

 

「そうなんだよね……。海未ちゃんにいつも怒られるだぁ」

 

 宿題見せてとか。お弁当のおかずちょうだいとかよく頼んだりするだけど何時も海未ちゃんに起こられてばっかりだし。

 

「私、ああいう曲一切聴かないから。聴くのはクラシックとか、ジャズとか」

 

「高校生でクラシックを聴くのはなかなか珍しい。私も好きなんだ。特に好きなのはヨハン・パッヘルベルのカノンかな」

 

 何かクラシックと聴いて沙紀ちゃんが西木野さんに食い付いてきた。穂乃果はあまりそういう曲聴かないからよく分からないけど沙紀ちゃんは聴いているみたい。

 

「結構、有名どころですね」

 

「そうだね。私、あれを聞いてクラシックに嵌まったからね。ちょっと思い入れがあるんだよ」

 

 何かこのまま行くと穂乃果話から置いていかれそうなんだけど。しかも、西木野さん。沙紀ちゃんがそういう曲聴いていると分かったらちょっと嬉しそうな顔しているし。

 

「でもクラシックとかジャズは聞くけどアイドルの曲とか聴かないのはどうして?」

 

「軽いからですよ! 何か薄っぺらくって。ただ遊んでるみたいで」

 

 どうしてそういった曲を聴かないのか沙紀ちゃんが聞いてみると西木野さんはアイドルをそんな風なイメージを持っていたみたい。

 

「そうだよね」

 

「へっ?」

 

 穂乃果も西木野さんが思っていたことにうなずくと西木野さんは少し驚いた顔をしていた。

 

「私もそう思っていたんだ。なんかこうお祭りみたいにパアッと、盛り上がって楽しく歌っていれば良いのかなって」

 

「でもね。結構大変なの」

 

 私にとってアイドルはずっとそんなイメージだったけどスクールアイドルを始めてみて、階段走ったり、スクワットしたり、腕立て伏せしたりといろいろやって大変なんだよね。

 

「確かに二人の言う通りだと思うよ。人前に出ているアイドルは楽しそうにやってるように見えるよね」

 

 沙紀ちゃんも穂乃果たちと同じ意見みたい。

 

「穂乃果ちゃんも言ってたけど、案外ああやってテレビに出てるアイドルは色々と苦労をしているんだよね」

 

「毎日、似たような練習。なかなか見えてこない結果。他のアイドルの才能の壁。お客さんの少ないライブハウス何て始めたばかりのころは辛いこともいっぱいあるんだよ」

 

 沙紀ちゃんが何か良いことを言っていることわかるけど一部、穂乃果もそうだけど西木野さんはちょっとピンと来ていないみたい。どうしたら西木野さんにこの大変さが伝わるかな。そうだ。

 

「ねえ、腕立て伏せ出来る?」

 

「はぁ!?」

 

「出来ないんだぁ」

 

「へぇ? で、出来ますよ。そのくらい」

 

「あれ? なんかこの子ちょっとチョロイ」

 

 出来ないと聞くと西木野さんはちょっとやけになって上着を脱いで言われた通りその場で腕立て伏せを始める。

 

「これで良いんでしょ」

 

「おぉ、スゴい。私よりも出来る」

 

 腕立て伏せを何回かやってこれでいいのみたいな感じでこっちを見る西木野さん。

 

「当たり前よ。私はこう見えても」

 

「甘いね。私ならこの三倍は固い」

 

「ねっ。それで笑ってみて」

 

 西木野さんが何か言おうとしていたけど(沙紀ちゃんもだけど)穂乃果は昨日、沙紀ちゃんにやらされたように西木野さんに笑いながら腕立て伏せをやってと言ってみる。

 

「何で」

 

「いいから」

 

 そうして言われた通り西木野さんは笑いながら腕立て伏せをやるけど、さっきとは違って動きがぎこちなくてさらにひきつったような顔をしている。

 

「ねっ、アイドルって大変でしょ」

 

「何の事よ!」

 

「全く……」

 

「はい、歌詞。一度読んでみてよ」

 

 穂乃果は歌詞の書かれた紙を読んでもらおうと西木野さんの前に出した。

 

「だから私は……」

 

「読むだけなら良いでしょ。今度聞きに来るから」

 

「そのとき、ダメって言われたらすっぱり諦める」

 

 やりたくないことをこれ以上無理に頼むのは西木野さんにも迷惑だしやりたくなかったらそれでもいい。あとは自分達で考えるように頑張るから。

 

「答えが変わることはないと思いますけど」

 

 とりあえず歌詞の書かれた紙を受け取ってくれた西木野さん。一応読んでくれるつもりみたい。

 

「だったらそれでもいい。そうしたらまた歌を聴かせてよ」

 

「私、西木野さんの歌声大好きなんだ。あの歌とピアノを聴いて感動したから作曲お願いしたいなって思ったんだ」

 

 西木野さんの演奏と歌声を聴いた感想を素直に西木野さんに笑顔で伝える。

 

「毎日、朝と夕方階段でトレーニングしているからよかったら遊びに来てよ」

 

「あっ、私も居るからクラシックの話をしたかったら何時でもおいで。私も西木野さんとちゃんとお話ししたいなって思ってるから」

 

 練習の場所と時間を西木野さんに伝えて(さりげなく沙紀ちゃんも)穂乃果たちは音楽室を出て穂乃果たちは海未ちゃんとことりちゃんが先に練習している神社に向かう。

 

 7

 

 数日後。穂乃果の家にμ's宛にCDが届いて穂乃果たちは屋上でパソコンを置いてみんなで聞く準備をしていた。

 

「いくよ」

 

 CDをパソコンに入れて再生ボタンを押すとそこから音楽が流れてさらに海未ちゃんが書いた歌詞が歌になっていた。

 

「この歌声。沙紀ちゃん!!」

 

「うん!! この歌声は」

 

 曲から流れた歌声はすごく綺麗でそれに聞き覚えがある歌声だったから沙紀ちゃんに聞き間違いじゃないか確認すると、沙紀ちゃんも穂乃果と同じように思っていたみたい。

 

 やっぱり、これを送ってくれたのは西木野さんなんだね。

 

「すごい歌になってる」

 

「私たちの」

 

 海未ちゃんとことりちゃんは自分達の曲がちゃんと出来上がって感動して二人とも聞き込んでいる。

 

 すると、同時に開いていたスクールアイドルのサイトに登録しておいたμ'sのページに今まで表示されていなかった数字が表示される。

 

「票が入った」

 

 このサイトはあまりよく分からないけど見てくれた人が気に入ったスクールアイドルに投票出来るらしい。その投票数をランキングして公開しているとか。

 

 そして、今数字が表示されたってことは海未ちゃんの言う通り誰かが投票してくれた。つまり、私たちはスクールアイドルとしての第一歩を踏み出した。

 

「さあ、練習しよう」

 

 西木野さんの送ってくれたCDと入った票を見て穂乃果は立ち上り練習をやる気がいっぱい溢れてくる。

 

「そうだね。始めようか」

 

 沙紀ちゃんも立ち上り続いて海未ちゃんとことりちゃんも立ち上がって練習を始める準備をする。

 

 絶対にライブを成功させるんだ。廃校を阻止するため、曲を作ってくれた西木野さんのため。みんなのために。

 

 そうして、穂乃果たちは練習を始めた。

 




今回は原作主人公――高坂穂乃果ちゃんの語りでした。

今回でついに一年生を出すことが出来てμ'sのメンバーやっと出すことができました。ここまで長かった。

これにて原作一期の二話も部分も終了し、少しずつファーストライブも近くなってきましたね。

さてと、前書きでも書きましたようにUAが4000のところまで来ることが出来ました。

これも読んでくださってくれる皆さまのお陰です。

そこで記念と言うほどではありませんが沙紀のイメージ画像を作りましたのでよかったらご覧になってくれると嬉しいです。


【挿絵表示】


と、言ってもそれぞれ皆さまが思い描く沙紀があるかもしれません。なので、これは私の中でも沙紀のイメージ位だと思って頂けると幸いです。

何かここまで話のことで何かありましたら気軽にどうぞ。

それではまた、次回をお楽しみ。

誤字、脱字などありましたら気軽にご連絡してください。


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七話 ファーストライブ

少し話が飛びますが遂にここまで来ることが出来ました。

では、お楽しみください。

あと、章管理初めてました。


 1

 

 昔、私──矢澤にこが中学生の時に大注目されていた中学生アイドルが居たの。何を突然に思うかもしれないけど、思い出したので語らせてもらうわ。

 

 そのアイドルは中学生ながらも突如アイドルの世界に現れたわ。

 

 歌声はとても綺麗で聴けば誰もが耳に残り。躍りは見るだけでこっちまで楽しくなるような気持ちにさせてくれた。更に中学生ながら既に完成させられたスタイルに顔立ち。

 

 彼女の瞳はどこか少し冷めているように見えるけど、アイドル活動をすごく楽しんでいるのが伝わって来たわ。

 

 そんな彼女は瞬く間にトップアイドルへと登り詰めていったわ。

 

 そんな彼女に魅せられた中学生や高校生のファンは自分も彼女のようにステージで歌ったみたいと思い始めたわ。そうして彼女たちは当時から徐々に人気を集めていたスクールアイドルを始めるようになったの。

 

 そんな私も彼女に魅せられて、スクールアイドルを始めたいと思った一人よ。

 

 私は元々アイドルが大好きで自分もアイドルになりたいと思っていたけど、彼女の歌や躍りを見てその思いは一気に膨れ上がっていったわ。そして同じく彼女に魅せられた仲間とともにアイドル部に入部したわ。

 

 彼女のように楽しく踊って歌いたい。彼女みたいに誰かを笑顔にしたい思いで、必死に練習に励んでたの。

 

 それは多くの彼女に憧れて始めたスクールアイドルも同じで、一気にスクールアイドル活動は爆発的な発展を遂げていったわ。

 

 現在、スクールアイドルの頂点に君臨するA-RISE。そのほかランキング上位に居るスクールアイドルたちも彼女の影響でスクールアイドル活動を始めたとさえ言われているのよ。

 

 彼女はスクールアイドルを志すものにとって、憧れの的だったわ。

 

 だけど、突然──彼女はアイドル活動を休止したわ。

 

 理由は不明で当時は様々な噂がテレビやネットで飛び交うなか、彼女の活動休止は多くのスクールアイドルたちに震撼させた。

 

 その影響で彼女に憧れてスクールアイドルを始めたものは次々と辞めていくか、スクールアイドル活動をしてアイドル活動の楽しさを知って続けるものも居た。

 

 結局、彼女は最後まで本人の意思とは関係なくともアイドルに多大な影響を与え現在のスクールアイドルブームを作り上げたのよ。

 

 そんな彼女は今はどこで何をしているのか誰も知るものはいないわ。

 

 2

 

「に~こ先輩♪」

 

 朝──アイドル研究部の部室で沙紀は何時ものように笑顔で私のことを呼び掛けきたわ。

 

「何よ。突然」

 

「良いじゃないですか。最近、忙しくってなかなかにこ先輩との時間が取れなかったですから」

 

 クラス委員に生徒会、部活にそしてスクールアイドルのマネージャー。ここ最近の沙紀は多くのことを掛け持ちしてなかなかゆっくりした時間が取れていないのよね。

 

「ホント、あんたよくやるわよね。一つくらいサボってもバチ当たらなそうだけど」

 

 クラス委員は沙紀のクラスのこと知らないからなんとも言えないけど、他は割りと協力してくれる人がいるのだから少しはゆっくりすれば良いじゃない。

 

「そんな訳にはいきませんよ。クラス委員は成り行きでなったとは言え選ばれたならしっかりとやりますし、生徒会はお手伝いとは言え、手伝いすると決めたらちゃんとやらないといけませんから」

 

「それに、にこ先輩のマネージャーとμ'sのマネージャーは私がやりたくてやってますから。それに楽しいですし」

 

 まあ案の定──沙紀は真面目なことを言ったわ。何時も結構ふざけているところがあるけど、根は真面目だからこういうことはちゃんとやっちゃうのよね。

 

「それで? あれからもう一ヶ月経って、今日は新入生歓迎会の日だけど、何であんたこんなところに居るのよ」

 

 そう。沙紀があっちのアイドル部もどきマネージャーを始めてからあっという間に一ヶ月が経ったわ。

 

 今日は新入生歓迎会──つまり、ライブ当日なのに何故かこんな大事な日の朝に何故かここに来ているのよね。

 

「何でって、私はこの部員ですから、部活しに決まっているじゃないですか」

 

 全く見当違いのことを言うこのバカ。そんなことを聞きたいんじゃなくて。

 

「そんなことは分かっているわよ! 今日はライブ当日でしょ! 何でそんな大事な日の朝にここにいるのかって聞いてるのよ」

 

「ああ、そう言うことですか。いえ、簡単ですよ。今日はライブですから、しっかり休んで本番に備えて英気を養ってもらおうと朝は練習休みにしたんですよ」

 

「それに穂乃果ちゃんたちは大分出来が良くなったので、これ以上練習をやっても本番での質が下がりますから」

 

 沙紀の説明に私は納得する。確かにそれなら分からなくもないわ。練習も無理にやれば、せっかく完成度を上げても無理が祟って精度が落ちることがある。

 

 なら、いっそしっかりと休んで身体を休ませておけば更に本番で力を発揮出来るはず。そう考えて沙紀は今日の練習を休みにしたみたい。

 

 何よ、こいつ。ちゃんとマネージャーやってるじゃない。

 

 まあ、沙紀があっちの方にいない理由は分かったけど結局、こいつがここに居る説明になっていないけど。

 

「じゃあ何で朝から学校に居るのよ」

 

「今日は新入生歓迎会ですから生徒会の忙しいので、生徒会の手伝いをしに。まあ、もう終わりましたのでにこ先輩の様子を見に」

 

 理由を聞くと真っ当な理由だった。

 

「ホント、委員長ちゃん。仕事速すぎや。おかげでウチの仕事も無くなって暇や」

 

 突然、別の声が驚いて声のした方を見ると、そこには希がいつの間にか椅子に座ってお茶を飲んでゆっくりしていたわ。

 

「希!! あんた、何時からそこに!?」

 

「あっ! おね~ちゃん♪」

 

 驚く私をスルーして沙紀は希に気づくと、そのまま彼女のところまで行き、そのまま彼女に抱き付いた。

 

「よしよし。ホント委員長ちゃんは甘えん坊さんやね」

 

「へへへ」

 

 希に頭を撫でられてとても嬉しそうにする沙紀。もうなんか一ヶ月もこんな光景見せられているから特につっこむつもりはないのだけど。と言うか慣れって怖いわね。

 

「それでなんやってにこっち?」

 

「だから、あんたは何で普通に此処に居るのよ!! あんたは部員じゃないでしょ」

 

 何か、さっきから怒鳴ってばかりな気がするけど、そんなことはもういいわ。沙紀はまだ部員だから分かる。こいつは部員じゃないから、何時も何時も顔出すのはなんなのよ。

 

「えぇ~、何でって、ウチとにこっちの仲やん」

 

『ねぇ~』

 

 何がねぇ~よ。二人してホントこいつら仲良いわね。ああもうどうでもいいわ。何かこうこいつらを見ているともうバカらしくなってくる。

 

「それはそうと、にこっち。あのときの委員長ちゃん可愛かったで」

 

「ちょっと、お姉ちゃん!! その話は止めて~!!」

 

 何か思い出したかのように言う希に対してそれを全力で止めようとする沙紀。だが不幸なことに沙紀は動揺したせいで椅子から滑り落ちる。

 

「ぷぷっ、何やってるの? 沙紀」

 

 椅子から滑り落ちた沙紀を笑う。まあこれは幸運を持つものと持たざるものも決定的な差だった。それはそうとすごく気になるわね。

 

「ウチにエリチに嫌われるって泣き付いて来たんや」

 

 生徒会長に嫌われる? それで希に泣き付いてきた。何をやっているのか、いまいち理解ができない。

 

「はぅ、違うんです。あれは穂乃果ちゃんのことを認めてもらおうと絢瀬生徒会長に少し強く言っただけなのに。それに関しては後悔してないもん」

 

 あぁ、話が見えてきたわ。生徒会長様のことだからあのもどき達に厳しいことを言ったのね。それを沙紀が生徒会長に真っ向から庇ったのね。

 

「別に後悔しないなら良いじゃない」

 

 ならそんなことを気にする必要は無いのに何を恥ずかしがっているやら。

 

「うぅ、それと嫌われるかどうかは別だもん」

 

 凄く恥ずかしそうに顔を真っ赤にして顔を手で隠す沙紀。彼女はどちらかと言えば弄る側の人間なので、これはそうなかなかお目にかかれる姿ではない。出来るだけ堪能しておくわ。

 

 まあ沙紀の機嫌を直すためにちょっと大変だったのは語らずとも。そして、少し時間が経ってから何とか機嫌が良くなったわ。

 

「さてと、何か変な話をしていたやけど、遂にこの日が来たね。にこっちは穂乃果ちゃんたちのライブ見に来るつもり?」

 

 沙紀の機嫌も良くなったところで、希は今日行われるライブを見に来るのか聞いてくる。

 

「まあ、一応わね」

 

 結果次第では彼女たちは部活として活動するために、ここいずれはやって来る。そのために彼女たちがどのくらい本気なのか確認しておきたいのよ。

 

 沙紀を通して彼女たちが本気なのは確認済み。一応たまに練習風景もこっそりと見に来てるけど(別に沙紀が心配とかじゃないんだから)やっぱり、ちゃんと近くで確認はしておきたい。そんな訳だから一応見に行くことにしているわ。

 

「やっぱり、にこ先輩見に来るんですか。なら、一つ頼んでもいいですか」

 

「何? バカな頼みは聞かないわよ」

 

 沙紀の頼み事はほとんどの確率で面倒くさいものばかりで、生憎変なことには巻き込まれたくないし。

 

「そんなじゃないですよ。それにこれは彼女たちに必要な事ですから」

 

「ふ~ん。まあ、聞いてあげなくもないわよ」

 

 バカな頼みじゃなければ大抵のことなら聞いて見てもいい。それに彼女たちに必要って言うと気になるし。

 

「それでは……」

 

 そうして私に沙紀は頼み事の内容を伝えた。

 

「はぁぁ!!」

 

 沙紀の頼み事はシンプルではあるが彼女たちにとって酷すぎるものだったわ。

 

 3

 

「これで新入生歓迎会を終わります。各部活とも体験入部を行っているので興味があったらどんどん覗いてみてください」

 

 生徒会長のその言葉で新入生歓迎会は終わりを向かえる。

 

 講堂に集められた生徒は各々席を立ち上り、二、三年生は自分が所属している部活の部室へ。一年生は自分が興味を持った部室に向かっていったわ。

 

 私はライブの時間まで時間がまだまだあるから一先ずはアイドル研究部の部室に行くことにしたの。

 

 講堂から部室まで通る廊下の途中で二、三年生が数少ない一年生に興味持ってもらおうと精一杯呼び込みをしてるいるのが見えた。

 

 まあ、ただでさえ生徒が少ないこの学校は一年生が入部してくれないと(特に運動部は)人数が足りないと大会とか出られなくなる可能性があるわけだし。

 

 その点で言えば、文化系の部活は一人でもある程度のことは出来るので気は楽だわ。

 

 そんな風に多くの部活が一年生に入部してもらおうと頑張っているなか、私たちアイドル研究部は特に何もするつもりはない。

 

 理由は簡単だわ。アイドル研究部はかなりマイナーな部活だから存在そのものを知らないのも理由の一つ。だけど、私としては中途半端な気持ちでアイドルをやって欲しくないと言う思いがあるから。

 

 じゃあ、沙紀はどうなのかってあの子は特別よ。むしろ、あの子は積極的にアイドル活動するべき人間よ。あの子は才能に恵まれている。

 

 どんなことでも大抵の事なら出来てしまうのだから。そんな人間がマネージャーをやっているのが不思議なくらい。

 

 まあ、そんなことを本人の前で言うと嫌がるのよね。

 

 そんなわけで、マネージャー志望で入ってくる子も沙紀がいるから要らない。よって、本気でアイドルをやりたいと思う子だけを募集したいのだけど、なかなかそんな生徒はいないわ。

 

 結果、誰も入部したがらないから誰も見に来ないので、何もする必要はないと言うわけ。

 

 一年生を向かえる準備も必要もないからやることも無くて気が楽だわ。

 

 そんなことを思いながらアイドル研究部の部室に着いて扉を開けるとそこには希が居たわ。

 

「おや、にこっち。お帰りや」

 

 そんな風に普通にのんびりとくつろぎながら言う希。正直もうこいつは出入り自由だと思うようにしたから、特に気にせず何時もの席に座る。

 

 座ったところでやることも特に無いので、無意識にクルリと(回転式の)椅子を回転させる。

 

「何やってるの? にこっち?」

 

「別に特に意味は無いわ。ただ暇なのよね」

 

 何かこれ暇だと気付いたらよくやってるのよね。ホント、意味ないけど。

 

「あれ? 今日は委員長ちゃんの練習メニューは貰ってないの?」

 

「今日はたまたま休む日だったのよ。だから、沙紀から練習メニューも受け取ってないのよ」

 

 あの子の練習メニューやたらと長期で効率よくやる練習メニューを組むことが多いから、身体を休ませるために一日練習無しの日もあるわ。

 

「へぇ~、そうなん。委員長ちゃん結構考えて作ってるやね。流石や」

 

 そんな風に希に沙紀の練習メニューについて説明すると感心するようにそう言った。

 

「でも、あの子。穂乃果ちゃんたちの練習メニューも考えていたみたいやったけど、あっちは何か、ハードそうやったよ」

 

 私の練習メニューと比べて向こうの練習風景を思い出しながら、そんなことを言った。

 

「あっちはそもそも一ヶ月って限られた時間でやることが多いのよ。だから私よりも練習メニューがきつくなるのは当然よ」

 

 沙紀から聞いた話だと一人を除いて運動は体育しかやっていなかったみたいで、体力と持久力が全然なかったから基礎トレーニングを多めになったって言っていたわ。

 

 それにあっちは目の前にライブがあるって期間が限られるのに対して、こっちは期間が限られてないから練習の期間も大分変わるしね。

 

「そうなると委員長ちゃんも大変やね。二つも練習メニュー考えないといけないんやから」

 

「逆よ。あのバカはノリノリで作るわよ。何でも自分が作ったメニューでせっせと取り組んでいる女の子を見ると興奮するとか」

 

 練習する私の姿を見てたまに凄くいやらしそうな目で見ているときがあったもの。けど、そんな目で見たら制裁を食われるだけなんだけどね。

 

「うわ、何か委員長ちゃんなら普通にありそうやからなんとも言えんなあ」

 

 希も沙紀がそんなことをする様子が容易に浮かんだみたいで、私の言うことを簡単に信じてくれた。完全に日頃の行いよね。

 

「まあ、委員長ちゃんが穂乃果ちゃんと仲良くやっているのは間違いないやろ」

 

 今のところ喧嘩したとか聞いていないし、本性もバレた訳でも無いしそうなんじゃないのかと思う。

 

「正直、心配していたんや。ウチやにこっち上級生ばっかりと関わって同級生の友達いるのか分からなかったから」

 

「沙紀の事なんだし少しは居るじゃないの?」

 

 あんまり私も沙紀の交遊関係は詳しくはないけど、この学校中で知られている沙紀の性格なら友達が多いと思うわ。

 

 いや、違うだってあの子は……。

 

「どうやろうな。にこっちは委員長ちゃんの噂の数々を知っているやろ」

 

 私が沙紀の重大な秘密を思い出したことに気付かず、私に沙紀の噂のことについて聞いてきたわ。

 

 知ってるも何もこの学校で沙紀の噂を知らない奴なんて、よっぽど他人に興味ないか、何も考えていない馬鹿くらいじゃないの。

 

 そういえば、噂と言えば……アイツの肩書きいつの間にか『音ノ木坂の生きる伝説』から『白百合の委員長』に変わってるんだけど……一体何があったのよ。

 

「えぇ、知ってるわ。でもそれが何か関係あるの」

 

「噂が多くあればあるほど人を惹き付ける事も出来るやけど、逆に人を遠ざける事も出来るや。にこっち」

 

 そんな風に希は言うけどあまりピンとは来ない。私、あまりあたまのいい方じゃないから。

 

「簡単に言うと火事の現場に集まる野次馬みたいな感じや」

 

 なるほど、それなら何となく分かる。さしずめ、沙紀は火事で野次馬はこの学校の生徒ね。

 

 沙紀の噂に群がる音ノ木坂の生徒。

 

 確かに何かあると気になるのは人として当然の欲求だわ。だけど、それ同じくらい面倒ごとに関わりたくないって気持ちもあるのも確かだわ。

 

 ある意味、沙紀は噂だけ聞くとすごく化け物じみた人物になったりするわ。だから、そんな人に自分から関わりたいなんて思う人間が多いとは思えないわ。

 

「確かにあのバカは才能には恵まれているから。それは当然ね」

 

「多分、ウチの予想だとずっとそうやったのかも知れない。ずっと一人で誰とも関わろうとしないそんな子だったんじゃないかなって」

 

 そう言われると私はドキッとする。初めて沙紀と出会ったあのときの日の事を。

 

 何処か冷めきった目。ボサボサな三つ編み。そんな姿を。そして、彼女から聞かされたあの話のことを。

 

「それにあの子、結構甘えん坊さんやし」

 

 希のその言葉で私は意識を取り戻す。いけない、いけない。今はそんなことを思い出している場合じゃない。私にはやらなきゃいけない事があるの。

 

「ゴメンな。にこっち。急に変な話をしてこういう話は本人がいないからってしちゃいけない話やったね」

 

「良いわ。どうせ、あの子の事だから笑って許してくそうだもの」

 

 そう今のあの子なら笑って本当に許してしまいそうだもの。

 

「そうやね。変な話をしているともう時間やね。そろそろ行こうか」

 

 時間を確認するとライブの開始まで十分くらい前だった。思いの外時間が潰せたわ。

 

「そうね。行きましょうか」

 

 私と希は立ち上がって一緒に部室を出て講堂に向かう。

 

「そういえば、にこっち。委員長ちゃんが言ってたこと本当にやるの?」

 

 希は朝、沙紀が頼んだことを本当にやるのか聞いてくる。まあ、確かに聞くのは正しいわね。やることがえげつないもの。

 

「ええ、まあ。と言っても、もしもだからやらない可能性もあるわ」

 

 出来ればやりたくないけど、もしかしたらやらない可能性もかなりあるわ。だから、そこまで深く考えているつもりはないわ。

 

「そう……。分かった。なら、ウチは何も言わない。じゃあ、にこっち。ウチはちょっと寄っていく所あるから先行っといてや」

 

 そう言って希は私と別れて一人で講堂に向かう。

 

 また同じ道を今度は逆に通っていくとさっきのように二、三年生たちが呼び込みをしている声が聞こえるが、講堂まで近くなると、その声は聞こえなくなり辺りは一気に静かになる。

 

 私はこの静けさの所為かとても不安な気持ちになる。別に私がステージの上に立つわけでも無いのだけど、この静けさはとても今からライブをやる雰囲気ではない。

 

 正直、もうこのまま帰りたいとさえ思えてくる。このまま帰れば何も見ないし知らずに済むし、あの子たちに酷いことをする必要も無くなる。

 

 だけど、私はこの目で彼女たちが本気なのかを確認しなければならない。それが今の私に出来る唯一のことなのだから。

 

 そうして、私は講堂の扉の前に立つ。この扉を開ければ結果は分かるのだけど、講堂の前まで来たのにこの静けさは私にこの扉を開けるのを躊躇わせる。

 

 実はライブ前で静かに待っている可能性があるかもしれない。扉を開ければそこは観客でいっぱいかもしれない。

 

 そんな様々なかもしれないが思い付くが何時までも躊躇っては何も変わらない。

 

 だから、私は沙紀に言われた通りそっと扉を開けると、そこに広がっていたのは──観客の誰もいないステージだったわ。

 

 4

 

 誰一人としていない講堂。その光景を目の当たりにした私は呆然とするしかなかった。

 

 さっきまで新入生歓迎会もあって生徒の話し声で騒がしいほど賑やかだった講堂はその面影もなく、静寂に包まれていた。とてもここで今からライブが行われるなんて信じられなかったわ。

 

 実は時間を間違えたのかも知れないと思った私はケータイを取り出して時間を確認してみる。ケータイに表示されたのは、ライブが始まる三分前。どうやら私が時間を間違えた訳ではないみたい。

 

 つまり、彼女たちは結果的にお客を誰一人として呼べなかった。

 

 しかし、お客と呼べる生徒が居ないだけで二、三人ほどスタッフとして手伝いをしていると思われる生徒はいる。

 

 そんななか、遠くから離れても一際目立つ生徒が居た。三つ編みに眼鏡と委員長スタイル──沙紀が講堂の席の真ん中でただ立ち尽くしていた。

 

 流石に扉の前でこっそりと覗いている私からは沙紀の表情は見えない。悲しんでいるのか、この結果に涙を流しているのか、それともこんな結果になって負い目を感じているのか。

 

 いや、どれでもない。だって沙紀はこの結果をある程度既に予想していたから。だからこそ私に残酷な頼み事をした。

 

 何故、私が講堂の扉の前で扉を少し開けてこっそり見ているのか。それはこの講堂の中に入る勇気がないだけではない。沙紀の頼み事が関係しているわ。

 

 じゃあ、彼女は私に何と頼んだのか。

 

 それはもし講堂に誰一人としてお客が居なかったら、私に中に入らずに扉を少し開けてこっそりと彼女たちの反応を見届けて欲しいと頼んだのよ。

 

 最初にそれを聞いたとき何かの聞き間違えじゃないのか耳を疑ったわ。それは一緒に聞いていた希も一緒だった。

 

 しかし希が同じ反応したと言うことは私の聞き間違いではないと言うことが証明されてしまった。

 

 だから私は沙紀に何でそんなことをしなければならないのか追求しようとしたわ。けど、タイミング悪く予鈴がなってしまい追求出来なかった。

 

 それでも何とか聞き出そうと昼休みに沙紀を捕まえて何とか聞き出すことに成功したわ。

 

 けど、これほど聞きたくない理由なんて無いくらい酷い理由を彼女は口にした。

 

(何でそんなことをする必要があるかですか。そうですね……。人ってどん底に突き落とされると本性が見えてくるじゃないですか)

 

(だから、あの子たちが本気かどうか確認する本当に手っ取り早い方法なので、にこ先輩に協力してもらおうと思ったんです)

 

 何時もの調子で軽い感じに話す沙紀。正直、そんな沙紀の姿を見て恐怖を感じた。

 

 人の感情を一切無視してそれどころか踏みにじるような行為。私は沙紀の胸倉を掴んでふざけるな。なんて怒鳴ってしまった。

 

 私も人がそこまで来るなんて沙紀と希があのとき説明したときは思ってなかったけど、流石にそこまで酷いことは私も希も考えていなかった。

 

(にこ先輩が怒るのは無理もないですよね。こんなの聞いたら誰だって軽蔑しますよね)

 

(酷いのは分かっています。最低だって自分でも分かっています。けど、私はそんな感情とかを無視して目的のためなら、こんな酷いことを思い付いて私は行動してしまいます)

 

 そのときの沙紀の目はとても辛そうな目をしていた。自分だってそんなことはしたくない。それは理解しているのだけど彼女は平然とそれをやってしまう。

 

 目的の為なら手段は選ばない。それが彼女の──篠原沙紀の本質なのだから。

 

 それに沙紀は物事や状況を瞬時に把握、理解する事が出来る才能がある。

 

 そして、その才能を使い効率よく実行する。

 

 たとえそれが友達や居場所や大切な物でさえ全てを失うことになっても。

 

 そうやって彼女はずっとその本質に逆らえず行動して、後悔し失い続けた。

 

 だからこそ彼女はとても辛い表情をしている。正直ここに希が居なくって良かったと思う。下手したら沙紀は自分の妹のように可愛がってくれる先輩を失っていたのかもしれない。

 

 だったら私はどうなのか。そんなの簡単だわ。私は彼女の事は決して見捨てない。

 

 私は彼女の秘密を知っているから。決して、沙紀を一人にはさせない。だからこそ私は沙紀の事を怒りはするけど、軽蔑はしない。

 

 そうなれば私は次に何故沙紀がそんな結果を出してしまったのかを確認しなければならない。沙紀は実行できると確信しなきゃ実行しない。だから必ずしもこれにも理由はあるわ。

 

 そうして私は沙紀からどうしてそんな風に考えに至ったのかを聞き出した。

 

 理由はとても簡単だった。

 

 彼女たちの活動が部活として認められていなかったから。ただそれだけ。

 

 説明すると、今日は新入生歓迎会よね。そのあとに体験入部がある。そして多くの部活は新入生を呼び込もうと動いている。

 

 じゃあ、呼び込みをする人間は一体誰なのか。ここまで言えば分かるわよね。

 

 そうこの学校の二、三年生。つまり、この生徒の少ない学校で大半の生徒が部活に所属している。ここで二、三年生の半数はライブに来られない。すなわちこの学校の半数以上の生徒が来ないと同義である。

 

 でも二、三年生の中には部活に所属していないものもいる。ただそれは習い事やアルバイトがあるから所属出来ないだけであってそれらが忙しくってライブに来られない。

 

 そして、その上記二つに属さない生徒がいるけどもそんな何処にも所属や何にも興味を持たない生徒がライブに来る確率は限りなく低い。

 

 結果──二、三年生は誰も来ることはないわ。

 

 なら、一年生は? 

 

 彼女たちなら来る可能性は二、三年生よりも来てもらえる確率はかなり高いはずだけども、ここで彼女たちの活動が部活ではないと言う障害が色濃く反映されてしまったわ。

 

 新入生歓迎会、これには部活動紹介と言う時間が各部活申請すれば数分ではあるが貰えるわ。

 

 つまりその時間は部活のアピールタイム。いかにここで印象を残す事が出来るか重要になってくる。

 

 もし、彼女たちが部活として活動していれば一曲分のライブは全校生徒の前で歌えた。けど、それは出来ない。部活ではないことが必然的に宣伝する機会を失った。

 

 しかし、彼女たちは掲示板でライブの宣伝をしていたが掲示板では宣伝効果は薄い。現に彼女たちが一年生の教室に行ったときそれは証明されていたらしい。

 

 チラシも配っていた所を私は見ていたから知っているけどあれも宣伝効果は薄かった。

 

 例えば、学校でチラシを配ったりする。ここで既に受け取ってくれる人と受け取ってくれない人に別れる。ここで半数の宣伝は出来ない。

 

 次に受け取ってくれる人が必ずしも読んでくれるとは限らない。もらったはいいけどそのまま捨てる人が半数。

 

 そして、受け取ってくれてかつチラシを捨てない人がいるこれでライブの告知を知って何人が来るのかしら。全く無名のスクールアイドルのライブに。少なくてもあまり興味をもって来る人間はそこまでいない。

 

 そして、さっきも言ったようにチラシを受け取った中には二、三年生がいるから一年生に配られてかつ来てもらえる確率はかなりゼロ。

 

 結果──チラシもほぼ無意味。

 

 そして、ここが肝でもある。今日は体験入部が行われている。つまりライブに来ない二、三年生がライブに来る確率が高い一年生を呼び込んでいる。さあ、どうなるか分かるわよね。

 

 そう、一年生が各部活で行われていて一年生はいろんな部活を見て回っている。そして、この講堂は全ての呼び込みをしている生徒がいるところから離れたら位置にある。

 

 そのため、ここに一年生が来る確率は限りなく低い。

 

 部活ではない。

 

 生徒が少ない。

 

 宣伝が無意味。

 

 場所が悪い。

 

 以上の点から導き出される答えは誰も来ない。

 

 沙紀はこの結果を導き出さして誰も来ない事が分かっていた上で彼女たちに協力した。彼女たちの本心探るために。

 

 だけど、彼女は全く誰も来ないとは予測していなかったみたい。何人かは来る可能性があると思っていたから私に誰も来なかったらと言ってきていた。

 

 けど、結果は誰も来なかった。

 

 私はこの光景を目の当たりにしてふと考えてしまう。

 

 もし、私が彼女たちと一緒にスクールアイドルをやろうと言えばこんな結果にはならなかったかもしれない。

 

 少なくとも新入生歓迎会でライブは全校生徒の前で披露することは出来た。

 

 けど、それはきっとあり得ないことだ。私はアイドルに対して拘りとプライドを持っている。だから、本気でやっているかどうか分からない連中に手を貸すことは絶対にない。

 

 だから、結局何かも彼女たちは詰んでいた。

 

 そうして、いつの間にか時間となり幕が上がり始めた。

 

 そして彼女たちに現実の残酷さを見せつけられた。

 

 5

 

 幕が上がり誰も居ない講堂を目の当たりにした彼女たちはとても絶望したような顔をして、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「穂乃果」

 

 端にいる二人がセンターに居る子の方を見ているが一人はもう泣きそうだ。

 

「そりゃそうだ。世の中そんなに甘くない」

 

 穂乃果って子はこの現実を受け入れようとして痩せ我慢をしているがその声はとても震えていた。

 

 ホント、私のバカ。こんな風になるのは分かっていたはずなのに、何で私は律儀に沙紀の頼み事を実行しているのよ。

 

 正直に今すぐに立ち上がって彼女たちのお客としてライブを聞いてやりたい。少なくても一人来れば微々たるものだけど、絶望を和らげることは出来たはずなのに。

 

 結局、私も最低な人間だ。彼女たちが本気なのかを確かめるためにこんな仕打ちをしているなんて。しかも、そんな風に考えながらもこの場に止まっている自分に腹が立つ。

 

 そんな風に私は自分自身に苛立ちながらその場に居ると静かな講堂に誰かが走って近づいている音が聞こえてきた。

 

「はぁはぁ」

 

 そう息を切らしながらやって来たのは一人の一年生だった。すごく呼吸が乱れている所を見るととても急いでここまで来たのが分かる。

 

「花陽ちゃん……」

 

 穂乃果って子がやって来た一年生を見て名前を呼んだのが聞こえた。もしかしてこの子が沙紀が言っていた、来る可能性がある子かもしれない。

 

「あれ? ライブは? あれ?」

 

 呼吸が整うと花陽って子は時間が過ぎてもライブが始まっていないことに戸惑っている。

 

「穂乃果ちゃん。ライブを楽しみにしていたファンが来たよ。どうするの?」

 

 沙紀は穂乃果って子にどうするのかを聞いてくる。それはある意味は最後の確認でもある。

 

 人が全然居ないからライブそのものを中止にするのか。それともたった一人でも来てくれたファンのためにライブをするのか。その二択。

 

 その選択次第で彼女たち、私たち、そしてこの学校の未来が決まる。

 

「やろう。歌おう。全力で」

 

 穂乃果って子はやると言った。つまり、彼女はたった一人来てくれたファンのために歌うと。

 

「穂乃果」

 

「だって、そのために今日まで頑張ってきたのだから」

 

 今までの努力を無駄にしたくないそんな気持ちが言葉から伝わってくる。そんな彼女の言葉を聞いた残りのメンバーの顔も次第に変わっていった。

 

「歌おう!!」

 

「穂乃果ちゃん。海未ちゃん」

 

「えぇ!!」

 

 歌うと決意した彼女たちはしっかりと前を向いてから一呼吸して、それとタイミングを合わせるかのように曲が始まった。

 

 そして彼女たちは歌い踊り出す。

 

 私は曲が始まってから少ししてこっそりと講堂の中に入って彼女たちの見やすい場所に移動する。誰にも気付かれず見やすい場所に移動した私は彼女たちのファーストライブをしっかりと見届ける。

 

 ハッキリ言って彼女たちのライブはまだまだだった。歌は所々音程を外したり少しずれたりしていたり、ダンスはまだ何処かぎこちないところもある。だけど、彼女たちの表情はとても楽しそうだった。

 

 自分たちもライブを楽しんでいる。そんな彼女たちの気持ちが伝わっている。

 

 それもあるかもしれないが私は彼女たちのライブから目を離せないでいた。何か飛び抜けて上手いところは無いけど、何故か人を魅了させるそんな力が彼女たちのライブには合った。

 

 そうして、曲もいよいよ終わりに近づいて彼女たちの勢いは更に良くなって私の気持ちはどんどん盛り上がっていった。

 

 そして、楽しい時間はあっという間で彼女たちのライブは終わりを迎えた。

 

 彼女たちのライブが終わると拍手の音が聞こえる。私も思わず拍手をしていることに気付いて慌てて隠れる。

 

 隠れる際に少し周りを確認すると二人ほど一年生が増えていた。それに希もこっそり見ているのも確認した。

 

 彼女たちは拍手を聞くと息を上げながらとても満足したような顔していた。

 

 そんな彼女たちのライブを見て感動して拍手している者が多いなか、一人の生徒がゆっくりと彼女たちのステージまで歩く姿があった。

 

「生徒会長……」

 

 穂乃果って子が近付いてきた生徒を見てそう呟く。そう、彼女が呟いたように近付いてきたのはこの学校の生徒会長だった。

 

「どうするつもり?」

 

「続けます」

 

 生徒会長はスクールアイドル活動を続けるのかどうか聞いてくるが穂乃果って子は迷わずそう答えた。

 

「なぜ、これ以上続けても意味があるとは思えないけど」

 

 生徒会長は講堂を見渡して現実を突きつける。そう今回は結果から見れば失敗でしかない。今回、失敗したから次も失敗する可能性だってある。

 

「やりたいからです」

 

 それでも彼女はやりたいと言い切った。

 

「今、私はもっともっと歌いたい。踊りたいって思っています。きっと海未ちゃんもことりちゃんも」

 

 そう言って二人の顔を見ると二人とも頷いて彼女たちも同じ気持ちだって言うのが伝わってくる。

 

「こんな気持ち初めてなんです。やってよかったって本気で思えたんです」

 

「今はこの気持ちを信じたい。このまま誰もが見向きしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない」

 

 彼女の言葉を聞いてかつて私がこの学校でスクールアイドル活動していた事を思い出す。

 

 そして、その結末も。

 

「でも、一生懸命に頑張って私たちがとにかく頑張って届けたい。今私たちがここに居るこの思いを!!」

 

 けど、彼女たちの言葉を、思いを聞いて今はまだまだだけど彼女たちの熱意は私の中に届いて、私はある思いを抱く。

 

「いつか……」

 

「いつか、ここを満員にして見せます!!」

 

 彼女はこの場でそう宣言してファーストライブは終わりを迎えた。

 

 6

 

 彼女たち──μ'sのファーストライブを見届けた私は沙紀を待つため校門の前で待っていた。

 

 彼女はメンバーたちを先に帰らせて手伝いをしてくれた生徒ともに残ってライブの後片付けをしている。

 

 私は沙紀に話があるから一緒に帰る約束はしていないけどここで待つことにしたの。

 

「何でにこ先輩。ここに居るんですか。私はてっきり帰ったのかと思っていましたよ」

 

 そうして、少しすると彼女は玄関からまるで何事もなかったように出てきて私が居るのが分かるとすごく驚いた顔をしていたが瞬時に理解した様子だった。

 

「遅くなるの分かっていたんですから先に帰っても良かったですよ。にこ先輩を待たせるのは私にとって恥ですし」

 

 そんなことを恥にする沙紀の基準はよく分からないから、そこはあえてつっこまない。

 

「別にいいじゃない。にこはあんたに話があるから待っていただけだし」

 

「そうですか。話はだいたい分かっています」

 

「そう、なら行くわよ」

 

 やっぱりもう何の話しか予想していたみたいで私も特には驚かない。むしろ話が早くて助かるから、私と沙紀は一緒に帰りながら話をすることにするの。

 

 何となくだけど……今日のこの光景は沙紀と一緒にA-RISEを見に行こうと誘った帰り道に似ている。

 

 そういえば、あのとき沙紀と一緒にA-RISEを見にUTXに行ったときにあの穂乃果って子と沙紀は面識を持っていた。それから少しして沙紀は彼女たちとも行動するようになったわね。

 

 なるほど、人生分からないものね。あんな約束からこんなことになるなんて思っても見なかったわ。

 

「それでにこ先輩は穂乃果ちゃんのライブを見てどう思いました?」

 

 私がそんな感傷に浸っていると、沙紀は彼女たちのライブを見てどう思ったかを聞いてくる。

 

「そうね。とりあえずは彼女たちが本気なのは伝わったわ……。でもまだまだね。アイドルとして大切な物が足りないけど、そこはいずれアイドル研究部に来たときににこが鍛えてやるわ」

 

 私はあのライブを見て彼女たちの気持ちを感じて思ったことを沙紀に伝える。

 

「つまり……にこ先輩は穂乃果ちゃんを認めたってことで良いですね」

 

「そう言ってるでしょ……」

 

 一応確認する沙紀に少し乱暴な感じで答えると、沙紀はとても嬉しそうな顔をしてホッと一息ついた。

 

「良かった。穂乃果ちゃんたちはスクールアイドルを続けるって言ってくれたし、にこ先輩は認めてくれたし、やっとこれで進めますから」

 

 確か沙紀と希の計画は九人の女神を揃える事が目的だったはず。それが廃校を救うために重要なことだと言っていた。

 

 でも、その大前提があの三人がスクールアイドルを続けることが絶対条件だった。だから、今回の彼女たちの選択は結果に一歩前進したと言える。

 

 それに私が彼女たちを認めたってことにも意味がある。彼女たちが五人以上部員を揃えて、生徒会に部活として申請したときに生徒会長に跳ね返せられても私たちのアイドル研究部と合併することでこの問題も解決する。

 

 そう状況はゆっくりと確実に前進している。

 

「ねぇ、あんたから見てあのライブはどうだった?」

 

 沙紀があのライブを見てどう思ったのか聞いてみる。彼女があのライブを見て何を思い、何を感じたのか確認するために。それを聞くのが沙紀を待った理由。

 

「そうですね……。まだまだ未熟なところはたくさんありますが……彼女たちはこれからも成長できればスクールアイドルの上位くらいまで上れるかもしれません」

 

「へぇ~、あんたにそこまで言わせるなんてあの子達そんなに才能があるのね」

 

 そうか、沙紀にそこまで言わせるくらいは力があるのね。沙紀がそういうのなら一層安心できるわ。

 

 だって、そうだもの。沙紀は自身の才能ともうひとつ納得せざるを得ない理由を持っているもの。

 

「あくまでも私の自己判断ですから、そこまで真に受けないで下さい」

 

「何言っているよ。元中学生トップアイドルだったあんたがそう言うんだったらほぼ間違えないじゃない」

 

 そう沙紀はかつてアイドル界にその名を轟かせて更にスクールアイドルを発展させた伝説のアイドルなのだから。

 

「止めて下さい。それは昔の話ですから。それに私がそう呼ばれる資格なんてないんですから」

 

 沙紀は自分がそんな資格がないなんて否定するが、今でも私が憧れていたアイドルであることには変わらないわ。

 

 まあ、ときどきこいつが本当にあのアイドルだったのか疑いたくなるときもあるけど……。実際に眼鏡外して三つ編みを解くと、トップアイドルとして活躍していた時よりも更に綺麗になった彼女なんだって実感させられる。

 

 彼女のこの委員長スタイルは自身の正体を隠すための変装なんだと思っていたけど、本当のところよく分からない。ただ何だかんだで、こいつ委員長スタイルを気に入っているところはある。

 

 そのせいでもはや変装じゃなくて、ただのファッションになっているのだけど。

 

「そもそも私にはアイドルとして大切な物がありませんから」

 

 そう言う彼女はとても辛そうだった。それはそうだ。彼女にとってアイドルは全てだったから。

 

 彼女が言うアイドルとして大切なもの。それが何か私は知っている。だってそれはかつて彼女が持っていたもの。

 

 今はただ忘れてるだけ。それをどうすれば欠けたものを思い出せるのか思い付いているわ。

 

 だから私は沙紀を助けたい。私に楽しい時間をくれた沙紀に。

 

「それに私は私が本当に大嫌いです。わたしの大切な物を多く失って、今日もまたみんなに残酷なことをしましたから」

 

 沙紀の言う通り既にこの段階で彼女たちに酷いことをした自覚もあり後悔してる。そして自分の行いを許してもらえるとは思っていない。

 

 何だかんだで、こいつは真面目だわ。絶対に今日したことをすぐにでも謝るだろう。でもそんなことを言えば彼女たちはどんな風に思うだろう。

 

 効率のために人の心を踏みにじるような行為を、本人の意思とは裏腹に行動してしまうやつを誰が受け入れてくれるだろうか。

 

 きっと、受け入れてくれる人間は少ない。そんな人と関わりたいなんて思うやつなんて絶対にいない。

 

 だから沙紀は人と距離を取るために、委員長スタイルと噂を利用して他人との関わりを最小限にする。

 

 そんな沙紀に辛いことをさせているのは私だ。今回だって私にスクールアイドル活動させるために動いているのはバレバレなのよ。

 

「大丈夫よ、沙紀。あんたはあの子達のためにやったんだし、それにあんな状況で続けると言った彼女たちならきっと受け入れてくれるわよ」

 

 根拠なんてないけど、こんな状況を作った私だからせめて気休め程度にしかならない。ただ少しでも沙紀の気持ちが和らぐようにそんなことを言う。

 

「そうだと……いいんですけどね」

 

 そう言う沙紀の表情はとても辛いものだった。

 

 7

 

 私の通う音ノ木坂学園には少し変わった生徒が居る。

 

 そいつの見た目はスタイルが良く、顔立ちは整っており、眼鏡に三つ編みと所謂委員長スタイル。

 

 性格は誰にでも分け隔てなく優しく出来る。聖人みたいなやつ。

 

 けど、その本性は女の子が大好きで甘えん坊なところはあるのだけど、根は真面目で引き受けた仕事は必ずやり遂げる子。

 

 そして正体はかつてアイドル界にその名を轟かせてスクールアイドルに多大な影響を与えた伝説の中学生トップアイドル。

 

 だが、その彼女は常に何かを後悔し、失い続けている。

 

 これはかつてトップアイドルだった篠原沙紀の真実を知る物語でもある。

 

 そして、今──その物語はゆっくりと進み始めた。

 




沙紀の正体など色々と盛り沢山な回でしたね。

今回で第一章完結することが出来ました。これも皆様のお陰です。

これからも続く第二章も読んでいただけると幸いです。

次回は筆休めとして番外編を書こうかなと思っています。

内容は五話辺りで何時か書きたいって言っていたあの回です。

それではお楽しみに。

これまでのことで感想や何かありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたら報告して頂けると幸いです。




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幕間一 そうだ、希先輩の家に泊まろう

お待たせしました番外編。

サブタイの時点でお察し下さい。

そしてUA5000と更にお気に入り五十人を越えることが出来ました。

こうして皆様に読んでいただけて私自身の励みになります。

それではお楽しみください。


 1

 

 前回のラブライブ。

 

 久しぶり、東條希や。凄く久しぶりに語り手をやるやけど、まさか初めて語り手やってからかなり時間が空くとは思わなかったんや。

 

 まあ、そんなことは置いておいて、前回のラブライブ言っているけど果てしないほど前のあらすじなんやけどね。

 

 え~と、みんなは覚えてるかな? 委員長ちゃんのこの台詞を。

 

『じゃあ、私を慰めるために今日、希先輩の家に泊めて下さい』

 

 覚えている人あまりいないよね。なんせ、一ヶ月以上前のことやから。割りとリアルで。

 

 はい。というわけで今回は委員長ちゃんがウチの家にお泊まり来た話や。

 

 事の発端はウチが委員長ちゃんをからかい過ぎて委員長ちゃんが拗ねた事から始まってしまった謎のお泊まり回。しかも言った本人は凄く楽しみにしている様子やし。

 

 まっ、ウチはウチで楽しみになってきたから全然問題ないかな。

 

 そんなわけでお泊まり回の始り始まりや。

 

 2

 

「とりあえず、これで良いかな」

 

 学校から帰ってきたウチは家の中で人に見られそうなところは一通り掃除して、ほとんど綺麗になったのを確認したんや。

 

 そもそもちゃんと毎日掃除しているからそこまで汚くなってないんやけどね。でも今日は委員長ちゃんが来るから念のためにやっておかないと、何言われるか分からないからなあ。

 

 まあこれで掃除も終わったからそんな心配もないことやし、後は委員長ちゃんが来るまで晩御飯の準備かな。

 

 でも、何を作ろうかな。委員長ちゃんの好きな食べ物ウチそういえば知らないし、でも委員長ちゃんの事だから(女の子が)作った料理は喜んで食べそうやし、ならウチの好きなお肉料理にしようかな。

 

 いや……やっぱりここは委員長ちゃんが来てからご飯を作っても良いかもしれない。今日は委員長ちゃんがリクエストした料理を作ってみようかな。

 

 そんな風に考えていると、ウチはお昼に見た修羅場ドッキリの事を思い出したんや。自分の体液を料理に混ぜませるとか言うちょっと頭がおかしい事を。

 

 そんな事を思い出して、即座にウチはその事を忘れることにしたんや。だって、割りと本気でやりそうやもん。

 

 そんなわけでウチは委員長ちゃんが来るまでゆっくりすることにしたんや。

 

 だけど委員長ちゃんが来るまで何してようかな。

 

 ウチの家から委員長ちゃんの家までどのくらい距離があるのかは分からないけど、荷物を取りに一旦家に寄ってから来るって言っていたから時間はまだまだ掛かるやろう。

 

 何て考えていたら、インターホンがなったのが聞こえた。ウチは思わず驚いてしまったやけど、すぐに建て直して画面を確認してみる。画面を見ると、委員長ちゃんだったので、玄関に向かって鍵を開けに行く。

 

 鍵を開けて玄関の扉を開けると、そこには制服姿で学校指定の鞄と別の荷物を持っている委員長ちゃんが居た。

 

「いらっしゃい、委員長ちゃん」

 

「えっ、はい、希先輩。お邪魔します」

 

 委員長ちゃんをリビングまで案内する。それからウチはキッチンに行って、冷蔵庫から冷やしてあった麦茶を用意して委員長ちゃんの前に置いた。

 

「委員長ちゃん。なんかそわそわしているけどどうしたん」

 

 キッチンからリビングを覗いていると、ずっとそわそわしてどうも落ち着きのない感じ。

 

「いえ、なんと言いますか。希先輩の都合も考えず、その場の勢いで泊まらせて下さいって言ってしまって、正直……迷惑だったんじゃないかと思いまして……」

 

 ああ、そういうこと。委員長ちゃんわりと真面目やから家に帰って冷静に考えてみると、急に泊まるって言ったらウチに迷惑だったじゃないかと心配してたみたい。

 

「別に気にしなくて良いやよ。ウチもその場のノリで良いって言ったんやし」

 

 あのときはウチも何か委員長ちゃんに乗せられて、ちょっとテンションがおかしかったからどっちもどっちやし。

 

「それにウチは委員長ちゃんとこうして一緒にお泊まりするのは楽しみにしてたんやから」

 

 あまり委員長ちゃんとこうして二人でいる機会が少ないから、これを通して委員長ちゃんと仲良くなりたいなって思っているんやから。だから、ウチはそこまで迷惑とか感じないんよ。

 

「本当に迷惑じゃないですか」

 

「本当や」

 

 確認のためにもう一回聞いてくる委員長ちゃんにウチは笑顔で答える。すると、安心したみたいで、ウチがそう言うとホッと、胸を撫で下ろした。

 

「良かったです……。正直かなり後ろめたさがありましたから……」

 

 委員長ちゃんは少し恥ずかしそう顔する。その顔をとても可愛かったので、ちょっとドキッとしてしまったのは内緒や。

 

「さてと、今からウチがご飯作るんやけど……委員長ちゃんはなに食べたい?」

 

 ウチはキッチンに移動してエプロンを着けながら委員長ちゃんに何が食べたいのかを聞いてみた。

 

「えっ? 希先輩作ってくれるんですか?」

 

 ウチがご飯を作ると言うと委員長ちゃんは驚いた顔をした。どうやらウチが作ってくれるとは思わなかったみたいやね。

 

「もちろんや。だって、委員長ちゃんお客様やもん。家主であるウチがもてなさんといかんやろ」

 

「それもそうですが、やっぱり私も手伝いますよ。何か、急に上がり込んで更に晩御飯まで作っていただくなんて気が引けますから」

 

 委員長ちゃんをもてなそうとするウチに対して委員長ちゃんは気が引けるからウチを手伝おうとする。

 

 多分、このまま行くとウチが押しきられるか平行線まま時間が過ぎていきそうな気がするなあ。

 

 何か、良い方法はないかな。そうや!! 

 

「なら、先輩命令や。今日、ウチが言ったことは絶対やから委員長ちゃんはウチが言い切ったことは絶対聞かないといけないや」

 

 こう言えば流石に委員長ちゃんも引いてくれるやろ。割りと先輩に対して敬意は持って行動しているから、こう言っちゃえば委員長ちゃんも言うこと聞くやろ。

 

「うぅ、分かりました。先輩命令なら仕方がないですね」

 

 思った通り引いてくれた委員長ちゃん。その顔はちょっと複雑そうやけど、これで委員長ちゃんも少しは気が楽になるはず。

 

「そんなわけで、委員長ちゃんは何が食べたい? 変わった料理以外ならウチ大体一通り作れるから遠慮なく言ってや」

 

「何が食べたいと言われましたても、私可愛い女の子が作ってくれた料理は喜んで食べますし、それに作ってくれるのが希先輩なら、何でもお米の一粒まで噛み締めながら喜んで食べますよ」

 

 何が食べたいって聞くと、委員長ちゃんは少し考えなから大体予想通りの事を言ってきた。

 

 やっぱり、女の子が作ってくれた料理は喜んで食べるんやな。しかも噛み締めながらって、どれだけ女の子の料理を楽しみにしているや。

 

 しかし、何でもと言われてもこっちが困るしどうしようかな。

 

 なら、ここは委員長ちゃんの直感に任せるとしようかな。

 

「じゃあ、委員長ちゃんがパッと思い付いた料理を言ってウチが作るから何か言ってみてや」

 

 ほぼ当てずっぽうみたいな決め方やけど、案外良い案かもしれないかな。

 

「そうですか。思い付いた料理ですか…………」

 

「肉じゃが」

 

 それから少し考えてから委員長ちゃんはそう口にしたんや。

 

「OK、分かったで。肉じゃがやな」

 

 そうしてウチは肉じゃがを作るために準備を始めたんや。

 

 3

 

「何で、委員長ちゃんは肉じゃがを思い付いたや」

 

 キッチンで料理を作りながら、ウチは今日の献立である肉じゃがを思い付いた理由を聞いてみる。

 

「そうですね。男性の方が女性に作ってもらいたい料理が肉じゃがだと聞いたので、多分……それを思い出したからだと思います」

 

「ああ、そう言えばそんなことよく聞くなあ。何でやろうね」

 

 テレビとか本とかでよくそんなこと聞くけど、実際の男の人はどうしてそんなことを思うんのやろうか。別に肉じゃがでもなくてももっといっぱいあると思うのに。

 

「多分ですけど、肉じゃがって家庭によって作り方が微妙に違うからなんじゃないんですか。所謂──家庭の味ってのが、男性の方は食べたいんじゃないかと」

 

「確かに家によっては肉とじゃがいもだけしか入ってないところや、アスパラとかニンジンとか入っているところがあるもんね」

 

 ウチも他所の家庭の事は知らないやけど、家庭によっては入っている具材も調味料も違うから確かに家庭の味って言うのはあるかもしれない。

 

 因みにウチは肉多めのニンジンアスパラ入りの砂糖少なめの肉じゃがや。

 

「まあ、私あまり男性の方がどう思っているのか興味ありませんけど」

 

 うん。まあ、委員長ちゃんならそう言うと思ったよ。本当に委員長ちゃんそっち系のなんやね。

 

「でも、まあ委員長ちゃん。そんなこと言いながらも中学の時モテてたんやないの」

 

 委員長ちゃん、スタイルが良いから学校だと噂になっていっぱい男の子から告白されてそうやん。

 

「いえ、そんなこと無かったですよ。私中学は女子校でしたので、同世代の男の子とはあまり縁がなかったですから」

 

「へぇ~、そうなん。委員長ちゃんも中学は女子校やったんやな」

 

 ウチは違うけど、音ノ木坂の生徒の中には中学の子も多いから、なるほどなら納得や。でも、そうなると同世代の男の子は可哀想やな。

 

 こんなスタイルが良くて可愛い子をお目に掛かれず当の本人はそっち系やから告白されて玉砕確定やし。あれ? なら告白失敗しないから逆に良かったかな? 

 

「まあ、仕事柄上男性の形とは触れ合う機会はありましたけど……」

 

 何て考えていると委員長ちゃんはボソッと何か言った気がするけど気のせいかな。

 

「それにしても希先輩流石ですね。料理を作る手際が良いですね。やっぱり一人暮らししているから何でしょうね」

 

「そうかな。割りと普通やと思うんやけど。まあ、一人で暮らすには家が広いから必然的に手際が良くなるやん」

 

 ウチの家はマンションの一室やから一人で暮らすには広いし、やっぱり一人暮らしやから色々とやらないといけないからな。

 

 そう考えると毎日家事とかやっている主婦の皆様は凄いなあ。何て実感してしまうなあ。

 

「なるほど、希先輩の母性の強さはここから来ているわけです」

 

「そうやろうか。そんなにウチってお母さんみたいに見える?」

 

 よく周りからウチは何かそんな風に見えるって言われるけど委員長ちゃんもそう思っていたんやな。何でやろう。そこまで委員長ちゃんみたいに変なことはしていないんのに。

 

「はい、実際にキッチンに入って料理を作っている姿を見ていると凄くお母さんです」

 

 委員長ちゃんにそう断言されるレベルでウチはお母さんみたいなんや。それはそれで喜べば良いのやら悲しめば良いのやらすごく分かりにくいやけど。

 

「何か、凄く複雑やな。この年でお母さんみたいに、って言われるのは」

 

「なら、お姉ちゃんですか。私希先輩みたいなお姉ちゃんなら居たら凄く嬉しいですし」

 

 お母さんが嫌ならお姉ちゃんって、確かにそう呼ばれるのは年齢的には悪くはないけど、それは──

 

「委員長ちゃんの願望やろ」

 

「バレちゃいました」

 

 バレバレや。委員長ちゃんは女の子(特ににこっち)に自分の欲望をぶつけようとするところがあるから、見ているぶんには良いやけど巻き込まれるとなかなか大変なんや。

 

「お姉ちゃん」

 

 何か、急に委員長ちゃん、ウチの事をお姉ちゃんって呼び始めたやけど。もしかしてこれってよくにこっちがやられる委員長ちゃんの悪ふざけが始まったの!? 

 

「どうしたの? お姉ちゃんボーッとしてお肉が焦げちゃうよ?」

 

 凄く純粋で曇りのない瞳でウチを見てくる委員長ちゃん。そのせいで、と言うか唐突に始まったからウチは思わず身体が状況に付いて来れず固まってしまったんや。

 

 委員長ちゃんに指摘されてウチは気付いて手を動かす。危ない危ないお肉を焦がしてしまってじゃがいもしかない肉じゃがになるところやった。

 

「もう何やってるの? お姉ちゃんドジなんだから」

 

 何やっているのはこっちの台詞なんやけど。しかし、これはヤバイ状況や。委員長ちゃん一気に自分のキャラを変えて雰囲気を変えてしまった。

 

 さっきみたい、緊張している様子とかなく(会話しているときからもうしてなかったけど)完全に自分の家みたいに気が楽になっているし。

 

「さっきからお姉ちゃん喋ってないけど、どうしたの?」

 

 どうしたもこうしたも委員長ちゃんが急に妹キャラになるからウチの頭が付いて来れずどうしたら良いのか分からなくって困っているや。

 

「もしかしてお姉ちゃん。私のこと嫌いなの? だから私のことを無視するの」

 

 瞳を潤わせながら上目遣いでウチの事を見てくる委員長ちゃん。しかも小動物のように少し震えながらこっちを見ているから尚更、何かこう可愛いと思ってしまうんや。

 

「止めや止めや。委員長ちゃん、妹キャラは禁止や」

 

 このまま委員長ちゃんを妹キャラで放置するとウチの身が持たないから先輩命令で強制的に止めさせる。

 

「はぁ、分かりましたよ。止めます」

 

 そう溜め息をつきながら妹キャラを止めてくれた委員長ちゃん。凄く嫌そうな顔をしているやけど。

 

「せっかくこのまま希先輩を攻略出来ると思ったんですけど」

 

「攻略!? 何や委員長ちゃん。ウチを落とそうとしていたの」

 

 なんかボソッとまた言っていたけど、今度は聞き捨てならないことが聞こえていたから思わずツッコンでしまったんや。

 

「しまった。いえ、攻略何て言ってませんよ。こう焼くって言ったんですよ」

 

 凄く見苦しい言い訳をする委員長ちゃん。こう焼くって言い訳はないと思うやけど。何をこう焼くんやお肉なの。今ウチが焼いているお肉の事を言っているの。それにしまったって言ってるし。

 

「そ、そ、そんなことよりも希先輩が母性的なのは日々の一人暮らしの賜物だって事が分かりましたから、私の疑問は解決されました」

 

 あっ、話を剃らした。委員長ちゃん動揺しすぎや。

 

 何か、こう委員長ちゃんは大概の事は出来るくせに人間関係(特に女の子)になると急に残念になるなあ。変なことを口走るようになるし、よく分からない行動するし。

 

 まあ、それが委員長ちゃんの可愛いところなんやけど。

 

「そう言う委員長ちゃんはどうなの。料理とかはするの?」

 

「料理はしますよ。お弁当だって自分で作りますし」

 

「ああ、そういえば今日持ってきていたなあ」

 

 委員長ちゃんに言われてお昼にウチに修羅場ドッキリをしたときにお弁当を持ってきたなあ(ちゃんと、にこっちの分まで)なんて思い出す。修羅場ドッキリのインパクトのせいですっかり忘れていたんや。

 

「そうなんや。でも大変やよね。朝早く起きないといけないから。お母さんとかに作ってもらわないの」

 

「いえ、私も希先輩ほどでは無いですが、小さなアパートで一人暮らししてますから家事は自分でやらないと行けませし」

 

 えっ、委員長ちゃんも一人暮らしなんや。知らなかった。

 

 あっ、でも委員長ちゃんなら納得や。委員長ちゃん、さっきも言ったように女の子以外のことならしっかりしているし。

 

「でも、一人で暮らすの寂しくない」

 

 ウチも一人暮らし始めてから三年くらいになるけど、最初は家に一人しかいないって思うと寂しいなって思ったとき何回かあったし。

 

 高校に入って初めて一人暮らしを始めると家に帰っても誰もいないって気づくとなんと言うか。この広い部屋に一人しかいないって思い知らされるから寂しさが込み上げてくるから。

 

 でも、ウチが望んで一人暮らしするって言ったから文句は言えた立場じゃないし、それにウチにはここに居たいって理由があるから。

 

「別にそんな風に思った事はありませんよ。もう馴れてますから」

 

 やっぱり、委員長ちゃんはウチとは違うなあ。多分、両親が共働きで委員長ちゃんはしっかりしているから安心して任せているのかな、なんて思っていたけど──

 

「だって私──両親いませんから」

 

「へっ?」

 

 ウチの予想は違っていてあまり理解できない事を委員長ちゃんは口にしていた。

 

「私の両親はもうこの世にはいませんから。寂しいと思う以前に馴れちゃってますから」

 

 その衝撃的な事実にウチはまた別の意味で思考停止してしまった。

 

 4

 

「ごちそうさまでした」

 

 ウチと委員長ちゃんはウチが作った料理を食べ終えると、使った食器を片付ける。

 

「肉じゃが美味しかったです」

 

「そう? 委員長ちゃんが満足してくれたんならウチも満足や」

 

 そんな風に楽しそうに会話しているやけど、ウチはその会話にあまり集中できていなかった。

 

 理由は分かっている。委員長ちゃんから衝撃的な事実を聞かされたショックで彼女と今までどんな会話したのか覚えていなかったから。

 

 両親がともに他界している。

 

 そう委員長ちゃんは口にしていたやけど、その言葉に悲しいとか寂しいとかの感情は一切なくって、完全に両親が居ないことを割り切っている感じやった。

 

 そのせいもあるけどウチも委員長ちゃんのことにそこまで踏み込んで良いのか悩んでしまって結局──何も言えずそのまま流してしまったんや。

 

 考えてみれば委員長ちゃんに取って(本人がどう思っているのか分からないけど)ただの先輩後輩の間柄で仲の良さはそこまで良いとは思えないから。

 

 現ににこっちには心をかなり開いているのが、見ているだけでも伝わる。だけど、ウチじゃあ、まだ距離があるのが感じる。

 

 元を辿ればウチはたまたま委員長ちゃんの奇行を目撃して、彼女の残念な部分を見てしまったのが始まり。それがあったから委員長ちゃんも隠しても意味が無いと思って、ウチの前でも見せてるだけかもしれない。

 

「これからどうしましょうか希先輩」

 

「そうやね。お風呂はまだ沸くまでもうちょっと時間掛かるからどうしようかな」

 

「なら、希先輩のお部屋に行ってみたいですけど、良いですか」

 

 そんな風に考えていると、委員長ちゃんがウチの部屋に行きたいって言ってきたけど、何か有るわけでもないし。

 

「良いけど、そんな面白いものないで」

 

「そんなことは無いですよ。女の子の部屋に入れるだけで十分楽しいですから」

 

 女の子の部屋に入れるだけで十分楽しいって委員長ちゃんは女の子の部屋に何を求めているの。と言うか嫌な予感しかしないやけど。

 

「委員長ちゃんがそう言ううんやったら、ほら、行くよ」

 

 嫌な予感がウチの中で感じながらウチは委員長ちゃんを連れて自分の部屋まで案内して中に入る。

 

「ここが希先輩のお部屋ですか。ん~、希先輩の良い匂いがします。それでは……」

 

 何かこう大体予想通りの事を言って、突然準備運動を始める委員長ちゃん。

 

「ちょっと何するつもりや」

 

「えっ? 何を、ってエロ本探すに決まってるじゃないですか。常識ですよ」

 

 嫌な予感的中。

 

 委員長ちゃん思った通り何か変なことをしようとしていたん。だけど当の本人は何で止められたのか分からないって顔をしているけど。

 

「一体、何処の常識や。先輩の部屋入ってすぐエロ本を探そうなんて普通しないで」

 

 多分、それは男の子の常識やと思うやけど。いや、ウチは知らないからよく分からないけど。

 

「そんな!! 私中学のときの先輩の遺言で先輩の部屋にもしも入るときがあったら、エロ本を探してそれで性癖を暴露して楽しめって」

 

「その先輩が明らかにおかしいやん!? と言うか委員長ちゃんはウチの性癖を暴露して楽しむつもりやったの!?」

 

「違いますよ。希先輩が殿方か女の子にどんな特殊プレイを求めているのを知って希先輩の事を知ろうと」

 

 違わない。そんなの委員長ちゃんのウチを弄るネタしかならないやん。

 

「それにもし希先輩が女の子同士の恋愛に興味があれば私にもチャンスがあると思っただけです」

 

「イヤや。そんなこと知って欲しくないし、ウチは委員長ちゃんじゃないから普通や」

 

「嘘です。よく女の子の胸揉んでるじゃないですか。それに絢瀬生徒会長と一緒に居るときの希先輩を見ているとそうとしか思えないんです」

 

 よく女の子をわしわししているのは否定できないけど、それはスキンシップであって別にそんなつもりでやっているわけじゃないから。

 

 それに何でうちとエリチを見てそんな風に思ううん。エリチとは親友やけど流石にエリチに恋愛感情とか持ったことないやけど、何もしかしてウチたち端から見たらそんな風に見えるの。

 

 これは百合っ子特有の思考やとそうだと思いたい。と言うよりか委員長ちゃんだけやと思いたい。

 

「ごちゃごちゃとうるさいですね。もういいです。勝手に探しますから」

 

 探そうとする委員長ちゃんの肩を掴んで勝手に探させないように動きを止める。

 

「ちょっと待って探そうとしないで。それとウチのことうるさいって言った!?」

 

 確かに聞こえたよ。うるさいって。一応ウチは先輩なんやけど堂々言ったよ、この子。

 

「言いましたけど何か? と言うか離してください、探せないじゃないですか」

 

 完全に開き直ってるやけど。しかも逆にこいつ何言っているんだみたいな目で見てくるし。

 

「本当に止めて。と言うか探しても無いから」

 

「ハハハ、またまたご冗談を」

 

 聞く耳持たない感じや。このまま本当に委員長ちゃんあるはずのないエロ本を探してウチの部屋を漁るつもりや。

 

 それだけは勘弁や。何か別の方法で委員長ちゃんの気を剃らさないと本当にエロ本を探し続けるから。

 

「そうだ。委員長ちゃん。ウチのアルバム見る?」

 

 昔の写真を見られるのは恥ずかしいけど、まだ部屋を漁られるよりはマシや。

 

「希先輩のアルバムですって……。そんなの見るに決まってるじゃないですか!!」

 

 やっぱり、食いついてきた。と言うか予想以上や。どれだけウチの昔の写真を見たいんや。

 

「ちょっと待ってて。今から出すから」

 

 そう言って閉まってあるはずのアルバムを探すため部屋の押し入れを開けてその中を探す。

 

「アルバム♪ アルバム♪ 希先輩のアルバム♪」

 

 後ろから楽しそうな声が聞こえるやけど。何かこう急に委員長ちゃんにアルバムを見せるのは、失敗だったじゃないのかなと思ってしまうんや。

 

「おっ、あった。はい、委員長ちゃん」

 

「ではではさっそく拝見させていただきます」

 

 結構あっさりとアルバムは見つかり委員長ちゃんに渡すと、すごく上機嫌になり即座にアルバムの中の写真を見る。

 

「小さい頃の希先輩、私と同じ三つ編みで揃いですよ、可愛いです」

 

 すごいニヤニヤしながら幸せそうに委員長ちゃんはアイドルのページをめくる。これで割りと大人しくなるのだから恥ずかしいけど、エロ本を探されるよりかはマシや。

 

「そういえば三つ編みで思い出したやけど、委員長ちゃんの髪型って、ずっと三つ編みやけど何で?」

 

 委員長ちゃんの髪って遠くから分かるくらい綺麗な髪している。長さも腰くらいあるから、色々と髪形作れると思うやけど、一貫して三つ編みだから理由でもあるのかなって、単純に興味本意で聞いてみる。

 

「何で、って言われるとそうですね。眼鏡に合うのが三つ編みだったから、ただそれだけです」

 

 理由がまたとんでもなく斜め上やった。まさかの眼鏡を基準して髪形を選んでいたのやから。

 

「希先輩。今絶対に眼鏡を基準しているとは思わなかったって思っていますね。分かってますよ。にこ先輩も同じ質問して同じこと思ってましたから」

 

「にこっちも聞いてたんや」

 

 まあ、そうやん。沙紀ちゃんみたいに可愛い子が三つ編みばっかりしてたら気になって聞いちゃうよね。

 

「じゃあ、他の髪形には変えないの?」

 

「他の髪形には絶対に変えませんね。今の私の委員長スタイルはもう一種のアイデンティティーですから。今更変える気にはなりませんね」

 

 それに変えると後々面倒ごとになりますし。何て委員長ちゃんは付け加えておく。確かに委員長ちゃんが髪形変えたらまた変な噂が流れそうやもんね。

 

「あっ、この希先輩も可愛い」

 

 こんな人のアルバム見て幸せそうにニヤニヤしている姿も見せられそうにはないやけど。

 

 そんなこんなで委員長ちゃんがウチのアルバムを見ているだけで時間が過ぎていった。

 

 5

 

「ふぅ、希先輩と一緒にお風呂なんて夢のような時間があっという間でした」

 

「ウチは委員長ちゃんが身体中舐めまわすように見られて疲れたよ」

 

 何で委員長ちゃんと一緒にお風呂に入るなんて危険なことをしたかと言うと、なんだかんだと委員長ちゃんがアルバムを見ているだけでお風呂が沸き、どうすると聞くと委員長ちゃんは──

 

「希先輩、一人ずつで良いじゃないですか」

 

 何て言うもんだからウチは思わず驚いてしまったんや。だって、委員長ちゃんならノリノリで一緒に入ろうなんて言いそうなのにまさか、一人ずつ入ろうなんて思わなかったからや。

 

 ウチとしては身の危険を感じずに済むから良いやけど、何か委員長ちゃんを部屋に一人にするのもそれはそれで危険やから、無理矢理一緒にお風呂に入ることにしたんや。

 

 無理矢理委員長ちゃんをお風呂に入る際に──

 

「まさかそんなに私と一緒にお風呂に入りたかったんですか。何と光栄ですか。もう明日死んでも良いや」

 

 なんて変なことを言っていたけど無視した。

 

 まあ、結局一緒にお風呂入ったのは、さっきも言ったように疲れたけど楽しかったから。

 

 委員長ちゃんと洗いっこして身体中触って見ると肌は綺麗でスベスベ。スタイルも服の上から分かるように整っていたし、髪の毛も触って手触りも良かったしホント、モデルさん何かかと思ったんや。

 

 そういえば、委員長ちゃんの素顔を初めて見たんやけど、何か初めて見た気がしなかった。

 

 委員長ちゃん、絶対に学校じゃあ委員長スタイルやから素顔とか見たことないはず。だけど、何かすごくどっかで見たことある気がするやけど、何でやろう。

 

 そんなことも思ったけど、逆にウチも委員長ちゃんに洗いっこされて、委員長ちゃんが変な気分になりかけてウチの貞操がピンチに。しかし、何故かシャワーが水になったお陰で、委員長ちゃんがびっくりして、何とかピンチを切り抜けれたんや。

 

 ホント、このときはウチが運よくて良かったと思ったよ。

 

 そんなこんなでウチと委員長ちゃんがお風呂から上がって、明日も学校があるからもう寝ようと言うことなったんや。

 

 ウチはお客様用のお布団を持ってきて、それを床に敷いた。委員長ちゃんはそこに寝てもらい、ウチの部屋で一緒に寝ることになったやけど……。

 

「私の男性の好みですか。表向きではダンディーなおじ様系になってます」

 

 なんて特に意味のない会話──所謂ガールズトークに花を咲かせていたんや。

 

「表向きって……委員長ちゃん。何でそんなことになっているの」

 

「いえ、私が女の子大好きだって公言すると何かまた変な噂が広がるじゃないですか。だから私は男性の好みを表向きはダンディーなおじ様系と公言しているのです」

 

「そうなん。委員長ちゃんホント大変やね」

 

 何かすれば大抵噂としてあることないこと流れてしまうから、学校じゃ迂闊なことが出来ないから大変や。

 

 でも、結構学校でもと言うかにこっちの前で迂闊なことよくやっているけど、その辺は変な噂は流れないね。何でやろうか。

 

「ホント、大変です。それに私勝手に付けられた肩書きも気に入ってませんから」

 

「『音ノ木坂の生きる伝説』ってやつ? 確かに委員長ちゃん気に入ってなかったやもんね」

 

「そうなんですよ。はぁ、誰か良い肩書きを考えてくれて今の肩書きを打ち消してくれませんかね」

 

「いや、そうそう肩書き何て考えてくれる人なんていないよ」

 

 ウチはこのときはそんなこと言ったけど、後日と言うか明日の放課後に新しい肩書きを考えてくれる子を見つけて、そのままその場で考えてもらうなんて予想してなかったんや。

 

 そもそも予想なんて出来るわけないやけどね。

 

「そろそろ遅いし、もう寝ようか」

 

 話していると案外時間はあっという間で、気付いたら日付が変わっている時間やった。

 

「そうですね」

 

 委員長ちゃんも時間を確認してそう言ってくれた。

 

「寝る前に希先輩ありがとうございました。私の我儘で家に泊めて頂いて」

 

「どうしたんや? 委員長ちゃん急に改まって」

 

「いえ、久々に楽しい夜でしたからそのお礼を、と思いまして……」

 

 久々に楽しい夜と聞いてウチは思い出した。委員長ちゃんは両親がいないことを。

 

 そう、両親がいないってことは家に帰っても誰もいない。

 

 ウチは一人暮らしやけどお盆や年末年始の時は両親が戻ってくる。だけど、委員長ちゃんはもう亡くなっているからずっと一人で暮らしているや。

 

 こう誰かと一緒に夜を過ごすなんて、委員長ちゃんにとって珍しいことなんや。

 

 そうだから委員長ちゃんはウチにお礼を言ってきたんや。普通に泊めてくれたお礼を言っているかもしれない多分大半はそんな意味なんやろう。

 

「希先輩、別に私は一人で寂しかったから希先輩にお礼を言っている訳じゃないですよ」

 

「ただ純粋に希先輩と一緒に過ごせたから、お礼を言っただけです。そこは勘違いしないでください」

 

 やっぱり、ウチの思った通り委員長ちゃんはただのお礼を言いたかっただけやった。

 

「それに夕飯前に言ったようにもう馴れてますから気にしないでください」

 

 気にしないでください。そう言う委員長ちゃんから距離感を感じる。それ以上は踏み込んでほしくないそんな風に言っているみたいや。

 

 ウチは委員長ちゃんがそう言うと、まあ委員長ちゃんが言うなら大丈夫なんやろうと思ってしまう。

 

 委員長ちゃんは他人に心配されなくても一人で大抵のことは出来てしまうし、委員長ちゃんの行動が言葉に説得力を持たせてるや。

 

 だから、ウチはこれ以上この話を続ける気を無くし始めようとしていたんや。

 

 けど、本当にそれで良いの? そんな疑問がウチの中で過る。

 

 今日一日とは行かないやけど、委員長ちゃんと一緒に過ごして委員長ちゃんが楽しそうに笑うところをいっぱい見てきた。

 

 エロ本を探そうとしたり、ウチのアルバム見たり一緒にお風呂に入ったり、ガールズトークをしたり、といっぱい楽しそうにしているところを見てきたんや。

 

 それこそにこっち一緒に居るときみたいな委員長ちゃんの楽しそうな姿が。そんな姿を見ると学校中に流れている噂のようなすごい生徒じゃないって──

 

 何処にでもいる普通の女の子みたいに思ってしまうんや。

 

 何や簡単なことだったんや。委員長ちゃんはウチたちと同じ普通の女の子なんや。

 

 そう分かるとまるでパズルのピースのように一つ一つが嵌まっていく。すると、なんとなくだけどウチがやることが見えてきたんや。

 

「ねぇ、委員長ちゃん……少しは誰かに甘えても良いんだよ」

 

「何をいきなりどうしたんですか……希先輩」

 

 急にウチが甘えても良いから少し驚いたように反応する委員長ちゃん。

 

「いや、委員長ちゃんずっと我慢していたんじゃないかなと思ったから」

 

「別に私は我慢とかしてませんよ。何時も通りです」

 

 やっぱり、委員長ちゃんはそう言うと思っていたよ。だって委員長ちゃんは誰にも頼ろうと思ってないから。

 

 ウチがそう思ったのは、委員長ちゃんのことみんながすごい人だと思っている。実際に委員長ちゃんは思った通り事を何でも誰にも頼らなくても一人でも出来てしまう。そう思い込んでいたから。

 

 だから委員長ちゃんは誰にも頼れないし、誰にも甘えることが出来ない。

 

「嘘や。委員長ちゃんの今までの行動を見てたら分かるよ」

 

 そう委員長ちゃんの行動一つずつにヒントがあったんや。

 

 誰にも頼れないから、みんながこうあって欲しいと思う委員長キャラを演じて周りから距離を取っておく。

 

 それで委員長キャラが本当のキャラじゃないとバレたと今度は愉快な感じのキャラを演じる。

 

 それが本心だと思わせておいて、もし、ある程度仲良くなっても他人が自分に踏み込んでくると、また距離を取って踏み込ませないようにする。

 

「委員長ちゃんただ不器用なだけなんやよね」

 

「止めてください!! そんな風に言わないでください……」

 

「私は不器用じゃありませんし……誰かに……甘えたいと思ったりしてません……」

 

 ほら、また距離を取ろうとしている。だけどその声は妙に震えている。

 

「それに例え希先輩が言ったことが本当だとしても私は赤の他人であるただの先輩に絶対に甘えたりしません」

 

 完全な拒絶の言葉。そう言った直後、委員長ちゃんすごく悲しい顔をしてお布団に顔を隠してウチに見られないようにする。

 

「大丈夫や、ウチは何か特別なことが出来るわけやないけど友達を支えてあげることは出来るやから」

 

 ウチは布団から出て委員長ちゃんの横まで移動して手を差し伸ばす。

 

 ウチにこれと言って委員長ちゃんに優るものはないけど、委員長ちゃんみたいな出来る人には出来ないこと誰かを支えてあげることは出来るや。

 

 それに委員長ちゃんみたいに不器用な人が既に近くにいるしね。

 

 だけど委員長ちゃんはお布団から顔を出してウチの手を握ろうとはしない。それどころかお布団越しでも震えているのが分かる。

 

 それは本当の自分を見せるのが恐いから。他人にどう甘えて良いのか分からないから。

 

 きっと、家族が入れば誰かに甘えられたんやろうけど、その家族すら委員長ちゃんはいない。だから本当の自分を曝け出す場所がない。

 

 だからウチは委員長ちゃんにこう言ってあげる。

 

「赤の他人やただの先輩じゃあ駄目ならウチが委員長ちゃんのお姉ちゃんになってあげる。委員長ちゃん言っていたでしょ。ウチのみたいなお姉ちゃんがいると嬉しいって」

 

 意味のない会話から出た委員長ちゃんの言葉。

 

「あんな適当に言った言葉を本気でそんな風に思ったなんて思っているのですか……」

 

 お布団の隙間から覗き込むようにウチを見てそう言う委員長ちゃん。ウチから委員長ちゃんがどういう顔しているのか分からないけど。

 

「本気で思っているよ。だって委員長ちゃん嘘つこうと思わない限り嘘つけないやん」

 

「何でそんなこと分かるんですか。そこまで一緒に居たわけでもないのに」

 

「これはウチの勘や。ウチの勘は意外と当たるから」

 

「意味が分かりませんよ。理解できません」

 

 そう言ってまだ委員長ちゃんはお布団の中で蹲ったまま静かになる。

 

「私──恐いんです。他人が私を傷つけるじゃなくって私が他人を傷つけるのが──だから希先輩の事も何時か傷つけるじゃないのかって……」

 

 少ししてから委員長ちゃんは初めて自分の本心を言ってくれた。

 

「そんな私でも、希先輩は受け入れてくれますか。貴方の事を傷つけてしまうかもしれない私を」

 

「良いよ。受け入れるよ。だって委員長ちゃんはウチの可愛い妹やもん」

 

 委員長ちゃんが踞っているお布団を取って委員長ちゃんの泣いてぐちゃぐちゃになっていた顔を見てそうウチは迷わず言った。

 

「本当……ですか?」

 

「本当や」

 

 確認してくる委員長ちゃんに優しく答えてあげてそのまま委員長ちゃんの手を握ってあげる。

 

 その手はとっても震えていたけどそう言ったあとの委員長ちゃんの顔は今まで見たことないくらいとてもいい笑顔だった。

 

 そうしてウチと委員長ちゃんは同じ布団の上で一緒に手を繋ぎながら眠ったんや。

 

 6

 

 朝──目を覚ますと隣で一緒に寝ていたはずの委員長ちゃんが居なくって慌てて家のなかを探した。

 

 もしかしたら帰ったのかと心配して玄関を確認すると、靴はちゃんとある。家の中から美味しそうないい匂いがするからもしかしてと思ってキッチンの方を見ると、そこには料理をしている委員長ちゃんの姿があった。

 

「あっ、希先輩起きたんですか。おはようございます。そして、キッチン勝手にお借りしてごめんなさい」

 

「おはよう。委員長ちゃん。別にいいやけど、それどうしたの」

 

 昨日、あんな事があったのにもかかわらず普通にしている委員長ちゃんに驚いたんやけど、それよりも委員長ちゃんが料理に使っているものに驚いたんや。

 

 松茸、黒毛和牛、その他もろもろと高級食材ばかりと何処のお金持ちやと言いたげなものばかりやった。

 

「昨日は夕食ご馳走になったので今度は私が希先輩に料理を振る舞おうと思いまして、ああ材料は昨日持ってきたものを使ってますからご心配なく」

 

 そういえば委員長ちゃんがウチに来るとき別の荷物があったね。まさかあれは食材だったとは思わなかったんや。てっきり、着替えとかが入っていると思っていたけど。

 

 いやいや、おかしいって。普通先輩の家に泊まりに来るのに高級食材持ってくる。実は委員長ちゃん、元々はお金持ちの家系なの。

 

「まあまあ希先輩。顔を洗って待っててください、もうすぐできますから」

 

 ウチは驚いたまま何か委員長ちゃんに言われるままされるままで気付いたら、目の前には高級食材数々とまるで夢でも見てるようや。

 

「希先輩、食べる前にちょっといいですか」

 

「何や?」

 

「本当に私の事を受け入れてくれますか。ただ流されただけじゃないんですか」

 

 やっぱり昨日のことに気にしているみたいや。ウチが流されて言ったんじゃないのか心配だったんやろ。

 

「大丈夫や。委員長ちゃんはウチの妹みたいなもんやから委員長ちゃんもウチの事お姉ちゃんって良いんやで」

 

 そんな心配を解消するためにウチは委員長ちゃんに親しみを込めてお姉ちゃんって呼んでいいと言う。

 

「えっと……、お……ね……え……ちゃ……ん……」

 

 昨日と比べて少し恥ずかしそうにする委員長ちゃんその仕草は可愛い。

 

「何や委員長ちゃん?」

 

 可愛い妹が何時でも姉に甘えるようウチは何時ものように返事をする。そうすると委員長ちゃんはとても嬉しそうな顔をしていた。

 

「じゃあ、早く食べようよ、お姉ちゃん。せっかくの料理が覚めちゃうから……」

 

 この日このときから委員長ちゃんからウチに対して距離感は無くなってウチたちは本当の意味で仲良くなれたんや。

 

 ちなみにこの日の昼休み。

 

 ウチは委員長ちゃんが朝ごはんと一緒に作ってくれたお弁当を持ってエリチと一緒に生徒会室で食べることにしたんや。

 

 そのときウチは気づいていなかったやけど何時もとはお弁当箱が違っていて中を開けるとそこには──

 

『NOZOMI LOVE』

 

 とお弁当の具材を使って書かれてあった。それを見たエリチはウチが彼氏にでもお弁当を作ってもらったと勘違いしてしまって誤解を解くのに手間取ってしまったんや。

 

 そんなこんなでウチは困った子やけど可愛い妹が出来てしまったんや。

 

 ちなみに委員長ちゃんが作ってくれた朝ごはんとお弁当はウチが美味しく頂きました。

 




いかがだったでしょうか。

今回は緩めかと思ったらまさかのシリアスな展開。

こんな事があって沙紀は希の事をお姉ちゃんと呼ぶようになりました。

いや、もうちょっとギャグぽっく書くつもりが何故かこんなことにまたまた自分でもビックリです。

そんな訳で次回から第二章に入ります。

今後、沙紀とμ'sの面々がどうなるのかお楽しみ。

何か、感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字等ありましたらご連絡していただけるとありがたいです。

以下 第二章予告みたいなもの

「お題は妹キャラ」

「何でですか!!」

「これは……伝説のアイドルのサイン!?」

「これ、花陽ちゃんに正体バレたら私どうなるだろう」

「しゃぁぁー!!」

「凛ちゃんにすごく警戒されている気がする」

「おはようからお休みまで一緒ですね」

「にこには地獄よ……マジで」

「はぁ、絢瀬生徒会長の身体、すごく好みなのに」

「エリチの前では絶対に言わないで。ショックで倒れるから」

「私は私が嫌いだ」


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二章 九人の女神
八話 篠原沙紀 その三


第二章開始。

さて、ここからどんな物語が始まるのか。

お楽しみください。

そして、遂に評価バーに色も付いてUAも6000突破にお気に入りも60を越える事が出来ました。

これも評価してくださった方。

お気に入り登録された方。

そして、読んでくださってくれる皆様のお陰です。

それでは第二章始まりです。


 1

 

 私──篠原沙紀は自分が通う音ノ木坂が廃校になるって聞いて、そこまで驚きはしなかった。むしろ、ああやっぱりか、なんてくらいにしか思わなかった。

 

 そもそも私がここを受験した時点で、明らかに人が少なかったし、入学してからクラスが二クラスしかないと知って廃校まで秒読み。この場合は年読みって言えばいいのかな。

 

 そんな訳で私は妥当かなと思っていた。少なくとも私がいる間は、学校は存続するから別に興味ないかなって思っていた。

 

 でも絢瀬生徒会長のことだから廃校を阻止しよう行動するのも彼女の性格を考えれば分かる。それに多分希お姉ちゃんを通して、私に協力を求めてくることは読めていたから、そうなったら手伝おうかな、ってくらいの気持ち。

 

 案の定──希お姉ちゃんが私に頼みに来て、私は手伝うことになったわけ。その時点で既に私は廃校を阻止するための案を二つ思い付いていた。

 

 一つはこの音ノ木坂でスクールアイドル活動を始めてPRすると言う案。

 

 スクールアイドルの人気はもう既ににこ先輩が説明してくれたから省略させてもらうけど、まあ、早い話長いものには巻かれろ、ってことかな。

 

 もう一つは私自身が音ノ木坂のPRをする案。

 

 こっちも既ににこ先輩が説明してくれたからわたしの正体は知っていると思うけど、わたしはそれなりに知名度あるアイドルだった。

 

 だった。って過去形だけどその通りで今はアイドル活動を休止して、普通の女の子として高校に通っている。それを止めて私がアイドル活動を再開すればそれなりには人を集めるかなと考えた。

 

 だけど、それは出来ない。

 

 私にはアイドルとして致命的なものが欠けている。だからこれは成功しないと考えて、私はスクールアイドルを使った学校のPRをする案を頭の中で計画した。

 

 その際にスクールアイドルとして活動するのはにこ先輩。

 

 にこ先輩は歌もダンスもスクールアイドルとしては普通くらい実力。ただにこ先輩はキャラって言う強みを持っているから、これを売り出してスクールアイドルとして活動して貰おうと計画していた。

 

 もちろんアイドルなのだから歌もダンスは普通くらいではダメ。全く印象に残らないので、わたしがアイドル時代に経験したトレーニングを無理の無いようにかつ、にこ先輩専用に調整して、半年こなしていたからそれなりの実力は付いていた。

 

 元々プロのアイドルがやっていたトレーニングをこなしていたのだから、上達しない訳がない。上達しないならそれは才能がないだけ。

 

 にこ先輩なら、一人でも今や千を越えるスクールアイドル中から、上位百位以上は狙える実力を持っているいくと予測できる。その実力なら学校をアピールする上でもにこ先輩の夢のお手伝いをする意味でも、ここまでいい作戦はなかった。

 

 本音を言えばやっぱり他のメンバーは欲しかったかな。せめてキャラが強い以外で、特徴のあるメンバーがもう一人居れば更に順位は上がる要素が増えるから。

 

 でも居ないものは仕方がないので諦めるしかない。

 

 あとはどう絢瀬生徒会長を納得させるかだったが、ここで計画は思わぬ事態で変更せざる負えなくなった。

 

 そう──穂乃果ちゃんたちがスクールアイドルを始めようとして生徒会にやって来た。

 

 だから私は急遽、計画を練り直して、あの時の穂乃果ちゃんの奇行と希お姉ちゃんの占いを聞いて、別の計画を思い付いた。

 

 そしてその計画のために私は穂乃果ちゃんたちに近付いた。

 

 私の大切なにこ先輩の為に。

 

 2

 

 ファーストライブ翌日の午前中の授業──私の心は縄で縛られたみたいに締め付けられて、授業に集中出来ずにいた。

 

 理由は自分でも分かっている。私が穂乃果ちゃんたちの熱意を知るためにわざと失敗するのが分かっていて伝えなかったこと。それどころか確実に来るはずだったにこ先輩に頼んで、観客がゼロの状況を作ってしまったのだから。

 

 あのライブで穂乃果ちゃんたちは本気でスクールアイドルやるって熱意は伝わった。それににこ先輩も彼女たちのことを、少なからず認めてはいた。

 

 結果からすれば前進した。

 

 私たちの計画としては問題はないけど、それと私が穂乃果ちゃんに酷いことをしたのは別問題。そもそも穂乃果ちゃんたちに近付いた理由も理由だからなおさら。

 

 だから謝らないといけないのは、分かっているんだけど、今日の朝はライブのあとだったから練習がなかった。それに私は穂乃果ちゃんたちと別のクラスだから、謝るタイミングが見つけられず、今に至る。

 

 自分から謝りに行けばいいと思うかもしれないけど、と言うかその方が絶対良い。ただ下手をすれば、穂乃果ちゃんたちに嫌われると思うと、私は謝りに行けなかった。

 

 だって穂乃果ちゃんたちは私にとって……。

 

「この問題、解けるやついるか」

 

 私が考え事に夢中になっていると、先生が黒板に書いた問題を解ける生徒が居ないか探していた。

 

 しかし、誰も反応しない。

 

 仕方がない。だって黒板に書いてある問題はそれなり難しい問題なのだから、自信を持って答えるのは少し難しい。

 

「誰も居ないか。なら篠原……すまんがこの問題答えてくれるか」

 

 少しして誰も答えないのが分かると、先生は申し訳なさそうに私を指名する。

 

「はい、答えは……」

 

 私は考え事をしていた為、ちゃんと問題を見ていなかったから、立ち上がると同時に問題を確認する。確認が終わると、すぐに答えを導きだして答える。

 

「流石は篠原だ。正解だ」

 

 先生にそう言われて私は座る。特に正解したからって嬉しいとは思わなかった。私にとってそれは当たり前のことだったから。

 

「やっぱり、篠原さんすごいね」

 

「そりゃそうだよ。学年首席だよ。当たり前だよ」

 

「と言うか、何であんなのがここに居るの。もっと上の学校に行けるでしょ。例えばUTXとか」

 

「私が聞いた話だと推薦貰っていたけど、男とヤって取り消されたとか」

 

「え? 私が聞いた話だとどっかの不良とケンカして取り消されたって聞いたよ」

 

「止めなよ。篠原さんはそんなことするわけ無いじゃない。篠原さんいい人だもん」

 

「そうだよ。篠原さんこの前、スクールアイドルをやっている子達一緒に廃校を阻止しようと頑張ってるみたいだから」

 

「さあ、どうだろうね。どうせ点数稼ぎじゃないの」

 

 なんてクラスメイトの話し声が聞こえる。

 

 その話し声について私は別に気にしていないからどうでもいい。可愛い女の子にそんなことを言われれば傷つく。でも可愛くっても性格が腐っている奴に言われても何とも思わない。

 

 だって、それは何時もの事だから。

 

 私はクラスで浮いている。

 

 それは自覚しているつもり。基本的に目立つような事しかしていないから当たり前。

 

 私の噂は勝手に独り歩きをして知らぬ間に新しい噂が増えて、この音ノ木坂に広まっていく。

 

 それを聞いてどう受けとるかはその人次第だから、いちいち噂を取り消すのも手間が掛かる。それに中には真実も含まれているから、下手に取り消すと真実が明るみになってしまうから私は放置している。

 

 最も穂乃果ちゃんみたいに噂自体を知らない子もいるみたいだけど。

 

 こんな私だから正直教師陣も私の事をどう扱っていけば良いのか分からず何とも言えない対応しかしない。

 

 結局──何が言いたいのかと言うと私はクラスで一人。友達も居ない。

 

 そのせいで見た目が委員長みたいってことだけで、クラス委員を押し付けられてやっている訳。まあやるからにはちゃんとやるのが筋だし、一応委員長としての責務は果たしている。

 

 話は逸れたけど、今は穂乃果ちゃんたちとどう接すれば良いのか考えなければならない。

 

 ぶっちゃけ、そっちの方が最重要だ。

 

 そんな風に授業はノートを取るだけ取って、穂乃果ちゃんたちにどう謝れば良いのかを考えていると、時間は過ぎ授業は終わってしまった。

 

 はぁ、結局いいアイデアは思い付かなかった。

 

 3

 

「はぁ~、本当どう謝れば良いの」

 

 授業が終わった休み時間──私は屋上の隅でひっそり座って俯きながら、一人でまた考え込んでいた。

 

 クラスは色々と居づらいし、もしかしたら穂乃果ちゃんたちが来るかもしれないから、一先ず退避兼外の空気を吸いたくってここに来た。

 

 でも、ここも間違いな気がする。だってここ彼女たちの練習場所だし来る可能性が高いと思う。

 

 なにやってるんだ──私。

 

 キャラのスイッチを入れているときの私は全然問題なく行動できるのに……。ただの私に戻ると、こういうときはどうしたらいいのか本当に分からなくなる。

 

 頭の中で悪いことばかり考えてしまってまともに思考が出来ない。あと可愛い女の子と話してるときも余計な雑念が入ってくる。

 

 仕方がないよ。だって可愛い女の子と話すと自然と目が身体の方を見ようとするし、それでスタイルが良いと何かこうムラムラする。

 

 そういう観点で行くと絢瀬生徒会長はホント駄目。あのスタイルは私のドストライクだから。何時──欲望に身を任せて行動するか分からないから常に自制心を持たないと私の社会的地位が終わる。

 

 だから生徒会のお手伝いをするのは疲れる。仕事が、じゃなくって精神面で。

 

 あとは可愛い仕草や弄りやすそうな女の子を見ると、ちょっかい掛けたくなるし、頭を撫で回したくなる。

 

 そんな訳で私は可愛い女の子と話すと邪念が私の思考が邪魔をするので上手く話せない。

 

 ちなみに私が可愛い女の子が好きなのに理由はありません。

 

 強いて、理由を挙げるなら──

 

 私の魂が百合を求めているから。

 

 男性? はて、何ですかそれ? 男の娘なら知ってますけど、そんなものは知らないですね。

 

 話を戻してそんな私が穂乃果ちゃんたちに謝るためにどうすればいいのか考えると──

 

「委員長ちゃん。な~にやってるんや」

 

 私の事を呼んでいる声がした。

 

 委員長ちゃん何て私の事をそう呼ぶ人はこの学校で一人しか居ない。私は顔を上げて声がした方を見るとそこには希お姉ちゃんがいた。

 

「隣──座っていい?」

 

「うん」

 

 私に隣に座っていいかを確認してから座る。

 

「どうしたの? 穂乃果ちゃんたちに用があるんだったらここには居ないよ」

 

「違うよ」

 

 どうやら穂乃果ちゃんに用があったと思ったけど、違うみたい。なら、お姉ちゃんは何しにここに来たんだろう。

 

 私は考えるが思い当たる理由が特に思い付かない。だってここには何もないし、穂乃果ちゃんたちが練習に使っているくらいかお昼を食べに来るしかここ使い道ない。

 

「ふふ、何でウチがここに来たか分からない顔しているなぁ」

 

 私が分からないからってお姉ちゃんすごい楽しそうな顔している。だって分からないものは分からないもん。

 

「ウチは委員長ちゃんに会いに来たんや」

 

 私に会いに来た? どうして? ますます理由が分からない。お姉ちゃんに会えるのはすごく嬉しいけど、今はそんな気分じゃない。

 

「委員長ちゃんが落ち込んでいるってカードが告げたから励まそうかなって思って」

 

 ああ、そういうこと。なら私がいくら考えても思い付かないわけだ。それなら納得だ。

 

 私は物事や状況を論理的に考えて行動するタイプだから、お姉ちゃんみたいに運やスピリチュアルなものを使って行動する人の考え方は予測できない。

 

 どちらかと言えば苦手なタイプの人間だ。

 

 そもそも本心がばれたのもお姉ちゃんの運やタイミングが良かったのが原因。本当ならそんなミスは起こさない……はず。

 

 本来ならにこ先輩にしか明かさないつもりだったのに。

 

 まさかあれだけで本心に辿り着かれてしまうなんて予想しなかった。

 

 正直に告白すれば私は恐かった。寂しいとか誰かに甘えたいとか子供みたいだから、バカにされるんじゃあないかと。だけどお姉ちゃんは私の事を受け入れてくれた。

 

 妹みたいに甘えていいと言ってくれた。

 

 久しぶりだった。

 

 流石にお姉ちゃんになってあげるなんて言う人はいないけど、私にそんなことを言ってくれた人は彼女くらいしかいなかったから。

 

 篠原沙紀なら大丈夫だって、無責任なこと言う人ばかりで誰も関わろうとしない。それか私を見て不気味だと思われて、気付いたら人が離れていくかのどちらか。

 

 けどお姉ちゃんはそんな私に手を伸ばしてくれた。私にとってそれだけで嬉しかった。

 

 今はまだ話せてないこともあるけど、私がお姉ちゃんを信じようって思ってお姉ちゃんの言ったようにお姉ちゃんに目一杯甘えている。

 

 もちろんお姉ちゃんが困っている時はいくらでもお手伝いする。だって私の大切なお姉ちゃんだもん。

 

「委員長ちゃん。ここで横になっていいよ」

 

 お姉ちゃんは自分の膝をポンポンと叩き私に膝枕をしてくれるようだ。

 

 えっ? 膝枕? 

 

 お姉ちゃんの膝枕だって!! 

 

 そ、そ、そ、そんな幸せな事をしてくるの。嘘? 本当に? 

 

 落ち着け。落ち着くんだ!! 私。今はそんな邪念に飲まれている場合じゃない。穂乃果ちゃんたちにどう謝るか考えなきゃいけないだ。

 

 その至高の提案にここは踏みとどまらないと。まあ、踏みとどまれないだけどね。

 

「失礼します!!」

 

 自分でもビックリするくらい私の行動は早く、そのまま頭をお姉ちゃんの膝に乗せて膝枕をしてもらう。

 

 やっぱり何時ものように後先考えず、欲求に飲まれてしまった。

 

「ふふ、ホント、委員長ちゃんは甘えん坊さんやな」

 

「だって……お姉ちゃんが膝枕して良いって言うから」

 

 あぁ、お姉ちゃんの良い匂いがする。それに柔らかい。更にこの二つを堪能する事ができてお姉ちゃんに頭を撫でてもらえる何て幸せだよ。

 

 もう、明日死んでもいいや。

 

「こんなんで委員長ちゃんが元気になるならいくらでも良いよ」

 

「ほ、ほ、ほ、ホント!! そんな幸せな事を幾らでもされたら本当に幸せ死するよ」

 

 今でもだいぶ幸せなのに何時でもやってくれるなんて桃源郷は本当にあったんだ。

 

「さてと、委員長ちゃんが元気になったところで何を悩んでいたの」

 

 お姉ちゃんは私を元気付けてから悩みでいる事を聞こうとしてくる。

 

 少し話すのを躊躇ったけど、お姉ちゃんにこんなことをされたんだからもうこのまま相談しようと私は全て話した。

 

 私が話している際、お姉ちゃんは真剣に私の悩みを聞いてくれてた。

 

「そっか、委員長ちゃんがあんなことを言ったのはそんな理由やったんやね」

 

 お姉ちゃんは私の話を聞いて、あのとき私が何であんなことを言ったのか、納得したみたいだった。

 

 そういえばにこ先輩には話して、お姉ちゃんには話してなかったね。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。私どうしたら良いと思う。謝りはするんだけど、どう謝れば良いか分からなくって」

 

「そうやね。そのまま何も考えず素直に謝ればいいんや。それだけで十分や」

 

 私の悩みに対してお姉ちゃんはシンプルな答えを返してきた。

 

「えっ、それだけでいいの?」

 

 あまりにもシンプルな答えだったから、私は思わず聞き返してしまう。

 

「そうや。そもそも委員長ちゃんは考えすぎやよ。謝るときは誠意持って謝るそれだけで十分伝わるよ」

 

「でも、もしそれでも穂乃果ちゃんたちに嫌われたら。そんなことになったならこれからやることにも支障が出るし、それに……」

 

 またあの時のようにせっかく出来た友達を失いたくない。

 

「はぁ、謝る前からケンカする何て考えたら駄目や。謝ってどうなるかは委員長ちゃんや穂乃果ちゃんたち次第や」

 

「それにそもそも委員長ちゃんはにこっち為にやってきたんやん。だけど、穂乃果ちゃんたちと一緒に居ることで穂乃果ちゃんたちの事好きになってたんでしょ」

 

 そうだ。私はにこ先輩の為に穂乃果ちゃんたちに近付いたけど、穂乃果ちゃんたちと一緒に居ると楽しくって嬉しくって堪らなかった。

 

 最初は不安だった。

 

 そのときは委員長モードだったから顔には出てないけど私が自分の名前を名乗るとき、距離を取られるじゃないかと内心──不安でしかなかった。

 

 案の上──海未ちゃんとことりちゃんは私の名を聞いて距離を取ったのは感じたけど、穂乃果ちゃんは違った。

 

(篠原沙紀ちゃんね。じゃあ沙紀ちゃんだね。よろしくねっ)

 

 そう笑顔で言ってくれた。友達として手を伸ばして、受け入れてくれた。

 

 穂乃果ちゃんの笑顔を見て私は思った。何て太陽みたいに眩しくっていい笑顔をする子なんだろうって。

 

 それに続くようにことりちゃん、海未ちゃんはちょっと時間掛かったけどすぐに友達になれた。

 

 心に巣食った不安や悲しみが晴れていく感じがした。そうか、穂乃果ちゃんは私が持っていない才能を持っているだってそのとき確信した。

 

 だから私は穂乃果ちゃんたちのお手伝いがしたいし、仲良くなりたい友達になりたいって心の底から思った。

 

 絢瀬生徒会長に穂乃果ちゃんたちがダメ出しされたとき思わず口に出して穂乃果ちゃんたちを庇ったり、ライブで穂乃果ちゃんたちを信じてあんなことをやった。

 

 穂乃果ちゃんたちがこれから頑張れるように、もっと先に進めるように。

 

「ケンカしたっていいやん。それで仲直りすればもっと仲良くなれる。だってそれが友達やん」

 

 その言葉で私が考えすぎなんて言われて理由が分かった。友達なんだからケンカだって当然するし、気不味くなるときだってある。

 

 そんなときは単純だ。仲直りすればいい。たったそれだけだったんだ。

 

 ホント、バカだ。私は……。

 

「分かったよ、お姉ちゃん。自分の気持ちを思いきりぶつけて謝ってみるよ」

 

 私は迷いを振り払って立ち上り自分が出来る最善の方法を口にする。

 

「もう大丈夫やね」

 

「ありがとうお姉ちゃん。お陰で元気が出たよ」

 

「気にしなくって良いよ。だってウチはお姉ちゃんやもん」

 

 お礼を言うとお姉ちゃんはまるでお母さんみたいに優しく微笑んでそう言ってくれた。

 

 4

 

「ごめんなさい」

 

 昼休み──穂乃果ちゃんたちとお弁当を食べる前に私は謝った。

 

「えっ? なんのこと? 分かる? 海未ちゃん」

 

「この前、穂乃果の家でお団子食べ過ぎたことでしょうか」

 

「多分、あれかな。衣装合わせのとき急に鼻血出して倒れたことじゃない」

 

 穂乃果ちゃんたちは私が何を謝っているのか分かっていない様子で戸惑っていた。

 

 それはそうだ。だってこれは私が勝手にやって、勝手に悩んで謝っているだけの自己満足みたいなものだったから。

 

 私は何で謝ったのかを説明した。自分の失敗談を当事者に話すのはとても変な話だけど。

 

 一先ず、一通り全部話し終えて穂乃果ちゃんたちは口を開いた。

 

「えっ? そうだったの? てっきり穂乃果たち人気が無かったから失敗したんだと思ったけど」

 

「はぁ、まさか完全にタイミングの問題でしたか。それもそうですよね。生徒の大半が部活に所属してますから」

 

「そうだね。やっぱり部活として活動しないと今度も同じことになっちゃいそうだよね」

 

 各々が私の思っていたのとは違う三者三様の反応をしてこの前のライブの反省を口にした。

 

「えっ? えっ? 怒らないの?」

 

 てっきり私はもうちょっと、何でそんなことしたの、酷いよ、くらいは言われる覚悟はあったんだけど。全くそんな反応が三人にはない。だから、つい私は聞いてしまった。

 

「どうして? 沙紀ちゃんはことりたちの為を思ってやってくれたんでしょ」

 

「そうですよ。そもそも穂乃果が考えなしに部活でもないのにあの日にライブをやろうって言ったのが原因なのですから沙紀は深く考える必要はありませんよ」

 

「ヒドイよ、海未ちゃん。確かにライブを取り敢えずやらなきゃ、って考えてたから全然考えてなかったけどみんなも良いって言ってくれたじゃん」

 

「それは借るだけ借るとこうって話だったのに穂乃果が勝手にライブの告知をするからです」

 

 あれ? 何か知らない間に私じゃなくって穂乃果ちゃんが怒られているだけど。どうなってるの。

 

「穂乃果ちゃんも海未ちゃんもケンカは止めようよ。沙紀ちゃんキョトンしているよ」

 

 話に置いていかれてる私を気遣ったのかことりちゃんは二人の仲裁に入る。

 

 何かことりちゃんを見ているとことりちゃん、マジ天使って思ってしまう。ああ、駄目だ。また邪念に飲まれている。

 

「あっ、沙紀ちゃんごめんね」

 

「ううん。良いけど、私がもうちょっと頑張って手伝えばライブは成功したかもしれないだよ。それなのに怒らないの」

 

 例えば、私がにこ先輩を説得すれば部活として活動出来たから新入生歓迎会ときにライブだってみんなの前で披露出来たはずなのに。

 

「確かにライブは成功しなかったけど、あのライブをやって本気でスクールアイドルやりたいって思ったし、講堂を満員にしたいって目標が出来たから沙紀ちゃんには感謝しているんだよ」

 

「それに沙紀は色々とライブの前に裏で頑張ってくれましたのは私たちは知っています」

 

「他にもいっぱいお仕事してみんなのお手伝いしていたからね」

 

 みんなは私を責めず逆に私はちゃんと手伝ってくれたのに感謝してくれた。すごく嬉しいけど──

 

「えっ、でもそれじゃあ私どうしたら良いの」

 

 それだけじゃあ、私の気が収まらない。

 

「じゃあ、沙紀ちゃんが気がすまないって言うだったら今日帰りに何か奢ってもらおうよ」

 

「そうですね。それで沙紀の謝罪ってことにしましょう」

 

「じゃあ、何を奢ってもらう?」

 

「じゃあ、アイスでも奢ってもらうかな。いい沙紀ちゃん?」

 

 そんなこんなで私が穂乃果ちゃんたちにアイスを奢るって方向性で話が纏まって私にそれで良いか聞いてきた。

 

「良いけどそんなのでいいの?」

 

 別にアイスくらいならお金に余裕はあるから幾らでも問題ないけど本当にそんなでいいだろうと口にしたけど穂乃果ちゃんたちは──

 

『うん(はい)』

 

 そうハッキリと答えた。

 

 ああ、やっと分かったよ。これが友達なんだね。

 

 そうかなら私は友達に出来ること最大限にやろう。

 

 そう思っていると、私の頭のなかで九人の女神を集める次の計画を思い付いた。

 

「分かった。じゃあ帰り何処かでアイス買って帰ろうね。でもその前に私と一緒に放課後付いて来てほしい場所があるんだけどいい?」

 

「良いよ。沙紀ちゃん何か考えがあるんだよね」

 

「うん」

 

 もう同じ過ちはしない為に必要な事だから。だからまずは行くところがある。そこ行くことでやっと動きやすくなる。

 

 μ'sに九人の女神を揃えるため、μ'sを更なる高みに目指すため。

 

 にこ先輩の為。

 

 そうしてここから私たちのメンバーを揃えるための物語が始まった。

 




今回は遂に通算十八話目でこの物語の主人公篠原沙紀の語り手でした。

結構長かったですね。自分でもここまで時間が掛かるとは思いませんでした。

そして、目次にありますがそんな沙紀の簡単な設定を活動報告に公開中です。

そんなわけで沙紀も語り手解禁というわけでここから沙紀の語り手もあるわけですが残念次は別のキャラを予定しております。

そんなわけで次回も誰が語り手がやるのかお楽しみに。

何か感想等ありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字等報告していただけるとありがたいです。


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九話 アイドル研究部へようこそ

最近、忙しくってなかなか時間が取れずに遅れました。

これも最近暑いからいけないんだ。

言い訳もこれくらいにして十七話をお楽しみください。


 1

 

「ねぇ、沙紀ちゃん。どこに向かっているの?」

 

 お昼休みのとき沙紀ちゃんが付いて来てほしい場所があるって言って穂乃果たちは放課後──沙紀ちゃんと一緒にどこかに向かってたんだ。

 

 だけどどこに行くのか聞いてなかったから沙紀ちゃんに聞いてみると──

 

「穂乃果ちゃんはUTXで私と初めて会ったときの事覚えてる?」

 

 なんて質問が返されちゃった。

 

「覚えてるよ。だけど、それがどうしたの?」

 

 あそこでA-RISEを見て衝撃を受けたからこそスクールアイドルをやろうって思ったし、そこで沙紀ちゃんから色々とスクールアイドルについて教えてもらったから忘れるわけないよ。

 

 でも、どうして沙紀ちゃんはそんな質問をしたのかな。

 

「じゃあ、あのとき私と一緒に居た先輩の事って覚えてる?」

 

「沙紀ちゃんと一緒に居た先輩? そんな人あそこに居たかな?」

 

 あの日のことを思い出してみるけど一ヶ月前のことだし、思い出すのは変な格好した不審者みたいな人しか(インパクト強すぎて)思い出すことしか思い出せないよ。

 

 他に音ノ木坂の生徒は居たけど先輩みたいな人いなかったし覚えてないや。

 

「ごめんね。全然覚えてないや。変な不審者みたいな人しか思い出せないよ」

 

「大丈夫。その変な不審者みたいな人で合ってるから」

 

「えっ? そうなの」

 

 あれ? そうだったの? 全く覚えてないや。

 

「そういえばそんな話──私たちと沙紀が知り合ったときにしてましたね」

 

「そうだね。確かアイドルに拘りを持っている先輩が居るとかって話してた気がする」

 

 海未ちゃんもことりちゃんも思い出したかのように言うけどそんな話したかな。全く覚えてないや。

 

「じゃあ、今からその先輩のところに行くの? でも……」

 

 ことりちゃんが周りを見てみるけどしょうがないよね。だって今歩いて居るところ、とても先輩に会いに行く場所じゃないもん。

 

 今──歩いている所は三年生の教室がある場所とは反対方向で空き教室ばっかりでたまに文化系の部室があるだけの一階の廊下を歩いていたんだよね。

 

「今までの話の流れではその先輩に会いに行くのが目的なのは分かりますが今──こんなところを歩いてまで会いに行く理由が分かりませんから」

 

 海未ちゃんの言う通り沙紀ちゃんの話からその先輩に会いに行くのは分かるだけど、どうしていま会いに行くのか全然分からないだよね。

 

 普通に会いに行くだったら三年生の教室に行けばいい話だもんね。

 

「そうだね。その前に海未ちゃん。一つ質問しようかな」

 

「何でしょうか」

 

「部活を申請する際に必要な事って何か分かる?」

 

 てっきり難しい質問かなと思っていたら思っていたより簡単な質問でビックリしたけどこれなら穂乃果でも分かるよ。それに答えるのが海未ちゃんならもっと簡単だよね。

 

「それは部員が五名以上達していれば生徒会に申請できます。現に私たちはその五名以上になるように勧誘活動をしようとしてましたし」

 

 そうそう。穂乃果たちがそんなことを全然知らなくって生徒会に三人で申請しに行ったら駄目って言われて追い返されたんだよね。

 

 そのあと、沙紀ちゃんが入って四人になったけど結局最後の一人が集まらないままライブの日になっちゃったけど。

 

「そう。部員が五名以上達していれば生徒会に申請できる。だけどそれは似たような部活がない場合だよ」

 

 へぇ~、そうなんだ。全然知らなかったよ。

 

「どうして似たような部活があったらダメなの」

 

「今の音ノ木坂は生徒も少ないし予算もそこまで出ないからむやみやたら部活を増やせないんだよ」

 

 生徒が少ないのがそんなところまで影響を与えてるんだ。ますます廃校を阻止しなきゃ、って気持ちが強くなるよ。

 

「何故、そんな話を……まさか!!」

 

 海未ちゃんも同じことを思ったみたいだけど沙紀ちゃんの話を聞いて何か分かったみたい。穂乃果は全然ピンと来ないけど。

 

「そう。海未ちゃんが考えている通りだよ。仮に穂乃果ちゃんたちが五名以上揃えても生徒会に申請は出来なかったよ」

 

「だってもうアイドル研究部って部活があるんだから」

 

 そう言って沙紀ちゃんはある部屋の扉の前に立ち止まって鍵を取り出して鍵を開けて部屋の中に入って行っちゃった。

 

 穂乃果たちも沙紀ちゃんに付いて部屋の中に入るとそこには──

 

 部屋いっぱいに置かれたアイドルグッズが飾られた部屋だった。

 

「ようこそアイドル研究部へ」

 

 部屋の奥で沙紀ちゃんはそう笑顔で言った。

 

 2

 

「こっちにはA-RISEのポスター」

 

「あっちには福岡のスクールアイドル」

 

「校内にこんなところがあったなんて」

 

 穂乃果たちは部屋の中に入って多くのアイドルグッズに驚いていたんだ。

 

「まあまあ、そんなところに立ってないでどうぞ座って」

 

 部屋の真ん中にあるテーブルに座るように進める沙紀ちゃん。

 

「うん」

 

「はい」

 

 穂乃果と海未ちゃんは言われるがまま座るけどことりちゃんはある場所をじっと見つめていたんだ。

 

「ことりちゃんどうしたの?」

 

 ことりちゃんに声を掛けながら見ている方を見るとそこには誰かのサインが飾られていたんだ。誰のサインだろう。

 

「それ? 確か伝説の秋葉のカリスマメイド──ミナリンスキーさんのサインって先輩が言ってたかな」

 

 へぇ~、メイドさんのサインなんだ。伝説って付く位だから凄いにメイドさん何だろうなあ。

 

「ことり、知っているのですか?」

 

「ううん」

 

 海未ちゃんがことりちゃんが知っているのかって聞くと首を横に振ったから知らないみたい。けど、サインとか飾ってあると誰のサインか気になるよね。多分ことりちゃんもそんな感じて見てたのかな。

 

「私の記憶だとちょっと前に先輩がネットで買ったとか嬉しそう私に自慢して本物に会ってみたいって、言ってたから取り敢えずサイン買うだけ買っといた感じかな」

 

 何て沙紀ちゃんが説明しているとなぜかことりちゃんはホッとしていたけど何でだろう。

 

「ことりちゃんもそんなところに立ってないでどうぞ座って」

 

「うん」

 

 ことりちゃんも沙紀ちゃんに進められてイスに座る。それを見て沙紀ちゃんは棚から湯飲みと急須を取り出した。

 

「お茶温かいのしかないけどいい?」

 

「穂乃果も大丈夫だよ」

 

「私も大丈夫です」

 

「ことりも」

 

 三人とも温かいものでいいと言うと部屋の中にあったポッドから急須にお湯を入れて少ししてから湯飲みに入れて穂乃果たちの前に置く。その作業の流れの手際がすごく良かったんだよね。

 

「あとはお茶請けだけど何か合ったかな。この前適当に買ってきたのがここに仕舞って置いたはず」

 

 沙紀ちゃんは棚の中を探しているんだけど、なかなか見つからないみたい。それにしても沙紀ちゃんこの部屋に何処に何があるのを知っているみたいだけど、どうしてだろう。

 

「おっ、あったあった」

 

 そうして取り出したのはおせんべいで、それをお皿に入れてテーブルの真ん中に置いてから沙紀ちゃんも座る。

 

「女子高生のお茶うけにおせんべいはいささかあってない気がするけど、お茶といえばやっぱりこれだよね」

 

 沙紀ちゃんの言うことは分からなくないなあ。だってお茶とおせんべいは合うから仕方がないよね。まあとても女子高生の発言とは思えないけど。

 

「それにしても先輩まだ来てないみたいだし、私から今日の練習メニュー取りに来るはずだからゆっくり待ってて」

 

 自分の分のお茶を飲んで沙紀ちゃんはホッと一息付いて、ゆっくり先輩を待つためくつろいでいたんだけど、穂乃果たちは沙紀ちゃんが言ったに気になっていたんだ。

 

「そんなことよりも沙紀。あなたどうしてこんなにもここに詳しいのですか。それに練習メニューを取りに来ると言ってましたけど、それじゃあまるで……」

 

 海未ちゃんが穂乃果たちが気になっていた事を言ってくれると、沙紀ちゃんは思い出したみたいな顔をしていたんだ。

 

「そういえば言ってなかったね。海未ちゃんが思っている通り私ここの部員兼マネージャーをやっているから、当然部員である先輩の練習メニューも考えてるよ」

 

 それは穂乃果でも分かるくらい予想通りの答えだった。それはそうだよ。マネージャーをやっているだったら練習メニューを考えるよね。それよりも気になることがあるんだよね。

 

「それは……」

 

「どういうことなの? 沙紀ちゃん」

 

 海未ちゃんが何か言おうとしていたけど穂乃果が先に沙紀ちゃんに理由を聞こうとする。

 

 なんでそんな大切な事を黙っていたのかが気になる。沙紀ちゃんの事だから騙そうと思ってこんなことをした訳じゃないのは分かるよ。

 

 騙そうとしたのならここに連れてくるはずがないもん。

 

「それについては順を追って説明するよ」

 

 そう言って沙紀ちゃんは一呼吸して穂乃果たちに説明を始めてくれた。

 

「このアイドル研究部は部員が私と先輩だけで活動していたんだよね」

 

「部員が二人? 部活として活動するには五人必要な筈では」

 

「それは申請するときの話。申請した後は何人になっても部員がいなくならければ部活として活動できるんだよ」

 

 そうなんだ。ならなんで沙紀ちゃんはそんなことを伝えなかっただろう。それも説明してくれるんだよね。

 

「話が逸れたね。説明の続きをするよ」

 

 そうして沙紀ちゃんは説明を続けた。

 

 沙紀ちゃんの話を聞くとこのアイドル研究部は沙紀ちゃんがマネージャーとして活動してその先輩がスクールアイドルとして活動していたみたい。

 

 だけど沙紀ちゃんから見てその先輩はスクールアイドルの上位にはなることは出来るけど、トップにはなれないと思ってその先輩をトップにするために沙紀ちゃんはメンバーを半年間も探していだよ。

 

 半年間って長い時間を探していたのはその先輩がアイドルに対する拘りが高いからそれに付いてきてくれる人が見つからなかったから。

 

 そうして時間だけが過ぎていって、更に廃校の知らせを聞いて沙紀ちゃんはその先輩をスクールアイドルとしてデビューさせることで、とりあえずは廃校を阻止しようと考えて行動しようとしていたみたい。

 

 けどそんななか穂乃果たちがスクールアイドルをやるのを知って沙紀ちゃんは本気でスクールアイドルをやるか熱意を知るためにマネージャーを引き受けた。

 

 穂乃果たちと一緒にファーストライブに向けて練習をしてきた。

 

 そして、ライブ本番。

 

 結果からみれば失敗だったけど、沙紀ちゃんは穂乃果たちの姿を見てスクールアイドルを本気でやろうと言う熱意が伝わったみたい。

 

「とまあこんな訳だけど、納得出来ないよね。結局の所、先輩のために私は穂乃果ちゃんたちを利用しようとしたんだから」

 

 説明が終わった沙紀ちゃんは説明で疲れたのかお茶を飲む。だけど沙紀ちゃんの顔は今日のお昼の時みたいに暗かった。

 

「だから、今日のお昼私たちに謝ったのですね。謝る理由もあれだけでは変だとは思っていましたけど」

 

 そう。海未ちゃんの言う通り沙紀ちゃんがお昼のときに穂乃果たちに謝ったけどそうかそんな意味も入っていたんだね。

 

「ねぇ、沙紀ちゃん。一つ確認したいんだけど沙紀ちゃんがここに連れてきた理由って穂乃果たちをその先輩に会わせるため何だよね」

 

 ライブまでの説明はしてくれたけどここに連れてきた説明はしてなかったよね。

 

「そうだよ」

 

「それってつまり穂乃果たちがその先輩に会っても問題ないってことなんだよね」

 

 確か先輩はアイドルに拘りを持っている人って言っていたから、ここに連れてきたってことはそういうことになるよね。

 

「えっ、じゃあことりたちはスクールアイドルとして十分実力があるってこと?」

 

「実力があるかどうかはこの先次第だけど、その可能性は感じたよ。あの短い練習期間であそこまでのものが出来るなんて私も思わなかったから正直にすごいと思ったよ」

 

 沙紀ちゃんにそう言われると少し照れちゃうなあ。なんたって、この学校でスゴいって言われている人にスゴいって言われたんだよ。嬉しくないはずないよ。

 

「沙紀が認めたと言うことは、私たちはその先輩に認めて貰えると思ってもいいですね」

 

 だって沙紀ちゃんは先輩の拘りを基準に判断していたんだから、沙紀ちゃんが大丈夫だと言うことはその先輩にも認められたと同じだよね。

 

「そうなればその先輩に頼んでこの部に入れて貰えれば晴れて私たちは部として活動出来ます」

 

「そうじゃん。部活として穂乃果たち活動できるじゃん」

 

 良かった。これで空き教室とか借りられるようになるから雨の日とか練習場所に困らなくって済むよ。それに部活として活動するから色んなことだって出来るし。

 

「これはあくまでも私の見立てだから先輩が穂乃果ちゃんたちを認めるかどうかは分からないよ」

 

 穂乃果たちが喜んでいるなか沙紀ちゃんはすごく言いにくそうに分からないと言った。

 

「へっ? そうなの」

 

「うん。このあと入部させて貰えるか先輩に判断してもらうから入部できるかは穂乃果ちゃんたち次第だよ。もちろんフォローはするけど」

 

 そっか。なら入部させて貰えるかどうかは穂乃果たちで頑張るしかないんだね。

 

 元々は穂乃果たちで始めたことだし、その先輩に穂乃果たちの熱意を伝えればきっと入部させてくれるよね。

 

「そうだ。ねぇ最後に一つ聞いていい?」

 

 穂乃果、沙紀ちゃんの話を聞いてすごい気になっていたことがあったんだよね。

 

「え~と、何かな」

 

「沙紀ちゃんもしかしてライブまでの一ヶ月間すごい忙しかった?」

 

 なんかクラス委員をやって生徒会の仕事を手伝って穂乃果たちの練習を見たり、更に部活もやってたんだよね。それってかなり忙しかった気がするんだけど。

 

「うん。結構忙しかったよ。色々とやることがあって大変だったけど私は楽しかったよ。それがどうしたの?」

 

 そんな風に言う沙紀ちゃんはとても楽しそうな顔をしていて穂乃果は何となくだけど沙紀ちゃんがずっと黙っていたのか理由が分かった気がする。

 

「沙紀ちゃん。やっぱり先輩のためもあるけど穂乃果たちを思って手伝ってくれたんだね」

 

 沙紀ちゃんのやって来たこととさっきの顔を見てそんな気がしたんだ。

 

「えっ? どうしてそう思ったの?」

 

「だって先輩の為だけだったら、お昼のときのことやこの部の事話さなかったことなんて悩まないよ。それって穂乃果たちの事大切な友達だと思ってくれてるんだよね」

 

 友達だからこそ色々と悩みながらこれから良くするために頑張ってくれてるんだよね。そうじゃなきゃそこまで考えてくれる人なんていないよ。

 

 だからこそ沙紀ちゃんは穂乃果たちがもっともっとスクールアイドルとしてすごくなるために色々と悩んだりしたりして、そしてここに連れてきてくれたんだよね。

 

「うん……穂乃果ちゃんたちは……私にとって大切な友達だと思ってるよ……だからこそ皆が上に行けるようにお手伝いしたいと思ってるよ」

 

 顔を赤くしてすごく恥ずかしそうに言う沙紀ちゃん。なんかこう照れてる姿はからかいたくなっちゃうなあ。

 

「そう!! なら沙紀ちゃんの友達の期待に応えるしかないね。海未ちゃん、ことりちゃん」

 

「そうだね。だって『白百合の委員長』がことりたちを応援してくれてるもんね。ねぇ海未ちゃん」

 

「うぅ。ことり分かっててそれ言ってますよね。まあ、沙紀が私たちの為を思ってくれているのは嬉しいですので頑張りましょう」

 

 よ~し、まずはここに来るはずの先輩に認められて部員にして貰ってどんどんスクールアイドルとして頑張ってそして廃校を阻止するんだ。

 

「よ~し、頑張るぞ~!!」

 

 そんな感じで穂乃果たちが気合いを入れているけど全然その先輩は来ない。

 

「そういえば沙紀ちゃんの話ぶりだととても先輩を尊敬してる感じだったけどそんなにすごい人なの?」

 

 待っても来ないのでことりちゃんが沙紀ちゃんにその先輩について聞いていた。

 

「確かに気になりますよね。何せあの沙紀が尊敬するくらいの人ですからきっと私たちとは別次元の人間なんでしょう」

 

「流石に私のこと海未ちゃんは買いかぶり過ぎだよ。まあでも先輩は私とは比べ物にならないくらいすごい人だって言うのは認めるけど」

 

 沙紀ちゃん何時ものように自分はそこまですごくないって言うけど先輩はすごいことだけは認めるんだ。

 

「そう言われると緊張しますよね」

 

 海未ちゃんが見て分かるくらい緊張してる。そうだよね。なんたって憧れだった沙紀ちゃんがすごいって言っただから緊張しない訳ないよね。

 

 そういう穂乃果も緊張はしているのだけど、何か穂乃果の中のその先輩のイメージは不審者のイメージが強いから凄さが半減してるんだよね。

 

 そんな風に話してると──

 

「沙紀? 何か話し声が聞こえるけどまた希でも来てるの? ホントあんたたち仲良いわね」

 

 そう言いながら扉を開けて入ってくる沙紀ちゃんの先輩。その姿を見て思ったことは……。

 

 小さい。

 

 3

 

 先輩が来てから穂乃果たち三人はアイドル研究部の部室で取り残されていたんだよね。

 

 理由はやっと沙紀ちゃんの尊敬する先輩が来たと思ったら先輩は穂乃果たちの顔を見てそれから沙紀ちゃんを連れて廊下に出ていったんだよ。

 

「それにしても二人で何を話しているでしょうか」

 

「先輩すごい怖い顔して沙紀ちゃんを連れていたけどもしかして怒られてじゃないかな」

 

「それか沙紀ちゃんがことりたちのことアピールしてくれてるじゃないの」

 

 なんて話していると扉の向こうからバタっと何か大きなものが倒れた音が聞こえてそのあと──

 

「……先輩の……いただ……し……」

 

 廊下から何て言ってるか分からないけど沙紀ちゃんの声が聞こえてあと先輩だけ部室に戻ってきた。

 

「あの……沙紀ちゃんはどうしたんですか?」

 

 ことりちゃんが恐る恐る先輩に沙紀ちゃんが居ないのを聞いた。

 

「沙紀はちょっと用事を頼んで少し出掛けて貰ってるの」

 

 そう言って先輩は扉を閉めるけど廊下には見覚えのある眼鏡が落ちてるのと、海未ちゃんとことりちゃんの位置からは見えないけど穂乃果には微妙にだけど手が見えたんだけど。

 

 何か凄く心配になってきたよ。ホントに出掛けただけなんだよね。

 

「それで何しに来たの」

 

 先輩は席に座って穂乃果たちが何しに来たのか聞いてくる。あれ? 沙紀ちゃん説明してない? 

 

「アイドル研究部さん」

 

「にこよ」

 

「にこ先輩。実は私たちスクールアイドルをやっておりまして」

 

 沙紀ちゃんが説明してないなら穂乃果がにこ先輩に説明しないといけないよね。なんたってμ'sは穂乃果が始めようっていたんだから。

 

「知ってる」

 

「おぉ、話が早い」

 

 説明しようとしたらにこ先輩はしていたみたい。何だ沙紀ちゃんはちゃんと説明してくれたたんだ。

 

「まっ、何れそうなるじゃないのかないかと思ってから」

 

 違ったみたい。沙紀ちゃん説明してない感じがするよ。にこ先輩は穂乃果たちが来るのは分かっていただけだったよ。

 

「部員が五人以上集まったら希か沙紀がここに連れてくるはずだし、と言うか私もそう思っていたのにそれなのに……」

 

「あのバカ、昨日の今日で連れてくるとは思わなかったわよ、全くなに考えてるのよ」

 

 にこ先輩はここに居ない沙紀ちゃんに対してかなり怒っている。

 

 うわぁ、これは完全に沙紀ちゃん何も説明してないよ。それどころか穂乃果たちがここに来ることなんて全く伝えないのが分かるよ。

 

「沙紀のことをバカって言う人がいるなんて……」

 

「海未ちゃん。そこ気にするところなの」

 

 なんというかすごく今先輩に話し掛けて説明していい雰囲気じゃないのが感じるよ。だから沙紀ちゃん早く戻ってきて。

 

「にこ先輩。ただいま戻りました!!」

 

 なんとも言えない雰囲気で数分過ぎたくらいにすごく元気な声を出しながら何か袋持って戻ってきたこの状況を作り出した元凶。

 

「はい、にこ先輩。頼まれてた焼きそばパンです」

 

 袋から焼きそばパンを取り出してにこ先輩の前に置く沙紀ちゃん。

 

 良かった。さっきの眼鏡と手は見間違いだっただね。

 

「ちょっと沙紀、そんなの頼んだ覚えないだけど」

 

「はい!! にこ先輩。頼まれてた焼きそばパンです!!」

 

 にこ先輩が何か言っていたけど、沙紀ちゃんが大きな声でさっき言ったことと同じことを言うから全然にこ先輩の声は聞こえなかった。

 

「それとお茶請けはお煎餅だけだと淋しいからとりあえず適当にお菓子買ってきたよ」

 

 そう言って沙紀ちゃんは穂乃果たちの前にお菓子を置いてたんだけど、そのときに沙紀ちゃんの顔と言うかおでこに絆創膏が貼ってあったのが見えた。

 

「沙紀ちゃん? おでこのそれどうしたの? 大丈夫?」

 

 ことりちゃんも絆創膏のことが気になったみたいで沙紀ちゃんに聞いてみると沙紀ちゃんはおでこを触って──

 

「これ? ちょっと買い物行くときにぶつけちゃって。でも途中で保健室寄ったから大丈夫だよ」

 

 そう笑いながら大丈夫だとアピールする。

 

「それで沙紀、あんたどういうつもり?」

 

「ん? 何の事ですか?」

 

「だから!! 何でもう連れてきてるのよ。にこはてっきり五人以上集まったら連れてくると思ってたわよ」

 

 沙紀ちゃんが戻ってきてにこ先輩はなんで穂乃果たちを連れてきてる理由を聞こうとしていた。

 

 穂乃果たちには先輩が来る前に説明してくれていたけどまだ全くにこ先輩には説明してないみたいだから、穂乃果たちにしてくれた説明をすると思っていたんだ。

 

 けど、沙紀ちゃんは穂乃果たちが思っても見なかったこと口にしたんだ。

 

「えっ? だってもう五人集まってるじゃないですか」

 

『へっ?』

 

 穂乃果たちとにこ先輩は同じタイミングで沙紀ちゃんの言ったことに首を傾けた。

 

「そうだね。五人いるよ!!」

 

 最初は沙紀ちゃんが何で五人居るって言ったか分からなかったけど、この部屋を見てすぐに穂乃果は沙紀ちゃんが何で五人って言ったのか分かったよ。

 

「穂乃果に海未ちゃんにことりちゃんに沙紀ちゃん」

 

 海未ちゃんたちはまだ分からないみたいだから指で部員の数を数えながら自分たちの名前を言っていく。

 

「そしてにこ先輩。ほら、五人でしょ」

 

「はい、ここに五人集まりましたよにこ先輩」

 

 何て当然のように言う穂乃果と沙紀ちゃんに海未ちゃんたちとにこ先輩は何も言えなかったよ。

 

「あんた何で私をさらっと数に入れてるのよ。完全に物は言いようじゃない。しかもまだ入部していいとは言ってないじゃない」

 

「だって、昨日のライブのあと一緒に帰ってにこ先輩、穂乃果ちゃんたちの事認めてたじゃないですか」

 

「にこ先輩昨日のライブに来てくれてたんですか!!」

 

「えぇ、まあ一応わね。あんたたちのことは沙紀から十分に聞かされてたからどんなものか確認しするために見に行ったわ」

 

 まさかライブに来てくれてるなんて思ってなくって驚いちゃったけど、それよりもあのライブを見に来てくれたってことの方がもっと嬉しかった。

 

「先輩から見て私たちのライブどうでした」

 

 穂乃果はにこ先輩に昨日のライブの出来について聞いてみる。

 

 アイドルに関しては拘りがある先輩が穂乃果たちのライブを見てどう思うのかちゃんと聞いておきたかったから。

 

「そうね。まだ所々ぎこちない部分はあるけど歌とダンスはあの短期間の間にしては出来ていたと思うわ。けどまだまだね」

 

 厳しめの評価を貰うけどそれは穂乃果たちのライブをちゃんと見てくれてたからこそ、そう言ってくれるから穂乃果たちはにこ先輩が言ってくれた事を胸に刻んでおく。

 

「あんたたちはアイドルにとって大切なものが足りないわ」

 

「歌やダンスの他にもアイドルとして必要な技術があるんですか」

 

 足りないものがあると言われて海未ちゃんは他にも技術があるのかって聞くけどにこ先輩は首を横に振る。

 

「そう言うことじゃないの。あんたたち……ちゃんとキャラ作りしてるの」

 

『キャラ作り?』

 

「そう。お客さんがアイドルに求めるものは楽しい夢のような時間でしょ」

 

「だったらそれに相応しいキャラってもんがあるの」

 

 にこ先輩の言っていることは分からなくはないけど、それとキャラ作りにはどんな関係があるのか分からないよ。

 

「しょうがないわね」

 

 そう言ってにこ先輩は立ち上がって後ろを向いて振り向くと──

 

「にっこにっこに~!」

 

「あなたのハートににこにこに~! 笑顔届ける矢澤にこにこ~! にこに~って覚えてラブにこ!」

 

 一瞬、世界が止まったような感じがした。

 

「どう」

 

「うぅ」

 

「これは……」

 

「キャラと言うか」

 

 感想を求めてるけど穂乃果たちはあの強烈なキャラ? の所為で何て言えばいいのか分からないよ。ただ一人を除いて。

 

「良かった。寒いって言う人はいなかった」

 

「今、あんた寒いって」

 

「しまった。口がすべ……ゴフッ」

 

 沙紀ちゃんが何か言おうとしていたけどその前ににこ先輩のパンチが沙紀ちゃんのお腹に綺麗に入って、沙紀ちゃんはそのまま倒れた。

 

「沙紀ちゃん!!」

 

「あの拳、あの切れにあの動き。にこ先輩……ただ者ではありません」

 

「海未ちゃんいまそこ分析するとこ!?」

 

 沙紀ちゃんの心配をするけど誰も沙紀ちゃんのもとに駆け寄らない。

 

「にこ先輩……。今日二回目ですよ……。また愛を頂きました……ガクッ」

 

 そう言って沙紀ちゃんは気を失っちゃった。しかも何かいま沙紀ちゃん二回目って言ってたし、妙に顔が赤かっかけど気のせいだよね。

 

「でも、こう言いのいいかも」

 

「そうですね。お客様を楽しませるための努力は大事です」

 

 気を失った沙紀ちゃんを見てこの人をいま怒らせてはいけないと思ったことりちゃんと海未ちゃんはにこ先輩の機嫌を取ろうとしてる。

 

 だって、いまの沙紀ちゃん白目向いて気を失ってるもん。あんな風にはなりたくないよ。

 

「よ~し、そのくらい私だって」

 

 アイドルに必要な事なら穂乃果は喜んでやるよ。さっきのにこ先輩みたいな事をやればいいだよね。

 

 そうして穂乃果がにこ先輩の真似をしようとすると──

 

「ならばここは私がお題を作って穂乃果ちゃんたちにやってもらうしかないね」

 

 気を失ってたはずの沙紀ちゃんが飛び上がるように起き上がってきた。

 

『復活はやっ!!』

 

 この時も四人のタイミングはバッチリだった。案外すぐににこ先輩と仲良くなれそうな気がする。

 

 4

 

「沙紀ちゃんすごい顔して気絶したけど大丈夫?」

 

「大丈夫、私丈夫だから。そんなことよりもこんな楽し……面白そうな事をやろうとしてるなか、うかうかと気絶してられないよ」

 

「わざわざ言い直した意味がないよ沙紀ちゃん」

 

 起き上がってからの沙紀ちゃんは人が変わったくらいハイテンションで誰にも止められない感じになっている。

 

 もしかして、にこ先輩に殴られたショックでおかしくなってるかもしれないかな。

 

「チッ、もうちょっと強めに殴っておけば良かった」

 

 何かにこ先輩すごく物騒な事を言ってるけど気にしたらいけない気がするからここは無視しておくよ。

 

「ならば最初のお題は海未ちゃんにやってもらおうかな」

 

「何で私なんでですか!!」

 

 突然指名されて驚く海未ちゃん。ホント突然だよね。穂乃果がやるって言ったのに。

 

「お題は妹キャラで」

 

「何でですか!!」

 

「いや、だって海未ちゃんみたいな妹が欲しいと思ったからダメ?」

 

 理由がすごく沙紀ちゃんの私情が入ってるよ。しかもそれしかないよ。

 

「嫌です。やりたくありません」

 

「いいじゃん、いいじゃん。ちょっとだけいいから」

 

「うわぁ、酔っ払ったおじさんみたいな絡み方してるよ」

 

 海未ちゃんの両肩を掴んで耳元でひたすら妹キャラをやってとねだる沙紀ちゃん。

 

 そんな事を続けてるとにこ先輩が立ち上がって──

 

「うるさい」

 

 頭を思いっ切り叩いた。

 

「ゴフッ、流石に三回目はきついです」

 

 そう言ってまた気を失う沙紀ちゃん。こう言うとき何て言うんだっけ? え~と、そうだ思い出したよ。自業自得ってやつだね。

 

「助かりました。ありがとうございますにこ先輩」

 

「気にしないで何時ものことだから」

 

 何時ものことなんだ……。沙紀ちゃん、にこ先輩に何時もどんなことをやってるんだろう。

 

「ホント、何時も唐突に変なキャラやりだしたり、告白したり、押し倒そうしたり、一線越えようとしたりするから大変よ」

 

 そう言いながらにこ先輩は沙紀ちゃんを運んで(体格差があるから引きずって)隣の部屋に繋がっている扉を開けてそこに沙紀ちゃんを入れてそのまま扉を閉めた。

 

「告白したり?」

 

「押し倒そうしたり?」

 

「一線越えようとしたり?」

 

 にこ先輩が言った沙紀ちゃんの行動にちょっと理解できないことが入っていて(にこ先輩のさっきの行動もだけど)穂乃果たちはそれぞれ疑問に思った行動を口にする。

 

 一瞬、にこ先輩はしまったみたいな顔をしたけどもういいやと諦めた顔をする。

 

「あんたたちやっぱり気づいてなかったみたいね。こいつ、百合よ」

 

「百合? 花の?」

 

 何の事か全然分かんないよ。どう意味か海未ちゃんたちに聞こうとしたら二人とも顔を赤くしていた。

 

「どうしたの!? 二人ともすごく顔が赤いよ」

 

「えぇ、まあ。その……」

 

「うん。そう言われればそう見えるよね」

 

 二人は百合と聞いて何となく恥ずかしそうに納得したみたいに見えるけど穂乃果は全然分かんないよ。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん。百合って何? 何でそんなに恥ずかしそうなの?」

 

「穂乃果は知らなくていいです。知らない方が幸せです」

 

「穂乃果ちゃんはそのままでいいんだよ」

 

 そう言って海未ちゃんとことりちゃんは穂乃果を仲間外れにする。もういいもん。沙紀ちゃんに直接聞くから。

 

「それでにこ先輩。沙紀が言ったようにやった方がいいんですか」

 

 いじけてる穂乃果をほっといて海未ちゃんはにこ先輩にさっき沙紀ちゃんに言われた妹キャラをやった方がいいのか聞いていた。

 

「いいわよ。そんなことしなくてもにこがあんたたちにアイドルがなんたるか教えてあげるから」

 

「えっ!? それってもしかして……」

 

 にこ先輩の言葉にいじけていた事を忘れるくらいな事を言ってくれて聞き間違えじゃないか確認する。

 

「もしかしても何もにこはあんたたちの入部を許可するって言ってるの」

 

「ホントですかにこ先輩!!」

 

 嬉しさのあまり思わず穂乃果は立ち上がってにこ先輩に顔を近づける。

 

「何度も言わせないであのライブを見て、あんたたちのスクールアイドルに対するやる気が本物みたいだから入部を許可するのよ」

 

 照れくさそうに入部を許可する理由を言うにこ先輩。

 

 ホント、ライブを諦めて中止にしなくて良かったよ。あのとき花陽ちゃんが来てくれなかったら、きっと諦めてライブを中止にしてきっとにこ先輩にも認められなかったよ。

 

 今度花陽ちゃんに会ったらお礼を言わないと。

 

「それに沙紀に感謝しなさい。あの子が連れてこなかったらあんたたちなんて素直に入れるつもりなんてなかったんだから!!」

 

 そうだね。沙紀ちゃんも色々と頑張ってくれたし、それににこ先輩に何時も穂乃果たちの事を言ってくれたみたいだから起きたらお礼を言わないとね。

 

「沙紀の事を信頼してるのですね」

 

「もしかしたらにこ先輩も沙紀ちゃんと同じかもしれないかも」

 

 ボソッと海未ちゃんの耳元で何か言ってることりちゃん。

 

「違うわよ。そんなんじゃないから!!」

 

 穂乃果は聞こえなかったけどにこ先輩には聞こえていたみたいで何かを否定してる。ことりちゃん一体何を言ったの? 

 

「とにかく、アイドルって言うのは笑顔を見せる仕事じゃない、笑顔にさせる仕事なのよ! 分かった!!」

 

『はい!! よろしくお願いします部長』

 

 穂乃果たちは立ち上がってこれから一緒にスクールアイドルをやっていくにこ先輩によろしくと言う意味を込めて頭を下げる。

 

「じゃあ、着替えて練習行くわよ」

 

 そうして、穂乃果たちはにこ先輩と一緒に着替えて練習場所の屋上に向かった。

 

 5

 

 そんなわけで穂乃果たちはにこ先輩に認められて一緒に屋上でにこ先輩のキャラ? と言うか持ちネタのにっこにっこに~をやって今日の練習は終わった。

 

「それにしてもにこ先輩は悪い人じゃなくって良かったですね」

 

 練習が終わって三人で帰ってると海未ちゃんがそんなことを言う。

 

「そうだね。なかなか個性が強そうな人だけど、アイドルが大好きって言うのは言葉や練習を見てても伝わるし沙紀ちゃんも尊敬するだけのことはあるよ」

 

 うんうん。分かるよ。にこ先輩のそう言うところがあるから沙紀ちゃんも穂乃果たちと同じようにお手伝いしてくれるだよね。

 

「何はともあれ結果的に穂乃果たちは部活として活動できるんだからOKだよね。ホント、紹介してくれた沙紀ちゃん感謝しないとね」

 

 これで堂々と学校で活動できるんだから生徒会長にも文句は言われそうにないし、雨の日でも練習できるし、良いことずくめだよ。

 

「おっ、そうだった。沙紀ちゃんと言えば、今日アイスをおごってもらうんだった。あと、百合について教えてもらわないと」

 

 今日のお昼に沙紀ちゃんのお詫びとしてアイスを奢ってもらう約束と今日話に出てた百合について事を思い出したよ。

 

「百合についてはあまり触れてあげない方が沙紀にも穂乃果にも幸せだと思いますが」

 

「もう無理だよ海未ちゃん。完全に穂乃果ちゃんは聞く気満々だもん」

 

 海未ちゃんとことりちゃんは穂乃果が百合について聞くのをすごく躊躇ってるけど、気にしないよ。だって教えてくれなかったし。

 

「そんなわけで沙紀ちゃん!! アイス買いにいこ!! そして教えて!!」

 

 沙紀ちゃんが居るであろう方を向くけどそこには誰もいなかった。

 

「あれ? 沙紀ちゃん? 一緒に帰ってたよね?」

 

「そうだと思いますが、もしかしてにこ先輩と一緒に帰ったかもしれません」

 

 てっきり一緒に帰っていると思ったけどにこ先輩と一緒に帰ってたかな。そんな記憶全然ないけど。

 

「そもそも練習のとき沙紀ちゃん居た?」

 

『あっ!!』

 

 ことりちゃんにそう言われて穂乃果と海未ちゃんは思い出したよ。練習のとき沙紀ちゃんが居なかったことに。

 

「じゃあ、待って。いつから沙紀ちゃん居なかった?」

 

 今日、アイドル研究部の部室に行ってからの出来事を思い出しながら沙紀ちゃんが何時から居なかったかを思い出すと──

 

『あっ!!』

 

 にこ先輩に殴られたあと、隣の部屋に忘れ去られたことを思い出した。

 

「どうする? 今から探しに戻る?」

 

「多分、もう起きて帰っているじゃないでしょうか。確信はありませんけど」

 

「でももう学校鍵掛かってるんじゃないの?」

 

 時間を確認するともう6時過ぎて流石に校門は閉まっている時間だからもう無理だよね。

 

「きっと、先生方が見つけて帰してくれますよ」

 

「そうだね」

 

 なんて、無責任な事を言って穂乃果たちはとりあえず帰ることにした。

 

 そして、その次の日。

 

 アイドル研究部の部室に行くと凄く大泣きした沙紀ちゃんが見つかった。




先ににこ加入回。

これも沙紀が居るからこそってことで。

バトル物じゃないのに三回も気絶させられて大好きな先輩に性癖を暴露されてさらに学校に置いていかれる主人公がいるらしい。

まあ、そんなことは今は置いておいて(置いといちゃダメだけど)これでにこもメンバー入りを果たすわけですけど、次は一体どうなることやら。

何か感想、誤字、脱字などがありましたらどうぞ。

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十話 今日から私たちは強敵ね

まあ、サブタイがおかしいのは読んで確認してください。

そんなわけでお楽しみください。


 1

 

「私──自分でも言うのはあれだけど寂しがりやなんだよ」

 

 沙紀は私たちの前でそんな事を口にした。

 

「どのくらい寂しがりやかと言うと動物で例えるならウサギ。英語でRabbit。何でってよく言うでしょ。ウサギは寂しいと死ぬって」

 

「何でわざわざ英語を言ったの?」

 

「しかもとても発音が良いですね」

 

 ホント、海未が言ったように沙紀の発音は無駄に良くて私的にはすごくムカつく。

 

「まあ沙紀をウサギって例えるのは間違いじゃないわね。こいつ年中発情してるし」

 

 女の子の身体を見るだけで興奮する変態だから。そのせいで何回私は襲われそうになったことか。まあでも全部返り討ちにしてるだけど。

 

「周りからは『白百合の委員長』なんて呼ばれてるけど私は普通の女の子なんだから」

 

『普通?』

 

「何で疑問系!!」

 

 穂乃果と海未の疑問は分からなくもないわね。こいつを普通の部類に入れたらほとんどの人間が普通になっちゃうから。

 

「そんな気を失った私を忘れてみんな帰っちゃって気付いたら夜なって学校に一人放置」

 

「まあ、結局何が言いたいのかって言うと──」

 

「すごく寂しかったんだよ!!」

 

 私たちの前でそう沙紀は叫ぶ。

 

「それについては申し訳無いと思ってますからあまり叫ばないでください」

 

「ははは、ごめんね沙紀ちゃん。穂乃果はてっきり沙紀ちゃんのことだからすぐに起きると思ってたよ」

 

「にこもまさかあんたが起きてこないとは思ってなかったわよ」

 

「はあ、モフモフ気持ちいい」

 

 沙紀の叫びにそれぞれそんな反応する私たち。一人は完全に別世界に旅立ってるけど。

 

 まあ事の発端は沙紀の言ったように私たちが気絶した沙紀を置いて帰っちゃった事が始まり。

 

 てっきり、私は穂乃果たちと一緒に帰ったと思っていたけどそんなことはなく、穂乃果たちも私と帰ったと思っていたみたい。

 

 穂乃果たちの方は途中で気付いたみたいだけど、沙紀の事だからちゃんと帰ってると思って放置。

 

 その結果、沙紀は誰にも気づかれることなく学校で一夜を明かすことになってしまったの。

 

 で、部室に行くとそこには寂しさのあまりいじけて大泣きしていた沙紀が見て私は状況を察したってわけ。

 

 そのあと、穂乃果たちも部室に来て状況を察したわけなのだけど沙紀は昼休みになってからもいじけている。

 

 ちなみに制服については部室に来る前に希から渡された。どうやら沙紀が連絡していたみたい。けど、何で希が沙紀の制服と下着を持っていたのか疑問は残るけど。

 

「私だって一日で三回も気絶させられる制裁を受けてピンピンしてるわけないよ。そこまで頑丈じゃないんだから」

 

 確かに昨日はちょっとやり過ぎたかなって思っているけど、そもそも三回も気絶させられたことについては自業自得としか言えないわね。

 

 明らかにこいつ調子に乗ってたと言うか欲望が全面に出てたし。そのせいで下手したら話が進まなかったし。

 

「それに知らない間に勝手に話は進んでいつの間にか穂乃果ちゃんたちはにこ先輩に入部を認められてるし」

 

「そこは私がにこ先輩と穂乃果ちゃんたちの間を取り持ってスムーズに穂乃果ちゃんたちを入部させて、沙紀ちゃんは出来る女って所をみんなにアピールして好感度上げる予定だったのに!!」

 

「あんた、欲望が口に出てるわよ」

 

「あっ!! しまった」

 

 思わず口を押さえる沙紀。しかし、口にしたのが不味く周りの視線が冷たい。

 

 けど仕方がないわよね。私が昨日、三人に沙紀は百合だって事言っちゃったし。

 

 完全に墓穴を掘ったわね。と言うかあんたそんなこと考えていたの。何よ好感度って。私たちをどうするつもりよこいつ。

 

「そんなことよりみんな私のこと忘れて楽しそうに練習に励んで帰るなんて酷いよ。にこ先輩に至っては『ごめん。素で忘れてた』なんてもっと酷いですよ!!」

 

「だから!! ごめんって謝ってるじゃない。しつこいわよ」

 

「それだけじゃないんですよにこ先輩。さっきから海未ちゃんの視線が痛いんですけど昨日何か口を滑らしました?」

 

 沙紀に何か口を滑らせたかと言われて思わず目線を逸らす。口を滑らせたのは事実だし。本人的にはあまり知られたくないことだしね。

 

 学校じゃあ猫被って委員長キャラをやってるわけだから。そんな彼女の秘密を暴露したら流石に沙紀でももっと怒るわよね。

 

 だが、私には秘策がある。これをやれば沙紀は間違いなく私を許してくれるはず。

 

「あんたが百合だって事話しちゃった。てへっ」

 

 そう言って舌を出しながら沙紀の性癖をカミングアウトしたことを可愛く言う。

 

「さっきのにこ先輩が可愛かったので全部許します」

 

 私の予想通り沙紀は迷いなくそう即答した。

 

「早っ!!」

 

「即答ですか。しかもホントだったんですね……」

 

「はああ、ふかふか」

 

 穂乃果たちはそれぞれそんな反応をしていた。特に海未はすごく落ち込んでいる感じがする。もしかしてこの子、沙紀のファンだったりしたのかしら。

 

「と言うかことりちゃん!! 何でさっきからスルーなの!!」

 

 ずっと会話のなかに入ってこなかったことりに触れてる沙紀。

 

 何故彼女が沙紀の話に入ってこなかった言うと彼女は音ノ木坂で飼育されているアルパカに夢中だったから。

 

「アルパカさんモフモフでかわいい~」

 

 何でアルパカを飼育しているのかよくは分からないけど音ノ木坂の数少ない名物として有名よ。

 

「無視ですか……。クソ!! 私の価値はアルパカにも劣るのか!!」

 

「沙紀ちゃんキャラがブレブレだよ」

 

「私が憧れてた篠原沙紀は一体何処に……」

 

 沙紀の言葉に最早委員長としての威厳がない。むしろ残念さが更に酷くなってる。

 

 そして、海未。あんたの気持ちよく分かるわ。だって、あれ私が憧れてたトップアイドルなのよ。そんな人がクソとか言い出すと夢をぶち壊された感じがするもの。

 

 やっぱり、アイドルは夢を与える仕事ね。常に見られてる意識をしておかないといけないってよく思い知らされたわ。

 

 ありがとう沙紀。私たちの反面教師をしてくれて。

 

「あのアルパカよく見るとすごい勝ち誇った顔してムカつく」

 

 そんな風に思ってると沙紀はアルパカを見てそんなことを口にしたから見てみると、何となくだけどそう見えなくもないけど気のせいよね。

 

「チクショー。家畜の分際で私をコケにしやがってもう我慢できない!! 殺るしかない」

 

 そう言って沙紀は何処からともなくネギを取り出てアルパカ小屋の方へ走っていった。

 

 いや何でネギなのよ。しかもあのネギ……。

 

「何で沙紀ちゃん。ネギ持ってアルパカに突撃しようとしてるの? しかもあのネギ曲がっているよ」

 

 そう穂乃果の言ったように沙紀が持っているネギは曲がってる。

 

「あれは……曲がりネギって言って……茨城や仙台、福島で取れる特産品です……」

 

 私たちの疑問に海未が辛そうな感じで説明してくれた。さっきから沙紀の目に余る行動で頭が痛くなってるのに。

 

「へぇ~、そんなネギがあるんだ」

 

「はい……まあ、特産品と言ってもネギですから探せば東京でも見つかるでしょう……。何故……沙紀が武器として使っているかはさておき……」

 

「なるほどね。まあ、そんなことより沙紀がいつの間にかアルパカ小屋に入ってるんだけど」

 

 海未の説明を聞いている間に沙紀はアルパカ小屋に入ってネギでアルパカを仕留めようとしていた。

 

「取った!! ゴフッ」

 

 ネギで殴りかかろうとする沙紀にもう一頭のアルパカが攻撃をして沙紀は吹き飛ばされる。

 

「そういえば、もう一頭いたわね。いいわ。先にあんたから相手してやるわよ」

 

「人類を舐めるな!!」

 

 そう言って沙紀とアルパカの激しい戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「そんなことよりにこ先輩。沙紀ちゃんって何時もあんな感じなんですか」

 

 沙紀とアルパカの不毛な争いに見るに耐えなくなったのか、穂乃果は私に沙紀は何時もこんな感じなのか聞いてきた。

 

「まあ、今日はちょっと酷いけど大体こんな感じよ」

 

 嘘を言ってもしょうがないので事実を話す。話さないとこの子達が何か酷い目に会いそうな気がするから。

 

「こんな感じなんですか……」

 

 横で聞いていた海未が更に落ち込む。どんどん彼女の中の沙紀のイメージが崩れていっているのだろう。可哀想に。

 

「何時もならいきなり別のキャラになったり、ドッキリを仕掛けたりするから大変なのよね。あんたたちの方でも何か無かったの?」

 

「どうだったかな。沙紀ちゃん、たまに鼻血を出すくらいで今日みたいな事なかった気がするだけど」

 

 ああ、穂乃果の言葉で大体分かったわ。委員長キャラと今のキャラの中間くらいで接してたのね。

 

 中途半端に委員長キャラの部分が理性となってるけど、沙紀に取って刺激が強いことがあれば身体が勝手に興奮して我慢できず鼻血を出す。

 

 なるほどなるほど。穂乃果たちとはあまり飛ばさず軽めで接していたみたいだからこのギャップの違いは戸惑うのは仕方ないわね。

 

「は……初めて一緒に帰ったときに胸を触られました……」

 

 前言撤回。あいつ始めからアクセル全開だった。

 

「海未。強く生きなさい」

 

 それしか掛ける言葉が見つからなかった。

 

「いえ、違うんです。初めのころは私が緊張してましたので沙紀がスキンシップとして緊張を解すためにやってくれたですけど……」

 

 海未の弁解を聞いて私は事情を把握して納得する。

 

 大方、希からわしわしでも教えてもらってそれを使って距離を縮めようとしてたんでしょ。

 

「確かに緊張は解れて沙紀と普通に会話できるようになりましたけど、沙紀があれと聞いて少し不安な部分が出てきただけです」

 

 沙紀の事だから海未の緊張を解すためにやったと思うけどそれは海未も理解できるけど、それと下心があったかどうかは別の話。

 

 結局、海未は何が言いたいのかと自分の胸を下心で触ったかどうかが知りたいわけね。

 

 これに対する回答は一つしかないわ。

 

「あんたの信じる篠原沙紀を信じなさい」

 

 完全な丸投げ。しょうがないでしょ。だってあの子本当になに考えてるのか未だに分からないときがあるから。

 

 そんな適当な発言に海未は真剣に考えている様子。

 

 そして、少ししてから考えが纏まったのかまるで憑き物が落ちたみたいなとても清清しい顔をしていた。

 

「にこ先輩、ありがとうございます。お陰でスッキリしました」

 

 とても清清しい顔をしているけど果たして彼女の中の沙紀はどんな答えを出したのか。彼女のみが知るところ。

 

 と、まあ沙紀を放置して雑談をしていたわけだけどそろそろ沙紀の様子を確認しようと(出来れば確認したくないけど)飼育小屋の方を見る。

 

「あなたなかなかやるね」

 

「フーン」

 

 制服が泥とかで汚しながらアルパカの首に手を掛けてアルパカと仲良くなっている沙紀の姿がそこにはあった。

 

「あなた、名前何て言うの?」

 

「フーン」

 

「そうなんだ」

 

 何か知らない間に沙紀がアルパカと会話できるようになってるだけど、あとどうでもいいけど曲がりネギはどうしたのよ。

 

 沙紀の手元にはない感じだけどまさかアルパカに食べられたの? と言うかアルパカがネギ食べても平気なの? 

 

「何言ってるのか全く分からないけど、今日から私たちは強敵(とも)ね」

 

「分からないか~い!!」

 

 しまった。思わずツッコンでしまったけど沙紀たちはそんなことはお構いなしに続ける。

 

「けど、次はこうはいかないよ。今度はMO手術を受けてあなたにもう一回勝負するから覚悟しておいてね」

 

 更にツッコミどころが増えていくなか沙紀はそう言ってアルパカから離れて私たちの所に戻ってきた。

 

「にこ先輩、篠原沙紀ただいま戻りました」

 

 笑顔を向けて私たちの元に戻ってきた沙紀。そんな沙紀に私たちは鼻を摘まんで数歩距離を取る。

 

「あれ? どうしたんですか? 私から距離を取って? それと何で鼻を摘まんでるんですか?」

 

 私たちの行動に疑問を思ったのか、沙紀はそんな質問をしてくる。しかし、その質問に答えるのは少し酷な話。

 

「え~と、沙紀ちゃん。とても言いづらいけど……。やっぱり、無理!! 穂乃果には言えないよ!!」

 

 穂乃果は何で私たちがそんなことをしているのか言おうとしたけどとても今の彼女に伝えるには難しすぎて諦める。

 

「そ、そうですね。流石に女性にそんなことは言えませんよね」

 

 海未もこんな事を伝えるのは無理と言っているようなものなのでこれは私が言うしかないみたいね。

 

「沙紀!! あんた……アルパカに唾掛けられなかった?」

 

 流石に私も直接的に言うのは無理だったので遠回しに言ってみる。多分、沙紀ならこれで伝わるはずだけど。

 

「何回か掛けられましたけどそれが……!!」

 

 どうやら彼女は私たちが何を言いたいのか伝わったみたい。

 

「あの……もしかして……私臭いですか?」

 

 すごい泣きそうな声で沙紀はそう言った。

 

『……』

 

 とても私たちはそんなことを口に出来ないので黙っている事にした。

 

「やっぱり!!」

 

 沈黙は肯定の意味もあるためそれで察した沙紀は更に泣きそうな声で叫び私たちの方へ一歩前に出る。それに合わせるかのように私たちは一歩下がる。

 

「今日はもう踏んだり蹴ったりだ~!!」

 

 そう叫びながら沙紀は何処かへと走っていった。私たちはその姿を黙って見ることしか出来なかった。

 

「あれ? 沙紀ちゃんどっかへ走っちゃって行ったけどどうしたの?」

 

 自分の世界からやっと戻ってきたことりは隣でアルパカと戦っていた沙紀が近くに居たのにもかかわらず、一部始終全く知らない様子だった。

 

「あんた、結構図太いわね」

 

 そんなことりに対して私はそう口にした。

 

 2

 

 沙紀が走り去って今回のオチ。

 

 結局、沙紀はそのままいじけて音ノ木坂に来てから初めて早退したらしい。

 

 沙紀が早退したせいで学校中が大騒ぎになった。一応かなり真面目な生徒として有名な為そんな生徒がいきなり早退したとなればどうなるかと言うと……。

 

 まず、緊急職員会議が行われて、授業がほとんど自習となった。それだけで済めば良かったのだけど更に沙紀のファンクラブ(非公認)の生徒が暴動を起こし、全員学校を早退した。

 

 そのあと、まあ何か色々とあって、生徒会が頑張っていたみたいだったけど、真実を知る私と穂乃果、海未はただ苦笑いするしかなかった。

 

 ちなみにちゃんと今日の練習メニューは置いて帰っていた。そこはちゃんと律儀にやるのねと思いながら午後の授業を終えて、部室に向かおうとすると携帯に着信が入る。

 

 私は携帯を取り出して誰からの電話か画面を確認するとそこには──

 

 東條希と写し出された。

 

 ヤバイ。すごく出たくないだけど……。嫌な予感しかしない。

 

 そう思って私は携帯を鞄に入れて見なかったことにしようとする。

 

「な~んでにこっちはウチの電話に出ないのかなぁ」

 

 急に後ろから今は聞きたくない声が聞こえて思わず全力で走るけど、何故か何もないとこで転んで呆気なく希に捕まってしまった。

 

「な~んでにこっちはウチを見た瞬間逃げ出したのかな? 何かウチにやましい事でもあるやね」

 

「な、な、何も無いわよ!! 別にただ早く行かないと後輩たちを待たすから走っただけよ」

 

 今の希に捕まったら絶対ヤバイ。本能的にそう感じされて早く逃げ出そうとよく分からない言い訳をする私。

 

「そっか、そっか。でも大丈夫やよにこっち。すぐにウチの用は終わるから」

 

 とてもいい笑顔でそんなことを言う希。その顔から狂気しか感じない。

 

「一体なんの用よ」

 

「えっ? 委員長ちゃんのことに決まってるやん」

 

 委員長ちゃんって言葉で私は血の気が引いていくのを感じた。今日、私死ぬかも。

 

 今日の出来事の大半は沙紀の自業自得なのに何故か酷い目に合わされるそんな気がするから。

 

「そんなわけでにこっち。ウチと一緒に屋上や」

 

 私は言われるがまま、希と一緒に屋上に向かった。

 

 このあと、私の身がどうなったのかを知るものは当事者のみだった。

 




はい、なんと言うか酷い回でしたね。

そんなわけで感想、誤字、脱字などございましたら気楽にどうぞ。


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十一話 女神候補との接触

お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

「はぁ~、疲れた」

 

 昼休み──屋上に一人で私こと篠原沙紀は腕を伸ばしながら、少し前に起こった出来事の疲れをほぐしていた。

 

「まさか、あんなに規模が大きくなってるなんて思わなかったよ」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、ただ独り言を呟く。

 

 端から見たら可哀想な子なんだけど、自分が可哀想なのは自覚してる。それにあんな事があった後だと、声に出してないとやってられない。

 

 まあ、何があったのかと言うと……。

 

 ちょっと、私のファンクラブ(非公認)を潰しに所属してる生徒を粛清してきた。

 

 何で自分で自分のファンクラブ(非公認)を潰してるだと、ツッコミがあるかもしれないが理由がある。一言で言えば鬱陶しかったから。

 

 私が早退してからたかが一週間休んだくらいで騒ぎ立てて、絢瀬生徒会長や希お姉ちゃんと言った生徒会に迷惑を掛けたから。

 

 それに放置すると私とにこ先輩の楽しいスクールライフが邪魔されそうだったから、それを阻止するために徹底的に潰しておいた。

 

 メンバー、一人一人を特定して取りこぼしのないように五十人近く居たメンバーにお話をしにいって二度とそんなことをしないように粛清して回った。

 

 再発する可能性を考慮して念のためメンバーの中でもそれなりに権力もあって可愛い子(ここ重要!!)を懐柔して、私のげぼ……知り合いとなって逐一私に報告するようにしておいた。

 

 そんなわけで篠原沙紀ファンクラブ(非公認)は壊滅した。私はその疲れを癒すために一人屋上に居ると言うわけ。

 

 ちなみに穂乃果ちゃんたちはと言うと、ことりちゃんがアルパカに嵌まって毎日アルパカ小屋に通っているみたいで穂乃果ちゃんと海未ちゃんはそれに付き合ってるみたい。

 

 私はさっきの件もあるけど、あのアルパカ小屋には強敵(とも)が居るから次に会うときは更に強くなった時と決めているため安易にあそこには行くつもりはない。

 

「さてと、今から何しようかな」

 

 思ったよりも早く事が片付いたので手持無沙汰なのだけど、自分の教室に戻っても何も面白くないし、穂乃果ちゃんの所にも行けないからどうするか悩んでいた。

 

「そうだ!! にこ先輩の所に行って私の愛を今度こそ受け取って貰おう」

 

 思ったら吉日。すぐさま私は立ち上り、にこ先輩に思いを伝えにアイドル研究部の部室に向かった。

 

 流石に階段や廊下だと誰かとすれ違う可能性があるため委員長モードをオンにして平静を装いながら、内心は告白する高揚感でいっぱいに歩く。

 

 どんな感じで告白しようかな。ツンデレ? それともストレート? 何て色々と告白する際のキャラを思考し状況を想定したりする。

 

 しかし、そのは思考は一瞬にして消え去る。

 

 階段を降って行くなか廊下から綺麗なピアノの音と歌声が響いてきた。

 

 それらを聴いた瞬間私はさっきまでの思考を放棄して新たな思考に入る。

 

 この歌声の人物に会うことが今後の事を考えれば最重要だと即座に判断し私はそのままピアノの音がする方へ向かう。それににこ先輩に告白するのは何時でも出来るしね。

 

 現在もなおピアノの音と共に聴こえる歌声を聴いていると私は一ヶ月前の出来事を思い出す。同じ様にこのピアノの音が聴いた時の事を。

 

 これを弾いて歌っている彼女の事を。

 

 そうして、私は音源がある音楽室の前に立ちその扉の窓からこっそりと中を覗くと、そこには案の定赤い髪を靡かせながらピアノを演奏し歌う西木野真姫の姿がそこにあった。

 

 2

 

 音楽室のピアノを弾いているのが西木野さんだと確認したら一先ずは彼女の演奏が終わるまで待つことにした。

 

 楽しいそうに歌いながらピアノを弾いている彼女の演奏を邪魔するのは不粋出し、何よりも私が彼女の歌声と演奏を聴いていたいと思ったから。

 

 西木野さんの歌声を聴いていると何となくだけど彼女のどんな思いで歌っているのかが伝わってくる。

 

 これでも一応は音楽の世界に居た人間だから彼女は音楽を純粋に楽しんでいるそんな気持ちが彼女の歌から感じ取れる。

 

 そんな風に西木野さんの歌と演奏を聴いていると、いつの間にか彼女を演奏は終わっていた。

 

 演奏が終わって西木野さんはホッと一息ついて、顔を満足したかのようにこちらの方に向けて思わず私と目が合う。

 

「ウェ!!」

 

 目が合うと西木野さんは驚いた顔と声をするけどやっぱり私のこと気づいていなかったみたい。何かこういう状況前にも見た気がする。

 

 そんなわけで気付かれたので(そもそも隠れてるつもりはなかったけど)私は音楽室の中に入っていった。

 

「やっぱり西木野さんの演奏は良いね。思わず聞き入っちゃったよ」

 

 演奏者に対しての礼儀として彼女の演奏の感想を口にする。

 

「今日は貴方一人なんですね」

 

「まあね。ちょっと大事な用事があったから穂乃果ちゃんたちとは別行動してたんだ」

 

「ふ~ん。そうなんですか。何時もあの三人と一緒に居るイメージがありましたから」

 

 あの三人って、穂乃果ちゃんたちのことだよね。そんなに一緒に居るかな? 私だけクラス別だし、色いんな仕事掛け持ちしてるし、居ない方の多い気がするけど。

 

「そういえば最近部活になったみたいですね。メンバーも一人増えたみたいですし」

 

 思い出したかのようにメンバーが増えたことを言う西木野さん。その言葉でさっきの疑問は解消される。

 

「やっぱり、たまに練習をこそこそと見に来るの西木野さんだったんだね」

 

「はぁ!? 何の事ですか」

 

「だってたまに練習中に誰かの視線感じるし、さっきメンバーが一人増えたとか言っていたけど練習見ないと分からないでしょ」

 

 まだネットのμ'sのページ更新してないのと、にこ先輩がμ'sに加入したのは一部の人しか知らないから練習を見てないと分からない筈なんだよね。

 

 しかもにこ先輩の意識が高く、何故か仕事とプライベートは別みたいな感じで今は徹底してμ'sに加入したこと隠してるんだよね。

 

 にこ先輩目立ちがり屋だから、次のライブで注目を浴びようと考えて隠してるだけど流石はにこ先輩だ。

 

 そういえばライブと言えば休んでる間にある動画を見つけたけど、みんなは知ってるのかな。

 

「はぁ、そうですよ。練習見てたわよ」

 

 言い逃れ出来ないと思ったのか西木野さんは観念して練習をこっそり見ていたことを肯定した。

 

 そもそも観念したところで一回こっそり見ていたの穂乃果ちゃんにバレてるし。

 

 ちなみにファーストライブの間の練習中に誰かの視線が三つ位感じていたんだけど、一つは西木野さんで残りの二つはにこ先輩とお姉ちゃんがこっそり見てたんだよね。

 

 西木野さんとにこ先輩は何か中途半端にこそこそしていたから練習を見ているときにスゴイ気になっていたんだよね。だから穂乃果ちゃんにバレたわけだから。

 

 お姉ちゃんは完璧に気配消えて穂乃果ちゃんたちは気付かなかったけど、見られていることが多かった私の目を欺くことは出来なかったから私にはバレてるだよね。

 

「それで何の用ですか。また勧誘ですか。いい加減しつこいですよ」

 

「いや、今日は勧誘じゃないよ。ただ西木野さんの歌声が聞こえたから聞きに来ただけ」

 

 本当は勧誘したいけど、今はまだただ闇雲に勧誘してもμ'sには入ってくれないから今はまだしない。

 

「そうですか。まあ、勧誘されてもお断りしますけど」

 

 思った通りいま勧誘しても意味がない。やっぱり、西木野さんの本心を探ってそこから問い出さないと無理か。

 

 なら、さっそく手札を切るとしますか。

 

「それって、やっぱり医者の娘だから?」

 

 私がそう言うと西木野さんが驚いたような顔をしてどうしてそれを感じでこちらを見てきた。

 

 さてと、私なりのやり方で西木野さんの本心を探り始めますか。

 

 私は心の中でそう気合いを入れた。

 

 3

 

「何で貴方そんなことを知ってるですか?」

 

「えっ? だって西木野さんの事少し調べさせて貰ったから」

 

 西木野さんの疑問に対して私はすぐにネタばらしをする。ここは後の事を考えれば隠すとこではなく言った方が効率がいい。

 

「私、西木野さんの事色々と知ってるよ。例えば、身長161cmで血液型AB型。誕生日は4月19日のおひつじ座。3サイズは上から78、56、83。好きな食べ物はトマト。嫌いな食べ物はみかん。趣味は写真、天体観測」

 

 私はスラスラと記憶しておいた西木野さんのプロフィールを口にする。口にするたびに西木野さんの表情は怖くなるけど。

 

「そして、父親はこの近くの大きい病院の医者で母親は看護師とかなりのお金持ちってところかな」

 

 最後にそれを言ってこれぐらいで良いかなと思って、一旦西木野さんの情報を喋るのを止める。

 

「貴方まさか……一週間くらい学校を休んでいたのはそれを調べるため……」

 

 恐る恐るそんなことを聞いてくる西木野さん。練習をこっそり見ていたわけだし、あんな事があったあとだから休んでいたのは知っているのも当たり前か。

 

「そうだよ」

 

 もちろん嘘。本当は一週間くらいいじけていただけだけど、ブラフとしては十分な効果はある。

 

 一週間って言う人一人を調べるには十分な時間だし、それなりに調べられていると勝手に思い込んでくれるだろうし。

 

「バッカじゃないの!! 何でそんなことで一週間も使ってるのよ!!」

 

「そうだね。馬鹿みたいだよね。まあそれが私の仕事だしね」

 

 西木野さんの感情が高ぶって、敬語じゃなくなってる反面、私はブラフがバレないように平静を装う。

 

「まさか!! 私の弱みに付け込んで無理矢理勧誘するつもり!!」

 

 そう言って西木野さんは私から距離を取る。何かこの台詞何かいけない感じがして何かムラムラするけど(やってることがやってることだし)この反応も織り込み済み。

 

「まさか、そんな外道な事はしないよ。ただ、西木野さんがどうしてスクールアイドルをやってくれないか、私なりに調べたら色々と知っちゃたわけだから」

 

 本気で無理矢理勧誘するつもりならもうちょっと脅しに掛かるよ。主に黒歴史関連で。

 

 そういう意味では海未ちゃんは黒歴史持ってるから無理矢理脅す意味では脅しやすい。まあそんな事は多分ないと思うけど。

 

「話は戻すけど、やっぱり医者の娘だからスクールアイドルをやれないのかな」

 

 西木野さんが警戒してるなかとりあえず話を戻す。昼休みも半分は過ぎてるから何時までもこんな話をしてる時間はない。

 

 昼休みを過ぎて逃げられると次からは私を避けてくるだろうから、ここで必要な情報は聞き出す。

 

「ええ、そうよ。私は父の病院を継ぐことになっているから音楽に時間を使ってる暇は無いの」

 

 こっちが何を知っているのか分からないから一先ずは質問に答えるべきと判断したのかちゃんと答えてくれた西木野さん。

 

 良かった。答えてくれて実はこれ以上情報持ってないんだよね。完全にブラフが効いてくれて助かった。

 

 やっぱり、西木野さん動揺はしているが頭の回転は早いみたいだから黙るって選択肢を選ばなかったみたい。

 

 なら次の質問だ。この質問の回答次第で私の今後の行動が決まってくる。

 

「西木野さんが医者になるのって、親の意志? それとも自分の意志?」

 

 この質問の回答によって西木野さんの勧誘の難易度がかなり変わってくる。

 

 前者なら親を説得とかと言う何か恋愛ゲームの個別ルートみたいな事をしなければならないけど、後者ならかなり楽にはなる。出来れば後者の方がいい。

 

「私の意志よ。私が自分の意志で医者になりたいと思っているの。両親は関係ないわ」

 

 私の質問に対して西木野さんはそう答えた。

 

 その言葉に嘘偽りは無いだろう。彼女の言葉から強い意思を感じる。

 

 ならば、今から取るべき私の行動は一つだ。

 

「そう、ありがとう。答えてくれてそれとごめんね勝手に色々と調べちゃって」

 

「えっ?」

 

 突然私が引いたことに驚く西木野さん。まだ何か問いただそうと思っていたみたい。

 

 どうして医者になりたいとか理由を聞くべきところ何だけど、これ以上は私の仕事ではない。

 

 もっと相応しい相手が彼女の背中を押せば良いだけ。

 

「さてと、そろそろ戻ろうかな」

 

 そう言って私は音楽室を出ていこうとするけど──

 

「待って!!」

 

 西木野さんに呼び止められる。

 

「結局、貴方は何がしたかったの?」

 

 まあ確かに聞くだけ聞いといて戻ろうとしているから疑問にも思っちゃうよね。だから私は振り返って西木野さんの方を向く。

 

「そうだね。ただ私はやるべき事をやってるだけかな。とっても大切な人のために」

 

「たったそれだけ?」

 

 それが私に取って最大の行動理由だから。それ以外に理由なんてない。

 

 ただあの人が夢を叶えられるのなら私はどんなことでもする。例えそれが酷いことだとしても。例え自分が傷付くことがあっても。

 

「なにそれ、意味分かんない」

 

「そうだね」

 

 西木野さんの言葉に私は苦笑しながらそう答えて音楽室を立ち去った。

 

 4

 

 昼休みの終わり次の授業になる。

 

 私はただノートを取り終えて授業とは関係ない個人的な資料を見ながら頭では別のことを考えていた。

 

 結局のところ私が西木野さんにしてあげられる事は無いことが分かった。なら、次に私は何をすれば良いのだろうか。

 

 出来るだけ私としては早く西木野さんをメンバーに入れたい。彼女の歌声には音楽をまだ諦めたくない気持ちが伝わってくるし、何よりも純粋に楽しんでいるのが分かった。

 

 そんな彼女がメンバーに入ってくれれば彼女が作詞もしやすくなるし、それに歌唱力の高い人がメンバーに入れば他のメンバーの歌唱力も上げるのに一役買ってくれるだろう。

 

 私一人でもそれなりにボイストレーニングは考えてあるから、メンバーの技術は向上しているけど、私が練習見ていられないときもあるからやっぱりもう一人そう言う事が出来るメンバーが居ると本当に心強い。

 

 そう言う観点から見ても彼女はμ'sにとって必要な人材だ。

 

 だけど、西木野さんは夢を理由に音楽を諦めようとして諦めきれないでいる。そんな子に私みたいな人間が説得したところで心は動かないだろう。

 

 ならやっぱり、ここは一番脈がありそうな彼女から勧誘するべきかな。

 

 でも彼女は私に取って一番の強敵だし。下手にやると私の正体バレるからな。

 

 私に取ってはハイリスクハイリターンだけど上手くいけば一気にメンバーを確保できるはず。

 

 彼女の親友である可愛いあの子が入ればダンスの見映えが更に良くなるだろうし。

 

 ならやっぱり、次は彼女に接触するかな。

 

 そう心の中で決めて私は現在読んでいる全一年生のプロフィールが書かれた資料の中から一人の生徒を探してプロフィールを見る。

 

 小泉花陽

 

 好きなもの……アイドル。

 

 この子にこ先輩ととっても仲良くなれそうな気がする。そんな事を思いながら私は次の作戦を考えた。

 

 5

 

「おや? あれは?」

 

 私が西木野真姫と接触した放課後──何時ものように部活に行こうとした途中、見覚えのある眼鏡の女生徒──小泉花陽が一人でアイドル研究部の部室の前でキョロキョロとしているのを見つけた。

 

「そんなところで何してるの?」

 

 余りにも挙動不審だと思って花陽ちゃんに声を掛けると、急に声を掛けられてビックリしたのか身体をビクッとして恐る恐る私の方を見る。

 

「こんにちは、花陽ちゃん。急に声を掛けてごめんね」

 

 花陽ちゃんと目線が会ったところで挨拶と謝罪をする。

 

「えっと……、確か……μ'sのマネージャーさんでしたよね」

 

 花陽ちゃんは思い出すように私のことを確認する。

 

「そう。μ'sのマネージャーで『白百合の委員長』こと篠原沙紀です。そういえばこの前会った時は名前言ってなかったよね」

 

 前回はこっちが一方的に名前を聞いただけで名乗らなかったから今回はちゃんと名前(とノリで肩書き)を名乗った。

 

 名乗って思い出したけどまともに話すのは穂乃果ちゃんと一緒に西木野さんに作曲を頼んだときだから一ヶ月以上前のことだったね。そりゃ私のことおぼろ気になるわけだ。

 

 主役はあくまでも穂乃果ちゃんたちだから覚えているだろうけど、私はマネージャーだから忘れられても問題ないがまさかこんな可愛い子に覚えてくれているとは感激だよ。

 

「それで部室の前でどうしたの?」

 

 私が感激した事は置いておいて話を戻す。何で花陽ちゃんがここに居るんだろう。

 

 そう思った私は花陽ちゃんをじろじろと観察する。

 

 手には掲示板の前に置いておいたメンバー募集のチラシ。彼女の好きなものはアイドル。そして、部室の前で挙動不審の動き。

 

 これらから導き出されるのは──

 

「もしかしてスクールアイドルをやろうと思って入部しに来たの?」

 

 そう結論付けて花陽ちゃんに聞いてみた。もしそうなら彼女、私が思っていた以上行動派なのかもしれない。

 

「いえ……その……お昼に高坂先輩に良かったら見学に来てよと言われて来てみたですけど……」

 

 私の中での花陽ちゃんのイメージが変わろうとしていたなか花陽ちゃんは小さな声でそうじゃなくって、別の用でここに来たと言う。

 

 ああ、そういうこと。そっちね。

 

 花陽ちゃんから話を聞くと私が西木野と会っていた時に穂乃果ちゃんたちはさらっと花陽ちゃんと会っていたみたい。

 

 私そんな事全然知らなかったけど、仕方ないね。私そこに居なかったし、穂乃果ちゃんとは別のクラスだし。

 

 それで来たのだけど急に来て迷惑なんじゃないのかと思ってどうしようか悩んでいた時に声を掛けてられたと言うわけ。

 

「なるほどなるほど、大体分かったよ。OKそう言うことなら、ようこそアイドル研究部へ」

 

 状況を大体把握した私は花陽ちゃんを歓迎しようと思って部室の扉を開けて花陽ちゃんをおもてなししようとすると部室の中には──

 

「♪♪♪ じゃ~ん、ありがと~」

 

 一人で普段とはテンション高くポーズの練習をしている居る海未ちゃんがそこに居た。

 

 一先ず私はそっと扉を閉めて一旦私は反対の窓から空を見上げて心を落ち着かせる。

 

 もしかしたら私の幻かもしれないと花陽ちゃんと目を合わせると、花陽ちゃんもどうしたら良いのか分からない言ったとても困った表情をしていた。

 

 その表情を見て私は確信した。これ私の幻じゃないんだ。更にこれから来るであるであろうオチを予想せざる終えなかった。

 

 オチを予想したところでスゴイ勢いで扉が開いた。

 

「見ました?」

 

 とても人様には見せられないくらい恐ろしい表情をする海未ちゃん。というか、仮にもスクールアイドル何だから流石にその顔を不味いと思う。私の後ろで花陽ちゃんがスゴく怯えている居るのが分かるんだけど。

 

(海未ちゃん。真面目にポーズの練習してたんだね。可愛いかったよ)

 

 なんて口にすれば、それ以前に一言でも口にすればスゴイのが飛んできそうな気配がする。

 

 これは不味い。非常に不味い。

 

 私は身体丈夫だし、こういう状況山ほど経験しているけど、花陽ちゃんは見た感じ丈夫そうでもないしこんな経験ないだろうから、こんな状況に出会してこれから起こるであろうことを経験したら一生もののトラウマになるかもしれない。

 

 下手したら今後ここに寄り付かなくなるかもしれない。それだけは避けなければならない。やっぱりここは私がやるしかない。

 

「貴方の心にラブアローシュート♥」

 

 海未ちゃんに向けて私の最大の笑顔を向けながら弓を引くポーズをする。

 

 突然の私の奇行に当然の如く周りの空気が凍り付く。

 

 そして私は凍り付く瞬間に海未ちゃんを部室に一旦押し戻して(ついでに海未ちゃんの匂いを堪能して)扉を閉める。

 

「さあ!! 花陽ちゃん今のうちに階段の方に隠れて!!」

 

「へっ? えっ!?」

 

 凍り付いた空気の中急に名前を呼ばれた花陽ちゃんはかなり戸惑っている。私はそんなこと気にせず花陽ちゃんを近くの階段の所まで連れて行く。

 

 それと同時に扉がスゴイ勢いで開く音が聞こえて私は花陽ちゃんを隠れさせて急いで部室の前に戻ろうとするが、強烈な気配を感じ部室とは逆方向に全力ダッシュしてその場から離れることにした。

 

 離れたが後ろからとてつもないくらいの強烈な気配が私を追ってくるのが感じられる。

 

 つまり海未ちゃんは私を追いかけ来ている。これは私と海未ちゃんのリ〇ル鬼ごっこ。当然鬼は海未ちゃん。そして鬼に捕まれば死あるのみ。

 

 ヤバイ、ヤバイ。いくら気を引くため場を凍らせるためだったけどラブアロは完璧に地雷だったよ。完全に燃料を大量投下して大炎上している感じだよ。

 

 海未ちゃんがどんな顔をしているのかどのくらい差があるのか確認したいけど後ろ振り向きたくないだって恐いもん。

 

 そんな風に恐怖に怯えながら走っていると前方に見覚えのあるツインテール──にこ先輩がこっちに歩いてきているのが見えた。

 

「沙紀、あんた何して……」

 

 私に気付いたにこ先輩は声を掛けようとしていたけど、この状況を見て瞬時に判断したのか百八十度回転して全力ダッシュして一緒に走る。

 

「あんた!! 海未に何したのよ、めっちゃスゴイ顔してこっち向かってくるわよ!!」

 

「これにはかくかくしかじかで」

 

「なるほど。ってかくかくしかじかで分かるかぁ!!」

 

 ふざけながら逃げているが居るが本気でピンチなので気を抜いたら死しかないから余裕なんて全くない。

 

 この緊張感、私は前にも似たような経験を思い出していた。それは……。

 

「ヤバイ。この緊張感は眠ってるにこ先輩のスカートの中を見ようとした緊張感と同じ」

 

「ショボ!! 何あんたにとってこの状況、スカート捲りと同じなの!! と言うか何私のスカート勝手に捲ってるのよ!!」

 

「しまった!! 緊張感あまりつい声に出てた!!」

 

 気付いたときにはもう遅い。にこ先輩は怒りに任せて私の足に向かって蹴りを入れて私はバランスを崩す。

 

 全力で走っていたのもあったのかスゴイ勢いで壁にぶつかるまで転がり続けた。

 

「イッタイじゃないですか。にこ先輩」

 

「あんたの自業自得よ。それに……あっ!!」

 

 にこ先輩が何か言おうとすると何かに気付いたのと同時に私の肩に何者かが手を置いたのを感じた。

 

「捕まえました」

 

 その声を聞くと私は全身から汗が止まらなくなりスゴイ恐怖が身を包んだ。

 

「じゃあ、にこはこの辺で。沙紀、あんたの骨は後で拾っていくわ」

 

 そう言ってにこ先輩はすぐさまその場を離脱した。まあそもそも完全ににこ先輩はとばっちりだけど。

 

「最後に言い残す事はありませんか?」

 

 とっても良い笑顔を向けながら死刑宣告を言い渡す。本当にいい笑顔過ぎて逆に恐いよ!! 

 

「優しくしてね」

 

 何て言った見たら優しくしてくれると信じて私は言ってみたけどそんなことはなく、このあととてつもない一撃が私を襲い意識遠くなっていくのを感じた。

 

 そして薄れ行く意識のなか私はあることを思った。

 

 海未ちゃん。いい匂いだったなあ。

 

 6

 

「うぅ……ここは?」

 

 目を覚ますとそこは見知らぬ天井でもなく見知った天井──アイドル研究部の天井が見えて私は起き上がると同時に腹部に強烈な痛みを感じたけど、その痛みのお陰でここが現実だと確認できる。

 

「目が覚めたわね」

 

 声がする方を見るとにこ先輩が呆れた顔をして私のことを見ていた。

 

「えっと……にこ先輩、私何分くらい気を失っていましたか?」

 

「十分くらいよ」

 

「そうですか十分くらい気絶してたんですか……。ってええ!!」

 

 嘘……あんなスゴイ一撃を食らって十分くらいしか気を失っていないなんてわたしの身体どうなってるの!? 

 

「驚きたいのはこっちの方よ。何で十分くらいで意識が戻るのよ。あんた丈夫を通り越して化け物ね」

 

 本当ににこ先輩の言う通り、わたしの身体は丈夫を通り越している。もしかしてこれは既にわたしは謎の組織に改造されて、その内に正義の為に戦う羽目になるじゃないのかな。

 

 何て考えたけどそんな覚えは全くないし、これはきっとこの身体はあの過酷なプロのアイドルの世界を耐え抜いた賜物何だろう。

 

 そう考えれば納得だ。それ以外考えられない。

 

 そうしてわたしの身体の丈夫さの結論を出したところで大切なことを思い出した。

 

「そうだ。にこ先輩、階段の辺りでアイドル研究部を見学しに来た子が居るんで迎えに行って貰えますか」

 

 まだ十分くらいしか経ってないなら花陽ちゃんはきっとそこで待っている筈だと思うから迎えに行かないといけないけど、流石にまだ痛みが引いてないから歩くのは辛い。なのでにこ先輩にお願いする。

 

「分かったわ。それでその子の特徴は?」

 

「この前のライブに来てくれた眼鏡の可愛い一年生です」

 

「ああ、あの子ね。分かったわ。あんたはそこで安静にしてなさい」

 

 そう私を気遣いの言葉を言ってにこ先輩は花陽ちゃんを迎えに行った。

 

 私としてはその言葉だけで充分に元気になるけどやっぱり肉体的にはそんなことはなく凄く痛い。

 

「あの……大丈夫ですか」

 

 そんな風に痛がっていると横から海未ちゃんが申し訳なさそうな感じで声を掛けてきた。

 

「すいません。つい気が動転してしまってあんなことを……」

 

「ううん、いいよ。こっちこそごめん。でも……」

 

 お互いに謝ったところで私はさっきの海未ちゃんの姿を思い出した。

 

「海未ちゃんがポーズの練習をしてたなんて」

 

 いや、本当に一発殴られる価値はある良いものを見せてもらったよ。

 

「仕方ないじゃないですか。穂乃果は掃除当番でいないですし、ことりはまたアルパカの所に癒されに行って、沙紀やにこ先輩はまだ来てなかったみたいですから」

 

 そうなんだ穂乃果ちゃんとことりちゃんは遅れてくるみたいなんだ。それで一人でポーズの練習をしていたんだ。これは申し訳ないことをしたかな。

 

 心のなかで海未ちゃんに申し訳ない気持ちになっているところで扉は開きにこ先輩が花陽ちゃんを連れて戻ってきた。

 

「ごめんね、花陽ちゃん。迎えに行けなくて大丈夫だった?」

 

「はい……篠原先輩も……大丈夫ですか?」

 

「ははは、私は身体丈夫だからこのくらい平気だよ。グッ」

 

 花陽ちゃんに心配かけないように痩せ我慢しようとしたけどつい口に出てしまう。

 

「ああ、もう!! あんたはそこで大人しくしてなさい。わかった!!」

 

 痛がっているとにこ先輩が私の所まで駆け寄って椅子を並べて寝られるようにしてくれた。

 

「すいません。にこ先輩お手を煩わせて。それと花陽ちゃんをここに連れてきてくれてありがとうございます」

 

 私はにこ先輩の厚意に甘えイスで横になってにこ先輩にお礼を言う。

 

「花陽ちゃん、今の私はこんなんだけどゆっくりしていって。それとようこそアイドル研究部へ」

 

 そんなわけでいろいろとあったが花陽ちゃんをやっと歓迎した。

 

 7

 

 花陽ちゃんを歓迎するに当たってまず私は海未ちゃんにお客様用のお茶とお茶漬けのある場所を教えて私の代わりに準備してもらった。

 

 準備できた所で花陽ちゃんに声を掛けようと思ったけど花陽ちゃんの興味はアイドル研究部に所狭しと、置かれたアイドルグッズ(にこ先輩の私物)に心を奪われていた。

 

 まるで子供のように目を輝かせているから声を掛けるのは止めて気が済むまで見物させとこう思うと扉が開いて穂乃果ちゃんとことりちゃんがやっと来た。

 

「へっ? もしかして本当にアイドルに!?」

 

 ことりちゃんが花陽ちゃんに気付くと私と同じようにアイドルやるためにここに来たのかと思って嬉しそうに聞いてくる。

 

 またまた急に声を掛けられてどう答えたらいいのか分からない表情をして私の方を見て助けを求める。

 

「違うよことりちゃん。花陽ちゃんはただ遊びに来ただけだよ。確か穂乃果ちゃんが誘ったって言ってたけど」

 

「おお!! そうだった。穂乃果がお昼に花陽ちゃんに会ったときに誘ったんだった。忘れてたよ」

 

 思い出したかのようにそんなことを言う穂乃果ちゃん。それよりも忘れたんだ。

 

「ねえ、気になったんだけど何で沙紀ちゃんはそこで横になってるの?」

 

 ことりちゃんがそんな質問をすると事を知っているメンバーが一斉に苦笑いをしだす。まあ説明するのはなんとも言えない事件だから。

 

「ちょっといろいろとあってお腹を怪我したから横になってるだけだよ」

 

「なんだ、何時ものことだね」

 

 説明するのも海未ちゃんの名誉の為にしなかったけど、まさかことりちゃんから怪我しているだけで何時ものことか、認識される辺り私の日頃の行いが伺える。

 

 やっぱり身の振り方をもう少し考えるべきだろうか。

 

「こ、こ、こ、これは!!」

 

 私が今後の自分の方針を考えていると花陽ちゃんは今までの彼女とは思えないくらい大きな声で驚いていた。

 

 彼女の驚きぶりにみんな花陽ちゃんの方を見ると何かの箱を持ってスゴイ驚いた顔をしていた。

 

「伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス。持ってる人に初めて会いました」

 

 そう言ってにこ先輩の方を見る花陽ちゃん。その眼差しは尊敬の念が込められている。

 

「そ、そう」

 

 花陽ちゃんのキャラがスゴイ変わったから戸惑っているにこ先輩。

 

「スゴイです」

 

「ま、まあね」

 

 そんな風に尊敬されるのが悪くないのかにこ先輩の言葉に嬉しさが混じっているのを感じる。

 

 まあ仕方ないよね。純粋なアイドル好きはこの部にはにこ先輩しか居ないから、そんな風にグッズの価値が分からないし、花陽ちゃんみたいに価値が分かる人がいるとつい嬉しくなるよね。

 

「へぇ~、そんなにすごいんだあ」

 

 穂乃果ちゃんがそれの価値をあまり知らないからそうなんだぐらいな感じで言うと花陽ちゃんは穂乃果ちゃんの近くまで顔を近づける。

 

「知らないですか。伝説のアイドル伝説とは各プロダクションや事務所、学校等が限定生産を条件に歩み寄り古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDボックスでその希少性から伝説の伝説の伝説。略して伝伝伝と呼ばれるアイドル好きなら誰もが知ってるDVDボックスです」

 

 伝伝伝について語りだした花陽ちゃんは流れるように部室のパソコンを勝手に起動し、伝伝伝の詳細が掛かれたサイトを開く。

 

「は、花陽ちゃん。キャラ変わってない?」

 

「穂乃果ちゃん。そう言うのは気にしちゃダメだよ」

 

 何か好きなことを語っている人はどんな人でも饒舌になるもんだからそういうときはちゃんと聞いてあげるのが礼儀だからそういう水を指すのはNG。

 

「通販、ネット共に瞬殺だったそれを二セット持ってるなんて尊敬」

 

 尊敬の言葉辺りに本当ににこ先輩に対する尊敬の念が凄く感じられる。

 

「家にもうワンセットあるけどね」

 

「ホントですか」

 

「じゃあ、みんなで見ようよ」

 

「駄目よ。それは保存用」

 

 穂乃果ちゃんの提案ににこ先輩は残酷な現実を花陽ちゃんに叩き付け花陽ちゃんはその場で崩れ落ちる。

 

「はぁぁ、で、伝伝伝……」

 

 スゴイ悲しく残念そうな声でそう呟く花陽ちゃん。その瞳には一粒の涙が溢れていた。

 

 その姿を見て私は今度自分が持っている伝伝伝を持ってきてあげようと思った。

 

「ああ、そうだ。ネットで思い出したけどちょっとことりちゃんそのパソコンでμ'sのページを開いてくれない?」

 

「ん? もしかしてあの動画のこと?」

 

「そうそう。あの動画」

 

 どうやらことりちゃんたちもあの動画の事を知っていたみたいで花陽ちゃんに退いてもらってことりちゃんにμ'sのページを開いてもらう。

 

「それでありましたか動画は」

 

「あった!!」

 

「本当ですか」

 

 その言葉でみんなが反応してパソコンの前に集まる。私は動けないのと見えないのでその場で音だけで確認することにした。

 

 そうして流れるのはこの前やったライブの曲が部室のなかで流れる。そう例の動画とはこの前やったμ'sのファーストライブの動画だった。

 

「誰が撮ってくれたのかな。沙紀ちゃんじゃあないよね」

 

「私じゃあないよ。あのとき私カメラ持ってなかったし」

 

 そう。この動画は誰が撮ったのか分からない。と言ってもこのライブ自体穂乃果ちゃんたちには悪いが人が来ていたわけじゃないから用意に特定は出来るけど。

 

 どんな意図であの人が撮ったのかは大体予想できるけど今はあの人の事を考えるタイミングではないので口にはしない。

 

 それについては七人集まってから考えればいい。

 

「凄い再生数ですね」

 

「こんなに見てもらったんだあ」

 

「この前も少し言ったけど、穂乃果ちゃんたちのライブは見てさえもらえれば充分に良いライブだったからね」

 

「ここのところ綺麗にいったよね」

 

「何度も練習していたところだったから決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃった」

 

「そういうところはまだあんたたちは甘いのよ。分からなくないけど」

 

 何てそれぞれライブの動画を見て感想を言い合う。そんななかみんなから遠く一人静かにそれで真剣に見ている子が居た。

 

「あっ、ごめん花陽ちゃん。そこじゃあ見辛くない?」

 

 そう穂乃果ちゃんが声を掛けるけどライブを見ることに集中しているのか全く聞こえていないみたい。

 

 その姿を見てこの子のアイドルに対する思いはきっと強いだろうと思ったから、私はみんなと目を合わせてみると、どうやら全員同じ気持ちみたいだった。

 

「花陽ちゃん」

 

「は、はい」

 

「スクールアイドル本気でやってみない?」

 

 穂乃果ちゃんが花陽ちゃんをメンバーに誘ってみる。

 

「えっ!? でも私向いてないですから」

 

 急に誘われて戸惑っているのか花陽ちゃんは俯いて自分は向いてないからと言って断ってくる。

 

「私だって人前に出るのは苦手です。向いているとは思えません」

 

「私も歌を忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ」

 

「私はスゴイおっちょこちょいだよ」

 

 海未ちゃん、ことりちゃん、穂乃果ちゃんはそれぞれ自分が駄目な所を順に言っていく。

 

「でも……」

 

「プロのアイドルなら私たちはすぐに失格。でもスクールアイドルならやりたいって気持ちを持って、自分たちの目標を持ってやってみることが出来る」

 

「それがスクールアイドルだと思います」

 

「だからやりたいって思ったらやってみようよ」

 

 μ'sを結成した三人の自分達なりのスクールアイドルの考え方を花陽ちゃんに伝える。

 

「にこもあんたからはアイドルが好きだって言うのが見て分かるわ。そういう子はいくらでも歓迎よ」

 

 そしてアイドル研究部の部長であるにこ先輩が更に入部の許可を出す。にこ先輩がそう素直に言うってことはそれなり彼女のこと気に入ったみたい。

 

「まあ、そんな急に言われても困ると思うからゆっくり考えて答え聞かせて、私たちは何時でも待ってるから」

 

 まだ考えが纏まってないみたいだったから、返事は何時でも良いと言って花陽ちゃんのアイドル研究部の見学は終わった。

 




如何だったでしょうか。

今回は沙紀が語り手で進行しました。

何だかんだでまだ二回目の語り手な彼女。

とりあえずは一年生加入回の沙紀の語り手は終了して次は今まで語り手をやってこなかった子でやる予定です。

誰が語り手をやるのかお楽しみに。何て言ってみるけど分かっちゃいますよね。

何か感想または誤字脱字等ありましたらどうぞ気軽に。


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十二話 一歩を踏み出すこと

お待たせしました。

今回は何時もより多めの新しい語り手に挑戦です。一体誰が語り手なのかお楽しみに。

それではお楽しみください。


 1

 

 わたし──小泉花陽にとってアイドルは憧れだった。

 

 小さい頃から色んなアイドルを見てきて、どのアイドルも楽しそうに踊ったり、歌ったりして、それにキラキラと輝いてわたしもあんな風になれたらいいな。何て思っていた。

 

 だから小さい頃のわたしは色んなアイドルの歌や躍りを真似したりして、夢は憧れてたアイドルみたいになるんだって親友の凛ちゃんに言ったりもしてた。

 

 けどわたしは人前に出ると緊張しちゃうし、歌もダンスも得意じゃないから。それに自分が可愛いとは思わないから自分はアイドルに向いてないと思っていた。

 

 そんなわたしに昨日たまたま会った高坂先輩に部活になったから部室に遊びに来ないって言われて、どうしようか迷ったけど来ないのも失礼だから放課後に行ってみて色々なことがあった。

 

 特に伝伝伝を持っている先輩が居るなんてすっごくビックリした。

 

 そうしてアイドル研究部の部室を見学して先輩たちに一緒にアイドルをやらないかと誘われてすごく嬉しかった。

 

 初めてのライブであんなに楽しそうに歌って踊れる先輩たちがわたしのことなんか誘ってくれて、それにやりたいって気持ちがあればいいって言ってくれたから。

 

 けどやっぱり自分に自信がないからすぐに返事が出来なかったけど、先輩たちは何時でも待ってるからって言ってくれた。

 

 そんな風にアイドルをやろうかやらないか迷っていたところ、ちょっとしたことがあってアイドルをやってみようって決めた。

 

 もしかしたらこんな自分でも変わるかもって思って、今日先輩たちに入部しますと言いに行くつもりだった。

 

 2

 

 授業が終わった放課後の学校の中庭でわたしは一人で落ち込んでいた。

 

 理由は今日の授業で自信をなくして自分の決意が揺らいだから。

 

 授業中に先生に当てられて教科書を朗読することになったから今日から変わろうと思って何時もより大きな声で読んでみた。

 

 けど読んでいる途中で噛んでクラスの人にクスクスと笑われてやっぱり自分は変われないじゃないかなって、思ってせっかく今日先輩たちに返事をするつもりだったけど、ここで落ち込んでいた。

 

「やっぱりわたしには向いてないのかな……」

 

 何て独り言を呟いていると──

 

「何が向いてないって?」

 

「!!」

 

 突然わたしの独り言に返事が帰ってきて驚くわたし。声が聞こえた方を見るとそこには篠原先輩がニコニコしながらわたしの事を見ていた。

 

「あれ? もしかしてまた驚かしちゃった? ごめんね」

 

 わたしが驚いたのに気付いたみたいで謝ってくる篠原先輩。先輩の言う通り昨日もこんなことあったような。

 

「えっと……その……どうしてここに?」

 

 わたしはどうして篠原先輩がここに来たのか聞いてみる。

 

「ん? ああ、今日は生徒会のお手伝いをして終わったから部活に行こうと思ったら花陽ちゃんを見掛けて声を掛けたんだ」

 

「そうなんですか。すごい……ですね。生徒会とマネージャーを掛け持ちしてるなんて……」

 

 わたしは篠原先輩にとってもすごいと思っていた。

 

「そんなことないよ。私みんなが思うほどすごい人じゃないよ」

 

 何て自分がすごい人じゃないと否定する篠原先輩。

 

 そんなことないと思う。少ししか話したことないけど色んなことが出来るし、ちょっと変わっている所があるけど優しいし、行動力もあるから。

 

 もしわたしも篠原先輩の半分でも……いや十分の一でもそんな所を持っていたらきっと迷わずにアイドルやりたいなんて簡単に言えると思う。

 

「まあ、そんな私でも悩んでる女の子を見掛けたら悩みを聞いてあげることぐらいは出来るよ」

 

「えっ?」

 

 突然そんなことを言われて驚くわたし。

 

「どうして……そんなことを」

 

「いや、花陽ちゃんなんか悩んでいたみたいだったから、どうしたのかなって。私で良かったら話聞くよ」

 

 とても優しそうな顔で相談に乗ってくれると言ってくる篠原先輩。その顔を見てこの人になら話しても良いかな何て思えてくる。

 

 何て言ったら分からないけど、安心できるそんな風に思えてしまうところがその顔から伝わってくる。

 

 それに何処かで篠原先輩の顔を見たことがある気がする。何処だったか分からないけど少し昔によく見ていたことがあるそんな感じが。

 

「えっ……と……、そのよろしくお願いします」

 

 だからかもしれないけど気付いたらわたしは篠原先輩に悩みを聞いてもらおうとお願いしていた。

 

「任せて。これでも私近所では聞き手としては『あの子に聞いてもらうとスッキリするわ』何てよく言われるくらい評判高いから任せてよ」

 

 篠原先輩はわたしの隣に座りながらすごく頼もしい事を言う。そんなに色んな人の話を聞くんだ。すごいな何て思いながら篠原先輩をもっと尊敬する。

 

「うお、花陽ちゃんの眼差しからすごい感震されてるのを感じる。出来ればここはどんな近所だよってツッコミを入れて欲しかったけど、まあいっか」

 

 そんな感じでわたしは自分の悩みを篠原先輩に聞いてもらうことにした。

 

 とりあえずわたしは色んな事を篠原先輩にこんなことを話した。

 

 昔からアイドルに憧れていたこと。

 

 自分に自信が持てないこと。

 

 そんな自分がアイドルをやっていいのかってことなど色んな事を。

 

 あんまり人に話を聞いてもらったことがなかったからどうやって話したらいいのか分からなくなったり、声がときどき小さくなったりして、篠原先輩に聞こえづらくなったりしてた。

 

 けど、篠原先輩はそんなわたしの話を優しそうな顔で真剣にわたしの目を見ながら聞いてくれてた。

 

 こんなわたしの話を聞いてくれたことだけでも嬉しかった。

 

「ありがとうございます。わたしの話を聞いてくれて」

 

 そうして篠原先輩にお礼を言って一通り悩みを話終えると、何か少しだけスッキリした気分になった。よく悩みは聞いてもらうだけでもスッキリするって聞いていたけどホントだったんだ。

 

「良いよ。お礼なんて、これは私のただのお節介だから」

 

 そんなことを言いながらわたしの悩みを聞いて篠原先輩は何か考え事をする。もしかしたら何かアドバイスしてくれるかもしれない何て考えたけど、さすがにそんなことないよね。

 

「そんなことないですよ。お陰で大分スッキリしました」

 

 これ以上篠原先輩に甘えるのは何か悪い気がしたのでこれで話を終わろうとすると──

 

「まあ、花陽ちゃんの話を聞いてその気持ち分からなくもないね。私も同じだったから」

 

 とても聞き捨てならないことを篠原先輩は口にした。

 

「えっ!?」

 

 篠原先輩……今なんて言ったの? わたしと同じ? 

 

「あっ、やっぱりそんなイメージ無かったって思うでしょ」

 

「いえ……その……ごめんなさい」

 

 わたしは目線を下に向けて篠原先輩に謝る。篠原先輩の言う通りわたしはそんなイメージ全然無かったから。

 

「良いよ。謝らなくって、むしろそう思われるくらいにはなったんだなって自覚できたから」

 

 篠原先輩は空の方を向いてそんなことを言うけど、篠原先輩がどんな表情をしているのかはわたしには見えなかった。

 

「まあそんなんだったから、自分と同じ感じがした花陽ちゃんをほっとけなかったかもしれない。だから一つアドバイスしてあげるよ」

 

 そう言って篠原先輩はわたしの方に顔を向けてちゃんと目を見ながらアドバイスを口にする。

 

「本気で好きだと思っていることがあるんだったら一歩踏み出してみるべきだよ。もし、一歩を踏み出すのが怖いなら私が手伝うよ。私も一人じゃあ踏み出せなかったから。それに……」

 

 篠原先輩は別の方を見る。わたしも同じ方を見るとそこには──

 

「えっ? 西木野さん?」

 

 西木野さんがこっそりと隠れてそこに居た。

 

 3

 

「何してるの? 出てきたら?」

 

 篠原先輩は西木野さんに出てくるよう言ってくると西木野さんは素直に出てきた。

 

「何時から気づいていたんですか?」

 

「最初からだよ。私結構人の気配に敏感だから」

 

 そうだったんだ。全然気付かなかったよ。やっぱり篠原先輩はすごいなあ。でも、何で西木野さんは隠れてたんだろう。

 

 だけどわたしのそんな疑問に篠原先輩はすぐに答えをくれた。

 

「花陽ちゃんに用があるんでしょ」

 

 えっ? わたしに? 何のようだろう。

 

「何でそれを!?」

 

「えっ? 何となく?」

 

 篠原先輩はそう言うと西木野さんは何か察したのか呆れた顔をしてわたしの方を見る。

 

「まあいいわ。あなた、声は綺麗なんだから、あとはちゃんと大きな声を出す練習をすればいいだけでしよ」

 

「確かに西木野さんの言う通り花陽ちゃんの声は最初聞いたとき綺麗だなって思ったよ」

 

「うん……」

 

 いきなり二人にそんなことを言われてもあんまり自信がない。そんなことを考えていると西木野さんは声を出した。

 

「はい」

 

「えっ?」

 

 突然、西木野さんに振られるけど何をやればいいのか分からなくって戸惑う。

 

「やって」

 

 どうもさっきの西木野さんみたいに声を出してみてのことだったみたい。でもいきなり声を出してと言われても緊張してしちゃうし、それに篠原先輩も居るし。

 

「私の事はその辺に生えてる草だと思って気にしなくっていいよ」

 

 そう言いながら篠原先輩はわたしから見えない位置に移動してくれたけど結局何時ものように小さな声しか出なかった。

 

「もっと大きく。はい、立って」

 

「は、はい」

 

 西木野さんに言われるがままわたしは立ち上がって西木野さんに続いて声を出す。

 

「一緒に」

 

 そうして西木野さんと一緒に声を出すととても気持ち感覚がした。

 

「ね、気持ちいいでしょ」

 

「うん。楽しい」

 

 声を出すことがこんなに楽しいことだなんて思わなかったよ。

 

「はい、もう一回」

 

「か~よちん」

 

 もう一度一緒に声を出そうとすると凛ちゃんがわたしたちの方へ走ってきた。

 

「西木野さん? それと先輩? どうしてここに?」

 

「励ましてもらってたんだ」

 

「私は別に……」

 

「私は花陽ちゃんが気になったから」

 

 西木野さんは顔を赤くして顔を別の方へ向けて、篠原先輩は優しそうな笑顔で答えた。

 

「それより今日こそ先輩のところに行ってアイドルになりますって言わなきゃ」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、行くよ。変な先輩、先輩たちはどこに居るのか知ってますか」

 

 あれ? 凛ちゃんもしかして篠原先輩がマネージャーやってるの知らないの? しかも何か変な呼び方してたの気のせいだよね。

 

「今日は屋上で練習してるよ。って変な先輩!?」

 

 篠原先輩は高坂先輩が何処で練習しているのか答えると、自分が変な呼ばれかたに気付いて驚いていた。

 

 やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。きっと初対面で頭を撫でられたが原因だと思う。色々と衝撃的だったから。

 

「そんな急かさない方がいいわ。もう少し自信を付けてからでも……」

 

「何で西木野さんが凛とかよちんの話に入ってくるの」

 

「えっ? 別に!! 歌うならそっちの方がいいって言っただけ」

 

「かよちんはいっつも迷ってばっかりだからパッと決め手あげた方がいいの」

 

「そう? 昨日話した感じじゃあそうは思わなかったけど」

 

 わたしの知らないところで勝手に話が進んでいく感じがするだけど、気のせいだよね。

 

「何か子供の教育方針で揉めてる親みたい」

 

 篠原先輩はそんな二人の光景を見てそんなことを言う。

 

 言われてみれば分からなくもないけど、そんなことより出来れば見てないで止めてほしいなって思っちゃう。

 

「あの……ケンカは……」

 

「かよちん行こ。先輩たち帰っちゃうよ」

 

 二人のケンカを止めようとすると凛ちゃんはわたしの手を引っ張って先輩たちの所へ連れていこうとする。

 

「えっ? でも……」

 

「待って!!」

 

 大きな声を出して西木野さんはわたしの手を握って凛ちゃんが先輩たちの所に連れていくのを止めようとしてくれた。

 

「どうしてもって言うなら私が連れていくわ。音楽に関しては私の方がアドバイス出来るし、μ'sの曲は私が作ったんだから」

 

「えっ!? そうなの」

 

 止めてくれるじゃなくて西木野さんが連れていこうとしていたみたいだったけど、西木野さんの口からμ'sの曲を作ったことに思わず驚いちゃった。

 

 すごいな。綺麗な歌を歌えたりピアノを弾けるだけじゃなくって作曲まで出来るなんて。

 

「あっ!! いや……え~と。とにかく行くわよ」

 

 作曲をしていたことを言うつもりじゃなかったのか、すごく戸惑った顔をしてたけど、そのまま無理矢理手を引っ張って先輩たちの所へ連れていこうとする。

 

「待って、連れていくなら凛が」

 

「私が」

 

「凛が」

 

「なら私が」

 

『先輩は関係ないでしょ!!』

 

「あっ、はい……」

 

 お互いにわたしの意見を無視して先輩たちの所に連れていくのを譲ろうとしないで二人に引っ張られる。

 

 途中、篠原先輩が混ざってきたけど、二人の気迫に圧されてすぐ引っ込んだ。

 

「誰か……」

 

「誰か助けて~!!」

 

 今までの自分じゃあ信じられない大きな声を出して助けを求めたけど誰も助けてはくれなかった。

 

 4

 

「つまりメンバーになるってこと?」

 

 二人に引っ張られて気付いたら先輩たちが練習している屋上まで連れて来られていた。

 

 ちなみに篠原先輩は二人に圧倒されて言われるがまま気付いたらわたしの背中を押していた。

 

「はい、かよちんはずっとずっと前からアイドルやってみたいと思ってたんです」

 

「そんなことはどうでもよくってこの子は結構歌唱力あるんです」

 

「どうでいいってどう言うこと!?」

 

「言葉通りの意味よ」

 

 二人ともケンカしながらそれぞれわたしの事をアピールしてくる。そんな風に言ってくれるのは嬉しいけどまだわたしの中で気持ちの整理が出来てない。

 

「わ、わたしはまだ……何て言うか……」

 

「もう!! いつまで迷ってるの。絶対やった方がいいの」

 

 まだ自信がないって言おうとするしたけど凛ちゃんに怒られてやった方がいいと言われる。

 

「それには賛成」

 

「やってみたい気持ちがあればやってみた方がいいわ」

 

「で、でも……」

 

 西木野さんも凛ちゃんと同じでわたしがやった方がいいと言ってくる。でもやっぱり自信が出てこない。

 

「さっきも言ったでしょ。声出すなんて簡単、あなただったら出来るわ」

 

「凛は知ってるよ。かよちんはずっとずっとアイドルになりたいってこと」

 

「凛ちゃん……」

 

「西木野さん……」

 

「頑張って、凛がずっと付いててあげるから」

 

「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ」

 

 二人を交互に見るとそれぞれわたしを応援したり励ましの言葉をくれる。

 

「えっと……わたし……」

 

 そうしてまだ迷いながらも流されるがまま入部しようと言おうと思ったら突然二人に背中を押された。

 

 振り返ると二人はとても優しそうな顔でわたしの事を見てくれてその顔を見ると段々勇気が湧いてきてわたしの中の迷いが晴れていく感じがした。

 

「わたし、小泉花陽と言います。一年生で背も小さくって声も小さくって人見知りで得意なものは何もないです。でも……」

 

「でもアイドルの思いは誰にも負けないつもりです。だから……」

 

「μ'sのメンバーにしてください」

 

 自分の気持ちを言葉に込めて深く頭を下げて先輩たちにお願いする。

 

「こちらこそ」

 

 高坂先輩が前に出てわたしに手を差し伸べてくれた。わたしはその手を握って高坂先輩たちの方を真っ直ぐ見つめる。

 

「よろしく」

 

 そうしてわたしは憧れだったアイドルに──μ'sのメンバーになった。

 

「かよちん……えらいよ」

 

「何泣いてるのよ」

 

「だって……って西木野さんも泣いてる」

 

「だ、誰が泣いてなんかないわよ」

 

 わたしの決意に二人は喜んでくれているみたい。しかも泣いてくれるぐらい。

 

「それであんたたち二人は?」

 

「二人はどうするの?」

 

 そんな二人に矢澤先輩と南先輩はアイドルをやらないのか聞いてくる。

 

『えっ?』

 

『どうするって? えっ!?』

 

 二人ともそんなことを言われるとは思ってもみなくって全く同じ反応をしてる。

 

「まだまだメンバーは募集中ですよ」

 

「可愛い女の子なら大歓迎だよ」

 

 園田先輩と篠原先輩が二人に手を差し伸ばして歓迎する。その手を見て二人はどうするべきかわたしのほうを見る。

 

「うん」

 

 わたしは背中を押してくれた二人と一緒にアイドルをやりたいと思っていたから笑顔で頷いた。

 

 そのわたしの顔を見て二人はとっても嬉しそうな顔をして二人とも園田先輩の手を握って二人もアイドルになった。

 

「何で……私の……手を握ってくれない……?」

 

 そんな二人の横で篠原先輩はすごい顔をしてその場に呆然としていた。

 

 5

 

 わたしがμ'sに加入してから次の日。朝の練習場所である神社の前まで来ていた。

 

 変じゃないかな? そんなことを思いながら神社の階段を上るとそこには篠原先輩が居た。

 

「あっ、おはよう。花陽……ちゃん……?」

 

 わたしに気付いた篠原先輩は挨拶をしてくれるけどわたしの顔を見て困惑した表情をしていた。

 

「も、も、も、もしかして花陽ちゃん。メガネ止めてコンタクトにしたの?」

 

 わたしの顔を見た篠原先輩はそんなことを聞いてくる。

 

 そう今日から変わると決心してその決意の表れとしてメガネを止めてコンタクトにしたんだけど篠原先輩の反応を見て変かな何て思っちゃう。

 

「別に似合ってないって訳じゃないだよ。花陽ちゃん元から可愛かったしコンタクトでも十分可愛いよ」

 

 多分表情に出ていたみたいで篠原先輩は良いと言ってくれるけど何かすごく複雑そうな顔をしていた。

 

「そうだ。みんなの分のスポーツドリンク買ってくるの忘れてたから買ってくるよ」

 

 何か誤魔化すようにして篠原先輩はスポーツドリンクを買いに行こうとするけどその足取りはすごくふらついていた。

 

 何かその状態で階段を降るのは危ないじゃないのかな何て思っていると篠原先輩は足を滑らせてわたしの視界から消えた。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

「篠原先輩!!」

 

 急いで階段の方へ駆け寄ると篠原先輩がすごい勢いで階段を転がり落ちていくのが見えた。

 

 わたしはどうしたら良いのか分からなくってオドオドしているとわたしの声を聞いて高坂先輩たちがこっちに来てくれた。

 

「どうしたの!! 花陽ちゃん!!」

 

 わたしは高坂先輩たちに篠原先輩が階段から落ちたって言うと──

 

「何だ、何時ものことだね」

 

「何時ものことですね」

 

「何時ものことだよ」

 

「何時ものことね」

 

 と言ってさっきまで心配した顔が嘘のようになくなってさっきまで居たところに戻ろうとしていた。

 

「あっ、花陽ちゃんすごく似合ってるよ」

 

「えっ? えっ?」

 

 わたしは先輩たちのそんな反応にどうすれば良いのか戸惑っていた。すると──

 

「かよち~ん」

 

 凛ちゃんと西木野さんが篠原先輩を抱えてやって来た。階段からすごい勢いで転がり落ちて行ったから服が登校前なのにすごく汚れていた。

 

「お、おはよう」

 

 その篠原先輩を見て何とも言えない気持ちになりながら二人に挨拶をする。

 

「あ、あれ? メガネは?」

 

 凛ちゃんはわたしがメガネを止めてコンタクトしたのに気付いて篠原先輩を抱えていたのを忘れたのか手を離してわたしの方へ駆け寄った。

 

「ゴフッ」

 

 凛ちゃんが離したせいで地面に崩れ落ちる篠原先輩。その際にメガネがわたしの足元のところまで飛んできたので拾っておく。

 

「コ、コンタクトにしてみたの。変かな?」

 

「ううん。全然可愛いよ。スッゴく」

 

 この状況についてこられないまま凛ちゃんの質問に答える。もしかして凛ちゃん完全に篠原先輩のこと忘れてる? 

 

「へぇ~、いいじゃない」

 

 西木野さんは篠原先輩を放置してコンタクトにしたこと良いって言ってくれる。えっ? 西木野さんも篠原先輩はスルー? 

 

「ねえ、メガネ取ったついでに名前で呼んでよ」

 

『えっ?』

 

 篠原先輩の事もそうだけど、西木野さんの突然な提案に驚くわたしと凛ちゃん。

 

「私も名前で呼ぶから」

 

「花陽、凛」

 

 嬉しいけど篠原先輩の事が気になってそれどころじゃない。

 

「真姫ちゃん」

 

 凛ちゃんは真姫ちゃんの所まで駆け寄って周りを跳び跳ねながらすごく嬉しそうにする。その近くに篠原先輩が倒れていることを忘れて。

 

「真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃん」

 

「何よ」

 

「真姫ちゃん」

 

「うるさい」

 

「照れてる照れてる」

 

「照れてない」

 

「真姫ちゃん可愛い」

 

「止めてってば」

 

 そんな風に凛ちゃんが真姫ちゃんをからかっているのを見ながらわたしは篠原先輩を方に向かう。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「可愛い女の子たちが近くでじゃれあってるのが見られて幸せ」

 

 酷い目に合ってるのに何故か幸せそうな顔をしてちょっと意味わからない事を言ってるのは、きっと頭を強く打ったから何だよね。

 

「あの……これ使ってください」

 

 わたしは鞄からタオルを取り出して篠原先輩に渡す。すると、篠原先輩は急に涙を流した。

 

「花陽ちゃん。すごく良い子だ」

 

 泣きながらタオルを受け取って泥まみれの顔とか制服の汚れとか拭く。

 

「あとこれも……えっ?」

 

 そう言ってわたしは拾っておいたメガネを篠原先輩に渡すとあることに気付いた。

 

如月(きさら)ちゃん……?」

 

 篠原先輩の顔はかつてスクールアイドルに大きな影響を与えた中学生トップアイドル星野如月にとてもよく似ていた。

 




そんなわけで今回の語り手は小泉花陽ちゃんでした。

初めて花陽ちゃん視点で書いてみて慣れないところもあって何時もより長めになりました。

そしてTwitterでも呟いてましたがついにUA1万を越えました。

これも読んでいただいた皆様のお陰です。ありがとうございました。これからも頑張っていきたいと思います。

何か感想がありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などあればご報告ください。


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十三話 星野如月

祝お気に入り100人超え

祝ランキング入り

お待たせしました。

さて、沙紀の正体がばれるのかどうかお楽しみください。


 1

 

 星野(ほしの)如月(きさら)

 

 二年前までプロのアイドルとして活動してた中学生トップアイドル。

 

 スクールアイドルの発展に大きな影響を与えた立役者であり、多くのスクールアイドルの憧れ。

 

 そんな彼女にそっくりな先輩がわたしの目の前にいる。

 

「如月ちゃん……?」

 

 わたしは篠原先輩のメガネを握ったまま、気づいたら思っていたことを口にしていた。

 

 メガネを外した篠原先輩の顔は、テレビやライブで何度も何度も見て目に焼き付けて、見間違えないくらい見てきた如月ちゃんにそっくりだった。

 

 昨日相談に乗ってもらったときに先輩の顔をどこかで見たことがあるって思ったのは、如月ちゃんに似てたから。

 

 それによくよく思い出したら篠原先輩の声も如月ちゃんによく似てる。年だってわたしより一つ上だったはず……つまり篠原先輩と同じ年。

 

 もしかして本人……? 

 

「ねぇ」

 

「は、はい!!」

 

 わたしのただの勘違いでただのそっくりさんかもしれないけど、本人かもしれないと思うと緊張する。

 

「そろそろ眼鏡返してくれないかな?」

 

「えっ? ……あっ!! ごめんなさい」

 

 篠原先輩に言われてメガネを渡そうとしていたことを思い出して、篠原先輩にメガネを渡す。

 

「ありがとう花陽ちゃん。それと貸してくれたタオルは明日洗って返すから代わりに私のタオル使って」

 

 そう言って篠原先輩は立ち上がって、鞄からタオルを取り出してわたしに渡す。

 

 わたしは疑問が頭に残っているせいでされるがままに、篠原先輩からタオルを受け取る。

 

「大丈夫、それ新品のタオルだから。それに返さなくっていいよ」

 

 わたしがぼうっと立っていたから篠原先輩は勘違いして的外れなことを言ってくる。

 

「いえ、そんなわけじゃあ……」

 

 わたしが気にしているのはそんなことじゃあなくって、あなたは本当に如月ちゃん何ですか。なんて聞いてみたいけど、そんなことを聞く勇気が出てこなかった。

 

「そう? それならいいけど。それじゃあみんな揃ったし練習始めるから花陽ちゃん。凛ちゃんと真姫ちゃん呼んできてもらえる?」

 

「は……はい……」

 

 疑問が晴れないままわたしは、篠原先輩の言われた通り凛ちゃんと真姫ちゃん呼んで行って、初めての練習を始めた。けど、結局その朝の練習は篠原先輩の事が気になりすぎて、練習に身が入らなかった。

 

 2

 

「かよちん、今日ずっと集中できてなかったみたいだけど、どうしたの?」

 

 お昼休み一緒にお昼ご飯を食べていた凛ちゃんにそんなことを言われる。

 

「そうね。何かこう上の空って感じだったわよ」

 

 同じようにお昼を食べていた真姫ちゃんもわたしが集中できてなかったみたいと思っていたみたい。

 

「うん……。ちょっと気になることがあって……」

 

 篠原先輩が如月ちゃんなのか気になって仕方がない。

 

 結局、練習が終わったあとでも聞けなくって、今日はずっと心がモヤモヤした気分だったから。

 

 多分それが授業中ずっと出てて、そんなわたしを見て凛ちゃんと真姫ちゃんは気付いたんだよね。

 

「もしかして篠原先輩のこと?」

 

「どうして分かったの!?」

 

 凛ちゃんに篠原先輩が気になっていたことが一回で気づかれて思わず驚く。

 

「今日練習中かよちんチラチラと篠原先輩のこと見てたから」

 

「私も花陽が篠原先輩のこと気にしてるの気付いていたわ」

 

 そんなに見てたかな。でも言われてみれば結構篠原先輩の事を見てた気がする。

 

「かよちん。篠原先輩に変なことされたの!!」

 

「あり得るわね。あの人普通にやりそうだもの」

 

 二人はわたしが集中できなかったのは、篠原先輩がわたしに何かしたと勘違いする。

 

 二人のなかで篠原先輩の評価が低いのはどうしてだろう。少し変わったところがあるけど、優しい先輩なのに……。

 

「そうじゃなくって……ただ……」

 

『ただ?』

 

「篠原先輩、如月ちゃんにそっくりだったから気になって……」

 

 勘違いしてる二人にわたしが気になっていることを話した。

 

「如月ちゃんって……かよちんが好きだったアイドルの?」

 

「うん……。気のせいだと思うけど、とても似てたから気になって」

 

「ふ~ん。そんなに似てるの? そのアイドルに」

 

 凛ちゃんは何回も如月ちゃんのことを話したり、ライブに一緒に行ってもらってるから分かるけど、真姫ちゃんはちょっと付いてこれてないみたい。

 

「じゃあ、先輩に直接聞けば良いじゃん」

 

 凛ちゃんはもっともな提案をする。確かにそれが一番いいんだけど、何かそう言うのが失礼なんじゃないかなって思っちゃう。

 

「そうね。別にただ似てるだけかもしれないし、それにアイドルに似てるって言われて不快な思いはしないでしょ。それに……」

 

「それに? 真姫ちゃんも篠原先輩で気になることがあるの?」

 

 何か真姫ちゃんも篠原先輩のことで気になることがあるみたいだけど何だろう。わたしと同じ事気になってるわけじゃないんだよね。

 

「ええ、あの人が考えたって言ってた練習を受けて思ったのだけど、素人が考えたにしてはキッチリしてたのよね」

 

「それ凛も思ったよ。中学のとき陸上部だったけどあんなしっかりした練習受けたことなかったからビックリしたよ」

 

 そうだったんだ。わたし運動部とかに入ってなかったから分からなかったよ。それどころかスクールアイドルってみんなこんな練習してるのって思ってたから。

 

「ある意味篠原先輩がアイドルって言えばわりと説明が付きそうなのよね」

 

 確かに本当に篠原先輩が如月ちゃんならプロのアイドルが受けてるトレーニングやってるわけだから、どんなトレーニングが良いのか知ってそうだし。

 

 それを使ってトレーニングメニュー考えればちゃんとしたトレーニングになるよね。

 

 あれ? もしかして本当に如月ちゃんだったらわたしたち相当贅沢なことしてる? トップアイドルに練習を教えてもらえるなんて、UTXとか大きい学校じゃないと出来ないから。

 

 えっ? えっ? どうしよう。流れでだったけど篠原先輩に悩みを聞いてもらったし、一歩を踏み出してスクールアイドルを始めて入ったグループのマネージャーは実はトップアイドルでしたなんてファンとしてすごく贅沢なことしてる。

 

「何か花陽が落ち着かない感じになったみたいだけど大丈夫?」

 

「アイドルのことになると何時ものことにゃ~」

 

「そう。なら花陽が落ち着いたら先輩たちのところに行くわよ」

 

「分かった。あっ、でも時間掛かりそうだからこのまま連れて行くね」

 

 そんな感じでわたしがもしかしたら予想してちょっとテンションが上がっている横で二人は話を進めて、このあと先輩たちのところへ気づかないまま連れていかれました。

 

 3

 

「沙紀ちゃんは隣のクラスだよ」

 

 わたしと真姫ちゃんの疑問を解決するために二年生の教室に行くと、高坂先輩たちにクラスが違うよって言われる。

 

「へぇ~、そうだったんだ。てっきり同じクラスだと思ってたよ」

 

 凛ちゃんの言う通りわたしも篠原先輩と穂乃果先輩たちは同じクラスだと思ってた。二年生は二クラスしかないし、一人だけ違うクラスだと思ってもいなかったから。

 

「何か一人だけクラス違うのって可哀想ね」

 

 真姫ちゃんは指で髪の毛を弄りながら可哀想って言うけど、確かに色々と不便だと思う。

 

「でも沙紀ちゃんは隣のクラスに居ないと思うよ」

 

「大体お昼は私たちかにこ先輩と一緒に食べるか他の仕事でいないときのほうが多いですから」

 

 そうなんだ。今日は先輩たちとは一緒じゃないみたいだし、今日のお昼は忙しいのかな。どうしよう。

 

「確か特に今日は何も言ってなかったですから部室に居ると思います」

 

「ありがとうございます。海未先輩」

 

 わたしたちは先輩たちにお礼を言って、部室に行こうとすると──

 

「待って、みんなで沙紀ちゃん探してるみたいだけど、また沙紀ちゃん何かしたの」

 

 ことり先輩に止められてまた篠原先輩が何かしたのか勘違いしてた。

 

 どうしてみんな篠原先輩が悪いことをしたことが前提で考えたるだろう。そんな悪いことしてるイメージないのに。

 

「今日は何もしてなくて、かよちんが篠原先輩がアイドルの星野如月に似てるって言うから確認しようしてたところにゃ~」

 

 凛ちゃんが先輩たちに篠原先輩を探してる理由を説明する。

 

「へぇ~、そんなに似てるんだ。それで星野如月って誰? 有名なアイドル?」

 

「知らないですか!? スクールアイドルなのに!!」

 

「花陽ちゃん……顔が近い」

 

 穂乃果先輩が如月ちゃんの事を知らなかったことに驚いて思わず詰め寄ってしまう。

 

「スクールアイドルって言っても私たち始めてまだ一ヶ月しか経ってないし、穂乃果ちゃんは始めるまでアイドルのこと全然知らないから無理もないよ」

 

「そうですね。私もアイドルのことは詳しくはないですから星野如月と言う人がどんなアイドルか分からないですし」

 

 おお、これは由々しき事態です。先輩たちはあの伝説の中学生アイドルを知らないなんて。スクールアイドルなら一度は目を通すべきアイドルなのに。

 

「いいですか!! 星野如月と言えばデビュー時は現在も活躍中のトップアイドルユーリちゃんとユニットで活躍し、中学生と思えないルックスと高い歌唱力とダンスで瞬く間にトップアイドルの仲間入りを果たしデビュー僅か一年で武道館ライブまで行った伝説の中学生アイドル何ですよ!!」

 

「花陽ちゃん……またキャラが変わってる」

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ」

 

 何かいまいち如月ちゃんのスゴさが伝わってない。これがにこ先輩なら分かってくれると……そうだ!! にこ先輩ならライブDVDを持ってるはず!! 

 

「先輩たち行きますよ!!」

 

「えっ? どこに?」

 

「部室に決まってるじゃないですか!! 如月ちゃんの凄さを知ってもらうために」

 

 わたしは穂乃果先輩の腕を引っ張って部室に向かう。如月ちゃんの素晴らしさを知ってもらうために。

 

「花陽……目的が変わってるわよ……」

 

「もう無理にゃ~。ああなったかよちんはもう誰にも止められないよ」

 

「私たちも付いていかなきゃ駄目なんでしょうか……」

 

「もちろんです!!」

 

「ははは……行くしかないみたいだね……」

 

 みんなが何か言いながらも部室に向かって歩く。部室に近づくと、何かとても甘い空気が漂っていたけどわたしは気にせず部室に向かう。

 

「何か部室の近くの空気が甘過ぎるけど何なの!!」

 

「この感じは確実に沙紀がいますね」

 

「そうだね。この空気を昼間から作れるのは沙紀ちゃんくらいだし」

 

「花陽ちゃんイタイイタイ!!」

 

「と言うか……色々と酷い状況……」

 

 そうして目的のアイドル研究部の部室の前に到着。そして扉を開けるとそこには──

 

「にこ先輩。あ~ん」

 

「だから!! 自分で食べられるわよ!!」

 

「もうにこ先輩照れちゃってツンデレさんなんだから。でもそんな先輩も可愛い」

 

「何でそんな思考になるのよ!!」

 

 なんて会話をしてたけど気にせずにわたしは堂々と中に入っていく。

 

「ちょっとあなたたち何勝手に入ってるのよ。ここは私とにこ先輩の愛の巣なのに!!」

 

「バッカ!! ここはアイドル研究部よ!! あんたの妄想を垂れ流してるじゃないわよ!!」

 

 先輩たちは私たちに気付いてそんなことを言うけどわたしは目的のものを探す。でも探しても目に見える場所にはなかった。

 

「にこ先輩、星野如月ちゃんのライブDVDってどこにありますか」

 

「えっ!! 花陽ちゃんまで私のことスルー!?」

 

 にこ先輩にDVDの場所を聞くと、一瞬驚いたような顔をしていたけど、すぐに何時もの顔に戻り指を指した。

 

「あそこの棚の段ボール中に入ってるわ」

 

 わたしはにこ先輩に教えられた棚のほうへ行き段ボールの中を見ると、そこには如月ちゃんのグッズが大漁に入っていた。

 

「これはユニット時代のサイン!! 超レア物です」

 

 中を探してるとレアなグッズが入っていて驚くけど、今はライブDVDを探さなきゃ。あとでゆっくり見せてもらえばいいし。

 

「えっ? ホント何があったのよ?」

 

「えぇ……何か色々とあって星野如月について知ってもらおうとなりまして花陽が暴走しました」

 

「意味分かんない!!」

 

「それ私のセリフ。真似しないで篠原先輩」

 

「あった!!」

 

 段ボールを探し続けて、ついにわたしは星野如月の伝説なったライブであるサマーライブのDVDを見つけた。

 

「と言うわけでにこ先輩。パソコンお借りしますね」

 

 そう言ってわたしはパソコンを借りてDVDを入れて再生を始めると、みんなが画面の前に集まっていた。

 

 だけど、ただ一人篠原先輩だけは遠くからその様子を見ていたことにわたしは気づかなかった。

 

 4

 

 画面から映し出される映像はとても印象的だった。

 

 歌声は感情的でありながらも音程は常に正しくずれることなくって、ダンスは勢いがありながらも美しく綺麗にキレのある動き。

 

 そして、如月ちゃん本人は何処か冷めたような目だけど、本気で楽しんでいる熱意が伝わってきた。

 

 このライブはわたしも実際に会場に行って見に行ったけど、この映像を見ると数年前なのにあのときの興奮が甦ってくる。

 

 一曲の中に込められてる如月ちゃんの熱量が映像越しでも伝わってきてるのか、他のみんなも彼女の歌にダンスにそして全てに引き込まれていった。

 

 そうして時間の関係もあるので、所々場所を選びながらライブを見ていると、いつの間にか彼女のライブはあっという間に終わっていた。

 

「すごい……」

 

 そう誰かが口にした。

 

「そうだね。私たちとそこまで変わらない年なのにあんなライブが出来るなんて」

 

「これが本物のアイドルと言うものなんでしょう。私たちとは住む世界が違います」

 

「でも、そんな彼女──星野如月に憧れて多くの学生がスクールアイドルを始めたわ」

 

 そう。海未先輩が言ったようにスクールアイドルとプロのアイドルでは住む世界が違う。だけど、如月ちゃんはライブを見た多くの学生に影響を与えていた。

 

 その結果今のようなスクールアイドルブームを造り上げた。そしてスクールアイドルでも実力のあるアイドルは、プロの世界に入っていったりもして、アイドルそのものすらも影響を与えていた。

 

「にこ先輩もこの子に憧れて?」

 

「そうね。にこは元々アイドルが好きで憧れてたけど、星野如月を見てもっとその気持ちが強くなったわ」

 

 やっぱり、そうだよね。なんたってあのA-RISEでさえ大きな影響与えたアイドルなんだから。

 

「でも、どうして急に星野如月の話になったのよ」

 

「あれ? どうしてだっけ?」

 

「えっと、確か花陽ちゃんが何か気になることがあって教室に来たのまでは覚えてるけど……」

 

 あれ? わたしも思い出せない。何か取っても気になることがあって如月ちゃんの話をしたけど何だったっけ? 

 

「まあまあ、ゆっくりお茶でも飲んで思い出せばいいじゃない」

 

 そう言って篠原先輩がいつの間にか人数分のお茶を机の上に用意してくれていた。

 

「そうだね。沙紀ちゃ……」

 

『あっ!!』

 

 篠原先輩の顔を見て、にこ先輩と篠原先輩以外のメンバーは何をしにここにやって来たのかを思い出した。

 

 篠原先輩が如月ちゃんに似ているから本人かどうか確認するために。

 

「確かに……花陽ちゃんの言ってた通り似てる……」

 

 ことり先輩がDVDの表紙と篠原先輩の顔を見比べながら似てると言う。

 

「DVDの表紙とは少し幼さを感じや髪型とメガネで判断はしづらいですが、とても似てます」

 

「それに声もかなり似てるから本当に沙紀ちゃんって……」

 

 海未先輩も穂乃果先輩も篠原先輩が本当に如月ちゃんなんじゃないのかって思い始めているから篠原先輩本人は──

 

「嘘!! ホントですか。私あんなすごいアイドルに似てるですって、にこ先輩どう思います?」

 

「まあ、言われれば似てるかもしれないわね。でもこれが星野如月本人とは思えないわ。だって中身とても残念だもの」

 

 何て言ってちょっと嬉しそうに言いながらにこ先輩にどうかと言って、にこ先輩も見た目だけなら似てると言う。

 

「そういわれると、否定できないところがあるよ」

 

「だって沙紀ちゃんだもんね」

 

「みんな酷い!! 何でそんなことを言うの」

 

 さんざん言われて嬉しそうな表情から一気に悲しそうな顔をする篠原先輩。本当に何か可哀想に見えてくる。

 

『日頃の行い』

 

 わたし以外のメンバーが篠原先輩に口を揃えてそう言い切った。

 

「ああ、やっぱりそうですか。分かってましたよ」

 

 最初から分かっていたかのように篠原先輩はなんとも言えない表情していた。

 

「そんなことより似ているかどうかメガネと三つ編み取れば分かることじゃないのかにゃあ」

 

「そんなことって!! 何気に凛ちゃん酷い」

 

「そうだね。じゃあ沙紀ちゃんメガネと三つ編み取るね」

 

 凛ちゃんの提案に乗って穂乃果先輩は篠原先輩のメガネと三つ編み取ろうとする。

 

「バカ止めなさい!!」

 

 にこ先輩が大きな声で止めようとするが既に遅く穂乃果先輩の手が篠原先輩の三つ編みに触れた瞬間──

 

「Don'ttouchme!!」

 

 何故か英語で触ると言って穂乃果先輩の振り払い、大きく後ろに下がる。

 

「遅かった……」

 

「えっ? えっ? 何? どういうこと?」

 

 穂乃果先輩は何が起きたのかそれどころかにこ先輩以外何が起きたのか全くわからない状況だった。

 

「沙紀は人前で三つ編みをほどかれるの何故かとても嫌がるのよ。だから無理矢理ほどこうとすると沙紀は……」

 

「NOIdentityNOLife!!」

 

 高らかにまた英語で何かを叫んでいた。

 

「あんな風に暴走するわ」

 

 にこ先輩はとても可哀想なものを見る目で篠原先輩を見ていた。

 

「私=『白百合の委員長』OK」

 

「私=三つ編みメガネOK!!」

 

「委員長ならすべからく三つ編み委員長であれ!!」

 

 また何かよく意味の分からないことを言ったり、完全偏見が混じったりしてる。

 

「どうするのあれ」

 

「何時ものように黙らせる。それで解決よ」

 

「何時も通りだね」

 

 何時も通りなんだ。何かこう色々とおかしいけどみんなそれで納得しちゃってる。

 

「そんなわけだから海未あんたも手伝いなさい」

 

「何で私が」

 

「あの状態だと何時もより素早いから手伝ってほしいのよ」

 

「なるほど、そういうことでしたら」

 

 そうしてにこ先輩と海未先輩は篠原先輩を止めようと近づくけど、篠原先輩は素早い動きで二人を避けていく。

 

「本当に何時もより素早い。と言うよりもめんどくさい」

 

「ああもう、めんどくさい」

 

 さっきから紙一重で避けられるからどんどんイライラしていく二人。

 

「私は何にも屈しない、三つ編みばんざ~~い!!」

 

 対称にどんどんテンションがおかしくなっていく篠原先輩。この不毛な戦いがいつまでも続くかと思っていたけど、勝負はなんとも言えない形で終わりを迎える。

 

「あとで片付けるのめんどくさいけどこれを使うしかないわね」

 

 そう言ってにこ先輩はポケットから何かを取り出して篠原先輩に向かって投げる。篠原先輩は最初はキャッチしようとしてたけど、投げたものに気づいたとたん避けようとする。

 

 それがいけなかったのか急に避けようとしたから体勢が崩れて身体が倒れようとするけど、倒れる方向が悪かった。

 

 ちょうど、倒れた先に海未先輩が居て海未先輩も急に篠原先輩が倒れたことに対応できず、そのまま巻き込まれる形で一緒に倒れる。

 

『きゃぁ~~』

 

「だ、大丈夫ですか」

 

 倒れた二人がどうなってるのかちょうど机に隠れてよく見えない。わたしは二人が心配になって駆け寄るとそこには──

 

 篠原先輩と海未先輩の口が重なってキスをしていた。

 

「ヘッ? へっ!?」

 

 わたしは予想外の展開に戸惑うことしかできなかった。

 

「はっ!! 私は何を!! と言うかごめん海未ちゃん……?」

 

 倒れた影響なのかキスしたせいなのか分からないけど正気に戻った篠原先輩は海未先輩に謝るけど、海未先輩に反応がないまま次の瞬間──

 

「あべし!!」

 

 海未先輩が目には見えない早さで篠原先輩を殴り篠原先輩は宙を舞っている間に海未先輩は部室から駆け出していった。

 

 そのあと、海未先輩は今日の練習に来ることがなく一週間くらい篠原先輩と口を聞いてはくれませんでした。

 

 その間、篠原先輩はと言うと泣きそうになりながら海未先輩に土下座する姿を見てわたしたちはなんとも言えない気分になりました。

 

 ちなみににこ先輩が投げたのは台所に出てくるあれのおもちゃでした。

 




そんなわけで正体についてはうやむやなってしまい別の問題が発生する事態になりましたね。

まあ、それが沙紀らしいと言えばらしいですけど。

次回もどうなることやらお楽しみに。

何か感想がありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字等ありましたら連絡いただけるとありがたいです。


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十四話 取材

 1

 

「あ、あの」

 

「はい、笑って」

 

 急にカメラを向けられて困っている穂乃果ちゃんにウチは笑うように言う。

 

「えっ!?」

 

 穂乃果ちゃんは戸惑いながらすぐに笑顔を作る。流石はスクールアイドルやね。

 

「じゃあ決めポーズ」

 

「これが音ノ木坂学院に誕生したμ'sのリーダー高坂穂乃果その人だ」

 

 凛ちゃんにポーズを取るように言われて彼女が思い付く限りのポーズを取ったところでウチがナレーションを入れる。

 

「はい、カッート!!」

 

 沙紀監督の合図と共に穂乃果ちゃんの撮影を終える。

 

「あの……これは?」

 

「じゃあ海未先輩ね」

 

「よ~い、アクション!!」

 

 穂乃果ちゃんはこれが何なのか分からずウチたちに聞いてくる。だけどそのまま凛ちゃんが次は海未ちゃんを撮影しようと、カメラを向けたところで沙紀監督が開始の合図を入れた。

 

「な、何なんですか。ちょっと待ってください!!」

 

 いきなり自分を撮られるから戸惑い恥ずかしがって、自分の顔がカメラに写らないようにする海未ちゃん。

 

「失礼ですよ、いきなり」

 

「ごめん、ごめん。実は生徒会で部活動の紹介するビデオを製作することになって、各部に取材してるところなん」

 

 ウチは穂乃果ちゃんたちにこの撮影の主旨を説明する。その横で凛ちゃんと沙紀監督は海未ちゃんの撮影を続けてるやけど。

 

「いいね。いいね。恥じらう姿はいいよ」

 

「カメラ、左に回って。そのあと下から見上げる感じで」

 

「ラジャー。監督」

 

 うん。このままじゃあ別の撮影になりそうやけど、面白いからそのままでしとこう。

 

「取材? そもそも沙紀ちゃんは何やってるの?」

 

 取材について気になるところだと思うやけど、委員長ちゃんのほうがもっと気になるんやね。

 

「沙紀ちゃんではない!! 監督と呼べ!!」

 

 そういうことや。委員長ちゃんにお手伝いを頼んだらノリノリで引き受けてくれてたんや。ただ監督の真似事ついては……。

 

「うぅ、でも監督っぽい衣装が全く思い付かなかったからこんな格好にこれじゃあ中途半端で気持ち悪いよ」

 

 監督と呼べと言った矢先に委員長ちゃんは、自分の格好のことについて何か言いながらその場で泣き崩れた。

 

 今の委員長ちゃんの服装は上下ジャージでメガネじゃなくってサングラスを掛けて帽子を被っている(ちなみに髪型は何時も通り三つ編み)。

 

 どちらかと言えば運動部の監督みたいな格好をしてるから違う監督やね。委員長ちゃんは役作りに何か変な拘りがあるから(ウチには分からないけど)そういうところ気にするやんね。

 

 まあ、そこが委員長ちゃんの可愛いところなんやけど。

 

 誰もが委員長ちゃんの苦悩を理解できないでいるなか一人委員長ちゃんの近づく人物がいた。

 

「沙紀ちゃん何で相談しなかったの!! 衣装だったらことりがいくらでも作ったのに」

 

「えっ!? だってことりちゃんライブの衣装で忙しいのに私の趣味に付き合わせるのは迷惑だと思ったから」

 

「気にしないでいいよ。可愛い女の子が可愛い衣装を着るためだったらいつでも手伝うよ」

 

 委員長ちゃんに手を指し伸ばすことりちゃん。そんなことりちゃんに委員長ちゃんは感激した顔をしながら──

 

「穂乃果ちゃんは?」

 

 何かの確認をした。

 

「動物パジャマ!!」

 

 委員長ちゃんの質問に即答することりちゃん。

 

「海未ちゃんは?」

 

「チャイナ服!!」

 

 ことりちゃんも委員長ちゃんに質問を返すと、委員長ちゃんも即答する。

 

『ソウルフレンド!!』

 

 彼女たちが何かの確認を終えると、そう言って互いに抱き合った。

 

 今ここに彼女たちしか理解できない友情関係が生まれた。

 

 ウチは何がなんだか分からないまま他のみんなの反応を確認する。

 

「何これ?」

 

「いいね。この角度もらったよ」

 

「…………」

 

 穂乃果ちゃんはウチと同様完全に理解ができていない。凛ちゃんに至ってはこの状況を撮影ながら楽しんでいた。

 

 海未ちゃんは何かちょっと羨ましいそうな顔をしてたけど……ウチの気のせいやよね。

 

「まあ、最近スクールアイドルが流行ってるし、μ'sに悪い話やないと思うけど」

 

 ここままこの二人に関わってると話が進まなそうなので話を戻す。

 

「わ、私はイヤです。そのカメラに写るなんて」

 

「取材……」

 

「なんてアイドルな響き」

 

 海未ちゃんはカメラに写るのが恥ずかしいから嫌だと断る。けど穂乃果ちゃんはアイドルっぽいと思ってちょっと酔いしれる。

 

「穂乃果?」

 

「OKだよね海未ちゃん。それ見た人がμ'sのこと覚えてくれるし」

 

 そうやね。この取材のビデオは学校のホームページやオープンキャンパスとかの行事で流れるから多くの人に見てもらえる。

 

 だから、μ'sとしても本当に悪い話やないんや。そうじゃなきゃ委員長ちゃんも手伝わないしね。

 

「そうね。断る理由はないかも」

 

 二人だけの世界から戻ってきたことりちゃんも穂乃果ちゃんの意見に賛成する。

 

「ことり」

 

 どんどん味方がいなくって戸惑う海未ちゃん。

 

「取材させてくれたらお礼にカメラ貸してくれるって」

 

「そしたらPVとか撮れるやろ」

 

「PV?」

 

 PVと言われてなんのことやらみたいな反応する穂乃果ちゃん。

 

「ほら、μ'sの動画ってまだ三人だったときのやつしかないでしょ」

 

「メンバーも七人に増えたからそろそろやったほうがいいと思ってたけど良いカメラがなかったからね」

 

「あぁ!」

 

 凛ちゃんと委員長ちゃんに言われてPVを取っていなかったことを思い出した穂乃果ちゃん。

 

「あの動画誰が撮ってくれたのか分からないままだし」

 

 あの動画って言うのはファーストライブの動画のことやろ。ウチは誰が撮ったのか知ってるし、時期じゃないからみんなには悪いけど言わない。

 

 委員長ちゃんも気付いてるみたいやけど……言わないってことは委員長ちゃんもタイミングを計ってるやね。

 

「海未ちゃんも沙紀ちゃんもそろそろ新しい曲をやったほうがいいって言ってたよね」

 

「決まりだね」

 

「もう!!」

 

 周りの反応と取材を受けるメリットを考えて、海未ちゃんも嫌々取材を受けることにした。

 

「よ~し!! じゃあ、他のみんなに言ってくる」

 

 そう言って穂乃果ちゃんは他のメンバーを呼びに探しに行った。

 

 2

 

「ありのまま過ぎるよ!!」

 

 ウチがナレーションを入れながらビデオに撮った映像を確認すると、穂乃果ちゃんはそう叫んだ。

 

 撮られた映像は授業中に寝て昼食にパンを食べてまた寝ると言うもの。確かに穂乃果ちゃんの感想通りありのままの映像やった。

 

「ってゆうか、いつの間に撮ったの!?」

 

「上手く撮れてたよことり先輩」

 

 誰が撮ったのか穂乃果ちゃんが犯人を探そうとすると、凛ちゃんが上手く撮影できていたとことりちゃんを誉める。

 

「ありがとう。こっそり撮るのドキドキしちゃった」

 

「えぇ!! ことりちゃんが……。ヒドイよ」

 

 思わぬ伏兵に驚く穂乃果ちゃん。ちなみに盗撮していたときの思い出していたことりちゃんの顔は、何かに目覚めそうな顔をしていたのは、ウチの気のせいやと思いたい。

 

「普段だらけてるからこういうことになるんです。これからは……」

 

 海未ちゃんが穂乃果ちゃんを注意しようとするけど、次に海未ちゃんの映像が流れたから穂乃果ちゃんは全く聞いていなかった。

 

「真面目に弓道の練習を」

 

 弓道の練習をやってると思ったら、近くにあった鏡を見て可愛い笑顔を鏡に向けていた。

 

「可愛く見える笑顔の練習?」

 

 そんなことをことりちゃんが言うと、海未ちゃんは手でビデオの画面を隠す。

 

「プライバシーの侵害です!!」

 

「この流れなら沙紀ちゃんも撮ったんだよね」

 

 海未ちゃんが恥ずかしがったところで穂乃果ちゃんが委員長ちゃんも撮ったかどうかを聞いてくる。

 

 まあ、当然の流れやよね。μ'sのメンバーじゃないにしても一応は取材が入るから。

 

「うん……。撮ったんだけどね……」

 

 何とも言えない顔をして撮りはしたと言ってるけど、ウチ的にはまた委員長ちゃんがやらかしたと思った。

 

 けど委員長ちゃんの映像を見てみると、写っているのは真面目にクラス委員の仕事や生徒会の手伝いをやっていて、全く面白くない映像やった。

 

「全然面白くないよ。沙紀ちゃんならきっと色々とやってくれると信じてたのに」

 

「ヒドイ!! みんな私に何を求めてるの!?」

 

「テレビのお笑い芸人みたいなこと」

 

「勢いだけの全力のボケだよ沙紀ちゃん」

 

 委員長ちゃんに何を求めるのか二人の反応を見ていると委員長ちゃんが普段ここで何やってるのか大体見当がついてしまうやん。

 

「クソ、また日頃の行いかよ!! やっぱり改めるべきか? でも、やっぱり改めない!! だって私だもん!!」

 

「いや、改めてくださいよ」

 

 海未ちゃんのツッコミも一理あるんや。特に委員長ちゃんがこんなキャラじゃないと思っているエリチがいるやから。

 

 ホント、エリチにバレたら即倒レベルや。

 

「でも流石は沙紀先輩だね。伊達に全校生徒を騙していないにゃ~」

 

「いや~それほどでもなくないね」

 

「いや、誉められてませんよ」

 

 確かにビデオの通りに出来てなかったら、委員長ちゃんが全校生徒を騙してないやよね。それが出来なければ別の意味で有名になってたし。

 

「よ~し、こうなったら次はことりちゃんのプライバシーを……」

 

 穂乃果ちゃんは今までやられた仕返しに主犯であることりちゃんの鞄を開けて中身を見ようとする。けど、ことりちゃんは素早く鞄を取って自分の後ろに隠す。

 

「ことりちゃんどうしたの?」

 

「何でもないのよ」

 

「でも……」

 

「何でもないのよ、何でも」

 

 早口で喋って明らかに怪しいけど、それ以上野暮な気がするので、ウチはこの取材の説明を始める。

 

「完成したら各部にチェックしてもらうようにするから問題あったらそのときに」

 

「でもその前に生徒会長が見たら」

 

(困ります。あなたのせいで音ノ木坂が怠け者の集団に見られてるわ)

 

 この映像を見たエリチを穂乃果ちゃんは想像してこんなことを言われると思って涙目でウチを見てくる。

 

 確かに今のエリチなら言いそうやな。けど……。

 

「まあ、そこは頑張ってもらうとして」

 

 と言うかあの映像を見て自分たちが怠けてると自覚があったんだ。

 

「えぇ!! 希先輩何とかしてくれないですか」

 

「そうしたいんやけど、残念ながらウチに出来るのは誰かを支えてあげることだけ」

 

 穂乃果ちゃんはウチが何とかしてくれると思ってたみたいやけど、それは出来ない。

 

「支える?」

 

 そう。ウチに出来るのはそれだけ。今はそれが一番必要な人のために頑張らなきゃいけない。そして……もう一人……。

 

「まあウチの話はええやん。それにここには委員長ちゃんがいるから大丈夫やろ。この子、一応エリチに気に入られてるから」

 

 エリチは見事に委員長ちゃんに騙されて有能で礼儀正しくって真面目な後輩って、勘違いしてるから委員長ちゃんが少し言えば何とかなるやろ。

 

「希先輩がそう言うならじゃあ、沙紀ちゃん任せた」

 

「任された」

 

 こういうところですぐに任される辺りそういう部分ではかなり信頼されてるやな委員長ちゃん。良かった良かった。ウチは委員長ちゃんが穂乃果ちゃんたちと馴染めてのが、分りホッとする。

 

「さてと、さあ次は……」

 

 誰を撮影しようと悩んでいると、部室の扉が開いてそこからにこっちが息を上げながら部室に入ってきた。

 

「ああ、にこ先輩」

 

「取材が来るってホント!!」

 

 ああ、取材が来るって穂乃果ちゃんから聞いて急いで来たんやね。ホント、にこっちは目立ちたがり屋さんなんやから。

 

「もう来てますよ。ほら」

 

 ウチがカメラを持って来てるよとアピールするとにこっちは──

 

「にっこにっこに~!」

 

 アイドルとしてのキャラを演じ始めた。

 

「みんなも元気ににっこにっこに~の矢澤にこです」

 

「え~と、好きな食べ物は~」

 

「ごめん、そういうのはいらないわ」

 

 今回はそういう主旨じゃないからにこっちのはNGなんやね。

 

「えっ?」

 

「部活動の生徒たちの素顔に迫るって感じにしたいんだって」

 

 驚くにこっちに凛ちゃんが今回の撮影の主旨を説明する。

 

「素顔……あぁ!! OKOKそっちのパターンね。ちょっと待ってね」

 

 撮影の主旨を理解したところで、そう言ってにこっちは後ろを向いて何かしようとしているけどウチたちは──

 

「じゃあみんな行こっか」

 

 そう言ってウチたちはにこっちを置いて次の撮影場所に移動する。

 

「良いんですか。にこ先輩一人にして」

 

「大丈夫や。委員長ちゃん置いてきたから」

 

「なら問題ないね」

 

 色んな意味でやけどことりちゃんの言う通りあの二人なら問題ない。だって──

 

「にこ先輩の愛いただきました!!」

 

 案の定にこっちに欲情した委員長ちゃんが返り討ちにあった声が聞こえたから。

 

 そんなわけで次の撮影場所に移動すると──

 

「遅いぞ、お前たち。監督を待たせるとは何事だ」

 

 花陽ちゃんと真姫ちゃんと一緒に監督スタイルで何故か委員長ちゃんがウチたちより先にそこにいた。

 

 3

 

「何で沙紀ちゃんが穂乃果たちより先に来てるの? だってにこ先輩にお約束を受けてたんじゃあ……」

 

「沙紀ちゃんではない。監督と呼べ!!」

 

 そう言って委員長ちゃんは何処から取り出したネギで穂乃果ちゃんの頭を叩く。しかし、何でネギ? しかも曲がってるし。

 

「イッタイ!! 何するの沙紀ちゃん!! しかもまた曲がりネギで」

 

「だから監督と……」

 

「分かったから分かったから!! 髪の毛にネギの臭いが付くから止めて~~」

 

 そんなコントみたいな会話を見るのは止めて委員長ちゃんの一緒にいた二人の方を見る。

 

「それで二人は? 何か知ってるように見えますけど」

 

「え~と……。その……」

 

 海未ちゃんが二人が何でもう委員長ちゃんがいるのか知ってるみたいだったから聞いてみると、花陽ちゃんは話しにくそうな顔をしていた。

 

「沙紀先輩がいきなり窓から飛んできたのよ」

 

 言いにくそうな花陽ちゃんに代わって、真姫ちゃんが説明する。

 

 ああ、なるほど。にこっちに空いていた窓のほうへ吹き飛ばされたあと、たまたま通りかかった真姫ちゃんと花陽ちゃんに合流したわけやね。

 

「よ~し、メンバー揃ったから撮影を始めるぞ」

 

 ネギを両肩に乗せながら撮影の準備を進めていた委員長ちゃん。うん。それ明らかに監督の仕事じゃないね。

 

 そんな訳で沙紀監督の指示の下、取材の撮影が始まった。

 

「た、助けて……」

 

 まず、初めにまだ取材をしてない花陽ちゃんからスタートしたわけだけど、緊張のあまり助けてと言う。

 

「緊張しなくて平気、聞かれたことに答えてくれればいいから」

 

「編集するからどんなに時間掛かっても大丈夫やし」

 

「花陽ちゃんのペースでやりなさい」

 

 撮影スタッフで花陽ちゃんに緊張のほぐそうとする。一人すごく偉そうだけど。

 

「で、でも」

 

「凛もいるから頑張ろ」

 

 そうして凛ちゃんは花陽ちゃんを励ましながらもう一人の一年生の方を見る。

 

「真姫ちゃんもこっち来るにゃ~」

 

「私はやらない」

 

 みんなから離れた場所で髪の毛を弄りながら取材拒否する真姫ちゃん。

 

「もう」

 

 凛ちゃんは真姫ちゃんが取材を受けてくれなくって困っているなかウチは真姫ちゃんに取材させる方法を思い付く。

 

「ええやん。どうしても嫌ならインタビューしなくても」

 

 凛ちゃんにウインクをして沙紀監督からの許可を確認して頷いてくれたからウチは思い付いた作戦を実行する。

 

「真姫だけはインタビューに応じてくれなかった。スクールアイドルから離れればただの盛んな十五歳。これもまた……」

 

 凛ちゃんが真姫ちゃんにカメラを向けたところでウチがナレーションを入れる。

 

「何勝手にナレーション被せてるの!!」

 

 それに気付いた真姫ちゃんはウチたちのほうに来てカメラを止めようとする。

 

 結局、取材拒否をすればウチたちによる編集作業によってあることないことナレーションで吹き込まれると思った真姫ちゃんは渋々取材を受けてくれることになった。

 

 やってること明らかにえげつないやけど。

 

 そんな訳で真姫ちゃんも取材に協力してくれるってことで先ほどとは打って変わって一年生三人の取材を始める。

 

「まず、アイドルの魅力について聞いてみたいと思います。では花陽さんから」

 

「えっ!? え~と……その……」

 

「かよちんは昔からアイドル好きだったんだよね」

 

「は、はい!!」

 

 花陽ちゃんが何を言おうか悩んでいると凛ちゃんが助け船を出して花陽ちゃんが話しやすくする。

 

「それでスクールアイドル?」

 

 そこから話を発展して次の質問をしているなか横で沙紀監督たちが何かしてる感じがする。何かは分からないやけどろくでもないことを。

 

「はい……え~と……」

 

「ちょっと止めて」

 

 ウチの質問に答えようとしていた花陽ちゃんだけど何かを見て笑い出して、真姫ちゃんはカメラを止めさせるように言ってその原因のほうへ向かう。

 

「いやぁ緊張してるみたいだからほぐそうかなって思って」

 

 穂乃果ちゃんは変顔をして花陽ちゃんたちを笑わそうとしていた。

 

「ことり先輩も」

 

「頑張っているかね」

 

 ことりちゃんはひょっとこの仮面を被りながら笑わせに来ていた。

 

「沙紀先輩に至っては何ですか!!」

 

「えっ? お腹すいたからお菓子食べてるだけだけど」

 

 そう言って食べてるのはサングラスだった。しかもそのサングラスよく見てみるとクッキーだった。

 

「おお!! すごいこれ沙紀ちゃんが作ったの?」

 

「そうだよ。ちなみにこの帽子もお菓子で出来ています」

 

 そう言って委員長ちゃんは帽子を取って食べる。いや、委員長ちゃん。衣装が準備できてなかったって言ってたけどこれ十分にすごいやん。

 

 何でお菓子で帽子とサングラスが出来るんやん。技術高すぎやろ。

 

「全く!! これじゃあμ'sがどんどん誤解されるわ」

 

 こんな状況を見ていた真姫ちゃんはそんな心配を口にした。

 

「おお! 真姫ちゃんがμ'sの心配してくれた」

 

「別に……私は……。あっ! 撮らないで!!」

 

 穂乃果ちゃんにそう言われて戸惑う真姫ちゃんだけど、カメラがまだ回っていたことに気づいて無理矢理止めた。

 

「でも確かにここまで撮った分を見てるとちょっとね」

 

「だらけてると言うか遊んでると言うか」

 

 取材の休憩ってことでここまで撮ってきた映像を見ているとそんな印象しか残らない。

 

「えぇ!!」

 

 そんなウチの感想に驚く花陽ちゃん。この映像を見てそういう感想しか出てこないんや。

 

「まあでも、スクールアイドルの活動の本番は練習やろ」

 

 ちゃんと練習を真面目にやってその風景を取れれば今までの事はエリチには何か言われるやろうけど問題はなしや。

 

「そうね」

 

「よ~し、それじゃあみんな気合い入れてこう」

 

 リーダーである穂乃果ちゃんの合図で練習場所である屋上に移動して練習が始まった。

 

 練習はマネージャーである委員長ちゃんが指示しながらダンスレッスンが行われてた。

 

「花陽ちゃんはちょっと遅いよ」

 

「はい」

 

「凛ちゃんはちょっと早いよ」

 

「はい」

 

「ちゃんとやりなさいよ」

 

「にこ先輩。昨日行ったところのステップまだ間違ってます」

 

「分かってるわよ」

 

「真姫ちゃんはもっと大きく動く」

 

「はい」

 

「穂乃果ちゃんは疲れてきた」

 

「まだまだ」

 

「海未ちゃんはまだまだ余裕だね」

 

「はい」

 

「ことりちゃん今の動き忘れずに」

 

「うん」

 

 委員長ちゃんが一人一人をキッチンと見ながらアドバイスをする。

 

「ラスト」

 

 委員長ちゃんがそう合図をしてそれぞれポーズを決めたところで練習が終わる。終わったあとはメンバー全員に飲み物を渡して無理をしないように気を遣っていた。

 

「かれこれ一時間ぶっ通しで続けてやっと休憩。全員息は上がってるが文句を言うものはいない」

 

 ウチはナレーションを入れながら練習風景を見ていると──

 

「どう?」

 

 タオルで汗を拭きながらこっちに向かって、真姫ちゃんがこれで良いのか聞いてくる。

 

「さすが練習やと迫力が違うね。やることやってる感じやね」

 

 ずっと練習を見ていたけどさっきまでとは違って、真剣にそして真面目に練習に励んでいるからビックリしたよ。まるでさっきとは別人みたいや。

 

「まあね」

 

 そう言って真姫ちゃんは当たり前みたいな感じで言うんやけど、ずっと見ていたけどウチは一つ疑問に思ったことがあったんや。

 

「でも練習って普通リーダーが指揮するもんじゃない?」

 

 ずっと練習を見てきてリーダーの穂乃果ちゃんではなく、マネージャーである委員長ちゃんが指示しながら練習をしている。

 

「それは……」

 

 真姫ちゃんも言葉に詰まりながらみんなのほうを見てると──

 

「じゃあ休憩終わったら次はパートごとのステップを確認するから。イメージトレーニングはきちんとやっておいておいてね」

 

 次の指示を出してる委員長ちゃん。穂乃果ちゃんはそれを聞いているだけだった。

 

 4

 

 ウチは学校でのアイドル研究部の取材を終えたあと、リーダーである穂乃果ちゃんの自宅に取材に行ってきた。

 

 実際に穂乃果ちゃんがリーダーとして何をやっているのか自宅に行けば分かると思ったやけど……。

 

 そんなことを考えながら家の鍵を開けて家の中に入って自分の部屋の入ると──

 

「お姉ちゃんお帰り~」

 

 委員長ちゃんが本を読みながらウチの部屋でゴロゴロしていた。

 

「ただいま、委員長ちゃん」

 

 ウチは普通に委員長ちゃんにただいまと言って、荷物を置いて部屋着に着替える。

 

「夕飯もお風呂も私も全部準備できてるよ」

 

「ありがとう委員長ちゃん。じゃあご飯食べようか」

 

 さらっと変なこと言ってた気がするけど、それはスルーしてウチはご飯を食べようと言う。

 

「うん。じゃあお姉ちゃんが着替えてる間にご飯注いでくるね」

 

 読んでいた本を閉じて委員長ちゃんはキッチンのほうまで行って、夕食を並べる準備をしに行った。

 

 ウチはさっさと着替えてリビングに戻ると、委員長ちゃんお手製の夕食がずらっとテーブルの上に置かれてる。委員長ちゃんも早く料理を食べてもらいたくてうずうずしてイスに座っている。

 

 そんな姿を見てウチはすぐにイスに座って食べる準備を始める。ウチの準備が出来たところで──

 

『いただきます』

 

 そう言って夕食を食べ始めた。

 

「どうどう。美味しい?」

 

 食べ始めて少ししたくらいで自分の料理が美味しいか聞いてくる委員長ちゃん。

 

「美味しいよ。委員長ちゃんの料理は世界一や」

 

 そんな委員長ちゃんにウチの料理を誉める。実際に何回か食べてるけど、どれも美味しく作れる辺り実力は高い。それどころかまさかお菓子で帽子とサングラスを作れる技術を持ってるのも今日知ったから技術にも疑いようもないんや。

 

「へへぇ、お姉ちゃんに誉められた」

 

 ウチに誉められてすごく嬉しそうな顔をする委員長ちゃん。この顔は絶対に学校じゃあにこっち位にしか見せないやろうな。

 

 そこまでウチのことを気に入ってくれていることやろけど、逆に心配になってくる。

 

 あの日、委員長ちゃんが泊まりに来てから一ヶ月位経ったけど、何回か委員長ちゃんはウチの家に泊まりに来るようになった。

 

 そして委員長ちゃんのウチに対するデレ具合が異常的に上がってきていたんや。

 

 最初は家族が誰もいない寂しさから来ているものやろと思っていたけど、この感じはどうもそれだけやない気がする。

 

 それにどんなに仲良くなっても委員長ちゃんは自分のことを一切話してくれない。それはウチにそこまで話す間がらじゃないかと思ったけど多分違う。

 

 あの子はまだ恐がってる。少なくともウチとの関係性が壊れるのを。それはあの日、委員長ちゃんが言っていたことを思い出せば簡単に分かる。

 

 それに今はμ'sを全員揃えることを重点的に考えて行動してるみたい。だから委員長ちゃんが話してくれるのはそのあとや。

 

 今は委員長ちゃん自身がちゃんと話せるよう時になるまで待ってようとウチは思ってる。待つことはなれているから。

 

「そういえば委員長ちゃん。何で穂乃果ちゃんがμ'sのリーダーなん?」

 

 今日疑問に思っていたことを委員長ちゃんに聞いてみる。穂乃果ちゃんの家に行ってみたけど、作詞も作曲もダンスも衣装もどれもやっていなかったみたいやったから。

 

「ん? 何で穂乃果ちゃんがリーダーかって? 決まってるよ。そりゃ言い出しっぺだからだよ」

 

「確かに言い出しっぺの法則的なものがあるやろうけど流石に違うやろ」

 

「うん、今のは冗談。穂乃果ちゃんのリーダーとしての素質は近くに入れば分かるよ。でもお姉ちゃんも何となく分かってるでしょ」

 

 委員長ちゃんに言われた通り穂乃果ちゃんのリーダーとして素質は何となくやけど感じている。端から見たら何もしてない見てないやけど、穂乃果ちゃんはリーダーとして役割をしっかり果たしている。

 

 だからかもしれない。あの子達に賭けてみようって思ったのは。

 

「本当に羨ましいよ。あの才能……あの才能があれば……」

 

 委員長ちゃんは何か言っていた気がするけど、ウチは穂乃果ちゃんのことを考えてるからちゃんと聞き取れなかったん。

 

「委員長ちゃん……何か言った?」

 

「何でもないよ。それよりも食べようよ。冷めちゃうよ」

 

 ウチは委員長ちゃんが何か言ったのか聞いたけど誤魔化してそのまま夕食を食べ始める。

 

 委員長ちゃんが話したくないなら話で良いと思っていたウチはそのまま追求しなかった。

 

 だけど、この件については追求しておけばいいと後悔することになる。これから数ヵ月後に委員長ちゃんがあんなことになるなんて……。

 

 今はまだその後悔を知らずにウチと委員長ちゃんは楽しく夕食を続けた。

 




そんなわけで情報量も沙紀のボケ具合のたっぷりな回でしたね。多分……。

これから沙紀の身に何が起こるのか、その前にμ'sのメンバーがまともに揃えられるのかお楽しみに。

感想があれば気軽にどうぞ。

誤字、脱字等がありましたらご報告していただけるとありがたいです。


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十五話 センターを決める裏側で

やっと余裕が出来たので何時もより早目に投稿。

そんなわけでお楽しみください。


 1

 

 私──西木野真姫はアイドル研究部に入部してからずっと気になっていることがあるわ。

 

 篠原沙紀先輩のこと。

 

 私たちが入部した初日。花陽が沙紀先輩はとあるアイドルに似てるって言って、彼女が暴走した事件があったの。

 

 結局、あのときは海未先輩と言う犠牲を出す悲劇しか起きなかった。そのあとも二人を仲直りさせるために時間を費やしたせいで、真実はうやむやになったわ。

 

 だけど私は沙紀先輩のこと相当怪しいと思っているわ。

 

 あのときみんなで見たライブのあのアイドル──星野如月と沙紀先輩は確かに似ている。それに練習メニューを見てる限り、あの人の練習は相当しっかりしている。

 

 まるでどう効率良く練習すれば、どう伸びるのか知っているみたい。

 

 それにあの人は私たちが入部してから一度も歌っている姿を見たことがない。それは沙紀先輩がマネージャーで歌う必要がないからってのもあるかもしれない。

 

 ただそれだけなら疑問に思う必要はなかった。けど、あの人はボイトレ関しては基本的に私に任せている。しかも理由は私のほうが詳しいでしょって、理由だけ。

 

 そんなはずはない。他のトレーニングが全て効率良く出来てるくせにボイトレが詳しくない筈がないわ。だから沙紀先輩には絶対に何かある。

 

 そう思ってあの日からずっと沙紀先輩の事を調べたの。だけど分かったのは、委員長としての彼女の噂とアイドル研究部のマネージャーとしての変人な彼女のことだけだったわ。

 

 何処に住んでいるのか。家族は何人いるのか。どうしてアイドル研究部に居るのか。そういった彼女の真実に関わる情報については、全くと言っていいほど集まらなかった。分かるのは根も葉もない噂ばかり。

 

 まるで意図的に分からないように情報をコントロールしているみたい。

 

 考えてみればμ'sに入る前に沙紀先輩は私に接触して、私の個人情報を調べ尽くしていた。

 

 あれは私を勧誘するためだけに調べたのかと思っていたわ。けどそうじゃなくて初めから全ての生徒を調べあげてる可能性がある。

 

 情報を集めることが出きるのなら、情報をコントロールすることは容易いわ。

 

 結局、篠原沙紀と言う先輩は分からないことばかり。

 

 私が分かっていること二つだけ。沙紀先輩がとてつもなくにこ先輩を敬愛していることと女の子が大好きなことだけだった。

 

 2

 

「リーダーには誰が相応しいか」

 

 にこ先輩がメンバー全員の前でそう切り出した。

 

 沙紀先輩は私たちの席の前にお茶を置いて、何時ものようににこ先輩の後ろに下がる。

 

 これだけ見てると、にこ先輩のマネージャーみたいね。

 

「大体穂乃果たちがここに来た時点で一度考え直すべきだったのよ」

 

「リーダーね……」

 

 私は特にリーダーがどうとか興味ないから、ただ呟くだけで何時もの癖で髪の毛を弄ったわ。

 

「私は穂乃果ちゃんでいいけど」

 

「駄目よ。今回の取材でハッキリしたでしょ。この子はリーダーにまるで向いてないの」

 

 昨日の取材で穂乃果先輩はリーダーとしての仕事を全くしていないということが浮き彫りなってしまったわ。それで本当に穂乃果先輩がリーダーで良いのかと思ったみたいね。

 

 もっともにこ先輩はこの期に乗じて、自分がリーダーになろうと考えてるのがバレバレだったけど。

 

「それはそうね」

 

「ですが……」

 

 にこ先輩が言いたいことは分からなくないから、髪の毛を弄りながらにこ先輩に賛成する。

 

 それに対して海未先輩は誰がリーダーなら良いか疑問を含めながら反対気味。

 

「そうとなったら早く決めたほうがいいわね。PVだってあるし」

 

「カメラも借りれたけど、生徒会で使う予定がまだあるみたいだから早めに撮らないといけないからね」

 

 生徒会の手伝いをしているだけはあって生徒会の予定にもかなり詳しいわね。それは置いておいて、そうなると早く話を決めないといけないわ。私は興味ないけど。

 

「時間的にもそうだけど、リーダーが変われば必然的にセンターだって変わるでしょ。次のPVは新リーダーがセンター」

 

「そうね」

 

 にこ先輩が言うことは最もだわ。最近はアイドルの曲の勉強をするために花陽から色んなアイドルのCDとかDVDを借りてるけど、アイドルグループはどれもリーダーを中心に歌って踊ったりしているわね。

 

「でも誰が?」

 

「リーダーとは!!」

 

 花陽の疑問に対してにこ先輩が答えよう為に立ち上がると、同時に沙紀先輩はホワイトボードを回転させる。そこには事前に書いておいたであろうにこ先輩のリーダー論をみんなに見えるようにする。

 

「まず第一に誰よりも熱い情熱を持って、みんなを引っ張っていけること」

 

「次に精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持った人間であること」

 

「そして何よりメンバーから尊敬される存在であること」

 

 そんなにこ先輩の持論に対して花陽はメモしているみたいだけど、私は沙紀先輩が用意してくれたお茶を飲んで聞き流していた。

 

 何時も用意してくれてるけど、相変わらず沙紀先輩が淹れるお茶は美味しいわね。そう思いながら沙紀先輩を見てみると、今日はやけに大人しい。

 

「この条件を全て備えたメンバーとなると……」

 

「海未先輩かにゃ~」

 

「なんでやね~~ん!!」

 

 にこ先輩は自分だと言わせようと思ってたみたいだけど、凛が海未先輩だと口にするとにこ先輩は大きな声でツッコミを入れる。

 

「ツッコミを入れるにこ先輩も可愛い」

 

 沙紀先輩はそんなにこ先輩を見て顔を赤らめながら、何時ものようにそんな事を口にしていたわ。

 

「私が?」

 

 突然自分が指名されたことに戸惑う海未先輩。

 

「まあ確かににこ先輩の持論を考慮するとそうなるよね」

 

 沙紀先輩も私情を全く抜きにして海未先輩がリーダーに向いていることは納得する。この人、こういうところは無駄にキッチリとしてのよね。

 

「そうだよ海未ちゃん。向いてるかもリーダー」

 

 周りがそう薦めるから海未先輩にリーダーの座を進めようする穂乃果先輩。

 

「それでいいのですか」

 

「えっ? 何で?」

 

「リーダーの座を奪われようとしているのですよ」

 

「えっ? それが?」

 

「何も感じないのですか」

 

 リーダーの座に関して特に何の思い入れもない感じで、海未先輩の質問に穂乃果先輩は答える。

 

「だってみんなでμ'sやっていくのは一緒でしょ」

 

 まあ確かにやっていくことは変わらないかもしれないけど、そんな簡単に譲っていいのかしら。

 

「でもセンターじゃなくなるかもですよ」

 

 リーダーでなくなることはセンターでなくなることを意味している。そのセンターがどのくらい重要なものか分かっている花陽は穂乃果先輩にそう伝える。

 

「おお!! そうか」

 

「まあいっか」

 

『えぇ!!』

 

 少し考えたところですぐにセンターじゃなくなることに対して気にしていない態度に私も含めて全員が驚いた。

 

「そんなことでいいのですか」

 

「じゃあリーダーは海未ちゃんとゆうことにして……」

 

「待ってください……。無理です」

 

 そんな感じでさっさと決めようとする穂乃果先輩に対して海未先輩は恥ずかしそうに断った。

 

「面倒な人」

 

 そんな海未先輩を見てそう口にする。

 

 何時も沙紀先輩と一緒にメンバーを指揮したりしているくせに、いざリーダーになれと言われると恥ずかしがるなんて。

 

「じゃあことり先輩?」

 

「ん? 私?」

 

 凛に指名されてことり先輩のほうを見るけど雰囲気的にどう見ても……

 

「副リーダーって感じだね」

 

 確かにそんな感じね。ことり先輩はよくメンバーの事を気遣ってくれて裏で支えてくるイメージがよくあるからなのかしら。

 

「じゃあ……沙紀先輩?」

 

「そんなじろじろと見られると照れちゃうよ」

 

 順番的に沙紀先輩の名前を挙げて先輩のほうを見ると、そんな事思ってないくせに言う沙紀先輩。どちらかと言うと別の意味で興奮しているように見える。

 

「うん。ないかにゃあ」

 

 そんな沙紀先輩を見て凛はスッパリと言う。相変わらず悪気がないのに思ったことを堂々と口にするわね。

 

「うんうん。その通りだよって、凛ちゃんひどいよ」

 

「でも、沙紀先輩はクラス委員やってるんですよね。なら向いてるかも」

 

「そうですね。委員長しての沙紀ならにこ先輩の持論と一致しますし、委員長としてなら……」

 

 二人の言う通り沙紀先輩ならこの中で絶対に向いてるかも知れないわね。けどまあ海未先輩が自分に言い聞かせるように言ってた通り委員長としてならね。

 

 この人、クラスに居るときはホント人が変わったみたいに真面目な委員長を演じている。その状態でやるなら問題はないけど、ここにいるときじゃあ全くその面影がないわ。

 

 でもまあそんなこと言ってもこの人は断ると思うわね。何故なら……。

 

「まあ、私はクラス委員やってるけどここじゃああくまでもマネージャーだからリーダーやれって、言われても無理なんだけどね」

 

「それもそうですね。沙紀がメンバーだったら問題はなかったですけど、マネージャーですから。それにマネージャーがリーダーだなんて変な話ですし」

 

 ホント、沙紀先輩がマネージャーじゃなくてメンバーだったらこの話はもう終わるのに。それにしても何故この人はメンバーじゃなくてマネージャー何てやってるのかしら。

 

 この人、顔やスタイルは良いからアイドルやっても全然不思議じゃないのに……やっぱりこの人の正体が星野如月だから。

 

「じゃあどうしようか。一年生でリーダーっていかないし」

 

 私が沙紀先輩に対して疑問持ちながらも花陽は一年生が上級生を差し置いて、リーダーをやるのはおかしいと言う。それもそうね。何せ私たち入ったのは一番最後だし。

 

「仕方ないわね」

 

「やっぱり穂乃果ちゃんがいいと思うけど」

 

「仕方ないわね」

 

「私は海未先輩を説得したほうがいいと思うけど」

 

 沙紀先輩を除けば一番向いているのは海未先輩なんだから、この人を説得すれば早くこの話は終わるわ。

 

「仕方ないわね!」

 

「投票がいいじゃないかな」

 

「仕方ないわね!!」

 

「で、どうするにゃあ」

 

「どうしよう」

 

「分かったわよ。歌とダンスで決着を付けようようじゃない」

 

 私たちがリーダーを誰にするか悩んでいるなか何故かにこ先輩にカラオケに連れていかれた。

 

 3

 

「決着?」

 

「みんなで得点を競うつもりかにゃあ」

 

「その通り」

 

「一番歌とダンスが上手い者がセンター。どう? それなら文句ないでしょ」

 

 まあ、確かに上手い人がリーダーやるのは間違いじゃないわね。それにこのやり方だと誰が何が得意かハッキリするから今後の個別練習の指標になるわね。

 

「でも……私カラオケは……」

 

「私も特に歌う気はしないわ」

 

 私も海未先輩と同様歌うつもりはない。最も理由は違うけど。私は別にリーダーとか興味ないし。

 

「なら歌わなくって結構。リーダーの権利が消失するだけだから」

 

 別にそれで良いわよ。面倒なことしなくて済むし。

 

「フフフ、こんなこともあろうかと高得点の出やすい曲のピックアップ既に完了している。これでリーダーの座は確実に……」

 

 明らかに不正をしようとしている人が居るけど私は興味ないから見逃す。こう言うのはよしとはしない人も居ることだし。

 

「さあ始めるわ」

 

 にこ先輩は始める合図をするけど誰も話を聞いてなく各々自由に行動している。ただ一人を除いては。

 

「あんたら緊張感無さすぎ!!」

 

「じゃあ、にこ先輩曲入れますね」

 

 そう言って沙紀先輩は勝手ににこ先輩が歌う曲を入れる。

 

「ちょっと待ちなさいよ沙紀!! あっ……、あっ!!」

 

 沙紀先輩を止めようとするにこ先輩だけど既に遅く曲は始まってしまい歌わざる終えなくなってしまった。

 

 その結果は──

 

「にこ先輩90点です。流石です」

 

 沙紀先輩の無茶ぶりに何とか高得点を出したにこ先輩。最初はかなり焦ってたみたいだけど、すぐに切り替えて歌いきったのは称賛するわ。

 

「何するのよ!! 沙紀!!」

 

 歌い終わったあと沙紀先輩に詰め寄るにこ先輩。高得点を出したけど急に曲を入れられたら怒るわよね。

 

「ん? 私の前で不正しようとしてたじゃないですか」

 

「げっ!! それは……」

 

 小さな声で正論を言われて戸惑うにこ先輩。やっぱり沙紀先輩にはバレたのね。

 

 この人基本的にふざけてることが多いけど、こう言うことは嫌ってるみたいだから不正を見つけると正そうとするのよね。

 

「それに私の尊敬するにこ先輩はそんなことしなくても良い点数なんて取れるって信じていましたから」

 

 まるで母親かのような優しい声でにこ先輩の事を信じてたと言う沙紀先輩。

 

「そうね。にこが間違っていたわ。あんたと共に練習した日々を思い出せばこんな不正しなくてもリーダーの座を勝ち取れるわ」

 

 目を閉じて沙紀先輩との思い出を思い出すにこ先輩。その表情は喜怒哀楽がコロコロと変わり若干気持ち悪いわね。

 

「にこ先輩……」

 

「沙紀……」

 

 そうして二人は互いに名前を呼んで、そのあと急に抱き合って周りが困惑する。更に沙紀先輩の表情があからさまに興奮しているため全員が引いていた。

 

「ナニコレ? 意味わかんない」

 

 そんな奇妙な茶番を見せられた私はそんなことしか口にすることしか出来なかった。

 

「じゃあ、凛が曲入れるにゃあ」

 

 そんな中凛だけは興味無さそうに自分を歌う曲を入れていた。

 

 凛が曲を入れた皮切りに次々と曲を入れて結局歌うつもりもなかった私も歌うことになったわ。

 

「海未ちゃんは93点」

 

「これでみんな90点以上よ」

 

 そうして最後に海未先輩が歌い終わったことでメンバーの全員の点数は出揃ったわ。

 

「みんな毎日レッスンしてるもんね」

 

「真姫ちゃんや沙紀先輩が苦手なところちゃんとアドバイスしてくれるし」

 

 花陽の言う通り練習中は私と沙紀先輩がどちらかが気付いたら、アドバイスするようにしているから、細かいところまで気付けるようになっているわ。

 

「気づいてなかったけどみんな上手くなってだね」

 

 それはそうよ。何たってあんな練習をしているのだから上手くならないはずはないわ。

 

「こいつら化け物か」

 

 二人の世界から戻ってきたにこ先輩はあまりの点数の高さに毒づいてたわ。

 

「さてと、それじゃあ次のダンス勝負の場所に移動しようか」

 

 そう言って移動する準備をしようとする沙紀先輩。やっぱりここでも歌うつもりはないみたいね。

 

「待って、沙紀ちゃん歌わなくっていいの?」

 

「えっ? だって私マネージャーだから歌う必要ないし」

 

 移動しようとしている沙紀先輩に歌わなくって良いのかと聞いてくる穂乃果先輩だけど、マネージャーだからと言って歌うつもりないと断る。

 

「えぇ!! いいじゃんそんなの関係なく歌おうよ沙紀ちゃん」

 

「そうだよ。せっかく来たんだから一曲くらい歌おう」

 

「それに私たち沙紀がちゃんと歌ってるところ見たことないですし」

 

「わたしも……沙紀先輩の歌を聴いてみたいです」

 

「こんな状況で歌わないのは空気読めてないにゃあ」

 

「…………」

 

 みんなが沙紀先輩に歌うことを進める。その間に私はある準備を始める。

 

「はい、マイク。私も歌ったんだから歌いなさいよ」

 

 準備を終えた私はマイクを沙紀先輩の前に差し出す。それを見た沙紀先輩は折れたみたい溜め息を付いた。

 

「はぁ、そうだね。みんながそう言うんだったら一曲だけ歌うよ」

 

 そうして歌う決めてをして私からマイクを受け取り歌う準備をするため曲を入れようとするけど──

 

「あぁ、大丈夫よ。もう曲は入れてといたから」

 

 そう言って画面に映し出されて沙紀先輩が歌う曲名と歌手名が書かれている。そして歌手名には星野如月と書かれていた。

 

「こ、こ、これは如月ちゃんのソロデビュー曲!!」

 

 星野如月が歌っている曲を適当に入れただけど、花陽の反応とセリフからかなり当たり引いたわ。

 

 この状況下では適当に歌えば今後の練習の時に説得力がなくなって練習に支障をきたす。だからこの場において手を抜くことは許されない。

 

 それに加えて本当に沙紀先輩が星野如月ならこの曲に対してかなりの思い入れがあるはずだわ。何せソロデビュー曲何だから。

 

 これで少なくとも沙紀先輩の正体が分かる。

 

「星野如月って沙紀ちゃんに似てるあの?」

 

「星野如月……三つ編み眼鏡……キ……」

 

 穂乃果先輩は星野如月が沙紀先輩似ていることを思い出すと、海未先輩は芋づる式にあのときの出来事を思い出して顔を赤くしていた。

 

 そして、沙紀先輩は言うと……一瞬悲しそうな顔していたのが見えた気がしていた。

 

 何故、この人はそんな顔をしていたのか分からないまま曲は始り沙紀先輩は歌い始めた。

 

 今の表情は? 私の気のせい? それとも……。

 

 私の中でそんな疑問が頭を過るなか、歌い続ける沙紀先輩。そんな彼女をにこ先輩がずっと黙ったままだったのに、誰も気づいていなかった。

 

 4

 

 みんなが歌い終わり次のダンスの点数を競うためにゲームセンターに移動したわ。

 

「次はダンスよ。今度は歌のときのように甘くはないわよ」

 

「使用するのはこのマシン、apocalypsemoodEXTRA」

 

 そう言ってにこ先輩は使用するダンスゲーム前に立って説明するけど、カラオケの時と同様に各々自由に行動していたわ。

 

「だから緊張感持ってて言ってるでしょ!!」

 

「ホント、全くみんなにこ先輩の有り難いお言葉に耳を傾けないなんてどうかしてるよ」

 

 他のゲームで遊んでいるメンバーに注意するにこ先輩に同調する沙紀先輩だけど、私は彼女に対して冷たい目線を送っていた。

 

「あんたが一番ないでしょ!!」

 

 そう言ってにこ先輩は沙紀先輩を叩く。沙紀先輩の両手にはゲームセンターで取った景品を袋いっぱいに詰め込まれていたんだから。

 

 そんな人が緊張感がどうとか言っても全然説得力がないわ。

 

「だってゲームセンターなんて久しぶりでしたからついはしゃいじゃったんですよ」

 

 両手に大量の景品を持って、はしゃいじゃったってレベルじゃない気がするのだけど。現に店内がちょっと騒がしくなってるし。

 

 そしてこの日から沙紀先輩はこのゲームセンターのブラックリストに載ったとか載らなかったとか。

 

「沙紀ちゃんすごい!! これ全部取ったの!?」

 

「うん。昔プロのクレームゲーマーの技を見る機会があったからそれを少し真似したら簡単に取れたよ」

 

「プロって……それ以前にどうしたらそんなものを見る機会が……」

 

 海未先輩が沙紀先輩のこと呆れながらも疑問を口にするけど、そうよね。どうしたらそんなもの見る機会があるのかしら。沙紀先輩の謎が増えていくばかりね。

 

「だから!! 今からダンスの点数競うわよ!! やる気あるの!?」

 

 痺れを切らしたにこ先輩が真面目にやる気ないメンバーに怒るけど、もうみんなリーダーとかどうでもよくなってるんじゃない。

 

「凛は運動は得意だけどダンスは苦手だからなぁ」

 

「こ、これどうやるんだろう?」

 

 花陽がこのゲームのやり方に困っているなか遊んでいたメンバーがこっちに集まる。そんななか苦手と言いながら、凛が勝手にお金を入れてゲームをプレイし始める。

 

「プレイ経験ゼロの素人が挑んでまともな点数が出るわけがないわ。くくっ、カラオケのときは焦ったけど次は……」

 

「にこ先輩」

 

 そうとは知らずまた懲りずに不正をしようとするにこ先輩。だけど、沙紀先輩が見逃すはずもなくさっきまでと立場が逆転しているわ。

 

「だ、大丈夫よ、沙紀。私もやったことない難易度やるから不正ないわよ」

 

「それならいいです」

 

 不正がないと言われてあっさりと引き下がる沙紀先輩。引き下がってくれたことに安堵するにこ先輩と同じタイミングで凛がゲームを終えた。

 

『スッゴイ!!』

 

「なんか出来ちゃった」

 

「えっ!?」

 

 みんなが凛のスコアを見て驚いているなかにこ先輩はまたしても他のメンバーの才能に驚いていた。

 

「面白かったね」

 

 全員(結局今回も私もまた無理矢理やらされて)プレイを終えて、沙紀先輩が書いてくれていたみんなのスコアを見る。

 

「でもなかなか差が付かないね」

 

 これと言って大きな差はなくみんな大体同じスコアだった。もちろん不正しようとしていたにこ先輩もちゃんとみんなと同じくらいのスコアを取っていたわ。

 

 何だかんだと言ってみんなダンスの実力が付いている証拠なので落ち込む必要はないのだけど、リーダーを歌とダンスで決めるって意味では問題しかないわ。

 

「こうなったら……」

 

 これだけじゃあ決着が着かないと思ったにこ先輩がそう言ってみんなを連れて次に移動したのは何故か秋葉だった。

 

「歌と躍りで決着が着かなかった以上最後はオーラで決めるわ」

 

「オーラ?」

 

「そう。アイドルとして一番必要と言っても過言ではないものよ」

 

 そうかしら。歌とダンスが出来ないとアイドルとしては失格な気がするのだけど。その辺はまだいまいち分からないわ。

 

「歌も下手。ダンスもイマイチ。でも何故か人を惹き付けるアイドルがいる」

 

 そういえば花陽から借りたアイドルグループのライブDVDを見てみるとそういうアイドル何人か居たわね。基本的に技術がグループの平均以下のアイドルが。

 

「それは即ちオーラ!! 人を惹き付けてやまない何かを持っているのよ」

 

「わ、分かります。何故かほっとけないです」

 

「確かに強い存在感のある人は背後には何か人みたいな者が見えますし」

 

 花陽と沙紀先輩はにこ先輩が言うことを分かるみたいで花陽の言ってることは何となく分かる。でも沙紀先輩の言ってることはまるで意味わかんない。

 

 この人今なんて言ったの? 何か見えるって言ったの? 

 

 大丈夫かしら。一旦病院で見てもらった方がいいじゃない。私があとで良い医者でも紹介したほうが良いかもしれないわね。

 

「でもそんなものどうやって競うのですか」

 

 海未先輩の言う通りこれまでの歌やダンスと違って点数として見えないものどうやって競うのよ。

 

「フフフ、これよ」

 

 そう言って見せたのはμ'sのチラシだったわ。でもこれでどうやってオーラが有るか無いか分かるのか理解できないわ。

 

「オーラがあれば待っていても人は寄ってくるもの。一時間で一番多くこのチラシを配ることが出来た者が一番オーラがあるってことよ」

 

「今回はちょっと強引かも」

 

 そうね。ちょっとどころかかなり強引だわ。それにチラシ配りなんて歌とダンスよりも面倒くさいわ。知らない人に配るなんて。でもそう思ってもこれも全員強制参加なのよね。

 

「誰が一番オーラを持っているかも分かって更にμ'sの宣伝にもなる正に一石二鳥。流石はにこ先輩です!!」

 

「沙紀ちゃんの言う通りμ'sの宣伝にもなるし、面白いからやろうよ」

 

 チラシをみんなに同じ枚数配りながらにこ先輩の案に乗る穂乃果先輩。μ'sの宣伝にもなると言われるとやらない訳にもいかなくなくもないわ。

 

「今度こそチラシ配りは前から得意中の得意。このにこスマイルで」

 

「チラシ配りが得意とかよく意味わかりませんけど不正とかないので問題なしです」

 

 不正がないと言うことで今回は沙紀先輩から見逃してもらったにこ先輩。

 

 そんなわけで各自少し離れた所からチラシ配りを始める。

 

 花陽と海未先輩はこういうことは苦手みたいでかなり苦戦していたわ。それに対して凛や穂乃果先輩それなりに、ことり先輩は得意なのか着々とチラシの枚数を減らしていってたわ。

 

 私はこういうことやったことないから若干戸惑ったけど、少しずつ枚数を減らしていったわ。

 

 そして、チラシ配りが得意とか言ってたにこ先輩はと言うと……寒いキャラをやり過ぎて、全く言って良いほどチラシが減ってなかったわ。それどころか道行く人に避けられてる感じ。

 

「ことりちゃんすごい。全部配っちゃったの」

 

 にこ先輩の無惨な現実を見ていた間に穂乃果先輩の声でことり先輩のチラシが無くなったことに気付く。

 

「う、うん。気付いたら何か無くなっちゃってて」

 

 ここでも思わぬ伏兵が潜んでたみたいね。それにしてもことり先輩すごく手馴れてた感じだけど、前にμ'sのライブのチラシを配っていたときにコツでも掴んだかしら。

 

「おかしい、時代が変わったの!?」

 

 みんながことり先輩の方へ集まってるなか一人寂しくその場に立ち尽くしながら時代のせいにするにこ先輩。

 

 何時からそんな時代があったのか。疑問でしかないわね。

 

「ごめんなさいにこ先輩。オーラに関しては生まれ持ったものですから、私にはどうすることも出来なくって!!」

 

 そんなにこ先輩の近くまで寄って道の真ん中で土下座をする沙紀先輩。

 

「こんな不甲斐ない私を罵ってください」

 

「そんなことしなくていいわ沙紀。不甲斐ないのは私よ。時代に付いてこられなかった私の責任だからあんたが気にすることじゃないわ」

 

「にこ先輩……」

 

「ナニコレ? 意味わかんない」

 

 秋葉の道のど真ん中で下らない三文芝居を見ながら、何時ものようにそんなことを言うことしか出来なかったわ。

 

 しかし、そんな沙紀先輩のチラシの枚数を見ていると既に手元には一枚もなかった。

 

 5

 

「うあ、結局みんな同じだあ」

 

 チラシ配りを終えて一旦部室に戻って、改めて点数を見た穂乃果先輩はそんな感想を口にした。

 

「そうですね。ダンスの点数が花陽は歌が良くって、カラオケのことりはチラシ配り点数が高く」

 

「結局みんな同じってことなんだね」

 

 総合評価で見てみると全員大体同じ点数になるし、点数が低いと言ってもメンバーから見て低いのであって点数的にはかなり高いわ。

 

 これも練習の成果と言うべきね。けど気にするべき事は私にはあった。

 

「うん、そうだね。それにみんな全体的にみれば実力が付いている実感したみたいだしやって良かったと思うよ」

 

「確かに少し前と比べたら出来てるって感じました」

 

「うんうん。今度のPVも何か上手く出来そうって思ったもん」

 

 沙紀先輩の言う通りしっかりとした結果として出てた分実力が付いているのは一目瞭然で、メンバーの士気が上がっているわ。ただ本来の目的は果たせないけど、意味はあったわね。

 

「にこ先輩も流石です。沙紀先輩と長くやってるだけはありますね」

 

「当たり前でしょ……」

 

 凛がにこ先輩の点数を見て上級生として尊敬するけどにこ先輩からすれば皮肉でしかないわね。現ににこ先輩の顔引き釣ってるし。

 

「でもどうするの? これじゃあ決まらないわよ」

 

 リーダーを決めるためにあんなことをやったのに、結局リーダーを決められないんじゃあ振り出しに戻るわけだし。

 

「う、うん。で、でもやっぱりリーダーは上級生のほうが」

 

「仕方ないわね」

 

「凛はそう思うにゃ~」

 

「私はそもそもやる気はないし」

 

 結局話は最初のときに戻って花陽も凛も上級生がいいと言い出すし、またにこ先輩が自分がやっても良いわよみたいな雰囲気を出しているけどここはスルーね。

 

「あんたたちブレないわね」

 

「じゃあ、いいんじゃないかな、無くても」

 

『えぇ!!』

 

 穂乃果先輩の提案に全員が驚く。

 

「無くても?」

 

「うん。リーダーなしでも全然平気だと思うよ。みんなそれで練習してきて歌も歌って来たんだし」

 

「しかし……」

 

「そうよ!! リーダーなし何てグループ聞いたことないわよ」

 

「大体センターはどうするの?」

 

 他のメンバーがリーダーなしと言うのは不安に思っていた。リーダーが居ないとなると、次のPVの誰が中心に歌っていくのか。それを決める意味でも今までやってきたんだから。

 

「それなんだけど私考えたんだ。みんなで歌うってどうかな?」

 

 そんなみんなの疑問に穂乃果先輩は一つのアイデアを出した。

 

「みんな?」

 

「家でアイドルの動画とか見ながら思ったんだ」

 

「何かね、みんなで順番で歌えたら素敵だなって、そんな曲作れないかなって」

 

 そう言われて私は穂乃果先輩がどんな曲が作りたいのか段々分かってきた。

 

 そうね。それならセンターは必要ないわね。

 

「順番に?」

 

「そう!! 無理かな?」

 

 穂乃果先輩は自分のアイデアの歌が出来る歌詞と曲を作れなくはないか聞いてくる。

 

「まあ、歌は作れなくないけど」

 

「そうゆう曲無くは無いわね」

 

 少し考えて私も海未先輩も出来なくはないと答える。

 

 穂乃果先輩が言う曲は作ったことはないけど、今でも少しずつイメージは出来てるから海未先輩の歌詞と合わせながら作れば問題なく作れるはずよ。

 

「ダンスはそうゆうの無理かな?」

 

「ううん。今の七人なら出来ると思うけど」

 

「沙紀ちゃんもどうかな? 今の実力なら出来るかな?」

 

「練習を見てる身としても良いと思う。みんなそれだけの者は持ってるからね」

 

 ことり先輩と沙紀先輩に出来ないかどうか確認するけど、二人とも出来るといい穂乃果先輩のアイデアは現実味を帯びていく。

 

「じゃあ、それが一番いいよ。みんなが歌ってみんながセンター」

 

「私──賛成」

 

「好きにすれば」

 

「凛もソロで歌うんだあ」

 

「わたしも!?」

 

「やるのは大変そうですけどね」

 

 一人一人と穂乃果先輩のアイデアに賛成する。あとは……。

 

「あとはにこ先輩だけですよ。部長の一言で全てが決まります。ちなみに私も賛成です」

 

「仕方ないわね。ただし私のパートはかっこ良くしなさいよ」

 

「了解しました」

 

 部長と部員全員が了解したことで次のPVの方向性は決り、やっとPVに本格的に始められるようなったわ。

 

「よ~し、そうと決まったら早速練習しよう」

 

 そう言って元気よく部室を飛び出した穂乃果先輩のあとをみんなはゆっくりと着いていく。

 

「でも、本当にリーダーなしでいいのかな?」

 

 なしってことにはなったけど、リーダーなしはどうかと思ったことり先輩はそんな疑問を口にした。

 

 けどそんな心配はもう必要ないわ。

 

「いえ、もう決まってますよ」

 

「そうだね」

 

「不本意だけど」

 

「何にも囚われないで一番やりたいこと、一番面白そうな物に怯まず真っ直ぐに向かっていく、それは穂乃果にしかないものかもしれません」

 

 海未先輩の言う通り穂乃果先輩の良いところ。短い間一緒にいないけど、近くに入ればよく分かること。ホント、不本意だけど。

 

「じゃあ、始めよう」

 

 それを合図に今日の練習が始まった。

 

 6

 

 私は練習が終わると、気になることがあって部室に戻ってきたわ。そこには今日みんなの歌とダンスそしてチラシ配りの点数が書かれたノートが、机の上に置かれていた。

 

 きっと誰かが片付けずそのままにしてたみたい。

 

 丁度良かったわ。探す手間が省けるし。私はそう思いながらノートを手に取って、中身を確認しようすると花陽が部室に戻ってきた。

 

「あれ? 真姫ちゃん? どうしたの?」

 

 私が練習終わった後でも部室に居たことが驚いた花陽はどうして私が居るのか聞いてくる。

 

「私はちょっと確認したいことがあってね。花陽は?」

 

「わたしは部室に忘れ物をして……」

 

 そういって花陽は忘れ物を探し始めたけど、案外すぐに見つかったみたいで鞄の中に入れる。

 

 忘れ物を見つかったなら丁度いいわ。花陽に聞きたいことがあったから。

 

「ねえ、花陽。聞きたいことがあるのだけどいい?」

 

「いいけど……何? 真姫ちゃん」

 

 花陽は私から何を聞かれるのか分からないけど、聞いてくれると言ってくれたから私はノートのページを捲る。

 

「その前にこれ見てくれる」

 

 私は花陽に今日着けた点数が書かれたノートのページを見せる。

 

「みんな上手くなってるよね。カラオケのときも言ったけど真姫ちゃんと沙紀先輩のお陰だよね」

 

「そうね。確かにみんな実力は着いてるわ。でもそれじゃあ説明付かない人が居るのよね」

 

 私はその人物の名前と点数を指差す。その人物は──

 

 篠原沙紀先輩。

 

 カラオケ、ダンス(最高難易度で)共に満点。チラシ配り至っては気付かない間に終えて測定不能。

 

「確かに沙紀先輩はスゴかったね。近くで見ても私たちとは別の世界の人だなんておもっちゃった」

 

「あなたは前に沙紀先輩は星野如月に似てるって言ってたわよね。ならあのとき沙紀先輩の歌を聞いてどう思った?」

 

 花陽の言う通り沙紀先輩の歌とダンスの技術は普通の高校生としては異常なくらいまで高いものだったわ。けどそれは見れば分かること。私はそれを見て聴いて、とある疑問があった。

 

 だからその疑問を解消するために花陽に聞いてみる。私たちの中でアイドルに詳しい花陽に。

 

 もう一人アイドルに詳しいにこ先輩が居るけど、何故かあの人にその事を聞くとはぐらかそうとするそんな感じがしたから。

 

「うん。沙紀先輩の歌を聴いて、やっぱり如月ちゃんに似てるって思ったよ。声も歌い方もおんなじだったけど……」

 

「けど……何気になる事があったの?」

 

「なんと言えば良いのか。声も歌い方も一緒なんだけど……何処か違うような大事なものが何か足りないような……よく分からない感じ……」

 

「花陽が言いたいのってもしかして歌に沙紀先輩の感情が全くないってこと?」

 

「そう!! 如月ちゃんは表情は冷たいところはあるんだけど、歌には自分の感情をすごく込めて歌うアイドルだったの!!」

 

 花陽の疑問に私が抱いていた疑問を言うと、欠けていたピースが嵌まったかのようにスッキリした表情になる。

 

 花陽の表情を見て私は確信する。沙紀先輩の歌とダンスを見たときに感じたものを。

 

 あの人は歌とダンスをただの作業のようにまるで機械のように正確にやるだけ。そこには彼女の感情はない。

 

 どうしてそんな風に出来るのか疑問は残るけど、結論は出たわ。

 

「花陽……私に星野如月について教えてくれない? どんな些細なことでも良いから全部」

 

「えっ!? 全部って言われても……。どうして?」

 

「沙紀先輩の正体は星野如月間違いないわ」

 

 篠原沙紀先輩の正体はアイドル星野如月。

 

 それで彼女の技術の高さはそれで説明が付く。あとはどうして沙紀先輩がそうなってしまったのか分かれば良いのだけど、それを調べるために花陽に協力してもらう。

 

 花陽の持ってるアイドルの知識を使ってね。

 

「えぇ!! 沙紀先輩が如月ちゃん!? でも……、えぇ!!」

 

 そう思ったけど……花陽はあまりの衝撃で若干壊れかかっているわ。

 

 今日はちょっと無理そうね。

 

 それに次のPVための曲作りがあるからそれが終わってから本格的に動くべきね。まずは目の前のことに集中しないと。

 

 そんなわけで一先ずはPVに向けて私たちは頑張ることにしたわ。

 

「もし……本当に如月ちゃんだったらサイン描いてくれるかな……でも書いてくれるとしてもどれに書いてもらおうかな……」

 

 まだ花陽に話すべきじゃなかったわね。何かまだ何かブツブツ言ってるし。

 




そんな訳で今回は真姫ちゃんが初の語り手でした。

これでやっと語り手をやってないメンバーが三人になりましたね。

残りの三人も近いうちにやりたいですけど、いいタイミング見つからない。そもそもまだ一人は加入してない。

基本的にノリで語り手を決めているところが多いですから結構数に差があったりするですよね。

まあそれは置いておいて、次回をお楽しみに。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご連絡いただけるとありがたいです。


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十六話 ラブライブにエントリーしよう

何か久しぶりにこんな感じの書いたなと思う回です。

それではお楽しみください。


 1

 

 あの日──あのファーストライブから早いものでもう一ヶ月時間が経った。その間色々な事があったなあ。

 

 穂乃果ちゃんたちに謝ったり。

 

 穂乃果ちゃんたちににこ先輩を紹介したり。

 

 にこ先輩に気絶させられてその間ににこ先輩が私のこと百合だと口を滑らせ挙げ句の果てには夜の学校に一人で置いていかれたり。

 

 アルパカと強敵(とも)になったり。

 

 私が休んでる間に私のファンクラブ(非公認)が暴動を起こして、その後私がそれを潰したり。

 

 海未ちゃんとリ〇ル鬼ごっこしたり。

 

 花陽ちゃんの悩みを聞いたり。

 

 階段から転げ落ちた挙げ句、花陽ちゃんに私が星野如月だとバレそうになったり。

 

 私が暴走して何故か海未ちゃんとキスをして色々と大変な目にあったり。

 

 生徒会の取材のお手伝いで監督やったり。

 

 真姫ちゃんが色々と私の事調べようとして、こそこそと裏で何か仕掛けて来たりと色んな事があった。

 

 思い返してみるとこの一ヶ月間色々と酷いかな。日頃の行いもあるだろうけどこの一ヶ月間は特に酷い。

 

 中でも海未ちゃんとキスしたのは一番不味かったかな。

 

 何とか謝って許してもらったけどあの日以来何か海未ちゃんとの距離間が分かりにくくなった。なんと言うか海未ちゃんから変な視線を感じるときがある。

 

 これは私の気のせいだと思いたいけど、多分気のせいだよね。

 

 それにしても花陽ちゃんに私がバレそうになったのは予想外だった。いや油断していたの間違いかな。

 

 希お姉ちゃんにバレなかったから大丈夫だろうと完全に油断した。でもそれはお姉ちゃんがアイドルに詳しくなかっただけで花陽ちゃん相手じゃあ無理があったかな。

 

 そのせいで真姫ちゃんが何から私の事調べ挙げてるみたいだけど、彼女じゃあ調べられるのは精々星野如月の経歴まで。

 

 花陽ちゃんを取り込んでいるみたいだけど、まあ彼女がさらっと口にしてたあの子の事を調べれば、少しは分かるかもしれない。まあ、それでも私自身には辿り着けない。

 

 だから私は真姫ちゃんことは好きにさせておく。これは私自身が口にするか、私の事を本当に知っている人物しか分かるはずもないから。

 

 なので今は目の前の事に集中するべきだ。

 

 今私がやるべき事は九人の女神を集めること。

 

 当初の目的であるμ'sの名の通り九人の女神の内七人は集めることが出来てる。

 

 あと二人……いや事実上あと一人。

 

 彼女をメンバーに加えられればほぼ自動的にもう一人の女神──希お姉ちゃんが加わるのは本人から既に確認済み。

 

 だからこそ私は状況的に一番遅く加入する希お姉ちゃんにみんなと後れを取らないように、練習に付き合うためにお姉ちゃんの家に行って練習をしてるわけ。

 

 決して寂しいからって訳じゃないんだから。

 

 でも最後の一人は特に難関。どう彼女をどうメンバーに引き入れるべきか。さんざん考えてるけど引き入れるきっかけを私自身が潰してるそんな気がする。

 

 だけどそんな悠長に構えてる場合ではない。今はもう六月の上旬廃校確定のカウントダウンは確実に近づいている。

 

 廃校確定のタイムリミットが私の予想では遅くても八月だと予想しているが、現実はそれよりももっと早いはず。

 

 そのことを穂乃果ちゃんたちに伝えるべきか。いやイタズラに不安させる要素を取り込ませて、これからの活動に支障をきたすのは不味い。

 

 今のμ'sは少しずつではあるが結果だし始めてる。その証拠にランキングも大分上がってきてる。あとは彼女たちの士気を上げる何かがあれば更に上へ行けるだろう。

 

 だから私に出来ることは何時ものようにバカやって今の雰囲気を壊さないこと。そして何かあったら冷静に事に当たれ。

 

 それがμ'sのマネージャーとして、篠原沙紀として、今の私に出来ることなんだから。

 

 2

 

 PV撮影が終わった数日後──私たちは部室で集まってみんなが揃うのを待っていると、花陽ちゃんが息を上げながら部室に入ってきた。

 

「どうしたの? 花陽ちゃん」

 

 そんな花陽ちゃんを見て何か合ったのか心配になる穂乃果ちゃん。普段は大人しい花陽ちゃんが慌ててここに来るのはただ事ではない。

 

「た、た、た、助けて」

 

「助けて?」

 

「なんだって!! いったい誰だ。私の花陽ちゃんに不埒な事をするなんて。私が成敗……いえ調教してあげないと」

 

「落ち着きなさいよ。全く……」

 

 助けてと聞いて、私は鞄からマイフェイバリットウェポンを取り出して部室を飛び出そうとするけど、花陽ちゃんの後ろに居た真姫ちゃんに肩を掴まれて止められる。

 

「今さらっと沙紀ちゃん。花陽ちゃんのこと私のって言ってなかった?」

 

「言ってたね。しかも成敗を調教って言い直したときの顔は本当に何かやりそうな顔だったよ」

 

 当たり前だよ。こんな可愛い花陽ちゃんに手を出そうとする輩に慈悲なんて与える必要なんてないよ。やるなら徹底的に生まれたことを後悔させたないとね。

 

「いえ……そうじゃなくて、大変なんです」

 

 私の行動に花陽ちゃんは若干戸惑いながらもさっき言ったことを訂正する。

 

 何だ誰かに何かされたって訳じゃないんだね。良かった良かった。じゃあ花陽ちゃんは何をそんなに慌てていたんだろう。

 

「ラブライブです。ラブライブが開催されることになりました」

 

「ラブライブ!」

 

 ラブライブと言う単語に反応する穂乃果ちゃん。もしかして知ってるのラブライブ。

 

「……って何?」

 

「えっ!! 今の感じ知ってそうだったじゃん」

 

 知ってそうな素振り見せて実は知らなかったみたいだから思わずツッコンでしまった。

 

「沙紀先輩がツッコミなんて珍しい。梅雨だけどこれは明日雪でも降るかにゃ~」

 

「凛ちゃん酷い!! 確かに珍しいけど良いじゃん、たまにはツッコませてよ」

 

 最近ボケてばっかりでたまには気分転換しないとボケもマンネリ化しちゃうんだよ。そうしないとここでのキャラが……。

 

「文武両道で才色兼備の仕事が出来るただのマネージャーになっちゃうよ」

 

「いや、その方がいいのですが……いや……でも私も沙紀に……」

 

 ボソッと何か海未ちゃんが言ったような気がする。気のせいだよね。それじゃあ気を取り直して──

 

「花陽ちゃん。ラブライブの説明お願いします」

 

「はい……」

 

 花陽ちゃんはラブライブの説明をするためにパソコンの前に座り、ラブライブの特設サイトを開く。そして花陽ちゃんはパソコンの画面を見ながら説明を始めた。

 

「スクールアイドルの甲子園、それがラブライブです」

 

「エントリーしたグループの中からこのスクールアイドルランキング上位二十位までがライブに出場、ナンバーワンを決める大会です」

 

 スクールアイドルの甲子園。なるほどその表現は分かりやすい。それにルールも単純だが条件は難しくある。そんなルールはわりと私好みだ。

 

「噂には聞いてましたけど、ついに始まるなんて」

 

「へぇ~」

 

「スクールアイドルは全国的にも人気ですし」

 

 海未ちゃんの言う通りスクールアイドルは人気を集め今では千近くのグループが存在する。正直このラブライブのような大きな大会をやるのは遅すぎなくらいに。

 

「盛り上がること間違いなしにゃあ」

 

 間違いなく盛り上がるだろう。何せ今のスクールアイドル上位に位置するグループは下手なプロのアイドルよりも技術や魅力的。いくらアマチュアの大会と言ってもバカにはならない。

 

 このラブライブ多分多くの事務所やプロダクションもスポンサーとして資金援助をしてるはず。

 

 スポンサーにとっても未来のアイドル──金の卵を見つける場所としての役割には絶好の機会。下手にスカウトして回るよりもよっぽど効率もいい。

 

 少なくともあのプロダクション──あの社長ならやりかねない。となると少々面倒だなぁ。

 

「今のアイドルランキングから上位二十組となると……一位のA-RISEは当然出場として……二位三位は……まさに夢のイベントチケット発売日は何時でしょうか。初日特典は……」

 

 これから始まるラブライブに胸を弾ませながら、何時でもチケットを買う準備が出来てると言わんばかりに携帯を持って待機する花陽ちゃん。

 

「って花陽ちゃん見に行くつもり?」

 

「当たり前です!! これはアイドル史に残る一大イベントですよ!! 見逃せません」

 

 立ち上り穂乃果ちゃんに詰め寄る花陽ちゃん。その表情は何時も大人しい彼女とは思えないほど気迫に満ちて、穂乃果ちゃんもそんな彼女にたじろいでいた。

 

「アイドルの事だとキャラ変わるわよね。どっかの誰かさんみたいに」

 

 花陽ちゃんの豹変に呆れながら真姫ちゃんはどっかの誰かさんの方を見る。

 

「さて、誰の事かな? 私には分からないよ」

 

 私は目線を剃らしながら惚けるけど周りの視線が痛い。すごく痛い。全く誰のせいなんだか。

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ」

 

「私はそんな凛ちゃんが大好きだよ」

 

「え~、沙紀先輩に言われても嬉しくない」

 

 わりとマジなトーンで言われて、私はその場に崩れ落ちる。凛ちゃんに嫌われるなんて……私凛ちゃんにそんな嫌われることなんてした? 

 

 いいや、初対面で急に頭撫でただけであとは可愛い可愛い言い続けただけ。だから嫌われる要素なんてあるわけがない。

 

「なんだ私てっきり出場目指して頑張ろうって言うのかと思った」

 

 安定の落ち込んでいる私をスルーして穂乃果ちゃんはラブライブに出場するのかと思っていたみたい。私にはどちらかと言うと観客として見に行く満々な感じにしか見えなかったけど。

 

「うぅ、えぇ!! そ、そんなわたしたちが出場何て恐れ多いです」

 

 いざ自分たちが出場と言うと、さっきまでの気迫は何処へとやらと何時もの大人しい彼女に戻っていた。

 

「キャラ変わりすぎ」

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃあ」

 

「私もそんな凛ちゃんが大好きだよ。愛してるくらいに」

 

「……」

 

「ごめんなさい。私が悪かったです。ですから無視だけは勘弁してください」

 

 下級生に全身全霊土下座する上級生の姿がここにあったが、断じて私だとは思いたくはない。

 

「でもスクールアイドルやってるだもん。目指してみるのも悪くないかも」

 

「っていうか目指さなきゃダメでしょ」

 

「確かに今後の目標としても十分良いと思うし」

 

 本音を言えば正直こういうイベントを待ってた。

 

 廃校阻止って言う漠然とした目標よりもこういう結果の見える目標があるほうが士気も上がりやすい。それに廃校阻止の手助けにもなるようなイベントを。

 

「そうは言っても現実は厳しいわよ」

 

 真姫ちゃんの言う通りラブライブ出場って言う現実は厳しい。千組以上あるスクールアイドル中から上位二十組のみ。全体のわずか二%しか出場出来ない。

 

「ですね。確か先週見たときはとてもそんな大会に出られるような順位では……」

 

 そう言って海未ちゃんはμ'sのランキングを確認するけど、信じられないものを見たかのように驚いた。

 

「あっ、穂乃果、ことり、沙紀」

 

 私たちも海未ちゃんに呼ばれてパソコンを覗くと、そこには前回とは比べられないくらいμ'sの順位が上がっていた。

 

「スゴイ」

 

「順位が上がってる」

 

「ヤバイ、女の子良い匂いがすぐ近くで感じられる」

 

 みんなが順位が上がって驚いているなか私はそんなつもりはなかったけど、すぐ近くで女の子の匂いを嗅いでしまってそれどころではなかった。

 

「嘘!!」

 

「どれどれ」

 

 真姫ちゃんは信じられないみたいでその場から立ち上り、凛ちゃんは確認しようとパソコンの前まで来て覗き込む。

 

「急上昇のピックアップスクールアイドルにも選ばれてるよ」

 

「ホントだあ、ほらコメントも」

 

 書かれたコメント読むと全体的に好評で中には彼女たちを応援してくれるコメントもあったりする。

 

「もしかして凛たち人気者?」

 

「もしかしても何も確実になろうとしてるね」

 

 現にこうして結果として現れ始めてる訳なんだから出来ることなら、いや今は絶対にこの波に乗っておきたい。

 

「そのせいね」

 

 順位やコメントを見て何か納得したような事を言う真姫ちゃん。

 

「えっ?」

 

「最近学校の帰りに出待ちされてたのよ」

 

『出待ち!?』

 

 みんなは真姫ちゃんが出待ちされてたのに驚く。そんな真姫ちゃんに詰め寄って、出待ちの時の状況を根掘り葉掘り聞き出そうとする。

 

 真姫ちゃん言うには学校の帰りに、中学生二人に一緒に写真を撮って欲しいと頼まれたみたい。最初は急に写真を撮って欲しいと頼まれたから断ろうとしたけど、落ち込んだ中学生を見て写真を撮ったみたい。

 

「嘘!? 私全然ない……」

 

 真姫ちゃんの話を聞いて今のところ一度もなかったみたいで落ち込む穂乃果ちゃん。こればっかりはどうしようもない。

 

「そうゆうこともあります。アイドルって言うのは残酷な格差社会でもありますから……」

 

 ホント、花陽ちゃんの言う通りだよ。人気があるかどうかはファンが多く居るかどうかで簡単に分かっちゃうんだよね。

 

「でも写真なんて真姫ちゃんもずいぶん変わったにゃ~」

 

「うんうん。前の真姫ちゃんならお断りしますってツンツンした感じで言いそうだもんね」

 

 μ'sに入る前の真姫ちゃんならツンデレのツン部分しか見せてなかったからそんなことしないと思うけど、今は大分丸くなって、もしかしたら……。

 

「わ、私は別に……」

 

「あっ! 赤くなったにゃあ」

 

「照れちゃって真姫ちゃん可愛いんだから、いいよどんどん私にデレデレ部分を見せちゃっても」

 

 凛ちゃんと私は顔が赤くなった真姫ちゃんをからかうと少し頬を膨らまして、凛ちゃんの頭上にチョップを食らわせて、私には腹部に拳を入れられる。

 

「にゃあ!」

 

「ゴフッ!」

 

「イッタイよ~」

 

「何故……私は……?」

 

 凛ちゃんは殴られた頭部を花陽ちゃんに撫でてもらいながら泣くけど、私は自分に本気の拳に疑問を持ちながら一人で横わたる。もちろん誰も心配してくれない。

 

 とても悲しいなあ。誰も私の心配してくれないなんて。

 

「あんたたちがいけないのよ」

 

「あの……私なら本気で殴っても問題ないって風潮な止めて頂きたいのですが……これでも一応女の子なので……」

 

 ちょっとからかっただけでこの仕打ち。少し前だったらそんなことにこ先輩しかなかったのに今となっては海未ちゃん、真姫ちゃんと過激なツッコミ組が増えてしまった。

 

「でもきっと私に心を開いてくれてるだよね。全くみんなツンデレさんなんだから」

 

「どうしたらそんな思考になるのよ……」

 

 呆れた目で私の事を見てくる真姫ちゃんだけど、無関心で無視を決め込まれるよりはまだまし。無関心じゃないってことはまだ脈ありってことだからね。

 

「ホント、沙紀ちゃんは前向きだよね変なところで」

 

「誉めてくれてありがとう、ことりちゃん」

 

「いえいえどういたしまして」

 

 流石は私のソウルフレンド分かってる。それにしてもまだ愛しのにこ先輩が来てないみたいだけど、何をしてるのかな。そろそろにこ先輩の愛を受けないと死んじゃいそうなんだけど。

 

「みんな聞きなさい。重大ニュースよ」

 

「あっ、にこ先輩」

 

 噂をすれば影。にこ先輩が勢いよく扉を開けて何かを言いたくてうずうずしてるよう感じで部室に入ってくる。

 

「にっこせんぱ~い。遅いですよ。私にっこにっこに~成分を取らないと死んじゃうんですから」

 

 にこ先輩が入ってきた瞬間。もっと言えばツインテールが見えた瞬間に私はにこ先輩に飛び付きにっこにっこに~成分を採取しようするけど、にこ先輩にかわされる。

 

 かわされてことで私は床に倒れるわけだが、そんな前のめりに倒れた私の背中をにこ先輩は踏みつける。

 

「フフフ、聞いて驚くじゃないわよ」

 

「イタイイタイ。でも痛みを通じてにこ先輩の愛が感じてどんどん快感に変わっていく。あぁ……気持ち……いい……」

 

 私の背中を踏みながら何かを言おうとしてるけど、みんなの目はなんか可哀想な目で私の事を見てそれどころではなかった。

 

「今年の夏ついに開かれることになったのよ。スクールアイドルの祭典……」

 

「あっ……ラブライブですか?」

 

 そんなことには気にも止めずににこ先輩は笑顔で重大ニュースを発表しようとして、最後に少し溜めて期待させようとしたけど、にこ先輩が何を言いたいのか気付いたことりちゃんが先に言ってしまう。

 

「……知ってるの?」

 

 先に言われて笑顔のまま数十秒固まり既にみんなが知っているのか確認する。そして顔を見ただけで大体察したみたいで、踏みつけてる私から離れて一人で落ち込むにこ先輩だった。

 

 3

 

「どう考えても答えは見えてるわよ」

 

 生徒会室の前で入るのを躊躇ってる穂乃果ちゃんに真姫ちゃんはそう忠告する。

 

「学校の許可? 認められないわ」

 

 凛ちゃんが(似てるかどうかは別として)絢瀬生徒会長の真似をする。そんな凛ちゃんを可愛いと思いながら、まあ今のあの人なら言いそうだなあと考える。

 

「でも、今度は間違いなく生徒を集められると思うけど」

 

「そうだね。ラブライブのみたいな大きな大会なら本選に出場に出来ればかなり学校アピールになるはずだよ」

 

 みんなで話し合ってラブライブにエントリーすれば、学校のアピールになって廃校の阻止にも繋がる。そう思って、まずはラブライブにエントリーしようと、学校の許可を取りに来たんだけど。

 

「そんなのあの生徒会長には関係ないでしょ。私らのこと目の敵にしてるだから」

 

 そう。にこ先輩の言う通り現在の生徒会──正しく言えば絢瀬生徒会長は私たちの事を目の敵にしてる。

 

 理由としては生徒会長としての義務感から来てるとこもあるのと、もう一つ希お姉ちゃんから聞いた絢瀬生徒会長のあれだろう。

 

「どうしてわたしたちばっかり……」

 

 理由を知らない花陽ちゃんたちからすれば絢瀬生徒会長に睨まれてるのは不安でしかない。それもそろそろ解消しなければならないと、一々こんなことで時間を取るのも馬鹿みたいだし。

 

「それは……あっ!! 学校内での人気を私に奪われるのが怖くて」

 

「にこ先輩ならもうとっくに私の中ではナンバーワンですよ」

 

 にこ先輩の言ったことがつい可愛くて私はにこ先輩に抱き付く。

 

「はいはい、他所でやりなさいよ」

 

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 

 私とにこ先輩が仲良く戯れると真姫ちゃんは気を利かせてくれたのか、体よく厄払いされたのか、分からないけど(多分後者だけど)教室の扉を閉めて二人きりにする。

 

 そのあとは私たちがどうなったかって? それはもちろん何時ものようににこ先輩の愛を受けて満足しましたよ。

 

「もう許可なんて取らずに勝手にエントリーしたらいいんじゃない」

 

 一仕事を終えた真姫ちゃんはもう学校の許可が取れないなら、勝手にエントリーしようなんて身も蓋もない事を提案する。

 

「駄目だよ。エントリーの条件にちゃんと学校の許可を取ることって」

 

 花陽ちゃんの言う通りラブライブにエントリーするには、学校の許可を取らなければならないと出場規約には書かれてる。だから学校の許可は絶対必要。

 

「じゃあ直接理事長に頼んでみるとか」

 

 さっきの案とは打って変わって、いっそのことこの学校の理事長に頼むなんて大胆な事を言う真姫ちゃん。

 

 なるほど、それは妙案かもしれない。

 

「えっ? そんなこと出来るの?」

 

「確かに部の要望は原則生徒会を通じてとありますが、理事長ところに直接行くことが禁止されてる訳では……」

 

 穂乃果ちゃんは真姫ちゃんの妙案が可能なのか聞くと、海未ちゃんは音ノ木坂の校則を思い出しながら出来なくもないじゃないのか言う。

 

 私も校則を思い出してみるけど、あの書き方なら可能だろう。

 

「原則なら対処はしてくれるはずだよ」

 

 原則とは基本的なんだから直接理事長に頼む事事態は出来る。承認されるかどうかは別として。

 

「でしょ。なんとかなるわよ。親族もいることだし」

 

 そう言って真姫ちゃんはことりちゃんのほうを見る。

 

 そういえばことりちゃんは理事長の娘だったね。なら少しくらいなら融通は聞いてくれるかもしれない。頼むにしても承認するのにも確率は少し高くなるかも。それにしても……。

 

「真姫ちゃんの使えるものはどんどん使っていくスタイルは好きだよ」

 

 そう言って抱き付こうとするけど、真姫ちゃんは紙一重でかわして理事長室に移動する。

 

「もう真姫ちゃんのいけず~」

 

 そんなことを言ってから私はみんなのあとに続いて理事長室の前までに来る。だけど、先ほどの生徒会室と同様に穂乃果ちゃんは、中に入るのに躊躇っていた。

 

「更に入りにくい緊張感が……」

 

 穂乃果ちゃんの言うことは分からなくもない。只でさえ職員室に入るのも緊張するのに、それよりも立場の上の理事長室に入るのは、もっと緊張する。

 

「そんなこと言ってる場合」

 

「分かってるよ」

 

「じゃあ失礼します」

 

 穂乃果ちゃんが入る決意を固めたところで、私は理事長室にノックをして扉を開けて堂々と中に入っていく。

 

「ちょっと沙紀ちゃん!! そんな躊躇いもなく」

 

 迷いもなく理事長室に入って行った私に驚きながらも、穂乃果ちゃんたちはあとに続いて中に入るとそこには──

 

「お揃いでどうしたん」

 

「……」

 

「あぁ! 生徒会長」

 

 希お姉ちゃんと絢瀬生徒会長が理事長室に既にそこに居た。

 

「タイミングわる」

 

 にこ先輩はボソッと言うが確かにタイミングが悪い。絢瀬生徒会長にバレないように理事長に頼もうと思っていたのに、理事長室に絢瀬生徒会長がいるじゃあ意味がない。

 

「何のようですか」

 

 そう聞いてくる絢瀬生徒会長の言葉には、敵意みたいなのを感じた。

 

「理事長にお話があって来ました」

 

 その言い方に癪に触ったのか真姫ちゃんは、前に出ていき絢瀬生徒会長に噛み付いてくる。

 

「各部の理事長への申請は生徒会を通す決まりよ」

 

「申請とは言ってないわ。ただ話があるの」

 

「真姫ちゃん上級生だよ」

 

 坦々とした物言いで返してくる絢瀬生徒会長。彼女に対して真姫ちゃんは腹立ったのか言葉遣いも荒くなったけど、穂乃果ちゃんが止める。

 

「そうですよ。二人ともこんなところで啀み合っても駄目ですよ」

 

 絢瀬生徒会長の前なので、委員長モードをONして二人の間に入る。

 

「篠原さん。やっぱり貴方まだ彼女たちの肩を持つのね」

 

「ええ、私はμ'sのマネージャーですから」

 

 どうやら私が穂乃果ちゃんたちと行動してる理由がまだ分かってないみたいだったので、簡単な理由だけ言って真姫ちゃんを下がらせる。

 

「どうしたの?」

 

 そんなことをしていると、奥から理事長が様子にこちらにやって来た。

 

「理事長にお話が合ってやって来ました」

 

 そうして私たちは理事長にラブライブにエントリーしたいとお願いするため、理事長に説明を始めた。

 

「へえ、ラブライブね」

 

 理事長に一通りラブライブについて説明するとそんな反応だった。ちなみに一年生には外で待機してもらってる。流石に生徒会の二人を含めても十一人も部屋の中にいるのは人口密度が高過ぎるから。

 

「はい、ネットで全国的に中継されることになってます」

 

「もし出場出来れば学校の名前をみんなに知ってもらうことになると思うの」

 

 ラブライブ本選に出場出来るれば、どんなメリットがあるか説明する海未ちゃんとことりちゃん。

 

「私は反対です」

 

 これまで黙って話を聞いていた絢瀬生徒会長が、話に割り込んできた。

 

「理事長は学校のために学校生活を犠牲にするようなことはすべきではないと仰いましたであれば」

 

「そうね。でも良いじゃないかしらエントリーするくらいなら」

 

 絢瀬生徒会長の思惑とは裏腹に理事長はエントリーしても良いと口にする。

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ」

 

 理事長の決定に確認する穂乃果ちゃん。理事長は笑顔で答える。

 

「ちょっと待ってください。どうして彼女たちの肩を持つんですか」

 

「別にそんなつもりはないけど」

 

 身内贔屓とでも思っているだろうか理事長の判断に納得いかない様子の絢瀬生徒会長。

 

「生徒会も学校を存続させるために活動させてください」

 

「それは駄目」

 

「意味が分かりません」

 

 本当に意味が分かっていない顔をしてる絢瀬生徒会長。どうやらまだ彼女は気付いていないみたい。穂乃果ちゃんたちと絢瀬生徒会長の決定的な違いに。

 

「そう? 簡単なことよ。ねえ篠原さん」

 

「そうですね。理事長が言いたいことは分かります」

 

 何故私にそんなことを聞いたのか分からないけど質問には答える。しかし私と理事長じゃあそんな接点があった訳じゃないのに。

 

 そんな理事長の反応を見た絢瀬生徒会長は納得いかないまま理事長室の扉を開けっ放しで無言で出ていった。

 

「エリチ……」

 

 希お姉ちゃんはそんな絢瀬生徒会長を見て、彼女の心配をして名前を呼ぶ。だけど、その場に居ないに彼女には聞こえてる筈もない。

 

「ただし条件があります」

 

「勉強が疎かになってはいけません。今度の期末試験で一人でも赤点を取るようなことがあったらラブライブへのエントリーは認めませんよ。いいですね」

 

 学生の本分は勉強だし、まあ条件としては妥当な所だろう。たった赤点にさえならなければラブライブにエントリー出来るなんて簡単な条件。

 

「まあ流石に赤点は無いから大丈夫……だと……あれ?」

 

 メンバーを見てると、その場で膝を付いたり、遠い目をするなどするメンバーが三名ほどいた。

 

 どうやらラブライブへのエントリーの道は前途多難みたい。

 

 4

 

「大変申し訳ありません」

 

「ません」

 

 理事長から条件付きではあるが許可は取れたことで部室に戻ると、早々に穂乃果ちゃんと凛ちゃんは私たちに頭を下げた。

 

「小学校の頃から知ってはいましたが……穂乃果」

 

 そんな穂乃果ちゃんの姿を見て呆れる海未ちゃん。

 

「数学だけだよ。ほら小学校の頃から算数苦手だったでしょ」

 

「7×4」

 

 実際にどのレベルで算数が出来ないのか確認したみたいで花陽ちゃんが問題を出してみる。

 

「26……」

 

「かなりの重症です」

 

 まさかの九九を間違えるレベルだとは思わず、海未ちゃん以外が無言となり海未ちゃんは更に呆れる。

 

 これ、わざとなんだよね。そうだと思いたい。

 

 そう思いながら次の問題児のほうを見る。

 

「英語。英語だけはどうしても肌に合わなくって」

 

「確かに難しいよね」

 

「そうだよ。大体凛たちは日本人なのにどうして外国の言葉をいけないの!?」

 

 ここで英語が出来ない人の共通の言い訳をする辺り凛ちゃん本当に英語が出来ないみたいだ。

 

「屁理屈はいいの!!」

 

 まあそんなこと言う人は即行で怒られるのも最早テンプレと言うか、お約束と言うべきか、真姫ちゃんに怒られる凛ちゃん。

 

「真姫ちゃん怖いにゃあ」

 

「これでテストが悪くてエントリーが出来なかったら恥ずかし過ぎるよ」

 

 まさか出場出来ない理由がテストで赤点を取ったから何て、他の学校に知られたらとんだ笑い話だよ。それだけは阻止しなければ。

 

「そうだよね」

 

「やっと生徒会長を突破したって言うのに」

 

「全くその通りよ」

 

 今まで一人黙っていたにこ先輩だけど、その声は妙に震えていた。

 

「赤点なんか絶対取っちゃ駄目よ」

 

 そういえばにこ先輩の成績は……いやきっとにこ先輩なら乗り越えてくれるはずだよ。

 

「にこ先輩……成績は」

 

「にこ……にっこにっこに~が赤点なんて取るわけないでしょ」

 

「動揺しすぎです」

 

 ことりちゃんに成績について聞かれると、明らかに動揺して海未ちゃんにツッコミを入れられる。

 

 動揺してるにこ先輩も可愛いが、これはこれで不味い事態。

 

「とにかく試験までに私とことりが穂乃果の、花陽と真姫は凛の勉強を見て弱点教科を何とか底上げすることにします」

 

 とりあえず各学年分担して二人に勉強を教える案を出した海未ちゃん。教える人たちも成績は良かったはずだから問題はない。

 

「それに私たちには心強い人がいますし」

 

 海未ちゃんがそんなことを言って私のほうを見ると、全員が一斉に私のほうを見た。

 

「そんなみんなに見られると私照れちゃうよ」

 

 顔を隠しながら照れる素振りをする私だけど、穂乃果ちゃんたちとは違う意味でみんなに呆れた顔をされた。

 

「ホントに沙紀先輩って頭いいの? 全然そうには見えないにゃあ」

 

「うんうん。どっちかと言うと私たちと同じ側だよね」

 

 何かとても失礼なことを二人に言われた気がしたけど気にはしない。何時ものように日頃の行いのせいだし。

 

「ホント、そうだと思いたいわよ。沙紀あんたこの前のテスト順位と点数いくつだった」

 

「えっ? 前のテスト順位と点数ですか。一位で総合は確か……498点だったと思いますよ。興味なかったんであまり覚えてませんけど」

 

 にこ先輩に聞かれて思い出すけど、本当に興味がなかったから曖昧でそんな位だったかなと自信がない。

 

「一位で……498点って……」

 

「ほとんど満点じゃん」

 

「しかも興味ないって……」

 

 私が言ったことに驚いている穂乃果ちゃんたち。そんな驚くことかな。まあ確かに一位はスゴいか。

 

「じゃあにこ先輩は沙紀先輩が担当する? その調子じゃあ三年生の範囲まで勉強してそうだし」

 

「いやいや流石に三年生の範囲まで勉強してないよ。だって勉強したら授業退屈になるから」

 

 そこまで勉強熱心って訳じゃないからそんな意識高いことなんてしてないよ。

 

「退屈になるって……もしかして沙紀ちゃん……家で予習や自習一切してないの?」

 

「してないよ。授業一回受ければ分かるし、それにそんなことする暇があるならにこ先輩や可愛い女の子について考えた方がよっぽど有意義だから」

 

 ことりちゃんの質問にそう答える。実際に授業を受ければ分かるし、余程の事がなければ予習なんてしない。

 

 中学の頃は予習し過ぎて授業が一年近く退屈になったことを反省して今はしないようにしている。

 

「沙紀ちゃんの価値観がよく分からないけど、スゴいってことだけは分かったよ」

 

「でもそれだけスゴいって事はわたしたちも教えてもらいながら勉強できるって訳だよね」

 

「そうか!! 沙紀ちゃんに教えてもらえば赤点回避なんて余裕だよね。それに海未ちゃんよりも優しく教えてもらえそうだし……だから沙紀ちゃん教えて」

 

 そう言って私に教えて貰おうと頼みくる穂乃果ちゃん。途中なんか小声で聞こえなかったけど、多分海未ちゃんよりも優しくとか何とか思っただと思う。

 

「いいよ。手取り足取りAtoZまで教えてあげるよ……じっくり……たっぷりとね……」

 

「いややっぱりいいや。何か身の危険を感じたから」

 

 私は穂乃果ちゃんに近づいて、耳元で良いと囁くと即答で拒否された。

 

「何で!! 私が穂乃果ちゃんや他にみんなに何かするとでも」

 

『うん。すると思う』

 

「みんな即答!! 何故!! いやもうなぜも何も日頃の行いだから分かりきってるけどもそれでも……ごめんなさい。教えさせてください」

 

 そうして私は教えてあげれるように頼むために誠意を込めて土下座をする。

 

「教える側が土下座するなんて見たことがありませんよ」

 

 海未ちゃんが呆れた声でそんなことを言うが私にとっては土下座するまでの価値がある。何故なら──

 

「本音は?」

 

「合法的に女の子の柔肌とか匂いが堪能できるまたとない機会だから……はっ!! しまった。口が滑った。今のなしで!!」

 

 絶妙なタイミングでことりちゃんに聞かれて私は思っていたことを口にしてしまった。けどもう遅い。私の完璧な作戦が夢と消えるのか。

 

「やっぱり沙紀に頼るのは止めて私たちだけで頑張りますか」

 

「待って待ってstopplease。真面目にやるからホント真面目にやるから。証拠として委員長モードで勉強を教えるから教えさせてください」

 

「はぁ、分かりました。安全は確保しましたので一先ず沙紀はみんなのフォローをお願いします」

 

 全力で説得すると、溜め息混じりで海未ちゃんは許可をいただけた。これで何とか私も教える権利を得たわけで話は纏まったけど、まだ一つ考えなきゃいけないことがある。

 

「でもそれじゃにこ先輩は誰が担当する?」

 

「えっ!? だから言ってるでしょにこは……」

 

 そう。まだにこ先輩を教える人を決めてない。それにしてもにこ先輩は往生際が悪いもう素直になっちゃえばいいのに。ホントにこ先輩可愛いなあ。

 

 しかしホントにこ先輩の勉強を誰が担当するのだろうか。まあ、私が三年生の範囲まで勉強すれば済む話なんだけど。

 

 いや待って。今ここで私がにこ先輩の担当を志願すればにこ先輩と二人きりで勉強出来るじゃない。おはようからお休みまでずっと? 

 

 ヤバイ。これは非常にヤバくてチャンス。ならばこれは志願しかあり得ない。うん、志願しかないね。

 

「それはウチが担当する」

 

 私が志願しようとすると別の所からとても聞き覚えのある声が聞こえた。そして声の聞こえたほうを向くとそこには──

 

「希」

 

 希お姉ちゃんが気配もなくいつの間にか部室に来ていた。しかし、相変わらずお姉ちゃんは神出鬼没だよね。いや、神出鬼没ってよりも気配を消すのが上手いって言うべきかな。

 

 私でもそう簡単には気配だけじゃあ見つからないし。匂いさえ分かれば一発なんだけど。

 

「いいんですか?」

 

 突然現れた希お姉ちゃんににこ先輩の勉強を見てもらって良いのか聞く穂乃果ちゃん。

 

「言ってるでしょ。にこは赤点の心配なんて……ひっ!!」

 

 またしてもにこ先輩が断ろうとすると一瞬希お姉ちゃんが悪い顔をして、にこ先輩の背後にまで移動するとお姉ちゃんお得意のわしわしのポーズを取る。

 

「嘘付くとわしわしするよ」

 

「分かりました。教えてください」

 

 流石にお姉ちゃんのわしわしは嫌だったのか素直に教えて頼むにこ先輩。

 

「はい、よろしい」

 

 そんなにこ先輩と希お姉ちゃんの様子をみんなは呆れた目で見てるけど、私は羨ましいななんて思いながら見てる。

 

 にこ先輩の相手がお姉ちゃんならいくらでもチャンスがあるからまあいっか。

 

「よし! これで準備は出来たよね。明日から頑張ろう」

 

「お~!」

 

「今日からです」

 

 そんなわけで今日から勉強会が始まった訳だけど……。

 

 凛ちゃんは勉強から逃げ出そうと白いご飯が飛んでるって、そんな引っ掛かるはずもない嘘を言って真姫ちゃんに怒られたり。

 

 穂乃果ちゃんは力尽きたのか途中でお休みと言って、眠りに入った。そんな穂乃果ちゃんをことりちゃんが頑張って起こそうとしてたり。

 

 にこ先輩は問題が分からない度ににっこにっこに~して希お姉ちゃんにわしわしされそうになって(私も混ざりたいなあなんて思いながらも)一向に勉強が捗っている状態ではない。

 

「全く……ことり、沙紀あとは頼みますよ。私は弓道部のほうに行かなければなりません」

 

 そう言って海未ちゃんは立ち上がって弓道部に行く準備を始める。

 

「分かった!! 起きて穂乃果ちゃん」

 

「分かりました。ではお気をつけて下さいね」

 

 私も立ち上がって海未ちゃんを見送ろうとすると海未ちゃんは部室を見渡して──

 

「あれで身に付いてるでしょうか」

 

 何て心配を口にした。

 

「大丈夫ですよ。何とかなりますから多分ですけど……」

 

 この惨状を見て心配する海未ちゃんに私は大丈夫ととりあえずは言うが正直心配しかない。

 

「沙紀……貴方がにこ先輩以外に敬語だと違和感しかありませんよ」

 

「酷いですよ!!」

 

 まさかの委員長モードに違和感しかない発言に私はへこむしかなかった。

 

 5

 

 放課後──部室で勉強会をしたあと、穂乃果ちゃんの家で更に勉強会を開いた。とりあえず穂乃果ちゃんの今日のノルマを達成していたから、このままペースでも大丈夫だろう。

 

 私は一人家に帰る途中。外は既に夕日が沈みきって辺りは暗い。そんな中女子高生が一人歩くのは危ない気がするけど、ここからだと家は近いから大丈夫。

 

 近いと言ってもお姉ちゃんの家だけど。それに仮に不審者が現れても私には心強い武器があるし。

 

 時間的にこのままお姉ちゃんの練習に付き合って、向こうで晩御飯まで食べることになりそう。これは今日はお泊まりかな。

 

 多分お姉ちゃんに泊まっていったほうが良いって言われそうだし。なら晩御飯の材料を買いにスーパーでも寄ろうかな。

 

 私はお姉ちゃんの冷蔵庫の中を思い出してみる。もう何度も泊まってるので、向こうの台所事情には詳しい。確か材料はまだ合ったし、今日は買って帰らなくてもまだ大丈夫。

 

 そういえば……にこ先輩の勉強を見たあと、確かバイトがあるとか言ってたっけ。

 

 私はスーパーには寄らずにお姉ちゃんの家に帰ろうとしたが、直前にそんなことを思い出して、携帯で時間を確認する。確認すると時間的にはバイトが終わるころだった。

 

 時間も時間だし、これなら一緒に帰ったほうがいいね。そうして私はお姉ちゃんのバイト先の神社に進路を変更する。

 

 先に帰って晩御飯の準備をしても良かった。でも今日はお姉ちゃんと一緒に帰って、一緒に御飯作って食べて、お風呂も練習も寝るのも、全部一緒がいいなあと思ったから止めた。

 

 お姉ちゃんと一緒にお風呂入るなら身体洗いっこしたいなあ。もちろん手で。ハンドで。

 

 お風呂ならお姉ちゃんの柔肌とか色々と合法的に触れる。むしろ触れたい。それに日本には素晴らしい裸の付き合いって言葉があるから、それで大体納得してくれるから良いよね。

 

 そんな感じで寝るまでのことに胸を弾ませながら、あっという間に神社に着いて階段を上ると──

 

「そう。エリチにそんなこと言われたんや」

 

 お姉ちゃんが誰かと話している声が聞こえた。

 

 私は咄嗟に鳥居の影に隠れて様子を伺う。幸いお姉ちゃんたちが話している所は神社の境内で、辺りは薄暗かったので、気付かれてはいないと思う。

 

 まあ結局お姉ちゃんには気付かれそうだけど、話している相手に気づかれなけばいい。私はこっそりと境内の様子を伺う。

 

 ただ私も辺りは薄暗かったのでよく見えない。と言うか夜の神社ってちょっと不気味な感じがする。お化けとか出そうなそんな感じ。

 

 私自身お化けとかそういうのは信じていないけど、やっぱり雰囲気の問題かな。お姉ちゃんならスピリチュアルパワーとか言いそうだけど。

 

「はい、A-RISEのダンスや歌を見て素人みたいだっていくらなんでも」

 

 何て変なことを考えてるとお姉ちゃんと話している人物の声が聞こえる。この声は……海未ちゃんの声だね。

 

 何の話をしてるんだろう。さっき海未ちゃんはA-RISEのダンスがどうとか言ってたけど。まだ情報が足りないから、もう少し様子を見るべきかな。

 

 目で見えない以上、耳で聞き取って情報を得るしかない。なので私は聞き耳を立てようと、全神経をそこに集中される。

 

「エリチならそう言うやろね」

 

「そう言えるだけのものがエリチにはある」

 

「どういうことですか?」

 

「知りたい……」

 

 そう言って会話は途切れた。どうやら来るタイミングが遅く話の根幹は私が来る前に話終えてたみたい。

 

 聞き耳を立てるのは無駄だと分かった私は、もう一度境内を確認する。相変わらず薄暗くよく見えないけど、何やら向こうでごそごそとやっている様子。

 

 なら今のうちに何の話をしてたのか今ある情報だけで整理しておこうかと思ったが、お姉ちゃんから直接聞けば良いだけの話。なら向こうが何かやってるうちに境内の中に入って、別の場所に隠れとこう。

 

 海未ちゃんには私がお姉ちゃんを迎え来たとかバレたくない。それに聞き耳を立てていた思われるのは向こうも気分が悪いし。

 

 そう私の中で自己完結したところで、すかさず境内の中に入り、新たな隠れ場所に移動する。

 

 我ながら可愛い女の子の情報を得るために、会得した隠密スキルは恐ろしいなあ。

 

 前世はさぞ名のある忍だったんじゃないかな。いや私前世とか全然信じてないけど。そう思うくらい私の隠密スキルは自負してもいいかもしれない。

 

 そんな馬鹿みたいな事を考えてると、どうやら向こうも何かを終わったみたいで、海未ちゃんが境内から出ていった。そのときの海未ちゃんの顔は何かとてもショックを受けたような顔をしていように見えた。

 

 一体何が……いやショックを受けた海未ちゃんの顔と少しだけ聞いた会話と照らし合わせると、答えはもう一つしかない。

 

「そうか……こう来るんだね」

 

 なら私はどうするべきか。どうするも何もいつも通りに最善に事を成すだけ。そう私の中で纏まると──

 

「何時までもそこで隠れてないで出てきたら?」

 

 お姉ちゃんにそう言われてしまい隠れるのを止めて大人しく出てくる。

 

「やっぱりバレてた。因みに何時から?」

 

「最初からや」

 

 やっぱりお姉ちゃんには敵わないみたい。

 

 6

 

「スゴイ太陽だね」

 

「夏も近いね」

 

 昼休みの屋上──穂乃果ちゃんは日差しを手で遮りながら空を見上げてた。凛ちゃんもそんな日差しを受けてもうすぐ来る夏を感じていた。

 

「ええ、絶好の練習日和ですし、そんな日に練習に励むのは大変いいと思いますよ」

 

「よ~し、沙紀の言う通り限界まで行く……わ……よ……?」

 

 笑顔で練習を始めようとするにこ先輩。だが何か違和感でも合ったのか、徐々ににこ先輩の言葉に勢いが無くなくなり、表情はそのままゆっくりと私の方を見る。

 

 にこ先輩に笑顔を向けられたので私は笑顔で返す。

 

「沙紀!? あんた何時からそこに!!」

 

「何時からって最初からみなさんと一緒に居ましたけど」

 

 最初からと言っても屋上に入ってからだけど、どうやら私のことに気付いていなかったみたい。

 

「でもおかしいですね。私の記憶だとお昼は部室でお勉強と言ってたはずですけど……」

 

 昨日の下校の際に私とお姉ちゃんが三人にそう伝えたはずだけど、私の記憶違いだったかな。

 

「委員長ちゃんの言う通りや」

 

「うぅ! 希まで」

 

「昼休み部室で勉強って約束したやん」

 

「いいや!! 分かってるんです!! 分かってるんです!! けど……」

 

「でも身体動かしたほうがいいかなって」

 

「私は二人に誘われただけよ」

 

 必死になって弁解する穂乃果ちゃんと凛ちゃん。そんななかにこ先輩だけは、自分は罪を二人に擦り付けて一人だけ逃げ出そうとしてた。

 

「嘘!! にこ先輩が最初に誘った癖に!!」

 

「そうだよ。希先輩や沙紀先輩にビビってるようじゃあアイドルは務まらないって何とか言って」

 

「デタラメ言うじゃないわよ!!」

 

「そう。まあ誰でもいいやん。どうせみんな一緒にお仕置きやから」

 

 誰が最初に勉強をサボろって言った犯人なのか不毛な擦り付け合いする三人。そんなのお構いなしにお姉ちゃんは連帯責任として、纏めてお仕置しようとわしわしのポーズを取る。

 

「フフフ……」

 

「嘘……」

 

「では私も」

 

 三人がお姉ちゃんのわしわしに怯えてるなか、私も構えて三人に近づく。

 

「いやいや沙紀先輩はただ触りたいだけだよね!!」

 

「はてさて、何の事でしょうか。私には下心も出来心も一切ないですよ」

 

 まさかお姉ちゃんのお仕置きを手伝おうとしただけでこの言われよう。今の私はただの真面目な委員長キャラなのにそんなこと思うはずもないのに。

 

「嘘よ!! だってあんた今鼻血出てるわよ。それで下心ないとか言い訳できないわよ!!」

 

「沙紀ちゃんは真面目になっても身体は正直だから嘘つけないよ!!」

 

 にこ先輩に言われて手の甲で鼻を触って確認するとホントに鼻血が出てた。穂乃果ちゃんの言う通り私の身体は常に女の子を求めてるようだ。と言うか身体が正直って言葉なんかエロい。

 

「そんなことどうでもいいじゃないですか。私に下心が有ろうが無かろうがどっちしてもお仕置されるのは変わらないんですから」

 

 手持ちのティッシュを鼻に詰めながら、手の甲に着いた血を吹いてもう一度構えて三人に近づく。

 

「いやいや十分違うから。だからちょっとまっ……」

 

 何か言ってたような気がするけど気にせず、三人にわしわしの刑をしてお仕置を済ませる。

 

 意外にも穂乃果ちゃんが合ったことにビックリしたなあ。他二人は大体予報通りの大きさでちょっと穂乃果ちゃんを触った後だと物足りない。

 

 まあ触ったときに三人の可愛い反応や顔が見れただけでも十分かな。そんな顔を見たせいか若干私の身体が熱いがこれ以上望むのはお胸様に申し訳ない。

 

「さて部室に戻ろっと」

 

 お姉ちゃんも満足したのかとてもいい顔をしていたけど、屋上の隅で一人佇んでいた海未ちゃんを見つけて──

 

「ちょっとショックが強すぎたかな」

 

 そんな海未ちゃんの様子を見てお姉ちゃんはそう言った。

 

 7

 

 三人にお仕置きをしたあと部室に連れ戻してお姉ちゃんは三人の前に大量の参考書や問題集などを置く

 

「今日のノルマはこれね」

 

『鬼』

 

「あれ? わしわしが足りない子がおる?」

 

『まさか』

 

 もうわしわしが嫌なのか三人揃って笑顔で答えるが、その様子は白々しい。

 

「ことり、沙紀、穂乃果の勉強をお願いします」

 

 そんななか海未ちゃんは急に立ち上り、私とことりちゃんに穂乃果ちゃんの勉強を任せて、何処かへ行こうとする。

 

「えっ? うん」

 

 ことりちゃんは返事をするが、既に海未ちゃんは部室を出ていっていた。

 

「海未先輩どうしたんですか」

 

 突然の海未ちゃんの行動に心配する真姫ちゃん。他のみんなも(勉強に追われてそれどころじゃない三人を除いて)海未ちゃんの事を心配する。

 

 私は事情を知ってるお姉ちゃんの方を見ると目が合った。それで大体お姉ちゃんがしようとしたことを察したので、目で自分がやると合図をして、私は立ち上がる。

 

「ごめんなさい。私も少し用が出来たのでちょっと席を外しますね」

 

 そう言って私も部室を出ていって、海未ちゃんの後を追う。海未ちゃんがどこに行ったのか予想は出来てるので、あとは接触する前に止めることが出きれば問題はない。

 

 そうして海未ちゃんを追って行くと海未ちゃんは予想通り生徒会室の前で立ち、深呼吸をしてノックをしようとする寸前だった。

 

「何してるの? こんなところで」

 

 今はまだ接触するときじゃないのでノックする寸前で海未ちゃんに声を掛けて止めると、海未ちゃんは私に気付いてノックするのを止めてこっちの方を見る。

 

 因みに今は勉強中じゃないので委員長モードはOFF。

 

「沙紀? どうして?」

 

「海未ちゃんの様子がおかしかったから」

 

 海未ちゃんに私がどうしてここに居るか聞かれて、私は本当の事は言わず別の理由を言う。実際に様子がおかしかったから嘘じゃないし。

 

「そうでしたか、よく見てますね。部室ではふざけてるとはいえ篠原沙紀なのは変わらないですね」

 

「当然だよ。何たって今はμ'sのマネージャーだからね。メンバーの事はちょっとしたことでも気付くようにはしてるからね」

 

 もうにこ先輩だけのマネージャーじゃない。μ'sのマネージャーだからね。もしメンバーに何かあってからじゃあ取り返しの付かない事が起こるかもしれない。

 

 それだけは避けるようにしておかないと。実際に問題が起きたときに私がどんな行動を取るか分からないし。

 

 まあ今回に限っては殆どのメンバーが海未ちゃんのこと気付いてたけど。

 

 それにしても海未ちゃんと一対一で話すのは久しぶりな気がする。前のキス以来ちょっと距離を置いておいたけど、それは私の気苦労だったかもしれない。

 

「ショック受けたの。絢瀬生徒会長に」

 

 そんなことを思いながら私は前触れもなく本題に入る。

 

「どうしてそれを? いえ……希先輩に聞いたんですね」

 

 私がどうしてそんなことを知っているのか疑問に思ったけど、私がお姉ちゃんと仲良かったのを思い出したみたいで、お姉ちゃんに聞いたと質問してくる。

 

「そうだよ。まあその前から絢瀬生徒会長の事は知ってたけど」

 

「知っていたのなら生徒会長のあの動画も見たことがあるんですね」

 

 そう言われて私は頷く。海未ちゃんが言っていた動画はお姉ちゃんに計画を聞かされたときに見せられてそのあとも何度か見てる。

 

 じゃあ海未ちゃんがショックを受けた絢瀬生徒会長の動画は何なのか。それは彼女が幼少時代のバレエの動画。

 

 私も見たときは驚いたよ。見ただけで分かる絢瀬生徒会長のバレエの才能。それに加えて相当な努力もしたんだって言うのが。

 

「いくら沙紀に練習を見て貰っているとはいえ、自分たちが今までやってきたのは何だったのだろうって思いました」

 

 いくら上手くなったとはいえμ'sのメンバーは絢瀬生徒会長と比べると、まだ経験も実力もそして圧倒的な努力の差が足りない。

 

「悔しいですけど、生徒会長は私たちを素人にしか見えない気持ちも分かります」

 

「だから謝ろうと」

 

「いえ、あの人にμ'sに入ってほしいと思いました」

 

 てっきり私は謝るのかと思ったけど、予想外の答えに私は少し驚いた表情をする。

 

「あの人がμ'sに加わってくれれば、もっと私たちもダンスの幅も広がって、更に他のメンバーにも刺激になるじゃないのかとそんな気がしました。だから!!」

 

 海未ちゃんの言葉にはダンスが上手くなりたいもっと前に進みたいってそんな気持ちが伝わってくる。

 

 最初はスクールアイドルに反対だった(って穂乃果ちゃんたちから聞いた)海未ちゃんが。

 

 ならそんな風に思っている海未ちゃんに私が出来ることは? 

 

「だったら先ずは目の前の事をやろう。テストまであと五日しかないからね」

 

 まずはテストで赤点を回避。そしてラブライブにエントリーして出場出来るチャンスを手に入れることが重要。それが終わってからでも遅くはない。

 

「それが終わったら私もマネージャーとして手伝うからさ」

 

 私がそう言うと海未ちゃんは憑き物が落ちたかのように表情が明るくなって、何か思い付いたのか何処かへ走っていった。

 

 私も海未ちゃんの後を追いかけながらあることを思っていた。

 

 それにしても絢瀬生徒会長のA-RISEが素人にしか見えないって発言はちょっと笑っちゃったよ。まさか絢瀬生徒会長ほどの人がA-RISEのダンスを見てそんな感想しかでないなんて。

 

 そんなわけあるわけないじゃん。だってA-RISEには……もう私には関係ない話か。

 

 私は考えるのを止めて海未ちゃんの付いていくと、海未ちゃんは既に部室に戻って中に入っていた。私も部室に戻るので委員長モードONにする。

 

「穂乃果!!」

 

「海未ちゃん……」

 

 戻ってきた海未ちゃんが穂乃果ちゃんに声を掛けると穂乃果ちゃんは今にも死にそうな顔と表情で海未ちゃんの方を見た。

 

 どんだけ勉強するのが苦手なんだろう。他の凛ちゃんやにこ先輩も同じ表情だし。

 

「今日から穂乃果の家に泊まり込みます」

 

「えっ!!」

 

 突然のお泊まりの提案に驚く穂乃果ちゃん。海未ちゃんの思い付いた行動がまさかお泊まりだったとは……。この私の目を持ってしても見抜けなかったよ。

 

「勉強です!!」

 

「鬼……」

 

 今にも泣き出しそうな声でボソッと呟く穂乃果ちゃん。彼女の勉強は多分大丈夫そうだけど、精神的に大丈夫かな。

 

 しかし泊まり込みで勉強会か……。いいアイデアかも。

 

「なら、私たちもやるしかありませんねにこ先輩」

 

「何がならよ!! 私たち関係ないでしょ!!」

 

 流れに便乗してにこ先輩にお泊まりの提案をするけど、流れでOKしてくれなかった。

 

「大ありですよ。にこ先輩の勉強も家で見たほうがより安全に赤点を回避できますから」

 

「OK分かったわ。とりあえず今は委員長モード止めていいから本音を言いなさい」

 

「正直にこ先輩のおはようからお休みまでずっと一緒に居たいです」

 

 お泊まりしたときのメリットを言ってにこ先輩は分かってくれたが、何故か委員長モードOFFして本音を言えと言われたので本音を口にする。

 

「そしてにこ先輩の寝顔を……あわよくば熱い夜を……」

 

「よ~しあんたは一生家に来ないでいいわよ」

 

「何故ですか!!」

 

 本音を言えと言われたので正直に言ったらにこ先輩の家に出禁食らう始末。何故。分かんない。

 

「またにこ先輩と沙紀先輩がコントしてるわよ」

 

 私がにこ先輩と楽しくお喋りをしてると、真姫ちゃんが呆れながら私たちの会話の事をコントって言った。

 

「良いじゃない。何か真面目な沙紀ちゃん違和感しか分かったから」

 

「だから酷いよ。そんなに私が真面目なのは変?」

 

 ソウルフレンドであることりちゃんまで変と言われて部室のみんなにも聞いてみると──

 

『うん。変』

 

「全員即答!!」

 

 どうやらアイドル研究部の部員+お姉ちゃんの中では私は委員長キャラではなく、ただのボケキャラだとハッキリと認識される瞬間だった。

 

 8

 

 そして何だかんだで時間は過ぎていき、テスト本番もあっという間に終わった。あとは結果が反ってくるのを待つだけ。

 

 部室で結果を待っていた私たちはただ静かに待っていると、部室の扉が開き穂乃果ちゃんが入ってくる。

 

「どうだった?」

 

「今日で全教科返って来ましたよね」

 

「穂乃果ちゃん」

 

 入ってきた穂乃果ちゃんに結果はどうだったのか聞いてくる。

 

「凛はセーフだったよ」

 

「あんた私たちの努力水の泡にするじゃないでしょうね」

 

 問題児であった凛ちゃんとにこ先輩は何とか赤点を回避出来た。もちろん他のみんなも赤点はちゃんと回避できてるので、あとは穂乃果ちゃんの結果次第で全ては決まる。

 

『どうなの!?』

 

「もうちょっといい点だったら良かったんだけど……」

 

 みんな結果が気になって穂乃果ちゃんを急かすけど、穂乃果ちゃんはちょっと不吉なことを言いながら鞄から解答用紙を取り出して──

 

「ジャーン」

 

 見せた解答用紙は赤点を回避していた。

 

 つまりそれはラブライブにエントリー出来るようになったってことになる。

 

「よ~し、今日から練習だあ」

 

 勉強から解放されてやっと練習が出来るのが嬉しいのか、穂乃果ちゃんは元気よく部室を飛び出していった。そのあとに他のメンバーも付いていく。

 

「ラ、ラブライブ」

 

「まだ目指せるって決まっただけよ」

 

「そうだけど」

 

 確かに真姫ちゃんの言う通り目指せるだけだけど、まあ喜びたい気持ちがあっても良いと思う。

 

「練習の前に理事長に報告行こうか」

 

「そうだね。じゃあ行こっか」

 

 一応赤点を回避したらラブライブにエントリーしていいと言った理事長に報告して、正式に学校の許可を貰っておかないといけないからね。

 

「ん? あれ?」

 

 理事長室の前に来ると扉は僅かに開いていてそこから何か話し声が聞こえる。こっそりと中を確認すると、そこには絢瀬生徒会長が何か様子が変だ。

 

「そんな!? 説明してください」

 

「ごめんなさい。でもこれは決定事項なのよ」

 

「音ノ木坂学園は来年より生徒募集を止め廃校とします」

 

 理事長が発した衝撃的な事実。

 

 どうやら時の歯車は私が予測してたよりも早く動いていたみたいだった。




次回から本編での絵里加入回。つまりこの小説で言うところでは二章最後の話に入って行くわけですけど沙紀はこの物語にどう関わってくるのかお楽しみに。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると幸いです。


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十七話 最後の女神

お待たせしました。遂に絵里加入回の序盤

一体どんな物語になるのかどうぞお楽しみください。


 1

 

 私が初めて絢瀬生徒会長に会ったときの思ったことは、凄く私が彼女にしたい理想のスタイルを持っている人だなぁ、なんて思っていた。

 

 もしにこ先輩に出会って無かったら確実に会って早々告白していたと思うくらいに。ホントマジで、絢瀬生徒会長のスタイルはドストレートで私の好みだったから。特に金髪碧眼が良いね。

 

 生徒会のお手伝いをしていたおかげで、絢瀬生徒会長と会う機会も多い。その旅に私は彼女を自分の物にしたいなんて欲求が出てくるし、生徒会にはお姉ちゃんも居るからいろんな意味で危なかった。

 

 まあそこは我慢して欲求を抑えていたから、何とか踏み止まっていた。できれば絢瀬生徒会長の前で欲求が爆発する前に、何とかにこ先輩に付き合えちゃえばこんなこと悩まないで済むのに。何て思って何度も告白していたが、毎回ことごとく失敗。

 

 いや今は私の欲求不満がどうこうって話じゃなくって、絢瀬生徒会長のことを話しているのだから関係ない。やっぱり関係ないじゃあ色々と問題あるけど。

 

 話を戻して何度か一緒に仕事をする機会も増えて(もちろん委員長モードで)色んな事が分かってきた。

 

 生徒会長としてはキッチリとして仕事もそつなくこなすけど、絢瀬絵里と言う一人の女の子としては可愛らしいところもあるんだって。

 

 学校にいるときじゃあ殆んど見せないけど、たまに見せる可愛らしいところがある。それを見ると安心して、ますます彼女にしたいって欲求が出てくる。危ない。また話が逸れそうになるからその話はしない。

 

 印象は本当に不器用で真面目な人なんだなと思った。不器用って言うか責任感が強すぎて、何処か空回りして大事なことを見落としてるそんな感じ。

 

 特にそれを感じられたのはあの日──穂乃果ちゃんが生徒会に部活の申請書を出しに来たとき、私は絢瀬生徒会長にどうして廃校を阻止したいのか聞いてみた。

 

 そうしたら絢瀬生徒会長は生徒会長として廃校を阻止したいと言った。

 

 それを聞いて確信した。絢瀬生徒会長は私と同じだ。

 

 このまま放置すればあの時の私のように確実に全てを無くしてしまう。そう確信してしまった。

 

 2

 

「今の話本当ですか!!」

 

 穂乃果ちゃんは理事長から音ノ木坂が廃校の確定の話を又々聞いてしまい思わず飛び出して、理事長室に入り、理事長に真偽を確認する。

 

 そんな穂乃果ちゃんのあとに続いて、私と海未ちゃん、ことりちゃんも理事長室に入って行く。

 

「貴方!!」

 

「本当に廃校になっちゃうんですか」

 

 絢瀬生徒会長は急に話に入ってきた穂乃果ちゃんに驚くけど、穂乃果ちゃんには全く届いてない。ただ理事長の方を真っ直ぐ見て、それが事実なのか聞こうとしてた。

 

「本当よ」

 

 穂乃果ちゃんの質問から少し間を開けて、理事長は音ノ木坂が廃校になるのが事実だと告げた。

 

「おかあさん、そんなこと全然聞いてないよ」

 

「お願いします。もうちょっとだけ待ってください」

 

「あと一週間、いえ二日で何とかしますから」

 

 それを聞いて穂乃果ちゃんたちは取り乱すが無理もない。自分の学校が廃校になるのが確定して取り乱すなってのが無理があるよ。特に穂乃果ちゃんたちは廃校を阻止するために活動してきただから余計に。

 

「ちょっと待って穂乃果ちゃん。廃校がショックなのは分かるけど、落ち着いて、ちゃんと話を聞こう」

 

 穂乃果ちゃんが取り乱しすぎて無茶な事を言ってるから、穂乃果ちゃんの肩を持って落ち着くように言い聞かせる。

 

 流石に二日ではどうにもならない。準備や練習が時間的にも無理。そんな完成度が低いもので、廃校がどうにかなるくらいならそもそも問題にすらなってない。

 

 だけど変。廃校の条件は入学希望者が少なかった場合。でもまだそれを判断するようなイベントは……いや、合った。今月に確かあれが合ったはず。

 

「多分近々何かで判断してそれで廃校かどうか決めんじゃないのかな」

 

 私の予想が正しければ私たちが聞いたのは結果だけで、ちゃんと廃校を決める過程を絢瀬生徒会長に話してたはず。

 

 もし廃校が確定してるなら、絢瀬生徒会長の顔ももっと暗い絶望的な表情をしてるはず。だけど実際に絢瀬生徒会長の顔を見てみると険しいけど、まだ諦めてない顔をしてる。

 

 つまりまだ余裕はある。余裕と言っても僅かな期間だろうけど。まあ、穂乃果ちゃんが来て険しい顔をしてる可能性もなくはないけど。

 

「えぇ、廃校にするって言うのはオープンキャンパスの結果が悪かったらって話よ」

 

 やっぱり予想通りオープンキャンパス。なら期間もそうは長くない。だから私は自分の持ち札と現状の計画の進捗状況、μ's全体の現在の実力など様々な情報を整理し始める。

 

「オープンキャンパス?」

 

「一般の人に見学に来てもらうってこと?」

 

「見学に来た中学生にアンケート取って結果が芳しく無かったら廃校にする。そう絢瀬さんに言ってたの」

 

 確かにこのやり方ならどれだけ入学希望者が居るのか、おおよそではあるが指標にはなる。それにそもそも中学生来るかどうかでも分かる。そもそも来なければアンケートの取りようもないし。

 

「なんだ」

 

「安心してる場合じゃないわよ」

 

 穂乃果ちゃんはまだ余裕があると思って安心してるが、絢瀬生徒会長の言う通り安心できない状況。

 

「オープンキャンパスは二週間後の日曜日。そこで結果が悪かったら本決まりってことよ」

 

「どうしよう」

 

 残りの猶予は二週間しかないと聞いて、余裕が無いことを自覚した穂乃果ちゃんたちは不安になる。そんな中絢瀬生徒会長は理事長の前立つ。

 

「理事長、オープンキャンパスのイベント内容は生徒会で提案させて頂きます」

 

「止めても聞きそうに無いわね」

 

 例の如く生徒会として動こうとする絢瀬生徒会長に、今まで活動を許可して無かった理事長は遂に許可を出す。

 

 状況が状況なのできっと絢瀬生徒会長なら許可が無くても動いてしまうから、理事長が無駄だと分かって許可を出したんだと思う。

 

「失礼します」

 

 絢瀬生徒会長は許可が取れたのを確認したら、すぐに行動に移すつもりか、さっさと理事長室を出ていった。

 

「穂乃果ちゃん。私たちも行くよ」

 

 絢瀬生徒会長が出ていってから、すぐに私の中で考えが纏まった。これ以上ここに居ても時間の無駄だから、立ち尽くしてる穂乃果ちゃんに声を掛けて、私たちも理事長室をあとにする。

 

「何とかしなくっちゃ」

 

「何とかしなくちゃいけないね」

 

 穂乃果ちゃんの多分独り言に私はそう返事をする。

 

 理事長室から出てくると、中に入ってこなかった残りのメンバーが何処か心配そうにして私たちを待っていた。

 

「何があったのよ」

 

 にこ先輩が代表して中であったことを聞いてくるので、私はみんなにさっきのことを伝える。

 

「そんな……」

 

「じゃあ凛たちやっぱり下級生がいない高校生活」

 

「そうなるわね」

 

 最初に反応したのは花陽ちゃんと凛ちゃんだった。廃校が決定してしまうと、一年生である彼女たちが一番辛い思いをするから当然だよね。

 

 廃校が確定しても在校生が卒業するまで完全な廃校にはならないが、その代わり新入生を募集せず、凛ちゃんの言う通り下級生が入ってこない。

 

「まっ、私はそっちの方が気楽でいいけど」

 

 何て真姫ちゃんは言うけど嘘だろう。何だかんだで真姫ちゃんは意地っぱりだから、自分の本心を素直に口にしてないだけ。

 

「とにかくオープンキャンパスでライブをやろう。それで入学希望者を少しでも増やすしかないよ」

 

「穂乃果ちゃんならそう言うと思ったよ」

 

「沙紀ちゃん……」

 

 もし落ち込んでるなら空気をぶち壊してやろうかと思ったけど、その心配も無いみたい。その証拠にメンバーの顔はやる気に満ちてる。

 

 この状況を黙って見てるだけじゃなくって、打破するために自分たちが出来ることをする穂乃果ちゃんらしいやり方。そんな穂乃果ちゃんだから私は手を貸してるかもしれない。

 

「猶予は二週間。現状は最悪だけど各々がやれる事を精一杯やるしかない」

 

 そう言いながら私は手に持っているペンと紙であるもの書きながら、私は今やれることをやる。

 

「だからこれが今の私に出来ること」

 

 そう言って私は穂乃果ちゃんに紙を数枚渡す。

 

「沙紀ちゃんこれは?」

 

「オープンキャンパスまでの特別トレーニングメニュー。本当はもうちょっとあとにやりたかったけど、時間がない以上これをやってもらうよ」

 

 二週間で歌とダンスをより良いものする為なら拒否権はない。でもみんななら進んでやってくれるはず。

 

「このトレーニングで基礎を完璧にして確実に実力を付けてもらって、各自に見合ったメニューで得意なところを伸ばして苦手なところを補強する。それで私の見立てでは倍くらいは実力が付くはず」

 

 ファーストライブの時じゃあデータが足りなくて出来なかったが、今まで練習を何度も見て観察した今の私なら作り上げるのは造作もない。

 

 実のところ九人揃った段階でやりたかった内容だったけど四の五の言ってる場合じゃない。

 

「倍って……短期間でそこまで実力が上がるもの何ですか」

 

「上がる。実際に似たような練習をにこ先輩にやってもらったら、前の倍近くは上がったから」

 

 そう。この練習は半年くらい前ににこ先輩にもやらせたことがある。その時は一ヶ月くらいの期間だったけど見違えるくらいレベルが上がっていた。

 

「そうね、確かに上がったわ。制裁スキルだけど……」

 

「本当なんだ……ん? 制裁スキル?」

 

「そう。制裁スキル」

 

 穂乃果ちゃんは何が上がったのか疑問に持つと、にこ先輩はもう一度自分が上がったスキルを言う。

 

「いやいや、今絶対にいらないじゃん。今欲しいのは歌とダンスの技術だよ。何で沙紀ちゃんを制裁するスキル何て上げるの」

 

「いや何で私が制裁される前提何ですかね」

 

 いやもう理由は分かるから良いけど。でもみんながみんな制裁スキル何て覚えたら私の身体がボロボロになる未来しか見えない。

 

「それは私があのとき歌とダンスの技術を上げるトレーニングメニューを考えてたつもりだったけど、無意識に制裁スキルを上げるトレーニングメニューを作っちゃった。てへっ」

 

 ホントビックリしたよ。二人でやってた頃私とにこ先輩で何か上手くなってると勘違いして、挙げ句の果てに調子に乗ってしまった。誰も端から見れば絶対違うだろうって止めてくれなかったし。そもそも止めてくれる人がいなかったんだけど。

 

「でも大丈夫。今回はそんな変な間違いはしていない。ちゃんと歌とダンスのトレーニングメニューだよ。決して制裁スキルのトレーニングメニューじゃないよ」

 

「当たり前よ。何で廃校が決まる瀬戸際でそんなもの上げなくちゃいけないの」

 

 全く真姫ちゃんの言う通りです。そんなふざけてる余裕はもうないから。

 

「でもいつの間にこんなトレーニングメニュー考えたの。今日のトレーニングメニュー別に用意してたよね」

 

「それはオープンキャンパスが廃校の期限だと聞いたときから構想して今書き終えたところだよ」

 

「あの少しの時間でこれだけのを思い付くなんて……」

 

 海未ちゃんが驚くのも無理もない。

 

 あの紙に書かれてるのは基礎を固めるためのメニューと七人分の個別メニュー。今までの練習で私が全員を観察して組み上げたもの。私の本気。

 

「そんなわけで今から練習始めるけど……海未ちゃんあとは頼んだ」

 

「沙紀……何処へ行くつもりですか」

 

 練習を海未ちゃんに任せて私は彼処に行こうとすると、海未ちゃんに制服を掴まれて止められる。

 

「この前の海未ちゃんとの約束を果たしにちょっとね」

 

「分かりました。こっちは私に任せてください」

 

 周りのみんなに聞こえないように海未ちゃんの耳元で囁いて、私が何をしようとしてるのか伝える。それで海未ちゃんは理解し、制服を離してくれる。

 

「じゃあみんな練習頑張ってね」

 

 そう言って手を振りながら私は目的と約束を果たすためにある場所に向かっていった。

 

 3

 

 私はみんなと別れて一人別行動して廊下を歩いている。

 

 理由として今のみんなには一先ずは練習に専念してもらうため。μ'sと彼処を自由に動けるのは自分くらいだから。

 

 それに今いるメンバーに出来る精一杯のことはやった。次はこれから入るメンバーの為にやれることをするだけ。

 

 そう考えながら私は目的の場所──生徒会室の前まで着くと、そこでゆっくり深呼吸をして自分の心を落ち着かせる。

 

 ここに入る前に何時もこれをやってる。やっておかないとあの人の前で変な行動を取りかねないから。

 

 そうして心を落ち着かせて委員長モードをONにすると、扉をノックして生徒会室の中に入る。

 

「失礼します」

 

 中に入るとそこには希お姉ちゃんとそして絢瀬生徒会長が居た。他の役員はいないのは何時もの事。基本的に他の役員がいない時間を狙って生徒会室に来てるから。

 

「あれ? 委員長ちゃん。こっちに来たん?」

 

 お姉ちゃんは私が今日はアイドル研究部のほうに行くと思っていた反応。どうやら生徒会の方に来るとは思ってもみなかったみたい。

 

「はい、少し絢瀬生徒会長にお話がありまして」

 

「私に? 何の用かしら」

 

 自分に用があると分かった絢瀬生徒会長は仕事を止めて私の方を見る。基本的に交流もあるから穂乃果ちゃんたちと比べれば塩対応ではない。

 

 それにしても相変わらず良いスタイルしてる……。ダメダメ。今はそんなこと考えてる場合ではない。

 

「絢瀬生徒会長単刀直入に言います。μ'sに入ってくれませんか」

 

 変な前降りや言い回しは不要。最早時間がない以上直球で勝負するのみ。

 

「何よ急に」

 

「急にではありません。廃校までの時間がない以上お互いに手を取り合うのが、正しいと思ったからです」

 

「確かに廃校まで時間はないわ。手を取り合うのが正しいと思うわけど、私は彼女たちを認められないわ」

 

 私の提案に絢瀬生徒会長は案の定予想通りの返事をしてくれた。ここで入ってくれたらホント楽だけど、それで入るくらいならもっと早くメンバーになってる。

 

「それは貴女が昔バレエで優秀な成績を修めてたからですか?」

 

 私がバレエのことを言うと絢瀬生徒会長はお姉ちゃんの方を見るが、お姉ちゃんの顔は明らかにウチは何も言ってないって言いたげな顔をしてた。

 

「他にも知ってます。ファーストライブの動画をネットに上げてくれたのも貴女だって」

 

「それは園田さんから聞いたのかしら」

 

「はい、でもあの動画をネットに上げた時にはもう既に誰が上げてくれたのか予想は付いてました」

 

 あのファーストライブに来ていた人は限られてる。あのときの状況を思い出せば、消去法で絢瀬生徒会長と簡単に予想は出来る。

 

 念のため、あのライブに来てた人に動画について聞いて回っていた。そのうち殆どが今のμ'sのメンバーとお姉ちゃんと穂乃果ちゃんの友達だったから聞き込みは簡単だった。

 

 そして彼女たちは誰も知らないと口にした。となると聞き込んでいないのは、絢瀬生徒会長だけだから誰が上げたのか自ずと分かる。

 

「なら私がどうして上げたのか知ってるでしょ。それに彼女に言ったことも」

 

「貴女がμ'sが素人に見えるのは仕方ないことだと分かってます。貴女ほどの実力を持ってる人ならそう見えるでしょう」

 

 絢瀬生徒会長が海未ちゃんに言ったこともちろん知ってる。私も絢瀬生徒会長と同じでまだμ'sはそこまで実力を持っていないと思っている。

 

 けどμ'sはまだまだ成長する。今も頑張って練習してるし実力も付けている。それに──

 

「そんな貴女がμ'sに入ってくれればμ'sはもっともっと成長できます。だからμ'sに入ってください」

 

 そう言って私は絢瀬生徒会長に頭を下げる。

 

 今の私はメンバーの為に必死に頑張ってる健気なマネージャーに見えてるだろう。これは私が星野如月だと知らないからこそ使える手。

 

 私が星野如月だと知ってると貴女が居るでしょで終わってしまう。計画上それでは意味ない。

 

「理解できないわ。どうして貴女はそうまでして彼女たちの為にやるの? 貴女はそんな不確定な事をする人じゃないのに……」

 

 確かに絢瀬生徒会長の言う通り、私は成功するか分からないものや先が見えないものに、そんな力を入れる人間じゃない。ましてや絢瀬生徒会長には、委員長モードしか見せてないから余計にそう見えるだろう。

 

 これがμ'sのメンバーやお姉ちゃんだったらそうは思わないだろう。けど私はとても現実主義者だ。

 

 物事を見ただけで瞬時に判断できるからこそ、大抵の事はどうなるのか、大体予想ができ分かってしまう。

 

 それにどうやれば効率良くやれるのかも瞬時に理解できるから、生徒会の手伝いやμ'sの練習も効率良くやれる。

 

 これが私がわたしであるために唯一努力して手に入れた技術。それだけで今まで全部やって来た。

 

 だからこそ今はμ'sの為にこの技術を存分に使う。

 

「もしすぐに返事が出せない場合は練習一度でも良いので見に来てください」

 

 私は絢瀬生徒会長の質問には答えず、猶予と練習を見に来てほしいと付け加えて頭を上げる。

 

 取り敢えず今回はここまでにしておこう。これからの布石は取れたから次の行動に移そう。

 

 そう頭の中で今後の事を纏めながら、私はゆっくりと扉まで歩いて生徒会室をあとにする。

 

 現状絢瀬生徒会長をμ'sに入れるには条件がある。

 

 それは生徒会長としての絢瀬絵里を排除して、ただの絢瀬絵里を曝け出せなければならない。

 

 まずはただの絢瀬絵里を曝け出すためには刺激が必要。これはそれをやるための布石。

 

 今の会話で私は敢えて絢瀬生徒会長の質問には答えなかった。答えなかったことで、彼女の中では疑問として残り続ける。

 

 生徒会長として廃校確定が目前に迫って心に余裕がないなか余計な疑問が残る。さぞ頭を抱えるだろう。それが狙い。

 

 絢瀬生徒会長は不器用な人だ。そんな疑問を完全に忘れることは出来ない。確実に頭の片隅に残るはず。あとはそれを刺激させてμ'sの練習を見せる。

 

 一度練習を見に来てほしいと言ったのもそのため。決して絢瀬生徒会長は自分から見に来るとは言わない。なら、こっちから誘えば少しは来やすくなる。

 

 まあ、向こうから来るのを待ってるそんな時間は無い。なので、こっちはこっちで明日にでも来させるための準備をしよう。

 

 アイドル研究部でもそろそろ海未ちゃんがμ'sの練習を見てそろそろ口にする頃だから。

 

 そう頭の中で思考しながら私は取り敢えず喉が渇いたので、飲み物買いに自販機に飲み物を買いに行った。

 

 4

 

 生徒会から帰り──中庭のイスに座って、途中で買ってきた飲み物を飲みながら、私は一人考え事してた。

 

「あんたここに居たのね。探したわよ」

 

 突然、聞き覚えるのある声に声を掛けられたので、声がした方を見ると、にこ先輩がいつの間にかそこにいた。

 

 にこ先輩の服装を見てみると、練習用の服ではなく、制服を着ている。それに鞄も持ってるからもう練習は終わったみたい。

 

「にこ先輩どうしたんですか? もしかして私に会えなくて寂しかったんですか。良いですよちょっと待って下さい。今すぐに服脱ぎますから」

 

「違うわよ」

 

「即答ですか」

 

 渋々私は制服を脱ぐのを止める。せっかく一線越えて、にこ先輩の寂しさを埋めてあげようと思っていたのに、残念。

 

「まあにこ先輩照れてるだけなんですよね。それともやっぱり外じゃあ恥ずかしいから、場所を変えようとしてるだけなんですよね」

 

 中庭には人が少ないとはいえ、偶々人が通ることもなくはない。だから人に見られるのは恥ずかしいのは分かる。私も恥ずかしいから。にこ先輩には見られるのは良いけど、他の有象無象に見られるのは嫌だ。でも……。

 

「にこ先輩が交わろう……って言えば、何時でも何処でも準備は出来てますから……」

 

「はいはい分かったから。そんな日は一生来ないから」

 

「何かにこ先輩冷たい。はっ!! もしかしてこれって停滞期ってやつ!!」

 

 もうちょっと前のにこ先輩ならまだツッコンではくれたのに……最近は黙って制裁もといご褒美をくれることが多い。あれ? でもご褒美くれるからまだ大丈夫じゃない? 

 

 本当に停滞期ならきっとご褒美すらくれないはずだし。と言うことはつまり……。

 

「私とにこ先輩には言葉なんていらないくらい愛が深まってるですね」

 

「何をどうしたらそんな結果になるのよ……まあいいわ、それよりもあんたに聞きたいことがあるわ」

 

 私の発言を聞いて何故か呆れた顔をするにこ先輩だけど、そんなことは置いておいて、私に何か用があるみたい。

 

「ちょっと待ってください。これあと少ししかないので全部飲みきりますから」

 

 そう言って私は残っていた飲み物を飲み始める。

 

「良いけど、あんたまたミルクティー飲んでるのね」

 

「はい好きですから。それににこ先輩知ってますよね。私、炭酸はあんまり好きじゃないですし、コーヒーは至っては論外ですから……」

 

 実のところ炭酸は飲めなくは無いけど、好き好んで飲もうとは思わない。但しブラックコーヒーお前は絶対に駄目だ。

 

「覚えてるわ。あんたが昔間違ってコーヒーを飲んでスゴイ顔したあと、気持ち悪いって言ってトイレに駆け込んだ事も」

 

 ブラックコーヒー対して私はどんだけ苦手なのか思い出したにこ先輩は急に顔がにやけだして笑い始める。

 

「あの……ときの……あんたの……顔……思い出したら笑えてきたわ」

 

「酷いですよ。あの顔を見られたのは私に取って人生の汚点の一つなのに」

 

 ブラックコーヒー飲んだあと、自分があんな顔をしたのはビックリしたなあ。それよりもにこ先輩に可愛くない顔を見られた方がショックが大きいけど。

 

「いいじゃない。あのときはあんたが入って間もない頃で好みとか分からなかったんだから」

 

 まあにこ先輩がそういうのは仕方ない。ホントに出会って間もない頃だったし。

 

 色々とあって私がアイドル研究部のマネージャーとして入部したあと、少し経ったくらいににこ先輩が私の為に歓迎会を開いてくれた事があった。

 

 あまりにも突然、歓迎会を開いたので、理由は分からないけど、多分、部員が入って嬉しかったんだと思っている。

 

 そのときに適当に飲み物を買ってきたわけ何だけど、その中にブラックコーヒーが混ざっていて、私はそれに気付かずに飲んでしまったのが事の顛末。

 

「まあ確かにあれは私の不注意でしたけど」

 

 あの事を思い出してみればそうとしか言いようが無いが、昔の事を思い出して少し懐かしい気分になった。本当にあの頃は何をするにも新鮮な事が多かったから余計に。

 

「それでにこ先輩。私に用って何ですか?」

 

 懐かしさに浸るのも良いがそこまでにしておこう。そもそもにこ先輩は私に用が合って、探してたみたいだからそろそろ本題に入るべき。それに聞きたいことは大体予想が付く。おそらく練習中の事だろうから。

 

「そうね……。私あんたに聞きたいことが合って来たんだから。私も昔の事を思い出しに来たわけじゃないし」

 

 どうやらにこ先輩も昔の事を思い出してみたい。何か二人だった頃のアイドル研究部の事をにこ先輩も思い出してたと思うと嬉しい気分になる。

 

 ちゃんと私とにこ先輩だけの思い出があるってことが実感できるから。

 

「あんた海未の様子がおかしかった理由、何か知ってるじゃない?」

 

 そうにこ先輩に聞かれて確信する。やっぱり海未ちゃんは私の思った通りの事をしたんだろうなあ。

 

「その顔……何か知ってるのね」

 

「えぇ、まあ大体は。ですけどすぐに本人から聞けると思いますよ」

 

「そう……ならいいのだけど。なら取り敢えず何が合ったのか聞きたい?」

 

 すんなり引き下がるにこ先輩。むしろ私に何があったのか説明してくれるみたい。

 

「そうですね。大方予想は付きますが、実際何があったのか聞いておきたいですね。予想とズレがあると困りますし」

 

 にこ先輩の提案は実に有難い。多少のズレなら問題ないが自分でも言ったように予想と結果がズレやそもそも結果が違うことがあると、今後の計画を修正しなければならない。

 

「なら場所変えましょうか。そろそろ学校を出なければいけない時間ですし、あと鞄も取りに行きたいですから」

 

 にこ先輩と楽しくお喋りしてたせいか、割りと時間が経って、気づけば最終下校時間になっていた。

 

 それに今日は色々とあって私の鞄は部室に置いてきたままだから、いっそのこと場所を変えた方がいい。

 

「分かったわ。校門で待ってるわよ」

 

 私の提案に納得したにこ先輩は先に校門の方へ向かい、私も鞄を取りに部室に戻って鞄を回収しに向かう。

 

 私は急いで鞄を回収すると、そのままにこ先輩の待ち合わせ場所の校門まで移動して、にこ先輩と合流する。

 

「お待たせしました」

 

「いいわ。それで何処に行く?」

 

「そうですね……」

 

 何処に移動するのか聞かれるけどこれと言って何処へ行くか決めてない。今日もお姉ちゃんのところ行く予定だからそんな遠くには行けない。

 

 そんな風に考えてると少し小腹が空いた感じがする。どうしよう、何か食べたいな。

 

「じゃあポテト食べに行きましょう。私少しお腹が空きましたので」

 

「そう。ならそこで」

 

 そういうことでポテトを食べるのとにこ先輩の話を聞くために、ファーストフード店に私たちは移動することになった。

 

 道中で話を聞けば良かったけど、ここ最近にこ先輩と一緒に帰る機会も少なくなったので、他愛のない話して楽しく移動した。

 

 何だかんだと話してると、あっという間にファーストフード店に着いた。中に入り、適当に注文すると、自分の携帯が鳴っているのに気付く。携帯を開いてみると、通話アプリで海未ちゃんの名前が表示されてた。

 

 通話アプリって事は……と思いにこ先輩の方を見ると、にこ先輩も全く私と同じ状況だった。つまり海未ちゃんは部員全員に話があるってことになる。

 

 はぁ、先ににこ先輩の話聞いておけば良かったと後悔しながら、通話アプリを開いて、海未ちゃんたちと通話を始める。そして全員が揃ったくらいに海未ちゃんが──

 

「お話があります」

 

 そう言って今日練習を見て感じたこと。そして絢瀬生徒会長の事を話始めた。

 

 5

 

『えっ!! 生徒会長を』

 

 μ'sのメンバーと通話を始めて少ししたくらいに、海未ちゃんは絢瀬生徒会長をμ'sに入れた方が良いのでは提案し、驚く一年生とにこ先輩。

 

 穂乃果ちゃんとことりちゃんが驚かないところを見ると事前に聞かされたみたい。あの三人は殆んど一緒に帰る事が多いから当然と言えば当然か。それどころか今一緒にいる可能性もある。

 

「うん。海未ちゃんがメンバーに入れようって」

 

「はい、あの人のバレエを見て思ったんです。私たちはまだまだだって」

 

 予想通りことりちゃんは話を聞いていて、海未ちゃんは今のμ'sの実力と絢瀬生徒会長の実力を比べて、自分たちの現実を口にする。

 

「貴方話があるってそんなこと」

 

 海未ちゃんの話を聞いてにこ先輩は私のほうを見ると、大体状況を察した顔して私に合図を送ってくる。

 

「でも生徒会長私たちのこと」

 

「嫌ってるよね。絶対」

 

「嫉妬しているじゃない」

 

 今までの絢瀬生徒会長の態度を見て一年生は辛辣。絢瀬生徒会長の立ち振舞いを一面から見ると、そうとしか言えないからなんとも言えない。

 

「私も思ってました。でも……」

 

 海未ちゃんもみんなが言いたいことは分かる。実際に絢瀬生徒会長に厳しい事も何度も言われたわけだから。それでも。

 

「あんなに踊れる人が私たちを見て素人みたいだと思う気持ちも分かるんです」

 

 昔の絢瀬生徒会長のバレエを見てそう言えるだけの実力を才能があるのを知って、海未ちゃんはあの人の気持ちが理解できる

 

「本当に絢瀬生徒会長は実力があるからね」

 

「そんなにすごいんだ」

 

 私も海未ちゃんが言いたいことは分かるので、そう付け加えておくとことりちゃんが驚いた反応がする。練習を見てる私が言うのと、前に一度だけみんなの前で踊って、実力を見せるのが説得力になってるみたい。

 

「私は反対。潰されかねないわ」

 

「うん」

 

「生徒会長……ちょっと怖い……」

 

「凛も楽しいのがいいなあ」

 

 真姫ちゃんが絢瀬生徒会長をメンバーにすることに反対すると、殆どのメンバーがあまり絢瀬生徒会長に良い印象を持ってなかったため、反対気味だった。

 

「そうですよね」

 

 みんなの反応を聞いて海未ちゃんもそうなるとは分かっていたみたいで、絢瀬生徒会長をメンバーに入れることは諦めたくは無いけど、説得が難しい状況になった。

 

 そんな状況を感じて私は絢瀬生徒会長が入ると、どんなメリットがあるのか言おうとした。そんなときに──

 

「私は良いと思うけどなあ」

 

 一人のメンバ──―穂乃果ちゃんが絢瀬生徒会長を入れても良いじゃないのかと、海未ちゃんの提案に賛成する事を言った。

 

「そうね。にこも良いと思うわ」

 

「私も絢瀬生徒会長は入れるのは、μ'sに取ってプラスになると思う」

 

 穂乃果ちゃんに続いてにこ先輩、私と絢瀬生徒会長をメンバーに入れることを賛成する。

 

『えぇ!!』

 

 三人も絢瀬生徒会長を賛成する人が居て反対していたメンバーが驚く。特ににこ先輩が賛成したのが驚きの大半だと思うけど。

 

「何言ってるの」

 

「だってダンスが上手い人が近くにいてもっと上手くなりたいから一緒に居た方が良いって話でしょ」

 

「そうですが」

 

 穂乃果ちゃんが言いたいことはそんな簡単なことだけど、実際に今の絢瀬生徒会長をメンバーにするのは難しいことだけど──

 

「だったら私は賛成」

 

「頼むだけ頼んでみようよ」

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

「でも絵里先輩のダンスちょっと見てみたいかも」

 

「それはわたしも」

 

 それでも穂乃果ちゃんの一声でどんどん絢瀬生徒会長をメンバーするのを賛成する人が増えていった。

 

 やっぱり穂乃果ちゃんには人を引っ張るそんな才能があるんだろう。最も本人はそんな自覚一切ないみたいだけど。

 

「よ~し!! じゃあ明日早速聞いてみよう」

 

 私は今日生徒会室で合ったことを黙ったまま絢瀬生徒会長を頼んでみるだけ頼んでみようって事で、話が纏り通話を終了した。

 

 6

 

 みんなと通話が終わって、さっき店で買ってきた飲み物(もちろんミルクティー)を飲んでから、ポテトを一口食べて一息付いた。

 

 話は大体予想通りに進み安心するが、絢瀬生徒会長がまだ生徒会長として振る舞っている以上、まだ油断は出来ない。けどその前に。

 

「にこ先輩ありがとうございます。絢瀬生徒会長をメンバー入れることに賛成してくれて」

 

 さっきの通話でにこ先輩が賛成する側に立ってくれたことにお礼を言う。実際のところにこ先輩は反対する方に行くと思っていたから。

 

「あれね。良いのよ別に。あんたや希からあの事を聞かせれたから邪魔しちゃ駄目かと思ったから」

 

 どうやらにこ先輩はお姉ちゃんが計画して私が手伝ってる九人の女神を揃えることを邪魔しないように気を遣ってくれたみたい。

 

「それに希が誰の為に頑張ってるかって考えると、あの生徒会長様しか居ないからね」

 

「お姉ちゃんのこと何だかんだで気にしてるですね」

 

 部室にお姉ちゃんが来る旅に、苦手そうな顔をしたり、口では何か嫌がってる事を言いながらもお姉ちゃんの事を気にしていたみたい。

 

「そんなじゃないわよ。ただあんたと関わってから、あいつと関わる機会も増えたから何となく分かるのよ」

 

「そうですね。ちょっと前まではよく遊びに来てましたね」

 

 ファーストライブ前くらいまでは何回も遊びに来てることが多かったけど、穂乃果ちゃんたちがアイドル研究部に入部してから全然来なくなった。

 

 多分絢瀬生徒会長の方に集中したいのと、私やにこ先輩にそっちを完全に任せてくれてる所があると思う。そう考えるとお姉ちゃんの為にも絢瀬生徒会長にはμ'sに入ってもらった方がいい。

 

「それにしても少し前までは私とにこ先輩しか居なかったですけど、大分部員が増えましたね」

 

 たった一ヶ月で穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、真姫ちゃん、花陽ちゃんに凛ちゃんと六人も増えていった。

 

「そうね。あんたが入部する前は私一人だった時期もあるわけだし。そう考えると……賑やかになったものね……」

 

 そうだ、私が入る前はにこ先輩だけの時期もあった。あの頃は自分の事もあって色々と大変だったけど、そんな時ににこ先輩が自分も辛い思いをしてたはずのに、私に声を掛けてくれた。

 

 あの時の私に取ってそれがどれだけ嬉しいことだったか。どれほど救われたことか。今でも覚えてる。

 

「これからもっと賑やかになりますよ」

 

 だからこそ絢瀬生徒会長をμ'sに入れて、お姉ちゃんも入ってくれて、オープンキャンパスで廃校の確定を延期させることが出来れば、もっともっとあの場所は賑やかに楽しい場所になる。

 

 そうすればにこ先輩ももっともっと笑ってくれるようになって、にこ先輩との約束を果たすことも出来るようになる。

 

 にこ先輩に恩返しが出来る。

 

 それが今の私のやるべきこと。

 

「何か変な感じね。あんたとこうして真面目な話をするのは」

 

「そうですか? 私は割りと真面目に話してるつもりですが」

 

「あんたはどっちかと言うと、真面目な話でもふざけてるでしょ」

 

 そうかな? 私は何時も大真面目なつもりでにこ先輩に愛を伝えてるのだけど、にこ先輩にはふざけて見えてるみたい。何かショック。

 

「なら真面目ついでにあんたに聞きたいことがあるんだけどいい」

 

「何ですか? にこ先輩の質問には全力で答えますよ」

 

 どんな質問されてもにこ先輩に質問されれば大抵の事は答えるつもり。にこ先輩は色々とお世話になってるわけだし。

 

「もしメンバー集めも廃校の事も上手くいって、ラブライブも優勝して、私が卒業したらあんたはどうするつもり?」

 

「…………」

 

 突然、私に取ってずっと先の事を聞かれたから思考が上手く働かない。と言うよりも正直考えてもいなかった。今はみんなの約束を果たすことばかり考えて、これからの自分の事なんて微塵も考えてなかったから。

 

「そうですね。まだまだ先の事ですから考えてなかったですけど、多分にこ先輩が卒業したら私きっといないと思いますよ」

 

「居ないって……あんた、まさか……」

 

「変な風に考えでください。アイドル研究部に居ないって話ですから」

 

 全て事が上手くいけば確実に私の役目もお役御免で事が終わって、私が彼処にいる必要が無いだろうから。別に本当にいなくなるって言う話ではない。

 

「なら……また星野如月としてアイドル活動するの?」

 

 まあ、私がアイドル研究部に居ないならそうなるわけだけど、これも答えづらい質問だなあ。

 

「それも分かりませんけど、多分それはないと思います。にこ先輩知ってますよね。今の私じゃあ無理だってこと」

 

「知ってるけど、もしかしてって事もあるじゃない」

 

「もしかしても無いですよ。これは私の在り方の問題ですから」

 

「そうよね……。あんたならそう言うと思ったわ。悪かったわね変な話をして」

 

 私がそう断言するとにこ先輩は明らかに落ち込んだ顔をする。にこ先輩はやっぱりわたしがアイドルに戻るのを望んでるみたい。

 

「良いですよ。これからの事を考えるいい機会になりましたから」

 

 私はそう言って残っていたポテトを食べきって、ミルクティーで流し込む。にこ先輩も自分が買った飲み物を飲みきって片付け始める。

 

 そうして何か変な空気なままにこ先輩と別れて私はお姉ちゃんの家に向かった。

 

 その道中で私はにこ先輩に言われたことを思い出していた。

 

 にこ先輩はああ言ってたけど、今の星野如月は大切なものを失っている以上、アイドルとして活動することは絶対に無い。それに全てが上手く行くとは思ってない。

 

 上手くいくといってもμ'sに取って上手くいく話で合って私が上手くいく話ではない。何故ならμ'sがラブライブ本選に出場って時点でもう私は詰んでいるのだから。

 

 ラブライブ本選に行けば確実にあの子と会うだろう。そうなれば私の秘密も全てバレる。それで楽しい時間も終わり。

 

 それは私にとってとっても辛いことだけど、にこ先輩の約束を果たす為ならそれでもいい。

 

 だって今の私にはそれしか無いのだから。

 

 7

 

「お姉ちゃん……柔らかいね」

 

 私はお姉ちゃんの体に触れながらそんな感想を口にする。お互いの体も結構密着させているから、お姉ちゃんから女の子特有の良い匂いがしてちょっとドキドキする。

 

「委員長ちゃんやって柔らかいやん」

 

「そう……だけど……」

 

 確かに私も柔らかいけどお姉ちゃんと比べると、そっちの方が柔らかいから、そう言われても何とも言えない。

 

「それよりももうちょっと力入れるよ」

 

「良いよ……委員長ちゃんの好きなタンミングやって」

 

「じゃあ行くよ……」

 

 そう言って私はお姉ちゃんに合図をして、お姉ちゃんの背中を押して柔軟性を上げる練習を始めた。

 

「ふぅ、大体今日の練習はこんなものだね」

 

 考えておいた練習を一通りやって充分だと判断した私はこれで切り上げようとする。それにあんまりやり過ぎるのも良くないからね。

 

「そうやね。いくら家で出来るん練習とは言えちょっと熱くて汗掻いてきたんよ」

 

 動いて体が熱くなっているのか手で扇ぎながら体の熱を冷まそうとするお姉ちゃん。僅かに顔も紅くなっているせいか妙に色っぽいので、私の理性が飛びそうだったけどグッと抑える。

 

 そういう私も練習を手伝っているだけとはいえ、私も体を動かしてるからお姉ちゃんと同じように汗を掻いて、服が少しべたべたする。

 

「それにどっかの誰かさんはウチの体に触れる旅に興奮してるんみたいやったから余計やよね」

 

「さ、さあ、いっ、一体……だ、だ、誰のことだろうね。わ、私には分からないよ」

 

 目線を逸らしながらお姉ちゃんとは明後日の方を向く。何だろうさっきよりも汗が止まらないのだけど。

 

「動揺し過ぎや委員長ちゃん」

 

「べ、べ、別にそんなわけ無いじゃん。私は『白百合の委員長』だよ。そ、そんな事でど、動揺するわけ無いもん」

 

 お姉ちゃんの匂いとか嗅いでないし。薄着でハッキリとする胸が動く旅に凝視なんかしてないし。腋とか項とか脚とか瞳とか見て興奮なんてしてないから。

 

「そっか、そうやね。委員長ちゃんは『白百合の委員長』やもんね。でも残念、せっかく正直に言ったら一緒にお風呂に入って上げようと思ってたんやけどなあ」

 

「お姉ちゃんに触れる旅に興奮してました!!」

 

 一緒にお風呂って聞いた時点で私の行動は速かった。私はお姉ちゃんの方を向いて、光の速さで(それは言い過ぎだと思うけど)土下座をしながら、お姉ちゃんに正直に言う。

 

「素直でよろしい」

 

 そんな私の行動に驚かず堂々としてるお姉ちゃん。どうやら私の行動が読まれていたみたい。流石はお姉ちゃん私の扱いに慣れている。

 

 まあでも一緒にお風呂って言っただけで土下座する私も私だけどね。だって仕方ないじゃん。お姉ちゃんとお風呂だよ。それだけで土下座する価値はあるんだよ。それにこの前は一緒に結局入れなから余計に。

 

 それどころか一緒にお風呂に入るためなら何だってやるよ。と言うか入れたら思い残すことはない……。いや、やっぱり色々と思い残すことあるな私。

 

「それじゃあそろそろ入ろうっか」

 

「そうだね。グヘヘお姉ちゃんの体を合法的に胸とか色々と見られるなんて……」

 

「やっぱり入るんの止めよ」

 

「ちょっと待って!! 今の無し!! 無しだから何もしないから」

 

 お姉ちゃんと一緒に入れるってだけで興奮して、思わず本音を口にしてしまった。

 

「ホントに~委員長ちゃんちょっと自分の顔見てみん」

 

 そう言って私に手鏡を向けて私の顔が見えるようにしてくれて、私は自分の顔を見てみると、完全に顔がにやけてる。うん駄目だ。これじゃあ信じてくれないのは当然だ。

 

 それにしてもさっきからお姉ちゃんの顔が楽しそうに見えるだけど、口元も若干にやにやしているし、もしかして……。

 

「お姉ちゃん……私の事からかってる?」

 

「そんなわけ無いやん」

 

 絶対嘘だ。

 

「むぅ、お姉ちゃんの意地悪……」

 

「はいはい、いじけてないで入ろうね」

 

 そんなわけで私とお姉ちゃんは引っ張られる形で、お風呂に連れて行かれた。それから一緒にお風呂に入るために脱衣所に移動する。

 

「それにしても委員長ちゃん何時見てもスタイルが良いよね」

 

 脱衣所で服を脱いでいると、同じように服を脱いでいるお姉ちゃんがじろじろと見ながら、そんな感想を口にした。

 

「まあ、結構スタイルの良さには自信はあるけど、お姉ちゃんだってスタイル良くて私以上の良いものを持ってるでしょ」

 

 中学生アイドル星野如月は持ち前のスタイルの良さもアイドルの売りの一つだったし(最もあの事と比べ更に良くなってるから)スタイルの良さには自信がある。

 

 そんな私のスタイルに負けず劣らずと言うか一部完全敗北している。お姉ちゃんには私以上のお胸様を持っている。マジでどうしたらそんな風になるの。

 

「そんなにやけながら胸ばっかり見て言われても嬉しくないんやけど」

 

 どうやらついついお胸様の方を凝視していたみたい。だが仕方がないと思うだって普通の同性だって羨むレベル物なのに、女の子大好きな私からすれば宝の山だよ。

 

 触りたい。直ですごく触りたい。あのお胸様を触れて弾力を、感触を出来れば味も味わいたい。あと触られた時のお姉ちゃんの反応も見たい。

 

「委員長ちゃん。顔が凄く怖いんやけど」

 

 私の中でお姉ちゃんのお胸様を触りたいと言う欲求に飲まれていたけど、お姉ちゃんに怯えられて正気に戻る。

 

「はっ!! 危ない危ない、もうちょっとで欲望に飲まれるところだったよ。ありがとうお姉ちゃん」

 

 もし欲望に飲まれてお姉ちゃんを押し倒そうとすると、マジでマズイ。私の持ち前の不運とお姉ちゃんの幸運が相乗作用して、私の身に部室いるとき以上に酷い目に合うところだったよ。

 

「全く何でこう女の子を欲望のまま襲おうするときに限って、運の悪いことが起こるのはホントに止めてほしいね」

 

 何時も何時もそうだ。女の子と一線越えようとする旅に邪魔が入ったり、私の苦手な虫が飛んできたり、何故か頭上に何か落ちてきたりとなかなか一線を越えられない。

 

「ウチやにこっちたちに関してはその方が有難いんやけど」

 

「またまた冗談でしょ」

 

「冗談じゃないんやけどなあ」

 

「でもお姉ちゃんとは今のところ一線は越えられないけど、一緒にお風呂に入ってくれるからまあいっか。はやくお風呂入ろう」

 

 まだ脱いでいなかった下着を脱いだらお姉ちゃんの背中を押して一緒にお風呂に入る。何だかんだでお姉ちゃんの柔肌に触れられたからちょっと満足している自分がいた。

 

「委員長ちゃん前向きやけど、妙に色々と気になることを言ってるん気がするやけど」

 

「細かいことは気にしない気にしない」

 

「いや、流石に気にするよ」

 

 そんなわけでお姉ちゃんと楽しくお喋りをしながら楽しい楽しいお風呂の時間がやって来た。

 

 8

 

 楽しいお風呂の時間が始まったわけだけど、ここで少々問題が発生した。問題と言っても些細なものでホントすぐに済む話何だけど。でその問題はと言うと──

 

「何でお姉ちゃん洗いっこしてくれないの。私楽しみにしてたのに」

 

 そう。お風呂に入って早々に体を洗おうとして私が体を洗いっこしようと提案した。しかし、お姉ちゃんが私と洗いっこしてくれないと言う問題が発生したのだ。

 

「いや、別にやっても良いんやけど、ただ……」

 

 何かとても言いにくそうにする辺りが、私と洗いっこしてくれない理由なんだと思うけど一体なんなんだ。いや、言わなくても分かるけど一応。

 

「委員長ちゃん。取り敢えず自分の行いと言動を思い出してみようか」

 

「その必要はないよ。既に心当たりなら千以上思い付いたから」

 

 何時も何時もと言うかほぼ毎日日頃の行いを見つめ直す機会があるから、言われてなくても私の行動や言動に問題があることは把握済み。

 

「あぁ、そんなにあったんや……」

 

 私の言葉を聞いて何かとても可哀想なものを見る目で私を見てくるお姉ちゃん。止めて、私をそんな目で見ないで。マジで心折れそうになるから。

 

「分かったにこ先輩に誓って絶対変なことはしないから、洗いっこするのは髪の毛と背中と二の腕くらいにするから」

 

 私としてはお胸様を触れないのは苦肉の策だが四の五の言ってたら洗いっこってイベントすら逃してしまう。それだけは阻止しなければ。

 

「いやそれをにこっちに誓われてもなあ」

 

「何言ってるんの!? お姉ちゃん。にこ先輩は私にとっては神と同じ。いやそれ以上の存在だから私が誓うのは当然だよと言うか常識だよ」

 

「一体何処の国の常識や」

 

 さっきよりも可哀想なものを見る目で私を見てくるけど気にしない。何故なら私にとってにこ先輩はそこまでの存在だからね。毎日2時52分になったらにこ先輩のためにお祈りしてる。

 

 いやそもそもにこ先輩を先輩と呼ぶこと事態烏滸がましい。これからはにこ先輩の事をにこ神様と呼ぶべきだと思う。いやそうしよう。

 

 あっ、でもこれは私の心の中だけにしておこう。何かそうしてた方がいい気がしてきた。

 

 そんなわけで私の中でにこ先輩の事を心の中でにこ神様と呼ぶべきだと(勝手に)決まったわけだけど、まだ肝心な洗いっこの件が片付いていないことに気づく。

 

「お願いします。洗いっこしてください」

 

 正直こんなくだりで時間も使いたくも無いから、土下座してお姉ちゃんに洗いっこしてくれるように頼むことにした。しかし、全裸で土下座って何か色々と問題がある気がするのは気のせいだろうか。

 

「そこまでするんやね。じゃあしょうがないんやね。髪の毛と背中と二の腕は頼んだよ」

 

 よっし、何とかお姉ちゃんの許しも得て洗いっこすることに成功したし、二の腕も死守出来たから、これでお姉ちゃんの二の腕を堪能が出来る。

 

 二の腕の柔らかさはお胸様と同じくらいとよく言われるけど実際のところどうだろうか。自分で比べても良くは分からなかったけどまあ触れるだけ有難い。

 

「それじゃあさっそく髪から洗うよ。お姉ちゃん座って座って」

 

 お姉ちゃんに座ってもらい、やっと洗いっこが始められる。先ずは髪の毛を洗うために私の手にシャンプーを付けて洗いっこを始めようとしたが、私は忘れていた自分がとてもこういう時に限って運が無いことに。

 

 唐突にお風呂場の電気が切れて、辺りが急に真っ暗になる。

 

「えっ!? 何、急に」

 

 私は驚くが、ブレーカー落ちたのか電球が切れたんだろうと思い、一先ず手に付いたシャンプーを落とそうとシャワーの蛇口を探す。しかし暗くてよく見えなかったため、色々と何かを床に落としてしまった。

 

 何とか手探りで蛇口を見つけるが、ここで思わぬ事態が発生する。

 

「ちょっと冷たっ!!」

 

「ウチにも掛かってるんよ」

 

 何故かシャワーの温度が低く水になっていたのとシャワーの位置を確認してなかったので、水が私の体を直撃する。それどころかお姉ちゃんまで巻き込む事態になり、何とかシャワーを止めようとするが、更に不幸は続く。

 

 シャワーを止める前に自分の体を水に当たらないように足を動かすと、不意に何かヌメヌメするものを踏んでしまった。そのせいで足を滑ってしまい、バランスが崩れる。

 

「ちょっ……なにこれ!?」

 

 何とか転ばないように何か掴もうとするが、ここで私はあることを忘れていた。

 

「ちょ……何で手が滑るの……?」

 

 そう。私の手にはまだシャンプーが付いていたのだった。

 

 それに気付いたときにはもう遅い。私はそのまま地面に倒れるかと思ったが、更に予想外の事に湯船に顔からダイブする。

 

「ゴホッ……ゴ……ボボ……」

 

 何とか起き上がろうとするが、体勢も悪く足も手も滑りやすくなって、なかなか起き上がれない。

 

「委員長ちゃん!!」

 

 お姉ちゃんは私が溺れてるのに気付いて、私の事を引っ張って何とか助けられる。

 

 そうして助かった私だけど心の中であることを思っていた。神は私が二の腕にすら触れるなとでも言いたいのか。私は自分の不幸を恨みながらそう思った。

 

 9

 

「お姉ちゃんに……あんな姿見せるなんて……それよりも洗いっこが中止になるなんて……」

 

 お風呂に上がった私はお姉ちゃんの部屋の隅でいじけていた。自分の不運なところに落ち込んでるが、洗いっこが中止になったほうがメンタル的に辛い。

 

「何時までもいじけてないでこっち来たら?」

 

「……」

 

 そんな私を見かねてお姉ちゃんは声を掛けるけど、返事はしない。自分の失態を見られたのと洗いっこイベントを逃したことが、私にとって穴があったら入りたいレベルの事だから、正直誰とも話したくない。

 

「しょうがない。ウチが膝枕してあげるんからこっちおいでや」

 

「ホント!! 今行く!!」

 

 お姉ちゃんが膝枕してくれると言った直ぐ様、私は立ち直り、お姉ちゃんの膝まで飛び込んで行く。その間、さっきの失態の事を彼方へと追いやり、お姉ちゃんの膝に着く頃には忘れていた。

 

「お姉ちゃんの膝枕は落ち着く」

 

「ホント委員長ちゃんは甘えん坊さんやな」

 

 そう言いながらお姉ちゃんは私の頭を撫で始める。

 

「えへへ」

 

 何だろうお姉ちゃんに撫でられると心が落ち着くのは。やっぱりお姉ちゃんの母性が強いからかな。

 

「それにしても委員長ちゃんを膝枕するんとあのときの事を思い出すなあ」

 

「あのとき?」

 

「覚えてないん? ほら、ファーストライブの次の日の昼休みに屋上で膝枕したこと」

 

「覚えてるよ。私が悩んでいたときの事だよね」

 

 忘れるはずもない。あの日はずっと穂乃果ちゃんたちにどう謝ろうかと悩んでいた。そんなときにお姉ちゃんが来て、私の悩みを聞いてくれたことは忘れるわけもない。

 

 お姉ちゃんが悩みを聞いてくれたお陰で穂乃果ちゃんたちに(私の取り越し苦労だったけど)謝れた。それどころか、にこ神様を紹介する流れになって、何かそのあと色々とありすぎて忘れるのが難しい。

 

「そうやね。委員長ちゃんはどうも人付き合いが苦手な所があるから、今日も心配してたんやよ」

 

「心配? 私なんかした?」

 

 別に今日は特にお姉ちゃんの前で何か変なことした覚えが無いから、そう思われる節が見当たらないし、思い当たらない。

 

「いや今日家に来たとき何か委員長ちゃん落ち込んでたみたい見えたから何かあったんかなって」

 

 そうか、お姉ちゃんに会う前ににこ先輩とこれからの事を話して、私は楽しい時間に限るがあることに気付いてしまって落ち込んでいたんだ。

 

 それに気付いたお姉ちゃんが気を利かせてお風呂とか一緒に入ろうとか言ってくれたと思う。結局けど失敗して膝枕をしてくれてるわけだけど──。

 

「別に何でもないよ。気にしないで」

 

 出来ればこの話には触れないでほしい。触れられると私は自分の事を全部話さなきゃいけなくなる。

 

「やっぱりまだ委員長ちゃんが話してくれてない部分が関係あるん」

 

「ごめんなさい。まだ話すことは……出来ないから」

 

 こんな風に膝枕をしてくれるくらい私とお姉ちゃんは仲良いけど、まだ話すのは恐い。自分の事が嫌われるじゃないのか。必要とされなくなるじゃないかと思うと本当に恐い。

 

「そう。委員長ちゃんが話したくなるまでウチは待ってるから。委員長ちゃんは委員長ちゃんのペースでいいから」

 

「うん。ありがとう」

 

 正直な話お姉ちゃんには話しても良いかなって思い始めてる。あのとき私の事を受け入れてくれたお姉ちゃんならきっと私の事をちゃんと受け入れてくれるじゃないのかって。

 

「ねえ、お姉ちゃんに聞いていい?」

 

 けどそんな私の気持ちよりもその前にやらなきゃいけない事がある。

 

「何?」

 

「お姉ちゃんにとって絢瀬生徒会長は何?」

 

 今後、絢瀬生徒会長をメンバーに入れるために重要なこと。お姉ちゃんからこれを聞き出せなければ、きっと絢瀬生徒会長はメンバーに入れる展開を作るのは困難になる。

 

「そうやね。ウチにとってエリチは大切な親友や。本当に大切な」

 

 お姉ちゃんは私が一番欲しかった言葉を言ってくれて本当に良かった。きっと絢瀬生徒会長にも伝わってくれると思う。

 

「そう……ならその気持ちちゃんと伝えて上げて……最後に必要になるのはそういう言葉や気持ちだから……」

 

 あとはちゃんとお姉ちゃんが自分に思っている事を伝えることが出来れば最後の仕上げは万全になる。だからこそお姉ちゃんにはちゃんと伝えるように言っておく。

 

「そうやね。何か顔を見て言うんのは恥ずかしいやけど」

 

「頑張って、私も絢瀬生徒会長にちゃんとお姉ちゃんの言葉が伝わるように準備しておくから」

 

 ただ無闇に言葉を伝えたとしても相手に伝わらない事もあることを私は知っている。だからこそちゃんとお姉ちゃんの言葉が伝わるように準備しておかなければならない。

 

 それがお姉ちゃんの思い描いた九人の女神を揃えるための計画における私の最後の仕事。

 

 これで必要なピースは揃った。あとは明日やるべき事をやればもう少しで入ってくれるはずだと私はそう信じている。

 




と言うわけでにこと希それぞれも一対一で会話をして沙紀は絵里をμ'sに入れるための準備を終えた回でした。

次回から本格的に絵里を加入するために動いていきます。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字等ありましたらご報告していただくと有り難いです。


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十八話 何のために

お待たせしました。

一週間ぶりですね。ちょっとリアルで忙しかったので投稿が遅れました。

それではお楽しみください。


 1

 

「お願いします」

 

 翌日の昼休み──生徒会室の前で、穂乃果ちゃんは絢瀬生徒会長にμ'sに入ってくれないかと、頭を下げる。

 

 それを見守る私たち二年生組。他のメンバーは──大勢で頼みに行くのもあれなので、少し離れたところでこっそりと私たちの事を見守っている。

 

「私がスクールアイドルに?」

 

「はい、入っていただけないでしょうか」

 

 突然生徒会室に来たかと思えば、これまた唐突にμ'sに入ってくれないかと言われ、表情は平静を装っているが、声にはやや疑問を感じているのが分かる。

 

「昨日の篠原さんといい……貴方たちといい……どうしてそんなことを言うの」

 

 絢瀬生徒会長がそう言って私の方をチラッと見た。本当にどうして自分が誘われているのか分からないと言いたげな顔を僅かに見せるが、すぐに先程と同じ平静な表情に戻る。

 

 それに対して穂乃果ちゃんとことりちゃんは、私が頼みに行っていたことを知らなかったので、私の方を見た。

 

 唯一海未ちゃんだけは大体昨日の時点で察していたみたいだから特に反応は見せていない。

 

「沙紀ちゃんもしかして昨日の用事って生徒会長に頼みに言ってた事なの」

 

 小声でことりちゃんは私に昨日練習に参加しなかった理由がこの事だと聞いてきたので私は答える。

 

「うん。言おうと思ってたけど忘れてたんだよ」

 

 もちろん嘘。生徒会長に頼んだが答えは聞いてないけど、今は駄目っぽいって口にしたら、行動しなくなるのを避けたかったため。

 

 最も穂乃果ちゃんの行動力なら伝えても行動したと思うけど、念のために。

 

 それにさっきの穂乃果ちゃんとことりちゃんの反応で、絢瀬生徒会長は彼女たちが私に言われてスクールアイドルに入って欲しいとは思いにくくなったはず。

 

 絢瀬生徒会長の中では私は現実主義者だと思われているため、絢瀬生徒会長の実力を知っていればμ'sに加入するのは当たり前。そうなるように穂乃果ちゃんたちを説得したと思われてもおかしくはない。

 

 けど穂乃果ちゃんとことりちゃんが知らない反応を見せたため、その可能性は消えたことになり、穂乃果ちゃんたちは自分の意思でここに来たことになる。

 

 最も私がそうなるように誘導した可能性が消えた訳じゃないのと、そもそも何で私がμ'sに協力しているのか分からないため素直に入ってくれるとは思ってないけど。

 

 だから次の手は打ってある。

 

「まあええやんエリチ。この前委員長ちゃんが言ってたんみたいに練習を見学してみるのも良いんじゃない」

 

 今まで横で静かに話を聞いていたお姉ちゃんが絢瀬生徒会長に見学してみるのは、良いじゃないのかと言って、私たちのフォローしてくれる。

 

「それに……」

 

 絢瀬生徒会長の耳元でお姉ちゃんは小声で喋っているため、何を言っているのか此方には聞こえない。でもどんな会話しているのか私は知っている。

 

 昨日の時点でお姉ちゃんの家である程度は打ち合わせをしておいた。普通にやってもどうせ断られるのが目に見えているため、お姉ちゃんには説得役をやってもらっている。

 

 こういうときに事情を知っている協力者がいるのは有難い。物事がスムーズに進みやすくなる。まあお姉ちゃんは協力者と言うよりも首謀者なんだけど。

 

 それに昨日の疑問が残っているなかで、この状況は判断に苦しむだろう。

 

 もちろんこれも狙ってやっている訳だけど、廃校確定のタイムリミットが迫って生徒会長として余裕の無いなか私としては絢瀬生徒会長の思考は読みやすい。

 

 人は追い詰められれば追い詰められるほど思考が出来なくなり、行動も単調になって分かりやすくなる。

 

 それは身を持って体験しているからのと、観察力が唯一の取り柄である私が見れば簡単に読むことが出来る。

 

「希……分かったわ」

 

 何て頭の中で考えたらお姉ちゃんが説得を終えて少し間を開けて、何処か腑に落ちない部分でもあったのか不機嫌な顔をしていたが私たちの方を見て──

 

「貴方たちの活動は理解できないけど人気があるのは間違いないし。見るだけなら良いわ」

 

 絢瀬生徒会長はμ'sの練習を見学してくれると言ってくれた。

 

 私は絢瀬生徒会長がそう言ってくれたことに内心ホッとする。いくら計画通り動いても予想外なことは起こるため、それに対処できるように精神を研ぎ澄ませたけど、ここまでくれば一先ずは安心できる。

 

 この計画で一番心配していたのは、どう絢瀬生徒会長と穂乃果ちゃんたちとちゃんと関わらせるかだったが、あとは穂乃果ちゃんたち次第。

 

 まあ私も黙って流れに身を任せるなんて馬鹿な真似はしないから、状況がスムーズに進むようにフォローしていこう。

 

「星が動き出したみたいや」

 

 私がこれからの行動について考えていると、お姉ちゃんが一人そう呟いていたのが聞こえた。

 

 2

 

 その日の放課後──屋上で、μ'sのみんなは私が考えておいた練習メニューをこなしていた。

 

 今回は用事があるわけでは無いので、私も練習を見てメンバーに気になるところがあったら、その場その場アドバイスしている。

 

「……」

 

「何か……練習を見られるのは変な感じだにゃあ」

 

「そうだね。何か余計に緊張するね」

 

「そんなこと言っても仕方ないじゃない。いつも通りやれば良いのよ」

 

 練習中ちらほらとそんな話し声が聞こえる無理もない。今日の練習は昼に約束したように絢瀬生徒会長が見学に来ている。

 

 しかもそのプレッシャーが半端ではないから──絢瀬生徒会長を恐がっているメンバーからすれば、緊張するのも仕方ない。

 

 でも緊張感持って練習をやってもらうのは悪くないので、一部のメンバーには申し訳ないけど、この緊張感のまま頑張ってもらう。

 

「はい、それじゃあ休憩に入ってください。ちゃんと水分も取っておいて下さいね」

 

 休憩時間になったので、私はスポーツドリンクを全員に配る。

 

「ありがとう沙紀ちゃん。けど何で敬語?」

 

 穂乃果ちゃんに飲み物を渡すと、私の口調が気になったのか、そんなことを聞いてきた。気になるのは仕方がない、何時もはにこ神様以外はタメ口なのだが、今日はそれが出来ない。何故なら──。

 

「そりゃ生徒会長様が見ているのよ。生徒会長は沙紀が残念なのは知らないから一応自分の体裁を守るためにね」

 

 全くその通りであります。

 

 にこ神様が言ったように今は絢瀬生徒会長が見ているので、委員長モードはONにしている。絢瀬生徒会長には私は『白百合の委員長』としてイメージしか無いから、これで計画を進行するしかない。

 

 なので絢瀬生徒会長がいる前では、当分は『白百合の委員長』としてμ'sの練習を見ていく事にしている。しかし──

 

「おお!! そうだったね。最近は沙紀ちゃん、委員長のイメージがないからすっかり忘れたよ」

 

 こんな風に言われるのは些か心外で、関係が近くなると、私のキャラが残念なのは分かる。理由も何度も言って分かるけど、まあもう修正不可能だと割り切って諦めるしかない。

 

 そうやってメンバーにスポーツドリンクを渡し終えると、私は絢瀬生徒会長の所まで向かって絢瀬生徒会長にもスポーツドリンクを差し出す。

 

「絢瀬生徒会長もどうぞ。今日みたいに日差しが強い日は見ているだけでも体力を使いますから」

 

「ありがとう」

 

 絢瀬生徒会長は私にお礼を言ってから差し出された飲み物を受け取って、スポーツドリンクを飲み始める。

 

 そんな絢瀬生徒会長を見ていると、相変わらず綺麗なスタイルでスポーツドリンクを飲んでいる姿が色っぽくて私は若干興奮する。

 

 唇柔らかそうだなあ。生まれたままの姿が見てみたいなあ。お胸様を触ってみたいな。何て色々な欲求が私の中で溢れかえり手が勝手に絢瀬生徒会長に伸びて、何か絢瀬生徒会長にしそうになる。

 

 はっ、私は何をやっているんだと、土壇場で我に返り伸びていた手を直ぐ様戻す。幸い絢瀬生徒会長に私の奇行は見られてなかったが──

 

「沙紀……」

 

 一部のメンバーに見られてその視線は冷たかった。

 

「どうですか。μ'sの練習を見てみて」

 

 このまま立ち尽くしているだけだとまた変な奇行に出かねないし、それを次は絢瀬生徒会長に見られるかもしれないので、練習の感想を聞いてみる。しかし、さっきから冷たい視線が痛い。

 

「驚いたわ。思ったよりもちゃんと基礎練習してたのね」

 

「はい、それはもちろん。なんたって基礎がしっかりしてなければ常に良いダンスなんて踊れませんから」

 

 どんな物事に置いても基礎は基本だ。それを蔑ろにしてはより良いものは生み出せない。それに基礎がしっかりしていれば練習中や本番で怪我する確率も下がる。

 

 怪我などして本番で実力が出せなくなるのは辛いので、みんなにはそんな思いをしないように私は徹底してやっている。

 

「そうね。それに個人で練習が微妙に違うみたいだったけど、もしかして個別でメニューを考えてるのかしら」

 

「はい、それぞれの得意不得手を分析して、各々にあった練習メニューを考えてみんなには実践してもらってます」

 

 これは何回もデータを取って分析して基礎がある程度固まって出来るから、割りと手間だけど効果は絶大なので、積極的に取り組むようにしている。

 

 それにしても僅かな練習を見ただけでそれらに気づけているとは、やはり絢瀬生徒会長の実力は高い。この人がメンバーに入ってくれればμ'sは更に高みに登れる。

 

「そう。篠原さん、貴方は昔何かやってたのかしら。練習を見て貴方なんと言うべきか手馴れてるそんな感じがするのだけど」

 

 そう言われて私は少しだけ驚く。まさか私の練習を見ている姿を見てそれに気付けるとは思ってもみなかった。もしかしたら端から見れば手馴れてるように見えるのだろうか。

 

 まあいっか、それに気づけると言うことは私が思っていた以上に実力があることになる。ここは思わぬ収穫だと思って割り切ろう。

 

「はい、少し前にこんな風に練習を見てたことがあります」

 

 流石に昔アイドルをやってましたとは言えないので、それは言わずに練習を見たと言っておく。これも本当のことなので嘘は付いていない。

 

 実際に私は三人ほど練習を見ていた時期があったのだから。

 

「貴方は本当に何でも出来るのね」

 

「いえ、何でもは出来ませんよ。私は自分に出来ることを精一杯やってるだけですから」

 

 そう。ここで──μ'sのマネージャーとして、自分に精一杯出来ることしかやっていない。そうしなければここにいる意味も必要もない。だからこそ私は精一杯みんながもっともっと上手くなるように手伝いをしている。

 

「私にはそうには見えないけど」

 

 絢瀬生徒会長が私のことそう見えるのは仕方がない。そう見えるように私は頑張っているだけだから。

 

 私には見ることしか才能がない。だからこそ自分が今まで見てきた知識や技術、そして経験をフルに活用してそう見えるようにしている。そうじゃなきゃいけない何故なら。

 

 篠原沙紀はそうでなければならないから。

 

「だからこそ私は貴方がどうして彼女たちの肩を持つのか分からない。教えてほしいわ。何故貴方が彼女たちのために頑張るのか」

 

 私がそう思いふけると絢瀬生徒会長は予想通り私がμ'sのマネージャーをしてる理由を聞き出すために此処へ来ていた。だからこそ私は──

 

「そうですね。来ていただいたのでお礼に教えたいと思いますがその前に私と勝負してくれませんか。貴方が勝ったら教えますよ」

 

 真っ直ぐ絢瀬生徒会長の目を見てそう言った。

 

 3

 

「勝負ですって、貴方どういうつもり……」

 

 突然勝負を申し込まれて戸惑いのあまり立ち上がる絢瀬生徒会長。無理もない私が質問に答えるかと思っていたら、勝負を吹っ掛けてきたのだから動揺しないほうがおかしい。

 

「どういうつもりも何もちょっとした余興ですよ」

 

「なになに、どうしたの?」

 

 私と絢瀬生徒会長の雰囲気に変化があったのに、気付いたみんなは次々と私たちの近くにやってくる。

 

「そうですね。勝負は……『超次元ラップバトル』で」

 

「超次元……」

 

「ラップバトル……? 何それ?」

 

 聞き慣れない単語に戸惑うμ'sのメンバーたち。それもそのはず何故なら──

 

「なんやって!? 委員長ちゃん本気なん」

 

「うあ!! 希先輩何時からそこに!? と言うか知ってるですか!?」

 

「もちろんや。超次元ラップバトルと言うのは、古代エジプトで発祥したある儀式を模倣して作られたん闇のゲーム」

 

 唐突に現れたお姉ちゃんは超次元ラップバトルの説明を続ける。

 

「そのせいである儀式の特性が色濃く残り敗者は勝者に魂が束縛され永遠の勝者の奴隷となるんや」

 

「それじゃあ沙紀ちゃんか生徒会長は……」

 

「どちらか永遠の奴隷になるしかないんや……」

 

「そんな……」

 

 外野が私と絢瀬生徒会長の勝負が始まるのを見てそんな風に騒いでいるなか私はあることを思っていた。

 

 えぇ!! 何でこんな事になってるの!! 

 

 超次元ラップバトルとかそんなもんあるわけ無いじゃん。あれは私が適当に思い付いたから言っただけなのに、お姉ちゃんが余計な事を言うから何か重苦しい雰囲気になったじゃん。

 

 いや大丈夫なはず流石にそんなゲームが存在するわけ無い何て絢瀬生徒会長なら気づいてくれるはず。

 

「そんな……まさか……そこまでして彼女たちの為にやるの貴方は……」

 

 滅茶苦茶騙されちゃっていますよ、この人。もしかしてこの人天然なの!? いやいや、また絢瀬生徒会長の意外な一面を知られたけど、こんなところで知りたくなかったよ。

 

「それにしても何か沙紀先輩、妙に焦ってように見えるのは気のせいかしら」

 

 流石は真姫ちゃん冷静な判断力で私の事を観察してくれたお陰で私が焦ってるのが伝わったみたい。そしてそのままそんなゲームあるわけじゃないと言って、この話を切り上げてほしい。

 

「それはこの勝負は沙紀にとっても過酷な勝負になるからよ。このゲームは初心者でも油断できないのよ」

 

 うおぉぉ!! にこ神様!? 貴方なんでそんなことを言っちゃうですか。

 

 そんなこと言っちゃったら余計にそんなゲーム何て無いって言えなくなっちゃうじゃありませんか。

 

「そうなのね。私はてっきり沙紀先輩が適当に言って希先輩が悪のりしたせいで焦ってるかと思ってたわ」

 

 全くその通りでありますよ。出来ればもっと早く言って欲しかった。何でお姉ちゃんもにこ神様もこんなノリノリなの。

 

 はっ!! もしかしてこれ私に考えがあると勘違いしてフォローしてくれてるの。確かにお姉ちゃんにはフォローしてほしいとは頼んだよけど今じゃない。

 

 此処は何時ものようにまた沙紀ちゃん馬鹿なこと言ってるよって感じでスルーして欲しかったよ。ってこれ自分で言って何か悲しくなってくる。

 

 そんなことより重要なのはこのあとなのに思わぬトラブル。まさかの味方のフォローによって、ピンチに立たせれようとは。策士策に溺れるとは正にこの事。

 

 こんなことだったら奇策の一つや二つ考えておけばよかったよ。奇策なら奇策に溺れることは無いってどっかの誰か言ってた気がする。

 

 どうするどうする。この状況をどう打開する。もう下手な言い訳は通じないから一体どうすれば……。

 

 そうだ逆に考えるだ。超次元ラップバトルはあるんだって。私が適当に言った超次元ラップバトルは存在してそれに勝てば良いんだ。

 

 あまりの焦りに正常な判断が出来ていない事を私は気付いていないがそのまま思考する。

 

 それに思い出してみれば勝者は敗者の全てを手に入れる事が出来る。つまり絢瀬生徒会長の綺麗なスタイルに柔らかそうな唇にあんなことやこんなことが出来るんだ。

 

 そう思うと興奮のあまり鼻血が今までに無いくらいに勢いよく吹き出す。

 

「篠原さん!?」

 

 急に私が目の前で鼻血を吹き出したから驚く絢瀬生徒会長。彼女は何故私が急に鼻血を吹き出したのか分からず、若干あたふたし始める。

 

「ねえ……あれって……もしかして」

 

「はい、多分自分が勝ったときの想像をしたんでしょう」

 

 逆に私が女の子大好きだと知ってるμ'sのメンバーたちは、私の反応を見て、何を考えていたのか大体察しが付いていた──流石は仲良いだけはあるね。

 

 しかしそれは勝った場合の時だ。負けた場合は私の全てが絢瀬生徒会長の物になる。もちろんこの身も。

 

 つまり負ければ私は絢瀬生徒会長の奴隷にあんなことやこんなことされるんだ……。あれ? これどっちにしろ私の勝ちじゃない。

 

 勝つにしろ負けるにしろ。あんなことやこんなことがするかされるかの違い。そう大差はない。つまり私に負けはない。

 

 そう考えると更に興奮し、もっと鼻血が吹き出しまるで激流の如く地面を叩き付ける。

 

「沙紀先輩……更に鼻血が出てきたけどもしかして」

 

「そうやね。今度は負けた時の事を考えたやろうな。どっちも委員長ちゃん的には負けじゃないんやし」

 

 またまた私の反応を見てそんな風に思うメンバーたち──全く私の思考は単純だな。何処の誰だろう。焦ってるときの人間は読みやすい何て言ったのは……ははは全く……その通りだよ……。

 

「でも何に鼻血を出したら貧血になって倒れるじゃない?」

 

『あっ……』

 

 真姫ちゃんがそう気づいたおかげで、みんなも気づくけどもう遅い。私の目の前には、私の血で染まった地面が見えていたがどうしようもできず、そのまま倒れて地面とキスをした。

 

 そうして私は意識を失ったのだった。

 

 4

 

 目覚めると目の前に写ったのは見知らぬ天井ではなく、見知った天井──アイドル研究部の部室だった。

 

 きっと誰かが気絶した私をここまで運んでくれたみたい。

 

 起き上がると少し頭がふらふらする。鼻血の出しすぎで血が足りなくなっているだけだから、大した問題じゃない。

 

 足りない血はあとで鉄分を補給すればいい──今日の夕食は鉄分を多く含んだ料理を作ろうかな。

 

 何て夕食の事を考えている辺り、私相当余裕があるなあ。絢瀬生徒会長にあんな姿見られたあとなのに。

 

 気絶する前の自分の姿を思い出してしまったせいか、私は恥ずかしさが徐々に増していき、気付いたら勢いよく顔面を机の上にダイブして額をぶつける。

 

 イタイ……。けどそんな痛みよりむしろ絢瀬生徒会長にあんな姿を見られたほうが、私にとって死活問題だから、全く気にならずこれからどうしようか悩んでいた。

 

 絶対に絢瀬生徒会長に変な子だって思われたよ。いや自分が変な子だってのは(性癖な意味で)自覚があったけど、絢瀬生徒会長にはまだ知られたくなかったよ。

 

 こういうのはもっとお互いの仲をもっと深めてから、知ってもらうのが一番だと思ってから。けど深めたら深めたで、別の葛藤が出てくるわけで、それはそれで大変だけど、とにもかくにも本当に憂鬱だよ。

 

 これからどんな顔で絢瀬生徒会長と顔を合わせればいいのか、全く分からない。

 

 もういっそのこと何時ものように開き直るべき? いやいや開き直るしてもどう開き直る。

 

 私……実は……絢瀬生徒会長の体が好みで何時も見てるとムラムラしてました。

 

 何て言ってみたら絶対距離取られるよ。それに下手したら生徒会の出禁喰らうし、今の状況でそれやられたら絢瀬生徒会長をμ'sに入れるのが困難になる。

 

 うん、これは駄目だ。別の手を考えよう。

 

 絢瀬生徒会長の事が……ずっと好きでした……。

 

 そう恥ずかしそうに頬を染めながら言ってみる? 

 

 あっ、これ唯の告白じゃん。

 

 思い付いてよくよく考えてみればそうとしか思えない。私がしたいのは告白ではなく、自分が百合だってカミングアウト。

 

 でも絢瀬生徒会長って、スタイル良いから女の子からも持てそうだよね。バレンタインとかチョコいっぱい貰ってそうなそんなイメージがある。

 

 まあ絢瀬生徒会長はノーマルだと思うから、女の子からそんなことされても困るだけだし、それに絢瀬生徒会長にはお姉ちゃんと言うお似合いの相手が居るから、ハードル高そう。

 

 お姉ちゃんもノーマルだけど、何時も一緒にいるあの二人を見ていると、そんな風にしか見えない。私の頭の中で百合百合してる二人の妄想が膨らんでしまう。

 

 モデル並みのスタイルの絢瀬生徒会長と包容力があって実りに実ったあのお胸様とで一線を越えてると考えると……。

 

 ダメダメ、今そんな妄想してしまうと、足りない血が余計に足りなくなって、気絶どころではなく間違いなく死んでしまう。

 

 それに今考えることは、絢瀬生徒会長とどんな顔を合わせればいいのかを考えてた訳で、間違っても妄想をするわけじゃない。

 

「うぅ……、どうしたらいいの……」

 

 改めてどんな風に顔を合わせればいいのか考えてみたけど、一向に良いアイデアは思い付かず、さっきと同じ流れを繰り返して泥沼化してる。

 

 やっぱり私はどんなにキャラを作っても、根本的に昔の根暗で弱虫な所は直ってないし、まともに友達も居なかったから、人とのコミュニケーションの取り方も分からない。

 

 だけどそもそもそんな考えることなんだろうか。考え込んでいる内に問題の根本に疑問に持ち始める私。

 

 現状大事なのは絢瀬生徒会長をμ'sに入れること。しかもその計画も大方順調に進んでいる。正直あとの展開は穂乃果ちゃんやお姉ちゃん次第だから、私の役目はほぼ終わってる。

 

 実際のところあの件は今後の展開を更に進めやすくするための前座。別に有っても無くても計画に支障はない。

 

 それにどうせ絢瀬生徒会長がμ'sに入ったら私が百合だってバレる。結局は遅いか早いかの違いだから、つまり私の取り越し苦労ってわけで、問題ないからやることは一つ。

 

「よし、この件についてもう考えるのは止めた」

 

 そう声に出して私はこの件について悩むことは止めて、顔を上げて立ち上がった。すると、自分が眼鏡をしていないのと、制服が血で汚れていたことに今更気付く。

 

「あぁ、そういえば血溜りにダイブしての忘れてた」

 

 よく鼻血を出すが、まさか床に溜まるくらい鼻血を出すとは思ってもみなく、若干驚きながら制服を脱ぐ。幸い常にジャージは持ってきてるから着替えには困らない。

 

 そして下着だけになると、部室に姿見が何故か出ていたことに気付いた。

 

「何で今日、これ出てるんだろう? それにしても……」

 

 何時もなら部室に仕舞ってある姿見が出ていることに、疑問を持ちながら、それに映る下着姿の自分をまじまじと見つめて、ある結論に至る。

 

「やっぱりわたしの体もスタイル良いなあ」

 

 姿見に写るわたしの綺麗なスタイルにうっとりとあちこち見つめながら、そう感想を漏らす。

 

 自分の体を見てうっとりするのは、端から見て気持ち悪いと思う──私は基本的に自分に対して自信を持てないけど、わたしのスタイルが良いのは本当のことだから仕方がないね。

 

 親が与えてくれた綺麗に整った出るところは出てて、締まる所は絞まってる母親譲りのスタイル。

 

 前にも少し触れたけどこれもアイドル星野如月の売りの一つだった。

 

 しかしお母さんのスタイルを思い出してみると、もうちょっと良かった気がする。わたしのスタイルは大体絢瀬生徒会長と同じくらいで、お母さんはお姉ちゃんくらいあったはずだから。

 

 ここでもお母さんには勝ててないわけだが、ここ最近下着がきつくなるときがある。つまり、これはまだまだ成長出来るってことの証──わたしもあんな風になれると思うと楽しみだなあ。

 

「あぁ~、本当に綺麗で美しいスタイル……」

 

 色んなポーズを取りながらわたしの体を隅々までチャックしてそれを見てうっとりする。何度か姿見に自分のにやけてる顔が映るけど気にしない。

 

 だがそんな有意義な時間は長くは続かない。

 

「貴方……何……してるの?」

 

 部室に自分一人だけだと思って、突然後ろからそんな声が聞こえて驚いたのと、この姿が誰かに見られたと言う羞恥心が私を襲う。

 

 正直振り向きたくない。幸いなのか不幸なのか姿見には声を掛けた人物の姿は映っていないけど、声で何となく誰かは分かる。

 

 私は身を震わせながら恐る恐る声がした方を向くと、そこには絢瀬生徒会長が引き吊った顔をしてそこにいた。

 

 5

 

 一先ずは状況を整理しよう。どんな状況でも、よく観察して対策を練れば、自ずと活路を得ることが出来る。それに観察は私の得意分野だから、何も心配はない。

 

 先ず場所はアイドル研究部の部室で、この部屋に居るのが私と絢瀬生徒会長だけ。ここまでは問題ない。むしろここからが問題だ。

 

 問題とするなら私が下着姿でいること。

 

 ただ下着姿でいるなら、ただ着替えてる途中だと思われただろう。だがしかし、問題はその姿で姿見に映る自分の姿を見ながら、ポーズを取ってうっとりと自分に酔いしれてること。

 

 しかもその様子を明らかに絢瀬生徒会長に見られてるのは、表情から察することは容易。

 

 さてさて、どうこの窮地から脱したものか。しかもこんな風に思考してるが、私と絢瀬生徒会長は互いを見つめたまま硬直状態が続いて、部屋の中は静寂そのもの。

 

 実際のところこの状態からどのくらい時間が経ってるのか分からないけど(多分まだ数十秒くらいだとは思うが)時間が経てば経つほど、私が不利になるならやる手は一つしかない。

 

「あの……絢瀬生徒会長……服着てもいいですか?」

 

 取り敢えずこの不毛な状況の空気を変えるため問題を一つ取り除く事にする。

 

「えっ? そうね……流石にそんな姿じゃあ色々と問題あるわね」

 

 やはり部室のなかで私をこの姿のままするのは、流石に不味いのもあるが、この状況を第三者に見られたら余計に誤解される。

 

 これ以上問題を増やさないようにするには、私に服を来てもらうのが一番。ひとまず服を着ることの許可をもらい(服を着るのに許可が必要なのが些か疑問に思うが)私は鞄に入れてあるジャージを着る。

 

 ジャージを着た私は何事も無かったように何時ものようにお茶の準備をする。幸いなことに手馴れるために手際も良く、流れるようにお茶を準備したから、この間に絢瀬生徒会長は私に声を掛けることはなかった。

 

「絢瀬生徒会長どうぞ座ってください」

 

 私は絢瀬生徒会長に座るように進めると、絢瀬生徒会長は言われるがまま椅子に座り、その前に用意したお茶を置いて、私も絢瀬生徒会長の対面側に座る。

 

「それで……貴方は鏡の前で……何をしてたのかしら。しかも……下着姿で……」

 

 動揺しながら、とても言いにくそうに先ほどの私の奇行に触れる絢瀬生徒会長。無理もない、絢瀬生徒会長の中では、清楚で淑やかで可憐な委員長を演じていたから、そんな私があんなことをすれば誰だって動揺する。

 

 そんなことは分かっているから、私は次の行動に出る。

 

「さっき勢いよく倒れたので何処か怪我してないか確認していただけです」

 

 ジャージを着てお茶を淹れてる間に心を落ち着かせ──委員長モードをONにして、しれっと嘘つく私。怪しまれないように微笑む事も忘れない。

 

「そういえばそうね──スゴイ勢いで倒れたから何処か怪我してないか確認するのは当たり前よね」

 

 私の殆んど苦し紛れな感じの嘘で納得してくれたのか、絢瀬生徒会長の表情は何処か納得したように見えた。

 

「そうよ、篠原さんの顔がにやけてたのは私の見間違いね」

 

「フフフ、まさか──私が自分の体を見てにやけるほど、ナルシストではありませんよ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように言う絢瀬生徒会長に私は淑女のような雰囲気を出しながらそう肯定する。

 

 しかし、ジャージ姿で淑女のイメージからかけ離れていると思うが、多分出てるから問題ないと思いたい。

 

「そうね、篠原さんがとてもそんな人には見えないものね」

 

 危ない危ない、完全に見られてけど何とかなった。絢瀬生徒会長のその言葉を聞いて内心ホッとする。

 

 唯でさえ屋上の出来事のせいで百合疑惑だって付いてるのに、それにプラスしてナルシスト疑惑が付いたら救いようがなく、私の学園生活は変態のレッテルが張られて終わる所だったよ。

 

 一つ窮地から脱した私は自分の分のお茶を口に含むと、ある疑問が湧いてきた。

 

 絢瀬生徒会長の台詞に私がとてもそんな人には見えないと言ったのと、そもそもなんでこの人がここに来たのかってこと。

 

 前者に関しては屋上の出来事を見ればそんなことを言うはずもない。どう考えても私が興奮して鼻血を出したと思うが、そう思ってないとなると、限られる可能性は……まだ私が百合だって事がバレていない。

 

 まだ私に汚名返上するチャンスがあるということなんだろうか。何て考えるがどうなのか実際に分からない。まあ後者の件を合わせて、聞けば分かることだから特に問題ない。

 

「あの……絢瀬生徒会長どうしてここに?」

 

「希に言われたのよ。篠原さんの様子を見に行ったらって、それに聞いたわ、篠原さん最近忙しかったのね」

 

 ここに来た理由を聞くと、お姉ちゃんが私の様子を見に行くのを進めたらしい。それどころかあの屋上の出来事について上手く言いくるめてくれていた。

 

 ありがとうお姉ちゃん。貴方は本物の女神だよ。ほんのお礼に私の身体自由にして良いから。何て心の中で迂闊な事を思いながら、お姉ちゃんに感謝する。

 

 しかし私は忘れていた。そもそもこんな事態になったのは、私が言った冗談に悪ノリしてきたお姉ちゃんの性だったことを。

 

「そうなんですよね。最近色々とありましたけど、せっかく絢瀬生徒会長が見学に来てくれてるのに、お見苦しい姿を見せてごめんなさい」

 

 口裏を合わせるために嘘がバレない程度の差し障りない事を言って、絢瀬生徒会長に全身全霊で謝っておく。本来ならこんな予定は無かったから余計に。

 

「良いのよ、それより体の方は大丈夫……そういえばさっきチェックしてわね」

 

「いえご心配なく、体の方は少し血が足りないくらいで特に問題ないですから」

 

 相変わらず、わたしの身体の丈夫さにはビックリするが流石に血が足りないのは仕方ない。あとでちゃんと補給するしかない。

 

「そう良かったわ、けどあまり無茶しちゃ駄目よ」

 

「以後気を付けます」

 

 そう言いながら私は別の事を考えていた。正直これ以上やるべき事がないと思っていたけど、せっかくお姉ちゃんがくれたチャンスだ。やり残したことをやっておこう

 

「そうでした──絢瀬生徒会長が聞きたがっていた私が何でμ'sに協力してるのか理由を教えます」

 

「えっ? でもそれって私が勝負に勝ったら教えるって言わなかった」

 

 まるで思い出したかのように言う私に、絢瀬生徒会長は驚いていたが、無理もない私がそういう条件で教えると言ったから、その私が急に教えるなんて言うのは疑問しかない。

 

 そもそもそんなことしなくても、教えようと思えば教えることは出来た。別に隠すことじゃないし。

 

 そうしなかった理由はただ一つ──確認しておきたい事があったから。

 

「勝負する前に私が倒れたんじゃあ私の負けですよ。それに本当に勝負したかったことは別にありましたから」

 

 そもそも最初に吹っ掛けた『超次元ラップバトル』は唯の絢瀬生徒会長の緊張を解す冗談のつもりで、本当の勝負で万全の状態の絢瀬生徒会長とやるための唯の前座。

 

「本当の勝負って……、貴方何するつもりだったの」

 

「ホント単純に私とダンスで勝負するつもりでした。審査員は穂乃果ちゃんたちで」

 

 けど、これは建前で本音は絢瀬生徒会長の今の実力を確認するため。まあ、μ'sに入ってくれればすぐに確認できるけど、出来れば早めにデータを取って、絢瀬生徒会長用のトレーニングメニューを考えるつもりだったから。

 

「ダンスで勝負するつもりだったって、ダンスを踊ってる彼女たちなら分かるけど、マネージャーの貴方が挑むなんて、まさか初めから負けるつもりだったの」

 

 まあそう言われるのは仕方がない。向こうは私が元アイドルだなんて思ってもいないみたいだから、その反応が普通だと思う。

 

「そうですよ。むしろ負けた方がお互いに得るもの方が多いですから」

 

 技術だけなら絢瀬生徒会長に負けるつもりは全くないし、今からでも私の実力を見せても良かったのだけど、貧血気味で体調の悪いなかダンスを踊るのは馬鹿げてるから踊らない。

 

「絢瀬生徒会長が勝てば知りたがってた私がμ'sのマネージャーを知ることが出来ますし、私たちからすれば絢瀬生徒会長の今の実力を知れますから、こっちとしては問題ないですよ」

 

「確かに私からしても疑問も解消できる。私を入れたがってる彼女たちからしても私の価値が上がる。これなら篠原さんが勝負に負けても得るものはある」

 

 私が負けたところでどちらもWin―Winで終わるわけで失うものは何一つない。無論絢瀬生徒会長は全く考えてないが、私が勝ったところで絢瀬生徒会長に得るものが無いだけで私たちは得るものは得るからどっちにしろ私の勝ち。

 

 結局のところ勝負する前から私の勝利は揺るがない。そもそも得るものが無い無意味な勝負なんてそんな無駄なことする必要性がない。

 

「けど良いのかしら。貴方の目的は彼女たちに私の実力を見せることだったはずだけど、こんなところで私に話しちゃって」

 

「良いですよ。一応負けは負けですから」

 

 まあ、絢瀬生徒会長の言う通り、彼女の実力を見せるのが目的だったけど、別に絢瀬生徒会長をメンバーに加入しやすくするための補強が主な目的だったから、話しても問題ない。

 

 それに本当に大事な事は任せるべき人に任せるわけだし。

 

「あっ、でもこれ、出来ればあんまり人に言わないでください。その……恥ずかしいですから……」

 

 多分にこ先輩やお姉ちゃんにも言ってなかった筈だからいざ、話すとなると照れ臭い。

 

「えぇ分かったわ。誰にも言わないわ」

 

「ありがとうございます」

 

 絢瀬生徒会長が誰にも言わないと約束してくれたお陰でちょっと気が楽になり、まだちょっと恥ずかしさ残ってるのでゆっくりと深呼吸して私は口にする。

 

「私がμ'sのマネージャーをしてる理由は大好きな人の笑顔が見たいからです」

 

 私はやっぱり恥ずかしかったため照れ臭そうに言いながらも絢瀬生徒会長の方をまっすぐ見ながらそう言った。

 




何だよ超次元ラップバトルって……。

思い付いた自分でも意味分からない言葉だなんて思いました。

この回で沙紀が何のためにマネージャーをやってるのかって所で今回は終了。

絵里加入編もあと大体二、三話位を目安にして終了を目指してますので、最後までお付き合いしていただけると幸いです。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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十九話 差し出された手

お待たせしました。

今回は現在最多文字数で何時もより長めですがお楽しみください。


 1

 

「私がμ'sのマネージャーをしてる理由は大好きな人の笑顔が見たいからです」

 

「えっ? 、そんな理由なの」

 

 私が理由を口にすると、絢瀬生徒会長はそんな事を全く予想していなかったのか、まるで肩透かしにでもあったような反応をする。

 

「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの。ただ……」

 

「ははは、そうですよね。やっぱり生徒会での私のイメージとは大分違いますよね」

 

 自分の発言に気付いて謝る絢瀬生徒会長。対して私は恥ずかしがりながらも笑い飛ばして、気にしてないことをアピールする。

 

「大丈夫ですよ。自分でもらしくないって、自覚してますから」

 

 らしくないと言うか、生徒会での私は現実主義過ぎている所があったから、絢瀬生徒会長の中では、もっとスゴイ理由があるなんて勘違いするのは仕方ない。

 

「けど、好きなんですよ……大好きな人の笑顔を見るのが……」

 

「どうしてなの?」

 

「理由なんてありませんよ」

 

 好きってことにきっかけはあっても理由なんてない。

 

「ただ純粋に大好きな人には笑顔でいて欲しい。ただそれだけですよ」

 

 多くの人がきっと心の何処かで持っている何てことない普通の願い。それ故に尊く眩しい願い。

 

「たった──それだけのことで、貴方は廃校を阻止できるのか分からないのに彼女たちに協力するの……」

 

 私がμ'sに協力する理由が分からないと言いたげな雰囲気を出しながら、絢瀬生徒会長は僅かにだけど動揺している。

 

 絢瀬生徒会長は心何処かで大切な事に目を背けているのか。いや分かっているが、大切な事を心の奥底で押し込んでいるだけ。やっぱり生徒会長って殻を壊さないことには駄目みたい。

 

 こういうのは苦手だから、最後の最後の方は(勝手に)任せることにしてるけど、もう一押しくらいはやっておこう。

 

「いえ、強ち廃校を阻止できないとは言えませんよ」

 

「何でそんなことが言えるの」

 

 私の言葉に絢瀬生徒会長は少し強めな声で聞いてくる。

 

 この廃校確定のカウントダウンが近づいているなか、最も不確定要素が強いスクールアイドルで、廃校が阻止できる可能性がある、と言えば食い付くのは分かっていた。

 

「それはμ'sがアイドルとして一番必要なものを持っているアイドルだからです」

 

 星野如月時代に私は多くのアイドルを見てきた。

 

 かつての相棒に、同じ事務所のアイドル、違う事務所のアイドル、数は少ないけどスクールアイドルにも。

 

 その中でもトップアイドルになれたアイドルたちには必ずって言っていいほど、同じ気持ちを持っていた。その気持ちもはμ'sも持っている。

 

「それは一体何なの……」

 

「それはさっき私に理由を聞いたみたいに本人たちに聞いてください」

 

 μ'sが何を持っているかの問いに私は答えず、絢瀬生徒会長に本人たちに直接聞くことを進める。

 

「貴方……ふざけてるの……」

 

「ふざけてませんよ。こういうものは他人より本人から聞いた方が、気持ちが伝わりますから」

 

 自分で振っておいて、答えは他人に聞けなんてふざけているとしか思えないが、私なんかが答えるより穂乃果ちゃんやμ'sのみんなが答えた方が、何倍も心に響くから目的を達成するにはそれが一番いい。

 

「私が言えることは──μ'sの近くに居たからこそ感じ取れたこと。それを感じたから彼女たちの笑顔が見たいって思いました」

 

 この音ノ木坂に入学してアイドル研究部に入って、みんなと出会ってからの出来事を一つ一つ、ゆっくり思い出しながら口にする。

 

「だから私にやれる事を精一杯します。μ'sのみんながステージを楽しく踊りきるために、しっかりとサポートだってします」

 

 私はみんなと違って、マネージャーだからステージに立つわけではない。だからこそみんなが怪我や事故なく、ステージに上がれるように私に出来ることをする。

 

「それが私のやりたいこと。大好きな人の笑顔を見るために出来ることです」

 

 私はそう真っ直ぐ絢瀬生徒会長の見つめながら笑顔で答えた。

 

 すると、絢瀬生徒会長は急に立ち上がると黙って部室を出ていき、私は一人部室に取り残された。

 

 2

 

 一人部室に取り残された私は誰か来ないかを確認してから、ぐったりと机に倒れこんだ。

 

 日差しが入り込んでいたせいか机の表面が若干熱くなっているけど、疲れた私にはそんなこと気にする元気がなかった。

 

 やや貧血気味でちょっと恥ずかしいことを言って、絢瀬生徒会長のプレッシャーが強いなか、自分の気持ちを口にしたのだから、少しくらい休んでもいいはず。

 

 それどころかご褒美貰って良いレベル──私的ににこ神様の手料理かお姉ちゃんの膝枕が割りと狙えそう。まあ、貰えなくても良いけど。

 

 今回の件でお姉ちゃんの最高の笑顔が見られれば、それで満足かな。正直今回の件は、私の事を受け入れてくれたお姉ちゃんに対しての恩返しの側面も強かったから。

 

 それにさっきまでの絢瀬生徒会長のやり取りで、今回の計画でやれることはやりきった。あとはどうなるかは穂乃果ちゃんたちやお姉ちゃん次第。

 

 今の絢瀬生徒会長の様子を見るのと、オープンキャンバスの事を考慮すれば早ければ今日、遅くても明日、明後日くらいには行動するかもしれない。

 

「それにしても……何て言えば良いんだろう」

 

 今日まで何回か絢瀬生徒会長に会っているけど、廃校のお知らせを聞いてからのここ最近の彼女を見ると、やっぱり思ってしまう。何時か責任感に押し潰されて壊れそうで、何処かほっとけない所は本当に似ていると。

 

「あの人もこんな気分だったのかな」

 

 かつての親友の事を思い出しながら、その親友が当事感じていたと思うことを今更ながら実感するけど、もう遅い。とっくの昔に終わった出来事何だから。

 

「よっし、休憩終わり」

 

 机に突っ伏していた顔を上げて、暗い気持ちを吹き飛ばすために手で自分の頬を叩く。

 

 本当はもうちょっと休憩するつもりだったけど、このまま休憩を続けると、心がもっと暗くなりそうだったから止めておく。

 

 もうお姉ちゃんの計画でやれることはないけど、私にはまだμ'sのマネージャーとしての仕事はあるのだから。

 

 それに似ているとは言え、環境や状況は違うんだから、結果だって変わるのは当然。だから何も心配はない。

 

 私は立ち上り時間を確認すると、倒れてから絢瀬生徒会長と話し終えるまで三十分程度しか経ってなかった。これなら今から戻っても練習には十分間に合う。

 

 まだ貧血気味で頭がフラフラするけど、マネージャーだからダンスの練習や発声練習をする訳じゃないし、そんな動くわけでもないから問題ない。

 

 一先ずさっき確認した時間から今日の練習メニューを思い出して、私がやることを確認する──確かもうすぐ休憩時間だったはず。今からいけば、丁度休憩時間が終わる前には着くだろう。

 

 そうして私はゆっくりと部室を出ていき、μ'sの練習場所である屋上まで向かうことにしたが──

 

「ジャージ、暑っ!!」

 

 外に出ると部室に冷房を利かせていたせいか思った以上に熱くて、更にジャージだと余計に暑く感じた私は部室に戻って、別の服に着替えるした。

 

 しかし部室でジャージから別の服に着替えようとしたのだけど、生憎他の服の持ち合わせがなく、困っていた。

 

 制服は血で汚れているし、ジャージだと暑い。かといって下着で彷徨くわけにもいかないから、もう一度部室を漁って私が着れそうな服を探した。

 

 色んなアイドルグッズ(にこ神様の私物)があるから、アイドルのTシャツくらいあるだろうと思い、部室を適当に探すと、思いの外簡単に見つかった。

 

 見つかったのは良いが、しかし、今度は別の問題が発生。

 

 私のサイズとは合わない。元々にこ神様が自分用のサイズとして買ったものだから、サイズが合わないのは仕方がない。

 

 私とにこ神様とではサイズが違う。何処とはにこ神様の尊厳のために言わないけど。

 

 しかし手元にあるのは血の着いた制服と暑いジャージとサイズの合わないTシャツ。どれを選んでも悲惨な結果しか生まない。だけど早く選ばないと練習時間が無くなってしまう。

 

 こんな苦渋の選択のなか私は一つ事に気付いた。

 

 そう。このサイズが合わないTシャツはにこ神様の物だってことに。

 

 そうして私はにこ神様のTシャツを無意識のうちに手に取っていった。

 

 3

 

「うぅ、何か注目されてる気がする」

 

 部室を出てから屋上まで移動したのは良かったのだけど、その道中何かと視線を感じていた。

 

 元から肩書きや噂とかで有名で遠くからの視線はよく感じているけど、今日は何時にも増してその視線が多く感じられる。

 

 理由は何となく分かっている。私の格好のせいだ。

 

 にこ神様のTシャツだと気付いた私は無意識のうちに手に取り躊躇わず着ていた。

 

 何とか着ることは出来たので問題は無いのだか、結局のところサイズが小さくて、ウエスト周りが全部露出してしまい、現在の私の格好というのは──俗に言うヘソ出しルックになってしまっている。

 

 元々清楚で淑やかなイメージで通っている私がそのスタイルで出るのは不味い。確実に今後の私の学校生活に影響を与え、ここまで築き上げた『白百合の委員長』のイメージを壊すのは死活問題。

 

 ならばどうするべきか。決まっている。私のアイデンティティであり、ポリシーである三つ編みを止めて変装する。これしかない。ただこちらもアイデンティティの喪失という私にとって死活問題が発生する。

 

 どちらも選べずにいたが、結局のところ今後の学校生活を取った私は──これもまた苦渋の選択だったが、三つ編みをほどいて、髪型をストレートにした。

 

 その結果、校内をヘソ出しルックでストレートヘアの謎の眼鏡女生徒Aとなり、何時もより余計に注目されてしまった。

 

 更にこの服装のせいでウエストが露となってしまいもっと注目されているが、幸いなことに誰も篠原沙紀とは気づいてない(何度か危ない場面はあったが)。ギリギリのところで『白百合の委員長』のイメージは(アイデンティティの喪失という犠牲は出したが)守っている。

 

 そんなわけで校内を注目されながらも階段を上り屋上まで近づいていくと、上から誰かが階段を下りる足音が聞こえた。

 

 私は階段を下りる人とぶつからないように顔を上げると、階段を下りてきた人物は絢瀬生徒会長で、何処か逃げるような足取りで私とすれ違った。

 

 どうやらこの格好のせいで向こうは私とは思わなかったのだろうけど、そもそもすれ違ったことすら気付いてないと思う。

 

 何故ならすれ違った瞬間に僅かに見えた絢瀬生徒会長顔はとても辛そうで、周りが見えてない感じに見えたから。

 

 絢瀬生徒会長の表情と私が上がって行こうとした階段。絢瀬生徒会長の下りて来た階段の先にあるのは屋上の扉のみ。

 

 つまり、絢瀬生徒会長は私と別れたあと、屋上に行って私の言葉通りμ'sのみんなの所に行ったと思われる。

 

 今のところ状況証拠しかないから確実性はないけど、十中八九そうだろう。今から穂乃果ちゃんたちに確認を取れば分かること。

 

 だけど私は180度体の向きを変え、さっき私が来た方絢瀬生徒会長が向かった方へ向かう。別に何か私に出来る訳じゃないけど、流石にあんな顔をしているのを見たんじゃほっとけない。

 

 そうして私は絢瀬生徒会長のあとを追うのだけど、何処へ言ったのか分からないため、闇雲に校内を探す事になると思ったが、ある程度階段を下りると、誰かの話し声が聞こえた。

 

 音を立てずに階段を下りて、声の主に気付かれないように物陰に隠れる。そうして声が聞こえた方をこっそりと覗くと、そこには背中しか見えないがお姉ちゃんと絢瀬生徒会長が何やら話している様子だった。

 

「エリチと友達になって生徒会やって来てずっと思ってたことがあるんや」

 

 そういうお姉ちゃんの言葉を聞いた瞬間私は理解した。お姉ちゃんが今から何をしようとするのかを。

 

「エリチは本当は何したいんやろうって」

 

「えっ……」

 

 お姉ちゃんはゆっくりと自分の中で抱いていた絢瀬生徒会長に対しての本心を口にし始めると、絢瀬生徒会長は何処か戸惑った表情をする。

 

「一緒にいると分かるんや」

 

 前にお姉ちゃんから聞いていた。お姉ちゃんと絢瀬生徒会長は一年の時からの付き合いだって。だからそれなり一緒にいるから相手の事が分かるって。

 

「エリチが頑張るのは何時も誰かのためばっかりで、だから何時も何かを我慢してるようで全然自分のこと考えてなくて」

 

 次々とお姉ちゃんに本心を言い当てられていき、耐えられなくなったのか、その場から逃げ出そうとする絢瀬生徒会長だったが──

 

「学校を存続させようって言うのも生徒会長としての義務感やろ」

 

 絢瀬生徒会長が何のために廃校を阻止しようとしていたのか、その理由を完全に言い当てられてしまい、彼女の歩みは止まり、その場で立ち尽くした。

 

「だから理事長はエリチの事を認めなかったと違う」

 

 そう。何故理事長が生徒会に廃校阻止の為に活動させなかったのか。それは絢瀬生徒会長に生徒会長としての義務感でやってほしくなかったから。

 

 もし絢瀬生徒会長が義務感を持ったまま廃校阻止の為に活動し、失敗したらどうなるのか、そんなことは分かりきったこと。

 

 絢瀬生徒会長は真面目な人だ。もし廃校を阻止できなければ、彼女は自分を追い詰めると思う。自分のせいで廃校が阻止できなかったと後悔することになる。

 

 そして絢瀬生徒会長の心に一生その時の傷が残る。

 

 それを避けるために理事長は絢瀬生徒会長に廃校の阻止をさせなかった。学校のために、生徒が傷つくようなことがないように。

 

「エリチは……」

 

 お姉ちゃんは名前を呼んでから少しこれから言うことに対して、躊躇いを感じていたのかもしれない。けど言わなければ伝わらないからお姉ちゃんは絢瀬生徒会長に問う。

 

「エリチは本当にやりたいことは」

 

 生徒会長としてではなく、絢瀬絵里と言う一人の女の子が本当に何をしたいのか、お姉ちゃんは聞いた。

 

 その言葉を聞いた絢瀬生徒会長は黙っているが、彼女の中で何か色々と考えているのだろう。

 

「何とかしなくちゃいけないだからしょうがないじゃない!!」

 

 自分の本心を揺さぶられたせいで、絢瀬生徒会長は平静を保てず、今まで聞いたことのない大きな声でお姉ちゃんに気持ちをぶつける。

 

「私だって好きなことだけやってそれだけで何とかなるんだったらそうしたいわよ」

 

 今までずっと溜まっていた、押さえていた感情が爆発し、絢瀬生徒会長は自分が思っていたことを感情のままに吐き出す。

 

「自分が不器用なのは分かってる。でも!!」

 

 自分に素直になれずに本心を隠して、気持ちを押し殺して他人のためにしか頑張れないけど、不器用なせいで空回りをするそんな自分に嫌気を差しながら──

 

「今さらアイドルを始めようなんて私が言えると思う」

 

 最後に涙を流しながら自分の本心を口にして、絢瀬生徒会長はその場を走り去っていったのだった。

 

 4

 

 お姉ちゃんと絢瀬生徒会長の会話を聞いて、私は一人取り残されたお姉ちゃんの元へ走り、背中から抱き付いた。

 

「委員長ちゃん……どうしたん?」

 

 急に抱き付いたのに驚かない所をみると、どうやら私の事には気付いていたみたい。

 

「ごめんね……聞くつもりはなかったんだよ。けど、絢瀬生徒会長が心配だったから……」

 

 本来ならお姉ちゃんと絢瀬生徒会長の会話を聞くつもりはなかった。けど絢瀬生徒会長の顔を見ると、ほっておけないからあとを追い掛けて、二人の会話を聞いてしまった。

 

「そうなん……エリチも幸せもんやね。委員長ちゃんに心配して貰えるなんて……」

 

 自分の他に友達を心配してくれる人が居て嬉しいのかそんなことを言うお姉ちゃん。

 

「ねえ、委員長ちゃん、ウチのことは良いからエリチのところに行ってあげて……」

 

 お姉ちゃんは抱き付いていた私の手に触れて、離そうとしながら私を絢瀬生徒会長の所に行かせようとする。

 

「そんなこと出来るわけないじゃん」

 

 そう言って私は私から離れようとするお姉ちゃんが離れないように力強くぎゅっと抱き締める。

 

「だってお姉ちゃんこんなに震えてるだよ」

 

 そう。抱き付いてからずっとお姉ちゃんは、小さく震えていた。絢瀬生徒会長に自分の本心を口にして、絢瀬生徒会長の本心を聞いて、怖くなったんだ。

 

「委員長ちゃん……ウチ怖いんや、エリチに気持ちをぶつけて、ウチの気持ちが届いてないじゃあ、エリチに嫌われたんじゃないかと思うと……」

 

 私にそう指摘されると、お姉ちゃんは自分の本心を溢し始める。

 

 人に自分の本心を伝えるのは怖い。それが自分の親しい人なら尚更──下手したら今の関係が壊れるじゃないのか、嫌われるじゃないのか、何てそんな不安が自分の心に巣くってくる。

 

 そんなお姉ちゃんの気持ちは分かる。だって私も同じだから。でも──

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃんの気持ちは絢瀬生徒会長……いや、絵里先輩に届いてるはずだよ」

 

 私はお姉ちゃんに絵里先輩にはお姉ちゃんの気持ちは伝わってると、確信を持って言う。

 

「何でそう思うん?」

 

 何て素朴な疑問に私はハッキリと、力強く答える。

 

「だって大切な友達でしょ」

 

 そんなシンプルで簡単な答えを私は自信を持って言う。

 

「それにお姉ちゃん、私の時だって、こうして自分の気持ちを伝えてくれたよね」

 

 あの日──私がお姉ちゃんの家に泊まりに行った日。お姉ちゃんが私のお姉ちゃんになってくれるって言った日。

 

「あの時、私も怖かった……お姉ちゃんに嫌われるじゃないか、私のこと軽蔑するじゃないかって」

 

 他人と関わるのが怖くて、人に自分の本心を知られるのが怖い癖に一人は寂しいけど、誰にも頼れなかったあの時の私。

 

 あの時にはアイドル研究部が、にこ先輩が居たけど私はもうにこ先輩に弱い私を見せるつもりはなかった。にこ先輩にはずっと笑っていて欲しかったから。

 

 だから私は弱い自分を隠して、ずっと過ごしていた。だけど家族や友達のいない私には甘えられる場所がなかったから。

 

 だからお姉ちゃんの言葉は嬉しかっただけど、こんな弱い私を知ったら嫌われるじゃないかって不安になった。

 

「けどお姉ちゃんの気持ちが伝わったから私信じてみようって思ったんだ」

 

 あの時に握ってくれた手の温もりを今でも覚えてる。

 

 あの温もりからお姉ちゃんの優しさが伝わって、私は信じてみようって思えるようになったんだ。

 

「だから私よりも長く一緒にいる絵里先輩に伝わってないはずないじゃん」

 

 僅か半年くらいしか一緒に居なかった私に伝わってるんだ。二年近く一緒にいた絵里先輩に伝わってないはずない。

 

「そう……やね……。あの委員長ちゃんにも伝わったんや。エリチに伝わってないはずないやん」

 

 安心したのか少しずつ震えが治まっていき、私は大丈夫だと判断して、お姉ちゃんから離れ一歩、二歩と後ろに下がる。

 

「ありがとう、いい──って誰!?」

 

 私にお礼を言おうと振り返ると、いきなりそんな風に驚かれて、今の私は髪型を変えたのを思い出した。

 

「髪型変えただけで分からなくなるなんてヒドッ!!」

 

「何や、委員長ちゃんか、驚いた。髪型どころかその格好なんや」

 

 声で私だと判断したお姉ちゃんは私の格好をじろじろと見る。

 

 別に他人に見られて恥ずかしいスタイルをしている訳じゃないから、見られても問題ないけど、こうじろじろと見られるのは気恥ずかしい。

 

「いや……この格好には色々と……ありまして……」

 

 私のある意味人生最大の選択に位置付く、あの葛藤については、ちょっと他人には理解が出来ないものだと思うので、そんな風にあやふやのまま誤魔化す。

 

 それに……。

 

「あんな真面目? な委員長ちゃんがそんな格好するなんて、ウチそんな風に育てたんやないんや」

 

「真面目? で疑問を持つのは些か異議を唱えたいところだけど……それでどうするの希先輩」

 

 本当は小一時間その事について聞き出したいけど、私はこれからどうするつもりなのか聞く。

 

「決まってるやん。μ'sに所に行くんや。エリチは、自分はアイドルやりたいだって伝えるために。……って何でウチのこと先輩って呼んだん」

 

 どうやら心も落ち着いてお姉ちゃんのやることは決まってるみたい。その証拠に私が希先輩と呼んだのを見逃さなかったから、けどそんな理由じゃなくて。

 

「そりゃ、もちろん……みんな隠れてないで出てきたら?」

 

 そう言って私は階段の方を向いて、そこに隠れている人物に出てくるように言うと、ぞろぞろとμ'sのメンバーが出てきた。

 

「ははは、やっぱり沙紀ちゃんには──」

 

『って、誰!?』

 

「私だよ!! ってかこのやり取りもう二回目!!」

 

 みんなが私の格好を見ると、お姉ちゃんと同じような反応をする。仕方なく私はみんなに篠原沙紀だとアピールするが、この格好になった経緯は省いていた。

 

 そのあと、お姉ちゃんはみんなに絵里先輩がアイドルやりたがってるから、メンバーに入れて欲しいと頼んだ。

 

 元々みんなは絵里先輩を入れるつもりだったから二つ返事で答えた。

 

「じゃあ、みんなで生徒会長を探そう」

 

「ちょっと待ちなさい。一つ言いたいことがあるわ」

 

 穂乃果ちゃんが絵里先輩を探そうとすると、にこ先輩は私の方を向いて近づいてきた。

 

「何ですかにこ先輩?」

 

 私は何を言われるのか分からなかったので無防備ににこ先輩の方を向くと──

 

「それ、私のTシャツじゃない!!」

 

「ゴフッ!!」

 

 にこ先輩の拳が私の腹部にクリーンヒットして私の体は吹き飛ばされる──そういえば、この服にこ先輩のものだった……そりゃ怒るよね。けど何か何時もより拳が重い何故? 

 

 吹き飛ばされて床に倒れた私はそんな疑問を抱きながら、にこ先輩はこちらに駆け出して──

 

「私への当て付けのつもり!!」

 

 にこ先輩のその台詞で私は理解した。何故にこ先輩がそんなに怒っているのかを……。

 

「ちょっと待ってストップストップ──ゴフッ!!」

 

 私はそんなことを言いながら、にこ先輩は二発目の拳をぶつけて、私に対しての怒りを込めた一撃がもう一度腹部にクリーンヒットして私は倒れていった。

 

 5

 

 そんなやり取りがあったあと、私はすぐに目を覚まし(相変わらずこの身体のタフさには恐れ入るが)絵里先輩を探し始めた。

 

 まあ、回復したとはいえ、今日は色々とありすぎて、身体中ボロボロ。今はお姉ちゃんと真姫ちゃんに肩を貸してもらっている。

 

 そんな状態で私たちは絵里先輩を探していたが、目撃証言から案外簡単に見つかった。

 

「私のやりたいこと……」

 

 絵里先輩が居ると思われる教室を覗くと、絵里先輩はそんな独り言を呟いていた。

 

 そうして、絵里先輩が居るのが分かると、穂乃果ちゃんを先頭に私たちは教室の中に入っていくけど、絵里先輩は上の空で私たちに気付いていない。

 

「そんなもの」

 

 そう独り言を呟いていた絵里先輩の前に穂乃果ちゃんは手を指し伸ばし、絵里先輩はこちらの方を向いた。

 

「貴方たち……」

 

 私たちの方を向いた絵里先輩は、どうして私たちがここに居るのかわからない表情していた。

 

「生徒会長、いや絵里先輩お願いがあります」

 

 今度は生徒会長ではなく、絢瀬絵里と言う一人の女の子にお願いをする穂乃果ちゃん。

 

「絵里先輩μ'sに入ってください」

 

「えっ」

 

 不意にまたμ'sに入って欲しいと言われて、少し戸惑う絵里先輩。

 

「一緒にμ'sで歌ってほしいです。スクールアイドルとして」

 

 お姉ちゃんから聞いた本心からμ'sのみんなが思ったことをμ'sのリーダーである──穂乃果ちゃんが、代表して伝える。

 

「何言ってるの。私がそんなことするわけないでしょ」

 

 自分の本心を知らないと思って、μ'sに入る事を拒否する絵里先輩だったが──

 

「さっき希先輩から聞きました」

 

「やりたいなら素直には言いなさいよ」

 

 その口振りから海未ちゃんとにこ先輩に絵里先輩の本心はもうすでに知っている知り、絵里先輩は動揺して急に立ち上がる。

 

「ちょっと待って!! 別にやりたいって大体私がアイドルなんておかしいでしょ」

 

「やってみれば良いやん」

 

 自分の本心が知られているがそんなのは出鱈目だと思わせるために、自分がアイドルをやるのはおかしいと否定するが、お姉ちゃんは絵里先輩にやればいいと勧める

 

「特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる」

 

 そう。やりたいことや好きなことに理由なんていらない。それでも理由を付けるのなら──やりたいから。好きだからでいい。

 

「本当にやりたいことってそんな感じで始まるやない」

 

 絵里先輩に微笑みながらお姉ちゃんは思ったままにやればいいと彼女の背中を押す。絵里先輩は穂乃果ちゃんの指し伸ばされた手を握って、μ'sに入る事をみんなに伝えた。

 

「絵里さん」

 

「これで八人」

 

 手を握って私たちと一緒に活動してくれる事に嬉しく思う穂乃果ちゃん。ことりちゃんはメンバーが増えて嬉しそうになるがそうじゃない。何故なら……。

 

「いや九人や、ウチを入れて」

 

 このμ'sを影から支えていた九人の女神を揃えようとしていたお姉ちゃんも入るのだから。

 

「えっ? 希先輩も」

 

「占いで出てたんや。このグループは九人になったときに未来が開けるって、だから付けたん」

 

 お姉ちゃんの計画も完了したのでお姉ちゃんは自分の占いでこうなると出ていたのと、もう一つネタ張らしをする。

 

「九人の歌の女神──『μ's』って」

 

『えっ!!』

 

 計画を知っていた私とにこ先輩以外は、μ'sの名付け親がお姉ちゃんだって言うことに驚く。

 

「じゃああの名前付けてくれたのって、希先輩だったんですか」

 

 あの時グループ名を募集したときに唯一入っていた紙に書かれた『μ's』を書いてくれたのが、お姉ちゃんだと分かり驚く穂乃果ちゃん。

 

「フフフ。それに委員長ちゃんにも色々と頑張って貰ったんやから」

 

「希……全く呆れるわ」

 

「何処へ」

 

 そう言って友達の事を呆れながら歩き出した絵里先輩に何処かへ行くのか聞く穂乃果ちゃん。

 

「部室よ」

 

 そう言われて全員ピンとこない。何故絵里先輩が部室に行くのか見当がつかない。

 

「もう時間がないから練習は出来ないけど、伝えなきゃいけないでしょ、篠原さんに私がμ'sに入ったって」

 

 絵里先輩がそう当たり前的な雰囲気ながら私に伝えにいこうもすると全員苦笑いをする。

 

「えっ!? どうしてそんな反応するの? 篠原さんはここのマネージャーでしょなら言っておかないと仲間外れは駄目でしょ」

 

 周りが何とも言えない反応をしたから戸惑いながら正論を言うけど、みんなは苦笑いしながら目線だけをこっちに向けた。

 

「なあ……エリチ……そんなことしなくてもいいんやよ……だって……」

 

「私はここに居ますから!!」

 

 お姉ちゃんが言いにくそうに絵里先輩に言おうとしてたけど、私はつい我慢できなくって思わず叫んだ。

 

「貴方……どなた?」

 

「私ですよ。もう三回目!! どうしてみんな分かんないの!?」

 

 絵里先輩に私だと分かってもらえず、手で髪の毛を結んで三つ編みは出来ないけど、髪の毛の束を定位置に置いてアピールする。

 

「あなた篠原さんだったの!? 髪型も服装も違うからてっきり別人かと思ってたわ」

 

 そんな風にやっと私だと気付いた絵里先輩。このみんなの反応を見ると私の思っていた以上に篠原沙紀=三つ編み眼鏡の委員長スタイルが浸透してた事になる。それは喜ばしいことなんだろうか。

 

 しかしそんなアイデンティティを私は……

 

「はぁ、何で私三つ編みにしとかなかったんだろう……周りから目線気にして……自分の評判下がるのを気にして……自分のアイデンティティを……捨てる真似何てしたんだろう……もうちょっとやりようがあったでしょ……」

 

 私はひたすら三つ編みと言うアイデンティティを安易に捨てたこと後悔し、ぶつぶつと独り言を呟き出した。

 

「あぁ~もう!! 篠原先輩うるさい!!」

 

 私に肩を貸してくれてた真姫ちゃんが近くで私の独り言を聞いて我慢できずに私を突き放した。

 

「ちょっ……真姫ちゃん待って!!」

 

 そう言われて正気に戻ったがもう遅い。私は突き飛ばされたまま机の方へダイブし、倒れていった。そしてそのときの勢いで眼鏡が外れた事に私は気付かなかった。

 

「篠原さん!! 大丈夫!!」

 

 そう言って絵里先輩が私の元へ駆け付けてくるのが分かる。

 

「ははは、大丈夫ですよ。もうなんか馴れてますか」

 

 私は絵里先輩の手を借りて立ち上がってみんなの方を見ると──

 

「沙紀!! あんた眼鏡!!」

 

 にこ先輩に眼鏡が外れていることに気付いて私はマズッと心の中で呟く。何故なら……ここには……。

 

「ほ、ほ、ほ、ほ、星野如月ちゃん!!」

 

 星野如月(わたし)のファンだった花陽ちゃんが居るのだから。……と言うかまたこのオチですか。

 




以下がでしたか。

次回で二章最終回

最後にこの二章でどうなるのかをお楽しみに。

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二十話 彼女は……

お待たせしました。

そんなわけで二章最終回お楽しみください。


 1

 

 彼女と初めて会ったのは希の紹介だったわ。

 

 何でも凄く有能な後輩を見つけたから、次期生徒会長候補として、この子が良いんじゃないかってことで、一人の後輩を紹介された。

 

 多分理由なんて特に後付けで、ただ紹介したかっただけかもしれないけど、希は彼女を生徒会に連れてきた。

 

 それが当時から少しずつ有名になりつつあった篠原沙紀さん。

 

 どうしてそんな彼女と知り合ったのか経緯は知らない。当時の私は興味が無かったのと、そんなことは気にしてなかったから聞いていない。

 

 私の中での最初の第一印象は眼鏡に三つ編みって、いかにも文系の優等生って思ったわ。

 

 実際に私の印象通りだったのだけど、ただ一つ違っていたのは文系の優等生じゃなくて、完璧な優等生だってこと。

 

 そう思ったのは、とりあえず紹介してもらって、すぐのことだったわ。一先ず生徒会の仕事を見学してもらうと、彼女はすぐに仕事の内容を把握して、その日の内に生徒会の仕事を覚えてしまったの。

 

 それどころか、効率よくスムーズに仕事が進むように手伝いをして、仕事が一通り終わると、目の前にお茶を用意してくれる気遣いまでしてくれていたわ。

 

 篠原さん協力のお陰で、仕事が予想以上に早く終わり、時間が出来たから彼女と話してみると、性格も良くって、話しやすく、自分の才能に鼻に掛けることなく、非の打ち所の無い優等生だと分かった。

 

 そんな経緯もあって彼女は、その日からよく生徒会の活動の手伝いをするようになったわ。

 

 何回か生徒会の活動をしていく内に、非の打ち所の無い優等生ってだけではなく、別の一面が見られるようになったりしたわ。

 

 よく希が私をからかったりするのだけど、篠原さんも希と一緒にからかう事も度々。けど、割りと可愛くてお茶目なからかい方をするから、ちょっと可愛いと思ってしまう。

 

 だけど、たまに彼女が私を見ていると、彼女から何故かピンク色のオーラ(?)みたいなものを感じるときがあるのだけど、多分私の気のせいだと思う。

 

 基本的に彼女が手伝うのは、書類の整理や備品の整備など、雑務が多い。たまに議会で出た議題について助言をくれて、それが現実味もある的確な助言をくれたりするわ。

 

 だからこそ、篠原さんが、スクールアイドル活動をして廃校を阻止しようとする彼女たちに、協力するのか分からなかった。

 

 素人がそんなことをやったところで、人に見てすら貰えない可能性やそもそも上手くなるかどうか分からない。

 

 どう考えても現実味はない。

 

 そんなことに協力している篠原さんがどうしてなのか知るために、穂乃果さんの活動を見学することになったのだけど、結局まんまと篠原さん、そして希に、乗せられて私もアイドルを始めることになってしまったわ。

 

 けどどうしてか悪い気はしないわ。希の言う通りやりたいからやってみる。篠原さんは好きに理由はない。そんな風に単純で良いのかもしれないわ。

 

 私はこうしてスクールアイドルを始めようとしたのだけど、影の功労者である篠原さんは何故か……。

 

 教室で椅子にロープで巻き付かれて拘束されてしまっていたの。

 

 2

 

 待って、状況が全く理解できないわ。篠原さんの眼鏡が外れた姿を見たら、急に一年生の小泉花陽さん(だったかしら)が急に叫びだして、篠原さんはその場から逃走しだしたわ。

 

 けど、足取りが覚束なくって、すぐに他のメンバーに捕まり、何処からか持ってきたロープで、篠原さんを縛り付けてしまい、花陽さんは何処かへ駆け足で向かって、今に至るのだけど。

 

「これは……一体……どうして篠原さんは縛られてるのかしら」

 

「念のためです。沙紀が暴走しないように」

 

 私には何故篠原さんが縛られているのか、理解できなかったから、近くに居た海未さんに理由を聞くと、海未さんはそう答えたわ。

 

 何故か、暴走辺りで、言葉に重みがあって、ちょっと怖かったけど。

 

「ちょっと待って──私には何が何だか理解できないんだけど……」

 

 念のため? 暴走? 本当に何のことなのか分からないんだけど、

 

「まあ、エリチは今は分かんないんやろうけど、それは追々分かるやろ。嫌ってほど……」

 

「そうですね。ここに居ると、分かってしまいますよね。嫌ってほど……」

 

 私以外のメンバーは海未さんと希の会話を聞いて、共感したのか、頷いたり、苦笑いだったりの反応をしているけど、私には全く何のことか分からなかった。

 

 何なのかしらこの疎外感は。今日入ったばかりだから仕方ないけど、少し寂しいわね。

 

「そこが沙紀ちゃんの良いところだよね」

 

「うんうん。見てる分には楽しいよね」

 

「でも巻き込まれた時はめんどくさいにゃあ」

 

「そうね。実際に何人か被害に遭ってるし」

 

 穂乃果さんを含む他のメンバーも篠原さんに対して、そんなことを言ってる。

 

「けど、委員長ちゃんがここまでされるのは結構なことやね」

 

「絵里先輩と希先輩は今入ったばかりだから、知らないんですよね」

 

 ことりさんが私と希にこの状況について経緯を説明してくれた。

 

 少し前に花陽さんが眼鏡を外した篠原さんの姿を偶然目撃して、その顔がアイドルの顔にそっくりだったから、本人じゃないのか、聞こうとしたみたい。

 

 それで篠原さんを探して、他のメンバーに聞いて事情を説明したら、みんな気になり篠原さんを見つけて、聞き出そうとした。

 

 本人は違うと否定したけど、手っ取り早く、眼鏡と三つ編みを取ろうとしたら、篠原さんが暴走して、海未さんに被害が及び、何か聞ける雰囲気じゃなくなって、水に流されたそう。

 

「何と言うか、委員長ちゃんらしいやん」

 

 ここまでの経緯を聞いた希は、何処か納得したような感じで言うけど、私には理解できない。

 

 それに海未さんに被害があった言うだけで、実際何があったのかは言葉を濁していたし、チラッと海未さんの顔を見ると、何となく恥ずかしそうにしてたりと、分からないことが理解できないことが多い。

 

 それにしてもさっきから私……理解できないとか、分からないこと多すぎよね。

 

 そんな風に考えていると、何処かへ行っていた花陽さんが色々と持って戻ってきた。

 

「真姫ちゃん、持ってきたよ。これが当時の如月ちゃんの写真と、あと真姫ちゃんに言われて調べておいた如月ちゃんのプロフィールだよ」

 

「ありがとう花陽」

 

 戻ってきた花陽さんは、手に持った写真とノートを真姫さんに手渡して、真姫さんは持ってきたお礼を言う。

 

「やっぱり本当にそっくりだよね」

 

 花陽さんは持ってきた写真と篠原さん本人と、見比べながらそんな感想を口にする。他のメンバーも気になって、写真と篠原さん本人と見比べ始めた。

 

 私も気になったので、写真と見比べると、やっぱり似ている。

 

 写真の方は、何処か冷めた目をしていたり、少し幼かったりするけど、今の篠原さんと見比べてみると、その面影があり、髪型も同じだから本人としか思えない。

 

「正直、前回は水に流されたけど、今回は証拠もあるんだから言い逃れは出来ないわよ」

 

 前の話を聞く限り、似ているだけで、確証は無かったのと、水に流されずには終えない状況だったらしいけど、今回は違うみたい。

 

「この前のカラオケやダンスの時だって、貴方がこの中で誰よりも上手かったわ」

 

 そうなの。みんなとでカラオケ行ってたのね。私行ったことがないから、よくは分からないけど、そこで点数を出せるなんて、流石は篠原さんね。

 

「そうそう──この前のカラオケのとき、沙紀ちゃん上手かったよね。みんなと違って、練習してた訳じゃないのに」

 

「ダンスだって、その日の最高得点だったもんね」

 

 ダンスも上手かったのね。と言うかどうやってダンスは競ったのか分からないけど、その日の最高得点言うならどのくらいの実力なのかしら。

 

 実際に見たことないから分からないけど、この話を聞く限り、今日私に勝負を仕掛けてきたのは、強ち勝算無しで挑んできた訳じゃないのね。

 

「それに花陽が言ってたわ。貴方の声も歌い方も星野如月そっくりだったって」

 

 真姫さんにそう言うと、花陽さんも頷いて、その通りだと伝えている。

 

「ああ!! この眼鏡、伊達眼鏡だあ!!」

 

 凛さんが机の上に置いてあった篠原さんの眼鏡を掛けて遊んでいると、そんなことに気付いた。

 

 凛さんの言う通り、篠原さんの眼鏡が伊達眼鏡だということは、つまり変装の為に使っていた可能性が出てくるわね。

 

「また証拠が増えた訳だけどもう一つ……好みとかははぐかされそうだから、誕生日は? ちなみに星野如月は7月25日よ」

 

 真姫さんが好みを聞かずに、誕生日を聞いたのはたとえ嘘を付いたところで、学生証を見れば、生年月日は分かるからだと思うわ。

 

 それにしても、どうして真姫さんは、そこまで篠原さんや星野如月の事を調べているのかしら。何か合ったのかしら。

 

「……7月……25日……」

 

 嘘を付いても無駄だと理解したのか篠原さんは──ボソボソと小声で、正直に答えると、星野如月と同じ誕生日だったわ。

 

「同じ……やっぱり……」

 

「いや、もしかしたら双子って可能性も……」

 

 確かに誕生日が同じなら双子って可能性は捨てきれないわ。ただ篠原さんに姉妹がいるのか、知らないから何とも言えないけど。

 

「多分、違うと思います。私、沙紀が自分は一人っ子だって聞きましたから」

 

 そんな疑問に海未さんはそう答えた──どうやら篠原さんから直接聞いていたみたいだけど……。

 

「嘘付いてる可能性は……」

 

 ここまで隠していたとなると、嘘を付いていてもおかしくないけど、私が知っている篠原さんは、そんなことをするとは思えないから、何とも言えないわ。

 

 それは他のメンバーも同じみたいで、篠原さんが嘘を付くとは思えない雰囲気が何となく伝わってくる。

 

「それはない。委員長ちゃんは一人っ子だと断言できる」

 

 そんな中、そう確信を持って答える希だけど、何処か悲しそうな感じが、その言葉から伝わった。

 

「けど、もう良いんじゃないかな。委員長ちゃんも言いたくないこともあるやから」

 

 希の言う通りかもしれない。ここまで誰にも言わなかったのは何か理由があるかもしれないのに、無理矢理言わせるのは良くないと思う。私も止めるべきと言おうとすると──

 

「いいよ。大丈夫だから……」

 

 今までずっと質問以外黙っていた篠原さんがそう言って、希や私が何か言おうとするのを止めさせる。

 

「そうだよね……流石に今回は言い逃れも水にも流せないよね──なら仕方ないか」

 

 ボソッと小声でそう呟くと、篠原さんは目を閉じて、大きく深呼吸をすると──

 

「そうよ。私が星野如月よ──それで何か文句あるかしら」

 

 彼女は自分が星野如月だと認めた。ただ、今までの篠原さんと違って、冷たい瞳、冷淡な口調、無情な表情をして、これまでの彼女とは、全く正反対の雰囲気になっていた。

 

 そして、誰もがその真実、篠原さんの豹変に驚いているなか──

 

「その──サイン貰って良いですか!!」

 

 篠原さんに向かって、そんなことを言う花陽さんだった。

 

 3

 

「はい、これで良いかしら」

 

 篠原さんはサイン書くのを引き受けると、取り敢えず縛られたロープをほどいて貰い、花陽さんから色紙を受け取ると、スラスラと書いて、彼女に色紙を手渡す。

 

「ありがとうございます。はぁ~、如月ちゃんの直筆サインだあ」

 

 篠原さんから色紙を受け取ると、花陽さんはとても大事そうに色紙を抱えながら、嬉しそうな表情をする。

 

「そんなに嬉しいの? サイン貰えて?」

 

「あっ、絵里先輩……かよちんのスイッチ押したにゃ」

 

 何て私が花陽さんに聞くと、凛さんがそんなことをボソッと口にして、何のことか分からないけど、今度は突然花陽さんの表情が豹変する。

 

「もっちろん──嬉しいに決まってるじゃありませんか!! あの星野如月ですよ」

 

 今までの大人しい彼女とは掛け離れた大きな声で、私に向かって、そんなことを言い始めた。

 

 私は突然の豹変に戸惑って、他のメンバーに助けを求めると、他のメンバーも諦めろと言いたげな表情をこちらに向けている。

 

 このあと私は花陽さんから星野如月について語られて、彼女のことが少し詳しくなったのは別の話。ちなみに語り終えた花陽さんは何処か満足げな表情だった。

 

「で? 本人を目の前によくもそう語れるわね」

 

 何て気だるげにそんなことを言う篠原さん。それどころか机に顔を付けて、体勢からやる気のない怠そうな感じが伝わってくる。

 

「はぁっ──うっ!!」

 

 篠原さんの指摘に気付いたのか、花陽さんはそんな風に驚いて、恥ずかしそうにそそくさと教室の隅に移動する。

 

 そんな花陽さんを篠原さんは、何処か興味なさそうな感じで見ていた。

 

「えっ……と……沙紀ちゃん?」

 

「何?」

 

 恐る恐ることりさんが篠原さんに声を掛けると、篠原さんは冷たい目線だけを動かして、冷淡に答えた。

 

「怒ってるの?」

 

 そんな風に聞きたくなるのは分からなくもない。篠原さんに無理矢理言わせたから、そんな風に今までの篠原さんとは真逆の感じで、自暴自棄になっているかもしれないと思わずにはいられない。

 

「別にそうじゃないわ。ただ星野如月だとこうなるだけ──知ってるでしょ、私、演技は上手いって、つまりそういうことよ」

 

「なるほど!! 確かに沙紀ちゃんならそれで納得だよ」

 

 そんな風に適当な感じで篠原さんが答えると、穂乃果さんはそんな風に納得してしまった。

 

「えっ!! それで納得できるの!?」

 

『はい(うん)』

 

「ハ……ハラショー……」

 

 私の疑問に全員が即答する姿に思わず、口癖が出てしまった。

 

「じゃあじゃあ、聞いていい? 何で今まで自分がアイドルだって言わなかったの?」

 

 どうやら篠原さんの今の状態が演技だと分かった穂乃果さんは、彼女に質問し始める。

 

「別に言っても良かったわ。けど自分からアイドルだって言うのは馬鹿じゃない」

 

「確かに……」

 

 そうね、自分からアイドルだって、言うのは何と言うか自意識過剰過ぎて、本当にこの人アイドルなのか疑っちゃうわよね。

 

「それに希先輩が裏で色々としてたの聞いたから、余計な事をして、計画が狂わないようにしたのよ」

 

 どうやら篠原さんは、希に今回の事の話を聞いていて、それで彼女は、自分がアイドルだと不都合になると思ったみたいで、黙っていたみたい。

 

「じゃあ何で音ノ木坂に?」

 

「それは本当に偶然。何となく選んだだけよ」

 

「じゃあ何でアイドル研究部に?」

 

 それは確かに気になるわ。本物のアイドルである篠原さんが、何でここでマネージャー何てしているのか。

 

「これも偶然。たまたま部室の前を通り掛かると、にこ先輩が入部希望と勘違いしたのよ。そうですねにこ先輩」

 

「そうよ……」

 

 そうにこに話を振ると、にこはそう答えた。そういえばさっきから彼女の声を聞いてなかったのは、気のせいかしら。

 

「私は一度断ったのだけど、すぐに正体がバレて、サインをせがまれたわ」

 

「かよちんと同じにゃあ」

 

「と言うかにこ先輩、沙紀ちゃんがアイドルだって知ってたの!?」

 

 今の話が本当なら、にこは昔から篠原さんがアイドルなのを知った上で、アイドル研究部に入れたことになるけど──まさか、そんなことないわよね。

 

「そうよ。それでいて何か図々しくも私にアイドル研究部に入らないのかって、言ってきたわ」

 

「それは確かに図々しいわ」

 

 まさか、本当にそうだと思わず、うっかりと口に出してしまった。

 

「流石はにこ先輩だね」

 

「それってどういう意味よ」

 

「私はその図々しいさに惚れて、マネージャーとしてこの部に入ったのよ」

 

「なるほど、それでにこ先輩へのアプローチが高かったんだね」

 

 何か篠原さんから変な単語が混ざっていた気がするけど、誰もが何も反応しないから私の聞き間違いよね。

 

「じゃあ……何でアイドル活動休止にしたのかしら」

 

「本当にシンプルよ」

 

 真姫さんがある意味核心的な質問をすると、篠原さんは、少し間を開けてから答えた始めた。

 

「ただスランプになっただけ……ただそれだけよ」

 

 今まで冷淡だった篠原さんの言葉に、何処か悲しくて辛そうな風に聞こえたのは、気のせいではないと思う。

 

「理由は……まあ……周りの期待からってところ」

 

 花陽さんが散々語っていたけど、篠原さん──星野如月は、すごいアイドルだったから、その期待は、プレッシャーは、きっと私たちの想像も付かないようなものなんだわ。

 

 何となく私も彼女の気持ちは分からなくもない。私も篠原さんほどでは無いが挫折した経験がある。

 

「そのせいで上から休止しろと言われて、今に至るわけ」

 

 その言葉にも何処か悔しそうな気持ちが伝わってくる。

 

「正直、あのカラオケの時だって歌いたくはなかったんだけど……、どっかの誰かが私を乗せようとするからやむ無くね」

 

 そう言って篠原さんは、冷たい目線で真姫さんの方を見る。どうやら真姫さんは篠原さんを無理矢理歌わせたみたい。

 

 その証拠に真姫さんは、篠原さんと目線が合うと、目線をずらしてそっぽを向いた。

 

「まあ、でもスランプな状態であの点数が出るのは流石は私ね」

 

 スランプな状態で歌わされたのにもかかわらず、気にしてない様子で、それどころか自画自賛する辺り何か余裕がある感じがするわ。

 

 これが本物のアイドルの格の違いなのかしら。

 

「これで十分でしょ。聞きたいことは聞けたでしょ、それに……今の私は……」

 

 多分みんなが聞きたかった質問を大体聞いて答えた篠原さんは、ここで区切りにして、体を起き上がらせて、目を閉じて──

 

「音ノ木坂の一生徒で、『白百合の委員長』ですし、それで……」

 

 何時も私が生徒会で感じる優等生な感じの雰囲気に一瞬で切り替えて、口調も何時もの篠原さんに戻り、更に──

 

「今はアイドル研究部のマネージャー、そしてμ'sのマネージャーだからね」

 

 今まで私が知っている優等生な感じではなく、何処か砕けたようなフレンドリーな感じに切り替わった。

 

「だから、私の正体が星野如月だとか関係なく、何時も通りに接してくれたら嬉しいなあ」

 

 何処か恥ずかしそうにそんなことを言うと、その篠原さんの表情を見たメンバーは──

 

「もちろんだよ。これからもよろしくね」

 

「そうですね。たとえ、沙紀がアイドルだとしても沙紀は沙紀ですし」

 

「それにプロのアイドルが私たちの練習を見てくれてるとなると心強いよね」

 

「本当ですよ!! あの星野如月直々に教えて貰えるなんて、こんな機会普通じゃあ有り得ないですから!!」

 

「かよちんが何時なく興奮してるにゃあ……」

 

「そうね。確かにスゴいことだけど、私たちが頑張らないといけないわ」

 

「エリチの言う通りや。委員長ちゃんがいくらスゴイアイドルだとしても、ステージに立つのはウチたちやから」

 

「そうね。私たちがやらないといけないわ」

 

 そんな風に私たちが篠原さんに対して受け入れた言葉を言ったり、今後のことで言っている声を聞いて、篠原さんは何処か嬉しそうな顔をして──

 

「それじゃあ、これからもよろしくね」

 

 言って立ち上がると、立ち眩みあったのか、急にフラッと倒れ始めて、その方向にはある人物がいた。

 

「えっ!?」

 

 急な出来事に対応できなかったその人は、篠原さんと一緒に巻き込まれる形で倒れこんで、私たちの視界から消えた。

 

「これって……まさか……」

 

「うん……」

 

 みんなが篠原さんと倒れた人物に対して、嫌な予感を感じながら、ゆっくりと二人の方へ歩いていくと、そこには──

 

 篠原さんと巻き込まれた人物──海未さんが倒れた勢いで口と口が重なって……キスをしていた。

 

「あっ、あっ、あっ、ヤバイ、ヤバイ。今度こそ殺されるよ……助けて!!」

 

『まあ、うん。頑張って!!』

 

 そんな風に焦ってる篠原さんに対して、みんなが同じタイミングで完全に篠原さんを見捨てたような事を言った。

 

「そんな!!」

 

 今にも泣き出しそうな声でみんなに助けを求めようとする篠原さんは海未さんから反応を怯えながら待つけど、何時までも何もなく、みんなが不思議に思って海未さんの方を見る。

 

「あれ? 海未ちゃん……気を失ってない?」

 

「何か何処となく幸せそうな顔をしてるけど」

 

 そんなわけで海未さんは気を失っていたことが分かり、何とかこの事件を有耶無耶にしたまま事を終えた。

 

 しかし、そんな騒動がありながら、星野如月の話題の時には殆んど反応がなく、ただ一人黙っていた人物が居たことに、私たちは誰もが気づかなかった。

 

 4

 

「エリチ、何か機嫌良さそうやね」

 

 私はアイドル研究部の部室に向かって、ゆっくりと廊下を歩いていると、一緒に向かっていた希にそんな事を言われたわ。

 

「希だって、機嫌良さそうに見えるけど」

 

「そうやね。ウチもやね」

 

 希に同じことを言うと、そう返されて、それだけで自分たちが機嫌が良い理由も大体理解したから、思わず互いに笑ってしまったわ。

 

「やっぱり……エリチも今日のライブが上手くいったんと思ってたの?」

 

「そうよ、やっぱり希の思ってたのね」

 

 どうやら希も何故私の機嫌が良かったのか、大体見当がついていたみたいで、それを確認すると、私も同じことを思っていたのが分かり、さらに笑いが込み上げてくる。

 

 私がμ'sに入って、篠原さんの正体が、アイドル──星野如月だと、バレてから二週間近くが経って、オープンキャンパス、つまりライブの日を向かえたわ。

 

 ライブの結果はさっきも言ったように、私たちが思うには、大成功だと、思ってるわ。

 

 実質お客さんも結構来ていたし、何より見に来てくれたお客さんが楽しそうに私たちのライブを見てくれていたから。

 

 あのライブでステージの上に立って、色々と思うことはあるわ。けど、この辺については、話したい相手がいるから、今は置いておいておくわ。

 

「しかし急よね……いきなりライブの打ち上げをやろうなんて」

 

 ライブを終えた私たちが今部室に向かっているのは、そんな理由。

 

 言い出したのは穂乃果さんで、本当はそんな予定無かったのに、急にやりたいって言い出したから、急すぎてちょっと戸惑ってたりしてる。

 

「良いと思うんよ、みんな頑張ったんやから」

 

「そうね、それにわりとみんなノリノリだったわね」

 

 穂乃果さんが打ち上げをやりたいって言ったときの事を思い出してみると、みんなやろうって声が多かったし、話が淡々とすぐに纏り、それぞれ役割分担して、準備に取り掛かっている訳だし。

 

「委員長ちゃんに至っては、いの一番に打ち上げの準備に取りかかってたやらね」

 

 希の言う通り、篠原さんは打ち上げやりたいって話が出た辺りから、じゃあ準備してくるって言って、何処かへ消えていったわけだけど……。

 

「みんな……どれだけ打ち上げやりたいのよ」

 

「そういうエリチだって部室に向かってる訳だし──やりたいんやろ?」

 

 みんなの反応に対してそんな事を言うけど、希の言うことが正論過ぎてと言うよりも、私も楽しみにしてたから何も言えず、顔を背けると、何やら希がにやにやしているそんな感じがしたわ──いや、絶対にしてるわね。

 

「でも篠原さんは何してるのかしら? 役割分担する前にいなくなったから」

 

「エリチ、話剃らしたやろ」

 

 下手にそんな態度を取ってると、希にからかわれそうだから、別の話を始めて話を剃らそうとしたけど、すぐにバレたわ。

 

「まあいっか、大丈夫や委員長ちゃんなら部室の飾り付けやってるはずやから」

 

「それってにこが担当してたはずじゃあ……」

 

 確か役割分担する際に、私と希が食器担当で、穂乃果さんたち二年生がお菓子担当、一年生に至っては花陽さんの強い要望で白米担当になって(何故白米なのかしら?)にこは余った感じで決まったようなはずだったけど……。

 

「もちろん決まってるやん、あの子が何かやらかさないように保険としてやん」

 

「えっ? あの篠原さんだから大丈夫じゃない」

 

 何か当たり前のようにそんな事を言った希に私は思わず疑問に思ってしまったわ。篠原さんは生徒会の仕事を完璧にこなすからそんな心配する必要ないわ。

 

「あぁ、うん、そうやね、エリチは分かって無かったから仕方ないんやね」

 

 私が篠原さんの事をそんな風に言うと、希はちょっと困った反応をしたわ。

 

「あの子……エリチの前で超次元ラップとか訳の分からない事を言ったん気がしてたやけど」

 

 何かボソッと希が小さな声で言っているけど、私には聞こえなくて、何を言っているのか分からなかったわ。

 

 そんなモヤモヤした感じのまま歩いていると、もうすぐで部室が見える距離になり、篠原さんがどんな飾りつけをしてるのか楽しみにしていると、急に扉が開いて、部室から何かが勢いよく飛んで壁にぶつかるのが見えた。

 

「えっ!?」

 

 突然の出来事に驚いて戸惑っているけど、何よりも部室から飛んできた何かの方がそれ以上に驚いたわ。何故なら──

 

「し、篠原さん……?」

 

 彼女が何故飛んできた方が全く予想できない事態だったのだから。

 

 そして、同じように篠原さんが飛んできたのを見ていた希は、この状況を見て苦笑いしていたのに、私は気づかなかった。

 

 5

 

「篠原さん!! 一体……何が……」

 

 余りにも突然過ぎる状況に思考が停止していたけど、私は篠原さんがこんなことになるなんて、相当な事態だと思い、彼女の元へ駆け寄って、彼女の頭を胸の位置まで抱き抱える。

 

「絵……里……せん……ぱ……い……」

 

 苦しそうに篠原さんが私の名前を呼んで、何かを言おうとしているけど、その姿を見て何かとんでもない事態に巻き込まれたのだと、容易に想像できるわ。

 

 実際に彼女が早退しただけで、多くの生徒が早退するとかと言う事態を引き起こした事もある彼女なら、何があっても不思議じゃないわ。

 

「エリー、そいつから離れなさい」

 

 すると、部室の方からそんな声が聞こえ、その方向を見ると、にこが部室の扉を閉めてから部室の方から出てきたわ。

 

「にこ……一体篠原さんに何があったの」

 

「別に……何時もの事よ」

 

 にこに何があったのか聞くと、そんなことを言って説明になってなく、私には何が起こったのか、全く理解できなかったわ。

 

「嘘よ、篠原さんがこんなことになるなんて只事じゃないわ、ちゃんと説明しなさいよ」

 

「いや……なあエリチ……本当に何時もの事なんや、最近無かっただけで……」

 

 私がにこにちゃんとした説明を求めると、希が割って入り、私を止めようとしてきたけど、希も全く説明になってなく、余計に理解できなかったわ。

 

「それに本当に離れないと危ないから……エリチが」

 

「何言ってるの希、篠原さんがこんな状態でほっとける訳ないじゃない」

 

 この子は大切なμ'sのマネージャーなのよ。そんな子がこんな状態になっているのにほっとける何て……

 

「絵里先輩……ホント良い匂いがします、あとお胸様が私の目の前にあって下着も若干透けて見えそう」

 

 出来る訳ない……? 今……この子何て言った? 

 

「あぁ……ヤバイ……憧れの絵里先輩のお胸様が手に触れられる距離にあるとこの気持ちは抑えられない、そんなわけで触らせて頂きます」

 

「止めなさいよ!! バカ!!」

 

「アブッ!!」

 

 篠原さんが何かをしようとしていたのを、にこが駆け寄って、篠原さんのお腹に蹴って止めると、その勢いとビックリしたせいもあって、私の腕から彼女の頭が落ちて床にぶつかった。

 

「全く油断も隙もないわね……希、こいつを一旦エリーから離すから手伝って」

 

「ホント……相変わらずやね委員長ちゃんは」

 

 そう言ってにこが篠原さんの手を持って、希も篠原さん所まで来て、彼女の足を持ち、手馴れているように私から離して、部室に移動させた。

 

 私も何が何だか分からないまま部室に入ると、部室の中は──

 

「ハラショー……」

 

 日も沈んでいないのにカーテンを閉め、ライトは何処かピンク色ぽく、それどころか部室一面がピンク色に飾り付けされて、何処かいやらしい雰囲気になっていた。

 

「ははは……委員長ちゃん……今回も盛大にやってくたやん」

 

 一面ピンク色の光景を見て希は、渇いた笑いをしながら、篠原さんを並べた椅子の上に横にする。

 

「全くよ、絶対に何かやらかすと思って部室の方に行って正解だったわ」

 

 対してにこはこうなることを予想していたのか、呆れた声で、椅子に座る。

 

 私は予想も出来なかったこの光景と二人の会話を聞いて、かなり頭を混乱させる。

 

 だって今回こんな風に飾り付けしたのは、あの篠原さんで、さらに二人の会話から察するにこんなことをするのが目に見えてたみたい……。

 

 一体……どういうこと? 

 

「私のやること言わなくても分かるなんて、流石はにこ先輩です」

 

 私がこの状況に着いていけないなか、さっきにこに思い切り蹴られた篠原さんが、何事も無かったようにけろりと起き上がってきたわ。

 

「し、篠原さん……だ、大丈夫なの」

 

「相変わらず復活早いわね」

 

「流石は委員長ちゃん頑丈やね」

 

 そんな篠原さんを見て驚きながらも心配するけど、二人は特に心配とかしないで、当たり前の出来事のように──平然と、受け入れていた。

 

「心配はいりませんよ絵里先輩、頑丈さは私の売りですから、そんなことより……」

 

 篠原さんは二人にそんな反応されてるのにも気にせず、私に大丈夫だと笑顔で答えると、篠原さんはにこの方を向いて──

 

「やっぱり私とにこ先輩は相思相愛なんですね!!」

 

 この部屋のどんなものよりもピンク色のオーラを出しながら、にこにそんなことを言ったわ。

 

「いや違うから」

 

「またまたにこ先輩照れちゃって、絵里先輩や希先輩がいるから仕方ないですね、でもそんなにこ先輩が可愛い、愛くるしい、一線越えたい……」

 

「これ以上何か言うと、もう一発行くわよ」

 

「むしろ、ウェルカム!! これも一つの愛!!」

 

 全く状況が整理できてない状態で、さらに篠原さんとにこで私には理解できない会話が続いて、私の頭がどんどん混乱していくと──

 

「お菓子買ってきた──何これ!! 部室のなかピンクッ!!」

 

「やっぱりこうなると思ってたよ……」

 

「にこ先輩を送って正解ですね」

 

 お菓子担当だった穂乃果さんたちが戻ってくると、この部室に現状に驚きながらも、何処か分かっていたような反応をして、部室の中に入っていく。

 

「とりあえず花陽ちゃんたちが戻ってくる前に、この飾り付け剥がそっか」

 

「そ、そ、そうですね」

 

 買ってきたお菓子を机の上に置いて、ことりさんは無情に、海未さんは恥ずかしがりながら、篠原さんが飾り付けた飾りを剥がし始める。

 

「えぇ~いいじゃんこれで」

 

「良くありません、流石にこれは……は、は、破廉恥すぎます!!」

 

 穂乃果さんは特に気にしていないのか、部室の中を興味津々に見て回るけど、そんな彼女を飾り付けを剥がしながら恥ずかしそうな顔をして叱る海未さん。

 

「ホント、酷いよ……、私が一生懸命に飾りつけしたこの部屋を勝手に剥がしていくなんて」

 

 すごく悲しそうな声で訴える篠原さんだけど、彼女は何故かにこに踏みつけられていた。

 

「そ、そうよ、篠原さんだって少し変だけど、一生懸命飾りつけしてくれたのよ、それを剥がすのは、流石に酷いと思うわよ」

 

 きっと篠原さんのことだから何処か芸術的な観点からこの飾り付けをしたに違いないわ。だってあの『白百合の委員長』なのよ。そんないやらしい事なんて考えてるわけないじゃない。今までの会話だって何かの暗号に違いないわ。

 

「では聞きますけど、どういう意図で飾りつけしたのですか」

 

「みんなでいやらしい雰囲気になったところでちょっと友達よりも上の関係に──」

 

「よし、みんな片づけるわよ」

 

 にこの言葉に余りにも予想外の理由で驚きを隠せず動揺して、動けなかった私と特に気にしてない穂乃果さんを除いて、みんな片付け始める。

 

 篠原さんはそんなみんなの姿を見て、偶々近くにいた海未さんに泣きつくいて止めようとする。

 

「な、な、な、何ですか!!」

 

「ちょっと待って!! せめてこれだけは見て」

 

 急に泣きつかれて驚く海未さんだけど、一応篠原さんのお願いを聞いて、隣の部屋の扉の前に案内される。しかし、抱き付かれたとき海未さんの顔が、何処と無く顔が赤く見えるのはこの部屋の光のせいかしら。

 

「この扉を開けると、中に布団が二つ敷いてあります」

 

 扉の奥には篠原さんが言ったように布団が二つ敷いてあり、その上この部室よりも薄暗く、それでいていやらしい雰囲気を出していた。

 

「は……」

 

「は?」

 

「破廉恥過ぎます!!」

 

「ゴフッ!!」

 

 その部屋を見て、海未さんは恥ずかしさの余りに思いっきり篠原さんの顔に向けてビンタをすると、篠原さんはその勢いで部室の扉の方まで飛んでいった。

 

「きゃあ!! 何か飛んできたわよ」

 

「これ篠原先輩だにゃあ」

 

「じゃあ、問題ないわね」

 

「えっ!?」

 

 部室の扉の近くでそんな話し声が聞こえたかと思うと、白米担当だった真姫さんと凛さんが戻り、部室に入ってきたあとに、花陽さんが篠原さんに肩を貸して入ってきた。

 

 そうしてこの部室を見ると真姫さんと凛さんは、やっぱりかみたいな反応をして、持ってきたお米を机の上に置いて、にこたちの手伝いを始める。

 

 一方、花陽さんはこの光景に戸惑いながらも篠原さんを椅子に座らせて、心配そうな顔で篠原さんを見つめる。

 

「え……と、大丈夫ですか?」

 

「うぅ、こんなに優しくしてくれるのは今じゃあ、花陽ちゃんくらいだよ……」

 

 花陽さんは心配して、篠原さんに大丈夫かと声を掛けると、篠原さんは手で顔を隠し表情が見えないようにしながら言う。

 

「だから結婚しよ」

 

「えっ!?」

 

 脈絡もなくいきなり笑顔でそんなことを唐突に言われて、戸惑う花陽さん。すると──

 

「かよちんにいきなり何言ってるの!!」

 

「ブウッ!!」

 

 片付けをしていた凛さんが飛び出して、篠原さんを椅子から突き飛ばして、花陽さんから離れるようにする。

 

「あぁ、もう凛!! 篠原先輩をこっちに飛ばさないで邪魔だから!!」

 

「酷い!! ウゥ、お姉ちゃぁん!!」

 

 偶々凛さんが突き飛ばした方に真姫さんが居て、その近くに篠原さんが倒れ、真姫さんに邪魔だと言われると、立ち上がって、今度は希の方に抱きついていった。

 

「よしよし」

 

「えへへ……」

 

 希はいきなり篠原さんに抱きつかれても動揺はせずに、優しそうな顔しながら彼女の頭を撫でて、篠原さんは何処か嬉しそうな顔をしながらただ撫でられると言う、何処か微笑ましい光景を作り上げる。

 

「希先輩……」

 

「ん? なんや」

 

 そんな光景の中に穂乃果さんは希の名前を呼び、希何か用があるのかみたいな感じを出す。

 

「後輩にお姉ちゃんと呼ばせる趣味でもあるんですか!!」

 

 そういえば、篠原さん希に対してお姉ちゃんとか言いながら抱きついてきたけど、まさか穂乃果さんが言ったように私の友達にそんな趣味があるの。

 

「あっ!? いや──これは違うんや」

 

 穂乃果さんにそう指摘されて戸惑う希。けど、篠原さんがぎゅっと抱きついているから説得力が全くない。

 

「じゃあ、姉妹だけど家庭の事情で生き別れたとか言う何か漫画とかで読んだことのある関係!!」

 

「でも似てないからもしかしたら腹違いの可能性も……」

 

 何かここへ来て突然希に矛先が向き、さまざまな予想が挙げられてくると篠原さんが──

 

「違うも何も私にお姉ちゃんをお姉ちゃんって呼んで良いって言ったのお姉ちゃんじゃん」

 

 希がお姉ちゃんと呼ばせてた核心的な事を言う。

 

「委員長ちゃん!?」

 

「まさか、ここにもう一人変な性癖を持った人が居るなんて」

 

「希……」

 

「エリチ違うから、委員長ちゃんが勝手に変な事を」

 

 正直、色々とごちゃごちゃし過ぎて何が何だか分からないけど、きっと、これだけは言えるわ。

 

「私のせいで辛い思いをさせてたのね、ごめんなさい気づかなくって」

 

 私が生徒会長の責任感で周り気づけなくって、希に辛いことを押し付けてしまった結果、彼女の心を歪ませてしまったのね。

 

「だからこれは違うんや、委員長ちゃんも何か言って!!」

 

「分かった」

 

 そう言って篠原さんは希から離れて私の前に立って、大きく深呼吸をしてから篠原さんは口を動かした。

 

「絵里先輩……私……貴方の体が好みです……だから……その……私と一線越えてくださいお願いします」

 

 そう恥ずかしそうに何かとんでもなく予想外のことを言われた。

 

「ああ、言っちゃった、てへっ」

 

「言っちゃったじゃないやん、違うやん、何で今それを言うんや」

 

「えぇ~、お姉ちゃんが何か言って言うから、告白しただけじゃん」

 

「違うん違うん、そうじゃない、ウチはこの状況をどうにかするために何か言って欲しかったんや」

 

「でも、言っちゃったもんは仕方ないよ、それでどうですか絵里先輩……絵里先輩?」

 

 篠原さんが私に告白の返事を求めるが返ってはこない。何故なら私は自分が理解できる許容をオーバーして頭が真っ白になり、そのまま意識を失っていたのだから。

 

 6

 

「うぅ……ここは……」

 

 目を覚ますと、私は何故か布団の上で寝ていた。

 

 私は虚ろな意識のまま起き上がると、周りをキョロキョロとせず、ただぼうっと前だけ見てるだけだけど、ここが学校の教室の何処かだと何となく分かる。

 

 自分がどうしてここの布団の上で寝ているのか、目覚めたばかりの頭じゃあ全然理解できないけど、ただ意識を失う前に、何かとてつもない事があった気がするわ。よく覚えていないけど。

 

 記憶が曖昧でハッキリとしないなか、ふと横からすうすうと小さな寝息が聞こえて、誰かが私の横で寝ているのを感じた。

 

 恐る恐るゆっくりと、顔を横に向けると、そこには篠原さんがすやすやと寝息を立てながら寝ていた。

 

「えっ!? ど、ど、どうして、し、し、篠原さんが私の横で寝てるの!?」

 

 横で寝ていた相手が予想外だった為に、思わず大きな声で驚いてしまったけど、篠原さんは起きず、気持ち良さそうに眠っていた。

 

 落ち着くのよ、落ち着くのよ、私。これにはきっと訳があるのよ。何て心の中で自分を落ち着かせようと言い聞かせる。

 

 例えば、気を失っていた私を篠原さんが運んで、ここまで連れてきて看病してくれてたけど、篠原さんも釣られて眠ったとかあるかもしれないわ。

 

 あれ? でもそれなら保健室でいいのに、ここは保健室じゃなくて、何処か別の教室……それに何で教室に布団が敷いてあるのかしら。

 

 何て疑問が私の頭の中に過ると、つい最近何処かで似たような光景を何処かで見た気がする事に気付いた。

 

 確か……アイドル研究部の部室の隣の部屋で布団が敷いてあって……そこはちょっと薄暗くて……!? 。

 

 そこまで思い出すと、今まで忘れていた記憶が一気に甦り、自分が気を失っていた経緯を思い出した。

 

 そう、みんなでライブの打ち上げをしようとして、部室に来たら、篠原さんが飛んできて、そのあと何か色々と今までの彼女から想像の出来ない事をやって、最後には……。

 

 私に……変わった告白……と言うよりも、カミングアウトをしてきたのよ。

 

 それらを思い出した瞬間、私は布団から飛び出て、篠原さんと距離を取る。

 

「う~ん……あっ、絵里先輩……起きたんですね」

 

 タイミングが良いのか悪いのか分からないけど、篠原さんは──まだ眠いのか、目を擦りながら起きて、さっきの私と同じように辺りを見渡して、私に気付き私が起きたのを確認する。

 

「でも……どうして絵里先輩はそんなところに居るんですか?」

 

 私が布団から離れた位置に居る事に疑問に思ったのか、そんなことを聞いてくるけど、私は返答に困っていた。

 

 思い出したショックでつい勢いで布団から飛び出してしまったけど、篠原さんが急に変な事を言ったから距離を取ったとか言えば、きっと彼女を傷つけるかもしれない。

 

「その前にこっちも質問させてもらっていい? 何で私と篠原さんが一緒に寝ていたの?」

 

 一旦話題を逸らして、何でこんな状況になったのか確認すると、篠原さんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら頬に手を付けて──

 

「気を失った絵里先輩にちょっとしたイタズラをしようとして、気付いたら私も寝てました」

 

 何て私が欲しかった返答とは明後日の方向の返答をした。

 

 それで確信してしまったわ。意識が失う前の事が現実だったことに。そうなると彼女が言ったことが確実に嘘だと思った。特にイタズラって言ったときにいやらしい言い方をしていたから。

 

「まあ、寝込みを襲うのは私の主義に反しますから、やっぱりこっちの方が断然いいですね、そんなわけで……」

 

 そう言って篠原さんは、唐突に自分の制服のボタンに手をかけ、ボタンを外し始めて、制服を脱ごうとする。

 

「ちょっと待ちなさい、何で急に服の脱ぐの!?」

 

「何でって絵里先輩とスキンシップを取ろうかと……あぁ、絵里先輩は着衣派でしたか、そっちも良いですね……今日はそれにしますか」

 

 篠原さんの奇行を止めようとするけど、篠原さんは途中であられのない理由で私が篠原さんを止めたと勘違いして、彼女は制服を脱ぐのを中途半端に止めたから、肌と下着が見えたままになった。

 

「何で服を戻さないの!?」

 

「何でってそっちの方が興奮しますから」

 

 そう言いながら篠原さんは、四つん這いで、ゆっくりと、私の方に近づき始める。中途半端に脱いだ制服と四つん這いで、近付いてくるために彼女の下着と胸の谷間が強調されて、とてもいやらしい。

 

「待って、待って!!」

 

 私は必死になって篠原さんが止まるように言うけど、止まる気配は一向になく少しずつ確実に私の近くまで近づいてくる。

 

 この場からさっさと逃げ出せば良かったけど、余りにも色々と有りすぎて、逃げると言う思考が出来なかった。

 

 そうして、私と篠原さんの距離が目と鼻の先くらいになると、私の髪に触れて思わずビクッと震える。

 

「戸惑ってる絵里先輩も可愛い……やっぱりこういう反応が見えた方が興奮する」

 

 何てとてもいやらしくも麗しい顔で、瞳も私の瞳をしっかりと見て、どんどん顔が赤くなって恥ずかしくなると、思わず目を瞑るけど、ゆっくりと、私の近付いてくるのを感じる。

 

 もうダメ……。

 

「あんた何やってるのよ!!」

 

「ブウッ!!」

 

 私が心の中で諦めかけてると、突然誰かのそんな声とこちらに向かって走る音が聞こえて、そのあとに篠原さんの身に何かあったような声が聞こえた。

 

 瞑っていた目を恐る恐る開けると、目の前には篠原さん居なくって、代わりににこが私の横に居た。

 

「大丈夫だった!?」

 

「えっ、えぇ」

 

 にこは私を心配して声を掛けてくれるけど、また突然の出来事に、まだ戸惑った反応しか出来なかった。

 

「そう、全く油断も隙もないわね」

 

 私の反応を見て、にこは私の状態を大体把握したあと、彼女は何処か呆れるようにそんなことを言った。

 

「そうだわ、篠原さんは?」

 

 いきなり目の前から居なくなったから何処へ行ったのか気になって、にこに聞くと、にこは指をさす。私はさされた方向を向くと──

 

「うぅ、やっぱりこうなる……でもにこ先輩から愛を頂いたからプラスかな……」

 

 とても変な体勢しながら悲しそう声で何か言っていた。

 

「まあ、あいつはほっといて、立てる?」

 

「えぇ、ありがとうにこ」

 

「別に……偶々よ、どうせ私が駆けつけなくても助かったのだし」

 

 にこにお礼を言って、私は立ち上がるとお礼を言われたにこ少し照れた顔をしていた。

 

「ちょっと待ってくださいよ──それは私を信用して言ってくれてるのですね」

 

「そうね、別の意味であんたを信用してるわ」

 

「流石はにこ先輩、私の事分かってます、なので私と結婚しましょう」

 

「はいはい、しないから」

 

「ナチュラルに断られた──けど、そんなにこ先輩が大好きです」

 

 何て篠原さんは楽しそうに話すけど、にこは冷たい反応をしているからこの温度差のギャップを感じるのだけど、にこはにこでどことなく楽しそうに会話しているように感じたわ。

 

「えっと……何かしらこれは」

 

「気にしなくて良いから、それよりも行くわよ」

 

 私はまるで漫才のような二人の会話に戸惑ってると、にこはそう言って何処かへ移動しようとする。

 

「何処へ?」

 

「何って打ち上げに決まってるじゃない」

 

 そういえば、そうだったわ。打ち上げしに部室に来たのに、色々と有りすぎて、忘れていたわ。

 

「準備が出来たのよ、誰かさんのせいで、余計な手間が掛かったけど」

 

「全く、にこ先輩のお手を煩わす何てとんだ不届き者ですね」

 

『……』

 

 にこが皮肉つもりで言ったことに、言われた本人が惚けたように言うから、私もにこと同様に黙ってしまった。

 

「申し訳ございません──反省してますので、無視だけは止めてください」

 

 流石に黙ってしまわれるのは堪えるのか、篠原さんは目にも止まらぬ速さで、その場に土下座して、今までの事を謝罪する。

 

「分かったから、じゃあ、行くわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 篠原さんの謝罪を受け入れると、にこは部室に移動しようと歩き始めて、篠原さんもにこの後ろに付いていくように歩き、私の二人と一緒に部室に向かう事になったわ。

 

 結局、何で篠原さんが私の隣で寝ていたのかちゃんとした理由は分からなかったけど。

 

 7

 

「ふう、これで良いかしら」

 

 私は打ち上げで出たゴミを片付けるため、学校のごみ捨て場にゴミを捨てに行って、持ってきたゴミをそこに捨てて、そう口にした。

 

 みんなで分担して片付けて、私が今持ってきたゴミが確か最後だったはずだから、これで片付けは終わりのはずなので、私は部室に戻る。

 

 部室に戻る途中、さっきの打ち上げの事を思い出してしまい、つい口がにやけてしまう。

 

 流石に今の顔を見られるのは恥ずかしいけど、にやけ顔を止められない。

 

 仕方ないじゃない、打ち上げが始まる前に色々とあったけど、打ち上げは結構楽しかったのだから。

 

 ただお菓子や飲み物を食べたり飲んだりして、喋ったりしてるだけだったけど、あまりこういった事をしたことが無かったからとても新鮮だったわ。

 

 だから、ついにやけてしまうのは、仕方がないと思うわ。

 

 そんな風にしながら部室に戻って、部室の中に入ると、そこには篠原さんが一人で部室の中を掃除していたわ。

 

「あっ、絵里先輩お疲れ様です」

 

「えぇ……お疲れさま篠原さん」

 

 戻ってた私に篠原さんは気付くと、笑顔を向けてそう言うけど、打ち上げ前の事があって、どう彼女と接すればいいのか分からない。

 

「そういえば、他のみんなは?」

 

「まだ戻って来てないですね」

 

 とりあえずみんなの姿が見当たらないので、聞いてみたけど、まだ全員戻って来てないみたいだから、つまり、いま部室で私と篠原さん二人きりの状況。

 

「……」

 

「……」

 

 正直、気不味いわ。今日で篠原さんの印象ががらりと変わってしまって、何て会話したらいいのか分からないわ。

 

「絵里先輩」

 

 生徒会での彼女だったらちょっとした話していたのだけど、今の彼女とどんな風に会話すれば良いのか、全く見当も付かないわ。

 

「絵里先輩」

 

 打ち上げの前の出来事で、彼女の趣味思考がどちらかと言えば、変わっているのは分かるけど、私にはそんな趣味はないし……。

 

「エーリー先輩」

 

「きゃあ!? 篠原さんいつの間に!?」

 

 知らない間に篠原さんが私の目の前にまで来ていてた事に気付かず、急に目の前で声を掛けられたから思わず驚いてしまう。

 

「ずっと絵里先輩のこと呼んでたんですけど、絵里先輩、上の空で反応が無かったから」

 

 どうやら篠原さんとどう接すればいいのか、考え込んでいたせいで、彼女が近づいていることに、気付かなかったようね。

 

「でも驚いた時の絵里先輩の顔、可愛かったですよ」

 

「ちょっと……からかわいでよ」

 

 私の驚いた顔を見て、そんなことを言いながら微笑む篠原さん。私は面と向かって言われたから恥ずかしくて小さな声で言う。

 

「え~、良いじゃないですか、だって可愛いものは可愛いですし、まあ絵里先輩は元から可愛いですけど」

 

 小さな子供のように駄々をこねる篠原さん。そんな姿も生徒会で手伝いをしてくれたときには見られなかった姿。だから一つ気になってしまうわ。

 

「ねえ……生徒会の時と今の貴方じゃあ全然違うけど、あれは演技だったの?」

 

 私がμ'sに入ってから今日までの二週間近くの篠原さんは、私の知ってる『白百合の委員長』として篠原さんと少し距離感が縮まったくらいの雰囲気だったけど、今日知ってしまった篠原さんは全く違う雰囲気だったわ。

 

「そうですね、ずっと絵里先輩のお手伝いをしていたときは演技ですよ、私演技得意ですから、それにあのときも見ましたよね」

 

 あのとき──私がμ'sに入ったとき、そのあとに篠原さんがかつてアイドル──星野如月だと、バレて正体を明かした際に、今と『白百合の委員長』の彼女とは全く違う雰囲気になっていたわ。

 

「覚えてるわ、ある意味衝撃を受けたもの、色々な事があって」

 

 私がμ'sの見学から始まり、篠原さんが急に倒れて、そのあと姿見で自分の身体を見てたり。

 

 そのあと彼女から何故μ'sのマネージャーをしているのか聞き、それから穂乃果さんたちからも理由を聞いて、希には私の本心を当てられてしまい、最後には、みんなに後押しされるかのようにμ'sに入ったわ。

 

 こうして思いましてみると、一日で色んな事があったわ。それにあのとき気付かなかったけど、今日の彼女を知って何となくだけど、あのとき分からなかった事が分かった気がするわ。

 

 何で急に鼻血を出して倒れたのかとか、何で姿見で自分の身体を見てたりしてたのかとか、何でにこのTシャツを着ていたのか。

 

「あれ? 貴方……みんなが真面目にやっていたときにふざけたの?」

 

 よくよく思い出してみれば、勝負しようって言ったときの勝負内容が特にふざけてような気がするわ。

 

「酷いですよ!! 真面目にやってましたよ、ただ欲望に正直なだけなんですよ私は、何でみんな同じことを言うの」

 

 あっ、そうなのね。私と同じことを他のメンバーにも言われたのね。けど、それでもμ'sのみんなを見ていると何だかんだで信頼されているそんな感じはしたわ。

 

 特ににこからかなりの信頼を受けているそんな感じがしていたわ。

 

「もういっそのこと言いますけど、生徒会で手伝いをしていたとき絵里先輩に欲情してましたよ」

 

 また彼女凄いカミングアウトしてきたわよ。しかも本人に向かって。

 

「あのね……篠原さん……私が言うのも変だと思うけど、それかなりの失言よ」

 

「しまった、つい勢いで要らないことを言ってしまった、今の無しで」

 

 今の発言を取り消してほしいと言わんばかりに、手を前に出してアピールする篠原さん。その際に彼女がちょっと慌てているのが珍しくて、可笑しく思えてしまう。

 

 そして、そんな彼女の姿を見ると、彼女とどう接すればいいのか考え込んでいた自分が馬鹿らしくなって、つい笑ってしまう。

 

「何で絵里先輩笑ってるんですか、私が慌ててるのがそんなに変なんですか」

 

「ごめんなさい……でもそうね、貴方のそんな姿を見るなんて思っても見なかったから」

 

 今まで完璧なイメージばかりが篠原さんには付いていたから、こんな風に慌てる彼女を見て、新鮮な気持ちになるわ。

 

「まあ、良いですけど……絵里先輩が笑ってくれるなら」

 

 そんな私を見て、篠原さんは不貞腐れながらも私が笑うなら良いって言う辺り、いくら今までと性格が違っても、篠原さんは篠原さんなのよね、と実感できるわ。だからこそ──

 

「そんな貴方だから希も自分の計画を話してくれたのかしら」

 

 私の友達が私を救うために、みんなが楽しく過ごせるような時間を作るために、そして廃校を阻止するために、一人でこそこそと計画していたを篠原さんは、唯一知り、行動していたわ。

 

 どうやらにこも話だけは聞いていたみたいで、邪魔しないように気を遣ってくれたみたいだけど。

 

「さあ、どうでしょうね、私も私で自分の計画の為にやってた所もありますし、利害の一致って奴ですよ、最初は」

 

「そうなの? 全然そうとは思わなかったけど」

 

 意外だわ。結構初めから穂乃果さんの味方をしてたから篠原さんにも何か裏でやろうとしてたのね。でも何なのかしら彼女の計画って。

 

「まあ、そのあとこっちはこっちで色々とあって、心境の変化がありましたから」

 

 そう言う篠原さんには何処か切ないような顔をしていたのは気のせいかしら。

 

「けど、結局貴方は希の手伝いをして計画を完了してるのよね、流石だと思うわ」

 

 篠原さんはそんなことを言うけど、実際にμ'sの名前通り九人の女神を揃えている訳だし、彼女は仕事を実際にやり遂げているのよね。

 

「そうでもありませんよ、実際色々とやらかしてますし、それに実際にまともに動いたのは、穂乃果ちゃんににこ先輩を紹介した事と、μ'sと絵里先輩を引き合わせる事くらいですし」

 

 あとは穂乃果ちゃんたちが頑張っただけだと篠原さんは付け足す。

 

「にこの件や私の件だって、貴方と個人的に繋がりが合ったからこそだし、適材適所だと思うわ」

 

 篠原さんが間に居たからこそ、あまり拗れずにすんなりいけた所もあるわ。私も篠原さんはが居なければ、見学して一日でμ'sに入ろうとは思わなかったはずだわ。

 

 多分、にこの件もそう。詳しくは知らないけど、一年の頃の彼女のままだったら、きっとすんなり穂乃果さんたちを入部させなかったと思うわ。

 

「そう言って貰うのは有り難いですけど、だからこそ何ですよね、にこ先輩、お姉ちゃん、絵里先輩と個人的な繋がりが合ったからこそ、他のメンバーの誰よりも笑って欲しいと思ったのは」

 

「私もなの? と言うか希はお姉ちゃん呼びのままなのね」

 

 どうして希がお姉ちゃんと呼ばれてるのか気になるところだけど、私もにこや希と同じくらいに並べられてるのに驚いたわ。そこまで篠原さんに何かしてあげたとは思えないし。

 

「驚くのも無理がないですよね、絵里先輩はちょっと事情が違うと言うか、本当に私的な理由なんですよ」

 

「私的な理由? まさか──私の体目当て!?」

 

 今日の篠原さんの言動ならなくもないわね。そんな理由でにこや希と同じくらいに並べられてるのは、流石に傷付くわ。

 

「流石にそれは酷すぎますよ、そんな理由じゃありませんよ、ただ……」

 

 そうしてゆっくりと篠原さんは私が二人と同じくらいに並べられてる理由を口にした。

 

「昔の私と絵里先輩はよく似ていたから、ほっとけなかったんですよ」

 

 そう言った彼女の目は何処か悲しみに包まれた表情だったわ。

 

 8

 

 似てる? 私と昔の篠原さんが? 一体何処が? 

 

 昔の篠原さんと言うことはアイドル──星野如月としての彼女だと思うけど、彼女の雰囲気と私とじゃあ共通点が見つからない。

 

 星野如月に限らず、二つ雰囲気の篠原さんや他にも共通点がないか色々と考えてみるけど、やっぱり全く思い付かないわ。

 

「でも似てると言っても、ただ状況が似ていたってだけなんですけどね」

 

「状況が似てる?」

 

 アイドルをやってるって状況が似てると言っているのかしら。でもそれなら穂乃果さんたちも似てると言えるし、そもそも似てるって言ってるのは、μ'sに入る前の私の状況だと思うから……それってつまり……。

 

 私は色々と考えてみて、何故篠原さんが私と似てると言ったのか、一つの答えに辿り着く。

 

「もしかして義務感で生徒会長やってた私に似てるかしら」

 

 私と篠原さんの関係から考えると、彼女は生徒会長としての私を見る機会の方が多かったから、多分、そうなんじゃないのかと思うわ。

 

「そうです、あのときの絵里先輩と昔の私は、よく似てましたから……」

 

 彼女はそう言ったってことは、つまり……義務感や責任感で何かをやっていたことになるけど、それって……いや考えるまでもないわ、だってもう私は知っているのだから。他の誰でもない篠原さんが口にしてたのだから。

 

「スランプになりながらもプロのアイドルとして、星野如月として、ファンの期待に応え続けなければならなかった私に」

 

 やっぱりそうなのね、この言葉から分かるようにつまり篠原さんはあのときの私のように義務感でアイドルをやっていたことになるわ。

 

「空回りして、上手くいかなくて、失敗ばかりで、次第にイライラしてきて、周りが見えなくなって、終いには自分の本心を隠してとても辛い思いをするそんな毎日」

 

 まるで当時の気持ちが甦っているかのように、その言葉一つ一つに辛そうな気持ちが伝わり、彼女の表情を見て、今ようやく確信したわ。

 

「確かに似てるわね、私たち」

 

 篠原さんが言うことはものすごく分かるわ。私も彼女と同じように生徒会長としての責任感から悩んだことがあるから。

 

 それに彼女の表情はあのときの鏡に写っていた私とよく似ていて、何もかもを張り詰めて、何時壊れてもおかしくない表情をしていた。

 

 けど私はそんな毎日に終わりをくれた人たちがいる。目の前にいる篠原さんや、私を受け入れてくれたμ'sのみんな、そして私の大切な友達──希が居たからこそ今こうして笑っている。

 

 じゃあ篠原さんは? 

 

 ふとそんな疑問が頭の中を過る。今は今日みたいに笑ったいるのだから、彼女も誰かに救われたんじゃないのかと思ってしまう。

 

「篠原さんは私と状況が似てると言っていたわ。それって私にとっての希やμ'sみたいな人が貴方にもいたんじゃないのかしら」

 

 例えば、花陽さんから聞いた星野如月とユニットを組んでいたアイドルとか、同じの事務所のアイドルとか、それか学校の友人とか、家族とか上げれば色々とあると思うけど、私は自分が思っていた疑問を思わず口にして彼女に聞いてしまった。

 

 それが彼女にとって地雷だと気付かずに。

 

「ええ、居ましたよ、私の事を心配してくれた私のたった一人の大切な親友が……」

 

「それって、貴方の相方だったアイドルの子?」

 

 たった一人の親友、何て言うくらいなら候補としては一番だと思う。花陽さんから聞いた話だとかなり仲良かったと聞いているから。

 

「その子じゃあありませんよ、あの子はまた違った妙な関係ですから、そうじゃなく、星野如月に憧れて、スクールアイドルを始めたようと夢見ていた、私の中学の時の先輩」

 

 そうなのね、星野如月の相方の子じゃなくって、中学の時の先輩、つまり私と同じくらいか、その一つ上くらいだと思う。

 

「彼女が私のやるべきことを教えてくれて、私の背中を押してこそ、星野如月はあそこまで行くこと出来ましたから」

 

「そうなの!?」

 

 私は思った以上に驚いてしまったわ。一応、花陽さんから話を聞いて──興味を持ったから、彼女のライブを見たのだけど、歌もダンスもどれも圧巻で、伝説と呼ばれるのが、納得するほどのものだったわ。

 

 けど、そんな星野如月が僅かの期間で伝説まで呼ばれるのに、実はそんな影の功労者がいたのね。

 

 そうだからこそ親友、いや親友だからこそ、気付けたのかもしれないわね。篠原さんとって大切なことに。

 

 そんな親友なら篠原さんが暴走しても止めるのは明らかで、彼女を止めることが出来たのね。

 

 だけど、次に放たれた篠原さんの言葉で、私は自分がどんだけ甘かったのか思い知らされる。

 

「でもそんな親友を私は突き放したんですよ」

 

「えっ!?」

 

 思いもしなかった結果を聞いて、私は一瞬思考が停止する。

 

「絵里先輩がお姉ちゃんに本心を突き付けられたように、私もその親友に本心を突き付けられたんですよ」

 

 やっぱり篠原さんも親友に本心を当てられてる。でもそう上手くいかずに……。

 

「けど私はそんな親友に酷いことを言って、彼女を突き放して、私はそのまま責任感と義務感だけで、アイドルを続けました、その結果、私は事務所から休業するように言われたんですよ」

 

 止めて、その先の展開なんて言わなくても分かるから。けど私はそれを口には出来なかった。

 

「とっても後悔しましたよ、あのとき彼女の言葉を聞いていれば、こんなことにならなかったんじゃないのかって、だからこそ、私は絵里先輩に同じ結果にならないように、同じ過ちを犯さないように、動いたんですよ」

 

 このときの彼女の表情を見て、私は確信してしまったわ。

 

「だから……良かったです……貴方が……笑っていられるようになって……」

 

 そう言った彼女の表情は笑っているが、瞳には涙が流れていた。

 

 それは彼女がまだ救われていないってことを証明させるには十分だったわ。

 

 9

 

「ねえ、希……私はまだ幸せ方だったのね」

 

「何や、急にどうしたん?」

 

 帰り道──私は希にそんなことを口にすると、希は少し戸惑った顔をして、私の悩みを聞こうとする。

 

「もしかして委員長ちゃんがいつの間にか帰ってた事と関係ある?」

 

「……」

 

 何かを勘づいたのか希はそう言うけど、私は答えなかった。けど、その反応をしたせいか、何処か希が納得したような表情をする。

 

「エリチ、委員長ちゃんのこと何か知ったやろ」

 

「どうしてそれを!? もしかして知ってたの!?」

 

「やっぱり……そうなん……」

 

 希は私が悩んでいることを当てたため、思わず驚いてしまったけど、逆に希はまるで当たって欲しくなかったのか、少し暗い顔をしていた。

 

「なあ、エリチ話して、委員長ちゃんと何があったのか……」

 

「そうね……隠したって希にはいずれバレそうだし」

 

 私は諦めて、希に今日あったことを全部話した。話を聞いている際に希は驚いた顔をしていたけど、まずは全部話を聞くことに重点に置いてたみたいだから、私が一方的に今日のことを話したわ。

 

「そう……やったんね……だから委員長ちゃんは他の子と比べて慎重に動いてたんやね」

 

 私の話を聞き終わると、希は何処か辛そうな顔をして、何か納得していたような口振り、きっと私よりも篠原さんと親しい希なら、私を入れようとしていた理由に気付いていたと思う。

 

「ねえ、希……貴方も何か知ってるんじゃないの?」

 

 私の話を聞いていた際の希は初めて知ったような表情をしていたけど、最初の希の口振りからして、他の事を知っている可能性があるわ。

 

「……そうやね……委員長ちゃんには悪いけど、エリチに聞いておいて、ウチが話さないのは不公平やし、それに……」

 

「それに?」

 

「エリチなら言いふらさないやろ」

 

「そんなこと絶対にしないわよ」

 

 人の知られたくない事情を無駄に広めようとするなんて、そんな無神経な事は人としてどうかと思うから絶対にしないわ。

 

「エリチならそう言うと思った」

 

 どうやら希は私がそう言うと信じていたみたいで、全く私の事をどれだけ信頼してるのよと思うけど、今はその信頼が嬉しいわ。

 

 信頼してるからこそ希は、私に篠原さんの秘密を話しても問題ないと思ってくれているのだから。

 

 そうして私は希から彼女の知っている篠原さんの事を聞いた。

 

「そんな……」

 

 希から篠原さんの秘密を知って、更にショックを受ける。

 

「本当や、委員長ちゃんには家族がいないんや」

 

 篠原さんの両親はもう既に亡くなっていて、兄弟や姉妹と言った肉親もいなくて、彼女は天涯孤独の身だった。

 

 それに今日聞いた話を含めると、彼女は一人でいる期間が必ずあることが分かる。

 

 家族がいなくて、親友も失って、更にアイドルとしての自分を失って、何かもが無くなった篠原さんは一体どれ程の悲しみや苦しみ、絶望があったのか、私には到底分からないわ。

 

「やっぱり……私はまだ幸せ方だったのね」

 

 私は最初に言ったときの言葉と同じ言葉を口にするけど、前と比べて、この言葉を口にするのは辛い。

 

 結局、私は何かを失った訳じゃないからその気持ちを理解することが出来ない。いや、きっとμ'sの誰もが彼女の事を理解できないと思うわ。

 

「そうやね……けど、そうやってうじうじと相手に遠慮してたら何も変わらないと思うんや」

 

 

「じゃあ、だから希が篠原さんにお姉ちゃんと呼ばせてるのは、彼女を一人にしないため?」

 

 篠原さんが希を本当の姉のように慕うのは、彼女が一人だと知って、受け入れてくれた希だからなのかしら。

 

「そうや、あの子はほっておくと、いつの間にか一人になるそんな子やだから、ウチはあの子が一人にならないように、甘えられるように、お姉ちゃんになってあげたんや」

 

 そう言う希の表情は、まるで本当の姉のように優しい顔をする。

 

「それにそう思ってるのは、ウチだけや無いからにこっちもやから」

 

「にこも?」

 

 一瞬何故かにこもと思ったけど、篠原さんの正体がバレたときや今日の出来事を思い出してみると、一目瞭然だったわ。

 

 そうよ、あのときにこは篠原さんの正体をずっと前から知っているって言ってたわ。それににこは篠原さんが星野如月として、振る舞っていた時は終始黙っていて、とても辛そうな顔をしていたわ。

 

「ウチはずっと気になってたんや、何で委員長ちゃんはにこっちと一緒にいるやろうって」

 

「でもそれは篠原さん本人が言ってなかった? それが嘘だとでも言うの?」

 

 確か篠原さんがたまたまアイドル研究部の部室の前に居て、それをにこが入部希望と勘違いして、そのあとにこに篠原さんの正体がバレて、そのうえで図々しくもマネージャーをお願いして、その結果篠原さんが入部したって言っていたわ。

 

「いや、嘘じゃないと思うん、それはにこっちの反応から見ても分かる、ただ差し障りのないことだけを言っただけや」

 

 そういえば、あのときのにこの反応は、とても演技とは思えなかったわ。僅かに懐かしむそんな感じがしていた。つまり、希の言うように、差し障りのないことだけを言った可能性がある。

 

 多分、篠原さんが話していない部分にきっと私たちの知らない篠原さんとにこに何かがあった。いや、絶対にあるわ。

 

 そもそも彼女の方が他の誰よりも篠原さんに一緒に居るのだから、知らないはずなんて有り得ないわ。

 

「ウチもにこっちも委員長ちゃんが一人にならないように彼女に寄り添うつもりや、エリチはどうする?」

 

「わ、私は……」

 

 そう聞かれて私は言葉に悩んだ。私は篠原さんとこれからどう接していけば良いのか。全くわからないけど……そもそもそんなの考えるまでもないわ。

 

「私も篠原さん……いや沙紀が辛い思いをしないように」

 

 だってあの子は自分が辛くなるのが分かってて、私に自分と同じ過ちを犯さないように動いてくれたのだから。なら、私にやることはもう決まってるわ。

 

「ちゃんと笑えるようにしてみせるわ」

 

 それがきっと私に出来る沙紀への恩返しなのよ。

 

「エリチも何だかんだで委員長ちゃんの事好きやな」

 

「それは希も同じでしょ?」

 

「そうや、ウチは委員長ちゃんのこと好きや、エリチと同じくらいに」

 

「急に変なこと言わないでよ……バカ……」

 

 こうして私の友達が計画した九人の女神を揃える物語は終えて、次の物語が始まる。

 

 今まで殆んど交わろうとしなかった彼女の物語と私たちの物語が、今やっと少し交わろうとしていた。

 

 その物語の結末がどんな風になるのか、今の私たちはまだ誰もが知らない。

 




これで二章完結。

今回でもまた沙紀の過去が分り、それを聞いた絵里がどうするのかって話でした。

まだ謎の多い彼女ですけど、次章からはそんな彼女周りのことも大きく関わるようにそれは次章をお楽しみに。

その前に筆休めとして二つの幕間で二章での一番の被害者の彼女の話です。

ちなみにもうひとつは秘密を追う彼女たちの話もやる予定ですのでお楽しみに。

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誤字、脱字などありましたら気軽にどうぞ。


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幕間二 少女の悩み

今回の話は絵里加入からオープンキャンパスの間の話です。

ホント今回は軽く息抜きの回なのでそんなシリアスなことにはなりませんので、軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。

それではお楽しみください。


 1

 

「ねぇ……海未ちゃん……キスしてもいい?」

 

「な、な、な、何ですか急に!?」

 

 いきなり沙紀が私にキスをしたいと言って、私は戸惑ってしまっています。

 

 何時も唐突にふざけた事を沙紀はしますが、そういうことするのは殆どにこ先輩ばかりで、私たちに矛先が向くのは三回に一回の確率で、更に他にもメンバーはいますからかなり確率は低いです。ある意味事故に遭うようなものです。

 

「急にじゃないよ」

 

「えっ?」

 

「事故だったけど……あのとき……海未ちゃんとキスしたのが忘れられなくて……」

 

「そ、そ、そ、それってつまり……」

 

 頬を赤く染めながら沙紀は私から目線を逸らして気恥ずかしそう私にそう言いますと、私はとても嫌な予感がしました。

 

「うん……私、海未ちゃんの好きになっちゃったみたい……」

 

「!?」

 

 出来れば外れて欲しかった嫌な予感は的中してしまい、更に驚き戸惑ってしまった私に沙紀は少しずつ近づいて、私に迫って来ます。

 

「好きだから良いでしょ……キスしよ」

 

「よくありません!! 同姓同士でおかしいですし、しかも貴女はにこ先輩の事が好きじゃありませんか」

 

 そもそも沙紀はにこ先輩の事を溺愛しています。そんな彼女がキスしただけで、私に惚れるはずありません。何かの間違いです。一時の気の迷いです。

 

「確かににこ先輩は大好きだよ、でもそれと同じくらい海未ちゃんが好きになっちゃったから」

 

 私の肩を掴んで、私の目を真剣な眼差しで、真っ直ぐ見詰める沙紀。その眼差しに見詰められる性で、次第に私は恥ずかしくなり、彼女から目線を逸らしてしまいます。

 

「照れてる海未ちゃんも可愛い……」

 

「からかわないでください……」

 

「真面目で、凛々しくて、大和撫子の言葉が似合う海未ちゃんがこんなに顔を赤くしてたら、誰だってイジワルしたくなっちゃうよ」

 

 そう言って沙紀は私の髪に触れて沙紀は私の髪の匂いを嗅い始めて、それを目の前で見せられてる私は頭の中が沸騰しそうなくらい恥ずかしくなり、身体中がどんどん熱くなります。

 

「海未ちゃん的にはこっちのほうがいいかな?」

 

 私が恥ずかしがっているのに気付いたのか悪戯な笑みを浮かべてから沙紀はゆっくりと目を閉じて、そして──

 

「ふふ、海未さんは『白百合の委員長』の私のほうが好みなんですよね?」

 

 彼女の雰囲気が凛々しくも淑やかな雰囲気になり、私がかつて憧れた『白百合の委員長』の雰囲気に変わりました。

 

「誰もが憧れる委員長と、こんな淫らな関係になる背徳感が堪らないんですよね」

 

 私の髪に触れてない片方の手で私の脚に触れてゆっくりと腰、ウエスト、胸、脇、首と順に上に上がっていき、私は触れられる度に変な感覚に襲われます。

 

「フフ、可愛い反応ですね、もっと苛めたくなりましたから、更に特別サービスですよ」

 

 吐息混じりに私の耳元でそう囁くとまた彼女は目を閉じて──

 

「光栄に思いなさい、この星野如月と恋人関係になるのだから」

 

 沙紀が目を開くとその目は何処か冷たく、言葉も冷淡ですが、何処か小悪魔のような雰囲気が漂ってきました。

 

 そうして私の頬を優しく触れて、ゆっくりと指で撫でながら最後には顎のほうに移動して、そこから顔を少し上げられて沙紀がキスをしやすい角度にされます。

 

 そして、少しずつ沙紀の顔が、唇が、私の顔に、唇に近づいてきて、彼女の甘い吐息が私の思考を狂わせて、何も考えられなくなります。

 

「は、は、は」

 

 段々と私の唇と沙紀の唇が重なろうと距離が縮まってきて私は──

 

「破廉恥です!!」

 

 大声で叫ぶとそこには沙紀の姿はなく、目の前は私の部屋でした。それはつまり……。

 

「また……夢ですか……」

 

 どうやら私は沙紀とキスしようとする夢をまた見ていたようです。

 

 2

 

 早朝──私は練習をするために何時もの練習場所である神社に向かっていますが、私はとても寝不足でした。

 

 健康に気を遣って、常に規則正しい生活を心掛けてる私ですが、ここ数日は何時もよりも早く目覚めてしまい、その後もなかなか寝付けず、睡眠時間が短くなってしまっていました。

 

 睡眠時間が短くなっている理由はハッキリとしていて、今朝見た夢が原因です。

 

 沙紀が私に迫ってキスをしようとするかなり現実にありそうな夢。その夢をここ数日ずっと見てるために、私は恥ずかしさの余り眠る事が出来ず、寝不足になっているのです。

 

 しかし、寝不足だと言う事を他の誰かにバレるわけにはいきません。

 

 常日頃穂乃果たちに規則正しい生活をするようにと注意している手前、自分が規則正しい生活を出来ず、寝不足になっているなんて、しかもこんな馬鹿みたいな理由で、寝不足になったと知られれば、どんな風にからかわれる事やら。

 

 特に沙紀、彼女に知られれば調子に乗って、夢みたいな事を本当にしてきそうなので、こんな事は夢の中で十分です(いえ、夢の中でも勘弁ですが)。

 

 そんなわけで寝不足だと、気付かれないように特に夢の内容が知られないように気を引きしめねば。

 

「あっ、海未ちゃんおはよう」

 

「おはようございます、ことり」

 

 私がそう心掛けて練習場所に向かっていると、同じく練習場所に向かっていたことりと合流しました。

 

「ことり、穂乃果はどうしましたか?」

 

 姿の見えない穂乃果について、ことりに聞きますがこの時間でことりと一緒に居ないとなると、何故居ないのか大体予想できてしまいます。

 

「多分……まだ寝てるんじゃないかな?」

 

「そうですか、全く……仕方がありませんね」

 

 予想通りやはり穂乃果は寝坊しているようです。何時も練習場所に向かう途中で合流することが多いので、ここで合流できないとなると、寝坊しか有り得ないでしょう。

 

 ですが稀に早起きし過ぎて、私たちより早く練習場所にいる場合もありますが、本当に稀なので余り期待していません。

 

「あれ? 海未ちゃんどうしたの?」

 

「何ですか急に」

 

「いや、何か何時もより怒ってないかななんて」

 

「うぅ、それは……」

 

 今日は私も寝不足の手前余り穂乃果に人の事を言えないために怒れない何て言えるはずもなく、言葉に詰まってしまっていると──

 

「あぁ~!! 海未ちゃんとことりちゃんだ~」

 

 大きな声で私たちの名前を呼んで、こっちに向かって走ってくる穂乃果と合流しました。

 

「セーフ!!」

 

 私とことりの間で立ち止まって、ホッと一安心する穂乃果。

 

「セーフって、穂乃果ちゃんやっぱり寝坊したの?」

 

「しまった!! いや……寝坊してないもん、昨日寝るの遅くって、起きたら時間ギリギリだけだったもん」

 

「それを寝坊と言います、それとしまったと言ってますよ」

 

 更にここまで走ってきたってことは、つまり寝坊したから急いで向かってきたと言っているようなものですから、いくら言い訳しても無駄です。

 

「だから違うって」

 

 無駄だと知らずに往生際も悪くまだ言い訳をしようとする穂乃果。

 

「まあでも今日は間に合いましたからそこまで言いませんが、以後気を付けるように」

 

「あれ?」

 

「どうしました?」

 

「ううん、何でもない何でもないよ」

 

 軽く穂乃果に注意して、そろそろ練習場所に向かおうとすると、穂乃果が何か疑問に思ったのかことりのところに行って何かこそこそと喋り始めました。

 

「どうしたの? 海未ちゃん何かあったの?」

 

「やっぱり、穂乃果ちゃんもそう思うよね」

 

「そうだよ、何時もだったらもうちょっと怒られるのに、今日はそんなに怒られなかったよ」

 

「ははは……穂乃果ちゃんらしい基準」

 

「二人ともそろそろ行きますよ」

 

 二人で何を話しているのか知りませんけど、そろそろ行かなければ練習に遅れてしまいます。この時間だとメンバーの何人かはもうとっくに準備している時間ですから。

 

「待ってよ、海未ちゃん」

 

「うん、今行くよ」

 

 そう言って穂乃果とことりは私の後を追って、一緒に練習場所に移動し始めます。

 

 3

 

「そういえば穂乃果ちゃん」

 

「なに? ことりちゃん?」

 

「寝るの遅かったって言っていたけど何してたの?」

 

 三人で練習場所に向かっている途中、ことりが穂乃果が寝るのが遅くなった理由を聞き始めました。

 

「大方漫画でも呼んでて夜更かしでもしてたのでしょう」

 

 穂乃果の部屋には漫画が結構置いてありますし、何となく読み始めて止まらなくなったと言うのが、一番有り得そうな理由です。

 

「違うよ!! 昨日は沙紀ちゃんのライブをネットで見てただけだよ」

 

「!?」

 

 穂乃果の口からいきなり沙紀と言って驚く私。沙紀の名前が出たせいか今日の夢を思い出して、どんどん恥ずかしくなっていきます。

 

「沙紀ちゃんのって、如月ちゃんのライブを? どうして?」

 

 そんな私に気付かず、ことりは穂乃果に沙紀のもとい星野如月のライブを見てた理由を聞いていて、正直私はホッとしてました。流石にこんな状態の私を見られたら不味いです。からかわれてしまいます。

 

「ほら、沙紀ちゃんってプロのアイドルでしょ、だったら沙紀ちゃんのライブを見たら勉強になるかなって思って」

 

「確かにそうだね、沙紀ちゃんと言うよりも、如月ちゃん? の歌とダンスはスゴいよね」

 

 こっそりとバレないように自分の心を落ち着けながら二人の話を聞いていると、ことりが沙紀の歌とダンスが凄いと言うのが聞こえ、私も心の中で同意します。

 

 映像ですが彼女のライブを見たりしましたし、実際に一回彼女が歌うところ踊ってるところを間近で見たこともありますが、彼女の技術が高いのは分かります。

 

 素人目ではなく、スクールアイドルをやっているからこそ、彼女がどれほど実力があるのか、僅かな期間でプロのアイドルとして名を馳せたのか分かってしまいます。

 

 彼女の一つ一つの動作にムラがなく、常に完璧であり、ライブ中の時ですら、一回も音程が外れない。ダンスも常にキレのあるダンスを踊っている。

 

 私たちもライブで歌ったり踊ったりしていますが、本番の緊張感で音程を外すときも、少しダンスがずれてしまう事もあります。

 

 ですが彼女にはそれが全くなく、常に完璧に歌やダンスを踊っているのです。

 

 悔しいですけど、それほど彼女と私たちとでは天と地ほどの差、月とすっぽんです。だからこそ学べることは多いのは分かります。

 

 上手い人から教わる。それはどんな物事においても大事なことです。そう考えると私たちはとてもよい環境で練習できてるなんて思います。

 

 何せ、一世を風靡したアイドル星野如月が直々教えてもらえるなんて普通じゃ有り得ないことですね。

 

「それもスゴいけど、本物のプロのアイドルだよ、芸能人だよ、花陽ちゃんと同じようにサイン貰っておけばよかった」

 

「そこ!?」

 

 私たちが恵まれた環境だと知ってか知らずか、穂乃果の焦点は全く違うところを向いていました。

 

「そうだよ、同じが学校に芸能人が居るなんてスゴいじゃん、あぁ~今度サイン頼んだら貰えるかな?」

 

「どうだろう……、ねえ、海未ちゃん」

 

「えっ!? 多分……貰えるとは思いますよ、実際に貰ってた人が居ましたから」

 

 突然、私に話を振られて驚いてしまいましたが、何とか心はある程度落ち着いていたので、まともな対応が出来ました。

 

「花陽ちゃん、スゴかったね、沙紀ちゃんが如月ちゃんだと分かったらすぐに貰いに行ったもんね」

 

 まさかあの尋問のように問い詰めてられて、証拠を叩きつけられ自供する形で正体を明かしたなか、堂々とサインを貰いに行ってましたから。

 

 ある意味彼女のアイドルに対する行動力には驚かされました。その後、普通にサインする彼女も彼女ですが。

 

「よ~し、穂乃果も後で貰おう」

 

 そんな感じで穂乃果は沙紀からサインを貰う気満々で居ると、もうすぐ神社の階段が見えてきてそこから──

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 神社の階段から話題の人物、そして私の寝不足の原因沙紀が勢いよく転がり落ちてきました。

 

 そんな沙紀を見て、私はこんな人に寝不足にさせられているのですねと、心の中で思いました。

 

「ああ、死ぬかと思った」

 

 そんなことを知らずに階段から勢いよく転がり落ちて、少ししてから何事も無かったように立ち上りピンピンとした様子する沙紀。

 

 本当に何事も無かったようにしているために全く説得力がありませんけど。

 

「ははは……一応聞くけど大丈夫?」

 

「あっ、みんなおはよう、身体の方は大丈夫だよ、ほら」

 

 ことりが心配の必要はないですけど、沙紀に声を描けると、沙紀は私たちに気付いて挨拶をしてから色々と身体を動かして大事はないと報せます。

 

「おお、相変わらず身体は丈夫だね、流石はプロのアイドル」

 

「いや、アイドル関係ないと思いますが」

 

 そんな沙紀を見てそんな感想を漏らす穂乃果に対してそんな返しをします。

 

「ハハハ、海未ちゃんの言う通りアイドルは関係ないよ、元からこの身体は丈夫だからね」

 

「!?」

 

 沙紀も私の言うことを笑いながら肯定していますが、沙紀に名前を呼ばれて、ドキッとしている私はそれどころじゃありません。

 

 一先ずバレないように、ことりの後ろにこっそりと隠れて落ち着くのを待ちましょうと考えて、私は沙紀に顔が見られないようにことりの後ろに隠れます。

 

「それで今日はどうして階段から転がってきたの?」

 

「にこ先輩に告白しようとしたら突き落とされちゃった」

 

「うん、何時も通りだね」

 

 穂乃果は沙紀がどうしてこんなことになったのかと聞くと、理由は何時ものことだったので、簡単に納得する私たち。

 

 何だかんだでこれが日常になってしまってます。馴れって怖いですね。

 

 ただ何時もとは違っていたのは沙紀からにこ先輩と口にしたときに、何故か胸が少し苦しくなりました。

 

「そうだ! 沙紀ちゃんサイン頂戴!!」

 

「良いけど、ペンと書くものある?」

 

 まるで思いましたかのように穂乃果は沙紀にサインをお願いすると、沙紀はサインを書くのを引き受けてくれましたけど、穂乃果に書くものがあるのか聞いてくる。

 

「あっ、ペンはあるけど、何かあったかな?」

 

 サインを書いて貰うにしても書いて貰うものを用意してなかった穂乃果は何か無いか自分の鞄の中を探しますけど、なかなか見つからないみたいです。

 

「そういえば上に花陽ちゃんがいたから、あの子なら色紙何枚か持ってそうだから貰ってみる?」

 

 なかなか手頃な物が見つからない穂乃果に沙紀はそう提案する。確かに花陽なら何枚か持ち歩いてそうですけど、そう都合よく持ってるものでしょうか。

 

「そうだね、花陽ちゃんに聞いてみるね、それにやっぱりサイン書いて貰うなら色紙だよね」

 

 沙紀の提案に乗って花陽から色紙を貰うことにする穂乃果。

 

「それじゃあそろそろ上に行って、練習の準備しようかその前に……」

 

 そう言ってそろそろ上に戻ろうとせずに沙紀は階段とは逆の方へ歩いてそして──

 

「何か海未ちゃん顔赤いけど、熱ない?」

 

 私のおでこに自分のおでこをくっつけて熱が無いか調べる沙紀。

 

 目とはなの先に私の事を心配している沙紀の瞳、沙紀の柔らかそうな唇が見えて今朝見た夢を思い出して、私はどんどん恥ずかしくなり、体が熱くなります。

 

「やっぱり熱いよ、もしかして熱でもあるじゃない?」

 

 そんなことを知らずに沙紀は私が熱でもあるじゃないのかと勘違いして、心配してくれますけどその言葉が私の耳に入らずに夢の中の出来事せいでまともな思考が出来ず、私つい反射的に沙紀を思い切りお腹を殴ってしまいました。

 

「何で? 別に下心あったわけじゃないのに……」

 

「はっ!? ひ、ひ、日頃の行いです!!」

 

「なら仕方ないね……ガクッ」

 

 沙紀を殴ってから我に返って自分が何をしたのか気づきましたけど、自分の非を認めずについそんなことを言ってしまい、沙紀は沙紀で納得した様子で、そのあとに意識を失いました。

 

 沙紀に近付かれただけでこうなるなんて。本当に私はどうしてしまったのでしょうか。

 

 私はそんな疑問が頭のなかで渦巻いてしまいました。

 

 4

 

 最初はただの憧れでした。

 

 この音ノ木坂には淑やかで、慎ましく、思慮深く、誰にでも分け隔てなく接するそんな生徒が居ると言う噂を耳にしました。

 

 それが『音ノ木坂の生きる伝説』後に『白百合の委員長』と呼ばれる沙紀でした。

 

 私は日舞の家系で、その影響からか、常日頃から大和撫子なるべく心掛けて生活をしていました。

 

 そんな時に沙紀の噂を聞きまして、もしかしたら彼女を知れば、良き大和撫子になるとヒントが得るだろうと思い、彼女のことを知ろうと、色々な噂を聞いたりしました。

 

 勿論、同じ学年だということもすぐに知りましたので沙紀のクラスに足を運びましたが、沙紀はほとんど教室には居ませんでした。

 

 ちなみに本人から当時のことを聞くと、噂が出回った頃は、特ににこ先輩の所に行っていたみたいだそうです。

 

 そのために私は彼女の顔を知らずに噂だけを知っている状態になってしまい、その結果、沙紀が私たちに接触してきた際に、彼女を沙紀だとは知らずに、その上、噂に振り回されていたために墓穴を掘ってしまったわけなんですけど。

 

 そのあとは、沙紀が私たちのマネージャーになってくれまして、今後のこと決めるために穂乃果の家に沙紀を案内しました。

 

 その道中で緊張していた私にスキンシップとして、私の胸を触ってきたのですが、今思えば、確実に下心があったと確信できます。

 

 あの沙紀ですよ。何時も何時も私たちの前でふしだらな事を言っては隙をあらば、色々な所に触れようとするのですよ。

 

 しかし、私も『白百合の委員長』の沙紀しか知りませんでしたし、そんな沙紀の性癖を知りませんでしたから、緊張してまともに会話できなかったのは事実なので、彼女を責めること出来ません。

 

 あれがなければ、穂乃果やことりのように沙紀と親しくなるのに時間が掛かったと思いますし、結果的には悪くはなかったです。

 

 何はともあれ、その日からファーストライブ、にこ先輩の紹介、テスト対策、絵里先輩の件などと、色々と私たちを陰ながらサポートしてくれました。

 

 たった二ヶ月の出来事でしたが沙紀と一緒に行動して、彼女の印象はどんどんと変わっていきました。

 

 突然、にこ先輩から沙紀は百合だと言われて戸惑い、その後──様々な彼女の奇行を見て、私の当初の印象とは大分掛け離れ色々とショックを受けました。

 

 特にアルパカに対してケンカを始めたときはあまりの衝撃で倒れそうになりましたよ。

 

 そのときににこ先輩にあんたが信じる沙紀を信じなさいと、声を掛けられて気づいたのです。

 

 沙紀は仕事には真面目に取り組んでくれて、私たちの身体を気遣いながらも実力を付ける練習を作っている姿を思い出してみると、気付きました。

 

 たとえどんなに印象が変わろうと、沙紀は私が憧れていた篠原沙紀なのだと。

 

 そんな彼女をつい目で追ってしまっていたことに。

 

 まあですが、今彼女に悩まされているのは別の話なんですけど。

 

 5

 

 結局早朝の練習は身に入りませんでした。

 

 沙紀が倒れたあと、何時ものようにすぐに目覚め(相変わらずその頑丈さには言葉も出ないですが)メンバーが揃ったところで練習を始めた訳なのですが、今朝見た夢のせいで集中できませんでした。

 

 練習だけではありません。今日の午前中の授業も寝不足もあってあまり集中できず、まともにノートを取るのが精一杯でした。

 

 睡魔と乱れた心と戦いながら、何とか昼休みになり私は何処か一人に場所を探していました。

 

 何時もならお昼は穂乃果とことり、たまに沙紀と一緒に食べるのですが、今日は寝不足だとバレないため、更に沙紀と一緒に居て、夢の事を思い出さないように、一人でお昼を食べようとしました。

 

 二人に断る際に何が合ったのか心配されましたが、断る理由が理由なので、二人には悪いですが言葉を濁して何とか振り切りました。

 

 沙紀は委員長や他の仕事が合ったり、にこ先輩の所へ行ってる事が多く、今日はお昼に私たちのクラスに来なかったので会わずに済みました。

 

 実のところ彼女と一緒にお昼を食べること事態、大体週に一回くらいで少ないのですが、今日はその一回じゃなくてホッとしました。

 

「しかし、何処へ行けば良いのでしょうか」

 

 場所を探しているとはいえ、他のμ'sのメンバーに会っては意味がないので何処へ行こうか迷いました。

 

 部室や屋上は誰がいる可能性が高いですし、中庭も人が多いですし、かといって図書室や音楽室は真姫が、生徒会室は絵里先輩や希先輩(更に沙紀)が居る可能性があります。

 

 そう考えると学校で一人になれる場所なんてそうそう無いですね。

 

 しかし何とか一人で落ち着けるところ、出来ればこの睡魔を何とか出来る場所を見つけ出さねばと、学校中を探し回りますが、こんなことでは不味いです。

 

 まだ午後の授業もありますし、放課後の練習もあります。

 

 それにオープンキャンパスまで二週間を切ってますし、廃校の決定まで猶予もありません。

 

 そんななかでまともに練習が出来ずにみんなの足を引っ張る訳にはいきません。なので、早く(出来ればこの睡魔だけでも)何とかしたいですが、そんな都合よく寝られる場所があるとは……。

 

 そう考えてる歩き回っていると、ふと、私はそんな都合のよい場所に一つ思い出しました。彼処なら殆んど生徒が来ないですし、寝不足も解消できるはずです。

 

 ならば、善は急げです。お昼を食べる時間も含めると、そんなに寝る時間もありませんから。

 

 私は目的地の目処が立ちましたので、早々に移動して、一人になれる場所に向かいました。一人になりやすくて、寝ることが出来るそんな都合のよい場所──保健室へ。

 

「失礼します」

 

 そうして保健室に着いた私は中に入っていくと、中には先生がおらず、机の上に一枚のメモが置いてありましたので読んでみますと、メモにはこう書いてありました。

 

『お昼を食べに外出中なので、用件はベットで寝てる子に』

 

 まさか先生が居ないとは、しかも寝てる子を起こして用件を聞けと書いてありますが、流石にどうなんでしょうか。

 

 外出中の先生に仕事を任せられてる辺り、かなり信頼されてるみたいですが、寝ているのですよね。何と言いますか、かなり仕事が雑な気もします。

 

 一先ずは保健室の方を見ますとベッドが二つあり、一つはカーテンで閉まっていました。それによく聞いてみれば寝息も聞こえますから誰かが寝ているのは分かります。

 

 誰が寝ているのかは知りませんが、その人を起こしてまでの用件かと言われると、そこまで用では無いですし、勝手にベッドを使うのも手なんですけど、勝手に使うのもあれですが、寝ている人を起こすのは良心が痛みます。

 

 ですが、ベッドを借りますくらいならすぐに済みますので、手早く伝えるだけ伝えて早く横になりましょう。

 

 そうして私はベッドで寝てる人にベッドを借りますと伝えるためにカーテンを開けると、そこには意外な人物が居ました。

 

「何で……貴女が……」

 

 私が一番会いたくない人物、私の寝不足の原因である沙紀がすやすやと気持ち良さそうに寝ていました。

 

 6

 

 私の寝不足を解消するため、あわよくば乱れた心を落ち着かせるために保健室で休もうとしていましたのに、その原因である彼女がここに居たことに私は戸惑っていました。

 

 彼女を見て、私はまた例の如く、今朝見た夢を思い出して、更に恥ずかしさも甦り、心までもが更に取り乱しそうになりました。

 

 一先ずは彼女を起こさないように静かにしなければ。

 

 そう思った私ですが恥ずかしさのあまり、胸の鼓動が大きくなっていることに気付き、その音の大きさから、もしかしたら部屋全体に響き渡ってるのではないのかと、錯覚してしまいます。

 

 こんな心が乱れてる状態で動けば、何か予期せぬ事態で沙紀を起こしてしまいそうです。

 

 そう思いながらも不意に沙紀の寝顔を見ると、とても気持ち良さそうな顔をしているためか、何処か幼い感じがします。

 

 私は沙紀のせいでこんなに悩んでますのに、彼女は気持ち良さそうに寝ていると、少々怒りが沸き上がりますが、それは私の勝手な八つ当たりですので、ぐっと我慢します。

 

 我慢しながら、彼女の幼い寝顔を見てると、何だか可愛いと言いますか、癒されると言いますか、不思議とどんどん気持ちが落ち着く感じがします。

 

 何でしょうか、普段はふざけてるせいか忘れてしまいますが、沙紀の顔立ちは綺麗に整ってますから、可愛いんですよね。

 

 そもそもアイドルですし。綺麗だったり、可愛かったりするのは当然なんですが、何時もの彼女のキャラがそれを忘れさせてしまいます。

 

 これがギャップと言うものなのでしょうか。よく分かりませんけど。

 

「……さ……き……」

 

 そんな風に沙紀の顔を眺めると、彼女の急に魘されてるような声を出し始めて、自分の名前を口にしました。

 

「……まい……にち……さん……しょく……ところ……てん……」

 

 ところてんは食べ物の事だと思いますが、さんしょく? 三色? 三食? それとも山色でしょうか。

 

「……生活は……かんべん……して……」

 

 そう寝言で言うと、もしかして、沙紀が言ったのは『沙紀』ではなく『先』でこれを今までの寝言を合わせる文法にすると──

 

 これから先、毎日三食ところてん生活は勘弁してと言ったのでしょうか。

 

 確かに毎日、同じ食事をするのはたとえ好きなものでも嫌ですが、何をどうしたらそんな夢を見るのでしょうか。いえ、私も人のこと言えませんが。

 

 沙紀の寝顔を見て癒された心に、私の同じように夢で魘されてる沙紀を見てると、何だか少しですがスッキリとした気分になりました。

 

 そもそも何故沙紀はここで寝ているのでしょう。何時もならお昼は誰かと食べているのか、何かの仕事をしているはずですが。

 

 大分心が落ち着いて余裕が出来始めると、今度はそんな疑問が湧いてきました。

 

 それ以前に私は彼女についてあまり知ってることが少ないような気がします。

 

 この前の星野如月の件だって、沙紀は黙っていましたし、家だって何処にあるのか知りません。

 

 どうして彼女が委員長キャラでやっているのか、これは単に沙紀のアイデンティティである、三つ編み眼鏡があるかも知れませんが。

 

 でも沙紀の眼鏡って、伊達眼鏡でしたよね。変装の為だったのでしょうか。それも知りませんし、何も学校だけではありません。

 

 休日はどんな風に過ごすのか、家では何をしているのかほんの些細な事から、何でアイドルを始めたのかと言う経緯など知らないことが多すぎます。

 

 沙紀と知り合ってまだ二ヶ月ってのもあるのでしょうが幾らなんでも知らなすぎでは。

 

 そんな風に考えてると、沙紀の寝顔がとても嬉しそうな表情をして──

 

「可愛い……女の子が……いっぱい……だあ」

 

 一体……どんな夢を見てるんですか本当に。今までの疑問で悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてしまいます。

 

 さっきまで三食ところてん生活で魘された筈ですのに今度は可愛い女の子に囲まれてる夢ですか。

 

「マジ……ですか……お胸様を……触って……いいんですか……では……」

 

 急に沙紀の寝息が荒くなって、夢を見ながら興奮してますよ。どんだけ女性の胸を触りたいんですか。

 

 夢で胸を触ろうとする夢を見るなんて、相当欲求不満なのでは無いのでしょうか。

 

 これは不味いです。もし本当なら私たち相当危ないのでは……。その内私たちを襲ってきそうで恐いです。

 

 ですが沙紀は欲望に動くと、何故か運が無いので尽く失敗してますから問題ないでしょうが、沙紀の質の悪いのはそこまで行くのにからかって来るところでしょう。

 

「あれ? この……お胸様……固い……」

 

 何でしょうか、一瞬誰の胸を触っているのが分かったような気がしましたが、私の気のせいですよね。

 

「もしかして……これ……お胸様じゃなく……」

 

 沙紀の声が少しずつ怯えてるように聞こえますが一体何が会ったのでしょうか。

 

「男の……筋肉……」

 

 声を震わせながらそう呟くと──

 

「あぁぁぁ、周り女の子が一瞬で男の筋肉だらけにぃぃぃぃ!!」

 

 夢の中で触れたのが女性の胸ではなく、男性の胸だと気づいたところ急に大きな声で叫びだしました。

 

「止めて、止めて、筋肉が……筋肉イエイエ言いながら近づかないで!!」

 

 一体どんな状況ですか!! 沙紀がこんだけ取り乱すなんて、逆に気になってしまいます。やっぱり見たくないですけど、私も嫌ですよ、いきなり男の人に囲まれる夢なんて。

 

「こんなに……男の筋肉に……囲まれたら……私……」

 

 すごく小さなくて泣きそうな声で……と言うよりも完全に泣いてますよ。

 

「死んでしまいます!!」

 

 沙紀がそう言って飛び起きますと、いきなり私の抱きついてきてきました。

 

「!?」

 

 不意に沙紀に抱きつかれたので、沙紀の体温や身体の震えが伝わって、私は驚き、戸惑い、また顔が熱くなって、上手く思考することが出来ませんでした。

 

「はっ!! あれ……? 夢……? 良かった……夢で……って何で海未ちゃんが居るの?」

 

 そうして沙紀は少し落ち着くと、悪夢から解放されてたことと、私が居ることに気づきました。

 

「も、も、も、も、も、も、もしかして海未ちゃん……私の寝顔を見て……寝言も聞いた?」

 

 すると、沙紀は明らかに動揺した声で私にその二つを見たり、聞いたりしたのかと、聞いてきましたので、私は働かない頷くと沙紀は顔を真っ赤にして──

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫びだして私の身体に顔を埋めて、顔を隠してしまいました。

 

「何で!! 私の身体で顔を隠しているんですか!!」

 

「いいじゃん、このほうが海未ちゃんに顔見られないから」

 

 完全に沙紀は寝顔を見られて、恥ずかしがって動揺しているのか、口調も何時もとは違って子供っぽくなってますけど、沙紀はそれに気付いてません。

 

「よくありません!! だって……」

 

 私も私で沙紀に抱きつれて落ち着いてはいられません。何故なら顔を埋められると私の胸の鼓動が沙紀に伝わるじゃないですか。

 

 私は沙紀にそれがバレるのではないのか心配になり、こちらも気が気で状態になり、そうして私と沙紀は互いに互いを恥ずかしがってる変な状況が続いてしまいました。

 

 7

 

「何で……海未ちゃん……ここに……?」

 

 少し時間が経ってお互いに落ち着くと、沙紀は私から離れて、互いに別々のベッドに座り、恥ずかしそうに目を合わせようとはせず、沙紀は私にここへ来た理由を聞いてきました。

 

「少し……体調が悪かったので……休もうかと……」

 

「ああ、やっぱり海未ちゃん……体調悪かったんだね」

 

 流石に本当の事を言えませんから(言ったら、さっきと逆戻りです)差し障りない事を言うと、沙紀は何処か納得したような反応でした。

 

 そういえば、今朝の練習の時も私の顔が赤くって体調悪いと勘違いしてましたね。

 

「沙紀は……どうしてここに?」

 

「私は……寝に来た」

 

 まさか、直球で寝るために保健室に来るとは。予想の斜め下過ぎて逆に呆れます。でも駄目です、私も沙紀を呆れることが出来ませんでした。

 

「何? その顔? 何だかんだで私は真面目で通ってますから、少し頼めば余裕でベッドなんて借りられますよ」

 

「それ……堂々と言っていいのですか」

 

 恥ずかしさも大分収まってきましたのかそう高らかに言う沙紀にそうツッコミを入れて、私も大分落ち着いてきたのを実感します。

 

「だってこの前……、私……海未ちゃんと……いや……何でもないから……ただ眠れないだけだから」

 

 沙紀もどうやら最近寝付きが良くないようで、眠れないみたいですけど、ただ何かとても引っ掛かる事が。

 

 沙紀が寝れないのは私と関係がある? それは一体……。

 

 何かとても不幸のようなそうでも無いような事が合ったような……。例えば、絵里先輩が入部してきた日とか。

 

「海未ちゃん!! 体調悪いんでしょ!! ベッドで横になって!!」

 

「そんな急に……」

 

 私が何か思い出せそうになると、沙紀は立ち上がって私の身体に触れて、ベッドに横にしようとするのは、ますます怪しい。

 

 そういえばあの時……沙紀の正体が星野如月だと分かって、そのあと沙紀はこれまで通りに接して欲しいと言ったあとの記憶がありません。確か記憶が途切れる前に沙紀の顔が近くにあって……。

 

「あっ、あの時……沙紀……貴女……私に……」

 

 かつて同じような事があって、私はすんなりと沙紀が私に何をしたのか思い出しました。

 

「何の事かな、私、分かんないかな」

 

 完全にあらぬ方向へ目線を向ける沙紀。この反応はもう確実ですね。相変わらずこういうときなると、嘘が下手ですね。

 

「しらばっくれないでください、思い出したしたよ、あの時私にその……」

 

 続きの言葉口にしようとしましたが、かなり恥ずかしいので、少し躊躇ってしまいます。

 

「倒れて……キス……しましたよね」

 

「ごめんなさい!!」

 

 私が恥ずかしそうに言うと、沙紀は直ぐ様土下座をして私に謝ってきました。

 

「やっぱりですか、そのせいですね、私が最近あんな夢をみるのは!!」

 

 記憶に無くても感覚が覚えてたせいで、私は沙紀とキスをする夢を毎夜毎夜と見せ続けられたのですね。これで何故あの夢を見たのか解消されました。

 

「夢って何の事?」

 

 沙紀にそんな質問されて私はここでも墓穴を掘ったことに気付きました。

 

「はっ!! 何でもありません」

 

「もしかして……海未ちゃん……」

 

 基本的に勘の良い沙紀の前では気づいたときにはもう遅かったです。

 

「私とキスする夢でも見てたの?」

 

 そう言われて恥ずかしさが振り返してもう何度目かの分かりませんが、顔が真っ赤になりました。

 

「ふ~ん、やっぱりあの海未ちゃんが……私とキスする夢を見たんだあ」

 

 私の反応を見て、まるで面白い玩具を見つけたようないやらしい目をして、これは弄られると本能で分かりました。

 

「海未ちゃんって意外とムッツリさんだね」

 

「沙紀に言われたくないですよ」

 

「私はムッツリじゃないよ!! むしろオープンだよ」

 

「どうでしょうか、普段は優等生な委員長を装って、女の子に近づいてくるじゃないですか」

 

「くっ、言い訳出来ない」

 

「いや、そこは言い訳をしてくださいよ」

 

 例えば、自分の正体がバレないようにとか、自分のアイデンティティの為ですとか。本当にそれっぽい事を言えば良いのに、もしかして本当にそれが理由何ですか。

 

「フフフ、何て馬鹿みたいな会話ですね」

 

「ホント、さっきまでの事が嘘みたい」

 

 そんな風に今までの会話を思い出してみると、本当に下らない会話なのでついお互いに笑い始めてしまいます。

 

 沙紀と会話すると、本当に何て下らないことで悩んでいたのでしょうと思ってしまいます。

 

 まあ実際の所、下らない悩みでしたので。

 

 そうやってお互いに笑うと、まるで憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情になりました。

 

 笑い終わったあと、昼休みの終わりを告げるチャイムがなるのが気付いて、結構時間が経っていたことに気付きましたから、私は教室に戻ろうとすると──

 

「良いの? 休まなくって?」

 

「はい、大分気分も良くなりましたから」

 

 沙紀にそんなことを聞かれたので私は十分体調が良くなった伝えて保健室を出ました。

 

「そう、それは良かった」

 

 沙紀はそんな私を見て、笑顔でそう言うと私は立ち止まってからこの一言を付け加えました。

 

「ですが、ちゃんと私にキスをした責任は取って貰いますから」

 

「嘘!!」

 

「本当です」

 

 そんな訳で後日、沙紀には責任を取ってもらうために、彼女からトレーニングメニューの組み方を教えてもらうのは別の話です。

 




今回は久々に海未の語りでした。

特に意味があるわけでもなく、本当に何でもない普通の日常譚。

たまにはこんな話でも言いかなと思い書いてみた訳ですが、次回は打って変わって前にも予告したよう沙紀の秘密を追う彼女たちの話です。

そんなわけで感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると幸いです。


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幕間三 彼女の相棒

お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

「ふあぁぁぁ!!」

 

「花陽どうしたの」

 

 休日──私は花陽の家に遊びに来て、花陽から借りたアイドルのCDを聞いていると、花陽は何か携帯の画面を眺めながらニヤニヤとしていたわ。

 

「この前かよちん、沙紀先輩と一緒に写真を撮って貰って、それをずっと眺めてるんだ~」

 

 私の疑問に、一緒に遊びに来てた凛が雑誌を読みながら答えてくれて、私は納得する。

 

「なるほどね、でもよく撮ってくれたわね」

 

「何かかよちんが頼んだら、すぐ撮ってくれたみたいだよ」

 

「沙紀先輩があんなことを言ったのに、よく頼めたわね」

 

 あのとき──沙紀先輩が自分は星野如月だと正体を明かしたときに、最後には今まで通り篠原沙紀として接して欲しいと言ったのに。

 

 そんな沙紀先輩に一緒に写真を撮ってと、頼むなんてこの子は結構度胸があるわね。やっぱり、アイドル関係だと積極的ね。

 

「そうでも……ないよ……」

 

「花陽、聞こえたの?」

 

 花陽の事をある意味感心してたら、彼女は自分の世界から戻ってきて、私は今までの会話を聞いていたのか聞いてみる。

 

「うん……」

 

「それで何がそうでもないの?」

 

 確認すると花陽は頷いて、私は彼女が何を否定していたのか聞いてみた。

 

「わたしも沙紀先輩のこと……みんなみたいに今まで通り接しようしたんだけど……気になって……」

 

「無理もないにゃ~、かよちん、如月ちゃんの大ファンだからね」

 

 凛の言う通りかもしれないわね。先輩が自分の好きなアイドルだと知って、今まで通りに接しろ、って言うのは難しいわね。

 

 それに他のメンバーが沙紀先輩と普通に接しすぎなのよ。特に穂乃果先輩はこの前普通にサイン貰おうしてたわ。

 

「うん……、気になって見てたら沙紀先輩が気を利かせて……」

 

「写真を撮ってくれたと言うわけね」

 

 まああの人なら有り得なくはないわね。何だかんだで私たちの事ちゃんと見ているわけだし。

 

「貴女も大変ね、でも……こう言ったら悪いけど……あの……沙紀先輩よ」

 

「うぅ……」

 

 私が現実を突き付けると、花陽が少し動揺するのは無理もないわ。だって沙紀先輩、私たちの前で色々とやらかしてるのよ。

 

「でもこれは沙紀先輩が星野如月だって、証明できたからこそよね」

 

「結構調べたけど……すぐに言ったよね」

 

 花陽の言う通り結構調べたのだけど、誕生日を言ってくらいで、すぐに言ったからある意味質問してたこっちがビックリしたわよ。

 

 本当ならもう少し調べたことを突き付けて、沙紀先輩と星野如月の共通点を洗い出すつもりだったから、肩透かしでちょっと腑に落ちないわ。

 

 何と言うか、余計な事を言われる前にその前に明かした──そんな感じもしなくはないけど。多分、気のせいよね。

 

「かよちんと真姫ちゃんそんなことしてたの!? ズルイ凛だけ仲間外れにして」

 

 私と花陽で沙紀先輩のことを調べてたって話していると、凛は自分だけ仲間外れにされて怒り始める。

 

「ゴメンね……そんなつもりじゃあ……」

 

「だって、凛って簡単に口を滑らせそうじゃない」

 

 私の勝手なイメージだけど、凛ってそんなイメージがあるわ。あと何となく穂乃果先輩も同じイメージがあるわ。

 

「真姫ちゃん、ヒドイにゃ~」

 

 そう言って凛は花陽の方に行って、花陽に頭を撫でてもらいながら慰められてた。

 

 そんな事は置いておいて、凛を入れると沙紀先輩を調べるのがバレて、面倒くさいことになりそうだから、念のために話さなかったの。

 

 でも何となくだけど、沙紀先輩には私たちが先輩の事調べてたのがバレてたと思うのよね。

 

 別に調べてもバレるとは思っていなかったのか、それとも何時かは話すつもりだったのか分からないけど、そう思うと、私たちは見逃されてたのよね。

 

 実際は証拠を突き付けて、正体を暴いたけど、話さなかった理由が希先輩の計画を狂わせないためと、自分から言うつもりはなかった、ってだけだし。

 

「でもホント、信じられないよね、あの沙紀先輩が如月ちゃん何て全然性格違うにゃ~」

 

 花陽に慰められて元気になったのか、凛はあのときの沙紀先輩の変化について口にした。

 

「そうね、今の沙紀先輩とは真逆の性格だったわね」

 

 ずっと沙紀先輩は星野如月だと思って調べてたのに、いざ、自分が星野如月と正体を明かしたときに、沙紀先輩のキャラが今まで彼女のイメージとは違っていたから、私も驚いたわ。

 

「けど、あれを演技って言えば納得するのよね」

 

 沙紀先輩は何時も委員長のキャラを演技してたせいか、演技だって言えば納得するのよね。

 

 実際に本人も演技だったって言ってたし。

 

「うん、わたしも如月ちゃんはプライベートでもライブと感じだと思ってたから……沙紀先輩が演技してた……あれ?」

 

 花陽が沙紀先輩のキャラについて納得しようとすると、何か疑問に思ったのか、急に何かを思い出そうとする。

 

「そうだったら……あのブログに……書いてあった事って……?」

 

「どうしたの? 花陽」

 

「よく覚えてないけど……昔ブログで見た如月ちゃんのプライベートの写真や、書き込みで気になることがあって……」

 

 ぶつぶつと小声で何か言っている花陽に、私は声を掛けると、花陽は記憶が曖昧だから自信がない感じで気になったことを話した。

 

「あの人、ブログやってたの!?」

 

「ええと、如月ちゃんじゃなくって……ユーリちゃんがよく如月ちゃんとプライベート写真をよく載せてたから……」

 

「ユーリって……星野如月とユニットを組んでた?」

 

「うん……そのユーリちゃん」

 

 そのユーリなのね。でも私その子の事あんまり知らないのよね。

 

 沙紀先輩の正体を暴くために星野如月を調べてたけど、調べる間にテストとか、オープンキャンパスの事があって、そっちは全然調べてないのよね。

 

 知ってることと言えば、今もアイドルとして活動してるのと、さっきも言ったように星野如月とユニットを組んでいたことくらいしか知らないのよね。

 

「で、その子のブログに何があったの?」

 

「多分……見たら分かると思うけど……ちょっと待ってて」

 

 そうして花陽は、そのブログを私たちに見せるために移動してパソコンを起動させる。

 

「ねぇ、花陽聞いてもいい」

 

「何? 真姫ちゃん」

 

「私、そのユーリって子の事全然知らないから簡単に教えてくれない」

 

 パソコンが起動する僅かな時間だけど、詳しく聞くと花陽の熱が入って当初の目的を忘れそうだから、ちょっとした事でも良いから聞いておきたいわ。

 

「そういえば……真姫ちゃん、如月ちゃんばかり調べたね、良いよ」

 

 花陽に沙紀先輩の正体を暴くのを手伝って貰ってたからすんなり事情を理解してくれたわ。

 

「簡単に言えば、ユーリちゃんは星野如月が唯一認めたアイドルだよ」

 

 2

 

「星野如月が唯一認めたアイドル?」

 

 花陽が簡単にユーリの事を言ってくれたけど、星野如月が認めた、つまり沙紀先輩が認めたアイドルってなるのだけど、一体何を認めたの。

 

 沙紀先輩は自分の事を普通と言うけど、全体的にスペックが高い彼女が認めたと言うことは、凄い歌が上手いとか、ダンスが上手いとかあるはずよね。

 

「うん、正しくは星野如月と一緒に歌うことを認められたアイドルって、ファンから言われてる」

 

「それってどういう……」

 

 何故ユーリはそう呼ばれてるのか理由を聞こうとすると、パソコンが起動して、ブログが見られるようになる。一先ずは今の疑問は後回しにして、先に例のブログを見ることにする。

 

「ええと、確か……あった」

 

 花陽はパソコンを操作してブログを見つけると、私はパソコンの画面を覗き込んでブログを見ると、一人の女の子の写真が映った。

 

「この子が……」

 

「うん、ユーリちゃん」

 

 緩い茶色のカールで、何処かおっとりとした人形みたいな顔立ちをした女の子。

 

 この子がユーリ。あの星野如月とユニットを組んでいたアイドル。

 

「あっ、ユーリちゃんだ」

 

 今まで雑誌を読んでいた凛が私たちの話に興味を持ったみたいで、私と花陽の間に入って、パソコンの画面を覗き込むと、そんな反応をする。

 

「凛は知ってるの?」

 

「もちろん、かよちんと一緒にライブ何回か見に行ったよね」

 

「うん、そうだね」

 

 なるほどね。アイドル好きの花陽なら凛を誘ってもおかしくはないわね。

 

「凛ちゃん、ユーリちゃんの方が好きだったよね」

 

「うん、だってユーリちゃんのが可愛いもん」

 

「それ本人の前で言わない方がいいわね」

 

「言うわけないにぁ~、何されるか分からないもん」

 

 自分が言ったことを沙紀先輩に言えば、確実に何かされるのは、目に見えてるから言わないと言う凛。でも大丈夫かしら、

 

 凛ってたまに酷いことさらっと言うことがあるから沙紀先輩の前で、いつか言いそう。

 

「それで? 何でユーリちゃんの写真見てるの?」

 

 どうやら凛はさっきまでの話を聞いてなかったみたいで、私たちに聞いてくる。

 

「ちょっと沙紀先輩の事で気になることがあったのよ」

 

「フーン、そうなんだ、でも何でユーリちゃん?」

 

 最初から説明するのが面倒くさいから適当に説明すると、まあ当然の疑問を返してくる。

 

 沙紀先輩の事──星野如月の事を、調べると言ったのに、その相方のユーリのブログを見てるのは、疑問に思うわね。

 

「それで花陽、気になってたやつはあったの?」

 

「うん、多分……これだと思う」

 

 そう言って見せてくれたのは、プライベートで一緒にいるユーリと星野如月──沙紀先輩の写真だった。

 

「なんと言うか無愛想ね」

 

 それが二人の写真を見た感想だったわ。

 

 ユーリの方はのんびりとした笑顔で写真に写ってるけど、沙紀先輩はあのとき私たちに正体を明かしたときみたいに、何処か冷めた感じだった。

 

「沙紀先輩と同じ人とは思えないにゃ~」

 

 凛の言いたいことは分かるわ。私たちの知ってる沙紀先輩ならノリノリで写真を撮りそうなのに、写真に写ってる沙紀先輩は本当に面倒くさそうな感じ。

 

 念のため他の写真も見てみると、大体同じで笑ってたり、楽しそうにしてる写真は一枚もなかった。

 

「花陽、撮って貰った写真見せて貰っていい?」

 

 もしかしてブログにわざとそう撮ってるかもしれないと思ったから、花陽と一緒に撮った写真を確認すれば分かると思い見せて貰おうとする

 

「うん……いいよ、……はい」

 

 花陽の許可を貰って写真を見ると、何枚か撮って貰っていて、表情は冷たい感じだったり、何時も通りだったりと色々とあったわ。

 

「一応聞いていい……何か指定したりした?」

 

「せっかくだから……つい……」

 

 写真を見終えて、私は質問にすると、花陽は少し恥ずかしそうに答える。

 

 やっぱり、そうだったのね。何か色々とありすぎて、花陽が何か頼んだかもしれないと思ったら、案の定だったわね。

 

「良かったね、かよちん」

 

「うん!!」

 

 凛にそう言われて嬉しそうな顔をしている花陽。彼女からすればとても幸せ事なのかもしれないわね。けど、花陽には悪いけど、これじゃあ分からないわね。

 

 そんな風に思いながらまたブログの方を見て、今度は書かれてる記事の方を読んでみる。

 

 書かれている記事を読んでると、相変わらず如月は表情が顔に出ないとか、如月も顔には出てないけど、楽しかったって言ってましたとか、大体そんな感じの記事が多く書かれていた。

 

 あと如月と友達とで遊びに行きましたとか書いてあって私は疑問に思う。

 

「ねぇ、ここに友達と遊びに行ってるって書いてあるけど、友達って?」

 

「よくユーリちゃんのブログで出てくるんだけど……如月ちゃんとユーリちゃんの共通の友達みたい」

 

 花陽から更に詳しく聞くと、アイドル関係の友達ではなく、普通に星野如月の学校の友達らしい。

 

 一緒に写真を撮ってる姿がないからどんな人なのか分からないけど、多分このブログの写真を撮っているのが、その人かもしれない。

 

 写真を見てると、二人が写ってるのに遊びに行った建物とかも写っていて、誰か撮らないと無理な写真を撮ってるのから多分そうなんだと思うわ。

 

 それにしてもプロのアイドル二人と遊べるなんて、その人何か神経が堂々としてるわね。

 

 一体、何者かしら。もしかしてアイドル志望の子なのかもしれないわね。

 

「何か読んでると、プライベートでも星野如月はあんな感じだと思うわね」

 

「そうだよね……わたしもそれを読んでたから、如月ちゃんはプライベートでもあんな性格だったって思ってたけど……」

 

「実際は残念な感じだよね」

 

 本当に凛の言う通りよね。無駄に凄い所はあるんだけど、何処か残念な感じが今の沙紀先輩なのよね。

 

「多分……眼鏡外さないと気付かなかったと思う……」

 

 そういえば沙紀先輩が花陽の前で眼鏡を外した姿を見られたから、沙紀先輩と星野如月は似てないって、話になったのよね。

 

 もし、花陽の前で外さなかったら三つ編みもあって、きっとバレなかったでしょうね。

 

 でも眼鏡を外した理由も結構バカみたいな理由だったし、両方なかった状態なんてもっとバカみたいな理由だし、案外遅かれ早かれバレてたと思うわ。

 

 何と言うか、時々沙紀先輩って迂闊な事をやらかしてるから、そういった意味でも残念かもしれない。

 

 でもこのブログを読んでると、星野如月にそんな迂闊な所って、一切ない感じがするのよね。

 

 何かゲームとかやってると、そのスコアも一緒に載せてあって、星野如月のスコアは常にハイスコアでどれも一番なのよね。

 

「何と言うか、絶対的な勝者みたいね」

 

 私は思ったことを思わず口にすると、花陽は──

 

「そう!! それ!!」

 

 そんな風に大きな声で反応した。

 

「どうしたのよ、急に大きな声を出して」

 

「ごめんなさい……」

 

「良いわよ、それで何がそれなの」

 

 急に大声出した花陽は謝るけど、私は気にしてないから、それに何時もの事だし、それよりも花陽が何に反応したのか気になったわ。

 

「さっきユーリちゃんの説明したときに如月ちゃんに認められたアイドルって言ったよね」

 

「そうね、でもそれってファンが言ってるだけって花陽行ってなかった?」

 

 本人ではなく、ファンが勝手にそう言ってる。何でそう言われているのか気になってたから、あとで聞こうと思ってたけど、今ここでその話に戻るのね。

 

「うん……何と言うか、二人の新人アイドルユニットとしてデビューした年を見ると……そうとしか思えないって言われてるの」

 

「何がそうとしか思えないの?」

 

「その年の二人の事務所でデビューしたのは、この二人だけなんだよね」

 

「それだけで何でそんな風に言えるの?」

 

 普通一つの事務所でどれだけのアイドルがデビューするのか分からないけど、何で二人しかデビューしてなくてそんな風に言われるのか、理由が分からなかったわ。

 

「確かにそうだね、でも……」

 

「でも?」

 

「二人の所属してる事務所は、毎年多くの新人アイドルをデビューさせて……殆どがトップアイドルとして……活躍する子を出す大手事務所……何だよ」

 

 毎年、多くの新人が入ってくるけど、デビューは少なくて、デビューしたのはユーリと星野如月……。

 

「もしかして……その年に事務所に入ってきた子が星野如月──沙紀先輩の才能で挫折したの?」

 

 花陽は私の憶測に対して頷いたのは見ると、私は何故ユーリが星野如月に認められたアイドルって言われているのか予想が付いた。

 

 彼女は唯一、星野如月の同期で挫折をしなかったアイドルだと。

 

 3

 

 ユーリが星野如月の同期で、唯一挫折をしなかったアイドル。

 

 何故彼女が星野如月に認められたアイドルって言われているのか考えると、私はその結論にすぐに至ったわ。

 

 ユーリについてあまり知っていることがなかった為、確証はなかったけど、花陽が頷いたことで、それは確信になったわ。

 

「どうしてそんな風に思ったのか、凛には分からないにぁ~」

 

 私と花陽の話を聞いていた凛は、話に付いて行けず、頭を傾けながら困惑してる。

 

「そう? 割りと簡単よ」

 

「真姫ちゃんは頭いいなら簡単だと思うけど、凛には全然」

 

 凛は自分が頭よくない思ってるから分からないと言ってるみたいだけど、多分、凛は気付いていないだけ。

 

「そうね……とりあえず花陽、二人のユニット時代のライブってある?」

 

 凛にも分かりやすく説明するため、あと自分の目でもちゃんと確認するために、花陽にライブがあるのか聞く。

 

「あるよ、多分……真姫ちゃんが見たいのはデビューしたばかりの時のライブだよね」

 

 私が何を知りたいのか理解してた花陽は私の見たかったライブをピタリと当てて、私は頷くと、花陽はそのライブ映像を探しに行った。

 

 話の流れっていうのもあるけど、流石は花陽ね。こうも私の見たかったものを当てるなんて。

 

「ずるいにぁ~、かよちんと真姫ちゃんだけそんなに仲良くなるなんて」

 

「別に……そんなんじゃないわよ」

 

「そう言ってるけど真姫ちゃん顔が赤くなってるから説得力ないよ」

 

 そんな光景を見ていた凛はまたいじけるけど、私の顔が赤くなってるのが分かるとからかいそうだと思ったから、凛の頭を叩いてやられるまえに止めさせる。

 

「イッタイ!! 何するにゃ~まだ何もしてないのに」

 

「まだって、何かするつもりだったじゃない」

 

 やっぱり、先に止めさせて正解だったわね。

 

「もしこれが沙紀先輩だったらお腹だから感謝しなさい」

 

「なんか沙紀先輩に助けられたみたいで複雑な気分」

 

 沙紀先輩のことをとても納得いかない感じで言われる辺り、先輩の日頃の行いが本当にものを言うわね。

 

 こんなこと沙紀先輩が聞いたら……いや、あの人の事だから変な解釈をして無駄に前向きな発言をしてくるから居なくて良かったわ。下手したら体をベタベタと触ってくるし。

 

「真姫ちゃん持ってきたよ」

 

「ありがとう」

 

 そんな風にしてたら花陽がディスクを持って戻ってきて、私はお礼を言うと、花陽はパソコンにディスクを入れて、二人のライブを見るための準備をする。

 

 そうしてパソコンがディスクを読み込むと、画面が切り替わってメニュー画面になり、そのメニューの中から花陽はミニライブと書かれた場所を選択すると、画面は暗くなり次第に映像が映し出される。

 

 映し出された映像には小さいライブ会場に少ない観客。

 

 これを見ると、この前みんなで見た星野如月のライブとは全然思えなかったわ。

 

「これってデビューしてどのくらいの時なの」

 

「ファーストシングル発売イベントで歌ってたときのだから……本当にデビューしたばかりの頃」

 

 あまりにも規模が小さかったから、思わず花陽にどのくらいの時か聞くと、本当にデビューばかりで私が一番見たかった映像だったわ。

 

 それにしてもこんな小さな規模のライブから僅か一年で武道館まで登り詰めた星野如月──沙紀先輩のアイドルとしての素質は計り知れないわね。

 

 そんな人にマネージャーをやって貰うなんて、本当に贅沢と言うべきか、何と言うか何もかもが上手くいきそうに思ってしまうわね。

 

 廃校とか、ラブライブ出場とか、それが当然のように上手く行ってしまいそうなそんな感じに。

 

 そんなことを思っていると、映像から二人が出てきて、曲を歌い始めた。

 

「この頃の沙紀先輩はちょっと若いにゃ~」

 

「うん……若いじゃなくって幼いかな」

 

 二人はライブに出てきた星野如月を見て、そんな感想を言う。

 

 確かに今の沙紀先輩と比べると幼い。それが普通なんだけど、今の沙紀先輩を見馴れてるから余計にそう感じさせるのよね。

 

 それでも中学生にしては発育の良い体をしてる。それに対してユーリは──

 

「ユーリちゃんは小さくて可愛い」

 

「何かウサギとかハムスターみたい」

 

 全体的に小さくって凛が例えた小動物みたいなイメージを感じやすく、中学生と言うより小学生に見えるわね。

 

 身長も沙紀先輩と比べると頭一個分くらい違うし。

 

 それどころか全体的に比べると、やっぱり、沙紀先輩とユーリは……。

 

 何て二人を見比べながらライブを見てると、曲が終わり、それから少し二人のトークをしてから映像が終わった。

 

「どうかな? 見たいものは見れた?」

 

「そうね、見れたわ、ありがとう花陽」

 

 花陽のお陰で実際に自分の目で確認できたわけだし、これで凛にも説明しやすくなるわ。でも凛も見たから私が何であんなことを言ったのか、少しは理解出来てる筈よね

 

「それで結局何で二人のライブを見たの」

 

 前言撤回ね。全く理解してなかったわこの子。

 

「あのライブ見てまだ気付かないの凛」

 

「普通にライブを見てから分かんないにゃ~」

 

 はぁ、呆れたわ。仮にもスクールアイドルをやっているのだから、特に凛なら気付いてもおかしくないのに。

 

「なら、まず凛に聞くけど、ユーリの歌とダンスをどう思った?」

 

「う~ん、何と言うか緊張してた感じがするにゃ~、歌に方はよく分かんないけど、ダンスは何かぎこちないって感じだったよ」

 

 凛の感想のようにユーリのダンスはファーストライブだから緊張してるのか、ぎこちない感じしてるし、歌の方も聞いてると、明らかに音程を外してる所があったわ。

 

「そうね、なら星野如月──沙紀先輩の歌とダンスは?」

 

「それなら簡単、何時も通りすごいなあって、思ったよ」

 

 何時もは沙紀先輩に対して、尊敬の欠片も微塵も感じさせない凛だけど、そんな風に歌とダンスはちゃんと尊敬はしている。けど──

 

「確かに星野如月の歌とダンスはすごかったわね、でもこれ、彼女にとってファーストライブよ」

 

「それって?」

 

「ここまで言っても分からないの、沙紀先輩は初めてのライブで全く緊張してる様子はないし、何時ものように歌って踊ってる」

 

 映像の彼女からはそんな緊張をしてる様子なんて一才感じない。それどころか。

 

「この段階で既にトップアイドル並みの実力を持ってるのよ」

 

 正直見るまでは信じられなかったけど、まさかここまでとは思わなかったわ。これならあの事の説明も付いてしまうわ。

 

「つまり、沙紀先輩はその才能で同期を圧倒して、挫折まで追いやったのよ」

 

 4

 

 星野如月──篠原沙紀は、他の新人を圧倒するくらいの歌とダンスの実力があった。

 

 その事実はさっきのライブを見れば明らかで、当時から彼女は才能に恵まれていた。更に見た目も恵まれている。

 

 そんな彼女を見た同期の人たちはどう思うかしら。

 

 何もかもに恵まれ過ぎた才能の塊によって、現実を見せつけられ、それで心が折れるなってのは無理な話。誰だって心が折れてしまうわ。

 

 そうして沙紀先輩の同期の人たちは、次々とデビューする前にアイドルを止めていった。

 

 つまり、沙紀先輩はほぼ無自覚(だと思う)にたくさんの人を挫折させていった。

 

「何となくだけど、沙紀先輩の同期の人には同情するわね」

 

「うん……二人の事務所はスクールアイドルでトップだった人たちも多く所属してて、そのときもトップアイドルになれる実力のスクールアイドルもいたから……」

 

「でも、その人たちはユーリ以外、全員止めたってわけね、星野如月との圧倒的な才能の差に……」

 

 そんな風に口にすると、幾つか気になることがある。そのときの沙紀先輩はどんな気持ちだったのだろうって。

 

 次々と同じ志を持った人たちが止めて、中には嫉妬だってされてたと思うから。

 

 嫉妬だけで済めば良いのだけど、もしかしらもっと酷いことだってあったかもしれない。

 

 才能はときに人に恨みを買うことだってあるのだから。

 

 でもいくらそんなことを考えても沙紀先輩じゃないから、当時のどんな気持ちなのか分からない。けど、同じようにもう一つ気になることがあるわ。

 

「何でユーリは止めなかったのかしら」

 

 才能に恵まれていた人がいて、止めていく人が多い酷い環境のなか、彼女はどうして続けられたのかしら。

 

「その辺はよくは分からないけど……ただユーリちゃんは、頑張り屋さんで、健気な感じがライブで感じるんだよね」

 

「うんうん、ユーリちゃんはそういうところが可愛いと思って、応援しちゃうにゃ~」

 

「さっきのライブを見ても、とてもそうには見えないけど……」

 

 二人のライブを見てもユーリの歌とダンスの実力は普通くらいで、とても星野如月が認めたアイドルになんて呼ばれるのは、実力が圧倒的に足りない感じがする。

 

「最初の頃はそうだけど──でも、ユーリちゃんは少しずつ歌もダンスの実力を付けていって、今ではトップアイドルとして活躍してるんだよ、それに──」

 

 アイドルの話をしていて熱が入ったのかこのあと更に詳しく花陽が語りだし始める。

 

 こうなると止められないのよね。黙って聞くしかないわ。

 

 熱が入りすぎて関係ない事も言ってたので、必要な事を纏めると──

 

 星野如月の比べられる事が多かったから評価もかなり低かったけど、どんな状況でもアイドルを続けたからこそ、手に入れた人気らしい。

 

 直向きに努力するアイドル。足りないものは練習を重ねて補っていく、そんな彼女の姿にファンは心を打たれたみたい。

 

 そうして努力は実を結び、彼女は星野如月と並んでもおかしくはないアイドルになった。

 

「それなら確かに星野如月に認められた唯一のアイドルって言われてもおかしくないわね」

 

 ユーリが何故そう呼ばれてるのか私は納得する。

 

 ある意味才能で登り詰めた星野如月とは真逆ね。

 

 性格もかなり違うみたいだけど、それでも二人仲良くやれたのは、相性が良かったのね。

 

 プライベートでもお互いの家に泊まり行ってる写真とか載せてあったから。

 

 仲が良い振りをしてるだけなら絶対自分の家には泊まらないし、入れないわよね。

 

 嫌いな相手をわざわざ自分の家に入れるのは、自分の弱みとか見せるから、仲が悪い人なら絶対に入れないわ。

 

 でも二人は普通に泊まったりもしてるし、互いの親から可愛がられたみたいな書き方もしてたから、相当仲が良いのは分かるわ。

 

「なるほど、ユーリについては大体分かったわ」

 

「そう……良かった……」

 

 私はユーリの事を理解したと口にすると、花陽はちょっと嬉しそうに言う。やっぱり好きなアイドルについて知って貰えるのは、アイドル好きにとって嬉しい事なのかもしれない。

 

 今日で沙紀先輩の相棒だった彼女の事を知れた。更にデビュー当時の星野如月についても知れた。だけど……。

 

「今でも会ったりしてるのかしら?」

 

 不意に些細な疑問が頭の中で過り、思わずボソッと口にしてしまった。

 

「会ってるんじゃないかにゃ~、これを見ると結構仲が良いみたいだから」

 

 私の独り言に凛はブログを見た感じ会ってそうだと肯定するけど、でもそれは昔の話よね。

 

 だって今の沙紀先輩……アイドル活動を休止してるから。

 

 それにここ最近は私たちのマネージャーとして休日も使って練習を見てくれているし、他にも委員長とかの仕事をして忙しそうだし。

 

 向こうだって、今はトップアイドルとして活躍しているのだから、きっと忙しいと思うから、そんな気軽に会えないと思うの。

 

 でも会えなくても今は電話とかメールとかで話せるから、会えないって感じじゃないのだけど、あの日──みんなでカラオケに行ったときに沙紀先輩の顔を思い出すと、悪い予感がする。

 

 あの時の沙紀先輩の顔何処か悲しそうだったから。

 

 けどその顔だって一瞬しか見えていなかったから、もしかしたら私の見間違いかもしれない。でももし……見間違いじゃなく、本当に悲しい顔をしていたら一体なんでそんな顔をしたのかって考えてしまう。

 

 何時も楽しそうに笑ってる彼女がそんな顔をするから、余計に何か良くない事があったかもしれないと、思ってしまう。

 

「多分……会えてないと思う……」

 

 そんな不安を抱いていた私に花陽はとても不吉なことを言った。

 

「どうしてそう思うの……」

 

「根拠はないけど、ただこのブログの最後の更新の日を見て……」

 

 私は何故そう言ったのか聞くと、花陽にそう言われてブログの最新のページに移動して、この更新の日を見るとそこに書かれた日付は──

 

「二年前の……8月31日……」

 

 二年前、二年前って言うと確か……。

 

「如月ちゃんがアイドル活動を休止した年」

 

 そう、伝説とまで登りつめた星野如月の急な活動休止を宣言した年。

 

 余りにも急な出来事だったため、彼女のファンは大騒ぎだったって聞いたわ。しかも彼女に憧れてアイドルを始めた子たちも多く止める事態になったとか。

 

「そしてね、そのブログの更新の日が大体休止を宣言した一ヶ月前なの、それ以降全く更新されなくなっちゃったの」

 

 全く更新されなくなった? このブログが? 明らかにおかしいわ。だってこのブログほとんど毎日のように更新されてたのよ。それが更新されなくなったって明らかにおかしい。

 

 しかもこのブログを見ると、大きなライブがあって、忙しくて全然学校の宿題が出来てないからピンチだから如月に手伝ってもらってますみたいな、ちょっと微笑ましいことを書いてある。

 

 載せてある写真だって楽しそうに宿題をやっている様子が分かるし、とても何かがあったとは思えないから……つまり……。

 

「この日から星野如月が活動休止になるまでに何かあったの?」

 

 明らかにそうとしか考えられない。僅か一ヶ月の間で勢いの波に乗っていた星野如月がアイドルを休止しなけれなばならない事態があった……いや、でも本人は確か言ってたわ。

 

 アイドル活動を休止したのはスランプだからって。

 

「分からない、本当に沙紀先輩に何があったの?」

 

「うん……それが本当に分からないんだよね、そうなったきっかけもいくら探しても見つからなかったから……それに……」

 

「それに?」

 

「このブログに大きなライブがあったって書いてあるよね、それって如月ちゃんの二回目の武道館ライブだったから……それにユーリちゃんもゲストしてステージに立ってたから……」

 

 武道館ライブ。

 

 それは星野如月が伝説とまでに呼ばれるきっかけとなったあのみんなで一緒に見たライブの二回目。

 

 しかもユーリも参加して、ライブも大盛況に終わったらしいわ。

 

 完全にブームに乗って、更に知名度が上がってきたなかで、その約一ヶ月後に活動休止宣言。

 

「こんなの明らかに何かあったとしか思えないじゃない」

 

「そうだよね、それに如月ちゃんがアイドル活動を休止してからユーリちゃん、如月ちゃんの名前全く出さなくなったんだよね、だから……」

 

「沙紀先輩はユーリと会っていないじゃないのかと思ったのね」

 

 こんな状況のなかで、自分の相方の名前を全く出さなくなったのは、二人に何かあったと考えられるし、全く会ってない可能性も考えられる。

 

 一体、この一ヶ月の間に何があったの? それすらも全く分からないのよね。

 

 彼女たちのファンがいくら情報を集めても納得のいく理由が見つからなかった。

 

 まるで情報が集まらないようにコントロールされてるみたい。それを私たちが調べようだなんて絶対に無理よ。

 

 もしかして沙紀先輩はこうなることが分かっていたの? 絶対に調べても真実にはたどり着けないから私たちを放置していたの。

 

 調べられるとしても精々今日知ったことまでで、それ以上知ることが出来ないのが分かっていたから。

 

 そうなると、自分の正体をすんなり明かしたのは別にバレたところで彼女には支障がないから。そもそもバレた原因が原因だし。

 

 結局、私たちは沙紀先輩に手の平の上で踊らされたのね。

 

「完全にどうしようもないわね」

 

「そうだよね……」

 

 どう考えても手詰まり。何をどう調べていいのか分からない以上、私たちが沙紀先輩に調べられることは何もないわ。

 

 今日だって最近はよく花陽と調べていたから何となく来ただけ。

 

 そもそも最初の目的は果たしてるのだから調べる必要もないのだけど……。

 

 何でこんなに沙紀先輩の事、熱心に調べてるのかしら。

 

 事の発端は花陽が沙紀先輩が星野如月だと思ったことだけど、何で私がこんな熱心にやる必要があったのかしら。

 

 いや理由は分かってるわ。あの時の仕返しよ。

 

 私の事好き勝手調べたくせに何かあるわけでもなく、ただ調べるだけ調べて、何もしてこなかったから。

 

 何かして欲しかった訳でもない。人のプライベートを勝手に調べてきたからこっちだって、やり返さないと気が済まなかったから。

 

 そして、あのときの沙紀先輩の顔を見て、どうして歌う前にそんな悲しそうな顔をするの。

 

 何であのライブではあんなに自分の気持ちを込めて歌ってたのに、あの人の歌はこんなにも自分の気持ちが入ってないの。

 

 けどきっともう調べても分からないわ。全部無駄だったわ。ならもういっそのこと……。

 

「う、う~ん、凛には難しいこと全然分かんないけど、沙紀先輩のこと知りたいなら本人に聞けば良いんじゃないの?」

 

 私が星野如月について調べるのは止めようと言いそうなると、今まで黙っていた凛が、そんな身も蓋もないことを言い出した。

 

「言って答えてくれると思う、あの人、自分のこと話さないのに」

 

 それが出来れば苦労はないわ。だけど、それは絶対に無理。沙紀先輩は自分のこと私たちには全く話さないのよ。

 

 もしかしたら私たち以外には話してるかもしれないけど、誰に何を話しているのか全く分からないわ。

 

「それか、昔の沙紀先輩の知ってる人を探せば分かるんじゃあ……」

 

 昔の……沙紀先輩を……知っている人……? 

 

「例えばユーリちゃんは……やっぱり無理にゃ~、トップアイドルだもん、そう簡単に会えないにゃ~」

 

「流石に私たちじゃあ会えないよね、ユーリちゃん忙しいし」

 

 確かにユーリなら確実に知ってそうだけど、私たちじゃあ会うことも叶わないわ。けど……。

 

「居るわ、確実に昔の沙紀先輩を知っている人が……」

 

 そう……居る。今回調べてる際に少しだけ出てきた人物がいる。その人物なら確実に知っているはず、その人物は──

 

「二人の共通の友達」

 

 あのブログで事あるごとに、存在は確認されてる彼女なら確実に知ってるはず。ただ問題がある。

 

「でもその人って顔も名前も……」

 

「分からない、そこが問題なのよね」

 

 触れられはするけど、その子のプライバシーを守るためか顔も名前も載ってない。

 

 そのためユーリ以上に会うことが困難だと思うけど、何か手掛かりがあれば、見つけられる可能性がある。

 

「待って……その人確か……あった」

 

 何かを思い出したのか花陽はブログから何かを探そうとすると、何かを見つけ私は花陽が見つけた記事を見ると、その友達の家に遊びに来てる二人の写真が載っていた。

 

「この写真がどうしたの?」

 

 見た感じこれというほど、二人の友達が何処に居るのか分かる手掛かりはない。ならどうして花陽はこの写真を見せたの。

 

「ええと……切れてるしちょっとボヤけて見えづらいけど、二人の左後ろの壁に掛かってる制服見覚えない?」

 

「制服? あぁ確かにあるわね──それが……!?」

 

「凛も見たい……!?」

 

 花陽に言われて私と凛は写真を見ると、同じように反応した。

 

「そうね、確かに見覚えがあるわ」

 

「凛もよく見るにゃ~」

 

 そうね、なるほど。まだ私たちは手詰まりじゃないのね。

 

 手掛かりは見つけたわ。制服さえ分かればかなり調べる人間はかなり絞られる。

 

 そして調べた中から二人の友達を見つけ出せれば、私たちは真実に辿り着けるわ。

 

「花陽……また手伝ってくれるかしら?」

 

 正直、花陽は沙紀先輩が星野如月だと知るために手伝ってくれたから、これ以上手伝ってくれないと言っても文句はないわ。

 

「うん……良いよ真姫ちゃん」

 

 そう思った私に花陽は快く引き受けてぐれた。きっと花陽にも思うところがあるのかもしれないわね。

 

「今度は凛もだからね、一年生で一人だけ仲間ハズレは嫌だにゃ~!!」

 

 この前は仲間外れにされたから今回は一緒に調べるってアピールする凛。

 

「はいはい、分かったわよ勝手にすれば」

 

「相変わらず真姫ちゃんは素直じゃないにゃ~」

 

 凛はまた何か言ってるけど、何か相手をするのはめんどうだからスルーするわ。

 

 一先ずは今後の目的は決まった。

 

 けど、私がここまでする理由は結局変わらない。

 

 私に変なちょっかい掛けたこと後悔させてあげる。

 

 今度こそ私は沙紀先輩があの顔をするのか知ってみせるわ。

 




そんなわけで真姫ちゃんが語りで今回は沙紀が名前だけしか出てないそんな回でした。

しかも色々と大事そうなこととチラチラと触れられてた沙紀の相棒であるユーリに触れる回。

でも真姫ちゃんたちが探そうとしてる彼女は読んでいる方なら分かる通り……。

少しずつ沙紀の過去に触れ始め物語は進行していきます。

そうして次回からいよいよ三章に入っていきます。

長かった……。

予定では夏には二章終わる予定だったのに……。

そんなわけで三章には沙紀興奮のイベント満載とそして……μ's最大の難関が待ち受けてます。

そんななか沙紀はどんな行動をするのか。

どんな展開になるのかお楽しみに。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけると有り難いです。


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三章 ひと夏の出来事
二十一話 伝説のメイド


ついに三章突入。

それではお楽しみください。


 1

 

 最近よく昔の事を思い出す。

 

 アイドル時代に──星野如月として、体験した出来事の事を……。

 

 私にとって、当時の出来事は──大切な宝物。今の私を形作る大きな転換点であり、同様に篠原沙紀にとっての汚点──最悪の失敗譚。

 

 なぜ今更ながら思い出すのか、理由は一目瞭然──μ'sのみんなと関わったからだ。彼女たちの姿はかつての私を彷彿させる。

 

 彼女たちの心の内に秘めているものは、かつて私が感じたこと、経験したことに、よく似ている。だからこそ、私は自分の失敗譚を元に──みんなが失敗しないように、行動していたつもり。

 

 その甲斐あって、お姉ちゃんの九人の女神を集める計画は概ね成功。

 

 あとはオープンキャンパスの結果がどうなるか次第で、μ'sの目的である廃校の阻止に一歩前進できれば、今回の計画は大成功といえる。

 

 ここを乗り越えればあとはラブライブ出場に向けて準備を始めればいい。

 

 やっとチャンスが来た。

 

 あの日──あの時に、誓ったにこ先輩との約束を果たすチャンスが。

 

 にこ先輩と二人っきりだった頃はまだ手の届かない夢だったけど、手を伸ばせば届く距離までに来ている。

 

 こんなチャンスを絶対に逃すわけにはいかない。例え何があろうとも、私はにこ先輩を──μ'sを、ラブライブ本選まで導かなければならない。

 

 そうしないと私がここにいる意味がない。

 

 こんな私を誘ってくれて、楽しい時間をくれて、みんなとの居場所をくれたにこ先輩に恩を何も返せなんて、私に生きる意味なんてない。

 

 あの日から失い続けて空っぽになった私には、ここしか大切なものがないのだから。

 

 そして、にこ先輩の夢が叶うのなら、最後に私は今の幸せを失う覚悟は出来てる。

 

 私はあの人が笑ってくれるならそれで満足だから。

 

 2

 

「はぁ……何でこんな面倒な事になったんだろう」

 

 放課後──一人廊下で、ちょっとした事について考えてながら、つい溜め息を溢す。

 

『白百合の委員長』として有名になっている私が溜め息をつくと、周りがざわつく心配があるけど、現在、周りには人が居ないので、その心配はしなくてもいい。

 

 周りに誰にも居なければそんな心配もないから安心して──いや安心して溜め息をつくとか、意味が分からないけど。

 

 事の発端はクラスのホームルームまで遡る。近々学園祭が行われるにあたって、クラスの中から実行委員を決めいけなかったのだけど、その実行委員をやはりと言うべきか、案の定、押し付けられてしまった。

 

 百歩譲って(あまり気は進まないけど)実行委員を引き受けるけど、何故か実行委員長という役職が(オマケで)就いてしまった。

 

 本当は断りたかったけど、私のキャラ的に断るわけには行かず、引き受けた私も悪いけど……ただ本当に面倒くさい。

 

 クラス委員に、生徒会に、部活に、学園祭実行委員。

 

 本当にバカだと思う。こんなの過労死する未来しか見えないんだけど。

 

 と言うかみんな私が色々とやってるの知ってるよね。何でこんなに私に仕事押し付けるのかな。

 

 そんなこと考えてなくっても理由なんて分かってる。どうせみんな私が完璧にこなすと思ってるから。

 

 そう周囲に思わせ続けた結果がこれだ。

 

「はぁ……」

 

 自分が蒔いた種とはいえ、流石にこれは自分に呆れて溜め息がまた溢れる。

 

 まあ、なってしまったものは仕方ない。やるしかないのだから。

 

 今のうちに計画はちゃんと練っておかないと、確実に何もかも失敗する。それだけは阻止しないと。

 

「よし!! 頑張るか」

 

 そうして自分の中で切り替えて気合いを入れると──

 

「沙紀ちゃ~~ん!!」

 

 私の後ろからとても大きくて元気のいい声がしたから振り返ると、穂乃果ちゃんがとても機嫌良さそうに、こっちへ歩いて来た。彼女の後ろには、海未ちゃんとことりちゃんが一緒に歩いている。

 

「穂乃果ちゃん、機嫌が良さそうだね、何か良いことあった」

 

「沙紀ちゃんだって分かってるくせに」

 

 穂乃果ちゃんの機嫌が良い理由は、穂乃果ちゃんが言ったように大体は予想できる。

 

 というか、絶対に今日発表されたあの件の事だと思う。あとはあれかな。

 

「そうだね、それじゃあ話の続きは部室でしようか」

 

「うん」

 

 そんなわけで私は穂乃果ちゃんと一緒に部室に向かって、そして──

 

「オープンキャンパスのアンケートの結果、廃校の決定はもう少し様子を見てからとなったそうです」

 

 部室に入ってそう説明してくれたのは穂乃果ちゃん──ではなく、先に花陽ちゃんがとても嬉しい発表をしてくれた。

 

「それって」

 

「見に来てくれた子たちが、興味を持ってくれたって事だよね」

 

「うん」

 

 廃校の決定が延期になった事を聞いて、海未ちゃんとことりちゃんが嬉しそうな反応をすると、穂乃果ちゃんも二人と同じく嬉しそうに頷く。

 

「でもそれだけじゃなくって……」

 

「そうそう穂乃果ちゃんの言う通り何故なら……」

 

『じゃ、じゃ~ん!! 部室が広くなりました~~!!』

 

『おぉ!!』

 

 私と穂乃果ちゃんは、一緒に新たに増えた部室を仲良く発表すると、海未ちゃんとことりちゃんはまた嬉しそうに驚く。

 

「くるくるくる、よかったよかった~」

 

 穂乃果ちゃんは周りにも嬉しさのあまりテンションが高く、回りながら広くなった部室に入って、中にあった椅子に座る。

 

 こんな風に部室が広くなったのは、簡単に言えば、部員が増えたってのが大きいかな。

 

 μ'sのメンバーと私を含めて10人であの部室だけじゃ狭すぎるから、生徒会に申請しに行ったら、簡単に通って、ここが使えるようになったわけだけど……。

 

 まあ水を差すと、元々ここは私がよく勝手に使ってたから、個人的には広くなった感じがしないけど、今日から堂々と使えるのは嬉しいかな。

 

「安心してる場合じゃないわよ」

 

「絵里先輩」

 

 そう浮かれてる私たちに、注意しながら部室に入ってくる絵里先輩。

 

「生徒が入ってこないかぎり、廃校の可能性はまだあるんだから頑張らないと……」

 

 全く絵里先輩の言う通り。現状は興味を持ってくれた子が多いだけで、実際に入学してくれるか分からない状態。そのため、安心するのはまだ早い。

 

「嬉しいです、まともなこと言ってくれる人が、やっと入ってくれました」

 

 絵里先輩が本当に正論を言ったことが嬉しかったのか、涙を流しながら、とても気になる発言をする海未ちゃん。

 

「それじゃあ凛たち、まともじゃないみたいだけど」

 

「本当だよ!! 私がまともじゃないなんてあり得ないよ」

 

 海未ちゃんの問題発言に私は反論すると、誰も同意してくれる人がいなかった。それどころか半分くらい視線が冷たい。

 

 残り半分は、どう反応したらいいのか分からなく苦笑いしてる。

 

「何故!? 私、性癖以外は普通のはずなのに!!」

 

「性癖は変だって認めるのね……」

 

「それはもちろん──けど好きである事は否定できないから、曝け出してるのに」

 

「その曝け出しかたがまともじゃないんです」

 

 海未ちゃんの発言にこのやりとりを聞いていたみんなは、大体その通りみたいな反応をして私は──

 

「うぅ……お姉ちゃ~~ん!!」

 

「何や!? 急に」

 

 みんなの反応に耐えきれず私は、絵里先輩と一緒に来てたお姉ちゃんの方へ抱きつくと、お姉ちゃんは急に抱きつかれて驚いた反応をする。

 

「みんなが私の事まともじゃないって……」

 

「あっ……うん、よしよし」

 

「えへへ」

 

 お姉ちゃんが私を慰めるために頭を撫でると、嬉しくて笑顔になって、もう何もかもがどうでもよくなる。

 

「相変わらず沙紀ちゃんは希先輩に甘えてるね」

 

「とゆうか手懐けてる?」

 

 私とお姉ちゃんの姿を見て、穂乃果ちゃんと凛ちゃんは思ってる事を口にする。

 

「やっぱり希先輩がそういう趣味があるんじゃあ……」

 

「そ、そういうのじゃないんや、そ、それよりも練習始めよっか」

 

「あっ、話逸らしたわ……」

 

 海未ちゃんがそう指摘されると、お姉ちゃんは慌てて練習を始めようと提案すると、絵里先輩はジト目でお姉ちゃんの方を見る。

 

「あぁ、お姉ちゃんの良い匂いがする」

 

 そんなことは気にせず、私は抱きつきながらお姉ちゃんの匂いを堪能していた。

 

「あっ、ごめんなさい、私……ちょっと……今日はこれで」

 

 お姉ちゃんに謎の疑惑が掛けられてるなか、ことりちゃんは申し訳なさそうしながら駆け足で、部室を出ていった。

 

「どうしたんだろう? ことりちゃん最近早く帰るよね」

 

「本当どうしたんだろうね」

 

「取り敢えず沙紀はそろそろ希先輩に離れてください」

 

 急いで出ていくことりちゃんの後ろ姿を部室の入り口から眺めてると、海未ちゃんにそうつっこまれて、仕方がなく、お姉ちゃんから離れた。

 

 そんなわけでことりちゃんが部活を早退した理由は分からないけど、にこ先輩と真姫ちゃんが来たから、お姉ちゃんの言う通り、練習を始める準備をし始めた。

 3

 

「うぁ~!! 40位!! なにこれ、すごい!!」

 

「夢みたいです」

 

 練習の休憩時間パソコンでランキングを確認すると、順位が今までにないくらい跳ね上がって驚く穂乃果ちゃんと海未ちゃん。

 

「20位にだいぶ近づきました」

 

「すごいわね」

 

「絵里先輩が加わったことで、女性ファン増えたようです」

 

 二人は近くで様子を見ていた絵里先輩に報告すると、海未ちゃんはランキングが上がったのは、絵里先輩が加わったからなんて言う。

 

「確かに背も高いし、脚も長いし、美人だし、何より大人っぽい、流石三年生」

 

「止めてよね」

 

 穂乃果ちゃんは羨ましそうに絵里先輩を隅から隅まで見ると、絵里先輩はじろじろ見られて恥ずかしいのか、少し照れてる。

 

「照れなくても良いじゃないですか、ホントいつ見ても綺麗なスタイルですよ……」

 

 絵里先輩のスタイルは女性なら誰でも憧れるスタイルだと思う。

 

 実際に私も照れてる絵里先輩を隅から隅まで見ると、モデルみたいなスタイルの良さに、私の中で猛烈にある欲求が沸き上がってきた。

 

「やっぱり私と付き合ってください!!」

 

「何で……そうなるのかしら」

 

 私が告白をすると、絵里先輩は戸惑った反応をする。しかし、私にとってそんなことは些細なことでしかない。

 

「絵里先輩のスタイルはホント私の好みなんですよ、そんな人が居て告白しない方がおかしいです」

 

「いや……でも沙紀……貴方の方がスタイル良いじゃない」

 

「そういえば沙紀ちゃんも絵里先輩に負けないくらいスタイル良いよね、流石はトップアイドル」

 

「いやいや、でもそうだけどね!!」

 

「ここで自信満々に答える辺りすごいね」

 

「あれ? では沙紀の好みのスタイルって……」

 

 私の好みのスタイルを聞いて海未ちゃんは何かに気付いたようなこと言った。

 

「そういえば、この前、私……沙紀が自分……」

 

「おっと!! 絵里先輩それ以上は駄目ですよ、直ちに忘れてください」

 

 危ない危ない。そういえば、この前、絵里先輩に鏡の前でうっとりしてる姿を見られたんだっけ。

 

 あのときは苦し紛れの言い訳をして逃れて、そのあとの展開のほうが印象的過ぎて、てっきり忘れたと思っていたけど、まさか覚えていたとは……。

 

「忘れるつもりがないのなら私が……もっと鮮烈な記憶を植え付けてあげますよ……」

 

「そ、それは……遠慮しておくわ……」

 

 これ以上この件に触れられるのは困るので絵里先輩の耳元でそう囁くと、流石にそれは勘弁して欲しいのか、引き下がって、これ以上何も言うつもりはなくなる。

 

 私としてはあの奇行がバレるのはまずいけど、絵里先輩とそういう関係になれるのなら全然問題ない。むしろ、そっちのほうがいい。

 

「それにしても沙紀は絵里先輩の前でも、演技しなくなりましたね」

 

「あぁ!! そういえば、ちょっと前まで演技してたよね」

 

「え~、だって、一回絵里先輩に告白してるし、もう演技も必要ないじゃん」

 

 打ち上げの際にバレたから、もう委員長キャラやっても意味ないし、それにみんなと居るときはこのキャラの方が楽しいからね

 

 打ち上げと言えば、結局……絵里先輩に……情けない姿を見せたけど、絵里先輩普通に接してくれてる。

 

 てっきり何か色々と聞いてくると思ったけど、多分お姉ちゃんがフォローしてくれたんだよね。

 

 ホント、お姉ちゃんには感謝しかないよ。まだ全部話たわけじゃないのに……。

 

「そうなんだ~、でもやっぱり二人が並ぶと絵になるね」

 

 私がそんなことを考えてるとは知らずに、穂乃果ちゃんは私と絵里先輩が並んでる姿を見て、羨ましそうに見てると、私たちの後ろの方に視線を移動する。

 

 振り向くと、穂乃果ちゃんの視線の先にはにこ先輩が居て、何かこう本当に羨ましそうな顔をしていた。

 

「ん? 何……」

 

「ええ……なんでも……」

 

 穂乃果ちゃんに体格差で見比べられてることに気付いたのか、にこ先輩は不機嫌そうに言うと、穂乃果ちゃんはちょっと戸惑って目線を逸らす。

 

「大丈夫です、にこ先輩はそのままでも十分可愛いですよ」

 

「当然よ、なんたって私はスーパーアイドルなんだから」

 

「流石はにこ先輩、何処からともなく現れる自信にそこに惚れます、結婚してください」

 

「止めなさいよ!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

 にこ先輩の可愛さに思わず、抱き付こうとすると、にこ先輩にご褒美を貰えて感謝の言葉を口にする。

 

「まあ彼処でイチャイチャしてる二人は置いておいて」

 

「イチャイチャしてないわよ!!」

 

「でもエリチにもおちょこちょいなところもあるんやよ」

 

「無視!?」

 

 私とにこ先輩の戯れに気を遣って(だと思う)お姉ちゃんは、そのまま絵里先輩のおちょこちょいなところ──もとい可愛い部分を、口にする。

 

「この前もおもちゃのチョコレートを本物と思って、食べそうになったり」

 

「あのときの絵里先輩の反応は可愛かったです」

 

「希!! 沙紀!!」

 

 自分の恥ずかしい事を言われて、少し顔を赤くする絵里先輩。そんな絵里先輩の事をにこ先輩に踏まれながら可愛いと思っていた。

 

「でも本当に綺麗、よし! ダイエットだあ」

 

「聞き飽きたにゃ~」

 

 そんなことは気にせず、絵里先輩と私のスタイルを見ながら、自分もそうなれるようにダイエットを宣言する穂乃果ちゃんに凛ちゃんはそんなツッコミを入れる。

 

 それ以前に、まだ一ヶ月くらいの付き合いなのに聞き飽きたって言われる辺り、何回そんなことを口にしたんだろう。

 

「でもここからが大変よ」

 

 話は逸れてるけど、ランキングが上がって浮かれている私たちに真姫ちゃんはそう釘を刺す。

 

「上に行けば行くほど、ファンもたくさんいる」

 

「そうだよね、20位か……」

 

 真姫ちゃんの言う通り、ランキング上位にいるスクールアイドルたちは多くファンがいる。ここから今まで通りにやってもファン獲得は難しい。

 

「今から短期間で順位を上げるなら、何か思い切った手が必要ね」

 

「沙紀ちゃん何かない?」

 

 マネージャーであり、元トップアイドルでもある私に何か良い方法がないか聞いてくる穂乃果ちゃん。

 

「やっぱり多くの人に印象に残るライブをした方がいいかな」

 

 何か思い切った手と言われても、やはり、ファンを獲得するには、印象に残して覚えてもらうことが大事なので、最終的にそう言わざる終えない。

 

「印象に残るって例えばどんな感じに?」

 

「そうだね……例えば、何時もとは違った雰囲気の曲をやるとか、注目を集められる場所でライブをするとか、かな」

 

「やっぱりそんな感じよね」

 

「場所に関して色々と候補は出しておくけど、ある程度候補を絞ったらみんなに決めてもらうつもり」

 

 個人的には路上ライブとか、何かイベントで、ライブを出来たら良いかなって思ってる。

 

 時間はないけど、この辺で何か良いところを実際に歩きながら、μ'sの雰囲気にあった場所を探すようにはする。

 

 イベントに関しては、この辺のイベント関係者に交渉したりするけど、見つからなかったら、最悪私の昔の伝でイベントに参加出来るようにはする。

 

 まあ、出来ればその手段は使いたくないけど。

 

「あっ、そうそう何かここが良いってところがあったら、何時でも相談して、やっぱり実際に歌う人の意見も必要だから」

 

「なら、各自で何かライブが出来そうな場所やイベントを探してく感じで良いかしら」

 

「そうですね、そんな方針で行きましょう」

 

 私の提案に絵里先輩はそうまとめてくれて、みんなで探す方針にしてくれて、私は絵里先輩の方針で行くことを決めた。

 

「おお、何かこの二人すごい頼りになる感じがするよ」

 

「やはり絵里先輩には入って貰って良かったです」

 

「沙紀先輩はこういうときはホント頼もしいにゃ~」

 

 私たちの会話を聞いていたみんながそんな反応をした。一部また不名誉な事を言われたような気がするけど、気にしない。

 

「それではにこ先輩、こんな方針で良いですか?」

 

 大体話は纏まったので、部長であるにこ先輩に確認する。

 

「そうね、でもその前にしなきゃいけないことがあるんじゃない」

 

『えっ?』

 

 方針に賛成だけど、全員がにこ先輩が何をするべきことか何か理解できないまま、にこ先輩に指示される事をやると──

 

「あの……暑いんですけど……」

 

 もうすぐ夏だっていうのに、コートとサングラスで、秋葉の街に連れていかれたのだった。

 

 4

 

 多くの人が行き交い、中にはメイド服や何かのアニメのコスチューム着た人が歩いていて、大概の服装ならこの街の雰囲気に浮くこともなく馴染むのが、秋葉の街。

 

 そんな街なのに一際異彩を放つ服装をした集団が道の真ん中、そして私の目の前に……と言うよりも私たちだ。

 

「あの……すごく暑いんですが……」

 

「我慢しなさい、これがアイドルに生きる者の道よ」

 

 穂乃果ちゃんが言いにくそうに文句を言うと、にこ先輩はこれが当然のように言う。

 

「有名人なら有名人らしく、街で紛れる格好ってのがあるの」

 

 にこ先輩の言うことは私も共感できる。実際に星野如月としての知名度が上がって、普通の格好をしても結構な確率でバレることがあったから。

 

 それでバレたらバレたで、ちょっとした大騒ぎになったのは、懐かしい思い出。

 

 そういうこともあったので、にこ先輩が言ったことは共感できるし、私も有名人なら必要なスキルではあるけど……。

 

「でもこれは……」

 

「逆に目立ってるかと……」

 

 絵里先輩と海未ちゃんの言いたい事も分かる。さっきから通りかかる人たちが怪しそうな感じで、こっちをチラチラと見ているのだから。

 

 夏も近いのにコート。それにサングラスとマスクを付けて、明らかに不審者みたいな格好。いや、みたいなではなく、完全に不審者。

 

 一人でもかなり目立つのに、そんな格好をしているのが、八人も居るのだから目立たない方がおかしい。

 

 ちなみに私はみんな同じ格好はせず、普通の制服です。

 

「バカバカしい」

 

 付き合いきれなくなったのか真姫ちゃんはサングラスとマスクを外し、コートを脱ぎ始める。他のみんなも釣られて同じように脱ぎ始める。

 

「例えプライベートであっても、常に人に見られてる事を意識する、トップアイドル目指すなら当たり前よ」

 

「全くその通りです、流石はにこ先輩です」

 

 にこ先輩の言うことは正しい。それが例え何か若干ずれてるような気がしても、にこ先輩のポリシーを否定するつもりは全くない。

 

「はぁ~」

 

「すごいにゃ~」

 

 私たちが格好について話してると、遠くからそんな声が聞こえたから、そちらの方へ行くと、花陽ちゃんと凛ちゃんが何かのお店を見つけて驚いた。

 

「なに、ここ?」

 

「近くに住んでるのに知らないの、スクールアイドルの専門ショップよ」

 

 穂乃果ちゃんが何のお店か聞くと、にこ先輩が呆れながら答えた。

 

「あぁ、ここが前ににこ先輩が言ってた新しく出来たお店ですか」

 

 二人の話を聞いて、私は少し前ににこ先輩がそんなことを話していた事を思い出した。

 

 あまり一人で秋葉には行かないから話を聞くだけ聞いて、練習もここ最近は忙しくにこ先輩と一緒に行く機会がなかったから、すっかり忘れていた。

 

「こんなお店が」

 

「ラブライブが開催されるくらいやしね」

 

「それにここ最近のスクールアイドルはレベルが高いのもありますから」

 

 現在ランキング上位にいるスクールアイドルたちのライブを見ると、下手なプロよりも上手いスクールアイドルも多い。

 

 そのため、こういったお店を出してグッズを売っても、プロのアイドルのようにグッズは普通に売れたりもする。

 

「とはいえ秋葉に数軒あるくらいだけど」

 

「それでもこうして専門ショップが作られるくらい人気なのは、凄いと思いますけどね」

 

 この秋葉でたった数件だけだけど、アマチュアであるスクールアイドルのグッズが売れるのは、相当な事だと思う。

 

 私は店内のグッズを見てまわり、可愛いスクールアイドルが居ないか探してみる。すると、凛ちゃんが何か見つけたのか、こちらに近づいてきた。

 

「ねぇ、見てみてこの缶バッチの子可愛いよ、まるでかよちんそっくりだにゃ~」

 

 凛ちゃんがそう言って見せてくれた缶バッチに写っている女の子は、ブラウン色のセミショートの女の子で、本当に花陽ちゃんに……。

 

「あれ、その子って……」

 

「てゆうかそれ……」

 

『花陽ちゃんだよ』

 

「えぇ~!!」

 

 驚いた凛ちゃんにそのグッズを何処で見つけたのか聞き、私たちは凛ちゃんが見つけた場所に移動すると、そこにはとても見覚えのある女の子たちのグッズが置かれていた。

 

「ウソ!! 海未ちゃんこれ、わ、わ、わ、わ、私たちだよ!!」

 

「お、お、お、お、落ち着きなさい!!」

 

「み、み、み、μ'sって書いてあるよ!! 石鹸売ってるのかな」

 

「何でアイドルショップで石鹸売らなきゃいけないんですか!!」

 

 自分たちのグッズが販売されて動揺してるのか、何かこうちょっとずれた事を言い出してる穂乃果ちゃんと海未ちゃんだけど、私は頭の中である計算を始めてた。

 

「退きなさい!!」

 

 みんなが自分たちのグッズ近くに集まったせいで、後ろの方に居たにこ先輩は体格差的に見ることが出来ず、無理矢理みんなの間に入って、グッズを漁り始める。

 

「あれ? 私のグッズがない、どうゆうこと!!」

 

「私も探すお手伝いをします」

 

 にこ先輩は自分のグッズを探してたけど、全く見つからないので、私もにこ先輩のグッズを探し始める。

 

 そうして二人でグッズを探すと、とても見覚えのあるツインテールの女の子バッチが見つかって──

 

「あぁ!! 私のグッズがあった!!」

 

「良かったですね……にこ先輩……」

 

 自分のグッズが見つかり嬉しさのあまり少し目に涙を浮かべながら、自分のグッズの写真を撮るにこ先輩に私も自分のように嬉しくちょっと泣きそうになる。

 

 アイドルに憧れていたにこ先輩にとって、自分のグッズが販売されたと言うことはアイドルとして更なる一歩を踏み出せたということ。

 

 私にとって、にこ先輩との約束の結果を出し始めている証拠。だからこそこんなに嬉しいことはない。それに──

 

「それじゃあ、私ちょっと行くところがあるので」

 

 にこ先輩と喜びを分かち合い、気持ちが落ち着いたら、私は少し野暮用ができたので、移動しようとすると、にこ先輩に腕を掴まれる。

 

「ちょっと待ちなさいよ、あんたその腕に持ってるのは何よ」

 

 そう言ってにこ先輩は持っているものを指を指す。

 

「えっ? 何ってにこ先輩のグッズですけど」

 

 私の腕には缶バッチを始めTシャツ、団扇など種類は少ないけど、にこ先輩のグッズがぎっしりと乗せられている。

 

「何でそんなに大量に同じにこのグッズを持ってるのよ」

 

「何でって、鑑賞用、保存用、実用で三つは当たり前じゃないですか」

 

「それは分かるわ、けど……」

 

「もしかしてお金の心配してますか、大丈夫です、これくらいなら全然問題ないですから」

 

 μ'sのグッズを見つけたときからずっとグッズの金額を計算してたけど、元々数年は働かなくっても暮らせるだけのお金はあるから、このくらいの出費は問題ない。

 

「あぁ、他のみんなのグッズは買わないのかと思ってるんですね、抜かりありません、他のみんなのグッズも買いますよ」

 

 にこ先輩のグッズで埋もれてるけど、他のメンバーのグッズも一個ずつは既にキープしてる。

 

「なるほど、なるほどやっと理解したわ」

 

「何を理解したんですか? 私のにこ先輩への愛ですか──それは相思相愛、永久不変ですよ」

 

「違うわよ!! 私のグッズがやけに少なかったのはあんたのせいね!!」

 

「ゴフッ!!」

 

 にこ先輩から愛を受けたが、手元には大量のグッズを持ってるので、ここは踏ん張り何とか倒れず、グッズは落とさずに済んだ。

 

 こっちもやっと理解した。にこ先輩が何を理解したのか。

 

 にこ先輩が自分のグッズが少ないのは、もしかして、人気何じゃないのか、心配していたけど、少なかった理由は、私が既に買うために持っていたから。

 

 確かににこ先輩と一緒に探すとき、さらっと見つけてたけど、私がこっそりと買うために持ってた。

 

「確かににこ先輩に要らぬ心配をお掛けしました、だけど……そんなわけで買ってきます」

 

「何がそんなわけよ、待ちなさい」

 

 私に愛を放った際ににこ先輩に掴まれた手は離され、自由となった私はグッズを買うためにレジにダッシュし、にこ先輩はそんな私のあとを追いかける。

 

 その後、何とか買うことには成功したが、買ったにこ先輩のグッズはにこ先輩に1セット渡すことで許してもらうことになった。

 

 そうして無事に買い物を終え、みんなの元に戻ると、お店の入口に集まって、何か見ていたから覗くと、そこには何か見覚えのある後ろ姿のメイドさんが居た。

 

「ことりちゃん?」

 

 穂乃果ちゃんがメイドさんにそう声を掛けると、ビクッと反応して、その場で固まる。

 

 やっぱり、穂乃果ちゃんの言う通りこの見覚えのあるメイドさんはことりちゃんだよね。

 

 何でメイド服? 

 

「ことり……何してるんですか」

 

「コトリ? ホワット、ドナタデースカ?」

 

「うあ! 外国人!?」

 

 ことりちゃんは目にガチャガチャの空のカプセルを当てて、変な片言で人違いと言って、凛ちゃんは何故か騙される。

 

「ことりちゃんだよね」

 

「クンクン、この匂い、ことりちゃんだよね」

 

 穂乃果ちゃんはそんなことでは騙されず、私のことりちゃんに近づいて匂いを確認すると、やっぱり、ことりちゃんのいい匂いがする。

 

「変態にゃ~」

 

「大丈夫よ、元からこの人は変態よ」

 

 私が匂いでことりちゃんだと、確認すると凛ちゃんと真姫ちゃんにそんな事を言われ、他のメンバーも私の事を見て、かなり引いているか、苦笑いしてる。

 

「ソ、ソレデハゴキゲンヨウ、ヨキニハカラエ、ミナノシュウ……サラバ!!」

 

『あぁ!!』

 

 私の行動にみんな気を取られて、ことりちゃんはその場から逃げだそうと走り去っていった。

 

「ことりちゃん待って」

 

 そんな逃げ出したことりちゃんを穂乃果ちゃんと海未ちゃんは追い掛け、何が何だか分からないまま残された私たち。

 

「取り敢えず、どうします?」

 

「あんたのせいで逃がしたのでしょ、追い掛けなさいよ」

 

 そんなわけで私も穂乃果ちゃんと海未ちゃんに続いて、ことりちゃんを追い掛け始めた。

 

 追い掛け始めたいいけど、既にことりちゃんを見失って、何処に行ったのか分からない状況なので、人目に付かなそうな場所を思いだし、まずはそこを手当たり次第探す。

 

「見つけた、待って~!!」

 

 そうして何とか見つけ、迂闊にもつい声に出してそんなことを言ってしまったから、ことりちゃんに気付かれてしまい、ことりちゃんは逃げ出す。

 

「何で追ってくるの!?」

 

「それはことりちゃんが逃げるから」

 

「沙紀ちゃん対策に確か……、これ!!」

 

 ことりちゃんから何か紙のような物が落ち、何か一瞬だけ見えると、私はその紙を全力で拾いに行った。

 

 何とかことりちゃんが落とした紙を拾うと、私はあることに気付く。

 

「しまった……完全に逃がした……」

 

 周りを見ると、既にそこにはことりちゃんの姿がなく、まんまとことりちゃんに嵌められた。

 

「確かにこれなら私の気を逸れせるね」

 

 そうして私は拾った紙を見ると、ある事実に気付いた。

 

「これ……にこ先輩の後ろ姿写真じゃん……」

 

 私は完全にことりちゃんに騙されたことに、にこ先輩の写真が後ろ姿だったことに、その場で手を付いてガッカリする。

 

 ちなみにことりちゃんは、お姉ちゃんのお陰でなんだかんだ捕まりました。流石はお姉ちゃん。

 

 5

 

『えぇ!!』

 

 ことりちゃんがお姉ちゃんに捕まったと連絡を受けた私は、連絡を頼りにとあるメイド喫茶まで向かい、みんなと合流して衝撃的な事実を知った。

 

「こ、ことり先輩がこの秋葉で伝説のメイド──ミナリンスキーさんだったんですか!!」

 

「そうです……」

 

 その中でも花陽ちゃんは特に驚きの声を挙げて、ことりちゃんにもう一回確認すると、ことりちゃんは観念したのか小さな声でそう告げた。

 

 それよりも花陽ちゃん、メイドさんも対象に辺り、私が思ってた以上に守備範囲が広い。これだとローカルアイドルも対象に入りそう。

 

 そういえば、にこ先輩もミナリンスキーのこと知っててサインを買ってたけど……。

 

「あぁ~~、まさかこんな近くに本人が居るなんて……あれ、高かったのよ……」

 

 一人、落ち込むにこ先輩の姿を見て、私は取り敢えず、そっとしておく。

 

「ヒドイよことりちゃん、そうゆうことなら教えてよ」

 

 ことりちゃんがメイド喫茶でバイトしてることを、幼馴染みである穂乃果ちゃんも知らなくって怒るのかと思うと──

 

「言ってくれれば遊びに来て、ジュースとかごちそうになったのに」

 

「そこ!!」

 

 何かこう怒る所が違って、珍しく花陽ちゃんがそうツッコム──確かにそこは全く見当違い。

 

「じゃあこの写真は?」

 

「店内のイベントで歌わされて、撮影禁止だったのに」

 

「あぁ、たまに居るよね、そういうルールの守らない人」

 

 わたしもそういう経験あったから、ことりちゃんが困るのは分からなくもない。

 

 それになるほど、今の言葉で状況は大体把握できた。

 

 ルールを守らない客が盗撮した写真を転売して、それが売ってる事を知ったことりちゃんは、写真を無くして貰おうとしたら、私たちとバッタリと出会した訳か。

 

「なんだ、じゃあアイドルってわけじゃないんだね」

 

「うん、それはもちろん」

 

 それを聞いて安心する穂乃果ちゃん。彼女が安心したのは、スクールアイドルはプロのアイドルはやることは、ルール上、出来なくなってる。

 

 これはアマチュアとプロの線引きをするため。更に元プロで、それなり知名度があった人も、スクールアイドル活動は出来ない。

 

 私はその条件に引っ掛かるため、スクールアイドル活動はもちろん出来ない。

 

 だから私はこうしてマネージャーをやってる訳なんだけど。

 

「いや~私はてっきりことりちゃんはコスプレとか、そんな素敵な趣味があると勘違いしちゃった」

 

 状況が余りにも唐突だったので、よく見れなかったけど──ことりちゃん、メイド服似合ってるなあ。

 

 こんな可愛い子に御奉仕されると考えると──ヤバイ興奮する。

 

「沙紀ちゃん……鼻血……出てるよ」

 

「あっ、ホントだ、ついことりちゃんのメイド服姿が可愛くって興奮しちゃった、テヘッ」

 

「鼻血出しながらじゃ全く可愛くありませんよ……これで鼻血を止めてください」

 

 海未ちゃんは私にテッシュ渡してくれて、私は鼻血を止めるため鼻にテッシュを詰める。

 

「それにしても伝説の中学生トップアイドルに続いて、伝説の秋葉のカリスマメイドが同じ部活に居るなんて……スゴいです!!」

 

 私とことりちゃんを見て、そんな風に凄い興奮する花陽ちゃん。

 

「これならもう一人伝説が出てきても驚かないわね……」

 

「いや……流石に居ないと思う、伝説がいっぱいとか有難味なさすぎやん」

 

 そんな会話をする絵里先輩とお姉ちゃん。

 

「そんなことは置いといて、何故です?」

 

「丁度四人でμ'sを始めた頃……」

 

 海未ちゃんがどうしてことりちゃんがバイトを始めたか聞くと、ことりちゃんはバイトを始めるきっかけを話始めた。

 

「自分を変えたいなって思って……私、穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、何もないから」

 

「何もない?」

 

「穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張って行けないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてないから」

 

 ことりちゃんは自分が近くで感じてる劣等感を口に出して、自分には何もない事を更に強調させる。

 

「そんなことないよ、歌もダンスもことりちゃん上手だよ」

 

「衣装だってことりが作ってるじゃないですか」

 

「色々と細かい事も気遣ってくれてと思うけど」

 

「少なくとも二年の中では一番まともね」

 

 私たちはことりちゃんの良いところを言うけど、ことりちゃんの顔は暗いままだった。

 

 さらっと、真姫ちゃんが酷いことを言ったような気がするけど、そんな雰囲気ではないので、野暮な事を口にしない。

 

「ううん、私はただ……二人に付いていってるだけだよ」

 

 そういうことりちゃんの顔は更に暗くなるだけだった。

 




そんなわけで三章最初の語り手は沙紀でした。

彼女の語りも随分久し振りな感じはしますけど、取り合えずば何時もと変わらない残念加減。でもそんな彼女を書くのは楽しいですけどね。

取り合えずば今回はここまでです。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告頂けると有り難いです。


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二十二話 帰り道で

お待たせしました。

ちょっと最近、リアルでやることが多くて、何時もより短めです。

そんなわけでお楽しみください。


 1

 

 結局、ことりちゃんにあれこれ聞いただけで日も傾き、時間も時間なので、今日はこれで解散し、それぞれ自宅へ帰って行った。

 

「はぁ~、まさかこんな近くにミナリンスキー本人が居るなんて……」

 

 帰り道に、一緒に帰っていたにこ先輩が、そんな愚痴を溢してた。

 

 まあ高値で買ったと思われるサインが、実は後輩のサインだったと考えると、愚痴を溢しても仕方ないと思う。

 

「元気出してくださいよ、逆に後輩が有名人でラッキーって思えば良いんですよ」

 

「その場合、あんたも条件に当てはまるんだけど……」

 

「ならラッキーが二倍でお得ですね──ちなみに私は、にこ先輩と出会えてウルトラハッピーです」

 

 何かこうウルトラハッピー何て言うと、何故か朝の女の子向けアニメのキャラが過ったけど、気にしない。

 

「はぁ~、さっきの言葉にツッコミどころはあったけど、面倒くさいから無視するけど……そうね、お得な気分ね」

 

 そう言ってにこ先輩は少し元気が出たみたい。私のにこ先輩への思いはスルーされたけど、にこ先輩が元気になったのなら問題なし。

 

「それにしてもことりスゴいわね、話聞いた限りじゃあ、一ヶ月くらいでカリスマメイド、なんて呼ばれるなんてね」

 

 確かにそうかも。ことりちゃんがメイドのバイトを始めたのが、μ's結成時──四月のとき。

 

 にこ先輩がミナリンスキーのサインを買ったのが、大体翌月の五月だったから、一ヶ月足らずで伝説の称号を手に入れたことになる。

 

 たまたまスカウトされて、それをきっかけに、自分を変えたいから始めたって言ってたけど、そう考えると、私たちはとんでもない人材を、初めからメンバーに入れていたのかもしれない。

 

「私のソウルフレンド、レベル高過ぎ……」

 

「いや、あんたも十分レベル高いわよ」

 

 私がことりちゃんに驚愕すると、にこ先輩にツッコミを入れられた。

 

「でも……ことり本人はそんな自分を凄くないなって思ってるのよね」

 

 にこ先輩は、ことりちゃんがバイトを始めた理由を思い出したのか、そんなことを口にした。

 

「私はことりちゃんの悩み……分かるんですよね」

 

「あんたが──いや、そうね……あんたも常日頃から同じこと言ってたわね」

 

 私がことりちゃんの悩みが分かると言うと、にこ先輩は少し意外そうな顔をしたけど、すぐに理解できたような表情をした。

 

「あんたも自分の事、普通なんて言うわよね」

 

「いや、その通りですよ?」

 

「はぁ~、どう考えても普通じゃないんだけど……」

 

 呆れた表情をするにこ先輩だけど、私はどうしてにこ先輩がそんな顔をするのか、よく分からなかった。

 

 確かに性癖は普通じゃないけど、その他はことについては誇れるのは、わたしの身体くらい。あとは精々自分の目の良さくらい。

 

 それ以外は普通──いや、落ちこぼれだ。

 

「私より優れてる人なんて山ほど居ますよ、にこ先輩だって、私より良いキャラしてるじゃないですか」

 

「まあ、確かに……アイドルはキャラ作りは大切で、意識はしてるわよ……」

 

 にこ先輩はキャラ作りについて褒められて嬉しかったのか、少し照れている。

 

「お姉ちゃんは私より運が断然良いし、海未ちゃん、真姫ちゃんは作詞、作曲が出来る感性があるし……」

 

 次々と私の身近に居る人の私より優れてる才能を口にする。

 

 何処へ行っても私より優れてる人がたくさん居る。私はただそんな人たちから見て、真似る事しか出来ないのだから。

 

 それに私は本当に才能に溢れた天才も知ってるから。その人たちと比べると、私はただの落ちこぼれ。必要ないものだから。

 

「そう、大体あんたが何を思ってるのか分かったわ、それにことりもどうして悩んでるのかも……」

 

 にこ先輩は私の話を聞いて、私がどうして普通と言うのかどうも腑に落ちない感じを出しつつ、ことりちゃんの悩みも理解できたみたいだった。

 

「あんたたちは妙に気が合うような感じがするのは、そう言うところもあるかもしれないわね」

 

「そうですか?」

 

 そう言われて、私はことりちゃんとの事を思い出す。

 

 私個人としては絵里先輩と似てると思ってたけど、ことりちゃんとも似てる所があったかな。

 

 互いをソウルフレンドとして認め合ったあの日から、何度かμ'sのみんなはどんな服が似合うか、小一時間くらい話したりもする。

 

 それに、その話をするときのことりちゃんの反応が何処かとても見覚えと言うか、既視感を感じていた。もしかして……。

 

「実はことりちゃんも私と同じ趣味があるかもしれません」

 

 もし、そうなら確かに私とことりちゃんは似てると思う。同じ趣味なら、更に彼女とのガールズトークも弾むし。

 

「流石にそれは勘弁してほしいわ、あんたみたいのは一人で十分よ」

 

 にこ先輩にそんなことを言われて、私はその場で立ち止まる。

 

「どうしたのよ、急に立ち止まって」

 

「に……」

 

「に?」

 

「にこ先輩についに告白されました!!」

 

 私はとても大きな声でそう喜びの声を上げた。

 

「何でそうなるのよ!! 意味わからないわよ!!」

 

「えっ!? 愛してくれるのは、私一人で十分と言ってたじゃないですか」

 

「言ってないから!! 面倒なのはあんた一人でいいって言ったのよ」

 

 あれ? そうだったっけ? まあでもどちらでも関係ない、何故なら。

 

「恋は面倒なものですよ」

 

 好きな相手に好きになってもらうには、常に努力をしなければならない。

 

 相手の好きなものを熟知したり、苦手なもの嫌いなものをなるべく避けて、自分に反映しなければならない。つまり相手のことを全て知り尽くさなければいけないからかなり面倒。

 

 その努力の積み重ねこそが真実の愛──Truelove。

 

 努力を怠ったものに真の愛など存在しないのだ。

 

「いやいやいや、恋とか、愛とか関係ないから、ただ単純にあんたのことが面倒なだけだから」

 

「またまた照れちゃって、にこ先輩たら恥ずかしがり屋さんなんですから」

 

「照れてないわよ!!」

 

 嬉しさのあまりテンションがどんどん上がっていく私。にこ先輩はただ照れ隠しで大きな声を出した。

 

「にこ先輩はツンデレさんですから、言っていることが本心とは、反対になっちゃうのは仕方ないですね」

 

「にこはツンデレじゃないわよ、と言うかそれでさっきから変な風に変換されてたのね」

 

 にこ先輩の言う通り、ツンデレさんであるにこ先輩の言葉は──私の中で、逆の意味になるように常に変換されている。いずれ、にこ先輩の良妻になるには、必要なスキル。にこ先輩の言葉の意味を一語一句理解できず、何が良妻か。

 

 いや、別に良妻じゃなくても奴隷でも全然いいんですけどね。むしろ性のはけ口にされたい。

 

 そんなことを考えてると、何時ものようににこ先輩にそろそろ愛を頂けそうだと思い、チラッとにこ先輩の方を見ると、にこ先輩は何か考え事をしてる様子だった。

 

 何処か納得いかないような表情や、ちょっと恥ずかしそうな顔をしながら何かを決心したのか、にこ先輩はまっすぐ前を方を向き、そうして──

 

「沙紀……私、あなたのこと大好きよ、愛してるわ」

 

「ふえぇぇぇぇぇ!!」

 

 その言葉を言ったにこ先輩の表情はとても恥ずかしそうな顔をして、その可愛さに、思わず私はテンションが最高潮になりなるどころか、マジの告白をされて凄く恥ずかしくなってきた。

 

「ちょっとなんであんたが恥ずかしそうにするのよ」

 

 私の反応を見て、にこ先輩はさらに恥ずかしくなったのか、顔も赤くなり、そして私も結構顔が赤くなってると思う。

 

「うぅ……だって……」

 

 にこ先輩が急にちゃんとした告白するだもん。なんて言おうとしたけど、告白された影響か心がドキドキして、全くまともに喋れそうにないし、思考もまともに出来ない。

 

 それはにこ先輩も同じなのか、急に黙り込んでしまって私たちの間で数分間沈黙が続いた。

 

「え~と、その……ね……沙紀……」

 

 沈黙に耐え切れなくなったのか、にこ先輩何か申し訳なさそうに何か言うとしてるから、私はまだ恥ずかしいので、にこ先輩の顔を直接見ることせず、失礼だけど俯いたままにこ先輩のほうを向いた。

 

「あれ……冗談よ」

 

「Pardon?」

 

 にこ先輩の発言がよく聞き取れず、理解も出来ず動揺してた為か、私は思わず英語でにこ先輩に聞き返してしまう。

 

「ちょ、何で英語なのよ、しかも無駄に発音いいし」

 

 急に英語になってにこ先輩は戸惑ったけど、何かとても吹っ切れた感じで──

 

「だから!! あれは冗談よ」

 

 そう言い切ったにこ先輩の言葉を聞いて私はようやく理解した。

 

「えぇぇぇぇ!! 嘘~~!!」

 

 そして理解した上でそう叫んでしまった。

 

 2

 

「うぅ……にこ先輩が私の心を弄びました……」

 

 何でにこ先輩が私にガチの告白をしたのか理由を聞いて、私の心はかなり落ち込んでいた。

 

「人聞き悪いこと言うんじゃないわよ!! いや……実際に……そうだけど……」

 

 完璧に否定できないので、にこ先輩の声は段々と小さくなっていく。

 

 まあ、どうしてにこ先輩がそんなことを言ったのかと言うと、私はにこ先輩の事をツンデレと言ったから。

 

 そのためにこ先輩は私の中で全ての言葉が逆の意味に聞こえてると考え、好きと言えば逆の意味に捉えて、大人しくなるのかなって思い、そして告白すると、先程の有り様になったわけ。

 

「なんというか……あんたがそんな反応をするとは思わなかったから……」

 

「急に告白されれば誰だって驚きますよ」

 

「あんたがそれ言う!?」

 

 私が当たり前の事を言ったら、にこ先輩にそう突っ込まれて、私は今までの行動を思い出すと、とても人の事を言えた立場ではない。

 

「でも私とにこ先輩の愛は永遠ですからね」

 

「言った側から……いやもうあんたにそれ言っても無駄なのよね」

 

 何か諦めたような顔をしたにこ先輩。私は何を諦めたか敢えて考えず、さっきのにこ先輩の会話で自分の調子が戻ったことを確認する。

 

「それにしても……あんたのあの反応、久々に見たわね」

 

「うぅ……それは……」

 

 せっかく調子が戻ったと確認した矢先に、にこ先輩がさっきの私の反応に触れて、私の心はさっきと同じようにかなり揺れる。

 

「そういえば入部した頃は毎回何かある度に恥ずかしがってたわよね」

 

 更に少し前までの私の話を持ち出してきて、余計に私は心が揺れて、また恥ずかしくなってきた。

 

「そ、そ、そんなこと……ないですよ……」

 

「いや、そんな感じで恥ずかしがってたわよ」

 

 私は恥ずかしがってないと否定したけど、今の私には説得力どころか、余計に昔の私の事を思い出させてしまった。

 

「でも……やっぱり……あのときからは変わってないのね」

 

「えっ? 今……何て?」

 

「何も言ってないわよ」

 

 にこ先輩がボソッと何か言ったような気がして、何て言ったのか聞き直したけど、にこ先輩は何も無かったような反応をした。

 

「まあ、たまにはそういうあんたの反応もからかい甲斐あっていいわね」

 

「もう止めてくださいよ~~、からかうのは私の仕事なんですから」

 

「そんな仕事頼んでないわよ!!」

 

 そんな風に結局は何だかんだと何時ものと同じように、楽しくお喋りしながら帰ってると、にこ先輩と別れるところまで来た。

 

 私はにこ先輩と別れの挨拶をして、先輩が見えなくなるのを確認したら、私は180度回転して、元来た道を戻り始めて秋葉に戻っていった。

 

 3

 

 私が秋葉に戻ると夕日も殆んど沈み、空は大分暗くなっていたけど、お店の明かりで街は明るく、まだまだ人通りも多かった。

 

 そんな秋葉の街をふらりと特に目的も理由もなく、私はただ適当に歩く。

 

 正直そんな事をしてる時間は私にはない。

 

 学校で色々な仕事を押し付けられて、出来れば早く家に帰って、今後の仕事のスケジュールを考えたりしないといけない。

 

 次のライブの場所の候補を幾つか考えなければならない。

 

 μ'sのみんなの明日の練習メニューを考えなければならない。

 

 そう私にはやることがたくさんあるのに、私はこうして秋葉の街を歩いている。

 

 本当はあまり秋葉の街をふらりと歩きたくもないのだけど、出来るだけ人通りの多いところを歩いておきたい。

 

 そうしないと……。いや、そもそもここに来ること自体私にとって、あまり良いことではないのに……。

 

 そんな事を考えてると、私は何時の間にか駅の方に着いて、辺りを見渡すと、とあるビルに視線が行った。

 

「ホント、何してるんだろう……」

 

 今さらここに来たって、もう私には関係ない話なのに、無意識にここに来たのは、やっぱり、今日ちょっとでも昔の私に戻ったから。

 

 ことりちゃんと自分が似てると言われて、何か私の心の奥底で思うことがあったから。

 

 μ'sのラブライブ本選出場が現実味を帯びたしてるから。

 

 少しでも昔のわたしの事を思い出しそうな話をしたから。

 

 いや、全部だ。

 

「はぁ~、本当に嫌になるよ……」

 

 ここに来たって、何かが変わる訳じゃない。むしろ全て終わる可能性があるのに。

 

 だって……ここには……。

 

 イヤイヤ、そんなことを考えたって、そもそもこのタイミングでは確率的に殆んど少ない。万が一もあるかもしれないけど、そうそう気まぐれを起こさない限りは有り得ない。

 

 だから大丈夫だ。この近くで目立つことをしなければ良いだけの話。

 

 うん。今はやるべきことがたくさんある。

 

 そうして私はまたゆっくりと秋葉の街を歩き始め家に向かった。

 

 




真面目にやって、ふざけて、真面目に戻る。一応いつも通り?の回でした。

そんなわけで感想などありましたから気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると有り難いです。


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二十三話 この街には

お待たせしました。

かなり何時もより遅れましたけど、ごめんなさい。

それではお楽しみください。


 1

 

 翌日──大体の仕事を終えた私は部室に向かうため、自分の教室から出ると、隣のクラスの入り口で何やら見守っている様子の穂乃果ちゃんと海未ちゃんを見つけた。

 

「何して……」

 

「思い付かないよ~」

 

 二人に声を掛けようとすると、隣のクラスからそんな叫び声が聞こえて、私は大体状況を察した。

 

 察した上で私は教室を覗き混むと、そこには作詞に対して四苦八苦することりちゃんの姿があった。

 

 何時もなら海未ちゃんが作詞をするのだけど、何故今回はことりちゃんが作詞をしてるのかと言うと、事の発端はお昼に遡る。

 

「秋葉でライブよ」

 

 部室に集合したメンバーの目の前で絵里先輩はそう宣言した。

 

「えっ? それって……」

 

「路上ライブ?」

 

「えぇ」

 

「秋葉と言えばA-RISEのお膝元よ」

 

「それだけに面白い」

 

 にこ先輩の言う通り秋葉にはスクールアイドルの頂点──A-RISEいるが、お姉ちゃんは割りとノリノリでそんなことを言う。

 

「随分大胆ね」

 

「大胆どころか宣戦布告してるよ」

 

 そんなA-RISEの活動地域で、そんな真似をするのはそうとしか言いようがない。

 

「秋葉はアイドルファンの聖地、だからこそ彼処で認められるパフォーマンスが出来れば大きなアピールになる」

 

「良いと思います」

 

「楽しそう」

 

 穂乃果ちゃんとことりちゃんは絵里先輩の考えを聞いて、秋葉でのライブに賛成する。

 

「しかし、凄い人では……」

 

「人が居なかったらやる意味ないでしょ」

 

「それは……」

 

 海未ちゃんは人が多いと思って、乗り気ではないみたいだけど、にこ先輩にそう言われて、取り合えず賛成な雰囲気。

 

「凛も賛成」

 

「わたしも」

 

 どんどん秋葉でライブをすることに賛成する他のメンバーたち。口に出してないメンバーも何人かいるけど、表情から乗り気なのが伝わる。

 

「こっちで勝手に決めてしまってるけど、沙紀はどう?」

 

 絵里先輩は様子を見て、最後にマネージャーである私の意見も聞こうとそう聞いてきた。

 

 確かに順位を上げるために多くのファンを獲得するなら路上ライブは最適。さらに場所も秋葉なら、尚のことアピールできる。

 

 それに今のμ'sなら秋葉で路上ライブをしても問題ないくらいの実力はある。

 

 ただ秋葉には──いや、これは私の問題。

 

「そうですね、私も賛成です」

 

 みんながやる気でプランとして問題ないのなら、そこに私が反対する理由なんてない。

 

 私個人の意思はこの際必要ない。私はマネージャーとして仕事するだけ。私の問題に関しては、私が気を付けておけば済むだけの話。

 

「なら、さっそく日程を……」

 

「その前に」

 

 私はライブに向けての日程について話し合おうとしたけど、絵里先輩が何かあるのか

 

「今回の作詞は何時もと違って、秋葉の事をよく知ってる人に書いてもらうべきだと思うの」

 

 そう言って絵里先輩は歩き始めてある人物の前で止まる。

 

「ことりさん、どう?」

 

「えっ!? 私……」

 

「えぇ」

 

 ことりちゃんは急に自分に作詞の話を振られてとても驚いた反応してる。

 

「あの街でずっとアルバイトしてたんでしょ、きっと彼処で歌うのに相応しい歌詞を考えられると思うの」

 

「それいい!! すごくいいよ」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「やった方がいいです、ことりなら秋葉に相応しい良い歌詞が書けますよ」

 

 ことりちゃんが作詞するのにかなり賛成な幼馴染二人。

 

 私もことりちゃんが作詞をするのは賛成。絵里先輩の考えに一理あるし、μ'sの曲の新たな切り口になるから。

 

「凛もことり先輩のあまあまな歌詞で歌いたいにゃ~」

 

「そ、そう?」

 

「ちゃんと良い歌詞作りなさいよ」

 

「期待してるわ」

 

「頑張ってね」

 

「う、うん」

 

 残りのメンバーも異存がなく、そうしてことりちゃんが作詞をすることになったが、当の本人は、ちょっと不安な顔をしていたことに私は見逃さなかった。

 

 そんな経緯もあって、今回はことりちゃんが作詞を担当することになったのだけど──

 

「やっぱり無理だよ~」

 

 案の定、プレッシャーのせいかなかなか難航して、今にも泣き出しそうな感じ。

 

「うぅ……穂乃果ちゃん……」

 

 訂正、泣き出しそうではなく、泣き始める。現に何故か穂乃果ちゃんの名前を出して助けを求めてるし。

 

 やっぱり普段やらないことをやってるし、みんなが乗り気過ぎて断れず、プレッシャーになってる部分も大きいんだろう。

 

 とりあえず当分は様子を見るしかない。幸いまだライブの日程はまだ先。時間はそれなりにあるから。

 

 それから数日間、ときどき私はことりちゃんの様子を伺ったり、穂乃果ちゃんたちに近況を聞いたりしたのだけど──

 

 授業には集中できず、終いには先生に呼び出しを受けたり、お昼休みも悩んで、あんまり昼食も食べてなかったりと、色々と心配になってくる事が多くなってきた。

 

「やっぱり私じゃあ……」

 

 教室で一人そんなことを呟きながら落ち込むことりちゃん。

 

 そんなことりちゃんを私たちは、数日前と同じように教室の外で見守っていたが、そんな様子を見兼ねたのか、穂乃果ちゃんは教室の中に入っていた。

 

「ことりちゃん!!」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

 穂乃果ちゃんが急に教室に入ってきて驚くことりちゃん。

 

「こうなったら一緒に考えよう、とっておきの方法で」

 

「えっ?」

 

 唐突にそんなことを言うので、ことりちゃんはよく理解できてない顔をする。

 

 私も穂乃果ちゃんがどんな提案をするのか全くわからなかったので、海未ちゃんに何か分からないか顔を合わせると、海未ちゃんも何が何だか理解できない顔をしてた。

 

 そんな私たちのことを気にせず、穂乃果ちゃんはある提案をするのだった。

 

 2

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 ことりちゃんはこれぞメイド感じな王道のメイド。流石は伝説のメイド何て呼ばれてる。可愛い。

 

「お帰りなさいませ!! ご主人様」

 

 穂乃果ちゃんは元気系なメイドで見てるとこっちまで元気にしてくれるような感じがする。うん、可愛い。

 

「お帰りなさいませ……ご主人様……」

 

 海未ちゃんは恥ずかしそうな感じが堪らない。なんと言うか、ちょっとからかいたいって衝動に駆られる。やっぱり、可愛い。

 

「はぁぁ~可愛い~二人ともバッチリだよ」

 

 ことりちゃんはメイド服の二人を見ながらうっとりとした感じ。でも分からなくもない。だってことりちゃんの言う通り可愛いもん。

 

 何故二人がメイド服を着てるのかというと、穂乃果ちゃんのとっておきの方法が詰まるとこ、一緒にバイトしようってこと。

 

「店長も快く二人を歓迎するって」

 

 ここの店に迷惑かと思ったがそうではない感じ、むしろすごく歓迎されてる。うん。仕方ないね、二人とも可愛いもんね。

 

「こんなことかと思いました……と言うよりも沙紀!!」

 

 穂乃果ちゃんの妙案に呆れると、不意に私の方を見て、自分の姿を腕で隠す。

 

「何? 海未ちゃん?」

 

「その……そんなに……じろじろと見ないでください……」

 

 顔を赤らめながらとても恥ずかしそうにそういう海未ちゃん。メイド姿でそうな顔されると、余計に私の中で何かそそるものを感じた。

 

 あっ、これ鼻血出るな。いやもう出てた。自分の鼻に触れて、鼻血が出てるのを確認すると、私はこんなこともあろうかと用意していたティッシュを鼻に詰める。

 

「じろじろ見てないよ。私の脳に三人のメイド姿を焼き付けるだけだから」

 

「余計に駄目ですよ!!」

 

 そう言って海未ちゃんは物陰に隠れて、完全に私に見えないようにする。

 

 見えなくなったのなら仕方ない。もう十分に私の脳内フィルターに焼き付けたから私は満足。

 

「ズルイですよ、一人だけメイド服着ないなんて」

 

「そうだよ、何で沙紀ちゃん着てないの、似合うと思うのに」

 

 海未ちゃんが私がメイド服を着てないことを指摘すると、穂乃果ちゃんも何で着てないのか問いただしてくる。

 

「沙紀ちゃん、可愛いから絶対に似合うよ」

 

「ありがとう」

 

 確かにことりちゃんの言う通り似合うかもしれないし、こういう機会じゃないと着れないから、結構着てみたいと思ってるけど。

 

「でも駄目……何故なら……」

 

『何故なら?』

 

「私は既ににこ先輩に忠誠を誓ってる身、私のご主人様はにこ先輩しかいないからね」

 

「──何言ってるのよあんた!!」

 

「ゴフッ!!」

 

 突然背中から誰かに勢いよく蹴られて吹っ飛ぶ私。この蹴り、この声は。

 

「にこ先輩!!」

 

「全く……呼ばれて来てみたら、何あんた変なこと口にしてるのよ」

 

「にゃ~、遊びに来たよ」

 

「秋葉で歌う曲なら秋葉で考えるってことね」

 

 にこ先輩に、凛ちゃん、絵里先輩と、どんどんとμ'sのメンバーがここにやって来る。

 

「ではでは、さっそく取材を~」

 

「止めてください」

 

 お姉ちゃんがカメラで撮影しようとすると、海未ちゃんに止められる。

 

 ズルイ、私だって三人の取材したいのに(物理的に)、止められそうだから我慢してるのに。

 

 でもお店のメイドさんを無断で撮影して良いのかどうか些か分からないけど。

 

「何故みんな……」

 

「私が呼んだの」

 

 何だ、穂乃果ちゃんが呼んだんだ。知っていればにこ先輩専用のメイドとして、メイド服を着たのに。

 

「それよりも早く接客してちょうだい」

 

「じゃあ、このカップル専用メニューを全部お願い」

 

 いつの間にか席に座って、接客をしてもらうとするにこ先輩を見て、私も相席して注文を始めると、ことりちゃんの表情が変わる。

 

「かしこまりました」

 

 ことりちゃんは私の注文を聞くと、「失礼しました」一礼をして、その後、絵里先輩を接客を始め、そのあまりにも手際の良く丁寧な仕事に、私たちはことりちゃんに見蕩れる。

 

「ちょっ……あんた何勝手に注文してるのよ!!」

 

 それから思い出したのかにこ先輩は、私が注文したメニューに何か言いたげな感じだった。

 

「えぇ~駄目ですか? 私、にこ先輩とイチャイチャしながら食べたいんですけど」

 

「嫌よ!! こんな人目に付くとこで」

 

「なら、二人きりなら良いんですね!!」

 

「そうじゃないわよ!!」

 

 もうそう言いながらも照れてるだけなんですよね。私、分かってますからと、言葉には出さずに、心の中に止めておく。

 

 にこ先輩はツンデレさんなのは周知の事実、だから余計なこと言わないのが、正解なんだから。

 

「はぁ~、もう良いわ、どうせ何言ったってあんたには通じないし」

 

 何か疲れたようににこ先輩は私のことを見ながら言うけど、私は見つめられるから思わず照れてしまう。

 

「そういえばあんた……何時もと髪型微妙に違うわね」

 

「あっ、気付きました、やっぱりにこ先輩私のこと気にしてるんですね、嬉しいです」

 

「違うわよ、何時もは三つ編みを二本に分けるのに今日は一本にしてるから気になっただけよ」

 

 確かににこ先輩の言う通り私の髪型は三つ編みを二本に分けるけど、今日は一本に纏めてる。

 

「何かあったの? あのスタイルに拘ってたあんたが髪型を変えるなんて……それって、穂乃果たちと一緒にバイトしなかった理由とも関係あるの?」

 

 うっ、流石はにこ先輩鋭い。私が髪型を少し変えただけでそんな風に思うなんて、お互いを愛し合ってる証拠けど……。

 

「別にイメチェンですよ、それに穂乃果ちゃんたちと一緒にバイトしなかったのは、さっきにこ先輩も聞きましたよね」

 

「確かに変なことは口走っていたけど……」

 

「変なことではありません、本当に思ってるんです」

 

 本心から私はにこ先輩の専属メイドになっていいと思ってる。いや、別にメイドじゃなくてもいいけど。

 

 でもそれは理由の半分。もう半分は保険のため。

 

 この街にいる以上、下手にここに長居せず、目立たないようにするため。あと髪型は少しでもバレないように。

 

「分かったわよ、でも良いの?」

 

 にこ先輩はこれ以上理由を聞かず、話題を変える。

 

 多分、にこ先輩はことりちゃんの悩みを解決しなくて良いのかと聞いてるだと思う。

 

「大丈夫ですよ、ここで働くことりちゃんを見れば、すぐに本人も気付くはずですよ」

 

 私はことりちゃんの方を見ると、にこ先輩も釣られるようにことりちゃんの方を見た。

 

「確かにそうね」

 

 にこ先輩もことりちゃんを見ると、納得した声を出した。

 

 簡単ににこ先輩が納得したのは、何故なら彼女の表情はとてもイキイキしてたいたのだから。

 

 そんなことりちゃんならすぐにでも良い歌詞が作れるとそう確信できたから。

 

 3

 

 穂乃果ちゃんたちがことりちゃんのバイト先で、一緒にバイトを始めてから、事はスムーズに進んでいった。

 

 まるで作詞で苦労してたのが嘘みたいに、ことりちゃんは新曲の作詞を終わらせて、その歌詞を元に真姫ちゃんが作曲をしてくれた。

 

 そのあとはことりちゃんたちの提案で、全員メイド服で歌うことが決まり、そのメイド服もお店が貸してくれたりと、さらにポスターまで貼らさせて貰い、かなりの宣伝をすることができた。

 

 無理言ったのに、ここまでしてくれるなんて何て良い店だと思いながら、私はみんなのメイド服姿に、案の定、興奮して鼻血を出してしまったわけだけど……。

 

 特に絵里先輩のメイド服姿は良かったです。はい。

 

 余談は置いておいて、ライブの日程も決まって、そこまで練習を繰り返しながら本番の当日を向かえ、人も多く集まっていた。

 

 私は本番前に最後の確認をしたあと、観客に紛れて、みんなのライブを見ていると、周りのお客さんの反応も良く、たまたま通り掛かった人も思わず立ち止まって見てくれているのが確認できる。

 

 やっぱり、人の多い日曜日にライブを行ったのと、お店で宣伝してもらったのがデカイ。

 

 本当にあのお店には感謝しかない。これなら新規ファンも獲得出来そうだと、思ってると曲も大詰めになった。

 

 何事もなく終わりそうだと、確信したとき──

 

「ふ~ん、A-RISEがいるこの秋葉で、堂々と路上ライブをするグループがいるって、聞いたけど……」

 

 後ろからその声を聞いた瞬間、私は全身が凍り付いたような感覚がした。

 

 この声、まさか……。いや、勘違いかもしれない。忙しいはずのあの子が今日、たまたまここに居るなんて確率はかなり低いはずなのに。

 

「何となく気になったから来たけど──うん、刺激的」

 

 その言葉を聞いて確信してしまった。あの子だ。

 

「え~と確か……ゆ……? ユーズ? いや、μ's、なるほど覚えた、これはあれも気に入りそう」

 

 とても楽しそうな声であの子はμ'sのことを気に入った感じではあるけど、私は後ろを振り向くことが出来ない。

 

 振り向いたらあの子に気づかれるかもしれない。いやもしかしたら気付かれてるかもしれない。どちらにせよ、下手に動けない。

 

「うんうん、気まぐれで来たけど、面白いものも見れたし、それに──まっ、いっか、これからが刺激的に楽しみ」

 

 そう言って声が遠ざかっていくのを感じて、私は恐る恐る振り返ると、そこにはあの子の姿はなかった。

 

 危なかった? いや、どうだろうか。あの子の場合はわざと見逃した可能性がある。けど……何のために。

 

 考えたところで、いくら予想してもあの子の行動が読めない。それにさらっと、あれって言ってたけど……つまり、まだあの子は……。

 

 けど、一先ずは私がμ'sと関係があるとは思わないと思う。

 

 今日は日曜日だから制服ではなく、私服でライブを見てたから、制服で私がμ'sと同じ学校とは判断できない。

 

 念のため、髪型は三つ網に一本にして軽くバレないようにしたけど、あの子にそれが通じたのか怪しい。

 

 もしかしたら気付いてない可能性があると信じたいけど、その可能性はもう捨てるべきだ。

 

 あぁ、こんなことになるんだったら、あの子のスケジュールを確認しておけば良かった。

 

 けど、そんな後悔しても遅い、問題は確実にあの子のマークにμ'sが入ってしまったこと。

 

 これが私にとって、μ'sにとってどんな影響を与えるのか分からない。

 

 どうする? どうすればいい。ただでさえ忙しいこの状況で、さらにあの子のことも考えなきゃいけないなんて……。

 

 どうするもこうするもない。やりきるしかない。これは全部私が蒔いた種だから。私一人で解決するし、みんなを巻き込むわけにはいかない。

 

 みんなはラブライブ出場と廃校の阻止だけで、手一杯だ。そんななか私の問題に巻き込まれる必要も理由もない。

 

 そんな風に考えながら、みんなのライブを見ると、いつの間にか曲も終わり、やり遂げて満足感いっぱいな表情をしていた。

 

 大丈夫、大丈夫だ、私なら出来る。私は篠原沙紀。『白百合の委員長』だから、こんな逆境だって乗り越えなきゃいけないんだ。

 

 私は自分にそう心の中で言い聞かせながら、みんなのところまで歩き始めた。

 

 けど、私はこのときの時点で、自分の行動が、やがて起こる問題を見逃す事態になるなんて思いもしなかった。




如何だったでしょうか。

最後に新キャラ登場。

新キャラの登場によって、沙紀は、μ'sはどうなるのか?そして、やがて来る出来事に対して、彼女はどんな行動をとるのか。

でも次の回は先輩禁止回なんですけど。

そんなわけで、何か感想がありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけると有り難いです。


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二十四話 合宿

お待たせしました。

今年最後の投稿です。

それではお楽しみ下さい。


 1

 

 秋葉の路上ライブから数日が経って、何時ものようにラブライブ出場に向けて練習をしようと、私は屋上に出ると、外はとても暑かったわ。

 

「暑い……」

 

「そうだね」

 

「これは私もキツイ……」

 

 私がダルそうに呟くと、一緒に屋上に出てきた穂乃果と沙紀も私と同じように暑さにやられてダルそうにする。

 

「ってゆうかバカじゃないの!! この暑さの中で練習とか」

 

 何もしないで少し外に出ただけで、汗もかなり出てきたし、こんな暑さじゃあ、少し踊っただけで熱中症になって倒れるわよ。

 

 それよりもこんなに暑いと、ラブライブ出場まで時間はないけど何もやる気が出ないわ。

 

「そんなこと言ってないで、早くレッスンするわよ」

 

「は、はい……」

 

 絵里が少し厳しい感じで言うと、花陽は少し怖いのか凛の背中に隠れながら返事をしてた。

 

「花陽これからは先輩も後輩もないんだから……ねっ」

 

「はい……」

 

 そんな花陽の様子を見て、絵里は自分が怖がらせてしまったのに気付いて、優しそうにそう言うと、花陽は凛の背中から出てくる。

 

 絵里は先輩後輩はないと言うけど、花陽からしたらやっぱり上級生、それに生徒会長だからつい緊張とか怖がったりすると思うわ。

 

 二人のやり取りを見て、そろそろ練習を始めようとするのだけど、やっぱり、暑いなか練習するのは嫌なのか、誰も屋上に行こうとはしない。

 

「そうだ、合宿行こうよ」

 

 そんな様子が続いたなか、横で穂乃果が急にバカな提案をした。

 

「はあ? 何、急に言い出すのよ」

 

「あぁ~こんな良いこと、早く思い付かなかったんだろう」

 

 私の言葉は耳に入らず、自分はとってもナイスアイデアを出したかと思ってテンションが上がってる穂乃果。

 

「合宿かぁ~面白そうにゃ~」

 

「そうやね、こう連日炎天下で練習だと体もキツイし」

 

「場所を変えるのは、練習も気持ち的にも新鮮味があるからね」

 

 穂乃果の突然の提案に割りと乗り気な反応が多かった。

 

「でも何処に?」

 

「海だよ、夏だもん」

 

「海──つまりみんなの水着姿が見れる!! 良いね!!」

 

 海未の疑問に穂乃果が海と答えると、別の意味でテンションを上げてるのが居るけど、みんな敢えてスルーしている。

 

「費用はどうするんです」

 

「それは……」

 

 費用について聞かれると、穂乃果は表情が固まる。その様子だと、費用については何も考えてないみたいわね。

 

 海未の言う通り、みんなで合宿するんだから何処か泊まらなきゃいけないけど、当然お金も掛かってくるし、そこまでの交通費もあるわ。

 

 いやそこは部費で何とか言いたいところなのだけど……ほら、それは……ちょっと私が……アイドル必要資料として……。

 

 そんなわけでアイドル研究部(うち)にはそんなお金はないわ。

 

 そんなことを心の中で少し申し訳なく思ってると、突然穂乃果はことりの手を引っ張っていった。多分、穂乃果が考えてることは大体分かるんだけど。

 

「ことりちゃんバイト代何時入るの?」

 

「えぇ~!!」

 

「ことりを当てにするつもりだったんですか」

 

「違うよ、ちょっと借りるだけだよ」

 

 いや、いくらなんでも幼馴染だからと言って、十人分の費用を借りようとかするのはどうかと思うわよ。

 

「なら沙紀ちゃんは? 沙紀トップアイドルだったんだからいっぱいお金持ってるんじゃない?」

 

「えぇ~!! 今度は私!?」

 

 ことりがダメだったから今度はお金を持ってそうな沙紀に標的を変えて頼もうとする穂乃果。流石の沙紀も急にお金を貸してと言われてビックリしてる。

 

「確かにお金は印税でかなり稼いで殆んど貯金してるから持ってるけど……」

 

「おぉ~!! 流石はトップアイドル」

 

 そうよね、変態だからよく忘れるけど、こいつ元売れっ子トップアイドルなのよね……。ん? 何か今、こいつさらっとヤバイこと言わなかった。

 

「ちょっと待って……あんた……今印税って言ってなかった?」

 

「言いましたけど?」

 

「そう……なら良かったわ……」

 

 そっかそっか印税で稼いでたのかなら納得よね……。

 

「えぇ~!! 印税って!!」

 

 あまりにも予想外のことに私はワンテンポ置いてから驚いた。

 

「すごい沙紀ちゃん、でもどうして? アイドルなのに」

 

「写真集とか結構出してたから……それで……」

 

「あぁ……そういえば出てたわね」

 

「それ私買いました!!」

 

 私が写真集を出ていたことを思い出すと、話を聞いてた花陽もやっぱり買ってたみたい。

 

 私も買ったわ、星野如月の写真集。それも鑑賞用、保存用、布教用で三冊も。

 

「なら大丈夫だよね」

 

 取り合えずお金を持ってることが分かった穂乃果は沙紀にお金を借りようとすると、沙紀はちょっと困った顔をする。

 

「え~と……その……言いにくいけどちょっと無理、ごめんね、これ私の生活費だから」

 

 そういって申し訳なさそうに穂乃果に謝る沙紀。

 

 それはそうよね。こいつバイトしてる様子のないし、他にお金を稼ぐ手段があるとは思えないし。それに沙紀の家庭環境を考えれば……。

 

「そっか、なら無理に頼めないね」

 

 沙紀の雰囲気から流石にそこは空気を読んだのかお金を借りるのを諦める穂乃果。

 

 生活費ねぇ。そういえば何だかんだ沙紀と一緒に居るけど、こいつがどんな暮らしをしてるのか知らないのよね。

 

「そうだ、真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない?」

 

 ことり、沙紀とお金を借りれないと分かると穂乃果は、次はお金持ちである真姫に相談しようとする。

 

 いくら真姫の家がお金持ちだからって、流石に別荘とか持ってるわけないわよね。

 

「あるけど……」

 

 あるの!? お金持ちだって聞いてたけど、別荘を持ってるレベルのお金持ちだったなんて、沙紀と同様羨ましいわ。

 

「ホント!! 真姫ちゃんお願い~」

 

「ちょっと待って、なんでそうなるの!?」

 

 別荘があると分かると、すぐに穂乃果は真姫の肩を掴んで別荘を使わせて貰うおうとおねだりをすると、真姫は急に触られて驚く。

 

「そうよ、いきなり押し掛ける訳にはいかないわ」

 

「そう……だよね」

 

 絵里に正論を言われて、穂乃果は少し悲しそうな顔をして真姫から離れる。

 

 穂乃果が真姫から離れると、完全に合宿するモチベーションだったから、何となく他のメンバーも口にはしないけど、目で別荘を借りられないのか訴えるような雰囲気を出してる。

 

「仕方ないわね、聞いてみるわ」

 

 そんな雰囲気を察して、折れたのか少し溜め息をしてから別荘を借りれるか頼んでくれるみたい。

 

「ホント!!」

 

「やったにゃ~」

 

 合宿が出来るかもしれないと喜ぶ私たち。私も海で遊びたかったから、思わずテンションが上がってくる。

 

 取り合えず今度新しい水着を買いに行かなくっちゃね。この私の美貌をみんなに見せつけるわよ。

 

「合宿……水着……お風呂……寝顔……フフフ……」

 

 何か近くでとっても不気味なほど別の意味でにやけるやつが居るけど……うん、どうせ何時もみたいに自爆するからほっとくわ。

 

「そうだ、これを機にやってしまった方が良いわね」

 

 そんな風にみんながテンションを上げてるなか、絵里が何か企んでるのに私は何も気にしてなかった。

 

 2

 

 そうして真姫の家の別荘が借りれることが決まり、各自合宿に向けて準備をしていると、あっという間に合宿当日になったわ。

 

「えぇ~!! 先輩……禁止!?」

 

 集合場所の駅でみんなが揃うと、穂乃果は絵里の突然の提案に驚く。

 

「前から気になってたの、先輩後輩はもちろん大事だけど、踊ってるときにそういうこと気にしちゃ駄目だから」

 

「そうですね、私も三年生に合わしてしまうところがありますし」

 

 絵里の言いたいことは分かるわ。練習中も本番も海未が言ってたようにそんな雰囲気は感じるのだけど……。

 

「そんな気遣い全く感じないんだけど……」

 

 何と言うか私には上級生として周りから敬われたことが、穂乃果たちが入ってからの最初の頃にしか感じてないのだけど。

 

 いや、一人私のことすごく敬ってるのが居るけど、あれは最早別の次元だし。

 

「それはにこ先輩は上級生って感じじゃないからにゃ~」

 

「上級生じゃなきゃ何なのよ」

 

 下級生の凛にそんなことを言われるなんて、一体こいつ私のことホントどう思ってるのよ。

 

「後輩」

 

「ってゆうか子供」

 

「マスコットかと思ってたけど」

 

「どうゆう扱いよ」

 

 後輩と子供は分かる。確かに私は背は低いけど、流石にそこまで言われる筋合いはないと思うけど、それよりもマスコットって何よ。全く意味が分からないわ。

 

 取り合えず分かったのは私のこと全くこれぽっちも上級生として(さらに同級生まで)敬ってないってことよ。

 

「そうだよ!! みんなにこ先輩を軽く見すぎだよ!!」

 

 みんなが私の事を散々に言ってるのを聞いて、やっぱり我慢出来なかったのか、沙紀が大きな声を上げる。

 

 何時もは鬱陶しいレベルで私の事を敬ってくる沙紀だけど、周りに誰も敬ってくるくれる人が居ないからこういうときにはホント頼もしいわ。

 

「そうよ、あんたなら分かってくれると思ってたわ、言ってやりなさいにこの素晴らしさを」

 

「にこ先輩は後輩でも子供でもマスコットでもなく、まさに神」

 

「そうよ、そうよ──ん?」

 

 この雰囲気ヤバイ感じがするのは、私の気のせいかしら。

 

「安易に例えるのなら女神ヴィーナス、いや、最早神に言葉は不用、美しさと可愛さを超越した概念そのもの」

 

 まるで教会で神に崇める信者のように手を重ねながら、どう言ったらいいのか分からないけど、何もかもおかしいレベル。

 

「うん、とりあえず沙紀ちゃんの愛がもうとっくに歪んでることが分かったよ」

 

「怖いにゃ~」

 

「一先ず警察に通報しておく、何かする前に」

 

「まあ、にこっちが責任とって委員長ちゃんの面倒見るしかないなぁ」

 

「ホント、にこ……沙紀に何したのよ」

 

 沙紀のその姿にその言葉にみんな完全に引いてる。それどころか、私が何か悪いみたいなってるだけど。

 

「違う──私はこいつに何もしてないから勝手に言ってるだけだから」

 

「酷い、私の初めて全部奪っておいて勝手にだなんて……」

 

「また誤解される言い方を……」

 

 あれ? おかしいわ。私が上級生として素晴らしさを言ってもらおうしてたはずなのに、逆に私の立場がどんどん危うくなってるんだけど。

 

「誤解も何もありません、髪の毛の一本一本から足の爪先まであなたの物です❤」

 

 よしっ、黙らせるために一回殴っておこう。

 

 そうして私は何時ものように沙紀に一発入れて、一応事態を(無理矢理)終わらせた。

 

「……じゃあ、さっそく今から始めるわよ、穂乃果」

 

 若干戸惑いながら話を最初に戻す絵里。何と言うかごめんなさい。私は気絶して倒れてる沙紀を踏みつけながら、心の中で思っておく。

 

「えっ? 何だったっけ?」

 

 沙紀の暴走で話がかなりずれて話そのものを忘れてる穂乃果。

 

「先輩禁止って話よ」

 

「はい、良いと思います、え、絵里ちゃん」

 

「うん」

 

 恐る恐る絵里をちゃん付けで呼ぶ穂乃果に、絵里は笑顔で返事をした。

 

「ん~何か緊張」

 

 まあ、今まで先輩って呼んでいたから後輩たちの緊張感は半端ないと思うけど、ここは上級生であるにこが心を広く受け入れてあげるわ。

 

「じゃあ凛も」

 

「ことり……ちゃん?」

 

「はい、よろしくね凛ちゃん、真姫ちゃんも」

 

「えっ!?」

 

 凛に返事をしたと思ったら、急にことりから振られて恥ずかしそうに戸惑う真姫。

 

「べ、別にわざわざ呼んだりするもんじゃないでしょ」

 

 恥ずかしいのか意地っぱりなところもあって、話を逸らしてことりをちゃん付けで呼ばなかった。

 

「では改めて、これより合宿に出発します、部長の矢澤さんから一言」

 

「えっ!? にこ?」

 

 突然、自分に振られて戸惑う私。一体何を言えばいいのと思いながらみんなの中心まで歩き、メンバー全員から注目される。

 

「え……しゅ、出発~」

 

「それだけ?」

 

「考えてなかったのよ!!」

 

 いきなり振られるとは思っても見なかったのよ、仕方がないじゃない。

 

「全くそれではダメですよ!!」

 

「うわっ!! ビックリした、ってか復活はやっ!!」

 

 気絶してたと思ってた沙紀が急に起き上がって、さっきの私の一言にダメ出しをする。

 

「トップアイドル足るもの常にどんなアドリブ、どんな振りに、鮮やかにこなせなければなりません」

 

「何と言うか本物のトップアイドルが言うから説得力がある……」

 

 あぁ、そうだ、こいつ星野如月だったからマジで説得力がある。ってか星野如月ってアドリブ強かったっけ? 確か基本冷淡な感じだったからイメージ全くないんだけど。

 

「なので!! この合宿中に私がにこ先輩に何かアドリブ、何か振りを何処かで仕掛けることにしました」

 

「ちょっと待って、聞いてないわよ」

 

「はい、今思い付きましたから」

 

 一体、私は何をされるのよ。沙紀はやると言ったら確実にやる子だから、今日と明日を乗り越えなければならなくなってしまった。

 

 そうして、沙紀は私にこの合宿中に何か仕掛けると宣言をして、波乱の合宿が、いま幕を開けようとしていた。

 

 3

 

 私だけ何が起こるか分からない完全ドッキリ合宿と化して、電車に乗り込んで、合宿先の真姫の別荘にみんなワイワイと騒ぎながら、楽しそうにお喋りをしてる。

 

 そんな光景を見ながら私はこれから起こるであろう何かに怯えながら──

 

「はい、にこ先輩、あ~ん」

 

 沙紀が作ってきたお弁当を何時ものように食べさせられようとしていた。

 

「だから自分で食べられるわよ!!」

 

「え~、だって私にこ先輩の専属奴隷ですし、にこ先輩のお世話は私の仕事と言いますか、使命と言いますか」

 

「しなくっていいから、あとまたさらっと変なこと言わなかった!?」

 

 何か専属奴隷とか全く聞いたことない単語が出てきた気がするけど、完全に気のせいじゃないわね。

 

「言いましたけど何か?」

 

「曇りのない瞳で……ストレートに……もうちょっとは言葉を選びなさいよ」

 

 私は呆れながら沙紀からお弁当を取って、彼女が作ってくれたお弁当を食べ始める。せっかく私の為に作ってくれたのだから、食べないのは勿体無いわ。

 

 しかし、相変わらず沙紀が作ってくれたお弁当はおいしい。私の好みに合わせて味付けしてるし、ちゃんと栄養がバランス良く摂れるようにおかずも選んであるわ。

 

 ホント、こいつ普通にしてれば美人だし、何でも出来るから無敵なのに……。

 

「そういえば、みんな先輩後輩止めるって言ってるんだから、あんたも止めなさいよ」

 

「えっ? マネージャーの私も対象なんですか」

 

「そりゃ、そうでしょあんたも部員なんだから」

 

 あまりにも何時ものようなノリでやってたから忘れたけど、みんなでそう決めたんだから、一人だけやらないのは、ダメだと思うわ。

 

「まあ、確かにそうですけど……」

 

 沙紀は納得はしてるけどとても抵抗がある感じを出していた。変ね、何時もなら普通に勢いでやりそうな感じなのに。

 

「それでは……にこ……ちゃ……」

 

 そんなことを思いながら沙紀は私のことちゃん付けで呼ぼうとすると、突然、パッチンと何か叩く音がした。

 

「あんた──何してるの!?」

 

 私は沙紀に向かってそう心配した。何故ならこの子は私の事を呼ぼうとしてたら、突然自分で自分に向かって思い切りビンタをしたのだから。

 

「何でもありません、気にしないでください」

 

 私が心配すると、何も無かったかのように何時もの感じで答える沙紀。けど、その沙紀の頬は少し赤くなったし、何となくだけど、僅かに震えてる気がした。

 

「やっぱりにこ先輩のことはちゃん付けでは呼べません、私にとってにこ先輩は神ですから」

 

 その言い方だと、希と絵里は普通に呼べるみたいな言い方だけど……元々希はお姉ちゃんって呼んでたわね。

 

「それとも先輩が駄目ならにこ神様って呼びますよ、私はこっちの方が良いです」

 

「流石にそれは勘弁してほしいわ」

 

 人前で自分の事を神様とか呼ばれるなんて、羞恥プレイにも程があるじゃない。

 

「なら良いわ、無理に呼ばなくって絵里には私が言っておくから」

 

 この子が何故私にだけちゃん付けで呼べないのか、理由は全く分かんないけど、辛そうな感じで呼ばせるのは違うと思うから。

 

「ありがとうございます、愛してますにこ神様」

 

「だからそれは止めなさいよ!!」

 

 ホント、こいつはわけ分かんないわね。けど、やっぱりそれが良いわ。意味分かんなくっても沙紀が笑ってくれないと、ここに入れた意味がないから。

 

「それにしても楽しみです、みんなで合宿」

 

「そう?」

 

「学校の部活でみんなで何処か行くなんて、私すっごく楽しみにしてたんですから」

 

 そういう沙紀の顔は、本当に楽しみにしてるのが見て分かるくらい、いい笑顔をしていて、思わず私は沙紀に見とれていた。

 

「もしかして、私の笑顔に見とれちゃってました?」

 

 私が沙紀の顔をじっと見ていたことに沙紀は気付いて、そんな風にからかってくる。

 

「べっ、別にそんなんじゃないわよ……」

 

 私は照れ隠しで窓の方を向いて、沙紀のお弁当を食べながら視線を逸らす。

 

「照れちゃってます? 照れちゃってます? 照れてるにこ先輩も可愛い」

 

 からかうネタを見つけたから弄り倒そうとする沙紀。鬱陶しい感じはするけど、沙紀のこのノリは嫌いじゃないだけど、やっぱり鬱陶しい。

 

「ゆっくりお弁当を食べさせなさいよ!!」

 

 電車の中の雰囲気はそんな感じで、私たちは合宿先に向かうのだった。

 

 3

 

 電車で長い時間移動してそれから駅を降りて、真姫に案内されながら歩いていると、目的地である真姫の別荘に着いた。

 

『おぉ~!!』

 

 真姫の立派な別荘を見て、私たちは驚きの声を出した。

 

「すごいよ真姫ちゃん」

 

「流石はお金持ちにゃ~」

 

「そう? 普通でしょ」

 

「まあ、取り合えずお約束として……真姫ちゃん結婚しよ」

 

 みんなが驚いてるなか、沙紀は真姫の両手を握りながらまっすぐ真姫の瞳を見て、アホなことを口にした。

 

「何でそうなるの!!」

 

「えっ? だってお金持ちキャラがidentityを見せたらこれやって返すのが普通でしょ」

 

 まあ、何となく沙紀が言いたいお約束は分かるけど、それダメな異性がやるもんじゃないの。あっ、でも沙紀は百合だから言っても問題ないのかしら。

 

「何処の世界の普通よ!!」

 

 どうやらそのお約束を真姫は理解して無かったみたいで、無粋なツッコミを入れる。だけど、真っ直ぐ沙紀に見つめられたせいなのか少し顔が紅い。

 

「あれ? もしかして本気にさせちゃった? 良いよ、私は真姫ちゃんみたいな可愛い娘は何時でもwelcomeだよ」

 

 真姫の顔が紅いのに気づいた沙紀は、握っていた彼女の両手を離して、抱き付こうとする。

 

「そんなんじゃないわよ!!」

 

「アフッ!!」

 

 抱き付こうとする沙紀に、真姫は反射的に頭にチョップを入れると、何時ものように沙紀は叩かれた頭を抑える。

 

 真姫の別荘に入る前にそんなやり取りがあったけど、私たちは中に入って、荷物を一先ず真姫に案内された個室に置き、別荘の中を見て回る。

 

 外から見ても立派だったけど、やっぱり中も羨ましいくらいにとても立派だったわ。

 

「このキッチンにある調理器具良いものばかりだね」

 

「うん、見たことない道具もたくさんあるよね」

 

「そ、そ、そうね……ホント羨ましいわよ」

 

 私と沙紀とことりは料理する機会も多いから、何となくキッチンの方に足を運んでみると、そこにあったのは高そうな調理器具ばかり。

 

 他の物じゃああまり実感は湧かなかったけど、身近でよく使う道具が良いものばかりだと、真姫が本当にお金持ちだと実感してしまうわ。

 

 羨ましいわ。けど私だって何時かはそこにいる沙紀みたいにCDバンバン出して、大きなライブをいっぱいやって、写真集とか出して豪勢な生活をしてやるわ。

 

「そう? 多分良いものだとは思うけど、よく分かんないわ、料理人が選んだ物だから」

 

「り、料理人!?」

 

 そんな風に決意してると、真姫が話を聞いていたのか、そんなことを口にするけど、何かとても聞き捨てならない単語が聞こえたわ。

 

「そんな驚くこと?」

 

「驚くよ~、そんな人が家に居るなんてすごいよね」

 

「そうだよ、普通そんな人居ないって」

 

 私が料理人が居ることに驚いた事がイマイチ理解できてない真姫に、ことりは普通に驚いて、沙紀もことりと同じ反応をしてる。

 

「へぇ~真姫ちゃん家もそうだったんだぁ、にこ家も専属の料理人居るのよね」

 

 二人が驚いてるなか、最初に驚いて手遅れかもしれないけど、後輩に負けた気がするから見栄を張って、ついそんな嘘を付いてしまう。

 

「だからにこ全然料理したことなくって~」

 

 よくよく考えてみたら、こんな嘘を言ったってまたに家に遊びに来る沙紀が居るから騙せないんじゃない。

 

「えぇ~!! にこ先輩もそうだったなんて」

 

「にこに~でしょ」

 

「えっ?」

 

「にこ先輩じゃなくって、にこに~」

 

 ことりは純真だったから騙せたけど、私に先輩を付けて、先輩禁止を忘れてたからそこを注意する。

 

「あっ! そうだね、にこちゃん」

 

 ことりは言われて気付いたのか、すぐに直すけど、やっぱりそう簡単には良い慣れた呼び方は直らないわね。何だかんだで三ヶ月くらいは呼んでたし。

 

「でもホントににこちゃんも料理人が居るなんてすごいよね」

 

 うっ、何か話が戻ったわ。どうしよう、このまま続けるとボロが出るわ……。そんな風に困ってると沙紀が突然、笑いだして──

 

「フフフ、何を隠そう私が専属料理人なのです」

 

 幾ら何でも無理がある嘘を言った。イヤ、流石にそれは無理あるでしょ。確かにあんたはたまにお昼にお弁当を作ってくれるけど。

 

「そうだったの!?」

 

 えぇ!! 騙されちゃってるよこの子。何をどうしたら騙せるのよ。

 

「私のレシピには何か知らないけど授かった料理の数々が記されてる」

 

「何だかよく分かんないけどすごい」

 

 ホント、何だかよく分かんないわよ。何? 知らないけど授かった料理の数々って逆に怖いわ。どんな料理よ。

 

「でもそれって、沙紀ちゃんとにこちゃんの場合だと恋人同士の関係だよね」

 

「はっ?」

 

 何を思ったのかことりはとんでもない爆弾発言をして、私はキャラとか見栄とか関係なく、素で反応してしまった。

 

「何で私とこれだと恋人同士の関係なるのよ!!」

 

「えぇ~、だって沙紀ちゃんとにこちゃんってことりたちから見たらそう見えるよ」

 

「流石は私のソウルフレンド分かってる」

 

 そう言って沙紀とことりは熱い握手を交わす。あんたたちいつの間にそんなに仲良くなったのよ。それよりも明らかにネタ仕込んでたでしょ。

 

「まあ、私はにこ先輩の専属奴隷でもあり、専属料理人兼良妻ですし、そう見えるのは仕方ないですよね」

 

「いやいや、見えないから。あと兼任したらおかしい物が混じってるわよ」

 

 だから何よ専属奴隷って、奴隷は職業じゃないから。全く違うから。

 

「はぁ~、バカらしい、こんな所まで来て夫婦漫才見せられるとか、私向こう行ってるわ」

 

 一部始終見てた真姫は呆れた顔をして、その場を離れようとする。

 

「だから違うわよ、あとあんたも爆弾発言をするんじゃないわよ!!」

 

 私はそう叫ぶけど、既に真姫の姿はなく、さっさと何処かに行ってしまった。

 

「そんなわけで今夜は熱い夜ですね」

 

「──何がそんなわけよ、意味が分かんないわよ」

 

「本当に二人は仲良いね、幸せに~」

 

 真姫は居なくなって、私の周りには誰一人味方が(元から一人も居なかったけど)居なくなり、なかなか酷い状況になってる。

 

「みんな、そろそろ準備をして玄関に集まって」

 

 遠くから絵里の救いの声が聞こえてくる。多分、今から海で遊ぶのね。今が逃げるチャンス。

 

「ほら、絵里が呼んでるわよ、今から準備するわよ」

 

 私は海で遊ぶ気満々だったから既に下には水着を着てるし、このまま絵里の所まで直行すれば、逃げられる。

 

「そうだね、私も着替えてくるね」

 

 ことりは水着を着てなかったみたいで、その場から離れて着替えに行く。ことりならそうだろうと思ってたわ。これが穂乃果や凛だったら、私と同じように着てきたと思う。

 

「分かった、またあとで──では、にこ先輩行きましょう」

 

 そう言って沙紀は私と手を繋いで(しかも恋人繋ぎで)私と一緒に着替えに行こうとする。

 

「にこは水着着てあるから、あんた一人で行ってきなさいよ」

 

「まあまあそんなこと気にせず、私の水着を最初ににこ先輩に見てもらおうかと思って」

 

 そう来た!! 完璧に沙紀のやってることが好きな子にやるような事じゃない。うん、こいつだけ見れば恋人同士に見えるわ。

 

「それではレッツゴーです」

 

 何処か納得した私の事を気にせず、沙紀はそのまま私を引っ張って、彼女の着替えをまさかの終始見せられる羽目になった。

 

 4

 

 沙紀の着替えを見せられて、玄関の前に集まると、私は近くにあった柱の所で落ち込んでいた。

 

「どうしたの? にこちゃん?」

 

「何でもないわよ……今は一人にして……」

 

 落ち込んでいた私に気付いた穂乃果は心配してくれるけど、私は自分よりある穂乃果の胸を見て、更に落ち込む。

 

「一体何があったのかな、知ってる沙紀ちゃん?」

 

「いや、特に?」

 

 何か落ち込んでる理由を知ってそうな沙紀に穂乃果は聞くけど、沙紀はよく分かってない表情をしてた。

 

「それじゃあみんな注目」

 

 そのまま一人で落ち込んでると、いつの間にか全員集まっていて、沙紀が自分の方を見るように声を掛ける。

 

「とりあえず今からだけど……練習のつもりだったんだけど……」

 

「──えっ? 普通に練習するつもりだったの?」

 

 沙紀の練習って言葉に反応する穂乃果。私も練習じゃなくて遊ぶ気満々だったからちょっと驚いてる。

 

 練習って言われて周りをよく見たら、私と穂乃果と凛以外普通に練習着だった。沙紀も水着は着てるけど、上にTシャツ着てる。

 

「えぇ~せっかく海に来たんだから凛は遊びたいにゃ~」

 

「うん、それは分かってるよ、私だって遊びたいし、みんなも遊びたいと思うから軽く練習してそれから遊ぼうと思ったけど……」

 

 沙紀ならその辺もきっちり汲んでやってくれるだろうと思ってたから、練習って言われてもそんな多くやらないと思う。でもさっきからどうも歯切れが悪い話し方をしてるような。

 

「まあ、とりあえず──海未ちゃん交替」

 

「はい」

 

 よく分からないまま沙紀は、突然、海未と進行を交替して、海未から大きな貼り紙みたいものを受け取る。

 

「ホントにこれやるの?」

 

「勿論です」

 

 受け取った貼り紙を自分だけ見えるように沙紀は広げて、海未に何かを確認する。

 

「沙紀に代わって今回は私が練習メニューを考えました」

 

「ゲッ、海未ちゃんが……」

 

「何か言いましたか穂乃果」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 海未が練習メニューを考えたと言うと、穂乃果が露骨に嫌そうな顔をしてた。

 

「何で今回は何時もみたいに沙紀ちゃんじゃないの」

 

 ことりが珍しく沙紀が練習メニューを担当してないことに疑問に思って、そんな質問する。みんなもうんうんと頷いて、その理由を知りたいみたい。

 

「それは……ここ最近ちょっと忙しくって……」

 

「沙紀はクラス委員に部活、生徒会、学園祭実行委員と最近は特に多忙なので、私が代わりを買って出ました」

 

「そういえば委員長ちゃん、最近部活出れない日が多かったね」

 

「そうね、休み時間も別の仕事してる姿をよく見るわ」

 

 こいつ元々多忙なのに、学園祭実行委員まで押し付けられたんだっけ。それなら確かに忙しくて練習メニューを考える暇とかないと思う。

 

 けど、沙紀本人は一番にここを優先すると思うのに考えないのは、変ね。絶対真っ先に練習メニューを考えそうなんだけど。

 

「私からしたら真っ先に考えようとしてたんだけど、海未ちゃんがね」

 

「丁度沙紀から色々と練習メニューについて、指導して貰ってましたから、実際に考えてみたいと思ってたので」

 

 どうやら何故か海未と練習メニューについて色々と教えみたいで、そのときに今回の合宿の練習メニューを作りたいと言い出したみたい。

 

 なるほど大体事情は分かったわ。それにしても大変よね。沙紀も色んな仕事を押し付けられて。大丈夫なのかしら。

 

「そんな経緯もありまして、これが合宿での練習メニューになります」

 

 沙紀が練習メニューが掛かれると思われる貼り紙を壁に貼ると、海未が今回の合宿の練習メニューをノリノリで発表する。

 

「おぉ~」

 

「すごい、こんなにビッシリ」

 

 紙いっぱいにデカデカと大きく書かれた練習メニューにみんなが驚きの声を出した。と言うより何か色々とヤバイ書かれてない!? 

 

「って海は!?」

 

「えっ? 私ですが」

 

 今のは何。ボケなのそれとも素なの。どっちなの。

 

「そうじゃなくって、海だよ、海水浴だよ」

 

「あぁ、それならほら」

 

 穂乃果にそう指摘されて気付いた海未は笑顔である部分を指差す。そこには──

 

「遠泳10キロ……」

 

「そのあとランニング10キロ」

 

 何この地獄の特訓メニュー。絶対に死んじゃうわよ。

 

「最近基礎体力を付ける練習が減ってます、せっかくなので、ここでみっちりとやっといた方が良いかと」

 

「それは重要だけど……みんな持つかしら」

 

 絵里は海未が言いたいことは分かってるけど、流石にこのメニューはキツイだろうと思って、遠回しに止めた方が良いと言ってるので、私たちは全力で頷く。

 

「大丈夫です、熱いハートがあれば」

 

 ダメだ。全く聞こえてないわ。海未は変な方向へ飛んでいってる。その証拠に何時もより目がキラキラしてる感じがするし。

 

「やる気スイッチが痛い方向へ入ってるわよ、何とかしなさい、とゆうか何とか出来なかったの」

 

 私たちは集まってこの練習を回避するためにこそこそと話し合う。

 

 絶対このレベルなら沙紀が止めるレベルでしょ。何でこんなのが野放しになってるのよ。

 

「私も今日初めて確認して、多分みんな嫌がると言ったんですよ、けど……」

 

「けど何よ」

 

「海未ちゃん……練習を娯楽とか何かと勘違いしてるレベルで私の手には負えなかったんです」

 

「沙紀ちゃんが手に負えないって、ダメなレベルにゃ~」

 

「海未ちゃん昔から真面目な所があったから……」

 

 真面目で済むレベルじゃないでしょ。こんなのに巻き込まれたら私たち確実に生きてここに戻れないわよ。

 

「仕方ない、教え子の不始末は私が付けます」

 

 そう言って沙紀は何か決意して、三つ編みをほどいてから海未の方まで歩いて目の前まで行くと、海未の顔の横でドンっと右手を壁に付ける──所謂壁ドンを、沙紀は海未にした。

 

 あいつ、バカでしょ。海未に対して前科が有りまくりなのに壁ドンなんて。

 

「ねぇ、私……海未の水着が見たいわ」

 

「えっ……そんなこと急に言われても……」

 

 突然、何時もより声が低くクールな感じで喋る沙紀に、戸惑う海未。ここからじゃあよく見えないけど、何となく満更でもないような顔をしてる気がする。

 

「急にじゃないわ、私、前からずっと見たいなって思ってたのよ」

 

 そう言って沙紀は海未の髪とか肌に触れ始める。これは……あとで調子に乗って何時ものを貰うパターンね。

 

「今のうちに海に行くわよ」

 

「うん、そうだね」

 

「沙紀ちゃんの犠牲は無駄にしないにゃ~」

 

 そうして私たちは海未が沙紀に気を取られるうちに、花陽とことりを連れて、海の方へと逃げ出した。

 

 そうして私たちは待ちに待った海に辿り着くと、そこには私たちの目の前には青い空、白い砂浜、そして綺麗な海が広がっていた。だけど、私たちは誰も遊ぶ気にはなられなかった。

 

「ついに……にこたちは自由を得たのね」

 

「うん……だけど……」

 

「それを手に入れるために……沙紀ちゃんを……」

 

「えっ? えっ!?」

 

 ここまで来るのに、私たちは沙紀を囮にしてしまったことに、深い悲しみしか覚えてない。そんな光景を見てた花陽がすごく戸惑ってる。

 

「そうだ、ここに沙紀ちゃんのお墓を立てるにゃ~、大好きな女の子の水着が何時でも見られるように」

 

 凛はそんな提案をすると、私はとてもいいアイデアだと思った。ずっと女の子水着が見たいって言ってたから、その願いがずっと叶うように。

 

「それじゃあ墓標を立てないとね、何かない?」

 

「あっ、それなら……はい、落ちてたアイスの棒」

 

「良いわね、それ」

 

「それで良いの!?」

 

 私は穂乃果から落ちてたアイスの棒を受け取ると、花陽がそんなツッコミを入れるけど、気にせず今度は何か書くものがないか探す。

 

「はい、これ使って」

 

「ありがとう、ことり」

 

 ことりからペンを受け取り、私はアイスの棒に『さきのはか』と書いて、砂浜に軽く山を作って、その上に突き刺す。

 

「それってペットのお墓だよね!?」

 

「きっと何時までも私たちの事を見守ってくれるわよね」

 

「うん、そうだね」

 

 私たちはお墓の前に立ち手を合わせてから、そうして広い海を見ながらあの騒がしかったマネージャーは──

 

「ちょっと待って~~!! 何で死んだみたいになってるの!?」

 

『沙紀(ちゃん)!?』

 

 突然、沙紀が私たちに対して大きな声でそんなツッコミを入れると、私たちは大きな声で反応する。

 

「良かった~生きてたんだね」

 

「お陰さまで、調子に乗ったら数十メートル吹き飛ばされてから階段を落下したけど……」

 

 何だやっぱり何時ものように海未に制裁を受けたのね。でもそれでもピンピンしてる所を見ると、流石はこいつね。

 

「それでも色々とおかしいよ、何このお墓!?」

 

「それは花陽ちゃんがツッコミ入れたから」

 

「なら良し、ありがとう花陽ちゃん」

 

「えっ? あっ、はい……」

 

 色々と沙紀は指摘したいところがあったみたいだけど、花陽がツッコミでくれたから、特に何も言わず花陽にお礼を言う。

 

「でも、沙紀ちゃんも来たことだし、みんなで遊ぼう!」

 

「じゃあ、向こうに居るみんなを呼びに行かないとね」

 

 多分、私たちが逃げたことで海未を説得しやすくなってるはずだから、絵里辺りが説得してると思うし。

 

「思いっきり海を満喫しよう!!」

 

『おぉ~!!』

 

 そんなわけで変なやり取りがあったけど、絵里たちと合流してみんなで海で遊ぶことに決まったわ。

 

「私……海未ちゃんとどんな顔をしていれば良いんだろう……」

 

「まあ、それは……頑張りなさい」

 

 海未に対して、前科がまた一つ増えた沙紀に、そんな言葉を掛けるしかなかったわ。




そんなわけでボケたり、何だったりと騒がしい話でした。

でもこのあとにも水着、お風呂とか控えてる辺り沙紀のテンションも振りきっちゃいますのが目に見えてますね。

そんなわけで何か感想がありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると有り難いです。

それではみなさま良いお年を。


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二十五話 女の子の水着は何時見ても良いもの

お待たせしました。

サブタイについてのツッコミはなしの方で。

それではお楽しみください。


 1

 

 解いた髪を手慣れた手付きで、ぱぱっと、三つ編みに結び直してから、鏡を見て、髪型が乱れてない事を確認する。

 

「準備よしっ!」

 

 今から必要な物を確認して、それらを持ちその場から離れる。そのときの私の足取りは、とても楽しそうにしてた。

 

 それも当然。何て言ったって、今からは私にとっての天国──パラダイスが、目前にあるのだから、気持ちも昂るのは仕方がない。

 

 楽しさのあまり、次第に足取りは軽く早足になり、真姫ちゃんの別荘を後にして、海岸へ続く階段を降りると──

 

「沙紀ちゃ~~ん!! こっちこっち」

 

「分かった、そっち行くね」

 

 穂乃果ちゃんが大きく手を振って私を呼ぶ声が聞こえると、私は声がした方へ早足で向かう。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

 

「ううん、大丈夫だよ、それよりみんなは?」

 

 先に着替えて待ってた穂乃果ちゃんに謝るけど、特に気にせず、まだ来てないみんなの事を聞いてくる。

 

「もうちょっとしたら来ると思うよ」

 

 楽しみ過ぎて一人で先に来ちゃったけど、準備してたときに、みんなも大体準備できてたみたいな声が聞こえたから、そんなに時間は掛からないと思う。

 

「海が楽しみで先に一人で来るなんて、あんたも子供ねぇ~」

 

「それは凛たちも人のこと言えないにゃ~」

 

 私に対してからかおうとしたにこ先輩だったけど、思いきり自分たちにブーメランが突き刺さってる事を言う凛ちゃん。

 

 しかし改めてちゃんと三人の水着姿を見ると……やっぱり可愛い。

 

 穂乃果ちゃんは前にわしわししたことがあったから、それなりにお胸様があることは知ってたけど、実際にこの目で見るのは初めて。うん、悪くない。

 

 比較的に穂乃果ちゃんは大体平均的なバストをしてるけど、逆に大き過ぎず小さ過ぎずなお胸様くらいがわしり甲斐がある。

 

 ましてや、まだ高校生。成長する可能性が秘めてる。美しい形、大きさ、気を付けていれば得られるだろう。今後に期待。

 

 凛ちゃんは脚だね。元々運動してたみたいだから、いい感じに太股に筋肉が付いて、つい触りたいって思う。えっ? スカートでも太股は見てるだろって。

 

 分かってない。スカートと水着の時では全く違う。鯛焼きの餡とクリームほど違う。

 

 スカート時は、動く際に見える下着が見えるか見えないかの、ギリギリの瀬戸際を堪能しながら見るもの。

 

 対して水着は、運動して使われる太股を堪能して、合法的に見ることが目的。海に入って濡れた太股が水と大陽で、キラキラと光る姿はまさに美しい。

 

 にこ先輩については……語る必要はない。人間ごときが神を語るなんて烏滸がましい。

 

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 

「えっ? 何ですか?」

 

 三人の水着姿を堪能し終えて、そろそろ他のみんなの水着を見たいなって思っていたら、急ににこ先輩に私にとても何か言いたい表情をしていた。

 

「明らかにあんた、私を見てた時間が短かったわよ!! どうゆうつもり!?」

 

「えっ!? バレてました」

 

「バレバレよ!!」

 

 にこ先輩がそう言うと穂乃果ちゃんと凛ちゃんはうんうんと頷いている。

 

「そんなじっくり見てたかな?」

 

「見てたよ、何だろう……こう獲物を狙う獣の目? みたいに」

 

「正直、怖かった……」

 

 嘘、本当に。そんな目で見てたの。全然自覚が無かったんだけど。普通に見ていた気がしたんだけどなあ。

 

「でもにこを見てた時は明らかに違う目をしてたわよ」

 

「それはもちろん、にこ先輩は神様ですから、次元が違いますから」

 

「それって……にこが他のみんなとは比べるまでって言いたいのね」

 

 にこ先輩は他のみんなとは一線画す存在。おいそれと比べること事態が烏滸がましい。

 

「その通りです、にこ先輩の姿に言葉は要りませんから」

 

「そう……そうなのね……」

 

 そう言ってにこ先輩は体をプルプルと震えながら、私の方に近づいてくる。そのときのにこ先輩の顔は若干顔を伏せてるので見えない。きっと私の言葉は真実だから、そう言われて嬉しかったと思ってると──

 

「そんなに私の体型が残念だと言いたいのね!!」

 

「ハウっ!!」

 

 強い一撃が私のお腹に見事にヒットして、体が数メートル吹き飛ばされてしまう。しかも今日二度目。

 

「待って……待ってください……違うですから……」

 

「何が違うのよ!!」

 

 このまま黙っていると、もう一発貰いそうな流れになりそうだから(ご褒美と考えれば嬉しいけど、流石にもう二回目だからキツいから)必死で弁明のチャンスを得ようとする私。

 

「私は……にこ先輩の身体は……言葉では語れないと……」

 

「言葉にする必要もなくお粗末だと……」

 

 駄目だ。にこ先輩に私が何と言おうと、悪い意味でしか捉えてくれない──何故だ、私はこんなにもにこ先輩の身体を褒めてるのに。

 

 だが、私の思いとは裏原に、にこ先輩の怒りがどんどんと膨れ上がっている。本当に何故。

 

 一歩一歩ゆっくりと私の方へ近付いてくるにこ先輩。私は先程の愛の影響で、起き上がれない。このままでは本日三度目の拳が飛んでくる。

 

 私の経験上、三発以上は気を失う可能性が高い。もし、それを今食らえば、確実に本日の水着イベントが強制終了。

 

 イヤだ!! まだ他のみんなの水着を見てないのに、気絶したくない。私は絶対にみんなの水着を見るんだ。

 

 考えろ、考えるんだ。そもそも何故にこ先輩がそんなに私に対して怒りを感じているのかを。

 

 しかし、全く思い当たる節が見当が付かない。だが何としてでも見つけないといけない。

 

 そうして、どんどん私とにこ先輩の距離が拳の範囲まで近付く。

 

 にこ先輩が拳に力を込めて、地面を蹴るように拳を繰り出そうとした瞬間、私は何か核心的な事が閃いた。

 

「もしかしてわたしの身体に嫉妬してます?」

 

 その言葉を口にすると、にこ先輩の拳が身体に触れるスレスレの所でピタッと止まる。

 

「……そうよ」

 

「へっ?」

 

 ボソッと何か呟くけど、何を言ってるのか聞き取れず、多分間抜けな顔をしてる私。

 

 もしかして本当に嫉妬していたってオチだなんて、いや、まさかそんなことが……。

 

 そうして恐る恐るにこ先輩の顔を見ると……少し顔が紅い。それってつまり……本当に嫉妬していたこと? 

 

「いや、まさか……」

 

「本当よ……」

 

 自分の中で否定するかのように口すると、にこ先輩は事実だと口にした。

 

「愚かね……自分よりスタイルのいい大切な後輩に嫉妬するなんて……」

 

「愚かではありませんよ」

 

「えっ?」

 

「確かにわたしはスタイルは良いです」

 

「それ自分で言っちゃうんだ」

 

「自信ありすぎにゃ~」

 

 外野が何か言ってるけど、気にせず続ける。だって本当のことだもん。

 

「でもにこ先輩にはにこ先輩の良さがあります、それに……」

 

 にこ先輩は身体だけではない。その中に宿る魂、精神に私は……。

 

「私……そんな今のにこ先輩のことが好きになりましたから」

 

 そう笑顔ではっきりと口にした。

 

「沙紀……」

 

「にこ先輩……」

 

 そうして私はにこ先輩を抱き締めて、それをにこ先輩が受け入れてお互いに抱き合う。

 

「お待たせ~……えっ!? どうなってるのっ!?」

 

「また二人でコントやってるんでしょ」

 

 そんな事をやってると、着替え終わったことりちゃんたちがやって来ると、私とにこ先輩の姿を見て、驚いた反応したり、呆れた反応をしていた。

 

「ホント、にこっちと委員長ちゃんは仲いいやん」

 

「これ……仲良いって言えるのかしら……」

 

 何て会話が聞こえるけど、私たちは気にせずにいると、そのまま数分間この状態のまま放置されるのだった。

 

 2

 

 まあ、そんな事が合ったけど、メンバー全員揃ったので、気を取り直してみんなで海を満喫し始める。

 

 今回、一応PV撮影があるので、カメラ役を引き受けて、私は撮影と言う大義名分を得て、みんなの水着姿を堪能しようと、浜辺を歩き回る。

 

「う~ん、まずは誰から行こうかな」

 

 やっぱり、リーダーの穂乃果ちゃんから撮影するのが、鉄板かな。それともビジュアル的に映える絵里せん……いや、絵里ちゃんからしようかな。

 

 まあでもどうせみんな撮すのは同じだし、適当に見つけた人から撮っていこうと、結局、行き当たりばったりな感じで纏めてしまう。

 

 そんな風に決めて適当に歩いてると、メンバーを発見。私は直ぐ様カメラを構えてからそのメンバーの方へ移動して、撮影を始める。

 

 そのメンバーは──海で水鉄砲をみんなに向けて撃ってることりちゃん。

 

「あっ、ことりちゃん、こっちに目線お願い」

 

 そうことりちゃんに指示すると、ことりちゃんは私に気付いて、水鉄砲を可愛く構える。

 

 うん、すごく可愛い。

 

 ことりちゃんはほんわかとした雰囲気の中に調度良いくらいの形の良いお胸様。

 

 そういえば、初めてことりちゃんのお胸様を見た。確かわしわしした記憶がない。ヤバイ、触りたい。すごく触りたい。

 

 私の中でそんな欲求が溢れ出そうとすると──

 

「沙紀ちゃん、えいっ!!」

 

「ぶぅっ!!」

 

 いきなりことりちゃんに水鉄砲を向けられて、そこから勢いよく水が発射し、私の顔に水が直撃する。

 

「ことりちゃん、いきなり何するの!」

 

「フフフ、だって沙紀ちゃん、無防備だったんだもん」

 

 いきなり水を掛けられてビックリする私に、とても爽快そうな顔をして答えることりちゃん。

 

 あぁ、眼鏡のレンズびっしょりだよ。私は眼鏡のレンズを拭く──いってもこれ伊達眼鏡だし、外しても目は見えるから問題ないけど。

 

「沙紀ちゃん、みんなの水着に見蕩れるのは良いけど、目線は気を付けようね」

 

「えっ? そんな凝視してた?」

 

「うん、バッチリ」

 

「それにねっ……鼻血出てるよ」

 

「そんな馬鹿なあ……」

 

 ことりちゃんにそう指摘されて、私は自分の鼻に触れて確認する。毎回毎回興奮しては、鼻血を出す日々。流石にそろそろ耐性くらいは……。

 

 そう言って掌を確認すると、思いきり赤い液体が付いていた。

 

 あぁ、出てたか。出ちゃってたか……。ホント、私って欲望に正直だな~。

 

「取り合えずティッシュ詰めとく?」

 

「そうだね」

 

 このまま鼻血を垂れ流しって言うのは、女の子的に問題がある気がするので、私はティッシュを取りに行って、鼻に詰めておく。

 

「沙紀ちゃん、女の子の水着に興奮するのは良いけど、気絶したらせっかくの海も楽しめないよ」

 

「うん、気を付けるよ」

 

 ことりちゃんの言う通りせっかくの海何だから、みんなの水着を堪能し終えるまでは倒れるつもりはない。

 

「それじゃあ私、他のメンバーの撮影に行ってくるね」

 

「気を付けてね」

 

 ことりちゃんの良い映像と水着を堪能したので、私はことりちゃんと別れて、まだ撮影してないメンバー、もと、いまだ水着を堪能してないメンバーを探す。

 

 そんなわけで次の標的はみんなが遊んでるなか、少し水着姿を恥ずかしがってる海未ちゃんが居たので、カメラを向ける。

 

「海未ちゃ~ん、こっち向いて~」

 

「沙紀!! 何撮ってるんですか、止めてください!!」

 

 私が呼び掛けると、海未ちゃんは私に気付いて、恥ずかしがり腕を使って自分の水着を隠す。

 

「えぇ! でもPV撮影も兼ねてるから困るよ、でもこれはこれで」

 

 正直、その姿にそそる自分がいる。ダメダメ、ここでまた興奮すると、鼻血出てくる。治まれ、治まるんだ、私の欲望。

 

「な、何を言うんですか!! 破廉恥です」

 

「じゃあ、見せて」

 

「それは嫌です、恥ずかしいですから」

 

 くっ、このままでは海未ちゃんの水着が堪能できない。しかし、本人は嫌がってるから一旦出直そうかな……。

 

「恥ずかしいなら仕方ないね」

 

 私はカメラを海未ちゃんに向けるのを止めて、その場から立ち去ろうとする。海未ちゃんの水着ちゃんと見たかったなぁ。

 

「ま……待ってください」

 

 私が立ち去ろうとすると、海未ちゃんが私を引き止める。

 

「あんなことまでしておいて……私の水着を見たいって言ってたのは嘘なんですか」

 

 あんなこととは多分、壁ドン+クールキャラで海未ちゃんに攻めたことかな。

 

「嘘じゃないよ、でも海未ちゃん嫌がってるから無理にやるのはねっ……」

 

 あれはにこ先輩たちが海に行かせるための囮だったけど、海未ちゃんの水着が見たいのは本心だし。

 

「まだ撮ってないメンバーもいるし、海未ちゃんの分は編集で何とかするよ」

 

「流石にそれは……沙紀の手間が掛かってしまいます、ただでさえ忙しいのに」

 

「良いよ、気にしないで、これもマネージャーの仕事だから」

 

 動画の編集くらいなら、自分の欲望に負けなければ、半日で終わるし、そこまで手間だと思ってない。

 

「良い……ですよ……」

 

「へっ? 今なんて」

 

 海未ちゃんがボソッと何か言ったけど、声が小さくて私はよく聞き取れず、聞き直す。

 

「だから……私の水着を撮影しても……」

 

「でも海未ちゃん恥ずかしいでしょ」

 

「恥ずかしいですけど、PV撮影のためです、それに……沙紀も私の水着見たのですよね」

 

 覚悟を決めたのか、海未ちゃんは腕で隠してた水着を私に見せる。その時の海未ちゃんの顔はとても恥ずかしそうだった。

 

 そんな海未ちゃんを見て、私は内心でこう思った。

 

 計画通り!! 

 

 押して駄目なら引いてみろ作戦。上手くいったが何だこの雰囲気は、海未ちゃんがすごく恥ずかしそうにするから、何だかこっちも恥ずかしくなってきたんだけど。

 

「どう……ですか?」

 

 海未ちゃんは私に自分の水着の感想を顔を真っ赤にしながら聞いてくる。

 

「うん……似合ってるよ」

 

 海未ちゃんはお胸様は慎ましいけど、海未ちゃんの白いビキニが彼女の清楚さをアピールして、とても似合っている。

 

 それに長くて綺麗な黒髪との相性も良く、肌もとても綺麗。ついつい見蕩れてしまう。

 

 だけど、向こうが恥ずかしがってるせいか、私まで恥ずかしくなって、そんな長く彼女を見ることができなかった。

 

「何で、そんな反応をするんですか……恥ずかしいじゃないですか……」

 

「いや……何と言いますか……」

 

 この雰囲気が私の胸をドキドキさせるのか、上手く言葉が出ず、二人とも黙ったままになってしまう。

 

 ホント、何これ。どうなってるの。私、普通に海未ちゃんの水着を堪能しようとしたのに、何かどんどん変な方向へ向かってる。

 

 チラッと海未ちゃんの方を見ると、たまたま海未ちゃんと目線が合ってしまい、お互いに恥ずかしいのかすぐに目線を逸らす。

 

 オイィィ、マジで何なのこれ。海未ちゃんと目線がこんなんになるなんて、この感情はもしかして……。

 

 イヤイヤ、流石に私は有り得るけど、向こうは絶対にない。私は性癖歪んでるけど、向こうはノーマルなはず。そうそう、ノーマルの人間がアブノーマルな性癖になるなんて滅多な事がなければ……。

 

 そんな滅多に無いことをいっぱい私、向こうにしてた~!! 

 

 思い当たる節は幾らでもある。私が彼女に対してした前科を考えれば、もしかしたら有り得なくなくないけど……。

 

 でもでもだから言って、これは私の仮定。現実は向こうはそう思ってない可能性もある。けど、もし本当だったら……。

 

 もし、そうだとしてもどうする、どうする。さっきから頭が回んない。何をどうすれば良いのか全く思い浮かばない。

 

「沙紀……その……」

 

「ふえっ!?」

 

 突然、海未ちゃんに呼ばれて驚いたせいか、変な声を出しながら返事をしてしまう。うぅ……恥ずかしい。

 

「流石に……恥ずかしいので……もう……良いですか?」

 

「うん!! そうだね、ありがとう良い撮影が出来たよ」

 

 海未ちゃんの提案に食い付くように私は賛成する。そのときのかなり早口で喋ったけど、もうそんなことを気にしてられない。

 

 そんなわけで、私たちはお互いに若干逃げるように別の場所に移動した。

 

 正直、あのままあの状態が続いたら不味かったから、結果的には良かったけど、とっても恥ずかしかった。でも……。

 

「海未ちゃんの水着姿良かったなぁ」

 

 やっぱり可愛い女の子の水着は何時見ても良いもんだって、私は改めて知った。

 

 3

 

 海未ちゃんとの謎の雰囲気を脱した私は、次なる撮影をするため、他のメンバーを探していた。

 

 探していたって言っても、みんな大体集まって遊んでるから、そこを撮影すれば早く済むし、いい感じで集まってないかな。

 

「沙紀ちゃ~ん!」

 

 私がみんなを探してると、遠くから穂乃果ちゃんが私を呼んでいた。

 

「何? 穂乃果ちゃん」

 

「みんなでスイカ割りやろう」

 

 呼ばれたので私は穂乃果ちゃんの方へ歩きながら、何の用か聞くと、そんなお誘いだった。

 

 スイカ割りかぁ~、海に来たらビーチバレーと並んで定番中の定番。うん、良い絵が撮れそう。

 

「うん、良いよ」

 

 定番と言うけど、私、実際にやってる人見たことないからちょっと興味もある。

 

 そもそも私、友達とか先輩後輩とか大人数で海行ったことないから……。いや……止めとこ悲しくなる。

 

 ちょっと私が落ち込んでると、穂乃果ちゃんがスイカ割りをやる人を聞いて回っていた。何人か集めて、十分人数を集めると、誰から始めるかジャンケンで決める。

 

 ジャンケンの結果、花陽ちゃんが最初にスイカ割りをやることになった。そして、私は花陽ちゃんがスイカ割りをやってる風景を例の如く撮影するのだった。

 

「花陽ちゃん、右だよ~」

 

「ちょっと行き過ぎ、もうちょっと左」

 

 スイカ割りの醍醐味と言えば、この呼び掛けかな。スイカを割る人は目隠しをして、周りからアドバイスを聞いて、スイカの位置まで向かって割る。

 

「違うわ、そのまま真っ直ぐよ」

 

 またにちょっとイタズラで嘘を言ったりする人も居るから、誰の言葉を聞くのか判断したりするけど、凄い人は感覚で分かったりするのかな。

 

 いや、スイカ割りのプロとか意味分からないけど。

 

 しかし、まあ……あれだね。

 

 ホント、花陽ちゃん良いものを持ってるなあ。

 

 私はスイカ割りをする花陽ちゃんの大きなお胸様を見ながらそんなことを思う。

 

 花陽ちゃんは比較的大人しい子だけど、実際に水着もウエストを気にしてるのか隠してる。けど、やっぱりそのお胸様の大きさは誇るべきだと思う。

 

 いや、その謙虚さが彼女の良さであり、良い子な分だけに、手を出した時の背徳感がヤバイ。

 

 実の所、私、花陽ちゃんにまともにちょっかい掛けた記憶がない。いや、だって何かホント、良い子過ぎて、手を出すのがマジで後ろめたいもん。

 

 なので、花陽ちゃんは何時までも良い子で居て貰いたいので、私はこうして彼女のお胸様を優しく影ながら見守ることで満足しよう。うん、それが良い。

 

 私の中でそう自己完結させて、花陽ちゃんの姿を満喫しようとすると──

 

「沙紀ちゃん危ない!!」

 

「へっ?」

 

 不意に私を呼ぶ声がして、声がした方に身体をずらした瞬間に私が元居た位置にスイカ割りで使っていたはずの太い棒が飛んできた。

 

「──危なっ!!」

 

 突然の出来事にリアクションが遅れたけど、私は砂浜に深々と刺さった棒を見る。少しでも反応が遅れたらこれが私の脳天に……。

 

「沙紀先輩大丈夫ですか!?」

 

「こんなの当たったら今日の水着イベント強制終了じゃん!!」

 

「あっ……うん……沙紀ちゃん……全然大丈夫だね」

 

 心配して駆け付けてくれた穂乃果ちゃんたちは、私の言葉を聞いて、全く問題と判断したみたい。

 

「うん、大丈夫だよ、それより何事?」

 

「えっ!? 沙紀ちゃん見てなかったの!!」

 

「うん、意識が別の方へ行ってたから」

 

 完全に意識が花陽ちゃんの水着やお胸様の方に行ってたから、何でこうなったのか全く理解出来てない。

 

「え~と……花陽ちゃんがスイカ割ろうとしたら、にこちゃんがイタズラして……」

 

「手が滑って私の方へ飛んできたと」

 

「うん、そんな感じ」

 

 大体状況は把握した。もうにこ先輩たらお茶目なんだから。

 

「ごめんなさい……」

 

「良いよ、気にしなくて怪我もなかったし」

 

 花陽ちゃんは私に謝るけど、私は特に気にしてない。それより飛んできたのが私の方で良かった。みんなにもしもの事があったら大変。

 

 私に当たったところで、死にはしない。だって身体丈夫だから。

 

「それに花陽ちゃん、沙紀先輩じゃないよ」

 

「あっ……はい……」

 

 花陽ちゃんが私の事を先輩って呼んでからそこは注意しておく。

 

「分かったらよろしい、そんなわけで水着可愛いね」

 

「ふぇっ!!」

 

 突然、水着を褒めたから驚く花陽ちゃん。驚いてる姿も可愛い。あと驚いた際に揺れた大きなお胸様も。

 

「かよちんをエッチな目で見るの止めて~!!」

 

 私と花陽ちゃんの間に突然割って入る凛ちゃん。

 

「誰!? 可愛い花陽ちゃんのことをそんな目で見るやつは!!」

 

 そう言って私は周りを見るけど、周りの私に対する視線が痛い。かなり痛い。

 

「何だ……私か……良かった」

 

「いや全然良くないよ」

 

「えぇ~良いじゃん、女の子どうしなんだし、ねっ、花陽ちゃん」

 

「へっ? え~と……」

 

 花陽ちゃんに振ると返しに困ったのか、ちょっと戸惑ってる。

 

「かよちん答えなくて良いよ、どうせ、沙紀ちゃんはかよちんの水着姿に興奮してた変態さんなんだから」

 

 たまに凛ちゃんの言葉がグサッと刺さる。この子割りとナチュラルに毒吐くよね。

 

「酷い、そんなの言い掛かりだよ」

 

「じゃあ、あんたスイカ割りのとき何見てたのよ」

 

「──当然、花陽ちゃんの水着とお胸様ですけど?」

 

 私がにこ先輩の質問に答えると、周りの反応が無くなり無言となった。

 

「そろそろスイカ割り再開しよっか、次スイカ割りやる人~」

 

「そうだね」

 

 少しすると、みんなが何事も無かったように──普通に、さっきのスイカ割りの所へ戻って、スイカ割りが再開し始める。

 

「えっ? そこツッコミなしですか!?」

 

 その場に一人取り残された私はそんなツッコミを入れるのだった。

 

 4

 

「全くPVの撮影とはいえ、小悪魔演じるのは大変よね」

 

「そうですね、キャラ作るのも大変ですよね──どうします? 休憩します?」

 

「ノリノリでキャラ作ってるあんたがそれ言う? まあ、でもそうね……休憩するわ」

 

 にこ先輩と二人でそんな会話をしながら、休憩するためビーチチェアがあるパラソルの所へ向かいと、そこには一人先客がいた。

 

「真姫ちゃん隣良い?」

 

「良いけど」

 

 一人本を読んでいた真姫ちゃんに隣に座って良いか聞くと、真姫ちゃんは本を読んだまま興味なさげにそう答えた。

 

「じゃあ、にこ先輩、私飲み物取ってきますね」

 

「分かったわ、にこの分もお願い」

 

「勿論です、真姫ちゃんは……もうあるみたいだね」

 

 自分とにこ先輩の分の飲み物を持ってくるついでに、真姫ちゃんの分も持ってこようと思ったけど、手元に既にグラスが置かれてたので、私は二人分の飲み物を持ってくることにした。

 

 適当に飲み物を選んで(勿論、私はミルクティー)を持って、にこ先輩を待たせるわけにはいかないので、さっさと戻ってくる。

 

「あとちょっと……」

 

 戻ってくると、にこ先輩が何か無理して脚を伸ばそうとしてる姿を目にしてしまった。

 

「何やってるんですか、にこ先輩」

 

「えっ!? ──イタッ!!」

 

 急に声を掛けると、私に気付いていなかったのか、にこ先輩は驚いて椅子から転げ落ちていく。

 

「急に声掛けるんじゃないわよ」

 

「ごめんなさい、でもあまりにもにこ先輩が面白可愛くて」

 

 椅子から転げ落ちてから、少しして立ち上がって砂を払ってるにこ先輩に私は謝る。

 

 にこ先輩が何故さっきの面白可愛い行動に出ていたのか、大体想像は付くけど、とりあえず言えることは、やっぱりにこ先輩可愛い。

 

「はい、どうぞ、飲み物です」

 

「何か変な事を言ってた気がするけど、ありがとう」

 

 私はそんな可愛いにこ先輩に持ってきた飲み物を手渡すと、にこ先輩は何か腑に落ちないことがありそうな顔をしながら、飲み物を受け取る。

 

 そうして私はにこ先輩の横にそのまま座って、持ってきた飲み物を飲み始める。

 

 不意に私は隣で本を読んでいた真姫ちゃんの方を見ると、目線だけこっちの様子を見ていたことに気付くと、真姫ちゃんは目線を元の位置に戻した。

 

 どうやらさっきまでの見ていたのかな。横で騒がしくしてたら気になるのは当たり前かな。

 

「ごめんね、真姫ちゃん煩かった?」

 

「別に……」

 

 本を読んでいた事を邪魔したと思って謝ったけど、素っ気ない返事をして、特に気にしてないみたい。

 

 相変わらず真姫ちゃんはクール何だから。ホント、どっかの誰かさんを思い出す。もうちょっとデレても良いのに。

 

 でもそんなことは煩くなると思って、口にはせず、私の心の中に止めておく。

 

 それにしても改めて真姫ちゃんのスタイルを見ると、結構良いね。

 

 真姫ちゃんのことは昔調べたことがあるから、スリーサイズまで知ってるし、何度かステージ衣装とかでも見るけど、こうして近くでちゃんと見ると、やっぱり思ってしまう。

 

 脚長っ!! ウエスト細っ!! 

 

 何と言うか凛ちゃんとは違った脚の良さ。細くて綺麗で触って見たくなる感じ。所謂美脚ってやつ。

 

 真姫ちゃんって結構身長もあって、ウエストも私よりも細いから、全体的にお胸様もお尻も大きく見えるんだよね。

 

 μ'sの中で格好いいスタイルの持ち主は誰かと聞かれたら、絵里ちゃんと迷うレベル。それだけ良いものを持ってる。

 

 何時もならお胸様を触りたい思う私だけど、真姫ちゃんはお尻も触ってみたいと思ってしまう。

 

 これはにこ先輩がさっきの面白可笑しい行動に出てもおかしくない。

 

「ちょっと、あまりジロジロと見ないでくれる」

 

「ジロジロじゃないよ、ガッツリだよ」

 

「余計質が悪いわよ」

 

 私がボケるけど、ツッコミが何と言うか相変わらず真姫ちゃんは冷たい。何で? 私何かしたかな。

 

 私としては普通に仲良くなりたいし、何時か来るデレ期を待ってるんだけど、仕方ないか。向こうからしたら、隠し事をしてる私は信用はされてるけど、信頼はされてないからね。

 

 でもそんな関係も悪くはないと、思ってる自分が居る辺り、私は真姫ちゃんの事、別の意味で気に入ってるみたい。

 

「フン、何よ、スタイルが良いからいい気になって」

 

「何それ、意味わかんない」

 

 あぁ、何か私が真姫ちゃんの事をガッツリ見ていたからにこ先輩色々と嫉妬して、真姫ちゃんに噛み付いちゃってるよ。

 

 嫉妬したにこ先輩を可愛い何て思ってると、私の愛の勘が何かにこ先輩のピンチを感じて、にこ先輩の方にビーチボールが飛んでくるのに気付いた。

 

「にこ先輩、危ない!!」

 

 そう言って私は飛んできたビーチボールを上手くキャッチして、ビーチボールが飛んできた方を見る。

 

「ナイスキャッチ、沙紀ちゃん」

 

 そこには上手くキャッチした私を見て、感心してる穂乃果ちゃんたちが居た。どうやらみんなでビーチバレーをやって、こっちに飛んできたみたい。

 

「もっと遠くでやりなさいよ!!」

 

「ごめん、にこちゃんたちもやろうよ」

 

 にこ先輩は注意すると、軽く穂乃果ちゃんは謝って、私たちもビーチバレーやらないか誘ってくる。

 

「そんな子供の遊びやるわけないでしょ」

 

「あんなこと言って、ホントは苦手なんだにゃ~」

 

「何言ってるのよ、見てなさい、ラブニコアタックをお見舞いしてやるわ」

 

「なら、ここは私たちの愛の力を見せてあげましょう」

 

 大人ぶってたのに凛ちゃんに煽られて、にこ先輩は簡単に乗せられてしまい、私もにこ先輩のあとを追ってビーチバレーに参加する。

 

「真姫ちゃんもやらない」

 

「えっ? 私は別に……」

 

 穂乃果ちゃんは真姫ちゃんも誘うけど、真姫ちゃんだけは断って、ビーチバレーには参加しないと答えた。

 

 その時の顔はちょっと照れくさそうな感じがしたのは、私の勘違いではないと思う。

 

「なるほどね、真姫はなかなか大変そうね」

 

「ウフフ」

 

 そんな真姫ちゃんを見て、絵里ちゃんも気づいたのか、そんな事を言うと、隣で聞いていたお姉ちゃんがクスッと笑った。

 

「何かおかしなこと言った」

 

「別に、ねぇ、委員長ちゃん」

 

「そうだね」

 

 絵里ちゃんは何故お姉ちゃんが笑ったのか分からない顔をしてたけど、私は分からなくもないので、お姉ちゃんに同意しておく。

 

 一先ず言えることは似た者同士何だよね。

 

 でも今はそれよりも気にしなければ、ならないことがある。いや、ついにこのときが来たと言っても過言ではない。

 

 μ's最強のスタイルを持つ三年生二人──絵里ちゃんとお姉ちゃんの水着を拝む時間だぁぁぁ~~!! 

 

 いや、マジでヤバイよ。ホント、ヤバイよ。

 

 どっちから語って良いか分からないくらい甲乙付けがたい。

 

 取り敢えずまずやっておくことは──

 

「ありがとうございます!!」

 

 全力で二人に対してお辞儀をする。

 

「急に何!!」

 

「委員長ちゃん……ホント、欲望に正直なんやから……」

 

 私が素晴らしいスタイルの持ち主にとても感謝の気持ちを込めてお礼を言うと、絵里ちゃんは急にお礼を言われて驚いて、お姉ちゃんは予想が付いてたからちょっと呆れてる。

 

「何時でも私は女の子の身体については正直だよ!!」

 

「いや、そんな堂々と言われても……」

 

 おぉ、どんどん絵里ちゃんが私に対して引いてるのが分かるけど、ここまで来てしまったら、私はやめないし、止まらない。

 

 この二人に関しては過去散々語ったりしてるから、深くは語らず、それぞれを簡潔に纏めるのなら、絵里ちゃんは世界からの贈り物。お姉ちゃんは神からの贈り物。

 

 絵里ちゃんはもうそうだね。お胸様は形良し、大きさも良し、柔らかさ良しの三拍子が揃ってるとこ。

 

 水着がビキニだからそれが目で見て感じ取れる所が良いね。

 

 金髪碧眼、最高のお胸様、長い脚、どれをとっても悪いところがない。あぁ、やっぱり絵里ちゃんの身体良いなぁ。

 

 私のドストライクゾーン。見てるだけで興奮……もとい欲情してくる。だがそれすらも越えるものを持つラスボスが居る。

 

 そう、我らがお姉ちゃん──東條希。

 

 マジで何を食べたらそんな母性溢れるお胸様が出来るのと聞きたいくらい、と言うか実際に聞いた実りに実ったお胸様。

 

 何度か一緒にお風呂入った仲だけど、今だお姉ちゃんのその頂きに触れたことなし。

 

 そして、お胸様から以外でも全体から溢れ出す母性。

 

 最強過ぎる!! 

 

 マジで、私のお姉ちゃんになってくれて良かった~~!! って普通に語ってるやないかい!! 

 

 ヤベー、欲情し過ぎたせいでテンションが一人でノリツッコミをするレベルでおかしくなってる。

 

 静まれ、静まるんだ、私の魂。

 

「ちょっと希!! 沙紀が何かブツブツ言い出してるわ、すごく怖いわよ」

 

「大丈夫や、もうすぐ何時ものが来るから、それまで暖かい目で見守っておいて」

 

 余りにも欲情してる私を見た絵里ちゃんは怖がってるけど、お姉ちゃんは馴れてるから、普通に対応してる。流石はお姉ちゃん。

 

「うわぁ~、何かここ三人だけ別世界みたいだよ、海未ちゃん、ことりちゃん」

 

 先にビーチバレーを始めていた穂乃果ちゃんが私たちに気付いたのか、他の二人を呼び始める。

 

「ホント、三人のスタイルの良さに憧れるよねっ」

 

「約1名もう少し性格をどうにか出来ないのかと、思いますが……」

 

「もう無理にゃ~、もう魂レベルだもん」

 

「流石は三年生と如月ちゃんです」

 

「にこも……同じ三年なのに……どうしてこんな差が……」

 

 穂乃果ちゃんが海未ちゃんとことりちゃんを呼ぶと、それに釣られて、他のみんなも私たちの近くに寄って来た。

 

「まあ、当たり前だよね」

 

 絵里ちゃんとお姉ちゃんの水着と言うより完璧にお胸様? を見て、興奮してた私だけど、スタイルの事を褒められて、別の意味で調子に乗り出す。

 

「ホント、何でそんなに自分のスタイルに自信あるのかしら」

 

「まあ、ええやん、それだけ自分のスタイルの事、自信があるってことやろ」

 

 うん、お姉ちゃんの言う通り。完璧に自信ある。

 

「じゃあ、もしかして沙紀ちゃんって自分のスタイルでも興奮するの?」

 

「いえ、流石に沙紀でもそこまで変態ではないでしょう……多分……」

 

 ふと、疑問に思った事をことりちゃんが口にすると、海未ちゃんは中途半端に否定するけど、絵里ちゃんとにこ先輩が突然黙り出した。

 

「えっ? 急に二人が出したけど……もしかして……」

 

「普通に興奮するけど?」

 

 ことりちゃんが二人の反応を見て、気付いた感じかしたから普通に答えると、みんな私から数メートル距離を取った。

 

「えっ!? 何で!?」

 

「そうね、とりあえず今後のために先に言っておかなければあるわ」

 

 そうしてみんな呼吸を整えてから揃えてこう言った。

 

『お風呂は別々でお願いします』

 

「えぇ!! 何で!? そうなるの!!」

 

 急な今回のメインイベント『みんなでお風呂』の拒否をされて驚く私。

 

『当たり前だよ』

 

 どうやら私は何か不味いことをやらかしたみたいだけど、一体何をやらかしたのか分からない。

 

「嘘……こいつマジで分かってないわ」

 

「手の施しようがありません」

 

「仕方ないね、沙紀ちゃんだもん」

 

『そうだね』

 

 あれ? 私が全く理解できないまま納得されて、結局、私のお風呂は無くなったままなの。どっちなの!! 

 

 そんなわけで私のμ'sのみんなの水着姿を見る代わりに、何かとんでもないものを失った結果になってしまいました。

 

 ちょっと待って、ホントに納得いかない。

 




やたらと水着姿の女の子について語る主人公。

全然水着について語ってなかったような……むしろ胸について語ってたような気がするけど、その辺彼女らしい。

そして何と言うか、酷いオチ……。自分で落とした爆弾に気付かない何て。

そんなわけで、お風呂を奪われた沙紀どうなるか、彼女はお風呂を取り戻せるかお楽しみに。

ちなみに彼女の水着は自由にご想像ください。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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二十六話 名前を呼べない理由

最近、スクフェスのアーケードを初めてやって、もう一回やりたいなあって思ってる……。

そんなことは置いておいて、お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

 みんなと海で遊んでいると、楽しい時間は過ぎるのはあっという間で、大分日も傾いてきた。

 

「買い出し?」

 

 別荘に戻って、着替えてからみんなの所に行くと、そんな会話が聞こえてきた。どうやら今日の夕食の買い出しの話らしい。

 

「何かスーパーが結構遠いらしくって」

 

「じゃあ、私が買いに行こうか?」

 

 みんな遊んで疲れてるだろうし、私はまだ疲れてないのと、マネージャーだから、買い出しに行くのは問題ない。

 

「私も行く行く」

 

「じゃあ、一緒に行く?」

 

 どうやら穂乃果ちゃんは元気が有り余ってるみたいだし、私もみんなの分の食材を一人で運ぶのはちょっとキツイから、穂乃果ちゃんが一緒に来てくれるのは有り難い。

 

「うん」

 

「別に私一人で行ってくるから良いわよ」

 

「えっ? 真姫ちゃんが?」

 

 穂乃果ちゃんが元気に頷いて、一緒に買い出しに行こうとすると、真姫ちゃんは自分が一人で買い出しに行くと言いだす。

 

「私以外お店の場所分からないでしょ」

 

 確かにこの辺のことを知ってるのは真姫ちゃんだけだけど、流石にみんなの分の食材を一人で買いに行くのは大変だと思う。

 

「じゃあウチがお供する」

 

「えっ?」

 

「えっ? お姉ちゃんも行くの?」

 

 私が一緒に付いていくと、言おうとすると、先にお姉ちゃんが真姫ちゃんと一緒に行くと言って、真姫ちゃんも私も驚く。

 

「たまには良いやろ、こうゆう組み合わせも」

 

 お姉ちゃんの言う通り珍しい組み合わせだけど、お姉ちゃんのことだから、何か考えがあると思うから、特に私は口を出さない。

 

「じゃあ、分かった、買い出しはお姉ちゃんたちに任せるね」

 

 多分、お姉ちゃんは真姫ちゃんと二人で話したいことがあると思うから、私が付いていっても邪魔だと思うし、買い出しは二人に任せる。

 

「そういえば、今日何食べる?」

 

 夕食の買い出しに行くはずなのに、肝心の夕食を決めていなかったことを思い出したので、私はみんなに夕食を何するか聞いて回る。

 

 その結果、無難にカレーに決まり、お姉ちゃんたちは買い出しに行った。

 

「さて、私は何をするかな?」

 

 正直、することがなくって困ってる。料理は二人が帰ってくるまで出来ないし、他の仕事はこの日のために支障がないように調節して、置いてきてるし、ハッキリ言って暇だ。

 

 どうしようかな。普通にみんなと大人しく過ごしておく。

 

 そういえば、海未ちゃんの練習メニューをちゃんと修正しておかないと。あの調子だと、明日も同じような練習メニューを用意して来そうな気がするし。

 

 流石にあのままの練習メニューで放置するのは、みんなが色々と可哀想だと思う。

 

 ラブライブまで夏休みを挟むとはいえ、一ヶ月くらいしかないし、夏休みを明けたら、学園祭もあるんだから、身体を壊すような、無理なトレーニングはやめといた方がいい。

 

 私の見立てでは、夏休みにちゃんと練習をやれば、技術的には今のスクールアイドル上位と、同じくらいの実力は付く。

 

 あとは夏休み半ばから終わりに掛けて、何処かでライブをすれば、ラブライブ出場圏内に、十位くらいには入るだろう。

 

 でも何処でライブをしよう。現状これと言って、当てがない。何処か良い会場でライブを出来ないかな。

 

 それについては夏休みの半ばまで見つけておこう。夏だからイベントも多いし、何か良いイベントが見つかるかもしれない。

 

 あと……何とか時間を取って報告に行かないと。

 

 今後の予定はそこまでにしておいて、今からやることは海未ちゃんを説得することかな。

 

 あぁ~、でも今日ちょっと海未ちゃんとは二人で話しにくいかも。昼間海で遊ぶためとはいえ、あんなことしたし、変な雰囲気にもなったし。

 

 うん、今、会えば確実に変なイベントが発生するかも。私の不幸と言うべきか、間の悪さと言うべきか、そんな直感的なものを感じる。

 

 例えば、一人で可愛い笑顔の練習をする姿をたまたま目撃するとか。前に一回あったし。

 

 着替えてる姿を覗いてしまうとか。そんなことがありそう。なら逆に行くべきか。

 

 こんなイベント、マンガじゃなきゃ体験出来ないはず。今の私なら体験出来そう。例えそれで制裁を受けることになっても突撃しかありえない。

 

 そうと決まれば、私の行動は早かった。直ぐ様海未ちゃんがゆっくりしてる部屋に向かおうとしたそのとき──

 

「沙紀、ちょっと良いかしら」

 

 後ろから声を掛けられて振り向くと、そこには絵里ちゃんが居た。どうやら私に何か用があるみたいな様子。

 

「何ですか?」

 

「その前に先輩禁止」

 

「あっ」

 

 絵里ちゃんにそう指摘されて、何時ものように絵里ちゃんに対して敬語で話してしまったことに気付く。

 

「ごめんね、つい癖で」

 

「まあ、沙紀は私たちの事、先輩として一緒に居た期間が他のみんなと比べて長いから、仕方ないわよね」

 

「それに絵里ちゃんの前では、委員長モードだったから余計にね」

 

「正直、私……その委員長キャラが懐かしく感じるのだけど……」

 

「そんなに!?」

 

 毎度毎度の事だけど、μ'sメンバーの中で委員長キャラだったことが見た目くらいしか覚えていないんだけど、どうして。

 

 最近では見た目だけだよね。みんなと話してたらそんなことを言われる始末だし。

 

「それで……何か用かな」

 

 まあ、今は私の委員長キャラについては置いといて、絵里ちゃんが話し掛けてきたんだから何か用があるはず。

 

「ちょっと話したいことがあってね……今良いかしら」

 

「大丈夫だよ、それで話って?」

 

 今から海未ちゃんの居る部屋に特攻を掛けようかと思ってたけど、わざわざ絵里ちゃんが私に話しかけるのは、何か大事な事があるかもしれないので、そっちを優先する。

 

「ここでは何だし、私が使う部屋に来て」

 

 おや、何だろう? 突然、絵里ちゃんの部屋にお呼ばれされたけど、これはもしかして……。

 

「分かった! 今すぐ行くね」

 

 私は今から起こるであろう出来事に(勝手に)期待しながら絵里ちゃんのあとに続いて、絵里ちゃんの部屋に向かうのだった。

 

 2

 

 絵里ちゃんに案内されて、私は絵里ちゃんが使ってる部屋に入るのだが、何と言うかドキドキする。

 

「ここなら問題ないわね、希も買い出しに行って当分戻ってこないし」

 

「そうだね、それじゃあ……遠慮なく……」

 

 誰も来ないことが確認できた私は恥ずかしいけど、服を脱ぎ出す。

 

「ちょっと何で急に服を脱ぎ出すの!?」

 

「えっ!? だって今から私と一線を越えるんじゃないの」

 

「違うわよ、何でそんな発想になるの」

 

 えっ? 違うの? てっきり私はお姉ちゃんがいない間に、絵里ちゃんと大人の階段を登るかと思ってたけど。

 

「二人きりで部屋に誘うなんて、そうとしか考えられないよ、もう紛らわしいなあ」

 

 女の子が部屋で二人きりの状況は、普通そういうことする合図だと思うのだけど。

 

「普通、可愛い女の子に誘われたらそう思っちゃうよ、絵里ちゃんは分かってないなあ」

 

「何で私が変みたいな言い方をするのかしら」

 

 私の反応に何処か納得がいかない様子の絵里ちゃん。何で納得出来ないんだろう私には分からない。

 

「はぁ~、ある意味にこは凄いわ、ここから二転三転とする沙紀のボケに付いてこれるのだから、私には無理ね」

 

 なんか知らないけど、にこ先輩が絵里ちゃんに誉められてる。どうやら絵里ちゃんもにこ先輩の凄さに気付いたのみたい。

 

 それはそうだよ。何たってにこ先輩何だよ。それだけで崇めるに足るのだから。それに……。

 

「私とにこ先輩は相思相愛だからね」

 

「多分……にこだったら違うって言うわよね」

 

「確かににこ先輩なら言いますけど、あれは照れてるだけ、にこ先輩はツンデレさんだからね」

 

 そもそも私と話して嫌がって感じが一切にしないし、本当に嫌がってるのなら、まず、無視されると思うし。だから、にこ先輩は私の事、愛してると思ってもいい。

 

「ホント、にこ対しては前向きね、沙紀は」

 

「もちろん、にこ先輩の事、愛してるからね──あっ……もちろん絵里ちゃんも大好きだよ」

 

 堂々と絵里ちゃんの前でそんなことを言えば、私が絵里ちゃんの事、身体目当てで一線を越えようとしたと、勘違いされるので、私は慌てて好きだと伝える。

 

「何と言うか……多分……一応告白をされたのよね……さらっと言われて、複雑な気分なのだけど……」

 

「えっ? 告白は大分前にしたよ」

 

 一応告白(と言うよりもカミングアウト)はあのときにした。それもある出前、勘違いされて、嫌われたら私、マジで立ち直れなくなるから。

 

 そういえば、あのときの返事をもらってないけど、でもあのあと色々とあったし。

 

「それで一線を越えるんじゃなくて、何の用だったの」

 

「ホント、何でそれが前提なのか分からないけど……そうね、聞きたいことがあったのよ」

 

「大抵のことなら答えるけど……」

 

「じゃあ……聞くんだけど……何で、沙紀はにこのこと、ちゃんと名前で呼べないの」

 

「えっ……」

 

 突然、その事を聞かれて私は少し思考が停止する。

 

「あんまり沙紀とにこの関係に口出すつもりないんだけど、やっぱりね」

 

 みんなが先輩を止めようとしてるなか、私だけにこ先輩のこと、先輩って呼んでるのは目につくのは分かっているけど。

 

「それは言ったでしょ、私にとってにこ先輩は神的な存在だから……私ごときがそう易々と……」

 

「それは聞いたわ、どれだけ沙紀、あなたはにこのこと信仰してるのって思ったから」

 

「だったら……」

 

「これは私の勘、何だけど……」

 

 私が問題ないと口にしようとすると、絵里ちゃんは先に何か言おうとして、思わず黙ってしまう。

 

 何か今から絵里ちゃんに核心的なことを言われそうな、そんな予感がして、私は怖くて、何も答えられなくなってる。

 

「もしかしてあなたの親友の事が関係あるんじゃないの」

 

「!!」

 

 絵里ちゃんから親友って言葉が出てきて、思わず反応してしまった。

 

 私は絵里ちゃんから急いで目線を逸らして、自分の顔が見えないように顔を下に向ける。

 

「その反応……やっぱりそうなのね……」

 

 私の反応を見て、絵里ちゃんはにこ先輩のことを、ちゃんと名前を呼べない理由を確信してしまった。

 

 実際にその通り何だけど、ただ私はにこ先輩の事、神だとは崇めてるけど、流石にみんなが先輩を止めようって言ったから、ちゃんと止めて名前で呼ぶつもりだった。

 

(私の事、先輩じゃなく、名前で呼んで、だって私たち友達何だから)

 

 実際に呼ぼうとしたときに……あの人のあの言葉が過って、私は思い出してしまった。

 

 私の大切な親友の事を。親友との思い出を。その結末を。

 

 あの人とにこ先輩を重ねちゃいけないのは分かってる。でもそれを思い出してしまったら、私はもう呼ぶことが出来ない。

 

 もし、順調に物事が進めば……私はもう一度……。それにあの子だって、何をしてくるか分からない以上展開が早くなる可能性が……。

 

 ならもういっそのことこのまま呼び方が良い。このままの関係が良い。

 

 それなら最後は諦めがつく。

 

 もし、あのまま話を続けて、あの人の話が出てきて、私が隠してることに繋がったら全部が無駄になる。

 

 あの人に恩返しが出来なくなる。私は……何のためにここに居るか分からなくなるから。

 

「ごめんなさい……沙紀に辛いこと思い出させるつもりはなかったのだけど……」

 

 顔を伏せて、絵里ちゃんから私の顔が見えないようにしてたが、雰囲気から察したのか、絵里ちゃんは私に謝ってくる。

 

「絵里ちゃんが謝らなくていいよ……悪いのは私だから……」

 

 そう、絵里ちゃんは悪くない。悪いのは私。にこ先輩とあの人を重ねてしまった私のせいだから。

 

「あなたがにこの名前を呼べない理由は分かったわ」

 

 どうやら絵里ちゃんは私の話を聞いて、一応は納得したみたい。私はそれで話が終わるかと思ってたけど。

 

「あまり興味本位で聞いちゃいけないんだろうけど……そんなに似てるの、にことあなたの親友は」

 

 昔の事、辛いことを思い出してほしくないんだけど、それでもやっぱり、絵里ちゃんは気になるみたい。仕方ないわよね、人間だもの。気になる事があったら気になってしまうもんね。

 

「いや……殆んど似てないよ……」

 

 私は絵里ちゃんの質問に答える。話せば、少しは私の中で心の整理が出来ると思うし。

 

「あの人は何と言うか……人の上に立つことが出来る人、実際に中学の時に生徒会長やってたし」

 

 あの人とにこ先輩とじゃあ性格も学力も運動神経も何一つ似てる所は殆んどない。ただ似てるとすれば。

 

「アイドルが本気で大好きって気持ちがかなり似てる」

 

「そういえば、沙紀──星野如月に憧れて、スクールアイドルを目指してたって言ってたわね」

 

 確かあのときに一度だけ絵里ちゃんに話したことがあったっけ。

 

「そう、よくあの人は何時か星野如月を越えるアイドルになるって、わたしの前で話してから」

 

「凄いわね、本人を目の前にそんなことが言えるなんて」

 

「フフフ、そうだね、でもそれだけアイドルに対して本気だったから」

 

 絵里ちゃんの反応に思わず少し笑う。今、思い出しても私も凄いと思う。憧れのアイドルに直接言うなんて、馬鹿みたいだけど、私はあの人のそういうところが好きだった。

 

「それに、それだけのことを言うだけの才能の片鱗はそのときからあったから、強ち無謀なこと言ってないんだよね」

 

「えっ!? あなたがそういうなんて、それほどなの!?」

 

 私があの人のこと才能があると言うと、絵里ちゃんはとても驚いた反応をした。でも無理もないか。一度は『伝説のアイドル』って呼ばれてた人が、認めるレベル何だから。

 

「そうだね、実際に練習を何回か見て、教えたりしたし、今でもランキング上位に必ず入るし、卒業したら、事務所に入ることが、殆んど確定してるようなものだし」

 

「ちょっと待って……今、さらっと重要なこと何個か言ったけど……ちょっと整理させてもらっていい」

 

「良いけど……」

 

「まず、練習を見て、教えたって言わなかった?」

 

「そうだよ、仕事がない日は学校の休み時間を使って、練習を見てたよ」

 

 中学の頃はあの人の練習を見て、そのあとに仲良くお喋りするのが、楽しみで学校に通ってたから。

 

「なるほどね、あのとき言ってたのが、その親友の練習のことだったのね」

 

 あぁ、確か絵里ちゃんが初めてμ'sの練習を見たときにそんな話をしたっけ。あのあと私、色々とやらかして、酷い目にあって、星野如月だとバレたからそんな話をしたこと忘れてたよ。

 

「それに初めて練習を見たのが、あの人だから、一応……一番弟子って言うのかな」

 

「どうなのかしら、よく分からないけど、才能に恵まれて、その上、あの星野如月の一番弟子ねぇ……」

 

 あの人の話を聞いて、とたん考え込む絵里ちゃん。話してる限りある意味、ヤバイ人しか聞こえないよね。でも実際にそうだし。

 

「でもあの人は……私がいなくても、いずれはそこまで一人で登れる人だから……私はただそれを早めただけ……」

 

 あの人はそう。私なんかと比べて、才能に溢れてる。持つべきもの持つ人間。普通な私とじゃあ、釣り合わない。

 

「大体、分かったわ、確かにそれならランキング上位に入っても……」

 

 あの人がランキング上位に入ってる理由が納得しようとしてたが途中で何か思ったのか、喋るのを止める。

 

「ランキング上位に入るって、もしかして今、その人、スクールアイドルをやってるの! それって……つまり……」

 

 あっ、絵里ちゃん気づいちゃったか、今、スクールアイドルやって、ランキング上位に入るってことの意味に。

 

「私たちがラブライブ出場したら、あなたはその人と再会するってことなんじゃあ……」

 

 そう、絵里ちゃんの言う通り、私とあの人の再会を意味してるってことなんだから。

 

「そう……だね……」

 

 私たちと同じようにあの人は確実にラブライブ出場を目指してる。それは会わなくても分かるあの人はそういう人だから。

 

 目の前に壁があったら、それに躊躇いもなく、挑戦するそんな人が、スクールアイドルの祭殿ラブライブ出ないわけがない。

 

「…………」

 

 絵里ちゃんはそれを聞いて、何か考え事をしている。私が隠してたことについて考えてるだろうか。

 

「ねぇ……沙紀、あなたはその親友とどうしたいの?」

 

 考えが纏まったのか、絵里ちゃんはそんなことを聞いてくる。

 

「何? 突然……」

 

「沙紀はその人ともう一度会いたいのかなって思ったのよ」

 

「それは……」

 

 どうなんだろう。ラブライブ開催って話を聞いて、もし、μ'sのラブライブ出場が決まれば、会うことは分かっていた。けど、何も考えないようにしていた。

 

「私は……あのときのこと……謝りたいって思ってる……」

 

 けど、私は心の奥底でそれを願っていた。あの日、あの時にあの人に言ったことをずっと後悔していた。謝りたいってずっと思っていた。だけど……。

 

「でも今さら会っても……あの人が許してくれるとは思えないから……」

 

「そんなことはないと思うわ」

 

 私が許してもらえることを諦めてると、絵里ちゃんはそれを否定した。

 

「前に沙紀は私のために色々してくれたよね」

 

「私は何もしてないよ……お姉ちゃんや穂乃果ちゃんたちが頑張っただけだから……」

 

 絵里ちゃんの件については私がやったのは、精々お姉ちゃんや穂乃果ちゃんたちが、絵里ちゃんをμ'sに入りやすくするために、裏で何かやったくらい。

 

「違うわ、確かにμ'sに誘ってくれたのは穂乃果たちだし、希が私に本心を言ってくれなければ、その誘いを断ってたわ」

 

 違わない。私は結局、最後の最後でみんなに任せることしか出来なかった。それは私には出来ないことだったから。

 

「けど、前にも言ったでしょ、あなたが居なかったら、あのときすんなりと物事が進まなかったわ、それだけでも嬉しかったのよ」

 

 それもあのときに聞いたけど、あの程度のことは喜ばれるようなのとでもないし、それにあれは私が辛かったからやっただけだし。

 

「それにあなた、希に言ってたのよね、自分の気持ちをちゃんと伝えた方がいいって」

 

 それは……絵里ちゃんがμ'sに入る前日に私がお姉ちゃんに言った言葉。どうして絵里ちゃんが……いや、お姉ちゃんが言ったんだ。

 

「私もそうだと思う、気持ちを言葉にすればちゃんと伝わったからね、だから……沙紀もその人に自分の本心を伝えるべきだと思う」

 

「でも……もし、それで……」

 

 伝わらなかったら、私は……。そう言おうとしたが、現実に起こりそうなので声に出せなかった。

 

「そのときは私からも伝えてあげるわ、沙紀がどれだけその人に謝りたいのかってね」

 

「どうして……そこまでしてくれるの?」

 

「ずっと考えてたのよ、私をここに入れてくれたお手伝いをしてくれた沙紀に、私は何か出来ることがないかって」

 

「たったそれだけの理由で……」

 

「それだけじゃないわ、私にとっては十分な理由よ、それに……」

 

 絵里ちゃんはずっと俯いてた私の顔を上げさせて、口元に触れて、無理矢理笑わせようとする。

 

「あなたの悲しい顔は似合わない、笑ってる姿が一番似合ってるわ」

 

 そう言われて、私は恥ずかしくなって、自分の顔が熱くなって、紅くなるのを感じた。

 

「え~と、そ、そ、そ、それは、な、な、な、何と言うか、そう言われると本気でえ、え、え、絵里ちゃんにこ、こ、こ、恋しちゃいそうになるんだけど……」

 

 ヤバイ、恥ずかしさのあまり、まともに喋れない。今の絵里ちゃん、メチャクチャかっこよすぎて、マジで今、胸がドキドキし過ぎて、目も合わせられないし、顔も凄く熱いだけど……。

 

「フフフ、希の言う通り、あなたって結構恥ずかしがり屋なのね」

 

「!!」

 

 それを言われると、もっと恥ずかしくなって、言葉すら出ないくらい、恥ずかしくなってきた。ホント、穴があったら入りたいレベル。

 

「え、え、え、絵里……ちゃん……も、も、も、もしかして……からかってる?」

 

「さあ、どうかしらね」

 

 小さな声で聞くと、絵里ちゃんが少し惚けた感じで答えた。絶対嘘だ、こんなチャンス滅多にないと思ってからかってる。

 

「じゃあ、沙紀とその人を仲直りするためにも、まずはラブライブ出場目指さないとね」

 

「私の……ために……そんな……」

 

「そんなことは言わない、私がやりたいからやってるだけよ」

 

 かつて生徒会長として、義務感からやってた時とは違う、その言葉はまさしく絢瀬絵里の言葉。

 

 自分の心を偽って、親友とぶつかって、その上でこの人は自分に素直になれたのだから、私がこれ以上同じことを言うことは野暮。

 

「ありがとう……」

 

 だから、私は絵里ちゃんの好意に甘えることにする。だけど絵里ちゃんの恩返しは叶うことはない。

 

 今さら会っても何か変わるわけでもない。それは今の私の在り方が、この状況が、それを許さない。それに今会えば、全てが確実にバレる。

 

 それどころか確実に会えば、あのときの二の舞になるのだから。

 




如何だったでしょうか。

伏線回収したら、伏線を増やしてく。何やってるんだ。

取り合えず今回で、沙紀の親友について触れましたが、そろそろ情報も大分出てきましたので、どんな人なのかある程度は分かるのではないかと思います。

そんなわけで、彼女の登場はまだ先ですが、それまで色々と予想して楽しんで頂くとこちらとしても嬉しい限りです。

それでは何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると有り難いです。


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二十七話 私は一緒にお風呂に入りたい

はい、サブタイで分かるように何時も通りです。

そんなわけでお楽しみください。


 1

 

 絵里ちゃんと二人っきりで話したあと、私はリビングに戻ろうとしていた。

 

 絵里ちゃんと話した内容は私にとって辛いものだけど、今は合宿なので暗い顔は止めて、いつも通り振る舞おうと、切り替える。

 

 リビングに戻ると、時間が結構経っていたのか、買い物に行っていた二人が戻ってきたので、私はみんなの夕食を作り始める。

 

「野菜こっちに渡して」

 

「分かりましたにこ先輩」

 

「サラダの盛り付けは」

 

「バッチリです」

 

 何でにこ先輩が一緒に料理を作ってるのかって、それはもちろん。にこ先輩が私と愛の共同作業をしたいがために。

 

「それは違うわよ」

 

「何で私の心の中読めるんですか」

 

 愛なの、愛ゆえなの。なら仕方ないね。私とにこ先輩は相思相愛だからね。

 

「変なこと考えてないで、さっさと作りなさい」

 

「イエッサー!! シェフ」

 

「誰がシェフよ、誰が!!」

 

 ふざけた会話をしながらも、私もにこ先輩も料理の手を止めず、手際よくテキパキと調理を進める。

 

 思ったよりもスーパーが遠かったらしく、大分夕食の時間も遅くなったから、みんなお腹空いてるはずだし、早く作るべきだよね。

 

「ごめんねぇ、私が料理当番だったのにもたもたしてたから」

 

 厨房の外から私たちに謝ることりちゃん。元々最初は私とことりちゃんが一緒に作るはずだったけど、にこ先輩がことりちゃんの手際を見て、居ても立っても居られなくなったのか、無理矢理ことりちゃんと交替した。

 

 無理もないにこ先輩は家族が多いから、大人数の料理を作るのに慣れてる。

 

 ことりちゃんは決して料理が下手じゃなくて(寧ろ上手いくらいだけど)ただ大人数に対して料理を作ったことがないみたい。

 

 そんなわけで慣れてるにこ先輩が料理をしてるわけで、私はにこ先輩がスムーズに料理できるようにフォローしている。

 

 そんな風にテキパキと料理をこなす私たちを、キッチンの様子を見てた何人かメンバーは驚いていた。

 

 見られてることは気にせず、ある程度仕上げに入ったくらいで、お皿を用意して、盛り付けが出来た料理から、みんなの前に持っていく。

 

 みんなの分のカレーを用意して、それも運んで今日の夕食は全て完成する。

 

『おぉ~』

 

 机の上に並べられたにこ先輩と私の料理を見て、みんなは歓声の声をあげた。

 

「何で花陽だけお茶碗にご飯なの」

 

 これに関しては、私もいきなりご飯とカレーは別でって言われて、驚いたけど、これはきっと花陽ちゃんなりの拘りだろうと思って、私は言われた通りにしただけ。

 

「気にしないでください」

 

 絵里ちゃんの疑問に花陽ちゃんはキリッと即答する。

 

 何だろう、今の花陽ちゃん、私の委員長スタイル対する拘りみたいのと、同じレベルのような拘りを感じがした。

 

「にこちゃんと沙紀ちゃんって料理上手だよね」

 

「そうでもないよ、私は作る機会が多いからね」

 

 毎日三食自分で作ってるから、自ずと出来るようになっただけで、そんな料理が上手いとは思ってない。

 

「あれ? でもにこちゃん、昼に料理なんてしたことないって言ってなかった?」

 

「うぇ!」

 

 料理上手だと穂乃果ちゃんから誉められて、誇らしげな表情をしていたにこ先輩だけど、ことりちゃんが昼の会話を思い出すと、にこ先輩はやってしまったと言わんばかりに、一瞬で表情が崩れる。

 

「言ってたわよ、何時もそこの料理人が作ってくれるって」

 

 真姫ちゃんもその話を覚えて、それどころか私が作ってることも覚えてたみたいで、にこ先輩は余計にピンチに追い込まれる。

 

「いや~、こんな重いもの持てない~」

 

 ピンチに追い込まれたにこ先輩は誤魔化すために、非力キャラを演じるが、にこ先輩を見る周りの視線がとても痛い。

 

「い、いくら何でもそれは無理があり過ぎる気が……」

 

「しょうがないですね~、はい、にこ先輩あ~ん」

 

 穂乃果ちゃんがそうツッコミを入れると、同時に私はチャンスだと思い、にこ先輩の口元にスプーンを持っていく。

 

「ちょっ、いきなり何するのよ!!」

 

「スプーンが持てないなら、私が食べさせてあげようかと」

 

「そんなわけないでしょ! 普通に持てるわよ……あっ」

 

 私にツッコミを入れる際につい勢いで、持てるとか言ってしまったことに気付いたにこ先輩。

 

「これからのアイドルは、料理の一つや二つ作れないと生き残れないのよ」

 

「開き直った!」

 

「開き直ってるにこ先輩も可愛いです」

 

「ぶれないわね……あんた……」

 

 食事前にそんな会話もあったけど、私たちは少し遅い夕食を食べ始めた。

 

 2

 

 にこ先輩の手料理を(半分は私が作ったけど)たっぷりと堪能して、私は夕食を食べ終えた。

 

「はぁ~食べた食べた」

 

「いきなり横になると牛になりますよ」

 

「も~うお母さんみたいなこと言わないでよ」

 

 同じように食べ終わった穂乃果ちゃんは、ソファーの上で横になってると、海未ちゃんに注意されてる。

 

「よ~し、じゃあ花火をするにゃ~」

 

「その前にご飯の後片付けしなきゃダメだよ」

 

「あっ、それなら私やっとくから行ってきて良いよ」

 

「えっ……」

 

 凛ちゃんがとても花火をやりたそうだから、私はみんなの後片付けを引き受けると言うと、花陽ちゃんは申し訳なそうな声を出した。

 

「そうよ、そうゆう不公平は良くないわ、みんなも自分の食器は自分で片付けて」

 

 別に不公平とは思ってないけど、絵里ちゃんがそう言うから、私は今から後片付けようとしたが止める。

 

「それに花火よりも練習です」

 

「えっ……これから……」

 

 海未ちゃんからまさかの提案に、にこ先輩は嫌そうな顔をする。何だかんだでお昼に遊んで疲れてるみたいだし、にこ先輩が嫌そうな顔をする理由は、分からなくないけど。

 

「当たり前です、昼間あんなに遊んでしまったのですから」

 

 でも海未ちゃんの言いたいことも分からなくない。元々ここへは練習するために来たわけだし、練習しなくちゃいけないけど……。

 

「でも、そんな空気じゃないってゆうか……特に穂乃果ちゃんはもう……」

 

 みんなの気持ちを汲み取って、ことりちゃんはそう言ったあと、穂乃果ちゃんの方を見ると──

 

「雪穂、お茶まだ~」

 

「家ですか」

 

 ソファーの上で完全にだらけきった穂乃果ちゃんにツッコミを入れる海未ちゃん。

 

 しかし、ここにはいない妹の名前を口にしてる辺り、相当だらけてるなぁ。そもそも雪穂ちゃんにお茶を用意させてるんだ。

 

「は~い、今から用意するね」

 

 穂乃果ちゃんがお茶を欲しそうだから、つい何時もの癖でキッチンの方へ向かい、お茶を準備し始める。

 

「じゃあこれ片付けたら私は寝るわね」

 

 話が何時までも纏まらないためか、そう言って真姫ちゃんは自分の使った食器を持って立ち上がり、片付けようとする。

 

「えっ? 真姫ちゃんも一緒にやろうよ~花火」

 

「いえ、練習があります」

 

 花火を誘ってくる凛ちゃんと、相変わらず練習をすると一点張りの海未ちゃんに、どうしたらいいのか分からず、戸惑った顔をする真姫ちゃん。

 

「本気……」

 

「そうにゃ~、今日はみんなで花火やろう」

 

「そういう訳にはいきません」

 

「かよちんはどう思う?」

 

 二人は自分の意見を譲らず、話が進まないから、自分の味方を増やそうと、凛ちゃんは花陽ちゃんの意見を聞く。

 

「わ、わたしは……お風呂に……」

 

「第三の意見出してどうするのよ、あとそれは……」

 

「お風呂!!」

 

「あぁ~反応しちゃったわ」

 

 キッチンで穂乃果ちゃんのお茶を用意してた私は花陽ちゃんの素晴らしい意見に反応すると、何故かにこ先輩は頭を抱え始めた。

 

「雪穂~お茶~」

 

「あっ、雪穂ちゃんじゃないけど、ちょっと待ってね~」

 

 素晴らしい意見に賛成しようとしたけど、お茶を待ってる穂乃果ちゃんがいるので、私は先に穂乃果ちゃんにお茶を持っていき、目の前に置いておくと、穂乃果ちゃんはだらけた感じでお茶を飲み始めた。

 

 何かだらけてる穂乃果ちゃんも可愛い。ぐたってしている姿が癒されるというか、お世話したくなるようなそんな感情が湧いてくる。

 

「じゃあ今日はもう寝ようか」

 

 私が穂乃果ちゃんに癒されてると、お姉ちゃんが別の提案を出した。

 

「みんな疲れてるでしょ、練習は明日の早朝、それで花火は明日の夜にすることにして」

 

 みんなの気持ちを汲み取った上で、落としどころとしても悪くはないと思う。

 

「そっか~、それでも良いにゃ~」

 

「確かにその方が練習もそちらの方が効率が良いかもしれません」

 

「じゃあ決定やね」

 

 凛ちゃんと海未ちゃんもお姉ちゃんの提案に納得して、事は収まった。流石はお姉ちゃんだ。しかし、私には気になることが一つある。

 

「お風呂は!?」

 

「それはもちろん、片付けたら入るよ」

 

 良かった、ちゃんとお風呂はあるんだね。無かったら私、ショックで倒れるところだったよ。

 

「一応言っとくけど……みんなあんたとは入らないわよ」

 

「Pardon?」

 

 今のにこ先輩の発言に私は笑顔で聞き返す。もしかしたら何かの聞き間違いのはず。

 

「やっぱり忘れてるし、それに信じられないから、英語になってるわね」

 

 そんなことはない。私は何か忘れた覚えがないし、それに合宿なんだから、みんなでお風呂入らないとか、有り得ない。

 

「もう一度言うけど、みんなあんたとは入らないわよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私はショックのあまりその場から倒れこんだ。

 

「沙紀が何か急に倒れたわよ!!」

 

「ショックあまり倒れるなんて……どんだけ一緒にお風呂入りたかったんですか……」

 

 いきなり私が倒れたから絵里ちゃんは驚くけど、海未ちゃんは理由に察しがついていて、とても呆れた声をしていた。

 

「一緒にお風呂入らないとか、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない……」

 

「何かぶつぶつ言って……恐い……」

 

「それに顔が真顔だから余計に恐いよ」

 

 花陽ちゃんと凛ちゃんに恐がられてるけど、私は気にせず、ひたすらぶつぶつと、有り得ないと言い続ける──だって、そんなお約束破るとか、有り得ないもん。

 

「取り敢えず、何時ものように意識飛ばしてからそのうちに入ったら」

 

「ちょっと待って、それは流石に酷い!!」

 

 真姫ちゃんが一番最悪な提案をすると、本能から不味いと思ったのか、私は正気に戻って起き上がる。

 

「あっ、戻ったね」

 

「それは戻るよ、ことりちゃん、今日はそのオチだけはずっと避けたんだから」

 

「戻ったところで、変わらないわよ」

 

「何故!! そんなに私一緒に入るのが嫌なの!!」

 

『……』

 

 私の心からの訴えに、みんなはとても言いにくそうに黙る。何故そこで黙るの。

 

「だって委員長ちゃん、一緒に入ったらジロジロと体見るやん」

 

「ジロジロじゃないよ、ガッツリ見るよ」

 

「は~い、みんな食器片付けるよ」

 

 お姉ちゃんはみんなが一緒に入らない理由を、真面目に訂正すると、何事もなかったようにみんな食器を片付け始める。

 

「ちょっと待って、待て!!」

 

「何よ、片付けるから邪魔するんじゃないわよ」

 

 ここままではホントに一緒に入れないと思い、近くにいたにこ先輩の服を引っ張ると、にこ先輩はとても嫌そうな顔をする。

 

 どうすれば、みんなと一緒に入れるのか必死で考えてるけど、全く思い付かない。けど、諦めない諦めたらそこで終わってしまう……そうだ。

 

「にこ先輩……私……みんなとお風呂入りたいです」

 

「いや、そんなバスケがしたいです風に言われても……感動も何もないわよ」

 

 これでも駄目か。クソッ、マジでどうしたらみんな一緒に入ってくれるのか分からない。

 

「ホント、マジで一緒に入ってください」

 

 もう打つ手がないので、私は本気で一緒に入りたいから全身全霊でみんなの前で土下座をする。

 

「たかがお風呂に入るためにそこまでするんですね……ある意味凄いですね」

 

 私が土下座までして、お風呂を入ろうとする姿に、海未ちゃんは呆れるを通り越して、それどころか一周回って呆れられてる。

 

「まぁ、良いんやない、委員長ちゃんがそこまでするんやから」

 

「流石はお姉ちゃん、土下座したらそう言ってくれると信じてたよ」

 

「どんな信頼のされかたしてるんやろ……さっきのは今のはなしにしようかな」

 

 嬉しさのあまり、つい口からポロッと思ってることが出てしまい、お姉ちゃんがちょっと悪戯な笑みを浮かべながら言う。

 

「そんなことはないよ、お姉ちゃんには常日頃、感謝の気持ちしかないよ、足だって舐めろって言えば、いくらでも舐めるくらいに」

 

「それって感謝してるってより、別の願望なんじゃあ……」

 

「あっ……」

 

 さっきの失言を取り消そうとするが、花陽ちゃんに指摘されて、さらに失言を重ねてることに気付く。

 

「まぁ、委員長ちゃんは変態さんやし、仕方ないやん」

 

「はい、私はどうしようもなく変態ですが、どうかお考えを……お考えを変えないでください」

 

 お姉ちゃんの笑顔がとても恐いのと、自分の失言から深々と土下座をしながら頼み込む。

 

 どんどん自分が惨めになってきてる気がしないけど、ここまで来たら、何としてでもみんなと一緒に入ってみせる。

 

「そこまで言うやったら、ウチに言い考えがあるんやけど……」

 

「ホントに!!」

 

 言い考えがあると聞いて、食い付く私だったが、そのときのお姉ちゃんはとても悪戯な笑みを浮かべていたことに気付かなかった。

 

「その前に……食器を片付けしないとね」

 

「そうだね」

 

 そうして食器を片づけたあと、お風呂に入る前に、私はお姉ちゃんに言われるがままに指示に従う。

 

「なるほど、これは言い考え──になるか~~!!」

 

 そして、言われた通りやったがそんなツッコミを入れる。何故なら私だけ目隠しされたのだから。

 




前回は割りと真面目にやってた気がするのに、この落差……。うん、何時も通りだ。

そんなわけで何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると有り難いです。


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二十八話 夜は終わらない

お待たせしました。

相変わらずの沙紀の変なテンションですけど、お楽しみください。


 1

 

「はぁ~、お風呂楽しかった~」

 

「銭湯みたい広くてビックリしたよ」

 

 お風呂から上がった穂乃果と凛は、お風呂上がりに飲み物を飲みながら、とても満足したような顔をしていたわ。

 

 私も飲み物を飲みながら、穂乃果たちと同じく楽しかったのだけど……。

 

「そうね、楽しかったわ……あれさえなければ」

 

「あれは……酷い事件だったね、にこちゃん」

 

 お風呂のときに起きた事件を思い出すと、楽しさが半減してしまうわ。現に穂乃果もちょっと遠い目をしているわ。

 

「まさか、あそこまで沙紀ちゃんが、みんなの裸見たいなんて思わなかったにゃ~」

 

 そう、今回も沙紀が見事にやらかしてくれたのよ。私たちの予想以上に、彼女は私たちの裸を見たかったみたい。

 

 沙紀が私たちと一緒にお風呂に入る条件として、希は沙紀に目隠しを提案したわ。

 

 提案したよりも流れでそうさせた感じの方があってるような気がするけど。

 

 当然よね。沙紀はみんなと一緒にお風呂に入りたい。みんなは沙紀に裸を見られたくない。両方の意見を取り入れた結果、沙紀が目隠しすると言う落とし所を希は用意してくれた。

 

 念のため、沙紀が自分から目隠しを外さないようにと、私たちの体を触れてくる可能性を考えて、ついでに手も縛っておいたわ。

 

 そこまでは良かった。

 

 まさか、あんなことになるなんて、私たちは思ってもみなかったわ。あぁ~、出来れば思い出したくはないわ。ただ言えることは最後のオチは何時も通りだったわ。

 

 ちなみに当の本人は──

 

「うぅ~、何で……何時も何時もこうなるの……」

 

「はいはい、委員長ちゃんそろそろ元気出してや」

 

 部屋の隅っこでいじけて、希に慰められていたわ。見馴れた光景ね。

 

 そんなこともあって、楽しかったのかと言われると、楽しかったのだけど……まあ、半々ねと、私の中でさっきの出来事を纏める。

 

 飲んでいた飲み物を飲み終えて、私たちはリビングに戻ると、海未たちがお布団を敷く準備をしていたわ。

 

 おぉ~、もしかしてあれ出来るんじゃないのかしら。

 

「あっ! お布団がいっぱい敷いてある、これは凛ちゃん!」

 

「にゃ~、やるしかないにゃ~」

 

 びっしりと敷かれてる十人分のお布団を見て、穂乃果は私と同じことを思い付いたのか、凛に声を掛けると、凛も同じこと考えてたのか、お布団の手前に立つ。

 

「いっくぞ~」

 

「にゃ~」

 

 そう言って、お布団に飛び込んで、お布団の上をゴロゴロ転がって楽しそうにしてる。そんな姿を見て、私も穂乃果と凛に混じって、一緒にお布団の上で転がる。

 

「気持ちいいにゃ~」

 

「広いとこでこれやるの夢だったんだぁ~」

 

 分かるわ、ふかふかで柔らかい布団の上でゴロゴロと転がってるだけでも気持ちいいわ。

 

「三人とも敷くの邪魔だから退いてください」

 

 そんなことをしていると、準備していた海未に怒られたので、私たちは十分堪能したので止める。

 

 やり過ぎて、海未を怒らせると、録なことにならないって事はどっかの誰かさんのお陰で十分理解出来てるし。

 

「あっ、花陽ちゃんが眼鏡してるとこ、久し振りに見た」

 

 部屋の隅っこで希に慰められていたはずの沙紀が、立ち直ったのか、こっちに来ると、花陽を見てそんな反応をしたわ。

 

「うん……もう寝るからコンタクト外したの……」

 

「そうなんだ、やっぱり花陽ちゃんは眼鏡姿も可愛いし、似合ってるよね」

 

 眼鏡姿を誉めてる沙紀だけど、花陽はちょっと戸惑ってる。まあ理由は分かるんだけど。今の沙紀の髪型が何時もの三つ編みではなく、ストレート。つまり星野如月時代の髪型だから戸惑ってるのよね。

 

 あいつ基本は三つ編みだけど、寝るときは髪ほどくから。でも何故か眼鏡だけは外さないわよね。意味ないのに。

 

「と言うか、沙紀ちゃん眼鏡好きだって言うけど、自分のやつ伊達眼鏡じゃん」

 

 穂乃果が事実を突きつけると、沙紀はその場で膝を付いて落ち込んだ。

 

「それは……出来れば言わないで欲しかった……」

 

 ホント、沙紀の拘りは謎ね。元々変装のつもりであの委員長スタイルをしてるのに、よっぽどあのスタイルは気に入っているのかしら。

 

「どうして全員同じ部屋じゃなくっちゃいけないの」

 

「合宿だからね」

 

「まぁ、こうゆうの楽しいんよ」

 

 夜でも何時ものようにやってると、真姫ちゃんが根本的な事を言い出してきたけど、絵里と希に便利な言葉によって、なくなく真姫ちゃんは受け入れる。

 

 それにしても沙紀も使ってたけど、合宿だからって言うだけで、今日は大抵みんな従うなんて、ホント便利ね。

 

「じゃ、寝る場所決めましょ」

 

 お布団を敷き終わると、絵里がそう言ってから私たちは自分たちが寝る場所を決め始める。

 

「私ここ~」

 

「えぇ~そこはにこでしょ」

 

「凛はかよちんのと~なり」

 

「じゃあ、私はにこ先輩と──」

 

「はいはい、勝手にしなさい」

 

「えっ!? まだ何も言ってないのに、流石はにこ先輩、愛してる」

 

 沙紀は私の許可を得てすごく喜んでるけど、どうせ、私の横とか言い出すから、沙紀の自由にさせておくわ。

 

 そうして私は自分の寝るとこを決めて、お布団に入ろうとすると、私が寝るはずのお布団に、何故か沙紀が既に入っていたわ。

 

「何であんた、にこのお布団に入ってるのよ!」

 

「えっ? だってにこ先輩が良いって言ったじゃないですか」

 

 あぁ~、そっか。そのパターンね。こいつの中で初めから私の横のお布団で寝るんじゃなくって、私と一緒のお布団で寝ると考えていたのね。流石にそれは予想できなかったわ。

 

 ホント、こいつは私の予想の斜め下を行くわね。

 

「ほら、にこ先輩、私は何時でもwelcomeですよ」

 

 私が自分から良いって言っちゃったから、沙紀はすごくテンションが高いし、さっきの無しって言うと、面倒くさそうな感じがするわ。

 

 不味いわ。沙紀と一緒に寝るなんて、火事の中に裸で突っ込んで行くものよ。一緒に寝たら私の色々な初めてが……いや奪われないわね。

 

 どうせ、沙紀はこういうときは不幸体質が働くし、私の危害を加えられないわ。最初だけ我慢すれば、あとは快適な睡眠が約束されるのよ。

 

「分かったから、にこは寝る前に色々とやるから、そのあとよ」

 

「イエッサー、何時でもお待ちしてます」

 

 そんなわけで何か知らないけど、私は何故か沙紀と一緒に寝る羽目になったけど、周りからは何とも言えない視線を向けられるのだった。

 

 2

 

 寝る前の準備を終えて、私は自分のお布団の中に入る前に、待機してた沙紀を端に退かして、自分のスペースを確保する。

 

「じゃあ電気消すわよ」

 

『は~い』

 

 みんなに確認すると、私はリモコンを使って、部屋の電気を消した。そういえば、さらっとリモコンで消したけど、リモコンで電気を消せる何て、どんだけ金持ちなのよ。

 

 何て、こんなところでも貧富の差を見せつけられて、ちょっと落ち込んでると、私の背中にぎゅっと沙紀が抱きついてきたわ。

 

「にこ先輩の良い匂いがする」

 

 私にしか聞こえないくらい小さな声で沙紀は私の匂いを嗅ぎ始める。

 

 我慢するのよ、にこ。どうせ、すぐにこいつが欲望に身を任せて、自滅するからそれまでの辛抱よ。そう自分の中で言い聞かせて、今は何もしないようにする。

 

 それにしても、抱き付かれてるせいか沙紀の胸が当たってるのだけど……。私は沙紀と違って普通だから当てられたところで、興奮するわけじゃないけど。ただ……。

 

 とても負けたと思ってしまう。

 

 確かに私は胸も大きくないし、背も高くないし……はぁ……自分でそんなこと考えてると、悲しくなってくるわ。

 

 そもそも沙紀は元アイドルで、スタイルは良いのは知ってるけど、それでもやっぱり自分より年下に、スタイルの良さで負けたって思うと、何かムカつくわ。

 

「ヘヘヘ、にこ先輩の背中暖か~い」

 

 ぎゅっと抱きついていた沙紀が、子供っぽい感じでそんな事を言うと、何だかムカついていたのがどっか飛んでいったわ。

 

「にこは暑いのだけど……」

 

「たまには良いじゃないですか、こんな機会滅多にないですから」

 

 確かにこんな事滅多にない。沙紀は私の家に遊びに来ることはあっても、泊まることは数えるほどしかない。多分、沙紀が誰か家に泊まってる回数なら、希の方が多いと思う。

 

 そもそも沙紀がこんな風に私に甘えること事態、そんなにない。何時もの何時ものふざけてばかりで、甘えるとは程遠いことばかりしてる。

 

 けど、本当はこの子は甘えん坊の寂しがり屋なのは知ってる。

 

 本当は誰かに甘えたいのに自分からそうしようとしない。そもそも甘える相手が少なすぎるわ。

 

 私に希、あと絵里もだと思うけど。あと何人がこの子のことそんな子だって知ってるのかしら。多くないことは知ってる。

 

 多くの人は沙紀の事を『白百合の委員長』として見てる。沙紀自信もそう気にしてる様子はないけど、むしろ自分の肩書きを気に入ってるけど。やっぱり……。

 

「私、今日すごく楽しかったです」

 

「そう……」

 

 さっきと同じように私にしか聞こえないくらい小さな声で、今日の感想を口にするけど、その言葉から本当に楽しかったって、気持ちが伝わってくる。

 

「私、部活に入ったこと無かったですから、みんなで合宿とか経験なくって……」

 

 部活に入ったことがないか。確かにアイドルをやっていたら、そんな部活をやってる時間なんてあるわけないから、やれるわけないわよね。

 

「にこ先輩のお陰です、こんな私を誘ってくれて感謝してます」

 

 沙紀をアイドル研究部に誘ったのは私だけど、そこまで感謝される筋合いはないけど──

 

(私が……役立たずだから……要らない子だから……)

 

 急に私は沙紀と初めて会ったときの頃の事を思い出す。

 

 あのときの沙紀は色々と危うかった。何と言うか、表情は暗く、目は死んだ魚のような目をして、何もかに絶望してたそんな様子。

 

 あんまりこんなことを考えたくないけど、正直、何時自殺してもおかしくなかった状況だったわ。

 

 何であの子がそこまで追い詰められたのか、おおよその話は聞いてるけど、やっぱり何と言うか、さっきの沙紀の言葉は今でもいまいち理解が出来ない。

 

 トップアイドル星野如月として、大成功をしてる彼女が、役立たず何て有り得ないし、要らない子何て有り得ない。

 

 そういえば、似たようなことを沙紀に言ったっけ。懐かしいわ。あの後だったっけ、私が沙紀をアイドル研究部に誘ったのは。

 

 我ながら、トップアイドルをスクールアイドルのマネージャーに誘うのは、今でも大胆過ぎたような気もするけど、それは間違いじゃなかって思えるわ。

 

 今の沙紀は大分明るくなったし、入って間もない頃はもうちょっと恥ずかしがって、可愛かったけど……今はウザイ時が多いわね。

 

 それはそれで昔と比べればマシね。昔の方はこっちまで暗くなりそうだったから。ホント、何でこんな変な感じになったのかしら。

 

 入って間もない頃の沙紀は、恥ずかしがり屋の方が全面に出てて、からかうと、すぐに顔を赤くして、反応も可愛かったのに。

 

 今でもたまにそんなことあるけど、そのあとホントにうるさいからねぇ。

 

 でもそんな風に出来るだけ私たちの仲が良くなったって、考えれば、悪くないわね。

 

 それにしても良く良く考えたら、沙紀って星野如月なのよね。何と言うか、今の沙紀って星野如月って感じが全くしないのよね。

 

 星野如月は冷めた目で、冷淡な口調、クールな佇まいで、全体的に冷たい感じなキャラだったけど、今の沙紀とは真逆なのよね。

 

 そもそも何で沙紀がそんなキャラでアイドルをしていたのか、聞いたことなかったわね。

 

 昔は聞ける雰囲気じゃなかったけど、この際、聞いてみようかしら。

 

 私が沙紀に星野如月のキャラについて聞こうとしたとき、パリッと部屋の中からそんな音が聞こえる。

 

「ちょ、何の音? ねぇ」

 

 何の音か分からないから、絵里が反応するけど、妙に恐がってる感じがするのは気のせいかしら。

 

「私じゃないです」

 

「凛でもないよ」

 

「私たちでもありませんよ」

 

「ねぇ誰か明り付けて」

 

 暗くて、見えないから絵里は電気を付けるように言ったから、沙紀はお布団から出て電気を付けて部屋が明るくなると、穂乃果がお布団の中で煎餅を食べていたことに気付く。

 

『あぁ~』

 

 みんなもそれに気付いて声を上げると、穂乃果は驚いて、煎餅が変なことに入ったのか咳き込む。

 

 どうやらさっきの音は穂乃果が煎餅を食べてる音だったみたい。

 

「何やってるの、穂乃果ちゃん」

 

「え~と……何か食べたら眠れるかなって」

 

 そういえばさっき穂乃果たちが喋ってたような声が聞こえて、絵里に怒られたわね。

 

「も~ういい加減にしてよね」

 

 せっかく沙紀に聞こうと思ったのに、台無しにされたし、うるさいから、私は穂乃果たちに怒るために顔をみんなの方へ向けると、みんな驚いた顔をする。

 

「何よそれは……」

 

「美容法だけど」

 

 当然じゃない、アイドルにとって、顔は一番大事よ、それを綺麗にするのは当然じゃない。何でみんなはそんな基本的なことが分からないのかしら。

 

「ハラショー……」

 

「恐い……」

 

「うん……」

 

「美しさを維持するために、そんなことをするなんて……何ておもし……健気……」

 

 私がそんなことを思ってるのに対して、みんなの反応が悪いと言うか、何故か恐がってるわ。ホント、何で。

 

「誰が恐いのよ! あと沙紀、聞こえるわよ」

 

 あいつ、元が良いからって、私のことバカにしてるようなこと言って、ホントに私のこと尊敬してるかしら。

 

「いいからさっさと寝るわよ」

 

 機嫌が悪いまま、リモコンを持って電気を消そうとすると、私の顔に何故か枕が飛んできて私は倒れる。

 

「にこ先輩、大丈夫ですか、一体誰がこんなことを!」

 

 私が倒れたから、沙紀は私の所まで近付いて、私の心配をしたあと、誰が枕を投げたのか犯人探しをし始めると──

 

「真姫ちゃん何するの~」

 

「なん……だと……」

 

 希の声が聞こえて、真姫ちゃんが投げたと聞こえて、沙紀は驚くけど、私は既にそのケンカを買ってやろうって気持ちになっていた。

 

「えっ? 何いってるの」

 

「あんたねぇ~」

 

 真姫ちゃんは何か言ってるけど、私は気にしないわ。そんなに、このスーパーアイドル矢澤にこに、色んなポジションを奪われないために、潰そうって魂胆は見え見えよ。

 

「いくらうるさいからって、そんなことしちゃダメやん」

 

「何するにゃ~」

 

 そんなことを考えてると、今度は凛の方へ枕が飛んできたけど、凛は見事にキャッチして、穂乃果の方へ投げた。

 

「ウグッ、よ~し」

 

 凛の投げた枕を上手くキャッチ出来ず、顔面から枕が当たり、その後落ちた枕を拾って、今度は真姫ちゃんの方へ投げた。

 

「投げ返さないの?」

 

「あ、あなたねぇ~」

 

 枕をぶつけてられて、何もしない真姫ちゃんに煽るような事を言う希。その後、そんな真姫ちゃんに絵里が枕をぶつける。

 

 意外、絵里もそんなことするのね。心の中で、ちょっと驚きながら私は自身のやる気を上げていった。

 

「もう、いいわよやってやろうじゃない」

 

 絵里にもやられ、主犯がやる気になったところで、本格的に枕投げが始まるのだった。

 

「にこ先輩、助太刀します」

 

 やっぱり沙紀は私のところに付く。沙紀が加われば、百人力よ。

 

「フフフ、見せてやろうじゃない……」

 

「私たちの愛の力ですね」

 

「違うわよ」

 

 そんな風に冷静にツッコミを入れて、私たちも本格的に枕投げに参加する。

 

 3

 

「にこ先輩、パス」

 

「分かったわ、くらいなさい」

 

「ゴフッ」

 

 沙紀から枕を受け取って、私は穂乃果に向かって枕を投げると見事に命中する。

 

「流石です、にこ先……ゴフッ」

 

「沙紀ちゃん隙だらけだよ」

 

 見事な連携で枕を当てると、沙紀がはしゃいでると、今度はことりから枕を当てられる。

 

「流石は、私の……ソウルフレンド……やるね……ゴフッ」

 

 やたらと枕投げをしてるときの沙紀は、テンション高いけど、そもそもこんな機会がなかったみたいだから、沙紀にとっては、枕投げ事態が初めての事かもしれないわ。

 

「にこ先輩、危ない、ゴフッ」

 

 そんなことを考えてると、私の方に枕が飛んできたけど、沙紀が盾になる。

 

「大丈夫ですか、にこ先輩?」

 

「えぇ、あんたのおかげでね、それよりもさっきから当たりすぎじゃない?」

 

 枕投げが始まってから、やたらと沙紀に枕が飛んできてる気がするけど、気のせいかしら。

 

「結構当たってますよ、私とにこ先輩に飛んでくるのと、流れ弾に……ゴフッ」

 

 あぁ……、うん。相変わらず運がないわね。自分と私に飛んでくる分は仕方ないとして、流れ弾に当たるのは、ホント、運がないわね。現に今でも当たってるし。

 

 どんどん盛り上がる枕投げを楽しんでいると、誰かが投げた枕の手元が狂って、眠っていた海未に当たる。

 

『あっ!!』

 

「あぁ……大丈夫……?」

 

 みんなが海未に当たる瞬間に声を上げるが、もう遅い。海未はゆっくりと無言で立ち上がると、ことりが怯えた声で声を掛ける。

 

「何事ですか……」

 

「えっ、え~と……」

 

 海未の声がとてもドスの利いた声のせいか、穂乃果はとてもたじろぐ。それ以前に、顔が俯いてるから全く表情が見えなくってすごく怖いわ。

 

「どうゆう事ですか……」

 

「ち、違う……狙って当てたわけじゃ……」

 

「そっ、そうだよ、そんなつもりは全然なかった」

 

 枕を当てられた事を怒ってるのか、当てたと思われる二人が言い訳するけど、全く反応がない。

 

「明日、早朝から練習するって言いましたよね……」

 

「う、うん」

 

「それをこんな夜中に……フフフ……」

 

 不気味な笑いをする海未。何これ、すごく海未が恐いんだけど。

 

「お、落ち着きなさい海未」

 

「不味いよ、これ」

 

「海未ちゃん寝てるときに起こされると、機嫌が……」

 

『あっ!!』

 

「にこ先輩、危ない……ゴフッ!!」

 

 海未が持っていた枕が目に見えないスピードで私の方へ飛んでくるけど、沙紀はそれに反応し、私の盾となって、顔面から海未が投げた枕をモロに受けた。

 

「沙紀!!」

 

「ダメにゃ~、もう手遅れにゃ~」

 

 私は沙紀の名前を呼ぶけど、全く返事がない。凛の言う通り手後れだったわ。

 

「超音速枕……」

 

「ハラショー……」

 

 海未の投げる枕のスピードに驚くけど、あの頑丈な沙紀が有無を言わさず、気を失うほどの威力に、みんな恐怖を感じていた。

 

「ウフフ、覚悟は出来ていますね」

 

 そんなことは気にせず、不気味な笑い声をしながら、海未は起こされた怒りを全員に枕と共にぶつけるため、動き始める。

 

「どうしよう、穂乃果ちゃん」

 

「生き残るには戦うしか……」

 

 海未を止めるために気絶させようと、みんなが海未に立ち向かっていくけど、悉く返り討ちに会い、どんどん倒れていく。

 

 みんなが倒れてくそんななか、私は倒れた沙紀を見ながら──

 

「何で私なんか庇ったのよ……」

 

 そんなことを口にするけど、気を失ってる彼女に返事があるはずはない。

 

 沙紀が私を庇った理由は何となく分かる。私だから。

 

 ホント、バカよね。何で私なんか……。

 

「ごめん海未」

 

 そんなことは考えながら、私は立ち上がると、絵里が海未を気絶させようとするが、見事に返り討ちに会っていた。

 

「沙紀の仇!!」

 

 その瞬間、一瞬の隙を付いて、枕を投げる。幸いなのか沙紀によって、鍛えられた制裁能力が海未の動きに対応出来るようになっていた。

 

 ありがとう、沙紀……。あなたのお陰で海未の暴走が止められそうだわ。

 

 海未を気絶させられると確信した瞬間、不気味なかわされかたをされて、逆に海未は私目掛けて、超音速枕を投げた。

 

「なっ……ゴフッ!」

 

 沙紀が一瞬で気絶させるような枕に私じゃあ成す術があるわけでもなく、私も沙紀と同じように、顔面に枕が直撃する。

 

 ごめん……沙紀……。仇を取れなかったわ。

 

 失いかけてる意識のなか、私の事を庇って倒れた、大切な後輩に対して謝りながら、私は意識を失った。

 

 ちなみに海未は希と真姫ちゃんによって、見事に討ち取ったみたい。

 

 




お風呂で一体何があったんでしょうね。それに沙紀の過去も。

そんなわけで何か色々と気になることが多かったり、ツッコミが多い回でしたけど、如何だったでしょうか。

お風呂の話については……まあ気が向いたらやると思いますよ。多分……。

一応次回で合宿編最後の予定です。

これからの展開なんですけど、取り合えず予告はしておこうと思います。

文化祭の前に夏休み編やります。

合宿の中でチラッと、沙紀が考えてた事をやる予定です。あとその他にも。

そんなわけで、何か感想がありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告していただけると有り難いです。


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二十九話 真夜中のお茶会

お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

 海未を希と協力して気絶させ、何とか枕投げ騒動は終結。けど、その代償に何人かのメンバーが気を失ったから、もうお開きとなり、私たちはそれぞれ眠りに入ったわ。

 

 私も今日は疲れたからぐっすり眠っていたはずだっただけど、何故か変な時間に目が覚めてしまった。

 

 一先ず、私はみんなを起こさないようにこっそりと携帯で時間を確認すると、時刻は夜中の二時。

 

 明日は朝から練習があるのに、こんな時間に目が覚めて、絶対に練習に支障が出るわね。

 

 けど、どうしましょう。頭が完全に覚醒しまったから、なかなか眠れないわ。でも、寝よう寝ようと考え込むと、むしろ眠れそうにないのよね。とりあえず喉が渇いたから、一旦何か飲んで、落ち着きましょ。

 

 私はみんなを起こさないように、静かにお布団から出て、キッチンの方へ向かう。そっと冷蔵庫を開けて、何を飲もうか考える。

 

 コーヒーやお茶は駄目ね。飲んだら余計に眠れなくなるし、落ち着きたいからここはミルクを暖めて、ホットミルクにしましょう。

 

 そうと決まれば、冷蔵庫からミルクを、棚からマグカップを取り出して、電子レンジでミルクを温める。そういえば普通に電子レンジ使ったけど、音で起きないわよね。

 

 みんなと寝てる場所と、キッチンはそれなりに近い。それに静かだから余計に聞こえるんじゃあ……。でも電子レンジの音ってそんなに大きくないし、大丈夫よね。

 

 そんな要らない心配をしたけど、温まるの待ってるの暇ね。なんて考えながら、何となくみんなの方を見てみる。暗闇に目が慣れて、周りが少しずつ見てるようになると、ある違和感を気づいた。

 

 十人分敷いてあるお布団に二つ誰も寝ていないお布団がある。一つは私が寝ていたお布団だけど、もう一つは誰の。

 

 確か寝る前(と言うより枕投げの前)に、沙紀がにこちゃんと一緒に寝るとか何とか言って、にこちゃんが許可しちゃったからその余りかしら。

 

 けど、にこちゃんの方を見ると、沙紀はいないし、他のみんなの寝ている様子を見ても一緒に寝てる感じじゃない。だとしたら沙紀は何処に……。

 

 沙紀が何処に行ったのか、疑問に思ってるいると、上から足音が聞こえた。

 

 もしかして上にいるのかしら。でも上で何を……。気になるわ。

 

 あの人は分からないことが多すぎる。今日の合宿で何か分かるかと思っていたけど、分かったのはあの人の変態度だけ。

 

 あと何故か分からないけど、にこちゃんのことをまだ先輩呼びしている。先輩禁止って言った絵里や希もそれを黙認しているし、ホント、分からないことだらけよ。

 

 上に行けば、何か分かるかもしれないわね。もしかしたら変な風にからまれるかもしれないけど。どちらかと言えとそっちの方が可能性が高いわね。

 

 けど、沙紀が何をしてるのか気になってしまったから、私は二階に上がってみる。一つ一つ部屋を確認しながら奥へ進んでいると、何か聞こえてきた。

 

 これは……歌声? 。けど、この歌声……何処かで……。

 

 何処かで聞いたことがあるけど、思い出せそうで思い出せない。曲は分からないけど、歌っているのはどう考えても……。

 

 私はどんどん奥に進んで行くと、ある部屋の扉が開いていた。

 

 私はそっとその部屋を覗き混むと、そこには空を見上げながら、一人歌を口ずさむ沙紀が居た。

 

 私がいる位置からは沙紀の顔が見えない。だけど、彼女から聞こえてくる歌声は、綺麗だけど、その場のノリで歌って、何処か楽しんでいるような、そんな感じがした。

 

 そんな歌声に私は思わず聞き惚れてしまったわ。

 

 前にカラオケで聞いた時とはまた違った印象ね。

 

 あの時も綺麗だったけど、まるで機械のように歌に感情がこもってなく、いまいち彼女の感情が分からなかった。

 

 けど、今歌ってる彼女の歌を聴くと、前のが嘘みたいに歌に感情が籠ってる。映像で見た星野如月と同じように。

 

 星野如月……、やっと思い出したわ。今彼女が歌ってるのはあの時、カラオケで歌ってた曲と同じ。

 

 星野如月のソロデビュー曲。

 

 沙紀が歌っていた曲を思い出すと、まるでタイミングを見図ったかのように歌うのを止める。

 

「星がとても綺麗に見えるから、つい感動して思わずノリで歌ったけど……悪くはないわね」

 

 歌ってるときとは違って、いや今までとは違って、感情が感じられない冷淡な口調で喋る沙紀。

 

「それにこんな可愛いギャラリーまでやって来たのだから」

 

 そう言って沙紀は私の方に振り向き、そんなことを訪ねてくる。私は気づかれていたことに驚いたけど、沙紀の顔を見ると、さらに驚いた。

 

 何故なら彼女が何時も掛けている伊達眼鏡は掛けてなく、髪を下ろしている。それに彼女の表情は、何処か冷めた表情をしていたのだから。

 

 そう。それは彼女のことを調べるために、何度も見たライブの映像と同じ表情。多くの人を虜にした伝説の中学生トップアイドル星野如月そのものだった。

 

「なに、わたしの顔をじっと見て──まさか……」

 

 私が何時もの雰囲気の違う沙紀の顔に驚いたせいで、何も答えずにいると、沙紀は冷淡な口調のまま何か気づいたようなことを口にするけど、表情に変化はない。

 

「わたしの美しさに見蕩れたのかしら」

 

「はあ?」

 

 感情のない声で沙紀は、随分的外れな事を言ってきたので、思わず惚けた声を出してしまったわ。

 

「仕方ない事よね、文武両道、才色兼備、どれを取っても完璧であるわたしに見蕩れるのは世界の心理」

 

 そんな私を無視して、つらつらと冷淡に自分を褒める言葉を並べる沙紀。よくもまあ自分でそんなこと言えるわね。

 

「けど同性すらも魅力する何て……あぁ……わたしって……罪な女……」

 

「何それ、意味分かんない」

 

 ホント、意味が分からない。言ってることもそうだけど、表情が全く変化しないから、本気で言ってるのか、冗談で言ってるかすらも分からない。

 

「まあ、本当の事は置いておいて、歌ったから少し喉が渇いたわ」

 

「あっ……そういえば私、ホットミルク作ってたの忘れてたわ」

 

「そう、なら丁度いいわ、これから一緒に夜のお茶会と洒落込みましょう」

 

 私がホットミルクを作っていたのを思い出すと、どういう訳か沙紀がそんな提案をしてきたわ。

 

「そうね」

 

 向こうの意図は分からないけど、もしかしたら何かこの人を事を知るチャンスかもしれないと思って、沙紀の誘いを受ける。

 

「なら、下に降りて準備ね」

 

 私が誘いを受けると、沙紀は部屋を出て、私もホットミルクを取りに一緒に出て、奇妙なお茶会の準備を始めた。

 

 2

 

 私と沙紀はキッチンでみんなを起こさないように、お茶会の準備を終えると、さっき部屋に戻り、静かにお茶会をしていた。

 

 お茶会って言っても、何かお菓子を食べるわけでもなく、ただホントに飲み物を飲んでいるだけ。流石に夜中に食べるのはよくないから、用意はしていないわ。

 

 そもそもそれ以前に会話すらまともにないまま、自分たちで用意した飲み物を黙って飲んでいた。

 

 私も黙々とホットミルクを飲みながらチラッと沙紀の方を見る。彼女も私と同じように黙々と飲んでいるけど、何時もと雰囲気が違うせいか、何処か大人っぽい感じがする。

 

 何時もウザいほど騒がしいから、深く気に止めることはないけど、元々見た目はいい人だから、大人しくしていればいいのに。

 

「久々に作ったけど、さすが、わたしね」

 

 そんなことを考えてると、沙紀は自分が作ったコーヒー(しかもブラック)を飲んでそんな感想を口にしてた。

 

「良いの、こんな時間にそんなもの飲んで、眠れないわよ」

 

「心配無用、割りとわたしってすんなり眠れるから、問題ないわ」

 

 明日は朝から練習があるから、眠れなくて寝坊すると海未辺りに、怒られそうだから言ったけど、心配して損したわね。

 

「それにしてもこんな時間に何してるのよ」

 

「それはあなたも同じでしょ」

 

 確かに私もこんな時間に起きてるわけだから、人の事言えないわね。

 

「私は偶然目が覚めただけよ」

 

「偶然ね……」

 

「何か言った?」

 

「何でもないわ、わたしも同じ……いえ、起こされたって言うべきかしら」

 

 沙紀が何かボソッと言ってた気がするけど、沙紀は気にせず、自分の起きてた理由を口にする。

 

 起こされた? 一緒に寝てるから誰かに蹴られたりでもして起こされたってことかしら。

 

「それにどうもさっきから頭がくらくらするのよ、何か頭に強い衝撃でも受けたような……そんな感じがするのよ」

 

 頭に強い衝撃と言われると、枕投げの時に見た海未の投げた枕を思い出すけど、沙紀はあれを受けて気絶したわけだから違うわよね。

 

 やっぱり誰かに蹴られたりしたのかしら。一緒に寝てたにこちゃん辺りに。それにしても……。

 

「何でさっきからずっとそのキャラで喋ってるのよ」

 

 今は夜中だから、何時ものキャラだと五月蝿いから、そのキャラでも良いけど、何時もとノリが違うせいでさっきから調子が狂うのよ。

 

「別にわたしは普通にしてるだけなのだけど……なるほどね、そういう狙いなのね」

 

「何の話?」

 

「気にしないで、こっちの話だから」

 

 何か気になるような事を言ってた気がするけど、沙紀はそう言ったあと、またコーヒーを口にした。

 

「それにしてもさっきから質問ばかりだけど、あなた熱心なわたしのファンかしら」

 

「誰がファンよ、私はただ……」

 

 あなたに何があったのか、知りたいだけよ。

 

 トップアイドルの頂点まで一気に登り詰めた星野如月が、どうしてアイドルを休業したのか、本当の理由を。

 

 あと私の事、勝手に色々と調べられたからそのお返しも込めて。

 

「何はともあれ、ファンに何かを求められるのは、悪い気分ではないわ」

 

「だからファンじゃないって言ってるでしょ!!」

 

「静かに、みんな寝てるのだから」

 

 沙紀にそう指摘されて、私は口元を押さえる。何時もうるさい人にうるさいって注意されるのは、不服だけど。

 

「元々あなたのせいでしょ……」

 

「さあ、何の事やら」

 

 惚けたことを言ってるけど、この人、分かっててやってるわね。いけない、また沙紀に乗せられて、大きな声を出してしまうわ。

 

 私はホットミルクを飲んで一息ついて、心を落ち着かせる。その様子を沙紀は黙って見ていたことに気付いた。

 

「何よ」

 

「いえ、ただあなたからかい甲斐があるなって、思っただけよ」

 

 何よそれ、挑発のつもり。生憎そんなのに乗るつもりはないわ。私は沙紀の事を無視する。

 

「ここは良いわね、星が綺麗に見えるわね」

 

 沙紀は立ち上がって、窓の方へと足を進めながらそんなことを口にする。そういえば、私がここに来る前に、空を見上げてたわね。

 

「星が好きなの?」

 

「そうね、好きか嫌いかと言えば、好きよ、よくマンガの題材になるし、あとゆ……母親に、色んな所に連れ回されて見る機会が多かったから」

 

 そうなのね。前半の理由はともかく、お母さんと一緒に行ったりしたのね。

 

「お母さんが好きだったの?」

 

「あれはただ出掛けるのが好きなだけよ、私もよく巻き込まれて、夜とかすることがなかったから暇潰しに見てたのよ」

 

 そういう理由なのね。それよりもお母さんをあれ呼ばわりするなんて、仲でも悪かったと思ったけど、何故かしら、冷淡な口調なのにそんな感じがしないのよね。

 

「まあ、あれの事は置いておいて、それもあるから、わたし自分の芸名も好きなのよ」

 

「でもあれって、本名を並び替えて、少し弄っただけよね」

 

 篠原沙紀を並び替えて、はしのきさら。それに棒を一つ足せば、星野如月になるようになってる。

 

「あら、気付いていたのね」

 

「あなたが星野如月だと分かったら、割りと簡単にね」

 

 それに気付いた時は、散々証拠を探した私をバカにしてると思ったのは内緒だけど。

 

「なら、わたしの芸名のちょっとした豆知識、あの足された棒、付けた人曰く一のつもりらしいわ」

 

 へぇ~、そうなのね。それは知らなかったわ。花陽辺りが知ったら、食い付きそうな豆知識ね。それに口ぶりからして沙紀自身が考えた訳じゃないのね。一体誰が考えたのかしら。

 

「わたしたちが一番のアイドルになるように的な意味があるって言ってたわね」

 

 わたしたちって事は彼女の相棒だったユーリも。そういえば、そうね。名前の長音が一にも見えなくないけど。

 

「だから、わたしにも入れた訳よ、でも何処に入れようか考えた結果、星野如月って訳、星──スターで二重に縁起がいい感じするから」

 

 確かに一番のアイドルになるようにって意味で付けたのなら、星も悪くないわね。ホントにトップアイドルになるわけだし。

 

「それに如月って名前……と言うより漢字も意味があって、わたしが二月にスカウトされたからなのよ」

 

「あなた、スカウトされてアイドル始めたのね」

 

 私はてっきり自分から事務所に入った思ったわよ。花陽から聞いた話じゃあ、星野如月が所属してた事務所は一般の人はスカウトしないって聞いたから。

 

「ホント、偶然、たまたま道を歩いていたらね」

 

 偶然歩いてたらって、どんだけ運が良いのよ。何時もは運が悪いのに。もしかして、ここで運を全部使い果たしたかもしれないわね。

 

 でもそこで運を使い果たすほど、アイドルとして大成功してるのよね。だから本当に分からないわ。この人に何があったのか。

 

「そんな感じで星野如月って芸名になった訳なのだけど、結構気に入ってるのよ、特に如月って名前の響きが」

 

「それも理由があるのかしら」

 

「そうなのだけど、そうね……これは……」

 

 沙紀は喋ろうか少し考えてる。何故か名前の響きに関しての理由を口にするのが躊躇ってると言うか、迷ってる感じがするわ。

 

「秘密」

 

「はあ? 何それ」

 

 ここへ来て、突然そんなことを言うから、余計に気になるじゃない。

 

「いずれ分かることよ、ちゃんとあなたたちが私の……わたしたちの事を見てたらの話だけど」

 

 わたしたち? それって星野如月とユーリの事を見てたらってことかしら。それなら調べて散々見てたけど……。まあ良いわ。

 

「ホント、ファンなら知って嬉しい豆知識ね」

 

 こんなこと本人とかに聞かないと分からないような事だから余計にね。

 

 それにしても珍しいわね。沙紀がこんなに昔の事を喋るなんて。どんな意図があるのかしら。

 

「えっ? あなたファンだから嬉しいでしょ」

 

「だから違うわよ」

 

 何でもこうもこの人は私をファンにしようとしてるのよ。意味が分からない。

 

「やっぱりあなたはからかい甲斐があるわね」

 

 そう言って沙紀は自分の使っていた食器を持って、この部屋を出ようとする。

 

「楽しかったわ、ありがとう、わたしの暇潰しに付き合ってもらって」

 

「別に良いわよ、私も暇だったから……それに……」

 

 この人の事苦手だけど、一応同じ部員なんだから。それくらい付き合うわよ。何て思ってるけど口にはしない。言うと、何かまたからかわれそうだから。

 

「そう、それじゃあわたしは寝るわね、お休み、真姫」

 

 そう言って沙紀は部屋から出ていく。私も少ししたら食器を持って、片付けてたから再び眠りに入った。

 

 3

 

 あのあと、結局すぐに目が覚めて、今度は希がいないことに気づいたから同じように探して、希と二人きりで話したわ。

 

 この合宿で何だかんだでお節介を受けたし、それに希が面倒な人だってことがよく分かったわ。

 

 そのあと、みんなが集まってきて、一緒に海を見たわ。このときμ'sのみんなが一つになったような気がしたわ。

 

 ちなみにこの時、沙紀は遅くまで起きられなかったのか、にこちゃんに制裁を受けたのか知らないけど、起きてなく、一人だけ仲間外れになった訳なのだけど。

 

 そのせいで拗ねたのか、何時ものように騒がしかったけど、騒ぎすぎて、にこちゃんに制裁を受けたのは何時も通り。

 

 そのあとは昨日言ってた通り、朝からずっとラブライブに向けて、練習に励んで、ご飯を食べたりして残りの合宿の時間は過ごしたわ。

 

 結局、あの時の沙紀は何だったのか。本人も全く触れてこないから、よく分からないままだったけど。

 

 そうして帰りの電車の中。

 

「にこ先輩、あ~ん」

 

「だから、何時も何時も言ってるでしょ、自分で食べられるわよ」

 

 何時ものように沙紀とにこちゃんは漫才みたいな会話をして、やっぱり騒がしかったわ。

 

「私も何時も言ってますよ、にこ先輩の専属奴隷ですから」

 

「だから意味が分からないわよ、それ」

 

 ホント、騒がしいわね。あっちのキャラの沙紀の方が……いや、沙紀はこっちの方が慣れてるわね。何と言うか、あっちはあっちで何考えてるか分からないから。

 

 いや、何時ものキャラも何考えてるか分かんないけど。

 

「そういえば沙紀ちゃん、にこちゃんにドッキリ仕掛けるとかって話あったけど、仕掛けたの?」

 

 ことりが思い出したかのようにそんな話を振る。そういえばそんな話あったわね。

 

 ドッキリって言っても、年がら年中仕掛けてるような人だから、何れがそのドッキリなのか、いまいち分からないけど。

 

 ことりがそんな話を振ると、沙紀は一瞬、忘れたような顔をすると──

 

「あんた、忘れたわよね」

 

「そ、そ、そんなことないですよ……」

 

 にこちゃんがそう指摘すると、沙紀は目線を逸らす。この反応……完全に忘れたわね。

 

「そうだ、ドッキリを仕掛けると言って、ドッキリを仕掛けないと言うドッキリです」

 

 苦しい……。とても苦しい言い訳ね。酷いわね。これがこの合宿のオチかしら。

 

 それにしてもあのお茶会で、沙紀が言ってた自分の芸名を気に入ってる最後の理由は何かしら。

 

 オチが分かったところで、私はお茶会の出来事を思い出す。

 

『わたしたちを見ていれば、分かること』って言ったけど、その意味が分からないわ。

 

「そう、言いたい事はそれだけね」

 

「ちょっと待ってください、何でそこまで怒るんですかにこ先輩」

 

「それはもちろん、ずっと仕掛けてるんじゃないかドキドキしたからよ!!」

 

 そう言って、何時ものように沙紀は、ずっとドッキリにドキドキしてたにこちゃんに制裁を受けるのだったわ。

 

 ホント、騒がしい人たちね。

 




如何だったでしょうか。

今回で合宿編終了。次回から前に予告してるように、夏休み編です。

どんな話になるか、どうかお楽しみに。

何か感想などありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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三十話 ウチに出来ること

お待たせしました。

夏休み編最初は久々の彼女の語りです。

それでは夏休み編開始です。どうぞ、お楽しみください。


 1

 

 合宿を終え、夏休みに入ったある日の事、何時もようにウチは学校に来ていた。

 

 今日ウチは午前に生徒会の仕事、午後からμ'sの練習と、やることはたくさん合って、朝から来てるんやけど、夏休みなのに運動部が練習に来てて、生徒の数が多い。

 

 何かと夏の大会があるみたいやから、運動部の熱気が見てるだけでもすごい。

 

 それでも運動部の人を見てると、朝から暑い中頑張ってるな、何て思うんやけど、ウチたちも午後から練習があるんやから、変わらないかって気付いたん。

 

 暑い中練習か~、ちょっと考えるだけで憂鬱になるやん。みんなと一緒に練習するのは楽しいんやけど、それとこれは別やん。

 

 そんな事を考えながら校舎の中に入っていくと、廊下で見覚えのある三つ編みの後ろ姿を見つける。

 

「委員長ちゃん、おはよう、今日も暑いね」

 

「希さん、おはようございます、そうですね、午後からもっと暑くなるみたいですよ」

 

「えっ!? それホントなん」

 

「ホントみたいですよ」

 

 委員長ちゃんに声を掛けて話を始めると、あんまり聞きたくなかった事実を知って、にこっちや穂乃果ちゃんやないけど、ちょっと練習が嫌な気分になる。

 

「午後からの練習は休憩をこまめに入れないと、いけませんね」

 

「そうやね、みんなが倒れたら元も子もないからね」

 

 いくら廃校の阻止のため、ラブライブ出場のために頑張らきゃいけない時期だけど、身体を壊したら何も出来なくなるし、その辺の体調管理は大切やからね。

 

「それにしてもやっぱり慣れないやけど……」

 

「何がですが?」

 

「それや、委員長ちゃんの喋り方」

 

「そうですか、私は何時も通りに喋っていますけど」

 

 ずっと気になってることを指摘すると、委員長ちゃんは不思議そうな顔をする。

 

 まあ、理由は分からなくもないんやけど、さっきからずっとウチに対して、敬語で喋ってるのは、委員長ちゃんの事よく知ってる身としては、違和感が半端ないんや。

 

「特に何と言うんか、その……ウチのこと、さん付けで呼ぶのも……」

 

「えっ? だって合宿の時にみんなで先輩禁止って、決めたじゃないですか」

 

「それはそうなんやけど……」

 

 確かにみんなで決めたことなんやけど、何かこう違うやん。何時ものようにもうちょっと、スキンシップがある感じの距離感的なやつ。

 

「まあ、でも今は『白百合の委員長』モードやもんな」

 

「何言ってるんですか、常に私はこんな感じですよ」

 

 言うやん。周りに人が居るからって、優等生みたいな雰囲気を出して、いや、実際に優等生なんやけど……ここ最近の素行を見てると、つい忘れるんやけど。

 

「それで来るの早いけど、今日も学園祭の仕事?」

 

 委員長ちゃんのキャラ云々の話を続けても不毛やから、別の話題に話を変える。

 

「そうですね、今日は学園祭に使う備品のチェックなどを」

 

「大変やね、学園祭実行委員長も」

 

「大変ですけど、選ばれたからには、キッチリと仕事をしないといけませんから」

 

 真面目やな。と言うより、責任感が強いって言うべき何やろうな。誰かさんと同じで。そこは委員長ちゃんの良いところ、なんやけど、それはそれでウチは委員長ちゃんのこと心配や。

 

 こうは言ってるけど、実際殆ど夏休みなのに学校に来てるみたいやし。委員長ちゃんに負担が大きい。

 

 ただでさえ、クラス委員にμ'sのマネージャーもやって、それに生徒会の手伝いまでやってくれてるから。

 

「まあ、ウチに手伝える事があったら何時でも言ってや、可愛い妹の頼みやからね」

 

「ちょ……いきなりそんなことは言わないでよ……」

 

 照れてる照れてる。うんうん、委員長ちゃんはウチに対してはこうでないと。こういうときの委員長ちゃんが一番可愛いんやから。

 

「……ありがとう……、何かあったら相談しますね」

 

 恥ずかしそうにお礼を言ったあと、心を落ち着かせてから、委員長モードに戻る委員長。戻る際にまだちょっと恥ずかしさが残ってて、見てるとホント面白いなぁ。

 

 からかうと戸惑うのは、誰かさんに似てるのもあるんやけど、委員長ちゃんの場合、何処か子供っぽさがあるから余計に。でもやり過ぎると、やり返されるリスクがあるんやけど。

 

「それでは私はこっちですので、またお昼に」

 

「そうやね、またお昼に」

 

 一緒に歩いてると、目的地が違うので、そう言ってウチたちは別れて、それぞれの部屋に向かう。

 

 どうするかな、委員長ちゃんも忙しいし、ウチに何か出来ることないかな。

 

 一人になってから、ウチはそんな事を考えていたけど、特に思い付かずに、そのまま生徒会室まで着くんやった。

 

 2

 

「確かにそれは心配よね」

 

 生徒会の仕事の合間に、ウチはエリチに委員長ちゃんの事を相談すると、エリチもウチと同じように、今の委員長ちゃんの状態を心配してくれた。

 

「練習は私や海未、真姫が居るから何とかなるし、生徒会も私たちが頑張ればいいから大丈夫だけど……」

 

 今のμ'sにはエリチや真姫ちゃんのような経験者や、海未ちゃんのように、委員長ちゃんからトレーニングについて、色々と教えて貰ってる人が居るからフォローは出来る。

 

 生徒会も元々委員長ちゃんお手伝いやから、積極的に参加する必要がないから、エリチの言う通り、ウチたちが頑張ればいい話や。

 

「問題は委員長ちゃんが素直に、ウチたちに任せてくれるかやよね」

 

 多分、委員長ちゃんの事やから、言ったら好意は受け取ってくれるやろうけど、あの子気付いたらやってることが多いから。

 

「沙紀はふざけたところもあるけど、根は真面目だからね」

 

「ちょっと昔やったら、委員長ちゃんのこと、真面目で片付くのに、エリチも言うようになったやん」

 

 μ'sのメンバーの中で、にこっちやウチに次いで、付き合いが長いエリチやけど、委員長ちゃんに騙されてた期間は誰よりも長かったから。

 

「話を逸らさないでよ、それは確かに昔だったら、真面目ってだけで片付けるけど……今は正直、真面目だった沙紀が思い出せないくらいだから……」

 

 あっ、エリチがちょっと遠い目をしてる。いや、ウチもエリチの気持ち分からなくもないやん。委員長ちゃんのキャラを知ったときは、即倒もんやったし。

 

 そういえばエリチは、委員長ちゃんのキャラを知ったときは、告白とかその他諸々のせいで、本当に倒れたんやっけ。

 

 あの時はホント、大変やったな~。エリチを隣の部室に運んで寝かせて、にこっちは委員長ちゃんに制裁を入れて、気絶させたやっけ。

 

 そのあともエリチは委員長ちゃんに、からかわれたみたいやったけど、それだけで真面目だった頃の委員長ちゃんを忘れるには、十分やけど。

 

「それに沙紀について相談があるなら、私よりもにこの方が良いんじゃない、私たちの中で一番沙紀と付き合いが長いでしょ」

 

 確かに委員長ちゃんについて相談するなら、にこっちなんやけど、何というか気が引けるやよね。

 

 ウチたちより長く委員長ちゃんと一緒に居るから、色んな事を知ってると思うやけど、結局最後はにこっちが、無理矢理委員長ちゃんを制裁して、終わりそうな気がするやよね。

 

 主に委員長ちゃんの悪ふざけのせいで。

 

「そうやね、にこっちにも相談するかな」

 

 まっ、相談するのは悪くないとは思うやから、練習中の合間に相談してみようかな。

 

 そんな風にウチの中で決めると、扉の方からノックする音が聞こえる。

 

「失礼します」

 

 そう言って扉を開けて入ってきたのは、丁度話の話題になってた委員長ちゃんやった。

 

「どうしたん?」

 

「去年の学園祭の資料が確かここにあったと思いまして」

 

 学園祭関係で来たんやね。ここなら今までの学校行事の記録とか資料が置いてあるから。去年の学園祭の記録は何処やったっけ。

 

「それならそこの棚の中に入ってるわよ」

 

「確かにこれです、ありがとうございます絵里さん」

 

 エリチに教えてもらった棚に移動して、中に入っているファイルを委員長ちゃんは確認すると、その通りだったので、お礼を言う。

 

 流石はエリチやな。生徒会室に置いてある物をちゃんと把握してるなんて。

 

「希の言う通り何か変な気分ね、沙紀に敬語で話されると違和感しかないわ」

 

「そうやろ、委員長ちゃん今は他に人居ないから、何時も通りでお願いや」

 

「分かったよ──それにしても変って酷くない」

 

 ウチがお願いすると、委員長ちゃんはすんなり何時も通りの喋り方に変えるけど、エリチの言葉にちょっと不満げな様子。

 

「ごめんなさい、でも私の中での沙紀って、今のほうが印象が強いから」

 

「何か絵里ちゃんにそう言われると納得いかない」

 

「そんなことより、去年の学園祭の資料持ち出して、何か調べもの」

 

 さっきも似たような話をしたし、またこの話で長くなりそうやったから、ウチは話を逸らすた。

 

「そんなことって……お姉ちゃんに言われると何か心外だけど……うん、ちょっと去年がどんな感じか、確認したかったから」

 

 なるほど、去年の様子を確認して今年はどうするのか、考えるつもり何やろうね。

 

「それに私、今年実行委員初参加だから、勝手も分からないし」

 

「そういえば、去年実行委員と顔合わせのときに、居なかったわよね」

 

 エリチに言われてウチも思い出した。学園祭は実行委員主体やけど、生徒会も協力するから、その関係で一応顔合わせはするやったっけ。

 

 それでウチとエリチは去年から生徒会で活動してるから、去年も顔合わせしたけど、委員長ちゃんは居なかったっけ。

 

「去年は普通ににこ先輩と学園祭楽しんでたから」

 

「にこっちの事やから文句言いながら、一緒に回ってそうやね」

 

 基本的ににこっち素直じゃないから、委員長ちゃんが一緒に誘っても、すんなり回ってくれなさそうやし。

 

「そうでもないよ、にこ先輩から誘ってくれたし、屋台とかも奢って貰っちゃったし」

 

「へぇ~、意外とにこにもそういうところあるのね」

 

 嬉しそうに話す委員長ちゃんを話を聞いて、エリチはにこっちの知らない一面を知って、感心したみたい。

 

 普段から意地ばっかり張ってるから、そうとは思わないやけど、割りと後輩思いなんやよね。まあでも結局素直になれないから、そんな一面が見れるのが、滅多にないけど。

 

「そうだよ、まだまだにこ先輩の良いところがいっぱいあるから、みんなはもっと知るべきだよ」

 

 自分が尊敬してると言うより、愛しているにこっちの事を褒められて、とても嬉しそうに喋る委員長ちゃん。

 

「ホント、沙紀はにこのこと、大好きなのね」

 

「何があっても委員長ちゃん、そこだけはぶれないんやよね」

 

 人前で色々とキャラを演じたりすることも多い委員長ちゃんやけど、にこっちが大切って所は最初から最後まで変わらないんや。

 

「もちろん、二人も大好きだけどね、むしろ可愛い子はいくらでも大歓迎」

 

 ただこういうところがあるから、本気に思えないのも否定は出来ないんやけど。

 

 委員長ちゃんはテンションが上がったのか、ウチたちの方へ近づいて、何かしようとしてくる。

 

 そうしてここに制裁役不在と言う最悪な事態になって、委員長ちゃんを止めるのは、苦労したんやけど、最後は自滅して終わりましたっと。

 

 3

 

「はっ? そんなの無理に決まってるじゃない」

 

 午後からμ'sの練習を始めてから、その休憩時間の合間に、エリチに言われたように、場所を変えてにこっちに委員長ちゃんの事を相談したら、そんなこと言われたんや。

 

「いい、あのバカは結局効率で動くんだから、何言ったって無駄よ」

 

「そうなんやろうか……」

 

 委員長ちゃんは確かに色んな事を効率よくやってるけど、効率よくても彼処までの仕事量を一人で捌き切れるやろうか。

 

「忘れたの、あいつあれでも元トップアイドルよ、下手したら、今よりもハードスケジュールで動いたのよ」

 

 そういえば委員長ちゃんって元アイドルやったっけ。どうもウチは委員長ちゃんが、アイドルやってたってイメージが湧かないんやよね。

 

 何と言うか、委員長ちゃんの性格から、アイドルの星野如月やっけ、その時の性格が結び付かない──と言うか全然違うから、ホント、別人に感じるんやよね。

 

 でも本人も認めてるから、そうなんやろうけど。なら確かににこっちの言う通り、ハードスケジュールで動いてったって納得出来るやけど……。

 

「それにファーストライブのときだって、あいつアイドル研究部(ここ)やここに来る前のμ'sにクラス委員、生徒会だってやってのけてるのよ」

 

 にこっちに言われて、ウチは思い出したんや。あの時は生徒会も新入生歓迎会や、クラスでも新しいクラスで色々と大変で、その上でスクールアイドルを始めた穂乃果ちゃんたちの練習を見てた。

 

 しかもにこっちの分の練習メニューを別で考えてたし、明らかに大変やったけど、それを委員長ちゃんはやり遂げてた。

 

「そういえばそうやったっね、でも確か……」

 

「そう、最後はあいつ、効率よく穂乃果たちを試すような真似をしたのよ」

 

 それはウチも覚えてる。その件は委員長ちゃん、すごい落ち込んで、ウチはその話を無理矢理聞いたんやから。

 

「あの時、ちょっとくらい休んだらみたいな事を言ったら、あいつ、やるからにはちゃんとやらないとって、言ったのよ」

 

 新入生歓迎会のときは委員長ちゃん、生徒会の仕事をやって、当日にはウチの仕事が無くなってた。それどころか他も万全な状態にしてた。

 

「あいつは責任感が人一倍強いのよ、あんただって、似たような人が近くに居たんだから分かるでしょ」

 

 似たような人……。生徒会長として義務感でやってるエリチのことやね。確かにあの時のエリチは何を言っても余裕がなくて、話を聞いてくれなかった。

 

 話をするには委員長ちゃん曰く、生徒会長としてエリチでなく、ただのエリチを表に出す必要があるって言ってた。

 

 その方法は委員長ちゃん自身がエリチと似てるのと、自分の経験を上手く使って、最後のほうはウチが本心をエリチにぶつけて、出すことには成功してるんやけど……。

 

 委員長ちゃんに親友とケンカ別れした辛い記憶を思い出せるような結果になった。

 

「あんたの計画が本番になったときは、他に仕事もなく、あいつが他人任せざる得ないことが、多かっただけよ」

 

 エリチの最後のほうや、よくは知らないんやけど、花陽ちゃんたちが入ったときは、委員長ちゃん殆んど動いてないんやっけ。

 

 最近やとことりちゃんの件や、真姫ちゃんの件もそう。どれも友人関係や人付き合い関係。

 

 そうや、忘れてた。あの子、どんなに仲良くなろうともある程度で線を引いてるんや。だから他人に踏み込まず、自分よりも仲の良い人に任せたりしてた。

 

 そんなことを親密になりすぎて、油断してウチは完全に失念してた。

 

「いい、今回はファーストライブの方に状況が近いってことよ、この意味は分かるわよね」

 

「つまり完全に一人で効率よく動くってことやよね」

 

「そうよ、あいつのことだから、とっくにスケジュールは組んでるはずよ、それをあいつは完璧にこなそうとするわ」

 

 しかも多少の誤差は承知の上でっと、にこっちは付け加える。委員長ちゃんの事やから、そのくらいは想定済み何やろうな。

 

「そう考えると、ウチがやろうとしてることは無駄なん?」

 

「無駄ね、そんなことをするんだったら何もしない方があいつのためよ」

 

 キッパリ、ハッキリと、にこっちは答えた。

 

「けどやるんだったら、あいつが楽しい時間や落ち着いた時間を過ごせるようにしたほうが、リフレッシュになって良いのよ」

 

「つまり、何時も通りに過ごせって事やな」

 

 何時ものように委員長ちゃんが変な事をやって、何時ものようににこっちとかに制裁を加えられるそんな時間。確かにそのときの委員長ちゃんはとても楽しそうにしてる。

 

「まあ、ただ今は夏休みだし……あいつの事だからちゃんと休みを入れてると思うから、そこで誘ってみるのも良いかもしれないわね」

 

 そうや、今は夏休みや。練習も生徒会も実行委員も毎日あるわけないから、その日に委員長ちゃんを誘ってみるのも悪くない。

 

 それに委員長ちゃん……一人暮らしやから。ならウチに出来ることは決まってるやん。

 

「ありがとう、にこっち……」

 

「別にお礼を言われることやってないけど」

 

 ウチがお礼を言うと、にこっちは照れてそっぽを向く。フフフ、相変わらずにこっちは素直じゃないやから。

 

「そういえばにこっちは、何か委員長ちゃんと遊ぶ約束とかしてるの」

 

 何だかんだにこっちも委員長ちゃんの事考えてるみたいやから、多分誘ってるとは思うんやけど。

 

「そうね、少し前から気になってたアイドルのライブに花陽と一緒に誘ってるのよ、チケットももう取ってあるわ」

 

「ふ~ん、にこっちらしいけど、元アイドルにアイドルのライブに連れていくって、どういう神経してるんやん」

 

「べ、別に良いでしょ、これしか思い付かなかったのよ、それに結構一緒に行ってるわよ」

 

 そうなん、それは知らなかった。ってやっぱりにこっちは委員長ちゃんの事大好きなんやないの。本人は認めたくないみたいやけど。

 

「なかなかあいつと一緒に行くと面白いわよ、ライブを見ただけで、誰が売れるかピタリと当てるのよ」

 

「へぇ~、それはすごいやん」

 

 確かにそれは面白いと思うけど、流石は元アイドルって事なんやろうか。

 

「それにライブに連れていくのが、あいつのためになると思うのよ」

 

「それはどういう意味や」

 

「気になくて良いわ、にこが勝手に思ってるだけだから……ほら、そろそろ練習に戻るわよ」

 

 そう言ってにこっちは練習に戻っていった。ウチはにこっちが言ってたことが気になるけど、にこっちのあとに続いて戻る。

 

 多分、にこっちにはにこっちの考えがあるんやろ。なら、ウチはウチでやれることをやるだけや。

 

 取り敢えず委員長ちゃんを何時ものように、家にお泊まりするように誘ってみるかな。それがウチにやれることやし。

 

 そんなことを思いながら、ウチは練習に戻るのだった。

 

 しかし、この夏休みににこっち以外にも何人かのメンバーが委員長ちゃんに対して、偶然にも動きがあるなんて思いもしなかった。

 




そんなわけで、久々の希の語りでした。

今回の夏休み編は沙紀に関わるμ'sメンバー視点で基本的に一話完結のお話をやっていこうと思ってます。

次回は一体誰になることやら、その辺を含めてお楽しみに。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたら、ご報告していただけると有り難いです。


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三十一話 夏のある日

夏休み編二回目。

今回は誰が語りなのか。

それではお楽しみください。


 1

 

 夏休みに入ったある日、私──高坂穂乃果は、幼馴染の海未ちゃんにとっても暑いのに、図書館に連れて行かれそうになっています。

 

「何で暑いのに図書館に行かないといけないの」

 

「何でって、言ったじゃないですか、図書館で宿題をするためです」

 

 確かに言ってたけど。今日は練習が休みだから、家でゆっくり寝てたら、突然海未ちゃんが来て、図書館で宿題をする、って言ってきたんだよ。

 

「暑いから家で宿題やれば良いじゃん」

 

「そんなこと言って、どうせ家に居ても他のことし始めて、結局穂乃果は宿題やらないじゃないですか」

 

「そ、そ、そんなことないよ……」

 

 私は否定するけど、何と言うか思い当たることが有りすぎて、海未ちゃんから目線を逸らしちゃう。

 

「あります、それで宿題が終わってなくって、毎年毎年休みの終わりに泣きつくのはどこの誰ですか」

 

「うぅ、それは……」

 

 海未ちゃんの言う通り、毎年毎年休みの終わりに宿題が全然終わってなくって、海未ちゃんたちに助けを求める事があるけど。

 

 でもそれはいざ宿題を始めようするけど、部屋が散らかってると、集中できないから、片付けを始めると、またまた目に入ったマンガをよく始めちゃって、気付いたら時間が過ぎてるだけだよ。

 

 何て言うと海未ちゃんに怒られそうだから、絶対に口にしちゃダメ。変な事を口にして酷い目にあってる沙紀ちゃんを何度も見てるから。

 

「なので、ここは図書館で宿題をすれば、余計な事をせず、集中して宿題が出来るはずです」

 

 確かに海未ちゃんの言うことは正しいと思うよ。ただ問題は海未ちゃんと二人きりって事なんだよね。

 

 海未ちゃんの事だから、図書館が閉まるまでか、持ってきた宿題が全部終わるまで終わらないって事なんだよ。

 

 ことりちゃんや沙紀ちゃんが居たら海未ちゃんに何か言って、もうちょっと楽になるのに……。

 

「そういえば、ことりちゃんと沙紀ちゃんは誘ってないの?」

 

 二人の事が頭に出てきたから海未ちゃんに聞いてみる。何時もだったら二人も誘ってると思うのに、一緒に居ないから、図書館で待ち合わせでもしてるのかな。

 

「ことりは何か今日は別の用事があるから遠慮しておくと、沙紀に至っては連絡が着きませんので」

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 ことりちゃんの用事って何だろう。あっ、でもこの前練習の休み時間に、スケッチブックに何か書いてたみたいだから、多分衣装のことかな。

 

 沙紀ちゃんに関しては全然分かんないや。他の仕事で学校にでも行ってるのかな。それとも別のことでもしてるのかな。

 

 ただ分かったことがあるよ。これで私は海未ちゃんと二人きりで宿題をやらなきゃいけないんだよね。

 

 ヤバイよ。色んな意味で不安だよ。ことりちゃんや沙紀ちゃんは優しく教えてくれるけど、海未ちゃんはとっても厳しいもん。それに……。

 

「暑い……暑いよ……海未ちゃん」

 

「そんなこと言ったって、今は夏何ですから仕方ないじゃないですか」

 

 確かに夏が暑いのは仕方ないけど、でも暑いのは暑いんだよ。それにさっきからずっとセミの鳴き声が聞こえるから、余計に暑く感じちゃうだよ。

 

 私と海未ちゃんは薄着でスカート穿いてるけど、こんなに暑さを感じちゃうと、図書館に着く前に倒れそうだよ。

 

 そんな風に暑さでふらふらになって、海未ちゃんと二人きりで宿題をやるってことに、恐怖を感じながら図書館に向かってると、あることに気付いたんだよ。

 

「あれって……沙紀ちゃん?」

 

 私は道の先で、一人で歩く沙紀ちゃんっぽい人を見つけた。

 

 2

 

 私たちが向かって歩いてる道の少し先に、沙紀ちゃんっぽい人を見かけたんだけど、ただ何時も違って、三つ網みじゃないから人違いかもしれないけど。

 

「確かに沙紀みたいな気がしますけど……」

 

 海未ちゃんも私が見てた方を見て、沙紀ちゃんっぽい人を見つけるけど、私と同じで髪型が違ったから、ちょっと自身がないみたい。

 

「どこ行くのかな? 海未ちゃん気にならない」

 

「確かに気になりますけど、そもそも人違いの可能性が──ちょっと穂乃果!!」

 

 海未ちゃんがまだ話してけど、沙紀ちゃんっぽい人が先に進んで、このままだと見失いそうになったから、私は沙紀ちゃんっぽい人のあとを、気づかれないように付いていってみる。

 

「待ってくださいよ、穂乃果」

 

 後ろから海未ちゃんも付いてくるような声が聞こえてくるけど、私は気にせずに沙紀ちゃんっぽい人を見てみると、もう一つ気づいたことがあるんだよ。

 

「あれ? 眼鏡もしてない」

 

 沙紀ちゃんと言えば委員長さんみたいな見た目をしてるのに、今日はその特徴的な見た目をしていないんだよ。

 

「やっぱり人違いなのでは……」

 

 海未ちゃんの言う通り人違いなのかな。でも沙紀ちゃんの気もするし、ここは……。

 

「お~い、沙紀ちゃん!!」

 

 思いきって声を掛けちゃおう。もし、これで人違いだったら、そのときはそのときだよね。

 

 私が大きな声を出すと、沙紀ちゃんっぽい人は立ち止まって、私たちの方を振り返ってくれた。

 

 反応してくれたってことはやっぱり沙紀ちゃん何だよ。私は沙紀ちゃんの方まで走って、沙紀ちゃんに追い付く。

 

「こんにちは、練習が休みでも相変わらず元気ね、穂乃果」

 

「そうかな、何時も通りだと思うけど……」

 

 何だろう、変な感じがする。声は沙紀ちゃんだけど、見た目や喋り方が違うからなのか、よく分かんないけど別人な感じがする。

 

「急に走らないでくださいよ、穂乃果」

 

「あら、海未も居たのね、こんにちは海未」

 

「えっ、はい……こんにちは沙紀」

 

 後ろから私を追いかけてきた海未ちゃんに気付いた沙紀ちゃんは挨拶をするけど、海未ちゃんも何時もと違ってたから、驚いてちょっと反応が遅れたみたい。

 

「沙紀ちゃん、何時ものと雰囲気違うけど、どうしたの?」

 

 髪型も海未ちゃんみたいにストレートで、眼鏡もしてない。それに私たちのこと呼び捨てで、喋り方も何時もみたいにテンションが高い感じがじゃない。

 

 何と言うか何時もより大人っぽいってカッコいい感じがするだよね。何だろう、こんな感じの沙紀ちゃん、何処かで見たことあるだよね。

 

「そうかしら、わたしは何時も通りにしてるのだけど──あぁ、あなたたちから見たらそうよね……」

 

 最後の方は聞き取れなかったけど、何か考えてるような格好する沙紀ちゃん。冷めた感じの表情が変わらないから分かりにくいけど。

 

「そうね……ここら辺じゃあ私って委員長のイメージ強いでしょ、だから今日は私ってバレないようって所かしらね」

 

「おお、なるほど」

 

 確かに沙紀ちゃんってこの辺じゃあ有名だし、何時もの格好で歩いてたらすぐに分かっちゃうもんね。つまり変装してるわけだ。

 

 んっ? 何かちょっと変な感じがするけど……。何でだろう。

 

「そうですか、私にはすごく取って付けたような言い訳にしか聞こえないのですが……」

 

「そう、どうだって良いじゃない、それより二人揃って何処かお出かけ?」

 

 すごく自分が言ったことに興味がないみたいな感じで言って、話を変える沙紀ちゃん。

 

「はい、今日は宿題をやるために図書館に、一応沙紀にも連絡をしたんですが……」

 

「そうなの? 気付かなかったわ、確認するわ」

 

 そう言って沙紀ちゃんは自分が持ってた鞄から携帯を探し始めると、携帯は見つかるけど──

 

「こっちじゃなくって……海未からの連絡だからあっちの方よね」

 

 沙紀ちゃんの手元に見覚えのある白い携帯と、それとは別にもう一つ別の黒い携帯が出てきて、白い携帯の方を確認してた。

 

「ホントね、確かに海未から連絡来てたみたいね、ごめんなさい、気付かなかったわ」

 

「いえ、沙紀の事ですから、きっと忙しかったんですよね」

 

 沙紀ちゃんが謝ると、海未ちゃんはそんなに気にしてない感じで答える。確かに沙紀ちゃん、結構色々とやってて忙しそうだと思うからね。

 

「それで沙紀ちゃんは何してたの? 今日も……制服じゃないから学校じゃないよね」

 

 今日は制服じゃなくって、ちょっとお洒落な服を着てるから、どこかに出掛けるのかな。

 

「今日はやることもなくって、暇だから適当に過ごそうと思ってたところよ……そうね、お邪魔じゃなければ一緒に付いていって良いかしら」

 

「ホント、沙紀ちゃんが来てくれると心強いよ」

 

 何時もの雰囲気違うけど、沙紀ちゃん勉強優しく教えてくれるし、宿題も早く終わりそうだもん。あと……海未ちゃんに怒られる回数が半分くらい減るから。

 

「そうですね、私も一人で穂乃果の宿題を見るのは、大変ですので」

 

「えぇ~、それってどういう意味!!」

 

「言葉通りの意味です」

 

 そんなわけで海未ちゃんに酷いことを言われたけど、沙紀ちゃんと一緒に図書館に行くことになったんだよ。

 

 3

 

 そんなわけで沙紀ちゃんと、一緒に図書館に行くことになったんだけど、着くまでは三人で普通にお喋りして、図書館に向かってたんだ。

 

「やっぱり暑いよ……海未ちゃん、沙紀ちゃん」

 

「先も言いましたが、夏なんだから仕方ないじゃないですか、あと少しですから我慢してください」

 

「そうだけど……それにしてもよく沙紀ちゃん、こんなに暑いのに、外に出掛けようと思ったね」

 

 暇だったからって言ってたけど、さすがにこんなに暑いと、外に出る気が全然でないのに、何か理由があるのかな。

 

「そうね、出来れば出掛けたくなかったわ、けどこんな日に限って家のエアコン壊れたのよ」

 

「うぅ……それは……」

 

「災難ですね」

 

 夏にエアコン壊れるとか、考えるだけでホント地獄だよ。何やっても涼しくて快適にならないもん。

 

「だから家に居ても暑いだけだから、何処か適当に涼める場所に避難しようとしたのよ」

 

「確かにその方が良いですね、暑いと家に居るだけで熱中症になることもありますし」

 

「あぁ~そんな話、夏になるとよくテレビで聞くよ、沙紀ちゃんも気を付けてね」

 

 エアコンが壊れてる間に、もしかしたら熱中症になっちゃうかもしれないから。でも穂乃果が心配しなくても、沙紀ちゃんしっかりしてるから、十分気を付けるかもしれないけど。

 

「心配してくれてありがとう穂乃果、あなたは本当に良い子ね」

 

 そう言って沙紀ちゃんはいきなり私の頭を撫で始める。

 

「ちょっと沙紀ちゃんやめてよ……」

 

「別に良いじゃない、だってあなた可愛いもの」

 

 いきなり撫でられてビックリしたから、ちょっと抵抗しちゃったけど、沙紀ちゃんに撫でられ続けられると、不思議だけど、どんどん気持ちいいって思っちゃう。

 

 こんなに気持ちいいと、このままずっと撫でてもらっても良いかな……。

 

「ちょっと二人とも何やってるんですか」

 

 そんなことを考えてると、海未ちゃんの大きな声が聞こえて、私は正気に戻って、沙紀ちゃんは私の頭を撫でるのをやめる。

 

 撫でるのをやめられて、私はちょっと残念な気持ちになっちゃった。

 

「何って、普通に撫でてるだけだけど、ねぇ穂乃果」

 

「えっ、うん」

 

「そうですか、何かとても危ない感じがしたのですが……」

 

 私は沙紀ちゃんの言ったことが正しいから頷くと、海未ちゃんは何処か納得しない感じの顔をしてる。

 

「そんなわけないじゃない、ただ撫でてただけで危ないわけ──はっ」

 

 沙紀ちゃんはそう言いかけて、表情は変わらないけど、何か気付いたような素振りすると──

 

「あなたも撫でられたかったのね」

 

『へっ?』

 

 変な事を言って、私と海未ちゃんはちょっと反応に遅れる。

 

「そうよね、二人で仲良くしてるところを見ると、仲間外れにされて、寂しいわよね、ましてや幼馴染がわたしみたいな美少女と仲良くしてるところを見たら、余計に」

 

「何言ってるんですか、あと美少女って自分で言うんですか」

 

 変なこと言ってる沙紀ちゃんにツッコミをする海未ちゃん。いや、何時も沙紀ちゃんは変なこと言ってるけど。

 

「心配しなくてもいいわ、海未も十分可愛いわよ、わたしは可愛いものの味方、仲間外れにしないわ」

 

 表情の変化もなくって、喋り方もクールなままだから、冗談で言ってるのか、本気で言ってるのか分かんないよ。でもただ言えることは……。

 

「さあ海未、わたしの美しい胸に飛び込んできなさい」

 

 調子に乗り始めた沙紀ちゃんはどんな時でもめんどくさい。

 

 沙紀ちゃんは両手を前に広げて、海未ちゃんが飛び込んでくるのを待ってる。海未ちゃんはゆっくりと沙紀ちゃんに近づいていく。

 

「沙紀……言いたいことはそれだけですか」

 

 笑顔でそう言って海未ちゃんは前に伸ばされてた沙紀ちゃんの腕を掴む。あっ、これは……何時ものパターンだね。調子を乗った沙紀ちゃんを止める方法は一つしかないもん。

 

「言いたいことも何も真実じゃない、現にわたしの腕をこれでもかってくらい握ってるじゃない」

 

 沙紀ちゃんはこれから起こることに、気づいてないみたいで、まだ変なことを言ってるよ。

 

「そうですか……では遠慮なく」

 

 そう言って海未ちゃんは沙紀ちゃんの腕を握ってない方の手で、沙紀ちゃんのお腹に向かってパンチをしようとすると──

 

 突然強い風が吹いて海未ちゃんのスカートが思いきり捲れた。

 

 スカートが捲れたことに気付いた海未ちゃんは慌てて、両手で恥ずかしいそうに押さえて隠してから、周りを確認する。

 

 運が良いことに私たち以外人が居なかったけど、海未ちゃんはスカートを押さえるために両手を離してから──

 

「あらあら、何て偶然、海未からの強烈なアタックがあると思ったら、まさかのサプライズが来るなんて」

 

 沙紀ちゃんが自由になって、余計な事を言ってるけど、海未ちゃんから殴られないように距離を取っている。

 

「それじゃ、海未が怖いから、先に行くわよ」

 

 そう言って沙紀ちゃんは逃げるように、私たちを置いて逃げた。私はその姿を見てたけど、このままここに残ると、何か巻き込まれそうだから……。

 

「待ってよ~沙紀ちゃん」

 

 私も海未ちゃんから逃げるように沙紀ちゃんのあとを追いかけた。

 

 うぅ……あとがいろいろと怖いよ。

 

 そんなことを思いながら沙紀ちゃんを追いかけて、図書館に着くと、入り口に沙紀ちゃんは居なかったから、取り敢えず海未ちゃんを待つことにする。

 

 そして少ししてから、海未ちゃんがスカートを押さえながら、顔を紅くしながら恥ずかしそうにやって来た。

 

「え~と……」

 

 置いてきたのもあるけど、恥ずかしがりやの海未ちゃんが恥ずかしいところを見られたから、何を言えば良いのか分からない。

 

「さ、沙紀は……何処ですか」

 

「多分……図書館の中じゃないかな」

 

 何処か質問されたからそう答えたけど、私も分かんないから、自信はないけど、入り口に居ないってことはそういうことだと思う。

 

「そうですか……」

 

 私の答えると、海未ちゃんはゆっくりと図書館の中に入って、私も海未ちゃんのあとに付いて中に入ると、そこには──

 

 何か表彰されてる沙紀ちゃんの姿があって、私と海未ちゃんは何が何だか分からない状況になってた。

 

 4

 

 私と海未ちゃんは何故か表彰されてる沙紀ちゃんを、何が何だか分からないまま、見届けてると、何かが終わって、沙紀ちゃんがこっちに戻ってくる。

 

「えっ? 一体何の表彰だったの沙紀ちゃん?」

 

「何かわたしこの図書館の五十万人目の利用者だったみたいだから、記念品を色々と貰ってたのよ」

 

 戻ってきた沙紀ちゃんに事情を聞くと、そんな理由だったみたい。

 

 そんな理由を聞いて、私たちは沙紀ちゃんの荷物が増えたのと、喉が渇いたから休憩スペースに移動してゆっくりとする。

 

 ちなみに海未ちゃんは予想外な事が起こったから、怒ってたことを今は忘れてるみたい。

 

「正直、貰ったけど……微妙ね」

 

 そう言って沙紀ちゃんは私たちに貰ったものを見せるけど、確かに沙紀ちゃんの言う通り、何れも微妙なものばっかり。

 

 記念の置物と表彰状と、図書券。うん、使えるのが図書券くらいだね。

 

「でも図書券なら使い道あるから良かったね」

 

「そうなのだけど……」

 

 沙紀ちゃんは貰った図書券の中身を開けて、確認すると、中には図書券三千円分。

 

「ちょうど良いわね……はい、あげるわ」

 

 沙紀ちゃんは私と海未ちゃんの前に千円分の図書券を差し出す。

 

「えっ、良いの?」

 

「これは沙紀が貰ったものですし」

 

「良いのよ、今日わたしはあなたたちに誘われて、ここに来たのよ、だからこれは分けるべきよ」

 

 そう言って沙紀ちゃんは無理矢理私たちに図書券を渡す。

 

「ありがとう、沙紀ちゃん」

 

「沙紀がそういうのなら、受け取らないのは失礼ですし、ありがとうございます」

 

「それで良いのよ」

 

 私たちが受け取ったのを確認すると、少し満足したような感じがしたけど、表情が変わんないから分かんない。

 

「それではもう少ししてから、宿題を始めますか」

 

 うぅ、そういえば、そんな目的で図書館に来たんだったよね。何だかやる気が出ないなぁ

 

「そうね、わたしは持ってきてないから、本を読むか、教えるかになるけど」

 

 そうだ、沙紀ちゃん途中で会ったから、持ってきてないんだよね。そもそも……。

 

「沙紀ちゃんって宿題ってどこまでやってるの?」

 

「確か……もう全部終わってるはずよ」

 

「はやっ!!」

 

「流石は沙紀ですね、どっかの誰かさんとは違って」

 

 海未ちゃんは私の方を見ながら、言うからとても胸に突き刺さる。

 

「それはそうよ、私は真面目だから、ささっとやるに決まってるじゃない」

 

 とても自慢気なような感じで多分言ってるけど、これは分かる完全に自慢してる。何だろう、今日の沙紀ちゃんは自分を褒める事が多い気がする。

 

「それに今日はすぐに宿題を終わらせて、お昼食べてから何処か遊びに行きましょう」

 

「良いね、それ、よ~し頑張って宿題を終わらせるぞ~」

 

 沙紀ちゃんの良いアイデアに、私はやる気が出てきた。確かにせっかく集まったんだから、何処か遊びに行きたいもん。

 

「ちょっと待ってください、今ことりからメールがあったのですが、どうやらことりもお昼から合流するそうですから、早く終わらせましょうか」

 

 海未ちゃんの携帯にメールが来てたみたいで、ことりちゃんもあとで来れるようになるって聞いたから、四人で遊べると思って、もっとやる気が出てくる。

 

 そんなわけで海未ちゃんと沙紀ちゃんに教えてもらいながら、宿題を始めた。




そんなわけで今回は穂乃果ちゃんが語りでした。

彼女も随分久しぶりだったので、ちょっと戸惑ったりしましたが。

話的に次回に続きますが、次は別のキャラが語りです。さあ次は誰か、まあ二択なんですけど。

それでは次回もお楽しみに。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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三十二話 勝負は何時でも本気

お待たせしました。

今回は誰が語りでしょうか。

そんなわけでお楽しみください。


 1

 

 図書館で穂乃果が遊ぶために宿題を必死にやり、予想以上に早く宿題を終えた私たちは、近くの飲食店で昼食を取ることにしました。

 

「ことりちゃん、こっちこっち~」

 

「勉強会参加出来なくって、ごめんねぇ」

 

 穂乃果が手を振りながら合図をすると、遅れてきたことりがそれに気付き、私たちが座っている席に謝りながらやって来ました。

 

「良いですよ、でもことり、今日は用事が合ったのでは」

 

「うん、衣装を作ろうって思ったんだけど……良いイメージが思い付かなくって、気分を変えよっかなって」

 

 最初に連絡を入れたときはやりたいことがあるって言ってましたので、無理して来たのかと思ってましたが、なるほどそう言うことでしたか。

 

「あれ? そういえば沙紀ちゃんは? 来てるんだよねっ」

 

「あら、ことり来たのね」

 

「沙紀……ちゃん?」

 

 ことりが席に沙紀が居ないことに気付くと、丁度沙紀が戻ってきますが、何時もと見た目と雰囲気が違って、ことりは戸惑った声を出しました。

 

「あなたもそんな反応するけど、そんなに変かしら」

 

 沙紀はそんなことりの反応を見て、自分の服装などを見て、自分が変かどうか確認しました。

 

 でも沙紀には悪いですけど、ことりの反応は分からなくもないです。

 

 何時もは表情が分かりやすく、テンションも高いのですが、今の沙紀は表情がとても分かりにくく、声も冷淡なしゃべり方で、いまいち感情が読み取れません。

 

「ううん、変じゃないよ、すごく似合ってるよ」

 

「あらそう、ありがとうことり」

 

 ことりは今の沙紀を観察してから、そんな風に感想を言うと、沙紀は興味がなさそうな冷淡な感じでお礼を言いました。

 

 その後、ことりが来たので私たちはメニューを取って、自分たちが食べるものを決めて注文してから、何時ものような他愛ない会話を始めます。

 

「やっぱり沙紀ちゃんって、スタイル格好良いからクールなキャラも似合うね」

 

 こっちに来て良かった。これなら良いイメージが湧きそう何て、ことりから小さな声が聞こえた気がしました。

 

「そうだよね、沙紀ちゃんってスタイルが良いもんね」

 

 穂乃果も沙紀の姿を見ながら羨ましそうに言いました。沙紀はそれをまるで当たり前かのように気にせず、注文してた飲み物を飲んでいました。

 

 何時もなら調子に乗って、何か仕出かすのですが、今日はそういった流れにならないので、こちらの方が調子が狂います。

 

 それにしてもことりたちの言う通り確かに沙紀はかなりスタイルが良いですから、こういうキャラも似合ってますけど、何時もの滅茶苦茶なイメージが強すぎて、違和感の方が強いです。

 

「沙紀ちゃんって、ブラックコーヒー飲めるんだぁ」

 

「すごい、私なんてコーヒー飲めないよ、大人だ~」

 

「そう? 意外と慣れるといけるわよ」

 

 何て会話をしてると、私はふと疑問に思いました。そもそも沙紀って、学校でそんなにコーヒー飲んでいましたっけ。何時もは別の飲み物を飲んでいたような。

 

「そうなの? じゃあちょっと飲んでみようかな……やっぱりにが~い!!」

 

 そんなこと考えると、穂乃果が沙紀からコーヒーを少し貰って飲んで、凄く渋い顔をして、沙紀にコーヒーを返していました。

 

「ほら、お水です」

 

 私は口直しに穂乃果に水を渡すと、穂乃果は一気にお水を飲み干しました。

 

「すごい顔してたよ、穂乃果ちゃん」

 

「良い反応で面白かったわよ」

 

「うぅ……だって~すごく苦いんだよ」

 

 今の会話で味を思い出したのか穂乃果はまた渋い顔をして、自分の飲み物を飲んでブラックコーヒーの味を忘れようとしました。

 

 そんな様子を見ていると、突然誰かの携帯が鳴っている音が聞こえました。

 

「どうやらわたしの携帯みたい」

 

 どうやら沙紀のだったみたいで、謝りながら沙紀は自分の携帯を取り出して確認すると、沙紀の表情が僅かに不機嫌そうなそんな気がしました。

 

「ちょっと席を外すわ」

 

 そう言って沙紀は立ち上がり、そのまま私たちとは少し離れたところに移動しました。

 

「どうしたんだろう?」

 

「うん……何か携帯見たら機嫌悪そうな感じがしたね」

 

「ことりもそう感じましたか」

 

 今日の沙紀は表情の変化がどうも分かりにくいので、私の気のせいかと思ってましたが、やっぱり気のせいではなかったのですね。

 

「何か珍しいよね、沙紀ちゃんが機嫌悪いのは」

 

「何時もは騒がしいくらいですし」

 

「そういえばそうだね、何時もはそんな雰囲気作らないもんね」

 

 何時もテンションが高くふざけて、にこ辺りに止められるのがお決まりにですから、あまり沙紀は暗い顔を私たちの前ではしません。

 

 だから穂乃果の言う通り、沙紀が機嫌が悪そうに見えるのはとても珍しい。

 

 そんなことを話してると通話を終えたのか、沙紀が何事もなかったように戻ってきました。

 

「ごめんなさい、少し抜け出して」

 

 そう言って沙紀は席に座り、携帯を雑に置くと、自分の飲み物を一気に飲み始める。どうやらまだ少し機嫌が悪いみたいです。

 

「いいよ、気にしなくって……それで誰からだったの?」

 

「別に誰だって良いじゃない」

 

 穂乃果は気になったのか電話の相手を聞こうとしましたが、沙紀は答える気がないみたいで、そう言ってから、黙り始めました。

 

 どうやらあまりその件に触れて欲しくないみたいですので、これ以上話を続けるのは止めて、話題を変えようと、私は一つ気になってた事を口にします。

 

「そういえば、沙紀の携帯って二つあるですか」

 

 沙紀が何時も使ってるのは白い携帯ですけど、目の前にあるのは黒い同じ機種の携帯。

 

「えっ!? 買い替えたんじゃないの?」

 

 ことりはどうやら沙紀が携帯を買い換えたのかと思ってたみたいですが、でも普通だったら新しく買い換えたのかと思いますが……。

 

「沙紀ちゃん、途中で会ったときに何時も使ってるの持って使ってたよね」

 

 そう、図書館に向かう前に会ったときに何時も使ってる携帯で、今日入れた私の連絡を確認して普通に使ってましたから。

 

「確かにわたし携帯二つ持ってるわよ」

 

 沙紀は鞄から何時も使ってる私たちが見覚えのある白い携帯を取り出しました。

 

「こっちの白いのが私の携帯、それでこっちの黒いのがわたしの……仕事用の携帯よ」

 

 両手に二つの携帯を持ちながら私たちに見えるようにそう説明しました。僅かに黒い携帯の方を説明する際に間が合ったのは私の気のせいでしょうか。

 

「仕事用って……芸能人みたいだね」

 

「みたいって穂乃果……沙紀は芸能人ですよ」

 

「トップアイドルの星野如月ちゃんだよ」

 

 惚けたような顔をした穂乃果は私たちにそう言われると、思い出すような仕草をして、それから少しすると思い出したかのような顔をしました。

 

「おぉ!! そうじゃん、沙紀ちゃんって芸能人じゃん」

 

「今は休業中だから元だけど」

 

 思い出してテンションが上がってる穂乃果に対して、相変わらず冷淡に話し訂正を加える沙紀。

 

「私も今思い出しましたけど、今日の沙紀のキャラは星野如月のときのキャラみたいですよね」

 

「そうね、確かにわたしはこんな感じでやるけど」

 

 やはりそうでしたか。ずっと今日の沙紀のキャラは何処か見たことがあるような感じがしてましたが、星野如月の名前を聞いて、しっくりしました。

 

「へぇ~、そうなんだぁ~、でも沙紀ちゃんってキャラを演じるの上手いよね」

 

「うんうん、それで沙紀ちゃんが演技してたの知ったときに海未ちゃん結構落ち込んでたよね」

 

「何時の話をしてるのですか!!」

 

 確かに沙紀の演技に騙されましたけど、そこまでは……いえ、結構落ち込んでましたけど……。それに沙紀と一緒にいると、別の意味で変な目に会いますし……。

 

 キ、キスとか……。うぅ……思い出すと恥ずかしいです。

 

「それで、このあとどうするの?」

 

 人の気を知らずに沙紀はこのあとの予定をどうするのか聞いてきました。

 

 元々遊ぶために集まったわけではないのと、ことりが居なかったので、勝手に決めるのは良くないと思い、このあとの予定は決めていませんでした。

 

「そうだね、どうしよっか?」

 

「いろんなところ見て回る?」

 

「そうですね、特にないのでその方が良いのでは」

 

「良いんじゃない」

 

 そんなわけで私たちは食事を終えたあと、色んなお店へと出掛けるのでした。

 

 2

 

 食事を終えた私たちはそのあと色んなお店へと出掛けました。

 

 服を見てると、ことりが私たちに似合う服を選び出して、それをほぼ無理矢理着させられました。

 

 いや穂乃果や沙紀は意外と乗り気でしたので、ことりが選んだ服を次々と着ますけど、無理矢理着させられたのは私だけです。

 

 ことりの選んだ服がセンスないわけでは無いんですけど、ただあまり自分が着ないような服を選んでくるので少し恥ずかしかったです。

 

 そうしてことりが選んだ服を着て見せると、実際にみんな似合ってるなど、誉めたりして楽しんでいました。

 

 ちなみに着せた本人であることりは、これなら良い衣装がいっぱい思い付いた何て口にしてましたので、今度は彼女が作った服を誰かが着させれそうなそんな気がしました。

 

 そのあとはまたまた見つけたクレープ屋でみんなでクレープを食べてると、沙紀がかなり大きなクレープを食べていたので、穂乃果は流石はトップアイドルと、訳の分からないことを口にしてました。

 

 いや、全くアイドル関係ないと思いますけど、私はそんなに食べて太らないのか心配すると──

 

「別に私いくら食べても太らないわよ」

 

 何て言って、それと同時に横で穂乃果とことりが何だか落ち込んだ姿が目に入ってしまいました。

 

 そもそも学校で色んな仕事をして体を動かしてたり、自分の体の管理をキチンとしてる沙紀ですから、杞憂でしたね。

 

 そんな風にみんなで色んなところを行って、現在はゲームセンターで遊んでいました。

 

「負けないよ、沙紀ちゃん」

 

「わたしに勝てると思ってるのかしら」

 

「絶対に負けません」

 

「ははは……程ほどにね」

 

 あまりゲームセンターに来ないので良くは分かりませんが、今は私たちレースゲームと言うものでしょうか、それで遊んでいました。

 

「うわ、また負けた~あとちょっとだったのに」

 

「惜しかったね、穂乃果ちゃん」

 

「甘かったわね」

 

「どうして……勝てないんですか……」

 

 決着が付いて穂乃果はゲームの台から悔しそうにして、ことりが励ますが、勝った沙紀は余裕とした雰囲気でしてますが、私はこれまでの敗戦に落ち込んでいました。

 

「沙紀ってゲーム強いよね」

 

「エアホッケーも一対二でも勝っちゃてたね」

 

 そう、沙紀は不利な状態でも普通に勝ったりしてました。それもかなり点差を付けて。それどころか色んなゲームでも沙紀は勝ち続けてました。

 

「だからもうちょっと手加減してよ」

 

「いやよ、負けたくないもの」

 

「そうです、沙紀には本気で来てもらわなくては困ります」

 

 勝負と言うものは真剣にやってこそ意味があるものです。それに手加減して勝っても嬉しくありません。だからこそ沙紀には本気でやってもらいます。

 

 そんなことを考えてる私を見てた穂乃果とことりは二人で、後ろを向いて何か話し出しました。

 

「ヤバイよ、海未ちゃんのめんどくさい負けず嫌いが出てきてるよ」

 

「うん、それに沙紀ちゃんも負けず嫌いみたいだから、更に悪化してるよ」

 

 コソコソと何か話してますが、私には何を言ってるのか聞こえませんが、私は気にせず沙紀と勝負できるゲームを探します。

 

「次はあれで勝負です」

 

『あ、あれは……』

 

「私にそれで挑むとは良い度胸ね、嫌いじゃないわ」

 

 次に沙紀に挑むゲームに指を指すと、穂乃果とことりは驚きの声を上げ、沙紀は更に余裕そうな雰囲気で言いました。それもそのはず何故なら──

 

 私が指差したのはかつてみんなで遊んだことのあるあのダンスゲームだったからです。

 

「無茶だよ海未ちゃん、相手はアイドルだよ」

 

「そうだよ~、忘れたの? 沙紀ちゃんこのゲームで私たちで一番だったんだよ」

 

「私も重々承知の上です」

 

 沙紀がアイドルだと言うことも、私たちの中──しかも当時居なかった絵理や希以外のメンバー中でも、一番だったことも分かってます。

 

 ですが、私も沙紀も遊んだことがあの時の一回だと言うことと、あの時と比べてだいぶダンスが上達してるはずですから。

 

 そもそもこのゲームダンスの上手さではなく、リズム感と反射神経があれば、何とかなるゲームですから、それらを鍛えてきましたから、私でも沙紀に勝つ可能性がなくもないはずです。

 

「どうやら勝算はあるみたいな感じね、その勝負良いわ、受けるわ」

 

「沙紀ならそう言ってくれると思いました」

 

「えっ? えっ? 何この感じ」

 

「ツッコミ担当の海未ちゃんがあっちに行っちゃったから、もう止められないよぉ~」

 

 私と沙紀の雰囲気に付いてこれないのか、穂乃果とことりは戸惑ってるような事を言ってますけど、私は気にしません。

 

「それよりも私たちも参加なの?」

 

「それをもちろんです」

 

「完全にことりたち巻き込まれたよね」

 

 こうして私たちはダンスゲームで勝負することになりました。

 

 3

 

 ダンスゲームの順番はじゃんけんで決めて、順番はことり、穂乃果、私、そして沙紀と言う順番に決まりました。

 

 ルールは前回と同じですが、沙紀が最後になりましたので、私が勝つには如何に点数を上げることが出来、沙紀にプレッシャーを与えるかが重要になります。

 

 ですがこの程度のプレッシャーなどアイドルとして活躍してた沙紀にとっては些細なものでしょう。

 

 確実に沙紀は前回の記録辺りを出して来るでしょうから。むしろ、私の方が沙紀の前回の記録を越えなければならないと言うプレッシャーがあります。

 

 勝てるかもと思っていましたが、これはかなりきつい勝負です。だからこそ勝つ意味があります。

 

「ふぅ~、終わったぁ~」

 

 ゲームを終えたことりがそう口にしてから、画面に結果を表示されるのを待っています。

 

「あっ! 前より良くなってるよ~」

 

「おぉ!! すごいよ、ことりちゃん!!」

 

「やはり前よりも上手くなってるんですね」

 

 結果が表示されて、前よりも点数が上がって喜ぶことりに私と穂乃果は喜びの声を出します。

 

 前回はことりはダンスの点数はメンバーの中では低かったですが、実際に点数を見てみると、かなり点数が上がってます。

 

「何せ私が直々にトレーニングを作ってるのよ、当然じゃない」

 

「それ自分で言うの沙紀ちゃん」

 

 ことりの結果を見て、自分でそう堂々と言う沙紀にツッコミを入れることり。確かに自分で言うのはどうかと思いますけど、それは事実ですから特に私は言いません。

 

「じゃあ次は私だね」

 

 そう言って穂乃果はゲームにお金を入れて、ゲームの前に立って、準備を始めてそれから少しすると、曲が始りましたので、遊び始めました。

 

「上手いね、穂乃果ちゃん」

 

「そうですね、前回も点数が高かったですからね」

 

 前回は沙紀を除けば、運動神経が高かった凛が一番がでしたが、穂乃果も負けずも劣らず高い点数を出していました。

 

 今はバレエをやってた絵理や色々と予測不能な希がいますけど、その二人とも良い勝負が出来ると思います。

 

 沙紀に勝つことばかり考えてましたけど、二人にも勝たなければいけないことに気づきましたが、相手にとって不足がありません。

 

「よしっ!! 終わったよ」

 

 そう言って穂乃果は結果を表示されるのを待ち私たちも後ろから見守ってると、結果はことりより高く、穂乃果もことりと同じように前回よりも結果が良くなってました。

 

「ホントだ~、前よりも良くなってる」

 

「すごいよ、穂乃果ちゃん」

 

「さあ、私に感謝しなさい」

 

「流石は沙紀ちゃん」

 

「いや、何故今沙紀に感謝する流れになるんですか」

 

 結果を見て、みんな喜んでるなか沙紀がまた変なことを言ったので、ツッコミを入れてしまいました。

 

「まあ良いわ、次は貴方よ海未」

 

「分かってますよ、それでは始めますね」

 

 私のツッコミを軽く受け流して沙紀は私に遊ぶように進めると、私はお金を入れて、準備を始めます。

 

「ファイトだよ、海未ちゃん」

 

「そもそも海未ちゃんと沙紀ちゃんが始めたんじゃあ……」

 

 二人の声援を受けて、私は曲が始まるまで心を落ち着けて、何時でも始まっても良いようします。

 

 そうして曲が始まると、私は画面に映し出されるマークに合わせて反応して体を動かし、ダンスを踊ります。

 

 前回もやっているからか、戸惑うことなく、マークに対応して体を動かして次々と点を上げてきます。所々やや反応に遅れましたが、殆んど対応すること出来ましたが、沙紀相手にこれはキツいですね。

 

 そうして曲を終え、結果を見てみると、何とか穂乃果にはギリギリ勝つことが出来ましたが、点数的には前回の沙紀の記録に少し及ばずと、予想通りなかなかキツい結果となりました。

 

「あぁ~!! 海未ちゃんに負けた~」

 

「これ、今日の最高記録だって!!」

 

 私に負けて落ち込む穂乃果と私の記録を見て、興奮してることり。でも私個人としてはもう少し点数が欲しかった所です。

 

「やるわね、流石に挑むことだけはあるわ」

 

「ありがとうございます」

 

 沙紀が私の記録を見て誉めてくれましたので、私は有り難く沙紀に言葉を受け取り沙紀の方を見ると、軽くストレッチしてました。

 

「本気でやってくれるのですね」

 

「当たり前よ、何事も常に本気でやるのが、私の流儀なのよ」

 

「嬉しい限りです」

 

 プロのアイドルがただのスクールアイドルであるに対して、本気でやるのは端から見れば、大人げないように見えますが、そういうのは関係ありません。

 

 ただ本気でやってくれるそれだけで私は十分なんです。

 

 それにこういうことに対しても本気でやる沙紀はかっこよく見えて、少しドキッとしましたが、それは秘密です。

 

 そうして沙紀が準備を始め、曲がゲームが始まりました。

 

 4

 

 帰り道、穂乃果とことりと別れた私は家が同じ方向らしい沙紀と一緒に歩いてました。

 

「楽しかったわね」

 

「そうですね」

 

 今日はずっとそう冷淡な口調で話す沙紀に私は同意します。

 

 ダンスゲームの結果、私は沙紀に負けました。

 

 当然の結果と言えばそうなのですが、今までのゲームと比べて不思議と悔しいと思いませんでした。

 

 やはりそれは沙紀が本気で勝負にやってくれたからでしょうか。

 

「それに今日で色々と分かったこともあるわ」

 

「何ですか」

 

「いえ、何でもないわ気にしないで、こっちの話だから」

 

 一体何が分かったのか、私は沙紀に聞くと、何も教えてくれませんでした。もしかしてダンスゲームを終えたあとのあの言葉でしょうか。

 

(やっぱりわたしだけだと、これが限界ね)

 

 そう沙紀はボソッと口にしてました。私にはその言葉の意味が分かりませんが、今の沙紀がアイドルを休んでる理由に絡んでくるのでしょうか。

 

 それに色々と分かったって言ってましたけど、何なんでしょうか。でもさっきはぐらされたのできっと沙紀は答えてくれないでしょう。

 

「それにしてもあなた意外と負けず嫌いなのね」

 

「うぅ……それは沙紀も同じじゃないですか」

 

「それは認めるわ」

 

 いくらお互いが負けたくないからと言って、白熱させ過ぎました。途中若干変なノリになってしまったのが、恥ずかしいです。

 

「でもこういうの久々だったから……わたしもついはしゃいでしまったわ」

 

「その口調、顔ではしゃいだと言われても説得力ありません」

 

 本当に言葉通りの意味で、今の沙紀の表情は冷たくなんと言うか楽しいのか冗談に思えてしまいます。

 

「それもよく言われたわ」

 

「そうなんですか」

 

 何となくですが、何処か懐かしそうな雰囲気が感じますが、沙紀にそう言ったのは一体誰なんでしょうか。私は少し気になってしまいました。

 

 そういえば昔の沙紀ってどんな感じなのかよく知りませんから、ただアイドルをやっていたくらいしか分からないんですよね。

 

「失礼じゃなければ、誰なのか聞いても良いですか」

 

「気になるの?」

 

「えぇまあ……」

 

 私が曖昧な感じで返事をすると、沙紀は少し考えてから、ゆっくりと口にしました。

 

「わたしの母親とバカな相方よ」

 

「お母さんと……」

 

 お母さんだと言うことはすぐに理解できましたがもう一人の方は少し誰だか理解できませんでした。

 

「もしかして、ユーリのことですか」

 

「そうよ」

 

 沙紀には一緒にユニットを組んでいたアイドルを居ると、聞いたことがありますので、その人の名前を口にすると、沙紀は頷きました。

 

「それにしても酷い言われようですね」

 

「良いのよ、ホントにバカなのよ、夏休みの宿題最終日にやるくらいの」

 

 それは流石になんとも言えません。私の身近に似たような人が居ますから。

 

「理由もホントバカみたいな理由だったのよね……」

 

 何て遠くを見ながらボソッと呟く沙紀に何か色々と察することが出来ました。

 

「その二人がよく言ってたのですか」

 

「そうね、よく言ってたし、よく勝負ふっかけて来たわ、それでどっちも面倒ってのが厄介だったわね」

 

「面倒って一人はお母さん何ですよね」

 

「面倒よ、何時もテンションが高くって、よく抱きついてくるし、変なこと思い付くし、あれを母親と呼んで良い人種なのか分からないわね」

 

 そうなんですか、なんと言うそれだけ聞くと、何時もの沙紀のように聞こえるのは気のせいでしょうか。でも親子なのですから、似るのは当然ですか。

 

「だからムカつくから、何時も母親のこと名前で呼んでたわ」

 

「だいぶ酷い理由ですね、普通怒るじゃないんですか」

 

「怒るんだったらマシよ、あれは『もう照れてるだけなのよね、ツンデレなだけなのよね』ってテンション高く言ってくるのよ」

 

「いや、それ……散々沙紀がにこ言ってることと同じなのでは……」

 

「そう? 覚えがないわ」

 

 惚けてくる辺り沙紀自信に自覚はないんでしょうか。聞いてる限りではとても似てるような感じがしますが、これで見た目も殆んど似てたら、完璧に何時もの沙紀です。

 

「そんなことは置いておいて、そんな二人に色々とやられたのよ」

 

「それは……」

 

 何時もの沙紀みたい人と、多分穂乃果みたいなタイプの人にそんなことされると、考えると、大変なことだと考えるのは容易です。

 

「でもそれは楽しそうですね」

 

「そんな感想はないんじゃない」

 

「確かに大変だと思いますけど、私も穂乃果やことり、沙紀と居て、毎日退屈しない騒がしい日々を過ごしてますから」

 

 穂乃果は思い付きでいろんなことをやって、沙紀は変なことを言ったり、やったりして、私とことりはそれに巻き込まれるそんな毎日。

 

 疲れることは多いですが、決して嫌と言うわけではないですから、私はそれを楽しいと思っているのでしょう。それはきっと沙紀も同じ。

 

 悪態は付いてるもの、なんと言うか、本当に嫌そうな感じでは無かったですから。きっとそうだと思ったのです。

 

「そうね……」

 

 沙紀は私の言葉を聞いて何処か納得したようなそんな雰囲気でそう答えました。

 

 やっぱり沙紀も同じだったみたいですね。

 

「どうやら今日はホントに色々と分かったみたいね」

 

 またボソッと沙紀は同じことを呟くと、私が帰る道とは別の道の方に進んでから、振り返りました。

 

「それじゃあわたしこっちだから、また何時か」

 

「はい、また明日です」

 

 私たちは挨拶をしてから、私と沙紀は別れました。

 

 そうして私は一人で家に帰るときにふと思いました。

 

 今日はどうしてずっとあのキャラだったのでしょうかと。

 




そんなわけで今回は海未の語りでした。彼女もずいぶん久々の語りでしたね。

次回は残り六人から誰が語りになるでしょうか。お楽しみに。

では何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字などありましらご報告していただけると有り難いです。


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三十三話 彼女の才能

お待たせしました。今回は誰が語りなんでしょうか。

それではお楽しみください。


 1

 

 ある夏休みの日──私こと矢澤にこは、後輩二人と一緒にとあるアイドルユニットのライブを見に行く約束をして、後輩たちと一緒に見に行ってきた。

 

 そしてライブを見終えた私たちは時間も時間なので、近くのファミレスで晩ごはんを食べて、今日のライブの感想を語り合っていたわ。

 

「良いライブだったわね」

 

「うん!! すっごく楽しかったね」

 

 私がライブの余韻に浸りながら口にしたことに、花陽は笑顔で頷き、その声も心の奥から楽しそうだったのが伝わってくる。

 

「そうね、例えばこの子のダンスはあんまり上手くないけど、動きとか声とか至る所がいちいち可愛くってすごく癒されたわ」

 

「そうそう、この子も歌は上手くないけど……ダンスが上手だったから、かっこ良かったよね」

 

 見たばかりでテンションが上がってるのか、同じくアイドル好きな花陽と話して楽しいのか分からないけど、そんな会話が、今日見たユニットのポスターを広げながら一時間ほど続いてる。

 

「二人とも楽しそうに喋ってますね」

 

『当然よ(です)!!』

 

「そ、そうですか……」

 

 今まで黙って会話を聞いていた沙紀が、不意に口にした言葉に私たちは強く反応すると、沙紀は若干私たちの熱に押され戸惑ってる。

 

「それはもちろん、あんたから見れば劣るかもしれないけど、あのユニットは得意不得意がバラバラで、気になる所はあるけど、それでもバランスが上手くとれて……」

 

「そうだよ沙紀ちゃん、にこちゃんの言う通りだよ」

 

 私がアイドルに対して語り始めると、花陽が相槌を入れながら、沙紀にアイドルの素晴らしさを伝えるけど、そもそもプロのアイドルに対して、それを語ってる事態、変な話だけど、私も花陽もそれに気づいてない。

 

「うん、分かったから……あと二人とも顔近いし恐い……」

 

 話すのに夢中になって、いつの間にか私たちは沙紀に詰め寄ったことに言われて気づくと、沙紀の顔から離れる。こういうとき何時もなら興奮する沙紀だけど、私たちの気迫に押されて、珍しくそれすらもない。

 

「でっ、あんたはどうなのよ、是非ともあんたの意見が聞いてみたいわね」

 

「わ、わたしも聞いてみたいです!!」

 

 トップアイドル星野如月である沙紀から見て、今日のアイドルはどう見えるのか教えてもらおうとすると、それを聞いて花陽も目を輝かせる。

 

「私の意見ですか!? そうですね……」

 

 突然、意見を求められて驚く沙紀だけど、嫌そうな顔はせず、今日のライブを思い出すような素振りをしながら、自分の意見を纏めようとする。

 

「あくまでも私の意見ですので、あまり鵜呑みにしないでくださいね」

 

 少し経ってから意見が纏まったのか、そう念押ししてくる沙紀。私と花陽はそれに頷くと、沙紀は話す前に一呼吸入れてから話し始める。

 

「私が注目したのはこの子ですね」

 

 沙紀はアイドルユニットのポスターに指を指したのは、メンバーで顔は悪くもなく可愛いんだけど、あまり印象に残らない子だった。

 

「えっ? この子って確かダンスも歌もメンバーの中で普通だったよね」

 

「普通と言うよりも平均的な感じがしたわ」

 

 このアイドルユニットは五人組のユニットだけど、沙紀が指を指したのは、その中でもダンスや歌の上手さが大体平均的な子。だから特別気になるような感じでもないんだけど。

 

「二人の言う通り、この子は全体的に平均的な子だけど、全体的ってのがポイント」

 

 全体的ってのがポイントと言われてもあまりピンと来ない。

 

「にこ先輩、このユニットって『得意不得意がバラバラで、気になる所はそれなりにある』って言ってましたよね」

 

「そうね、確かにそう言ったわ」

 

 このユニットはさっき話したみたいにその子以外に、歌やダンスが下手な子やダンスが得意な子、それに歌が上手い子、どっちもそれなりに上手い子がいる。

 

 それに曲によってはそれが前後する場合があるのは、気になってたけど、それは緊張してるからとか、新曲だからとか、思えば分からなくない。

 

「あっ……」

 

 沙紀の話を聞いて、花陽は何か気づいたのかそんな声が聞こえた。

 

「花陽……何か分かったの?」

 

「うん……多分だと思うけど……この子って……思い出したら最初から最後までずっと歌もダンスも安定してる……」

 

「あっ!!」

 

 気づいた花陽に聞いてみると、花陽は少し自信無さそうに答えると、それを聞いて私は初めて気づくことが出来た。

 

「他のメンバーは所々気になる所はあるけど、この子は全体的に安定しながら歌って踊ってる……」

 

「そうです、このユニットは大体二ヶ月くらいに結成したばかりの新人アイドルのユニットでしたよね」

 

 私が気づいたところで沙紀はユニットの結成時期を聞いてきたので、私は頷いて、合ってると合図すると、そのまま話を続ける。

 

「そんな子たちですから、まだライブに慣れてなく、緊張とかするのは仕方ありません」

 

 確かに沙紀の言う通り、最初の頃はライブとか慣れてないのは、私も花陽も実際に経験して分からなくもない。

 

 スクールアイドルとプロのアイドルを比べて良いのかいまいち分かんないけど、緊張するのは、多分同じだと思う。

 

「けど、この子はそれに負けず、安定した歌やダンスを出来るそれはそうそう出来ることじゃないですから」

 

「それにダンスや歌は練習すればまだ伸びると思いますので、これからの頑張り次第と言うことで、私はこの子に注目しました」

 

 沙紀はそう言って纏めると、喋って喉が渇いたのか、飲み物を飲んでホッと一息付いた。

 

「どうですか? にこ先輩、それに花陽ちゃん」

 

「そうね、あんたらしい考えね」

 

 沙紀は物事や意見に対して、先入観を持たず、冷静に判断することがある。物事をちゃんと理解するにはそれが一番だと本人は思っているから。

 

 そうすることで広い視野を持ち、小さな事でもすぐに気づけるように出来るようにしてる。ようは周りをよく見てるってだけなんだけど。

 

 そういう沙紀だからこそ、この子の良いところに気付いてそう判断したんだと思う。

 

「沙紀ちゃんってよく見てるよね」

 

「そう? 普つ──」

 

「いや彼女は実際によく見てるよ」

 

 沙紀が何時もの口癖を口にしようとすると、急に私や花陽以外の何処か中性的な声が沙紀の声を遮った。

 

 私たちは声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには全体的に中性的な感じで、男性なのか女性なのか分からない人が立っていた。

 

「誰かが興味深い話をしてると思ったら、まさか、君だったとはね」

 

 そう言いながらその人は沙紀の方を見ると、沙紀は震えるような声で──

 

「な、何で……あなたがここに居るんですか、古道(こどう)さん……」

 

 その人の名前を口にした。

 

 2

 

「いや~、聞き覚えのある声がすると思ったら、君だったから、つい声を掛けてしまったよ、ごめんね急に話に入って」

 

「別に……」

 

 突然、現れた古道って言う人はとても軽い感じで沙紀に話してるけど、話し掛けられた本人はまだ動揺してるのか、声が小さく震えてる。

 

「久し振りに会うけど、君は相変わらずだね」

 

「そんなこと……ないです……」

 

 話し掛けてくる古道さんに沙紀は目線を合わせようとはせず、俯いて顔すら合わせないようにしてる。

 

「え~と、沙紀……とりあえず座って貰ったら、知り合いなんでしょ……」

 

 沙紀の知り合いなら立たせておくのは失礼だと思うし、それにこう通路にずっと立ってるのは、他の人にも迷惑だと思うからそう勧める。

 

「ん? そうか、なるほどね……わざわざ気を遣わせてごめんね、じゃあ、ちょっと失礼するよ」

 

「悪いと思うなら……わざわざ声を掛けなくてく良いのに……」

 

 古道さんが妙な反応をしてから、沙紀の横に座ると、俯きながら沙紀はずれながらボソッと小さな声で文句を言ってた。

 

 私は古道さんが座る際にこの人の事を少し観察する。

 

 年齢はどうかしら二十歳前半くらいに見える。顔も体も声も全体的に中性的な感じで、髪型もショートヘアーで、男性女性どっちにも見える。そのせいでちょっと不気味。

 

「え~と、沙紀とは……どんな関係なんですか?」

 

 さっきの沙紀の反応からや会話から、昔からの知り合いなのは分かるけど、どうもいい関係とは思えない。

 

 現に沙紀は心を落ち着かせようと俯きながら、飲み物を飲もうとしてるから。

 

「この子と僕の関係? そうだね……元カノかな」

 

「ゴホッ!! ゴホッ!!」

 

 古道さんが二人の関係の衝撃的な関係を口にすると、飲み物が変な所に入ったのか、沙紀が急に咳き込み始める。

 

「沙紀ちゃん大丈夫!!」

 

「ありがとう……花陽ちゃん」

 

 花陽が沙紀を心配しておしぼりを手渡すと、沙紀はそれを受け取って、口元を拭くけど、古道さんはその沙紀の姿を見て、ニヤニヤしてる。

 

「にこ先輩が勘違いしないでください!! この人の言ってることはデタラメですから」

 

「いや何で私が勘違いするの前提なの」

 

「うぅ……だって……」

 

 顔を紅くして、恥ずかしそうにして立ち上がる沙紀にそんなツッコミを入れると、恥ずかしそうに座る。まあ、その前提としてる理由は分からなくもないけど。

 

「ハハハ、やっぱり君の方が反応が分かりやすくて良いね、それに相変わらずそっち系なんだね」

 

 私と沙紀のやり取りを見てからか、楽しそうな笑い声を上げる古道さん。

 

「誰のせいだと思ってるんですか……」

 

 ボソッと小さな声で文句を言う沙紀。やっぱりどんな関係なのかいまいち分からない。

 

 どう見てもさっき古道さんが言ってた関係ではないのは確かだと思うけど。沙紀の好み的にもどっちとも言えない人はないと思うから。

 

「本当はどんな関係なんですか?」

 

「これを見てもらった方が早いかな、私こういうものです」

 

 私はもう一度同じ質問を古道さんにすると、古道さんはポケットから名刺を取り出して、私と花陽はそれを受け取ると、そこには──

 

『NEGプロダクション アイドル部門担当 古道真拓(こどうまひろ)』と書かれてた。

 

「こ、こ、こ、これって……に、に、に、にこちゃん……」

 

「い、い、い、い、いやただの見間違いよね……」

 

 私と花陽は信じられず、お互いに貰った名刺を確認するけど、書いてあることは同じで見間違いでもない。つまりこの人は……。

 

 本当に合ってるのか確認するために、私と花陽は一斉に沙紀の方を見ると、私の表情から察したのか頷いてから口にし始める。

 

「はい……想像通りです、この人はわたしのプロデューサーだった人です」

 

「だったじゃないよ、今でも僕は君たちのプロデューサーだよ」

 

 沙紀の言ったことに古道さんは訂正を加えるけど、そんなこと私たちにとっては、どうでも良かった。何故なら。

 

「花陽、あのNEGプロよ!!」

 

「うん、あの星野如月ちゃんやユーリちゃんたちトップアイドルが所属してたあのNEGプロだよね!!」

 

 そう、花陽が口にした二人を筆頭に多くのトップアイドルたちやモデルを産み出してきたアイドル業界一の大手。

 

 大手ゆえ門の狭さとトレーニング厳しいことで、脱落者も多くて有名だけど、プロのアイドルを目指すものなら誰もが所属を夢見る事務所。プロを目指すならNEGって言われるくらい。

 

「光栄だね、μ'sのお二人にうちの事知ってもらってるなんて」

 

『!?』

 

 私と花陽はテンションが上がっていて、色々と喋ってると、古道さんの口からμ'sって言葉が出たことに同時に驚く。

 

「ど、どうして私たちの事知ってるんですか」

 

「仕事柄上、スクールアイドルのことは常にチェックしてるから、当然君たちμ'sの事も知ってるさ」

 

 確かにチェックをしてるんだったら、最近ランキングが上がって、知名度も上がってきたから、私たちの名前を知ってても可笑しくないと思う。

 

「そうなんですか、でも、どうして……」

 

「この人……一応スカウトの仕事もやってるんだよ」

 

 花陽の疑問に古道さんではなく、沙紀が答えるが私はいまいち沙紀が言ったことが理解できなかった。

 

 今、沙紀何て言ったの? スカウトとか聞こえたような気がするけど、気のせいよね。

 

「一応じゃないよ、これも僕の仕事の一環、君もよく知ってるでしょ」

 

「はい、よく知ってますよ……」

 

 何て古道さんが軽い感じで話して、沙紀は相変わらず古道さんとは目線を合わせない会話をしてるけど、そんなことは私にはどうでもよかった。

 

「ほ、ほ、本当にスカウトのお仕事やってるんですか……」

 

「そうだよ、やってるよ」

 

 私は恐る恐る確認すると、古道さんは笑顔で頷いた瞬間、私の行動は早かった。

 

「私、矢澤にこです、よろしくお願いします!!」

 

「ちょっとにこ先輩何やってんですか!!」

 

 突然、古道さんに頭を下げた私に驚く沙紀。どうやらこの状況を理解してないみたいね。

 

「何って決まってるでしょ、相手はスカウトマンよ、アピールするに決まってるじゃない」

 

 それに昔、ネットとかで見たことがあるわ。実力のあるスクールアイドルには事務所から、直接お誘いが来るって、多分、古道さんはその手の人なのよ。

 

 しかもあのNEGのスカウトマンって言うプレミア付き。こんなチャンス滅多にないわ。何としてでもアピールしないと。

 

「それは分かりますけど、よりによってこの人に頭下げるなんて、しかもアピールって言っちゃってますよ、そんな図々しくってお茶目なにこ先輩大好きです」

 

「あっ!! つい本音が……ってどさくさ紛れに何言ってるのよあんたは」

 

 何時ものようについ沙紀の頭を殴ってしまうが、私はさらに自分のミスに気が付いた。

 

「違うんです、何時もは──」

 

「い、痛いです、にこ先輩」

 

「あんたは黙ってなさいよ」

 

 急いで弁解しようと古道さんの方を見るけど、古道さんの反応は、何か意外な物を見るような表情をしてた。

 

「え~と……どうかしましたか……」

 

「いや、本当に珍しい物が見れたなって」

 

「!!」

 

 私は緊張しながらも古道さんに声を掛けると、古道さんは沙紀を見ながらそう口にして、何故か沙紀は恥ずかしそうに顔を紅くした。

 

「わ、私……ちょっと……席を外します……」

 

 少しすると、沙紀は立ち上がり席から離れて、トイレの方へ行ってしまった。離れるときの沙紀の顔はやっぱり顔を紅くして、恥ずかしそうだった。

 

 そうしてこの席には私と花陽、そして古道さんだけになってしまった。

 

 3

 

 ど、どうしよう。ついテンション上がって、沙紀と何時ものノリをやってしまったわ。これじゃあアイドルのスカウトじゃなく、お笑い芸人のスカウトをして欲しいみたいじゃない。

 

 取り残された私はさっきの失態についてすごく後悔をしていた。

 

 それに知り合いの沙紀が席を離れたから、一体何を話せば良いのか分からないし、現に花陽もすごく困った顔してる。

 

「そういえば君たちって、あの子とどういう関係なんだい、あの子がアイドルやってたの知ってる感じだったけど」

 

「えっ? え~と……同じ部活で、μ'sのマネージャーをやってもらってます」

 

「それで……一緒に活動をしてたら、沙紀ちゃんが如月ちゃんだと気付いて……そのあと沙紀ちゃんから教えてもらいました」

 

 沙紀が星野如月だと喋った辺りは少し違うけど結果的にはそうだったから問題なく、私と花陽は古道さんの質問に答える。

 

「……あの子、学校でもあんな感じなのかい」

 

 質問に答えてから、古道さんは少し考えるような顔をしてから、次の質問を私たちにしてきた。

 

「えっ? はい……大体あんな感じです、そうよね花陽」

 

「う、うん……明るくて、楽しそうにしてます……」

 

 あんな感じとは、多分何時ものテンション高い沙紀の事だと思うから、私も花陽もそう答える。

 

「そうか……なるほどね」

 

 質問に答え終わると、小さな声で短く何処か納得するような感じだった。

 

「まさか、あの子がスクールアイドルのマネージャーを引き受けるなんてね……」

 

 とても驚いたような口振りで呟く古道さん。でも自分がプロデュースしてたアイドルが、休業中にスクールアイドルのマネージャーをやってたのだから、驚かない方が無理だと思う。

 

「どうだい、あの子ちゃんとマネージャーの仕事やれてる」

 

「はい……ふざけてるけど、私たちの事ちゃんと見てたりして、体とかも気遣ってくれてますし」

 

「色々と相談にも乗ってくれます……」

 

 今度はそんなことを聞かれたので、私たちは沙紀がどんな風にマネージャーをやってるのか答えると、古道さんはとても興味深そうに話を聞いていた。

 

 多分、普段沙紀の前では絶対に恥ずかしいから言わない事も本人が居ないから喋る。居たら居たでそんな話を聞かれると調子に乗るし。

 

 こんな風にマネージャーをやってる沙紀の事を話してるけど、よくよく考えたら、結構不味い状況なんじゃない。

 

 休業中とはいえ、事務所に無断でプロがスクールアイドルのマネージャーをやってるなんて、問題あると思うけど。そもそもあいつ事務所に伝えてなかったのね。

 

「そうかそうか、しっかりやってるんだあの子」

 

「怒らないんですか、勝手にマネージャーをやってたこと……」

 

「怒る? そんな無粋なことはしないよ、むしろあの子が自分の才能を使っていることを喜ぶべきだからね」

 

 まるで沙紀の親のようにとても嬉しそうな反応をしてるから、私は思わず、そんな質問をしてしまったけど、古道さんは全く沙紀の行動を咎める気はなかったみたい。

 

「いや~、事務所にいた頃から、ユーリに色々と教えてる姿を見て、あの子にはマネージャーとかトレーナーの才能があるなって思ったんだよね」

 

『えっ!!』

 

 沙紀がマネージャーをしっかりやってて嬉しいのか、古道さんの口から、何かとんでもない事が聞こえて、私と花陽は今日何度目かの驚きの声をあげる。

 

 ユーリって、沙紀とユニットを組んで、今でも現役高校生アイドルとして活躍してるユーリちゃんのこと? 

 

「その話、ホントですか!! あのユーリちゃんが!!」

 

「う、うん……そうだよ」

 

 アイドル好きとしてそんな裏話放っけるわけなく、花陽は目を輝かせながら近づくと、花陽の急変に驚いたのか古道さんが若干戸惑ってる。

 

「あの子たちって事務所内でも有名なくらい仲良くって、ライブとか近くなると、ユーリは苦手な所をあの子にコツを聞いて、一緒に練習してたりしてたんだよ」

 

 ブログとかであの二人が仲良かったのは知ってるけど、事務所レベルで有名なくらいなんて知らなかったわ。

 

「僕もたまに二人の練習姿を見ていたけど、あの子やけにコツとか教えるのが上手くてね、気になって調べたらあの子、うちの専属トレーナーに色々と聞いて、勉強していたみたい」

 

 勉強熱心だよね、なんて軽い感じで言う古道さん。

 

 沙紀は教えるのが分かりやすくし、練習とか組むのとか上手いと思ってたけど、まさか専属トレーナーから自主的に勉強してるなんて。確かにあんなに上手いのは納得だわ。

 

「あの子はよく見てると言うか、目が良いんだよ、ほら、さっき君たちも話してたよね」

 

 そういえば沙紀はよく見てるって話、古道さんが話しかける前にしようとしてたわね。その話しなくても、沙紀はよく見てるって思ってたけど。

 

「昔から相手を観察して真似る癖があったからね、その人の良いところも悪いところも全てね、良くに言えば、相手を観察して長所と短所を洗い出すことが出来るんだよね」

 

「それ心当たりあります、沙紀が組む練習って、そう言った部分が分かりやすかったです」

 

 オープンキャンパスのときに組んでくれた練習メニューは、まさにそんな感じだったわ。各々が得意なところがちゃんと伸びるように、苦手な所は克服できるようにする練習。

 

「あの子はそういった才能と知識を使って、効率よく人を伸ばす能力に長けてる、もっと言えば君たちのような才能の子だと、さらに効率よく伸ばすことができる」

 

「さ、才能がある……」

 

「私たちが……」

 

 沙紀の才能に改めて驚くけど、私たちはまたさらっと古道さんが口にしたことにとても戸惑ってた。

 

「あれ、自覚ないのかい? 千近くあるスクールアイドルのなか、結成してから僅か数ヵ月で五十位圏内入るなんて、才能があるとしか言いようがないけど」

 

「でもそれは沙紀が教えるのが上手いからだと……」

 

「いやいや、いくらあの子でも、流石にそれだけじゃああそこまで短期間で順位を上げれないよ、これは君たちの実力だよ、そこは誇っていい」

 

 まさか、あのトップアイドルを育成するNEGのプロデューサーにそんなことを言われるとは思ってもみなかったわ。

 

「僕の見立てだともう少しすれば、二十位圏内……つまりラブライブ出場枠まで入れると予想してるんだけど──そこのところ、どうお考えなのかな」

 

 そう質問したけど、目線は私たちではなく、別の方を向いて、私は古道さんの目線の先を見ると、沙紀がいつの間にか戻ってきていた。

 

「どうって……人が席を外してる間に何話してるんですか……」

 

「ちょっとした世間話だよ、それよりもどうなんだい」

 

「そうよ、教えなさいよ」

 

 そんな話一切聞いたことなかったから、私は沙紀に言うように命令する。花陽も気になるようで、ちょっと遠慮ぎみに頷いてる。

 

「分かりました、にこ先輩や花陽ちゃんがそう言うんだったら話しますよ」

 

「話を振ったのは、僕なのに無視なのかい」

 

 古道さんのツッコミを完全に無視して、席に座る沙紀。やっぱり珍しいわね沙紀がこんな態度取るなんて。

 

「確かに古道さんの言う通り、私ももう少しすれば、二十位圏内に入るとは予想してます」

 

「じゃあやっぱり、私たちラブライブに出場出来るの!?」

 

 初めてのスクールアイドル祭典であるラブライブに私たちが……。夢にまで見た大きなステージで……。

 

「いえ、結構ギリギリのラインで幾らでも状況がひっくり返るかなりキツイ所だと思います」

 

「確かに……他のスクールアイドルもラストスパート掛けてくるよね……」

 

 そうよね、あのランキング方式なら幾らでも逆転される事なんて有り得るわ。

 

「なので、さらに知名度上げるために、この夏に一回ライブをしようと考えて、みんなに相談しようとしたんですけど……」

 

 そう言って沙紀は古道さんの方をチラッと見る。隠すつもりはなかったみたいだけど、話の流れで隠してた感じになるわね。

 

「なるほど……沙紀の考えは分かったわ」

 

 沙紀はきっと私たちが最後まで油断しないようにするために、敢えて言わなかったのね。

 

「そうかそうか、ちゃんと色々と考えてるみたいだね」

 

「当然ですよ、私はμ'sのマネージャーなんですから」

 

「よしなら、今日会ったのは縁だし、君たちに一つライブの依頼をしよう」

 

『えっ?』

 

 突然の古道さんの提案に私たちは惚けたような声を出してしまった。

 

「どういうつもりですか……」

 

「何、君と僕の仲じゃないか、それに実は今日この辺りに来てたのは、君たちに頼もうと思うライブ関係なんだよ、だから縁だと言ったんだ」

 

 沙紀は古道さんの意図が読めないみたいで警戒してるけど、古道さんはホント軽い感じで頼んでるようにしか見えない。

 

「本音を言えば、僕自身が直でμ'sのライブを見たいってのと、にこちゃんが僕にアピールしてきたからね」

 

「えっ!?」

 

 まさかあのアピールが効いたの。マジで、あんなので。

 

「詳細は君にメールで送るから確認してくれ、まあ引き受けるかどうかは君たちに任せるよ」

 

「分かりました、一応考えておきます」

 

「それじゃ、いい返事待ってるよ」

 

 沙紀の返答を聞くと、古道さんは立ち上りその場から立ち去って行った。

 

「どうするの沙紀ちゃん……」

 

 古道さんが立ち去ってから見えなくなると、花陽は沙紀に仕事を受けるのか聞いてた。

 

「そうだね、取り敢えず詳細を確認してからみんなで相談かな」

 

「まあ……そうよね」

 

 流石にこれは私たちがここで勝手に決めるのは良くないから、今度集まるときにでも話し合うしかないわね。

 

 そんなわけで私たちはこれ以上話すのは止めて、あとはゆっくりしてから家に帰って、今日は解散することになったわ。

 




今回は沙紀の最愛の先輩、にこ先輩が語りでした。

それどころか今まで登場を匂わせてなかった新キャラ登場。

ここで沙紀の事務所の捕捉説明をしますと、規模的に言うと、大体アイマスの346プロ並の規模だと予想してください。

そんなわけで彼?彼女?が持ってくる仕事は一体何なのかどうぞお楽しみに。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけると有り難いです。


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三十四話 手間の掛かる子

お待たせしました。今回は誰が語り何でしょうか。

それではお楽しみください。


 1

 

「冷房は人類の叡智!!」

 

 冷房の前で両手いっぱいに広げて、そう高らかに声を上げる沙紀。その姿は砂漠でオワシスを見つけた旅人のように見えるわ。

 

「委員長ちゃん、そう冷房の前に立たれると、ウチたちにも当たらないから、それに満足したやろ」

 

「は~い」

 

 希に注意されて、沙紀は冷房の前から素直に離れて私の目の前に座る。こうして見ると本当に姉妹のように見えるわね。それにしても……。

 

「どうして希の家に沙紀が居るのかしら」

 

 そう、今日私は希に突然呼び出されて、希の家に来たのだけど、どういうわけか沙紀が希の家に居たわ。普通なら単に希が呼んだって思ったわ。ただ沙紀の格好がとてもラフな格好……ほぼ下着みたいな格好さえしてなければ。

 

「ヒドイ、そんなどうしてってまるで私が邪魔者みたいな言い方……もしかして!!」

 

「違う、あなたが考えてることでは絶対ないわ」

 

「即答!!」

 

 何なのかしら、こういうときに沙紀が考えてることが分かってしまうのは、自分が沙紀に毒されてしまったのかしら。

 

 喜べばいいのか、悲しめばいいのか、とても複雑な気分ね。

 

「むっ、何かとても心外な事を思われた気がする」

 

「き、気のせいよ」

 

「そう? 顔がそう見えたけど、絵里ちゃんがそう言うなら」

 

 特に沙紀が追求しなかったことに私はホッと胸を撫で下ろす。沙紀って結構見てるから、顔に出ると簡単にバレるのよね。

 

「それで本当はどうしてそんな格好でここに居るのかしら?」

 

「そうだね、これには深い深い理由があるんだよ、それは……」

 

「それは……」

 

 沙紀のテンションに釣られて、私も同じ言葉を口ずさむ。あの沙紀がそういうのならきっと本当に深い理由があるのよね。

 

「家のエアコンが壊れたからお姉ちゃんの家に避難してきたんだよ」

 

「……」

 

 思ったよりもくだらない理由で私は言葉も出なかったわ。

 

「あっ、くだらないって思ってるね、それはエアコンが壊れた絶望感を知らないからそう思えるんだよ」

 

 どうやら私の顔に出てたみたいで沙紀は私の考えてることを読み取って、そう説明するけどいまいち伝わらないわ。

 

「暑い部屋の中、何度何度ボタンを押してもエアコンが動かず、フィルターが詰まってるかなって、確認すると、転けてフィルター破損、ついでに頭打って気絶」

 

「気絶してから次の日までの記憶暑さで曖昧だし、業者からはこれ型が古いからパーツないよって言われて、一日無駄にするこの絶望感を!!」

 

「分かった分かったから、顔近いから」

 

「あっ、ごめんなさい、あと絵里ちゃんいい匂いする」

 

 余計な一言を言ってから、沙紀は私の顔から離れる。取り敢えず大変だったってことは十分伝わったけど、どうして希の家居るって疑問は解消されてないわ。

 

「まあ、そんな経緯があって、私はかれこれ一週間近くお姉ちゃんの家に逃げ込んだわけ何です」

 

「思ったよりも長い間避難してるわね、良いの希」

 

「別に委員長ちゃん家の事手伝ってくれるから、問題ないんよ、それに何度も家に泊まってるから」

 

「まあ、希が良いのなら良いんだけど、ただ新しいエアコン買った方が早かったんじゃあ……」

 

 沙紀のことだから頼んではあると思うんだけど、何て考えてたら、沙紀はとても驚いた顔をしてた。

 

「えっ? もしかして頼んでないの」

 

「そ、そ、そんなことはな、な、な、ないですよ、決してエアコンが壊れた事を理由に、お姉ちゃんとキャッハウフフ出来ると思って、浮かれて忘れてた訳じゃないから」

 

「沙紀……色々と自分から言ってるわよ」

 

「お姉ちゃん!! 絵里ちゃんがいじめる~」

 

 私が指摘すると、沙紀は少し顔を真っ赤にしてから希の方へ抱きついて行って、抱きつかれた希は気にせず沙紀の頭を撫でる。

 

「よしよし、エリチも委員長ちゃんいじめちゃ駄目やん」

 

「私のせいなの!?」

 

 何この理不尽な状況。納得行かないわ。そもそも沙紀ってこんなに子供っぽかったかしら。明らかに何時もより希に甘えてるわよね。

 

 そんな事を考えてると、沙紀は希の耳元でヒソヒソと話始めると、希はとても微妙な顔をしてから、頷いて私の方を向いた。

 

「委員長ちゃんが……エリチのお胸様を触らせてくれたら許してくれなくもないって」

 

「イヤイヤ、色々とおかしいわよ」

 

 全く悪いことした覚えないのに、何でそんなことしなきゃいけないのよ。もしかして……。

 

「沙紀が私の胸をただ触りたい口実なんじゃあ」

 

「チッ、バレたか」

 

「今明らかに舌打ちしたわよね」

 

「しましたけど、何か?」

 

 悪びれもせず、堂々と舌打ちをしたことを認める沙紀。『白百合の委員長』として優しかった彼女は一体何処に行ったの。

 

「もういいです、こうなったら実力行使で……触らせて頂きます」

 

 回りくどいやり方は止めたのか、沙紀は無理矢理私の胸を触ろうと、飛び付くが見事に自分が座ってた椅子に足を引っ掛かって、机にダイブした。

 

「うぅ……イタイ……」

 

「……と言う訳や」

 

 机に顔を伏せたまま痛そうな声を上げる沙紀を見ながら、希は全く意味の分からないことを口にしたわ。

 

「何が、と言う訳よ、全然訳分からないわ」

 

「だからエリチを今日呼んだのは委員長ちゃんの相手をして貰おうと思ったんよ、ウチ一人じゃ手に負えんし」

 

「まあ確かに今日の沙紀はテンションが……と言うよりも情緒不安定な所があるけど……」

 

「あっ……私の目の前に四つのお山が……もう少しで……手が届く……」

 

 チラッと沙紀の方を見ると、私の胸に手を伸ばそうとしてたので、沙紀の手が届かないくらい後ろに下がると、沙紀は落ち込んだ顔をして、諦めたのか今度は希の方へ手を伸ばす。

 

 当然、希も同じくらい距離を取って自分の胸に触られないようにすると、若干涙目になってから机の上に顔を伏せていじけたわ。

 

「でも別に私じゃなくてもいいんじゃない、沙紀の相手はにこの方が向いてるわよ」

 

 にこならどんな状態の沙紀でもツッコミとか、コントとか色々と出来るから、少なくとも私よりかは沙紀の扱いは上手いわ。

 

「確かにそうなんやけど、でもにこっち、ウチの家の場所知らないやん、知ってるのエリチと委員長ちゃんくらいやし」

 

「なら電話で連絡すればいいんじゃない」

 

「ウチが呼び出してもにこっち警戒して素直に来ないんよ、この前ちょっと悪戯したから……」

 

「それ自業自得じゃない」

 

「そんな理由もあり、エリチを呼び出したと言う訳や」

 

 色々と話が飛躍して全く理解できないけど、このまま素直に家に帰してくれるとは思えないわ。

 

 これは完全に希と沙紀に巻き込まれた。それだけは確実に言えるわね。

 

「それでどうするつもりなの」

 

 もう巻き込まれて逃げられないと分り、沙紀と(場合によっては)希に何かされるかもしれないと、覚悟を決めて今から何をするのか希に聞いた。

 

「どうするって、委員長ちゃんのセクハラを交わしながら、お茶したり、お喋りして過ごすだけやけど、これならウチとエリチが被害が分散して楽になるやん」

 

「被害が分散って……」

 

 そんなに言うなら沙紀を追い出せば……それは出来ないわね。あの子がこう甘えて迷惑を掛けれる人なんて殆んどいないのよね。

 

 エアコンが壊れた事を理由に何て言ってたけど、それを建て前にここに居るんだと思うわ。でも本人が希とイチャイチャするって言ってたけど。

 

 そんなわけだから希は沙紀を無下に出来ないのよね。何だかんだで沙紀には本当の妹のように甘いから。

 

「まあいいわ、取り敢えずお昼でも食べましょう」

 

 色々と思うところはあるけど、何だかんだで私も甘いわね。

 

「そうやね、それならウチが作るんよ」

 

「私も手伝う~、絵里ちゃんはそこに座って待っててね」

 

 私の提案に希といじけてた沙紀が立ち上がって、キッチンへと向かいお昼ご飯を作り始める準備を始めたわ。

 

 2

 

 お昼を食べ終えた私たちは単にお喋りすると、沙紀にセクハラされる可能性が高いので、沙紀の気を逸らそうとトランプを始めたわ。

 

 今はババ抜きをやって、私が二枚で沙紀が一枚で希は持ち前の幸運でさっさと上がっていったわ。相変わらずこの手のゲームだと希は強いわね。

 

「ムムム……こっち!!」

 

 真剣な表情で私が持ってるカードを見つめて、悩んだ末選んだカードはジョーカーではなく、スペードのエースつまり……。

 

「やった~、最下位阻止!!」

 

「負けたわ……ねぇ、本当にやるの?」

 

 大喜びする沙紀を反面に、これから行われることに不安を感じながら、二人に確認する私。

 

「当然やん」

 

「敗者は勝者に蹂躙されるものだよ、絵里ちゃん」

 

 とても良い笑顔で、私に近づいてくる二人。この二人に聞いた私が馬鹿だったわ。

 

「分かったわよ、やれば良いんでしょ」

 

 諦めて私は穿いていた靴下を脱ぎ始めると、沙紀はとても不満そうな顔をしてた。

 

「何よ……ルール通り衣服は脱いだわよ」

 

 トランプを始める際に沙紀が罰ゲームとして、最下位の人は衣服を脱ぐ罰ゲームを提案してきたわ。もちろん、止めようとしたのだけど、希が悪のりして、ルールとして成立してしまったわ。

 

 今考えれば、運の要素がかなり絡むゲームが多いトランプで自分が負けるはずないと思って、希は悪のりしたのだと思う。

 

 私はルールに従って靴下を脱いだのに沙紀は本当に不満そうな顔してる。

 

「分かってない、分かってないよ絵里ちゃん、靴下は敢えて最後に脱ぐものだよ」

 

「真っ先に上着を脱いだ委員長ちゃんは言うことが違うやん」

 

 そう、既に沙紀は二回負けて、二枚衣服を脱いでいるのだけど、脱いだのがTシャツとズボンと上着ばかり脱いで、元々下着みたいな格好がただの下着姿になってしまってるわ。

 

 ちなみに希は最下位になってないから一枚も脱いでいないわ。

 

「ねぇ、もうやめましょうよ」

 

「いや、まだだよ、絵里ちゃんか、お姉ちゃんを下着姿にするまでは」

 

「その前に沙紀が裸になるんじゃあ……」

 

 既に沙紀が二回も負けてるけど、そもそも負けてるのは彼女自身トランプとかに向いてないからなのよ。

 

 このババ抜きの前に七並べをやったのだけど、沙紀の手札は全て端のカード。それも二回も。

 

 さっきのババ抜き抜きだって、手札十四枚と全てのカードが一種類ずつあるっておかしなことになってたわ。

 

 前々から思ってたけど、この子根本的に運がないわ。何度か沙紀と一線越えそうな危険な目にあったけど、最後の最後で沙紀に酷い目に会ってるわ。

 

 それに今はμ's最高の幸運の持ち主希が居る。不幸体質の人と、幸運体質の人と一緒にゲームをやって、変な相乗効果発生しかねないわ。

 

「私は見られても平気です!! むしろ二人に見られたい」

 

 しかし沙紀は目先の欲に捕らわれて、それに気づかないで、さらに変態的な事を言い出してるわ。これ本当に沙紀大丈夫かしら色々な意味で。

 

「わたしの身体を見て、お姉ちゃんと絵里ちゃんがムラムラと興奮して、襲われる展開とか何時でもwelcomeだから」

 

 すごく頭が痛いわ。沙紀の妄想が、ホント煩悩まみれで。一体何をどうすればそんな風に考えられるのよ。

 

「そんなわけでもう一回ババ抜きで勝負」

 

 そう言ってトランプをシャッフルし始める沙紀。どうやら拒否権はないみたいね。こうなったら次は勝って諦めさせるしかないわね。

 

 そうして沙紀が私たちにカードを配って貰って、それぞれ手札を確認して、ペアになるカードを捨てていくと、思ったりよりもペアになるカードが多くて……。

 

 私の手札が一枚なって、希に至ってはもうゲームを上がってると言うとても意味不明なことになっていたわ。そして自ずと沙紀の二枚の手札内にジョーカーがあるのが分かるわね。

 

「じゃあ私から引くわね」

 

「あっ……」

 

 そう言ってから沙紀の手札を引くと、引いたのはジョーカーではなく、ハートの十でつまりこのババ抜きは一瞬にして終わってしまったわ。

 

「何このオチ……意味わかんない!!」

 

 あまりにも呆気なく終わってしまったことに沙紀は動揺して、真姫の真似をするけど、顔はとても真顔だったわ。

 

 これが不幸体質と幸運体質が一緒にゲームした結果。最も盛り上がらない虚しいゲームと言う最悪の不幸が発生すると言う酷いオチだったわ。

 

 3

 

 さっきのババ抜きのせいで沙紀は不貞腐れて、下着姿のままソファーの上で横になって、眠ってしまったわ。

 

「そんな格好で寝ると、風邪引くわよ」

 

「う~ん……」

 

「しょうがないわね、希、毛布持ってきてくれる」

 

「はいはい、今から持ってくんよ」

 

 起こしても一向に起きる気配もないから、希に頼んで毛布を持ってきて貰い、それを受け取って沙紀に掛けてあげる。

 

「ホント、手間の掛かる子供みたいね」

 

 普段の騒がしさを知ってるからそうと思えるけど、寝てる姿は本当に子供のような無邪気な寝顔を見てると、余計にそんな風に思えるわ。

 

「フフフ、そうしてるとエリチ、お姉さんみたいやん」

 

「みたいって……私本当に妹が居るの希知ってるでしょ」

 

「そうなんやけど、まあただの例えや、気にしなくていいんよ」

 

 特に深い意味が無さそうだから、私は希の言葉を気にせず、椅子に座ると、希が飲み物を用意してくれてたので、それを飲んで、ホッと一息つく。

 

「それにしても沙紀って、ここでは何時もこんな感じなの?」

 

「大体こんな感じや、でも今日と言うよりも昨日の夜からちょっと激しいかな」

 

「昨日の夜からって何かあったの?」

 

「さあ? 昨日、夕方ぐらいからにこっちと花陽ちゃんとライブに行ってきたことは知ってるんやけど、何があったのかは教えてくれないんよ」

 

 にこと花陽と出掛けてからとなると普通に考えて、二人と何かあったって考えるのが妥当だけど、その場合は沙紀は落ち込んでると思うのよね。

 

 演技してない沙紀は仲が良い相手と何かあると落ち込みやすい子で、それを隠せないから、何時もより激しくなることは有り得ないわ。

 

 逆に良いことがあったとしても、激しくなるじゃなくて、にやけたり、照れたりする事の方が多いから多分違うと思うわ。

 

 それらじゃないとなると──

 

「多分何かのきっかけで昔の事でも思い出したと思うんや」

 

「そうよね、沙紀が気丈に振る舞うのって、そのくらいしか思い付かないわよね」

 

 アイドル時代──星野如月として活動してた時のこと。

 

 詳しくは沙紀が教えてくれないから、何があったのか知らないけど、沙紀にとっては辛いことが多かったって聞いてるわ。

 

「委員長ちゃんって……自分のこと誰にも頼らない癖に、他人に頼られると引き受けちゃうと言うか、断れないんところあるんや」

 

「そうね、現に今も色々と引き受けちゃって、多くの仕事同時にやってるわけよね」

 

 クラス委員、μ'sのマネージャー、生徒会に、それに学園祭実行委員何れも誰かから引き受けてやってるわよね。

 

 本人も大変だとは思っていても引き受けたからには、キッチリとこなそうと、真面目にやってるわけだけど。

 

「けど、沙紀の気持ちって何となく分かるのよね」

 

 私も生徒会に入ったのは自分の意志だけど、生徒会長をやったのは回りから推薦でそれで引き受けた所があるけど、それでも推薦されたからにはそれに答える必要があると思って、真面目に生徒会長をやってたわ。

 

 でも結局真面目になりすぎて、回りが見えなくなって、空回りしちゃったけど。

 

 沙紀もアイドル時代の時に同じような経験をしてるって言ってたわ。

 

 だから私の事、止めようと裏で動いてくれて、最後には止まることが出来たわ。

 

「エリチと委員長ちゃんって、ちょっと似てるところあるんよね、だから思うんよ、今の状況って、一歩間違えば委員長ちゃんがエリチと同じ状況になるんやないかって」

 

「それって……」

 

 そんなことあるわけないでしょ。だって昔似たような事をしたって沙紀が自分の口で言って、同じようになりかけた私を止めようとした沙紀なのよ。

 

 わざわざ同じ過ちを繰り返すような真似をするとは思えないけど……何故か私は断言出来なかったわ。

 

 それは私が沙紀と何となく似てるからだと思う。

 

 仮に私が沙紀と同じ状況になったら、多分何れも真面目にキッチリとこなそうとすると思うわ。どの仕事も責任を感じてやって、上手くいかず最終的に空回りしてしまいそう。

 

「にこっちは委員長ちゃんに余計な手を出すなって言うんやけど、委員長ちゃんやって人間やし、何処か見落とすかもしれないやん」

 

 そうよね。いくら沙紀でも人間だからミスはあると思う。それは仕方ないとことだと思うわ。何事も完璧に出来る人なんてきっと居ないわ。ただ問題は……

 

「希が心配してるのは、その見落としたのが沙紀にとって、致命的なものだった場合よね」

 

「そうや、特にμ's関係やにこっちに関わることが一番心配なんやよ」

 

 今の沙紀が一番やりたいのとは好きな人の笑顔を見ること。それはμ'sのメンバーのことだと言うことは知ってる。

 

 特ににこに関しては言うまでもないくらい慕って、毎日のように告白まがいな事をしてるわけだから、沙紀にとってそんな大好きな人が、悲しむような姿は一番見たくないはず。

 

 もし、そんなことになったら責任感の強い彼女の事だから、きっと自分の事を責めるに違いないわ。

 

「そうね……私たちがしっかりみんなのこと見てないといけないわね」

 

「そうやね、こういうことはみんなが気にしておくのが、一番やからね」

 

 先輩後輩はなくしたけど、三年生としてみんなのことはちゃんと見てないといけないわよね。それにまだ廃校の件やラブライブに出場して、沙紀と沙紀の親友を会わせて仲直りさせなきゃいけないわ。

 

「う~ん……可愛い……女の子がいっぱいだぁ~」

 

 そんな風に意気込んでいると、ソファーの方からちょっと気の抜けた声が出てきて、思わず私と希は笑ってしまったわ。

 

「全く沙紀はこういうことはぶれないわね」

 

「でもそういうところは委員長ちゃんの良いところやろ」

 

「そうね」

 

 もし何かあってもみんなで乗り越えれば、きっとそれは問題ないわ。だってみんな大切な仲間なんだから。

 




はい、今回はエリチこと、絵里が語りでした。

何やらとても不穏な事を言って、フラグを立ててますけど、一体どうなることやら。

そういうわけで何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけると有り難いです。


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一周年記念回 一年前の私たち

お待たせしました。一週間ぶりですね。

今日でこの小説も一周年を迎えることが出来ました。

そんなわけで今回はサブタイにあるように一周年記念回です。

ここでダラダラとやっても仕方ないので、細かいことは後書きで。

それでは一周年記念回お楽しみ下さい。


 1

 

 篠原沙紀──かつて中学生トップアイドルだった星野如月。彼女との出会いから流れる時間はあっという間で──いつの間にか一年経つのね。

 

 早いわ。時間ってこんなに過ぎるのって、こんなにあっという間だったかしら。

 

 沙紀と出会う前は厳密に言えば、アイドル研究部の部員が私一人だったときくらいまでは、すごく学校での一日が長かったような気がするわ。

 

 よく楽しい時間はあっという間に過ぎるって聞くけど、もしかしたら、私はあいつと一緒に居ることが楽しいと思ってるから? 

 

 何時も私に変なちょっかいを掛けて、好きだとからかったり、身体をベタベタと触ろうとしたり、テンションがウザいほど高かったりと、面倒なやつ。

 

 けど、楽しそうに笑ってるあいつの笑顔を見ると、こっちまで笑顔になると言うか、一緒に居ると退屈しない、なんて思ってしまうわ。

 

 結局、私はあいつと一緒に居るのが楽しいんだわ。

 

 それを素直にあいつの前で口にするのは、恥ずかしくて言えない。言ったら言ったで、あいつ調子に乗りそうだから、余計に言えないわね。

 

 あいつには感謝もしている。

 

 私の一度は諦めた夢をあいつはもう一度見せてくれた。しかも一緒の目標を持った仲間たちに、μ'sに出会うことが出来た。

 

 そのお陰で、私一人だけだったアイドル研究部はいつの間にか十人に増えて、スクールアイドルの大きな舞台ラブライブと言う目標まで。

 

 μ'sの九人が揃うまでに色んな事があったわ。

 

 みんなそれぞれ始めるきっかけは違うけど、それによって、大変なこともあったけど、楽しい時間を、今まで感じたことのない幸せを感じてる。

 

 ホント、あの頃二人だった頃じゃ考えられないわね。

 

 いや二人だった頃でもあいつはバカなことをよくやって楽しかったけど、あいつが入ったばかりの頃は、本当にそんな風になるなんて思ってもみなかったわ。

 

 だってあの頃のあいつは今とは全然違ったから。

 

 これから話すのは沙紀が入部したばかりの頃の話。アイドル研究部が十人じゃなく、二人だった頃の話。

 

 2

 

 あの頃の私は、お昼はアイドル研究部の部室で過ごしていることが多かったわ。

 

 今日もお昼ご飯を食べ終わると、パソコンを開いて、アイドルのことをチェックしていた。

 

「あっ……ユーリちゃんの新しいCDが出るのね……なるほどね」

 

 適当にまとめサイトを巡回してると、今推してるユーリちゃんの最新情報を見つけたから、画面に張り付くように隅々まで読み取る。

 

 通常盤はもちろん、限定にはPV、初回限定にはそれに加えてブロマイドが付いて、さらに店舗ごとにブロマイドが違うのね。

 

(どうしよう、全部欲しいわ。発売日はもう少し先だから、上手くお小遣いと部費を使えば、全部揃えられるわよね)

 

 このときも今と変わらず、アイドル研究部の部費を私用で使ってたけど、咎める相手がいないから問題はなかったわ。

 

 でも今だと沙紀にバレると怒られたりするんだけど。

 

「よしっ!! これなら行けるわね!!」

 

「ひゃう!!」

 

 パソコンの画面を見ながら、CDを買うある程度算段を立てると、私は大きな声を出すと、後ろから変な声が聞こえてきたわ。

 

 私は振り向くと、そこには沙紀が驚いた顔をしてそこに居たわ。

 

「篠原さん……居たのね」

 

「は、はい……少し前から……」

 

「全然気づかなかったわ」

 

「ごめんなさい……影が薄くて……」

 

 私がパソコンに集中して気づかなかった事が悪いのに、沙紀は──自分に非があると思って、頭を下げて謝ってくる。

 

「別にそういった意味で言った訳じゃないから、あなたが謝る必要は……」

 

「ごめんなさい……私……勘違いをして……」

 

 またこいつはそう言って、同じように頭を下げて弱々しい声で謝ってくる。端からの見たら後輩を苛めてるみたいに見えるわよね。

 

「分かったから、とりあえず頭下げるのを止めなさいよ」

 

「ごめんなさい……」

 

 止めさせるように言うと、沙紀は最後にそう呟いてから頭を上げるけど、顔は俯いたままどんな顔をしてるのか分からないわ。

 

 視線はただ下を向いて、何を見てるのか、何を考えてるのか、全く分からないから、何を話して良いか分からないわ。

 

「え~と、篠原さんはもうお昼食べたの」

 

「はい……」

 

 取り敢えず差し障りのない話題を振るけど、沙紀は短くそう答えただけで、黙ってしまう。

 

「今日はいい天気ね」

 

「そう……ですね……」

 

 話題に困って有りがちな話題を振るけど、やっぱり会話が続かない。ちなみに外は快晴。お洗濯日和だったわ。

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに話すことがないからなのか、会話がない。何とか話題を探そうと色々と考えるけど、こいつの場合、何を話しても地雷を踏みかねないから、すごく困る。

 

(あぁ~、どうしたら良いのよ)

 

 私が話せるのはアイドル関係とか、家事関係くらいだけど、その辺が明らかに地雷に繋がりそうだから、話を触れない。

 

 別に無理に話す必要はないけど、色々とこいつの事情を知ってしまったから、気を遣うし、それに当時は、まだ沙紀のことを憧れてたアイドルとして、見てた部分があるから緊張もするわ。

 

 そうやって頭のなかで一人で悩んでると、予鈴がなって、昼休みがもうすぐ終わる時間になってしまったわ。

 

(あぁ~、今日も全然喋れなかった……)

 

 私は立ち上がりお弁当箱を持って、自分の教室に戻る準備をする。沙紀も同じように準備をしてたわ。

 

「じゃあ……また放課後に……」

 

「分かり……ました……矢澤先輩……」

 

 伝えることは伝えて、私は自分の教室に戻ると、沙紀は小さな声で返事をしてから自分の教室に戻っていった。

 

 これがこの頃の私と沙紀の関係。

 

 今みたいにバカなことなんて一切なく、お互いに名字で呼び合って、距離を感じる。そんな関係だったわ。

 

 3

 

 昼休みは終わったあとは、何時ものように午後の授業を受けているけど、頭のなかでは、別のことを考えていて、授業に集中出来なかったわ。

 

(どうしたら、篠原さんと仲良くなれるの、やっぱり何か話したりして、少しずつ仲良くなのがベストなのだけど、何をどう話せば良いのか分からないわ)

 

 最初の頃は、何も知らずに自分が好きなアイドルの話を一方的にして、あの子がどんな思いで私の話を聞いていたのかも知らずに、あの子の前でよく星野如月の話題も出しちゃってた。

 

 だから当時の私は絶対に沙紀の前で、その話題は絶対に避けるようにしてたわ。

 

 沙紀が入部したときに部室に置いてあった星野如月のグッズは仕舞って、沙紀の目に触れないようにもした。

 

 そんな気遣い過ぎて、話す話題がなくなったのは、ホント、バカみたいよね。

 

「ちょっとええかな?」

 

「!?」

 

 沙紀について、色々と悩んでると急に後ろから声を掛けられて、私はビックリしてから、後ろを振り向くと、そこには当時同じクラスだった希が立っていた。

 

「ごめん、驚かせちゃったみたいやね」

 

「別に良いわよ……こっちも考え事してたから」

 

「そう? なら良かった」

 

「それで何か用?」

 

 希に話しかけられてるけど、当時はちょっとちょっかい掛けてくるクラスメイトって位だったから、どうして話しかけてきたのか分からなかったわ。

 

 むしろ沙紀と仲良くなる方法を考えて、悩んでたから、話しかけられて、変なちょっかいを掛けられるじゃないのかと思うと、ちょっとイライラしてる。

 

「う~ん、見てたら、何か悩んでるみたいやったから、どうしたんやろって、ウチに相談できることやったら、全然聞くよ」

 

「別に……」

 

「まあ言わなかったら、わしわしするやけだけど」

 

 何でもないと答えようとしたけど、ほぼ脅迫みたいなことを口にしてポーズをとる。

 

「分かったわよ、言えば良いんでしょ、だからそのポーズ止めなさいよ」

 

 こいつに胸を触られるのは嫌だったから、私は観念して、話すことにした。

 

 多分、私が正直に言うとは思わなかったから、気を効かせてくれたのだと思うわ。

 

 正直、一人で考えても全然いいアイデアは思い付かないし、このままこの関係が続くのは不味いから、私は取り敢えず好意に甘えておくことにしておくわ。

 

「なるほど、新入部員入ったんやね」

 

「まあ、マネージャーだけど」

 

 希に沙紀の秘密に関わることについては伏せて、新入部員と仲良くなりたいくらいのことを話したわ。

 

「意外やね、にこっちが自分から仲良くなろうと思うなんて……どんな子やろ……」

 

「ん? 何か言った?」

 

「いや、何でもないんよ、それよりどうやって仲良くなりたいかなんやよね、そうやね……」

 

 そう言って希は考えるような素振りをしてから、少しすると、何か思い付いたような顔をしたわ。

 

「ここはパッと歓迎会でもやったらいいんやない、ほらにこっちが仲良くなりたい子も緊張してると思うから」

 

「歓迎会ね……」

 

(そういえば……そういうことやってなかったわよね)

 

 沙紀が入部してからは、朝と放課後に淡々と練習をするだけの日々だから、全くそういうことはしてなかったわ。

 

 それに早く上手くなって、沙紀に大切なことを思い出させなきゃって、気持ちが先行してたから、そんなこと思いをしなかったわ。

 

(確かに希の言う通りね)

 

 当時の沙紀はあの性格だから緊張してもおかしくないし、それにあの子の場合、怖がってる部分もあると思うから納得出来たわ。

 

「そうね、悪くないアイデアかもね、その……ありがとう……」

 

「ええよ、困ったときはお互い様や、じゃあ、頑張るんやで」

 

 私は素直にお礼を言うのが恥ずかしくて、声が小さくボソッと言うけど、希は気にせず当たり前のようにそう言って、自分の席に戻っていったわ。

 

 やることは見つかったわ。

 

 あとはどんな風に沙紀の歓迎会をやるとか、どうやって誘うとか、色々と考えておかないといけないわね。

 

(でもそれは授業中に考えればいいわ)

 

 そうして私は次の授業の準備しながら、歓迎会のことを考え始めた。

 

 4

 

 放課後──私は部室に入ると、沙紀が先に来てて、椅子に俯きながら座っていたけど、一瞬だけ私の方を見てから立ち上がるけど、やっぱり顔は俯いたまま。

 

「悪いわね、急に場所変えて」

 

 本当は中庭に集まって、何時もの練習をする予定だったけど、ここへ来る前、沙紀にここに来るように連絡をしてたわ。

 

「いえ……大丈夫……ですから……」

 

 急な変更に対して、たどたどしくだけど気にしてないように言ってるけど、何処か声は怯えてるような感じだったわ。

 

「その……今日の練習は……」

 

「今日は中止よ、別の用があって呼び出し──」

 

「やっぱり……私の練習じゃ駄目だったんですね……」

 

「えっ?」

 

 私の言葉を遮って、沙紀は震えた声で唐突に変なことを言い出したわ。

 

「私が暗いし、面白くなくて、練習もキツイし、役に立たないから……だから退部しろって……言いに来たんですよね」

 

(あぁ~、そういうことね)

 

 沙紀がさっきから何に怯えていたのか理解できたわ。この子は今日の練習がなくなったのは、私が色々と嫌になったからと勘違いしたから。

 

「ありがとうございました……こんな私を少しの間だけここに置いてもらって……そしてごめんなさい……役に立たなくて……」

 

「いや、その……」

 

「あっ……もう目障りですよね……ごめんなさい……早く出ていきますから……」

 

 俯いたせいで顔は見えないけど、泣き出しそうな声を出しながら、部室を出ていこうとする沙紀の腕を私は掴んで外に出ていくのを止める。

 

「ちょっと待ちなさいよ、あなた勘違いしてるわよ」

 

「えっ? 今日の練習が……ないのは……嫌になったからじゃあ……」

 

 沙紀は恐る恐る俯いた顔を上げると、その顔は殆んど泣く寸前で顔が歪んでたわ。

 

「だから違うわよ、今日は練習じゃなくて、別のことをしようと思ってここに場所を変えたのよ」

 

 あんな沙紀の顔を見た私は少し優しそうな声を出すように言って、沙紀を怖がらせないようにする。

 

 そもそも連絡する際に私が部室に来なさいってだけ送ったのが悪いのだけど。まさか、そこまで変な風に勘違いするなんて思ってもみなかったわ。どんだけ思考がネガティブなのよ。

 

「えっ? えっ? じゃあ……」

 

「あんたの勘違いよ」

 

 そういうと沙紀は泣きそうな顔から一気に顔を紅くして、今度は恥ずかしそうにして、また顔を俯かせたわ。

 

「ご、ご、ごめんなさい、わひゃし、勝手にかんちひゃいして……はうっ!!」

 

 自分が特大の勘違いをして、動揺してるみたいで、噛みまくって、上手く話せていないわ。しかもそれに気づいて、頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしそうにしてる。

 

(ちょっと可愛いわ)

 

 わたわたしてる様がなんと言うか、小動物みたいで、いや私よりも色々と大きいけど、雰囲気がそう見えるわ。

 

「落ち着いた?」

 

「ひゃい!! 何とか……」

 

「まだ落ち着いてないわね」

 

「うぅ……ごめん……なさい……」

 

 少ししてから確認はしたけど、また噛んでそれを指摘すると、沙紀はまた恥ずかしそうにするわ。

 

(でもさっきよりはマシね)

 

「そ、そ、それで……」

 

「ん? え~と、今から何をやるかってこと?」

 

「はい……」

 

(今度は噛まなかったから、大分落ち着いたわね)

 

 沙紀の声の感じで私はそう判断したわ。

 

「その前に今日は時間ある?」

 

「はい……いくらでも……」

 

 私が確認すると、沙紀はさっきとは打って変わって言葉に寂しさを感じたわ。この時点でもう既には沙紀には誰もいなかったから当然よね。

 

「なら買い物に行くわよ」

 

「何の……ですか?」

 

「今から歓迎会をするからその買い物よ」

 

「? 誰のですか?」

 

「あなたの歓迎会に決まってるじゃない」

 

「えっ……」

 

 まさかいきなりそんなことを言われるとは思ってもみなくて、沙紀は驚いたような顔をしてたわ。

 

「そんな……悪いですよ……私なんかのために……時間もお金も……」

 

「あぁ、お金は気にしないで、部費を使うから」

 

 沙紀が私の自腹で払って余計に遠慮しないためにそう言っておく。でも部費もそんなに多くないから、こっそり自腹を切るかもしれないけど。そのときはバレなければいい。

 

「そんな大事な部費を私なんかのために……」

 

「あんたなんかじゃないわよ、部費は部活動に行う部員が使うものなんだから、あんたも使う権利があるわ、何たって篠原さんはここの部員だから」

 

「でも……ユーちゃんのCDは……」

 

「あなた、お昼のやつ聞いてたのね」

 

 確かに部費を使うとユーリちゃんのCDを全部買えなくなっちゃうけど、そんなことより今は大事なことがあるから。

 

「……」

 

「細かいことは気にしない、先輩命令よ」

 

「はい……分かりました……」

 

 他にも何か言い出しそうだから、そう言うと沙紀は渋々従ったわ。やっぱりまだ納得してないみたい。

 

「それじゃあ歓迎会の買い出し行くわよ」

 

「はい……」

 

 私は勝手に何処か行かないように沙紀の腕を掴んで、私たちは近くのコンビニへと向かったわ。

 

 5

 

「それじゃあ乾杯!!」

 

「かんぱい……」

 

 買い出しを終えた私たちは部室に戻って、沙紀の歓迎会を始めたわ。

 

 歓迎会って言っても、コンビニとかで適当に買ってきたお菓子とか、ジュースとかを広げるだけだけど。まあお金もそんなにないし、これが限界。予想通り、若干自腹切ったけど。

 

「遠慮しないで、どんどん食べなさいよ、これはあなたの歓迎会なんだから」

 

「はい……」

 

 そう言って沙紀は広げられたお菓子を一口分だけ詰まんで食べると、自分のコップに入っていたミルクティーを飲み始めたわ。

 

「篠原さんはミルクティーが好きなの」

 

「はい……紅茶全般は好きですけど……その中でも特に」

 

「ふ~ん、そうなのね」

 

 イメージ的に炭酸系は飲まなそうよね。どっちかと言うと、コーヒーとか紅茶とか飲みそうなイメージだったけど、イメージ通りね。

 

 そう言って私は自分のコップに入ってた飲み物を飲み始める。

 

「……」

 

「……」

 

 開始早々、お互いにすぐに話す内容が無くなったわ。でもこれは予想通り。普通に歓迎会をやってもこの子は心を開きそうにないわ。だから……。

 

「?」

 

 私はその場で立ち上がって、大きく深呼吸する。沙紀はそんな私を見て、よく状況が理解できてない顔をしてる。

 

 今からあの星野如月の前でやるから余計に緊張するから、ちゃんと落ち着いてやれるように心を落ち着かせる。

 

 そうしてだいぶ心が落ち着いたら──

 

「にっこにっこに~!」

 

「あなたのハートににこにこに~! 笑顔届ける矢澤にこにこ~! にこに~って覚えてラブにこ!」

 

「!?」

 

「あれ~、全然声が聞こえないけど、どうしたのかな、それじゃ~もう一度、にっこにっこに~!」

 

 突然、アイドルとしての私のキャラをやって戸惑う沙紀だけど、私はお構いなしに続けて沙紀に振ると、すごい戸惑った顔をしてこっちを見る。

 

「え~と……」

 

「にっこにっこに~!」

 

「にっこ……にっこに~……」

 

 戸惑ってる沙紀に笑顔を向けて、私のポーズを取り沙紀にやらせる雰囲気を作ると、沙紀は恥ずかしそうにやってくれた。

 

「まだ声が小さいから~もう一回、にっこにっこに~!」

 

「にっこにっこに~」

 

「うん! ファンから元気を貰って、にこも嬉しい」

 

 それなり沙紀が声を出してくれたから、私は音楽プレイヤーをスピーカーに繋げて、次の準備を始める。

 

「それじゃあ、聞いてください、スーパーアイドル矢澤にこにーで『まほうつかいはじめました!』」

 

 そうして音楽プレイヤーから曲を再生して、私は沙紀の前で歌い始めた。

 

 歌い始めてからの私は全力だったわ。今出せるだけのことを全部歌に込めて、一人のアイドルとして、ファンために歌う。

 

 希に歓迎会の案を貰って、残りの授業を全部使って思い付いたのがこれしかなかったわ。

 

 相手は私が憧れたトップアイドル星野如月。当然緊張は今までにないくらいあるわ。あの子から見たら私の歌はおままごとみたいに見えるかもしれない。

 

 それどころかアイドルに対してあまりいい思いをしてない、彼女にこんなことをやるのは間違ってるかもしれない。私の独りよがりかもしれない。

 

 でも私に出来ることはこれだけしかないから。

 

 私は昔からアイドルが大好きで、ずっと憧れてた。何時か自分もあんな風になりたいと思ったわ。

 

 そしてある日、私と殆んど変わらない子が、ステージの上でキラキラと輝いてるところを、たまたま見つけた。

 

 その子のステージを見て、スゴいと思いながらも、とても楽しいと思ったわ。それは私だけじゃない、同じように見てた人も同じ反応だったわ。

 

 だから私もあんな風になりたいって思って、この学校に入って、同じようにアイドルに憧れてた子を見つけて、声を掛けて、スクールアイドルを始めたけど、失敗した。

 

 その結果、私は一人になったわ。部員は一人一人止めていったけど、私は一人でも続けた。けどやっぱり失敗して私も殆んど諦めてしまった。

 

 そうして日々は過ぎて、あの子が偶然通り掛かった。

 

 そして、星野如月に何があったか知ってしまった。

 

 それを聞いた私はあることに気付いた。この子は忘れてるんだ。アイドルにとって、とっても大事なものを。

 

 それに気付いた私はあの子を強引に部活に誘って、あの子は入部してくれた。

 

 けど、今までちゃんとあの子に向き合ってなかったんだわ。あの子は星野如月。私とは別世界の人間何だって、心の奥で考えてたから。

 

 だから会話も続かないし、あの子の笑顔も見れなかった。

 

 あの子が辛い思いをして、笑わなくなったあの子に笑顔を届けたい。心の奥底から今はそう思える。だからこそこの曲を届ける。

 

 この曲は私が他に部員がいたときに頼んで作ってくれた曲。今までずっと使うことがなかった曲。今は存分に使わせてもらう。

 

 所々音程はずれるし、歌詞のタイミングも外れる。けど今は気にしない。ただ全力で歌う。

 

 久々に全力で歌ってツライ。けどアイドルは常にファンの前では笑顔でいるものだから、私は顔に出さないように必死で笑顔を作る。

 

「ありがと~、にこの歌を聴いてくれて、にこはとっても楽しかったにこ」

 

 私は最後にそう言って曲を歌いきった。

 

 6

 

「それでどうだった?」

 

「え~と……」

 

 歌い終わった私は沙紀にさっきのライブについて、聞いてみるけど、沙紀は何て言おうか困ってるみたいだったわ。

 

「別に気は遣わなくていいわよ、怒らないから素直に言いなさい、あっ、これ先輩命令よ」

 

 今の私の全力でやったものだから、ちゃんと言って貰いたい。今の私の実力も、沙紀がどんな風に思ったのか、どんな風に見えたのか、全部をちゃんと知りたい。

 

「はい……分かり……ました……」

 

 先輩命令って言ったのが効いたのか、沙紀はゆっくりとたどたどしくありながらも私に話始めたわ。

 

「歌は音程も……タイミングを……ずれたのが……気になりました……」

 

「やっぱりそうよね、にこも気になってたのよね」

 

 そこはやってて自分でも分かってたからいいけど、やっぱり言われるとへこむわね。

 

「それに……目線が……時々下の……方に……向くのも……」

 

「そうだったの?」

 

「はい……」

 

 それは気付かなかったわ。多分、ぶっつけ本番でやったから無意識で足下の方へ視線が行ってたかもしれないわ。

 

「他にも……気になるところは……いっぱい……ありました……」

 

「そ、そう……いっぱいあるのね……」

 

「ごめんなさい」

 

「だから謝らなくていいわ、今はにこに全然実力がないだけだから」

 

(やっぱり私はまだまだなのね)

 

 沙紀と一緒に練習を始めたけど、そんなすぐに実力が上がるわけじゃないのね。やっぱりコツコツと練習を続けるしかないわ。

 

「でも……矢澤先輩の歌から……先輩の気持ちが……すごい伝わりました」

 

「アイドルが好きな気持ち、聞いてる人を楽しませようと頑張ってる気持ち、自分も楽しもうとしてる気持ち……全部が伝わりました、だから……」

 

「!?」

 

 そう言って俯いてた沙紀の顔が上がると、そこには──

 

「私とっても楽しかったです」

 

 まだ何処か恥ずかしそうだけど、何処か子供っぽくて無邪気なとても良い笑顔をした沙紀の顔を見て、私は思わず見蕩れてしまった。

 

(この子、こんな顔をするんだ)

 

 星野如月はクールな感じでなんと言うかそんな風に無邪気に笑わない。と言うか、感情が読み取りにくい。だけど、今の沙紀の笑顔を見た私は確信した。

 

(これが本当のこの子なのね)

 

 星野如月ではなく、この子の本当の姿。

 

「あなたの笑顔って、結構可愛いわね」

 

「えっ? えっ!?」

 

「あっ、ヤバッ口が滑った」

 

 つい沙紀の笑顔を見て、気が緩んだのか、私は思ってたことを口に溢すと、それに気付いて恥ずかしくなるけど、それよりも言われた本人の方が……。

 

「そ、そ、そ、そんな……きゃはいいにゃんて……」

 

 すごい顔を赤くして、呂律も廻ってなく、頭の中がショート寸前みたいなロボットみたいなって、わたわたし始めた。

 

「と、取り敢えず、飲み物飲んで落ち着きなさい」

 

 そんな沙紀を見て、自分が恥ずかしがってたのを忘れて、沙紀が飲んでいたコップを渡そうとするけど、中身が空っぽで、私の方も空っぽだったから、適当に近くにあったブラックコーヒーを沙紀に渡した。

 

「は、は、ひゃい……」

 

 沙紀は受け取ったコーヒーを飲むと、一気に顔色が悪くなって、すごい顔しながら、コーヒーを吐き出した。

 

「大丈夫!?」

 

「ゴホッ、ゴホッ……はい……ごめんなさい……」

 

 私は沙紀のことを心配しながら、雑巾を持って、机や沙紀の制服に吐き出されたコーヒーを拭く。

 

「うぅ……ごめん……なさい……」

 

 せっかく笑ってたのに、今にも泣き出しそうな声で謝ってくる沙紀。

 

「気にしてなくていいわよ、それよりどうしたのよ、気分が悪いの、保健室行く?」

 

「いえ……大丈夫です……、何と言うか……コーヒーが苦手で……飲むと……あんな感じに……」

 

「そうなの……フフ……」

 

 吹き終えた私は沙紀に体調がどうか聞くと、意外な答えが返ってきて、何となく納得して、そのとき見た沙紀の顔を思い出すと、不謹慎だけどつい笑ってしまったわ。

 

「やっぱり……変な顔を……」

 

 そう言って沙紀はまた恥ずかしそうに顔を俯いてしまったわ。

 

「いや、笑うつもり……じゃないけど……フフ……今思い出すと……ホント……フフ……すごい顔をしてから……つい……悪いわね」

 

「フフ……」

 

 必死で我慢しようとするけど、なかなか頭の中から離れず、私の方も多分、結構変な顔をしてると、それを見た沙紀が今度は少し笑った。

 

「フフ……ごめんなさい、別にそんなつもりじゃあ……」

 

「良いわよ……お互い様だから……」

 

 こっちも沙紀を見て、笑ってしまったから、沙紀だって私の顔を見て笑っても文句は言えないわ。けどやっぱり……。

 

「あなたはそうやって笑ってた方がとても似合ってるわ」

 

「そんなことは……」

 

「そんなことあるわよ、でも笑顔の良さは二番目ね、何たってこのスーパーアイドル矢澤にこにーが一番だから」

 

 あぁ~、何か気恥ずかしいからこの子の前で凄いこと言っちゃってるわ。何やってるのよ、トップアイドルに向かって。

 

「フフ……何か……スゴいですね、何か……格好いいです……惚れちゃいそうなくらい……」

 

「格好いい!? そこは可愛いでしょ」

 

 最後の方はよくボソッと言って、よく聞き取れなかったけど、その前に聞き捨てならないとこがあったから訂正を求める。

 

「そうですね……矢澤先輩はとっても可愛いです」

 

 そう言った時の沙紀の顔はとてもいい笑顔だったわ。私に強要された訳でもなく、本当に自分の意思でそう言ってるのがよく分かる。

 

「そう分かれば良いのよ……分かれば……」

 

 面と向かって、そう言われると照れるから、私は沙紀から顔を逸らして、小さな声でそう言った。

 

「さてと、まだ歓迎会の途中よ、これからもっと楽しむわよ、沙紀」

 

「はい……分かりました……ウグッ!?」

 

 歓迎会の続きをしようとすると、沙紀が口元を押さえはじめて、とても顔色が悪そうだったわ。

 

「どうしたのよ!!」

 

「ごめんなさい……さっきのコーヒーのせいで……気持ち悪いです……ちょっと……トイレに行ってきます……」

 

 そう言って沙紀はトイレへと駆け込んで行ったわ。

 

「えぇ~、何かそれじゃあ締まらないわ……」

 

 部室に一人残された私はそう呟いた。

 

 7

 

 あの日、あの歓迎会を境に、私と沙紀の中は少しずつ縮まって行くのだけど……。

 

「にこ先輩~!! 愛してます!!」

 

「だ~から、そんなにくっつくじゃないわよ、暑いじゃない」

 

「えぇ~、良いじゃないですから、私とにこ先輩の仲なんですから、むしろこの暑さが愛の熱さと言えます」

 

「いやいや、全然分かんないから、さっさと離れなさいよ」

 

 私はくっついてきた沙紀を無理矢理剥がして、何とか離れる。ちょっとくっついただけで汗が掻いてきたじゃない。

 

「も~、にこ先輩は照れ屋さん何ですから、でもそういうにこ先輩も可愛くて大好きです」

 

「はいはい、分かったから、にこが可愛いのは当然だから」

 

 あの時と比べて、確かに仲良くなったわ。けど何か色々と私が考えてた仲良くとは全然違うけど。

 

「にこ先輩……ちょっと良いですか」

 

「何よ、急に改まって……まさか変なことを言うんじゃないでしょうね」

 

 大抵こういうときの沙紀は変なことを言う確率が高いから、多分今回もそうだろって思ってそう言う。

 

「何でそうなるんですか、私は変なことなんて一度も言ったことがありませんよ、いつも大真面目です」

 

「えぇ~」

 

「何でそんな反応するんですか!!」

 

「自分の胸に聞きなさい」

 

 そう言って沙紀は腕を組んで考え始める。ただ組んでる腕が沙紀の胸を強調されるから、すごく負けた気分になる。

 

「え~と、相変わらずわたしっていい胸してますね」

 

「何の報告よ!!」

 

「いや自分の胸に聞きなさいって言うから、一先ず自分の胸を見たら、やっぱりいい形してるなぁって思いましたから」

 

 自分がスタイル良いからって、そんなこと人前で言うのは、私の前で言うのはケンカ売ってるの。

 

「まあまあそんなこと細かいことは置いといて」

 

「細かくないわよ!!」

 

 ホント、何でこんなのが私が憧れた星野如月なのよ。どんどんイメージが……。いや、もう落ちるとこまで落ちて殆んど落ち込まなくなったわね。

 

「それで何よ話って」

 

「はい、もうにこ先輩と出会って一年なるだなぁって思って」

 

 下らない話だと思って、一応聞いたら、思いの外真面目な話だったわ。どうやら沙紀も同じことを考えてたみたい。

 

「そうね、確かに一年経ったわね、それがどうしたのよ」

 

「ここでもう一度、私の決意表明をにこ先輩の前にしたくて」

 

 入部したときのあれのことね。ホント、こいつは真面目ね。

 

「そう、ならさっさとやりなさいよ」

 

「では……」

 

 そうして沙紀はゆっくりと深呼吸してから、あの時と同じ言葉を口にする。

 

「私は貴方を最高のスーパーアイドルにして見せます、その手始めにμ'sのみんなと一緒にラブライブに出場させてみせます」

 

「そう……じゃあにこもあんたの期待に応えるくらいの最高のライブが出来るように頑張らないといけないわね」

 

「はい!! にこ先輩なら、μ'sのみんななら、きっと出来ますよ、私信じてますから」

 

「それじゃあ練習に行くわよ、沙紀」

 

「あっ、待ってくださいよ、にこ先輩」

 

 あの時と比べて本当に色々と変わった。楽しいことがいっぱい増えた。部室が賑やかになった。

 

 だけど、今でも変わらないものはある。

 

 結局まだ私は沙紀の問題を一つも解決できてない。だけど、何時かちゃんとその問題を解決したい。

 

 何故かって決まってるじゃない。

 

 沙紀は私にとって大切な後輩何だから。




如何だったでしょうか。

今回の話は物語で一度だけ触れた歓迎会の話でした。

てっきりにことの出会いの話だと思った方には申し訳ありません。今回は二人の始まりの話です。

散々触れてたにこと出会った頃の沙紀。にこ視点で書かせて頂きました。

ここからよく知ってる沙紀に繋がっていくわけですが、書いてると、やっぱり沙紀って主人公よりヒロインな気がする。どちらかと言うとにこの方が主人公っぽい。

そんなわけでなんだかんだと一年続いてきた訳ですが、ここまで読んで下さった皆様のお陰です。

お気に入りにしてくれたかた。

感想を書いて頂いたかた。

評価を入れてくれたかた。

そう言った応援が書く励みになってます。

まだまだ終わりが見えてきませんが、今後ともこの物語に付き合って頂けると有り難いです。

では、何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。

それではまた次回をお楽しみに。


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三十五話 プールでの奇妙な出会い

お待たせしました。

そんなわけで二年目最初の投稿です

それではお楽しみください


 1

 

「おぉ~!! 大きなプール!!」

 

 目の前に色んな種類のプールがいっぱいあるから、テンションが上がって、つい大きな声を出しちゃった穂乃果。

 

 流れるプールに、波のあるプール、ウォータースライダーとかあって、どれも面白そうで早く中に入って遊びたいよ。

 

「凛ちゃん、どれから遊ぼっか?」

 

「やっぱりウォータースライダーにゃ~」

 

「よしっ!! それじゃ……」

 

「二人とも今回は遊びに来た訳じゃないのですから」

 

 早く遊びたくてウズウズしてるから、早速凛ちゃんと一緒にウォータースライダーで滑りに行こうとしたけど、海未ちゃんに止められちゃう。

 

「そうよ、今日はここでライブしに来たんだから」

 

「おぉ~!! そうだった、ついプールが楽しそうだからすっかり忘れてたよ」

 

 絵里ちゃんの言う通り、今日はここのステージでライブをするために、μ'sのみんなで、大きなプールにやって来たんだよ。

 

「全く……アイドルがライブを忘れるなんて何を考えてるのよ」

 

「そう言うにこちゃんも、さっきからチラチラとプールの方を見てるにゃ~」

 

 説教するくせに、にこちゃんも結構プールの方を見て、遊びたそうにしてるから、全然説得力がないよ。もうにこちゃんも、素直に遊びたいって言えばいいのに。

 

「まあまあ、みんな遊びたいのは分かるけど、今はライブに集中しよう」

 

「そうだね、今は沙紀ちゃんの言う通りライブに集中しよ」

 

 今日は遊びに来たんじゃないもんね。ライブに来たんだから、ちゃんとライブが成功できるように頑張らないといけないよね。

 

「それにライブが終わったら、自由に遊んで良いって言われてるし、それからみんなで楽しめばいいからね……フフフ……」

 

「完全に委員長ちゃんは別のことを楽しみにしてるやん」

 

「ち、ち、違うから!! 別にみんなの水着が見れるから楽しみにしてる訳じゃないから」

 

「口から本音出てるわよ」

 

「あっ!!」

 

 真姫ちゃんに言われて、沙紀ちゃんはハッと口を手で塞ぐ。何時も通り沙紀ちゃんは女の子大好きだよね。

 

「でも……良いのかな、こんな大きいプールのステージでわたしたちが歌うなんて……」

 

「結構お客さんも多いよね」

 

 周りを見てみると、大きいプールで、しかも夏休みだから、ことりちゃんの言ったみたいに、いっぱい人が多い。何か気付いたら、みんなとはぐれて迷子になっちゃいそうなくらい。

 

「よくこんな場所からライブの依頼が取れたわよね」

 

「うん……まあね……ちょっとね……」

 

 絵里ちゃんの疑問に沙紀ちゃんは何か複雑そうな感じで答える。

 

「確か沙紀の知り合いからこの話を貰ったって言ってましたが、にこと花陽はその話を丁度聞いてたんですよね」

 

「そうね、そんな話をちょっとだけ聞いてたわね」

 

「でもわたしたちもこんなに大きなところでやるなんて……聞いてなかったから……」

 

 へぇ~そうなんだ。穂乃果たちも少し前に沙紀ちゃんから急にプールでライブをやるって、聞かれて驚いたけど、せっかくだからやるって返事をして、今日ここに来たんだよね。

 

「理由はどうあれ、ここに来たんだからやるしかないでしょ」

 

「真姫ちゃんやる気だにゃ~」

 

「べ、別に……」

 

 恥ずかしがって何時ものように髪の毛を指でクルクルする真姫ちゃん。

 

「そうね、真姫の言う通りせっかくこんな機会を貰ったんだから、しっかりとやらないとね」

 

「じゃあそろそろ移動しよっか、こんなに人が多いと迷子になりそうやし」

 

 そうして、みんなでステージのある場所まではぐれないように移動してたんだけど、人が多くて、すぐに向かうことが出来なかったんだよね。

 

「まさかここまで人が多いなんて……みんな居る?」

 

 あまりの人の多さに、とりあえず落ち着ける場所を見つけると、そこにみんなで休憩して、沙紀ちゃんがみんな居るのか確認してた。

 

「特に穂乃果、凛、にこはちゃんと居ますか」

 

「ちょっと何で凛たちは名指しなの」

 

「いえ、一番はぐれそうな三人ですから」

 

 そんな当たり前のように普通に答える海未ちゃん。

 

「ヒドイよ!! 海未ちゃん」

 

「そうよ、何でにこがこの二人と同じ扱いなのよ」

 

 穂乃果たちの扱いが酷いことについて、三人で文句を言ってるけど、さらっとにこちゃんも酷いことを言ってる。

 

「いやいやにこちゃんも十分仲間だよ」

 

「はあ? なに言ってるのよ、にこが迷うわけないでしょ」

 

「そんなこと言って、にこちゃんだけ迷うのがオチにゃ~」

 

 そうだよ。大体そんなことを言う人が迷うのが、何時もの流れだよ。沙紀ちゃんを見えればよく分かるよ。

 

「まあ、にこっちに関してははぐれても、委員会ちゃんが血眼になって見つけそうやからね」

 

「それはもちろん、地獄の底まで、草の根分けてでも探しますよ」

 

 うぅ……確かに沙紀ちゃんならやりかねないよ。簡単ににこちゃんを探してる姿が思い付くもん。

 

「そういうことよ、だからにこが迷うことがないわ」

 

「偉そうに言ってるけど、完全に他力本願よね」

 

「う、うん……」

 

 胸を張って堂々と言うにこちゃんに、真姫ちゃんがツッコミを入れてると、花陽ちゃんは苦笑いしながら頷く。

 

「あっ、大丈夫だよ、私とにこ先輩は一心同体、運命共同体だから」

 

「何が大丈夫なのか全く意味が分かりませんが……」

 

「まあでも沙紀ちゃんがにこちゃんのこと、大好きなのは何時ものことだからね」

 

「いやおかしいわよ、何で普通に受け入れてるのよ、十分愛が重いわよ」

 

 さっきの会話でことりちゃんが普通に流そうとしたから、にこちゃんは怒るけど、ことりちゃんは特に気にしてない感じ。むしろ楽しんでるみたい。

 

「流石は私のソウルフレンド、よく分かってるよ、そんなわけでにこ先輩、今から私と愛を──」

 

「誓わないわよ」

 

「なら一夜限りの──」

 

「犯さないわよ」

 

 ことごとく沙紀ちゃんの言うことを先回りして答えるにこちゃん。やっぱりこの二人って仲良いよね。

 

「まあ、あの二人は放っておいて、今度こそステージに向かいましょう」

 

「そうね……あの人のならにこちゃん連れて、二人でも来れるでしょ」

 

 海未ちゃんの提案に真姫ちゃんが賛成して、ステージへ行こうと歩き始めて、みんなも何か納得してるみたいで歩き始める。

 

「ちょっと待ちなさいよ、にこを置いていかないでよ」

 

「えぇ~!? にこ先輩は私と一緒じゃ嫌ですか」

 

 後ろから何て会話が聞こえるけど、みんな聞こえてない振りをしてるのか、気にせず歩き続ける。

 

 そうして穂乃果たちはもう一度ステージまで向かうけど──

 

「あれ? みんな何処?」

 

 何故か穂乃果は一人はぐれちゃった。

 

 2

 

 いやいやちょっと待って、おかしいよ。何で穂乃果みんなとはぐれてるの。

 

 みんなとはぐれないように、ステージの場所を知ってそうな海未ちゃんや絵里ちゃんの後ろに付いていって、向かってたのに……。

 

 確かに途中で人がいっぱいで、ちょっとみんなと距離が離れちゃったけど、たったちょっとだよ。それだけで、みんなとはぐれちゃうなんてどんだけ人多いの。

 

 それに何時ものパターンだったら、沙紀ちゃんかにこちゃんがはぐれて大騒ぎになるパターンなのに、何で今日に限って穂乃果なの。

 

 心の中で文句をいっぱい言ってから、少し落ち着いてから周りを見てみる。もしかしたらステージがすぐ近くにあるかもしれないもんね。

 

 周りに見えるのはプール、人、プール、人、人。うん、ステージ何て全く見えないね。

 

「ど~しよう、全然場所が分からないよ!」

 

 不味い。このままじゃあみんな心配するかもしれないし、何より絶対海未ちゃんに怒られる。しかもさっき海未ちゃんが心配してた通りなってちゃったよ。

 

 早くみんなと合流したいけど、全然ステージの場所が分かんないよ。どうしよう……。

 

 近くにこのプールの地図とかないかな。あれば今居る場所とステージの場所が分かるのに……。

 

「とりあえず歩いてみよう、もしかしたらステージに着くかもしれないよね」

 

 悩んでもしょうがない。歩けばステージが見つからなくても、みんなが見つかるかもしれないし、地図が見つかって、何とか着けるはずだよ。

 

 そう気合いを入れて数分間歩き始めるけど、全くステージが見えないし、みんな見つからないし、それどころか地図もない。

 

「広い、広すぎるよ!!」

 

 歩いても歩いても見えるのはプールしか見えないよ。何で? そもそも本当にここにステージがあるの。それすらも怪しいよ。

 

 それどころか地図が全くないって不親切にもほどがあるよ。

 

 ライブはお昼くらいからだから、まだ時間があるけど、リハーサルとかするって沙紀ちゃん言ってたし。

 

「あの……」

 

 このまま迷子になったままだと、みんなが心配するよね……。

 

「あの……?」

 

 心配かけすぎると海未ちゃんに本当に怒られるし。本気で怒った海未ちゃんすごい怖いもん。

 

「あの!!」

 

「うわっ!!」

 

 急に後ろから大きな声が聞こえて、思わずビックリしてから後ろを振り返ると、そこにはお人形さんみたいな可愛い女の子が、心配そうな顔で穂乃果のことを見てた。

 

「ごめんなさい、急に大きな声を出しちゃって、何か困ってたみたいだったから声を掛けたんですけど……」

 

「ううん、こっちこそごめんね、せっかく心配して声を掛けてくれたのに、色々と考えちゃってたから気づかなくって」

 

 大きな声を出したことを謝る女の子に、穂乃果は気づかなかったことを謝ってから穂乃果は女の子の方を見る。

 

 お人形さんみたいに可愛い顔をしてる。髪も綺麗なブラウンでちょっとカールが掛かって、ゆるふわな感じがする。

 

 身長は大体にこちゃんと同じくらいか、ちょっと低いから、多分中学生だと思うけど、もしかしたらにこちゃんみたいに背が低い高校生かもしれないよね。どっちだろう。

 

「それで何か困ってたみたいでしたけど、どうしましたか」

 

「えっ……あっ、うん、ちょっと友達とはぐちゃって……」

 

 どっちか悩みながら女の子を見てると、困ってることを聞かれたから、ちょっと恥ずかしいけど答える。

 

「なるほど迷子なんですね」

 

「うぅ……」

 

 確かにそうだけど……そんなストレートに言われると、落ち込むよ。この子見た目に限らず割りとズバッと言うんだね

 

「どうかしましたか?」

 

「ううん、何でもないよ……」

 

 すごい透き通った瞳で穂乃果のことを心配する女の子。多分、この子悪気があって言ってるじゃないと思う。凛ちゃんと同じタイプだよ。

 

「それで一応集合場所をステージにしてるんだけど、全然見つからなくて」

 

「ステージですか……ごめんなさい、ちょっと場所分からないです」

 

「そっか……ありがとうね」

 

 もしかしたら知ってるかもしれないって思ったけど、知らないみたいだし、やっぱり自分で歩いて探すしかないよね。

 

 少し落ち込みながらそんなことを考えながら、声を掛けてくれた女の子にお礼を言って、またステージを探そうと歩き始めると──

 

「分かりました、一緒にステージを探しましょう」

 

 女の子から思いもしない提案をしてきた。

 

「えっ? 良いの?」

 

「はい、ここは広いですし、探すから一人よりも二人の方がいいですから」

 

 聞き返すと、女の子はとても良い笑顔で返事をしてくれて、心の底から言ってることが伝わってくるよ。

 

「ありがとう!!」

 

「いえいえ、困ったときは助け合わないと」

 

 そんなわけで私とこの女の子とで一緒にステージを探すことになったけど……。

 

「それに私も道に迷ってましたから、それじゃあ行きましょうか」

 

「えっ!?」

 

 何とも言えない不安が穂乃果を襲ってくるよ。本当にこの子大丈夫なのかな。

 

 3

 

 どうしよう……。せっかく一緒にステージを探してくれるのに不安しかないんだけど……。

 

 まさか穂乃果のことを心配してくれて声を掛けてくれて、さらに一緒に探してくれる女の子は同じ迷子だなんて……。

 

「あなたも迷ってる言ってたけど、誰か探してるじゃないの」

 

「あぁ……気にしないでください、今日は一人でここへ来ましたから、道に迷っただけで迷子じゃないですよ」

 

「いやいや迷ってる時点であなたも迷子だよ」

 

 この子の事心配してくれてる人が居るじゃないかと思って聞いてみると、穂乃果でも変って分かるくらい変なことを言ってきたよ。

 

「違います、迷子は何か目的地があって、迷うから迷子であって、私は……そもそも何で私ここに居るんでしょうか?」

 

「えぇ~!? そんなこと言われてもこっちは分かんないよ」

 

 迷う迷わないよりももっと酷いよ。この子自分がここに来た理由すら忘れてるよ。そもそも理由すらあったのか怪しいレベルだよ。

 

 本当にこの子と一緒に探して大丈夫かな。何かさっきから不安がどんどん増えてくるだけど……。

 

「確か……今日ここで何かのイベントで誰かが来るから……これは行くしかないって思って……一人で来たような……」

 

 ん? 今日のイベント? それって……。

 

「もしかして今日やるスクールアイドルのイベントを見に来たんじゃないのかな」

 

 すごい曖昧な感じでこの子は言うけど、何か色々と聞き覚えのあるようなことを言ってるから、何となくだけど、そんなことを聞いてみる。

 

「そうでした、やっと思い出しました、そうです、今日ここで最近気になってるスクールアイドルがステージでライブをすると聞いてここに来たんでした」

 

 やっぱりそうだよね。もしかしたら穂乃果が知らないだけで、他にイベントがあるかもしれないけど、今日やるイベントって、私たちのライブくらいしか思い付かないもんね。

 

「確か……今日ライブをするのは九人のスクールアイドルユニットの……」

 

 そうそう。やっぱりこの子は私たちのライブを見に来たんだよね。

 

「キューズ!!」

 

「惜しい!! 確かに九人だけど、九人の女神でμ'sだよ!!」

 

「おお!! そうでした、そんなグループ名でした、詳しいですね、あなたも好きなんですか、ユーズって言うアイドル」

 

「今度は普通にありそうな間違いしてるね、しかも色々と気付いてない」

 

 好きって言ってるわりにグループ名間違えてるし、そもそも穂乃果がメンバーって事すら気付いてない。

 

「気付いてない? そういえば……あなた何処かで見たことがあるような……」

 

 穂乃果のことをジロジロと見ながら思い出そうとしてるけど、何か色々と落ち込むよ。

 

「あっ!? ……いえ……お隣の山田さんの娘さんは先月土に……ましたから違いますし……」

 

「今、一瞬思い出したと思ったけど全然人違いだし、それにさらっと変なこと言ってなかった!?」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 十分気になるよ。お隣の娘さんを土で何したの。何か色々とヤバイ感じがするよ。何だろう、この疲れる感じ。すごい何処かの誰かさんと同じ感じがするよ。

 

「……あっ……今日見に来たμ'sのセンターの高坂穂乃果さんにそっくりですね、いやただのそっくりさんですよね……」

 

「いや……そっくりさんじゃなくって、私……高坂穂乃果本人何ですけど……」

 

「いやいや冗談を……えぇ!? 本物だ!!」

 

 自分の名前を言うと、女の子は最初は信じてないみたいなことを言って聞き流そうとしたけど、私の方を見て、本物だと気付いたみたいですごい驚いた顔をしてる。

 

「ど、ど、ど、どうしよう……本物にエンカウントするなんて……」

 

「エンカウントって……」

 

「何かサインが書けそうなものは……そうだ、穂乃果さんこれにサインしてください!!」

 

 そう言って女の子が渡してきたのは水着だった。

 

「いやおかしいよ!! 何で水着にサインさせようとしてるの」

 

 サイン頼まれるのは初めてだから嬉しいけど、何で初めてのサインで水着にサインなの。色んな意味でビックリするよ。

 

「今日と言う思い出を記録するには水着が一番だと思って」

 

「なるほど!! 確かに」

 

 何か色々とおかしいけど、何か納得しちゃったから、穂乃果は女の子から水着を受け取って、人生初のサインを書く。

 

「ありがとうございます!!」

 

「ううん、こっちこそ応援してくれてありがとう」

 

 あぁ~、何か本当のアイドルみたいなこと言えてる。それにサインを頼まれる経験がなかったからすごい嬉しいよ。

 

 しかし、この時穂乃果は忘れていた。人生初のサインを水着に書いてたことを。

 

「私……この前の秋葉の路上ライブで初めてμ'sのライブを見てハマりました」

 

「あぁ!! この前の!! そっかそっか……」

 

 あのときの秋葉でライブをやるって、みんなの判断は間違ってなかったんだね。こんな風に知ってもらえるなんて嬉しいよ。

 

「A-RISEのいる秋葉で堂々と路上ライブを行うなんて、何て刺激的なグループ何だろうって思って、見てみたらホントに刺激的で良かったです」

 

「し、刺激的?」

 

「あっ、分からないですよね、私はとってもすごくて面白いって意味で使ってるんですよ」

 

 なるほどね。大体分かったよ。そうなんだ……とってもすごくて面白いんだ……。

 

「えっ!?」

 

「えっ? だって普通スクールアイドルの頂点のA-RISEがいる秋葉でライブをしようなんて思わないですよ」

 

「うぅ……確かに……」

 

 秋葉でライブをしようなんて言ったときも、メンバーの誰かが驚いてたけど、面白いからやるって感じでやって成功したけど、そういった風に見に来た人もいるんだ。

 

「それにあのライブでもっと刺激的なものを見つけたから」

 

「ん? 何か言った?」

 

「いえ、何も言ってませんよ」

 

 そう。何かさっきまでとは雰囲気が違う感じの声が聞こえたけど、人が多いから聞こえた空耳かな。

 

「あっ、穂乃果さん見てください、あそこに係員が居ますよ、あの人にステージの場所聞いてきますね」

 

「ちょっと待って……行っちゃった」

 

 女の子が係員が居るって言った方へ走り出して、穂乃果は止めようとしたけど、思ったよりも足が速くて穂乃果の声が聞こえてる前に行っちゃった。

 

「あれ? そもそも係員って居たっけ」

 

 そんな疑問を感じて女の子が走ってた方を見ると、そこには係員の姿は見えないし、それどころか女の子の姿すら見えなかった。

 

「えっ? また一人……」

 

「良かった……穂乃果ちゃんやっと見つけたよ!!」

 

 自分がまた一人で迷子になってどうしようと口にしようとすると、目の前に沙紀ちゃんが出てきて、とても安心した顔で穂乃果の所まで駆け寄ってくる。

 

「もう……はぐれたから心配したよ、みんなも心配してたよ」

 

「ごめんなさい……」

 

 やっぱりみんなに心配掛けちゃったみたいだね。まずは穂乃果を探してくれた沙紀ちゃんに謝る。

 

「特に問題ないみたいだし、それじゃあみんなのとこ行くよ」

 

「ちょっと待って……実はここまで一緒に来た女の子が居たんだけど……」

 

 沙紀ちゃんに今度こそはくれないように手を握られて、ステージに向かおうとしたけど、穂乃果はあの子のことが気になって立ち止まる。

 

「そうなの? でも……」

 

 沙紀ちゃんも立ち止まって、周りを見渡すけど、周りには人がいっぱい居るから、探すのは難しいって雰囲気を出していた。

 

「分かった、ここでちょっと待ってみよ、もしかしたらここに来るかもしれないし」

 

「ありがとう、沙紀ちゃん」

 

 そうして二人であの子を待つけど、全く来る気配もなくって、時間を掛け過ぎると、みんなが心配するからと言って、穂乃果たちはその場から離れた。

 

 結局、その日はその女の子とは会えず、名前も知らないままだったけど、多分ライブには来てくれたら良いなって思うしかなかったよ。




今回は穂乃果の語りでした。

さて、今回出てきた女の子は一体誰なんでしょ?

彼女の正体、登場が一体何をもたらすのか、それは今後の展開をお楽しみに。

何か感想などありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたら、ご報告して頂けると有り難いです。


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三十六話 彼女の結末

お待たせしました。

今回は一体どんな話になるか、どうかお楽しみください。


 1

 

「ねぇ、これってチャンスじゃない?」

 

 プールでのライブが終わって、そのあとは自由時間で、みんなでプールで遊び回ってるなか、プールで遊び疲れて、休憩してたわたしと凛ちゃんに、真姫ちゃんは、突然そんなことを言ってきた。

 

「何が?」

 

「何がって……決まってるでしょ、星野如月について知るチャンスよ」

 

 何がチャンスなのか分からなかった凛ちゃんは、真姫ちゃんに聞き返すと、少し呆れながら真姫ちゃんは答えてくれた。

 

「古道さんだよね……」

 

 わたしは真姫ちゃんがどうして如月ちゃんの名前を出したのか理解して、真姫ちゃんが考えてると思う人の名前を口にする。

 

「そうよ、沙紀の知り合いって言うあの人なら何か知ってると思うわ」

 

 真姫ちゃんは沙紀ちゃん──星野如月ちゃんのことをずっと調べてる。わたしと凛ちゃんも一緒に調べて、真姫ちゃんのお手伝いをしてるけど、役に立ってるのかは怪しい。

 

 この前、沙紀ちゃんの親友が居ると思う学校までは特定出来たけど、それっきり手がかりないから、行き詰まって、結局何も出来ずに時間だけが過ぎてる。

 

 だから沙紀ちゃんの知り合いという古道さんの登場は、わたしたちにとって、とても有り難いことなんだよね。

 

「でも知り合いだからって、何か知ってるとは限らないと思う」

 

「そ、それは……凛にしては珍しく正論を言うじゃない……」

 

「真姫ちゃんに誉められたにゃ~」

 

「多分……誉められてないと思うけど……」

 

 隣で喜んでる凛ちゃんに対して、そんなことを言ってみるけど、多分聞こえてないと思う。

 

 でも確かに凛ちゃんの言う通り、ただの知り合いなら、わたしたちが知りたい沙紀ちゃんのことを、知らないかもしれないけど……。

 

「あの人……古道さんは沙紀ちゃんの──如月ちゃんのプロデューサーだから、多分……知ってると思う……」

 

「えっ? 花陽その話ホントなの?」

 

「あれ? 真姫ちゃん知らなかったっけ」

 

 ライブ前に一度と言うより、穂乃果ちゃんが迷子になってる間に、古道さんが少し自己紹介してたと思うけど……。

 

「知らなかったわよ、沙紀もその人も知り合い程度くらいしか言ってなかったわよ」

 

 そういえばそうだったよね。ライブの話が来たときも、沙紀ちゃんは古道さんのことを、ただの知り合いってだけしか言ってなかった気がする。

 

 それに古道さんも今日の自己紹介の時も同じように知り合いってくらいしか言ってなかったと思う。

 

 多分、この前会ったときにわたしは古道さんが如月ちゃんのプロデューサーだって知ってたから、勝手にみんなも知ってるって思い込んじゃったみたい。

 

「なら……ますますチャンスよね、プロデューサーならあの一ヶ月間に何があったのか、知っててもおかしくないわ」

 

 真姫ちゃんは古道さんが如月ちゃんのプロデューサーだって、知ると考え込むような素振りをしてから、そう確信してた。

 

 真姫ちゃんが口にしてたあの一ヶ月間──如月ちゃんのユニットを組んでたユーリちゃんのブログの最終更新日から如月ちゃんのアイドル活動休業までの空白期間。

 

 その間に何があったのか、パソコンで調べても全く情報がなくって、そのせいで如月ちゃんの突然の活動休業には、多くのファンが進撃を受けたのは、よく覚えてる。

 

 わたしもとっても驚いて、持っていた大盛りのご飯が入ったお茶碗を落としたことを覚えてる。それくらい衝撃的だったことだったから。

 

 そうして誰も真実を知らないまま如月ちゃんはアイドル活動を休業した。

 

 そこで真姫ちゃんは、多くのファンが何かあったと思われるその期間に注目をして調べようと、凛ちゃんの提案で真実を知ってると思う人に、接触をしようってなったんだよね。

 

 そのときに名前が上がったのが、ユーリちゃんと、如月ちゃんと、ユーリちゃんの友達。

 

 だけど、わたしたちには全く接点がない所か、一人は芸能人で会う機会がないし、二人の友達は学校は分かっても、顔も名前も知らないからどうしようもなくなっちゃった。

 

 これがわたしたちの現状。

 

「仮に知らなくてもプロデューサーのあの人に、ユーリに会えないかどうか頼むことが出来るわ」

 

「なるほど、確かにチャンスだにゃ~、それにもしかしたらユーリちゃんに会えるかもしれないよね、かよちん」

 

「ユーリちゃんに会える!?」

 

 あの如月ちゃんに続いて、ユーリちゃんにも会える。もしそんなことになったら……。

 

「とりあえずサインを貰って……それから握手もしてくれたら……わたし嬉しくて倒れちゃうかも……」

 

「なら、このプール広いし人も多いから、ささっと行くわよ」

 

「そうだね!! ユーリちゃんに会うために!!」

 

「かよちんの目的が変わってるにゃ~」

 

 そうしてわたしたちはユーリちゃんに会うためにまずはこのプールに居ると思う古道さんを探すことになりました。

 

 2

 

 最初から言っちゃうと、古道さんは簡単に見つけることができちゃった。

 

 とりあえずわたしたちはステージの方へ行ってみると、その近くのフードコーナーで古道さんは一人で食事をしてた。

 

「いや~、流石にユーリに会わせてくれって言われても難しいね」

 

 古道さんを見つけて、早々ユーリちゃんに会えないかと頼んでみると、そんな返事が返ってきた。

 

「そんな……」

 

 もしかしたらユーリちゃんに会えると思って、期待してたから古道さんに会うのは難しいと言われて、わたしは地面に這いつくばって落ち込んでしまう。

 

「かよちんがすごい落ち込んでるにゃ~」

 

「何か僕悪いことしちゃったかな」

 

「いえ、かよちんはアイドルのことになると、リアクションが大きくなるだけなので……」

 

「そうなんだ、アイドルが好きなんだね」

 

「はい!! アイドルのみんなは可愛かったり、かっこよかったりして、みんなキラキラ輝いて……」

 

 さっきまで落ち込んでいたのを忘れて、わたしはどれだけアイドルが好きなのか、古道さんに熱く語り始める。

 

「花陽、今はその話あとにしてくれない」

 

「はっ!! うん……ごめんなさい」

 

「大丈夫だよ、今ので花陽ちゃんがどれだけアイドルが好きなのかがよく分かったから」

 

 熱く語ってると真姫ちゃんに止められて、自分が熱が入ってるのに気付いたわたしは、古道さんに迷惑を掛けたと思って謝るけど、古道さんはまるで気にしてないような笑顔だった。

 

「最初会ったときは大人しそうな子だとは思ってたけど……なるほどその憧れが花陽ちゃんをアイドルとして輝かせるんだね」

 

 わたしの話を聞いて古道さんは自分が思ってることを口にして、わたしは思わず顔を真っ赤なるくらい恥ずかしくなった。

 

「そう!! かよちんは昔からアイドルが好きで、自分もあんな風になりたいと思って、スクールアイドルを始めたんですよ」

 

「そうなんだ、自分が憧れてた夢に向かって、その夢に挑戦してみる、そして続けることは簡単じゃないから、花陽ちゃんは凄いよ」

 

 凛ちゃんがわたしのことを誉められて嬉しかったのか、古道さんにわたしのことを話始めて、古道さんはまた素直に自分の言葉を口にする。

 

「職業柄、花陽ちゃんみたいに夢とか憧れを持ってる子と接してる機会が多いけど、夢と現実の差に飲まれる子も居るからね」

 

「毎日辛いレッスンをしても、結果を出せず、次第に夢や憧れ自体が苦痛になって、最後は最初の気持ちを忘れて辞めちゃう子」

 

 その話をしてる古道さんは何処か寂しそうな声で話していた。アイドルの世界は実力主義の格差社会だから、多分……そういった経験が何度かあると思う。

 

 さらに大手のNEGプロのプロデューサーだから、余計にそういった場面に遭遇してると思う。

 

「ごめんね、変な話をしちゃって、結局の所は最初の気持ちを忘れずに進んでいけるか、どうかって話何だよね」

 

 話終えた古道さんは喋って喉が渇いたのか飲み物を飲み始める。

 

 最初の気持ち……。

 

 古道さんの言いたいことは何となくだけど、分かる気がする。

 

 わたしの場合はアイドルを始めることに躊躇ってたけど、あの日、夕日の屋上でわたしの背中を押してくれた凛ちゃんと真姫ちゃん。

 

 二人が勇気をくれたから、わたしは今ここにいる。スクールアイドルとしての始まりの気持ちは、二人から貰った勇気から沸き上がったあの気持ちだと思う。

 

 そう考えると、古道さんの言いたいことは分かる。

 

「まあ、そんな話を聞きに来た訳じゃなくて、あの子の事を聞きに来たんだよね」

 

『!?』

 

 わたしの中で古道さんの言葉を納得すると、古道さんの口からこれからする筈の話を振ってきて、わたしたちは驚いちゃう。

 

「よく分かりましたね」

 

「あの子はあんまり自分の事は話さないから、あの子の事を知りたい人からすれば、僕は重要な情報源だからね」

 

 古道さんの言ったのはさっきわたしたちが考えてたことと一緒だった。多分……この人はそれを分かった上で簡単に見つかるこの場所にいたんだ。

 

 わたしたちのような沙紀ちゃん──如月ちゃんのことを調べてる人たちと接触するために。

 

「だったら話は早いですね、単刀直入に星野如月に何があったんですか?」

 

 真姫ちゃんもすぐにわたしと同じ考え、いや真姫ちゃんの事だからわたしよりも先の事を考えて、古道さんに質問を投げ掛けてきた。

 

「そうだね……まずは君たちがどれだけあの子──星野如月について知ってるのか把握しないと、何を話せば良いのか分からないかな」

 

「そうですね、こっちも知ってる情報を聞いても時間の無駄ですから」

 

 真姫ちゃんは古道さんの提案に乗って、わたしたちが今まで調べてきた如月ちゃんの事を、古道さんに話始めた。

 

 3

 

「──以上が私達が星野如月について調べて知ったことです」

 

「お疲れ様、真姫ちゃん」

 

「お疲れにゃ~」

 

 説明を終えた真姫ちゃんは一息ついてから、わたしたちの代わりに、全部説明してくれた真姫ちゃんに、感謝の言葉を掛ける。

 

「少しはあなたたちも喋りなさいよ」

 

「凛は説明下手だし……」

 

「わたしも上手く説明できる自信がないから……」

 

 真姫ちゃん頭良くて、わたしたちよりも説明が上手そうだから、わたしたちが変なことを言って、話の腰を折るのは行いけないと思って黙ってた。

 

 やっぱりずっと真姫ちゃんが喋りっぱなしなのは、申し訳ない気持ちになる。

 

「ごめんなさい……」

 

「別に良いわよ……そもそも星野如月について調べようって言ったのは私なんだし……」

 

「そうにゃ~、真姫ちゃんが言い始めたから、真姫ちゃんが説明するのは正しいにゃ~」

 

「凛、あんたはもうちょっと申し訳ないと思いなさいよ」

 

 そんな何時もの会話を会話をしてると、わたしは目の前で話を聞いていた古道さんの方を見ると、何か考えてるみたいな様子だった。

 

「君たちの調べたことは大体分かったよ、僕が話す前に一つ聞いて良いかな?」

 

「? 良いですけど、何ですか?」

 

 考えが纏まったのか古道さんが口を開くと、わたしたちは話すのを止めて、話を聞こうとすると、古道さんは質問をしようとしてきたから、真姫ちゃんは何を聞かれるのか分からないけど質問を聞こうとする。

 

「君たちは星野如月だった篠原沙紀のことか、それとも君たちと一緒にいるあの子の事か、どっちの事が知りたいのかい」

 

 えっ? どういう事? どっちも同じように聞こえるけど……。

 

 だって沙紀ちゃんは星野如月ちゃんだから、どっちの事が知りたいって言われたって、同じようだと思うんだけど……。

 

 違うとしても性格くらいだけど、あれは沙紀ちゃんの演技だけど、もしかしてそういうことを言ってるのかな。

 

「どういう意味ですか? 意味が同じだと思いますけど」

 

 どうやら真姫ちゃんも古道さんが言ったことは分からなかったみたいで、そう古道さんに聞き返す。

 

「そうだね……少し分かりづらかったね、なら言い方を変えて、星野如月時代の沙紀の事が知りたいのか、それともあの一ヶ月間のあの子の事だけが知りたいのかい」

 

 それなら大分分かりやすい。アイドル時代の沙紀ちゃんの事全体か、ピンポイントであの一ヶ月間の事を知りたいのかって事だよね。

 

 個人的にはアイドル時代の沙紀ちゃんがどうだったのか、気になるけど……わたしたちが知りたいのは、あの一ヶ月間の事だからここはやっぱり……。

 

「前者は結構長い話になるけど、アイドル時代の沙紀がどんななのか話せるけど、後者は……僕が知ってることだけしか話せない」

 

『えっ!?』

 

 そんなことを考えてると古道さんが話す内容の補足をしていて、その補足が予想外のことに驚いた。

 

「僕は星野如月が休業するまで一ヶ月間について、全ては知らないから話せるのは、本の一部なんだ」

 

 古道さんはそう断言した。その言葉には嘘を付いてるようには見えなくて、本当の事を言ってると思う。

 

「そもそも全てを把握してる人物は、当事者であるあの子以外知らないと思う」

 

「それって……どういう意味ですか」

 

「言葉通りの意味だよ、あの一ヶ月間は星野如月である篠原沙紀にとって……あの子にとって、僕たちが把握しきれないくらいに色んな事が起こり過ぎた」

 

 思わずわたしは古道さんに質問したけど、逆に分からないことが増えた。

 

「でも沙紀は休業したのは、スランプだって本人の口から言ってました、あれは嘘ってことになるの!?」

 

 そう。真姫ちゃんの言う通り、わたしたちは沙紀ちゃんから休業の理由はスランプだって聞いていた。

 

 本来の星野如月ちゃんのスタイルは、クールで歌やダンスで自分の感情を込めるタイプのアイドル。けど、実際に今の沙紀ちゃんの歌には、自分の感情が込められてない。

 

 だから沙紀ちゃんはスランプになってる事は間違いない。けどその理由が分からないから調べ始めたけど、その言い方だと、別の理由でアイドル活動休業したみたいに聞こえる。

 

「そうか、あの子はスランプと言ったんだね……確かにそうとも言い切れるけど……」

 

 わたしたちの話を聞いて、何故か古道さんは何処か納得したような事を言う。

 

「確かに星野如月はスランプで休業したのは、間違いではないね、実際に星野如月にとって大切なものを失ってしまったからね」

 

「大切なもの?」

 

「アイドル星野如月が、星野如月として、輝ける前提条件と言うべきかな」

 

「ますます分かんないにゃ~」

 

 凛ちゃんは全く理解が出来てないみたいで、頭を抱え始めてる。わたしも一体どう意味なのか、全然分かんない。

 

 如月ちゃん──沙紀ちゃんにとって大切なもの? 前提条件? 何だろう。

 

 歌やダンスの技術は前見たときも全く衰えてないから、違うと思うけど、やっぱり気持ちとかそういうものかな。

 

 歌って踊ってアイドルを楽しむ気持ちとか、ライブをやりきる達成感とか、そんな気持ち。

 

「それって……何ですか」

 

 真姫ちゃんは沙紀ちゃんは失ったものは何か、古道さんに聞いたけど、古道さんは答えず、首を横に振った。

 

「それは僕の口からは言えない」

 

「どうして!!」

 

 知らないじゃなくて、言えない。つまり古道さんは沙紀ちゃんが何を失ってるのか知ってる。

 

 真姫ちゃんもそれに気付いてるから感情的になって、古道さんに詰め寄るけど、古道さんは一切答えようとしないで黙ったまま。

 

 対して真姫ちゃんは沙紀ちゃんがスランプになった理由を探ってたから、その探して求めた答えが目の前にあって、もどかしく感じてるのが伝わる。

 

 如月ちゃんの手掛かりを掴むために話を聞こうと、思ったのに、何故か分からないことが、さらに増えてるそんな矛盾。

 

「すまない、この事はあの子にとって大事なこと、他人がおいそれと話していいことじゃないんだ」

 

「えっ──こちらこそ……ごめんなさい……」

 

 謝る古道さんに詰め寄ってた真姫ちゃんは、何処か申し訳なさそうな顔をして謝る。

 

「その上で聞くけど、君たちはどの話を聞きたいのかい、星野如月時代の沙紀か、それとも星野如月の結末か」

 

 そう聞いてくる古道さんにわたしたちはお互いの顔を見合って確認してから頷いた。

 

「話せること全部聞かせてください」

 

「そうか……なら話すよ」

 

 わたしたちが聞く意思を見せると、古道さんはゆっくりと口を開いて、こう口にした。

 

「僕が沙紀をアイドルとしてスカウトし、そしてあの子にアイドル活動の休業を言い渡した張本人なんだ」

 

 4

 

 まずは何から話そうかな。そうだね……初めて出会ったとき話からだね。

 

 初めて出会ったとき、もといスカウトしたときの沙紀は、同い年の子と比べると、大人びてると言うより、何処か退屈そうにしている子だったかな。

 

 冷めた瞳に、冷淡な声で、周りに興味がない雰囲気を出しているんだけど、話してみるとそうでもなく、好奇心旺盛で、自分に自信を持ってる女の子。

 

 ただ単純に、あまり感情を顔に出すのが苦手だから、周りに勘違いをよくされるのが多かったみたい。

 

 そんな沙紀に僕がアイドルのスカウトすると、静かに食い付いて興味がみたいだから、僕は沙紀に連絡先を渡した。

 

 すると、沙紀は帰ってからすぐに親御さんに相談して、その翌日には連絡をくれた。

 

 あまりにも決断が早かったから、沙紀に後で理由を聞いてみると──

 

(理由も何も……ただ面白そうだから、それだけよ)

 

 そう言った以外にこれと言った理由がなかった。

 

 強いて挙げるのなら、スカウトする少し前に色んな習い事やスポーツをやったみたいだけど、どれも辞めていて、丁度暇だったって事を言ってたかな。

 

 そんな経緯もあって、沙紀はウチの事務所に所属することになり、まずは同じようにスカウトやオーディションに合格した同期の新人アイドルたちと、トレーニングの日々が始まった。

 

 トレーニングを始まってからすぐに、沙紀の才能は頭角を現した。ダンスを踊る上で、基礎を全て感覚で習得してマスターした。

 

 色んな習い事やスポーツをやってから言うのも合ったかもしれないけど、元から才能があったのが、大きかったと思う。その時点で、沙紀は既に下手なプロよりは実力があった。

 

 そんな沙紀の姿を見て、始まって早々思い知らされたよ、僕がとんでもない逸材を見つけてしまったことをね。だけどね、大きすぎる才能は、周囲の人の心を折るには十分過ぎるくらいの才能でもあった。

 

 練習が数日と続くと、沙紀の才能を近くで感じて、自分には才能がないと思い、挫折していった同期の子が一人、また一人と辞めていった。

 

 さらに沙紀自身が無自覚に冷たい態度を取ったり、勘違いされやすさが拍車を掛けて、余計に辞める子が増えていった。

 

 中にはそんな沙紀の態度や才能に嫉妬して、イジメ紛いのことする子もいたけど、沙紀はそういった子を才能で徹底的に黙らせた。

 

 完膚なきまでに、相手の心が完全に砕けるまでやって、イジメをしていた子たちまで辞めさせた。

 

 そうして最後には君たちが調べて知ったように、沙紀の同期たちは──ユーリを除いて、表舞台に一度も上がる前にみんな辞めてしまった。

 

 あのときは事務所内も大騒ぎだったよ。何せ、トレーニングと同時平行で進められてた、新人アイドルプロジェクトがほぼ白紙になったからね。

 

 しかも残ったのが、そういう状況を生み出した問題児の沙紀と、当時の同期の中では一番下手で、別の意味でも問題児のユーリだけだったからね。

 

 白紙になったプロジェクトの代わりに、この問題児二人で何とかプロジェクト組んで、ユニット活動することになった。

 

 そうなると色々と決めなきゃいけない事が出てきた訳だけど、沙紀に関してはこの状況にした才能と実力があったから、キャラ作りとか下手な小細工はしなかった。

 

 ユーリ関しては、色々と問題はあったけど、今は彼女の話じゃないから、今回は割愛。

 

 あとは二人に共通して、芸名を考えるわけになったけど、二人の本名を弄って、一番になって欲しいと意味を込めて一を加えた芸名を考えて、沙紀とユーリもその芸名に気に入ってくれて、二人はアイドルとして活動を始めた。

 

 そう、これが星野如月とユーリと言う、後のトップアイドルたちの誕生と言うわけだね。

 

 5

 

「取り敢えず、沙紀との出会いから星野如月誕生まで簡単に話したけど、一先ず何かあるかな」

 

 一旦話の区切りが付いたから、古道さんはわたしたちにさっきまでの話の内容で、気になったことがないか、質問をしてきた。

 

「すごい興味深い話でした!! 如月ちゃんの誕生秘話が聞けるなんて!!」

 

 普通のファンが知らないことをいっぱい聞けて、アイドルファンとして、テンションが今までにないくらい上がってるわたし。

 

「気になるどころか、初めて聞く話ばかりで、如月ちゃんとユーリちゃんの名前の由来何て、そんな意味があるなんて知らなかったですし、二人の名前を付けたのが古道さんだったんなんて!!」

 

「かよちんの目がキラキラしながら、テンションが今までにないくらいに高いにゃ~」

 

「まあ、仕方ないわよ、花陽からしたら美味しい話しかないわ」

 

 テンションが上がってるわたしを見ながら、わたしがこうなることが分かってたのか、二人は落ち着いた感じで話してる。

 

「二人は何かないかい?」

 

「話の中の沙紀ちゃん、全然性格が違ったよね」

 

 古道さんは二人に気になることがなかったか聞くと、凛ちゃんは昔の沙紀ちゃんの性格が違ったことが気になってた。

 

「そうだよね、話の中の沙紀ちゃんって、どっちかと言うと、如月ちゃんの時の性格みたいだよね」

 

 如月ちゃんの性格は話の中に出てきた沙紀ちゃんと全く同じで、でもそれは本人だから同じなのは、当たり前なんだけど……。

 

「前に沙紀ちゃんがあれって、演技だって言ってた気がするけど、凛の勘違いだったのかな」

 

「凛の勘違いじゃないわよ、私もそれは覚えてるわ」

 

「わたしもそれ覚えてるよ、てっきりわたしも話を聞いてて、勘違いしてるのかなって思ってたけど……」

 

 やっぱりみんな疑問に思ったんだ。前に一度、沙紀ちゃんがみんなの前で如月ちゃんのキャラをやったときに、自分で演技だって説明してたけど。

 

 古道さんの話を聞く限りじゃあ、アイドルを始める前から、そんな性格だったみたいで、沙紀ちゃんが言ったことと違ってる。

 

 てっきりわたしが沙紀ちゃんの話したことを勘違いしてるのかなって思ってたけど、二人も覚えてるみたいから、わたしの勘違いって訳じゃないよね。

 

「確かに今のあの子と昔の沙紀だったら、大分性格が違うからね、正直な話、僕の方も今のあの子の性格の変わりようは驚いてるくらいだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、あの子が音ノ木坂に行ってから、直接会うのはこの前が久しぶりだったから、あのときのあの子の変わりようには内心驚いてたよ」

 

 そうなんだ……でもあのときの沙紀ちゃんを思い出すと、何か何処か落ち着かない感じだったような気がする。

 

 あと途中で席も外してたのも、昔の性格を知ってる古道さんが居たから、居心地が悪くなって席を外したかもしれない。

 

「多分……音ノ木坂に通ってからあの子に心境の変化があったと思うんだけど、その様子だと君たちは知らないみたいだね」

 

「えぇ、沙紀と関わるようになったのは今年からで、会ったときにはもうあの性格でしたよ」

 

 わたしたちが関わるようになるときには今の性格だったから、穂乃果ちゃんがμ'sを結成するくらいも多分違うから、もっと前だと思う。

 

「もしかしたら高校デビューってやつ!?」

 

「なるほど、その線はあるかもしれない」

 

 凛ちゃんの突拍子のない発言に、古道さんは真面目に考え始めるけど、流石にそれは……と思ったけど、若干沙紀ちゃんなら有り得るから否定できない。

 

「まあ、その辺に関しては僕からは何とも言えないから、本人か、その事情を知ってる人物に聞くしかないね」

 

 古道さんがそういうとわたしは一人、沙紀ちゃんの性格の変化について、知ってそうな人が頭に浮かぶ。

 

 もしかしたらにこちゃんなら何な知ってそうな気がする。

 

 だってにこちゃん、大分前から沙紀ちゃんが如月ちゃんだと知ってたのと、μ'sの中で一番沙紀ちゃんと付き合いが長いのはにこちゃんだから。

 

「まだ他に気になったことは何かあるかい?」

 

「じゃあ……沙紀ちゃんが問題児だったのは、話を聞いて分かるけど、何でユーリちゃんも問題児扱いされてたにゃ~」

 

 わたしたちの疑問に一区切りが付いたから、古道さんは次の疑問がないか聞くと、また凛ちゃんが気になった疑問を口にした。

 

「それはわたしも気になる」

 

 わたしが知ってるユーリちゃんはおっとりとしたゆるふわ系なんだけど、努力家な面もあって、歌やダンスは可愛くて上手いアイドル。

 

 そんなユーリちゃんが問題児扱いされてたのは、沙紀ちゃんのことも気になるけど、そのこともすごく気になる。

 

「ユーリの事か……」

 

 だけど、そんなわたしの気持ちとは裏腹に古道さんはすごく困ったような顔をしてる。

 

「そうだね……ユーリの場合は事務所に入り方が特殊だったのが、一番の原因だったね」

 

「入り方が特殊?」

 

 どういうことだろう。普通にオーディションとかスカウトとかで入った訳じゃないってことなのかな。

 

「それ以外にも問題は色々とあるけど、出来れば今はユーリについては触れないで欲しいかな、あの子が関わると録な事が起こらないからね……」

 

 気になるけど、古道さんは遠い目をしながらユーリちゃんに関しては、触れて欲しくないって感じがすごく伝わってくる。

 

 それを察したわたしと凜ちゃんはこれ以上ユーリちゃんについては追究しないようにする。それに今は沙紀ちゃんについて教えてもらってるからね。

 

「そういえば真姫ちゃんは何か聞きたいことはないかな」

 

「……」

 

 話題を変えるために古道さんは、まだ一度も疑問に思ったことを言ってない真姫ちゃんに声を掛けるけど、真姫ちゃんは何かとても考えてるみたいで、古道さんの声が聞こえていないみたい。

 

「真姫ちゃん、どうしたの?」

 

「えっ? 何?」

 

 わたしが呼び掛けると、真姫ちゃんは呼び掛けられてることに気付くけど、考え事に集中し過ぎて、珍しく話を聞いていなかったみたい。

 

「すごく考えていたみたいだけど、真姫ちゃんはさっきまでの話で気になることでもあるのかな?」

 

「いえ……聞きたかったことは凛が言ってくれたので、今のところ特には……」

 

 今の話のところで真姫ちゃんは何もないと答えるけど、真姫ちゃんは一体何をそんなに考え込んだろう。他の話を聞いてから聞く気なのかな。

 

「そう? 他に聞きたいことがなかったら、次の話を始めるけどいいかい」

 

 古道さんはわたしたちを見て、他に質問がないか確認する。

 

 とりあえず今の話では特に気になる事がないから頷いて反応をすると、凛ちゃんもないみたいで同じように頷いてる。

 

「大丈夫です」

 

 てっきり真姫ちゃんは何か言うのかなと思ってたけど、わたしたちと同じように疑問がないと答える。

 

「そう、じゃあ──さっきの話の続きを始めるね」

 

 全員が進めていいと反応したから、古道さんは再び星野如月について話始めた。

 

 6

 

 さて、奇しくもユニットを結成して誕生した二人の新人アイドル、星野如月とユーリなんだけど、これが予想以上の結果を出した。

 

 沙紀の実力は既に話したようにもちろんのこと、彼女の見た目や歌声、ダンスは人を惹き付ける魅力があり、彼女のライブを見たものは、その魅力に惹かれて、瞬く間に多くのファンを獲得をした。

 

 学業と両立をしながらも新人アイドルとしては、異例の速度で知名度を上げっていき、多くのライブやイベントを成功させ、ユニット活動だけじゃなく、次第にソロでも活発に活動が行われていった。

 

 事務所内でも多くの先輩アイドルたちに注目をされ、問題児扱いから、その年一番の期待の新星として、意識は変化していった。

 

 同じく問題児だったユーリも彼女に感化され、最初は緊張してたりも実力もそこまで高くなかったけど、少しずつ実力をつけていった。

 

 しかし、全てが順調に事が進んでいたが、ゆっくりと彼女の成長が止まっていった。正しく言うなら沙紀の一人の才能では、これ以上成長できないところまで上り詰めたと言うべきかな。

 

 沙紀には元々備わってる才能の他に、高い感性を持っていて、歌やダンスはほぼ感覚で歌ったり踊ったりして、練習をしなくても大抵の事が出来ていた。

 

 大抵だから稀に間違えることがあるけど、僅かなそれも誤差くらいで、あまり気になる事がないくらい。

 

 家には優秀な専属トレーナーが居るんだけど、指導してたのは最初だけであとは基礎トレーニングを見ることしか出来なかった。

 

 専属トレーナー曰く完全に完成されて、何処を伸ばせばいいのか分からないと、匙を投げてたよ。

 

 僅か半年の期間だけで、プロとしては十分なくらいに実力は持っている彼女だからこそ、その才能を更に開花させれば、アイドル界に永遠にその名を残せるアイドルになるんじゃないのかと思った。

 

 まだ沙紀の才能は原石のままで、それを磨き、より上手く扱えるために導く存在が居ればいいのでは、と当時の僕は考えていた。

 

 そのために多くの有名なインストラクター、トレーナーを彼女に紹介したが、上手くいかず失敗ばかりだった。

 

 才能を上手く引き出せなかったもの。

 

 才能は引き出せても、沙紀と相性が悪かったもの。

 

 逆に沙紀の才能に嫉妬して、沙紀の才能を潰そうとした指導者としてあるまじき行為をしたもの。

 

 様々な人間を外部から雇っても成果は出ず、沙紀の才能を伸ばせないどころか、そもそも沙紀自身がアイドルに対して退屈し飽き始めていた。

 

 元から才能に溢れた彼女は、大抵の事は出来て当たり前で、彼女にとって、アイドルはただの興味本位で始めた遊びでしかなかった。

 

 アイドルだけじゃなく、沙紀にとって今までやってきたスポーツも習い事もただの興味を持った遊びで、飽きたらオモチャのようにポイッと捨てるだけのものでしかなかった。

 

 周りに大きな影響を与えながら、適当に理由を作って、辞めて次の面白そうな遊びを探して、それを繰り返す、ただそれだけ。

 

 このままでは不味いと思って、ユーリにも協力をしてもらい、沙紀を説得まがいのことをして、何とか今すぐに辞めるのだけは阻止することは出来た。

 

 しかし、確保出来た猶予は夏に予定してたサマーライブまで、それまでに彼女の意識が変わらなければ、それがラストライブになる。

 

 それまでに沙紀の意識を変えられるように、僕は沙紀の才能を伸ばせる人物を探し回った。だが、そんな人物は見つかることなく、ただ時間だけが過ぎて行く。

 

 もう無理かと諦めかけたときに、あの子がユーリに練習を教えてる姿を目撃した。

 

 これは一度花陽ちゃんには話したことだけど、あの子は物事を真似するのがとても上手い。それは言ってしまえば観察力が高いと言える。

 

 それどころかあの子はとても細かい所までよく見てる。普通に気づかないような相手の仕草とか、癖を意図も簡単に見つける事が出来た。

 

 あとは単純にそういった部分を直す知識が足りないだけだが、あの子は何故かうちの専属トレーナーからそういった知識を勉強していた。

 

 それを見た瞬間に僕は確信したよ。星野如月の才能を更に開花することが出来るのは、他の誰でもないあの子自身だと。

 

 それをあの子に伝えると、どうやらあの子の友達にも同じことを言われたらしく、それが正しいかどうか試すためにユーリで実験していたと言う。

 

 実験でユーリに教えてたのは、この際置いといて、僕は今すぐにそれをやるべきだと沙紀に言うと、彼女は何処か乗り気で行動をし始めた。

 

 そうしてあの子自身が練習を見れるように鏡で意識しながら練習を続け、僕はライブの打ち合わせなどで練習をほぼ見ることなく、サマーライブ当日になった。

 

 このライブで沙紀がアイドルを辞める不安があったが、ライブ前の沙紀を見ると、不思議とそんな不安がなかった。

 

 そして星野如月がステージに上がり、最初の曲が始まると、その場に居た全員が彼女に魅了された。

 

 来てくれたファンも、スタッフも、事務所の重役たちも、誰構わず全ての人が彼女の歌に、ダンスに魅了された。

 

 勢いはあるが、間違い一つないキレのあるダンス。冷めた声色ではなるが、そこから彼女が本当に楽しんでると伝わってくる歌声。

 

 今までの星野如月のライブとは格段に進化したライブだった。

 

 そうして曲が終わると、一瞬の沈黙から大きな歓声が沸き上がり、そのままの勢いを維持したままライブを成功させた。

 

 ライブの終わりに沙紀は──星野如月は、引退宣言をせず、アイドルを続ける意思を見せた。

 

 僕はライブを終えて、アイドル続ける意思を見せた沙紀が居る楽屋に向かうとそこには──

 

(やっと見つけた……これよ、わたしが探し続けてたものよ)

 

(フフフ……何て奇妙な巡り合わせなのかしら、あの名前は本当にわたしたちを表してるわ)

 

(だからこそ今日のライブは最高に楽しかったわ、こんな気持ちは初めて……)

 

(なんたって……やっとあなたと一緒に遊べる場所が見つけたのだから)

 

 そんな風に喋る沙紀は、今までの彼女から一度も見たことのないような笑顔をしていた。

 

 その笑顔を見た瞬間、僕は本当に安心した。沙紀がアイドルを辞めるとは言い出さないだろう。何故なら沙紀はやっと自分がやりたいことを見つけたんだから。

 

 そして、このライブをきっかけに星野如月は、伝説のアイドルなんて大それた呼ばれかたをするようになった。

 

 7

 

「これが星野如月の本当の始まりの話、彼女にとって大切な物語」

 

 切りの良いところで話を終えた古道さんは、さっきと同じように一息付いた。

 

 ユニットを組むまでの話も驚くことばかりだったけど、今の話もいっぱい驚くことばかりで、特にあのサマーライブにはそんな出来事があったなんて。

 

 確かにあのライブは、それまでの星野如月のライブとは一線を越えたライブだったけど、まさか沙紀ちゃん自身が自分で自分の才能を伸ばして、あそこまでのライブにするなんて。

 

「沙紀ちゃん……色々とおかしすぎにゃ~」

 

「うん……沙紀ちゃんの才能の話は、この前聞いたから知ってたけど、まさか沙紀ちゃん自分にも使ってたなんてね」

 

 それどころか、実験感覚で練習を見られてたユーリちゃんって……あと話を聞いてると古道さんもユーリちゃんの扱いが結構酷い気がする。

 

「本当に沙紀ちゃんって天才なんだね、何から何まで自分一人で出来ちゃうなんて……」

 

 見た目もよくって勉強や運動も何でも出来て、その上色んな人に影響を与えて、人を導く能力まで持ってる。あとは運が悪いのがなければ完璧だよ。

 

「確かに聞いた話だけじゃ、沙紀は一人で完全に自己完結してるけど、あの子がそうじゃないのは、君たちがよく知ってるじゃないのかい」

 

 わたしが沙紀ちゃんのことを別の世界の人間だと思ってると、わたしの心を見透かしたのか古道さんがそんな言葉を掛けてくれた。

 

「沙紀は才能に溢れてるけど、あれの内面は本当にその辺にいる子供と一緒だよ、ただ純水に本当に自分が楽しいと思えることがしたいって思ってるだけだよ」

 

「だからこそ、それを見つけた沙紀はあそこまでの高みに上ることができた」

 

 古道さんの言う通りかもしれない。いくら才能があって色んな事ができても、それが楽しいと思えないと熱心に頑張る事ができない。

 

 それは沙紀ちゃんがアイドルを始める前にやってた多くのスポーツや習い事の結果からも分かる。本当に沙紀ちゃんはアイドルをやるのが好きだったんだ。

 

「それにあの子の才能に関しては、本当にタイミングが良かったとしか言えないよ、偶々あの子の友達がアドバイスをしてくれなかったら、そこで星野如月は終わっていたからね」

 

「その友達ってもしかしてよくユーリのブログに出てた子?」

 

「うん、確か……そうだったはずだよ」

 

 真姫ちゃんがそんな確認をすると、古道さんは思い出すような感じで答える。どうやら古道さんは沙紀ちゃんの友達についてよく知らないみたい。

 

「あの子が学校でどんな風に過ごしてるのか、あまり話さなかったけど、僕の記憶が正しければ、その友達はあの子にとって、とても大切な親友だとか言ってた気がするよ」

 

 そうなんだ。よくブログに出てきたけど、沙紀ちゃんがそこまで言うくらいの人なんだ。

 

 あの学校に通ってる可能性があるから、すごい人なのは分かってたけど、沙紀ちゃんの才能を──星野如月を、成長させるきっかけを与えるなんて一体どんな人なんだろう。

 

「そういえば沙紀ちゃんが名前がどうとか言ってたけど、何で? 古道さんが付けた意味以外に何かあるんですか」

 

 話してた内容にそんなことがあるのを凛ちゃんが思い出して、古道さんにそんな質問をすると、真姫ちゃんもそれ続けるように口に出した。

 

「その話、私も一度だけ沙紀本人から聞いたことがあるわ、本人は響きが好きとかどうとか言って、理由は教えてくれなかったわ」

 

「真姫ちゃん!! その話初耳だよ、何で教えてくれなかったの!!」

 

 沙紀ちゃん本人からそんな貴重な話を聞いてたのを教えてくれなかったのはショックだけど、何よりも沙紀ちゃんとそんな話をしてズルいよ。

 

 わたしはそんな思いを内に秘めながら真姫ちゃんに詰め寄ると、真姫ちゃんはうんざりするような顔をして、わたしを引き離そうとする。

 

「話さなかったのは悪いと思ったわよ、けど色々と気になることがあったから話さなかっただけよ」

 

「気になること? 何!?」

 

「顔が近いわ!! 何かあのときの沙紀は何時もと雰囲気が違うなって、どちらかと言うと、今の話に出てくる沙紀みたいだったのよ」

 

 今の話に出てくる沙紀ちゃんみたいって……星野如月のキャラをやってる沙紀ちゃん? 

 

「でもそれって真姫ちゃんがそれっぽいこと言って、沙紀ちゃんがやっただけじゃないのかにゃ~」

 

「違うわよ、偶々合宿の時に二階で一人でいると思ったら、初めからキャラ作ってて、気付いたら一緒に真夜中にお茶会をしてただけよ」

 

「真姫ちゃん一人だけズルいよ、如月ちゃんキャラの沙紀ちゃんとお茶会なんて」

 

「羨むところはそこ!?」

 

 勿論だよ、如月ちゃんのキャラってことは眼鏡を外して、ストレートヘアーで、クールな感じでいたってことだよね。

 

 それに合宿の時ってことは、真姫ちゃんの別荘で綺麗な星空が見える夜景を見ながら、お茶を飲むなんてすごく絵になる光景だよ。

 

 何時もの沙紀ちゃんも嫌いじゃないけど、その条件なら絶対に如月ちゃんの方がいい。

 

「何でわたしはそのときに起きれなかったんだろう……」

 

 あのときにぐっすり自分に眠っていた自分に物凄く後悔する。

 

「まあ……落ち込んでる花陽は置いておいて、話を戻すと、星野如月の意味に他にどんなあるの」

 

「……」

 

 本当に落ち込んでるわたしを放っておいて、話を戻して古道さんに質問をする真姫ちゃんに、また古道さんは考え込むような素振りをしていた。

 

「質問に答える前に一つ聞いていいかな」

 

「良いですけど、何ですか?」

 

「お茶会をしてたって言ってたけど、あの子は何を飲んでた」

 

「? 確かブラックコーヒーだったわ」

 

「そうか……」

 

 古道さんの質問の意図が読めなくって、わたしたち全員が疑問の表情を浮かべる。どうして古道さんはそんなことを聞いたんだろう。

 

「そうだね、その話については多分、本人がその内分かるとかどうとか言ってたと思うから、いずれ分かるはずよ」

 

「全然答えになってないですけど」

 

「いや、こればかりは僕の口からは言えない、あの子本人に聞き出して欲しい」

 

 どう言うこと? 古道さんが言えないって、そんな重要なことなの。

 

「じゃあ、沙紀がライブのあとに話してた相手は誰?」

 

 そういえばライブのあとの沙紀ちゃんって誰かと話してたような風に言ってたけど、誰と話してたんだろう。わたしはてっきりユーリちゃんかと思ってたけど。

 

「それも言えない、ただ沙紀にとって一番大切な相手だってくらいしか言えない」

 

「どうして!!」

 

「すまない、その相手については完全に僕から他人に言うことを口止めされてる」

 

 そう言って頭を下げる古道さん。色んな事を話してくれる古道さんだけど、そんな古道さんが話せない事って、一体……。

 

「え~と……ごめんなさい……こっちこそ色々と教えて貰ってるのに……」

 

 そんな古道さんを見て、好奇心のあまりカッとなってしまった自分に恥ずかしがりながら、古道さんに頭を下げる真姫ちゃん。

 

「すまない、本当は一番話さなきゃいけない事なんだけど約束をしてるから」

 

 そんなに重要なことなの。沙紀ちゃんが話してた相手って……。

 

 そこまでして沙紀ちゃんにとって一番大切な相手……。誰だろう。ユーリちゃん? それとも沙紀ちゃんの親友? そもそも誰がそんな口止めをしてるだろう。

 

「他に何か質問は……ないか……」

 

 わたしたちの顔を見て、そんな風に口にする古道さん。すると古道さんは少し呼吸を整えるような素振りをし始める。

 

 その姿を見て、わたしたちは何となく次に話す話を察した。

 

「じゃあ……次は星野如月の終わりの物語──結末を話すよ」

 

 ついにあの星野如月が引退する原因の話の一部を古道さんは話始めた。

 

 8

 

 さて、サマーライブを終えてから爆発的な人気を得た沙紀は、その後も順調だった。

 

 仕事の数は、それまでとは比べ物にならないくらいに増え、なおかつ学業のほうも疎かにせず、ちゃんと熟し早い段階で高校の推薦を貰っていた。

 

 ユーリもどんどん有名になる沙紀に対して火が付いたのか、あの子が練習に見て貰いながら、どんどん実力を付けていった。

 

 特に目立った問題もなく、何もかもが恐いくらいに順調に進んでいき、やがて星野如月とユーリはNEGの看板アイドルまで上り詰めて、名実ともにトップアイドルの仲間入りをした。

 

 そんな二人の影響を受けて、彼女のようなアイドルを志す者も増え、ウチにオーディションを受けに来る子や、スクールアイドルを始める子が、急激に増えていった。

 

 そうして今のアイドルブームを作るきっかけを彼女は作り上げた。

 

 毎日が充実してる沙紀は、相変わらず感情は分かりにくいが楽しそうに見えて、ユーリや学校の友達と一緒に楽しい時間を過ごしてた。

 

 しかし、そんな楽しい時間は徐々に崩れ去っていった。

 

 サマーライブから一年が経ち、二度目のサマーライブを終えてから、数日が経ったある日を境に星野如月の歌とダンスに彼女の熱意が感じられなくなった。

 

 技術的には問題ないのに、熱意どころか感情と言えるものが全く感じず、機械的に歌やダンスをするようになってしまっていた。

 

 あの子自身は何時も通りにやってると言うが、僕の目から見てもそうだったし、一緒に踊っていたユーリの目からも明らかにそうとしか見えなかった。

 

 もしかしたら身体に何か不調でもあるのではないかと思い、病院で検査させたけど、沙紀の身体は至って健康。何処にもおかしいところはなかった。

 

 検査を終えて、健康だと言うことが分かったあの子は特に気にせず仕事を続けるけど、明らかにそれまでの星野如月とは欠けていた。

 

 ただ何が欠けたのか、そもそもどうして欠けてしまった理由は全く分からないが、それは明らかに不調。

 

 しかし、身体に問題がないとなると、あとは精神的な部分に問題があるのでは考えて、あの子と話してみると、あの子の雰囲気からスランプになってしまったんじゃないのかと思い至った。

 

 沙紀の性格上、スランプになるとは到底考えられないけど、トップアイドルとして活躍して行くうちに、多くの人の期待に応えなきゃいけないと、あの子が次第に強迫観念に駆られたのかと。

 

 確かにここまで人気が出ると、そう感じるのは仕方ないことだと思う。

 

 それにここのところ忙しかったし、気分転換をして気持ちが落ち着けるように、少し休みを提案したんけど、あの子はそれを拒否した。

 

 自分は大丈夫、そんな必要はないと。そもそも僕の勘違いだと言ってね。

 

 あの子はそう言うけど、誰の目を見ても欠けてる。だから休むように説得するためにユーリにも頼んだけど、ユーリでも止められなかった。

 

 僕やユーリの制止を聞かずにあの子は、仕事を続けるのだけど、今の彼女では周りが求めてるものを与えることが出来なかった。

 

 その事を感じたあの子は次第に焦りを感じ始めて、今まででは考えられないようなミスを繰り返すようになっていった。

 

 流石にこれでは不味いと思ってもう一度説得してみるけど、焦りを感じ始めてるあの子には何も届いていなかった。

 

 僕では話を聞いてくれなさそうだから、説得できそうな人物に粗方頼んで説得をしてもらったけど、全く効果がなく、むしろ逆効果だった。

 

 日に日に溜まっていたストレスが説得によって、歯止めを効かずに爆発してしまった。

 

 そのときの状況ついては、僕は言伝で聞いたけど、相当あの子は取り乱してたらしい。

 

 場合によっては厳しく突き放すようなことや、ただ焦りから本心と一緒に余計なことを言ってしまって、関係を悪化させたり、と散々な状態を作り上げてしまった。

 

 それによって精神的に堪えたのか、体調面でも酷くなり始めて、もはやまともにアイドル活動をできる状況ではなくなってしまった。

 

 だから僕はあの子に強制的にアイドル活動を休業するようにと言い渡した。

 

 言い渡されたあの子自身、最初は言葉の意味を理解できなかったのか、反応は薄かったが、次第に言葉の意味を理解して、顔色も変わっていった。

 

 ただ変わっていった顔は絶望した顔ではなく、まるで始めからこうなることが分かっていたかのような諦めた顔をして──

 

(やっぱり私じゃ……駄目だったんですね……)

 

(ははは……バカみたい……私には……何もないの分かっていたのに……)

 

(ホント……言う通りだったよ……このまま続けたって良いことはないって……)

 

(ははは……はは……何で……私って生きてるんだろう)

 

 ぶつぶつとそんなことを呟きながらあの子はその場から立ち去ってしまった。

 

 こうして多くの人に影響を与えたアイドル──星野如月の活動は休止した。

 

 9

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 古道さんから話を聞き終えたわたしたちは、その場で一言も喋らずにそれぞれ違うことをしてる。

 

 わたしはこの空気に耐えられずつい目線を下にしていて、真姫ちゃんは何時ものように髪の毛をクルクルと弄っていて、凛ちゃんは買ってきた飲み物を飲んでる。

 

 ちなみに古道さんはわたしたちに話終えたあと、別の仕事に向かってもうここには居ない。

 

 どうやら古道さんの貴重な休憩時間をわたしたちに話すために使わせちゃったみたい。そう考えると何か申し訳ない気持ちになっちゃう。

 

「ねぇ……あの話聞いてどう思う?」

 

 そんな空気の中、最初に口を開いたのは真紀ちゃんだった。

 

「どうって……如月ちゃんについて知らなかったことをいっぱい知れたけど、正直あの最後の一ヶ月間について聞いちゃって良かったのかなって……」

 

 沙紀ちゃんからしたらきっと知られたくないことなのに、勝手にそんなことを知ってる人から隠れて聞いてわたしの中には罪悪感がある。

 

「そうね、確かに沙紀からしたら聞かれたくない話かもしれないだけど、多分そんなことはないと思うのよ」

 

「どうしてそんな風に思うの?」

 

「考えてみなさいよ、私たちが星野如月のプロデューサーに話を聞こうとするなんて、普通に考えれば分かることよ」

 

 確かに沙紀ちゃんのことだからそれくらいは簡単には思い付くと思う。そもそも沙紀ちゃんわたしたちが調べてるの知ってて黙ってるから。

 

「本当に知られたくなかったら接触させないとか、近くで見張ってたりとか何かしらことはしてくるはずよ」

 

「でも何もしてないよね……つまりこの話も知られても問題ないってこと……?」

 

 古道さんが話してる間に沙紀ちゃんが近くで見ていない。人が多いから近くに居ることに気付かなかったとか、もしかしたらあるかもしれないけど。

 

「いや知られたくないことはキッチリと口止めはしてるでしょうね、話の中で話せないって言ったこと何点かあったわけだし」

 

「そういえば誰かに口止めされてるって言ってたにゃ~」

 

 今日の話を思い出してみると、真紀ちゃんが言ってた通り話せないって言ってたことや、普通に口止めされてるって言ったことを思い出す。

 

『星野如月にとって大切なもの』と『星野如月の名前の意味』、それに沙紀ちゃんがライブのあとに『話してた相手』。

 

 このことについては口止めされてるとか、沙紀ちゃんが話すとか言って、古道さんは自分からは言えないって言ってた。

 

 つまり、それこそが沙紀ちゃんにとって一番隠したいことなのかもしれない。

 

「あの人言えないとか言いながら、バッチリと沙紀がどの部分を隠してるのか口にしてるわね」

 

「普通に約束破ってない?」

 

 凛ちゃんの言う通り口止めをされてるのに古道さんはあからさまにここを隠してますよと、堂々と口にしてたからどう考えても約束を破ってる。

 

 そのお陰で沙紀ちゃんがどういった事を隠してるのか気づくことが出来たけど。

 

「口止めされてるのが、隠したいことの内容そのものだから、それに触れるくらいならセーフだと考えてるのでしょうね」

 

「詐欺だにゃ~」

 

「そうね、でもあの人と何を口止めをしたのか分からないけど、ちゃんと口止めしなかった沙紀が悪いのよ」

 

「沙紀ちゃんのせいなんだ……」

 

 何か沙紀ちゃん可哀想に思えてきた。せっかく口止めしておいたのにちゃんと口止めをしておかなかったから、古道さんが普通に話しちゃったのは、沙紀ちゃんのせいだなんて。

 

「それにしても何だろう……如月ちゃんにとって大切なものって……」

 

 多分沙紀ちゃんがアイドルに対して一番大切だと思ってる事で、それが欠けたから今の沙紀ちゃんの歌とダンス何だと思う。

 

 ただ何が欠けたのかよく分からない。そこが口止めされた部分で、沙紀ちゃんにとって絶対に隠し通したいこと何だと思う。

 

「それに名前の意味くらいなら教えてくれてもいいのに」

 

「そうね、前に一度だけ沙紀から名前の話が出たときも話そうとしてたけど、沙紀自身も少し迷ってたみたいだったわ」

 

 そういえば真姫ちゃんは沙紀ちゃんから直接話を聞いていたんだっけ。良いな、わたしだって沙紀ちゃんから直接その話聞きたかったよ。

 

「もしかしてこの二つって関係があるのかな?」

 

「関係があると思う、そうじゃなきゃ口止めはしないし、今思えば名前に触れてたときに『わたしたちの事を見てたら』って妙なことも言ってたわ」

 

 わたしたち? 沙紀ちゃんとユーリちゃんのことかな。

 

「沙紀ちゃんとユーリちゃんのこと?」

 

 凛ちゃんもわたしと同じことを考えてたみたいでそう口にするけど、真姫ちゃんは首を横に振った。

 

「そうなると沙紀ちゃんの友達?」

 

 ユーリちゃんじゃないとなると、あとは沙紀ちゃんの友達くらいしか出てこないけど……。

 

 ただわたしたちのこと見てたらって言われても、そもそも沙紀ちゃんの友達のこと知らないのに見てたらはおかしい気もする。

 

「私も最初はそう思ってたわ、けど今日の話を聞いて違う可能性が出てきたわ」

 

「違う可能性?」

 

「さっき聞いた話中の沙紀の会話と私が沙紀本人から聞いた話を考えると、沙紀がライブのあとに話してた相手はその二人じゃない可能性が出てくるわ」

 

『えっ!?』

 

 突然の真姫ちゃんの発言にわたしと凛ちゃんは驚きの声を上げる。二人の他にもう一人誰かがいるなんてそんな風に思い付いたのか全く理解できない。

 

「何でユーリちゃんや沙紀ちゃんの友達じゃなくて別にもう一人が出てくるの、全く意味が分からないにゃ~」

 

「わたしもどうしてか分からない……」

 

「そうね……それは今日の話をちゃんと整理する必要があるわね」

 

 わたしと凛ちゃんが分からないと言うと、真姫ちゃんは丁寧に説明を始める。

 

「まずは沙紀のライブのあとの会話を思い出して」

 

 真姫ちゃんから沙紀ちゃんのライブのあとの会話と言われて、わたしと凛ちゃんは古道さんから聞いた話を思い出してみる。

 

(やっと見つけた……これよ、わたしが探し続けてたものよ)

 

(フフフ……何て奇妙な巡り合わせなのかしら、あの名前は本当にわたしたちを表してるわ)

 

(だからこそ今日のライブは最高に楽しかったわ、こんな気持ちは初めて……)

 

(なんたって……やっとあなたと一緒に遊べる場所が見つかったから)

 

「あっ……」

 

 一語一句隅々まで思い出してみると確かに名前に関して触れてる。それに気になる点も多くある。

 

「どうやら気づいたみたいね」

 

「え~、かよちん覚えてるの!? 今日、話をいっぱい聞いたからどれがどれだか分かんないよ」

 

 わたしが気づいたような声を出すと、真姫ちゃんと凛ちゃんはそれぞれ反応をする。

 

「凛には難しい話よね」

 

「酷いにゃ~、確かに凛は真姫ちゃんみたいに頭良くないけど、ただ話を聞き過ぎて良く理解できてないだけにゃ~」

 

「そうだよね、今日は色々と話を聞いたよね、わたしも凛ちゃんと同じでそんなに話を理解できてないよ」

 

 今の部分の真姫ちゃんに言われるまでは全然気付かなかったより、他にも話を聞き過ぎて、頭の中に埋もれちゃったって感じ。

 

 沙紀ちゃんの会話を思い出してみれば、星野如月の名前の意味に誰かが関わってるのは分かるけど、でもそれがどうして二人じゃない可能性が出てくるのかまだ分からない。

 

「次に注目するのは会話の中の『遊べる場所』って部分ね」

 

「今回の話の始めに沙紀はアイドルの前に色んなスポーツや習い事をしてたと言ってたわね」

 

「沙紀ちゃん、何やっても大抵上手くいっちゃうから羨ましいよね、かよちん」

 

「うん……それで大抵飽きたり、メンバーと何かあったりして辞めてるって言ってたね」

 

 小さい頃から才能に恵まれたから、何やっても当たり前ですぐに飽きたり、沙紀ちゃんの才能にメンバーが嫉妬したりするから何やっても辞めてた。

 

「沙紀にとってはどんなことでもただの遊びにしか感じないのよ、それはアイドルも同じ、だから途中で飽きてきて辞めようとした」

 

「けど、一つの才能が友達のお陰で開花して、沙紀ちゃんはアイドルを続けたんだよね」

 

 この一つの才能については古道さんから一度聞いたことがあるし、μ'sのマネージャーとしても使われてるからどういうものか分かる。

 

「と言うことは……沙紀ちゃんが言ってた『遊べる場所』ってアイドルってこと?」

 

「そうよ、凛にしてはよく分かったじゃない」

 

「やった~真姫ちゃんに褒められたにゃ~」

 

 凛ちゃんがそんな風に真姫ちゃんに褒められてると思ってるけど、多分、違う気がすると思うのはわたしの気のせいかな。

 

「さて、遊べる場所がアイドルを指してるってことが分かったところで次に行くわよ」

 

 凛ちゃんが喜んでるのを無視して、 真姫ちゃんは話を進めて行く。

 

「少なくとも沙紀にとってアイドルが他の遊びとは違うものになったのは、色々な部分で読み取れるわ、それに沙紀はそういった本当に楽しめる場所をずっと探してた」

 

「そうだね、会話の中にもそんなことを言ってたよね」

 

「次に注目するのは『やっとあなたと一緒に』って部分よ、これってちょっとおかしいと思わない」

 

「そう? 普通にユーリちゃんに言ってる思うけど……」

 

「花陽、サマーライブって星野如月の単独ライブでユーリは出てないはずよね」

 

「うん……ユーリちゃんが出てくるのは二回目で一回目は出てこないよ」

 

 何度も何度も繰り返し見たから絶対にそう言い切れる。

 

「おかしいわよね、出てない相手に一緒に遊べるなんて、それに会話を思い出してみると、沙紀はずっとその相手と遊べることを望んでたようにも思えるわ」

 

 確かにおかしい。これがユニットでのライブだったらユーリちゃんと話してるって辻褄が合うけど、そもそもユーリちゃんはライブに参加してない。

 

 さらに真姫ちゃんの言い方だとどう考えても……。

 

「沙紀ちゃんはアイドルを始める前からずっとその誰かと遊べる場所を探してた……」

 

 さっきの話で沙紀ちゃんは遊べる場所をずっと探してたって話をして、何でそんなことをしてたのか理由には触れてない。もし、これが沙紀ちゃんが遊べる場所をなら……。

 

「ユーリと知り合ったのは事務所に入ったときからだと思うから、この条件に当てはまらない」

 

「それに沙紀の友達に関しては知り合ったのは何時か分からないけど、そもそもアイドルじゃないから同じく条件に当てはまらない」

 

「だから、他にもう一人誰がいるなんて思ったんだね」

 

 確かにそれなら二人の他にもう一人誰がいるなんて考えるのは可能性として有り得なくないと思う。

 

「そうよ、ただこの条件に当てはまる人が全く話題に出てこなかったから可能性でしかないのよ」

 

 色んな所から情報を集めたけど、二人以外沙紀ちゃんと仲が良さそうな人が居るなんて話題は一つも出たことがない。

 

「多分だけど沙紀が私たちのことをずっと見逃してたのは、絶対にその誰かに近づけないと言う自信があるから見逃してた思うわ」

 

「そうだね、古道さんの話を聞いて始めて知ったくらいだし、それに沙紀ちゃんが口止めしてるし」

 

 今まで何もしてこなかった沙紀ちゃんだけど、今回は手を打ってきた。それはつまりこれ以上はどうやっても調べようがないってことだよね。

 

「いや、逆よ、むしろチャンスだわ、今まで手を出してこなかった沙紀が手を出したってことはこれは相当知られたくないことよ」

 

「その誰かに近づけば、今回分からなかった三つのことが分かるはずよ」

 

「でも良いのかな、沙紀ちゃんは知られたくないから古道さんを口止めしたんだよ」

 

 凛ちゃんの言う通りだよ。これまでは興味本意で色々と調べたけど、これ以上は沙紀ちゃんにとって本当に知られたくない部分に踏み込むことになる。

 

「じゃあ、何で古道さんは私たちにそれを教えたんでしょうね、沙紀に口止めされてるならもう一人の可能性を悟られないようにいくらでも出来たはずなのに……」

 

 確かにそうだよね。本当に沙紀ちゃんに口止めされてるなら、絶対にそのことに気づかれないように話すのに、古道さんはわたしたちに気づけるように話してた。

 

 しかもとてもあからさまに、少し考えれば気づけるように簡単に。まるで沙紀ちゃんのことを本当に知って欲しいかのように。

 

「でもどうしてただマネージャーの古道さんはそこまでするのかな?」

 

 アイドルとマネージャーなんて悪い言い方を仕事だけの関係でそれに沙紀ちゃんは今はアイドルを休業してる。

 

 そんな沙紀ちゃんに親身やってるのは何でだろうと考えてると、わたしは次の仕事に向かう前の古道さんの言葉を思い出す。

 

(あの子について色々と話したけど……まあなんと言うか、僕が言うのも変だけど、あの子とはこれまで通り仲良くして欲しい)

 

 そんなことを言ってから古道さんは次の仕事に向かった。

 

 ただそう言った古道さんの顔は何だろう……例えるならわたしのお母さんとお父さんがたまにわたしに見せるようなそんな顔をしてた。

 

「古道さんにとって沙紀ちゃんは娘とか妹みたいなものなのかな」

 

「さぁ? 私には分からないわ、ただあの人もあの人で色々と考えてるってくらいよ」

 

 何て真姫ちゃんは言うけど、多分真姫ちゃんも気づいてると思う。ただ単に恥ずかしいから口にしないだけで。

 

「それでどうするの?」

 

「そうね……次は沙紀の友達をどう探し出すか考えるわ、あの人的には今はまだユーリに接触されたくないみたいだし、それに……」

 

 凛ちゃんの質問に真姫ちゃんは次の方針を口にしてから何かを口にしようとして止めた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもないわ、そろそろみんなの所に戻るわよ」

 

 そう言って真姫ちゃんは立ち上がりみんなの所に戻ろうとして何も言わないまま歩き始めた。

 

「えぇ~凛はまだ遊びたいにゃ~、そんなわけでかよちん今度はあっちのプールに行くにゃ~」

 

「えっ!? えっ!? ちょっと待ってよ、凛ちゃ~ん!!」

 

 突然凛ちゃんに腕を掴まれて、無理矢理わたしはプールに連れていかれた。

 

 連れていかれながらもわたしはあることを思った。

 

 本当に真姫ちゃんの言ったもう一人がいる可能性があるのかなって。

 




如何だったでしょうか。

今回はある意味今まで以上情報量が多かったと思います。

それを含めて今まで出てきて今回では触れなかったものも多数あります。

その部分がどう絡んでいくのか。沙紀は一体何を隠してるのか何て言っておきます。

予告、次の話で長かった夏休み編最後の話になります。

そんなわけで次回もお楽しみに。

何か感想などありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたら、ご報告していただけると有り難いです。


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三十七話 ことりちゃんの家で

お待たせしました、約2ヶ月ぶりの投稿です。

それでは三章最後の話をお楽しみください。


 1

 

 鼻歌を口ずさみながら、ことりはある準備をしちゃってます。何と言っても今日は待ちに待った日。今までコツコツと作った成果をお披露目しちゃう日。

 

 準備や確認を一通り終わってあとは主役が来るのを待つだけって所で、ちょうどインターホンがなる音が聞こえてきて、タイミングバッチリに主役が到着したみたい。

 

 ことりは部屋を出て、誰か来たのか一応モニターで確認すると、そこに映っていたのは予想通り今日の主役──沙紀ちゃん。

 

 確認が終わったらことりはそのまま玄関に向かって扉を開けると、沙紀ちゃんが髪が乱れてないか確認しながら大人しく待っている。

 

「沙紀ちゃん、おはよう、さあ上がって上がって」

 

「うん、おはようことりちゃん、それじゃあお邪魔します」

 

 軽く挨拶してから沙紀ちゃんを家に入れて、ことりの部屋まで普通に案内するけど、ことりの心の中ではこれから始まるお楽しみにワクワクしちゃっている。

 

「おぉ~これがことりちゃんの部屋なんだね、可愛いぬいぐるみがいっぱいで、可愛いことりちゃんらしい部屋って感じだね」

 

 部屋に入ると沙紀ちゃんは部屋の中を一通り見てから、そんな感想を言ってくれた。

 

「ありがとう、そういえば沙紀ちゃんは家に来るのは初めてだったよね」

 

「そうなんだよね、何時もことりちゃんたちと集まるときは大体穂乃果ちゃんの家だからね」

 

 穂乃果ちゃんの家は和菓子屋さんだから、遊びに行けば、和菓子とか出てくることもあるし、みんな(二年生)穂むらの和菓子大好きだから集まるときは穂乃果ちゃんの家。

 

「でも沙紀ちゃんって海未ちゃんの家にも行ったことあるんだよね」

 

「うん、練習メニューの組み方とか色んなトレーニング法とか教えに行ったときにね」

 

「そのときに沙紀ちゃんと海未ちゃんの事だから教えるだけじゃ終わらなくって、何かあったんだよね」

 

「ははは……何の事やら私には分からないよ」

 

 沙紀ちゃんは惚けちゃってるけど、その反応からして何時ものように何かあったみたい。沙紀ちゃんと海未ちゃんが絡むと、面白いことが毎回起こるから。

 

「そんなことは置いておいて、さてと……そろそろ始めようかな」

 

「あっ、部屋の中を勝手に漁ろうとしないでね」

 

「えっ!? 何で私がことりちゃんの部屋の中を物色しようとするのが分かったの!?」

 

 軽く準備体操をして何かしようとしてる沙紀ちゃんに前もって注意をすると、自分がやろうとしてたことが読まれたことに驚いた反応をする。

 

「何でって……希ちゃんや海未ちゃんから聞いたからだよ」

 

「あぁ~二人に聞いちゃってたか~それは知ってるよね」

 

 二人の名前を聞いて沙紀ちゃんは納得してる。二人とも沙紀ちゃんを家に呼んだことがあって、部屋の中を勝手に漁られる被害を受けかけたらしい。

 

「だから部屋の中を漁らないでね」

 

「ちょっと待って、この件に関しては一つ物申したい」

 

 もう一度注意をしてからお茶を持っていこうとすると、沙紀ちゃんは大声で何か言いたそう。

 

「私が部屋の中を物色するのは、エロ本を探して友達の性癖を理解し、お互いの関係を深める為なんだよ」

 

「ちょっと意味が分かんないかな」

 

「お互いの関係を深める為なんだよ!!」

 

「どうして二回も言ったの?」

 

「大事な事だからね」

 

 お互いの関係を深めるのは良いことなのは分かるけど……沙紀ちゃんの場合あっち意味が入ってるから、素直に賛成できないかな。

 

「そもそもそういう本で仲が深まるかな、逆に溝の方が深まりそうだと思うけど」

 

「おやおや、そう考えるってことはことりちゃんには特殊な性癖が……もしくはちょっと疚しい幼なじみ系の……」

 

「沙紀ちゃん、ちょっと静かにしようね」

 

「すいませんでした!!」

 

 沙紀ちゃんが変なことを言うそうだったから、ちょっと注意をすると、何故か沙紀ちゃんは怯えたようにして土下座をする。

 

「しかし、昨今ネットの普及によりエロ本やAVでさえもネットで見れる時代になったんだよね」

 

「まだその話続けるの?」

 

「まあまあ気にしないで、そんなこともあって、今時部屋の中を物色しても、エロ類いの物は見つからないんだよね」

 

「だよねって……さっきからそんな話してるけど、沙紀ちゃん一応聞くけど、自分が元の立場覚えてるよね」

 

「? 元アイドルだけど、それがどうしたの?」

 

 当たり前のように沙紀ちゃんは口にしてくれて、分かってるんだったら良いんだけど、流石に元アイドルが口にしていいのか分からない単語が出てくるのは、どうかと思う。

 

 これは絶対ににこちゃんや花陽ちゃんには……にこちゃんは大丈夫かな。沙紀ちゃんとは付き合い長いから。だから花陽ちゃんには聞かせられない話だよね。

 

「そういうこともあるから、この前も部屋を物色して出てきたのは、精々魔導書とか、黒魔術とかそういった類いのものばっかり」

 

「やっぱり海未ちゃんと何かあったんだね……」

 

「そ、そんなことはないよ、ただ自作ポエム集を見つけただけだよ、それ以外は何もなかったよ」

 

「十分過ぎるよね」

 

 と言うよりもまだ海未ちゃん、あのポエム集を持ってたんだね。

 

 ことりは海未ちゃんのポエム好きだったけど、海未ちゃん的には自分で恥ずかしくなってきて、てっきり捨ててたと思ってたけど。

 

「そんなわけでここは逆転の発想ってことで、友達の家にエロ本を隠しておくと言うドッキリを思いつたんだよ」

 

「すごい迷惑なドッキリと言うよりもテロだよね」

 

 知らない間に自分の部屋にそんな本を隠されて、もしそれが見つかったら色々と気不味いことになりそうだよ。それこそ関係に溝ができそうだよ。

 

「そんなわけで実はここに一冊のエロ本があります」

 

 そう言って沙紀ちゃんは自分の鞄から一冊の本を取り出してことりの前に置いてきた。

 

「いや、ありますって言われて置かれてもことりにどうして欲しいの? それよりも何で持ってるの?」

 

 しかも本のタイトルを見ると、そっち系の幼馴染のやつなんだけど。

 

「いや何となくことりちゃんが好きそうだと思ったから、一緒に読もうかなって昨日買ってきたんだよ」

 

「何でわざわざ買ってきたの、それに一緒に読もうって何? あとやっぱり沙紀ちゃんはことりにそんなイメージを持ってるの?」

 

「すごい全部ツッコミ入れてきた」

 

「それは入れたくなるよ」

 

 何か変なところで感心してる沙紀ちゃん見て、ことりは少し疲れてくる。おかしいなぁ~、まだ沙紀ちゃんとはちょっとしか話してないのに。

 

「まあまあ落ち着いて、最初はそんなことを思って買ってきたんだけど、今はこのエロ本を誰の家に仕掛けようかって話をしようと思ったんだよ」

 

 そこに繋がるんだね。ホント、完全に沙紀ちゃん真面目なとき以外、その場のノリで行動するんだから、その辺沙紀ちゃんの良いところでもあって、悪いところでもあるよ。

 

「この本のジャンルを考えると、穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃん辺りに仕掛けると面白いと思うんだけど……どう?」

 

「そうだね、とりあえずことりの部屋には止めてね」

 

 そもそも誰の部屋にも隠してほしくないんだけど……。

 

「大丈夫、ことりちゃんにはやらないよ、共犯者になってもらうから」

 

「もっと質が悪いよね」

 

「だってそんなことをやったら真っ先に私が疑われるじゃん!!」

 

 まあ確かにこういうことをするのは、沙紀ちゃんくらいしかいないのは、日頃の行いを見れば明らかだから疑われるのは仕方ないけど。

 

「ならやらない方がいいと思うんだけど」

 

「嫌だ!! 私の心がやれと叫んでるんだよ、やるしかないじゃん」

 

 何でそこまで本気なの。何が沙紀ちゃんを突き動かしてるの。真姫ちゃんじゃないけど、本当に意味が分かんないよ。

 

「じゃあ花陽ちゃんにやるの?」

 

「いや……花陽ちゃんは天使だから……そんな疚しいことはできないよ……むしろ良心を抉られる」

 

 純真無垢な感じがする花陽ちゃんには出来ないよね。流石にそこまで良心が沙紀ちゃんにはあったんだね。いやそもそも良心があったら、そんなことをしないんだけど。

 

「それ殆んど一択しかないよね」

 

 花陽ちゃんがダメだったら、幼馴染の凛ちゃんにも仕掛けられないよね。凛ちゃんの家に一番行くのは花陽ちゃんだから、結果的に花陽ちゃんにドッキリを仕掛けることにもなるから。

 

「確かに穂乃果ちゃんか海未ちゃんの家にしか仕掛けられない。そもそも花陽ちゃんと凛ちゃんの家に行ったことないし」

 

「いや、そもそもやらないと言う選択肢は……ないよね」

 

「イエス!!」

 

 そんな元気に返事されてもすごく反応に困るんだけど。

 

「となると穂乃果ちゃんか海未ちゃんに仕掛ける訳だけだけど……どっちに仕掛けるのが面白いかな?」

 

「どっちって言われても……穂乃果ちゃんはそういうのあまり知らない思うけど、海未ちゃんはムッツリさんだからそういうの見つけると、色々と想像すると思う」

 

 自分で口にして思ったけど、何で沙紀ちゃんの質問に答えてるのかな。本当に共犯者になっちゃってるよね。

 

「なるほど、穂乃果ちゃんにそういう知識を付けるいい機会だし、海未ちゃんのそういう姿を見てみたい気持ちがある、う~ん何て悩ましい」

 

「ただどっちでやっても、沙紀ちゃんが海未ちゃんに制裁を受けるのは決まってるよね」

 

「そこは仕方ない諦める」

 

 そこは清々しいほど潔すぎるよね。そこまでしてやりたいことなのか置いておいて。

 

「しかし、何て悩ましい二択何だろう……ここは一晩考えてみるとしますか」

 

「そうだね、ことりもこれ以上この話を続けたくないかな」

 

「ことりちゃんから辛辣なことを言われた……でも気にしないむしろご褒美です」

 

 この辺に関してはもうツッコミを入れない方がいいかな。沙紀ちゃん変に喜んじゃいそうだから。

 

「さてと、それでは一緒にこのエロ本の中身を見るとしますかな」

 

「読まないよ」

 

「えっ!! 読まないの!?」

 

 どうしてことりがそう言っただけで、そんなに沙紀ちゃんは驚くの? ことりとしてはそっちの方が驚きだよ。

 

「ことりは読まないから、沙紀ちゃん一人で読んでていいよ」

 

「嫌だ!! ことりちゃんと一緒にエロ本読むって決めたんだもん!! 一緒にエロ本読んでよ!!」

 

「大声で何度もエロ本って言わないで!!」

 

 今日は家にお母さんがいるから、こんな変な会話を聞かれたら色々と不味いよ。そもそもこんな会話事態聞かれたくないよ。

 

 それにしてもさっきから駄々を捏ねる子供みたいだよ。ただ内容が全く子供っぽくないけど。

 

「それじゃあ……私と……エロ本読んでくれる?」

 

 少し甘えるような声で言う沙紀ちゃん。ここで一緒に読まないって言うと、また大声で叫び始めちゃうだよね。

 

 ホント、あの手この手でどうしてもことりと一緒に読ませようとしてくるね。何でそこまでして読ませようとしてくるのか、分かんないけど。

 

「?」

 

 何となく沙紀ちゃんが大事そうに持っている本に目が行くと、ことりはあることに気付いた。

 

 あ~、そっか、そういうことだったんだね。だから沙紀ちゃんが、しつこくことりに読ませようとしてたんだね。

 

「どうしたの、ことりちゃん急にニコニコして、もしかして一緒に読んでくれる気になった?」

 

 ことりが気づかないうちに笑っちゃっていたみたいで、それを見て沙紀ちゃんが勘違いしちゃったけど、でも仕方ないよね。理由が分かっちゃうと、つい笑顔になっちゃうから。

 

「ううん、そうじゃなくて一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」

 

「何?」

 

「沙紀ちゃん、それを一人で読むの恥ずかしいから、ことりが一緒に読んで欲しいんだよね」

 

「……ちょっと何の事か分からないかな」

 

 そう質問をすると、少し間が合ってから、沙紀ちゃんは惚けちゃっているけど、ことりは沙紀ちゃんの目が泳いでるのを見逃してないよ。

 

「私がエロ本を読むのが恥ずかしい……ははは、ことりちゃんは面白い冗談を言うね、可愛い女の子が大好きなこの私が、たかがエロ本ごときで恥ずかしくなるわけないよ」

 

「そうだね、沙紀ちゃんは変態さんだもんね、じゃあ変態さんらしく、今ここでことりのことは気にせず、一人で思いっきり読んで良いからね」

 

「えっ……えっ!!」

 

 どうぞご自由にって感じで、笑顔で本を読むように勧めると、沙紀ちゃんはとっても戸惑っちゃって可愛い。だからもうちょっといじめてみたくなっちゃた。

 

「もしかして本当に恥ずかしいの? へぇ~、そうなんだぁ~」

 

「な、な、な、にがそ、そ、そ、うなん……なん……だって……?」

 

 ちょっとイジワルな感じで沙紀ちゃんに言うと、目線がことりを見ないで色んな所を見ちゃって、声も裏返ってまとも喋れてないよ。

 

「沙紀ちゃんって、意外と初心なんだね」

 

「そ、そ、そ、そんなじゃないもん!! スタイルだってエロし、篠原沙紀って名前にはエロエロって意味があるくらい私エロいもん」

 

「沙紀ちゃん……動揺してすごいメチャクチャなこと言ってるね」

 

 初心って言われたのがそんなにショックだったみたいで、顔を真っ赤に少し子供っぽい喋り方になっちゃってる。

 

「ことりちゃんがそんな風に言うなら、私一人で読むからね!! だって初心じゃないもん、エロエロだもん」

 

 自棄になっちゃってる沙紀ちゃんは大事そうに抱えた本を勢いおく開いて読み始めちゃうと──

 

「はぅ!!」

 

 すぐに顔を真っ赤にしちゃったけど、読むのを止めないで、どんどん本のページをめくっていくと、それに合わせて沙紀ちゃんの顔もどんどん下を向いちゃっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 読み終えた沙紀ちゃんは顔を下に向いてて、今はどんな顔してるのか分からないけど、そっと本を自分の横に置いて、粗い息を落ち着かせる。

 

「どう!! 私ってエロイでしょ」

 

「うん!! 顔を真っ赤にしながら鼻血出して、全く説得力ないね」

 

 やりきったって感じの顔をしてる沙紀ちゃんに、ことりは笑顔で答えながら、沙紀ちゃんの目の前にティッシュを用意する。

 

 沙紀ちゃんはティッシュで鼻血を吹いて、何時ものように鼻にティッシュを詰める。

 

「やっぱり沙紀ちゃんは初心だねっ!!」

 

「グハッ!!」

 

 とりあえずことりは思ったことを伝えると、沙紀ちゃんはダメージを受けたみたいに後ろに倒れた。

 

「違うもん……違うもん……私初心じゃないもん……エロエロだもん……」

 

 それから沙紀ちゃんはぶつぶつと小言を言い続けるのでした。

 

 ちなみに穂乃果ちゃんか海未ちゃんに例のドッキリを仕掛けるのは別の話です。

 

 2

 

 沙紀ちゃんがいじけてる間に、ことりはキッチンに向かい、お茶とお菓子を用意する。

 

 本当は沙紀ちゃんが来たら、すぐに用意するはずだったのに、変な話をしちゃったから、用意するのが遅れちゃったよ。

 

 あと沙紀ちゃんをことりの部屋に一人にしちゃうのは、心配だったけど、今の状態なら安心して、お茶とお菓子を用意できちゃう。

 

 部屋の中に沙紀ちゃんを一人にすると、何をするのか分からないからね。

 

「私……初心じゃないもん……」

 

 お茶とお菓子を持って部屋に戻ると、膝を抱えながら沙紀ちゃんはまだいじけてる。

 

「沙紀ちゃん元気出して、ほらっ、美味しいお菓子があるよ」

 

 ことりは持ってきたお茶とお菓子を机の上に置いて、沙紀ちゃんを元気付けようとする。

 

 殆んど自分のせいでいじけちゃってるけど、このままだと、今日の目的が達成出来ないから、何としてでも元気になってもらわないと。

 

「そんなんで元気になるほど私単純じゃ…………お菓子すっごく美味しい!!」

 

 沙紀ちゃんはいじけながらもお菓子を食べると、さっきまでのが嘘のように上機嫌になってくれた。

 

「ありがとう、それことりの手作りなんだぁ~」

 

「ホント!! ことりちゃんの手作りって聞くと、嬉しさがマシマシの特盛だよ!!」

 

 沙紀ちゃんが何を言ってるのか分かんないけど、取り合えず喜んでくれたみたいだから良かった。

 

「あれ? 私……さっきまで何してたっけ?」

 

 むしろ元気になりすぎて、さっきのこと完全に忘れてるのかな。それともさっきのやりとりをなかったことにしてるのかな。

 

「何言ってるの? さっき家に来たばかりだから何もしてないよ」

 

「おお、そうだったそうだった、今ことりちゃんの家に来たんだよね、もう私のうっかりさん」

 

 沙紀ちゃんは可愛らしくはにかみながら、何事もなかったみたいに、お茶を飲み始める。

 

 うん、これは完全になかったことにしようとしてるね。

 

 ことりはそう確信するけど、さっきの話を掘り返すと、かなりめんどくさそうだから、何も言わずにお茶を飲む。

 

「そういえば、今日どうして私、ことりちゃんの家にお呼ばれされたの?」

 

 思い出したかのように、沙紀ちゃんはことりにそんなことを聞いてくる。

 

 沙紀ちゃんには、まだ家に呼んだ理由を話してなかったんだよね。

 

 多分、理由を話したら沙紀ちゃんは、ノリノリで引き受けてくれると思うけど、念のため。

 

「実は沙紀ちゃんに頼みたい事があって……いいかな?」

 

「何か分かんないけど、私に出来ることだったら、協力するよ、なんたって私たちソウルフレンド何だよ」

 

「ホント!? ありがとう沙紀ちゃん」

 

 ことりはまだ何も言ってないのに、沙紀ちゃんは引き受けてくれると、言ってくれたから、とっても嬉しい。

 

「それで私は何をすればいいの?」

 

「実は沙紀ちゃんに……」

 

 ことりは立ち上がって、部屋のクローゼットを開けて、あるものを取り出す。

 

「これを着て貰いたいの!!」

 

 そうして沙紀ちゃんにあるものを見せて、ことりはお願いをする。

 

「えっ……これを?」

 

 少し沙紀ちゃんは戸惑ってるけど、仕方ないよね。

 

 なんたって、急にメイド服を着てって頼んでるから。

 

「ほらっ、この前に秋葉で路上ライブをしたとき、みんな衣装でメイド服を着てライブをしたよね」

 

「うん、覚えてるよ、確か穂乃果ちゃんの提案だったよね」

 

 秋葉らしい格好でライブをしようと、穂乃果ちゃんが言って、ことりのアルバイト先のメイド喫茶からメイド服を借りたんだよね。

 

「けど、沙紀ちゃんはメイド服、結局着てないよね」

 

「それは私がマネージャーだから、ライブに出る訳じゃないし、着る必要もないよね」

 

 沙紀ちゃんの言う通り、マネージャーである沙紀ちゃんにライブの衣装を着る理由はないけど。

 

「でも、その前に穂乃果ちゃんたちと、一緒にアルバイトしたら、着れたのに、着なかったよね」

 

 これも穂乃果ちゃんのアイデアで、海未ちゃんが巻き込まれて、ライブ前に一緒にメイド喫茶でアルバイトしたんだよね。

 

 そのときも沙紀ちゃんは、一緒にアルバイトするの断って、やらなかったから、メイド服は着れなかったんだよね。

 

「あれは私がにこ先輩の専属メイド奴隷だから、ご主人様以外に、その辺の有象無象に、ご奉仕するわけにはいかなったからね」

 

「何か変な単語が出たけど、それは気にしないでおくね」

 

 この前聞いたときとは、ちょっと違うけど、こんな感じに断って、一緒にアルバイトをしてない。

 

「だから、ことりは思ったんです、沙紀ちゃんがメイド服を着たら、どんな風になるかって」

 

「みんなのメイド服はとっても可愛かったから、沙紀ちゃんが着たら、どんな風になるのか、気になっちゃったんだよ」

 

 元アイドルの沙紀ちゃんが着たら、きっと可愛くなるんだろうって、想像をしてたら、興味を持っちゃった。

 

 そして、居ても立ってもいられなくなって、沙紀ちゃんを家に呼んだ訳なんです。

 

「だからお願い、メイド服着てくれる?」

 

「うん、いいよ」

 

 完全にことりのワガママに、沙紀ちゃんは迷うことなく、OKを出してくれた。

 

「ホント、ありがとう」

 

「そうと決まれば……」

 

 そう言って沙紀ちゃんは、ことりの目の前で、迷うことなく服を脱いでいって、メイド服に着替える準備をする。

 

「ことりちゃん、メイド服って、どうやって着るの?」

 

 沙紀ちゃんは着替えようとするけど、メイド服の着方が分からないからことりに聞いてきた。

 

「それはね……」

 

 沙紀ちゃんの所にメイド服を持ってきて、ことりは着方を教えながら、着替えを手伝い始めた。

 

 3

 

「沙紀ちゃん、とっても似合ってるよ!!」

 

 着替え終わって、沙紀ちゃんのメイド服姿を見ると、ことりはそんな感想を口にしちゃう。

 

「そう?」

 

「そうだよ、ほらっ、鏡で見てみて」

 

 沙紀ちゃんに自分の姿が見れるように、目の前に大きな鏡を持ってくる。

 

 鏡の前で、くるりと回ったり、色んなポーズを取りながら、沙紀ちゃんは自分の姿を確認する。

 

「確かに似合ってるね、流石はわたし」

 

「それ言うと思ったよ」

 

 沙紀ちゃんは元々清楚な感じが(大人しくしていれば)あるから、清楚さを感じるメイド服との相性がバッチリ合ってる。

 

 それを沙紀ちゃんは自信を持って言う辺り、流石は元アイドルなのかな。

 

「そういえば、これことりちゃんのアルバイト先から借りてきたの?」

 

「違うよ、実はそのメイド服はことりが作ったやつなんだ~」

 

「やけにわたしのスタイルとぴったり合うと思ったら、そうだったんだ」

 

 沙紀ちゃんはことりが作ったと聞いて、感心した声で言うと、もう一度メイド服を至るところまで確認する。

 

「あれ? でも何でことりちゃん……わたしのスタイル知ってるの? 教えた記憶ないんだけど……」

 

 沙紀ちゃんはメイド服が自分のスタイルにぴったりなのに疑問に思ったのみたいで、ことりに質問をしてきた。

 

「それは内緒」

 

「なにそれ、すごく恐いんだけど……はっ!! まさか穂乃果ちゃんに続いて、わたしの体を狙ってるの!!」

 

 沙紀ちゃんはことりが内緒って言うと、頭の中であれこれ勝手に考えて、また予想外なことを言っちゃう。

 

「えっ!? どうしてここで穂乃果ちゃんが出てくるの!?」

 

「えぇ~、だってことりちゃんと穂乃果ちゃんは幼馴染み何でしょ、だったら分かるよね」

 

「全く分からないよ~」

 

 沙紀ちゃんはすごくニヤニヤしながら言うけど、ことりには何一つ分からないよ。

 

 穂乃果ちゃんはことりの一番最初の友達だけど、別に体は狙ってる訳じゃない。

 

 でも確かに可愛い服を着せたいな~って思うことはあるけど、それは沙紀ちゃんが言うようなことじゃないから。

 

「ふ~ん、あくまでもしらを切るつもりなんだ~、じゃあそういうことにしておくよ」

 

 なんだろう、ことりは何一つ納得してないのに、向こうが勝手に納得してきたんだけど。

 

「それで話を戻すけど、このメイド服、ことりちゃんが作ったんだよね」

 

「本当に話を戻したね」

 

 あのまま話を続けたら、また話が変な方へ行くからことりは心の中で安心する。

 

「すごいな、こんな風に可愛い服を作れるなんて尊敬するよ」

 

 改めて沙紀ちゃんはことりが作ったメイド服を見ながら、感心した声で言う。

 

「そんなことはないよ、沙紀ちゃんのほうがもっとすごいよ」

 

 沙紀ちゃんは勉強や運動も出来て、委員長をやったり、プロのアイドルやってたり、色んなことが出来るんだから。

 

 それと比べるとことりは全然すごくないよ。

 

「そんなことないよ、私はこんな風に衣装なんて作れないよ」

 

「沙紀ちゃんだって、一緒にみんなの衣装作るでしょ」

 

 μ'sの衣装を沙紀ちゃんはことりと一緒に作ることが結構ある。

 

 そのときの沙紀ちゃんは手際よくて、衣装もデザイン通り綺麗に作ってくれる。

 

「確かにことりちゃんのお手伝いはして衣装を作るけど、私が言いたいのはデザインの方だよ」

 

「自分の頭の中にあるイメージを形に出来るなんて私には到底できないよ」

 

 何時もふざけなような感じじゃなくて、まっすぐ真剣な瞳をして、真面目な声で沙紀ちゃんは言う。

 

「もし私にμ'sの衣装を作って言われても、きっとイメージが湧かなくて白紙のまま」

 

「それに比べて、ことりちゃんはあんなに可愛い衣装を何着も作れるんだから、ことりちゃんは私よりもすごいよ」

 

「私ね、ことりちゃんが作るμ'sの衣装結構好きだよ」

 

 真剣な表情からころりと変わって沙紀ちゃんは笑顔でそう言った。

 

 沙紀ちゃんの笑顔を見ると、さっきの言葉のせいもあって、ことりはとても照れくさくなっちゃう。

 

「なんか沙紀ちゃんにそう言われると照れちゃうよ」

 

「何? 私に惚れた?」

 

「それはないよ」

 

「即答ですか……」

 

 ことりの返事に落ち込む沙紀ちゃん。そんなことを言わなければ、ちょっとは良かったのに、こういうところで変なことを言うから台無しだよ。

 

 けど……今の雰囲気ならあの事を聞いても大丈夫だよね。

 

「ねぇ……沙紀ちゃん、一つだけ聞いていい?」

 

「何?」

 

 ことりが沙紀ちゃんに質問しようとすると、落ち込むのを止めて、まっすぐこっちの方を見てくれた。

 

「もし……もしもだよ、今の幸せの代わりに夢を叶えるチャンスがあるとしたら沙紀ちゃんはどうする?」

 

 一瞬、言うのを躊躇っちゃったけど、ここまで来たら言うしかないから、ことりは決心して沙紀ちゃんに質問する。

 

「えっ……どうしてそんな質問するの?」

 

 質問すると、沙紀ちゃんは何でことりがそんな質問しちゃったのか理由を来てくる。

 

「そうだよね、急に変なことを言うから流石の沙紀ちゃんも戸惑っちゃうよね」

 

 でも質問を聞いたときに沙紀ちゃんは、何故か一瞬だけとても悲しそうな顔をしてた気がする。どうしてだろう。

 

「ただの興味があって……ほら!! 沙紀ちゃんって、トップアイドルだったでしょ、だからそういうときってどうするのかなって」

 

 本当は違う理由があるんだけど、流石にそれを今言うのは沙紀ちゃんにも迷惑がかかるから、とっさにそれっぽい嘘を付いちゃった。

 

「そう……何か違うような気がするけど……ことりちゃんがそういうならそういうことにするよ」

 

 沙紀ちゃんはことりの嘘に気付いてるみたいだけど、あれこれ聞くつもりがないから、深く探ろうとしなかった。

 

 ことりは心の中で安心するけど、それと同時に胸が苦しくなる。本当はあの事をちゃんと相談するべきなのに、自分の中で迷ってるから相談できない。

 

 だから沙紀ちゃんの意見を参考にして、自分の中で迷いをまとめようと思ってそんな質問をしちゃった。

 

「じゃあ、ことりちゃんの質問を答えるよ……」

 

 きっと沙紀ちゃんの事だから両方とるとか良いそうだよね。だって沙紀ちゃんはすごい人だもん。

 

「私は迷わずに今の幸せよりも夢を叶えるチャンスを取るよ」

 

 だけど沙紀ちゃんはことりの予想とは違った答えを迷うことなく言いきった。

 

「どうして?」

 

「私は普通だから……夢を掴むチャンスがあるなら何としてでも掴まないと、簡単に失っちゃうから」

 

「それに掴んだとしても私ごときじゃあ、大切なものを全てを捨てないと釣り合いが取れないからね」

 

「でもそこまでやっても私には掴むことなんて出来ないんだよね」

 

 小さな声で沙紀ちゃんは言うけど、ことりは何を言ってるのか分からなかった。

 

「けど、これは私の考えだから、ことりちゃんが何の参考にしてるのか分かんないけど、オススメしないよ」

 

 やっぱり沙紀ちゃんはことりの質問の意図に気付いて、笑って言うけど、その笑顔はとても辛そうに見えた。

 

 どうしてそんな顔をするのか気になったけど、ことりも隠し事をしてるから、聞く権利なんてなかった。

 

「まあ、そもそも私には一度も自分の夢なんて持ったないから関係ない話なんだけどね」

 

 また沙紀ちゃんが小さな声で何か言うけど、ことりは色んな疑問が頭の中にあったから、聞き取ることが出来なかった。

 

 4

 

 ことりが変な質問をしちゃったせいで部屋の中がすごい重い雰囲気になっちゃってた。

 

 今沙紀ちゃんはメイド服から元々の沙紀ちゃんの服に着替えてる。

 

 本当に失敗しちゃったなぁ。まさか沙紀ちゃんがあんなことを言うなんて予想外だよ。

 

 何時も予想外なことをする沙紀ちゃんだけど、ここでもそんな予想外なことを言うなんて思ってみなかったよ。

 

 やっぱりあの事をちゃんと伝えるべきだったのかな。けど……伝えるとみんなに迷惑が掛かるし、廃校とかラブライブがあるから余計に相談しづらいよ。

 

「ねぇ、ことりちゃん……これどうする?」

 

「へっ!?」

 

 考え事をしてたから、急に声を掛けられて、ことりはビックリする。

 

「ビックリした……どうしたの、ことりちゃん」

 

 ことりがビックリしたから、沙紀ちゃんも釣られてビックリしてから、心配してくれた。

 

「ううん、何でもないよ、それより何?」

 

「そう……ならいいけど、このメイド服洗って返す?」

 

 どうやら沙紀ちゃんメイド服をどうするのか聞いてきたみたい。

 

「ううん、返さなくていいよ、それ元々沙紀ちゃん用に作ったから、貰って欲しいな」

 

「そういうことなら有り難く貰うね」

 

「そうだ、これも貰っていって」

 

 そう言ってからことりは棚の中からあるものが入った袋を取り出して、沙紀ちゃんに渡す。

 

「これは?」

 

「中見てみて」

 

 沙紀ちゃんは言われた通り袋の中のものを取り出す。

 

「これどうしたの!?」

 

 中に入っていたものを見ると、驚いてことりの方を見る。

 

 沙紀ちゃんが驚くのは仕方がないよ。だってその中に入ってたのは──

 

 沙紀ちゃん用の今までのμ'sの衣装なんだから。

 

「ほらっ、最初の頃は沙紀ちゃんがアイドルだって知らなかったから、もしかしたら一緒にライブするかもって思って……」

 

 何かのきっかけで沙紀ちゃんがメンバーに入れるかもしれないと、思ってたからみんなにこっそり内緒で作っちゃっていた。

 

「何やってるの、そんなことしてもメンバーじゃない私が着るわけないのに……」

 

「うん、分かってるよ、これはことりの自己満足なんだ」

 

 何て言えば分からないけど、メンバーじゃないって理由だけで沙紀ちゃんの衣装を作らないのは、同じにμ'sの仲間なのに、沙紀ちゃんを仲間外れにしてるそんな感じがしたから。

 

「沙紀ちゃんには迷惑かもしれないけど、受け取って欲しいんだ」

 

 今ここで渡しておかないと、二度と沙紀ちゃんに渡せるタイミングがなくなるかもしれないから絶対に渡したい。

 

「うん、分かったよ……せっかくことりちゃんが作ってれたんだから、これも有り難く貰うね……」

 

 沙紀ちゃんは衣装を袋の中に戻して、それを大事そうに抱える。

 

「ありがとう……」

 

 少し顔を赤くしながら、恥ずかしそうにそう言う。

 

「私そろそろ帰るね」

 

 それから少ししてから沙紀ちゃんは照れくさくなったみたいで、衣装の入った袋や自分の荷物を持って、帰る準備をする。

 

「そう、分かったよ」

 

 確かにこれ以上沙紀ちゃんと何か話せる気がしないから、ことりも賛成をする。

 

 そうして沙紀ちゃんが帰る準備が出来ると、沙紀ちゃんをお見送りするために一緒に部屋を出る。

 

「あら、珍しいお客さんが来てたのね」

 

 玄関に向かおうと廊下を歩いてると、お母さんが目の前に歩いてきて、ことりたちに声を掛けてきた。

 

「理事長、お邪魔しました」

 

 沙紀ちゃんはお母さんが相手だから委員長キャラで挨拶してた。

 

「学校じゃないから、そんな風に呼ばなくて良いわよ」

 

「それではことりのお母さま、お邪魔しました」

 

「あら、もう帰るのね、残念ね……また何時でも遊びに来てね、私篠原さんとは個人的にお話してみたいの」

 

「そうですか……ではまたいつかお邪魔します」

 

 沙紀ちゃんとお母さんが挨拶し終わると、ことりたちはもう一度玄関に向かい始める。

 

「本当にあの人にそっくりになってきたわね」

 

 お母さんが何か言ったように聞こえたけど、ことりたちは何を言ってるのか全く聞こえなかった。

 




そんなわけで初ことりちゃん視点でした。

これで三章は終了です。

次回からいよいよ四章、本筋に戻り文化祭編に入ります。

果たして沙紀たちは文化祭を成功することが出来るのか、それとも……。

そんなわけで次章もお楽しみに。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次章予告

「順位が上がってる……」

「これであなたの夢が叶えられます」

「私はまだやれるよ!!」

「ごめんなさい……」

「私には無理だったんだ……」

「やっぱり私は沙紀に無理させてたのかもしれない」

「どうすれば良かったの?教えてよ……」

「これは刺激的な再会ですね」


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四章 波乱の学園祭
三十八話 私はあのときからずっと


お待たせしました。

ついに第四章の開幕です。

それではお楽しみください。


 1

 

 私の目の前であの人がライブをしてる。

 

 歌もダンスもお世辞には上手いとは言えない。

 

 歌は所々音程を外しているし、ダンスはどこかぎこちなさを感じる。

 

 正直人に見せられたものじゃない。

 

 でもどうしてだろう。私はあの人のライブを目が離すことが出来なかった。

 

 いや、理由は分かってる。考えるまでもない。

 

 歌やダンスが下手なのはあの人は百も承知してる。

 

 それでもあの人は何があっても笑顔を絶やさない。

 

 だってあの人はファン()を楽しませようと、一生懸命にライブをしてる。ただそれだけ。

 

 その思いがあの人のライブから伝わって、私も見ていて段々と楽しくなってきた。

 

 それと同時に楽しそうにライブをしてるあの人に心が惹かれた。

 

 だけど楽しい時間は過ぎるのはあっという間で、あの人は挨拶をして、ライブは幕を閉じた。

 

 そのあとあの人からライブの感想を聞かれたけど、私は口にするのは躊躇った。

 

 けどあの人に命令されたから正直に私は感想を口にする。

 

 あの人は私の感想を聞いて、最初はかなり落ち込んでいた。自覚はしてたつもりなんだと思うけど、やっぱり他人から言われるのはとてもキツイみたい。

 

 だから私は最後に『楽しかった』って自分の気持ちを伝えると、あの人は何故か私の顔をじっと見つめていた。

 

 何で私の顔を見つめてたのか疑問に思ったし、見つめられてかなり恥ずかしい気持ちになった。

 

(あなたの笑顔って、結構可愛いわね)

 

 そうあの人は口にすると、私は納得したと同時に、急にそんなことを言われて頭の中がパニックになる。

 

 そのあとはパニックになった私がやらかして、あの人のお手を煩わせたという酷いオチだった。

 

 2

 

 私の耳元で携帯のアラームが五月蝿く鳴り響き、ゆっくりと夢から引き剥がされ目を覚ます。

 

 私は体を起こすと、携帯のアラームを切って、大きく体を伸ばしてから立ちあがり、着替えを持って朝の日課であるシャワーを浴びに行く。

 

「今の夢は……」

 

 シャワーを浴びながら、私はさっきまで見ていた夢を思い出す。

 

 あの夢は私とにこ先輩との大切な思い出。

 

 にこ先輩が私のために部活の歓迎会をしてくれた一年前のあの日。

 

 私が本当の意味でにこ先輩の夢を叶えようと思った日。

 

「本当に懐かしい」

 

 あのときのにこ先輩のライブは今でも鮮明に思い出せる。

 

 今と比べれば歌やダンスは上手くなかったけど、にこ先輩の楽しそうな姿に私はつい見蕩れてしまった。

 

 あんな風に自分の好きなこと()に向かって頑張れる姿を見て、私は思った。

 

 あの人の夢が叶えられますように、とそう思った。

 

 私は十分に目が覚めたからシャワーを止めて、タオルで体を拭くと、学校の制服に着替える。

 

 そのあと濡れた髪をドライヤーで乾かすと、目の前にある鏡に写るわたしの顔が目に入った。

 

 シャワーを浴びていたから何時もの伊達眼鏡は掛けてなく、髪を乾かしてるから三つ編みでもない。

 

 目の前に写るのは、かつてアイドル星野如月と同じ顔。だけどどこか自信のなさそうな顔をしてる。

 

 そんな顔を見ると、私は心の中で苛立たしさを感じた。

 

 星野如月(わたし)はそんな顔をしない。しちゃいけない。

 

 それにそんな顔をしてると、にこ先輩が私の事を気にして、笑って過ごせない。

 

 だから私は十分に髪が乾いたので、ドライヤーを止めて、伊達眼鏡を手に取る。

 

「私はアイドル研究部のマネージャー篠原沙紀」

 

 伊達眼鏡を掛けて私は笑顔を作ると、鏡に写るわたしに向かってそう言い、自分に言い聞かせる。

 

「私は白百合の委員長」

 

 髪で三つ編みを作り、また同じように自分にそう言い聞かせる。

 

 何処か残念でお調子者で、にこ先輩が大好きでどうしようもない人。

 

 それでいて、清楚で淑やかな性格で周りから慕われる委員長みたいな人。

 

 それが私だ。

 

「よしっ、朝ごはんとお弁当を作ろっと」

 

 気持ちを切り替えて、私は朝の準備に取り掛かる。

 

 準備に取り掛かると言っても、お弁当の具は昨日の内に用意してるからお弁当箱に詰めるだけ。

 

 朝ごはんも軽めに済ませるから時間は掛からない。だからパッと準備を終えて、朝ごはんを食べ始める。

 

 朝ごはんを食べながら私は最近の日課として、白い携帯でスクールアイドルのサイトを開いて、μ'sの順位を確認すると、そこには──

 

「順位が上がってる……」

 

 12位と表示されていた。

 

 3

 

 12位……。

 

 私は部室で今朝見たμ'sの順位を思い出していた。

 

 現在千グループ近くあるスクールアイドルで、12位と言う記録を出すことはすごいこと。

 

 いや、μ'sのみんなの努力が実を結んだ結果だから当然の結果とも言える。

 

 このままこの順位を維持できれば……。

 

「沙紀ちゃん!!」

 

「うわっ!! ビックリした!!」

 

 急に穂乃果ちゃんに呼ばれて私は驚くと、それを見て穂乃果ちゃんも同じように驚いた。

 

「ビックリしたのはこっちだよ、何度も呼んでも返事が全然ないもん」

 

「ごめんね、ちょっと考え事をしてたから」

 

 どうやら穂乃果ちゃんは私の事を何度も呼んでいたみたい。それに気付かなかったので、私は穂乃果ちゃんに謝る。

 

「もしかして……ランキングのこと考えた?」

 

「うん、ついにここまで来たんだって考えると、色々とね……」

 

 この順位まで来るまでに、ホントに多くのことがあったから、それを思い出すと、感慨深い。

 

「だよね、だよね、すごいよね、それに……」

 

 穂乃果ちゃんは私と違ってμ'sの順位が上がったことにすごく嬉しそうにして、パソコンのある画面を見る。

 

「はぁ~出場したらここでライブ出来るんだ~」

 

「すごいにゃ~」

 

 穂乃果ちゃんは画面に映ってる会場を見て思い耽ってると、同じように凛ちゃんも思い耽っていた。

 

 そう、ランキングが12位になったことはラブライブ出場圏内に入ったことを意味する。

 

「何うっとりしてるのよ、ラブライブ出場ぐらいで……」

 

 嬉しそうにしてる二人ににこ先輩は厳しいこと言うけど、部室の窓の方を向いて──

 

「やったわね、にこ」

 

 そう目に涙を浮かべながら、嬉しそうに呟く。

 

 ずっとアイドルに憧れたにこ先輩にとって、ラブライブと言う大きなステージで歌えることは、私たちが思ってる以上に思うところがあるんだろう。

 

「やりましたね、にこ先輩……けど……」

 

「そうよ、まだ喜ぶのは早いわ、決定したわけじゃないんだから気合い入れていくわよ」

 

 順位が上がった喜びをもっと分かち合いたいけど、にこ先輩の言う通りまだ早い。

 

「その通りよ」

 

 にこ先輩の意見に同意しながら絵里ちゃんとお姉ちゃんが部室にやって来た。

 

「そうだね、まずはこれを見てもらったほうが早いかな」

 

 絵里ちゃんたちが来たことで全員揃ったので、まだ安心できない証拠として、私はパソコンである画面を開きみんなに見せる。

 

 そこには現在ランキング1位であるA-RISEのライブ情報が書かれてるけど、一番気にするべきはそのライブの部分。

 

「七日間連続ライブ!」

 

「そんなに~」

 

 A-RISEのライブスケジュールに驚く穂乃果ちゃんと凛ちゃん。

 

 私だって初めてこれを見たときには驚いたよ。プロのアイドルでもなかなか出来ないことをスクールアイドルがやろうとしてるのだから。

 

 でもA-RISEの実力と周囲の環境なら問題なく、七日間連続ライブをやりきれる。

 

「ラブライブ出場チームは2週間後の時点で20位入ったグループ」

 

「どのスクールアイドルも最後の追い込みに必死なん」

 

 ラブライブ出場確定と言われてるA-RISEでさえ、確実に出場圏内に入ろうと追い込みを掛けている。

 

「20位以下に落ちた所だって、まだ諦めてないだろうし、今から追い上げて何とか出場を勝ち取ろうとしてるスクールアイドルもたくさんいる」

 

「だから安心してると、2週間後には一気に順位が下がってる何てことも有り得るよ」

 

「つまりこれからが本番ってわけね」

 

「ストレートに言えばそういうこと、喜んでる暇はないわ」

 

 真姫ちゃんや絵里ちゃんの言う通り。順位が上がって喜びたい気持ちは分かるけど、何処も彼処もラブライブ出場圏内必死になってる以上、気は抜けない。

 

「よ~し!! もっと頑張らないと」

 

「とわいえ、特別な事を今からやっても仕方ないわ」

 

 私たちの話を聞いて、穂乃果ちゃんはやる気が湧いてきたみたいだけど、絵里ちゃんが静止する。

 

「下手に変なことをして、怪我や体調が悪くなったら元も子もないからね」

 

「沙紀の言う通りね、まずは目の前にある学園祭で精一杯良いステージを見せること、それが目標よ」

 

「ちゃんと学園祭の日にベストコンディションになるように、キッチリと休むのも大切だよ、特に穂乃果ちゃんと凛ちゃん」

 

「なっ!!」

 

「何で凛たちだけ呼ばれるの!?」

 

 急に名指しで呼ばれたことに驚く穂乃果ちゃんと凛ちゃん。私からしたらこの二人が危ないんだよね。

 

「穂乃果ちゃんもやる気が出過ぎて、凛ちゃんは練習だけじゃ体力有り余って、色々とやりかねないからね」

 

「そんなに私たち信用ないの」

 

「ショックだにゃ~」

 

「いや、信用はしてるよ、けど念の為」

 

 ある程度みんなと一緒にいるからそれなりに性格が分かってるうえで話してる。

 

 穂乃果ちゃんはやる気が出ると、とことん一直線に進むタイプだから、釘を刺しとかないと、私の知らないところで練習をする可能性がある。

 

 穂乃果ちゃんの性格自体悪いことじゃないけど、やっぱりオーバーワークで体を壊されるのは、みんなやファンに心配が掛かるし、何より本人が後悔しかねない。

 

 凛ちゃんのほうもそう。μ's一体力があるから練習だけじゃ物足りなくなって、勝手に何処へ走り出しかねない。

 

 凛ちゃんの場合は、中学時代に運動部に所属してたからある程度は自制出来るとは思うけど。

 

「二人とも沙紀の忠告はちゃんと聞いておいてください、一応プロのアイドルからの忠告なんですから」

 

「そうそう……海未ちゃんの言う通り一応プロのアイドル……一応って酷くない!?」

 

「日頃の行いですから」

 

 クッ、海未ちゃんの辛辣な言葉に反論しようとするけど、正論過ぎてぐうの音も出ない。

 

「分かった、沙紀ちゃんがそう言うなら気を付けるよ」

 

「凛も」

 

 そんな私を無視して二人とも理解はしてくれたみたい。良かった、私も学園祭実行委員があるからずっと練習が見れる訳じゃないから、心配事が一つ減って安心。

 

「よしっ!! そうとなったらこの部長に仕事をちょうだい」

 

 話が纏まるとにこ先輩もやる気が出て、絵里ちゃんに自分にできることがないか聞いてくる。

 

「じゃあ、にこ打ってつけの仕事があるわよ」

 

「そうだね、そういえばそろそろ時間だね」

 

「ん? なに?」

 

 絵里ちゃんがにこ先輩にどんな仕事を頼もうか私は大体予想は付いたけど、にこ先輩は何の話か全く分かってないみたい。

 

「それじゃあ、にこ先輩お仕事しに行きましょうか」

 

「ちょっとどこ連れてく気よ」

 

 話を飲み込めてないにこ先輩の手を(合法的に)握って、私はある場所までにこ先輩を案内する。

 

 そうしてある場所に着いてにこ先輩の最初の一言目が──

 

「何で講堂がくじ引きなわけ……」

 

 それであり、今から講堂の使用権を賭けた運命のくじ引きが始まるのだった。

 

 4

 

 見事ににこ先輩が講堂の使用権を当てて、何も心配要らずに練習を始めようと思ったけど……。

 

「どうしよう~!!」

 

 穂乃果ちゃんが屋上で大きな声で嘆いている。この事から分かるように、はい、見事に講堂の使用権は外れました。仕方ないよね、運だもん。

 

「だってしょうがないじゃない、くじ引きで決まるなんて知らなかったんだから」

 

「あぁ~!! 開き直ったにゃ~」

 

「うるさい!!」

 

「あっ!! そうだ、沙紀ちゃんの委員長パワーで何とか……」

 

 良いこと思い付いた感じに穂乃果ちゃんが私の方を見ると、他のみんなも期待の眼差しで私の事を見る。

 

「う~ん、無理かな」

 

 流石に決まったものを私の一存で覆すほど、権力がある訳じゃない。

 

「そうだよね……」

 

 私が出来ないと言うと、みんなの目がまた暗くなり始める。

 

「うぅ……何で外れちゃったの……」

 

「どうしよう!!」

 

「まあ予想されたオチね」

 

「にこっち……ウチ信じてたんよ」

 

「うるさい、うるさいうるさい!! 悪かったわよ」

 

 くじを外したにこ先輩がみんなから攻められて、自棄になりながら、みんなに謝る。

 

「気持ちを切り替えましょう、講堂が使えない以上他のところでやるしかないわ」

 

 絵里ちゃんの言う通り、にこ先輩を攻めても何も始まらない。

 

 私は何処かμ'sのライブがやれる場所を考えるけど、体育館やグランドは運動部が使ってる。

 

 そもそもライブがやれる場所は、もうすでに他のところが申請を出してる。

 

 ホントに困った。まさかライブする場所が見つからない事態になるなんて予想外だよ。

 

 私が考えてる間、穂乃果ちゃんが部室や廊下でやろうと言うけど、にこ先輩に却下されてた。

 

「にこちゃんがくじ外したから必死で考えてるのに~」

 

「あとは……」

 

「じゃあここ!!」

 

 穂乃果ちゃんは両手を大きく広げて、屋上をやろうと口にする。

 

「ここに簡易ステージを作ればいいんじゃない、お客さんもたくさん入れるし」

 

 屋上でやると言われて、私たちは周り見渡す。確かにここならライブをやるには十分なスペースがある。

 

 身近過ぎて逆に気づかなかった。まさに灯台もと暗しってやつだよ。

 

「屋外ステージ?」

 

「確かに人はたくさん入るけど……」

 

「何よりここは私たちにとってすごく大事な場所」

 

「ライブをやるのに相応しいと思うんだ」

 

 μ'sを結成してからずっと練習に使っている──みんなに思い入れのある場所であることは違いないけど……。

 

「野外ライブ格好いいにゃ~」

 

「でもそれなら屋上にどうやってお客さんを呼ぶの?」

 

「確かにここだとたまたま通りと言うこともないですし」

 

 ライブをするうえで場所がとても悪い。わざわざ屋上に上がろうとは誰も思わないだろうし。

 

「下手すると一人も来なかったりして」

 

「えぇ!! それはちょっと……」

 

 真姫ちゃんの言う通り、お客が一人も来ないことが現実に有り得かねない。それじゃ、あの時のファーストライブの二の舞。

 

「じゃあおっきな声で歌おうよ」

 

 そんな問題だらけな状態に、穂乃果ちゃんはとても簡単な提案をした。

 

「はぁ、そんな簡単なことで解決できるわけないでしょ」

 

「校舎の中や外を歩いてるお客さんにも聞こえるような声で歌おう」

 

「そうしたらみんな興味を持って、見に来てくれるよ」

 

「フフ……」

 

 穂乃果ちゃんの提案に、私はクスッと笑いが溢れてしまう。

 

「えっ? 沙紀ちゃん……私、変なこと言った?」

 

「いや、そうじゃなくて──穂乃果ちゃんらしいなって」

 

 根拠はないけど、何処か自信があるから何となく行けそうに思てしまうところが、ホントに穂乃果ちゃんらしい。

 

「そうね、穂乃果らしいわ」

 

 絵里ちゃんも私と同じように思ったのか、そう口にした。

 

「えっ? ダメ?」

 

「何時もそうやってここまで来たんだもんね、μ'sってグループは」

 

「絵里ちゃん……」

 

 今までずっとそうだ。穂乃果ちゃんの言葉を信じてμ'sはここまでやって来た。

 

「当日のときには実行委員総出でライブを宣伝するから安心して」

 

 あのときみたいに、穂乃果ちゃんたちには辛い思いはさせたくないからね。私は穂乃果ちゃんが言ったことを現実に出来るように、私のやれることを精一杯やるだけ。

 

「沙紀ちゃん……」

 

「決まりよ、ライブはこの屋上にステージを作って行いましょう」

 

「確かにそれがμ'sらしいライブかもね」

 

「よ~し!! 凛も大声で歌うにゃ~」

 

 みんな穂乃果ちゃんの提案を聞いて、暗い表情でなく、やる気に満ち溢れてた。

 

「じゃあ各自歌いたい曲の候補を出してくること、それじゃあ練習始めるわよ」

 

 絵里ちゃんがそう宣言をして、穂乃果ちゃんたちは練習を始めた。

 

 さて、私もみんなに負けないように実行委員を頑張るとするか。

 

 5

 

 みんなが練習に励んでんで、私が実行委員として勤しんでると、あっという間に放課後になった。

 

 私は今日分の実行委員の仕事を片付けて、学校を出ようとすると、校門ににこ先輩が居た。

 

「あれ? にこ先輩どうしたんですか?」

 

「別にあんたには関係ないわよ」

 

 私はにこ先輩に声を掛けるけど、にこ先輩は素っ気ない感じで答えた。

 

「もしかして私のこと待っててくれたんですか、そうならそうと言ってくださいよ、ホント、にこ先輩はツンデレさん何だから」

 

「だからそうじゃないわよ」

 

「照れなくてもいいのに~、でもそんなにこ先輩を私は愛してますよ」

 

 私はにこ先輩の可愛らしさにムラムラしながら、にこ先輩に抱き付く。

 

「急に抱き付くんじゃないわよ──あと、さらっと胸を触ってるんじゃないわよ!!」

 

「さらっとじゃなくて、ガッツリとです」

 

「余計に質が悪いわ!!」

 

「ゴフッ!!」

 

 何時ものように調子に乗ってると、にこ先輩から愛を頂いて、私はにこ先輩から突き放される。

 

「もうそんなことしなくても、私は何時でもWelcomeですよ、にこ先輩をお持ち帰りして、にこ先輩の家に嫁ぐ準備は出来てますよ」

 

「何か色々とおかしいわよね、それ!!」

 

「おかしくないですよ、普通ですよ?」

 

「いや……はぁ~もういいわ、あんたもう帰るんでしょ」

 

 何故か大きな溜め息をして、にこ先輩は私にそんなことを聞いてきた。

 

「はい、仕事ももう終わりましたから」

 

「そう、それじゃあ行くわよ」

 

 にこ先輩はそのまま私の方を見ず歩き始めた。

 

「やっぱり私のこと待っててくれたんですか、照れ屋さん何だから」

 

「そんなじゃないわよ!!」

 

 そんなやり取りがあって、私とにこ先輩は何時ものように一緒に帰り始めた。

 

「それにしてもすごいですよね、12位なんて……」

 

「当然、何たってこのスーパーアイドルにこがいるグループよ、むしろ遅いくらいよ」

 

「さすがにこ先輩、そんなこと堂々と言えるなんてすごいです」

 

 にこ先輩が自信満々に自分のお陰だと言うと、私はその精神の図太さに尊敬の念を抱く。

 

「あんた……バカにしてるでしょ」

 

「してないですよ、愛してはいますけど」

 

「だから……いやこのままじゃあさっきと同じパターンよね」

 

 にこ先輩は何か言おうとしたけど、めんどくさそうな顔をしてやめる。

 

「やっぱさっきのは訂正──穂乃果たちやあんたがいたからここまで来れたわ、私一人じゃあ絶対にここまで来れなかった」

 

「……」

 

 私はにこ先輩の言ったことを訂正することが出来ず、そのまま何も口にしなかった。

 

「そこで変に言わない辺り、あんたは正直よね」

 

「まあ……ずっと、にこ先輩の事、見てきましたから」

 

 私が入部してからずっとにこ先輩の練習を見てきて、どれだけの実力があるのか私は知っているから。

 

「けど、あの頃と比べて大分実力も付いてきましたよ、むしろまだまだ伸びてって、マネージャー冥利に付きますよ」

 

 にこ先輩がμ'sに入ってから今までよりも速いスピードで成長をしてる。やっぱり一緒にライブをする仲間がいるのが、にこ先輩を更に成長をさせるきっかけになっているかもしれない。

 

「あんたにそんなこと言われると……やっぱり嬉しいわね」

 

「いえ……そんなことは……ないですよ……私なんてまだまだ……ですから……」

 

 にこ先輩が急にデレるから、私はつい恥ずかしくなって照れてしまう。

 

「ちょっと何照れてるのよ!! こっちが恥ずかしいじゃない!!」

 

「うう……だって……にこ先輩に……褒められたから……」

 

 にこ先輩に自分の恥ずかしがってる顔を見られたくないから鞄で顔を隠しながら、小さな声で喋る。

 

「はぁ~、あんたは自分からグイグイ行くくせに、いざ来られるととたんにダメになるわよね」

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

 自分のメンタル面について、すごく痛い所を突かれたから、思わず昔からの悪い癖が出てしまった。

 

「だから何で謝るのよ、何時ものように変な返しをしなさいよ」

 

「ごめ……そうじゃなくて、やっぱり、私の話すのが楽しいんですよね」

 

 またつい言いそうになりそうだったけど、何とか何時ものような返しをする。

 

「そんなんじゃないわよ……その辺は昔から変わってないのね」

 

 何時ものようにツンデレさんをにこ先輩は装おうと、最後の方に何か言った。

 

「まあ良いわ、μ'sとあんたのお陰で、私は大きなステージで歌えるチャンスが手に届く所まで来れたってことよ」

 

「そうですよね、にこ先輩の夢にまた一歩近づきましたね、私もとても嬉しいです」

 

 あの日、にこ先輩に誓った約束を果たすチャンスが、もう手の届くところまで来ているけど……。

 

「ここで失敗したら全てが台無しですから、私もμ'sが確実にラブライブ出場が出来るようにサポートをします」

 

 そう、ここで失敗したら全てが台無しになってしまう。廃校の阻止も、にこ先輩の夢を叶えるのも全てが。

 

 それだけは阻止しないと行けない。そうしないと、にこ先輩の役に立てないし、私がここに居る意味が……。

 

「大丈夫よ、心配そうな二人にはあんたが釘を刺しといたし、にこだって部長として部員の体調管理くらいやって見せるわ」

 

「そうですよね、それに今は海未ちゃんや真姫ちゃん、絵里ちゃんがいますからね」

 

 練習とかの指示も任せられる人やよく見てる人が大分増えてきた。心配になることなんてない。

 

「そうよ、だからあんたは出来ることを精一杯やりなさい、そうしたら最高のライブをあんたに見せてあげるわ」

 

 真っ直ぐ私の目を見て、とても真剣そうな顔でにこ先輩はそう言った。

 

「にこ先輩かっこいいです、さらに惚れちゃいます」

 

「バカ、そこは可愛いでしょ!!」

 

「ならかっこ可愛いです!!」

 

 何て少し真面目な話をしていたら、いつの間にかにこ先輩と別れる時間になっていた。

 

「それじゃあ、また明日ね」

 

「そうですね、また明日……いえ、まだ言いたいことがありました」

 

 にこ先輩と別れようとしたけど、私は今ここで伝えておかないと行けないことがあった。

 

「ライブ楽しみにしてます、何たって私はあのときからずっとにこ先輩のマネージャーであり、愛してると同時に……あなたのファンですから」

 

 あの日、にこ先輩のライブを見てからずっとそう。私にとってにこ先輩はそういう存在なんだ。

 

 それを伝えると、にこ先輩は少し嬉しそうな顔をしてから──

 

「ファンにそう言われると仕方ないわね、最上級のライブを見せてあげるから覚悟しなさい」

 

 そう堂々と宣言をした。

 

「はい、楽しみにしてます」

 

 私は笑顔で返事をしてにこ先輩と別れた。

 

 そうだ、きっとμ'sは学園祭で最高のライブをして、ラブライブに出場決定、廃校阻止、さらにラブライブ優勝をしてくれる。そう信じていた。

 

 しかし、私は忘れていた。

 

 こういう上手く乗り始めたときに限って、不幸を引き寄せてしまうのが、私だってことを。

 

 二年前に同じ経験をしたのに、それがないと過信しすぎていたことを。

 

 あの子がこの時点で既に動き始めてることを。

 

 そして結局私はダメなままだってことを。

 




如何だったでしょうか。

フラグっぽいのがいっぱい立っていたような気がしますけど、気のせいですよね。

ここから学園祭編に入るわけですが……まあどうなるでしょう。

ではここまでことで何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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三十九話 奇妙な再会

まさかの連続投稿です。

正直自分でもびっくりですが、お楽しみください。


 1

 

 学園祭に向けて練習が終わって、私はことりちゃんと一緒に帰っていた。

 

 海未ちゃんは弓道部で、沙紀ちゃんは実行委員があるから二人で帰ることも多いんだよね。

 

「じゃあね、穂乃果ちゃん」

 

「うん、また明日」

 

 ことりちゃんとお別れの挨拶をして、私は家に帰りながら、ずっとあることを考えてた。

 

「もう少しでラブライブに出場出来るなんて……」

 

 最初は多くの人にμ'sを知ってもらうために参加しようと思ってたけど、いつの間にか目標になってたあのステージに立てるなんて。

 

 それにラブライブに出場出来れば、学校の事をもっともっとみんなに知ってもらえて、廃校も阻止できるかもしれない。

 

 でもそのためには学園祭で最高のライブをしなきゃいけない。

 

 そう考えちゃうと、体がウズウズして、今にも走り出しそうになっちゃう。

 

 一回家に帰ってから着替えて、体動かしに行こうかな。

 

 何て考えてると、今日沙紀ちゃんに言われた事を思い出しちゃった。

 

「ダメダメ、体を動かしすぎるのはダメだって、沙紀ちゃんに言われてたんだ」

 

 危ない危ない。沙紀ちゃんから注意されたことをさっそく破ろうとするところだったよ。

 

 けど、じっとして何もしてないと、何か逆に体に悪そうな気がする。何とかウズウズを抑える方法はないかな。

 

 あとで沙紀ちゃんに相談しようかな。沙紀ちゃんなら色々と知ってそう。それにトップアイドルだから、こういうときの解決法とかも知ってそう。

 

「よしっ、家に帰ったら沙紀ちゃんに電話しよう」

 

 今電話してももしかしたらまだ実行委員の仕事をしてるかもしれないし。

 

「やっぱりご飯食べてからでもいいかな」

 

 もうすぐで家に着いちゃうから時間も変わらないし、そもそも沙紀ちゃんが家に着いてないかもしれないし、何もより今スッゴクお腹が空いちゃったから。

 

「じゃあ、ご飯食べたら沙紀ちゃんに電話しよう」

 

 腹が減っては戦ができないって言うもんね。ご飯食べてからでもいいよね。ダイエットにもなって海未ちゃんに怒られず済むもんね。

 

 まさに一石二鳥ってやつだね。

 

「ん?」

 

「あれ~おかしいです、この辺で合ってると思うんですけど~」

 

 とりあえず、このあとの予定を決めて、これから頑張ろうとすると、目の前にそんなことを口にしながらウロウロとしてる人が見えた。

 

 可愛い帽子を被って、サングラス掛けた中学生くらいの背の(多分)女の子が目の前でウロウロしてる。

 

 どうしたんだろう? もしかして道に迷ったのかな? 声を掛けたほうがいいよね。

 

「あの──」

 

「あっ!! もしかして穂乃果さん!!」

 

 私が声を掛けようとすると、女の子のほうが先に私に気付いて、こっちの方へ走ってくる。

 

「お久しぶりです、あのときのライブ以来ですね」

 

「え~と……」

 

 向こうは私の事を知ってるみたいだけど、全然思い出せない。

 

 ヤバイ、どうしよう。この子が言うあのときのライブっていつのライブだっけ? 

 

「あっ!! ごめんなさい、帽子とサングラスのせいで分からないですよね」

 

 私がこの子の事を思い出せないのに気づいたのか、女の子は帽子とサングラスを外す。

 

 帽子を外すと、中から緩いカールの掛かったブラウンの綺麗な髪が出てくる。

 

 そうしてサングラスを外すとお人形みたいな可愛らしい顔が出てきて、私は思い出した。

 

「あっ!! あなたは……」

 

「はい、あのときのプールでのライブ以来ですね、キューズの穂乃果さん」

 

「μ'sだよ!!」

 

「あれ? また間違えてましたか?」

 

 女の子は自分がグループ名を間違えてたことに気付いてないみたいな反応をしてる。

 

 間違いない。この子はあのときに迷子にあったときに出会った私たちのファンの子だよ。

 

「ごめんなさい、でもこれは刺激的な再会ですね」

 

 グループ名を間違えてたことを気にせずに、笑顔でそう口にした。

 

 2

 

 夏休みに沙紀ちゃんの知り合いの古道さんからの紹介で参加したプールでのライブ。

 

 そのときに私はみんなとはぐれちゃって、迷子になったときに声を掛けてきた女の子。

 

 一緒にステージを探してくれたけど、途中ではぐれちゃって、そのまま会えないままだった女の子。

 

 それが今私の目の前にいる女の子。

 

「あぁ~、まさかもう一度穂乃果さんに会えるなんて、刺激的に感激です」

 

 女の子はピョンピョンと跳ねながら、私に会えたのがすごく嬉しいみたい。

 

「私もあのときはぐれたままだったから、また会えて嬉しいよ」

 

 一緒にステージを探してもらったけど、この子と話してると、何か色々と心配な部分があったからね。

 

「穂乃果さんにそう言って貰えるなんて、刺激的で泣いちゃいそうです」

 

「そんなに!?」

 

 私が心配してたとは考えてなくて、ただ純粋に会いたかったって勘違いしちゃったみたい。

 

「そうだ、あのときの私たちのライブってちゃんと見れた?」

 

「はい、係員の人に場所を教えてもらって、何とか見ることができました」

 

 良かった。せっかく私のライブを見に来てくれたのに、迷子になって見れないことがなくって、安心したよ。

 

 あのときにずっと気になってたことが解消されてスッキリしたよ。

 

「最初は迷子と勘違いされて、迷子センターに連れていかれそうなったときは焦りましたけど……失礼ですよね、私は迷子じゃないですのに」

 

「う? うん……そうだね、失礼だよね」

 

 相変わらず、この子は自分を迷子だとは認めないんだね。あのときのあの子、どっからどう見ても迷子にしか見えなかったような。

 

 何て考えるけど、きっとこの子は認めないから口にしないでおこう。

 

「しかし、こうして再会できたのが奇跡みたいです、この再会を導いてくれた神様に刺激的感謝を贈らないと」

 

「そんな大袈裟に言わなくても……」

 

 やっぱりこの子テンションが高いときの沙紀ちゃんみたい。

 

「そういえば何処か探してたみたいだけど、どうしたの?」

 

「あっ!! そうでした、穂乃果さんに会えた感激のあまり忘れてました」

 

 私がこの辺でウロウロとしてた理由を聞くと、女の子は口に手を当てて思い出した素振りをする。

 

「実は何となく和菓子を求めて、近くにある和菓子屋を探してたんですけど、全く見つからなくて……」

 

「和菓子屋!? そのお店の名前って……」

 

「はい、穂乃果ってお店何ですけど……知ってますか?」

 

 何かまた色々と惜しい!! この子また名前を間違えてるよ。

 

「そういえば穂乃果さんと名前似てますよね、もしかしてそのお店から名前もらいました?」

 

「似てるも何もそもそもお店の名前間違ってるよ」

 

「えっ!! そうだったんですか!! なるほど道理で見つからないわけですね、まさに一寸先は闇状態です」

 

「いや、多分それ意味が違うと思うよ」

 

 私も勉強が得意じゃないから何とも言えないけど、この子の使い方を間違えてる気はする。

 

「どうしましょう、せっかく和菓子を食べようと色々と向け出して彷徨ってましたのに」

 

 女の子は和菓子屋の名前が分からないから、すごく困ったみたいにあたふたしてる。でも心配ないよ。何故なら──

 

「大丈夫だよ、私そのお店の娘だから案内するね」

 

「おお何て刺激的奇跡、まさに渡りに船、いや渡りに穂乃果さまです」

 

「いやそれはそのままで合ってたよね!?」

 

 でもこの子が喜んでくれて良かった。一応あのとき一緒にステージを探してくれたお礼もあるからね。

 

「それじゃあ行こっか……そういえば名前聞いてなかったよね」

 

 私の案内しようとしたけど、ずっとこの子の名前を聞いてなかったことを思い出した。

 

「そういえば名乗ってませんでしたね、私の名前はふ……いやそういえばあいつに会ってたっけ……それは不味いか」

 

「ふ?」

 

 どうしたんだろう? 名前を言おうとしたら急に小さな声になったけど。

 

「ごめんなさい、ゴホン、それでは改めまして──高き道を結ぶ理と書いて、高道結理(こうどうゆり)と言います」

 

 そうして女の子は自分の名前を口にした。

 

「よろしくね、結理ちゃん」

 

 私も笑顔で結理ちゃんの名前を呼んだ。

 

 3

 

 そんなわけで私は結理ちゃんを家まで道案内するわけになっちゃった。

 

「うわぁ~、これが穂乃果さんの部屋何ですね」

 

 結理ちゃんは私のキョロキョロと見て、すごく楽しそうにしてる。

 

「そんなにじろじろと部屋の中を見られると、恥ずかしいよ」

 

 別に見られて恥ずかしいものはないけど、少し散らかってるから女の子としてはちょっと恥ずかしい。

 

 これが海未ちゃんだったら怒られるし、ことりちゃんや沙紀ちゃんだったら部屋の中を掃除し始めるんだよね。

 

「でも良いんですか? 私なんか家の中に入れて、ご迷惑では?」

 

「気にしなくていいよ、ちょっと待っててね」

 

 そうして私は自分の部屋から出て、お店の方から色々と和菓子を持ってくる。

 

「はい、うちのオススメのほむまんと最近出た新商品良かったら食べて」

 

 お皿いっぱいに色々とうちの和菓子を乗せて、机の上に置く。

 

「こんなにいっぱい良いんですか?」

 

「いいよいいよ、この前のお礼もあるからね」

 

 結理ちゃんは遠慮するけど、この前のプールで一緒にステージを探してくれたお礼だから、むしろいっぱい受け取って欲しいなあ何て思ってる。

 

「そうですか……ありがとうございます、それでは一つ頂いて……」

 

 遠慮しながら結理ちゃんはお皿の上に乗ってるほむまんを一つ取って、一口食べると、二口目からどんどん食べ始めて、すぐに食べ終わっちゃった。

 

「なにこれ!! 刺激的に美味しいんだけど!!」

 

 そう言ってほむまんを気に入ってくれたみたいで、どんどんお皿の上のほむまんと新商品を食べ始めて、あっという間に全部なくなっちゃった。

 

「ふう~、刺激的に満足……あっ、満足です」

 

「よかったよかった、気に入って貰えて私も嬉しいよ」

 

 すごく美味しかったのかな、しゃべり方がちょっと変わってたけど、変わっちゃうくらいに美味しかったってことだよね。

 

「まさか、穂乃果さんの家に上げて貰うだけではなく、刺激的に美味しいものまで頂けるとは、良いことはするもんですね」

 

「そんな喜んで貰えると、和菓子屋の娘としても嬉しいよ」

 

「あっ、お持ち帰りでもう何個か買って帰って良いですか」

 

「ありがとうございます」

 

 やった、売り上げに繋がったからお小遣いアップのチャンスの交渉ができるよ。結理ちゃんの言う通り良いことはするもんだね。

 

「それにしてもここには他のキューズのメンバーも来るんですか?」

 

「μ'sだよ!?」

 

「あっ、間違いました」

 

 あまりにも間違いすぎて、私としてはわざとやってるんじゃないか疑いたくなるレベルだよ。

 

「うん、同じ学年の海未ちゃんやことりちゃんはよく来るよ、あとたまに他のメンバーもね」

 

「そうなんですか、やっぱりここで曲とか作ったりとかもするんですか?」

 

「そうだね、海未ちゃんが作詞してるんだけど、たまにね」

 

 ホント、たまに海未ちゃんが歌詞ついて相談したいって言ったときにここで作詞をしてるだよね。

 

 普段は一人家でこそこそと作ってるみたいだけど。

 

「じゃあここでμ'sの素晴らしい曲が生まれてるんですね、そう考えると刺激的に感動です」

 

 そうとは知らないで結理ちゃんは感動してるみたいだけど、夢を壊さないように黙っておこう。

 

 すると、結理ちゃんは何か気づいたみたいで、立ち上がってあるものをじっと見つめる。

 

「どうしたの? 何か気になるものがあった?」

 

「いえ、ちょっと……」

 

 そう言って結理ちゃんの見ていた物を確認すると、それは沙紀ちゃんの──星野如月ちゃんのCDを見ていた。

 

「穂乃果さんはこの人知ってるんですか?」

 

「うん、メンバーの花陽ちゃんがこの人のファンで、スクールアイドルをやるならこの人を知ってなきゃダメだって言って貸してくれたんだあ」

 

 沙紀ちゃんが出来るだけ他の人には黙ってて欲しいと言ってたから沙紀ちゃんの名前は出さないけど、嘘は言ってはいないよ。

 

 実際にこれ花陽ちゃんから借りた物だから、そういえばそろそろ返さないと。

 

「結理ちゃんも如月ちゃんのこと知ってるの?」

 

「はい……嫌と言うくらいに……有名でしたからね」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 途中結理ちゃんが何を言ったのか聞こえなかったけど、中学生くらいの結理ちゃんが知ってるレベルで、有名なんて本当にトップアイドルなんだね。

 

「そんなことより穂乃果さんたちはラブライブに向けて頑張ってるんですよね」

 

 急に結理ちゃんは話を変えて、私たちの事を聞いてくる。

 

「それと自分たちの学校を廃校から救うって話も聞いてますけど、本当ですか!?」

 

「そうだね、ラブライブに出場目指してるし、廃校のことも本当だよ、今はどっちも実現できるように学園祭でライブの準備をしてるだよ」

 

 私がそう説明すると結理ちゃんは目を輝かせて──

 

「すごいです、廃校を阻止しようと行動できるなんて、刺激的に格好良いです」

 

「そう、そう言われると照れちゃうなあ」

 

 結理ちゃんは私たちを尊敬するように言うと、私も何だか照れてくる。

 

「なら、一層次の学園祭のライブが重要ですね」

 

「えっ?」

 

「学園祭は外からお客さんもいっぱい来ますから、ここでアピール出来れば、ラブライブ出場を確実に出来ますし、何より廃校の阻止にも繋がりますからね」

 

「うん、だから今は最高のライブを出来るように頑張ってるところなんだ」

 

 今日みんなで話し合って、学園祭までに出来ることをいっぱいしようって話になって、色々と向け準備をしてる。

 

「そうなんですか、それはすごく楽しみです、私絶対に見に行きますね、きっと今までよりも刺激的なライブなんだろうなぁ~」

 

 そう言う結理ちゃんはとても楽しそうに口にするけど、私の中では今までより頑張らなくちゃいけないと思ってしまい、その言葉は聞こえなかった。

 

 4

 

 結理ちゃんはそのあとちょっと部屋の中で休憩してから、大量にほむまん買って帰っていた。

 

 私はベッドで横になりながら、結理ちゃんがさっき言ってたことを思い出していた。

 

 結理ちゃんの言う通り、学園祭なら外からお客さんも来るし、近くの中学生とか見に来てくれて音ノ木坂に興味を持ってくれるよね。

 

 そうしたらその子たちが入学を希望してくれて廃校を阻止できる。

 

 それにラブライブに出場出来ればさらに入学希望者が増えて廃校を阻止できるかもしれない。

 

 だからこの学園祭が一番の頑張り時なんだ。せっかく順位も上がって、ここまで来たのに、ここで躓いたら全部が無駄になっちゃう。

 

 そう考えると、不意に私は立ち上がって、動きやすい服装に着替え始める。

 

 沙紀ちゃんは体を動かしすぎるのはいけないって言ってたけど、ここで頑張らなくちゃ何時頑張るの? 

 

 それに最近練習を続けてきたから体力も付いてるし、今日散々練習したけど、全然疲れてないから大丈夫だよね。

 

 もし、このことが沙紀ちゃんにバレたら何とか説得すれば沙紀ちゃんだって、きっと納得してくれるはず。

 

「よしっ、ファイトだよ」

 

 着替え終わって自分に気合いを入れて、私はもっともっと最高のライブが出来るように、一人で練習をするために外に出始めた。

 

「まあ、刺激的に予想通りってところね」

 

 練習に向かう姿を誰かに見られたことに気付かずに。

 




というわけで数話振りに登場でみなさん覚えてるか分かりませんが、結理の登場です。

名前も今回で初お披露目ですね。

正直、書いてて刺激的刺激的五月蠅いなんて思いながらも書いてて刺激的に楽しいな思ってしまうのでした。

そんなわけで彼女がこの物語にどう絡んでくるのかをお楽しみに。

それでは何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して戴けると有り難いです。


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四十話 実感

すみません、長い間お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

 昔の私はよく周りから怒られることが多かった。

 

 テストで0点をとって、先生に怒られたことがあったし、色んな習いの大切な場面で大きな失敗をして、コーチや仲間に責められたことだってある。

 

 その旅に大体何時も同じように怒られる。

 

 舐めているのか、ふざけてるのか、真面目にやれ。

 

 そうやって私は何かをする旅に怒られた。私はそんなつもりは全くなく自分ができる最大限の力を発揮してた。

 

 けどそれは周りには関係ない。怒られても仕方がないことだって分かってる

 

 だってわたしが出来て当然のことが出来てないんだから、出来ない私が悪いんだから。

 

 私が悪い。私が悪いだけなんだから。

 

 だから私は必死になって、周りが望むわたしと同じになるように努力をした。

 

 凡人である……いや出来損ないの私だから血の滲むような努力をして、それでも足りないから死にかけるような努力をした。

 

 それくらい努力をして周りが期待してたくらいになっても、誰も私を誉めてはくれない。

 

 それはわたしが出来て当然のことだから、むしろ前よりもハードルが上がってる。

 

 努力をしても努力をしても誰も誉めてはくれなくって、ハードルだけが高くなって追い付けなくなる。

 

 自分の時間を削ってでも苦しくても辛くても周りの期待に応えなくっちゃいけない。

 

 だから私は効率よく、もっと効率よく、さらに効率よくと、物事を理解しなくちゃいけない。必要ないものは──捨てるものは、最大限利用してから捨てる。

 

 例え自分が大切なものでも捨てたほうが効率がいいなら捨てる。

 

 わたしが必要とされるためだったら何だって捨てる。

 

 それでやっと私は周りの期待通りにやっていける。

 

 このままやり方が間違ってることだって分かってる。そのうち全てを失うことになることだって分かってるだけど止めない。

 

 私にとって正しいことだと思ってるから。

 

 大切なものために大切なものを捨てる。間違ってない、これは正しいことだから。

 

 私にとって一番大切なもののためなら、全てを失っても構わない。

 

 だって私がここにいる価値があるって、実感できるのだから。

 

 2

 

 私は学校から家に戻ると、制服を脱いで下着姿になり、さっきまで着ていた制服を洗濯かごに入れて、そのまま倒れるようにベッドの上で横になる。

 

「今日も疲れた~」

 

 別に家に誰かいる訳じゃないけど、大きな独り言を口にしていた。

 

「うぅ~、今日もにこ先輩と全然お話しできてない……」

 

 みんなで学園祭に向けて頑張ろうと決めてから数日──いや正確には2週間が経ち、明日には学園祭当日。

 

 あれから少しずつ実行委員としての仕事が忙しくなり、あの日以降、私はまともにμ'sの練習を見ることが出来ていない。

 

 それどころか、最近は学園祭の準備が忙しくて、μ'sのみんなと会う機会が殆んどない。

 

 私が穂乃果ちゃんたちと同じクラスなら休み時間に少しだけ話を聞いたりできるだろうけど、生憎私だけクラスが違うから、そんなことも出来ない。

 

 今日も学園祭の準備が忙しくて、それが終わった頃には、μ'sの練習時間が終わっていたから、そのまま家に戻っていったわけ。

 

 学園祭が近いから忙しいのは分かる。それでもにこ先輩とお話しできないのは、私には耐え難い拷問に近い。

 

「にこ先輩に電話しようかな……」

 

 にこ先輩のお話ししたいがあまり私は通学用の鞄から携帯を取り出す。携帯の画面から通話アプリを開くけど、そこで私は少し躊躇ってしまった。

 

 用もないのに急に電話したら迷惑かな……。

 

 携帯で今の時間を確認すると、夕飯時の時間なのでにこ先輩が家事をしてるかもしれない時間。

 

 そんな時間に電話したら、にこ先輩のお邪魔になっちゃうかもしれないから止めておこうかな。

 

 それに私も晩御飯作らないといけないし。うん、食べてからにしようかな。

 

 それじゃあ今日は何を食べようかな。疲れたから手の込んだものはさすがに作りたくないから、手軽にできるものがいいかな。

 

 何て今日の晩御飯について考えていると、急に手に握っていた携帯が鳴り始めて私は驚く。

 

「ひゃっ!? びっくりした……誰から……海未ちゃん?」

 

 携帯の画面を見て、海未ちゃんからの電話だと分かるけど、私は少し疑問に思った。

 

 何だろう……。海未ちゃんから電話なんて珍しい……。

 

 いや、そもそも最近は電話が掛かってくること事態珍しいけど。今はメッセージで大抵済ましちゃうから。

 

 そんなことは置いておいて、私は携帯に表示される通話ボタンを押して、海未ちゃんと電話を始める。

 

「はい、朝から真夜中まであなたのユートピアの沙紀ちゃんです」

 

「何ですか、その意味分からない挨拶は……」

 

「苦しいとき、悲しいとき、泣き出したいとき、そして発情したとき、海未ちゃんのユートピアになるのが、私の指名でありますですのよ」

 

 電話に出て早々に私の変なテンションに戸惑う海未ちゃん。しかし、私は気にせず、今のテンションを続ける。

 

「いえ、そんなことは聞いた覚えがないですし……それよりツッコミどころが多過ぎて捌き切れないのですが」

 

「ノンノン、細かいことは気にしちゃダメ、ありのままを受け止めるんだよ」

 

 まるで私と話すのが疲れるのか──呆れるように、言う海未ちゃんに気にせず、その場のノリで話す。

 

「ありのままを受け止めると、私が酷い目に遭う気がしますけど」

 

「酷い目じゃないよ、気持ちいいことだよ」

 

「同じじゃないですか」

 

「またまた本当は期待してるんじゃない、海未ちゃんが望むなら今からでも行くよ」

 

「いえ期待していませんし、来なくてもいいです」

 

 望まれれば颯爽と駆けつけるつもりだったけど、海未ちゃんにきっぱりと断られてしまった。

 

「そんな海未ちゃんと一線を越えられると思って、もう既に下着で待機してるのに……ちなみに色は白だよ」

 

 そもそも海未ちゃんと電話する前から下着だけの状態なんだけどね。

 

「何で……いえ、何か色々と面倒です」

 

「ツッコミを諦めないで、ツッコミがないと何か悶々とする、まさか……消化不良の状態にして私を弄ぶつもり、海未ちゃんのドS」

 

「どうしてそんな発想になるんですか、するなら一人で勝手にしてください」

 

「えっ!? 私……一人でするの……」

 

 いきなり一人でやれと言われて恥ずかしくなる私。電話越しからそれを感じ取ったのか海未ちゃんも恥ずかしくなっている。

 

「なっ!! な……何を言っているのですか……破廉恥です」

 

「いいよ……海未ちゃんが電話越しに私一人でしてる声を聴きながら想像するんだったら……恥ずかしいけど……」

 

 そう言いながら私は下着に手を掛けて脱ぎ始めようとする。

 

「話を聞いてください、やらなくていいですから!!」

 

「そう……じゃあ、また今度ね」

 

「少し残念そうに聞こえますけど……あと今度はありません」

 

「えぇ~、ないの?」

 

「ないです!!」

 

 そう強く言われたので、私は一先ずこの話題はそろそろ終わりにするかな何て考える。

 

 さて、楽しいお喋りもここまでにして、そろそろ海未ちゃんが電話してきた理由──本題に入ろうかな。

 

「はぁ、何か変な話をしたせいで疲れましたけど、沙紀少し時間大丈夫ですか」

 

「うん、大丈夫だよ、今家でゆっくりしてたところだから」

 

 本当は今日の晩御飯どうしようか悩んでゴロゴロとしていただけだけど、この会話においてさして重大ではないので、口にはしない。

 

「そうですか、なら良かったです、……実は相談したいことがあるのですが……」

 

 相談? なんだろう。海未ちゃんがわざわざ私にするなんて、トレーニングメニューについてかな。

 

 そんな風に相談内容を予想するけど、海未ちゃんが口にしたのは違う内容だった。

 

「私も弓道部が忙しくて、よく見れてないので勘違いかもしれませんが、最近ことりの様子がおかしいと思うのですが、沙紀は何か知りませんか」

 

「……」

 

 海未ちゃんの質問を聞いて、私は夏休みの終わり頃にことりちゃんの家に行った時のことを思い出した。

 

 今の幸せの代わりに夢を叶えるチャンスがあるとしたらどうする? そんな質問をことりちゃんにされた。

 

「その反応……何か心当たりがあるのですか?」

 

「うん……心当たりと言うか……気になることがあったんだけど……」

 

 私は海未ちゃんにあの時ことりちゃんと話した内容を話した。

 

「そうですか……ことりがそんなことを……」

 

「多分……何か悩んでいたんだと思うんだけど、なんというか少し遠慮してる感じがしたから聞けなかったんだよね」

 

「そうですね、昔からことりは、自分のことになると周りに遠慮することがよくありましたから」

 

 やっぱり幼馴染だから長い時間一緒にいるからよく分かるんだね。

 

「そう……ちなみに穂乃果ちゃんにはことりちゃんのことは相談したの?」

 

「はい、沙紀に電話する前に相談をしました」

 

 海未ちゃんと同じくことりちゃんと幼馴染である穂乃果ちゃんには、さすがに相談しているよね。

 

 いくら私とことりちゃんがソウルメイトと言っても付き合いは二人のほうが長いから、少なくとも私に相談するよりもそっちのほうが良い。

 

「ただ穂乃果はことりの様子に気づいてないみたいで……」

 

「そうなんだ……」

 

 どうしたんだろう。穂乃果ちゃんならことりちゃんの様子なら私よりも気づきそうなはずなのに──変だね。

 

 気になるところだけど、今はことりちゃんのことに集中しよう。

 

「分かった、ことりちゃんについては今からでも聞いてみるよ」

 

「すいません、学園祭の準備で疲れてるのに」

 

「気にしないで、私はμ'sのマネージャーだからね、メンバーの相談に乗るのもマネージャーとして当然だよ」

 

 メンバー一人一人のメンタル面をケアするのも、良いライブを出来るようにするために必要なこと。

 

 その為なら、メンバーの相談に乗るのもマネージャーとして当然の仕事。

 

 正直に言うと、私の苦手な分野だけど、私に出来ることは限られてるから四の五のは言えない。

 

「それじゃあ今からことりちゃんに電話してみるから切るね」

 

「ありがとうございます、何か出来ることがありましたら何時でも言ってください」

 

「うん、分かったよ、それじゃあ明日のライブ頑張ってね」

 

 私は海未ちゃんにエールを贈ってから電話を切って、そのままことりちゃんに電話を掛けようとする。

 

「あれ? おかしいな~電話出ない?」

 

 ことりちゃんに電話を掛けてみるけど、なかなか電話に出ず、少しすると通話中の音声が流れてきた。

 

 誰かに電話をしてるみたい。それなら少し時間を空けてから掛け直そうかな。

 

 夕食は簡単に出来るものでも作って食べてから電話をすれば、ことりちゃんの電話も終わってると思う。

 

 私はことりちゃんに電話するのを止めて、立ち上り夕食の準備をすることにした。

 

 3

 

 一先ず夕食を作ることにした私は冷蔵庫にあるもので調理を始めた。

 

 そしてぱっぱと調理を終わらせて、夕食もすぐに食べ終わる。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そうして使った食器を片付けてからベッド上に座り、もう一度ことりちゃんに電話を掛けようと携帯を握る。

 

 前電話を掛けたときから三十分以上経ってるから多分ことりちゃんの電話は終わってるはず。

 

 まあ、三十分以上の長電話何て女の子からしたら普通にあるから確証はないけど。

 

 これで繋がらなかったら、今度はシャワー浴びた後にでも掛ければいいかな。

 

 そんな風に繋がらなかったときのことを考えてると、握っていた携帯が鳴り始めた。

 

「ひゃあ!! えっ、誰から……」

 

 私は驚きながら携帯の画面を確認すると、そこには今から電話をする予定だったことりちゃんの名前が表示されていた。

 

「もしもし……どうしたのことりちゃん?」

 

 私はすぐに電話に出ると、海未ちゃんのときとは違ってふざけることしないで、用件を聞いた。

 

「沙紀ちゃん……少し話したいことがあるんだけど……いいかな」

 

 電話から聞こえることりちゃんの声には暗い。少なくともあまり楽しい話題じゃないのは何となく分かる。

 

「いいよ、実は私もことりちゃんに聞きたいことがあったから」

 

「うん……知ってるよ、海未ちゃんから聞いたからね」

 

 それを聞いて私はすぐに納得をした。

 

 どうやら私が海未ちゃんと電話した後、すぐにことりちゃんが入れ違いで海未ちゃんに電話したみたい。だから私がことりちゃんに電話を掛けたときには繋がらなかったんだ。

 

 多分、そのときに海未ちゃんが私もことりちゃんのことを気にしてたって話をしたんじゃないかな。

 

 それでことりちゃんは海未ちゃんとの電話が終わってから、私に電話を掛けてきたんだと思う。

 

「そう……じゃあ……」

 

 そうしてことりちゃんは今悩んでいることを話始めた。

 

 4

 

 ことりちゃんが話したこと纏めるとこういうことだった。

 

 夏休み辺りに海外の服飾系の学校から留学しないかって、お誘いがあったみたい。

 

 ことりちゃんは服飾関係の仕事に興味があったからとても良い話で行ってみたいと思っている。

 

 けど、それはつまり音ノ木坂とは──μ'sとは──穂乃果ちゃんと海未ちゃんとは、離れ離れになること意味している。

 

 こういうのは悪いと思うけど、今のことりちゃんは夢を取るのか、それとも友情を取るのか、秤に掛けられてる状態。

 

 ことりちゃんからすれば自分が興味があること──夢を、掴むことができるまたとないチャンス。だけど、今のみんなと過ごす時間はとても楽しくて大切ものだから、どっちも選べない。

 

 一人でいくら悩んでも自分にとって、どっちが正しい選択なのか選ぶことができなかった。

 

 誰かにいや……幼馴染である穂乃果ちゃんと海未ちゃんに相談しようと考えたみたい。けどラブライブ出場や学園祭のライブなどに向けて、μ's全体が盛り上がってるためになかなか言い出せなかった。

 

 ことりちゃんの性格からすれば、そんな状況でみんなに心配を掛けて、士気を下げるようなことはできないから。

 

 今のところは行くって言う方向性らしい。だけど、それが本当に正しいのか分からないみたい。

 

 そうして悶々としながら時間だけが過ぎていき、今日まで相談ができなかったみたい。

 

「ありがとう、話してくれて」

 

 自分の中でことりちゃんが話してくれたことを纏め終ると、相談してくれたことにお礼を言う。

 

「ううん……ごめんね、すぐに相談できなくって……」

 

「謝らなくてもいいよ、こっちこそごめんね、この前遊びに来たときに気付いてあげられなくって……」

 

 この前ことりちゃんの家に遊びに行ったときに、質問の意味に気付いていれば、こんなにことりちゃんが悩まなくって済んだのに。

 

 いや、気づいたところで私ごときがことりちゃんの悩み解決できるなんて烏滸がましい。自分の夢すら持ってない私が、そんな相談を解決できるとは思えない。

 

 それにことりちゃん的には、本当に相談したい相手がいるみたいだから。

 

 むしろ、そうやって悩めることりちゃんがとても羨ましい。

 

「それで留学の話の返事って期限は何時までなの?」

 

「……明日まで……」

 

「そう……」

 

 期間があればもう少し色々と考えることは出来るとは思っていたけど、まさか期限ギリギリだったんだ。

 

 唯一の救いは、学園祭でライブが終わった後に相談が出来ることくらいかな。そのタイミングなら相談は前よりはしやすいはず。

 

 本当は今すぐにでも相談するのが良いと思うけど、ことりちゃんの性格的にできないと思う。

 

「ライブが終わった後にみんなに相談するの?」

 

「うん……そのつもり……みんなに迷惑を掛けたくないから……」

 

 やっぱり、みんなに気を遣って今すぐ相談する気はないみたい。でも相談する気持ちはあるみたいだから大丈夫かな。

 

「もし留学することになったら何時出発するの?」

 

「今月末には……でも準備もあるからその前の一週間は学校を休んじゃうと思う」

 

「そうなんだ……」

 

 良かった。ギリギリラブライブ本戦の後で。ラブライブ本戦の前だったらことりちゃんが欠けた状態で参加することになってたよ。

 

 後とは言え仮に準備とかで参加が難しいってなったら、そのときはみんなで準備を手伝うとか、最後の思い出作りとか言って、何としてでもことりちゃんを参加させればいいからね。

 

 今のμ'sにはことりちゃんは必要な存在だからね。

 

「ありがとう、悩みを話してくれて」

 

 もし話してくれなかったらラブライブに向けて、最後の仕上げの計画が準備段階で狂うところだったから。

 

「ううん、こっちこそごめんね、すぐに相談できなくって」

 

 ことりちゃんはすごく申し訳なさそうな声で私に謝ってくる。

 

「いいよ、私に相談をしてくれてむしろ嬉しいよ、それじゃあ色々と大変だと思うけど、明日のライブ頑張ってね」

 

「うん、また明日」

 

 ことりちゃんにエールを送りお互いに挨拶してから私は電話を切った。

 

 5

 

 ことりちゃんとの通話が終わったあと、私は思いっきりベッドの上に倒れた。

 

「何が頑張ってだよ……完全に他人事みたい」

 

 さっきまでのことりちゃんとの通話を思い出しながら、私は自己嫌悪に陥っていた。

 

「ことりちゃんがすごく悩んでるのに……私は頭の中で自分勝手なことばっか考えて……」

 

 完全にことりちゃんがどっちの選択を選ぼうと関係なく、ラブライブ本戦に参加させようと算段を立ててる自分に腹が立つ。

 

「私って最低だよ」

 

 相変わらず私は捨てると分かってるものに対して、最後まで利用するスタンスは変わらないみたい。

 

「でもいっか……ことりちゃんがどっちを選んでもことりちゃんが決めたことだし、私には関係ない話だから」

 

 そう関係ない。私には関係ない。

 

 だってラブライブに出場すればそれで私の役目は終わりなんだから。その先のことは私には関係ない。

 

「そうだ……大切なのは約束を果すことなんだから」

 

 にこ先輩との約束を果すには明日のライブを成功させて、順位を維持し、ラブライブ予選突破する。

 

 そして本戦に向けて最後の仕上げして、ラブライブでμ'sを優勝させる。

 

 そうすればにこ先輩の夢を叶えることができる。あのとき私を救ってくれたにこ先輩に恩返しがやっとできる。

 

 そのために誰にも邪魔はさせない。

 

 ラブライブ優勝における最大の障害はA-RISEだけど、今のμ'sの実力は確実に追い付いてきてる。本戦のときにはかなり近い実力になってる。

 

 もし仮に実力が足りなくても私にはA-RISE対しての秘策が──アドバンテージが、あるから負ける要素なんてない。

 

 他のグループだって同じ。ランキング上位のグループは侮れないけど脅威じゃない。

 

 ここでの一番の心配と言えば、あの子なんだけど、秋葉の路上ライブから何もアクションがない。

 

 あのとき私に気付いてない可能性があるけど、あの子のことだから裏でこそこそやっている可能性のほうが高い。

 

 例えあの子が何かしてきたとしても、ここを乗りきれば何をしてこようが関係ない。

 

 だからこそ、ここで失敗さえしなければ全てが確定する。

 

「もうすぐ……やっとあなたの役に立つことができる」

 

 何もない私を必要としてくれたにこ先輩の役に立つ。私にとって、とても嬉しいこと。

 

 その結果全部を失うことになっても関係ない。それで満足だから。それに失ったところで、あの頃に戻るだけで変わらない。

 

 辛いけど、私はここにいるって実感できるから。




如何だったでしょうか。

ある意味沙紀のヤバさが分かる回だと思います。

どうして彼女がこうなってしまったのか。まだまだ謎ですが、少しずつ明らかになると思います。

また何時投稿できるかは分かりませんが、次回をお楽しみに。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけると大変有り難いです。



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四十一話 学園祭

メリークリスマス

そんなわけでお楽しみください。


 1

 

 学園祭当日──私は屋上の階段でμ'sのみんなと一緒にいると、ある問題が発生してた。

 

「うわぁ~、すごい雨」

 

「お客さん全然いない」

 

 凛ちゃんと花陽ちゃんが屋上の入口から顔を覗かせて、外の様子を口にする。

 

 運の悪いことに今日は雨で、そのせいでライブ会場である屋上にはお客さんは誰もいなかった。

 

「この雨だもん、しょうがないわ」

 

「私たちの歌声でお客さんを集めるしかないわね」

 

「そう言われると燃えてくるわね」

 

「その意気ですにこ先輩、そのまま真白になるまでどんどん燃え上がってください」

 

「それ燃え尽きてるわよね!?」

 

 雨が降ってようが関係なく、何時ものように自分たちができる最大限のことをする気持ちでいるにこ先輩たちを見て、私は安心する。

 

「でもライブ中はいつも以上に足下には気を付けてね」

 

 念のために私はみんなに注意をしておく。

 

 一応ライブが始まるまでは、シートを敷いて簡易ステージが雨で濡れないようにしている。

 

 ただこの雨の様子だと、ライブ中もずっと降ってると思うから足下が濡れてステージ全体が滑りやすくなって、怪我に繋がることがあるかもしれないから。

 

「そうね、特に最初の曲は激しい動きが多いからみんな注意しましょう」

 

 私が言いたいことが理解してくれたのか絵里ちゃんはみんなにさらに注意を促してくれた。

 

「どうしたの沙紀? 笑顔で私を見て」

 

「何かこういうときって絵里ちゃんは頼りになるよねって思ったんだよね」

 

「何よ……急に……褒めても何もないわよ」

 

 急に褒められてちょっと恥ずかしそうにする絵里ちゃんを見て私は──

 

「可愛くて抱き付きたい……むしろ無茶苦茶にして辱しめたいと思ってしまった」

 

「いやいや、思ってしまったじゃないわよ、思いっきり口にしてるわよ」

 

「あれっ? 私に出してました? ウソ!? 待って、今の無しで!!」

 

 にこ先輩に指摘されると私は慌てて、さっきのことをなかったようにしようとするがもう遅い。周りの目線がとても冷たく痛かった。

 

「なんというか……」

 

「色々と台無しだにゃ~……」

 

「ぐっ……」

 

 その言葉に私の心にクリティカルヒットする。

 

「とにかくみんなライブ中は何時もより気をつけてやること以上!!」

 

「無理矢理誤魔化したわね」

 

 結局この空気に耐えきれず、自分が伝えたかったことだけ伝えて、私はさっさとその場から逃げ出す。後ろから真姫ちゃんの呆れた声が聞こえたけど気にしない。

 

 そのまま私は急ぐように階段を下りていくと、海未ちゃんとことりちゃんが何やら話してる姿が見えたから立ち止まる。

 

「本当にいいのですか」

 

「うん……本番直前にそんな話をしたら穂乃果ちゃんにもみんなにも悪いよ」

 

 話の内容を察するにどうやらことりちゃんの留学の話をしてたみたい。

 

「でも今日がリミットなのでしょう」

 

「うん、ライブが終わったら私から話す……みんなにも穂乃果ちゃんにも」

 

 昨日私に電話したときと変わらず、ライブが終わったら他のメンバーにも話すつもりらしい。

 

 そのことを海未ちゃんに伝えて、ことりちゃんはゆっくりと階段を下りていき、その場を離れていった。

 

「さっきの話……沙紀は聞きましたか?」

 

 一人取り残された海未ちゃんは、私に気づいていたみたいで、私の方を向いてそう聞いてきた。

 

「うん……昨日ね」

 

「そうですか……ことりはちゃんと沙紀にも伝えたのですね」

 

「話を聞いてる限り、ことりちゃんはあまり行きたがってない感じがしたけど」

 

「やはり沙紀もそう感じましたか、どうやら私の勘違いではないみたいですね」

 

 その反応からどうやら海未ちゃんもことりちゃんの話を聞いてそう感じたらしい。

 

「海未ちゃん的には、どっちがことりちゃんのためになると思うの?」

 

「私には分かりません……どちらがことりのためになるのかなんて……」

 

「そう……」

 

 私は海未ちゃんに質問しておいてそう答えることしかできなかった。

 

 確かにどっちがことりちゃんのためになるかなんて考えたら、どっちが良いのかなんて答えを出すのが難しいよね。

 

「もし……穂乃果がその話を聞いたら何と言うのでしょうか?」

 

 海未ちゃんはここにはいないもう一人の幼馴染の名前を口にした。

 

「何て答えるんだろうね、でもその答えもライブが終わったらハッキリとすると思うよ」

 

 ことりちゃんはライブが終わったら話すつもりでいるから、そのときになったら、その質問の答えが分かると思う。

 

「そうですね……今はライブに集中しなければ」

 

 海未ちゃんは内心まだ複雑そうな雰囲気はあるけど、もうすぐ始まるライブに気持ちを切り替えようとする。

 

「辛いとは思うけど頑張って、私も応援してるから」

 

 私はそれだけ伝えて、再び階段を下り始めていく。

 

 一先ずは今からことに集中して、これからのことについてどうするのか何て後で考えればいい。

 

「そういえば穂乃果ちゃんを見てないけど、どこにいるの?」

 

 さっき海未ちゃんの口から穂乃果ちゃんの名前を聞いて、ふと私はそんな質問をする。

 

「そういえば今日はまだ会ってませんね」

 

「まさか……寝坊なんてないよね?」

 

 何時も一緒に学校に通ってる海未ちゃんが不安なことを口にするから、あまり考えてたくない可能性を口にする。

 

 さすがにこんな大事な日に限って、そんなことはないよね。そうだと言って欲しい。

 

「……有り得るかもしれません」

 

「マジですか……」

 

 海未ちゃんがとても残念そうにそう言うので、私は戸惑ってしまう。

 

「今から電話して確認します」

 

「じゃあ……私は校内の見回りがてら穂乃果ちゃんを探してみるね、もしかしたら来てるかもしれないし」

 

 このあと実行委員長として校内の見回りをするつもりだったから、もし穂乃果ちゃんが校内にいるのなら、その方が効率がいい。

 

「お願いします、私も穂乃果の居場所が分かり次第、沙紀に連絡します」

 

「分かったよ、私も見つけたら部室に連れてくるから、あと一応ライブ直前には部室に行くね」

 

 ライブ直前に少し慌ただしくなりながら、私は校内の見回りをして穂乃果ちゃんを探すことになった。

 

 2

 

「お化け屋敷はあちらの階段を上がって、右から二つ目の教室です」

 

 私は学園祭に来てた二人組の中学生に実行委員長として道を教えていた。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして、うちの学園祭を楽しんでいってくださいね」

 

 中学生のお礼を言われて笑顔でそう言う。本当は穂乃果ちゃんを探したいんだけど、これも実行委員長の仕事だから無下に出来ない。

 

「あとこれから屋上で、この学校のスクールアイドルのライブが始まるので、良かったら見に来てくださいね」

 

 もちろんμ'sのライブの宣伝も忘れない。こういうところでお客さんを増やすしていかないと。

 

「ホントですか、先にそっちに行こっか」

 

「うん、そうだね、ありがとうございます、先にそっちに行ってみますね」

 

 どうやらライブに興味を持ってくれたらしく、中学生は私に再びお礼を言って、楽しそうに校内を歩いていった。

 

 私も再び校内の見回り兼穂乃果ちゃん捜索を続けようと歩き始めた。

 

 今のところは校内に異常はなしで、実行委員長としての私は一安心だけど、いまだに穂乃果ちゃんを見つけられないからマネージャーとしての私は心配しかない。

 

 ライブまだもう時間がないし、そろそろみんなの様子を見に部室に行こうかな。

 

 そんなことを考えてると、私の携帯からバイブ音が聞こえてポケットから携帯を取り出す。

 

 携帯の画面を確認すると、海未ちゃんからメッセージで『穂乃果と連絡が着きました。今は部室にいます』と書かれてた。

 

 そのメッセージを見て、穂乃果ちゃんが無事に学校に来てたことに私は一安心して、私は海未ちゃんにメッセージを送り返す。

 

『了解、今から部室に向かうね』

 

 私は携帯をポケットに入れて、みんなの様子を見に行くために部室に向かう。

 

 良かった。無事に穂乃果ちゃんは学校に着けて、それにしても何で穂乃果ちゃんは来るの遅れたのかな。まあ着いたら聞けばいいよね。

 

 もしかしら海未ちゃんの言う通り寝坊したなんてのも有り得るかも。

 

 色々と考えながら私は階段を下りようとすると──

 

「これは刺激的なことが起きそう」

 

 すれ違い様にそう呟く女の子の声を聞こえて私はすぐさま後ろを振り返る。

 

 しかし、振り返ると私の後ろには誰もいなく、階段を上がっていく音が聞こえると、直ぐ様再び階段を駆け上がっていき、声の主を追いかける。

 

 まさか……、あの子がそんなわけが……。

 

 私はあの子がここにいることに戸惑いを感じながら階段を駆け上がっていくが、あの子の姿が一向に見えず、気づいたら屋上の入口まで辿り着いていた。

 

「私の聞き間違い……」

 

 いや明らかにあの声、あの口癖、絶対に間違えるはずがない。

 

 あの子が何をしにここへ来たのかは分からないけど、そもそも昔からあの子は何を考えてるのか何て……。

 

「もしかしたらこの先に……」

 

 私は屋上への入口を開いて外を確認すると、そこにはすでにμ'sのライブを見ようとして集まったお客さんが多くいた。

 

 私は雨が降っていることを気にせず、そのまま屋上に出てあの子を探し始める。

 

 雨が降っているせいでお客さんはみんな傘をさして後ろ姿では判断できず、探すのに手間取ってしまう。

 

 どこに……そもそもどうしてあの子が……何て色々と疑問に思いながら探してると──

 

「みなさん、こんにちは」

 

 簡易ステージの方から元気な声が聞こえて、私はステージの方を向くと、μ'sのみんながそこに立っていた。

 

 どうやら私があの子に探すのに夢中になってる間に、ライブの時間になってたみたい。

 

 穂乃果ちゃんがお客さんに向けて挨拶をしてから、少しすると曲が流れ始めて、μ'sのみんなが元気よく踊り始める。

 

 さっきより雨が強くなって、もう既にステージには水溜まりが出来ているが、みんな問題なく踊っている。

 

 今のところは問題はなさそうだね。良かった。

 

 曲が終わりに差し掛かってみんなの様子を見て安心をしたので、私は再びあの子を探し始めようと目を離すと同時に曲が終わるそのときだった。

 

 ステージの方から何かが倒れるような音が聞こえて、私は恐る恐るステージの方を見ると──

 

 穂乃果ちゃんがステージの上で倒れていた。

 

「えっ?」

 

 私は突然の状況に一瞬思考が停止してしまう。

 

「穂乃果!!」

 

 体感で数分経ったくらいに海未ちゃんが穂乃果ちゃんを呼ぶ声に、私は我に返り、その場走り出してステージの──μ'sのみんなが居るところへ向かった。

 

「穂乃果ちゃん!!」

 

 大きな声を出しながらステージに上り、穂乃果ちゃんを抱き抱えると、その体はとても熱かった。

 

「すごい熱!!」

 

 まさか、熱があるのにこの雨の中ライブをしてたの。何で……。

 

「次の……曲……」

 

 ボソッと穂乃果ちゃんの口から何かが聞こえた。

 

「せっかくここまで……来たんだから……」

 

 朦朧する意識の中苦しそうな声で、まだ踊ろうとする穂乃果ちゃんを抱き締め、他のみんなが何か動いてるなか私は──

 

 何で何時も大事なときにこんなことになるの。

 

 そう心の中で強く思った。




そんなわけでこの話が来てしまいました。

果たして沙紀はμ'sはこれからどうなってしまうのか。お楽しみに。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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四十二話 雨の中で

遅れながら明けましておめでとうございます。

新年最初の投稿です。

それではお楽しみください。


 1

 

 学園祭が終わり私──矢澤にこは、教室の後片付けをしていたわ。

 

 私の他にも何人か教室の後片付けをしながら、今日の学園祭の思い出を楽しそうに話してる。

 

 あそこのクラスの出し物が面白かった。あれが美味しかった。なんて話し声がクラスの至るところから聞こえて、その話題で教室の中は楽しそうな雰囲気になっている。

 

 そんな中、私は一人だけその楽しい雰囲気に溶け込めていなかった。

 

 今の私の気持ちは、悔しさと後悔の気持ちでいっぱいだったわ。

 

 何が原因でそうなってるのかは分かってる。それは今日のライブが原因。

 

 穂乃果がライブ中に倒れたあと、絵里がお客さんたちにライブを中止にすると宣言したわ。そのとき私は続けるつもりでいたけど、希に止められてしまったわ。

 

 それからライブは中止になって、私たちは急いで穂乃果を保健室に運んだわ。

 

 運び終えたあと、私たちは服が雨で濡れたから部室で着替えてる途中で、放送で沙紀と絵里が理事長に呼び出されて、二人は着替え終わると、理事長室に向かったわ。

 

 どうして理事長に呼び出されたのか、残ったメンバーは予想が付いていて、部室の中は重い空気に包まれ、誰も喋ろうとはしなかったわ。

 

 そうして絵里が理事長室から戻ってきて、それから何故か少し経ってから沙紀が遅れて戻ってくると、絵里が理事長に言われたことをみんなに説明したわ。

 

 絵里の話を簡単に纏めるなら問題を起こしてしまったから、そのけじめとして、ラブライブ出場をしなさいってことだったわ。

 

 理事長の言うことは最もだけど、私は納得はできなかったけど、問題を起こした以上、素直にラブライブ出場を辞退するしかない。

 

 話が纏まると、すぐにラブライブ出場の辞退の手続きを行い、スクールアイドルのランキングからμ'sの名前が消えたわ。

 

 思い出すだけでも悔しさと後悔の気持ちがさらに強くなるわ。

 

 今日のライブが失敗に終わったこと。

 

 穂乃果がライブ中に突然倒れたこと。

 

 穂乃果の体調に気づけなかったこと。

 

 そしてラブライブ出場を辞退してしまったこと。

 

 この原因は完全に部員全員の不注意があったから。いや、もっと言うのなら、部長である私がもっと周りを見ていれば、穂乃果の体調の変化に気づけてこんなことにならなかったわ。

 

 けど、そんなことを言ったってもう遅い、だってもう全部終わってしまったのだから。

 

 私はこの気持ちを抱えながらぶつけるように、ただひたすらに教室の後片付けの作業を続けた。

 

 気が付くと、いつの間にか教室の後片付けは終わっていたわ。まるで何事もなかったように何時も通りの教室に見ると、少し寂しくなる。

 

 それを見ると、虚しさと寂しさが一気に沸いてきて、本当に学園祭が終わってしまったこと実感してしまう。

 

 本当に全部終わっちゃったのね……。

 

 そうして私たちのラブライブは、この日をもって本当に終わってしまったわ。

 

 2

 

 教室の後片付けが終わった私はすぐに教室から出て、部室に向かっていたわ。

 

 本当は今日はすぐにでも帰りたかったけど、鞄が部室に置きっぱなしだったから取りにいかなくちゃいけないわ。

 

 だけど部室に行くのは、他のメンバーと鉢合わせする可能性があるから、抵抗がある。出来れば今日はμ'sのメンバーとは会いたくない。

 

 会っても何を話せば良いのか分からないし、私自身今日の出来事に、気持ちの整理が出来ていないから。

 

 そういうことなので、誰かと会う前にさっさと部室に向かって鞄を取りにいかないと。

 

 だけど、大抵そんなことを考えてるときに限って会ってしまうのが、世の中の常なのよね。

 

 部室に向かうための階段が見えた辺りで、とても見覚えのあるお下げの三つ網み女子の姿が、階段を上がってくるところが見えてしまったわ。

 

「完全に沙紀よね……」

 

 もう一年くらい付き合いになる後輩の姿を見間違うはずはないわ。

 

「それにしても今日一番会いたくないやつを見つけたわ」

 

 数週間前にあいつの前で部長として、キッチリとみんなのことを気にするからなんて言っちゃったくせに、あんなことが起こっちゃったから会っても気不味い。

 

 どうやら沙紀は私のことに気づかないまま階段を上がっていっちゃったし、今のは見なかったことにして、さっさと階段を下りて部室に向かうわ。

 

「……」

 

 そういえば理事長室から戻ってきてから顔が下を向いてずっと黙ったままだったわよね……。

 

 それに階段を上がっていったけど、この階の上って屋上しかないわ。それにステージだって、とっくに片付いてるのに、屋上に用なんてあったっけ。

 

「はぁ~、しょうがないわね~」

 

 会いたくはないけど、気になってちゃったから行くしかないわね。

 

 私は部室に向かわないで、沙紀を追いかけて階段を上り屋上に向かうことにしたわ。

 

 階段を上り屋上への扉まで来るけど、沙紀の姿はなかったわ。

 

「あれ? おかしいわね、私の見間違い?」

 

 いや、そんなはずないわね。ここにいないとなると、あとは屋上になるけど……。

 

 私は階段の窓から外を見るけど、今でも傘が必要なくらい雨は降り続けていて、さっき見た沙紀は傘を持っていなかったように見える。

 

 もしかしたら折り畳み傘か合羽を持ってたかもしれないけど……わざわざ雨に降ってるなか屋上に用事なんてあるのかしら。

 

 あっ、でも学園祭実行委員として仕事があるかもしれないわよね。それなら納得はできるわね。

 

 とりあえず色々と考えてみるけど、屋上の扉を開けて確認すれば分かることだから、私は扉を開けて屋上の様子を確認したわ。

 

 相変わらず雨は止む様子はないけど、雨に濡れないようにそこから見える範囲で沙紀を探してみると、それらしき人影が立っているのが見えたわ。

 

「あれ……やっぱりあいつよね……」

 

 それからその人影の少し様子を見てみるけど、傘を差しているようには見えなくて、一歩も動こうとはしなかったわ。

 

 何だか見ていると心配になってきたから、私は雨に濡れるのに構わず、その人影のところまで駆け寄って近付くと、やっぱり人影の正体は沙紀だったわ。

 

 だけど、遠くから見た通り傘は差していなかった。それどころか合羽すらも着ていなかったわ。

 

「あんたここでなにやってるのよ!!」

 

「あれ? にこ先輩……どうしたんですか? 雨が降ってるのに傘を差さないなんて、風邪引きますよ」

 

 そんな沙紀の姿を見て、私は心配になって声を掛けると、私に今気づいたみたいだけど……。

 

「それはこっちのセリフよ!! 何であんた傘も合羽も無しでこんなところにいるのよ!!」

 

「あっ……すっかり忘れてました……ははは……おっちょこちょいですね私……」

 

 そういう沙紀の声には何時もの馬鹿みたいな元気はなかったわ。

 

「何してるのよ、早く中に入りなさいよ、あんたのほうこそ風邪引くわよ!!」

 

「あぁ……そうですね……風邪引きますよね」

 

 今の沙紀を見ていると、とても心配になってくるから私は腕を引っ張って階段の方へ連れていこうとすると──。

 

「ここで穂乃果ちゃんが倒れたんですよね……」

 

「えっ?」

 

 沙紀のその言葉で私はその場で固まってしまったわ。沙紀が立っているところを見てみると、そこは今日の簡易ステージがあった場所。

 

「穂乃果ちゃんを運んだあと、私、雪穂ちゃんから聞いたんですけど、ここ最近ずっと家に帰ってたから穂乃果ちゃん一人で自主練してたらしいんです……」

 

「そうなのね……」

 

 それは知らなかったわ。私に昨日までの穂乃果の様子なら確かにみんなに黙ってやってもおかしくないわね。

 

「でも私みんなに家に帰ったらゆっくり休んで言ったはずなんですけど、穂乃果ちゃんのことだから多分体力有り余ってるかもしれないから、私に相談すると思ったんですけど……」

 

 その言い方だと、やっぱり沙紀はそこは予想済みだったわけだったみたいだけど……。

 

「私に相談せず、勝手に自主練するなんて穂乃果ちゃんは、私のこと信用してないんですかね? 私の言うことは信じて貰えないんですかね」

 

「そんなわけないでしょ、穂乃果のことだから勝手に突っ走っただけよ」

 

 突然、沙紀がおかしなことを口にしたから私は否定する。何か話をしてる沙紀の様子がどんどんおかしくなっていくのが、沙紀の声、表情を見て、感じ始めてきた。

 

「そうですよね、そんなわけないですよね、これは私が早く穂乃果ちゃんのことを気付いていれば良かった話ですよね」

 

 沙紀は穂乃果が悪いのではなく、自分が悪いなんて言い始めたけど、それは違うわって、口にしようとしたけど、変わっていく沙紀の雰囲気に飲まれてしまって、言葉に出来なかったわ。

 

「穂乃果ちゃんが来たときにあの子に気をとらわれずに部室に来て、みんなの体調を確認が出来れば、最悪今日のライブが中止になるだけで済んだんですよね」

 

「それだったら……ラブライブ出場……辞退になんて……」

 

 そういう沙紀の顔は泣き出しそうな顔をしてる。違うわ……もうすでに沙紀は泣いているけど、この雨のせいで沙紀の頬に流れてるのが、涙なのか、雨なのか、分からないだけ。

 

「私が……もっとしっかりしていれば……学園祭実行委員会も……μ'sのマネージャーや……他全部を……完璧に出来てさえいれば……こんなことには……」

 

 次第に沙紀は自分のことを責めるようなことを口にしていた。

 

「にこ先輩の……夢が……叶え……るチャンス……だったのに……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 そんなことを言ったあと、沙紀は誰に対してか分からないけど、多分私に対して……いやμ'sのみんなに謝り始めて、それから──。

 

「にこ先輩の役に立てなくてごめんなさい、役立たずの私でごめんなさい、完璧に出来なくてごめんなさい、穂乃果ちゃんのことに気づけなくてごめんなさい、ライブを中止になってしまってごめんなさい、ラブライブ出場できなくなってしまってごめんなさい、マネージャーとしての仕事が出来なくてごめんなさい、無能な私でごめんなさい……」

 

 悔いるかように、次々と謝罪の言葉を呪文のように口にしていたわ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 止まることなく謝り続ける沙紀に対して、私は何て声を掛ければいいのか分からなかった。

 

 どうしてそこまで沙紀は自分を責めているのか理由が分からない。

 

 何もかもが理解できていないせいで、私はその場で立ち尽くすことしか出来なかったわ。

 

 3

 

 沙紀が謝り続けて何をどうすればいいのか分からなかったけど、我に返って無理矢理屋上から部室まで連れてくることはできたわ。

 

 連れてくるまでの間、沙紀は俯いたままで、私と目を合わせようとしなかったわ。

 

「どうしたの!? 二人ともびしょ濡れじゃない」

 

「ちょっと待ってな、今すぐタオルを用意するから」

 

 部室に入ると、絵里と希が鞄を取りに来てたみたいで、私たちの姿を見ると、驚いた声を挙げてけど、すぐに二人は私たちにタオルを手渡してくれた。

 

「何でそんなに濡れてるのよ」

 

「別に……何でもないわよ」

 

 私は服を脱いでタオルで濡れた身体を拭いてると、絵里から事情を聞かれるけど、沙紀がいる前では答えたくなかったから曖昧な感じで答えた。

 

「そう……」

 

 絵里は私の気持ちを感じ取ってくれたみたいで、それ以上は何も聞かなかったわ。

 

「それでそんなにびしょ濡れなって、着替えとか大丈夫なん?」

 

「まあ……ジャージを持ってきてるから、それに着替えるけど……」

 

 雨で下着まで濡れたけど、私は少し乾かせば何とかなるけど、沙紀の場合は……。

 

「私持ってきた服が全部濡れちゃったから……着替えが……」

 

 沙紀はライブのときと今ので制服とジャージが両方とも雨で濡れて着替えれる服がなくなってる。

 

「それならウチのジャージを貸してあげる、ウチのやったら委員長も着れるやん」

 

「そうね、それがいいわね」

 

 一応部室の中にアイドルグッズとしてTシャツだけならあるけど、悔しいことに沙紀にはサイズが合わないことはこの前の件で分かってる。

 

「えっ……でも……」

 

「ええやん、ええやん、ウチと委員長の仲やし、そうだ、今日はそのままウチの家でシャワーを浴びて泊まればええやん」

 

「そんな……急に……」

 

 希の急な提案に驚く沙紀。だけどそんな沙紀を無視して強引に希は話を進めようとする。

 

「急にって何時も泊まりに来てるやん、そうと決まれば早く着替えて行くよ」

 

「えっ!? ちょっとお姉ちゃん」

 

 希はジャージを渡して、沙紀を無理矢理着替えさせるために隣の部室へ押し込んだわ。

 

「悪いわね……」

 

「何の事? 別にウチはただ単純に委員長ちゃんとお泊まりしたいだけやで」

 

 私が希に謝ると、希は惚けたように言う。だけど間違いなく分かっててやってるのは私でも分かる。

 

「そう……あんたがそういうならそういうことにしとくわ」

 

 それなりに希とは付き合いが長いからこいつが何をしようをしてるかは大体分かる。それに今の沙紀を一人にするのは不味いから希の提案は助かったわ。

 

「お姉ちゃん……着替え終わったよ」

 

「じゃあ、いっこか……じゃあね、エリチ、にこっち」

 

 そう言って希は沙紀を連れて先に帰っていったわ。

 

 それを見届けたあと、私はジャージに着替えてると、絵里が話しかけてきた。

 

「それでにこ何があったの?」

 

 沙紀が希の家に行ったから絵里は私に事情を聞こうとしたから私は絵里にさっきのことを話した。

 

「そう……別に今回のことは沙紀だけのせいじゃないわ、私たちの全員のせいよ」

 

「そうね……あいつのせいじゃないわ、体調管理を怠った穂乃果とそれに気付けなかった私たちのせいよね」

 

 もっと言うんだったら、部長として部員の管理が出来ていなかった私が一番悪いわ。

 

「にこ……今あなたも自分が一番悪いなんて思っているでしょ」

 

「うっ!」

 

「はぁ~、やっぱりね」

 

 私が考えてることはお見通しみたいで、絵里は呆れた声を出した。

 

「責任を感じるってことは悪いことじゃないけど、感じすぎてそれが重みになってしまったら意味がないわ」

 

「あんたがそれを言うのね」

 

「そうね……少し前の私はまさにそうだったわ、だからこそ自分一人で抱え込むことが良くないってことは分かるわ」

 

 μ'sに入る前の絵里は、生徒会長として学校の廃校を阻止しようと責任を感じて行動をしていたわ。

 

 それで不味い状況になりかけそうだったけど、希の計画と沙紀の手伝いのおかげで、何とか回避できたわ。

 

「そうね……けど私は部長なのよ……それなのに……」

 

 部長なのに、目の前のライブに集中し過ぎて周りがちゃんと見れなくてこんな結果になってしまったわ。これは私の責任なのよ。

 

「だからそういうのがダメだって言ってるでしょ」

 

「今回はにこ以外でも誰かが気づけば何とかなったことよ、みんなが注意を怠った結果なのよ、だからこれは私たちみんなが悪いわ」

 

「そうね……そう言われると何か心が軽くなったわ、ありがとう絵里、けどこれは穂乃果にも言うべきことじゃない?」

 

 私は絵里に言われて納得は出来たけど、今回一番責任を感じるのはこういうのは悪いけど、体調管理を怠ってしまった穂乃果。

 

「そうよ、これは穂乃果にも言うつもりよ、あの子が一番責任を感じてるはずだから……」

 

「そう、ならいいわね……」

 

 そのうち穂乃果のお見舞いに行くと思うからそのとき付いていけば、フォローすればいいわね。多分そのときには海未とことりも付いてくると思うから少しは納得しやすいと思うわ。

 

 あとは……。

 

「沙紀には多分希がフォローを入れてくれるはずよ、何だかんだで沙紀は希にかなり心を開いてるから」

 

「そうね……希なら今のあいつでも話を聞いてくれるわよね……」

 

「そんなに沙紀は自分のことを責めてるの?」

 

「ええ……どうしてか分からないくらいに自分のことを責めてたわ、ただ……」

 

「ただ?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

 今の沙紀は何となくだけど、少し前のあいつに戻りかけてたような気がしたけど、まだ確証はないから伝えないことにしたわ。

 

 それにもうこの件はフォローをすれば終わりだと思うから大丈夫なはずよね。

 

 だけどその考えは甘かったことにすぐに気付かされる。

 

 そしてどうして沙紀がそんなに自分を責めていたのか理解していれば、あの状況を見せないようにしてあの子があんなことにならなかったかもしれない。

 




如何だったでしょうか。

にこが意味深な感じで締めましたが一体何が起こるのかどうぞお楽しみに。

感想などございましたら気軽にどうぞ。

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四十三話 そして彼女は思い出す

みなさんお久しぶりです。ほぼ二ヶ月振りの投稿です。

そんなわけでお楽しみください。




 1

 

 学園祭から数日が経ったある日──私は昼休み一人屋上で壁に寄り添って座り、何となく空を見上げる。

 

 天気は良く、日差しは強いけど風が涼しく秋を感じさせて、お弁当を食べるのにはちょうど良い。

 

 最近は学園祭実行委員としての仕事が忙しくて、なかなかゆっくりお弁当を食べる時間がなかったから、こうのんびりとしているのは久し振り。

 

「はぁ~」

 

 学園祭が終り、実行委員長としての肩の荷が下りて、更にこんな良い天気なのに、思わず私は溜め息が出てしまった。

 

 何で溜め息が出たのかなんて理由は分かってる。

 

 μ'sのラブライブ出場辞退と言う結果になってしまったから。

 

「あともうちょっとだったのに……」

 

 ラブライブ出場圏内までランキングが上がって、今回の学園祭のライブが成功すれば、ほぼ確実に出場できるところまで来ていた。

 

 だけど、あんなことになって叶わない夢になってしまった。

 

 今回の件で穂乃果ちゃんに全ての責任を負わせるつもりはない。もちろん穂乃果ちゃん自身反省する必要があるけど、一番責任を負わないといけないのは私だ。

 

「でもこれは私だけのせいじゃないってお姉ちゃん言ってたっけ」

 

 学園祭が終わったあと、私はお姉ちゃんの家に泊まった。多分私のことを心配して、泊まるように勧めてくれたんだと思う。

 

 そのときにお姉ちゃんは今回の件は部員全員に責任があるって言ってた。

 

 確かにお姉ちゃんが言うように部員全員に責任があるのは分かる。穂乃果ちゃんのことに誰かが気づくことが出来れば、この事態は回避できた可能性が高いから。

 

 だけど、やっぱり一番責任を負わないといけないのは私。μ'sのマネージャーとして、みんなの様子をちゃんと見てれば問題はなかったんだ。

 

 例え学園祭実行委員としての仕事があったとしてもどっちも完璧にこなせば、何も問題はなかった。

 

 結局悪いのは何もかもを完璧に出来なかった私のせい。そのせいで私とって重大なミスを犯してしまったから。

 

「にこ先輩……」

 

 私はとても大切な人の名前を口にする。

 

 こんな私を救ってくれた人。

 

 私に居場所をくれた人。

 

 私に目的をくれた人。

 

 私の大好きな人。

 

 そんなあの人に誓ったあの人をスーパーアイドルにすると言う約束を果たすことが出来なくなってしまった。

 

 ラブライブ出場して優勝すればあの人の夢を叶える道を作ることが出来たのに、ラブライブ出場辞退になってしまったからそれは叶わない。

 

 私はあの人からたくさんのものを貰っているのに、私はあの人に何一つ恩を返すことが出来ていない。

 

 それどころか約束一つ守れないなんて……。

 

「これじゃあ、まるで役立たずな昔の私のままだ……」

 

 まるでじゃない。本当に役立たず。

 

 何も成していない。何にも貢献出来てない。いや、まだ役立たずならいい。なんせ私は事態を悪化させる疫病神でしかないのだから。

 

 嫌だ……。嫌だ……。嫌だ……。嫌だ嫌だ……。嫌だ嫌だ嫌だ。戻りたくない。戻りたくない。戻りたくない。戻りたくない。役立たずで疫病神な私なんかに戻りたくない。

 

 あの人には私のことを道具として扱ってもいいから、最終的に捨てられてもいいから、何か一つでも役に立ちたい。

 

「何としてでも……にこ先輩の役に立たないと……」

 

 だけど何をすればいいのか。アイデアが何一つ思い付かない。

 

 ラブライブ出場出来ないとなると、出来ることはかなり限られる。

 

 今回のラブライブでスクールアイドルの完全な格付け決まってしまう。ラブライブが終わったあと、今までのやり方では順位を上げるのは困難。

 

 次のラブライブに出場するって手段があるけど、そもそもいつやるかも、そもそももう一度行われるか分からないものに賭けるなんてできない。

 

 それ以前に、にこ先輩が卒業と言うタイムリミットだって、残された時間はあと半年くらい。この期間の間に約束を果たすなんて無理。

 

 いや半年くらいで済むかも怪しい。私に残された時間の方が断然少ない可能性がある。

 

 学園祭に現れたあの子が私の見間違いじゃなければ、もう既に私がここにいることは分かってる。

 

 あの子のすることは殆んど読めない。だけど必ず何処かで私たちに接触してくることは確か。そうなるともう……。

 

「ダメ……」

 

 色々と考えてみるけど、良いアイデアが浮かぶどころか詰み始めてることに気づく。

 

「とりあえずもうすぐ昼休みが終わるから戻ろう」

 

 私はお弁当を片付けて自分の教室に戻る。

 

 教室に戻る途中、廊下を歩いてると、掲示板の前に人が少し集まってる。

 

「何だろう……」

 

 掲示板の前に集まってる人の反応を見ると、嬉しそうな顔をしている人ばっかり。

 

 私は気になって掲示板を見ると、そこには来年度入学者受付のお知らせが貼られてる。私はそのお知らせの内容を読んでみると──

 

「!!」

 

 そこには来年度も生徒を募集すると書かれていた。それはつまり廃校を阻止できたってこと。

 

 この学校は存続が決定した。同時にμ'sの目的が達成出来たってことを意味していた。

 

 2

 

 学校の存続が決まってから数日後、私たちは部室に集まっていた。

 

「みんなグラスは持ったかな?」

 

 にこ先輩はみんなの前に立って、グラスを持っているのを確認する。

 

 今回の集まりは学校存続が決まったお祝い。μ'sの目標だった廃校阻止が達成されたから、みんなでこうして集まっている。

 

「学校存続が決まったと言うことで部長のにこに~から一言挨拶をさせて頂きたいと思いま~す」

 

 みんながグラスを持っているのを確認が出来ると、にこ先輩は話始める。

 

「思えばμ'sが結成され、私が部長に選ばれたときからどのくらいの月日が流れたのであろうか」

 

「たった二人のアイドル研究部で耐えに耐え抜き今こうしてメンバーの前で思いをかたら──」

 

『かんぱ~い』

 

 そんなにこ先輩の話を聞かずにさっさとお祝いを始める。

 

「ちょっと待ちなさい!!」

 

「ホントだよ、みんなにこ先輩の有難いお言葉を聞かないで始めるなんて有り得ないよ!!」

 

「沙紀……」

 

「そんなわけで、にこ先輩の有難いお言葉はあっちで二人きりで聞きますので、さあこちらへ──」

 

「よ~し、さっさとお祝い始めるわよ」

 

 にこ先輩を隣の部室に連れていこうとすると、何かを察したのかスルーしてみんなの所へ移動する。

 

「別に何もしませんよ、に~こ~先輩」

 

「あぁ~お腹すいた、にこちゃんも沙紀ちゃんも早く食べないとなくなっちゃうよ」

 

 私とにこ先輩はテーブルの前に座ると、すぐ近くにパクパクと用意してあったお菓子を食べてる穂乃果ちゃん。

 

「いやしいわね」

 

「まあまあ良いじゃないですか、さっさにこ先輩こちらのお菓子をどうぞ」

 

 にこ先輩に適当選んだお菓子をお皿に取り分けて渡すと、それを受け取ってにこ先輩も食べ始める。

 

 にこ先輩が食べてる姿を見てから私も適当にお菓子を食べ始める。

 

「そういえば穂乃果ちゃん、ごめんね……この前はお見舞いに行けなくて……」

 

 少ししてから私は穂乃果ちゃんに謝る。穂乃果ちゃんが倒れてから数日後、みんなでお見舞えに行こうとなったけど、そのときに私は一緒に行けなかった。

 

「ううん、大丈夫だよ、沙紀ちゃんは忙しかったみたいだし、こっちこそごめんね、心配掛けちゃって……」

 

 穂乃果ちゃんは気にしてない素振りをするどころか、むしろこっちの方が謝れた。

 

 やっぱり学園祭のときに倒れたことを気にしてるんだと思う。

 

「ううん、気にしないで、穂乃果ちゃんの身体に問題がなければ私は安心だよ、けど……」

 

「けど……どうしたの? 沙紀ちゃん」

 

「やっぱり何かもやもやするから……そうだ!! 穂乃果ちゃん、私の身体好きに使っていいよ」

 

「ぶっ!!」

 

 私の思い付いた提案に横で話を静かに聞いていたにこ先輩が吹き出す。

 

「にこちゃん汚いにゃ~」

 

「しょうがないでしょ、横でこいつが変なことを急に言い出すから!!」

 

 にこ先輩は吹き出してしまったものを拭きながら怒るけど、その顔は少し紅い。その顔を見て私は察した。

 

「えぇ~私は労働力として身体を使ってと言ったつもり何ですけど~、にこ先輩はいったいどんな意味に思ったのか~、私にご教授をいただけますか~」

 

 私はニヤニヤしながらにこ先輩に詰め寄って聞き出そうとすると、にこ先輩に頭を叩かれる。

 

「イッタ!! けどにこ先輩のご褒美GET!!」

 

『えぇ~』

 

 にこ先輩に叩かれて喜ぶ私を見て、周りが若干どころかかなり引いている。

 

「久し振りに沙紀ちゃんのこういうテンションを見ると……」

 

「やっぱり変態さんだよね」

 

「まあ、委員長ちゃんも最近忙しかったからストレスが溜まってたかもしれないんよ……だからね」

 

「今日は大目に見ておきましょう」

 

「何この可哀想なものを見るような暖かい目は止めて、そんな目で見られると……すごくゾクゾクする……」

 

 そんなことを口にすると、さらに周囲から引かれたような気がしたが気にしない。

 

 こんな扱いをされるけど、やっぱりみんなと久し振りに会うのは楽しい。学園祭以来なかなかみんなとは会えなかったから。

 

 それと同時にみんなを──にこ先輩をラブライブに出場させてあげられなくって心苦しいと感じてしまう。

 

 今はそんな風に感じてるようには思ってないように振る舞ってるけど、そう振る舞えば振る舞うほど、私は余計に心苦しくなっていく。

 

 私がこんなに楽しくしているのが許されていいのかって……。

 

「ホッとした様子やね、エリチも」

 

「そうね、肩の荷が降りたって言うか」

 

 そんな風に思っているとお姉ちゃんと絵里ちゃんからそんな話が聞こえてきた。

 

「μ'sやって良かったでしょ」

 

「どうかしらね、正直私が入らなくても同じ結果だった気がするけど……」

 

「そんなことないよ、μ'sは9人それ以上でもそれ以下でもダメやってカードが言ってるよ」

 

「私も絵里ちゃんがμ'sに入ってくれなかったら、ここまでの結果にならなかったと思うよ」

 

 お姉ちゃんのカードが云々は信じてないけど、実際に絵里ちゃんが入ってからμ'sの勢いは一気に上がった。

 

「そうかな……」

 

 私とお姉ちゃんにそう言われても絵里ちゃんは実感のない様子。けどそれは事実なんだから。

 

「ごめんなさい、みんなにちょっと話があるんです」

 

 急に海未ちゃんは立ち上り、みんなは不思議そうに海未ちゃんの方を向いた。

 

「聞いてる?」

 

「ううん、沙紀は?」

 

「いや……でも……」

 

 海未ちゃんが話そうとしてることに心当たりがある気がするけど、なかなか思い出せない。何かとても重要なことのような気がするけど。

 

「実は……突然ですが留学することになりました、二週間後に日本を発ちます」

 

 海未ちゃんから告げられた事実にみんな驚き戸惑った反応をした。

 

 私もその話を聞いてやっと思い出した。ことりちゃんが留学することを。

 

「前から服飾の勉強をしたいと思ってて……そうしたらお母さんの知り合いの学校の人が来てみないかって……」

 

「ごめんね、もっと早く話そうって思っていたんだけど……」

 

 ことりちゃんの震える声を聞いて、彼女がずっと悩んでいたことを思い出す。それと同時に私が最低な人間だと気付いた。

 

「どうして言ってくれなかったの?」

 

 ことりちゃんが留学することを知らされてなかった穂乃果ちゃんは立ち上り、ゆっくりとことりちゃんの前に向かった。

 

「穂乃果……学園祭があったから……」

 

「海未ちゃんは知ってたんだ」

 

「それは……」

 

 ことりちゃんが穂乃果ちゃんに言わなかった理由を海未ちゃんが代弁するけど、海未ちゃんは知っていたという事実に穂乃果ちゃんは怒ってるように聞こえた。

 

 いや聞こえたじゃない。穂乃果ちゃんは本気で怒ってる。

 

「どうして言ってくれなかったの? ライブがあったからって言うのは分かるよ、私と海未ちゃんとことりちゃんはずっと……」

 

「穂乃果……」

 

「ことりちゃんの気持ちも分かってあげて」

 

「分からないよ!!」

 

 みんなが穂乃果ちゃんを落ち着かせようとするが、大きな声を出して自分の気持ちを口にした。

 

「だっていなくなっちゃうだよ!! ずっと一緒だったのに離ればなれなっちゃうだよ!! なのに……」

 

 穂乃果ちゃんが怒るのは無理もない。穂乃果ちゃんにとってことりちゃんは大切な友達だから。その友達が自分にそんな大切なことを伝えてくれなかったのが、とても悲しいから。

 

 だけどことりちゃんはそんなつもりはなかった。何故なら……。

 

「何度も言おうとしたよ……」

 

「えっ?」

 

「でも穂乃果ちゃんライブやるのに夢中で、ラブライブに夢中で、だからライブが終わったらすぐ言おうと思ってた……相談に乗ってもらおう思ってた……」

 

「でもあんなことになって……聞いてほしかったよ、穂乃果ちゃんには一番に相談したかった」

 

 ことりちゃんが話せなかった理由を聞いて、言えなかった理由が自分の行動せいだと思い、穂乃果ちゃんの顔がどんどん曇っていく。

 

「だって初めて出来た友達だよ、ずっと側にいた友達だよ……そんなの……そんなの当たり前だよ」

 

「ことりちゃん」

 

 ことりちゃんは部室から走り去って行くけど、穂乃果ちゃんは追いかけることは出来ず、その場で立ち尽くし彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 3

 

 結局お祝いはお開きになった。あんなことになってしまったら、とてもお祝いできる空気じゃない。

 

 私はお祝いで出たゴミを片付け部室に戻る途中だった。

 

 しかし部室に戻る足取りがとても重い。あんなことが起こったあとで、それに穂乃果ちゃんは今部室にいない。あのあとそのまま穂乃果ちゃんは家に帰ってしまった。

 

 穂乃果ちゃんはことりちゃんが部室から走り去ったあと、海未ちゃんからことりちゃんの本心を告げられた。

 

 それを聞いた穂乃果ちゃんはとても辛そうな顔をしていた。自分がラブライブに夢中になるあまり周りを見れていなくて、本来なら気づくことができたことに気づくことができなかったから。

 

 きっと穂乃果ちゃんは心の中で自分のことを責めてると思う。自分のせいでこんなことになったんだって。

 

 それは一つの要因だとは思う。だけど、それは一つの要因でしかない。それで穂乃果ちゃん一人を責めるのは間違っている。

 

 本当に悪いのは私だ。

 

 もっと私が上手くやっていればこんなことにならなかった。ちゃんと私がマネージャーとしてみんなのことを見れたらこんなことにはならなかった。

 

 友達のあんな悲しい顔を見ないで済んだ。

 

「ふっ……何が友達の悲しい顔を見ないで済んだだって……」

 

 私は自分が思ったことを嘲笑った。何故なら私にはそう思う資格がないのだから。

 

 ことりちゃんが悩んでいたことを今の今まで忘れてたくせに、そんなことに口にするなんて最低過ぎる。

 

 そもそもことりちゃんが私に相談したときに私は、この件を完全に後回しにした結果がこれ。

 

 理由なんて分かってる。単に私の目的に関係ないことだったから。心の奥底で利用価値が無いものだって、判断したから。

 

「やっぱり私は最低だ」

 

 友達が悩んでいたのに、それを利用価値がなければバッサリと切り捨てる。そもそも私が穂乃果ちゃんたちを本当に友達と思ってることさえ怪しい。

 

 そう思って行動すれば、穂乃果ちゃんたちを利用できると考えたからそうしてるだけであって、私は穂乃果ちゃんたちを友達とは思ってない。

 

 私にとって穂乃果ちゃんたちは──μ'sは私の目的のために利用できる駒でしかない。目的さえ達成すれば最後には切り捨てる捨て駒。

 

「あぁ……、ホント嫌になってくる……」

 

 自分の本質に改めて気付かされて自己嫌悪に陥る。それに……。

 

「今の穂乃果ちゃんとことりちゃんを見てるとあのときの事を思い出してくる」

 

 さっきの穂乃果ちゃんとことりちゃんの話を聞いて、私は二年前、私の大切な親友とケンカ別れしたときのことを思い出してしまう。

 

(どうして私に相談してくれなかったの……言ってくれたら、いくらでも力になったのに……)

 

(力になる? ふざけないで、あなたに何ができるって言うの? 私と違って何もかも恵まれて、何でも持ってるあなたに何が分かるって言うの)

 

(あなたと違って、私にはもうこれしかないの、星野如月しかないの、あの場所しかないの)

 

(私がやらなきゃ、私が守らなきゃいけないんだよ、そうしないとそうしないと……私の親友なら何で分からないの!!)

 

(やっぱり私だから……結局つーちゃんは私のこと親友だと思ってなかったんだ!!)

 

 そう言ってあのとき私はそのままその場を走り去って、それからずっと会っていない。

 

「ごめんね、ごめんね……つーちゃん……」

 

 あのときのことを思い出すと、あのときの後悔を共に思い出して悲しくて涙が出てくる。

 

 あのときも結局私は自分の目的のために親友を──つーちゃんを、切り捨てた。

 

 そして何もかも切り捨てた結果、私は最後には何もかも失っていたことに気付いた。

 

 残ったのは後悔だけ。それ以外は何も残らず、目的も果たされず、大切なものは何も残ってない。

 

 そして今も昔と変わらず同じようなことを繰り返そうしてる。

 

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」

 

 このままだと私はまた目的を達成できず、それどころかまた自分のせいで──

 

(お前のせいだ)

 

 不意にそんな声が聞こえたような気がした。ただの幻聴。幻聴に決まってる。

 

(お前がミスしなければこの試合勝てたのに)

 

(何でも出来るからって調子に乗ってるのか)

 

(何でいつも出来てることが出かないの、バカにしてるの)

 

(役立たず)

 

(どうしてあの人からこんな出来損ないの落ちこぼれが産まれたんだ)

 

 幻聴だと思ってもどんどんそんな声が聞こえてきて、聞こえないように私は両手で耳を塞いで声が聞こえないようにする。

 

(お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで)

 

「あっ……あぁ……」

 

 耳を塞いでも何時までも声は聞こえ続ける。

 

「違う、違う、違う、違う、違う、私は役立たずじゃない、私は篠原沙紀でアイドル星野如月、あのお母さんの娘で天才なんだよ、伝説まで登り詰めたアイドルだよ、役立たずじゃない、落ちこぼれじゃない」

 

 聞こえてる幻聴に対して、必死に否定するけど、否定するほど身体は震えて嫌な記憶が甦り頭が痛くなる。

 

 アイドル活動を休止と言い渡された記憶。

 

 つーちゃんとケンカ記憶。

 

 大人たちが私の前で言い争ってる姿。

 

 何かが焦げていく臭い。

 

 そして──

 

(違う、お前なんか如月ちゃんじゃない、この偽物が、そんな偽物には……)

 

 そんな幻聴が聞こえると、同時に私は眼鏡が落ちて拾おうため震える手を伸ばそうとすると──

 

 手には紅くべっとりとした何が付いてることに気付いた。

 

 これは……もしかして……。

 

 手に付いてるものが何が一瞬で気付いた私は二年前のあの日から出来事が全てフラッシュバックし──

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

 

 ショックの余り私の意識はここで途絶えた。

 




そんなわけで如何だったでしょうか。

ふざけてる沙紀を書くのは楽しいなぁ~(遠い目)

はい、どう見ても完全に鬱展開ですね。

しかし、これである意味彼女の物語が動き始めました。

これから展開されていくのか、果たして彼女に何が起こったのか、なかなか時間は掛かるとは思いますが、見届けて頂けると幸いです。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。

出来れば来週くらいには投稿出来ればいいななんて思ってます。


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四十四話 変化は突然に

何とか一週間以内に投稿できました。

それではお楽しみください。


 1

 

 学校の存続のお祝いがお開きになって、私は一人部室でぼうっとしていた。

 

 みんなで部室の片付けを分担してあっという間に終わり、あとは沙紀がゴミを捨てに戻ってくるのを待つだけ。

 

 沙紀以外の二年生組と一年生組はもう先に帰って、絵里と希は多分まだ校内にいると思う。

 

 私は沙紀が戻ってきたら一緒に帰るつもりだから、部室で沙紀を待ってることにした。

 

「それにしてもあいつ何時も通りだったわね……」

 

 お祝いのときの沙紀を思い出しながら独り言を口にする。

 

 あの日──学園祭が終わった放課後の雨の屋上で見た沙紀を見て、私は心配だった。

 

 学園祭のライブが失敗に終わったこと。

 

 ラブライブ出場辞退になってしまったこと。

 

 その二つのことが重なって、あいつなりにかなり責任を感じていた。

 

 それからあいつとは今日までまともに会うことがなくて、久々にあいつの顔や何時ものウザイテンションで私は安心した。

 

 あいつなりに気持ちの整理がちゃんと着いていたんだって、確認することができたから。

 

 ラブライブは終わったけど、また一から沙紀とμ'sのみんなで頑張ればいいわ。なんてそう思っていたら……。

 

 ことりは留学するわ。それで穂乃果とことりがケンカするわ、で大変なことになりそうな予感がする。

 

「これからμ'sはどうなるのかしら……」

 

 ここ最近色々と有りすぎて、この先のことが不安になってくる。

 

「それにしてもあいつ遅いわね」

 

 私は携帯で時間を確認すると、沙紀がゴミを捨てに行ってから30分くらい経ってる。

 

 部室からゴミ捨て場までそこまで遠くないからすぐに戻ってこれるし、遅くても10分くらいで戻れる。

 

「やっぱり一緒に行けば良かったかしら」

 

 ゴミの量はそこまで多くはなかったから、あいつ一人で持っていくってさっさと持っていっちゃったし。

 

 もしかしたら部室に戻る途中で誰かの頼み事を引き受けたのかもしれない。でもそれだったら私に連絡をくれるはずだし……。

 

「私が心配したと勘違いしてあいつが喜びそうだけど、まあ、仕方ないから探してあげようじゃない」

 

 なんて誰に対しての言い訳か分かんないけど、私は沙紀を探しに部室を出ると──

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」

 

 そんな叫び声が廊下から聞こえてきた。

 

 その叫び声を聞いた瞬間、私は考えるよりも先に走り出していた。

 

 私は走りながらさっきの叫び声が誰の声か考えていたけど、そんなの考えなくても分かってた。

 

 今の声は……沙紀の声だけど、一体どうしたの。

 

 明らかに何かに怯えるような声だったけど、何があったの。

 

 走りながらそんなことを考えていたけど、考えても何も分からないから声が聞こえた方へ走ってると、目の前に人が倒れてるのが見えた。

 

「沙紀!!」

 

 私は倒れてるのが沙紀だと分り、急いで沙紀の所まで駆け寄って沙紀の様子を見ると、息が荒くて汗が異常なくらい出ていた。

 

「どうしたのよ、沙紀!! しっかりしなさいよ!!」

 

「……」

 

 私は必死に呼び掛けるけど、沙紀からの反応はなくて、私は少しずつ焦ってきた。

 

 どうして倒れてるのか。さっきの叫び声は何だったのか。怪我とかしていないのか。心配することが多くて何をどうしたら良いのか分からなかった。

 

「どうしたの!?」

 

「大変や、委員長ちゃんが倒れてるやん」

 

 私が一人で焦ってると、絵里と希が急いでこっちに駆け付けてきた。

 

「にこ、沙紀に何があったの!?」

 

「分かんないわよ!! 私が駆け付けたときには沙紀が倒れてて……」

 

「状況を確認するのは後や、今は一先ず委員長ちゃんを急いで保健室まで運ぶのが先決や」

 

「そうね、希の言う通りね、絵里、沙紀を運ぶの手伝って」

 

「分かったわ」

 

 そうして私たちは気を失ってる沙紀を心配をしながら沙紀を保健室まで運び始めた。

 

 2

 

 私たちは急いで沙紀を保健室まで運んで、保健の先生に沙紀の様子を診てもらった。

 

 けど保健の先生でも沙紀がどうなってるのか分からなかったから、一先ず両親に連絡を入れてくると言って、保健室から出ていった。

 

 私たちは何かあったらすぐに先生に知らせられるように代わりに沙紀の様子を見ていた。

 

「ねぇ……」

 

「どうしたんエリチ?」

 

「先生はさっき両親に連絡するって言ってたけど……」

 

 絵里が何かとても言いにくそうにしていると、希は何か察したような顔をして、私は絵里が何が言いたいのか分かった。

 

「あいつに連絡できる両親がいないから一体誰に電話するつもりなのってことでしょ」

 

「にこ……」

 

「にこっちやっぱり知ってたんやな」

 

「ええ……あんたたちの反応を見ると、そっちも知ってるみたいね、意外……いや……あんたたちがやたらこいつの事を気にかけるのは訳が分かったわ」

 

「あいつ……話したのね……」

 

 あいつが自分のことを他人に話すのは、必要だと思ったときと、ぽろっと口に溢したときくらいだから、とても珍しい。

 

「直接聞いたのは希だけよ、私は希から聞いただけ」

 

「そう……」

 

 それでもあいつが人に話したっていう事実に変わりないし、どうして希に話したのか理由を追求するつもりはなかったわ。

 

 多分……沙紀が希の家に泊まりに行ったとき何かあったんだと思う。その翌日から沙紀は希のことをお姉ちゃんなんて呼んでる。そこで何かあったことだけは分かる。

 

「確かにあいつには……両親がいないわね……連絡をしてこいつを迎えに来てくれる人が……いるのかも怪しいくらい……」

 

 親代わりなってる人はいると思う。ただ沙紀が一人暮らししてる状況を考えると……。

 

「まあ、いざとなったら私の家に連れていくわ」

 

 ママに連絡すれば迎えに来てくれると思うし、家の家族は沙紀とも面識があるから大丈夫だと思う。

 

「そう? 別にウチが委員長ちゃんを連れて帰ってもええんやけど……」

 

「そうね、確かにこいつもあんたの家は結構泊まってるみたいだから安心できると思うからそれもありね」

 

 それはそれでありかもしれないわ。私の家に連れていったらウザイテンションになるか、私の家族に気を遣って落ち着けないかもしれないし。

 

「一先ずは先生が戻ってくるのを待って、どうするのかはそれにしましょう」

 

 確かに絵里の言う通りね。私たちがああだこうだ言っても沙紀の保護者みたいな人がもしかしたら来るかもしれないし。

 

「それにしてもどうしてこいつはあんなところで倒れてたよ……」

 

「そうやね……そっちの方が重要やね」

 

「にこが見たのは沙紀が倒れてるところだけなのよね」

 

 絵里は沙紀が倒れていた状況を私に確認する。一応私が先生に状況を説明したときに二人とも一緒に聞いている。

 

「そうね……私は沙紀が戻ってくるのが遅いから、探しに行こうとしたら廊下から叫び声が聞こえて……声が聞こえた方へまで行くと、そのときには沙紀が倒れていたわ」

 

「つまりにこにもどうして沙紀が倒れていたのか分からないのよね」

 

「そうね……そういえばあんたたちはどうしてあそこにいたの?」

 

 そういえば私が沙紀の所まで駆け付けてからすぐに二人も沙紀のもとにやって来たのが気になったから聞いてみる。

 

「ウチたちもたまたま廊下を歩いてたらにこっちと同じように委員長ちゃんの叫び声が聞けて駆け付けたんや」

 

「私と同じ理由ね」

 

 確かに学校であんな大きな叫び声が聞こえたら気になるわよね。

 

「やっぱり沙紀が目覚めないことには何も分からないってことよね」

 

「まあそうなるわね」

 

 沙紀に何があったのか気になるけど、今はあいつがちゃんと目を覚ましてくれるのを待ってるしかない。

 

 沙紀の方を見ると、今は呼吸も落ち着いて汗も大分引いてきてる。私たちが運んでる途中で急に呼吸も落ち着いて汗も引いていたけど。

 

「沙紀……」

 

 あいつのことを心配しながら、ベットの上で眠ってるあいつを見ていると、沙紀はゆっくりと目を覚まして起き上がり、辺りをキョロキョロを見渡してた。

 

「……」

 

「沙紀……あんた大丈夫なの……」

 

 辺りをキョロキョロと見渡してる沙紀に声を掛けると、沙紀と目が合った。その目を見ると何処かぼうっとしてるような感じ。

 

「ここは……」

 

「保健室よ、沙紀、あなた廊下で倒れていたの覚えてない?」

 

「そう……ごめんなさい、少し記憶が混乱してよく覚えてないわ」

 

「そうよね、気を失って倒れてたみたいだから混乱するのは無理もないわね」

 

「ウチ先生に委員長ちゃんが目覚めたって伝えてくるよ」

 

 沙紀がちゃんと目覚めたのが分かると、希は保健室を出ていって、先生を呼びに職員室に向かっていた。

 

「大丈夫なの? あんた……さっきからぼうっとしたみたいに喋って」

 

 さっきから沙紀の声を聞くとどうも生気が感じられなくて心配になる。

 

「ええ……大丈夫よ、それよりも二人がわたしを運んでくれたみたいね、ありがとう」

 

「いいわよ、お礼なんて……」

 

 一先ずこいつが無事に目覚めてくれただけですごく安心したわ。

 

「それで沙紀……あなたが気を失ってる間に……先生があなたの保護者に連絡したみたいだけど……」

 

 絵里が少し言いにくそうに沙紀にその事を伝える。しかも敢えて両親ではなく、保護者と言い直して。

 

「そう……大丈夫よ、気にしなくても」

 

 保護者を呼ぶことに対して沙紀は特に気にしてないような感じで、一応沙紀がそういうなら大丈夫なんだと思う。

 

「そろそろあれに会わないといけなかったし、丁度いいわ」

 

「何か言った?」

 

「何でもないわ気にしないで」

 

「?」

 

 沙紀がボソッと口にしたことに私と絵里は顔を合わせて疑問を浮かべた。

 

「一先ずわたしは大丈夫だから希が戻ってきたら帰っても大丈夫よ」

 

「そう……沙紀がそういうならそうするけど、大丈夫なの?」

 

「ええ、大丈夫よ、大分意識がはっきりしてきたから」

 

 まだ心配なことがたくさんあるけど、本人がそういうなら多分大丈夫だと思う。

 

「そう、分かったわ、けど何かあったらすぐに連絡しなさいよね」

 

「ええ、そうさせて貰うわ、ありがとう」

 

 そうして私と絵里は希が戻ってくるのを待って、希が戻ってくると私たちと同じように沙紀のことを心配してることを言ってたわ。

 

「今日は助かったわ、絵里、希……そしてにこ」

 

 私たちが保健室を出ていくときに私たちは沙紀にお礼を言われてから保健室を出ていった。

 

 だけど何処かお礼を言った沙紀の言葉に違和感を感じていた。

 

 3

 

 その翌日、沙紀は学校を休んだ。

 

 昨日倒れたから病院で検査をするため休んだって先生から聞いた。

 

 あいつのことも心配だけど、穂乃果たちも心配。昨日穂乃果とことりがケンカしてまだ仲直りができてないみたい。

 

 私も何か二人の為にできることがないか考えたけど、何も良い案が思い浮かばないで一日が過ぎていった。

 

 そしてさらに翌日──私は一人で登校してる。

 

 今日は沙紀は学校に来るのかしらなんて考えると──

 

 とても綺麗な黒髪の同じ制服を着た生徒が私の横を通り過ぎた。

 

 私は一瞬、その生徒の髪に目を奪われて、立ち止まってしまう。

 

 私の目の前を歩く生徒を見つめる。綺麗な黒髪も目を奪われるけど、彼女の後ろ姿だけでも彼女の一つ一つ動作が魅いられる。

 

 それは周りにいる生徒も同じで、彼女とすれ違った生徒や彼女を見た生徒は立ち止まり彼女に魅いられてた。

 

 あんな綺麗な黒髪の人うちの学校にいたっけと疑問に思うと同時に、あの立ち振舞い、あの動作一つ一つに魅いられるような感覚に私は覚えがあった。

 

「あの……」

 

 声を掛けようとしたけど、彼女の放つ雰囲気に飲まれて声が小さくなっていた。

 

「あの!!」

 

 私は彼女の雰囲気に飲まれないようにもう一度勇気を振り絞って、私の目の前を歩く生徒に声を掛けると、その生徒は私の声に気付いて振り返ると──

 

「あら、声が聞こえると思ったらあなただったのね」

 

 冷淡な声で、何処か興味なさそうな冷めたような瞳をしたその生徒は──

 

「おはようございます、にこ先輩」

 

 私のよく知っている後輩篠原沙紀だけど、彼女のアイデンティティーだった眼鏡や三つ編みのお下げでなく、かつて星野如月として活動してたスタイルだった。




如何だったでしょうか。

彼女のアイデンティティーだった三つ編み眼鏡をなぜ崩したのか、一体彼女に何があったのか次回をお楽しみに。

来週で丁度二周年なりますので次はその日投稿する予定です。

感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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四十五話 崩壊

大変お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

「……」

 

 お昼休みの部室──私と一緒にお昼を食べている沙紀は、何か真剣そうに考え事をしていた。

 

「醤油かぽん酢……いやあえてここはソースもありね」

 

 真剣に沙紀は自分の目の前に並べた調味料を見ながらそんなことを口にした。

 

「──決めた、まずはシンプル・イズ・ベスト、これね」

 

 そう言って沙紀は醤油を手に取り、鞄からあるものを取り出して、それに醤油を掛けて食べ始めた。

 

「あんた……何を食べてるの?」

 

「何って……ところてんよ?」

 

「いやそれは見たら分かるわよ、ただ……」

 

「その量は何よ?」

 

 沙紀の手元に置かれてるところてんのパックの数がぱっと見ただけで10パック以上置かれてる。

 

「こんなの普通ですよ、普通」

 

「いやいや流石に多すぎるわよ、何それ、もしかして全部今日のお昼なの!!」

 

「お昼なのかと聞かれれば、それはyes」

 

「そこはせめてnoって言ってほしかったわ!!」

 

 いや仮にnoって答えても逆にその量はホントに何なのか分からなくなるけど。

 

「ところてん10パックって普通に飽きるでしょ」

 

「甘いわ、ところてんはこの世で至高の食べ物……」

 

「ありとあらゆる料理、調味料に合う完全食、飽きることないわ」

 

 そう言って沙紀は何処からともなくあらゆる調味料を取り出していた。

 

「いやいや何処から出てきたのよ、その調味料……」

 

「わたしのスタイルの良さはところてんのお陰だと言っても過言ではないわ」

 

「聞いてないし、それに答えになってないわよ」

 

 こんな風に一緒にお昼を食べているけど、私には違和感しかなかった。

 

 沙紀の声は冷淡で口調も敬語ではなく、瞳は何処か冷めてる。それにこいつのアイデンティティーだった眼鏡や三つ編みのお下げでなく、髪はストレートで眼鏡は掛けていない。

 

 そのスタイルはかつて多くの人を魅了させてきたアイドル星野如月そのもの。

 

 いや、そのものって言っても結局星野如月は沙紀何だから変わらないはずなんだけど。

 

 ただ見た目が変わっただけでここまで雰囲気が変わるものかしら。

 

 そんなことを考えてると、ガラッと部室の扉が開く音がして、希が部室の中に入ってきた。

 

「あっ、やっぱり二人はここにいたんやな」

 

「わたしたちに何か用?」

 

「ホントに委員長ちゃん、何時もの髪型じゃないんやん」

 

「別にたまには良いでしょ」

 

 希は部室に入ってくるなり沙紀を見ると、やっぱり気になったみたいでその話題になると、沙紀は少し面倒くさそうに答えてた。

 

 多分、散々いろんな人に希と同じ反応をされたんだと思う。

 

 この学校で篠原沙紀と言えば委員長スタイルと十中八九そう答えるくらいこいつのイメージは強い。それどころか自分でこのスタイルは私のアイデンティティーだから言うレベルだし。

 

 それなのにそのスタイルを崩しているのを見ると、誰だって気になるに決まってるじゃない。

 

「はぁ~、たかが見た目を変えたくらいでみんな気にしすぎ、わたしが別にどんな髪型で来ようがわたしの勝手じゃない」

 

「まあ確かにそうやんね」

 

 どうやらほかでも本当に希と同じ反応をされてたみたいで、希もそれが分かるとそこまでその話題を続けなかった。

 

「ねぇにこっち……」

 

 希は私の方に近づいて小声で呼び掛けてくる。

 

「何よ……」

 

「委員長ちゃん……人が変わったみたいに雰囲気が違うんやけど、にこっちはどう思う?」

 

「あれじゃないの、気分転換に別のキャラ演じてるじゃないの」

 

「そうかな……にこっちがそう言うんやったらそれでいいんやけど……」

 

 希は若干納得してないような雰囲気だったけど、一先ずはそういうこととして引き下がったわ。

 

 正直私も何か引っ掛かる気がするけど、確信はないし、自分が言ったようにただ演技をしてるという理由でも納得は出来なくもない。

 

 何故なら沙紀にはそれで納得できてしまう理由があるから。

 

「それであんたは結局何しに来たのよ」

 

「ほらっ、ことりちゃんもうすぐ海外に留学するやん」

 

「それでみんなで何かことりちゃんの為にできないかなって、呼び掛けてるところなんやよ」

 

 なるほどね。ことりの送別会みたいなことをしようとしてるのね。確かにこの前のお祝いがみんなで何かするの最後になるのは悲しいし。

 

「それで何をやるのか決まってるの?」

 

「う~ん、今のところはライブをやろってウチとエリチは考えてるんやけど、どうかな?」

 

「それはありね、その方がμ'sらしいわ」

 

「良いんじゃない、わたしも思い出としては悪くはないと思う」

 

 希の提案に私と沙紀も賛成する。

 

「他のメンバーにもその話はした?」

 

 沙紀が希に他メンバーに話したのか聞くと、希は首を横に振る。

 

「ううん、これからや、今エリチが穂乃果ちゃんと海未ちゃんに、ウチがこのあと真姫ちゃんたちのところに行って話してくるから」

 

「なら一緒に付いていくわ、どうせみんなでどこかで集まって話し合うんでしょ」

 

「それならにこっちと委員長ちゃんは先に屋上に行っておいて、ウチも真姫ちゃんたちに声掛けたらそっちに行くから」

 

「分かった、先に屋上に行ってるわ」

 

「うん、それじゃあウチは呼びに行ってくるよ」

 

 そう言って希は部室を出ていって、真姫ちゃんたちを声を掛けに──多分一年生の教室に、向かったわ。

 

 残った私も先に屋上に行くように準備しようとすると、沙紀は残ってた5パックのところてんを一気に担ぎ上げ、口の中に入れて飲み込んでいた。

 

「さあ、行きましょ」

 

「えぇ……」

 

 何事もなかったように全部食べきってた沙紀に私は呆れながらあとに付いていった。

 

 2

 

 希に言われた通り、屋上に向い、他のメンバーが来るのを沙紀と二人で待っていた。

 

 それから少ししてから、海未がやって来て、希と一緒に真姫ちゃん、凛、花陽の順で屋上に集まった。

 

 みんな屋上に集まったときの反応は大体一緒で、沙紀の姿に驚いて、沙紀はすごく面倒くさそうな反応で返していた。

 

 そんなやり取りがあってから絵里が穂乃果を連れて屋上にやって来た。

 

「ライブ?」

 

「そう、みんなで話したの、ことりがいなくなる前に全員でライブをやろうって」

 

「来たらことりちゃんにも言うつもりよ」

 

 どうやら絵里は穂乃果には集まった理由を教えてなかったみたいで、まずはその説明からした。

 

「思いっきり賑やかのにして門出を祝うにゃ~」

 

「はしゃぎすぎないの」

 

 凛のテンションが上がり過ぎないように頭を叩いて、頭を冷やそうとする。

 

「にこちゃん何するの!!」

 

「ふん、手加減してやったわよ」

 

 私と凛が近くで馬鹿騒ぎしているのに、穂乃果の表情は暗く、全く笑っていない。それどころかみんなでことりの送別ライブの説明をしているときも、同じような表情していた。

 

「まだ落ち込んでるんですか?」

 

「明るくいきましょう、これが9人の最後のライブになるんだから」

 

「私がもう少し周りを見ていれば、こんなことにはならなかった」

 

 まだこの前の件で落ち込んでいる穂乃果を絵里が元気付けようとするけど、それどころか自虐的なことを口にした。

 

「そ、そんなに自分を責めなくても」

 

「自分が何もしなければこんなことにはならなかった」

 

「あんたね」

 

「そうやって自分のせいにするのは傲慢よ」

 

 穂乃果を慰めようとするけど、逆に自分の行動を否定することまで口にし出した。

 

「でも!!」

 

「それをここで言ってなんになるの、何も始まらないし、誰も良い思いをしない」

 

 絵里の言う通り、もうこの件は終わってしまったこと。今更ここで何を言っても何も変わらない。

 

「ラブライブだってまだ次があるわ」

 

「そう、今度こそ出場するんだから落ち込んでる暇なんてないんだから」

 

 何時やるか何て分からないけど、1回目が合ったんだから2回目だってあるに決まっているわ。それまでにいっぱい練習すればいいんだから。

 

 だけど、私の思いとは裏腹に穂乃果が口にしたのは、思いがけないことだった。

 

「出場してどうするの?」

 

「えっ?」

 

 穂乃果が口にした一言が私の思考を一瞬停止させて、穂乃果が何を言ったのか理解できるのに、僅かに時間が掛かった。

 

「もう学校は存続出来たんだから、出たってしょうがないよ」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「それに無理だよ、A-RISEみたいになんて……いくら練習したって慣れっこない」

 

「あんた、それ……本気で言ってる?」

 

「……」

 

 私の質問に対して穂乃果は答えない。

 

「本気だったら許さないわ」

 

「……」

 

 もう一度聞くけど、何も反応しないってことはそれはつまり……。私はそう考える前に既に身体が動いて──

 

「許さないって言ってるでしょ!!」

 

「ダメ!!」

 

 私は穂乃果に殴り掛かろうとしたけど、真姫ちゃんが間に入ってきて、私を止めようとする。

 

「放しなさいよ、にこはねあんたが本気だよ思ったから、本気でアイドルをやりたいと思ったからμ'sに入ったのよ」

 

 あのとき、観客のいない講堂を見て、相当のショックを受けたのに、それでもアイドルを続けるって言った姿を見て、私は──

 

「ここに賭けようと思ったのよ、それを……こんなことくらいで諦めるの!? こんなことくらいでやる気をなくすの!?」

 

 私の気持ちを口にするけど、穂乃果の表情は変わらなくて、私の心は怒りよりもどんどん諦めの気持ちの方が強くなっていった。

 

 少しずつ冷静になって周りを見てると、何人のメンバーは悲しい顔をしてるし、それどころか泣いてる子もいた。

 

 誰も穂乃果にどんな言葉を掛けたら良いのか、分からないままになってると──

 

「そうね、確かに穂乃果の言い分は分かるわ」

 

 穂乃果の考えに同意するように沙紀がそう口にした。

 

「廃校を阻止して、目標を達成されて、私たちの存在意義もなくなったわ」

 

「これから先、これと言った目標を無いまま惰性に続けても意味はないわ、ことりも抜けることだし、それならいっそ、ここで終わりにするのは間違っていないわ」

 

「沙紀……あんた何言ってるの?」

 

 あんたが……それを口にしたら……。

 

「何って……別に私は事実を言ってるのよ」

 

「穂乃果はどうしたいの?」

 

 沙紀は穂乃果に問う。

 

「辞めます」

 

「私、スクールアイドル辞めます」

 

 そう宣言してしまった穂乃果はその場から逃げ出すように立ち去ろうとすると、海未が穂乃果の前に立ち塞がり、そして──

 

「あなたがそんな人だとは思いませんでした」

 

 穂乃果の頬に強くビンタしたあと、涙声でそう口にした。

 

「最低です……あなたは最低です!!」

 

 海未は震える声でそう口にすると、穂乃果はビンタされて赤くなった頬を触れていた。




それでは如何だったでしょうか?

一先ずこれでアニメ1期12話までの話が終わりました。

これから先どのようなことが起こるのか、お楽しみにしてください。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告していただけるとありがたいです。


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四十六話 にこの気持ち

お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

 静かな部室、私は何時も巡回してるアイドルサイトを見ていた。だけど、見ているサイトの内容は全然頭に入らなくて、ただぼうっと眺めてるだけ。

 

「……止めた」

 

 今サイトを見てもあんまり意味がないと思って、私はパソコンの電源を落としてから椅子にもたれる。

 

「……」

 

 サイトを見るのを止めたけど、別に何かやることがある訳じゃない。そもそもそれ以前に、やる気が全く湧いてこない。

 

 何故やる気が湧かないのか、理由は分かっている。

 

 μ'sが活動休止したから。

 

 穂乃果がμ'sを辞めるって言って屋上から去ったあと、みんなで話し合い、そうなってしまった。

 

 今のまま活動を続けても良いことはないから、一度、今後を見つめ直した方がいいんじゃないか。

 

 穂乃果がいなければ、μ'sは解散したようなものじゃない。

 

 私は活動休止するのに反対したけど、そう言った意見があったから、活動休止の空気になって、μ'sは活動休止になってしまったわ。

 

 そういうことがあって、部室には私以外の部員がいない。μ'sの活動休止をした以上、部室に来る理由はないのは当然。

 

 何時もはメンバーの話し声で騒がしい部室も寂しいくらい静か。

 

「これじゃあ昔に戻ったみたいね」

 

 私は自分以外の部員がいない部室を見て、そんな感想が溢れた。

 

 静かな部室でパソコンを使って、一人、アイドルの情報を集めている、まさに今の状態は本当に昔に戻ったみたいだったわ。

 

 何時もだったら、穂乃果が海未に怒られてるなか、ことりが間に入って仲裁している声。

 

 花陽が部室にあるお宝グッズを見つけて、凛や真姫ちゃんに熱く語っている声。

 

 希が誰かの胸をわしわしして、楽しんでいる声と被害者の叫び声。

 

 絵里がたまにずれたことを言って、よく分からない話題を話している声。

 

 そして沙紀が私に告白紛いのことを言ったり、他のメンバーにセクハラして、制裁受けたり、喜んだりして、楽しそうな声。

 

 そんな色んな馬鹿騒ぎした楽しい声が、今の部室には全く聞こえない。

 

 そんな部室を見て、私は少し寂しいと思ってしまった。

 

 二年前までは、それが当たり前の光景だったのに、不思議くらいに、今はそれが寂しいと思ってしまう。

 

「ホント、何でよ……」

 

 そんなことを口にしたけど、とっくに理由なんてとっくに分かっている。

 

 穂乃果が居て。

 

 海未が居て。

 

 ことりが居て。

 

 花陽が居て。

 

 凛が居て。

 

 真姫ちゃんが居て。

 

 希が居て。

 

 絵里が居て。

 

 そして沙紀が居る部室が今の私にとっての日常になっているから。ただ、それだけのなんだわ。

 

 だけど、それが分かったところで、何か変わる訳じゃない。

 

 ことりは留学するのは決まってるし、穂乃果は戻ってくるのかも分からない。それに他のメンバーだって、スクールアイドルを続けるのかなんて分からない。

 

 そもそも私だって……。

 

 そんなことを考えていると、後ろから部室の扉が開く音が聞こえた。私は扉の方へ視線を移すと、そこには──

 

「やっぱり、ここにいたのね、にこ先輩」

 

 今日一日、何時もの違う雰囲気の沙紀が、部室の中に入ってきた。

 

 2

 

 突然、部室にやって来た沙紀は、何事も無かったように、平然と、何時ものように部室に入ってきて、椅子に座った。

 

 沙紀は椅子に座ると、持っていた鞄から二本の飲み物を取り出した。

 

「にこ先輩、はい、どうぞ」

 

 そう言って沙紀は取り出した飲み物(イチゴオーレ)を私に手渡してきた。

 

「ありがとう……って何よ、急に」

 

「何って、別にわたしはにこ先輩と話がしたいだけよ」

 

「それにわたしが喉乾いたから、ついでににこ先輩の分を買ってきただけ」

 

「そういうことね」

 

 沙紀は私が納得するのを見ると、自分の分の飲み物(多分、見た目からコーヒーだと思う)を開けて、飲み始めた。

 

「今度は飲み物を買うとき、私が奢るわよ」

 

「別に気にしなくてもいいわ」

 

「私が気にするのよ、後輩に奢られたままなのが、私のプライドが許せないのよ」

 

「そう、ならまた何処かで、にこ先輩の奢りで、奢ってもらうわ」

 

 何か無駄に、私の奢りでって、強調されたような気がするけど、それで沙紀は納得したから、私は渡された飲み物を開けて、飲み始める。

 

「それで話って何よ」

 

「そんな改まる必要はないわよ、ただ単純に、わたしはにこ先輩と話したいだけよ」

 

「はあ? 何よ、それ」

 

「いいじゃない、それより、何か話題はないの?」

 

 いきなり沙紀は私に話題を振るけど、私は何も思い付かない。

 

 そもそも急に部室に来て、話題が無いかって言われても思い付かないわよ。

 

「何もないの? つまらないわ」

 

「うるさいわよ、そもそも何時までそのキャラ続けるつもりよ」

 

「別に何時までもいいでしょ、わたしの勝手なのだから、それともにこ先輩はキャラが違うと、何か問題でもあるのかしら」

 

「うぅ……そうよ、悪い!!」

 

 今日一日、ずっと沙紀が何時もと違いキャラのせいで、調子が狂うのよ。それに今の見た目がまんまアイドル──星野如月だから、もっと余計に。

 

「そうね、今のわたしはにこ先輩が憧れてたアイドル──星野如月に見えるから余計よね」

 

「うぅ……何で私が思ってること分かるのよ」

 

「何でって……にこ先輩、結構分かりやすいのよ、それに今の反応で大体分かったわよ」

 

「うぅ……」

 

 確かに私は星野如月に憧れてたけど、何時もの見た目とキャラの沙紀なら、こいつが星野如月だってことを意識はなかったわよ。

 

 そもそもあいつは、自分が星野如月だってバレないように、眼鏡と三つ編みのお下げで隠していたから。人前でそのスタイル以外にするさえ、かなり嫌っていた。

 

 まるで自分が星野如月だと思われないように。

 

 これは自分のアイデンティティだからと。

 

 だけど、今の目の前にいる沙紀は、そんなこと少しも思ってないみたいに、振る舞ってる。

 

 別に自分が星野如月だってことが、バレようが、バレないか何て、お構い無しに。

 

 それに見た目とキャラが違うだけなはずなのに、いま目の前にいる沙紀から、何時もの沙紀の雰囲気が感じない。

 

 無駄に騒がしくて、楽しそうにしていて、真面目で頑張り屋な部分があって、それでいてとても脆いところがある。そんな雰囲気が全く感じない。

 

 むしろ、今の沙紀からは、何時もは感じないはずの、昔、テレビやライブで見た星野如月の雰囲気を感じる。

 

「でもそれは仕方ないわ、だってわたしは顔も良い、スタイルも良い、美人なのだから、わたしって、罪な女ね……」

 

「……」

 

「正論過ぎて、言葉もでないみたね、でも正常な反応よ、さあ、好きなだけ見蕩れなさい、許可するわ」

 

「違うわよ、呆れて言葉が出なかっただけよ」

 

 まあ、でもちょっとは見蕩れてたかもしれないけど……。

 

 だけど、何時もの沙紀だったら……。

 

(あれ~にこ先輩、もしかして私に見蕩れてたんですか、良いですよ、良いですよ、じゃんじゃん見てください、私もにこ先輩に見られると、興奮しますから、と言うよりも我慢できない……今すぐ私とゴールインしてください!!)

 

 大体こんなことを言って、何時ものオチになる流れがお約束なんだけど。今の沙紀の雰囲気だと、そんなお約束になるわけもなく……。

 

「まあいいわ、わたしが美人だって言う事実は変わらないわ」

 

 本気でそう言ってるのか判断しづらい冷淡な声で、そう言って、話を止めた。

 

 何と言うか今の沙紀とはやりづらい。口調が冷淡な事もあって、本気で言ってるのか、冗談を言ってるのか分かりづらい。そもそも、何時も沙紀も、本気なのか、冗談なのか、分からないときもあるけど。

 

 それでも今の沙紀よりかかなり分かりやすい。何時もあいつなら、割りと顔に出やすいところがあるから。

 

「ねぇ……」

 

 だからこそ……私は目の前のこいつに……。

 

「何? にこ先輩」

 

「何であんた……穂乃果にあんなことを言ったのよ」

 

 今日の屋上での出来事をついて聞いた。

 

 3

 

「さすがに楽しいお喋りは終わりね……」

 

 私が屋上のこと聞くと、沙紀は何処か名残惜しそうな感じで、そう口にした。

 

 さっきのは楽しいお喋りだったのね……。全然そんな風には見えなかった。

 

「別にわたしは事実を口にしただけよ」

 

「確かにそうね、だけど、もうちょっと言い方ってものがあったんじゃないの」

 

「あの言い方じゃあ、穂乃果が辞めるなんて言っても、仕方がないわよ」

 

「そう? 私の記憶にある穂乃果だったら、ああ言っても、てっきり辞めるなんて言わないと思ってたけど……言い方の問題だったのね……」

 

「あんた、もしかして……説得しようとしてたの?」

 

「もしかしても何もその通りよ」

 

「……」

 

 嘘でしょ。誰がどう聞いても、説得してるようには聞こえなかったのに、こいつはつまり……あれで説得してるつもりだったの。言葉が足りないどころか、口下手にも程があるわよ。

 

「まあ、起こってしまったことを嘆いても仕方ないわ、穂乃果が本気で辞めるつもりなら、本人の意思を尊重するだけのことよ」

 

「わたしたちはわたしたちで、これからどうするかを考える方が有意義よ」

 

「そうよね……」

 

 沙紀の言っていることは正しい。絵里も同じことを言っていたから。

 

 私たちが──μ'sが、これからどうするべきかは考えることはとても大切なことだから。そこはいい。

 

 何か私が思ってた沙紀の反応とは、大分違う。

 

 私の予想だと、穂乃果に対して、あんなことを言わせてしまった責任を感じているんじゃないかと思ってた。

 

 だけど、今のこいつから全くそんな風に感じない。完全に過去のことは過去のことって割り切ってる。これは単純に、喋り方が冷たいから、そんな風に感じるだけ? 

 

「もう一つあんたに聞いていい?」

 

 こいつにこの質問をするのは、かなり気が憚れるけど、それでも確認しないといけない。

 

「えぇ、いいわよ」

 

「あんた、μ'sが活動休止すると聞いて、どう思った」

 

「別にそうなるのは妥当だと思ったわ、リーダーが辞めて、目的も目標も無い状態で続ける何て、時間の無駄」

 

「……そうよね……そうね」

 

「あら、何か聞きたかったこととは違うみたいな反応ね……あぁ、なるほどね」

 

 沙紀は私の反応を見て、私が何を聞きたかったのか、気づいたみたいなことを口にした。

 

「私がμ'sの活動休止と聞いて、自分の──星野如月の活動休止のこと、と重ならないのか心配してたのね」

 

「別にそんなつもりで聞いた訳じゃないわよ、ただ……」

 

 あんたが今回の件を自分のせいだと、思い込んで一人で背負い込んで欲しくなかったのよ、と言おうしたけど、恥ずかしくて言えなかった。

 

「ありがとう、私の心配をしてくれて」

 

 また私の反応で気づいたのか、沙紀はお礼を口にした。その声は冷淡な言い方だけど、何処か優しく嬉しそうな感じがした。

 

「まだ何も言ってないわよ!!」

 

「そう、わたしが勝手にそう思っておくわ」

 

 私が何か言う前に、沙紀は納得してしまった。

 

「わたしは自分のことと、今回の件については、別の件だと、完全に割り切ってるわ、それに、あのときの星野如月の活動休止は、仕方がないことだったのよ」

 

「何よ、それ……」

 

「にこ先輩が気にすることではないわ、今は星野如月のことよりも、今はこれからをどうするかを考えるのが重要よ」

 

 沙紀は有無を言わさないように星野如月の話を辞めて、本来の話題に戻した。

 

「今回の件で、にこ先輩がわたしに質問したから、わたしもにこ先輩に質問するわ」

 

「何よ、別にいいけど」

 

 今の沙紀に今回の件で何か質問してくると、言われると、何か難しそうなことを言うんじゃないかと、少し身構える。

 

「あなたはこれからどうするつもり?」

 

「──私はスクールアイドルを続けるわ」

 

 私は沙紀の質問に対して何を言ったか理解した瞬間、迷わず、そう答えた。

 

「清清しいくらいに即答ね、正直、もう少し考えるかと思ってたわ」

 

「そうね、私もすぐに答えられるなんて思ってもみなかったわよ」

 

 頭で考えるよりも早く、口が先に動いていたってことなんだと思う。

 

「でもμ'sの活動休止中よ、どうやってスクールアイドルを続けるつもり?」

 

「別にμ'sが活動休止ってだけで、私が勝手に動いて続けるぶんには自由でしょ」

 

「その通りね、ならこれから何をするつもり?」

 

「そうね……とりあえず、穂乃果とことり以外には声を掛けるつもりよ、一緒にスクールアイドルを続けないって」

 

 本当にスクールアイドルを続けるつもりなら、例えμ'sじゃなくても続けると言ってくれるはずよ。

 

「声を掛けて、もし、誰もスクールアイドルを続けないって言ったら──」

 

「それでも私は一人でもアイドルを続けるわよ」

 

 沙紀が何かを言う前に私は力強くそう断言した。

 

「……前に同じように一人でスクールアイドルを続けて、失敗したのに、また同じことを繰り返すの」

 

「確かにあのときの私は一人でスクールアイドルを失敗したわ」

 

 忘れるわけないじゃない。二年前のあのときの失敗を──あの悔しさを──あの挫折を。

 

「けどね、私はみんなとμ'sでスクールアイドルを続けて気づいたのよ」

 

「私はアイドルが大好きだから、この気持ちを忘れなければ、例え、この先、何があっても私は迷わずに続けることができるわ」

 

 こいつと一緒に練習を続けて、μ'sとしてライブで歌ったり踊ったりして、私の中でのアイドルが好きだって、この気持ちがどんどん大きくなっていった。

 

 それに私のライブを見て、喜んでくれたファンがいたから。

 

 あと、私がスクールアイドルを続けることで他のみんなが戻ってくるかもしれないから。

 

「そう、それがあなたの答えなら、わたしから言うことはないわ」

 

 私の決意を聞いて沙紀は納得したのか、これ以上はなにも言わなかった。

 

「じゃあ、さっそくだけど、あんたはどうするつもりよ」

 

「決まってるじゃない、わたしはにこ先輩に付いていくわ、今回の件の結末を見届けるためにね」

 

「あんたも即答じゃない」

 

 私はツッコミを入れるけど、迷いのない判断の速さが私にとっては心強いわ。

 

「それじゃあ、まずは花陽と凛辺りに声を掛けに行きましょう、あの子たちなら続けるって言いそうよね」

 

「そうね、まずはその二人からね」

 

 こうして私たちは自分たちのこれからの答えを出して、行動を始めるのだった。




如何だったでしょうか。

何かにこが主人公みたい……。何か書いててもうにこが、この作品の主人公で良いんじゃないかって思ってきた、今日この頃。

そんなわけで感想などありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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四十七話 目の前のあいつは……

お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

「ところてんと最も相性が良い食材、調味料は何なのかしらねぇ……」

 

「このわたしが、もう何年もこの課題に試行錯誤しているけど、未だに答えが見つからないわ」

 

「だけど、考え方を変えれば、それだけところてんは深く至高な食材とも言えるわ」

 

「あぁ……ところてん……ビバ、ところてん……あっぱれ、ところてん」

 

「人の……上で……変な独り言を……言わないでくれる……」

 

 まるで黄昏ように囁いた沙紀に、私は苦しいのを我慢しながら、ツッコミを入れる。

 

「別に良いじゃない、わたしの人生において、三番目に大事なことなのよ、それを変と侮辱したにこ先輩には、もう十回追加の刑よ」

 

「はぁ!? 何よ……それ!! ふざけるん……じゃない……わよ……」

 

「何よも、だっても、口答えは受け付けないわ、もたもたしないで、さっさとこなしなさい」

 

「そもそも……何であんたを……背中に乗せて……腕立て伏せを……しなくちゃ……いけないのよ……」

 

 私は何時もの神社で、練習をしていたはずなのに何故か沙紀を背中に乗せて腕立て伏せをさせられていたわ。

 

 それはもう有無を言わさないような感じで。

 

「何でって……決まっているじゃない、基礎練よ」

 

「だったら……普通に……腕立て伏せをすれば良いじゃない」

 

「甘いわ、今の時代アイドルは歌って、踊れて、戦えなければならないわ、何時か別の事務所のアイドルや、宇宙からやって来たアイドルと戦うときのために」

 

「意味が……分からないわよ……」

 

 沙紀が言っていることは、冗談なのか、そうじゃないのかは、さておき、こんなトレーニングを続けたら、何時か筋肉が付いて、腕が太くなるわよ。流石にそれは嫌よ。

 

 私は上に乗っている沙紀の話を無視して(下手なことを言うと、回数が増やされそうだから)、かなりキツいけど、残りの腕立て伏せの回数を消化することに専念した。

 

「ペースを上げてきたわね、あと10、9、8……」

 

 沙紀は私が腕立て伏せを終わらせることに専念したのに気付いていたのか、残りの回数を口にし始めた。

 

「2、1、0……終了」

 

 終了という言葉を聞いた瞬間、私は力が抜けて、倒れこんだ。

 

「終わったんだから……さっさと……退きなさいよ……」

 

「──からの……もうワンセット……」

 

「やらないわよ!!」

 

 終わったにも関わらず、鬼畜にももう一回やらせようとする沙紀に、私は全力で拒否をすると、沙紀は私の背中から降りた。

 

「ホント……疲れた……」

 

 地面に倒れ込んだまま、私は死にそうな声でそう呟いた。

 

「お疲れさま、にこ先輩、はい、コレ」

 

 私の顔の横にスポーツドリンクを置いて、沙紀は私の隣に座り込んだ。

 

 私はスポーツドリンクを見ると、直ぐ様、起き上がり、スポーツドリンクが入った容器を手に取って、一気に中身を飲み干した。

 

「はぁ~、ホント、死ぬかと思ったわ」

 

「そんな大袈裟ね」

 

「大袈裟じゃないわよ、あんたが重いから余計に疲れるのよ」

 

「重いと言われるのは、心外ね、……でも確かに一部分が決定的に違うから仕方ないわよね」

 

 そう言って沙紀は自分の胸を強調するようなポーズを取り始める。それを見て私はかなりイラッとした。

 

「あんた、ケンカ売っているわよね!!」

 

「はて? 何の事やら、わたしはたださっきの体勢がしっくり来なかったから、変えただけよ」

 

 そう惚ける沙紀だけど、何処か悪意のあるように感じる。

 

「そう……あんたがそう惚けるなら……こっちだって考えがあるわよ」

 

 私はそう言った直後に、不意討ち気味に沙紀の胸に掴み掛かろうとする。

 

 クールぶっている沙紀に、希直伝のわしわしを食らわせて、恥ずかしい思いをさせてやろうと、そう思って掴み掛かろうとした。

 

 だけど、手が沙紀の胸にもう少しで触れそうな距離で、突然──視界が真っ暗になった。

 

「わたしの胸に触れようなんて、悪い子……」

 

 何故かとても近くで聞こえる沙紀の声で目を開けると──ほぼ顔と顔が触れそうな距離で目の前に沙紀がいた。それどころか私は沙紀に押し倒された。

 

 えっ? えっ!? 何が起こったのよ。何で私が沙紀に押し倒されているのよ。

 

 沙紀を退かそうとするけど、両手両足が逃げられないようにガッチリと沙紀の身体で押さえられている。

 

「突然、わたしの胸に触れようするから、つい、とっさに押し倒してしまったわ」

 

 混乱している私の心を読んだみたいなのか分からないけど、私に沙紀はそう説明した。

 

「けど……にこ先輩が悪いのよ、わたしの胸を触ろうとするから、そんな悪い子にはお仕置きしないと……」

 

 そう言って沙紀は私の首筋を優しく舌で舐めた。

 

「ひゃっ!!」

 

 何が何だか理解できない状況で、急に首を舐められたせいで、変な声が出てしまった。

 

「少ししょっぱいわ……」

 

「うぅ……仕方ないじゃない……運動したあと……なんだから……」

 

 聞きたくもなかった味の感想やさっきの声の恥ずかしさで私は死にそうになる。

 

「別に味は嫌いじゃないわ、むしろ好みよ、それににこ先輩の匂いも、さっきの声も可愛かったわよ、もっと聞いていたいわ」

 

 フォローのつもりなのかすごく変なことを口にする沙紀だけど、私からしたら恥ずかしいことを口にされて、顔が紅くなってくる。

 

「にこ先輩の顔……紅くなっている……可愛いわ……もっと可愛い顔を見せて……」

 

 そう言ってまた沙紀は私の首を舐め始める。

 

「ひゃっ!! ちょっ……と……止め……な……さい……よ……」

 

 抵抗するけど、身動きが取れず、沙紀を止めることができなくて、私の首は舐められ続ける。

 

「ふふふ……いいわね……その反応、ゾクゾクするわ……もし、キスをしたら……どんな反応をするのかしら……」

 

 私の反応を見て、調子に乗ったみたいで、そんなふざけたことを口にする。

 

「ちょっと……それは……ダメよ」

 

 だけど、そんな私の声が届いていないのか、沙紀の顔は、私を見つめながら、少しずつ少しずつ近づいてくる。

 

 沙紀の吐息が私の頬に触れて少しくすぐったくて、沙紀の髪からシャンプーの良い香りが漂ってくる。

 

 何か大分前にも似たような事が、あったような気がするけど。

 

 ウソ……このままだと……私のファーストキスの相手って……沙紀になるの。そんなの……。

 

 私は沙紀の顔が触れそうなくらい近くになると、恥ずかしさのあまり、目を閉じてしまう。

 

 目を閉じたところで、キスされることは変わらないから意味はないけど。だけど、目を閉じたせいで沙紀が何処まで近づいているのか、分からなくて、とても長い時間が経っているように感じる。

 

 それから体感時間で、何十分くらい経ったような気がするけど、唇に何か触れたような感触がない。

 

 私はゆっくりと目を開けると、沙紀の顔は私の顔を触れそうなくらい近くじゃなくて(未だに押し倒されているけど)、少し離れた距離にあった。

 

「やっぱり、調子に乗って奪ったら……ダメね、あなたは……私にとって大切な人だから……」

 

 沙紀はとても小さな声で呟くと、私を押し倒すのを止めて、離れていった。

 

「ちょっ……」

 

「休憩は終わりよ、早く練習に戻るわよ」

 

 私は沙紀に何か言おうとしたけど、その前に沙紀は何事も無かったようにそう口にして、立ち上り、その場を離れていった。

 

「何よ、それ……」

 

 沙紀の姿が見えなくなると、私の中で何とも言えない気持ちだけが残った。

 

 勝手に向こうが調子に乗って、私のファーストキスを奪おうとしたのに、まるで冷めたみたいな反応するのは。

 

 もしかして私……弄ばされたの……。

 

「あぁ~!! 何なのよ、あいつ!!」

 

 この何と言うか分からないモヤモヤした気持ちを発散するために、私は大きな声を出すしかなかった。

 

 ただ言えることは、とりあえず私のファーストキスは守られたってことだけだった。

 

 2

 

 沙紀が立ち去ったあと、私は(沙紀のせいで)乱れたしまった自分の心を落ち着かせてから、あいつのあとを追って、神社の階段まで移動した。

 

「かよちん遅いにゃ~」

 

「久しぶりだとキツいね」

 

 そこには階段で別の練習をしていた花陽と凛がいた。

 

 花陽は階段を登りきると、ハアハアと息が切らして疲れているのが分かるけど、逆に凛は息一つ乱れてなくて、体力に余裕がある感じだった。

 

「あんたたちの練習はまだ楽そうでいいわね」

 

 自分と二人の練習内容の差を比べて、嫌気が指しながら二人に声を掛ける。

 

「あっ、にこちゃん、そっちの練習は終わったの?」

 

「ええ……」

 

「何か……大変そうだったんだね……」

 

 私に気づいた花陽の質問に私は遠い目をしながら答えると、花陽はそれで察したみたいで、それ以上は何も言わなかった。

 

 私、花陽、凛、それにマネージャーの沙紀を加えての四人が、今のアイドル研究部。

 

 あれから私と沙紀はμ'sのメンバーに一緒にアイドルを続けないかって、聞いて回ったけど、花陽と凛以外はみんな断った。

 

 やっぱりμ'sは穂乃果が作ったと言ってもいいわ。

 

 人を引き寄せる力。

 

 こればっかりは穂乃果の魅力──才能、と言ってもいいかもしれない。

 

 みんなそんな穂乃果に誘われてμ'sに入ったんだから。結局、私が誘ったところでみんながみんな一緒にアイドルを続けてくれるわけがない。

 

 こんなこと比べたって意味がないかもしれないけど、私にはきっと穂乃果みたいな才能がないのかもしれない。

 

 実際に同じようなことをやって、私は失敗しているわけだし……。

 

 こんなこと考えてると、あいつに怒られるわね。

 

「そういえば、あのバカは何処に行ったのよ、てっきりこっちに来たと思たんだけど」

 

 辺りを見て回るけど、沙紀の姿は全く見当たらない。練習を再開すると言ったから、花陽と凛にも声を掛けに言ったかと思ったけど、違うみたいね。

 

「沙紀ちゃんならところてんが切れてやる気が起きないから買いに行ってくるって言って、コンビニに走っていったにゃ~」

 

「何そのニコチンが切れたからタバコ買ってくるみたいなノリ……」

 

「そうそう、そんな感じ、沙紀ちゃんってところてん中毒何じゃないかって思っちゃったよ」

 

「ところてん中毒って……凛ちゃん……」

 

「凛の言う通りよ、最近のあいつを見ると、マジでそう思うわ」

 

 最近のあいつは偏食もいいところよ。毎日、昼ご飯はところてんしか食べてない。それどころか隙あれば、どんな所でもところてんを食べているわ。

 

 あれをところてん中毒と呼ばないで、何て呼ぶのよ。

 

「じゃあ、あいつが帰ってくるまで待機ってこと?」

 

「その必要はないわ、もう買い終えたから」

 

 不意に、後ろから声が聞こえたから振り返ると、大量のところてんが入ったコンビニ袋を持った沙紀がそこにいた。

 

「あんた、いつの間に戻ってきたのよ!!」

 

「たった今」

 

 私が突然戻ってきた沙紀に驚きながら質問すると、沙紀は興味なさそうな口ぶりでそう答えた。

 

「それにしても早いわね」

 

「コンビニまで全速力で走ったわ、ただそれだけよ」

 

 そう言いながら沙紀はコンビニ袋からところてんを取り出していた。そのところてんを取り出す動きが何となくだけど、とても嬉しそうな風に見えた。

 

「どんだけところてんが食べたいのよ!!」

 

「もうこれは病気だにゃ~」

 

 そう凛に突っ込まれているけど、沙紀は気にせず、取り出したところてんを食べ始めた。

 

 それにしてもコンビニまで全速力で走ったって言うくせに、こいつ……澄ました顔をして、息一つ乱れてない。流石は元トップアイドルとは言いたいわね。ただその元トップアイドルが、ところてんを買いに行くために全速力で走っている姿は見たくはないけど。

 

「さて……次の練習は何をしようかしら……」

 

 そう、ところてんを食べながら考える沙紀。すると──

 

「みんな……」

 

 突然、穂乃果がどこかばつの悪そうな顔をしながら私たちの前に現れた。

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「練習続けてるんだね」

 

「うん」

 

「当たり前でしょ、スクールアイドル続けるんだから」

 

「えっ?」

 

「悪い」

 

「いや……」

 

 私たちがスクールアイドルを続けていることに驚いている穂乃果に私は何でもないように言う。

 

「μ'sが休止したからってスクールアイドルやっちゃいけないって決まりはないでしょ」

 

「でも……何で……」

 

「好きだから」

 

 穂乃果の疑問に私は迷わずそう答える。

 

「にこはアイドルが大好きなのよ」

 

「みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって、そういう気持ちにさせるアイドルが私は大好きなのよ」

 

 そう言って私はちらっと沙紀のほうを見る。

 

 昔のあいつを見て、私がそう思ったように、いつか、私もみんなをそう思わせるアイドルになりたいと、本気で思っているから。

 

「穂乃果みたいないい加減な好きとは違うの」

 

「違う、私だって」

 

「どこが違うの」

 

 私は穂乃果の言い訳をばっさりと切り捨てる。

 

「自分から辞めるって言ったのよ、やってもしょうがないって」

 

「それは……」

 

「ちょっと言い過ぎだよ」

 

「にこちゃんの言う通りだよ……邪魔しちゃってごめんね……」

 

 私の言ったことに穂乃果は暗い顔して認めると、暗い笑顔を浮かべながら謝って、その場を離れようとする。

 

「穂乃果ちゃん、今度わたしたちだけでライブをやろうと思ってて、もし良かったら」

 

「穂乃果ちゃんが来てくれたら盛り上がるにゃ~」

 

「あんたが始めたんでしょ、絶対来なさいよ」

 

「みんな……」

 

 私たちはそれだけ伝えて、穂乃果が階段を下りていくのを見送った。

 

「穂乃果も穂乃果なりに思うことや迷いがあるみたいね」

 

 穂乃果の姿が見えなくなったあと、沙紀がそう口にした。

 

「そうね……」

 

 穂乃果がここにふらっと立ち寄ったってことは、多少なりともスクールアイドルに未練があるみたいだし。

 

「わたしの見立てだと……あと一押しってところね……案外、明日には自分の中で答えを出すのかもしれないわね」

 

「あんた……そんな風にカッコつけているけど、ところてん食べたままだと全く締まらないわよ」

 

 私は沙紀にツッコミを入れたあと、私たちはそれぞれ練習を再開した。

 

 その翌日、沙紀の予想通り、穂乃果は自分の中で答えを出し、完全復活をすることになった。

 

 3

 

 翌日の放課後、私はあいつと二人きりで話すために部室に向かっていた。

 

 あいつには携帯に部室に来るようにって、メッセージを飛ばしておいて、向こうも気づいているから、多分、来ているはず。

 

 部室の前まで歩くと、部室の扉の窓から人影が見えた。どうやらあいつが私より先に来ているみたい。

 

 そうして部室に入ると、沙紀が雑誌を読みながら私のことを待っていた。

 

「悪いかったわね、急に呼び出して」

 

「あら、にこ先輩来たのね、別に構わないわ」

 

 私が沙紀に声を掛けると、沙紀は雑誌を読むのを止めて、私のほうを向いた。

 

「それで何? 話って」

 

「ちょっと待ちなさいよ……はい、これ」

 

 私は鞄からミルクティーとブラックコーヒーを取り出して沙紀に見せる。

 

「この前のお返し、あんた、どっち飲む?」

 

「この前のって……ああ、あの時のね──じゃあ、こっちを貰うわ」

 

 何時の時のお返しか思い出した沙紀は迷わずブラックコーヒーを私から受け取った。

 

 やっぱりそっちを取るのね……。

 

 私は残ったほうのミルクティーを空けて、飲み始める。

 

「それにしてもホント、穂乃果にはビックリするわ、ことりを連れ戻して、μ'sを完全復活させるなんて……」

 

 今日の朝のこと、私は聞いた話だから詳しくは知らないけど、穂乃果が海未を呼び出したみたい。そこで穂乃果は海未に本音を口にして、それを聞いた海未がことりを連れ戻すように背中を押した。

 

 それからは穂乃果はことりを連れ戻すために空港へ向かい、海未は残りのメンバーに今日ライブをやると声を掛けに回った。

 

 海未に集められた私たちは半信半疑でライブの準備して、穂乃果とことりを待つことになった。

 

 そうしてライブ開始直前ギリギリに、穂乃果がことりを連れ戻して戻ってきた。

 

 それからはホントぶっつけ本番、ライブの衣装があるわけないから制服でやることになるし、歌やダンスだって、リハーサルなしでやらなくちゃいけなかったわ。

 

 そんな慌ただしい中でやったライブだったけど、今まで一番の出来だったって感じる。

 

 今までで一番μ'sの結束力が強くなった瞬間だったってそう思ったわ。

 

「穂乃果とことりの件に関しては本人たちが素直になれば、そこまで拗れることはなかったのよ……ただ単純にタイミングが悪かっただけで余計に悪化しただけよ」

 

 確かに今回の件は色んなことが起こったせいで、μ'sが解散寸前まで追い込まれたとも言ってもいい。

 

「だけど、今まで以上に私たち──μ'sの結束力は強くなったわ」

 

「そうね、今日のライブはわたしも見ていて、一番心が躍ったわ」

 

「……」

 

「何よ、わたしは本気で言っているわよ」

 

「いや……それは分かっているのよ……」

 

 ただそんなことを言っても、沙紀の表情が一切変わらないから、本当にそう思っているのかが分かりにくい。

 

「わたしとしても刺激バカのせいで予定がかなり狂ったけど、まあ、わたしにとって最悪の事態だけは回避できたから……まだ修正が効くわ」

 

「刺激バカ? ……何のことよ?」

 

「いやこっちの話よ、それよりもわたしに話があって呼んだだから、用件をさっさと言いなさいよ」

 

 沙紀が何か気になることを言っているけど、沙紀は私に呼び出した理由を言うように話を逸らした。

 

「……」

 

 正直、私が沙紀を呼び出した理由は、ずっと気になっていたことがあったから、それを聞こうと呼び出した。

 

 だけど、何……この不安は……。

 

 何故か分からないけど、この質問をしたらもう後戻りが出来ないような、そんな不安が私の心の中を埋め尽くす。

 

「……最近色々とバタバタして、ずっと言えなかったのだけど……」

 

 私は不安を残しながら覚悟を決めて、沙紀にこの質問をした。

 

「あんた……一体誰なの?」

 

 私がそれを口にしたときの沙紀の表情は何時もと変わらず、どこか冷めたような顔で、それが何処かとても怖いと感じた。

 




如何だったでしょうか。

どうしてにこは沙紀にあんな質問をしたのか。それに沙紀はどう答えるのか。

それは次回をお楽しみに。

そんなわけで感想などありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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四十八話 にこ推理ショー

お待たせしました。

それではお楽しみください。



 1

 

「あんた……一体誰なの?」

 

「面白いことを言うわね、どうしてそう思ったのかしら」

 

 私の質問に対して、沙紀は理由を求めてきた。

 

「否定はしないのね」

 

「にこ先輩の質問への回答をする前に、まずはどうしてそんな風に思ったのか、気になったのよ、理由もなくそんなことは言わないでしょ」

 

 どうやら沙紀は、私がどうして目の前の沙紀が沙紀じゃないと思った理由を聞きたいみたい。まずはそれを答えないと、私の質問にも答えないようね。

 

「分かったわよ……」

 

 私は沙紀の言う通りに理由を説明することにした。

 

 私は軽く深呼吸をして、私が感じた違和感を頭の中で整理する。

 

 私の知っている沙紀と目の前の沙紀との違いを思い出す。

 

 いくつかあった違和感の整理をできると、目の前の沙紀は何事も無かったように、普通にコーヒーを飲みながら、私の話を何時でも聞けるという雰囲気を出していた。

 

「まずおかしいと思ったのは、あんたの見た目」

 

 これが私が感じた最初の違和感。

 

「何時ものあいつの髪型は三つ編みのお下げで、伊達眼鏡を掛けているわ」

 

 この学校の生徒に篠原沙紀と言えばって聞くと、ほぼ全員が委員長スタイルって言われるくらいに、あいつの見た目はそれだけ有名。

 

「けど、ここ最近のあんたはストレートヘアーで伊達眼鏡を掛けてこなかったわ」

 

 実際に目の前の沙紀は私の言ったようにストレートヘアーで眼鏡を掛けていない。

 

「でも私ってたまに自分から髪型を変えたり、眼鏡を外すことがあるじゃない」

 

「確かに何回か私たちの前でそういうことをしているわね」

 

 そこまで回数は多くはないけど、私たちの前で何回かそういうことはあった。

 

「だけどね、私の知っている沙紀はやたらと周囲の目を気にしていたわ」

 

 そう。あいつは何故いつも委員長スタイルにしているのかには理由がある。

 

「理由は自分が元アイドル──星野如月だと、バレたくないから」

 

 あいつ自身が隠したい秘密を隠すために、委員長スタイルで、自分が星野如月だとバレないように変装をしていた。

 

 つい最近まで私以外のμ'sのメンバーには、正体を隠していたくらいに、あいつは自分の正体を不用意に明かそうとしなかった。

 

「今のあんたの見た目は星野如月と同じ、そんな見た目で過ごしていたら何時か周りにバレてしまうわ」

 

 当時の星野如月はメディアへの露出はかなり多く、ファンも大勢いて、ライブのチケットが即日完売なんて余裕で起こるくらい人気アイドル。

 

 それだけ人気アイドルだった星野如月が変装もなしで歩き回れば、ファンにバレる確率がとても高い。

 

 しかも、今とは顔付きに多少の違いはあるけど、目の前の沙紀と同じ髪型をしていた。

 

 そんな髪型で行動していたら、活動休止してから数年経った今でも星野如月のファンなら気付かないわけがない。

 

 それは星野如月のファンだった私や花陽が眼鏡を外した沙紀の顔を見て、気づいたことが証明している。

 

「それにあいつは自分のアイデンティティーが無くなるとか、周囲のイメージが変わってしまうとか、そんなことばっかり気にしていたわ」

 

 前に無理矢理、沙紀の髪型を変えようとしたときも、かなりの拒絶をしていた。

 

 絵里がμ'sに入るときも三つ編みを解いたときもアイデンティティーがって、うるさかった。

 

 それにあいつには基本的にμ'sのメンバー以外は、清楚で淑やかな『白百合の委員長』としてのイメージで通している。

 

「そんなことを気にしているあいつが数日間、委員長スタイルをしないのは違和感があるわ」

 

「なるほどね、確かに今までの私なら有り得ないわね」

 

 一つ目の違和感を聞いて、沙紀は納得したような口振りだった。だけど、何処かまだ余裕があるそんな雰囲気を感じる。

 

「次におかしいと思ったのは、あんたがあることに対しての反応」

 

 これが私が感じた二つ目の違和感。

 

「この前、私があんたに聞きたかったことを覚えてる?」

 

「ええ、私がμ'sの活動休止と聞いて、自分の──星野如月の活動休止のこと、と重ならないのかってことだったわね、覚えているわ」

 

 私が沙紀に覚えているのか確認すると、沙紀は覚えていると答えた。

 

 あのとき、沙紀の前でμ'sが活動休止になる瞬間を見てしまったから、私は念のため沙紀にこのことを聞こうとした。

 

 まあ、実際は素直に聞き出せなくて、結局目の前のこいつに見破られて聞いたんだけど。

 

「そのとき、あんた、あのとき星野如月の活動休止は、仕方がないことって答えたわよね」

 

「そうね、確かに答えたわ」

 

「その反応が私の知っているあいつとは違うのよ」

 

 私は目の前の沙紀の反応を指摘する。

 

「少なくても私の知っているあいつは、星野如月が活動休止になって、仕方ないなんて割り切れないのよ」

 

 それこそが私が感じた違和感の正体。

 

「理由は分からないけど、あいつは……今でも星野如月が活動休止なってしまったことを悔やんでいるのよ……」

 

 あいつがどうしてそこまで悔やんでいるのか、詳しくまでは私も知らない。ただ、初めてあいつと出会ったときのやさぐれた姿や怯えた反応が、今でも鮮明に覚えている。

 

 その状態のあいつから少しだけだけど、事情を聞けて、私はあいつをアイドル研究部に入れた。

 

 それからあまり笑わなかったあいつは少しずつ笑えるようになって、今だとウザいぐらいに私にベタベタと付きまとってくるくらいに。

 

 そんな今でも星野如月関係の話になると、あいつの顔が暗くなって、遠慮してほしい雰囲気を感じる。

 

 最近だと、文化祭の放課後や廃校阻止のお祝いのあと、あいつの様子がおかしかった。

 

 それもあって、μ'sの活動休止の件のときに心配になって聞きに来たわけだったんだけど、逆に目の前のこいつに対しての違和感が増えたことになった。

 

「なるほどね……」

 

 目の前の沙紀はそう一言呟くだけだった。目の前の沙紀は二つ目の違和感を聞いて、何を思ったのか、全く読めない表情をしている。

 

「まだあるのかしら、わたしがあなたの知っている篠原沙紀とは言えない理由」

 

「えぇ……まだあるわ……」

 

 そう聞いてくる目の前の沙紀はやっぱりまだ何処か余裕が雰囲気。

 

「その次におかしいと思ったのは、あんたの好みよ」

 

 これが私が感じた三つ目の違和感。

 

「ここ最近のあんたって、お昼は必ずと言っていいほど、ところてんばっかり食べているじゃない」

 

 お昼どころか暇さえあれば、練習中だろうが、何処でも食べようとするくらい、ところてんを食べまくっている。

 

「えぇ、当たり前でしょ、ところてんは万能食、お昼どころか朝昼晩三食ところてんよ、わたし=ところてんって言っても過言じゃないわ」

 

 ところてんの話になった途端、目の前の沙紀は饒舌になって、冷淡な口調だけど、上機嫌に話しているように見える。

 

「その反応もそうだけど、さっきあんたの口から出た三食もところてんで、この違和感に確信が持てたわ」

 

「あらっ──つい、ところてんの話になったから調子に乗っていらないことを口走ってしまったわね、失敗したわ」

 

 やっぱりあれでもテンション上げてたのね。どんだけこいつところてんが好きなのよ。

 

「そもそも私の知っているあいつはあんたみたいに偏食じゃなくて、ある程度栄養が偏らないように、お弁当を作って持ってきたわ」

 

 あいつとは結構な回数、一緒にお昼を食べているけど、毎日欠かさずお弁当を作っていたわ。それどころかまたに私の分まで、わざわざ作ってくるときもあった。

 

 何回かお弁当を作って貰ったときに中を見たときに、見た目はふざけているけど、味はかなり良くて栄養のバランスも考えいるように見えた。

 

「こういうところが無駄にまめなあいつが急にシンプル・イズ・ベストとか言って、ところてん単品で食べるわけないわ、むしろ、そうあってほしくないわ」

 

「若干、願望入っているわね……」

 

 この違和感に関しては、ちょっと熱くなったせいで目の前の沙紀に突っ込まれてしまった。

 

 しょうがないでしょ。突然、ところてん最高とか言い出して、目の前で十パック以上食べている姿を見せられるのは、誰だって驚くわ。

 

「それに好みに関してはもう一つあるわ」

 

 私とって違和感を感じさせた原因とも言えるもの。

 

「あんたが今飲んでいるそれよ」

 

 そう言って私は目の前の沙紀が持っているブラックコーヒーを指差した。

 

「私が知っているあいつは絶対にブラックコーヒーなんて飲めないわ」

 

「絶対って言い切るわね」

 

 自信満々に口にした私に目の前の沙紀は茶々を入れる。

 

「だって、私の知っているあいつはブラックコーヒーを飲んだら吐くのよ、そんなあいつが飲めるわけないじゃない」

 

 あいつの歓迎会のときに、あいつがブラックコーヒーを飲んで、吐きそうになってトイレに駆け込んだのを見たことある。

 

 その歓迎会のあと、少しの間はこっそりと部室でブラックコーヒーを飲めるようにしようとするところも何度か見ているし、そして、結局トイレに駆け込む姿を見ている。

 

「この前、あんたが私と話したときもブラックコーヒーを飲んでいたわよね」

 

 そのときは全く気にしていなかったけど、よく思い出せばおかしかったわ。

 

 あいつが飲めないはずのブラックコーヒーを普通に飲んでいる。これには違和感を感じたわ。

 

「もしかしたら私の記憶違いかもしれないって、もう一度確認させてもらったわ」

 

「さっき、わざわざわたしに飲み物を選ばせたのはそういうことだったのね、わたしがブラックコーヒーを選ぶことを確認するためだったのね」

 

 そう。目の前の沙紀の言う通り、さっき私が飲み物を渡したのはそう言った理由があったわ。それに目の前の沙紀はまんまと乗せられた。

 

「しかもこの前のお礼と言えば、不信にも思わない……考えたわね」

 

「それにあんたが選ばなかったほうは……何だか分かる?」

 

「確か……ミルクティーだったわね」

 

「そうよ」

 

 目の前の沙紀の言う通り、ミルクティーとこいつが今持っているブラックコーヒーを選ばせた。その結果、こいつはブラックコーヒーを選んだ。

 

「だからこそ意味があるのよ、だってミルクティーは私の知っているあいつの好きな飲み物よ」

 

 あいつが何時も飲み物を買うときは殆んどミルクティーを買ってくるわ。

 

「好きなミルクティーと嫌いなブラックコーヒーを選べって言ったら、普通ミルクティーを悩まず選ぶはずよ、だけど、あんたの反応は逆だったわ」

 

 私がこいつに飲み物を選ばせたときに迷わず、ブラックコーヒーを選んだ。

 

「でもそれって、好きなものに対する反応よね」

 

 大体飲むものが何時も同じなら考えず選ぶけど、何時もとは違うものを飲むとなるんだったら、一回は必ず迷うはず。

 

 ましては本来なら嫌いなはずのブラックコーヒーを選ぶなんてなると、相等悩むのが普通。だけど、こいつは悩まなかった。

 

 それが当たり前みたいな自然な感じで選んだ。

 

「どう、これがあんたが私の知っているあいつとは違うと思った理由よ」

 

 私は目の前の沙紀に感じた違和感を説明し終わった。

 

 目の前の沙紀はそれを聞いて黙ったままだった。

 

 正直、私の言っていることに目の前の沙紀が難癖つけたり、揚げ足を取られたら、反論できる気がしない。

 

 結局、ただ単純に私が感じた違和感だけでそれ以上の根拠はないわ。

 

「まさか、ここまで見ていたのね……驚いたわ……」

 

 目の前の沙紀は私が思った以上に、沙紀のことを見ていたことに対して、感心しているみたいだった。

 

「そうね……正直、反論はできるけど……決めた、あなたの質問に答えてあげる」

 

 目の前の沙紀は少し考えると、そう口にした。

 

「それって……」

 

 まさか、反論もなく、素直に答えるとは思ってなくて、驚く私を気にせず、沙紀はこう口にした。

 

「あなたの予想通り、わたしはあなたが知っている篠原沙紀じゃないわ」

 

 




如何だったでしょうか。

にこの質問に答えた彼女の正体は?

そんな彼女は何を語るのか?

それは次回をお楽しみに。

そんなわけで感想などありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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四十九話 そして日常に戻る

お待たせしました。

それではお楽しみください。


 1

 

「あなたの予想通り、わたしはあなたが知っている篠原沙紀じゃないわ」

 

 そう口にした目の前の沙紀に、私は驚きを隠せなかった。

 

「やっぱり、あの子みたいにキャラを演じ分けるのは無理ね」

 

 少し残念しそうに沙紀──いや、沙紀にそっくりな彼女は言っているが、私はそんな言葉を聞き流していた。

 

 正直、粗がある推理で彼女が認めるとは思わなかったし、そもそも私の勘違いで、沙紀じゃないことが間違ったほうが良かった。何故なら──

 

「じゃあ、あんたは誰なのよ、それに……あいつは今どこにいるのよ」

 

 目の前の沙紀が沙紀じゃないなら、そうした新たな疑問が生まれてくる。

 

 特に目の前の沙紀が沙紀じゃないなら、本当の沙紀が今どこにいるのかが私にとって、とても重要なこと。

 

「その疑問は当然よね……まずはにこにーが一番気になっているであろうあの子が、どうなっているのか、教えておきましょう」

 

 私の考えていることを読んでいたみたいで、彼女は今の沙紀の状況を話してくれるみたい。

 

「あの子は……家で安静に眠っているわ」

 

「眠っているって……あいつ具合が悪いの?」

 

「そうね……わたしとあの子が入れ替わる前に何があったのか、覚えている」

 

「あんたとあいつが入れ替わる前って……」

 

 彼女にそう言われて、私は彼女と沙紀が入れ替わる前の出来事を思い出してみる。

 

 彼女と沙紀が入れ替わっていたのは、穂乃果がμ'sを辞めるって言った日だから……その日の前日ってことよね。

 

 確か……その日は廃校の阻止のお祝いをして、そのあと、穂乃果がμ'sを辞めると言う決め手になったことりの留学の件が話に出てたわよね。それから……。

 

「そうよ──あの日って……あいつが廊下で倒れて、保健室に運んだわね」

 

 お祝いがお開きなったあと、廊下から沙紀の悲鳴が聞こえて、悲鳴が聞こえたところまで駆けつけると、そこには沙紀が倒れていたわ。

 

 私と同じように悲鳴を聞いて駆けつけてきた希と絵里と一緒に沙紀を保健室まで運んだわね。

 

 三人であいつのことを心配していたら、次に会ったときには、沙紀の見た目とか雰囲気が変わって、そのインパクトが強くて話題がそっちにずれたわ。

 

 そのあとも何も無かったように沙紀が過ごしていたから、私は大丈夫だと思って、完全に忘れていたわ。

 

 でも、本当は沙紀と目の前の彼女が入れ替わって、本当の沙紀はあの日から家で安静にしているってことよね。

 

「本当にあいつは大丈夫なの」

 

 あの日から数日が経っている。今日まで入れ替わっていたってことは、まだ回復していないってことになる。私は沙紀のことが心配になって、彼女にそう聞いた。

 

「あの子の症状はストレスによる発作みたいなものよ、本当ならわたしと入れ替わらなくても2、3日休めば、ある程度は落ち着くはずだったわ、だけど、それができなかったのよ、あの子は」

 

「休めばあの人に迷惑が掛かる、あの人に余計な労力を使わせる、そう思って、あの子は無理を通してでも、学校へ行こうとしたのよ」

 

「バカじゃないの……」

 

 彼女から沙紀の状況を聞いて、私は思わず、そう呟いた。

 

 何が迷惑が掛かるよ、何が余計な労力を使わせるよ、自分が辛いのに、他人のことばっか気にして、バカじゃないの。

 

「そうね……昔からあの子はそういうところがあるから、大抵そういうときのあの子が何かしようとすると、物事が全て悪い方に悪化ばかりするのよね」

 

 彼女は相変わらず表情や口調は分かりにくいけど、何処か呆れるように感じた。

 

「だから、そうならないように、わたしはあの子と入れ替わったのよ」

 

「わたしがあの子と入れ替わって、何事も無かったように振る舞えば、少なくてもあの子が心配していたことは無くなるわ」

 

 彼女の言う通り、実際に彼女が何事も無かったように振る舞ったお陰で、私たちはあまり気にすることはなかったけど……。

 

「だったら、もうちょっと髪型とか、喋り方とか、あいつに似せようとは思わなかったわけ」

 

 正直、見た目のインパクトもそうだけど、その辺しっかりやっていれば、私にバレなかったって言えなくないし。

 

「嫌よ、わたし、縛られるよりも縛るほうが好きなの」

 

「何の話をしてるのよ!!」

 

「それに」

 

「えっ? そこはスルーするの?」

 

「わたしはあの子みたいに他人の真似は出来ないわ、最もあの子の場合は、そうすることしかできなかったのだけど」

 

 彼女の真似は出来ないって言い切った部分は聞こえたが、最後の方は上手く聞き取れなかった。

 

「そう言った理由で本当は2、3日入れ替わるつもりだったのだけど、初日からいきなりあんなことが起こるから、一区切り着くまでこの状態を続けることしたのよ」

 

「せっかくあの子が戻ってきても、またストレスで倒れたら、わたしとわざわざ入れ替わった意味がないわ」

 

「だから今日まで入れ替わったわけね、大体そっちの状況は分かったわ」

 

 彼女から沙紀の状況を聞いて、私は今の状況を何とか把握することができた。

 

「じゃあ、問題は解決したからあいつは……」

 

「そうね、わたしもお役御免って事で、普段通り、明日からあの子が学校に通うことになるわね」

 

「そう……なら良かったわ」

 

 彼女の口からそれを聞いて、私は安心した。そんな私に目の前の彼女はじっと見つめていた。

 

「それにしても、さっきの推理といい、すぐにあの子の心配したり……もしかして、にこにーはあの子の事が好きなのかしら」

 

「……はあ!? あんた、何言ってるのよ!!」

 

 いきなり彼女がそんなことを言ってきたせいで、私は驚いて、大声を出してしまう。

 

 好き? 私があいつのことを!? そんなことあるわけないじゃない。

 

「いや、あの子のこと、細かいところまで結構見ていて、わたしと入れ替わっているのを見破った訳だから」

 

「それはあいつが私の後輩だから……後輩のことをしっかり見るのは先輩の役目でしょ」

 

 そうよ、私とあいつは先輩後輩の関係よ。好きとかそういうのはある訳じゃない。そもそも私たちは女の子同士なのよ。

 

「その心がけは良いことだと思うけど……いや、にこにーの場合はそういうことができるけど、素直になれないタイプ──つまり、ツンデレなのね」

 

「誰がツンデレよ!! 誰が!!」

 

 何かこれに近いやり取り、あいつとやったような気がする。

 

「数日間、一緒に過ごしたけど、やっぱりにこにーは面白いわね」

 

「はあ? いきなり何なのよ、それにさっきから気になっていたんだけど、私の呼び方変わってない?」

 

 彼女、さっきから私のことをにこ先輩じゃなくて、にこにーって呼んでいる気がする。

 

「わたし、気に入った相手には親しみを込めて、あだ名で呼ぶようにしているのよ、だからいいわよね」

 

「別にいいけど……だったら、そろそろあんたの名前を教えなさいよ、こっちはあんたのこと、なんて呼べばいいのか分かんないのよ」

 

 目の前の彼女が沙紀と同一人物って言っていいくらい、そっくりだから、油断していると、間違えてあいつの名前を言ってしまいそうなのよ。

 

 それに目の前の彼女と沙紀の関係もすごく気になる。

 

「そうね……なら、クイズよ、わたしとあの子の関係をにこにーが当ててみなさい」

 

「何よ、突然……」

 

 彼女の急な提案に私はとても戸惑った。

 

「いいじゃない、もし、当てることが出来れば、わたしの名前を含めて、わたしとあの子のこと全て教えてあげるわ」

 

「もし、外しても残念賞として、わたしの名前は教えてあげるわ」

 

 私がクイズを当てようが、外そうが、どっちにしても彼女は名前だけは教えてくれるみたいね。だったら最初から名前だけでも教えてくれればいいのに。

 

「ちなみにわたしとあの子の全ての中には、星野如月の活動休止の真実も含まれているわ」

 

「!?」

 

 彼女が言ったある言葉に私は思わず反応してしまう。

 

 星野如月の活動休止の真実。

 

 当時、人気絶好調だった星野如月が、突然、活動休止を宣言して、アイドル界から姿を消した。

 

 ファンから多くの活動休止の推測や憶測がネット上で出回るけど、どれも信憑性がないものばかり。

 

 それに実際に星野如月だったあいつから直接聞いてもはぐらかされた事ばかり。

 

 だから私もどうして星野如月が活動休止になってしまったのか、詳しくは知らない。だけど──。

 

「何故、中学生アイドル星野如月が突然アイドル活動を休止してしまったのか、何故、あの子の心が壊れてしまったのか、このクイズに正解するだけで、その答えを全て知ることができるわ」

 

 今の彼女の言葉が何処か悪魔の囁きように聞こえる。

 

 彼女が言うことが本当なら、私が彼女とあいつの関係を当てることが出来れば、それを含めて全部知ることができる。

 

 あの雨の日のことも。ときどき見せる辛そうな顔の理由も。私のことを先輩って呼び続ける意味も。全部……全部知ることができる。

 

 それが分かれば、もう一度あいつを──。

 

 それを知りたいと思う気持ちと同じように、心の奥で不安を感じる気持ちがある。いや、彼女に最初に質問した以上の不安を感じている。

 

 もし、この真実を知ったら、今の関係が壊れてしまうんじゃないのか、あいつが傷つくんじゃないのか、そんな漠然とした不安が。

 

「私が当てることが出来れば、全部教えてくれるのよね……」

 

「ええ、もちろん、約束は守るわ」

 

 私は彼女にもう一度確認すると、彼女は頷いた。あとは私が答えるだけ。

 

 大丈夫、普通に考えて、彼女とあいつの関係はこれしかないはずよ。

 

「あんたは……あいつのお姉さんなのよね」

 

 普通に考えれば姉妹。姉か妹の二択。そうじゃなきゃ、ここまで彼女とあいつが似ているなんてことは有り得ないわ。あとは姉か妹の二択を当てればいいだけの話よ。

 

 何となくあいつに対しても彼女の話しぶりで何処か姉っぽい感じがしたのと、あとは勘。

 

「残念……外れよ」

 

「そう……」

 

 しかし、私の予想とは違い、彼女は何処か残念そうにそう口にして、私はその言葉を受け入れた。

 

「残念だわ……にこにーなら当ててくれると思ったけど、難しかったかしら」

 

「そうよ、あんたに関しては私は名前すら知らないし、それにあいつから聞いたこともなかったんだから」

 

 私が外してがっかりしてる彼女だけど、そもそも私は彼女の存在を初めて知ることになった訳なんだし、分かるわけないじゃない。

 

「そうかしら、本気であの子のことを知ろうとしているのなら、薄々気付くと思うのだけど……まあ、にこにーがわざと外したのなら話は別だけど……」

 

「まあいいわ、これで話は終わりね、そろそろ帰るわ」

 

 そう言って彼女は残っていたブラックコーヒーを飲み干して、鞄を持って立ちあがり、部室を出ようとした。

 

「ちょっと待ちなさいよ、まだあんたの名前を聞いてないわよ」

 

「そうね、まだ言ってなかったわね……」

 

 彼女はこのまま部室を出ていきそうだった勢いだったけど、部室の扉の前で立ち止まる。

 

篠原雪音(しのはらゆきね)……名字はあの子と同じで、雪の音って書いて雪音」

 

「篠原雪音……」

 

 やっぱりあいつの親類筋。

 

「にこにー、今日話したことはあの子には秘密ね」

 

「分かったわ」

 

「ありがとう助かるわ……あと最後に一つ、どんなものにも終わりがあるものよ、きっと今のままだと、そのときが来たときに、にこにーは後悔をするわ」

 

「だから、そうならないようにあなたは何時か知らなきゃいけないのよ、それだけは覚えていなさい」

 

 そう言って彼女──篠原雪音は、部室を出ていった。

 

 2

 

 翌日──私は何時ものように登校していると、後ろから突然──

 

「にこ先輩、おはようございます!!」

 

 私に抱き付いて耳元から大きな声で私に挨拶をするよく知っている声が聞こえた。

 

「朝っぱらから抱きつくんじゃないわよ、熱いじゃないのよ!!」

 

「良いじゃないですか、私とにこ先輩の仲なんですから」

 

 私は抱き付いてきたのを、無理矢理引き剥がして振り向くと、三つ編みのお下げに眼鏡を掛けた私の知っている沙紀がいた。

 

「……」

 

「どうしたんですか? にこ先輩、私の顔を熱い眼差しでじっと見つめるなんて、そんなに見られると私……ムラムラのヌレヌレですよ……」

 

 私に見つめられたせいか荒い息遣いなり、また(今度は性的な意味で)抱き付こうとする沙紀に、私は無言で黙らせる。

 

「にこ……先輩の……ご褒美……GETだぜ……」

 

 そう言って顔を紅く染めながら倒れこむ沙紀を見て、私はやっと実感することができた。

 

 私の前だと無駄にテンションが高く、変態行為をして、私が制裁を与えると喜ぶ彼女は、本当に私の知ったいる篠原沙紀だと言うことを。

 

 ただ一つ気になることがあるとするなら──

 

「あんた……その手はどうしたのよ」

 

 今までしていなかった手袋をしていることに、私の目は行ってしまう。

 

「あぁ~、これですか、これはですね……フフフ」

 

「漆黒の黒太陽の力を封じ込めているとかいないとか的なやつですよ」

 

 変なポーズを取りながら、ちょっと低めの声を出してカッコつける沙紀。しかし、寝転がったままだから格好良いどころか、間抜けに見える。

 

「あっそ」

 

 そんな沙紀に私は呆れるしかなかった。多分、最近なんかそういう系のものでも見たんだと思う。飽きたら止めるわね。

 

「ささっと、立ちなさいよ、遅刻するじゃない」

 

「イエス、マイマスター!!」

 

 私は歩き始めると、沙紀は立ち上がって、私のあとを追いかける。

 

 沙紀と一緒に登校していると、ふとこんなことを聞いてみた。

 

「あんたってさ……姉妹とかいないの?」

 

「急にどうしたんですか?」

 

 突然過ぎて、沙紀はきょとんとした顔で私の方を見る。

 

「いや……何となく気になっただけよ……」

 

 雪音に昨日のことは話すなって口止めされているから、本当のことは言わず、曖昧な感じで答える。

 

「にこ先輩の質問には答えるつもりなので、別にいいですけど……私、にこ先輩の性奴隷ですし」

 

「はぁ~、もう突っ込まないわよ」

 

「篠原沙紀には姉も妹もいませんよ、一人っ子ですから、そもそも血縁なんてもうこの世にはいないんですから」

 

「そう……悪いわね、変なこと聞いちゃって……」

 

 やっぱりそう答えるのね。私は予想通りの答えに対して、疑問には思わなかった。

 

 篠原雪音……こいつにとってどういう関係なのかは私には分からないけど、少なくてもあいつのお陰で沙紀が元気に登校できている。

 

(どんなものにも終わりがあるものよ、きっと今のままだと、そのときが来たときに、にこにーは後悔をするわ)

 

 不意に雪音が立ち去る前に言った言葉を思い出す。

 

 どうして雪音がそんなことを言ったのか分からない……いや、分かっているのよ、だってあのとき私は──

 

 雪音と沙紀の関係を外して、心の奥底から安心した気持ちでいっぱいだったから。それを雪音は気づいていたからあんなことを言ったのよ。

 

 分かっている……分かっているわよ。私だってあと半年もすれば卒業。あいつと一緒にいられる時間が少ないことだって。

 

 だから、私は私のやり方であいつを──。

 

「にこ先輩、早くしないと遅刻しますよ」

 

「分かってるわよ」

 

 廃校や解散の危機もなくなって、私たちの日常は戻ってきたんだから、沙紀のことだって……私の卒業する半年以内で何とかできるわ。

 

 だから何も心配はないわよ。

 

 私は心の中で決心と誓いをして、何時もの日常へと戻っていた。沙紀と一緒に過ごす日常へと。

 

 3

 

 このときの私はまだ何も知らなかった。

 

 もう既に星野如月の真実に辿り着くまで、舞台も役者も準備が終わっていたことを。

 

 私がもう一度、篠原雪音と再会するのが、そう遠くない未来だってことを。

 

 そして私と沙紀の今の関係が終わりに向かっていることを。

 

 そうして私たちの二回目のステージが幕を開ける。




如何だったでしょうか。

これでアニメ一期までの物語が終わり、折り返し地点までやって来ました。

次回は後日談を経て、アニメ二期――次の章へと物語は進んでいきます。

まだまだ完結までには先は長いですが、篠原沙紀とμ'sの物語がどのような結末を向かえるのか、最後までお付き合い頂けると有り難いです。

何か感想などありましたら気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。


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五十話 それぞれのその後

お待たせしました。

今回は今までとは趣向を変えてますので、それではお楽しみください。


 1

 

「ことり、これはここでいいですか?」

 

「うん、ありがとう海未ちゃん」

 

 講堂でのライブから数日後──私はことりの家に来て、荷ほどきのお手伝いをしていました。

 

 留学の準備で荷造りをして、部屋の中がすっきりとしていたですが、その留学事態をことりが辞めたので、荷物を元に戻さないといけなくなりました。

 

「ごめんね、手伝わせちゃって」

 

「いえ、この量をことり一人では大変だと思うので」

 

 ことりは申し訳なさそうな顔をしていますが、私としては手伝いたいという気持ちが強いので、あまり気にしていません。

 

 それに友達の部屋の模様替えと考えれば、大変だと思いません。

 

「本当は穂乃果も来てくれれば、もう少し早く終わるのですが……」

 

「しょうがないよ、穂乃果ちゃん、今日はお店の手伝いがあるって言ってたから」

 

「まあ……穂乃果が手伝ったとしても、荷物の中なら何か見つける旅に反応して、片付けるのが遅れそうですが……」

 

「ははは……」

 

 私もことりもそんな穂乃果の姿が容易に想像ができてしまいました。

 

 そんなことを話ながらも二人で荷物を片付けていきました。

 

 そのあとは特に問題もなく、(途中何度かことりが懐かしいものを見つけて時間は掛かりましたが)作業は捗って、荷物は殆んど片付け終わりました。

 

「あとはこれだけだね、残りはことりがやっちゃうから海未ちゃんはゆっくりしてて」

 

 そう言ってことりが荷物を運ぼうとすると、荷物の中から何かがことりの足元に落ちました。

 

「ことり、何か落ちましたよ」

 

 私は落ちたものを拾うと、それはむすっとした女生徒と笑顔見せている女生徒が写っていて、その後ろには学校の校門らしきものが写った写真でした。

 

「ありがとう、海未ちゃん……どうしたの?」

 

「いえ、この写真が少し気になって……」

 

「う~ん? 海未ちゃん、見せて……」

 

 私はことりに写真を渡して、ことりはじっくりと見始めました。

 

「あっ!! これ、お母さんの写真だよ」

 

「ことりのお母さんの写真ですか」

 

 写真を思い出すと、確かに笑顔で写っている生徒はことりのお母さんに似ていますね。ことりにも似ていますが、親子なのですから似てるのは当然ですね。

 

「でもどうしてここに?」

 

「もしかして、荷物を入れるときに混じちゃったのかな、あとでお母さんに返そう」

 

「そうですね」

 

 偶々ことりの荷物に紛れ込んだだけなので、そこまで気にする必要はないのですが、ただこの写真にはとても気になることがあります。

 

「ねぇ、お母さんの隣に写っている人って……誰かな?」

 

「何となくですけど、沙紀に似ている気がしますね」

 

 ことりのお母さんの隣にむすっとした表情で写っている方は、何処となく髪を解いている沙紀に似ています。

 

「じゃあ、この人って、もしかして沙紀ちゃんのお母さん?」

 

「分かりません、ただよくは似ていますけど……」

 

 よくは似ていますが、確証はありませんから何とも言えません。もしかしたらただのそっくりな見た目の方かもしれませんから。

 

「あら、随分部屋が綺麗に片付いたみたいね」

 

 私たちが写真を見ていると、突然、ことりのお母さんが様子を見に来たのか、ことりの部屋にやって来ました。

 

「あっ、お母さん」

 

「お邪魔しています」

 

「お母さん、これって……」

 

「あらあら、どうしてこれが」

 

 ことりがことりのお母さんに写真を見せると、ことりのお母さんはとても懐かしそうな顔をしていました。

 

「私の荷物に混じってて……それよりもこのお母さんと一緒に写っている人って……」

 

「驚くのも無理はないわね、この人は私の高校の時の友達で、沙紀ちゃんのお母さんなのよ」

 

 ことりのお母さんは何処か懐かしそうな声でそう告げました。

 

 

 2

 

「はぁ~、すっごい暇!!」

 

 穂乃果は一人で店番しているんだけど、お客さん全然来ないから退屈でつまらない。

 

「こんなに暇なら、海未ちゃんと一緒にことりちゃんのお手伝いしたほうが絶対に良かったよ」

 

 本当なら海未ちゃんと一緒にことりちゃんの家に行って、荷物の片付けをやって、色んなものを見つけるつもりだったのに……。

 

 でもちゃんと店番しないと、お小遣い減らされるし……。

 

「はぁ~、誰か来ないかな」

 

 何て考えていたら、がらがらってお店の扉が開く音が聞こえて、やっとお客さんが来たみたい。

 

「いらっしゃいませ……って」

 

「あれ~!? 穂乃果さんじゃないですか」

 

 やって来たお客さんを見ると、この前に何度か会ったことのある結理ちゃんが驚いた顔をしていたんだ。

 

「穂乃果さんに会えるなんて刺激的にラッキーです、でも、どうしたんですか? もしかしてここでバイトしてるんですか!!」

 

「ここ私の家だよ……って前も一緒に来たじゃん!!」

 

「あれ? そうでしたっけ……そういえばそんな気がしますね」

 

 久しぶりに結理ちゃんに会うけど、この子何時もテンションが高いね。

 

「それで今日はどうしたの?」

 

「実はこの前穂乃果さんから貰ったほむまんが刺激的に美味しくて、買いに来たんですよ」

 

「ホントに!?」

 

 そういえば、この前結理ちゃんが会ったときにあげたらすごく喜んで食べてたっけ。

 

「実はあれから何度か買いに来てるんですよね」

 

 やった。お客さんを増やして、売り上げも上がってるから、お小遣いアップの交渉に使えるよ。結理ちゃんの話を聞いて、そんなことを考えながら、穂乃果は心の中でガッツポーズをする。

 

「え~と……ほむまん三箱ください」

 

「結構買うね、全部一人で食べるの?」

 

 穂乃果は結理ちゃんから注文を聞くと、ほむまんを詰めながら、ちょっと気になったから聞いてみる。

 

「そうじゃないんですよ、食べようと思えば食べられますけど、このあと、人と会うので、お土産に」

 

「そうなんだ」

 

 友達かな。でも結理ちゃんの友達だから中学生だと思うけど、お土産に貰うならお饅頭よりもケーキのほうが良さそうな気がするけど。

 

 穂乃果だったらそっちのほうが絶対嬉しい。

 

「そういえば、この前の学園祭のライブ観に行きましたよ」

 

「来てくれたんだ、でもごめんね、途中で中止になっちゃって」

 

「確かに途中で中止なったのは、寂しいですけど、一番最初の曲刺激的に良かったです」

 

 せっかく来てくれたライブを自分のせいで、中止になっちゃって悔しい気持ちでいっぱいだったけど、結理ちゃんにそう言ってもらえると、すごく嬉しい気持ちになったよ。

 

「学園祭であのクオリティーでしたから、もし、ラブライブに出てたら、優勝間違いなしですよ」

 

「それは褒めすぎだよ」

 

「褒めすぎじゃないですよ、この前の新しくネットに公開されたライブを見て、あれなら絶対優勝できるって思いましたから!!」

 

「そう言われると照れちゃうなぁ~」

 

「やっぱ、ヒューズのライブは刺激的ですよ」

 

「そんなに熱く語ってくれるのに、やっぱりグループ名は間違えるんだね」

 

 流れるようにグループ名を間違う結理ちゃんにツッコミを入れるけど、ここまでくるともうわざとなんじゃないのかなって思ってきちゃう。

 

「はい、お待たせ」

 

「ありがとうございます」

 

 ほむまんが入った袋を結理ちゃんに渡して、穂乃果は結理ちゃんからお代を受け取る。

 

「それじゃあ穂乃果さんのお仕事を邪魔しちゃいけませんので、私はこれで失礼しますね」

 

「うん、またね」

 

「また近いうち会えると思いますので、そのときは私の知り合いも紹介しますね、きっと刺激的なことになりますよ」

 

 そう言って結理ちゃんはお店を出ていっちゃった。

 

 何となく結理ちゃんの言ったみたいに、また結理ちゃんに会えるそんな気がしちゃう。でもその前に言えるのは──

 

「はぁ~、また暇になっちゃったよ」

 

 

 3

 

「暇やな~」

 

「人を家に呼んでおいて……暇って言わないでよ」

 

 ウチは家でだらけた声でそんな口にしてたら、遊びに来てたエリチに怒られた。

 

「でもエリチ、ここ最近、μ'sの活動やら学園祭やら生徒会の活動で忙しかったせいで、それが急になくなると暇って感じるやん」

 

 ここ最近で一気に大きな仕事や問題が片付いて、重荷がなくなったってのもあるんやけど。それにμ'sの活動も今日はないわけやし。

 

「まあ……確かにそうね……暇ね」

 

 エリチも何となくウチが言いたいことが伝わったみたいで、少しぼうっとした顔する。

 

「あとは次の生徒会を決めるくらいやし、エリチは誰か生徒会長を推薦するの」

 

 そう。そろそろ生徒会も代替わりで、次の生徒会のメンバーを決めないといけない時期や。

 

「そうね……穂乃果か沙紀のどっちか」

 

「まあ、妥当なチョイスやね」

 

 一人はμ'sのリーダーにして、廃校阻止の立役者やし、もう片方はクラス委員や学園祭実行委員長として活躍したわけやから。

 

 どっちも校内じゃあかなりの有名人やから、生徒会長としても申し分ないからなあ。

 

「でも二人を推薦してもいいのかなって思うのよね」

 

「そう? なんだかんだ推薦されたら、二人ともやると思うんやけど」

 

 穂乃果ちゃんは最初は驚くと思うけど、最後はやるって言いそうやし、委員長ちゃんに至っては、推薦されたからには期待に答えられるようにするとか言いそうやから。

 

「そうね、多分、二人なら言いそうね……ただ二人ともこの前の件を見ていると……」

 

 エリチが何を気にしているのかウチは大体分かった。

 

 穂乃果ちゃんはちょっと熱くなるときがあるし、委員長ちゃんは責任感が強すぎるところがあるから。

 

「まあ、確かにエリチが言いたいことは分かるんよ、穂乃果ちゃんは周りをサポートしてくれる人が入れば、さらに力を発揮する子やし、委員長ちゃんは残念な部分に目を逸らせば、元はスペックが高い子やから」

 

「そうなのよね……」

 

 エリチも二人の良いところを知ってるからかなり悩んでいるみたいや。

 

「まあ、まだ時間はあるわけやし、そのときになったら決まるやん」

 

「希……全くあなたは気楽ね……」

 

「それがウチの長所や」

 

 何て冗談を言ってみると、エリチが思い出したかのようにこんなことを口にしたん。

 

「そういえば沙紀で思い出したけど、ちょっと前までの沙紀って変じゃなかった?」

 

「変? 委員長ちゃんが変なのは何時ものことやん」

 

「それは否定できないけど……そうじゃなくて言葉にし辛いけど、何か変って感じたのよ」

 

「あぁ~、何となくエリチが言いたいことが分かったんよ」

 

 エリチが変って言っているのは、廃校阻止のパーティーから講堂でのライブの委員長ちゃんが、変だったってことや。

 

「ウチも何か違和感があるって感じたんやけど、それだけで確証はないんよね」

 

「そうよ、あのときはあんまり沙紀と一緒に居なかったら、もしかして、気のせいって感じていたんだけど」

 

「あのときは委員長ちゃんずっとにこっちと一緒やったし、家にも泊まりに来なかったから」

 

 あのときは完全に別行動やったから、ちゃんと見れたわけじゃないからウチもエリチも違和感を感じるんやけど、確証が持てない感じ。

 

 もしかしたら、ずっと一緒だったにこっちなら、何か知っているんかもしれないんやけど。

 

「まあ、にこっちがウチたちに何も言ってこなかったんやから、何も無かったんだと思うんよ」

 

「そうね、にこも沙紀に何かあったら私たちに教えてくれるはずよね」

 

 ウチが言ったことにエリチは納得したみたいやった。

 

「ただ……やっぱり沙紀には気になることがあるのよね」

 

「それって……委員長ちゃんの親友のこと?」

 

 委員長ちゃんの親友──中学生のころ仲良かったけど、喧嘩別れをした人。委員長ちゃんが言うには、ウチらと同じように、今はスクールアイドルとして、活動しているらしい。

 

「私……あの子に親友に会わせてあげるって、約束したのに守れなかったわ」

 

 そういえば、エリチは委員長ちゃんと夏の合宿のときに約束をしてたんやったな。

 

 委員長ちゃんは喧嘩別れをした親友と仲直りをしたんやけど、勇気が出ないから、エリチが仲直りするのを手伝ってあげるって約束らしい。

 

「仕方ないやん、あんなことになったわけやし、それに手掛かりがない訳じゃないやん」

 

「そうなんだけど……」

 

「委員長ちゃんは確かその親友は確実にラブライブに出場するって言ってたんやろ」

 

 エリチから聞いた話では夏の合宿の時点で委員長ちゃんが確信してたって聞いた。

 

 元プロのアイドルだった委員長ちゃんがそう言わせるくらいの実力を持っているなると、数多くあるスクールアイドルの中でも限られるやん。

 

「ランキング上位10以内のスクールアイドルの中にいるんと思うよ、あの辺はランキングが変動が少なかったんやし」

 

「沙紀が自信を持ってそう言ったから、その線は高いと思うのよ、それでもやっぱり確証がないとね」

 

「せめて委員長ちゃんの親友が何処の学校か分かれば良いんやけどね」

 

 学校さえ分かれば、スクールアイドルをソロでやっていれば、一発で分かるわけやし、グループでやっている場合でも大体五人以下に絞れるわけやけど……。

 

「そこは沙紀、頑なに教えてくれないのよ」

 

 委員長ちゃん、仲直りしたいって言っているくせに、聞いても何でか教えてくれないんよ。

 

「何でやろうね、もしかして案外、この近くの学校やから教えたくないとか」

 

「それ言ったら、ランキング上位で当てはまる学校一つしかないじゃない」

 

「まあ、確かにそうやね」

 

 今のところは予想でしかないんやから、幾らとでも言えるだけや。

 

「まあ、この件もそのうち解決するやない」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「ウチの勘や」

 

「全く……希は……」

 

 ウチが堂々とそう言うと、エリチは何処か呆れるように呟いた。

 

「でもウチの勘は当たるやろ」

 

「フフフ……そうね……」

 

 そんなことを話ながら、ウチたちはこれからの運命を進むやったとさ。

 

 

 4

 

「だからあのときの沙紀のことを教えなさいっていってるのよ!!」

 

『だからあのときの沙紀ちゃんはところてん中毒者だったんだよ』

 

「はあ!? 何それ、意味わかんない!!」

 

『まあまあ……落ち着いて……二人とも』

 

 ある日のこと、私は通話アプリを使って、花陽と凛から沙紀について聞いていたのだけど……。

 

「ところてん中毒者って何よ、どんな中毒よ!!」

 

 全くこれと言ってまともな情報が手に入らない。

 

『そんなにあのときの沙紀ちゃんのこと知りたかったんだったら、にこちゃんがスクールアイドルを一緒にやろうと言ったときに、一緒にやれば良かったんだよ』

 

「うぅ……」

 

『凛知ってるんだよ、どうせ真姫ちゃんは素直にやるって言えなかったんでしょ』

 

「そ、そ、そんなわけないでしょ!! 私は私でやることがあったのよ」

 

『じゃあ、凛たちが練習している間に何してたの』

 

「とりあえず沙紀の友達がいる学校に行ってきたわ」

 

 そう。凛と花陽がにこちゃんと一緒に練習している間、私は沙紀の友達がいると思われる学校に行ってきたわ。

 

『それで……どうだったの……』

 

「お手上げね……何も分からなかったわ」

 

『ほら、真姫ちゃんも何も分かってないにゃ~』

 

「うるさい、大体学校の制服だけ分かっても、他に何も分からないんじゃあ、探しようないじゃない」

 

 沙紀の友達については、その学校に通っているかもしれないってだけで、それ以外は分からない。

 

 他にも出身校とか、部活とか、情報があるなら探しそうはあるんだけど、それも含めて全く情報が集まらない。

 

 言うなら完全に手詰まり状態。

 

 だからこそ、突然、星野如月のキャラを演じ始めた沙紀から情報が得られないか花陽と凛に聞いていたのだけど、今のところは何もないわ。

 

「花陽は何かは気づかなかった?」

 

『ううん……わたしも凛ちゃんと同じで、あのときの沙紀ちゃんはところてんが大好きなくらいしか……ただ……』

 

「ただ? 何か気になることがあるの」

 

『本当に何となくなんだけど……もしかしたら気のせいかもしれないけど……あのときの沙紀ちゃん……今までで如月ちゃんって感じが一番したの……』

 

『ん? 全然意味わかんないにゃ~』

 

「花陽、あのときの沙紀が星野如月に一番近いってどう意味」

 

『どうって言われても……言葉しにくいだけど……ライブで見てた如月ちゃんが目の前にいるって思っちゃっただけなんだけど……』

 

『それは沙紀ちゃんは如月ちゃんなんだから当然だよ』

 

 凛の言う通り、篠原沙紀=星野如月であることは、さまざまな証拠や本人から証言で確認済み。

 

 だけど、花陽の言うことは気になるわね……。この中で星野如月のことを一番知っている花陽がそう感じた。これに何か意味があるのかしら。

 

 そういえば、合宿のときにも沙紀が突然、星野如月のキャラになっていたけど……。

 

『ごめん、真姫ちゃん、そろそろ晩御飯の時間だから切るね』

 

『わたしも……』

 

「分かったわ……それじゃあ、また明日」

 

 今日はお開きと言うことで、通話を終わらせると、私はベットで横になる。

 

 星野如月。

 

 ユーリ。

 

 星野如月とユーリの友達。

 

 そして、古道さんの話から出てきた人物。

 

 この四人が二年前の星野如月の休業について、確実に知っていると思われる人物。

 

 確実に当事者である星野如月──沙紀からは直接聞くことは出来ない。聞いたところではぐらかされるのがオチよ。

 

 そもそも彼女はこの件に関して徹底的に隠している。それは今の状況を見れば分かることよ。

 

 次にユーリだけど、ある意味一番私たちに縁がなかった存在だけど、沙紀のプロデューサーの古道真拓さんから紹介してもらえば、会えなくもない。

 

 ただ、その古道さんに彼女と会うのは、遠慮したほうがいいと言われた。

 

 何故、古道さんがそんなことを言ったのか分からない。もしかしたら、私たちに会わせたら何か不味いことがあるのかもしれない。

 

 そんなこともあり、色々と疑問は残るけど、現状は会うことが不可能。

 

 次に沙紀の友達はさっきも凛と花陽と話した通り、学校以外は分からない。他に何か分かれば、もう少し絞って探すことができるんだけど。

 

 そして、最も謎の人物。

 

 古道さんの話から突然、現れて沙紀自身が古道さんを口止めしてたから詳細が全く分からない人物。

 

 私の勘だけど、その人物こそが最も真実に近いところにいるのかもしれない。そうじゃなきゃわざわざ沙紀が口止めするはずないわ。

 

 ただ言えることは沙紀以外のその三人の誰かに近づくことができれば、真実に近づくことができるはずよ。

 

 だけど、その三人に全く近づけないのが、現状ね。

 

「はぁ~、誰か何か知ってないかしら」

 

 案外にこちゃん以外のμ'sの誰かが情報を持っていたりしてないかしら。

 

「そんな……都合のいいことないわね」

 

 そんなことを口にしながら、私も夕食の時間だから、部屋を出ていった。

 

 

 5

 

 刺激的に気分がいい。鼻歌を歌いながらスキップしてもいいくらい。

 

 こんなに気分がいいのは、刺激的に久しぶり。

 

 美味しい饅頭を買ったから? 

 

 久しぶりに穂乃果さんに会ったから? 

 

 あの人たちに会いに行くから? 

 

 そうじゃない。私が気分がいいのは、思わぬ探し物が見つかったから。

 

「フフフ……」

 

 探し物が見つかった以上、本当なら今すぐにでもあれが奪ったものを取り返したいところだけど、今はじっと我慢我慢。

 

 今、強行したら、二年前のあいつと同じ失敗をする。それじゃあ全て水の泡。

 

 確実に失敗しないためにも、あれを逃がさないためにも、しっかり準備しないと。

 

「さてと、それじゃあ、最後の仕上げの準備しますか」

 

 そう言って私は何事もなかったように彼女たちがいる部室に入る。

 

 部室に入ると、練習は休憩中みたいで、三人とも相変わらず刺激的に高そうな椅子に座ってゆっくりしていた。

 

「お疲れ様です、お土産を持ってきましたよ」

 

「珍しいな、君がこの時間に来るなんて」

 

「そうね、珍しいわ、今日は仕事サボってきたのかしら?」

 

 私が入ってきたことに気づいたのか、挨拶して早々酷いことを言われる。

 

「ハハハ、もしそんなことしたら、私、全身複雑骨折の刑ですよ」

 

「まあ……そうだな……」

 

「じゃあ、サボりじゃないのね」

 

 若干、一人引き気味だったけど気にせず、私は椅子に座って持ってきたお饅頭を机に広げる。

 

「それであいつは一人寂しそうな引きこもりみたいにパソコンなんて見て、本当は興味ないですけど、何見てるんですか」

 

 一人だけ、私に全く興味無さそうにしているあいつを指を差して、二人に──私も刺激的に興味はないけど、一応聞いてみる。

 

「相変わらず、彼女には毒舌だな」

 

「それは何時ものことじゃない、今は最近、気になるスクールアイドルのグループがいるから、そのライブを見てたのよ」

 

「へぇ~、スクールアイドルですか」

 

 この三人が気になるスクールアイドルねぇ……。

 

「因みにグループ名は?」

 

 私は買ってきたお饅頭を食べながら、気になったから聞いてみる。

 

「μ's」

 

「ゴホッ!! ゴホッ!!」

 

 私はそのグループ名を聞いた瞬間、思わず、驚いて食べていたお饅頭を喉に詰まらせてしまう。

 

「おい、大丈夫か」

 

「ほらっ、お水」

 

 私がお饅頭を喉に詰まらせて、二人は慌てて水を渡し、私はそれを受け取って一気に飲み干す。

 

「ハァハァ……フフフ……ハハハ」

 

「何、死にかけて頭がおかしくなったか」

 

「頭がおかしいのは何時ものことじゃないの」

 

 突然、笑い出す私を見て、酷いことを言っているみたいだけど、私は気にしない。

 

 まさか、既に彼女たちがμ'sに興味を持っているなんて……私は何て刺激的に幸運なの? いや、それともあいつが刺激的に不幸なのだけ? どちらにしてもこれを利用ない手はない。

 

「実は今日私が来たのは……これをあなたたちに伝えるためです」

 

 私は鞄からある書類を取り出して、三人の机の前を置く。

 

「これは……」

 

「はい、是非とも前回優勝者であるあなたたちには、二回目にも参加してもらいたくて……公式発表の前に伝えろと社長が」

 

「前回とはだいぶ変わっているな」

 

「まあ、その面白いじゃない、このルールならμ'sとすぐ競えるじゃない」

 

 彼女たちは渡された書類の内容を見て、興味を持ってくれたみたい。

 

「詳しい内容の説明と参加するかどうかは、後日、真拓が来ますので、そのときに」

 

 まあ、この反応ならほぼ参加決定みたいだけど。

 

 これで準備はほぼ終わりだけど、あとはあれをどのタイミングで確保するか。

 

 あんまり時間を与えると、やっかいだから早目がいいんだけど……。

 

 でも刺激的に私に風が向いてきてる。何たってこっちにはあいつもいるのだから。

 

 これでやっと私の愛しの如月が戻ってくる。

 

 それを考えるだけでも激刺激的に興奮してくる。

 

 私と如月の為にもあなたたち、そしてμ'sを利用させてもらわないと。

 

 ああ……何て激刺激的。

 




如何だったでしょうか。

今回はそれぞれの視点から書かせて貰いました。

この話を以て物語は次の章に入っていきます。

それぞれの思惑や願いが重なったとき何が起こるのか、何が始まるのかお楽しみに。

そんなわけで次章予告

様々な苦難を乗り越えたμ's。
そんなμ'sと沙紀にある知らせが届く。
新たな祭典の始まり。
合宿再び。
にこの過去。
そして運命の出会い。
夢の扉が開いたとき、それは始まりの終わりか、はたまた終わりの始まりか。
そのときは近い。

第五章
『SecondStage』

そんなわけで何か感想がありましたら、気軽にどうぞ。

誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると有り難いです。

それでは次章もお楽しみに。


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五章 Second Stage
五十一話 再びステージの幕は上がる


お待たせしました。

それでは五章をお楽しみください。


 1

 

 私にとって沙紀はただの後輩……って言い切れない。

 

 それはアイドルとマネージャーだからとか。μ'sには先輩後輩の関係を禁止にしているから後輩じゃないっていうわけじゃない。

 

 私にとってあいつは星野如月であり、憧れの存在(アイドル)

 

 私とは住む世界が違う。何というか本の中の登場人物のような空想の世界の人。例えるならお姫様みたいにキラキラと輝いた存在。

 

 実際は本の中の登場人物じゃなくて、私と同じ世界の人だし、星野如月をお姫様みたいに例えるのは違うわね。どちらかと言うと、ユーリちゃんがお姫様で、星野如月は女王。

 

 何処までも冷徹で、冷淡で、冷静な氷の女王。うん、そのほうがしっくりくるわ。

 

 私の考えるアイドル像とは真逆のアイドル。そんな彼女の輝きに私は憧れた──いや、今でも憧れている。

 

 この前、あいつにそっくりな雪音に私が沙紀のことを好きだと言われたけど、私があいつに抱いている感情はきっと好意じゃなくて、ただの憧れ。

 

 あいつが星野如月である以上、どんなにふざけたりバカなことをしても、それは消えることはないわ。

 

 あいつからしたら私がそんな風に接してるのは、嫌なのかもしれない。だけど、あいつはそんな素振りを見せないで、バカみたいに私に好意を見せてくる。

 

 それが本心で言っているのか、ただからかっているのか、私には分からない。

 

 この前の学園祭の件もそうだし、私のことを今でも先輩と呼び続ける理由も、あいつの歌とダンスから何も感じない理由も私は知らない。

 

 そう……あいつのこと、何も分からないし、何も知らない。

 

 きっと私の心のどこかであいつに対する憧れが、あいつのことを本当の意味で踏み込むことを邪魔しているんだと思う。

 

 自分の中の憧れを壊さないために。

 

 私にとって篠原沙紀はただの後輩で、アイドルとマネージャーで、私の憧れの存在(アイドル)という関係を続けるために。

 

 その関係のまま憧れの存在(アイドル)が大切なことを思い出して、もう一度復活するのを信じて。

 

 私は自分の夢を叶えて、あいつとの約束を果たすために。

 

 それが私のやるべきことなんだと信じて。

 

 2

 

 講堂でのライブから数週間たったある日。私は一年生たちと沙紀を屋上に呼び出していたわ。

 

「いい、特訓の成果を見せてあげるわ」

 

 私は一年生たちの目の前に立つと、花陽と凛は真剣に私のほうを見ている。だけど、真姫ちゃんだけは、興味なさそうに髪の毛をいじっていたわ。

 

「にっこにっこに~!」 

 

「あなたのハートににこにこに~! 笑顔届ける矢澤にこにこ~! ダメダメにこに~はみんなのモノ」

 

 フフフ、決まったわ。なんて心の中で思っていると──

 

「気持ち悪い」

 

 バッサリと真姫ちゃんに切りつけられる。

 

「ちょっと、昨日一生懸命考えたんだから~!!」

 

「知らない」

 

「っていうか、五人でこんなことしても意味があるの」

 

 さっきのことで真姫ちゃんに文句を言おうとしたけど、凛の言葉で止めたわ。それよりも先に溜め息が出てくるわね。

 

「あんたたち何にも分かってないわね。これからは一年生が頑張らなきゃいけないのよ」

 

 私たち三年生はあと半年で卒業するし、穂乃果たち二年生は、少し前から生徒会に入ったわ。

 

 今だって穂乃果たちがいないのは、生徒会の仕事をしているわけだし。これからはそっちの方で忙しくなって、練習に来れないときも多いはずよ。

 

 そうなると、今の一年生が主体になってやっていくことが、大事になってくるわ。

 

「いい、私はあんたたちだけじゃあどう頑張ればいいか分からないだろうと思って、手助けに来たの。先輩として、沙紀、準備は?」

 

「あいよ、準備できましたぜ。にこ先輩のダンナ」

 

 今まで私の後ろで準備をしてもらっていた沙紀が、また訳の分からない口調というか、キャラでビデオを構える。

 

 それにしても相変わらずこいつは、ビデオとか、カメラを持つと、テンションが高いわね。

 

「そのビデオは?」

 

「何言ってるの、ネットにアップするために決まってるでしょ。今やスクールアイドルもグローバル、全世界へとアピールしていく時代なの」

 

 そのためにさっきまで沙紀にビデオの準備をしてもらっていたわ。

 

「ライブ中だけでなく、日々レッスンしている様子もアピールに繋がるわ」

 

「そういうこった、そんなわけで、いつも通りの風景をお願いしますぜ」

 

 沙紀は私たちにビデオを向けながら、何時でも撮影が出来るようにスタンバイしている。

 

「フヒヒ……こうやって一年生を甲斐甲斐しくところをアピールすれば、それを見たファンの間に──」

 

「にこ先輩こそセンターに相応しいよ~。にこ先輩は後輩思いで可愛いよ~」

 

「との声が上がり始めて……ちょっと何言ってるのよ!!」

 

「なに、にこ先輩のダンナの気持ちを代弁しただけですわ」

 

「にこちゃん……」

 

「あっ……ニコ」

 

 沙紀が変なことを言うせいで、私の思惑が三人にバレちゃったじゃない。とりあえず、私は笑って誤魔化すけど、凛と真姫ちゃんには呆れられた顔をされたわ。

 

「一先ず今の流れ、ビデオに納めましたが、使います?」

 

「使うわけないでしょ、バカ~!!」

 

 そんなの使ったらイメージ下がるじゃない。そんなの無しに決まってるわよ。

 

「分かりやしたぜ、じゃあこれは私のにこ先輩フォルダに保存ってことで……」

 

 沙紀はこっそりとビデオのメモリーカードを抜き取って、自分のポケットにしまう。そんな沙紀の姿が見えたから、私はメモリーカードを取り返そうとしたら──

 

「えっ……えっ!?」

 

 いきなり休憩スペースから花陽のすごく驚いた声が聞こえてきた。

 

「かよちんどうかした?」

 

「ウソ……」

 

 私たちはその声を聞いて、花陽のところまで駆け付けると、花陽は携帯の画面を見つめたまま、困惑した顔をしていた。

 

「花陽?」

 

「ありえないです……こんなこと……」

 

 花陽は何に驚いたのか、理由を教えてくれないまま、急にその場を飛び出して行っちゃった。

 

 私たちも何が何やら分からないまま、花陽のあとを走って追いかける。

 

 花陽がそこまで驚くことと言えば、思い付くのは一つしかないわよね……。私はそんなことを走りながら考える。

 

 そして花陽を追いかけ続けると、花陽はアイドル研究部の部室に入っていった。私たちも同じように中に入ると、そこで花陽は興奮しながら、パソコンで何か調べていたわ。

 

「あぁ~、どうしよう、すごい、すごすぎます」

 

「突然、どうしちゃったの」

 

「アイドルの話になるとこうね」

 

 やっぱりそうだと思ったわ。それにしても花陽があんなに興奮するなんて、よっぽどすごい情報が来たってことよね。かなり気になるわ。

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ」

 

「私はそんな凛ちゃんが好きだよ」

 

「そのくだり前もやったにゃ~」

 

 私の横で沙紀が凛に対してボケてるけど、気にしない。

 

「夢!? 夢なら夢って先に言ってほしいです」

 

「一体何なのよ」

 

「教えなさい」

 

『なっ!?』

 

 全然花陽が教えてくれないから、無理矢理私たちはパソコンを覗き込むと、そこにはとても驚くことが書いてあったわ。

 

 3

 

 パソコンに書かれた内容を見た瞬間、私たちはメンバー全員に部室に集まるように声を掛けたわ。ただ約一名に関しては、歩きまわってたせいで、捜すのに苦労したけど。

 

 そうしてメンバー全員を部室に集めて、席に座ってもらうと、花陽が説明のために、みんなの前に立つ。まずはそこで花陽がさっきまでいなかったメンバーに、パソコンに書かれたことを伝えると──

 

「もう一度!!」

 

「ラブライブ!!」

 

 それを聞いて、メンバーたちは驚いた反応をするけど、そのまま花陽はラブライブのルールの説明を始める。

 

「そう、A-RISEの優勝と大会の成功を以て終わった第一回ラブライブ。それがなんとなんと、その第二回大会が行われることが早くも決定したのです」

 

「今回は前回を上回る大会規模で、会場の広さは数倍。ネット配信のほか、ライブビューイングも企画されています」

 

「すごいわね」

 

「すごいってもんじゃないです!!」

 

 花陽は興奮気味に説明するけど──花陽が興奮するのも分かる。

 

 ラブライブ出場できたら、そんなプロ並みの大規模なステージで歌えるなんて、夢のようだもの。そんなことを考えると、私も花陽と同じように、テンションが上がってくるわ。

 

「そしてここからがとっても重要……大会規模が今度のラブライブはランキング形式ではなく、各地で予選が行われ、各地区の代表になったチームが本戦に進む形式になりました」

 

「つまり人気投票によるランキングは関係ないということですか」

 

「その通り!! これはまさにアイドル下剋上!! ランキング下位のものでも予選のパフォーマンス次第で、本大会に出場出来るんです」

 

「それって……私たちでも大会に出るチャンスがあるってことよね!!」

 

「そうなんです」

 

 今回のルール変更の中で一番の朗報よ。前回のラブライブのときは、ランキングを上げるのにかなり苦労したから。でも今回のルールなら、予選当日までパフォーマンスの完成度を高めることに集中しやすいし。

 

 本大会の出場の枠も前回の倍以上みたいで、前回よりも出場できる可能性は高いわ。これなら本気で本大会に出場も夢じゃないわね。こんな嬉しいことはないわ。

 

「すごいにゃ~」

 

「またとないチャンスですね」

 

「ええ」

 

「やらない手はないわね」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 花陽の説明を聞いて、他のメンバーも本大会に出場できるかもしれないって、思い始めてラブライブのエントリーしようとする乗り気を感じる。

 

「よ~し、ラブライブ出場目指して……」

 

「でも待って……地区予選あるってことは……私たち……A-RISEとぶつかるってことじゃない」

 

「あっ」

 

 さあこれから張り切っていくよみたいな流れから、絵里がとんでもない事実に気づいてしまった。

 

「終わりました……」

 

「ダメだ~」

 

「A-RISEに勝たないといけないなんて」

 

「それはいくらなんでも」

 

「無理よ」

 

 予選でA-RISEとぶつかると瞬間、メンバーの全員がほぼ諦めムード。無理もないわね。A-RISEって言えば、スクールアイドルランキング不動の一位で、前大会の優勝グループ。

 

 そんな強敵が予選でぶつかるとなったら、諦めたくなる気持ちになるわ。

 

「いっそのこと、全員で転校しよう」

 

「出来るわけないでしょ、確かにA-RISEにぶつかるのは苦しいですが、だからと言って諦めるのは、早いと思います」

 

「そうそう、海未ちゃんの言う通りだよ、今回は予選のパフォーマンス次第で下剋上できるんだから、いくらでもやりようはあるよ」

 

「海未と沙紀の言う通りね、やる前から諦めていたら何も始められない」

 

「それはそうね」

 

「エントリーするのは自由なんだし、出場してもいいんじゃないのかしら」

 

「ええ」

 

「そうだよね、大変だけど、やってみよう」

 

 諦めムードなっていたけど、とりあえずはエントリーしようってことで、話が纏まったわ。

 

「じゃあ決まりね……穂乃果?」

 

 みんなで盛り上がっていると、絵里は一人で黙々とパンを食べている穂乃果に気付いた。

 

 私もいつもとは反応を違う穂乃果のほうを見ると、不自然に感じる。まるで穂乃果だけは、私たちの盛り上がりとは無関係だと、言ってるみたいで。

 

 そんな穂乃果がパンを食べながら、私たちに向かってとんでもないことを口にしたわ。

 

「出なくてもいいんじゃない」

 

『えぇ~!!』

 

 その穂乃果の思いもよらない発言に、私たちは声を上げて、驚くしかなかったわ。

 

 4

 

 今日の夕食後──私は沙紀と公園で待ち合わせの約束をしていたから、そこに向かっていたわ。

 

 待ち合わせの公園に着くと、私は沙紀の姿を探してみる。すると、時計の前で、沙紀が携帯からイヤホンを繋げて、何かを聞きながら待っていた。

 

「悪いわね、こんな時間に呼び出して」

 

 私は沙紀のほうまで近づいて、声を掛けると、沙紀は私に気付いて、イヤホンを外す。

 

「いえ、気にしないでください、にこ先輩の呼び出しなら、いつ、いかなる状況でも飛んできますので」

 

 先に来てたから待たせちゃったかなって思ったけど、沙紀は気にしていないみたい。ただ、こいつの場合は、何時間待っても、こんな風に言いそうなのよね。

 

「それににこ先輩、今日はこころちゃんたちのご飯を作ってたんですから」

 

 そう。こんな時間に沙紀を呼び出したのは、妹たちのご飯を作っていたからよ。

 

 いつもママが帰ってくるのが遅いから、私が妹たちのご飯を作ることをなっているわ。沙紀もそれを知ってるから、あんまり気にしてないみたいだけど。

 

「でもにこ先輩も言ってくれたら、お夕飯作るの手伝いましたのに」

 

「イヤよ、あんたが作ると、にこの姉としての威厳が下がるのよ」

 

 昔こいつを家に連れていったときに、料理を作ってくれたことがあったわ。そのときに妹たち(それどころかママ)の胃袋をガッチリと、掴むような料理を作りやがったのよ。

 

 そのせいで一時期は私の料理が物足りないとか言われて大変だったわ。

 

「えぇ~、にこ先輩の作る料理美味しいじゃないですか、それに私、久々にこころちゃんたちに会いたいですよ」

 

「そんなことよりもあんた制服のままだけど、家に帰ってないの?」

 

 家に連れていくような流れにならないように、無理矢理話題を変える。

 

「はい、家に一回戻ると、時間が掛かりそうだったので、そのままです」

 

 こいつを見つけたときに制服のままだったから、もしかしてって思ったけど、まさか、マジでそうだったのね。

 

「あんた、夕飯は食べたの?」

 

「いえ、食べてませんよ、終わってから食べようかなって」

 

 そうだと思ったわ。だったらこれを持ってきて正解ね。

 

「はい、これ、もしかしたら夕飯食べてないんじゃないかと思って、作ってきて正解だったわ」

 

「……」

 

 私が持ってきたお弁当を沙紀に渡すと、受け取った沙紀はぽかんとした表情をしていた。

 

「もしかして私のために……」

 

「まあ、夕飯の余り物だけどね」

 

 沙紀は一瞬だけど、申し訳なさそうな顔をしてから笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます!! これは持ち帰って家宝にしますね」

 

「いや、食べなさいよ」

 

 そんなやり取りをしてから、私たちは適当なベンチに座って、そこで沙紀は受け取ったお弁当を広げる。

 

「いただきます……う~ん!! 美味しいです!!」

 

 沙紀は嬉しそうにお弁当を食べ始める。沙紀はお弁当を美味しそうに一口一口食べるから、見てるこっちも嬉しくなってくるわね。

 

 ただ気になることがあるとしたら、沙紀が両手に付けてる手袋。

 

「食事中でも外さないのね、それ」

 

「ん? これですか? それはもちろんですよ、なんたって私の熱く燃え滾る紅蓮の炎を押さえつけるマジックアイテムなんですから」

 

 そう言って意味の分からないポーズを取る沙紀。ちなみにちゃんとお弁当を落とさないように避けてる。

 

「この前と言ってること違うわよ」

 

 この前は漆黒の炎がどうとか言ってたような気がするけど。

 

「あれ? そうでしたっけ……」

 

 言った本人も忘れる適当っぷり。完全にその場のノリで言ってるわね。

 

 あの日──雪音と入れ替わりから戻ってからずっと沙紀は手袋をしている。どうして付けているのか、聞いてもこんな風にあれなことしか言わないわ。

 

 それだけじゃないわ。最近は一人で居るときは携帯にイヤホンを繋げて何かを聞いてることも多くなってる。

 

 少なくても雪音と入れ替わる前まではそんなことはなかったから、余計に気になるわ。

 

「にこ先輩、それで今日はどう言った呼び出しですか?」

 

「えっ!? 何、考え事をしていて聞いてなかったわ」

 

 手袋やイヤホンのことを気にし過ぎて、沙紀の話を聞こえてこなかったわ。

 

「今日はどう言った呼び出しですか?」

 

「あぁ……そのことね、ちょっと穂乃果のことでよ」

 

「なるほど、大体にこ先輩が聞きたいことが分かりました」

 

 今日の呼び出し理由を話すと、沙紀は何が聞きたいのか分かったような反応をした。

 

 こういうときは察しがいいから助かるわ。

 

「多分、穂乃果ちゃんはこの学園祭のときのことを気にしているんだと思います」

 

「まあ、そうよね」

 

 穂乃果がラブライブに出ないって言った理由はそれしか考えられないわよね。

 

 自分が突っ走ったせいで、そのあと色々と大変なことになったことを気にしている。

 

「それに穂乃果ちゃん生徒会長になりましたから、今までよりも忙しくなってるのもあるとは思うんですけどね」

 

「それもありそうなのよね」

 

 絵里の推薦で穂乃果は生徒会長に選ばれたって聞いたときは驚きと心配があったけど、今のところ上手く生徒会を動かせてるみたい。

 

 それを同じように生徒会に入った海未とことりがフォローしてるってところが大きいかもしれないわね。

 

「そういえば、何であんた、生徒会に入らなかったのよ、てっきりにこはあんたが次の生徒会長になると思ってたけど」

 

 絵里が生徒会をやっていたときは結構手伝っていて、かなり絵里や副会長だった希との信頼も高かったから、推薦されてると思ったけど。

 

「私も一応絵里ちゃんから推薦されましたよ……ただ、断りましたけど」

 

「珍しいわね、あんたが断るなんて」

 

 基本的にこいつは頼まれると断らない。そんな沙紀が断るなんて本当に珍しい。

 

 例え生徒会長じゃなくても他の役職とか、こいつなら入ってもおかしないのに、今のこいつは生徒会すら入っていない。

 

「そうですか? 私だって断るときは断りますよ、そんなことより、にこ先輩はどうしたいんですか?」

 

 完全に沙紀は生徒会のことは興味ない口振りで、話題を元に戻す。

 

「私は……もちろんラブライブに出たい」

 

 考える必要もないわ。私はスクールアイドルとしてどこまで行けるか試したい。それに叶うのなら、あの舞台に立ちたいんだもの。

 

「にこ先輩ならそう言うと思ってました」

 

 私の思いを聞いて、沙紀は何処か分かっていたような口ぶりだったけど、嬉しそうな顔をしていた。

 

「あんたはどうしたいのよ」

 

「私はにこ先輩の意見を尊重します、出ないなら出ないでいいですし、出るなら出れるようにお手伝いする、ただそれだけです」

 

 私が沙紀に同じ質問を返すと、迷わずこいつはそう答えた。

 

 その答えを聞くと同時に、私は学園祭あとの屋上で一人、雨に濡れながら、立ち尽くしていた沙紀の姿を思い出した。

 

 もし、またラブライブの本大会に出られなかったら……またあの時みたいにこいつが辛そうな顔をするんじゃあ。

 

「さてと、にこ先輩が出ると言った以上、穂乃果ちゃんを説得する方法を考えないといけないですね」

 

「……そうね、何かないの?」

 

 私は一瞬、頭に過ったことを振り払って、今はラブライブにエントリーするための方法を沙紀と一緒に考えることにした。

 

 そして、沙紀と一晩話し合って思い付いた穂乃果の説得方法が──

 

「勝負よ、穂乃果」

 

 説得とは縁遠い方法で、その翌日に実行することになったわ。

 

 5

 

 私は穂乃果に勝負を申し込んだあと、無理矢理穂乃果をジャージに着替えさせて、何時もの神社に移動したわ。

 

「いい、これから二人でこの石段をダッシュして競争よ」

 

「何で競争?」

 

 私は石段に指を差して勝負内容を言うけど、穂乃果はそもそも何で勝負するのか、分かってないみたい。

 

「また今度にしようよ、今日からダンスレッスンだよ」

 

「ラブライブよ、私は出たいの、だからここで勝負よ、私が勝ったらラブライブに出る、穂乃果が勝ったら出ない」

 

「分かった」

 

 私の真剣な思いを感じ取ってくれたみたいで、穂乃果は勝負を引き受けてくれたわ。

 

 私たちは石段の前で走る準備を始める。準備をしていると、チラッと他のメンバー、がこっそりと見に来ているのが見えたわ。

 

「それでは審判は私が務めますね!!」

 

 大きな声で沙紀は手を振りながら、ゴールとして石段の先で待機していた。

 

 沙紀が待機しているのを確認すると、私は走るために構える。

 

「いい……行くわよ……よ~い──ドン!!」

 

 私は穂乃果に確認をしたあと、スタートの合図をするけど、タイミングをわざとずらして、そのまま走り出す。

 

「にこちゃんズルい」

 

「ふん、悔しかったら追い抜いてご覧なさい」

 

 合図をずらされて出遅れた穂乃果は、私に文句を言いながら走るけど、私は気にしないで走り続ける。

 

 ズルして早め走ったけど、穂乃果とはそこそこ差はあるわね。今のペースだとギリギリになりそうだわ。

 

 一瞬だけ自分と穂乃果との差を確認して、私は少し焦って走るスピードを上げようとしたけど、それがいけなかった。

 

「あっ!!」

 

 私は石段から足を滑らせて、その場から転んでしまう。

 

「くっ……」

 

「にこちゃん!!」

 

「にこ先輩!!」

 

 転んでしまった私を心配して、穂乃果と沙紀が私のところまで駆け寄ってきた。

 

「にこちゃん……大丈夫?」

 

「へ、平気……」

 

「もうズルするからだよ」

 

「うるさいわね、ズルでも何でもいいのよ、ラブライブに出られれば……」

 

 意地でも勝負を続けようと立ち上がるけど、突然、パラパラと雨が降り始めたわ。

 

「にこちゃん」

 

「にこ先輩手当てしますね」

 

 沙紀は雨が降ったのと、私を手当てを行うために、場所を変えようとする。

 

 そのあと、神社で雨宿りをしながら、私は沙紀に怪我の手当てしてもらったわ。そこに勝負の様子を見てたメンバーも集まってきた。

 

 私が手当てしてもらっている間、絵里はみんなに私たちが、あと半年で卒業すること。三年生がラブライブに参加できるのは、今回限りだと言うことを伝えていたわ。

 

「本当はずっと続けたいと思う、実際卒業してからもプロを目指して続ける人もいる」

 

「でもこの私たちがμ'sとして、ラブライブに出られるのは今回しかないのよ」

 

 希と絵里はμ'sとして、最後にラブライブに出てみたいと、その思いを口にしたわ。

 

「やっぱりみんな……」

 

「わたしたちもそう、例え予選で落ちちゃったとしてもみんなで頑張った足跡を残したい」

 

「凛もそう思うにゃ~」

 

「やってみても良いんじゃない」

 

 一年生たちはみんなの思い出として、ラブライブに参加してもいいと思っている。

 

「みんな……ことりちゃんは」

 

「私は穂乃果ちゃんが選ぶ道なら何処へでも」

 

「また自分のせいで、みんなに迷惑を掛けてしまうのでは、と心配しているんでしょ」

 

 海未は穂乃果が、何を不安に思っているのか、お見通しな口振りだったわ。

 

「ラブライブに夢中になって周りが見えなくなって、生徒会長として、学校のみんなに迷惑を掛けることがあってはいけないと」

 

「全部バレバレだね」

 

 穂乃果は自分の考えがお見通しだったことに、少し笑う。

 

「始めたばかりのときは何も考えないで出来たのに、今は何をやるべきか分からなくなるときがある」

 

「でも一度夢見た舞台だもん。やっぱり私だって出たい。生徒会長やりながらだから、また迷惑を掛けるときもあるかもだけど、本当はものすごく出たいよ!!」

 

「みんなどうしたの?」

 

 穂乃果の思いをみんなに話して、答えを聞こうとすると──

 

「穂乃果忘れたのですか?」

 

 みんなで穂乃果を囲んで、私たちは歌い出す。可能性を感じるあの歌を。

 

『やろう!!』

 

「やろう、ラブライブ出よう!!」

 

「ほ、穂乃果!?」

 

 ラブライブにエントリーする決意をした穂乃果は突然、雨が降っている外へ飛び出して──

 

「雨止め~!!」

 

 大声でそう叫んだ。すると、穂乃果の声が届いたのか分からないけど、雨が止み始めて、晴れた空が広がった。

 

「本当に止んだ、人間その気になれば、何だって出来るよ、ラブライブに出るだけじゃもったいない、この九人で残せる最高の結果──優勝を目指そう」

 

「優勝!?」

 

「そこまで行っちゃうの!?」

 

「大きく出たわね」

 

「面白そうやん」

 

 穂乃果の優勝宣言に私たちは驚きながらも、もしかしたら出来そうなんじゃないかって、雰囲気がみんなの中に出てきたわ。

 

 そんななかあいつはみんなが歌うときから既に他人事のように、ただ眺めていたことに誰も気付かなかった。

 

「ラブライブのあの大きな会場で精一杯歌って、私たち一番になろう」

 

 こうして私たちの二度目の挑戦が始まったわ。だけど、私たちは知らなかった。始まりと同時にあいつにとっての終わりが近づいていたことに。

 

 雪音の言葉の意味が分かるそのときが。

 

 私たちの将来に影響する第二回ラブライブが始まった。

 




如何だったでしょうか。

アニメ二期の物語と沙紀の物語が、どのように関わっていくのか、その先に何があるのか、お楽しみに。

感想などありましたから気軽にどうぞ

誤字、脱字がありましたらご報告して戴けると有り難いです。


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五十二話 私の価値

お久し振りです。

かなりマジで久し振りの更新です。

それではお楽しみください。


 1

 

 ある日の昼休み、私──篠原沙紀は、一人屋上に居た。

 

 別段何か用事があるわけでもなく、かと言って、一人ここで時間を潰すわけじゃない。ただ単純に、ふらりとここに足が向いただけ。とくに理由はない。

 

 私は屋上の壁に寄りかかり座ると、携帯にイヤホンを繋ぎ曲を聴き始める。イヤホンから流れている曲はもちろんμ'sの曲。そもそも今の私の携帯には、彼女たちの曲しか入っていない。

 

 μ'sの曲を聴くと落ち着く。嫌な雑音や嫌なことを聞かず、思い出さずに済む。私の気持ちを落ち着かせるにはそれだけで十分。

 

「ラブライブか……」

 

 思わず独り言を呟く。

 

 奇しくも再び開催されることが決まったスクールアイドルの祭典。前回とはルールが大幅に変更され、花陽ちゃん曰く『アイドル下克上』も可能となった。

 

 もちろん、我らがμ'sも──最後の思い出作りとして、参加することになったが、更なるルール変更で苦戦を強いられることに。

 

 予選で発表できるのは、新曲のみというルールによって、急遽新曲を用意しなければならなくなった。その辺に関しては、絵里ちゃんのウルトラCな思い付き(合宿)で、紆余曲折はあったけど、何とか新曲を完成させた。

 

 今は順調に新曲の歌や振り付けの練習や衣装の作製を行って、予選の準備を進めている。

 

 そう順調に。

 

 私が居なくても問題ないくらいに。

 

 そもそも新曲の件に関しては、私は元々戦力外。衣装に関しても、裁縫ならできるけど、新しいアイディアを生み出すことは私にはできない。そこはいい、私は生み出す側の人間じゃないから。そんなことは分かっている。

 

 私にできることは他人の道筋を整えること。それもちゃんとやれていたのか今となっては怪しい。

 

 学園祭のときはほぼ実行委員の仕事をしていたために、学園祭ライブの練習は海未ちゃんや絵里ちゃんに任せっきりにして、私は見ることができなかった。だけど、ライブ本番のクオリティはかなり高いものになっていた。

 

 もし、ライブが中止にならなければ、前回のラブライブも違う結末になっていたかもしれないくらいに、彼女たちは──μ'sは、成長している。

 

「私はもうμ'sには必要ないのかな……」

 

 私の本音が溢れる。

 

 私は私の目的のために、前回のラブライブで優勝できるように、μ'sをサポートしてきた。実際にμ'sが優勝できる算段もあった。だが、全ては失敗に終わった。

 

 しかし、それは私の都合だ。私の目的が失敗に終わってもμ'sが失敗したわけじゃない。むしろ、彼女たちは得るものが多かった。

 

 μ'sの本来の目的だった廃校の阻止。これまでのライブで得た経験。μ'sの絆。それが彼女たちが得たもの。

 

 対して私は何を得たのだろうか。

 

(お前のせいで……)

 

 突然、そんな声が聞こえる。

 

(役立たずが……)

 

 これは幻聴。実際に聞こえてるわけじゃない。現に私にはμ'sの曲が聴こえている。

 

(お前なんか……)

 

(これなら■■のほうが……)

 

「ハァハァ……」

 

 しかし、そんなことは関係なく幻聴は聞こえ続け、私の心を乱していく。気を抜けば私の心が折れてしまいそう。いや、心が折れてしまえれば、どれだけ楽だろうか。だが──

 

「まだ私には、やらなきゃいけないことがあるから……ここで折れるわけにはいかない……」

 

 噛み締めるように私は自分に言い聞かせる。それから私は何度も同じ言葉を言い聞かせ続ける。

 

「……」

 

 そして、ある程度心が落ち着くと、私は立ち上がり身体を伸ばして、気持ちを切り替える。すると、屋上の扉が開く音が聞こえてる。どうやら誰かがここに来たみたい。

 

 私は誰が来たのか気になり、扉の近くを覗き混んで確認すると、そこにはにこ先輩がいた。

 

「あっ、あんたここにいたのね」

 

 にこ先輩は私に気づくと、こちらの方へ近づいてくる。

 

「どうしたんですかにこ先輩、私に会えなくて寂しくなったんですか」

 

「違うわよ」

 

「とか言って本当は~」

 

「実は寂しかった──とか言わないわよ」

 

 挨拶がてらいつものノリで会話をする私とにこ先輩。それだけで私は安心する。

 

「それで本当は何の用ですか、別に私は用がなくても一向に問題ありませんけど」

 

「ちゃんと用はあるわよ、緊急会議よ」

 

 冗談はこのくらいにして本題に入ると、にこ先輩はそう答えた。

 

 2

 

 私たちは部室に集まっていた。

 

 理由はにこ先輩は緊急会議と言ったが、ルールを確認するため。

 

 経緯としては、穂乃果ちゃんがちゃんとラブライブのルールを把握してなかったから、これを機にみんなでルールを一度確認しようとなったらしい。

 

 穂乃果ちゃんらしいと言えば穂乃果ちゃんらしい。

 

 今は私が──マネージャーらしく、みんなの前でルールの説明をしている。

 

「自分たちで場所を決めた場合、ネット配信でライブを生中継、そこから全国の人にライブを見てもらう」

 

「全国……すごいや!!」

 

「各グループの持ち時間は五分、エントリーしたチームは出演時間が来たら、自分たちのパフォーマンスを披露、特設サイトから全国に配信され、それを見たお客さんが良かったグループに投票──順位が決まる」

 

「そして上位四組が最終予選にというわけね」

 

「四組……狭き門ね」

 

 ざっと私はルールの説明を終えると、事の厳しさにそれぞれ顔を曇らせていた。地区ごととはいえ、何十組というスクールアイドルの中から、たった四組しか予選を突破できない厳しい現実。

 

 しかし、問題はそれだけではない。

 

「とくに、この東京地区は一番の激戦区」

 

「それになんと言っても……」

 

「A-RISE……」

 

「そう、既に彼女たちの人気は全国区、四組のうち一つは決まったも同然よ」

 

 A-RISE。

 

 前回優勝グループであり、知名度や人気など圧倒的なアドバンテージを誇っている。本番で彼女たちが失敗しない限り、彼女たちの予選突破は火を見るよりも明らか。

 

 まあ、彼女たちが本番で失敗することはほぼ皆無。にこ先輩の言うように、最終予選の一組は確定。

 

 正直、私的にはA-RISEはシード枠でも良いんじゃないかって思うんだけど。

 

「えぇ!! 凛たちはあと三つの枠に入らないといけないの」

 

「そういうことよ」

 

 A-RISE以外にも、多くのランキング上位のグループがこの地区にはいる。そんな強敵たちを抑えて、残り三組に食い込まなくてはいけない。

 

「でもポジティブに考えよう、あと三組進めるんだよ」

 

「確かにそういう考え方もあるね」

 

 物は言いようではあるが、他の枠は確定ではない以上、μ'sにも予選突破の可能性はある。

 

 現に穂乃果ちゃんの言葉を聞いて、みんなの不安げな顔が、みるみるやる気に満ちている顔になっている。

 

 言葉一つでメンバーの士気を上げる辺り、やっぱり穂乃果ちゃんはリーダーとしての才能があるなあ。最近は生徒会長になって、その才能も磨きがかかっている。

 

「今回の予選は会場以外の場所でも認められてるんだよね」

 

「そうだよ」

 

「だったらこの学校をステージにしない? ここなら緊張しないで済むし、自分らしいライブができると思うんだ」

 

 穂乃果ちゃんはそう提案をする。

 

「良いかも」

 

「甘いわね」

 

「にこちゃんの言う通り」

 

 穂乃果ちゃんの提案に、ことりちゃんは賛成するが、にこ先輩と花陽ちゃんは反対した。私も言葉にしないが頷く。

 

 別ににこ先輩が反対したから同調したわけじゃない、と付け加えておく。

 

「中継の配信は一回勝負、やり直しは効かないの、失敗すれば、それが全て全世界に晒されて……」

 

「それに画面の中で目立たないといけないから、目新しさも必要になるのよ」

 

 花陽ちゃんとにこ先輩の意見は最もだ。PVのように取り直しは不可能であり、ネット配信である以上、今までのライブ以上に観客が見てくれる。

 

 そのプレッシャーの中で、パフォーマンスをしなければならない。当然、失敗する可能性だって、ゼロとは言い切れない。

 

 しかし、そのプレッシャーを乗り越えて、見てくれた観客たちの印象に残せれば予選通過も夢じゃない。

 

 あとはどう観客の印象に残すかだけど、にこ先輩の言う通り、他のスクールアイドルよりも目立つ必要がある。だからこそ、ぱっと見で分かる目新しさが重要。

 

 ただ学校だと今までのライブで何度も使っているため、目新しさは感じにくい。それが分かっているから二人は反対した。

 

「目新しさ……」

 

「奇抜な歌とか?」

 

「衣装とか?」

 

「極端だけど、まあそうだね」

 

 目新しさと言われて、みんなは思い付く限りのことを口にする。ただその辺は加減を間違えると、スベってしまう可能性があるから難しいところ。

 

「例えばセクシーな衣装とか」

 

「無理です……」

 

 お姉ちゃんが悪ノリで口にしたセクシーな衣装で、一体何を想像したのか、海未ちゃんは膝を抱えて踞ってしまう。

 

「海未ちゃ~ん」

 

「こうなるのも久し振りだね」

 

「そういえばそうだね」

 

 μ'sを始めた頃は事あるごとに、恥ずかしがっていたっけ。確かあの頃は、スカートが短くて脚が見えるから恥ずかしいとか言ってた気がする。

 

「エリチのセクシードレス姿も見てみたいなぁ~」

 

「それは私もめちゃくちゃ見たい!!」

 

 お姉ちゃんが絵里ちゃんに向けた悪ふざけに、私が食い付く。

 

「おぉ!! セクシャルハラスメント」

 

「セクシーダイナマイトじゃあ……」

 

「絵里ちゃんなら一瞬で悩殺できるね」

 

 絵里ちゃんのセクシードレス姿を着た姿を想像すると、興奮してきた。そんな絵里ちゃんが激しいダンスなんて踊れば……。

 

「あっ……ヤバ……鼻血出てきた」

 

 想像(というよりも妄想)し過ぎて鼻血を出してしまったことに気付いた私は、ポケットからティッシュを取り出して鼻に詰める。

 

 そんな私の行動にみんなは(慣れてしまって)特に気にしていない。いや、慣れって怖いね。

 

「嫌よ」

 

「えぇ……」

 

「沙紀……本気でがっかりした顔しないでくれる」

 

 膝を地に付けてガチ目に凹む私に、絵里ちゃんは困った表情をしていた。

 

「セクシードレス……離してください、私は嫌です」

 

「誰もやるとは言ってないよ」

 

 私が凹んでいる横で、また一体何を想像したのか、海未ちゃんはこの場から逃げ出す勢いで走り出そうとする。しかし、穂乃果ちゃんに腕を掴まれて止められる。

 

「ふん、私もやらないからね」

 

「またまた部長にはお願いしてない」

 

「つねるわよ」

 

「もうつねってるにゃ~」

 

「というか、何人かだけで気を惹いても」

 

 凛ちゃんがにこ先輩をからかって遊んでいると、花陽ちゃんに正論を言われてしまう。

 

「確かにそうだね──それににこ先輩はそのままでも十分可愛いですよ」

 

「そうよ」

 

 果たしてどっちの肯定かは分からないけど(多分、どっちもだと思うが)、頷くにこ先輩。

 

「まあ、ステージについては良さげなところをいくつか探しておくよ」

 

 幸い私には心当たりがないわけじゃない。それにマネージャーとして、これくらいはやらないと、私のいる意味もないし。

 

「ステージのことは沙紀に任せて、こんなところで話してるよりやることがあるんじゃない?」

 

「……やる事?」

 

 真姫ちゃんは私にステージのことを一任してくれると、みんなを連れて何処かに向かうのだった。

 

 3

 

 放課後、私は一人でμ'sのステージに使えそうな場所を校外で探していた。

 

「う~ん? ここはどうだろう?」

 

 現在、私は星野如月の下積み時代に、ステージとして使用していた場所に来ていた。

 

 しかし、μ'sのイメージにあまり合ってない感じがするので、個人的には微妙なところ。

 

「まっ、決めるのはみんなだから、とりあえずここも候補に入れておこう」

 

 いくら私が微妙だと感じても、それは私だけかもしれないので、一先ずは候補として、携帯で写真を撮っておく。明日にでもみんなに見せて決めて貰えればいい。

 

「これでめぼしい所は回ったかな」

 

 私はさっき撮ったステージの写真を確認しながら、そう口にした。

 

 他にも昔使用していたステージや同じ事務所に所属していたアイドルから聞いたステージを見て回り、写真を撮っておいた。その写真もついでに確かめる。

 

「いい感じに候補は集まったし、どうしようかな」

 

 私は写真を見終わると、そのまま携帯で時間を確認する。時刻は十七時ですごく微妙な時間だった。

 

「今から学校に戻っても練習終わっているし……」

 

 かといってどこにも寄らずに、そのまま家に戻るのは味気ない。なので私はこの辺で何かないか考える。

 

「そういえばここから近かったっけ……」

 

 考えていると私はある場所が近いことに気付いた。

 

「……顔は見せないといけないよね」

 

 一瞬だけ行くかどうか迷ったが、私はそう思い立つと、携帯にイヤホンを繋げてから鞄に入れて、その場から離れる。

 

 今から向かう目的地までは徒歩でも行ける距離なので、私はμ'sの曲を聴きながらゆっくりと歩く。

 

 そういえばμ'sのみんなは今頃何しているんだろう。

 

 μ'sの曲を聴いてるせいかそんなことが頭に過った。

 

 私がステージ探しを始める前にみんなの様子を見たときは、真姫ちゃんの提案で放送室を借りてMCの練習をしていたけど。

 

 ちなみにお昼に真姫ちゃんがみんなを連れて向かったのは、真姫ちゃんの友達に放送室を借りるお願いしに行くためだった。

 

 結果的に放送室を借りれたので、MCの練習をすると、穂乃果ちゃんは問題なく喋っていたけど、海未ちゃんと花陽ちゃんがかなり緊張しながら喋っていた。

 

 まあ、あの二人は大勢に話すのは、あまり得意じゃないから仕方ないけど。

 

 そんなこともあって、MCの練習をしていたが、今は多分ダンスや歌の練習でもしていると思う。

 

 ダンスや歌の練習については私が居なくてもキッチリやれるから……。

 

 なんて考え事をしていると、気付いたら目的地に辿り着いた。

 

「……」

 

 目的地を前にして私は中に入るかどうか迷ってしまう。来てみたはいいものをやっぱり気乗りはしていない。正直ここで引き返しても問題はない。

 

「でも行くしかないか……」

 

 私は多少入るのに躊躇ったが、来てしまったものは仕方ないと諦めて中に入る決心を決めた。

 

 目的地の中に入って、ある程度歩いて進むと、ある場所で立ち止まる。

 

「久し振り……お母さん……」

 

 そう声を掛けるのは、私のお母さんのお墓。

 

 私はお母さんが眠る墓場に一年ぶりの墓参りにやって来たのだった。

 




如何だったでしょうか。

沙紀に起こり始めている異変や心境の変化が物語にどう影響するのか。

次はいつ更新できるか分からないですが、出来るだけ早く更新できたらいいなとは思っています。

気軽に感想など頂けると嬉しいです。

誤字、脱字が報告して頂けると有り難いです。


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五十三話 墓参りと急展開

お待たせしました。ほぼ半年ぶりの更新です。

それではお楽しみください。


 1

 

「久し振り……お母さん……」

 

 私はお母さんのお墓に挨拶する。

 

「……」

 

 一年ぶりの墓参りで積もる話や報告はあるはずだけど、いざお母さんのお墓の前に立つと、何を話せばいいのか分からず、それ以上の言葉が出てこなかった。

 

 それにこうしてお母さんのお墓を見ると、お母さんが亡くなったことを実感してしまう。

 

 私のお母さんは、無駄にテンションの高くて、エネルギッシュで、何をしても死ななそうな人だった。

 

 そんなお母さんに小さい頃の私は振り回されることが多かった。

 

 外で一緒に遊べば、子供相手に大人げないくらい本気で勝ちにくることも日常茶飯事。手を抜いてくるなんて百パーセントありえない。

 

 それに暇さえあれば、行き先を告げずに──というよりも思い付きで、旅行に連れ出されることなんてよくあった。

 

 例えば、私が小学四年生の夏休み初日──目を覚ますと、何処か分からない山の中に連れていかれたことがあった。

 

 荷物は必要最低限で、食料は現地調達とかいう小学生には酷なサバイバル生活に、当然わたしは文句を言った。

 

 しかし、お母さんは──

 

(だって家族でキャンプしてみたかったんだもん)

 

 なんて子供みたいなことを口にしながらわたしに抱き付いて甘えてきた。頭を撫でたり、身体の至る所を必要以上に触ってくるのが、余りにも鬱陶し過ぎてわたしは文句を言う気力も無くなった。

 

 その結果、私は貴重な夏休みの二週間をサバイバル生活に費やしてしまった。

 

 その間台風が直撃してテントが壊れたり、お母さんの悪ノリで虫を食べさせられそうになったりと、散々な目にもあった。それも今思えば(死にかけたが)良い思い出だって思わなくはないけど。

 

 そんな母親だったから親子というよりも姉妹みたいな関係に近かった気がする。

 

 正直な話、私のお母さんがどんな人だったのか聞かれると、私は返答にとても困る。なぜなら娘である私でもお母さんのことはこれ以上知らないから。

 

 基本的にお母さんは自分のことは話さない人だったから。私が生まれる前はどんな風に生きていたのかとか。どんな仕事をしているのかとか。何一つ、全く知らなかった。

 

 知らないついでに付け加えておくなら私はお父さんのこともよく知らない。

 

 私が物心着く前から家に居なかったからって言うのもある。それどころか写真一つないせいで、顔すらも知らない。だから今でも生きているのか、もう既に亡くなっているかすらも分からない。

 

 多分、生きてはいないだろう。もし、生きていたのならお母さんが亡くなったあと、一度くらいは私の前に父として現れているはず。だがそれすらもない。つまり、そういうことなんだろう。

 

 そんなことを考えながらお墓を見つめていると、私はあることに気付いた。

 

 あまりにもお母さんのお墓は汚れてなく、キッチリと手入れがされていた。まるで最近誰かがここへ来て手入れでもしたかのように。

 

 でも誰が……。私以外にお母さんのお墓に用がある人なんて……。でもまあいいか。

 

 私は少し気になったが考えるのは止めて、それ以上気に止めなかった。

 

「……とりあえず、私はいつも通りだよ──わたしの状態は一年前とは変わってないけど……」

 

 沈黙を破って私はお母さんに近況を報告する。

 

「学校もちゃんと行ってるよ。成績だってちゃんと維持してるし、今はクラス委員にもなって『白百合の委員長』なんて呼ばれてるんだよ」

 

「部活だって一応続けてるよ、それにこの一年で部員がいっぱい増えたんだ」

 

「そのお陰で活動も本格化してきて、今は大きな大会に向けてたくさん練習してるんだよ」

 

「この前だってみんなで合宿にも行ったりして、すごく楽しかったよ──そもそも部活に入ってからは毎日がすごく楽しくなったよ」

 

 にこ先輩と毎日楽しく部活動していること。

 

 学校が廃校になりかけて、穂乃果ちゃんたち──μ'sのみんなと一緒に廃校を阻止しようと活動したこと。

 

 お姉ちゃんの家によく泊まりに行って、可愛がってもらっていること。

 

 同級生の友達や後輩ができたこと。

 

 生徒会で絵里ちゃんのお手伝いをしたこと。

 

 そんな最近学校であった出来事をお母さんに話しながら、私自身も一つ一つみんなとの思い出を思い出していた。

 

「部活に入って……にこ先輩に出会えて本当に良かったって思っているよ」

 

 何もかも失って空っぽになった私の心に、あの日──にこ先輩に初めて声を掛けられた日からたくさんのものを貰った。正直私なんかが返しきれないくらいに。

 

「でもね……みんなとの楽しい思い出が増えるたびに、私なんかが楽しい思いしていいのかなって思うんだ……」

 

 私は手袋をした手に視線を向ける。

 

「私のせいで全部滅茶苦茶にして、みんなに迷惑をかけて……それにお母さんまで……」

 

 私の頭の中に過るのは、二年前の出来事。

 

 大切な親友とケンカ別れしまったこと。

 

 事務所から活動休止を言い渡されたこと。

 

 大切な人の夢やあの子との約束を守れなかったこと。

 

 そして真っ赤に染まった私の手。

 

「忘れるつもりは全くないよ、これは私が背負わなきゃいけない罪だから……罰だって甘んじて受けるつもりだよ……」

 

 私にとっては今の時間はあまりにも幸福なもの。けどそれは本来なら私が持っちゃっいけないものだ。

 

「だけど……せめて……私の大切な人の夢を叶える手伝いが終わるまでは待って……そのあとならいくらでも罰は受けるから……」

 

 私は切実に願った。しかし願ったところでそんなの無意味で無駄だって分かっている自分がいた。

 

 どう足掻いたってあの子に気付かれた可能性がある時点で、私に残された時間はほぼない。それに今回のラブライブを勝ち進めたら本選前には必ずあの人と出会ってしまう。

 

 どちらにしろ八方塞がりだ。打開する術なんて初めから存在しない。

 

「ホント……どうしたら良かったんだろう……」

 

 あのときの私はそれが正しい判断だと、私が負わなければならない責任だと思っていた。だけどそれ自体が間違っていた。それに気付かず間違い続けた結果、私は失敗した。

 

 私が本当の■■■■じゃないからって、ただそれだけの理由で。

 

 結局のところ私の過去の失敗が尾を引いているだけなんだ。にこ先輩は関係ない。これは私だけの問題なんだにこ先輩を──μ'sを、巻き込むわけにはいかない。

 

 いや、そうじゃない。そんな綺麗事染みた理由なんかじゃない。私は恐いだけなんだ。私のことが、私の罪がみんなに──にこ先輩に、バレることがただ恐いだけなんだ。

 

「やっぱり私は自分勝手だ……嫌になってくる……」

 

 にこ先輩に軽蔑され、必要とされなくなったら、私は昔の空っぽの自分に戻ってしまう。それを恐れているから私は私自身の問題をずるずると引き伸ばし、先伸ばししている。

 

 それだけじゃない。にこ先輩の夢を叶えるって言っているくせに私はとても中途半端な立ち居振る舞いしている。

 

 前回のラブライブのときだってそうだ。本気でにこ先輩の夢を叶えるつもりなら部活一本に集中すれば良かった。それを私の下らないプライドのせいで部活一本に集中できない状況を作り出してしまった。

 

 その結果がラブライブ出場辞退っていう不様な結果。それどころかμ's解散の危機という最悪の事態まで発展してしまった。

 

 あのときもうちょっと私がみんなの近く居れば、ライブ中に穂乃果ちゃんが倒れる事態は避けられたかもしれない。

 

 あそこさえ未然に防げたら結果は違うものになっていたはず。少なくてもラブライブに出場はできていた。そうなればにこ先輩の夢を叶えることができたのに。

 

「何ができたって……烏滸がまし過ぎるよ私……今まで何一つ約束を果たしてないくせに……」

 

 そもそもμ'sが解散しかけたとき私は何もできなかった。この問題を解決できたのは、穂乃果ちゃんや他のメンバーがちゃんと自分と向き合った結果、μ'sは解散せずに済んだ。

 

 そんなみんながμ'sのために動いてるなか私は──。

 

「うっ!!」

 

 あのときのことを思い出そうとすると、突然頭痛がして身体がふらついた。

 

 それから少し経つと頭痛が治まり同時にあのときのことを思い出した。

 

「そうだ……あのときは確かにこ先輩と花陽ちゃん、凛ちゃんの方に居たんだっけ……」

 

 にこ先輩が三人でユニット組むから練習に付き合いなさいって言われてそっちの方で行動していた。

 

「何で忘れてたんだろう……」

 

 それに変。その辺り数日間の記憶が思い出そうとすると、さっきと同じように頭痛がしてくる。

 

「なに……これ……」

 

 記憶として覚えているようで覚えてない。経験したようで経験してない。知っているようで知らない。全てが曖昧に、歯抜けのような気持ち悪い感覚。私が私じゃないこの感覚。

 

「私……疲れてるのかな……」

 

 今日は放課後からライブ出来そうな場所を散々回ってたわけだし。それにここ最近気を詰めすぎて精神的に落ち着くことができなかった。そのせいで身体に疲れが溜まっているかもしれない。

 

「とりあえず今日はもう戻るね……お母さん……」

 

 戻るにはいい頃合いだと思う。多分今を逃すとまた色々と考え込んでしまってきっとここに長居しそう。

 

「じゃあね……今度は何時になるか分からないけど、また近いうちに来るよ」

 

 私はお母さんに挨拶を済ましてお墓をあとにした。

 

 2

 

 私は家に戻るため電車に乗っていた。特に電車内ですることもなく、私は何時ものように携帯をイヤホンに繋いで、音楽を聴きながら降りる駅に着くまでの時間を潰していた。

 

 そんな風に過ごしていると、携帯から着信音が聞こえたから画面を確認する。

 

『みんないま秋葉に居るけど、あんたはどうする?』

 

 そう書かれたメッセージがにこ先輩から届いていた。

 

 私はメッセージを見てすぐに返信しようとしたけど、少し悩む。

 

 疲れも溜まっているからさっさと休みたいって気持ちもある。それに個人的にはあまり秋葉辺りには近付きたくない。だけどそれと同じくらいににこ先輩と会いたいって気持ちもある。

 

 別に電車自体はいま乗っているのでそのまま行くことが出来るから、あとは私の気持ちの問題。

 

「……」

 

『私もそっちに行きます』

 

 多少迷いはしたけど、私はそうメッセージをにこ先輩に送り、秋葉に向かうことにした。

 

 それからさっきと同じように音楽を聴いてると、数十分後には電車は秋葉駅に到着した。

 

 秋葉に到着した私は駅を出て、にこ先輩にメッセージでどこに居るのか確認した。すぐににこ先輩から返事が来て、どうやらUTXの大きなモニター辺りに居るってのが分かり私もそこに向かう。

 

「まさかUTXの前まで行かないといけないなんて……」

 

 あそこの辺りまで行くのが分かっていたら、多分断っていたけど今さら遅い。

 

 駅から目と鼻の先にあるのでそこまで時間も掛からずUTXの前まで辿り着いた。そのまま目印の大きなモニターの辺りまで歩くと、その周辺には多くの人集りができていた。

 

 私的には正直ありがたいけど、にこ先輩たちを探すのに苦労しそう。

 

 そんなこと考えながらこの人集りの中からにこ先輩たちを探そうとすると、何処からかA-RISEの曲が流れ始め少しするとA-RISEの三人がモニターに映っていた。

 

『UTX高校にようこそ』

 

 A-RISEの三人がそうアナウンスすると、集まっていた人たちがみんな彼女たちが映るモニターに釘付けになっていた。

 

『ついに新曲ができました』

 

 新曲って言葉聞いて、ビックリするぐらい周りにいる人たちの歓声ですごく盛り上がっていた。

 

『今度の曲は今までで一番盛り上がる曲だと思います』

 

『是非聴いてくださいね』

 

 それだけアナウンスすると、彼女たちはモニターから姿を消した。けど周りにいる人たちの盛り上がりはまだ冷めていない。むしろ更に盛り上がっている気がする。

 

「すごいな……」

 

 素直にそんな感想が溢れた。

 

 僅か数分のアナウンスでこの盛り上がり、流石は前回ラブライブ優勝グループにして、現ナンバーワンスクールアイドルグループ。それだけじゃない。

 

「あのときの目標叶えるなんて……やっぱりすごいよ……」

 

 モニターを見ながら私はただそう呟くと、私は切り替えてにこ先輩たちを探しに向かおうとする。

 

 多分、にこ先輩たちが──というよりもにこ先輩か花陽ちゃん(あるいはどっちも)が今日ここでA-RISEが発表することを知ってたからここに来たんだと思う。だからここに人も多かった訳だったのも説明が付く。

 

 私は人混み掻き分けながらにこ先輩たちを探していると、にこ先輩……じゃなく穂乃果ちゃんたち二年生組を見つけた。

 

「ほの──!?」

 

 穂乃果ちゃんたちに声を掛けようとしたけど、彼女たちの前にいる人物に気付いて驚きを隠せなかった。

 

「高坂さん」

 

 そう穂乃果ちゃんたちに声を掛けるのは前回ラブライブ優勝グループにして、現ナンバーワンスクールアイドルグループA-RISEのリーダ──―綺羅ツバサ。

 

 穂乃果ちゃんは一瞬誰だか気付かなかったけど、すぐに気づいたようで大声を上げそうになる。だがそれを止められ、そのまま綺羅ツバサに手を引かれたまま何処か連れ去られた。

 

 それを見ていた海未ちゃんとことりちゃんは二人のあとを追って直ぐ様走り出した。

 

「なんであの人が……穂乃果ちゃんを……」

 

 そんな状況を一部始終見ていた私はあまりにも急展開過ぎて脳が状況を理解せず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 




如何だったでしょうか。

この辺りから少しずつ沙紀について過去や秘密などが明らかになってくることが多くなります。

個人的にもついにここまで来たと思うところはあります。できるだけ続きを早く更新をできるようにしていきますが、気長に待っていただけるとありがたいです。

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五十四話 再会

お久しぶりです。またまた半年ぶりの更新です。

それではお楽しみください。


 1

 

「やっぱり人が多いわね」

 

 UTXまでやって来た私──矢澤にこは目の前の光景に思わずそんなことを口にした。

 

 UTXのモニター前はA-RISEの新発表があるって情報のせいで人溜まりで溢れかえっているわ。流石はA-RISEね。発表一つでこんなにも人を集められるなんて。

 

 まあ、私も新発表の情報を聞き付けてやって来た一人なんだけど。

 

 その新発表を今か今かと待ちわびていると携帯から着信音が鳴った。

 

『秋葉駅に着きました、今どこにいますか?』

 

 携帯を確認すると、そう沙紀からメッセージが届いていた。

 

『いまUTXのモニター前よ』

 

 そう沙紀にメッセージを送り私たちの場所を教えると、すぐに『了解』と書かれたスタンプが返ってきた。

 

「相変わらず返信が早い……」

 

 だいたい沙紀とメッセージでやり取りするときは(あいつが忙しくない限り)遅くても三分は掛からないくらいで返信が返ってくる。正直何時も張り込んでいるんじゃないかってくらいに。

 

 そんなことを考えながらモニターのほうを見ていると、突然画面が切り替わってA-RISEの三人が映し出される。

 

 モニターの変化に気付いた周囲の人たちは少しずつざわつき始める。

 

 やっと新発表がお披露目ってわけね。私もA-RISEの三人が映し出されるとテンションが上がってくる。というか上がらないわけがないわ。

 

『UTX高校にようこそ』

 

 A-RISEの三人がそうアナウンスすると、集まっていた人たち(私も含めて)みんなが彼女たちが映るモニターに釘付けになっていた。

 

『ついに新曲ができました』

 

『今度の曲は今までで一番盛り上がる曲だと思います』

 

『是非聴いてくださいね』

 

 A-RISEがそれだけ伝えると、モニターはアナウンス前までと同じ画面に戻る。だけど、周りの盛り上がりはそれまでとは全然違っていた。

 

 A-RISEの新曲が出る。たったそれだけの事でこんなにも周りを盛り上がらせることができる。それだけ彼女たちの曲を楽しみにしているファンが多いってことがよく分かる。いや、そもそもここに来ている時点で身に見えて実感はできるけど。

 

 私だってA-RISEが新曲を出すって聞いただけで、心の中はドキドキしているし、早く聴きたくて待ち遠しい気持ちになっている。

 

 しかもこのタイミングで新曲発表ってことは、多分、いや絶対ラブライブ予選で、A-RISEが使用する曲ってことなんて誰でも簡単に想像できる。

 

 それどころか同時に自分たちがラブライブ予選の出場の権利を周りに獲得したことを伝えているし、自分たちのライブの宣伝をしているようなもん。

 

 こんな無駄のないPRで確実にラブライブ予選での注目度は一気に上がっている。

 

 これが全スクールアイドルの頂点。

 

 私たちはこんなすごいグループに勝たなきゃラブライブ本選に出られないの。

 

「全く嫌になるわね……」

 

 頭の中では理解していたけど、この盛り上がりを目の前で見てしまったら自信が失くなってしまう。

 

 それにどっかの誰かさんのせいでPRの意図に意識が向いちゃうところとか。

 

「……はぁ~」

 

 こんな気持ちになっても沙紀のことが頭に浮かんでくる自分に思わず溜め息が出てしまう。

 

 どうせあいつのことだから、予選でA-RISEより順位が下でも、予選さえ突破すれば良いなんて考えているだろうし。むしろ本予選で勝てば問題ないって考えていそうね。あいつはそういう奴。

 

 それに沙紀は私たちに絶対に勝てないなんて言ってない。

 

 あいつが私たちにそう口にしない限り、まだチャンスがあるってことだから。その点に関してだけは誰よりも信用できる。

 

「はぁ~」

 

 あいつのことを考えていたら、何か色々と考えるのがバカらしくなってきた。それにいつの間にか自分の中の不安が消えていたことに気付いて、また溜め息が出てきたわ。

 

「そろそろあいつも来てるかもしれないし、合流しないと」

 

 私はそろそろ来てると思う沙紀を探し始める。最も私が探すよりも、あいつが先に私を見つけるのが早そうな気がするけど。

 

 そんなことを考えながら周囲を見てみる。すると、沙紀ではなく穂乃果たちが見つかったけど、その目の前にいる人物に目が行ってしまう。

 

 何故なら穂乃果たちの目の前に居たのは、さっきまでモニターに映っていたA-RISEのメンバーの一人──綺羅ツバサだったから。

 

 その光景があまりにも突然過ぎて頭の中が真っ白になっていると、ツバサは穂乃果の手を引いて走り出していた。

 

「……はっ!!」

 

 どうしてツバサが穂乃果たちの前にとか、どうして穂乃果を連れ出したのとかなんて考える前に私も走り出して二人の後を追う。

 

 二人の後を追いかけていると、同じように二人を追いかけている花陽に気付き声を掛ける。

 

「今のは絶対」

 

「ツバサよね」

 

 お互いに確認し合って、目の前のツバサが夢や幻じゃないのが理解できると、私たちは全力で二人の後を追う。

 

「ふぇ~二人とも学校の中に入っちゃったよ」

 

「構わないわ、私たちも入るわよ」

 

 明らかに無断侵入だけど、そんなことは気にせず、私たちもUTX高校の中に入っていく。

 

 奥に進んでいくと、穂乃果の立ち止まる姿が見えて、やっと追い付くことが出来たみたい。だけど、穂乃果の目の前にはツバサだけじゃなく、統堂英玲奈と優木あんじゅが揃っていた。

 

「A-RISE!!」

 

「あ、あ、あの……よ、よろしければ……サ、サインください」

 

「あっ!! ちょっとズルいわよ!!」

 

「フフ、いいわよ」

 

 私たちが会って早々に図々しくもサインを貰おうとしてたのにも関わらず、ツバサは笑顔でサインを引き受けてくれた。

 

「えぇ!!」

 

「いいんですか!!」

 

「ありがとうございます」

 

 まさかA-RISEの直筆サインが手に入るなんて……感激だわ。なかなかA-RISEのサインなんて手に入るものじゃないから余計に。

 

「でも、どうして?」

 

「それは前から知っているからよ、μ'sの皆さん」

 

 穂乃果の疑問に意味深に答えるツバサ。

 

「それって──」

 

「やっと追い付きました」

 

「凛だって急にかよちんが走り出すからビックリしたにゃ~」

 

 穂乃果が何か言おうとすると、後ろからそんな声が聞こえてきた。

 

 振り返ってみると海未にことり、凛、真姫が私たちの後を追って続々と学校の中に入ってくる。

 

「話の続きは皆さんが揃ってからにしましょう、あと来てないのは絢瀬絵理さんと東條希さんよね」

 

 どうやら私たちのことを本当に知っているらしく、ここにまだ来てないのが、絵理と希だと理解して待ってくれるみたい。

 

「あの……実はもう一人居るんですけど良いですか」

 

 ちょっと申し訳なさそうに、私はあいつも来るまで待ってもらえるように、ツバサに頼んでみる。

 

「ええ良いわよ、その人ってお友達?」

 

「いえ、お友達じゃなくて、一応うちのマネージャーなんですけど」

 

「へぇ~、μ'sにはマネージャーが居るのね……ごめんなさい、それは知らなかったわ」

 

 どうやら本当にマネージャーのことは知らないみたいな反応。でも仕方ないわよね。あいつは正体が正体だし、表立って人の前には出ようとしないから。

 

「あっ!! いたいた」

 

「もう急にみんな居なくなるんだものビックリするじゃない」

 

 そんなことを話していると希と絵理が私たちと合流する。その二人の後ろに隠れるように沙紀がいるように見える。

 

「ホント、委員長ちゃん見つかってラッキーやったよ、そうじゃなきゃ完全にウチたちはぐれてたところやん」

 

「そうね、助かったわ沙紀」

 

 絵理が沙紀のほうを向くと、あいつの顔が少しだけ見えた瞬間、私の横で誰かが走って行くのを感じた。

 

 そして真っ直ぐ沙紀のほうへ向かいそのまま彼女に抱き付いた。

 

「会いたかった……」

 

 そう沙紀に抱き付いたまま震える声で口にするツバサ。

 

 突然過ぎるツバサの行動に誰もが戸惑うなかただ一人──沙紀だけは、一瞬だけとても辛そうな顔をしてこう口にした。

 

「久し振り……ツバサ先輩……」

 

 2

 

 私たちはA-RISEの三人に立ち話もなんだからとこの学校のカフェスペースに案内された。

 

「遠慮しないでゆっくり寛いで」

 

「あっ、はぁ……」

 

 ツバサにそう言われて穂乃果が返事をするけど、いまいち今の状況を飲み込めてない感じの返事だった。実際に穂乃果は状況を飲み込めていないんだと思うのだけど。

 

 そもそも今ここにいる誰もが状況を飲み込めていないか、戸惑っているかのどちらかだと思う。

 

「あの……さっきはうるさくてすみません」

 

「いいのよ、気にしないで」

 

 謝る花陽に対して、あんじゅは本当に気にしてないと言うかこういうことに慣れている風。多分さっきみたいなことは結構多いんだと思う。

 

 そんなあんじゅの反応を見て花陽は安心すると、チラッとツバサのほうを見る。

 

「素敵な学校ですね」

 

 元生徒会長だからかそういうところに目が行く絵理だけど、花陽と同じようにツバサのほうを気にしていた。いや、花陽や絵理だけじゃないここにいる誰もが彼女のほうを気にせずにはいられない状況だった。

 

「ありがとう」

 

 そんなことを知ってか知らずか何でもないようにお礼を言うツバサ。

 

「あの……一つ聞いてもいい……」

 

 みんながツバサを気にしている状況のなか、今まで大人しくしていた沙紀が口を開いた。

 

「何かしら」

 

「どうして私の腕をガッチリと組んでいるの」

 

 沙紀の言うように、沙紀の腕にツバサの腕がまるで逃げられないように組まれている。

 

「だって久し振りにあなたに会えたのよ、あなたと触れ合いたいって思ったのよ、それとも嫌だった?」

 

「それは……嫌……じゃないけど……」

 

 一瞬だけ沙紀は私のほうを見たような気がする。

 

「二人ってどういう関係なんですか?」

 

 穂乃果がそんな二人の会話を見て、誰もが気になっていたことを質問をした。

 

「どういう関係って……そうね──」

 

 ツバサは突然沙紀の頬にキスをした。

 

「こういうことが気軽にできる関係かしら」

 

 キスしたことを何でもないようにするツバサに対して、沙紀は完全に不意打ち食らってきょとんとした顔。

 

 しかし、次第に沙紀は自分がキスされたことを理解してくると、どんどん顔が紅くなっていく。なんか顔から湯気が出てくるんじゃないかってくらいに。

 

「うぅ……みんなの前で急にそんなことしないでよ……」

 

「ごめんなさい!! 流石に急すぎたわよね」

 

「もう知らない……」

 

「本当にごめんなさい!! 久々に再会できたから私も舞い上がって──お願いだから許して!!」

 

 恥ずかしさのあまり顔を俯く沙紀にあたふたするツバサ。沙紀がこういうの奥手なのは知っていた。ただあの綺羅ツバサが動揺する姿に新鮮味を感じる。

 

「ツバサ、一人で再会を喜ぶのは良いがμ'sの皆が反応に困っている」

 

「あっ……あはは……」

 

 ツバサはばつが悪そうに苦笑いした。

 

「ツバサがごめんなさいね、この子たまにちょっとあれなときがあるから……」

 

「そうそう、私ちょっとあれだから──ってあんじゅそれはどういう意味!?」

 

「そういうところだ、事実彼女も困っているだろう」

 

「私は……大丈夫ですから……」

 

「本当!? なら──」

 

「そういうところだ、少しは自重しろ」

 

「昔から一応知っていたけど……ホント、あの子の言う通り彼女が絡むと酷いわね」

 

 英玲奈に怒られてツバサが膨れていると、あんじゅは呆れていた。そんな三人の近くにいる沙紀はすごく居心地の悪そうな顔している。

 

 なんか古道さんと初めて会ったときも同じ反応だったわね。確かあのときも同じような流れだった気がするわ。

 

「それでえ~と何だっけ、そうだ私とこの子の関係だっけ?」

 

「私とこの子は……中学の頃の先輩後輩? アイドルとファン? 師匠と弟子? そういうの色々と引っ括めて親友ってところね」

 

『!?』

 

 ツバサの発言に私は絵理と希のほうに目線を合わせた。他にも何人か思うところがある反応しているのが見えた。

 

「今沙紀との関係をアイドルとファンとも言いましたが、もしかして沙紀が──」

 

「もちろん、彼女が星野如月だって知っているわ」

 

 親友って言うくらいなら知っていて当然よね。

 

「まあ私とこの子の関係の話はここまでにして、本題に入りましょう、実は一度挨拶をしたいと思っていたの高坂穂乃果さん」

 

 ツバサは穂乃果のほうに目線を合わせる。穂乃果は目線が合うと、ちょっと緊張しているみたいな感じがする。

 

「下で見かけたときすぐあなただと分かったわ、映像で見るより本物のほうがはるかに魅力的ね」

 

「人を引き付ける魅力、カリスマ性とでも言えばいいのだろうか、九人いてもなお輝いている」

 

「は、はぁ……」

 

 A-RISEに急に褒められて戸惑っている穂乃果。

 

「私たちね、あなたたちのことずっと注目していたのよ」

 

『えっ?? えっ!?』

 

「実は前のラブライブでも一番のライバルになるんじゃないかって思っていたのよ」

 

 あのA-RISEに注目してくれていただけでも驚いたのに、一番のライバルになるなんて思われていて、更に全員の驚きが増える。

 

「そ、そんな……」

 

「あなたもよ」

 

「絢瀬絵里、ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」

 

「そして西木野真姫は作曲の才能が素晴らしく、園田海未の素直な詩ととてもマッチしている」

 

「星空凛のバネと運動神経はスクールアイドルとしては全国レベルだし、小泉花陽の歌声は個性の強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」

 

「牽引する穂乃果と対になる存在として九人を包み込む包容力を持った東條希」

 

「それに……秋葉のカリスマメイドさんまでいるしね」

 

「いや、元と言ったほうがいいかしら」

 

 絵理を皮切りにメンバーそれぞれの特徴を彼女たちなりに評価していた。

 

 それにしても良くそこまで調べられたわね。ことりとかは写真が出回っていたわけじゃないのに。だけどそれだけに疑問が残る。

 

 なんで沙紀だけと言うよりもμ'sにマネージャーがいることだけ知らなかったのかって。

 

 そもそもあいつはことり以上に自分の姿が写らないように徹底していた。自分が星野如月だとバレるリスクを抑えるために。

 

 ただμ'sにマネージャーがいることだけなら、いくらでも知ることはできた。例えばあいつがいつの間にか作っていたμ'sの活動報告のブログとかで。

 

「そして矢澤にこ……」

 

 そんなことを考えていると、ついに私の番が来て少し身構える。真剣な眼差しで見つめるツバサに私は緊張してきて少し汗が出てくる。そして彼女から──

 

「いつもお花ありがとう」

 

 ニッコリと笑顔を私に向けてくれた。

 

「昔から応援してくれているよね、すごく嬉しい」

 

「あっ、いやその……」

 

「にこそうなの」

 

「知らんかったんやけど」

 

 予想外の返しに戸惑っていると、絵理と希に呆れられた目で見られていた。

 

「い、いや~μ's始める前からファンだったから──って!! そんなことはどうでもよくて、私の良いところは!?」

 

 今までの流れならここは私の良いところを言われる所なのに、何故私だけファンへの対応みたいになっているの。いや、実際にファンだけど。それにA-RISEにお花を贈っていたのを覚えてくれていたのは嬉しいけど。でもそこはA-RISEから私の良いところを聞きたいわよ。

 

「うふふ……グループにはなくてならない小悪魔ってところかしら」

 

「小悪魔、にこは小悪魔」

 

 自分がA-RISEにそんな風に思われていると分かると、嬉しくなってしまう。

 

「更にトップアイドルとして実力も経験も申し分なく、人のポテンシャルを見抜く観察眼とそれを向上させる知識をも兼ね備えた星野如月をマネージャーに据えている」

 

 そして沙紀を最後に私たちの良いところを言い終わる。

 

「なぜそこまで……」

 

「これだけのメンバーが揃っているチームはそうはいない、だから注目もしていたし、応援もしていた」

 

「そして何より……」

 

「負けたくないと思っている」

 

 A-RISEの視線は真っ直ぐに私たちを見据えていた。それは彼女たちが冗談ではなく、本気で言っているのが伝わってくる。

 

「でも……あなたたちは全国一位で私たちは──」

 

「それは過去のこと」

 

 あんじゅはバッサリと切り捨てた。いや、あんじゅだけじゃないツバサと英玲奈も同じ意志だと、言葉にしなくても伝わってくる。

 

「私たちはただ純粋に今この時一番お客さんを喜ばせる存在でありたい、ただそれだけ」

 

 まるでプロのアイドルみたいな考え方。だからこそ何だと思う。A-RISEが全国一位で居続けることができるのは。

 

 私もA-RISEの考え方は理解できる。

 

 アイドルは来てくれた人を笑顔にさせる仕事。私のライブを見て、また明日から頑張ろうって、そういう気持ちにできるアイドルになろうって努力してきた。

 

 そこはステージの上に立つアイドルとして、スクールアイドルもプロのアイドルも変わらない。

 

「μ'sの皆さん、お互いに頑張りましょう、そして私たちも負けません」

 

「あの!!」

 

 カフェスペースから立ち去ろうとするA-RISEたちを穂乃果は呼び止める。

 

「A-RISEの皆さん、私たちも負けません!! 今日はありがとうございました」

 

「あはっ、あなたって面白いわね」

 

 穂乃果の言葉に一瞬驚いた顔をしたツバサだけど、すぐに嬉しそうな笑顔をした。

 

「ねぇ、もし歌う場所が決まっていないならうちの学校でライブやらない?」

 

『えぇ!!』

 

「屋上にライブステージを作る予定なの、もしよかったら是非、一日考えてみて」

 

「やります!!」

 

 ツバサの予想外の提案に私たちは驚いたが、穂乃果は迷わず答えるのだった。

 

 3

 

 μ'sの皆さんが帰ったあと、私たちは自分たちの自室に戻る途中。

 

「面白いグループだったな」

 

「そうね、まさかツバサの思い付きで言い出したことにあんな風に対応するなんて」

 

 英玲奈とあんじゅはμ'sと直接会った印象を話している。二人の会話を聞く限り、前よりも彼女たちに興味を持ったみたい。

 

「ツバサが勝手に言い出したことだけど、私たちが誘った以上、下手なパフォーマンスはできないわね」

 

「そうだな、だが私たちは何時も通り私たちのライブをするだけだ」

 

「しかし、良かったのかツバサ」

 

「何の話?」

 

 二人で話していると思っていたら、急に私に話題を振ってきた英玲奈。

 

「予想外とはいえ、彼女とは久し振りに再会したのだろう、もう少し話さなくても良かったのか」

 

 彼女……あの子のことを言っているのね。

 

「良いのよ、これ以上あの子に迷惑は掛けられないから……」

 

「ほっぺにキスした人が迷惑とか言える立場かしら?」

 

「うぅ……」

 

 そこを突っ込まれると何も言えなくなるわ。勢いでついやってしまったとはいえ、あれはやり過ぎたと自分でも自覚できる。

 

「止せあんじゅ」

 

「英玲奈……」

 

「空元気しながらも不安を必死で隠そうとしたツバサの努力をからかってやるな」

 

「英玲奈も何気に酷いわね、それよりも空元気に見えたってホント?」

 

「付き合いの長い私たちなら一目瞭然、それに彼女にはバレているだろう」

 

「やっぱりそう見えたのね」

 

 英玲奈が言うのなら確かなんだと思う。あの子にも多分、バレている。いや、絶対バレているわ。

 

「まあそこは置いておくとして……」

 

「えっ置いておくの?」

 

「彼女のことを考えているのならμ'sにウチの屋上を貸すのは不味かったわね」

 

 私の反応を無視してあんじゅは話を進める。

 

「何で面白いアイデアだと思ったんだけど」

 

『やっぱり』

 

 二人して私に呆れた目を向けてきた。ただやっぱりと思いながら呆れた目を向けるのはどうかと思うけど。

 

「発想事態は悪くはない、μ'sのライブを直で見ることは我々にも得るものがあるだろう、ただ……」

 

「ウチにはあの子がいるわよ」

 

「あっ、不味い」

 

 あんじゅに言われて私はとんでもない失敗をしていたことに気づいた。

 

「ど、どうしよう……」

 

「急に我々が誘った手前、μ'sに断るのは失礼だろう、それに歌う場所も決まってなかった様子なら、なおのこと」

 

「そうよね、それはダメよね」

 

 ライブを中止にできない以上、他の手を考えるしかないわよね。

 

「こうなったら刺客を差し向けて……」

 

「落ち着け……何を訳の分からないことを言っている」

 

「だって……」

 

「気休めだが校内ではこの話が漏れないように最小限に留めておくのがいいだろう」

 

「あとは古道さんに相談でもしたら良いんじゃない?」

 

「なるほど刺客の相談ね」

 

 確かにあの人なら手練れを知ってそうだし、悪くない案ね。

 

「そんな相談はしないわよ、当日あの子に予定を入れて貰うなりして、物理的に来れないようにとか」

 

「そこまでしても彼女ならハイエナみたいに嗅ぎ付けて無理矢理でもくるだろうな」

 

「有り得なくないわ……」

 

 あれの性格上何を仕出かすか分かったものじゃない。本当にハイエナみたいに。というかハイエナそのものよ。

 

「そもそもあの子……彼女がμ'sと関わっているの知っていたんじゃない?」

 

「かもしれないな、私たちにμ'sの情報を提供したのは彼女だ」

 

 英玲奈の言うように今日μ'sの皆さんに話した内容はあれから渡された情報を元にしているわ。ただ私たちもそれだけを鵜呑みにせずに、自分たちで各メンバーのことは調べていたわ。

 

 けどあれが最初に渡した情報のせいで、μ'sにマネージャーがいる可能性を考慮出来なくなっていたのは事実。

 

「だったらあとはもう自分たちの運を願うしかないわね」

 

「ダメよ」

 

「どうして?」

 

「だって私たちが良くても、あの子……本当に運がないもの」

 

『……』

 

 私のその発言に二人は黙ることしかできなかったわ。

 

「本当に古道さんに相談するしかないな」

 

「そうよね……」

 

 あれの動きが読めない以上、私たちにやれることは少ない。

 

 ただ本当に私たちがやっていることがあの子の為になっているのか私には自信が持てなかった。

 




如何だったでしょうか。

なかなか更新出来ずにいて、お待たせしているところもありますが、読んでくださってありがとうございます。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字が報告して頂けると有り難いです。


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五十五話 幻覚

お待たせしました。久々の更新できました。

それではお楽しみください。


 1

 

 家に戻ると私は鞄を置いて、制服を脱ぎそのままベットの上に倒れた。このまま眠ってもいいかもしれないと思えるくらいに私は疲れていた。

 

 理由は分かっている。

 

 偶々寄ったお母さんの墓参りに、あの人との再会。

 

 今日はあまりにも私の精神を揺さぶられることが多かった。

 

 正直あの人との再会は予想されていたことの一つ。ラブライブ本選に出場するのであればA-RISEとの衝突は避けては通れない。だからμ'sが本選を目指す以上必然的に再開は訪れる。

 

 ただ予想されていたより早すぎて、気持ちの整理が追い付かなかっただけ。いや追い付かなかったよりもその為の準備ができなかったのが正解か。

 

 そういえばみんなと別れる前に、私とあの人との間であったことを知っている絵理ちゃんは随分心配そうな顔をしていた。絵理ちゃんから話を聞いているにこ先輩とお姉ちゃんも何も言わなかったけど、私のことを気にしているみたいだった。

 

 明日ちゃんと心配ないとは伝えておかないと。今は私に余計な気を回さずにラブライブに集中してほしいし。

 

 私のこと嗅ぎ回っていた真姫ちゃんたちは……流石にすぐに接触しようなんて思わないはず。あの人の居場所が分かった以上、予選が終わってからでも遅くないと真姫ちゃんは考えるはずだし。

 

 そんなことを考えながら、私はそのまま眠らずに立ち上がり、替えの下着を用意してシャワーを浴びに向かった。

 

 何も考えずに下着を脱いで、着けていた手袋は掌を見ないようにしながら外す。そして三つ編みされている髪を解き眼鏡を外してから浴室に入る。

 

 シャワーのバルブを捻ってお湯を出すが、この家のシャワーは最初は水しか出ず、少し待たないとお湯は出ない。けど私はそんなこと気にせずそのまま水を浴びる。

 

 むしろ今の私には水のほうがちょうどいい。

 

「……」

 

 不意に私はあの人が抱き着いていた左腕を見る。

 

 私の腕にはあの人に触れられた感覚が今でも残っている。私を絶対に離したくない意思とどこか怯えて震えているような感情が入り乱れている感触が何時までもこの腕に残っていた。

 

 だけどそんな感覚はシャワーによって冷たく洗い流されていく。

 

 完全にあの人の感覚がなくなると同時にシャワーの水はお湯に切り替わった。

 

「過ぎてしまったことはしょうがないよね……」

 

 誰に聞かせるのでもなく、独り言を呟いた。

 

 A-RISEからの提案は悪くない。むしろ好都合と言ってもいいくらい。

 

 A-RISEからの提案のおかげで、私が今回の予選で懸念していたことが一気に解消された。

 

 今回の予選のルール上一番重要なのは、どれだけの大勢の人にたった一回のライブを見てもらえるか、これに尽きる。

 

 前回の予選みたいに多くのライブをやり、知名度を上げてファンを増やしつつ票も得るって手は使えない。

 

 まさに一発勝負。

 

 だからこそどうやって大勢の人に見てもらうかが問題だった。その問題もA-RISEの合同ライブで解決できる。

 

 既にスクールアイドルではトップクラスの人気を誇るA-RISE。そんなA-RISEには私たちの抱えてた問題なんて問題外だ。だってライブをするだけで勝手に大勢の人が見てくれるのだから。

 

 今回の予選で最も有利なのは前回のランキング上位組。今の時点で人気がある彼女たちとでは初めからスタート地点が違うのだから仕方がない。

 

 そんな彼女たちが同じステージに立つことを許したグループが居たら。

 

 それはA-RISEが実力を認めているグループだって言っているようなもの。そんなグループが居るんだったら誰だって気になるのは普通だ。興味を持たないわけがない。

 

 そしてそんな状況を掴んでしまったグループがいる。そう、μ's。

 

 A-RISEの提案は渡りに船。利用しない手はない。あとは本番までパフォーマンスの質を少しでも上げることに集中するだけ。

 

「だからA-RISEの提案は受けて正解、ここは問題じゃない」

 

 現状μ'sとっての不満点は一つもない。あえて言えば若干アウェーな状況だけど、そこは考えても仕方がない。

 

 アイドルである以上、どんな状況でもライブを成功させる。それは何も変わらない。

 

 つまりμ'sには何一つ問題はない。問題があるのは私だ。

 

 合同ライブが成立した以上、いやA-RISEがμ'sと接触した時点で、私とあの娘との再会は避けられないものになった。

 

 A-RISE──あの人はそれを阻止しようとか考えているけど、時間の無駄。そんなことに時間を使うくらいなら少しでもパフォーマンスの向上に時間を使ったほうがよっぽどマシ。

 

 A-RISEとμ'sが合同ライブするって耳にすれば、あの娘は何があっても飛んでくるのは私がよく知っている。ましてや私がμ'sと関わっていることを既にあの娘が知っているのは、今回のA-RISEの会話で察することができた。

 

 露骨にあの人に私のことを伏せていたのだから。もし、私のことを知っていたら様子は見に行こうとすれど、接触しようなんて思わない。

 

「ここが引き際かな……」

 

 私は諦めたように呟く。

 

 正直スクールアイドルに関わった時点でこうなることは予想できていたし、覚悟もできていた。ただ予想よりも早かっただけ。

 

「あの娘がライブに来なかったらまだいくらでもやりようはあるけど、さすがに無理かな……」

 

 そんな無駄な望みを口にするけど、我ながらバカなことを言っている。ある意味私が逃げられる状況ではないなら、どんなことをしてでもあの娘は面と向かって会うつもりだろう。

 

 だってあの娘は絶対に今の私のことを許さないから。

 

「……」

 

 しかし、改めて考えると、今日は奇妙な一日。

 

 思い立ってお母さんの墓参りに行ったら、そのあとすぐにあの人と再会した。そして、あの娘とももうすぐ会うことになる。

 

「これもお母さんの導きなのかな、それとも……」

 

 私は両手を見る。私の掌にはベットリとした赤いものが付いていた。何度手を洗おうともシャワーで流そうとしても消えることがない私の最大の罪が残っていた。

 

「うぅ……」

 

 自分の掌に付いているそれを見ていると、悪寒が走り吐気が波のように押し寄せてくる。そして胃液が込み上げてきて、私は吐き出してしまった。

 

「はぁはぁ……」

 

 口の中に僅かに残った胃液の酸味が気持ち悪い。

 

 私は無意識に掌から視線を外すと、ふと、鏡に写る私に目が行った。

 

 鏡に写るわたしはとても人様には見せられない醜い顔していた。そんな顔を見て私は無性に腹立たしくなる。

 

 わたしはそんな顔しない。わたしにそんな顔をさせている私に奥歯を噛み締める。

 

 私は私が嫌いだ。

 

 何もない私が。何もできない私が。誰の期待にも答えられない私が全て嫌いだ。

 

 だからこそせめてにこ先輩の夢だけは私がこの手で叶えようと思った。あの人がこんな私を必要としてくれたから。だけど──

 

『私には……無理だよ……』

 

 鏡の中のわたしがそう言ったように見えた。いや、鏡に写っているのは、三つ編みのお下げで眼鏡を掛けて、常に怯えているような表情をしている幻覚(昔の私)だ。

 

「無理じゃない……」

 

 私は鏡の中の私に反論した。いやこんなの反論じゃない。ただ単純に否定したかった。だがそれ以上言葉が出てこなかった。

 

『自分でも……分かっているでしょ……もう……何も……出来ないって……』

 

『そもそも……μ'sに……にこ……先輩に……私って……必要……だったの?』

 

「そんなわけ……」

 

 ないとは言い切れなかった。

 

『ときどき……考えていたでしょ……μ'sは……私が……居なくても……結果は……同じだったんじゃないかって……』

 

 鏡の中の幻覚()が言う通り、その事は何度か考えていたことはあった。

 

 そもそもμ'sは穂乃果ちゃんが始めたものだ。そこにお姉ちゃんが裏で色々とやって形になったもの。

 

 そこに私の思惑は何一つなかった。あるとすればにこ先輩にスクールアイドル活動させるために、お姉ちゃんの計画に便乗したに過ぎない。

 

 そのにこ先輩だって、何れはアイドル研究部と合流が必要となる以上、私が関わらずとも必然的に出会うことになる。そして何だかんだ言いつつ、にこ先輩はμ'sのことを認めてメンバーになる。あの人はそういう人だ。私が居ようが居まいが関係ない。

 

 他のみんなだってそうだ。

 

 海未ちゃんとことりちゃんは初めから穂乃果ちゃんに付いていくつもりだった。

 

 花陽ちゃんは凛ちゃんと真姫ちゃんに背中を押されて、自分の意思でμ'sに入った。その行動がある意味二人の背中を押した。

 

 絵理ちゃんの手を差し伸べさせることができたのは、お姉ちゃんの勇気。そして彼女の手を握ったのは穂乃果ちゃん。

 

 私が何もしなくても九人が集まるのは必然。だからこそμ'sと言う名前が付けられた。九人の女神と言う意味から付けられ、その名の通り、九人のスクールアイドルとなった彼女たち。初めから席が埋まって、私の入る余地はない。

 

 それは仕方がないこと。私は元プロのアイドルなのだからそこに入ることはできない。だからマネージャーの立場に籍を置いたんだから。

 

 いや、今に始まったことじゃない。今も昔も私は傍観者。そこは弁えてなくてはならない。

 

 そんな傍観者である私にみんなと同じステージに立つことは出来ない。だけどときどき考えることがある。

 

 もしも、私がプロのアイドルじゃなかったら? そうしたら私もみんなと同じステージに──

 

『でも……私は……■■■■……じゃない……そんな私を……誰が……必要と……してくれるの?』

 

 そんなもしもさえ鏡の中の幻覚()は否定する。

 

『そんな……こと……知ってるでしょ……忘れたわけ……ない……よね……』

 

「忘れるわけない」

 

 そんなことこの手の罪に誓って忘れるわけない。そもそも私が生まれた時から知っている。今さら鏡の中の幻覚()に言われる筋合いなんてない。

 

「だからこそ私はこうなろうと決めたんだ」

 

 にこ先輩が必要としている篠原沙紀に。にこ先輩が憧れていた星野如月だった篠原沙紀に。

 

 にこ先輩が必要としてくれる限り、私は今の私であり続ける。ただそれだけ。

 

『そう……』

 

 それだけ言って鏡の中の幻覚()はそれ以上何も言わなかった。

 

 私は再び鏡を見ると、そこに写っているのは髪を下ろしたわたしの姿だった。

 

「やっと消えた……」

 

 最近はずっとこんな幻覚や幻聴ばかり。にこ先輩の声を聞いてないと、また聞こえてくる。

 

 私は再び幻覚が出てこないうちにシャワーを浴びて、身体を洗う。

 

 私は身体を洗い終えると、何事も無かったかのように浴槽を出て、用意しておいた下着を着ける。

 

 そして髪をドライヤーで乾かし、髪が充分に乾くと、そのままベットにダイブし、眠りに就いた。

 

 眠りに就こうとすると、また幻聴とか聞こえてきたが、私は気にせず眠る。

 

 明日から何時もの篠原沙紀として振る舞うために深い眠りに就くのだった。

 

 2

 

 ふらりと一人薄暗い夜道を歩くわたし。

 

 夜中に何となく目が覚めて、お腹が空いたからコンビニに向かうだけなのだけど──

 

「こんな美人が夜中一人で出歩くのは危ないかしら」

 

「それは僕に付いてこいって言ってるのかい?」

 

 わたしの独り言に反応する声が聞こえた。

 

「高校生をストーカーするなんてアイドルのプロデューサーは暇なのかしら……そうね、敢えて叫んでみるのも面白いかもしれないわ」

 

「僕もそんなに暇じゃない、そして叫ぶのは止めてくれ、それは洒落にならないやつだ」

 

 わたしは振り返らずに面白半分で彼のことをからかうと、彼は真面目な返しをしてきた。そこは相変わらずつまんないわね。

 

「じゃあ分かっているわよね」

 

 返しが面白くなかったので、軽く脅してみる。

 

「はぁ~ところてん三つでいいか」

 

「それとブラックコーヒー」

 

「了解」

 

 彼がわたしの要求を素直に聞いたので、少し気分が良くなる。

 

「よろしい、わたしに奢れるなんてラッキーね」

 

「はいはいそうですね……感謝感激雨霰」

 

「何か言葉に気持ちが籠ってないわよ」

 

「それを君が言うかな」

 

 そんな会話をしていると、コンビニに着いたので、彼と一緒に中に入り、ブラックコーヒーとところてんを四つ持ってレジに向かう。

 

「待って、一つ多くないか?」

 

「さっきわたしを侮辱したので追加よ、それだけで許すわたしの寛大さに感謝しなさい」

 

「君はホント……まあいいけど……」

 

 彼は諦めたかのように言いながら、わたしから商品を受け取り、レジで支払いを済ませに行った。

 

 その間にわたしは先にコンビニの外に出て、そこで彼を待つ。少しすると、支払いを済ませた彼はコンビニから出てきて商品が入ったレジ袋をわたしに手渡した。

 

「ご苦労様」

 

 わたしはそれだけ言って歩き始める。彼も何も言わずに付いてきた。

 

 わたしは感覚の赴くままに歩いていると、ちょうどいい公園を見つけた。

 

「ここでいいわよね」

 

「君が良いのなら僕は構わないけど」

 

 そう彼に確認してからわたしたちは公園の中に入り、中にあったベンチに座った。

 

 ベンチに座るとわたしはレジ袋からブラックコーヒーとところてんを一つ取り出し、一緒に入っていた割り箸を使ってところてんを食べ始める。

 

 彼も同じようにベンチに座り、コンビニで買ってきた飲み物を飲んでいた。

 

「それでわたしに何のようだったのよ」

 

 わたしはところてんを食べながらさっさと本題に入った。

 

「なにμ'sとA-RISEが接触したって情報が入ったから気になって様子を見にきただけさ」

 

「耳の早いこと……流石と言うべきかしら」

 

 わたしは特に驚かず、淡々とところてんを食べる。

 

「あなたが知っているということは、あの娘もこの事は知っているとみて良いのね」

 

「……」

 

 わたしの質問に彼は答えなかった。だけどそれが答えだということは誰だって分かる。

 

「けどいいのかい……あの娘に会っても……」

 

「良いも悪いも何も完全に諦めているわよ」

 

 私は完全に諦めている以上、今はどうしようもないし、なるようになれとしか思わない。

 

「そうか……」

 

 彼はそれだけ言って、それ以上この事は何も言わなかった。

 

「君のほうは調子はどうだい?」

 

「そうね……本調子とはいかないけど、七割八割は調子が戻ってきた感じね」

 

 彼が話題を変え、わたしのことを聞いてきたので、ここは素直に答える。

 

「流石に二年間眠っていたから今とのズレを直すのは手間取ったけど、この調子ならあの子に何かあってもすぐに行動できるわ」

 

「それは良かった、ただ君のこと、もうとっくにあの子は気付いているんじゃないのか」

 

「それは大丈夫よ、証拠さえ残さなければ、ある程度は誤魔化せるし、そもそも気付いても今のあの子は目を反らすわ」

 

 実際に今も証拠を残さないように外で食べているわけだし、彼が口裏を合わせてくれれば問題はない。

 

「そうか……それが分かれば充分」

 

 そう言って彼は立ち上がる。

 

「あら、もう帰るのね、久し振りに会ったのだからもうちょっと話したかったのに……」

 

「流石にもう帰らないと怒られる」

 

「それは残念……」

 

 内心本当に残念な気持ちになるが、仕方がないので諦める。

 

「今度はこそこそ会わずにあの子と一緒に堂々と会いたいわね」

 

「その日が来ることを願っているよ、それじゃあ」

 

 そう言って歩き始める彼の背中をわたしは見送った。

 

「えぇ、わたしもその日が来ることを楽しみにしているわ真拓」

 

 彼がわたしの声が聞こえないくらい距離になってからそう口にした。

 

 そのあと、一人公園に残ったわたしは夜風に当たりながら残ったところてんを食べるのだった。

 




如何だったでしょうか。

物語は佳境に入りそうな勢いでありますが、先に言っておきます。このまま合同ライブに行かずに次回から別の話が始まります。

ある原作の回を前倒しで始まりますので、そこは御了承ください。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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五十六話 矢澤にこを追跡せよ

お待たせしました。

前回予告した通り今回から原作のあの回が始まります。

それではお楽しみください。


 1

 

 それはA-RISEとの合同ライブが決まってから数日後のある日の出来事だった。

 

「なんで後つけるの?」

 

「だって怪しいんだもん……」

 

 真姫ちゃんと穂乃果ちゃんは話ながらも目線だけはある人物に向けていた。彼女たちの目線の先にはスーパーに入っていくにこ先輩の姿。

 

 つまり今私たちは練習を休んで、みんなでにこ先輩のストーカーもとい尾行していた。

 

「まさかここでバイトしてるとか……」

 

「待って、違うみたいよ」

 

 スーパーの入り口付近で物陰に隠れながら様子を見ていると、買い物カゴを持って食材選びを始めるにこ先輩。少なくともバイトしているようには見えない。

 

「普通に買い物しているみたいですね」

 

「なんだ、ただの夕飯のお買い物か~」

 

 にこ先輩が何しているか分かると、安心した声を出す穂乃果ちゃん。

 

「でもそれだけで練習を休むでしょうか」

 

「……」

 

 今の海未ちゃんの疑問こそがにこ先輩を尾行している理由。実は今日珍しくにこ先輩が練習を休んでいた。

 

「予選で使うステージが決まって気合も入ってるはずなのに……」

 

 アイドルに強いこだわりを持っているにこ先輩だったら、このタイミングで休むはずがないとみんな知っている。だからこそみんなはにこ先輩が休んだ理由が気になってこっそりと跡を付けているってわけ。

 

 ただ私はこの中で唯一にこ先輩が練習を休んだ理由を知っている。と言うよりも練習が始まる前ににこ先輩から連絡があった。

 

 だからこの状況はちょっと好ましくないし、本当ならみんな練習に励んでしてほしいところ。でもみんな練習に集中できそうになかったから不本意だけど、こうしてにこ先輩の尾行するのを許した。

 

「よほど大切な人が来てる……とか……」

 

「どうしても手料理を食べさせたい相手がいる……とか……」

 

「ま……まさか……」

 

「いや~私のためにわざわざ手料理を作ってくれるなんて……」

 

「そこで真っ先に自分だと思う辺り相当ポジティブですよね」

 

 話の流れ的にここはあえて照れている振りをすると、海未ちゃんにツッコミを入れられる。

 

「まあね、にこ先輩に愛し愛されているのはこの私だからね!!」

 

 調子に乗って高らかにそんなことを言いながらにこ先輩の方を見ると、何故か目が合ってしまった。と言うよりも私の声で気付かれてしまったってのが正解な気がする。

 

『あっ……』

 

「……」

 

「きゃ、私ってにこ先輩と相思相愛」

 

 一瞬だけ時間が止まったかのようにお互い見つめ合っていたので、可愛いポーズでも取ってみる。それからにこ先輩はゆっくりと買い物カゴを足元に置くと、踵を返してその場から走り出した。

 

『逃げた!!』

 

 にこ先輩が逃亡したので、慌てて穂乃果ちゃんたちはにこ先輩の後を追いかける。

 

 私はみんなとは一緒ににこ先輩を追いかけず別の場所に走って移動した。

 

 確かあのスーパーの入り口は私たちがさっき見張っていたあそこだけしかなかったはず。だからにこ先輩の逃走経路を考えるとここしかない。

 

 そうして私が向かったのは、このスーパーの裏口。

 

 そこには私より先に絵里ちゃんとお姉ちゃんが先回りしてにこ先輩を待ち構えていた。私はそんな二人よりも少し離れたところで様子を窺ってみる。

 

「さすがにこ、裏口から回るとはね」

 

「うわぁ!!」

 

 絵里ちゃんに裏口から回り込まれているとは思わずにこ先輩は驚くと、その隙を逃さずお姉ちゃんがにこ先輩の背後に回りわしわしの体勢でにこ先輩を捕まえた。

 

「さぁ!! 大人しく訳を聞かせて!!」

 

「はぁっ!!」

 

 ここで万事休すかと見ていたら、にこ先輩は機転を利かせてその場に屈むと、運良く(この場合は悲しいことにと言うべきなのか)お姉ちゃんの腕からすり抜けることができ、そのまま逃走する。

 

 お姉ちゃんもまさか逃げられるとは思ってなく呆気にとられたが、直ぐ様にこ先輩を追いかけた。

 

 私もにこ先輩の後を追いかけるが幸いにも私が居た方ににこ先輩が走ってくれたので、お姉ちゃんよりも先に追い付くことができた。

 

「お疲れさまです、にこ先輩」

 

「何がお疲れさまよ!! 何で私が追われなくちゃいけないのよ!!」

 

「いや~モテ期入りました?」

 

「入ってないし、そもそもモテ期じゃないわよ!!」

 

 走りながら軽口をたたく私にちゃんとツッコミを入れてくれるにこ先輩。

 

「それよりも用事があるって言ったわよね、何で後付けて来てるのよ!!」

 

「何かにこ先輩が怪しさ全開だったからみんな気になっちゃったみたいですよ、ちなみに私は止めましたけど、無理だったんで諦めました!! てへっ」

 

「てへっじゃないわよ!!」

 

「なのでここは不肖である私が時間を稼ぎますので、その間に逃げきってください」

 

「分かったわ、頼んだわよ」

 

「Yes My Master」

 

「誰がマイマスターよ!!」

 

 走りながらにこ先輩を逃がす段取りを付けると、私はその場に立ち止まり振り返る。

 

「ここを通りたくば私を倒すことだ」

 

 とりあえず何かかっこよさげなポーズを取り、お姉ちゃんの前に立ち塞がる。

 

「やっぱり委員長ちゃんはにこっち側に付くんやね……知ってたけど」

 

「そうだよ、私は常ににこ先輩の味方だからね……」

 

 特に意味のない構えを取り戦闘態勢に入る私。いつもの私なら羞恥心が湧いてくるところだが、ノリとテンションがマックスマックスアゲな状態では全く気にならなかった。

 

 両者互いに向かい合い何時でも動けるような状態になり、静かにその時が来るのを待つ。

 

 そして今がその時と感じた私が動き始め、これより姉妹の契りを交わした者たちによる悲しい戦いが──

 

「お姉ちゃんかく──」

 

「ウチの邪魔をする悪い子にはお仕置きや」

 

 始まらなかった。既にお姉ちゃんは私の背後に回り込み例の体制に入っていた。

 

「い、一番ハードなやつでお願いします」

 

 私は最後にそう言い残して全てを諦めた。

 

 わしわしには勝てなかったよ……。

 

 

 2

 

 お姉ちゃんのお仕置きを受けたあと、一度みんなと合流をした私たち。

 

「結局逃げられちゃったか……もう沙紀ちゃんが邪魔するからだよ」

 

 私の体を張った時間稼ぎのおかげでにこ先輩は何とか逃げ切ることができた。多少周りから批難されるが、正に試合に勝って勝負に負けたというところ。

 

「沙紀がにこ側に回るのは予想は出来ましたが、しかし、あそこまで必死なのはなぜなのでしょう……」

 

「沙紀は知っているんでしょ?」

 

「今日休んだ理由は知っているけど、それだけだよ」

 

 絵里ちゃんの質問に正直に答える。

 

 正直私個人としてはそこまでこそこそ隠す必要がある理由とは思えない。むしろ部活休んでも仕方がないと思える理由だ。となると明らかに別の理由がある気がする。

 

「家……行ってみようか……」

 

「押しかけるんですか?」

 

「だって、そうでもしないと話してくれそうにないし……沙紀ちゃんだったらにこちゃんの家知っているでしょ」

 

「確かににこ先輩の家の場所は知っているけど……」

 

 私は煮え切らない返事をしながら少し悩む。穂乃果ちゃんの言うように家に押しかければ、否応なしに理由を聞くことができるとは思う。ただそれがにこ先輩のためになるかどうかと考えると、悩ましいところなため教えていいものか。

 

「あぁ!!」

 

「どうしたの?」

 

「あれ……」

 

 私が考え込んでいると、花陽ちゃんの驚いた声が聞こえ彼女が見ていたほうに視線を移す。そこにはにこ先輩にそっくりな女の子が歩いていた。

 

 あれ……もしかしてあの子は……。

 

「にこちゃん?」

 

「でもちょっと小さくないですか?」

 

「そうね」

 

 一瞬にこ先輩と勘違いをするが、背丈が違うので別人だと気づくが凛ちゃんだけは違った。

 

「そんなことないよ! にこちゃんは3年生の割に小さ……小さいにゃ~!!」

 

「あの? 何か?」

 

「あっ……いや……」

 

 にこ先輩とそっくりな女の子が凛ちゃんの近くを横切ると、明らかに背丈が違うことに驚く。そんな凛ちゃんの反応を見て、女の子は不思議そうしながら話しかけた。話しかけられた凛ちゃんは少しどう対応すべきかで戸惑っていると、にこ先輩にそっくりな女の子は私のほうを見る。

 

「あれ? もしかして沙紀お姉さまではありませんか?」

 

「あはは……久しぶり……」

 

 にこ先輩にそっくりな女の子に話しかけられて、苦笑いしながら挨拶をする。やっぱり私のことそう呼んでくれるのね。そのせいでなんか少し視線が冷たい気がする。

 

「お久しぶりです、それによく見るとあなた方μ'sのみなさんではありませんか?」

 

「え? 私たちのことも知ってるの?」

 

 私だけでなく、μ'sのことも知っていることに少し驚く絵里ちゃんがにこ先輩にそっくりな女の子にそう聞いてみる。

 

「はい! お姉さまがいつもお世話になっております妹の矢澤こころです」

 

『ええええええ!?』

 

 にこ先輩にそっくりな女の子がにこ先輩の妹だと知り、私以外の全員が驚きの声を上げるのだった。

 

 3

 

 それからにこ先輩に会いに来たと私たちは説明すると、こころちゃんが家まで案内してくれることになった。結果的ににこ先輩の家に向かうことになった私たちだが、何故か物陰から何かから隠れるようこそこそとしながら移動していた。

 

「あの……こころちゃん? 私達なんでこんなところに隠れなきゃ──」

 

「静かに!! 誰もいませんね……」

 

 穂乃果ちゃんが隠れる理由を聞くけど、逆に何故かこころちゃんに怒られた。しかし穂乃果ちゃんは何故怒られたのか全く理解できてない顔した。

 

「そっちはどうです?」

 

「人はいないようですけど……」

 

「よく見てください!! 相手はプロですよ、どこに隠れているかわかりませんから!!」

 

 今度は海未ちゃんのほうに確認するから彼女がありのままに伝えると、更に注意深く探すように怒られる。

 

「沙紀お姉さまのほうはどうですか?」

 

「怪しい人影は一つもないよ」

 

 私も同じことを聞かれたので、周囲を確認するけど怪しい人影どころか人っ子一人いない状態。

 

「沙紀お姉さまがそう言うのなら大丈夫みたいですね、それでは合図したら皆さん一斉にダッシュです」

 

「なんで?」

 

「決まってるじゃないですか! 行きますよー!」

 

「ちょ、ちょっと~!!」

 

 こころちゃんは理由を説明しないまま勝手に走り出すと、私たちも後を追いかけるように走り出す。

 

 そうしてこころちゃんがマンションの中まで入ると、ようやく走るのを止める。私たちも同じようにマンションの中に入り足を止めた。

 

「どうやら大丈夫だったみたいですね」

 

「いったいなんなんですか?」

 

「もしかしてにこちゃん殺し屋に狙われてるとか?」

 

「何言ってるんです? マスコミに決まってるじゃないですか!!」

 

『えっ?』

 

 まるで当然のように言うこころちゃんに対して、予想外の理由で戸惑う私たち。何人かこれはどういうことかと言いたげに私のほうを見るけど、私自身も何が何やらと知らない状況なので、首を横に振る。

 

「パパラッチですよ、特にバックダンサーのみなさんは顔がばれているので危険なんです!! 来られるときは先に連絡をください」

 

「バック……」

 

「ダンサー?」

 

 パパラッチにバックダンサー? 全く話が見えてこない。いや、待って何か心当たりがある気がする。

 

「スーパーアイドル矢澤にこのバックダンサーμ's」

 

『はぁ?』

 

「いつも聞いてます、今お姉さまたちに指導を受けてアイドルを目指していられるんですよね」

 

 なるほど、そういうこと。こころちゃんの話を聞いて、やっと話の合点がいった。他のみんなも理解したようで、呆れた顔をしている者もいれば、笑顔だかとても恐怖を感じる者もいる。

 

「ねぇ……こころちゃん」

 

「はい?」

 

「ちょっと電話させてくれる?」

 

「はい!」

 

 絵里ちゃんはこころちゃんに一言確認すると鞄から携帯を取り出し、電話を掛けようとする。電話の相手は言うまでもない。

 

「もしもしー私、あなたのバックダンサーを務めさせていただいてる絢瀬絵里と申します、もし聞いていたら……すぐ出なさい!!」

 

「出なさいよ!! にこちゃん!!」

 

「バックダンサーってどういうことですか!!」

 

「説明するにゃ~!!」

 

「?」

 

 留守番電話に切り替わってたようで各々文句を残し、そのあと私たちはこころちゃんに案内され、矢澤家にお邪魔させてもらうことになった。

 

「ここがにこちゃんの家……」

 

 穂乃果ちゃんはそう言いながらにこ先輩の家を見る。生活感溢れるごく一般的なありふれた普通のマンションの一室。

 

「弟の虎太郎です」

 

「きさらちゃん……ばっくだんさ~……」

 

「こんにちは、虎太郎くん」

 

 一人おもちゃで遊んでいた虎太郎くんに挨拶する。私の呼び方はともかく虎太郎くんもμ'sをバックダンサーだと思っているみたい。となると……。

 

「お姉さまは普段は事務所が用意したウォーターフロントのマンションを使っているんですが、夜だけここに帰ってきます」

 

「ウォーターフロントってどこよ」

 

「あっ、もちろん秘密です、マスコミにかぎつけられたら大変ですから……」

 

「あははは……」

 

 真姫ちゃんのツッコミに対してのこころちゃんの反応に愛想笑いしか出なかった。嘘もここまで来ると、呆れるよりもどれだけ話を盛っているのかってほうが気になってきた。

 

「どうしてこんなに信じちゃってるんだろう……」

 

「μ'sの写真や動画を見れば私達がバックダンサーでないことぐらいすぐわかるはずなのに……」

 

「ねぇ、虎太郎君」

 

「?」

 

「お姉ちゃんが歌ってるとことか見たことある?」

 

「あれ~」

 

 そうことりちゃんに聞かれると、虎太郎くんが指を指したのは壁に貼られているμ'sのポスター。しかし、このポスター……どこか違和感を感じる。

 

「いや、なんかおかしい」

 

「え?」

 

 真姫ちゃんも違和感を感じていたようで、私の気のせいではなかったみたい。なので違和感の正体を調べるため、じっくりとポスターを観察してみる。

 

「あっ、合成してる……」

 

 本来このポスターのセンターは穂乃果ちゃんなんだけど、それをにこ先輩に入れ換えている。入れ換えていると言っても穂乃果ちゃんの顔ににこ先輩の顔を張り付けているだけだけど。

 

 それから私たちはにこ先輩の部屋に行くと──

 

「ここがにこちゃんの部屋?」

 

 にこ先輩のイメージカラーのピンク色が全体的に多めの部屋。この部屋にもμ'sのポスターが貼られているけど──

 

「これ、私の顏と入れ替えてある……」

 

「こっちもにゃ~」

 

 どれもこれもにこ先輩がセンターに見えるように加工してあった。

 

「わざわざこんなことまで……」

 

「涙くましいというか……」

 

 この光景を見て、一部は怒りよりも感心のほうが強くなる。

 

「あ……あんたたち……」

 

 そんな風ににこ先輩の部屋を見ていると、当の本人であるにこ先輩が帰ってきた。私たちが居ることが予想外だったらしくかなり焦ったような表情をしている。

 

「お姉様お帰りなさい、バックダンサーの方々がお姉さまにお話があると……」

 

「そ……そう……」

 

 にこ先輩は買い物袋を床に置きながらこころちゃんの話を聞いているが、声は明らかに動揺していた。

 

「申し訳ありません、すぐに済みますので、よろしいでしょうか……」

 

 海未ちゃんは優しそうな声と笑顔だけど、逆にそれが恐い。

 

「うっ……え……えっと……こころ……悪いけど……わ、私今日仕事で向こうのマンションに行かなきゃいけないから……じゃっ!!」

 

 そう言ってにこ先輩はその場から逃げ出した。

 

「まてぇぇぇ!!」

 

 逃げ出したにこ先輩を真っ先に追いかける海未ちゃんと真姫ちゃんと絵里ちゃんだった。

 

 あの三人はお冠だったからなあ。そうなるのは仕方ないとして、私に出来ることは一つしかない。

 

「にこ先輩ご冥福をお祈りします」

 

 私は取り敢えず合掌しておく。あんな悪鬼迫る勢いの三人を私一人じゃあ止められないから

 

「沙紀ちゃん諦めたんだ……」

 

「うん、あれはもう無理だと思う」

 

 穂乃果ちゃんの質問に私は清々しいほど笑顔で答えたと思う。

 

 そんなにこ先輩はと言うと、逃げた先でちょうど帰ってきたもう一人の妹であるここあちゃんに捕まり、追いかけてきた三人に追い付かれてしまった。

 

 こうしてにこ先輩は捕まってしまったのだった。

 




如何だったでしょうか。

というわけで今回からほぼこの小説の主人公と化しているにこ先輩のメイン回。

先にこの回をやったのはこれからの展開を考えた結果です。実際彼女が居ての篠原沙紀ってところもあるので……ともかくこれからの展開をお楽しみに。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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五十七話 矢澤にこ

お待たせしました。

今回のサブタイはまさにこれしかなかった。

それではお楽しみください。


 1

 

「大変申し訳ありません!! わたくし矢澤にこ、嘘をついておりました」

 

 机に額を付けながらにこ先輩は、私たちに土下座した。

 

「ちゃんと頭をあげて説明しなさい!!」

 

「……やだな~みんな怖い顔してアイドルは笑顔が大切でしょう? さあ、みんなでご一緒ににっこにっこに~」

 

「にこっちふざけてて、ええんかな」

 

「はい……」

 

 にこ先輩は往生際悪く話題を逸らそうとする。けど、お姉ちゃんに脅され、ようやく休んだ理由を話し始めた。

 

「出張?」

 

「そう、それで一週間ほど妹達の面倒見なくちゃいけなくなったの」

 

「だから練習休んでたのね……」

 

「ちゃんと言ってくれればいいのに……」

 

 にこ先輩の話を聞いて、みんな休んだ理由は納得する。

 

 私は元から理由は知っていたから特に何も言うつもりはないけど……。

 

「それよりどうして私達がバックダンサーということになっているんですか?」

 

「そうね、むしろ問題はそっちよ」

 

 わざわざポスターの合成までして、明らかに嘘にしては度が越えているレベル。流石に私でも見逃せない。だから、そこまでする理由があるなら聞きたいところ。

 

「そ……それは……」

 

『それは……』

 

「にっこ──」

 

「それは禁止やよ」

 

「うぅ……」

 

 またしても話題を逸らそうとするにこ先輩。けど、再びお姉ちゃんに脅され諦める。

 

「さぁ!! ちゃんと話してください!!」

 

「にこちゃん……」

 

「……元からよ」

 

 観念して口にしたのはそれだけだった。

 

「あぁ……そういうことなんだ……」

 

 その言葉を聞いて私は小さな声で呟いた。

 

 ここまで幾つか思い当たる節があった。だから、さっきの言葉で私の中で理由を悟り、にこ先輩の行動の意図も理解できた。なら、これ以上にこ先輩を責めるのは酷だと思う。

 

「元から?」

 

「そう、家では元からそういうことになってるの、別に私の家で私がどう言おうが勝手でしょ、お願い、今日は帰って」

 

「にこちゃん……」

 

「仕方ないよ穂乃果ちゃん、みんなここは一旦帰ろう」

 

 私はみんなを帰るように促すと、仕方なくみんなは立ち上がり、にこ先輩の家から出ていく。

 

「にこ先輩あとでお話があるので、夜に何時もの公園で 」

 

「えぇ……分かったわ……」

 

 別れ際にこっそりとそれだけ話して、私もみんなのあとに続いて、にこ先輩の家から出ていった。

 

 2

 

 にこ先輩の家から出ると、既に空は黄昏時だった。一先ず私たちはこころちゃんと出会った広場に戻るが、誰一人として帰ろうとはしなかった。

 

 理由は当然。みんなにこ先輩のことが気になっていたから。

 

「困ったものね……」

 

「でも元からってどういうことなんだろう?」

 

「にこちゃんの家では元から私達はバックダンサー?」

 

 にこ先輩が多く語らなかった以上、誰も理由など分かるはずもなく、ただ疑問だけしか残らなかった。そんななかただ一人だけは、何かに気付いて、考え込んでいる様子だった。

 

「……希?」

 

「多分、元からスーパーアイドルだったってことやろな」

 

 絵里ちゃんが様子を気になって話しかけると、お姉ちゃんはそう口にした。

 

「どういうことです?」

 

「にこっちが一年の時──」

 

「待ってお姉ちゃん」

 

 お姉ちゃんの話を遮り、目配せだけで私の意思を伝える。

 

「そうやね……委員長ちゃんのほうが適任や」

 

 私の目を見て、お姉ちゃんは説明を任せてくれた。

 

「にこ先輩がμ'sに入る前に、一度だけスクールアイドルをやっていた時期があったんだよ」

 

「その話は初耳です」

 

 三年生以外、他のみんなも初めて聞いたような反応をしていた。

 

「私もその時のことは見てないから何とも言えないけど、当時、一年生のにこ先輩は部員五人集めて部活を設立して、スクールアイドル活動を意気込んでいた」

 

「きっと、そのときこころちゃんたちに話したんじゃない? アイドルになったって」

 

「けど、にこ先輩と他の部員との志の差がありすぎて、一人また一人と辞めていって、最終的にはにこ先輩ただ一人だけに」

 

「それでも最初は一人でもスクールアイドルやろうと頑張ったけど、結局自分一人じゃあ無理だって気付いて、諦めた」

 

「ただ、こころちゃんたちに諦めたとは言い出せなかった、だから、にこ先輩が一年生の時からあの家ではずっとスーパーアイドルのまま」

 

「それにこころちゃんたちには私が星野如月だってバレてるからね、そのせいで嘘に拍車がかかったのかもしれないかな」

 

 初めてにこ先輩の家に行ったときに、ここあちゃんと遊んでたら運悪くヘアゴムが千切れ、眼鏡が飛んでいき、素顔を晒してしまった。しかも偶々部屋に星野如月のポスターが貼ってあるという連続コンボ。

 

 その結果、こころちゃんたちに私が星野如月だってバレてしまった。

 

「元プロのアイドルに慕われるくらいすごいアイドルになったんだって、こころちゃんたちが思っているから……その期待に答えるためにそう家の中で振る舞っていた、そうなんだと思う」

 

 私が話終えると、少し重苦しい空気になっていた。当然と言えば当然か。にこ先輩本人のこともそうだし、嘘ついていた理由もこころちゃんたちのためってのもあったから。

 

「確かに……ありそうな話ですね」

 

「もう……にこちゃんどんだけプライド高いのよ……」

 

「真姫ちゃんと同じだね」

 

「茶化さないの」

 

 真姫ちゃんをからかった凛ちゃんだけど、そのせいで怒られる。けど、凛ちゃんが茶化してくれたお陰で少し空気が和む。

 

「でも……プライド高いだけなのかな……」

 

 にこ先輩のことを聞いて花陽ちゃんだけは違う印象を受けたみたい。

 

「アイドルに……すごく憧れてたんじゃないかな……本当にアイドルでいたかったんだよ……わたしも……ずっと憧れていたから……分かるんだ」

 

 確かに花陽ちゃんならそんな風に思うのかもしれない。彼女もμ'sに入る前に同じようなことを私に相談してくれた。だからこそにこ先輩の気持ちが理解できるんだと。

 

「一年の時、私見たことある、その頃私は生徒会もあったし……アイドルにも興味なかったから……あの時……話しかけていれば……」

 

 そんな後悔の念に駆けられる絵里ちゃん。誰かがにこ先輩に声を掛ければ、きっと違う未来になっていた。自分にもその可能性があったんだと思うと、余計に後悔しているんだと思う。

 

「けど、にこ先輩はそこまで弱い人じゃなかったんだよ」

 

 にこ先輩とほんの些細なきっかけで出会って、初めてアイドル研究部の部室で話したときのことを思い出す。

 

 星野如月やユーリちゃん、A-RISEなど私の知っているアイドルから知らないアイドルまで、色んなアイドルのこと楽しそうに話すにこ先輩の姿。

 

 見ているだけで、この人は本当に、アイドルが好きなんだなって、初めて会った私でもすぐに理解できた。

 

「色々とあって、心が酷く落ち込んでいた私に『アイドル研究部に入りなさい』って声を掛けてくれたんだから」

 

「自分だってアイドルやるの諦めてたくせに、出会って間もない私にそんなこと言うなんて、ホント、どういう神経してるんだって思ったよ」

 

「しかもマネージャーやれってどころか、私の知識を使って練習を見てくれって言うんだから、図々しい人だなって」

 

 だけど、どんな理由であれ、私のことを必要としてくれたのが一番嬉しかった。

 

「それにアイドルが大好きで、そんなアイドルに憧れているにこ先輩が、私にはとっても眩しかった」

 

 同時に、それだけ情熱を注げるものがあるにこ先輩が、とても羨ましかった。私には一度もそんなものに出会えなかったから。

 

 私よりもアイドルに対して、情熱も志もプライドも高かったからこそ、この人はアイドルになるべきなんだと思えた。

 

「だから、あの人を『スーパーアイドル矢澤にこ』として、ちゃんとしたステージに立たせてあげたいって……」

 

 そう私が話していると、気付いたら何か周りの空気が温かい雰囲気になっているのを感じた。

 

「えっ……何みんな……急に……」

 

「いや……なんて言うか沙紀ちゃんって……本当ににこちゃんが大好きなんだね」

 

「えっ!? あぁ……う、うん……え、えっと~……そうだよ!! なんたって私はにこ先輩の未来のパートナーであり、『スーパーアイドル矢澤にこ』の一番のファンなんだから!!」

 

 急に穂乃果ちゃんにそんなこと言われたから、一瞬動揺して素になりかけたけど、すぐに建て直して、そう自信満々に胸を張る。大丈夫、バレてないバレてない。

 

「いや、完全に動揺してたのバレバレやよ」

 

「ど、ど、動揺してないもん!!」

 

「いま完全にそうやん」

 

「なっ……」

 

「……そうだ!!」

 

 私がお姉ちゃんにからかわれている横で穂乃果ちゃんは何か閃いたみたいだった。

 

「ライブだよ!!」

 

「えっ?」

 

「こころちゃんたちって、きっとにこちゃんのライブ見たことないんじゃないかな?」

 

「多分……見たことは……ないとは思うけど……」

 

 ライブ映像を見せたら、にこ先輩の嘘がバレるから見せるとは思えない。

 

「だったらこころちゃんたちに、にこちゃんのライブを見せてあげるべきだよ!!」

 

「え~と……今度のラブライブの予選にこころちゃんたちを連れていってあげるってこと?」

 

「ううん、そうじゃなくて、『スーパーアイドル矢澤にこ』のライブをこころちゃんたちに見せてあげるの」

 

「つまり、にこの為に別のライブの準備をするってことね」

 

「その通りだよ、絵里ちゃん」

 

 あぁ……なるほどね。それはいいアイデアだとは思うけど……。ただ何か嫌な予感がする。

 

「まさか、にこ先輩が休んでいる間に準備を進めちゃおうとか考えてる?」

 

「うん!! そのつもりだよ!!」

 

 やっぱり私の悪い予感が的中した。

 

「そのつもりだよって……にこ先輩が練習休むの一週間くらいしかないし、ステージとか衣装とか諸々の準備は? そもそもラブライブの予選までそんなに時間がないってのに、今日だって練習休んでいるんだよ」

 

「ダメかな?」

 

「いや……案事態は悪くないけど……私だってにこ先輩のステージをやるのは賛成だけど……」

 

 何分他にやるべきことが多くて、素直に穂乃果ちゃんのアイデアに頷くことができない。

 

 好条件のステージを確保したいま、予選を確実に突破するために、できるだけパフォーマンスの向上に力を入れたい。そのあとだったら……。

 

 いや、そもそも私にそのあとなんてないか。

 

「ウチからもお願い」

 

「私からも」

 

 予選の後の事を考えていると、お姉ちゃんと絵里ちゃんからも頭を下げられる。よく周りを見ると、他のみんなもやりたいって意思が何となく伝わってくる。

 

「私だって色々と手伝うから……それににこちゃんのためだと思って」

 

「はぁ……しょうがないなあ~にこ先輩のためって言われると、私が断れるわけないよ」

 

 結局私が折れるしかなかった。ここで鬼になれないあたり甘いのは分かっている。けど、甘くなるのも仕方ない。にこ先輩のためってのが、それだけ大きかったから。

 

「ただやる以上練習もライブの準備も妥協は許さないよ、『スーパーアイドル矢澤にこ』のステージだもの最高のステージにしてあげないと」

 

「うん!! ありがとう沙紀ちゃん」

 

 お礼を言いながら私の手を握る穂乃果ちゃん。一瞬、ドキッとしたが、自分が手袋をしていたことを思い出す。

 

 彼女の手の温もりを感じられないのは残念だけど、それ以上に、私の罪で彼女の手が汚れなかったことに安心する。

 

 太陽のように眩しい穂乃果ちゃんを汚したくはない。それにその眩しさがいまの私には辛い。あの人を思い出すから。

 

 でもいまはそんなことどうでもいい。スーパーアイドル矢澤にこのステージをやるなら、全力で良いものにするためにサポートしなければ。

 

 私に残された時間がない以上、これがにこ先輩への最後の手向けとなる。ならできるだけ有終の美を飾ろう。

 

「不肖私、愛するにこ先輩のため、一肌脱がせて頂きます」

 

『いや本当に脱ごうとするな~!!』

 

 せっかく私が意気込んでいたら、みんなから総ツッコミを受けるのだった。

 

 3

 

 夜になり、私はこころたちと一緒に晩御飯を食べ終え、後片付けを済ませる。それから軽く着替えて、沙紀との待ち合わせ場所である公園に向かった。

 

 ざっくりと夜としか言わなかったから、もう居るかどうか分からない。でも、あいつのことだからもう居そうなので、少し急いで向かう。

 

 私の家からそんなに遠くないからすぐに公園に着き、中に入る。公園内で沙紀を探してみると、やっぱり沙紀は既に居て、ベンチに座りながらイヤホンで曲を聞いていた。

 

 私は沙紀に近づくと、あいつはすぐ気付いてイヤホンを外した。

 

「待たせたわね」

 

「いいですよ、私もいま来たところですから」

 

 沙紀に声を掛けると、こいつはそんなありきたりな返しをした。

 

「あんたのそれはちょっと信じられないわよ」

 

「えぇ~それはどういう意味ですか」

 

「そのまんまの意味よ」

 

 こいつと待ち合わせると、ほぼこいつのほうが先に来ていることのほうが多い。多分、こいつのことだから私を待たせるのは、失礼だとか考えているのでしょうけど。

 

「別に気を遣わなくてもいいのに……」

 

「何か言いましたか?」

 

「何でもないわ、それよりも世話かけたわね」

 

 今日の件で何だかんだ色々と迷惑をかけたから謝る。

 

「気にしないでください、にこ先輩のお願いなら私何でも聞いちゃいますから……でも~にこ先輩が~どうしてもって言うなら~」

 

 沙紀は目を閉じて何かを待つような顔をした。明らかにどう見てもキス待ちで、それどころか、こっちに顔を近づけてくる。

 

 私は呆れてこいつの額にデコピンをする。

 

「イタッ!!」

 

「バカ、それくらいであげるわけないじゃない、私のキスは安くないわよ」

 

「えぇ~せっかく身体張ってお姉ちゃんから逃がしたのに……」

 

 沙紀はデコピンされた額を揺すりながら膨れる。

 

「身体張ってって……どうせ、希にわしられて喜んでたんでしょ」

 

「あっ、バレてました」

 

「バレたじゃなくて、知ってた、あんたとどれだけ一緒に居ると思っているの」

 

 少なくても私と一緒にいた間のこいつの事なら大体分かる。さっきだって私がキスしないの分かってて、あんなことしたんだろうし。

 

 それに仮に私がキスしたら逆にこいつが慌てふためくのは目に見えてる。それはそれで面白いけど、私のファーストキスを捧げるほどでもないわ。

 

「えへへ」

 

「何よ」

 

「にこ先輩が私のあんなことやこんなことを知ってくれているのが嬉しくて」

 

「別に知りたくて知ったわけじゃないわよ」

 

 毎度毎度事故や自爆のように、自分からボロボロ滑らすんだから、嫌でも覚えるわよ。

 

 私がそんなこと考えているとは知らずに、こいつは私に笑顔を向けてくる。けど、今はそれが心配だった。

 

 この前、親友だった綺羅ツバサと思わぬ再会。それでてっきり動揺しているかと思っていたけど、今はそんな素振りが全然見えない。

 

 ただこいつの場合は本気で隠そうと思えば、不意を付かなければほぼ見せない。

 

 それにこいつと瓜二つだった篠原雪音が言っていたことも気になる。

 

 星野如月の活動休止の真実を知らなければ私は後悔するって。

 

 それが意味していることは今の私には理解できない。一応、星野如月が活動休止した理由は、こいつの口から聞いているけど、こいつの身に何が起こったのか。何を隠しているのか。こいつからじゃあ多分真実を知ることはできない。

 

 真実を知っているのは篠原雪音。それと恐らく綺羅ツバサ。今のところ私から篠原雪音と接触できないから、聞き出すには綺羅ツバサに直接聞くしかない。

 

 チャンスがあるとしたら、ラブライブの予選が終わったあと。それかそのときに彼女の連絡先を聞いて、彼女の都合が付くときに聞くかだと思う。それで星野如月の活動休止の真実を知ることができるはず。

 

 あとは彼女が話してくれるかどうかと本当に知っているかどうかだけ。

 

 どちらにせよ、彼女との接触は真実を知る上で重要になってくる。

 

 ただ私は本当にこいつのことを知りたいの?篠原雪音と出会ってから、ずっと、この疑問が頭の中で過ってくる。

 

 篠原雪音は私に言っていた。目を逸らしているのかと。その言葉が日に日に私の中で大きくなっている。もしかして私は──

 

「でも私には教えてほしかったな~こころちゃんたちのこと……」

 

 こいつの事を考えて不安になりかけると、軽い口調で言ってきた。

 

「悪かったわね……」

 

 こいつは気を遣って軽い口調で言ってくれるけど、それが逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

 

「怒らないの?」

 

「何で怒る必要があるんですか?」

 

 全く怒っているような雰囲気じゃなかったから質問すると、逆に質問が返ってきた。

 

「何でって……」

 

「にこ先輩は『スーパーアイドル矢澤にこ』として、こころちゃんたちの憧れでいたかったんですよね」

 

「そうよ」

 

 それ以上は言わなかった。だってそれが事実なんだもの。私はこころたちの憧れでいたかった。

 

「お姉ちゃんの見栄ってやつですか」

 

「そうよ、私はお姉ちゃん何だからカッコ悪いところを見せられないわよ」

 

「せめて私のことを尊敬してくれているこころたちの前では、キラキラ輝いているところを見せたい、あんたたちのお姉ちゃんはすごい人なんだよって思わせていたかったのよ 」

 

 気付いたら私の思いが口に出ていた。だけど、気付いたところで溢れだした思いは止まることはできない。

 

「だから、二年前スクールアイドルがダメになったって言って、ガッカリしたあの子たちの顔は見たくなかった、幻滅されたくなかった」

 

「それに私がアイドルであり続けたかったから」

 

 本心を口にすると、自分でもカッコ悪いなって思ってしまった。だって、隣で聞いてくれているのは、こころたちとは別に私のことを慕ってくれる後輩なのだから。

 

 幻滅したと思う。みっともないと思われたかもしれない。色々と不安な気持ちが強くなっていくけど、こいつは──

 

「だったら尚更教えてほしかったです」

 

 何時もと変わらない声で言った。

 

「私もにこ先輩の気持ちはよく分かります、私だって、星野如月として、多くの人の期待に答えようとしましたから」

 

「けど、私とあんたじゃあ比べ物にならないじゃない」

 

 こいつはプロのアイドルで、私はスクールアイドル。何年もプロとして前線で、多くの人を笑顔と元気を届けた本物のアイドル。

 

 一方で私はまともに活動できたのは半年程度。グループで活動しているから、見てくれている人に私のファンがいるのかだって、曖昧で、笑顔と元気を届けられているのかだって分かったもんじゃない。

 

「確かに数は違いますけど、誰かの期待に答えようって気持ちは比べることはできません、そう思う気持ちが大事なんですから」

 

「私は期待に答えることも思うこともできなかったんですから」

 

「そんなこと──」

 

 ないとは言えなかった。現にこいつはアイドルを休止している。それに何より星野如月が活動休止するって知ったとき、すごくショックを受けたし、何だか裏切られた気分になったから。

 

「だから今でも期待に答えようとするにこ先輩を私は尊敬しています」

 

「それに私は『スーパーアイドル矢澤にこ』のファンですから、あなたからいっぱい笑顔と元気を貰っていますよ」

 

 私が不安に思っていたことを打ち消すように、さらっと笑顔でこいつは言ってくれた。

 

 こいつは何時もそうだ。私が欲しかったものをくれる。

 

 言葉も、アイドルに必要な技術も、気軽に話せる同級生も、ちょっと生意気な後輩も、一緒にスクールアイドルを志す仲間も、楽しい毎日も、全部こいつが私の前に来てから手に入った。

 

 あの日、こいつと偶々出会わなければ、私はあの部室で一人何も出来ず、寂しい毎日を送っていたかもしれない。それを考えると、今でも怖くなる。

 

 だけど、何でこいつは私にそんなに色々としてくれるのか分からない。それどころかこいつから貰った分だけのものを何も返せていない。それがとても情けなくなる。

 

「それから無駄にプライド高いところも素直じゃないところとか、好きだし、そうだ、あと、今日見たあのポスターがあまりにも雑過ぎて、笑いそうになりましたよ」

 

「何よ、それ……あんた色々と台無しよ」

 

 まだまだ私のことを色々と言ってくれるけど、途中から何かバカにしたようなことを言い出して、残念な気持ちになった。

 

「え~、何がですか?」

 

「笑顔と元気を貰っていますのところで止めとけば、綺麗に纏まるのに、余計なこと言い過ぎて、残念な気持ちになったわよ」

 

「何言っているんですか、私の大好きなにこ先輩に余計なところなんて一つもありませんよ、むしろ、全てアイデンティティー」

 

「そういう風に言うから冗談っぽく聞こえるのよ、バカ!!」

 

「にこ先輩に罵られた、あぁ~良い……むしろ、もっと言ってください」

 

「うわぁ~、マジで色々と引っ込んでいくわ」

 

 私の中の感動も感謝の気持ちも何もかもが引っ込んでいく。本当にこいつどうしようもないわね。

 

「まあまあ、にこ先輩、私の未来の義妹たちのことは任せておいてください」

 

「ちょっと待ちなさい、あんた何って言ったもう一度言ってみなさい」

 

「私の未来の義妹たちのことは任せておいてください」

 

「誰があんたの未来の義妹たちよ!!」

 

「グハッ!!」

 

 そう怒りに任せながら、私はこのバカのお腹を思いっきり殴った。

 

 毎回この流れで綺麗に締まったものじゃない。

 

 だけど、私にとってこいつとのこういう関係がとても居心地が良いのかもしれない。

 

 それだから私は怖いんだ。

 

 星野如月の真実を知って、私とこいつの関係が壊れるのが、とっても怖いのよ。

 

 4

 

 それから一週間が経った。特に何事もなく、時間が過ぎ、今日の夜にはママも帰ってくるから、明日からまた練習に参加できる。

 

「に~こ先輩」

 

「何よ──いぃ!?」

 

 校門を出ようとすると、沙紀に声を掛けられ、声がしたほうを見るとそこには──

 

「お姉様!!」

 

「お姉ちゃん!!」

 

「学校……」

 

 こころたちが沙紀の背中からピョコンっと出ててきた。

 

「ちょ……こころたちに何するつもりよ!!」

 

「えぇ!! 普通そこは何で連れてきたですよね、何で私が何かするって前提なんですか!!」

 

 沙紀の胸ぐらを掴んで引っ張り、こころたちから離しつつ理由を聞く。

 

「そこは自分の胸に聞いてみなさい!!」

 

「私の胸はにこ先輩に掴まれてますので聞けません!!」

 

「屁理屈はいいわバカ!! さっさと理由を言いなさいよ!!」

 

「ちょっと理不尽過ぎません……良いですけど……だって、こころちゃんたちが見たいって言うから、にこ先輩のステージ」

 

「ス……ステージ?」

 

 予想外の単語が出てきて戸惑い沙紀の胸ぐらから手を離す。

 

「さあ、みんなステージの場所まで移動するから私に着いてきて」

 

『は~い』

 

 自由になった沙紀は学校の中へと入っていく。こころたちも私の手を掴んで一緒に連れていかれる。

 

 そしてなるがままにしていると、私だけ部室に入れられる。そこで待っていた希と絵里に着替えさせられてしまった。そのあと、二人に連れられて今度は屋上の扉の前に立っていた。

 

「これって……」

 

 私が今着ているのは、私のイメージカラーのピンクのベースに背中には白い羽が生えた衣装。

 

 その衣装を着てようやく理解できた。本当に私のためのステージを準備してくれたんだと。

 

 どうしてとは思ったけど、心当たりはあった。

 

 先週みんなが家に来たあと、沙紀か希が昔の私のことを話したんだと思う。それからステージを用意しようって穂乃果が言ったんだ。そんなことを言い出すのは、あいつくらいしかいないから。

 

「にこにぴったりの衣装を私と希で考えてみたの」

 

「やっぱりにこっちには可愛い衣装がよく似合う、スーパーアイドルにこちゃん」

 

「希……」

 

 わざわざ私のステージのためにこんな素敵な衣装を用意してくれた。いや、衣装だけじゃない。この扉の向こうには、きっとステージの準備を他のみんながしてくれているはず。

 

 予選に向けての練習だってあったのに。本当ならこんなことするより練習に力を入れてくれたほうが良かった。でもそれ以上にこんな短い間に、色んなことをしてくれたのが嬉しかった。

 

「いま扉の向こうにはあなた一人だけのライブを心待ちにしている最高のファンがいるわ、それにあなたのことが大好きな後輩もね」

 

「絵里……」

 

 このライブは私のことを応援してくれるこころたち(ファン)のためのステージ。そして、私のことをずっと支えてくれていた彼女のためのステージ。

 

 きっとあいつのことだから、このステージの準備だって誰よりも力を入れてくれたと思う。

 

「さぁみんな待ってるわよ!」

 

「……!!」

 

 嬉しさのあまり泣き出しそうになるけど、グッと堪える。アイドルがファンの前で涙は見せちゃいけない。せっかく見て貰うんだったら、ファンを楽しませないと、だから、見せるのは笑顔だけ。

 

 少し心が落ち着くのを待つ。そして心が落ち着いたら覚悟を決めて、一歩踏み出し、扉を開け、ステージに上がる。

 

「あっ!」

 

「あ……」

 

「あ……アイドル……」

 

 私がステージに立つと、三人ともとてもキラキラした目で私のことを見てくれた。

 

「こころ、ココア、虎太郎、歌う前に話があるの」

 

 一回、呼吸を整えてから三人に思いを告げた。

 

「実はね……スーパーアイドルにこは今日でおしまいなの」

 

『ええ!!』

 

 私がスーパーアイドルを辞めるって言うから、三人とも驚いた声をあげる。

 

「アイドル……やめちゃうの?」

 

「ううん……やめないよ、これからは、ここにいるμ'sのメンバーとアイドルをやっていくの!!」

 

 ステージの後ろに隠れていたμ'sのメンバーがステージに上がって、私の後ろに立つ。

 

「でも、みなさんは、アイドルを目指している」

 

「バックダンサー」

 

「そう思ってた、けど違ったの、これからはもっと新しい自分に変わって行きたい」

 

 最初は私がスクールアイドル活動をするために利用するつもりだった。

 

 だけど、初めて穂乃果たちのライブを見て、彼女たちの本気を知って、私は確信した。彼女たちなら本気でスクールアイドルをやってくれるって。

 

 だから、沙紀が穂乃果たちを部室に連れてきたとき、すぐに彼女たちを受け入れた。

 

 それからどんどんメンバーやライブが増えていって、メンバーが増える旅に、私たちが前よりも輝いているように感じた。

 

 それから辛いことだってあった。グループ解散の危機があったけど、それを乗り越えたら更に私たちが輝けているって感じた。きっと──

 

「μ'sでいられる時が一番輝けるの、一人でいるときよりもずっと、ずっと……」

 

 一年生のとき、他の部員が辞めて、それでも一人でステージに立ったときは、とても辛かったし、とても苦しかった。ライブが終わったあとも虚しくて、悲しかった。

 

 けど、μ'sとしてライブをしているときはとても楽しくて嬉しかった。ライブが終わったあとも幸福感があって、でもどこか名残惜しい気持ちになる。

 

 こんな気持ち初めて。だから……。

 

「今の私の夢は宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんして、宇宙ナンバーワンユニットμ'sと一緒により輝いていくこと、それが一番大切な夢!!」

 

 もっと色んなステージでμ'sとしてライブして、今までよりももっと輝いて、みんなに笑顔と元気を届ける。それが──

 

「私のやりたいことなの!!」

 

「お姉様……」

 

「だから、これは私が一人で歌う最後の曲……」

 

 マイクをぎゅっと握り締め、口元まで持っていくと、後ろに居たμ'sのメンバーが捌けていく。

 

「にっこにっこに~!!」

 

 そして、スーパーアイドル矢澤にことしての最後のライブが始まった。

 

 歌う曲は『どんなときもずっと』。歌がメインで、パフォーマンスはかなり自由にやれる曲。

 

 きっと私のことを気遣っての選曲だと思う。ダンスの練習する時間がなかったから、曲を覚えていれば、あとは私のやりたいように出来るようにと。

 

 そのお陰もあって、私のアドリブを加えつつ、ライブを盛り上げれた。

 

 初めて見る私のライブに、こころたちはとても目をキラキラさせながら、楽しそうに見てくれる。

 

 こころたちの姿を見ると、私ももっともっと盛り上げようと、張り切った。

 

 そんなことを続けていると、曲は終わりに近づき、気付けば終わっていた。

 

 そうして曲が終わると、私はこころたちの顔を見る。三人ともとても良い笑顔で私に手を降ってくれたりもした。そんな反応に私は満足した。

 

 そして私はもう一人大切な人のほうを見る。

 

 私のことをずっと支えてくれて、助けてくれて、応援をしてくれた彼女を。

 

 むかし彼女と約束した最高のステージを見てくれた彼女の笑顔を。

 

 そして、私は覚悟を決めていた。ステージの立つときに言った『新しい自分に変わる』それは一つの覚悟を決めるものでもあったから。

 

 星野如月の引退の真実を知る覚悟を。

 

 覚悟を決めた上で、沙紀の顔を見ると、彼女の顔は──

 

 私に向けてくれる何時もと変わらない笑顔だった。

 

 5

 

 にこ先輩のステージが終わり、後片付けを済ましたあと、すぐに家に戻らず、一人公園に居た。

 

 にこ先輩のライブを見て、少し余韻に浸りたかったんだと思う。

 

 にこ先輩のステージは、私が今まで見てきた先輩のステージの中でも最高のライブだった。

 

 今までで一番にこ先輩が輝いていたと思ったし、何よりもそんなステージに、貢献できたことが嬉しかった。

 

 私がにこ先輩に贈る最後の手向けとしては、最高だったのではないかと自負している。

 

 だから、私はとても満足しているはずだった。なのに──

 

「どうして……こんなに……辛いの……」

 

 涙が溢れて止まらなかった。にこ先輩の役に立った。にこ先輩に貢献できた。それだけで私は幸せになるのに、どうして、心がこんなに辛くなるの。

 

 分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。

 

 いや、本当は理由は分かっている。

 

 今日のステージを見て、私は確信したんだ。

 

 にこ先輩に必要なのは私じゃない。μ'sなんだって。

 

 とっくににこ先輩の居場所はμ'sで、にこ先輩の隣にはμ'sのみんながいる。

 

 もう私の居場所はなくて、にこ先輩の隣に私はいない。そもそも初めから私はにこ先輩の隣に立ってすらもいなかったのかもしれない。

 

 ずっと前からにこ先輩の背中を見ることしか出来なかったんだと思う。だけど、その背中がどんどん遠くなって、私一人だけ置いていかれた気持ちになる。

 

 それで良いんだって思っていた。私はあの人に見返りを求めちゃいけない。ただ必要とされるだけで良かったんだ。それで十分だったのに……。

 

 あの人と一緒にいるうちに、あの人と楽しい日々を過ごしていくうちに、私の中であの人の存在が大きくなってきた。そして私はあの人に……。

 

 だけど、私がそれを本当に求めちゃいけない。私にはそんな資格がないんだ。

 

 私と関われば関わるほど、関わった人を必ず傷付ける。それは二年前の時点で痛いほど身に染みている。

 

 にこ先輩が星野如月の真実を知れば必ず傷付く。それだけはダメだ。

 

 あんな優しい人を傷つけるくらいなら、私が居なくなったほうがマシだ。

 

 だから、にこ先輩が真実を知る前に全てを消し去らないと。あの人はまだどうにでもできる。絶縁した今でも徹底してくれたから。

 

 問題はあの子だ。あの子さえどうにか排除できれば、あとは問題ない。その上で私が居なくなれば、誰も真実には辿り着けない。

 

 私の罪が増えるだけで、にこ先輩は傷付かずに済むんだ。それで良いじゃないか。それで十分じゃないか。けど──

 

「もっと……にこ先輩と……一緒に居たいよ……」

 

 私の気持ちは収まることはなく、終わりは刻々と近づいてくるのだった。

 




如何だったでしょうか。

今回の話でも分かる通り、彼女たちはお互いを大切に思うばかり、怯え空回りして擦れ違っているところがあります。

少なくても今のままでいれば、楽しい日々は遅れるだから目を背けている。そんな二人。

二期のにこ回も終わり、いよいよラブライブ予選へと物語は進みます。

今回の章の締めにあたり、次の章へと続く大事な回になってくるんじゃないかと思っています。

それでは次回も刺激的にお楽しみに。

あと誠に勝手ながら分割されていた回は纏めさせていただきました。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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五十八話 ラブライブ予選

そんなわけで5章最後の話の前編となります。

それではお楽しみください。


 1

 

 あれから二週間が経ち、ついにラブライブ予選当日になった。

 

 既に私たちはUTX学園に入り、A-RISEが用意してくれた控え室で準備に取りかかっていた。

 

「あっ、可愛いにゃ~」

 

「当たり前でしょ、今日は勝負なんだから」

 

「よしっ、やるにゃ~」

 

 私が気合い入れて準備する姿を見て、凛もやる気を出す。

 

「既にたくさんの人が見てくれているみたいだよ」

 

 もう既に他のスクールアイドルがライブを配信し、ラブライブ予選は最高の盛り上がりを見せているみたい。

 

「みんな何も心配はないわ、とにかく集中しましょう」

 

「でも本当に良かったのかな、A-RISEと一緒で」

 

 前大会優勝者であるA-RISEと同じステージに立つのが、不安になる花陽。無理もないわ、私だって同じことを考えているのも。

 

 多分、ここにいる何人かは同じような気持ちを少なからず持っていると思う。

 

「一緒にライブをやるって決めてから集中して練習が出来た、私は正解だったと思う」

 

 確かに良くも悪くもA-RISEの提案は、私たちに影響を与えてくれた。結局のところ私たちがどう取るかってことね。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 私たちが準備していると、A-RISEが挨拶に来てくれて、ちょうど外に出てた穂乃果たちが戻ってきて彼女たちに挨拶した。

 

「いよいよ予選当日ね、今日は同じ場所でライブが出来て嬉しいわ」

 

「予選突破を目指して、互いに高め合えるライブにしましょう」

 

「はい!!」

 

 お互いに健闘を祈ると、綺羅ツバサはキョロキョロと何かを探すような動きをする。

 

「もしかして沙紀ちゃんを探してます?」

 

「えぇ……ライブ前に一言あの子に声を掛けたくて……」

 

「少し遅れてくるみたいですよ」

 

「そう……それじゃあ、ステージで」

 

 穂乃果から沙紀のことを聞くと、A-RISEはこの場から離れていった。綺羅ツバサは少し残念そうでどこかホッとしたような顔をしていたのは、気のせいかしら。

 

「沙紀ちゃんとお話したかったのかな?」

 

「中学時代の親友らしいので、積もる話でもあるのでしょう」

 

 綺羅ツバサの反応を見て、そんな会話をする穂乃果と海未。

 

「なあ、にこっち……」

 

「何よ……」

 

 二人を見て、希は私に小声で話しかけてくる。

 

「委員長ちゃん本当に来ると思う?」

 

「分からない……」

 

 それしか答えることができなかった。

 

 一応遅れてくるとは連絡が入っているけど、希が言うように来るかどうかは怪しいところ。

 

「まあ、委員長ちゃんが来る気がないならそれでも良いと思う、色々と顔を合わせ辛いと思うから」

 

「そうね」

 

 あいつと綺羅ツバサに何があったのかそこそこ知っているから、あいつがここに来たがらないのも分からなくもない。

 

 ただ、こういう大事なときにあいつがいないのは、何故か落ち着かない。

 

「でもずっとそのままって言うのもお互い辛いと思うわ」

 

「絵里……」

 

「この予選が終われば、結果はどうなろうと時間はできるわ、その間に少しでもあの子の力になれるように何かしてあげたいの」

 

「そうやね、なんだかんだウチたちは委員長ちゃんのお世話になっているから」

 

 この二人はそうね。生徒会だったときに業務を手伝ったり、絵里がμ'sに入るときに色々と気を遣ってくれたらしいから。

 

「にこだってそのつもりだったんでしょ」

 

「えぇ……」

 

 私は小さく頷いた。

 

 このライブが終わったあと、綺羅ツバサにあいつのことを聞くつもりだった。その覚悟はあのライブで決めていたわ。だけど……。

 

 あのライブで見たあいつの何時もと変わらない笑顔。いや、あのライブが終わってから今日まであいつは、何時もと何も変わらないように振る舞っていた。

 

 綺羅ツバサと再会して、複雑な気持ちになっているはずなのに、そんな素振りを見せないあいつ。

 

 正直、あいつのことが分からない。アイドル研究部に来る前のあいつのことを知らないから、あいつが何を考えているのか全く分からない。だから、不安になる。

 

 本当にこのまま一歩先に踏み込んでいいのか。あいつのことを知ってしまっていいのか。あのときした覚悟が揺らぐ。

 

 けど、私の気持ちの整理がつかないまま、ライブの時は刻一刻と迫ってきた。

 

 2

 

 UTX学園の前で私は携帯で時刻を確認する。もうそろそろA-RISEがライブを始める時間だ。

 

 しかし、すぐに私は学園に入ろうとはせず、その場で立ち尽くすことしかできなかった。

 

 きっと、みんなA-RISEのライブを生で見て、たじろいでしまうかもしれない。こういうときこそ、私が励ますべき何だと思う。

 

「けど、それは私じゃなくてもいい」

 

 私がいなくても穂乃果ちゃんが居れば何とかなる。今までの傾向から彼女は本番に強いタイプ。こういう土壇場のときに力を発揮する。

 

 それになんだかんだにこ先輩もメンタル面では強いほうだ。二人が居れば、みんなが怖じ気づいてもやる気を取り戻すことはできるはず。

 

 だから、あそこに私が居なくても何とかなる。もうここには私の居場所なんてない。

 

 今日ここに来たのは、全てを終わらせるため。だけど、その一歩が踏み出せないで、かれこれずっと学園の前で立ち止まっていた。

 

 気付けば、学園の壁にでかでかと取り付けられているモニターに、A-RISEの姿が映し出されていた。

 

 いよいよ、彼女たちのライブが始まるみたい。私の周りには彼女たちのライブを見ようと、モニターに集まるギャラリーたち。

 

 私も彼女たちが映し出されているモニターを見上げる。そのまま私はA-RISEの──あの人のライブを見始めた。

 

 人を魅了する歌声にキレのあるダンス。三人の息もピッタリで、見ていて安定感のあるライブ。

 

 流石は前大会優勝者。並みのスクールアイドルでは到底及ばない圧倒的な実力を持っている。いや、今の彼女たちはプロと遜色ない実力って言ってもいい。

 

(まずはそうね……スクールアイドルで頂点を取るわ、そしてそのままの勢いでプロになって、あなたたちに負けないくらいのアイドルになるの、どう? 良いプランでしょ)

 

 思い出すのは私と楽しげに目標を話す彼女の姿。

 

「ホントに……目標達成するなんて……スゴイよ……つーちゃん……」

 

 有言実行ってレベルじゃないよ。ただでさえスクールアイドル人口は増えて、そこで頂点を取るのすら難しいのに、ホントに頂点を取るんだから。

 

(それで何時かね、あなたたちとうんと大きなステージで一緒に歌えたらなって……)

 

 更に思い出すのは、あの人がそのあとに少し照れくさそうに言った夢だった。

 

 あの人にとって星野如月は憧れであり、全てのきっかけ。ファンであり、越えるべき目標であり、ライバルであり、友達だった。

 

 憧れていた彼女たちをもっと近くで見たい。彼女たちと競い合いたい。彼女たちと対等な存在でありたい。そして、彼女たちと一緒に楽しみたい。

 

 いろんな思いがあの人にはあった。だから、あの人が語った夢はそれらを全部纏めて叶えようとした絵空事だって、あの人はそう口にした。

 

 初めてあの人の口から聞いたときは、そこまでしなくてもプロのアイドルになったら、すぐにでもできるのに、何て私は口にした。

 

 けど、それは嫌だって、それじゃあただの星野如月のおまけみたいに見えるから。ちゃんとステージでは対等でありたいと、あの人は口にした。

 

 それが何かとても嬉しかった。何だか青春しているみたいで、青臭い感じがとても心地がよかった。

 

 だからこそ、私たちは約束した。

 

 絶対にお互いにすごいアイドルになって、一緒のステージで歌おうって。

 

 けど、星野如月のほうがもっともっと有名になって、簡単には追い付けないほどのアイドルになっているかもって、軽口を言いながら。いつか、その約束が叶う日を楽しみにしていた。

 

 だけど、現実は違った。

 

 私のせいで星野如月として二年近く何も活動はできず、その場に立ち止まっていた。

 

 逆にあの人はスクールアイドルの頂点を一度は取った。そして今も再び頂点を取ろうと努力している。

 

 この現状がもどかしくて、焦燥感に駆られる。あの人の約束を無下にしたまま時間だけが過ぎ去っていく。

 

 過ぎ去った過去と割り切れば、どれだけ楽だったろう。けど、私にはそんなことはできず、罪悪感しかなく、あの人とは顔を合わせ辛い。

 

 これも私の罪。

 

 大切な親友との約束を破り、更にあの人を傷付けた私の罪。

 

 そして、今まさに同じことを繰り返そうとしている。

 

 もう一つ私には罪がある。

 

 何があってもわたしの隣に居続けようとしたあの娘。あの娘にはあの娘なりの理由で、わたしの隣にすがりついていた。

 

 あの娘は私のこと嫌いだけど、それでも私は感謝していた。わたしの側に居てくれたことを。

 

 そんなあの娘から大事なものを奪ってしまった。だからこそ、あの娘は私のことを決して許さない。恨まれてもいいレベル。

 

 気付けばA-RISEのライブは終わり、いよいよμ'sのライブの時間が近づいていた。

 

 ここまで来れば否応なしに中に入るしかない。だから、私は仕方がなく学園の中に入った。

 

 今日までのことをまた過ぎ去った過去にするために。

 

 3

 

 あいつ何処にいるのよ、バカ。

 

 ステージが用意されているUTX学園の屋上で、ここに居ないやつのことを私は心の中で罵倒していた。

 

 目の前で直にA-RISEのライブを見て、私も含めてみんなが圧倒されて、怖じ気づいてしまったじゃない。穂乃果が励ましてくれなければ、最悪なコンディションでライブしかけそうになったじゃない。

 

 こういうときこそあんたの出番なのに。あんたが励ましてくれれば、みんながやる気を取り戻してくれるのに。例え全員のやる気を取り戻せなくても、少なくても私のやる気は取り戻せるのに、何であんたはここにいないのよ。

 

 あいつのことを考えながら、私はステージの上に向かって、ダンスのポジションに立ち、ライブの最後の準備をする。

 

 他のμ'sのメンバーもそれぞれのポジションに立ち、私たちの持ち時間になれば、いつでもライブを配信できる状態になった。

 

 ライブが始まるまであいつが来るかどうかそわそわしながら、客席のほうを見る。けど、今のところあいつの姿は見当たらない。

 

 時間になるまで何度も確認するけど、あいつの姿はまるっきり見当たらない。

 

 そして、ついに時間となり、いよいよ私たちのラブライブ予選が始まろうとする。

 

 ライブが始まるとなると、多少不安はあるけど、気持ちを切り替えるしかない。

 

 今からは私たちのステージを見てくれたファンを楽しませるためにライブをする。それ以外のことは、何も考えない。

 

『ユメノトビラ』

 

 この予選のために用意したμ'sの新曲。

 

 最初はこの予選のために新曲を用意しないと、ラブライブに出場できないって聞いて、色々と焦ったわ。

 

 けど、みんなで合宿をした結果、完成することができた曲。だから、絶対にこの曲で最終予選に行ってやるんだから。

 

 意気込みながら私たちのライブは始まった。

 

 それからは無我夢中だったわ。目の前で見てくれているファン。ネットで配信を見てくれているファンのために歌い躍り続けた。

 

 曲もサビまで来て、ライブも盛り上がろうとしているなか、私はチラッと客席のほうを見る。

 

 そこには見覚えのある三つ編み眼鏡の女生徒の姿が見えた。あいつの姿を見ると、一瞬頬が緩みそうになるけど、気を引き締め直す。

 

 だけど、あいつの顔を見れただけで、私のやる気は最高潮になり、曲の最後まで駆け抜けた。

 

 4

 

 ライブが終わると、私はあいつの元へ駆け出す。

 

「来るのが遅いのよ……バカ……」

 

 軽くこいつのお腹を殴るけど、ライブで力を使い切って、拳には全然力が入らなかった。

 

「ごめんなさい……にこ先輩……」

 

 こいつは私が殴ってくるのを躱さず、そのまま拳を受け入れる。

 

 そんな私たちのことをニヤニヤとしながら見ている希がいた。

 

「何よ」

 

「いや~にこっち、委員長ちゃんが来なくてそわそわしてたから、来てくれて嬉しそうやなって」

 

「別にそんなじゃないわよ!!」

 

「フフフ、照れちゃって可愛いなぁ~委員長ちゃん」

 

「そうだね」

 

 希の振りに笑顔で答える沙紀。

 

「……」

 

「……」

 

 こいつの反応に私と希は目を見合わせた。明らかに私と希はこいつの反応に違和感を感じた。何時ものこいつの返しなら私に抱き付くくらい平気でやってくるのに。

 

 今日はそれすらやらないこいつに私と希は違和感を感じた。すると──

 

「あら……あなた……」

 

 A-RISEが私たちのほうへやって来て、綺羅ツバサは沙紀が居ることに気付くと、こいつのほうに走り出し抱き付いた。

 

「来てくれたのね……」

 

「うん……ライブ、モニターでだけど、見たよ……」

 

「そう、ありがとう……できれば直で見てほしかったなあ」

 

 なんと言うかぎこちない感じの二人の会話。それに沙紀の顔が今まで見たことないような顔をしていた。

 

 そのせいなのか何故か複雑な気持ちになる。どうしてこんな気持ちになるのか分からなかった。

 

「あっ~沙紀ちゃん~」

 

 穂乃果たちも沙紀に気付いて、こちらのほうにやって来ると、綺羅ツバサは沙紀から離れる。

 

「高坂さん、今日は素敵なライブをありがとう」

 

「いえ、こちらこそ、ライブに誘っていただいてありがとうございます」

 

 お互いに今日のお礼を言うと、綺羅ツバサは手を差し出し、穂乃果も気付いて手を差し出し握手を交わした。そんな二人を割って入るかのように──

 

「いや~どちらも素晴らしかったです、チャライズとヒューズのライブ、この激戦区に相応しいライブでした」

 

 拍手をしながら近づいてくるUTX学園の制服を着た一人の生徒。しかし、その見た目はいかにも怪しかった。帽子を深く被り、サングラスを掛けて顔が全く見えない。

 

 だけど、彼女の声を聞いた瞬間、綺羅ツバサの顔は強ばり、沙紀に至っては震えているようにも見えた。

 

「それに久々にヒューズのライブを見れたのは、刺激的に感動しました!!」

 

「μ'sのことを変な風に間違えて……それに刺激的? もしかして……」

 

「おやおや、流石は穂乃果さん!! 私の変装を見破ってしまいましたか、なら、こんなものいりませんね」

 

 穂乃果はこの生徒のことで何か気づいたような反応をすると、生徒は身に付けていた帽子とサングラスを投げ捨てる。そこから緩いカールの掛かったブラウンの綺麗な髪と素顔が現れた。

 

「あぁ~やっぱり結理ちゃんだ~、どうしてここにいるの!?」

 

「実は私もこの学校の生徒だったんですよ、それで今日ヒューズのライブがここでやるって聞いて観に来ちゃいました」

 

「ヒューズじゃなくてμ'sだよ!! もう相変わらず間違えるんだから……へぇ? 結理ちゃん……この学校の生徒なの?」

 

「はい!! 正真正銘この学校の生徒です!!」

 

「でも最初に会ったとき三年生って……」

 

「ピッチピッチの高校三年生です!!」

 

「……」

 

「ごめんなさい!! てっきり中学三年生だと思って、馴れ馴れしい態度を!!」

 

「気にしないでください、むしろ若く見られてラッキーって思ってますから、それに今さら敬語を使わなくても平気ですから」

 

「そうですか」

 

「今まで通りの対応でお願いします」

 

「分かりました──いや、分かったよ結理ちゃん」

 

 まるっきり私たちを蚊帳の外にして二人だけで会話を続ける穂乃果とUTXの生徒。しかし、私にはこのUTXの生徒はとても見覚えがあった。

 

「ほ、ほ、ほ、穂乃果ちゃん……こ、こ、こ、この人と知り合いなの……」

 

 明らかに花陽も気付いて、動揺しながら穂乃果に恐る恐る聞いてくる。

 

「うん、何度か私たちのライブに観に来てくれて、うちにもちょくちょく買い物に来てくれるの……それにしても花陽ちゃん、何だか様子が変だよ?」

 

「そりゃあんた、変にもなるわよ!! だってその人──」

 

「ストップ、ストップですよ、矢澤にこさん」

 

「私のこと知っているんですか!!」

 

「勿論ですよ、何たって私はフーズのファンですから」

 

「フーズじゃなくてμ'sだよ!! 何か食べ物みたいになってるよ!!」

 

「失礼失礼」

 

 彼女にツッコミを入れる穂乃果だけど、そんなことよりも彼女に私の名前を知って貰っていたことのほうが重要だった。

 

「では改めまして、何人かはお気づきの方がいますようですが、自己紹介といきましょう──とその前に」

 

 そう言いながら穂乃果のほうを向く彼女。

 

「一つ穂乃果さんには謝らなければいけないことが」

 

「えっ? なに結理ちゃん?」

 

「実は私の名前……偽名なんですよ」

 

「ぎめい?」

 

「嘘の名前ってことですよ」

 

 偽名の意味が理解できなくて、ピンとこなかった穂乃果に海未がこそっと教える。

 

「へぇ~そうなんだ……えぇ!!」

 

「実はあの時まだ本名を明かすわけにはいかなかったので、つい嘘をついてしまいました、ごめんなさい」

 

「う~ん、理由があったんだったらしょうがないよね」

 

 そう穂乃果に頭を下げる彼女を穂乃果は普通に許した。

 

「何て心の広いかたなんでしょう、私刺激的に感動しました」

 

 穂乃果の対応に芝居掛かった感じで返す彼女。しかし、このテンションの高さとウザさは見覚えがある。

 

「ではでは、話は逸れましたが、改めて名乗らせていただきましょう」

 

「古き道を結ぶ理と書いて、古道結理(こどうゆうり)と言います、そして、またの名を……」

 

「ユリユリ~ユラユラ~私のハートをFOR YOU」

 

「高校生アイドルユーリです」

 

 彼女はポーズを取りながらそう名乗った。

 

 そして私と花陽が取った行動は──

 

『サインください!!』

 

「喜んで」

 

 ダメ元でサインをお願いしてみると、ユーリちゃんは笑顔で快く引き受けてくれた。

 




如何だったでしょうか。

高道結理改め、古道結理ことユーリついに本格的に登場です。

まあ、実際彼女が星野如月のパートナーであることは気付いていたかたは多いと思いますが……。

ですが、彼女が絡むことで物語がどう動いていくのかをお楽しみに。

次回で五章完結です

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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五十九話 終わりの始まり

お待たせしました。少し遅れましたが、五章最後の話となります。

それではお楽しみください。


 1

 

 ユーリ。

 

 現役高校生アイドルとして、ライブやテレビで活躍するプロ。

 

 最初こそプロのアイドルとしては歌やダンスのパフォーマンスは平均以下のレベルだったけど、少しずつ頭角を現して、現在ではトップクラスの実力を持っている。

 

 見た目こそは身長の低さや顔立ちから幼く中学生くらいに見え、喋り方もほんわかしているのもあって、中学生っぽさに拍車を掛けていた。

 

 その見た目とは裏腹に、チャレンジ精神旺盛な彼女。バラエティーではバツゲームには進んで行きたがるし、曲のジャンルは王道のアイドルソングは勿論、ロック系や何なら演歌すら歌うくらい幅が広い。

 

 SNSや動画配信サービスでは自身のアカウントでファンとの交流広げたりとネットを使ったファンサービスも多い。

 

 いろんなことをコツコツとやる努力家というところが彼女の魅力で、彼女のファンもそういった部分に惹かれている。

 

 今は受験を控えているからなのか、全体的に活動は少し控え目にしているけど、その間にまた新しいことに挑戦してそうとかファンに言われるレベル。

 

 今ではソロで活動する彼女だが、かつて星野如月とユニットを組んでいた。それはつまり篠原沙紀とは旧友であることを意味する。

 

 そんな彼女が私たちの前に現れた。

 

 2

 

「はい、これでいいですか?」

 

 頼まれたサインを手馴れた手付きでささっと書き、私と花陽に手渡してくれた。

 

『はい!! ありがとうございます!!』

 

 私たちはお礼を言いながらユーリちゃんからサインを受け取る。

 

 ユーリちゃんから受け取ったサインを見て私たちは目を輝かせていた。しかもよく見ると、サインの他に『応援ありがとう』の直筆のメッセージとか『矢澤にこさんへ』も書かれている。

 

 これがユーリちゃんの直筆サイン……。まさかここで手に入るなんて思ってもみなかったわ。

 

 彼女の普通のサインは結構プレゼントや特典とかで配られているけど、直筆は抽選とかじゃないと手に入らない。しかも、なかなか倍率が高くて応募しても当たらないことなんてざらにある。

 

 私も何回抽選に応募してことごとく外したものか……。

 

「こちらこそありがとうございます、応援してたμ'sの中に私のファンがいたなんて……刺激的に感動しています!!」

 

 こちらに可愛らしい笑顔を向けてくるユーリちゃん。日が落ちて、辺りが暗いのに彼女が輝いて見える。これがトップアイドルのオーラってやつなの。

 

「結理ちゃんってホントにアイドルなんだ……」

 

 私たちのやり取りを見て、穂乃果はユーリちゃんがアイドルだったことを実感する。そんなことよりも──

 

「なんだじゃないわよ!! どうしてトップアイドルのユーリちゃんと知り合いになっているのよ!!」

 

「いつ、どこで知り合ったの!?」

 

「二人とも顔が近いし恐いよ……」

 

 私と花陽二人して穂乃果に詰め寄ると、穂乃果はたじたじになる。

 

「穂乃果さんを責めないでください、穂乃果さんと知り合ったのは、穂乃果さんがプールで迷子になっていたときに声を掛けたのがきっかけですから」

 

「そうそう夏休みにプールで迷子に……って結理ちゃんもあのとき迷子だったじゃん!!」

 

「何度も言いますが、道には迷ってましたけど、私は迷子にはなってません」

 

「やっぱりそこは認めないんだ」

 

 どこかコント染みた会話をする穂乃果とユーリちゃん。まさか、あのときのプールにユーリちゃんが来てたなんて。

 

「まあ、そんなことは置いておいて、皆さんのことは秋葉での路上ライブを見て、まさか、秋葉で路上ライブをやる図太いスクールアイドルがいるとは思いませんでしたから、そこから興味を持ってファンになりました」

 

 ユーリちゃんが興味を持ってもらった理由が分からなくもない。A-RISEのお膝元である秋葉で、他のスクールアイドルがライブをやっていたら誰だって興味を持つわよね。

 

「皆さんに興味を持ったのもそうですけど、何よりも思いもよらない人が近くにいましたから──ねぇ」

 

 笑顔をある人物に向けるユーリちゃん。その人物は沙紀だった。

 

「お久し振り、こうしてお話しするのは二年振りですね」

 

「うん……そうだね……」

 

 優しそうな声で話すユーリちゃんに対してどこか怯えた声で話す沙紀。

 

「あれ? 沙紀ちゃんと結理ちゃんって知り合いなの?」

 

「何言ってるの穂乃果ちゃん!! ユーリちゃんと如月ちゃんと言えば、デビュー当初から『Astrology』として活動して──」

 

「ストップ、ストップ花陽ちゃん!! そういえばそんな話してたの思い出したから……」

 

「つまり、かつてユニットを組んでいた二人が久し振りに再会したってことね」

 

 穂乃果が静止しているのに二人のことを話続ける花陽の代わりに、真姫ちゃんが要約してくれた。

 

 しかし、二人の雰囲気は綺羅ツバサと沙紀が再会したときと比べて、何故か分からないけど、どこか危なっかしい雰囲気だった。

 

 何て言うかとても仲の良い関係だったとは思えない感じがした。

 

「久し振りの再会だって言うのに、相変わらずあなたは陰気臭いと言いますか、根暗のくせに前よりもスタイルが良く……」

 

じろじろとユーリちゃんは沙紀の身体を観察する。その視線に沙紀は身体を隠すように縮こまる。

 

「あなたのスタイルは遺伝だとしてもその胸は反則です、なんですか、少しくらい私にも分けてもいいじゃないですか」

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

「止めなさい、嫌がってるでしょ」

 

 ユーリちゃんと沙紀の間に割って入るように綺羅ツバサが、沙紀を庇うように前に立つ。

 

「はぁ~、ツバサ……あなたにこれを庇いだってする理由ないじゃありませんか」

 

「理由はあるわ、それよりもあなた何でここにいるの? 今日ここに来れないように手を回したはずなのに」

 

「手を回した? なに言っているんですか、手を回したところで、あの人が私を止められるはずないじゃないですか」

 

「くっ」

 

 笑顔のままそう言い捨てるユーリちゃんに、綺羅ツバサはどこか苛立ちを隠せない様子。この二人もなんだか雰囲気が悪い。このままだと一触即発しそうな勢い。

 

「それで話を戻しますけど、あなたは何でこれを庇いだてするんですか?」

 

「だって──」

 

「私と違って何もかも恵まれて、何でも持ってるあなたに何が分かるって言うの」

 

「あなたと違って、私にはもうこれしかないの、星野如月しかないの、あの場所しかないの」

 

「私がやらなきゃ、私が守らなきゃいけないんだよ、そうしないと……私の親友なら何で分からないの」

 

「結局つーちゃんは私のこと親友だと思ってなかったんだ」

 

「うぅ……」

 

 綺羅ツバサがなにかを口にしようとすると、ユーリちゃんが口にしたその言葉でたじろいだ。彼女だけじゃない。その言葉を聞いて沙紀は、怯えるように耳を塞ぎ始めた。

 

「そう言ってあなたとの関係を全否定したこれを庇い立てする理由はないですよね」

 

「それでも……」

 

「それでも? そうならもうとっくにあなたたちは元の関係に戻っているはずですよね」

 

「少なくてもこれはあなたがここにいるのを知っていたくせに、自分から一度も会いに行こうとはしませんでしたよね」

 

 確かに沙紀は前から綺羅ツバサがUTX学園の生徒だっていうことは知っていた。それに音ノ木坂から秋葉までそう遠くない。会いに行こうと思えばすぐに会いに行ける距離に居ながら、この前二人が再会するまで一度も会っていなかった。

 

「あなたがμ'sに興味を持って穂乃果さんに接触しなかったらこれは会うつもりも毛頭なかったはずです」

 

「これはあなたと関係を戻そうとする気が一切ないんですよ」

 

 ユーリちゃんは断言した。

 

 綺羅ツバサは断言されたのが効いたのか俯き黙り込んでしまう。

 

 今まで沙紀は綺羅ツバサと理由は知らないけど、ケンカ別れしたことを後悔はしていた。それに謝りたいとも言っていたらしい。けど、そう言いながらこいつは一度も行動しようとはしなかった。

 

 それどころかその話を聞いていた絵理が気を利かせてくれていたのにも関わらず、親友が綺羅ツバサだとはちゃんと話していない。絵理がその話に触れてもぼかしていた。

 

 だから、結局絵理は今日までまともに動けなかった。沙紀が話せばいくらでも時間はあったはずなのに。

 

 ユーリちゃんが言ったようにその気が一切なかったのなら沙紀の行動に納得できてしまう。

 

「もっともあなたもこれがμ'sと関わっていると知っていたら不用意に近づこうとしなかったはずですので、他の皆さんの情報だけしか話しませんでしたけど」

 

「それで人の影に隠れてる根暗さんはまだ目を逸らしているんですか……」

 

 綺羅ツバサの後ろに隠れていた沙紀のほうに視線を向けるユーリちゃん。しかし、彼女の目線は沙紀自身ではなく、別のほうを見ていた。

 

「その手袋……それも目を逸らしてたの……」

 

 それだけ呟いてユーリちゃんは沙紀に近づいて、彼女の掌を握る。いや、正確には彼女が着けている手袋だった。

 

「いや……やっ……やめて……」

 

 手袋に触れられて嫌がりながら抵抗する沙紀を無視して、ユーリちゃんは彼女の手袋を取ろうする。止めに入るべきなんだろうけど、誰も彼もこの状況を呑み込んでいなかったため動けなかった。

 

 そうこうしているうちにユーリちゃんの手によって、沙紀が着けていた手袋が剥ぎ取られる。そこに隠されていたのは、何も変わりのない普通の手だった。隠す必要のない綺麗に整えられた手。

 

 だけど、手袋を外されて何もないはずの手なのに、何故か沙紀の表情は青ざめていく。

 

「その反応……やっぱりあなた……最低なやつだとは思っていたけど、ここまでだなんて……」

 

 沙紀の表情を見て苛立っているのかユーリちゃんは唇を噛む。

 

「あなた雪音さんのことまで目を逸らすの!!」

 

 なにに対しての怒りなのか私たちには全く理解できなかった。気付けばユーリちゃんの口調は変わって、ただ、あそこで怒っているのが、古道結理という一人の女の子だってことくらいしか分からなかった。

 

「信じられない……なんであんたなの……ツバサも真拓も雪音さんもみんなみんな……こいつのどこが良いっていうの……もういい、あんたがそこまで腐っているなら、私が手加減する必要もない」

 

 握っていた腕を沙紀の手から離すユーリちゃん。それはどこか呆れたようで、けど、悲しそうな声だった。

 

「すいません、取り乱しました」

 

「そう……私たちは別に大丈夫だけど……」

 

 口調を今までのように戻すユーリちゃんに戸惑いながら穂乃果は、チラリと沙紀のほうに視線を移した。穂乃果だけじゃない。私も含めて他のみんなも沙紀のほうに視線がいった。

 

 さっきまで怯えたような顔をしていた沙紀だけど、今では酷い有り様。顔は青ざめ身体は震えて、今にでも吐いてしまいそうな様子。

 

「正直に言います、みなさん、これに騙されて利用されているだけですよ、信用も信頼もしないほうがいい」

 

「それって……どういう意味よ……」

 

 ユーリちゃんの言葉に反応せざるおえなかった。

 

 沙紀が私たちを騙している? 利用している? 

 

 それがどうしても信じられなかった。

 

「そのままの意味ですよ、にこさん、こいつは大嘘吐きで卑怯者で人でなし」

 

 今まで一年近く沙紀と一緒に過ごしていた日々が嘘だとは思えなかった。

 

 私に向けてくれた笑顔や言葉が全部嘘だと思えない。はずなのに……。はずなのに私は知っていた。

 

 こいつが演技するのが上手いことを。その気になれば他人を騙すなんて容易にできる。

 

 それにかつて篠原雪音が言っていたことも私の心を揺さぶるのには充分だった。

 

 さっきの綺羅ツバサの件もそう。

 

 そもそもなぜこいつが私の誘いを受けてくれたのか。私にはずっと理由が分からなかった。知ろうとしなかった。けど、その理由が私を利用するためだったら……。

 

 一度疑ってしまえばあとは沼に嵌まるだけ。

 

「その様子……心当たりはあるみたいですね」

 

 私の表情を見て、私が何を考えてるのかまるでお見通しのように笑顔のユーリちゃん。

 

「それでいいんですよ、だってこいつは──」

 

 ユーリちゃんが何かを言おうとした瞬間、何かが彼女に襲いかかろうとした。だけど、襲い掛かる直前で動きは止まり、その場に倒れ込んだ。

 

 その倒れ込んだ人物に私は目を疑った。そこに倒れ込んでいるのは、沙紀だったから。

 

「やっぱり……そう来ると思った……」

 

 冷たい声で倒れる沙紀に言い放すユーリちゃん。彼女の手にはスタンガンが握られていた。

 

 ユーリちゃんを襲いかかろうとした沙紀をそれで撃退したのは明らか。だけど、沙紀が襲い掛かったのは、つまり──

 

「みなさん、これで分かりましたよね、こいつは自分に都合が悪い存在が現れたら排除する、これがこいつの本性」

 

 まるで見世物のような光景に誰もが何も言えなかった。だけど、そんな光景もユーリちゃんの声もなにひとつ入らなかった。

 

 ユーリちゃんの言ったことが真実だということが証明されてしまった。それだけで私の中に揺らいでいた不信感が更に大きくなってしまった。

 

「これをみなさんのところに置いておくのは迷惑ですので、私が回収しますね」

 

 笑顔で言いながら、ユーリちゃんは指を鳴らすとどこからか黒服の人が数人現れて、沙紀を持ち抱える。

 

「あなた……この子をどこに連れていくつもり」

 

「……」

 

 その異様な光景に綺羅ツバサはユーリちゃんに質問するが彼女は答えない。

 

 ユーリちゃんが答えるつもりがないのを理解できた綺羅ツバサは、沙紀を連れていこうとする黒服の人を止めようと動いた。

 

「くっ……」

 

 けど、後ろから不意を付くようにスタンガンで綺羅ツバサの意識を奪うユーリちゃん。そして、彼女も沙紀と同じようにその場に倒れた。

 

「あんじゅ、英玲奈、このバカにこれを付けなさい」

 

 倒れている綺羅ツバサの近くに手錠を二つ投げる。

 

「部外者である私たちが君たちの関係にどうこう言うつもりはないが、ここまでする必要があるのか」

 

「そうね、さすがにやり過ぎよ」

 

「そんなこと言われなくても分かってる、それよりもこいつが勝手に変なことしないように拘束しておいて」

 

 言われるがままあんじゅと英玲奈は綺羅ツバサの両手両足に手錠を掛ける。

 

「面倒ごとに巻き込んでごめん……鍵はあなたたちに渡しておく、こいつの頭が冷めたら外してあげて」

 

 二人に謝ると、私たちのほうを向いた。

 

「μ'sのみなさんもお騒がせしました、これは私が責任を持って拘束しておきますので、どうぞどうぞみなさんはこいつのことを忘れて、ラブライブ優勝に向けて頑張ってください、応援してますから」

 

 それだけ言ってユーリちゃんは沙紀を抱えた黒服の人たちを連れてこの場から離れようする。

 

「もし、それでもまだこいつと関わるつもりでしたら、こいつの嘘を見破って、あの人に辿り着いてください、おそらく情報は出揃っているはずですから」

 

 付け加えるようにそれだけ伝えてユーリちゃんたちはその場を去っていった。

 

 そうして私たちのラブライブ予選は異様な雰囲気に包まれたままその日を終えた。




如何だったでしょうか。

これにて五章完結。

更新頻度が一番遅れながらも何とかここまで漕ぎ着けました。次回より新章突入です。

いよいよ星野如月の真実が語られる章になります。彼女が隠していたものは一体何なのか全て語られると思います。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。

次章予告

ユーリよってμ'sに不信感を抱かれ連れ去られた沙紀。
不信感を抱きながらも彼女がなぜ嘘を吐いたのか、何を隠していたのか疑問を解き明かすことした。
そもそもなぜ篠原沙紀はアイドル研究部に入ったのか。
なぜ星野如月は活動を休止したのか。
何が嘘だったのか。
そして、古道結理が口にした彼女とは誰なのか。
その全てを知った先にあるのは、果たして何か。
矢澤にこと彼女の行く末は終わりか、それとも……。
これは全ての真実を知る物語。

六章『星野如月の真実』

「私を見つけてくれてありがとう」



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六章 星野如月の真実
六十話 それぞれの決意


お待たせしました。
今回より六章開幕です。

それではお楽しみください。


 1

 

 これは昔の夢。

 

 夢の中の幼い私はあの人と話していた。

 

 あのときのことはまるで夢の中にいるような感覚で、どんな会話をしていたのか鮮明には覚えていない。

 

 だけど、これだけは覚えていた。

 

(いつか誰かと出逢えたことやあなたが今ここにいることが感謝できますように)

 

(いつかあなたが自信を持って、あなたがあなたでありたいって思ったり、あなたのことを本当に受け入れてくれる人に出逢ったときのために、あなたにこの■■を)

 

 あの人からそれを貰うと、気付けば私はすごく泣いていた。だって、それは私が本当に欲しかったものだったから。一生手に入らないものだと思っていたから。

 

 だけど、今の私はそれを捨ててしまった。そうせざるおえなかったのだから。

 

 2

 

 ラブライブ予選の翌日──予選の結果が夕方くらいにネットで発表されるので、私たちは部室に集まっていた。

 

 結果は何とか最終予選まで残れて一安心できたけど、素直に喜べる雰囲気ではなかった。

 

 本来なら各自今すぐ伝えたい相手がいるだろうけど、それをするほど、みんな清々しい気分ではない。

 

 理由は明白。

 

 昨日の沙紀の件がそういった気分にさせない原因になっていた。

 

「沙紀ちゃん……学校来てないね……」

 

 最初に口を開いたのは穂乃果だった。

 

「ここに来る前に沙紀のクラスで確認しましたが、病欠扱いになっていたようです、一応先生にも確認しましたが、同じように病欠と連絡を受けたと」

 

 海未の話から察するに昨日の件は、私たち以外誰にも知られていない様子。知られていたら病欠扱いは有り得ないはず。

 

「それにしても昨日の結理ちゃん? だっけ……どうしてあんなことしたんだろう? それに沙紀ちゃんも……」

 

「古道結理の件はよく分からないけど、少なくても沙紀の行動は予想できるわ、古道結理の言ったことは事実で、沙紀は口封じをしようとした、それだけよ」

 

 ことりの疑問に真姫ちゃんがいつものクセで髪の毛を弄りながら答える。

 

「それってユーリちゃんが言ってたみたいに沙紀ちゃんは凛たちを騙して利用していたってこと?」

 

「そういうことよ、じゃなきゃ普通あんなことしないわよ」

 

「そんな……」

 

 沙紀が私たちを騙していたと知って、ショックを受ける花陽。

 

「トップアイドルだった星野如月が何も実績のない部活のマネージャーをやっていたこと事態不自然だったのよ、何か思惑があったって考えたほうがしっくりくるわ」

 

「真姫ちゃん……それ以上は……」

 

 はっきりと言い切る真姫ちゃんに、穂乃果はチラリと私のほうを見ながら彼女を止める。

 

「あっ……ごめんなさい……」

 

「いいわよ……別に……」

 

 穂乃果に言われて気づいた真姫ちゃんは謝るけど、私は気にしていないように装った。

 

「にこっち、無理しないでもええんよ」

 

「そうよ、正直今日は学校を休むと思ってたのよ」

 

「別に私が休む理由なんてないわよ……」

 

 せっかく心配してくれる二人に対して投げ遣りの態度を取ってしまう。

 

「にこちゃん……やっぱり元気ないね……」

 

「無理もないです、沙紀とはこの中で一番付き合いが長いですから」

 

 穂乃果と海未がコソコソとそう話して、私が明らかに元気がないのが周りにバレバレだった。

 

「けど、いつまでも沙紀のことを引きずってもいられないわよ、時間があるとはいえ、最終予選は十二月、そこでA-RISEに勝たないと、私たちは本戦には出られない」

 

「そうね、真姫の言う通り、A-RISEに勝つためには今まで以上にパフォーマンスの向上しないといけないわ、そのためにも練習量も増やして、集中できないと意味がないわ」

 

「それって……沙紀ちゃんのことは忘れるってこと……そんなこと……」

 

 残酷だけど、それしかない。私たちのことを騙していたあいつのことを気にして練習を疎かにしたら、本戦に上がること事態困難なのに、更に厳しくなってしまう。

 

 だけど、それでいいの? 

 

 あいつのことを忘れて、私たちは私たちのやりたいことをする。本当にそれでいいの。

 

(どんなものにも終わりがあるものよ、きっと今のままだと、そのときが来たときに、にこにーは後悔をするわ)

 

 私が悩んでいると、不意に思い出すのは篠原雪音が口にした言葉。

 

 よくよく思い出すと、彼女はまるでこの事態を予想していたような口振り。それに古道結理はこう口にしていた。

 

(あなた雪音さんのことまで目を逸らすの!!)

 

(信じられない……なんであんたなの……ツバサも真拓も雪音さんもみんなみんな……こいつのどこが良いっていうの……)

 

 彼女は篠原雪音のことを知っている口振りだった。それに沙紀は篠原雪音のことで、何か負い目があるように見えた。

 

 何があいつの負い目になっているのか。私たちにどんな嘘を吐いていたのか。私は何も知らない。

 

 それで本当にいいの? 

 

 いや、ダメよ。私はあのとき言ったのよ、ここにいるμ'sのメンバーで私は前よりも輝けるって。そういった直後にあいつが欠けたら意味がないわよ。

 

 それにあの日に私は覚悟を決めたのよ。その言葉も覚悟も曲げたら、またこころたちに嘘を吐いたことになるし、ここで後悔もしたくない。それに──

 

(私とっても楽しかったです)

 

 沙紀の歓迎会で私の小さなライブのあとに、あいつが見せた何処か子供っぽくて無邪気な笑顔がとても嘘だったとは思えない。

 

 何が嘘で何が本当だったのか。このまま何もしなければ本当に私は後悔するかもしれない。ならやることは一つ。

 

「だったら少し癪だけどユーリちゃんの言うようにするしかないわ」

 

「それって……」

 

「ユーリちゃんの言ったようにあのバカの嘘を暴くのよ」

 

 みんなに向かって、私は私がやるべきことを口にした。

 

 3

 

「それで沙紀の嘘を暴くって言うけど、実際のところどうするつもりよ」

 

「うっ……それは……」

 

「はぁ~、呆れた……ノープランなのね……」

 

 すぐ答えられなかった私に呆れる真姫ちゃんはまたクセで髪の毛を弄っている。

 

「何よ、私があのバカのことをどう調べようと勝手でしょ」

 

 確かにすぐには答えられなかったけど、別に宛がないわけじゃない。ただ……接触する手段がないだけよ。

 

「そうね、にこちゃんがどう調べようがそっちの勝手だけど、そればっかり集中されてもこっちが困るのよ」

 

「ちゃんと練習もやるわよ……」

 

 もちろん言われるまでもなく、練習はキッチリとやるわよ。沙紀のことを調べるのは、学校や練習がない空いた時間を有効に使うつもり。

 

「にこちゃんのことだから、休日とか練習のない空いた時間で調べようとか考えているんでしょうけど」

 

「うぅ……」

 

「その反応……やっぱり図星ね」

 

 完全に私の考えを読まれ、それに気づいた真姫ちゃんは更に呆れる。

 

「そんな考えなしじゃあ時間がいくらあっても足りないわよ、だから私たちが持っている情報をあげるわ」

 

「そんなの言われなくたって……へぇ? 今なんて言ったの?」

 

「だから私たちが持っている情報をあげるわって言ったのよ」

 

 私が聞き直すと真姫ちゃんは同じことを言ってくれるが、それを聞いても私は困惑するしかなかった。

 

「どうゆうつもりよ」

 

「私はただあの人に仕返しがしたい、それだけよ」

 

「真姫ちゃんも素直じゃないにゃ~、一緒に手伝うって言えばいいのに」

 

「そっ、そんなんじゃないわよ!! 変なこと言わないで!!」

 

 ああそういうこと。仕返しとか物騒なことが聞こえたからあいつ真姫ちゃんに何をしたのかと思ったけど、本当に私がやることを手伝ってくれるのね。

 

「まあ、ただで教えるつもりはないわ、対価としてそっちが知っている情報を共有するのが条件」

 

「それでいいわよ」

 

 闇雲に探し回るよりも少しでも情報を手に入るならそっちのほうがいいわ。それに癪だけど真姫ちゃんは頭が切れるからこの先何かに気付くことが多いかもしれない。

 

「はい、これで交渉成立、花陽も凛もこれでいいわよね」

 

「わたしも大丈夫……」

 

「凛も大丈夫にゃ~」

 

 私が承諾すると、花陽と凛にも確認を取る真姫ちゃん。どうやら二人も真姫ちゃんと一緒にあいつのことを調べていたみたい。

 

「それで他はどうするの?」

 

 真姫ちゃんは私と花陽、凛以外のメンバーに問う。

 

「正直、沙紀ちゃんが私たちにどんな嘘を吐いていたとか、何で結理ちゃんがあんなことをしたとか、全然分かんない」

 

「けど、私はちゃんと沙紀ちゃんのこと知りたいって思う」

 

「そうですね、古道さんの言うように沙紀には沙紀の思惑があったかと、それでも彼女はμ'sを結成してから今までずっとμ'sのために力を貸してくれました」

 

「そこは事実ですから、だからこそ彼女の口から理由を聞きたいと思います」

 

「沙紀ちゃんと一緒にいると、変なことに巻き込まれたり、させられそうになったりするけど、ことりと沙紀ちゃんはソウルフレンドだから、ことりも沙紀ちゃんのことちゃんと知りたい」

 

 穂乃果と海未、ことりはそれぞれ沙紀に対しての思いを口にした。三人とも本気であのバカのことを知ろうとしてくれているのが伝わる。

 

「私も沙紀には色々してもらったわ、それにあの子……自分が綺羅さんとケンカしたときの話を私にしてくれたとき本当に辛そうだったの」

 

「確かにケンカした相手が綺羅さんだとか、色々と大事なことを話さなかったり、嘘を吐いていたのかもしれないけど、みんなが私にしてくれたように、私はちゃんとあの子の手を無理矢理にでも取ってあげたいし、あの子の本心を聞きたいわ」

 

 なんだかんだ絵理と沙紀は生徒会だったり、μ'sに加入するときに助け合っていたことも多かった。そういったこともあるから絵理自身もちゃんと沙紀を助けてあげたいっていう気持ちが強いのかもしれない。

 

「希は?」

 

「昔ね、委員長ちゃんが言ってたんよ」

 

 絵理が希に気持ちを聞こうとすると、希は静かに話し始めた。

 

「私……恐いんです、他人が私を傷つけるんじゃなくって私が他人を傷つけるのが、だから希先輩の事も何時か傷つけるんじゃないのかって、そういって泣いてたんよ」

 

「多分……昔いっぱい辛いことがあって、その結果、誰かを傷つけて、いつの間にかそんな風にしか考えられなくなって、他人に臆病になったんやと思う」

 

「それに委員長ちゃん、どこかで隠していたことをみんなに話そうって気持ちはあったと思うんよ、けど、やっぱり他人が怖いから、もしかしたら誰かを傷つけてしまうからって考えると、言いたいのに言えなくて雁字搦めになって結局何も言えない」

 

「ウチも委員長ちゃんがあんなことしてショックやったんよ、けど、委員長ちゃんが理由もなく、あんなことをするわけないんよ、だからウチも委員長ちゃんのことちゃんとしりたい」

 

「希……あんた……」

 

 そうよね、希もあいつとはなんだかんだ付き合いは長いし、あいつもかなり希には懐いていた。

 

「ウチは委員長ちゃんのお姉ちゃんやから」

 

 少し恥ずかしそうに笑う希。きっと色々と整理できていない部分はあると思う。それでもあいつの弱い部分を知っているからこそそう言えるんだと思う。

 

「そう……あんたたちの気持ちは分かったわ」

 

 みんなの気持ちを聞いて、私はどこか嬉しかった。あいつのことをそんな風に思ってくれている人がこんなにも増えたことがとても嬉しかった。

 

「あいつの嘘を暴いて、ユーリちゃんからあのバカを見つけだして、みんなでガツンと言ってやるしかないわね」

 

 みんなの気持ちを聞いて、更に私は覚悟を決める。

 

「あんたが何を隠していても私たちは気にしないって」

 

「にこちゃんも素直じゃないにゃ~」

 

「そうだね」

 

「別に……そんなんじゃないわよ……」

 

 私が素直にみんなへの感謝の言葉を言えなかったことに気づいた凛はさっきの真姫ちゃんと同じようにからかう。

 

「それで実際にはどうするつもりですか?」

 

「そうよ、これからどうするのよ」

 

「あっ、話逸らした」

 

 海未の疑問をチャンスとばかりに話題をそっちに切り替えようと話しに乗る。

 

「こういうときは状況を整理するのが、大事だと思うの……」

 

「そうね、それが沙紀の嘘や昨日の行動の理由を見つけだす手立てになるはずよ」

 

「でも……どうやるの……」

 

「まずは委員長ちゃんのことを一つ一つ、情報を共有するのはどう?」

 

「そうね、あのバカのことを実際みんなどれくらい知っているかは重要だと思うわ」

 

 確かに実のところみんながどれだけあいつのことを知っているのか分からない以上、そこを共有することは絶対だと思う。

 

「そうね……穂乃果、あなたは実際に沙紀のことどれくらい知ってるの?」

 

「うぇ!! 私!!」

 

 真姫ちゃんが穂乃果に質問すると、穂乃果はまさか自分に振られるとは思わず驚く。

 

「え~と、沙紀ちゃんは私たちと同じ二年生だけど、クラスは私たちとは別で、頭も良くて、委員長をやってて、あとテストでは何時も一位、それで私たちと同じアイドル研究部の部員かな」

 

「そうですね、ここ以外での振る舞いは文武両道、才色兼備と言わざるおえない優等生そのもので、『白百合の委員長』なんて呼ばれるほどでしたから」

 

「最初に私たちに会ったときも優等生みたいな雰囲気だったから、常にそういう人だって勘違いしたよね」

 

「そうそう、ここに初めて来たときに沙紀ちゃんのテンションが急に変わって私も驚いたよ」

 

「まさか、あれが演技だとは思いませんでしたから」

 

 そう、穂乃果たちの言うように、沙紀はここ以外では優等生を演じていた。演じていたと言っても事実優等生そのものだった。だから、ここにいる大半は沙紀の性格のギャップに驚いていた。絵理に至ってはあまりにも違いすぎて、倒れたこともあったのが、今でも記憶に残っている。

 

「そうね、沙紀は全校生徒や先生たちを騙すほどの演技力を持っている、しかもその気になれば、優等生以外のキャラだって演じられる実力を持っている、それはなぜか……はい、花陽」

 

「えぇ!! 今度はわたし!!」

 

 真姫ちゃんは今度は花陽に質問すると、彼女は驚く。まあ、確かに次の情報を整理するなら花陽が適任だから分からなくもないけど。

 

「それは……沙紀ちゃんが、中学生アイドル――星野如月ちゃんだったから……」

 

 あいつの正体はかつてアイドル界を騒がせた中学生アイドル――星野如月。彼女のパフォーマンスに多くの人が魅了され、ファンとなっていったことか。実際、私も星野如月のファンだし。

 

「かよちんがたまたまメガネを外した沙紀ちゃんの顔を見て、如月ちゃんだって気づいたんだよね」

 

「最初は結構否定してたわね、おかげで自白させるのに苦労したけど」

 

「でもほとんど……沙紀ちゃんの自爆だったよね」

 

「あれは……そうね……酷かったわ」

 

 沙紀がみんなの前で星野如月だと自白したことを思い出すと、絵理は苦笑いだった。

 

 そうね、絵理はそういう反応になるわよね。あいつが星野如月だと自白したのは絵理がμ'sに入るって決意した直後。

 

 しかも妄想で鼻血を流して服を血塗れにするだけじゃなく、私のアイドルグッズを漁って、勝手に着るわ、服と髪型が合わないって理由で髪を下ろすわ、私に怒られて殴られてフラフラになって、メガネ落とすわで、今思い出しても酷い正体のバレかた。

 

「経緯はともあれ沙紀が自身を星野如月だと自白したおかげで、色々と納得できるところがあったわ、例えばカラオケやダンスゲームで誰よりも高得点を取れたことや私たちの練習メニューの完成度の高さといったその他諸々」

 

「そうね、カラオケとかダンスゲームのことはよくは分からないけど」

 

 そういえばセンターを決める云々のときはまだ絵理はいなかったっけ。

 

「私が初めてみんなの練習を見たときは驚いたわ、みんなダンスの経験とかないから、てっきり基礎とかちゃんとできてないと思ってたから」

 

 昔バレエをやってた絵理が見れば、驚くのも無理もないわ。沙紀の練習メニューはあいつが星野如月時代に受けてた練習をアレンジしたものってあいつ自身が言ってたから。だから、ほぼプロがやる練習メニューと言っても過言ではないわ。

 

「そんな他人に教えられるほどアイドルとしての技術が高い沙紀──星野如月が今は活動を休止している、それはみんな知っているわね」

 

「うん……確かスランプだって言ってたよね」

 

 あいつ自身がみんなの前でそう口にした。周りの期待に答えられなかった結果スランプになってしまったって。

 

「こんなものじゃないかしら、みんなが共通して知っている沙紀のことって」

 

「そうだね……あとは沙紀ちゃんがにこちゃんのこと大好きだってことかな?」

 

「はあ!? なに言ってるのよことり!!」

 

 ことりが真面目な感じで変なこと言ってきて、私は戸惑うけど、他のみんなは確かにみたいな反応をしていた。

 

「にこっち……それは見てたら分かるよ」

 

「そうね……沙紀がにこのことを大好きなのは……うん、そうね」

 

 希は真面目なトーンで言うし、絵理に至っては一人で勝手に納得している。あいつ、私が居ないところでみんなの前で変なことを口走った? だからみんなそんな反応をしているとか。

 

「まあ、にこちゃんが色々と言いたいのは分かるけど、それは置いておいて、私ずっと気になっていたことがあるのよ」

 

「はあ!? 置いておくってなによ!!」

 

「絶大な人気を誇っていた星野如月が、ある意味ファンに対しての強迫観念からスランプになって、活動を休止した」

 

「無視するんじゃないわよ!!」

 

 私が大声をあげるけど、真姫ちゃんは気にせず話を進める。

 

「多分、アイドルに対して色々と思うことはあるはずなのに、どうして、私たちのマネージャーをやっているの? いや、正確には、『スーパーアイドル矢澤にこ』のマネージャーをやろうと思ったのかしら」

 

「確かにアイドルに対して色々と嫌なことがあったはずよね、普通なら距離を置いてもおかしくはないわ」

 

「ねぇ……にこちゃん教えて……あなたどうやって星野如月と出逢ったの?」

 

 そう私に話を振ってくる真姫ちゃん。他のみんなもその話を聞きたそうな雰囲気を出している。

 

「はぁ~、しょうがないわね、そんな面白い話じゃないわよ」

 

 私は諦めるように沙紀との昔話をすることを決める。私もちゃんと思い出すべきなのかもしれないわ。もしかしたら私が見落としてることがあるかもしれないから。

 

「そうね、普通に私があのバカと出逢ったときことから話すわよ」

 

 そうして私はあいつと出逢った日のことを話し始めた。

 




如何だったでしょうか。

それぞれが沙紀のことを知ることを決意し、物語は動いていくことになります。

次回はいよいよにこと沙紀との出逢いの物語が語られます。彼女はいかにして沙紀と出逢ったのか、彼女の視点で語られると思います。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十一話 邂逅

少し色々とあって遅れましたが、お待たせしました。

にこと彼女との出逢いの物語をお楽しみください。



 1

 

 あいつと出逢ったのは、去年の梅雨ぐらい。

 

 当時のアイドル研究部には私しか部員がいなくて、スクールアイドル活動も一切していなかったわ。

 

 どうして部員がいないとか、スクールアイドル活動をしてなかったとかは、あいつか希から聞いているわよね。

 

 当時の私はこころたちに本当のことを話せなかったから、放課後はカラオケで歌の練習をするか、部室で時間を潰すかの毎日。

 

 その日の放課後は、お小遣いも無くなってきたから部室で時間を潰そうと、部室に行くとその扉の前で一人の生徒が立っていたわ。

 

 それがあいつ──沙紀だった。

 

 当時のあいつは今と同じように眼鏡に三つ編みのお下げだったけど、どこか儚い目をしていて思わず見とれてしまった。

 

(綺麗……こんな人がこの学校にいるなんて……)

 

 てっきり当時から美人として学校中で噂になっていた絵里かと思ったけど、見た目が全然一致しなかったから別人だってのは、すぐ分かったわ。

 

(こういう人とスクールアイドルやれたら……Astrologyの如月ちゃんとユーリちゃんみたいに人気出せそうよね、あの人が如月ちゃんポジで、私がユーリちゃんポジみたいな感じで)

 

 バカみたいな想像をすると、私は不思議に思った。

 

(なんでこの人、ここにいるの……)

 

 考えられるのは他の文化系の部員かそれとも……まさか……。

 

「ちょっとあなた、うちに何の用?」

 

 ここで色々と考えても仕方がないから私はあいつに声を掛けた。すると、あいつ自身ここで声を掛けられると思っていなかったみたいですごく驚いた反応をした。

 

 挙動不審な感じで慌てて私のほうに振り返ろうとするけど、足を滑らせその場で転んでしまった。

 

「ちょっとあなた大丈夫!!」

 

 私は転んだあいつに駆け寄ると、あいつは立ち上がろうとするけど、また足を滑らせ、今度は綺麗におでこをぶつけた。

 

「本当にあなた大丈夫!!」

 

 私はあいつの手を取ってこれ以上転ばないように立ち上がらせる。立ち上がらせると、あいつはお礼を言うように頭を下げ、逃げるようにその場から立ち去ろうとする。

 

 しかし、その足取りはフラフラしていて、また転びそうになるんじゃないかと心配させるほど。

 

「はぁ~、あなたそんなんじゃあまた転ぶからこっち来なさい」

 

 さすがに目の前で何度も転んで、更に見てて危なっかしいから、逃げるあいつの手を引いて、手当てをするため、部室に入れた。

 

 部室に入れると、適当なイスにあいつを座らせ、私は鞄に入れてあった絆創膏を取り出す。

 

「ほら、怪我したところ出しなさい」

 

 そう指示すると言われるがまま、あいつは俯きながら膝を出した。

 

 私は出された膝に絆創膏を貼りながら、視界に入ったあいつの脚に目が行った。

 

 綺麗で良く手入れがされているスベスベな肌に太過ぎず細過ぎない引き締まった脚。

 

 それに近くから見ると、制服の上からでもスタイルの良さが分かるし、それに何より胸の大きさに驚いた。

 

 胸の辺りを見ると、必然的にリボンの色も目に入り、こいつが一年生だと分かり更に驚く。

 

(この子私よりも年下でこの胸……一体どうなってるのよ)

 

 一瞬自分の胸と比べそうになるけど、確実に凹むのが目に見えて、考えるのを辞める。

 

「はい、終わったわ、次は……」

 

 他に怪我したところを聞くと、俯きながらこいつは首を横に振りこれ以上はないと言いたげ。だけど、私は気付いていた。

 

「あなたおでこぶつけてたわよね」

 

 目の前で見事におでこをぶつける様を見せつけられているから怪我してないとは思えない。

 

(それにしてもさっきからこの子ずっと俯いたまま、顔を見られたくないのか、それとも単純に恥ずかしがり屋か、人見知りが激しいのか)

 

「ほら、さっさと顔上げなさい」

 

 それでも顔を上げてくれないと、おでこが怪我してないかどうか分からないので、無理矢理顔を上げさせ、髪でおでこが隠れているからそれも手で押さえる。

 

 案の定、おでこは怪我していたけど、露になったこいつの顔は想像よりも可愛くてそっちに心が奪われた。

 

 まじまじと見つめていると、こいつの視線は私を見ないように逸らしていたし、若干怯えて震えているようにも見えた。

 

 何となくそれに気付くと私はおでこにも絆創膏を貼って、髪を元の位置に戻しておく。

 

「貼り終わったわよ」

 

「あ……」

 

 私は余った絆創膏をカバンに戻していると、か細い声が聞こえた。

 

「あ……ありが……とう……ござい……まひゅ……」

 

(あっ噛んだ)

 

 あいつは自分が噛んだって気付くと、恥ずかしさのあまり俯いた顔は更に俯いて、みるみる耳まで真っ赤になっていた。

 

 そのあと立ち上がり逃げるように部室から出ていこうとするが、すかさず、あいつの手を取って逃げられないようする。

 

「だから待ちなさいよ、そんなんじゃあまた転ぶわよ」

 

 せっかく手当てしたのにまた怪我されたら手当てした意味がない。

 

「少し落ち着くまでここにいなさい」

 

「迷惑……じゃ……ない……ですか……」

 

 またイスに座らせようとすると、あいつはか細く弱々しい声を絞り出して聞いてきた。

 

「別に気にしないわよ」

 

(どうせ、ここに来てもパソコンでアイドルの情報収集くらいしかすることないし)

 

 自虐的なことを考えながらあいつを座らせると、私もいつもの定位置に座る。

 

「……」

 

「……」

 

 お互い座ってからというもの無言のまま、気まずい空気になってきた。一瞬、パソコンでアイドルの情報収集しようかと思ったけど、さすがに止める。

 

(それにしてもあの顔……どこかで見覚えがある気がするわね……それに声も……)

 

 さっき見たあいつの顔に既視感を感じるけど、どこで見たのか思い出せずにいた。

 

「え~と……そう、あなた、部室の前で立ってたけど、なんで?」

 

 考えても思い出せそうにもなくって、このままだと空気が悪くなりそうだったから、空気を変えるため、ちょっと気になっていた話題をあいつに振る。

 

「えっ……ごめん……なさい……邪魔……でした……よね……」

 

 軽い感じで話題を振ったはずなのになぜか謝られた。しかもすごく怯えながら。

 

「いや、邪魔だったとかそういうことを言っている訳じゃなくて、単純になんであなたが部室の前に立っていた理由が聞きたいんだけど……」

 

「ごめん……なさい……たまたま……ここを……通って……貼り紙が……見えて……アイドル……研究部って……どんな……部活……かなって……」

 

「あぁ……そういうこと……」

 

 あいつから部室の前で立っていた理由を聞いて納得する。

 

(確かにアイドル研究部って何している部活かなんて分かりづらいわよね)

 

「まあ、簡単に言えば学校でアイドル活動をする部活よ」

 

「もしかして……スクール……アイドル……活動……ですか……」

 

「あなた……スクールアイドル知っているの!?」

 

「えっ……は、はい……A-RISE……とか……有名……どころ……だけ……ですけど……」

 

 スクールアイドルを知っていたことに食い付くと、怯えながら答えてくれた。

 

「良いわよね、A-RISE!! スクールアイドルでありながら、プロ顔負けのパフォーマンスに、それに──」

 

 私は気付けばA-RISEについて一人で長々と語り始めていた。A-RISEだけじゃない、他のスクールアイドルについても長々と話し始める始末。

 

「はっ!! 悪かったわね、一人で長々と……」

 

 話しいるうちに自分が一人で勝手に盛り上がっているのに気付いて、あいつに謝った。

 

「スクール……アイドル……大好き……なんですね……良いと……思います……それだけ……夢中に……なれるものが……あるのは……」

 

 てっきり引かれるかと思っていたけど、あいつはそんな素振りはまるでなかった。どちらかといえば羨んでいるような気がした。

 

「スクールアイドルというか私の場合……アイドルそのものが好きなのよね、みんなに笑顔を届けることのできるアイドルが……」

 

「そう……なんですか……だから……ここには……プロの……アイドルの……グッズも……あるんですね……」

 

「えっ!? あなたプロのアイドルのほうも知っているの!!」

 

(スクールアイドルを知っているからプロのほうも知っててもおかしくないけど、まさか、グッズとかポスターだけで判断できる辺り、実は相当アイドルに詳しいの)

 

 なんて心の中で勝手に期待する私。当時の私からすれば、アイドル全般の話が通じる相手が全くいなかったから、相当飢えていたんだと思う。

 

「は、はい……ユーリちゃんとか……」

 

「ユーリちゃん!! 良いわよね、私もあの子のファンなの!! 健気で努力家なところも良いけど、可愛いらしい歌声も良いわよね!!」

 

 さっきのA-RISEの時のように一人で話続ける始末。そしてユーリちゃんの話題で盛り上がっていると、当然次に話題になるのは彼女だった。

 

「ユーリちゃんを語る上で外せないのは、やっぱり『Astrology』で一緒にユニットを組んでいた星野如月ちゃんよね!!」

 

 私が星野如月って名前を口にした途端、あいつは急にビクッと反応した。

 

「そう……ですね……」

 

「如月ちゃんは見た目の通りのクールな歌声とダンスに内から溢れ出る熱量を感じられるところも良くて──」

 

 そんなあいつの反応に気付きもせず、そのまま星野如月の話題を続けていく。

 

「やっぱり如月ちゃんと言えば、初めての武道館ライブが印象的で、まさに如月ちゃんの集大成──完成したって言っても過言じゃなくて、私も運良くチケットが当選して生で観れて最高だったわ」

 

「あの……ライブ……来てたんですね……」

 

「ん? そうよ、もしかして、あなたも?」

 

 何か違和感のある言い方だけど、そんなことは気にせず聞いてみる。

 

「はい……」

 

 あいつは一言そう答えた。

 

「ウソ、マジで!? あのヤバイ倍率のライブをチケット当てて、あなたも行けたの!?」

 

「はい……あそこに居ました……私も……今までで……一番の……ライブ……だって……思って……ます……」

 

 それを聞いて私は驚いた。星野如月の初武道館ライブは、正直エグいぐらいのチケットの申し込みが起こって、発売開始一分も経たずに販売サイトのサーバーが落ちた。

 

 私も申し込もうとしたけど、発売時間がちょうど授業中でだったからできなくて、完全に乗り遅れた。けど、幸いなことに完全抽選だったことで何とか申し込みはできた。

 

 ただエグい倍率だったからほぼ諦めてたけど、チケット当選のメールが届いたときなんて、嬉しさのあまり気付けば携帯を投げ出してたもの。

 

 そういったこともあって、私の回りにあのライブのチケットが当たった人がいなくて、あの感動を共有できる人がいなかったから、目の前のこいつがあのライブに行ったって聞いて驚いた。

 

「あのライブはスゴかったわよね、始まって早々に今までの如月ちゃんとは次元が違うレベルの歌にダンスといったパフォーマンス」

 

 あのライブは今でも覚えている。ライブが始まると観客全員が彼女に完全に魅了された。元々レベルの高かったパフォーマンスは完璧と言わんばかりに完成され、もはや芸術と言ってもいいレベル。

 

 話に熱が入り、私は気付けばまた星野如月について語り始めた。

 

 ただ私はそのとき気付いていなかった。私が星野如月の話をしているときのあいつが、とても辛そうな顔をしていたことを。

 

「星野……如月……大好き……なんですね……」

 

「そうね、あれだけ多くの人を魅了させて、元気くれた如月ちゃんは大好きだし尊敬するわ」

 

 私の話を一方的に聞いていたあいつはそう結論を言い、私はそれに頷いた。

 

 私のイメージするアイドルとはかけ離れているけど、ある意味あの在り方は、私が思い描くアイドルの完成形だと思っている。

 

 人を魅了させ、笑顔と元気を届けるっていうその姿は。

 

「まあ、悪かったわね、色々と話は逸れたけど、つまり、アイドル研究部ってのは、プロアマ問わずすごいアイドルたちに負けないくらいのスクールアイドルとして、活動するための部活よ」

 

「先輩も……スクール……アイドル……なんですね……」

 

「……」

 

 あいつの言葉に、私は素直に頷くことができなかった。こころたちに嘘を吐いているとはいえ、まともに活動できていない自分がスクールアイドルって名乗るのは、烏滸がましいと感じてしまった。

 

 当時の私がそう名乗ったら、ちゃんと活動している他のスクールアイドルたちに失礼だって思ってしまったから。

 

「ごめん……なさい……何か……変なことを……言いましたか……」

 

 私の感情が表情か態度に出てしまってたのか、あいつは更に怯えだして謝る。

 

「別にあなたが謝る必要はないわ」

 

(そう、この子は悪くない。悪いのは私)

 

 プライドだけ高くて大した実力も無いくせに、高すぎる理想に憧れた結果、他の部員はみんな辞めて、一人になった。

 

 それでも一人でがむしゃらにやってみたけど、全部ダメで、気付けばいつの間にか諦めて、無駄に過ごす日々。

 

 だけど、やっぱり諦めたくないからコソコソと練習をするけど、それが身になっているから分からず、曖昧で中途半端なことをしている。

 

「ごめん……なさい……せっかく……楽しそうに……話してたのに……私のせいで……ごめん……なさい……」

 

 私の暗い気持ちを察したのかあいつは申し訳なさそうそう言って立ち上がると、逃げるように部室を出ていった。

 

「手当て……してくれて……ありがとう……ございます……」

 

 最後にそれだけ伝えながらあいつは部室から居なくなった。

 

 急過ぎてさすがに私もあいつのことを捕まえることができず、部室に一人残される。

 

「別に……あなたが気にすること無いのに……」

 

 私以外誰も居ない部室で独り言を呟くと、私はあることを思い出した。

 

(そういえば、あの子の名前聞いてなかったわ……もうどうでもいいか……)

 

 いくら学校が同じとはいえ、学年が違う以上会うことは早々ない。もしかしたら一度も会わないことなんてざらにある。

 

 だから、私はあいつのことをもう忘れることにして、パソコンの電源を入れる。

 

 さっきと変わってこの部室に聞こえるのは、キーボードを叩く音のみだった。

 

 2

 

 しかし、私の予想とは裏腹にあいつとの再会は意外と早かった。

 

 翌日のお昼休み、お昼を部室で食べるため移動していると、偶然にもあいつを見かけた。

 

 見かけたはいいもの気軽に声を掛ける間柄じゃない以上、スルーしようかと思ったけど、ただ見かけた場所はあまり誰も使用しない女子トイレの前。

 

 しかもお弁当を持ちながらその前でキョロキョロと周囲を確認する挙動不審な動きだったからすごく怪しかった。

 

(まさかねえ……)

 

 何となくあいつがこれから何をしようとしているのか予想する。けど、昨日のあいつの性格からもしもってこともあると思った。

 

「あんた……そこで何してるの?」

 

「!?」

 

 私の考えすぎならそれでいいと思いつつ、声を掛けるとあいつは驚いて昨日と同じように転ぶ。

 

「はぁ~、あんたいつも転んでいるわね……」

 

「ごめん……なさい……」

 

 そう言いつつも罪悪感を感じながら、今度は尻餅ついたあいつを起き上がらせるため手を掴む。

 

「お弁当大丈夫?」

 

「気に……しないで……ください……食べられれば……問題……ない……ですから……」

 

「そ、そう……」

 

 思ってもみない返しに若干戸惑うが、本人が問題ないっていうなら、良いとしておくことにした。

 

「今から……お昼食べるつもりだった」

 

「はい……」

 

「私の勘違いだったらいいんだけど……もしかして……トイレで食べようとしてた?」

 

 恐る恐る私はあいつに聞いてみる。

 

「まさか、それはないわよね、ハハハ」

 

「……」

 

「その反応……マジ……」

 

 あいつは更に俯き出し気まずそうな雰囲気を出してきたから私は察してしまった。

 

「なんで……そんなところで食べようとするのよ」

 

「私が……いると……邪魔に……なるから……誰にも……目が……付かないところで……食べたほうが……いいから……」

 

 そう怯えながら答える姿を見て、私は呆れながらあいつの手を掴んで有無を言わさず連れていく。

 

「えっ……あの……その……」

 

「こっそり食べたいなら付いてきなさい」

 

 戸惑うあいつを気にも止めず私は部室まで連れていった。

 

「ほらっ、ここでお昼食べるくらいなら全然使ってもいいわよ」

 

「でも……邪魔に……」

 

「そんなこと気にしなくても良いわよ、ここ使ってるの私だけだし」

 

(この子ホント、自分のことに自信ない言うか、ネガティブって言うか)

 

 少し会った私でも分かるくらいに、当時のあいつはマイナス思考で暗かった。

 

「少なくても衛生的に考えて、トイレで食べるくらいならここで食べなさい、せっかくのお昼が美味しくないでしょ」

 

「でも……一方的に……借りる……なんて……私何も……返せません……」

 

「じゃあ、ここを使わせてあげる代わりに、私の話を聞くっていうのだったらどう」

 

「それ……だったら……」

 

「決まりね……そうだ、そういえば、まだ名前言ってないし、聞いてなかったわね」

 

「私は矢沢にこ、あなたは?」

 

「し、篠原……です……」

 

「篠原さんね」

 

 お互いに自己紹介をしたあとは一緒にお昼を食べながら、私の話をあいつに聞いてもらった。そうしてお昼休みが終わる頃になると、私たちはそれぞれの教室に戻った。

 

 それから翌日は、あいつが何となく遠慮して部室に来なさそうな気がしたから、一年の教室がある階で待ち伏せする。

 

 そして案の定、部室とは違うほうへ行こうとしたから捕まえて、部室に連れていった。

 

 さすがにその次の翌日からは観念して、キチンと部室に来るようになった。それから毎日一緒にお昼を食べて、あいつに私の話を聞いてもらう日々が続いた。

 

 そういった日々が続いたある日のこと。

 

 その日は大雨で風も強い日だった。部室でいつものようにお昼を食べようと部室に向かうと、たまたま同じように向かっているあいつを見かけ、一緒に向かうことにした。

 

 それは校舎と校舎を繋ぐ一階の渡り廊下を駆け抜けている最中。一階の渡り廊下はほぼ外みたいなものだから風も強いと、当然雨が入ってくる。だから雨で濡れないように一気に駆け抜けようとした。

 

 だけど、走っている途中、雨で濡れた廊下にあいつは脚を滑らせ、運の悪いことに水溜まりに顔からダイブした。

 

「ちょっと篠原さん!! 大丈夫!!」

 

「はい……何とか……」

 

 私はハンカチを取り出してあいつに手渡しつつも急いで部室に向かう。そうして部室に着くと、私は中でタオルを探し始める。

 

「え~と、確かここに……タオルが……あったわ!!」

 

 タオルを見つけると、私は直ぐ様あいつに駆け寄った。

 

「ほらっ、これで頭と顔拭くから」

 

「あっ……ちょ、待って……」

 

 あいつが嫌がるのを無視して、あいつの眼鏡を取り、髪を解いて無我夢中で頭と顔を拭いた。

 

「これで……良し……悪かったわね、急に眼鏡や髪を弄って……」

 

 何とか拭き終わると、机に置いておいた眼鏡をあいつに返そうとする。

 

(そういえばこの子の素顔とか見たこと無かったわね)

 

 それに気付いて眼鏡を返すついでに、あいつの顔を見ると、私は固まってしまった。

 

「ウッソ……」

 

 目の前に見えた顔は、あいつと会ってからこの日まで散々私が話の話題にしていたあの──

 

「星野……如月ちゃん?」

 

 このとき初めて私はあいつが星野如月だと知った瞬間。

 

 これが私と星野如月の出会いだった。

 




如何だったでしょうか。

とりあえず今回はにこと彼女が出逢うところまで。

二人の過去編後編でまた色々と明かされるかと思います。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回は一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十二話 始まり

マジで遅れましたが、お待たせしました。

にこと彼女との出逢いの物語の後編をお楽しみください。


 3

 

「……」

 

「……」

 

 部室内では微妙な空気が流れていた。お互いにお昼は済ませているけど、食べている間は例の件もあって、一言も喋らないでいたから絶妙に気まずかった。

 

「本当に星野如月ちゃんなの?」

 

「……」

 

 私は沈黙を破って確認するけど、あいつは黙ったまま何も言わない。つまり、肯定を意味していると理解できたわ。

 

「マジか~」

 

「ごめん……なさい……」

 

「なんであなたが謝っているのよ」

 

「私が……星野……如月……だって……知って……幻滅……しました……よね……」

 

「そうじゃないわよ、もちろん、驚きはしたけど、幻滅とかじゃなくて……ただ……」

 

 それ以上は口にはできなかった。当然、幻滅したからという理由ではなく、ただ単純に恥ずかしかったから。

 

 まさか、本人の前で星野如月について語っていたという事実が私の頭を埋め尽くしていた。恥ずかしさのあまり頭を抱えたくなるくらいに。

 

(確かにいま思えば彼女の声、如月ちゃんと同じだし、顔を見たときも見覚えはあったわ)

 

 私はあいつにあった既視感の正体に気づくけど、いまさら過ぎた。

 

「まあ……うん、そうね……アイドルなんだからキャラ作るのは当然よね、プライベートと差があるのは当然だと思うわ」

 

 なんか取り繕ったみたいに聞こえるが、キャラ作りはアイドルをやる上で必要だと常日頃考えていた。だから、星野如月はクールなキャラで売っていたと考えれば納得はできる。

 

「そう……ですか……」

 

 まあ、ただ目の前の気弱なこいつから星野如月だって言われただけだと、微塵も信じられないけど。

 

「あの……このことは……秘密に……して……頂けると……」

 

「別にそのくらい構わないわよ、ただこっちからも一つお願いしてもいい?」

 

「何……ですか……」

 

「あなたのサインが……欲しい……」

 

 少し恥ずかしそうにあいつにお願いをした。さすがに面と向かってこういうことを頼むのは照れくさい。

 

「そのくらい……なら……」

 

「いいの!!」

 

 ダメ元で頼んでみたけど、思いのほか簡単に引き受けてくれたから驚く。

 

「じゃあ……ちょっと待ってて、今から書いてもらうもの準備するわ」

 

 サインを書いてもらえることが分かると、私は部室の中から色紙を探し始める。

 

「あったわ!! これにお願い!!」

 

 色紙が見つかると、そのままペンと一緒にあいつに手渡して、星野如月のサインを書いてもらう。

 

「分かり……ました……」

 

 色紙とペンを受け取ったあいつは手馴れた手付きでサインを書き始めた。

 

「これで……いいですか……」

 

「はやっ!!」

 

 さっき書き始めたばかりなのにもう書き終わり、私に手渡そうとしていたから思わず声に出てしまう。

 

「ありがとう」

 

 私はあいつにお礼を言いながら色紙を受け取って、すぐに書かれているサインを見る。

 

 そこに書かれていたのは、まさに正真正銘『星野如月』のサイン。私は目をキラキラ輝かせながら見入った。

 

 一応ユニット時代のサインは持っているけど、星野如月単体で、しかも直筆のサインは持っていなかったから、めちゃくちゃ嬉しかった。

 

「こんなのでも……喜んで……くれたなら……嬉しい……です……」

 

「こんなのなんてとんでもないわよ!! 充分価値のあるお宝よ!!」

 

(なんたってあの星野如月ちゃんのサインよ、うちの家宝にしたっていいくらいのものよ)

 

「価値……なんて……ありませんよ……星野……如月……として……活動……できない……私に……なんて……」

 

 サインを貰って喜んでいる私と裏腹に、とても辛そうな声であいつは呟いた。

 

「えっ……」

 

「いえ……何でも……ないです……あの……さっきの……件……お願い……します……」

 

 さっきの言葉に反応すると、あいつは誤魔化すように約束の確認だけして、逃げるように部室から出ていった。

 

「ちょっ……なんなのよ……」

 

 あいつを追いかけようとしたけど、タイミング悪く昼休みの終わる予鈴が鳴ったからさすがに諦めるしかなかった。

 

 4

 

 その日の放課後──私は部室で一人、パソコンで星野如月のライブを観ていた。

 

「やっぱり……篠原さんね……」

 

 あいつの素顔を思い出しながらライブに映っている星野如月と見比べた。一応CDのジャケットでも確認はするけど、やっぱり同一人物にしか見えなかった。

 

「はぁ~、まさか……こんな寂れた学校に如月ちゃんがいるなんて……」

 

(むしろ寂れているからかもしれないわね……)

 

 あいつはプロのアイドルとして大活躍していたから素顔も知れ渡っている。

 

 UTXのような生徒の多い学校じゃあ身バレするリスクが高い。だから音ノ木坂のような年々生徒数が減っていた学校に入学すれば、身バレするリスクは多少は下がる。

 

 それにあいつはアイドル活動を休止中の身。変に身バレして面倒事になるのを避けたかったのかもしれない。

 

「まさか、アイドルやっているときと、素じゃあんなに違うなんて……」

 

 別にあいつに言ったように幻滅したわけじゃない。アイドルがキャラを作るなんて当たり前。

 

 アイドルは言ってしまえば競争社会。常に見てくれる人の印象に残るようにしていかないといけない。

 

 そうしないと、星の数ほどのアイドルたちに埋もれてしまう。だからこそ、手っ取り早く印象に残るようにするには、キャラを作ったほうがいい。

 

 最もキャラを作らなくても高いパフォーマンスと技術を持っているならそのかぎりじゃないけど。

 

 私はパソコンの画面に目を向ける。

 

 画面に映るあいつは笑顔とは縁遠い何処か冷めたような表情に、綺麗でクールな歌声。完璧な音程と絶妙なパフォーマンス。そして一見クールに見えても彼女から隠しきれない熱量。そこから彼女自身も楽しんでいるのが伝わってくる。

 

 そんな彼女のライブだからこそ、観ている私たち(ファン)は彼女を応援したくなるし、彼女から元気を貰っていた。

 

 それがアイドル──星野如月。下手な小細工とかしなくても多くの人を惹き付け魅了する才能を持った天才。

 

 私とは住む世界すら違うようにも思える。

 

 だけど、実際に会ったあいつは常に俯いて暗い表情。喋り方もたどたどしくて、まるで何かに怯えてるみたいに見えてた。

 

 とても星野如月と同一人物には思えなかった。

 

(正直、顔がそっくりな姉妹とかのほうがしっくりくるレベル)

 

「せめて生で歌が聴ければ一発なんだけど……」

 

 星野如月レベルの歌唱力なんて早々いない。だからこそ一回でも歌う姿が見れれば、本人だと確信を得られる。

 

「けど……難しいわよねぇ~」

 

 向こうは今や活動を休止している身である以上、そう簡単に引き受けてくれるとは思えない。

 

(まあ、あの感じだと意外と頼めば歌ってくれそうな気がするけど)

 

「明日……ダメ元で頼んでみるしかないわね」

 

 いくらここで一人考えたところで仕方がない。いっそ思い切って頼んでみたほうが早い。

 

「さすがにサイン貰っときながら図々しいわよね……」

 

 若干自分が厄介なファンみたいな感じがして、嫌になるけど、それでも私には一つ気になることがあった。

 

(価値……なんて……ありませんよ……星野……如月……として……活動……できない……私に……なんて……)

 

 なぜ天才的なアイドルの星野如月がそんなことを口にしたのか。その理由が知りたかったから。

 

 5

 

 翌日の放課後──私はCDプレイヤーを持って屋上に向かっていた。

 

 その日の昼休みにあいつに歌っているところが見たいと頼み込み、何とか承諾得ることができた。

 

(まあ、私の巧みな交渉術の賜物ね)

 

 実際のところは最初は嫌がっていたけど、半ば土下座しかけたところを強引に承諾させたようなもんだけど。

 

 そんな経緯もあって、何とか歌う姿を見ることにこじつけ、それどころかダンスまで見せてくれるっていうことになった。

 

 正直ほぼライブみたいな感じになって、内心ワクワクしている。

 

 高ぶったテンションで屋上に着くと、そこには既にあいつがいた。

 

「私からお願いしておいて待たせちゃったみたいね」

 

「いえ……私も……さっき……来た……ところ……です……から……」

 

 そうは言いつつもあいつは、三つ編みに結んだ髪を解いて、眼鏡を外し、ダンスが踊りやすいように制服の袖を捲り、軽く準備運動をしていた。

 

 私はCDプレイヤーをとりあえず手頃なところに置いて、いつでも曲が流せるように準備しておく。

 

 今回見せてもらう曲は事前に私がリクエストした星野如月のソロデビュー曲。これは初武道館ライブでも一番最初に歌ってた曲ってこともあって、私の中でも一番印象に残っているからこの曲を選んだ。

 

 それに本当にあいつが星野如月ならこの曲に思い入れがあるはず。そういった意味でこれほど適切な曲はないと思う。

 

「こっちは準備できたからいつでもOKよ」

 

「はい……私も……準備……できました……ので……いつでも……大丈夫……です……」

 

「そう? それなら今から曲を流すわよ」

 

 私はそう言ってCDプレイヤーの再生ボタンを押して曲を流し始める。

 

 ちゃんとCDプレイヤーが動いているのを確認すると、私は一瞬でも見逃すことのないように、直ぐ様あいつのほうを見る。すると、既にあいつの雰囲気が変わっていた。

 

 さっきまで自信無さそうな表情からどこか冷めたような表情に。全体的にオドオドして、以下にも自信の無さそうな感じが、どこか落ち着いて、自信が溢れているような風に、切り替わっているように感じた。

 

 それは私が何度も何度もライブやテレビで見た星野如月そのものだった。

 

 私はそう確信すると、キラキラと眼を輝かせながらあいつの歌とダンスを始めるのを待つ。

 

 そうして曲のイントロが聴こえ、いよいよあいつが歌って踊り始めると、私は驚愕した。

 

 なぜ人気絶頂の最中、星野如月は突然のアイドル活動を休止したのか。その理由を私は知ってしまったのだから。

 

 歌とダンスは当時と変わらず完璧だった。だけど唯一当時とは違い、あるものが決定的に欠けていた。

 

 星野如月の歌声はクールだけど、いつも彼女の熱量と彼女自身の気持ちが溢れ出ていた。ダンスだってキレは良くてタイミングは完璧だけど、勢いがあってすごく楽しそうに踊っているのが伝わってきた。

 

 だけど、目の前で歌って踊るあいつにはそれが一切感じなかった。

 

 歌とダンスに熱量も勢いもあいつの気持ちも一切なく、ただ空っぽだった。

 

 楽しんでいるのか喜んでいるのか怒っているのか哀しんでいるのか一切伝わってこない。

 

 ただ機械的に歌とダンスを踊っているようにしか見えなかった。

 

 私が驚き心が揺さぶられている間に、ただ気付けば曲が終わっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 曲が終わると、お互いに黙ったまま何も話せずにいた。私はその沈黙が辛くてあいつから眼を逸らすと、あいつは黙って眼鏡を着けた。

 

「ごめん……なさい……期待に……答えられなくて……」

 

 ただとても辛そうに私に謝るあいつ。

 

「何であなたが謝るのよ……」

 

 別にあいつが謝る必要なんてない。むしろあやまらなければならないのは、私のほう。あいつはこうなることが分かっていたのに、嫌がっていたあいつを無理矢理歌わせたのは私。

 

「私が……先輩の……期待に……答えられ……なかった……のが……悪いんです……」

 

 ただ自分が悪いと責めるあいつ。

 

「いつも……こう……何ですよ……みんなの……期待に……答えられ……なくて……がっかり……させる……」

 

「誰の……期待にも……答えられ……ない……私……なんて……一つも……価値が……ないから……」

 

「不快な……思い……させて……ごめん……なさい……」

 

 自分のことを否定しながら私に深々と頭を下げて謝るあいつ。

 

「きっと……私が……いると……また……不快な……思いを……します……から……もう……二度と……先輩の……前に……現れない……ように……します……」

 

「今まで……お昼……食べる……場所……貸して……くれて……ありがとう……ござい……ました……」

 

 最後にそれだけ伝えて私から離れようとするあいつ。

 

「……」

 

 私は何も言えず、どんどん遠くなるあいつの姿を私は見ることしかできない──

 

「えっ?」

 

 はずだった。

 

 気付けばあいつの手を握っていて、あいつも急に手を握られていて戸惑っていた。

 

「なにあんた勝手なこと言っているのよ……ふざけるんじゃないわよ」

 

 自分の行動に驚くよりも、私の中には怒りのほうがいっぱい溜まっていて、疑問なんて何も感じなかった。

 

「あんた……自分に価値ないって本気で言ってるの、何であんたがそんなことを言うのよ!!」

 

「あんたは今まで多くのファンに笑顔と元気を届けてきたじゃない」

 

「みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって、そういう気持ちに多くのファンをさせてきたじゃない」

 

「そんなあんたが自分に価値なんてないって否定したらあんたのこと応援してたファンは何なのよ!!」

 

 これが私の怒りの正体。あいつが自分のことを否定したのが、私はすごく許せなかった。

 

「あんたが歌って、ダンスしている姿を見て、楽しくなったり、心を奪われたり、感動した私たちの気持ちを否定しているものよ!!」

 

「そんなことも分からずに自分を否定してるあんたは私たちが憧れて応援してきた星野如月なんかじゃない!! それどころかアイドル失格よ!!」

 

 私はあいつに向かってそう言い切った。

 

「アイドル……失格……そう……ですね……私に……とって……星野……如月は……ただの……ルーティン……」

 

「歌も……ダンスも……ただ……求められて……いる……ことを……繰り返す……だけ……」

 

「楽しい……とか……嬉しい……だとかの……感情……なんて……ない……だって……そこに……私は……必要……ない……から……求められて……いる……のは……星野……如月……だから……」

 

「だからそういうのがムカつくのよ!! ホントにあんたは何も分かっていない!!」

 

(楽しいとか嬉しいとかの感情が必要ない? だったらあのときのライブは何だったのよ)

 

 思い出すのは星野如月の初武道館ライブ。あの時の星野如月は技術面でもすごかったけど、それだけじゃなくて勢いも熱量もあって常に全力だった。

 

 それに歌とダンスから彼女自身が純粋にこのライブを楽しんでいたのが、ものすごく伝わってきた。

 

 そのライブの熱狂を、空気を、一体感を、盛り上りを肌で感じて、感動したし、ワクワクしたし、それに何より憧れた。

 

(すごい……私も……いつかこんな風にファンと盛り上がれるアイドルになりたい……)

 

 私の中にあった夢や憧れがまた一つ大きくなっていた。高校に入学したらまずはスクールアイドルを始めてみようって決心ができた。

 

 なのに、そんな風に夢を与えてくれたあいつが自分自身を否定しているのが許せなかった。

 

 正直ファンとかどうとか建前。本音はあの時の私の想いを踏みにじられたのが、とても腹が立った。

 

「教えてあげるわ、本当のアイドルがどんなものか、だから、あんたアイドル研究部に入りなさい!!」

 

「えっ……」

 

 私の突然の命令に戸惑うあいつ。誰だって急に入部しろだなんて言われて戸惑わないはずがない。

 

「でも……私……スクール……アイドルは……」

 

「そんなことは言われなくても分かっているわよ」

 

 活動休止しているとはいえ、仮にもプロのアイドルである以上、スクールアイドルをやるのは色々と問題はある。

 

「だから、あんたはマネージャーとして入部するのよ」

 

「誰の……」

 

「私の」

 

「でも……先輩……スクール……アイドル……じゃないって……」

 

「そんなこと言ったつもりはないわよ」

 

 確かに初めてあいつと会ったときには答えられなかったけど、今は違う。もう決めたのだから。

 

「私はスーパーアイドル矢澤にこ、いつか世界中に笑顔と元気を届けるアイドルよ」

 

 私はそうはっきりと、胸を張って言い切った。

 

「そしてあんたはそんな私のマネージャーとして、私の近くでよく見ておきなさい、アイドルがどんなものかって」

 

 人に教えられるほどの技術も実力も無いことは痛いほど分かっている。それでも関係ない。やると決めたらやるしかない。

 

「明日のお昼、ちゃんと入部届持ってきなさいよ、分かった!!」

 

「えっ……はい……」

 

 有無を言わさず無理矢理言わせた感が強いけど、あいつは頷くと、私はあいつの手を離した。

 

 6

 

 そして翌日のお昼部室に向かう途中、私は──

 

「どうしてあんなこと言っちゃったのよ……」

 

 昨日の自分の行動を思い出すと、恥ずかしさが膨れ上がり悶えていた。

 

(確かに……あいつにムカついたのは事実だけど……)

 

 あいつに怒りを覚えたのは本当だけど、怒りに任せるままプロのアイドルに対して、マネージャーになれって、命令するのは、無鉄砲にもほどがある。

 

(でも言っちゃったものは仕方がないし、そもそも本当に入部届を持ってくるのかも怪しい)

 

 過ぎてしまったことは諦めるしかないけど、私が一方的に言っただけで、向こうが普通に無視するのはありえる。

 

 ただ万が一、もしも本当に向こうに入部するって言ってきたら私は約束を守るつもりでいた。

 

 本物のアイドルがどんなものか。教えてあげるというか見せてあげる気でいた。

 

 正直、あの星野如月の初武道館ライブみたいなライブなんて、今の私が簡単に作れるものじゃないと分かっている。

 

 それでもあのライブには到底及ばなくっても私ができる最高のライブをあいつに見せてあげたい。

 

 あいつは楽しいとか嬉しいとかそんな感情はないって言ってた。けど、多分、あいつは忘れているだけなんだと思う。じゃなきゃあんなすごいライブなんてできるはずがないわ。

 

 だからあいつに思い出してほしい。アイドルとファンが最高に盛り上がるその瞬間の感動と高揚感を。

 

 そんな自分勝手な想いを秘めながら、気付けば部室まで着いていた。

 

 私は部室の扉を開けるとそこには──

 

「先輩……入部届……持って……きました……」

 

 手に入部届を持ったあいつがいた。

 

「……」

 

 まさか本当に持ってくるとは思ってなくて、少し驚く。

 

「お願い……します……」

 

「えっ……預かるわ」

 

 私に入部届を手渡そうとするあいつに戸惑いながらも入部届を受け取る。

 

「マジで……来るなんて……」

 

「えっ……冗談……だったん……ですか……そうですよね……やっぱり……私……なんて……いらない……ですよね……」

 

 不意に出た言葉に反応して、暗く落ち込み始めるあいつ。

 

「そういうつもりじゃないわよ、ただ驚いただけよ」

 

(何て言うかすぐにネガティブな思考になるのはめんどくさいわね)

 

 そんなことを考えながら私はあいつから受け取った入部届を不備がないか確認する。

 

 入部する部活名とか色々と確認すると、ある項目に目が入った。

 

『名前:篠原沙紀』

 

(そういえば、下の名前知らなかったわよね……ちゃんと覚えておこう)

 

 いつか下の名前で呼ぶ日が来るかもしれないから、あいつの名前を記憶に留めておく。

 

「今日からよろしく」

 

「はい……よろしく……お願い……します……」

 

 入部届の確認が終わると、お互いにそれだけ言って、私は受け取った入部届を鞄に入れる。

 

「あの……私……何も……できない……かも……しれない……ですけど……先輩が……すごい……アイドルに……なれるように……お手伝い……します……」

 

「分かったわ、そこは期待しておくから、その代わり、ちゃんとスーパーアイドルの矢澤にこのことを、しっかり眼に焼き付けなさいよ」

 

「はい……」

 

 正直これがお互いに割に合ってるとは思えない。

 

 私のほうがあいつの技術を貰うだけ貰うだけになって、あいつに何もしてあげられないことなんてありえる。

 

 だからそこ私はここで強く誓った。ちゃんとあいつが感動するようなすごいステージを見せてあげようって。

 

 これが私とあいつとの出会い。

 

 スーパーアイドル矢澤にことそのマネージャー篠原沙紀の始まり。

 




如何だったでしょうか。

この話から歓迎会、そして二人だけのアイドル研究部の日常を経て、この物語の一話へと繋がっていきます。

にこがどのような思いで彼女をアイドル研究部に入部させたのかは明かされました。

アイドルに強い憧れを持っていたにこだからこそ許せなかったものがあり、それがきっかけになって、彼女を入部させた。

そしていよいよ次の話からは彼女の秘密に迫っていく話になっていきます。

彼女の隠していたものとは一体……それが一つ一つと明かされることになっていくでしょう。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回は一週間以内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十三話 疑問

何とか一ヶ月経つギリギリ前には更新できました。

それではお楽しみください。


 1

 

「そんなこともあって、あいつが入部したわけよ、ただ単純に、私が無理矢理入れたって話よ」

 

 私はあいつと出会って、アイドル研究部に入部させた経緯をみんなに話終える。

 

「そのあとは少し経って、あいつの歓迎会をやって、穂乃果たちがμ'sを結成するまでは、二人で練習をする毎日を繰り返してただけよ」

 

 そのあとのことはなんてことのない。部活に励んだり、バカなことを(ほぼあいつが)やったり、どこかに遊びに行ったりと、面白くもない変化のない日常の日々。

 

「私が話せるのはここまでよ」

 

「沙紀ちゃんが今と全然違ってビックリしたよ」

 

「うん……今みたいな感じか、アイドルやってたときみたいな感じだと思ってたよ」

 

 私の話を聞いてあいつの性格のことで驚く穂乃果とことり。

 

 今のあいつと昔のあいつを比べると、全くと言っていいほど性格が違う。

 

 今みたいにテンションが高くないし、変なこと言わないし、スキンシップだって激しくない。

 

「最初は辿々しいというかオドオドしている感じで、あんまり笑わなかったけど、少しずつ普通に話したり、笑うようになって、夏休み明けた頃には今の感じになっていたわ」

 

 厳密に言えば歓迎会の後からあいつはよく笑うようになった気がする。

 

「そういえば去年の二学期くらいから沙紀の名前や噂を聞くようになったような気がします」

 

「そうやね、ウチもその噂が気になったのと、にこっちから委員長ちゃんのこと相談されたのもあって、委員長ちゃんに興味持って会いに行ったらもう既に今みたいな感じやったよ」

 

 あいつについて思い出す海未と希。少し前に話していた委員長キャラは海未の言った時期にやり始めていた。

 

 元からポテンシャルや演技力が高いのは、夏休みを一緒に過ごして薄々気付いていた。けど、まさか、それを使って全校生徒に委員長キャラを浸透させるなんて思ってもみなかったわ。

 

「まあ……あとはみんなが知ってる通りよ」

 

 さっきまでみんなで散々話していた篠原沙紀の人物像に繋がる。

 

「なるほどね……概ね流れは理解できたわ」

 

「真姫ちゃん何か分かった?」

 

「そうね……にこちゃんの話を聞いていくつかの疑問が増えたわね」

 

 花陽の質問に真姫ちゃんは少し考え事をしてから答える。

 

「一つはなぜにこちゃんの誘いに乗ったのか」

 

「それって……前に沙紀ちゃん言ってなかった? さっきにこちゃんから聞いたように、にこちゃんが熱く誘ってきてそれに惚れたからって……」

 

「確かに言っていたのは私も覚えているわ、沙紀の言葉をそのまま取るならだけど……」

 

 あいつの正体がバレたときに入部の理由を話していたことを思い出す穂乃果。だけど、真姫ちゃんは何となくその言葉を疑っているみたいで、そのあとに続く言葉を言いにくそうにしていた。

 

「あいつが私のこと利用するために、入部した可能性があるってことでしょ」

 

 真姫ちゃんが言いたかったことをスッパリと言った。

 

「正直あいつが入部してから何度も何度もそれは考えていたわ、プロのアイドルが、たかがスクールアイドルに、理由もなく力を貸すわけない、何かしら目的があったって」

 

「それなら別に問題ないわよ、私はあいつから技術を貰って、あいつはあいつの目的を果たすのは間違いじゃないわよ」

 

 そもそもあいつを私の自分勝手な理由で誘ったのは私。拒否しようと思えばできたのに、それをしなかったってことは何かしらの目的は必ずあったはず。

 

「まあ、何度かあいつに聞いてみたけど、上手くはぐらかせられてちゃんと聞いたことはないわ」

 

 大体この手の話をあいつに振ると、私のことが好きだからとか何だと言って終わるのが何時もの流れ。

 

「結局のところ、この疑問に対してはあいつしか知らないことだから、ここでいくら話しても答えはでないと思うわ」

 

「そうですね……こればかりは沙紀本人から直接聞いてみないと分かりませんから……」

 

「なら、次の話をしましょう」

 

 この話はここでキッパリと切り上げて、真姫ちゃんは次の話題に切り替えていく。

 

「なぜ星野如月は今までみたいに歌えなくなったのか」

 

 やっぱりそこになるわよね。

 

 星野如月の最大の謎。

 

 なぜ星野如月はアイドル活動を休止しなければならなかったのか。

 

 なぜ綺羅ツバサとケンカ別れになってしまったのか。

 

 なぜあいつは出会ったとき、あんなに暗かったのか。

 

 全部はそこに繋がっているように思える。

 

「沙紀の歌っているところ見たことないけど、そんなに違うの?」

 

「そういえばウチも委員長ちゃんが歌ってるとこ見たことないんよね」

 

 前にカラオケに行ったときに居なかった絵里と希は、当然この反応になるのは理解できる。

 

「前にカラオケで一回だけ沙紀ちゃんが歌ったの見たけど、わたしも……にこちゃんと同じで歌い方は如月ちゃんそのものだったけど……なんか違うって……感じがしたの……」

 

 真っ先に花陽はその当時の感想を口にする。

 

 私と同じように昔から星野如月のファンだった花陽が、そう言ってくれるのは心強いわ。正直私だけだと説得力がなかったからすごく助かる。

 

「そうね、私も歌唱力や技術は高いとは思ったけど、側だけで中身がないって印象を受けたわ」

 

「中身がないって?」

 

「例えば穂乃果、あなたライブをしているときにどんなことを考える」

 

「え~と……結構歌やダンスのことでいっぱいいっぱいだけど、見てくれる人が楽しんでくれるように頑張ろうって考えてるし、ライブしているときは私も楽しいって気持ちになるかな」

 

 真姫ちゃんの質問にそう答える穂乃果。他のみんなも穂乃果の答えに共感できているような反応をする。

 

「歌もダンスも突き詰めれば自己の表現、大なり小なりその人の個性や感情ってのが見えてくるものよ、だけど……」

 

「沙紀にはそれが全く見えないと言いたいんですか」

 

「そうね、そもそも星野如月は表現に関してなら、とてもストレートで分かりやすいほうだったのに、どういうわけか今の沙紀からは全くそれが感じられない」

 

「それこそ沙紀が言ってたみたいにスランプではないかと」

 

 真姫ちゃんの星野如月に対する認識は間違っていない。だからこそ、今のあいつの状態はかなり異常。真姫ちゃんは表現って言ってたけど、突然、感情や熱量が感じられなくなるなんて有り得るの。

 

 他人から見ても異常と感じられるのに、あいつが言ったようにスランプなんて言葉で片付けていいものなの。

 

「その辺に関しても本人じゃなきゃ分からないところね」

 

「結局何も分かってないにゃ~」

 

 これだけ話しても何も進展していない。いくつか疑問はあるけど、その答え合わせをする方法を持たない以上、どれがウソなのか判断できない。

 

「何も分からない……ある意味……それが正解なのかもしれないわね」

 

「それってどうゆう意味?」

 

 誰もが頭を抱えているなか一人呟く絵里に穂乃果は反応する。

 

「誰だって人前だとキャラ作ることはあると思うの、普通は元々の性格をちょっと変えるだけだけど、沙紀の場合はそれが極端に出ているからどれが本物のあの子か分からなくなる」

 

 絵里の言いたいことは分かる。親の前での自分。こころたちの前での自分。穂乃果たちの前での自分。あいつの前での自分。その人と自分との関係性で振る舞いが違ってくる。

 

「いわゆる社交性仮面(ペルソナ)ってやつね」

 

「ペルソナ?」

 

「大体は絵里が言ったように人によって着ける仮面──性格を変えることよ」

 

 知らない言葉に疑問を浮かべる穂乃果に真姫ちゃんは簡単に説明する。

 

 ペルソナ……。確かにあいつにピッタリな言葉かもしれない。

 

 クラスメイトの前のあいつと私の前のあいつでは全く違うし、希の前のあいつも私の前のあいつと比べると少し違う。それに今思えば、綺羅ツバサやユーリちゃんの前のあいつはまた別の感じがした。

 

「そうね、それに沙紀にはいろんな噂が流れてたからちゃんと会うまで、よく分からない子って印象になりやすい」

 

「そういえば海未ちゃんとことりちゃんも最初会ったとき、ちょっと緊張してたよね」

 

「そうですね、私も全部の噂を鵜呑みにしていたわけじゃないですが、それでも噂のこともあって、近寄りがたいイメージはありました」

 

「でも実際に会って話してみると、ちょっと変わってるけど、悪い人じゃないってのはすぐ分かったよ」

 

「他の人にも海未やことりのような印象を受けるのに、沙紀はあえて噂を取り消さないようにしてるって本人から聞いたことあるわ」

 

 沙紀に変な噂が流れていたことは知っている。最初の頃のあいつを知っていたから大半はウソだと思いながら、絵里と同じようにあいつから実際聞いたことは何度かある。

 

 そうしたらあいつはめんどくさいだとか、労力の無駄と言って噂を取り消そうとは一切しなかった。

 

「多分……なんだけど、人との距離を取るためにあえてそうしたんだと思うの、噂で自分のことをよく分からなくすれば、自分に近づく人が減るから」

 

 絵里の分析に私は納得できた。思い当たる節はあるし、それに何より最初にあいつと会ったときも距離を取られていたから。

 

 私があいつにお節介を焼いて、用が済んだらすぐに逃げるように立ち去ろうとしたのは、自分に近づいて欲しくなかったから。人と関わりを持ちたくなかったからだと思う。

 

 結局人当たりが良く明るく振る舞ってもあいつの本質は、今も昔もやり方を変えただけで、人との距離感は何も変わっていたかった。

 

「まあ、つまり……学校の中で得られる情報だけだと、沙紀のことを知るなんて無理ってことね」

 

 絵里の話を聞いて真姫ちゃんはそう結論づけた。

 

 2

 

「ではこれからどうするつもりですか?」

 

「そうね、他に沙紀や星野如月について知っている人に話を聞いてみるっていうのはどうかしら?」

 

 一先ず結論が出て、これからの方針を聞く海未に真姫ちゃんはそう答えた。

 

「沙紀ちゃんのことを知っている人になると……古道さん?」

 

「あとはA-RISEの綺羅ツバサさんとか?」

 

 穂乃果と希はそれぞれ思い当たる人物の名前を口にする。

 

 古道さんはあいつのアイドル時代のプロデューサーで、綺羅ツバサはあいつの親友だったらしい。

 

 どちらも私たちが知り合う前のあいつのことを知っているし、なんだったら私たちよりも付き合いが長いから、私たちが知らないことを知っていてもおかしくはない。

 

「それとユーリ──古道結理」

 

 その二人とは別に真姫ちゃんはもう一人の名前を口にした。

 

 トップアイドルにして、かつては星野如月とユニットを組んでいたあいつの相棒とも言える人物。そもそも今回の件は彼女とあいつが再会したことから始まっている。

 

「そういえば古道さんとユーリちゃんって同じ名字だね」

 

「親子……? 兄妹かな? それともたまたま名字が同じ?」

 

「おそらくですが、偶然名字が同じだった可能性は低いと思います、でなければ穂乃果にわざわざ偽名を使う意味がないかと」

 

 二人の関係性がただの他人ということを否定する海未。確かに海未の言うとおり、わざわざ偽名を使ったってことは、名字が古道さんと一緒なのを隠したかったからだと考えれば辻褄は合う気がする。

 

「ユーリちゃんの偽名のことよりもそもそも穂乃果がユーリちゃんと知り合いだったってことのほうが意外よ」

 

「そうだよ!! どうして教えてくれなかったの!?」

 

「えぇ!! そっち!! 昨日も言ったけど、たまたま知り合っただけだって!! そもそも結理ちゃんがアイドルだって昨日まで知らなかったから」

 

 ユーリちゃんの話題で、自分に飛び火が来るとは考えてなかった穂乃果は驚きながらも説明する。

 

「そもそも偶然なのかな?」

 

「なんか沙紀ちゃんがいるの分かってて穂乃果ちゃんに会った感じ」

 

「分かってたんやない? 委員長ちゃんどころかA-RISEがウチたちのこと詳しく知ってたのも、その結理ちゃんが教えてたみたいやし」

 

 ことり、凛そして希がユーリちゃんの言動からそう予想する。

 

「ただ……あの口振りだと……沙紀の情報は全くA-RISEに伝えていなかったみたいだったけど」

 

「確か……ツバサさんが沙紀ちゃんのこと知ってたら、私たちに近づかなかったかもしれないって……言ってたよね」

 

 絵里とことりの話を聞いて、その可能性はなくはないと思った。

 

 絵里から聞いた話によると、あの二人ケンカ別れしたあと、お互いにすれ違ったまま、それきり一回も会っていないみたいだったから、軽々しく会おうとは思わないはず。

 

「二人の間に何かがあって、よそよそしいのは分かるけど、ツバサさんと結理ちゃんの空気も何か重くなかった? それに沙紀ちゃんと結理ちゃんも同じ感じだったし……」

 

「うん……わたしはユーリちゃんのブログだと三人とも仲良さそうに書かれてたの知ってたから……余計に……」

 

「ブログって……星野如月が引退する前に更新が止まったあれよね?」

 

「うん……そう……やっぱりにこちゃんも知ってるよね」

 

「そうね、私も見たことはあるわ」

 

 まあ、見たことあるって言っても最後に見たのは、二年前に見たきりだから、詳しい内容までは思い出せない。ただ、星野如月とユーリちゃん、そして二人の親友が、よく楽しそうに遊んでいたことを書いていたのは、覚えている。てか、ほぼあのブログ……三人で遊んだことを報告していることのほうが多かった。

 

 そんなプライベートでもよく遊ぶくらいに仲良かった二人と親友なのに、いざ、再会してみれば、相当ギスギスしていた。

 

「何か沙紀ちゃんの人間関係拗れすぎにゃ~」

 

 私の心を読んだかのように凛は呆れていた。

 

「どうして……言うのも不粋ね……」

 

 真姫ちゃんが理由に気付いているけど、言うのを止める。言わなくても理由はおおよそ思い付く。みんなもそれに何となく気付いている。

 

 星野如月の活動休止するときに何かあったから。

 

 あいつと綺羅ツバサのすれ違いはその辺りで起きたことだと聞いている。おそらくユーリちゃんと関係の悪化も同じ時期に起きたんだと思う。

 

 そもそもあいつがスランプに陥ったのも星野如月の活動休止する際に何かがあったから。

 

「となると……やはりプロデューサーのほうの古道さんに話を聞くということになるのでしょうか、星野如月のこととなれば、あの方が一番知っているかと……」

 

「私も同じことを考えて、ここに来る前にあの人の携帯に一度電話してみたわ」

 

「はやっ!!」

 

 真姫ちゃんたちの行動の早さに驚く穂乃果。穂乃果だけじゃない、一年生以外は全員驚いていた。

 

「けど、仕事中なのか、全く繋がらなかったわ、一応留守電に用件は入れておいたから、そのうち折り返しが来るとは思うけど」

 

「さすがは真姫ちゃんだね」

 

「別に……これくらい普通よ」

 

 穂乃果に誉められるといつもの癖で髪を弄り始める真姫ちゃん。なんだかんだと一番あいつのことを知ろうとしているのは、真姫ちゃんなのかもしれない。

 

「一応私と花陽と凛で彼から話は、ある程度聞いているわ」

 

「手際の速さには驚きますが、でもその口振りだとあまりいい結果ではなかったかのように聞こえますが……」

 

「そうね、あの人も理由は分からないと言っていたわ、けど、そもそも沙紀に何か口止めされてたみたい」

 

「口止め? 一体何を?」

 

「さあ? それだけは話さなかったわ、けど、口止めしているってことは、沙紀からすれば絶対に知られたくないことなんでしょう」

 

 確かに真姫ちゃんの言う通り、あいつがわざわざそうするってことは、本当に知られたくないことなんだと思う。もしかすれば、あいつの隠し事のヒントに繋がるのかもしれないわ。

 

「でも……沙紀ちゃんは何を隠してるのかな?」

 

「これは古道さんの話を聞いての予想だけど、沙紀には綺羅ツバサや古道結理以外にもう一人、彼女たちと同じくらい……多分、それ以上大切な人がいる可能性があるわ」

 

「悪いけど……真姫の予想よね……本当にいるのかしら」

 

 ことりの呟いた疑問に自身の予想を話す真姫ちゃんだけど、予想の域を出てないため、絵里はあまりその可能性に確信を得られなかった。絵里と同じように確信できていない他のみんなも微妙な反応をする。

 

 けど、真姫ちゃんの予想を聞いて、あながち間違っていないと思えた。だって私は知っているから、あいつに対して何か特別に思っていた彼女のことを──

 

「篠原雪音……」

 

 気付けば私は彼女の名前を口にした。

 

 3

 

「篠原雪音?」

 

 私が口にした名前を穂乃果は疑問に思いながらもう一度口にする。

 

「誰だろう?」

 

「名字からして沙紀の肉親だとは思いますが……」

 

「にこっち……何か知ってるの?」

 

「えぇ……少しだけ会ったことがあるわ……というよりもここにいる全員一度は会っているし、話してもいるわ」

 

『えぇ!!』

 

 いきなり出てきた名前にみんな困惑しているなか、私は余計に困惑することを口にして全員驚く。

 

「どういうこと!! にこちゃん!!」

 

「え~と……穂乃果がμ's辞めるってバカなこと言った日のことは覚えているわよね」

 

「うん……覚えているよ……」

 

 私があの日のことを聞くと、穂乃果は申し訳なさそうな感じで口にした。当事者である穂乃果からすれば苦い思い出だとは思う。自分のせいでμ'sがバラバラになってしまう可能性があったと、反省していたから。

 

 他のみんなもあの日のことはよく覚えているような反応をしていた。

 

「あの日からもう一回μ'sが再結成する日までその間、あいつと入れ替わっていたのよ」

 

『えぇ~!!』

 

 まあ、みんな驚くのは仕方ないわね。部員の一人が見ず知らずの他人に入れ替わっていたなんて話、驚くなってのが無理な話よ。

 

「でも何でにこちゃんは知ってるにゃ~」

 

「私はそいつと一緒にいて違和感を感じたから、それを説明したら、そいつはあいつじゃないと認めたわ」

 

「違和感って」

 

「見た目はあいつに瓜二つってくらいそっくりだけど、そもそも三つ編みと眼鏡をしていなかったし、雰囲気や考え方も妙に違っていたわ、そして何より好みが違ったのよ」

 

「あいつ、ブラックコーヒー飲めないはずなのに、普通に飲んでいたのと、やたらところてん押しだったのよ」

 

『あっ……確かに……』

 

 私と次に一緒に篠原雪音といた花陽と凛が思い出したかのように納得した。主にところてんの部分で。

 

 短い間入れ替わっていたけど、あそこまでところてんに執着していた姿を見れば、嫌でも思い出すわよね。

 

「しかし、よく気付けたわね、にこ……沙紀ってたまにキャラ変えたりするから、てっきりそういう気分かなって普通は思うわよね」

 

「そうね、私も最初はそういう気分になりたかったと思っていたわ」

 

 あいつと篠原雪音が入れ替わる二日前に、あいつはかなり自分を追い込んでしまって、ストレスで倒れてしまった。てっきりそのストレスを発散するためにキャラを変えたとか考えたりもしたわ。

 

「けどね……何か違ったのよ……なんていうか理屈じゃなくて……あいつといるのに何故か落ち着かないって感じがしたのよ」

 

 篠原雪音があいつの振りをしていたときは、妙に波長が合わないというか、ノリが合わないというか気持ち悪い感じはした。別人だからそう思うのは普通だけど、ただ顔があいつとそっくり過ぎたから、余計にそう感じたのかもしれない。

 

「しかし、色々とあって私たちが、沙紀とあまり接する機会がなかったのもあるでしょうが、見分けるのが不可能なくらいそっくりなその……篠原雪音という方は沙紀とはどういう関係なのでしょうか?」

 

「そこまでそっくりなら姉妹何じゃない?」

 

「私もそう思ったけど、少なくとも姉じゃないとそいつは否定したわ」

 

 海未の疑問に凛は予想を口にするけど、私はそれを否定した。

 

「そもそもそいつ……おかしなことを言ってたのよ、自分とあいつの関係を当てれたら、そいつとあいつの関係も星野如月のことも全部教えてあげるって……それで姉だって答えたら──」

 

「篠原雪音は違うと言ったのね……」

 

「そうよ……ただ名前だけは教えてもらって……そいつとはそれっきりよ」

 

「にこっちのその言い方やと、名前も知らない状態で委員長ちゃんとの関係を当ててって話みたいやけど、それだと当てさせるつもりがないって言っているもんやん」

 

「そうね……でももしかしたらそいつは私だったら当てられるかもしれないって言ってたけど……ホントのところよく分からないわ」

 

 あのときのことを思い出すと、私が答えを外したとき篠原雪音は少し残念がっているようにも見えた。本当に私だったら正解できると思っていたのかもしれないけど、それは本人しか分からない。

 

「それにしても姉でもないとなると……普通は妹になるわよね」

 

「それかそっくりなお母さんか親戚くらいだよね」

 

「まあ、そういったところよね……」

 

 普通に考えるなら絵里と穂乃果の言った関係しか残らない。ここへきてただの他人はないはず。だけど、私には少し引っ掛かることがあった。

 

「にこっち……委員長ちゃんのあのことが引っ掛かるんやろ」

 

「そうね……」

 

 私と同じことを考えてた希に頷く。そういえば希も知っているんだっけ、あいつのあのこと。

 

「何のこと?」

 

「あんまりこういうこと言うのは、ダメだとは思うんやけど……委員長ちゃんのご両親が既に他界してて、天涯孤独の身やって……」

 

「それに肉親や血の繋がりのある親戚は一人もいないって言っていたわ」

 

 私は希に付け加えるように言う。そう、あいつは自分で口にしていた。自分は天涯孤独の身だって。

 

『……』

 

 その事を聞いてみんな黙り始める。それは当然だと思うわ。誰だってこんな話聞けば、暗くなるに決まっているもの。

 

「それって……本当なの?」

 

「あいつはそう言ってたわ」

 

 穂乃果は確認するように聞いてくるけど、そう答えるしかなかった。実際、あいつに聞いてみたが、同じようなことを口にした。

 

「ウチも委員長ちゃんから直接聞いたけど、あの感じはウソ吐いてようには見えなかった」

 

「けど、希やにこちゃんの話が本当なら変な話よね、天涯孤独の身である沙紀にそっくりな篠原雪音……」

 

「訳が分からないにゃ~」

 

 本当におかしな話なのよ。普通に考えれば、あいつがウソを吐いている可能性もある。けど、この件に関してはウソとは思えない。そう思うと、篠原雪音が訳の分からないことになる。けど、あれが他人の空似なんてことがあるの。

 

「せめて……沙紀以外に沙紀の家族のことを知っている人がいれば……もう少しは分かると思うけど……」

 

「そんな人いるわけ──」

 

「それなら……心当たりがあります、そうですよねことり」

 

 凛の言葉を遮るように海未はことりに話を振った。

 

「うん……私のお母さんと沙紀ちゃんのお母さん、知り合いだって聞いたことあるの」

 

『えぇ~!!』

 

 意外な人の意外な人間関係に私たちは驚くしかなかった。

 

 4

 

「単刀直入に聞きます、理事長って沙紀ちゃんの──篠原さんのお母さんと知り合いって本当ですか?」

 

「えぇ……そうよ……私と篠原さんのお母さんとはこの学校で知り合った仲よ」

 

 穂乃果の不躾の質問に理事長は少し戸惑いながら答えた。

 

 ことりのお母さん──つまり、この学校の理事長とあいつの母親が知り合いと知って、私たちは理事長のいる理事長室に向かった。

 

 その後、先に理事長に予選の結果を報告して、それからさっきの質問って流れだったってわけだけど、理事長が戸惑うのは無理もない。

 

「けど、どうして急に篠原さんのお母さんのことを?」

 

「それは……え~と……」

 

 理事長の最もな疑問に今度は穂乃果が戸惑いながら、こっちのほうを見て、私たちに助けを求める目をする。

 

「お母さん前に沙紀ちゃんのお母さんと知り合いだって聞いてたから、もしかしたら篠原雪音さんって人のことも知ってるのかな……って……」

 

 穂乃果の助けに答えて、フォローすることり。こういうとき、いくら理事長とはいえ、自分の親だから話しやすさは全然違うからホント助かる。

 

「えぇ、知っているわよ」

 

「ホント!! お母さん!!」

 

 理事長が篠原雪音について知っていると分かると、驚きの声をあげることり。他のみんなもあいつについて一歩前進することが分かり、安心する素振りを見せている。

 

 だけど、次に理事長の口にした言葉は思いがけないものだった。

 

「知っているも何も篠原雪音はその篠原さんのお母さんの名前よ」

 

 そう理事長は誰も予想し得なかったことを告げた。




彼女に様々疑問が出てくるなかで、一歩前進したかと思えば、意外な事実が発覚しました。

果たしてそれが事実なのかは次回をお楽しみに。

気軽に感想など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。次回こそは早めに投稿できたら良いなと思っています


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六十四話 篠原雪音

お待たせしました。

色々と話の整理や今回の展開で悩んでいたら結構時間が経ってしまいました。(正直、公式が虹ヶ咲やスーパースターで好きなキャラや設定を出したので満足してたのもありますが……特にせつ菜)。

それではお楽しみください。


 1

 

「知っているも何も篠原雪音はその篠原さんのお母さんの名前よ」

 

「えっ……」

 

「どうゆうこと?」

 

 理事長から告げられた思わぬ事実に私たちは困惑した。

 

 篠原雪音はあいつの母親の名前。それだけだったらここまで困惑することはなかった。

 

 しかし、沙紀の母親には困惑せざるを得ない理由がある。

 

 何故ならあいつの母親は既に亡くなっている。これはあいつの口から聞いたことだから、事実かどうかはわからない。もし、仮にそれが事実なら……。

 

 私の前に現れた篠原雪音と名乗った人物は一体何者なの。それに名前が違うとなれば、数少ないあいつの過去を知っている人物に接触する機会を失う。

 

 そうなれば古道さんからの連絡を待つしか出来なくなり、ほぼ手詰まり状態になる。ただでさえあいつの身に何が起こっているのか分からないのに、待つことしか出来なくなるのは、嫌。

 

「ホント……懐かしい名前ね……」

 

 困惑した頭で思考していると、理事長がもう会えない友人を思い出すような、どこか哀愁を漂うように呟いた。

 

 その雰囲気から何となく察せれた。既にあいつの母親──篠原雪音は既に亡くなっていることを。

 

 それは明確な事実なんだと思う。

 

 よくよく考えればあいつと違って、理事長が私たちに嘘をつく理由なんて一切ない。なら、ネガティブに考えるんじゃなく、ポジティブに考えるべき。

 

 そうなればここでするべきことは一つしかない。

 

「その篠原雪音さんについて、色々と教えていただけませんか」

 

 できる限りあいつの関係者の情報を手に入れて、母親の名を名乗った彼女の手掛かりやヒントを得るのが、得策だと思う。

 

「と言われても……私に聞くより篠原さんに聞いたほうが早いんじゃない」

 

 ポジティブに考えて質問した矢先に理事長に正論を言われてしまった。何というか幸先悪いと言うか出鼻をくじかれた気分。

 

「そういえば、今日は篠原さんは欠席だったわね、それに……篠原さんに雪音のこと聞くのは酷よね……」

 

「というのはどうしてですか?」

 

「そうね……正直、一人の生徒の個人情報の話にもなってくるから、私の立場からおいそれと教えるわけにはいかないのよね」

 

 確かに……その通りだわ。ことりの母親で、あいつの母親の知り合いであるのと同時にこの人、この学校の理事長だったわ。

 

 そんな人が生徒の個人情報を簡単に喋るわけにはいかない。色々と先走り過ぎて完全に忘れてたわ。

 

「そこをなんとかできないのお母さん」

 

「って言われてもね……篠原さんが話しにくいことを他人である私が話すわけにはいかないわ」

 

 娘であることりが頼み込むけど、それでも理事長は首を縦に振ることはなかった。

 

「そもそもどうしてそんなにも雪音と言うよりも篠原さんの事情について知りたいのかしら、それがただの興味本位で聞いているのなら篠原さんに対して不誠実だと思わない」

 

 理事長が言っていることは正しい。全くその通りだわ。あいつが隠していることを喋りたくないことを無理にでも調べだそうとするのは、あいつの気持ちを無視している。

 

 これが正しいことだとはっきり言える自信なんて全くない。

 

(にこ先輩の……夢が……叶え……るチャンス……だったのに……ごめんなさい……ごめんなさい……)

 

 ふと思い出すのは、学園祭後の屋上で雨に濡れるあいつの姿。

 

 学園祭でのμ's(私たち)の失敗の結果、ラブライブ出場辞退となった原因が自分にあると背負い込み私に謝り続けるあの姿を。

 

 正直、あいつがどうしてあそこまで自分を追い詰めてたのか私には全く理解できなかった。

 

 理解できなかった結果、あいつが篠原雪音と名乗った人物と入れ替わらないといけない状態にまでになっていたなんて知りもしなかった。

 

 それどころか知らないうち解決したのかも分からないくらいあやふやな状態で事が終わっていた。

 

 今回の件もそうだ。あいつが何を思ってあんなことをしたのか、ちゃんと知らないといけない。そうしないと私はきっと後悔するから。

 

 だからこそ──

 

「沙紀のことをちゃんと知って、向き合うべきだと思ったからです」

 

 私はそう覚悟を決めたのだから、誰に何と言われようと止めるつもりはない。

 

「……」

 

 はっきりと自分の気持ちを言いきった私に理事長は私の目を真っ直ぐと見つめる。私は視線を反らすことなく真っ直ぐ見つめ返す。

 

「確か……矢澤さんが篠原さんを部活に誘ったのよね」

 

「はい……確かにそうですけど……」

 

 あれは誘ったと言うか半ば命令だったけど。それでもあいつは私の誘いに乗ってくれた。その理由も全く知らない。それもちゃんと知るべきことだと思っている。

 

「部活の件に、それにさっきの言葉も本心で口にしていたみたいね……そうならあなたは知るべきかもしれないわね……」

 

「分かりました、矢澤さんの気持ちに免じて篠原さんや雪音について私が知っている限りのことを話します、勿論、この事は他言無用よ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 理由はよく分からないけど、話してくれる気になってくれた理事長に私は頭を下げる。

 

「さて……何から話そうかしら……まずは雪音について話すべきね」

 

「篠原さんのお母さん、篠原雪音は私も詳しくは知らないけど、旧姓の小路雪音の名義で研究者として有名な人だったわ」

 

「ウェ!! 小路雪音ってあの小路雪音!?」

 

「真姫ちゃん知ってるの?」

 

「知ってるも何も小路雪音と言えば、遺伝子工学や精神学、心理学などの研究で様々な論文や技術を産み出し、医学会に貢献してきた人よ!!」

 

 開幕早々明かされた事実にさっそく驚きはしたけど、まさか、最初に真姫ちゃんが興奮気味になるなんて思ってもみなかったわ。

 

 というか……母親が研究者で、その娘が伝説クラスのアイドルってどんな家庭よ。色々と頭おかしいわよ。

 

「そんな雪音と私とは高校時代からの悪友」

 

「悪友ですか……」

 

 普通に友人とか親友とか言うのかと思ったら、思わぬ言い回しで戸惑う。

 

「そうよ、急に朝早くからショピング感覚で、名産品が食べたいから産地まで食べに行こうなんて言い出したり、マイナーなスポーツを一緒にやらされたり、変なものの実験台にさせられたりと、他人のことお構い成しにするからよく散々な目にあったわ」

 

「滅茶苦茶ですね」

 

「そう、滅茶苦茶なのよ、なまじお金持ちの友人がいたから余計にフットワーク軽かったのよ」

 

 あいつの母親の行いを思い出して、怒っているように見えてもどことなく楽しそうに話す理事長。だからなのか心の底から嫌っているような感じは一切感じない。

 

 ただ少し話を聞いているだけでもかなりヤバイ人だとは察することはできる。

 

「そんな彼女だからよく遊ぶというよりも──よく振り回されることが多かったわ」

 

「彼女は、一言で言うと、思い立ったが吉日を体現したような人」

 

「どんな些細なことでも興味を持ったら、すぐに触れてたり、実践をするなんて日常茶飯事、それどころか周囲を巻き込むなんて当たり前」

 

「そんな好奇心と行動力が服を着たような人だったから、当時からかなりの問題児だったのよ」

 

「ただ色々と規格外だったから先生方もお手上げで、当時一緒のクラスで、クラス委員だった私をお目付け役に押し付けられて、それからは彼女とは卒業するまで一緒に行動するようになったわ」

 

「高校の三年間、主に雪音に振り回されてばかりだったけど、終わってみれば悪くない時間だったわ、だから私は少なくても雪音のことは悪友だと思っているの」

 

 向こうはどう思っているかは分からないけど、と付け加える理事長。

 

「卒業してからは大学も別になってあまり会う機会もなくなったわね、あの人基本的にこっちから連絡しないと、気まぐれ起こさない限り連絡しないから」

 

 一旦一区切り付ける理事長。話を聞いてみて子が子なら親も親みたいな話だった。正直に思ったことはまだあいつのほうが大人しかったように思えた。あいつも行動力はあるほうだけど、母親ほどではない。

 

 それが良かったと思うべきか悩ましいところだけど。

 

「それから私が家庭を持ってしばらくして、偶然、雪音と会う機会があったわ」

 

 私が余計なことを考えているうちに理事長は話を進める。

 

「そのときに初めて小学生くらいの篠原さんにも会って本当にビックリしたわね、まさか、雪音が知らないうちに結婚してて、子どもがいるなんて思ってもみなかったから」

 

「そのときに色々と話し込んで、篠原さんのお父さんは彼女が物心つく前に亡くなってること聞いて、色々とバタバタ生活しているってのを知ったわ」

 

「それに少しだけ篠原さんとお話したけど、今とはだいぶ印象が違ったわね、母親のことを呼び捨て呼んだり、表情作るのが苦手なのか、ちょっと見た目よりも冷めた感じの子だったわね」

 

「沙紀ちゃん、今とはだいぶ印象違うね」

 

「そうですね、正反対の性格をしていますね」

 

 昔の沙紀の話を聞いて、小声で話す穂乃果と海未。私も二人と同じように今のあいつとは違うとは思った。けど、ただ今のあいつより星野如月に近い感じがした。

 

「そういった偶然で雪音と話す機会があったけど、それが……ちゃんと会って話す最後の機会だったわ……それから数年後……今から二年前に雪音は事故で亡くなったのよ」

 

「二年前と言うと……」

 

「そうね、篠原さんが中学三年の頃に彼女の母親は亡くなったわ」

 

 重苦しそうに事実を伝える理事長。友人の死を話しているのだから、あまりいい気分ではないことだけは確か。

 

「私は雪音が亡くなったって知らせを受けて、葬儀に参列したのだけど……酷い有り様だったわ……」

 

「篠原さんの両親には親戚と呼べる人もなく、雪音以外の家族も一人もいなくて、親族は篠原さんただ一人……」

 

「しかも篠原さんは雪音が亡くなったこともあって、正直まともな状態ではなかったわ」

 

「葬儀の段取りのほうは篠原さんの知り合いが色々と手筈を整えてくれてなんとか進行はできたけど……そのあとのことが問題だったの」

 

「誰が篠原さんを引き取るのかとか色々な手続きをどうするのかとか」

 

「篠原さんの引き取りに関しては私や高校時代の友人が名乗りを上げたけど、篠原さんは彼女の知り合いの方に引き取られることになったわ」

 

「それから少して篠原さんを引き取った方と会う機会があって、彼女の話を聞いたけど、色々と抱え込んでしまって、対人関係や進学先の推薦を辞退したりとあまり状況が良くなかったみたい」

 

「その話を聞いて、雪音の友人として私はこの学校を薦めたわ」

 

「幸いにも篠原さんの学力ならこの学校への入学は問題なく出来そうだったから、あとは本人次第のところはあったけど、結果、彼女はこの学校へ入学してくれたわ」

 

「入学時の頃は、場合によってはこちらでフォローを視野に入れてたけど、夏休み前に状況が変わって、その必要すらなくなったわ」

 

「そして…………そのあとはあなたたちが知っての通りかしらね、だから、私が篠原さんや雪音について知っているのはここまでよ」

 

 そうして理事長は二人の親子の話を終えた。

 

 2

 

 理事長室から戻ってきたから私たちは誰も口を開かなかった。

 

 無理もないわ。理事長から聞かされた事実を受け止めるのに、みんな必死で話す余裕なんてない。正直、もう脳で処理できる許容範囲を越えているわ。

 

「これからどうしたらいいのよ……」

 

「そうね……一先ず理事長から聞いた話とこれまで話を整理するのはどうかしら?」

 

「絵里の言う通りね、理事長から聞いた事実は私たちが知りたかったものとは違ったけど、それでもかなり重要な情報だったわ」

 

 私が思わず溢した愚痴を切っ掛けに再び情報共有の流れになり始めてる。

 

 予想外の流れだけど、それに任せることにした。一人で頭の中で堂々巡りするよりもずっとマシ。

 

「まずは……そうね……沙紀の母親について情報を擦り合わせるべきね」

 

「確かに……そこからのほうが良いかも……」

 

 絵里の提案に花陽が賛成するのを内心ありがたく思った。多分、真っ先に整理しなければならないことだと思う。

 

「理事長は色々と教えてくれたけど、一番重要なのは、篠原雪音は二年前に亡くなっている点ね、二年前と言えば……」

 

「ん? 何だったっけ?」

 

「委員長ちゃん──つまり、星野如月が活動休止し始めた時期と同じ頃ってことやろ」

 

 真姫ちゃんから投げ掛けられた質問に凛は頭を抱えるけど、希がすんなりと答えた。

 

「確かに!!」

 

「ということは……お母さんが亡くなったショックで……沙紀ちゃんはスランプになったってこと?」

 

「無くは無い話ね」

 

 希の言ったように星野如月の活動休止と母親が亡くなったのが、同じ二年前。こんな偶然があるとは思えない。少なくてもこの二つの出来事は関係していると考えられる。

 

「そう仮定して整理するなら、 沙紀はアイドルとして順風満帆に活動していましたが、ある日、母親が事故で亡くなり、そのショックでスランプに陥る」

 

「そのスランプによって、アイドル活動に支障を来たし、事務所から活動休止を勧められましたが、沙紀はそれを拒否した」

 

「何とか沙紀を説得しようと、古道さんを通じてA-RISEの綺羅ツバサさんにも協力してもらいましたが、結果は二人の仲を悪くすることに」

 

「そして、沙紀のスランプは改善されることはなく、事務所から強制的に活動休止を言い渡された、と考えれば話の辻褄は合いますね」

 

「海未ちゃんが言った通りなら、沙紀ちゃんが昔みたいに歌えなくなったのかスゴく納得できる」

 

 他のみんなも穂乃果と同じように納得しているような反応している。

 

 しかし、納得できるけど、どうも引っ掛かる。身内の不幸で精神的ショックを受けて、スランプになってしまった。

 

 状況が状況なだけにあいつに非があるとは思えないし、活動休止の理由も説明すれば、キッチリとしたファンであれば納得できる。少なくても理由を説明せず、活動休止した理由にはならない。

 

 それどころか本当にこれだけならあいつがユーリちゃんに強行手段で口封じした理由が分からない。おそらくまだ何かあるはず。

 

 いや、何かじゃない。明確によく分からない問題が残っている。

 

「けど、それだけじゃあ篠原雪音と名乗った人物が何者か分からないわ」

 

 そう。一時期あいつと入れ替わっていたあいつそっくりな人物。見た目は全く一緒なのに、どこか違うと感じさせられる謎の人物。

 

「お母さんや姉妹じゃないなら、それこそ親戚じゃないかにゃ~?」

 

「でもお母さんの話だと沙紀ちゃんには親戚と呼べる人はいないって……」

 

「ん? ということは……どういうこと?」

 

 穂乃果は理解できず頭を抱え出す。そうなるのが当たり前。

 

 理事長が言うことが本当ならあいつには親戚と呼べる人は存在しない。しかし、あいつにそっくりな篠原雪音と名乗った人物はいる。

 

 うん。全く意味が分からないわ。

 

「そもそもにこがクイズに正解不正解関係なく、名前は教えるって話だったけど、実際に教えられたのは、別人の名前だった」

 

「そうなるわね……」

 

「そもそも……なんで……沙紀ちゃんのお母さんの名前を言ったんだろう……?」

 

 花陽の言う通りだわ。ウソの名前を言うにしても適当な名前ではなく、あえてあいつの母親の名前を選んだのか。

 

「そうね……パッと思い付いた可能性は二つ」

 

 真姫ちゃんは指を二本立てて、仮説を話し始める。

 

「一つは篠原雪音について調べるように誘導した、もう一つは本名を名乗れない理由があるから……かしらね」

 

「確かに前者に関しては、実際に調べて沙紀の母親について知ることができましたが……後者だとすれば……理由は分かりませんね」

 

「そうね……例えば、穂乃果に偽名を名乗った古道結理は、本名を名乗ることで自分が穂乃果に接触したことを沙紀や古道さんにバレるリスクを減らすために偽名を使った」

 

 そうね、ユーリちゃんの件に関しては理由としては有り得る話。

 

 あいつは何かとユーリちゃんに会うことを避けてた。もし、何かしらの話題で穂乃果がポロッとユーリちゃんの本名を言ってしまったら、あいつが勘づく可能性は有り得る。

 

 古道さんにしてもそう。私たちは何だかんだあの人と会う機会も多く、本名を名乗っていれば、穂乃果が同じ名字の子に会ったんですよみたいな話題を振りかねない。そうなれば、結局沙紀の耳にも入る。

 

 そういったリスクを減らすために偽名を使ったってなら賢い選択だと思う。

 

「けど、古道結理さんみたいに明確なリスクとかあるとは思えないのだけど……」

 

「正直、お母さんの名前を言って誘導したような感じのほうがしっくりくる感じはあるんやけど……」

 

「でも何か……結局ヒントは与えてるよね、自分はお母さんじゃないって」

 

「それどころか……姉妹でも……親戚でもないって……」

 

 穂乃果の言う通り、言われてみればそう。篠原雪音を調べたら結果、彼女は母親でないというヒントを手に入れた。それどころか、理事長の話通りならあいつには血縁と呼べる人もいないというヒントも一応得ている。

 

 ある意味ではクイズの残念賞として必要なキーワードを与えてくれたとも言える。

 

「少なくても篠原雪音と名乗った人物と沙紀の母親は別人であることは確定ね、私、篠原雪音──小路雪音の写真を見たことがあるから」

 

 そういって真姫ちゃんはスマホを操作して、あいつの母親の画像を私たちに見せてくれた。

 

「何て言うか……このまま順調に大人に成長した沙紀ちゃんみたい……」

 

「どこがとは言わないけど、委員長ちゃんとは大きさが全然違うやん」

 

 差し出された画像を見て、各々感想を口にする。私も見てビックリした。ある一部分があいつよりもあることよりもその見た目に。

 

 落ち着いた雰囲気のなかにどこか大人の色気を感じるけど、優しそうな人。髪型こそポニーテールにして髪を結び、メガネはかけてないけど、見た目はまさにあいつがそのまま大人になった感じ。

 

 明確に親子……というよりも歳の離れた双子っていうのがしっくりくる。私も変なこと言っているのは、分かっているけど、確実に血は繋がっていると確信できる。

 

 そして、篠原雪音と名乗った人物とは別人だと言える。

 

「理事長に言われて驚いたわ……まさか、沙紀があの小路雪音の娘だったなんて……」

 

「そんなに……スゴい人なの……?」

 

 正直、何がどうスゴいのか花陽同様私には理解できていない。

 

「そうね……色んな分野、特に医療においては技術の発展に貢献しているスゴい人なんだけど……パパ曰くかなりの変人らしい」

 

「変人?」

 

「そこは深く教えてくれなかったけど、沙紀の多芸に秀でてるのは、間違いなく親の才能を受け継いでいるわ」

 

 結局何がスゴいのかよく分からないけど、ぶっちゃけ専門用語とか言われても私には理解できない。真姫ちゃんが尊敬していることはスゴい人なんだと思っておく。

 

 ただ、確かにあいつは色々と器用にできていた。歌、ダンスしかり料理や勉強など他にも得意なことが多かった。

 

「そういえば沙紀自身も自分の母親は結構変わっているなんて話を聞いたことがありますね」

 

「へぇ~、そんな話いつの間にしてたの?」

 

 穂乃果は海未の話を深堀しようとしてる。

 

 正直、必要な話とは思えないけど、全然話が進まないので、そっちのほうが一回落ち着くのにはありがたいわ。

 

「夏休みのときに私と穂乃果、ことり、そして沙紀と一緒に遊んで、その帰り道で」

 

「思い出した!! あったよねそんなこと……あれ? そういえば、あのときの沙紀ちゃん……何時もと全然違った感じだったよね?」

 

「そういえば……あのときの沙紀ちゃん学園祭のあとみたいな感じだった……ような……」

 

「思い出してみれば、あのときもいつもと違うキャラと言うか、にこが言ったような雰囲気になっていました」

 

 何か違和感を感じ始める穂乃果たち。それ以外の私たちは当事者ではないので、置いてけぼりの状況だった。

 

「ねぇ、にこちゃん……沙紀ちゃんってブラックコーヒーって飲めないんだよね」

 

「そうね、飲むと気持ち悪くなって吐くとか言ってた……というか一回吐きかけたの見たことがあるから本当よ」

 

 何かの確認なのか、前にも話したことを聞いてくることりに私はもう一度伝える。

 

「実はそのときの沙紀ちゃんもブラックコーヒー飲んでたんだよね」

 

 穂乃果の話を聞いて私は考え始める。

 

 あいつはブラックコーヒーは絶対飲めない……。それなのに穂乃果たちその日のあいつは飲めていた……。それはつまり……。

 

「篠原雪音と名乗った彼女と会ってたってこと?」

 

「正直、少し前のことですから確証はありませんが……そうなると思います」

 

 いまいち歯切れの悪い返答だったけど、海未がそういうのは分かる。

 

「そうよね、あいつと彼女、見た目まるっきりそっくりだから見分けつかないのはしかた──」

 

「……まさか!?」

 

 突然、真姫ちゃんが何かに気づいたのか声をあげると、そのまま携帯を弄り始める。

 

「真姫ちゃん……何か……分かったの?」

 

「ちょっと待って……花陽、調べたいことがあるの」

 

 そういう真姫ちゃんの調べものを邪魔しないように終わるまで待つことにする私たち。

 

 それから数分ぐらい経つと、真姫ちゃんはとても険しい顔をしていた。

 

「恐らくだけど……篠原沙紀と彼女の関係性、それに正体も予想はできたわ……」

 

「ホント!?」

 

 さっきのやり取りと調べもので何かを掴んだみたい。一体どこから発送を得たのか分からないけど。

 

 ただ、やっと答えに辿り着いたのに、そんな険しい顔をしているせいで不安が押し寄せてくる。まるでパンドラの箱でも開けようとしているみたい。

 

「まず、結論だけ言って、そのあとに順序立てて説明するわ……篠原雪音と名乗った彼女の正体は──」

 

 真姫ちゃんが答えを口にしようとした瞬間、部室内に携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「ちょっと!! 今良いところだったのに!! 誰!?」

 

 雰囲気ぶち壊しに鳴り響く着信音。それぞれ自分の携帯を確認すると──

 

「ごめん……私……」

 

「もうにこちゃん!!」

 

「ごめん……ってか、よくよく考えたら私悪くないわよね!?」

 

「確かに!!」

 

「そんなことより早く電話に出たら? もしかしたら緊急の連絡かもしれないし」

 

「そうね……ちょっと待っててくれる?」

 

 そう言って着信相手を確認すると、表示されている名前と番号は沙紀のものだった。

 

「沙紀……」

 

『沙紀(ちゃん)!?』

 

 着信相手に思わず驚くみんなを気にせず、私は早々と電話に出る。

 

「もしもし!!」

 

 あいつの無事の声が聞きたい。理由はどうあれただ単純に無事なのが分かれば、安心できるそういった思いで大きな声を出すが、実際に電話に出たのは──

 

「もしもし、この電話、にこに~の電話で合ってるかしら?」

 

「篠原雪音……」

 

 今、正体を明らかにしようとしていた本人──篠原雪音だった。

 




如何だったでしょうか。

次回を経て、解答編へと物語は進んでいく予定です。

篠原雪音の正体とそれと同時に星野如月の真実も明かされていきます。みなさん色々と予想はされているとは思いますが、答え合わせを楽しみにしていただけると幸いです。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば解答編まで年内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十五話 そして彼女は真実に気付く

お待たせしました。何とか早目に更新することができました。

それではお楽しみください。


 1

 

「篠原雪音……」

 

『えっ!?』

 

 私が呟いた名前にみんなは驚くが、私は気にせず彼女の話を聞く。

 

「よくわたしって分かったわね」

 

「あいつは私のこと、にこに~って呼ばないもの」

 

 正直に言うと、マジで一瞬迷ったけど、呼び方で判断したら何とか間違わずに済んだ。

 

「まあ、話が早くて助かるわ」

 

「そんなことよりも何であんたがあいつの電話持ってるのよ!!」

 

「何でって……借りたからよ」

 

「借りたって……」

 

「自分の携帯を使っても良かったけど、あの子から電話だったらにこに~は無視せず絶対出るでしょ」

 

「まあ、そうだけど……」

 

 実際にそうだから否定はできない。今の状況で知らない電話番号だったら絶対無視していたから。

 

「それよりも今は一人かしら?」

 

「いや、部員全員いるけど……」

 

「そう、手間が省けたわ、みんなに聞こえるようにスピーカーにして欲しいのだけど」

 

「……とりあえず分かったわ」

 

 理由は分からないけど、彼女の指示に従い、自分の携帯をみんなが聞こえそうな位置に置く。

 

「どうしたの?」

 

「何かみんなに聞こえるようにして欲しいって」

 

 みんなに訳を話すと、私は通話の設定をスピーカーに切り替えた。

 

「切り替えたわよ」

 

「そう、ありがとう……さて、みんなは一応初めまして、でいいのかしら、わたしの名前は──」

 

「偽名を名乗るくらいなら別に名乗らなくても良いわよ」

 

「あら、もうバレてたのね」

 

「それに私とは一緒にお茶した仲じゃない」

 

「……」

 

 真姫ちゃんの言葉に突然、彼女は黙り出した。一体、電話の向こうでどんな顔をしているのか分からない。いや、彼女大して表情変わらない人だったわ。

 

「そう、そこまで分かっているのね、流石は真姫ね、もしかしてもう全員知っているのかしら」

 

「今から話そうとしてたら、あなたが割り込んできたのよ、それに私が気づけたのは偶々で、今の反応でやっと確信できたわ」

 

「なるほどね、それは良かったわ、流石はわたし……自分の運の良さが恐いわ」

 

「ふざけているのなら、今すぐにばらすわよ」

 

「ほんの真実のよ、まあ、前置きはこれまでにして、本題に入りましょう」

 

「それで一体、あんたは何の用で私に電話してきたのよ」

 

「そうね、誰か真拓に電話してきたでしょ、わたしはその折り返しの代理」

 

 真拓……確か古道さんのことよね。そういえば私たちが話し合う前、真姫ちゃんが古道さんに連絡したって言ってたっけ。

 

「一応、近くに真拓は居るけど、わたしもあなたたちに用が合ったから、代理で連絡したのよ、確認だけど、あなたたちの用件って、あの子のことよね?」

 

「あの子って……沙紀のこと?」

 

「そうよ、それならまずはあの子の件だけど、真拓が保護したから心配する必要はないわ」

 

 その報告を聞いて、私はとりあえず一安心する。他のみんなも安心した顔をしている。

 

「それとどうでもいいかもしれないけど、バカユリリ……いやバカユーリはこっちでお仕置きしておくから」

 

「別にそういうのは……」

 

「そうなの? というか現在進行形でわたしのイスなってるけど」

 

「あの……私いつまで……こうしていれば……」

 

 電話からユーリちゃんのとてもキツそうな声が聞こえてきた。どうやら向こうもスピーカーにしているみたい。

 

「いつまでって……わたしの気が済むまでよ、それと喉渇いたから飲み物持ってきなさい」

 

「それは……」

 

「もちろん、このままの体勢に決まっているじゃない」

 

「鬼!! 悪魔!! 乳デカ女!! ケツデカ!! ドS!! ところてんバカ!!」

 

「……」

 

「うおっ!! 刺激的に体重掛けて……重っ!!」

 

「……」

 

「激刺激的に体重を!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、重いって言ったのだげは謝りますから!! お慈悲を!! お慈悲をください!!」

 

 一体、向こうでは何が起こっているのだろう……。いや、考えるの止めとく。あと、重い以外は訂正する気ないのね。

 

「それで話を続けるけど」

 

 マジで何事もなく話を再開しようとする彼女。

 

「あの子、今回の件でみんなに合わせる顔がないって言ってるのよ、それどころか部活も止めて、転校するって」

 

『えっ!?』

 

 彼女から衝撃的過ぎる発言に全員驚くしかなかった。部活を辞める? 転校する? 全く状況が理解できない。

 

「ど、ど、ど、どう言うことよ!!」

 

「どうもこうも言葉の通りよ」

 

「返り討ちに合ったとはいえ、他校のバカユリリに手を出そうとしたから、アイドル研究部の不祥事ならないように責任を持って辞めるそういった理由よ」

 

「確かに沙紀がやったことを公にされれば、μ'sのラブライブ出場が取り消しになるのは明白」

 

 絵里の言う通り、あいつがやらかしたことは私たちにとってかなり不味い状況。もし、この事が誰かに漏れれば私たちのラブライブは終わってしまう。

 

 しかし、そんなことあいつが理解してないとは思えない。明らかに別の思惑があるのは確実。

 

「それにそういった理由で辞める以上、顔も合わせづらいところもあるから転校するって」

 

 確かにあいつの考えそうなことだけど……そうか、これがあいつの狙いかもしれない。

 

 不祥事を起こすことで、その責任として部活を辞め、そのまま転校する。理由なんかどうでもいい。結果的に私たちの元から離れられればそれでいいんだ思う。

 

 それが分かったところで、理由までは読めない。

 

「まあ、バカユリリがあの子拉致したからお相子ではあるけど」

 

「な、なら……こ、この……ば、罰……いらなく……ない……ですか……」

 

「これはバッサーの分よ、あとはあなたに久々に……会えたから……コミュニケーション取りたいのよ……」

 

「そ、そう……何ですか……それなら……刺激的に……嬉しい……ですけど……」

 

「まあ、後者はウソなんだけど」

 

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 おおよそアイドルの発言とは思えない罵声が携帯から聞こえてくるけど気にしない。

 

 そんな向こうの空気とは裏腹にこちらの空気は重い。理由はどうあれあいつがいなくなる可能性が現れた以上、素直に喜べる状況じゃない。

 

「それでだけど、あなた達はあの子と話したい?」

 

「話したいに決まってるわよ!! 何急に辞めるって言ってるのか、ちゃんと理由をあいつから聞かないと納得できないわよ!!」

 

 彼女の問いかけに私は直ぐ様迷わずに答える。

 

「そう……でも残念なことに、多分、いや確実にあの子、あなたたちに会うつもりはないわ」

 

「それってどう言うことよ!!」

 

「まあ、落ち着きなさい、結果はどうあれ、事が進んだ以上、あの子は転校の手続きが終わるまで、なにがなんでもあなたたちを避ける行動を取るわ」

 

「そうね……あいつならそうするわね」

 

 今回の件が計画的な行動であれば、あいつは目的達成のために冷静に対処する。そんなあいつが全力で私たちを避ける行動を取ってきたら、正攻法にやっても会うことすらできない。

 

「理解が早くて良いわ、あの子が避けると決めた以上、普通にやるなら無理、だけど、穴がないわけじゃないわ、その辺はあの子、間が悪いと言うか、運がないのよ」

 

「さて、ここからがわたしの用件よ、わたしの出す条件をクリアしたら、わたしがあの子を話し合いの場まで連れていかせるわ」

 

「それはホントなの」

 

「ええ、それは約束するわ」

 

 この後のことはあなた達次第だけど、と付け足す彼女。この口振りから察すると、彼女はあいつの味方ではないみたい。そうなると次に確認することは決まってる。

 

「それでその条件って?」

 

「それは前回と同じクイズににこに~が正解を答えること」

 

 クイズ──あいつと彼女の関係を当てるってやつね。

 

「ただし、ヒントを貰うのはありだけど、他人から答えを教えてもらうのはなし、にこに~が自分で答えを出すのが絶対の条件、これを無視したらこの話しはなし」

 

 特に真姫と名指ししてくる彼女。現状この中では唯一彼女とあいつの関係に気づいているから名指しするのは、当然。けど、この電話さえ切ってから真姫ちゃんに聞けば、バレは──

 

「一応釘を刺しとくわ、にこに~の周りにはあの子が仕掛けた盗聴機と部室のパソコン、にこに~の携帯はハッキングできるからすぐに不正はバレるわよ」

 

 私の考えを読んだかのように彼女はさらっととんでもないことを口にした。

 

『はあぁぁぁぁ!?』

 

 あまりにもとんでもない爆弾発言に部員全員騒然。

 

 盗聴機? ハッキング? あいつ何やってるのよ!! ヤバいやつだとは思ってたけど、そこまでヤバイやつだったの!? 

 

 いやいや、落ち着きなさいにこ。普通に考えて盗聴機とか、ハッキングとかあり得ない。これは私に不正をさせないためのハッタリよ。

 

 ……ハッタリよね? ハッタリだと思いたい。お願いだからウソだと言って欲しい。

 

「信じるか信じないかはあなた次第よ」

 

 彼女の冷めた口調からは冗談かどうかは確信できない。

 

 嘘か分からない以上、下手に私は答えを教えてもらうためにはいかなくなった。

 

 仮に教えてもらって、もし、信じたくないけど、真実だった場合、私たちはあいつに会う手段を失うことになる。それだけは避けないといけない。

 

「そうね、あと真姫以外のメンバーも知らない方が良いわね、この前みたいに名探偵にこに~の推理ショーみたいなので他のメンバーも納得させるだけの根拠と証拠を突き付けてほしいから」

 

「あんた……あれ気に入ってたの?」

 

「そうね、実際にわたしの凡ミスを見抜いていく様はカッコ良かったもの」

 

 正直、あれあいつならああいう場面ノリノリでやるだろうなと思いながらやってただけなのよね。それがよく分からないけど、彼女のツボに入ったのかしら。

 

 ただ、この提案のせいで事実上当てずっぽうによる解答も封じられた。

 

「さて、集合場所と時間だけど……あとであの子のメッセージから連絡するわ」

 

「分かった」

 

 これで条件と集合場所の指示は確認できた。なら最後に確認することは一つ。

 

「もし……私がクイズを外したらどうなるの?」

 

 正直、この質問の答えは何となく分かっている。けど、確認しておかないと、きっと、私は甘い判断をするかもしれない。

 

「もちろん、あの子には会わせない、ただそれだけよ」

 

 やっぱり予想通りの答えが返ってきた。

 

「そう……分かったわ」

 

「それじゃあ、実際に会えるのを楽しみにしてるわ」

 

 最後に挨拶をして、彼女は電話を切った。

 

 2

 

 学校から帰り夕食を終えて、自室に戻った私は、自分のベッドの上で横になりながら、自分の携帯を確認していた。

 

『放課後、指定の場所に真拓を送るから、彼の案内に従って行動よろしく』

 

 その彼女のメッセージのあとに送られた指定場所の住所を確認すると、どうやらどこかの公園みたい。

 

 しかも私が不正したら指定場所に古道さんが来ないからと注意が更に送られてくる。

 

 よっぽど私自身に答えを考えさせたいみたい。どうしてそこまでして私に拘るのか理解できない。

 

 そういえば、理事長も私が沙紀を誘ったから親子の話をしたとか言ってたっけ。それに理事長室から出るときもこんなこと言っていた。

 

(私もだけど、篠原さんを引き取った方は、彼女が年相応の学校生活を出来ることを望んでいたわ)

 

(辛いことがあったのなら、それ以上に幸福なことが起こらないと、割に合わない、けど、一人じゃあそういったチャンスも見つけられないかもしれない)

 

(だから、例え数は多くなくても、一人でも良いから、一緒に居て楽しいと思える人に出会えることを願っていると)

 

 あいつの人生は星野如月として、順調な波に乗っていたのを母親の死を切っ掛けに、様々な要因や不幸が重なって、どん底へと落とされた。その絶望や苦悩は本人にしか分からない。

 

 そんなあいつに私は何かしてあげられたのだろうか。正直、理事長や沙紀を引き取った人、彼女に思いに答えられているようなことをしたとは思えない。

 

 私はただ私のワガママで沙紀を部活に誘った。身勝手で自分勝手な理由であいつを誘ったの。

 

 自分の中にあった星野如月への憧れを否定されているような感覚になって、それが許せなくてつい口に出てしまった。

 

 だから、私は二人の気持ちに答えられているような人なんかじゃない。

 

「……」

 

 一旦気持ちを切り替えて、別のことを考え始める。

 

 考えていることはもちろん、彼女のクイズの答えについて。

 

 一応、彼女の電話のあとに、真姫ちゃんからいくつかヒントは貰ってはいる。けど、貰ったヒントを整理するだけで既に頭の中はこんがらがっている。

 

「ただ……何となくだけど……彼女の正体は何となく予想付くのよね……」

 

 これまで何度か会った時に薄々感じてはいたし、さっきの電話のやり取りの中でも察していた。

 

 真姫ちゃんから聞いたあいつの活動休止前の行動にもそれが現れている。

 

 何故そうなってしまったのか理由は分からないけど。

 

 私が気づかなかったのは、いや、気づこうとしなかったのは、ただ、単純に私は目を背けてただけ。

 

 もうあとがないから目を背けるのを止めただけ。

 

 彼女が私自身に答えを考えさせようとしたのも理由は分かる。

 

 もし、それが真実なら私はあいつに酷いことをしてしまっている事実を受け止めなくてはいけない。

 

 やっぱり私は理事長や沙紀を引き取った人の期待に答えられるような人じゃない。私はあいつに酷いことをしていたのだから。

 

 私はあいつに押し付けていたんだ。

 

 幻想を。

 

 偶像を。

 

 どんな顔をしてあいつに会えば良いのか、正直、検討も付かない。けど、逃げてはちゃいけない。もう目を背けてはいけない。

 

 ちゃんと一言あいつに謝らないといけない。

 

 おおよその予想を立てられたところで、私は結論付ける。

 

 そういえば、ただ真姫ちゃんは妙なことを言っていたことを思い出す。

 

(多分、にこちゃんが最初に辿り着くと思う答えはほぼ正解だと思う、ただそれだけじゃあの人の異常性の説明にはならない)

 

 沙紀の異常性と言われると、思い当たるのは、正しい性格の把握が困難になる演技力。機械のような正確な歌声とダンス。それに自己評価も異常なまでに低い。あとは見た目に関しては妙なこだわりがあるくらい。

 

 この辺に関してはこれまでの沙紀の経歴や彼女の正体からおおよそ理由は思い付く。ただ更に真姫ちゃんはこんなことも言っていた。

 

(おそらく異常性に関してもこれまでの情報と正体で説明は付いてしまうわ、けど、思い出してみて、彼女のスタンス、由来、彼女を知っている人物の共通するある言い回し)

 

 その言葉を思い出して、一つ一つ整理を始めてみる。

 

 あいつのスタンスとしては常に自分を凡人や普通などと評価している。あいつの母親の話を聞けば、確かに自分が平凡とか普通とか思うかもしれない。

 

 けど、実際にあいつは星野如月として、多くの人に笑顔や元気を届けてきたトップアイドル。そんなあいつが普通なんて言い出したら普通の定義が乱れる。

 

 でもよくよく思い出してみると、星野如月の活動休止に陥ったことに関しては後悔している。けど、星野如月として活動していたこと事態には後悔はなく、むしろ誇りに思っているような節がある。

 

 そんなあいつが自分の評価を普通だとするのはおかしな話。それに古道さんやツバサさんの話によると、マネージャーやトレーナー向きの才能と優れた観察眼がある。

 

 実際に私たちはあいつの組んだトレーニングを行い、その都度改善点を教えてくれたりとあいつの才能の世話になっている。

 

 何なら私たちの要望に直ぐ様答えて、取り入れてくれたりとバッサリとダメな点を口にしてくれたりと、かなり自信を持ってないと、こんなことできない。

 

 つまり、この才能はあいつにとって自身の長所だと自覚しているはず。なら、この普通というあいつの中の定義は一体なに。

 

 次に由来に関しては、あいつの芸名について。

 

 星野如月という名前は古道さんが沙紀のフルネームを並び替えて、一番のアイドルになるように一を付け足したものらしい。

 

 だから特に何かおかしいことない。篠原沙紀=星野如月であることは変わりのない事実。

 

 最後に彼女を知っている人物の共通するある言い回しについて。

 

 沙紀を昔から知っている人物と言えば、星野如月とユニットを組んでいたユーリちゃん。中学時代の親友ツバサさん。星野如月のマネージャーの古道さん。

 

 この三人との今までの会話を思い出してみる。

 

(久し振りの再会だって言うのに、相変わらずあなたは陰気臭いと言いますか、根暗のくせに前よりもスタイルが良く……)

 

(あなたのスタイルは遺伝だとしてもその胸は反則です、なんですか、少しくらい私にも分けてもいいじゃないですか)

 

(うぅ……ごめんなさい……)

 

(止めなさい、嫌がってるでしょ)

 

(はぁ~、ツバサ……あなたにこれを庇いだってする理由ないじゃありませんか)

 

(それでえ~と何だっけ、そうだ私とこの子の関係だっけ?)

 

(私とこの子は……中学の頃の先輩後輩? アイドルとファン? 師匠と弟子? そういうの色々と引っ括めて親友ってところね)

 

(更にトップアイドルとして実力も経験も申し分なく、人のポテンシャルを見抜く観察眼とそれを向上させる知識をも兼ね備えた星野如月をマネージャーに据えている)

 

(久し振りに会うけど、君は相変わらずだね)

 

(まさか、あの子がスクールアイドルのマネージャーを引き受けるなんてね……)

 

 今までのいろんな会話を覚えてる限りで、思い出してみるけど、特におかしな点は……。

 

「イヤ待って!! なにこれどういうことよ!?」

 

 三人の会話の思わぬ共通点に気付いて、思わず大声を出してしまう。

 

「これは偶然……? それとも意図的に……?」

 

 三人が三人ともあいつに対して、あることを明確に避けて会話している。

 

 そもそも私の時もあいつは何て言った? 

 

 私はあいつに初めてあることを聞いたときのことを思い出してみると……。

 

「!?」

 

 ハッキリとは口にしていないことに気づいた。

 

「イヤイヤイヤ、どういうことなの、どういうことなの!?」

 

 理解ができない。理解できないが、真姫ちゃんが提示したヒントの辻褄やあいつの行動が気持ち悪いくらいにどんどん綺麗に噛み合ってくる。

 

 それがまるで真実のように。私の頭は理解しようとしないまま、勝手に答えに辿り着こうとする。

 

 あいつがあそこまでして本当に隠したかったこと。あいつの歌とダンスに中身がなかった理由。

 

 その全ての答えに辿り着いてしまった。

 

「じゃあ……なんであいつは……入部したのよ……」

 

 私が一番知りたかった理由以外を残して、私は彼女の正体に気付いてしまうのだった。

 




如何だったでしょうか。

にこが真実に気づいたところで、次回から解答編が始まります。

彼女が気づいた真実。星野如月の身に一体何があったのか。それら経て彼女たちの結末に繋がる物語に進んでいきます。

一体にこは何に気づいたのか。この物語において予測できるようになっております(私自身のミスがなければ)。

次回の更新までその答えを楽しみに待っていただけると幸いです。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば解答編まで年内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十六話 彼女は一体誰なのか?

お待たせしました。

ついに解答編スタートです。

それではお楽しみください。


 1

 

 翌日の放課後、彼女に指定された公園にやってくると、約束通りそこには古道さんが待っていた。

 

「どうやらみんな揃っているみたいだね」

 

「お待たせしてしまったみたいですいません」

 

「気にしなくてもいいよ、こうして会うのは、夏のイベントのとき以来かな?」

 

「そうですね、その節はお世話になりました」

 

 何て挨拶を絵里に任せておいて、周囲を確認すると、特に何かあるわけでもなかった。

 

 てっきり何かあってこの場所を指定したのかと思ったけど、本当にただの集合場所に選んだだけかもしれない。

 

「今回の件、色々と君たちを巻き込んですまないと思っている」

 

「いえ、気にしないでください、古道さんが悪いってわけではないんですから、それに沙紀を保護してくれましたし」

 

「いや、今回の件だけでなく、他の件でも家の妹がμ'sに迷惑かけたかもしれないので」

 

 深々と頭を下げる古道さん。別に私たちは気にしていないが、やっぱり思うところはあるんだと思う。それよりも……。

 

「あっ、やっぱり結理ちゃんって古道さんと家族だったんですね」

 

「と言っても僕の嫁の妹なんで、義理だけどね」

 

 穂乃果の質問に答える古道さん。なるほどユーリちゃんとは親戚の間柄ってことだったのね。というか古道さん結婚してたのね。

 

「それじゃあ、彼女が待っているからそろそろ行こうか、付いてきてくれるかい?」

 

「はい、分かりました、ただ……どこへ向かうんですか?」

 

「彼女たちの家さ」

 

 話の区切りが付いたところで古道さんは私たちを案内し、彼に付いていく。

 

「古道さん……一つ聞いても良いですか?」

 

「なんだいにこちゃん?」

 

 あいつの家に向かう途中で、私はあることを確認するため彼に尋ねた。

 

「古道さんは初めから知ってて付けたんですか」

 

「……そうだね」

 

 私の質問の意図を理解して、古道さんは間を空けてから答えた。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言うと、私はそれ以上彼とは会話をすることはなかった。聞きたいことは聞けた。

 

「そういえばここって……有名な事故物件があるところやん」

 

「ちょっと……希……変なこと言わないでよ……」

 

 へぇ~そうなのね。というか何でそんなこと希が知っているのよ。

 

「さて、ここが彼女たちの家だ」

 

「ここが……?」

 

「沙紀の家?」

 

 古道さんに案内された場所を見て、みんな困惑する。だって案内されたのは人気のないアパートだった。

 

 とてもトップアイドルが住んでいるような家ではない。それどころかどことなく不気味な気配を感じる。

 

「というかさっき話してた事故物件やん」

 

 訂正、ガチで不気味な家だった。

 

「本当に沙紀ちゃんがここに住んでるの!?」

 

「……そうだよ」

 

 穂乃果の質問に苦々しい表情で答える古道さん。彼自身もあいつがここに住んでいることに対して、不満があるみたい。

 

「僕は次の準備があるからこの辺で、庭の方で彼女が君たちを待っているから」

 

 意味深なことを言いながら古道さんは去っていった。次の準備とは何のこと? まあけど、そんなことよりも庭に彼女がいるのね。

 

 そうして古道さんの言われた通りにアパートの敷地の中に入り、庭の方へ向かうとそこには──

 

「待っていたわ」

 

 彼女が四つん這いなったユーリちゃんを椅子にしながら座って待っていた。

 

 まだそのネタやってたの……。

 

 2

 

「わざわざ我が家に来てくれてみんなありがとう」

 

 淡々とお礼を言う彼女だけど、当然、彼女の話しなど耳に入るわけもなく、彼女の椅子になっている真顔のユーリちゃんの視線は奪われる。

 

「……」

 

「どうしたの、みんな黙りこくって」

 

「どうしたもこうしたもないわよ、あんたの椅子にしているその人って……」

 

「どうもイスです……」

 

「イスって言ってるじゃない」

 

「いや、あんたたちのプレイにどうこう言うつもりはないけど、ネタでやっているなら滑ってるわよ」

 

『……』

 

 私の指摘に二人は突然黙り始めて、何事も無かったように立ち上がる。

 

「ちょっとタイムいいかしら」

 

「どうぞ」

 

 よく分からない確認だけど、訳が分からないけど私は承諾する。

 

「ちょっとユリリのせいで滑ったじゃない、どうするつもり、今からシリアス始める雰囲気だったのに」

 

「はあ!? 私のせいにするんですか!? ふざけないでくださいよ!! 乗っかったあなたも同罪ですから!!」

 

「何か楽屋裏みたいな会話が始まったわね……」

 

 急に喧嘩を始める二人に絵里はそんなツッコミを入れる。

 

「そもそもユリリはバラエティアイドルなんだからもうちょっと受けるように笑いを取りなさいよ」

 

「私がバラエティアイドルだって!? 言ってはならないことを口にしましたね!!」

 

「実際にどうなん? にこっち、花陽ちゃん」

 

「え~と……」

 

「最近はそっちも多いわね」

 

 ファンを楽しませるために、色んなことに手を出してることもあって、一発芸披露的なノリでバラエティーに出てくるのが最近のユーリちゃん。

 

「ほらっ!! 多いだけですから本業はちゃんとアイドルしてますよ!!」

 

「多い時点でユリリはもうバラエティアイドルよ」

 

「止めて!! それだけは路線的に刺激的に早すぎるから、口にするのを止めてほしいです!! まだ王道路線で舞えますから!!」

 

「一体……何の話を聞かされてるのですか私たちは……」

 

「さ、さあ……」

 

 マジで困惑する海未とことり。私だってこんな話聞きたくないわよ。悲痛すぎる。

 

「というよりも……滑ってるよりか私的には小さいユーリちゃんの上に大きいあんたが乗っていることにドン引いたけど……」

 

 パッと見の絵面が幼児虐待的なものにしか見えなかったのよ。

 

「刺激的にあなたのせいじゃないですか!! デカ女!! 尻デカ!! デカパイ!!」

 

「はいはい、この件はわたしのせいで良いし、あとでアイス買ってあげるわよ」

 

「良いんですか!? やった~もちろん高いやつですよね」

 

「それで良いわよ」

 

「流石はパイがデカイだけはある!!」

 

「チョロ……」

 

 何か勝手に話を進めて、勝手に折り合いを付けて、楽屋話を終わらせた。というよりも彼女がめんどくさくなって止めた感がすごいわ。

 

「さて、待たせたわ」

 

「正直、もう帰りたかったわ」

 

「何よ、わたしたちのトークで場を温めたのに……ねぇ、ユリリ?」

 

「穂乃果さん、二日振りですね~」

 

「えっ、うん……そうだね、二日振りだね」

 

 同意を求めた彼女をガンスルーして穂乃果に絡みに行くユーリちゃん。

 

「簡単に足並みを揃えさせてくれないわね……」

 

「そうね……」

 

 何て声を掛ければいいか分からないから同情しておく。そもそも何でユーリちゃんここにいるのよ。

 

「同情なんていらないわ、あと、ユリリ関しては何か勝手に来ただけ」

 

「勝手に来ただけって失礼じゃないですか!! ねぇ~花陽ちゃん」

 

「えっ!? その……え~と……」

 

 私の思考が(何か知らないけど)読まれたせいで花陽を困らせる流れになってしまったわ。

 

「明らかに自分の味方してくれる人に話を振るのは止めなさい、花陽が困っているわよ」

 

「ハ~イ、ごめんね、花陽ちゃん、あっ、いつもの応援ありがとうね」

 

 彼女に注意されると花陽に手を振って彼女の隣に戻るユーリちゃん。今のはユーリちゃんなりファンサービスだったのかしら。

 

「気を取り直して……一応確認だけど、わたしの元へ来たってことは答えの検討が付いていると思っていいかしらにこに~」

 

 下らないお喋りが終わったところで、彼女は私の方を真っ直ぐ見つめる。

 

 明確に流れが変わったことを理解できた私は、心を落ち着けるため深呼吸して雑念を取り払う。他のメンバーも空気が変わったのを察して、静かに私の方を見て見守る。

 

 色々と思うところはあるけど、今は深く考えない。私が答えないことには全てが何も知らないまま終わる。だから、真っ直ぐ彼女を見て──

 

「もちろんよ」

 

 ハッキリと答えた。まずは先に進むために今は迷いを片隅に置いて。

 

「そう……なら、答えを聞かせてもらうわ」

 

 何時もと変わらない冷淡で冷めた口調だが、どことなく真面目な雰囲気を感じる。

 

 彼女の態度を感じた私はゆっくりと口に始める。

 

「あんたの正体は……篠原沙紀本人ね」

 

 そう、私は静かに答えた。

 

 3

 

「あんたの正体は……篠原沙紀本人ね」

 

 私がクイズの答えを口にすると、後ろで聞いていた他のメンバーがざわめき始めた。ただ一人真姫ちゃんを除いて。

 

「にこちゃん!! どうゆうこと!? この人が沙紀ちゃんって!?」

 

「言った通りよ、穂乃果……目の前にいるあいつは沙紀……元中学生トップアイドル──星野如月よ」

 

 穂乃果が言いたいことは分かるし、混乱するのも分かる。他のみんなも穂乃果と同じ反応をしている。

 

「みんな、にこに~の答えに混乱しているみたいね」

 

「分かっているわよ、だから、これからそう結論した根拠を言うわよ、というかあんたがそういう流れにしたじゃない」

 

「そうね、わたしの提案だけど、それはさておき、聞かせてくれるかしら、何故その結論に至ったのか」

 

「でもその前にややこしいことになっているからある程度段階を踏ませて欲しいんだけど」

 

「もちろん、良いわ、一気に納得してなんて不可能だから」

 

 私の提案を了承してくれたことにホッとする。この話は意図的にややこしくされていたから、全部言った上でみんなを納得させろなんて、私一人じゃあ難しい。

 

 こうして彼女から了承を得たので、私は話し始める。

 

「まず前提として、μ's再結成の時点で私が彼女の正体が当てれるようになっていたのよ」

 

 彼女自身、私が答えれると思ってクイズを出していた節があるのは、口振りからも分かっている。

 

「その時点で私はあいつの両親は亡くなっていることや姉妹や親戚、血の繋がった人が居ないことを知っていたわ」

 

「単純にあいつがウソを言っている可能性もあったけど、昨日の理事長の話を聞いて、この話がウソではないって確証を得てる」

 

「となれば、考えられる可能性は一つ、目の前にいる彼女は沙紀自身ってことになるわ」

 

 消去法で考えれば必然的にそうなる。推理もへったくれもない。むしろ当てさせるための質問。

 

「確かに言われてみればそうとしか言えないわね」

 

「むしろ、変に難しく考え過ぎてたのかもしれませんね」

 

 私の話を聞いてみんなは納得してくれたような反応をしてくれる。正直、ここはすんなり納得してくれるだろうって確信はできてたけど。

 

「さあ、みんな納得したわよ、あんたが答えてくれないと先に進めないわ」

 

「そうね、良いわ……まずは正解よ、にこに~の言う通り、わたしが篠原沙紀よ」

 

 私が答えるように急かすと、すんなりと彼女は答えてくれた。

 

「なんだ~、本当に沙紀ちゃんだったんだ~そうならそうって言えば良いのに~」

 

「安心するのはまだ早いわよ、穂乃果、言ったでしょ段階を踏むって」

 

「段階を踏むってどうゆうことや、にこっち? この子委員長ちゃんなんやろ?」

 

 安心しきってる穂乃果に私は釘を刺すと、話を聞いていた希が疑問の顔を浮かべる。

 

「逆に聞くけど、何で希は目の前のこいつが沙紀って簡単に受け入れられたの?」

 

「何でって……この子が委員長ちゃんやったら、単純に別人を演じてたってことやろ?」

 

 希はそれがごく当たり前のことのように言う。他のみんなもそれが当たり前みたいな空気を出している。

 

「そうね、あいつは演技するのは上手いわ、別人を演じるなんて余裕よ、みんなもそれはよく知っているわよね」

 

 私の問い掛けにみんなは頷いてくれた。散々今まであいつの行動を見ていたからこそってのはあるけど。

 

 さて、問題はここからよ……。ぶっちゃけ私一人で全員を納得させろなんて無茶よ。そう思いながら私は真姫ちゃんの方をチラッと見ると、真姫ちゃんは呆れたように溜め息を付いた。

 

「はぁ~しょうがないわね……必要に応じて助言や補足しても良いわよね?」

 

「それくらいなら良いわよ」

 

 真姫ちゃんのサポートを認められたところでほぼ肩に寄り掛かる気持ちで話を進める。

 

「けど、思い出してみて、この質問の発端は私が知っているあいつとは別人だっていうのに気付いたことが原因よ」

 

「そういえば、昨日にこが沙紀とこの人は別人って言ってたわね、好みとか考え方とか色々と沙紀とは全く違うって」

 

「けど、そういう演技をしてただけじゃないかにゃ~?」

 

 私の話を聞いて、絵里は昨日話した内容を思い出す。そして凛は予想していた通りのことを言ってくれた。

 

「そうね、そういう演技をしていたのかもしれないわね、けど、別人を演じるだけなら別のキャラでもいいのに、何でわざわざ星野如月のときに演じてたキャラをやったのかしら?」

 

「確かに……あのとき……何で如月ちゃんの時みたいな……喋り方や格好しているんだろうって……思っていた、あんまり正体がバレるの嫌がってたのに……」

 

 私が投げた問い掛けに花陽が答えてくれると、何人かはハッとした表情をした。

 

 そう。花陽の言う通り、あいつは自分が星野如月だってバレるのを嫌がっていた。なのにどうして、あのとき、星野如月と同じキャラを演じていたのか。そんなことをすれば、自分が星野如月だってバレるリスクが高くなるのに。

 

「それに演技するにしたって自分の好みだって変える必要あるかしら、それも飲むと気持ち悪くなるようなブラックコーヒーを数日も飲もうだなんて」

 

「う~ん……ちょっと……無理かな……」

 

 ことりが苦笑いしながら答える。普通はそうだ。苦手なものを大好物みたいに飲み食いするにしても一日が限界。下手したら一日も持たない。それを目の前のこいつは普通にやった。まるで元々好物だったかのように。

 

「それにもう一つ理解不明なところで演技していたところがあったのよ」

 

「理事長が昔のあんたたち親子の話をしたときに、あいつに対して『表情作るのが苦手なのか、ちょっと見た目よりも冷めた感じの子』 って言っていたわ」

 

「その話を聞いて、今の沙紀ちゃんとは全然雰囲気違うよね、明るいし、表情も分かりやすいから」

 

「そう、あいつとは性格は全然違うけど、今のこいつの特徴とはガッチリと合うわよね」

 

 そう目の前の彼女に視線を向ける。目の前の彼女は表情がほぼ変化せず、冷めた表情を常にしている。口調も冷めた感じがある。

 

 あいつよりも目の前の彼女の方が理事長の話していた人物像がピッタリ合う。

 

「でも……やっぱり沙紀ちゃんが演技してただけじゃないの?」

 

「理事長があいつに会ったのは小学生のとき、星野如月が活動し始めたのは中学生のとき、理事長に会ったときに演技する必要性が全くないのよ」

 

 アイドルをやっているならまだしも、ただの小学生がキャラを演じる理由なんて、あったとしても遊びくらい。

 

「まあ、散々あいつが演技が上手いってのは、みんな知っているけど、そもそも何であいつは別人の演技をよくやったりするのかしら?」

 

「それも昨日話しましたね、人と距離を取り、自身を曖昧にしていると……」

 

「そうね、至るところで別人を演じ、自分のキャラを曖昧にすることで、例えば、中身が入れ替わっていても、ただあいつが別人を演じていると思わせられるように」

 

「中身が入れ替わるってどういうこと?」

 

 私の例え話に穂乃果が食いついてくる。

 

「簡単な話よ、あいつが演技をしていた理由はある事実を隠すため、それは……篠原沙紀が二重人格であることを隠すためよ」

 

「二重人格ってマンガとかドラマとかであるあの?」

 

「そうね、現実にそういった事例がいくつもあるわ、沙紀の場合は一つの身体に二つの心があるってこと」

 

「普段とは違う人格が突発的に一定期間現れて、元の人格に戻る、分かりやすく言えば、急にキャラが変わって急に元のキャラに戻るって感じね」

 

 凛の疑問に真姫ちゃんが補足をしてくれる。マジで助かるわ。

 

「確かに沙紀ちゃんはキャラ変わったりするけど、ただ単純に演技しているだけじゃないの?」

 

「そう思わせることこそがあいつの狙いだったのよ、自分が演技が上手いってことを周囲に思わせておくことで、人格が入れ替わっても違和感を持たれないようする」

 

 木を隠すなら森の中と言うように、別人格を隠すなら、演技したキャラの中一つにすると言った手。

 

「言われてみると、理屈は通っているように思えるけど……納得できるかと言えば……難しいわね」

 

 絵里の言う通り、この件に関しては状況証拠的なものしかない。本人が口にするか、物的証拠があれば納得させられるけど。

 

「はぁ~そうなるとは思ってたわ、念のため、準備してて正解だったわ、篠原沙紀は二重人格で間違いないわ、だって彼女、昔パパの病院でそう診断されていたわ」

 

「はあ!?」

 

 思わぬ援護に思わず大声を上げてしまったわ。それガチもの証拠じゃない。

 

「昨日言ったでしょ、パパから小路雪音がどんな人か聞いたことあるって」

 

 そういえばそんなこと言ってたわね。さらっと口にしていたから忘れてたわよ。理事長も何か金持ちの知り合いがいたとか言ってたけど、もしかして。

 

「正確にはママの友達だったらしいけど、そんなことはいいわ、昔、パパの病院で篠原沙紀は診察を受けて、二重人格だと判明した、これは事実よ」

 

 あっやっぱりそうなのね。というか医者の診断結果と言うめちゃくちゃ強い証拠を突き付けられて、みんな納得せざる追えなくなったわ。

 

「……そうね、にこに~や真姫の言う通り、わたしたちには二つの人格があるわ」

 

 明らかに向こうも予想してなかった感じが出しながら答えてる。さすがにこのパターンは予想できないわ。

 

「……」

 

 しかし、改めて向こうが肯定したことでみんなあいつが二重人格だったことに困惑するしかない。まあ、すぐに受け入れるなんて無理だわ。私だってまだ受け入れてないもの。

 

 けど、まだ終わりじゃない。

 

「あんたがあいつの別人格だって分かった以上、聞くけど、あんたが星野如月として活動していたのは間違いない?」

 

「そうね、ここは素直に答えるわ、その通りよ、星野如月としてメインで活動していたのはわたしよ」

 

「メインってことはたまに入れ替わってたってことね」

 

「そうね、けど基本はわたしが歌って踊って、あの子がわたしの歌やダンスの微調整をしてくれてたわ」

 

「そう……」

 

「にこっち……今の確認なに?」

 

 私の反応に心配そうな声を掛ける希。心配してくれるのは嬉しいけど、もうそんなこと気にしてられない。

 

「じゃあ……やっぱり……あいつは……星野如月──篠原沙紀じゃ……なかったのね……」

 

 自分がやらかした罪を実感しなければいけないのだから。

 

「にこそれってどういうこと!? 沙紀が沙紀じゃないって!?」

 

 私の発言に説明を求める絵里だけど、正直、もう既に頭の中は罪の意識でいっぱいで何も答えられない。

 

「やっぱりそうなるわよね……」

 

 何処か冷めたように口にする彼女……いや、沙紀。けど、それは突き放したような口振りではなく、どことなく後ろめたさを感じる。

 

「にこちゃんの代わりに私が説明すると、篠原沙紀が二重人格だと分かった上で、古道真拓、古道結理、そして綺羅ツバサの会話を思い出してみると、ある共通点があるわ」

 

 喋れなくなった私の代わりに真姫ちゃんが話してくれる。

 

「みんなそれぞれ私たちの知っている沙紀に対して、誰も彼女のことを沙紀とは呼んでないのよ」

 

『……』

 

 みんな真姫ちゃんの言われた通り、三人の会話を思い出して、少しずつ青ざめた表情をし始める。

 

「じゃあ、私たちの知っている沙紀が沙紀じゃないなら、篠原沙紀とは一体誰なのか……それは自分がメインで星野如月として活動していると言った目の前の彼女よ」

 

「元々星野如月という名前は名付け親である古道真拓さんが篠原沙紀という名前を並び替えて更に一を足したもの」

 

「つまり、篠原沙紀は星野如月である以上、逆も当然、星野如月は篠原沙紀であること」

 

「結論、主人格は今、目の前にいる彼女──沙紀であり、私たちが知っていた沙紀と名乗っていた人格は本来の篠原沙紀の別人格ってことよ」

 

『……』

 

 真姫ちゃんの結論にみんな黙るしかなかった。それもそうよ。そんなこと言われても信じられるはずないわ。けど──

 

「そうよ、私が篠原沙紀よ」

 

 彼女はそう断言するのだった

 




如何だったでしょうか。

これこそが彼女が隠していたのも。

何故、彼女が隠していたのか。何故、打ち明けられなかったのか。そもそも何故星野如月は活動休止したのか。

それら一つ一つ明かされていき、それを知ったにこはどうするのかそれをお楽しみに。

次回は何故星野如月は活動休止したのか、この真実が明かされる予定です。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も年内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十七話 沙紀ビギニング その一

お待たせしました。

解答編二話目何とか年内に投稿ができました。

それではお楽しみください。


 1

 

 わたし──篠原沙紀には物心付いたときから、二つの人格が宿っていた。

 

 一つは星野如月として活動していたわたし。

 

 もう一つはあなたたちのマネージャーをしていたあの子。

 

 何時からこの身体に二つの人格が宿っていたのか、正確には分からない。ただ気づけば、あの子はわたしの側にいた。

 

 そんなわたしたちの関係は常に対等。例えるならコインの裏表。

 

 ただコインにはどちらが表か裏かと基準があるけど、わたしたちにはそれがない。ニワトリが先か、卵が先かみたいにどちらが表か裏なんて誰にも分からない。

 

 同じく身体、同じく時間を共有するニ心同体。それがわたしたちとわたしは思っているわ。

 

 でも身も蓋もない話、偶々わたしが多く表に出ていたせいで、沙紀ということになっているのだけど。

 

 それはさておき、ここからは何を話そうかしら。

 

 まずはわたしのことを知ってもらうことから始めましょう。

 

 わたし──沙紀は幼い頃からこう見えてとても好奇心が強い女の子だった。

 

 昔からテレビやマンガが大好きでそれをきっかけに色んなスポーツや習い事に興味を持つことが多かった。

 

 幸いにも母親である雪音も近い性分だったのか、すんなりとわたしの興味の持ったスポーツや習い事をやらせてくれた。

 

 そんな軽い感じで何でもやれて、いざ、色んなことを始めてみると、どんなことでも手際よくこなせていたわ。

 

 昔からわたしは器用というか、感が良いというかやることなすこと上手くいきやすいタイプ。

 

 スポーツならすぐさまレギュラーのスタメンだったり、習い事であればコンクールを取れるのが日常茶飯事。だからか周りからは天才なんて持て囃されたりもした。

 

 わたしも周囲からそんな評価をされること事態は悪く思わなかった。むしろ、マンガ好きのわたしにとっては、自分が天才ポジションにいることで、主人公的な存在が現れることを期待していたわ。

 

 わたしと張り合ってくれる相手。言ってしまえばお互いを高め合うライバルの存在を待っていた。

 

 けど、そんな相手は一向に現れないどころか、わたしの才能を目を妬む人やわたしを見て離れていく人ばかり。

 

 元々表情とか喋り方の勘違いされることも多くて、それも相まって居心地が悪くなり、気づけば興味も消えていった。

 

 それが一度や二度だけじゃなく、何度も何度も繰り返されてわたしは色んなスポーツや習い事を転々としていたわ。

 

 そんな自由奔放なわたしに常に振り回されていたのがもう一つの人格……あの子。

 

 あの子はわたしとは正反対で表情は豊かだけど、大人しくて不器用な子だったわ。あまり多くのことに興味を持たず、好きなことも特にないというよりもそんな余裕がなかった。

 

 幼い頃は気軽に身体の主導権を変えることが出来なかったわ。一度入れ替わると眠るまで入れ替わることはなく、そのあと目が覚めてもそのままってことがざらにある。

 

 それに身体の主導権がないときは視覚や聴覚は共有されてけど、実感はあまり感じない。まるで夢を見ている状態。

 

 そのせいもあって幼い頃はお互いにお互いの存在を認識できていないのもあって酷い有り様。

 

 わたしは持ち前の器用さと直感で大抵のことはなんとかなったけど、不器用なあの子にはキツイ状況が多かった。

 

 例えば、大事な大会の日にあの子が身体の主導権を握ってしまったことがあったわ。

 

 チームのエースである自分が休むわけにはいかないと思い、大会に出るのはいいけど、結果は見事に惨敗。

 

 当然の結果よね。実際に経験していないことをやれと言われて出きるのかって話。例え別の人格が経験したことでも自分で経験して積み重ねなければ、上手くいくことなんてほとんどない。

 

 だからあの子が悪いって訳じゃない。仕方ないと、次から気を付ければいいと割りきれれば良かった。

 

 けど、他人から見たらそうじゃない。

 

 突然、篠原沙紀が今まで出来ていたことが出来なくなっているという事実。

 

 それも間の悪いことに一番大事な場面で。

 

 普通なら周りが心配してくれるけど、わたしの器用さと態度が裏目に出てしまったわ。

 

 わざと手を抜いたのではとか、バカにしているのかとか、謂れのない批難や中傷的な言葉があの子を襲った。

 

 本来ならわたしに返ってくるべきものが、非のないはずのあの子に全て押し付けてしまうことに。それも一回だけではなく、表に出るたび、何度も何度も呪いのように。

 

 幼いあの子にとってその繰り返しは耐え難いストレスでしかなかった。

 

 自分以外の他人は何故か怒ってくる恐怖の対象であり、何事も上手くできないのは自分が悪いのだからと卑下する。

 

 誰一人として自分を肯定してくれる人などいない。そんな生活が幼いあの子の心を磨り減らしていった。

 

 そして追い討ちをかけるようにわたしたちが二重人格だと気付くきっかけがあった。詳しいことはよく覚えていないけど、おそらくテレビかマンガで多重人格のことを知ったからだと思う。

 

 わたしは自分にもう一つ人格があると気づいて正直わくわくしたわ。こんなに近くに色んなことを共有できる相手がいるなんて思いもしなかったから。

 

 きっと、お話しできたら、一緒に遊べたら、もっと楽しくなるんだと、いつか色んなことができる日を楽しみにしていた。

 

 けど、あの子は違った。あの子は自分が病気そのものだと思い込んでしまった。

 

 病気は直さないといけないもの。じゃあ、二重人格を直すには。どちらかが消えるしかない。けど、消えるのは。当然、自分自身しかいないと。

 

 極端な話、二重人格であることがバレたらあの子は自分は死ぬんだと勘違いをしてしまい、誰にもバレないような振る舞い始めた。

 

 この日から他人に怒られる恐怖にプラスして、自分が消えるかもしれない恐怖に変わってしまった。

 

 自分が表に出てる間は沙紀(わたし)として振る舞い、陰で練習や勉強して少しでも違和感を無くそうと必死だった。けど、限られた時間だけで多くのものを得るには無理と気づいたあの子は別の手段を取ったわ。

 

 見て覚える。

 

 言うのは簡単だけど、実際にやるには困難な方法をあの子は選んだ。

 

 視覚が共有できるなら近くにいる上手い人から見て覚えてしまえば効率が良い。勉強だって黒板に書かれていることや教科書に乗っていることを覚えてしまえば終わりだと。

 

 幼い子どもでありながらも追い詰められていたからかそんな極端な思考に捕らわれてしまった。

 

 そんなの普通は上手くいかないはず。だけど、あの子の極限的に追い詰められていた精神がそれを可能にしてしまった。

 

 自分に足りないものを周囲から写し撮り補強し、沙紀(わたし)という仮面を被り自身を偽る。それが結局のところ、自分で自分の存在を否定し、消し去っているという矛盾に気づかずに。

 

 そしてあの子は数年近くわたしたちが二重人格であることを母親である雪音に気づかれることなく、隠し続けた。

 

 まあ、でも最終的には雪音にバレてしまったけど。

 

 ただ、雪音がその事実を知った上で、何事もなくわたしたちをそれぞれ一人の娘として受け入れてくれた。

 

 そしてわたしにそのまま沙紀という名を、あの子にも別の名をくれた。

 

 そのお陰なのか分からないけど、あの子の精神は少しは良くなって、お互いがちゃんと認識し合えるようになり、ある程度は融通が聞くようになったわ。

 

 身体の主導権を基本的には何時でも切り替えられるようになったり。ようやくお互いに会話もできるようもなったわ。

 

 それでもあの子は表に出ようとはしなかった。過去のトラウマや周囲に対する恐怖心はなかなか抜けるものじゃない。

 

 結局、表に出ても今までとは変わらず、沙紀として振る舞って自分を偽り続ける。

 

 わたしも自分の好奇心が抑えきれないからまた色んなことに手を出したわ。それであの子に負担を掛けたけど。

 

 ただあの子の存在にちゃんと気付いて、わたしの中で一つ考えが変わったわ。

 

 二人で心の奥底から楽しめるものを見つけたいって。

 

 そんな出逢いや出来事が見つかるように探し続けた。

 

 2

 

「──と一先ずはそんなところね」

 

 話が一区切りついたところで、沙紀は一旦話すのを止めた。ずっと喋って疲れたのか用意してあった飲み物を飲む。

 

「え~と……つまり……沙紀ちゃん……じゃなくて、え~と……」

 

「今はわたしのことは如月で、あの子のことは今まで通り沙紀って呼べばいいわ」

 

 穂乃果は二人の名前で困惑していると、沙紀改め如月はそう提案してくれた。

 

「うん……そうするね、沙紀ちゃんと如月ちゃんが一緒の身体に居るってのはなんとなく分かったよ」

 

「そう、まずはそれが伝わってくれて良かったわ」

 

「二人が小さいときから大変だったってことも」

 

「まあ、わたしはそれほど大変じゃなかったけど」

 

「えっ……」

 

 冗談なのかホントなのか分からない口調で話す如月。その物言いで、一瞬困惑する穂乃果。

 

「もう沙紀ったら、刺激的に冗談なのか分からないこと言わないでくださいよ、穂乃果さん困ってるじゃないですか」

 

「ちょっとしたジョークのつもりよ、でも大変じゃなかったのは事実だけど」

 

「そういうところですよ、沙紀のことは気にしないで話を続けてください穂乃果さん」

 

 助け船を出すようにユーリちゃんが軽い感じで場を和ませてくれる。そのおかげで穂乃果もちょっと助かったような顔をした。

 

 さっきの会話を聞いてる感じ、如月が昔からよく勘違いされるってのが分かる。今もユーリちゃんがフォロー入れないと嫌みにしか聞こえない。

 

「話の続きでそこまでは理解できたよ、けど……」

 

「けど?」

 

「何で私たちが高そうな車に乗っているの?」

 

 穂乃果の言い分は最も。この場にいる誰もが疑問に思っていたことだった。

 

 如月が自分の正体を口にしたあと、私たちは何故かドラマとかアニメでしか見ないような黒い長い高級車に乗せられた。

 

 しかも運転しているのはさっき別れた真拓さん。どうやらこの車を取りに行っていたみたい。

 

 そんな訳も分からないまま車に乗せられて、さっきまでの話を聞いていたのが、今までの流れ。

 

「それで何でわざわざ移動しているのよ」

 

「単純にあのアパート恐いじゃない、恐くないの真姫は?」

 

 真姫ちゃんも質問すると、思わぬ答えが返ってきて、ちょっと驚いた顔をする。みんなも意外そうな顔をしている。

 

「何? みんなして……わたしだって苦手なものくらいあるわよ」

 

「まあ、沙紀の言ったことは置いておいて、車に移動したのは、特に目的地があるわけでもなく、ただこれからする話を第三者に聞かれないようにするためです」

 

「置いておくてわたしの扱い酷くない?」

 

「一体何の話なの、結理ちゃん?」

 

「スルーなのね」

 

「皆さんにお話しするのは、星野如月の活動休止の真実です」

 

 如月の反応を無視して、星野如月の活動休止の真実と聞いて、この場の空気は変わった。

 

「皆さんもここに来るまでに色々と調べていると思います、しかし、推測止まりで、確信は得られなかったはずです」

 

 ユーリちゃんの言う通り、昨日の話し合いでも話題には出て、ある程度の予測は出来てはいた。ただやっぱり知っているだけの事実に辻褄を合わせただけで、正しいかどうかなんて証明できない。

 

「厄介な点がいくつも絡んでいましたから、世間には伏せざる追えなかった」

 

 二重人格のこともその一つだとユーリちゃんは付け加える。

 

「全容を知っているのは、当事者である星野如月、そのプロデューサーである真拓、うちの事務所の社長、A-RISEの綺羅ツバサ、そして私──古道結理だけです」

 

「そんだけ……」

 

 予想以上に少ない人にしか知られていなかったことに驚く海未。それだけにあいつにとって隠したい事実があったのだと、その実感に緊張感が走る。

 

「さて……そのまま話してもいいけど、まずはそこに至るまでの話をしましょう……星野如月の始まりから」

 

 そうして彼女は自身の昔話を語り始めた。

 

 3

 

 それは小六の二月のある日のこと。わたしはるんるん気分で本屋に買い物に向かっていた。

 

わたし(沙紀)……機嫌が良いね……)

 

「当然よ、待ちに待ったマンガの最新刊が出るのよ、私は楽しみじゃなかったの?」

 

 まあ、機嫌が良いといってもいつも通り冷めた顔なのは変わりない。

 

(続き気になってたけど……私は……わたし(沙紀)ほどじゃないよ……)

 

「まさか、死んで操られてた兄貴があんな荒業で味方になるなんて……それにもしかして弟と再会するんじゃないかって考えると……」

 

(私は……兄弟子のところが良かった……)

 

 視覚を共有している以上、強制的にマンガを読まされている状態だけど、なんだかんだ話には乗ってくれる私。

 

 ただわたしに話を合わせてくれているだけなのだけど。

 

 ただこんな風に私と会話しているけど、端から見れば独り言ブツブツ言う変な子にしかみえない。

 

 わたしは気にしないが、私はそういうところを気にするからあえて人通りの少ない道を歩いている。

 

「ふんふん~」

 

 気付けば楽しみのあまりアニメ版の主題歌を口さんでいた。

 

 そんなときだった。

 

「きみっ!!」

 

 誰かに声を掛けられた。

 

 わたしは声を掛けられた方へ振り向くと、そこにはスーツを着た中性的な顔立ちの人がいた。どうやら気付けば人通りがあるところに来ていたみたい。

 

 ただ不思議なのはその人の顔はわたしを見て、どこか懐かしむような嬉しいような複雑な顔をしていた。まるでもう会えないと思っていた人に会えたみたいに。

 

「?」

 

「……きみ……アイドルに興味ない?」

 

 わたしが首を傾げると、それから少し間が空いてからその人はそう口にした。

 

 わたしはその言葉を聞いて、ポケットから防犯ブザーを取り出し、何時でも音が出せるように構えた。

 

「だよね!! 急にそんなこと言われてたら警戒するよね」

 

「近づくと鳴らす」

 

「分かった、僕はもうちょっと距離を取るから、きみはブザーを持ったままでも良いから話を聞いてくれない」

 

「話を聞くだけなら」

 

 彼は数歩下がり、それなりの間隔を取ってからわたしは話を聞くことにした。

 

 それがわたしと後にわたしたちのマネージャーとなる古道真拓との出会いだった。

 

 それから家に帰ると、わたしは買ったマンガをさっそく読んでいた。

 

「今回も面白かったわ」

 

 読み終わると満足感でいっぱいだった。やっぱりマンガは良いわ。わたしをドキドキで満たしてくれる。

 

「やっぱり歴代の影強いわ、それよりも仮面のあいつ何者なの」

 

(今回も……気になる……ところ……多かったね……)

 

「はぁ~早く続きみたい……」

 

(週刊誌……買う?)

 

「流石に買ったら他のも読みたくなる……それにお金が足りない」

 

わたし(沙紀)のことだから……一つ買うと……他の週刊誌……下手したら……月刊誌まで買いそう……)

 

「それは否定できない」

 

「はぁ~、ひみつ道具で未来の自分が持っているやつを借りる道具があった気がするからそれが欲しい……」

 

(そういえば……あったね……そんなの……)

 

 夢みたいなことを口にしながら、読み終わったマンガを押し入れの中にある本棚に片付ける。

 

 わたしは軽く身体を伸ばすと、ふと、机の上に置いておいた名刺に目が行った。

 

(アイドルに……なるって……話……受けるの?)

 

「そうね……最近は暇だったし、いいかもしれない」

 

 私の質問にわたしは名刺を片手に持ちながら答えた。一応安全のために携帯で事務所の名前を検索してみる。

 

 すぐにそれらしきホームページが見つかったからそこにアクセスして、中を適当に見てみる。

 

「ふ~ん、結構大きな事務所みたいね」

 

(この子……テレビで……見たことあるかも……)

 

 なんて二人で事務所のホームページを見ていると、ガチャっと玄関のカギが空く音が聞こえ──

 

「ただいま!! 愛しき娘たちよ!! お母さんが帰ってきたよ!!」

 

 テンション高い声で家に入ってくると、同時にわたしたちに向かってダイブしてくる母──雪音。

 

「ああ、この愛しき匂いに発展途中の身体付き、落ち着くわ~!!」

 

「ウザい」

 

 わたしたちの身体をベタベタ気持ち悪く触る雪音に頭突きを食らわせる。

 

「イタッ!! 母親に頭突きするなんて沙紀ちゃんは反抗期なの!?」

 

「いや、気持ち悪いから頭突いただけ」

 

「酷い!! 実の母親に向かって気持ち悪いなんて!!」

 

「はぁ~、めんどくさいわ、私……チェンジ 」

 

「溜め息吐かれた、ショック!!」

 

 ショックを受けている雪音を無視して、わたしは私と入れ替わる。

 

「えっ……急に……言われても……」

 

「■■ちゃんは私のこと、めんどくさいとは言わないよね!?」

 

「あっ……え~と……うん……」

 

「困っている■■ちゃんも可愛い!!」

 

 またまた有無を言わさずに娘に抱きついてくる雪音。一瞬驚きはするが、わたしと違って私は嫌がる素振りは見せなかった。

 

(はっきり言わないとダメよ、雪音はすぐ調子に乗るんだから)

 

 押し付けたわたしが言うのもあれだけど、私に忠告をする。

 

 こんな感じで無駄にテンションの高い母親とそのテンションに付き合わされる二重人格の娘のやり取りが篠原家の日常だった。

 

「これは?」

 

 雪音は床に落ちていた名刺に気づいてそれを拾う。どうやら雪音に抱きつかれたときに床に落としていたみたい。

 

わたし(沙紀)が……アイドルに……スカウトされたときに……貰った名刺……」

 

「ええ!? 沙紀ちゃんスカウトされたの!?」

 

「うん……買い物……行っているときに……偶然……」

 

「そうかそうか~……アイドルにスカウトされたのか……でも当然だよね、なんたって私の娘たちは超絶可愛いもの、そのスカウトマン見る目あるなぁ~」

 

 しみじみと思い耽るように親バカなことを口にする雪音。

 

「それで沙紀ちゃんはどうするつもり?」

 

「興味ある、だから話を聞いてみたい」

 

 雪音はわたしに質問しているからすぐさま私と入れ替わって、自分の気持ちを口にした。

 

「■■ちゃんは?」

 

「私は……わたし(沙紀)が……やるって……言うなら……」

 

「そう……」

 

 私にも同じ質問をするけど、わたし任せの煮え切らない答えを口にする。雪音はその答えに対してそれ以上口にすることはなかった。

 

「二人の気持ちは分かった、なら、私から言うことは特にないから思う存分挑戦してみればいい」

 

 簡単に雪音は許可してくれた。いつもそう。わたしがやりたいと口にすれば、雪音が断った試しがない。

 

 わたしがすぐにスポーツや習い事を辞めても怒ったりはしない。なんだったら少し前に習い事を辞めたばかりだ。

 

 一般的な親ならすぐに辞めたからどうせ続かないでしょとか言うかもしれない。けど雪音の場合は小言とか言わないどころか、次の楽しいこと探そうなんて言ってくる。

 

「そうと決まれば善は急げ、さっそく連絡してみよう!!」

 

 雪音はカバンから携帯を取り出して、名刺に書かれた連絡先を入力し始めると、一瞬雪音が指が止まったように見えた。

 

「どうしたの?」

 

「何でもないよ、それにしても……私もなって見ようかな? アイドル」

 

「それは絶対にイヤ」

 

 わたしはいつも以上に低いトーンで拒否した。

 




如何だったでしょうか。

沙紀の視点から明かされる始まりから終わりまでの物語が始まります。

少し長くなるとは思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば次回も年内に投稿できたら良いなと思っています。


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六十八話 沙紀ビギニング そのニ

お待たせしました。今年初投稿。

星野如月の過去編二話目です。

それではお楽しみください。


 4

 

 真拓からスカウトされて数週間が経ち、気付けば春休みになっていた。

 

 その間に真拓から詳しい話を聞き、正式にスカウトを受けて、わたしは事務所──NEGプロのアイドル候補生になった。

 

「ふ~ん、この辺って……事務所の関連の建物ばかりなのね」

 

(そうみたい……ネットで見た通り……やっぱり大きい……事務所なんだ…………)

 

 街中で珍しいものを探すかのように散歩するわたしたち。ちなみに雪音は外せない仕事があると言っていない。

 

(けど……早く……事務所に……行かなくて……いいの?)

 

 今日は事務所でアイドル候補生たちが集まっての顔合わせ兼説明会を行う日。けど、わたしは真っ直ぐ事務所には向かわず、その周辺で風の向くまま気の向くまま探索をしていた。

 

「まだ時間に余裕あるし、この辺り全然来ないから色々と見てみるのも楽しいじゃない、それに何か良いことありそうな気がするのよ」

 

わたし(沙紀)が……そういうなら……いいけど……)

 

 あっさりと引き下がる私。そんな私に少しつまらない気持ちになる。

 

「あれって……」

 

 適当に周囲を見渡すとふと、あるものに気付く。それは周囲の建物よりも一際大きな建物。

 

「事務所のホームページに載ってた劇場じゃない?」

 

(そうかも……)

 

「思ってたよりも大きい……武道館くらい?」

 

(流石に……それよりは……小さいと……思う……けど……)

 

「それでも大きい劇場ね、アイドルになったらここで歌えるかしら」

 

(確か……そうだった……はず……)

 

「そう……なら楽しみね」

 

 それを聞いてわたしは内心ワクワクしてくる。不特定多数の前で今まで歌ったことがないからどんな結果になるか。その未知に対しての高揚感に。

 

「ってよく知ってたわね」

 

(ホームページに……書いて……あったよ……)

 

 そうだっけとわたしは首を傾げる。けど、私が言うのならそうなんだろうと自分の中で結論付けていると──

 

「あの……ちょっといいですか?」

 

 突然、後ろから見知らぬ声が聞こえた。

 

 わたしは声がした方へ振り向くと、そこには綺麗なブロンズヘアをした小さくてお人形みたい可愛い女の子がいた。

 

「何?」

 

「え~と……実は迷ってて……道を聞きたいんですけど……」

 

「ごめんなさい、わたしもこの辺来るの初めてだから、力になれないわ」

 

「そうですか……すいません、時間を取らせて……」

 

 わたしがきっぱりと断ると、迷子らしき女の子を申し訳なさそうに頭を下げた。その女の子の顔はどこか不安そうな顔をしていた。

 

「そんなこと気にしなくていいわよ……それよりもあなた……もしかして急いでる感じかしら?」

 

「まだ……時間的には余裕はあるんですけど、かれこれ一時間以上迷ってて……」

 

「一時間って……」

 

 女の子の話を聞いて、わたしは驚愕する。そんなに複雑な場所なの。

 

(それよりも……こんな……小さい子が……道に迷ってるのが……問題な気がする……)

 

「そうね」

 

「へっ?」

 

 私の正論に思わず小声で肯定してしまい、女の子が勘違いして反応してしまう。

 

「何でもないわ、それよりも近くに家族の誰かいないの?」

 

「実は……私一人で……一応目的地に義兄が……」

 

 直ぐ様わたしは誤魔化すように話題を変えると、女の子はそう答えた。

 

「そうなのね……まあいいわ、一応目的地教えてくれる?」

 

「えっ? でも……この辺知らないじゃあ……」

 

「知らないけど、一緒に探すくらいはできるわよ」

 

「良いんですか?」

 

「別に構わないわ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 わたしが目的地を探すのに手伝うと分かると、女の子は笑顔を向けて頭を下げてきた。

 

 わたし的にはそこまで感謝される筋合いはない。ただ放っておいてもし何かあったら目覚めが悪いってものあっただけ。

 

「それで目的地は?」

 

「え~と、NEGプロダクションっていうこの辺にある大きな事務所なんですけど……」

 

「……」

 

(……)

 

 女の子から目的地を聞いてわたしたちは思わず固まってしまった。

 

「ど、どうしました? もしかして、知っている場所でした?」

 

「知ってるも何もわたしも今日そこに用事があるのよ」

 

「そうなんですか!? もしかして、同じアイドル候補生だったりします!?」

 

 驚いた顔をしながら女の子は食い入るように質問すると、わたしは頷いた。

 

「まさか、道に迷った末に、偶々声をかけた人が同じアイドル候補生なんて、こんな好運もとい刺激的な偶然あります!?」

 

「現に起きているわね」

 

 かなり興奮気味なっている女の子に対して、冷静に答えるわたし。しかし、内心では何と言うかマンガ的な展開でテンションが上がっている。

 

「となると、お互い同じアイドル候補生ならば、今後も接する機会も多いでしょうから一先ず自己紹介を」

 

「そうね」

 

「では私から古き道を結ぶ理と書いて、古道結理って言います、気軽に結理と呼んでください」

 

「わたしは篠原沙紀、わたしも沙紀でいいわ、よろしく、結理」

 

「こちらこそよろしくです、沙紀」

 

 これがわたしと古道結理の出会いだった。こんな偶然の出会った二人が、後に自分たちがユニット組んでデビューするなどとは露も知らずに。

 

 5

 

 わたしたちは結理と一緒に他愛ない会話をしながら事務所へと向かっていた。

 

「なるほど沙紀もスカウトされて、アイドルに」

 

「もって……あなたもそうなの?」

 

「そうなんですよ、私をスカウトした人は沙紀とは違いますけど」

 

「そうなの、そういえばわたしをスカウトした人の名字と結理の名字が同じだった気がするわ」

 

「多分、それ私の義兄ですね」

 

 なんて雑談をしていると、気付けば事務所があるビルの前までに辿り着いていた。

 

「良かった~、辿り着けないんじゃないかと思いました」

 

 着いて早々結理は安堵の息を付く。わたしはそんな彼女を横目で見ながら一緒にビルの中に入っていく。

 

 中に入ると、如何にも綺麗な内装したオフィスという感じ。少し先に受付らしき場所が見えたので、真っ直ぐそっちに向かう。

 

 そこで用件を伝えると、ゲスト用のカード受け取り、集合場所の部屋名と階数を教えてくれたので、エレベーターを使いそこへ移動する。

 

 移動する際に何人かアイドルらしき人とすれ違ったけど、その多くの人は煌びやかオーラを放っていた。

 

(ホントにここアイドルの事務所なんだ)

 

 私はすれ違った人たちを見て、実感しつつ感想を漏らす。

 

 そうして教えられた部屋に着くと、既に十数名の女の子たちが用意された椅子に座りながら待っていた。しかもなんか空気が微妙にピリピリしている気がする。

 

 そんな中を潜り抜けてわたしたちは適当に空いている椅子に座る。そして先に来ていた女の子たちの方へ視線を向けた。

 

「結構歳とかバラバラみたいね」

 

 パッと見大体中学生くらいから大学生っぽい見た目の人がいるけど、その中でも何となく大学生くらいが多いかなって印象。

 

「なんか今回は二十歳までで募集していたらしいですよ」

 

「詳しいわね」

 

「真拓から聞いたので」

 

「なるほどね」

 

「ちなみに私たち以外はみんなオーディションで選ばれた人ばかりだと、中にはそれなり人気だったスクールアイドルもいるらしいみたいですよ」

 

「へぇ~」

 

 厳選して選ばれたメンバーが集まっているのね。どおりで中の空気がピリピリしている理由が分かった気がするわ。

 

「ん? さっきスクールアイドルって言ってたけどなに?」

 

「簡単言うと、部活とかでアイドルみたいなことをやっている学生ですね」

 

 聞きなれない単語に思わずわたしは結理に聞いてみると、すごくざっくりとした説明をしてくれた。

 

 当時のわたしはスクールアイドルのことを一切知らなかったから、少なくてもただの素人ではないと理解した。

 

 ここに集まっているということはオーディションに合格し、何かしらの才能があると見いだされた人たち。

 

 そんな人たちなら、もしかしたらこの中に運命的な出会いがあるかもしれないと、わたしは心が踊った。

 

 そんなことを考えながら結理とお喋りをしていると、いつの間にか集合時間となり、部屋の中に真拓が入ってきた。

 

 そして彼から今後の予定を聞いたり、候補生たちよる自己紹介をして、その後、事務所内の見学をして今回の説明会は終了した。

 

 そして帰りの際に候補生たちは真拓からあるディスクを受け取るのだった。

 

 6

 

 説明会からまた数週間が経ち、わたしたちは中学に入学したそんなある日。

 

 わたしたち候補生は再び事務所に集まり、広いレッスン室のなかで各自ストレッチなり、曲を聴いたりと時間まで自由にしていた。

 

「うぅ~沙紀~」

 

「なに情けない声出してるのよ」

 

「だって~沙紀は緊張しないんですか?」

 

「一応しているわよ」

 

「ウソですよ、顔がいつもと変わらないじゃないですか~」

 

「顔が変わらないのはいつものことよ」

 

 なんて会話しながら結理と一緒に二人でストレッチをしている。

 

「それよりもあれから何度も事あるごとにメッセージ飛ばすんじゃないわよ」

 

 この前の説明会の帰りにわたしたちはお互いの連絡先を交換していた。

 

 それから今日まで結理とはメッセージでやり取りして、それなりに仲良くなったけど、ただメッセージの頻度がやたらと多い。

 

 曲覚えたとか、もう寝てるとか、振り付け覚えたとか、ご飯なに食べたとか、些細なことを毎日メッセージで送ってくる。

 

「でもそう言いつつも必ず返事くれるじゃないですか、そんなに面倒なら無視すればいいのに」

 

「せっかくメッセージ送ってくれたのに無視するなんて失礼じゃない」

 

「……沙紀って……変なところで律儀ですよね」

 

「そう?」

 

 結理がそう言うが自分ではよく分からない。そもそも他人にそんなことを言われるのは初めて。

 

「私が迷子になっていたときも一緒に目的地を探そうとしてくれたじゃないですか」

 

「それは小さい女の子が一人で迷子になってて、放っておくのは、なんか違うじゃない?」

 

「ちなみに小さい女の子って言ってますけど、私の歳……十三歳ですよ」

 

「えっ」

 

(えっ?)

 

 あまりの衝撃的な事実にわたしどころか心の奥底で静かに会話を聞いていた私まで驚く。

 

 それってつまり……。と頭の中で整理していると、更に結理は追い討ちをかけてくる。

 

「もっと言いますと、中学二年生ですよ」

 

「あなたってわたしより歳上で先輩だったの?」

 

 ストレッチを止めてまじまじと結理の身体を端から端まで見回すけど、とても信じられなかった。

 

 わたしよりも頭二個分小さい身長(ちなみに当時のわたしの身長は百五十五センチくらい)。端から見れば小学生くらいにしか見えない彼女がわたしよりも歳上。

 

「……ちゃんと敬語使ったほうがいいかしら」

 

「別に気にする必要はないですよ、私たちはどっちもアイドルとしては新人なんですから、今までどおりで良いですよ」

 

「そう……あなたがそう言うならそうするけど……」

 

「やっぱり沙紀って律儀ですね」

 

 わたしの反応を見てくすっと笑う結理。からかっているように見えるけど、ただそう言われてもやっぱり自分ではピンと来ない。

 

「それはさておき、実際のところどうですか? ちなみに私は刺激的にダメです!!」

 

「諦めるの早すぎよ……わたしはそうね、そこそこね」

 

「ダウト、そこそこって言っている人のそこそこは十中八九ちゃんとやってます、それに何度騙されたことか」

 

「なによ、それ」

 

「惚けてもムダですからね、あとでハッキリと分かることなんですから!!」

 

 結理はちょっと怒り気味な顔で言ってくると、直ぐ様溜め息を吐いた。さっきから感情がコロコロ変わって大忙しね。わたしとは大違い。

 

「さて、そろそろ時間ですし、覚悟決めないと」

 

 ストレッチを切り上げ、最後に心を落ち着かせるために深呼吸を始める結理。

 

 わたしはそんな彼女を見ながら時間になるのを待っていると、真拓が部屋に入り候補生たちの前に立った。

 

「それではこれより前回お知らせした現在の皆さんのパフォーマンスを見せていただきます」

 

 真拓がそう口にすると、候補生たちの空気が変わった。

 

 今回わたしたちが集められたのは、言ってしまえば実力を図るテストのため。

 

 前回の説明会の終わり際に渡されたディスクには、今回のテストの課題曲とダンスの振り付けの見本が入っていた。

 

 前回の説明会から今日までに課題曲の歌詞とダンスを覚えて、それを何人かの前で披露する。それが今回のテスト。

 

「順番に関してましてはこれよりくじ引きで決めますので、皆さんこの箱から一枚紙を引いてください」

 

 真拓はくじの入った箱をわたしたちの前に掲げる。候補生たちは真拓の前に並び順番にくじを引き始める。

 

「私たちはくじ引けるの最後の方ですね」

 

「いいんじゃない、余り物には福があるっていうし」

 

 そんなことを言いながら待っていると、わたしの番が来て、箱に手を入れて中から紙を一枚取り、直ぐ様列から捌ける。

 

「ゲッ!? ウソ!!」

 

 わたしの後でくじを引いた結理が大声を上げてたけど、わたしは気にせず、くじに書かれた番号を確認する。

 

「沙紀~聞いてくださいよ~……って……うぇ!? 一番じゃないですか!!」

 

「一番ね」

 

 泣きつくように寄ってきた結理がわたしのくじを見て驚いた顔をするけど、わたしは気にせずくじをポケットに入れた。

 

「何でそんなに冷静なんですか!? 一番ですよ、つまりトップバッター、出だしですよ」

 

「そんな色んな言い回ししなくても分かっているわよ」

 

 結理が騒ぐせいで周りからの注目がすごい。それほど気にすることじゃないからスルーするけど。

 

「別にいいじゃない、トップバッター、どうせ、順番が回ってきたらみんなやるんだから早いほうが気が楽じゃない」

 

「確かにそうですけど……その考え方だと……私は……」

 

 何か煮え切らない感じで答える結理。気になって彼女が手に持っているくじをこっそり見てみると、書かれていた番号はかなり後ろのほうだった。

 

「そうね……気を強く持ちなさい」

 

「持てませんよ!! 最後ですよ、大取りですよ!!」

 

 励ます言葉を掛けるけど、逆にキレられた。というよりも今ので最後だったのを知った。

 

「マジかよ……こちとらまだ全然準備できてねぇよ……いや、むしろありか……」

 

 頭を抱えるながらぶつぶつと小声で独り言を呟き始める結理。

 

「結理?」

 

「はぁ!! ホント、何で私こんなに運ないんですか~!?」

 

 わたしが声を掛けると、我に返ったかのような反応をして、すぐにあわてふためく素振りをし始めた。

 

「そろそろいいかな? 説明続けても……」

 

「ごめんなさい、どうぞどうぞ続けてください」

 

 困った顔で声かけてくる真拓に先ほど打って変わって笑顔で謝る結理。周りを見てみると、他の候補生たちは既にくじを引き終わっていた。

 

 どうやらというよりも明らかに周りを待たせてしまっていたみたい。

 

「みなさん引き終わりましたので、これより番号順に五名ずつ別室に移動していただきます、それ以外のかたはこちらで待機をお願いします、なお、別室の様子はこちらのモニターに映ります」

 

 真拓がそう口にすると壁からモニターが現れた。その様子を見て、なんか秘密基地っぽくて内心ちょっとテンションが上がる。

 

「それでは一番から五番のかた、こちらに付いてきてください、別室へご案内します」

 

 真拓に自分の番号が呼ばれたので、わたしは彼に付いていこうとすると──

 

「頑張ってくださいね」

 

 そう結理に声を掛けられたので、わたしはありがとうとそれだけ言って、真拓のすぐ側まで歩く。

 

 そしてそのままわたしを含めて五人の候補生が真拓の後に付いていき、別室へと案内される。

 

 彼の後ろに付いて歩いていると、さっきまでいた部屋から一つ上の階の一室の前までやってきた。ここが目的の部屋みたい。

 

 真拓が部屋の中に入ると、わたしたちも続けて部屋の中に入る。

 

 中に入ると、四名の大人が既に机の上に資料を広げながら座って待っていた。

 

 その大人たちの前にはカメラとスピーカーが置いてある。多分、カメラはさっきまでいた部屋のモニターに映すためものだと思う。

 

 すぐ近くに並んで用意されていた椅子あり、そこに座るように真拓に指示されて、わたしたちは座る。

 

 それから少し待たされているけど、部屋の中には張り詰めた空気が充満していた。わたしの隣に座っている子をチラッと見ると、緊張で手が震えている。

 

 彼女だけじゃない。他の三人も顔が少し強張ったり少し息が乱れたりと緊張しているのが分かる。

 

 何かわたしだけ場違いな気がしてきたわね。

 

(そう……かな……?)

 

 心の中で思っていることに対して、私が反応してきた。

 

 わたしと結理はたまたまスカウトされてここにいるけど、他の子たちは一応オーディション合格してここにいるわけだし。

 

(そうだね……みんな努力して……ここにいるわけ……何だよね……けど……わたし……だって……)

 

 一応振り付けとか歌詞とかちゃんと覚えてきたけど、もうなるようになれよ。

 

(そんな……あっさり……)

 

 ぐだぐだ悩んでも仕方ないわ。だったらやれることをやりたいようにやる。ただそれだけよ。

 

わたし(沙紀)が……それで……いいなら……それで……いいけど……)

 

「それでは一番の方、カメラの前にお願いします」

 

 私と心の中で会話していると、気付けば自分の番号が呼ばれた。

 

「はい」

 

 わたしは返事をしてから立ち上がり、そのまま真っ直ぐカメラの前に向かう。ただその足取りは重くなかった。

 

 おそらく私と会話していたお陰なのか緊張は解れたみたい。元々そこまで緊張はしてなかったけど。

 

「まずはお名前を」

 

「篠原沙紀です」

 

 多分、偉い人らしき初老の男性に言われた通り、自分の名前を口にすると──

 

「篠原……あぁ……例の特別枠の一人か……」

 

「なるほどな……」

 

 前からボソッとそんな声が聞こえた。その声と同時に偉い人たちも微妙な顔をしているのが分かる。

 

 どうやらあまり期待はされてないみたい。何も実績のない素人が来たら当然と言えば当然ね。心の中で目の前の大人たちの反応に納得する。

 

「それでは準備はよろしいですか?」

 

「はい」

 

 初老の男性に対して返事をすると、数秒後にスピーカーから曲が流れ始める。

 

 曲が聞こえると、わたしは考えるのを止めて、周り視線すらも気にしなかった。

 

 思いっきり歌とダンスに今の気持ちや感情を込めて、ただ夢中に、ただ無邪気に、ただ思うがままに歌い踊った。

 

 途中、何となく思い付きで振り付けとか音程とか変えたりもした。直感でそうしたほうが良い気がしたから。

 

 そんな風に歌って踊っていると、気付けばあっという間に曲が終わっていた。

 

 流石に初めてちゃんと一通り歌い踊ったからか息が乱れる。少し息を整えて落ち付くと、周囲の空気が張り詰めていたものから違うことに気付く。

 

 理由を理解できないまま、視線を動かすと、偉い人も他の候補生たちもまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような驚愕した表情をしていた。

 

 周囲の反応に取り敢えず困ったわたしは一礼して自分の席に戻るのだった。

 

 7

 

 テストが終わったわたしは他の候補生が待機している部屋に戻った。

 

 部屋に戻ると、何故か他の候補生たちからの視線をガンガンに感じていた。

 

(すごい……見られてるね……)

 

 私は周りの視線を気にしているけど、わたしは特に気にせず自分の荷物の近くに座って落ち着く。

 

 鞄から飲み物を取り出して、水分補給をしていると、結理が無言で近づいてきて目の前に座る。

 

「なに?」

 

「し……」

 

「し?」

 

「刺激的にパフォーマンス上手いじゃないですか!!」

 

 目を輝かせながらわたしの手を握る結理。

 

「というかやっぱりそこそこはウソだったじゃないですか!!」

 

「近くでそんな大声を出さなくても聞こえるわよ」

 

「あっ……ごめんなさい、興奮のあまりつい……」

 

 わたしに指摘されてハッと気付いたのか結理は手を離して謝る。

 

「しかし、まさかあれほどまで歌もダンスも上手いとは思ってませんでしたよ」

 

「そう? 自分じゃあよく分からないわ、ただがむしゃらにやってただけだし」

 

「それであれほどのパフォーマンスを……沙紀って歌やダンスで何かやってました?」

 

「特に何もやってないわ、強いて言えばスポーツ系のクラブには入ってたくらいよ」

 

「……なるほど……まさか、聞いてた話よりも化け物とか予想外過ぎるんだよ……」

 

 わたしからあれやこれや聞き出す結理は少し考えてから一人納得する。最後のほう、小声で聞き取りづらかったけど。

 

「でも沙紀と一緒に部屋に入った子たちは、こちらで見る限り可哀想でしたよ、特に沙紀の次の子とか」

 

「確かにみんな緊張はしていたけど、そうかしら?」

 

「自覚なしかよ……」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何でもないですよ、いや……ちゃんと言うべきかも知れませんね、沙紀は自信の才能を自覚するべきです」

 

「そうかしら? わたしは普通にやっているけど?」

 

 何か誤魔化そうとして結理だけど、はっきりとわたしにそう指摘してきたが、わたしには理解できなかった。

 

「沙紀からしたらそうかもしれないですけど、他人から見たら嫌味でしかないですよ、しかも表情と喋り方のせいで余計に」

 

「結構はっきりと言うわね」

 

 まだ会って数回しかない相手にこんなこと言えるなんてむしろ感心した。

 

「そのうち変なの目を付けられたり、周囲から浮いてしまいますよ、ただ……沙紀の場合は気にするタイプではないでしょうけど」

 

「そうね……わたしはそんなこと気にしたことないわ」

 

「ただ沙紀の実力は本物ですので、沙紀の場合はいっそのこと開き直ってしまいましょう、わたし天才ですけど文句ある的な感じで」

 

「むしろ何か余計に嫌なヤツ感出てないかしらそれ」

 

「自覚してないよりかは刺激的にましです、それにクールな天才キャラってマンガみたいでカッコいいじゃないですか」

 

「……いいわね」

 

 結理の提案をわたしはすごく気に入った。特にマンガみたいなキャラってところがわたしのツボを押さえている。

 

(何か……わたし(沙紀)の……趣味……思考が……読まれてる気が……するけど……)

 

 何て私が指摘するけど、いいじゃない。クールな天才キャラって言葉の響きがカッコいいじゃない。

 

わたし(沙紀)が……それで……いいなら……気にしないけど……)

 

 めんどくさいのか、自身の主張を押し出すのが苦手なのか分からないけど、多分、両方だけど、私はこの話題を打ち切る。

 

「そうね、今度からそうするわ」

 

 わたしたちの会話を終えると、結理のアドバイスを快く受けとることにした。

 

「えっ……自分で言っておいてあれですけど、沙紀ってやっぱり律儀ですよね」

 

「そうかしら? 自分じゃあよく分からないわ」

 

「ただ結理はわたしのことを思って言ってくれたのよね、だったらその好意は受け取っておかないと失礼よね」

 

「……」

 

 困惑している結理にわたしがただ思っていることを伝えると、彼女は呆けた顔をした。

 

「結理?」

 

「ハッ!! 何変なことを言うんですか!?」

 

「別に変なことを言ったつもりはないけど」

 

「そうですけど……というかホント……こいつと直接話すと調子が狂う」

 

「えっ? 何か言ったかしら?」

 

「いえ!! 何でもないですよ、それよりももうすぐ私の番が近いので緊張してきました」

 

 またまた誤魔化すように話題を変える結理。モニターでテストの様子を確認すると、もう半分くらいは終わっていた。

 

「でも結理もスカウトされたから結構スゴいんじゃないの?」

 

「ははは、ぬかしおる」

 

 そう笑う結理だけど、目が笑ってない。ちょっと恐いと思いながら割りとマジだと悟った。

 

「まあでも良いんですよ、今はクソザコでも最後に勝てば」

 

「極論過ぎるわね」

 

「まあ、私をスカウトしてくれた人には一旦泥を塗る形になりますが、向こうも重々承知ですので」

 

「そういえば結理をスカウトしたのって……誰? 義兄さんじゃないのよね」

 

「う~ん……そうですね、今は秘密です」

 

 わたしのふとした疑問に結理は答えるか考え込むが、答えてくれなかった。

 

「ではそろそろ私も移動の番なので、失礼しますね」

 

「そう、応援しているわ」

 

 わたしがそう伝えると、結理は立ち上がり、その場を離れて別室へと向かって行った。

 

 それからモニターに映る他の候補生のパフォーマンスを見ながら時間を潰していると、いよいよ結理の番になった。

 

 正直、結果だけ言うと、パフォーマンスは他の誰よりも下手。パフォーマンスを披露中、周囲から蔑むような笑いが聞こえてきた。

 

 画面には見えないけど、きっと偉い人たちも苦い顔をしていたかもしれない。

 

 そんな状況でも彼女は気にせず、誰よりも堂々としていた。

 

 わたしはそんな彼女をカッコいいと思うのだった。

 




如何だったでしょうか。

まずは沙紀と結理の出会いの物語。

この二人が後にユニットを組んでデビューするのですが、それは次回。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば早めに投稿できたら良いなと思っています。


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六十九話 沙紀ビギニング その三

お待たせしました。

星野如月の過去編三話目です。

それではお楽しみください。


 8

 

 それから二ヶ月の月日が経ち、最初は十数人いたアイドル候補生たちも日を追うごとに一人また一人と辞めていった。

 

 始めは候補生同士のピリピリとした空気が張り詰めていたレッスン室も人がいなくなるごとに薄れていき、やがて何事もなかったように消えた。

 

 消えたと言うよりもする必要がないと言ったほうが正しいかもしれない。

 

 わたしは元よりピリピリしてまでやるつもりがなかったし、結理も表面上はそんな素振りを見せない。

 

 そんな二人しかアイドル候補生は残らなかったからレッスン室は物静かになっては──

 

「如月って……ときどき――いや結構独り言多いですよね」

 

 いなかった。

 

 結理がこうして突拍子もなく話題を振ってくる。

 

「何よ、休憩始まって突然何を言い出すの」

 

「突然ではないですよ、前々から如月が一人のときの姿を何度か目撃しているのですが、どうも独り言が多い気がしたので」

 

「別に……気のせいよ、仮に独り言が多かったとしても誰だって、ふとした瞬間に口にしていたりするものでしょ」

 

「そうですか? どうも独り言にしては誰かと会話しているような感じがしたんですけど……」

 

 私との会話を見られていたことに内心驚きながらも最もらしいことを口にして誤魔化そうするが、ユーリは納得していない反応。

 

 ちなみに芸名を貰ってから結理はわたしのことを如月って呼ぶようになった。

 

 何でも普段から呼んでおかないと、うっかり本名を口にしてしまいそうだからと。わたしもそれに倣って結理のことをユーリと呼ぶようにしている。ほぼ呼び方変わらないけど。

 

「何か私に隠し事をしてませんか?」

 

「もちろん、なんたって思春期真っ盛りの女子中学生よ、誰にだって隠し事の一つ二つくらいあるわよ」

 

「その言い方だと隠し事があること自体は否定しないんですね」

 

「……」

 

「なら簡単ですね、私の秘密を教えればいいだけの話、なんせ同じ乙女の秘密ですからね」

 

 得意げな顔をしながら自信満々に言い放つ結理にわたしは何とも言えない気持ちになった。

 

「まあでも今はそこまで追求するのは止しときましょう、何事も順序と言うものがありますから」

 

 そう言って彼女はそれ以上は何も言わなかった。

 

 その後もわたしが隠していることに関しては言及せずにユーリはレッスンに打ち込んだ。わたしもレッスンを再開して、レッスン終了後まで二人で練習に明け暮れた。

 

 レッスンが終わると、わたしは一人で家路に就く。基本的にユーリは真拓と一緒に帰宅するので、大抵で一人で帰ることがほとんどだった。

 

「ただいま」

 

「お帰り、沙紀ちゃん!!」

 

 帰宅すると開幕雪音が抱き付こうとしてきたけど、華麗に回避する。

 

「ホワイ!? お母さんの(ハグ)をなぜ避ける!?」

 

「暑苦しいからよ」

 

 それだけ伝えると雪音はショックを受けた顔をしたが、わたしは気にせず私と入れ替わる。

 

「お母さん……ただいま……」

 

「■■ちゃん、お帰り!!」

 

 私と入れ替わった途端、さっき同様私に抱き付く雪音。

 

「沙紀ちゃんってば、お母さんの(ハグ)を嫌がるんだよ……これは照れてるんだよね!!」

 

「う~ん……どうだろう……」

 

 照れてないわよ、面倒くさいだけよ。

 

 もう中学生にもなる娘に対して、毎日毎日帰ってきたら抱き付いてこようするなんて、なんかうざったい。

 

「照れてないって……ただ面倒だって……」

 

「えぇ……そんなぁ~」

 

「私も……そろそろ……着替えて……ご飯の……準備が……したい……」

 

「そうだね!! ■■ちゃんをしっかり堪能できたからよしっ!!」

 

 雪音は私から離れると、私は着替え始める。

 

「ところで今日のご飯は何にするの!?」

 

「どうしよう……かな……」

 

 着替え終わると、冷蔵庫の中身を見て今日の夕食メニューを考え始める私。篠原家では基本的に私が夕食を作るのが日常だった。

 

 雪音やわたしも料理は出来ないことはないけど、雪音はノリで料理にアレンジを加える悪い癖があり、わたしも偏食家であるから作るものが偏る。

 

 なので健康面を考えると、レシピ通りきっちり作ってくれて、かつバランス良く料理が作れる私が適任。

 

「決めた……」

 

 メニューが決まったところで私が夕食の準備を始めようしたタイミングで携帯が震える。私はポケットから携帯を取り出す。

 

「もしかして……彼氏からの連絡!?」

 

「ち、違うよ……」

 

 雪音が茶化してくるのに困惑しながら私が画面を見ると、真拓からのメッセージだった。

 

『今日も一日レッスンお疲れ様』

 

『明日は朝7時に迎えに行くのでよろしく』

 

『了解』

 

 真拓から送られてきたメッセージを確認してから私が代わりに返事をする。

 

 そうしてやり取りを終えると、一瞬だけわたしは私と入れ替わる。そして横で抱き付いてきゃっきゃと騒いでる雪音にボディークローで黙らせて、再び私に主導権を返して夕食の準備を任せたのだった。

 

 9

 

 翌朝。目覚まし時計の音で目を覚ましたわたしは布団から起き上がる。

 

「……眠い」

 

 元々朝に弱いためまだ意識が覚醒しきっていない状態で呟く。そのまま立ち上がり洗面台に向かって顔を洗い歯磨きをして髪をセットする。

 

 それから身支度を済ませ雪音が用意した朝食を食べ始める。

 

「いよいよ沙紀ちゃんたちの晴れ舞台!! 愛しい我が娘たちの可憐な姿が有象無象たちに知れ渡る世紀の瞬間!!」

 

 わたしが朝食を食べている目の前でもう既にフル装備で準備万端でしかもテンションが高い雪音。

 

「朝から……テンション高くて……ウザイし……うるさい……」

 

「そんなこと言って沙紀ちゃん本当はお母さんに応援されて嬉しいんでしょ、知ってるんだよ、なんせお母さんだからね!!」

 

「……」

 

「ごめんなさい、無言で返すのだけは止めて、沙紀ちゃんにそんなことされたら心折れて自殺するから」

 

 寝起きでダルくて無視すると、雪音はおもむろに謝る始める。しかも土下座で。

 

「娘に……土下座って……」

 

「娘に嫌われないためなら土下座だって厭わない……それが雪音ちゃんなの、愛娘よ」

 

 そうドヤ顔をしているが絶賛土下座中。全く締まらない。

 

「なら……もうちょっと……母親らしく……振る舞えばいいのよ……」

 

「無理で~す、これが私のスタンスなんで~す、こんなお母さんイヤ?」

 

「……だるい」

 

 そう言ってわたしは身体の主導権を私に一旦渡す。雪音と話すより中で少しでも眠っていたほう有意義だと思ったから。

 

「えぇ……私に……急に……振らないでよ……」

 

 ごめんなさい、マジでダルかったから。

 

 急に身体の主導権を渡されて困惑する私にわたしは謝るだけ謝って眠りにつく。

 

 雪音とそんなやり取りしつつ私が朝食を食べ終わると玄関を出て、真拓が迎えに来るのを待つ。

 

 数分くらい待つと、家の前に車が止まり後部座席のドアが自動で開く。わたしはそれに乗り込むと、真拓は車を発進させる。

 

「おはようございます、如月」

 

「おはよう……ユーリ……」

 

 既に車に乗っていた結理が挨拶してきたからわたしも同じように返す。

 

「あはは、如月眠そうですね」

 

 まだ眠そうなわたしを見てユーリは笑う。

 

「……ユーリは元気ね」

 

「えぇ、いつもこの時間に起きているので」

 

 得意げな顔をしながら自信満々に結理が答えると、前で運転している真拓が苦笑いを浮かべていた。

 

「何ですか!? その顔は!!」

 

「いや、別に……」

 

 結理の反応に真拓はまたもや苦笑。何となく今のやり取りで真拓の言いたいことが分かった気がするけど、頭が回らないからそれ以上は考えるのを止めた。

 

「おはよう、如月」

 

「おはよう……真拓……」

 

 横でぶうぶう言う結理を無視して真拓はわたしに挨拶してくる。

 

「如月も合流したので今日の予定を改めて説明させてもらうよ」

 

「ええ……お願い……」

 

「本日は午前9時からリハーサルを、午後2時には本番の予定」

 

「そう……」

 

「それと、先日の打ち合わせ通りステージの袖にはスタッフの方が待機しているから、何かあればすぐに対応してくれるのでそこは安心して」

 

「分かったわ……それで、今から行く場所はどこだっけ?」

 

「これから向かう先は大型のショッピングモール」

 

 真拓曰く今回の会場は、都内にある大型ショッピングモール。そこは多くの専門店が軒を連ねている場所で、イベントやコンサートなどの催し物が行える多目的ホールがあるらしい。

 

 その多目的ホールでわたしたちのデビューライブが行われる。

 

「そう……大体理解したわ……」

 

 今日のライブについてあらかた説明を受けると、朦朧とした意識のなか、外の風景を眺めていた。

 

 移動中、結理はずっと何かを話していたが、正直眠くてほとんど聞いていなかった。

 

 そんなこんなで目的地である大型ショッピングモールへと到着した。

 

 駐車場に車を止めて降りると、真拓はわたしたちを先導するように前に出て歩き始める。

 

 わたしたちもそのあとを追うようにしてついて行く。

 

「まずは会場に」

 

「はい」

 

「……」

 

 わたしはユーリの返事を聞きながら真拓のあとについていく。

 

 そして、わたしたちはリハーサルを行うホールへと向かった。

 

「それではここで待ってて、準備が終わったら呼びに来るから」

 

 そう言って真拓はわたしたちを置いてどこかへ行ってしまった。

 

 わたしは辺りを見渡すと、そこは大勢の人がいて、多くの機材が並べられている。そして、少し離れたところにある舞台の上には照明機器や音響機器などが所狭しと置かれており、これからライブが始まるんだという実感が湧いた。

 

「如月、あれ見てみてください」

 

 そう言ってユーリはある一点を指差す。そこには『新ユニットAstrologyお披露目ライブ』と書かれた看板が設置されていた。

 

「もうすぐ始まるんですね」

 

「ええ……」

 

 わたしは生返事をしながらユーリの言葉に耳を傾ける。

 

「私もまさかここまで早くデビューできるとは思ってませんでしたよ」

 

「そうね……」

 

「ところで如月はAstrologyがどんな意味か知ってますか?」

 

「急に何よ、確か……占星術って意味でしょ?」

 

 一応自分たちのユニット名になるから真拓から聞かされたあとでネットで調べていた。

 

「はい、そうですよ」

 

 ユーリは微笑むと、話を続ける。

 

「星の位置や動きと様々な事象を経験から結びつけて占うそれがAstrology」

 

「星……結び……なるほどね」

 

「あっ、気づいちゃいましたか?」

 

「まあ、なんとなくね……」

 

 わたしが呟くとユーリは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「本当に真拓ってそういうの好きなのね」

 

「まあ、それだけ真剣に考えているってことですよ」

 

 確かにそうかもしれない。芸名のときもそうだけど、ユニット名もわたしたちの名前から取ってきたもの。

 

「如月はどう思いますか? ここまで期待されて」

 

 唐突にユーリが訊ねてきた。

 

「そうね、悪くはないと思うけど」

 

「けど?」

 

「わたしはただ歌って踊れればそれでいい」

 

 これは本心。今はアイドルとして頂点を目指したいとかも考えてない。

 

 ユーリはどういうスタンスでアイドルをしているか分からない。もしかしたらわたしの発言で気分を悪くするかもしれないけど、自分の感情を偽っても仕方がない。だからわたしは自分の気持ちをそのまま伝えることにした。

 

「そっか、如月には如月の考えがありますもんね」

 

「あなたはどう──」

 

「お待たせ」

 

 ユーリにも同じことを聞こうとするが、タイミング悪く真拓が戻ってくる。

 

「それじゃあ、リハーサルを始めようか」

 

 わたしたちはその言葉を聞いて、リハーサルを開始した。

 

 10

 

 リハーサルを終えた後、わたしたちは控え室に戻り休憩していた。

 

「お疲れ様です、如月」

 

「ありがとう、ユーリもお疲れさま」

 

 結理に労いの言葉をもらってから、わたしは近くの椅子に腰掛ける。すると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 わたしたちがドアの方を見ると、真拓は部屋に入ってくる。

 

「飲み物買ってきてくれたのね」

 

「二人とも喉乾いているかなって」

 

 真拓の手にはペットボトルのお茶が何本か握られていた。

 

 それをわたしたちに渡してから、真拓は部屋の端に置いてあるパイプイスに座った。

 

「どう? もうすぐ初めてのライブが始まるけど」

 

 真拓はわたしたちに向かって訊ねる。

 

「そうですね……緊張はしてますけど、なるようになれです」

 

「なるほどね、如月は?」

 

「いつも通りよ」

 

「さすがは如月、頼もしいな」

 

 わたしたちの感想に真拓は苦笑しながら言う。

 

「それで、この後は?」

 

「うん、本番まで時間があるからそれまで自由行動だよ」

 

「そう……なら、少し休ませてもらうわ」

 

「了解、本番になったら呼びに来るから」

 

「ええ……」

 

 わたしが答えると、真拓は立ち上がり部屋から出て行った。

 

 そして、わたしと結理の二人は無言のまま、時間が過ぎていく。

 

 それからしばらくすると結理が口を開いた。

 

「いよいよ、本番ですね」

 

「そうね……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「心配してくれるの?」

 

「そりゃもちろんですよ」

 

「ありがと……」

 

 わたしは素直にお礼を言う。

 

「でも、わたしは平気よ、むしろ、あなたのほうがミスしないか不安なんだけど」

 

「それはひどいですよ、如月」

 

「冗談よ」

 

 わたしがそう言うと、結理は頬を膨らませる。

 

「それじゃあ、お互い頑張りましょう」

 

「はい……」

 

 こんな風に雑談しているが、明らかにユーリの口数が少ない。いつもならうるさいくらい話を振ってくるのに、流石に本番が近くて緊張しているかもしれない。

 

(むしろ……この状況で……緊張しない……わたし(沙紀)……のが……すごいよ……、そういう……ところ……やっぱり……お母さんに……そっくり……)

 

「はぁ?」

 

 そんなことを頭の片隅で考えてると、私が呆れた声で聞き捨てならないこと言って、思わず声に出してしまう。

 

「どうかしましたか、如月?」

 

 急にわたしが声を出したから驚いた顔をする結理に何でもないと伝えて、一旦部屋から出る。

 

 流石に不振がっている結理の前で私と会話しているところを見られるわけにはいかない。

 

「私が変なこと言うせいで、思わず声が出たじゃない」

 

 周囲に誰もいないことを確認してから小声で私に話しかける。

 

(うぅ……ごめんなさい、わたし(沙紀)……)

 

「それよりも聞き捨てならないこと言ってなかったかしら、わたしと雪音がそっくりだって」

 

(そ、それは……)

 

「わたしが頭のネジが飛んでるあれと一緒だなんて思われたくないわ」

 

「大体朝はテンションが高くてうるさいし、大抵のことはできるくせに負けず嫌いだし、何言われても気にしないし、むしろ、うざがらみするし、何かムカつくわ」

 

(それ……わたし(沙紀)にも……大体──)

 

「なに」

 

(何でも……ない……)

 

「あぁ、ムシャムシャしてきたわ、顔には出ないけど」

 

 そう言ってわたしは携帯を取り出し八つ当たりで雪音に『ウザイ』ってメッセージを送る。

 

 すると、一分足らずでメッセージが帰ってくる。

 

『私は愛してるよ!!!!!!!!』

 

「強メンタルはこういうのを言うのよ」

 

(どっちも……どっち……だと思うな……)

 

 そんなやり取りを私をしてからなんやかんや時間が時間が経ち、ついにライブ本番の時が来た。

 

 ステージの袖で待機しているわたしたちは、今か今かと始まるその時をを待つ。

 

 やがて、開演を知らせるアナウンスが流れて、会場中から拍手が上がる。

 

 その音と共にわたしたちはステージの中央に移動する。

 

 ステージから観客のほうに視線を移すと、観客の数は二、三十人ほどでそこそこいた。あとは普通の買い物客であろう人たちがチラッとこちらを見て素通りする程度。

 

 そんなそこそこの観客の中で一際目立つ存在がいた。

 

「きゃぁ~~~~如月ちゃん可愛いよぉぉぉ」

 

 恥ずかしげもなくフル装備でわたしの名前を呼ぶ雪音の姿。

 

 わたしがあれと一緒だと思う。

 

(ごめんなさい……訂正……する……)

 

 心内で私と会話しながら雪音を視界に入れないように無視をする。

 

『皆さん初めまして、Astrologyです』

 

 わたしたちの声が会場中に響き渡る。

 

「今日は私たちの初ライブに来てくれてありがとうございます」

 

 わたしはそう挨拶をして、結理もそれに続く。

 

「この日のために一生懸命練習してきました」

 

「だから、最後まで楽しんでいってください」

 

 わたしとユーリが言うと、再び歓声が上がった。

 

「それでは聞いてください」

 

 曲が始まると同時に、わたしはマイクを握りしめながら歌い始める。

 

 この曲は、星や星座などをテーマに歌詞が作られていて、曲調もアップテンポなもの。

 

 そのため、歌うのはかなり難しいけど、歌っていて気持ちいい曲。わたしは難なくそれを歌っていき、結理もそれに続いていく。

 

 そして、サビに入ると同時の盛り上がりのところで、少しずつ素通りしていた普通の買い物客が一人また一人と足を止めるようになってきた。

 

 そうして、気づけば、立ち止まっていた人たちは全員わたしたちに注目していた。

 

 わたしはふとユーリに目を向ける。

 

 彼女の表情はどこか動揺しているかのように見えた。しかし、それも一瞬のことですぐに平常に戻る。わたしはそれに少し違和感を覚えながらも、そのまま最後のフレーズまで歌い終える。すると、大きな拍手が聞こえてくる。

 

 わたしはお辞儀をしてから、結理と一緒に退場していく。

 

 そうしてわたしたちの初ライブは無事に終わるのだった。

 

 11

 

 ライブ終了後、わたしたちは楽屋に戻って休憩していた。

 

「お疲れ様でした、如月」

 

「あなたもね、ユーリ」

 

 わたしたちがお互いに労いの言葉を掛け合っていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。

 

 

「はい」

 

 結理が返事をすると、真拓が部屋に入ってきた。

 

「おつかれさま、二人とも」

 

 真拓はそう言ってリハーサルのときと同様にペットボトルに入った飲み物をわたしたちに渡す。わたしはそれを受け取ると、蓋を開けて喉に流し込む。結理も同じことをして水分補給をした。

 

 それから、しばらくすると、結理が口を開く。

 

「どうでした? 私と如月のライブは」

 

「うん、とても良かったと思うよ。正直、僕が思っていた以上に客足も良かったし、初ライブでこれなら今後も期待できそうだね」

 

 結理が聞くと、真拓は率直な感想を述べた。

 

「そうですか……」

 

「何か気になることでもあった?」

 

「いえ……」

 

「まぁ、まだ始まったばかりだし、これからだよ」

 

「はい、分かっています」

 

 わたしには二人の会話の意味がよく分からなかった。

 

 その後、着替えを終えてからわたしたちは解散することになった。

 

 わたしとユーリが帰る準備をしていると、ユーリが話しかけてきた。

 

「ねぇ、如月、この後予定ありますか?」

 

「別にないけど、真拓と一緒に帰らなくてもいいの?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ、まだ時間が掛かるみたいなので」

 

「そう、じゃあちょっと待ってて」

 

 わたしはそう言って荷物をまとめると、ユーリのもとへ向かう。すると、ユーリもちょうど支度が終わったところらしく、こちらに歩いてきた。

 

「お待たせ、それじゃ行きましょう」

 

「はい」

 

 わたしたちは一緒に部屋を出てから廊下を歩く。

 

「それでこれからどこに行くの?」

 

「そうですね……実は私、このショッピングモールに来たのは初めてなので如月と一緒にいろいろ見て回りたくなったんです」

 

「そういえば一緒に出掛けたことなかったわね」

 

 いつもはレッスンが終わったあとは真っ直ぐ帰宅していたから、二人で出掛けた記憶がない。

 

 そんな話をしながら歩いていると、いつの間にか外に出ており、わたしたちはショッピングモールの中を歩き回ることにした。

 

 最初に入ったのは、雑貨屋。ここは女の子向けの小物やアクセサリー類が売っている。店内にはたくさんの商品があり、見ているだけでも楽しめる。

 

 次に立ち寄ったのは、洋服店。ここには可愛らしい服がたくさんあり、どれもこれも可愛い。

 

 他にも靴や帽子などのファッション用品が売られていたり、ぬいぐるみが置いてあったりと、見ていて飽きることはない。

 

 そんな風にショピングモールを見て回っていると、突然後ろから声を掛けられた。

 

「あの……もしかして……さっきホールでライブをやってた人たち……ですか……?」

 

 その声にわたしとユーリは振り返ると、そこにはわたしたちと同じくらいの年齢の綺麗な白髪の少女がいた。その少女は、わたしと目が合うと、頬を赤らめながら言った。

 

「その……私……偶然、お二人のライブを見て感動しました……その……これからも頑張ってください!!」

 

「ありがとうございます、これから応援してくれると嬉しいです」

 

 ユーリが少女にお礼を言っている横でわたしは少女のじっと見つめていた。すると、わたしに見られていることに気づいたのか、少女は慌てふためく。

 

「あっ、ごめんなさい!! 急に話し掛けちゃって……」

 

「気にしなくていいわ、こちらこそごめんなさい、つい綺麗な白髪で見惚れてたわ」

 

「そう……ですか……」

 

 わたしが思ったままのことを口にすると、少女はさらに顔を赤くして俯いてしまった。

 

 それからせっかくだからサインを少女にプレゼントしてあげた。すると、彼女は嬉しそうな表情をして帰っていった。

 

 そんなこんなで一通り見た後、わたしとユーリは二階にあるカフェで一休みすることにした。

 

「如月ってこういうところにはよく来るんですか?」

 

「そうね、あまり来ないかしら……ここ最近はレッスンばかりだったから……でも、たまに来ると楽しいものね、ユーリは?」

 

「そうですね……私も久々に来ました」

 

 そんな話をしているうちに、注文していたドリンクが届く。わたしはコーヒー、ユーリはアイスティーをそれぞれ頼んでいた。

 

 わたしはそれを飲んでから、カップを置いてユーリを見る。

 

「そういえば、ライブのとき少し様子がおかしかったけど、どうかしたの?」

 

 わたしがそう言うと、ユーリは目を丸くする。

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

「一瞬だけあなたの顔を見たとき、動揺してるように見えて……」

 

「……」

 

 わたしが言うと、ユーリは何も言わずに黙ってしまった。

 

 しばらくして、ユーリはゆっくりと口を開いた。

 

「如月は今日のライブ成功だと思いますか?」

 

「そうね……成功だとは思うわ」

 

 最初は二、三十人程度の観客だったけど、曲が流れ始めると、次第に客足も増えて、最終的には倍くらいには観客が増えていた。

 

 新人アイドルの初ライブなら充分な成果だと言えると思う。実際に真拓も良かったと言っている。

 

「そうですね、その成果として店内を回っているときもライブを見てくれた人がわざわざ声を掛けてくれましたから」

 

 最初に声を掛けてくれた白髪の少女以外にもその後で何人か声を掛けてくれた。

 

「そうね、意外と顔を覚えててくれてビックリしたわ」

 

 たった一回で顔を覚えられるなんて微塵も思ってなかったからアイドルってすごいなと感心していた。

 

「けど、そのほとんどが如月の顔を見て声を掛けていたんですよ、気づいていましたか?」

 

「そうなの?」

 

 わたしが首を傾げると、ユーリは呆れたように溜息をつく。

 

「やっぱり気付いていなかったのですね……まぁ、仕方ないかもしれませんけど……とにかく、みんながあなたのことを見ていたのですよ」

 

 確かにわたしのことを見ながら話す人が多かったような気がしないでもない。

 

「話を戻します、ライブは成功です、ただしAstrologyではなく星野如月個人での成功と言えますが」

 

「それはどういう意味?」

 

「言葉通りの意味ですよ、あそこにいた観客全員があなたのパフォーマンスに魅了されていた」

 

「わたしの……?」

 

「そうです、如月の歌声に誰もが聞き惚れた、そしてその姿に見惚れた、一緒に歌っていたはずの私の存在が霞むほどに」

 

「……」

 

「初めて如月のパフォーマンスを見たときから薄々感じてましたが、今日改めて思い知らされました、如月は天才だと」

 

「そんなことないわよ」

 

「いいえ、そんなことあります」

 

 わたしの言葉を遮るようにユーリは強い口調で言う。

 

 ユーリは真剣な眼差しでわたしを見ると話を続ける。

 

「如月はファンの人にライブを褒められてどう思いましたか?」

 

「そうね……悪い気分はしなかったわ、それだけね」

 

 正直なところ、そこまで嬉しいとは思わなかった。別に自分が評価されたことに喜びを感じなかったわけじゃない。

 

「如月にとってどんな物事もできて当然」

 

 その通り。わたしにとって、歌やダンスは当たり前のようにできるものだと思っている。

 

 だから、そのことで他人に褒められたところで特に何も感じないし、逆にできないと言われても困るだけ。

 

 わたしにとってはそれが普通なのだから。

 

「だからこそ一切緊張せず、純粋に歌とダンスを披露できる、それこそが如月の強みであり、魅力です」

 

 わたしはただ自分のできることをしているだけなのに、そんな風に思われていたなんて……だけど、同時に納得もした。

 

 わたしがいつも通りに歌って踊っただけであんなにも歓声が上がったのは、そういうことだったんだと。

 

「対して私は緊張もしていましたし、内心では自分のパフォーマンスに自信がありませんでした、その弱さが今回のライブで私と如月で決定的な差を生み出した」

 

 ユーリはそこで一度言葉を区切ると、わたしの目を見る。

 

 その目はどこか悔しさを感じさせるものだった。

 

「はぁ~早々にデビューできたのは良いけど、刺激的に付いてない、こんな刺激的な化け物と一緒にデビューだなんて」

 

「化け物とは酷くないかしら」

 

「自分の特異性に気づいてない人は総じて化け物って呼ばれても文句は言えねぇんですよ」

 

「そんなものかしら?」

 

「そんなもん」

 

「というかさっきからちょっと口悪くなってない」

 

「だって、如月相手に猫被るのも理由もなくなったし」

 

「なにそれ」

 

「まあ、ぶっちゃけ手っ取り早くデビューするため、如月に付きまとっていただけだし」

 

「ぶっちゃけるわね、それよりも良いの? これから一緒にユニット組む相手にそんなこと言って」

 

 わたしがそう言うと、ユーリは笑みを浮かべて言う

 

「良いの良いの、これは楽して目的を達成しようとした私へ戒め、そ・れ・に」

 

 ユーリは悪戯っ子のような表情をしてわたしの顔を見る。

 

「むしろ、如月こういう私のほうが刺激的に好みでしょ?」

 

「そうね、どちらかと言えば嫌いではないわ」

 

 わたしがそう答えると、ユーリは満足げに微笑んでアイスティーを飲む。

 

「まあ、表面上はこれまで通りの話し方をしますけど」

 

 ユーリがそう付け足すと、わたしもコーヒーを一口飲む。

 

 そういえば、とふと思い出す。

 

「これがユーリの乙女の秘密ってやつかしら」

 

「そんな話してましたね、そうですね、私の乙女の秘密になりますね」

 

 思い出したかのようにユーリはそう言った。

 

 一応そうなると──

 

「ああ、いいですよ、如月が自分の秘密を話そうとしなくて」

 

 わたしの考えを察したようにユーリはそう言って手をひらひらさせる。

 

 わたしはその言葉に甘えることにした。

 

 正直、わたしは話しても良いけど、私のことを考えるなら気持ちの整理がついてから話すべきだと、なんとなく思った。

 

 それからしばらく二人で他愛のない話をして、店を後にする。

 

 時刻はすでに夕方に差し掛かっており、空が赤く染まっていた。

 

 ユーリは携帯を取り出すと時間を確認する。

 

「そろそろ真拓の仕事も終わりそうな時間ので、私はこの辺で」

 

「分かったわ、今日はありがとう、楽しかったわ」

 

「私こそ、久々に刺激的に楽しく過ごせました」

 

「またこうして遊びましょう」

 

「はい、それじゃあ、お疲れ様でした」

 

「うん、お疲れ」

 

 そう言い合って別れようとした時だった。

 

「如月!!」

 

 突然、ユーリが呼び止めてきた。

 

「今回は惨敗でしたけど、次は負けませんから!!」

 

「……そう」

 

 その言葉に、わたしは短くそう答えた。

 

 ユーリはそんなわたしの反応を見ると、振り返り歩き始めた。

 

 わたしはユーリの姿を見えなくるまで見送ってると──

 

「へぇ~あれが噂のユーリちゃんね」

 

 いつの間にか雪音がわたしの横に立っており、そんなことを言ってきた。

 

「……」

 

 わたしは雪音を無視して歩き始める。

 

「ちょっと、無視しないで~」

 

「なんでいるのよ」

 

「それはもちろん、沙紀ちゃんたちを迎えに」

 

「そうじゃなくて、なんでライブに来てるのよ」

 

「来るに決まってるじゃない、なんせ、愛おしい娘たちの晴れ舞台なんだから」

 

 相変わらずの親バカっぷり。わたしは呆れたような視線を向けると、そのまま歩く。

 

「今、明らかに嫌な顔してたでしょ、顔を出てなくても雰囲気で伝わったよ」

 

「正直、フル装備で娘のライブを応援する母親の姿なんて見たくなかったわ」

 

「それは仕方ないじゃない、だってお母さんだもの」

 

「そういうところがウザイ」

 

 バッサリと言い捨てると、雪音はショックを受けた顔しながらもわたしの横を歩いてくる。すると、もう立ち直ったのか、別の話題を雪音のほうから話しかけてくる。

 

「そういえばユーリちゃんあんなこと言ってたけど、どう?」

 

 その問いにわたしは迷わすこう答えた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいわ、ただ」

 

「ただ?」

 

「今まで同じことを言ってくれた子はみんなわたしの前からいなくなったわ」

 

 アイドルを始める前、わたしは色んなスポーツや習い事をしていた。

 

 大抵、嫉妬されることが大半だったけど、まれにユーリみたいなことを言ってくれる子がいなくもなかった。ただ、その子たちも例外なく辞めてわたしの前からいなくなった。

 

 わたしは別に気にしなかったし、むしろ、そういうものだと思っていた。

 

 だからわたしはユーリの言葉に一切期待なんてしてなかった。

 

「そう、今回はずっと良い関係でいられたら良いね」

 

 雪音は優しい声でそれだけ口にするとそれ以上は何も言わなかった。わたしも何も返さず、ただ黙々と歩いた。

 

 こうしてわたしたちのデビューライブは終わるのだった。

 




如何だったでしょうか。

二人の最初のライブを経て、少しずつ物語は現代へと戻っていきます。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば早めに投稿できたら良いなと思っています。


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七十話 沙紀ビギニング その四

大変お待たせしました。

星野如月の過去編四話目です。

それではお楽しみください。


 12

 

 ファーストライブから数ヶ月経ったある日のこと。

 

 その日は事務所の一室でユーリと一緒のソファーに座りながらぐだぐだとしていた。

 

「はぁ~、何で私こんなに可愛いのに売れないのでしょうか」

 

「可愛いだけだからじゃない」

 

「グッ!!」

 

 ユーリの独り言に無情なツッコミをいれると、ユーリは胸を押さえて膝をついた。

 

 わたしはそんなユーリを尻目に事務所に置いてあったファッション雑誌をパラパラとめくる。

 

 最近はこういうのが流行っているのね。今度買ってみようかしら? 

 

「私が落ち込んでるのに慰めてもくれないですか!?」

 

「だって事実だもの」

 

「止めろ!! 事実でも言って良いこと悪いことがあるんだよ!!」

 

「はぁ~、めんどくさ」

 

「はあ!? 何ですかそれ!! 私の扱い雑すぎませんか!? 私のほうが年上!! もっと敬って!! 何様のつもりですか!?」

 

「絶賛人気急上昇中の中学生アイドルさまですが? そちらこそどなた?」

 

「あなた様の腰巾着A……って自分で言わせるな!! ちくしょう!!」

 

「売れないアイドルの僻み……見苦しいものね」

 

「うるさい!!」

 

 ユーリはそう言うとテーブルの上にあったお菓子に手を伸ばしバリボリ食べ始めた。

 

 全く、本当にこの子は……。

 

 私はため息をつくと雑誌を閉じて立ち上がった。

 

「どこ行くんですか?」

 

「コーヒーの飲もうかなと思って、ユーリもいる?」

 

「私は紅茶がいいです」

 

「はいはい……」

 

 そう返事をして備え付けのキッチンに向かいお湯を沸かす準備をする。

 

 ポットの中に水を入れ沸騰するまで待っている間に棚の中からティーパックとティーカップを取り出す。

 

 確かこの辺にあったはず……っと、あったわ。

 

 それを手に取りカップと一緒に持ってポットの前に戻る。ポットの近くにあったインスタントコーヒー容器を開けてわたしのカップに中身を入れるとちょうどお湯が沸いた。

 

 わたしはそれに気づくと、ポットを手に取り自分の分のお湯を注ぎ終えてから、ユーリの分を注いでいく。

 

 ポットをもとの位置戻して二つのカップを持ってソファーに戻る。

 

「はい、これあなたの分」

 

「ありがとうございます」

 

 ユーリに渡してから彼女の隣に座るとそれぞれ用意した飲み物を口に含む。

 

 うん、美味しい。

 

 そのまましばらくまったりと過ごしているとふと思い出したかのようにユーリが口を開いた。

 

「ところで、絶賛人気急上昇中のアイドルさん」

 

「なに腰巾着Aさん」

 

「誰が腰巾着ですか!! ……こほん、それは置いといてですね」

 

「置いておくんだ……」

 

「こんなにゆっくりしてて良いんですか? 確か如月ってもうすぐライブありましたよね」

 

 確かにユーリの言う通りわたしは二週間後にちょっとしたライブを控えている。本来であればこんなところでゆっくりしている余裕はないのだけど……。

 

「大丈夫よ、わたし天才だから」

 

 ちょっとマンガのキャラみたいに返してみる。

 

 自分の表情が出にくいのが、クールなライバルキャラみたい雰囲気なっているのではなんて思ってみる。まあ、実際はただの無気力系少女だけど。

 

「うっわ~、ムカつくぅ~、激刺激的に腹立つぅ~」

 

「はいはい、悪かったわね。それで? 何か言いたいことがあったんじゃないの?」

 

「いえ、如月が大丈夫って言うのなら心配はしませんけど……ただ」

 

「ただ?」

 

「例の件があったから心配になって……」

 

 例の件? 最近何かあったかしら? ここ数ヶ月の記憶を辿るけど、いまいちピンとくるものが出てこない。

 

(ほら……この前の……トレーナーの件……)

 

 ああ、あれね。私に言われて思い出したけど、正直気にもしてなかったからすっかり忘れてたわ。

 

「別にユーリが気にすることじゃないわ、あっちが勝手にわたしの才能に嫉妬してやらかした、ただそれだけじゃない」

 

 ユーリが気にしていること。それは数日前までわたしの専属のトレーナーだった人物が辞めた。

 

 理由は簡単。わたしに対しての嫌がらせが原因。

 

 最初は馬が合わなかっただけだったかもしれない。だけどそのすれ違いが徐々に大きくなっていつしかわたしに対する罵声を浴びせるようになり、わたしの練習メニューを無茶なものに勝手に変えたりするようもなった。

 

 それでも澄ました顔で普通にこなしているわたしを見てさらに面白くなかったのか逆恨みして、ついには練習中に怪我させようとしてきたのだ。

 

 もちろん、その前にわたしは気が付いていたから避けたけど。

 

 それを偶然たまたま見ていた真拓が慌てて駆け寄ってきて、事情を問いただした。

 

 すると、わたしへの嫉妬心やストレスが溜まり爆発してしまったということだった。そして、その出来事をきっかけに、わたしに危害を加えようとしたということで、クビになったらしい。

 

 そのせいで、わたしのスケジュールが狂ってしまった。今日わたしがここで暇しているのもそれが影響。

 

「それはそうなんですけど、やっぱり気になっちゃって」

 

「もう過ぎて終わったことよ」

 

 そんなことはわたしにとって日常茶飯事だった。だから、別に気にする必要なんてない。

 

 わたしはそう言ったけど、ユーリは納得してないのか、浮かない顔をしていた。

 

「ありがとう、心配してくれて」

 

「べ、別に私は……ただあなたがもしいなくなったら困るだけです」

 

「ふ~ん、ユーリはわたしがいなくなったら困るのね、なんでかしら」

 

「決まってるじゃないですか!! 如月がいなくなったら私が如月よりも激刺激的なアイドルになったって証明出来ないじゃないですか!!」

 

「……」

 

「な、なにか反応してくださいよ!!」

 

「ごめんなさい、あまりにも予想通りの答えすぎて思わず黙り込んでしまったわ」

 

 あまりにもユーリらしい答え。何ヵ月か彼女と一緒にいるけど、あまりにもユーリらしい答え。何ヵ月か彼女と一緒にいるけど、彼女はわたしに勝つことしか頭にないようね。

 

 でも、不思議と嫌な気持ちにはなれない。むしろ、そういう風にわたしと向き合ってくれるほうが嬉しい。

 

「何か如月嬉しそうですね」

 

「気のせいよ、ほら見てわたしの綺麗な顔、無表情じゃない」

 

 カップを置いて自分の顔を指差しながらユーリの方に向けてみる。なんだったらついでにアイドルらしい可愛いポーズをキメる。

 

「はいはい、そういうことにしておきますよ」

 

 ユーリはその光景に呆れたようにため息をつくと紅茶を飲んでいた。

 

「話は戻しますけど、次のトレーナーの目処はついてるんですよね?」

 

「さあ? その辺は真拓に任せてるけど、正直期待が出来ないわね」

 

「前の人で何人目でしたっけ?」

 

 ユーリの質問に私は再びカップを持ってコーヒーを飲みながら少し考えて答える。

 

「確か……五人目だったかしら?」

 

「変わりすぎじゃないですか!?」

 

「仕方ないじゃない、わたしをまともに指導できる人がいないのが悪い」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

 ユーリは反論出来ずに苦い表情をしていた。

 

 そう、これが今の現状。

 

 今まで何人ものトレーナーがついたけど、みんな口を揃えてわたしのことを『天才』だと言った。

 

 だから自分にはわたしを指導することができないって諦めて去っていく。

 

 たまに前のトレーナーみたいに嫌がらせしてくる人がいたりするけど、それくらいならどうってことはない。

 

 問題はそこじゃなくて、その後。

 

 わたしを満足させるほどの人材が見つからないまま、時間だけが過ぎていく。

 

 次のライブはいい。もう十分なパフォーマンスのクオリティーは維持できている以上それで問題はない。

 

「まあ、例の武道館ライブまでに見つければいいだけの話だし、そこまで気にしなくてもいいんじゃない」

 

「楽観視している場合じゃないですよ、武道館ライブですよ!! ってかなんでもう武道館でソロライブ決まってるんですか!! まだデビューして一年経ってませんよね!?」

 

「そりゃあ、わたし天才だから」

 

 そう言ってドヤ顔してみるけど、案の定無表情のまま。気にしないけど。

 

 実際、わたしが天才であるのは紛れもない事実。

 

「そんなことは分かってますよ、けど、真面目な話やっぱりちゃんと如月には指導できる人が必要だと思います、あとズルい」

 

「最後の一言は余計ね、でも確かにそれは否定できないわね」

 

 ユーリの言葉も最もだと思う。

 

 けど、なかなかいないものね。わたしの指導が出来るような人なんて……。

 

「あ、そうだ」

 

「どうかした?」

 

 突然何かを思いついたのか、ポンッと手を叩く。

 

 一体何かしら? わたしは彼女の言葉を待つ。すると、ユーリはとんでもない提案をしてきた。

 

「いっそ、雪音さんに指導してもらいましょう、あの人も大概天才なのでいけますよ、化け物には化け物をぶつけるんだよ理論的な感じで」

 

 ユーリの提案にわたしは思わず持っていたティーカップを落としそうになる。

 

 何を言っているんだろうこの子は。

 

 わたしはどうにか平静を保ちながら口を開く。

 

「マジで止めて……あれに指導されるくらいならアイドル辞めるわ」

 

 冗談抜きでわたしは全力で拒否をした。

 

 あれに指導されたら絶対にろくなことにならない、そう確信があったから。

 

 わたしの反応を見て、ユーリは目を丸くしていた。

 

「刺激的に嫌そうじゃないですか!! しかも母親をあれ呼ばわりって!!」

 

 ユーリのツッコミにわたしは小さくため息をついた。

 

「ユーリは雪音のヤバさを分かってない、確かに雪音ならわたしの指導はできるかもしれないけど……」

 

「けど?」

 

「あれが指導したら、調子に乗って私もアイドルやるって言い出しかねない、絶対に言う、断言出来る」

 

「いやぁ、流石にそんなこと……」

 

「あるのよ、だってわたしの母親なんだから」

 

「説得力が半端ないですね」

 

「それに自分の母親がアイドルやっている姿……ユーリは見たい?」

 

「いえ、全く、そんな状況なら私は自殺します」

 

「でしょう」

 

 即答するユーリを見て、わたしはまた大きくため息をついた。

 

 何となく雪音がアイドルをしている姿を想像してみた。

 

(イェーイ!! 皆~今日は来てくれてありがとぉ~!! 娘共々よろしくぅ~!!)

 

 わたしと一緒のステージに立つビジョンが見えた。うん、考えただけでダメ。これは無理。というか絶対やりたくない。

 

(けど、わりと見てみたいかも?)

 

 私が何か狂ったこと口にしていたけど、気にしない。気にしてはいけない。

 

「とりあえず、雪音に任せるのはなし」

 

「そうなると、あとは真拓がいい人を見つけるのに期待するしかありませんね」

 

「そうね」

 

「……」

 

 わたしの反応にユーリは何か思うところがあったのか、じっとこちらを見つめてきた。けどわたしはそんなことを気にせずに残りのコーヒーを飲み干す。

 

 その日は結局何も進展がなく、ダラダラとしながらそのまま解散となった。

 

 13

 

 それからある日のお昼休みのことだった。

 

「はぁ~、やっぱりところてんは最高の食べ物ね」

 

 わたしはところてんの一つ一つをじっくりとねっとりと味わいながら食べていた。

 

 なんだろう、このぷるんとした食感とつるっとした喉越し、そして噛めば噛むほど広がる磯の香り。全てがマッチしていて、素晴らしい。

 

「ホント、沙紀はところてん好きよね」

 

「えぇ、大好きよ」

 

 わたしの隣に座っているツバサが話しかけてくる。

 

 彼女はお弁当箱に詰まったご飯を食べている最中だった。

 

「でも、ところてんってこんな色だったかしら?」

 

「……何が言いたいの?」

 

「いや、何か私の知っているところてんと比べてスッゴく青いんだけど」

 

「よくぞ、聞いてくれたわね、ツバサ」

 

 わたしは箸を置くと、ツバサの方を向いた。

 

「実はこのところてんはわたしがお手製の最高傑作よ」

 

「へぇ~」

 

 わたしの言葉にツバサは特に興味なさげに返事をする。

 

「ところてんとゼリーの比率を9:1にして、さらに味はライチの風味なるように調整し、そのうえ見た目は青くなるように工夫したわ」

 

 わたしは自慢げに語るけど、ツバサは相変わらず反応が薄い。

 

 もっと驚いてもいいと思うのだけど。

 

「それよりもこの前のライブ見たわよ!! 凄い良かったわ!!」

 

「急な話題転換だけど……ありがとう」

 

「もう、あんなパフォーマンスが出来るなんてさすがは私の推し兼ライバルね!!」

 

 さっきのところてんの話とは雲泥の差ほどのテンションで話すツバサ。

 

 まあ、別にいいけど。

 

「あそこまで高いパフォーマンスを見せられると、今度の武道館ライブも期待しかないわ!! 私、もう楽しみすぎて夜しか眠れないわ!! 早く武道館で如月のライブ見たい!!」

 

 興奮気味に語るツバサにわたしは興味なさそうに答える。

 

「そんなに興奮しなくてもちゃんと次も期待通りのライブを見せてあげる」

 

「……」

 

 わたしの答えにツバサはピタッと動きを止めると、じーっとわたしの顔を見る。

 

 まるで品定めをするように。

 

 そして、ツバサはポロッと口を開いて──

 

「沙紀って……今アイドルやっていて楽しい?」

 

 と、突然そんな質問をしてきた。

 

「急にどうしたの?」

 

「いや、何だろう、最近の如月見ているとちょっと楽しそうに見えないっていうか……」

 

「……」

 

「もし、少しでも本当にアイドルが楽しかったら沙紀って笑えてると思うのよね」

 

 彼女の言葉にわたしは呆れたように肩をすくめる。

 

「何言ってるのツバサは、わたしが笑えないの知っているでしょ」

 

 生憎物心付いたころからずっと自分の感情を表情に出した記憶はない。常に無愛想。それがわたし、篠原沙紀だ。

 

 それなのに何を言っているんだろうこの子は。

 

 すると、ツバサは少しムッとして反論してくる。

 

「そんなことはないと思うわ、ちょっと■■に代わってみて」

 

「まあいいけど……」

 

 意図がよく飲み込めてないままわたしは身体の主導権を私に引き渡す。

 

 自分の身体の感覚が少しずつ薄れていくとやがて視覚と聴覚だけしか感じなくなった。

 

 これで私に身体の主導権を渡せたわけだけど、急に表に出された私は困惑していた。

 

「えっ……急に……どうしたの……ツバサ……ちゃん?」

 

「ごめんなさいね、ちょっと試したいことがあって」

 

「試したいこと?」

 

「えぇ、■■に協力してもらいたくて」

 

 ツバサがそういうと、私の両手をガッチリと掴み、真っ直ぐに目を見つめてくる。

 

 その目は真剣そのもの。

 

 そんな真っ直ぐな視線を人の視線が苦手な私が受けたら当然──

 

(うぅ……やめて……そんなに……見ないで……)

 

(顔……近い……)

 

(恥ずかしいよぉ……)

 

(こんなに……近くて……胸が……ドキドキ……する……)

 

(ツバサ……ちゃん……可愛い……)

 

(このまま……キス……される……のかな……)

 

(あっ……でも……友だち……なのに……しかも……女の子……どうしで……それは……)

 

 このように思考がパンクしてショートしてしまう。

 

 しかし、ツバサはそんなことお構いなしに私の手をぎゅっと握ると──

 

「スキアリ」

 

 そう言ってパシャっと写真を撮った。

 

「ふぅ~、いい写真が撮れたわ」

 

 満足そうに笑うツバサ。

 

 その手には携帯がしっかりと握られていた。

 

「今のは……なに?」

 

「見ての通り、■■の写真よ」

 

「どうして……それを……」

 

「■■の可愛い写真が欲しかったからって言ったら……」

 

「う~~~~」

 

 恥ずかしながら私はポカポカとツバサの体を叩く。

 

「冗談、冗談だってば」

 

 そう言いながらツバサは笑いながら私の頭を撫でた。

 

 私はツバサの手を払い除けず頭を撫でられていると、そのまま大人しくなる。むしろもっと撫でて欲しいのか彼女にすり寄っていく。

 

 その光景を見せられているわたしはどこか安心感を覚えた。

 

 あの私がここまで他人に懐いているなんて珍しい。というか普通はない。

 

 私にとって他人とは恐怖の対象でしかない。そんな存在。

 

 けれど、ツバサだけは違った。

 

 彼女は他の人間と違って、私のことをちゃんと見てくれる。

 

 だからこそ、私は初めて自分の名前を告げる勇気が出た。ツバサだから出来たことだ。

 

 きっと彼女以外だったら一生出来なかっただろう。

 

 そう思うとやっぱりこの人はとても不思議な人だと思う。

 

 そして、しばらくするとツバサはそっと私の頭から手を退けると、私は少し物寂しそうな声を漏らす。

 

「それで……結局……私を……呼んだのは……なんだった……の?」

 

「あ~……そうね、また一旦沙紀と交代してくれる?」

 

「うん……いいけど」

 

 ツバサの言葉に素直に従い、再びわたしの身体の所有権は戻る。

 

 そして、ツバサは改めてわたしの方を向く。

 

「それで何? 私を辱しめるだけ辱しめて終わり?」

 

「言い方にトゲがあるわね」

 

「事実じゃない」

 

「まあ、否定はしないけど」

 

 ツバサは苦笑しながら、わたしに携帯の画面を見せる。

 

 そこには顔を真っ赤にしながら照れている私の写真だった。

 

「これはさっきの写真よね、これがどうしたのよ?」

 

「さっき沙紀は笑えない──というより表情が顔に出ないって言ってたけど、■■はこんな風に表情がこんなにも分かりやすく出てる」

 

「確かにそうね」

 

 私はわたしと比べてちゃんと感情が出ている。

 

 それに比べて私はいつも無愛想で不機嫌そうに見えるらしい。

 

「なら沙紀だって問題なく表情が出せるのは普通じゃない? だって二人とも同じ身体を共有しているんだから」

 

「確かにその通りね、でも実際はわたしの表情は全く変化しない」

 

 ツバサの言う通り、二人の精神が入れ替わっても肉体に影響はない。

 

 つまり、本来であればわたしもちゃんと表情が出せて当たり前なのだ。

 

 だが、実際には違う。

 

 わたしの表情は動かない。

 

 どれだけ頑張って笑顔を作ろうとしても全く笑えないのだ。

 

 まるで分厚い仮面を貼り付けられたかのように。

 

「多分だけど、沙紀は心の奥底で無意識に感情にブレーキをかけていると思うの」

 

 ツバサは腕を組みながら考え込む。

 

 しかし、わたしはその言葉の意味が分からなかった。

 

 わたしは自分の感情にブレーキを掛けるつもりはない。

 

 自分が思うがままに行動して、感情のままに生きている。

 

 なのに、どうしてわたしはそんな事をする必要があるんだろうか。

 

「ツバサはわたしが感情を抑えてるそんな風に見えるの?」

 

「ん~正直よく分かんないわ」

 

「何よそれ」

 

 自分で言ってきたのに分からないとは意味が分からない。しかもわたしを無駄に混乱させることを言っておいて。

 

「正直な話、■■が色々と面倒なひねくれかたしてたから沙紀のほうも何かあるんじゃないかなって……」

 

 ツバサは申し訳なさそうにそう告げると──

 

「ツバサちゃん……私の……こと……面倒って……思ってたんだ……」

 

 不意に私が身体の主導権を握って、ショックを受けていた。

 

「ご、ご、ご、ごめんなさい、悪気はなかったのよ」

 

 ツバサは慌ててフォローを入れるが時すでに遅し。

 

「そうだよね……私……なんて……めんどくさい……女……だよね……」

 

 涙目になりながら、私は膝を抱えて落ち込んでしまう。

 

 こうなるとなかなか復活出来ない。

 

 ツバサはオロオロと困り果ててしまう。

 

 まあ、実際私が面倒な性格なのはそう。ツバサが私と仲良くなるまで、マジでめんどくさかった。

 

「もう……いいもん……」

 

 私は完全にいじけてしまい、体育座りをして地面にのの字を書く。

 

 しかし、ツバサがいくら謝っても私は一向に許そうとしなかった。

 

 私に許してもらえずどんどんパニクるツバサ。

 

「え~と……その……■■は可愛い!! 本当に可愛い!! 天使、女神、妖精、この世の全てに祝福された存在よ!!」

 

 そんなことを叫びながらツバサは必死に私を慰めようとする。

 

 しかし、そんなことで簡単に私は立ち直らない。

 

「うぅ……ぐすっ……どうせ……私は……可愛く……ないよ……」

 

「うぅ~……じゃあ……こうなったら……」

 

 そう言ってツバサは塞ぎ込んでいる私の顔を無理矢理持ち上げると、突然私の頬に自分の唇を押し付けた。

 

 それは一瞬の出来事で、すぐに私は解放される。

 

 私は何が起きたのか理解できず、ただ呆然としていた。

 

「な、なな、ななな」

 

 私は顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせる。

 

 すると、ツバサも自分の奇行に気付いて恥ずかしくなったのか顔を赤く染めていた。

 

「その……元気出して欲しくて……」

 

 ツバサは顔を真っ赤にしながら、指先を合わせてモジモジとするが私はキスをされたという事実に脳の処理が追い付かずに思考がショートしてしまう。

 

 結果、恥ずかしさのあまり意識がブラックアウトする。

 

 そして、再びわたしの身体の主導権が戻った。

 

「何バカなことやってるの?」

 

 意識が戻ったわたしはツバサのすねを蹴りながら、彼女の顔を睨み付ける。

 

「いたぁい! ちょっと沙紀、暴力はやめてくれる」

 

 ツバサは蹴られた部分を擦りながらも、わたしに文句を言う。

 

「うるさい、ツバサが悪い」

 

「その節は本当に、申し訳ありませんでした!!」

 

 ツバサは綺麗なお辞儀をしながら謝罪をする。

 

 その姿を見てわたしは少し冷静になる。

 

「まあ、いいわ、それで何であんな事したの?」

 

「だって■■が元気出してくれないかなって」

 

「あんなことしたら初な私に刺激が強すぎるに決まってるじゃない」

 

「ご、ご、ご、ごめんなさい!!」

 

 ツバサはもう一度頭を下げる。

 

 さすがにやり過ぎたと思っているようだ。

 

 わたしはため息をつくと──

 

「まあ、ツバサの気持ちは分かったからもういいわ」

 

「ありがとうございます」

 

「だから、今後は絶対にしないでよね」

 

「ぜ、善処します」

 

「善処しますって……あなたまた私とキスがしたいの?」

 

「まあ、したくないかと言えばしたいけど……唇に」

 

「変態」

 

「なんで!?」

 

 わたしの言葉にツバサは驚愕の声を上げる。

 

 だが、その反応は当然だろう。

 

「普通は嫌がるものでしょ? 女の子同士なんだから」

 

「確かにそうなんだけど……なんか不思議と抵抗がないのよね、なんだったら沙紀とでもできるわ」

 

 ツバサは平然と言ってのける。

 

「えっ、あなた顔が同じなら誰でも出来るの?」

 

 とんだ変態プレイガールにわたしは咄嗟に唇を隠す。

 

「まさか……雪音まで……母娘丼は最高だぜと」

 

「ち、違うわよ!! そういう意味じゃなくて、あくまで沙紀と■■なら問題ないって意味で──それよりも何でそういうこと知っているのよ」

 

 慌てるツバサを見て、わたしは何事もなかったかのように平然と答えた。

 

「つまり、姉妹丼ならいけると」

 

「それは……うん、アリね」

 

「ナシよ」

 

 わたしは即座に否定する。冗談でもそんなこと言われたくなかった。

 

「え~……沙紀と■■がお嫁さんになってくれたら毎日がパラダイスなのに……」

 

「私が気を失ってることを良いことに好き勝手言ってるんじゃないわよ、あとで私がこの記憶を見たらツバサ幻滅されるわよ」

 

「ちょっと待ってその話は聞いてないって!! ごめんなさい、私が悪かったです」

 

 ツバサは慌てて土下座して謝った。

 

「一応意識失っている間の記憶は触れなきゃそこまで見ることはないけど、あんまり私の前では変な発言はしないようにね」

 

「はい……肝に命じておきます」

 

 ツバサは神妙な面持ちで返事をした。

 

「それにしても沙紀ってホント■■のこと大切にしているわよね」

 

「当たり前でしょ、同じ身体を共有している言わば同居人なんだし」

 

「同居人ね……」

 

「どうしたの?」

 

「けど同居人にしては過保護過ぎる気がするのよね、だって沙紀ってほとんど学校の時間は■■に主導権あげているでしょ、実際私も沙紀とお喋りするの久しぶりだし」

 

 確かにツバサの言う通り、中学に入ってからは学校の時間は主導権を私にほぼ譲っている。

 

 学校ではわたしが表に出ることは滅多になく、授業や休み時間は私が過ごしている。

 

「別に良いじゃない」

 

「いや、良くないでしょ」

 

 ツバサは呆れた表情を浮かべる。

 

「実はアイドル活動で他のほとんどの時間を沙紀が使っているのが申し訳ないからとか……」

 

「……」

 

 ツバサの言葉に私は黙り込む。

 

「なるほどね~何となく見えてきたわ」

 

「何が?」

 

「沙紀が感情にブレーキをかけている理由」

 

 そう言ってツバサは私のほうを見る。

 

 わたしは思わず顔を背けた。

 

 しかし、ツバサはそれを見逃さない。

 

 ツバサはわたしの肩を掴むと、無理矢理こちらを振り向かせる。

 

 そして、ツバサは真剣な眼差しで私を見つめた。

 

 その瞳には嘘や誤魔化しを許さない強い意志が宿っていた。

 

「あなた心の奥底でずっと■■に申し訳ない気持ちが残っていて罪悪感があるんでしょう」

 

 そう言われてわたしは何も言えなかった。




如何だったでしょうか。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば早めに投稿できたら良いなと思っています。


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七十一話 沙紀ビギニング その五

大変お待たせしました。

星野如月の過去編五話目です。今回はいつもよりかはだいぶ短め。

それではお楽しみください。


 14

 

 罪悪感。

 

 その言葉を聞いて、わたしはある光景をフラッシュバックした。

 

 それはわたしが小学生の頃のこと。

 

 私がクラスで罵倒や陰口を言われる光景だった。

 

『お前、わざと手を抜いたんだろ』

 

『どうせ、自分以外はバカばっかりって思っているんでしょ』

 

『ちょっと可愛いからって調子乗んないでよ』

 

『自分が一番賢いと思っているんでしょ』

 

 そんな他人の暴言が私に降りかかる。

 

 その言葉に私はただ謝ることしか出来ず、ただただ他人に怯える。誰も助けてくれない、味方なんていない。

 

 私はずっと一人だった。

 

 けど、それは本来わたしが受けなければならない当然の報い。

 

 決して私が受けてはいけない罰。

 

「別に……そんなんじゃないわよ」

 

 わたしはツバサから目を逸らしながら答える。

 

 しかし、それは明らかに嘘であることは明白だ。

 

 そんなわたしの反応を見てツバサは大きくため息をつく。

 

「はぁ~やっぱりね……」

 

「何がよ?」

 

「沙紀って本当にバカよね」

 

「はあ? 別に勉強なら首席クラスよ」

 

「そういう意味じゃないわよ、にぶちん」

 

 そう言ってツバサはわたしの額を軽くデコピンする。

 

 突然の不意打ちにわたしは額を押さえながらツバサを見つめる。すると、ツバサはじとっとした目で私を見つめる。

 

「沙紀って頭は良いのに、ホント、■■のことになるとバカよね」

 

「だからさっきから何なの? アイドルの額にデコピンなんて、ファンに殺されかねない行為よ」

 

「それは……ごめんなさい」

 

「冗談よ、まあその件に関しては少し反省して欲しいけど……それよりも何なのさっきから? バカだのアホだの言いたいことがあるならハッキリ言って欲しいものね」

 

 私が問い詰めるとツバサは一呼吸置くと、真っ直ぐこちらを見ながらこう告げた。

 

「沙紀って自分の行動が■■に負担を与えてるって気付いているでしょ」

 

「……」

 

 ツバサの核心を突く一言に私は何も言えなかった。

 

 いや、言葉を失ってしまったと言ったほうが正しいのかもしれない。

 

 そんな私の反応を見てツバサは深いため息をつくとゆっくりと口を開く。

 

「やっぱりね……自分が何かをすれば、必然とその負担は■■にかかる」

 

「……」

 

「けど、沙紀は分かっていながらも自分の好奇心を抑えることはできないのよね」

 

 ツバサの言っていることは全て的を射ていた。

 

 わたしは自分の行動が私に負担を与えていることを理解しているし、その自覚もある。それでも、わたしは自分の好奇心を抑えることが出来ずについつい身体を動かして行動してしまう。

 

「今回だってそうでしょ? アイドルになったのも興味があったから……違う?」

 

「……違わないわ」

 

 わたしは認めざる得なかった。

 

 そうだ、本当はずっと前から気付いていた。

 

 いや、本当はとっくの昔に気付いていたのに、気付かないふりをしていただけなのかもしれない。

 

 わたしが興味本位で何かをすれば私に負担が掛かることを理解しているくせに、その行動を止めることが出来なかったから。

 

「沙紀って感情がないってわけじゃないのよね、ただ顔に出ないだけで」

 

「そうね……私は感情がないわけじゃない」

 

 楽しいことがあれば嬉しいと感じるし、悲しいことがあれば涙を流す。

 

 ただそれが表情に出ないだけであって感情はちゃんとある。

 

「だからこそ、自分が楽しい思いをしているのに、私が苦しい思いをするって分かっているから心の奥底で感情をセーブしている」

 

「なるほど、だから無意識にわたしは表情が作れずにいるって言いたいのね」

 

 わたしが何か新しいことを始めれば、当然、身体を共有している私に負担が掛かる。

 

 それにわたしは大抵のことは何でも人並み以上に出来てしまう。

 

 そのため、あっという間に技術が向上してしまい、私に対しての負担が大きくなる。

 

 ただでさえ身体を共有して、表に出る時間が限られているのに、その限られた時間をわたしが奪ってしまう。

 

 別に私が律儀にわたしの代わりをする必要はない。あの子がしたいことをすればいい。

 

 だけど、私はそれをしない。だって、周囲が求めているのは、なんでも出来る天才の篠原沙紀なのだから。

 

 決して■■■■ではない。

 

 そのイメージを崩したくないから私は自らの時間を削ってまでわたしの代わりを演じようとする。それがわたしに取って何よりも辛かった。

 

 だから、わたしは自分にとってどんなに楽しいことを見つけても、それを心の底から楽しめない。

 

 だってその楽しさは私の犠牲で成り立っているものだから。

 

「そうね……ツバサの言う通りよ」

 

 わたしはツバサの言葉を素直に認めた。認めざる得なかった。

 

 だって、それを否定出来るほどの理由がないからだ。

 

「けど、どうすればいいのよ、いまさらそれに気付いたって、どうしようも出来ないじゃない」

 

 そう。気付いたところで何かができる訳じゃない。彼方立てれば此方が立たず。わたしが何をしようすれば、私に負担がかかる。逆に私が何かしようとしてもきっと私は負い目を感じる。

 

 結局、双方が幸せになんてなれるわけがない。

 

 そんなの分かりきったことじゃない。

 

 だからわたしはツバサに問いかけた。

 

 どうすれば良いのか? と。

 

 すると、ツバサはきっぱりとその質問に答える。

 

「そんなの私が分かるわけないじゃない」

 

「ちょっと無責任じゃない」

 

 あまりにあっさりとした答えに私は思わずツバサの肩を強く揺する。

 

 そんなわたしにお構いなしでツバサは話を続ける。

 

「そもそも、この問題はあなたたちの在り方の問題なんだから、私たちにどうこうできる問題じゃないわよ」

 

「じゃあ何で私に気付かせたのよ……」

 

 私の弱々しい問いかけにツバサは口に指を当てながら、少し考える素振りを見せる。

 

 そして──

 

「そうね、私の大好きな親友たちには幸せになって欲しいからかしら?」

 

 と、真っ直ぐな眼差しで私を見つめながら答えた。

 

 そのあまりにもストレートな答えに私は呆気に囚われてしまい言葉を失ってしまった。

 

「そんな恥ずかしいセリフを堂々と言えるってすごいわね」

 

「別に、私はただ自分が思ったことを言っただけよ」

 

 さも当然のようにツバサは答える。

 

 本当にこの子は恥ずかしげもなくよく言えたものね。

 

 だからなのかしら。私がツバサに心を許しているのは。

 

 真っ直ぐで純真な心を持つ彼女だからこそ、きっと私は惹かれたのかもしれない。

 

「ホント、ツバサのそういうところ嫌いじゃないわ」

 

「あら? 沙紀が人のこと褒めるなんて珍しいわね」

 

「そう?」

 

「そうよ、沙紀が人のことを褒めるなんて初めて聞いたわよ」

 

「そうかしら?」

 

 わたしはツバサの言葉を軽く受け流す。

 

 すると、そんなわたしに対してツバサはやれやれといった表情を浮かべるとため息をつく。

 

「まあ、いいわ……とりあえず、あなたたちはちゃんとお互いに話し合ってみたら?」

 

「話し合うって……どうやって?」

 

「う~ん、とりあえず気持ちを打ち明け合ってみたらどうかしら? 自分の気持ちを吐露するだけでも多少は変わると思うわ」

 

「言うのは簡単だけど、それが一番難しいのよ」

 

「そんなことは分かってるわよ……けど、あなたたちに足りないのは本音でぶつかり合うことだと思うのよね」

 

 ツバサは真剣な眼差しをわたしに向ける。

 

 そんな彼女のことをわたしは見つめ返す。そして、ゆっくりと口を開くと正直な気持ちを彼女に伝える。

 

「そうね……お互い本音でぶつかり合えば何か変わるかもね……」

 

 確かに今までちゃんとお互いの気持ちを打ち明けたことはなかった。

 

 そう考えるとツバサの提案は悪くないかもしれない。

 

「そうね……とりあえず私とちゃんと話してみるわ」

 

 まずは私とちゃんと話そう。

 

 そして、それからどうするか二人で考える。全てはそこから。

 

「それが良いわ、その上で決めたことなら、私は全力で応援するわ」

 

 ツバサはそう言うと、わたしの手を握り、真っ直ぐな眼差しでわたしを見つめる。

 

「まあ……その結果、沙紀がアイドルを辞めたら、私はかなり落ち込むけど、気にしないで」

 

「そのときは一緒にカラオケでも行って、これでもかってくらいわたしの歌を聴かせてあげる」

 

「それは……それでテンション上がるわね!!」

 

 ちょっと興奮気味にツバサは答える。確かにカラオケでわたしの歌を聴くのはかなり贅沢だものね。

 

 そんな光景を想像してか、ツバサは目をキラキラさせて喜ぶ。まるで子供みたいに無邪気な笑顔。

 

「そんな冗談は置いておいて、とりあえず、沙紀は■■としっかり話し合うこと」

 

「そうね、そうするわ」

 

 ツバサの言葉に私は頷く。

 

 そして、わたしは決意を新たにすると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「さてと、そろそろお昼も終わりの時間ね、教室に戻りましょう」

 

「うん、そうね」

 

 そう言ってわたしたちは教室に戻る。その足取りはとても軽かった。

 




如何だったでしょうか。

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誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。できれば早めに投稿できたら良いなと思っています。


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