9人の女神と9人の戦士 ~絆の物語~ (アイスブルー)
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プロローグ 出会い

私は高坂穂乃果!東京都千代田区に住む音ノ木坂学院高校1年生で、来月の4月から2年生になります。

 

私の家は老舗の和菓子店「穂むら」を経営しているんだけど、今客足がすごいからせっかくの春休みなのにここ数日ずっと店番を手伝わされてるよ。

 

それに小さい頃からずっと和菓子を見てきたから、見るのもイヤになってくるよ~。

 

おまんじゅう・うぐいす団子・桜餅、あ~もうどれも飽きた!

 

 

「穂乃果~!悪いんだけどちょっと買い出しに行ってきてくれない?食材補充するの忘れてたの!」

 

お母さんが私にお使いを頼んできた。面倒だけどずっと店番ばっかりだったからいい気晴らしになると思って、お使いに行くことにした。

 

「は~い!行ってきま~す!」

 

そう言って家の玄関から外に出るともう夕方で日も落ち始めていた。私が店の入り口前の通りに出た途端、1人の少年が私の目の前をものすごいスピードで走って行った。

 

またあの子だ。最近よくこの辺りで走るのを見かける。見た感じ大体私と同い年くらいかな?一体誰なんだろう?

 

それにしても、速いなぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入り組んだ狭い道を一人の少年が歩いていた。少年は歩きながら空を見上げるとすっかり日も落ち、うっすらと星も見え始めていた。

やや冷たい風が吹き、少年はもうすぐ4月なのにやっぱりまだ夜は寒いなと感じながら、行きつけの銭湯「鶴の湯」へと向かっていった。

 

「鶴の湯」に入ると常連客のおじさんに会い、一緒に浴槽に身を浸す。

 

 

「いや~すっかりこの湯船にも慣れたもんだな」

 

おじさんが少年に笑いかける。

 

 

「そりゃあ子供の頃からよく来てましたから」

 

少年はおじさんの言葉に笑いながら返事を返す。

 

 

「昔から江戸っ子は風呂の温度は湯がケツに噛みつくぐらいがちょうどいいってんだけどよ、よそのヒトはなかなか慣れないもんでねぇ」

 

「まぁ普通の人からすればかなり熱いですからね」

 

「そういや、兄ちゃんもうすぐ高校3年生になるんだよな。どうだい、部員は集まりそうかい?確かあと2人揃えば予選に出られるんだよな?」

 

おじさんの言葉を聞くと、少年は黙り込んでしまった。

 

「ま、集まるといいな。ハイジよ」

 

「・・・はい」

 

 

少年の名は清瀬灰二。ここ東京都千代田区に住む高校生である。

 

灰二はおじさんの言葉に、「本当に」と思った。

 

今年が最後の年だ。そして最大のチャンスが回ってきている。今年こそ必ず予選に出場する。

 

 

やがて灰二はおじさんと銭湯を出てからおじさんと別れ帰路についた。

 

 

 

 

 

しばらく歩いていると背後から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。だんだん足音が大きくなってきたので灰二は振り返った。

 

その瞬間、灰二の横をスポーツ用のウィンドブレーカーを着た1人の少年があっという間に通り抜けて走り去っていった。

 

灰二は少しその少年の力強い走りに目を奪われたが、すぐに自身も走って彼を追いかけ始めた。

 

 

 

あいつだ。間違いない。何であんなのが東京にいるんだ。

 

2年前の全日本中学陸上選手権(全日中)で1500mと3000mの二冠を達成した

 

 

蔵原 走!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで中距離選手のような大きなストライド。この走りで当時、全日中1500mと3000mの二冠達成にとどまらず、ジュニアオリンピック3000m優勝、都道府県対抗駅伝で区間賞を獲得し中学部門のMVPに輝くなど数々の大会を総ナメにしてきた、

 

 

まさに陸上界期待の逸材!!

 

 

・・・だったわけだ。

 

 

 

 

中学卒業後は県内の駅伝強豪校に進学した。しかし、高校駅伝本戦直前になって「あの事件」が起きた。

 

あの事件によってその高校は高校駅伝出場を取り消され、部は一時的な活動自粛に追い込まれ、彼は駅伝部を退部した。

 

 

しかし、それでも走らずにはいられないってわけか。

 

 

 

 

 

灰二はしばらく彼の3mくらい後ろについて走りを見ていたが、やがてペースを上げ彼のすぐ後ろにつき声を掛けた。

 

 

 

「走るの好きか?」

 

 

 

彼は驚いて足を止めた。まるで目の前の道が突然消えたかのように。

 

「急に止まるな。少し流そう」

 

灰二はそう言ってゆっくりとしたジョギングペースで彼の前に出た。

 

 

彼は少し怪訝に思いながらも自然と脚が灰二の後を追った。

 

 

しばらく二人で並んでジョグをした後、簡単なストレッチを行い筋肉をほぐした。

 

 

 

「いい走りをしているね」

 

しばらくの沈黙の後、灰二が口を開く。少年は「どうも」と簡単な返事を返す。

そしてさらに彼に質問をする。

 

「君、この辺に住んでるのかい?」

 

「ええ一応。4月から音ノ木坂学院に転校するんで」

 

「なんだって!?それは本当かい!?」

 

少年は質問に答えた後、灰二が異様に目を輝かせてきたのでたじろかずにいられなかった。

 

「いや~嬉しいよ。まさか音ノ木坂に来てくれるなんて」

 

尚も灰二は嬉しそうな仕草を取っていた。

 

 

「あんた一体何者なんですか?」

 

少年は灰二に問いただすと、灰二は先ほどのにこやかな表情から一変して真剣な表情に変わる。

 

 

「俺は音ノ木坂学院高校の清瀬灰二。そして、男子駅伝部の主将だ」

 

「駅伝部!?・・」

 

「そして君は、船橋第一高校の蔵原走だろう」

 

 

走は駅伝部という単語を聞き、さらに自分のことを知っている灰二に対して警戒の念を強めた。

そして灰二がさらに口を開く。

 

 

「単刀直入に言う。俺と一緒に全国高校駅伝を目指さないか!?」

 

 

 

 

「高校駅伝?」

 

「そうだ!」

 

唖然とした表情で走が問うと灰二が強く頷き返す。

 

 

 

「お断りします」

 

走は即答で答えた。

しかし灰二は尚も食い下がった。

 

「確かに音ノ木坂の駅伝部なんて聞いたことないだろうし、無謀だって思うだろう!でも俺たちは本気なんだ!」

 

「断るって言ってるでしょう!」

 

灰二の必死の説得も走はバッサリと切り捨てた。

 

 

「だいたいあんた、初対面だってのにこの俺が信用できるってゆうんですか」

 

「信用?できるわけないだろう」

 

「なんだよそれ!!」

 

灰二の思わぬ返答に走は食ってかかりそうになるが、灰二は走の顔をそっと抑えて答えた。

 

 

「俺たちはまだ出会ったばかりなんだ!!」

 

「!?」

 

 

「俺はお前が前の学校で起こした例の事件のことは知っているさ!でもそれがなんだ!俺が知っているのは今会ったばかりのお前だけだ!今のお前の走り!その走りだけ・・・俺はお前を信じる!!」

 

 

灰二は走の肩を掴んでじっと走の目を見ながら声を張り上げて宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・お前を信じる?そんな大声で言ってて恥ずかしくないのかよ?

 

ホントに何言ってんだか・・・

 

 

でも・・・そんなこと言われたの初めてだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のことはハイジと呼んでくれ。それでどうするカケル?」

 

灰二は入部についての最終確認をする。

 

 

「別に入ってもいいですけど」

 

「おお!その気になってくれたか!」

 

走はしばらく考えてから入部の旨を伝え、灰二は再び目を輝かせた。

しかし走は続ける。

 

 

「でもハイジさん。俺は駅伝を目指すつもりはありませんから」

 

「まあ来るだけ来いって」 

 

しかし灰二は気にしていないようだった。

 

 

 

「俺は絶対駅伝はやらない!一人で走るって決めたんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、走は灰二から部室への簡単な案内図を渡され始業式の日の放課後に部室に入部届を持って来るように約束され彼と別れた。

 

 

帰り道の中、走は心の中で呟いた。

 

 

 

そうだ。俺にはもう帰る所も行く所もないんだ。なら

 

どこへ行ったって同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰二は家に帰り着き、自分の部屋のベッドに仰向けになりながら先ほどの走の走りを思い出していた。

 

 

 

今俺たちに必要なのは、こんなゾクゾクする気持ちなんだ。

 

お前はこれから俺たちの仲間だ!カケル!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんとか記念すべきプロローグを書き終えましたが、ほとんど漫画版のプロローグをそのまま書いたような感じですね。ちゃんとわかりやすく書けたか不安です。
時間が出来次第また更新していきます


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登場人物紹介(随時更新)

ここでは、本作における風強からの登場人物とオリキャラの紹介をします。
登場するたびに随時更新していきます。





【音ノ木坂学院高校男子駅伝部(東京都)】

 

東京都千代田区にある国立高校。

2年前にハイジによって創部され、これまでは実績もなく部員不足で高校駅伝の予選に出場すらできなかったが、今年からカケルと1年生3人が入部し総部員数9人となりハイジの指導の下で高校駅伝出場を目指している。ちなみに部の予算はゼロ。

 

ユニフォームは、上下茄子紺色で胸部には桜色の文字で「音ノ木坂学院」と書かれている。

 

 

 

 

◎蔵原 走(くらはら かける) 学年:2 

 

身長:165cm 体重:51kg 誕生日:8月4日 血液型:B型 出身地:千葉県船橋市

趣味:走ること 特技:球技以外のスポーツ・料理 好きな食べ物:カレーライス 得意科目:数学

夢:走りで更なる高みを目指す

 

本作の実質的主人公。通称「カケル」。中学時代に全日本中学選手権大会で1500mと3000mの2冠を達成し、高校1年で5000mで14分10秒を切る天才的ランナーだったが、最初に進学した高校の駅伝部内である事件を起こす。その結果、陸上部は高校駅伝出場停止となり本人は退部し、1学年終了と同時に実家を飛び出し東京の音ノ木坂学院へ転校する。それからも走ることは捨てられず1人で走り続けていたが、偶然出会ったハイジに男子駅伝部にスカウトされ、8人の仲間と共に高校駅伝出場を目指すことになる。また、転校初日にクラスメイトの穂乃果・海未・ことりと出会う。これらの出会いが彼の運命を大きく変えることになる。

実家を出ているため現在は、穂乃果の実家である和菓子店「穂むら」のすぐそばのアパートで1人暮らしをしている。

学業成績は高志・海未には及ばないが優秀である。また、意外とゲーマーでありレース系のゲームが好き。

 

 

 

 

◎清瀬 灰二(きよせ はいじ) 学年:3

 

身長:170cm 体重:53kg 誕生日:8月21日 血液型:AB型 出身地:東京都千代田区

趣味:読書 特技:家事全般 好きな食べ物:卵焼き 得意科目:数学・日本史

夢:数学教師

 

男子駅伝部の主将。通称「ハイジ」。駅伝部のトレーニングメニューなどを仕切っている。寛容且つ時には厳しい人物で人の心を操るのが上手い。また、非常に他人想いで仲間や尊敬する人物のことを悪く言われた際には激しい怒りを露わにする。

カケルの走りを偶然目にし、男子駅伝部にスカウトし高校駅伝出場を目指す。長距離選手にとって一番のほめ言葉は「速い」ではなく「強い」だと豪語し、その言葉の答えを一緒に探そうとカケルを導く。駅伝部で唯一カケルの過去を知る人物。

松平によると「中学時代は日本陸上界でその名を知らぬ者はいないほどの実力者」だったという。

右膝には手術を受けた跡がある。

学業成績はユキに次ぐ学年2位。

 

 

 

 

◎ムサ・カマラ(むさ かまら) 学年:2

 

身長:163cm 体重:49kg 誕生日:12月25日 血液型:A型 出身地:ケニア共和国

趣味:日本のニュースを見ること 特技:ピアノ演奏 好きな食べ物:うな重 嫌いな食べ物:納豆

得意科目:英語・世界史 苦手科目:古文・漢文 夢:世界の人々の役に立ちたい

 

流暢な日本語を操る黒人の生徒で、カケル・高志のクラスメイト。真面目で人柄が良いため生徒からは好かれている。高志は入学してから1番最初に話しかけてくれた人物であり無二の親友となる。

父親の仕事の関係で3年前に両親と共に日本に移住し、2年間のインターナショナルスクールを経て音ノ木坂学院に入学したため、留学生ではなく普通の生徒である。音ノ木坂学院の居心地の良さとハイジの人望もあり、高校駅伝出場を目指している。

ちなみに陸上経験は高校入学まではなかった。

 

 

 

◎杉山 高志(すぎやま たかし) 学年:2

 

身長:166cm 体重:52kg 誕生日:4月10日 血液型:A型 出身地:群馬県吾妻郡

趣味:ガーデニング 特技:山登り・スキー 好きな食べ物:鯖の味噌煮 得意科目:政治経済

夢:親孝行

 

カケル・ムサのクラスメイト。周りからは「高志」と呼ばれている。ムサとは高校入学の頃からの親友である。

中学までは群馬の山岳地帯で育ったため強靭な足腰をしている。中学時代は野球部に所属しピッチャーを務めていた。1年の時にハイジにムサと共に駅伝部に誘われ、共に高校駅伝出場を目指している。ハイジを信頼しており、カケルのハイジに対する偏見を咎めたこともあった。

学業成績は学年トップの優等生。

 

 

 

◎城 太郎(じょう たろう) 学年:1

 

身長:157cm 体重:47kg 誕生日:5月2日 血液型:O型 出身地:東京都千代田区

趣味:アニメ・ゲーム 特技:サッカー 好きな食べ物:オムライス 得意科目:現代文 苦手科目:数学

夢:兄弟それぞれの道を見つける

 

城兄弟の双子の兄。通称「ジョータ」。右目の下のホクロがジョージと見分けるポイントである。高校入学直後に駅伝部のポスターを見て、男子が活躍できる舞台という響きに憧れ女子にモテたいと思いジョージと共に入部。中学時代はサッカー部に所属していた。そこで培ったスピードと持久力があり、驚くべき陸上への適応力の高さを見せる。一見無邪気ではあるが時折兄らしくしっかりした一面も見せる。

 

 

 

◎城 次郎(じょう じろう) 学年:1

 

身長:157cm 体重:47kg 誕生日:5月2日 血液型:O型 出身地:東京都千代田区

趣味:アニメ・ゲーム 特技:サッカー 好きな食べ物:オムライス 得意科目:現代文 苦手科目:数学

夢:彼女をつくる

 

城兄弟の双子の弟。通称「ジョージ」。高校入学直後に駅伝部のポスターを見て、男子が活躍できる舞台という響きに憧れ女子にモテたいと思いジョータと共に入部。中学時代はサッカー部に所属していた。ジョータと同様にサッカーで培ったスピードと持久力があり潜在能力は高い。無邪気且つ純粋な性格で、次第にカケルの走りに憧れを抱くようになる。

 

 

◎岩倉 雪彦(いわくら ゆきひこ) 学年:3

 

身長:178cm 体重:55kg 誕生日:1月9日 血液型:B型 出身地:東京都千代田区

趣味:音楽鑑賞 特技:論述 好きな食べ物:パスタ 得意科目:全科目

夢:弁護士

 

駅伝部の最上級生メンバー。通称「ユキ」。眼鏡を掛けており、走っている時も常に掛けている。クールで冷めた性格をしており、「友情は好きじゃない」と語るが、実際は仲間想いである。中学時代は剣道部に所属しており、そのため非常に柔軟な身体をしている。平田とはしょっちゅう口喧嘩をしている。

学業成績は学年トップの秀才で東大進学を目指している。

真姫の父:紳一郎とは何かしらの面識がある様子である。

 

 

 

◎平田 彰宏(ひらた あきひろ) 学年:3

 

身長:185cm 体重:62kg 誕生日:2月5日 血液型:O型 出身地:東京都千代田区

趣味:模型製作 特技:パソコン 好きな食べ物:メンチカツ 得意科目:数学・物理 苦手科目:英語

夢:家業を継ぐ

 

駅伝部の最上級生メンバー。実家が工務店を務めておりたまに店の手伝いをしているため非常に筋骨隆々な身体をしており、一人暮らし用の冷蔵庫を一人で軽々と持ち上げるほどのパワーの持ち主。また、強面で近寄りがたい雰囲気だがチームメイトや後輩の面倒見は良い。ユキとはしょっちゅう口喧嘩をしている。自分を変えたいと強く願っており、その裏には悲しい過去を匂わせている。

父親がよく「西木野総合病院」を利用していることから、真姫の父:紳一郎とは顔見知りとなっている。

 

 

 

◎柏崎 茜(かしわざき あかね) 学年:1

 

身長:159cm 体重:49kg 誕生日:10月2日 血液型:AB型 出身地:茨城県東茨城郡

趣味:アニメ鑑賞 特技:声優を当てる 好きな食べ物:サンドイッチ 得意科目:現代文・日本史

夢:マイホームを買う

 

ジョータ・ジョージに続いて入部した新入部員。端整な顔立ちをしていることから平田に「王子」と呼ばれ、本人もそれを気に入りチーム内で定着した。

中学時代まで運動歴がなかったがスポーツマンの心情を知りたいと一念発起して入部。そのため部員の中では一番足が遅く運動神経も鈍いため、その克服がチーム内での課題となっていた。しかしきつい練習にも弱音を吐かず最後までやり遂げるなど強い根性の持ち主である。

かなりのアニメオタクであり学校にもグッズをいくつか持ち込んでおり、試合に来た際も隙あらばパソコンでアニメを見ている。また、アイドルにも精通しており、カケルにスクールアイドルについて聞かれた際には、概要を事細かに説明するなどスクールアイドルにも詳しい様子。

学業成績は以外にも優秀である。

 

 

 

◎坂口 洋平(さかぐち ようへい)

 

音ノ木坂学院高校の教師で男子駅伝部の顧問。担当は地理。顧問といっても駅伝部創部のためにハイジの頼みによる名目上のみの就任であるため活動は部員に丸投げしており、部員からはあまり当てにされていない。

 

 

 

 

【船橋第一高校駅伝部(千葉県)】 

 

 

千葉県船橋市にある私立高校。

カケルが最初に所属していた千葉県一の駅伝強豪校で、全国高校駅伝には20年以上連続で出場している。昨年、カケルが起こした事件によって高校駅伝出場停止となり翌年度まで活動自粛となった。今年度から監督が変わり新体制となる。

 

ユニフォームは、上下花緑青色で胸部には白のラインに黒文字で「船橋第一」と書かれている。

 

 

 

◎榊 浩介(さかき こうすけ)  学年:2

 

 

身長:156cm 体重46kg 誕生日:12月22日 血液型:O型 出身地:茨城県常陸太田市

趣味:サッカー観戦 特技:早寝早起き 好きな食べ物:焼肉 得意科目:生物 

夢:オリンピック出場

 

 

カケルの元チームメイト。昨年、カケルが起こした事件によって高校駅伝に出場できなかったため、それ以来カケルに辛くあたり音ノ木坂学院駅伝部のことも「弱小部」と見下した態度を取る。カケルをライバル視していると同時に彼の実力も認めており、常にカケルに勝つための努力を怠らない努力家でもある。しかし調子に乗りすぎて松平に叱られることもしばしばである。

 

 

 

 

 

◎古賀 智巳(こが ともみ)  学年:3

 

船橋第一高校駅伝部員。記録会で藤岡と同じ最終組に出場しているためチーム内でもエース級の実力者であることが伺える。元チームメイトのカケルの心境の変化を感じている。黒田とは良きライバル。パンが大好物。

 

 

 

 

◎松平 修(まつだいら おさむ)

 

船橋第一高校OBで駅伝部監督。今年から就任した新監督で、今年東京体育大学を卒業したばかりの新任教師でもある。専攻は体育。部員と年齢差があまりないため、部員からは監督というよりも頼れる先輩という感じで慕われている。調子に乗りやすい榊をたびたび叱っている。ある記録会でハイジの存在にいち早く気付く。 

 

 

 

 

 

【日学院大附属高校陸上部(東京都)】

 

 

東京都杉並区にある私立高校。東京屈指の進学校でもある。

東京都一の駅伝強豪校であり、高校駅伝には13年連続で出場している。チーム全体がスポーツマンシップを大切にしており非常に礼儀正しいことで全国的にも有名な優良チームでもある。

 

ユニフォームは、上が白で下がスカイブルー、胸部にはオレンジ色の文字で「日学院大付属」と書かれている。

 

 

 

◎黒田 龍(くろだ りゅう)  学年:3

 

日学院大付属高校陸上部の主将でありエース。非常に整った顔立ちでモデル並みのルックスの持ち主であり、性格も礼儀正しくチームメイトからの信頼も厚い好青年。その実力は全国トップクラスでハイジ曰く「藤岡と並ぶほど」。古賀とはライバルであり「黒田っち」と呼ばれている。白米が大好物。

また、格闘術も持ち合わせている。

 

 

 

 

 

 

【佐久清城高校駅伝部(長野県)】

 

長野県佐久市にある私立高校。

長野県を代表する駅伝強豪校であり16年連続で高校駅伝に出場し大会2連覇を果たしている、現在の高校駅伝王者。

 

ユニフォームは、上下オレンジで胸部には白文字で「佐久清城」と書かれている。

 

 

 

 

◎藤岡 一真(ふじおか かずま)  学年:3

 

佐久清城高校駅伝部のキャプテンでありエース。スキンヘッドが特徴。高校陸上界最強の選手と言われており5000mを13分40秒台で走る力がある。ハイジの中学時代のチームメイトである。カケルと初対面した際に「強くなれ」と喝を入れ、それ以来カケルが目標とする人物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【その他】

 

 

 

◎西木野 紳一郎(にしきの しんいちろう)

 

真姫の父親で「西木野総合病院」の院長を務める。娘思いの優しい父親であり、真姫に友達が出来たことを大いに喜んでいた。平田とは彼の父親がよく訪れることから顔見知りとなっており、ユキとも何かしらの面識がある様子である。

 

 

 



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第1章  ~新生の春~
第1路 転校


これから誰かの視点で物語を進めるときは、


~from〇〇~


~from〇〇 end~

というふうに区切っていきます。  


また呼び方も 走⇒カケル 灰二⇒ハイジ としていきます。


カケルの朝は早い。

 

 

毎朝5時半頃に起床しストレッチを終えると1時間ほどジョギングをする。さらに夕方にも同じぐらい走る。陸上を始めてからの習慣だ。

 

前の学校の駅伝部を退部しても、カケルは走り続けた。これまで体感したことのない未知の世界に、まだ見たことのない速さの世界にたどり着きたいから。

 

 

 

カケルは朝のジョギングを終えると、現在住んでいるアパートの自室に戻った。

 

その部屋は一人暮らし用の1Kの部屋で、玄関から入ってすぐの所にキッチンがあり、奥には約六畳分程の広さの洋室があり上にはロフトもある。

風呂とトイレは別。洗濯機・冷蔵庫・エアコンといった生活家電製品は備え付けられており、十分な生活環境は整っていた。

 

しかしテレビはなかったので、引っ越してからすぐに近くの電気屋で32インチのテレビを買い、他にも座卓・収納ケース・布団など必要だと思った家具はすべて自分で揃えた。

 

 

カケルは現在一人暮らしである。前の学校の1学年終了と同時に家を飛び出し、ここ東京都千代田区に上京してきた。両親からは毎月お金が振り込まれることになっているが、あの事件以来家族との関係は冷え切ったままである。

 

 

 

今日は音ノ木坂学院の始業式の日である。

カケルはシャワーを浴び終えると制服に着替え、洋室の座卓で昨日のうちに作っておいた簡単な朝食を取り始める。一人暮らしをしているだけあって、料理もできるようになっていた。

 

制服は紺色のブレザーにグレーのズボンに赤のネクタイだ。音ノ木坂学院では男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年の見分けがつくようになっている。

 

1年生は青、2年生は赤、3年生は緑といった感じである。

 

 

カケルは朝食を食べながら、座卓の上にある既に書き終えた入部届の封筒に視線を移す。そして、先日ハイジと出会った時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

『俺と一緒に全国高校駅伝を目指さないか!?』

 

 

 

 

どういうつもりだハイジさん!?高校駅伝って・・・本気かよ!?

 

 

とにかく俺は駅伝はやらない!ただ入部させてもらうだけだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

~from カケル~

 

 

俺はついに音ノ木坂学院の校門前に来た。転入手続き等で前にも来たことはあったが、大きな校舎な上に敷地も広いし所々に伝統も感じられると改めて思った。

 

しかし周りを見渡してみると、本当に女子ばっかりでさっきから男子が見当たらない。

 

一応事前に聞いてはいたが、この学校は近年共学化したばかりで圧倒的に女子の比率の方が高いのだ。

 

 

俺は女子とまともに話したことなんかないから、今になって若干の不安を感じてきた。

 

とりあえず俺は転校生なので、この学校の理事長に挨拶をするために理事長室へと向かった。

 

 

 

 

◎理事長室◎

 

 

理事長室のドアの前に立つと、俺はドアを2度ノックする。「どうぞ」と声が聞こえると「失礼します」と一言いいながら理事長室へと入る。

 

 

そこには灰色の長い髪をしている理事長らしき人が席に座っていた。

 

 

「今日からこの学校に転校してきました、蔵原走です」

 

「あなたが蔵原くんね。待っていたわよ。ようこそ音ノ木坂学院へ。今担任の先生を呼んでくるから、そこに座って待っていて」

 

 

俺が挨拶をすると理事長は俺を歓迎してくれ、担任の先生を呼びに部屋を出た。

 

理事長に指されたソファーに座ってしばらく待っていると、理事長が先生を連れて戻ってきた。

 

 

「では山田先生よろしくお願いします」

 

「はい!よし蔵原!今からお前のクラスに案内するからついてきてくれ」

 

 

俺は担任の先生の後について教室へと向かった。

 

 

 

 

 

◎教室◎

 

 

 

「私が合図したら入ってきてくれ。みんなの前で自己紹介をしてもらうから」

 

 

先生に言われ、俺は教室の前で待った。

 

やっぱり自己紹介とかやるのか。別に何かの発表会とかじゃないんだからとりあえず出身地と名前だけ言っとけばいいだろう。

 

 

 

「それじゃあ入ってきてくれ」

 

先生に呼ばれ俺は教室に入り、みんなの前に立った。

 

 

 

「千葉県船橋第一高校から来ました、蔵原走です!よろしくお願いします!」

 

やや緊張気味に自己紹介を終えると、クラスのみんなが拍手をしてくれた。

 

 

「それじゃあ蔵原の席は、あの窓際の後ろの席だ」

 

先生に促され俺は自分の席へと向かう。その間にクラスメイトたちを一通り見てみた。

 

全部で35人ほどいてその中で男子は俺を含め7人しかいない。その男子の中に1人黒人の生徒がいた。

なんで黒人がいるんだろう。留学生か何かだろうか。

 

 

やがて自分の席のすぐそばまで来たけど、何だろう?

 

俺の前の席のオレンジ色の髪をした女子が俺の顔をまじまじと見ているような気がするが、俺の顔に何か付いてるのか?まぁ、あまり気にしないようにしよう。

 

そう思いながら俺は自分の席に着いて授業を受け始めた。

 

 

~from カケル end~

 

 

 

 



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第2路 激励

~from カケル~

 

 

午前中の授業が終わり昼休みの時間となった。

 

俺はカバンの中から弁当を取り出した。この弁当も俺が自分で作ったものだ。食事はすべての源というように、ちゃんとした食事を取らなければ走りに影響が出かねないからな。そのために栄養バランスもしっかり考えて作っておいた。子供の頃に母親に教わってきたのと、前の学校の駅伝部の寮での料理当番の経験が生きている。

 

 

 

すると、前に座っていたオレンジ髪の女子生徒が振り向いて俺に声をかけてきた。

 

 

「はじめまして。蔵原君だよね?私は高坂 穂乃果。よろしくね」

 

「ああ。よろしく」

 

 

穂乃果という子はにっこり笑いながら挨拶をしてきたので俺も返事を返した。

 

 

「蔵原君って、最近よく走ってるよね?」

 

 

え?俺のこと知ってんのか?

 

 

「すんごい速いな~って思って。思わず見とれちゃったからよく覚えてるよ」

 

 

ああ。だからか。さっき俺をまじまじと見つめてたのは。

 

 

「蔵原君ってもしかして陸上選手なの?」

 

「ま、まあな。これから駅伝部に入ろうと思ってて」

 

 

とりあえず俺は、駅伝部に入るつもりであることを正直に話しておいた。

 

 

「駅伝かぁ。なんかかっこいいね」

 

「そ、そうか」

 

 

「じゃあ前の学校でも陸上やってたの?大会とか出たの?前に住んでた所ってどんな所だったの?」

 

 

彼女は興味津々で俺に色々聞いてきた。まいったなぁ。俺、過去のことについては話したくないのに。

っていうか顔近いって///

 

 

 

「穂乃果!初対面の人にご迷惑ですよ」

 

後ろの方から声が聞こえた。振り向くと2人の女子生徒が立っていた。

 

 

1人は長い青髪の凛とした雰囲気の子だった。どうやら穂乃果という子に注意をしたのは彼女のようだ。

 

 

「そうだよ穂乃果ちゃん。蔵原君困ってるみたいだし」

 

もう一人の子が言った。グレーの髪に緑色のリボンをつけたおっとりとした感じの子だった。

 

 

 

「はじめまして。私は園田 海未と申します」

 

青髪の子が俺に自己紹介をしてきた。それにグレー髪の子も続いた。

 

「私は南 ことりです。よろしくね蔵原君」

 

 

「こちらこそよろしく。高坂さん。園田さん。南さん」

 

「それじゃちょっと固い感じがするから、ことりでいいよ」

 

「それでは私も海未と呼んでください」

 

「私も穂乃果って呼んで。そのかわり私たちもカケル君って呼ばせて」

 

3人は下の名前を呼ぶように言ってきた。正直下の名前で呼ぶのはあまり慣れてないけど、俺はちょっと照れながらも呼ぶことにした。

 

 

「分かったよ。穂乃果。海未。ことり」

 

 

俺がそう呼ぶと3人とも嬉しそうに微笑んでくれた。

 

 

「じゃあみんなでお昼食べようか。カケル君も行こう」

 

穂乃果が提案し、俺はみんなに連れられて教室を出て中庭へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◎中庭◎

 

 

中庭には木製のテーブルと椅子が置かれていて、俺たちはその一つに腰かけて昼食を取り始めた。

 

少し後になって、向かう途中に購買部に寄っていった穂乃果がパンをいくつか抱えながらやってきた。

それにしてもちょっと買いすぎじゃないか?

 

 

「穂乃果。いくらなんでも買いすぎですよ」

 

「だってお腹すいたんだも~ん」

 

「そんなに食べてると太りますよ」

 

「まあまあ海未ちゃん。美味しそうに食べてるんだから」

 

 

 

3人の会話を聞いていると、穂乃果は先陣を切って行動していくタイプで海未はそれに対して意見やツッコミを入れ、そしてことりがその場を上手く収める仲裁役といった感じか。この様子だと結構付き合いが長そうだな。

 

 

「みんなとても仲がいいんだな。3人はどれぐらい前から知り合ったの?」

 

俺は3人に聞いてみた。

 

 

「小さい頃からだよ!」

 

「私たち幼馴染なんです」

 

「小さい頃から私たちずっと一緒だもんね」

 

 

穂乃果・海未・ことりが順に答えてくれた。なるほど、幼馴染か。

 

 

こんなに長い間友情が続いているなんてすごいことだな。俺だって子供の頃はそれなりに友達はいたけど、陸上を始めて結果を求めるようになってからはみんなどんどん離れていったし、俺自身も別に友達が欲しいなんて思わなくなっていた・・・

 

 

「そうだ海未ちゃん!ことりちゃん!実は穂乃果ね、前からカケル君のこと知ってたんだよ」

 

突然穂乃果が思い出したように言った。

 

「それはどういうことですか穂乃果?」

 

 

穂乃果は俺が毎日ジョギングをしている所をよく見たことを話した。

 

彼女たちなら別に話してもいいと思い、俺は話を止めることはしなかった。

 

 

「カケル君って足速いんだね」

 

「毎日どれくらい走っているのですか?」

 

話を聞くとことりは感心し、海未は俺に質問をしてきた。

 

 

「そうだな。朝と夕方にそれぞれ1時間ずつ走ってるから、距離にすると合計約30kmは走ってるかな」

 

 

「さ、30km!?」

 

「すごーい!」

 

「毎日そんな努力を惜しまないなんてすごいと思います!」

 

 

穂乃果・ことり・海未から称賛され、俺はちょっと照れてきた。

 

だってこんなかわいい女の子に褒められるなんて初めてだから。

 

 

「それでね。カケル君は駅伝部に入るんだよ」

 

穂乃果が言いだし、俺はハッとした。

 

俺はさっき穂乃果にそのことを話していたのを忘れてたのだ。

 

 

「駅伝といえば、私は毎年箱根駅伝を見ていますが、10人の選手たちがそれぞれの思いを襷に込めて繋ぎ合っていく、とても素晴らしい競技だと思います」

 

「じゃあカケル君も箱根駅伝を目指してるの?」

 

海未は駅伝の素晴らしさについて語りだし、それを聞いたことりが聞いてきた。

 

「いや、まだそこまでは考えてないな」

 

「でも高校駅伝は目指してるんでしょ?」

 

「えっ!?」

 

 

ことりの質問にとりあえず答えると今度は穂乃果が聞いてきた。その質問内容に俺は言葉を詰まらせた。

 

 

 

「だってそのために駅伝部に入るんでしょ?」

 

 

俺はみんなの表情を伺った。3人とも期待に満ちたような眼差しで俺を見つめていた。

 

 

「あ、ああ。まあな」

 

その視線に負け、俺はつい返事をしてしまった。

 

 

「やっぱり!頑張ってねカケル君!穂乃果応援してるから!ファイトだよ!!」

 

穂乃果は目を輝かせ俺の手を握って激励してきた。だから近いっての///

 

 

「私も応援していますよ、カケル」

 

「ことりも応援してるからね。頑張ってねカケル君」

 

 

海未もことりもすっかり俺を応援していた。

 

 

 

 

 

まいったなぁ。俺は絶対駅伝は目指さないつもりでいたのに。どうしよう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3路  入部

しばらくカケル視点が続きます。

そしてついにアオタケメンバー登場です!


~from カケル~

 

 

 

◎教室◎

 

 

授業が終わって放課後になり、俺は身支度を済ませると駅伝部の部室に向かうために席を立った。

 

 

「じゃあ俺はそろそろ行くね」

 

俺は穂乃果・海未・ことりに声を掛けた。

 

 

「はい。さようならカケル」

 

「また明日ね~」

 

「頑張ってねカケル君!」

 

3人とも手を振って挨拶をしてきたが、穂乃果はやっぱり駅伝部のことで応援してきた。

 

 

「今日はありがとう。また明日ね」

 

そんな3人に今日のお礼を述べ、俺は教室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

◎廊下◎

 

 

 

俺は部室に向かいながら今日のことを振り返った。

 

まさか転校早々こんな俺に向こうから話しかけてくれる人がいるなんて思わなかった。しかも女の子でだ。

 

 

3人ともいい人たちだったな。彼女たちとは、いい友達になれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

『高校駅伝目指すんでしょ!?』

 

『頑張ってねカケル君!穂乃果応援してるよ!』

 

 

 

 

 

 

 

俺は駅伝はやらないつもりだったのに、あの時つい頷いてしまった。

 

3人とも俺の事すごい応援してくれてたな。応援してくれる彼女たちのためにも、俺は・・・

 

 

本気で目指してみるべきなのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カケル!久しぶり!」

 

部室に向かう途中ハイジさんと出会った。

 

 

「どうだ?入部する気持ちは変わってないか?」

 

「はい。これから部室に向かうところです。」

 

「そうか。なら一緒に行こうか」

 

 

入部についての意思確認をすると、俺はハイジさんと一緒に部室へと向かう。

 

 

「でもすまないなカケル。駅伝部の活動は週5日で月・火・水・金・土で行っている。今日は木曜だからオフの日なんだ。だから今日は部の内容についての説明のみ行い、練習は明日からにするよ」

 

「わかりました」

 

ハイジさんが申し訳なさそうに説明したので俺は返事を返した。

 

 

 

 

 

『全国高校駅伝を目指す』

 

 

ハイジさんは確かにそう言ってたけど、一体この学校の駅伝部はどれほどの戦力なんだ?

 

あんな風に大口叩けるなんてよっぽど自信あるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎部室棟◎

 

 

部活用の部室棟は校舎から少し離れた所にある。

 

男子駅伝部の部室は1階にあるのだが、たまたま空いていた部屋を使わせてもらっているため、他の部室とは離れていていくつかの部活用具室に交じった所にあるとハイジさんが教えてくれた。

 

やがて部室らしき部屋のドアの前まで来た。ドアには「男子駅伝部」と書かれたプレートが掛けられている。

 

電気がついているので誰か人がいるようだ。

 

 

 

「まあ休みの日でも誰かしら部室にいるよ。さあ入ってくれ」

 

ハイジさんがドアを開けながら手招きする。俺はハイジさんに続いて部室に入ると、部室には部屋の隅には部員用のロッカーがいくつか並んでおり、その前には長いベンチが置かれていた。

他にもホワイトボードやかごに入った給水用のボトル数本など、運動部が使いそうなものはだいたい揃っていた。

 

中央にはプラスチック製のテーブルとパイプ椅子が置かれていて、2人の男子生徒がテーブルを挟んで向かい合うように椅子に座っていた。

 

 

 

2人ともよく見ると背が高く、ざっと180cm以上はありそうだった。

 

1人は筋骨隆々で渋い強面の人だ。正直あまり高校生には見えず、戦闘系の洋画に出てきそうな感じだと俺は思った。

 

もう一人は眼鏡をかけた痩せ形の人だった。表情を見るといかにも神経質そうな面立ちだった。

 

 

 

 

「よーしこれならどうだ!」

 

2人はどうやらチェスをしているようで、強面の人が声をあげながらチェスの駒を動かした。

 

 

「フッ悪いな。チェックメイト」

 

「何ぃ!!」

 

 

眼鏡の人が勝負をつけたので、強面の人は悔しそうな唸り声をあげる。

 

 

「くっそー何で勝てねえんだ!」

 

「単純すぎるんだよお前の手は。イノシシみてえに突っ込んでばかりくるからすぐに手が読めるぜ」

 

「イノシシとは何だお前!」

 

「じゃあ暴れ馬にするか」

 

「その例えやめろ!」

 

 

 

2人は俺とハイジさんには気づいていないようで、ついに口喧嘩が始まってしまった。

 

「気にするな。2人はいつもこんな調子なんだ」

 

ハイジさんは俺にそう呟くと、手を打ち鳴らし、言い争う2人の注意を惹きつけた。

 

「はいはい、そこまでだ」

 

2人は喧嘩をやめ、視線をこっちへ向けてきた。

 

 

「おうハイジ。来てたのか。ん?もう一人は見かけない顔だな」

 

強面の人が俺を品定めするような感じで見つめてきた。なんかちょっと顔恐いんですけど・・・

 

 

「彼は新入部員の蔵原走だ。今日転校してきた2年生だよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

ハイジさんが2人に俺を紹介してくれたので、俺は2人に挨拶をした。

 

 

「新入部員か。よく来てくれたな。よろしくな」

 

強面の人が機嫌良さげに声をかけてきた。しかしよく見ると本当に高校生に見えないな。

 

 

「なんでおっさんがこんなところに・・・って思ってんだろお前」

 

すると眼鏡をかけた人が茶々を入れてきた。

 

「えっ?い、いや俺は別に」

 

俺は慌てて否定する。いや、ちょっと思ったけど・・・

 

 

「おっさんとは何だ!俺はこう見えてもばりばりの現役高校3年生よ!って余計なこと言うんじゃねえ!」

 

 

強面の人は俺に抗議してから、眼鏡の人の頭を平手で叩いた。

 

そしてハイジさんは俺に2人の部員を紹介してくれた。まずは強面の人からだ。

 

 

「カケル。彼は3年の平田彰宏(ひらた あきひろ)。実家が工務店を営んでいてたまに店の手伝いをしているからこのとおりすごい筋肉だろう」

 

今度は眼鏡の人だ。

 

「こっちは同じく3年の岩倉雪彦(いわくら ゆきひこ)。みんなはユキと呼んでいる。将来は弁護士を目指していて、学業成績は学年でダントツトップの秀才だ」

 

「どうも」

 

ユキさんという人は紹介されるとそっけなく会釈する。

 

 

 

それにしても平田さんは無駄に筋肉ありすぎだし、ユキさんの方は痩せ型過ぎて一言でいえばガリガリの体型で、長距離選手って感じには見えない。この人たち本当に高校駅伝を目指してるんだろうか?

 

 

 

「以上。俺たち3人が3年生の部員だ」

 

 

えっ?3年生でたったこれだけかよ?じゃあ2年生は一体どれくらいいるんだ?

 

 

 

「おいお前ら!俺いま、すごいことに気付いたぞ!」

 

「どうしたんだ?いきなり」

 

突然平田さんが言いだしたのでハイジさんが訊ねた。

 

「どうせくだらねえ事だろ」

 

 

平田さんはユキさんの言葉を無視し、人差し指でハイジさん・俺・ユキさんを順番に指しながら言う。

 

「まずハイジだろ。カケルは苗字が蔵原だからクララ。そしてユキは、ヤギのユキちゃん。ほらな!アルプスの少女の登場人物の名前が揃っただろう!」

 

 

・・・・・・・・。

 

 

 

「バカだろお前・・・」

 

この沈黙を最初に破ったのはユキさんだ。

 

 

平田さんはユキさんを捕まえると片手でユキさんの頭をグリグリし始めた。ユキさんの悲鳴が部室内に大きく響いた。

 

 

「こんな感じだか、まあ仲良くしてやってくれ」

 

「はぁ・・」

 

ハイジさんが苦笑いしながら言ったが、俺は鈍い反応しか返せなかった。

 

 

 

 

 

 

その時、部室のドアが開く音と誰かの挨拶の声が聞こえてきた。

 

「コンニチワみなさん」

 

 

振り向くとそこにいたのは、俺と同じクラスにいた黒人の生徒だった。

 

 

「ああムサか。こんにちは」

 

ハイジさんが挨拶を返す。

 

 

「アナタは今日転校してきたカケルですね」

 

黒人は俺の姿を見ると、思い出したように言った。しかし日本語うまいなぁ。

 

 

「なんだムサ。知り合いなのか?」

 

「彼とは同じクラスなんデス。話したことはないですケド」

 

ハイジさんが聞いてきたので黒人が答えた。

 

 

 

「カケル。彼はケニア人のムサ・カマラだ。両親の仕事の都合で3年ほど前から家族揃って日本に住んでいるんだ」

 

「よろしくカケル」

 

ハイジさんが紹介すると、ムサが握手を求め手を差し出したので俺は彼と握手を交わした。

 

「よ、よろしく」

 

 

 

 

 

なるほど黒人か!黒人の足は即戦力になる。きっと速いに違いない。

 

 

 

 

 

「ところでムサ。今日は部室に何の用だ?」

 

「ちょっと忘れ物を取りに来マシタ」

 

 

ムサはそういうとロッカーの方へ歩いて行った。そして、部室の隅で小競り合っているユキさんと平田さんにも挨拶をした。

 

 

「彼はとても真面目で人柄がいいんだ。ああやって積極的に色んな人と明るく接するから、生徒からも大変好かれているんだよ」

 

 

ハイジさんがムサを見ながら説明をしていると、再び部室のドアが開く音がした。

 

 

振り向くと今度は、まったく同じ顔をした男子生徒が2人入ってきた。どうやら双子のようだった。

 

 

「えっと・・君たちは?」

 

ハイジさんが双子に聞く。

 

 

「「実は俺たち、駅伝部に入部させてほしいんです」」

 

 

入部という言葉を聞き、部室の奥にいたムサもユキさんも平田さんも一斉に双子の方に振り向いた。

 

 

「本当かい!?もちろん大歓迎だよ!まず学年と名前を教えてくれるかい?」

 

ハイジさんは新たな新入部員に喜びを噛みしめた表情をしながら質問をした?

 

 

「1年生で兄の城太郎(じょう たろう)です」

「弟の城次郎(じょう じろう)です」

 

「俺のことはジョータ、弟のことはジョージって呼んでください」

「昔からそう呼ばれていたので」

 

 

「「よろしくお願いします」」

 

 

双子は兄と弟が交互に喋り、最後には声を揃えて挨拶をした。立ち位置を変えられたら、もう見分けがつかなそうなくらいよく似ている。

 

 

 

「いや~いきなり3人も新入部員が来てくれるなんてツイてるな」

 

平田さんが言った。

 

「え?3人?」

「あと1人は誰ですか?」

 

双子が聞いてきたので俺は手を上げてアピールした。

 

 

「俺だよ。2年の蔵原走だ」

 

「どうも!よろしくお願いしますカケル先輩」

「よろしくお願いしますカケルさん」

 

 

 

双子は順番に元気よく挨拶してきた。

 

「先輩」か。なんかそう呼ばれるのも懐かしいな。

 

 

 

 

するとムサが口を開いた。

 

「良かったデスネハイジさん。これで全部で8人。予選に出られマス」

 

「ああ。そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?8人?駅伝部の部員はここにいる7人とあともう1人の8人しかいない?

 

しかも今まで予選に出たことすらないのか!?

 

 

こんな状況で高校駅伝出場なんて無理だろ!?絶対無理だ!!

 

 

 

 

 




今回、µ’sの出番少なくてすみませんm(__)m


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第4路 友達

いよいよ駅伝部と女神たちの絡みが始まります。


始業式の翌日の朝、カケルはいつものように朝練習と朝食を済ませ学校へと向かっていた。

 

学校へ向かいながらカケルは昨日の駅伝部の入部時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

あの後、新入部員であるカケルと城兄弟は活動内容の説明を受けながら、練習場所を案内された。

 

駅伝部の活動は、通常は月・火・水・金・土の週5日で行われ平日は午後4時、土曜日は午前9時が練習開始時間となっている。

 

 

練習場所については、学校の人工芝の運動場の周りにある400mトラックを使うことになっている。本来は陸上部の優先場所であるが、学校と陸上部の許可をもらい駅伝部の練習場所としても使わせてもらっている。

 

立派な素材のタータンを使っており、とても走りやすかった。

 

校内にこんな立派なトラックがある学校はそうそうあるものではないため、それだけでも十分な練習環境が整っていると言えるだろうとカケルは思った。

 

 

しかし、問題なのは部員数だ。昨日カケルと双子が入ってやっと8人になったという状況だ。

 

そのため、今まで高校駅伝の予選に出場したことすらないことになる。

 

いくらこの学校に男子があまりいないとはいえ、さすがにこの人数は少なすぎる。

 

 

やっぱり無理だろ、と思いながらカケルは通学路を歩き続ける。

 

 

 

 

 

その時、誰かの呼び声が聞こえてきた。

 

「おーい、カケル!」

 

 

カケルは声がする方向に振り向くと、昨日会った黒人のムサが手を振りながら隣にいるもう一人の男子生徒と共にやってきた。

 

 

「おはようございます、カケル」

 

「おはよう」

 

ムサが挨拶をしてきたのでカケルも挨拶を返すと、ムサの隣にいる男子生徒がカケルに声を掛ける。

 

 

「カケル君だよね。はじめまして。俺は同じクラスの杉山高志。そして駅伝部の部員です。よろしく」

 

「ああ。よろしく」

 

駅伝部の部員と聞きカケルは目を丸くする。

 

 

なるほど。彼が最後の8人目の選手か、とカケルは思った。

 

 

ということは今ここにいる3人が2年生の部員ということになる。

 

 

 

「ムサから聞いたよ。君も入部してくれたんだってね。新たな仲間が3人も増えるなんて嬉しいよ」

 

 

「今日はカケルも初めて練習に参加しますね。これからみんなで頑張りマショウ」

 

杉山が嬉しそうに話すと、ムサも笑顔で言う。

 

 

2人の様子を見てカケルは、かなり張り切ってるようだけど2人は一体どこまで本気なんだろうと思った。

 

 

 

 

 

「おーい!カケルくーん!」

 

再び呼び声が聞こえたので振り向くと、穂乃果が手を振りながら海未・ことりと一緒にやってきた。

 

 

「おはようカケル君」

 

「おはよう」

 

「おはようございますカケル」

 

「おはよう、みんな」

 

 

穂乃果・ことり・海未がそれぞれ挨拶してきたのでカケルも挨拶を返した。

 

 

「えっと、2人は私たちと同じクラスだよね?」

 

ことりはカケルと一緒にいる杉山とムサを見て訊ねる。

 

 

「jambo!」

 

「え?じゃ、ジャンボ?」

 

ムサが母国語で挨拶をし、穂乃果は意味が分からず混乱する。

 

 

「君たちとは去年は別クラスだったよね。はじめまして。俺は杉山高志です」

 

杉山は穂乃果たちに挨拶をする。

 

「はじめまして。ケニアから来ましたムサ・カマラです。よろしくお願いシマス」

 

ムサもお辞儀をしながら挨拶をする。

 

 

「うわぁ。日本語上手だね~」

 

「とても礼儀正しいですね。穂乃果にも見習ってほしいものです。」

 

「余計なお世話だよ海未ちゃん」

 

ことりと海未はムサの日本語力と礼儀正しさに感嘆していた。

 

 

「私たちも紹介するね。私は南ことりです。ことりって呼んでね」

 

「私は高坂穂乃果。穂乃果でいいよ」

 

「私は園田海未です。海未と呼んでください」

 

 

「よろしく。ことりサン。穂乃果サン。海未サン」

 

「よろしくね」

 

3人が自己紹介をするとムサと杉山が返事を返した。

 

 

「ムサ君は留学生なんですか?」

 

 

「いいえ。ワタシは3年前にパパの仕事の関係で家族揃って日本に来ました。最初の2年間はインターナショナルスクールで日本の言葉や文化を学んで、それから音ノ木坂学院に入学しました。なのでワタシは留学生ではなく普通の生徒デス」

 

海未が訊ねるとムサが詳しく説明する。

 

 

「そうなんですか。しかしご家族と一緒とはいえ来日当初は言葉も分からず大変だったでしょうね」

 

「ハイ。それに音ノ木坂学院に入る時も、ワタシ一人だけが異国の人なので上手くやっていけるか不安デシタ。でも、そんなワタシに高志が一番最初に声を掛けてくれました。それから高志には色々と助けてもらって本当に感謝していマス」

 

 

「どうムサくん。日本にはもう慣れた?」

 

ことりがムサに聞く。

 

 

「はい。もうだいぶ慣れましたよ。みんなとっても優しい人たちばかりで辛かったことなんてありませんデシタ」

 

「よかった」

 

 

ムサの返答を聞き、ことりは安心したように微笑んだ。

 

 

「ねえムサ君。さっきのジャンボってどういう意味なの?」

 

穂乃果は先ほどの母国語での挨拶について聞いた。

 

 

 

「jamboとはスワヒリ語で、おはよう・こんにちは・こんばんわといった挨拶の意味が込められていマス。皆さんも一緒にどうぞ。jambo!」

 

 

「うん。jambo!」

 

「よーし!jambo!」

 

「じ・・jambo」

 

ムサに促されると、ことり・穂乃果・海未がそれぞれ順番にスワヒリ語で挨拶をする。

 

 

「よく出来マシタ」

 

挨拶を終えるとムサは拍手をしながら褒める。

 

 

「やったー!これで穂乃果、また一つ賢くなったよー」

 

「一言覚えただけじゃないですか」

 

「なんだかこうやって異国の人と触れ合っていく感じ、ことり好きだなぁ。ねえムサ君。これから私たちと友達になってくれる?」

 

「もちろんです。皆さんはもうワタシの友達デス」

 

「やったー。ありがとうムサ君」

 

 

ことりは友達として受け入れられたことが嬉しくなり、お互いにっこりと笑いながら握手を交わした。

 

 

「なんかムサ、すっかりことりちゃんに気に入られたみたいだね」

 

「そうですね。友達になれたのが本当に嬉しかったんでしょうね」

 

その様子を杉山と海未が微笑ましそうに眺めながら呟いた。

 

 

カケルはムサのおかげでこの場がとても温かい雰囲気になったのを感じ、ハイジさんの言った通り本当に人柄が良いんだなと思った。

 

 

 

「ちなみに俺たちは3人とも駅伝部に所属しているんだ」

 

杉山が言うと、穂乃果がわくわくした顔で聞いてきた。

 

「そうなんだ!じゃあやっぱりみんな高校駅伝を目指してるんだね?」

 

「うん!もちろんだよ」

 

「今年こそ出場目指して頑張りマス」

 

穂乃果の問いに杉山とムサが元気よく答える。

 

 

「もちろんカケルもデスよね?」

 

「えっ?あ、う、うん」

 

ムサに聞かれカケルはとりあえず頷いた。

 

 

「頑張ってねみんな」

 

「私たち応援していますよ」

 

ことりと海未が彼ら3人に激励の言葉を送る。

 

 

 

 

 

 

また頷いてしまった。2人ともやる気みたいだけどこれが無謀だなんて思わないんだろうか?

 

そう思いながらカケルはみんなと学校の門をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルたちは今、廊下にある掲示板の前にいた。

 

そこには6人にとって衝撃的な内容が貼り出されていた。

 

 

「廃・・校・・?」

 

6人が目にしたのは音ノ木坂学院の廃校のお知らせだった。

 

全員驚きとショックのあまり声も出なかった。

 

 

「廃校って何デスか?」

 

この沈黙を破ったのはムサだった。ムサは廃校の意味が分からずみんなに訊ねた。

 

 

「それはねムサ」

 

杉山が重い口を開き、少し間を置いてから答える。

 

 

 

 

 

「この学校が無くなっちゃうってことなんだよ」

 

 

 

 

 

「エエエェェ!?」

 

杉山の説明を聞きムサは驚きの声を上げる。

 

 

そして次の瞬間穂乃果が涙目になりながら仰向けに倒れこみ、カケルに支えられていた。

 

 

「おい穂乃果!?しっかりしろ!」

 

「穂乃果ちゃん大丈夫!?」

 

「穂乃果!しっかりしてください!」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

「穂乃果サン!」

 

 

みんながそれぞれ穂乃果に必死に呼びかける。

 

 

 

「私の、私の高校生活が・・・」

 

 

穂乃果はそう呟くとショックのあまり意識を失ってしまい、みんなは彼女を保健室へと運んでいった。

 

 

 

 

 

 

突然知らされた廃校の危機。この瞬間から女神と戦士たちの絆の物語が始まるのであった。

 

 



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第5路 廃校

◎教室◎

 

 

午前中の授業が終わり昼休みの時間となった。朝に廃校の知らせを聞いてショックを受けた穂乃果はカケルたちによって保健室へ運ばれてからまだ戻ってきていない。

 

 

カケル・杉山・ムサ・海未・ことりは一緒になって穂乃果のことを話した。

 

 

「穂乃果サン大丈夫でしょうか?」

 

 

「相当な落ち込みようだったからね」

 

 

「穂乃果ちゃん、この学校が好きだからショックだろうね」

 

ムサ・杉山・ことりがそれぞれ穂乃果の心配を口にする。

 

 

カケルは穂乃果が廃校の知らせを聞いた時のことを思い出しながら話を聞いていた。

 

 

あそこまでショックを受けるなんて、なにかこの学校に特別な思い入れでもあるのか?とカケルは思った。

 

 

「違います。おそらく穂乃果は勘違いをしているんだと思います」

 

海未が口を開く。

 

 

「それってどういう意味?」

 

海未の発言に杉山が訊ねる。

 

 

その時、教室のドアが開く音がした。

 

5人が振り向くと、がっくりと肩を落としている穂乃果が教室に入ってきた。

 

やがて穂乃果は自分の席に着くと、机に突っ伏してしまった。

 

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫?」

 

「元気出してください。穂乃果サン」

 

「気持ちは分かるけど、落ち込んでたってしょうがないよ」

 

 

ことり・ムサ・杉山が穂乃果に慰めの言葉を掛ける。

 

その様子を海未はため息をつきながら眺めていた。

 

 

海未の様子を見てカケルは、さっき海未が言っていた勘違いというのはどういうことだろうと思いながら尚も机に突っ伏している穂乃果に視線を移す。

 

 

すると突然、穂乃果は体を起こしみんなの方を向きながら涙目になって叫びだした。

 

「どうしよう~!全然勉強してないよ~!」

 

 

穂乃果の言葉を聞き、海未は小さく「やはり」と呟き、他のみんなは何が何だか分からないといった表情だった。

 

 

「何を言っているんだ?穂乃果」

 

カケルは穂乃果に聞く。

 

 

「だって学校無くなったら別の高校に入らなきゃいけないじゃん。受験勉強とか編入試験とか!」

 

ああそういうことか、とカケルは海未が言っていた勘違いの意味が理解できた。

 

 

 

「穂乃果ちゃん落ち着いて。それは勘違いだよ。実はね・・」

 

穂乃果の様子を見て杉山が説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎中庭◎

 

 

その後6人は中庭のテーブルで昼食を取った。

 

穂乃果は先ほどの杉山の説明を聞き、安心した表情でパンを食べていた。

 

ちなみにムサには、穂乃果が倒れた後で杉山が説明済みであった。

 

 

「学校が無くなるにしても、今いる生徒が卒業してからだから早くても3年後だよ」

 

「でも、それが正式に決まったら来年からは新入生が入ってこなくなる。今の1年生には後輩が出来なくなってしまうってことだよね」

 

 

ことりと杉山が説明する。

 

 

「なんだか寂しいデスね」

 

ムサの一言でみんなは気持ちが落ち込んでしまった。

 

その中でカケルは廃校について冷静に分析していた。

 

 

 

 

 

 

廃校というのは少子化の影響が大きいのだろう。どの学校も生徒を集めるために色んな案を出したり、実績を上げようとしている。この学校だって、もともと女子高だったのを共学にしたのだって生徒を集めるための一つの案なのだろう。しかしそれでも入学者は増えるどころか減少傾向にあり、結局他校との競争社会に敗れ廃校という結果に至ったのだろう。穂乃果たちには気の毒だが、結果は結果で仕方のないことだ。

 

陸上と同じで、結果を出せているものが生き残りいつまでも結果を出せないものは切り捨てられる。

どの世界でも競争は避けられない運命なんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっといいかしら」

 

誰かの呼ぶ声が聞こえたので、6人はその方向へ体を向けると2人の女子生徒が立っていた。

 

1人は青い瞳に金髪でポニーテールをしており、背も高くスタイルも抜群で美人と言っていい容姿だった。

 

もう1人は緑の瞳に紫の髪を二つに分けている。カケルは一瞬その女子生徒の大きな胸に目がいってしまったがすぐに視線を反らした。

 

 

「この人たちは?」

 

カケルは転校してきたばかりであるため、小声で杉山に訊ねる。

 

「生徒会の人たちだよ」

 

杉山が説明すると、金髪の女子生徒がカケルの方を向き声を掛ける。

 

 

「あなたが昨日転校してきた生徒ね。私は絢瀬絵里。生徒会長を務めています。よろしく」

 

「ウチは東條希。生徒会副会長を務めておるんよ。ようこそ音ノ木坂学院へ。これからよろしくね」

 

「よろしくお願いします」

 

 

凛とした表情の会長に続き穏やかな笑顔の副会長が関西弁交じりで挨拶を交わし、カケルも挨拶を返す。

 

 

 

「南さん、あなた理事長の娘よね。理事長、何か言ってなかった?」

 

会長はことりに訊ねる。

 

 

カケルは、親が理事長であることに驚きつつも廃校についてのことだろうなと思い黙って聞いていた。

 

 

「いいえ。私も今日知ったので」

 

 

「そう。ありがとう」

 

 

ことりの返答に会長はそう一言返しこの場を後にしようとした。

 

 

「あ、あの。本当に学校なくなっちゃうんですか!?」

 

その時穂乃果は生徒会の2人に呼びかける。

 

 

少し間を置いた後に会長が口を開く。

 

「あなたたちが気にすることじゃないわ」

 

会長はそれだけ言って去っていった。

 

 

「ほなな~」

 

副会長は6人に声を掛けると会長の後を追った。

 

 

 

 

 

確かにな。穂乃果の気持ちは分かるが会長の言ったように、俺たちにどうにか出来る問題じゃないからな。

 

 

カケルは生徒会2人の後姿を見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

◎教室◎

 

 

授業が終わり放課後になると、穂乃果は5人を集めた。

 

 

「私考えたんだけど、何かこの学校のいいところをアピールすれば入学希望者が集まると思うんだ。入学希望者が定員よりも集まれば、廃校にはならなくなるから」

 

 

穂乃果はみんなに自分の考えを述べた。穂乃果はどうしても廃校を阻止したいと思っているようだった。

 

 

カケルは本気かよ、と思った。

 

 

 

 

廃校を阻止だなんてどれほど困難なことなのか分かってるのか?少なくとも俺たち生徒にどうにかできる問題じゃないだろう。

 

 

 

 

「それはいい考えデスネ」

 

ムサが言った。どうやらムサも乗り気のようだった。

 

 

「宣伝できるほどのいいところといっても、何があるでしょう?」

 

 

「うーん。歴史がある」

 

 

海未の問いに穂乃果は考えながら答える。

 

 

「他には?」

 

 

「うーん。伝統がある」

 

 

「それじゃ同じ答えだよ」

 

 

「うっ・・じゃ、じゃあ、ことりちゃん何かない?」

 

 

穂乃果は杉山にツッコまれるとことりに意見を求める。

 

 

「そうだね~。強いて言えば、古くからあるってとこかなぁ?」

 

 

ダメだこりゃ、とカケルは思った。そして居ても立っても居られなくなり助言をする。

 

 

「そもそも歴史や伝統がある学校は音ノ木坂学院に限ったことじゃないから、いいアピールポイントにはならないだろう。もっとこの学校特有のいい点を見つけなきゃだめだ。例えば部活動の実績とかさ」

 

 

「なるほど~。さすがカケル君」

 

 

穂乃果はカケルの助言に感心する。しかしカケルは自分でも不思議に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

あれ?何で俺助言なんてしちゃったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

「部活動の実績だったら少し調べて良いとこ見つけたよ」

 

「本当!?」

 

 

ことりが言うと穂乃果は期待のこもった目をしだした。

 

 

「とは言っても、あんまり目立つようなものはなかったんだ。うちの学校で最近目立った活動は・・」

 

 

ことりが説明した最近の実績はこうだった。

 

 

 

珠算関東大会6位

 

合唱部地区予選奨励賞

 

ロボット部書類審査失格

 

 

 

どれも微妙な実績で最後に至っては実績ですらなかった。

 

 

「そうだ!駅伝部は何か実績ないの?」

 

穂乃果が駅伝部3人に聞いた。

 

それはカケルも気になった。まだ駅伝部のこれまでの実績について何も知らなかったのだ。

 

 

「うーん、あるとしても去年の東京都新人大会5000m個人7位ってところだな。これは現部長の実績なんだけどね」

 

杉山が説明した。

 

なるほど、ハイジさんか。結局都大会止まりというわけか、とカケルは思った。

 

 

 

「ワタシ、この学校好きデス。無くなってほしくありません」

 

 

ムサが俯きながら呟いた。

 

 

「私もだよムサ君」

 

「私も」

 

「私もです」

 

「俺もだ」

 

 

穂乃果・ことり・海未・杉山もムサに続いて呟いた。

 

 

 

カケルはみんなのこの学校に対する思いの強さを感じた。

 

 

でも、俺たちに一体何ができる?とも思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムサ、杉山。そろそろ部活の時間だ。行こうぜ」

 

カケルが2人に声を掛ける。

 

 

「そうだね。じゃあ俺たちは行くね」

 

「さようなら皆サン」

 

 

「うん。3人とも今日はありがとう」

 

「皆さんありがとうございました」

 

「部活頑張ってね~」

 

 

みんなそれぞれ挨拶を交わし合い、カケル・杉山・ムサは教室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎廊下◎

 

 

 

「なあ杉山、ムサ。ちょっと聞いていいか?」

 

「何だいカケル?」

 

「何デショウ?」

 

 

「お前らはどうして駅伝部に入ったんだ?」

 

 

3人揃って部室へ向かいながらカケルは2人に質問をする。

 

 

 

「ハイジさんが熱心に誘ってきたんだよ。俺たちと一緒に高校駅伝を目指そうってね」

 

「ワタシもです。最初は、ワタシは陸上の経験なんてないので戦力にならないと断ったんですが、それでもハイジさんはワタシの力を必要としてくれていましたので、入部を決意シマシタ」

 

 

杉山とムサがそれぞれ答えた。

 

 

 

「無謀だって思わないのか?」

 

「えっ?」

 

「だって全国高校駅伝だぞ!?どの学校も高校駅伝への出場を懸けてハードな練習を何日もやって、それでも出場できるのは各都道府県で1校だけなんだぞ!?それなのに、ようやく予選に出れるだけの部員が揃ったっていう状況で出場を目指そうだなんて。傍から見れば冗談としか思えない」

 

さらにカケルは続ける。

 

「それに穂乃果たちにしたってそうだ。廃校を阻止だなんて明らかに規模が大きすぎる。俺たち生徒にどうにかできる問題じゃないだろう」

 

カケルはこれまで心の中で思っていたことを述べた。

 

 

 

「それはどうかな」

 

杉山が口を開く。

 

 

 

 

「俺とムサは君より1年長くハイジさんと活動してきたけど、少なくともハイジさんはふざけて物を言う人じゃないのは確かだ。あの人は常に本気だよ」

 

 

「だからって・・」

 

 

「俺は、本気で目指そうと思う。俺、中学までは群馬の山奥で育ったんだ。当時は野球をやっていてピッチャーだった。ロードワークでは山道を走りこんできたから足腰と持久力には自信がある。それに、高校駅伝に出られたらテレビで放映されるんでしょう?親も喜ぶと思うんだ」

 

 

「ワタシも高校駅伝を目指します。だって、みんなで一緒に一つの目標に向かって努力するのって素晴らしいじゃないですか」

 

 

 

カケルは2人の本気を知り、呆気にとられた表情で2人を見た。

 

 

 

みんなで一緒に、か。俺にもそう思えた時期が今まであっただろうか?

 

 

 

 

 

「それに穂乃果ちゃんたちだって、本当にこの学校が好きだからこそ本気で廃校を阻止したいと思ってる。さっきも言ったように俺たちだってこの学校が好きだ。だから俺たちは彼女たちの廃校阻止にも協力するつもりだよ」

 

 

杉山の言葉にムサは頷いていた。

 

 

カケルはもはや何を言っても彼らの気持ちは変わらないと悟り、何も言う気にならなかった。

 

 

 

「さあ、早く部室に行こう!練習が始まっちゃうよ」

 

杉山に促され、3人は急いで部室へと向かっていった。

 

 

「あ、あと俺のことは高志でいいよ!」

 

 

 




次からは呼び方を 杉山⇒高志にします。


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第6路 初練習

しばらく風強メインになるのでµ’sはあまり登場しません。すいませんm(__)m


◎部室◎

 

 

 

カケル・高志・ムサが部室に到着すると、既に部員全員が集まっており練習着に着替えていた。

 

 

「「「おはようございます」」」

 

 

3人は揃ってみんなに挨拶をする。

 

 

「おお。カケル、高志、ムサ!待っていたよ」

 

「「おはようございます!先輩たち!」」

 

 

ハイジが声を掛けると1年生の城兄弟も元気よく挨拶をする。

 

 

3人はすぐに自分のロッカーの前に立ち、練習着に着替え始める。

 

 

 

「なあ聞いたかよ。廃校のこと」

 

平田がユキに廃校について話し出したのでカケルは聞き耳を立てた。

 

 

「そりゃあこの学校の生徒なら嫌でも耳にするぜ。まぁ俺はこうなってもおかしくないと思ってたがな」

 

ユキがドライに返答する。

 

 

「そうなったら来年から後輩が入って来なくなりますよ」

 

「3年生になった頃には俺たちだけなんてそんなの嫌だよ」

 

話を聞いていたジョータとジョージがそれぞれ悲痛な声を上げ、高志もムサも深刻な面持ちで話を聞いていた。

 

 

 

「だったら、俺たちの力で廃校を阻止するまでだ」

 

突然ハイジが宣言し、全員一斉に彼の方に振り向く。

 

 

「俺たちの力でって、一体どうするつもりなんだ?」

 

平田が聞く。

 

 

「全国高校駅伝に出る!」

 

ハイジの返答にカケルは、やっぱりそれかよ!と心の中でツッコんだ。

 

 

「高校駅伝に出られればきっと全国の注目の的になる。そうなれば音ノ木坂学院の名は一気に広まり入学希望者が増えること間違いなしだ。きっと廃校だって阻止できるはずだ」

 

 

ハイジの言葉をカケルは冷めた様子で聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな夢物語を堂々と掲げられて、本当にどこまでもおめでたい人だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり俺たちに出来ることといったらそれですね」

 

「ワタシも頑張りマスよ」

 

 

ハイジの言葉に高志もムサも意気込みを見せる。

 

 

「フッ、お前らしいじゃないかハイジ」

 

「最後の1年だからな。しょうがねえから付き合ってやるよ」

 

 

ユキと平田もやる気のようだ。

 

 

「高校駅伝ってテレビ放送されるよな」

 

「テレビ映れるかも。おもしろそうじゃん!」

 

「それに注目されれば女の子にモテるよきっと!うちの学校女子多いし」

 

「だよね~。よし俺頑張っちゃう!」

 

 

ジョータとジョージはウキウキした表情で話し合っていた。

 

 

「お、お前らなぁ」

 

「まあいいじゃないか。本人たちはやる気なんだから」

 

呆れ顔をする平田をハイジがなだめる。

 

 

 

「よしみんな!俺たちの学校を守るためにも、絶対高校駅伝に行くぞー!」

 

「「「おーーーーーー!!」」」

 

 

ハイジが拳を高々と上げながら檄を飛ばし、みんなもそれに答え雄叫びを上げながら拳を突き上げる。

 

 

「友情とかあんまり好きじゃねえけどな」

 

ユキはそうぼやきながらも拳は上げていた。

 

 

 

カケルはその輪には加わらずみんなを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな何もわかってないんだ。高校駅伝を目指すってことも走るってことも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとそれから、今日はもう1人新入部員が来てくれることになったぞ」

 

 

ハイジが言うと全員驚きと嬉しさの交じった表情をした。

 

 

「本当ですかハイジさん」

 

 

高志が聞いた。

 

 

「ああ。今日の昼休みに俺の所に入部届けを持ってきてくれたんだ」

 

 

「1年生ですか!?」

 

 

今度はジョータだ。

 

 

「ああ。そうだったな」

 

 

「やったー!俺たちの代で仲間が増えるぞ!」

 

 

ジョージが嬉しそうに声を上げる。

 

 

「そんなこと、なんで俺らに早く教えてくれなかったんだよ」

 

 

平田が不満そうな顔をして聞く。

 

 

「みんなを驚かせてやろうと思ってな。多分もうそろそろ来ると思うよ」

 

 

 

カケルはこれから来る新入部員について考えた。

 

 

 

 

 

 

 

一体どんな奴なんだろう。まだ学校が始まったばかりのこの時期に入部だなんて、よっぽどやる気があるんだろうな。もしかしたら陸上経験者で結構速いのかも。

 

 

 

 

 

 

 

そう考えていると部室のドアが開き、1人の男子生徒が入ってきた。

 

 

 

「おお。来てくれたか」

 

 

ハイジが言った。どうやら彼が新入部員のようだった。

 

 

身長は160cmより少しあるくらいで、やや華やかな顔立ちをしており重そうな睫毛をしばたたかせている。

 

 

あまり体育会系っぽくはないな。でも人は見かけによらないからな、とカケルは思った。

 

 

 

 

「それじゃあ自己紹介をしてくれ」

 

 

「はい。1年の柏崎茜(かしわざき あかね)です。中学まで運動経験はまったくありませんでしたが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

 

 

ハイジに促され、彼は自己紹介をすると部員のみんなは拍手をする。

 

 

 

カケルは経験者ではなかったことに少しガッカリしたが、それ以上に今まで運動歴がないのに真っ先に駅伝部に入部してきたことへの驚きの方が大きかった。

 

 

 

 

「よろしくね柏崎君」

 

「よろしくお願いシマス」

 

「ようこそ駅伝部へ」

 

「俺たち同じ1年生だぜ。よろしく~」

 

 

みんなそれぞれ握手をしたり背中をポンポンと叩いたりして温かく迎え入れた。

 

 

 

「じゃあ君のロッカーはあそこだ。これから練習だからまず体育着に着替えてくれ」

 

 

「はい」

 

 

 

柏崎はハイジに指されたロッカーの所にいくと、カバンを置いて体育着を探し始めた。

 

 

「えーと、どこだったかな?」

 

柏崎は体育着を探すためにカバンの中にあるものを出し始めた。よく見ると漫画・アニメ雑誌・アイドルの写真などが大量に出てきた。

 

 

その場にいたムサ以外の全部員がその光景を見て思った。

 

 

もしかして彼、オタクなのかと

 

 

 

 

 

やがて柏崎は体育着に着替え終えた。

 

 

「しっかしすごい量のグッズだったな~。」

 

「もしかしてお前オタクなの?」

 

 

ジョータとジョージがストレートに聞く。

 

 

「まあ、そう思ってもらって構わないよ」

 

 

柏崎がドライに返答した。

 

 

「オタクって何ですか?」

 

「えっと、それはね・・」

 

 

ムサはオタクの意味が分からないため高志が説明に入る。

 

 

 

「お前これまで運動歴0なのによく駅伝部に入ろうなんて思ったな」

 

 

「ええ、まあ」

 

 

ユキの言葉に柏崎は曖昧な返事を返す。

 

 

 

「しかし『柏崎』ってなんか呼び辛いよな。よし決めた!今日からお前の呼び名は『王子』だ」

 

 

平田が宣言すると全員が冷めた目で硬直する。

 

 

「お前マジでセンスねえよ・・」

 

ユキが言う。

 

 

「何でだよ。この整った顔立ちに目つき。なんか少女漫画に出てくる王子様っぽい感じだろ?」

 

 

「いや、俺もさすがにそれはどうかと・・」

 

 

高志が言うと柏崎が口を開いた。

 

 

 

「・・・いい」

 

 

「「「えっ???」」」

 

 

 

「いい。すごくいい。とても気に入りました。今日から僕のことは王子って呼んでください」

 

 

「おおそうか!気に入ってくれたか!よろしくな王子」

 

 

彼の意外な返答に平田は気に入られたのが嬉しくてテンションが上がってあり、他のみんなは唖然としていた。

 

 

 

 

 

「さあみんな!今日の練習について説明するぞ」

 

 

ハイジがテーブルに地図のようなものを広げながら号令をかける。

 

みんなはテーブルを囲むように集まり、地図を見下ろした。

 

 

 

「今日は新入部員には初めての練習になるから、スタンダードに学校周辺のロードジョグを行う。この地図に書かれたルートでいけば大体10kmぐらいになる。王子はきついだろうから半分の5kmのコースを考えといた。王子には俺が、カケル・ジョータ・ジョージにはみんなに誘導してもらうが一応目は通しておいてくれ」

 

 

ハイジは地図を指さしながらルートを説明する。このルートは駅伝部がこれまで使ってきたコースである。カケルは何度か繰り返し見て、ルートを完璧に覚えた。

 

 

 

「さあ、準備は出来てるようだから移動するぞ」

 

 

ハイジの号令で一同は部室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎校門前◎

 

 

 

駅伝部員たちは、校門前でストレッチを行っていた。これから始めるロードジョグはこの校門からスタートして再びこの校門に戻ってくるというルートだ。

 

 

やがて全員ストレッチを終えると、列になってスタート体制に入った。

 

 

「みんないくぞ!よーい、スタート!」

 

 

ハイジの掛け声で全員一斉に走り出した。

 

 

 

カケルは走りながらみんなのフォームを確認すると、長距離選手らしくしっかりしたフォームは取れてるなと思った。

 

 

 

 

「「西中ゥゥゥ!ファイオゥファイオゥ!!」

 

突然ジョータ・ジョージが部活の集団ランニングの時のような声を上げる。

 

 

「ハズいからやめろ!」

 

平田が注意する。

 

 

「だって小中学校時代の部活ではみんなでこうやって走ってたんですよ」

 

ジョータが説明する。

 

カケルは少し昔を思い出した。

 

 

 

 

 

 

そういえば俺も前までは、こうやって全員で走ってたっけ。

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ・・はぁ・・ぜぇ・・」

 

すると、最後尾にいる王子が顔色を悪くしながらきつそうに呼吸を荒げていた。

 

「俺は王子につくから、みんなは自分のペースで先に行ってくれ」

 

ハイジがみんなに指示を出す。

 

 

「自分のペースでいいんですね?」

 

カケルはハイジに確認を取る。

 

 

「ああ」

 

 

「なら、ルートは覚えてるんで先に行きます」

 

 

カケルはそういうと列から抜け出し、1人ペースを上げて先に行ってしまった。

 

 

 

他のみんなはそのペースの速さに驚愕していた。

 

 

「・・すげっ」

 

「速えぇぇ!」

 

「なんであんな速いの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは周囲の景色を眺め、そのうえで自分の影や建物の鏡などで自分のフォームを確認しながら快調に歩を進めていた。

 

大会では景色を楽しみにしながら走ることはあまりないが、普段のジョギングや練習の時にはたまにぼんやりと周囲を見たりする。

 

 

カケルは昔から、走りながら周りの景色を観察するのが好きだった。

 

 

自分で決めたルートを走っていて、とあるお店が日が経つと別のお店に変わっていたり、とある畑などで使う肥料の袋の中身が徐々に減り、やがて新しい袋に変わっていたりと、そういったひとの気配の残滓を発見するたびに、くすぐったいような気持ちになる。

 

 

 

やがてカケルはコースを走り終え、スタート地点の音ノ木坂学院の校門前に戻ってきた。

 

 

カケルはみんなが戻ってくるまで、ストレッチをして待つかもう少し走ろうか考え始めた。

 

 

 

「カケルくーん」

 

カケルは声を掛けられて振り向くと、穂乃果・海未・ことりが揃ってやってきた。

 

 

「もしかして今、練習終わったところ?」

 

穂乃果が聞いた。

 

 

「まあな。みんなまだ帰ってなかったのか?」

 

「はい。あれから廃校を阻止するにはどうしたらいいか3人でずっと話し合っていたんです」

 

「結局今日はいいアイデアが出なかったけどね」

 

「でも、私たちは諦めないよ!きっといい方法を見つけてみせる」

 

 

カケルが聞くと、海未・ことりが答え、それについて穂乃果が力強く宣言した。

 

 

「それじゃあ、カケルもまだ部活中ですから私たちは行きましょうか」

 

「そうだね。それじゃあまたねカケル君」

 

「また月曜日にね~」

 

 

「おう。またな」

 

 

カケルは挨拶をすると、3人の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

「今の人たち誰ですか?」

 

「うぉっ!?」

 

 

いきなり後ろから声を掛けられ、カケルは思わず変な声を上げてしまった。

 

 

振り返ると、ハイジ・王子以外の部員たちがジョグを終えて戻ってきていた。

 

 

 

「ずりーぞカケル。俺らがいない間にあんなかわいい娘たちといちゃこらしやがって」

 

「お前案外やるなあ」

 

「へえーそうなんですかカケルさん」

 

 

平田・ユキ・ジョータがそれぞれ茶々を入れてきた。

 

 

「い、いやそういうわけじゃ」

 

「違いますよ。彼女たちは俺とカケルとムサのクラスメイトなんですよ」

 

 

カケルの代わりに高志が説明した。

 

 

するとカケルはふと自分のウォッチを見て思った。

 

 

 

 

 

 

あれ?みんなもう戻ってきたのか?このペースで走って、みんな全然へばってないんだな。

 

 

 

 

 

 

カケルの思った通り、走り終えた部員たちは一切息を切らしておらずまだまだ余裕がありそうだった。

 

 

「全員走り終えたらストレッチしろよ」

 

 

平田が声を掛けるとみんなはストレッチを始める。

 

ユキは座って足を開くと上半身を前に倒した。するとなんと上半身全体が地面に着いたのだった。

 

 

「ユキさん身体やわらけ~」

 

「ユキさんは中学時代に剣道をやってたのもあって、股関節とか足首とかやわらかいんだよ」

 

ジョージが驚いていると、高志が説明する。

 

 

 

カケルはみんなの様子を見て、もしかしたらみんな素質あるのか、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

鍛えようによってはもしかしたら行けるのかも。高校駅伝に。

 

 

いや、ちょっと待て。高校駅伝だぞ。ちょっとよく走れてたからって、どうこうなるもんじゃないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「王子、まだ戻ってこないね」

 

 

「しょうがないよ。初心者なんだから」

 

 

「ハイジさんがついていますから、大丈夫だと思いますケド」

 

 

ジョータ・高志・ムサはストレッチをしながらまだ戻ってこないハイジと王子の心配をし始めた。

 

 

「よし。走り足りないから見てくる」

 

 

カケルはそう言って再び走り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくそのあたりを走っていると、ようやく2人を見つけた。

 

 

「カケル」

 

「気になったんで様子見に来ました。王子はどうですか?」

 

 

「見ての通り、かなりきつそうだ」

 

 

カケルが見ると、王子はかなり汗だくで息も絶え絶えだった。

 

 

「ほら王子!もう少しだぞ!最後まで頑張れ!」

 

 

ハイジが檄を飛ばす。

 

 

 

カケルはこの様子だと今に、もう嫌だ・もう走れないって言いだすだろうなと思った。

 

 

 

しかし王子は弱音を吐くこともなく、しっかり前を見据えながら歩を進めていた。

 

 

かなり苦しそうにしているものの、それでも走ることはやめなかった。

 

 

 

意外に根性あるな、とカケルは思いながら並走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、王子ー」

 

 

「もうちょっとだぞー」

 

 

 

校門が見えるところまで来ると、部員のみんなが王子に手を振って呼びかけていた。

 

 

「ほら王子。もうチョイ」

 

 

ハイジに背中を押され、ようやく王子は初めてのジョグを走り切りみんなに温かく迎え入れられた。

 

 

 

 

 

かくして・・・音ノ木坂学院男子駅伝部の9人による初練習が終わった。この9人による高校駅伝への道はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎部室◎

 

 

練習が終わると全員部室に戻り着替え始めた。

 

やがてどんどん着替え終わって部室を後にしていった。

 

 

「「お疲れさまでーす」」

 

「おう。お疲れさま」

 

 

双子が揃って出ていき、残ったのはカケルとハイジのみになった。

 

 

カケルはハイジの方を見ると、ロッカー前のベンチの上でジャージの裾をまくって何やら膝を気にしているような仕草を取っていた。

 

 

気になってベンチの少し離れたところに腰かけながらチラリとハイジの膝を見た。

 

 

「どうかしたか?カケル」

 

「い、いえ。何でも」

 

 

ハイジが声を掛けてきたので、慌てて視線を戻した。

 

 

 

 

「やっぱり無茶ですよ」

 

少し間を置いてからカケルは口を開く。

 

 

 

「ハイジさんがどういうつもりで高校駅伝を目指すって言ってるのかわかんないですけど、どうして・・」

 

 

「カケル」

 

 

カケルが全て言い切る前にハイジはカケルに声を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「走るの好きか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

「それが答えだろ」

 

 

ハイジはにっこりと笑いながら答える。

 

 

 

 

「・・・ハ・・ハイジさん・・」

 

 

「それじゃあ明日は朝の9時に練習開始だから遅れないようにな」

 

 

そういってハイジは部室を後にした。

 

 

 

カケルは見てしまったのだった。ハイジの右膝にあった

 

 

 

手術を受けた跡を

 

 

 

 



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第7路  理由

今回は少し長いです。そして風強メインです。


◎学校◎

 

 

カケルが駅伝部の初練習を終えた翌日の今日は土曜日。土曜日は学校が休みのため、駅伝部の練習は午前9時から行われる。

 

現在その午前9時。駅伝部のメンバーは学校の運動場の脇に集合していた。

 

 

 

「今日はみんなで5000mのタイム計測を行う。みんなの今の力がどれくらいなのか見極めるのが目的だ。スタートは10時10分。それまでは各自、ストレッチをして流して走っておくように」

 

「「「はい!!」」」

 

ハイジが部員のみんなに今日の練習内容を伝えた。すると王子が手を上げて質問をする。

 

 

「流して走るというのは、ゆっくり走るって意味ですか?」

 

「そう、体にあまり負担をかけない程度に走る、という意味だ。いきなり走り始めたり、走りやめたりするのは故障の原因になるからね」

 

ハイジが説明すると王子はやや不安げな顔をした。

 

 

「王子は昨日、なんとか5kmを走り切ったじゃないか。ちゃんと練習を積み重ねていけば、そのうち慣れるから大丈夫だ」

 

ハイジは力強く請けあった。

 

 

 

長距離を走り抜くためには、短距離とは違う筋肉が必要とされる。一瞬のうちに爆発的な力を発揮するのではなく、一定の推進力を長時間持続させなければならない。毎日じっくりと自分の体と向き合い、練習を積み重ねていけば少しずつ実力をつけていくことが可能だ。長距離ほど、才能と努力の天秤が、努力のほうに傾いている種目もないだろう。

 

 

 

「カケルは俺と、みんなが走り終わった後に2人で走るからそれまではみんなのタイム計測を手伝ってくれ」

 

「わかりました」

 

 

ハイジがカケルに伝えるとカケルは返事を返した。

 

 

そしてメンバーはそれぞれストレッチをしたりアップジョグをし始めた。

 

 

 

「いよいよこの立派なトラックで走れるんだ。なんかワクワクするなあ」

 

「陸上部の人たちにも見てもらえるよね」

 

ジョータとジョージはトラックの一部ですでに練習を始めている陸上部の女子たちを眺めながらウキウキしている。

 

 

「トラックでのタイム計測なんて久しぶりだからなあ。どれくらいでいけるだろう」

 

「体がなまっていたら嫌ですよね」

 

高志とムサが話しながらジョグをする。

 

 

 

カケルはストレッチをしながらメンバーを見渡す。

 

 

 

 

 

 

ハイジさんが走る!高校駅伝出場を目指すって言ってきてどれくらいで走れるんだ?

 

それに・・あの右膝の手術の跡・・

 

他のみんなもどれほどの実力なのか、お手並み拝見といこうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

やがてスタート時間が近づき、ユキ・平田・高志・ムサ・ジョータ・ジョージ・王子の7人がスタート地点に並ぶ。

 

 

「準備はいいか?」

 

「おう。いつでもいいぜ」

 

ハイジが聞くと平田が答える。

 

 

 

「よーい、スタート!」

 

ハイジの合図で一斉に走り出していった。

 

案の定王子はいきなり集団から遅れだしていた。

 

まだ200mぐらいのところですでにきつそうに呼吸を荒げていた。

 

 

「ほら王子、頑張れ。君なら出来る」

 

ハイジはカケルとトラックの周りを並走しながら王子に檄を飛ばす。

 

 

 

「ハイジさん。あの運動歴0の王子が駅伝で起用できるレベルにまでなるのは、3年間かけても難しいんじゃないですか?」

 

「大丈夫だ」

 

カケルの問いにハイジは答える。

 

 

「その根拠は?」

 

「昨日の王子の走りを見ただろう。彼は普通の人にはきついであろうことを音を上げることなく最後まで走り切った。それにあのアニメグッズの数々。あんなにアニメのことばっかり考えてるのは尋常じゃない。あの情熱の持続力、ひとつのことをコツコツ極めるのが苦にならないというのは、まさに長距離向きの性格だ」

 

ハイジは真剣な顔つきで語っていた。どうやら本気で褒めているようだった。

 

 

 

 

「・・・ハイジさん。何で俺を?」

 

カケルは少し考えた後で口を開く。

 

「ハイジさんは、俺が前の学校で何をしたのか知ってるんでしょう。どうして・・」

 

「俺はカケルの走りが気に入ったまでだ」

 

「!?」

 

 

「俺はお前を信じてる」

 

「そ・・そうすか」

 

ハイジは微笑みながら答え、カケルは少し頬を赤らめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか調子狂うなぁ。本当にハイジさんは、今まで会ったことのない感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎校門前◎

 

 

その頃、音ノ木坂学院の校門前に私服姿の穂乃果が息を切らしながらやってきた。疲れたため一旦足を止める。

 

 

「はぁ・・はぁ・・今日は駅伝部の練習見に行こうと思ってたのに、寝坊しちゃった。確か9時開始だよね。もう始まってるよ~!急がなきゃ!」

 

穂乃果は再び走り出し運動場へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎運動場◎

 

 

やがてカケルとハイジ以外の全員が5000mを走り終え、ハイジは計測したタイムを紙に記入した。

 

 

 

 

 

 

ムサ:15分24秒

 

ユキ:15分46秒

 

高志:15分51秒

 

平田:16分35秒

 

ジョータ:17分38秒

 

ジョージ:17分39秒

 

王子:33分13秒

 

 

 

 

 

「ぜぇ・・ぜぇ・・先輩たち速いですね・・」

 

「全然ペースとか分かんなくて、最後マジで心臓が壊れるかと思った・・」

 

ジョータ・ジョージがげんなりした表情で言う。

 

 

「いや、初めて走って17分半ばはなかなかのものだ。君たちはすごく素質がある。練習次第でどんどん伸びるよ」

 

 

ハイジのお墨付きをもらい、双子は喜んでハイタッチを交わした。

 

 

 

「・・まだフォームに無駄があるのか」

 

ユキは自分の走りに納得がいっていないようで、明晰な頭脳で自己解析を始めていた。

 

 

「うーん、ちょっと思ったより身体が動かなかったな」

 

「なんとか14分台までいきたかったですケド、力がありませんデシタ」

 

「2人ともトラックレースの感覚を忘れていただけだ。フォームには問題ないから、これからの練習でタイムは縮まるさ。平田はフォームが少し固い感じで走りが全体的に重そうだったからもう少し柔軟が必要だ。後は後半の粘りだな」

 

 

同じく不本意な様子の高志・ムサ・平田にハイジがフォローする。

 

 

 

 

一方王子はばったりと倒れ伏してぴくりとも動かなかった。

 

 

「・・まあ、あのアニメオタクが走り通しただけでも良しとするか」

 

ハイジはこめかみを揉みながら言葉を探すような感じで答えた。

 

 

やっぱりあんた、王子のことをただのオタクだと思ってるんじゃないか、とカケルは思った。

 

 

 

「さてカケル。俺たちもいこうか」

 

「・・はい」

 

ハイジとカケルはジャージを脱ぎランシャツランパン姿になり、スタート地点へ向かう。

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・やっと着いたぁ~。あ、カケル君だ!もしかしてこれから走るのかな!?」

 

穂乃果はようやく運動場に到着し、周りの柵に寄りかかりながらカケルを発見する。

 

 

 

 

 

 

カケルとハイジはスタート地点付近で最後の準備運動を行っていた。

 

 

「カケル。5000mの自己ベストは?」

 

ハイジが問う。

 

 

 

「14分09秒」

 

 

カケルの答えを聞いた他のメンバーたちは驚きの表情をした。

 

 

「じゅ・・14分台!?」

 

「高校トップレベルじゃねえか!」

 

「すごいデス・・」

 

そして2人はスタート地点に並んだ。

 

 

 

 

「ま、俺はこれからも一人で走り続けて速さを極めていくつもりですけど」

 

「・・そうか。ならカケルにもはっきりしてもらおう」

 

「!?」

 

 

 

 

 

「俺に負けたら一緒に高校駅伝を目指せ」

 

 

「!!」

 

 

 

ハイジは静かだが凄みのある声で言う。

 

 

 

 

「位置について。よーい、スタート」

 

高志の合図で2人は走り出した。

 

 

 

カケルはわずか100mのところで一気にペースを上げてハイジとの差を広げた。

 

 

 

「うわぁ~速い!」

 

穂乃果は柵のそばに立ちながら、カケルの走りに感嘆していた。

 

 

 

 

「のっけからすごい差つけましたね」

 

「そりゃ14分一桁相手じゃな」

 

ジョータと平田が言う。

 

 

「というかカケル。なんか機嫌悪そうに見えるけど・・」

 

高志がカケルの走りを見ながら呟く。

 

 

 

 

 

 

カケルはチラリとハイジを振り返りながら先ほどのハイジの言葉を思い出す。

 

 

 

『俺に負けたら一緒に高校駅伝を目指せ』

 

 

 

 

期待して損した。やっぱりあの人は何もわかってない。完璧にぶっちぎって思い知らせてやる!あんたの言ってることは所詮、夢物語に過ぎないってな!

 

 

 

 

 

しかし気が付くと、ハイジはカケルの横についていた。

 

 

それに気づいたカケルは更にペースを上げて引き離そうとするが、ハイジは離れずぴったりとカケルの真横についていた。

 

 

 

 

 

・・離れない!強がりなのか!?いや・・・

 

 

 この人、本当に速い!!

 

 

 

 

 

「すげえ!ハイジさん、カケルさんについてってますよ!」

 

「無理してんじゃねえの?ハイジの自己ベストはギリギリ15分切るぐらいのタイムなんだぞ」

 

ジョージの言葉に、ユキは冷静に分析する。

 

 

 

 

2人は最初の1000mを2分45秒で通過した。

 

 

「ハイジさん。このペースじゃつぶれますよ」

 

カケルが言うとハイジは前を見据えたまま問いかける。

 

 

「カケル。君は何のために走っている?」

 

「!?」

 

「ただ走るだけなら、野良犬と同じだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

何のために走る・・?そんなのわからない・・・

 

 

あの事件以来・・・俺は何もかも捨ててきたんだ・・・走ること以外は・・・

 

 

俺を妬んでいたくせに、いざって時は俺の走りを頼りにする中学時代の部の連中とか

 

 

選手を徹底管理し、時には体罰も与えるようなスパルタ環境の、前の学校の駅伝部とか

 

 

住み慣れた船橋の街

 

 

 

 

『金は振り込むから好きにしろ』

 

 

期待するだけしといて口を聞いてくれなくなった両親

 

 

 

 

何もかも全部捨てて、俺にはもう走ることしか残ってないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『ただ走るだけなら、野良犬と同じだぞ』

 

 

上等だ!飼いならされるつもりはない!

 

 

次のコーナーを曲がったら一気に突き離してやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルはコーナーを曲がると再びスピードを上げる。

 

 

しかしハイジはそれでもカケルの真横の位置をキープし続けていた。

 

 

やがて3000mを通過した。

 

 

 

 

「3000m、8分39秒!」

 

「ひええ。あっという間」

 

高志が計測したタイムに驚くジョータ。

 

 

2人の走りはこの運動場にいる人全員の注目の的になっており、陸上部の女子たちも一度練習を中断し2人の走りに見入っており、練習を見に来た穂乃果もすっかり2人の走りに魅了されていた。

 

 

 

 

すごいな~。どんな感覚なんだろう?あの速さって。やっぱり格好いいな。

 

 

 

 

 

 

 

「ハイジさんは走るのに何か理由がいるんですか?」

 

 

カケルは走りながらハイジに問う。

 

 

「所詮走るときは一人ですよ。俺は面倒なものは全部捨ててここまで一人で走ってきた。だから・・・理由がなきゃ走れないよう人に負けるつもりはありません!」

 

 

 

 

 

 

「やっぱりすげえや!カケルさんもハイジさんも!あんな風に走れたら楽しいだろうなぁ」

 

ジョージが2人の走りを見ながら無邪気な笑顔で呟く。

 

 

「まあ、走れたらな」

 

 

平田が口を開き、その場にいた全員が彼の方を向く。

 

 

「毎年、高校駅伝に出てくるような選手のほとんどの持ちタイムは15分を切るタイム・・・14分台だ」

 

「・・14分台」

 

 

「この15分の壁が凡人とアスリートの境界線といったところだろう。全員がこの壁を突破できるぐらいにならないと、到底高校駅伝には出られない。俺たちがまず目指すのはそれなんだ」

 

 

平田が力強く語り、メンバーは全員決意に満ちた目をしていた。

 

 

しかしそれと同時に平田は疑問を感じていた。

 

 

(しかしやっぱ腑に落ちねえ。カケルといいハイジといい、高校駅伝へ出たけりゃ強豪校へ行けばいいのに、あんなレベルの奴がなぜ音ノ木坂学院に・・・)

 

 

 

 

 

 

 

やがて残り1000mを切った。カケルは何度もハイジの様子を確認していた。

 

 

(そろそろ仕掛けてくるか?)

 

 

そう思っていると突然ハイジが口を開く。

 

 

「色んなものを捨てて軽くなった分速く走れるか・・・けど、捨てるものが無くなった今どうする?」

 

「!?」

 

 

 

「何かのためだから走れるってこともある!」

 

 

ハイジがそう言ったのと同時に仕掛けようとするのをカケルは感じた。

 

 

 

 

来た!!勝負だ!!

 

 

 

 

カケルはハイジの仕掛けに対応し、スパートに入った。

 

 

しかし、ハイジはついてこれずあっさりと差が広がってしまった。

 

 

「「「!!?」」」

 

 

この意外な展開に、カケルも他のメンバーも驚いていた。

 

 

 

 

 

「ハイジさん、急に落ちちゃった」

 

「とうとうカケルのペースについていけなくなったか」

 

ジョータと平田が言う。

 

 

 

 

 

 

 

・・・なんだ。この程度か・・

 

 

カケルはそう思いながら後ろを振り向くと、ハイジの必死の表情を見てゾクッと寒気のようなものを感じた。

 

 

 

・・・何だ!?

 

 

 

 

【残り2周】

 

 

 

 

(20mは離した。これで大体どいつも潰れる。)

 

 

 

しかしカケルは、ハイジの追ってくる大きな足音を感じていた。

 

 

 

 

 

 

もう勝負はついた。ハイジさんだってわかってるはずだ。なのにあの人は・・・

 

 

 

あきらめていない!

 

 

 

負けると分かっていて無駄に頑張る意味があるのか?

 

 

それに・・・あんな手術を受けるほどの怪我まで負って・・・

 

 

 

本当に・・・ハイジさんって何者なんだ!?・・・

 

 

 

 

 

『何かのためだから走れるってこともある』

 

 

 

 

ハイジさんは、一体何のために走っているんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

【残り1周】

 

 

 

カケルは再び後ろを振り返った。すると先ほどよりも差が縮まっているのを感じた。

 

 

(差が詰まってる!?まさかハイジさんに余力が残ってたのか!?)

 

 

 

「ハア・・ハア・・ハア・・」

 

 

(いや、俺のペースが落ちている!)

 

 

 

カケルはラスト200を最後の力を振り絞って渾身のスパートをかけた。

 

 

「ぐっ・・はあっ・・はっ・・はっ・・」

 

 

 

「ゴール!!」

 

 

カケルがフィニッシュし高志がストップウォッチを押しながら声をかける。

 

そしてすぐにハイジもフィニッシュした。

 

 

周りで見ていた人たちから拍手が送られる。

 

 

 

高志は2人の計測タイムを伝える。

 

 

 

 

カケル:14分48秒

 

ハイジ:14分56秒

 

 

 

 

「「すごいっすよ!」」

 

 

「いや、何かダメだ!納得いかねえよ」

 

双子が声を揃えて褒めたたえるがカケルは不満な声を上げた。

 

そして、ハイジの方を見る。

 

 

ハイジは両手を膝に当てて息を切らしていたが、顔を上げまっすぐにカケルの方を向きながら口を開く。

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・・君の勝ちだ!」

 

 

 

 

バカ言うなよハイジさん。全然負けた奴の目じゃないでしょ。

 

 

何なんだ?この妙な敗北感は?

 

 

 

俺は・・・確かに勝った・・・なのに・・・

 

 

 

何で負けたような気分になってるんだ!?

 

 

 

 

 

「カケル。長距離選手にとって一番のほめ言葉ってなんだと思う?」

 

 

「え?・・『速い』じゃないですか?」

 

 

「いいや、『強い』だよ」

 

 

「・・・」

 

 

「確かに君は『速い』けど、果たして『強い』だろうか?」

 

 

 

・・・わからない。俺の方が速かったんだから勝った。でも・・・

 

 

『強い』ってなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり先輩たちすごいですよ!俺たちも走ってみたくなりました」

 

「俺もです!2人の走りを見て、素直にいいなぁって思いました」

 

双子が憧れの眼差しで答える。

 

 

 

「ワタシもです。今までみなさんと走ってきてとても楽しかったデス。それにワクワクします。今ここにいるみなさんで目標に向けて頑張り合うのは・・」

 

ムサが少し頬を赤らめながら答える。

 

 

「そうだね。俺もあのすごい走り見てたらもっと頑張りたいって思えたよ」

 

「フッ・・最後の高校生活だし、まあ悪くないかもな」

 

高志・ユキが答える。

 

「よし!このメンバーで絶対高校駅伝行こうぜ!」

 

 

平田が高らかに宣言し、それに他のメンバーも、オー!と拳を上げた。

 

 

 

 

「そういうことだ。カケル」

 

盛り上がるメンバーたちを見つめるカケルにハイジはポンと肩を叩きながら言う。

 

 

「で・・でも俺は勝ったわけですし、高校駅伝は俺は目指さなくていいってことで・・」

 

 

「たしかに負けたら一緒に高校駅伝を目指せと言ったな。でも、『カケルが勝ったら目指さなくていい』とは一言も言ってないぞ」

 

「!?」

 

「これからも根気よく説得し続けるからよろしくな」

 

「うっ・・・」

 

ハイジはにっこり笑いながらカケルに告げる。

 

 

 

 

「よーし、とりあえず・・・」

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂学院男子駅伝部!改めて、本格始動だあ!!」

 

「「「オーーーーーー」」」

 

 

 

 

「ちょ・・ちょっと待ってください・・・僕を忘れてませんか・・・」

 

後になって王子が、ヘトヘトで四つん這いになりながらみんなの輪に加わった。

 

 

「あっ・・・すまん王子」

 

ハイジが謝罪する。

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあみんなでクールダウンをするぞ。全員列になってトラックをジョグするぞ」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

ハイジの号令でメンバーは動き出す。

 

 

 

「ハイジさん」

 

 

「どうした?」

 

 

「強いってどういうことですか?」

 

 

「その答えはまだ俺にもわからない。だから、その答えを一緒に探さないか?」

 

 

 

 

 

ハイジさんなら・・・信じてみてもいいかもな・・・

 

 

 

「おーいカケル、ハイジ!はやく来いよ!」

 

 

平田の呼び声が聞こえる。

 

 

「さあ、いこうカケル」

 

 

「はい」

 

 

 

そしてカケルとハイジも列に加わり、全員でダウンジョグを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「すごいの見れちゃった。部活かぁ・・なんかいいな。私もあんなふうに大勢の仲間と何かを目指してみたいなあ」

 

 

穂乃果はそう呟きながら駅伝部員たちを見届ける。

 

 

 

 

 



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第8路  閃き

◎穂乃果の家◎

 

 

 

穂乃果は自宅の居間に座り込みながら、今日見に行った駅伝部の練習を思い出していた。

 

 

 

 

『音ノ木坂学院男子駅伝部!改めて、本格始動だ!!』

 

『『『オーーーーーー』』』

 

 

 

 

 

 

いいなあ。あんなふうにみんなで目標に向かって一致団結するのって、なんか憧れるなあ。

 

 

それにカケル君の走り、やっぱり格好良かったなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ちゃん」

 

 

「はぁ~~・・・」

 

 

「お姉ちゃんってば!!」

 

 

「うわぁ!雪穂!?」

 

 

「お姉ちゃん。さっきから一人でほくそ笑んでどうかしたの?」

 

 

「いや、別に何でもないよ」

 

 

穂乃果は想いに耽っていると突然声を掛けられ驚いた。声を掛けたのは、穂乃果の2歳年下の妹の雪穂である。現在中学3年生で受験生である。

 

雪穂は床に寝そべって本を読み始めた。

 

 

穂乃果はふと、寝そべっている雪穂のそばに置かれている小さなパンフレットらしき紙に目が留まった。

 

 

穂乃果はそれを拾い上げると雪穂に訊ねる。

 

 

「これ何?」

 

 

「ああそれ?UTX学院のパンフレットだよ。近年新しく出来た学校でね。今すごい人気なんだって」

 

 

「へぇ~」

 

 

「実は私、その学校受験しようと思ってるの」

 

 

「ええ!?雪穂、音ノ木坂受けないのぉ!?」

 

 

雪穂の言葉を聞き、穂乃果は信じられないといった表情で声を上げる。

 

 

「お母さんもおばあちゃんも行ってた学校なのに!」

 

 

「だって、音ノ木坂は廃校になるんでしょ」

 

 

尚も詰め寄る穂乃果に雪穂は冷静に返す。

 

 

「みんな言ってるよ。あんな学校受けてもしょうがないって。お姉ちゃんの学年なんて2クラスしかないんでしょ」

 

 

「でも、3年生は3クラスだよ!」

 

 

「1年生は?」

 

 

「・・・1クラス」

 

 

「ほら。それじゃあ来年は0ってことじゃない」

 

 

「そんなことない!私が絶対廃校を阻止して見せる!」

 

 

力強く宣言する穂乃果に雪穂はため息交じりに言葉を返す。

 

 

「ホントに頑固なんだから。そんなの無理に決まってるよ。お姉ちゃんがどうにか出来る問題じゃないでしょう」

 

 

雪穂にはっきりと断言されてしまい、穂乃果は何も言い返せず俯いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果は自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。

 

 

 

 

無理に決まってる。

 

どうにか出来る問題じゃない。

 

 

 

先程の雪穂の言葉が頭に浮かぶが、穂乃果は諦めていない。

 

 

 

 

 

 

諦めるもんか。私は音ノ木坂学院が大好きだ。海未ちゃんだって、ことりちゃんだって

 

 

それに、駅伝部のみんなは高校駅伝を目指して頑張っているんだ。私もみんなみたいに、廃校阻止に向けて何か行動を起こさないと!

 

 

でも、何を始めたらいいのかな?

 

 

 

 

 

 

穂乃果はこれからの行動について考えていると、ふと先程雪穂から聞いたUTX学院が頭に浮かんだ。

 

 

(UTX学院かぁ。一体どんな学校なんだろう?今、受験生にすごい人気があるって雪穂言ってたし)

 

 

少し考え込んだ後に穂乃果はひらめいた。

 

 

(そうだ!今度の月曜日の朝、そのUTX学院を見に行ってみよう!もしかしたら、廃校阻止のヒントを見つけられるかもしれない)

 

 

穂乃果はそう決め込むと、電気を消し眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【月曜日:朝】

 

 

音ノ木坂学院男子駅伝部の朝は早い。

 

学校がある日の平日は必ず朝6時から全員で学校に集まり、朝練習を行う。

 

現在部員たちは例の学校周辺のロードコースを集団で走っていた。

 

 

カケルと元からいた部員は当然だが、双子も運動部歴があるため早起きには慣れているようだった。

 

 

運動歴0だった王子も最初に朝練習のことを聞いた時こそ憂鬱そうな顔をしていたが、なんだかんだでしっかり時間に間に合うように来てくれた。

 

それから昨日のうちに陸上用品一式も揃え、ちゃんとスポーツウェアを着て走っている。

 

 

 

「それにしても、朝こうして10kmくらい走って夕方にも走るとなると1ヶ月で一体どれくらい走ることになるんだろう?」

 

ジョータが走りながら呟く。

 

 

「大体700kmから800kmは走るだろうな」

 

「800!?すげえ!」

 

 

カケルが答えるとジョージが驚く。

 

 

「800kmと言ったら琵琶湖4周分くらいか」

 

「地元じゃねえからピンとこねえよ」

 

「じゃあ山手線を20周」

 

「それでもピンとこねえっての」

 

 

ユキと平田がそれぞれ言い合う。

 

 

 

「さすが駅伝部ですね」

 

ジョータが感嘆する。

 

 

「強くなるためにはこれくらい当然だよ」

 

 

「そうですヨネ」

 

 

高志とムサが返す。

 

 

 

カケルは部員たちのやり取りを聞きながら、一昨日の土曜日の練習後のミーティングの時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~2日前:練習後~~~~~~~~~~

 

 

駅伝部員たちはダウンジョッグ後、全員集まりハイジが今後の練習についての説明を行った。

 

 

 

「しばらくは集団走による距離走を行う。ペースは俺が作る。カケルはそれでは練習にならないだろうから個別でメニューをこなしてくれ」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

「だが、朝練習のジョッグは必ず全員で走る」

 

 

「ハイジさん。俺は朝も別のほうがいいです」

 

 

カケルが手を上げながら言う。

 

 

「1km5分ペースだ。問題ないだろう」

 

ハイジは考えを変えることはしなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「よーし!俺こうなりゃどんどん走ってやるぞー!絶対高校駅伝に出るんだ!」

 

 

ジョージが元気な声を上げる。

 

 

 

カケルは最後尾の王子についているハイジの方を振り返りながら考える。

 

 

 

(こんなにみんなをその気にさせるなんて、ハイジさんて一体・・)

 

 

するとハイジと目が合ってしまい慌てて前に向き直る。

 

 

(思いっきり目が合っちまったじゃねーか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

そりゃ俺だって・・・悪い人とは思わないけど・・・

 

 

 

 

 

『強いってどういうことですか?』

 

 

『その答えを俺と一緒に探さないか?』

 

 

 

 

 

ハイジさんって一体どんな人なんだろう?

 

 

 

一昨日の5000mといい・・・あの膝といい・・・

 

 

 

もしかしたら相当レベルの高い実力者だったんじゃないかな?・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜえ~・・はあ~・・ぜえ~・・」

 

 

カケルがそう考えていると最後尾の王子の息が上がり始めた。

 

 

 

「王子と俺は後から行くから、みんなは先に学校へ向かってくれ」

 

 

ハイジが前を走るメンバーに声を掛ける。

 

 

 

「よーし!学校まで競争するか」

 

 

カケルはハイジのことが気になりつつも、先陣を切って走る双子の後を他のメンバーと共に追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎秋葉原◎

 

 

一方穂乃果は、先日決心した通り雪穂に例のパンフレットを借り、現在UTX学院の前に来ていた。

 

 

「うわぁ~」

 

 

UTX学院は秋葉原の街中にあり大きなビルのような学校で、その校舎の大きさに穂乃果は驚きの声を上げる。

 

 

穂乃果はさらに校舎に近づきショウウィンドウの向こうを覗くと、上下白の制服を着たUTX学院の生徒が小型の携帯機をゲートにかざし、中へ入っていく光景を眺める。

 

 

「す・・すごい」

 

 

その最先端技術に感嘆していると、校舎の外壁に設置されたスクリーンの方から声が聞こえてきた。

 

 

『みなさーん!お元気ですかー!」

 

 

 

穂乃果はスクリーンを見上げると、3人のアイドルのような衣装を着た女子高生らしき人物が映し出されていた。

 

 

「あれ?この人たちってどっかで」

 

 

穂乃果は3人に見覚えがあったが、なかなか思い出せずにいた。

 

すると周りにはどんどんと人が集まり、みんなスクリーンに釘付けになっていた。

 

 

 

「きゃーもうすぐ始まるわよー」

 

「ツバサちゃんかわいー!」

 

「かよちーん!どこいくのー!?」

 

「ごめん凛ちゃん!どうしてもライブ見たいの!」

 

 

 

周りからはそんな感じの声が飛んでおり、どうやらみんなあの3人組目当てのようだった。

 

 

穂乃果は隣にいる、コートを着てサングラスをかけたツインテールの女性にあの3人について聞いてみた。

 

 

「あのーすみません。あの人たちって芸能人とかですか?」

 

 

「はぁ!?あんたそんなことも知らないの?そのパンフレットにも書いてあるでしょ!」

 

 

「す、すみませ~ん」

 

 

いきなり強い口調で言われ穂乃果は思わずたじろいてしまう。

 

 

「彼女たちは、A-RISEよ」

 

「アライズ?」

 

「そう。高校生で結成されるスクールアイドルよ。彼女たちはここUTXで結成されて、スクールアイドルの中では今一番人気なのよ。この学校の人気も、彼女たちの影響が大きいみたいよ」

 

 

「へぇ~。スクールアイドルか」

 

 

ツインテールの人の説明が終わると、A-RISEのパフォーマンスが始まり全員スクリーンを見上げる。

 

 

 

A-RISEの3人は歌を歌いながら華麗なダンスを披露していた。周りからは黄色い声援や歓声が上がる。

 

 

穂乃果も彼女たちの歌とダンスに魅了され、すっかりスクリーンに釘付けになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

すごい!なんて華やかなダンスなんだろう!それにこの人気のすごさ!

 

この学校に人気が集まってるのもよく分かるよ!ん?人気が集まる?

 

 

 

 

 

 

そしてこの瞬間、彼女の中で一つのアイデアが閃いたのであった。

 

 

 

 

 

 

これだ!これだよ!

 

 

私、スクールアイドルになる!!

 

 



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第9路  決意

◎教室◎

 

 

午前中の授業が終わり昼休みに入ると、穂乃果は海未・ことり・カケル・高志・ムサを呼び集めた。

 

 

「一体どうしたのですか?穂乃果」

 

 

海未が訊ねる。

 

 

「実はね、廃校を阻止するいい方法を思いついたんだよ」

 

 

穂乃果が言うとその場にいる全員が目を丸くする。

 

 

「本当ですか?穂乃果サン」

 

 

「一体どんな方法なの?」

 

 

ムサも高志も期待のこもった目をして訊ねた。

 

 

すると穂乃果は全員にある物を見せた。

 

それは全国各地のスクールアイドルが特集されている雑誌である。

 

 

 

「何だこれは?スクールアイドル?」

 

 

「そう!今、色んな高校でスクールアイドルっていうのが増えてきてるんだって!」

 

 

カケルが雑誌を眺めながら問いかけると穂乃果が答える。

 

 

「スクールアイドルって何デスか?」

 

 

「それは、一般の高校生によって学校ごとに結成されたアイドルのことだよ。でもアイドルといっても芸能事務所とかに入るわけじゃないんだ」

 

 

ムサが訊ねると高志が説明する。

 

 

 

(なるほど。いわゆるご当地アイドルってわけか。しかしこんなのが流行っていたなんてなぁ)

 

 

カケルもこういったアイドルに関しては全くの無知であり、高志の説明を聞いて初めて理解した。

 

 

 

「それに人気のスクールアイドルの高校では入学する人も増えてるんだって」

 

穂乃果が続ける。

 

 

(そうなのか。ん?まさか穂乃果が思いついたいい方法ってのは・・)

 

 

 

「あれ?海未ちゃんは?」

 

 

カケルがそう思っているとことりがあたりをキョロキョロ見回していた。

 

いつのまにか海未の姿がないのだ。

 

 

みんなで首をかしげると教室から出ていこうとする海未の姿を見つけ、穂乃果が急いで引き止めに行く。

 

 

 

「海未ちゃん!まだ話終わってないよ!」

 

 

「うぅ!?わ、私はちょっと用事が・・」

 

海未はいきなり声を掛けられ驚きながら答える。

 

 

「いい方法を思いついたんだから聞いてよ~」

 

穂乃果がジタバタしながら迫る。

 

 

「はぁ・・あなたのことだからどうせ、私たちもスクールアイドルをやろうといい出すつもりでしょう?」

 

海未がため息交じりに問う。

 

 

「おお!海未ちゃんもしかしてエスパー?」

 

 

(やっぱりそうだったか。あの様子を見たら誰だってよく考えなくても分かるわ)

 

 

穂乃果が言うとカケルは心のなかでツッコんだ。

 

 

 

「ワタシはいい考えだと思いマス」

 

 

「だよね~!ありがとうムサ君!よ~し、今から先生のところへ行ってアイドル部を結成しよう!」

 

 

ムサの言葉でさらに乗り気になる穂乃果。

 

 

 

(おいおい。そんな即決して本当に上手くいくのかよ?)

 

カケルがそう思っていると海未が口を開く。

 

 

「私は反対です」

 

「ええ~!?なんで!?だってこんなにキラキラしてるんだよ!こんなにかわいいんだよ!」

 

 

反対の意を示す海未に穂乃果は先ほどの雑誌を掲げながら問い詰める。

 

 

 

「そんなことをして本当に生徒が集まって廃校を阻止できると思いますか?」

 

海未は穂乃果をキッと見据えながら言う。

 

 

「そ、それは人気が出ればだけど・・」

 

 

「その雑誌に載っている人たちは、真剣にプロ並みの努力をして勝ち上がってきた人たちです。あなたにそこまでいける自信があるというのですか?」

 

 

「そ、それは・・・でも、カケル君たちは高校駅伝を目指して頑張ってるんだよ!だから私たちだって・・」

 

 

「それとこれとは話が違います。穂乃果みたいに好奇心だけで始めてもうまくいくはずありません」

 

 

「まあまあ海未ちゃん。俺はやってみてもいいと思うけど」

 

厳しく言う海未を高志がなだめる。

 

 

「そうですよ。ワタシも皆さんの歌とダンス見てみたいデス」  

 

ムサも穂乃果に味方する。

 

 

 

「ダメです!あなたたちの頼みであっても、アイドルは無しです!」

 

 

はっきりと断言され、穂乃果は俯いてしまい、高志とムサも残念そうな表情をし、ことりは黙って様子を窺っていた。

 

 

みんなの会話を聞いてカケルは思った。

 

 

 

 

 

確かに海未の言う通り、世の中はそんなに甘くはない。俺はアイドルのことはよく知らないが、陸上にしてもアイドルにしてもみんなから注目されている人はそれ相応の凄まじい努力を重ねているんだ。さっきも海未が言ったように、好奇心だけで始めてもうまくいくわけない。穂乃果には気の毒かもしれないが、もう少し現実的に考えて他の案を出すべきだ。それにしても、俺の身近で無謀な目標を堂々と宣言できるのはハイジさんだけじゃなくここにもいたとは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎屋上◎

 

 

放課後になり、穂乃果は一人屋上にいた。

 

 

カケル・高志・ムサは駅伝部、海未は弓道部の活動に、ことりは委員会の集まりに行っている。

 

 

穂乃果は先程海未にスクールアイドルの件を断られたことで落ち込んでいた。

 

 

「いい方法だと思ったんだけどなぁ・・・ん?」

 

 

そう呟いているとどこからか誰かの歌声が聞こえてきた。

 

 

何だろうと思い穂乃果は歌声のする方へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

◎音楽室前◎

 

 

 

 

進んでいくと歌声に交じってピアノの音も聞こえてきた。

 

 

やがて穂乃果は音楽室のドアへと辿り着く。

 

 

音楽室の中から歌は聞こえてくるので、穂乃果はドアの窓から中を覗いてみると、一人の赤い髪の少女がピアノを弾きながら歌っていたのだ。

 

 

青いリボンをしているので1年生のようだった。

 

 

とても上手にピアノを弾いており、とても綺麗な歌声で歌を歌っていた。

 

 

 

 

 

「大好きだばんざ~い まけないゆうき~ 私たちは今を~楽しもう~ 大好きだばんざ~い 頑張れるから~ 昨日に手をふって ほら前向いて~ 」

 

 

やがて少女が歌い終わると、穂乃果はドアの窓越しに拍手を送り始めた。

 

少女は穂乃果に気づきドアの方へ視線を向ける。

 

 

 

「ヴェエエ!?」

 

 

少女は拍手を送る穂乃果の様子を見て、思わず変な声を上げて驚いてしまった。

 

 

穂乃果は音楽室に入ると、少女に声を掛ける。

 

 

 

「すごいすごい!感動しちゃったよ!」

 

 

「べ、別に・・」

 

 

少女は指で髪をいじりながらドライな反応を返す。

 

 

「歌上手だね!ピアノも上手だね!それにアイドルみたいでかわいい!」

 

 

穂乃果に褒められ少女は照れたように顔を赤くするが、足早に音楽室を出ていこうとする。

 

 

しかし穂乃果が呼び止めた。

 

 

「あ、あの!いきなりなんだけど、あなたアイドルやってみたいと思わない?」

 

 

穂乃果は単刀直入にスクールアイドルを勧めてみた。

 

 

「何それ?意味わかんない!」

 

 

しかしあっさり冷たくあしらわれてしまい、少女はそのまま音楽室を出ていった。

 

 

「・・だよね~。あははは」

 

 

一人残された穂乃果は苦笑いしながら呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎男子駅伝部・部室◎

 

 

 

その頃カケルは部室で他の部員と共に練習着に着替えていた。

 

 

となりでムサと高志が先ほどのスクールアイドルの件について話していた。

 

 

 

「残念デスネ。ワタシ、みなさんのアイドル姿見てみたかったデス」

 

 

「俺も残念だけど、あそこまで反対されちゃしょうがないかもね」

 

 

 

カケルは二人の会話を聞き、改めてスクールアイドルについて気になりだした。

 

 

 

 

一体穂乃果が提案したスクールアイドルとはどんなものなのだろうか?

 

先程の高志の説明で、各学校で結成されるアイドルというのは分かったが、さらに詳しく知りたいと思っていた。

 

 

誰かスクールアイドルについて詳しい人はいないかとカケルは首をかしげるが、思い当たる人物はすぐに見つかった。

 

 

反対隣で着替えている王子だ。

 

 

以前彼が初めて練習に来た時にカバンからアイドルのグッズがたくさん出てきたのを思い出したので、カケルは早速聞いてみることにした。

 

 

 

 

「なあ王子。ちょっといいか?」

 

 

「はい。何でしょう?」

 

 

「お前、スクールアイドルって知ってるか?」

 

 

アイドルという言葉を聞くと、王子は目の色が変わった。

 

 

「そりゃあもちろんですよ!今世間じゃどんどん知られていますよ!人気のあるグループは実際にグッズ販売もされてるんですよ!まずA-RISEに、EastHeartに、MidnightCatsに、それからこれは福岡の・・」

 

 

王子はすっかりテンションが上がっており、バッグから人気のスクールアイドルのグッズを取り出しながら語りだしてきたのでカケルは慌てて押しとどめる。

 

 

「わかったわかったもういいよ!それより、そのスクールアイドルってどれくらい大変なんだ?本物のアイドルとどう違うんだ?」

 

 

カケルは思っていたことを質問していく。

 

 

 

「そうですね。アイドルを始めてからやらなきゃいけないことは、ダンスの練習と歌の練習はもちろんですが、そのためにはまずダンスの振付を1から考えて、歌の作詞・作曲・編曲もやって、あと衣装を用意したり、練習場所や発表場所を確保したりといっぱいあるんですよ。本物のアイドルは、芸能事務所に所属してプロデューサーが色々手を回してくれるんですが、スクールアイドルはそれらを全部自分たちでやらなければならない。それがプロのアイドルとスクールアイドルの違いなんです」

 

 

王子はアイドルオタクらしく、色々細かく説明してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほどな。何から何まで自分たちでか。これだけのことをたった3人だけでやるなんて相当大変だ。それで人気が出なかったら無駄な努力に終わる。海未の言った通りだ。穂乃果のことだからそんなことまで考えてないだろう。やっぱりやめておいたほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カケルさん。もしかしてスクールアイドルに興味あるんですか?」

 

 

 

「い、いや、そういうわけじゃ・・・ちょっと気になっただけだ」

 

 

「いっそのこと、うちの学校でもスクールアイドル結成してくれないですかね~?そしたら僕ファンになって大応援しますよ」

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

早くもここにファン一号が誕生したな。

 

いや、何考えてるんだ。アイドルはなしだって言われただろう。もうこの話は終わりだ。

 

 

 

 

 

「先に行くぞ」

 

 

「ちょっと待ってくださ~い」

 

 

カケルは足早に部室を出て、王子は慌てて後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎弓道場◎

 

 

 

一方海未は弓道場で弓道の練習をしていた。

 

 

離れた所にある的を狙って、弓矢を構える。

 

 

「・・・」

 

 

 

 

(みんなのハートを撃ち抜くぞ~!バァーン!)

 

 

 

 

しかし海未は、頭の中にアイドルになった自分の姿が浮かび集中が途切れ、狙いを外してしまう。

 

 

 

「な・・何を考えているんです私は」

 

 

海未はもう一度弓矢を構える。しかし・・

 

 

 

 

(ラブアローシュートー!!)

 

 

 

その後何度やってもアイドル姿が思い浮かび練習に集中できず、ついに倒れこんでしまう。

 

 

「ああ!いけません!余計なことを考えて・・」

 

 

 

 

「海未ちゃーん。ちょっと来てー」

 

 

するとことりが海未を呼びにやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未はことりと弓道場を出て、2人で敷地内を歩いていた。

 

しばらくして海未が口を開く。

 

 

「穂乃果のせいです。全然練習に身が入りません」

 

 

「もしかして、アイドルのこと気になってたの?」

 

 

「いえ、そんなことは・・・」

 

 

海未はことりに図星を付かれ 慌てて否定する。

 

 

「やっぱりうまくいくとは思えません」

 

 

「でも、こういうことはいつも穂乃果ちゃんが言いだしてたよね」

 

 

「・・・」

 

 

「いつも私たちが尻込みしちゃうところを穂乃果ちゃんがいつも引っ張ってくれて」

 

 

「でも、そのせいで何度もひどい目にあってきたでしょう。穂乃果はいつも強引過ぎます」

 

 

「でも海未ちゃん。それで後悔したことある?」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

海未は自分たちがまだ小さかったときのことを思い出した。

 

ある日穂乃果は、大きな木にみんなで登ろうと言いだしたことがあった。登ってみると、足がすべったり枝が折れたりして落ちそうになって怖い目にあった。でも、木の上から見た夕日はとても綺麗だったことは、海未の記憶の中に鮮明に残っていた。

 

 

 

 

「見て」

 

 

海未はことりに促され指さす方向を見る。

 

 

 

「いち、にー、さん、しー」

 

 

その先では、穂乃果が一人でダンスの練習をしていたのだった。

 

 

「うわぁー!いたたたっ」

 

 

だが途中で足がもつれ転んでしまう。

 

 

「よーし、まだまだ!」

 

 

しかし再び立ち上がり練習を再開する。

 

 

 

 

 

「ねえ海未ちゃん。私、やってみようと思う」

 

 

「・・・ことり」

 

 

「海未ちゃんはどうする?」

 

 

「・・・」

 

 

ことりは微笑みながら海未に問いかける。すると、またも穂乃果が転倒してしまう。

 

 

 

 

「あいたたたたっ、くぅぅ~」

 

 

穂乃果が倒れて打ちつけたところをさすっていると、海未が手を差し伸べる。

 

 

 

「海未ちゃん」

 

 

「一人で練習するより三人いたほうがいいでしょう」

 

 

「・・うん!」

 

 

穂乃果は海未の手を掴み立ち上がった。

 

 

ようやく海未は決心がつき、彼女たちはスクールアイドルを始めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎生徒会室◎

 

 

穂乃果・海未・ことりは早速生徒会室へアイドル部設立の申請に行った。

 

 

生徒会長の絢瀬が3人が持ってきた資料に目を通す。

 

 

 

 

「これは?」

 

 

「アイドル部設立の申請書です」

 

 

絢瀬に聞かれ穂乃果が答える。

 

 

 

「それは見れば分かります」

 

 

「では、認めていただけますね?」

 

 

「いいえ、部活は同好会でも部員は最低5人は必要なの」

 

 

海未が聞くと絢瀬は部の設立の条件を述べた。

 

 

「でも、5人以下の部もいくつかあると聞いてます」

 

 

「設立した当時は5人以上いたはずよ」

 

 

 

 

「あと2人やな」

 

 

横にいる副会長の東條が言った。

 

 

 

 

「分かりました。あと2人ですね。行こうみんな」

 

 

3人が生徒会室を出ていこうとすると、絢瀬が呼び止める。

 

 

 

「待ちなさい。なぜこんな時期にアイドル部を始めるつもりなの?あなたたち2年生でしょう?」

 

 

 

「廃校を阻止したいんです。スクールアイドルって今すごい人気になっているんです。だから・・」

 

 

 

「だったら、例え5人集めてきたとしても認めるわけにはいかないわね」

 

 

 

なんと絢瀬はアイドル部の設立を認めようとしなかったので、3人は驚き穂乃果が理由を聞く。

 

 

 

「どうしてですか?」

 

 

「部活動は生徒を集めるためだけにやるものじゃない。思い付きで行動しても何も変わらないわ。変なこと考えてないで残りの学生生活、自分のためにするべきことをよく考えるべきよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎校舎前◎

 

 

3人は生徒会室を出て校舎前にいた。外はもう夕方になっていた。

 

 

生徒会長にあえなくアイドル部の申請を反対されてしまい、3人とも落ち込んでいた。

 

 

 

「がっかりしないで。穂乃果ちゃんが悪いわけじゃないんだから」

 

 

ことりは誰よりも落ち込んだ様子の穂乃果を慰める。

 

 

 

 

 

「おーい、みんなー」

 

 

すると高志の呼ぶ声が聞こえ、視線を向けるとカケル・高志・ムサが駅伝部の練習を終えて3人のもとへやってきた。

 

 

「みんなお疲れさま~」

 

 

ことりが3人を労う。

 

 

「ありがとう。ところでどう?あれから何かいいアイデアは出た?」

 

 

高志が聞くと、彼女たちはスクールアイドルを始めることにしたこと、生徒会長に申請を反対されたことを話した。

 

 

 

アイドルを始めると聞いた時は、カケルはまさか本当にやることになるとはと驚き、高志・ムサは嬉しそうな表情をした。

 

 

しかし生徒会長との一件を聞くと、がっくりとうなだれてしまった。

 

 

 

 

「それは残念デス」

 

 

「生徒会長のいいたいこともわかるけど、何もこんなに頑なに否定しなくたっていいのに・・」

 

 

ムサも高志も落ち込みだした。その様子を見てカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は生徒会長か。思い付きの行動、やっぱりそんな感じに言われたか。さすがに生徒会長に言われちゃあ諦めるしかないだろう。

 

でも・・・なんでだろう・・・

 

 

なんで俺までこんな、みんなと同じような暗い気持ちになってるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「部活として認められなければ講堂も使えないですし、部室もありません」

 

 

海未はそういうと、風にゆられ木から舞い落ちる桜の花びらを見つめる。

 

他のみんなも同じだった。

 

 

 

 

「困ったね・・」

 

 

「一体どうしまショウ」

 

 

「どうすれば・・・」

 

 

「どうすればいいのでしょう」

 

 

高志・ムサ・ことり・海未がそれぞれ呟いた。

 

 

 

その中でも穂乃果はずっと黙ったままだった。

 

カケルはいてもたってもいられなくなり穂乃果に問いかけた。

 

 

 

 

「どうするんだ穂乃果?やると言いだしたのはお前なんだぞ。生徒会長に言われた通り、このままあきらめるのか?」

 

 

(あれ?何でこんなこと言っちゃったんだろう?)

 

 

 

カケルに問われ穂乃果は少し考え込むが、やがて夕日を見つめながら言う。

 

 

「私、やっぱりアイドルやりたい!やるったらやる!この3人で絶対やるんだ!」

 

 

穂乃果は力強く決意を込めて宣言する。

 

 

 

「ふふっ、穂乃果らしいですね」

 

 

「うん。そうだね」

 

 

海未とことりが呟く。

 

 

 

 

「よく言ったね穂乃果ちゃん。俺も協力するよ」

 

「ワタシも手伝いマス」

 

 

高志とムサが言う。

 

 

カケルは穂乃果の様子を見て、口元が緩んだ。

 

 

(やっぱりやるのか。いいじゃねえか。あれ?何で俺嬉しそうにしてるんだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し、みんな頑張るぞ~!」

 

 

「「おお~~!!」」

 

 

穂乃果の掛け声でみんなは揃って拳を突き上げて叫ぶ。

 

 

 

その様子を見ていたカケルはしばらく考えた後に、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「俺も手伝うよ」

 

 

5人はみんなカケルの方を向く。

 

 

 

「俺も出来るだけのことは協力するよ。だからみんな・・・頑張れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たちはこんな俺に最初に話しかけてくれた大切な友達だ。恩返しってわけじゃないけど、これからは友達として彼女たちの廃校阻止には協力しよう。

 

高校駅伝出場以外でだけどな。

 

 

 

 

 

 

「うん!ありがとうカケル君!」

 

 

穂乃果はにっこりと微笑みながら返事をする。

 

 

 

 

その笑顔にカケルは一瞬ドキッとしてしまう。

 

 

(何だろう?この妙な気持ちは)

 

 

 

 

 

 

 

こうして彼女たちのスクールアイドルの道が始まったのだった。

 

 

 

 



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第10路 訪問

今回は完全オリジナルストーリーとなります。いつも以上に長いです。


夕日が落ち始め空はだんだん暗くなり始めてきた。

 

 

先程スクールアイドルをやることを誓い合った後、みんなで一緒に帰ることになった。

 

 

途中で海未・ことり・高志・ムサと別れ、現在カケルは穂乃果と二人きりになった。

 

 

しばらく二人は無言で歩いていると、カケルは妙にソワソワし落ち着きがなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まいったなぁ・・・話題がないぞ。俺、女の子と二人きりで帰るなんて初めてだから何話していいか分からない。

 

う~ん・・・とりあえず何か褒め言葉でもかけてみようかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは歩きながら頭の中で必死に言葉を探し、ようやく口を開く。

 

 

 

「あ、あのさ・・」

 

 

「ん?なぁにカケル君?」

 

 

「穂乃果ってさ、本当に芯が強いよな」

 

 

「えっ?」

 

 

「い、いやその、本当に真っ直ぐで前向きというか、あんなにアイドルのこと反対されたのに、お前は失敗を恐れず絶対にやるって決めた。穂乃果のそういうところ、何かすごいなって思って・・・」

 

 

カケルはぎこちなくではあるが、穂乃果について感じたことを述べた。

 

 

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

穂乃果は褒められて本当に嬉しそうな様子だったのでカケルはホッとした。

 

 

 

「でもね、私がスクールアイドルをやる決心ができたのはカケル君たちのおかげでもあるんだよ」

 

 

「えっ?俺たち何かしたか?」

 

 

 

穂乃果は以前こっそり駅伝部の練習を見に行ったことを話した。

 

 

 

「あの時のみんなの姿を見て思ったんだ。私もあんなふうに仲間と一緒に何かを目指してみたいって」

 

 

「そ、そっか」

 

 

「それに私には海未ちゃんとことりちゃんがついててくれてるから。もちろんカケル君も高志君もムサ君も、応援してくれて本当に嬉しかったよ」

 

 

「・・正直、俺に何ができるか分からないけど俺なりに精一杯協力するよ。だって・・・友達だからな」

 

 

「ありがとうカケル君」

 

 

「お・・おう////」

 

 

 

穂乃果は優しく微笑みながらお礼を言い、カケルは顔が真っ赤になり慌てて顔を反らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

まただ・・・何で彼女のああいう笑顔を見るとこんなに息苦しくなるんだろう・・・でも、悪い気分じゃないな。

 

何なんだろう?こんな気持ち今まで感じたことない・・・

 

 

 

 

 

 

 

二人で話しているうちに、カケルは自分の家の近くまで来たのを感じた。

 

 

(あれ?さっきから穂乃果ずっと方向同じだな。もうすぐ俺のアパートに着いちまうぞ)

 

 

カケルがそう思っていると、少し先に和菓子店「穂むら」が見えてきた。

 

 

「カケル君!あそこが穂乃果の家だよ!」

 

 

穂乃果は店を指さしながら言う。

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・えええええええ!?」

 

カケルはあまりの驚きに大声をあげてしまう。

 

 

 

「驚いたでしょう。私の家は和菓子屋さんなんだ。そういえばカケル君ってどこに住んでるの?」

 

 

穂乃果が聞くとカケルはある場所を指さした。

 

 

 

「・・・あそこ」

 

 

「えっ?」

 

 

カケルが指さしたのは穂乃果の家の前の通りを挟んで向かい側の、約10~15mほど離れた一人暮らし用のアパートだった。ほとんど目と鼻の先のような距離だった。

 

 

 

「えええええええ!?カケル君!こんなに近くに住んでたの!?」

 

 

今度は穂乃果が大声を上げてしまう。

 

 

 

「驚いた~!でも嬉しいなぁ。これなら会いたいときにすぐ会えるもんね」

 

 

今度は笑顔になりながら言う穂乃果を見て再びカケルは赤面する。

 

 

 

 

 

(本当にこいつは思ったことがすぐに口に出るんだな///)

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあちょっとうちに寄ってこうよ!家族を紹介したいから」

 

 

カケルは穂乃果に促され、店の正面入り口から一緒に中へ入っていく。

 

 

 

「ただいま~」

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 

店の中へ入ると穂乃果の母がレジカウンターで店番をしており、父親と思わしき人物が商品の陳列をしている。

 

 

 

「あら、あなたは。また来てくれたのね」

 

 

「どうも」

 

 

穂乃果の母はカケルを見ると嬉しそうに声を掛け、カケルは返事を返す。

 

 

 

 

 

「えっ?お母さんカケル君のこと知ってるの?」

 

 

穂乃果が訊ねる。

 

 

「ええ。最近よくうちに買いに来てくれてたから」

 

 

「うっそ~!気が付かなかった!」

 

 

「ちょうどいつもあなたがいない時にね。もしかしてお友達?」

 

 

「うん。今年からうちの学校に転校してきたんだよ」

 

 

 

「蔵原走です。よろしくお願いします」 

 

 

穂乃果の母に訊ねられ、カケルはお辞儀をしながら挨拶をする。

 

 

「あら、とても礼儀正しいわね。そんなに固くならなくても大丈夫よ。穂乃果のお友達なら大歓迎だわ。私は母の瑞穂です。そしてこちらは夫の健作です。よろしくね」

 

 

穂乃果の母:瑞穂も自己紹介をし、父:健作もカケルに一礼をする。

 

 

 

「実はカケル君ね、すぐそこのアパートに住んでるんだよ」

 

 

穂乃果がその方向を指さしながら教える。

 

 

「まあ、そうだったの。どうりでよく来てくれると思ったわ。・・・・・これも何かの運命なのかしらね」

 

 

瑞穂は、二人には聞こえないような声でニヤニヤしながら呟いた。

 

 

 

「でもあのアパートって一人暮らし用じゃない?」

 

 

穂乃果が思い出したように言う。

 

 

 

 

 

「うん。俺、一人暮らししてるんだ」

 

 

「えええええ!?ひっ一人暮らし!?」

 

 

「まあ、その若さですでに独り立ちしてるなんてすごいわね。でも大丈夫?ごはんとかちゃんと食べれてる?」

 

 

穂乃果はまた大声で驚き、瑞穂は驚きながらも心配そうに訊ねる。

 

 

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと自炊はできるんで」

 

 

「そう、ならよかったわ。でも何か困ったことがあったら、いつでもうちにいらっしゃい」

 

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

瑞穂に優しく言葉をかけられ、カケルはお礼の返事を返す。

 

 

 

「カケル君って料理作れるんだ。ねえねえカケル君!これからカケル君の家にお邪魔してもいい?穂乃果、カケル君の作った料理食べてみたい」

 

 

「えっ!?」

 

 

穂乃果はわくわくした様子で訊ね、カケルはいきなり言われ驚いた。

 

 

 

「こら穂乃果。いきなり訪ねちゃご迷惑でしょ」

 

 

「ええ~でも~」

 

 

瑞穂に諫められるが穂乃果はどうしてもという様子だった。

 

 

 

「別にいいぞ。食材は昨日のうちに買いだめしておいたから」

 

 

穂乃果の様子を見てカケルは仕方がないとばかりに許可をする。

 

 

 

「本当!?やった~!ありがとう」

 

 

穂乃果は許可をもらえ大喜びだった。

 

 

「でも少し時間を置いてから来てくれ。色々と準備があるからな」

 

 

カケルは穂乃果に念押しをした。

 

 

「うん!わかった!ちなみに部屋番号は?」

 

 

「102だ」

 

 

「じゃあ着替えてからいくね」

 

 

 

穂乃果がそういうと奥の方から妹:雪穂がやってきた。

 

 

「どうしたの?誰か来てるの?」

 

 

雪穂はそう言いながら売り場まで来るとカケルの姿を確認する。

 

 

「お姉ちゃん。その人は?」

 

 

「ああ雪穂。クラスメイトの蔵原走君だよ。カケル君、紹介するね。この子は私の2歳年下の妹の雪穂だよ」

 

 

雪穂に訊ねられると穂乃果はそれぞれ紹介する。

 

 

 

「よろしく」

 

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 

カケルが声をかけると雪穂はお辞儀を返す。

 

 

 

「私これからね、カケル君の家に遊びに行くんだ~」

 

 

穂乃果は得意げになりながら言う。

 

 

「ええっ!?これから!?」

 

 

雪穂が驚いて訊ねる。

 

 

「うん!カケル君がご飯ごちそうしてくれるんだ!じゃあカケル君!ちょっと準備してくるね~」

 

 

穂乃果は鼻唄を歌いながら奥へと入っていく。

 

 

 

 

「うちの娘がごめんなさいね」

 

 

瑞穂が申し訳なさそうに言う。

 

 

「いいえ。もう慣れましたから。それじゃあ自分も失礼します」

 

 

カケルは店を出ようとすると、瑞穂が呼び止めた。

 

 

 

「待ってカケル君。よかったらこれ持ってって」

 

 

瑞穂はカケルに小さい被せ蓋の箱を渡す。

 

 

「今ちょうどお父さんが作り上げたお饅頭よ。よかったら食後に二人で食べてね」

 

 

「えっ?でもいいんですか?せっかく作ったものを」

 

 

「いいのいいの。お父さんすっかりカケル君のこと気に入ったみたいだから」

 

 

瑞穂がそう言うと、健作が厨房の方から軽く会釈する。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

カケルは穂乃果の両親に頭を下げながら感謝の言葉をかける。

 

 

「それと、穂乃果のことよろしくお願いします」

 

 

「はい。失礼します」

 

 

 

カケルはそう言うと店を後にする。

 

 

 

 

 

 

「お、お姉ちゃんが男の人を連れてくるなんて!しかもこれから家にいくなんて!」

 

 

カケルが店を出てから、雪穂は驚きの声を上げる。

 

 

 

「あら、彼とってもいい子だったわよ。これから彼と二人っきり・・・あの子たちの将来が楽しみね~ウフフフ」

 

 

瑞穂は少し不気味にニヤニヤとほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは自分の家に戻ると、部屋の中を整理し始めた。といっても基本部屋はきれいに整頓されているのであまりやることはなかった。

 

 

 

(しかしまさか、こんなに近くに住んでいたなんてな。他にかたずけるものは・・・)

 

 

カケルは自分の部屋をチェックしていると、ある物を見て動きを止める。

 

 

それは壁に掛けられている、全国大会で優勝した時の写真と賞状だった。

 

 

 

 

(いくら友達とはいっても、やっぱり過去のことは話したくない)

 

 

カケルはそう思いながら、それらを壁から外しクローゼットの中へしまい込んだ。

 

 

 

 

 

「やっべ、俺まだ制服のままだ。これから穂乃果が来るんだから早く着替えなきゃ」

 

 

カケルは慌てて制服を脱ぎパンツ一丁の状態となる。そして部屋着用のジャージを着ようとしたその瞬間・・

 

 

 

 

「カケルく~ん!お邪魔しま~す!」

 

 

穂乃果がいきなり鍵のかかっていない玄関のドアを開けてしまった。

 

 

「あ・・・・」

 

 

カケルはパンツ一丁の状態を目の当たりにされ硬直してしまう。

 

 

 

「キャーーー!!変態ーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい・・・」

 

 

「まったく、ちゃんとノックぐらいしろよ。そうでなくともチャイムだってあるだろう」

 

 

「はい・・・気を付けます・・・」

 

 

 

あの時穂乃果が叫んだことにより、アパートの住人たちが何事かと騒ぎ立てる事態になってしまったのだった。

 

 

なんとか誤解が解け、穂乃果は完全に自分に落ち度があったと自覚し、部屋の中でカケルに頭を下げていた。

 

 

そんな中、穂乃果は先程目にしたカケルの姿を思い出してしまう。

 

 

 

(でもなんか、思ったよりいい身体つきだったなぁ・・・は!私ったら何を考えてるの///)

 

 

 

「じゃあ俺、夕食つくるからテレビでも見て待っててくれ」

 

 

「うん、ありがとう」

 

 

 

カケルはそう言うとキッチンへと向かい、穂乃果はカケルが座布団代わりにひいてくれた敷布団に座りながらテレビを見始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは冷蔵庫から材料を取り出すと、早速慣れた手つきで夕食を作り始める。

 

 

 

まず、もやしの芽と根を取りピーマンを縦に細切りにする。

 

 

そしてフライパンにサラダ油を熱し、もやしを少し炒めてから、ざるにあけて水気を切り、次に豚肉を炒め始める。

 

 

 

 

(こんなふうに誰かに料理を作ってあげるなんて初めてだ。なんか気合い入ってくるな)

 

 

 

 

カケルは穂乃果の方をチラリと見ると、さらに料理の手を早めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、おまたせ!」

 

 

やがて夕食を作り終え、穂乃果のいる奥の部屋へと運ぶ。

 

 

 

「待ってました!もうお腹ペコペコだよ~」

 

 

 

カケルが座卓の上に料理を並べていくと、穂乃果は目を輝かせながら料理を眺めている。

 

 

「うわぁ~美味しそう~」

 

 

今日の献立は、ごはん・もやしとピーマンの肉野菜炒め・キャベツときゅうりとトマトのサラダ・ひじき・豆腐とわかめの味噌汁と、アスリートらしく栄養バランスを考えたメニューである。

 

 

 

「口に合うといいけど」

 

 

「ありがとう!それじゃあいただきま~す!」

 

 

 

穂乃果は早速料理を食べ始める。

 

 

「おいしい!これすごくおいしいよ!」

 

 

「そうか?よかった」

 

 

 

穂乃果は本当に美味しそうに食べており、カケルは初めて他人から自分の料理を褒められうれしい気持ちになった。

 

 

 

「さあ、カケル君も一緒に食べようよ」

 

 

「ああ。そうだな」

 

 

 

カケルは自分の分を用意すると、座卓で穂乃果と一緒に食べ始めた。

 

 

 

 

「カケル君ってすごいよね。足も速いし料理も上手だし、まさに完璧超人って感じだよね」

 

 

「いやそんな、それほどでもないって」

 

 

 

「でもカケル君は、どうして一人暮らしなんて始めたの?」

 

 

「えっ?」

 

 

「だって、こんなふうに料理作ったりとか洗濯とか掃除とか何もかも自分でやらなきゃいけないから、とっても大変だと思うけど」

 

 

 

カケルは少し表情を曇らせるが、すぐに返事を返す。

 

 

 

「は、早いうちから独り立ちをしたいって思ってたんだよ。いずれ東京に出たいって思ってたから今のうちに慣れておきたいなって・・・それに家事だって、もうすっかり慣れたから大丈夫だよ」

 

 

 

「でも、お父さんやお母さん心配してなかった?」

 

 

「・・・そんなことないよ。お前の道はお前自身で決めろって、特に反対することなく送り出してくれたよ」

 

 

「ふ~ん」

 

 

穂乃果はそれ以上追及はしてこなかったが、カケルは早くこの話題を終わらせたかった。

 

 

 

 

「それより穂乃果。スクールアイドルの活動についてだが、次の手は考えてあるのか?」

 

 

「うん。実は考えたんだけど、学校の講堂でライブをやろうと思うの」

 

 

カケルが訊ねると穂乃果が元気よく答える。

 

 

 

「ライブ!?」

 

 

「そう。講堂は部活をやっていなくても、生徒会の許可をもらえれば使用できるらしいから、明日生徒会にお願いしてみようと思うの」

 

 

「また生徒会に行くのか。あの生徒会長は許してくれるだろうか?」

 

 

「とにかく必死に頼んでみるよ。絶対やってやるんだから」

 

 

 

「それで、ライブはいつやるつもりなんだ?」

 

 

「今月末の新入生歓迎期間内にやろうと思うの」

 

 

 

新入生歓迎期間。それは4月末に一週間程の期間で新入生を対象とした各部活の勧誘や紹介などが行われる期間である。穂乃果はその期間のどれか1日にライブを行おうと提案した。

 

 

 

「なるほどな。お前にしてはよく考えてるじゃないか」

 

 

「ちょっと~、穂乃果にしてはってどういう意味?」

 

 

「とにかく、それまでに決めなきゃならないことはいっぱいあるんだから、しっかりやるんだぞ」

 

 

「うん!頑張るよ!」

 

 

カケルに喝をいれられ、穂乃果は再びやる気に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

やがて二人は夕食を食べ終わり、カケルは食器の後片付けを始めた。

 

 

穂乃果は部屋を色々と見回していると、テレビ台の下にゲーム機があるのに気付いた。

 

 

 

「あ、これwiiUだ!カケル君も持ってたんだ」

 

 

「ん?ああ、暇つぶしにと思って買ったんだ。ソフトは一つしかないけど」

 

 

カケルはキッチンから顔をのぞかせて答える。

 

 

穂乃果は今度はゲーム機の隣にあるディスクのパックを見つける。

 

 

 

「あ!マ〇オカートだ!このゲーム私も好きだよ!ねえねえカケル君!穂乃果と勝負しようよ!」

 

 

「いいぞ。食器洗いが終わったらな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー!また俺の勝ちだ!」

 

 

「わぁっ!また負けちゃった~」

 

 

 

二人は対戦ゲームを始め、カケルの3戦3勝という状態だった。

 

 

「む~何でこんなに負けるの~」

 

 

穂乃果は負けた悔しさで頬を膨らませながら唸る。

 

 

 

「穂乃果もミニターボ使えばいいじゃないか」

 

 

「ミニターボって何?」

 

 

「えっ?このゲーム好きなくせに知らないのかよ?」

 

 

「あ、あははは~」

 

 

「まったく、いいか?ミニターボはこのボタンを押しながらスティックをこうやって・・・」

 

 

 

カケルは操作方法を教えた際に、つい穂乃果の手を取ってしまい顔を赤くしてしまう。

 

 

(やべえ。女の子の手を握っちまった。それにしてもきれいな手だな。って何考えてんだ俺は)

 

 

 

 

「よかった・・」

 

 

「えっ?」

 

 

「カケル君とっても楽しそう。やっと笑ってくれたって思って」

 

 

「・・・///」

 

 

「さあ!もう一勝負だよ!今度は負けないからね!」

 

 

 

 

 

二人はそれからしばらくゲームで遊び続けた。

 

 

そしてやがて9時半となり、穂乃果は家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとうカケル君!」

 

 

「こっちこそ、今日は楽しかったよ」

 

 

「じゃあまた明日ね!」

 

 

穂乃果はそう言って、玄関を出て家へと帰っていった。

 

 

穂乃果を見送った後、カケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は穂乃果と過ごせて本当に楽しかった。ご家族も本当にいい人たちだった。こんな気持ちになれたのいつ以来だろう。

 

それにホントにいい笑顔だったなあいつ。これからも俺は、あいつの笑顔を守ってやりたい。

 

 




穂乃果の両親の名前は自分が勝手に考えさせていただきました(笑)


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第11路 行動開始

スクールアイドルを結成した翌日、学校が始まる前の朝カケルたち6人はこれから生徒会室へと向かうところだった。

 

 

 

「一体どうするつもりなんですか?」

 

 

海未が穂乃果に訊ねる。

 

 

 

「実はね、私たち3人で講堂で初ライブをやろうと思うんだ」

 

 

「そのために今度の新入生歓迎期間内に講堂を使わせてもらえないか生徒会に頼みに行くんだ」

 

 

穂乃果とカケルが説明する。

 

 

 

「へえ~、早速やることにしたんだね」

 

「楽しみデスネ」

 

 

高志とムサがわくわくした様子で言う。

 

 

 

「昨日カケル君と話し合って決めたんだよね~」

 

 

「いや、ほとんどお前がどんどん決めてただろうが」

 

 

 

「待ってください!何を勝手に決めてるんですか!?それに、二人で話し合ったってどういうことですか!?」

 

 

海未が突然血相を変えて穂乃果に詰め寄る。

 

 

そして穂乃果は昨日カケルのアパートにお邪魔したことをみんなに話した。

 

 

 

「一人暮らし!?すごいなぁ」

 

 

「へぇ~そんな近くに住んでたなんて。今度ことりも遊びに行きたいなぁ」

 

 

「ワタシもぜひ行ってみたいデス」

 

 

話を聞くと高志・ことり・ムサが順に話す。

 

 

「別にいいけど、狭いし何もない所だぞ」

 

 

興味津々な3人にカケルは返事を返す。

 

同時に、新しく座布団をいっぱい買っておこうと思った。

 

 

 

「カケル・・あなたまさか穂乃果に何か余計な入れ知恵をしたんじゃないでしょうね」

 

 

「い、いや・・何も言ってないって」

 

 

カケルは海未にキッと睨まれながら詰問され、その迫力にたじろきながら答える。

 

 

 

 

 

「とにかく善は急げって言うじゃない!みんな行くよ!」

 

 

「でも、まだできるかどうか分からないよ」

 

 

「え~、やるよ~」

 

 

「待ってください。まだステージに立つとは言っていません」

 

 

「まあまあみんな」

 

 

「皆さん落ち着いてクダサイ」

 

 

穂乃果と海未とことりが言い争いを始めてしまい、高志とムサが仲裁に入る。

 

 

 

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く行くぞ!」

 

 

その様子を見ていたカケルがみんなに発破をかける。

 

 

「そうだね。行こう!」

 

 

こうして一同はカケルと穂乃果を筆頭に生徒会室へと向かう。

 

 

「はぁ・・仕方ないですね」

 

 

海未は観念したように呟きながら後に続いた。 

 

 

 

(なんかカケル、ずいぶん積極的だな)

 

 

高志はカケルの後ろ姿を見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎生徒会室◎

 

 

 

6人は生徒会室を訪れ、生徒会長の絢瀬の元へ講堂使用の申請書を提出した。

 

 

 

「何をするつもり?」

 

 

「ライブです!私たち3人で新入生歓迎期間内に講堂で初ライブをやることにしました!」

 

 

絢瀬に問われると穂乃果ははっきりと答える。

 

 

 

「新入生歓迎期間までそれほど日はないけど、準備は出来てるの?」

 

 

「そ、それはこれからやるとこです」

 

 

「そんな状態で本当に出来るの?新入生歓迎会は遊びじゃないのよ」

 

 

絢瀬はきつい口調で穂乃果たちに問い詰める。

 

 

 

「まあまあ、彼女たちは講堂の使用許可をもらいに来ただけなんやし、生徒会が内容まで聞く権利なんて無いやろ」

 

 

副会長の東條が絢瀬をなだめる。

 

 

 

「それと、君たちは?」

 

 

東條は今度はカケル・高志・ムサに声を掛ける。

 

 

 

「僕らは彼女たちのサポートです」

 

 

高志が代表して答える。

 

 

 

「転校生の蔵原走君に、ケニア人生徒のムサ・カマラ君。そしてあなたは、杉山高志君でええんかな?3人とも男子駅伝部に所属しておるやろ?」

 

 

東條が3人を順番に見つめながら言う。

 

 

 

「どうしてそれを?」

 

 

カケルは思わず聞いてしまう。

 

 

「ウチら生徒会は部活動の部員名簿を預かっとるから、もしかしたらと思ったんよ」

 

東條の答えを聞きカケルは、ああなるほど、と納得した。

 

 

 

「それで男子駅伝部がなぜ彼女たちのサポートをしているの?」

 

 

絢瀬がカケルたち3人に訊ねる。

 

 

 

「同じクラスメイトとして何か力になりたいと思ったんです。みんなこの学校が好きだから、じっとしていられなかったんです。どうか、彼女たちに活動の機会を与えてあげてください。僕たちからもお願いします!」

 

 

「「お願いします!」」

 

 

高志が頭を下げてお願いし、カケルとムサも続いた。

 

 

 

「「「お願いします!」」」

 

 

穂乃果・海未・ことりも絢瀬と東條に頭を下げて懇願する。

 

 

 

「わかった。じゃあ27日の木曜日でええかな。その日だったら都合がええから」

 

 

東條が日程を指定し正式に許可を出した。

 

 

「わかりました!ありがとうございます!」

 

 

穂乃果が目を輝かせながらお礼を述べ、全員再び一礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「失礼しました!」」」」

 

 

6人は生徒会室を後にする。

 

 

「やったー!これでライブができるよー!」

 

 

穂乃果は許可を貰えた嬉しさで、両手を広げて辺りを駆け回った。

 

 

 

「よかったデスネ、皆さん」

 

 

「うん。本当によかったよ」

 

 

ムサとことりが言う。

 

 

 

「高志の説得のおかげですね。ありがとうございました」

 

 

「いや、礼には及ばないよ」

 

 

高志は海未に感謝され照れながら答える。

 

 

 

 

 

「安心するのはまだ早いぞ。生徒会長も言ってたように、新入生歓迎期間までそんなに日がないんだ。早く準備に取り掛からないと間に合わなくなるぞ」

 

 

カケルがみんなに声を掛ける。

 

 

 

「カケルの言う通りだね。やることはたくさんあるんだから、みんなで話し合って決めることを決めよう」

 

 

「皆さんで力を合わせれば、きっと大丈夫デス」

 

 

 

「「「はい!」」」

 

 

高志とムサも声を掛け、穂乃果・海未・ことりは元気よく返事をする。

 

 

 

 

 

 

一同は教室へ向かうが、途中カケルが壁に貼られている物に気付いて足を止めた。

 

 

それは、男子駅伝部の部員募集のポスターだった。

 

 

 

「ああそれ、俺たちが作ったポスターだよ。部員を集めるために、春休みの時から作ってたんだ」

 

 

ポスターを見ているカケルに高志が説明する。

 

 

 

(こんなの貼ってたんだ。今まで気づかなかったな)

 

 

カケルはそう思いながらポスターを眺め続けた。

 

 

 

そのポスターには、『男子が活躍できる舞台!みんなで一緒に高校駅伝を目指そう!』と書かれており、部員一人一人の走っている姿の画像が載せられていた。

 

 

 

「なになに?あ、駅伝部のポスターだ」

 

 

「皆さんとても格好良く写ってますね」

 

 

 

ことり・海未・穂乃果も興味津々でポスターを眺める。

 

 

 

 

「このポスターのおかげで、ジョータとジョージが入ってきてくれたんだよ」

 

 

「えっ?そうなのか?」

 

 

「うん。この前言ってたんだ。『男子が活躍できる舞台って響きに憧れました。これならきっと女の子にもモテます』ってね」

 

 

「そ、そうか・・」

 

 

高志の説明を聞きカケルは少し苦笑いをする。

 

 

 

 

「よーし、私たちもこういう宣伝用のポスター作らないと」

 

 

「気が早すぎます。他に早く決めなきゃならないことがあるでしょう」

 

 

はりきって宣言する穂乃果を海未が咎める。

 

 

 

 

 

カケルはみんなの様子を見て少し微笑しながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか変な感じだ。この音ノ木坂学院で出会ったみんなは、俺が今まで会ってきた人とは何か違う・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方生徒会室では、絢瀬と東條が溜まっている書類の処理を行っていた。

 

 

絢瀬は先程のことがまだ頭から離れずにいた。

 

 

 

「なぜ、希はあの子たちの味方をするの?」

 

 

絢瀬が東條に直接問いただす。

 

 

 

「何度やっても、カードがそうしろってウチに言うんや」

 

 

東條は手に持っているタロットカードの束を眺めながら言う。

 

 

カードの束を机に置くと、窓辺に近づき窓を全開に開ける。

 

 

 

「うわっ!」

 

 

すると突然ものすごい風が部屋の中へと吹き荒れ、絢瀬は思わず両腕で顔を覆い、机の上の書類や東條のタロットカードの束が散らばった。

 

 

 

「カードがウチにそう告げるんや!」

 

 

東條は両手を広げ、窓の外を見つめながら力強く言った。

 

 

 

壁にはタロットカードの1枚が正位置の状態で張り付いていた。

 

 

 

 

そのカードは太陽の絵が描かれた「THE SUN」というカードだ。

 

 

正位置の「太陽」のタロットカードには、成功や満足が目前に迫っているという意味が込められている。

 

 

東條のその姿はまさに占い師そのもののようだった。

 

 

そして彼女は空を見つめながら心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たちはきっと、この音ノ木坂学院の未来を変えられる。

 

 

いや、彼女たちだけじゃない。彼らも・・・

 

 

特にあの、蔵原走君。

 

 

彼こそが、運命を変えられる大きなキーカードかもしれんな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎教室◎

 

 

午前の授業が終わって昼休みとなり、6人はこれからのアイドル活動について話し合うために集まった。

 

 

 

 

「見て見て~、ステージ衣装を考えてみたの」

 

 

ことりはそう言って、みんなに自分のノートを広げて見せた。

 

 

そこには、ことりが考えたアイドル衣装の絵が描かれていた。

 

 

 

「うわぁ~、かわいい」

 

 

「うん、いい衣装だと思うよ」

 

 

「ハイ。とても素敵デス」

 

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

穂乃果・高志・ムサが絶賛し、ことりは照れながらお礼を言う。

 

 

 

へぇ~よく描けてるなぁ~、と思いながらカケルも絵を眺めた。

 

 

 

 

 

「あ、あの・・・ことり」

 

 

すると海未がモジモジしながら声を掛ける。

 

 

 

「こ・・このスカートからスゥーッと伸びているものは」

 

 

「脚だよ 」

 

 

「この短いスカートに素足になれと言うのですか?」

 

 

「だってアイドルだもん」

 

 

 

ことりに告げられると、海未は更に顔を赤くして俯いてしまう。

 

 

その様子を見てカケルは、恥ずかしがり屋なんだな、と思った。

 

 

 

 

「海未ちゃん、大丈夫?」

 

 

ずっと俯いてる海未に高志が声を掛ける。

 

 

 

「大丈夫だよ海未ちゃん。海未ちゃんの脚、全然太くないよ」

 

 

「穂乃果も人のこと言えるのですか?///」

 

 

穂乃果はなんとかフォローしようとしたが逆に言い返されてしまう。

 

 

そして穂乃果は自分の脚をスカートの裾を少しまくりながら触って確かめ始めた。

 

 

 

(男子のいる前で何堂々とやってるんだよ///)

 

 

・・と思いながらカケルは慌てて顔を反らした。

 

 

 

「う~ん、よしダイエットだ」

 

 

「わ・・私は・・う~ん///」

 

 

穂乃果は少し悩んだ末に宣言し、海未はまだ自信なさげな様子で自分の脚や体型を気にしていた。

 

 

 

「二人とも大丈夫デスヨ」

 

 

そんな二人にムサが声を掛ける。

 

 

 

「二人とも、今のままでもとってもカワイイですよ。どうか自分に自信を持ってクダサイ」

 

 

「ありがとうムサ君」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

ムサの言葉を聞き二人とも嬉しそうな表情になった。

 

 

 

 

「それよりも、まず先に決めなきゃならないことがあるだろう」

 

 

カケルがみんなに声を掛ける。

 

 

「ん?なになに?」

 

 

穂乃果が訊ねる。

 

 

 

 

「グループの名前だよ」

 

 

カケルの言葉で全員がハッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎中庭◎

 

 

6人は中庭のテーブルに移動し、昼食を食べながら色々と案を出し合っていくがなかなか決まらない。

 

 

出てきた案としては、穂乃果を陸軍、海未を海軍、ことりを空軍とイメージした「陸海空」だったり、他にも「音ノ木レインボー」「O-GIRLS」「頑丈3姉妹」などが浮かんだが、どれも却下となった。

 

 

 

「なかなか決まらないね」

 

 

「君たち3人に何か共通の特徴があればいいんだけど」

 

 

「ですが、3人とも性格はバラバラですからね」

 

 

 

「よ~し、いい方法を思いついた」

 

 

 

ことり・高志・海未が考えあぐねていると、穂乃果が閃いたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になると、穂乃果を筆頭に6人は学校の掲示板の前に来た。

 

 

そして、穂乃果は自分で作ったグループ名募集の貼り紙を貼りその前に目安箱を置いた。

 

 

穂乃果が考えた方法とは、グループの名前を生徒に呼びかけて募集しようということだった。

 

 

 

 

丸投げかよ、とカケルは心の中でツッコんだ。

 

 

 

「こっちのほうがみんな興味持ってくれそうだし」

 

 

穂乃果がわくわくした様子で考えを述べた。

 

 

 

「まあ、いいアイデアかもね」

 

 

「いい名前、来てくれるといいけど」

 

 

高志・ことりが言う。

 

 

 

 

 

6人はいい投稿が来ることを願いながらその場を後にし、カケル・高志・ムサは駅伝部の部室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎男子駅伝部:部室◎

 

 

 

部員たちは全員着替えと身支度を終え、これから練習に向かおうとしていた。

 

 

ユキが給水用のボトル等が入った籠を持ち上げた。

 

 

「あ、俺持ちますよ」

 

 

「いいって。そこまで気を使わなくても大丈夫だ」

 

 

自分が持つと声を掛けるカケルをユキが制止する。

 

 

 

 

(この上下関係の緩さは未だに慣れないな)

 

 

とカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

「ハイジさん。せっかくこうして部活を始めたわけですし、大会とかないんですか?」

 

 

ジョータがハイジに訊ねる。

 

 

「あるよ。記録会や競技会といったトラックレースの大会がね。出たいか?」

 

 

「もちろんですよ。やるからには目標が欲しいですし」

 

 

ハイジに問われ、ジョータはやる気になっていた。

 

 

 

「うむ・・実はあるんだよ。ちょうどみんなにも話そうと思ってたんだ。みんな聞いてくれ!」

 

 

 

ハイジが全部員に呼びかける。

 

 

 

 

「来週の日曜日に、東京体育大学で記録会がある。その記録会の5000mに全員エントリーしておいた」

 

 

 

「マジッすか?もうすぐじゃないですか」

 

 

「まあ、今月末にはインターハイの地区予選も始まるから肩慣らしにはちょうどいいかもな」

 

 

「やったー試合だー」

 

 

「ワタシもやる気になってきマシタ」

 

 

 

ハイジからの連絡を聞き、みんな記録会に向け俄然やる気になっていた。

 

 

 

 

その中でカケルはふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記録会。そこにはいろんな高校・大学・社会人の選手が集まってくる。

 

 

俺が前にいた高校の駅伝部も・・・

 

 

 

その時あいつらは何て言うだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルはそんな不安な気持ちを抱えながら、みんなと共に練習へと向かっていった。

 

 

 

 

 



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第12路 女神と役割

グループ名募集の目安箱を設置した翌日の朝、穂乃果・海未・ことりがその目安箱の前を通りかかる。

 

 

すると穂乃果は早速わくわくした様子で目安箱をチェックし始める。

 

 

 

「穂乃果ちゃん。さすがにまだ入ってないんじゃないかなぁ」

 

 

「そうですよ。つい昨日の放課後に設置したばかりなのですから、都合よく入ってるわけありません」

 

 

 

ことりと海未が言うが、穂乃果から意外な反応が返ってきた。

 

 

 

「あったよ!1枚!」

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎教室◎

 

 

 

「本当に入ってたの!?」

 

 

「マジかよ!?早いな!」

 

 

穂乃果たちは先に教室に来ていたカケル・高志・ムサに目安箱に畳まれた1枚の投稿が入っていたことを伝えると、高志とカケルが驚きの声を上げる。

 

 

 

「一体どんなグループ名なんでしょう?」

 

 

海未も少しワクワクした様子になっていた。

 

 

「早く開けてみましょう」

 

 

ムサに促されると穂乃果はその紙を開く。

 

 

そこには不思議な文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

『   μ’s  』

 

 

 

 

 

 

 

「何これ?ユ~ズ?」

 

 

「これはおそらくミューズだと思います」

 

 

不思議そうな顔をする穂乃果に海未が答える。

 

 

 

「ミューズって、あの薬用石鹸のこと?」

 

 

「それはないだろ」

 

 

「じゃあ埼玉のどこかにあった文化センターとか」

 

 

「何のことか知らないが絶対違うだろ」

 

 

穂乃果が述べる考えにカケルは順次ツッコむ。

 

 

 

「多分ですけど、古代ギリシア神話の女神ミューズのことだと思いマス」

 

 

ムサが答える。

 

 

 

「ギリシアの女神?」

 

 

「ハイ。正確にはムーサと言いまして、ギリシア神話で文芸・学術・音楽などあらゆる芸術部門に影響を与えてきた女神のことです。ミューズとはムーサの英語名デス」

 

 

疑問に思うみんなにムサが詳しく説明する。

 

 

 

「ムサ君とても詳しいね」

 

 

ことりが言う。

 

 

 

「ママがこのような古代の言い伝えに詳しくて、聞いたことがあったんデス」

 

 

 

「俺はいいと思うよ。その女神が芸術に大きな影響を与えたように、みんなはこの学校に大きな影響を与える女神ってことで、このグループ名はいいと思う」

 

 

高志がみんなに言う。

 

 

 

「俺も高志の意見に賛成だ」

 

 

「ワタシもデス」

 

 

カケルとムサも高志の意見に賛成した。

 

 

 

「うん。私もこの名前いいと思う。学校を救う女神かぁ。なんかいいなぁ」

 

 

「私もそれに賛成~」

 

 

「皆さんがそう言うなら、私もいいと思います」

 

 

穂乃果・ことり・海未も賛成の意を示した。

 

 

 

 

「よ~し!これから私たちは、μ’sだ!!」

 

 

 

こうして、音ノ木坂学院スクールアイドル『μ’s』が正式に誕生したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みになると、6人は今度は練習場所を探し始めた。

 

 

職員室に行き先生に色々聞いてみたが、グラウンドも体育館も講堂も他の部活が利用しており、空いている教室を使うには正式な部として認められていなければ使うことは出来ないと言われてしまった。

 

 

みんなで手分けをしてあちこち探し回り、やがて屋上へと行き着いた。

 

 

 

 

「うん。ここなら広いし、いい練習場所になりそうだね」

 

 

「日陰もないし、雨が降ったら使えなくなるけど贅沢は言ってられないよね」

 

 

「とりあえず、見つかっただけでも良しとしなきゃな」

 

 

高志・ことり・カケルが安心した様子で言う。

 

 

「よーし!練習頑張るそー!」

 

 

穂乃果が元気な声を上げる。

 

 

 

 

「練習って言っても、まず何から始めるんだ?」

 

 

カケルが穂乃果に聞く。

 

 

 

「まずは歌の練習から!」

 

 

穂乃果が言うと3人は横一列に並び、早速何か歌おうと息を吸い込むが

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って!もうこのグループで歌う曲は完成してるの?」

 

 

「「「あっ・・・」」」

 

 

高志が訊ねると3人とも沈黙してしまう。どうやら何も用意できてないようだった。

 

 

 

 

(はぁ~、本当に大丈夫かよ・・・)

 

 

カケルは額に手を置きながらため息をついた。

 

 

 

 

 

 

やがて放課後となり、カケル・高志・ムサは駅伝部へ、海未は弓道部へと向かい、穂乃果とことりの二人は穂乃果の家で曲について話し合うと言い、海未と近くに住んでいるカケルが部活が終わった後に合流することになった。

 

 

 

 

 

 

カケルは駅伝部の練習を終えると駆け足で穂乃果の家へと向かう。

 

 

その途中、同じく穂乃果の家へと向かう海未の姿を見つけた。

 

 

 

「あらカケル。練習お疲れ様です」

 

 

「海未こそ、お疲れさま」

 

 

「早いとこ、穂乃果の家に向かいましょうか」

 

 

「そうだな」

 

 

 

カケルは海未と一緒に穂乃果の家へと向け歩き出した。

 

 

 

 

「すみませんカケル。穂乃果の家の近くに住んでいるとはいえ、駅伝部の練習が終わって疲れている中付き合わせてしまって」

 

 

「気にすんなって。俺だってやりたくてやってるんだから」

 

 

「カケルは本当に真面目ですよね。朝早くから朝練習をして、授業も眠らずにしっかり受け、放課後はまた厳しい練習をして、そのうえ一人暮らしですからね。穂乃果にも見習ってほしいですし、私も見習いたいです」

 

 

「そんなに褒めるほどのことじゃないよ。ただ単に習慣になっただけだよ。勉強だって、走ること以外にやることがないからとりあえずやってるだけだし、一人暮らしだってもう慣れたしめちゃくちゃ快適だよ。それに、やっと・・・」

 

 

 

「やっと?」

 

 

 

「あ、いや・・・人生の新たな一歩を踏み出せたかなって」

 

 

「そうですか」

 

 

 

カケルは何か言葉を飲み込んでから再び答えた。幸い海未はそれ以上追及はしてこなかったので、カケルは内心ホッとした。

 

 

 

 

話しているうちに二人は穂乃果の家に到着し、正面玄関から中に入る。

 

 

 

「モグモグ・・あ、あらいらっしゃい」

 

 

中に入ると穂乃果の母:瑞穂がカウンターでお団子を食べており、二人に気付くと挨拶をする。

 

 

 

そんなところで堂々と食べてて平気かな?とカケルは思った。

 

 

 

「こんばんは。穂乃果は」

 

 

海未が訊ねる。

 

 

「上にいるわよ。そうだ二人とも、お団子食べる?」

 

 

「いいえ結構です。ダイエット中なので」

 

 

「俺も大丈夫です」

 

 

瑞穂に勧められたが二人とも断った。カケルは陸上選手として、基本的に間食はしないようにしている。

 

 

 

「こっちですよカケル」

 

 

海未に案内されカケルは一緒に階段を上がり穂乃果の部屋へと向かう。

 

 

 

カケルは初めて女の子の家に来たため少し緊張していた。

 

 

 

そして海未は穂乃果の部屋らしきところの襖をノックしながら声を掛ける。

 

 

 

「穂乃果、来ましたよ」

 

 

「はーい、どうぞー」

 

 

 

部屋に入ると、穂乃果とことりが美味しそうにお団子を食べている。

 

 

 

「海未ちゃん、カケル君お疲れさま。お団子食べる?」

 

 

「お茶入れるね~」

 

 

 

その光景を、カケルと海未は呆れた様子で見る。

 

 

 

「ダイエットはどうした?」

 

 

「「あっ・・・」」

 

 

カケルがツッコむと穂乃果とことりは硬直する。

 

 

またこの流れか、とカケルは思った。

 

 

 

「努力しようという気はないようですね」

 

 

海未はため息をつきながら言った。

 

 

 

 

カケルと海未がテーブルの周りに座ると、早速本題に入り始めた。

 

 

 

「それで、曲の方はどうなりましたか?」

 

 

「実は、1年生に歌が上手でピアノも上手な人がいるの。もしかしたら作曲もできるのかなぁって思ったから、明日もう一度会って聞いてみようと思うの」

 

 

 

海未が訊ねると穂乃果が答えた。

 

 

 

もう当てが見つかったんだ。やるじゃないか、とカケルは思った。

 

 

 

「もし作曲をしてもらえるなら、作詞の方は何とかなるよねってさっき話してたの」

 

 

ことりが言う。

 

 

 

「そうなんですか」

 

 

「何とかなるって、一体誰にやってもらうんだ?」

 

 

カケルが訊ねると、穂乃果とことりは突然ニヤニヤしながら海未を見つめた。

 

 

 

「な、何なんですか!?」

 

 

海未は二人の様子にたじろきながら聞く。

 

 

 

「海未ちゃんさ~、中学の時にポエムとか書いてたよね?」

 

 

「読ませてもらったこともあったよね~?」

 

 

「えぇっ!?」

 

 

 

そう言いながらさらにニヤニヤ顔で海未に詰め寄る二人。

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。海未に頼むつもりか。それにしても二人とも怖えよ・・・と思いながらカケルはその様子を眺める。

 

 

 

 

 

 

 

すると海未は恥ずかしくなったのか、部屋を出て逃げ出そうとした。

 

 

 

「あっ海未ちゃん待って!カケル君、捕まえるよ!」

 

 

「えぇっ!?俺もかよ!?」

 

 

 

穂乃果に促されカケルは仕方なく穂乃果と一緒に海未を捕まえ、部屋へと連れ戻した。

 

 

 

 

 

 

「お断りします!」

 

 

海未ははっきりと拒否をする。

 

 

 

「ええー、何でー?」

 

 

「絶対嫌です!その時のことは、思い出したくないくらい恥ずかしいんですよ」

 

 

カケルは頑なに拒否をする海未の様子を見て思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出したくない、か・・・。なんとなく海未の気持ちも分かる。俺だって、思い出したくない過去でいっぱいだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも私は、衣装を考えることで手一杯だし」

 

 

ことりが申し訳なさそうに言う。

 

 

 

「でしたら穂乃果がやるべきでは?言いだしたのはあなたなんですよ」

 

 

 

海未は穂乃果に問いただす。

 

 

 

「い、いやぁ~私は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

『おまんじゅう  うぐいす団子  もうあきた』

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

穂乃果は小学校時代の授業で、自分で作った詩を発表した時のことを話した。

 

 

 

こりゃダメだな、と話を聞いたカケルは思った。

 

 

 

「無理だと思わない?」

 

 

ことりが言う。

 

 

 

「た、確かに・・・」

 

 

「あはははは・・・」

 

 

 

海未もさすがに認めざるを得ず、穂乃果は苦笑いをする。

 

 

 

「それなら、カケルはどうなのですか?」

 

 

海未は今度はカケルに振ってきた。

 

 

 

「いや、アイドルのことに関してはズブの素人の俺にそんな力はないよ・・・やっぱりここは海未が一番適任だと思うが」

 

 

 

「カケルまで・・・」

 

 

 

「海未ちゃんお願いだよ!私たちも手伝うから!何かもとになるようなことだけでも」

 

 

 

「で、ですが・・・」

 

 

 

穂乃果が必死に懇願するが当の本人はまだ決心できずにいる。

 

 

 

 

するとことりは、右手で自分の制服の胸元の部分を掴んでいた。

 

 

何をするつもりなんだ?と思いながらカケルはその様子を見ていた。

 

 

 

そしてことりが海未を見つめながら口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「海未ちゃん。おねがぁ~い!」

 

 

 

 

 

 

 

ことりは目を潤ませながら甘い声でお願いしてきた。

 

 

 

 

 

「・・・!!」

 

 

「ウグッッ・・・・・!!」

 

 

 

海未は驚きの表情をし、カケルはまるで何かの攻撃を喰らったかのように胸のあたりを抑えて悶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やばい・・・なんて強力な技持ってんだ・・・胸が苦しい・・・意識が飛びそうだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう・・・ずるいですよ、ことり」

 

 

ことりのお願いに屈したようで、ようやく海未は引き受けてくれることになった。

 

 

 

「ありがとう~海未ちゃん」

 

 

ことりがお礼を言う。

 

 

 

これで作詞担当は海未、衣装担当はことりという風に役割が決まってきた。

 

 

 

 

「なあ、俺は何をすればいいかな?」

 

 

カケルはみんなに訊ねた。

 

 

 

友達として出来る限り協力すると言った以上、何か手伝いたいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

「それではカケルには、練習メニューを担当してもらうのはどうでしょう?」

 

 

 

「練習メニュー?」

 

 

 

カケルが聞き返し、穂乃果とことりは顔を見合わせる。

 

 

 

「そうです。穂乃果、パソコンありますか」

 

 

 

「あ、うん」

 

 

 

海未に言われると穂乃果は自分のパソコンを起動させる。

 

 

 

 

そして海未はスクールアイドルの動画サイトを開き、今一番人気のあるグループA-RISEの動画を見せた。

 

 

高度なダンスパフォーマンスを息一つ切らさず、終始笑顔で行っていた。

 

 

 

 

「分かりますか?この人たちは一見楽しそうに見えますけど、これには相当な体力が必要になってくるのです」

 

 

カケルはA-RISEのダンスを見て思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほどな。この長時間これだけの動きができるのは、かなりの体力があってのことで、相当ハードな練習を積み上げてきたんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果。ちょっと腕立て伏せをしてもらえますか?」

 

 

 

「えっ?う、うん」

 

 

 

突然海未に促され、穂乃果は不思議そうな顔をしながらも腕立て伏せを始めた。

 

 

 

 

「ふっ・・ふっ・・・こう?」

 

 

 

「それで笑顔を作りながらやってみてください」

 

 

 

「うん。こーう?」

 

 

 

穂乃果は言われた通り、今度は笑顔を作りながらやってみた。

 

 

 

「ふぅ・・うぅ・・うぐぐ・・・はぁ・・うぐぐ・・・」

 

 

 

しかし徐々に険しい表情になり始め、ついには崩れ落ちてしまった。

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・もうダメ・・」

 

 

 

「そういうことです。あのように歌って踊れるようになるには、まず体力をつけなければなりません」

 

 

 

海未はみんなにはっきりと説明する。

 

 

 

「そうなんだ。アイドルって大変なんだね」

 

 

ことりが感心する。

 

 

 

「そこで、そのための体力トレーニングのメニューを、現役陸上選手であるカケルに考案していただきたいのです」

 

 

 

「そういうことか」

 

 

 

海未の説明を聞き、カケルは納得した。

 

 

 

「私も、カケル君にやってもらいたい」

 

 

「ことりも。カケル君の指導受けてみたいなぁ」

 

 

「どうか引き受けていただけませんでしょうか?お願いします」

 

 

 

海未が頭を下げてお願いし、穂乃果とことりも続いて頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

確かにこれなら、俺にうってつけの役割だな。こんな風に頼りにされるのも悪くないし、何より俺は彼女たちの力になるって決めたんだ。だからもちろん・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった!その役目、引き受けるよ!」

 

 

「ありがとう!カケル君!」

 

 

「ありがとう~」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

カケルが返事を返すと、3人はそれぞれお礼を言いカケルは少し照れる。

 

 

 

 

 

「そうと決まったら、早速明日から始めるぞ。明日の朝6時に学校集合だ」

 

 

「6時!?早っ!!」

 

 

 

「体力をつけるためにはこれくらい当然だろう。それにあまり時間がないんだから、出来るときにしっかりやっておくんだ」

 

 

 

「その通りですよ穂乃果、ことり」

 

 

 

「はーい」

 

 

「うん、わかった」

 

 

 

カケルと海未に言われ、ことりと穂乃果は返事を返すが、朝練と聞いて穂乃果はげんなりした様子だった。

 

 

 

 

「では、今日はこれで解散にしましょう」

 

 

「そうだな。みんな明日は遅れないようにな」

 

 

「うん。じゃあ穂乃果ちゃん。お邪魔しました~」

 

 

「また明日ね~」

 

 

 

本日はこれで解散となり、カケル・海未・ことりは穂乃果の家を後にした。

 

 

 

 

こうしていよいよ明日から、スクールアイドル「μ’s」の最初の練習が始まるのであった。

 

 

 



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第13路 作詞と作曲者

朝の6時過ぎ、カケルたち6人は学校の校舎前で運動着姿で準備体操を行っていた。

 

 

昨日、穂乃果の家での話し合いで決めた通りカケルの指導の下で今日から体力トレーニングを行うことになった。

 

 

 

高志とムサには、カケルが昨日話し合いが終わった後に連絡した。

 

 

 

今日は木曜日。毎週木曜日は駅伝部の放課後の練習は休みで、朝練習も各自で行うことになっている。

 

 

そのため初日の今日は駅伝部3人揃ってトレーニングに付き合うことにした。

 

 

準備体操をしながら、高志とムサは海未から昨日の話し合いの内容を聞いていた。

 

 

 

「なるほど。それでカケルがトレーニング担当になったってわけか」

 

 

高志が言った。

 

 

 

「はい。とても助かります。ちなみに私は作詞を、ことりは衣装を担当することになりました。作曲の方は穂乃果が良い人材を見つけてくれたようです」

 

 

「今日これから頼みに行く所だけどね」

 

 

海未とことりが説明する。

 

 

 

「なんとか引き受けてくれるといいデスネ」

 

 

「うん。なんとかお願いしてみるよ」

 

 

ムサと穂乃果が言った。

 

 

 

「いい感じに役割分担が出来てきたけど、俺とムサは何をすればいいだろう?」

 

 

「何か他にやって欲しいことはありマスか?」

 

 

高志とムサが穂乃果たちに聞く。

 

 

 

「そうですね。駅伝部の活動もある皆さんに色々任せてしまうのは申し訳ないので、私たちの手伝いをしていただければ」

 

 

海未が少し考えてから言った。

 

 

 

「じゃあ俺は海未ちゃんの作詞を手伝うよ」

 

 

高志が言った。

 

 

 

「本当ですか!?」

 

 

「うん。海未ちゃん、弓道部の活動だってある中一人で作詞するの大変そうだからね。俺でよければ力になるよ」

 

 

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 

 

 

海未はとても嬉しそうな表情で高志にお礼を言う。

 

 

 

 

「ではワタシはことりサンのお手伝いをします」

 

 

今度はムサが言った。

 

 

「え?いいの?」

 

 

「ハイ。一人でやるより二人でやったほうがいいでしょう。それに日本の文化を勉強するいい機会かもしれマセン」

 

 

「ありがとう。頑張ろうねムサ君」

 

 

「ハイ。よろしくお願いシマス」

 

 

 

ムサとことりが笑顔で握手をし合う。

 

 

 

 

 

 

(高志もムサも、本当にお人好しだな)

 

 

みんなの様子を見てカケルは若干の笑みを浮かべながら思った。

 

 

 

 

 

やがて準備運動を終えたところで、カケルがみんなを集める。

 

 

「今日はこれから校外周辺で30分のジョギングを行う。俺が先導するから、高志とムサは3人がはぐれないように後ろについてあげてくれ。そして学校に戻ったら補強運動を行う。詳しいメニューは昨日作ってきたから、あとでみんなに渡しておこう。しばらくの間、この基礎体力トレーニングを朝と夕方にやってもらう」

 

 

カケルがみんなに説明をする。

 

 

 

「1日2回も!?」

 

 

穂乃果が驚きの声を上げる。

 

 

「当然だ。いいダンスが出来るようになるためには体力はとても重要なんだ」

 

 

「そうですよ穂乃果。やるからにはちゃんとしたライブを行います。そうしなければ生徒は集まりませんから」

 

 

「はーい」

 

 

 

カケルと海未は穂乃果を諭し、穂乃果は渋々返事をする。

 

 

 

 

 

そして6人は校門前に移動して、先頭にカケル、後ろに高志とムサ、その間に穂乃果・海未・ことりという並びで列を作った。

 

 

 

「いくぞみんな!よーい、スタート!」

 

 

カケルの合図で6人は一斉に走り出した。穂乃果たち3人でもしっかりついてこれるようなゆったりとしたペースで進む。

 

 

 

 

しばらく進んでカケルは穂乃果たちの様子を見ると、海未は弓道部で鍛えていることもありしっかりとしたフォームと足取りで進んでいた。

 

 

だが穂乃果とことりは初心者なため、フォームがばらついており早くもきつそうになっていた。

 

 

 

「穂乃果ちゃん。もう少し背筋と腰をまっすぐに伸ばして。あまり力を入れ過ぎないように」

 

 

「うん!」

 

 

「ことりサン。もっとリズム良く腕を振りまショウ。肘を横に振らないように」

 

 

「はい!」

 

 

 

高志とムサがそれぞれ声を掛けながら並走する。

 

 

 

 

 

 

やがて6人は神田明神の石段の前まで来たが、穂乃果とことりが疲れて止まってしまった。

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・ちょっとタイム・・」

 

 

「二人ともだらしないですよ」

 

 

「まぁしょうがないよ。二人ともこういう運動は始めたばかりなんだし」

 

 

二人に叱咤する海未を高志がなだめる。

 

 

「仕方ない。少し休憩するか。でも急に止まるのはよくないから少し歩くんだぞ」

 

 

カケルはみんなに指示を出す。

 

 

 

 

こりゃ思ったより大変になりそうだな、とカケルが思っていると、誰かの声が聞こえた。

 

 

 

「みんなおはよう」

 

 

 

その場にいた全員が振り向くと、巫女服を纏った生徒会副会長の東條が箒を持ちながら立っていた。髪は以前みんなが見た時のような二つ分けではなく一つにまとめて縛っていた。

 

 

 

「副会長さん」

 

 

「どうして副会長さんがここにいるんですか?それにその恰好」

 

 

ことりと穂乃果が言う。

 

 

 

 

「ウチはここでお手伝いをしとるんよ」

 

 

東條が答える。

 

 

 

「ワタシその姿知っています。巫女さんですよね。とても綺麗デスネ」

 

 

ムサは東條の巫女姿に興味津々だった。ムサはこういった日本文化に触れることが大好きなのである。

 

 

 

「ふふ、ありがとう」

 

 

東條は嬉しそうににっこりと笑いながらムサにお礼を言う。

 

 

 

ムサの言う通りよく見ると本当に綺麗だなぁ、とカケルは思わず見とれてしまった。

 

 

 

ジーーーーー

 

 

「うわぁ!ほ、穂乃果!?・・」

 

 

穂乃果にジト目で見られカケルは驚く。

 

 

 

「カケル君、今変なこと考えてなかった?」

 

 

「い、いや、考えてない考えてない」

 

 

穂乃果に詰問されカケルは必死に否定し、その様子を見ていた東條はクスクスと笑っていた。

 

 

 

「ここは神田明神ですよね。前に来たことがありますが、とても素晴らしい所デシタ」

 

 

ムサが言った。

 

 

 

「そうやろ。神社にはいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね。みんなは今度のライブに向けての特訓をしているんかな?」

 

 

 

「はい。今は駅伝部の方々の指導の下で、体力トレーニングを行っているところです」

 

 

東條に聞かれ海未が答える。

 

 

「そう。ウチも応援してるからみんな頑張ってな」

 

 

「「ありがとうございます」」

 

 

東條に励まされ6人は揃ってお礼を言う。

 

 

 

「よし、じゃあみんなそろそろ行くぞ」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

カケルの号令で6人は再び列を作り走り出していき、東條はみんなの後ろ姿を見送った。

 

 

 

そして東條は石段を登り、神田明神の前へと立った。

 

 

 

「みんなの代わりに私がお参りしてあげるね」

 

 

そう呟くと目を閉じて手を合わせ、心の中で祈った。

 

 

 

 

 

 

どうかみんなのライブが上手くいきますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わり昼休みになると、6人は1年生の教室の前に来ていた。

 

 

 

昨日の話し合いで穂乃果が言ったように、例の1年生に作曲を頼みに来た。

 

 

 

「それじゃあ行ってくるね」

 

 

「頑張ってクダサイ」

 

 

「あんまり変なこと言わないようにな」

 

 

 

穂乃果を筆頭に海未・ことりが付いていき、カケル・高志・ムサは教室の外で待つことにした。

 

 

 

「失礼します!」

 

 

穂乃果たち3人が教室に入ると、教室にいる1年生たちが3人に注目する。

 

 

その中にはジョータ・ジョージ・王子も3人揃って一緒にいた。

 

 

 

穂乃果たちは教壇の横に立ち、穂乃果が元気よく挨拶をする。

 

 

 

 

「1年生の皆さん、こんにちは!スクールアイドルの高坂穂乃果です!」

 

 

 

しかし1年生たちはキョトンとした顔をするだけで、これといった反応が返ってこなかった。

 

 

 

 

「あ、あれ・・・浸透してない?」

 

 

「当たり前です」

 

 

穂乃果が呟くと海未がツッコむ。

 

 

 

「穂乃果ちゃんが言っていた、歌とピアノが上手な人って誰?」

 

 

ことりが訊ねるとちょうど教室のドアが開き、穂乃果が以前音楽室で会った赤髪の女の子が入ってきた。

 

 

 

「いたいた!あなた、ちょっといい?」

 

 

「ヴエェ!?わ、私?」

 

 

 

穂乃果は彼女を見つけると近づいて声を掛け、彼女は少し驚いていた。

 

 

 

「実はあなたにお話があるの。ちょっと来てくれる?」

 

 

そういって穂乃果は彼女を教室の外へと連れ出した。

 

 

 

「失礼しました」

 

 

海未は挨拶をするとことりと共に穂乃果を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だったんだろうね?」

 

 

「さあ」

 

 

教室を後にする3人を見てジョータとジョージは顔を見合わせた。

 

 

 

「ね、ねえ、今、スクールアイドルって言ってなかった?」

 

 

一緒にいる王子がソワソワした様子で訊ねた。

 

 

 

「ん?ああ確かそう言ってたと思うけど、どうかしたの?」

 

 

ジョージが聞く。すると王子は目を輝かせながら言った。

 

 

 

「もしかして、うちの学校でもやってくれるのかな!?」

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6人は赤髪の子を屋上へと連れていき、スクールアイドル「μ’s」の作曲をしてもらえないか頼んでみた。しかし・・・

 

 

 

「お断りします」

 

 

「お願い!あなたに作曲してもらいたいの!」

 

 

「お断りします!!」

 

 

 

穂乃果がどう頼んでも、「断る」の一点張りだった。

 

 

 

 

でも確かに、いきなり頼まれても「はい」とは言えないよな、と思いながらカケルは様子を見ていた。

 

 

 

 

「もしかして、歌うだけで作曲とかは出来ないの?」

 

 

「で、出来ないわけないでしょ!ただ、やりたくないんですそんなもの」

 

 

穂乃果の問いに、彼女は少しムキになって言う。

 

 

 

「ワタシたちはこの学校の廃校を阻止したいんデス」

 

 

ムサが言う。

 

 

 

「そうだよ!この学校に生徒を集めるためなんだよ!その歌で生徒が集まれば・・」

 

 

「興味ないです!」

 

 

彼女はそういうとさっさと屋上から出て行ってしまった。

 

 

 

「お断りしますって、海未ちゃんみたい・・・」

 

 

「あれが普通の反応です」

 

 

 

「困ったね。ライブまであとちょうど2週間。早く作曲者を見つけて曲を作らないと、ダンスの振り付けも決められないよ」

 

 

高志が言った。

 

 

 

「そうだね。しょうがないから今度のライブの曲は他のスクールアイドルのものを使うしか・・・」

 

 

ことりが提案する。

 

 

 

「いや、やっぱり私、あの子に作曲してもらいたい。もう一度頼んでみるよ」

 

 

穂乃果はやはり自分の意思を曲げようとしなかった。

 

 

 

「でも、一体どう説得するのですか?」

 

 

海未が訊ねる。

 

 

 

「海未ちゃんさ、今、作詞どのくらいまで進んでる?」

 

 

「まだ半分も進んでませんよ」

 

 

「じゃあまず歌詞を作ろう。それを彼女に見せれば考えがかわってくれるかもしれないし」

 

 

 

 

 

「なるほど。じゃあ今日の放課後、俺と海未ちゃんで明日までに歌詞を完成させてくるよ」

 

 

高志が言った。

 

 

「えっ?でもトレーニングは?」

 

 

「ごめんカケル。でも、もうあまり時間がないから早く手を打たないと」

 

 

「そうですね。二人で頑張りましょう」

 

 

 

 

すると穂乃果が口を開く。

 

 

「あのさ。だったらみんなで作らない?」

 

 

全員が一斉に穂乃果の方へ振り向く。

 

 

 

「だってみんなでやったほうが早くできるでしょう。それに、最初のライブだから、駅伝部の3人も含めて全員で作りたいと思うの。ダメかな?」

 

 

穂乃果はみんなに自分の考えを述べた。

 

 

 

「私はいいと思うよ」

 

 

「ワタシもです」

 

 

ことりとムサが賛成する。

 

 

 

「そうだね。記念すべきファーストライブだもんね」

 

 

「あなたらしいですね穂乃果」

 

 

高志と海未も賛成の意を表明する。

 

 

 

「しょうがねえな。とことん手伝ってやるよ」

 

 

最後にカケルが言った。

 

 

 

「ありがとうみんな!じゃあ放課後、穂乃果の家に集合ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後になり、6人は和菓子店「穂むら」の前に来た。

 

 

 

「へぇ~、穂乃果ちゃんの家って和菓子屋さんなんだ」

 

 

高志が言った。

 

 

 

「そうだよ。で、あれがカケル君が住んでるアパートだよ」

 

 

穂乃果が指さしながら答える。

 

 

 

「へぇ~あれが」

 

 

ことりがそのアパートを見ながら言う。

 

 

 

「ああそうさ。でも俺の家にあがるのはもう少し待ってくれ。色々準備があるから」

 

 

「別にそんなに気を使わなくても大丈夫だけど、わかった、待つよ」

 

 

カケルが答えると高志が言った。

 

 

 

 

カケルの部屋は常に整頓されているのだが、奥の部屋が木製の固い床でカーペットも座布団もなく自分用の座椅子しかないのだ。

 

 

先日穂乃果が来たように人一人上げるのならまだしも、この人数を上げるにはさすがに準備不足だった。

 

 

なるべく早くカーペットと座布団をいっぱい買ってこよう、とカケルは思った。

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 

「「「お邪魔しま~す」」」

 

 

6人は順番に正面入り口から中へと入っていった。

 

 

 

「おかえり~。あら、みなさんいらっしゃい」

 

 

奥の方から瑞穂が出迎えてくれた。

 

 

 

「高志君とムサ君は初めてだよね。私のお母さんです」

 

 

穂乃果が瑞穂を紹介する。

 

 

 

 

「初めまして。穂乃果さんのクラスメイトの杉山高志です」

 

 

高志が自己紹介をする。

 

 

 

「よろしくお願いします。あら、外人さんもいるのね」

 

 

瑞穂はムサの存在に気付く。

 

 

 

「初めまして。ケニアから来ましたムサ・カマラと申します。よろしくお願いシマス」

 

 

ムサがお辞儀をしながら丁寧に挨拶をする。

 

 

 

「まあ、日本語上手ね~。それにとっても礼儀正しいわ」

 

 

「ありがとうゴザイマス」

 

 

瑞穂に褒められムサは照れながらお礼を言う。

 

 

 

「どうぞみんな上がっていって。ゆっくりしていってね」

 

 

瑞穂がみんなに声をかけると、穂乃果たちは階段を上がって穂乃果の部屋に行こうとするが、ムサは穂むらの商品売り場が気になるようだった。

 

 

 

「これみんな和菓子なんデスよね。ワタシ、日本の和菓子好きデス」

 

 

ムサはワクワクした様子で商品を眺めていた。

 

 

 

「ふふ、ムサったら日本文化の事になると目の色が変わるんだよね」

 

 

「まだまだ彼にとっては新鮮な事だらけなんでしょうね」

 

 

高志と海未がムサの様子を微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 

「じゃあムサ君。よかったら厨房の中覗いてみない。お父さんの和菓子作り見せてあげるわ」

 

 

瑞穂が言った。

 

 

「本当デスか?」

 

 

「ええ。もっと日本の文化を体験してってちょうだい」

 

 

「よろしくお願いシマス」

 

 

 

 

「じゃあムサ君。先に部屋行ってるから後で来てね~」

 

 

「ハイ」

 

 

穂乃果が言うとムサは手を上げて答える。そして瑞穂に連れられ厨房へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

ムサを除いた5人は部屋に入ると、早速作詞作業に取り掛かった。

 

 

 

「最初の曲ですから、何か希望が湧くような感じにしたいですよね」

 

 

「いかにも始まりの曲って感じも出したいね」

 

 

「空を飛ぶ感じもつけたいかな」

 

 

「未来へ向かって進む的なのもいいんじゃ」

 

 

「それでもって、テンポよく聴ける感じにしないとね」

 

 

 

 

5人はそれぞれ意見を出し合いながら作詞を進めていった。

 

 

しばらくしてムサが瑞穂に案内され、小皿に積まれた名物饅頭ほむまんを抱えながら満足げな表情で部屋に入ってきた。

 

 

 

6人が揃い、その後も作詞作業はしばらく続いた。

 

 

 

そして3時間の話し合いの末、ようやく歌詞が完成したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、放課後になると穂乃果は昨日みんなで作った歌詞が書かれた紙を持って1年生の教室へ向かおうとした。

 

 

 

「じゃあ行ってくるね」

 

 

穂乃果が教室を出ようとするとカケルが呼び止めた。

 

 

「待ってくれ穂乃果。俺も行くよ」

 

 

「カケル君」

 

 

「俺もなんとか彼女に作曲してもらいたいから、俺も一緒にお願いするよ」

 

 

「でしたら、ワタシも行きマス」

 

 

ムサも申し出た。

 

 

 

「ありがとうカケル君、ムサ君」

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします穂乃果」

 

 

「みんな頑張れ~」

 

 

「部活あるんだから遅れないようにね」

 

 

海未・ことり・高志がそれぞれ声を掛ける。

 

 

 

穂乃果・カケル・ムサは揃って1年生の教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし教室に来たら、あの赤髪の子はすでにいなかった。

 

 

そこでムサが近くにいた2人の女子生徒に聞いてみることにした。

 

 

 

「スミマセン。ちょっといいデスか?」

 

 

ムサが声を掛けると、オレンジのショートヘアの子が驚きの声を上げた。

 

 

 

 

「わっ!外国人だにゃ」

 

 

その子は語尾に「にゃ」をつける特徴的な喋り方をしていた。

 

 

 

「恐がらなくても大丈夫デスヨ」

 

 

ムサが優しくフォローする。

 

 

 

「ねえねえ、このクラスの赤い髪の子知らない?」

 

 

今度は穂乃果が訊ねる。

 

 

 

「西木野さんですよね?歌の上手い」

 

 

もう一人の眼鏡をかけた子が言う。

 

 

 

「西木野さんは休み時間はいつも図書室で、放課後は音楽室にいますよ」

 

 

ショートヘアの子が説明する。

 

 

 

「そうなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

彼女、いつも一人でいるのか。ちょっと昔の俺みたいだな、とカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人ともありがとう。行こう」

 

 

穂乃果は二人にお礼を言い、カケルとムサに声を掛け音楽室へ向かおうとした。

 

 

 

「ありがとうゴザイマス」

 

 

ムサも声を掛け、カケルと共に穂乃果の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの・・・」

 

 

すると眼鏡の子が呼び止めたので3人は振り返る。

 

 

 

「が、頑張ってください。アイドル」

 

 

「・・うん!頑張るよ!」

 

 

 

眼鏡の子の激励に穂乃果は親指を立てて答えると、再び音楽室へと向かっていった。

 

 

 

「穂乃果サーン、待ってクダサーイ」

 

 

ムサが慌てて後を追う。

 

 

 

「応援してくれてありがとう」

 

 

「い、いえ」

 

 

 

カケルはお礼を言うと、急いで穂乃果を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人は音楽室の近くに来た。するとピアノの音色と歌声が聞こえてきた。

 

 

ドアの窓から覗くと、案の定西木野がピアノを弾きながら歌っていた。

 

 

 

 

本当に綺麗な声だなぁ~、と思いながらカケルは穂乃果とムサと一緒に歌を聞き入っていた。

 

 

 

歌い終わると、穂乃果は拍手をし出した。

 

 

 

「ヴエエェ!?」

 

 

西木野は3人に気付き驚きの声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の用ですか?」

 

 

西木野はピアノの椅子に座りながら前に立つ3人に用件を聞く。

 

 

 

 

「やっぱりもう一度お願いしようと思って」

 

 

穂乃果が答える。

 

 

「しつこいですね」

 

 

 

 

「西木野さんだよね。俺たち、どうしても君に作曲してもらいたいんだ。なんとか力になってくれないか?」

 

 

カケルが頼み込む。

 

 

 

 

「私、そういうアイドルの曲とか興味ありません!聞くとしたら、クラシックとジャズとか・・・」

 

 

 

「それはどうして?」

 

 

穂乃果が聞く。

 

 

 

「軽いからよ。なんか薄っぺらくて、ただ遊んでるようにしか見えないの」

 

 

 

 

 

 

「それは、アイドルのことをよく見た上でそう思うのデスか?」

 

 

ムサが口を開く。

 

 

 

「いや、それは・・・」

 

 

ムサの問いに西木野は口をつぐむ。

 

 

 

 

「物事をよく知らずに勝手に判断するのはよくありマセン。そういう勝手な価値観や偏見によって、人種差別や部族間の抗争といった大きな事態だって世界では起きているんデス・・・」

 

 

ムサは深刻な表情で語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、ムサのような黒人はかつて一部の人間の勝手な価値観によってひどい差別を受けていた時代があったし、ケニアには様々な部族の人間がいて他の部族との紛争が起きていることも知っている。

 

 

きっとムサも、幼い頃からそういう現状を目の当たりにしてきたんだろう。

 

 

それに、異国人であるムサは日本に来た時は、歓迎してくれる人もいれば、さっきの女子生徒のように警戒する人だっている。

 

 

そういう辛さを誰よりもよく知っているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですよね、ごめんなさい・・・」

 

 

カケルが思っていると、西木野はムサの言葉の重みを感じたようで素直に謝った。

 

 

 

 

 

「分かっていただければいいデス」

 

 

ムサは優しく微笑んだ。

 

 

 

 

「ちょっとワタシも弾いてみていいデスか?」

 

 

「え?はい、どうぞ」

 

 

ムサが言うと西木野は椅子を譲った。

 

 

 

 

「ムサ君、ピアノ弾けるの?」

 

 

穂乃果が聞く。

 

 

 

「ハイ。子供の頃に習いマシタ」

 

 

 

そう言うとムサはピアノを弾き始めた。

 

 

「~~~♪~~~♪~~~♪」

 

 

そして母国語で歌を歌い始めた。

 

 

 

 

 

カケルも穂乃果も西木野も、その歌に魅了されていた。

 

 

先程の西木野の歌にも負けないくらい、とても優しく綺麗な音色と歌声だった。

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ~~」

 

 

歌い終えるとムサは一息ついた。

 

 

聞いていた3人は拍手を送った。

 

 

 

 

「ムサ君すごいよ~」

 

 

「うん。なんか聞いててすごい感動した」

 

 

穂乃果とカケルが称賛する。

 

 

 

 

「とても上手ですね」

 

 

西木野も拍手をしながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

「ありがとうゴザイマス。歌というのは、聞いている人を幸せな気持ちにさせるものであり、自分自身も幸せな気持ちになれるものデス」

 

 

「そうだよね!私たちも、見てくれている人を幸せな気持ちにさせるライブがしたいよ!」

 

 

ムサの言葉に穂乃果が同意する。

 

 

 

 

「西木野さんの歌も、とても素晴らしかったデス」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

ムサに褒められ西木野は少し照れながら言う。

 

 

 

 

「でも・・」

 

 

「?」

 

 

「西木野さんの歌は、どこかさみしそうにも聞こえました」

 

 

「!?」

 

 

「歌や演奏は、その人の心が映し出されてしまうものでもあるのデス」

 

 

「・・・」

 

 

 

ムサの言葉を聞き西木野は黙り込んでしまう。

 

 

 

「スミマセン。変なことを言ってしまって」

 

 

その様子を見たムサが慌てて謝った。

 

 

 

 

「はいこれ」

 

 

すると穂乃果は西木野に紙を差し出した。

 

 

 

「何ですかこれは?」

 

 

「私たちみんなで作った歌詞だよ。一度読んでみてよ」

 

 

「答えが変わることはないと思いますけど」

 

 

「それでもダメだったら諦める。でも私、西木野さんの歌大好きだよ。また聞かせてほしいな」

 

 

 

 

「俺からもお願いだ。みんな本気なんだよ。どうか一度やってみてくれ。お願いだ」

 

 

「お願いシマス」

 

 

 

カケルもムサも頭を下げて懇願した。

 

 

 

西木野は考え込むように俯くが、返事は返ってこなかった。

 

 

 

 

「私たち、毎日朝と夕方にトレーニングをしているの。今日はこの後神田明神でやるから、よかったら今度遊びに来てよ。それじゃあまたね」

 

 

「さようなら西木野サン」

 

 

 

3人は揃って音楽室を後にし、西木野はその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西木野は一人で帰り道を歩いていた。

 

 

しかし頭の中に先程みんなから言われた言葉が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

『どうしても君に作曲してもらいたいんだ』

 

 

『西木野さんの歌大好きだよ』

 

 

『西木野サンの歌は、どこかさみしそうにも聞こえました』

 

 

 

 

 

 

 

なんなのよあの人たち。勝手な事ばかり言っちゃって。意味わかんない!

 

 

 

 

 

 

西木野はそう思いながらも、進路を変え神田明神の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神田明神に着くと、穂乃果・海未・ことりが石段でトレーニングを行っていた。

 

 

西木野は物陰から様子を窺った。

 

 

 

 

 

 

「もうダメ~」

 

 

「足が動かな~い」

 

 

「ダメです!あともう2往復です!」

 

 

「む~、海未ちゃんの鬼~」

 

 

 

 

 

西木野はそんな3人のやりとりを眺めていた。しかしそのため、背後から人影が近づいていたことに気付かなかった。

 

 

突然その人影は西木野の胸を鷲掴みにした。

 

 

 

 

「キャッ!!な、何すんのよ!!」

 

 

悲鳴を上げながら振り向くと、その正体は巫女服を着た東條だった。

 

 

 

 

「まだまだ発展途上といったところやの。でも、望みは捨てなくても大丈夫や。まだ大きくなる可能性はある」

 

 

東條が西木野に語りだす。

 

 

 

「何の話よ?」

 

 

「恥ずかしいんなら、こっそりという手もあると思うんや」

 

 

「ウェ!?だから何?」

 

 

「わかるやろ」

 

 

 

東條はそう言うとその場を後にし、石段を上がっていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、ほんっとにイミワカンナイ!!

 

 

 

 

 

 




今回はかなり長くなってしまいました。なかなか区切るに区切れなくてすいませんm(__)m

さて次回は完全に駅伝部メインのストーリーになります。そしてついにカケルのライバルが登場します。お楽しみに!


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第14路 記録会と再会(前編)

今回は色々細かい説明が多いので、読むのが大変だと思いますがご了承ください。



今日は土曜日。学校は休みのため、駅伝部は朝の9時から学校のトラックで練習を行っている。

 

 

 

春から夏にかけては、中学生は全日中、高校生はインターハイ、大学生は関東インカレや日本選手権などといったトラックレースの季節である。

 

 

他にも、大学主催の記録会やあらゆる地方で行われる陸上競技会などが頻繁に開催されている。

 

 

 

 

駅伝部は明日、東京体育大学主催の記録会の5000mに出場する。

 

 

記録会のことを聞いてから部員たちは、目先の目標に向けて俄然やる気になっており、積極的に練習メニューをこなしていた。

 

 

 

今日は、明日が記録会ということもあり40分程のジョグと1500mを1本といった軽めのメニューで終わった。

 

 

 

練習が終わるとハイジがみんなを集める。

 

 

 

 

 

「明日はいよいよ今年度最初の東体大記録会となる。今月末からはインターハイ予選も始まるから、それに向けて自分たちの力を見極めるのが目的だ。1年生は初めてのレースになるから、まずは陸上の試合に慣れることから始めよう。春から夏にかけてはインターハイ予選に出場しないかわりに、どんどん記録会に出場させる予定だから、少しずつレースに慣れて確実にタイムを縮めていければいい。だが、王子はまだ記録会に出るレベルには至ってないから、申し訳ないが明日はサポートに回ってくれ」

 

 

 

「わかりました」

 

 

ハイジが申し訳なさそうに王子に伝える。

 

 

そして、部員一人一人にプリントを配った。それには春から夏にかけて行われるインターハイ路線の大会や出場予定の記録会の日程が書かれていた。部員たちは全員目を通す。

 

 

内容は以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

4月15・16日・・・東京体育大学記録会

 

 

4月29・30日・・・高校インターハイ予選(支部予選) 東京体育大学記録会

 

 

5月13・14日・・・高校インターハイ予選(都大会) 東京体育大学記録会

 

 

5月20・21日・・・高校インターハイ予選(都大会)

 

 

6月4日・・・世田谷競技会

 

 

6月16・17・18・19日・・・高校インターハイ予選(南関東大会)

 

 

6月24・25日・・・東京体育大学記録会

 

 

7月15・16日・・・国武館大学記録会

 

 

7月29日~8月2日・・・高校インターハイ 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?でも予選と記録会がかぶってる日がありますけど、どうするんですか?」

 

 

プリントに目を通し終えたジョータがハイジに聞く。

 

 

 

「その日はインターハイ組と記録会組に分かれてそれぞれの試合に行ってもらう。記録会組というのは1年生3人とカケルのことだ」

 

 

ハイジが説明する。

 

 

 

「え?カケルさんはインターハイ出ないんですか?」

 

 

今度はジョージだ。

 

 

 

「カケルは転校生だからな。転校生は転校初日から半年間は高校体育連盟主催の大会、これでいうインターハイ路線のような大会には出場ができないという決まりがあるんだ」

 

 

ユキが説明する。

 

 

「だからカケルはその日は1年生と記録会の方に出場してくれ」

 

 

「わかりました」

 

 

ハイジに言われカケルは返事を返す。

 

 

 

カケルはインターハイ予選に出られないことに関しては、前から承知していたので特に問題はなかった。それに、前の学校で例の事件を起こしているので、インターハイのような注目される大会に出るのはためらいがあったので、かえってちょうどよいと思った。

 

 

 

 

「それじゃあ明日は、朝6時に秋葉原駅に集合だ。遅れないように。各自、明日に向けてしっかり体を休めるように。以上!」

 

 

 

「「「お疲れ様でした!!」」」

 

 

 

挨拶を終えると、部員たちは各々運動場を後にした。

 

 

 

 

「いよいよ明日か」

 

 

「ワクワクしますね」

 

 

「カッコいいところ見せてやるぞ!」

 

 

 

明日の記録会に向けて意気込んでいる部員たちを見つめながらカケルは茫然と立ち尽くしていた。

 

 

カケルは再び明日の記録会に関して不安な気持ちを抱えていた。

 

 

 

 

 

脳裏にはかつてのチームメイトの顔が浮かんだ。一足早く梅雨の時期に入ったかのように憂鬱な気分になった。

 

 

記録会に出たらきっとまた、みんなと顔を合わせることになる。その時みんなはなんて言うか。今の俺はみんなに勝てるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

するとハイジがカケルの横に立った。カケルは少し待ったがハイジは無言のままなので、自分から切り出した。

 

 

 

「きっといやな思いをしますよ。いろいろ言われて」

 

 

「なぜだ?」

 

 

ハイジは穏やかな口調で聞いた。

 

 

 

「だってハイジさんは知ってるんでしょう。俺の過去の評判を・・・」

 

 

「カケル」

 

 

ハイジはカケルの言葉を遮って言う。

 

 

 

「いいか?過去や評判なんて関係ない。今の君自身が走ればいいだけだ。もっと強くなれ」

 

 

そういってハイジはカケルの肩をポンポンと叩きながらその場を後にした。

 

 

 

 

「強く・・・」

 

 

カケルはハイジの後ろ姿を見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは学校から帰る途中、雑貨屋により座布団をいくつかと奥の部屋に敷くためのカーペットを買った。

 

 

みんなが家に訪ねてきた時のために、早めに買っておくことにした。

 

 

少し量が多くかさばるため、少しよろめきながらもカケルは帰路につく。

 

 

 

 

 

 

家に戻ると、早速部屋にカーペットを敷いた。

 

 

固い床の上に柔らかいカーペットを敷くことでだいぶ過ごしやすくなったとカケルは思った。

 

 

 

 

その後は座椅子に座り座卓の上で勉強を行った。

 

 

カケルは、やることがなくて暇な時はだいたい勉強をしている。

 

 

学生の本分は勉強であり、ある程度の成績を修めないと試合に出場できなくなりかねない。

 

 

それに、こういった姿勢こそ競技力向上に必要だと思っている。

 

 

だからカケルは学校の授業も眠らずにしっかり受けていた。

 

 

 

 

やがて夕方になり、勉強を終えて一息ついたその時

 

 

 

 

 

ピンポーーーン

 

 

 

 

玄関のチャイムがなった。

 

 

 

 

カケルは立ち上がり玄関へと向かい、ドアを開けると穂乃果がにこにこしながら立っていた。

 

 

 

「やっほーカケル君。また来ちゃった~」

 

 

 

 

カケルは穂乃果を中へと招き入れ、奥の部屋へ案内した。

 

 

穂乃果は先程模様替えをした部屋にびっくりする。

 

 

 

「カケル君。部屋変わったね~」

 

 

「床にカーペットを敷いただけだろ」

 

 

驚く穂乃果にカケルがツッコむ。

 

 

 

「これなら安心してくつろげるよ~」

 

 

そういって穂乃果はカーペットの上に寝っ転がりゴロゴロし始めた。

 

 

 

「おいおい。いきなり人の部屋でゴロゴロするやつがあるか」

 

 

「だってこのカーペット気持ちいいんだも~ん」

 

 

 

穂乃果は起き上がると、座卓の上に積まれた問題集の山を見つけた。

 

 

 

「カケル君、さっきまで勉強してたの?」

 

 

「ん?ああそうだが」

 

 

 

「カケル君って本当に真面目だよね。カケル君だけじゃなくて、高志君もムサ君も駅伝部の練習であんなに走りながら勉強もして、そんな中私たちの手伝いまでやってもらっちゃって・・・海未ちゃんが言ってたよ。もっと駅伝部のみなさんを見習いましょうって」

 

 

 

「そ、そうか・・・///」

 

 

 

カケルはそう言われて少し照れくさくなった。

 

 

以前海未にも言われたが、別に意識しているわけじゃないのに俺たちってそんな風に見られてたんだなと、少し意外な感じがした。

 

 

ただ自分としては当たり前のことをやっているつもりだった。

 

 

 

陸上とは縁のない人から見ると、長い距離を走るというのはとてつもなくすごいことのように見えるのかもしれない。ほとんどの人がすごいと思っていることを俺たちは毎日必死になって追求している。

 

 

そう考えるとカケルは少し愉快な気持ちにもなった。

 

 

 

 

「それより穂乃果。μ’sの方はどうなってる?」

 

 

カケルは穂乃果に聞いた。

 

 

「うん。今日はカケル君が考えてくれたトレーニングに加えて、基本的なダンスの振り付けを考え合ったんだ」

 

 

「そうか。でも、本格的な振り付けは曲が出来なきゃ考えられないよな。西木野さんがいい曲作ってくれるといいけど」

 

 

「そうだね。今度学校でまた会ってみる」

 

 

 

カケルと穂乃果は昨日の西木野のことを考えた。無理言ってお願いしたけど、今は彼女の曲に賭けるしかないと思った。

 

 

 

 

「その前に明日は日曜日。あ~明日は一日中お店手伝う約束してるんだった~」

 

 

穂乃果は憂鬱そうに言う。

 

 

「お前も大変だな」

 

 

「うん・・・あ、そうだ!カケル君も手伝ってくれる?この際人手が多い方がいいし」

 

 

穂乃果は期待の眼差しでカケルに頼み込む。

 

 

「いや、明日は無理だよ。試合あるから」

 

 

「ええっ!?試合あるの!?」

 

 

「うん。東京体育大学で行われる記録会にね」

 

 

 

「そっか~・・・じゃあ応援いけないね。カケル君の試合での走り、見たかったなぁ~」

 

 

穂乃果は応援に行けないことでシュンと落ち込んでしまった。

 

 

しかしすぐに立ち直り、今度は笑顔を向けて言った。

 

 

「でも今度は絶対応援に行くから、予定教えてね。明日はファイトだよ!」

 

 

穂乃果の言葉は、まるでカケルに力を与えてくれるようだった。

 

 

先程までカケルの中にあった怖れと怯えを吹き飛ばすように。

 

 

 

「おう!頑張ってくるよ!」

 

 

カケルも力強く返事を返した。

 

 

 

記録会に出ることへの恐怖やためらいは薄らいでいった。逆にどれだけ自分が走れるのか楽しみにもなってきた。

 

 

何より、こんなに精一杯応援してくれる穂乃果のためにも頑張ろうと思った。

 

 

 

 

「よし!じゃあ夕飯の準備をするか。よかったら穂乃果、また食ってくか?」

 

 

「いいの!?やったー!またカケル君のお料理食べられるよー!」

 

 

 

穂乃果は嬉しくなりピョンピョン飛び跳ねながら喜んでいた。

 

 

 

おいおい喜びすぎだろ、と思いクスクス笑いながらカケルは準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の献立は、ごはん・ポークソテー・レタスとトマトのサラダ・なめこの味噌汁、そして今日もひじきの煮物をつけた。

 

 

ひじきは鉄分・食物繊維が豊富で、色んなアスリートが好んで食べているものの一つなのである。

 

 

ポークソテーはあらかじめ肉を細かく切ってデミグラスソースをかけておく。穂乃果には特別に肉を少し多めにしておいた。

 

 

 

「うわぁ~今日も美味しそう~」

 

 

座卓に並べられた料理を見て穂乃果は目を輝かせていた。

 

 

 

「あと、デザートにいちごも用意しておいたから」

 

 

「やった~嬉しい~!穂乃果いちご大好き!」

 

 

 

ドキッ///

 

 

 

「いただきまーす」

 

 

二人は向かい合うように座って食べ始めた。

 

 

穂乃果はとても笑顔で美味しそうに食べている。

 

 

 

「う~ん美味しい~」

 

 

 

ドキッ ドキッ/////

 

 

 

カケルはその様子を見て心臓の鼓動が早くなるのを感じた。まただ、と思いながら。

 

 

 

(本当にこいつのこういうとこ、かわいいよな///)

 

 

 

 

 

食事が終わると、しばらく二人でゲームで対戦した後穂乃果を家に帰し、明日の試合に向け早めの眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4月16日 午前7時】

 

 

 

音ノ木坂学院男子駅伝部一同は、東京体育大学に到着した。

 

 

東京体育大学は世田谷区深沢にあり東急田園都市線の桜新町駅から徒歩10分のところにある。

 

 

広々とした敷地内には整備の行き届いた立派な400mトラックがあった。

 

 

他にも、他競技のグラウンドや体育館らしき建物が見えるだけでも3つはあり、まさに体育大学らしくスポーツ設備が充実した環境だった。

 

 

カケルや2・3年生は何度か来ているが、初めてきた1年生、特に双子が「やっぱ大学ってすげえなあ」と感心しきりだった。

 

 

 

 

一同は持ってきたシートを敷き自分たちの陣地を作り、その上に荷物を置いた。

 

 

ハイジは双子に、試合時間が近いからユニフォームに着替えるよう指示を出した。

 

 

 

双子は事前に渡されていたランシャツランパンのユニフォームに着替え終えた。

 

 

 

「うぉ~かっこいい」

 

 

「なんかスースーするね」

 

 

 

二人ともランシャツランパンは初めてだったようで、感心したり若干戸惑ったりした。

 

 

音ノ木坂学院のユニフォームは、上下が茄子紺色で胸部には桜色の文字で「音ノ木坂学院」と書かれていた。

 

 

 

「開会式とかってないんですか?」

 

 

 

「記録会は運動会ってわけじゃないから、自分をベストの状態にもっていけるように、自分が出場する時間に合わせて行動すればいいんだよ」

 

 

ジョータが質問すると高志が説明する。

 

 

 

「みんな。今日の記録会のタイムテーブルを伝える」

 

 

ハイジはプログラムを見ながらみんなに声を掛ける。

 

 

メンバーのタイムテーブルは以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョータ・ジョージ・・・1組目(8時30分スタート)

 

 

平田・・・8組目(11時10分スタート)

 

 

高志・ユキ・・・11組目(12時10分スタート)

 

 

ムサ・・・14組目(13時10分スタート)

 

 

カケル・ハイジ・・・25組目(16時50分スタート)

 

 

 

 

 

 

 

大学主催の記録会は通常土日の2日工程で行われ、1日目は800m・1500m・10000m、2日目は5000mのみという競技日程である。

 

 

東体大記録会では5000mだけでも8時30分から18時30分までに30組のレースが行われる。

 

 

 

 

「カケルさんとハイジさん、ずいぶん時間が離れてますね」

 

 

ジョージが言った。

 

 

「記録を出すための大会だから、選手のレベルごとに組が分けられているんだ。有力選手の組は、良い記録が出るように気温などの条件が良い夕方などの時間帯に組まれるんだ」

 

 

「えっ?じゃあ俺たちは一番条件の悪い遅い組ってわけですか?」

 

 

ハイジの説明を聞きジョージが憤慨する。

 

 

 

「公式記録ないんだから当然だろ」

 

 

カケルの説明で双子は、そうか、と納得したようだった。

 

 

 

「ってことは、勝って記録作ってもっと上の組へ進めばいいんですね」

 

 

「よっしゃー勝つぜー」

 

 

双子は更に試合に向け張り切りだした。

 

 

 

「別にランキングを争うものではないんだが・・・」

 

 

「いいじゃないデスか。二人ともやる気なのですから」

 

 

「初めての試合だってのに、緊張を知らんようだな」

 

 

双子の様子を見てハイジ・ムサ・平田が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ第1組目のスタート時間が近づいてきたため、双子はスタートラインより後ろのトラックの直線をウォームアップのために走っていた。

 

 

やがて係員に呼ばれ他の選手と共にスタートラインに立つ。

 

 

 

「よっしゃ、いっぱい抜いてやろうぜ」

 

 

「狙うは一等賞でしょ」

 

 

ジョータ・ジョージが意気込む。

 

 

他の部員はスタート付近のコースの外側で見守っている。

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

係員の掛け声で選手はスタートの構えをする。

 

 

 

 

 

パーーーーーーン

 

 

 

 

スタートの号砲が鳴り各選手が一斉に飛び出した。

 

 

 

一番遅い組とはいえ双子は揃って積極的に先頭集団の中にいた。

 

 

 

 

まず最初の1周を通過しようとした。

 

 

 

 

 

「76、77、78、79! 79秒! 二人ともそのまま付いていけ!」

 

 

ハイジがタイムを計測しながら双子に声を掛ける。

 

 

 

ジョータは他の選手が時計を見ながら走っているのを見て思った。

 

 

 

(ああやって、常にペースを確認しながら走ってるのか。けっこう考える競技なんだな)

 

 

二人はまだ時計を買っていなかったので、ジョータは早めに買っておかなきゃ、と思った。

 

 

 

 

 

やがて最後の1周に差し掛かり、それを知らせるベルの音が鳴り響いた。

 

 

双子はしっかり先頭争いに残っていた。

 

 

そしてジョータが力を振り絞りスパートをかけた。

 

 

それに負けじとジョージも付いてくる。

 

 

先頭は完全に双子の争いになった。

 

 

 

 

「いいぞジョータ、ジョージ!そのまま逃げ切れ!」

 

 

ハイジが檄を飛ばし、他の部員も声を掛ける。

 

 

「ジョータ!ラストファイトー!」

 

 

「ジョージ負けるなーファイトー!」

 

 

 

そして二人はそのままフィニッシュした。

 

 

二人のタイムは以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

ジョータ:17分04秒

 

 

ジョージ:17分05秒

 

 

 

 

二人は初めてのレースながら組のワンツーを飾り、しかも陸上歴はまだ1週間ちょっとだというのに17分切り目前のタイムで走り切るという強心臓ぶりを見せた。

 

 

 

 

 

 

「二人ともよくやった!」

 

 

「お疲れさま」

 

 

「やるじゃねえか」

 

 

 

部員たちは口々に双子を労い、双子はハイタッチを交わし喜んでいた。

 

 

 

カケルも二人の潜在能力の高さに驚いた。鍛えようによっては、行く行くは全国レベルの選手にだってなれるかもしれないな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

次の試合まではまだ時間があるため、部員たちは一度自分たちの陣地へと戻った。

 

 

カケルは途中でトイレに寄ってから陣地へと戻るところだった。

 

 

そして周りをキョロキョロ見渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ来る頃かな?やっぱりまだあいつらには会いたくねえな・・・

 

 

ハイジさん以外のみんなは俺の過去を知らないからな・・・

 

 

とにかく目立たないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

「蔵原!!」

 

 

 

 

誰かのカケルを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

カケルはその方向へ振り向くと、上下スカイブルーのウィンドブレーカーを着た人物が立っていた。

 

 

そしてキッと睨みながらカケルのもとへゆっくりと近づいてきた。

 

 

カケルにとって、今最も会いたくない人物だった。

 

 

 

彼はかつてカケルが所属していた、千葉県の駅伝強豪校である船橋第一高校駅伝部の同級生

 

 

 

 

榊 浩介 だった。

 

 

 

 

 

 

「何でお前がここにいるんだ!?蔵原!!」

 

 

 

 

 

 



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第15路 記録会と再会(中編)

 

 

 

カケルは遂にかつてのチームメイトと再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 

くそ・・・早速一番会いたくない奴が来た・・・船橋第一高校時代の同期

 

 

 

 

榊 浩介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榊はカケルより背が小さく上下スカイブルーのウィンドブレーカーを着ており、スポーツ刈りといった容姿である。

 

 

 

彼は憎々しげに睨みながらカケルの目の前に立っている。

 

 

 

 

「何でお前がここにいるんだ!?蔵原!!」

 

 

「・・・し、試合出るから」

 

 

榊に問い詰められカケルは答える。

 

 

 

 

「そういうことじゃねえ!お前、陸上やめたんじゃなかったのか!?」

 

 

「それしかできることないから・・・」

 

 

 

カケルが答えると榊のこめかみに血管が浮いた。

 

 

 

「あれだけ迷惑かけといて、どの面下げてここに来やがったんだ。自分が何したか忘れたとは言わせねえぞ!」

 

 

「・・・」

 

 

 

 

「あの事件によってお前と監督がチームを去ってから、俺たち残った部員は高校駅伝出場停止にとどまらず、連帯責任による活動自粛になって翌年度まで一切の大会出場を許されなくなった。お前のせいでな!」

 

 

榊はさらに鋭い眼光でカケルを睨む。

 

 

 

「でも、そのことはもういい」

 

 

「えっ?」

 

 

榊は続ける。

 

 

 

「あれからも俺たちは毎日コツコツ練習を積み重ねた。試合に出たくても出られない単調で苦しい毎日の中でも、俺たちは腐ることなく翌年度に向けて必死に努力してきたんだ。だから・・・」

 

 

「・・・!!」

 

 

 

 

「勝手にチームを去ったくせに、軽々しくもう一度走ろうとしてるお前のその根性が気に食わねえんだよ!!」

 

 

榊が怒りで声を張り上げながら言った。

 

 

 

 

「お、俺はそんな軽い気持ちでなんか走ってない!もっと速くなりたいだけなんだ!お前だってそうだろう!!」

 

 

「・・・!!」

 

 

 

カケルは言い返すが榊はキッと睨み返すだけだった。

 

 

周りにいる人たちは二人の声を聞いて何事かと振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は陸上を始めてから、高みを目指してずっと努力してきた。榊だってきっとそうだったはずだ。

 

 

 

努力を重ねた結果、俺は中学時代に全国大会優勝という栄光を掴むほどにまでなった。

 

 

 

 

でも、それと同時に走れば走るほど何かが狂っていった。

 

 

 

そして気が付けば、俺は誰も信用できなくなっていった。

 

 

 

中学・高校のチームメイトも監督も、親父やおふくろでさえも・・・

 

 

 

 

 

だから俺は一人を選んだ。この選択に後悔はしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・後悔させてやる・・・」

 

 

「・・・!?」

 

 

 

「今日の試合、俺とお前は同じ組だ!俺はお前みたいなフザけた奴には絶対負けねえからな!!」

 

 

 

再び榊が声を張り上げた。

 

 

 

 

 

「カケル。こんなところで何してるんだ?」

 

 

カケルが振り返るとハイジを始めとする駅伝部員たちが集まってきた。

 

 

 

「ふーん、この人たちが今のチームメイトか」

 

 

榊が呟いた。

 

 

 

「君は誰?カケルの知り合い?」

 

 

高志が訊ねる。

 

 

 

 

「まぁそんなとこですよ。それよりみなさん、気を付けた方がいいですよ」

 

 

「・・・?」

 

 

 

 

「そいつは簡単に人を裏切りますから!」

 

 

 

「「「!!??」」」

 

 

 

 

榊が吐き捨てるように言った。

 

 

その言葉で全員驚きの表情をし、カケルは追い詰められたように顔をこわばらせた。

 

 

 

ハイジも気まずそうな表情で様子を窺っていた。

 

 

 

 

 

「どういうこと!?カケルに何かあったの!?」

 

 

再び高志が問い詰める。

 

 

 

部員たちはカケルの様子を見るがカケルは尚も青ざめた顔で俯いたままだった。

 

 

 

その様子を見てため息を吐いてから榊は口を開く。

 

 

 

「それについては、チームメイトなら本人の口から聞いたらどうですか?まぁこいつは、あんたたちのこと仲間だなんて思ってないかもしれませんがね」

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

そう言い残し榊はその場を去っていった。

 

 

 

高志は榊のウィンドブレーカーの後ろに書かれている「船橋第一高校」という文字を見た。

 

 

 

(船橋第一って、確かカケルが前にいた学校名だ。じゃあ彼は元チームメイト?)

 

 

 

 

 

 

 

「おい・・・あいつって、船橋第一の蔵原走じゃね?」

 

 

周りからはそんな感じの囁き声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「カケルさん!あの人が言ってたのって何の話ですか!?」

 

 

「裏切るってどういうことですか!?」

 

 

「お前、過去に何かやらかしたのか!?説明しろよ!」

 

 

 

 

周りの声を聞き、ついにジョータ・ジョージ・平田が我慢しきれずカケルに問い詰めた。

 

 

 

カケルは観念したように目を閉じ、ゆっくり口を開いた。

 

 

 

「お、俺は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「俺は興味ない!!」

 

 

高志が突然耳を塞ぎながら言った。

 

 

部員たちは一斉に高志の方へ振り向く。

 

 

 

 

「誰にだって話したくないことや思い出したくないことの一つや二つはある。それらを一つ残らず全部白状しなきゃならないのが仲間っていうなら、俺は・・・仲間なんかいりません!」

 

 

高志がきっぱりと言った。

 

 

 

「高志・・・」

 

 

 

 

「ワタシもです!過去のことは知りマセン。でも、1週間ちょっとだけですが一緒に過ごして、カケルが悪い人には見えませんデシタカラ!」

 

 

 

「ムサ・・・」

 

 

 

高志とムサの言葉に、みんなは少し考えてから口を開いた。

 

 

 

 

「まぁちょっと無愛想なところもあるが、確かにな」

 

 

「俺も別にどうでもいいっすよ」

 

 

「俺も~」

 

 

「僕もです」

 

 

 

「平田さん・・・ジョータ・・・ジョージ・・・王子・・・」

 

 

 

 

「俺は正直めちゃくちゃ気になる。やじうま的な意味で。でも、みんながこう言ってることだし、信じといてやるよ」

 

 

「ユキさん・・・」

 

 

 

 

「そういうことだカケル。みんなはちゃんと君のことを受け入れてるんだ。君は紛れもなく、俺たちの仲間だ!」

 

 

「ハイジさん・・・」

 

 

 

 

ハイジを始めとする全部員がカケルに笑顔を向けながら頷いている。

 

 

 

カケルもそんなみんなに笑みを見せて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう・・・みんな・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は平田が出場する第8組の出走時間となった。

 

 

 

出場選手は係員の案内でスタートラインに並び始めた。

 

 

 

他の駅伝部員たちはそれぞれトラックの各コーナーごとに分かれ声を掛け合うことになった。

 

 

 

カケルは100mのスタート地点についた。

 

 

 

そしてスタートの号砲が鳴り、レースがスタートする。

 

 

 

 

 

「平田先輩ファイトでーす!」

 

 

他の選手と共に前を通り過ぎる平田にカケルは声を掛ける。

 

 

 

すると再び榊がやってきてカケルの隣に立った。

 

 

 

 

「お前みたいなのでも入部させてくれるなんて、一体どんなチームなのか拝見させてもらおうか」

 

 

「榊・・・」

 

 

 

 

 

 

 

やがて平田がフィニッシュした。

 

 

タイムは16分30秒だった。

 

 

 

 

 

 

「こんなもんか。音ノ木坂学院なんて聞いたこともないな。部員もあれだけのようだったし、とんだ弱小部ってわけだな」

 

 

 

榊が嘲笑うかのように言った。

 

 

 

「そ、そうかもしれないけど!・・・」

 

 

榊の言葉にカケルは思わずムッとして口を開く。

 

 

 

「なにムキになってんだよ?お前は自分さえ走れてりゃいいんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、今までの俺はそうだった。自分のことだけ考えて他人には無関心だった。

 

 

 

でも・・・そんな俺をみんなは・・・受け入れてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

そして第11組の高志とユキも走り終え、部員たちはゴール地点まで迎えに行った。

 

 

二人のタイムは以下の通りである。

 

 

 

高志:15分46秒

 

 

ユキ:15分42秒

 

 

 

 

二人とも前回よりは速いタイムだが、やはり不本意といった表情だった。

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 

カケルもゴール地点まで行き、二人に労いの言葉を掛けた。

 

 

 

 

 

「みなさんお疲れ様です」

 

 

すると榊がみんなの前に立ち声を掛ける。

 

 

みんなは一斉に顔を向ける。

 

 

 

「あ、さっきの」

 

 

ジョータが呟いた。

 

 

 

 

「みなさんの走り見てましたが、どうやら全くの素人ってわけでもなさそうですね。でも、俺たちからみればてんで『弱小』にすぎませんけどね」

 

 

榊が嘲るように言った。

 

 

 

「何だとこのチビ!言いたい放題抜かしやがって!」

 

 

「チ・・チビ・・・」

 

 

平田が吠え、榊はコンプレックスに触れられ若干傷ついていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちはなあ、全国高校駅伝を目指してるんだ!」

 

 

平田が堂々と宣言し、他のみんなもその通りだと言わんばかりに真剣な表情をした。

 

 

 

 

 

その言葉を聞き、榊は唖然とした表情をし、カケルは片手で目を抑えて心の中で呻いた。

 

 

 

(あ~ついに言ってしまった・・・)

 

 

 

 

 

 

「どわはははははははっ!!高校駅伝ー!?あんたらがぁー!?」

 

 

 

案の定、榊に大笑いされる始末であった。

 

 

 

 

「無理無理ー!無理に決まって・・・いで!!」

 

 

すると誰かが榊の後ろに立ちゲンコツを喰らわせた。

 

 

 

 

「榊!!こんなところで何を油売ってるんだ!?」

 

 

その人物は黒のジャージを着て首からストップウォッチをぶら下げている20代前半ぐらいの男性だった。

 

 

 

 

「げっ・・松平監督!」

 

 

「なにが『げっ』だ!」

 

 

「す、すいませ~ん」

 

 

 

 

 

カケルは監督と聞いて目を丸くした。

 

 

(新しい監督が就いたのか・・・)

 

 

 

 

「あの人が監督?」

 

 

「チョー若いよね」

 

 

双子がヒソヒソ呟いた。

 

 

 

 

 

「どうもうちの部員が失礼いたしました!」

 

 

監督の松平は榊の頭を無理やり下げさせながら駅伝部に一礼し、榊と共にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何をそんなに笑っていたんだ?」

 

 

歩きながら松平は榊に問い詰める。

 

 

 

「だって、あの人たちあんな実力で高校駅伝目指すって言ってるんですよ。ありえなくないですか?」

 

 

榊が尚も笑いながら言う。

 

 

 

 

ピンッ

 

 

「いでっ・・・」

 

 

松平は今度は榊にでこピンを喰らわせた。

 

 

 

 

「よそはよそ!うちはうち!」

 

 

「は、はい・・・」

 

 

松平が諫め、榊は額をさすりながら返事をする。

 

 

 

 

 

松平はふと音ノ木坂学院駅伝部の方を振り返る。そしてハイジを見つけると目の色を変えた。

 

 

 

 

(彼ってもしかして・・・仙道一中の清瀬灰二じゃないか・・・!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃駅伝部は、特に平田と双子が先ほど榊に「弱小」と馬鹿にされたのを悔しがっていた。

 

 

 

「くっそーあのクソチビ!ムカつくぜ!カケル、今日のレースでぎゃふんと言わせてやれ!」

 

 

「そーっすよ!」

 

 

 

 

引くに引けねえ・・・とカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約一時間後にムサも走り終わった。タイムは15分16秒だった。

 

 

自己ベストではあるが本人は14分台を狙っていたため満足はしていなかった。

 

 

 

これで残るは16時50分スタートの25組目のカケルとハイジのみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【16時40分】

 

 

 

25組目スタート10分前となった。

 

 

スタート地点付近には選手がスタンバイしていた。

 

 

その中にこれから出場する榊を含めた船橋第一の選手が4人ユニフォーム姿で集まっていた。

 

 

船橋第一のユニフォームは上下花緑青色で胸部には白のラインに黒文字で「船橋第一」と書かれていた。

 

 

 

 

 

「やっと待ちに待った試合だぜ」

 

 

「ああ。あんなことがあったから本当に待ち遠しかったぜ」

 

 

「あいつのせいでな。なあ榊」

 

 

チームメイトが榊に声を掛けるが榊はある一点を見つめたままだった。

 

 

 

「どうした榊?誰かいんのか?・・・!?」

 

 

「なんだ?どうし・・・!?」

 

 

 

チームメイトたちは榊が見ている方向を見ると全員驚愕した。

 

 

その目線の先には、かつてのチームメイトの蔵原走が靴紐を結んでいるところだった。

 

 

 

 

 

 

 

「く・・・蔵原!?」

 

 

「えっ!?あいつ陸上やめてなかったのか!?」

 

 

「うーわ勘弁!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルとハイジも試合に向け準備を進めており、他のみんなも付き添っている。

 

 

 

「にしても終盤の組だけあって、速そうな人ばっかり集まってますね」

 

 

ジョータが周りの選手を見ながら言う。

 

 

 

「ああ。ここまでくると高校生なら全国レベルの奴が出る組だぜ」

 

 

平田が説明する。

 

 

 

「あ、さっきの人だ。じゃああの人も?」

 

 

ジョージは榊の姿を見つけ問いただす。

 

 

 

「ああ。速いぞ。でもあいつに負けたことはないけどな」

 

 

カケルが言った。

 

 

 

 

「じゃあ楽勝っすね」

 

 

再びジョージが言う。

 

 

「さあ」

 

 

「さ・・さあって・・・」

 

 

「冗談だよ。負ける気はないぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、船橋第一の監督:松平は25組目のタイムテーブルを眺めていた。そして、清瀬灰二の名前を確認していた。

 

 

 

「監督。さっきのレースのタイム集計完了しました」

 

 

そこへ部員の一人がやってきた。

 

 

「ああ古賀。ごくろう」

 

 

 

松平はそう言うとコースの方へ眼を凝らした。

 

 

 

「どうしたんですか?監督」

 

 

古賀と呼ばれた部員が訊ねる。

 

 

 

「実はな、清瀬灰二が出ているんだ」

 

 

松平はウォーミングアップをしているハイジを見つめながら言う。

 

 

「清瀬?」

 

 

「髪型変わって雰囲気もだいぶ変わったけど、間違いない。東京都仙道一中の清瀬灰二だ」

 

 

「仙道一中って、もしかしてあの清瀬ですか!?」

 

 

「ああ。お前とタメなんだから見たことはあるだろう。当時の中学陸上だけにとどまらず、日本陸上界で彼を知らない人はいないと言われるほどの期待の逸材だった。だが、3年前の全日中の決勝戦以来ぱったりと姿を見せなくなった」

 

 

 

(まさか・・・またこうして走っているなんてな・・・)

 

 

 

 

 

「カケル!」

 

 

ハイジが呼ぶと、カケルがやってきた。

 

 

 

 

「ん?あれは蔵原じゃねえか!」

 

 

古賀がカケルを見つけて言った。

 

 

 

「蔵原ってあの?」

 

 

「はい。4ヶ月前に例の事件を起こして退部した奴です」

 

 

松平に問われ古賀が答える。

 

 

 

 

 

(清瀬灰二に蔵原走まで・・・音ノ木坂学院?・・・どこだそれは?・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

『男子5000m25組目間もなくスタートです』

 

 

アナウンスの声が聞こえた。

 

 

 

「カケル。そろそろ行くぞ」

 

 

「はい」

 

 

 

ハイジはカケルに声を掛けスタート地点に向かう。

 

 

 

その途中ハイジは、コースの外で黒にオレンジが混ざったジャージと着て走っている選手に目が留まった。

 

 

その選手は長身でスキンヘッドという容姿で、ジャージの後ろには「佐久清城」と書かれていた。

 

 

 

(・・・やっぱり来てたか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルはスタート地点に並んだ。すると番号がちょうど隣だったため榊が隣に並んだ。

 

 

 

「お前もうちょっとそっち行けよ」

 

 

榊が言う。

 

 

「小さいんだからお前がそっち行けばいいだろう」

 

 

「ちいさ・・・相ッ変わらずだなお前は!」

 

 

カケルに言い返され榊は悔しそうに肘でカケルを小突きながら言う。

 

 

 

 

「ゴホンゴホン!!」

 

 

 

松平の咳払いが聞こえ榊は慌てて姿勢を正す。

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

選手は一斉に構える。

 

 

その時榊がカケルに言い放つ。

 

 

 

 

「蔵原。この試合で教えてやるよ」

 

 

「・・・!?」

 

 

 

 

「お前は、道を間違えたんだってな」

 

 

 

「・・・!!」

 

 

 

 

 

 

そしてスタートの号砲が鳴り響いた。

 

 

 

 




思った以上に長くなってしまいまさかの3編構成となってしまいました(汗)
次回で記録会編完結です。(多分)

μ’sの出番はもうしばらくお待ちくださいm(__)m


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第16路 記録会と再会(後編)

「蔵原、この試合で教えてやるよ。お前は・・・道を間違えたんだってな」

 

 

 

「・・・!!」

 

 

 

 

 

 

5000m第25組目のスタートの号砲が鳴り響き、各選手が一斉に飛び出した。

 

 

 

しかしカケルは先頭集団には付いていけず後方の位置になった。

 

 

さらにその後ろにハイジがいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

やべっ!久々のレースですっかり勘が鈍ってる・・・

 

 

しょっぱなから出遅れてる場合じゃないぞ

 

 

 

 

 

 

 

一方榊は先頭集団の中にいた。

 

 

そしてちらりと後方にいる蔵原を振り返った。

 

 

 

 

(おいおい寝ぼけてんのか?蔵原。船橋第一を離れてたるんじまったのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂駅伝部はコースの外側で見守っていた。

 

 

 

「カケルさんにハイジさん、大丈夫っすかね?」

 

 

ジョータがレースを見て心配そうに言う。

 

 

 

「つーかあのチビ速いな」

 

 

「身長が低くストライドが足りない分、ピッチで押していく走りだな。なんにせよ、速いぞありゃ」

 

 

平田とユキが榊を見ながら言った。

 

 

 

 

 

 

ハイジは先頭集団についていけないカケルの様子を見ながら走っていた。

 

 

 

(大丈夫かカケル・・・久々のレースで調子が上がらないようだが・・・)

 

 

 

 

 

カケルは現在第2集団についていた。しかし、まだ2000mも過ぎていないのにすでに表情が険しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

カケルはきっと、この道を選んだことに後悔はしていない。

 

 

悪いことはしたと思っても、選んだ道を間違ったとは思っていないだろう。

 

 

 

でも・・・万が一・・・ちょっと後悔するようなことがあったら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集団のペースが上がった。

 

 

カケルは現在ついている第2集団からもこぼれ落ちそうになっていた。

 

 

 

集団の中にいる船橋第一の選手たちがちらりとカケルを振り返った。

 

 

 

(この程度かよ、蔵原)

 

 

(落ちるとこまで落ちたじゃねえか)

 

 

(14分一桁なんてまぐれだったんだろ)

 

 

 

 

(((蔵原走も終わったな)))

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 

 

「やっぱりカケルさん何か変ですよ!」

 

 

「カケル・・・」

 

 

「このままじゃ第2集団からもこぼれ落ちちゃうよ」

 

 

ジョージ・ムサ・高志が心配そうにカケルの様子を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榊はしっかりと第1集団の中にいる。

 

 

再び榊はカケルを振り返る。

 

 

 

 

 

 

未だにお前は俺のこと格下だと思ってんだろ。でも、俺はお前よりずっと努力してきてるんだ。

 

 

お前みたいにふざけた奴には、絶対負けねえ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか蔵原がまだ走っていたなんてな・・・」

 

 

ゴール地点付近で松平と共にタイム計測をしている古賀が呟いた。

 

 

 

 

「蔵原って、2年前の全日中で1500と3000で優勝して、その実績を引っ提げて船橋第一にスポーツ推薦入学して、そしてあの事件を起こして退部して転校したんだろう?それほどの実力者という走りには見えないが・・・」

 

 

松平が言った。

 

 

 

「こればっかりは、あいつと練習を共にした奴じゃないと分からないですよ。こんなもんじゃないんですよ。蔵原走って奴は」

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭は3000mを通過しようとしていた。

 

 

 

 

「ホラ榊!しっかりついてけ!」

 

 

「67、68、69!」

 

 

古賀と松平が榊に声を掛ける。

 

 

 

先頭は3000mを8分42秒で通過した。

 

 

 

 

 

「はぁ・・は・・は・・」

 

 

少し遅れてカケル、そしてハイジが通過した。

 

 

 

 

 

「なあ古賀。蔵原は一体どんな奴だったんだ?」

 

 

松平が訊ねる。

 

 

 

「ただ純粋に走りたい。そう至極まっとうかつ単純に考える奴でした」

 

 

古賀が説明する。

 

 

 

「でも部活もひとつの社会ですから、裏を返せばただの自己中にもなりますよね」

 

 

「確かに、速い奴は敵対心バリバリになる、勝てない奴はやっかみからひやかしに回る。あんなのがそばにいたら嫌でも意識するだろうな」

 

 

 

松平は榊を見つめながら呟く。

 

 

「寮も学年も一緒なら尚更な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蔵原はこれで終わるような奴じゃない。あいつと一緒にいたのは1年足らずだったが俺には分かる!

 

 

 

榊はまだ第1集団につきながらカケルを意識する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~半年前~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

千葉県内のとある陸上競技場で競技会が行われており、船橋第一高校駅伝部が出場していた。

 

 

現在5000mが行われており、その組のほとんどが船橋第一の選手だった。

 

 

その中には当時1年のカケルと榊もいる。

 

 

 

 

 

 

「ホレエ3年!!しっかり引っ張らんかい!!」

 

 

当時の監督の檄が飛んだ。

 

 

 

すると集団から榊が飛び出し始めた。

 

 

 

 

 

(おいおい榊!設定より速えよ!俺たちは練習で来てるんだぞ!)

 

 

(やめてくれ~)

 

 

 

他の部員たちが心の中で叫ぶ。

 

 

 

 

しかしカケルがさらに速いペースで集団から抜け出し、あっという間に榊を追い抜いて行った。

 

 

 

「・・・!!」

 

 

 

 

「いいぞ蔵原!!そのままラストまで上げろ!!」

 

 

再び監督の声がする。

 

 

 

 

(またかよ蔵原!設定オーバーしやがって!)

 

 

(完全に俺たちのこと、置いてく勢いじゃねえか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【レース後】

 

 

 

「どこにいるんだ?蔵原の奴・・」

 

 

榊がぼやきながら一人でダウンジョッグをしながらカケルを探す。

 

 

「・・・!」

 

 

すると一人でストレッチをしているカケルを見つけた。

 

 

カケルも榊に気付く。

 

 

 

 

「何してんだ?」

 

 

「ストレッチだよ。見りゃわかんだろ」

 

 

榊が訊ねるとカケルがドライに返す。

 

 

 

 

「つーかさ、今日の記録会は設定ペースで走る練習で来たんだぞ。いくら監督が大目に見てるからって、集団をひっかきまわすのやめてくれよ」

 

 

榊が言う。

 

 

 

「・・・ついてこれねえなら、別に無理しなくてもいいんだぞ」

 

 

 

カケルの返答に榊はむかっ腹が立ってきた。

 

 

 

「監督が来いってよ!!今伝えたぞ!!」

 

 

そういって榊はカケルの下を後にする。

 

 

そして歩きながら心の中でぼやく。

 

 

 

 

 

(くそ~ムカつくぜ!俺の方がスゲー努力してんだぞ!朝は誰よりも早く起きて走り始めるし、先月だって部内で一番長く走ったんだ!・・・)

 

 

榊はちらりとカケルを振り返る。

 

 

(まあ、あいつもあいつなりに努力してんのは分かるけど、全然変わらないんだよな・・・)

 

 

 

 

何なんだ・・・この温度差は・・・

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

走るのは苦しい。長距離は努力の連続だ。

 

 

 

とにかく走って走って、苦しいのを我慢して我慢して

 

 

 

 

ある日俺は蔵原にこんなことを聞いたことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なあ蔵原』

 

 

『なんだ?』

 

 

『お前、走るの嫌になったこととかないのか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・ねえよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつははっきりとそう言いやがった。

 

 

 

俺はある。メチャクチャある。

 

 

 

初めてキツい距離錬をやった夏の時とか、故障でロクに走れなかった時とか、何やっても調子上がらなかった時とか。

 

 

 

 

 

でもそれらを乗り越えて努力していた時、あいつはいつも俺の前を走っていた。

 

 

努力なんて当たり前って顔をしながら。

 

 

 

 

お前と出会って、俺は死ぬほど思い知らされた。

 

 

 

 

俺は天才なんかじゃないって・・・

 

 

 

 

 

 

 

それでも何で俺は走り続けると思う?

 

 

 

それは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

蔵原!!お前に勝つためだ!!

 

 

 

 

 

 

お前を超えるまで、俺はどこまででも追い続けてやる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ・・はっ・・はぁ・・」

 

 

 

カケルはついに第2集団からもポロリとこぼれ落ちてしまった。

 

 

相変わらず苦しい走りが続いている。

 

 

 

 

(ダメだ今日は・・・これ以上行ける気がしない・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この試合で教えてやるよ。お前は道を間違えたんだってな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし俺がこのまま負けたとしたら

 

 

 

 

俺が間違っていたことになる・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~2年前~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

【全国中学駅伝:県予選】

 

 

 

 

『船橋北中、1位通過!』

 

 

 

カケルは走り終え、次の走者に襷を渡したところだった。

 

 

そこへチームメイトが声を掛ける。

 

 

 

 

 

「蔵原。お前もっと走れただろ。後続と差が詰まってたし。全日中とジュニアオリンピックの覇者なら、しっかり仕事しろよ」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

結局チームは逆転され、全国中学駅伝の出場を逃した。

 

 

 

 

 

 

【2週間後】

 

 

 

カケルはとある競技会の3000mに出場し、トップでフィニッシュした。

 

 

 

「蔵原!8分21秒」

 

 

マネージャーがタイムを計測した。カケルが出したタイムは中学歴代2位という好タイムだった。

 

 

 

県予選から一転し好走を見せたことで、他の部員たちは驚愕の表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

【レース後】

 

 

 

カケルが一人でストレッチをしていると、5人ほどのチームメイトが怒りの形相でカケルに詰め寄った。

 

 

 

 

「おい蔵原!!お前今日に調子合わせるためにこの間の予選、手抜いたんだろう!!」

 

 

「お前がしっかり走ってりゃあ予選突破できたかもしれねえのによ!!」

 

 

チームメイトが声を荒げる。

 

 

 

 

「文句あるんだったら別の奴が走ればよかっただろ」

 

 

カケルが返す。

 

 

 

 

「俺、今故障中」

 

 

「俺は補欠だ」

 

 

 

「知ってるぞ。お前補強やストレッチ面倒臭がって真剣にやってねえから故障するんだよ。お前も、補欠が嫌ならもっと練習でやる気見せろ。そんなんじゃ、いつまでたっても速くなれねえぞ」

 

 

チームメイトたちの返答にカケルはもっともな意見を返すが、逆にチームメイトの琴線に触れたようだった。

 

 

 

 

「・・・ちょっと速いからって、自分が全部正しいみたいな言い方すんじゃねえぞ」

 

 

「・・・!!俺は間違ったことなんて言ってねえだろ!」

 

 

「超人には俺らの気持ちなんて分かんねえだろうな!」

 

 

 

 

「俺たちはお前と違って完璧には出来ねえんだよ!!人間だから!!」

 

 

 

 

チームメイトは次々とカケルに当たり散らす。

 

 

そしてカケルの方も怒りが沸き上がってきた。

 

 

 

 

「・・・それで何か?俺はお前らや監督の道具ってわけか?それなら俺も言わしてもらうけどなあ」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

 

 

「俺はお前らのために走ろうなんて思ったことねえから」

 

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

 

 

「言ったなこの野郎!!!」

 

 

 

ドカッ!!

 

 

 

チームメイトの一人がカケルに殴りかかる。

 

 

 

「お、おい高田!・・・」

 

 

 

 

「ああ!!何度でも言ってやるぞおらぁ!!」

 

 

バシッ!!

 

 

そしてカケルも殴り返し、ついに二人による乱闘騒ぎとなってしまった。

 

 

 

 

「落ち着け高田!!」

 

 

「やめろ蔵原!!」

 

 

 

「お前ら何やってるんだ!!」

 

 

 

他の部員たちと騒ぎを聞きつけた監督が止めに入る。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

お前らのために無理してでも走ってやろうなんて思わなかったよ。

 

 

お前らだってきっと同じだったんだろ。

 

 

俺たちは仲間なんかじゃなかった。

 

 

 

 

結局みんなとは分かり合えないまま中学を卒業し、県内一の駅伝名門校である船橋第一高校に入学した。

 

 

チームメイトとの仲は中学の時ほど悪いわけではなかったが、今度は監督とそりが合わなかった。

 

 

 

当時の監督は、徹底した選手管理とスパルタ練習法で有名だった。

 

 

また、時には選手に体罰もあたえるほどの厳格な監督だった。

 

 

 

俺は、結果を求めタイムの事ばかり口にするやり方が気に食わなかった。

 

 

 

時が経つに連れて鬱憤が溜まっていき、そしてついに

 

 

 

 

 

「あの事件」を起こしてしまった。

 

 

 

 

 

 

だから俺は一人を選んだ。俺は間違ったことをしたつもりはない。

 

 

 

 

 

負けるわけにはいかない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っても、カケルの身体は言うことを聞かなくなっていた。

 

 

 

身体に力が入らず勢いがどんどん失われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

だ、だめだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「カケル!!!」」」

 

 

「!?」

 

 

 

 

「カケルさん!あとちょっとですよ!」

 

 

「もっといけるだろカケル!こっからだ!」

 

 

「諦めちゃだめデスヨ!」

 

 

「「「がんばれカケル(さん)!!」」」

 

 

 

その時、駅伝部のみんなが大声でカケルを激励する。

 

 

 

その声を聞き、カケルは頬を赤らめる。

 

 

 

 

 

 

うわーーーーーみんないいって、俺の応援なんて。

 

 

今日こんな調子悪いのに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんなはちゃんと君のことを受け入れてるんだ。君は紛れもなく、俺たちの仲間だ!』

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。みんなはこんな俺のことを仲間として受け入れてくれた。だからあんなに応援してくれるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『カケル君!ファイトだよ!』

 

 

『私も応援していますよ、カケル』

 

 

『頑張ってね、カケル君』

 

 

 

 

それに穂乃果・海未・ことりも・・・みんな・・・

 

 

 

 

 

 

勝たなきゃ!!応援してくれているみんなのためにも勝たなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは残り4000mを通過し残り1000mとなった。

 

 

しかしトップとはすでに200m近く差がついている。

 

 

 

しかしカケルはペースを上げ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は・・はぁ・・は・・」

 

 

榊はすでに残り2周を切っていた。

 

 

 

 

 

(蔵原はどこだ?半周は離れたみたいだったが・・・)

 

 

 

 

まぁここまで来たらあいつも終わりだ。

 

 

 

今日こそ蔵原に勝てる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルも残り2周に差し掛かった。

 

 

 

「なあ古賀。見ろ。蔵原がペースを上げ始めたぞ。それに、さっきより余裕っぽくなったような・・」

 

 

カケルの走りを見て松平が呟く。

 

 

 

「榊は人一倍努力してますよ」

 

 

「えっ?」

 

 

古賀が言う。

 

 

 

「あいつはコツコツ毎日練習して、階段を一段一段昇るように着実にタイムを伸ばしてきました。逆に、長いこと停滞してると思ったら、ある日なぜかいきなり一気に何十段もすっ飛ばして伸びていく。それが蔵原なんです」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

「榊・・このままじゃタイムでねえぞ。あと1周半だろ」

 

 

 

古賀はイライラしたように呟き、松平は再びカケルの走りを見る。

 

 

 

(えっ?さっきまで蔵原は第1集団とは半周ほど差があったのに、確実に・・・確実に縮まっている!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は・・はぁ・・はぁ・・」

 

 

カケルはペースを上げてから猛烈な追い上げを見せている。

 

 

 

 

なんか速さに乗れてきたぞ!

 

 

いつもの感覚に戻った感じだ!

 

 

 

 

 

 

そして最後の1周に差し掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

先頭集団がさっきより近くなっている。30mないな。

 

 

ゴールまでもつか?いいや、このまま逃がすか!

 

 

 

全部捕まえてやる!!

 

 

 

 

 

 

 

カケルはさらにギアを入れ替え前にいる選手を次々と抜き去っていった。

 

 

中には船橋第一の選手たちもいた。

 

 

抜かれた選手は驚愕の表情でカケルの走りを見た。

 

 

 

 

(ば、ばかな!!)

 

 

(蔵原、なんて奴だ!)

 

 

 

 

 

 

 

その時榊は背筋に悪寒を感じた。

 

 

 

ヤバい!この気配・・・奴が来る!!

 

 

大丈夫!このまま逃げ切れる!あと100m・・・

 

 

 

 

榊は最後の直線に入りラストスパートをかけた。

 

 

しかし残り50mに差し掛かった瞬間・・・

 

 

 

カケルが一気に抜き去っていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

何でだ・・・あいつだって苦しいはずなのに・・・

 

 

何であんなに・・・楽しそうなんだよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてカケルはフィニッシュラインを越えた。

 

 

 

周りの観衆は、カケルの追い上げにざわついていた。

 

 

 

 

やがて榊とハイジもフィニッシュした。

 

 

 

 

「ハイジさん、お疲れ様です」

 

 

カケルはフィニッシュしたハイジに声を掛ける。

 

 

 

「はあ・・はあ・・カケル。最後よく粘ったじゃないか」

 

 

「ええ。何とか」

 

 

 

 

二人は腰ゼッケンを返却するとゴール地点を後にしようとした。

 

 

すると二人の前に一人の男が立ちはだかっていた。

 

 

 

「・・・!?」

 

 

その男は、黒にオレンジが混ざったジャージを着ており長身でスキンヘッドという容姿だった。

 

 

 

「久しぶりだな、清瀬」

 

 

男が声を掛ける。

 

 

 

「・・・藤岡」

 

 

清瀬が呟く。

 

 

 

 

(えっ?この人、ハイジさんの知り合い?それにしても、この人からは並々ならぬ威圧感を感じる・・)

 

 

カケルは藤岡という男を見て思った。

 

 

 

 

「今日は流しただけなのか?」

 

 

「まあな」

 

 

「膝のほうはもういいのか?」

 

 

「まあそこそこさ」

 

 

藤岡とハイジはそれぞれ言葉を交わし合っていた。

 

 

その様子を見てカケルは思った。

 

 

 

(そういえば俺、ハイジさんのこと何も知らないよな・・・)

 

 

 

 

 

「藤岡の方こそ調子はどうなんだ?」

 

 

「良好だ。ゴールデンウィークに海外のレースへの招待が決まったんだ。今日はそのための予行演習に来た」

 

 

「相変わらずだな」

 

 

「清瀬。お前は今、走るの楽しいか?」

 

 

「・・・ああ。もちろんだ」

 

 

「フッお前も相変わらずだな」

 

 

 

 

 

「ハイジさん、この人は?」

 

 

カケルはついに藤岡について質問をする。

 

 

 

 

「蔵原走だな。2年前の全日中の1500mと3000mの覇者か」

 

 

藤岡がカケルを見つめながら口を開く。

 

 

 

 

「先ほどまでお前の走り見させてもらったが、見事なスパートだった。だが・・・」

 

 

「・・・?」

 

 

 

「何かから逃げるような走りに見えたな」

 

 

「なっ!?」

 

 

 

藤岡はそういうと振り返って立ち去ろうとした。

 

 

「まあそれは言い過ぎだな」

 

 

藤岡はピタリと足を止めてカケルの方を振り返りながら声を掛けた。

 

 

 

 

「強くなれ!!」

 

 

 

 

そして藤岡は去っていった。

 

 

 

 

 

 

「彼の名は藤岡一真。現在の高校駅伝の王者、長野県佐久清城高校のキャプテンでエース。今、高校陸上界最強の選手と言われている。俺の・・・中学時代のチームメイトだった奴だ」

 

 

ハイジはカケルに藤岡について説明する。

 

 

 

カケルは藤岡の後ろ姿を見つめながら先ほどのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

『強くなれ!!』

 

 

 

『長距離選手にとって一番のほめ言葉ってなんだと思う?強いだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方榊は、レースが終わり息を切らしており、古賀と松平が付き添っていた。

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

「ったく、お前と蔵原とじゃスプリントに差があるっつの」

 

 

古賀がボトルを渡しながら言う。

 

 

 

 

 

 

(くそ~あいつさえ戻ってこなければ・・・あいつのせいでいつも上手くいかな・・・・・・・)

 

 

 

バシイィッ!!

 

 

 

榊は自分の頬を片手で思い切り引っぱたいた。

 

 

(バカバカバカ!すぐそうやって蔵原のせいにする、俺の悪い癖だ!)

 

 

 

「っいでででで・・・叩き過ぎた・・・」

 

 

「何をやってるんだお前は?」

 

 

 

松平が呆れ顔で訊ねる。

 

 

 

 

 

 

(また明日から練習だ!見てろよ蔵原!今度は負けねえからな!)

 

 

 

榊は拳を握りしめて決意を新たにしていた。

 

 

 

 

「あいつはいつもああですよ。かわいいところあるでしょう」

 

 

「榊・・・」

 

 

古賀と松平が榊の様子を見ながら呟く。

 

 

 

 

 

「よっしゃーまずは船橋第一のエースになるぞー!!」

 

 

榊が声を張り上げた。

 

 

 

「でもすぐ調子に乗ります・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「カケル~!ハイジ~!」

 

 

「お疲れ様です!」

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

古賀は声のする方を振り返った。

 

 

音ノ木坂学院駅伝部員がカケルとハイジを迎えに来ていたのだった。

 

 

 

 

 

(蔵原の周りに人が集まるなんて初めて見た。なんかあいつ、ちょっと変わったな・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院駅伝部員たちは、貼り出されている結果表でタイムを確認していた。

 

 

二人のタイムは以下の通りである。

 

 

 

 

 

カケル:14分39秒

 

 

ハイジ:14分58秒

 

 

 

ちなみに榊は、14分41秒だった。

 

 

カケルは最後の追い上げで組3着という順位だった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱカケル先輩すげえ!」

 

 

「すごくはねえよ。周りが調子悪かったのに救われたな」

 

 

 

ジョージの言葉にカケルがドライに返す。

 

 

 

 

「でもいいよなぁ~14分台か」

 

 

「俺ももっと速くなれたらなぁ」

 

 

ジョータとジョージが期待に胸を膨らませている。

 

 

 

「よっしゃ、明後日からまた猛特訓だ!頑張ろうぜ!」

 

 

平田がみんなに檄を飛ばす。

 

 

 

 

 

 

(なれたらじゃなくて、なる!)

 

 

カケルも俄然やる気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして駅伝部のみんなは最終の30組目のレースを見ていた。

 

 

最終組には、大学・社会人選手の日本トップクラスの選手がズラリと並び外国人選手もいるハイレベルな組だった。

 

 

その中には、先程カケルとハイジが会った藤岡もいた。

 

 

この組で高校生は藤岡と古賀のみであった。

 

 

 

レースは3人の外国人選手が引っ張るハイペースな展開となっていた。

 

 

「うおぉ!速えぇ!」

 

 

「すごいスピードデス」

 

 

 

駅伝部のみんなはそのレーススピードに圧倒されていた。

 

 

先頭集団の中には大学・社会人選手に交じって、高校生の藤岡もいた。

 

 

藤岡は上下オレンジで胸部には白字で「佐久清城」と書かれたユニフォームを着ている。

 

 

そして最後のスパートになっても、藤岡は果敢に外国人選手に最後までくらいついていった。

 

 

そして二人の外国人選手に競り勝ち、全体で2番目にフィニッシュした。

 

 

 

タイムは13分45秒

 

 

無駄のないキレのいいフォーム。レース展開を的確に読むクレバーな頭脳。そしてあのスタミナとスピード。

 

 

まさに圧倒的だった。

 

 

 

古賀は14分12秒でフィニッシュした。

 

 

 

「さすがだな、あいつ」

 

 

古賀は藤岡に対して呟いた。

 

 

 

 

 

カケルは藤岡の走りを見て思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれが高校最強の走り・・・全然次元が違う・・・

 

 

 

 

『強くなれ!!』

 

 

 

 

強いってどういうことだろう!?強くなったらあの走りに辿り着けるのか!?

 

 

 

俺もそこへ行きたい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【翌日】

 

 

カケルは学校に到着した。

 

 

昨日試合があったため今日は駅伝部の朝練も放課後練もない完全休養となった。

 

 

それでもカケルは独自に朝ジョグは行ってきた。

 

 

 

(さすがに疲れたな~。今日はゆっくり休むか)

 

 

 

そう思いながら教室に入ると

 

 

 

「おはよう!カケル君!」

 

 

「おはようございます、カケル」

 

 

「おはようカケル君」

 

 

「おはようカケル」

 

 

「おはようございマス、カケル」

 

 

穂乃果・海未・ことり・高志・ムサがそれぞれ挨拶を交わしてきた。

 

 

 

「ああ、みんなおはよう」

 

 

カケルも挨拶を返した。

 

 

 

「カケル君。昨日は試合お疲れさま」

 

 

「聞きましたよカケル。昨日の試合では見事な追い上げを見せ、3着になったんですよね」

 

 

「ああ。まあな」

 

 

穂乃果と海未にカケルは返事を返す。

 

 

「ことりも見に行ってみたかったなぁ~」

 

 

「2週間後にまた試合ありますからぜひ見に来てクダサイ」

 

 

「うん!絶対みんなで見に行くね!」

 

 

 

 

(ありがとうな、みんな。昨日はお前らからも力をもらって頑張ることが出来たよ)

 

 

カケルは穂乃果・海未・ことりに心の中でお礼を言う。

 

 

 

 

 

「あ、そうだみんな。実は今日の朝、郵便受けにこれがあったんだ」

 

 

穂乃果は思い出したように言うと、カバンから1枚のCDを取り出した。

 

 

差出人の名前は無いようだった。

 

 

 

これってもしかしたら、とカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎屋上◎

 

 

 

昼休みになり、6人は屋上に行き穂乃果のパソコンにCDをセットした。

 

 

「じゃあ流すよ」

 

 

穂乃果はそう言って再生ボタンを押した。

 

 

 

『~~~~♪~~~~~♪』

 

 

 

流れてきたのはピアノの音色、そして西木野の歌声だった。

 

 

 

 

「すごい!歌になってる!」

 

 

「私たちの・・・」

 

 

「私たちの歌」

 

 

「うん。いい曲だね」

 

 

「西木野サン」

 

 

「ああ。やってくれたんだな」

 

 

 

6人は、初めて誕生したμ’sの曲に感動していた。

 

 

 

「西木野サンに感謝しないといけマセンね」

 

 

「そうですね」

 

 

ムサと海未が言った。

 

 

 

 

「よしみんな!放課後に振り付けについて考えよう!初ライブ、絶対成功させようぜ!」

 

 

カケルが言った。

 

 

 

「そうだね!よ~しみんな頑張るぞ~!」

 

 

「「「おーーーー」」」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。今の俺には、こいつらがいる。

 

 

こうなりゃとことん音ノ木坂で走りながらみんなを支えてやろう!

 

 

 

 




ようやく記録会編が終わりました。長くなってしまってホントにすいません(汗)

次回からは再びラブライブ本編に戻ります。


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第17路 創部と編曲

再びオリジナル&駅伝部メインになります。


【4月18日 火曜日  ファーストライブまであと9日】

 

 

 

 

西木野によってμ’sの最初の曲が作られた翌日の昼休み、カケルたち6人は再び屋上で穂乃果のパソコンで曲を聞き入っていた。

 

 

 

 

「本当にいい曲だよね」

 

 

「おかげで振り付けの方も、昨日の話し合いでだいぶ決まってきましたね」

 

 

「これが決まれば本格的にダンスの練習に入れるね」

 

 

穂乃果・海未・高志が嬉しそうに言った。

 

 

 

 

「3人とも昨日はありがとう。振り付けの話し合いに遅くまで付き合ってもらっちゃって」

 

 

「イイエ。気にしないでクダサイ」

 

 

ことりが駅伝部に対してお礼を言い、ムサが答える。

 

 

 

 

『~~~~~♪~~~~~~♪』

 

 

「う~ん・・・」

 

 

一方カケルは西木野が作った曲を聞きながら何か考え込んでいるようだった。

 

 

 

「どうしたの?カケル君」

 

 

「この曲に何か気に入らないことでもあるのですか?」

 

 

カケルの様子を見て穂乃果と海未が訊ねる。

 

 

 

「いや、そういうわけじゃないよ。これはとってもいい曲だと思ってるんだけど、何か物足りないんだよな」

 

 

「物足りない?」

 

 

 

「うん。だって今度のファーストライブでは広い講堂のステージで披露するんだろう。でもこの曲はピアノ演奏のみだ。アイドルの曲にしてはまだ寂しくないか?」

 

 

 

カケルがみんなに言った。

 

 

その言葉にみんなは一斉に考え込む。

 

 

 

「確かに、アイドルの曲はもっと色々な楽器を使ってアレンジされていますよね」

 

 

「となると、今度は新たに編曲が出来る人が必要になるね」

 

 

海未と高志が言う。

 

 

 

 

 

編曲とは、あるメロディーにさらにギターやドラムなどあらゆる楽器の伴奏を加えて楽曲に幅を持たせる作業のことである。それには曲・詩・歌手のイメージをしっかり把握する豊かな感性と音楽性が求められ、さらに音楽に関して相当な知識・技術・センスがないと出来ない作業である。

 

 

 

こんな難業が出来る人が俺たちの身近にいるだろうか、とカケルは思った。

 

 

 

 

「だったらもう一度西木野さんに頼んでみない?」

 

 

「いや、彼女にこれ以上お願いするのはさすがに申し訳ないよ」

 

 

穂乃果が提案するがカケルが却下した。

 

 

 

「そうですね。この作曲だって無理を言ってお願いしたわけですからね」

 

 

「じゃあ新たに探すしかないか」

 

 

「私、お母さんに知り合いにそういう人いないか聞いてみるよ」

 

 

海未・高志・ことりが言った。

 

 

 

こうして、6人は新たに編曲者を探すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

このやりとりを、屋上の入り口のドア越しに聞き耳を立てている人物がいた。

 

 

「・・・スクールアイドルねぇ」

 

 

その人物は片手で眼鏡を上げながら呟く。

 

 

そして、若干の笑みを浮かべながらその場を後にした。

 

 

 

その人物の正体は、ユキだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【放課後】

 

 

 

みんなは帰り支度を済ませ、それぞれの練習に向かおうとするとことりが口を開く。

 

 

 

「私、ちょっとこれからお母さんに色々聞いてくるから穂乃果ちゃんと海未ちゃんは先に練習行っててくれる?」

 

 

「わかった。よろしくね」

 

 

「待っていますよ、ことり」

 

 

 

「うん。じゃあ行ってくるね」

 

 

ことりはそう言うと教室を出ていった。

 

 

 

「スイマセン。実はワタシ、これから職員室に用事があるのでちょっと行ってきマス」

 

 

ムサがカケルと高志に言う。

 

 

 

「わかった。じゃあ俺たち先に行ってるね」

 

 

高志が言うとムサは手を振りながら教室を後にした。

 

 

 

「ことり、それを聞くためにわざわざ家に帰るのか?」

 

 

「違いますよ。ことりのお母様はこの学校の理事長ですよ。以前生徒会長が言っていたじゃないですか」

 

 

カケルの問いに海未が答える。

 

 

 

(あ、そういえばそうだったな。言われてみれば確かに面影があるな)

 

 

カケルは絢瀬の言葉を思い出すと同時に、転校初日に理事長に会った時のことを思い出した。

 

 

 

「カケル、俺たちも早く練習行かないと」

 

 

「ああ。じゃあ二人とも、練習頑張れよ」

 

 

「うん。カケル君たちも頑張ってね」

 

 

「編曲者の方は俺たちも出来る限り探しておくからね」

 

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 

そしてあとの4人も練習へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎音楽室◎

 

 

 

「~~~~♪~~~~♪」

 

 

音楽室では今日も西木野がピアノを弾きながら歌を歌っていた。

 

 

そして演奏が終わると、窓の方に体を向け空を見上げる。

 

 

 

 

「結局作っちゃった・・・まぁでも久しぶりの作曲だったし、案外楽しかったかも・・・って何言ってるの私・・・」

 

 

 

西木野は以前見たμ’sの練習風景を思い出しながら呟く。

 

 

 

 

ガラガラガラ・・・

 

 

 

すると音楽室のドアが開き、一人の人物が入ってきた。

 

 

 

西木野は振り向くと驚いた表情でその人物を見つめた。

 

 

 

 

「あ、あなたは・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎運動場◎

 

 

 

カケルと高志は練習着に着替え終え、運動場の脇で平田・ジョータ・ジョージと共にストレッチを行っていた。

 

 

 

「さて、今日はどんな練習をするんすかね?」

 

 

「一昨日の記録会まではほとんど距離走だったから、そろそろスピード練を取り入れるんじゃないか?」

 

 

ジョータの問いに平田が答える。

 

 

 

「長距離のスピード練ってどんなことするんですか?」

 

 

ジョージが訊ねる。

 

 

 

「そうだね。例えば400mを15本とか1000mを7・8本とか、試合を想定したペースで走る感じだね」

 

 

高志が答える。

 

 

 

「はぁ~、俺スピード練はあんまり得意じゃねえんだよな」

 

 

「弱気になってちゃダメですよ平田先輩」

 

 

平田の言葉にジョージが喝を入れる。

 

 

 

「そうですよ。カケル先輩を見てください。めっちゃ張り切ってますよ」

 

 

ジョータが指さしながら言う。

 

 

 

 

カケルは入念にストレッチをしながら気合を入れていた。

 

 

 

(よし!練習だ!必ず、藤岡さんに追いつくんだ!)

 

 

 

 

「みんな集まってくれ!」

 

 

ハイジの掛け声でみんなは集合する。

 

 

 

 

「あれ?ユキとムサと王子はまだ来ていないのか?」

 

 

ハイジがキョロキョロと首をかしげながら訊ねる。

 

 

 

「王子は日直の仕事を終えてから行くって言ってました」

 

 

「ムサは職員室に用事があるそうです」

 

 

ジョータと高志が答える。

 

 

 

「そうか。それでユキはどうした?」

 

 

ハイジは平田に訊ねる。

 

 

 

「それがよ、授業終わって一緒に行こうぜって声掛けようと思ったら急ぎ足でどっか行っちまったんだよ」

 

 

平田が説明をしていると、ムサの声が聞こえ6人は振り返った。

 

 

 

 

「スイマセーン!遅くなりました!」

 

 

後ろには王子とユキもおり、駆け足でこちらへ向かってきた。

 

 

 

 

「どこ行ってたんだよ、ユキ」

 

 

「すまん。ちょっと野暮用でな」

 

 

「?」

 

 

 

ユキがそっけなく答え平田は少し怪訝な表情をする。

 

 

 

部員が全員揃ったため、ハイジはこれからの練習について説明する。

 

 

 

「今日から本格的な練習に入る。月末にはインターハイ支部予選と東体大記録会がある。そこで、それに向けて部員それぞれの実力に合わせて練習メニューを作成した」

 

 

ハイジはみんなにA4サイズの紙を配った。それには4月中の練習メニューが書かれており、部員たちはそれぞれ目を通している。

 

 

よく見るとレベルによって3つに分けられていた。

 

 

カケルとハイジはハードなA設定。王子はゆるやかなC設定。他のメンバーはその中間のB設定、という位置づけだった。

 

 

さらにハイジは続ける。

 

 

「どのレベルにおいても、スピードと持久力を同時に少しずつアップさせることに重点を置いて作ってみたんだ」

 

 

 

 

「ハイジさん。この『C・C』って何ですか?」

 

 

ジョージがメニューについて質問をする。

 

 

 

「クロカン、クロスカントリーの略だ。トラックでもロードでもなく自然の中を走るということだ」

 

 

「主に起伏の多い原っぱなんかを走るってことだ。まあ嫌でも速くなるだろうな」

 

 

ハイジと平田が説明する。

 

 

 

「でもそんなコースあるんですか?」

 

 

「近くの緑地公園に練習にいいコースを見つけたんだ」

 

 

 

 

カケルはメニュー表を念入りに何回も目を通していた。

 

 

 

 

 

 

 

確かに、それぞれの実力差を考えてしっかり組まれている。これならみんなしっかりこなせそうだ。

 

 

王子でも、たぶん・・・

 

 

でも、果たして本当に高校駅伝の予選を勝ち抜けるほどまでに育て上げられるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「それともう一つ、俺たちはこれからチームジャージを取り入れる」

 

 

ハイジが言った。

 

 

 

「やっとか」

 

 

「ついにチームジャージが出来るんですね!」

 

 

ユキが呟き、高志が嬉しそうに言う。

 

 

 

「後で額を言うから、今週中までに各自持ってきてくれ」

 

 

 

「え?今までチームジャージ用意してなかったんですか?」

 

 

「運動部なのに?」

 

 

 

双子は驚きながら訊ねる。

 

 

 

カケルもそういえば、と思った。

 

 

これまでみんなバラバラの練習着であり、またカケル自身も今まで特に気にしていなかったのだ。

 

 

 

「金銭的に余裕がなかったからね。なにせうちは、部の予算ゼロだからな」

 

 

 

「「ええ~~~~~~」」

 

 

 

ハイジの言葉に1年生は驚きの声を上げる。

 

 

カケルは、まあそうだろうなと納得していた。

 

 

 

 

「じゃあ、これから部でかかる費用は全部自腹ですか!?」

 

 

「当たり前だろう。こんな何の実績もない弱小部に降りる予算がどこにあるってんだよ」

 

 

「それにただでさえこの学校は廃校になりかけてるんだから、そんな余裕もないんだろう」

 

 

唸るジョージにユキと平田が述べる。

 

 

 

 

 

 

「よおお前ら!頑張ってるか!?」

 

 

突然誰かの呼ぶ声が聞こえたので部員たちは一斉に振り返った。

 

 

 

すると長袖のワイシャツにスーツズボン姿の男性が立っていた。

 

 

見た感じ20代後半といった感じで、部員たちに陽気に笑いかけている。

 

 

 

 

「誰ですかこの人?」

 

 

 

「地理担当の坂口先生だよ。ちなみに俺たち男子駅伝部の顧問だ」

 

 

ジョージが訊ねるとハイジが説明する。

 

 

顧問なんていたんだ、とカケルは思った。

 

 

 

 

「お前たち、全国高校駅伝を目指してるんだってな。そんな勇ましいお前たちに顧問として一言言わせてもらう」

 

 

カケルや1年生たちは真剣な顔つきで聞こうとしているが、他のみんなはあまり期待していないような表情だった。

 

 

 

 

 

「頑張れ!」

 

 

 

坂口の口から出た言葉はその、本当に一言で終わり辺りは微妙な空気に包まれた。

 

 

 

「相変わらずだな・・」

 

 

ユキがツッコみ、ハイジが苦笑いする。

 

 

 

 

「だったら先生!俺たち部の予算が降りなくて苦しいんです!先生の力でなんとかなりませんか?」

 

 

 

「おいおい!俺にそんな力があるわけないだろう!そんなに予算が欲しいんなら高校駅伝出場ぐらいの実績を作らんかい!」

 

 

ジョージがすがるような目で坂口に頼み込むがあえなく断られる。

 

 

 

 

「まあ、坂口先生にはとりあえず名前だけ顧問になってもらっただけだからな。運動部は必ず一人顧問の先生が必要だから」

 

 

ハイジが説明し、双子はダメだこりゃ、と落胆した。

 

 

 

その様子を見てカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわーなんつうメチャクチャな駅伝部だここは?ありえねえ!

 

 

まぁ・・・俺はもともと「ありえる」ところが嫌で抜け出してきた身だしな。

 

 

よし!とにかく走るか!

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、早く練習始めましょう!」

 

 

カケルが声を掛けると、みんなは一斉に練習前のアップジョッグを始めた。

 

 

 

 

みんなそれぞれチームメイトとコミュニケーションを取りながら走っていた。

 

 

現時点ではユキと高志、カケルとジョータ、ハイジと王子、ジョージとムサという組み合わせでそれぞれ練習のことだったり、身体の状態のことだったり、次の試合の意気込みなど会話の内容は様々だった。

 

 

その様子を一人で眺めながら平田は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく部活っぽくなってきたじゃねえか。創部当初は本当にそれどころじゃなかったもんなあ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~2年前~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「俺たちで全国高校駅伝を目指す!」

 

 

 

「「「はあっ!?」」」

 

 

 

夏休みが終わり2学期が始まった時のことだった。当時1年生のハイジとユキ・平田、そして同級生2人が校舎の屋上に集まっていた。

 

 

 

ここでハイジの一言を聞き、あとの4人は唖然とした表情だった。

 

 

 

「すまん。もう一回・・」

 

 

「全国高校駅伝を目指す!!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「高校駅伝~~~~~!!??」」」

 

 

 

ハイジの返答に4人は驚き絶叫する。

 

 

 

 

「・・・って全然面白くねえぞハイジ」

 

 

「俺はいたって本気だが」

 

 

 

「いきなり呼び出しといて何でいきなり!?」

 

 

「だったらお前一人で陸上部行きゃあいいだろう!」

 

 

「そんなの無理に決まってんだろ!」

 

 

 

などなどと、4人は揃って抗議する。

 

 

しかしハイジは意に介さず口を開く。

 

 

 

「無理とは限らないさ。平田は実家の工務店の手伝いをしているから基本的な体力はあるだろうし、ユキは中学時代は剣道部で走り込みもしたはず。それに岡本と近藤だって、小中学校時代はサッカー部だっただろう」

 

 

「そうだけどよ・・・」

 

 

 

「とにかく、俺は待っていたんだ。素質のある人間を集めて動き出せる日をずっと待っていたんだ。お前たちとならこの無謀とも言える野望を果たすことが出来る。いや、果たしたいんだ!」

 

 

「「「・・・・・」」」

 

 

 

 

「だから頼む!俺に協力して欲しい!」

 

 

 

ハイジはいつになく真剣に力強く頼み込む。

 

 

 

 

 

「アホか・・・俺たちみたいなド素人がそんな大それた大会に出るなんて10年かかっても無理に決まってるわ」

 

 

ユキが呆れた表情で口を開く。

 

 

 

「そういう全国の大会に出る選手ってのは、多い時には月に約800kmは走るんだろう」

 

 

「は・・800!?」

 

 

「そいつらが聞いたら大笑いするぜ」

 

 

 

「たしかに、長距離は走り込みがものを言うからな。無茶したツケがたたって故障する奴だっているからな」

 

 

ユキの言葉を聞き、平田が述べる。

 

 

 

 

「なんだよそれ!」

 

 

「やっぱ俺らには無理だろ!」

 

 

同級生二人が騒ぎ立てる。

 

 

 

 

「俺にはそういう、友情とか青春とか、ホント無理!」

 

 

ユキがきっぱりと言う。

 

 

 

 

「俺も勘弁だな。素人に苦労を強いるなよっと」

 

 

「平田。忘れたわけじゃないよな」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

「夏休み前の期末試験、英語が壊滅的だったお前の赤点を回避するために勉強を見てやったのは誰だ?」

 

 

(ギクッ!)

 

 

「それに、期限までにどうしても間に合わないと嘆いていたお前の夏休みの宿題を手伝ってやったのは?」

 

 

(ギクギクッ!)

 

 

 

「それから岡本、近藤。以前お前たちが校内でサッカーをやってて派手に窓ガラスを割ったときに、お前たちの罪を被った上にガラスの修理代を払ってやったのは誰だ?」

 

 

「「うっ・・・」」

 

 

 

「ユキ。この夏休みにどうしても行きたいと言っていたコンサートライブのチケット、誰が手に入れてやったんだ?それに、金欠だったお前に貸したライブ会場までの交通費・宿泊代・飯代、合計5万円!今すぐ返してくれるのか?」

 

 

「・・・・・」

 

 

 

ハイジにそれぞれ突き付けられ、4人は何も言い返すことが出来なくなってしまった。

 

 

 

「お前たちに拒否権はない!そういうことだ!」

 

 

ハイジは4人をじっと見つめ、意思確認をする。

 

 

 

「・・・わかったよ!走りゃいいんだろう!」

 

 

しばらく考えた後、ついにハイジの視線に根負けしユキが答えた。

 

 

 

ユキに続き平田もあとの2人も仕方がないとばかりに参加表明をした。

 

 

ハイジは喜びのあまりテンションが上がり、声を張り上げた。

 

 

 

 

「よし!よく言ってくれた!みんなで絶対、高校駅伝に行くぞー!」

 

 

 

「「「「お・・オ~~~~」」」

 

 

(はあ~、本当にとんでもない奴に出会っちまったなあ・・・)

 

 

 

平田は4人で気のない返事をしながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

それから5人は当時の生徒会長に男子駅伝部の申請に向かった。

 

 

創部時の部員数5人、そして運動部に必要な顧問は坂口先生に頼み、創部条件を満たしていたため許可が降りた。

 

 

 

しかし運動部の部室棟は埋まっていたため、仕方なくあまり使われていない倉庫部屋を借り中を掃除し、駅伝部の部室へと作り変えた。

 

 

こうして、男子駅伝部が誕生したのである。

 

 

 

 

 

 

そして練習初日の朝6時、5人は練習着姿で校門前に集まっていた。

 

 

 

「これより、約8kmのロードジョッグを行う」

 

 

ハイジが宣言するが、他の4人は眠そうだったりやる気なさげな顔で聞いていた。

 

 

 

 

「なんでこんな朝早く・・・」

 

 

同級生の一人が言う。

 

 

 

「高校駅伝に出ると、みんなで団結しただろう!」

 

 

 

ハイジが力強く言うが、4人は全員完全にやる気なさげな声を上げ始めた。

 

 

 

 

「団結はしてないな」

 

 

「夢じゃなかったっけ?」

 

 

「こんな朝早くから走れるかよ」

 

 

「あ~~眠い・・・」

 

 

 

「いいからホラ行くぞ!!」

 

 

 

ハイジに促され全員渋々とハイジに続いて走り始めた。

 

 

 

 

 

 

4人は後ろからハイジの叱咤激励を受け、ゼイゼイ呼吸を荒げながらもなんとか初練習を終えた。

 

 

 

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

 

 

「きっつ・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

「何でこんなことに・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 

練習を終えた4人はすっかり息も絶え絶えで、地面にへたり込んでいた。

 

 

 

「みんな!急に止まるのはよくないから少し歩け」

 

 

ハイジはみんなに声を掛けながら立ち上がらせる。

 

 

 

 

その中でユキは、ダウンジョッグをしながら先ほどの走りを振り返っていた。

 

 

 

(・・・まいったなぁ・・・案外余裕だったんだけど・・・そりゃ呼吸は辛かったけど、足はついていけてたし・・・)

 

 

 

 

それから、ハイジの指導の下ほぼ毎日のようにトレーニングが行われた。

 

 

ハイジ自ら練習メニューを作成し、学校のトラック・周辺のロード、他にも東京郊外のクロスカントリーコースなどにも足を運び、さらには4人分の毎日の食事メニューまで考えるなど、生活管理に余念がなかった。

 

 

 

早起きして朝練習。急いで朝食を摂ってから、学校の授業を受ける。終わったら全員が集まって本練習のメニューをこなす。

 

 

 

こういったスポーツアスリートの生活が繰り返されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、練習を始めて1ヶ月程経ったある日のことだった。

 

 

ハイジは同級生二人に廊下に呼び出された。

 

 

 

 

「こ、これは・・・」

 

 

ハイジの手には二つの封筒が握られていた。

 

 

 

「見りゃ分かんだろ。退部届だ」

 

 

「何が高校駅伝だよ。大体こっちは最初からやる気なんてないんだよ」

 

 

「これならガラスのこと白状して怒鳴られた方がマシだ」

 

 

「金ならホラ、返してやるから、もう俺たちに構わないでくれ。お前にはついていけねえよ」

 

 

 

 

同級生二人はガラス代を渡すと、さっさと背を向けて去ってしまった。

 

 

ハイジは声を掛けようにも掛けれず、茫然と二人の後ろ姿を見送るしかなかった。

 

 

 

その様子を物陰から平田が眺めていた。

 

 

 

(ほら見ろ。やっぱりこうなっただろう。世の中そんなに甘くねえんだよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になり、ハイジはショックを抱えながら部室へと来た。

 

 

部室のドアを開けると、ユキがいた。

 

 

 

 

「よおハイジ。あいつらもう辞めちまったんだってな」

 

 

 

「ああ・・・もうお前にはついていけないってハッキリ言われたよ・・・」

 

 

 

ハイジが俯きながら答える。

 

 

 

「そりゃああんな半ば強引に勧められたら、そう言う奴だって出てくるだろう」

 

 

「ユキは、残ってくれるのか?」

 

 

 

「強引に誘われたとはいえ、俺はやると決めたことはやり通す主義でね。別にお前の為とかじゃねえぞ。単なる暇つぶしだ」

 

 

 

「はは・・ああ、結構だよ」

 

 

 

ユキの言葉にハイジは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「あとは平田だな」

 

 

「あいつなら、さっき帰ってくのを見たぞ」

 

 

 

「・・・そうか。あいつもか・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 

「でも、落ち込んでてもしょうがない。俺たちだけでも練習始めるか」

 

 

 

ハイジは一瞬落ち込むがすぐに気持ちを切り替え、ユキと共に部室を出て練習へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方平田は、練習に参加せずさっさと家に帰ってしまった。

 

 

自室に入るとカバンを置き、仰向けに寝転がった。

 

 

 

 

(あ~脚痛え~。もうやってられるかよこんなこと。何で俺がこんなキツイことやんなきゃいけないんだよ。とにかく、俺ももうやめだ)

 

 

 

平田は机に向かって紙とペンを用意し、退部願いの準備に取り掛かった。

 

 

 

(明日になったらハイジにこれを渡そう。これでこんな辛い生活からもおさらばだ)

 

 

 

そして書き終え封筒にしまい込み準備が完了した。

 

 

しかし平田は退部願いの封筒をじっと見つめながら考え始めた。

 

 

 

(でも、本当にそれでいいんだろうか・・・)

 

 

 

そう思っていると、ふと机の上のある物に目が止まった。

 

 

それは、小さな木製のオルゴールの箱だった。

 

 

 

「これは・・・」

 

 

 

 

平田はそれを手に取って箱を開きオルゴールを奏で始めた。

 

 

 

 

 

『~~~~~~~♪~~~~~~~~~♪」

 

 

 

 

部屋の中にオルゴールの音色が響く。

 

 

その音色はとても綺麗だが、どこか切なげにも聞こえた。

 

 

 

 

「彩花・・・」

 

 

平田は音楽を聞きながらそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺、約束する!絶対生まれ変わるって約束する!もう二度と・・・』

 

 

 

 

『彩花・・・俺を一人にしないでくれよ!!』

 

 

 

 

『彩花!?・・・彩花!彩花!彩花ああぁぁぁ!!』

 

 

 

 

『ウワアアあああああああああああああああああ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。俺は約束したんだ。絶対生まれ変わるって!

 

 

今こそ、その時が来たんじゃないのか!!

 

 

 

 

ビリビリビリ・・

 

 

 

 

平田は先程作り上げた退部届の封筒を破り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【翌日】

 

 

 

放課後になり、ハイジとユキはいつものように部室へとやってきたが、ドアの窓から明かりがついているのが見えた。

 

 

 

「あれ?誰かいるのか?」

 

 

 

そう呟きながらドアを開けると

 

 

 

 

 

 

「よおっ!」

 

 

 

平田が練習着に着替え終えていた。

 

 

 

 

 

「平田!!」

 

 

 

「昨日はすまなかった。ちょっと野暮用があってな。さあ、早く練習いこうぜ。高校駅伝、行くんだろう」

 

 

平田が覚悟を決めた表情でハイジを見つめながら言う。

 

 

 

 

「ああ!もちろんだ!俺たちで絶対行こう!全国高校駅伝に!」

 

 

「フッ、しょうがねえな」

 

 

「よっしゃ!やってやるぜ!」

 

 

 

 

 

 

「「「行こうぜ!!高校駅伝!!」」」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「ハイ平田!ラストだぞー!」

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・だあぁ・・」

 

 

「ハイおつかれー」

 

 

 

駅伝部は今日の練習メニューを終えたところだった。

 

 

今日は平田の苦手とするスピードメインの練習だったため、彼一人だけ集団から遅れてしまった。

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・くそっ・・」

 

 

「平田。キツくなったらすぐタレる癖直さないと、変われないぞ。お前はまだまだ伸びるんだから、もっと自分を信じよう」

 

 

不満足そうな平田にハイジが激励の言葉を掛ける。

 

 

 

(変われない・・か)

 

 

 

「ああ。そうだな」

 

 

平田は返事を返すと、ダウンジョッグに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイジ。今となっては、お前が俺を誘ってくれてよかったって思ってる。

 

 

なんか、お前といればさらに自分を変えられそうな気がするぜ。

 

 

 

もっと練習積んで、更に生まれ変わってやるぜ。

 

 

 

 

だから見ててくれ・・・彩花・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2日後】

 

 

 

カケルは穂乃果の家の前で穂乃果を待っていた。

 

 

今日は木曜日のため、カケルたちもμ’sの朝練に顔を出すことになっている。

 

 

やがて玄関から穂乃果が眠そうな表情で出てきた。

 

 

 

 

「おはよう~カケルくぅ~ん」

 

 

「遅いぞ穂乃果。早く練習行くぞ」

 

 

「うん。ん?あれ、何だろう?」

 

 

 

穂乃果は家の郵便受けに何か入っているのを見つけた。

 

 

茶色いB5サイズの封筒が投入口から突き出していた。

 

 

 

穂乃果はその封筒を取り出すと、封筒にはμ’sと書かれていた。

 

 

 

「カケル君!これってもしかして!」

 

 

「ああ。開けてみようぜ」

 

 

 

そして封筒の中を開けると、CDケースが一つ入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎屋上◎

 

 

 

カケルと穂乃果はみんなにCDのことを伝え、昼休みに入ると再びみんなで屋上に上がり穂乃果のパソコンにCDをセットする。

 

 

 

そして再生ボタンを押した。

 

 

 

「~~~~~~~~♪~~~~~~~~~~♪」

 

 

 

収録されていたのは以前西木野が作曲してくれた曲だが、今度はその曲にギターやドラムなどの音が加わったものになっていた。

 

 

 

「すごい!さらにアレンジされてる!」

 

 

「ライブにふさわしい華やかな曲になりましたね」

 

 

「素晴らしいデス」

 

 

「これならもっといい振り付けを決められるね」

 

 

 

 

 

穂乃果・海未・ムサ・高志が曲を聞き絶賛する。

 

 

 

「これも、西木野さんが作ってくれたのかな?」

 

 

ことりが首を傾げる。

 

 

 

 

「きっとそうだよ。今度お礼を言わないとな」

 

 

カケルが言った。

 

 

 

 

これで曲の準備は整い、いよいよ発表に向けた準備は最終段階に入っていく。

 

 

 

 

ファーストライブまで、残り7日

 

 

 

 




前回、いよいよ本編に入ると言ってたのにすいませんでしたm(__)m

今度こそ本編に入るのでお楽しみに!


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第18路 恥じらいと思い

お待たせしました。ようやくアニメ本編に入りました。


【4月23日 日曜日 ファーストライブまであと4日】

 

 

 

 

「みんな行くぞ!よーい、スタート!」

 

 

 

 

カケルの合図で神田明神の石段の下で列を作っていた6人は一斉に走り出した。

 

 

 

ファーストライブまで残りわずかということで、μ’sは日曜日にも朝から練習を行うことにしたのである。

 

 

 

カケル・高志・ムサも付き合い、みんなで体力トレーニングの集団ジョッグを行っていた。

 

 

 

トレーニングを始めたばかりのころは10数分走っただけでもバテバテだった穂乃果とことりも、この10日間で体力がつきしっかりとしたフォームと足取りで最後まで走れるようになった。

 

 

 

 

集団ジョッグを終え神田明神に戻ると、今度はダンスの練習を行った。

 

 

曲が完全に出来上がってからみんなで話し合って振り付けを本決めし、実践練習に入っていた。

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8」

 

 

「穂乃果!少し遅れてるぞ!」

 

 

「ことりサン!もっとリズムよく行きまショウ!」

 

 

「うん!」

 

 

「はい!」

 

 

 

高志の掛け声に合わせて穂乃果・海未・ことりが動作の確認をし、カケル・ムサが声を掛けていた。

 

 

最初のジョッグを含め練習を始めてから3時間が経過しており、カケルが腕時計を見ると午前11時半になっていた。

 

 

 

 

「よ~し、終了!」

 

 

「皆さんお疲れさまデス」

 

 

「みんないい感じになってきたよ」

 

 

カケル・ムサ・高志が3人を労う。

 

 

練習を終えるとみんなは日陰に移動し座り込んだ。

 

 

 

 

「ふぅ~、終わった~」

 

 

「もう残り4日なんて早いものですね」

 

 

「でも、ずいぶん出来るようになったよね」

 

 

「ああ。この調子ならいい本番を迎えられそうだな」

 

 

「あとは、明日から始まる新入生歓迎期間でいい宣伝をしてお客さんを集めなきゃね」

 

 

「ん?あれは西木野サンじゃないデスか?」

 

 

 

みんなが話しているとムサは石段の方向を見ながら言う。

 

 

 

みんなが一斉に振り向くと、慌てて背を向け石段を下りていく私服姿の西木野の姿があった。

 

 

穂乃果は石段の所まで行くと彼女に声を掛ける。

 

 

 

 

「おーい!西木野さ~ん!」

 

 

「ヴエエェェ!」

 

 

 

西木野は驚きの声を上げると、振り返り戻ってきた。

 

 

 

「恥ずかしいから大声で呼ばないでよ!」

 

 

西木野は恥ずかしそうに顔を赤くしながら言う。

 

 

 

確かにあれは俺でも恥ずかしくなるな、とカケルは思った。

 

 

 

「そうだ西木野さん。この曲、3人で歌ってみたんだ。聞いてみてよ」

 

 

「な・・何のこと?」

 

 

「西木野さんが作ってくれたんでしょう?あの曲」

 

 

 

穂乃果が嬉しそうに言う。

 

 

 

「わ、私は作ってなんか・・」

 

 

西木野はなおも否定しようとする。

 

 

すると穂乃果が顔を俯けたと思ったら、いきなり唸り声をあげて西木野に飛びかかり抱き着いた。

 

 

 

「ガオーーーーー」

 

 

「ほ、穂乃果!?」

 

 

 

その様子を見てカケルは驚きの声を上げる。

 

 

 

 

「ヴエエェェ!?な、なにやってんの!?」

 

 

「ウヒヒヒヒ」

 

 

穂乃果は不気味な笑い声を上げながら驚く西木野に顔を近づける。

 

 

カケルも高志もムサも、止めるべきかどうしようか迷っていた。

 

 

 

「イ、イヤーーーーーー」

 

 

西木野がついに悲鳴をあげると、穂乃果は彼女の片耳にイヤホンをつけた。

 

 

 

「よ~し、作戦成功」

 

 

「穂乃果、あのなぁ・・」

 

 

カケルは呆れ顔で呟き、高志とムサは安心したようにため息を吐いた。

 

 

 

「それじゃあいくよ!ミュージックスタート」

 

 

穂乃果はそういって音楽プレーヤーの再生ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

しばらくして西木野はイヤホンを外した。どうやら最後まで聞いてくれたようだった。

 

 

 

「本当にありがとう!西木野さん!」

 

 

「しかも、わざわざ編曲までやってくれて本当に助かったよ」

 

 

穂乃果と高志が嬉しそうに言う。

 

 

 

「だ、だから私じゃ・・・・・ええ、確かに作ったのは私よ」

 

 

西木野はみんなの感謝のこもった目を見て観念したように言った。

 

 

 

「ほら~やっぱり~」

 

 

「でも、編曲は私じゃないですよ」

 

 

西木野が続ける。

 

 

 

「じゃあ誰?」

 

 

「わ、私の知り合いに編曲が出来る人がいたからその人に頼んだのよ」

 

 

穂乃果の問いに西木野は若干顔を反らしながら答える。

 

 

 

 

「そうだったんですか。でしたら、その人に会わせてもらえますか?一言お礼が言いたいです」

 

 

 

「ダ・・ダメよ!」

 

 

海未の問いかけに西木野は慌てたように言う。

 

 

 

「なぜですか?」

 

 

「い、いやその・・・その人、仕事の関係で顔出しが出来ない人なの。だからダメなの!」

 

 

西木野はややしどろもどろになりながら答える。

 

 

その様子をカケルは怪訝な表情で見つめる。

 

 

 

 

(明らかに西木野さんの様子が変わった。何をそんなに慌てているんだ?)

 

 

 

 

「そういうわけですので、失礼します」

 

 

西木野は一言言ってその場を後にする。

 

 

「さようなら西木野サーン」

 

 

ムサが手を振って呼びかけるも振り向くこともせず走り去っていった。

 

 

 

 

「なんか変な西木野さん」

 

 

穂乃果が彼女の後ろ姿を見ながら呟いた。

 

 

さっきのお前も十分変だろ、とカケルは心の中でツッコんだ。

 

 

 

「何にしても、彼女には本当に助けられたね」

 

 

「そうですね。彼女の力がなかったらここまで来れませんでしたね」

 

 

海未と高志が言う。

 

 

 

「よーし、ライブまであと4日!みんな、油断せずに行こう!」

 

 

「お前が一番な」

 

 

穂乃果のどこかで聞いたような宣言にカケルがツッコむ。

 

 

 

「ちょっと~それどういう意味!?」

 

 

穂乃果が頬を膨らませながら詰め寄り、みんなが笑いだした。

 

 

 

 

 

その様子を離れた所から巫女姿の東條が眺めていた。

 

 

 

「ふ~ん、いい雰囲気やなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4月24日 月曜日 ファーストライブまであと3日】

 

 

 

次の日、土日休みが終わり再び学校が始まった。

 

 

今日から金曜日までの間が新入生歓迎期間となる。

 

 

この期間中は授業が通常より一限早く終わり、空いた時間に各部活動が空き教室などを使って部活説明会を行う。そしてその後、部活見学を行えることになっている。

 

 

また、各部活とも説明会を行える日数は2日までと限られている。

 

 

μ’sのファーストライブは27日の木曜日に行う。部活説明会には講堂を使う部もあるが、ちょうどその日程だけ空いていたため講堂を使うことが出来るようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

カケル・高志・ムサは駅伝部の朝練を終え、教室にやってきた。

 

 

 

「おはよう」

 

 

高志が穂乃果たちに挨拶をする。

 

 

 

「みんなおはよう!」

 

 

「おはよう」

 

 

穂乃果とことりが挨拶を返すが、海未が机に顔を突っ伏してうなだれていた。

 

 

 

 

「海未ちゃん!?どうしたの!?」

 

 

「何かあったのか?」

 

 

高志が心配そうな表情で呼びかけ、カケルは穂乃果とことりに聞いた。

 

 

 

「じ・・実はね」

 

 

 

 

 

 

穂乃果とことりの説明によると、先程3人で学校に到着したとき3年生の女子生徒2人に声を掛けられた。

 

 

その女子生徒はファーストライブのことを知っており、どんなふうにやるのか見せてほしいと頼まれた。

 

 

しかし海未は突然震えだし、逃げるようにその場を後にしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「もしかして、恥ずかしいのデスか?」

 

 

「うぅ・・・」

 

 

ムサが訊ねても海未はただうなだれるだけで、どうやら図星のようだった。

 

 

 

「えー!?海未ちゃんなら出来るよ!」

 

 

穂乃果が言う。

 

 

 

「確かに、歌もダンスもあれだけ練習してきました。しかし、人前で歌うとなると・・・緊張してしまうんです」

 

 

海未が弱々しく答える。

 

 

 

 

(う~ん、海未が恥ずかしがり屋なのは前からなんとなく知ってたけど、何とか克服できる方法はないだろうか?)

 

 

カケルは頭を悩ませ、高志とムサも必死に考え込んでいる様子だった。

 

 

 

「そうだ!そういうときはお客さんを野菜だと思えってお母さんが言ってたよ」

 

 

穂乃果が言った。

 

 

 

「や、野菜?・・・私に一人で歌えと・・・」

 

 

「そこ?・・・」

 

 

海未の言葉に高志がツッコむ。

 

 

 

 

「人前じゃなければ歌えるんです。人前じゃなければ」

 

 

 

(まいったな・・・これは思ったより深刻だぞ。一体どうすれば・・)

 

 

海未の様子を見てカケルは頭を抱える。

 

 

 

「こういうのは考えるより慣れちゃった方が早いよ」

 

 

穂乃果が言う。

 

 

 

「何かいい方法でも思いついたのか?」

 

 

カケルが訊ねる。

 

 

 

「まぁ任せといて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎秋葉原◎

 

 

 

放課後、穂乃果・海未・ことりは人が多く行き来している秋葉原の中心街へとやってきた。

 

 

 

「ひ・・人がたくさん」

 

 

「当たり前でしょ。そういう場所を選んだんだから。ここでチラシを配ればライブの宣伝にもなるし、大きな声を出せばそのうち慣れるよ」

 

 

怯えたような様子の海未に穂乃果が言う。

 

 

 

「海未ちゃん、大丈夫?」

 

 

ことりが心配そうに声をかける。

 

 

 

「それじゃあみんな、手分けして配るよー」

 

 

穂乃果の合図で3人はバラバラになり、穂乃果とことりは早速チラシを配り始めた。

 

 

一方海未は、目を閉じ心の中で念じ始めた。

 

 

 

 

(お客さんは野菜・・お客さんは野菜・・お客さんは・・・・・・・あぁ・・)

 

 

 

 

 

「あれぇ?海未ちゃんは?」

 

 

チラシを配り始めてしばらくしてことりが辺りを見回す。

 

 

「お~い、海未ちゃ~ん」

 

 

穂乃果とことりが探すと、海未がとある店のガシャポンをやりだしているのを見つけた。

 

 

 

「あ、レアなのがでました・・・」

 

 

すっかり意気消沈してしまったようで、作戦は失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【4月25日 火曜日 ファーストライブまであと2日】

 

 

 

 

穂乃果・海未・ことりは街中でのチラシ配りに失敗したため、今度は学校内で配ることにした。

 

 

現在校内では、新入生歓迎期間中のため色んな部が部員募集等のチラシを配っていた。

 

 

 

「テニス部です!お願いしまーす!」

 

 

「バトミントン部、このあと説明会やりまーす」

 

 

 

 

 

 

「ここなら大丈夫でしょ?」

 

 

「え、ええまぁ」

 

 

「それじゃあ早速始めるよ」

 

 

穂乃果の掛け声で3人はチラシを配り始めた。

 

 

 

 

「スクールアイドルμ’sでーす!」

 

 

「明後日ファーストライブやりまーす!」

 

 

穂乃果とことりは元気のいいハキハキとした声で順調に配っていた。

 

 

 

「お・・お願い・・します」

 

 

しかし海未は恥ずかしさのあまり大きな声を出せず、なかなかチラシを受け取ってもらえずにいた。

 

 

見かねた穂乃果が海未に声を掛ける。

 

 

 

「海未ちゃん。そんな小さい声じゃ受け取ってもらえないよ。恥ずかしがらずに元気な声を出そう。ほら、駅伝部の3人だって頑張ってるよ」

 

 

穂乃果が指さした方向には、穂乃果たちと同じくチラシ配りをしているカケル・高志・ムサの3人がいた。

 

 

 

「男子駅伝部です!よろしくお願いシマス!」

 

 

「このあと、◯階の◯◯教室で説明会やります!」

 

 

「マネージャーも募集しています!お願いします!」

 

 

 

カケルたち3人はなかなか受け取ってもらえないながらも、しっかり大きな声でチラシを配っていた。

 

 

 

「・・・やりましょう!」

 

 

海未は3人の姿を見て決心し、再びチラシを配り始めた。

 

 

 

「μ’sです!よろしくお願いします!」

 

 

 

今度はしっかりと大きな声を出せるようになっていた。

 

 

 

 

「あ、あの・・・」

 

 

すると穂乃果たちのもとに以前教室に西木野を訪ねた時に会った、眼鏡をかけた1年生の女子生徒がやってきた。

 

 

 

「あなたはあの時の」

 

 

穂乃果が声を掛ける。

 

 

 

「こんにちは。あの・・・ライブ・・見に行きます」

 

 

女子生徒が答える。

 

 

 

「来てくれるの!?」

 

 

「ありがとう~!待ってるからね!」

 

 

ことりと穂乃果はそう言ってチラシを1枚差し出し、彼女は嬉しそうな表情で受け取った。

 

 

 

 

その様子を高志が離れた所から眺めていた。

 

 

(みんな頑張ってるみたいだな)

 

 

 

「おーい高志!そろそろ俺たちも駅伝部の説明会の方に行こうぜ」

 

 

カケルが声を掛ける。

 

 

「あ、そうだね。行こうか」

 

 

 

カケル・高志・ムサは揃って説明会場へ向かった。

 

 

駅伝部は今週の火曜日と金曜日に説明会を行うことになっていた。

 

 

そのためのチラシ配りを3人は任されていたのだった。

 

 

 

 

やがて会場の教室の前に来ると、3人は入り口のドアの窓から中を除いた。

 

 

しかし中はがらんとしており、駅伝部員たちが暗い表情で立っているだけだった。

 

 

どうやら誰も来てくれなかったようだった。

 

 

3人はゆっくりとドアを開け中に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませ~ん。俺たちクラスの連中に片っ端から声掛けたんですけど・・」

 

 

「みんな興味ないの一点張りでした・・・」

 

 

双子が落ち込みながら答える。

 

 

 

「こっちも、あんまり受け取ってもらえませんでした」

 

 

高志が言う。

 

 

 

「まぁ、うちの学校男子そんなにいねえし無理もないだろう」

 

 

今度はユキだ。

 

 

 

 

「世の中そんなに甘くないか。でもまだ金曜日もあるし、チラシを受け取ってくれた人がもしかしたら考えが変わってくれるかもしれないし、望みは捨てちゃいけないな。さあ、俺たちはそろそろ練習に行くか」

 

 

先程まで元気がなかったハイジが、気持ちを切り替えみんなに声を掛ける。

 

 

その掛け声でみんなは準備にかかる。

 

 

すると突然高志が口を開く。

 

 

 

 

「みなさんすいません!実はちょっとお願いがあるんです!」

 

 

 

みんなが振り向くと、高志・カケル・ムサは部員たちにμ’sのファーストライブのチラシを配る。

 

 

 

「何だこれは?」

 

 

「これ何て読むの?」

 

 

 

チラシを不思議そうに眺める部員たちに3人は説明する。

 

 

 

「へぇ~、アイドルなんていたんだな」

 

 

「やっぱりやってくれるんですね!待ってました!」

 

 

「スクールアイドルだって」

 

 

「なんか面白そうじゃない?」

 

 

平凡な反応の平田と、目を輝かせる王子、興味津々な双子と反応は様々だった。

 

 

 

 

「その日だったら練習も休みですし、どうか全員で見に来てほしいんです」

 

 

「どうか皆さんお願いします!」

 

 

「お願いシマス!」

 

 

カケル・高志・ムサが頭を下げて懇願する。

 

 

 

 

「わかった。チームメイトの頼みなら喜んで見に行くよ。それにちょっと興味出てきたからな」

 

 

「僕、絶対行きます!!」

 

 

「俺も行きます!」

 

 

「俺も~」

 

 

「まぁ見るだけ見てみるか」

 

 

ハイジ・王子・ジョータ・ジョージ・平田がそれぞれ答える。

 

 

 

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

 

3人は嬉しそうにお礼を言う。

 

 

 

 

「よし!じゃあ練習行くぞ!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

ハイジの号令で部員たちは次々と教室を出ていった。

 

 

 

 

 

ただ一人、ユキは先程からずっとチラシを見つめたままだった。

 

 

 

「・・・」

 

 

 

「お~いユキ!早く行くぞ!」

 

 

「お、おう」

 

 

ハイジに声を掛けられユキは返事を返しチラシをカバンにしまい込むがその瞬間、若干の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4月26日 水曜日 ファーストライブまであと1日】

 

 

 

ついにファーストライブ前日となった。

 

 

カケル・高志・ムサは駅伝部の練習が終わった後、発表前の最後の練習を終えた穂乃果・海未と合流した。

 

 

 

今日はこの後、みんなでカケルの家で最終ミーティングを行うことになっている。何でも、明日のライブ用の衣装が完成したようなのでそのお披露目も兼ねている。

 

 

ことりは現在、衣装店へその衣装を受け取りに行っているので後で合流することになっている。

 

 

 

ことり以外の一同はカケルの住んでいるアパートに到着した。

 

 

 

穂乃果以外は初めての訪問となる。

 

 

 

 

 

 

「まぁ狭いところだが、あがってくれ」

 

 

カケルはドアを開けながらみんなを招き入れる。

 

 

 

「「「おじゃましまーす」」」

 

 

 

 

みんなが入ると、カケルは座卓を奥の部屋の中央に移動させ全員分のクッションを用意した。

 

 

 

「へぇ~、これがカケルの部屋か」

 

 

「結構いい所デスネ」

 

 

「なんだか落ち着きますね」

 

 

高志・ムサ・海未が部屋を見回しながら言う。

 

 

 

「でしょ~」

 

 

「何でお前が得意げになってるんだよ?」

 

 

得意げな顔をする穂乃果にカケルがツッコむ。

 

 

 

 

「とりあえずみんな座ってくれ」

 

 

カケルは用意した座卓と周りのクッションを指し、みんなを座らせる。

 

 

 

 

みんなはことりが来るまでの間、穂乃果のパソコンでスクールアイドルのサイトからA-RISEの動画を見ることにした。

 

 

本番前に一度、スクールアイドルトップの動きを参考にすることにした。

 

 

ちなみにμ’sもすでにこのサイトに登録済みである。

 

 

 

「うわ~、すごいキレのいいダンスだね」

 

 

「これがスクールアイドルのトップの実力なんデスネ」

 

 

高志とムサはA―RISEのダンスに感嘆していた。

 

 

 

「あ、見てください!私たちのランクが!」

 

 

「上がってるよ!」

 

 

海未と穂乃果はμ’sのランキングが上がっていることに気付いた。

 

 

 

「きっと、チラシを受け取った人が投票してくれたんだよ」

 

 

「皆さんのファンが出来たってことデスネ」

 

 

高志とムサが嬉しそうに言う。

 

 

 

(よかったな。早速成果が出始めたな)

 

 

カケルも嬉しそうに心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◎王子の家◎

 

 

「え~っとどれだ~?ミューズミューズ・・・あ、あった!・・・・よし!投票完了!あ~明日が楽しみだなぁ~」

 

 

 

 

 

 

◎再びカケルの家◎

 

 

 

ピンポーーーーン

 

 

チャイムの音が鳴りカケルが玄関のドアを開けるとことりが来ていた。

 

 

 

「来たか。さあ入ってくれ」

 

 

「おじゃまします」

 

 

 

カケルが奥の部屋へ案内すると、みんなが出迎えた。

 

 

 

「おまたせ~」

 

 

 

「ことりサン。待ってましたよ」

 

 

「ついに衣装が出来たんだよね」

 

 

「どんな衣装なんだろう」

 

 

ムサ・高志・穂乃果がわくわくした様子で言った。

 

 

 

ことりは持っている袋から衣装を取り出しみんなに見せた。

 

 

「じゃーーん」

 

 

その衣装は、ピンクを基調にしており胸元にはリボンが付いている。まさに、アイドルらしい衣装に仕上がっていた。

 

 

 

 

「うわぁ~~かわいい~~」

 

 

「本物のアイドルみたいだね」

 

 

「とても素敵デス」

 

 

「うん。いい衣装だと思うよ」

 

 

「ありがとう~」

 

 

 

穂乃果・高志・ムサ・カケルのそれぞれの感想にことりはとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

「ことり・・・そのスカート丈は・・・」

 

 

突然海未が口を開く。何やら不機嫌な様子だった。

 

 

 

「言ったはずです!スカートの丈は膝下までなければ穿かないと!」

 

 

「えっ?そうだったの?」

 

 

「あ・・・」

 

 

 

高志が聞くとことりは固まってしまった。

 

 

どうやらすっかり忘れていたようだった。

 

 

 

 

「だってしょうがないよ。アイドルだもん」

 

 

穂乃果が言う。

 

 

 

「アイドルだからと言って、スカートは短くという決まりはないはずです!」

 

 

 

「でもライブはもう明日だし、今さら作り変えるのは無理だろう」

 

 

今度はカケルだ。

 

 

 

「ならば私だけ制服で歌います!」

 

 

「「ええ~~~~」」

 

 

海未のまさかの宣言に穂乃果とことりは声をあげる。

 

 

 

「まぁまぁ海未サン。せっかく作ったんですカラ」

 

 

ムサがなだめにかかる。

 

 

 

「そもそも二人が悪いんですよ!私に黙って結託するなんて!」

 

 

海未は厳しい口調で言った。どうやら本気で怒っているようだった。

 

 

 

 

 

 

「確かに、黙っていたのは悪いことだと思うし、怒るのも無理はないと思う。でも、そうまでしてこの衣装で挑みたい穂乃果ちゃんたちの気持ちも分かってあげてよ」

 

 

「高志・・・」

 

 

高志は優しい口調で海未を諭す。

 

 

 

 

 

「だって、絶対成功させたいんだもん」

 

 

「穂乃果・・・」

 

 

「みんなで歌を作って、みんなで振り付けを決めて、衣装も揃えて、ここまでずっとみんなで頑張ってきたんだもん!ここまでこの6人でやってきてよかったって、頑張ってきてよかったって、そう思いたいの!」

 

 

穂乃果は強い眼差しで思いを語った。

 

 

 

 

「それは俺も同じだぜ。海未」

 

 

「カケル・・」

 

 

「この約2週間、みんな頑張ってきたじゃないか。だから俺も、みんなには成功してほしいって思ってるよ」

 

 

 

 

「私もだよ海未ちゃん」

 

 

「俺も」

 

 

「ワタシもです」

 

 

 

ことり・高志・ムサが言った。

 

 

 

みんなでここまで頑張ってきたからこそ、みんなの思いは同じだった。

 

 

 

「まったく・・・ずるいですよ。でも、皆さんの思いは分かりました。その衣装でやりましょう」

 

 

海未がようやく決心してくれたことで、みんなの表情が明るくなった。

 

 

 

「海未ちゃん!だーーいすき!」

 

 

穂乃果はそう言って海未に抱き着き、部屋の中は幸せな笑い声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、みんなで神田明神を訪れ全員横一列になってお参りをした。

 

 

願い事はもちろん全員一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうか明日のライブが、大成功しますように!!

 

 

 

 

 

 

 

 



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第19路 希望とスタート

いよいよファーストライブ編となります。

エリチカファンの方はやや閲覧注意です。


【4月27日 木曜日 ファーストライブ当日】

 

 

 

 

いよいよファーストライブ本番の日がやってきた。

 

 

学校内では昨日一昨日と同様に様々な部活の勧誘などで賑わっていた。

 

 

その中でカケル・高志・ムサは他の部活に負けじとファーストライブ招待のチラシを配っていた。

 

 

 

 

「μ’s、ファーストライブやります!お願いします!」

 

 

「4時から講堂でやります!お願いします!」

 

 

「ぜひ見に来てクダサイ!お願いシマス!」

 

 

 

 

生徒たちはどんどん他の部に行きがちになっているが、それでも一生懸命配り続けていた。

 

 

 

「いよいよ今日だね」

 

 

「ハイ。彼女たちのためにもたくさんお客さんを集めまショウ」

 

 

「それにしても、新たに助っ人が来てくれて助かったな」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~数十分前~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ねえ、みんな!」

 

 

授業が終わり急いで講堂に向かおうとした6人に3人の女子生徒が声を掛けてきた。

 

 

 

彼女たちは穂乃果の友人でそれぞれヒデコ・フミコ・ミカという。

 

 

 

 

「私たちも協力するよ」

 

 

彼女たちはこれから行われるファーストライブの手伝いを志願してきた。

 

 

 

 

「手伝ってくれるの!?」

 

 

穂乃果が嬉しそうに言う。

 

 

 

「3人はリハーサルとかがあるでしょう」

 

 

「私たちだって、学校なくなるの嫌だし」

 

 

「穂乃果たちには上手くいってほしいって思ってるから」

 

 

ヒデコ・フミコ・ミカがそれぞれ言った。

 

 

 

「みんなありがとう~」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「それじゃあみんな、手分けして準備に取り掛かろう!」

 

 

 

「「「おーーー!!」」」

 

 

 

高志の号令でみんなは準備に入った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

カケル・高志・ムサはギリギリまでチラシ配りを、ヒデコ・フミコ・ミカは講堂の音響や照明のチェックなどの舞台のセッティングを行うことになった。

 

 

 

それぞれが準備を行っている間に、ファーストライブの時間が刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

「もうすぐ時間だね。俺たちもそろそろ講堂の方へ行こうか」

 

 

「ああ。そうだな」

 

 

 

駅伝部3人は急いで講堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◎講堂◎

 

 

 

駅伝部3人は穂乃果たちのいる控室の前に来た。

 

 

カケルがドアをノックする。

 

 

 

「入っていいかー?」

 

 

「いいよー」

 

 

 

穂乃果の返事で3人は控室に入る。

 

 

そこには既に衣装に着替え終わっていた穂乃果とことりの姿があった。

 

 

穂乃果がピンク、ことりが緑の衣装だった。

 

 

 

 

「二人とも、とても似合ってマスよ」

 

 

「ああ。いいと思うぞ」

 

 

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

「ありがとう~」

 

 

 

ムサとカケルに褒められ穂乃果とことりが嬉しそうに微笑む。

 

 

 

 

「あれ?海未ちゃんは?」

 

 

高志がキョロキョロと周りを見渡す。

 

 

 

「まだ着替えてるところ」

 

 

穂乃果が試着室の方を指さす。

 

 

どうやら海未が着替えているようでゴソゴソとカーテンが動いていた。

 

 

 

 

「おーい海未。急げよ」

 

 

カケルが声を掛ける。

 

 

 

「分かっています。あ、覗かないでくださいよ!」

 

 

「分かってるよ!」

 

 

 

海未に釘を刺され、俺ってそんな奴だと思われてたのか、とカケルは若干傷ついた。

 

 

 

やがて着替え終え、試着室のカーテンが開いた。

 

 

みんなは期待した目で出てきた海未を見つめるが、彼女は青色の衣装の下にジャージを穿いていた。

 

 

 

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 

「う・・海未ちゃん・・」

 

 

高志が残念そうに呟く。

 

 

 

「どうでしょうかじゃないよ!昨日ちゃんとやるって約束したでしょう!」

 

 

そういって穂乃果は無理やりジャージを脱がせた。

 

 

 

 

「いやーーーーーーーん」

 

 

海未が悲鳴を上げる。

 

 

 

その光景を見て駅伝部3人は顔をカァーっと赤らめながら俯く。

 

 

 

「ほらほら。とってもかわいいでしょ」

 

 

穂乃果は海未を引っ張って鏡の前に立たせる。

 

 

 

「うぅ~やっぱり恥ずかしいです」

 

 

「大丈夫だよ。海未ちゃん、とってもかわいいよ。だから自信持って」

 

 

高志が恥ずかしがる海未の隣に立ち、優しく声を掛ける。

 

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

海未は顔を赤らめながらお礼を言う。

 

 

 

 

「それじゃあみんな、そろそろ舞台の方に移動しよう」

 

 

穂乃果がみんなに声を掛ける。

 

 

 

「じゃあ俺たちは客席の方で見てるから、みんな頑張れよ」

 

 

「皆さん頑張ってクダサイ」

 

 

「緊張しすぎないでね。リラックスリラックス」

 

 

駅伝部3人はそれぞれ声を掛け先に控室を出ていった。

 

 

 

 

「私たちも行こう」

 

 

「海未ちゃん。緊張してないでワクワクすればいいんだよ。『ワクワク大作戦』だよ!」

 

 

「どこかで聞いた作戦名ですね」

 

 

 

ことり・穂乃果・海未も控室を出て舞台へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな大丈夫だろうか?特に海未が心配だ」

 

 

「彼女たちならきっと大丈夫デスヨ」

 

 

「みんなあれだけ練習してきたんだから大丈夫さ。彼女たちを信じよう」

 

 

駅伝部3人は話しながら講堂の客席の入り口のドアの前に来た。

 

 

 

 

「お客さん、どれぐらい来てくれてるだろう?」

 

 

「楽しみデスネ」

 

 

3人はドアを開けて中に入った。

 

 

 

「こ、これは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果たち3人は舞台に立って、お互いに手を握り合いながら幕が開かれるのを待っていた。

 

 

 

「いよいよだね」

 

 

「絶対成功させようね」

 

 

「もちろんです」

 

 

 

始まりのブザーが鳴りゆっくりと幕が開いた。

 

 

希望に満ちた彼女たちの前に広がっていたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケル・高志・ムサしかいない、がらんとした客席だった。

 

 

 

 

そう。お客さんが誰一人として来てくれなかったのだ。

 

 

見に行くと約束していた駅伝部すらも来ていなかった。

 

 

 

駅伝部3人は申し訳ないという表情で立っていた。

 

 

 

 

「ごめんみんな・・・頑張ったんだけど・・・」

 

 

高志が重い口を開いた。

 

 

 

 

今までの努力が報われなかった現状を目の当たりにし、穂乃果も、海未も、ことりも、カケルも、高志も、ムサも呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

「そりゃそうだ。世の中そんなに甘くない。・・・・・」

 

 

穂乃果は無理に笑顔を作って口を開くが、だんだんと目に涙が浮かび唇を噛みしめた。

 

 

海未もことりも必死に涙をこらえているようだった。

 

 

 

そんな彼女たちの姿を見て、高志は目を閉じて俯き、ムサは彼女たちと同じで今にも泣きだしそうな表情だった。

 

 

カケルは拳を強く握りしめながら唇を噛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は・・・ライブを絶対成功して欲しかったから・・・彼女たちに笑顔でいて欲しかったから・・・俺は彼女たちの力になるって決めたのに・・・

 

 

 

なのに俺は・・・何もしてあげられなかった・・・

 

 

 

何やってんだろ・・・

 

 

 

 

 

何やってんだろ、俺・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「「うわあぁ!!」」

 

 

客席の後ろ脇にある入り口から声が聞こえた。

 

 

みんなは振り向くと、男子生徒一人と女子生徒一人が声を上げながら入ってきた。

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい!ぶつかっちゃって!」

 

 

「いや、こっちこそごめん!急いでたもんで!」

 

 

 

その生徒は、王子と以前チラシを受け取った眼鏡の女の子だった。二人とも走ってきたようで息を切らしていた。

 

 

 

「「あ、あれ!?ライブは!?」」

 

 

二人は声を揃える。

 

 

 

 

「王子・・・」

 

 

 

「お~いみんな!お待たせ!」

 

 

「!?」

 

 

 

 

カケルが呟くと、今度は駅伝部員たちがハイジを筆頭に入ってきた。

 

 

 

「ハイジさん・・・みんな」

 

 

 

 

「お待たせしました~」

 

 

「約束通り来ましたよ」

 

 

双子が手を振りながら言う。

 

 

 

 

「すまないカケル。さっきまで明日の説明会の計画を練ってて遅くなってしまったんだ」

 

 

ハイジが申し訳なさそうに言った。

 

 

 

「でも、全然客来てないじゃないか」

 

 

平田が客席を見渡しながら呟き、ユキもキョロキョロと周りを見渡していた。

 

 

 

ハイジは穂乃果たちの前に立ち、口を開いた。

 

 

 

 

「君たちのことは彼らから聞いてるよ。廃校を阻止したいんだってね。俺たちでよかったら観客になるよ。君たちのこれまでの努力の成果をしっかり見届けるよ。だから、最後まで望みを捨てちゃだめだ!」

 

 

 

「そうですよ!諦めちゃダメですよ!」

 

 

「俺たちがしっかり見てますから!」

 

 

「ぼ、僕もです!楽しみにしてましたから!」

 

 

ジョータ・ジョージ・王子が笑顔で声を掛ける。

 

 

 

平田は笑顔を浮かべながら親指を突き上げたグットサインを示し、ユキは無言で微笑んでいた。

 

 

 

 

「みんな・・・」

 

 

 

穂乃果たちは見に来てくれた駅伝部のみんなと眼鏡の女の子の応援の気持ちがこもった目を見回した。

 

 

そして穂乃果は溜まっていた涙を拭い、口を開いた。

 

 

 

 

「やろう!歌おう、全力で!そのために今日まで頑張ってきたんだから!」

 

 

「うん!」

 

 

「はい!」

 

 

穂乃果の言葉で3人は笑顔が戻ってきた。

 

 

 

「μ’s ミュージックスタート!」

 

 

 

 

 

 

照明が落ち、曲が流れ始め3人は踊り始めた。

 

 

µ’sとしての初ライブが今、始まった。

 

 

 

彼女たちはとてもいい笑顔で歌い踊っていた。

 

 

本物のアイドルには遠く及ばないものの、とても魅力的で希望を感じられると、カケルは思いながら見ていた。

 

 

 

他のみんなも、彼女たちのダンスに魅了されているようだった。

 

 

 

やがて手伝いを志願してくれたヒデコ・フミコ・ミカもやってきた。

 

 

続いて、眼鏡の女の子の友達のショートヘアの女の子も

 

 

そして客席の後ろの方には、西木野が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

やがてライブが終わった。

 

 

 

みんなで決めたこの曲名は『START:DASH!!』

 

 

まさに、始まりにふさわしい曲だった。

 

 

 

 

観客は全員拍手を送った。特に王子と眼鏡の子は揃って目を輝かせながら大きな拍手を送っていた。

 

 

 

穂乃果たち3人は満足したようで、とても晴れ晴れとした表情だった。

 

 

 

 

(本当にみんな、よく頑張ったな)

 

 

カケルは心の中で彼女たちを労った。

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、客席の後ろの方からコツッコツッと足音が聞こえてきた。

 

 

全員が振り向くと、生徒会長の絢瀬がやってきた。

 

 

講堂は一旦静寂に包まれる。

 

 

 

 

「どうするつもり?」

 

 

絢瀬が穂乃果たちに対して口を開いた。

 

 

 

 

「続けます!」

 

 

絢瀬の問いかけに穂乃果ははっきりと宣言する。

 

 

 

 

「なぜ?これ以上やっても、意味なんてないと思うけど」

 

 

「やりたいからです!私、今のライブでもっと歌いたい、もっと踊りたいって思いました!きっとことりちゃんも海未ちゃんも・・・それに、私たちを支えてくれる人たちもいる」

 

 

穂乃果はカケル・高志・ムサを見つめながら言う。

 

 

 

「こんな気持ち初めてなんです!やってよかったって本気で思ってるんです!」

 

 

「・・・」

 

 

「このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援だって全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命頑張って届けたい!今、私たちがここにいるこの想いを!」

 

 

 

誰もがみんな穂乃果の力強い言葉を聞き入っていた。

 

 

 

(穂乃果。やっぱりお前は強いな)

 

 

カケルはそんな穂乃果の姿を見て嬉しく思った。

 

 

 

 

「いつか私たちは、ここを満員にして見せます!!」

 

 

 

穂乃果は強い口調で宣言した。

 

 

そしてカケルはその言葉を聞いて、これからもしっかり彼女たちの支えになろうと心の中で改めて誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理よ」

 

 

しかし絢瀬は穂乃果の言葉を一蹴する。

 

 

 

「これがあなたたちの現状なのよ。所詮は思い付きの行動。そんなダンスであなたたちの想いをみんなに届けるのは無理だと思うわ」

 

 

講堂を見渡しながら絢瀬は尚も冷たく突き放した。

 

 

 

 

 

 

「待ってください!」

 

 

「・・・!?」

 

 

 

すると突然、カケルが口を開いた。

 

 

 

 

 

「あなたは・・蔵原君ね」

 

 

「生徒会長。あなたは彼女たちのあのダンスを見て、本気で『思い付きの行動』だって思ってるんですか?」

 

 

カケルは絢瀬をじっと見つめながら言う。

 

 

 

 

「そんな暇があったら、彼女たちのように生徒会長として廃校を阻止する手段を考えたらどうですか?今のあなたを見ていると、いい方法が浮かばなくて彼女たちに八つ当たりをしてるようにしか見えませんよ!」

 

 

 

「よせカケル。言い過ぎだぞ」

 

 

だんだんと強い口調で抗議するカケルをハイジが諫める。

 

 

 

 

 

「やめて!!」

 

 

絢瀬の叫び声が講堂中に響き渡った。

 

 

 

 

「あなたに私の何が分かるっていうのよ!!私は、あなたたちみたいに、ただ好きに踊って、ただ好きに走ってる『お気楽者』のあなたたちなんかとは違うのよ!!」

 

 

 

 

 

この言葉でカケルは怒りが沸き上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何だと!?彼女たちのことも、俺たち駅伝部のことも、ただの『お気楽者』だと!?

 

 

みんながどんな思いでやってきてるのか、何も知らないくせに好き勝手言いやがって!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな!!!」

 

 

 

 

「・・・ハ、ハイジさん」

 

 

 

 

 

カケルが口を開こうとした瞬間、ハイジが声を張り上げた。

 

 

 

ハイジの凄まじい剣幕に、その場にいる誰もが驚き身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「彼女たちは、本当にこの学校が好きで、この学校を守りたくてスクールアイドルを始めたんだぞ!!そんな彼女たちの努力を、どうして君は認めようとしないんだ!!夢や目標を持って一生懸命頑張っている生徒たちを後押ししてあげるのが生徒会長の役目じゃないのか!!違うのか!!そんな彼女たちや俺たちの想いを何も分からずに、これ以上みんなのことを悪く言うことは、俺が許さない!!」

 

 

絢瀬はハイジの怒号に怯む様子もなく、ただハイジを睨んでいた。

 

 

さらにハイジは続ける。

 

 

 

「はっきり言っておこう!今の君では、学校は守れない!」

 

 

その言葉に絢瀬は動揺の色を見せ始めた。

 

 

そんな彼女にハイジは容赦なく言い放った。

 

 

 

 

「今の君は・・・生徒会長失格だ!!」

 

 

 

 

 

しばらくハイジと絢瀬は鋭い眼光で睨みあうが、やがて絢瀬の目に涙が浮かび、彼女は悔しそうな表情で涙を拭いながら走り去っていった。

 

 

 

 

 

彼女の姿が見えなくなると、ハイジは後悔の表情を浮かべる。

 

 

 

「みんなすまない。大人げないことをしてしまった。君たちも、ごめん!」

 

 

ハイジはその場にいるみんなに、そして穂乃果たちに謝罪する。

 

 

 

 

「いいえハイジさん。最初に言いだしたのは俺の方ですよ。すいませんでした。みんな、ごめん!」

 

 

カケルはハイジに続いて頭を下げる。

 

 

 

「俺は、今日のために必死に頑張ってきたみんなの行動を『思い付きの行動』だとか『お気楽者』って言われたのが許せなくて・・・」

 

 

「それは俺も同じだ。君たちの努力を踏みにじられたような気がして、居ても立っても居られなくなってしまった。だが、さすがに言い過ぎたよな」

 

 

 

カケルとハイジはそれぞれ本心を打ち明ける。

 

 

 

 

しかし穂乃果・海未・ことりは二人に微笑んでいた。

 

 

「ありがとうカケル君。それに先輩も」

 

 

穂乃果が言った。

 

 

 

 

「私たちのために、あんなに声を張り上げてくれたんですよね」

 

 

「私たち、とても嬉しかったです」

 

 

海未とことりが言った。

 

 

 

 

「ナイスだったぜハイジ」

 

 

「俺もあの生徒会長が気に食わなかったから、スッキリしたぜ」

 

 

「よく言ってくれましたって感じですよ」

 

 

「さすがキャプテンです」

 

 

 

ユキ・平田・ジョータ・ジョージがそれぞれ労った。

 

 

 

「みんな・・・」

 

 

みんなの言葉を聞いて、ハイジは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん!今日はファーストライブ、見に来てくれて・・・」

 

 

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 

 

3人はその場にいる全員にお礼を言った。

 

 

何人かは再び拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

「君たちも、ありがとう。素晴らしいライブだったよ。俺たち駅伝部も、君たちのことを応援するよ。何かあったら、遠慮なく言ってくれ。力になるよ」

 

 

ハイジが言った。

 

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

穂乃果が嬉しそうにお礼を言う。

 

 

 

 

 

「紹介がまだだったね。俺は3年の清瀬灰二。駅伝部の主将を務めている。これからよろしく」

 

 

 

「俺、1年の城太郎です。ジョータって呼んでください」

 

 

「俺、弟の城次郎です。ジョージって呼んでください」

 

 

「1年の柏崎茜です。みんなからは王子って呼ばれてます」

 

 

「3年の平田彰宏だ。力仕事とパソコン関係だったら力になるぜ」

 

 

「3年の岩倉雪彦だ。よろしく」

 

 

 

駅伝部はそれぞれ自己紹介をした。

 

 

 

 

 

「高坂穂乃果です!」

 

 

「園田海未です!」

 

 

「南ことりです!」

 

 

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

 

 

 

「完敗からのスタートか・・・」

 

 

入り口のドア付近に立っている東條が呟いた。

 

 

 

後ろの方で見ていた西木野は、静かに去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

こうしてµ’sのファーストライブは幕を閉じた。

 

 

惨敗という結果に終わったが、新たな決意、そして

 

 

 

 

 

新たな『絆』が生まれた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

ユキはふと客席の後ろの方を振り返った。

 

 

その目線の先には、こっそり講堂から出ていくツインテールの女子生徒がいた。

 

 

ユキはその姿を確認すると、ほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

(ふふ・・・あいつ・・・)

 

 

 




ようやくファーストライブが終わりました~

アニメ3話で19話も費やしてしまいました。ペース遅すぎですよね。


それとエリチカファンの方々、すいませんでしたm(__)m


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第20路 お礼とマネージャー

駅伝部の試合メインです。細かい説明多いです。


【4月29日 土曜日  午前9時】

 

 

ファーストライブから2日後、顧問の坂口を交えた駅伝部員たちは秋葉原駅前に集合していた。

 

 

今日から高校インターハイの予選がスタートし、部員たちはまず今日と明日行われる支部予選に向かおうとしていた。

 

 

 

「今日はいよいよ、高校インターハイの支部予選へ出陣だ!来たる全国高校駅伝へ向けて我が音ノ木坂学院男子駅伝部の大事な布石となるだろう!」

 

 

坂口がみんなの前に立ち、延々と演説を始めた。

 

 

 

 

(坂口先生ってこういうときだけ監督ヅラですか?)

 

 

(大人の話は長えよな・・)

 

 

ジョータと平田がヒソヒソと呟く。

 

 

 

「したがって、早急な強化体制に入る!ありがたいことに今日明日は臨時マネージャーが付いてくれることになった!」

 

 

坂口は横にいる3人の人物を指しながら言った。

 

 

その3人とは穂乃果・海未・ことりである。

 

 

 

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 

3人は揃って駅伝部員に挨拶をする。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~昨日~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

駅伝部は練習が終わり、校内の運動場の脇にみんなで集まっていた。

 

 

 

 

「よし!今日の練習は以上だ!明日からはいよいよ地区予選だ!各自、体調を整えて万全の状態で臨むように!」

 

 

 

「「「お疲れ様でした!!」」」

 

 

ハイジの号令で練習終了の挨拶を交わす。

 

 

するとそこへ穂乃果たち3人がやってきた。

 

 

 

「「「お疲れさまでーす」」」

 

 

3人は部員たちに声を掛ける。

 

 

 

「µ’sの皆さんだ!」

 

 

ジョータが嬉しそうに言う。

 

 

 

「穂乃果!海未!ことり!」

 

 

「やあ、君たちか。何か御用かい?」

 

 

カケルとハイジが声を掛けると、海未が話し出す。

 

 

 

 

「実は皆さんにお願いがあるんです」

 

 

「お願い?」

 

 

「カケルたちから聞きました。皆さんは明日明後日に支部予選があるということを」

 

 

 

今度は穂乃果が前に出て口を開いた。

 

 

 

「そこで私たちに・・・お手伝いをさせてほしいんです!」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

3人は、以前のファーストライブを見に来てくれたお礼ということで、今日と明日の2日間臨時で駅伝部のマネージャーを志願してきたのだった。

 

 

そのために3人とも揃って学校のジャージ姿で来ていた。

 

 

 

 

「別にそこまで本格的にならなくても、応援に来てくれるだけでよかったのに」

 

 

3人の姿を眺めながらハイジが言う。

 

 

 

「いいじゃねえか!昨日の説明会も結局誰も来なかったから寂しいと思ってたしな」

 

 

「そうですよ!臨時とはいえ、念願の女子マネージャーですよ!」

 

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 

平田と双子はマネージャーが付いてくれたことにすっかりテンションが上がっていた。

 

 

 

海未とことりは少し照れながらみんなに会釈を返す。

 

 

 

「よろしくね。カケル君」

 

 

「お、おう・・///」

 

 

穂乃果はにっこりと笑いながらカケルに声を掛けた。

 

 

 

 

「それでは諸君の検討を祈る!では!」

 

 

坂口はそう言ってその場を後にした。

 

 

 

「えっ?先生ついてこないの?」

 

 

「本当に顧問ですか?」

 

 

「仕方ないだろ。無理やり名前だけなってもらったんだから」

 

 

怪訝な表情をする双子をハイジが諫める。

 

 

 

「それにしても、このチームジャージ格好良いデスね」

 

 

ムサは今着ているジャージについて絶賛する。

 

 

 

駅伝部員はみんな揃いのチームジャージを着ている。

 

 

ユニフォームと同じく上下茄子紺色で、背面には白文字で「音ノ木坂学院」と書かれており、正面から見て右側の胸部には学校のシンボルマークが描かれている。

 

 

ようやく出来上がったため、昨日ハイジがみんなに配ったのである。

 

 

 

「うん。とっても格好良いよ」

 

 

「いいな~。まさに部活動って感じがするよ」

 

 

「「いや~それほどでも~」」

 

 

ことりと穂乃果に誉められ、双子が頭をかきながら照れたように笑う。

 

 

 

 

 

「ハイジさん。この2日間はどういうご予定ですか?」

 

 

海未がハイジに訊ねる。

 

 

 

「今日は14時から3000障害に高志と平田が出場し、明日は同じく14時から5000mに俺とムサとユキが出場する。カケルと1年生たちは明日、東京体育大学の方の5000mに出場するから別行動になるな」

 

 

ハイジは2日間の予定を説明すると、海未が嬉しそうな笑顔になる。

 

 

 

「じゃあ今日は高志の試合が見られるんですね」

 

 

「うん。今日はサポートの方よろしくね」

 

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

高志と海未はお互い笑顔で言葉を交わし合った。

 

 

 

「お前ら仲いいんだな」

 

 

「もしかしてお前ら、付き合ってんのか?」

 

 

 

「「うえぇぇっ!?」」

 

 

ユキと平田に問われ、高志と海未は揃って変な声を上げる。

 

 

 

「そ・・そんなんじゃないですよ!海未ちゃんは確かにかわいくて魅力のある女の子ですけど、俺たちは同じ作詞担当者という立場なだけでそこまでの関係ではないですよ!」

 

 

「そ・・そうです!高志はとても優しくて頼りになる人です!ですか私たちはあくまでクラスメイトで友達なだけであって、それ以上でもそれ以下でもありません!」

 

 

2人はそれぞれ顔を真っ赤にしながら慌てて弁明をするが、お互いの褒め言葉を聞き照れたようにモジモジし始めた。

 

 

 

 

「ふ~~ん」

 

 

平田とユキは若干ニヤけながら2人の言葉を聞いており、双子もヒューヒューと言いたげな表情で2人を見ていた。

 

 

 

(うふふっ、海未ちゃんかわいい~)

 

 

(高志君もすっかり照れちゃって)

 

 

ことりと穂乃果もすっかり興味津々だった。

 

 

 

海未はともかく高志があんなに取り乱すの初めて見たな、とカケルは思った。

 

 

 

「こら!茶々を入れるのはそれぐらいにして、早く試合会場に行くぞ!」

 

 

ハイジの号令で、一同は駅へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都内の陸上部は第1支部から第6支部に分かれており、今日と明日の試合は各支部の学校同士で都大会の出場枠を争う支部大会である。

 

 

 

音ノ木坂学院高校は第1支部に属しており、第1支部に属する地区は千代田区、港区、大田区、目黒区、品川区、中央区、渋谷区となっている。

 

 

 

一同は40分程かけて東京モノレールの大井競馬場前駅まで行き、そこから徒歩10分程の所にある第1支部の試合会場「大井ふ頭中央海浜公園スポーツの森陸上競技場」へ到着した。

 

 

 

観戦席の一画に荷物を置き一同は陣地を確保する。

 

 

現在競技場内では、他種目の競技が行われており各校の応援の声が飛び交っていた。

 

 

 

 

「うわぁ~すごい声援」

 

 

「迫力あるね~」

 

 

「私、こういう雰囲気好きですよ」

 

 

 

穂乃果・ことり・海未は初めて見る陸上試合の雰囲気に感嘆していた。

 

 

 

「全国大会ではこんなもんじゃないぞ」

 

 

3人の様子を見てカケルが言った。

 

 

 

「カケル君は全国大会とか行ったことあるの?」

 

 

「い、いや・・そんな気がしただけさ」

 

 

穂乃果の問いにカケルはややどもりながら答える。

 

 

 

「試合までまだ時間があるから、それまで待機だ。高志と平田は頃合いを見てしっかりアップしておくように」

 

 

「はい!」

 

 

「おう!」

 

 

 

ハイジが声を掛け、高志と平田は返事を返す。

 

 

 

 

「ねえねえ、私たち何をしたらいい?」

 

 

「何でもするから任せて」

 

 

穂乃果とことりに訊ねられ、カケルは少し考え込む。

 

 

 

(う~ん、いきなり仕事任せるのも悪いし・・・)

 

 

「じゃあ試合が始まったら、応援してほしいかな。あんなふうに」

 

 

カケルは競技中の選手を応援している他校生を指しながら言った。

 

 

 

 

 

応援にも色んなやり方があった。

 

 

 

「田中先輩ファイトでーす!」

 

 

「大田ラストファイトー!」

 

 

部員が個人個人で応援しているところや

 

 

 

 

「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー高橋!!」

 

 

「「「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー高橋!!」」」

 

 

「いっけーいけいけいけいけ田村!!」

 

 

「「「いっけーいけいけいけいけ田村!!」」」

 

 

部員全員で声を揃えて応援するところなど様々だった。

 

 

 

 

「あ、あんなふうにですか・・」

 

 

「でも、これならいい発声練習にもなりそうだね」

 

 

「よーし!頑張って応援するぞー!」

 

 

穂乃果・ことりは張り切っているが、海未はやっぱりまだ恥ずかしそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

やがて3000m障害の試合時間が近づいてきたため、ハイジが部員たちに声を掛ける。

 

 

 

「よし!高志と平田はそろそろ行こうか!誰か一人ずつ付き添いをお願いしたいんだが」

 

 

「では、平田サンには私が行きマス」

 

 

ムサが答える。

 

 

 

「オッケー。じゃあ高志には・・」

 

 

「あ・・あの!」

 

 

「ん?」

 

 

「私に行かせてください!」

 

 

「海未ちゃん」

 

 

「海未」

 

 

海未が手を上げながら立候補し、穂乃果とカケルは少し驚いていた。

 

 

 

「臨時とはいえマネージャーとして来たからには、しっかりと選手のサポートを務めたいんです。お願いします」

 

 

海未は頭を下げてハイジに頼み込む。

 

 

 

「よし、わかった。じゃあよろしく頼むよ」

 

 

ハイジが許可を出す。

 

 

 

「ありがとうございます!あ、あの・・高志・・よろしくお願いします」

 

 

「うん。よろしくね海未ちゃん」

 

 

 

そして高志・平田・ムサ・海未は試合へと向かっていった。

 

 

 

 

(ホントに海未って真面目だよなぁ)

 

 

カケルはみんなと共に試合に向かう海未の後ろ姿を見ながら思った。

 

 

 

「海未ちゃんやる~」

 

 

「やっぱりいい雰囲気だよね。あの二人」

 

 

穂乃果とことりが呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

高志はスタート地点付近のトラックの外側でアップジョッグをしていた。

 

 

ジョッグをしながら高志は海未の様子を眺める。

 

 

海未は今、ムサからマネージャーの仕事を教えてもらっているようで、所々で頷きながらメモまで取っている。

 

 

本当に新人マネージャーみたいだな、と高志は微笑ましく思った。

 

 

 

高志はジョッグを終えると、持ってきた荷物の所に座り込み靴紐を結びなおした。

 

 

そこへ海未がやってきた。

 

 

 

 

「高志、調子はどうですか?」

 

 

「まあまあかな。でも、本当にありがとね。俺の付き添いに来てくれて」

 

 

「いいえ。いつもµ’sの活動に協力してもらっているお礼です。本当に高志には色々助けてもらいましたから」

 

 

「ありがとう。・・ふぅ~」

 

 

高志はもう一度お礼を言うと目を閉じて深呼吸をした。

 

 

 

「もしかして、緊張していますか?」

 

 

「うん。ちょっとね。いよいよ始まるんだって思うと・・」

 

 

 

すると海未は高志の後ろに回り、肩を揉み始めた。

 

 

「・・海未ちゃん」

 

 

「大丈夫です。しっかり練習を積んできたんでしょう。自分に自信を持ってください」

 

 

海未は肩を揉みながらにっこりと微笑む。

 

 

 

「肩の力を抜いて、リラックスですよリラックス」

 

 

「うん。そうだね」

 

 

 

 

 

 

「なあムサ。あの二人は本当に付き合ってないのか?」

 

 

「ウ~ン、よく分からないデス」

 

 

少し離れた所で平田がジト目で二人を見つめ、ムサが苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよスタート時間となり、高志と平田はスタート地点に並んだ。

 

 

 

(初めてのインターハイ予選だ。頑張るぞ)

 

 

(いけるところまでいってやるぜ)

 

 

 

「位置について・・・よーい!」

 

 

 

パーーーーーーーーン

 

 

 

スタートの号砲が鳴り各選手が一斉にスタートし、各校の声援が飛び交った。

 

 

 

 

 

「平田先輩ファイトー!」

 

 

「高志ファイトー!」

 

 

観戦席で見ている駅伝部員たちも声援を送る。

 

 

 

「音ノ木坂ファイトー!」

 

 

「高志君頑張れ~~!」

 

 

穂乃果とことりも負けじと応援する。

 

 

 

周りにいる何人かが、ことりの声援に思わず反応していたことに隣にいたカケルが気付いた。

 

 

 

(このことりの脳トロボイスを聞けばそりゃ反応するわな。これで応援されたら大概の男は頑張れるか…いや、かえって力が抜けるかもな。って何考えてるんだ俺は)

 

 

 

 

「ええっ!?走りながらあのハードル飛び越えるの!?」

 

 

「ちょっと危なそう」

 

 

トラックの各地点に設置されているハードルを越える選手たちを見ながら穂乃果とことりが心配そうに呟く。

 

 

そんな2人にカケルとユキが解説をする。

 

 

 

「あれには相当強靭な足腰が必要になってくるよ」

 

 

「まぁ、高志は中学まで群馬の山奥で育ったんだからあいつにはうってつけの競技だと思うぞ」

 

 

 

 

 

 

3000障害は全2組のタイムレースで行われている。

 

 

タイムレースとは複数の組の選手全体のフィニッシュタイムが速い順に順位をつけていく形式である。

 

 

この試合では上位8人までが都大会に出場できる。

 

 

高志と平田は共に2組目を走っており、2人とも先頭集団につけていた。

 

 

 

 

「74、75、76、77!77秒です!高志ファイトでーす!」

 

 

海未はしっかり高志のタイムを計測しながら大きな声で声援を送っており、隣で平田のタイムを計測しているムサが嬉しそうに微笑んだ。

 

 

(海未サン。頑張ってマスね)

 

 

 

 

 

 

 

やがて2人はフィニッシュした。

 

 

高志は1組目の1着より速いタイムで4着となったため全体の4位となり都大会の出場権を掴んだ。

 

 

一方平田は途中から遅れだし上位8位以内のタイムに入れず、支部予選敗退となった。

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 

走り終えた高志に海未が駆け寄り飲み物のボトルを差し出した。

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・ありがとう。海未ちゃんやったよ。俺、都大会に行けるよ」

 

 

「本当ですか!おめでとうございます!」

 

 

高志の報告を聞き、海未の表情がとても明るくなった。

 

 

 

「これも、海未ちゃんのサポートのおかげだよ。本当にありがとう」

 

 

「い、いいえ・・本当にお疲れ様でした」

 

 

高志に改めてお礼を言われ、海未は若干顔を赤らめながら彼を労った。

 

 

 

 

 

平田は疲れ切って息を切らしながら地面に座り込んでいた。

 

 

 

「お疲れさまデス」

 

 

「ゼェ・・ゼェ・・サンキュー・・」

 

 

平田はムサからボトルを受け取り、飲み物を口に含む。

 

 

 

「残念デシタね・・」

 

 

「ああ。でもやるだけのことはやったんだからしょうがねえ。これからは5000mで記録を出すことに専念するぜ。お前も明日は頑張れよ」

 

 

「ハイ!」

 

 

平田はムサにエールを送り、次の目標に向けて気持ちを切り替えていた。

 

 

 

こうして支部予選1日目が終了した。

 

 

 

 

 

【4月30日 日曜日】

 

 

「よかったよね~。高志君無事に都大会進出できて」

 

 

「はい。本当によく頑張りました」

 

 

「あんなふうに応援されたら頑張るしかないですよ」

 

 

「よーし、俺も頑張るぞー」

 

 

 

カケルと1年生、そして穂乃果と海未は記録会のため東京体育大学へと向かいながら昨日の試合について話していた。

 

双子は今日もマネージャーの付き添いがあるということで張り切っていた。

 

 

 

「あれ?ことり先輩は一緒じゃないんですか?」

 

 

王子が訊ねる。

 

 

 

「ことりでしたら今日は支部予選の方に行っています」

 

 

「ムサ君の応援がしたいんだって」

 

 

海未と穂乃果が答え、王子はなるほど、と頷いていた。

 

 

 

「カケル君の付き添いは私がやるね。今日はよろしく」

 

 

「ああ。よろしくな」

 

 

穂乃果に笑顔で声を掛けられカケルは返事を返す。

 

 

 

「あの~、俺たちもいるんですけど…」

 

 

「いよいよカケル君の試合が見れる。楽しみだなぁ~」

 

 

ジョージが言うが、穂乃果は聞いておらず一人ほくそ笑んでいた。

 

 

 

「まったく穂乃果ったら」

 

 

「・・・///」

 

 

海未は苦笑いしながらため息をつき、カケルは思った以上に楽しみにされ、少し照れていた。

 

 

その様子を双子はニヤニヤしながら眺めていた。

 

 

 

 

一同は東京体育大学へと到着した。

 

 

初めて訪れた穂乃果と海未は、みんなで陸上競技場に向かいながらキャンパス内の様々なグラウンドや体育施設を見回していた。

 

 

中には既に練習を始めている部もあった。

 

 

 

「すごーい!運動場でいっぱいだよ!」

 

 

「とても広いキャンパスですね。うちの学校の倍以上はありますね」

 

 

 

 

 

 

「エーーーイサーーーー!エーーーイサーーー!!」

 

 

 

「な、何!?」

 

 

 

 

 

穂乃果と海未が呟いていると、大きな声が聞こえてきた。

 

 

声がする方へ振り向くと、キャンパスの一画で男子学生の集団が白の短パンに白の鉢巻きをつけ上裸という服装で大きな声を上げながら何やらパフォーマンスを行っていた。

 

 

 

「な、何なんすかね?あれ」

 

 

「あれは、東京体育大学の伝統応援パフォーマンスですよ」

 

 

不思議がるジョータに海未が説明する。

 

 

 

「各運動部が大きな大会で優勝した時のみ行われるんです。おそらくその練習でしょう。必ずあの服装でやらなければならないという決まりがあるんです」

 

 

「ええっ!?じゃあ真冬でもあの恰好でやるんですか!?」

 

 

「当然です」

 

 

 

「ぼ、僕には絶対縁のない世界だ・・」

 

 

王子が呟いた。

 

 

 

(じゃあ箱根駅伝で優勝した時も、あれをやるのか。あんな寒い中・・・さすが体育大学だ。それにしても海未、あれを見てからテンション上がってないか?)

 

 

海未の様子を見てカケルが思っていると、穂乃果の姿が見えなくなっていた。

 

 

 

「あれ?穂乃果は?」

 

 

カケルがキョロキョロ周りを見渡すと、すぐそばにある先程のパフォーマーと同じ恰好の人型の銅像の前に立っている穂乃果の姿を見つけた。

 

 

 

「こうかな?エーーーイサーーー!・・どう?強そうでしょ」

 

 

穂乃果は銅像のポーズを真似しながら声を上げる。

 

 

 

「「あはははは!穂乃果先輩おもしろ~い!」」

 

 

「「はぁ~~~・・・」」

 

 

双子は大爆笑し、カケルと海未は揃ってため息をついた。

 

 

 

たまたま通りかかった東体大の男子学生数人が穂乃果の様子を見てクスクスと笑っていた。

 

 

海未は恥ずかしそうに顔を赤らめながら学生たちに謝罪する。

 

 

 

「どうもすみません!」

 

 

「いやいや、気に入ってもらえて嬉しいよ。もっと色々見て回っていくといいよ」

 

 

学生たちはそう言って手を振りながら去っていった。

 

 

 

「えへへ、いい人たちだったね~・・痛っ!」

 

 

呑気な穂乃果の頭にカケルがチョップをくらわせる。

 

 

 

「アホなことやってないで、早く行くぞ」

 

 

「うえ~ん痛いよカケルくぅ~ん」

 

 

「カケルの言う通りです!私たちは遊びにきたのではありませんよ!」

 

 

「わかってるってばぁ~」

 

 

「まあまあ海未さん」

 

 

「抑えて抑えて」

 

 

 

そんなこんなで一同は再び陸上競技場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎陸上競技場◎

 

 

 

まもなく王子の組がスタートするため、王子はスタート地点付近で準備をしておりカケルと穂乃果が付き添っていた。

 

 

王子は緊張しているように顔をこわばらせている。これまで運動歴のない彼にとっては初めてのスポーツ試合となるのだ。

 

 

 

「大丈夫か王子?緊張してんのか?」

 

 

「ええ・・・まぁ・・」

 

 

カケルが心配そうに声を掛けると王子がなんとか言葉を絞り出したように答える。

 

 

 

「初めての試合なんだから、そんな緊張しないで気楽にいけよ」

 

 

カケルが励ます。

 

 

 

「そうだよ王子君。ほら、そんな顔してちゃダーメ」

 

 

「いいっ!?」

 

 

 

穂乃果はそう言って両手で王子の頬を掴んで笑顔を作らせた。

 

 

 

「頑張ってね王子君!ファイトだよ!」

 

 

「は、はい」

 

 

 

カケルは若干ムッとしながらその様子を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてついにレースがスタートした。

 

 

王子は果敢に先頭集団に付いていった。

 

 

 

部員たちは王子のタイムを計測しながら王子に声援を送った。

 

 

 

王子は1000mを過ぎたあたりからすでにきつい表情をし、あっという間に最後尾に落ちてしまった。

 

 

 

審判からは脱水症状でも起こしたのかと思われるほど、かなりの周回遅れになってしまった。

 

 

それでも諦めずに最後まで走り切り、カケルと穂乃果に抱えられながらゴール地点を後にした。

 

 

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・」

 

 

 

「お疲れ王子」

 

 

「王子君大丈夫!?」

 

 

 

「ゼェ・・・スポーツマンって、さわやかそうで汚いですよね。スタート直後にいい位置を取ろうとして、みんなが肘で小突いたり背中を押してきますし・・・」

 

 

息を切らしながら話す王子にカケルが声を掛ける。

 

 

 

「これが陸上の試合なんだ。今後に向けていい経験になっただろう。お前はまだこれからだ」

 

 

 

 

王子のタイムは22分02秒で一番遅い組での最下位だった。

 

 

 

 

 

 

続いてジョータとジョージは順調に走り切り、揃って17分を切るタイムだった。

 

 

 

ジョータが16分42秒、ジョージが16分41秒で今回はジョージが先着した。

 

 

 

「イエーイ!今度は俺の勝ち!」

 

 

「くっそー負けたー」

 

 

 

「二人ともお疲れ様です」

 

 

ゴール地点には海未が待っており、二人にボトルを渡した。

 

 

そしてそれぞれのフィニッシュタイムを伝えた。

 

 

 

「ありがとうございます!海未先輩!」

 

 

「なんか結構様になってるじゃないですか」

 

 

「そ、そうでしょうか?」

 

 

「もうこのままマネージャーになって欲しいくらいですよ」

 

 

「ちょっと・・ほめ過ぎですよ」

 

 

 

双子に褒められ海未は恥ずかしそうにするがまんざらでもない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして最後にカケルの番となった。

 

 

 

カケルはユニフォーム姿になると、付き添いをしている穂乃果に荷物を預けた。

 

 

 

「いってらっしゃいカケル君。頑張ってね」

 

 

「ああ。行ってくるよ」

 

 

そう言ってカケルはスタート前の流しに向かった。

 

 

流しの途中カケルは船橋第一高校がいないか周りを見渡したが、今日は来ていないようだったので安心した。

 

 

向こうも今日はインターハイ予選なんだろうな、とカケルは思った。

 

 

 

やがて選手全員がスタート地点に立ち、カケルは大きく深呼吸をした。

 

 

 

 

 

「カケルくーーん!!ファイトーー!!」

 

 

「・・!!??」

 

 

するといきなり穂乃果に大声を掛けられカケルは思わずビクッとした。

 

 

 

「穂乃果!」

 

 

「穂乃果さん!シーー!」

 

 

穂乃果は一緒にいた海未や1年生に静かにするよう注意され、周りからはクスクスと笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

(おいおい・・)

 

 

カケルは心の中で呆れ声を上げるが、それと同時に少し緊張がほぐれたのを感じた。

 

 

 

スタートの号砲が鳴り、みんなの声援を受けながらカケルは走った。

 

 

 

以前とは違い、今日はリラックスしてレースに臨んでいた。

 

 

 

榊がいないということもあるが、何より・・・

 

 

 

「カケル君!ファイトー!」

 

 

 

こんなに自分を応援してくれる人がいるという喜びが彼に力を与えてくれた。

 

 

 

 

 

やがてカケルはフィニッシュした。

 

 

タイムは14分31秒。

 

 

 

14分半を切れなかったのは悔しいが状態は良くなってるから次は大丈夫だろう、とカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

「カケルくーん」

 

 

「カケル!」

 

 

「「「カケルさーん」」」

 

 

 

すると、みんながゴール地点で待っててくれていた。

 

 

カケルは腰ゼッケンを返却すると、みんなの下へ向かった。

 

 

 

「お疲れ様ですカケル。速いですね。走っている姿、素敵でした」

 

 

「そ、そうか?」

 

 

「うん!とってもかっこよかったよ!」

 

 

「あ、ありがとう///」

 

 

 

海未と穂乃果に褒められカケルは顔を赤らめる。

 

 

 

(やっべえ・・・女の子に自分の走りをこんな風に褒められるなんて初めてだ・・・)

 

 

 

「カケルさん、照れてますね」

 

 

回復した王子が呟いた。

 

 

 

「なっ!?べ、別に照れてなんか・・」

 

 

「本当~?カケル君、顔赤いよ~」

 

 

穂乃果は顔を近づけながらまじまじとカケルの顔を見る。

 

 

 

「こ、これは暑かったせいだよ!ってか近えよ離れろ!////」

 

 

カケルは穂乃果を追っ払った。

 

 

 

 

「そうだカケルさん。さっきハイジさんからLINE来たんですけど、3人とも支部予選突破したそうです」

 

 

ジョータが明るい表情で報告した。

 

 

 

「本当か!?」

 

 

「やったー!」

 

 

「よかったですね」

 

 

 

結果を聞いてその場にいた全員が喜んだ。

 

 

 

(そうか。突破したのか。とりあえず一安心だ。お疲れ様です皆さん)

 

 

カケルは心の中で労った。

 

 

 

 

「あと、今日は試合が終わったらこれで各自解散。明日は練習は休み。以上です」

 

 

 

「じゃあさ、このあとみんなでご飯食べに行こうよ!」

 

 

「お!いいっすねー!」

 

 

「行きましょう!」

 

 

穂乃果の提案に双子が賛成する。

 

 

 

「よし!じゃあ穂乃果と海未の分は俺がおごってやるよ!」

 

 

「え?いいの?カケル君」

 

 

「もちろんだよ。この2日間本当に世話になったからな。そのお礼だよ」

 

 

 

「わーい!ありがとう!」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「よっ!カケル先輩太っ腹~!」

 

 

「あ、お前らはダメだぞ!」

 

 

「えへへ、ですよね~」

 

 

 

 

 

こうして2日間の全試合が終了し、楽しい雰囲気に包まれながら一同は陸上競技場を後にした。

 

 

 

 

 




色々調べまくって疲れました・・・

皆さんもスタート前はお静かに


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第21路 休日と繋がり

再びオリジナルです。


今回はオフの日のお話です。


【5月3日 水曜日 夕方】

 

 

「お、やるな穂乃果」

 

 

「今度こそ勝つんだから」

 

 

 

5月に入り今日からゴールデンウイークとなり、3日から7日まで学校は休みとなっている。

 

 

しかし駅伝部もμ’sも休み中にもしっかり練習の予定を入れている。

 

 

今日はお互い午前中に練習があり、終わったあとカケルは家に帰ってのんびり過ごしていたところに穂乃果が遊びに来たため、現在2人でゲームで対戦中である。

 

 

今回のゲームは世間で大変人気の格闘ゲームである。

 

 

 

「これで決まりだー!」

 

 

「あぁ!そんなぁ~…」

 

 

 

 

 

 

GAME SET!! モタモタシテルトオイテクゼー

 

 

 

 

 

 

「うぅーいけると思ったのにー」

 

 

「俺に勝つのはまだ早いってことだな。ってもうこんな時間か」

 

 

カケルが側に置かれている目覚まし時計を見ると、6時になっていた。

 

 

 

「そろそろ夕飯の支度しないとな」

 

 

「今日の夕飯な~に?」

 

 

穂乃果はゲームに負けた時とは打って変わって、目を輝かせ涎を垂らしながら聞いてきた。

 

 

 

「また食ってくのかよ。今日はカレーだ」

 

 

「やったー!カレーだカレー!」

 

 

カケルが仕方がないという表情で献立を伝えると、穂乃果は以前と同じくピョンピョン飛び跳ねながら喜ぶ。

 

 

 

「だから喜び過ぎだっての。作るから待っててくれ」

 

 

そう言ってカケルは準備に取り掛かった。

 

 

 

 

台所ではトントンと材料を切る音が響く。

 

 

カケルは一応エプロンを付け、慣れた手付きで華麗な包丁さばきを見せていた。

 

 

 

ジーーーー

 

 

その様子を穂乃果がまじまじと見つめていた。

 

 

 

「なあ穂乃果。そんなに見られるとやりづらいんだが…」

 

 

「いいじゃん。カケル君が料理作ってる姿見てみたかったんだもん」

 

 

「部屋で待ってりゃいいだろう?」

 

 

「や~だ~!見てたい!だって料理作ってるカケル君の姿もかっこいいんだもん」

 

 

「・・・わかったよ!好きなだけ見ていけよ!/////」

 

 

「ありがとう~」

 

 

カケルは頬を赤らめながら仕方なく許可し、再び作業に取り掛かる。

 

 

 

(本当にコイツは思ったことサラッと言いやがる…)

 

 

 

パシャッ 

 

 

「ん?」

 

 

カケルが思っているとシャッター音らしき音が聞こえたので振り向くと、穂乃果がスマートフォンのカメラでカケルを撮影していたのだった。

 

 

 

「えへへ~、カケル君の料理姿ゲット~」

 

 

「お前、何勝手に撮ってんだよ!」

 

 

満面の笑みで言う穂乃果にカケルが吼える。

 

 

 

「海未ちゃんとことりちゃんにも見せてあげようっと♪」

 

 

「コラ!穂乃果あぁー!」

 

 

 

 

結局穂乃果はその画像をLINEの6人のグループトークに送ってしまった。

 

 

 

 

 

 

穂乃果:今カケル君の家にいまーす。料理作ってるカケル君でーす。

 

 

(画像)

 

 

 

ことり:料理できる男の人って憧れるなぁ(*´▽`*)

 

 

高志:カケルは本当にすごいよね。何でも出来るよね。

 

 

ムサ:はい。尊敬します。

 

 

海未:エプロン姿よく似合ってますね。しかし穂乃果!ちゃんとカケルに撮影の許可は取ったのですか!?

 

 

カケル:勝手に撮りやがった

 

 

海未:穂乃果。覚悟は出来ていますね( ^_^)

 

 

 

 

「ヒイィィ海未ちゃん…ヒドいよカケルくぅ~ん」

 

 

「ざまあみろ。自業自得だ」

 

 

涙目になる穂乃果をカケルはからかう。

 

 

同時に、みんなから褒められて悪い気はしないな、と思ったカケルであった。

 

 

 

やがてカレーが出来上がり2人揃って食べ始めた。

 

 

相変わらず穂乃果は美味しそうに食べている。

 

 

そんな中、穂乃果が口を開く。

 

 

 

「ねえカケル君。明日って何か予定ある?」

 

 

「いや、明日は練習も休みだし特に予定はないな」

 

 

「じゃあさ、せっかくのゴールデンウイークだからみんなでどこか出掛けない?」

 

 

穂乃果の提案にカケルは少し考えた後に返答する。

 

 

 

「ああ、いいぞ。でもどこにしようか?」

 

 

「私考えたんだけど、ここはどうかと思うの」

 

 

穂乃果はカケルにスマートフォンの画面を見せる。

 

 

そこには、江東区にあるとあるショッピングモールの情報が映し出されていた。

 

 

 

「このショッピングモール、とても大きくて色んなお店があって、さらにアミューズメントコーナーもあるから楽しそうだな~と思って」

 

 

「そうだな。江東区ならそんなに時間はかからないし、海が見えて景色も良さそうだし俺はいいと思うぞ」

 

 

「やったー。じゃあみんなに連絡するね」

 

 

カケルが答えると、穂乃果は再びLINEでメッセージを送った。

 

 

 

(みんなでお出かけか。そんなことも今までなかったな)

 

 

カケルがスマートフォンを扱う穂乃果を見ながら思った。

 

 

 

穂乃果の連絡に全員OKの返事が来たため、明日は朝の9時に秋葉原駅に集合することになった。

 

 

 

 

 

 

【5月4日 木曜日 午前9時】

 

 

◎秋葉原駅◎

 

 

 

「おまたせ~」

 

 

カケルと穂乃果が揃って駅に到着すると、既にみんな集まっていた。

 

 

 

「おはよう。穂乃果ちゃん、カケル君」

 

 

「おはようございます」

 

 

「おはよう」

 

 

「おはようゴザイマス」

 

 

ことり・海未・高志・ムサがそれぞれ挨拶をした。

 

 

 

 

全員様々な私服姿で来ていた。

 

 

そういえば、みんなの私服姿って初めて見るな、とカケルは思った。

 

 

特に穂乃果たち3人は勝負服なのか、みんなかわいらしい服装であり、カケルはすっかり見とれてしまった。

 

 

 

「どうしたのカケル君?そんなにジッと見つめて」

 

 

ことりに声を掛けられカケルはハッと我に返った。

 

 

 

「あれれ~カケル君もしかして私たちの姿に惚れちゃったの~?」

 

 

「あ、いや・・その・・あの・・」

 

 

穂乃果にニヤニヤ顔で問い詰められカケルは顔を赤くしながらしどろもどろになった。

 

 

しかし海未の方がもっと赤くなっていた。

 

 

 

「カケル・・・破廉恥です!!」

 

 

海未が恥ずかしそうに大声を上げる。

 

 

 

「ハレンチって何デスか?」

 

 

「え、えーとそれはね…」

 

 

海未の様子を見てムサが高志に訊ねる。

 

 

カケルは、そこまで言わなくても、とションボリしてしまった。

 

 

 

「皆さん、すごくかわいいデスよ」

 

 

「うん。とてもよく似合ってる」

 

 

「ありがとう~」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

ムサと高志に服装を褒められ、ことりと海未は嬉しそうにお礼を言う。海未はまだ顔を赤くしていた。

 

 

 

「どうカケル君?かわいいでしょー」

 

 

穂乃果はそう言って両手を広げてクルクル回りだした。

 

 

「ちょちょちょちょ・・・穂乃果!!/////」

 

 

その勢いでスカートがめくり上がりそうになったので、カケルが慌てて周りを見ながら穂乃果を止めた。

 

 

 

「・・よく似合ってると思うぞ」

 

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

そして一同は電車に乗り、目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎某ショッピングモール前◎

 

 

みんなは最寄り駅を出て少し歩き、目的地のショッピングモールへ到着した。

 

 

 

「うわぁー大きい建物だね」

 

 

「ここなら海も見えますし、いいところですね」

 

 

ことりと海未が建物や周辺の景色を見ながら言う。

 

 

 

「皆さん、これからどうシマスか?」

 

 

「うーん…じゃあまずお昼までお店を見て回ろうか」

 

 

ムサが訊ねると高志が提案し、みんなもそれに賛成した。

 

 

そして穂乃果がみんなに声を掛ける。

 

 

「よーし、今日はみんなで思いっきり遊ぶぞー!」

 

 

「「「おーー!!」」」

 

 

 

 

 

ショッピングモールに入り、案内板を見てみると洋服店・雑貨店・書店・スポーツ用品店・食品売り場・フードコート、さらにはゲームセンターにボウリング場まであり、本当に何でも揃っていた。

 

 

一同はまず、ことりが洋服を見たいと言ったのでとある洋服店に入っていった。

 

 

 

みんなそれぞれ洋服を見て回り、カケルも特に欲しいものはなかったが適当に見て回った。

 

 

いろいろあるなー、と思いながら見ていると、ことりとムサの声が聞こえてきた。

 

 

 

「ムサ君。どっちが似合うかな?」

 

 

カケルが見てみると、ことりが2つの洋服を掲げながらムサに聞いていた。

 

 

 

「どちらもよく似合いますケド、うーん…こっちの方がいいと思いマス」

 

 

「ありがとう~。じゃあこれにするね。今度はムサ君の洋服も選んであげるね」

 

 

「よろしくお願いシマス」

 

 

お互いに洋服を選びあっており、まるでカップルのようだな、とカケルは思った。

 

 

 

「カケル君ー!これとこれ、どっちがいいと思う!?」

 

 

すると穂乃果がドタドタと洋服を2つ持ってきた。

 

 

カケルは少し考えてから選んだ。

 

 

 

「うーん…こっちかな」

 

 

「ブッブー、穂乃果はこっちがいいと思ってたの」

 

 

「決まってるなら聞くなよ…」

 

 

カケルがツッコむ。

 

 

 

 

 

穂乃果・ことり・ムサが新しい洋服を買い、一同は今度は書店へと向かった。

 

 

 

 

書店に入ると、穂乃果とことりは少女漫画コーナーへ行き、ムサは日本の情報誌を読み始め、高志と海未は文学コーナーを見回っていた。

 

 

カケルは小説コーナーを見て回り、何か面白そうなのがあったら買おうと思ったが、特に見つからなかったため、外に出て待ってようと思ったとき、高志と海未の話し声が聞こえた。

 

 

様子を見ると、お互いに買いたい本について話しているようだった。

 

 

 

「その本は植物の本ですか?」

 

 

「うん。俺、ガーデニングが趣味で家の庭には色んな花や植物があるんだ」

 

 

「素敵な趣味ですね」

 

 

「海未ちゃんはどんな本を買うの?」

 

 

「これです」

 

 

海未は高志に本を見せた。 

 

 

その本は、『襷を繋げ  ~千極大学駅伝チームを造り上げた男~  八木下明弘 』という駅伝に関する著書だった。

 

 

 

「もっと駅伝の素晴らしさを知りたいと思いまして。それにこの大学は、私の一推しのチームなんです」

 

 

海未がわくわくした様子で言う。

 

 

 

「そうなんだ。千極大学って今凄く強いよね」

 

 

「はい。八木下監督の熱血な指導によって、現在では『平成の常勝軍団』と言われていますからね」

 

 

2人は駅伝について熱く語り出していた。

 

 

っていうか海未、よく知ってるなとカケルは思いながら見ていた。

 

 

 

 

その後もみんなで雑貨店やスポーツ用品店など色んな店を見て回ってから、昼食を摂るためフードコートに集まった。

 

 

このフードコートも、洋食・和食・中華料理・ファーストフードなど様々な店が並んでいた。

 

 

しかし連休ということもあり、どの店も客席も混んでいた。

 

 

6人はようやく一緒に座れる席を見つけ、交代で昼食の注文をとった。

 

 

 

カケル・穂乃果・ことりは洋食、高志・海未は中華、ムサは和食で特大のうな重を頼んでいた。

 

 

ムサはとても嬉しそうな表情で、注文したうな重を持ってきた。

 

 

 

「ムサ君、うなぎ好きなの?」

 

 

「ハイ。日本に来て一番最初に食べた料理でして、それ以来大好きになりマシタ」

 

 

ことりが聞くとムサが答える。

 

 

 

「「「いただきまーす」」」

 

 

全員が集まると、揃って食べ始めた。

 

 

 

「おいしーい!」

 

 

「うん。このハンバーグすごく美味しいよ」

 

 

みんなとても美味しそうに食べていた。

 

 

 

「やっぱり日本の料理はとてもオイシイデス」

 

 

ムサも満足の表情でうな重を食べていた。

 

 

 

「ねぇムサ君。ちょっとことりにも分けてもらってもいい?」

 

 

「いいデスよ。ハイどうぞ」

 

 

ことりに頼まれると、ムサは器を差し出しことりはお箸で一口食べた。

 

 

「ありがとう。美味しいね。じゃあことりのハンバーグも食べさせてあげるね」

 

 

ことりはそう言うと、ハンバーグをお箸で一切れ掴むとムサの方に差し出した。

 

 

 

「はいムサ君。アーン」

 

 

「「ゴホッ!!ゴホッ!!」」

 

 

 

ことりの突然の宣言にカケルと海未は驚いて、揃ってご飯を喉に詰まらせてしまった。

 

 

ムサは素直にことりが差し出したハンバーグを食べると、笑顔でお礼を言う。

 

 

 

「ありがとうゴザイマス。ことりサン」

 

 

「どういたしまして」

 

 

ことりも笑顔を返す。

 

 

 

「あはは・・ことりちゃん大胆だね」

 

 

「ゴホッゴホッ、は…破廉恥です」

 

 

高志は苦笑いし、海未は顔を赤くし咽せながら呟く。

 

 

 

「ゴクゴク・・・ハァ・・ハァ・・お前らなぁ・・」

 

 

カケルは水を飲み、呆れ顔で呟く。

 

 

 

「カケル君。穂乃果も食べさせてあげようか?」

 

 

「やらなくていいわ!!///つうかメニュー同じだろ!!」

 

 

穂乃果の誘惑?をカケルは声を上げて断る。 

 

 

 

 

 

 

昼食を食べ終わると、今度はみんなでゲームセンターへ行った。

 

 

みんなそれぞれ様々なゲームで遊び尽くしていた。

 

 

 

まずカケルと穂乃果は車のレースゲームで勝負していた。

 

 

「うぅ~…スピードアップ~」

 

 

「甘いぜ穂乃果!あのコーナーは貰った!」

 

 

カケルは華麗なハンドルさばきで最終コーナーを曲がり、そのままゴールした。

 

 

「よっしゃー!1着ー!」

 

 

「カケル君、速すぎだよ~」

 

 

 

 

一方ムサとことりはクレーンゲームで遊んでいた。

 

 

「頑張れムサ君~」

 

 

「よーし、ここデスね!」

 

 

 

ムサはボタンを押してクレーンを下ろすと、上手く人形を掴んだ。

 

 

「やりましたよ!・・・アァ!」

 

 

しかし人形はポロリとクレーンからこぼれ落ちてしまった。

 

 

 

「惜しかったね~」

 

 

「エヘヘ、失敗デスね」

 

 

 

 

高志と海未はクイズゲームで勝負していた。

 

 

「勝負だ!海未ちゃん!」

 

 

「必ず勝ちます!」

 

 

 

お互いに様々なクイズを答えていき白熱した勝負となり、いよいよ結果発表となった。

 

 

 

「どうなるんだー?」

 

 

「ムムムム・・・」

 

 

2人ともゲーム画面を真剣な表情で眺めた。

 

 

結果はギリギリで高志の勝利となった。

 

 

 

「やったー勝ったー」

 

 

「あぁー何故なのですー!」

 

 

 

 

 

それからもみんなはダンスゲームで勝負したり、ボーリングで勝負したりと楽しく過ごし、やがて夕方になった。

 

 

 

 

「もうこんな時間だ。そろそろ帰ろうか」

 

 

「そうですね。お互いに明日は朝から練習ですからね」

 

 

「今日はとっても楽しかったね」

 

 

「ハイ。楽しい1日デシタ」

 

 

「ああ。俺もだ。企画してくれてありがとうな穂乃果」

 

 

「えへへ、よかった」

 

 

 

6人は楽しく談笑しながら駅へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

「カケル、今日はいつにも増してテンション高かったね」

 

 

「そ、そうか?」

 

 

「ハイ。一緒にゲームやってる時とかすごく楽しそうデシタ」

 

 

 

カケル・高志・ムサは3人で今日のことを話していた。

 

 

すると穂乃果が駅伝部3人に声を掛けた。

 

 

 

「あの、カケル君!高志君!ムサ君!」

 

 

 

「ん?どうしたんだ穂乃果?」

 

 

 

3人が振り返ると、穂乃果は少し顔を赤らめて俯いていた。

 

 

海未もことりも何だろうという表情だった。

 

 

 

 

「今までありがとう」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

「私たちµ’sの活動に協力してくれて、本当にありがとう!私たちがこうしてスクールアイドルをやれてるのも、3人の力があったおかげだよ!」

 

 

穂乃果は笑顔で3人にお礼を言い、彼らも笑顔で見つめ返していた。

 

 

 

「だから・・これからも・・・これからも私たち、ずっと友達でいようね!」

 

 

 

「穂乃果」

 

 

「穂乃果ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「当たり前だろう穂乃果」

 

 

「うん。俺たちはずっと友達だよ」

 

 

「これからもよろしくお願いシマス」

 

 

穂乃果の言葉にカケル・高志・ムサは答えた。

 

 

 

 

「うん!ありがとう!」

 

 

穂乃果は再び満面の笑みで答えた。

 

 

その笑顔にカケルはまたドキッとしてしまった。

 

 

穂乃果の笑顔は、本当に人を幸せにする力があるな、とカケルは感じた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、みんなで手を繋いで帰ろう」

 

 

「えっ?」

 

 

「み、みんなでですか?」

 

 

「ほらほら!みんな手を繋ぎ合って!」

 

 

 

みんなは穂乃果に促され、駅伝部とµ’sのメンバーが交互になるようにお互いに手を繋ぎ合った。

 

 

 

 

「これから何があっても、私たちはこうしてずっと繋がっていくんだよ」

 

 

穂乃果は両手の温もりを感じながら言った。

 

 

 

みんなはそれぞれの顔と繋がれた手を見合い、やがて笑顔になりながら夕日の空の下を歩いて行った。

 

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。


次回はまきりんぱな編となります。


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第22路 不安と迷い

駅伝部は支部予選が終わってからは、予選を勝ち抜いた高志(3000m障害)、ハイジ・ムサ・ユキ(5000m)は2週間後の都大会に向けて、それ以外の選手は記録会で5000mの記録を更新するために、ゴールデンウィークも含めしっかりと練習を積み重ねていた。

 

 

 

練習の質も徐々に上がっていき、部員たちはハイジの考案した練習メニューを全員順調に設定どおりこなしている。

 

 

 

ハイジは部員それぞれの性格に合わせ、さりげなく指導する。

 

 

 

着実にノルマをこなすことに喜びを見出す高志には、より詳細な練習メニューを組んでおり、秀才肌のユキとはたびたびトレーニング法についての議論をし最終的に納得させている。

 

 

ジョータ・ジョージ・平田は褒められるとやる気を出すタイプで、練習中にも頻繁に声を掛けるようにしている。

 

 

 

ムサは最近になって、たまにカケル・ハイジと同じ最上級の設定で練習をするようになり、ハイジに「近いうちに14分台も出せる」と言われ更に張り切っている。

 

 

 

王子は前回の記録会でぶっちぎりの最下位を味わってから危機感を感じ始め、ハイジに言われなくとも積極的に走るようになった。

 

 

 

 

ハイジは基本的に部員たちの好きなように走らせていた。

 

 

 

積極的に部員たちの意見を聞き入れながら練習メニューを組み、必要とあらば少しアドバイスを送っている。

 

 

 

その一環として支部予選後からは部員たちに練習日誌を課すようになった。

 

 

 

練習表に基づく本練習でのタイムのほかに、自主練習の際にはどんな練習をしたか、そのタイムや走距離、さらにその時の練習で思ったこと、感じたことなどを記入し提出するのである。

 

 

 

やがてゴールデンウィークも終わり都大会まで1週間を切った。

 

 

 

 

 

 

【5月11日 木曜日】

 

 

 

ハイジは朝の自主練習を終え教室へ向かいながらこれまでの部員たちの様子を振り返っていた。

 

 

 

(みんな順調に走れているな。この調子なら次の試合はさらにいい走りが出来るだろう)

 

 

 

 

すると途中で生徒会長の絢瀬と鉢合わせた。

 

 

「!!」

 

 

「・・・」

 

 

 

お互いに目が合うと、絢瀬は一瞬キッとハイジを睨みそのまま足早にその場を去ってしまった。

 

 

 

 

(まぁ、無理もないか・・)

 

 

 

ハイジは絢瀬の後ろ姿を見ながら思った。

 

 

 

絢瀬はあのファーストライブでハイジに激昂されて以来、彼を避けるようになってしまった。

 

 

 

ハイジはファーストライブの時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

『あなたに私の何が分かるっていうのよ!!』

 

 

 

『お気楽者のあなたたちなんかとは違うのよ!!』

 

 

 

 

 

 

あの時俺は、つい「生徒会長失格」とまで言ってしまったが、彼女にはきっと生徒会長としての強い使命感・責任感があるんだろう。

 

 

 

 

なんか・・・少し似てるな・・・

 

 

 

 

昔の俺と・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎1年生教室◎

 

 

 

ジョータ・ジョージ・王子は午前中の授業を受けていた。

 

 

 

先生が生徒に背を向けて黒板に記入している。

 

 

 

その時ジョージが眠そうにウトウトし始めると、隣の席のジョータがジョージに消しゴムを投げつける。

 

 

 

 

「イタッ」

 

 

 

(ジョージ、寝ちゃダメだろ。ハイジさんにばれたら練習メニュー追加されるぞ)

 

 

(ああ、そうだった)

 

 

 

ジョータは先生に聞こえないような小声で注意する。

 

 

 

 

ハイジは「普段の私生活が競技に繋がる」という考えから、部内で次のような決まりを立てた。

 

 

 

・睡眠はしっかりとる

 

 

・食事は必ず3食、栄養バランスを考えて摂る

 

 

・身体に異変(故障・体調不良など)が起きたら必ず報告する

 

 

・授業中の居眠り禁止

 

 

 

 

もし居眠りをしたら先生からハイジに報告され、練習メニュー追加のペナルティーを負うことになる。

 

 

 

ハイジは寛容さの中にもこういった厳しさも持ち合わせている。

 

 

 

 

 

(う~ん・・練習の疲れがある中の授業ってホントに苦痛だよ・・・)

 

 

 

「じゃあここ、小泉読んで」

 

 

 

「は、はい」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

王子が思っていると一人の女子生徒が指名された。

 

 

 

(あ、彼女はライブの時の・・・)

 

 

 

その小泉と呼ばれた女子生徒は、ファーストライブを見に来てくれた眼鏡の女の子だった。

 

 

 

彼女は先生に指定された教科書の文章を読んでいたが、声が小さくてよく聞こえず先生に中断させられてしまった。

 

 

 

俯きながら席に着く彼女を王子は心配そうに見つめる。

 

 

 

 

「じゃあ今のところを柏崎読んで」

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

王子は彼女の代わりに指名され、慌てて立ち上がり文章を読む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎アルパカ小屋◎

 

 

 

 

昼休みになり、カケルたち6人はアルパカ小屋の前に来ていた。

 

 

 

本来であれば昼休み中にみんなでµ’sの部員募集のチラシを配りにいくことになっているのだが、ことりがどうしてもここに行きたいと言いだしたのだった。

 

 

 

 

「うわぁ~~ふえぇ~~///」

 

 

「本当にかわいいデスネ」

 

 

 

ことりとムサは揃って白いアルパカを眺めており、ことりは頬を赤らめながら幸せそうな声をあげムサもすっかり気に入ったようだった。

 

 

 

 

「ことりちゃん、最近よくここに来るよね」

 

 

「急にハマったみたいです」

 

 

「ムサ君まですっかり虜になってるよ」

 

 

二人の様子を見て高志・海未・穂乃果が呟いた。

 

 

 

 

へぇ~校内でこんな動物を飼ってるなんて珍しいな、とカケルは思った。

 

 

 

 

 

「二人とも~、早くチラシ配りに行こうよ~」

 

 

 

「あとちょっと~」

 

 

 

穂乃果が声を掛けるが、二人はまだ動こうとはしなかった。

 

 

 

 

「そんなにかわいいもんかねぇ~・・・いぃっ!?」

 

 

カケルが呟くともう一匹の茶色いアルパカが唸り声をあげて睨んできたため思わずたじろいてしまう。

 

 

 

 

「エエッ?かわいいと思いマスケド」

 

 

「だよね~。この首のあたりがフサフサしてて、あぁ~幸せ~」

 

 

ことりはそう言ってアルパカの首に抱き着いた。

 

 

なんだかアルパカが羨ましい、と感じながらカケルはその様子を見ていた。

 

 

 

 

「カケル君。なんか変なこと考えてない?」

 

 

「いや・・別に・・」

 

 

 

穂乃果に聞かれ、カケルは目を泳がせながら返事を返す。

 

 

 

(なんでこいつはこういうことだけ敏感なんだよ?)

 

 

 

カケルがそう思っているとことりが悲鳴を上げた。

 

 

 

 

「ふあああぁぁ~~」

 

 

どうやら白のアルパカがことりの顔を舐めてしまい、それに驚き尻餅をついてしまったようだ。

 

 

 

「大丈夫デスか?ことりさん」

 

 

ムサが心配そうに声を掛ける。

 

 

 

「ことり!どうすれば!?・・・ここはひとつ弓で!」

 

 

「ダメだよ海未ちゃん!」

 

 

危険な発言をする海未を高志が諫める。

 

 

すると今度は茶色のアルパカが6人を威嚇するように吠える。

 

 

 

 

「ヒイイィィ」

 

 

「コ、コワいデス」

 

 

「変なこと言うからだぞ!」

 

 

 

穂乃果・ムサ・カケルが慌てていると、体操着姿の女子生徒がアルパカの下へ駆け寄った。

 

 

 

「よしよし、大丈夫だよ」

 

 

彼女はそう言って茶色のアルパカを撫でるとすぐに落ち着いてきた。

 

 

 

 

「ことりちゃん、大丈夫?」

 

 

「うん。嫌われちゃったのかな?」

 

 

穂乃果・ことりが言うと彼女は二人に振り返りながら言う。

 

 

 

「大丈夫です。楽しく遊んでるだけだと思うので・・あっ」

 

 

 

「あ、あなたはライブに来てくれた」

 

 

その女子生徒はあの眼鏡の女の子だった。

 

 

彼女がµ’sに気付くと穂乃果が明るい表情で声を掛ける。

 

 

 

「アルパカ使いだね~」

 

 

「ええ、わ、私、一応飼育委員なので・・」

 

 

 

穂乃果の言葉に彼女はオドオドしながら答える。

 

 

もしかして人見知りなのかな、とカケルは思った。

 

 

 

「そういえば、お名前何て言うの?まだ聞いてなかったよね」

 

 

「は、はい・・・私、1年の・・小泉 花陽といいます」

 

 

穂乃果が訊ねると彼女は答えてくれた。

 

 

 

「花陽ちゃんか。ねぇあなた、アイドルやりませんか?」

 

 

「えっ?ええっ?」

 

 

穂乃果の突然の勧誘に小泉は慌てる。

 

 

 

「穂乃果ちゃん、ちょっといきなり過ぎるよ」

 

 

高志が言う。

 

 

 

「君は光って見える。大丈夫、悪いようにはしないから」

 

 

「怪しすぎるだろお前」

 

 

不気味な顔で勧誘する穂乃果にカケルがツッコむ。

 

 

 

「でも、少しくらい強引に頑張らないと」

 

 

「デスが、まず彼女の意見を聞いてからにしまショウ」

 

 

ムサが言うと、小泉が口を開いた。

 

 

 

「あ、あの・・・西木野さんが・・・」

 

 

「えっ?ごめんもう一回いい?」

 

 

声が小さくて聞こえなかったので穂乃果がもう一度訊ねる。

 

 

 

「に、西木野さんがいいと思います。すごく歌上手なんです」

 

 

小泉が言った。

 

 

 

「そうだよね。私も大好きなんだ、あの歌声」

 

 

「誘わなかったんですか?」

 

 

「行ったよ。でも絶対嫌だって言われたよ」

 

 

「す、すみません。私、余計なことを・・」

 

 

「ううん。ありがとう」

 

 

小泉が謝罪すると穂乃果は笑顔でお礼を言う。

 

 

 

「でも、少し考えてみてくれるかな?アイドルのこと」

 

 

穂乃果が優しく言うと、小泉は顔を赤らめて俯いてしまう。

 

 

 

 

「か~よち~ん。早くしないと体育遅れちゃうよ~」

 

 

その時、小泉の友達のショートヘアの女の子が声を掛けてきた。

 

 

 

「あ、うん。じゃあ失礼します」

 

 

小泉はそう言ってその場を後にした。

 

 

 

「さあ、私たちも教室に戻りましょう」

 

 

海未が言うと全員教室に向かい歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◎1年生教室◎

 

 

 

 

授業が終わり放課後となった教室で、小泉は先ほど穂乃果に誘われた時のことを思い出しながら悩んでいた。

 

 

 

『あなた、アイドルやりませんか?』

 

 

 

(・・・やっぱり、私にアイドルなんて・・・)

 

 

 

 

「か~よちん!」

 

 

「り、凛ちゃん」

 

 

するとショートヘアの女の子が声を掛けてきた。

 

 

彼女の名前は星空 凛といい、小泉とは幼馴染である。

 

 

 

「もう入る部活決まった?今日までに決めるって言ってたでしょ」

 

 

「えっ?そ、そうだっけ?・・・あ、明日決めようかな?」

 

 

星空が訊ねると、小泉ははぐらかすように答える。

 

 

 

 

「ダメだよかよちん。早く決めないと。みんなどんどん部活始めてるよ」

 

 

「うん・・・凛ちゃんはもう決めてるの?」

 

 

「凛はね~、陸上部かな~」

 

 

「陸上部かぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

凛ちゃんはいいなぁ・・・自分のやりたいことが決まっていて・・・私は運動苦手だし・・・

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのかよちん?あ、もしかして、スクールアイドルに入ろうと思ってるの~?」

 

 

 

「ええっ!?そ、そんなこと・・・ない・・・」

 

 

 

星空に訊ねられると小泉はドキッとし、目を反らしながら答える。

 

 

 

 

「ダメだよかよちん。嘘つくとき必ず指を合わせるから分かっちゃうよ。一緒に行ってあげるから先輩たちの所に行こう」

 

 

 

星空はそう言って小泉の腕を掴む。

 

 

 

 

「いや、ち、違うの!私が・・・アイドルなんて・・・」

 

 

「かよちんそんなにかわいいんだよ。人気出るよ~」

 

 

「でも待って。待って!」

 

 

「んん?」

 

 

 

小泉は尚も腕を引っ張る星空に声を掛けて止める。

 

 

そして少し考えてから口を開く。

 

 

 

 

「あ、あのね・・・わがまま言っても、いい?」

 

 

「しょうがないなぁ~、なあに?」

 

 

「もし私が、アイドルやるって言ったら、一緒にやってくれる?」

 

 

小泉は星空にお願いをしてみた。しかし彼女の答えは・・・

 

 

 

 

「無理無理無理、凛にアイドルなんて似合わないよ。だってほら、凛こんなに髪短いし」

 

 

星空は自身がアイドルになることに対して否定した。

 

 

 

「そ、そんなこと・・・」

 

 

「それに、昔あんなことがあったし・・・」

 

 

星空は無理やり笑顔を作りながら言った。

 

 

 

小泉はその表情を見ながら小学校時代の時のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりあの時のこと、まだ気にしてるんだね。

 

 

あの時、凛ちゃんは珍しくスカートを穿いて学校に行ったけど、その時に同級生の男の子にそのことをからかわれて・・・

 

 

それから凛ちゃんは、制服以外でスカートを穿かなくなっちゃった・・・

 

 

 

それと同時に、自分は男の子っぽくて可愛くないって思うようになっちゃったんだよね・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎廊下◎

 

 

 

 

ジョータ・ジョージ・王子は3人揃って一緒に帰るところだった。

 

 

 

「兄ちゃん日直の仕事遅いよ~」

 

 

「わりぃわりぃ、ちゃんとやらないとハイジさんに報告されそうで恐いから」

 

 

「今日は部活休みだよね。早く帰って、溜まったアニメ見なきゃ」

 

 

3人が話しながら廊下を歩いていると、ポスターの前に立つ小泉の姿を見つけた。

 

 

 

 

「あ、小泉さんだ」

 

 

「そういえば、この前のライブ見に来てくれてたよね」

 

 

「よーし、ちょっと声掛けてみようか」

 

 

王子・ジョージ・ジョータはそう言うと、彼女に声を掛けた。

 

 

 

 

「小泉さん、こんにちは~」

 

 

「ピャア!・・あ、太郎くん、次郎君、茜君」

 

 

ジョータが声を掛けると小泉は驚いて変な声を上げてしまった。

 

 

 

「ごめんね。びっくりさせちゃって。あと、俺のことはジョータでいいよ」

 

 

「俺はジョージね」

 

 

「僕は王子でいいよ」

 

 

3人はそれぞれ自己紹介をする。

 

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

「それより、こんなところで何してるの?」

 

 

「じ・・実はこれがここに落ちてて・・」

 

 

 

ジョージが訊ねると小泉は生徒手帳を見せる。

 

 

 

みんなで手帳の中の名前の欄を見ると、「西木野 真姫」と書かれていた。

 

 

名前の横には顔写真もある。

 

 

 

 

「もしかしてこれを届けようとしてたの?」

 

 

「う・・・うん」

 

 

王子が訊ねると小泉は頷く。

 

 

 

「じゃあ俺たちも一緒に行ってあげるよ」

 

 

ジョータが言った。

 

 

 

「えっ?いいの?」

 

 

「うん。だって一人じゃ危ないかもしれないし」

 

 

「そうだよ。その方がいいと思うよ」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

ジョージと王子の返答を聞き、小泉は3人にお礼を言う。

 

 

 

 

「でも、家の場所分からなくない?」

 

 

「スマホのマップ機能にここに書いてある住所を打ち込めば出てくるでしょ」

 

 

ジョージの問いかけに王子が答える。

 

 

 

「さすが王子!頭いいな~」

 

 

「このくらい常識でしょ」

 

 

 

 

こうして4人は一緒に西木野の家へ向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば小泉さん、この前µ’sのライブ見に来てたけど、もしかしてスクールアイドルやってみたいって思ってるの?」

 

 

「えっ?」

 

 

「それにさっきだって、µ’sのポスターの前にいたじゃない」

 

 

西木野の家に向かう途中、ジョータとジョージが訊ねる。

 

 

 

「い、いや、その・・・まだ、考えてるところ・・」

 

 

小泉は顔を赤らめモジモジしながら答える。

 

 

 

「そうなの?僕はやってみてもいいと思うけど。だって小泉さん、かわいいし」

 

 

「えっ!?」

 

 

王子に言われ小泉は顔を赤らめる。

 

 

 

「そうだよ。小泉さんとってもかわいいよ」

 

 

「アイドルをやるのに全然申し分ないくらいにね」

 

 

ジョータとジョージが笑顔で言うと、小泉はさらに顔が赤くなる。

 

 

 

「あ・・・ありがとう。考えて・・みるね」

 

 

 

 

 

 

 

しばらくすると4人は、西木野の家に到着した。

 

 

 

「ふええぇぇぇ~」

 

 

「「すっすげええ~」」

 

 

「すごいなぁ」

 

 

西木野の家はとても大きな豪邸だった。

 

 

あまりの凄さに4人とも口を大きく開けて驚いていた。

 

 

 

「じ、じゃあ行こうか」

 

 

ジョータはそう言うと、インターホンを鳴らした。

 

 

 

 

『はい。どちらさまでしょうか』

 

 

インターホンからは少し渋めの男性の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「あ、あの・・西木野真姫さんのクラスメートの城太郎です」

 

 

「城次郎です」

 

 

「柏崎茜です」

 

 

「こ・・小泉花陽です」

 

 

4人はそれぞれ答える。

 

 

 

『少々お待ちください』

 

 

 

 

 

しばらくすると玄関のドアが開き、黒のスーツを着てサングラスをかけた長身の男性が出てきて門を開け、4人の前に立った。

 

 

 

その男性は見た感じ30代前半ぐらいであり、身長は180cm以上ありそうだった。

 

 

 

その見た目から4人とも少し恐縮しながら男性を見上げる。

 

 

 

 

 

「ようこそお越しくださいました。ただいま真姫お嬢様はまだ戻られておりませんが、よろしければどうぞおあがり下さい」

 

 

男性は一礼をしながら丁寧な言葉づかいで挨拶をすると、4人を中へと招き入れた。

 

 

 

 

4人は家に上がると、男性にリビングらしき部屋へと案内された。

 

 

部屋を見渡すと、様々な高級家具やトロフィーが置かれていた。

 

 

 

 

「お掛けになってください」

 

 

男性は大きなソファーを指し、4人はそこに座らせてもらった。

 

 

 

そして男性はさらに4人分の紅茶とクッキーを用意しソファー前のテーブルに置くと、再び丁寧な口調で声を掛ける。

 

 

 

「お嬢様はもう間もなくお戻りになられると思いますので、もうしばらくお待ちください」

 

 

 

「「「は、はい」」」

 

 

 

4人は返事を返す。

 

 

 

 

 

 

(ホントにすごい家だね)

 

 

(あの人、ボディガードなのかな?)

 

 

(お嬢様だなんて、相当すごい資産家の娘なんだろうね)

 

 

 

 

「みなさん、いらっしゃい」

 

 

 

ジョータ・ジョージ・王子が小声で話していると、奥から西木野の母親と思わしき人物がやってきた。

 

 

 

娘と同じ赤髪であり目つきなどもそっくりだが、とても気品がある美しい女性だった。

 

 

 

 

「「「お邪魔しています」」」

 

 

4人は揃って挨拶をした。

 

 

ジョータ・ジョージ・王子は3人揃って彼女の美しさに見惚れていた。

 

 

 

「はじめまして。真姫の母親の淑美です。こちらは執事の清本さんです」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

淑美は自己紹介をし、先ほどの黒スーツの男性:清本も改めて一礼をする。

 

 

 

 

「お待たせしてごめんなさいね。真姫は今、病院に顔を出してるところなの」

 

 

淑美が申し訳なさそうに言う。

 

 

 

「病院、ですか?」

 

 

「ええ。あの子はうちが経営している病院の跡を継ぐことになっているの」

 

 

小泉の問いに淑美が答える。

 

 

その答えを聞き、ジョータ・ジョージ・王子は驚いたように顔を見合わせる。

 

 

 

「よかったわ。高校に入って友達一人遊びに来ないから、心配してたのよ。それに、男の子も来てくれるなんて」

 

 

淑美は嬉しそうに微笑みながら言い、ジョータたち3人は頬を赤らめ照れていた。

 

 

 

 

すると玄関のドアが開く音が聞こえ、執事の清本が出迎えに向かった。

 

 

 

 

「ただいま~、誰か来てるの?」

 

 

「お帰りなさいませお嬢様。ただいま、お嬢様のご友人の方々がお見えになっております」

 

 

「えっ?」

 

 

どうやら娘の真姫が帰ってきたようだった。

 

 

 

清本に案内され真姫はリビングへと入ってきた。

 

 

そしてソファーに座っている4人を見つけると驚きの表情をした。

 

 

 

 

「こ・・こんにちは」

 

 

「「お邪魔してま~す」」

 

 

「どうも」

 

 

 

小泉・ジョータ・ジョージ・王子が揃って挨拶をした。

 

 

 

 

 

「あ・・あなたたち」

 

 

 

 

 

 



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第23路 本心とまきりんぱな

まきりんぱな編の完結編です。


 

 

 

 

真姫は4人が座っているソファーの向かい側の一人用のソファーに腰かけた。

 

 

 

執事の清本がすぐさま真姫の分の紅茶を用意する。

 

 

 

 

「それじゃあどうぞごゆっくり」

 

 

「失礼します」

 

 

 

真姫の母:淑美と清本はそう言って部屋を出ていった。

 

 

 

 

「いやー西木野さんホントすごい家に住んでるよね」

 

 

「それに将来は医者を目指してるなんて、やっぱお金持ちは違うなあ」

 

 

ジョータ・ジョージは揃って感嘆している。

 

 

 

 

「それはどうも・・それで、みんな揃って何の用?」

 

 

真姫はドライな反応を返すと用件を訊ねる。

 

 

 

 

「これ、落ちてたの。西木野さんのだよね?」

 

 

小泉が生徒手帳を見せながら言う。

 

 

 

「何であなたが?」

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

「何で謝るのよ・・・まぁ・・その・・・ありがとう」

 

 

真姫は頬を赤らめながら照れくさそうにお礼を言う。

 

 

 

(なんか・・西木野さん、かわいいな)

 

 

彼女の様子を見ながらジョータが心の中で呟いた。

 

 

 

「ねぇ西木野さん。放課後、µ’sのポスター見てたよね?」

 

 

「えっ?そうなの?」

 

 

小泉の問いかけを聞いて王子も訊ねる。

 

 

 

 

「私が!?し、知らないわ!人違いじゃないの!?」

 

 

真姫は否定するが明らかに動揺している。

 

 

 

(わかりやすっ)

 

 

ジョータは思った。

 

 

 

「でも、手帳そこに落ちてたし・・」

 

 

「へぇ~、ってことはやっぱり」

 

 

小泉が続けるとジョージが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「ち、違うの!それは・・」

 

 

ゴンッ!

 

 

 

真姫は反論して立ち上がった際に、右膝をテーブルにぶつけてしまった。

 

 

 

「いったぁ!・・う、うわあぁぁ!」

 

 

さらに右膝を抑えたことで態勢を崩し、ソファーもろとも倒れ込んでしまった。

 

 

 

 

「「「ああぁ・・」」」

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

4人は心配そうな声を上げる。

 

 

 

「へ、平気よ!まったく、変なこと言うから!」

 

 

 

 

「クッ・・クフフフフフ」

 

 

するとジョータが先ほどの西木野の様子を見て可笑しくなり笑いだしてしまう。

 

 

 

「ふ・・・うふふふふ」

 

 

「「アハハハハハ」」

 

 

それにつられて小泉もジョージも王子もみんな笑いだしてしまった。

 

 

 

 

「もう!笑わないでよ!」

 

 

真姫は顔を赤くしてムスッとした表情で言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして少し状況が落ち着いてから再び本題に入る。

 

 

 

「西木野さんもさ、スクールアイドルやってみたらどうかな?」

 

 

ジョージが言う。

 

 

 

「私が?スクールアイドルを?」

 

 

真姫がキョトンとした表情で聞き返す。

 

 

 

「うん。私もそう思う。西木野さん、放課後いつも音楽室でピアノ弾いて歌ってるでしょう。私、よく聞きに行ってたんだ。ずっと聞いていたいくらい、素敵な歌だったから・・」

 

 

「へぇ~、僕も一度聞いてみたいなぁ」

 

 

小泉の言葉に王子がワクワクした様子で言い、双子もうんうんと頷いていた。

 

 

しかし真姫は少しため息を吐いてから口を開く。

 

 

 

 

「私ね、大学は医学部って決まってるの。これからはそのための勉強に集中しなきゃならないの」

 

 

真姫の言葉を聞き4人は残念そうな表情をする。

 

 

 

「だから私の音楽は終わってるのよ」

 

 

さらに真姫は続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にそう思ってるの?」

 

 

突然ジョータが口を開く。

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「本当に君の音楽が終わってるって言うなら、どうして放課後に音楽室でピアノ弾いてるの?」

 

 

 

「そ・・それは」

 

 

 

「本当はまだ音楽に未練があるんじゃないの?」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

ジョータの問いかけに真姫は口をつぐんで黙り込んでしまった。

 

 

 

 

「本当に好きなことっていうのは、そう簡単に捨てられるものじゃないってことさ。西木野さんにとっては、医者になるっていうのが夢なんだろうけど、そのために本当に大好きなことを犠牲にするなんてもったいないよ。まだまだ人生は長いんだから、もっと自分に正直になってもいいんじゃないかな」

 

 

 

「兄ちゃん・・」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

隣で聞いていたジョージが呟き、真姫はまだ黙ったままだったがその表情は心の中で葛藤しているかのようだった。

 

 

 

 

 

「まぁ、ゆっくり考えてみなよ。あ、俺はジョータね」

 

 

 

「う・・うん・・・それより、あなた・・」

 

 

真姫は今度は小泉に話しかけた。

 

 

 

「は、はい・・」

 

 

小泉は突然話しかけられ少し驚いていた。

 

 

 

「アイドルやりたいんでしょう?この前のライブの時、夢中で見てたじゃない」

 

 

 

「えっ、う、うん」

 

 

「えっ?じゃあ西木野さんも来てたんだ」

 

 

真姫の言葉に小泉は頷き、さらにジョージが言った。

 

 

 

 

「い、いや、私はたまたま通りかかっただけだけど・・・」

 

 

「たまたま通りかかるようなところじゃないと思うけど・・・」

 

 

真姫の答えに王子が口を挟む。

 

 

 

 

「うぅ・・と、とにかく!」

 

 

「!?」

 

 

 

 

「やりたいならやればいいじゃない。そしたら・・・少しは・・・応援してあげるから」

 

 

真姫は顔を赤らめた後、優しく微笑みながら小泉に言った。

 

 

 

(その言葉、そっくりそのまま返してあげたいな)

 

 

真姫の言葉を聞いてジョータは心の中で思った。

 

 

 

 

「うん。ありがとう西木野さん」

 

 

小泉も微笑み返しながらお礼を言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「じゃあまた明日~」」

 

 

 

「うん。じゃあね~」

 

 

「今日はありがとう」

 

 

 

その後、4人は真姫の家を後にし帰路についていた。

 

 

 

双子は途中で王子と小泉と手を振りながら別れた。

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃんいいこと言うね~。カッコよかったよ」

 

 

「そうか?でも、なんかほっとけなかったんだよね。西木野さんには、後悔してほしくないから」

 

 

双子は先ほどの事を話しながら帰り道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

外はもう日が沈みかけ薄暗くなっており、街灯の明かりがちらほらとつき始めていた。

 

 

 

その中を、王子と小泉が一緒に歩いている。

 

 

しばらく二人は何か考え込むように黙ったままだったが、やがて小泉が口を開いた。

 

 

 

 

「あ、あの・・・茜君。一つ聞いてもいい?」

 

 

「なに?」

 

 

「茜君は、どうして駅伝部に入ったの?」

 

 

「う~ん、それはね・・・」

 

 

王子は質問を聞いて少し考えてから口を開いた。

 

 

 

 

 

「スポーツマンの世界を見てみたいと思ったのと、あとは・・・自分の力を試したいと思ったことかな」

 

 

 

「自分の力を試す?」

 

 

 

「うん。僕は中学まではスポーツの経験なんてない、ただのアニメや漫画が好きなオタクに過ぎなかった。でも、スポーツ系の漫画を読んでるときにふと思ったんだ。何でこの登場人物たちは、これほどまでにこんなキツいスポーツに熱中できるのか、この人物たちの目にはどんな世界が写っているのか、そういったスポーツマンの心情を知りたいと思ったのがきっかけなんだ」

 

 

 

「へぇ~~」

 

 

 

「そして駅伝部を選んだ理由だけど、陸上は個人競技で自分の力がそのまま数字として表れる競技なんだ。その中でも駅伝のような長距離種目は才能よりも努力が問われる種目だから、僕がやるとしたらこれしかないって思ったんだ。こんな貧弱者の自分が一体どこまでやれるのか、自分の力を試したいと思ったんだ」

 

 

 

王子はいつになく真剣な表情で答える。

 

 

 

 

「す、すごいね。そんな大きな覚悟を持ってやってるなんて」

 

 

小泉が感嘆しながら言う。

 

 

 

 

 

「だから小泉さんも、少しでもアイドルをやりたい気持ちがあるなら、とりあえず入ってみて自分の力を試してみたほうがいいと思うよ。その時は、僕も応援するし力にだってなるよ」

 

 

 

「う、うん。その時は、よろしくね」

 

 

王子が優しく言葉を掛けると、小泉は照れたように頬を赤らめながら答えた。

 

 

 

 

しばらく二人で歩いていると、和菓子店「穂むら」の前を通りかかった。

 

 

 

「あ、和菓子屋さんだ」

 

 

「ちょっとお母さんにお土産買っていこうかな」

 

 

「じゃあ僕も行くよ」

 

 

 

王子と小泉は揃ってのれんをくぐり店の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

2人は店に入って声のする方を向くと驚きの表情をする。

 

 

 

「「あっ」」

 

 

「あ、花陽ちゃんに王子君!いらっしゃ~い」

 

 

ちょうど穂乃果が店番をしていたのだった。

 

 

 

「ど、どうも」

 

 

「こ、こんばんは」

 

 

 

王子と小泉は挨拶をするが、2人は驚きのあまり開いた口が塞がらない様子だった。

 

 

 

そんな2人の様子を見て穂乃果が声を掛ける。

 

 

 

「驚いた?ここは私の家がやってる和菓子屋さんなんだよ」

 

 

「そ、そうなんですか」

 

 

王子が答え、小泉は再びモジモジし始めてしまった。

 

 

 

「よかったら2人とも上がっていかない?これからµ’sの3人で集まるところなんだ」

 

 

穂乃果が提案する。

 

 

 

「ど、どうしようか」

 

 

「せっかく来たんだし、少しだけでも上がってこうか」

 

 

小泉に意見を求められ、王子はお言葉に甘えることにした。

 

 

 

「やったー!穂乃果の部屋はそこの階段を上がった所にあるから。今、海未ちゃんが先に来てるよ」

 

 

穂乃果は嬉しそうな表情で階段を指さしながら言った。

 

 

 

 

 

王子と小泉は2人で階段を上がっていったが、階段を上がるとそこには部屋が2つあった。

 

 

どっちの部屋だろうと2人は迷ったが、とりあえず開けてみようと王子が階段から見て手前側の部屋のドアを開け、2人は中を覗いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんぬぬぬぬぬぬ・・・このくらいになれば!」

 

 

そこには顔に美容パックをつけて、バスタオル1枚の姿で自分の胸を寄せている穂乃果の妹:雪穂の姿があった。

 

 

その様子を見て2人は慌ててドアを閉めた。

 

 

 

 

「あ、茜君・・・」

 

 

「小泉さん!ご、誤解だよ!僕は決して覗きたくて覗いたわけじゃないんだ!ただ普通に間違えちゃっただけで・・」

 

 

「だ、大丈夫だよ。ちゃんと、分かってるから」

 

 

王子が慌てて弁明し、小泉も慌てながら言葉を返した。

 

 

 

「じゃあこっちかな」

 

 

王子はそう言ってもう1つの扉に手を掛け少し開き、中を覗いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃーちゃちゃーちゃちゃーちゃらららーん!ジャーーン!ありがとうーー!」

 

 

 

「「・・・」」

 

 

 

そこでは海未がおもちゃのマイクを持ちながら、笑顔を振りまいてのライブの練習をしていたのだった。

 

 

2人は見てはいけないものを見てしまったと思い、無言でゆっくりとドアを閉めた。

 

 

 

 

 

「どうやらここみたいだね・・・」

 

 

「ど・・・どうしようか」

 

 

2人が静かに話し合っていると

 

 

 

 

バンッッ!!!

 

 

 

「「ピャア!!」」

 

 

 

勢いよくドアが開かれ、海未がまるで幽霊のような恐ろしく異様な雰囲気を放ちながら部屋から出てきたため、2人は変な声を上げて驚き、小泉は思わず王子に抱き着いてしまっていた。

 

 

さらに先ほど最初に見た部屋から雪穂も出てきたため、王子と小泉は挟み撃ちのような状態となった。

 

 

 

海未と雪穂は2人を睨みながらややドスの聞いた声を出した。

 

 

 

 

「「見ました?・・・」」

 

 

 

「「ヒイイィィ~」」

 

 

王子と小泉はお互いにしっかりと抱き合いながらガタガタと身を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

 

 

「ううん、こっちこそごめんね。でもまさか海未ちゃんがポーズの練習をしてたなんて」

 

 

 

「穂乃果が店番でいなくなるからです!」

 

 

 

あの後、店番を終えた穂乃果が来てくれたことで事態は収束し、王子と小泉は揃って頭を下げていた。

 

 

 

 

「そ、それと・・・茜君、その・・さっきは・・・ごめん。いきなり抱き着いちゃって・・・」

 

 

小泉は王子に先ほど急に抱き着いてしまったことを謝りだした。

 

 

 

 

「いや、いいよいいよ気にしてないって」

 

 

(でも、小泉さんって意外と・・・大きいんだな・・・)

 

 

王子は返事を返しながら、抱き着かれた時の小泉の胸の感触を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす。・・・ん?」

 

 

「遅れてすまない。・・・ん?」

 

 

すると、ことりとカケルが揃って部屋にやってきて王子と小泉の存在に気付く。

 

 

 

 

「か、カケルさん」

 

 

「王子!どうしてお前がここに?」

 

 

「えっ?もしかして、本当にアイドルに?」

 

 

「あ、いや、そ、その」

 

 

「2人で店に来たところを私が誘ったんだよ」

 

 

カケルとことりがそれぞれ訊ねると穂乃果が代わりに答える。

 

 

 

 

「みんなよかったらこれ食べて。穂むら名物穂むらまんじゅう、略して『ほむまん』!おいしいよ」

 

 

穂乃果がテーブルの上の皿の上に乗っている饅頭を指しながら言うと、王子がほむまんを美味しそうに眺める。

 

 

 

「うわぁ~美味しそう」

 

 

「王子。あんまり食い過ぎるなよ」

 

 

「はーい」

 

 

カケルが王子に釘を刺す。

 

 

 

 

「今日も来てくれてありがとうカケル君。駅伝部の自主練習終わった後なのに」

 

 

「いいってことよ。どうせ家近いんだし」

 

 

「えっ?近いってどういうことですか?」

 

 

カケルの返事を聞いて王子が訊ねる。

 

 

 

 

「そうか。お前にはまだ話してなかったよな」

 

 

 

カケルは、穂むらのすぐそばのアパートで一人暮らしをしていることを話した。

 

 

 

 

「ええっ?そうだったんですか?知らなかったです」

 

 

王子は驚きの声を上げ、話を聞いていた小泉も驚きの表情をしていた。

 

 

 

「でしょ~。穂乃果も初めて知ったときはびっくりしちゃったよ。あ、ことりちゃん。パソコン持ってきた?」

 

 

穂乃果は思い出したようにことりに声を掛ける。

 

 

 

「うん。持ってきたよ」

 

 

ことりはカバンからパソコンを取り出した。

 

 

 

「ありがとう~。私のパソコン、肝心な時に調子悪くなっちゃって」

 

 

 

 

すると小泉がパソコンを置けるように、テーブルの上の饅頭や和菓子が色々乗っている皿をどけた。

 

 

 

「あ、ごめんね」

 

 

「いいえ」

 

 

「小泉さん、僕が持つよ」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

王子は小泉の代わりに皿を持った。

 

 

 

 

「それより、動画は見つかりましたか?」

 

 

「動画?何の話だ?」

 

 

海未の言葉にカケルが訊ねる。

 

 

 

「はい。実は私たちのファーストライブのダンスが動画サイトにアップされているらしいんです。よく分からないですか、誰かが撮影していたようなんです」

 

 

海未が訝しげに答える。

 

 

 

 

「マジか!?」

 

 

 

「それ僕見ました。僕はてっきり皆さんが自分たちでアップしたんだと思ってたんですけど」

 

 

王子が言う。

 

 

 

 

「多分ここに・・・あ、あった!」

 

 

ことりがスクールアイドルの動画サイト内で例の動画を見つけ、全員が動画に釘付けになった。

 

 

 

 

「一体誰が撮ってくれたんだろう?」

 

 

「それにしてもすごい再生数ですね」

 

 

「いろんな人が見てくれたんだね」

 

 

「いや~、何回見ても本当に素晴らしいです」

 

 

ことり・海未・穂乃果・王子がそれぞれ動画を見ながら呟いた。

 

 

 

 

動画には、確かにµ’sのファーストライブの様子がしっかりと映し出されていた。

 

 

 

本当に一体誰が撮ってくれたんだ?、と不思議に思いながらカケルも動画を眺めていた。

 

 

 

 

「花陽ちゃん。そこじゃ見づらくない?」

 

 

穂乃果は全員の中で一番見づらそうな位置にいる小泉に声を掛ける。

 

 

しかし彼女は動画を真剣に見入っており、聞こえていないようだった。

 

 

 

 

「花陽ちゃん!」

 

 

「は、はい!」

 

 

小泉はようやく穂乃果の声が聞こえたようで、びっくりしながら返事をする。

 

 

 

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

 

 

穂乃果は小泉に優しく問いかける。

 

 

 

「えっ?いや、でも・・・私、向いてないですから」

 

 

小泉は苦笑いしながら答える。

 

 

 

 

「私だって人前に立つのは苦手です。だから向いているとは思えません」

 

 

「私も、歌を忘れちゃったりするし運動も苦手なんだ」

 

 

「私もすごいおっちょこちょいだよ」

 

 

 

海未・ことり・穂乃果はそれぞれ自分の欠点を打ち明けた。

 

 

 

 

「僕だって、向いてないのを承知の上で駅伝部に入ったんだよ」

 

 

王子が言う。

 

 

 

「で、でも・・・」

 

 

 

 

「プロのアイドルなら私たちはすでに失格。でもスクールアイドルなら、やりたいっていう気持ちを持って自分たちの目標を持ってやってみることはできる」

 

 

「それがスクールアイドルなんだと思います」

 

 

「だから、やりたいって思うならやってみようよ」

 

 

ことり・海未・穂乃果が言う。

 

 

 

 

「もっとも、練習は厳しいですが」

 

 

「海未ちゃん」

 

 

「あ、失礼しました」

 

 

 

 

 

「そうだよ小泉さん」

 

 

王子が口を開く。

 

 

「小泉さんが本当にアイドルが大好きだって気持ち、僕はしっかりと感じた。それでいいんだよ。大好きだって気持ちを失わず、しっかりと持ち続けていれば自ずと答えは出てくるよ」

 

 

「・・・茜君」

 

 

 

「私たちはいつでも待ってるから、きっと答えを聞かせてね」

 

 

ことりが優しく言った。

 

 

 

すると小泉の表情が次第に笑顔になっていった。不安などはなく、希望に満ちたような晴れやかな表情だった。

 

 

 

 

 

(みんな・・・)

 

 

 

その様子をカケルは微笑しながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【5月12日 金曜日】

 

 

 

放課後になり、小泉は学校の敷地内のベンチに腰かけていた。

 

 

 

少し俯きながら、昨日穂乃果・海未・ことり・王子に言われたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

『やりたいって思うならやってみようよ』

 

 

 

『大好きだって気持ちを失わず、しっかりと持ち続けていれば自ずと答えは出てくるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩たちは本当に熱心に誘ってくれたし、茜君も励ましてくれた。

 

 

 

あの時は、ちょっと頑張れるかなって思ったけど・・・

 

 

 

やっぱり・・・私なんかが上手く一緒にやっていけるのかな・・・

 

 

 

こんな私が・・・アイドルなんて・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるのよ」

 

 

 

小泉は声のする方へ顔を上げると、真姫が立っていた。

 

 

 

 

 

「に、西木野さん」

 

 

 

「さっきの授業での音読聞いてたけど、あなた声は綺麗なんだから、あとはちゃんと大きな声を出す練習をすればいいだけでしょう?」

 

 

 

「で、でも・・・」

 

 

 

 

すると真姫は、目を閉じ息を吸い込んでから声を出し始めた。

 

 

 

「あーあーあーあーあー。はい!」

 

 

「えっ?」

 

 

「あなたもやってみて」

 

 

 

 

真姫に促され小泉は少し迷ったが、息を吸い込み真姫と同じように声を出し発声練習を始めた。

 

 

 

「あーあーあーあーあー」

 

 

「もっと大きく」

 

 

「あーあーあーあーあー」

 

 

「一緒に!」

 

 

 

「「あーあーあーあーあー」」

 

 

 

 

「ねっ?やってみると気持ちいいでしょ?」

 

 

 

「・・・うん!楽しい!」

 

 

 

 

真姫の問いに小泉が笑顔で答える。

 

 

 

すると真姫は恥ずかしそうに顔をそむけてしまう。

 

 

 

 

 

「はい!もう1回!」

 

 

 

「お~い!小泉さ~ん!西木野さ~ん!」

 

 

 

真姫の合図でもう1度練習を始めようとすると、ジョータ・ジョージ・王子が手を振りながら2人の下へ駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

「あなたたち」

 

 

 

「こんなところで何してるの?」

 

 

「ちょっと見てたけど、もしかしてアイドルに向けての発声練習?」

 

 

 

ジョージと王子が訊ねる。

 

 

 

 

「い、いや、その・・・」

 

 

小泉は返答に困ったようにモジモジし始めた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、みんなで歌おうよ!」

 

 

「「えっ!?」」

 

 

ジョータが提案し、小泉と真姫は同時に驚く。

 

 

 

 

「そうだね。その方がいい練習になるよね」

 

 

ジョータの提案にジョージも乗り気になっていた。

 

 

 

 

「ち、ちょっと!いきなりなに言いだすのよ!」

 

 

 

「いいじゃん!歌った方が楽しいって!」

 

 

 

恥ずかしそうに言う真姫をジョータがなだめる。

 

 

 

 

 

「じゃあ、早速行くよ!」

 

 

ジョージが合図をすると息を吸い込み歌い始める。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ行こう 風に乗って はるかな明日を目指し♪」

 

 

「「走って行こう 君といっしょに♪」」

 

 

ジョージに続いてジョータと王子も一緒に歌いだし、王子が手で指揮を執っていた。

 

 

 

 

 

「「「波の音 僕を誘い♪」」」

 

 

するといったん歌を止めてジョータが2人に手招きをして促した。

 

 

 

2人とも恥ずかしがっていたが、やがて意を決したように歌い始めた。

 

 

 

「「風の音 僕を呼ぶよ♪」」

 

 

 

 

それからみんなで男女パートに分かれながら歌い続けた。

 

 

 

 

「「「緑の木々も 僕を待ってる♪

 

 

 

   空を飛ぶ鳥のように 今僕も旅立つんだ

 

 

 

   道は遠く長いけれど 僕らの世界へ♪

 

 

 

   果てしなく広い宇宙 青い星 地球の上

 

 

   

   僕らは一生懸命 生きている♪」」」

 

 

 

 

 

 

 

やがて全て歌い終わると駅伝部3人は笑顔で拍手をし、小泉も真姫もつられて拍手をした。

 

 

 

しかし小泉の表情は、とても晴れやかな笑顔だった。

 

 

 

(楽しかった・・・声を出すことが・・・歌うことがこんなに楽しいなんて思わなかった)

 

 

 

 

 

「ねっ?楽しかったでしょ?」

 

 

ジョータが2人に問う。

 

 

 

 

「うん!とても楽しかったよ!みんなありがとう!」

 

 

「ま、まぁ・・・悪くはなかったわね」

 

 

小泉は笑顔で答え、真姫は少し頬を赤らめながら答えた。

 

 

 

 

 

「か~よち~ん」

 

 

 

「凛ちゃん」

 

 

すると今度は星空がこちらへやってきた。

 

 

 

 

「やあ、星空さん」

 

 

「あっ、ジョータ君、ジョージ君、王子君。こんにちは」

 

 

 

ジョージが声を掛けると星空は駅伝部3人に挨拶をした。

 

 

3人とはすでに顔なじみであり、それぞれの愛称で呼んでいた。

 

 

 

 

「それに西木野さんも。みんな何してたの?」

 

 

「励まして貰ってたんだ」

 

 

星空の問いに小泉が答える。

 

 

 

 

「それより今日こそ先輩たちのところへ行って、アイドルになりますって言わなきゃ」

 

 

星空はそう言って小泉の腕を掴み、µ’sの練習場へ連れて行こうとする。

 

 

 

 

「そんな急かさない方がいいわ。もう少し自信をつけてからでも・・」

 

 

その様子を見て真姫が声を掛ける。

 

 

 

 

「なんで西木野さんが凛とかよちんの話に入ってくるの!?」

 

 

「別に、歌うならそっちの方がいいって言っただけ!」

 

 

「かよちんはいつも迷ってばかりいるから、パッと決めてあげた方がいいの!」

 

 

「昨日話した感じじゃ、そうは見えなかったけど!」

 

 

 

真姫と星空は小泉のことをめぐっての言い争いが始まってしまい、小泉とジョータ・ジョージ・王子は心配そうな表情で様子を窺っていた。

 

 

 

 

「ふ、二人とも落ち着いて!」

 

 

「喧嘩はダメだよ!」

 

 

 

「「黙ってて!!」」

 

 

「「は・・はい」」

 

 

 

ジョータとジョージが止めようとするが2人に一喝され引き下がってしまう。

 

 

 

 

「かよちん行こう!先輩たち帰っちゃうよ!」

 

 

星空は再び小泉の手を引いて連れて行こうとするが、真姫がすばやくもう片方の手を掴んだ。

 

 

 

「待って!どうしてもっていうなら、私が連れていくわ!音楽に関してなら私の方がアドバイスできるし、それに・・・µ’sの曲は、私が作ったんだから!」

 

 

 

「えっ?そうなの?」

 

 

「「「えーーーーー!!」」」

 

 

 

真姫の言葉を聞き、小泉は思わず聞き返し駅伝部3人は揃って驚きの声を上げていた。

 

 

 

 

「いや・・えっと・・・と、とにかく行くわよ!」

 

 

真姫は小泉の手を引っ張るが、星空も引き下がらずもう片方の手を引っ張っていた。

 

 

 

 

「かよちんは凛が連れていくの!」

 

 

「いいや私が!」

 

 

「凛が!」

 

 

「私が!」

 

 

 

 

2人はお互いに言い合いながら小泉の制止も聞かず腕を力強く引っ張る。

 

 

 

 

「ダレカタスケテー!!」

 

 

小泉はそう叫びながら2人に連れていかれて行ってしまった。

 

 

 

 

 

「お、おーい待ってよー」

 

 

「大丈夫かなぁ?」

 

 

ジョータ・ジョージ・王子はしばらく黙って見ていたが、心配になり3人の後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎屋上◎

 

 

 

 

6人は屋上で練習をしているµ’s3人のところへやってきた。

 

 

そしてここを訪ねた旨を伝える。

 

 

 

「つまり、メンバーになるってこと?」

 

 

話しを聞いたことりが聞く。

 

 

 

 

「はい。かよちんは前からずっとずっと前からアイドルをやってみたかったんです」

 

 

「そんなことはどうでもよくて、この子結構歌唱力あるんです」

 

 

「どうでもいいってどういうこと!?」

 

 

「言葉通りの意味よ!」

 

 

 

「二人とも!今は喧嘩してる場合じゃないでしょ!」

 

 

 

再び言い争いが始まった2人にジョータが声を掛ける。

 

 

 

 

「わ、私はまだ・・・何ていうか・・・」

 

 

しかし小泉はまだ決断が出来ていないようだった。

 

 

 

 

「もう!いつまで迷ってるの!?絶対やったほうがいいの!」

 

 

星空が強い口調で言った。すると真姫が小泉の肩を掴みながら言う。

 

 

「それには賛成。やってみたい気持ちがあるならやった方がいいわ。さっきも言ったでしょ。あなただったら出来るわ!」

 

 

「西木野さん・・・」

 

 

 

「凛知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたいって思ってたこと」

 

 

星空も小泉の肩を掴みながら言った。

 

 

「凛ちゃん・・・」

 

 

 

 

「小泉さん!今こそ、勇気を持って君の本当の気持ちを伝えるんだ!頑張れ小泉さん!」

 

 

「小泉さん頑張れ!」

 

 

「頑張って!」

 

 

王子・ジョータ・ジョージも笑顔で小泉に檄を飛ばす。

 

 

 

「茜君・・・ジョータ君・・・ジョージ君・・・」

 

 

 

 

小泉は穂乃果たちの方へ向き直り話し始めようとする。

 

 

「あ・・あの・・・私・・・小泉・・」

 

 

 

すると真姫と星空がそっと小泉の背中を押した。

 

 

小泉は振り返り、真姫・星空・ジョータ・ジョージ・王子、みんなの笑顔を見ると、やがて決心がついたようにもう一度穂乃果たちの方を向き、大きな声で話し始めた。

 

 

 

 

 

 

「私、小泉花陽と言います。1年生で背が小さくて声も小さくて人見知りで得意なものは何もないです。でも・・・アイドルへの情熱は誰にも負けないつもりです!だから私を・・・µ’sのメンバーにしてください!」

 

 

 

小泉は目に涙を浮かべながらも、ようやく覚悟を決め自分の本心を伝えることができた。

 

 

彼女の想いを聞いた穂乃果・海未・ことりはゆっくりと小泉の方へ歩み寄った。

 

 

 

 

「こちらこそ、よろしく」

 

 

穂乃果が手を差し出した。

 

 

小泉は涙を拭ってから、笑顔で握手をするように穂乃果の手を握り返す。

 

 

 

 

「やったね小泉さん!」

 

 

「よく頑張ったよ!」

 

 

「これからも応援してるからね!」

 

 

王子・ジョータ・ジョージは拍手を送りながら労いの言葉を掛ける。

 

 

 

 

 

「よかったね~かよちん」

 

 

「何泣いてるのよ・・」

 

 

「だって・・・あ、西木野さんも泣いてる」

 

 

「わ・・私は別に泣いてなんか」

 

 

真姫と星空も小泉の様子を見て喜んでいた。

 

 

 

 

「それで2人はどうするの?」

 

 

ことりが真姫と星空に問う。

 

 

 

「えっ?」

 

 

「どうするって・・」

 

 

「「えーー!?」」

 

 

突然訊ねられ2人は揃って驚きの声を上げる。

 

 

 

 

「まだまだ部員は募集中ですよ」

 

 

海未とことりに手を差し出され、2人は少し考え込んだ。

 

 

 

 

「いいじゃん!2人ともやってみようよ!」

 

 

「うんうん!これならもっと華やかになるよ!」

 

 

ジョージと王子が声を掛けた。

 

 

 

 

「じゃあ、凛もやってみる!」

 

 

星空は手を上げて参加表明をする。

 

 

あとは西木野の返答を待つだけとなった。

 

 

 

 

「西木野さんも、答えは出せたかい?」

 

 

ジョータが真姫に問う。

 

 

 

「ええ。あなたに言われてから考えたんだけど、やっぱり私・・・まだまだ音楽を続けたい!私もやるわ!」

 

 

真姫はそう言うと凛と共に海未とことりの手を取った。

 

 

 

 

 

こうしてµ’sは新たな仲間が加わり、6人となった。

 

 

そしてまた、新しい「絆」が生まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃん!ナイス!」

 

 

「うぅ・・・その・・・ありがとう、ジョータ///」

 

 

ジョータがグットサインを送ると、真姫は照れたように頬を赤らめながらお礼を言う。

 

 

 

「それより皆さん、駅伝部の練習は大丈夫なのですか?」

 

 

「「「あ・・・」」」

 

 

ジョータ・ジョージ・王子は海未に訊ねられると、揃って青ざめながら硬直する。

 

 

 

 

 

 

「ああああああやべええええ!!完全に遅刻だーー!!」

 

 

 

「ハイジさんに怒られるーー!ダレカタスケテーー!」

 

 

 

「2人とも!チョットマッテー!」

 

 

 

3人は慌てて屋上を出て駅伝部の練習へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 




ようやく4話分まで来れました。本当にずいぶん引っ張ってしまいましたね。


次回は少し駅伝部の試合を挟みます。


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第24路 記録会と都大会(前編)

【5月14日 日曜日 午前9時30分】

 

 

 

 

◎秋葉原駅◎

 

 

 

「よーし、今日は記録会だ。さらにタイム更新するぞー」

 

 

「でもよかったね。今日の記録会は組数が少なくて午後から開始だからいつもより遅くていいなんて」

 

 

「だよな~。今年最初のなんて午前8時半開始だったから、めちゃくちゃ早く行かなきゃならなかったよな」

 

 

 

 

 

ジョータ・ジョージ・平田が話しながら、そして王子が音楽プレーヤーで音楽を聴きながら駅の改札前に集まっていた。

 

 

今日は高校インターハイ路線の東京都大会、そして東京体育大学の記録会の日となった。

 

 

インターハイ組は、今日は高志が出場する3000m障害が、翌週にはハイジ・ムサ・ユキが出場する5000mが行われるため、4人は試合会場の「駒沢オリンピック公園陸上競技場」へ行っている。

 

 

それ以外の、先月支部予選敗退となった平田を含めた5人は東京体育大学の記録会の5000mに出場することになっている。

 

 

4人は現在、カケルの到着を待っていた。

 

 

 

 

 

「今日の試合、俺ら3人同じ組っすね」

 

 

「先輩には負けないっすよ」

 

 

「おう。かかってきやがれ」

 

 

(・・・だが、陸上歴1ヶ月のこいつらに負けたらカッコ悪いよな・・・)

 

 

宣戦布告する双子に平田は返事を返すが、少し不安にもなっていた。

 

 

 

 

 

 

「お~い、みんな~!」

 

 

「「「ん?」」」

 

 

その時、誰かの呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

ジョータ・ジョージ・平田は声のする方を向くと、真姫・花陽・凛の3人がジャージ姿でやってきた。

 

 

 

王子も3人の姿を見つけ、イヤホンを外す。

 

 

よく見ると、花陽が眼鏡を掛けていないことに気付いた。

 

 

 

 

「おはよう!ジョータ君、ジョージ君、王子君」

 

 

「おはよう、みんな」

 

 

「お・・おはよう」

 

 

凛・花陽・真姫が順に挨拶をする。

 

 

 

 

「3人とも、どうしてここに?」

 

 

ジョータが訊ねる。

 

 

 

 

「実は昨日、穂乃果先輩たちが駅伝部の付き添いに行くって言ってたんだにゃ」

 

 

「それで、私たちも行こうって話になって」

 

 

「私は別にいいって言ったんだけど・・・」

 

 

凛・花陽・真姫が答えると、ジョータ・ジョージは目を輝かせた。

 

 

 

 

「本当!?やったー!」

 

 

「今日もマネージャーが来てくれたよ!」

 

 

ジョータとジョージはあまりの嬉しさにピョンピョン飛び跳ねながら喜んだ。

 

 

 

 

「お前らもしかして、あのアイドルグループの新メンバーか?そういえばお前ら2人、ライブ見に来てたよな?」

 

 

平田は真姫たち3人に訊ね凛と花陽をジッと見つめるが、3人とも彼の強面を見て少し恐がっているようだった。

 

 

花陽に至っては、真姫の影に隠れようとしているように見えた。

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ3人とも。平田先輩はこんな見た目だけど気のいい先輩だから」

 

 

3人の様子を見てジョータが優しく声を掛ける。

 

 

 

「平田先輩、恐がらせちゃダメですよ」

 

 

「いや、俺はそんなつもりじゃ」

 

 

ジョージに咎められ平田は首を振って否定する。

 

 

 

 

 

「あ、あの・・・ごめんなさい」

 

 

「いや、気にすることはねえよ。警戒されるのには慣れてるからよ」

 

 

花陽が謝罪し平田が返事を返す。

 

 

 

 

「はじめまして、小泉花陽といいます」

 

 

「星空凛です」

 

 

「西木野真姫です」

 

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

 

3人は揃って自己紹介をし一礼をする。

 

 

 

「おう。俺は3年の平田彰宏だ。以後よろしく」

 

 

平田は笑顔で返し、3人とも安心したように微笑み返した。

 

 

 

 

「そういえば小泉さん。眼鏡はどうしたの?」

 

 

王子が訊ねる。

 

 

 

 

「昨日からコンタクトにしてみたの。変かな?」

 

 

「ううん。よく似合ってるよ」

 

 

「うん!小泉さん、とってもかわいいよ!」

 

 

「さらにアイドルっぽくなったじゃない」

 

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ」

 

 

「えへへ。みんなありがとう」

 

 

 

王子・ジョータ・ジョージ・凛に褒められ、花陽は嬉しそうに微笑みながらお礼を言った。

 

 

すると真姫が突然、顔を赤くしながら花陽と凛に対して口を開いた。

 

 

 

「ね、ねえ・・・昨日から言いたかったんだけど・・・眼鏡とったついでに・・・私のこと、名前で呼んでよ。私も、名前で呼ぶから。花陽、凛」

 

 

真姫はこんなお願いをしてきた。

 

 

どうやらµ’sに入ったことで、少しばかり素直になれたようだった。

 

 

 

 

「うん!よろしくね真姫ちゃん!」

 

 

花陽は嬉しそうに微笑みながら名前を呼んだ。

 

 

 

 

「真姫ちゃ~ん!真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃ~ん!」

 

 

一方凛は嬉しそうにはしゃいで真姫の名前を連呼しながら彼女にくっつき始めた。

 

 

 

「も、もう・・うるさいっ!」

 

 

真姫は恥ずかしそうに顔を赤らめるがどこかまんざらでもなさそうな表情だった。

 

 

 

 

「「「あははははは」」」

 

 

 

その様子を見てジョータ・ジョージ・王子は楽しそうに笑いだした。

 

 

 

「西木野さん照れてる照れてる~」

 

 

「て・・照れてなんかないわよ!」

 

 

ジョージが茶々を入れ、真姫はムキになって言葉を返す。

 

 

 

 

 

そんな彼女たちの様子を、平田は微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 

(みんな、仲が良くて幸せそうだな・・・・・・・もしあいつがいたら・・・仲良くできたかな・・・・)

 

 

 

 

 

「じゃあ俺たちも、みんなのこと名前で呼ぶね。よろしく、真姫ちゃん!」

 

 

「よろしく、凛ちゃん!」

 

 

「よろしくね、花陽ちゃん」

 

 

ジョータ・ジョージ・王子がそれぞれ名前を呼ぶ。

 

 

 

「うん!よろしくにゃ~!えーと…ジョータ君?…ジョージ君?」

 

 

凛は双子を見て混乱し始めた。

 

 

顔なじみではあるが、まだどっちが誰か判断できずにいた。

 

 

 

「そういうときは、このホクロで判断すればいいよ」

 

 

ジョータは正面から見て右の目の下のホクロを指しながら言う。

 

 

 

「このホクロがあるのが俺、ジョータね」

 

 

「ないのが俺、ジョージね」

 

 

 

「分かったわ。よ、よろしくね…ジョータ」

 

 

「よろしくにゃ~、ジョージ君」

 

 

「よろしくね、茜君」

 

 

 

双子の説明を聞き、真姫・凛・花陽は改めて呼び返した。

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・すまん!遅くなった!」

 

 

「みんな!おはよう~!」

 

 

すると、カケルと穂乃果が揃って走ってやってきた。

 

 

 

 

「「「おはようございます!カケルさん!穂乃果さん!」

 

 

「「「おはようございます」」」

 

 

ジョータジョージ・・王子が揃って挨拶をし、真姫・凛・花陽も挨拶をする。

 

 

 

 

「遅ぇぞカケル」

 

 

平田が言う。

 

 

 

「すいません。穂乃果の奴が寝坊してしまって」

 

 

「ごめんなさ~い」

 

 

 

 

「それで、待っててあげてたんですね」

 

 

「でもいいっすね~、一人暮らしなうえにお互いすぐ近くに住んでるなんて」

 

 

ジョータ・ジョージが言う。

 

 

カケルが穂乃果の家のすぐそばのアパートで一人暮らしをしていることは、すでに駅伝部員とµ’sメンバー全員に知れ渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全員か。それじゃあ早いとこ、試合会場に行くぞ」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

平田は最上級生として全員に声を掛け、一同は駅の改札をくぐる。

 

 

ちなみに海未とことりは高志のサポートをするためにインターハイ組の方へ行っていた。

 

 

 

 

 

「真姫ちゃん。今日は俺頑張ってくるから、応援とサポートよろしくね」

 

 

ホームに向かって歩きながらジョータが言う。

 

 

 

「ま、まぁ・・あなたにはこの前お世話になったもんね。いいわ。今日は精一杯応援してあげるから、その・・・頑張んなさいよ」

 

 

「うん!もちろん!」

 

 

真姫が少し恥ずかしそうにしながら檄を飛ばし、それを受けたジョータは満面の笑みで返事を返す。

 

 

 

 

「じゃあ凛はジョージ君のサポートをするにゃ~」

 

 

「ありがとう!俺、頑張るよ!」

 

 

「じゃあ、茜君には私が」

 

 

「うん。よろしくね」

 

 

2人の様子を見て凛も花陽もやる気になっていた。

 

 

 

「お・・俺もいるぞ・・・」

 

 

平田がさみしそうに呟く。

 

 

 

 

「よかったな穂乃果。新しい仲間が出来て」

 

 

「うん!3人が入ってきてくれてさらに賑やかになったよ!」

 

 

カケルが言うと穂乃果が嬉しそうに答える。

 

 

 

(どうやら、守るべきものが増えたな)

 

 

カケルも嬉しそうな表情をしながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一同は最寄り駅に到着し、平田を先頭に東京体育大学に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「カケル君は今日はどれぐらいで走るの?」

 

 

 

「そうだな。14分半は切りたいかな」

 

 

 

「さすがカケルさんですね。俺もそのぐらいで走れるようになりてー」

 

 

 

「ねえねえ、駅伝部って毎日どのくらい走ってるの?教えてほしいにゃ」

 

 

 

「そうだね。練習内容にもよるけど朝練でほぼ毎日10kmは走って、さらに午後練もあるから平均して20kmは走ってるかな」

 

 

 

「に、20kmを毎日・・・すごいです」

 

 

 

「そりゃあ、長い距離を走るのが長距離選手なんだからあたりまえよ」

 

 

 

「そう、真姫ちゃんの言う通り、日々の積み重ねが大事なんだよ」

 

 

 

カケル・穂乃果、そして1年生たちが談笑し合い、みんなの前を平田が歩いていた。

 

 

 

 

 

(うちの部も、ずいぶんと賑やかになったもんだな。)

 

 

 

みんなの会話を聞いて平田は思った。

 

 

 

 

 

 

すると一同は途中で、とあるアパートの前に止まっている一台のバンから、男性2人が一人暮らし用の冷蔵庫を運ぼうとしているのを見かけた。

 

 

その様子を1人の若い女性が心配そうに見守っており、どうやら男性たちは女性の引越の手伝いをしているようだった。

 

 

しかし冷蔵庫が重いのか、2人がかりでもなかなか上手く持ち上げられずにいた。

 

 

 

「二人とも大丈夫!?」

 

 

「うぅ・・ぐぐぐ・・・ダメだ!上手く持ち上がらない!」

 

 

「くそ・・思ったよりも重いぞこれ」

 

 

 

 

 

 

「なんか大変そうだね」

 

 

「手伝ってあげたほうがいいかな?」

 

 

その様子を見ながら穂乃果・ジョータが心配そうに呟くと、突然平田が口を開いた。

 

 

 

 

「よし。ここは俺に任せろ」

 

 

平田はやる気に満ちた声でそう言うとバンのもとへと向かっていった。

 

 

 

 

「ひ、平田先輩!?」

 

 

「大丈夫かにゃ~?」

 

 

一同は心配そうに平田の背中を見つめる。

 

 

 

 

「失礼します。こいつは俺に任せてください」

 

 

平田はそう言って1人で冷蔵庫に手をかけた。

 

 

 

 

「ええっ!?君、1人で運ぶ気かい!?」

 

 

「あぶないよ!これ相当重たいよ!」

 

 

男性2人が注意するが、平田は腕に力を込め始めた。

 

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 

すると平田は雄叫びを上げながらその冷蔵庫を軽々と持ち上げてしまった。

 

 

 

 

「うわぁ!!」

 

 

「こ、これはすごい!」

 

 

男性2人は驚きの声を上げた。

 

 

 

 

「うわぁ~」

 

 

「すっごいにゃ~」

 

 

「「平田先輩すげー!」」

 

 

カケルたち8人もその様子を見て感嘆していた。

 

 

 

 

「これは、どこに運べばいいですか?」

 

 

平田は女性に訊ねるが、その表情は重いものを担いでいる辛さを感じさせない余裕の表情だった。

 

 

 

「あ、はい!こちらです!」

 

 

女性は声を掛けられるとすぐに部屋へ案内し平田も冷蔵庫を抱えながら後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運び込みを終えると、一同は再び大学へ向け歩き出していた。

 

 

 

「わ~い浮いた浮いた!」

 

 

「平田先輩力持ちだにゃ~」

 

 

「へへっ、まだまだ余裕だぜ」

 

 

その途中、平田が左右それぞれの腕に掴まっている穂乃果と凛を、腕を上げ下げして持ち上げていた。

 

 

 

「本当にすごいパワーですね」

 

 

「ホントですよ。あんなに重そうなもの担いでたのに全然キツそうじゃなかったっすもんね」

 

 

カケル・ジョータが感心しながら言う。

 

 

 

「まぁ、一応工務店の息子だからな。ガキの頃から仕事の手伝いで鍛えられてきたんだよ」

 

 

平田が答える。

 

 

 

「平田先輩、ちょっと腕に力入れてもらっていいですか?」

 

 

 

「ああ。いいぞ。・・・ヌンッ!!」

 

 

 

ジョージに言われると、平田は腕まくりをして両腕の肘を曲げて力を入れ、見事に発達した筋肉を披露した。

 

 

 

 

「うわぁ~すごい筋肉!」

 

 

「ムッキムキだにゃ~。ほら、かよちんもさわってみて」

 

 

「ええっ?し、失礼します・・・あ、すごいです」

 

 

 

穂乃果・凛・花陽はすっかり興味津々になりペタペタと平田の腕を触り始めた。

 

 

 

 

「まったくみんな、はしゃぎ過ぎよ・・」

 

 

真姫がその様子を見てため息交じりに言う。

 

 

 

「でも、平田先輩もまんざらじゃなさそうだよ」

 

 

「ああ。みんなに受け入れられて嬉しいんだろうな」

 

 

ジョータとカケルが平田の気分良さげな表情を見ながら言う。

 

 

 

 

(なんか・・・女子にこんな風に興味を持ってもらえるなんて・・・初めてだな)

 

 

 

尚もペタペタと腕を触られながら平田は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎東京体育大学:陸上競技場◎

 

 

 

 

いよいよ王子の組の試合開始時間の10分前となった。

 

 

 

今日の記録会は、13時から18時過ぎまで全16組が出走する。

 

 

 

 

 

王子は13時からの第1組目

 

 

 

ジョータ・ジョージ・平田は13時50分からの第3組目

 

 

 

そしてカケルは17時30分からの第14組目での出走となっている。

 

 

 

 

王子はスタート地点付近でカケルと花陽に付き添われながらユニフォーム姿になりストレッチをしていた。

 

 

 

 

「王子。調子はどうだ?」

 

 

「まあまあですよ。前回よりは確実にいいですね」

 

 

「とにかく選手にしっかり食らいつけ。お前は前回一度どん底を経験しているんだから、ある意味気が楽になってるだろう」

 

 

 

「まぁ、そうですね。とりあえず行けるところまで行ってみます」

 

 

そう言って王子はスタート地点に向かおうとした。

 

 

 

 

「あ、あの・・・茜君」

 

 

すると花陽が呼び止めた。

 

 

 

 

「花陽ちゃん?」

 

 

「が・・頑張ってね茜君。ゴールで待ってるから」

 

 

花陽は王子に優しく微笑みながらエールを送った。

 

 

 

「うん!行ってきます!」

 

 

王子は笑顔で手を振りながらスタート地点へ向かった。

 

 

 

 

「小泉さん。しっかり王子のこと、応援してやってくれ」

 

 

「は、はい!」

 

 

王子の背中を見送る花陽にカケルが声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

 

パーーーーーーーン

 

 

 

 

スタートの号砲が鳴り各選手が一斉に飛び出した。

 

 

 

 

 

「王子ファイトー!」

 

 

「王子君頑張れ~!」

 

 

 

コースの外側で双子・穂乃果・凛・真姫が大きな声で声援を送る。

 

 

平田は別の地点でビデオカメラで撮影を行っている。

 

 

 

 

 

 

 

やがて半分を過ぎたが、王子はやはり最後尾の位置となっていた。

 

 

表情も歪んでおり苦しそうだった。

 

 

 

(王子、前回よりは状態はマシだけど・・・やっぱりキツそうだな)

 

 

王子の走りを見ながらカケルは思った。

 

 

 

 

「王子君しっかり~!」

 

 

「しっかり前を追いなさい!」

 

 

「ファイトー!」

 

 

「王子まだ行けるよ~!」

 

 

「あきらめんな~!」

 

 

みんなそれぞれ声を掛けるがやはり相変わらず苦しそうだった。

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 

 

(ダメだ、キツイよ~・・・ちょっとは強くなれたと思ったけど、やっぱり僕の力なんてこんなもんだよ・・・)

 

 

 

 

「茜君!頑張れーー!」

 

 

その時、大きな声で一生懸命声援を送る花陽の姿が目に入った。

 

 

 

 

(花陽ちゃん・・・そうだ!花陽ちゃんが見てる!これ以上格好悪い姿見せちゃいけないな)

 

 

 

王子は気持ちを奮い立たせ、諦めずに前の選手を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

やがて王子は20分11秒のタイムでフィニッシュした。

 

 

最後の直線で1人の選手を抜き、なんとか最下位は免れた。

 

 

 

 

「茜君!」

 

 

「ハァ・・ハァ・・花陽ちゃん・・」

 

 

ばったりと倒れ込む王子に花陽が駆け寄った。

 

 

 

「お疲れさま」

 

 

花陽は微笑みながら手を差し出し王子を労った。

 

 

王子は手を掴むとゆっくりと起き上がった。

 

 

 

「花陽ちゃんの声、しっかりと聞こえたよ。ありがとう・・おっととと!」

 

 

「あっ!茜君、大丈夫!?」

 

 

「ご・・ごめん花陽ちゃん」

 

 

王子は疲労からフラフラになっており、花陽に身体を支えられながらゴール地点を後にした。

 

 

 

 

その様子を、一緒に迎えに来たカケルが見守っていた。

 

 

(お疲れ王子。よかったな、応援してくれる人が出来て)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いてジョータ・ジョージ・平田の出走時間が近づき、3人も準備に入っていた。

 

 

 

お昼過ぎという時間帯のため、少し気温が上がり始めていた。

 

 

 

 

「あっちいなぁ~」

 

 

ジョータがユニフォーム姿でストレッチをしながら呟いた。

 

 

 

「はい」

 

 

すると真姫がジョータに給水ボトルを差し出した。

 

 

 

「暑いんだから、水分はしっかり摂っときなさい」

 

 

「真姫ちゃん・・・ありがとう!」

 

 

「べ、別に・・・ただ、ここに来たからには何かマネージャーっぽいことしなきゃって思っただけよ」

 

 

笑顔でお礼を言うジョータに真姫はツンとしながら答える。

 

 

 

 

一方凛は足を開いて座るジョージの背中を押し、彼のストレッチを手伝っていた。

 

 

 

「このくらいでどうかにゃ?ジョージ君」

 

 

「うん。ちょうどいいよ」

 

 

「今日は頑張ってね。応援してるにゃ~」

 

 

「うん!頑張るにゃ~!」

 

 

凛の言葉にジョージは同じ語尾で返し、2人で笑いあっていた。

 

 

 

 

「ちぇっ、うらやましいぞチクショウ」

 

 

それぞれの様子を見ながら平田が呟く。

 

 

 

 

 

 

そしてレースがスタートした。

 

 

 

3人とも揃って先頭集団に食らいついており、勝負は接戦となっていた。

 

 

 

(このペースだとだいたい16分10秒から20秒くらいか。しかしあの双子の成長率はすごいなぁ・・)

 

 

ビデオカメラで撮影中のカケルは3人の走りを分析していた。

 

 

 

 

やがて残り1kmに差し掛かった。

 

 

すると双子が少しきつそうな表情になり、先輩の平田から少し遅れだしていた。

 

 

 

 

「ジョータ、まだいけるわよ!」

 

 

「ジョージ君ファイトー」

 

 

真姫と凛が檄を飛ばす。

 

 

 

2人の声を聞くとジョータとジョージは再びしっかり前を見据え選手を追っていった。

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・」

 

 

「平田先輩!余裕持ってしっかり前見て走って!」

 

 

 

双子の前を走る平田にカケルが声を掛ける。

 

 

平田はチラリと自分の時計を見た。

 

 

 

(このペース、前回のレースとあんま変わんねえじゃねえかよ・・)

 

 

平田は心の中で毒つく。

 

 

 

 

そしてラスト1周に差し掛かった。

 

 

 

(この1周でスパートかければ一気に変わる・・・あぁダメだ・・・もうキツイ)

 

 

平田はスパートの余力もなくなっていた。

 

 

 

(とりあえずこのまま無難にゴールして・・・!!)

 

 

 

すると双子が猛然とラストスパートをかけて一気に平田に追いついてきた。

 

 

 

(や、やべぇ!・・くそ!)

 

 

 

平田も負けじとスパートをかける。

 

 

 

(ハァ・・ハァ・・先輩として、そう簡単に負けるわけにはいかねえんだ!)

 

 

 

 

3人とも並ぶような形でラスト200mを駆け抜け、そしてフィニッシュした。

 

 

 

 

結果は平田が最後に双子を振り切り、16分23秒でフィニッシュした。

 

 

 

続いてジョータが16分25秒、ジョージが16分26秒となった。

 

 

 

 

 

「ゼェ・・ゼェ・・先輩お疲れっす・・」

 

 

「ハァ・・ハァ・・おう・・お疲れ・・」

 

 

3人とも力を出し切り息を切らしながらゴール地点を離れる。

 

 

 

 

「お疲れさまー!」

 

 

「お、お疲れ」

 

 

「あ、真姫ちゃん!」

 

 

「凛ちゃん!」

 

 

すると凛と真姫が3人を迎えに来た。

 

 

 

 

「惜しかったわね、ジョータ」

 

 

「うん。負けたのは悔しいけどベスト出せてよかったよ」

 

 

 

「ジョージ君、ナイスランだったにゃー」

 

 

「えへへっ、ありがとう」

 

 

真姫と凛はそれぞれ声を掛ける。

 

 

 

(俺はさっさと退散するか)

 

 

 

「平田先輩も、お疲れさまです」

 

 

すると真姫がその場を後にしようとする平田に労いの言葉を掛けながら給水ボトルを渡した。

 

 

 

 

「お、おう!サンキュー!」

 

 

平田はお礼を言いながらボトルを受け取った。

 

 

そして、今日の試合を振り返りながら水を口に含みみんなと共に歩き出した。

 

 

 

 

(しかしあぶなかったなぁ・・・このままだとやがて2人に抜かれちまうな・・・先輩としてもっとしっかりしねえとな・・・)

 

 

 

 

 

 




思ったより長くなったので分けました。


次回はカケルと高志の試合です!


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第25路 記録会と都大会(後編)

 

 

◎東京体育大学◎

 

 

 

 

記録会に来た9人は次のカケルの組の開始時間まで間があるため、それまで自由時間となった。

 

 

一同は持ってきたシートに座って待つことにした。

 

 

 

みんなが談笑し合っている中、真姫は本を読んでおり、王子は先ほどまで疲れてぐったりしていたが現在は回復し持ってきたパソコンでイヤホンをつけながらアニメ鑑賞をしている。

 

 

 

 

「王子の奴、こんなところでもアニメ鑑賞とは・・」

 

 

「王子君ってアニオタなのかにゃ~?」

 

 

「そうだよ。かわいい女の子キャラにでも励ましてもらってるんじゃないかな?」

 

 

ジョータ・凛・ジョージが王子の様子を見てクスクス笑いながら呟く。

 

 

 

 

「ねえ王子君。何見てるの?」

 

 

穂乃果が声を掛けるが、聞こえないのか尚もパソコンに夢中になっている。

 

 

 

 

「王子君ってば!」

 

 

「は、はい。何でしょう?」

 

 

穂乃果は傍まで行って王子の肩を叩きながら声を掛け、王子はイヤホンを外す。

 

 

 

 

「それ何のアニメ?」

 

 

穂乃果がパソコンをのぞき込みながら聞くと、王子はカバンからDVDBOXのカバーを取り出す。

 

 

 

「これですよ。『スーパーアイドルギャラクシー』略して『アイギャラ』という美少女アイドルアニメですよ」

 

 

王子はカバンからDVDBOXのカバーを取り出して説明する。

 

 

 

 

「アイギャラ!!??」

 

 

「うおっ!」

 

 

突然花陽が声を上げ、隣にいたカケルがびっくりしていた。

 

 

すると花陽は素早く王子のもとへ移動し、目を輝かせながらDVDBOXを眺めた。

 

 

 

「このアニメ、私も大好きだよ!私もこれ予約したんだけど、まだ届かなくて・・」

 

 

「じゃあよかったら、一緒に見ない?」

 

 

王子がイヤホンの片方を差し出す。

 

 

 

「いいの!?ありがとう~」

 

 

花陽は嬉しさのあまり目を潤ませながらお礼を言い、片耳にイヤホンをつける。

 

 

そして2人で身を寄せ合いながら揃ってワクワクした表情で画面を眺める。

 

 

その様子は傍から見るとまるで恋人同士のようだった。

 

 

 

 

「あの2人いい雰囲気だな~」

 

 

「同じアイドル好き同士、馬が合うんだろうな」

 

 

ジョージとジョータがニヤニヤしながら言う。

 

 

 

 

「小泉だっけか?なんかさっきと違ってずいぶんイキイキとしてるな」

 

 

 

「かよちんはアイドルのことになると目の色が変わるんです。凛はこっちのかよちんも好きだにゃ~」

 

 

 

「あ~そういえばそうだったね~」

 

 

平田・凛・穂乃果が言う。

 

 

 

カケルも、以前穂乃果の部屋でµ’sの動画を見てた時のことを思い出しながら、「確かに」と思った。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

すると平田は、今度はみんなから離れて1人で本を読んでいる真姫のことが気になり始めた。

 

 

 

 

「よっ。何やってんだ?」

 

 

「ウェッ?ひ、平田先輩」

 

 

平田はゆっくりと真姫に近寄って声を掛け、真姫は少し驚きの声を上げた。

 

 

平田は真姫が持っている本に目を落とした。よく見ると、大学受験用の参考書だった。

 

 

 

 

「ほぉ~、こんなところでも勉強か。王子と違って真面目だな」

 

 

「・・・スクールアイドルを始めたからといっても、勉強を疎かにするわけにはいきませんから」

 

 

感心する平田に真姫が答える。

 

 

 

 

「何か目指してることでもあるのか?」

 

 

「はい。私、大学は医学部を目指していて、将来はパパとママが経営している病院を継ぐつもりなんです」

 

 

「へぇ~医学部かぁ、すげえな。俺なんかと全然ちがうなぁ~。ん?そういえばお前、西木野っていったよな?もしかしてその病院って、西木野総合病院か?」

 

 

「ええ、そうですけど」

 

 

「マジか!?実は俺の親父の行きつけの病院でな、仕事でどっか怪我した時にいつもお世話になってるぜ」

 

 

「そうだったんですか!?」

 

 

「ああ。親父が言ってたぜ。あそこの先生は本当に腕利きの素晴らしい医者だってな」

 

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

自分の親のことを褒められ、真姫は少し嬉しそうに頬を赤らめていた。

 

 

 

 

「平田先輩は将来どうするんですか?やっぱり実家の工務店を継ぐんですか?」

 

 

真姫が訊ねる。

 

 

 

 

「ああ。高校を卒業したらすぐに修行から始めるつもりだ。だから今年が、学生生活の集大成になる。だからこそ、今しかできないことを思いっきり楽しんで悔いの残らない高校生活にして見せる。そのためにも、このみんなで高校駅伝に出てぇんだ」

 

 

平田が静かに力強く答える。

 

 

 

 

(今しかできないこと・・・)

 

 

真姫は心の中で呟き、少し間を置いてから口を開いた。

 

 

 

 

「私もこれからの3年間の高校生活、悔いが残らないものにして見せます。だから先輩も、その・・・頑張ってください」

 

 

真姫は少し恥ずかしそうにしながらも、優しく微笑んで平田にエールを送った。

 

 

 

「おう!サンキューな!」

 

 

平田は満面の笑みを浮かべて真姫の頭を撫で始めた。

 

 

 

「こ・・子ども扱いしないでください!////」

 

 

真姫が顔を真っ赤にしながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかあっちもいい雰囲気だにゃ~」

 

 

「ホントだね」

 

 

「真姫ちゃん・・・」

 

 

平田と真姫の様子を、凛とジョージは微笑ましそうに眺めているがジョータは少しモヤモヤしているようだった。

 

 

 

 

 

(そういえばそろそろ、高志の試合が始まるな)

 

 

カケルが腕時計を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎駒沢オリンピック公園陸上競技場◎

 

 

 

 

一方都大会は、いよいよ3000m障害の決勝が行われようとしていた。

 

 

高志は午前中の予選を勝ち抜き、決勝にコマを進めていた。

 

 

決勝は16人で行われ、上位6人が関東大会に進出できる。

 

 

 

 

高志は今、他の選手と共にスタート地点に並んでいた。

 

 

その様子を、付き添いのハイジと海未が見守っている。

 

 

 

(高志・・・頑張ってください)

 

 

海未は両手を合わせて祈りながら心の中でエールを送っていた。

 

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

 

パーーーーーーーン

 

 

 

 

 

スタートの号砲が鳴り、選手が走り出した。

 

 

その瞬間、各高校勢の声援が飛び交った。

 

 

 

 

「高志ファイトー!」

 

 

「高志ファイトデース!」

 

 

「高志君頑張って~」

 

 

ユキ・ムサ・ことりがスタンドから声援を送る。

 

 

 

 

「高志!余裕持って落ち着いていこう!」

 

 

「高志ファイトですよー!」

 

 

ハイジと海未もタイムを計測しながら大きな声を掛ける。

 

 

 

 

 

 

高志はしっかり集団についていきながらテンポよく設置されているハードルを飛び越えていた。

 

 

まもなく1000mを通過しようとしていた。

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・」

 

 

(よし。脚はしっかり動いてるから状態は悪くない。落ち着いていけば勝てる)

 

 

高志は心の中で言い聞かせながらさらにハードルを飛び越えた。

 

 

しかし・・・

 

 

 

 

 

ガッ!

 

 

 

「あぁっ!」

 

 

 

ドサァッ!!

 

 

 

 

ハードルを飛び越えた直後、相手選手と脚が絡まり高志は転倒してしまった。

 

 

 

 

 

「高志!!」

 

 

海未が叫んだ。

 

 

 

高志はすぐに立ち上がったが、集団からは大きく遅れてしまった。

 

 

 

「高志焦るな!まだ大丈夫だから落ち着いていけ!」

 

 

ハイジが必死に声を掛けるが、高志はすっかり動揺してしまっていた。

 

 

 

前の集団との差がなかなか縮まらずにいる。

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・」

 

 

(こんな大事な時に何をやっているんだ俺は・・・こんなみっともない形で終わってしまうのか・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「高志!高志ーー!」

 

 

「!!」

 

 

 

意気消沈している高志の耳に海未の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「あなたはまだ終わっていません!最後まで諦めちゃだめですよ!」

 

 

 

(う・・・海未ちゃん・・・そうだ・・・まだ試合は終わっていない!諦めちゃだめだ!最後まで戦うぞ!)

 

 

 

高志は海未の声を聞いて再び息を吹き返し、懸命に前の選手を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

やがて残り600mとなった。

 

 

高志はペースを上げ、集団からこぼれた選手を1人1人着実に抜いていった。

 

 

 

「いいぞ高志!そのペースでいけば6位まで行けるぞ!」

 

 

ハイジの檄を聞き、高志は前を見据えた。

 

 

高志は現在9位であり、関東大会出場枠の6位との差は約10mのところまで来ていた。

 

 

 

 

(あと、もう少しだ)

 

 

 

 

そして最後の1周に差し掛かり、それを知らせるベルの音が響いた。

 

 

 

高志は最後の力を振り絞りラストスパートをかけたが、前の選手も同じくスパートをかけていた。

 

 

しかし差は確実に縮まっていた。

 

 

 

「ハァ!・・ハァ!・・」

 

 

高志は必死の形相で前を追い、その差はあと4mまできた。

 

 

そして最後の直線に入る。

 

 

 

 

 

 

「高志ーーー!!」

 

 

ゴール地点に海未が大声で呼んでいるのが聞こえる。

 

 

ゴールに近づくにつれ6位との差も縮まっている。

 

 

あと3m・・・2m・・・1m・・・

 

 

 

 

 

 

 

ついに高志はフィニッシュした。

 

 

ゴールラインを越えてからばったりと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

高志のタイムは9分32秒31で第7位であり、6位との差はわずか0.18秒であった。

 

 

ほんの僅差で高志は関東大会出場を逃してしまった。

 

 

 

 

 

 

「惜しかったな、高志」

 

 

「残念デス・・・」

 

 

スタンドで見ていたユキとムサが呟いた。

 

 

 

「でも、高志君よく頑張ったよ」

 

 

ことりが微笑みながら言った。

 

 

そして高志に向けて、パチパチと拍手を送り始めた。

 

 

ムサもユキも一緒に拍手を送った。

 

 

 

「お疲れさま、高志君」

 

 

 

 

 

 

 

「高志!大丈夫か!?立てるか!?」

 

 

ハイジは急いで高志に駆け寄ると、高志はゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

「高志、お疲れ。・・・!!」

 

 

 

高志の目には涙が溢れていた。

 

 

転倒したうえにわずかな差で敗退した悔しさがこみあげていた。

 

 

 

 

「あれは完全に自分のミスです・・言い訳はしません・・・でも・・・俺・・・やっぱり悔しいです・・・」

 

 

「高志・・・」

 

 

高志は言葉を絞り出すと両手で顔を覆い、尚も泣き続けた。

 

 

 

 

「お疲れ様です。高志」

 

 

すると海未が高志の前に現れ、優しく声を掛けた。

 

 

高志は声を聞き、顔を上げた。

 

 

 

 

「海未ちゃん・・・ごめん・・・俺・・・」

 

 

「いいえ、あなたはよく頑張りました。何も恥じることはありません。最後まで諦めずに戦い続ける姿、とても感動しましたし、大変立派でした」

 

 

「ありがとう・・・海未ちゃん・・・うううぅぅ」

 

 

海未の労いの言葉を聞き、高志は再び涙が込み上げ海未は持っていたタオルを差し出した。

 

 

 

 

「今は思いっきり泣いてください。そして、それからは次のステージに向けて頑張ればいいんです」

 

 

タオルで顔を覆う高志を海未は励まし続けた。

 

 

 

 

(お疲れ高志・・・来週は俺たち、お前の分も頑張るからな!)

 

 

2人の様子を見守っていたハイジが心の中で誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎東京体育大学◎

 

 

 

カケルは、試合時間が近づいてきたため競技場周辺でジョッグを行っていた。

 

 

走りながら船橋第一の選手はいないかと周りを見渡したが、今日も来ていないようだった。

 

 

 

「おーい、カケルくん」

 

 

すると穂乃果が声を掛けてきた。

 

 

 

「どうした?」

 

 

「あのね、さっき平田先輩たちにハイジさんから連絡があったみたいなんだけど・・・」

 

 

 

すると穂乃果は高志が都大会敗退になったことを伝えた。

 

 

 

 

「そうか・・残念だな」

 

 

「うん。高志君すごく悔しがってたって」

 

 

「でも高志にはまだ来年があるし、海未がそばについててくれてる。あいつは本当にしっかりしてるからすぐに気持ちを切り替えて、また頑張ってくれるだろう」

 

 

「うん。そうだね」

 

 

「よし!今日はいい記録出してあいつを少し元気づけてやるか!」

 

 

「その意気だよカケル君!ファイトだよ!」

 

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

パーーーーーン

 

 

 

そして本日最後のカケルの試合がスタートした。

 

 

 

 

「カケル君ファイトー!」

 

 

「カケル先輩ファイトでーす!」

 

 

「いけカケルー!」

 

 

「頑張ってくださーい!」

 

 

 

カケルはみんなの声援を受けながら走り出していった。

 

 

この組のほとんどの選手が、箱根駅伝の常連校の大学生選手だった。

 

 

そんな選手たちにカケルは果敢に食らいついていった。

 

 

 

そして応援している穂乃果たち8人の前をあっという間に過ぎていく。

 

 

 

 

 

「すごいにゃ~」

 

 

「何なの!?あのスピード!」

 

 

「は・・速いね」

 

 

凛・真姫・花陽は初めて見るカケルの走りに感嘆していた。

 

 

 

 

「そうだよ!これがカケル君の走りなんだよ!」

 

 

穂乃果がワクワクしながら言う。

 

 

 

 

カケルはスタートからずっと先頭の大学生集団にただ1人の高校生として食らいついており、やがてラスト1周に差し掛かった。

 

 

 

集団はどんどんスパートをかけ始め、カケルもついていった。

 

 

 

 

 

「すごい。さらにペースが上がった」

 

 

花陽が驚きの声を上げる。

 

 

 

 

「いけカケルー!」

 

 

「カケル先輩ラストっすよー!」

 

 

「カケル君!いっけー!!」

 

 

 

 

 

 

 

カケルは全力疾走でゴールに飛び込んだ。

 

 

全体の5番目にフィニッシュし、タイムは14分26秒だった。

 

 

 

 

 

「よし!」

 

 

目標のタイムを達成でき、カケルは小さくガッツポーズをとる。

 

 

 

 

(この調子でもっと頑張って、必ず藤岡さんに追いつくんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

「カケルくーん!」

 

 

「カケルー!」

 

 

「お疲れさまでーす!」

 

 

 

振り向くと穂乃果たち8人全員が手を振って迎えに来ていた。

 

 

 

 

「みんな!」

 

 

カケルは腰ゼッケンを係員に返却すると、笑顔で手を振りながらみんなのもとへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?


今回は完全オリジナルで書かせていただきました。こんな下手くそな文章ですが、読者の皆さんに少しでも彼らの陸上に対する思いを、そしてµ’sとの絆の深まりを感じてもらうことが出来たら幸いです。


次回は再びラブライブ本編に戻ります。あの方の襲来編です。


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第26路 襲来と酷評

いよいよお待ちかねのあの人物の登場です!


【5月15日 月曜日 早朝】

 

 

 

 

 

◎和菓子店「穂むら」◎

 

 

 

「さ~て、朝練朝練っと」

 

 

穂乃果はそう言いながら練習着姿で玄関のドアを開けて外へと出た。

 

 

これからµ’sの朝練のため、神田明神へ向かうところである。

 

 

家の前の通りへ出ると、ジャージ姿のカケルが待っていた。

 

 

 

 

 

「カケル君!」

 

 

カケルの姿を見つけ、穂乃果は驚きの声を上げる。

 

 

 

 

「よっ!穂乃果!これから朝練に行くんだろ?早く行こうぜ!」

 

 

「えっ?来てくれるの?」

 

 

「ああ、俺は昨日試合だったから今日は完全休養日になってるんだ。だからお前らの朝練に顔を出させてもらうよ」

 

 

「本当!?ありがとう~」

 

 

カケルの返事を聞き穂乃果は笑顔でお礼を言う。

 

 

 

 

「よし、じゃあ神田明神まで競争だ」

 

 

カケルはそう言って先に神田明神に向かって走り出していった。

 

 

 

「あ~ん、待ってよ~」

 

 

穂乃果が慌ててカケルの後を追っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎神田明神◎

 

 

 

カケルは石段を駆け上がり神田明神に着くと、ことりがすでに来ており準備運動を始めていた。

 

 

 

 

「あ、おはようカケル君。来てくれたんだね」

 

 

ことりがカケルに気付き挨拶をする。

 

 

 

「おはようことり。早いなぁ」

 

 

カケルも挨拶を返す。

 

 

 

「うん。今日はなんだか早く目が覚めちゃって」

 

 

「そうか」

 

 

「あ、それとカケル君。昨日は試合お疲れさま」

 

 

「おお。ありがとう」

 

 

 

 

するとことりは突然後ろを振り返った。

 

 

そして辺りをキョロキョロと見回し始める。

 

 

 

「どうかしたのか?」

 

 

その様子を見てカケルが訊ねる。

 

 

 

「うん。実はさっきから誰かに見られてるような気がするの」

 

 

ことりが不安げな表情で答える。

 

 

 

「何だって?」

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・カケル君速いよ~・・あ、ことりちゃんおはよう」

 

 

すると穂乃果が石段を駆け上ってきた。

 

 

 

 

「おはよう穂乃果ちゃん」

 

 

「待たせちゃったかな?」

 

 

「ううん。私もさっき来たばかりだから。海未ちゃんは今日は弓道の朝練があるんだって」

 

 

「そうなんだ」

 

 

「「!!」」

 

 

するとことりがサッと後ろを振り返った。

 

 

それと同時にカケルは見た。神社の陰に人影があったのを。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

穂乃果が2人に訊ねる。

 

 

 

「今、あそこに誰かいなかった?」

 

 

「ああ、確かに誰か隠れているのが見えたぞ」

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

3人は目を凝らしてことりが指した地点を見つめた。

 

 

よく見ると一瞬だが足のつま先の部分が見えた。

 

 

 

 

「私、ちょっと見てくる」

 

 

穂乃果が言った。

 

 

 

「だ、大丈夫?穂乃果ちゃん」

 

 

ことりが心配そうな顔で言う。

 

 

 

「よし!なら俺は裏から回るよ」

 

 

 

カケルと穂乃果は二手に分かれて人影の正体を暴くことにした。

 

 

 

穂乃果はそっと人影があった建物の角まで来たが、誰もいなかった。

 

 

そしてさらに奥に進み、向こう側の建物の角に差し掛かった。

 

 

 

 

ガシッ!!

 

 

 

「うわうわああぁぁ」

 

 

 

すると突然何者かに足首を掴まれ、穂乃果は前のめりに転倒するが両手を地面につけて踏みとどまった。

 

 

 

「痛ったぁ~」

 

 

 

「捕まえたぞ!」

 

 

「ちょ、ちょっと!離しなさいよ!」

 

 

穂乃果が痛む両手をブンブン振っていると、カケルが1人の人物を羽交い絞めにして取り押さえていた。

 

 

その人物は黒い髪をピンクのリボンでツインテールにしており、サングラスとマスクを付け、茶色いコートを着ていた。

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫!?」

 

 

「う、うん」

 

 

ことりが穂乃果のもとへ駆け寄った。

 

 

カケルの方を見ると、まだ謎の人物との取っ組み合いになっていた。

 

 

 

 

「お前、ことりを覗き見して一体何を企んでやがるんだ!」

 

 

「あんたには関係ないわ!離しなさい・・よ!!」

 

 

「痛ってぇ!!」

 

 

謎の人物はカケルの足を踏みつけ、カケルは痛さで手を放し踏まれた足を抑えながらピョンピョン跳ねていた。

 

 

そしてその人物は穂乃果とことりの方へ向き直る。

 

 

 

 

「あんたたち、とっとと解散しなさい!!」

 

 

謎の人物はそう告げると、そのまま走り去ってしまった。

 

 

 

 

「今の・・・誰?」

 

 

「さぁ・・」

 

 

「いててて・・・一体何だったんだ?」

 

 

ことり・穂乃果・カケルは謎の人物の後ろ姿を見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、神田明神の周辺でユキが朝ジョッグを行っていた。

 

 

今度の土曜日と日曜日に都大会の5000mを控えているため、気合を入れていた。

 

 

 

(今度の都大会、今の力で通過できる確率は半分もないだろう。だからこそ、今のうちにやれることはやっとかねぇとな)

 

 

 

すると神田明神の石段から先ほどの謎の人物が降りてくるのを見つけた。

 

 

 

 

「ふん!あんなんで易々とアイドルを語らないでほしいわ!」

 

 

その人物はそうぼやきながら足早に去っていった。

 

 

 

ユキはその人物を見つめながら呟いた。

 

 

 

 

「あいつ・・・・こんなところで何やってるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎2年生教室◎

 

 

 

「そんなことがあったんですか!?」

 

 

穂乃果・ことり・カケルは朝練を終え教室に着くと、海未・高志・ムサに先ほどの謎の人物について話し、海未は驚きの声を上げていた。

 

 

 

 

「『解散しなさい』って言ってたってことは、その人はµ’sのことを知っているようだね」

 

 

話を聞いて高志が考え込みながら言った。

 

 

 

「イタズラじゃないデスか?」

 

 

ムサが言う。

 

 

 

 

「実は私も、皆さんに話しておきたいことがあるんです」

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

海未が口を開き、全員の視線が海未に集中する。

 

 

 

「昨日スクールアイドルのサイトを見たんですけど、µ’sの掲示板に気になる書き込みがあったんです」

 

 

海未はそう言うとスマートフォンを取り出し、スクールアイドルのサイトを開き画面をみんなに見せた。

 

 

そこには、こんな書き込みがあった。

 

 

 

 

 

 

『こんなダンスでアイドルを語るなんて10年早い!』

 

 

 

 

 

 

「これって・・・」

 

 

「中傷コメントだね」

 

 

「そんなに私たちのこと、気に入らないのかな・・・」

 

 

書き込みを見ながらことり・高志・穂乃果が言うが、ことりと穂乃果は傷ついたようにシュンとしていた。

 

 

 

 

「気にするとこはねえよ。こんなのはよくある事だ」

 

 

「「えっ?」」

 

 

2人の様子を見てカケルが言う。

 

 

 

 

「アイドルだろうがスポーツ選手だろうが人気が高まってくると、称賛する人もいれば批判する人だっている。こういう奴はどこにでもいるから、あまり気に病む必要はないぞ」

 

 

カケルは穂乃果とことりを諭す。

 

 

 

「でも、朝練のことだってあるから一応気を付けた方がいいよ。今度は何が起こるか分からないから」

 

 

高志が注意を呼びかける。

 

 

 

「そうですね。私たちもなるべく気を付けるようにします」

 

 

「また何かあったら言えよ」

 

 

「ワタシたちも力になりマスカラ」

 

 

「うん。ありがとうみんな」

 

 

「ありがとう~」

 

 

 

こうして話がまとまったところで、授業開始のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【放課後】

 

 

 

授業が終わり、µ’sのメンバー6人は練習着に着替え終え校舎内の一画に集まった。

 

 

穂乃果がみんなの前に立ち声を掛ける。

 

 

 

「それでは、メンバーを新たに加えた新生スクールアイドル『µ’s』の練習を始めたいと思います」

 

 

 

「それは前回も言ったじゃないですか」

 

 

「だって嬉しいんだもん」

 

 

海未がツッコむが穂乃果は目を輝かせながら返す。

 

 

 

 

「なので、いつも恒例の・・・1!」

 

 

「2!」

 

 

「3!」

 

 

「4!」

 

 

「5!」

 

 

「6!」

 

 

「7!」

 

 

「8!」

 

 

「あ・・えっと・・9!」

 

 

 

穂乃果に続いて各メンバーがそれぞれ番号を言っていった。

 

 

今ではこれがすっかりµ’sの恒例となっていた。

 

 

しかし3人ほど余計な声が混ざってしまっていた。

 

 

 

 

「なんであんたたちまで言ってんのよ!」

 

 

真姫がツッコミの声を上げる。

 

 

 

 

「いや~ごめんごめんつい・・」

 

 

 

そこにはジョータ・ジョージ・王子もいた。

 

 

3人も昨日試合のため今日は休養日となり、µ’sの練習に顔を出していたのだった。

 

 

ちなみに都大会を控えているハイジ・ムサ・ユキは通常通り練習に、カケル・高志・平田はそれぞれ自主練習に行っている。

 

 

 

「くぅぅ~!6人だよ6人!アイドルっぽくなってきたよね~!いつかこの6人が『ビッグ6』だとか『仏6』だとか言われるのかなぁ~!」

 

 

穂乃果が嬉しそうにワクワクした表情で言う。

 

 

 

「ビッグ6って・・宝くじですか・・」

 

 

「仏だと死んじゃってるみたい・・・」

 

 

王子と花陽は穂乃果が考えたネーミングにそれぞれツッコミを入れた。

 

 

さらに穂乃果は続ける。

 

 

 

「それにたくさんいればダンスが下手でも目立たないでしょ?あと、ダンスを失敗しても・・」

 

 

「穂乃果」

 

 

穂乃果は余計なことを言ってしまい、海未に睨まれる。

 

 

 

「冗談だって~」

 

 

「ダメだよ穂乃果ちゃん。ちゃんとやらないと今朝みたいに言われちゃうよ」

 

 

ことりが諫める。

 

 

 

 

「あ~そういえば変な人に『解散しろ』とか言われたんでしたっけ?」

 

 

「それに心無い書き込みだってありましたからね~」

 

 

「でも、それだけ有名になったってことだよね」

 

 

ジョータ・ジョージ・凛が答える。

 

 

 

「ま、まぁ・・そう捉えられなくもないですね」

 

 

凛の言葉を聞き海未が言う。

 

 

 

「それより練習。どんどん時間なくなるわよ」

 

 

真姫が髪をいじりながら言った。

 

 

 

 

「おおっ、真姫ちゃんやる気満々じゃん」

 

 

ジョータがワクワクした様子で言う。

 

 

 

「べ、別に・・私はさっさとやって早く帰りたいの!」

 

 

「またまたぁ!お昼休み見たよ!1人でこっそり練習してるの!」

 

 

「えっ?そうなの?」

 

 

「真姫ちゃんやる~」

 

 

ツンとして答える真姫に凛・王子・ジョージが茶々を入れる。

 

 

 

 

「あ、あれは、この前やったステップがカッコ悪かったから変えようとしてたのよ!あまりにもカッコ悪かったから!」

 

 

 

「そうですか・・・」

 

 

 

真姫がムキになりながら言うと、海未が不気味な負のオーラを出しながら口を開いた。

 

 

 

 

「あのステップ・・・私が考えたのですが・・・」

 

 

「ウエェェ!」

 

 

真姫は海未の暗い表情を見て思わずビックリしてしまう。

 

 

 

「まあまあ海未ちゃん、これも一つの意見ってことにして参考にすればいいじゃん」

 

 

ことりが上手くなだめ海未はどうにか納得したようだった。

 

 

 

 

そして一同は練習を始めようと屋上の扉を開けた。

 

 

しかし外は雨が降っていた。

 

 

 

 

「うわぁ~雨だよ~」

 

 

「結構降ってるね~」

 

 

穂乃果・ことりが残念そうに呟く。

 

 

 

「でも天気予報では降水確率30%のはずなのに!」

 

 

予報と違う天気にジョータが憤慨する。

 

 

 

 

「あ、でも雨少し弱くなったかも」

 

 

ことりが手をかざして雨の状態を見ながら言った。

 

 

よく見ると、確かに雨は弱まっていた。

 

 

 

 

「ホントだ!よかった~!」

 

 

「このくらいなら練習できるよ」

 

 

穂乃果と凛は外に出て、子供のようにワクワクしながら空を見上げていた。

 

 

 

 

「でも、危なくないですか?」

 

 

「そうです。下が濡れていて危険ですし、いつまた降り出すかも分かりませんし・・・」

 

 

王子と海未が注意を呼びかける。

 

 

しかし穂乃果と凛は外へ出てはしゃぐように動き回っていた。

 

 

 

 

「ほらほら~、全然大丈夫だよ~」

 

 

穂乃果がみんなに手を振りながら言う。

 

 

 

「うぅ~テンション上がるにゃ~!」

 

 

凛はそう言うと連続宙返りなどのアクロバット技を披露した。

 

 

 

 

「うお~!」

 

 

「凛ちゃんスゲー!」

 

 

凛の動きを見てジョータとジョージは感嘆の声を上げる。

 

 

 

「チャラララーン♪」

 

 

そして最後に決めポーズを取った瞬間・・・

 

 

 

 

 

ザザァァーーーーーーーー

 

 

 

 

 

再び雨が強く降りだしてきた。

 

 

 

 

「やっぱり無理みたいだね」

 

 

「そうだね」

 

 

花陽と王子が呟く。

 

 

 

「今日は中止にしようか」

 

 

ことりが言うが、戻ってきた穂乃果と凛は納得のいかない様子だった。

 

 

 

 

「ええ~!帰っちゃうの~!?」

 

 

「それじゃあ凛たちが馬鹿みたいじゃん!」

 

 

「馬鹿なんです」

 

 

2人の言葉に海未がストレートにツッコむ。

 

 

 

「海未先輩きっつ~」

 

 

「ちぇ~、せっかくきたのに・・」

 

 

ジョータとジョージもがっかりした様子だった。

 

 

 

他に練習できる場所もないため結局練習は中止となり、今日はこのまま解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2日後   5月17日 水曜日 放課後】

 

 

 

 

◎グラウンド◎

 

 

 

駅伝部はこれから練習のために、全員ランシャツランパン姿でグラウンドに集まっていた。

 

 

しかし今日も雨が降っていた。

 

 

 

 

「あ~今日も雨かよ~」

 

 

「これで3日連続だよ。もうやんなっちゃうよ」

 

 

まるで早くも梅雨入りしたかのように連日降り続ける雨に、ジョータとジョージは呻いた。

 

 

たとえ雨が降っていても駅伝部の練習は中止にはならないのだ。

 

 

 

 

「文句言うな。どんな天候にもしっかり慣らしておかないと試合で通用しなくなるぞ。サッカーやってた時だってそうだっただろう」

 

 

双子に対してハイジが諫める。

 

 

 

「こういう時は、暑い中走らされるよりはマシだって思えばいいのさ」

 

 

高志が言った。

 

 

 

「う~ん、確かにね」

 

 

高志の言葉を聞き双子は少し納得したような表情だった。

 

 

 

 

「さあみんな!身体を冷やしてはいけないから早く練習始めるぞ!」

 

 

「「「はい!!」」

 

 

 

 

ハイジの号令で部員たちはそれぞれの設定ごとに分かれて練習を開始した。

 

 

 

今日の練習は12000mのペース走だった。

 

 

この練習は決められた設定ペースで走り続けるという距離型の練習である。

 

 

 

 

最上級のA設定にはハイジが引っ張る形でカケル・ムサが続いている。

 

 

それより一つ下のB設定にはユキがペースメーカーとなり、高志・ジョータ・ジョージ・平田がついている。

 

 

王子は個人で一番下のC設定の練習を行っていた。

 

 

 

 

(あ、なんか結構走りやすいかも)

 

 

(身体が動くな~)

 

 

双子は走りながら感じていた。

 

 

 

雨が降っていれば気温も下がり、熱射病や脱水症状の心配もないため、一定時間常に動き続ける長距離ランナーにとっては動きやすいコンディションでもある。

 

 

また、音ノ木坂学院の陸上トラックは全天候型になっており、雨の日でも走りやすい造りになっている。

 

 

 

 

 

今日は全員調子がいいのか、誰も設定から遅れるものはおらず順調に練習をこなしている。

 

 

A設定の3人は問題なくこなしており、B設定の5人は少しずつペースメーカーを交代していき、みんなで声を掛け合いながら走っている。

 

 

きつそうな選手には背中を押しながら激励し、ペースメーカーが設定以上で行ったら注意していき、部員同士支え合っている。

 

 

 

「平田先輩!もう少しですよ!」

 

 

「ハァ・・ハァ・・おう!」

 

 

「ジョージ!設定より少し速いぞ!ちょっと落ち着け!」

 

 

「ハイ!」

 

 

 

 

 

 

 

王子は何度も時計を見て自分のペースを確認しながら黙々と走っていた。

 

 

きつそうではあるが、それでもしっかり設定ペースは守っていた。

 

 

「ハァ・・ハァ・・」

 

 

(僕だってやりたくてやってるんだから、もっと強くなって早くみんなに追いつかないと・・)

 

 

 

 

 

 

やがてAチームは残り200mに差し掛かったところで、カケルがハイジに言った。

 

 

「ハイジさん。俺、もう少し走ります」

 

 

「ああ。でもあんまり無理するなよ」

 

 

 

やがて12000m地点に着くとハイジとムサは抜け、カケルはさらに走り続けた。

 

 

 

そしてBチームも12000m走り終えるが、その中から高志がさらにカケルに続いて距離を踏み始めた。

 

 

 

 

「ゼェ・・ゼェ・・あいつらまだ走るのかよ」

 

 

「2人ともすげえなぁ~」

 

 

走り終えた平田とジョージが感嘆の声を上げた。

 

 

 

 

「ふふっ、駅伝部の将来がさらに楽しみになってきたよ」

 

 

2人の走る姿を見てハイジは微笑みながら言った。

 

 

 

 

 

(もっと強くなるんだ・・藤岡さんに追いつくために)

 

 

(インターハイはダメだったけど、高校駅伝には絶対に出るんだ)

 

 

カケル・高志はそれぞれ思いを抱きながら走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◎ハンバーガーショップ◎

 

 

 

 

一方µ’s6人は、今日も雨により練習が出来なかったために、練習場所についての会議を行うため近くのハンバーガーショップに足を運んでいた。

 

 

その中で穂乃果は不機嫌な表情でポテトを食べている。

 

 

 

「穂乃果。ストレスを食欲にぶつけると大変なことになりますよ」

 

 

海未が咎めると、穂乃果は不機嫌な顔のまま口を開く。

 

 

 

「雨、なんで止まないの?」

 

 

「仕方ありませんよ。自然の力にはどうすることもできません」

 

 

 

「穂乃果ちゃ~ん、天気予報見たら明日も雨だって」

 

 

ことりがスマートフォンを掲げながら言う。

 

 

 

「ええ~そんなぁ~」

 

 

穂乃果は悲痛な声を上げると再びポテトを食べようと手を伸ばすが、穂乃果のポテトはすべてなくなっていた。

 

 

 

「あれ?なくなってる!海未ちゃん食べたでしょう!」

 

 

「私じゃありませんよ。自分で食べた分も忘れたのですか?まったく・・・」

 

 

穂乃果は海未に詰め寄るが、海未は否定し自分のトレーに目を落とす。

 

 

すると海未のポテトもいつの間にかすべてなくなっていたのだ。

 

 

 

「あら?私の分が。穂乃果こそ私の分を食べたんじゃありませんか?」

 

 

「私じゃないよ!」

 

 

今度は海未が穂乃果に詰め寄り、穂乃果ははっきりと否定する。

 

 

 

 

「そんなことより練習場所だけど、教室とか借りられないの?」

 

 

真姫が本題を切り出した。

 

 

 

「うん。先生に聞いてみたけど、ちゃんとした部活じゃないと許可もらえないって」

 

 

ことりが言う。

 

 

 

「そうなんだよね~。部員が5人以上いればちゃんと部の申請が出来るんだけど・・・ん?」

 

 

穂乃果はそう言うとメンバー全員を見回した。

 

 

現在µ’sのメンバーは全部で6人。規定の人数は揃っていた。

 

 

そして穂乃果は突然立ち上がり、思い出したように声を上げる。

 

 

 

「そうだ!忘れてた!部活申請すればいいんじゃん!」

 

 

 

 

 

「忘れてたんかーい!!」

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

すると仕切りの向こう側から突然ツッコミの声が聞こえたので、みんなは一斉にそちらを向いた。

 

 

 

「今のって・・」

 

 

ことりはそう呟きながら背伸びをして仕切りの向こう側を見るが、相手の顔は見えなかった。

 

 

 

 

「それより忘れてたってどういうこと?」

 

 

「いや~メンバー揃ったから安心しちゃってて~」

 

 

真姫が訊ねると、穂乃果は頭を掻きながら苦笑いする。

 

 

 

 

(ホントに大丈夫かしら・・・)

 

 

真姫はその様子を見て呆れ果てていた。

 

 

 

 

「明日、生徒会に部活申請に行こう!そうすれば部室だってもらえるよ!あ~安心したらお腹空いてきちゃった~!さ~て・・・!!」

 

 

 

穂乃果は自分のハンバーガーと取ろうとトレーに目を移すと、仕切りの下の隙間から誰かの手が伸びておりハンバーガーを取ろうとしていた。

 

 

しかしその手は穂乃果に気付かれたのを察したのか、ゆっくりとハンバーガーを戻した。

 

 

穂乃果は仕切りの向こう側を見ると、1人の奇抜な恰好をした人物がゆっくりと立ち去ろうとしているのが見えた。

 

 

その様子を見て穂乃果はあの人物こそが自分のポテトを盗み食いした犯人だと確信し、素早く駆け寄ってその人物の腕を掴む。

 

 

 

 

「ちょっと待ってよ!!」

 

 

「!!・・・解散しなさいっていったはずよ!」

 

 

その人物は派手な服装にサングラスをかけ髪型も変えているが、2日前のµ’sの朝練習の時に現れた謎の人物のようだった。

 

 

 

 

「解散!?」

 

 

花陽は謎の人物の言葉を聞いて驚きの声を上げる。

 

 

 

 

「そんな事より、食べたポテト返して!」

 

 

「そっち!?」

 

 

穂乃果の抗議に花陽がツッコむ。

 

 

しかし謎の人物は、横にあるテーブルをバンと叩きµ’sメンバー全員に対して口を開いた。

 

 

 

「あんたたち、歌もダンスも全然なってない!プロ意識が足りないわ!いい!?あんたたちのやってることはアイドルへの冒涜、恥よ!とっととやめることね!」

 

 

謎の人物はそう言うと、そのまま走り去ってしまった。

 

 

 

その人物の後ろ姿を、みんなは唖然とした様子で見ていた。

 

 

 

 

「一体なんだったのかにゃ~?」

 

 

「何を言ってるのか、全然意味わかんなかったんだけど」

 

 

凛と真姫が呟いた。

 

 

 

「穂乃果ちゃん。これ」

 

 

ことりは先ほどあの人物が叩いたテーブルを指さした。

 

 

よく見るとそこには500円玉が置かれていた。

 

 

 

 

「ちゃんとつまみ食いした分、払ってくれたんだね」

 

 

「うん。そうだね」

 

 

 

穂乃果はその500円玉を見つめながら、先程の人物について考えた。

 

 

 

(でもあの人、一体何だったんだろう・・・プロ意識が足りないって言ってたけど、そう言うってことはあの人もアイドルが好きなのかな?)

 

 

 

 



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第27路 アイドル研究部と7人目

【5月18日 木曜日 朝】

 

 

 

◎2年生教室◎

 

 

 

「じゃあ、またその人が現れたの?」

 

 

「うん。『プロ意識が足りない』とか『アイドルへの冒涜』って言って出ていっちゃったの」

 

 

 

カケル・高志・ムサは穂乃果たちから、昨日再び謎の人物と対面したことを聞いていた。

 

 

その話を聞いているうちにカケルは、その人物に対して少し憤りを感じ始めていた。

 

 

 

 

「気に入らねえな」

 

 

「えっ?」

 

 

「µ’sのみんなは別にプロを目指してるわけじゃなく、ただやりたいからやってるだけな訳だし・・・それ以前に、みんなの努力を何も分からずに勝手なことばかり抜かして・・・ここまで言われると腹が立ってくるぜ」

 

 

カケルは険しい表情をしながら言った。

 

 

 

 

「私は、その人はそんなに悪い人じゃないと思う」

 

 

今度は穂乃果が、昨日の謎の人物のことを思い出しながら口を開いた。

 

 

みんなは一斉に穂乃果の方を向き、彼女の言葉を聞く。

 

 

 

 

「私が思うに、あの人は私たち以上にアイドルが好きでアイドルに対してすごい情熱を持ってて、それで私たちの歌やダンスを見て厳しい言葉を掛けたんだと思うの。だから私たち、もっと練習してもっと上手くなって、あの人に認めてもらおうと思うんだ!」

 

 

「穂乃果」

 

 

「穂乃果ちゃん」

 

 

穂乃果は力強く語り、海未とことりは話を聞いて嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

「その意気だよ穂乃果ちゃん」

 

 

「そうデスよね。もっと頑張ればきっとその人にも分かってもらえマスヨ」

 

 

「ま、それでこそ穂乃果だよな」

 

 

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

高志・ムサ・カケルが笑顔で声を掛け、穂乃果は照れたように笑ってお礼を言う。

 

 

 

 

「それで、今日の放課後に生徒会に部活申請に行くんだよね」

 

 

高志が聞く。

 

 

 

 

「はい。規定の人数は揃ってますから大丈夫だと思います」

 

 

「部活として認められれば、もっと思い切って活動が出来るからね」

 

 

海未とことりが答える。

 

 

 

 

(う~ん・・・あの生徒会長がそう簡単に認めてくれるだろうか・・・あんなことがあったしな・・・)

 

 

カケルはファーストライブで絢瀬に抗議した時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【放課後】

 

 

 

◎生徒会室◎

 

 

 

 

穂乃果・海未・ことりは生徒会室へ部活申請にやってきた。

 

 

3人とも規定の人数は揃ったから大丈夫だと思っていたが、生徒会長の絢瀬から意外な言葉が返ってきた。

 

 

 

 

「アイドル研究部?」

 

 

「そう。この学校にはアイドル研究部というアイドルに関する部が存在しているの」

 

 

絢瀬がそう告げた。彼女が言うには、アイドル研究部がある限りµ’sは部活の設立が認められないということだった。

 

 

 

「まぁ部員は1人やけどね」

 

 

副会長の東條が言う。

 

 

 

3人は予想外の返答に少し混乱していた。

 

 

 

「ですが、5人以下の部活だって中にはありますよね」

 

 

「設立する時は5人必要やけど、それ以降は何人になってもいいという決まりやから」

 

 

「生徒数が限られている中、いたずらに部を増やすことはしたくないんです」

 

 

海未の問いかけに東條・絢瀬が答える。

 

 

再び申請を断られ、3人は落胆しながら生徒会室を出ていった。

 

 

 

生徒会室の外では、同行したカケル、そして途中で落ち合った真姫・凛・花陽・王子が外で待っていた。

 

 

ちなみに高志とムサは治療院で足のケアをするため先に帰り、双子は数学の小テストの結果が悪かったため居残り勉強を受けている。

 

 

 

 

「どうだった?みんな」

 

 

カケルが訊ねると、3人は先ほど絢瀬と東條に言われたことを話した。

 

 

 

「そんなぁ~」

 

 

「くそっ、だったら最初から教えろよ」

 

 

話を聞いて王子は落胆し、カケルは生徒会に対して苛立った口調で言った。

 

 

 

 

「そんな部活があるなんて知りませんでした」

 

 

「凛も~」

 

 

「どうするの?このままじゃ申請ができないんでしょ?」

 

 

花陽・凛・真姫が言う。

 

 

 

みんなはこれからどうすれば良いか、考え込むように黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

「よお、お前ら」

 

 

するとそこへユキがやってきた。

 

 

 

「ユキ先輩!」

 

 

「ユキさん!」

 

 

「こんなところでみんなで集まって、何やってるんだ?」

 

 

ユキがみんなに訊ね、穂乃果たち3人は事情を説明する。

 

 

 

 

「なるほどなぁ、うちはただでさえ生徒数が少ないから、これで更に部活が増えたら予算等の資金繰りが大変になっちまうから、これ以上部を増やしたくないっていう生徒会の言い分も分かるぜ」

 

 

事情を聞いたユキが頷きながら言う。

 

 

その言葉を聞いて一同はさらに落ち込んでしまう。

 

 

みんなの様子を見てユキはさらに口を開く。

 

 

 

「だったらそのアイドル研究部の部長と話をつけてきたらどうだ?2つの部が1つになったら問題ないだろ?」

 

 

ユキの提案を聞き、一同はハッとした。

 

 

 

「そっか!その手があったよ!」

 

 

「さすがユキ先輩!頭いいにゃ~!」

 

 

穂乃果と凛が元気になりながら言う。

 

 

 

(確かに・・・部活が増えるのがダメなら一緒になれば、生徒会としてもありがたいはずだ)

 

 

カケルも納得の表情をしながら思った。

 

 

 

「部室なら俺知ってるから、案内してやるよ」

 

 

一同はユキに案内され、アイドル研究部の部室へと向かっていった。

 

 

 

その様子を、生徒会室のドア越しに東條が聞き耳を立てていたことをみんなは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【アイドル研究部:部室前】

 

 

 

「着いたぜ、ここだ」

 

 

一同は部室の前にやってきた。

 

 

ドアのガラスには小さく『アイドル研究部』と書かれた貼り紙が貼ってあった。

 

 

 

 

「すみませーん!誰かいませんかー?」

 

 

穂乃果はドアをノックしながら声を掛けるが誰も出てこなかった。

 

 

 

「誰もいないみたいですね」

 

 

「多分もう少ししたら来ると思うぞ」

 

 

海未の言葉にユキが答える。

 

 

 

(っていうか、何でユキさんこの部室のこと知ってるんだろう?)

 

 

カケルが怪訝に思っていると、1人の女子生徒がやってきた。

 

 

 

 

「「「ああ~!」」」

 

 

「!!」

 

 

その女子生徒を見て、µ’sのみんなは驚きの声を上げた。

 

 

しかしその女子生徒も驚きのあまり声も出せない状態だった。

 

 

その女子生徒は3年生の証である緑色のリボンをつけており、ピンクのリボンでツインテールの髪型になっている。

 

 

 

µ’sメンバーとカケルは思った。

 

 

彼女は間違いなく、朝練の時やハンバーガーショップに現れた人物であると。

 

 

 

 

「あなたがアイドル研究部の部長!?」

 

 

穂乃果が驚きながら訊ねると、女子生徒はさらに険しい表情になる。

 

 

 

 

「よう、にこ!」

 

 

「えっ!?に・・にこ?」

 

 

ユキが女子生徒に名前を呼んで挨拶をし、カケルが驚く。

 

 

 

 

「ユキ・・・あんた、これは一体どういうことよ!」

 

 

女子生徒は鋭く睨みながらユキに訊ねる。

 

 

 

「彼女たちがお前に用があるっていうから、案内してあげただけだ」

 

 

ユキが冷静に答える。

 

 

 

 

 

「ユキ先輩、この人と知り合いなんですか?」

 

 

「まあな。こいつは俺と同じ3年の矢澤 にこ(やざわ にこ)。こいつとは中学の頃からの知り合いなんだ」

 

 

「「「えーーーー!!」」」

 

 

 

ユキが穂乃果の問いかけに答えると、全員が驚いていた。

 

 

 

 

「余計な事してくれたわね!あなたたちと話すことなんか何もないわ!とっとと帰ってちょうだい!」

 

 

矢澤はそう言いながら部室に入ろうとした。

 

 

 

 

「待ってください部長さん!ちょっとお願いが!」

 

 

「ウワアアアアア」

 

 

穂乃果が近づいて引き留めようとすると、矢澤は猫のような声を上げながら腕を振り回し威嚇すると、部室に入りドアを閉め鍵をかけてしまった。

 

 

 

 

「待ってください!部長さん!開けてください!」

 

 

穂乃果がドアを叩きながら呼びかけるが、ドアの前にバリケードを張ってるらしいドタドタという物音が聞こえるだけで応答はなかった。

 

 

 

「よし!なら俺が捕まえる!」

 

 

「凛も行くにゃー!」

 

 

カケルと凛はそう言って校舎の外へと走って行った。

 

 

 

 

「だ、大丈夫かなぁ?」

 

 

ことりが呟き、みんなは心配そうな表情でカケルと凛の背中を見送った。

 

 

 

(あれ?そういえばユキ先輩はどこ行ったんだ?)

 

 

王子はユキの姿がないことに気付き、キョロキョロと周りを見渡す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルと凛が外に出ると、パラパラと小雨が降っていた。

 

 

 

部室の窓の方に回ると、ちょうど矢澤が窓から逃げようとしているのを見つけた。

 

 

 

「待つにゃー!」

 

 

凛が叫ぶと、矢澤は追いかけてくる2人の存在に気付き慌てて走り出した。

 

 

 

「待て待て待て待て~!」

 

 

凛はペースを上げカケルを振り切り、矢澤目がけてダッシュした。

 

 

 

結構速いな、とカケルは凛の走りを見て少し驚いた。

 

 

 

一方矢澤は50m走ったぐらいのところで疲れてしまいペースが落ちていた。

 

 

 

 

「それ!捕まえた!」

 

 

凛はすかさず矢澤を捕まえるが、矢澤は一瞬の隙を付き凛の拘束を逃れ再び逃げ出した。

 

 

 

「ああ~ちょっと~」

 

 

「待ってください!」

 

 

凛とカケルはさらに矢澤を追跡する。

 

 

 

 

矢澤は建物の角を曲がっていった。

 

 

カケルと凛も後に続いて角を曲がるが、矢澤の姿がなくなっていた。

 

 

 

 

「あれ~、どこ行っちゃったんだろう?」

 

 

「俺は向こうを探すから、凛ちゃんはそっちを頼む」

 

 

「了解にゃ」

 

 

カケルと凛は二手に分かれて探すことにしそれぞれ散り散りになった。

 

 

 

 

 

「ふふ、なんとか撒いたわね」

 

 

すると、先程の建物の角を曲がってすぐの所にある茂みから矢澤が顔を覗かせた。

 

 

そして再び走り出した。

 

 

 

 

「ふん。捕まるもんですか」

 

 

矢澤が呟いていると、突然体が前に進まなくなった。

 

 

 

「あ、あれ?どうして動かないの?」

 

 

矢澤は気になって後ろを振り返ると、ユキが矢澤の後ろ襟を掴んでいたのだった。

 

 

 

 

「ゆ、ユキ!!」

 

 

「悪く思うな。お前の行動なんて手に取るように分かるぜ」

 

 

「離しなさいよ!」

 

 

「逃げてばかりじゃ何の解決にもならないだろう。とりあえず、彼女たちの話ぐらい聞いてやってもいいんじゃねえか?」

 

 

 

「・・・わ、分かったわよ」

 

 

 

ユキの説得で矢澤はようやく観念し、揃って部室へと引き返していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎アイドル研究部:部室◎

 

 

 

カケルと凛も呼び戻し、一同は矢澤に部室に入れてもらうことができた。

 

 

そこにはアイドルに関するグッズがたくさん置かれており、棚には雑誌やCDやDVDなどがぎっしりと並べられていた。

 

 

 

壁にはあらゆるスクールアイドルのポスターが貼られている。

 

 

 

 

一同は部室を見回してそれぞれ感嘆の声を上げていたが、ユキはもう見慣れてるのか平然とした様子で壁にもたれて立っていた。

 

 

 

 

中でも王子が一番反応を示していた。

 

 

 

「A-RISEのポスターだ!それにあっちは福岡のスクールアイドル!」

 

 

 

(へぇ~、校内にこんなところがあったなんてな)

 

 

カケルも部屋を眺めながら思った。

 

 

 

「勝手に見ないでくれる」

 

 

 

みんなの様子を見て矢澤が椅子に座りながら不機嫌な表情で咎める。

 

 

 

 

「こ、こここ、これは!」

 

 

「ん?」

 

 

すると花陽がDVDBOXらしきものを持って震えていた。

 

 

 

 

「伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス!!持ってる人に初めて会いました!!」

 

 

「そ、そう?」

 

 

「すごいです!!」

 

 

「ま、まあね」

 

 

花陽は先ほどの王子以上に興奮しながら矢澤に詰め寄った。

 

 

先ほどまで不機嫌だった矢澤もその様子を見て若干たじろいていた。

 

 

 

 

「へぇ~、そんなにすごいんだ」

 

 

 

「「知らないんですか!?」」

 

 

穂乃果が言うと、花陽と王子は同時に口を開いた。

 

 

 

 

「伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDBOXなんです!」

 

 

「そうです!その希少性から伝説の伝説の伝説、略して『伝伝伝』と呼ばれるアイドル好きの人なら誰もが知っているDVDBOXです!」

 

 

「その通り!」

 

 

王子と花陽は変なスイッチが入ってしまったように、そのDVDBOXについて熱く語りだした。

 

 

 

 

(2人ともものすごいアイドルへの情熱だな・・・それにしても、花陽ちゃんキャラ変わりすぎだろ)

 

 

2人の様子を見てカケルは思った。

 

 

 

 

「家にもう1セットあるけどね」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

矢澤が得意げな顔で口を開き、花陽は驚きの声を上げた。

 

 

 

「じゃあみんなで見ようよ」

 

 

「ダメよ!それは保存用!」

 

 

「うぅ~・・・伝伝伝・・・」

 

 

穂乃果の提案を矢澤に断られ、花陽はシクシクと泣いて落ち込んでしまった。

 

 

 

「かよちんがいつになく落ち込んでるにゃー」

 

 

凛が言った。

 

 

 

 

「大丈夫だよ花陽ちゃん。実は僕も持ってるんだ。だから今度貸してあげるよ」

 

 

落ち込んでる花陽に王子が声を掛けた。

 

 

 

「ええ~~!!本当にいいの!?茜君、ありがとう~~!!」

 

 

花陽は涙目になりながら感激し、王子の手を握りながらお礼を言う。

 

 

 

「・・・///////」

 

 

王子は突然手を握られ、顔を真っ赤にして声も出ない様子だった。

 

 

 

 

 

「あ・・・はわわわわわわごごごごごめんなさい!いきなり手を握ったりして!/////」

 

 

「いやいやいやいやだだだだだ大丈夫!気にしてないから!ここ・・今度持ってきてあげるね////」

 

 

花陽と王子は揃って顔を真っ赤にしながら慌てふためいていた。

 

 

 

 

「ブッ・・ククク」

 

 

(何だこの2人・・・かわいいな)

 

 

後ろの方でユキが吹き出し、カケルは心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

「あれ?これ何だろう?」

 

 

すると穂乃果は棚の上のあるサイン色紙を見つけた。

 

 

 

「ああそれ?アキバのカリスマメイド『ミナリンスキー』さんのサインよ。でもそれは、ネットで手に入れたものだから本人の姿を見たわけじゃないけどね」

 

 

穂乃果の様子を見て矢澤が答えた。

 

 

 

 

 

「はぁ~・・」

 

 

「?」

 

 

 

 

 

「・・・と、とにかくこの人すごい」

 

 

ことりが感心する。

 

 

 

(今ことり・・・一瞬ホッとした表情を浮かべてたような・・・気のせいか?)

 

 

ことりの様子を見ながらカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

「それで、何しに来たの?」

 

 

矢澤がみんなに訊ねる。

 

 

 

µ’sのメンバーは机の周りに並べられた椅子にそれぞれ座ることになった。

 

 

カケル・王子・ユキは立ったまま様子を窺うことにした。

 

 

 

 

まずは穂乃果が先陣を切って矢澤に話しかけた。

 

 

 

「アイドル研究部さん!」

 

 

「にこでいいわよ」

 

 

「にこ先輩!実は私たち、スクールアイドルをやっておりまして・・」

 

 

「知ってる。大方、生徒会の連中にこの部の名前を出されたんでしょ?」

 

 

「おお!話が早い!なら・・」

 

 

 

「お断りよ!」

 

 

穂乃果が言いだすよりも先に矢澤は拒否反応をした。

 

 

 

 

「言ったでしょう!あんたたちはアイドルを汚しているの!」

 

 

矢澤は強い口調でµ’sメンバー全員に言い放った。

 

 

 

 

 

「あんたなぁ!黙って聞いてりゃあ勝手なことばかり・・」

 

 

「カケル!ここは彼女たちに任せよう」

 

 

「は・・はい」

 

 

矢澤の言葉に食って掛かろうとするカケルをユキが諫める。

 

 

 

 

穂乃果は再び矢澤の方に向き直り、説得を試みる。

 

 

 

「でも私たちはずっと練習してきました!歌もダンスも・・」

 

 

「そういうことじゃない。あんたたち、ちゃんとキャラ作りしてるの?」

 

 

「キャラ?」

 

 

矢澤の言葉にµ’sのみんなは疑問符が浮かんだ表情をしていた。

 

 

カケルも王子も同じだった。

 

 

ユキは黙って様子を窺っている。

 

 

 

 

「そう、お客さんがアイドルに求めるものは楽しい夢のような時間でしょ?だったら、それに相応しいキャラってものがあるの!」

 

 

 

「う~ん確かに、お客さんを楽しい気分にするのがアイドルの仕事ですからね・・」

 

 

矢澤の説明を聞き、王子が頷きながら呟く。

 

 

 

(でも、そのためのキャラ作りって一体・・・)

 

 

カケルは心の中で呟きながらキャラについて考えていた。

 

 

他のみんなもさっぱり分からないといった表情だった。

 

 

みんなの様子を見て矢澤はため息を吐きながら口を開く。

 

 

 

 

「ったくしょうがないわね。いい?例えば・・・」

 

 

矢澤はそう言って後ろを振り向いた。

 

 

 

(ああ、あれをやる気か・・・)

 

 

ユキが心の中で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤にこにこー!にこにーって覚えてラブにこ!」

 

 

 

 

矢澤は再びみんなの方を振り向くと、自分で考えたらしいキャラ(?)を作って自己紹介をして見せた。

 

 

 

しかしその場にいるユキ以外のみんなは、どう反応していいか分からず唖然とした表情で見ていた。

 

 

 

 

「どう?」

 

 

矢澤は今の紹介についてみんなに問う。

 

 

 

 

「う・・う~ん・・」

 

 

「これは・・・」

 

 

「キャラというか・・・」

 

 

「私無理ー」

 

 

穂乃果・海未・ことり・真姫がそれぞれ呟いた。

 

 

どうやらみんなドン引きしているようだった。

 

 

 

 

(これが・・・この人の言うキャラ作りなのか・・・どういう感想を抱けばいいんだ・・・あえて一言いうと・・・さむい!でもこれを言ったら絶対怒るだろうな・・・)

 

 

「ちょっとさむくないかにゃ~」

 

 

カケルが心の中で呟いていると凛がストレートに口に出してしまい、カケルは、あぁ~言ってしまった~と思いながら片手で顔を抑えた。

 

 

 

 

「そこのあんた、今さむいって言った?」

 

 

案の定、その一言が琴線に触れてしまったようで矢澤はどす黒いオーラを纏いながら凛を睨んだ。

 

 

 

 

「あ、いや・・すっごい可愛かったです!最高です!」

 

 

凛は矢澤の様子を見て慌てて褒め言葉を返した。

 

 

 

 

「あ、でもこういうのいいかも」

 

 

「そうですね。お客様を楽しませる努力は大事です」

 

 

「素晴らしい!さすがにこ先輩!」

 

 

「そうですね!アイドルっぽくでいいじゃないですか」

 

 

王子を含めた他のみんなもそれぞれ褒め言葉を出し合ったが、矢澤は怒りで身体を震わせ始めていた。

 

 

 

(ああ・・・これはちょっとやばいかも・・・)

 

 

矢澤の様子を見てカケルは心の中で呟いた。

 

 

 

 

「よーし、それくらい私たちも・・」

 

 

「出てって!」

 

 

「えっ?」

 

 

矢澤は穂乃果の発言を遮って声を出した。

 

 

 

「とにかく話は終わりよ!!とっとと出てって!!」

 

 

矢澤はそう言いながらみんなを強引に部室から追い出し、バタンとドアを閉めてしまった。

 

 

 

追い出されたみんなは仕方なく、その場を後にし始めた。

 

 

 

(あれ?ユキ先輩は?)

 

 

みんなと一緒に歩きながらカケルは辺りを見回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん!何よあいつら!」

 

 

矢澤はみんなを追いだした後、怒りで肩を震わせながら奥のパソコンデスクの椅子にドサッと座り込んだ。

 

 

まだ一人取り残された人物がいるのにも気づかずに。

 

 

 

 

 

「おーい、俺はいいのかよ」

 

 

「うわぁ!ゆ、ユキ!」

 

 

矢澤は急に声を掛けられ驚きながら振り向くと、部屋の隅にユキが立っていた。

 

 

 

 

 

「あんたまだいたの!?・・・ま、あんたならいいわ」

 

 

 

「いつまで意地張ってるんだよ・・・せっかくもう一度やり直すチャンスかもしれなかったんだぞ」

 

 

 

「ふん!あの子たちはアイドルのことを何も分かってないのよ!」

 

 

 

「あんなドン引きする自己紹介してるようじゃ、お前だって分かってるとは言えないだろう。しかしブレないよな。俺も初めて見た時はさむいって思ったぜ」

 

 

「うぐぐ、あんたねぇ!」

 

 

 

「でもな、彼女たちはお前の力を必要としてるからここに来たんだ。その気持ちだけは、分かってやれよ」

 

 

「・・・」

 

 

ユキの言葉を聞き、矢澤は黙り込んでしまった。

 

 

 

「ま、俺が言いたいことはそれだけだ。じゃあ失礼するぜ。こころたちが心配するから、暗くなる前に帰れよ」

 

 

そう言ってユキは部室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方µ’sは今日はこれで解散となり1年生たちは先に帰っていったが、穂乃果・海未・ことり・カケルは校舎に残り、今後について考えていた。

 

 

 

「う~ん、これから一体どうしよう・・・」

 

 

「みんな。何しとるん?

 

 

「「「!!」」」

 

 

穂乃果が呟いていると、4人のもとに東條がやってきた。

 

 

 

「副会長さん!」

 

 

「希でええよ。もしかしてアイドル研究部に行ってきたんかな?」

 

 

東條が訊ねた。

 

 

 

「はい。でも…」

 

 

「その様子やと、追い出されたみたいやね」

 

 

「はい。そうなんです」

 

 

 

「じゃあ、みんなに話しておくね。にこっちの過去を」

 

 

 

東條はそう言うと、矢澤の過去の事について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にこ先輩が、スクールアイドルを!?」

 

 

穂乃果が驚きの声を上げた。

 

 

 

「1年生の頃やったかな?同じ学年の子と結成してたんよ。実は駅伝部のユキ君も手伝ってあげてたんよ」

 

 

「ユキ先輩がですか!?」

 

 

カケルは驚いた。

 

 

 

「彼はにこっちとは前々から長い付き合いやったからなぁ」

 

 

そういえばそうだったな、とカケルは思った。

 

 

 

「でも今はもうアイドル活動はやってないんやけどね」

 

 

「やめちゃったんですか?」

 

 

ことりが聞いた。

 

 

 

「にこっち以外の子がね、アイドルとしての意識が高すぎたみたいで、ついていけないって1人やめて2人やめて・・・だからにこっちは、みんなのことが羨ましいんやと思う」

 

 

東條の話を聞いてカケルも穂乃果たち3人も、これまでの彼女の行動に納得した。

 

 

カケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

にこ先輩は、他のメンバーが辞めてからずっと一人ぼっちになって、そんな中みんなが楽しそうにスクールアイドルをやっているのを見て羨ましく思ったんだろう。

 

あの時、解散しろと言ったり、みんなの歌やダンスにダメ出しをしたのだって、その表れなんだろう。でも逆に言うと、それだけみんなに興味があるってことなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

4人は東條と別れ、傘を差しながら校門に向かって歩いていた。

 

 

 

「なかなか難しそうだね、にこ先輩」

 

 

「あの様子だと、説得しても耳を貸してくれそうにありませんし」

 

 

ことりと海未が言うと、穂乃果が口を開いた。

 

 

 

「そうかなぁ?にこ先輩はアイドルが好きでアイドルに憧れてて私たちに興味があるんだよね?何かきっかけがあれば上手くいきそうなんだけど」

 

 

「きっかけって例えばどんな?」

 

 

「そ、それは・・・う~ん」

 

 

カケルに聞かれると、穂乃果は何も考えてなかったようで言葉を詰まらせた。

 

 

すると穂乃果は何かを思い出したかのようにニヤニヤし始めた。

 

 

 

「どうした?何か思いついたのか?」

 

 

カケルが訊ねる。

 

 

 

「なんか、にこ先輩のこの状況、海未ちゃんと知り合った時と一緒だな~と思って」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 

 

穂乃果は当時のことについて話してくれた。

 

 

 

小さい頃、穂乃果とことりが他の子どもたちと一緒に公園で鬼ごっこをしていると、海未が恥ずかしそうに木に隠れながら穂乃果たちを見ており、それを見つけた穂乃果が無理やり鬼ごっこに参加させたということだった。

 

 

 

 

「そんな事ありましたっけ?」

 

 

「あったよ~」

 

 

「海未ちゃんすごく恥ずかしがり屋さんだったから」

 

 

海未は少し顔を赤くしながら聞き、穂乃果とことりはその時のことを思い出しながらクスクスと笑っていた。

 

 

なるほどな、と話を聞いたカケルは頷いていた。

 

 

 

 

「なあお前ら」

 

 

4人は後ろから声を掛けられて振り向いた。

 

 

するとユキが傘を差しながら立っていた。

 

 

 

「ユキ先輩!」

 

 

 

 

「ちょっとお前らに頼みたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【5月19日 金曜日 】

 

 

 

◎3年生教室◎

 

 

 

今日も授業が終わり、生徒は一斉に帰り支度を始めていた。

 

 

他のクラスメイトが誰かと一緒になって教室を出る中、矢澤は1人で帰り支度をしていた。

 

 

そこへユキがやってきた。

 

 

 

「なぁにこ。ちょっといいか?」

 

 

「何?ユキ」

 

 

「お前の部室の鍵を貸してくれないか?昨日部室に忘れ物をしたみたいなんだ」

 

 

「ふ~ん、わかったわ。はい。」

 

 

ユキに頼まれるとにこは鍵を渡した。

 

 

 

「サンキュー」

 

 

ユキはそう言うと足早に教室を出ようとした。

 

 

 

「ちょっと!後でちゃんと返してよね!」

 

 

矢澤はそう呼びかけるが、ユキは返事もせずそそくさと教室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

◎廊下◎

 

 

矢澤は帰り支度を終え、1人寂しく部室へ向かうため廊下を歩いていた。

 

 

外は相変わらず雨が降っている。

 

 

 

 

「帰りにあそこのファミレス寄ってかない?」

 

 

「そうだね。部員のみんな誘って行こうか」

 

 

 

周りからはそんな感じの、友達同士で話し合っている声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

私がもっと周りを見れていれば、あんな風に仲間と楽しくやれてたのかな・・・

 

 

出来ることならもう一度・・・あの子たちのようにスクールアイドルをやりたい

 

 

でも・・・今さらそんなこと・・・言えるわけない・・・

 

 

 

 

 

 

 

やがて部室の前まで来た。

 

 

ドアのガラスをよく見ると、明かりがついているのが分かる。

 

 

 

(ユキの奴、まだいるのかしら・・・ちょうどいい、鍵返してもらわないと)

 

 

そう思いながら部室に入ると、そこにいたのはユキではなかった。

 

 

 

 

「「「お疲れさまでーす!!」」」

 

 

「えっ?」

 

 

そこにはµ’sのメンバー6人が待っていた。

 

 

その光景を見て矢澤は驚きのあまり空いた口が塞がらない様子だった。

 

 

 

 

「お茶です部長!」

 

 

「部長!?」

 

 

「部長~、ここに置いてあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきました」

 

 

「こら!勝手に・・」

 

 

「参考にちょっと貸して。部長のオススメの曲」

 

 

「なら迷わずこの『伝伝伝』を」

 

 

「あー!だからそれは!」

 

 

「ところで次の曲を紹介したいのですが部長!」

 

 

「今度はさらにアイドルらしくした方がいいと思いまして」

 

 

「それと振り付けで何かいい案があったらお願いしたいんですけれども」

 

 

「歌のパート分けもよろしくお願いします」

 

 

 

みんなはそれぞれ相談事を口にし、矢澤はすっかり混乱しているようだった。

 

 

 

 

 

「こんなことで押し切れると思ってるの?」

 

 

 

「押し切る?私たちはただ相談しているだけですよ。音ノ木坂アイドル研究部所属のµ’sの7人が歌う次の曲を」

 

 

 

「・・・7人?」

 

 

 

穂乃果の言葉を聞き矢澤は再び驚いた。

 

 

それと同時にみんな自分のことを必要としてくれているのを感じた。

 

 

脳裏にユキの言葉が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼女たちはお前の力を必要としているからここに来たんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとこの鍵、お返しします」

 

 

「あ、これ・・・」

 

 

矢澤は先ほどユキに渡したはずの部室の鍵を受け取った。

 

 

 

 

「私たち、ユキ先輩に言われたんです。にこ先輩を迎えてあげて欲しいって」

 

 

(あいつ・・・)

 

 

 

すると矢澤は深呼吸をし、決意に満ちた目でみんなを見渡した。

 

 

 

 

 

 

「厳しいわよ」

 

 

 

「分かってます!アイドルの道が厳しいことぐらい!」

 

 

 

「分かってない!あんたも甘々!あんたも!あんたも!あんたたちも!いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない!笑顔にさせる仕事なの!それをよ~く自覚しなさい!」

 

 

 

矢澤は覚悟を決めたようにみんなに厳しい口調でアイドルについて熱く語り、みんなは嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎グラウンド◎

 

 

 

「明日からは都大会の5000mが行われる!出場する俺とユキとムサは40分ジョッグの後に1500mを1本!それ以外はメニュー表通り400mを15本行うこと!」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

駅伝部の部員たちはハイジの号令を受け、それぞれ準備に入り始めていた。

 

 

 

「雨、止んできたな・・・」

 

 

ユキが空を見ながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎屋上◎

 

 

 

µ’sのみんなはあの後、アイドル研究部の入部申請書を生徒会に提出し、久々に屋上で練習をすることになった。

 

 

 

 

「いい!?やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになってもらうわよ!わかった!?」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

「声が小さい!」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

 

矢澤がみんなを鼓舞し、士気を高めていた。

 

 

 

 

 

「じゃあいくわよ!にっこにっこにー!はい!」

 

 

「「「にっこにっこにー!」」」

 

 

早速全員で例のポーズの練習を行った。

 

 

 

 

その声は駅伝部が練習をしているグラウンドにまで聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「ん?この声はµ’sのみんなの声だ!」

 

 

「なんか変わった掛け声だね」

 

 

アップジョッグ中のジョータとジョージが呟いた。

 

 

 

 

(どうやら成功したみたいだな、みんな)

 

 

カケルが思った。

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!」

 

 

 

 

 

「にこ・・・・」

 

 

ユキが走りながら屋上の方を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!」

 

 

「「「にっこにっこにー!」」」

 

 

「つり目のあんた!気合入れて!」

 

 

「真姫よ!」

 

 

 

「はいラスト1回!」

 

 

「「「にっこにっこにー!」」」

 

 

 

 

矢澤は少し間を置いてから後ろを向き、口を開く。

 

 

「全然ダメ!あと30回!」

 

 

 

「「「え~~~!」」」

 

 

「何言ってるの!まだまだこれからだよ!にこ先輩、お願いします!」

 

 

穂乃果がみんなを鼓舞し、矢澤に声を掛ける。

 

 

 

 

矢澤は目に溜まった嬉し涙を拭うと、再びみんなの方へ向き直った。

 

 

 

 

「よーし、頭から行くよー!」

 

 

矢澤は今度は笑顔でみんなに声を掛けた。

 

 

 

雲の隙間から太陽の光が、彼女を歓迎するように照らし、その笑顔が一際輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 



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第28路 激戦と新ライバル

今回は再び駅伝部メイン&完全オリジナルです。


【5月21日 日曜日 午前8時30分前】

 

 

 

◎秋葉原駅◎

 

 

 

駅伝部9人は穂乃果・ことりも交え秋葉原駅に集まっていた。

 

 

今日は都大会5000mの決勝が午後12時30分より行われる。

 

 

出場するハイジ・ムサ・ユキは3人揃って前日の予選を勝ち抜き決勝にコマを進めていた。

 

 

 

今日はµ’sも付き添いに来てくれることになり、現在残りのメンバーを待っているところだった。

 

 

ちなみに海未は弓道部の試合で来れないことになっている。

 

 

 

 

「凛ちゃんたち遅いなぁ~」

 

 

「早くしないと集合時間になっちゃうよ」

 

 

穂乃果とことりが周りをキョロキョロ見回しながら言う。

 

 

 

「大丈夫だよ。試合時間にはまだ十分余裕があるから」

 

 

2人の様子を見てハイジが答える。

 

 

 

カケルはハイジの右膝をチラッと見ながら思った。

 

 

(あの膝で昨日に続いて今日も走って、大丈夫なんだろうか・・・)

 

 

 

 

「あ、来た!」

 

 

穂乃果が指さしながら言ったので、全員が振り向くと凛・花陽・真姫・にこがやってくるのが見えた。

 

 

 

 

「あれが新たに加わったメンバーたちなんだね」

 

 

「でも、あともう1人ほどイマスネ」

 

 

「へぇ~、ずいぶん人数増えたんだなぁ」

 

 

高志・ムサ・ハイジが彼女たちの姿を見ながら言った。

 

 

 

そっか、3人とも見たことなかったよな、とカケルは思った。

 

 

 

「ん?なんか見慣れない人がいますね」

 

 

「あいつは、矢澤じゃねえか」

 

 

「知り合いなんですか?」

 

 

「知ってるもなにも、俺と同じクラスだよ」

 

 

ジョータの問いに平田が答える。

 

 

 

「にこ・・・」

 

 

ユキがにこの姿を見て小さく呟いた。

 

 

 

「ってことは3年生!?」

 

 

「そうは見えないですけど」

 

 

「それは失礼だよ」

 

 

ジョータ・ジョージの言葉に王子が言う。

 

 

 

 

「みんなおはよう~」

 

 

「「おはようー!」」

 

 

到着した4人にことりと双子が手を振って挨拶をする。

 

 

 

「おはようございま~す」

 

 

「ごめんなさい。遅くなってしまって」

 

 

凛がみんなに挨拶し、花陽が申し訳なさそうに言う。

 

 

 

「気にしなくていいよ。みんなもさっき来たばかりだから」

 

 

カケルが返す。

 

 

 

 

「みなさんにお知らせがあります!実は私たちµ’sにさらに新しいメンバーが加わりました!それは・・」

 

 

「待って!紹介は自分でやるわ!」

 

 

穂乃果が駅伝部員たちににこのことを紹介しようとしたが、本人が制止した。

 

 

 

にこは一旦後ろを向くと再び駅伝部員たちの方に向き直り、自己紹介を始める。

 

 

 

 

「駅伝部のみなさーん!初めましてー!みんなのハートににこにこにーの矢澤にこでーす!私のラブにこパワーで今日の試合もファイト一発!にっこにっこにー!」

 

 

「「「・・・・・・」」」

 

 

にこは笑顔を振りまいて自己紹介を終えた。

 

 

アイドル好きの王子と日本文化好きのムサは拍手を送るが、他の部員は反応に困ったように呆然としていた。

 

 

ユキと真姫はやれやれと言うように揃ってため息を吐いていた。

 

 

 

 

「ま・・まぁ・・・よろしく頼むよ」

 

 

「「「よ、よろしくお願いします」」」

 

 

ハイジが先になんとか言葉を絞り出し、双子と高志が揃って挨拶を返した。

 

 

 

 

「ふん!何よ、ノリが悪いわね」

 

 

「まあまあにこ先輩」

 

 

駅伝部の反応を見てにこは頬をプクッと膨らませて機嫌を損ねてしまい、穂乃果がなだめにかかる。

 

 

 

「Jambo!」

 

 

するとそこへムサがやってきて母国語で挨拶をし、にこは突然話しかけられ対応に困りだした。

 

 

「うえぇっ!が、外国人!?え・・えーと・・・ハロー・・」

 

 

「さっきのポーズ、よかったデスヨ」

 

 

(って、日本語ペラペラじゃないの!)

 

 

 

 

「初めまして。ムサ・カマラデス。今のはスワヒリ語で『こんにちは』という意味デス」

 

 

「そ、そうなんだ~」

 

 

「それより、にこサン可愛かったデスヨ」

 

 

「本当~!?///」

 

 

「ハイ。アイドルみたいで素敵デシタ」

 

 

「ありがとう~!そう言ってもらえて嬉しいにこ~!」

 

 

にこは嬉しさのあまりムサと握手しながらお礼を言う。

 

 

 

 

 

 

 

「ニッコニッコニー・・こうデスか?」

 

 

「違うわ。人差し指と小指と親指を立てて・・・こうよ!にっこにっこにー!」

 

 

「ニッコニッコニー」

 

 

早速ムサは先ほど披露したポーズをにこに教わり始めていた。

 

 

 

 

「すごーい!国際交流が始まったにゃー!」

 

 

「はは、ムサったらすっかり気に入ったみたいだな」

 

 

「こりゃ、そのうちケニアにあれが流行る日が来るかもな」

 

 

凛・ハイジ・平田が呟き、他のみんなも微笑ましそうにその様子を見ていた。

 

 

 

(早速ファンが出来てよかったじゃねえか、にこ)

 

 

ユキが心の中で呟いた。

 

 

 

「さて全員揃ったようだから、みんな出発するぞ」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

ハイジの号令で一同は駅の改札を抜けた。

 

 

 

 

 

 

駅のホームで電車を待っていると、にこがモジモジしながらユキに声を掛けてきた。

 

 

 

「ねえユキ・・・」

 

 

 

「ん?なんだ?」

 

 

 

「その・・・この前は、ありがとう」

 

 

にこは少し顔を赤らめ恥ずかしそうにお礼を言った。

 

 

 

「聞いたわよ。あんたがあの子たちにお願いしてくれたんでしょう。私を仲間に入れてあげて欲しいって」

 

 

「・・・別に、ただいつまでも意地張り続けてるのが見てて鬱陶しくなっただけだ」

 

 

「あんたらしいわね。でもいいわ。これからこのグループを、『みんなを笑顔にさせるアイドル』にしてみせるわ!だから、ライブやることになったら・・・見に来てよね・・・それと、今日の試合、頑張ってよね///」

 

 

「言われなくてもそのつもりだ。しかし、相変わらず寒い自己紹介だったなぁ」

 

 

「ぬぅあんでよ!!アイドルやるって決めてから一生懸命考えたんだから!」

 

 

「はいはい。ご苦労なこった」

 

 

「もう!ユキのいぢわる!分からず屋!」

 

 

「ああ、意地悪でも分からず屋でも結構だ」

 

 

 

 

 

 

「あの2人、なんかいい雰囲気じゃない?」

 

 

「だよね~」

 

 

ユキとにこが話し合ってる様子を見ながら双子が呟く。

 

 

 

 

「そういえばあの2人、中学の頃からの知り合いだって言ってたよ」

 

 

双子に穂乃果が説明する。

 

 

 

「マジかよ!?あいつらそんな前から付き合ってたのか!?」

 

 

穂乃果の言葉を聞き、平田が声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「「付き合ってない!!勝手な事言うな!!・・あっ・・・フン!」」

 

 

 

ユキとにこは平田の声が聞こえたようで2人同時に抗議し、お互い顔を見合わせるとすぐにそっぽを向いた。

 

 

 

 

「す・・すげえ・・・見事なハモりようだ」

 

 

「息ぴったりだにゃー」

 

 

2人の様子を見てカケルと凛が呟いた。

 

 

 

 

「2人とも仲がよいのデスネ」

 

 

 

「「仲良くない!!・・うっ・・・」」

 

 

ムサが訊ねるとまたしても2人は見事なハモりを見せ、一同は笑いをこらえるのに必死になっていた。

 

 

 

 

「「「プッ・・クククク」」」

 

 

「「笑うなーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて一同は電車を降り、試合会場の「駒沢オリンピック公園陸上競技場」へ向かって歩いていた。

 

 

 

 

「ねえねえカケル君。今度の試合っていつあるの?」

 

 

「そうだな。2週間後の世田谷競技会になるな」

 

 

 

 

「その試合にジョージ君も出るの?だったら凛、絶対応援行くね」

 

 

「うん!その時はよろしくね!」

 

 

 

「今日もことりが付き添ってあげるから、頑張ってねムサ君」

 

 

「ありがとうゴザイマス。頑張りマス」

 

 

 

「真姫ちゃ~ん。もうすぐ中間試験だから明日勉強見てくれない?」

 

 

「しょうがないわね。でも、これでいい点取れなかったら承知しないわよ」

 

 

 

 

 

「なあハイジ・・・うちの部活、どんどんリア充が増えてきてねえか?」

 

 

「ははは・・・まぁ、仲がいいのは良いことじゃないか」

 

 

それぞれ仲良く談笑し合ってる部員たちを見て、平田とハイジが呟いた。

 

 

 

 

「なんだお前、僻んでんのか?」

 

 

「男の子ね~」

 

 

「う・・うっせぇ!」

 

 

ユキとにこにからかわれ、平田はそっぽを向く。

 

 

 

 

「茜君、実は昨日茜君が欲しがってたグッズ、秋葉原で手に入れてきたよ」

 

 

「本当!?ありがとう!」

 

 

その一方で王子と花陽はアイドル関連について語り合っていた。

 

 

 

 

「ちょっと待ってね。今見せるから」

 

 

花陽はそう言うと、自分のバッグの中をあさり始めた。

 

 

その時・・・

 

 

 

 

バッッ!!  ダッダッダッダッ

 

 

 

 

「ああ!私のバッグ!」

 

 

「ひったくりだ!」

 

 

 

「「何!?」」

 

 

 

花陽と王子の声を聞き、一同は何事かと振り返る。

 

 

実は突然すれ違った男が花陽のバッグをひったくり逃げ出していったのだ。

 

 

 

 

「待って~!バッグ返してくださ~い!」

 

 

 

「あの野郎!待ちやがれ!」

 

 

「カケル!」

 

 

「カケル君!」

 

 

 

カケルはすぐさまひったくり犯を追いかけ始めた。

 

 

 

するとひったくり犯が逃げていく方向に、1人のスポーツジャージを着た男性が立っていた。

 

 

 

 

「おらぁどけぇ!!」

 

 

 

「あぶない!」

 

 

 

ひったくり犯はその人物に拳を振り上げ、ことりが叫びながら両手で顔を覆う。

 

 

 

「!!」

 

 

 

「ハアアッ!!」

 

 

 

しかし次の瞬間、スポーツジャージの男性がひったくり犯の腕を掴むとその身体を宙に浮かせ、背負い投げでひったくり犯を投げ飛ばした。

 

 

 

「グアッ!」

 

 

 

 

「今だ!全員捕らえろ!」

 

 

すると今度は、ひったくり犯が地面に叩きつけられたと同時に、投げ技を決めた男性と同じジャージを着た集団がひったくり犯を捕らえ始めた。

 

 

そのうちの1人が、たまたま近くにいたパトロール中の警察官を呼びひったくり犯はそのまま逮捕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。これ、君のバッグだよね」

 

 

先ほどの男性は盗まれたバッグを花陽に返した。

 

 

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

「例には及ばないよ。最近こういう事件が多いから、気を付けるんだよ」

 

 

花陽がお礼を言うと、男性は爽やかな笑顔で答えた。

 

 

その男性は、長身で黒の長髪に整った顔立ちをしておりモデル並みのルックスの持ち主であり、真姫以外のµ’sメンバーが思わずうっとりと眺めてしまうほどだった。

 

 

 

 

「君たち、もしかしてこれから都大会に向かうのかい?」

 

 

男性は駅伝部員たちを見回しながら訊ねた。

 

 

 

「ああ、そうさ。5000mに出場することになっている」

 

 

男性に聞かれ、ハイジが代表して答える。

 

 

 

 

「そうか。俺たちも出場するからお互いいい走りをしよう。今日はよろしく」

 

 

 

 

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 

 

男性が言うと、同じジャージを着た彼のチームメイトの集団が駅伝部に対して一礼をしながら挨拶をした。

 

 

 

 

「ああ。こちらこそよろしく」

 

 

「うん。それじゃあ失礼します」

 

 

ハイジが挨拶を返すと、男性は最後に一礼をし集団を従えながら去っていった。

 

 

彼らは全員上下青に白のラインが入ったジャージを着ており、背中にはオレンジ色の文字で「日学院大付属高校」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっこよかったね~」

 

 

「はい・・とても素敵な人でした」

 

 

「すっごいイケメンじゃない!」

 

 

ことりと花陽とにこが男性の後ろ姿を眺めながら呟いた。

 

 

 

「まったく・・なにうっとりしてんのよ」

 

 

3人の様子を見て真姫が髪をいじりながらぼやく。

 

 

 

 

「部員全員礼儀正しかったね」

 

 

「スポーツマンの鏡って感じだにゃー」

 

 

穂乃果と凛が言った。

 

 

 

 

カケルは先ほどの男性を見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきの背負い投げ、すごかったなぁ

 

 

いや、それだけじゃない・・・

 

 

あの人からは何か特殊なオーラを感じた

 

 

これは、初めて藤岡さんに会った時に感じたのと同じだ

 

 

あの人は一体・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつら、日学院大付属高校の連中だな」

 

 

「ああ、東京NO.1の駅伝強豪校のお出ましか」

 

 

平田とユキが呟いた。

 

 

 

「「「東京NO.1!?」」」

 

 

2人の言葉を聞いてジョータ・ジョージ・王子はたちは説明を聞いて驚きの声を上げる。

 

 

 

なるほどな、とカケルは思った。

 

 

 

 

「日学院大付属って言ったら、東京都内でも屈指の進学校として知られてるわよね」

 

 

真姫が言った。

 

 

 

「あのチームはこれまで13年連続で東京代表として高校駅伝に出場している、まさに東京王者ってわけだ。そして彼らは、スポーツマンシップを大事にしていて対戦相手に最大の敬意を払い、挨拶などの礼儀が非常にしっかりしている優良チームとしても知られているんだ。そしてそのチームを率いるのが、一番前を歩いている彼だ」

 

 

ハイジは先ほどの男性を指しながら説明する。

 

 

 

「彼の名は黒田 龍(くろだ りゅう)。日学院大付属高校陸上部の主将でありエース。あの佐久清城の藤岡と並ぶほどの全国トップレベルの選手だ」

 

 

 

(藤岡さんと・・・並ぶ・・・)

 

 

カケルが心の中で呟いた。

 

 

 

「俺たちが全国高校駅伝に出場するためには、6ヶ月後の東京予選で彼らに勝たなければならないんだ」

 

 

ハイジは力強く宣言するが、他の部員たちは息を飲みながら日学院陸上部の集団を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎駒沢オリンピック公園陸上競技場◎

 

 

 

間もなく試合開始時刻となるため、ハイジ・ユキ・ムサはスタート地点付近に集まっていた。

 

 

3人とも選手コールを終え、あとはスタートを待つのみとなり、それぞれストレッチをしたりシューズを履き替えたりと準備を行っていた。

 

 

3人の付き添いにはカケル・高志・王子・ことりが来ており、3人のストレッチやマッサージを手伝っていた。

 

 

 

 

やがてスタート3分前となりスタートラインに選手が集まり始めたのを見て、ハイジ・ユキ・ムサは一緒に集まった。

 

 

 

「よし!みんな!締まっていくぞ!」

 

 

「ハイ!」 「おう」

 

 

 

3人は声を掛け合うと右手の拳を交わし合い、それぞれのスタート位置へと向かった。

 

 

 

 

「ムサ君」

 

 

「ことりサン」

 

 

するとムサはことりに声を掛けられ振り返った。

 

 

 

 

「ゴールで待ってるからね」

 

 

「・・・ハイ!行ってきマス!」

 

 

ことりが笑顔で言葉を掛けると、ムサも笑顔で手を振りながら声を掛け、スタートラインに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方他のみんなは観戦スタンドの方で試合の様子を見ている。

 

 

 

「いよいよ始まるね」

 

 

「ワクワクするにゃー」

 

 

穂乃果と凛がワクワクしながらスタートを待っていた。

 

 

スタンドからはこれからスタートする選手に対する声援が飛び交っていた。

 

 

 

「初めて来たけど、すごい盛り上がりね」

 

 

にこは周りの応援の声の凄さに圧倒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタートラインにはハイジ・ユキ・ムサを含める全20人の選手が並んでおり、その中の上位6人が南関東大会に出場できることになっている。

 

 

 

そして審判員が台にのぼり、ピストルを構える。

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

 

パーーーーーーーーーーン

 

 

 

 

 

 

号砲と同時に20人の選手が一斉にスタートした。

 

 

日学院高校の黒田が前に出て集団を引っ張る形になった。

 

 

 

 

 

「ハイジさんファイトー!」

 

 

「ユキさん落ち着いていきましょうー!」

 

 

「ムサ君頑張れ~」

 

 

コースの外側から付き添いのカケル・高志・王子・ことりが声援を送る。

 

 

 

 

 

 

「ハイジいけー!」

 

 

「「ユキさん!ムサさん!ファイトっすよー!」」

 

 

「頑張ってくださーい」

 

 

「ファイトー!」

 

 

スタンドからは平田・双子・花陽・凛・真姫が応援する。

 

 

 

 

「いっけーユキー!!」

 

 

それに負けじとにこも声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

選手の集団は最初の1kmを2分57秒で通過し、ハイジもユキもムサもみんな余裕を持ちながら集団についていた。

 

 

 

(いつもより少し速いペースだな)

 

 

(ムサ。残り2kmからが勝負だぞ)

 

 

(分かりマシタ。ハイジサン)

 

 

 

 

集団は依然としてひとかたまりになっており、変わらず黒田が引っ張る形となっている。

 

 

やがて3000mを通過した。通過タイムは8分58秒である。

 

 

すると集団に動きが出てきた。先頭のペースが上がり、余裕のない選手が徐々に遅れ始めてきた。

 

 

 

 

「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」

 

 

ユキも表情が苦しくなっており、集団から遅れかけていた。

 

 

 

 

「ああ!ユキ先輩が!」

 

 

 

「余裕なくなってきたな」

 

 

 

高志とカケルが呟いた。

 

 

 

 

「ユキ負けるなー!」

 

 

「ユキ先輩まだいけますよー!」

 

 

「ユキー!頑張ってー!」

 

 

平田・ジョータ・にこが檄を飛ばした。

 

 

 

しかしユキはついに集団から離れてしまった。

 

 

それでもしっかり前を見据えながら走り続けるユキの姿をにこはしっかり見つめていた。

 

 

 

 

 

(ユキ・・・)

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・」

 

 

 

(あんたいつもこんなキツいことやってたの・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・ユキ・・」

 

 

ハイジは集団から遅れたユキをチラッと振り返った。

 

 

 

 

(お前の分も俺たちが走るぞ)

 

 

 

 

 

ピシッ

 

 

 

 

 

(うっ・・・)

 

 

 

しかしハイジは右の膝に違和感を感じ始めていた。

 

 

 

 

(・・・今ここで無理するわけにはいかないな・・くっ)

 

 

ハイジはペースを落とし、集団から離れていった。

 

 

 

 

 

「ハイジさんも遅れちゃったよ」

 

 

王子が言った。

 

 

 

(ハイジさん・・意識的にペースを落とした感じだ・・・やっぱり膝が・・・)

 

 

ハイジの走りを見ながらカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ハイジさん・・・ユキさん・・・2人の分も、私が頑張らなケレバ)

 

 

ムサは2人を振り返りながら思った。

 

 

 

 

集団は完全にばらけており、現在は黒田がトップで抜け出しその後を同じ日学院の2人が追っていた。

 

 

 

ムサは現在入賞圏内の5番目を走っており、まもなく残り1000mに差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

(よーし、あと1kmの辛抱デス)

 

 

 

ズキッッ

 

 

 

(ウッッ!・・・・お腹が・・・痛いデス)

 

 

 

 

残り1000mに差し掛かった途端、ムサの右脇腹に痛みが走りだした。

 

 

ムサは顔を歪めながら右脇腹を抑え、その間に2人の選手に抜かれ7位に落ちた。

 

 

 

 

 

「ムサ君!」

 

 

 

ムサの様子を見てことりが声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムサ君どうしたんだろう?」

 

 

「お腹を押さえてます」

 

 

「なんだか苦しそう・・」

 

 

穂乃果・花陽・凛が心配そうな表情で呟いた。

 

 

 

 

「きっと『差込み』ね」

 

 

真姫がムサの様子を見ながら言った。

 

 

 

 

「差込み?」

 

 

「ええ。マラソン選手がたまに起こす腹痛よ。走っている時の衝撃で臓器が揺れ動き、その臓器に引っ張られた横隔膜が痛みを発することが原因なの」

 

 

穂乃果に訊ねられ真姫が医者の娘らしく説明する。

 

 

 

「おうかく・・まく?」

 

 

「呼吸運動をするための筋肉の1つよ。あんな急激なペースで走ったことによって、そこに痛みが出てるんだわ。早いとこペースを落とさないと危険だわ」

 

 

 

「そんな!」

 

 

「ムサさん・・・」

 

 

 

真姫の説明を聞き、ジョータとジョージが声を上げ、他のみんなは祈るような表情でムサを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・」

 

 

ムサは脇腹が痛みながらも6位の選手のすぐ後ろについていた。

 

 

しかし痛みで表情は歪みっぱなしだった。

 

 

 

 

 

(こんな痛み・・辛くなんてありマセン・・・ワタシには・・・)

 

 

 

 

 

「ムサくーん!!」

 

 

 

「ムサ!」

 

 

「ムサさん!」

 

 

「負けるなムサ!」

 

 

「頑張ってくださいムサさん!」

 

 

 

ことりを始めとする仲間の応援がムサの耳に聞こえてきた。

 

 

 

 

 

(ワタシには・・・・みんながついてマスから!)

 

 

 

 

 

 

やがて残り1周に差し掛かり、それを知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 

 

ムサは最後の力を振り絞って、痛みをこらえてラストスパートをかけた。

 

 

 

 

 

(持ちこたえてクダサイ・・・)

 

 

ムサは自分の脇腹に対して念じた。

 

 

 

 

そしてついに残り100mとなり、ゴールが見えてきた。

 

 

 

 

 

「ムサくーん!ムサくーん!」

 

 

ことりがゴール地点で手を振りながら必死に声を掛けているのが見える。

 

 

 

 

ムサはさらにギアを入れ替えスパートし、残り10mの所で選手を1人抜いたのを確認し、そのままゴールラインを越えた。

 

 

 

ムサはばったりと倒れ込み、ことりが急いで駆け寄ってきた。

 

 

 

 

「ムサ君!大丈夫!?」

 

 

「ハァ・・ハァ・・こ・・ことりサン・・・勝ちマシタヨ・・・」

 

 

ムサは小さくガッツポーズをしながら笑顔で答えた。

 

 

ムサは14分56秒で第6位に入り、南関東大会への出場権を勝ち取った。

 

 

 

 

「うん・・・お疲れさま、ムサ君」

 

 

ことりは両手でムサの手を握りながら優しい笑顔でで労った。

 

 

 

 

 

ハイジもユキもフィニッシュしていた。

 

 

ハイジは15分08秒で10位、ユキは15分23秒で15位という結果で、都大会敗退が決まってしまった。

 

 

 

 

「ハイジさん!お疲れ様です!」

 

 

「おうカケル。ありがとう」

 

 

カケルはフィニッシュしたハイジにタオルを差し出した。

 

 

 

 

「いや~結局ダメだったよ。みんな強いなぁ~」

 

 

(いや、絶対ハイジさんもっと行けただろう・・・やっぱりその膝、完治していないんじゃ・・・)

 

 

残念そうに語るハイジを見て、カケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっしゃー」

 

 

「「ムサさん、南関東大会進出だ!」」

 

 

「やったー!」

 

 

一方スタンドでは平田・双子・穂乃果が喜びの声を上げ、みんなで一緒に拍手を送っていた。

 

 

 

「ムサさんすごかったね~、かよちん」

 

 

「うん。感動しちゃったよ」

 

 

凛と花陽が言う。

 

 

 

 

にこは疲労困憊で高志に抱えられながらトラックを後にするユキを見つめながら温かい拍手を送っていた。

 

 

(ユキ・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一同は、本日行われたすべての競技を見終わり、会場の一画に集合していた。

 

 

みんなに向かってハイジが声を掛ける。

 

 

 

「みんな、今日は応援とサポートありがとう!おかげで、ムサが南関東大会に進出することができた!おめでとうムサ!」

 

 

 

ムサは6位入賞の賞状を掲げ、誇らしげに微笑んだ。

 

 

 

「やったねムサ!」

 

 

「おめでとうムサ君!」

 

 

「おめでとうー!」

 

 

「「おめでとうございます!」」

 

 

 

「ありがとうゴザイマス!皆さんの応援のおかげデス!次も頑張りマス!」

 

 

 

 

高志・ことり・穂乃果・双子が声を掛け、みんなは一斉に拍手を送り、ムサが笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

しかしカケルは、今日の日学院高校の黒田の走りを思い出していた。

 

 

黒田は1着でフィニッシュし、タイムは14分43秒だった。

 

 

しかしフィニッシュした時は、まだまだ余力が残ってる涼しい表情だった。

 

 

その後、2位と3位には同じく日学院高校の選手がゴールし、表彰台は日学院高校が独占する形となったのだった。

 

 

 

 

 

(あの人の力はあんなもんじゃないはずだ・・・一体どんな走りをするんだろう・・・闘ってみたい・・・試合で)

 

 

 

 

 

 

 

 

その後一同は会場を後にし、秋葉原駅へ戻り、そこで解散となった。

 

 

 

「お疲れさまでしたー」

 

 

「お疲れさまでーす」

 

 

「また明日ー」

 

 

みんなそれぞれ帰路につき、駅前にはユキとにこだけが残った。

 

 

 

 

「さて・・帰るか」

 

 

「ユ・・ユキ!」

 

 

「?」

 

 

ユキがさっさと帰ろうとするとにこが声を掛けた。

 

 

 

 

「そ・・その・・久しぶりに・・・一緒に帰ってあげても・・・いいけど・・・」

 

 

にこは頬を赤らめモジモジしながら言う。

 

 

 

「べ・・別に変な意味じゃないのよ・・あんた、試合に負けて落ち込んでると思って・・・ホントに・・単なるついでっていうか・・」

 

 

 

 

 

「バーカ。誰が落ち込んでるんだよ。もうとっくに、高校駅伝予選に向けて気持ち切り替えてるっつの・・」

 

 

そう言ってユキは先に歩き出した。

 

 

するとすぐに振り返って声を掛けた。

 

 

 

 

「ほら。早く帰るぞ」

 

 

「・・・・うん」

 

 

にこは嬉しそうに微笑みながら頷き、ユキの隣を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「あ、それと・・・ユキ」

 

 

「なんだ?」

 

 

「・・・・今日は、お疲れさま///」

 

 

「・・・サンキュー」

 

 

 

 

 







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第29路 テストと勉強

今回もオリジナル入れました。
μ’sと駅伝部が勉強し合うだけの回です。


 

【5月22日 月曜日 昼休み】

 

 

 

◎2年生教室◎

 

 

 

「先ほど教えましたよね!?なぜ分からないのですか!?」

 

 

 

「ひえ~~ん」

 

 

 

 

 

「う~ん、なかなか大変みたいだね・・」

 

 

 

「まったく・・・穂乃果の頭の悪さは何とかならないものか?」

 

 

 

高志とカケルは海未と穂乃果の様子を見ながら呟いた。

 

 

2日後から3日間に渡って中間テストが行われるため、みんなで勉強に励んでいた。

 

 

穂乃果は海未に苦手な数学を教わっているが、あまりに出来が悪いために怒られる始末であった。

 

 

 

 

「ウ~ン、やっぱり漢字は苦手デス・・」

 

 

「大丈夫だよムサ君。ことりが教えてあげるから頑張ろう」

 

 

「ハイ。頑張りマス」

 

 

 

一方ムサはことりに苦手な古文・漢文を教わっていた。

 

 

 

 

「ムサの方はことりちゃんに任せておけば大丈夫そうだね」

 

 

「ああ。そのようだな」

 

 

高志とカケルが言った。

 

 

 

 

「いいなぁ~、穂乃果もことりちゃんに教わりたいなぁ~」

 

 

「穂乃果・・」

 

 

「ヒィッ!な、何でもないよ・・」

 

 

「よそ見してないで次の問題を問いてください」

 

 

「は、はい・・」

 

 

 

穂乃果は海未に睨まれ渋々と次の問題に取り掛かり始めた。

 

 

 

しかしその後も進歩が見られず、海未に怒られることの繰り返しであった。

 

 

 

 

 

「だからそうじゃないと言ってるでしょう!何度言ったら分かるのですか!?」

 

 

 

「うえ~~んカケルくぅ~~ん」

 

 

 

「こら穂乃果!」

 

 

 

穂乃果は席を離れ、高志の机で一緒に勉強をしているカケルのもとへ行き、彼の腕にすがりついてきた。

 

 

 

 

「お、おい!穂乃果!///」

 

 

「カケルく~ん、海未ちゃんこわいよ~」

 

 

「それはお前の勉強の出来が悪いからだろう!」

 

 

「だって~・・そうだ!カケル君が代わりに教えてくれる?」

 

 

「はあっ!?」

 

 

穂乃果はカケルに嘆願する。

 

 

しかしそこへ海未が足早にやってきた。

 

 

 

 

「穂乃果!あなたはカケルに甘えすぎです!ご迷惑になるでしょう!さあ早く戻りなさい!」

 

 

「やだやだ~!カケル君がいい~!」

 

 

海未は穂乃果を連れ戻そうとするが、穂乃果はカケルの背中にしがみつきながら駄々をこねていた。

 

 

 

 

「~~~~///////」

 

 

カケルは顔を湯気が出そうなほど真っ赤にしていた。

 

 

女の子に抱き着かれるなんて彼にとっては初めての事であった。

 

 

しかも背中に胸が当たっているという状態である。

 

 

 

 

「穂乃果~いい加減にしなさい~」

 

 

「い・や・だ~」

 

 

「うぐぐ・・ぐるじい・・」

 

 

海未は穂乃果を引き離そうと引っ張るが、穂乃果はしっかりカケルにしがみついて離れず、カケルは穂乃果に強く身体を締め付けられ苦しがっていた。

 

 

 

 

「ど、どうしまショウ?ことりサン」

 

 

「ん~・・面白そうだからもうちょっと様子見てみない?」

 

 

「エエッ?」

 

 

ムサは心配そうな表情で3人の様子を見るが、ことりは少しニヤニヤしながらこの状況を楽しんでいるようだった。

 

 

 

 

「お、おい高志・・何とかしてくれよ」

 

 

カケルはついに高志に助けを求めた。

 

 

 

 

「う~ん・・こんなに言ってるんだし、引き受けてあげてもいいんじゃないかな?」

 

 

高志が苦笑いしながら言った。

 

 

 

 

「ええっ!?・・・ん~~・・・分かった。引き受けるよ」

 

 

「本当!?」

 

 

「いいのですか?カケル」

 

 

カケルは少し考えてから承諾の返事をし、穂乃果と海未が問いただす。

 

 

 

 

「ああ。さすがにもう見てられなくなってきたから」

 

 

 

「わーい!ありがとうカケルくーん!」

 

 

 

「っていつまでくっついてんだ!いい加減離れろ!」

 

 

 

穂乃果は嬉しそうに尚もカケルの背中に抱き着いて離れなかった。

 

 

 

 

「まったく・・・穂乃果ったら・・」

 

 

「まぁいいじゃん。穂乃果ちゃんもすっかり元気になったし」

 

 

呆れる海未を高志がなだめる。

 

 

 

 

「穂乃果サン、嬉しそうデスネ」

 

 

「カケル君も照れちゃってるね」

 

 

ムサもことりも微笑ましそうに2人の様子を見る。

 

 

 

 

それからカケルと穂乃果は机を向かい合わせにしてくっつけ、勉強を始めることにした。

 

 

念のため、海未と高志も様子を見ることにした。

 

 

 

 

「じゃあまずこの問題からいくぞ」

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった!答えは◯◯だ!」

 

 

「お、正解だ」

 

 

「やったー」

 

 

穂乃果はカケルに教わったやり方で見事先ほどまで出来なかった問題を解くことができた。

 

 

 

 

「へぇ~、カケルって勉強教えるの上手いね」

 

 

「はい。私も聞いててとても分かりやすかったです」

 

 

「まぁ数学だけだけどな」

 

 

高志と海未がカケルの講義を褒め称えるが、カケルは謙遜する。

 

 

 

 

「ありがとうカケル君!私、これならもっと頑張れそうだよ!」

 

 

穂乃果が笑顔で意気込んだ。

 

 

 

「そうか?じゃあどんどんいくぞ」

 

 

「うん!お願い!」

 

 

カケルと穂乃果は再び勉強を再開した。

 

 

 

 

「穂乃果ちゃんのことはもう大丈夫そうだね」

 

 

「そうですね。よろしければ私たちも、一緒に勉強しません?」

 

 

「うん。いいよ」

 

 

高志と海未はカケルに後を任せ、一緒に勉強を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎1年生教室

 

 

 

「もう!何でこんな簡単な問題が分からないのよ!」

 

 

「「「うう~~・・」」」

 

 

 

一方1年生の教室では、ジョータ・ジョージが数学を、凛は英語を真姫から教わっていた。

 

 

しかし3人とも先ほどの穂乃果同様に出来が悪く、真姫に怒られヘコんでいた。

 

 

 

 

「真姫ちゃんキビシー」

 

 

「鬼教師だにゃー・・」

 

 

ジョージと凛が小声で呟く。

 

 

 

「なんか言った!?」

 

 

「い、いや、別に・・何でもないにゃー」

 

 

真姫にギロリと睨まれ、凛はたじろきながら答える。

 

 

 

 

「そういえば王子はどこ行ったんだ?」

 

 

「王子ならあそこで花陽ちゃんに教わってるみたい」

 

 

ジョージの問いに、ジョータが指さしながら答えた。

 

 

 

王子と花陽は机をくっつけて向かい合わせになりながら勉強をし合っているようだった。

 

 

 

 

「む~、王子君だけずるい!凛もかよちんに教わりたいにゃー!」

 

 

「こら!凛!」

 

 

 

凛はガバッと立ち上がって王子と花陽のもとへ行った。

 

 

 

「かーよちーん。凛にも勉強教えて欲しいにゃー」

 

 

凛が花陽に頼み込む。

 

 

 

 

「凛ちゃん、違うよ」

 

 

花陽が答える。

 

 

 

「違うって、何が?」

 

 

「私は今、茜君から教えてもらってたの」

 

 

凛の問いに花陽が返す。

 

 

 

「茜君の教え方、とっても分かりやすいよ」

 

 

「そんな大したことないよ」

 

 

花陽の言葉に王子は少し照れながら返す。

 

 

 

 

「じゃあ凛にも教えて。凛はやっぱりかよちんと一緒がいいにゃー」

 

 

「凛ちゃん///」

 

 

凛が花陽にくっつきながら言う。

 

 

 

「あー、凛ちゃんが行くなら俺も!」

 

 

「おい!ジョージ!」

 

 

ジョージはジョータの制止を無視し、凛の後を追って行ってしまった。

 

 

 

「まったくもう・・・あんたはいいの?」

 

 

真姫は残ったジョータに訊ねる。

 

 

 

 

「俺は真姫ちゃんに教わりたいな。昨日約束したもんね。それに、もっと真姫ちゃんと色々話したいから」

 

 

ジョータに満面の笑顔で言われ、真姫は少し顔を赤らめてそっぽを向きながら口を開いた。

 

 

 

「・・・しょ、しょうがないわね。教えてあげるから、しっかり覚えなさいよ」

 

 

「うん!よろしく!」

 

 

 

(・・・でもなんか・・そんなこと言われたの初めてだわ///)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎3年生教室

 

 

 

「なあユキ。ここ教えてくれよ」

 

 

「ユキ君。こっちもお願い」

 

 

「私も。ここどうしても分かんなくて」

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て!いっぺんに押しかけてくるな!」

 

 

ユキは大勢のクラスメイトに勉強を教えて欲しいと押しかけられていた。

 

 

毎回テスト期間になると、学年トップの秀才故にクラスメイトに勉強面で頼られるようになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎アイドル研究部:部室

 

 

 

「ふぅ・・どうにか撒いたようだな」

 

 

「やっぱり来たわね。あんたも大変ね」

 

 

ユキはクラスメイトを撒くために、にこがいるアイドル研究部の部室に逃げ込んできた。

 

 

毎回クラスメイトに押しかけられると、ここに逃げ込むのが恒例となっている。

 

 

 

 

「俺は大勢の人間に教えるのが苦手なんだ。それに、俺は俺の勉強をしなくちゃならねえんだ」

 

 

ユキはそう言うと、椅子に座りカバンから大学受験用の問題集を数冊取り出し、机の上に置き勉強を始めた。

 

 

 

 

「こんな時に受験勉強?テスト勉強は大丈夫なの?」

 

 

「心配無用。もう全部覚えた」

 

 

「マ、マジ?・・・ん?これって赤本よね?一体どんな問題が載ってるのかしら?」

 

 

にこは机の上にある赤本を手に取り、ページを開いた。

 

 

 

 

「・・・えっ・・何これ・・・全然分からない・・・目がチカチカする・・」

 

 

にこは問題集の中を見ると、険しい表情でもうお手上げ状態だった。

 

 

 

「勝手にいじるなよ」

 

 

ユキが咎める。

 

 

 

 

「ってこれ、東大法学部の過去問題じゃない!あんた東大目指してるの!?」

 

 

にこは赤本の表紙を見て驚きながら訊ねる。

 

 

 

「まあな。弁護士を目指すからには、トップの大学で学んでみたいと思ってな」

 

 

ユキがシャーペンを走らせながらそっけなく答える。

 

 

 

 

「ああダメ・・あんたには敵わないわ・・・」

 

 

にこは力が抜けたように椅子に座り込む。

 

 

 

 

 

 

 

カリカリカリカリカリ

 

 

 

 

ユキは先ほどから真剣な表情で問題集に目を通しながら、レポート用紙にペンを走らせている。

 

 

その様子をにこはぼんやりと見つめていた。

 

 

 

 

「ねえ・・ユキ」

 

 

「ん?」

 

 

「その・・いつものように・・また勉強、教えてくれない?」

 

 

にこは少し遠慮がちにお願いした。

 

 

 

 

「・・・見て分かんねえか?俺は今忙しいんだ。そんな暇はない」

 

 

ユキはドライに返す。

 

 

 

「そんなふうに言わなくたって・・もう、いいわよ。自分で何とかするから」

 

 

にこは少し不機嫌になりながら部室を出ようとした。

 

 

するとユキは、1冊のノートを机の上に置いてにこの方へすべらせた。

 

 

 

 

「・・・何これ?」

 

 

にこはそのノートを受け取りながら訊ねた。

 

 

 

 

「ちょうどいいのがあったから、代わりにそれを使え」

 

 

にこはユキに言われると、ノートの中を見た。

 

 

そのノートには中間テストの各教科の試験範囲の内容が細かく書かれており、重要なポイントや模擬問題、さらに解答・解説まであった。

 

 

 

 

「あんた・・・まさか、私のために・・」

 

 

「勘違いするな。忘れないように書いておいたのが偶然持ってきてあったから渡しただけだ。返さなくていいから、俺の勉強の邪魔するんじゃねえぞ」

 

 

 

 

「ユキ・・・ありがとう」

 

 

 

「・・・フン//」

 

 

 

にこは少し頬を赤らめ、純粋に微笑みながらお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 

◎3年生教室

 

 

 

「なあハイジ、ここがどうしても分かんねえんだ」

 

 

「どれどれ・・・ああ、これはな・・」

 

 

教室では平田がハイジに英語を教わっていた。

 

 

 

 

ハイジだけ平田・ユキ・にことは別クラスであり、平田は現在ハイジの教室にお邪魔し、勉強を見てもらっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この文法を当てはめれば、こういう意味になるんだ」

 

 

「なるほど。よく分かったぜ。お前の教え方はホントに分かりやすいぜ」

 

 

「そ、そうか?」

 

 

平田はハイジの教え方を褒め、ハイジも悪い気はしていないようだった。

 

 

するとクラスメイトの1人がハイジに訊ねてきた。

 

 

 

 

「な、なあ清瀬。俺にも教えてくれないか?」

 

 

「えっ?ああ、いいけど」

 

 

 

 

「私にも教えて。今の説明聞いててすごい分かりやすいなって思った」

 

 

「私もお願い!」

 

 

「俺も俺も」

 

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

噂を聞きつけたクラスメイトたちが次々とハイジのもとへ集まってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、絢瀬が教室へ入って来た。

 

 

彼女は教室へ入ると、黒板の前に人だかりができているのが目に入った。

 

 

 

 

(みんな、何してるのかしら?・・・あれは、清瀬君)

 

 

絢瀬は気になってよく見ると、ハイジが黒板の前に立って英文等を書きながら講義を行っていた。

 

 

平田を含むクラスメイトのみんなはワクワクした様子でノートを取りながら講義を聞いている。

 

 

しばらく彼女は、ハイジの講義の様子を眺めることにした。

 

 

 

 

(あ・・・英語の先生より分かりやすい)

 

 

絢瀬はしばらくハイジの講義に聞き入っており、心の中で素直に感心していた。

 

 

 

 

(清瀬君って・・結構すごい人なのかしら?)

 

 

 

「エーリチ!」

 

 

「の、希!」

 

 

絢瀬が思っていると、東條が後ろから声を掛けてきた。

 

 

 

 

「どうしたんや?エリチ。あ、もしかしてハイジ君のことが気になるん?」

 

 

「な、何言ってるのよ!誰があんな奴・・」

 

 

 

絢瀬はそう言うとさっさと自分の席に戻ってしまった。

 

 

 

 

「ふ~ん」

 

 

東條は少しほくそ笑みながら絢瀬を見つめた。

 

 

そして、講義を続けるハイジの方に向き直る。

 

 

 

(男子駅伝部主将、清瀬灰二君か・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今の君は、生徒会長失格だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あのエリチに真っ向から意見出来るなんて、さすがはキャプテンやな)

 

 

 

そして東條は窓辺に寄って、外の景色を見つめながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院の運命を変えるには、『女神』の力だけでは足りない

 

 

 

女神を守護する『戦士』の力も必要なんや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【5月29日 月曜日】

 

 

 

やがて中間テストも終わり、今日は全生徒にすべてのテスト結果が返って来た。

 

 

 

 

 

◎2年生教室

 

 

 

「よかったー、苦手な数学65点も取れたよ」

 

 

穂乃果は返却されたテストの答案を見せながら喜ぶ。

 

 

 

「あまり調子に乗るなよ。期末はもっと難しくなるんだからな」

 

 

「分かってるって。でも、ありがとうカケル君」

 

 

「お、おお」

 

 

カケルが咎めると、穂乃果は笑顔でお礼を言う。

 

 

 

 

「それで、カケル君はどうだったの?」

 

 

穂乃果に訊ねられ、カケルは中間テストの結果表を見せた。

 

 

結果は学年3位でほとんどのテストが90点以上だった。

 

 

 

 

「すごいよカケル君!学年3位なんて!」

 

 

「もうちょっといけると思ったんだけどな」

 

 

穂乃果に褒められるがカケルはやや不本意気味だった。

 

 

 

 

「ねえねえ穂乃果ちゃん。カケル君。海未ちゃんと高志君すごいよ」

 

 

2人はことりに声を掛けられた。

 

 

 

高志と海未の成績を見ると、高志が学年1位、海未が学年2位となっていた。

 

 

 

 

「ゲッ!マジかよ!?」

 

 

カケルはそれを聞いて少し悔しがった。

 

 

 

「お見事です。高志」

 

 

「いや~、たまたまだよ」

 

 

「カケル君も3位だなんて、すごいよ~」

 

 

「ま、まあな」

 

 

「ここにTOP3が揃いマシタね」

 

 

「すごい!すごいよみんな~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎1年生教室

 

 

 

「よっしゃー、赤点なしだー」

 

 

「俺もー」

 

 

「凛も、思ったより取れてたにゃー」

 

 

ジョータ・ジョージ・凛がテスト結果を見て喜んでいた。

 

 

 

 

「浮かれるんじゃないわよ。期末では、もっと範囲が広がるんだからしっかり勉強しなさいよね」

 

 

「「「はーい」」」

 

 

真姫は3人を咎める。

 

 

 

 

「そういや、王子はどうだったんだ?」

 

 

「かよちーん、見せて見せて」

 

 

双子と凛は、これから結果を見せ合おうとしている王子と花陽のもとへ行った。

 

 

 

 

 

「かよちん、学年5番なんてすごいにゃー」

 

 

「ま、まぁ・・このクラスだけなんだけど」

 

 

 

「王子なんてもっとすげえよ」

 

 

「学年2位だって」

 

 

 

 

「茜君、すごーい!」

 

 

「ま、まぐれだよ」

 

 

花陽は拍手を送ると、王子は照れながら答える。

 

 

 

 

「でも、何でそんなに成績いいの?」

 

 

「いつもアニメばっかり見てる印象しかないのに」

 

 

ジョータ・ジョージが王子に訊ねる。

 

 

 

 

「大丈夫。僕は、アニメ・漫画・ゲームで勉強してるから」

 

 

王子はドヤ顔で答える。

 

 

 

 

「「ほ、ホントかよ・・・」」

 

 

 

双子が呟いた。

 

 

 

 

「ってことは学年1位は?」

 

 

凛が言った。

 

 

 

「やっぱり?」

 

 

ジョータが言うとみんなは一斉に真姫の方を向いた。

 

 

 

 

「当然でしょ」

 

 

真姫はみんな自分のテスト結果を見せた。

 

 

予想通り1位で、100点と98点しかなく、2位の王子とも大きな差があった。

 

 

 

 

 

「「「すげえええええ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎3年生教室

 

 

 

 

ハイジ・ユキ・平田・にこは放課後に互いのテスト結果を確認していた。

 

 

 

「「すげえええええ」」

 

 

こちらでも、平田とにこが大声を上げていた。

 

 

 

 

ユキは学年1位で全科目100点という快挙だった。

 

 

ハイジはユキに次ぐ学年2位で所々ミスはあったが、ユキとはさほど大差はなかった。

 

 

 

 

「ま、まあユキなら頷けるけど・・」

 

 

「ハイジ・・お前いつの間にそんなに頭良くなったんだ?」

 

 

にこ・平田が呟いた。

 

 

 

 

「えっ?こんなのたまたまだよ」

 

 

ハイジが笑いながら言った。

 

 

 

「それよりお前らはどうだったんだよ」

 

 

「ああ、何とか赤点は無しだったぜ」

 

 

「こっちもよ。おかげで助かったわ」

 

 

ユキが訊ねると、平田とにこが答えた。

 

 

 

 

 

「それより俺たちはもう受験生、今度の期末は非常に大事になってくるから手を抜かないようにしないとな」

 

 

「ああ。特ににこ、お前早いとこ進路決めねえとみんなに置いてかれっぞ」

 

 

「わ、分かってるわよ!」

 

 

「ま、俺は工務店継ぐって決まってるけどな」

 

 

 

 

 

 

 

「エリチ。結果どうやったん?」

 

 

「別に・・いつもとあまり変わらないわ」

 

 

絢瀬と東條はお互いに結果表を見せ合った。

 

 

 

絢瀬は学年3位、東條は学年4位という結果だった。

 

 

 

 

「お互い順位が一つずつ下がっとるね」

 

 

「そうね・・」

 

 

「実は同じクラスのハイジ君が2位に躍り出たそうなんや」

 

 

「・・・そうなの」

 

 

東條の言葉に絢瀬は少し間を置いてからドライな反応を返した。

 

 

 

 

「あれ?もしかしてエリチ、ハイジ君に負けて悔しいん?」

 

 

「ち、違うわよ!何でいちいちあんな奴のことなんか考えなきゃいけないのよ!」

 

 

絢瀬がムキになって答える。

 

 

 

 

 

 

「それよりも・・・私にはこの学校を守るという大事な使命があるのよ!」

 

 

絢瀬はそう言って歩き出していった。

 

 

 

「エリチ・・・」

 

 

その後ろ姿を見つめながら東條が呟いた。

 

 

 

 

 

 



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第30路 密着と音伝

今回はいままでとは違った書き方をさせていただきました。


皆さんこんにちは。生徒会副会長の東條希です。

 

 

 

今回、全国高校駅伝出場を目指して活動している男子駅伝部にお邪魔しました。

 

 

 

そこで、部活紹介の一環として1人の部員の1日の生活に密着することにしました。

 

 

 

密着するのは、2年生の蔵原走君。

 

 

 

2年生ながらチームに勢いをつけているエースであり、主将の清瀬灰二君が「駅伝部の模範生」と認める選手です。

 

 

 

彼は現在親元を離れ1人暮らしをしているのですが、そんな彼が一体どんな1日を過ごしているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~【  音 ★ 伝  】~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

【AM5:00~5:20 起床&朝家事】

 

 

 

彼は毎日朝の5:00に起床し、身支度を済ませてから5:20に朝練習に出発します。

 

 

 

今、下宿先のアパートから出てきました。

 

 

 

 

 

 

 

ガザッガザッ

 

 

 

「えっと、今日は燃えるゴミでいいんだよな」

 

 

 

 

 

 

出かける前にきちんとゴミ捨てを行っています。

 

 

 

この他にも、持っていく昼食の準備や洗濯物干しなどもやっているそうです。

 

 

 

1人暮らしなだけあって、仕事の量は膨大です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【AM6:00 朝練習】

 

 

 

 

学校に到着してから、部室に荷物を置き校門前で他の部員と共に準備体操をします。

 

 

 

何人か眠そうに欠伸をしている部員もいる中、彼は清々しい表情でウォーミングアップを行っています。

 

 

 

寝起きの良さにびっくりです。

 

 

 

 

 

「よし!みんな行くぞ!」

 

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

 

そして準備体操後、主将の清瀬灰二君の号令のもと、全員でジョギングに出かけていきました。

 

 

 

朝は学校周辺を40分間走ります。

 

 

 

清瀬君によると、朝は必ず全員揃って走るそうです。

 

 

 

チームをまとめるには、こういった一体感が大事なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

【AM6:50~7:30 補強】

 

 

 

ジョギングから戻ってくると、今度はトレーニングルームできっちりと補強をこなしていました。

 

 

 

 

 

「33・・34・・35・・」

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」

 

 

 

 

腹筋、背筋、懸垂逆上がりなど、あんなに走った後にさらに汗を流しています。

 

 

 

でも、後輩の城太郎君によると「あれでもまだ軽いほうですよ」とのことでした・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【AM8:00 朝食】

 

 

 

朝練習が終わって教室に着くと、朝食を摂り始めました。

 

 

 

この日の蔵原君の朝食は、学校に向かう途中のコンビニで買ったジャムパンとカフェオレとヨーグルトです。

 

 

 

ちなみにクラスメイトの杉山高志君はメロンパン、ムサ・カマラ君はクリームパンでした。

 

 

 

やっぱりみんな、身体を動かした後は甘い物が欲しくなるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ムサ「ケニアのマンダジも美味しいデスけど、日本のパンも本当に美味しいデス。最近はソイジョイもよく食べてマス」

 

 

 

 

ムサ君はすっかり日本食が気に入っている様子です。

 

 

 

ちなみに『マンダジ』とは、ケニアで作られてる揚げパンのことです。私も食べてみたいです。

 

 

 

 

おっと、ここで蔵原君が机の上に紙を広げて何か書き始めました。一体何をしているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

Q.何をしているのですか?

 

 

 

蔵原「今日の夕食のメニューを考えてます」

 

 

 

 

 

 

今のうちから夕食のメニューを考案するとは、さすがは駅伝部の模範生です。

 

 

 

 

 

 

 

 

【AM9:00 授業開始】

 

 

 

2年生組の午前中の授業は、1限目は英語、2限目は数学、3限目は現代文と教室での座学が続きました。

 

 

 

それでも蔵原君だけでなく、杉山君もムサ君もみんな真剣な表情で授業を受けています。

 

 

 

杉山君が言うには、「生活がしっかりしていなければ、競技にも結び付かない」と清瀬君がいつも言っていたので、みんなそれをしっかり守っているとのことでした。

 

 

 

 

「先生すみません!ここなんですけど・・」

 

 

 

「カケル。この問題ってどう解くのデショウ?」

 

 

 

「えっと、ここは・・」

 

 

 

 

 

授業が終わると、分からないところを積極的に先生に聞きに行ったり、仲間同士で一緒に解き合います。

 

 

 

強くなるためには、こうした姿勢が大事なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

【PM0:00 昼食】

 

 

 

「いや~今日もパンが美味い」

 

 

「穂乃果。カメラ揺れてますよ」

 

 

「あ~ゴメンゴメン」

 

 

 

 

昼食は中庭のテーブルでみんなで食べています。

 

 

 

蔵原君は手作り弁当のようです。

 

 

 

 

え~、メニューを見てみると、唐揚げとパプリカの揚げ浸し・玉子焼き・トマトとブロッコリー・ひじきの煮物、とスポーツ選手らしく栄養バランスも完璧です。

 

 

 

 

 

 

「練習や試合でいい動きをするには、食事と睡眠が非常に大事なので常にみんな心がけています。それに、ハイジさんにも言われてますから」

 

 

 

さすがは駅伝部のキャプテン、抜かりはありません。そしてそれをしっかりと守る部員たちもさすがです。

 

 

 

 

 

 

 

【PM4:00 練習開始】

 

 

 

 

「全員集合!」

 

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

いよいよこの取材のメインイベント。駅伝部の練習の時間がやってまいりました。

 

 

 

早速清瀬君の号令で、部員全員すばやく円を作って集合しました。

 

 

 

そしてキャプテンの指示・語り掛けを、真剣な表情で聞く部員たち。

 

 

 

これだけを見ても、本当に部がまとまっているのが分かります。

 

 

 

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

 

全員で一礼して挨拶を交わすと、いよいよ練習スタートです。

 

 

 

今日の練習は、各自フリージョッグとのことでした。

 

 

 

ウォーミングアップを終えた選手から次々と校外へ出ていきます。

 

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」

 

 

フォームを確認しながら淡々と走る岩倉雪彦君

 

 

 

 

 

 

「王子。今度の試合は20分切れそうか?」

 

 

「う~ん、まぁ調子は悪くないんでなんとか・・」

 

 

 

先輩と後輩でコミュニケーションを取りながら走る平田彰宏君と柏崎茜君。

 

 

 

 

 

 

「「イエ――イ!ピース!」」

 

 

 

カメラを見つけてピースする双子の城兄弟、兄の太郎君と弟の次郎君、本当にそっくりで見分けがつきません。

 

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・」

 

 

 

おっと、ここで蔵原君も出発しました。

 

 

 

一体どれくらいのスピードで走るのか、カメラマンも必死に追いかけます。

 

 

 

 

 

タッタッタッタッタッ・・

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・もうダメぇ~」

 

 

 

あっという間に離されてしまいました。速い!とにかく本当に速い!

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・」

 

 

 

「お疲れーっす・・」

 

 

 

1時間ほど経つと、走り終えた部員たちが戻ってきました。

 

 

 

これだけ走ったのに、どの選手もみんな涼しい表情です。

 

 

 

走り終わった部員たちに、ちょっとお話を聞いてみましょう。

 

 

 

 

 

 

Q.走るのは楽しいですか?

 

 

 

ムサ「ハイ。とても楽しいデス」

 

 

 

城(次郎)「メチャクチャ楽しいです!」

 

 

 

平田「まぁ調子が良ければな」

 

 

 

柏崎「最初はきつかったですけど、だいぶ慣れてきました」

 

 

 

そして、練習が終わるとみんなでクールダウン。

 

 

 

みんなで話し合いながらストレッチをしています。自然と笑顔が絶えない、いい雰囲気です。

 

 

 

 

 

それにしても、蔵原君がなかなか戻ってきません。

 

 

 

一体どこまで走って行ったのでしょう?

 

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」

 

 

 

あ、ようやく戻ってきました。

 

 

 

 

 

 

Q.どれくらい走った?

 

 

 

蔵原「80分くらい」

 

 

 

 

 

なんと、朝練習の2倍の時間を走っていました。

 

 

 

さすがエース。誰よりも練習熱心です。

 

 

 

 

Q.走るのは楽しいですか?

 

 

 

蔵原「まぁ・・昔からやってることなので、楽しい時は楽しいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の練習は以上!解散!」

 

 

 

「「「お疲れ様でした!」」」

 

 

 

そして練習が終わると、再び全員集まって大きな声で挨拶。

 

 

 

礼に始まって礼に終わる。まさに体育会系らしく礼節がしっかりしていますね。私たちも見習いたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【PM6:30 帰宅&食事準備開始】

 

 

 

部活が終わってようやく帰宅。しかし1人暮らしの蔵原君にはこのあと夕食の準備が待っています。

 

 

 

これから、蔵原君の家にお邪魔してお送りします。

 

 

 

まず玄関のドアをくぐると、すぐにキッチンがあります。

 

 

 

その反対側にお風呂とトイレがあります。そしてその奥にさらに部屋があります。

 

 

 

見てください。ちゃんと綺麗に整頓されていますね。

 

 

 

 

 

「なあ、ちょっと風呂入ってもいいか?」

 

 

 

「お、お風呂?///う、うん分かった。じゃあ部屋で待ってるね」

 

 

 

 

うふふ。まずは疲れた体を癒す時間が必要なようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、お風呂からあがり洗濯物を取りこんでから早速料理スタートです。

 

 

 

朝練習の後に考えていた今晩のメニューは、ハンバーグ・コンソメスープ・サラダ・大根とがんもどきの煮物・デザートのいちご、だそうです。

 

 

 

まずは、お米を焚いてから下ごしらえに野菜を切ることから始めます。

 

 

 

 

 

 

トントントントントントントントン

 

 

 

 

 

 

ご覧ください。見事なキャベツの千切りです。

 

 

 

やっぱり料理が出来る男の人は格好いいですね。

 

 

 

 

 

 

チラッ・・チラッ・・

 

 

 

 

 

 

おや、なんだかカメラが気になる様子です。

 

 

 

 

「ほ~らカケル君。笑って~」

 

 

 

「・・・・・」(ピース)

 

 

 

カメラマンの要望にもしっかり応えてくれました。

 

 

 

 

 

 

いよいよハンバーグ作りに突入です。

 

 

 

 

「意外と腕が疲れるんだよな・・」

 

 

 

そうボヤキながらも、しっかりと合い挽肉、炒めたタマネギなどをこねています。

 

 

 

そして、成形して、チーズを載せて、オーブンで20分ほど焼いて出来上がり!

 

 

 

 

「う~~ん・・いいチーズの匂い・・」

 

 

「おいおい・・」

 

 

 

うふふ。カメラマンもすっかり虜になってしまいました。

 

 

 

 

 

 

【PM8:00 夕食】

 

 

 

すべての料理の盛り付けも終わり、ようやく夕食にありつきます。

 

 

 

実は蔵原君、ハンバーグを作ったのは初めてだったそうです。

 

 

 

さて、気になるお味は・・・

 

 

 

 

 

モグモグ・・

 

 

 

 

 

「まぁ・・よくできた方ですね」

 

 

 

「んん!おいし~い!やっぱりカケル君が作ったご飯は最高だよ~!」

 

 

 

「お、おい穂乃果!カメラカメラ!取材中だろ!」

 

 

 

「あ、ゴメンゴメン」

 

 

 

う~ん、見てるととっても美味しそう。ウチ・・ゴホン!・・・私も食べてみたかったです。

 

 

 

 

 

食べ終わったら食器洗いをしなければなりません。

 

 

 

でも今回は取材をさせてもらったお礼ということで、カメラマンがやることになり、2人分の食器を洗いました。

 

 

 

 

 

「えへへへ、ピース」(洗いながら)

 

 

 

「おーい、ちゃんと洗えー」(カメラを向けながら)

 

 

 

 

 

【PM8:30 翌日の昼食の準備】

 

 

 

食器洗いが終わっても、まだまだ仕事が残っている蔵原君。

 

 

 

翌日の昼食の準備に取り掛かっています。

 

 

 

再びお米を仕込んでおかずをお弁当箱の中に並べて冷蔵庫にしまいます。

 

 

 

練習で疲れてるはずなのに、本当に見ていて大変そうです。

 

 

 

 

 

 

【PM10:00 就寝】

 

 

 

就寝まではしばし自由時間。一体どんな風に過ごしているのでしょう?

 

 

 

 

Q.何をして過ごしていますか?

 

 

 

蔵原「う~ん・・宿題があったら宿題をやりますけど、他には勉強したり、ゲームをしたり、本を読んだりしてます」

 

 

 

 

Q.ちなみに好きなゲームって何ですか?

 

 

 

蔵原「レース系のゲームですね」

 

 

 

 

 

 

部活をやっているにも関わらず、たくさんの仕事をこなしてだいぶお疲れの様子です。

 

 

 

翌朝は再び朝練習のために、朝5時に起きなければなりません。

 

 

 

 

なので今回の取材はここまでになります。

 

 

 

蔵原君。忙しい中どうもありがとうございました。

 

 

 

 

「・・・・・」(カメラに向けて一礼)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは最後に、部員1人1人のインタビューをお聞きください。

 

 

 

 

 

「3年◯組、主将の清瀬灰二です。創部当初から主将として高校駅伝出場を目標に、チームをまとめてきました。現在は部員も増え、選手1人1人が着実にタイムを縮めていき、チームの士気は高まっています。今年からは、更にスピードをつけることを意識して練習しています。最後の1年なので、悔いのないシーズンにしたいと思います。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

「2年◯組、蔵原走です。音ノ木坂学院に来て2ヶ月になりますが、環境はとてもよく、チームもハイジさんを中心に非常によくまとまってるいいチームだと思います。与えられた環境に感謝の気持ちを持って、もっと練習して全国の様々な強豪選手と渡り合えるようになりたいと思います。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

「2年◯組、ムサ・カマラです。去年までは、チームは東京予選に出場することも出来ずに悔しい思いをシマシタ。あれからさらに練習を積んで、今年は個人としては関東大会に出場することができマシタ。これから、インターハイ、さらには全国高校駅伝出場を目指して強気の走りをシマス。応援よろしくお願いシマス」

 

 

 

 

 

「2年◯組、杉山高志です。インターハイ予選では都大会で敗退となり、悔しい思いをしました。この悔しさを晴らすべく11月の高校駅伝予選では、持ち前の粘りの走りで予選突破に貢献したいと思います。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

「1年◯組、城太郎です。高校駅伝とは、チームの1年間の成果を発揮する集大成の場です。これから東京予選で走れる体力・精神力を付けるため、さらに練習していきます。初めての駅伝で緊張すると思いますが、本戦ではチームのために1秒でも早く襷を繋げて、高校駅伝に出場したいです。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

「1年◯組、城次郎です。高校駅伝とは、長距離選手にとって憧れの舞台です。このメンバーでその舞台に立つために、東京予選に向けてこれからもっと練習を積んでいきます。高校駅伝出場に貢献できる走りがしたいです。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

「3年△組、岩倉雪彦です。駅伝部に入ってからずっと東京予選を想定した練習を積んできました。今年の予選では、任された区間で1秒でも速く走り、高校駅伝出場に貢献します。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

「3年△組、平田彰宏です。これまで故障や不調で苦しい時期もありましたが、今は徐々に調子が上がっています。今年は陸上人生の集大成として、これまで培ってきた力を発揮し、チームの力になれるような走りをします。そして、このメンバーで必ず高校駅伝に出場します。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

「1年◯組、柏崎茜です。僕は陸上どころか運動部に入ること自体初めてのことで、まだよく分からないことだらけですが、もっと練習を積んで早くみなさんに追いついて、チームの力になれるように頑張ります。応援よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院に新たな歴史を造るため、9人の『戦士』たちの闘いはこれから始まる・・

 

 

 

 

 

【  音 ★ 伝  】 ~終~

 

 

製作:音ノ木坂学院生徒会役員一同

 

 

編集・ナレーション:東條希

 

 

撮影協力:高坂穂乃果

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月1日 木曜日 昼休み】

 

 

 

◎アイドル研究部・部室◎

 

 

 

「うん。バッチリだよ。わざわざありがとう東條さん」

 

 

「ええんよ。このくらいお安い御用や。こちらこそ取材受けてくれてありがとう」

 

 

 

 

駅伝部9人は現在、穂乃果・海未・ことり・凛、そして生徒会副会長の東條と共にアイドル研究部の部室にいた。

 

 

実は生徒会で部活動の紹介をする動画を作成しており、その取材のため東條が駅伝部とアイドル研究部を訊ねてきたのである。

 

 

 

先ほどのやり取りは、東條が編集を終えた駅伝部の紹介映像であり、全員でパソコンで映像のチェックをしていたのだ。

 

 

 

 

「俺たちバッチリ写ってるよ!」

 

 

「とても緊張シマシタ」

 

 

「これでさらに人気出るかな?」

 

 

 

駅伝部員たちは映像についてワイワイと語り合っていた。

 

 

 

 

 

「はぁ~~・・本当に恥ずかしかった・・・しかし何でこんな密着取材なんて提案したんですか?ハイジさん」

 

 

カケルはハイジに訊ねる。

 

 

 

 

「そりゃあもちろん、カケルが誰よりも真面目に取り組んでいてみんなのいい見本になると思ったからだよ」

 

 

ハイジが笑顔で返す。

 

 

 

 

「そうだよカケル。今の映像を見て改めてカケルはすごいなって感じたよ」

 

 

「俺もっす!もっとカケルさんを見習って頑張らなきゃなって思いました!」

 

 

 

「そ、そうか・・」

 

 

高志とジョータに励まされカケルは少し照れくさくなった。

 

 

 

 

 

「それと穂乃果ちゃんも、協力ありがとう」

 

 

東條は撮影に協力した穂乃果にもお礼を言った。

 

 

 

 

「えへへへ~、今回の取材ものすごく頑張ったよ!なんたって、ずっとカケル君のこと見ていられたんだから」

 

 

「や、やめろよ穂乃果///」

 

 

 

嬉しそうな穂乃果の言葉にカケルは顔を真っ赤にし、ユキ・平田・ジョータ・ジョージがその様子を見てニヤニヤしていた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ駅伝部はこれでいいとして、アイドル研究部の方はどうなっとるん?いい映像は撮れた?」

 

 

東條に訊ねられると、ことりは生徒会から借りたビデオカメラを机の上に置き、みんなで彼女が撮影したという映像を見ることにした。

 

 

 

 

 

映像を見てみると、穂乃果が授業中にも関わらず机に突っ伏して眠っているシーンが映し出されていた。

 

 

 

「スクールアイドルとはいえ、学生である。プロのアイドルとは違い、時間外で補習を受けたり、早退が許されるという事はない。故にこうなってしまう事がある」

 

 

東條はその映像に合わせてナレーションを始めだした。

 

 

 

 

「昼食を摂ってから再び熟睡。そして先生に発見されるという1日だ」

 

 

そのナレーション通り、先生に肩を叩かれ驚いて椅子から転落してしまっていた。

 

 

 

 

「ああ。これ、昨日の様子だね」

 

 

高志が呟いた。

 

 

 

 

「「アハハハハハ」」

 

 

双子は穂乃果の転びっぷりを見て大笑いしていた。

 

 

 

 

「笑わないでよ~!っていうかありのまますぎるよ~!」

 

 

映像を見た穂乃果が恥ずかしそうに叫んだ。

 

 

 

 

「上手く撮れてますね。ことり先輩♪」

 

 

「うん。先生に見つからないかドキドキしながら撮ってたんだ~♪」

 

 

凛の言葉にことりは照れ笑いを浮かべながら言った。

 

 

 

 

ことりって結構エグイことするよなぁ、とカケルは思った。

 

 

 

 

「ことりちゃんヒドいよ~」

 

 

「普段だらけているからこういうことになるんです。カケルを見習いなさい」

 

 

腕をブンブンと降って喚く穂乃果を海未が咎める。

 

 

 

 

 

「あ、今度は海未ちゃんだ」

 

 

高志が言うと、再び全員映像を見る。

 

 

 

 

その映像には、道着姿で弓道の練習をしている海未が映し出されていた。

 

 

 

 

「ほぉー、弓道か」

 

 

「なんかカッコいいですね」

 

 

「矢を放つ姿勢がとても綺麗だね」

 

 

映像の海未の姿を見て平田と王子とハイジが感嘆の声を上げ、海未は照れたようにモジモジし始めた。

 

 

 

 

すると映像の海未は鏡の前に立ち、しばらく自分の顔を見つめてから、いきなり猫のようなポーズをとりながら笑顔になりだした。

 

 

 

 

「これは・・・もしかして笑顔の練習?」

 

 

穂乃果が呟くと海未が慌てて映像を止めてしまった。

 

 

 

 

「プライバシーの侵害です!!」

 

 

海未は顔を真っ赤にしながら大声を上げる。

 

 

 

 

「そんなに恥ずかしがらなくても、海未ちゃん可愛かったよ」

 

 

「そうですよ。アイドルは笑顔が大事ですからね」

 

 

「自信を持ってクダサイ。海未サン」

 

 

 

「うぅ~・・でもやっぱり恥ずかしいです・・・」

 

 

高志・王子・ムサが励ますが、海未はまだ恥ずかしがっている。

 

 

 

 

「よーし、こうなったらー」

 

 

穂乃果は立ち上がり、クルリと1回転しながら机の隅に置かれたことりのカバンに手をかける。

 

 

 

 

「ことりちゃんのプライバシーも・・」

 

 

穂乃果はそう言いながらバッグのチャックを開ける。

 

 

 

「おい穂乃果!勝手に人のバッグを・・!!」

 

 

カケルは穂乃果の手を掴んで止めるが、その際にカバンの中が見えてしまった。

 

 

 

 

するとことりはものすごい速さでバッグを取り、慌てて後ろ手に隠した。

 

 

 

「ことりちゃんどうしたの?」

 

 

「何でもないのよ」

 

 

「でも・・」

 

 

「ナンデモナイノヨナンデモ!」

 

 

 

穂乃果が訊ねるとことりは慌てた様子で早口で答えた。

 

 

 

 

カケルはことりの様子を見て、先ほどのバッグの中身を思い出していた。

 

 

(何か見られちゃまずいものでもあったのか?・・・そういえば、なんか1枚の写真が入ってたな・・どんなだったっけ・・)

 

 

 

 

「カケル君、ちょっといい・・」

 

 

「ん?」

 

 

 

カケルが考えていると、ことりがカケルに部屋の端の方に手招きした。

 

 

 

 

「どうしたんだ?ことり」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何にも見てないよね?」

 

 

 

 

ことりは他の人には聞こえないような小声で囁いた。

 

 

 

カケルは感じた。

 

 

今、ことりから物凄い異様なプレッシャー、そして殺気のようものが放たれていることを。

 

 

ことりは笑顔だが目が完全に笑っていない。

 

 

カケルはその光景を見て背筋がゾクッとし、冷や汗を掻き始めていた。

 

 

 

 

 

「なにもみてないよね?」

 

 

 

「・・・ハ、ハイ」

 

 

 

ことりがさらに問いかけ、カケルはその迫力に圧倒され素直に返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完成したら各部の代表の人にチェックしてもらうことにしているから、何か問題があったら撮り直したり編集もできるし・・」

 

 

東條が説明する。

 

 

 

 

「でも、出来によっては生徒会長が黙っていないだろうな」

 

 

「確かに・・」

 

 

ユキが口を開き、ハイジも同意する。

 

 

 

 

「『あなたたちのせいで、音ノ木坂が怠け者の集団に見られるわよ!』ってな感じっすかね?」

 

 

「アハハハハ、似てねーぞジョージ」

 

 

「ジョージ君おもしろ~い!」

 

 

 

ジョージが声色を変えて絢瀬の真似をし、ジョータと凛が爆笑している。

 

 

 

 

 

「まぁそれは頑張ってもらうとして・・」

 

 

「ええ~!希先輩、何とかしてくれないんですか!?」

 

 

東條が申し訳なさそうに言うと、穂乃果が縋るような目で問い詰める。

 

 

 

 

 

「なぁ、東條だっけか?お前の力でなんとかしてやれないのか?こいつらだって頑張ってるんだよ」

 

 

 

「そうしたいんやけど、残念ながらウチが出来るのはみんなを支えてあげることだけ。アイドル研究部のみんなも、もちろん駅伝部のみんなも」

 

 

今度は平田が懇願するが、東條は穏やかな表情で返した。

 

 

 

 

「支える?」

 

 

「まあ、ウチのことはええやん」

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

 

すると部室のドアが開く音がし全員が一斉に降り向くと、走って来たのか息を切らしたにこの姿があった。

 

 

 

 

 

「ああ、にこ先輩」

 

 

「やっと来たか」

 

 

穂乃果とユキが言った。

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・しゅ、取材が来てるってホント?」

 

 

 

今頃かよ、とカケルは思った。

 

 

 

 

「もう来てますよ。ホラ」

 

 

 

にこの問いにことりが東條を手で指しながら答える。

 

 

 

 

するとにこは、みんなの前に立つと一旦後ろを向いた。

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!みんなの元気ににこにこにーの矢澤にこでーす!え~っとぉ・・・好きな食べ物はぁ~」

 

 

 

「ごめん・・・そういうのいらないわ」

 

 

 

再びみんなの方を向き、いつもの自己紹介を始めたが東條がが遮った。

 

 

 

 

「部活動の素顔に迫るって感じにしたいんだそうだ」

 

 

ハイジが説明する。

 

 

 

 

「素顔?・・・ああOKOK。そっちのパターンね。ちょーっと待ってて」

 

 

「「「??」」」

 

 

するとにこは再び後ろを向き、髪のリボンをほどいた。

 

 

そして再び向き直ると、何かスイッチが入ったように先ほどとは違いおっとりとした雰囲気を作り上げていた。

 

 

 

 

 

「いつも・・・いつもはこんな感じにしているんです。アイドルの時の私はもう一人の私・・・髪をキュッと止めた時にスイッチが入る感じで・・・え?あぁそうです。普段は自分の事、にこなんて呼ばないんです」

 

 

 

 

 

 

しかし気が付くと、壁に寄りかかってるユキ以外のみんなは部室から姿を消していた。

 

 

 

 

 

「あ、あれ?みんなは?」

 

 

 

「もうとっくに部室から出ていったぞ」

 

 

 

「ぬぅわんでよ!!」

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?

今回はとある大学陸上部の紹介動画をもとに書かせていただきました。


分かりづらかったら申し訳ありません。


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第31路 インタビューと疑問

一同はアイドル研究部の部室から中庭へ場所を変えた。

 

 

その前に花陽・凛・真姫を呼び出し、3人へのインタビューを行うことになった。

 

 

 

トップバッターは花陽となり、カケルがカメラを回した。

 

 

 

 

「た・・助けて・・・」

 

 

しかし開始早々、弱々しく微笑みながら助けを求めだしていた。

 

 

 

(う~ん・・これは時間がかかりそうだな・・)

 

 

彼女の様子を見てカケルは思った。

 

 

 

 

「花陽ちゃん。そんなに緊張しなくても、質問に答えてくれればいいんだよ」

 

 

「それに、生徒会の方で編集もしてもらえるから時間がかかっても大丈夫だよ」

 

 

「そうやで」

 

 

見かねた高志とハイジが助言をし、東條も頷いた。

 

 

 

 

「で、でも・・」

 

 

「凛もいるから頑張ろう」

 

 

「そうだよ。頑張れ花陽ちゃん」

 

 

「俺たちがついてるよ」

 

 

「ファイトデスヨ花陽サン」

 

 

 

花陽が尚も渋っていると、親友である凛が隣に立ち彼女を励ました。

 

 

傍で見守っているジョータ・ジョージ・ムサも激励する。

 

 

 

 

「ほら~、真姫ちゃんも早く早く~!」

 

 

「私はいい」

 

 

ジョータは渡り廊下の所で髪をいじりながら立っている真姫に声を掛けるが、彼女は関心を示さず断った。

 

 

 

 

(おいおい・・こんなんで大丈夫かよ・・)

 

 

カケルはこの状況を見て心の中で呟いた。

 

 

 

 

「まぁ、どうしても嫌なら無理に受けることもないけど?」

 

 

東條はそう言うとカケルに目配せをした。

 

 

カケルは何となく東條の意を察し、カメラを真姫の方に向け録画ボタンを押した。

 

 

 

 

「彼女は西木野真姫。彼女だけはインタビューに応じてくれなかった。スクールアイドルから離れればただの盛んな16歳・・」

 

 

「!!・・ちょっと!なに勝手にナレーション被せてるのよ!分かった受けるわよ!」

 

 

「それでええんよ♪」

 

 

カケルが録画を始めたと同時に東條は独自にナレーションを被せたが、それに気づいた真姫は慌てて撮影を阻止しやむなく取材に応じることにした。

 

 

 

 

 

「東條って結構腹黒いんだな」

 

 

「気を付けた方がよさそうですね」

 

 

「うんうん」

 

 

平田・ジョータ・ジョージが先ほどの様子を見て、小声で囁き合う。

 

 

 

 

「3人とも?どうかしたん?」

 

 

「えっ?あ、いや別に・・何でもねえぞ」

 

 

「は、はい・・何でもありません!」

 

 

「何でもないっす!」

 

 

すると東條がにっこり顔で3人に声を掛け、3人は冷や汗を掻きながら返事を返す。

 

 

 

 

 

「それじゃあ改めて撮り直そうか」

 

 

真姫が加わったことで、ハイジの号令で再びインタビューが再開された。

 

 

カケルは、並んで立っている花陽・凛・真姫にカメラを向けた。

 

 

 

 

「それでは、彼女たちにアイドルの魅力について聞いていきましょう」

 

 

再び東條がナレーションを行う。

 

 

 

 

「まずは花陽さんから」

 

 

「え、えっと・・」

 

 

「かよちんは昔からアイドルが好きだったんだよね~」

 

 

「は、はい」

 

 

 

花陽は質問を受け緊張で言葉に詰まっていたが、凛が横からサポートする。

 

 

 

 

「ふむふむ・・では、アイドルを好きになったきっかけは何ですか?」

 

 

「はい。えっと・・・・ぷっ・・うふふふふ」

 

 

 

東條が次の質問に移るが、花陽は緊張気味に答えようとすると突然クスクスと笑い始めた。

 

 

隣にいる凛も同じく笑いだしていた。

 

 

 

 

「ん?」

 

 

「ちょっとカメラ止めてください!」

 

 

カケルが不思議がっていると、真姫が声を上げたのでカケルはカメラを止めた。

 

 

 

 

「2人ともどうしたん?」

 

 

東條が花陽と凛に訊ねると、凛は笑いながら東條やカケルの後ろを指さした。

 

 

その方向へ振り返ると、変顔をした穂乃果とひょっとこのお面を被っていることりが立っていた。

 

 

どうやら2人はこれを見て笑っていたようだった。

 

 

 

 

「何してるんだ?お前ら」

 

 

「いやぁ~、みんなの緊張を解してあげようと思って」

 

 

カケルが問い詰めると穂乃果が頭を掻きながら答えた。

 

 

 

 

「よーし!だったら俺たち、一発芸やります!」

 

 

すると突然ジョージが宣言すると、ジョータと共に並んで仰向けに寝っ転がった。

 

 

そしてジョージだけがゆっくりと身を起こし始めた。

 

 

 

 

「はい!幽体離脱~~!」

 

 

2人はどこかの双子の芸人がやっていたネタを披露し、辺りは笑いに包まれていった。

 

 

 

 

「いいぞいいぞ~」

 

 

「うふふふ、面白いやん」

 

 

平田と東條が笑いながら絶賛する。

 

 

 

「ユータイ・・・リダツ?」

 

 

「え~っと、それはね・・」

 

 

ムサは言葉の意味が分からなかったため、高志が説明する。

 

 

 

 

「でも、そのネタちょっと古すぎる気が」

 

 

「やっぱそうっすかね?」

 

 

「じゃあ王子、あれやってよ」

 

 

ハイジにツッコまれると、双子は今度は王子にあることを要求した。

 

 

 

 

「ええっ?あれをここでやるの?でも恥ずかしいよ・・」

 

 

「お願いお願い!みんなの緊張を解すためだよ!」

 

 

「そうだよ王子!」

 

 

突然の要求に戸惑う王子に双子は両手を合わせてさらに懇願する。

 

 

 

 

「う~ん・・分かった、やるよ。じゃあいくよ・・・ゴホンゴホン」

 

 

王子は仕方なく承諾すると少し咳ばらいをし、みんなの注目が集まる中深呼吸をして口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「私はICPOの銭形です!今ここにルパンが来なかった!?」

 

 

 

 

 

王子はしわがれ声を出しながら、銭形警部の声真似をしてみせた。

 

 

それを聞いた、カケルと真姫以外のみんなは大爆笑し始めた。

 

 

 

 

「ダハハハハ・・やるな王子・・とっつぁんそっくりじゃねえか」

 

 

「ハハハハ・・これは確かに・・面白いな」

 

 

「王子君おもしろ~い」

 

 

「面白い声デシタ」

 

 

「笑い死んじゃいそうだにゃーはははは・・ねぇかよちん」

 

 

「う、うん。ウフフフフフ」

 

 

平田・ハイジ・穂乃果・ムサ・凛・花陽がそれぞれ笑いながら言葉を発した。

 

 

王子は照れたように顔を赤くしていた。

 

 

 

 

(・・・何でいきなり一発芸大会始まってんだよ?ってかインタビューどうした?)

 

 

カケルはみんなの様子を見て唖然としながら思った。

 

 

 

 

「ちょっとみんな!笑ってる場合じゃないでしょう!」

 

 

真姫がみんなに向かって大声を出した。

 

 

その言葉でみんなはハッと我に返り始めた。

 

 

 

 

「ああ・・いけないいけない」

 

 

「わ・・私としたことが・・・」

 

 

駅伝部とアイドル研究部でそれぞれ一番のしっかり者であるハイジと海未が、笑いが収まると頬を赤くしながら呟いた。

 

 

 

 

「まったく、これじゃあµ’sがどんどん誤解されるわ!」

 

 

さらに真姫が続けた。

 

 

 

 

「おお!真姫ちゃんがµ’sの心配を・・」

 

 

「べ、別に・・私はただこんな茶番を早く終わらせたいと思っているだけよ」

 

 

穂乃果の呟きに真姫は顔を赤くし顔を背けながらツンデレぶりを発揮していた。

 

 

すると穂乃果はカケルからカメラを借り、しゃべり続けている真姫にカメラを向け始めた。

 

 

 

 

「撮らないで!!」

 

 

しかしあっけなく拒否されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【放課後】

 

 

 

◎屋上◎

 

 

 

授業が終わり、µ’sは練習のため屋上へとやってきた。

 

 

東條も練習風景の撮影のため同行し、駅伝部9人も付き添いに来ていた。

 

 

先ほどまでの様子を振り返ると、ただ遊んでるようにしか見えないというのも否定できないという声が上がり、みんなは気持ちを新たにして練習に臨み始めた。

 

 

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8」

 

 

 

「花陽ちゃんと海未ちゃん、少し遅れてるよ」

 

 

「「はい!」」

 

 

「凛ちゃん少し早い」

 

 

「はい!」

 

 

 

ムサの掛け声でµ’s7人は振り付けの練習をし、高志・カケルはメンバーの動きをチェックし声を掛けていた。

 

 

3人は最初の頃からµ’sに関わっていただけあり、的確にサポートを行っていた。

 

 

あとの6人は少し離れた所で練習を見守っていた。

 

 

 

 

「へぇー、結構様になってるな」

 

 

「そうだな」

 

 

「みんな気合入ってるなー」

 

 

「「すっげぇー」」

 

 

ハイジ・平田・王子・双子がそれぞれ感心していた。

 

 

 

 

 

「はい!休憩です!」

 

 

高志の号令で一旦休憩に入った。

 

 

 

 

「お疲れさまでーす」

 

 

「はいタオルです」

 

 

「お水どうぞ」

 

 

 

「「ありがとう~」」

 

 

ジョータ・ジョージ・王子は休憩に入ったメンバーに給水ボトルとタオルを配った。

 

 

 

 

「かれこれ1時間ぶっ通しでダンスの練習をしてやっと休憩。全員息は上がっているが、文句を言うものはいない」

 

 

東條はカメラをµ’sメンバーの方へ向けて固定し、ナレーションを行っていた。

 

 

ナレーションが終わった頃になって、ハイジが東條に声を掛ける。

 

 

 

 

「東條さん。君から見てみんなの様子はどう?」

 

 

「さすが練習になると迫力が違うね。やることはやってるって感じやね」

 

 

「そうだね」

 

 

「でも・・・」

 

 

すると東條は突然何か考え込むように言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

「どうかしたの?」

 

 

「うん・・・ちょっと、気になることがあるんよ」

 

 

ハイジが訊ねると、東條は少し考えた後に答えた。

 

 

 

 

「カケル君。ちょっといい?」

 

 

「えっ?あ、はい」

 

 

東條は近くにいるカケルを呼んだ。

 

 

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「ちょっと聞きたいんやけど、µ’sのリーダーって穂乃果ちゃんなんよね?」

 

 

「えっ?ええ、一応そうですね」

 

 

「だったら、普通練習はリーダーが指揮するもんやと思うけど」

 

 

「あ・・・」

 

 

カケルは唐突に東條に疑問を投げかけられ言葉に詰まった。

 

 

そしてみんなの方を見ながらこれまでのことを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

今言われたように、µ’sのリーダーは穂乃果ってことになってるけど、思い返すと正式にそう決めた覚えはないよな

 

 

µ’sを結成した時からいつの間にかそうなっていたって感じだ

 

 

 

これについてみんなはどう思っているんだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【練習後】

 

 

 

◎和菓子店「穂むら」◎

 

 

 

 

「そういうことは早く言ってよ!ちょっと待ってて!」

 

 

 

練習後、カケルと穂乃果は東條を連れて『穂むら』へとやってきた。

 

 

東條がご家族の方にも話を聞きたいということで、カメラを持って取材に訪れたのである。

 

 

穂乃果の母:瑞穂は取材と聞き、慌てて化粧のため奥へと入っていった。

 

 

奥からは瑞穂の慌ただしい独り言が聞こえてくる。

 

 

 

 

「生徒会の人だよー?家族にちょっと話聞きたいってだけだから、そんなに気合い入れなくても・・」

 

 

「そういうわけにはいかないの!」

 

 

穂乃果が呼びかけると瑞穂は奥から返事を返す。

 

 

 

 

「っていうか、化粧してもしなくても同じだよ・・」

 

 

 

ヒュンッ

 

 

 

「うわっ!」

 

 

 

バシンッ  ゴン!

 

 

 

「いでっ!」

 

 

すると穂乃果は瑞穂の逆鱗に触れ、ティッシュ箱を投げつけられるが直前で手で弾き、弾かれたティッシュ箱はカケルの額にヒットしてしまった。

 

 

 

「なぜ俺が・・」

 

 

「あ・・ごめんカケル君」

 

 

「ふふふふ」

 

 

 

その後、瑞穂へのインタビューは終わったが、父:健作は仕事が忙しいために断られ、妹の雪穂は自分のおめかしに夢中でそれどころではなかったため、インタビューを終了し穂乃果と東條はカケルの部屋にお邪魔した。

 

 

 

 

 

 

◎カケルの部屋◎

 

 

 

穂乃果と東條はカケルが用意した座卓の周りにあるクッションに座っている。

 

 

 

「すみません・・あんな感じで・・」

 

 

「ええんよ。楽しそうな家族やね」

 

 

穂乃果は我が家の光景について謝るが、東條は気にしていない様子だった。

 

 

 

 

「それにしてもカケル君の部屋、映像で見た通りとってもいい所やねー」

 

 

「ですよねー」

 

 

「だからなんでお前が得意げになってるんだよ?」

 

 

東條が部屋について絶賛していると、カケルがお盆にお茶菓子を乗せてやってきた。

 

 

 

 

「おやつはなーに?」

 

 

「えっ?お前の家から貰った和菓子だが?」

 

 

「うぅ・・どれも見飽きたものばかり・・・」

 

 

穂乃果は座卓の上に置かれた和菓子を見るとガックリと肩を落とした。

 

 

そしてカケルも座卓の横の座椅子に座った。

 

 

 

 

「ありがとうねカケル君。お邪魔させてもらって」

 

 

「いいえ。気にしないでください」

 

 

東條はカケルにお礼を言う。

 

 

 

 

 

「そういえば、カケル君と高志君とムサ君はµ’sが結成された当初からサポートをしているんよね?それぞれどんなことをしているんかな?」

 

 

「そうですね。俺はみんなの体力をつけるためのトレーニングメニューを考案しています」

 

 

「ふむふむ・・スポーツ選手やからね。あとの2人は?」

 

 

「高志君は海未ちゃんの作詞を、ムサ君はことりちゃんの衣装と振り付けの考案を手伝ってるんです」

 

 

東條の質問にカケルと穂乃果が答える。

 

 

 

 

「高志君はもともと文章が得意で、ムサ君は生まれ育った町が音楽やダンスが盛んなところだったみたいでとてもセンスがいいんです!海未ちゃんもことりちゃんも本当に助かってるって言ってました。あ、もちろんカケル君のトレーニングメニューもいいと思ってるよ!」

 

 

「本当だろうな?穂乃果」

 

 

「他にも、普段の生活面についてハイジさんから、ステージ作りやカメラワークについて王子君から、動画編集について平田先輩から色々アドバイスをもらってるんです!」

 

 

 

「じゃあ・・あなたは何をしているの?」

 

 

穂乃果が駅伝部からのサポートについて熱く語っていると、東條が穂乃果に新たな質問をした。

 

 

 

 

「えっ?私?」

 

 

穂乃果は思わず聞き返した。

 

 

 

 

(そういえば、こいつが何かしてるとこ見たことなかったな。一応リーダーなのに)

 

 

カケルは穂乃果を見ながら思った。

 

 

 

 

「えーっと私は・・・ご飯食べて・・・テレビ見て・・・カケル君とゲームして・・・他のアイドルを見てすごいなーって思って・・・あ、もちろんみんなの応援もしてますよ」

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「それだけ?」

 

 

「えっ?」

 

 

穂乃果の返答を聞いてしばし沈黙が流れるが、東條が先に沈黙を破った。

 

 

 

 

 

 

「前から気になってたんやけど・・・穂乃果ちゃん、どうしてリーダーをやっているの?」

 

 

「あ・・・」

 

 

東條の質問に、穂乃果は自分でも分からないようで何も答えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

(う~ん・・・やっぱりこれは一度みんなで話し合わせた方がいいかもしれないな)

 

 

その様子を見てカケルは思った。

 

 

 

 

 

 

 



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第32路 競争と新リーダー(前編)

【6月3日 土曜日】

 

 

 

◎アイドル研究部:部室◎

 

 

 

 

現在アイドル研究部の部室では、µ’sメンバー全員が集まり、机の周りの椅子に座っていた。

 

 

2日前に東條がカケルの部屋に来た際に「なぜ穂乃果がリーダーなのか?」という疑問を抱いたため、カケルはあの後穂乃果に一度みんなと話し合った方がいいと伝え、学校が休みの今日の午前練習後に、急遽話し合いが行われることとなった。

 

 

 

 

その様子をカケル・高志・ムサ・ジョータ・ジョージ・王子が後ろの方で立ちながら見守っている。

 

 

彼らも練習が終わってから、みんなの様子が気になり部室に足を運んだのである。

 

 

ちなみにハイジは治療院、ユキは勉強、平田は明日の試合に向け身体を休めるため先に帰った。

 

 

 

 

 

 

「これって何の集まりですか?」

 

 

「リーダーを誰にするかを決めるんだって」

 

 

「えっ?穂乃果先輩がリーダーじゃないんですか?」

 

 

「正式にそう決めたわけじゃないんだ。だからこうして、みんなで話し合うことにしたんだ」

 

 

ジョータ・ジョージの質問にそれぞれ高志とカケルが答える。

 

 

 

 

「リーダーは誰になるのか。大体私が部長になってから一度考え直すべきだったのよ」

 

 

にこがメンバーを見渡しながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「ワタシは穂乃果サンがいいと思いますケド」

 

 

ムサが手を上げながら発言し、双子もウンウンと頷いていた。

 

 

 

 

「ダメよ。今回の取材ではっきりしたわ。この子はリーダーにまるで向いてないの」

 

 

「それもそうね」

 

 

ムサの意見をにこは拒否し、真姫もそれに賛同した。

 

 

 

 

「それに新しくPVも作らなきゃならないわ」

 

 

「「「PV?」」」

 

 

「アイドルっていうのは、基本リーダーが変わればセンターも変わってくるからね」

 

 

にこの発言に穂乃果と双子が疑問を持ち、アイドルに詳しい王子が説明をする。

 

 

 

 

「その通り!次のPVは新リーダーがセンターになるのよ!」

 

 

「でも・・一体誰が?」

 

 

 

花陽が問いかけると、にこは用意していたホワイトボードをクルリと回してひっくり返す。

 

 

するとそこにはリーダーについての説明が書かれていた。

 

 

 

 

「リーダーとは、まず第一に『誰よりも熱い情熱を持ってみんなを引っ張っていけること』。次に、『精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持っている人間であること』。そして何より、『メンバーから尊敬される存在であること』」

 

 

にこは真剣な表情でホワイトボードの説明文を読み上げ、駅伝部を含むみんなもしっかり注目していた。

 

 

 

 

(確かに、この説明は筋が通っていて納得できるな。駅伝部ではハイジさんがまさにそれだ。でもµ’sのメンバーでそれに当てはまる人物は・・・)

 

 

カケルはにこの説明を聞いて考えた。

 

 

 

 

 

「この条件をすべて備えたメンバーとなると・・」

 

 

 

「海未先輩かにゃ?」

 

 

 

「なんでやねーん!」

 

 

にこが問いかけると、凛が海未を推薦してきた。

 

 

それについてにこがツッコミを入れる。

 

 

 

 

「わ・・私ですか!?」

 

 

「海未ちゃん向いてるかも、リーダー!」

 

 

海未は突然の指名に驚きの声を上げ、穂乃果は凛の意見に賛同する。

 

 

 

 

 

「うんうん・・・それもいいかもね」

 

 

「海未先輩、みんなの中で一番しっかりしてるもんね」

 

 

「うーん・・でも海未ちゃん、プレッシャーに弱いからなぁ・・変に気負いすぎるかも・・・」

 

 

双子は納得の表情で囁き合うが、高志は逆に心配の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「穂乃果はそれでいいんですか?」

 

 

「えっ?なんで?」

 

 

「リーダーの座を奪われようとしているのですよ?」

 

 

「ふぇ?それが?」

 

 

海未はこれまで実質リーダーだった穂乃果に問いかけるが、穂乃果は海未の言ってることにピンときていないようだった。

 

 

 

 

「だって、みんなでµ’sをやっていくのは一緒でしょ?」

 

 

「でも、センターじゃなくなるかもしれないんですよ!」

 

 

今度は花陽が口を開く。

 

 

 

 

「おお!そうか!・・う~ん・・・ま、いっか」

 

 

「「「え~~~!?」」」

 

 

穂乃果はようやく理解したようだったが、少し考えた後あっさりと引き下がってしまった。

 

 

 

 

(意外だな・・・穂乃果なら積極的に引き受けそうな気がしたんだが・・)

 

 

カケルは穂乃果の様子を見て思った。

 

 

 

 

「じゃあリーダーは海未ちゃんとということで・・」

 

 

「ま、待ってください!・・・わ、私には・・無理です」

 

 

穂乃果は海未を持ち上げるが、海未は顔を赤くしオドオドした様子で拒否する。

 

 

 

 

こりゃあ高志の言う通り無理そうだな、とカケルは思った。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ことり先輩?」

 

 

「ん?私?」

 

 

花陽は今度はことりを指名した。

 

 

それについてみんなはウ~ンと首を傾げる仕草を取った。

 

 

 

 

「ことり先輩は副リーダーって感じだにゃ」

 

 

「そうですね。どっちかっていうと、みんなを支える縁の下の力持ちっていう感じですね」

 

 

凛と王子の言葉にみんなは『確かに』と頷いた。

 

 

 

 

 

「でも、1年生がリーダーってわけにもいきませんし・・」

 

 

「やっぱり穂乃果ちゃんの方がいいんじゃ」

 

 

「私は海未先輩を説得した方がいいと思うわ」

 

 

 

 

その後もメンバー同士で議論をぶつけ合っていた。

 

 

しかしその中でにこは1人で何度も「仕方ないわね~」と連呼しているが、誰も聞いていなかった。

 

 

 

 

 

(にこ先輩、自分がリーダーになりたいんだね・・)

 

 

(あからさますぎでしょ・・)

 

 

双子がにこの様子を見ながらヒソヒソと呟いた。

 

 

 

 

高志・ムサ・王子は『いいのかな~?』という表情で、話し合うメンバーとにこを見比べていた。

 

 

 

 

カケルは、ここは知らん顔をすることにした。

 

 

にこがリーダーになったら、色々変な企画を立てまくりそうだと思ったのと、自分たちに決める権利はないからメンバー同士で決め合わせるのが一番だと思ったからだ。

 

 

 

話し合いはしばらく続いたが、なかなか考えがまとまる気配がなかった。

 

 

 

ついに痺れを切らしたにこが宣言した。

 

 

 

 

「このままじゃらちが明かないわ!こうなったらここは一発、リーダー決定戦を行うわよ!」

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎某カラオケボックス◎

 

 

 

一同は全員にこの提案でカラオケボックスへと場所を移した。

 

 

全部で13人もいるので、一番広い部屋を使うことにした。

 

 

 

 

「これで決着をつけるわよ!いい!?これからみんな1人ずつ歌って一番得点の高かった人がリーダーよ!」

 

 

にこがみんなに向かって説明をする。

 

 

 

 

 

「へぇ~面白そう!」

 

 

「みんなの歌が聞けるから楽しみだな~」

 

 

「ワタシ、カラオケって初めてデス」

 

 

双子とムサはワクワクした様子で眺めていた。

 

 

 

 

(なるほど。みんなの実力を見極めるにはいい機会かもしれないな)

 

 

カケルは思った。

 

 

 

 

「私、ちゃんと歌えるでしょうか?」

 

 

「私も特に歌う気はないわね」

 

 

その中で海未は不安がっており、真姫はやる気がなさそうだった。

 

 

 

 

「なら歌わなくて結構!リーダーの権利が消失するだけだから!」

 

 

にこは2人にそう告げた。すると部屋の隅の方にしゃがみ込みブツブツと独り言を始めた。

 

 

 

 

「クックック・・・こんなこともあろうかと、高得点の出やすい曲のピックアップは完了している。これでリーダーの座は確実に・・・」

 

 

 

(聞こえてるぞ・・にこ先輩)

 

 

カケルは心の中で呟いた。

 

 

 

 

「さあ、早速・・」

 

 

 

ガチャッ

 

 

「お待たせいたしました!」

 

 

 

にこが開始の合図をしようとした時、店員が事前にみんなが注文した人数分のドリンクとバスケットに入ったおつまみのセット2つ届けにやってきた。

 

 

 

 

「その前にちょっと食~べよっと」

 

 

「カラオケって久しぶりだよね♪」

 

 

穂乃果とことりを筆頭に一同はおつまみを食べたりおしゃべりをしたりと遊び気分になってしまっていた。

 

 

 

 

「あんたら緊張感なさすぎー!」

 

 

その様子を見てにこが声を上げる。

 

 

 

 

「カケル君も食べる?」

 

 

穂乃果がおつまみのポテトチップを差し出した。

 

 

 

 

「いや、俺たちはダメだ。そういう身体によくないものは食べないようにしてるんだ」

 

 

「明日はみんな試合があるからね」

 

 

「それに間食は基本禁止ってハイジさんに言われてますから」

 

 

カケル・高志・ジョータが答えた。

 

 

よく見ると、駅伝部のドリンクも6人全員ソフトドリンクではなく水になっている。

 

 

 

「あんたたち真面目すぎでしょ」

 

 

「さすがは駅伝部ですね。自分の体調管理にしっかり気を配れていますね」

 

 

「なんかかっこいいね~」

 

 

にこは呆れと尊敬両方を込めたように呟き、海未とことりは素直に感心していた。

 

 

 

 

「さあ、準備はいい?早く始めるわよ!」

 

 

にこの号令でメンバーは次々と歌いだしていった。

 

 

 

 

 

 

やがてµ’sメンバー7人全員が歌い終えた。得点は以下の通りである。

 

 

 

穂乃果:92.8点

 

 

海未:93.3点

 

 

ことり:90.9点

 

 

真姫:97.4点

 

 

凛:91.1点

 

 

花陽:95.1点

 

 

にこ:94.7点

 

 

 

 

 

「すっげえ!全員90点越えだよ!」

 

 

「皆さんとてもいい歌声デシタ」

 

 

「僕もそう思います」

 

 

「みんな毎日の発声練習の成果が出てるんだね」

 

 

「みなさん最高っす!」

 

 

ジョータ・ムサ・王子・高志・ジョージがそれぞれ拍手を送りながらµ’sを褒め称えた。

 

 

 

(これはすごいな・・ちゃんとみんなしっかり練習を積んでるんだな)

 

 

カケルも心の中で感心していた。

 

 

 

 

 

「みんなありがとう~」

 

 

「そう言ってもらえると嬉しいにゃー」

 

 

ことりと凛が笑顔でお礼を言う。

 

 

 

一方にこはこの結果を見て「ウソでしょ・・」というような驚愕の表情をしていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ駅伝部のみんなも歌ってよ」

 

 

すると穂乃果がマイクを差し出しながら言った。

 

 

 

 

「えっ?いいんですか?僕たちも歌って」

 

 

王子が聞き返した。

 

 

 

 

「もちろんだよ!みんなの歌声も聞いてみたいし!」

 

 

「凛も聞きたいにゃー」

 

 

「私もちょっと興味あるわね」

 

 

「わ・・私も・・」

 

 

「私もぜひ聞きたいです」

 

 

「せっかく来たんだから~」

 

 

穂乃果・凛・真姫・花陽・海未・ことりが期待のこもった目で見つめながら言った。

 

 

 

 

「いいですよね?にこ先輩!」

 

 

「しょうがないわね~。まだ時間はあるから別にいいわよ」

 

 

穂乃果が確認を取り、にこは特に反論せず承諾した。

 

 

 

 

「やったー!よーし歌うぞー!」

 

 

「何歌おっかなー?」

 

 

駅伝部員たちはワクワクしながら曲選びを始めた。

 

 

 

(まいったなぁ・・俺カラオケなんて行ったことなかったし、みんなの前で歌うなんて初めてだ・・・早く時間切れになってくれないかなぁ・・)

 

 

その中でカケルは1人気が重そうな様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛されたいね~ きっと見過ごした~♪ 君のシグナルもう一度~♪」

 

 

 

「「「HEY!!」」」

 

 

 

「気まぐれかな~ でも構わない♪ 君と居たいから~~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンナイト♪ ドラゴンナイト♪ ドラゴンナイト♪

 

 

 今宵、僕たちは友達のように歌うだろう~♪

 

 

 ムーンライト♪ スターリースガイ♪ ファイアーバード♪

 

 

 今宵、僕たちは友達のように踊るんだ~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「We are Fighting Dreamers 高みを目指して♪

 

 

 Fighting Dreamers なりふり構わず♪

 

 

 Fighting Dreamers 信じるがままに♪

 

 

 Oli Oli Oli Oh-! Just go my way ♪

 

 

 Right here Right now ♪」

 

 

 

「「「Bang!!」」」

 

 

 

「ぶっ放せLike a 弾丸ライナー! 

 

 

 Right here Right now ♪」

 

 

「「「Bang!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そばにいたいよ~ 君のために出来ることが~ 僕にあるか~な♪

 

 

 いつも君に~ ずっと君に~ 笑っていて欲しくて♪

 

 

 ひまわりのような~ まっすぐなその優しさを~♪

 

 

 温もりを全部~♪

 

 

 これからは僕も~ 届けていきたい♪

 

 

 ここにある幸せに~ 気づいたから~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでジョータ・ジョージ・王子・高志が歌い終えた。

 

 

4人の点数は以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

ジョータ:89.2点

 

 

ジョージ:88.9点

 

 

王子:98.2点

 

 

高志:94.4点

 

 

 

 

 

 

「王子君すご~い!」

 

 

「うん!茜君、歌上手だね!」

 

 

「ま、まぐれだよ~///」

 

 

王子は現時点で全メンバー中最高の得点を出し、穂乃果と花陽に褒められ照れていた。

 

 

 

 

「高志の歌声、素敵でしたよ」

 

 

「ありがとう。海未ちゃん」

 

 

「でも、今回は私の勝ちだからね~」

 

 

高志も海未に褒められていたが、得点でギリギリ勝ったにこにドヤ顔をされていた。

 

 

 

 

「ちぇ~、もうちょっといけると思ったのに~」

 

 

「悔しいな~」

 

 

「でも2人共、いい歌声だったよ」

 

 

「本当!?凛ちゃん」

 

 

「うん!ね、真姫ちゃん」

 

 

「ま、まぁいいんじゃない?あんたたちらしい元気な歌声だったわ・・」

 

 

「ありがとう真姫ちゃーん!」

 

 

「なんか元気出てきたよー!」

 

 

「う、うるさい///」

 

 

ジョータとジョージは自分たちの結果に不満足そうだったが、凛や真姫に慰められて元気を取り戻した。

 

 

 

 

 

「あとはカケル君とムサ君だけだね」

 

 

「じゃあワタシがいきマス」

 

 

 

穂乃果に言われると、ムサは高志に教わりながら曲の入力を終えマイクを持ってみんなの前に立った。

 

 

 

「ちょっと恥ずかしいですけど頑張りマス」

 

 

ムサは歌う前に少し挨拶をした。

 

 

 

「ムサ君、どんな歌を歌うんだろう?」

 

 

ことりはドキドキしながら待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君を忘れない 曲がりくねった道を行く♪

 

 

 生まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂♪」

 

 

 

(うわぁ~~)

 

 

(ムサさんうめー)

 

 

(ムサ君、声綺麗だなぁ~)

 

 

 

ムサは見事日本人顔負けの声で歌い、この場にいるみんなは驚き・感心の表情で聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「『愛してる』の響きだけで 強くなれる気がしたよ♪

 

 

 ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて♪」

 

 

 

 

 

 

やがて曲が終わると、みんなは盛大な拍手を送った。

 

 

 

ムサの得点は88.4点だった。

 

 

 

 

 

「アハハ、ワタシがビリデスネ」

 

 

「でもムサ君、声綺麗だったよ!」

 

 

「うん。とっても上手だった!」

 

 

「もう完全に日本人の声ですよ!」

 

 

「すごかったですよムサさん!」

 

 

「ありがとうゴザイマス」

 

 

ことり・穂乃果・ジョータ・ジョージに褒め称えられ、ムサは照れながらお礼を言った。

 

 

やるじゃないかムサ、とカケルも感心の表情だった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃああとは、カケル君だけだね」

 

 

穂乃果はカケルを見ながら言った。

 

 

 

「えっ!?いやいいよ俺は・・」

 

 

カケルは両手を振りながら断るが、みんなカケルをマジマジと見つめていた。

 

 

 

 

「え~、歌わないんですか?」

 

 

「ずるいよカケル。1人だけ逃げるなんて」

 

 

「みんな歌ったんですから歌ってクダサイよ」

 

 

ジョータ・高志・ムサが言った。

 

 

 

「そうだよ!穂乃果、カケル君の歌聞きた~い!」

 

 

穂乃果が言うと他のみんなも「私も、私も」と同意の声が上がってきた。

 

 

 

「安心してくださいカケル。残り時間はまだ十分にありますから」

 

 

海未がにっこりと笑いながら言った。

 

 

 

 

「で、でも・・・」

 

 

カケルが尚も渋っていると、ことりが両手を組み目を潤ませながらカケルを見つめてきた。

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

「カケル君・・・おねがぁ~い」

 

 

 

 

必殺『ことりのお願い』が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「うぅ・・・わ、分かったよ。1曲だけな」

 

 

「わーーい!」

 

 

カケルはついに観念して承諾の返事をするとみんな笑顔で喜び、特に穂乃果は両手を上げながら一番に喜んでいた。

 

 

そして曲の入力が終わると、マイクを持ってみんなの前に立ち歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「So now my time is up ♪

 

 

 Your game starts, ♪

 

 

 my heart moving? ♪

 

 

 Past time has no meaning for us, ♪

 

 

 It’s not enough! ♪」

 

 

 

 

 

カケルが歌っているのはロック系の曲だった。

 

 

 

 

(ええええ!カケルさんスゲー!)

 

 

(すごい!英語ペラペラだよ!)

 

 

 

みんなはとても驚いた表情で聞き入っていた。

 

 

 

それからもカケルは歌い続けやがて終盤に差し掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「When I’m cought in fire ♪

 

 

 When I rise up higher ♪

 

 

 Do you see me out there ♪

 

 

 I can’t get enough! ♪

 

 

 Can’t get enough!! ♪」

 

 

 

 

カケルはやりきったという表情で歌い終えた。

 

 

よほど気合が入ったのか、少し息切れをしていた。

 

 

しかし曲が終わっても、周りからは拍手が起こらなかった。

 

 

 

「あ・・あれ?・・・」

 

 

カケルはみんなを見渡すと、唖然としていたりポーッと顔を赤くしていたりと様々だった。

 

 

 

 

(・・・もしかして、はずした?・・それとも、あまりにも下手過ぎたのか?)

 

 

 

 

「カケル君・・・カッコいい///」

 

 

「えっ?」

 

 

カケルが不安に思っていると、穂乃果が顔を赤らめながら呟いた。

 

 

 

 

 

「すごい!すごいよカケル君!こんなに歌上手かったんだね!」

 

 

 

「いや上手いなんてもんじゃないっすよ!」

 

 

 

「英語の発音とか完璧でしたよ!」

 

 

 

「本物のミュージシャンみたいだにゃー!」

 

 

 

「やっぱりカケルは本当にすごいや!」

 

 

 

「ハイ。本当にスゴイと思いマス」

 

 

 

穂乃果・ジョータ・ジョージ・凛・高志・ムサがそれぞれ称賛の言葉を送った。

 

 

 

 

 

「そ、そうか?///」

 

 

 

「うん。カッコよかったよ。聞いててしびれちゃった~」

 

 

 

「わ・・私も・・感動しました」

 

 

 

「私も、なんていうか・・・聞いてて少し熱くなりました」

 

 

 

「カケルの意外な一面が見れて、びっくりしましたし、ちょっと嬉しかったです」

 

 

 

「ぐぬぬぬ・・・」

 

 

 

ことり・花陽・真姫・海未も褒め称え、にこは少し悔しそうな表情をしていた。

 

 

 

 

(なんか・・今、素直にすごい嬉しいな。こんなにみんなに褒められるなんて///)

 

 

 

カケルはみんなに褒められ、とても嬉しい気分になっていた。

 

 

 

 

「なんでしょう?この敗北感は・・・あ、それより得点は!?」

 

 

王子の言葉で一同は一斉にモニターに表示された点数を見た。

 

 

その点数は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

99.2点

 

 

 

 

 

 

「「「すごーーい!!」」」

 

 

 

「ま・・・負けた・・・」

 

 

 

なんと全メンバー中最高の得点を出し、みんなは驚きの声を上げ、これまでトップだった王子はガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

「え?え?マジかよ・・」

 

 

カケル本人も驚いていた。

 

 

まさか初めてのカラオケでこんな点数が出るなんて思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 

 

「くうぅ~~こうなったら、次の決戦に向かうわよ!」

 

 

「「「えっ??」」」

 

 

 

にこはそう宣言し、一同はカラオケボックスを出て次の舞台へと向かった。

 

 

 

 

 

リーダー決定戦はまだまだ続く。

 

 

 

 

 




思った以上に膨らませてしまいました!


駅伝部が歌ったのは、自分がカラオケでよく歌う曲です(笑)




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第33路 競争と新リーダー(後編)

◎某ゲームセンター◎

 

 

 

µ’sと駅伝部6人はカラオケ店を出た後、ゲームセンターへとやってきた。

 

 

 

 

「歌だけじゃダメだわ!今度はダンスで勝負よ!」

 

 

にこはダンスゲームの機体を指しながら説明する。

 

 

しかし他のみんなは・・・

 

 

 

 

 

「ことりちゃん、あれ狙おう」

 

 

「よーし」

 

 

「もう少し左デスヨ」

 

 

穂乃果・ことり・ムサはクレーンゲームで遊び

 

 

 

 

「うわ~!ここ敵多すぎる!」

 

 

「あ~弾が切れた!補充補充!」

 

 

王子とジョータはゾンビを撃つシューティングゲームで遊び

 

 

 

 

「これでどうにゃージョージ君!」

 

 

「まだまだ~!俺だって負けないぞ!」

 

 

ジョージと凛は格闘ゲームで対戦をしていた。

 

 

 

 

「みんなすっかり楽しんじゃってるね」

 

 

「そのようだな」

 

 

「だからあんたたち緊張感なさすぎー!」

 

 

みんなの様子を見ていた高志・カケルが苦笑いし、にこは叫んでいた。

 

 

 

 

中でもジョージと凛の対戦がかなり白熱しており、両者共に互角の戦いを繰り広げていた。

 

 

2人は、負けた方が翌日の駅伝部の試合後にラーメンを奢るという条件を付けて真剣勝負をしている。

 

 

 

 

「くっ・・この・・この・・」

 

 

「これでとどめにゃー!」

 

 

「あぁ~そんなぁ~」

 

 

結果はギリギリの差で凛の勝利に終わった。

 

 

 

 

「やったー!じゃあ約束通り、明日ラーメン奢ってね♪」

 

 

「くそ~もう少しだったのに~」

 

 

「でもなんか凛、初めてジョージ君と一緒に遊べて楽しかったにゃ」

 

 

凛は悔しがるジョージに屈託のない笑顔を向けながら言った。

 

 

 

 

「凛ちゃん・・・うん!俺も、すっごく楽しかったよ!」

 

 

ジョージも同じく笑顔を返しながら言った。

 

 

 

 

「また一緒に遊ぼうね」

 

 

「うん!約束だよ!」

 

 

2人はお互いに笑顔でグッドサインを送り合った。

 

 

 

 

 

 

(ジョージ・・なんかいい感じになってるな。兄ちゃん嬉しいぜ!俺ももっと真姫ちゃんと・・)

 

 

ジョータはジョージを眺めながら心の中で呟いた。

 

 

 

 

「はいはいアンタたち!お遊びはそのくらいにして、こっちに集まりなさい!」

 

 

にこはゲームで遊んでいるメンバーに声を掛け、みんなを集めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛、運動は得意だけどダンスは苦手だからなぁ~」

 

 

「これ、どうやるんだろう?」

 

 

凛と花陽が呟き、他のµ’sメンバーも不安げな表情でダンスゲームの機体を眺めていた。

 

 

 

 

「大丈夫だよみんな。毎日ちゃんとダンスの練習をしてきてるんだから」

 

 

高志がみんなを励ました。

 

 

 

 

 

「ふふふ・・・このゲームはあなたたちが思っているほど甘くはないのよ。多少ダンスの練習を積んでいても、いきなり挑んで高得点なんか出せやしないわ。くっくっく・・・カラオケの時は焦ったけど、この勝負はもらったわ・・・」

 

 

にこは再び1人で不気味にほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

(まったくこの人は・・・)

 

 

カケルは聞こえていたようで、呆れ顔をしながら心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

「凛ちゃんスゲー!」

 

 

「すごーい!」

 

 

するとジョージと穂乃果の歓声が聞こえ、にこは振り返った。

 

 

 

 

 

「なんか出来ちゃった~♪」

 

 

一番最初に挑んだ凛がなんとAAという高ランクを出したのであった。

 

 

 

 

「う・・うそ・・・」

 

 

その様子を見たにこは開いた口が塞がらない様子だった。

 

 

いきなり挑んでこれはすごいな、とカケルも素直に驚いていた。

 

 

 

やがて全メンバーがそれぞれプレイし、結果は以下の通りとなった。

 

 

ちなみに駅伝部6人は翌日の試合に備え、今回は傍観に徹した

 

 

 

 

 

穂乃果:A

 

 

海未:A

 

 

ことり:B

 

 

花陽:C

 

 

凛:AA

 

 

真姫:B

 

 

にこ:A

 

 

 

 

 

「やっぱりダンスは凛ちゃんが頭一つ抜けてますね」

 

 

「ですがカラオケと合わせて見てみますと、みんなの成績はほとんど並んでいますね」

 

 

みんなでここまでの結果表を見ながら、ジョータと海未が呟いた。

 

 

 

 

(確かに、ここまでの成績だと判断が難しいな。これからどうするんだ?にこ先輩)

 

 

カケルもみんなの結果を見ながら思った。

 

 

 

するとにこは再び宣言した。

 

 

 

 

「こうなったら、もう一勝負よ!」

 

 

「「「ええっ?」」」

 

 

(やっぱり・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎秋葉原◎

 

 

 

一同はゲームセンターを出た後、今度は秋葉原の中心街へとやってきた。

 

 

 

 

「歌とダンスで決着が着かなかった以上、最後はオーラで決めるわ」

 

 

にこがみんなの前に立って説明する。

 

 

 

 

「オーラ?」

 

 

「そう!歌も下手、ダンスもイマイチ、でもなぜか人が寄ってくる!そういう人は人を惹きつけるオーラがあるの!今度はそれをこのチラシを使って決めるわ!」

 

 

穂乃果が聞き返すと、にこはµ’sのチラシの束を掲げながら言った。

 

 

そしてみんなにそれぞれ均等にチラシを渡していった。

 

 

もちろん駅伝部にも。

 

 

 

 

 

「これからみんなで一斉にこのチラシを配り、一番早く配り終えたものが一番オーラがあるってことになるわ!」

 

 

「今回はちょっと強引なような・・・」

 

 

にこの説明にことりが呟く。

 

 

 

 

「って、俺たちもやるんですか?」

 

 

「私たちµ’sを色んな人に知ってもらうためなんだから、あんたたちにも協力してもらうわよ!」

 

 

カケルが訊ねると、にこが答える。

 

 

 

 

「まぁいいじゃん。なんか面白そうだし」

 

 

高志が言う。

 

 

 

「ワタシも頑張りマス」

 

 

「よーし!頑張っていっぱい配るぞー!」

 

 

「俺も負けねー!」

 

 

「みんなのためだからね」

 

 

ムサ・ジョータ・ジョージ・王子もすっかりやる気満々になっていた。

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ・・・チラシ配りは前から得意中の得意。この『にこスマイル』で一気に配り終えてやるわ」

 

 

またしてもにこは不気味に笑いながら呟いていた。

 

 

 

「さあ、始めるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「お願いしまーす!」

 

 

「µ’sです!よろしくお願いしまーす!」

 

 

にこの合図で一同は一斉に街の人々にチラシを配っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~・・・ふぅ~」

 

 

「ことりちゃんすごい~!もう全部配り終わったの?」

 

 

 

「え・・・・」

 

 

 

始めてからしばらく経つと、ことりが誰よりも早く配り終えてしまい穂乃果が感嘆の声を上げ、にこはそれを知り呆然としていた。

 

 

 

 

「なんか気付いたらなくなってて・・」

 

 

 

「おかしい!時代が変わったの~?」

 

 

 

みんなに称賛されことりが笑顔で答え、にこは涙目になりながら唸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方駅伝部は、µ’sに遅れは取っているものの着実にチラシを配り続けていた。

 

 

 

「音ノ木坂学院µ’sです!」

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 

 

「お願いシマス!」

 

 

 

 

 

「ママ~。なんか黒い人がいるよ~」

 

 

「こら。指差しちゃいけません。きっと社会勉強のためにわざわざ遠くから来ているんだから」

 

 

すると小さい男の子がムサを指差し、母親が咎めていた。

 

 

 

 

「コンニチハ」

 

 

ムサはその子供に気付き、笑顔で手を振りながら挨拶をした。

 

 

 

 

「うわ~、こんにちはって言った~」

 

 

男の子はすっかりムサに興味津々になっていた。

 

 

 

「よろしければこれドウゾ」

 

 

ムサは男の子にµ’sのチラシを渡した。

 

 

 

 

「ありがとう~」

 

 

男の子は笑顔でお礼を言った。

 

 

 

「まぁ、とっても礼儀正しいわね。一体どこから来たの?」

 

 

「両親と共にケニアから来マシタ」

 

 

今度は男の子の母親に話しかけられ、ムサは丁寧な日本語で答えた。

 

 

 

 

 

 

それからムサの周りには、ムサの人柄の良さと礼儀正しさに好感を持った、主に子供や女性を中心に人が集まり始めた。

 

 

中には差し入れをくれた人や、握手を求める子供たちもチラホラといた。

 

 

 

 

「みんな見て見て~」

 

 

「ムサさん人気者だにゃー」

 

 

穂乃果と凛がムサを指しながら言う。

 

 

 

 

「ムサには、周りを温かい空気にしてくれる特殊なオーラを感じるね」

 

 

「うん。わかるよ。ことり、ムサ君のそういうところが好きだなぁ~」

 

 

高志とことりがムサを微笑ましそうに眺めながら呟いた。

 

 

 

 

(よかったなムサ・・色んな人に受け入れられて)

 

 

嬉しそうな表情でチラシを配り続けるムサを見て、カケルも嬉しい気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

 

「だ~から、何でわたしの所にはあんな風に来ないのよ~」

 

 

その中でにこは1人嘆いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎アイドル研究部:部室◎

 

 

 

一同はチラシを配り終えると、再び部室へと戻った。

 

 

全員これまでのリーダー決定戦の成績を振り返っていた。

 

 

 

 

「総合的に見ると、結局みんな同じだね」

 

 

「そうですよね。ダンスの結果が良くなかった花陽はカラオケが良くて、カラオケが良くなかったことりがチラシ配りが良くて」

 

 

「それぞれの欠点を上手く補えてる感じですよね」

 

 

高志・海未・王子が記録表を見ながら言った。

 

 

 

 

「にこ先輩だって、みんなより全然練習してないのにみんなと同じくらい出来てるにゃ」

 

 

「フフン・・当たり前でしょう」

 

 

(ズルで勝ち上がろうとしてたけどな・・)

 

 

凛が言うとにこは得意げになりながら答え、それに対しカケルは心の中でツッコんだ。

 

 

 

 

「でもどうするの?これじゃあ決められないわよ」

 

 

真姫が訊ねると、穂乃果が口を開いた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、なくてもいいんじゃないかな?」

 

 

 

「「「ええ!?」」」

 

 

 

穂乃果の言葉に部室にいる全員が驚きの声を上げる。

 

 

 

 

 

「何言ってるの穂乃果ちゃん?」

 

 

「リーダーがいなくてもいいって・・」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

 

「だって今までリーダがいなくても練習してきたでしょ?それに歌だってちゃんと歌ってきたし」

 

 

高志・ジョータ・ジョージの問いかけに穂乃果ははっきりと答える。

 

 

 

 

 

「でも、リーダーがいないグループなんて聞いたことないですし・・」

 

 

「それにセンターの件だってあるじゃないですか」

 

 

今度は花陽と王子だ。

 

 

 

「そうだ穂乃果。どんな形であろうとチームやグループを組んでいる以上、誰か1人みんなを引っ張る存在がいないとメンバーをまとめることが出来なくなるぞ。それを分かってるのか?」

 

 

さらにカケルが問い詰めた。

 

 

すると穂乃果はさらに宣言した。

 

 

 

 

 

 

「私、考えたんだ!みんなで歌うってどうかな?」

 

 

 

「「「みんなで?」」」

 

 

 

「うん!実は駅伝部を見てて思いついたんだ!」

 

 

「えっ?俺たちを?」

 

 

「どういう事デスか?」

 

 

高志とムサが聞く。

 

 

 

 

 

「ほら、駅伝ってさ・・みんなで順番に襷を繋ぎ合ってゴールを目指す競技じゃない!だから私たちも、そんなふうにみんなで順番に歌い合えたら素敵だなって思ったんだ!そんな曲、作れないかな?」

 

 

 

穂乃果の力強い言葉に、みんなはそれぞれ顔を見合わせる。

 

 

 

 

「まぁ、作れなくはないけど」

 

 

「そういう曲、なくはないわね」

 

 

「仕方ないわね~、私のパートはカッコよくしなさいよ」

 

 

海未と真姫はやる気を示しており、にこも文句を言わず承諾の返事をした。

 

 

 

 

「よし!そうと決まったら、早速歌詞を作り始めよう!海未ちゃん!」

 

 

「はい!頑張りましょう!」

 

 

 

「ワタシたちも、衣装と振り付けの考案頑張りマショウ!ことりサン!」

 

 

「うん。ありがとうムサ君」

 

 

 

「僕もアイドル関連について出来る限りアドバイスしますよ」

 

 

「ありがとう茜君」

 

 

 

 

「俺たちにも、何かあったら言ってくださいね!」

 

 

「いつでも力になりますから!」

 

 

「ジョージ君!ありがとう~」

 

 

「よ、よろしく・・ジョータ」

 

 

 

高志・ムサ・王子・ジョータ・ジョージはみんなそれぞれµ’sへの更なる協力を表明した。

 

 

 

 

(なるほど・・みんなで、か・・・)

 

 

カケルはみんなの様子を見て思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それがお前の答えなんだな、穂乃果

 

 

まさにお前らしくていいじゃないか

 

 

でも、やっぱり俺は・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カケル君も、私たちのトレーニングメニューよろしくね!」

 

 

カケルが思っていると、穂乃果はにっこりと笑いながら声を掛けてきた。

 

 

 

「ああ。もちろんだよ。穂乃果」

 

 

カケルも笑顔で返事を返した。

 

 

 

 

 

「よーし!これからは、みんなが歌ってみんながセンター!」

 

 

「「「オーーーー!!」」」

 

 

穂乃果が高らかと宣言し、µ’sも駅伝部も全員拳を突き上げて雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わると、みんな一緒に校舎を出て一緒に帰ることにした。

 

 

外に出ると、もう夕方になっていた。

 

 

 

 

「うわぁ~!みんな見て~!すっごい綺麗な夕焼け~!」

 

 

穂乃果はみんなから少し離れて夕焼けをまじまじと眺め始めた。

 

 

 

「まったく子供かよ・・」

 

 

カケルが苦笑いしながら呟く。

 

 

 

 

「でも、本当にリーダーがいなくてよかったのかな?」

 

 

するとことりが話し始めた。

 

 

 

 

「いいえ。もう決まってますよ」

 

 

「不本意だけど」

 

 

ことりの問いに海未と真姫が穂乃果を見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 

「どんな事にも怯まずに真っ直ぐ突き進んでいく。それは、あいつにしかないもの。やっぱり俺は、穂乃果がリーダーでいいと思うぜ」

 

 

 

「俺もそう思うよ。カケル」

 

 

 

「ワタシもデス。やはり穂乃果サンが一番リーダーにふさわしいデス」

 

 

 

カケルの言葉に高志とムサも同意し、他のみんなも穂乃果を見つめながら納得したように頷いた。

 

 

 

 

 

 

「お~いみんな~!早く行こうよ~!」

 

 

 

穂乃果がみんなに手を振って呼びかけ、みんなは穂乃果に続いて走り出していった。

 

 

 

 

 

 

こうして新たな出発を始めたµ’sとそれに協力する駅伝部。

 

 

しかしそれは、彼ら彼女らに新たに訪れる『試練』の幕開けでもある。

 

 

 

 

季節は春から夏へと移り変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1章  ~新生の春~  終

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?


ここで一旦区切りをつけて次回から新たな章がスタートします。


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第2章 ~試練の夏~
第34路 現実と焦燥


ここから新章のスタートとなります。


あと、タイトルはこれまで漢字2文字だったり〇〇と〇〇というふうなこだわりがありましたが、ここからはこだわりを無くします。


【6月4日 日曜日 午前11時30分】

 

 

 

◎世田谷区立総合運動場◎

 

 

 

「さぁ着いたぞ。ここが今日の試合会場となる場所だ」

 

 

「「「うわぁ~~」」」

 

 

 

駅伝部は今日開催の世田谷陸上競技会に出場するため、µ’sと共に試合会場へとやってきた。

 

 

初めて訪れたµ’sと駅伝部1年生組は敷地内を見て感嘆の声を上げる。

 

 

 

 

「結構広いですね~」

 

 

「色んなスポーツグラウンドがあるにゃー」

 

 

敷地内を見回しながらジョージと凛が言う。

 

 

 

 

「そりゃあ総合運動場だからな。陸上競技場の他にも、野球場にテニスコートに温水プール、さらにはゴルフ練習場まであるぜ」

 

 

平田が説明する。

 

 

 

 

「そして、あれが今日俺たちが走る陸上競技場だ」

 

 

ハイジが指さす方向を見ると、陸上競技場が見えてきた。

 

 

フェンスの向こう側を見ると、立派なブルータータンの400mトラックがあった。

 

 

 

 

「へぇ~、ここも立派なトラックですね」

 

 

「俺たちは去年も来たことあるけど、ここは結構走りやすくていいよ」

 

 

感心するジョータに高志が説明する。

 

 

 

競技場内ではすでに試合が始まっており、応援の声が飛び交っていた。

 

 

競技場周辺には、既にシートを敷いて陣地を取っている人たちがチラホラと見受けられた。

 

 

 

 

「結構人がいますね。みんな今日の試合に出場する選手たちなのでしょうか?」

 

 

「だろうね。この競技会では男子と女子の1500mと3000mと5000mを朝早くから夜にかけて全部行うからね。関東の色んな高校や大学、実業団の選手が集まってくるよ」

 

 

周りを見ながら呟く海未にハイジが説明する。

 

 

 

 

関東の色んな高校と聞いてカケルは少し気が重くなった。

 

 

昨日、今日の試合のタイムテーブルを見たら船橋第一高校の選手も登録されていたのだ。

 

 

もちろん榊もである。

 

 

 

µ’sのみんなが来てる中で余計なことを言われなければいいが、とカケルは思った。

 

 

 

 

 

一同は競技場周辺の一画にシートを敷き陣地を確保した。

 

 

そしてシートの上にそれぞれ腰を下ろした。

 

 

 

 

「みんな、タイムテーブルに目は通したと思うが、俺たちが出場する男子5000mはこのあと午後1時15分から行われる。各自それぞれ試合時間を確認して、それに合わせてしっかりアップや選手コールに向かうように!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

ハイジは主将らしく部員たちに指示を出した。

 

 

 

 

今日の世田谷競技会は、午前中に男子と女子の1500mと3000mが行われ、午後からは男子5000m全23組が一気に行われる。

 

 

 

試合予定は以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

王子:1組目(13時15分スタート)

 

 

ジョータ・ジョージ・平田:4組目(14時15分スタート)

 

 

高志・ユキ:8組目(15時30分スタート)

 

 

ハイジ・ムサ:11組目(16時23分スタート)

 

 

カケル:19組目(19時04分スタート)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでみんなこんなに組がバラバラなの?カケルなんてだいぶ離れてるじゃない」

 

 

「こういった記録会っていうのは、選手の実力によって組が分けられるんだ。簡単に言うと、速い奴ほど気象条件のいい後の組になるんだ」

 

 

タイムテーブル表を眺めるにこにユキが説明する。

 

 

 

 

「カケルは俺たち駅伝部の中でもダントツに速いですからね」

 

 

高志が言う。

 

 

 

「なんたって駅伝部のエースだもんね」

 

 

穂乃果が両手をカケルの肩に置きながら言った。

 

 

 

 

「カケル君ってすごいんですよ!足は速いし、頭も良いし、料理は美味しいし、歌も上手だし、特に走っている姿は本当に格好いいんです!」

 

 

「・・・/////////」

 

 

穂乃果に褒められカケルは顔を赤らめながら俯く。

 

 

 

 

「あら~すっかり照れちゃって、かわいいわね~」

 

 

「て・・照れてなんかないっすよ!///」

 

 

にこに冷やかされカケルはムキになりながら返す。

 

 

 

 

「あ~、カケル先輩赤くなってるにゃー」

 

 

「ホントだ!かわいー♪」

 

 

凛が言うと穂乃果はカケルの隣に寄り添いながら指でツンツンとカケルの頬をつつく。

 

 

 

 

「や、やめろ!///これは暑くなったせいだよ!ってか穂乃果、お前寄り過ぎだぞ!もうちょっと離れろ!」

 

 

「いいじゃ~ん。今日はカケル君の付き添いなんだし♪」

 

 

「そういう問題じゃねえ!」

 

 

 

穂乃果は尚もカケルに寄り添って離れようとしなかった。

 

 

そんな2人の光景を他のみんなは微笑ましそうに眺めていた。

 

 

特にユキ・にこ・双子・凛あたりはニヤニヤしながら状況を楽しんでいるようだった。

 

 

 

 

「穂乃果!そのくらいにしなさい!カケルはこれから試合を控えているんですよ!」

 

 

「でもー、ちょっとぐらい緊張をほぐしてあげた方がいいと思って・・」

 

 

「いいから離れなさい!」

 

 

「は、はい・・・」

 

 

 

海未に注意され穂乃果は渋々とカケルから離れた。

 

 

助かったぜ海未、とカケルは心の中で感謝した。

 

 

 

 

 

「結構結構。カケルも随分と青春を満喫してるようだな」

 

 

「もーカケルったら、素直じゃないんだから」

 

 

(お前が言うな・・)

 

 

ハイジとにこが笑みを浮かべながら呟き、ユキがにこに対して心の中でツッコんだ。

 

 

 

 

 

「さてと・・」

 

 

王子はムクッと立ち上がりシューズを履き始めた。

 

 

 

「茜君、どこに行くの?」

 

 

「ちょっとウォーミングアップに行ってくるよ。僕が一番最初だから」

 

 

「うん。気を付けてね。それと、今日の試合も頑張ってね」

 

 

「うん。ありがとう」

 

 

王子は花陽に声を掛けられると笑顔で答え、アップジョッグに向かった。

 

 

 

 

「海未ちゃん。よかったら今のうちに一緒に作詞をやらない?」

 

 

高志が海未に訊ねる。

 

 

 

「えっ?いいのですか?試合を控えているのに」

 

 

「大丈夫だよ。まだ時間はあるし、ちょっとした気分転換にもなるから」

 

 

「ありがとうございます。では、やりましょうか」

 

 

高志が答えると、海未はノートを取り出し2人は作詞作業を始めた。

 

 

 

 

「じゃあ私も、振り付けを考えようかな?」

 

 

ことりもノートを取り出しながら呟いた。

 

 

 

 

「デハ、ワタシも手伝いますよ」

 

 

「じゃあ私も」

 

 

「俺も手伝います」

 

 

「凛も凛もー」

 

 

「私も」

 

 

「みんな、ありがとう~」

 

 

するとムサ・穂乃果・ジョージ・凛・花陽も協力を表明し、ことりはお礼を言った。

 

 

 

 

「じゃあ私も、歌詞はまだだけど少し曲を考えてみようかしら・・」

 

 

真姫も楽譜ノートを出しながら言った。

 

 

 

「お、真姫ちゃんもやる気になったんだね」

 

 

「べ、別に・・ただやることがないから単なる暇つぶしよ」

 

 

ジョータの言葉に真姫はツンとして答える。

 

 

 

 

「しょうがないな。俺も新しいトレーニングメニューでも考えてやるか」

 

 

カケルもレポート用紙を取り出し、メニューを考え始めた。

 

 

 

 

「それってもしかして、体力トレーニングの考案か?」

 

 

「うわ・・は、ハイジさん?」

 

 

「それなら俺も一緒に考えてやるよ。彼女たちに協力するって宣言したのは俺だからな」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

ハイジは後ろから覗き込むと、カケルと共にメニュー考案を始めた。

 

 

 

 

「俺たちも、何か手伝ってやるか」

 

 

「しょうがないわね~」

 

 

「退屈しのぎにはなるだろ」

 

 

残った平田・にこ・ユキもみんなに混ざり、その場にいる全員でµ’sの新曲作りが行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【1組目:王子】

 

 

 

まず最初に王子が出場する第1組目がスタートした。

 

 

王子は後方ではあるがしっかり選手の集団についていた。

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 

 

 

 

「王子ファイトー!」

 

 

「しっかりついてけー!」

 

 

「茜君頑張れー!」

 

 

チームメイトとµ’sはコースの外側でタイム計測をしながら声援を送る。

 

 

 

しかしやがて最後尾に落ちてしまった。

 

 

 

 

「王子、以前よりは大幅にタイムは伸びてるけど、もうキツそうだな」

 

 

「茜君・・・」

 

 

タイムを計測しているジョータが呟き、花陽が心配な表情で見つめる。

 

 

 

 

「王子ー!このままだとまた最下位だぞー!」

 

 

ハイジが声を掛ける。

 

 

 

 

(さ・・最下位・・)

 

 

すると王子は何か不気味な黒いオーラを纏いながらペースを上げ始めた。

 

 

 

 

「お、おい・・何なんだありゃ」

 

 

「負のオーラが全開になってるわね・・」

 

 

王子の様子を見て平田と真姫が呟いた。

 

 

 

 

(ぜーったい最下位だけにはなるもんか・・)

 

 

 

 

 

 

そして王子は何とかゴール手前で1人を抜きゴールした。

 

 

 

王子のタイムは19分24秒で、前回より40秒以上も縮めていた。

 

 

 

 

「ぜぇ・・ぜぇ・・ぜぇ・・」

 

 

「お疲れ王子」

 

 

「茜君、大丈夫?」

 

 

ゴール地点で待っていた高志と花陽に抱えられながら王子はゴール地点を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4組目:ジョータ・ジョージ・平田】

 

 

 

「ジョータ!負けるんじゃないわよー」

 

 

「ジョージ君!ファイトー!」

 

 

「平田先輩しっかりー!」

 

 

 

 

続く4組目では、ジョータ・ジョージ・平田が三つ巴になって並走している。

 

 

3人ともこのままいけば自己ベストを更新できるタイムで来ていた。

 

 

 

やがてラスト1km地点に差し掛かる。

 

 

 

 

(行くぞジョージ!)

 

 

(うん!兄ちゃん!)

 

 

双子は残り1kmを過ぎると、さらにペースを上げ平田を引き離しにかかる。

 

 

 

 

 

(何!?あいつらまだ上げれるのか!?)

 

 

「はぁ・・はぁ・・くっ!」

 

 

平田はついていこうとするも、余力が残っておらずズルズルと離れてしまう。

 

 

 

 

「いいぞ!ジョータ!ジョージ!そのまま最後まで行け!」

 

 

「平田先輩!ここ我慢しないとベスト出ないですよ!」

 

 

コースの外からハイジとカケルが声を掛ける。

 

 

 

 

 

「ゼェ・・ハァ・・ゼェ・・」

 

 

(分かってるけどよ・・ダメだ・・ホントにキツイ・・・これ以上上げられる気がしねぇ・・)

 

 

 

 

まず先に双子がフィニッシュした。

 

 

ジョータは15分51秒、ジョージは15分54秒であり、2人揃って16分切りを果たした。

 

 

一方平田は16分08秒で自己ベストには届かなかった。

 

 

 

 

 

「よっしゃ!16分切ったぞ!」

 

 

「やったね兄ちゃん!」

 

 

「すごいよ2人共!この短期間で見事な成長ぶりだよ!」

 

 

自己ベスト更新を喜ぶ2人にゴール地点で待機していたハイジが労った。

 

 

 

 

「ジョージ君!お疲れー!」

 

 

「お疲れ、ジョータ」

 

 

同じく待機していた凛と真姫が2人にタオルをかけ、給水ボトルを渡した。

 

 

 

 

「自己ベストおめでとう。ジョージ君」

 

 

「ありがとう凛ちゃん。でも兄ちゃんには敵わなかったけどね」

 

 

 

 

「真姫ちゃん!どうだった?俺、勝ったよ!」

 

 

「ま、まぁ・・・カッコよかったわよ・・・少し・・」

 

 

「本当!?やったー!真姫ちゃんに褒められたー!」

 

 

「ち、ちょっと!調子に乗るんじゃないわよ!////」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・」

 

 

(ついにあいつらに抜かれちまった・・・ラスト結局上げれなかったな・・・でも、もう少し行けたような気もするんだよな・・・くそ、何やってるんだよ・・・先輩の俺が・・)

 

 

 

 

「お疲れ平田」

 

 

「お、おうハイジ」

 

 

レース結果に悔やむ平田にハイジが給水ボトルを差し出しながら声を掛ける。

 

 

 

 

 

「またラスト上げられなかったな」

 

 

「ああ・・・全然これまでと変われてねえよな」

 

 

「でも大丈夫だ。内容は変わってなくても力は少しずつついているのは分かる。まだまだこれからだ。気を落とさずに頑張ろう!」

 

 

ハイジは平田の背中をポンと叩きながら激励の言葉を掛けた。

 

 

 

 

「おう!今度はやってやるぜ!」

 

 

平田も元気が戻り、ハイジと共にみんなの所へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【8組目:高志・ユキ】

 

 

 

「高志ファイトですよー!」

 

 

「ユキ、頑張ってー!」

 

 

海未とにこが力一杯声援を送る。

 

 

高志とユキは揃って先頭集団の中におり、自己記録ペースで快調に走っていた。

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・」

 

 

しかし3000mを過ぎたあたりから高志が若干苦しそうに顔を歪め始めた。

 

 

高志にとっては2ヶ月ぶりの5000mだった。

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・高志・・根性で粘れよ」

 

 

並走していたユキは高志にそう声を掛けると、ペースを上げ始め、高志を離していった。

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・はい・・・ユキさん」

 

 

高志はユキの背中を見ながら呟いた。

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・」

 

 

そしてユキはペースを維持しながら、応援しているメンバーの前を過ぎていった。

 

 

 

 

「いいぞユキ!その調子だ!」

 

 

ハイジが声を掛ける。

 

 

 

 

一方にこは走り去っていったユキの姿をジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

(あいつの走るところ・・・こんなに間近で見るの初めてだわ・・・よく見ると・・・・カッコいいじゃない・・・って、何考えてるのよ私は/////)

 

 

 

 

 

 

やがて2人共フィニッシュした。

 

 

ユキは15分17秒、高志は15分31秒で2人とも自己ベストとなった。

 

 

2人に海未とにこが駆け寄ってくる。

 

 

 

「お疲れ様です。高志」

 

 

「ありがとう海未ちゃん」

 

 

 

 

「お疲れ、ユキ」

 

 

「おう」

 

 

「・・・なかなかカッコよかったわよ///」

 

 

「ん?何か言ったか?」

 

 

「ううん何でもないわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【11組目:ハイジ・ムサ】

 

 

 

続いてハイジ・ムサもスタートした。

 

 

このあたりの組からは箱根駅伝の常連校の大学生が多くなってきている。

 

 

その中でもハイジとムサは攻めの走りをしていた。

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・・」

 

 

 

 

「ハイジさんファイトー!」

 

 

「ムサさんファイトっすよー!」

 

 

 

「ムサくーん!頑張れー!」

 

 

ことりも部員たちと共にムサに声援を送る。

 

 

 

 

 

(・・・今のところは大丈夫か・・でも、あまり無理はしたくないな)

 

 

ハイジは右膝を気にしながら思った。

 

 

 

 

「ムサ・・行けると思ったら思い切っていけ」

 

 

「ハイ!」

 

 

ハイジはムサの背中を押しながら声を掛けた。

 

 

そしてムサはペースを上げ、先頭集団に追いついた。

 

 

 

 

 

「すご~いムサ君、先頭集団に追いついたよ~」

 

 

ことりが声を上げた。

 

 

 

 

「ムサさんいけー!」

 

 

「負けるなムサー!」

 

 

「ムサくーん!」

 

 

ムサはみんなの前を通る時に声援に手を振って答えた。

 

 

 

そして2人ともフィニッシュした。

 

 

 

ムサは14分51秒で前回よりさらにタイムを縮めることができた。

 

 

ハイジは15分03秒だった。

 

 

 

 

 

 

 

カケルは1人みんなから少し離れた所でタイム計測を行っていた。

 

 

 

(うん、みんないい感じだな。タイムも縮まっているし、練習の成果がしっかり出ているよ)

 

 

今日のみんなの走りを振り返り、カケルは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「なにニヤついてんだ!?蔵原!」

 

 

突然後ろから声を掛けられ、カケルは振り返った。

 

 

そこにはかつてのチームメイトの榊が立っていた。

 

 

実に最初の記録会以来の再会となった。

 

 

 

 

「榊・・」

 

 

「油断してると、今日こそ痛い目遭わすぞ!」

 

 

相変わらず敵対心を込めてカケルを睨みながら言った。

 

 

 

 

「でもお前、今日は俺とは別の組だろ?」

 

 

「う・・・それより、お前のチームメイトは今どうなってるんだ?もしかして、もうやめるとか言ってたりしてな」

 

 

榊は意地の悪い笑みを浮かべながら訊ねる。

 

 

 

 

 

 

「それがさ、みんな頑張ってんだよ!」

 

 

榊の問いにカケルは笑顔で答える。

 

 

 

 

 

「・・・・え?」

 

 

「信じられないよな。最初見た時はどうなることかと思ったけど、この2ヶ月間でみんな本当に速くなってるよ」

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

 

榊は唖然とした表情で口を開く。

 

 

 

 

「えっ・・・」

 

 

「頑張ってるって・・・まだまだ全然遅いレベルの話だろ?」

 

 

「ま、まぁそりゃ・・」

 

 

「つーか何お前?ヘラヘラして気味悪ィなー・・弱い奴らとつるんで何が楽しいんだか知らねえけど・・」

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

「お前、感覚おかしくなってるんじゃねえの?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

(ハッ・・何こいつのこと心配してるようなこと言ってんだ俺)

 

 

 

 

 

 

「こら榊!!」

 

 

ガシッ!

 

 

「げっ監督!」

 

 

その時、船橋第一高校駅伝部監督の松平が榊を羽交い絞めにしながら怒鳴る。

 

 

 

 

「もうすぐお前の番だろ!早く準備しろ!」

 

 

「は、はいぃ~」

 

 

榊は松平に連れられながら去っていった。

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

カケルは去っていく榊の姿を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【19組目:カケル】

 

 

 

いよいよカケルの出走時間が近づいてきた。

 

 

カケルは最後の流しを終えてからスタート地点付近に立った。

 

 

 

 

「カケルくーん頑張れー!」

 

 

「カケル!ファイトデスヨ!」

 

 

「カケルさん!頑張ってください!」

 

 

 

穂乃果やチームメイトが手を振って声を掛ける。

 

 

しかしカケルの耳には届いていなかった。

 

 

先ほど榊に言われたことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何浮かれてたんだ!?・・俺は・・・

 

 

 

榊の言う通りだ・・・みんなといるうちにすっかり感覚がおかしくなってる・・・・

 

 

 

 

 

 

 

そしてレースがスタートした。

 

 

しかしレース中も、カケルの頭の中には先ほど榊に言われた言葉がぐるぐるとまわり、レースに集中できずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

「カケルさんファイトでーす!」

 

 

「カケル君頑張れー!」

 

 

チームメイトやµ’sが声援を送る。

 

 

 

 

「にしてもすごいペースだな。この組のほとんどは大学生や実業団じゃねえか」

 

 

「そんなハイレベルな組に挑むなんて、やっぱカケルはすげえな」

 

 

レースの状況を見ながらユキと平田が呟いた。

 

 

 

 

しかししばらくすると、カケルが早くも集団から遅れ始めてしまった。

 

 

 

 

「あっ!カケル君、集団からこぼれ落ちちゃったよ!」

 

 

穂乃果が言った。

 

 

 

 

「カケル君、苦しそう・・」

 

 

「やはり、カケルにはまだきつい組だったんじゃないでしょうか?」

 

 

カケルの様子を見てことりと海未が呟く。

 

 

 

 

「いや、なんかカケル君・・・・いつもと走りが違うような気がする」

 

 

穂乃果が心配そうな表情で呟いた。

 

 

 

 

 

 

やがてカケルはフィニッシュした。

 

 

走り終え、両手を膝につけながら呼吸を荒げていた。

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 

 

 

「ひでーザマだな!蔵原!」

 

 

すると榊がゴール地点付近に立っており、カケルに声を掛けた。

 

 

 

榊はカケルの前の組で14分27秒で走っていた。

 

 

カケルのタイムは14分48秒で、前回より大幅に遅れ榊にも負けていた。

 

 

 

 

「ホントにお前どうしたんだ?去年までの走りは見る影もなくなってるぞ」

 

 

尚も榊はカケルの走りについて指摘をするが、カケルは何も答えなかった。

 

 

 

 

「おーい!カケルくーん!」

 

 

すると穂乃果が声を掛けながら駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

 

「・・・フン」

 

 

榊は穂乃果の姿を確認すると足早にその場を去っていった。

 

 

 

 

 

「カケル君。お疲れさま」

 

 

穂乃果はカケルにタオルをかけながら声を掛けた。

 

 

しかしカケルは黙ったままだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、さっきの人って誰?カケル君の知り合い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっっ!!!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

カケルは突然脚を拳で叩きながら声を荒げた。

 

 

そして穂乃果を無視し、足早にその場を去っていった。

 

 

 

 

「か・・カケル君?」

 

 

穂乃果はそんなカケルの様子を見て呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてタイムだよ・・・

 

 

全国には藤岡さんや黒田さんをはじめとするする幾多の強豪ランナーがいっぱいいるってのに・・・全然足元にも及ばねえじゃねえかよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

カケルは歩きながら心の中でイライラと呟いていた。

 

 

 

 

 

「おい見ろよ!次はあの黒田が出るぜ!」

 

 

「ああ、あの東京No.1日学院大付属高校のエースだろ?」

 

 

すると周りからそんな声が聞こえ、カケルは立ち止まりこれから始まるレースに目を移した。

 

 

 

 

 

そしてレースがスタートした。

 

 

大学生や実業団選手に交じって、ただ1人の高校生として黒田が走っていた。

 

 

 

高校生ながら力強く、尚且つ周りを見る余裕があるクレバーな走りを展開しており、そしてラストは以前に見た藤岡と同じくらいキレのあるスパートを見せ、組3着でフィニッシュした。

 

 

 

タイムは14分02秒と高校トップクラスのタイムをたたき出した。

 

 

 

 

カケルは今の走りを見て、打ちのめされずにはいられなかった。

 

 

 

それと同時に、このままではああいったトップクラスの選手にどんどん置いてかれてしまうという焦りにとらわれ始めていた。

 

 

 

 

 

(足りない・・・今の俺は、全然足りてねえじゃん・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、駅伝部とµ’sは全員競技場の外に集合した。

 

 

 

「今日はお疲れさま!みんなすごいよ!どんどんタイムが縮まってきている!この調子でこれからの練習も試合も頑張ってくれ!以上!」

 

 

 

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 

 

ハイジの号令で一同は挨拶をした。

 

 

 

 

「なんか最近走れば走るほどタイム上がる気がするね」

 

 

「うんうん。やっぱ走るのって楽しいや」

 

 

絶好調な双子が嬉しそうに話した。

 

 

 

 

しかしカケルは、そんなやりとりをいつものように楽しめなくなっていた。

 

 

榊や黒田に現実を突き付けられたあとでは、駅伝部の部員たちの態度や、µ’sに付き合うこと自体も悠長すぎるように感じられてならなかった。

 

 

 

 

 

「よーし、それじゃあみんなでラーメン食べにいくにゃー!」

 

 

「お、いいね。よし、みんなでいこうか」

 

 

「「「やったー!」」」

 

 

凛の提案にハイジが賛成し、みんなはすっかり盛り上がり始めた。

 

 

 

「約束通り、ジョージ君おごってねー♪」

 

 

「ああーそうだったー!」

 

 

凛に言われジョージは呻き、一同は笑いに包まれた。

 

 

 

するとカケルは足早にその場を去り始めた。

 

 

 

 

「か、カケル・・どうしたの?」

 

 

高志が声を掛けると、みんなも一斉にカケルの方を振り向いた。

 

 

 

 

「俺は結構です・・・先に失礼します」

 

 

カケルはそう言うと先に1人で帰ってしまった。

 

 

 

 

 

「待ってよカケル君!」

 

 

「穂乃果ちゃん!今はそっとしておいてあげよう」

 

 

穂乃果が後を追おうとするのを高志が止めた。

 

 

 

 

「カケルさん、機嫌悪そうだったもんね」

 

 

「今日のレースの結果が応えたのかな?」

 

 

「あれでも充分速いのに、贅沢な奴ね~」

 

 

双子とにこが言う。

 

 

 

 

 

「カケル君・・・どうしちゃったの?」

 

 

穂乃果はカケルの後ろ姿を見つめながら呟いた。

 

 

 

 

ハイジも深刻な表情でカケルをジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは1人、帰り道を歩きながら考え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで俺は・・何をやってたんだ

 

 

 

あの駅伝部の連中とµ’sに付き合ってきたことによって、昔のような闘志とタイムへの貪欲さが失われてしまった・・・

 

 

 

どうして俺はあの時・・・怒りを自制できなかったんだ・・・

 

 

 

おとなしくしていれば・・・今でも恵まれた環境でレベルの高い練習ができたはずだ・・・

 

 

 

今のままじゃ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は・・・こんなとこにいたらダメになってしまう!!

 

 

 

 

 

 




いよいよ原作通りの展開となってきました。


しばらくは駅伝部メインが続きます。




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第35路 広がりゆくズレ

【6月5日 月曜日 朝】

 

 

 

 

「あー昨日は疲れたねー」

 

 

「今日は朝練も放課後練もない完全休養日だからゆっくり登校できるね」

 

 

「自己ベストも出たし、やっぱ走るのって楽しいよね」

 

 

世田谷競技会から翌日となり、ジョータ・王子・ジョージがそれぞれ談笑し合いながら学校へ向かって歩いていた。

 

 

 

 

 

「試合終わった後のラーメン屋での食事も楽しかったよな」

 

 

「凛ちゃんったら、奢りなのをいいことに麺大盛りにした上にギョーザまで頼んじゃってたよ~」

 

 

ジョータが言うとジョージが昨日のことを思い出しながら呻いた。

 

 

 

 

「でもジョージだって対抗して同じの頼んでたじゃん」

 

 

王子が口を挟む。

 

 

 

 

「うっ・・・とにかく昨日の夜はお腹が苦しくてあんまり寝れなかったよ」

 

 

「僕も、溜まったアニメ見てたからあんまり寝てない・・」

 

 

「相変わらずだなあ王子は」

 

 

 

 

3人が話していると、ランニングをしているカケルの姿を見つけた。

 

 

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」

 

 

 

 

 

カケルはあっという間に3人のそばを通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

「カケルさん、今日は休養日なのに朝から走ってるよ」

 

 

「気合い入ってるよね~」

 

 

「でもあれ、ペース速すぎない?朝練のペースじゃないよ・・」

 

 

ジョージ・王子・ジョータがカケルの後ろ姿を眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・」

 

 

 

(このままじゃ・・・・このままじゃ・・ダメだ!)

 

 

 

カケルは険しい表情で、走りながら心の中で呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎2年生教室◎

 

 

 

 

教室では高志と海未、ムサとことりがそれぞれ歌詞と衣装の考案をし合っている。

 

 

 

 

「やはりここはこうでしょうか?」

 

 

「う~ん、俺はこっちの方がいいと思うな」

 

 

 

「ムサ君、どう?かわいいかな?」

 

 

「ハイ。いいと思いマス。でも、この部分をもう少し・・」

 

 

 

高志と海未は机にノートを広げながら議論をし合っており、ことりはノートにデザインした衣装を描いてムサに見せており、ムサもそれについてアドバイスを送っている。

 

 

 

そんな4人の様子を穂乃果は嬉しそうに微笑みながら見守っていた。

 

 

 

 

(なんかいいなぁ。µ’sと駅伝部がお互い支え合って1つになってる感じがする。私も頑張ろっと!)

 

 

 

 

穂乃果がそう思っていると、カケルが教室に入ってきた。

 

 

カケルを見つけると穂乃果はパアアッと表情が明るくなった。

 

 

 

 

「はい皆さん!授業を始めますよ!」

 

 

するとすぐ後に先生が到着し、授業開始の号令が掛けられた。

 

 

 

カケルは席に着くと、急いでカバンから教科書を出し始めた。

 

 

 

 

「カケル君、おはよう♪」

 

 

穂乃果は振り返ってニコッと微笑みながら小声でカケルに挨拶をする。

 

 

 

 

「おはよう・・・」

 

 

カケルは穂乃果の方を見向きもせず素っ気ない挨拶を返した。

 

 

 

 

 

(カケル君・・・まだ昨日のこと気にしてるのかな・・・・)

 

 

 

穂乃果は心配に思いながら正面に向き直り授業を受け始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎中庭◎

 

 

 

昼休みになると、カケルたち6人は中庭のテーブルで昼食を摂り始めた。

 

 

 

 

「どう?海未ちゃん、高志君。作詞の方は上手く進んでる?」

 

 

「うん。もう少しで完成しそうだよ」

 

 

ことりが訊ねると高志が答える。

 

 

 

 

「これも高志が協力してくれたおかげです。本当にありがとうございます」

 

 

「そんな、いいって海未ちゃん///」

 

 

海未がにっこりとしながらお礼を言い、高志は少し恥ずかしそうに返事をした。

 

 

 

 

 

「やっぱり2人ってお似合いだよね~」

 

 

「いっそ付き合っちゃえばいいのに~」

 

 

 

「「ええっ!?///」」

 

 

 

穂乃果とことりに茶化され海未と高志は顔を真っ赤にしながら驚く。

 

 

 

 

 

「ツキアッチャエバって、どういう意味デスか?」

 

 

「それはねムサ君・・・恋人同士になるってことなんだよ」

 

 

言葉の意味が分からないムサにことりがワクワクしながら説明をする。

 

 

 

 

「2人は恋人になるのデスか?」

 

 

 

 

「違う!!」

 

「違います!!」

 

 

 

ムサがストレートに問いかけると高志と海未が揃って大声で否定する。

 

 

すると2人はチラリと顔を見合わせると、高志は恥ずかしそうに俯き、海未は顔をトマトのように真っ赤にしながらモジモジし始めた。

 

 

ムサは2人の様子を見てまずいことを聞いてしまったと思いオロオロし始めた。

 

 

 

 

「いや・・その・・・違うっていうか・・・まだちょっと・・・気が早すぎるっていうか///」

 

 

「ううぅ・・////」

 

 

高志は心配するムサに対してなんとか言葉を絞り出すが、海未はまだモジモジしながら俯き続けていた。

 

 

 

 

「うふふ、2人ともかわいい~」

 

 

ことりは悪戯っぽい笑みを浮かべ、すっかりこの状況を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

カケルはその様子を見向きもせず1人黙々と弁当を食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高志も、ムサも・・・

 

 

 

俺たちは高校駅伝出場を目指してるんだろ

 

 

 

まだ予選突破なんて夢のまた夢って状況なのに、呑気なことやってる場合か

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは聞き耳を立てながら心の中で毒ついた。

 

 

 

駅伝部やµ’sのみんなに合わせて夢物語を追っているうちに、自分がどんどん速度の世界から取り残されてしまうのではないかと、カケルは怖くなっていた。

 

 

 

その後もカケルは、楽しそうに談笑する面々をよそに1人ほとんど会話には加わらず黙りこくっていた。

 

 

 

そんなカケルの様子を、穂乃果は何度も心配そうに見ていた。

 

 

 

声を掛けようにも何て声を掛けたらいいか分からず、ただ眺めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日も、さらに次の日も、カケルは前回の試合から崩れ出した調子をなかなか立て直すことが出来ずにいた。

 

 

 

あせりで目が曇り、自分の状態を見極められていない中、カケルはひたすらがむしゃらに走り続けた。

 

 

 

しかし、走っても走っても調子が上がっていく実感を得られなかった。

 

 

 

こんなに走っているのになぜ、と更なる焦りが生まれるという負の連鎖に陥っていた。

 

 

 

それでもカケルは走ることをやめられなかった。

 

 

 

羽ばたかなかったら海に落ちてしまう渡り鳥のように、カケルはハードな練習を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月7日 水曜日 放課後練】

 

 

 

◎グラウンド◎

 

 

 

駅伝部はトラックで3つのグループに分かれ12000mのペース走を行っていた。

 

 

全員それぞれの設定通りにしっかりとこなし、走り終わった部員はトラックの周りでダウンジョッグを行っていた。

 

 

 

 

「よーし終わったー」

 

 

「今日も設定通りに行けたし、最近調子いいなぁ」

 

 

ジョージとジョータが笑顔でジョッグをしながら話す。

 

 

 

 

「練習の質も上がってきてる中、みんなどんどんこなせるようになってきてるね」

 

 

「ワタシも、この調子で今度の関東大会頑張りマス」

 

 

「その意気だよムサ」

 

 

双子と共に走っている高志とムサが言った。

 

 

 

 

「そういえば高志さん、µ’sの新曲の歌詞は出来上がりましたか?」

 

 

「うん。今日になってようやく出来上がって、今頃海未ちゃんが真姫ちゃんに作曲を頼んでるところだと思うよ」

 

 

高志はジョータの問いに答えた。

 

 

 

 

「一体どんな曲になるんだろう?楽しみだなぁ~」

 

 

「ハイ。ワタシもとても楽しみデス」

 

 

ジョージとムサがワクワクしながら言った。

 

 

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」

 

 

 

 

すると4人は、まだトラックを走っているカケルが目に入った。

 

 

 

 

 

「カケルさん、まだ走ってるよ」

 

 

「最近すごい走り込んでるよね」

 

 

双子は感嘆の声を上げる。

 

 

 

 

「実はカケル、最近変なんだよね。俺たちクラスメイトともほとんど話さなくなって、ずっと1人で何か考え込んでるようなんだよね」

 

 

「ハイ。お昼休みもワタシたちと一緒にご飯を食べなくなってしまって、ことりサンも海未サンも穂乃果サンも心配していマシタ」

 

 

高志とムサが深刻な表情で双子に説明をする。

 

 

 

 

「そ、そうなんですか?」

 

 

「やっぱり前回の試合の結果が応えてるのかな?」

 

 

 

 

「そう思って、俺たちはあえて余計なことを言わないようにしばらく様子を見てきたけど・・・やっぱりちょっと心配だな・・」

 

 

 

「今のカケルは・・・正直、ちょっと怖いデス・・・」

 

 

 

ジョータとジョージの言葉に、高志とムサはカケルの方を見ながら心境を語った。

 

 

 

 

話し合っている4人の前を、ハイジが聞き耳を立て1人でダウンジョッグを行っていた。

 

 

 

 

走り続けているカケルをジッと見つめながら・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月8日 木曜日 放課後】

 

 

 

◎2年生教室◎

 

 

 

今日も授業が終わり、生徒たちが一斉に帰り支度を始めていた。

 

 

カケルも素早く帰り支度をしていると、前の席から穂乃果が声を掛けてきた。

 

 

 

 

「ねぇカケル君、今日って駅伝部の練習お休みだよね。私たちもお休みにしたから、みんなでどっか寄ってかない?」

 

 

「ダメだ。俺、自主練あるから・・」

 

 

カケルはそう言って席を立った。

 

 

 

 

「あ、カケル君!待ってよ!」

 

 

 

穂乃果がさらに呼び止めるがカケルは無視し、さっさと教室を出ていってしまった。

 

 

 

 

「カケル、今日も相変わらずでしたね」

 

 

「どうしちゃったんだろう?」

 

 

「カケル君・・・」

 

 

 

「「・・・・・」」

 

 

 

海未・ことり・穂乃果はカケルの後ろ姿を見て心配の声を上げ、その様子を高志とムサが黙って見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは練習着に着替え終えると、学校の敷地内の一画でシューズの紐を結んでいた。

 

 

 

 

 

(なんで俺はスクールアイドル活動なんかに今まで付き合ってたんだ・・・そんな場合じゃなかったのに・・・)

 

 

紐を結びながらカケルは思っていた。

 

 

 

すると駅伝部とµ’sの1年生組が一緒に帰っていくのを見つけた。

 

 

 

 

「ちぇー、せっかくみんなお休みになったのに、真姫ちゃん先帰っちゃったにゃー」

 

 

「しょうがないよ。真姫ちゃんは今、作曲中なんだから」

 

 

不満な声を上げる凛をジョータがなだめる。

 

 

 

「それより、今日はみんなどこ行こうか?」

 

 

「じゃあアキバの街にでも行かない?」

 

 

花陽が訊ねるとジョージが提案する。

 

 

 

 

「賛成!今日はアイギャラの新作CDが発売される日だから!あ~楽しみだなぁ~♪」

 

 

王子はジョージの提案に賛成し、新しいCDの事を考えてウキウキし始め、他のみんなはその様子を見てクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

フン・・・王子の奴、アニメのこと考えてる暇があったらもっと走れよ!!

 

 

 

チームで一番のお荷物のくせに・・・

 

 

 

 

 

 

 

カケルは先ほどのやり取りを聞いているうちに、苛立ちが募り心の中で王子に当たり散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月9日 金曜日 夕方】

 

 

 

◎音楽室◎

 

 

 

間もなく日も暮れる時間帯の中、真姫はµ’sの練習を終えてから音楽室に来ていた。

 

 

部屋に入ると早速椅子に座りピアノを弾き始める。

 

 

 

 

「Someday いつの日か~ 叶うよ願いが~♪ Someday いつの日か~ 届くと信じよう~♪」

 

 

 

そして、いつもの綺麗な声で歌い始めた。

 

 

やがて演奏が終わると、一息つきながらこれまでのことを振り返った。

 

 

 

 

(スクールアイドルを始めて早1ヶ月になるわね・・入学当初は、こんなことをするなんてホントに考えられなかったわ・・・初めて誘われた時は鬱陶しかったけど、今は・・・なんか・・・悪くないわね///)

 

 

真姫は少し頬を赤らめながら思った。

 

 

 

 

 

 

コンコン・・

 

 

 

 

 

すると音楽室のドアがノックされる音が聞こえた。

 

 

 

真姫は音に気付いてドアの方を見ると、ドアの窓に1人の人影があるのが分かった。

 

 

 

 

(あ、来たわね・・)

 

 

真姫は素早く自分のカバンの中から1枚のディスクが入ったケースを取り出した。

 

 

 

 

 

ガラガラガラ・・

 

 

 

 

人影はドアを開けて中に入ると真姫の前に立ち、右手を差し出した。

 

 

 

 

「はい、これ・・」

 

 

 

真姫は少し笑みを浮かべながらそう言って人影にディスクを差し出し、人影はコクリと頷きながらそれを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは駅伝部の練習を終え1人帰り道を歩いていた。

 

 

辺りはもうすっかり暗くなっている。

 

 

今日もカケルは暗くなるまで誰よりも走り込んできた。

 

 

早く試合に出て自分の力を確かめたいと思っているが、次の試合までまだ2週間以上もある。

 

 

 

他の強豪選手に置いてかれることに加え、早く試合で走りたいという二重の焦燥感にカケルはすっかり苛まれていた。

 

 

 

そんなカケルに対して、ハイジは特に何も言ってこなかった。

 

 

カケルにとってはそれも気に入らなくなっていた。

 

 

 

高校駅伝出場を目指すと言っておきながら真剣さが足りないんじゃないか、と思ったり、何をどうすれば速くなるのか具体的に教えてくれないことも不満だった。

 

 

 

 

そんなことを考えているうちにカケルは、住んでるアパートの前まで来た。

 

 

 

 

 

 

「カケルくーん」

 

 

すると穂乃果が自分の家の方から手を振りながら駆け寄ってきた。

 

 

穂乃果に気付きカケルは一旦足を止める。

 

 

 

 

「今日も練習お疲れ様」

 

 

「ああ・・・」

 

 

「この前カケル君とハイジさんが考えてくれたトレーニングメニュー、とっても役に立ってるよ。今日もみんなしっかりこなせたんだ」

 

 

「よかったな・・・」

 

 

穂乃果は笑顔で今日のµ’sの練習のことを話して聞かせるが、カケルは気のない返事を返すだけだった。

 

 

 

 

「・・・そうだカケル君。私たち、新しい曲の振り付けを少し考え合ったんだ。動画撮ったからちょっと見てくれない?」

 

 

 

「・・・そんな暇ねえよ」

 

 

カケルはそう言って自分の部屋に戻ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

「待ってよカケル君!」

 

 

穂乃果はカケルの腕を掴んで引き止めた。そして必死に大声で呼びかけた

 

 

 

 

 

「カケル君、この前の試合からなんか変だよ!私たちとも全然喋ってくれないし!何か悩んでることでもあるの!?だったらお話聞くから遠慮なく言ってよ!私たち、友達でしょう!?ねぇ・・カケル君!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせえよ・・・」

 

 

 

「えっ・・・」

 

 

 

「お前には関係ない!!もう俺に構わないでくれ!!」

 

 

 

カケルは穂乃果の方を振り返らずに声を荒げ、穂乃果の手を乱暴に振り払い素早く自分の部屋に入り鍵を閉めてしまった。

 

 

 

穂乃果はカケルの部屋のドアを見つめたまま呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

そして次第に涙が頬を伝い始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ひどいよ・・・・カケル君・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルは部屋に戻ると、バッグを放り投げドサッとカーペットの上に仰向けになった。

 

 

 

そして先ほどのやり取りを振り返りながら思った。

 

 

 

 

(これでいいんだ・・・もとはと言えばあいつが馴れ馴れしく話しかけてくるから俺もすっかり毒されちまったんだ・・・俺には・・・・友達なんていらねえよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月10日 土曜日】

 

 

 

◎駅伝部:部室◎

 

 

 

「お疲れ様です!」

 

 

「お疲れさまでしたー!」

 

 

 

駅伝部の部員たちは、学校が休みの土曜日の午前練習を終えて続々と部室を後にしていた。

 

 

現在部室にはハイジと平田だけが残っていた。

 

 

 

 

 

「平田、最近随分と身体が絞れてきたな」

 

 

「ああ、まあな。最近ちょっと食う量を減らしてるんだよ。俺って人より体重があるからダイエットして落とさねえと」

 

 

「いや、その必要はないぞ。これまでより練習で動けてるんだから、今まで通りバランス良く食べていれば自然と絞れてくるよ」

 

 

「そうか?まぁ、サンキューな。んじゃ、お疲れーっと」

 

 

 

平田は少し会話を交わした後、部室を出ようとドアの前に立った。

 

 

するとちょうどカケルが練習を終えて部室に入って来た。

 

 

 

 

 

「おおカケル、悪いな」

 

 

平田はカケルを避けながら入れ違いに部室を出ていった。

 

 

 

 

 

「お疲れカケル。今日も随分と走り込んだようだな」

 

 

「・・・」

 

 

ハイジが声を掛けるがカケルは何も答えず帰り支度を始めだした。

 

 

そんなカケルにハイジはさらに声を掛ける。

 

 

 

 

「カケル、最近オーバーワークになりすぎてないか?」

 

 

「!!」

 

 

「世田谷競技会以降、君はずっと一番最後になるまで走っているだろう。無理して走ったって、調子は戻ってはこないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「今無理しないでどうするんですか!!?」

 

 

カケルは立ち上がって叫んだ。

 

 

 

 

「高校駅伝ですよ!?俺たち駅伝部はまだ東京王者の足元にも及ばない状況だってのに・・・俺たちは遊びで走ってるんじゃないですよね!?」

 

 

 

「当然だ。遊びや中途半端な気持ちであんなにみんな頑張れると思うか?」

 

 

 

声を上げて問い詰めるカケルにハイジは冷静に返事を返す。

 

 

しかしカケルはさらに続ける。

 

 

 

 

 

「未だに5000mを20分切るのがやっとの王子もですか・・・?」

 

 

「・・・何?」

 

 

 

「王子の無駄な努力に付き合っていたら俺の1年も無駄になりますよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が思い通りにいかないのを王子のせいにするな!!」

 

 

 

ハイジはテーブルを叩きながら大声で怒鳴った。

 

 

普段は温厚なハイジだが、カケルを正面から見据えてくる目に怒りが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

「カケル、君は記録のためだけに走るのか!?部員のみんなに速さだけを求めているのか!?だとしたら・・・それは君がされて一番嫌だったことじゃないのか!?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『速いんだからしっかり仕事しろよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち・・ちがう!!!俺は・・・」

 

 

 

カケルは脳裏にかつて中学時代のチームメイトに言われたことが頭に浮かんだ。

 

 

そして大声を上げて否定した。

 

 

しかし何が違うのか、確信を持ってハイジに説明することも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人ともどうしたんですか?」

 

 

 

カケルとハイジは突然声を掛けられて振り向くと、王子が部室に入ってきていた。

 

 

 

 

 

「お、王子・・・どうかしたのか?」

 

 

ハイジが気まずそうに訊ねる。

 

 

 

 

「ちょっと携帯を忘れたんで取りに来ました」

 

 

王子はそう言うと素早く自分のロッカーから携帯を手に取ると、さっさとドアの方へ歩いて行った。

 

 

 

 

「失礼しましたー」

 

 

そして挨拶をしながら部室を出ていった。

 

 

 

王子が出ていってからしばらく沈黙が流れたが、先にハイジが切り出した。

 

 

 

 

「とにかく、焦らずにもう一度自分自身をよく見直してみるんだ。いいな」

 

 

そう言ってハイジは部室を後にした。

 

 

 

1人残ったカケルはただ呆然と立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月11日 日曜日  昼】

 

 

 

季節はすっかり夏に移り変わり、昼頃になると気温が30度近くまで上がるようになってきた。

 

 

そんな中を王子が1人、千代田区一帯を走っていた。

 

 

 

 

 

「はっ・・はっ・・はっ・・・」

 

 

(もう3時間か・・・ずいぶん走ったな・・・)

 

 

 

王子は腕時計を見ながら思った。

 

 

そして脳裏に昨日部室の前で偶然聞いてしまった、カケルが言っていたことが頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『王子の無駄な努力に付き合っていたら俺の1年も無駄になりますよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりカケルさんにとって、僕みたいな初心者はお荷物同然なんだな・・・

 

 

 

まぁ事実なんだし、それはしょうがないよね

 

 

 

でも・・・僕だって走りたいから駅伝部に入ったわけだし

 

 

 

だからこそ僕は・・・早くみんなに追いつくために・・・

 

 

 

一番多く走らないと・・・

 

 

 

 

・・・なんだろ?だるい・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちんが見つけてくれた新しいレストラン、美味しかったよねー」

 

 

「うん。お店の雰囲気も良かったよね」

 

 

「まぁ、悪くはなかったわね」

 

 

 

その頃、凛と花陽と真姫は3人揃って千代田区内を歩いていた。

 

 

日曜日のため、3人で出かけている途中であった。

 

 

 

 

「それで、このあとどこに行く?」

 

 

「デザートに何か冷たいものでも食べたいにゃー」

 

 

「ウエェ、まだ食べるの?でも確かに、今日は結構暑いわよね」

 

 

「じゃあ決まりにゃー」

 

 

 

 

 

「ん?ねぇあれって、王子じゃない?」

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

真姫が前方を指差しながら言った。

 

 

その方向には王子が3人の方に向かって走ってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 

 

 

 

 

 

 

「ホントだ。王子君だにゃー」

 

 

「茜君、休みの日でも頑張って練習してるんだね」

 

 

 

「待って!なんか様子が変よ!」

 

 

「「えっ?」」

 

 

凛と花陽は感嘆の声を上げるが、真姫は王子を見て異変を感じていた。

 

 

 

 

 

3人がよく見てみると、王子は少しフラフラと蛇行し始めており、足取りもおぼつかず、目は虚ろになっていた。

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ・・・

 

 

 

 

 

 

 

「茜君!」

 

 

「王子君!」

 

 

「王子!」

 

 

 

 

 

 

3人の前で王子はばったりと倒れ、そのまま意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 



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第36路 騒乱!駅伝部

◎カケルの部屋◎

 

 

 

 

「何!?王子が!?」

 

 

 

『はい!さっき凛ちゃんから電話があって、ランニング中に突然倒れて真姫ちゃんちの病院に運ばれたそうです!』

 

 

 

カケルは電話でジョージから連絡を受けていた。

 

 

 

「わかった!俺もすぐに向かう!」

 

 

カケルは通話を切ると、急いで部屋を出て西木野総合病院へと向かった。

 

 

 

 

 

「ったく王子の奴、無茶しやがって・・」

 

 

 

「あれ?カケル君?そんなに慌ててどうしたの?」

 

 

カケルはそう呟きながら穂むらの前を通ると、買い物袋を抱えて家に入ろうとしていた穂乃果に声を掛けられた。

 

 

 

 

 

「・・実は、王子が倒れたらしいんだ」

 

 

「ええっ!?王子君が!?」

 

 

カケルの言葉を聞き、穂乃果は驚きの声を上げた。

 

 

 

そして先ほどジョージから聞いた話を穂乃果に話した。

 

 

 

 

「偶然西木野さんたちに発見されて、西木野総合病院に運ばれたらしいんだ!俺はこれからそこに向かう!」

 

 

「わかった!私も後で行くね!」

 

 

 

カケルは穂乃果の返事を聞くと、再び駆け足で病院へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ・・ハッ・・ハッ・・ハッ・・

 

 

 

今日も走らなきゃ

 

 

 

僕が一番遅いんだから・・誰よりも多く走らないと・・

 

 

 

それにしてもみんな・・・速いなぁ

 

 

 

みんなどんどん先に行っちゃってるよ

 

 

 

 

 

 

 

そろそろかな

 

 

 

走って20分くらい経つと、なんか軽くなってくるんだよな

 

 

 

みんなにも追いつけるし

 

 

 

うん、きたきた

 

 

 

 

 

 

 

ああ・・・気持ちいいな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・!」

 

 

 

 

「お、起きた」

 

 

 

「茜君!よかったぁ」

 

 

 

「大丈夫?王子君」

 

 

 

王子は目を覚ますと、ハイジ・花陽・穂乃果が声を掛けてきた。

 

 

 

そこは西木野総合病院の病室であり、王子は患者衣を着てベッドに横たわっていた。

 

 

病室には、連絡を受けて駆け付けた駅伝部の部員全員と穂乃果・真姫・花陽・凛が見舞いに来ていた。

 

 

 

 

「・・・僕は一体、どうなったんですか?」

 

 

王子は何が起きたのかわからず、ゆっくりと身体を起こしながら訊ねた。

 

 

 

 

「ランニング中に、脱水症状で倒れたんだよ」

 

 

ハイジが答えた。

 

 

 

「脱水?」

 

 

「君が倒れていた所に、偶然通りかかった彼女たちが病院まで運んでくれたんだ」

 

 

ハイジは安堵の表情で見守っている花陽・凛・真姫を指しながら言った。

 

 

 

 

「ホントにびっくりしちゃったよー」

 

 

「まったく・・たまたま病院の近くだったからよかったけど、ここまで運ぶの大変だったんだからね」

 

 

「まあまあ真姫ちゃん。とにかく、茜君が無事でよかったよ」

 

 

 

凛・真姫・花陽が言う。

 

 

 

 

「お前が着ていた練習着、病院でもらったこの袋の中に入ってるぞ」

 

 

「お前あんな暑い中よく走ろうなんて思ったなぁ」

 

 

「でもあんまり無理をしちゃダメだよ」

 

 

「そうだよ。王子がもっと速くなるために頑張ってるのはみんな知ってるから」

 

 

ユキ・平田・高志・ジョータを始め、駅伝部のみんなは口々に王子に労いの言葉を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「素人が無茶するからこんな目にあうんだ」

 

 

その時、一人病室の後ろの方で黙って見守っていたカケルが口を開いた。

 

 

一同は全員カケルの方を振り返った。

 

 

 

 

 

「こんな気温の高い日に、何時間も走るもんじゃない。第一、こまめに水分を摂るのは基本だろ」

 

 

「・・・そうでしたね」

 

 

「そうでしたねって・・・毎日の練習でハイジさんがよく言ってるだろ!」

 

 

カケルが厳しい口調で王子に声を掛ける。

 

 

 

 

「運動経験のある俺たちは、水飲め 汗ふけって刷り込まれてきたけど、これまで万年文化系の王子には未だにそういう感覚が染みついてないのかもね」

 

 

話を聞いていた高志が考えながら言う。

 

 

 

 

 

「とにかく・・これで怖くなって、走るの嫌になったんじゃないか?」

 

 

カケルは王子を見下ろしながら冷たく言い放った。

 

 

 

 

 

「ちょっと!カケル君!」

 

 

 

「・・・別にそんなことないです」

 

 

 

カケルの言葉に対して穂乃果が咎めようとするが、王子が返事を返した。

 

 

 

 

「そりゃあ少しは怖かったですよ。倒れた後も少しだけ意識が残ってて、身体全体がしびれてギューッと萎縮していったのを覚えてますし・・けど」

 

 

 

「「「 ? 」」」

 

 

 

「これでジョーと闘うために無理な減量に苦しんだ力石の気持ちが少し分かった気がします」

 

 

 

「「「???」」」

 

 

 

王子はオタクらしく当時の状況を某ボクシング漫画の人物になぞらえながら答え、他のみんなはさっぱり分からないという表情で聞いていた。

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなよ!!お前下手すりゃ死んでたかもしれなかったんだぞ!!中途半端に走ってるからこんなことになったんだろう!!」

 

 

 

「カケルさん!王子は中途半端な気持ちでなんか走ってませんよ!」

 

 

「王子だって一生懸命頑張ってるじゃないですか!2ヶ月前は5000m30分以上かかってたのを今は10分以上も縮めてるじゃないですか!」

 

 

 

カケルは王子に対して厳しく叱責するが、ジョータとジョージは反論し王子を庇った。

 

 

 

 

「っていうかカケルさん!最近変ですよ!」

 

 

「そうデス。カケルはここのところ、何かに悩んでいるのではアリマセンカ?」

 

 

「・・・・・」

 

 

ジョータとムサに図星を付かれ、カケルは押し黙ってしまった。

 

 

 

 

「そうなのか?カケル。言いたいことがあるんなら遠慮なく言えよ。もう2ヶ月も一緒にいるんだからよ、ちょっとぐらい相談乗るぜ。そりゃあ俺じゃあ頼りにならないかもしれねえけどよ」

 

 

「『ならないかも』じゃなくて『ならない』だろ実際」

 

 

「上げ足取んなよユキ!」

 

 

「フン」

 

 

 

平田はカケルに対して先輩らしく相談を勧めるが、それに対してユキが悪戯っぽく笑いながらツッコむ。

 

 

 

 

 

「・・・・何を」

 

 

 

「「「 ? 」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あんたたちに一体何を相談しろって言うんだ」

 

 

 

 

「「「!!??」」」

 

 

 

 

 

カケルは容赦なく言い放った。

 

 

仲間を完全に拒絶する発言に一同は驚きのあまり絶句していた。

 

 

 

 

 

 

 

「出たよ。まさに自分はできるって奴のセリフじゃねえか」

 

 

この沈黙をユキが一番最初に破った。

 

 

さらにユキは続けた。

 

 

 

「お前さ・・・今まで一度も挫折とかしたことねえだろ」

 

 

「!!」

 

 

「言っとくけどな、挫折に関しては俺たちの方が多少なりとも先輩だ。話聞いてやるくらいのゆとりはあるさ」

 

 

 

 

 

 

「あんたたちに話したって、何も分かるわけないでしょう!!」

 

 

しかしカケルは尚も突っぱねた。

 

 

 

 

 

「カケル!!君だけが苦しいわけじゃないだろう!!みんな毎日必死に練習してるんだぞ!!」

 

 

「た、高志・・」

 

 

「同じ練習してから言えよ!!この中に俺よりも速く走れる人がいるのか!?」

 

 

今度は、いつもは温厚な高志が珍しく声を張り上げカケルに抗議し、ムサが諫めていた。

 

 

それに対してカケルも大声で反論する。

 

 

 

 

 

その様子を見て、ハイジは目を閉じて俯き、ジョータ・ジョージ・平田は怒りの表情でカケルを睨んでおり、ユキは呆れたようにため息を吐き、真姫はカケルに対して軽蔑の眼差しを向け、花陽・凛はオロオロしながら様子を窺っていた。

 

 

 

その中で穂乃果は、無言で拳を握りしめながら俯いていた。

 

 

 

 

 

「所詮あんたらド素人がいくら練習したって、高校駅伝なんて目指せるわけねえよ!!素人に分かりますっつうツラされたくねえんだよ!!」

 

 

 

 

「カケル・・・・お前いい加減に・・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァァーーーーーーーーーーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイジはカケルに掴みかかろうとしたが、その前に穂乃果がカケルの横っ面を思いっきりビンタし、その音が病室中に響き渡った。

 

 

 

全員が目を見開きながら驚愕の表情を浮かべ、病室は一気にシンと静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしてよカケル君!!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

穂乃果は両手でカケルの胸ぐらをつかみ上げ、大声で怒鳴りつけた。

 

 

 

 

 

「王子君は、もっと強くなるために倒れるまで精一杯努力してきたんだよ!!そんな王子君の頑張りをどうして分かってあげないの!!みんなだって、高校駅伝を目指すために毎日真剣に頑張ってるのに、どうしてそれを認めようとしないの!!カケル君が抱えてる悩みの大きさとか、私たちには分からないかもしれないけど、一緒に過ごしている中でみんなだって私だって、カケル君がいつもと違うことに気付いてるんだよ!!」

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

「みんなカケル君のこと心配してるんだよ!!だったらそれに応えてよ!!何かあるなら遠慮なく言ってよ!!私たち・・・友達だって・・・約束したじゃない!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから・・これからも・・・これからも私たち、ずっと友達でいようね!」

 

 

 

 

『当たり前だろう穂乃果』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとも・・・あれは嘘だったの・・・・カケル君・・・・そんなの嫌だよ・・・ううぅぅ」

 

 

 

穂乃果はだんだんと目に涙を浮かべ、ついにカケルの胸ぐらを掴んだまま俯いて泣き崩れた。

 

 

 

 

「穂乃果サン・・」

 

 

ムサは穂乃果に寄り添い、持っていたハンカチを差し出した。

 

 

穂乃果は受け取ったハンカチで目を覆い、泣き続けた。

 

 

 

泣き続ける穂乃果をカケルは呆然と見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

「そうだカケル。穂乃果ちゃんの言う通りだ」

 

 

ハイジが口を開いた。

 

 

 

 

「速さを求めるばかりじゃ駄目なんだ。そんなのは虚しい。何のためにみんながいるのか、早く気付いてくれカケル!俺のようになる前に!」

 

 

 

「・・・ハイジさん」

 

 

 

 

 

(・・俺のようになる前にって、どういうことだろう?)

 

 

高志はハイジの言葉を聞いて思った。

 

 

 

 

 

「信じてほしいんだ。俺たちのことを・・・だから・・・・」

 

 

すると突然ハイジの言葉が途切れた。

 

 

そして次の瞬間、ハイジはフラフラとよろめくとカケルの方へと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「ハイジさん!!」

 

 

「「「ハイジ(さん)!!」」」

 

 

 

 

カケルは慌ててハイジの身体を支えた。

 

 

ハイジの表情は青ざめており、ぐったりと目を閉じている。

 

 

 

 

「ハイジさん!どうしたんですか!?」

 

 

「ハイジさん!しっかりしてください!」

 

 

カケルと高志が必死に呼びかけるが反応はなかった。

 

 

 

 

「どうしまショウ!完全に意識がなくなっていマスよ!」

 

 

「「「えーーー!!」」」

 

 

ムサが動揺しながら言うと、一同はパニックに陥った。

 

 

 

 

「お前ら、そっち側のベッドにハイジを寝かせろ!」

 

 

中でも一番冷静なユキが指示を出し、指示を受けた駅伝部員たちはすぐにハイジを抱え上げ王子の隣のベッドに横にした。

 

 

 

 

「ど、どうしよう・・」

 

 

「誰か・・誰か助けて・・」

 

 

「待ってて!パパを呼んでくるわ!」

 

 

凛と花陽が怯えながら呟くと、真姫はそう言って病室を出ていった。

 

 

 

 

 

「ハイジさん、死んじゃやだー」

 

 

ジョージがハイジを見ながらしゃくりあげ、ジョータがなだめるようにジョージの方に手を置いた。

 

 

 

 

カケルは祈るような表情でハイジの枕元に立った。

 

 

「大丈夫だよカケル君」と穂乃果に声を掛けられても、医師が来るまでハイジのそばを離れなかった。

 

 

 

 

 

 

やがて病室に、真姫と白衣を着て眼鏡を掛けた真姫の父親と思わしき医師が駆けつけてきてくれた。

 

 

真姫の父はハイジに近づき、瞼をめくったり聴診器を押し当てたり掌で熱の有無を確認したりした。

 

 

 

 

「どうなの?パパ」

 

 

心配そうに見守る一同を代表して真姫が訊ねる。

 

 

 

「うん。どうやら過労のようだな」

 

 

真姫の父が答える。

 

 

 

 

「過労・・ですか?」

 

 

「倒れたのは貧血によるもののようだ。だが、今は気絶しているというよりも寝てるだけのようだ」

 

 

高志が聞き返すと真姫の父は分かりやすく説明をする。

 

 

 

一同は一斉にハイジに視線を移した。

 

 

よく見ると、規則正しい呼吸と共に胸が静かに上下している。

 

 

悪い病気ではなかったことを知り、全員安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

 

「おそらく睡眠不足で疲れがたまったんだろう。念のために栄養剤を打っておこう。しばらく休めばすぐ元気になるよ」

 

 

真姫の父は医師用の黒い鞄から注射器を取り出し、ハイジの腕に注射をした。

 

 

 

 

「さて、これで必要な応急処置は済んだよ」

 

 

「「「ありがとうございました」」」

 

 

 

一同は頭を下げて真姫の父にお礼を言った。

 

 

 

 

「みんな、改めて紹介するわ。私のパパよ」

 

 

「皆さんはじめまして。真姫の父の紳一郎です。この病院の院長を務めています」

 

 

真姫が言うと、紳一郎は丁寧に自己紹介をした。

 

 

 

 

「君たちはもしかして、真姫の友達かい?」

 

 

「はい。私たちは真姫ちゃんと一緒にスクールアイドルをやっています。まだあとメンバーは3人ほどいます」

 

 

紳一郎が訊ねると穂乃果が凛・花陽を指しながら答える。

 

 

 

 

「僕たちは音ノ木坂学院高校の駅伝部の者です」

 

 

今度は高志が駅伝部を代表して紹介した。

 

 

 

 

「そうか、君たちが。真姫から話は聞いているよ。いやーしかし真姫にもこんなたくさんの友達が出来て、お父さんは嬉しいよ」

 

 

「ちょっとパパ!恥ずかしいからやめて!////」

 

 

紳一郎は嬉しさがこみあげ始め、真姫は顔を赤らめながら咎めた。

 

 

その様子を一同はクスクス笑いながら微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 

 

「お久しぶりです。西木野先生」

 

 

すると平田が声を掛けた。

 

 

 

「やあ彰宏君。久しぶりだね」

 

 

紳一郎は声を掛けられると挨拶を返した。

 

 

一同は不思議そうな表情を浮かべながら2人を見比べた。

 

 

 

「お父さんは元気かい?」

 

 

「はい。相変わらずバリバリ働いてますよ」

 

 

紳一郎が訊ねると平田が答えた。

 

 

真姫は2人の会話を聞き、以前平田が父親がよく病院に訪れていたと言っていたのを思い出した。

 

 

 

 

 

「そうか。でもまた何かあったら遠慮なく来てくださいと、お父さんに伝えておいてね。それと・・・・君も元気そうでよかったよ」

 

 

 

「ええ。まあ何とか・・」

 

 

 

「それじゃあ私はまだ仕事があるからこれで失礼するよ。どうか皆さん、真姫のことをよろしくお願いします」

 

 

 

「「「はい。ありがとうございました」」」

 

 

 

紳一郎は全員に挨拶を交わすと、一同は改めて頭を下げながらお礼を言った。

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

そして病室を出ようとしたが、その前に部屋の端の方にいるユキの姿が彼の目に入った。

 

 

紳一郎はユキを見つけると若干驚いた表情を浮かべた。

 

 

 

「・・・・」

 

 

ユキは軽く目礼をすると、紳一郎は何か言いたげな様子を見せるが、何も言わず微笑みながら目礼を返して病室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

「平田先輩、真姫ちゃんのお父さんと知り合いなんですか?」

 

 

「まあな。うちの親父が仕事で怪我した時によく診てもらってたから、その関係でちょっとした知り合いになったんだよ」

 

 

「へぇ~」

 

 

ジョータの問いに平田が答える。

 

 

 

 

「それとユキさんも、なんかあの人と知り合いっぽかったですね」

 

 

「確かにな。お前、西木野先生とどういう関係なんだ?」

 

 

今度はジョージと平田がユキに訊ね、他のみんなも一斉にユキの方へ視線を移す。

 

 

 

 

「別に・・・昔、剣道やって怪我した時にお世話になったことがあっただけだ」

 

 

ユキは冷静に答えるが、その目が若干泳いでいたことには誰も気づかなかった。

 

 

 

 

「それにしても真姫ちゃんのお父さん、カッコよかったよねー。さすがお医者さんって感じだよ」

 

 

「ハイ。それにとても子供想いのいいお父さんデシタ」

 

 

「あ、ありがとう・・ございます///」

 

 

穂乃果とムサは紳一郎のことを褒め称え、他のみんなもウンウンと頷いていた。

 

 

真姫も自分の親のことを褒められ、少し照れながらお礼を言った。

 

 

 

 

その中でカケルは、まだ眠っているハイジをジッと見つめていた。

 

 

 

「カケル・・・」

 

 

高志はその様子に気付き呟いた。

 

 

 

 

 

「俺のせいです。俺がハイジさんに心配かけたから・・・」

 

 

 

カケルはうなだれながら口を開いた。

 

 

悔しくて情けなかった。

 

 

自分の走りに集中しすぎるあまり、一緒に走っている仲間のことが目に入らなかった自分を激しく後悔した。

 

 

 

「カケル君・・・」

 

 

そんなカケルの様子を見て穂乃果が心配そうに呟く。

 

 

 

 

「そうじゃないですよ。僕がいつまでたっても速く走れないのがいけないんですよ。ハイジさん、練習の時はよく遅い僕についてくれましたから」

 

 

「茜君・・・」

 

 

ハイジの隣のベッドの上に座った王子が、力なく首を振りながら口を開き、花陽が呟いた。

 

 

 

一同はまるで通夜のようにしんみりとした様子でハイジのベッドの周りに集まった。

 

 

 

 

「考えてみりゃあ、俺たちはすべてをハイジに任せきりだったな」

 

 

「はい。毎日の練習メニューの提案から記録会へのエントリーとかまで全部やってくれましたし」

 

 

「練習についていくのでいっぱいだったのもありますけど、ハイジさんに負担をかけすぎてましたね・・」

 

 

平田・高志・ジョータが言った。

 

 

 

 

「あんなふうに急に倒れて、きっと今までずっと我慢してきたんだね」

 

 

凛が呟くと、駅伝部員たちは苦い思いを嚙みしめるようにうなだれた。

 

 

 

 

「王子・・・さっきはすまなかった」

 

 

カケルは王子に先ほどの行為を謝罪した。

 

 

 

「いいんですよ。なんだかんだで、僕が寝てる間ずっとこの部屋にいてくれたんですよね」

 

 

王子は微笑みながら答え、カケルは少し照れたように頬を赤らめた。

 

 

 

 

「とりあえずこれからは、せめて練習メニューは俺たち全員で話し合いながら決めていきましょうよ」

 

 

「お、いいこと言ったな」

 

 

ジョージがあえて明るい口調で提案をすると、平田を始めに部員たちから同意の声が上がった。

 

 

そしてこれからの改善案を話し合い始めた。

 

 

 

その中でカケルは1人しばらく考えた後に、みんなの前で宣言した。

 

 

 

 

「・・よし!決めた!」

 

 

 

「「「 ? 」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も、これからは本気でみんなと高校駅伝を目指す!」

 

 

 

 

 

 

 

「カケル君」

 

 

カケルの宣言を聞き、穂乃果は嬉しそうな声を上げる。

 

 

 

 

「「「・・えっ!?」」」

 

 

しかし駅伝部員たちはみんな唖然とした表情だった。

 

 

 

 

「これからはって・・・じゃあ今までは何だったんですか?」

 

 

「いや、どうせ無理だと思ってて・・・とりあえず話を合わせておこうかなってくらいだったんだ・・・ゴメン」

 

 

ジョージに訊ねられると、カケルは正直に答えた。

 

 

 

 

「その程度のモチベーションで、よくあれだけ走れるね」

 

 

「つーか、この中で一番一生懸命走ってただろう」

 

 

高志は感心しきりな様子で、平田はすっかりあきれかえりながら言った。

 

 

 

「俺、走ること以外に得意なことないですから」

 

 

カケルが返すと、ユキがやれやれと首を振った。

 

 

 

 

 

「やっぱりカケルは変な奴だな」

 

 

突然声が聞こえ、一同は一斉にハイジのベッドを振り返った。

 

 

するとハイジが目を開けていた。

 

 

 

「どうやら事態は収束したみたいだな。よかった」

 

 

みんなの様子を見てハイジは安堵の表情をしながら言った。

 

 

 

 

「ハイジ!やっと目を覚ましたのか!」

 

 

「ハイジさーん」

 

 

「本当によかったです!」

 

 

部員たちは口々にハイジの回復を喜んだ。

 

 

 

 

 

 

(とうとう言ってしまった・・・でも、もう迷わない!やってやるぞ!)

 

 

カケルは駅伝部員たちを見回しながら決意を新たにした。

 

 

 

 

 

「よーしお前ら!俺たち9人全員の力で、絶対高校駅伝行くぞー!」

 

 

 

「「「おーーーー!!」」」

 

 

 

平田の掛け声で、駅伝部員たちはカケルも交え全員高々と拳を突き上げた。

 

 

 

 

同じものを目指していこうという気持ちが、はじめて全員の胸に等しく芽吹いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

「カケル君・・みんな・・・やっと一つになれたんだね」

 

 

「みんなカッコいいにゃー」

 

 

「うん。一時はどうなるかと思ったけど、よかったね」

 

 

「暑苦しいのは苦手だけど、まぁ悪くはないわね」

 

 

その様子を穂乃果・凛・花陽・真姫が嬉しそうな表情で眺めていた。

 

 

 

 

すると突然病室のドアが開くと、看護婦の1人が顔を覗かせながら声を掛けた。

 

 

 

「あのー、ここは病院なので、もう少し静かにしてもらえませんか?」

 

 

 

 

「「「す、すみませんでした」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて一同は、元気になった王子とハイジと共に病院を後にしてそれぞれ帰路につき始めた。

 

 

外はもう夕暮れ時となっていた。

 

 

 

カケルは現在、穂乃果と2人きりで帰り道を歩いていた。

 

 

 

しばらく無言が続き、お互いに気まずい状態となっていたが、カケルは意を決したように穂乃果の前に出て声を掛けた。

 

 

 

「穂乃果!」

 

 

「な、なに?カケル君?」

 

 

突然声を掛けられ穂乃果は驚いた。

 

 

そして次の瞬間、カケルは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「ありがとう!穂乃果!」

 

 

 

「カケル君」

 

 

 

「俺、ずっとイライラして焦ってばかりだった。自分のことで一杯一杯になって、周りが見えなくなってた。でも、お前のおかげで目が覚めた。本当に大切なものが何なのか、分かった気がしたよ。俺、これから本気で高校駅伝目指して頑張るから、その・・応援よろしく頼む!友達として!」

 

 

 

カケルは更に頭を下げて、決意を込めながら穂乃果に言った。

 

 

 

 

 

「うう・・ぐすっ・・・よかったぁ」

 

 

「ほ・・穂乃果?」

 

 

すると穂乃果の目に涙が浮かび、頬を伝って流れていった。

 

 

 

 

 

「私・・・怖かった・・・カケル君と・・友達でいられなくなるんじゃないかって・・・怖かったんだよ・・・でもよかった・・・やっと・・・もとのカケル君に・・戻ってくれたんだね・・・ぐすっ・・」

 

 

穂乃果は泣きながらこれまでの思いを吐き出した。

 

 

 

カケルは穂乃果の泣き顔を見ながら、これまでの自分の行いを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に約束したのは・・・俺の方だったじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・正直、俺に何ができるか分からないけど俺なりに精一杯協力するよ。だって・・・友達だからな』

 

 

 

『ありがとうカケル君』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果はその約束を守ろうと・・・いつも俺のそばにいてくれたんじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

『何か悩んでることでもあるの!?だったらお話聞くから遠慮なく言ってよ!私たち、友達でしょう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに・・・俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うるせえよ・・・』

 

 

 

 

『お前には関係ない!!もう俺に構わないでくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな穂乃果を・・・俺は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな穂乃果・・・お前の声に耳を傾けてあげなくて・・・お前との約束を裏切ろうとして・・・本当にごめん!!」

 

 

 

カケルは今度は謝罪を述べながら再び深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「ぐすっ・・・やだ・・そう簡単には許さない・・」

 

 

穂乃果は涙を拭うとそっぽを向いてしまった。

 

 

 

 

「ええっ!?・・・わ、わかった!じゃあお前の頼みを1つ聞いてやるから、それで許してくれないか?」

 

 

カケルは穂乃果に拒否されやや困惑しながらも、必死に懇願した。

 

 

 

 

 

「・・・いいの?言っても?」

 

 

「ああ。何でも言ってくれ」

 

 

 

「・・・・じゃあ」

 

 

 

 

 

ガシッ

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

穂乃果はそう言うと、カケルの胸に抱き着いてきた。

 

 

 

 

 

「エエエエエッ!ほ、穂乃果!?/////」

 

 

 

「・・じゃあ、しばらくこうさせて」

 

 

 

「い、いや、でも・・・汗かいたから汗臭いぞ」

 

 

 

「いいの・・それにさっき、何でも言う事聞くっていったじゃん///」

 

 

 

穂乃果はお構いなしにカケルの胸に顔をうずめて離れなかった。

 

 

 

 

 

するとカケルは胸の中が濡れたように温かくなるのを感じた。

 

 

 

穂乃果はそれからしばらく無言で、カケルの胸の中で嬉し涙を流し続けた。

 

 

 

カケルはそんな穂乃果の頭を優しく撫で続けた。

 

 

 

そして頭を撫でながら穂乃果に優しく囁いた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう穂乃果。これからもよろしくな」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

 




お久しぶりです!お待たせしてすみませんでした!


実はここのところ、資格試験の勉強や求職活動が忙しくてなかなか更新できずにいました。

今はとりあえず試験は終わり一段落つきましたが、最近新しく始めた仕事を覚えるのに忙しくなってきたので、なかなか思うようには更新できないと思いますが、必ず最後まで書き上げたいと思っていますので、どうかこれからも応援よろしくお願いします!





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第37路 新たなる一歩

「どうだ穂乃果?落ち着いたか?」

 

 

 

「うん。ありがとうカケル君」

 

 

 

 

カケルの問いに穂乃果は笑顔で答える。

 

 

先程までしばらくカケルに抱き着いて泣いていたが、ようやく泣き止みすっきりした表情になっていた。

 

 

 

 

「さて、もう日も暮れてきたし帰ろうぜ」

 

 

「・・・ねぇカケル君」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

 

カケルが歩き出そうとすると穂乃果に呼び止められた。

 

 

 

 

「手、繋いでくれる?」

 

 

「えっ?///」

 

 

 

穂乃果にお願いされカケルは若干顔を赤らめ硬直してしまう。

 

 

 

 

「あ、でも嫌ならいいよ。さっきだってさんざん甘えちゃったし」

 

 

そんなカケルの様子を見て穂乃果は慌てたように声を掛ける。

 

 

 

 

「いや・・・行こう」

 

 

カケルは優しい微笑みを返しながら右手を差し出した。

 

 

 

 

「・・・うん!」

 

 

穂乃果も嬉しそうに微笑み返し、左手でカケルの右手を握り一緒に歩き始めた。

 

 

 

 

 

「えへへ、カケル君の手あったかいね」

 

 

「そ・・そうか?///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに・・・本当に温かいな

 

 

 

そういえば以前、ゴールデンウィークにみんなで出かけた時もみんなで手を繋ぎ合って帰ったっけ

 

 

 

あの時も温かかったけど・・・なんだろう

 

 

 

あの時とは違った感じの温かさだ

 

 

 

手は温かいけど、心の中は熱いようにも感じる

 

 

 

これは穂乃果を見てるとたびたび感じる感覚によく似ている

 

 

 

でも・・・悪い気分じゃない

 

 

 

むしろ、とても心地がいい

 

 

 

音ノ木坂に来るまで、人との繋がりでこんな気持ちになれたこと・・・なかったな

 

 

 

俺をこんな気持ちにさせてくれる穂乃果って一体・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?カケル君」

 

 

「えっ?」

 

 

 

カケルは穂乃果に声を掛けられるとハッと我に返った。

 

 

気が付くと無意識の内に穂乃果の顔を見つめており、お互いに目が合ってしまっていた。

 

 

 

 

「いや・・・俺・・音ノ木坂に来れて、本当に良かったって思ったんだ」

 

 

「カケル君」

 

 

 

 

「俺はここに来るまで、ろくに友達なんていなかった・・・ずっと一人だった・・・でも、みんなもお前も、俺を受け入れてくれた。やっと俺の居場所が・・・仲間が出来たんだって、今日改めて思ったよ。みんなが俺を信じてくれたように、俺もみんなを信じて・・・みんなの思いにきっと応えてみせる!だから、これからもずっと・・・お前らの仲間でいさせてくれ!」

 

 

 

カケルは真剣な表情で穂乃果の目を見て、自分の決意を露わにしながら懇願した。

 

 

 

 

「もちろんだよカケル君。私たちはずっと仲間だよ」

 

 

 

「ありがとう穂乃果」

 

 

 

カケルの思いを聞いた穂乃果はにっこりと微笑みながら返し、カケルは今にも嬉し泣きをしかねないような表情でお礼を言った。

 

 

 

 

そしてやがて『穂むら』の前まで到着した。

 

 

 

 

「じゃあ、また明日な」

 

 

「カケル君。今日、夕飯・・・うちで食べていかない!?」

 

 

 

カケルが自分のアパートに戻ろうとすると、穂乃果が突然提案を持ち出した。

 

 

 

 

「え?いいのか?もう6時過ぎだし、今からいきなりお願いしたら迷惑になるんじゃ」

 

 

「大丈夫だよ。うち7時までお店の仕事やってそれから作り始めるから、今から頼めば作ってもらえるよ。それにお母さん喜ぶと思うし」

 

 

「いや、でも・・」

 

 

「いいからホラ行こう」

 

 

 

穂乃果はカケルの手を掴み、正面入り口から店の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ。もちろんいいわよ。家族以外でご飯をご馳走するなんて久しぶりだし、食卓も賑やかになるわ。いいわよね?お父さん」

 

 

穂乃果とカケルは揃ってお願いをすると、瑞穂は快く承諾し健作も「いいぞ」と言わんばかりに頷いていた。

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

カケルは頭を下げてお礼を言った。

 

 

 

 

「それじゃあ、お母さん張り切ってごちそう作るわ。カケル君、何が食べたい?」

 

 

「いえ、何でも大丈夫ですよ」

 

 

「じゃあ、目玉焼きハンバーグがいい!」

 

 

「穂乃果!あんたの食べたいもの言ってどうするの」

 

 

「じゃあ、それでお願いします」

 

 

「わかったわ。それじゃあ作ってくるわね」

 

 

 

 

 

「じゃあ出来上がるまで部屋で待ってよう」

 

 

「分かったから引っ張るなよ」

 

 

瑞穂が台所の方へ行くと、穂乃果はカケルの手を引いて部屋へと案内した。

 

 

 

 

家の階段を登りきると、ちょうど部屋から出てきた雪穂と鉢合わせた。

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん。それと、カケルさん」

 

 

「ただいま雪穂!」

 

 

 

「お邪魔します」

 

 

「どうも、お久しぶりです」

 

 

 

カケルは雪穂に挨拶をすると雪穂もお辞儀をしながら挨拶を返した。

 

 

 

 

「今日カケル君ね、うちでご飯食べていくんだよ」

 

 

「そうなの!?」

 

 

穂乃果は嬉しそうに伝えると雪穂は少し驚いた。

 

 

 

「うん。今日はよろしくね」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

「さあさあカケル君。早く部屋行こう」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

カケルと雪穂が更に挨拶を交わすと、穂乃果はさっさと自分の部屋にカケルを引っ張って行った。

 

 

その様子を雪穂は2人が部屋に入るまで呆然と見つめていた。

 

 

 

 

「あの2人・・・手、繋ぎ合ってる」

 

 

雪穂はぼんやりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪穂はトイレから戻り再び自分の部屋に入ろうとすると、隣の穂乃果の部屋から2人の声がうっすらと聞こえてきた。

 

 

そして、そっと忍び足で穂乃果の部屋の方に近づき耳を澄ませた。

 

 

 

(お姉ちゃんはよくカケルさんの話をするけど、あの2人一体どういう関係になってるんだろう?)

 

 

そして襖の手前まで来ると、はっきりと声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・か、カケル君・・・激しすぎるよ・・・」

 

 

 

「何言ってんだよ穂乃果・・・お前の方から来いって・・・言ったんじゃねえかよ」

 

 

 

 

 

 

 

(えええええええええええ!?2人とも何してるのーーーーーー!?)

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ・・や、やめてカケル君・・・あぁ・・ああん・・・だめえぇぇ・・・」

 

 

 

 

 

 

(///////////)

 

 

 

再び穂乃果の喘ぎ声が聞こえ、雪穂は湯気が出るほど顔を真っ赤にしながら硬直していた。

 

 

 

 

(あの2人・・・もうそこまでの関係になってたの・・・・・・すごく気になる・・・・・・ちょっとだけなら・・いいよね)

 

 

雪穂は恐る恐る襖をわずかに開き、中を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

「なあ穂乃果。ゲームくらいでそんな変な声あげるのやめてくれよ。気が散るだろ」

 

 

「だって~、悔しいんだも~ん」

 

 

 

2人はただ、携帯ゲームで対戦をし合っているだけだった。

 

 

 

 

 

(はぁ~~~びっくりした~~~)

 

 

雪穂は気が抜けたようにため息を吐き、部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして夕食が出来上がり、カケルを含めた全員が1階の食卓に集まった。

 

 

食卓には料理が並べられ、全員食卓を囲んで座り込んだ。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいねカケル君。準備まで手伝ってもらっちゃって」

 

 

「いいえ。このくらい当然ですよ」

 

 

申し訳なさそうに言う瑞穂にカケルが返事を返した。

 

 

 

「さあさあ早く食べようよ~!もうお腹ペコペコだよ~!」

 

 

「もうお姉ちゃん!お客さんの前でみっともないよ!」

 

 

「お客さんじゃなくてカケル君でしょ!」

 

 

「そういうことじゃなくて!」

 

 

「こら2人とも!静かにしなさい!」

 

 

今度は穂乃果と雪穂が言い争いを始めてしまうが、瑞穂が諫めたことですぐに収まった。

 

 

 

 

(雪穂ちゃんはしっかり者なんだな。姉があんなんだと、さぞ大変だろうな)

 

 

2人の様子を見てカケルは少し可笑しくなりながら思った。

 

 

 

 

 

「「「いただきまーす」」」

 

 

一同は揃って挨拶を交わすと、食事にありつき始めた。

 

 

 

 

「さあさあカケル君!遠慮なくどんどん召し上がってね!」

 

 

瑞穂は笑顔でカケルに声を掛けるが、何やらソワソワと落ち着きがなくなっていた。

 

 

 

 

「お母さん・・・」

 

 

「分かりやす過ぎでしょ・・・」

 

 

「・・・(汗)」

 

 

 

どうやら瑞穂は自分の料理に対するカケルの反応が気になるようだった。

 

 

その様子を見て穂乃果と雪穂が小声で呟き、健作も無言でやや呆れ顔をしていた。

 

 

 

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 

カケルは早速ハンバーグを箸で一切れ掴み、食べ始めた。

 

 

 

 

「・・・どう?カケル君」

 

 

「・・・おいしい!これ、すごくおいしいです!」

 

 

穂乃果が訊ねるとカケルは満足な表情で瑞穂に言う。

 

 

 

 

「そう!?よかったわ!」

 

 

瑞穂はホッとした表情を浮かべ、穂乃果も雪穂も健作も嬉しそうだった。

 

 

 

その後もカケルはじっくりと料理を堪能し、やがて全部きれいに平らげた。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまです!」

 

 

 

「まぁ、本当によく食べたわね。付け合わせまできれいに」

 

 

「ご飯3杯もおかわりしちゃってたし、穂乃果もカケル君がこんなにおいしそうに食べるの初めて見たかも」

 

 

 

瑞穂と穂乃果はカケルのきれいに平らげられた食器を眺めながら呟いた。

 

 

 

 

「こんなにおいしい夕食は初めてです。ありがとうございました」

 

 

カケルは改めて笑顔で瑞穂にお礼を言った。

 

 

 

 

「そ・・そうかしら?こんなの普通の家庭料理よ」

 

 

瑞穂は照れながら返事を返す。

 

 

 

 

「そうそう。全然普通だよ」

 

 

「穂乃果・・あんたに言われると頭にくるわね!デザートあげないわよ!」

 

 

「そ、そんなぁ~」

 

 

 

「クスクス」

 

 

穂乃果と瑞穂のやり取りを見てカケルは可笑しくなりクスクスと笑いだした。

 

 

 

 

(カケルさん、なんだか楽しそう)

 

 

カケルの様子を見て雪穂は思った。

 

 

 

 

 

 

その後、瑞穂はデザート代わりとして小皿に乗せた大福3つとお茶をそれぞれに配っていった。

 

 

 

 

「はい、カケル君の分よ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「その様子だと、もう大丈夫みたいね」

 

 

「えっ?」

 

 

「実は最近カケル君が元気がないって、穂乃果から聞いていたのよ。私もお父さんも何か力になってあげられないかって、ずっと心配だったわ」

 

 

瑞穂は穏やかな表情で言うと、健作も隣で頷いていた。

 

 

 

 

「そうだったんですか・・・」

 

 

カケルは瑞穂の言葉を聞き、さらに申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

 

「でも、カケル君はもう大丈夫だよ!みんながついてるから!」

 

 

「はい。俺は大丈夫です。今の俺には穂乃果が、そして大勢の仲間がついててくれてます!」

 

 

 

穂乃果が言うと、カケルも駅伝部、そしてµ’sのみんなのことを思い浮かべながら笑顔で答えた。

 

 

 

 

「そう、よかったわ。でも、何かあったら相談に乗るから遠慮なく言ってね。私たちのことは家族だと思って何でも話していいのよ」

 

 

 

「そうだよカケル君、私たちはどんな時もカケル君の味方だよ」

 

 

 

 

「みなさん・・・はい!本当に、ありがとうございます!」

 

 

 

瑞穂・穂乃果は更にカケルを励まし雪穂も健作も笑顔でカケルを見つめている。

 

 

そんな高坂家一同にカケルは嬉し涙をこらえながら頭を下げてお礼を言った。

 

 

 

 

 

「そうそうカケル君!穂乃果ったらね、ここ最近カケル君の話ばかりしてくるのよ!」

 

 

「えっ?」

 

 

瑞穂は悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。

 

 

 

「ええっ!?そ、そんなことないよお母さん!他のみんなの話だって・・」

 

 

「いいえ!ダントツでカケル君の話が多いわよ!ねぇ、雪穂もそう思わよね」

 

 

「うん。お姉ちゃん、もうほぼ毎日カケルさんのこと話してるよ。既に聞いた話だってまた話したりしてるし」

 

 

穂乃果は顔を赤くしながら否定するが、瑞穂と雪穂がさらにたたみかけた。

 

 

 

 

「そ、そうなのか穂乃果?///」

 

 

「だ、だからそんなこと・・・な・・い・・・ううぅ///」

 

 

カケルが訊ねると穂乃果は更に顔を赤くし俯いてしまい、カケルも照れたように顔が赤くなり黙り込んでしまった。

 

 

 

 

(うふふふ・・2人とも可愛いわね~)

 

 

「・・・・」

 

 

瑞穂は2人の様子を見て不気味にほくそ笑み、そんな妻の様子を見て健作はやれやれと言った表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「あの、カケルさん。ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」

 

 

「ん?何?」

 

 

すると今度は雪穂がモジモジしながら声を掛けた。

 

 

 

「あの・・・宿題、見てもらってもいいですか?」

 

 

雪穂は数学の問題集を抱えながら言った。

 

 

 

 

「お姉ちゃんから聞きました。カケルさん、すごく頭がいいって。そこで、宿題でどうしても分からない所があるので、教えてもらえないかと思って」

 

 

「いや、そんな大したもんじゃないよ。でも、いいよ。出来る限り教えてあげるよ」

 

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 

カケルから承諾の返事を受けると、雪穂は嬉しさでパアッと明るい表情になりながらお礼を言った。

 

 

 

 

「それじゃあ早速始めようか。それで、どこを教えてほしいの?」

 

 

「この問題なんですけど」

 

 

「これか・・・ウンウン」

 

 

カケルは雪穂に見せられた問題に目を通し、頷きながら解き方を考え始めた。

 

 

 

 

「なるほど・・・ちょっとこのノート使ってもいい?」

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

「いいかい、まずはこの部分を・・・」

 

 

カケルは雪穂が用意したノートに問題の解き方を書きながら教え始めた。

 

 

 

 

 

(あぁ・・走ってる時だけじゃなくて、勉強を教えてる姿もよく見ると格好いいなぁ)

 

 

2人の様子を穂乃果はぼんやりと眺めていた。

 

 

瑞穂がニヤニヤと様子を窺っていることにも気づかずに

 

 

 

 

 

 

 

 

「カケルさん、出来ました!」

 

 

雪穂は問題を解き終わりカケルが答えのチェックをする。

 

 

 

 

「どれどれ・・・うん、正解だよ!このやり方忘れないようにね!」

 

 

「ありがとうございました!カケルさんの教え方とても分かりやすかったです!」

 

 

「そ、そうかな?でも、力になれたならよかったよ」

 

 

雪穂に感謝されカケルは照れながら返事を返す。

 

 

 

 

「ほらね!やっぱりカケル君はすごいでしょ!」

 

 

「本当ね~!同じ高校2年生なのに一方は成績優秀・スポーツ万能の天才少年、もう一方は落ちこぼれ寸前のおっちょこちょい、ここまで正反対になれるものかしらね~」

 

 

「ちょっとお母さん!それどういう意味~!」

 

 

「ちょっと・・褒め過ぎですよ瑞穂さん」

 

 

さらに穂乃果と瑞穂に褒め称えられカケルはさらに照れだした。

 

 

 

 

 

「カケルさん・・・またいつか教えてもらってもいいですか?」

 

 

雪穂が再び懇願する。

 

 

 

「うん!いつでも来ていいよ!」

 

 

「・・あ、ありがとうございます///」

 

 

カケルが笑顔で返事を返すと雪穂は少し顔を赤らめながらお礼を言った。

 

 

 

 

 

「そうだカケル君!µ’sの新曲のダンスの動画、まだ見てなかったよね!?今から見てくれる!?」

 

 

「そうだったな、よし!見てみるか!」

 

 

「じゃあ早く部屋に行こう!」

 

 

「わ、分かったから引っ張るなって」

 

 

穂乃果はカケルの手を引いて、一緒に居間を出て部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

「あの2人、どんどんいい感じになってるわね。それにしてもカケル君、本当にいい子よね~。ぜひうちの跡継ぎになってほしいくらいだわ」

 

 

カケルと穂乃果が出ていき瑞穂が微笑みながら語りだす中、雪穂は2人の背中をぼんやりと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケルさんって最初はどんな人なんだろうって思ったけど、とっても優しい人だったなぁ

 

 

 

あんな素敵な人と一緒にいられるなんて、なんかお姉ちゃんが羨ましいな

 

 

 

 

でも・・・なんでだろう・・・・

 

 

ここは喜ぶべきなのに・・・さっきのカケルさんの笑顔を見てから・・・なぜが・・胸が苦しい・・・

 

 

一体何なんだろう・・・この気持ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月14日 水曜日 放課後】

 

 

 

◎音ノ木坂学院高校 屋上◎

 

 

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8」

 

 

µ’s7人は今日も海未の掛け声の下で新曲のダンスの練習を行っていた。

 

 

 

「凛、ちょっと早いですよ」

 

 

「はい!」

 

 

「にこ先輩、しっかり身体の姿勢保ってください」

 

 

「分かってるわ」

 

 

「穂乃果、その動き忘れないでください」

 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「では、少し休憩です!」

 

 

 

「ゼェ・・ゼェ・・もうダメ~」

 

 

「はぁ・・はぁ・・きついです・・」

 

 

「PVの撮影まであと3日しかないんです!気合を入れてしっかり追い込まないと間に合いませんよ!」

 

 

息が上がっているにこと花陽に海未が発破を掛ける。

 

 

 

 

「そうだよ!ほら見て!駅伝部のみんなだって頑張ってるんだよ!」

 

 

穂乃果はフェンス越しに見える陸上競技トラックを指し、みんなも一斉に見下ろし始めた。

 

 

 

 

 

 

「ほら前来い前来い!じゃないとつけないぞ!」

 

 

「「ハイ!」」

 

 

 

駅伝部は集団で400mのインターバル走を行っていた。

 

 

その中でカケルが遅れそうになっているジョータ・ジョージに後ろから背中を押しながら声を掛けていた。

 

 

 

 

「13本目行きマス!よーい、ハイ!」

 

 

ムサを先頭にユキ・高志・ジョータ・ジョージ・カケルが後に続いて走り出した。

 

 

カケルは変わらず最後尾に付き、選手たちを鼓舞し続けていた。

 

 

 

 

「ほらここ粘んないと強くなれねえぞ!みんなで高校駅伝行くんだろう!」

 

 

「「「ハイ!!」」」

 

 

 

カケルの檄で部員たちはさらに気合が入ったようだった。

 

 

 

 

(カケル・・自分だけでなく、周りの選手のことも見れるようになってきたんだな)

 

 

ハイジは平田と王子を引っ張りながら様子を窺っていた。

 

 

 

 

「俺たちもカケルに続くぞ!必ずみんなで高校駅伝に行くんだ!」

 

 

「ハイ!」

 

 

「オウ!」

 

 

ハイジも平田と王子を鼓舞しさらに練習を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごーい!みんな気合い入ってるにゃー!」

 

 

凛が感嘆の声を上げる。

 

 

 

「カケル君、積極的にみんなに声を掛けてるね」

 

 

「そうですね。カケルが元気になってくれて本当によかったです」

 

 

ことりと海未はカケルの様子を見て嬉しそうに言った。

 

 

 

 

「さあ、私たちも駅伝部に負けないようにもっと頑張ろう!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

µ’sも穂乃果の檄によって練習を再開した。

 

 

 

澄んで輝く青空の下、駅伝部もµ’sも目的は違えど、それぞれが一つとなり新たなる一歩を踏み始めていった。

 

 

 

 

 

 




高校駅伝終わってしまいましたね。

そして次はいよいよニューイヤ駅伝、そして箱根駅伝です!

我が母校も出場するので全力で応援したいと思います!




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第38路 出陣!南関東大会!

【6月17日 土曜日 夕方】

 

 

 

◎音ノ木坂学院高校 敷地内◎

 

 

 

「はい!オッケーでーす!」

 

 

 

「よし!これで全ての撮影終了だ!」

 

 

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

 

 

 

日も暮れ始めている夕方の学校内の一画に、駅伝部全員と新しい衣装を着たµ’sメンバー7人がいた。

 

 

 

実は先程まで駅伝部の協力の下、µ’sの新曲のPV撮影を行っていたのであった。

 

 

 

事前に生徒会から許可を貰い、学校が休みの本日土曜日に決行することになった。

 

 

 

相変わらず生徒会長の絢瀬は納得のいかない表情だったが、副会長の東條が快く承諾してくれたため、無事に撮影を終わらすことが出来た。

 

 

 

 

「あとは、撮影した動画を編集してホームページにアップするだけだね」

 

 

 

「いよいよ、私たちのダンスが色んな人に見られるんだね」

 

 

「ワクワクするにゃー」

 

 

「うぅ~・・ついにこの時が来たのね」

 

 

 

ハイジの言葉を聞き、花陽・凛は期待に胸を膨らませており、にこは涙目になりながら感慨に耽っていた。

 

 

 

 

「本当にありがとうございました。駅伝部の皆さんのご協力のおかげです」

 

 

 

「同じ学校の仲間なんだから、このくらいの協力は惜しまないよ」

 

 

 

海未が改めてお礼を言い、ハイジが返事を返した。

 

 

 

 

「それじゃあ平田先輩、動画編集の方よろしくお願いします」

 

 

 

「おう!任せろ!」

 

 

 

「つまんねえヘマすんじゃねえぞ」

 

 

 

「ちゃーんと私が目立つように編集しなさいよね」

 

 

 

「分かってるよ。うるせぇなあ」

 

 

 

穂乃果の頼みに平田が答え、それに対しユキ・にこが茶々を入れた。

 

 

 

 

 

「あの・・茜君、ありがとう。今回の撮影について色々アイデア考えてくれて」

 

 

 

「いや・・いいってこのくらい///」

 

 

 

「ユキ、あんたが考えてくれたフォーメーション、なかなかよかったわ。その・・・ありがとう」

 

 

 

「フッ・・どういたしまして」

 

 

 

「ジョータ君もジョージ君も、学校内の飾りつけ手伝ってくれてありがとう!ホラ、真姫ちゃんもお礼言うにゃー」

 

 

 

「ふ、二人とも・・・今日は・・ありがとう///」

 

 

 

「「いやー照れるなあ///」」

 

 

 

 

 

 

 

 

µ’sメンバーはそれぞれ駅伝部に対して感謝の言葉を述べた。

 

 

 

 

駅伝部員たちはµ’sの活動に関してそれぞれ役割が与えられるようになった。

 

 

 

カケルは体力トレーニングの考案、高志は海未の作詞補助、ムサはことりの衣装・振り付け考案補助。

 

 

 

さらにアイドルに精通している王子はステージ・演出の考案とカメラマンを担当し、頭脳派のユキはダンスのフォーメーション考案、パソコンが得意な平田は撮影後の動画編集、ジョータとジョージはその他雑務や他のメンバーの手伝い、そしてハイジは監督を務め全メンバーを統括する立場となった。

 

 

 

カケルはみんなの様子を見渡しながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

本当に今回の撮影は大変だったなぁ

 

 

 

メンバーが増えてきて決めなきゃならないこともいっぱい出来て

 

 

 

でも、ここにいる全員で力を合わせたからこそ無事に成功させられた

 

 

 

なんか・・・大変だったけど楽しかったなぁ

 

 

 

みんなで力を合わせて一つのことを成し遂げるのが、こんなにも楽しいと思ったこと、ここに来るまで感じたことなかったな

 

 

 

 

 

 

「カケル君?」

 

 

「うぉ!?穂乃果!」

 

 

「どうしたの?ボーっとして」

 

 

「いや・・・何でもない!」

 

 

 

不思議そうに顔を覗かせる穂乃果にカケルは笑顔で返事を返した。

 

 

 

 

 

「それじゃあみんな、撮影が終わったなら片づけに入ろう!」

 

 

「「「はーーい!」」」

 

 

「あ、ムサ!君は先に帰っていいよ。明日は関東大会なんだし」

 

 

 

ハイジは全メンバーに号令を掛けたが、関東大会を翌日に控えているムサを呼び止めた。

 

 

 

 

「そ、そんな・・ワタシだけ先に帰るなんて申し訳ありマセン」

 

 

「大丈夫だムサ。あとは俺たちに任せろ」

 

 

「そうだよムサ君。明日は試合なんだから、早く帰って身体を休めて」

 

 

ムサは遠慮がちに答えるが、カケルとことりが彼をなだめ他のメンバーも優しく微笑みながら頷いていた。

 

 

 

 

「皆さん・・・ありがとうゴザイマス!明日は頑張りマス!」

 

 

 

「そうだムサ君。これ、受け取ってくれる?」

 

 

 

ムサがメンバー全員にお礼を言うと、ことりがムサに小さな紙袋を差し出した。

 

 

 

「これは何デスか?」

 

 

「開けてみて」

 

 

ムサは紙袋を受け取り開けてみると、緑色のスポーツネックレスが入っていた。

 

 

 

「うおーカッコいいー」

 

 

「いいなぁー」

 

 

ムサがネックレスを手に取ると、ジョータ・ジョージが興味津々にネックレスを眺め始めた。

 

 

 

「これって、陸上選手がよく付けているよね」

 

 

「しかも選手の間で大人気のメーカーの物だ」

 

 

高志とハイジもネックレスを眺めながら言った。

 

 

 

「エヘヘ、色々調べながら買ってきたんです。ムサ君に頑張ってほしくて」

 

 

「ことりちゃん、やるー」

 

 

ことりは照れながら答え穂乃果が感嘆の声を上げる。

 

 

 

 

「ありがとうゴザイマスことりサン!大切にシマス!」

 

 

「どういたしまして。明日も応援に行くから、頑張ってねムサ君」

 

 

 

ムサはことりに笑顔でお礼を言い、ことりもムサに優しい笑顔を向けながら激励の言葉を掛けた。

 

 

 

 

「ウフフ、なんか随分とめずらしい組み合わせよね~」

 

 

「でも、とってもいい雰囲気だにゃー」

 

 

「そうだね。あの2人、とってもお似合いだよね」

 

 

にこ・凛・花陽はお互いに笑顔で向き合っているムサとことりを眺めながら呟いた。

 

 

 

 

そしてムサはメンバーに見送られながら学校を後にし、残ったメンバーは後片付けに入り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、今回の曲もよかったよね」

 

 

「うん!あんないい曲作れるなんてさすが真姫ちゃんだよね」

 

 

「それに、色んな楽器のアレンジまでやってくれるなんてね」

 

 

 

「違うよ2人とも。編曲をやっているのは真姫ちゃんじゃないよ」

 

 

 

双子が装飾の片づけをしながら話していると、穂乃果が割って入って来た。

 

 

 

 

「えっ?じゃあ誰ですか?」

 

 

 

「真姫ちゃんの知り合いに編曲が出来る人がいるんだって」

 

 

 

「えぇっ?そうだったんですか?」

 

 

 

「僕はてっきり真姫ちゃんがやってるんだと思ってた」

 

 

 

穂乃果がジョータの質問に答えると、花陽・王子を始めとする2年生以外のメンバーは初めて聞いたため驚いていた。

 

 

 

 

(そういえばそうだったな・・・確かその人、仕事の都合で顔出しが出来ないって言ってたよな)

 

 

カケルは前に真姫が言っていたことを思い出していた。

 

 

 

一方真姫は、話してほしくなかったというように気まずそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「真姫ちゃん!その編曲の人ってどんな人なの?」

 

 

「俺、会ってみたいよ~」

 

 

「私もです!やはりここはちゃんとお礼を言うべきだと思うんです!」

 

 

 

「だ、だから・・・その人は仕事の都合で一般の人には会えないことになっているの!!」

 

 

話を聞いたジョータ・ジョージ・海未が真姫に訊ねるが、真姫は慌てたように大声で答える。

 

 

 

 

「じゃあその人ってどんな仕事をしているの?」

 

 

「真姫ちゃん、その人とどう知り合ったの?」

 

 

 

「んん~~もう!うるさーーい!!」

 

 

「「!?・・」」

 

 

真姫は次々と双子に質問攻めにされると、困ったように頭を抱えてから大声で怒鳴りつけた。

 

 

 

双子は驚きのあまり硬直し、周りのメンバーも片づけの手を止め何事かと振り返った。

 

 

 

 

「お願いだからこれ以上余計な詮索はしないで!迷惑になるから!」

 

 

「「は、はい・・・」」

 

 

 

真姫は再び大声で双子に釘を刺し、双子も真姫の迫力に圧倒され素直に返事を返した。

 

 

海未も納得のいかない表情を浮かべていたが、真姫の様子を見て仕方なく引き下がることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真姫ちゃん・・・前も編曲者のことになると随分と慌ててたよな

 

 

 

あれは間違いなく何か隠してるな

 

 

 

よっぽど俺たちに知られちゃいけないことでもあるのか?

 

 

 

一体・・編曲者って何者なんだろう!?

 

 

 

 

カケルは先ほどの光景を見てそう思いながら再び片づけ作業に入ったが、しばらくすると明日の試合のことが気になりその考えは頭から抜け落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6月18日 日曜日】

 

 

 

◎駒沢オリンピック公園陸上競技場◎

 

 

 

駅伝部とµ’sは全員揃って試合会場に到着し、例によって観覧席の一画に陣地を取った。

 

 

競技場では既に試合が始まっており、周りの観覧席からは各選手への声援が飛び交っておりその熱気は都大会の時の比ではなかった。

 

 

空を見上げると、雲一つない快晴の空で風もほとんど吹いておらず一般的に見れば良い天気だが、気温は二十度後半はあるようで現在競技を行っている選手たちにとっては暑い気候であった。

 

 

 

 

「うお~速ぇ~!」

 

 

「いけいけ~!」

 

 

「みんな頑張るにゃー!」

 

 

ジョータ・ジョージ・凛は現在トラックで行われている200m走を観戦している。

 

 

号砲と同時に選手が全力疾走しており、周りの声援もさらにヒートアップしていた。

 

 

 

 

「すごい熱気だね。この前来た時よりもすごい・・」

 

 

「当たり前です!この大会はインターハイ出場がかかっているんです!選手一人ひとりの意地とプライドを懸けた熱き闘いなのです!」

 

 

穂乃果が会場の空気に驚いていると海未が拳を握りしめながらこの大会について熱く語りだした。

 

 

 

「う、海未先輩・・・熱いな」

 

 

「海未ちゃん、弓道やってるのもあってスポーツ見るの好きなんだよね」

 

 

海未の様子を見て呟く王子にことりが説明する。

 

 

 

一方フィールドでは砲丸投げが行われており、大柄で体格の良い選手が砲丸を持ちながらスタンバイをしている。

 

 

 

 

「ウオオォォ!!」

 

 

 

そして大きな雄叫びを上げながら砲丸を力一杯投げ飛ばした。

 

 

 

 

「す、すごい迫力です・・」

 

 

その様子を見て花陽が恐縮気味に呟いた。

 

 

 

「うお~結構飛んだな~」

 

 

平田も砲丸投げの試合に見入っていた。

 

 

 

「あんた実は砲丸投げの方が向いてるんじゃないの?筋肉すごいし」

 

 

「そういや、陸上部顧問の山田先生に勧められたことあったよな」

 

 

「バカ言え!俺は投てきには興味ねえ!俺の目標は高校駅伝ただ一つなんだよ!」

 

 

にことユキの言葉に平田はきっぱりと返した。

 

 

 

「なぁにこ。ちゃんとグラウンド見えてるか?」

 

 

「ちゃんと見えてるわよ!あんた遠回しにあたしのこと小っちゃいってバカにしてるでしょ!」

 

 

ユキの悪戯っぽい笑みを浮かべながらの質問ににこはムキになって答える。

 

 

 

「だったらもっと見やすくしてやってもいいぞ。そら!」

 

 

「うわあぁ!ち、ちょっと!降ろしなさいよ!」

 

 

 

すると平田は片手でにこの背中を掴みヒョイと持ち上げ始め、持ち上げられたにこは手足をジタバタしながらもがいている。

 

 

一同はその様子を見てクスクスと笑いだしていた。

 

 

 

「プッ・・」

 

 

「あー!真姫ちゃんも笑ってるにゃー!」

 

 

「わ、笑ってなんかないわよ!///」

 

 

 

「むうう・・あんたたちぃ~」

 

 

「こらこら、あんまりからかい過ぎるなよ」

 

 

 

笑いに包まれる一同に対してハイジが諫める。

 

 

 

カケルもしばらく楽しそうに様子を窺っていたが、ふとムサの方を振り返った。

 

 

 

ムサは今、高志のマッサージを受けながら目を閉じて集中している。

 

 

表情はかなり緊張しているようだった。

 

 

 

 

(まぁ、緊張するのはしょうがないか)

 

 

ムサの様子を見ながらカケルは思った。

 

 

 

 

「ムサ。調子の方はどうだ?」

 

 

「先ほどから緊張で脚が震えていマス・・」

 

 

ハイジの問いかけにムサはなんとか言葉を絞り出すように答える。

 

 

周りのみんなも一斉にムサの方を振り返った。

 

 

 

 

「今日は以前の世田谷競技会と違って暑い気候になるから脱水症状には気を付けて、なるべく水分はしっかり摂っておくように」

 

 

ハイジは空や周りの風景を見渡しながら念押しをする。

 

 

 

「あの、ハイジさん。インターハイに行くにはどれくらいのタイムで走ればよいデショウ?」

 

 

ムサはおずおずと手を上げながら質問をする。

 

 

 

「うむ・・これまでのデータを見たところによると、14分20秒から30秒台で走れれば確実だな。ボーダーラインは14分40秒台といったところだろう」

 

 

 

 

「14分40秒?」

 

 

「うわ~速え~」

 

 

「この前のユキのタイムより断然速いじゃない」

 

 

「うるせえな・・」

 

 

 

ハイジは顎に手を当てながら答え、それに対しジョータ・ジョージ・にこ・ユキが呟いた。

 

 

 

 

(ムサの自己ベストは前回の世田谷競技会で出した14分51秒。かなり微妙なところだな)

 

 

カケルは心の中で呟いた。

 

 

 

 

「わ、ワタシの自己ベストより速いデス。ワタシなんかが勝てるのデショウカ?」

 

 

 

「大丈夫だムサ。君はこれまで俺やカケルがやっている最上級の練習にもついてこれるようになった。間違いなく日に日に力は付いている。あとは自分の力を信じて全力で戦ってくるんだ」

 

 

 

さらに不安な表情で呟くムサにハイジが檄を飛ばす。

 

 

 

 

「そうだよムサ君。ことり、ムサ君がいつも一生懸命頑張っているの知ってるから」

 

 

「ことりサン」

 

 

「頑張ってねムサ君。今日も精一杯応援するからね」

 

 

 

ことりもムサの手を握りながら優しく励ましの言葉をかける。

 

 

 

 

「頑張ってくださいムサさん!」

 

 

「ファイトだよムサ君!」

 

 

「俺たちがついているよ!」

 

 

「他校の奴らにお前の力を見せてやれ!」

 

 

「私のラブにこパワーを分けてあげるわ!」

 

 

 

 

「皆サン、ありがとうゴザイマス!頑張ってキマス!」

 

 

 

他の駅伝部員やµ’sメンバーも一斉にエールを送り、ムサは笑顔でお礼を言った。

 

 

その表情は不安がなくなり、決意に満ち引き締まったものとなっていた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、そろそろ時間だから行こうか!カケル!ことりちゃん!付き添いの方をよろしく頼む!」

 

 

 

「「はい!」」

 

 

 

ハイジが号令をかけると、ムサ・カケル・ことりが続きスタート地点へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~なんかこっちまで緊張してきたよ~」

 

 

「凛も~」

 

 

「俺、トイレ行きたくなってきた」

 

 

「俺も~」

 

 

「あんたたち、いくら何でも緊張し過ぎでしょ」

 

 

「「だって~」」

 

 

 

ムサたちが出発してしばらく経つと、穂乃果・凛・ジョータ・ジョージがムサの試合による緊張からソワソワと落ち着かなくなり、真姫が呆れ声で呟く。

 

 

 

 

 

 

キャーーーーーーーーーー

 

 

 

 

その時、少し離れた観覧席から大勢の女性の歓声が聞こえてきたため一同は一斉に振り向いた。

 

 

 

 

「な、何なんですかね?」

 

 

 

「あ!あの人!」

 

 

 

王子が呟くと花陽が観覧席の下のグラウンドを日学院大附属高校のエース:黒田が他の部員数人と歩いているのを見つけた。

 

 

 

 

 

 

「黒田せんぱーーい!!」

 

 

「黒田くーーん!こっち向いてーー!」

 

 

 

観覧席の女性集団が黒田に対して黄色い声援を送った。

 

 

それに対して黒田も爽やかな笑顔を向けながら手を振り返していた。

 

 

 

 

 

「すごい人気ですね」

 

 

「まるでアイドルみた~い」

 

 

「ホントにいい男よね~」

 

 

その様子を見て海未・穂乃果が感嘆の声を上げ、にこは黒田をうっとりと眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

「羨ましい~・・」

 

 

「ケッ・・カッコつけやがって」

 

 

「まぁまぁ二人とも」

 

 

ジョージ・平田が不機嫌な声を上げ、高志がなだめる。

 

 

 

 

「でも、とってもいい人だったよね」

 

 

「そうだよね~。かよちんのバッグ取り返してくれたし」

 

 

「あの時の背負い投げ凄かったよね」

 

 

花陽・凛・王子は以前都大会の日に彼らに会った時のことを思い出していた。

 

 

 

 

「あの人って、すごく強いのよね」

 

 

「うん。この前の試合見てたけど、とにかく速かったよ」

 

 

「今日のレースは、おそらくあいつを中心に動いていくだろうな」

 

 

 

真姫・ジョータ・ユキは神妙な面持ちで黒田について話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎スタート地点付近◎

 

 

 

 

スタート地点には出場選手たちが集まりだしていた。

 

 

ムサは最終コールを終えると他の選手と共にスタート地点前の直線で最後の流しを行っていた。

 

 

その様子を付き添いのハイジ・カケル・ことりが見守っている。

 

 

 

 

「あれ?なんかムサ君の他にも外国人選手がいます」

 

 

ことりが選手たちを眺めていると、上下プルシアンブルーのユニフォームを着たもう一人の黒人の選手を見つけた。

 

 

 

 

「あれは甲府学院大附属高校の留学生ジョセフ・マナスだな」

 

 

ハイジが答える。

 

 

 

 

「甲府学院・・ですか?」

 

 

「箱根駅伝の常連校の中に甲府学院大学っていうところがあるんだけど、あそこは毎年ケニア人留学生を起用することで有名なんだ」

 

 

「それが発端となって、今では色んな高校・大学・実業団が積極的に外国人選手を取り入れるようになったんだ。高校では宮城の仙台城西高校や広島の世羅学院なんかがあるな」

 

 

 

「そうなんですか」

 

 

 

ことりの質問にカケル・ハイジが詳しく説明する。

 

 

 

 

 

その頃、流しを行っていたムサも入念にアップを行っているマナスを眺めていた。

 

 

 

 

(あの人もワタシと同じ国の出身デショウカ?おそらくワタシと違って陸上の才能を見込まれての留学生デショウ。きっとワタシなんかよりもずっと速いんデショウネ。でも、あまり気にしないようにシマショウ)

 

 

 

ムサは心の中で呟くと再び深呼吸をして試合に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この試合で要注意なのはマナスだけじゃなく日学院の黒田、そして・・」

 

 

 

「俺がいた船橋第一の古賀さんですよね」

 

 

 

ハイジの言葉にカケルが視線を変えながら答える。

 

 

カケルの視線の先には、監督の松平から何か指示を受けている船橋第一の出場選手たちがいた。

 

 

 

 

「ああ、その通りだ。彼の走りは間近で見てきただろうが、どんな選手だった?」

 

 

 

「古賀さんは去年のインターハイ5000mには決勝まで進んでいて、とにかく計算して走れる速い人でしたよ」

 

 

 

「へぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甲府学院のマナスはしょうがないとして、日学院の黒田・白井、他にも法教大二高の山谷・美濃あたりは要注意だ。付かれても競り負けないように」

 

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

松平は選手に声を掛け、選手は返事を返す。

 

 

船橋第一の出場選手は古賀と榊、そして主将の朝倉という3年生選手となっていた。

 

 

 

 

「あと、蔵原がいるところにもう一人外人の選手がいるようですけど、こいつは大したことなさそうですから無視していいっすね。特に榊はな」

 

 

「うぅ~緊張する~」

 

 

 

古賀が松平に確認を取り、その横で榊が緊張気味に呟いている。

 

 

 

 

「そうだな。お前たちなら心配はないと思うが油断は禁物だぞ!」

 

 

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

そしていよいよスタート5分前となり、選手が次々とスタート地点に並び始めた。

 

 

 

「行ってこいムサ!」

 

 

「頑張れよムサ!」

 

 

「いってらっしゃいムサ君」

 

 

 

準備を終えたムサにハイジ・カケル・ことりが最後の檄を飛ばし、ムサは笑顔で手を振りながらスタートラインへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピーーーーーーーーーー

 

 

 

競技開始を知らせるホイッスルが鳴ると、辺りは静寂に包まれる。

 

 

 

 

 

(ムサ君・・・頑張って・・)

 

 

ことりは両手を合わせながら心の中でエールを送る。

 

 

 

 

 

 

ムサは昨日ことりに貰ったネックレスに手を当てる。

 

 

 

 

 

 

ことりサン・・・ハイジサン、カケル・・・皆サン・・・・行ってきマス!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「位置について!」

 

 

 

 

パーーーーーーーーーーーーン

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです!約四ヶ月ぶりの投稿です!


ここ最近仕事が忙しくて中々書くことが出来ず、長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした!


これから少しずつ続きを書いていきますがまた長い間お待たせすることがあるかもしれません。


しかし途中で投げ出すことだけは絶対にしませんのでこれからも応援よろしくお願いします!



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第39路 それぞれの闘い

今回は完全な陸上話です。

なかなか本編に戻れなくて申し訳ありませんがしばしお付き合いください。





「位置について!」

 

 

 

 

パーーーーーーーン

 

 

 

 

 

 

 

スタートの号砲が鳴りレースがスタートした。

 

 

 

東京・千葉・神奈川・山梨の各都道府県代表、全24人の選手たちがインターハイ出場を懸けて一斉に走り出した。

 

 

 

この中でインターハイに進出できるのは上位6人である。

 

 

 

絶対にその中に入ってみせると、ムサは地面を力強く蹴り走る。

 

 

 

 

 

選手はひとかたまりの集団となり、ムサは集団の真ん中あたりに位置を取り様子を伺うことにした。

 

 

 

先頭は甲府学院大附属高校の留学生・マナスであり、その隣に日学院大附属高校のエース・黒田がついている。

 

 

 

マナスに引きずられるように選手たちは最初の1kmを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

『選手は甲府学院大附属高校マナス君を先頭に最初の1kmを2分49秒で入りました』

 

 

 

アナウンスの声が競技場に響く。

 

 

 

 

 

「ムサ君頑張れ~」

 

 

 

「ムサファイトー!」

 

 

 

「ムサ!その位置でいいぞ!焦らず落ち着いていけ!」

 

 

 

トラックの外側でことり・カケル・ハイジが声を掛ける。

 

 

 

 

「この暑さであのハイペースはキツイですね」

 

 

 

「ああ。だがインターハイの枠はわずか6人しかないから、ここはとにかく我慢してついていくしかない」

 

 

 

ムサの走りを見ながらカケル・ハイジが言う。

 

 

一方ことりはストップウォッチを片手に、選手たちの走る姿に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

(本当にみんな、なんてスピードで走ってるんだろう・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムサさんファイトっすよー!」

 

 

 

「いけームサー!」

 

 

 

「ムサ君ファイトー!!」

 

 

 

「頑張ってくださーい!」

 

 

 

観覧席では付き添いの3人以外の駅伝部員とµ’sメンバーがムサに声援を送っていた。

 

 

 

その中で真姫は一人無言でトラックを疾走している選手たちを見つめていた。

 

 

 

離れた観覧席から見ていても、選手たちの息遣いと汗の浮いた体が発散する熱が感じ取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

すごい・・・

 

 

 

走る姿がこんなに美しいなんて、知らなかった

 

 

 

私は今までスポーツとか興味なかったけど、この競技はなんて原始的で孤独なスポーツなのかしら

 

 

 

誰も彼らを支えることはできない

 

 

 

周りにどれだけ観客がいても、一緒に練習したチームメイトがいても、ムサさんも、他の選手もみんな・・・

 

 

 

たった一人で・・・体の機能を全部使って走っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真姫はすっかり選手たちの走る姿に魅了されていた。

 

 

そして自分が泣きそうになっていることに気づいた。

 

 

 

 

(やだっ、私ったら・・・)

 

 

 

 

 

 

 

レースはマナスが集団から抜け出し単独トップに立っている。

 

 

 

そしてジリジリと集団との差が広がり始めていた。

 

 

 

 

 

「うわ、速いなあの外人さん」

 

 

 

「どんどん差がつき始めてるよ~」

 

 

 

「やはり黒人の方は生まれ持っての身体のバネが違いますね」

 

 

 

レースの状況を見てジョータ・ジョージ・海未が感嘆の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、誰もついていかねえのかよ。だらしねえなあ日本人選手は」

 

 

 

「!!」

 

 

 

突然、真姫の近くにいた中年男性が舌打ちをしながら呟いた。

 

 

 

真姫はキッとその男性を横目で睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

あんたは一体何を見てるのよ

 

 

 

先頭を走る留学生選手も、そのあとを追う選手たちも、何も違いはないのに

 

 

 

あの人たちの真剣な表情に、肉体の限界に挑む決意に、どうして気付かないのよ

 

 

 

だらしない人なんて、一人もいないわよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真姫は拳を握りしめながら心の中で抗議した。

 

 

 

すると傍にいた平田が真姫の肩をポンと叩き、みんなに聞こえないような声で囁いた。

 

 

 

「気にすんな、ああいう分からず屋はどこにでもいる。さあ、ムサを応援してやろうぜ」

 

 

 

「・・・はい!」

 

 

 

真姫は鼻をすすり、うなずいた。

 

 

 

そして再びトラックの方に目を向けると心の中で願いながら声を出して応援をし始めた。

 

 

 

 

「ムサさーーん!ファイトでーーす!」

 

 

 

(負けないで・・ムサさん・・・)

 

 

 

 

 

 

先頭のマナスと後ろの集団とは約50mほどの差がついている。

 

 

 

集団を引っ張るのは変わらず日学院大付属の黒田であり、その後ろを船橋第一の古賀と神奈川代表・法教大二高の山谷という選手がついているという位置づけだった。

 

 

 

ペースは最初の1kmを過ぎてからは3分を少し切るぐらいのペースに落ち着いていた。

 

 

 

しかし集団も縦長になりつつあった。

 

 

 

 

「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」

 

 

 

(黒田の奴、マナスにはついていかなかったか・・・まぁ賢明な判断だ。この暑さであのペースについていったりしたら後半が持たなくなる。今は少し落ち着いて、3km過ぎから勝負するつもりか)

 

 

 

古賀は先頭・黒田の様子を伺いながら考えていた。

 

 

 

その古賀の少し後ろに同じく船橋第一の朝倉、そして榊がいた。

 

 

 

 

「ハッ・・・ハッ・・・」

 

 

 

(暑いなぁ~くそっ・・・なんでこんな時間帯に走らなきゃならないんだよ)

 

 

榊は走りながら心の中で毒ついていた。

 

 

 

 

そしてそのすぐ後ろにムサがついていた。

 

 

表情は落ち着いており、しっかりとリズムよく歩を進めていた。

 

 

 

 

(最初はすごく緊張しましたケド、だいぶ身体が動くようになって来マシタ)

 

 

 

ムサは少しペースを上げると、前を行く榊の右隣についた。

 

 

 

榊は隣に来たムサの存在に気づく。

 

 

 

 

(この黒人、確か蔵原のトコの・・・そういえばレース前に古賀さんが言ってたっけ・・・でもこの位置にいるってことは、やっぱり大したことないんだな)

 

 

榊は特に気にする素振りも見せず再び前を向いた。

 

 

しかし少し走った所で再び横目でムサを見た。

 

 

 

 

(いや、でももし確実にインターハイに行くために力を温存しているだけだったりしたら・・・黒人って俺たち日本人と違って生まれ持って走力が違うっていうからな・・・いやいや、あんな弱小校の選手なんだからそんなことあるわけ・・・で、でももし万が一・・・)

 

 

 

ゴンッッ

 

 

 

「痛でっ」

 

 

 

するとすぐ後ろにいる朝倉が何度もムサを気にしている榊の頭にゲンコツを喰らわせた。

 

 

そして無言で榊に語り掛ける。

 

 

 

 

(いちいち気にしてるんじゃない!しっかり前を見ろ!)

 

 

(は、はい)

 

 

 

 

 

 

 

先頭のマナスが3km地点に差し掛かると同時に、アナウンスが流れた。

 

 

 

『先頭マナス君の3000mの通過は8分26秒、そして間もなく2位集団が3000mを通過します』

 

 

 

 

マナスから少し遅れて黒田が引っ張る2位集団が3000m地点を通過した。

 

 

 

そしてそれと同時に、黒田がペースを上げ始めた。

 

 

 

 

「ついに来たな」

 

 

「ええ、勝負にでましたね」

 

 

レースを見ながらハイジとカケルが言った。

 

 

 

 

 

『2位集団の3000mの通過は8分43秒。ここで日学院大附属の黒田君がペースを上げました』

 

 

 

 

 

(来やがったな・・・だが、お前の好きにはさせねぇ)

 

 

 

すると古賀もすかさずペースを上げ黒田の後ろにピタリと張り付いた。

 

 

さらに後ろには山谷も必死の表情で食らいついていた。

 

 

 

彼らがペースを上げたことによって、集団は完全にばらけ始めていた。

 

 

 

 

『ただいま2位集団が3人に絞られました。日学院大附属の黒田君、船橋第一の古賀君、そして法教大二高の山谷君、さらにその後ろには船橋第一の朝倉君、榊君、そして・・・音ノ木坂学院のカマラ君』

 

 

 

 

ムサは朝倉・榊を含む5人の5位集団の中にいた。

 

 

 

必死に前を向きながら集団に食らいついている。

 

 

 

 

「ムサ!こっからが勝負だぞ!」

 

 

 

「お前ならいける!しっかり粘ってけ!」

 

 

 

「ムサく~ん!頑張って~!」

 

 

 

 

 

再びハイジ・カケル・ことりが檄を飛ばす。

 

 

その檄を受けてムサは左手でネックレスを握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

ワタシは・・・ワタシはこんなところで・・・負けるわけにはいかないのデス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭・マナスは4000mを通過し残り1000mに差し掛かった。

 

 

 

「監督、先頭の4000mの通過は11分20秒!古賀さんとの差は約15秒と3000m地点から少し詰めたようです!」

 

 

 

「うむ」

 

 

 

ラスト1000m地点の付近では船橋第一の監督:松平と部員数人がタイム計測を行いながらレースを見守っていた。

 

 

 

やがて古賀と黒田が2位争いをしながら4000mを通過した。

 

 

先ほどまで一緒についていた山谷は2人からは少し遅れていた。

 

 

 

「古賀!4000m、11分35秒!前との差は15秒だ!」

 

 

 

「まだいけますよー!」

 

 

「ファイトでーす!」

 

 

 

 

松平とチームメイトが古賀に声を掛ける。

 

 

 

そして古賀・黒田から約7秒遅れで朝倉・榊・ムサのいる5位集団がやってきた。

 

 

 

 

 

「朝倉!榊!ここでタレてる場合じゃないぞ!しっかり前を追え!」

 

 

 

再び松平が声を掛ける。

 

 

 

 

「ムサ!4000m11分43秒!最後しっかり出し切れ!」

 

 

 

「攻めろムサ!あと1kmの辛抱だぞ!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

松平は声のする方を振り向くと、ムサに声援を送るハイジ・カケル・ことりの姿を見つけた。

 

 

 

3人はすぐにムサを迎えるためフィニッシュ地点へと向かっていった。

 

 

 

 

 

(清瀬に蔵原か・・・蔵原は転校の件があるが清瀬はやはりあの膝が・・・・今出場している選手もなかなか頑張っているな・・・だが、我々は負けるわけにはいかない)

 

 

 

 

 

 

 

ムサはまだ5位集団の中にいたが集団の一番後ろに下がってしまっていた。

 

 

表情も非常に苦しくなり、なんとかついて行っている状態だった。

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

 

 

(ラスト1kmに入って、さらに暑くなってきマシタ・・・そしてだんだん脚も鈍くなってきマシタ・・・でもダメデス!こんなところで落ちるわけにはいきマセン!ワタシは・・・)

 

 

 

 

 

 

『ムサ!』

 

 

『ムサさん!』

 

 

『ムサ君!』

 

 

 

 

(皆さんのためにも!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カケル・ハイジ・ことりはフィニッシュ地点付近に到着しムサを待った。

 

 

 

選手の残り距離が少なくなるにつれ、声援が大きくなっていった。

 

 

 

 

「すごい声援ですね。周りの空気もすごいピリピリしています」

 

 

ことりは辺りを見回しながら呟いた。

 

 

 

3人の周りは他校の監督やチームメイトが神妙な面落ちでレースを見守っており、非常に緊張感が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なにせ選手たちの目標であるインターハイ出場が懸かっている大勝負だからね。ただ楽しんで走るだけじゃ市民ランナーと変わらない。まぁ彼らと市民ランナーの大きな違いは・・・」

 

 

「?」

 

 

 

「本当に苦しくなった時に頑張れるか頑張れないかだよ」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

ハイジはレースを見守りながらことりに語り掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよマナスが残り1周に入りそれを知らせる鐘の音が競技場に響いた。

 

 

 

さらにその約70~80mほど後方に古賀と黒田がまだ2位争いを続けていた。

 

 

 

 

「ハッ・・・ハッ・・・」

 

 

 

(残り1周・・・一気に勝負をつけてやるぜ!)

 

 

 

2人もラスト1周に差し掛かった。

 

 

同時に古賀がラストスパートをかけ黒田を引き離した。

 

 

少しずつ差がつき始めている。

 

 

 

 

 

その後ろの5位争いは朝倉が集団から抜け出し単独の5位になり、ムサ・榊を含む4人の選手による6位争いが行われていた。

 

 

 

朝倉が先にラスト1周に差し掛かると、後ろの榊に心の中で檄を飛ばす。

 

 

(榊・・・根性で粘れよ)

 

 

 

 

そしてムサと榊もラスト1周となった。

 

 

 

 

「ムサくーーん!!」

 

 

 

「ムサ!ラストーー!!」

 

 

 

「ここを粘ればインターハイだ!最後まで頑張れ!」

 

 

 

ことり・カケル・ハイジは力一杯最後の声援をムサに送った。

 

 

 

 

「・・・ウオオオオ!」

 

 

ムサは3人の声援を聞き、最後の力を振り絞りラストスパートをかけ集団から抜け出し単独の6位となった。

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 

しかし榊も負けじとペースを上げムサの後ろについた。

 

 

 

(冗談じゃねえ!俺は・・・こんなところで負けられねえんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ留学生選手は別格だな。まだ余裕そうに見えるよ」

 

 

 

「6番目ぐらいにもう一人留学生がいるみたいだけど、もう苦しそうだったな」

 

 

 

 

 

 

 

「簡単に言うけど苦しくないわけないよ。みんな全力で走っているんだ。これは選手たちのプライドを懸けた勝負なんだ」

 

 

 

「ハイジさん・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 

 

ハイジは周りの群衆の言葉を聞くと、ムサを見つめながら静かに語りだした。

 

 

 

 

 

「自分との闘いってよく言うけど・・・誰かとの闘い、誰かのための闘いだからこそ・・・みんな限界を超えてまで走ってしまうんだ」

 

 

 

「「・・・・」」

 

 

 

(誰かのための・・・闘い・・・)

 

 

 

 

カケルもことりもハイジの語りを無言で聞き入っていた。

 

 

そして再びレースに目を向ける。

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・・」

 

 

 

 

(ムサ君・・・)

 

 

 

 

ことりはムサの走る姿を見つめるが、その目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついにマナスがトップでフィニッシュした。

 

 

 

タイムは14分11秒だったが、まだまだ余力がありそうな表情だった。

 

 

 

そして単独2位になった古賀は残り100mを切っていた。

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・」

 

 

 

(よし!もらった!)

 

 

 

古賀は勝利を確信し最後の直線を疾走した。

 

 

 

しかし・・・

 

 

 

 

 

ブォンッ

 

 

 

(なっ!?黒田!!)

 

 

 

ゴールまで残り10mの所で黒田が鋭いスパートをかけ再び古賀を抜き返した。

 

 

 

そしてそのまま黒田が2位でフィニッシュし古賀は3位に落ちてしまった。

 

 

 

 

タイムは黒田が14分27秒、古賀が14分28秒となった。

 

 

 

 

(く、くそ・・・やられたぜ・・)

 

 

 

古賀は悔しそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を戻して黒田に一礼をし黒田も微笑みながら一礼を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・ハァ・・」

 

 

 

ムサはラスト200mを切った。

 

 

まだ6位をキープしているがすぐ後ろに榊も追っている。

 

 

2人の6位争いはまだ予断を許さない状態だった。

 

 

 

(止まってはダメデス・・・止まってはダメデス・・・)

 

 

ムサは体力の限界を超えていたが心の中で念じながら必死の形相で走り続けている。

 

 

しかし徐々に視界も定まらなくなり始めていた。

 

 

やがて100mを切ろうとしていた。

 

 

 

 

 

「ムサくーーーん!!」

 

 

 

「ムサさんラストファイトーーー!!」

 

 

 

「ムサさーーーんファイトでーーす!!」

 

 

 

「負けるなムサーーー!!」

 

 

 

 

すると観覧席の方からチームメイトやµ’sのみんなの声が聞こえてきた。

 

 

 

みんなも走っているムサと同じくらい必死の表情で喉が枯れんばかりの大きな声で最後の声援を送った。

 

 

 

 

ムサは視界が定まらない中みんなの声援をしっかりと聞き、最後の100mに差し掛かった。

 

 

 

うっすらとフィニッシュ地点が見える。

 

 

 

地面を強く蹴るたびに徐々にゴールが大きくなっていく。

 

 

 

あと80m

 

 

 

60m・・・

 

 

 

 

ゴールの向こうでことりが大きく手を振っている。

 

 

 

しかしもうムサには周りを気にする余裕もなかった。

 

 

 

ただただことりが待っているゴールに向かうだけだ。

 

 

 

 

30m

 

 

 

20m

 

 

 

10m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたかムサ!」

 

 

 

「ムサ君・・よかったぁ」

 

 

 

ムサは気が付くとどこかの部屋の簡易ベッドの上に横になっていた。

 

 

どうやら会場内の医務室のようだった。

 

 

カケル・ハイジ・ことりが安堵の表情を浮かべながら顔を覗かせる。

 

 

 

 

 

「ワ・・・ワタシはどうなったんですか?」

 

 

 

ムサは仰向けのまま3人に訊ねた。

 

 

 

 

「ゴールした後にばったりと倒れてそのまま意識を失ったんだよ」

 

 

 

「本当に心配しちゃったよ・・・ムサ君になにかあったらどうしようって・・・」

 

 

 

ハイジが説明し、ことりは先ほどまで泣いていたようで鼻をすすりながら言った。

 

 

 

 

「それで・・・結果はどうなったんデスか?」

 

 

 

ムサはサッと状態を起こし、気が気ではない様子で再び訊ねた。

 

 

 

 

 

「ムサ、結果だが・・・君は14分46秒で第9位だ」

 

 

 

ハイジは穏やかな表情で結果と、ラストの展開について説明した。

 

 

 

 

ムサはラスト100mを切った所で力尽きてしまい、3人の選手に抜き返されてしまったのだった。

 

 

 

ハイジの説明を聞くと、ムサは両手で顔を覆い声を上げて泣き崩れてしまった。

 

 

 

 

 

「泣くなムサ!君にはまだ来年があるじゃないか」

 

 

ハイジが肩を叩きながら慰める。

 

 

 

 

 

「ワタシは・・・この学校が大好きデス・・・廃校なんて嫌デス・・・だからせめてワタシが・・インターハイに行って・・・・少しでも廃校の阻止に貢献できればと思っていたのに・・・・ウウゥ・・すみません・・・ワタシは結局なんの力にもなれませんデシタ・・・」

 

 

 

「ムサ・・・お前そこまで」

 

 

 

(それが君の、限界まで頑張れる理由か・・・)

 

 

 

ムサは尚も涙を流しながら自らの思いを語った。

 

 

それを聞いたカケルは感嘆の声を上げ、ハイジは嬉しそうに心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

「ムサ君・・・」

 

 

ことりが両手でムサの右手を優しく握りしめながら微笑んだ。

 

 

 

 

「ありがとうムサ君。そこまで私たちのことを考えてくれて。でも、ムサ君がそんなに思い詰めることないんだよ。廃校のことは私たちが何とかするから、ムサ君は高校駅伝を目指してまた頑張って!ことり、これからも精一杯応援するから」

 

 

 

「ことりサン・・・!!」

 

 

 

するとことりの目から涙が頬を伝い始めていった。

 

 

 

「えへへ、ムサ君の頑張ってる姿を見てすごい感動しちゃった。私ももっと頑張らなきゃなって思えたよ」

 

 

ことりは涙を拭きながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

「ムサ、確かに負けたのは事実だし、悔しいのも当然だろう。でもお前は最後まで全力を尽くして闘い抜いたんだ!何も恥じることなんてないんだ!お前は本当によくやった!この悔しい気持ちは、みんなで高校駅伝の予選にぶつけよう!」

 

 

「カケル・・・そうデスネ!いつまでも落ち込んでいられマセン!これからも一緒に頑張りマショウ!」

 

 

「ああ!」

 

 

 

カケルが激励の言葉を掛けると、ムサは立ち直り笑顔で返事を返しカケルと握手を交わした。

 

 

 

 

「さぁムサ!みんなの所へ戻ろう!きっと心配して待ってるよ」

 

 

 

「ハイ!」

 

 

 

ムサはベッドから起き上がると、3人と共に医務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!あの人は!」

 

 

 

カケルたち4人は自分たちの陣地へ戻る途中、ムサが声を上げた。

 

 

彼の目線の先には甲府学院大附属高校の一団がいたのだった。

 

 

 

「1番でゴールしたマナスさんだ」

 

 

今度はことりが言った。

 

 

その中に先ほどの5000mのレースでトップでフィニッシュしたマナスの姿もあった。

 

 

マナスは部員たちと談笑をしていたが、ムサの存在に気づくとジロリと睨むような表情でムサの方を振り向いた。

 

 

 

 

「ウゥ・・なんか怖そうデス・・」

 

 

「そうだな・・」

 

 

ムサとカケルはマナスの表情を見て恐縮気味になったが、マナスは今度はパァッと明るい笑顔になり大きく手を振り始めた。

 

 

 

「Hey!Jambo!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スミマセン皆さん。つい話し込んでしまいマシタ」

 

 

ムサは先ほどまでしばらくマナスと仲良く談笑をし合い、楽しげな表情で戻って来た。

 

 

 

「ずいぶんと仲良くなったみたいだな」

 

 

(何喋ってるのか全然分からなかった・・)

 

 

ムサの様子を見てハイジも嬉しそうな表情を浮かべ、カケルは2人の母国語での会話にお手上げの様子だった。

 

 

 

「もしかしてやっぱり同じ国の出身だったの?」

 

 

ことりが訊ねる。

 

 

 

 

「エエ・・・ワタシの母国は今、地域によって内政的に不安定な状態にあるのデス。先の大統領選挙後、部族間の抗争が起き始め多くの民間人が犠牲になってしまったのデス・・・ワタシたちだけが平和な日本にいるのが心苦しくなることが時々ありマス・・・」

 

 

ムサは深刻な表情で母国について語った。

 

 

 

 

カケルもハイジもことりも真剣に聞いており、特にことりは非常に心を痛めているようだった。

 

 

 

 

(そこまで深刻な事態になっていたんだな・・・)

 

 

カケルは心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

「それに、マナスさんはワタシの部族とは敵対する部族の方デシタ・・・でも、話してみたらとてもいい人デシタ」

 

 

 

「よかった~、私たちもムサ君の国がもっと平和になれるように祈ってるね」

 

 

 

「ハイ!ありがとうゴザイマス!」

 

 

 

ムサの話を聞くとことりがほっとした表情で声を掛けた。

 

 

 

 

「それでムサ、マナスとはどんな話をしたんだ」

 

 

今度はハイジが訊ねた。

 

 

 

 

「ハイ。日本に来るまでの経緯だったり、日本での生活について色々聞いてキマシタ。そしてお互い頑張りまショウ、また勝負シマショウと挨拶をシマシタ」

 

 

ムサは再び明るい表情で答える。

 

 

 

「そうか、彼とはまた会えるといいな」

 

 

「ハイ!今度のインターハイ、応援シマス!」

 

 

 

 

4人は楽しい雰囲気に包まれながら再びみんなの下へと向かい始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4人は陣地に戻ると、みんなが一斉に出迎えてくれた。

 

 

 

労いや励ましの言葉を掛ける者、身体の心配をする者、頭や肩をポンポンと叩く者、ハイタッチを交わす者と様々だった。

 

 

 

ムサはとても喜んでおり、改めて日本に来てよかったと感じていた。

 

 

 

それと同時に今度は高校駅伝に向けて頑張るという決意も新たにしていた。

 

 

 

 

やがてムサが着替え終わるとハイジの号令で全員が輪になって集まり始めた。

 

 

 

 

「俺たちのインターハイへの道は残念ながらここで終わってしまった。だがまだ高校駅伝がある!これからは駅伝に向けて距離も伸ばしていけるように練習をしていこう!この夏の間にしっかり準備を整えて飛躍の秋にするぞ!」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

 

「それじゃあまず景気づけに、これからみんなでジョッグに行くぞ!」

 

 

 

「「「はい!!」」

 

 

 

ハイジは部員たちに声を掛けると、みんな引き締まった表情で準備を始めた。

 

 

 

 

「君たちごめん。俺たちが戻ってくるまで、残りの競技でも見ながら待っててくれるかい?」

 

 

 

「分かりました」

 

 

「みんな頑張れー!」

 

 

「応援してるにゃー」

 

 

 

ハイジはµ’sのみんなに荷物番を任せ、みんな快く引き受け彼らを送り出していった。

 

 

 

そして今日の試合について語り始めた。

 

 

 

 

 

「今日は本当にすごい試合でしたね」

 

 

 

「うん!ムサ君、本当によく頑張ったよね!」

 

 

「ことり、感動して思わず泣いちゃった」

 

 

「真姫ちゃんだって感動して泣いてたにゃー」

 

 

 

「ウエェ!?何言ってんのよ!?」

 

 

 

「へぇ~真姫ちゃんも意外と感動屋さんなんだ~」

 

 

 

「違うわよ!泣いてなんかないわよ!」

 

 

 

「私たちも、駅伝部の皆さんに負けないようにもっと頑張らないといけませんね」

 

 

 

「そうだね!あ~なんかいっぱい応援してたらお腹空いちゃった~!残ったパン食~べよっと!」

 

 

 

「またパンですか?穂乃果。太りますよ?」

 

 

 

「まぁまぁ海未ちゃん」

 

 

 

「いや~今日もパンが美味い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~今日もパンが美味ぇ」

 

 

 

「またパンですか?古賀さん。太りますよ?」

 

 

 

「分かってねえなあ、こういう試合後に食べるのが美味いんじゃねえかよ」

 

 

 

一方ここは船橋第一高校の陣地。

 

 

 

試合を終えた古賀と榊はまるで先ほどの穂乃果と海未と同じようなやり取りをしていた。

 

 

 

 

「よく食べれますね。こっちは暑さで食欲ゼロっすよ」

 

 

 

「しかしお前、さっきは危ない所だったなあ。あの黒人が落ちてくれなきゃ今頃敗退になってたな」

 

 

 

「う・・・」

 

 

 

古賀の言葉で榊は顔色を悪くした。

 

 

 

榊は先ほどの試合でラスト100mを切った所でムサのブレーキを拾い逆転して6位に滑り込み、インターハイの最後の枠を勝ち取ったのだ。

 

 

タイムは14分42秒だった。

 

 

 

 

(くそっ・・あんな奴に前を行かれちまうなんて・・・)

 

 

榊は心の中で悔しさを露わにした。

 

 

 

するとそこへ一人の人物がやってきた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

 

 

「!!・・・あ、あなたは」

 

 

 

「おぉ、黒田っち!おつー」

 

 

そこへ現れたのは5000m2位に入った日学院大附属高校の黒田だった。

 

 

榊は彼の突然の訪問に驚いていたが、古賀は特に驚く様子もなくパンを食べ続けながら挨拶を交わす。

 

 

 

 

「今日は随分と俺を弄んでくれたようだな」

 

 

 

「いやいや、結構危ない所だったよ。最後のスパートはホントに一か八かだった。君こそよく粘ったよ」

 

 

 

「フン、思ってもねえことを・・・だが、これでいい気になるなよ。本当の勝負は・・」

 

 

 

「インターハイで・・だろ?」

 

 

 

「ああ、必ず決勝まで勝ち上がって来いよ。その時は叩き潰してやるよ」

 

 

 

「望むところだ。楽しみにしているよ」

 

 

 

古賀と黒田はお互いに見えない火花を散らし合うかのように言葉を交わし合った。

 

 

そんな2人の様子を榊は恐縮気味に窺っていた。

 

 

 

すると黒田は今度は榊の方に向き直った。

 

 

 

「君もインターハイ出場を果たしたんだってね。おめでとう」

 

 

「あ、は、はい・・」

 

 

「インターハイで会おう。それじゃあ」

 

 

 

黒田は爽やかな笑顔で挨拶を交わし去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「古賀さん、いつの間にあの人と知り合ったんですか?」

 

 

「ん?あぁ、あいつとは去年の大会を通じてライバルになったのさ」

 

 

「そ、そうなんですか・・」

 

 

榊の質問に古賀はドライに答える。

 

 

 

(あの人、あんな爽やかな顔してたけど威圧感が半端なかった・・・ただもんじゃねえな・・・)

 

 

 

榊は去っていく黒田の背中を見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒田はその後、自分の陣地へと戻りチームメイトと合流した。

 

 

そしてマネージャーらしき女子に声を掛けた。

 

 

 

「勝田さん、例の物を」

 

 

「はい。どうぞ」

 

 

 

勝田と呼ばれたマネージャーは何やら弁当箱のようなものを差し出し、黒田はそれを受け取った。

 

 

 

そして蓋をあけると、中にはおにぎりがいくつか入っていた。

 

 

 

 

「いただきます」

 

 

黒田は手を合わせて挨拶をすると美味しそうにおにぎりを食べ始めた。

 

 

 

 

「うん!やはり、試合後の白米は最高だ!」

 

 

 

 

 



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おまけ
登場人物紹介(ネタバレ)


こちらでは登場人物たちのネタバレが書かれていますので、物語開始前に読むのはオススメできませんが、それでも構わないという方はどうぞ!


 

 

◎蔵原 走

 

 

走ることについては文句なしのエースだが、転校当初は駅伝部員になったものの過去の経験から駅伝を目指すことを、表面には出さないが拒絶しており、µ’sの活動に関しても最初は「無謀」と思ったりと現実的な性格だった。しかし、自分を仲間として受け入れてくれた駅伝部員の温かさに感化され次第に心を開くようになり、µ’sに対しても自分に積極的に話しかけてくれたことへの恩義や、穂乃果の熱意に心を動かされ、友達として協力するようになり、µ’sのトレーニング担当となる。

穂乃果の家の目の前に住んでいるため、たびたび穂乃果が部屋に遊びに来るようになり、そのたびに自分の料理を振る舞ったりゲームで勝負したりと親しい関係になる。

ある試合での榊の一言がきっかけで、一時期は周りにどんどん置いてかれるという焦りにとらわれ部員たちとも衝突し、気にかけてくれた穂乃果を突き放してしまうが、穂乃果の叱咤やハイジの励ましを受け、仲間たちと本気で高校駅伝を目指すことを決意し穂乃果にも謝罪をした。

 

 

 

 

◎清瀬 灰二

 

 

カケル・高志・ムサに招待されたµ’sのファーストライブでは、観客が誰もおらず意気消沈していた穂乃果たちを他の部員たちと共に激励しライブを最後まで見届ける。その際に、µ’sの活動に力を貸すことを表明する。しかしライブ直後、µ’sの努力を認めようとしない絢瀬を激昂してしまい、それ以来彼女から避けられるようになるが、同時に彼女の責任感の強さを認めており「昔の自分に似ている」と評している。

インターハイ予選には5000mに出場するが脚の状態を考慮し敢えて都大会で敗退となる。

駅伝部主将であるが故にすべてを背負い込みすぎる傾向があり、これまでの駅伝部内の業務をすべて請け負っていた。そのため過労により倒れてしまったことがあるが、これがきっかけで駅伝部員たちの結束力が強まることとなった。

 

 

 

 

◎ムサ・カマラ

 

 

カケルと出会ったと同時に、同じくクラスメイトの穂乃果・海未・ことりとも出会い3人ともすぐに仲良くなる。特にことりからは大変気に入られており親しい関係となる。µ’sの活動にも積極的に協力する姿勢を見せ、ことりの衣装担当補助を務める。

インターハイ予選には5000mに出場し、関東大会へ進出を果たしたが惜しくもインターハイ出場はならなかった。

 

 

 

 

◎杉山 高志

 

 

ムサと同じくカケルと出会ったと同時に穂乃果・海未・ことりと出会う。彼女たちの学校を救いたいという思いの強さに感化され、µ’sの活動に真っ先に協力すると宣言し、海未の作詞担当補助を務める。それからは彼女と話す機会が多くなり親しい関係となる。

インターハイ予選には3000障害に出場。しかし都大会決勝で相手選手と脚が絡まり転倒してしまい、その後も諦めずに走り抜くが惜しくも敗退となった。

 

 

 

 

◎城 太郎

 

 

カケル・高志・ムサに誘われたµ’sのファーストライブでは、観客がおらず意気消沈していた穂乃果たちを他の部員と共に激励しライブを最後まで見届ける。それ以降は時間がある時にたびたびµ’sの練習に足を運ぶようになる。

ジョージ・王子・花陽と共に真姫の家に生徒手帳を届けに来た際に、夢のために好きなことを犠牲にしようとする彼女にアドバイスを送りµ’s加入を後押しした。それからは真姫のことを色々気にかけるようになる。

インターハイ予選には出場せず記録会の5000mへの出場を重ね、カケルも驚くほどの成長率を見せる。

 

 

 

 

◎城 次郎

 

 

カケル・高志・ムサに誘われたµ’sのファーストライブでは、観客がおらず意気消沈していた穂乃果たちを他の部員と共に激励しライブを最後まで見届ける。それ以降は時間がある時にたびたびµ’sの練習に足を運ぶようになる。

後に凛と気が合うようになる。

インターハイ予選には出場せず記録会の5000mへの出場を重ね、カケルも驚くほどの成長率を見せる。

 

 

 

 

◎岩倉 雪彦

 

 

実は、にことは中学時代からの知り合いである。それと同時に彼女の理解者でもあり、彼女のスクールアイドル復帰を待ち望んでいた。そのためにµ’sに彼女を迎え入れて欲しいと懇願し、彼女のµ’s加入の決め手となる。

インターハイ予選では5000mに出場するが、都大会決勝で敗退となった。

 

 

 

 

◎平田 彰宏

 

 

カケル・高志・ムサに誘われたµ’sのファーストライブでは、観客がおらず意気消沈していた穂乃果たちを他の部員と共に激励しライブを最後まで見届ける。最初はその見た目からμ’sメンバーに恐がられるが、面倒見の良さから後に打ち解け合う。

インターハイ予選では3000m障害に出場するが、地区予選で敗退となった。それからは記録会で5000mの記録を作ることに専念する。

 

 

 

◎柏崎 茜

 

 

カケル・高志・ムサに誘われたµ’sのファーストライブでは、観客がおらず意気消沈していた穂乃果たちを他の部員と共に激励しライブを最後まで見届ける。それ以降は時間がある時にたびたびµ’sの練習に足を運ぶようになる。

ひょんなことから花陽と出会い、アイドルを始めることになかなか決心がつかずにいる彼女にアドバイスを送り、彼女のµ’s加入を後押しする。その後は同じアイドル好き同士として親しい関係となる。

陸上初心者であるため、記録会の5000mへの出場を重ね、徐々に力を伸ばしている。

一度カケルにお荷物呼ばわりされたことで奮起しさらに自ら練習量を増やしていったが、過度の走り込みによる脱水症状で倒れカケルから厳しく叱責されるが、それでも心が折れることはなく、後にカケルから謝罪され和解する。

 

 

 

 

 

 



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