俺が攻略対象とかありえねぇ…… (メガネ愛好者)
しおりを挟む

序章 『転生したけど女だった』
第一話 「盗みは犯罪? 知ってる」



 どうも、メガネ愛好者です

 とりあえず原作組との邂逅は次回です
 今回のお話は、時間軸的には原作ちょっと前ですね

 それでは


 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ—————

 

 

 転生した。

 

 

 どうも、千歳(ちとせ)というものです。名字は無い。

 何せ戸籍や住居が無いんだ、あるわけがない。

 そんなホームレスな俺が、何の因果か——

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ—————

 

 

 ——転生した。

 しかも女にだ。なんかいろいろと失ってると同時にいろいろ得ている。何がとはあえて言わない。ご想像にお任せすんぜ。

 にしても、性転換もとい女体化かぁ……前世はバリッバリの高校男児だったって言うのにな。違和感が全力で仕事してて心も体も落ち着かないッス。

 

 ——そもそもの始まりは、あのよくわからん存在と対面した時から始まったのだろう。

 

 何やら自身を”神様”と自称する変な奴がいきなり現れたと思ったら「お前。死んだ。転生。転生。転生転生転転てててててて」等と、壊れたラジオみたいに狂いだし始めやがった。

 とりあえず相手方の様子がなんかおかしかったんで、(何故か)近くにあったテレビを右斜め45度で叩きつけたら治りました。……え? 突発過ぎてクレイジーすぎる? 知ってる。

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ—————

 

 

 ……そして、(おそらく)正常に戻った”神様”とやらが俺に事の経緯を語り始めたんだけど……まぁなんだ、別に話をまともに聞く気はなかったし、どうせなるようにしかならないんだろうからと、俺は地べたに寝そべりつつ聞くだけ聞くことにしたんだわ。そんな俺の対応は悪くないはず……え? 態度が悪い? 知ってる。

 そんで、一先ず適当に聞き流していたんだけど、不意に”神様”の「貴公の望み述べよ」って問いかけがやけに鮮明に聞こえてきたんだよ。

 まぁ聞かれたからには言わにゃあならんと思った訳で、その時はとりあえず無難に「(らく)して充実に堕落したい」って言ったんだっけ? 見事にダメ人間の理想図だなコレ。

 

 

 その結果、女になりました。

 

 

 ……何だろうね? 金持ちに(なび)いて玉の輿生活でも送れってことなのか? キャラじゃねーから却下だよバーロー。

 そんなTS少女な俺は——

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ—————

 

 

 …………うん。

 

 

 「うっせぇ」

 

 

  ——ガシャァアアアアアンッ!!!

 

 

 あらやだ女の子っぽい凛々しい声。それなのに口調が汚いとか誰得だろう?

 とりあえず俺はさっきから隣でうーうーうるさく鳴り響くソレ——こっち向きで横倒しになっている警報機の付いた電柱を()()()()()()()()()()

 お? なんか力が上がってる? 苛立ちを込めながら蹴ったら電柱が木っ端微塵になったわ。その破片も近くのビルに散弾銃の如く突き刺さったし……もしや俺の筋力高すぎィ!?

 

 いやそれ以前に疑問なんだが、なんで横転してるし警報さんや。一体君に何があったっていうんだ?

 ……ん? なになに? えーと……俺のせいなのですか? うん、知ってた。

 なんとなく察せるよこのぐらい。明らかにこんな非日常のことなんて神様に転生してもらった俺ぐらいしか起こせないんじゃね? ってぐらいには想像がつくからな。記憶に無いけど。

 とりあえず周りがどうなってるのか気になり周囲を見渡す俺氏。果たして俺の出現にどれだけの被害が生まれたのやら……あれ?

 

 

 なんだろうこれ。俺を中心にクレーターが広がってるんですが……

 

 

 ………………

 

 待った、ちょっと待ってくれ! 俺そんなに体重重くないよ!? あってもきっと綿あめぐらいしかないからこのクレーターは俺のせいじゃないよ!! ……それはそれでバケモンだな。

 ……いい加減現実見るか。いつまでも現実逃避していたら話が進まないからな。……これが現実っていう自信はないけどね。

 

 周囲の景色はクレーターの余波なのか酷い有り様である。まさに廃墟。まるで廃墟、マジで廃墟である。

 いやー全く、俺は一体何をしてこんな惨状を作っちゃったんだろうな? 地面はアスファルトだって言うのに、まるで隕石が落ちたみたいに綺麗に抉れて——

 

 

 ——あれ? これは俺が隕石ってことか?

 

 

 そしたら何か? 俺は宇宙からやってきたと? そう言いたいのかワレェ。それならせめて見た目をリトルグレイとかにし——やっぱ無し。まだ今の姿の方がいい。

 それと、もし墜落によるクレーターだったのならせめて宇宙船に乗ってきてくれよ俺。墜落した宇宙船とか一度生で見たかったし。

 てかこれさ、単体で地球圏入場を果たした感じ? うーん……

 とりあえず……この状況から言えることは、だ。

 

 

 

 新事実、俺はTS少女系宇宙人に転生しました!

 

 

 

 ……え? 違う? 知ってる。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

  ——ピキリリリンッ!

 

 「見えたッ……何を?」

 

 とりあえず俺は直径5m程のクレーターから上にあがろうとしていた。ただ突っ立ってるのも暇だしな。

 そうして俺がクレーターの外に向かおうとしたその時、ニュータイプばりの閃きが俺の脳裏をよぎったのだった。私にも見えるぞ! 何かが。

 ただその閃きは……なんとなーく嫌な予感がしてしょうがない。よし、フラグは全力回避するに限る。

 とりあえず俺は急いでクレーターから脱出(なんかすげージャンプできた。これで立ち幅跳びは世界新だぜ!)、そのまま近くの……えーと……とりあえずコンビニにダッシュ!(足も速くなってる。このまま走り続け——やめよう。何かに憑りつかれそうだ)

 とりあえずコンビニの中に入って雑誌コーナーに身を隠します。……棚にあった牛乳とあんパンを手に取って。

 やっぱ張り込みと言ったら牛乳とあんパンだよな。多分俺が容疑者側だろうけど。

 何故に俺が容疑者に……くそぅ、あんパン握りつぶして「なんじゃこりゃー!」って叫びたい気分だぜ!

 ……どこかで「ボクの頭を粗末にするなあああああ!!!」——って聞こえた気がする。パンマン先輩ウィッス。

 そもそもな話、俺あんパン好きじゃねぇから取っただけで元から食う気なかったんだけどな? すまんなアソパソマーソ、俺はジャムパン派だ。

 

 

 

 結局パンじゃなくて米を食べてる千歳さんでした。白米旨し。

 パンの代わりにミックスグリル弁当を勝手に手に取って、勝手にレンジ使って、勝手に割り箸取り出す俺は元コンビニアルバイターだぜ! 大体の物の位置は簡単に把握できているのさ。

 金? んなもんねーよ。転生したばっかだぞ、ある訳ないジャマイカ。

 監視カメラ? 先にぶっ壊しといたから問題ないね。顔バレはしたくない臆病者(チキン)です。

 犯罪? 一度してみたいお年頃なのです。禁忌に惹かれるのは人の(さが)ってもんさ。

 

 

 そんなこんなで弁当を食べながら見張ること数秒後……

 

 

 「空間震の発震源に到着。……精霊は?」

 

 「周囲に人影はありません! 移動した可能性が大きいです!」

 

 「観測と同時に現界したっていうの? いくらなんでも予震から出現が早すぎる……総員、辺りを散策! きっとすぐ近くにいるはずよ! おそらく新種、霊力波を辿って見つけ出しなさい!」

 

 『了解!』

 

 そんな感じのやり取りをしている……痴女さん達。

 そう、痴女さん達がクレーターに(たむろ)ってるのだ。唐揚げウマァ。

 モグモグ……いやだってさ? 何やら近未来的な装備してるからまだマシなのかもしれねぇけど、実際に着てるのは肌にピッチリ張付くボディースーツぐらいじゃないかと思えるレベルの薄着なんだぜ? 恥ずかしくないのかねぇ……あ、漬物美味しい。

 ポリポリ……いい歳した女性が揃いも揃って何て格好をしてるんだ全く……お父さんはそんな——お、このスパゲティ旨いな……ズルズル……ごくん。子に育てた覚えはありません! そもそもアンタらに見覚えも何もないけどね。

 そう考えながらハンバーグをハムハム咀嚼ナウ。結論、このミックスグリル弁当気に入ったですことよー。

 

 ——え? 呑気に弁当食ってる場合じゃないって? 知ってる。

 

 どうやらあのクレーターの発生原因(多分俺)を探してるみたいだわ。

 そういやあの痴女集団、クレーターを見ながら”精霊”だか何だか言ってたけど……精霊? それって俺のことか? 宇宙人じゃなかったのか俺……OTZ。

 はぁ、まぁいいや。精霊だか幽霊だか闇霊だか知らないけど、とりあえず物騒な武装してるし見つかってもいいことはなさそうだな。……物騒な武装……ないな。

 それと、どうやらその白霊(え?違う?)から出る霊力とやらを辿ってるみたいです。多分俺がさっきから人外パゥワーを使うときなんかに出てるオーラっぽい空気の事だと思う。

 因みにそのオーラは、今の俺の髪の色と同じ濃い抹茶みたいな……深緑色って奴か? まぁそんな感じの色だった。何かパッとしないでござる。

 

 てか今改めて見ると結構奇抜な姿かもしれねぇわ俺。それに前髪が目を隠すほどに長いせいで視界が……まぁ邪魔ってわけじゃないからいいや。

 根暗で地味っぽいけどそのおかげで変に目立たなくていいだろうしな。……服装で完全に目立っちゃってますけども。

 

 

 そんな俺の服装は……所謂”改造軍服”というものになっていた。

 

 

 深緑色をベースにした軍服を身に纏い、漆黒のマントを風に靡かせる。そのマントには、何やらよくわからない不可思議な紋様が描かれているけどなんだろうなこれ? 見れば見るほど底が無い様に感じるような不思議な紋様である。

 

 軍帽を深めにかぶり、袖を肘辺りまで捲りあげている。うん、上は特に問題ないな。……上は、な。

 問題は下なんだよ……そう、下の服装。

 

 

 ——だって今の俺、スカート履いてるんだもん。

 

 

 極端に短い訳ではないのが救いかな? それでも膝上ぐらいしかないけどさ。

 ……いや、それ以前の問題か。スカート履くとか男としてどうよ? 今は女だけどさぁ……

 そもそもなんでスカート? 普通軍服って言ったらズボンでしょうに。だから改造制服だって俺に言われんだよ。スカート履いた軍人とか舐めてるにも程があるでしょうが。

 ……もういいや。あまり気にしてると何か大事なものを失いそうだわ。とりあえず他に身に着けているのを言っておくか。——とはいっても、後は焦げ茶色のアーミーブーツを履いてるぐらいしかないんだけどね?

 

 とまぁこんな感じの服装になっている訳だが、不思議と動き難さとかはないんだよね。こういった肩っ苦しい服なんて着た事なかった筈なのに……まぁそれももういいか。不便じゃないなら気にしてもしょうがねーからな。

 

 そんな変わり果てた姿の自分がコンビニの窓ガラス越しに映っていたので、近くに置いてあったウイダーを手に取りつつ開封しながら眺めていると——

 

 「……あ」

 

 「……」

 

 ——不意に俺の横から間の抜けた声が聞こえてくるのでした、まる。

 とりあえずそちらを向いてみると、先程の痴女集団の中にいた茶髪で小柄な少女が俺を見て固まっていたのだった。あら~見つかっちゃったぜ☆

 でも慌てちゃいけない。こういうときは冷静に対処してこそなのさ。

 まずその子の後ろを何気無~く伺ってみる。……誰もいないな。どうやら分散して探しているみたいだ。

 

 この場には彼女一人しか居合わせていない。

 

 ならばすることはただ一つ——

 

 「俺の代わりに料金出しといてくんね? ——これは上官命令だ」

 

 「え? ——あ、はい! 了解しましたっ!」

 

 ——威圧的な態度で意識を俺から背けさせるに限る。

 

 俺の言葉に一瞬だけ唖然とした少女は、俺から放たれる威圧と軍服姿によってか意識するよりも早く行動に移すのだった。

 茶髪の少女は一旦武器を放り出し、懐から財布を取り出しては会計へと向かっていく。それはもう本能的に。

 

 ……………

 

 確かに俺から注意を逸らそうと思って脅しはしたけどさ……流石に素直すぎやしないかい? 思っていた以上にすんなり聞き入れたことに驚きだよ。もしかして軍人だったりするのかな? そうだったとしたらしっかり仕込まれてるねぇお嬢さん。

 とにかく一言。君が今後、悪い人に騙されてしまうかもしれないと思うと千歳さんは心苦しいです……

 

 まぁ、そんな悪い人第一号は俺だけどな? はっはっは。

 とりあえず今のうちに逃げるか。たたた~

 

 

 

 「——って!? 何で私が払わなきゃいけないんですか!? ……あ、あれ? さっきの人は何処に!?」

 

 ようやく気づいたのか辺りを見渡す少女を背後に確認。今度会ったら何か奢ろうと思った俺なのでした。……金があったらの話だけどな?

 はっはー! あばよとっつぁん! 次会うまでに財布の補充をしておいといてな!! ……また会うか知らんけどさ。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 心の中で一方的に言葉を送った俺は、ある程度離れ少女を撒いたところで状況を確認する。

 とりあえず次は……服だな。流石にこれだと目立ちすぎるわ。

 幸い、何故だか知らんが街から人が消えている現状だ。いわば必要物資を補給し放題ってやつなのだ。

 

 盗みじゃない。死ぬまで借りてくだけなんだぜ。

 

 そうなると次の目的地はデパートだな。服屋とか食料もあるだろうし、本屋とかに行ってもいいかも? この世界のラノベとか気になるわ。

 下着は……また今度にしよう。

 

 

 

 「はい到着」

 

 何の苦も無しに最寄りのデパートを発見、同時に入店だ。

 結構充実しているのかパッと見でもかなりの品揃えである。なかなかに利用しやすそうだ。

 それにしても……うぅむ……俺はこれを初めとした施設を破壊しちゃったのかね? さっきのクレーターで。

 俺がやったかはまだわかんないけどちょっと罪悪感が……これじゃあいい品をも壊してしまってネコババできないじゃないか! え? 発想がゲスイって? 知ってる。

 転生した以上やりたい放題やってやるさ。どうせ人外みたいだし、好きにやったって文句は言われんだろ。

 それは犯罪だって? 残念、それは人間が決めたルールであって、精霊(?)である俺には当てはまらねーのさ!

 

 とりあえず服屋にGOだ!

 これからの事もまずは着替えてから考えればいい。……本意は別のところにあるけどね?

 いや流石にさ? この服装のままずっと過ごすのはちょっとねぇ……難易度が高いものがあるからね。コスプレイヤーで通すのにも無理があるから。

 

 

 

 「わお、めっさ便利やん」

 

 はい、そんな訳で着替え終わりました。……え、何? 着替えシーンはどうしたって? んなもんねーよ。それに着替える暇も無かったからな。一瞬だったし。

 なんかこう……あの服にしてみようかなーなんて考えてたら、俺の体——厳密には着ていた服が光り出したんだ。そして光が止めば考えていた服装と全く同じ物が装着されていました。

 何この便利機能!? 服代浮くじゃん!! これで他のことに金を回せる!!

 ——まぁ現場なら仮パクでおっけいなんだけどよ?

 

 そして現在の服装は、少し大きめのパーカーとズボンで体を隠すような感じにしてある程度体と服の間にゆとりを持たせている。

 俺ってピッチリした服って嫌いなんだよね。それだったらダボダボの服の方がすごしやすいのです。ファッションセンスとかは気にしない方だ。

 とりあえずパーカーについてるフードをかぶって顔以外の露出を無くす。前髪のおかげで視界もある程度隠れるため、最早口元ぐらいしか肌は見えないだろう。とにかく出来るだけ外界から自分という存在を切り離すのだ!

 何故そんなことをするかと聞かれれば……ぶっちゃけ閉鎖的な空間って落ち着かない? 自分だけの領域って感じがしてさ。

 靴もスニーカーに履き替えたので、今の俺はシルエットだけなら女か男かわからないだろう。これならそこまで自分が女になったことが気にならなくなる。何せこの服装こそが前世の俺が良く着ていた服装だからな。

 

 「いやーマジ便利だわ。このお着替えシステム。うし、次行こ次」

 

 そうして服屋である程度服装を整えた俺は次なる新天地へと——

 

 

 

 「隊長!精霊を確認しました!」 

 

 『了解!全員彼女の元に向かって!』

 

 ——行く前に見つかってしまいましたとさ。

 

 マジかよおい……本格的に見つかっちゃったよ。こっからどうしよ。

 幸いなのは今の服装のおかげで顔バレを避けられたことかな? さっきの少女が気づかない限りは大丈夫だっぺ。

 とりあえず……

 

 「鉄○ダッシュ!!」

 

 「なっ!?精霊が逃走を謀りました!」

 

 何で逃げることに驚いてんのさ? 明らかに物騒な武器を突き付けられたら逃げるに決まって——って、なんか撃ってきやがった!? 明らかな凶器を人に向けんじゃねぇ!! 親御さんに教わんなかったのか!?

 ……そういや俺って精霊なんだっけ? 人間じゃねーじゃん。

 まさかさっき言ったばかりのことを逆手に取るとはな……侮れんな痴女軍団。

 

 まぁいいや。十分避けられる弾速だし避けながら逃げますか。……避けられる弾速っていう時点で自分の身体スペックが非常識化していることを実感させられるねぇ。

 いやーそれにしても、この体マジで便利だわ。この体になってから身体能力とか動体視力とかがすんばらすぃ~ことになってるもん。

 なんか避けるのがアトラクションみたいで楽しくなってきた自分がいますです。

 はっはっはー、痴女さんこちらっ、手の鳴る方に~♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「追い詰めたわよ!」

 

 「……O☆YA?」

 

 あれれ~? おっかしいぞぉ~?

 

 ——何で俺は屋上に逃げたし。

 

 自分で逃げ道塞いじゃった感じですね。調子に乗って「ホップ、スタンプ、ジャンピングヘッドバットォ(!?)」——してたらいつの間にかに屋上に来てたわ。

 気付けば周囲の空には先ほどの痴女集団が集結しているし……これって所謂絶体絶命ってやつか? 集団リンチカッコ悪い!

 

 「やはり新種……どんな行動をするかわからないわ! 気を引き締めなさい!」

 

 『了解!』

 

 なんか”新種”って言われることに抵抗が……虫みたいな言い方イクナイ。

 それにしても……今の集団リンチは統制が取れているようで恐ろしいことこの上ないです。あのポニーテールの人容赦ないなぁ。

 てかさ? その中の一人の視線が恐いんだけど? 白髪の美少女がめっさ俺のことを睨みながら銃口を向けてるんだけど?

 俺なんかした? 街を壊しちゃったから激おこぷんぷん丸なんですか?

 ……まさかとは思うけど、痴女って思っていたことに気づいてる感じですか? だって事実——ヒィッ!? 眼光の鋭さが増したあ!? 絶対気づかれてるよアレ!?

 

 ど、どうしよっかなぁ……。この状況、なんか詰みっぽい気がするんだよなぁ……

 もしも俺に……何かこう……「覚醒せし超越した力が——今目覚めるッ!」——みたいな感じの展開が来てくれるといいんだけどね。中二とか言って馬鹿にしちゃあいかんぜよ。

 でもまぁ……流石にそれは夢見すぎ——

 

 

 ………………………………

 

 

 ——あれ? なんかあるっぽい?

 この後どうしようと少し考えてたら、なんかそれっぽい感じの物が頭に浮かんできた。何これ不思議。

 神様が与えてくれた力かな? まぁいいや。早速だけど()()()()()()。オラスッゲェワクワクすっぞ!

 

 ——では皆さんご一緒に——

 

 

 「——〈心蝕霊廟(イロウエル)〉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………うわぁ。えげつねぇなこれ。

 いやぁこれは……マジか? え? マジなの?

 

 その力の名称を呼んだ瞬間、俺の脳裏にその力の説明が刻みこまれた。……俺としても疑いたくなるような力の全容がね。

 あまりにも規格外すぎて引いた。こんな力をくれた神様に引いた。いや確かに「楽して充実に堕落したい」——っていう俺の望みを叶えるには十分すぎる力ではあるけども……流石にこれは使う気になれんぞ?

 救いとしては、まだ俺が未熟だからか()()()()を出せないのが救いだね。だって、下手すればこれ……いや、考えるのはよそう。

 

 とりあえず今使える力だけでも初公演しよう。この場を乗り切るには十分な力が備わってるかし、問題はないだろう。

 てか使いたい。超能力とか前世から憧れていたし、使いたくない訳がない訳で……よし、使おう。

 

 俺はズボンのポケットに手を入れたまま——遠くに見える山を見据える。

 今から力を使うに当たり、周囲には俺の言葉に警戒が強まった痴女集団がいるのだが……最早彼女等には俺を止めることは出来やしないさ。

 

 

 ではさらば。出来れば次に会うときは、普通の服装で平和的に会いたいです。

 

 

 俺は見据えていた山の頂に視線を凝らす。幸いにも前髪で目元が隠れているので、彼女達からすればただ突っ立ってるだけにしか見えないだろう。

 そんじゃ、一応転生してから初の異世界人? だし別れの挨拶でもしようかな。

 とりあえずポニーテールの人の方に手を振る。怪訝そうな顔をされた。ショック。

 そんな俺の行動を見た一人——あの殺気だった視線を送ってきた白髪の少女が、ビームで刀身を形作ったような剣で切りかかってくる。何それカッコいい。

 ……まぁ、今はいいや。

 

 

 

 そして、後少しで少女の刃が俺に届くと言った光景を前に——

 

 

 

 ——俺の視界は、一瞬にして街を見下ろす光景へと映り変わるのだった

 

 

 今俺がやったこと、言ってしまえば簡単なこと。

 

 ——視界に映る場所へと転移する——

 

 ようは見ている場所へと瞬時に移動できるのだ。千歳さんは”瞬間移動(テレポート)”を覚えましたわ! ……”ましたわ”とかガラじゃねーな、うん。

 それはともかく、長距離移動とかに便利だなコレ。

 しかもだ。俺の頭に刻みこまれた知識が正しければ()()()()()()()()()()無視してその場に転移出来るっぽい。

 例えるならば——修学旅行で撮った写真を見れば、まさにその写真を撮った時間、場所、立ち位置に転移可能という破格の能力。

 つまり、これがあれば好きな時に思い出を実体験込みで振り返れるわけだ

 良いねこれ、要望通りの性能じゃん。本来の力は過剰すぎるけど、この力は実に使い勝手がいいね。

 

 「……うし」

 

 デパートの屋上から見据えていた山の頂にある木の幹に腰を掛け、俺はたった今迄いた街を見据える。

 何やらこの街ではいろいろと面白そうなことが起きてるっぽいね。転生直前にも前とは何か違う的なことを神様に言われたけど……さっきの人達からして、前世と比べて結構非現実的なイベントが起きるのは確定的に明らか。

 

 「これから何をしようかねぇ……」

 

 俺は今後のことを考えながら、しばらく滞在するであろう街を眺める。

 街自体も結構発展しているし、前世よりは不自由もしないだろう。

 気ままにダラダラのんびりと。そんなセカンドライフを満喫していこうと考えた千歳さんでした。

 

 「とりあえず……ゲームとか小説かっぱらうか」

 

 ——そして、犯罪さえも既に気にならなくなってきた千歳さんでした。え? 今更だって? 知ってる。

 

 ……というかさっきまでの異様なテンションは何だったのだろう? 謎だ。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 3月31日。

 その日、いい加減で適当で、面倒くさがり屋で不真面目だけど……身内と決めた者には真摯に対応する情の深い精霊……後に”識別名〈アビス〉”と呼ばれることになる少年改め少女”千歳”が現界する。

 

 そんな千歳だが、この時の彼女は全く予想だにしていなかったことだろう。

 

 まさか——

 

 

 

 

 

 ——元男だったというのに、男とデートすることになろうとは。

 

 





 誰もいないなら盗——借りるのは常識な千歳さんでした。

 とりあえずこんな感じの主人公。一体士道君にどんな感じで口説かれるのやら……ムフフ。
 次回は士道君達と会うかな? それとも……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「火力が無さすぎる? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

一話投稿から半日でお気に入りが50件超えるとは思っていなかった……
読者の皆様に感謝を! これからも面白おかしく書いていこうと思いましたです

さて……原作に入ると思いました?残念だが入らないのだよ!
多分次の次ぐらいになるかと思います

それでは


 

 

 現状の千歳さん

 

 識別名:〈アビス〉

 総合危険度:B

 空間震規模:C

 霊装:A

 天使:S

 STR(力)  :112

 CON(耐久力):178

 SPI(霊力) :535

 AGI(敏捷性):201

 INT(知力) :149

 

 結論、霊力タンク状態

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「誰が霊力タンクじゃゴラァ」

 

 そんな霊力だけは無駄にある千歳さんはというと、現在自身が現界した見知らぬ土地——”天宮市”を見渡せる高台の公園にて自分やこの街の事などを整理していますよ~

 

 あれから数日が経ち、今の俺の現状をあらかた整理することが出来た(と思う)俺は、高台の方にある手すりに腰を掛けて一休みしていたのでした。——ハンバーガー食べながら

 やっぱ世界が変わってもハンバーガーの旨さは変わらないね! 実にいいことだと千歳さんは思います

 因みに皆は何処のハンバーガーが好きだい? 俺はモ〇バーガーだぜ! ……だがポテトはマ〇クだ。細い方が好きなんですよ俺

 ……え? ハンバーガーを買う金はどうしたんだって? そもそも買ったとは言ってねーし。だからと言って盗んだわけでも無いからな?

 

 

 

 

 

 あれから自分の力を改めて把握しようと〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を使ってたんだが、そん時に結構幅広い使い方が出来ることに気づいたのですよ

 まず、今の俺が使える力は大きく分けて”三つ”に分けることが出来たんだ。この前の瞬間移動(テレポート)もここに入るな

 

 そして、更には他にも秘められし力があることも判明したんだわ。……今は使えないみたいだけど

 

 なんていうか……リミッター? みたいな感じなのかな? よくわからないけど、とりあえず今は使用不可になっているような状態の力が秘められているみたいなのです。解放条件は知らねーけどね

 まぁ今ある力でも十分すぎるから不満はないんだけどさ? きっと何か理由があっての事なんだろうし、結局はなるようにしかならんだろうからあまり気にしないようにしておく。欲張ったことで本来の力が目覚めても困るしな

 再三言うが、本来の力はえげつなさ過ぎて使う気は無いんだよ。ここ大事

 

 それにしても……”天使”ねぇ……

 精霊の武器が天使ってのは何か意味でもあるのかな? 精霊と天使って種族的に違う気がするんだけど……その辺り詳しくねーからようわからん

 

 とりあえず俺の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉についての説明をして進ぜよう!

 ……まぁ誇れるほど自信を持って説明できるわけじゃないけどさ

 

 

 

 

 

 〈心蝕霊廟(イロウエル)

 

 形状としては……簡単に言うと腕輪だった

 見た目としては今の俺の髪の色と同じ深緑色に染まっており……えー……幾何学模様? ってやつが腕輪に彫られている感じだ

 肌触りとしては金属っぽい。でもそこまで重さを感じない程に軽いんだ。言ってしまえば羽のように軽い

 そんな腕輪を左手首辺りに装着しているわけなんだけど、俺の手首回りのサイズにほぼピッタリだから〈心蝕霊廟(イロウエル)〉事態を消さないかぎり外れそうにないです。これが首についてたら奴隷になった気分だったわ

 

 「ご主人様~♪ ……ないな」

 

 奴隷ということでちょっと試しにそれっぽいことを言ってみたが……声はともかく、俺が言うのはなんか違和感があってしょうがない。考えることをやめよう

 因みに前回呼んだ時は服の下に隠れちゃっていて気づかなかったよ。まぁそのおかげであの痴女集団……そろそろ何か呼び方を考えようかな? 流石にこのままじゃいろいろとまずそうだからな

 主に意図せず相手の前で言っちゃったら不味いしな。あの白髪の少女とかに聞かれたら……本気で命狩られる希ガス

 ガクガクブルブル……とりあえず「あの」「集」「団」でASDと名付けておくことにしよう、うん(千歳さんニアピン賞)

 そんなASDにも天使の正体は気づかれなかったと思うし、結果オーライってやつだね

 

 さて、そんな攻撃力皆無な腕輪型の天使なのだが、これを付けている状態の時だけ次の三つの力を使えるようになりました

 

 

 

  一つ目、時空間転移能力(瞬間移動をカッコよく言ってみた)

 

 これは前回使った力だな。簡単に言うと”視界に映る場所へと瞬間移動することができる”という能力だ。それも時間や空間を無視して

 これに関しては前にあらかた話した気がするので、とりあえずどんなことをやって確認してみたかだけを報告することにしたよ

 

 まず初めに天使を顕現させたときに覚えた使い方を試してみました

 流石に漫画の中に~とか、アニメの世界に~みたいな現実に存在しない場所……ようは空想上の中には行けなかったよ。まぁあたりまえか

 あ、別にガッカリしたわけじゃねーからな? 全然落ち込んだりなんかしてねーからな!?

 

 ……ごめん、嘘ついた。結構期待してた。そんで結構落ち込んだ

 

 「……あ、思い出したら涙が……」

 

 くそぅ、アニメの世界に行くとか男なら誰しもが夢見るロマンだってのによ……まぁ今は女だけどね

 はぁ、話を戻すか。とりあえず次だが、写真に写る場所に転移することはできたよ

 この数日——てか一日の間にだな。俺は様々な国へと観光しに行ってたんだわ

 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ……いろんな場所の写真を見て転移、観光してました

 前世では外国とか行ったことなかったから結構いい経験だったよ。文化の違いなんかも肌で感じたね

 

 ——どこ行っても話は通じなかったがな!

 

 何を話してたか全然わかんなかったぜ! ったく……ホント同じ地球人? 言葉違うだけで同じ生き物とは思えないレベルで会話が成り立たなかったぞ。やっぱり世界共通語を日本語にするべきだと千歳さんは思うわけだ。日本語って偉大

 そんで、結局外国人とは話が通じなかったので、とりあえず現地でグルメツアーをするなり戻ってきたのだった

 許してくれ……行ったはいいが特に目的があったわけじゃなかったから何すればいいかわからなかったんだ。そんなんだから食べ歩きしか思いつかなかったのはしょうがないと思うんよ。それに俺、そこまで価値ある建造物の観光とかするような性格してねーし

 それに、一応各国の伝統料理の味とか気になってたのも事実だからこれで正解だったと思うんだよ。置物とか買っても家ねーから置くとこねーし

 

 ……何? グルメツアーをした感想? あー……まぁ、あれだ

 本場の味ってやつは十分に堪能した。でも……あれだな。やっぱ日本で食べるものって味付けとか日本人好みにしてあるんだなーって実感したよ

 例え同じ料理だったとしても、現地では味が薄かったり、きわどい味付けだったり、挙句の果てには健康面を一切無視したデンジャラスな物まで……

 

 うん、あれだ。日本から出る必要性を感じなくなりましたとさ

 

 

 

  二つ目、物体顕現能力(またまたカッコ良さげに言ってみた)

 

 この力の条件は一つ目と同じように視界に映る物が対象だ。違うのは効果

 簡単に言うと——”視界に収めるものを手元に呼び寄せる力”だ。せっかくだし、今実際に使ってみようかな

 

 

 例えば今、俺の目の前で風に舞って飛んでいるレジ袋を視界に収めたとする——

 

 ——瞬時に俺の手の中に飛んでいたレジ袋が現れる。食べ終わったハンバーガーの包み紙を入れる

 

 例えば今、手に持っているモ〇バーガーの広告に記載されているハンバーガーを視界に収めたとする——

 

 ——瞬時に俺の手の中に同じものが現れる。包み紙が無いからタレで手が汚れた

 

 例えば今、見下ろしている先に歩いている中年のサラリーマンのカツラを視界に収めたとする——

 

 ——瞬時に俺の手の中に同じものが現れる。ばっちぃから捨てる

 

 

 ……と、こんな風にどれだけ距離が離れていたり、写真の中の物だったとしても空間や距離を越えて俺の元に召喚する事が可能なのだ! すごいぜ〈心蝕霊廟(イロウエル)〉! この能力のおかげで金要らずで欲しいものが手に入り放題だ!

 まさに楽して充実に怠惰な生活を送るにふさわしい能力ジャマイカ! 神様ありがとう! そして俺の天使マジ天使! もうマジ愛してるぅぅぅ!

 

 ——ふぅ。だが何でもかんでも呼び寄せられるわけじゃないんだ。何せ架空の武器なんかは召喚とかできなかったからな

 またもや男のロマンを砕かれたぜ……アニメとかにある伝説の武器とか使えるかも! って思っていた俺の期待は実らなかったとです

 まぁ現実に存在する物だったら転移とは違い、イラストとかからでも効果が出たからまだマシなんだけどさ……

 

 ——なんかさっきから下でおっさんの悲痛な声が聞こえる気がするんだが……え? 俺のせい? 知ってる

 

 

 

  三つめ、対象転送能力(なんか一つ目と似たような感じになってきたなぁ)

 

 これは一つ目の時空間転移能力とほぼ同じだ。違うのは送る対象と範囲である

 この力は俺じゃなくて他人——というか、他の生物を対象に強制転移させることが出来るみたいだ

 

 

 例えば、今俺が座っている手すりに羽を休めている鳩を視界に収めたとする——

 

 ——瞬時にさっきのサラリーマンの頭に現れる。驚いた鳩の羽ばたきと同時に彼の薄い髪が撒き込まれて抜けていく

 

 

 ——と、こんな感じに視界に収めている生物を同じく視界に収めている場所に移動させることが出来るようだ

 ただし、場所の移動は出来るけど時間の移動はできないっぽい

 そもそもな話、俺単体でも時間転移はそんなに遡れはしないみたいだからな。少なくとも最大十年前ぐらいが限界だと思う……え? 十分遡ってるって? 知ってる

 まぁ別に、過去に戻る必要性は今のところ皆無だからいいんだけどさ。とりあえずそのぐらいまでしか遡れないと俺の天使知識がそう言っている

 そんな時間転移だが、他人を送ることは無理みたいだわ

 これは霊力とかの問題じゃなく、〈心蝕霊廟(イロウエル)〉が重要になってくる

 簡潔に言うと、時間転移に関しては〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を所持していないといけないみたいなんだ

 〈心蝕霊廟(イロウエル)〉は言ってしまえば通行証のようなもの。転移させる対象が〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を持っていることが時間転移の大前提であるため、必然と俺以外は時間転移が出来ないということになる

 まぁ例えできたとしても、複数人を同時に転移とか流石に霊力がもたねーべ

 

 

 

 とりあえずこんなところだろうか

 それにしても……能力はわかったのだが、なんかこう……使う時に毎回「~能力」ってのも締まりがないよな?

 

 そういうわけで! 俺はこの三つに名称を付けることにした!

 

 やっぱり男だったら技名を叫んで力を使いたいよね!? 「我目覚めるは厨二の化身——ッ!」みたいな?

 そんな中二病を拗らせ、後々黒歴史として自分の恥部になるなんてこともあるようだけど……俺は違う

 

 

 

 言わせてもらおう——

 

 

 

 ——堂々たる姿をさらして、何を恥ずべきことがあるかぁ!!

 

 

 

 自身の魂とプライドを持ってして、その熱く滾る己が欲望をさらけ出して何が悪い!? 俺からしてみればウジウジと恥ずかしがって情けない姿をさらす方が堪えられないっ!! そんなん男じゃねえ!! ただの軟弱者だあ!!

 

 

 そんな訳で、名称発案タ~イム!!

 

 

 そうだな~……とりあえず長文よりも単語をドンッ! と出した方が決まるよね? 一文字二文字ぐらいで

 最初に〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を付けるのもありか? それなら……後に単語で補足する感じにしてみるとか。「何某流、何々!」みたいな?

 

 

 うーん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして施行する事数分後、考えた末にこうなりました

 

 一つ目の能力:〈侵蝕霊廟(イロウエル)〉—【駆】

 

 二つ目の能力:〈侵蝕霊廟(イロウエル)〉—【顕】

 

 三つ目の能力:〈侵蝕霊廟(イロウエル)〉—【統】

 

 とりあえずはこんな感じでいいべ。うん! 千歳は満足なり!

 まぁ未完成ではあるけどね? ルビふってないし。今のところはこんな感じってだけさね

 

 そんなわけで、俺に新たな力(名称)が宿ったのだった

 

 

 ……それにしても、あれだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——これさ、マジで物理的な攻撃手段無くね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず二つ目のハンバーガーを食べ終わり、お腹が満たされた千歳です

 精霊になってからは何かと暇を持て余してるせいか、結構な食欲がわいているんですよね。まぁ太らないから羽目も外せるってやつだ

 実はだな? なんと精霊は常に最高のコンディションを保たれてるようになってる感じなんだよ

 体は汚れないし、お腹は空かないし、多分歳も取ってない。ずっとグータラしてても餓死とかせずに怠け続けることも出来るってわけ。何それ幸せじゃん!? 「俺は幸福な精霊です」——ってか?

 

 

 とりあえず神様、精霊にしてくれてありがとウサギ(ぽぽぽぽーん)

 

 

 ……まぁ、そうは言っても俺は元人間だ。気持ち的に食事や入浴などをしないと居心地が悪いというか、気持ち的に落ち着かないんだわ

 別に今更金に困るような事態は起きないだろうしね。だから食事もすれば入浴もしてますです

 

 ——そんな訳で、500円玉を掴み取りしている広告から早速【顕】を使ってお金を手元に掴み取ります。大体十枚ぐらい出したから5000円ぐらいかな? まぁこんなもんだろ

 そのお金をこの数日で手持ちを整えた俺のショルダーバックに入っている財布に入れて出発だぜ!

 

 

 目指すは——銭湯だ!

 

 

 やっぱり日本人だし湯船に浸かるという至福の時を味わなければ損というわけだ。……まぁちょいと躊躇う場面がいくつかあったけどさ

 だってさ? 女になったからには女湯に入らなければいけない訳だろ? 元男としては戸惑わない訳がないんだよ。これでも健全な男子高校生だったんだぜ? 気にならない訳がないじゃないか!

 

 でも……まぁ結果を言うのであれば、そんなのは最初だけで後は自然と気にしなくなっていったんだけどさ

 最初はやはり男だったということで期待(何がとは言わない)を膨らませていたけど……いざ入ってみれば思っていたものとは異なっていた

 

 

 ハッキリ言って——特に何も感じなかったのだ

 

 

 男子特有の興奮が沸いてこない。いくら女湯にいる女性を見ても、始終平常心だった。そして結局、何事もなく入浴を済ませることになった千歳さんである

 おかしい……俺の恋愛感覚ってこんなに麻痺してたかな? 確かに前世ではそういった経験を体験したことなんて一度もなかったけど……流石にこれは何かがおかしい気がしてならない。だって女性の裸体見て平然としてんだぞ? 元とはいえ一般男性としてそれはどーよ?

 もしかして女になったことによる弊害か何かか? 別に困る訳でもないんだが……なんかスッキリしねー

 それに加え、自分の姿にも違和感を感じることなく入浴を済ませたのだ。これもおかしい

 入浴時のあれこれなどが意識せずとも済ませられたんだ。自然と体が動くって感じで、さもそれが当たり前のように出来たことには薄ら寒いものを感じたね。なんか俺が元から男じゃなかったみたいでちょっとしたホラーだったよ。たまたま通りかかった女性に「顔色が悪い」と指摘されるレベルで青ざめてたとかなんとか。流石にその理由は言えなかったけどね

 

 とりあえず、この数日で俺は女の体に慣れてしまったと言えるだろう。体面的にも、内面的にも

 そんな俺は……男として大事なものを失ったのは間違いないと思う。その事実に少しの間、打ちひしがれる千歳さんなのであった……

 ……え? 人間諦めが肝心? 知ってる。でも煮え切らないのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ——ザアアアアアアアア

 

 「どういうことだってばよ」

 

 俺が毎日通っている銭湯に向かっている途中、なんかいきなり雨が降ってきやがった

 おいおい何の冗談ですか? さっきまで雨雲はあったけど晴れてたでしょうに……あれ? 雨雲? なら問題は無いのか?

 ただそれでも急に降ってきたからなぁ……傘とか持ってないからその身に雨を浴び続けてるよ

 

 ま、この服——霊装があれば問題は無いんだけどね!

 

 俺の霊装——〈神威霊装・終番(マサク・マヴディル)〉の基本的な外見はあの改造軍服だ

 ただし、そこから戦闘面としての防御機能を取り払うことによって自由自在に形状を変えられることに気づいたのだ! そのため、今はパーカーにズボン姿と”The・私服”と言わんばかりの服装に変装しているのでした

 霊装には全く見えないながらも正真正銘の霊装を身に纏ってるわけであります。とりあえずこの私服姿の状態を”疑似霊装”と呼んでいこう

 ……え? 前回の服はなんだったのかって? あれは霊力で見繕ったけど、実際はただの服です。霊装じゃなかったんや

 何より霊力を消費していくから燃費が悪いし、おそらく霊力の反応とやらもビンビンに出まくってるだろうからデメリットの方が多かったんよ

 因みにこの疑似霊装、耐久面では普通の服と全然変わらないがしかしっ! この疑似霊装は周囲からの干渉を弾く霊力膜を張っていられるのだ!

 雨はもちろん弾くから濡れることもないし、空気中の汚れからも鉄壁ガード! これで洗濯要らずで清潔感Maxなのだ!!

 いやー、これホントすげー便利だわ。着替える動作もしなくていいしね

 そんな高性能な疑似霊装様に一言言いたいことがあります!! 聞いてください!! 俺の想いを——!!

 

 

 

 

 

 ——もうこれ、霊装さん以外の服とか要らないんじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 あれから俺は、疑似霊装の性能をフルに活用しながら雨の中をのんびりと歩いています

 そして、いつの間にかに隣についてくるようになってしまったうさ耳少女は……誰だろね?

 

 「ふぇ……」

 

 「ごめん冗談です泣かないで俺の心に罅が入るから」

 

 横にいる少女が何かを察知したかのように反応し、俺の方を向けば見る見るうちに泣きそうな顔になっていく

 そうなったらもうやることはわかるよな? ——全力で謝ろう

 あ、下手に深く謝りすぎても気の弱い彼女は余計に深く考えちゃいそうだから適当な加減を持って謝ろうな! 千歳さんのワンポイントアドバイスだ

 

 

 

 

 

 ——ここで一つ。俺は子供が好きだ

 

 ロリコンとかショタコンとかそう言うことではない。断じてない。そんなやましい劣情を感じるような変態ではない。断じてない

 

 断じてない

 

 ……コホン。俺は前世で双子の弟と妹がいたんだが、親は仕事で忙しかったこともあってかあまり家に帰ってこなかったんだわ。そんな両親に代わって、俺がまだ5歳ぐらいの二人の世話をすることにしたんだよ

 最初は大変だったが、成長していく二人の姿を見ているのは自分の事のようにうれしかったんだよね。そう言った経緯で俺は子供の成長を見るのが好きになったんだ

 

 ………………

 

 俺は死んだみたいだが……あいつらは元気にやっているだろうか? 前世の未練といえばそれだけが心残りかな

 

 シスコンとかブラコンとかそう言うことではない。断じてない。そんなやましい劣情を感じるような変態ではない。断じてない

 

 断じてない

 

 しつこいって? 知ってる

 

 

 

 

 

 この事を心に留めて話の続きをしていこう

 まず彼女とはさっき銭湯に向かっている道中で会いました。——不意を突かれる形で

 雨の中、俺は服に水が全く染みこんでこない——寧ろレインコートのように水を弾いている霊装さんを見て少しテンションが上がっていたんだわ。今思えばなんでそんなテンション上がっていたのか意味不である

 とにかくだ。何か気分が乗って軽快な足取りで銭湯に向かっていたんですよ

 

 ——バックステップで

 

 なんか徐々に離れていく景色を見るのがあまり見慣れない光景だったからか、ちょっと新鮮な気持ちではしゃいでたんです。皆だって新鮮な事に対して少なからずの高揚はあるはずだ!!

 つまり、後ろを向いて歩いて(ステップして)いた俺は当然前を向いていなかった訳であり……誰かにぶつかってしまうのも必然と言ってもいい状況だったのだ

 

 ——流石に空から落ちてくるなんて予想外もいいところだけどな

 

 「親方! 空から女の子が!」とか言ってみたかった言葉がまさにその現状にマッチしていたと思う。ただ、いざその現場に遭遇した時に咄嗟に言えるのは「親か——」ぐらいまでだと思うんだよ

 だってあれは浮〇石があったからあんな余裕を持ってネタにできたんだぞ? 今回のは自由落下であって、そんな余裕など一切なかったんだ。言えなくてもしょうがないだろ?

 ……え? そもそもあれはネタで言ったつもりじゃないって? 知ってる

 

 そんな訳でどういった経緯かは知らないが、忽然と上から俺の真上に落ちてきたのがこの隣の少女——四糸乃(よしの)ちゃんなのです

 この子の人物像を簡潔に言うとだな……めっちゃいい子

 凄くいい子なんですよ。落下後に俺を下敷きにしていたことに気付いた四糸乃ちゃんはおどおどしながらも謝ってくれたしね。何か妹に似てるなぁ……

 

 そんな少女との初会話時の光景をどうぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——と思ったが、それは次回だ。

 

 とりあえず俺は、四糸乃の()()を繋いで銭湯に向かうのでした

 

 




おや……? 四糸乃に何か違和感が……

とりあえず今回は千歳さんの詳細と天使、霊装についてでした
次回は完全に四糸乃ちゃん回になって、その次から原作突入かな?多分




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

章終話 「俺のメンタル弱すぎ? 知ってる」

メガネ愛好者です

とりあえず今回で原作前は終了です
ちょっとオリジナル設定?独自設定?そんな感じの話となります
多分矛盾はないはず……あったら何とか矛盾が無いように捻じ曲げよう(オイ)

それでは


 

 

 四糸乃が俺の真上に落下し、のしかかられる形で地面に押し潰されたときの話をしよう

 柄にもなく「ふぎゅ」なんて声を漏らしてしまったのは仕方がないと思う。死角からの攻撃は対応できましぇん!

 ……ちょっと恥ずかしかった

 

 「ひっ……」

 

 そんな俺の上に落ちてきた彼女の第一声は——まさに怯えてしまい、声をくぐもった様な悲鳴のようなものだった

 俺の上に圧し掛かっていた少女は瞬時に俺の上から飛びのき、3mほど離れたところで体を小刻みに振るわせて怯え始めてしまう

 その行動に対し、俺は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ゴフッ」

 

 ——吐血した

 かなり傷ついた。小さい子に怯えられるとか精神的に堪えまする……俺何もやってないのに

 ……え? お前の前方不注意? 知って——いや待て待て待て。バックステップで前見てなかったってのは確かに悪いと思うよ? でも真上からだから関係は無いよね? 無いよね!?

 ……ダメですか。知ってる

 

 くそぅ、心が痛いぜ……なんか目から何かが流れるような感触がするよ

 うーん……なんか女になってから涙脆くなってやしないかい千歳さん? また涙が――いや、これは雨だ! 決して泣いてなんかねーから!

 ……ぐすっ

 

 「……ぁ……の」

 

 俺はとりあえず雨に濡れてしまった顔(決して涙で濡れたわけではない。断じてない!)を服の袖で拭き、微かに聞こえた呼びかけに反応する。これでも精霊になったから小さな声でも聞き取れるのだ!

 とりあえず俺は……そうだな……

 外見や言動から察するに、あんまり刺激を与えちゃうと怖がられるだろう。そう考えた俺は、とりあえず体を起こして地べたに座ったまま彼女に向き直るのだった。地面濡れてるけど気にしない

 

 「……こんにちわ」

 

 「——ぇ? ……ぁ」

 

 とにかく警戒はさせちゃいけないと思った俺は軟らかそうな声で挨拶します。……思ってた以上に柔らかい声が出せたことにびっくり。女になって初めてよかったと思ったかも

 ただ……あれだね。身なりのせいで不審者に思われてないかが心配です。だって口元以外は服や髪で肌が隠れちゃってるもん

 そんな私を見た少女の反応は……とりあえず、すぐさま逃げだすってことはなさそうです。よかったよかった

 

 ——え? なんでいきなり挨拶したんだって?

 どんな時でも挨拶は大事だよ? 相手に真摯な気持ちを伝えるのに手っ取り早いし、礼儀でもあるからね

 ただ俺の反応が予想外だったのか、少女は唖然としたような顔で呆けていた。のしかかってしまったことを怒ってるとでも思ってたのかな?

 そんな彼女の様子から、ここでズカズカ話しかけると逆効果だとなんとなく察した俺は、とりあえず相手のペースに持っていけるように彼女の対応を待つことにしたのでした

 

 

 

 しばしの間、少女の反応を待つ千歳さんである

 もし彼女が友好的な子なら何かしらのアクションをしてくれるだろうからね、それまで辛抱なのだ

 因みに泣いてしまったらゲームオーバー。千歳のメンタルにダイレクトアタックを決められてライフゼロになっちゃいます

 尚、泣きながら逃げられたらオーバーキルだ。バ〇サ〇カ〇ソウルなんて目じゃないレベルのダメージが入ります。多分封印から解放されても廃人になっていると思われる

 

 俺の人生は君にかかっている! 頼む! 泣かないでくれ! 俺のためにも!(迷走)

 

 そしてしばしの沈黙が訪れた後、少女は……

 

 

 ……コクッ

 

 

 控え目ながら、確かに会釈してくれたのでした

 

 「(俺は賭けに勝った……っ!)」

 

 その光景についガッツポーズしてしまった。まぁ肩ぐらいの高さで拳を握るだけの控え目なガッツポーズに留めたけどね。あまり大袈裟に喜んでも相手を怖がらせてしまうだけだからな

 そんなガッツポーズをしている俺を、まだ少しの怯えを抱えながらも不思議そうな表情で眺めている少女。少しは気を許してくれたかな?

 よし、攻めてみよう

 

 「俺は千歳って名前なんだけど……君は?」

 

 「ぅ……ぁ…………わた、し……は………よし、の……」

 

 「よしのん?」

 

 「四糸乃、です……!」

 

 あ、名前間違えちゃった。……まぁワザとではあるんだけどさ? 言いたくなってしまったんだからしょうがないよね

 それに対して四糸乃が少しムッとしている。ムッとした四糸乃が実に可愛らしいです。でも俺の心にダメージが来てます。ライフが2400P減った

 

 「ごめんごめん。ただそっちも可愛くない?」

 

 「……ぇ? かわ、ぃ……?」

 

 「そうそう。”よしのん”ってあだ名、愛嬌があっていいと思ったんだけど……まぁ、四糸乃が四糸乃のままの方がいいって言うならそっちで呼ぶけどさ。俺の意思を押し付ける気は更々ないしね」

 

 「……」

 

 「んー……とりあえず今は四糸乃って呼ぶわ。そっちも呼びやすいように呼んでよ」

 

 「……は、ぃ」

 

 実際よしのんって可愛くないかな? 何か電波を感じ取って頭に浮かんだあだ名だったんだけど……まぁいっか、四糸乃が気に入ってくれたときにでも使うとしよう

 とりあえず俺も自己紹介……あ、今更だけど一人称変えた方がいいか?

 ……別にいっか。今更だろうし、何よりこれを変えたら俺が俺じゃなくなるようでヤダ

 

 「無理にとは言わないよ。ただ、せっかく知り合ったんだから仲良くしたいなぁ……ってさ」

 

 「仲よ、く……?」

 

 「うん。ダメかな?」

 

 俺の言葉に四糸乃は戸惑いを見せている。その戸惑っている顔も可愛——と、不謹慎だな。少し控えよう

 お互いに同じ目線で見つめ合いながら語り合う俺達。……と言っても俺の目は前髪で隠れてるけどさ? とにかく四糸乃に敵意を感じさせないようにするのです。大丈夫、怖くないよ?

 ……この対応はキツネかリスに対してだった。彼女はウサギじゃん(見た目からして)

 

 そんな俺の対応に、四糸乃はそのうさ耳の付いたフードを深くかぶって顔を隠すようにしてしまう

 これは……どう反応したらいいんだろう? 良いのか駄目なのかわかんないな。ダメだったら死にます←

 

 四糸乃の反応を見てどうでるか悩んだ末に、俺はとりあえずここは攻めてみようかとの考えに至ったのであった。地べたに座り込んでいたところを静かに立ち上がり、急かさずゆっくりと四糸乃に近づいていく

 多分近づいてきてるのには気づいてると思う。近寄り始めたあたりで四糸乃の体が強張ったのが目に見えたからな。やっぱり怖がってる? 近づいたのはまずかったかなぁ……まぁ、ここまで来たら今更引き返すわけにもいかないけどさ

 そして俺はゆっくりと四糸乃に歩み寄っていき、目の前まで歩み寄れたところで静かに……四糸乃に手を差し伸べたのでした

 

 「とりあえず座ったままってのもあれだし……ね? 立てる?」

 

 「は、ぃ……」

 

 まるで触れることを恐れているかのように振えながら手を伸ばしてくる。手を掴む決心がつかずか暫くは出したり引っ込めたりしていたが、いくらかそれを繰り返したところでようやく俺の手を掴んでくれた

 俺はそっと包み込むようにその手を握る。妹がいたからわかることなんけど、小さい女の子の手ってデリケートだからね。男が普通だと思って握ったとしても小さい子にとっては力が強すぎて痛がられてしまうのがほとんどだ。そういう細かいところも気にしないと子供の面倒なんて見られないと思うのは俺だけかな?

 まぁ今は女だからそこまで意識せずともいいんだけどさ。女性ならではの絶妙な力加減ってやつ? だからきっと子供はみんな、お母さんと手を繋ぐのが好きなんだと思いますよ。偏見かな?

 余談だが、今回みたいに男だった時の癖が抜けきっていないってのは、俺が男だった事実が残っているような感じがして少しホッとしますです

 さてと、とりあえず今は四糸乃の手を優しく引いて立ち上がるのを手伝ってあげよう

 

 「あの……あり……とぅ……ござぃ、ます……」

 

 「怪我はない?」

 

 「はぃ……」

 

 「ならよかった。言っておくけど、俺は大丈夫だから気にしないでな?」

 

 「……ごめ、なさい」

 

 「気にしない気にしない。寧ろ俺は気にしてない」

 

 まずは立ち上がった四糸乃の服についた汚れを優しく落としてあげる。何故だか目立った汚れがないけど……その服、何やら特別性だったり? まぁいいか

 それにしても……なんかこうしてると、少し目を離した隙に土埃で汚れて帰ってきた弟を思い出すわ。アイツすぐに服を汚すから大変だったんだよなぁ……

 前世の弟の事を思い出して懐かしみつつ四糸乃の身嗜みを整えてあげる。不思議な事に抵抗は一切なかったけど……まぁ機嫌を悪くしたわけじゃないならいっか!

 

 「何があったかはわかんないけど、次は気を付けなよ? また落下先に俺がいるとは限らないんだからさ」

 

 「……」

 

 「そんじゃ、帰り道に気を付けてな」

 

 見たところ怪我もなさそうだし、後は四糸乃のやりたいことをやらせてあげようと思った俺はそこで別れることにした

 あまりしつこいと四糸乃の行動を縛ってしまうかもしれないし、下手すれば鬱陶しがられるかもだからね。最悪親切すぎて怪し荒れたり? ははは、今の姿だと十分にあり得るぜ

 それに、いきなり出会った人と必要以上に関りを持つのは……まぁ相手次第だけど、少なくとも四糸乃は辛いんじゃないかな? 仲良くしたいとは思うけど、相手側にもペースがあるだろうしね

 そこまで考えた俺は四糸乃に別れを告げて立ち去ろうとする。実をいうと、倒れた時に服の隙間から雨水が入っちゃったんだよね。霊装さんがある程度弾いてくれているとはいえ、流石にフードの中に直接入って来たんじゃ防ぎようもない訳で——

 

 

 

 

 

  ギュッ……

 

 

 

 

 

 ……何やら俺の服を掴まれてる気配が

 立ち去ろうとしていた俺は、一旦その場に立ち止まってからそっと後ろを振り返る

 振り返った先には……自分の行動に驚いているのか瞳を大きく見開いている四糸乃が俺の服を掴んでいたのだった

 えっと、これは……信用して、くれているのかな?

 

 「えっと……四糸乃?」

 

 「……………ぃで……さ、ぃ」

 

 「え?」

 

 驚いていた顔は、少しの間の後に表情を変えた。何かを言いずらそうに、それでも何かを伝えたいような……そんな少しの勇気が宿った表情を

 そんな四糸乃の言葉は、流石の聴力強化されてる俺でも聞き取れない程のか細い呟きだった

 それでも気の弱い彼女が自分から言葉を伝えようと話しかけてきているんだ。話しかけるというだけの理由でだったとしても、彼女にとっては大きい一歩だ

 それでも聞き取り難いんだったら、俺が聞き取れるようにすればいい

 俺は四糸乃の声を聞きとれるように意識を集中する。次は聞き逃さぬように、周囲に鳴り響く雨音も気に留めずに

 

 

 そして俺は聞き取ったんだ。勇気を出してまで四糸乃が伝えたかった事を……

 

 

 そんな四糸乃の言葉は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……一人、に……しないで、くださぃ……」

 

 

 ——孤独に満ちた、悲しい言葉だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——と、そう言った経緯で現在に至るのだった

 何やら一人は嫌みたいで、別に断る理由もないから四糸乃を千歳さんパーティーに入れることにした。寧ろ癒しキャラが入ってくれたことに歓喜

 

 ——四糸乃が 仲間に なった ! ——

 

 そして四糸乃を連れて向かった先が……さっきから俺が行こう行こうと思っていた銭湯なのでした

 銭湯に行くことは変わらない、これ確定事項。それに四糸乃も雨で汚れ……てはないみたいだけど、まぁ別にいいだろう。体も温まるし心も休まる

 ……え? やけに銭湯に行きたがるなだって? そりゃそうさ。だって俺、お風呂好きなんだもん

 

 銭湯に向かっている道中、四糸乃が俺の手を恐る恐る握ってきてくれたので、せっかくだし手を繋いで銭湯に向かうことにした。雨の中を傘も差さずにね

 疑似霊装のおかげでもう雨とかは気にならなかったし、四糸乃もあんまり気にしていなかった(てかよく見たら四糸乃の服はレインコートだった)からのんびりと散歩感覚で歩いていますですよー。

 

 そんでもって到着。俺は四糸乃に銭湯の事を紹介するのだった

 

 「ここが銭湯。疲れとか体の汚れを落とす場所だな」

 

 「銭、湯……?」

 

 「ようはお風呂さ」

 

 「お風、呂……」

 

 「……え? もしかして……お風呂も知らない感じ?」

 

 四糸乃に銭湯の事を説明していたのだが、どうやら四糸乃はお風呂さえ知らないようで……え? まさか入ったことがないわけじゃないよね? 流石にそれは——

 

 

  コクン……

 

 

 俺の疑問に四糸乃は素直に首を縦に振ることで肯定した

 それはつまり……

 

 ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい四糸乃。親御さん呼んでこい。ぶん殴るから」

 

 四糸乃の親御さんは一体どういう教育をしてるんだ? 女の子に風呂は絶対的に必要でしょうが

 まさか……四糸乃を蔑ろにしてるんじゃなかろうな? 気弱な性格になったのも虐待してるからじゃなかろうか……

 

 

 サツイノ、ハドウニ、メザメソウダ……許スマジ育児放棄者

 

 

 傍から見れば、俺に変化は見られないと思う。……前髪に隠れて分からないだけで、目つきが鋭くなってますがね

 フッフッフッ……久しぶりにキレちまいそうだぜ。気に入らないったらありゃしねぇ……

 

 そうして四糸乃から知らされた衝撃の事実(決して大袈裟なんかじゃない)に俺が四糸乃の親に対して密かに激情を抱いていると、四糸乃から新たな疑問が投げかけられるのだった

 その内容はというと——

 

 

 

 

 

 「……親、って……なん、ですか?」

 

 「——」

 

 ——親を知らないという、もっと深刻なものだった

 

 ……え? これどう反応すればいいん? てか四糸乃って捨て子? ガチで育児放棄されてしまったパティーン?

 

 え? どうすればいいのコレ? 俺にどうしろっていうんだコレ?

 

 そして俺が四糸乃から次々と投げられる爆弾の処理に四苦八苦していると、四糸乃が顔を曇らせつつ静かに語りかけてきた

 

 「その……いたい、のは……ダメ、です……よ?」

 

 「ア、ハイ」

 

 四糸乃めっさいい子

 自分が苦しい目に合っている状況だというのに、それよりも暴力などを否定する様な言葉に俺の心は自然と鎮静化していった

 本当に心優しいなこの子……よし! ならそんな四糸乃にご褒美を上げることにしよう! せっかく仲良くなるんだったら思い出の品があってもいいからね、今のうちに考えておこう

 ……なんでもいいとか言って、親とか言われたらどうしよう……と、とりあえず俺が叶えられる範囲だといいけど……

 

 「とりあえずお風呂行こお風呂。いろいろ教えてあげるからさ」

 

 「は、はい……」

 

 俺は四糸乃に何を上げようか考えながら、四糸乃の手を繋ぎつつ銭湯に入っていくのでした

 

 ——言っておきますが、断じて四糸乃のアラレモナイお姿を堪能するとか、そう言った邪な気持ちは無いからな? 今や女体に然程の興味もわかなくなった俺にそんなゲスイ気を持つ筈がない訳ですよ

 それに四糸乃は妹みたいな感じだからね。俺にとって妹は世話をする対象、よって一緒にお風呂に入ってもOK。おわかり?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おじちゃん、今日は二人分ね? 入り終わったら番台代わるからゆっくり休んでよ」

 

 「いつもすまないねぇ。ありがとう」

 

 因みに、ここの銭湯の番台をしているおじちゃんとは顔見知りである

 何せ俺はこの銭湯の常連でもあるからね。今では結構親しい仲である

 それに、いつもお世話になってるから日頃の感謝も込めておじちゃんの代わりに番台をしていたりもするんだよ。来る人との会話も楽しいから結構やってて面白いんだよね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい、目を瞑ってな~」

 

 「んっ……!」

 

 あれから四糸乃とお風呂に入り、今は四糸乃の髪を洗ってあげています

 何この子……本当に捨て子なのか? めっさ髪サラッサラなんだけど……

 四糸乃のウェーブのかかった青い長髪は実に手触りが良いです。手入れはしているのだろうか? でもお風呂がわからなかったんだし……うーん、謎だ

 因みに必要な情報かどうかは知らんけど、俺の髪の長さは……ミディアム? ショートボブ? とりあえずそんな名称だったと思う長さです。詳しくは知らん

 肩にかかるかどうかぐらいの長さで、別に整えているわけじゃないから自然な感じに髪が伸びている

 パッと見はそこまで特徴的な髪型じゃない。別に女子力を高めようと思っているわけじゃねーからこれでいいのだ

 俺は地味子でいいのです。下手に目立ちたくもないしね

 

 「次は体洗うぞー」

 

 「は、はぃ……ひゃぅ!」

 

 「あ、痛かったか?」

 

 「だい……じょうぶ、です。た、ただ……くすぐ……たく、て」

 

 「あーそう言うことか。まぁ慣れてないんならくすぐったいかもな」

 

 髪を洗い終えた俺は、次に四糸乃の体を洗ってあげることにした

 女の子の肌は傷つきやすいからね、軟らかそうなタオルをあらかじめ広告から顕現させておいたのでそこは問題無いぜ

 いやーマジ顕現能力便利だわ。必要な物を広告や写真さえあればなんでも取り出せるからな。ホント助かってるよ

 ……え? そもそも広告は何処から貰ってるんだって? そりゃー番台のおじちゃんから貰ってるんだよ。おじちゃんマジ感謝。圧倒的感謝

 それにしても……ホントさ、四糸乃といると妹達を思い出してしょうがないわ。こうやって洗ってあげるのもアイツ等にしていたことだったしな……

 

 「……ち、とせ、さん……?」

 

 「——あ、ごめんごめん。んじゃ洗い流すぞー」

 

 やば、手が止まってたわ。とりあえず今は四糸乃に集中しよう

 四糸乃の言葉で意識を戻し、一旦考えを頭の隅に追いやってから再び四糸乃の体を洗い流し始めるのだった

 

 ……アイツ等との思い出は、絶対に忘れないようにしよう。絶対に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふいぃ……」

 

 「はふぅ……」

 

 やはりお風呂はいいねぇ……昼寝の次に至福な時だと思うのですよ千歳さんは

 やっぱりリラックスできる空間って人に大切なファクターだと思うわけでありまして……ファクターって言葉、何かかっこいいな

 

 「どう四糸乃? 気持ちいいか?」

 

 「はい……!」

 

 お、会った頃と比べて結構ハキハキとしてきたかも。いい事いい事

 四糸乃は本当に気持ちいいのか、周囲への恐怖で強張っていた顔つきも緩んでやわらかい表情になってきている。うんうん、やっぱり子供に笑顔は映えるねぇ。このまま元気で居続けてくれるとこっちも嬉しいんだけど……

 

 まぁ……あれだ。俺は精霊だからねぇ……いつまでもこの子の傍にはいて上げられないんだよ

 どうしたもんかなぁ……なんか代わりになる人がいてくれれば——

 

 ……お? 変わりの……?

 

 …………おお?

 

 ………………おおお! いい事ヒラメキーノ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おじちゃんの代わりに番台も済ませ、俺は四糸乃と再び雨の中を散歩しています

 お風呂に入った傍から雨に濡れてるけど、俺としては気分転換のためにお風呂に行ったわけだから別に濡れても構わないんだよな。実際は霊装さんが弾いてるから濡れてないけどさ

 四糸乃も別に気にしてないみたいだし、着てる服もレインコートだから倒れない限り大丈夫でしょ

 因みに俺が番台の番をしていた際、四糸乃は近くにあったけん玉で遊んでいました。最初は何なのか気になっていた四糸乃だったが、俺がやり方と手本を見せて教えてあげてからは気に入ったのか夢中になって遊んでいたね。失敗しては再び挑戦し、それを何度か繰り返した末に成功した時の晴れやかな笑顔は実に微笑ましい光景でした。眼福です

 そんな四糸乃だが、余程気に入ったのか帰り間際まで名残惜しそうにけん玉を見つめていた。まさかここまでのめりこむとは思わなかったから少し驚いたね

 そして、名残惜しそうにしている四糸乃に気づいたおじちゃんが「持っていきなさい」とけん玉を譲ってくれた時の四糸乃の喜びようは見た目相応の無邪気な姿でした。おじちゃんありがとう、今度肩たたきしてあげるね?

 

 そして現在、四糸乃はおじちゃんから貰ったけん玉を大事そうに両手で包み込むように持っています。時折遊んでいいかと俺の方に視線を送ってきているけど、歩きながらは危ないので次の目的地まで我慢することを伝えた。ちょっと残念そうに落ち込んでたのが印象に残る

 そんなけん玉で遊びたくてうずうずしている四糸乃を見かねた俺は、あまり焦らすのも悪いと思ったので早々に目的地へと足を進めたのだった

 

 ……え? 何処に向かっているんだって? あの高台の公園ですが何か?

 何でまた公園にだって? そりゃー俺の寝泊まり場所があそこだからだよ

 俺はホームレス。これは変わらないとです

 

 

 

 

 

 そんな訳で無事に公園についた俺達

 いつまでも雨の中にいるのも体が冷えると思ったので、俺が寝床に使っている屋根の付いたベンチまで四糸乃を案内することにした

 せっかく銭湯で温まったのに体が冷えてしまったら四糸乃が風邪をひいてしまうかもしれないからね。みんなもお風呂上がりの体調管理に気をつけるように!

 

 「どうだったかな四糸乃? 銭湯に入ってみた感想は」

 

 「はい……すごく、ポカポカして……落ち着き、ました」

 

 「そりゃよかった。そのけん玉も大事にするんだぞ?」

 

 「はい……!」

 

 会った頃と比べて随分と明るくなった四糸乃。そんな四糸乃に心の底で安堵する俺でした

 本当によかったよ。正直、四糸乃の事が心配だったからねぇ……喜んでくれて何よりだ

 

 

 

 

 

 結局、俺は四糸乃を放っておくことが出来なかったんだ

 何せ彼女が最初に俺を見た時の表情が——何に対しても恐怖に思えてしまうような怯えた表情だったから

 この世界自分の味方はいない、みんな自分の事を見てくれない……そんな、どうしようもないくらいの孤独を感じているような表情をする四糸乃が放っておけなかったんだよ

 お節介だったのかもしれない

 だけど……そんな四糸乃の姿が……どこか妹達に被って見えた瞬間、もう見捨てて置けなかった

 今はその行動に後悔をするどころか感謝している。だって今の四糸乃の表情は……当初とは比べ物にならない程の明るさが浮かび上がっているのだから……

 それを見て、俺は改めて思ったんだ

 

 

 ——やっぱり、彼女に負の感情は似合わない——

 

 

 彼女の暗い表情が俺の心を掻き立て、それをどうにかしたくて行動に移した結果は実に実りのある成果になったのであった……

 

 

 ——でも、まだ終わらせやしねーぞ? 四糸乃

 

 

 「そんな四糸乃に俺からのプレゼントを与えて進ぜよ~」

 

 「……え?」

 

 俺は自分のショルダーバックからある物を取り出し、それを()()()()()四糸乃に見せた

 その手につけたものとは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『どうも~。四糸乃の友達の”よしのん”だよ~』

 

 「よし、のん?」

 

 

 ——右目に眼帯を付けた、愛嬌のあるウサギのパペットだった

 

 

 実はちょっとした応用に気づいた俺は、番台をしている間に密かにこのパペットを()()()()()()()()()

 〈心蝕霊廟(イロウエル)〉—【顕】でギリギリ可能だった応用によって創り出したそのパペットを左手で操りながら、俺はパペットごしに四糸乃へ話しかけて行くのだった

 

 

 

 【顕】の応用とは何か? それは——一から物を創り出すことだった

 以前に現実に存在しない空想上の物は顕現できないと説明していた俺だったが、そこに抜け道が存在していたのをこの短期間で閃いたのだ

 

 その抜け道とは……”イラスト”だ

 

 ようは「写真が無ければ自分で書けばいいじゃない」というやつだった。アント〇ネット精神は時に役立ちます

 そうと決まれば話は早い。俺は広告から紙と色鉛筆を呼び出してこのパペットをスケッチし始めた

 

 今までは現実に無い空想上の物だった場合、一から生み出すことは本来出来ないと思っていたが……俺は一つ勘違いをしていたようなんだよ

 結論を言えば、伝説の武器やら防具を創り出すことは出来るんだ。——ただし、それが()()()()()()()()()()()()()()()でだけどな

 超越した力、異能の業、魂宿る物……そう言った空想上ならではの力を宿した物を創り出す事は不可能だ。しかし、見た目そっくりの何の力も宿さないものであれば……概念を捻じ曲げて無から創り出す事が可能なのだ

 

 そうなれば後は簡単だ

 書いたイラストを視界に収め、大量の霊力を使って生み出すだけ。霊力タンク舐めんじゃねーぜ!

 それでも実際に試してみれば結構霊力を使うことが分かった。それにもう一度同じものを創り出せと言われたら多分無理だと思うから大量生産には向かないかな

 

 ——まぁ、この際そんなことはどうでもいいんだけどね

 無事にこのパペットを創り出すことが出来た……その結果だけで十分なのだから

 

 

 

 そうして生み出されたのがこのパペットだ

 せっかくだからさっき四糸乃にノーセンキューを貰って拒まれた”よしのん”の名を与えてみたけど……反応から察するに、特に気にしてはない感じだな

 そして俺は腹話術を使い、さもよしのんが話しているように見せかけながら四糸乃に話しかけるのだった

 

 『イ、エース! アイアムよしのん! こう見えてもよしのんは四糸乃のヒーローなんだぞー! っと、ヒロインの方がいいかな? でもでもヒロインは四糸乃だからやっぱりよしのんがヒーローだねん。どうどうカッコイイ? よしのんカッコイイかな四糸乃!』

 

 巧みにパペットを操って四糸乃の視線をよしのんに釘付けにさせる。いや~まさか妹達をあやすときに使ってたスキルが役に立つとは……

 余談になるけど、学校の一発芸大会でこれをやったところ結構好評で焦った覚えがあります。まさかそれによって文化祭の出し物にされるとは思わなかったぜ……

 まぁ俺が地味な見た目に合わずにはっちゃけたキャラを演出したからなのかもしれないけどさ? いいじゃんいいじゃん、地味でもたまにははっちゃけたいんだよ?

 ……え? その考えこそキャラじゃないって? 知ってる

 

 それはさておき、四糸乃の反応も確認しないとな。不評だったら申し訳ないし

 とりあえずよしのんを操りながらそれとなく四糸乃の方に視線を送ってみることに

 

 「わぁ……!」

 

 おおぉ、目をキラキラさせてよしのんの話を聞いてくれている。これは成功か? とりあえずもう少し続けてみよう

 

 『これからはずっと一緒にいられるよん♪ よしのんは四糸乃を一人になんかさせないもんね~』

 

 「よしのん……よしのん……!」

 

 どうやら四糸乃は気に入ってくれたみたいだ。何せ四糸乃は感極まったのか、よしのんを抱きしめようと俺の腕ごとすり寄ってきたのだから……って、あらら? なんか思ってた以上に好印象のようで——

 

 

 ——お? おおぅ? 何かが体から抜けてくような感じがするのは気のせい?

 

 

 ……まぁいいや。とにかく気に入って貰えたんなら作戦は成功である。クク、計画通り……

 因みにそこには邪な気持ちはありません

 

 「四糸乃」

 

 「——ふぇ? な、なんです、か? 千歳さん……」

 

 俺は四糸乃をよしのんから一旦離して向き直る

 その時によしのんと引き剥がされたことに泣きそうな表情になる四糸乃からメンタルダメージを貰いつつ、俺は左手からよしのんを取り外し、四糸乃の左手につけてあげるのだった

 

 「……え?」

 

 「はい、これで四糸乃とよしのんはずっと一緒だ。……もう、一人じゃないよね?」

 

 「ぁ……」

 

 四糸乃は俺の行動に疑問を持ったようだったが、俺がさっき四糸乃に言われたことを伝えたら、四糸乃がそれを思い出し、多分嬉しさで涙を流し始めたのだった

 嬉しくて泣いてるんだよね? そうだよね? そうじゃなかったら俺が泣いちゃいそうだからそうだと言ってよバ〇ニィ! それともバニー?

 そんな俺の気持ちも余所に、よしのんを左手につけて肩辺りで掲げる四糸乃はとうとう嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまった

 

 ……ヤヴァイ、マジでヤヴァイ。ガチで泣き始めちゃったんだけど?

 つーか、今更ながらにどうしようだわ。ついよしのんはずっと一緒だよ~とか言っちゃったけど、腹話術越しに俺が話してただけだから実際によしのん自体は喋らないんだよ

 俺がいる時ならともかく、帰った後なんかに気づいてしまったらお手上げじゃん。誰だよ計画通りって言った奴? 計画案ガバガバじゃねーか

 はぁ……四糸乃の孤独感をどうにか和らげたいが為にしたことだったけど、ホントこれどう収拾つけよう……

 

 

 そして俺が泣いている四糸乃の横で頭を抱えていると……”ソレ”は唐突に()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 『よしよしよしのん。泣いちゃダメじゃないの四糸乃ー。ほらほらスマ~イル!』

 

 

 

 

 

 ……おや?

 俺は不意に聞こえた声に正気に戻って四糸乃の方に視線を移した

 そこには……よしのんが四糸乃の頭を撫でてあやすように四糸乃に近づいて腕を動かしている光景が移されていたのだった

 

 「よし、のん……ぅぅ」

 

 『ほ~ら! そんな泣いてたら千歳ちゃんが困っちゃうよ? お世話になったんだからお礼を言わなきゃ。勿論笑顔でね?』

 

 「う、うん……グスッ……千歳さん。今日、は、ありがとぅ……ございました」

 

 「——へ? あ、うん。気にすんな。四糸乃が元気になったんならそれでいいさ」

 

 『それにしても千歳ちゃん。随分と四糸乃のことを気にかけてくれたみたいだけどぉ? 何々? 四糸乃のプリティーさに惚れちゃった?』

 

 「いや、今の俺は女だから惚れるとかはないって。あっても親愛ってやつだよ」

 

 『ふぅ~ん。……およ? ()()()()? それってどういうこと?』

 

 「……あ。あー……まぁ、気にすんな。とりあえず俺の性別は女、それでいいだろ?」

 

 『むむむ……まぁそれでいっか! た・だ、な~んか男らしいよねん?』

 

 「それは知ってる。でもそれは別にいいだろ。人の個性さ」

 

 『つまり千歳ちゃんは俺っ娘ってやつなんだね! 面白い属性してんじゃないの~』

 

 「はっはっは。よしのんだって個性的で可愛らしいじゃないのん?」

 

 『おおっ! よしのん口説かれちゃった! でも駄~目。よしのんは四糸乃のヒーローだからその申し出には答えられないよん♪』

 

 ……何このパペット

 なんか俺が腹話術していた時よりもキャラが濃くなってないか? てか四糸乃を見る限り自分でやってるような感じじゃないんだけど……一体どうなってんのコレ?

 実は四糸乃に腹話術の才能が? いやそれにしては急すぎるでしょうが

 でも見た感じではどこにも不備はなさそうだし……てか普通にパペット操るの上手いなぁ。まるで()()宿()()()()()()()()

 

 ——まぁ、四糸乃もご満悦みたいだし結果オーライ……なのかな?

 いやでもやっぱり自分からやったことなんだし、せめてどうなってるかぐらいは知りたいのだが……

 う~ん……ナゼェ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——あれ? 四糸乃? よしのん?」

 

 暫くの間よしのんの事を考えていたら、いつの間にかに四糸乃達の姿が俺の前から消えていた。今更気づくとは……相当考え込んでたな、俺

 うーん、帰っちゃったのかな? でも捨て子なんじゃ……って、どこに住んでるのか聞いておけばよかった

 でもそれならなんで急に——

 

 

 「——まさか」

 

 

 も、もしかして……いやでも流石にそんな唐突には……

 でも実際に四糸乃達はいなくなってるし、やっぱり——

 

 「……逃げられちゃった。って……こと、かな? ハハ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千歳:ライフポイント=1300

 

 千歳にダイレクトアタック=4500ダメージ

 

 残りライフポイント=0(-3200)

 

 

 

 

 

 「……フフッ」

 

 俺はベンチから立ち上がり、手すりのあるところまで不安定な足取りで歩いて行く

 そうして手すりの前までこれば顔をあげて空を見上げるのだった

 

 気付けば雨も降り止み、雲の隙間から夕陽が差し込んでいる。その夕陽が目に染みるぜ

 

 

 ——でも、なんでだろう? なんで雨が降ってないのに顔が濡れるんだ……

 

 

 「心が折れそうだよ……」

 

 誰か篝火はよ。またはカボタンを……亡者になってしまいそうだ

 

 




千歳さんがよしのんを四糸乃に与えた説

因みにですが、もうわかってるとは思いますが千歳さんは四糸乃が精霊だと気付いておりません
霊力を感知?千歳さんがそんな器用なことできると思うてか!多分知っててもやるのを忘れてるかと
故に四糸乃が隣界したことに気づいてないのです。故に原作までは公園のベンチで不貞寝するという裏設定があったりなかったり?

因みに今回出てきたおじちゃん。今後も出番あるかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 『彼女は世界に反旗する』
第一話 「彼女は自信を持てない? 知ってる」


どうも、メガネ愛好者です

今回から原作です
でも最初から原作に関わっていくわけではないです
面倒くさがり屋ですからね、千歳さん

今回はオリジナル展開が強いかも。それでも原作に支障はないと思います

それでは


 

 

 「うへぇ、何あの動き? 超ハイスペックじゃん」

 

 どうも、あれからなんとか心を癒せた千歳さんです

 四糸乃が何も言わずに立ち去っていったショックはなかなかにデカかったが、おじちゃんのおかげで何とか立ち直ることが出来ました

 

 四糸乃と出会った次の日、俺はおじちゃんの銭湯に重い足取りで向かったんだ。ショックで頭が回らない中でも銭湯の前まで付く辺り、最早習慣化していると言えるだろう

 そして銭湯の中に足を進めればすぐにおじちゃんと対面したんだが、一目見ただけで俺が落ち込んでいることに気づいたようで「どうかしたのかい?」と問い掛けてきてくれたのだった。四糸乃の事を話すとしても、どう話を切り出せばいいのか分からなかった俺としてはとても助かったよ

 とりあえずお風呂に入ってからということになったので、俺はさっさと入浴を済ませることにした。正直ゆっくりと浸かっている気分でもなかったしね

 

 

 

 早々にお風呂を済ませた後、コーヒー牛乳を飲みながら俺はおじちゃんに四糸乃のことを話した

 俺が話している間、おじちゃんは始終口を挟まずにいつもの穏やかな表情で俺の話を聞いてくれた。そんないつも通りの対応に、俺は少しずつ心が落ち着いていくのを感じながら話を進めていく

 そして話を大体聞き終えたおじちゃんは「心が落ち着くまでうちの風呂に来なさい。それまでは料金もタダでよい」と言って頭を撫ででくれた。凄く恥ずかしかったッス

 だって今は営業中だ、周りに視線を見やれば勿論お客さんがる訳であり……その上みんなは当然だと言わんばかりに俺とおじちゃんのやり取りを眺めていたんだ

 なんでみんな見てるん? 見せもんじゃねーぞゴラァ。羞恥プレイならやめてくれ。……いやまぁ事の発端は俺なんだけども

 まぁ、頭を撫でられたことに関しては悪い気はしなかったけどさ

 

 とりあえずタダでお風呂に入れてくれるという話になったので、俺は毎日思う存分入浴することにした。お風呂好きの俺としては感涙もんだよ、傷ついた心が癒されるわぁ……

 そういった経緯で、俺は何とか立ち直ることが出来たのでした。おじちゃんには感謝が尽きません

 

 

 

 

 

 そしてようやく立ち直った今日この日……四月十日の事だ

 

 

 現在俺の視界の先で——あのクレーター現象が再び起こっているんだよ

 

 

 あ、俺のせいじゃねーからな? 俺とは違うやつが原因だからな!? 今視界の先で絶賛無双してる子のせいだからホントに俺じゃないからな!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりとしては、俺が公園のベンチで昼寝していた時だった

 いつも通り高台の公園でのんびりとしていたんだが……そこで急にサイレン音が鳴り響いたんだよ。俺の昼寝を邪魔するが如くにな。——だから近くにあった警報機にベンチを投げつけた俺は悪くないはずだ。両方ともおしゃかになったが騒音が無くなったし構わないだろう

 目覚めは最悪だったが、目は覚めてしまったからしょうがないので起きることにした。それに気になることもあったしな

 

 俺の昼寝を邪魔したサイレン音……それは俺がこの世界に転生してすぐ蹴り飛ばした警報機から流れていたサイレン音と同じ音だった

 ただ今回はそれに加え「空間震警報が――」って感じに機械から流れる音声も付与されてるけどな

 そこで気になる言葉を耳にする

 えーっと……空間震? それがあのクレーター現象の名称なのかな? そこんところの知識はまだあまりないから詳しくは知らないんだよなぁ

 

 

 ただ……それの対策なのか、街がトランスフォームしてるんだよね

 

 

 警報が鳴ると同時に次々と電車や駐車場、地下鉄などの入り口なんかが地下に格納されていく

 住民も地下に続く道に逃げ込んでいる辺り、前回は逃げ終わった後だったのかな? とりあえず一言

 

 

 ——すげぇカッコイイ……——

 

 

 いやカッコイイじゃん! 変形とか男のロマンなんだぞ!? これでテンション上がらない奴はいないと思うんだよ!

 ……人それぞれ? 知ってる

 

 そんな現状を俺は高台の手すりに腰掛けながら双眼鏡で眺めている。……あ、因みにこの双眼鏡、高性能品のため万単位の値段でした

 勿論これは店に行って盗……借りてきたものだ。いや広告なかったしな

 とりあえず店頭に並んでいた奴を遠くから見て、それを手元に顕現させました。急に消えた品に店の人は慌てていたが……まぁ一品ぐらい構わねぇだろ? ククク……

 

 

 

 

 

 そしてしばらく警報が鳴り続けた後、それは起きた

 なんかこう……空がねじ曲がって、デローンってして、落ちた。こんな感じ

 いやそんな感じにしか表現できない光景だったんだよ。そんで地面に着弾時に大爆発

 ……俺ってあん中から生まれたん? デローンから生まれたってなんか複雑な気分だなぁ……てか生まれたって言うのかあれは? 気づいたらあそこに立ってたって感じが一番しっくりくるから生まれたって気は全然しないんだよね

 ……まぁ、いいか。とりあえずどのぐらい被害出たか見てみよう

 そして俺は空間震の全貌を目の当たりしたことでなんとも言えない気分になりつつ、再び双眼鏡で爆心地に視線を送るのだった

 

 そして目撃する。——爆心地の中心に佇む何者かを

 

 

 

 

 

 そこには——きらびやかなドレスと鎧が合わさった様な服装を身に纏った綺麗な少女が、玉座っぽいものの肘掛に足をかけて立っていた……

 

 

 

 

 

 き、決めるねぇ……カッコイイじゃねぇの

 大和撫子風の少女は、それはもう恥じるところも無い堂々とした姿で佇んでいる。いいなぁ……俺もあんな風に登場したかったぜ

 俺の登場なんてただの棒立ちだったぞ? しかも警報機に邪魔されたし……何であんな決めポーズをとれるんだ? 羨ましいなこんちくしょう

 なんかムカついたんで近くにあったもう一つの方の警報機に双眼鏡を投げつけてしまったのは悪くないはずだ。勢いもあって二つとも大破したけど問題無いな。静かになるし

 

 ——あ! 数万円の双眼鏡が!?(警報機は知らん)

 

 

 

 

 

 あらかじめデジカメで双眼鏡を撮っておいてよかったわ。大破したやつとは別の新品同様の物を呼び出せたぜ

 俺は再び双眼鏡を覗いて爆心地を見てみると……おや? クレーターの近くに少年が佇んでいる

 学生かな? あの服装は確か……来禅高校の制服だったな。銭湯で会った子と同じ制服だったからすぐにわかったぜ

 

 「——って、ちょ……あの子マジか」

 

 俺は視界の先に起きた光景に少し驚いてしまう

 何せ、玉座から引き抜いた巨大な剣で見た目普通の男子生徒に斬りかかったんだからな、そりゃ驚くわ

 つーかさ、その玉座どうなってるし。鞘なのか? 椅子であり鞘なのか? 持ち運び大変そうですね

 まぁ鞘(?)はともかくとして、あの剣自体はカッケーな。こう……なんか名前を呼んで振り下ろせば極光ビームを放てそうな伝説の武器みたいだ。欲しいかも……いや、今はいいか

 

 それにしても何なんだろうあの子? 目に映る物全てを切り裂こう! ——って感じか? 物騒過ぎるでしょうに

 てか剣の一振りでビルを倒壊させやがりましたよ。なんつー破壊力でありやがりますか。俺もあんな力を持って、有象無象をバッサバッサと叩き伏せる一騎当千プレイをしてみたかったもんだ。

 しかし、残念ながら俺に戦闘スキルは皆無だ。前世では温厚な日々を暮らしてたし、喧嘩なんぞしたこともないからな。それなのにこの霊装のデザインは一体何なんでしょうね?

 身体能力が上がったと言っても素人が力を振るう感じだから、それなりに武を極めている奴からしたら隙だらけだろう。それを狙われては流石の精霊スペックでも対処出来なさそうな気がするんだよね。そもそも戦う気ねーから別にいいんだけどさ

 それに、無双したいと言ってもそれはゲームの中だけに留めてるさ。現実でそんな上手い話は無いんだよ

 ……え? 何でも手に入る時点で現実味が無いって? 知ってる

 

 

 

 

 

 おっと、展開が進んでた

 どうやらあの集団、訳してASD達が現場に到着。一斉に持っている銃のような武器で少女を撃ち始めた

 しかし、少女は謎バリアーによって全ての銃弾から身を完全に防いでしまっている。タマモッタイネーナ

 無駄! 無力! 無意味! ASDの攻撃はまさにそんな感じだった

 もう全然効いてる様子ないわ。撃たれている少女もバリアーがあるせいか澄ました表情で佇んでいるし、最早ヌルゲーだとでも思ってるのかねぇ?

 

 ……てかさ、あのバリアーをよ~く観察してみて思ったんだが……あれ、霊装による防御壁なんじゃね?

 

 なんとなくだけど、霊装さんが今張ってくれている霊力膜に似てる……てか分類上は同じ感じがするんだよ。霊力膜もいわばバリアーみたいなもんだし、目の先にいる少女が張っているバリアーと同じ用途なんじゃないかなーって思うわけですよ。戦闘用か隠密用かの違いだね

 好き好んで戦闘しようなんて考えなかったから気づかなかったけど、霊装さんにはあんな使い道もあるんだなぁ……ファッションのためだけじゃなかったんだね←

 

 …………………………

 

 あれ? 霊装を身に纏っているってことは、つまり彼女も俺と同じ精霊ってことなのか? ふむ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——精霊って他にもいたの!?(今更かよ)

 

 

 いやちょっとはそんな気もしてたけどさ? まさか本当に他の子達がいるとか思わないじゃん

 俺が精霊になったのも、全部神様のおかげなんだろうから他に精霊はいないと思っれもしょうがねーってもんだ

 そっか、彼女は精霊なのか……なんだろ、同族意識が芽生えた気分だわ。同族なら仲良くできるかな?

 ……あの様子だと、話を聞いてくれない限りはダメそうだぜ

 

 

 

 

 

 ここから彼女の様子を見て気づいたことがある

 それは——彼女がこの世界に対して何もかも諦めているような悲壮感漂う表情をしているということだ

 どう足掻いたところで変わらない、そんな感情がありありと伝わってくるような悲しい表情

 希望はなく、期待もなく、奇跡なんて信じようとする意味がないと考える程に心が渇いている……そんな表情

 

 

 

 そんな彼女の表情が——

 

 

 「……気にいらねーな」

 

 

 ——無性に腹立たしかった

 

 

 

 まぁ、だからと言って、今すぐにどうこうできるような問題じゃあなさそうなんだけどさ。せめて彼女がどういった闇を抱えているのかわかんないとどうしようもないね

 

 ただ……このままでも何とかなる気がするのはなんでだろ? ……もしかして、さっきの少年が彼女の良き理解者になったりするとか?

 はっはっは、まさかそんな出来すぎた話はねーだろ。ギャルゲーじゃあるまいし、そんな都合よく——

 

 

 

 

 

 ——その時は自分が抱いた予感を馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしていた俺だったが、まさか本当にその通りになるとはな……過去の自分に知らせてやりたいものだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「貴様、何者だ」

 

 「いや俺が聞きたいんだが……」

 

 あれから数日が経ちました

 今日は来禅高校で空間震があったよ。自分の目で見たってのもあるが、銭湯に来ていた顔馴染みの学生が愚痴のように話していたのが印象に残っている

 

 空間震は校舎に直撃したみたいだが、どうやら死傷者はいなかったらしい。不幸中の幸いってやつか?

 だがその子は教室に忘れ物をしてしまったらしく、その忘れ物はそれなりに大事だったものだったようです。空間震で吹き飛んだが

 「空間震とかマジうぜーわー」とか延々と恨みつらみを並べていたので、俺はその子にどんなものだったのかを聞いた。……どんなものだったかは控えさせてもらおう

 ヤベ、思い出したら寒気が……

 

 

 

 とりあえずは後日また来るようにとその子に伝え、俺は早速その失ってしまった物に近いものを広告を漁って顕現させておくことにしたのでした。物はともかくその子には大事なものだったらしいし、代わりになるかはわからないが似たような物を用意しておくのもいいだろう。常連だし優遇しても罰は無いでしょ?

 

 そうして番台の仕事を終えた俺は公園に帰宅していたんだ

 その時に、もしかしたら今日の空間震であの時の子がまた現れたのかな~なんて考えたりしたが、今となっては過ぎた事だ。気にしてもしょうがない

 

 

 

 そして銭湯から公園に戻ってきたんだが……公園についてすぐに彼女と出会ったんだ

 

 

 ——そう、あの時に大剣で無双ゲーを繰り広げていた彼女にだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至るという訳だ。——彼女が剣を俺に突き立てている状況で

 

 「もう一度言う。貴様は何者だ」

 

 「ナニモンだ」

 

 「……」

 

 「あ、タンマ。まさかそこまでジョークが通じないとは思ってなかったんだよ。——だからその振り上げた剣を俺に向かって振り下ろそうとしないでくださいマジすいませんでしたアアアッ!! お慈悲を!! お慈悲をおおおおおおお!!」

 

 彼女の問いに冗談を言ってみたんだが、お気に召さなかったみたいで剣を振り下ろそうとしてきたわ

 戦闘力皆無の俺には刺激が強いです。冷や汗が止まらないぜ……せっかくお風呂入ってきたって言うのに

 とりあえず俺は彼女に当たり触りのないように名乗るのでした

 

 「千歳って言います王女様」

 

 「私は王女ではない」

 

 「すいません」

 

 再び剣を突きたてられた

 くそぅ……何故にこうも言うこと言うこと裏目に出るかなぁ……

 てかもうこのやり取りが面倒臭くなってきたぞオイ。俺はもう眠いんだ、話があるならすぐに終わらせてくれよ……

 あーもうめんどくせぇ。こうなったら必要最低限の事だけ言って乗り切ろう。例えば上司の小言がめんどくさくなった時に使う〈オールハイ〉を!

 

 ——説明しよう! 〈オールハイ〉とは、相手の言葉に「はい」としか返事を返さないというものだ!

 どうせ拒否権が無いなら「はい」だけ言っとけばいいだろ? 余計なことを言って無駄に長くなるんだったらてきとーに「はい」だけ言っていればいい。——そんな技なのだ!

 やる気の無い返事で相手も話す気が無くなるだろうしな。わざわざ言うのが馬鹿馬鹿しくなってくだろ? そんな感情を利用するのさ

 でも使いどころは見定めよう。逆にやる気の無さに余計な小言が増えるかもしれないのでそこは注意だ

 

 そう考えた俺は、彼女の問いかけに返事をする。「はい」だけで

 

 「……まぁいい。だが、次はないぞ」

 

 「はい」

 

 「……チトセと言ったな」

 

 「はい」

 

 「貴様は……私を殺す気はあるか?」

 

 「は――え? なんて?」

 

 ——早速地雷を踏みかけたじゃねーか! 〈オールハイ〉使えねーじゃんかよゴラァ!!

 

 ふぅ、危ない危ない。危うく殺すという問いに「はい」と答えかけてしまったぜ。んー……ギャルゲー的に考えたら、もしここで「はい」を選んでしまっていたらDEAD ENDルートまっしぐらだっただろうな

 〈オールハイ〉は封じよう。これは禁断の技だ……

 

 それにしても……なんでいきなり殺すとか物騒なことを聞いてきたんだ? 何? 自殺願望者かなんかですかい? 別にどうするかはあんさんの勝手だが、そこに人を巻き込もうとすんなし

 そう思いながら俺は改めて少女に視線を送り——あるものを視界に入れるのだった

 

 

 

 「……」

 

 コイツ…………

 ちっ……クソが、眠るに眠れねー理由が出来ちまったじゃねーかよ、全くもう……

 

 少女を視界に収めた俺の思考は、あるものを見た瞬間一気に冷えていった

 そして俺は少女を冷めた目で見つつ、彼女の問いかけに返事を返していくのだった

 

 「何故にいきなり人を殺さにゃならん。俺はそんなめんどいことを好き好んでやるような奴じゃねーから」

 

 「……」

 

 「疑うなし」

 

 「信じられると思うか?」

 

 「信じる気が無かったら信じられないだろうな」

 

 疑心暗鬼の彼女に俺が素っ気なく答えると、癪に障ったのか少しムッとした表情に顔を歪めた。だがそれは、自分の気持ちを揺らされたかのような変化にも感じられる

 そんな少女の機嫌も気にせずに、俺は何の用なのかと問い掛ける。……少しの苛立ちを込めながら

 

 「んで? 結局はなんのようなんだ? 言いたいことがあるならさっさと言え。ないなら帰れ」

 

 「なっ、貴様——」

 

 「言っておくが、剣を振り回すだけじゃ話は進まねーぞ? アンタは話をしたいんだろ? そうじゃなきゃ話をする前にその剣で俺のことを斬ってるだろうし」

 

 「っ……」

 

 図星を突かれて剣を振るおうとした少女に、これまた行動を読まれた彼女は黙り込んでしまう。つい強く当たってしまったが……今の彼女にはこのぐらいで丁度いいだろ

 情けなく相手の様子を伺いながら話すよりも、こういった”表情”をする相手には常に堂々と言葉をぶつけあった方が相手に言いたいだけ言わせることも無くなるだろうし

 

 さっきまでとは打って変わり、威圧的な雰囲気を見せ始めた俺に多少怯む少女

 それに暫く口籠る少女だったが、彼女としても早く自分の要件を済ませたかったのだろう。意を決するようにして重い口を開いたのだった

 

 「貴様は……信用に値する物が何か、知っているか?」

 

 少女は顔を俯かせる。そのせいで前髪が顔にかかってしまい、顔が隠れてしまったため彼女の心情が表情から察しにくくなった。前髪で顔隠すとかお揃いだー

 ……だが、今はそんなことどうでもいい

 

 

 

 全くよぉ……なんなんだってんだよこの問いは

 人を信じるための物? それが何なのか知りたいっだって……?

 

 

 

 「んねもん知らねーよ」

 

 「——っ! 貴様! 真面目に答えろ!」

 

 俺は少女の問いに対して投げやりのように答えた。そんな俺の返答が大層気に入らなかったようで、彼女は表情に怒りを浮かべて怒鳴りつけてきた

 真面目に答えろ? なら言ってやろうじゃねーか

 俺は彼女のプレッシャーに置くせず自分の考えを語り始める

 

 「なら言わせてもらうぞ? ……そもそも信じるってのは、自分が変わらない限り滅多なことがないとお互いに信じあえる関係にはならないだろうが。アンタは自分を信じてもらいたいのか? 誰かを信じたいのか? なんでそんなこと聞くかは知らねーけどよ……とりあえず言えることは一つだ」

 

 俺が語り始めた内容に怪訝そうな表情になる少女

 意味を理解しようとしているようだが……気付いてっかな? 表情とは裏腹に頭の上にクエスチョンマークが大量発生してるぞ? もしかしてこの子……あまり考えることに慣れてない? 脳筋なのか?

 

 ……まぁいいか。とにかく俺は答えればいい

 さっきから見せる少女の表情、それを目にした時から俺の言うべきことは決まっている

 今から言う言葉が彼女が欲した言葉かはわからない。だが、少なくとも間違いではない筈だ。多分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——さっき、自分を殺すのかと聞かれたときに見せた彼女の表情で気づいたことがある

 あの日、俺が初めて彼女を見た日

 その時、なんで俺が彼女の事を気に入らなかったのかが、こうして対面することで確証に変わった

 わかったんだ。よーくわかったんだよ……

 

 

 あの日から今この時まで……彼女は何をしたって変わらない——自分は不幸な存在だと決めつけたような表情だったんだ

 

 

 その原因は多分ASDだろうな。彼女を殺すような存在なんて、多分だけどアイツ等しかいないだろ。……まぁ豆鉄砲とひのき棒で襲ってきているようなもんだからやられはしなかっただろうけどさ

 

 ……今日、彼女が再び俺の視界に姿を現したことでわかったが、多分空間震が彼女——精霊が何処からかやって来る原因で、ある程度時間が立てばその何処かに帰るのだろう。実際に、前回彼女が現れた時だっていくらか戦闘をした後に霞のように消えていったからな。俺がそっちに戻る様子が無いのは何故だろうかねぇ

 そういえば……あの時の少年もいつの間にかに消えていたけど無事かな? ……まぁいいか

 

 話は戻るが、空間震によって精霊がやって来るってんなら……この少女はさぞや面倒事に巻き込まれていたんだろう

 空間震が観測されれば街の人はシェルターに避難する。その間にASDが原因の場所に向かい、精霊を見つけたら抹殺する……その対象に彼女は何度もなっていたのかもしれない

 多分彼女がこことは違う世界からこちらに来るたび、ASDが街の住人を避難させた後で攻撃してくる。そんな奴らにしか出会ったことが無いってんなら、そりゃー気が参るだろうな

 

 そんな彼女とまともに話をする相手が一切現れなかった。故に彼女はASD達しか人間を知らない可能性があるんだ……自分を殺しに来る存在しかな

 だからこそ彼女は信じられなくなってるんだ。人を、この世界を、そして……自分自身を

 さっき言ったように、彼女は自分が不幸な存在だと決めつけていたんだろう。あの日はそんな表情だった

 

 『だった』

 

 そう。もう過去形なんだ

 何があったかは知らないが、今目の前の彼女の表情や雰囲気はあの時とは違って少し心を開いている。——いや、開きかけているような感じがするんだ。多少ではあるものの、以前よりも棘が丸くなっているような表情に変化してるからな

 多分今回現れた時に何か心境の変化があったとかだと思う。彼女の根幹を成す何かを変えるようなきっかけがな

 それが何なのかはわからない。俺に分かることは……彼女がその変化に自信を持てていないんじゃないかということだ。そうでもなければ信じるものは何かなどと聞くはずもないだろうし

 

 ——だからこそ、言わせてもらおう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなもん自分で考えろっての」

 

 「なっ——」

 

 千歳さんは結構ドライだった

 いやだってよ……俺にどうしろって言うんだ? 彼女の事は見て感じたことぐらいしか知らないし、今日だって昼寝中にサイレン音で叩き起こされたんだぞ? つい目に見える範囲の警報機を全て空間震の発生場に転送させちまったじゃねーか……二十台ぐらい。全部木っ端したわ

 今のところ彼女は俺に迷惑しかかけてねーんだぞ? 空間震は自分の意思じゃないのかもしれねーが、今現在進行形で眠い俺の睡眠時間を削ってるしな

 そんな感じで、俺は彼女に対してあまり言えることがないんだよ

 

 

 ——それに——

 

 

 「今知り合った俺の言葉を……アンタは信じられるか?」

 

 「そ、それは……」

 

 どう信じたいのかを知らないのに、一体どういった基準で俺の言葉を信じるって言うんだ? もしここで俺の言葉を信じようとしてるんだったら、その信じようと思ったきっかけの方を優先した方がいいだろうに……

 だからこそ、俺は彼女に伝えたい事がある

 

 「今までのアンタがどういった奴だったのかは俺にはわからない。でも一つ、予想したことがある」

 

 「何……?」

 

 「多分だけどよ……今日、何かあったんだろ? 今までに無かった事……それこそ人を信じようと考えるようになった事がさ」

 

 「——ッ!?」

 

 俺の言葉に図星を突かれたのか、驚愕した表情を浮かべる少女

 予想は当たったか。俺の勘が冴えてるぜ! このまま宝くじでもやれば当たっかな?

 ……え? そもそもお前に今更金は要らないだろって? 知ってる

 クックック……500円玉マスターの俺に万札など今更いらぬわぁ!!

 

 ——コホン。話を戻そう

 

 「ならさ、その自分を変えてくれそうなきっかけを、それだけをまず信じろよ。今更周りに信用の意味を聞く方が混乱するでしょ? その聞いたことが本当なのかってさ」

 

 「……」

 

 「無理に他の奴等から信じる事を知る必要はない。……その自分を変えてくれるきっかけとなったものだけをまず信じればいい。他はそれからだ。……な?」

 

 「……シドーだけを、信じる……」

 

 お? シドーってのがこの子を変えてくれるきっかけなのかな? 感じからして人の名前っぽいな

 ……もしかしてあの時の少年だったりして。なーんてな

 

 「そうそう。ならやることは……わかるな?」

 

 「え?」

 

 「俺に構わずそのシドーって人の元に行けってことだ。アンタを変えてくれるかもしれない奴なんだろ?」

 

 「……でも」

 

 「でも?」

 

 「——怖いんだ。もし、それが嘘だったらと考えると……やはり人間は、私を殺す存在なのだと……だから」

 

 そこに、先程の毅然とした少女の姿は無かった。そこには……不安に怯えた歳相応の少女の姿だけが俺の視界に映る

 

 ——この子は、そのシドーって人を信じるために何か確信が欲しかったんだろうな……

 

 誰でもよかった。とにかく彼女はシドーという者が信用できる人間かを肯定する存在に会いたかったんだ。シドーを信じ、この世界に受け入れてもらうために……

 

 ——言わせて貰おう。「まだるっこしいことしやがって」と

 

 全く……結局のところ、彼女の気持ち次第じゃないか

 そのシドーって子を信じたいなら他の奴に聞くより、その相手に直接会って判断すればいいじゃんかよ。俺の睡眠時間がぁ……もういいや、今更後悔しても仕方ないわな

 そして彼女の反応を見つつ、俺は彼女に一つの選択を告げるのだった

 

 「……君は、シドーを信じたい?」

 

 「え?」

 

 「シドーを信じたいのか? 疑いたいのか?」

 

 ようはそれだけだ。信じる物は何なのかとかではなく、この子はそれだけの答えを知りたいがためにこの場に現れたんだろう

 だがそれは、他の人には答えが出せない。……彼女にしか辿り着けないのだから

 彼女の問いは……彼女の決断でしか答えは生まれない。なら、俺がやることは……彼女の背中を後押しするだけだろ?

 

 俺は彼女に問う。どうありたいのかを……

 そんな俺が提示する選択肢に彼女は返答を迷い、口を閉ざした。……自分の中の気持ちに答えを出すために

 

 

 

 ——そして

 

 

 

 「……信じたい。私は……私はシドーを信じたい!」

 

 その答えは、彼女にとって最良の決断だったはずだ

 そんな彼女の答えに、ようやく俺の中の苛立ちが無くなったぜ。実に清々しい気分だ!

 いや~終わった終わった! よし! さっさと話を終えて寝よう! もう眠くて逆に目が冴えそうなんだよ! 若干深夜テンションに入っちゃってるんだよ!

 そのせいでこんな上から目線の語りとかしちゃったじゃないか! 俺のキャラじゃねーだろ!?

 

 フィー……少し荒ぶったら落ち着いた。なんかもう肩の力も抜けてきたわ

 そんな脱力し始める俺は、話を区切ろうと言葉を投げかける

 

 「そっか。なら明日にでもその相手に会わないとな」

 

 「そうだな。……チトセ」

 

 「ん~……んあ?」

 

 俺がようやく彼女の問いが終わって気を緩めていると、彼女が俺の名前を呼んだ。……つい変な声が出てしまった。ハズイ

 俺は急いで緩めていた気持ちを戻し、彼女に向き直る

 

 「どった? もう俺は必要ないよね?」

 

 「……その」

 

 「……?」

 

 何やらしり込みしている彼女に俺は怪訝そうに相手の様子を見ている。ホント最初に会った時の毅然とした姿はどうした?

 俺がそう考えていると……彼女は告げる。——自身の名を

 

 「……十香だ」

 

 「……君の名前か?」

 

 「あぁ、そうだ。良い名だろう?」

 

 「……そうだな。良い名前だと思うよ」

 

 なんとなく察せたけど当たりだったようだ。彼女—十香がその名で名乗ると誇るようにして……それでいて、嬉しそうに語った

 

 ——その時の表情は、先程までの強張った表情ではなく、純粋な笑顔だった

 

 なんだ、そんな顔も出来るんじゃないか

 それに嬉しくなった俺は、彼女の名前を素直に褒めるのだった

 

 

 

 

 

 ——その先に爆弾発言があるとも知らずに

 

 

 

 

 

 「——っ! そうだろう! これはシドーに貰った名(・・・・・・・・)だからな! 当然だ!」

 

 「……はい?」

 

 シドーに貰った……名前?

 あれ? 雰囲気的にはシドーって人は親とかじゃないよね? なんかこう……恋人とかそんな感じじゃないの!?

 俺が十香の言葉に固まっていると……次なる爆弾発言が

 

 「ありがとうチトセ! お前のおかげで決心がついたぞ! これなら明日のデェトとやらも無事にうまく行く筈だ!」

 

 「——ゑ?」

 

 名付け親と……デェト?

 デェト……でえと…………デート……デート?

 

 ——デート?

 

 「デートォ!?」

 

 「うむ! 何やらシドーはデェトとやらをしたいようだったからな! きっと何か面白いことなのだろう!」

 

 「——は? デ、デート……知らないの?」

 

 「む? そうだな……何をするのかさっぱりだ!」

 

 そんな堂々と言う事じゃないでしょおおおおおおお!!?

 

 え!? なんなのこの子!? めっちゃ純粋無垢なんですけど!? さっきまでの暗かった表情は何処に消し飛んだ!? てかデートの意味も知らずに誘いに乗るとか危なすぎるでしょーが!!

 その子——てか男なのは確実じゃん!? そいつがもしケダモノレベルの変態だったらどうすんだよ!? 十香は見た目通りの美少女なんだぞ!? しかも十香がいろいろと無知な事がこの上なく心配なんですけど!?

 

 そもそも性格変わりすぎィ!? まるで別人じゃねーか!!?

 

 「と、十香? そのシドーって人とはどういった関係なんだ?」

 

 「シドーとの関係か? 私に名を与えてくれた……私の(事を肯定してくれた)初めての人間だな!」

 

 「初めっ!?」

 

 え、ちょ、は、初めてって……アレか? アレのことか? 十香はもう大人の階段上っちゃってた系なのか!? 無知な少女をもう自分の想いのままに貪り尽くした後ってか!? シドーって人鬼畜過ぎるでしょーが!!

 一体どんなことを十香に……ッ、いかんいかん、考えちゃダメだ考えちゃダメだ……

 

 「……チトセ? 何やら顔が赤いぞ?」

 

 「——ぅえッ!? だ、大丈夫だ……問題、無い……ッ!」

 

 「何故そこまで力んでいるんだ? 余計顔が赤くなっているぞ?」

 

 ヤバい、今考えてる方向性を変えんといろいろとヤバい。俺はそっち方面の話にはあまり耐性が無いんだから勘弁してくれ……

 

 転生してからはそういった話に興味が湧かなくなったけど、それも自分から積極的にってだけで興味が無い訳じゃないんだ。……転生以前からそこまで積極的でもなかったけどさ? 気恥ずかしいし

 女性の裸体を見ても何とも思わなくなってしまった今でさえ、変わらずして恋愛ごとには興味があったりするんだよ。特に他人の色恋沙汰なんかに関しては、聞いてるだけでもこそばゆく感じてくるけど……気になる程度には興味がある

 これには少し安心したかな。恋愛ごと事態に興味が湧かなくなってしまったとしたら、それはもう……人として壊れてる感じがするしね

 

 ——だからこそ、急にそんな話をされたら焦りもするでしょうが。てか無性に気恥ずかしくなってくるから詳しく情事を話すのだけはやめてくれよ?

 てか十香さん? お前ワザとじゃないだろうね? 最早狙ってるんじゃないかって言うタイミングだったぞオイ

 ……この無邪気そうな顔を見るに、多分無自覚だろうなぁ

 

 

 ——え? そもそも何を考えたんだって? そ、それは……ノーコメントで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、十香の言葉を深読みしすぎてあれやこれやと考えに耽ている内に、俺の前から十香の姿が消えていた。どうやら考え事をている内に帰ってしまったようだ(デジャブを感じる)

 こういった話が得意じゃないからって、流石に周りの変化に気づけないレベルで考え込むのは直した方がいいよな……ぶっちゃけ隙だらけだから、その間に変な奴に襲われても困るし

 ——てかもう朝じゃねーかよ。結局寝れなかったわちくせう

 

 




なんかおじさんにデレてない? 千歳さん

今回の警報機の被害数、約23台

千歳さんは初心です。ヘタレ故に前世で彼女なんかできたことありませんからね
そもそも弟達の世話に時間を費やし、後の時間は怠けきっていましたからそんな出会いの時間は無かったし

ただ十香に語っていた時は随分と男らしかった気がする。深夜テンション恐るべし

次回は……尾行?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「俺がお邪魔虫? 知ってる……」

どうも、メガネ愛好者です

今回は要望があったため、後半から三人称視点で書いてみました
……なってますかね?三人称。ちょっと自信ないかもです……

それでは


 

 

 ——どうしてこうなった……?

 

 

 「おーい! 十香! あんまり先に行きすぎるなよ!」

 

 

 ——何をどうしたらこんな状況になるってんだ?

 

 

 「シドー! あれはなんだ!? 何やら不思議な格好をしているぞ!?」

 

 

 ——俺は十香が心配になっただけなんだ……

 

 

 「あれは……気にするな。気にしちゃいけないものだ」

 

 

 ——それなのに、なんで……なんで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうなのか? むぅ……()()()()()()()()()()()

 

 「知らない……知りたくない……帰りたい……」

 

 

 

 ——なんでカップルのデートに同伴しなきゃいけねーんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりとしては、結局眠れずに一夜を過ごした今朝に遡る

 

 まぁ眠い眠いとは言っていたものの、精霊になったからか眠らなくても全然大丈夫みたいなんだけどさ。実際に今の俺のコンディションはパーフェクトだし

 ——ただし、前世の俺の昼寝癖が治っていないからか眠りたいという衝動はある。最早習慣となっていたもの故に眠いと錯覚してるのかな?

 

 ……まぁそれは置いておくとして、俺は先程の十香との会話で気になっていることがあるんだ。どうにも自分の目で確かめたくて居ても立っても居られない……そんな衝動が俺の心に燻っている

 

 

 その心とはズバリ——”十香の言うシドーとやらは良い奴なのか?”——というものだ

 

 

 いやさ? あそこまで無知すぎる十香の(多分)彼氏が一体どんな奴なのか気になってしょうがねーんよ

 十香の反応を見る限りでは大丈夫そうにも思えるのだが……言っちゃあ悪いが十香だぞ? もしかしたら騙されてるが故の反応かもしれないんだ。素なのかどうかはわからないが、後半の十香の様子からは本当にそうなのかと不安しか感じられないしね

 それに、最早関わってしまった以上は十香に降りかかる不幸を避けたいのです。せっかく暗い表情から明るくなったんだ、十香にはそのままの君でいてほしい

 何よりも……あんな純粋そうな娘の辛そうな顔なんて見たくねーからな

 だからこそ、もしシドーとやらが十香を騙してるような奴だったとしたら――

 

 

 

 ——ムッコロス

 

 

 

 オレァクサムヲムッコロス!! ゼッザィニア!! カクグゥヒオディドゥー!!!

 

 翻訳→「俺は貴様をぶっ殺す!! 絶対にだ!! 覚悟しろシドー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で俺は十香の後を追う事にした

 決してストーカーなどではない。これは純粋に十香が心配で、相手の男を見張るためにそれとなく監視するだけなのです。いい雰囲気だったら邪魔する気ないしな

 俺はいつものパーカーにズボンを着て目的地に向かうことにする。……おっと、フードかぶってたら怪しさ満点だな。何か深めにかぶれる帽子でもかぶっていこう

 俺は広告からいい感じのものを探し出す。派手なのは論外、地味なのでいいのです

 そして見つけたのが焦げ茶色のハンチングキャップだった。いい感じに地味だぜ。デザインも俺好みだし

 早速顕現させてハンチングキャップを着用する。サイズは少し大きいけどそれでいいのだ。ブカブカゆったり大好きですんで気に入りました

 

 それにしても……あれだな

 顕現とか転移とかが便利すぎて〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を常時呼び出し状態にしてるからか、何やら〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の腕輪が俺の手に一体化しているような……てかもう体の一部みたいな感じで気にならなさ過ぎてきたわ。お風呂とか入るときにようやく〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を出したままだったことに気付くぐらいには影が薄いよな、お前

 

 ……なんか〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の輝きが小さくなった気がする。落ち込んだのかな? ごめんごめん

 

 そして俺は目的地の来禅高校に足を運ぶ——いや、転移しよう。そっちの方が早い

 

 何故来禅高校なのかと言うと……勘だ。確証なんざありはしねーさ

 まぁ少しは考えがあってのことだけどね。昨日、空間震が起きた場所がここだから、もしもお互いの所在を知らない場合はここで待ち合わせするんじゃねーかなって思ったんだよ

 十香の雰囲気から察し、おそらく二人はこの来禅高校で再開かしたんだろう。なら再び出会うにはそこに足を運ぶのが有力というものだ

 

 俺は来禅高校の近くの物陰まで〈心蝕霊廟(イロウエル)〉—【(ビナス)】で短距離間連続空間転移を繰り返してスタンバる。これで後は待つだけ——え? 技名にルビがついてるって? 知ってる

 ようやく技名にルビが振られました。どうかなカッコイイ?

 因みに後の二つも決めてあるぜ? 【(コクマス)】と【(イェソス)】だ。どういった意味かは……あれだ、なんとなく頭に浮かんだ名前だったってだけで深い理由はないです、はい

 

 まぁ今は別にそんなことを気にするときでもないから後回しにして、早速張り込みとしゃれこもうじゃないか!

 だからと言って壁越しに頭だけ出して様子見とか、そんな素人丸出しのことはしないぜ? こんなこともあろうかと尾行スキルは前世の時に上げておいたのさ!!

 弟や妹に害虫が近寄らないようにと影ながら監視するためにね……ククク、抜かりはねぇぜ?

 

 更に、今回俺は手に本格的なカメラを持参した。(盗ひ——借り物だ) ハンチングキャップなど、それっぽい姿も相まってカメラマンに見えなくもないだろう。多分

 ある程度離れた距離で半壊した校舎や、近くにある物珍しいものをカメラに捉えながら十香達が来るか様子を伺う。撮った写真は俺の転移先や、顕現する物の媒介ともなるから一石二鳥だ

 

 

 

 

 

 そうこうしてのんびりとカメラのシャッターを切っていると、校門の前に一人の男子生徒が現れる。その少年は崩れた校舎を眺めているんだが……

 

 ——あれ? あの時の少年じゃね?

 

 俺は少し唖然としてしまう。まさかこんなところで出会うとは……まぁ相手はこっちに気づいてないけどさ

 てかこうして見てみると結構顔立ちとしては整ってるな。イケメンってわけではないけどブサメンでもない、中性的な顔立ちだ

 まるでギャルゲーの主人公みたいな特徴だな。ははは! もしかして彼がシドーだったりしてな! それだったら十香としても運命的な出会いをした——

 

 「シドー」

 

 「……」

 

 「おい、シドー! 無視するな!」

 

 「——え? ……と、十香!?」

 

 

 

 ……マジかよ

 

 おいおいおいおい。マジですかシドー君よ? ガチのギャルゲー的展開じゃねーですか

 もうお前のあだ名、俺の中で「主人公クン」に決定な? 全く……運命に愛されてんなーおい

 

 そんな主人公クンと十香のやり取りを見ていると……なかなかにいい雰囲気だな。主人公クンも見た感じ誠実そうな奴だし、これなら二人の関係はうまく行きそうだ

 ……よかったじゃないか十香。素敵かどうかは知らんが、きっと当たりだぞ? そのシドー君って人は

 これなら後は主人公クンに任せられるな。彼なら十香を悪いようにはしないだろ

 

 ふぃ~。これで俺の心配事は無くなったよ

 なんか安心したからかお腹空いてきたわ。せっかくだしこれからグルメツアーに——

 

 

 「——む? ……おぉ! チトセではないか!! 先程ぶりだな!!」

 

 「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ——ダッ!!

 

 

 「なっ、どうしたのだチトセ!?」

 

 俺は逃げだした。全力で

 

 いやだってさ……見つかったのはこの際仕方ないとして、多分これからデートなんだろ? この二人。なら俺はお邪魔虫ってやつじゃないか

 俺はただ十香の相手がどんな奴か知りたかっただけだ。性格に問題無いと分かったんだからこれ以上の藪蛇は無粋というもの

 二人のお楽しみタイムを邪魔する気は俺には無い。全く無い。断じて無い

 

 

 なのに………

 

 

 「なんで追いかけてくんだよおおおおお!!」

 

 「チトセが止まればいいだけではないか!! 何故逃げるのだ!?」

 

 「お前等の邪魔をしないために決まってんだろーがよ!? シドーとのデートなら俺は別に要らんだろうがあああああ!!!」

 

 「いいではないか!! チトセもいた方がきっと楽しいぞ!!」

 

 「カップルん中に他の女がいてもただの嫌な奴になるだけだし俺が落ち着かねーから!! だからもう追いかけてくんじゃねーよ馬鹿あああああ!!!」

 

 絶叫しながら逃げる俺に高速で追いかけてくる十香。くそっ、十香お前精霊の力も使ってるだろ!? 一歩一歩コンクリに穴を開けて迫りくるんじゃねーよ!! 周りの住人達が唖然として固まってんじゃねーか!! 追いかけてくるならちゃんと人間のポテンシャルで追いかけてきやがれ!! 力を抑えてる俺が馬鹿みて—じゃねーかよ!?

 

 頼むから……ッ! 頼むからお前は取り残された主人公クンの元に戻りやがれコンチクショーがあああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「紹介するぞシドー! この者はチトセといって、先程まで私の相談に乗ってくれた恩人だ!」

 

 ——はい、結局捕まりました。足はえーよ十香ちゃん

 ……とりあえず、自己紹介はしておくか

 

 「どうも……ぐすっ…………千歳です……ずぴっ、うぅ……」

 

 「お、おう。俺は五河士道だ。……大丈夫か?」

 

 今の状況を見て「大丈夫か?」——とな? 正気かね主人公クン?

 十香が俺の胴回りに腕を回して肩に担がれてる状態でドナドナされてきたんだぞ? おまけにすすり泣いている女性を目の前にして大丈夫かと聞くか?

 ——泣いてねーし

 

 「グスッ……十香、下ろして。もう逃げないから」

 

 「……約束だぞ?」

 

 うぐ、放した瞬間【(ビナス)】で逃げようと考えてたのに逃げ道を塞いできやがったよこの子

 そんな悲しげな顔で頼まれたら逃げらんないじゃないのさ……狙ってないよね?

 とりあえず下ろしては貰えたけど、十香の信頼(してくれてるのかな?)を裏切るわけにもいかないし、しょうがないから様子を見ることにした

 その前に主人公クンに邪魔するつもりではなかった事だけでも伝えておくか。後は知らん

 

 「ごめんな主人公クン。せっかくの十香とのデートを邪魔しちゃって……俺はただ十香の様子が気になっただけだったんだよ」

 

 「(主人公クン……?)いや、気にするな。十香がいいなら問題は無いと思うぞ? ……あるとしてもこっちの問題だし」

 

 こっちの問題? なんだそりゃ

 主人公クンは小さく呟いた気でいるのかもしれんが、俺の聴力舐めんなよ?そんぐらいなら聞き取れるぞ?

 もしかして……何か企んでるんか? でも主人公クンからは人を騙すような雰囲気は感じられないし……誰かに命令されている? ……考えすぎか

 

 「シドー! では速くデェトとやらを始めよう! ……それでデェトとはなんだ?」

 

 とにかく今はこの後にやって来るであろう面倒事をどうするか考えるか。はぁ、めんどくせぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてここで冒頭に戻ります

 とりあえず一言

 

 あのさ……

 

 「この「ふらんくふると」とやらも旨いぞシドー!」

 

 「それにさっき貰ったケチャップとマスタードつけてみろ。味が変わるぞ」

 

 「そうなのかシドー? はむ……おぉ! 先程までとは全然違うぞ!! どうなっているのだ!?」

 

 「ほらほら落ち着いて食べろって」

 

 ホントにさ……これ、俺いらないだろ? めっさ場違いじゃん

 さっきから俺の心にチクチクと矢が刺さってきてるんだよ……「お前邪魔」って書かれた矢が容赦無く突き刺さってきてるんだよ……

 確かに俺もそう思うよ? 馬に蹴られても仕方ないと思うもん、今の俺

 それなのに、俺が帰ろうとした途端に十香が捨てられた子犬みたいな表情になるんだぜ? 俺にどうしろっていうんだよ

 もうなんかいろいろ諦めて死にたくなってくるなぁ……早く帰りたいよぅ

 十香が楽しそうなのは俺としても嬉しいさ。ただ俺は嬉しそうだってことだけ知って帰りたかったよ

 だから早くお家に帰してくださいませ十香様

 

 

 ……俺に帰る家無いやん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ……

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十香(ついでに千歳も同行)とのデート中、士道は頭を悩ませていた

 その悩ませている原因と言うのが……十香が連れてきた女の子、千歳という名の——精霊だった

 本来であれば、彼女とは()()()()()()()つもりだったようなのだが既に後の祭りと化している。きっとこの状況を〈フラクシナス〉の人達が確認してしまえば、士道と同様に頭を悩ませる事になるのは間違いない筈だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いい? 士道。最近その姿が確認された精霊……識別名〈アビス〉とは絶対に視線を合わせてはダメよ」

 

 「え? どういうことだ?」

 

 それは、士道が十香と初めて出会った日から数日——訓練と言えるかどうかわからない訓練を受けている最中の事だった

 士道は空中艦〈フラクシナス〉にて自身の義妹”五河琴里”から、その精霊〈アビス〉の危険性を教えられることになる

 

 〈フラクシナス〉のモニターに映るのは、特に目立った特徴も無い私服を着た少女の姿だった

 そんな少女に対し、そもそも精霊が複数いるとは思っていなかった士道は困惑したものだが……それ以上に、士道はこの子が精霊だとは思えずにいた

 見た限り何の変哲も無い普通の少女。十香の様な幻想的な雰囲気を纏っている訳でもない至って普通の女の子に見えたこともあって、士道が半信半疑になってしまうのは仕方がないことだろう

 しかしそれでは話が進まない。士道は本当に彼女が精霊なのかと琴里に確認を取るのだった

 

 「本当に精霊なのか?」

 

 「えぇ、間違いないわ。〈フラクシナス〉の観測機が彼女から膨大な霊力反応を観測したからね。……それこそ、士道が会った〈プリンセス〉以上の……ね?」

 

 「なっ!? それって——」

 

 「……〈プリンセス〉以上の力を秘めている可能性がある、ということだね。その上で最も危険なのが――」

 

 琴里の言葉に士道は驚愕の声を漏らす

 街のビルをもたやすく両断した精霊〈プリンセス〉。霊力が精霊の力の大小を示すのであれば、〈プリンセス〉以上の霊力を持つという彼女がその上を行く力を持つかもしれないと予想できることだろう。少なくとも、士道はその考えに至ったことで驚愕を露わにした訳である

 そんな士道に解析官である令音が補足を入れ、更なる危険性を明かし始める

 令音は自分の端末を操作し、次の映像へと切り替えた

 そこに映ったものは――

 

 「これ、は……」

 

 士道はその光景に絶句してしまう。その異様な光景に

 映された映像には〈アビス〉が一瞬にして姿を消した場面を。そして……一部のAST隊員が()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()が映されていた

 

 

 「ど、どうなってるんだ……? まさか——」

 

 「……解析したところ、彼女達は死んではいない」

 

 士道が最悪の結果を想像しかけたその時、令音からその考えを否定する回答が飛んでくる。それに士道は安心したように肩を下ろした

 ——だが、現実としてはそううまくはいかないようだ

 

 「……だが、未だこの症状を発症した彼女達は目覚めていない。未だに昏睡状態のようだ」

 

 「なっ!?」

 

 「そう。これが〈アビス〉を危険視する最大の理由よ」

 

 「……現状、この症状になってしまえば回復することはほぼ不可能だろう。当初、ただ単に眠らせるだけで好戦的な様子を見せなかったことにより、彼女自身の危険度はB程度に設定される筈だったが……今だに昏睡状態が続いている者が多い。おそらく……近いうちに危険度が更新されることだろう」

 

 「下手をすれば二度と目覚められないかもしれない……そんな状態にされたのだから当然ね。ずっと昏睡状態が続けば生命活動にも異常を来し始めるでしょうし、見方によっては安楽死させたように見受けられる。……どっちにしろ、危険なことには変わりないわ」

 

 「そんな……」

 

 事の深刻さに士道は動揺を隠せない。琴里と令音の深刻そうな表情を見れば、それが真実なのだと嫌でもわかってしまう故に

 そして、彼女達を昏睡させるその原因というのが——

 

 「……彼女の瞳だ」

 

 「瞳?」

 

 「……そうだ。ASTの情報をハッキングしてわかったことだが、倒れた隊員達の共通点が……彼女の正面に立っていた者達であり、尚且つ彼女の瞳を見た者達だからだ」

 

 「なんで瞳が原因だって分かったんですか? 見てしまったんだったらそれを知る人も寝ちまうんじゃ……」

 

 令音の説明に疑問を抱いた士道は、令音に聞き直すように問い掛ける

 何故瞳を見た者だと判断したのか? 見てしまえば眠りについてしまう以上、それを伝える者がいないはずだ。誰しもが気になる疑問だろう

 その問いに令音は淡々と事情を語り続ける

 

 「……実のところ、彼女の瞳を見て無事だった者が数名いるようだ。その彼女達の証言が……共通して、その瞳の事だった」

 

 「な、なんでその人達は無事だったんですか?」

 

 「——”抜け出せたから”だそうよ」

 

 再び令音に問い掛けようとした士道に琴里がいち早く答えを告げた。しかし、士道はその答えがどういう意味なのかがわからない

 抜け出せたから? 一体何に抜け出せたっていうんだ?

 そんな士道の疑問は、令音が再び端末を操作して映し出した次の映像——書き殴られた文章によって理解し始めることになる

 そこに書いてあったもの、それは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——暗い、暗い、底へと沈む——

 

 ——辺りは一面、黒一色で——

 

 ——永遠に続く、闇の中に——

 

 ——私はどんどん、沈んでいった——

 

 ——何も掴めず、何も見えず――

 

 ——ただそこにあるのは……安らぎだった——

 

 ——心が安らぐ、癒される——

 

 ——幸福のみの、闇へと沈む——

 

 ——他には何もありはしない——

 

 ——脅かすモノなど何もない——

 

 ——ずっとこのまま、この闇に——

 

 ——委ねていたい、私の全てを——

 

 ——他にはいらない、この闇だけを——

 

 ——求めていたい、この安らぎだけを——

 

 ——そこには一切、ありはしない——

 

 

 

 

 ——この世に蔓延る……恐怖など——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだ……これ……」

 

 その文章は何処か不気味さを感じさせた

 

 それを言葉で例えるのなら……”牢獄”だろうか?

 

 一度入れば逃げ出せない。一度味わえば抜け出せない

 例え牢から抜け出せたとしても、その闇はズルズルと後を引く

 麻薬の様な依存性。体を蝕む浸透性

 

 

 ——蝕む。身も、心も、魂さえも——

 

 

 「……抜け出す事が出来た隊員の一人が書き綴ったもののようだ。寝ているときに何か見たか、どんな気分だったかを思いのままに書かせたものらしい。結果は……御覧の通りだ」

 

 「このことからASTは『深みに沈める者』——故に〈深淵(アビス)〉と名付けたそうよ。実に的を射ているとは思わない?」

 

 「……一部のASTの隊員は、今も尚彼女が見せる(魅せる)闇に蝕まれているのだろう。復帰した者も時間の経過によって再び昏睡した者もいるらしい。決して復帰したから安心だという保証はないようだ」

 

 「これが意図してやったことなのかはわからないわ。……だからこそ、気を付けなさい士道。アンタが闇に捕らわれたら文字通りのゲームオーバーなんだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「千歳」

 

 「——んあ? なんだよ主人公クン。俺は気にしないで十香とデートしてろって。彼女なんだろ?」

 

 「いや彼女じゃ――」

 

 「おいコラ。まさか十香の事を弄んでんじゃ――」

 

 「違う違う! 俺は十香にこの世界のことを知ってもらおうとだな——」

 

 「なんかそこだけ聞くと、妄想過多に聞こえるよな。中二病か?」

 

 「違うからな!? 俺はもう中二病を拗らせてなんかいないから!!」

 

 「なんだつまんねーの」

 

 「いやつまらないって……」

 

 「はっはっは、冗談だよ。——んで? 何かようか?」

 

 「——え? あ、いや……なんでもない」

 

 「なんだよそれ。……まぁいいや、ほらほらお姫様が暇してんぞ~」

 

 千歳は前方で手を振っている十香の元へと士道を向かわせるように促している

 先程から彼女は、士道と十香の仲を上手くいかせようとする素振りを見せている。——自分はどうでもいいと言わんばかりに

 実際士道としても、十香と二人だけのデートだと思っていた為にこの状況は予想外だった。もしかしたら千歳がいることによって、十香とのデートがうまくいかないかもしれないと思ったが為に

 

 ——だが、実際のところは千歳がいても十香の機嫌は良好だった

 

 ここまで来ればもうわかる。十香は千歳に気を許していることを

 士道は彼女達がいつ出会ったのかを正確には知り得ない。だが、十香が気を許しているというのであれば……それでいいだろうと思った

 何せ、彼女を肯定してくれる存在が増えたのだから……

 

 

 

 そんな千歳に、士道は意を決して聞こうとした。——アレは意図してやったことなのかと

 

 だがそれは千歳の意図せぬ言葉に遮られたことで話を聞く機会を逃してしまう。まぁ、今思えばそれでよかったんじゃないかと思うのだが

 彼女が精霊だと知っている理由は琴里達から事前に知らされたからであって、千歳から直接聞いたわけではないのだ。ならばそれをいきなり聞いては警戒されてしまうのは必然である。下手をすれば敵意を向けてくるかもしれない

 しかし、それでも真実は知りたいという葛藤が士道の心に焦りを抱かせるのもまた事実。もしも故意に行っていることであれば……あまりにも危険な状況に立たされているということなのだから

 

 

 ——ただ

 

 

 「おーい! チトセも早く来るのだぞー!」

 

 「だからなんで……はぁ、もういいや」

 

 二人の様子を……千歳の様子を見ていると、千歳が意図してやったことには思えなかった

 面倒くさそうに十香の元に向かう彼女は……少し……少し? 個性的ではあるが、士道には普通の少女にしか見えなかったからだ

 歳相応の雰囲気を身に纏い、十香への対応も柔らかく、初体面である士道に対してもフランクに接してくる。——そのどれもが自然体だった

 そんな彼女が意図して人を不幸にさせるか? ——そうは思えない。不幸にさせているとしても、それは決して臨んだことではないはずだ

 

 

 

 だからこそ……士道は考えた。そして……決めたのだ

 

 

 

 ——もし自分の力でこの少女が苦しんでいるのであれば、全力を持ってその苦しみから救いたい……と

 

 

 

 士道は遠くで騒ぐ二人の元へと向かっていく。新たな決意を胸に秘め、目の先にいる彼女達を救う為に——

 

 




お節介が仇となって苦しむ千歳さんでした

そして意図せずして危険人物だった千歳さん。前髪切らなくてよかったですね
その髪が最後の防壁だ! ……まぁ風で揺れて見えてしまったらアウトなんですが……

……あれ? 封印時とか接近するから士道君危険じゃね?

次回……士道死ス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「変な奴ばかり? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

お気に入りが1000人越えてる……私は夢でも見ているんですか?
これには読者様方に深い感謝を
この度は、このSSを読んでいただき、本当にありがとうございます……!

今回はフラクシナスからお送りいたします
一部過激(?)な表現があります。ご注意を

それでは


 

 

 ——空中艦フラクシナスにて——

 

 

 「——全く、面倒な事になったものね」

 

 司令室の中央に鎮座する艦長席からその声が艦内に響く

 その椅子の肘掛に頬杖を突きながらモニターを見る中学生程の少女——五河琴里は口に含んだチュッパチャップスを器用に口の中で転がしながら、モニターに映る自分の義理の兄と今回の攻略目標、そして——

 

 「まさか十香が〈アビス〉と顔見知りだったなんて……しかも仲いいし」

 

 ——その二人の傍に映る一見地味な風貌の少女に視線を向けていた

 

 「ここで二人同時に攻略できれば万々歳なんでしょうけど……そうもいかないわよね」

 

 「……今のところ、十香の好感度は良好だ。しかし〈アビス〉……いや、千歳の方は先程から好感度に変化が見られない」

 

 琴里の言葉に、近くの席で端末を操作している女性——村雨令音が補足する形で答えた

 

 好感度。それは精霊の力を封印するために必要な条件の一つだった

 好感度が高い状態で、士道がその相手に『ある行為』をすることにより、どういった原理かはいまだ不明だが——精霊の力を封印することが出来るのだ

 これにより精霊はその超越した力を失い、普通の人間と同等の存在へと変化する

 その結果として、精霊は隣界することを——現界する事がなくなり、同時に引き起こる空間震もその姿を消すだろう

 また、精霊はその力の象徴たる天使や霊装の発現も不可能となる為、文字通り人間と同等の存在になると言えよう

 これによって精霊は、ASTなどの精霊を殲滅する者達から狙われなくなる筈だ。そして、そのために組織された者達——精霊を救済するために立ち上げられた組織こそがこの〈ラタトスク〉である

 

 

 

 そして今回現れた〈プリンセス〉——十香こそが、彼らにとって初となる戦争(デート)になる——筈だった

 

 

 

 「……加えて、先程から千歳が二人を置いてその場を離れようとする度に、十香の精神状態が不安定になるのを確認している」

 

 「つまり、十香を無事に攻略するには千歳が傍にいなければいけないってこと?」

 

 「……そうだ。もし千歳が二人の目の前に現れなければ、シンだけでも十香を攻略出来た可能性も十分にあっただろう。……最早後の祭りだがね」

 

 「タイミングが良いのか悪いのか……ホント、いろいろと面倒な奴ね。——まさか狙ってやったんじゃないでしょうね?」

 

 士道達がデートを決行するタイミングで、見計らったかのように千歳が現れたことに疑問を……いや、疑惑を浮かべる琴里

 そんな琴里に令音から言葉が上がった

 

 「……それは無いだろう。彼女自身、二人のデートの邪魔をしないようにと先程から行動を見せている。今では離れる方が逆効果と思ったのか、二人から離れることを諦めたようだ。その上でシンのサポートまでしてくれている……」

 

 千歳からすれば十香の機嫌を損ねたくなかったが故の行動だったのだが、琴里達からすれば、今の千歳の行動に功を奏している

 何せ、千歳が十香の機嫌など関係無しに離れでもすれば、おそらく今回の戦争(デート)は失敗に終わる可能性が高かったからだ。それほどまでに、千歳という存在は十香にとって大事な存在なのだろうか?

 琴里の疑惑に異を唱えた令音が、琴里に自分の考えを語りながら千歳がサポートしている風景を見ようと、再びモニター越しの三人に視界を送る

 

 

 

 そこにはゲームセンターで十香と士道が二人で協力し、クレーンゲームの景品を手に入れようと奮闘する姿。そして——

 

 

 

 「…………………………」

 

 

 

 ——その近くのクレーンゲームで大量の五百円玉をコインゲーム用のカップに入れ、鬼気迫る表情——前髪で口元しか見えていないが、その見えている口を苦虫を噛み潰したかのように大きく歪めながらクレーンを操作している千歳の姿があった。……よく見ると少し体が震えているように見受けられる

 

 「……サポート?」

 

 「……」

 

 「えっと……二人きりにすると言う点ではサポートをしているかと」

 

 モニターに映る光景に琴里が疑問の声を投げかけるのだが、令音は黙り込んでしまった。そこで、琴里の傍に佇む長髪の男性——神無月恭平が、令音のフォローのつもりか補足する。確かに神無月が言ったことは間違ってはいないかもしれないが……

 

 「明らかに自分の世界に没頭してるだけよね? 後、あの大量の五百円玉はどっから出したのよ」

 

 「……明らかに持っている財布に入る容量を超えているね」

 

 「少なくとも、見た限り数十万円程はあるのではないでしょうか?」

 

 三人の疑問は最もだ。何せ千歳の近くに置いてあるコイン用のカップなのだが……容器に満タンの状態で五つもあるのだ。しかもその中身がどれも五百円、明らかに数万単位の価値がそこにあった

 だが、その大量の五百円玉を消費しても尚、未だに目的の物を手に入れられていない千歳だった

 

 五百円玉を投入口に入れる。五百円玉のため三回の挑戦権が得られる千歳はゲームに挑戦する——

 

 ——失敗

 

 再度挑戦——失敗

 

 またもや挑戦——失敗

 

 挑戦権が無くなったため、再び五百円玉が投入される。……その悪循環が続く

 

 ……失敗……失敗……失敗……投入……失敗……失敗……失敗……投入……失敗……失敗……失敗……投入……失敗……失敗……失敗……投入……失敗……失敗……失敗……

 

 『くそぅ……ぐすっ……絶対取ってやる……っ……絶対ッ……ずずっ……ぅぅ………絶対取ってやるぅ……』

 

 『………』

 

 最早三人……いや、司令室にいるクルーも含め全員が、徐々に五百円玉が消えていく光景をただただ眺めることしか出来ないでいた

 

 ——勿論のことながら、未だに持ちあがる気配が無い景品を恨みがましく見つめる千歳の精神状態は不安定になっているが、最早今更である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしても……解せないわね」

 

 いち早く気持ちを立て直した琴里が、周囲に聞こえるように呟いた

 それを耳にし、各々が自らに課せられた役割に集中し直す中、令音だけが琴里に先ほどの呟きに反応する

 令音は琴里は言いたいことを予測し、画面上に映り出されている千歳を見ながら答えるのだった

 

 「……それは、未だに彼女から()()()()()()()()()()()()()かな?」

 

 「当たりよ。令音」

 

 そう。令音が言った通り、現状の千歳からは霊力の反応が全く感知されないのだ

 

 「最初の現界時から少しの間は馬鹿みたいな霊力が溢れていたって言うのにね。ASTと対峙した頃にはそのなりも潜め……今では全く感知されないと来た。——一体何をしたの? あの精霊は。本当にあの時の精霊なのかと疑うレベルよ?」

 

 「現状、不可思議な霊力の原因はわかっていません。ですが、彼女からは不規則に霊力反応が現れるのを確認しました。その霊力の質を照らし合わせた結果、間違いなく彼女は〈アビス〉と断定出来るでしょう。現界時の姿とも酷似していますから信用性は高まります」

 

 千歳の謎に頭を悩ませる琴里。そこに補足された神無月の証言で余計に謎が深まり、つい溜息をついてしまう琴里だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、琴里は表情には出さないものの……千歳に対して焦りを抱いていた

 彼女達が焦る理由。それは——千歳には下手なアプローチが出来ないことだった。性格的にも、危険性的にも……

 

 千歳に対しては慎重に攻略を進めなければいけない……それが司令室にて話し合って出した結論だった

 今モニターで見た限りでわかった彼女の印象は、普通の少女のようでいて何処か個性的な精霊だ。あえて悪く言うのであれば……異質なのだ、彼女は

 そのなかなか見られない言動にこちらの常識が当てはまる例が少ない。そのため、機嫌を損なわないよう慎重にならざるを得ないのだ

 攻略すると言っても、まずは士道の安全が最優先だ。何せ彼がいなければこの組織は成り立たないのだから

 よって、どういった対応をすれば士道の身の安全を保ちつつ、彼女を攻略していけるのかを考えなければいけない。——しかしその答えは未だ出せずにいた

 

 何故そこまで千歳を警戒するのか? それは彼女が宿す力が問題だ

 その問題の力と言うのが——

 

 

 

 「どうしたものかしらね……”【心蝕瞳(イロウシェン)】”の危険性が無ければ、まだいろいろと試せる可能性はあったのでしょうけど……」

 

 

 

 あの能力——【心蝕瞳(イロウシェン)】の事だった

 

 

 

 ——【心蝕瞳(イロウシェン)】——

 それは彼女の瞳を見たものが高確率で発症する催眠能力に与えられた名称だ

 現在はまだ両手で数えられるほどの被害しか生んでいないものの、今後増え続ける可能性は大いにある

 その力を自身の欲望のままに使うのであれば彼女の事を危険視していたところだが……今の千歳の様子を見る限り、無暗に人を襲うような精霊ではないのではないかと考えてしまう。だからこそ、彼女は無意識化で力を行使しているのではないかという疑問が浮かび上がってきたのだ

 もし本当に彼女が意図せずして行っていた場合、それに気づいた時の彼女はどういった反応を示すであろうか? 下手をすれば、精神が不安定になり力が暴走するかもしれない

 ——まぁ、完全に千歳を信じ切っているという訳でもないのだが

 

 信用出来ない理由、それは千歳の行動原理がいまだにつかめないからだ

 彼女は一体何がしたいのか? まずそれがわからない限り、琴里が千歳を信用することは無いだろう。寧ろ疑惑を抱いてしまう程だ

 もしかしたら今の彼女の言動は全てブラフなのかもしれない。【心蝕瞳(イロウシェン)】を故意に発動しているのかもしれない……そのような疑いが頭をよぎってしまうのだ

 そしてもし、彼女が自分の意思で能力を行使していた場合、間違いなく彼女の危険度は跳ね上がることだろう。それこそ最悪の精霊と呼ばれる〈ナイトメア〉と並び立つ程の危険度となる筈だ

 当段階の彼女の総合危険度はB。攻撃してくる気配を一切見せず、同じ危険度である〈ハーミット〉と同様にただ逃げ回るだけの存在だ。まぁ、ASTもまだ一度しか遭遇したことがないのだが

 

 しかし、その初接触の最後に見せた【心蝕瞳(イロウシェン)】による強力な催眠能力が、その総合危険度を跳ね上げようとしている

 

 発症当時はただの催眠能力だと判断し、時間が経過すれば回復するだろうと予測していたASTだったが……千歳の現界からもうニ十日以上経っている現状で、未だに目覚めない者、再び昏睡する者、復帰しても思考が覚束無い者と、確実に症状は蔓延っている

 

 おそらく……いや、このままでは〈アビス〉の危険度は確実に上がる

 

 故に〈ラタトスク〉としては彼女を早い段階で精霊としての力を封印したいところなのだ

 精霊の力さえ封印してしまえば、確実と言っても良い可能性で【心蝕瞳(イロウシェン)】をも封じることが出来るだろう。今症状に犯されている者の安否はともかく、これ以上増えることは無い筈だ

 

 だからこそ、〈ラタトスク〉としては一刻も早く〈アビス〉を封印したいのだ。他の精霊を後回しにしたとしても……

 

 

 だが、思惑とはそう簡単には叶わないものである

 

 

 精霊と言えど人と同じ心を持っている……恋愛観における自分好みの感情を持ち合わせているのだ

 士道を好くかどうかなど、士道の対応次第で多種多様に変わり、千歳の気持ち次第で千差万別へと変わるだろう

 それをフォローし、精霊を攻略するのが琴里達の役目だが……現状、それはまだ簡単にはなし得ない難題となっていた

 

 

 まだ彼女を攻略するには……判断材料が、彼女の情報が足りていない

 

 

 「仕方ないわ、今は一旦彼女の事は置いておきましょう。まずは十香からよ」

 

 「……ふむ、それが最善だろう」

 

 とにかく今は、好感度がもうすぐで目標達成値となる十香を先に封印することを優先する琴里達であった

 

 

 どうやって霊力を隠しているのか、どうして霊力を隠しているのか、そもそも天使はどういった力なのか……

 それは、その全てが未だ謎に包まれている警戒攻略対象の千歳にしか知りえはしないのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——それはそうと、今はどんな状況?」

 

 一旦千歳のことを考えることをやめた琴里は、十香達の状況を探るべくモニターに視線を送る

 そこにはゲームセンターから外に出て、次の目的地に向かう三人の姿があった。……一名、駄々をこねるかのように出ることを拒んでいたが、二人の説得に渋々納得した一名は名残惜しそうにその場を後にするのであった

 

 「ホント彼女の行動原理が読めないわ……」

 

 「青年のような堂々とした姿を見せるときもあれば、少女のような弱々しい姿も見せる……何やらいろいろと混ざったような子だね」

 

 「なかなかに個性的ですね。ですが……一言よろしいでしょうか?」

 

 「何よ神無月? 何か良い案でも湧いたわけ?」

 

 一人の少女に対して考察する琴里と令音

 そこに、神無月が真剣な表情でその少女を見据えながら発言の許可を得ようと琴里に投げかけた

 そんな神無月に怪訝そうにだが、とりあえず発言を許した琴里に……神無月は語るのだった

 

 

 

 

 

 「では…………彼女は素晴らしい素質を持っています」

 

 「……はぁ?」

 

 「男性の強さを持ち得ながら、女性の弱さを持ち得ている……それはつまりッ!! 彼女は男女のSM間を両立して持ち得ている可能性があるということですッ!!! 男性の女性を服従させたいという欲望!! 女性の男性に服従されたいという願望!! その両方の感情が同居する心には二つの趣向が隠されていること間違い無しッ!!! 相手を屈服させたいというサディスティッッック!!! 相手に支配されたいというマゾヒスティッッック!!! それ即ち!! どんな状況下でも自分の立場を変えられ快楽に享受できる天性の才能持っている事は確定的明らかあああッ!!! 時にはその前髪の隙間から除く冷酷な双眸は相手の被虐心をそそり!! 時にはその地味さ故に自身のか弱さを演出!! それにより相手の嗜虐を滾らせる!! そんな相反する感情をどちらからも引き出す可能性を秘めた可能性の体現者こそ彼女であると私は確信いたしましたッッッ!!! 私としては是非ともこの身に宿る被虐心を引き出し弄んでもらいたい所存で——」

 

 

  ——パチンッ

 

 

 「——へ?」

 

 神無月が最後まで語り終える前に、琴里は指を鳴らした

 その直後、神無月の背後から筋骨隆々の男性二名が現れ、神無月の両腕をそれぞれ拘束する

 その光景を一瞥せずに……琴里は告げるのだった

 

 「連れていきなさい」

 

 「司令ぇええええええええええええええええええ!!!!!御慈悲をおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 足を引きずるようにして連れていかれる神無月の、悲痛な叫びが艦内に木霊する。だがそれに対し、誰一人として気にする素振りを見せることは無かったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「令音。士道達は次に何処に進むか予測できる?」

 

 「……現在の位置から察するに——」

 

 何事も無かったかのように再開される二人の会話に、周囲はいつもながら、その切り替えの速さに感服している。……他の人からすれば、司令室にいる者全員が十分に切り替えが速いと思うであろうが……

 令音は手元の端末を操作する。そして、今までの行動パターン、進路状況、予測経路から分析し、一つの答えを導き出した。この間十数秒。かなり早い

 その令音が導き出した予測場所は……

 

 

 

 

 

 「——ふむ、ドリームランドだ」

 

 「チャンネルを変えてちょうだい」

 

 所謂、愛を深め合うためのホテルだった

 

 本来なら千歳が同行するにあたり、行動の選択肢から除外していたようだが……何故か士道達の足取りはそこに向かっていた

 不審に思った琴里が急いでモニター越しに三人を見る。そこに映されていたものは……

 

 

 

 ——ドリームランド完全無料ペアチケットを握りしめ、大喜びで向かう十香の姿と、それに付いて行く二人の姿だった

 

 

 

 「これは一体どういうこと? 千歳が同行したことを確認した辺りでこのイベントは選択肢から外していたはずよ? そもそもなんで十香がペアチケットを——」

 

 そこまで呟きながら考えた琴里は、あることに気付いた

 ——ペアチケットを与える役割だった者は誰だ? と

 それに気づけばもう後は問い詰めるだけだ。その役割を担った者に

 

 「——幹本ッ! 貴方ちゃんと回収したんでしょうね!?」

 

 琴里は現在司令室から席を外し、現地で士道達のフォローを担っている筈の一人であるクルーを思い出す

 元々士道と十香の二人だけのデートだった場合に、イベントとしてペアチケットを自然な形で渡す役割を担っていた者がいたのだ

 その人物——〈社長(シャチョサン)〉こと幹本にどういうことか問い正すため、モニターを一旦そちらに繋げるのであった

 

 だが、繋がったモニターの先には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——————」

 

 力無く椅子に座る、中年のサラリーマン風(・・・・・・・・・・)の男が魂でも抜かれたかのように真っ白に燃え尽きていた。……そのみすぼらしい頭髪を露見させながら

 ……どうやら抜けたのは魂ではないようだ

 

 「駄目です司令! 数日前の一件に未だ心が修復されていません!!」

 

 「それでもあらかじめ決められていた役割を完遂させたというのでしょうか?」

 

 「あんなにも心に傷を負っていたって言うのに……アンタすげーよ……っ!」

 

 「彼には敬意を払わなければいけませんね。彼こそが支援部隊のMVPであるのは間違いありません!」

 

 そんな幹本に対し、周囲のクルーから次々に声が上がった

 どうやら幹本は、何が原因かは知らぬが心に大きな傷を負っていたようだ。……何が原因かは知らぬが

 だが、その半壊した精神状態でも尚、自分の役割を果たしたその姿に司令室にいるクルーから称賛の声が上がるのだった。……それが今回裏目に出たが

 

 「忘れてた……幹本の精神状態は予め確認していたって言うのに……」

 

 「……琴里」

 

 「……何よ令音」

 

 「……とりあえず、だ。あのままでいいのかい?」

 

 「え? ——あ」

 

 琴里が己のミスに頭を抱えていると、令音から声が掛かる

 今更だが、現状を忘れないでほしい。——士道達の現状を

 

 琴里が令音の言葉に顔をあげ、モニターの先に視線を送って……思い出す。今はそれどころではなかったことに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターの先に映るのは、西洋風の小さなお城のような外見のホテルの前に佇む三人の姿だった

 

 一人はその場所が何を意味するのかを察し、滝のような汗を流し始める

 一人はその場所が何なのかは知らないが、城と言う外見に心を躍らせ期待の眼差しを向けている

 一人はその場所が何なのかを理解し、免疫が無いのか羞恥に顔を真っ赤に染めている

 

 

 十香はまだ大丈夫だった。寧ろその外見を気に入っているのか好感度は未だ良好

 ——だが、千歳の方の精神状態が……酷く荒れた

 

 

 『——ッ! なんつー場所に連れて来てんだゴラァ!!!』

 

 『ちょっ!? 俺は悪く——ゴファ!?』

 

 『なっ!? いきなりシドーに何をするのだチトセ!! いくらチトセでも許さんぞ!!』

 

 『待ッ——! 十香落ちつ——ふげっ!?』

 

 『あっ、す、すまないシドー!! 大丈夫か!?』

 

 『おい今の結構いいところに入ったぞ!? すげー勢いで首が曲がって——ッ!?』

 

 『シドー!? 返事をしろシドー!! シドオオオオオオオオオ!!!!!』

 

 

 千歳から理不尽な理由でヤクザキックをくらい、地に平れ伏す士道

 追い打ちの如く、シドーを蹴った千歳に憤慨した十香が駆け寄ってきた勢いを乗せた蹴り込みが、運悪く頭を持ち上げた士道の首に直撃した。その時の何かが折れたような嫌な音と共に、士道は再び地に平れ伏すのだった

 そんなピクリとも動かない士道に、不安げに近寄る十香と千歳の精神状態が一気に揺らいでいく。それはもう急激に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……琴里、どうする?」

 

 「……………あめうまー」

 

 「頼むから琴里は平静でいてくれ」

 

 フラクシナス内に静かに響く令音の声は……何処か悲壮感漂うものがあった。——気がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんな状況だからこそ、琴里を含めたフラクシナスのクルー達は見逃してしまっていた

 一瞬だけモニターに映った……明らかなる敵意を瞳に宿した白髪の少女の事を——

 

 




フフフ……一体、いつ私があのシーンまで行くと言ったかね?

……はい、すいません
でも一応士道君は死にましたよ?精霊キックで首の骨が粉砕・玉砕・大喝采!されたので
まぁ少ししたら復活しますがね

多分今回の話で、一番頑張り、書いてて楽しかったのは間違いなく神無月さんのところでしょう
神無月さんイイですよね!声優が子安さんってのがこれまた何とも……
とりあえずお気に召されたら何よりです

次回、士道再度死ス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「俺の本質? ……知ってる」

メガネ愛好者です

今回は少し暗い部分が出てくるかも
そして千歳さんが無自覚を卒業する……?

それでは


 

 

 「はぁ……疲れた」

 

 現在俺は、街といつも寝泊まりしている公園の境目にある、雑木林に囲まれた道にあった自動販売機の前にいる

 その自販機のラインナップを確認しつつ、今日のデートとは流石に呼べねー代物になってしまったイベントを思い出しては、人知れず溜息を漏らすのだった

 ――え? 十香達はどうしたかって? 今頃公園でいいムードの中を二人っきりになってるだろうね

 

 

 

 

 

 あの後何とか復活した主人公クンだったのだが、気付けば辺りはもう夕方だったんだよな。暗くなり始めたことによってライトアップされたドリームランドは、とても……いかがわしさを感じました

 結局俺と言うお邪魔虫のせいで、デートらしいデートにならなかったことに申し訳なく感じた俺は、十香に気づかれない程度の声で主人公クンに謝ってましたよ

 主人公クンはあまり気にしていない様子だったが、そんなことでは俺としては納得がいかない訳でありまして……ね? やはり二人の仲を見た俺としてはこの二人をくっつけたいと思うわけでありまして

 いやだってさ? この二人、傍から見ていて実に微笑ましいわけなのでありますよ。まさに初々しいカップルと言わんばかりにな

 ……冗談みたいだろ? これで付き合ってないってんだぜ? この二人

 二人の関係は文字通り良好、十香も主人公クンにほとんど心許しているようだったし、主人公クンも十香の事を本気で思っているのは見ていれば誰だってわかるだろう

 そんな二人の言動を見てしまえば、誰だって二人に幸せなルートに歩んでもらいたいものだろう。嫉妬深かったりしない限りは

 ……それにだ。今まで誰も信じられず、人から敵意しか向けられていなかった十香がやっと自分の心を許せる存在に出会えたんだ。俺が十香とまだ一日にも満たない関係だったとしても、彼女の幸せを願っちゃダメな理由は……無いだろ?

 

 だからこそ、最後ぐらい二人っきりの時間を作ってやろうと思ったわけだ

 

 俺は夕焼けを確認次第、十香の右腕、主人公クンの左腕に自分の腕を組んで、引っ張るような形で無理やりここに連れてきた

 やっぱりさ? ムードがあっていい景色を拝めながら仲を深め合える場所と言ったら、景色がいい場所……あの高台がベストマッチっしょ? デートの締めくくりにはもってこいの場所だ。ロマンチックに~ってやつ

 十香達は急に積極的な行動に出た俺に不思議がったり戸惑ったりしてたなぁ……何やら言っていたようだけど、いちいち聞いてたら夕日が沈んじまうから適当に相槌を打っていた

 「まぁまぁまぁ。まぁまぁまぁ」と、それだけ言って誤魔化してたわけだが……まぁいいだろ。俺を二人のデートに半強制に同行させたんだし、最後ぐらい俺がやりたいようにやったって今更罰は当たんねーだろ? それ以上に振り回されたんだしな

 

 そんな経緯で俺はグイグイと二人を引っ張って高台の公園にやってきたってわけなんたぜ。ざまーみろ十香! 全部お前のペースで事を運べると思ったか!? 甘いわ小娘ェ!!

 ……あれ? この言い方だと十香が敵っぽいような気がするのは俺だけか? いやいや十香は敵じゃないし……なら敵は誰だ? ——あれ? そもそも敵って何だ?(迷走)

 いかんいかん、話の方向性がズレてきてるじゃねーか。今は二人のデートの締めくくりの話だったはずだ

 ――え? 俺の方が敵役だろ? 知ってる

 

 ……そういえば俺の気のせいかな?腕を組んでいた時の主人公クンの顔、なんか赤くなっていたような……あ、夕日のせいか

 

 とりあえず高台の公園に連れて来た俺は、早々に十香達を二人っきりにしようと二人の元から離れたわけです

 ここでまた下手に理由が無い状態で離れようとすると、十香から子犬版捨てないでオーラが放たれるので、俺はその辺りの自販機から飲み物を買ってくると伝えて安心させることにしたのだった

 すぐに戻るような言葉を十香達には伝えてあるので、これだったら十香も然程気落ちせずに主人公クンと二人でいられるだろう

 ……ま、「その辺り」であって「すぐ近く」の自販機じゃないんだけどな? それに「すぐ戻る」と言っても、その「すぐ」ってのは人それぞれだ。十香が遅いって思っていても俺からすれば速いかもしれないわけなのですよ

 俺は別に嘘はついてないぞ? ただお互いに認識の違いがあっただけだ。ククク……

 ついでに二人から離れる前、すれ違いざまに「時間取ってやっから最後ぐらいデートらしく二人っきりで話せ」と主人公クンだけに一方的に伝え、返事を待たずして離れたりもしたから、今頃は仲睦まじくしてんじゃねーかな? そうだといいんだけど……

 

 そんな訳で、邪魔をしないようにとこの雑木林が生い茂る道まで二人から離れた俺は、そこにあった自販機の前で何を買おうか選びながらのんびりまったーりしているのでした。なんと言うか達成感がかなりあるわ

 とりあえず俺は、目の前にある自販機に五百円を入れてファ〇タグレープを三本買うことにした。飲み物買ってくるって言ったからには二人の分も買っておかないとな?

 この時、お釣りは放置安定である。それか募金箱にボッシュートが基本

 いやーそれにしても五百円マジ便利だわ。こうして丁度三人分のジュース(160円×三本=480円)を買える程の価値はあるから実に重宝するね

 何よりコインだから水に落としても問題無いし、焼けることも滅多にないから少し雑に扱っても問題無い。そんな五百円を見ていたら、なんかお札よりも高価な物に見えてきたぜ。硬貨だけに

 ……19点

 それに500円だと何かとお得だったりするんだよね。マ〇クでもワンコインでセットが買えたりできる時期もあるし、ゲーセンのクレーンゲームだって一回200円のところ、3回できるしな

 

 ……できるしな

 

 できる、けど……取れなかったら意味が無いけどな……くそぅ……

 

 ——はっ! べ、別にさっきの事を気にしてなんかねーぞ!? 景品なんて、デジカメで最後に写真撮っておいたからいつでも手に入るしな! はっはっは! ざまーみろクレーン野郎!!!

 

 ——圧倒的敗北感を感じる

 

 忘れよう。あれは悪い夢やったんや……

 

 ……え? それより本格的なカメラはどうしたんだって? いや……だって使いにくいんだもん。デジカメが楽すぎる

 

 

 

 

 

 コホン。とりあえず自分のファ〇タを飲み始めることにした。うむ、美味なり

 そういや炭酸だったら俺的にはオレンジよりもグレープの方が好きなんだが……あの二人はどっちが良かったかな?

 十香はグレープ好きそうだな……霊装の色紫だし

 ――え? 偏見だって? 知ってる

 

 「……うめぇ」

 

 今日のデート擬きで疲れ切った体に染みわたるファ○タは最高だったぜ! ……でも、なんでだろう? なんか空しい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ん?」

 

 俺が人知れずしんみりとファ〇タで鋭気を養っていると、視界の端に何やら見覚えのある物……いや、人か? とりあえず何か見えた気がした

 気になった俺は、精霊になって強化された目を凝らし、その何かを視界に捉えようとする

 そこに見えるのは……こう……何て言うか……痴女感溢れ出る衣装を身に包んだ女性が……

 

 「……あ、なんだASDか」

 

 そう、あの集団だった。通称ASD

 俺の視界の先にはピッチリスーツに武器やらスラスターやらの機械を身に纏う……俺的にはちょっと人前には出て行きたくない姿をした少女が二人一組(ツーマンセル)で、雑木林の奥へと姿を消していったのを確認した。あっちはどうやら俺に気づいてなかったのか、特に反応することは無かった

 何でこんなところにASDがいるんだ……?アイツ等って空間震が起きなければ出てこないはずじゃねーの? 一体何をしに……

 

 「……追ってみるか」

 

 ASDの動向が気になった俺は、今度こそ尾行スキルを発動して後を追うことにする

 何かしらそっち関係の情報を知れるかもしれないしな。知っておいて損はないだろうし、それに……もしかしたらだが、精霊を狙って――十香を狙ってきたのかもしれない

 

 ……もしかしたらだ。杞憂で済んでくれっと助かんだけどなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからASDであろう少女達を追いかけた俺は、未だに歩みをやめない彼女達を木に隠れつつ跡をつけるのだった

 

 ……あえて言わせて貰おう。今、とても……楽しいです

 

 いやな? なんか刑事ドラマみたいでちょっと面白いんだよ。こう……犯人を追う刑事みたいで

 最終的には「なんじゃこりゃあ!?」って言ってみたいもんだ。……まぁ撃たれたくはねーけどよ

 

 とりあえず俺は相手の動向に意識を向ける。どうやらASDの二人は何かを話しながら移動しているようだ

 ここは聞き耳を立てるべきかな? とりあえず相手の話を盗み聞くことにしてみよーかね

 

  ・聞き耳(90)…………(92)失敗

 

 千歳は上手く聞き取れなかった

 あ、あれ? 精霊になってからは聴力も強化されたはずなんだけどな……もう一度耳を凝らしてみよう

 

  ・聞き耳(90)…………(43)成功!

 

 千歳は相手の会話を聞き取ることが出来た

 ……お、聞こえてきた聞こえてきた。……なんか今の間に変な描写が入った様な気が……? 気のせい、か?

 

 少し変な気分だが、とりあえず俺は二人の話を盗み聞きすることにしよう

 俺が耳を傾ければ、少し離れた先の少女二人の会話が入ってくる。その内容を、相手に気づかれないよう気を引き締めながら、聞き取り始める千歳さんでした

 

 「はぁ……空間震も起こってないのに何で出動命令が出るってのよ。本当に精霊なんているの? いなかったら無駄足じゃない」

 

 「えっと……隊長から聞いた話によりますと、鳶一さんが一般人と歩いている〈プリンセス〉と〈アビス〉らしき少女二人を見つけたみたいですよ? 〈アビス〉似の人からは霊力反応が観測されなかったそうですが、〈プリンセス〉似の人からは霊力反応が観測されたみたいです」

 

 「それが本当だったら厄介極まりない話よね。こっちだって暇じゃないのよ?せっかく非番だったっていうのに……」

 

 「あ、あはは……」

 

 二人の様子を伺うと、一人は心底面倒くさそうに、もう一人は控えめながらも苦笑いを浮かべながら話し歩いている

 

 〈プリンセス〉? 〈アビス〉? なんじゃそりゃ?

 霊力反応が云々言ってたから精霊なんだろうけど……もしかして俺と十香の事か?

 確かに十香は……今でこそ来禅高校の制服に身を包んでいるが、霊装を顕現すれば〈プリンセス〉と言っても違和感はないな。でもそれだと俺が〈アビス〉ってことだよな?

 中二心をそこはかとなく刺激する言葉だが……どうしたら俺なんかに〈アビス〉何てあだ名がつくんや

 アレか? 地味すぎて暗いからとかそんなしょーも無い理由だったりするのか? 理由はともかくカッコイイから許そうじゃないか!

 

 ――え? なんで俺は霊力が感知されなかったんだって? そこは霊装が頑張ってくれましたよ

 

 俺の霊装……正確には疑似霊装の方だが、これを身に纏っている間は霊力が外に漏れ出ないんだよ

 少し弄ってて分かったが、この疑似霊装は俺の思考に合わせて変化するみたいだ。その傾向は三つ

 一つ目が外見の変化で、二つ目が機能面重視の強化

 そして三つ目ってのが、俺の意思の反映だった

 ようは、俺が地味でありたいと思っていたのが効果として現れたのか、なんと気配遮断のようなステルス性能がついたんだよ

 姿が消えるわけじゃないが、俺から放たれる気配――それこそ霊力だろうが身の内に隠蔽し、周囲からは感知されなくなるのだ!

 自分の気配なども多少消すから、最早地味と言うよりは影が薄いと言っても過言ではないが別に気にしない。マジ霊装さんには感謝だ

 しかもこれ、〈心蝕霊廟(イロウエル)〉も疑似霊装の中に隠れてるから〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の力を使ってもほとんど霊力が漏れないんだよ。ま、「ほとんど」だからほんの少しは漏れちまうみてーだけどな

 ただそれも一瞬の事だし、常に観測しているわけじゃないなら気づかれないだろ

 

 防御面が消えた代わりに、疑似霊装の各種機能が高性能になってきている件

 

 そんな訳で、どうやらASDの方は霊力を辿ってきたみたいだけど、今の俺から霊力を感知するのは非常に困難だから俺を精霊だと断定は出来ないんだろうね

 つまり、彼女達の話通りと言うならば……やはり十香が〈プリンセス〉って事なのかね?

 

 とりあえず、お勤めご苦労様です

 

 「それにしても……〈アビス〉の方はハズレでよかったわよね。私、あんな事をする精霊とは二度と会いたくないし」

 

 「いや確かに気持ちはわかりますが、それで任務放棄はできませんからね?」

 

 おや? 〈アビス〉と言うことは俺の話になって――って、ちょい待ち

 

 ちょ、ちょっと待ってくんねーかな? 「あんな事」って何さ? 俺なんもやった覚えなんてねーぞ? ……ないよな?

 視界の先の彼女の言葉に疑問を持った俺は、詳しく知るために二人の話を集中して聞くことにするのだった

 そこで俺は……己の知らぬところで被害を出していた事を初めて知ることになるのだった

 

 「確か……【心蝕瞳(イロウシェン)】。でしたっけ? 誰がそう呼び始めたかはわからないですけど……」

 

 「そうそうそれそれ。〈アビス〉の目を見ただけで植物人間状態にされるアレ。私はあの時〈アビス〉の目を見てなかったから何とも言えないけど、症状にかかった子達を見ると……不謹慎だけど、私がならなくてよかったと思ってるわ」

 

 ……イロウシェン?

 それは一体なんだってばね? 話からすると、俺の目を見た奴等が眠っちまう病気……ってことか? そんなもん俺は知らないぞ?

 彼女達が言った聞き慣れない言葉と気になる話に、俺は耳を逸らせないでいた

 

 

 

 

 

 ……もし、ここで彼女達の話を聞いていなければ……俺は思い出すことは無かっただろう

 

 『ソレ』に気づかぬままに……『アレ』を思い出すことも無く

 

 だが、それを知ることは定めとしか言いようが無かった。それほどまでの運命であった

 

 逃れることもできず……目を背けることもできず

 ただ俺を……縛り付ける

 

 

 

 ――自身の心に絡みつく、酷く歪んだ深い闇が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達は俺に気づかず話を続ける。……俺にとって知らなかった真実が炙り出しながら

 

 「もうすぐで一カ月になりかねない状況で、未だ症状の回復が見られませんもんね。……正直、私も怖いです」

 

 「他の精霊とはまた違った恐ろしさよね……。今までの精霊は物理的に被害を出していたって言うのに、〈アビス〉は内側から被害を出してくる。例えるなら、そうね……他の精霊は相手自身に恐怖を直接植え付けてくるのに対し、〈アビス〉は周囲に恐怖を伝染させていく感じかしら? 一人が症状にかかれば周りにその不安やら何やらが広がっていく……そんなところかしら?そのせいで、確かもうすぐ総合危険度が更新されるそうだし」

 

 「え? そうだったんですか? どのぐらい上がるんでしょう……」

 

 「えっと……隊長の話を盗み聞きした分には、噂に聞く〈ナイトメア〉と同ランクまで上がるかもしれないって言ってたわ」

 

 「えぇ!? ナ、〈ナイトメア〉!? それって総合危険度Sの最悪の精霊って言われてる精霊の事ですか!? さ、流石にそれは上げ過ぎではありませんか?」

 

 「そうでもないわよ。現状を見ればそう言っても過言じゃない状況なんだから。何せ空間震じゃなく、自身の力を持って人に直接被害を出すほど危険な精霊なのよ? 今はAST内でしか被害は確認されてないけど……今回みたいに空間震が起きない状態で現界していたら?もしそうだったとしたら……知らないところで〈アビス〉によって、次々と一般人が昏睡状態に陥るかもしれないのよ?もしかしたら、もう既に発症している人がいるかもしれない」

 

 「そ、そう言われてみると確かに。……もしもですが、〈アビス〉が見境なく一般人を眠らせたら……」

 

 「確実に最優先討伐対象になるでしょうね。治療法があればもう少し低かったかもしれないけど……今のところ完治する見込みは見られないもの……」

 

 

 

 

 

 これは……マジなのか?

 え? ナニソレコワイ。ようは何か? 俺の目を見たら発狂して昏睡状態になるってか? 俺はどこの神話生物だよおい……

 てかそんな力使った覚えないんだけど? もうすぐで一カ月ってことは最初の接触からってことだよな? そん時に使ったのは【(ビナス)】ぐらいなんだが……

 それに、もしその力が〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の力の一部だったとしたら、その最初の日に知識を得た俺にわからないはずが——

 

 

 ……俺の知らない力?

 

 

 それとも本来の力が漏れ出てるのか? ……どちらにしても不味いな

 別に俺は自由気ままにやりたいように過ごしたいとは思っているぞ? でも、だからと言ってわざわざ敵を増やすようなことをする気はない。付き纏われてもめんどくさいし、命狙われんのも普通に考えて嫌に決まってる

 これは後で〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の事を調べておかねーとな。治療法とかもあるなら知っておいて損はないし

 

 とりあえず目に関しては後で考えよう。だからと言って先延ばしする気もないけどよ

 だってこのままだと、下手したらおじちゃんを文字通りの深い眠りにつかせちゃうかもしれないし、十香や主人公クンの事も運が悪いと……

 ——え? なんでおじちゃんが最初に出てくるんだって? 銭湯が無くなったら俺のリフレッシュ場所が無くなっちまうからだよ。世話にもなってるしな

 それに十香と主人公クンは、何か大丈夫そうだしね。十香は精霊だし、主人公クンは……主人公だし!! ギャルゲーの主人公だけど

 

 俺が自身の力の事を考えている間も、彼女達の会話は続いていく

 ――そこで、聞き逃せない言葉が俺の耳に入るのだった

 

 「まぁそれは今は置いておきましょ? 早く配置に着かないと、また隊長にどやされるわ」

 

 「そうですね。もう少し先でしたよね? ()()()()()()

 

 ……今、何て言ったコイツ等?

 狙撃? それってスナイプ的な意味のあれだよな?

 そんでもって、彼女達は精霊の反応があったからやってきたわけで……彼女達は精霊を襲うわけであって

 それはつまり――

 

 「どうせ鳶一に任されるんだろうし、私等が行く必要はないと思うんだけどねぇ……」

 

 「狙撃が失敗した時のために、現場に待機しておくのは基本ですよ? それに今は霊装が纏っていないそうですし、もしかしたら〈プリンセス〉を――」

 

 

 

 

 

  ドサッ……

 

 

 

 

 

 

 そこから彼女達、AST隊員達の言葉が紡がれることは無かった

 今まで声が聞こえていた場所には……瞳から光を失い、地に崩れ落ちた少女が二人、そこに横たわっているだけである

 

 それをやった張本人、千歳は二人の様子を見て言葉を漏らす

 

 「……うわぁ、マジで今の話本当だったのかよ」

 

 先程彼女達が話し合っていた千歳の瞳、それの真偽を確かめるべく千歳は彼女達と接触した。……相手は千歳に気づく前に意識を闇へと沈めたのだが

 

 千歳が取った行動は単純だ。ただ二人の目の前に転移しただけ

 

 ただし、前髪を横に逸らして自身の瞳がはっきりと相手に見える状態で、だ

 その状態で、千歳は二人の隊員の目の前に転移した。……彼女達と向き会う形で

 

 その唐突な千歳の行動に、彼女達が瞬時に反応することは……気づくことは出来なかった

 抗う暇など無い。気づいたら……いや、いつの間にかに『ソレ』はあったのだろう。最早自分達が先程まで畏怖していた症状にかかったことも気づけず、彼女達は闇へと意識を沈めて行った……

 

 

 

 千歳は二人に歩み寄って症状を伺う

 地に伏し力無く横たえるその二人の姿は……最早人形同然だったと千歳は後に語る

 彼女達からは表情が抜け落ち、呼吸以外の動きを見せない

 頬を叩いてみても、耳を引っ張ってみても、脇をくすぐってみたとしても彼女達は無反応

 これは本当に生きているのか? と疑いたくなるような姿。精巧に作られた人形だと言われた方がまだ信じられる

 そんな姿を前に、ここで千歳は事の深刻さを理解するのだった

 

 そして、その力の一端を自覚した千歳は……理解する

 

 

 

 ――あぁ……これはダメだ——

 

 

 

 その”二つの人形”を見たことで、千歳は己が力を——”本質”を理解する

 常識を持つ一般人であれば、今目の前で昏睡する二人を見て良い気持ちになることはない筈だ。道端で倒れているのと同意義でもある為、普通だったら慌てふためくことだろう

 

 ――しかし、千歳はそれに当てはまらない

 何せ感じてしまったのだから。……思い至ってしまったのだから

 

 そう、これが……これこそが千歳の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……はぁ、知りたくなかった」

 

 千歳は今後の事を考える。これからの自分の立ち位置をどうしようかと頭を悩める

 この時、千歳は最早人と積極的に関わる気など何処かに消え失せていた

 

 

 今までは前髪を伸ばしていたからこそ問題にはならなかったのかもしれない。だがそんなものは運が良かっただけに過ぎず、根本的な解決方法には至っていない、至らない

 もし何かしらの事で前髪がめくれたら? もしそれが大勢の人の周りで起きたら? もしそれが……大切に思う人達に起きてしまったら?

 

 別に今すぐにでも周囲から距離を置こうと考えている訳ではない。——ただし、何も知らない一般人を撒き込むぐらいなら距離を置くことも考えなければいけない

 千歳は巻き込みたくないのだ……()()()()()()()()

 

 不安は止めどなく溢れ出でる

 

 暗く、黒い感情が、千歳の心を汚していく……

 

 もう千歳は何も考えたくなかった

 

 気持ち悪い。”この感情”が自分の本質だったことに吐き気がする

 

 

 ――しかし、それを否定できない自分がいる

 

 

 この感情を持ってこそ、自分は自分なのだと理解させられる

 

 ——歪み狂った、千歳と言う人間を……

 

 否定したい、だが否定できない。否定したくとも、それは変わりようのない事実だった

 

 仮にもし、誰かがこの感情を否定してくれたとしよう

 きっと千歳は、その自分の間違いを否定してくれる言葉に嬉しさを感じるだろう。……それと同時に、自分が否定されたことに対して怒りを覚えてしまう光景も浮かび上がってくる

 

 ——矛盾が交差する感情

 

 ——どちらが正しいのか、間違いなのか

 

 ——その答えに辿り着くのは…………まだ先の話であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――って、そうだった! 十香狙撃されかけてんじゃん!?」

 

 俺は一旦考えるのをやめた

 あのままいったら俺の何かが壊れそうな気がしたから……いや、確実に何かしら壊れていただろう

 

 忘れよう……この感情は忘れるべきだ

 

 そう考えた俺は、とりあえず目の事は後で何らかの対処をすることを決め、十香達の元に向かうのだった

 さっきまで自分の世界で病み期突入しかけていたから忘れかけていたが、ふとしたきっかけで十香が狙われてることを思い出せたのでした

 ……十香には悪いけど、狙われててくれて助かったわ。おかげで切り止めることが出来たんだからな

 

 「……十香を狙ったことに関しては気に入らないが……すまなかったな」

 

 十香達の元に戻ろうと思った時、その時には既に俺は、この横たわる二人に謝罪を述べていた

 十香を狙ったからこそこうなったんだと言いたいところだが……ここまでする必要は本来なかったんだ

 それなのに、まるで実験台のような扱いをしてしまった。人を人として見ていないような扱いをしてしまった

 だからこそ俺は、例え聞こえていないだろうとも……謝らずにはいられなかった

 

 簡素に謝罪を告げた俺は、再び十香達の方に向かうよう普段は抑えている精霊としての身体能力を解き放ち、十香達の元に走り始めるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが、ついた時には既に……終わっていた

 

 十香は無事だ。傷一つ無い姿で佇んでいる

 

 

 

 

 ……血溜まりの中に倒れ伏す、先程まで十香と笑い合っていたであろう少年の傍で……

 

 




おや? チトセのようすが……
(残念ながら進化ではありません)

千歳さん病み期突入。ヤンデレではない

今回で千歳さんが【心蝕瞳】の事を知っちゃいました。果たして対応策をとれるのだろうか?
そして千歳さんの闇とは一体……?
とにかく反転フラグは立てて置こうかと思った回でした
……え? 早すぎる? 知ってる

哀れにも実験台にされてしまった二名には安らかなる眠りを(死んでません)
まぁこればかりは、千歳さんの前で十香ブッ殺発言をしてしまったのが運の尽きですね
……え? 盗み聞きされてるとは思わない? そりゃそうですね

結論。ドンマイ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「俺はボッチだった? 知ってる」

メガネ愛好者です

戦闘まで行かなかった……
まぁ始まったとしても、戦闘にはならないでしょうがね

今回は……千歳さん、十香を焚きつけます

それでは


 

 

 「シドー……?」

 

 時は黄昏時

 空に映える夕暮れの下、その場にいるのは十香と士道。そして、離れた位置ではその二人を視界に収める千歳が佇んでいた

 夕日が差す中、円形に広がる夕焼けよりも赤々しい……いや、赤黒く染まった大地の中心に横たえる士道の姿を硬直した十香の瞳は捉えていた

 士道の身に何が起こったのかが理解できない、理解したくないと考えることをやめた十香は、ただただ呆然と彼の姿を見つめ続けていた

 

 「シ——、ドー」

 

 頭は未だに回らない、それでも十香は士道の傍に歩み寄り、彼の反応を伺い始める

 頬をつつくも無反応。酷く震える十香の指とは裏腹に、ピクリとも体を動かさない士道

 そんな物言わぬ士道に、先程から十香の瞳が酷く揺らいでいる

 

 「ぅ、ぁ、あ、あ――」

 

 暫しの沈黙にて場は静まり返る。ようやく頭で理解する、理解させられる十香は言葉にならない悲痛な叫びを漏らし始める

 両手で顔を隠すように頭を抱え、徐々に大きくなる十香の嘆きが公園に響き渡り……それは未だ距離を置いている千歳の耳にも届くのだった

 

 そんな十香の姿を見た千歳に動きが現れる。しばらくその光景を眺めていた千歳はようやく十香達の元に足を進め始めたのだ

 一歩一歩着実に、ゆっくりと二人との距離を縮めて行く千歳の目には、視界に映る十香の痛々しい姿が距離を縮めるに従い大きくなっていることだろう

 そんな、徐々に距離を詰めていく千歳に、十香が気付いているかはわからない。未だ彼女からは嘆きの情が途切れ途切れに口から洩れているのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千歳がゆっくりと近づいて行く間に十香の嘆きは止んでいた

 顔から両手を離した十香の表情は……何かを納得したかの様な、それでいて何かを諦めたような表情をしている

 

 「……チトセ」

 

 十香は顔を深く俯かせながら震える声で千歳に呼びかける

 実をいうと、十香は千歳がこの場に来た時から気づいていた。しかし、その時の十香に反応する余裕はなかった。そんな余裕を持つことが出来ない状態までに突きつけられた現実は、十香の純粋な心を抉っていたのだから……

 それほどまでに傷ついた十香が必死に振り絞った言葉で千歳の名を呼んだのだった

 

 それに対して千歳は——

 

 

 

 「なんだ?」

 

 

 

 ——酷く冷めた声で簡素に答えるのだった

 

 十香はそんな千歳の言葉に体を少し震わせる

 昨夜の苛立ちが宿る刺々しい言葉の比じゃない。誰もがその言葉、その声を聞けば自ずと感じてしまうだろう……その言葉の不気味さに

 

 

 ――何も感じさせない無機質な言葉に——

 

 

 それでも十香は臆せず……いや、諦めにも似た想いで千歳に語りかける

 気にする必要が無かったのだ。今の十香はただ……自分の心に圧し掛かる感情を吐き出したいだけなのだから

 

 「……もう少しすれば……チトセと出会って一日だな」

 

 「そうだな」

 

 「……こうしてシドーとデェトが出来たのも、チトセのおかげだ」

 

 「そうか」

 

 「あの時チトセに背中を押して貰わねば……もしかしたら、今日の出来事は無かったかもしれん」

 

 「そうか」

 

 「楽しかった。シドーと遊んで……チトセとも遊んで、とても楽しかった。……楽しかったんだ」

 

 「そうか」

 

 十香は今日の事を振り返るように言葉を並べていく

 俯く彼女から僅かに見せる表情は、酷く懐かしそうに……今日の事を、遠い遠い過去の産物として片付けようとしているかのような表情だった

 そして再び想いを語り始める十香。それと同時に、僅かに見えていた十香の表情は、完全にその艶やかな黒髪で隠れてしまう

 ——これから話す内容が、十香の傷ついた心を浮かび上がらせるかのように……

 

 「……シドーが言ってくれた。私は生きていてもいいのだと……私はここにいてもいいのだと」

 

 「……」

 

 「……あぁ、チトセにはハッキリと言っていなかったな。……私は精霊なのだ。あの……空間震を起こす元凶の、な」

 

 「知ってる」

 

 「……知って、いたのか?」

 

 「あぁ」

 

 千歳の返答に十香は少なくない驚きがあったのか、俯かせていた頭を上げて千歳の方に顔を向けてきた。―― その悲しみで酷く歪み、頬に伝ったであろう涙の後を残した顔を

 その顔に浮かぶ表情は、千歳の返答が予想外だったのか驚きを隠せないでいるように見受けられる。目を大きく見開き、口を唖然と開いて見つめる十香は千歳の返答に疑問を持ちつつ静かに問いかけるのだった

 

 「知ってて……尚、私と遊んでくれたのか?」

 

 「あぁ」

 

 「……怖くは、ないのか?」

 

 「全然」

 

 「私は……この世界を壊しているのだぞ? 空間震を起こしてこの街を……シドーとチトセのいる世界を壊しているのだぞ?」

 

 それはまるで、己自身を否定するような問いかけだった

 いまだ千歳を人間だと思っている十香が、自分は精霊だと……危険な存在だと千歳に訴える

 それは……千歳を士道と同じ目に合わせたくないがために

 千歳に自身を恐ろしい存在だと思いこませ、自分から離れて行くように……

 

 しかし、それに対して千歳は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなこたぁ知らん」

 

 「——な、に……?」

 

 

 ——十香の言葉を一蹴した

 

 

 先程から簡素な言葉で話していた千歳が、ようやくその簡素な言葉以外で口を開いたのに十香は反応する

 だがそれは、その言葉は十香にとって予想外な言葉だった

 

 千歳はこう言っているのだ。「精霊だからなんだ」と……

 

 この瞬間、千歳に自分を恐怖の対象だと思いこませ、自分から離れて行くように仕向けていた十香の目論見は失敗に終わる

 ただの一言、されど一言。千歳の答えに十香は先程の受け答えで見開いていた目を余計に見開き、信じられないものを見ているかのように硬直してしまう

 

 そんな千歳が、ただの返事ではなく、自ら想いを乗せた言葉で十香に語り始めるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっと気持ちに整理がついた

 

 どうも、千歳です

 さっきまで自分の感情を抑え、やるべきこと、これから俺がやろうと思っていることを頭で整理してました

 その間、ちょっと適当に受け答えしてた気がするが……まぁ考え事していたんならそんなもんじゃねーかな?

 ――え? 適当どころじゃなかったって? 知ってる

 

 まぁそれはいいや

 とにかく俺は、この目の前で驚いてるのか悲しんでるのか、それとも、また違った想いが宿ってるのかよくわからない表情をしている十香に言わねーとな。俺自身の考え、想い、そして……

 

 ……とりあえず俺の一言に呆然としてる十香に、俺は自身の意思を乗せて話す事にした

 

 「精霊とかどうだっていいんだよ。既に俺ん中で十香は……大切な友達なんだから」

 

 「友……だと?」

 

 「あ、迷惑だったか? それとも図々しいか? 一日にも満たない時間じゃ友達にはなれないって感じか?」

 

 「い、いや……私もチトセは……友、だと……思ってる。だが――」

 

 「なんだ。友達だと思ってくれてたんならよかったよ。もしこれでお前等のデートに同行していたのが、ただの知り合いってだけの人間だったらマジモンの嫌な奴みたいで心が痛んでたわ。……マジでよかったぜホント」

 

 「チ、チトセ……?」

 

 「……んあ? なんだ十香?」

 

 俺の軽い調子に十香は困惑した表情になってるわ

 いやでも友達かどうかってのは大事だぜ? ボッチの俺としては

 

 そうなんだよ。そうなんですよ……俺って今考えればボッチ同然なんですよ

 転生してから仲のいい友人が出来たかと聞かれれば……いねーしな。全くだ。全然だ

 だってこの世界に来てからの俺は、ただのんびりダラダラグータラに日々をすごしていたんだぞ?

 話す相手なんておじちゃんや銭湯に来る常連さん達ぐらいだし、その人達も友達って言えるようななかでもない

 四糸乃に関してはあれっきり会わないし、友達と言うよりは妹……身内って感じだ。友達じゃない。……そこまで考えた俺は思うんですよ

 

 ――あれ? 俺って友達いなさすぎ?

 

 これは危機感を覚えざるを得なかったね。やっぱり人生……精霊だから人生って呼ぶかな? ……まぁ見た目人間だからいいか。とりあえず人生に欠かせない存在の一つに友達がいることは間違い無いだろう。……それこそ捻くれてなければ

 

 そんな訳で、俺にとっちゃあ十香は、今生で初めての友達なんだ

 さっきから嫌われようと、十香はいろいろ言っていたみたいだが……そんなもん素直に聞く程真面目ちゃんじゃねーんだよ

 そもそもな話、俺も精霊だしな。精霊だからと言われてどう嫌えと? 精霊嫌ったら自分自身を嫌ってるようなもんじゃん

 

 「あのな? 十香。俺からしてみれば、人間とか精霊とか宇宙人とか半魚人とか、そんな種族が違うからで差別すること事体がくだらねーんだよ。……あ、やっぱり半魚人はちょっと……」

 

 「——ッ、だが! 私は現に空間震によって街を破壊しているのだぞ!? そんな危険な存在を全ての人間達が受け入れるはずが——」

 

 「それこそどうだっていい」

 

 「な——」

 

 さっきから俺の返答に驚きが絶えない十香。何故にそんなに驚くし

 てか地味に半魚人のくだりスルーされたな……ドンマイ半魚人。……え? 宇宙人の方が扱いが雑だって? 知ってる

 まぁいいや。ふざけて話の腰を折るのも気が引けるし、さっさと本題に移るとすっか

 

 「確かに精霊は街を破壊している。人の営みの邪魔をしてる。もしかしたら人を傷つけているかもしれない。こうまでいくと……もしかしたら世界が精霊を受け入れていないのかもしれねーな。だからこそあの集団は精霊を殺そうとしてくるんだし。……多分、この惨状のきっかけは十香だったのかもしれない。アイツ等が精霊である十香を殺すためにな。それもこれもこの街を、街に住む人々を、そして……世界を守るために」

 

 「ッ……」

 

 俺の語られていく現状に、唇を噛んで顔を歪める十香。唇噛むのやめなさい、傷ついたらどうするんだ

 

 ……確かにさ? 精霊がこの世界に被害を出してるのは間違い無いし、ASDが俺達に問答無用で殺しにかかるのも理に適ってるとは思うぞ

 何せ歩く爆弾みたいなもんなんだしな、精霊ってのは。俺が今日までやってきたことだって、全て正しいことだったとは自信を持って言えねーし

 ……え? そもそも俺が正しい行動を取った覚えが見当たらないって? 知ってる

 

 精霊はこの世界に害しかもたらさない。精霊は周囲に禍しか振り撒かない。確かにそうだ

 俺の天使の本来の力だって、周りからすればただの害悪にしか思われないだろうしな……

 

 そんな俺の言葉を聞いた十香は、その事実を突きつけられ、納得は出来るが理解はしたくない……そんな葛藤を生んだ表情を作って拳を握り締めている。拳握り締めるのやめなさい、傷ついたらどうするんだ

 

 ……まぁ、それはともかく、だ。「自分はやはりこの世界にとって不要な存在だ」とか考えてそうな十香に伝えたい事があるんだよ

 そんな世界がどーたらとか、そう言った小難しい話じゃない。世間に疎い十香でもよくわかる——簡単な話だ

 

 「……ただ、まぁ今はそんなことどうだっていいんだけどよ」

 

 「……え?」

 

 今まで話していたことを”どうでもいい”とぶった切る俺氏

 そんな俺の言葉に不意をつかれたのか、キョトンとした表情で俺の方を見てくる十香

 

 俺は十香と見つめ合う。……まぁ俺の目は前髪で隠れてるから、十香から俺の目を目視することは出来ないだろうな。てかそもそも見せちゃダメやん俺

 ……ま、御都合主義が何とかしてくれるでしょ!(それでいいのか千歳さん)

 

 ……さて、と。とりあえず……もういいか

 

 俺の言葉に疑問を持った十香が返答を待つ。そんな状態で俺は——自身の感情を解き放つのだった

 

 ――あのな? 十香……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今の俺はな? 非常に虫の居所が(ワリ)ィんだよ」

 

 

 今の俺の心境を一言で言い放った瞬間——解き放たれる

 

 

 ――疑似霊装によって隠されていた、その膨大な霊力を……

 

 

 「……〈神威霊装・終番(マサク・マヴディル)〉」

 

 

 俺の言葉に今まで着ていた服が変化する。気慣れた私服から——あの時の改造軍服の姿へと

 久しぶりに本来の姿をした霊装を身に纏ってみたんだが、やっぱり動きずらさとかは一切無い。俺と一つになったと言わんばかりの一体感

 常時展開されていた〈心蝕霊廟(イロウエル)〉もその姿を外部に露見する。まぁこれが天使だと気づく奴がいるかどうかは知らねーがな? そもそもこれは〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の”本体”から力を引き出す触媒みたいなものみたいだし

 〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の力の一部を自身の体に発現させる役割を持ったのがこの触媒である腕輪だ。今はまだ顕現させていない本体だが、間違い無くこの腕輪も〈心蝕霊廟(イロウエル)〉から生まれた物だから天使と言っても過言じゃない

 

 

 

 ……何故急に天使と霊装を出したんだって? そんなん決まってんだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ただの八つ当たりだ

 

 「あーくそ……やっぱり抑えが効かねーなぁオイ。世界が精霊を受け入れない? 精霊を殺すのが最善策? 殺すことが世の為人の為? ——そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよッ!!!」

 

 「チ、チトセ……?」

 

 急に雰囲気を変えたからか、千歳が霊装を顕現させたからかは定かではないにしろ、十香は今の千歳に狼狽していた

 今の千歳は塞いでいた蓋が開いてしまった(堪えていた感情が放たれてしまった)状態だ。そうなってしまえば……千歳にその蓋を(感情を)抑える気など一切無かった

 ……いや、抑えが効かないと言ったところだろうか? まぁ抑えられたとしても抑える気はなど無いのだろうが……

 そんな堪えが利かなくなった今の千歳は、状況についていけずに混乱している十香の反応を待たずして叫び続ける

 

 「周囲の言ってることが正しいとか、俺達精霊は世界にとって不要な存在とか、そんなん今はどうだっていいんだよ!!!」

 

 感情のままに言葉を紡ぐ。……その抑えていた激情と共に

 

 「俺は全くもって気に入らねえ!!! 気に入るわけがねぇだろクソッタレがァ!!!」

 

 溜めこんでいた憤怒の念は、叫びと共に周囲へ解放される

 

 「俺はこんな結末認めねえ!! もしもこれが定められたことだったとしても——」

 

 

 たった一つの感情の元に——

 

 

 「——二人の時間の邪魔をする道理になる訳がねぇだろクソッタレ共があああああ!!!!!」

 

 

 ——その怒りを周囲に撒き散らすのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある少年が言っていた。——”世界はいつだって……こんなはずじゃないことばっかりだ”——と

 前世では何かとネタにされがちな言葉だったが……今ならその言葉を言った少年の気持ちがなんとなく分かる気がする

 

 一通り言いたい事を叫んだ俺は、一旦平常まで心が落ち着かせる

 そして粗方落ち着いた俺がまず見たものは——唖然とする十香の姿だった

 そんな十香に、俺は静かに語りかける

 

 「……いつまでボーっとしてる気だ?」

 

 「……な、に?」

 

 急に落ち着きを取り戻した俺に困惑しているのか、先程までの俺に困惑しているのかはわからないが、十香からは俺が何を言っているのかが理解できていないご様子

 今日の十香は驚きまくってんなぁ……いや、普段の十香がどうかは知らねーけどさ? ……てか今の俺の言動を振り返ると、なんか俺が情緒不安定の人間のような気がしてならない。さっきの件をまだ引きずってんのかな?

 それも今は忘れんとな。そんなこと考えるよりもやらなきゃいけねーことがあるからよ

 とりあえず俺は、そんな様子の十香に今の現状を思い出させるよう語り掛ける

 

 「主人公クンをこんな目に合わせた奴等に仕返しをしないのか? ってことだよ。やらねーなら俺一人で行くが?」

 

 「ッ……だが、それは……」

 

 「これは一方的な憤りの元でやる主人公クンの弔い合戦だ。世界がどうたらとか人がなんたらとかどうでもいい。……十香はシドーがそんな目にあって、黙ってられるのか?」

 

 「……わけ、ない……ッ、そんなわけないだろう!? 世界は私を否定した!! あぁそれは確かだ!! 関係の無いシドーを犠牲にする形で……ッ、私からシドーを奪う形で世界は私という存在を否定した!! 世界はこの結果を持ってして、私が世界に受け入れられない事を納得しろとでも言っているのか? ——ふざけるなッ!!! 精霊の私が否定されるのはこの際どうだったいい!! シドーを奪われてただ黙っていられるかだと? ——黙っていられるわけがないだろうッ!!!」

 

 俺の言葉に、十香はようやく身の内に押さえつけていた本音を解き放った

 解き放たれた激情に身を任せた十香は、その勢いのまま自身の霊装——〈神威霊装・十番(アドナイ・メレク)〉を顕現させる

 

 その顕現に——空は軋み、世界は啼いた

 

 同時に空間震を思わせるかのような空間の歪みが発生し、その歪みが十香の身を包んでいく……

 全ての異常な光景が収まった後に残るのは、俺が最初に十香を見た時と同じドレスアーマーに身を包む十香の姿だった

 

 「……だよな。それでいいんだよ、十香」

 

 そんな十香を見て、俺は満足そうに呟いた

 ……例えそこにどんな理由があったとしても、もしもそれが正当な理由の元に起きた事故だったとしても——大切な奴を奪われて激怒しちゃいけない理由が何処にある? 何処にもないだろう?

 

 そんな、大切な人を奪われた十香が——

 そして、大切な友人達の幸せを潰された俺がやることは……たった一つだ

 

 

 「「世界が精霊(私)を否定するなら……俺(私)は世界を否定する!!!」」

 

 

 

 ――今ここに、深淵(千歳)王国(十香)の蹂躙が始まろうとしていた……

 

 




男性は理性的に考え、女性は感情的に考えると聞いたことがありますが……

あれ? 千歳さん結構感情的?

千歳さんがいたからこそすぐに激おこプンプン丸状態にならなかった十香さん
でも結局千歳さんに煽られて欲望を解放し――これは違うか、感情を爆発させたのでした

そして霊力解放した千歳さん。後の事は知らない子状態である

次回、お前なんで生きてんの?主人公だから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

章終話 「やりすぎだって? 知ってる」

メガネ愛好者です

今回で十香編は終わりです
地味に長引いてしまった……とりあえず章の話数を二桁まではいかないようにとの考えです

あらかじめ言っておきます。戦闘を期待していた方、ごめんなさい

そして千歳さんの性能が規格外極まるのであった……

……あ、今回スペースで段落つけてみたのですがどうでしょう?こちらの方がよいのであれば、他の方もつけ直す予定です

それでは


 

 

 「いらっしゃい。ゆっくりしてってな~」

 

 どうも、千歳です。今はおじちゃんの銭湯で番台のお仕事をしておりますです。……まぁラノベ読みながらお客さんにあいさつするぐらいなんだけどさ

 

 この番台をやってて分かったんだけど、実はこの銭湯って結構緩いんだよね

 今のご時世、態々銭湯に訪れる者なんてそうはいないだろう。数駅程先の街にはオーシャンパークなる場所があるらしいし、大抵の者はそっちに行くからここに来るのは馴染み深い人達ぐらいしかいないのだ

 大体来る人は決まってる以上、態々受付する必要もないのでほとんどの人は顔パスで済ませていたりする。皆きちんと料金は払うからこれでいいんだよね

 だからこそ俺はこうしてのんびりとラノベを読んでてもモ-マンタイだったりするんだわ。ホント仕事とは思えないね

 

 給料は出ないけどおじちゃんが駄菓子とかくれるから俺としても結構満足してたりする。駄菓子が給料みたいな感じだね

 その駄菓子もこれまた懐かしいものばかりで年代を感じるわー。前世で俺が小さい頃に食べてたものなんか出た日にはもうお前何歳だよと言わんばかりに昔を思い更けていたり

 

 

 ……え? 今回は戦闘回じゃなかったのかって? 残念だったな、銭湯回だ

 

 

 あの蹂躙が起きた次の日、俺は朝からこの銭湯で汗水流しながら働いていたのであった

 いやー大変だったね。やってみて分かったけど、浴場の掃除とかめちゃくちゃ大変なんだわ。これをおじちゃん一人でやってる辺り、おじちゃんってかなりたくましいよね? とてもじゃないが高齢の方には見えな——え? 話が逸れてるって? 知ってる

 いやだってさ? ただただASDの方々を苛め抜いて終えたあの惨状を振り返るのも……酷というものでしょ? ASDの方々が。……本音としてはどーでもいいだけなんだがな

 

 まぁ事の顛末ぐらいは話すさ。訳も分からず結局HAPPY ENDを迎えたあの件をさ。ラノベ読みながら

 いやだって今丁度いいところなんだよ? そんなところで区切るとか俺には無理だね。気になって話がすぐ逸れちまうよ

 

 とりあえず……話す前に一言だけ、言っておこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の寝床ってあの公園だったじゃん? それが()()()()()()()()()()から居場所無くなっちゃったとです。しょぼーん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの時、激おこ状態だった俺と十香だったのだが、まず十香から動きを見せたんだ

 自身の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を顕現する。その姿を一言で言い表すのなら「剣が収められた玉座」だったね。十香の天使ってその玉座込みだったのか……

 その天使と十香の霊装が合わされば、まさに王城の謁見の間に鎮座する一国の主と言ったところだろうか?

 剣からビーム放つ腹ペコで食いしん坊な女性の王様……なんかデジャブを感じるのは俺だけか?

 

 ——シロー、お腹が空きました!——

 

 ……? 空耳か? 何か変な電波を感じた気が……いや、気のせいだな。もしも聞こえたのならシローじゃなくてシドーのはずだし

 

 ——コホン、話を戻そう

 天使を顕現させた十香は、軽く跳躍して玉座の肘掛に足をかける。その場から背もたれに収まっている剣を引き抜いては叫んだんだ。「【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】!!」——ってな

 その言葉を口にした十香の天使に変化が現れる。まず十香が足をかけていた玉座に亀裂が生じ、砕け散った。その砕け散った破片は背もたれから引き抜いた剣へと集まり始め、しばらくするとその剣は10m以上もの長大な剣と化したのだった

 

 

 ハッキリ言おう。最高にイカしてたぜ

 

 

 いやだってそうでしょ? 何なんあのロマン武器? あれで無双すんでしょ? めちゃくちゃ楽しそうじゃねーですかヤダー

 しかもあれでしょ? 必殺技とか最終形態とかそういった状態なんでしょ? 激戦の局面で真価を発揮する超常たる力を解放したお姿なんでしょ? 通常の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉であれだけの出力が出るんだったらと思い返してみると……最早wktkもんでしたよ

 あーもう、思い出すだけでも羨ましいなぁオイッ! 俺もそんな力を振るいたかったぞチクショーメェッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だから創ることにした。【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】をもう一本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず俺は、その十香が持つ最終形態〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を視界に収める

 それの全体像を視界に入れた俺は、ここで新たな能力を発動——あ、そういやこれも言ってなかったな

 

 久しぶりに本来の霊装を顕現させたからか、今までで溜まりに溜まっていた霊力が俺の中で急激に渦巻いたんだよね。その際、俺に宿る〈心蝕霊廟(イロウエル)〉がその霊力の奔流に当てられちゃったのか……ほとんどの力を使えるようになりました。めでたいめでたい

 どうやら〈心蝕霊廟(イロウエル)〉(腕輪状態)の力は、全部で10の能力があったんだよ。今までの三つはその三分の一だったみたいだわ

 二番目の【(コクマス)】、三番目の【(ビナス)】、九番目の【(イェソス)】……その三つを含め、六つの力が目覚めました

 

 はっきり言おう。ガチなチート、ガチートであると。どこぞのモンスターな狩人に出てくる巨獣じゃないよ?

 

 いやな? 元から知識としては知っていたんだが……いざ使えるようになってしまうと、正直引いた。その規格外さに引いた。〈心蝕霊廟(イロウエル)〉に引きました。引いたけど嫌いじゃないから悲しそうに光を暗くしないで〈心蝕霊廟(イロウエル)

 だってやろうと思えば何でもできるもん。……相も変わらず直接的に殴る蹴るとかの物理ダメージを与えられる力は無いけどさ? ちくせう

 それに、だ。これでまだ本来の力じゃないんだぜ? 最後の十番目の力で本来の天使の姿、力が現界するみたいだが……明らかに腕輪状態よりも高性能すぎるのは確定的明らか。てか確定っぽい

 十番目の力、【(マルクス)】(命名)は未だ目覚めてはいないようだが……俺は一体何を目指しているっていうんだ? 世界の覇者か? キャラじゃないからお帰りください

 まったく……俺の願いは「楽して充実に堕落したい」だぞ? 確かに〈心蝕霊廟(イロウエル)〉のおかげでその願いは叶ってるんだけどさ……明らかに過剰すぎるのは気のせいじゃねーよな?

 今後これで大丈夫なの神様? 狙われたりしない? 既に襲われてはいるけどこれからもっとややこしいことになったりしない?

 

 

 ——ももももももももちろろろんさぁあぁあぁあぁー——

 

 

 野郎……今度はタンスの角にお前自身を斜め四十五度で叩きつけてやろうか?

 ……はぁ、まぁいろいろと助かってるし、礼は言っておくけどさ。一応神様なんだからもっと威厳を持ってくれよ?

 

 ——善処はしよう――

 

 急に素で返してくんなし。——てか通じたことに驚きだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、そんな訳でいろいろ力を使えるようになったんだし、使わないのもあれなんで「使ってみよう、ホトトギス」精神で発動することにしたのでした。過剰と言ってもやっぱり試したくはなるのですよ

 それでは五番目——【(ゲブラス)】の出番ぜよ

 

 

 

 【(ゲブラス)

 これを簡単に言うのならば……完全転写能力かな

 俺の視界で捉え収めた光景を脳裏に……いや、俺自身の記憶に焼き付ける能力であり、これによって何かを見て顕現させていた【(コクマス)】が楽になるのだ

 

 そもそもな話、【(コクマス)】って二つの種類があるんだよね。その二つが「有から取り寄せる」か「無から創り出す」かのどっちかだ

 

 有から取り出すことに関しては、以前に試したゴミ袋とかがそうだろう。見た光景の中にある物を手元に顕現させることが出来るため、正直【(イェソス)】と見分けがつきにくい。ぶっちゃけそこはアイマイミーだったりするけど……一応区別がつく特徴はあるからダブっているという訳ではない

 

 無から創り出すことに関しては500円玉がいい例だな。後はよしのんか

 イラストや写真など、実物はあるが目の前に無い物を霊力を用いて形にする(創り出す)のがこれに当たる

 余談として、創り出した物は俺の意思でいつでも消すことが出来る。そのまま放置すれば半永久的に存在し続けるが、俺が念じればすぐさま霊力が霧散して形を留めていられなくなってしまう。ゲームセンターでつい500円玉を出しすぎた時に気づきました

 ……あれ? 今この瞬間に今まで使用した500円玉を消したらどうなるんだろ? …………碌なことにならなそうだからやめて置こう

 

 ただ一つ使いどころに難しい点がある

 それは——どちらも動いていると顕現しずらいというものだ

 

 出来ないことは無い。だが、必用以上に霊力を使っちまうんだよ。そこが難点だな

 いくら俺が霊力タンクだからって、底が無い訳じゃないんだ。下手に無駄遣いしていざって時に使えませんでしたとか笑えないだろ?

 

 そこで活躍するのが、この【(ゲブラス)】だ

 これならいちいち写真などを見て顕現するよりも手っ取り早いし、静止画として記憶に留めれば必要以上の霊力を消費しないで済む……ただ念じるだけで顕現できるのだ

 まぁ……その記憶に留めていられる容量は少ないんだけどさ?

 

 実はこの便利だと思える能力、制限付きだ

 その制限というのが……記憶に留めていられる描写が今のところ五つまでしか覚えていられないというものだ。それ以降は上書きするかしないと保存できない

 もしかしたら、何かのきっかけで容量が増えるかもしれない。実際にこうして他の能力も使えるようになったんだし、可能性が無い訳ではない。まぁ今のところその兆しはないけどさ

 

 

 

 ——と、まぁそんな感じだ

 そんな訳で、俺は【(ゲブラス)】を使って十香の【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】を記憶に留め、【(コクマス)】で召喚した

 ……え? 前に超越した能力を持った武器は出せないって言わなかったかだって? 確かに言ってたような気がするわ。……だが、こうも言っていたはずだ

 

 ”()()()()()”ってな

 

 今、俺の目の前にある十香の【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】はこの現実世界に実在している力だ

 頭の中での妄想や空想なんかじゃない、よしのんみたいな一から存在しないものでもない……今、目の前にある常軌を逸脱した力は、確実に俺の目の前にある現実だ

 そうなれば話は早い。俺は【(ゲブラス)】によって頭ん中に焼き付けられた【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】を視て、理解し、顕現させる。——実はこの時、他に一つだけ能力を使っているが……まぁ今はいいだろう。それがメインになった話の際にでも語ろうや

 そして、俺の意思と共に俺の中の霊力が一気に放出され——形を成す(創り出す)

 

 

 ——そして、両手を突き出して顕現させた俺の手の内には……十香の物と全く同一の【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】が握られていた

 

 

 無事に成功。機能上も問題は無い。性能面もオリジナルと引けを取らん出来だ

 そして、創り出した【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】を確認した俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——十香に渡した

 

 いやだって俺は剣とか振れないもん。振り回すことは出来ようとも、剣を振る技術なんてある訳がない。剣道なんかをやってれば違うのかもしれねーが、生憎とそんな経歴は無いのさ

 それに、以前と比べて力は上がったんだろうけど……精霊としてはそこまで力がある訳ではないと思うしんだ。だって見た目華奢な十香の拘束を振りほどけなかったぐらいだからな。十香に捕まった際、抜け出そうともがいた俺の徒労は無意味に終わったからな。十香の腕力が精霊として平均的なのであれば、俺の腕力なんて微々たるものなのさ

 そんなか弱い少女(笑)の俺が持っていても身に余るって訳で……って、オイ、待てやゴラァ。(笑)ってどういうことだ? 否定できねーけどなんかムカつくからやめろやワレェ

 

 ……まぁいい。因みに十香は、自身が握る【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】と全く同一の物を俺が顕現させたからかものすごく驚いてました。シカタナイネッ!!

 そりゃー自身だけの力だと思っていたものを出されては驚きもするさ。自分でやっておいて何だが、成功した俺自身が一番驚いてるけど

 

 視界に収めさえすれば他の天使も創り出せるかもしれない……もしそうなら異常過ぎる力だろう。……まぁその分かなりの霊力を使うがな

 【(ゲブラス)】から創り出したにも関わらず、馬鹿みたいに大量の霊力を消費してしまった辺りそんな頻繁に創れる訳じゃなさそうだわ。ずっと造り出しておくってわけにもいかないしな

 そもそも俺は戦闘すること事体に積極性を持ってはいない。やりたくない訳ではないが、面倒なんである。……決して怖いからとかではない

 つまり”憧れはするけど実際にやろうとは思わない”という奴なんですよ

 

 そんな訳で、俺には宝の持ち腐れだからその創り出した【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】は十香に渡すことにしたのだった。——「暴れてこい」との一言と共に

 

 

 そして始まる——開幕ブッパ

 

 

 二振りの【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】は十香の正面の景色を一変させ、この場にいる者全てに見せつける

 

 

 ——二つの巨大な衝撃波により、跡形も無く消し飛んだその大地を……

 

 

 これ、ASDの人達は耐えられるかな? ガンバレあの集団! 訳してASD!!

 

 

 

 

 

 そうこうして始まった蹂躙劇。十香が二振りの【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】で暴れ、ついでに俺がそんな十香の正面に【(イェソス)】を使って周囲に待機していたASD隊員達を次々に転送し始める。……転送されてしまった隊員達は、最早生きた心地はしないだろうな。気付けば暴力的で圧倒的で絶望的な破壊の権化の目の前に身を出されるんだから……

 ぶっちゃけ狙いは主人公クンを撃ったであろう白髪の少女だけなのだが……まぁ連帯責任と言うことで一つ。何事にも失敗したら全員でその子を支えて上げましょうね? 自身の身を挺する形でさ

 そもそも今の状態の十香をその白髪ちゃんだけに向かせるのはあまりにも……な? 敵ながら同情してしまうとです

 ……え? 十香を煽った元凶が今更何を言うんだって? しょうがねーじゃん。あん時は気持ちを抑えきれなかったんだから

 

 そんな俺だが、別に動く必要も無かったから十香が無双乱舞している間は邪魔にならないよう公園から動かずに力を行使し続けてました

 最早霊装も顕現させておく必要がなさそうだったから疑似霊装に戻してたよ。久々の出番だというのにこの霊装さんの扱い……あ、いや、別に蔑ろにしている訳ではありませんよ? ……ただ、スカートが落ち着かないんです

 それと、【(イェソス)】を使っての十香の支援も今思えばする必要性を感じなかったわ。だから途中からはただその光景を傍観していたのは言うまでもない

 その時には俺の中の苛立ちもASDへの同情に変わってたからね。やりすぎたせいで逆に頭が冷静になってしまったパターンですよ

 

 落ち着いた俺は現状を確認する

 辺りの景色はまさに災害跡地。これが元通りになるまでにどれだけの時間がかかるのかなーなんて現実逃避をしてしまうぐらいには冷静になっていた

 正直やりすぎた。主に十香が破壊した跡なんだけど……状況を悪化させたのは間違い無く俺のせいだしな

 二刀流にしてしまったばっかりに被害が悪化してしまった。……でもカッコイイじゃん? 巨大な剣を二刀流する姿とかテンション上がるじゃん? だからしょうがないってことで一つ

 ――え? 駄目に決まってる? 知ってる

 

 ASDの人達は何やら緑色のバリアーなどを展開して防いだりしようとしていたが……うん、紙風船同然に消し飛んだわ

 十香の猛攻にASDの人達は自分の身を守ることで精一杯、限界が来て墜落していく者達から俺らに気づかれぬよう撤退を始めてたね

 まぁ見逃す理由もないけど……正直どうでもよかったし、俺はそんなに人を殺したいわけじゃあない。……え? 今更そんなこと言われても説得力が無い? 知ってる

 それに、十香自身も主人公クンを撃った白髪ちゃんだけしか目に入ってないから構わないだろう。だから白髪さん以外はどうでもいいのだ。後の奴等が逃げようともね

 まぁ、それまでに視界に入った者達は問答無用で斬り伏せられていたがね

 未だ致命傷らしいものを受けた者を見た覚えは無いのが救いかな? 随分としぶといもんだ……っと、やばいやばい。悪役みたいな思考になりかけてたわ

 ……でも、いっそのこと悪役になっちまった方がよかったのかもな。どうせ世界は俺等精霊を受け入れないみたいだし、開き直って思う存分暴れてしまうのも手だよな

 

 ……そんな、思考が黒く染まり始めた辺りだっただろうか?

 

 

 

 ——熱さに悶える主人公クンの声を耳にしたのは

 

 

 

 もう開いた口が閉じなかったね。その声と同時に主人公クンの方を見てみれば、撃たれた場所が燃えながら治っている光景が目に映ったんだから

 何ですかそれ? 何処の不死身さんですか? 五河ボルケーノですか? 「シドタンinしたお!」ですか?

 その時の俺はその光景に混乱してしまい、主人公クンから目を離せないでいたもんだ……

 

 

 

 

 

 そっからは場面がどんどん移り変わっていったせいでうまく表現できないぜ

 主人公クンが起きて、目の前から消えて、気づいたら十香の真上からダイビングしている主人公クン

 十香も自身の名を呼びながら落ちてくる主人公クンを確認し、急いで主人公クンの元に近寄ったんだよ

 

 

 ——俺が創った【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】を俺の方に放り投げて

 

 

 いやしょうがないとは思ったよ? 両手塞がってちゃ主人公クンをキャッチできないもんな。それでも俺の方に投げてくることは無かったと思うんだけどね

 俺に返すつもりで投げたのか、無意識のうちに投げたのかはわかんないけど……凄い速度だったせいで消す暇も無く俺が佇む公園に直撃。溜め込んでいた霊力が暴発し、俺の寝床は崩壊したのであった……

 

 ……え? 因果応報? 知ってるよ……だが悔いはないっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが昨日あった事の顛末だ

 

 そんな訳で寝床を失った俺は、とりあえずいい時間だったので銭湯に向かうことにした

 何も言わずに二人の前から立ち去っちゃったけど……まぁそのうちまた会えるだろ。今回はやりすぎたことを反省しなきゃだし……

 ASDにも結構被害出しちゃったし、二人ほど再起不能にしちゃったわけだから……当分は大人しくしておかないとな。結構霊力使ったから疲れたし

 

 あ、そうそう。その二人を再起不能にしちゃったこの目なんだけど、対処法を思いついたぞ

 ようはアレでしょ? 霊力からなる症状なのは間違いないんだし、俺が望まない力だから……疑似霊装に頼りました

 疑似霊装は俺の意思を反映するからな。俺が望まない事があればそれに対処して変化してくれる。いつもありがとう霊装さん

 結果としては……見た目に変化は一切ありません

 霊力による膜のような物がアイマスクをするかのように両目を覆っただけだったりする。その無色透明な膜は俺の行動を一切妨げることが無いためかなり助かってるよ

 しかもこれ、俺が望めばアイマスク同然の機能も発揮されるから明るい場所での昼寝に便利です。最高だぜ霊装さん!

 

 そんな対応策を講じた俺は、試しにヘアピンで前髪を上げた状態で外を出歩いてみたんだよ。失敗する予感は無かったからな

 案の定効果が現れていたのか誰も症状にかかることはなかった。いや~ホントよかったぜ。これで下手に被害者を作らないで済むわ

 

 ……なんか周りから注目されてた気がするんだけど気のせいかな? ……さっさとヘアピン外しとくか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お、来たか藤袴」

 

 「また来たわー」

 

 俺が回想を思い返しながらラノベを呼んでいると、見知った少女がやってきた。その名も藤袴(ふじばかま) 美衣(みい)

 彼女はこの銭湯の常連さんで、俺が来る前からもこの銭湯を利用していたとおじちゃんが言ってたな

 

 丁度いいタイミングだな

 俺はこの前有った空間震の件で、藤袴が”アレ”を失ってしまったのを聞いた

 怠そうにその空間震に愚痴を言っていた藤袴だったが……その表情は、それこそよく見ないと気付かない程に悲しみを露わにしていたのを昨日の事のように思い出せる。……まぁ一昨日の出来事何だが

 そんな訳で、俺は日頃からこの銭湯を利用してくれている藤袴に感謝を込めて、その代替品になりそうなものを渡すことにしたのであった

 

 「藤袴、お前確か空間震で”アレ”が無くなったんだったよな?」

 

 「マジ最悪だわー」

 

 「代わりになっかはわかんねーけど……これやるよ」

 

 この前のことを思い出してか少し暗い表情になる藤袴に、一旦ラノベを置いた俺は用意しておいた”アレ”をバックから取り出して手渡すのだった

 

 「これ……」

 

 「あー……すまんな。似たようなもん探したんだが見つからなかったんだわ。もしそれでもいいってんなら貰ってくれ。気に入らないなら捨ててもいいし」

 

 「……マジ引くわー」

 

 「引くなし」

 

 ”アレ”を藤袴に渡すと、普段からあまり表情を出さない藤袴が少し驚いたような表情になった。……気がする。それほどまでに小さな変化を示した

 まぁ言葉では引かれちまったみてーだが、渡した”アレ”を自分のバックにしまった辺り気に入ってくれたのだろうか?

 

 「そんじゃごゆっくりー」

 

 「ん」

 

 俺の言葉を聞くなり女湯の暖簾をくぐって姿を消す藤袴。相変わらずクールな子だよなぁ……

 

 「……うん?」

 

 俺は再びラノベの続きを読もうと、一旦置いていたラノベに視線を向けて……気づく

 

 ……なんか挟まってる?

 

 俺はその挟まっている……紙? をラノベから引き抜き、それがなんなのかを確認するのだった

 

 

 ………………

 

 

 「……口で言えばいいのに。らしいっちゃらしいけどよ」

 

 折りたたまれた紙に、ただ一言記入された簡素な言葉。ただそれは……俺としてはちょっとした幸せでもあったりする

 

 

 『ありがと』

 

 

 「ふぁあ~……まだ転生したばっかなんだ。世界が精霊を受け入れるかどうか……決めつけるのはもう少し後でもいいよな?」

 

 世界が精霊を拒む中、一人の少年はそれを否定し、精霊の少女を肯定した

 それがこの先どういった結末を生むのかはわからねぇ……もしかしたら、俺をも巻き込むかもしれねーな

 一体精霊とはなんのために存在するのか、どうして精霊はこの世界に現れたのか、俺にゃあ全然わからねぇ

 

 ただ一つ、確かなことはある……

 

 

 

 

 

 もうすぐ日が沈む時間帯。俺は欠伸をしながら窓から見える夕暮れを見据える

 ……あの時、自身を受け入れてくれた少年と空で抱き合う十香の姿は……とても幸せそうだった

 

 それだけでも、俺はこの世界に来てよかったと思えたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ただ、なんで素っ裸だったんだ?

 

 




この二人を組ませちゃあかん。人類滅ぶ

だってあれですよね? ようは破壊の渦の中に転送させられるようなもんですよ? 逃走できず、回避できず、防御はたやすく砕かれる……あかん。マジで危険度が……

そもそも千歳さんの天使が……もう性能が狂っとるとしか言いようがない
どんな能力になるかは決めてあるのですが……改めて見ると、ホント規格外でした

読者の皆様が気になっていた【心蝕瞳】の対処方法はこうなりました
やっぱりここは万能型霊装さんに頑張ってもらいました
眼鏡もよかったのですがね……眼鏡もよかったのですがね……フフフフフ……

最後なんかいい雰囲気になったなぁ……まぁそれでもおじちゃんには届かなさそうですが←

次回、とうとう四糸乃編! ……の前に、少し千歳さんがやらかします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一間章 『過去での出会い』
間章前編 「それは涙の味? 知ってる……」


メガネ愛好者です

お待たせしてしまい申し訳ありません。誓約アイテムマラソンやってました(わかるかな?)

とりあえず一章と二章……原作で言う一巻と二巻の間の話と言うことで
これは入れておかねばと思った話です。今後の展開に深くかかわる(とは思う)ので

あ、他の話も、段落の頭文字に空白を入れておきました
後、急にですが、章ごとに題名を区切ることにしました。こっちの方が分かりやすい気がするのですよ

それでは


 

 

 あれから一週間ぐらい経ちました

 

 あの「久しぶりに……キレちまったぜ」事件のせいで、全壊どころか地形が変貌したと言っても過言じゃないまでに消滅した高台の公園は未だ整備を終えていない。……それでも整備速度が異常に早いが

 その為、せめて横になれて雨風……風は別にいいか。とりあえず雨に打たれない場所を探していた千歳さんだ。ホームレスはつらいぜ。段ボール食ってはないけどな

 どっかの廃墟にでも行けばいいのかな~なんて、そんな浅ましい考えは完膚なきまでにホームランされたりしたもんだ。都市開発の進んでいる天宮市でそんな場所なんてなかったんや……

 いや、無かった訳ではないよ? ただ……何故か人の出入りがあるんだよ。それも頻繁に

 流石に人の出入りがある廃墟になんていられないわ。暗い場所で急に人と遭遇するとか軽くホラーだしな

 そして結局廃墟に居つくのは諦めた訳だ。……だからと言って、寝床を探すことを諦めた訳ではない

 そうして必死に……とは行かないまでも、探し続けること数日間。時には顔を隠しながら寝床を求めて歩き続けるのでした

 ……え? なんで顔を隠してるんだって? いやもしもASDの皆さんに見かけられたら何をされるかわからないじゃん? 前髪のせいで顔バレはしていないとは思うけど、寧ろそのシルエットで気付かれるかもしれないし

 あの時、大っぴらに霊力解放した上で霊装まで見せちゃったわけだからな。せっかく霊力を隠していたのが無駄になっちまったよ

 それでも隠しておくには越したことはないから未だに隠し続けているけどさ? ……もし見つかっちゃたら、証拠隠滅に【心蝕瞳(イロウシェン)】で昏睡させてやろうかな? ……余計警戒度を上げられそうだからやめとこ

 

 まぁとりあえずは服装変えておけば大丈夫だろ

 服装変えただけでも人の印象って変わるもんだし、霊力も隠している状態なら滅多なことがない限りは大丈夫だと思うしな。……そこはかとなく心配だが

 因みにだが、今の服装はここの銭湯に元からあった従業員用の従業服に、この前顕現させたハンチング帽をかぶってます

 ……え? ハンチング帽してたら余計気づかれるんじゃないのかって? そこは安心したまへワトンソ君(ワトンソって誰だよ)

 いつからASDに見られていたのかは知らん。だが十香に見つかり逃走した時……多分走ってる時だろう。十香に捕まった辺りで気づいたんだが……その時には俺の頭からハンチング帽は姿を消していたよ。ようはどっかで頭から落ちた

 多分、下手したらまだその辺りに置き去りにされてるかもしれねーな。強く生きろハンチング帽! 例え泥に汚れても……!

 その為、あの似非デートの間は帽子をかぶっていなかったわけだ。フードもかぶるのを忘れてたし、運が良ければ頭を晒していた状態の俺しかASDは見てないんじゃねーかな? それならば帽子を外さん限りは多少の誤魔化しがつきそうだ

 とりあえず今のところは大丈夫だし、いちいち気にしててもしょうがない。もしバレたとしても適当に否定すれば何とかなるかな? ……考えるのもめんどいから、これ以上は見つかった時にでも考えればいいか。うん、それがいい

 

 

 

 

 

 とりあえず話は戻り、俺が寝床を探す事約三日後の事だった

 そん時は寝床探しぐらいしかやることがなかったので、昼の間は銭湯で番台しながらくつろいだりして時間を潰し、夜の間に外を出歩くことにした。多分夜の方がASDとばったり会うことも少なさそうだしな。下手に人に会う必要も無いなら夜間行動は基本っしょ? あの時何も言わずに去った分、十香や主人公クン達に会うのも……なんか気が引けるし

 

 さて……とりあえず結果から言いますとな

 

 

 

 ——しばらくの間、おじちゃんのとこに世話になる事になったわ

 

 

 

 ホントおじちゃんって勘が鋭くてさぁ……その三日目の夜、俺が銭湯を後にしようとしていた時の事だ

 銭湯から出て行こうとする俺に、おじちゃんが何の脈絡も無く「帰る場所を失ったか?」なんて言ってきたんだよね。その言葉に図星を突かれた俺は、唐突に言われたこともあってつい表情に出しちゃったんだよ

 そっからはもうおじちゃんのペースだ。行くとこないなら泊まっていけ、子供が金の心配なんかするな、などなどの理由を付けられ……気付けば、おじちゃん家に厄介になることになってしまった

 

 いや確かにありがたいことではあるんだけど……俺、精霊じゃん?

 今はいいとしてもこの先の事を考えると……あまり一緒にいない方がいいと思うんだよ。寧ろいたら迷惑だろ

 絶対俺に厄介事が起きる気がするからな。起きなかったとしても自分から起こしそうだし←

 そんな俺の事情におじちゃんを巻き込みたくはないんだよ。今までの事を振り返ると、俺の周りで起きた厄介事って……そのどれもが自業自得の結果にしか見えねーんだよな

 ……え? 寧ろそれ以外に無いだろって? 知ってる

 

 

 

 とりあえずだ。俺がおじちゃん家に居候などすれば、高確率で俺の厄介事におじちゃんを巻き込みかねん。そう考えた俺は、詳しいことはぼかしつつ説明してやんわり断ろうとするんだが……

 

 「そんなものお主の様子を見ればわかるわい。……その上で、儂は気にするなと言っておるのだ」

 

 何の躊躇も無くはっきりとそう答えた

 

 ……何このイケメン

 其処らの下手な男子よりもカッコいいのはどういうこと? 前世の俺よりも断然カッコイイんじゃね? これ。……え? 当然だろって? うるせーやい

 別に俺は他の奴等にカッコイイと思ってほしかったわけじゃねーし。カッコイイ俺は弟と妹の前だけで十分だし。皆だってそうだろ? な? ……な?(真顔)

 

 ……コホン。それはともかくとしてだ。それでもやはり気が引けた俺は、いっそのことはっきり断ってやればいいんじゃね? と決心し、おじちゃんに断りを入れようと思ったんだが……まぁあれだ、その間の会話は省略する

 

 だって断れなかったもん

 

 仕方ないじゃん。あんな真っ直ぐな目で見られたら断る方が申し訳なくなっちまうっての……

 ホントおじちゃんカッケーんだけど。こう……堂々とした態度って言うか……物怖じしない威圧と言うか……とにかく男らしかった

 そらモテますわこれ。きっと若い頃はブイブイ言わせてたんだろうな~

 ——え? それ死語だって? 知ってる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で現在、番台やってます

 ……え? そればっかりじゃねーかって? しょうがねーやん、これしかやることねーんだから

 俺としてはのんびりするのが好きだから、結構この番台は俺の性に合ってるんだよ。お客さんとの談笑も楽しいしな

 特にどこかへ出歩きたいわけでもねーし、元から俺はインドア派だったから問題は無い

 それでも番台以外のことをやれって言うなら……昼寝するぞ?

 だって他にやることないだろ? やることないんだったら怠けていたっていいじゃない。だって怠け者だもの

 

 ま、居候させてもらってる身だし、おじちゃんの負担をなるべく軽くすることが出来んなら、例えめんどくさくても番台以外の仕事もやってやるけどな。風呂掃除とか

 そもそもな話、この銭湯での仕事は結構気に入ってるんだよな。番台でのんびりできる分やりたくないって思うこともないし

 

 因みにだが、この銭湯は午前中の間に準備をして、午後から営業を始めるスタイルだ。そんな営業時間のため、午後一番で浸かりに来るような人は滅多にいない

 その事から、基本1時から3時の間は自由時間みたいなもんだったりする。まぁそれ以降もほとんど趣味でやっている銭湯、仕事だからと言って気張る必要もあまり無いのがこれまた性に合ってるんだよね

 

 

 

 そんな現在1時半、おばちゃんが作ってくれたきな粉餅を食べながら読書中だ

 ……え? おばちゃんって誰だって? おじちゃんの奥さんだよ

 いやーおじちゃん家に出向いたらさ? 雰囲気から優しさを感じられるような穏和な方がいらっしゃったんだよ。やっぱりモテたんだねおじちゃん

 かなり優しい人でさ? 俺のことを孫の面倒でも見るかのように親身に接して来てくれたよ。おじちゃんもだけど

 そんな二人に……ちょっと前世の親のことを思い出したりもしてたっけ?懐かしいもんだ。転生してからもうすぐ一カ月だしな

 

 とりあえず、そんなおばちゃんから銭湯に来る前に「おばーちゃん印のきな粉餅~」を受け取ったのだった

 居候することになってからは毎日の如く、何かしらの手作りお菓子を差し入れとして受け取っていたりする。どれもウマカターヨ

 このきな粉餅なんかはきっと十香も気に入りそうだわ。確かきな粉パン好きだったはずだし

 今度十香に会った時のための詫びの品として、おばちゃんにきな粉餅の作り方教えてもらおうかな? 別にそこまで極端に下手じゃないから作れるとは思うし

 そんな訳で、ラノベを読み進めながらきな粉餅を咀嚼するわけだが……

 

 ——ただ、なんでかな? きな粉餅はうまいはずなんだけど……少し、しょっぱいです

 

 

 

 

 

 ……まぁいいや。そんなおばちゃん印のきな粉餅を竹串で掬って頬張りながら読み更ける

 いやーあれだね。別に学校行く必要とかも、せっせと仕事をやることも無いからラノベ読む時間がたんまりあるぜ!

 前世ではそこそこ多忙だったし、弟と妹の世話もせんといかんかったからなー。あまり自分の時間とか取れやしなかったよ。特に忙しかったのは……二人の要望に応えることだな

 あれやってーこれやってーとせがまれては断れず、いろんな事に手を出して二人を満足させてたな。そのせいで様々な分野を中途半端に身についてしまった千歳さんです

 その一つが腹話術だったりするのだが……あの時はまさか役に立つとは思わんかったな。……まぁ最終的な結果は大敗北だったんだけどね

 

 ……あれ、しょっぱさに加えて血の味が……何これ不思議、もうきな粉餅食ってる気がしないや……

 きな粉は黄色いはずなんだけどなぁ……ちらほらと赤い色が見えるのはなんでだろう? とうとう目もオカシクナッタ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——あ、そういえば少し報告がある……と言うよりも、言わなきゃいけねぇ事があるんだった

 

 

 実は——もう【(ゲブラス)】で覚えて置けるストックが一つしかなかったりする

 

 

 ……え? 流石に早すぎないかって? 俺もそう思うよ。でも使ってるうちにラス一になっちまったんだからしょうがない

 何に使ったかと問われれば……うん、道具に使ったとしか言えんわ。せっかくだし一つずつ説明していくよ

 

 

 

 一つ目は道具じゃない……と言うよりも、初めて覚えてそのままにしている十香の【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】だ

 貴重な俺の火力源でもあるし、忘れるわけにはいかねーわな。まともに剣を扱えないとは言っても振れはするんだから、単純に火力だけが欲しい時なんかは重宝するだろう。十香のパワーアップにも繋がるし、覚えていても損は無いでしょ 

 

 んで二つ目、五百円玉

 いちいち広告見て出すよりも手っ取り早いしな。五百円玉一つあれば~って思った時もあるが、もし手持ちに無かったら何も出来ないじゃん?

 常に持ってるわけでもねーし、多く持ちすぎるとかさばるしな。それに、たくさんあれば……ちょっとした使い道もあるからね

 

 続いて三つ目、デジカメ

 いつなんか起きて、その結果にデジカメがぶっ壊れるかもしれない。そうなったら中身のデータまでお陀仏になるかもしれない……いや、確実になるわな。だからこそ、これに関しては安全な場所(銭湯のロッカーとか)に保管して、必要な時に【(イェソス)】で取り寄せることにした。今までは写真越しに転送していたが、その写真が使用不可能な状態まで原型を失ったらどうしようもなくなるからよ

 

 そして四つ目、アルバムだ

 今までデジカメで撮った写真や、手に入れた広告などを挟んでいる物だな。これもデジカメと一緒に保管している。理由としてはデジカメとほとんど同じだから割愛。ボロボロにしたら目も当てられないことになるし、転送後も取り扱いには注意だ。何より思い出は大切にせんとな

 

 

 

 そんな訳で、便利ではあるが容量的に頼りなさすぎる【(ゲブラス)】さんなのでした。もう少し容量あってもよかったのではないだろうか……?

 ……え? そもそも使う用途がズレてるって? 知ってる。だがしょうがない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——そういや、力と言えば……【(ビナス)】って時間移動できたな」

 

 しばらく【(ゲブラス)】の事を考えていた俺は、そこで不意に思い出す

 そうだったそうだった。霊力めっちゃ使うし移動ぐらいにしか気が向かわなかったせいですっかり忘れてたよ

 うーん……今の俺、ぶっちゃけ暇だよな……?

 あの日から時間も経ち、その上こうしてのんびりしていたおかげか霊力も回復したことだ。一度ぐらいは試しておいた方がいいか?

 

 

 

 ――よし、過去に行こう。暇だから

 

 

 

 もしかしたら何か過去を変えちまうかもしれねーが……まぁ極力面倒事に首を突っ込まず、ただ観光気分で見て回るだけなら大丈夫だろ。出来るかどうかの確認なんだし、ヤバそうだったらすぐに戻ってこればいい訳だ

 

 そうと決めれば話は早い。俺は一旦番台から離れておじちゃんの元に向かう

 俺が番台をやっている間、おじちゃんはいつも休憩室でお茶を飲んでくつろいでいるから多分今もいるだろう……

 そんな訳で休憩室を覗いてみると、案の定テレビに視線を向けながらお茶を飲んでいるおじちゃんがいた

 おじちゃんがいるのを確認した俺は、早速頼みごとをしてみることに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天宮市よ……俺は遡ってきたあああああ!!」

 

 どこぞの核弾頭ブッパしたソ〇モンの悪夢っぽい台詞と共に、俺氏過去に現界。……あ、空間震を起こしたわけじゃねーぞ?

 

 おじちゃんへの相談事とは……昔の新聞記事が無いかの有無だ

 昔の記事にある写真は、まさにその時代の情景であるため過去にも飛べるのだ。新聞には日付も記入されてるからどのぐらい遡ったかの目安にもなる

 ……おじちゃん達の写真を見ればいいじゃんって思った人、それは無粋と言うもんだぜ? おじちゃん達の思い出はおじちゃん達のものなのだよ。それを利用するのはいかんでしょ

 

 

 そんな訳で、今俺は——9年前の天宮市にやってきました

 

 

 なんでそんな中途半端な年代と聞かれれば……まぁ保管してあった新聞の限界と言うもんだな

 新聞自体が残ってたわけじゃなかったが、何か衝撃的な出来事があった時の切り抜きが保管してあったんだよ。良く集めてたもんだよ

 限界としては多分10年前までは行けると思うのだが、その10年前の切り抜きは生憎となかったんだ

 それ以前の時代は……無理して何があるかわからないからやめた。とりあえず9年前の記事に乗っている写真から、その時間軸に転移することにしたのでした

 

 

 ただ……転移した後に、一つ問題が……

 

 

 「……霊力が……空っぽじゃー……」

 

 

 近くのベンチに仰向けでぶっ倒れている千歳さんでした

 

 いや……な? 転移して到着したのはよかったんだが……ついた瞬間、強烈な立ちくらみが……さ

 まさかここまで霊力を使っちまうとは……不味いな、このままじゃすぐに帰るのは無理そうだわ……

 とりあえず何とか近くのベンチまで眩暈を堪え、ついた瞬間ぶっ倒れたのであった。周りの目とか気にする余裕がありましぇん

 無事9年前に来れたのかぐらいは知りたいんだけど……あーやば、意識まで朦朧としてきやがったぜ……

 

 「……? なにしてるんですー?」

 

 「……んあ……?」

 

 もうこのまま寝ようかなーなんて考えていた時の事だった

 何やら俺のすぐそばで、どこかほんわかした口調で話す幼女がいるんだが……気のせいか?

 

 「おねーさん、だいじょうぶですかー?」

 

 「あぁ、問題無い」

 

 ……つい『おねーさん』という言葉に反応してしまった俺は悪くない……悪くないんだ

 そんな俺は、無理に体を起こして呼びかけてきてくれた幼女に視線を向ける

 

 ——だが

 

 

 ドサッ……

 

 

 「——え? ……あれ? おねーさんどうしたんですぅ?」

 

 「……」

 

 ごめん……やっぱ無理。無理に起こしたせいで、なんか頭ん中でプッツンした感じがする。これあかん奴や

 てか無理に体起こしたせいで頭ん中がヤヴァい。まるで頭を掴まれ「ヒート……ッ! エンドォ!!」されたかのような気分だわ……頭が熱いぜ

 あぁ……視界がスローで移り変わる。まだ教えてないってのに、力を使ってるみたいだわ……

 

 そして俺は、再びベンチに意識ごと沈むことになるのであった——

 

 

 ……顔を見たのは一瞬だったけど、可愛らしい子だったなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……知らない天井だ」

 

 まさかこの言葉を使うことになるとは……いや、それ以上に言いたい事があったわ

 

 「……知らない天幕だ」

 

 そう……天幕なのだ。あの貴族とかが使う、高級そうなベッドとかについてるようなアレ。……てかまさにアレなんです

 今の俺、なんかスッゲーふかふかするベッドの上に寝かされてる状態なんですよ。どうしてこうなった

 ……まぁいっか。それよりもこのベッドの方が問題だ

 何このベッド? めっさ寝心地いいんだけど? 最早いつも寝床にしているベンチとは比べようがないほどの安らぎ感が俺の身を包むのですが? 癒し度が極限までに達しているのですが?

 ――え? 比べることすらおこがましいって? 知ってる

 それにしても……あ~……ヤバい、マジでふかふかだわ~……もう何でもいいや。俺はこのままこのベッドで寝ることにしよう

 だって仕方がないじゃないか……凄く寝心地がいいんだから。俺の中の怠け者も喜びすぎて狂喜乱舞しちゃってるよ? 怠け者が逆に元気ハツラツしてるときは、大抵自分にとって新たな(怠惰の)新天地が見えた時だからこれは相当なことだぞ?

 

 はふぅ……そんな訳なんで俺は寝るぜ。おやす——

 

 「——あ、おきた!」

 

 「……」 

 

 ——起きるとするか。うん、起きよう。それがいい

 

 俺はベッドから重い体……あれ? 思ったよりも軽い? 意識が落ちる前はあんなに怠かったってのに……まぁいいか。とりあえず上半身を起こすことに

 そうして起き上がった俺の視界に映ったのは……ベッドのすぐ横に備えられていた椅子に座り、こちらを見ている幼女……俺が気を失う前に『おねーさん』と呼んでくれた幼女が、晴れやかな笑みを見せつつ俺の方に顔を向けていた

 

 「えっと……ここは……」

 

 「わたしのおうちですー」

 

 「あ、そうなん」

 

 まだまだ舌足らずな口調で話す幼女。どうやら俺はこの子に誘拐されたようだ……いや冗談だよ?

 多分、落ちつける場所に運んでくれたのかな? こんなベッドに寝かせてくれたことに全力で感謝したい

 

 「とりあえず……ありがとな」

 

 俺はそう言って彼女にお礼と言わんばかりに頭を撫でてしまう

 あー……やっておいてなんだが、どうも弟と妹にやってた癖が抜けねーな。褒める時はよくよく頭撫でてたからほとんど無意識でやってたわ

 てかこの子、めっちゃ髪サラッサラやん。周りの上品な内装からして裕福な家庭なんだろうね。羨ましい妬ましい

 

 「おねーさん。だいじょーぶですかぁ?」

 

 「おう。おねーさんはもう大丈夫だぞー」

 

 俺は彼女の頭から手を離し、自身の安否を告げる

 俺の言葉にホッとしたのか、少し肩の力が抜けたようだ。なんかすまんね

 

 「とりあえず……自己紹介しとくか。俺は千歳だ。君は?」

 「わたしは”ミク”っておなまえですぅ。よろしくおねがいしますね、チトセおねーさん!」

 

 

 

 

 

 ――この出会いは、本来の史上には決してありえる事はなかった

 

 だが、その出会いは……彼女達のかけがえのない出会いとなる事象(イベント)となったのは言うまでもない……

 

 




おや? これは千歳さん失れ「うっせぇ黙れ」
……コホン。とりあえず千歳さんが過去に行くお話でした

一体『ミク』ちゃんとは誰なんだ……!?

……まぁここまで来ればわかりますよね。別に隠す必要も無いですし
早期に出てきた彼女……次の出番はかなり先かも……ね。もしかしたらいずれかの間章で出番があるかも?

次回、多分後編。中編ではないはず……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間章後編 「ミクは可愛い? 知ってる」

メガネ愛好者です

投稿時間間違えてた……遅くなってすいません

キャラ崩壊注意—キャラ崩壊注意—キャラ崩壊注意

とりあえず一言
やりすぎた感が否めない……だが後悔はしない!……と思う
とりあえず美九さんは裕福な家庭と言うことにしましたが……多分大丈夫ですよね?金持ちだったはずだし

それでは


 

 

 「実はな? 千歳さんは精霊なんだ」

 

 「せいれいさん、ですかー?」

 

 「そうそう、精霊さんだぞー」

 

 現在俺は、この前ベンチで行き倒れた俺を拾ってくれた幼女、ミクと共に天宮市の駅の近く……確か北の方だったかな? 適当に歩いてたからそこまではっきりとは思い出せねーわ。とりあえず、その辺りにある森の中の池に来ていました

 決して誘拐ではない。俺にそんな度胸は無い。寧ろ捨て犬みたいに拾われてますです。ミクちゃんのアグレッシブさには驚きを隠せない千歳さんだー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が目覚めたのを確認したミクは、急いで部屋から出て行った。どうやらご両親を呼びに行ったみたいで、しばらくすると二人を連れて戻ってきたよ。……そんなミクの両親から、この現状に至る事情を教えてもらうのでした

 

 簡潔に言うと、どうやらベンチで倒れた俺を保護してくれたようです。ありがたや~

 そして、なんと俺は四日間も眠り続けていたみたいなんだわ

 

 ……え? そこは三日が普通だろって? 知ってる

 でもよく考えてみてくれ。俺からしてみれば四日の方がキリがいいと思うんだよ。……ある意味ではな

 まずは日付を時間に直してみてくれ。そうするとよくわかると思うぞ?

 三日を時間に直すと……72時間だ。正直俺からすればキリが悪い数字だと思う。少し時間をずらしても70時間と75時間のどちらかだし……あまりキリがいいとは言えないんじゃねーかな?

 

……それならば四日はどうだろう?

 答えは96時間だ。これって少し経ったら100時間になるじゃん? 70時間や75時間よりはキリがいい数字じゃなかろうか?

 

 ——ま、そう語ったところであまり意味はないんだがな? ようは気持ちの問題だ

 

 ……コホン。とりあえず話を戻そう

 そんな訳で四日間眠り続けていたのを知った俺は、改めて自分の状態……今回で言うと霊力の事だな。今回の時空間転移で消費した霊力量を調べてみることにした

 

 ここでこの前目覚めた新たな能力を公開しよう! 公開する能力だけに、な

 

 

 

 六番目の力、その名称を【(ティファレス)】と呼ぶ

 その能力とは……視界に収めた対象の情報を開示することだ

 

 対象は人に関わらず、動物や機械からも調べられることが出来る。調べられる内容は主に2つ、個人情報と構造情報だ

 

 まず個人情報についてだが、これはあまり説明の必要もないだろう

 ようは身長とかの対象の身体情報や、運動神経などの内面の事もざっくりと知ることが出来るのだ。ついでに、その対象の簡単な近況もわかるらしい。……近況って、今おかれてる自分の立場とかそんな感じの事だよな?……まぁ使ってみればわかるか

 とりあえず例として……あー……必要かどうかは知らんが、俺の身体情報を例として開示してみるか

 

 俺はベッドの近くにあった鏡台に映る自分を見据え、そのまま【(ティファレス)】を発動してみることにする。どうやら直接見なくとも、間接的にも効果が出るみたいなんだよね。少し力のかかりが遅いけど

 そして、それは俺の目の前に姿を現した

 形状を見てみると、それは自身の霊力で作られた……モニター?多分モニターだった。そのモニターには様々な項目で情報が開示されており、どうやら俺だけに視認出来るみたいだわ。現に、近くにいたミクは見えていないのか何の反応も見せていない

 とりあえずは俺は、その文字だけで構成されたモニターに記載されている情報に視線を向けるのだった

 

 

 名前:千歳

 年齢:推定18歳

 種族:精霊

 識別名:〈アビス〉

 役職:銭湯の番台

 現状:ホームレス→居候

 精神状態:平常

 好きなもの:五百円玉

 嫌いなもの:気にいらないこと

 身長:167cm

 スリーサイズ:83/59/87

 

 

 ……………うわぁ

 

 ま、まぁ……こんなもんだよな。うん。……これ人にやったらプライバシーの欠片もねーわ。てか各所各所の記述にいろいろツッコミを入れたいんだが? キリがねーから今回はスルーすっけどよ

 

 

 

 とりあえず個人情報開示についてはこんなところだ。次に構造情報だが、これは主に機械や道具など、無機物などを対象にしているのが多い

 それはどう使うのか、どういった仕組みなのかを簡単に開示する……ようは説明書だ。機械などの操作法、道具などの使用法をこれまたモニターとして開示するみたい。……因みに裏話として、実は十香の【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】を顕現するために一役かっていたりする。構造わかっていた方が顕現しやすいんだよな

 あん時はとりあえず【(ゲブラス)】の事を中心に説明したかったから【(ティファレス)】は端折ったんだよね。どちらかと言うとあっちの方がメインだったし

 

 

 

 

 

 とりあえず【(ティファレス)】に関してはそんな感じだ。詳しい事……と言ってもこのぐらいなんだが、とりあえずまだよくわからないところは次に使った時にでも補足していけばいいだろう

 

 ——【(ティファレス)】によって開示された情報の中を探し、今知りたい情報……霊力残量の項目が無いかを探す

 俺がモニターをある程度流し読みしていくと……それはあった

 

 

 霊力残量割合:42%

 

 

 ……俺は四日間眠ってたってことは、少なくとも四日分は回復したはずなんだよな?

 この前の【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】顕現時に消費した霊力が……大体全霊力の4割程だったはずだ。その時に消費した霊力は、約一週間で全快まで回復していたのを思い出す。ついでに今【(ティファレス)】を使った分の霊力消費も加えるとするとしたと……

 

 

 

 ——おや? もしかして……9割程使ったのか?

 

 

 

 霊力を一気に9割も使えば、体調を崩したのにも頷ける。そうだったとしたら、力の使いすぎによって起きた症状なんだろうね。立ち眩みや眩暈が一番酷かった辺り、視力関係に負担をかけたんだろう

 ……に、してもだ。四日熟睡して大体3割程しか回復しねーってことなのか? まぁ、俺自身どういう原理で回復してるのかわかんねーから気にはしないが……そもそも気にしたら負けか

 それにしても、9割か……もしかして遡る時間によって変わる感じだろうか? 9年前に来て——あ、そういや言ってなかったな。とりあえず9年前には無事に着いたっぽいぞ。近くにあったカレンダーの年号が新聞の切り抜き写真に記載されてあった年号と大体同じだったから、遡れたことは間違いないと思う

 とりあえず気づいたことは、9年前に遡るには反映して9割の霊力を消費するんじゃないかってことだ。それなら約10年前までしか遡れないというのも頷けるってもんだね。何せ10割消費——全霊力と比例してるかもだからな

 ……もし霊力を使い果たしたらどうなるんだろ? いや試す気はねーけどさ。だって碌なことにならないってのだけはハッキリとわかるもん

 

 ——結論、時間転移は燃費が悪い

 

 それほどやる必要性も無いことだし、年単位での時空間跳躍は控えよう。別に過去を変える気なんて元からねーわけだし、遡るたびにグロッキーになんてなってられんわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、少し話が長引き過ぎたな

 とりあえず、現代に戻るには霊力が全快するまで出来そうにない。つまり……それまでの間をどう過ごすかが問題だった

 一週間で大体三割から四割ってことは、全快には後最低でも一週間はかかる。それまでの間はこの年代に留まり続けなければいけない

 

 それが意味するものは……またもやホームレス生活が始まるということだ

 

 期限付きとはいえ、せっかくおじちゃんの家に居候させてもらってたって言うのにな。はぁ……この時代なら高台の公園は無事そうだし、またベンチベッド生活の始まりかねぇ

 ……おい【(ティファレス)】のモニターよ。現状のところから居候の文字を消すんじゃねぇよバーロー。なんか腹立つなこのモニター

 てかまたベンチ生活かよ。くそぅ……このベッドの感覚を味わってからではまともに寝付けなさそうじゃねーかよ! ……ふかふかぁ

 

 

 

 

 

 ——だが、そうなることは無かった

 

 ミクのご両親方に何故倒れていたのかを追及されたとき、咄嗟に言っちゃったんだよな……「実は俺、旅してるんですよ。自分家無いから」って

 つい嘘っぽいけどそうでもない事実を言った俺に対し、二人は少し何かを思考しながらしばしの間、話し合う

 

 その結果に告げられたものは……

 

 「千歳君。君さえ良ければなんだが……しばらくの間、娘の従者になってはくれないだろうか? その間の衣食住は約束しよう」

 

 「……ぱーどぅん?」

 

 「娘の執事になってくれ」

 

 「何故に執事。一応女なんですが」

 

 「君からは然程女性らしさを感じられないのでね。気にしてもいないのだろう?」

 

 「自覚はある。だが解せぬ」

 

 「ふむ……では、手始めに女性らしさを出すために口調を——」

 

 「執事、喜んでやらせていただきます」

 

 はい、そんな訳でミクの執事になりました。……どうしてこうなった

 何故俺なんかを娘さんにと問い掛けてみると、どうやらミクのご両親はどちらも多忙らしく、あまりミクに構ってあげられないそうだ。……前世の俺の両親もそんな感じだったな。頑張ってくれてるのはわかるんだが、もう少し家族との時間を増やして欲しいな~なんて考えていた気がするよ

 

 そんな訳で、少ない期間と言えどミクの傍に誰かがいてくれた方がよいだろうとのことです。見ず知らずの俺をいきなり娘の従者にしてもいいのかとも聞いたが、人を見る目はあると断言されて、そのまま採用されてしまった。そこまで言われたら断れないじゃねーかよ……断る気もなかったけど

 霊力が回復する間の衣食住は提供してくれるようだから俺としても悪い条件ではないしな。この極上ベッドで寝てもいいって言うし役得ってやつだわ

 

 ただ……その間の期間を執事らしく執事服着用を義務づけられたわ。肩っ苦しくてしょうがねー

 どんな執事千歳さんは……ミクとご両親方には好評だったようです。気付けば外にいた使用人達も俺の姿に称賛を——って、いつからいたんだよオイ。そこ、目をキラキラさせない。涎を垂らすのはもっとアウトだ馬鹿野郎

 

 因みにこの執事服姿の状態だが、服装だけではなく身嗜みも整えられましたわ

 適当に伸ばしていた髪を後ろで一纏めにし、前髪を横に流して顔を完全に出している(疑似霊装さんが両目の霊力膜を残してくれたことにはマジ感謝)。そんでもって……何故か眼鏡をかけさせられた。俺目が悪いわけじゃねーんだけど?

 

 ……なんか「男装鬼畜眼鏡執事キタコレ……!」とか聞こえた気がす——いや気のせいだ。うん、気のせいだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳でミクの世話(……と言っても子守みたいなもんだが)をすること二週間が経った。思ったよりも長引いたわ……

 それにしても……いやーいろいろあったなぁ

 

 

 

 「そこ間違ってるぞ?」

 

 「え? ……あ! ほんとうです! ありがとうございますチトセおねーさん!」

 

 「(この笑顔、守りたい)」

 

 時にはミクの勉強を見て上げたり——

 

 

 

 「おおー! チトセおねーさんじょうずですぅ!」

 

 「そうか? 趣味の範囲だったんだけど……」

 

 「しょうらいミクがアイドルになったら、いまのうたをつかってもいいですかぁ?」

 

 「え……」

 

 ミクに暇つぶしにでもと前世スキルのオカリナを吹いたら、思った以上に好評だったり——

 

 

 

 「ホントサラサラだよなぁ……やっぱり育ちが違うってやつか」

 

 「チトセおねーさんのかみもすてきですよぉ?」

 

 「おう、ありがとな」

 

 ミクと共に入浴してその綺麗な紫紺色の髪を洗ってあげたり——

 

 

 

 「チトセおねーさん……」

 

 「——んあ? どうしたんだこんな時間に……」

 

 「えと……いっしょに……ねても、いいですか?」

 

 「是が非でも」

 

 ミクが一緒に寝たいと枕を持って俺の部屋に来たり——

 

 

 

 「オラ手を上げろ!! さっさと金出せゴラァ!!」

 

 「あいよ。五百円玉お待ちぃ」

 

 「は? ——ふごっ!?」

 

 「ブタさんみたいな、なきごえですねぇ」

 

 ミクと共に、コンビニ強盗を取り押さえたり——

 

 

 

 「あぁ………あぁ……!!」

 

 「恍惚とした表情してんじゃねー変態メイド。ミクの教育上よろしくねーだろうが」

 

 「いい……! いいです千歳様!! もっとお願いしますッ!!」

 

 「——チトセおねーさんたちは、なにをしているんでしょう?」

 

 ミクに悪影響を与えそうな、頭がちとアレな 使用人を縛り上げ、そのまま説教をしたり——

 

 

 

 「お待ちくださいまし!」

 

 「うははははははは!!!」

 

 「あははははははは!!!」

 

 「話を聞けと言っているでしょう!? 頭おかしいのではありませんの!?」

 

 ミクを肩車した状態で、なんかゴシックドレスに身を包んだ眼帯(医療用)さんと鬼ごっこをしたり——

 

 

 

 ——そんな充実した二週間でした

 

 いやー今思い返すと、結構内容がつまった二週間だったぜ……え? 後半ろくなことしてないって? 知ってる

 とりあえず、そんな感じに充実した日々を送った俺の霊力はもうバッチリ回復し、いつでも現代には帰れる状況になった。ミクのご両親からは期間が長引いてしまったことに対しての謝罪と、それと同時にミクの傍についてくれたことへの感謝を貰えたり。ご両親方から見て役目を果たせたようで何よりですよ

 

 

 

 

 

 そして今日、俺は現代に帰ることにした

 

 ただ……まぁあれだ。この二週間を常に共に過ごしてきた俺とミクだ。いろいろあったが仲は深まっていることは目に見て分かる。そんな俺が立ち去ると言えば当然……

 

 「やですー! ミクはチトセおねーさんとずっといっしょにいるんですー!!」

 

 こうなるわけだ。まだ8歳だしな

 

 歳相応に泣き喚くミクに……正直心が痛くてしょうがねーよ。これは四糸乃がいなくなったレベルで胃に穴が開きそうだぜ。……思い出したら余計ダメージが増えました。口の中が鉄くせー

 

 ——でもなミク? それでも俺は……現代に帰らねーといかんのですよ

 

 一応言っておくと、このまま元の時代まで時間を過ごしても問題は無い。現代の時間軸を起点とするなら、今この時間はその起点から延びた延長線だ。起点となる現代から、俺の霊力で遡れる……おそらく十年前までの時間の間のみ【(ビナス)】は反映される。試してはいないが、おそらくこの時代から再び時間を遡るとしたら……起点となる十年前、この時代で言う一年前までしか遡れないと思うわ。起点こそが【(ビナス)】のスタート地点だからな

 そして、過去の時代から起点である現代までの時間を【(ビナス)】を使わずに追いついてしまうと、起点を回収——ようはリセットがかかるのだ。つまり、そうなった場合はそのリセットされるまでの間の時間がifの世界ではなくなり、歴とした現実の世界へと改変されていく……

 

 ——そうなった場合、四糸乃や十香、主人公クン達の出会いはどうなるんだ?

 

 俺の行動によっては出会わないかもしれない

 俺の行動によっては敵対するかもしれない

 俺の行動によっては……嫌われてしまうかもしれない

 

 今ある現代の流れは、現代に戻らなければ気づかぬ間に改変されてしまうかもしれないのだ

 だからこそ——俺は帰らないといけない。本来あるべき俺の世界(歴史)にさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、冒頭に戻る

 

 俺が立ち去ることを納得しないミクに、俺から提示する条件を交わすことにより、何とか納得してもらうことに成功した

 

 その条件とは……俺の秘密を教える事。そして、ミクのお願いを一つ聞くことだ

 

 流石にそのお願いで留まるのは無しだぞ? と、そう俺が言った時にはあからさまに目を泳がしていたのは見逃さんぜお嬢様? 伊達に二週間も執事をしていないぜよ

 ……あ、言っておくが今の服装は普段の私服だ。前髪もいつも通りでなんか落ち着くわー。執事服に関しては、ミクのご両親(+変態)が記念にと渡されかけた。正直に言って、貰う必要がないんだよね。疑似霊装さんがいるから着ようと思った時に、いつでも身にまとえるもん

 

 ——っと、話が逸れたな

 とりあえず俺は、そこでミクに打ち明けることにしたのだ。自分が精霊である事、未来から来た精霊だという事、そして……元々男だったということ

 精霊とか未来人よりも、男と言う事実に驚き——はしなかった。うん、そりゃこんな性格なら納得もするだろうね。……気にしてない感じもするけど

 

 

 

 ある程度教えても問題ないだろうと思った事を話しながら、池の畔で話し合う俺とミク。他にもちょっとした小話を交えながら俺の隠し事をミクに伝えたのを最後に、しばしの沈黙が訪れる

 ある程度話せることは話した。後は……ミクの願いか

 こればかりは俺のペースでやれることは無いんだよなぁ……全てはミク次第だ

 ミクが口に出すまで俺は口を閉ざす。きっと今、ミクはお願いを考えているのかな? もしかしたらもう決めてあったりして

 

 そうこうして待つこと数分。ようやく決心? 願い事? を決めたミクが、その小さい口から言葉を漏らした

 

 「……チトセおねーさん。やくそく……して、くれませんか?」

 

 ミクが俺の方に向き直り、覚悟を決めた瞳を俺に向ける。身長差から大きく見上げる形になるミクだが、それも気にせず俺を見据える。……これ霊力膜が無かったらミクに【心蝕瞳(イロウシェン)】がかかってたかも知れないよね? 前髪で隠れてるからって絶対安心なわけじゃないんだからさ?

 ……もし、症状に感染したら自殺するかもな。ハハハ

 

 俺はミクの言葉を待つ

 何かに恐れて不安になるも、それに負けずに伝えようと決意を固めるその姿は……どことなく、男女の告白にも似た雰囲気を感じ取れる。まぁ俺らは女同士だし、そんなことは無いだろう。……あの変態メイドに毒されない限りはな

 あ……なんか急に心配になってきた。未来ですごく嫌な予感がする……

 

 あれ? でも精神的にはまだ男なんだし、これは同性愛じゃなくなるのでは? いやでも肉体的には同性だから……どうなるんだ? 現代に戻ったら大体一つ下ぐらいの年齢だから世間体的にはセーフ? いや見た目女同士だからアウト……いや、執事服なら異性にも見えてセーフ? 肉体的同性愛? 精神的異性愛? これはどっちなんだ?

 

 ——あれ? そもそもなんの話だっけ?(迷走)

 

 あ、ミクが歳に似合わないほど大人びた雰囲気を出しているってことだった

 勝手に空回りして混乱している俺だったが、そこでミクがとうとう言葉を紡ぎ始めるのだった……

 

 「——チトセおねーさん」

 

 「……おう」

 

 「もし……またあえるとしたら、いつになりますか?」

 

 「……9年後だな」

 

 「……」

 

 俺が告げた返答に、一瞬泣きそうな顔になるミクだったが、すぐに立ち直り改めて俺に願いを言い放つのだった——

 

 

 

 

 

 「——それなら、9ねんご。9ねんごにまた……ここであいたいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「千歳お姉ぇ様ぁあああああ!!!」

 

 「ふげぇッ!?」

 

 はい。現代に戻りました。そして、俺の死角から腹部に頭から突っ込んでくる紫紺色の髪をした美少女を俺は受け止めきれず、その勢いのまま背中から地面に倒れる千歳さんなのでした。背中いてー……

 ——あれ? なんか……体から何かが抜けていく感覚がするぞ? 前にも何処かで似たようなことがあったような……まぁ今はいいや

 

 

 

 あの後、約束を交わした俺は自分が精霊である証拠を見せるために、ミクの目の前で現代に戻った。因みにだが、遡る前におじちゃんの家で割り当てられた俺の部屋の光景を【(ゲブラス)】で記憶しておいたのですぐに転移できたよ。とうとう記憶ストックが無くなった件について

 

 そして再びぶっ倒れたぜ

 

 まぁ当たり前か。現代に戻るのにも霊力を使うんだからな、倒れてしまってもしょうがないことだろう

 そして再び二週間もの回復時間を……待っている暇はないのです。ミクとの約束があるからな

 一瞬目覚めた時に気力を振り絞ることで目を覚ました俺は、時間として二日しか休んでいない体に鞭を打って、おぼつか無い足取りになりながらもミクと約束した池の畔に足を運ぶことするのだった。マジつらたん

 ……余談だが、当分番台の仕事を休むことをおじちゃん達には伝えてある。流石にこの状態で仕事は無理、今にも倒れそうですしね

 

 そんな絶賛「オデノカラダハボドボドダァ!」状態の俺が、不意打ち気味に攻撃を受ければ……まぁ支えが効かない訳で倒れてしまうのもしょうがないだろう? 意識も落ちてしまうのも、な?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「知らない天幕——いや、知ってるなこれ」 

 

 天丼しかけるも一歩手前で踏みとどまり、俺は状況を整理し始める

 このふかふか極上ベッドと天幕には見覚え……と言うよりも、少し前まで味わっていたものだ。つまりここは——

 

 「お目覚めですかー?」

 

 「デジャブを感じる」

 

 俺の傍から柔らかい口調で俺の耳に届く、その綺麗な声は……9年前のあの子、ミクのものと同じだった

 そちらを向けば……正直見違えた

 あの頃から変わらず綺麗な紫紺色の髪は健在だ。だがスタイルは、もう目に見張るものがある。まるでモデルの様な魅力的に育った肉体は、あの頃に会ったミクの母親に似てスタイル抜群だった。成長しすぎやしませんか?

 

 そんな彼女、ミクが俺の傍で目覚めるのを待っていてくれていた……まさにあの時の場面を再現したかのような状況だわ。何か作為的なものを感じ——

 

 

  カチャ……

 

 

 俺が成長したミクを見て思いに更けていると、何やら不吉な金属音が聞こえたのでした。……俺の両手の辺りで

 

 「……あのー……ミクさんや」

 

 「私のこと覚えてくれたんですねぇ。うれしいですー」

 

 「まぁ俺にとっちゃあそんな時間も経って——おい待てミク話を逸らすな。俺に手錠なんかつけて一体何をしようとしてるんでしょーかねぇ? 千歳さんさっきから冷や汗が止まらないぞー」

 

 そう、ベットの端に繋ぎ止められるかのように両手を手錠で拘束されてるのですよ。あの時の再現? 前言撤回だよバーロー

 そんな今の俺の状態に、嫌な予感を抱きつつ困惑していると……

 

 「ふふ………千歳おねーさまー?」

 

 傍にいたミクが、仰向けの俺に近づき……覆い被さってきた

 

 

 ……いや、マズイ。これは流石にマズイ。この状況はとてつもなくマズイ……!?

 え? え? 何この状況? ……何この状況!? 再会早々何しちゃってんのこの子!? ちょっとこれから先やろうとしてることを想像したくないんですけど!?

 

 「ずっと……ずっと待ちわびておりました」

 

 「ミ、ミク……? とりあえず退いてほしいなーと千歳さんは思うんですよ。ダメっすかね?」

 

 「だぁめ、です……」

 

 「うん、知ってる」

 

 言葉を紡ぐごとに表情が恍惚としたものになっていくミク。それを見た俺は……気付いた

 

 

 ——あの変態メイドと同じ表情じゃねーか!? 嫌な予感が的中したよチクショーッ!!

 

 

 あの頭のおかしい使用人と似た表情をするミクを察するに、いらんことを吹きこみやがったなアイツ……次あったら容赦しねー。精霊スペック使って全力で叩きのめしてやる

 ……逆に喜びそうで困るわ

 

 俺があの使用人のことを考えていると、ついに……ミクの我慢の限界に達した

 この9年間、自身の胸に秘めた純粋な想いを——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あぁ、あぁ!! 千歳お姉様ぁ!! 美九はこの時を、この瞬間をずっと待ちわびておりました!! 千歳お姉様の事は一瞬たりとも忘れていません。千歳お姉様のお姿、声、雰囲気、匂い、肌触り……その全てを美九は覚えております!! ハァ……ハァ……あぁやっと!! やっと千歳お姉様が帰ってきてくれました!! 早速この九年間の埋め合わせをしましょう? 今しましょう? すぐしましょう! じっくりねっとりいたしましょう!! 今日からまた私の執事になってくださいね? また私と一緒にいてくださいね? 千歳お姉様の為なら私何でもやりますよぉ? 私の全てを捧げてもよろしいです寧ろ捧げたいですいっその事美九をめちゃくちゃにしてほしいです!! ——あぁでもまず最初は私が責めたいですねぇ……この九年間で磨きに磨き上げた私のテクニック、きっと千歳お姉様も満足して頂けると自負しております!! さぁ千歳お姉様!! 私とひと夏のアバンチュールを——」

 

 ——訂正。純度100%の邪まな想いだった

 そんな美九が冷静さを欠いて自身の思いを代弁している間に、千歳は密かにミクの目の前から姿を消すのだった。転移あって良かった……

 

 

 

 

 

 「……あの頃のミクは何処に行ってしまったんだろう……ハハハ」

 

 【(ゲブラス)】と【(ビナス)】を使用して自身の部屋に転移した千歳は、ただただ呆然と部屋の中心で佇んでいる。……その頬を伝う雫が印象的だったと言っておこう

 

 




あ、あれ……これ誰だ?少し白髪の子が混ざってやしないか?
何か別キャラに見えてきた……うん、まぁいいか。冷静になれば戻ることでしょう

とりあえずミクちゃんこと美九さんは、千歳さんに対する好感度が振り切っています
……シドー君大丈夫かな?いろいろと

何気に初めてかもしれない千歳さんのスタイル情報
イメージは艦これの木曾改二に近い感じですかね?多分

……やっと眼鏡をかけさせられましたぜ。フッフッフ……

次回から四糸乃編に入ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 『謎の存在・堕天使降臨』
第一話 「彼女は何か抱えてる? 知ってる」


メガネ愛好者です

少し遅くれての投稿となります
そもそも投稿すること自体遅くなってしまいました
ゲームばかりやっているせいで書く時間が減ってしまったのは申し訳ないと思ってるんです
でもしょうがないですよね?ゲーム楽しいんですもん!
……え? 駄目? ……はい、知ってます。すいませんでした……

四糸乃編と言ったからといって美九を出さないと誰が決めた!そんなお話

それでは


 

 

 翌日、俺は再びミクの住まう屋敷にやってきた

 ……いや別にあの続きがしたいとかそういうことじゃねーからな? 前世の俺だったらいざ知れ——いや、そうでもないかも。多分ヘタレる

 何せ俺はボッチだったんだ。そんな俺に異性と接点があるはずがなかろうて。……妹は除くがな

 これっぽっちも付き合いがなかった俺が異性と対面したとしても、どう対応したらいいのかわからずに尻込みしてしまっていたはずだ。ヘタレと言われても仕方がないレベルかと

 いわば「ヘタレ力たったの5か、ゴミめ」——って感じだろう。何も誇れるもんじゃないけどさ

 

 ——あれ? この場合は高い方がいいのか? これじゃヘタレじゃないやんけ

 

 そんな俺だったが、精霊に——女になってからは異性に対する対応で気にするようなことが無くなった

 以前にも言ったが、今の俺は恋愛感情が良くわからない——いわば”無性愛者”みたいな感じになっているんだ

 可愛いとかカッコいいとかは思っても、そこから先には発展しない。そもそも何を基準に好きだと言えるのかがわからんのだ。最早ヘタレを通り越して枯れてると言われても過言じゃない。……だらけて過ごしたいって願う時点で枯れてるわな

 

 まぁいいか。だから何だと言われればそれまでの話だしね。別に不便なこともないから今は気にする必要もないだろう

 とにかくだ。別に俺はミクに対してやましいことなと一切考えていない。あっても成長したなーって感じに妹の成長を喜んでいるぐらいだ

 まぁ……確かにあの変わりようには驚きはしたけどさ

 

 とりあえず俺はミクの屋敷の庭にお邪魔し、窓の先に見える廊下を見て【(ビナス)】で屋敷の中に入りました。見えてさえいれば壁を隔てた向こうにも転移できるからね

 ——え? 不法侵入? 知ってる。でもミクならそんな気にしないと思うんだ。顔パスだよ顔パス

 誰にも見せてないだろなんて言ってはいけない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく9年前との違いを比較しながら廊下を歩き回っていると、目の前の扉がゆっくりと開いた。そこから現れたのは……溜息を尽きながら落ち込んでいる様子のミクさんだったわ

その表情は、何やら後悔しているかのような……失敗をしてしまったかのような表情で、それを見た俺は……

 

 

 

 

 

 「ウィッス」

 

 「ひゃぁああ!?」

 

 「はっはっは。随分と可愛らしい悲鳴だな、ミク」

 

 「ち、千歳お姉様!?」

 

 ——ごく自然に呼びかけた。それはもう、ここにいるのがさも当然かのように

 

 落ち込んだまま、俺に気づかず立ち去ろうとしたミクへの背後からの奇襲は見事に成功。体を少し浮かばせるほどに驚いたミクが少しおかしく、つい笑ってしまうのはしょうがねーと思うんだよ

 俺の声に驚くのと同時に、何故俺がここにいるのかわからずに混乱するミクの慌てっぷりは……実に可愛らしいですねハイ

 

 チトセ は おどろかす を つかった!

 

 こうか は ばつぐん だ!

 

 あいて の ミク は ひるんで うごけない!

 

 ……何やらいじめられた末に紅白玉に閉じ込められ、挙句の果てには洗脳される生き物達の気持ちが分かった気がする。これではどこぞの肉で餌付けして仲良くなる竜の探索者とは比べ物になりませんな。テ〇ーは名作。だがスカウト、テメーはダメだ。肉寄こせ

 まぁどちらも能力値が低いとボックスの肥やしになるか捨てられるかするんですね分かります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「美味しいですかぁ?」

 

 「……」

 

 「それはよかったですー」

 

 「……」

 

 あのドッキリの後、俺達はとりあえず話し合うために場所を移した

 昨日の事なんかはしっかり話し合っておかないとな。今後の関係がギクシャクすんのは嫌ですたい。泣きたくなるから

 

 ——という訳で、現在、俺は食堂のテーブルに着いて食事をしております

 

 今はヒルナンデス(昼なんです)、(気分的に)お腹が空く時間帯なのはしょうがない

 そんな俺の食事光景を眺めて微笑ましい表情を浮かべるミク。それでも尚、出された食事を黙々と食べている俺はミクの視線など気にならないといわんばかりにムシャムシャしてるぜ。ステーキウマァ

 ——え? まさかミクの返事に黙ってた理由が物食ってるから何て理由じゃねーだろうなって? それ以外にねーから

 だって旨いんだもん。しゃーないやん旨いんやもん。だから俺は悪くないぞ? 旨いんやもんて

 

 驚愕の事実、ミク・テ〇ー説浮上!

 

 それに気分的に腹が減ってたんだから仕方無し。……え? お前食わなくても大丈夫だろって? 知ってる

 

 まぁ待て、事にはタイミングというものがあるんだよ。俺はミクと今後とも良い関係を築いて行くためにベストのタイミングを見計らってるだけなんだ。——俺が食い終わると言うタイミングをな

 逆に食べながら話した方が礼儀が悪いでしょーに。良いんですよこれで。料理冷めちゃうし

 

 「あ、そのスープどうですかぁ?」

 

 「……」(グッ!)

 

 とりあえずミクに進められたスープがかなり美味しかったんでサムズアップしとこう。美味でごじゃり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はふぅ……ありがとなミク、御馳走になったよ」

 

 「いえいえ、気にしないでください」

 

 それから俺が黙々と料理を胃に収め続け数分後、食事を終えた俺は食後に出された紅茶を飲みながらミクにお礼を述べる

 いやー相変わらずミクん家の料理は旨いですな。千歳さんは満足ですよ

 

 「最近では私も作れるように腕を磨いてるんですよー? 先程のスープも私が作ってみたんですー」

 

 「あ、そうなの? すげーなミク。見た目も味も結構な出来だったし、料理の才があるんじゃね? 俺なんて簡単なのぐらいしかまともに作れねーってのに」

 

 「そんな謙遜しなくてもいいんですよー? 私は千歳さんの作るお菓子、好きでしたし」

 

 「そう言ってくれるだけ嬉しいが……作り方確認しながら作ったようなもんだし、他の奴が作った物と対して変わら——」

 

 「千歳さんが作ったものだから”好き”なんですよぉ?」

 

 「ソ、ソウデスカ……」

 

 なんか好きという言葉を強調しているような……いや、気のせいだな。昨日のことだって一時の気の迷いだろうしね

 だから、さ? そんな頑張って抑えている感じに表情を強張らせるのはやめてね? それでも抑えきれないって感じに表に出ている、そのギラギラとした目を向けないでね? 千歳さん勘違いしちゃうじゃないか……

 

 因みに、呼び方に関しては「千歳さん」で落ち着いた。流石にお姉様呼びはちょっと、な?

 もう見た目からしてほぼ同年代だし、おねーさんはまだいいとして、お姉様はなんか……隔たりがあって嫌なんすよ。一歩置かれてる感じで

 ……過程は端折るが、多分……転生して一番苦労した。めっちゃ苦労した。もうやりたくない

 

 それからは、この9年間で起きたミクの出来事なんかを聞きました

 いろいろ面白い話が聞けたよ。その中でも印象的だった話は……2つだ

 

 夢が叶ってアイドルになった事、そして——

 

 

 

 

 

 「——え? 精霊になった? 精霊ってなろうと思ってなれるもんなん?」

 

 「私も詳しくはわからないんですけどぉ、何か……ノイズがかった方に力を貰いましたぁ」

 

 

 

 

 

 ——ミクが精霊になったことだった

 

 へー、精霊って人間から生まれ変わった奴の事だったんだな。もしかして十香も元は人間だったのかな? その辺りは詳しく聞かなかったからわからないけど……あの無知さを考えると記憶が無いとかだったりしてなね。ははは、それは無いか

 

 そんな俺達は、せっかくの機会だし自分の霊装を見せあうことにした

 

 「おぉ……ミクの霊装可愛いな」

 

 「千歳さんの霊装はカッコいいですねー。似合ってますよぉ」

 

 「おう、ミクも似合ってんぞー」

 

 俺の改造軍服とは違い、まるで童話の中のお姫様みたいな——待った。なんかこの考え、乙女っぽい。俺には似合わねーから

 ……まぁいいや。それと姿もそうだが天使の方もミクらしい能力だったよ。ノイズの人グッジョブだわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも他愛の無い話をし続ける俺達。その光景は、まさに9年前の再現だったといえるんじゃないかな?

 ミクも最初は俺の何気ない対応に困惑していた様子も見せていたが、今では昨日の事を頭の隅にでも追いやってるのだろう、9年前と変わらない楽しそうな表情で俺との会話を楽しんでる

 

 ——だが、それも時間稼ぎみたいなものだったんだろう

 話が進むにつれ、ミクは徐々に昨日の事を脳裏に思い浮かべていたみたいだ。時間が経つに連れて次第にその笑顔を曇らせ始めていった

 そして約二時間後、ミクは完全に昨日の失態(であってほしい行動)が頭から離れられなくなったみたいで、その時点で思い出話は終了。ミクは顔を俯けて黙りこんでしまう

 

 まぁその事も片付けておきたかったし、タイミング的にも丁度いいんだけどさ……あんまりミクには暗い表情をさせたくないなぁ

 だからこそ、俺は自身の心情のままにミクに対応する。下手に取り繕うよりはありのままの俺を素に出したほうがいいしね

 

 数分ぐらい無言が続き、辺りがシンと静まり返る中、俺は意を決して……ってほどでもないが、ミクに話しかける

 

 「……なぁ、ミク」

 

 「——っ……なんでしょう?」

 

 俺の声に反応して体が強張るミク。この反応は……叱られていた時のミクに似てるな

 それもそうだろう。ベッドに拘束した上で襲おうとしたんだ。ミクは俺が怒っていると思ってるんだろうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別に叱るつもりはねーんだけどな

 

 「そういや言ってなかったわ。今更だけど……久しぶり、ミク。立派に成長したもんだな」

 

 「——え?」

 

 俺はあの時と同じ笑顔——ミクの執事をしていた時にいつも見せていた笑顔を向けて語りかけるのだった

 そんな俺の言葉に唖然とした表情で言葉を漏らすミク。……あれ? 俺なんか間違ってたかね?

 

 「何驚いてんだよ。昨日言えなかっただろ? 俺は数日程度だけどミクからしたら9年程だ。俺は久しぶりに感じないけど……お前にとったらそうでもないだろ? だからこその”久しぶり”だ。挨拶は大事だっていの一番に教えたろ?」

 

 「あ……その……お、お久しぶりです。千歳さん」

 

 ミクは戸惑いが隠せないみたいだが……まぁそんなことは知らん。挨拶大事、これ常識

 ……ん? そもそも俺には常識が無いだろって? 失礼な……

 

 

 ——自覚はあるけど気にしないだけだし(質が悪すぎる……)

 

 

 だが、ミクはそれで納得がいかなかったようなんだわ。俺にあの時の事――昨日の事を問い掛けてきた 

 

 「……あの……そのぉ…………昨日の事については、怒らないんですか? 普通、あんなことやれば……気持ち悪いとか、近づいてほしくないとか……そう思ったり——」

 

 「ねーよそんなもん。……だからと言って、実際に事を成したくはないけどな? 少なくとも怒るつもりは一切ねーから」

 

 恐る恐る藪蛇を突かない様に問いかけてくるミク。多分、昨日俺に対してやった暴走気味……気味? まぁ久しぶりに会えたから甘えたかったんだろうな。……そうでありたい

 その時。俺にした事を思い出してか、ミクの顔は今にも泣きそうな表情がありありと浮かんでいた。多分嫌われるんじゃ~なんて考えてるんだろう

 だからこそ即答する。ミクを嫌ってるわけじゃないと

 全く……少しは察してほしいもんだ。もし俺が嫌いになってたらこうしてわざわざミクのところに行かないっての

 俺はその辺も含め、ミクに語り始めることにするのでした

 

 「気にしてないし、気にする気は無い。だからと言って受け入れるわけじゃねーけど、だからと言ってミクとの関係を終わらせる気はねー。何せ……もう俺にとって、ミクは欠かせない存在なんだ。だから……今更ミクが何をしようが嫌う気はねーから安心しろって」

 

 「————」

 

 俺の言葉を聞いたミクから返答は無い。呆気に取られ過ぎて言葉を話す余裕が無いような感じだ

 俺はそんなミクの様子を伺いながら席を立ち上がる。そのまま少し歩き、何となしに窓の外に目を見やる。そこに広がる綺麗に整地された庭は……9年前と変わらず、同じ姿を保っていた。……別に例えるわけでもねーけど、俺もこの庭と似たようなもんだね。例え時代が変わったって——ミクが成長したって変わらない。ミクの考えが変わったって変わらない。例えミクが変わろうが、俺は変わらないんだよ

 

 言っとくが建前とかじゃねーぞ? 俺の心情そのままの言葉だ

 俺は俺が思うままに答えた。別に隠す意味はねーし、騙すのは特に気にしないが嘘はあまり好きじゃねーからな、俺

 ……いや、うん。日頃の行動を自覚してる俺から見ても嘘っぽく聞こえるわ。日頃の行いって大事なんだね! ……泣きたくなる

 

 ——でも、嘘じゃねーんだよ。冗談は好きだが、嘘だけはつきたくない

 

 だからこそ——

 

 

 

 

 

 「ミクが俺を信じてくれる限り、俺は絶対……裏切ら(嫌わ)ないよ」

 

 

 

 裏切らない。裏切りたくない。彼女の信用、信頼、信義の全てを……

 

 

 

 「——ま、そんな訳だ。いくらお前が昔と変わろうが俺の対応は変わらんさ。実際俺の対応は9年前と変わらんだろ? ……俺の中ではいつまで経っても変わらず不変に——ミクは大切な()なんだ」

 

 

 

 

 

 例え他の奴等から間違ってると言われようが、俺の考えは変わらねぇ。俺にとっちゃ有象無象より大切な奴との約束の方が重いからな、クラスの行事なら家族との用事を優先する。他だってそんなもんだろ?

 

 窓の外を眺めながら未だ席に着いているであろうミクにはっきりと告げる。顔を向けるのは気恥しいのでやめました。ここでカッコつけてミクと向かい合って話すとか無理だから

 だってそうでしょう? 誰もが称賛する程のナイスバディーでビューティフルなミクに正面切って堂々言えと? ……恋愛感情云々よりも先に気恥ずかしさが上回るっての

 自身の想いをミクに言いきった俺は、今更ながら自分で言ったことに恥ずかしさを覚えるのだった……

 

 

 

 

 

  ——ギュッ

 

 

 

 

 

 それも、ミクの行動で頭の隅に追いやられることになる

 

 「お、おおぅ? どうしたミク?」

 

 「……」

 

 ——いつの間にか後ろに這い寄っていたミクが、後ろから俺に抱きついてきたのだ

 

 これは一体どういうことだってばね? 何故急にこんなアクションを……?

 てか俺の背中にすげーやわらけーもんが……いやまぁ何かはわかるけどさ? あえて言わないだけだし

 

 ただ……俺の頭が普通のスキンシップと捉えている辺り、元男としては重症かな? もう元男とか現女とか関係無しになってきた気がしてならないよ

 それでも流石に急なことすぎて状況が呑み込めないんだけどね

 

 「……ぅ……ぅぐ……」

 

 「……ミク?」

 

 現在進行形でミクの行為に慌てていた俺の心も、気付けば静まり返っていた。一気に冷水で冷やされたかのように冷静になり、ミクから伝わる感情が……俺の心に突き刺さる

 背中から、嫌というほど伝わってくる……その感情は——

 

 

 

 「……ありがどぅございます……ッ千歳ざん……ッ」

 

 

 

 ——小さな感謝と、それを飲み尽くすほどの途方もない哀しみだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——日は沈み、ミクの屋敷を後にした俺は街中にある公園のブランコに座っていた

 

 あの後、心が落ち着くまで俺の背中にしがみついていたミクは、結局最後までその理由を語らなかった。ただひたすらに俺の背中で嗚咽を漏らしながら感謝の言葉を吐き続けるだけで……そんなミクに、俺は背中を貸してやることぐらしか出来ず、苦肉の策に、後ろから前に伸ばしてきていたミクの手に、安心させるよう自身の手を添えるぐらいしか、俺には出来なかった……

 もし下手な言葉を吐いて、余計に苦しめたくはなかった……そんな情けない理由で、他にやれることを思いつかなかったから

 

 しばらくその光景は続き、ミクが落ち着いた頃には、気付けば窓から夕陽が差していた

 落ち着いたミクが背中から離れたことを確認した俺は、ミクの様子がどうなっているか確認するため彼女の顔に視線を向ける

 そんなミクの顔は……泣き続けていたせいで目は腫れて、頬に伝った涙の痕が実に痛々しさを感じさせていた

 ——その顔に、俺は心を絞めつけられるような苦しみを感じたよ

 その分、溜めこんでいたものを吐き出して多少はスッキリしたかのような様子だった。だが……”多少”だ。全てではない

 あれは未だに引きずっている……俺がいない間に何かに巻き込まれたか、何かされたのは、最早明白だった……

 

 「……気に入らねぇ」

 

 最後に見せたミクを見て、少しわかった事がある

 

 今のミクは……脆い

 

 普通にしているように見えて、その心はボロボロだ。何かによって心をすり減らし、今にも崩れ落ちそうな……そんな気がする

 誰も信じられない、信じ切ることが出来ない……そんな疑心暗鬼——いや、拒絶に近い壁を作っている。それが何に対してかはわからねーけど、人を信じる事が出来ずにいるような……そんな危うさを感じたんだ

 それを俺に知られないように――9年前と同じであるようにと必死に取り繕っていた

 多分だが、俺が信じないと思って話そうとしなかったのではなく……俺に何かを知られたくない感じだ。何せ相談の一つもなかったんだからな

 楽しそうに会話していた時も、今思えば俺に気づかれないようにと言葉を選んでいたんだろう、俺に知られたくない何かを隠しながら、今日一日ずっと……

 その隠していることが何なのかはわからない……多分昨日見せたあの行動は、耐えきれなくなった感情の爆発だったんじゃないか? ただの推測だけど……ありえなくは無い話だ

 

 「クソが……何があったんだよ、ミク……」

 

 そんなミクの対応に、苛立ちが無いと言えば嘘になる。俺のことを頼ってくれない、頼りにならないと言われているようで……そんなミクが安心して頼れるような存在じゃない自分自身がとても、気に入らない

 

 「……いつか話してくれっといいんだけどな……」

 

 そう呟きながら空を見上げると……雨が降ってきた

 その雨は、ミクの感情の表れなのか……それとも、頼ってもらえなかった俺の心境なのか……なんて、少し例えてみたり

 

 ……今は様子を見よう。下手にミクを刺激して、取り返しのつかないことになるのは嫌だから

 それでもし、ミクが打ち明けてきてくれた時は……約束する。彼女の頼りになれる存在として、必ずミクの支えになるって

 

 何せ俺は、ミクの執事だからな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が空から降り注ぎ、夜が深まる公園の中、一人の少女は決意する

 

 それが、自身にとってのトラウマを呼びこむ感情とも知らずに……

 

 

 

 ——そして

 

 

 

 「……」

 

 

 

 そんな彼女を影から見つめる幼い影が、彼女のトラウマを回帰させる一つの歯車であることを知る者は……今のところ誰もいない

 

 




千歳さんのSAN値、これからどんどん減らしていくぞー!
……と、意気込むメガネ愛好者でした。だからと言ってシリアス全開は避けたいのだがどうすればよいんだろうか……

シリアスは好嫌いだー!!

てか美九さんの件どうしよう……なんか千歳さんがほぼ攻略しかけてるような状態なんですが? 何やってん千歳さん? あんさん一体何やってん?

「執事」

あ、そうですか……失礼しました

さて、次回からは四糸乃ちゃんの出番を増やしていこうと思います。来たれ我らが聖女!! 我らが癒しっ娘!! 私にも癒しをください切実に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「俺って引きずるタイプ? 知ってる」

メガネ愛好者です

やっと四糸乃ちゃんのターン!
よしのんのターンでもある
ただ最初は美九さんのターンかも……

独自設定になるのかな?
このSSでは、美九の精霊化は三月当たり、そのまま再デビュー、一気に人気を勝ち取った感じです
多分違和感は……無い筈

今回の四糸乃とのエンカウントは時間軸として四糸乃と主人公クンが出会う数日前の出来事です

それでは


 

 あれから数週間が経ったと言っておこう

 今日も今日とて相も変わらず番台中。のんびり気ままに怠けています

 

 ただし——

 

 

 

 

 

 「千歳ちゃん、大丈夫かい? 具合が悪いんだったら休んだ方がいいんじゃ……」

 

 「――んあ? ……あぁ、大丈夫っすよ。気にしないで風呂、満喫してってください」

 

 「そうかい? ……無理はしないようにね」

 

 「これでも体は丈夫な方なんでモ-マンタイっす(精霊だし)」

 

 ——周りから心配されるレベルでボーっとしていました。考えるのがめんどくさくなってきた今日この頃である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直な話、あの一件以来ミクの事を考えると、頭が上手く回らなくなってたりしてるのですよ。どうも何があったのかと気になって……ね

 だからと言ってミクの過去を無遠慮に調べるってのは気が引けるし、その行為自体がミクの機嫌を損ねかねないから下手に手出しできないのがもどかしいぜ。こういうのを親しい仲にも礼儀ありってやつなんだろうね

 ……え? 元から礼儀知らずだろって? 失礼な、そんなことないとは言えないが時と場合はわきまえんぞ? ……多分な

 

 結局のところ、調べるべきか否かと悩んでいるうちに……俺は考えることをやめたとです。めんどくさくなったんで

 きっと何とかなるだろうし、ならないんだったらそん時考えてなんとかすればいいかなーなんて、そう考えてしまったらもう思考タイムは終了だ

 そんな訳で考えることをやめました。もう何かを考えるのが怠かったのんで。頭を使いたくないんだよ、疲れるから

 

 ……ま、だからと言ってミクの事をほったらかしにするつもりは更々ないぞ?

 だから、次の日もミクの屋敷に行ってみたんだが……

 

 「——ごめんなさい千歳さん。忙しい時期なので、少しの間お会いすることができなくなっちゃいます……」

 

 「こっちも朝からおしかけてごめんな。そりゃーミクはアイドルだもん、忙しいのは当たり前だよね。……マジか」

 

 こんな感じに面会謝絶宣言を叩きつけられました。当分の間、ミクとは会えましぇん

 

 まぁよくよく考えたらそうなるわな。街中を歩けば自然と耳に入ってくるもん。ミクの歌

 藤袴から聞いた話だが、ミク——誘宵美九は、数カ月前にデビューしたのを切っ掛けにそのまま大人気アイドルへと上り詰めたそうな

 確かにミクは綺麗な声だし歌唱力も高いから人気が出るのも頷ける。別に身内だからという理由ではないぜ? 客観的に見ても納得がいくって話だ

 

 ただ……どうやら藤袴の話や街で聞く噂を聞くと、普通のアイドルってわけじゃないっぽいんだよね

 

 ……あ、別に情報収集とかそういうのじゃねーぞ? 藤袴が誘宵美九の事を話していたから聞いてみただけだし、噂の方も自然と耳に入ってきただけだからな? どっちも不可抗力ってもんだ

 とりあえず聞いた話によるとだな……どうやらミクは、人前には姿を出してないみたいなんだよ

 今を時めく大人気アイドルだと言うにも関わらず、テレビや雑誌等の取材はノーセンキュー。目に見える活動はCDのリリースとシークレットライブぐらいで、誰もその姿を知りえない。シークレットライブに招待されたファン達も、誰が呼ばれたのか一切わからないため足取りを追うことも出来ないとか

 

 そんな幻のようなアイドルに……ミクはなっていた

 

 なんで人前に出さないのかは……なんとなく想像がつく。多分、誰かに知られたくない、会いたくない、見せたくないとかそんな感じじゃないかな? ……それが俺に対してだったらガチで凹む

 と、とにかく! 訳ありなのは確実だ。その理由……原因か? ミクは自分から何か悪いことをするような子じゃないし、きっと誰かに何かされたとかそんな感じだろう

 ……もしミクに粗相をした奴が分かったら、そいつを裸にひん剥き体中に鎖を巻き付けその鎖を80度ぐらいに熱してやる

 きっと熱いだろうね。知ってるか? 中途半端な熱さの方が我慢できなくなるんだぜ? 痛みがジワリと来るからね、ククク……

 

 ……おっと、話が逸れたな。とりあえずミクが正体を隠しているのにもそれなりの理由があるんだろうし、誘宵美九の正体は秘密にしておいた方がミクにとってはプラスだろう。なら、今俺がやれることはミクの事を周りに知られないようにすればいい。人前に姿を見せるのはミクがその気になったらでいいだろうし、それまでは影ながら支えて上げればいいよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、(多分)偶然にもあの二日間はオフだったために俺の相手が出来ていたが、それからは時間が取れないみたいなんだ

 アイドル活動もそうだし、ミクは学生だ。学生としての職務を全うしなければいけないのもある。……暇人と比べれば多忙すぎる状況だよなこれ。一応高卒の社会人に見えなくもない俺とは天と地ほどの差だ

 ……え? 比べることすらおこがましいって? 知ってる

 とにかくだ。そんな状況下では……ミクは言うのを躊躇っていたようだが、はっきり言って邪魔になるのは間違いないだろう

 小さい頃からの夢を叶えたんだ。俺だってその邪魔をしたくはないからそれでいいんだが……あれだな。子が離れて行くってこんな感じなのかね? 少し寂しいかもしれんわ……

 

 

 ――あれ? 俺の気落ちの原因ってミクの千歳さん離れ? ……なんかそんな気がして来たわ

 

 

 そんな千歳さん離れしたミクを考えていたから、俺は心ここに在らず状態になっていたのだろう

 それはもう、銭湯で番台をしているときにおじちゃんや常連さん達が心配して声をかけてくるレベルで。ちょっと重傷かもしれんわ……俺ってメンタル弱い?

 藤袴なんて友達を呼んでまで励ましに来るぐらいだったから、多分周りから見たら相当落ち込んでる様に見えたのかな? 申し訳ないです藤袴。お礼に今度”アレ”の予備でもあげようかな?

 ……え? 前から言ってる”アレ”って何だって? 禁則事項です

 その友達も優しい娘達だったなぁ。確か……山吹と葉桜だったか? 初対面だっていうのにも関わらず、持ち前の明るさで元気づけようとしてくれたよ

 普通、初対面だったらこんな見た目が怪しい奴に関わろうとしないって言うのに……ああいう心優しい娘達は貴重だぞ? 良き理解者ってのは誰にでも必要なもんだと思うからな。藤袴はいい出会いをしたようだ

 

 ただ……勝手に恋の悩みだと勘違いして暴走するのはやめてほしかったわ。大声で騒ぎ立てるから「最近千歳ちゃんの元気が無いのは失恋したため」とか「千歳ちゃんが彼氏に振られてしまった」とか「彼氏が友人に寝取られてしまった」などなど、俺の気落ちの原因が変に湾曲して周りに伝わっちまったんだよなぁ……そのせいで余計心配をかけてしまった。ホント何かごめんなさい

 でもよーく考えてくれ。こんな根暗で地味そうな容姿の奴を好きになるような奴なんていねーだろ? 口調だって女らしくないし、モテる要因ゼロじゃん

 その上……山吹よ。泣き崩れるぐらいなら意中の相手を誘うために用意しておいたペアチケットなんて渡すなし。また手に入れればいいとか言ってたけど、その後に続いた「死ぬ気で」って言葉に俺の心がマッハで大根下ろされてるからな? 罪悪感ブッチギリで余計心苦しいからやめてください泣いてしまいます

 

 ――結局受け取ってしまったんだけどさ。無理矢理

 

 未だに番台の隅に置いてある山吹から貰ったペアチケット……これどうしようかな? 貰ったからには使わないと山吹が報われないだろうし……

 時間があればミクを誘えばよかったかもしれねーけど、そんな時間はあっちには無い。ホントコレ貰ってよかったもんなのかねぇ……

 

 ——それにだ

 

 「……山吹よ。そもそも天宮クインテットって……どこよ?」

 

 チケットに書かれてある【天宮クインテット・水族館ペアチケット!】の文字を一目見た後、俺は再び窓の外をボケーっと眺め始めるのだった……

 

 

 

 

 

 ――まぁ結論から言うと、そのチケットを使う機会は……案外早く訪れたんだけどな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ねーねー四糸乃。ほらほら凄いよ見てごらん? お魚さんがいっぱいだよー』

 

 「そう、だね、よしのん!」

 

 「あんまりはしゃぎすぎんなよー? 急いで怪我したら大変なんだから」

 

 チケットを貰って数日後、俺は天宮クインテットの水族館に足を運んでいた。——四糸乃とよしのんと共に

 

 

 

 

 

 それは、ボーっとし続ける俺に痺れを切らしたおじちゃんが「遊んできなさい」と言ったのが始まりだった

 最初は渋った俺だったが、俺がいると逆に銭湯の雰囲気が暗くなると言われたら……な? 遊びに行くしかねーじゃん?

 今思えば最近はおじちゃんやおばちゃん、常連さん達の心配した表情しか見てなかった事に気付いたし、正直悪かったと思ってる

 

 そんな訳で、せっかく時間も出来たことだから街の様子でも見まわろうと思ったわけですよ

 相変わらずのダボダボスタイルで早速街へ繰り出そう! そう思って銭湯を出た瞬間——

 

 

  ザァ——————

 

 

 「……」

 

 いきなりの雨雲襲来。さっきまでのお天道様何処行った

 

 それはもう見計らったんじゃないかと言えるタイミングでの降りっぷりに余計テンションが下がった千歳さんだ。もう踏んだり蹴ったりだねHAHAHA! ……はぁ

 まぁいいや。どうせ霊装さんのおかげで服は濡れないし、雨が降ってるならASDの人達とも会う確率が下がるだろう。それこそ空間震が起きなければな

 

 とりあえず俺は、そんな雨が降る中をのんびり散歩していたんだわ。少し歩いてみて分かったが……雨の中を歩くのって案外落ち着くかもしれない。こう……汚れを落とすかのように心がスッキリとしていくわ。マイナスイオンってやつかな? ナイスだマイナスイオン! キミは今日からマイナンだ!!

 ……別にどこぞの青い応援ウサギではないぞ? ……あれ? ウサギだよな? 耳の形的に

 

 ウサギと言えば……四糸乃の服装もウサギっぽかったな。あげたパペットもそれにちなんでウサギ型にしたしね

 ……え? なんで眼帯を付けたんだって? 趣味です。カッコイイじゃん

 

 

 

 ——そんなことを考えていたからだろうか?

 

 

 

 「——あれ? なんかデジャ——ふぎゃっ!?」

 

 「あうっ……」

 

 俺が気付いた時には、既にお寿司……いや遅し

 四糸乃と会ったのもこんな雨の降る中だったなーなんて考えながら、不意に空を見上げると……まさにあの時の場面の再来が起こった

 

 

 四糸乃がまた、空から落ちてきたのだ

 

 

 なんで空から落ちてくるん? 千歳さんはトランポリンじゃないんだよ? 地味に痛いんだよ? もしかして雨雲に住んでいるとかじゃないですよねハハハ……まぁいっか

 とりあえず俺は、未だに俺の上で不安そうに周囲を見渡す四糸乃に呼びかけることにした

 

 「……あー……四糸乃」

 

 「——え? ……っ!」

 

 俺の声に気づいた四糸乃が視線を下に向けて俺の姿を捉えるなり、素早い動きで俺の上から立ち退いてくれた

 ようやく解放された俺は立ち上がり、四糸乃の方に視線を送ると……

 

 「……ぁ……千歳、さん?」

 

 『おおぉ! まさか現界地点に千歳ちゃんがいるとはビックリ仰天だー。これはもう運命的なんじゃない? 千歳ちゃんも運命感じちゃうかな?』

 

 「おう、千歳さんだぞ四糸乃、久しぶり。よしのんも久しぶりだな。因みにこのシチュは二回目だし、狙ってやったわけじゃないなら運命感じちゃうかもしれねーわ」

 

 ようやく俺だと分かったのか、驚いた表情で俺の名前を呼ぶ四糸乃と、相も変わらず愉快にハキハキと話す、四糸乃の左手に居座るよしのんがいた。相変わらずだなこのパペット、マジでどう言う仕組みしてるんだろ?自分で創っておいて謎すぎるわー……まぁいいか

 そんな二人の反応に、いつも通りのノリで話しかけていたところで……不意に気づく。よしのんが何気無く口にしたある言葉に

 

 「……あれ? 現界? ……もしかして、四糸乃って精霊、か?」

 

 「——っ! ……っ……」

 

 現界。それは精霊が彼方側からこっちにくる時の名称だ(と思う。ASDの人達はそう言ってたし)

 今、よしのんは確かに現界って言ったからな。そのことを確認してみると……四糸乃はまるで、知られたくなかったかのように顔を歪めた。それはまさに、知られることを恐れているような表情で……俺の問いかけに答えたくないよう口を閉ざしている

 

 ——だが

 

 『あちゃー……よしのん、つい失言しちゃったよ。……そうだよ。四糸乃は精霊さ』

 

 「よ、よしのん……!?」

 

 その代わり、四糸乃とは別に俺の問いに肯定で答える者がいた。それは……自分から失言したと言っている、よしのんだった

 まさか答えるとは思っていなかったのか、驚きを隠せない四糸乃がよしのんに呼びかける。その顔は今にも泣きそうで……

 

 やめて四糸乃。もう俺のライフはゼロよ! 既にその泣き顔が俺のメンタルポイントを溶かしたから!!

 

 自分に向けられた顔では無いが、その顔になること事体がとても心苦しかった俺は、とにかく行動に移そうと思ったのだ。だってこのままじゃマジで泣きたくなりそうだもん

 

 そんな俺が、四糸乃の悲しそうな顔を笑顔にするために出した答えが——

 

 

 

 

 

 「——山吹。お前の事は忘れない」

 

 水族館に誘うことだった。……誘拐ではない。断じて

 無理やり話の話題を変えた俺は、四糸乃とよしのんを天宮クインテットの水族館に誘ったのでした。ペアチケットは何となしにポケットに入れてあったから、わざわざ戻る必要がなくてよかったよ

 最初は水族館が何なのかわからなかった二人(一人と一匹?)だったが、俺が楽しいところと言ったらなんとかついて来てくれたよ。……だから誘拐じゃないってば

 ——その移動中、四糸乃から手を繋いでほしいと控えめながらに頼まれたので、ご要望にお応えして手を繋ぎながら向かうことにしたり。因みに水族館の場所は、ペアチケットの裏に書いてあったわ。何故気づかなかったし自分

 

 因みに道中、精霊とわかれば流石にそのままの姿——霊装を着た状態で、街中を歩くのは危険だと思った俺は、四糸乃に服装を変えるよう問い掛けてみた

 もし四糸乃の事がASDの人達に知られている場合、見つかったら一悶着ありそうだしな。のんびりしたいのに面倒事を舞い込むのはごめんだ

 そんな俺の提案に、四糸乃も納得……というか、よしのんが賛成してくれたので事は無事に済みましたよ。グッジョブよしのん

 そしてあれやこれやと俺がいつもやっている通りに霊装の変化のさせ方を教えて上げたら……

 

 「……これで……どう、です……か?」

 

 「文句などあろう筈が無い」

 

 案外普通にできました。四糸乃の霊装さんも万能ですね

 清楚感のある白いワンピースに、それに合わせた白の……キャペリンだったかな? つばの広い帽子をかぶっていた。その姿はまるで”穢れの無いお嬢様”のようで、とても可愛らしかったです

 まぁそれでも軽装なのは変わりないし、このままだと雨に濡れてしまうので、遠くにいた人がさしていた傘を【(コクマス)】でコピらせてもらったよ。流石にこの雨の中、傘を取り上げるのはかわいそうだしね

 まぁ霊装さんのおかげで四糸乃の周囲にも霊力膜が張られているから、雨に濡れることはないんだけどね。こういうのは雰囲気なんですよ

 

 服装に問題が無いかを確認した後、俺が空いている方の手で傘を持ち、四糸乃達が濡れないようにと傘を傾けながら四糸乃と手を繋いで水族館へと向かうのでした

 

 

 

 

 

 ——そして現在に至る

 

 「どうだった? 二人とも」

 

 「えっと……その……」

 

 『とっても新鮮だったよ~。こんなにお魚さんを間近で見る機会なんてなかったし、よしのんは大満足さ! 四糸乃も面白かったよね?』

 

 「は、はい……楽し、かったです」

 

 「ならよかった。来たかいがあったってもんだよ」

 

 控えめながらも笑顔を露わにする四糸乃に安堵する千歳さんでした。ホントよかったよ……あのままだったら確実に泣き始めそうだったからね。山吹、俺のメンタルと四糸乃の不安から助けてくれたお前の事は忘れない。割とマジで

 

 「あ、あの……千歳さん……?」

 

 「——え? あぁごめん。つい、な」

 

 四糸乃の呼びかけに思考を戻すと、そこには四糸乃の頭を撫でている俺の手が視界に映った。手癖悪いぞ俺の手よ

 そのことに気付き、俺は四糸乃の頭から手を離そうとすると……四糸乃が名残惜しそうに、離れて行く俺の手を視線で追い始めた

 これは……もしかして催促してるのだろうか? よしよしよしのんキボンヌって感じですかいお嬢様? それとも「私の頭に触りやがって」的な感じなんだろうか? もしそんなこと言われたらサメのいる水槽の中に転移して餌になろう。……え? 餌の価値さえないって? ショボンヌ

 そんな、四糸乃の視線が何なのか考えていると……よしのんが俺の疑問を晴らしてくれた

 

 『千歳ちゃん千歳ちゃん! 実は四糸乃がね~、千歳ちゃんに髪を撫でられるのが好きみたいなんだよ。この前も千歳ちゃんにお風呂で髪を洗ってもらった時とか~、お風呂上がりに髪を乾かしてもらった時とか~? 千歳ちゃんに髪を触って貰ってる時の四糸乃はとっても心地良さそうだったよねん?』

 

 「——————」

 

 まさかのよしのんの暴露タイム発生。そんなよしのんの暴露に四糸乃が固まってしまった。四糸乃に否定する暇さえ与えないマシンガントークとは……よしのん、おそろしい子……!?

 

 ——ただ、その内容は……

 

 「……そっか。よかったよ、嫌われてなくて」

 

 「……ぇ?」

 

 僅かに曇っていた俺の心を晴らすのには、十分な言葉だった

 

 いや……な。前回の別れ間際、四糸乃達が急に俺の前からいなくなったじゃん? もしかしたら俺といるのが嫌になって逃げたのかと……四糸乃に嫌われたんじゃないかと心配だったんだよね

 だから、今回も俺に嫌々付いて来てるんじゃないかと思ってたりしてたんだわ。四糸乃は怖いのが嫌いだから、もし従わなかったら痛い目にあうと思ってついて来ていたのかもしれないって……さ?

 

 「――でも、少なくとも俺の行為の中で、何かを好きになってもらえたんだって知ったら……なんかホッとしちゃったよ」

 

 「『……』」

 

 俺は四糸乃に対して思っていたことを素直に話す。この際だし、言いたいことは言っておこうと思った次第だ

 そんな俺の独白に、二人は黙り込んでしまうのだった。あれ……俺なんか不味いことでも言ったかな? 少なくとも無言になるような内容じゃなかったと思うんだけど……

 俺が四糸乃達がいきなり黙り込んだことに首を傾げていると……四糸乃達が、口を開いた

 

 「……ごめ……なさい……千歳、さん」

 

 『よしのんからも謝るよ。ごめんね千歳ちゃん? 千歳ちゃんのこと全然考えてなかったや……』

 

 その口から俺に向けて送られた言葉は……謝罪だった

 

 え、あの、なんでそんな畏まっちゃってるんでしょう? なんで謝っちゃってるんでしょう? 俺の単なる勘違いだったって話だったんだけど……そんな真面目に謝られても反応に困るというか……

 てかよしのん、お前までしおらしくすんなし。頼むからいつも通りの愉快な姿を俺に見せとくれよ? 俺の事とか気にしなくていいからさ? だからお願い、二人とも暗いオーラを出し始めないで? 俺の胃がキリキリと軋んでるんだよぉ……

 そんな二人の反応に困惑する俺だったが、しばらくすると……四糸乃がどこからかある物を取り出した

 俺の前に出される形で四糸乃の手に握られたものは……

 

 「それって……あの時の?」

 

 「……はい。わた、しの……宝物、です」

 

 あの時一緒に遊び、記念としておじちゃんからもらったけん玉だった

 

 「私、は……千歳さん、が……好、です。嫌……てな、か……ない、です。これ、か……も、ずっと……」

 

 『そのけん玉はねー。四糸乃にとって、千歳ちゃんとの思い出の品みたいなもんなんだよ? だからそれは四糸乃にとっての宝物なんだ~。……それを未だに持ってるんだもん。嫌ってるわけないじゃん? 勿論よしのんを四糸乃と出会わせてくれた千歳ちゃんを、よしのんが嫌ってるなんてことも無いよん? よしのんは千歳ちゃんが大好きさ!!』

 

 うまく言葉が出せない四糸乃。だが、伝えたい事は……しっかりと伝わった

 しっかりと言葉で気持ちを伝えるよしのん。その想いは……十分に伝わった

 ははは……なんか悩んでた自分が情けないわな、こりゃ……

 四糸乃もよしのんも、俺のことなんて嫌ってなかったじゃないか。ただの俺の勘違いだったってわけだ。俺は一体何を恐れていたんだか——

 

 

 ——え? 恐れる? なんで恐れたんだ?

 

 

 ……まぁ、いいか。そんな気にする程のものでもないと思うし……

 

 とりあえず二人の想いを受け取ったんだし、俺は俺で返事を返さんとな

 

 「……ありがとな、四糸乃、よしのん。俺もお前等の事は好きだぞ?」

 

 四糸乃達の言葉に感謝を伝える。少し気恥しかったりするが……あっちも恥ずかしいだろうし、俺も思いを伝えないとフェアじゃないってもんだろう

 その俺の言葉に、四糸乃は再び自身の思いを伝えてくるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「千歳、さん……は……おかぁ、さん……みたいで……好き、です」

 

 「……お母さん、ですか」

 

 ただ、それは俺にとって予想外の好意だったけどな

 なんか思ってたんとちゃう……思ってたんとちゃうよ四糸乃……

 お姉さんならわかるけど、お母さんって……

 

 『千歳ちゃんは何処かおかんっぽいからね! 母性を感じるっていうかー、よしのんも千歳ちゃんはおかんっぽいって思うときもあるのは仕方がないってもんだね!!』

 

 「おかん……ですか……」

 

 『あ、でもでもぉ? よしのんは純粋な好意だよん? よしのんは千歳ちゃんが大好き! もう千歳ちゃんの魅力にメロメロさ~!』

 

 「はは……どうも……」

 

 よしのんお前もか。いやまぁ好意の意味合いは違うみたいだけど……お母さんよりもダメージ高いぞオイ……

 おかん……おかんかぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして四糸乃達に抱いていた少しの不安は無くなり、四糸乃達も満足そうに隣界していったのだった

 ……おかん……俺ってそんなに老けて見えるのかな? なんか凹む……

 

 結局のところ、気落ちしていた心はおかんという言葉で余計に悪化させ、銭湯に戻っても逆に落ち込み度が増した俺に、声をかける者はいなかったのだった……

 

 




千歳さんおかん説浮上

もはや姉を通り越してお母さんと思われるレベルにきていた千歳さんでした
まぁ……見えないこともない、かな?当の本人は少しショックだったみたいですね

ちゃっかりアイマイミートリオが千歳さんと友好を深めあっていた件について
もしかしたらアイマイミートリオ経由で主人公クンに千歳さんの場所が知られることになったりしてね。ははは

次回は一気に飛びます。多分


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「実は食いしん坊? 知ってる」

メガネ愛好者です

少し遅めに投稿(サブタイ書き忘れたとかそんなんじゃないよ!)

今回は個人的に絡ませたかった人との話です
いろいろとやっておきたかったものがあるんですよ……なので、今回は四糸乃回じゃありません。申し訳ない……

あぁ四糸乃、次回から本番だから待っていておくれ……

……あ、今更ですが、この作品はアニメと原作が混同していたりします
なので、アニメに無かったシーン、アニメとは違う描写などがあった場合、それは原作寄りの内容を元にしていたりするかもなので……まぁあれです

深く気にするな!以上(すいません)

それでは


 

 

 「ち、千歳さん……?」

 

 「大丈夫……じゃ、なさそうだね」

 

 「前よりも凹んでいる件について」

 

 「……おかん……おかん、か……」

 

 四糸乃達と水族館に行って数日……俺はまだおかん発言を引きずっていた

 いや……ね? 自分でもここまで引きずるかって思うよ? でも……なんかいろいろとショックだったんだよ。あれだ、些細な言葉が結構効いた的な……

 冗談を言い合える仲——よしのんとだったらここまで引きずる事もなかったんだろうけど、純粋無垢な四糸乃のお母さん発言はなぁ……正直効いた

 だって俺はまだ十代だぜ? 四糸乃ぐらいの歳の娘を持つってことは……若くて三十代ぐらいだろう? 俺そんな老けてねーよチクショー

 別にお母さんと慕われること自体はいいんだ。ただ「みたい」って……老けてるってことじゃなかと? 俺はそげに老けとらんばい……

 

 そんな、以前よりも明らかに落ちこんでいる俺を見た藤袴達が心配そうにこちらを見ているのにも関わらず、俺は番台で膝を抱えて座り込むのだった。……おかんという言葉を呪詛のように呟きながら

 

 「さっきから呟いてる”おかん”って……マザー的な意味のおかんかな? だとしたらその彼氏最低じゃない? 見る目ないんじゃないの? 馬鹿なの? 死にたいの?」

 

 「多分そうなんじゃないかな? 時折「老けてる?」とか「ババ臭い?」とか呟いてるし……目ん玉ついてるのかなそいつ? ついてたとしたら腐ってんじゃない? そもそも女性を年寄り扱いすること自体が最低だよ」

 

 「千歳さんの事をババア扱いして傷つけるどこぞの馬の骨ともわからん阿呆。マジ許せんわー」

 

 何か三人で話し合ってるみたいだけど……なんだろ? うまく聞き取れないわ……

 精霊スペックを使ってもうまく頭に言葉が入ってこないあたり、結構ダメージ負ってんなー俺

 あぁー……布団の中で惰眠を貪りたい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日間かけて心の傷を癒した俺は、何とか平常時と同じぐらいに元気を取り戻しました。……俺って案外豆腐メンタルだよな

 ……え? 知ってるって? マジか

 いやそれでも四糸乃のおかん発言は過去最高のメンタルアタックだったぞ? しょうがなくね? ……しょうがなくない? 知ってる

 

 ……コホン。とりあえず俺の豆腐メンタルは置いておいて……それでも女性にとってはダメージがあると思うぞ? 悪気が無い言葉ほどそれは真実に近いから、否定もしにくいんだわ

 そんな的確なメンタルアタックを与えてくる聖女の様な精霊四糸乃、誠に恐るべし。無自覚なのがこれまた恐ろしいぜ……

 それでも四糸乃は可愛いから許される。ホント罪づくりな少女ですね

 

 そんな訳で数日経ったんだが……まぁあれだ。その辺の記憶が結構飛んでるっていうか、あやふやっていうか……とにかく、ほとんど覚えていなかったりする

 空間震とか起きてたみたいだけど、それにさえ気づかない程に自分の世界に入ってたみたいですハイ。運が良かったことに、こっちに被害が来なかったのは不幸中の幸いというものだろう。ご迷惑をお掛けしてすいませんでした

 

 ——それはそうと

 

 「空間震……もしかして四糸乃だったりしたのかな?」

 

 周りから聞いた話によると、どうやら空間震があったのは()()みたいで、今回は小規模の空間震だったそうな

 

 

 空間心が起きたってことは、つまり……精霊が現れたってことだろうか?

 

 

 そしてその空間震が……どうにも四糸乃の気がしてならないのだ。時期的にも、タイミング的にもね。多分十香ではないと思う

 何故急に空間震で現界したのかはわからない。現に四糸乃は空間震を起こさずにこちらにこれていたというのに……なんで今になって空間震が起こったんだろう?

 何より不安なのが……

 

 「ASDの人達に襲われてなければいいんだが……」

 

 それだけが何よりの気がかりだった

 四糸乃は優しいからな。最初に会った時も、俺に向かって「痛いのはダメ」って言ってくるぐらいだし、自分から攻撃はしないと思う

 四糸乃からは攻撃をしない。だがASDの方はそんなの関係ねー! ってレベルで鉛玉撃ち込んで来るからなー……もし四糸乃に怪我させたら夢の国(強制安眠系)にご招待してやろうか? あぁ?

 四糸乃のおかん発言から立ち直って俺に死角はない……四糸乃のおかんとして、四糸乃を守ります!! 待っててね四糸乃!! おかん頑張るよ!!

 

 ……おばちゃんは勘弁な?

 

 まぁそもそもな話、今回の空間震で現れたのが四糸乃じゃなければ結果オーライなんだけどさ。別に確証はないからね

 もしかしたら四糸乃でも十香でもない、別の精霊が現れたのかもしれないしな。……だからと言って、見て見ぬふりをする気はないけどさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面が変わり、何となしに街を出歩き始めた千歳さんだ

 番台の仕事は当分ありません。そもそもお手伝い以上お仕事未満の役割だったし、俺がいなくても問題なかったりするんだよね。寧ろおじちゃんも番台を任せっきりにする気はなかったっぽいわ

 ……え? 理由? おじちゃんも番台やりたいからだよ

 だって趣味で銭湯やってたんだぜ? それなのに俺が来てからというもの、休憩室で煎餅を頬張りながら笑〇を見るぐらいしかやることがなくなってしまったんだ。そう考えるとなんか急に罪悪感が……

 おじちゃん、楽しみを奪っててごめんなさい。……後、歌〇師匠の引退は衝撃的だったよ。今まで楽しく笑わせてもらいました。お疲れ様です歌〇師匠

 

 ……もしかして、歌〇師匠が引退して見る気が無くなったから番台をやり始めた? まさか……な

 

 そんな訳で、当分はおじちゃんが番台をやることになったんで、千歳さんは暇なんだわ。なんか公園でのんびりしていた頃を思い出すぜ

 ——あ、そうそう。高台にある公園の修繕工事もつい最近終わったみたいなんだよな。これでまたあそこに住めるってわけだ! やったね千歳ちゃん! 居場所が増えるよ!!

 ……自分で言っておいてなんだけど、千歳ちゃんは無いわ……

 

 まぁいいや。そんな暇を持て余した精霊の散歩中の俺だったんだが……

 

  ——コンコンッ

 

 雨の中、微かに聞こえたノック音に俺はそちらを向いたんだ。精霊スペックの聴力は伊達じゃないね!

 そして、そのノック音が聞こえたほうに顔を向けると——

 

 ——ファミレスの窓越しから目元に濃い隈を浮かべた女性が、夥しい数の料理を並べて俺を手招きする姿だった……

 

 ……え? 誰ですか貴方?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……助かったよ。先客が、料理が届く前に出て行ってしまってね」

 

 「こんなに食べる奴の顔を一目見てみたいもんですわ」

 

 ——料理が旨そうだったためにつられてしまった俺は悪くないはず 

 

 そんな訳で、特にやる事もなかった俺はファミレスの中に入り、その女性——村雨令音さんの支援をしていました

 支援内容は夥しい数の敵(料理)を殲滅せよ(食べつくせ)ってところだ

 確かに質量的な意味で、普通だったら食べきれない量なのだろう……だが、俺から言わせてもらえば「この程度」ってところだ。寧ろ足りないんじゃね? って思うぐらいの量だし、十分余裕をもって完食できるだろう

 何せ十香と主人公クンの——お! ミックスグリルあんじゃん! ——デート時に食べた量のほうが多いからな。立ち歩きなめんなよ? 何せ一品——モグモグ——毎に二桁の数を食ってたからな。手持ちサイズでも結構な量になるもんだぜ? フランクフルト20本とか——ズルズル——普通食べきれないからな十香? ……まぁ二人で食べきったけどさ。ムシャムシャ

 それを渡す店員も何故疑問を持たない。普通は俺と十香の姿を見れば無理だと思うでしょーが……俺と十香は普通じゃないんだけどさ

 

 そうこう考えながら食べていると、気づいたら料理の大半が無くなっていた。時間を見ると……約20分。早い方かな?

 俺が胃に収めた品は、ミックスグリル、マルゲリータ(7/8)、スパゲティ・ボロネーゼ、ダブルチーズハンバーグセットと大盛りに盛られたライス、牡蠣フライセットだ。後はライスを追加注文したりもしたぜ。俺っておかずとご飯はバランスよく食べる派だからな、ハンバーグセットのライスだけじゃ足りなかったよ

 令音さんはマルゲリータを一切れ、後は唐揚げを少しづつ食べてるわ。その唐揚げもおいしそうだな……よっしゃ支援支援

 

 そんな俺が夢中になって食べていると、令音さんからこの料理の原因を話されることになりました

 

 「……君も知っているはずだ。十香だよ」 

 

 「なんかそんな気はしてたけど……マジか」

 

 この量を食べられる奴なんて十香ぐらいしか思い浮かばなかったからな、そこまで驚きはなかったけど……まさか本当に十香だったとは

 てかこの人、十香の知り合いだったのか……せっかくだし十香の事を聞いてみようかな?

 

 「あいつ、元気にしてます?」

 

 「……あぁ、今ではシンと共に学校に通っているよ」

 

 シ、シン……?

 え? 誰それ? 俺の覚えてある限りじゃ仮面〇イダーぐらいしか思い浮かばねーんだけど? バッタ先輩ちーっす

 ……えーと

 

 「あー……もしかして、シドー君のことですかね?」

 

 「……そうだ。そのシンだ」

 

 「いやどのシンですかい。かろうじて頭文字が同じだからわかったけど、初対面の人に言ったらわからないと思いますよ? それ」

 

 「……ふむ?」

 

 いやそんな「何を言っているんだ?」みたいな反応しないで下さいよ。身内だけの呼び名で呼ばれても、俺はそこまで親しい仲って程一緒にはいないんですからね? 初耳ですからそのあだ名

 ……あれ? なんでそんなに堂々としてるの? これって俺が悪いの?

 

 「……とりあえず、助かったよ。私一人では対処できなかったからね」

 

 「ア、ハイ」

 

 「……ところで、一つ聞きたい事があるのだが……よいかね?」

 

 「どうぞどうぞ」

 

 出された大量の品々を食べ終わり、ドリンクバーで予め持ってきておいたメロンソーダを飲みながら令音さんの話に耳を傾けると、不意に話の内容が変わった。因みにメロンソーダは8杯目だ。十分に元を取っているぜ

 そして質問された俺は、別に隠すこととかないから気兼ね良く返事をするのでした

 

 「……十香達とは会わないのかい?」

 

 「あー……」

 

 早速返事に困る質問をされてしまったよ……いや予想できなかったわけじゃないけどさ?

 

 

 

 俺はあれから十香達には一度も会っていない。気まずいから

 

 十香と一緒に大暴れしたあの日、気づけばいつの間にかに収拾していたあの状況に、俺の頭はついていかなかったとです

 だってさ? なんか主人公クンは生き返るし、十香は素っ裸になるしで状況がカオス過ぎて理解が追い付かなかったんだよ。それにこちとら破壊兵器(〈鏖殺公〉)を放り投げられたんだぜ? 命の危機を感じて転移しちゃうのもしょうがないでしょーよ

 そんで何も言わずに二人の前から逃げちゃった俺が、今更どの顔下げてあいつらの前に現れろと? ……気まずすぎっから

 

 「そもそもあいつ等の仲を邪魔したくない俺としては、別にわざわざ顔を見せに行く必要もないって思う訳ですよ。十香は明らかに主人公クンにゾッコンだし、主人公クンだって満更嫌でも無かろうに……そんな中、俺が踏み込んで関係を壊したかぁないんすよ。そこまで必要な存在でもないからな、俺は」

 

 「……ふむ」

 

 俺は令音さんに考えている事ををある程度伝えることにした。さっきも言ったが別に隠す程の事でもないし、本人じゃなく、多分その保護者的な位置にいるのであろうこの人に話しておいた方が何かと都合もいいだろうしね

 そんな俺の答えを聞いた令音さんは暫しの間、思考する。どう対処すればいいか考えてるのかな?

 

 「別に深く考えなくてもいいっすよ。とりあえず言いたいことは、あっちが会いたい訳じゃないんだったら無理に会うこともないでしょ? ってことだから」

 

 「……それだと、十香達が会いたいといえば、チシブキは十香達と会うのかい?」

 

 「千歳です。なんすかそのグロテスクなあだ名」

 

 「……む?……あぁ、そうだったな、トメ」

 

 「なんか馬鹿にされてる? 俺馬鹿にされてるの? ねぇ? 素なの? え? それ素なの? なんか怖いんですけど」

 

 一向に俺の名前を間違い無く呼ばれる気がしねぇ……

 いや確かに名前に「と」はあるけどさ……今時トメはないでしょ。平成の世にトメなんて人が現れたら苛めの対象待った無しだよ? 今時の小学生なめんなよ? かなり陰湿な苛めをするからな? 大人が引くレベルで

 

 「………………冗談だ」

 

 「かなり間がある返事をありがとうございます。ではRepeat(リピート) after(アフター) me(ミー)、”千歳”」

 

 「……日本語を話したまえ」

 

 「HAHAHA、泣きたくなってくるぜ……」

 

 なんかもうやだ。おうちかえりたい

 

 両手で頭を抱える俺に対して涼しそうに平静を保っている令音さんが恨めしい……くそぅ、クールビューティーですか貴方? 最初は目の下に隈を作って、胸ポケットに熊の人形を入れてるからカクレクマノミかと思ったじゃねーかよ……あれ? 何言ってんだ俺? 令音さんの返しにとうとう頭がマインドクラッシュされたか? 俺の辞書から自重という文字が砕け散ったぜ!!

 ……え? 元から自重を知らないだろって? 知ってる

 

 「……すまないな、冗談が過ぎたようだ。チサト」

 

 「惜しい。限りなく惜しい。だが違う、そうじゃない」

 

 「……少なくとも、十香は君に会いたがっていたよ? 君に会いたい、また一緒に遊びたいと」

 

 「あ、そのまま行くんですね。もういいですそれで……」

 

 「……? 何を落ち込んでいるんだい?」

 

 「まさかの無自覚ですかい」

 

 もういいよ……俺は令音さんにとってチサトで固定なんですねわかります。まぁチシブキやらトメと比べればマシだけどさ? 一番近いし……

 

 ただ……気のせいかな? 少しスッキリしたような表情になってる気がするのは。……なんか溜まっていたストレスを俺で発散させたように見えなくもないんだけど?

 

 とりあえずこのままでは話が進みそうにもないし、俺は令音さんの言葉に返事を返すことにした。これ以上は考えてはいけない気がしたからな

 

 「まぁ……それなら会いに行ってもいいけど、そもそも俺は十香の居場所を知らな——」

 

  スッ……

 

 俺が令音さんに返事を返そうと話していると、会話の途中で何かを俺の前に出してきた

 ……紙?

 俺は差し出されたその紙を手に取り、そこに記入されているものに視線を向ける

 令音さんが差しだした紙に書かれていたものは——

 

 「……シンの家の住所だ。今はそこに十香もいる」

 

 「用意早くないっすかね? ——てかあいつ等一緒に住んでんの? え? 同居中? 大丈夫なんすかそれ?」

 

 「……少し事情があってね、今は十香が住む場所がないんだ。その為、しばらくの間はシンの家に住まうこととなっているよ」

 

 あぁなるほど。確かに精霊の十香に住む家なんて今までなかっただろうしな

 ……あれ? そういや令音さんって……

 

 「話の腰を折るようで悪いんだけど……令音さんって、十香の事をどこまで知ってるんです?」

 

 「……それは、十香が精霊かどうかを知っているか? ……ということかね」

 

 「当たり。知ってるか知らないかで話す内容も変わってくるからな。……知ってるんですね」

 

 「……あぁ。その上で、十香の事を理解しているつもりだよ」

 

 「……そっすか」

 

 なんだ……精霊だと知られても、こうして親身に接してくれる人がいるんじゃないか。よかったじゃん十香

 十香に主人公クン以外の理解者がいることを自分の事のように嬉しく感じていると、令音さんが不意に語り掛けてきた

 

 「……満足そうだね」

 

 「まぁ、な……十香にゃ幸せになってもらいたいしね。暗い表情なんて、あいつには似合わねーだろ? 十香の笑顔を見た後じゃ余計さ?」

 

 「……そうだね」

 

 令音さんも十香の笑顔は見たことあるんだろう。俺の言葉につられて肯定する令音さんは、何処か微笑ましそうに笑みを浮かべていた

 やっぱり十香もそうだが、精霊には笑っていてほしいもんだよな。例え人とは違う力を持っていたとしても、中身は普通の少女と何ら変わらないんだ。四糸乃もそうだし、ミクも……皆、普通の女の子と大差無い。だからこそ——皆には幸せになってもらいたいもんだ

 その為だったら……助力は惜しまんさ

 

 「……とりあえず機を伺って行くとするよ。せっかくだし、いきなり来訪して驚かしてみたいしな」

 

 「……十香よりもシンが驚きそうだ」

 

 「ははは! 確かにそうかもな! それはそれでおもしれーもん見れそーだ」

 

 逆に十香は喜ぶだけで驚きはしなさそうだわ。疑問に思いもしなさそうだもん。その分、主人公クンの反応に期待しようじゃないの

 

 「……あぁ、そうだ。一ついいかな?」

 

 「んあ? なんすか令音さん」

 

 俺が主人公クンの反応に期待を膨らませていると、不意に令音さんから呼びかけられる

 あれ? まだ話ある感じ……あ、もしかして

 

 「あー……食事代っすか?」

 

 「……いや、それは気にしなくていい」

 

 「そうですか? 一応このぐらいだったら払えますけど」

 

 「……構わない。それよりも聞きたいことがあるのだ」

 

 「……? まぁ、答えられる範囲でなら」

 

 「……では、君は……”ゆりかご”という言葉に、何か心当たりはないかね?」

 

 ……は? ゆりかごって……赤ん坊を入れておく籠のこと……だよな? なんで急に……

 うーん……特に心当たりもないし、否定しておくか

 

 「心当たりは……ないっすね。急にどうしたんです?」

 

 「……いや、わからないならいいんだ」

 

 何か意味深……この人は何を思って聞いてきたんだろ? 何か俺に関係あるとか?

 ……わからん! いいやこの話は。別に今はどうでもいいことだろ

 

 「まぁ何かあったら……そうだな……って、俺連絡手段無いやん。どうしよ……」

 

 「……それならば、この端末を使うといい」

 

 俺が何か連絡手段になる方法を講じていると、令音さんが一つの端末を渡してきた

 これは……携帯か? マジで準備良すぎない?

 

 「いいんすかこれ? ……てか俺に使えるの? 操作的な意味じゃなくて」

 

 「……問題無い。それは通常の端末とは異なる……個人情報を必要とはしないさ。ただし、通話とメール、他数種の機能しか使えないがね」

 

 「いやそれで十分ですよ。連絡手段さえあれば問題ないっす」

 

 おお! まさかの収穫! 戸籍のない俺にも使える携帯とか嬉しすぎるわ

 なんでこんなものを用意できたとかはこの際気にしない。前々から欲しかったものだったし、使えるものは使ってやんよ

 

 ——あ、そうだ

 

 「因みにこれ、カメラ機能ってあります? 後は画像検索とか」

 

 「……あぁ。そのぐらいの機能なら、問題無く使えるだろう」

 

 我が世の春が来た!! これで勝つる!!

 

 来た! マジで来てる! なんだコレ!? 何なのコレ!? 俺の目の前に至宝が存在しているんですけど!?

 これで欲しいものは出し放題!! 行きたいところには行き放題!! 残しておきたい光景を残し放題!!

 ヤバい……令音さんが女神に見えてきた……!!

 

 「ありがとう。感謝します。愛しています」

 

 「……告白されてしまった」

 

 あ、つい令音さんの両手を掴んで高まった感情を暴発させてしまった……まぁいいか。きっと冗談だと分かってるだろうし、何より令音さん、隈ができているとはいえ美人だし問題ないよね?

 ……あ、今の俺って女じゃん。てか前世含めて愛してるなんて言葉初めて使ったな……なんか落ち着いたら恥ずかしくなってきた

 愛してるって……何を口走ってたんだろう俺。いや感謝してるのは事実だけどさ

 

 「失言しましたすいません。でも感謝はしてますありがとう」

 

 「……そうか」

 

 あ、あれ? なんでそんな残念そうに肩をすくめてるの? いや冗談だってわかってますよね?

 ……もしかして、やっちゃった? いやいや無い無い。俺に限ってそんな上手い話がある筈ないじゃないか。 流石に自意識過剰すぎるぞ千歳さん。そんな上手い話があってたまるかっての。……携帯貰うのも上手い話か。気にしないことにしよう

 

 「とりあえず携帯の件はありがとうございます。近いうちに十香達の方には顔を見せに行きますんで」

 

 「……うむ。いつでも来たまえ。因みに携帯のほうには、とりあえず私と……シンの番号を入れてあるよ」

 

 「令音さんはわかるとして何故に主人公クンの番号が……まぁいいか。それじゃ失礼しますね」

 

 「……あぁ。今日は助かったよ。ありがとう」

 

 最後に会釈をして席を立ちあがる

 なんかこれ以上いたらドつぼにはまりそうだったし……逃げるが勝ちってもんだ

 まぁそれでも、いい機会だったといえるんじゃないかな? 十香達の様子もわかったし、携帯も貰ったしで万々歳だ

 

 早速俺は、携帯の操作方法を直感で把握していきながら帰路につくのであった。……あ、充電器もらってないやん。コンビニとかで売ってるの使えるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……記憶を無くした”ゆりかご”が……今後、この世界にどう影響を与えていくか……」

 

 




とうとう……千歳さんが携帯を手に入れてしまった……
ただその携帯……GPSとか内蔵されてませんかね?

以外にこの組み合わせが好きかもしれないです。令音さんイイですよね。何か意味深なことを言ってましたけど気にしなくてもモ-マンタイです

何気大食漢だった千歳さん。心が男だから大食漢と言っても違和感はないね!

さぁ……ようやくだ。ようやく千歳さんの存在が、より危険視される回がやって来るぞー……フフフ

次回……四糸乃覚醒


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「彼女こそがヒーロー? 知ってる」

メガネ愛好者です

あー……最初に言っておきます
今回からオリジナル展開、オリジナル設定が盛りだくさんとなっていくかもです。原作重視の方は注意です
それでも基本は原作沿いにしていこうとは思っています。あくまで内容が変わった感じですかね?

そして何より、書き慣れない文法のため違和感満載かも……なんか一人称や三人称が混じっておかしくなったような感じに……くそぅ、シリアスが書けねぇ……これが私の限界だぁ……

……コホン。さて、サブタイのヒーローですが……大体の人は予想がつきましたかね? 四糸乃のヒーローといえば……私は断然あの子だと思うのですよ

それでは


 

 

 どうも、千歳さんだ

 一日かけてようやく操作法を熟知した俺は、早速携帯の機能を生かしてアルバムの整理を行っていた

 いやー今まではアルバムで写真やら記事やらを保管していたが、携帯があれば全てカメラに収めて保存しておけるよ。アルバムと比べて持ち運びが利くし、何より小分けできるからジャンル事に分けて保存することが可能だ。そのおかげで見たい写真をすぐに表示することが出来るんで、【(ゲブラス)】のストックにある”カメラ”と”アルバム”を記憶して置く必要が無くなった訳だ。だってその二つ、携帯で保存しておくことが出来るから覚えておくことないし

 その代わりに携帯をキープして置けば、【(ゲブラス)】で覚えて置ける容量に空きが一つできる——ストックに一つ余裕が出来るって訳だ! 流石携帯! やっぱりお前は最高のだぜ!!

 まぁ念のためにアルバムはとっておくけどな。もし携帯が壊れでもしたら面倒なことになるし

 

 そうこうして携帯を弄っていると……

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥ——————

 

 

 「……久しぶりに聞いたけど、相変わらずうるせーわな」

 

 

 何の前触れもなく、空間震警報が街中に鳴り響くのだった

 

 この警報が意味するのは……精霊の現界

 つまり四糸乃や十香、ミクなどの精霊達が”こちら側”に来る知らせみたいなもんだ。まぁ歓迎とは名ばかりの”おもてなし”が待ち受けてるだろうけどさ

 

 ……先日、令音さんは言っていた。十香は主人公クンと学校に行っていると

 つまりそれは……憶測だが、もう空間震を起こす事がなくなったんじゃなかろうか? 主人公クンの家に住んでいるってことは隣界に戻っていないってわけだし、戻らなければ呼ばれることもないだろうから……この空間震は、十香のものじゃあないと思う

 

 ——つまり、この空間震は十香以外の精霊だということだ

 

 十香以外の精霊……つまりは、そういうことなんだろう

 

 「……行くしかない、か」

 

 おじちゃん家の自室で横になりながら携帯をいじっていた俺は、その携帯を服のポケットにしまいつつ窓の先——家の外へと視線を送る

 

 

 おそらくだが……今の空間震で現れたのは——多分、四糸乃だと思う

 

 

 十香はさっき言った通りだから可能性は薄いし、ミクはそもそも可能性に入らない……筈だ

 何——ミクは空間震を()()()()()()起こす事が出来るみたいだからな

 

 

 

 ミクと精霊やら天使やらの話をしていた時、ミクはついでと言わんばかりに空間震の事も教えてくれた。……とは言っても、ミクだって精霊になって日が浅い方だから詳しい事を知っている訳ではない。独学故に確証も薄いという

 

 そんなミクが、確証がなくとも自信を持って言える事が——”自分の意思で空間震を起こす事”、そして——”人から精霊になった者は臨界しない事”だった

 

 現にミクは一度、空間震を(一応周りに人がいないか確認した上で)自身の意思で落とせるか試したみたいだし、精霊になってから今日まで臨界した例が無いらしい。これから先ずっと臨界しないとは言い切れないものの……少なくとも今は、臨界しそうな兆候は一切みられないらしいんだ

 

 ——だから、今回の空間震で現れた精霊はミクじゃないと思う

 断言する事は出来ないけど、可能性は限りなく薄い筈だ。寧ろ今になって臨界するなんて事があるのだろうか? 正直な話、考えにくい事だと思うんだよね。——だから俺は、今回現れた精霊が四糸乃なんじゃないかと予想したんだ

 まぁ、もしかしたら他の精霊かもしれないけどさ。俺の知らない精霊だっているんだろうし、確証が無い以上、四糸乃だと断言することなんか出来やしないし……

 

 

 ——だからと言って、見て見ぬ振りするのは性に合わんのだわ

 

 

 「【(ビナス)】——っと、あぶねっ」

 

 その言葉と共に、俺は部屋からを近くの家の屋根へと転移する。その際、最近雨が降っていたせいで濡れていた屋根に足を滑らせてしまうが、そこはなんとか転ばずに態勢を保ったのは言うまでもない

 

 「四糸乃ではなかったってオチだったらいいんだけどね。……どっちにしろ行くことには変わらんが」

 

 先程まで横になっていたことで多少固まった体を軽く慣らしながら、俺は民家の屋根の陰に隠れつつ周囲の状況を観察する

 先程まで平穏だった日常の中にいた人々。その誰もが慌ただしく動き出し、近くの避難所まで駆け足だって向かって行く。周囲の重要な交通機関も、十香が空間震と共に現れた日と同じく収納されていき……暫くすれば、街には警報音のみが鳴り響く

 こうしてみるとまるでゴーストタウンみたいだなぁ……なんて、客観的に周囲の状況を眺めつつ——俺は待つ

 

 果たして空間震と共に現れるのは四糸乃なのか、それとも……俺の知らない精霊なのか。……まぁ四糸乃じゃなかったからといって、その見知らぬ精霊を見捨てようなんては考えてないけどさ?

 例え俺に助ける義理が無かろうとも、例え精霊が助けを求めてなかったとしても……俺はやりたいようにやる、それだけのことだ

 とにかく今は、もうすぐ現界するであろう精霊が現れるまではその場待機だ。下手に探しに行った先の逆側に来られるのも面倒だしね

 

 そうして周囲が警報が木霊する中、俺は民家の家の屋根の上にてその時を待ち続ける。空間震が落ちるその時まで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ごきげんよう。少々……よろしくて?」

 

 「……あんた、誰だ?」

 

 ——そんな待機中の俺の前に、これからの行動を邪魔するかの如く現れた謎の少女

 その思わぬ来訪者が俺の未来を左右する存在だってことを……この時の俺は、まだ知らない——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——目標を確認。総員。攻撃開始」

 

 曇天の下、降り注ぐ雨の中を——四糸乃は逃げ惑う

 後方から襲い掛かるのは、彼女にとって恐怖の元凶と言っても過言ではない存在、AST

 彼女達は一切の躊躇も無く、その銃口を彼女へと向ける。……世界を壊す災厄を殲滅するために

 その銃口から放たれる銃撃を掻い潜り、四糸乃は必死に逃げ惑うのだった

 

 ……だが

 

 「きゃ……っ!」

 

 一発の弾丸が四糸乃の背中に命中する

 霊装があるから一発ぐらいなら十分耐えられるが、それでも背中に与えられた重い衝撃は十分に四糸乃のバランスを崩すのには十分で、その勢いのまま地面に落とされてしまった

 

 

 

 

 

 彼女は今、一人だ

 前までは彼女を支えてくれた友だちがいた

 前までは彼女を救ってくれるヒーローがいた

 

 しかし、今の彼女のそこに(左手に)は友だち……よしのんはいない

 

 それがとても、心苦しい

 怖い。寂しい。つらい。悲しい

 様々な感情がひしめく中、彼女に止めどなく降り注ぐ雨はいつにも増して冷たく感じる

 気持ち悪い。頭が揺れる。もう何が何だかわからない

 彼女に襲い掛かる恐怖はどんどん膨れ上がる。最早正気でいられない

 

 ——だが、彼女は堪え続ける

 

 友だちがおらず、今にも限界が訪れそうな彼女が何故堪えられるのか? 何故気を保っていられるのか? その理由は……残されているからだ

 彼女の支えとなる物が一つ、まだ残されているから——彼女はまだ堪えられる

 

 「——〈氷結傀儡(ザドキエル)〉ッ!!」

 

 叫びと共に、彼女は天使を顕現させる。——()()()()()()()()

 

 地面に落とされながらも彼女は諦めず、逃げる事だけを考え天使を顕現させる。その想いは天使に伝わり、ASTには目もくれずに冷気を放ちながら逃走を始めた

 ASTは天使の顕現に一度は警戒して動きを止めるも、目標が再び逃走を謀るのを視認するなり、再び先程までと同様に追撃を再開したのだった

 ……だが、その追撃は天使の力によって阻まれることとなる

 ASTから放たれる銃弾は降り注ぐ雨によって凍らされ地に落ちる。更には行く手を阻むかのように、ASTの前に氷の柱や壁が次々と現れ始めた。攻撃の概念こそそれらには無いが、四糸乃にとってはそれでいい。他人を傷つける気の無い彼女にとっては攻撃するよりも逃げる為に全力を出せばよいのだから

 だからこそ、四糸乃はただAST達の追撃を妨害するだけで一切攻撃を与えずに逃げ続けた

 

 彼女は未だに自身の心を保ち続け、その信念を曲げなかった。人を傷つけたくないという歪んだ慈悲を……傷ついた心に秘めつつも、その心は変えなかった

 

 前回はよしのんのおかげか、いつにも増して堪えられていた。今までとは違う。自分は一人じゃないと、そう感じた四糸乃の心の重りはいつもよりも軽かっただろう。これなら次に現界しても、よしのんがいるから大丈夫……例え怖い人達が襲ってきても、よしのんが私を支えてくれる。——そう、思っていた

 

 しかし……今回は今までとは誓う感情に満たされていた

 自身の左手にはよしのんがいない。それはまるでよしのんと出会う以前に戻ったかのように、彼女は再び恐怖に怯え、焦燥し始めた

 

 そして何より——心細かった

 

 

 

 よしのんと出会う前はいつもギリギリだった。空間震で現界する度に降りかかる恐怖は四糸乃の心を擦り減らし、恐怖で混乱した彼女は天使を顕現させて逃げ続けた

 襲われる度に不安に苛まれる。いつ自分が人を傷つけてしまうのかという不安が押し寄せてくる

 

 それでも苦痛や恐怖が嫌いな彼女は、人を傷つけたくないという感情を周囲の人に与えたくないが為に堪え忍ぶ。例えそれが自分を傷つける結果となったとしても……彼女の心は変わらない

 

 

 それこそが、彼女の歪んだ慈悲の形なのだから……

 

 

 そんな四糸乃が恐怖で心を擦り減らしていた時——転機が訪れる。千歳とよしのんとの出会いだ

 

 最初は怖かった。また自分を襲う人達なんじゃないかと……相手を衝動的に傷つけてしまうかもしれないと

 ——しかし、何故か千歳を見ていると、不思議と心が和らいでいった

 それはまるで柔らかいものに包まれているかのようなで……何処か温かく、心地良い安らぎを四糸乃は千歳から感じたのだ。それこそ四糸乃が千歳に言ったように、まるで母といるような安心感があったのだ

 そんな千歳と一緒にお風呂に入って、けん玉で遊んで、そして……かけがえのない友だちと巡り会わせてもらった

 隣界する時も、せっかく出会えた千歳と離れるのが……正直怖かった

 

 それでも気を強く持てたのは……千歳がくれた”よしのん”のおかげだ

 

 よしのんがいてくれるのなら何とかなる気がした。頑張れる気がした。だってよしのんは……四糸乃にとって理想の姿だったのだから

 自分とは比べ物にならない程に、明るくて、元気で、強くて、カッコイイ。まさに四糸乃の理想のヒーローみたいで……そんなよしのんの存在が、四糸乃の孤独を癒していった

 

 

 そんな、自分にとって替えのきかない大事な友だちが……今は傍にいない

 

 

 それは、一度味わった幸福が忘れられないのと同じように——よしのんの存在は四糸乃を依存させた

 ”よしのんがいれば”という安堵。それを失ったが為にくる不安。それは今までにない感情だった

 だからこそ、四糸乃にはその感情を払う事が出来なかった。払う手段を知らなかった

 その手段を知らない以上、彼女の心細さはなくならないだろう

 

 そうして四糸乃は一人になってしまった。今までに感じたことの無い不安と共に

 頼れる者が傍にいない、それがとても心細かった。その事実が左手を確認する度に突き刺さり、今にも頭が真っ白になりそうになる

 気を抜けば人に攻撃してしまうかもしれない。何をするかわからない。もう今すぐにでも感情が爆発しそうで……それが何より怖かった

 しかし、ここまで追い込まれて尚、四糸乃は堪え続けている。人を傷つけたくないと自分の頭に言い聞かせながら、押し寄せる不安を頭の隅へと追いやる様に

 体は震え、瞳からは止めどなく涙が流れ続ける。後ろから聞こえる銃撃の音に、今にも失神しそうになってしまう。……それでも四糸乃は堪え、逃げ続けた

 

 

 

 片手に握り締めるけん玉(千歳との思い出)を、胸に大事そうに抱きかかえて……

 

 

 

 「よし、のん……! 士道さ、……! ……千歳、さんっ!」

 

 彼女は自身に優しくしてくれた者達の名を呼びながら疾走する。その者達に届くよう……助けてほしいと想いを乗せて

 彼女は必死だった。必死に視界でその想い人達を探し続けた

 

 

 ——そして、想い人の一人と再会する

 

 

 「——四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 「…………!」

 

 その時の彼女の心は、例えるなら暗い部屋の中に一筋の光が差しこむような心境だっただろう

 

 近くのビルから聞こえたその声は、昨日よしのんを探してくれると言ってくれた、自分に優しく接してくれた少年——五河士道のものだった

 初めて会った時から自分に優しくしてくれた。こんな弱虫で、怖がりで、うじうじしてる私を……今のままの私を”好き”だと言ってくれた

 そして私の……ヒーローになってくれるって言ってくれた、初めて知り合う男の人

 勿論、最初は怖かった。千歳のように安心感があった訳でもない彼に、近づくだけでも身が竦んだ

 それでも……彼には何か、引きつけられるものがあったのだ

 千歳とはまた違う何か。千歳から感じた安ど感とはまた違う感情……しかしそれは、決して嫌な感情ではなかった

 そんな彼が来てくれた。もしかしたらよしのんを見つけてくれたのかもしれないという淡い希望が、四糸乃の心を照らし始める

 

 

 ——もしそれが、もっと早くに会えたならば……彼女の心は救われていたのだろう

 

 

 士道の存在に足を止めた四糸乃に、ASTからの攻撃が降り注ぐ。——多少の変化をもたらして

 銃弾は雨のせいで効果が無い。ならば魔力による光線ならばと巨大な砲門を四糸乃に向け放ったのだ

 結果は四糸乃の頬の辺りを掠めるだけに終わってしまったが……届いてしまった。四糸乃の元に、その脅威が 

 

 「ぁ……ッ、ぁぁぁあああああッ————!?」

 

 「——ッ、四糸乃ッ!!」

 

 その脅威によって、四糸乃の心に再び影が差す。押し留めていた恐怖が再び四糸乃の心を蝕み始め……逃走を再開した

 

 あの場にASTがいなければ結果は変わっていただろう。しかし、皮肉なことにこれが現実だ

 

 

 

 迫り来る恐怖を肌で感じながら、逃走を再開した四糸乃は走りながらまとまらない思考を無理矢理まとめて考える。——とにかく今は逃げ続けよう、と

 隣界に戻ることが出来れば、再び静粛現界によってひっそりと現界できる。その時に士道からよしのんを渡してもらえるかもしれない。もしまだ見つかってなくても、一緒に探してくれるかもしれない。運が良ければ、今度は千歳も手伝ってくれるかもしれない。もしかしたら千歳が見つけているかもしれない——そんな希望を支えに、四糸乃は逃げることだけを考える

 

 だから今は耐えよう。まだ、耐えられるから……

 

 明日への希望を胸に、彼女は再び握りしめる。その片手に持つけん玉を

 今やそのけん玉が彼女の心の支えと言っても過言ではなかった。よしのんがいない、士道がいない、千歳がいない状況で、彼女が縋れるのは……千歳との思い出だけだったから

 その支えがあるからこそ、彼女はなんとか自身の心を保つことができていた。逃げ続けることができていた

 

 

 

 ——その支えが無くなるまでは——

 

 

 

 「——っ!?」

 

 必死に逃げていたから気づかなかったそれは、四糸乃が気づいた時には既に手遅れだった

 突如として視界に現れた網目状の魔力の光が、四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に絡みつく。どうやらASTが罠を仕掛けて待ち伏せていたらしい

 

 巨大なウサギの人形を模した天使、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉は小回りが利かない

 確かに素早いフットワークを生かした逃走は、ヘマをしなければ誰にも追いつかれる事はない——そう言えるだけの速さを持っていた

 しかしその分、急な方向転換には対応することが出来ないのだ。故に誘い込まれ、罠を仕掛けでもされれば回避する事は難しい

 ASTも馬鹿ではないという事だった。この短時間で逃げる四糸乃の行動を予測し、取り囲むよう誘いこんでいた

 四糸乃が気付いた時には周りをASTに囲まれ、ASTは身動きのできない四糸乃に各々が持つレイザーブレイドを引き抜き襲い掛かる。その凶刃を四糸乃へと突き立てる為に

 

 しかし、四糸乃だってこんなところでやられるわけにはいかないのだ。会いたい人達がいるのだから

 四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に力を込め、絡みついた網状の魔力糸を強引に振りほどいて脱出する。いくらASTの隊員達が魔力をつぎ込もうが、役不足と言わんばかりにその拘束は天使の前には通用しなかった

 身動きがとれるようになった四糸乃を見て接近していたAST達は急停止、一旦攻撃のタイミングをを見計らうために後退する

 

 

 ——そこで、アクシデントが起こった

 

 

 「——ぁ」

 

 四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を無理やり動かして振り解いたせいで——その手に握り締めていたけん玉を落としてしまったのだ

 

 片手で操っていたのも原因の一つだろう。無理矢理動かしたときの揺れでバランスを崩してしまったのも不味かった。反射的に〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背中を掴んでいた方の手に力を込めたことで、四糸乃自身が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から振り落とされることは免れたが……その時、反対のけん玉を握っていた方の手から力を抜いてしまったのだ。——結果、その手からけん玉を滑り落とす事になってしまう

 

 ——今いる場所はビルよりも高い空の上。そんなところから……何の変哲も無いけん玉が、地面に落ちてしまえばどうなるか——

 

 「——ッ!!」

 

 四糸乃がその答えに至った瞬間、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から手を引き抜き、その巨体を踏み台にして真下へと跳躍する。そして四糸乃は今も尚、降下し続けるけん玉に向かって手を伸ばすのだった

 

 

 ——あれだけは……あれだけは……ッ!!——

 

 

 今、四糸乃に縋る物はそれしかない

 天使から離れた四糸乃を見て、チャンスと思ったASTが銃口を四糸乃に向け放ってくるも、四糸乃はそれを気にしなかった。……いや、気にしていられなかった

 高所から落下する恐怖さえ今の彼女の目には映らない。降り注ぐ銃撃が自身の体を掠めようとも気にする余裕なんてありはしない

 

 とにかく四糸乃は……失いたくなかった

 

 温かく、心地よい、千歳との大切な思い出を壊したくなかった

 

 

 

 壊したく……なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ザァァァァァ——————

 

 

 

 「……」

 

 曇天の下、降り注ぐ雨は今の彼女の心を示しているのだろう

 雨の中佇む少女の姿は、見るも無残な姿をしている

 特徴的なウサギの耳飾りがあるフード付きのレインコートはボロボロに破け、その破れた箇所からは徐々に赤く染まっていく

 少女から少し離れた位置には、糸が切れたかのように横たえる天使が少女の方に顔を向けた状態で事切れていた

 そんな少女の周囲には、彼女を殲滅するために武装した集団が取り囲んでいる。しかし、何の反応も示さなくなった少女に……彼女達は何処か不気味さと、言い表せない胸騒ぎを感じていた

 

 そこに佇む少女から……何かを感じるのだ

 

 

 まるで——開けてはならない扉を無理矢理こじ開けたせいで、扉の留め具を壊してしまったかのような……取り返しのつかない事態を

 

 

 後戻りが出来ない何かを少女を取り囲む集団——ASTは、その肌で感じ取っていた。故に警戒を緩める事が出来ないし、下手に攻撃するのも危ぶまれる

 

 少女も天使もASTも、誰も動きを見せずに佇む

 大地に降り注ぐ冷たい雨の音だけが、唯一この場に鳴り響く

 その降り注ぐ雨音が——悲しみに泣く子供の心を感じさせた……

 

 

 

 

 

 「……」

 

 やがて、その身に纏う霊装をところどころ血に染めた少女に動きが現れる

 傷だらけの体なのにも関わらず、少女はその痛みに反応を示さなかった。——示す程、心にゆとりが無かった

 そんな少女の動きに反応したASTが、何かアクションを起こす前に少女を殺そうと銃口を向ける

 

 

 ——ことが出来なかった

 

 

 今更ながらに彼女達全員が異変に気づく

 

 自身の体が——動かないことに

 

 プレッシャーで体が動かないのではない。()()()()()()()()()()()()かのように微動だにしないのだ

 困惑するASTの隊員達、だが声を発することもままならない。視線を動かすことも出来やしない。AST隊員全員が、少女から目を離せないまま金縛りにあっていた

 そんな彼女達は、徐々にある感情を抱き始めていく

 

 

 それは——冷たさだった

 

 

 背筋が凍るかのような冷たさ、肝が冷えるような冷たさ、頭が鮮明に冴えるような冷たさ

 

 

 それはまるで——心の底から氷漬けにされていくような錯覚

 

 そしてそれが、今自身達の身に起こっている現象——()()()()()()()()()()()かのような膠着状態の原因にも感じたのだった

 

 

 そんなASTに目もくれず、少女はその場にしゃがみ込む。目の前に映るその光景を、視界に入れて

 

 

 

 「……や、だ」

 

 

 

 掠れた声が静まり返った場に響く。その悲鳴にも似た掠れた声は、雨が降り注ぐこの場の者達によく聞こえたことだろう

 

 それは少女——四糸乃が漏らした悲痛な呟き

 

 その呟きを漏らした少女の姿は……もう見ていられない程に、痛ましい

 

 

 「……や、だ……やだっ……やだ、やだやだ、やだやだやだやだやだあああああ——ッ!!」

 

 

 雨が降り注ぐ中に響く慟哭は、その場にいる者全ての耳に届いたであろう

 砕けた”ソレ”を手に握り締め、繰り返し否定の言葉を吐き出し続ける

 その顔は受け入れられない現実を、必死に否定しようと涙を堪えていた

 

 今泣いてしまったら……わかってしまう。それだけは……理解、したくない……ッ!

 

 

 ——だが、それもやがて、嫌でも直視させられる

 

 

 「——っ……ぁ……あ、れ……?」

 

 

 ——痛みを感じた

 

 

 痛みから来る本能によって、四糸乃は握りしめていたモノを手放してしまう。——全体的に砕け、一部を血に染めた”ソレ”を

 四糸乃は強く握りしめたせいで、その砕けた破片によって手のひらを切ってしまったのだろう。——その傷から四糸乃の手のひらと、砕けた”ソレ”に血が滲んでしまった

 

 ”ソレ”によって傷つけられ、手のひらから徐々に流れる”まっかなえきたい”

 

 ASTによって傷つけられた自身の体から滴り落ちてきた”まっかなえきたい”

 

 

 その二つに染められた……四糸乃の大切な”宝物”

 

 

 四糸乃は恐る恐る見つめたその先で……今しがた自分が手放した”ソレ”を視界に移す

 

 

 

 

 

 痛みによって、手のひらから手放してしまった”宝物(ソレ)”……最早修復不可能な程に砕け散り、自分の流した血(まっかなえきたい)によって染められた(汚された)——けん玉(千歳との思い出)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——今頃、この映像を見ている〈フラクシナス〉のクルー達は慌てている事だろう

 精霊である四糸乃の感情値がどんどん降下していっている。——それこそ、四糸乃の霊力値がマイナスに行かんとばかりに下がっているのだから

 

 

 

 

 

 霊力値が下回る——マイナス値に下がるということは、ある事象を意味する

 

 

 ——霊結晶(セフィラ)の反転——

 

 

 それは精霊が深い”絶望”の底に叩き落とされたときに起こる現象

 精霊本来の人格を閉じ込め、天使とは比べ物にならない程の力を持つ破壊の象徴、魔王を顕現させる

 

 そうなれば後は……滅ぼすのみ

 

 周囲を滅ぼし世界を壊す。精霊が災厄たる力を無差別に行使し始める

 

 それを止めるべく、通信を受けた少年(士道)は自身の手で助けられた——救うことが出来た元精霊の少女(十香)と危険を顧みず向かっている。琴里の制止にも耳を貸さず、四糸乃の元へと一分一秒でも早く辿り着く為に、少女が操る天使はその速度を増していく

 しかしながら、辿り着くにはまだ遠い。それは予想以上に速度を出していた四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉によって、その距離を離していたが故に

 

 ——だからこそ間に合わない。既に四糸乃の霊力値はほとんど底まで降下し、もうすぐ彼女は——魔王へと変貌するだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……あー……おねーさん達?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だがそれは、彼女だけのヒーローによって阻止された

 

 急に聞こえた妙に甲高い声。それは今も尚、糸が切れたかのように横たえる()使()()()鳴り響く

 その声に——今や聞き慣れたその声に、今にも”壊れそう”だった四糸乃の心に再び光が照らし始めた

 

 それは先程の様な一筋の光ではない。不確実な淡い希望でもない

 

 暗い部屋全体に行き届く程の光輝く極光が——確信に満ちた眩しい希望が部屋()の中に満ちていく

 

 

 四糸乃はその声だけで、堕ちかけていた心を引き上げたのだ

 

 

 四糸乃は顔をあげ、自身が待ち望んで止まなかったその声が聞こえた先——”自身の天使”に視線を向ける

 周囲にいるASTも、急な言葉に驚きを隠せない表情でそちらを向こうとするも、顔も向けられず表情も変えられない。未だその強力な金縛りは続いていた

 

 

 だからこそ、四糸乃にだけがその変化を間近で一から見ることが出来たのだ

 ASTも、〈ラタトスク〉も……()()()()()知らない未知の力を

 

 

 『ちょぉーっと、おいたがすぎたぁねぇ?』

 

 そんな、甲高い声が響く天使に……徐々に変化が現れ始める

 

 『まったくさぁ……度し難いって言うのかな? こういうの』

 

 天使が徐々に、黒く染まっていく

 

 『()()としてはさぁ、四糸乃の為にもあんまり干渉しないつもりだったんだけどねん?』

 

 黒く染まりきった天使が、収縮を始める

 

 『——でぇも、こうも四糸乃の心を傷つけたとあっちゃぁ……見過ごせないってな要件なのさ』

 

 収縮していった天使は直径二m程の球体へと変化し、四糸乃のすぐ正面まで漂い、近づいていく

 

 『四糸乃の優しさ(慈悲)がおねーさん達を生かしていたよーなもんだったんだけどぉ……もう、手遅れだよ?』

 

 その球体にまた、変化が訪れる

 

 『何せボクの堪忍袋の緒がプッツンしちゃったもんねー! ……許さないよ?』

 

 その変化は劇的で、最早〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の原形を留めていなかい

 

 『いやー、それにしても千歳ちゃんには感謝感謝だ! こーしてボクが()()()()()()()()()()()をくれたんだからねー」

 

 変化は終わり、そこに佇む天使だったものは——()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

 

 

 「さーてッ、いーらなーいモーノはー……ゴミ箱にポイッ! てね?」

 

 

 

 ウサギを模しているその左耳が、途中で引き千切れた耳飾りをフードから垂らしていた

 右目には黒いボタンの様な形をした眼帯を付けている

 少女の髪は、四糸乃と同じ髪型なのだが……その髪の色は白髪を基準にちらほら黒髪が混じっている。それはまるで……白き世界を染め行く黒き浸蝕とでも呼ぶべきか

 主に可愛らしさが目立つ四糸乃の霊装と比べ、全体的に黒を基準に白の装飾を施されたフード付きコートは、四糸乃の可愛らしさとは正反対の格好良さを目立たせていた

 

 そんな少女の右手には、先程まで形を留めていた四糸乃の大切な宝物(けん玉)の持ち手を模した、身の丈以上の大槌を担ぐように持ち上げている。更にはその大槌の先端から伸びる霊力によって作られた糸が、紫色の氷で作られた球体に繋がり、球体自体は頭上に浮かぶように漂っていた

 

 

 そして、そんな彼女——四糸乃と同じ顔をした少女が——よしのんが告げる。……その口を三日月形に歪めながら

 

 

 

 

 

 「はいはーいッ! でぇは、これから四糸乃の為に送る()()()()のヒーローショーを行おうとしよーじゃないか!! 四糸乃を傷つけた分、最後まぁで……狂死(くるし)んでいってね?」

 

 

 

 

 

 かくして、一人の少女だけのヒーロー(よしのん)が、ヒロイン(四糸乃)を守る為に立ちあがる

 ——その左目に宿る【()()()】で、己が対峙する敵役(AST)を見据えながら……

 

 

 

 

 

 今日この日、天使でもなく魔王でもない災厄————”堕天使”が顕現した

 

 




はい! そんな訳で四糸乃(の天使)覚醒回でした! ……どちらかといえばよしのん覚醒回でしょうか?
……あれ? 覚醒よしのんの姿、どこかで見たことがあるような……気のせいかな?

白黒兎「……」

——さ、さて! いろいろ詰め込み過ぎたせいで自分自身も把握しきれていないかもしれないという作者殺しが発動しました! ……詰め込み過ぎだよ私
では、少しずつちょっとした解説を……
まず一つ目、多分一番気になる堕天使ですが……原因は千歳さんです
二つ目によしのんが見せた【心蝕瞳】ですが……原因は千歳さんです
三つ目にAST隊員が受けていた金縛りですが……原因は千歳さんです
そして四糸乃が反転しそうになった件ですが……原因は千歳さんです

……あれ? 全部の原因、千歳さんじゃね?

主人公クンは十香の玉座型スラスター(?)で四糸乃の元に疾走中ですね。ガンバレ主人公クン! 千歳さんが来る前に封印しないとかなり厳しくなるぞ!
……あれ? もしかしたらよしのんも大きな障害に?
霊力封印=よしのんも封印される、かも……?
……あれ? 四糸乃反転待った無し? これヤバくね?

因みに今回、一番つらかったのは四糸乃に酷い仕打ちをさせてしまったことです。心が痛い

そんな次回……一体どうなるんだ!? 私にもわからないです!(オイ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 【四糸乃オンリーヒーロー】

メガネ愛好者です

とうとうサブタイに変化が……
一応意味としては「四糸乃だけのヒーロー」って意味ですが、あってますかね?

さて……よしのんが主人公します
今回は頑張った! 何せ戦闘描写っぽいものを書きましたからね! 伝わって頂ければ何よりです

正直よしのんっぽくなくなるかもしれません。最早よしのんじゃないかもしれません
ここのよしのんはこんな感じと割り切ってください。それがダメなら別キャラだと考えれば……



前回わかりにくかった人の為の簡単なあらすじ

・千歳、常連さんにシェルターへドナドナされる
・四糸乃、ASTがいじめてくるから天使出して脱兎
・四糸乃、士道との会話中に邪魔され再び脱兎
・四糸乃、脱兎中にASTの罠にかかる。実は賢いAST
・四糸乃、その時に千歳との思い出の品を落下粉砕
・四糸乃、「もうつらたん。反転しちゃうもん!」
・よしのん、天使に宿ってメタモルフォーゼ!人型に
・よしのん、四糸乃を虐める奴ブッコロ宣言

こんな感じです

それでは


 

 

 「んー、とりあえず……まずは傷を塞がなきゃダネ、四糸乃」

 

 そう言ったよしのんは、右手にけん玉型の天使(?)を担ぎ、左手を自身の霊装(?)のコートにあるポケットに入れながら、その異質な左目で四糸乃の方に視線を送る

 その目に映った四糸乃はあちらこちらに怪我を負い、今にも倒れそうなほどに消耗しきっていた。——だが、その表情は涙を流しながらも、とてもうれしそうな笑顔を咲かせている

 

 「よし、のん……よしのん……ッ! よしのん!!」

 

 「はーぁーいー。今ここにっ、四糸乃のヒ-ローよしのん見参ッ!! 四糸乃の為に道理を蹴っ飛ばしてやってきたよん♪ ……頑張ったね、四糸乃」

 

 「……! う、ん……うん……!」

 

 「遅れちゃってごめんね? でもほらよく言うっしょ? ヒーローは遅れてやって来るもんだーってさ? その分、四糸乃の窮地に超パワーアーップしてきたんだから! ……だから、絶対に守るよ。だってよしのんは四糸乃のヒーローだからね」

 

 「あり、がと……よしの、ん……」

 

 そんな四糸乃に返事を返すよしのんの顔は、”悪戯好きだが憎めない”……そんな活発的な子供が見せる様な無邪気な表情だった。その顔を見た四糸乃は大きな安堵の息を漏らす

 もうこれで大丈夫、私のヒーローが来てくれた……そう感じた四糸乃からは、今まで流していた涙とは別の情がこもった涙を流すのだった

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、いつの間にか()()()()()()()()()四糸乃を確認した後、よしのんは再び悪者(AST)に向きなおる

 

 「フンフンフフンフ~ンッ♪ さーてさてさて、おねーさん達? ボクと一緒にアソビマショ?」

 

 よしのんはブンブンと右手に担いでいたけん玉型の天使のような武器を片手で軽々と振り回しながら肩を鳴らす

 そんなよしのんを見るASTは——まだ動けないでいた。未だに金縛りが続いている為抵抗が一切できないのだ。……まぁそれ以上に気になることがあった為、例え動けたとしてもすぐには動けないであろう

 

 

 その理由は……あの”瞳”の事だった

 

 

 おかしい、ありえない、何故”アレ”が……そんな疑問がAST隊員達に広がっていた。

 どういう訳かはわからない。そもそも”アレ”は”あの精霊”だけのものではなかったのか? と、混乱せずにはいられない

 何故ASTの隊員達が皆、揃って混乱しているのか? それは、ここにいる誰もが——その”瞳”を知っていたからだ

 

 

 ”アレ”は間違いなく——【心蝕瞳(イロウシェン)】だ

 

 

 AST隊員の中でその瞳を見て復帰出来た者ならば絶対に忘れない。例え直接見ていなくとも、その危険性故に周知の事実となっているその”瞳”

 忘れたくとも忘れられないあの瞳は……色は違うが、その周囲の光をも飲み込むかのような”仄暗い光”を宿す群青の瞳は、間違いなく〈アビス〉と同様の”瞳”だった

 

 その瞳を見て綺麗だと魅入った者、気味が悪いと身震いした者とこの場に居合わせたASTの意見は大体半々だろう

 だがどちらとも、その瞳に魅入ったことには変わりない

 

 

 だからこそ彼女達は()()()()()()()()()()()

 

 

 そんな何の反応も見せない彼女達に、よしのんはなんで返事をしないんだろう? と首を傾げ……気付く

 

 「アレアレ? ……! おーっとっとぉ、忘れてた。いやーごめんごめん忘れてたよ~、そーいえば〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉を使ったままだったね。そりゃー返事が出来なくてもしょうがないってもんだよ」

 

 自身が何らかの力を行使していたと周りに告げながら、よしのんはポケットに入れていた左手を引き抜き——指を鳴らした

 その音が鳴ると同時に——解放される

 

 『……ッ!』

 

 よしのんの行動に彼女達から声が漏れ始める。よく見ると視線を動かす者達や、空気を吸い込む者達も見受けられた

 ()()()()()()能力を解除したのを確認したよしのんは、改めてAST達に問いかけるのだった

 

 「これで喋れるよねん? ——んじゃーさっそく”ゲーム”と行こうじゃないか!!」

 

 よしのんが高らかに宣言するも、場は張り詰めた空気が収まらない

 それもそうだろう。首から上だけが自由になったからと言って、よしのんの言うことを聞くつもりはASTには無いのだ。今は警戒を解かず、何とかこのよくわからない力を打開しようと抵抗を続けようとしている為、よしのんの言葉に返事をするものはいなかった

 

 「あーらら、ボク嫌われちゃったかな? ……まぁいいや、そんなことはこの際どうでもいいしね。それでは気になるルール説明! 説明が終わったら能力を解くからおねーさん達は逃げちゃってね?」

 

 そう聞いた瞬間、AST達は好機だと思ったことだろう

 何せ自分からこの忌まわしい呪縛を解くと言っているのだ。それはつまり、攻撃のチャンスが訪れるということを意味する

 相手は二体、そのうち一体はあの攻撃をしてこない〈ハーミット(弱虫)〉だ。それも手負いの為に狙いやすい上、この正体不明の存在——天使が姿を変えた存在は〈ハーミット〉を守りながら戦わなければいけないだろう。ならば慎重に行けば倒せない事も無い筈だ

 

 ——だが、次の行動でその考えは甘いものだったと自覚することとなる

 

 

 

 「〈堕天・氷結傀儡(ザドキエル・フォールダウナー)〉——【人形師の遊技場(マリオネッツフガール)】」

 

 

 

  ——ガァァァァァン!!

 

 

 

 説明の途中、よしのんが持つけん玉型の天使——いや、堕天使の名を呼び、その丸く凹んだ柄の先を地面に叩き下した

 

 

 ——瞬間、その余波が周囲に広がった

 

 

 『——ッ!?』

 

 最早その光景に、AST達は言葉にならない悲鳴を上げた

 

 周囲のビルは衝撃によって薙ぎ倒されながら後退し、地面は平面となるよう分厚い紫の氷が直径約数㎞に広がり、それはまるでスケートリンクの様なステージへと変貌した

 その縁からはまるでオーロラのような膜がドーム状に現れ、ステージを覆っている

 四糸乃がいたところには観客席の様な屋根付きの小屋が現れ、防護壁のように透明な氷が張り巡らされた

 

 

 

 ここに、一つの氷のステージが完成した

 

 

 

 ——異常すぎた

 ASTは戸惑いを隠せない。地形を変える程の力を持つなど、それこそ地形をその一振りで両断する精霊——危険度AAAの〈プリンセス〉に匹敵するではないかと。危険度Bの〈ハーミット〉がこれほどまでの力を持つなど、彼女達には信じられなかった

 

 だがこれが現実だ。そもそもASTは……一つ、忘れている

 

 

 

 ——精霊は、一体だけでも世界を壊す程の力を秘めているということを——

 

 

 

 そんなASTの混乱などいざ知らず、よしのんは説明を再開させた

 

 「場所も整ったしぃ、説明を再開するよー? ルールは簡単! ズバリ鬼ごっこ! ボクから逃げ延びればおねーさん達の勝ちだぞ? 景品は美味しい美味しいよしのん印のかき氷だ!」

 

 わ、割に合わない……

 多分、よしのんの説明を聞いていたAST隊員達はそう考えただろう。自分の命がかかっている現状でかき氷が景品とか……いや、そもそも景品目的で対峙しているつもりもないのだが

 ……観客席の方で幸せそうな表情で美味しそうにかき氷を食べている〈ハーミット(四糸乃)〉を見てはいけない。食べてみたくなるから

 

 「範囲はこのステージの内側だけねん? そこから出ちゃうとぉ……」

 

 よしのんは説明しながら、その大槌の先から伸びる霊力の糸を場外に崩れて倒れているビルの残骸に伸ばす

 辿り着いた霊力の糸の接着面は少し凍って張付いているように見られる。それを確認したよしのんが軽く大槌を引くと、一気に糸が伸縮して四糸乃の元まで引き寄せられる。——その質量を無視した速度で

 それだけでも驚愕に値するのだが、今回の見どころはそこではない。”場内から出た場合どうなるか”だ

 

 それもすぐ分かることとなる

 

 

  パキィイィイィイイイィイン!!

 

 

 ビルの残骸がステージを覆っているオーロラの膜に触れた瞬間、その辺りから一気に凍り始めたのだ

 その残骸が場内に入りきった後には、既にその霊力の糸についているビルの残骸は紫色の氷塊とかしていた

 よしのんはその氷塊をもういらないと言わんばかりに、向かってくる勢いのままに反対方向へと飛ばす。その氷塊は……再びオーロラの膜に触れると粉々に砕け散った

 

 「——と、こーんな感じにステージから出ちゃうと危ないから気を付けてねん♪ 一度その膜を通過すれば氷漬け、二度目は粉砕玉砕大かっさーい!! ——粉々に砕け散るよ?」

 

 今の光景を見た一部のAST隊員達の顔が青ざめているが、よしのんは気にせずに説明を続ける。それはもう、彼女の宿主である少女にあった慈悲も無く……

 

 「さてッ! おねーさん達は逃げ延びるか、僕を倒せばゲームクリアー! そしてボクの勝利条件はぁ~……おねーさん達の場外ノックアウトだよん♪」

 

 その時のよしのんは、実にいい顔をしていただろう

 それはまるで無邪気な子供のようで、それはまるで……頭のイカレた狂人のような酷く歪な笑顔だった

 

 ASTは気を引き締める直す。困惑していたASTも、その表情を見て改めて自分の使命を思い出したのだ。今、目の前にいる存在こそ——自分達が殲滅すべき対象であると

 何より彼女は危険だ。放っておくことなんて、正義感の強い彼女達には出来なかった

 

 

 

 「んじゃー始めよっか! 見ててね四糸乃ー、今からボクの強さをた~っぷり見せちゃうよっ♪ 心配はモ-マンタイさぁ。何せ、よしのんは四糸乃のヒーローだからね!!」

 

 

 

 ここに、一人の少女の為だけに生まれたヒーローは、少女を楽しませる為にヒーローショー(無慈悲な蹂躙劇)を開演させたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……とは言ったものの、流石に霊力使いすぎたな~。出てきたばっかりだから加減が分からないや)」

 

 そんな彼女の内心は、結構焦っていたりする

 何せこのステージ——【人形師の遊技場(マリオネッツフガール)】はよしのんの霊力をかなり削っていたのだ

 無理もなかろう。これこそがよしのんの最大出力、よしのんにとっての必殺技のようなものだったのだから

 

 本来、使うつもりではなかった

 しかし四糸乃が傷つけられ、ボロボロになった姿を見た瞬間——よしのんは頭に血が上ってしまい、感情のままに使ってしまったのだ

 

 そして露わにするのは……静かな怒り

 

 憎らしい、恨めしい、狂わしい程に怒りが沸いた

 

 よしのんは思う。四糸乃を傷つける者は全て……消えてしまえばいいと

 

 そんな歪んだ感情に歯止めはない。敵に慈悲を与えず完膚なきまでに消し潰す。……そう考えてしまえば、もう止まれなかった

 

 「(ふつーに堕天使だけでも……まぁボク自身が堕天使なんだけどぉ? 大槌だけでも十分だったんだけどね。……もういいや! さっさと”ゴミ掃除”すればそれで終了! それで終わりなんだからさっ)」

 

 よしのんの考えがまとまった頃には、AST達にかけていた能力も消え失せていた

 せめてもの慈悲をと能力を消したつもりであるよしのん。しかし、彼女の本心は——希望をチラつかせ、絶望に叩き落すというもの。結局そこには慈悲もなく、ただただ”無慈悲”な感情しかない

 そんなよしのんは拘束を解いたASTに向けて、その身の丈以上の大槌を振るい始める

 

 「(大丈夫、なんたってボクは……よしのんは四糸乃のヒーローだからね!)——よーしっ! はじめよーかおねーさん達!!」

 

 彼女に後退は存在しない。後退するヒーローなど何処にいようか? 故に、ヒーローはただ突き進み、敵を蹴散らすのみ

 

 たった一人の、少女の為だけに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早ASTは悪夢を見ているような気分だっただろう

 何故なら——既にその場はよしのんの独壇場と化していたからだ

 

 

 理由を挙げるのならば、主に三つ

 

 

 まず一つ目に、このステージは彼女が作り上げたものだからだ

 

 よしのんはまるでスケートをするかのようにステージを縦横無尽に滑りまわる。それはもう、見惚れるような綺麗な舞を魅せながら

 妨害しようと破壊を試みるも、ステージの氷自体がかなりの強度を誇っているため火力の低い武器では傷つける事すらできやしない。その毒々しくも鮮やかな薄紫のステージを見ているだけでもあまりいい気分ではないというのに、破壊が困難という時点で最早苛立ちが隠せないAST。楽しそうにそのステージを踊るようにして滑るよしのんがこれまた憎たらしくて仕方が無かった

 それもそうだろう。何せそのステージはよしのんの霊力をふんだんに詰め込み、圧縮したことによって強度を最硬までに高めているのだから。そんじょそこらの武器では歯が立たないであろう

 光線系の武器で何とか溶け始めるか? というところだが、そんな暇はよしのんが与えるわけがない

 

 

 次に二つ目、あのけん玉のような武器だ

 

 接近戦ではその大槌を、中・遠距離戦では霊力の糸に繋がった氷球を巧みに操り、彼女達を襲うのだ

 鈍重に見えるその大槌を高速で振るい、その厳つい見た目通りの重い一撃を与えてくるため、彼女達が所持するレイザーブレイド〈ノーペイン〉では軽々と弾き飛ばされてしまう

 遠くから銃撃戦をすれば、その霊力の糸に繋がった氷球が糸によって予測不可能の軌道で縦横無尽に辺りを飛び交うのだ。鉛玉は凍らせ取り込み、光線はまるで鏡のように角度を変えられ逸らされる

 ミサイル弾はその氷球が叩き潰す。爆発によって砕け散ったとしても、氷球は周囲の水分を取り込み即座に再構成、下手をすればその大きさが増していく

 大きくなるから遅くなるのでは? 否だ。速度なんて落ちやしない、質量を無視した速度で迫る球体は随意領域(テリトリー)越しにもその衝撃は伝わり、吹き飛ばされる 

 

 

 そして三つ目、よしのんが定めたルールに……勝利条件しか述べられていないことだ

 

 それはつまり——反則なんてありはしない、問答無用のバトルロワイヤルであるという事

 こちらは限られた装備の中で相手を殲滅しなければいけない。元々〈ハーミット〉の殲滅だった為、そこまで攻撃性のある武装は無いのだ。だからこそ決め手がない

 だが相手はけん玉型の武器の他にもステージの氷を利用し、氷柱や氷の(つぶて)、挙句の果てにはステージの膜をすり抜け拳台の雹を降らしてくる。もうやりたい放題だ

 

 そして何よりの失敗が……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これが一番ツラい。私達が逃げ延びたら勝ち? 一体いつまで逃げ延びればいいと言うんだ?

 

 その答えは——”よしのんの気分次第”というASTにとって残酷なものだった

 

 ASTだって無尽蔵に力を使えるわけではない。ここまで〈ハーミット〉を追い込むのにもかなりの魔力を使ったのだ。それなのに今度は危険度AAAに届く程の力を持つ謎の存在との交戦? 悪い冗談にしか思えない

 

 

 ——もう結果はお分かりだろう?

 そんな三つの理由が合わさり、経過した時間は……約3分

 

 

 

 「ハイハイこれでぇ~……ラストォオッ!!」

 

 「あぐぅっ!!」

 

 最後にレイザーブレイドで特攻を仕掛けてきた白髪の少女を場外に飛ばして氷漬けにする

 

 

 これにてよしのんのヒーローショー(無慈悲な蹂躙劇)は終演した

 

 

 どうやら随意領域(テリトリー)のおかげで肉体ではなく周囲のバリアーを凍らす結果となったAST、その為ステージの周囲には、多数の直径二m前後の氷球が転がっている。ある意味異様すぎて不気味だ

 

 「……っ! ……はぁ、はぁ……ッ……」

 

 辺りの光景を確認し、その脅威が無くなった事を察知したよしのんは堕天使を消して、肩の力を抜いた

 涼しい顔で余裕の笑みを浮かべていた彼女だったが……力を抜いた途端、一気に全身から汗が吹き出し、息を荒げ始めた

 そのまま襲ってくる疲労に逆らわず、よしのんは氷のステージの中心に大の字で寝転がるのだった

 

 彼女自身、既にギリギリだった

 

 最初に行った【人形師の遊技場(マリオネッツフガール)】でほとんどの霊力を使ったよしのんは、残された霊力で数十人にも及ぶ敵と対峙した

 場は有利とはいえ、数が数だ。彼女達の波状攻撃は正直、強かった

 相手にプレッシャーを与えるため苦しい顔を一度も見せなかったよしのんだったが、何度崩れかけたかわからない。よしのんの方こそ、気を抜けない戦闘だったのだ

 その上、最後の少女は単身でもかなり強かった。寧ろ他の人達が束になってやってきた波状攻撃なんて目じゃなかった

 

 何なのあの子? 大槌で吹き飛ばした筈なのに、瞬きの間に懐まで詰め寄ってきたんだけど? あの細身の剣でなんで大槌を弾き返せるの? ホントに人間? 最早精霊の域に達してる気がするんだけど?

 

 それでも勝った。ボクは勝ったんだ。四糸乃を守れて——四糸乃のヒーローになれたんだ!!

 

 その事がとても嬉しかったよしのんは、疲労し尽して鉛のように重く感じる腕を持ち上げ拳を突きだし……人差し指と中指を天に向けて突き上げた

 

 

 

 「勝利のぉ……ブイッ!!」

 

 

 

 その表情は、先程浮かべた狂い歪んだ顔などでは無い、純粋な笑顔だった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ~しの~。おわったよ~」

 

 ある程度動けるようになったよしのんは、それでも尚重たい体を引きづるようにして四糸乃の元へと歩み寄っていた

 

 「……四糸乃?」

 

 だが、よしのんの言葉に返答はなかった

 

 返事の無い四糸乃に、よしのんは何かあったのかと不安になり、その重たい体で無理して駆け寄った

 駆け寄った先、その先に見た光景を見たよしのんは――一気に気が抜けてしまうのだった

 

 氷の観客席、その周囲に張られた防護壁は、ステージを覆っていたオーロラの膜と共に消え去っている。そして、その中にある観客席に座っていた四糸乃は――

 

 「……ありゃりゃ、寝ちゃったかぁ」

 

 そこには——安心したような、満足したような表情で眠りに落ちている四糸乃が座っていた

 

 

 

 彼女はしっかりと目に焼き付けた。よしのんの雄姿を

 迫りくる多数の敵をも圧倒し、無双したよしのんの姿を四糸乃はきっと忘れないだろう。自分だけのヒーローの姿を

 そんなよしのんがこれからも一緒にいてくれる。助けてくれる。救ってくれる

 そう思えた四糸乃は、張り詰めていた緊張が一気に解け、よしのんの勝利のピースを見ると同時に眠りについてしまったのだった

 

 

 

 眠ってしまった四糸乃の頭を一撫でするよしのん。よしのんの手が触れると、それに反応したのか、四糸乃は口元を綻ばせる

 そんな眠ってしまった彼女を起こさぬよう、よしのんは四糸乃を抱き上げた。所謂お姫様抱っこというやつだが、背丈も同じよしのんが四糸乃を抱き上げる姿は、無理して見栄を張った男の子が同年代の女の子を抱き上げたかのような微笑ましさの方が印象強かった

 現に疲れた体では人一人を持ち上げるのは辛いものがあるのだが……相手は四糸乃だ。彼女のヒーローであるよしのんからすれば、この程度へっちゃらである

 

 よしのんは四糸乃をゆっくりと抱きかかえ、周囲を見渡す

 いつまでもここにはいられないし、それに……四糸乃には見せたくない()()()が残っている

 その為、一旦四糸乃を安全な場所に移動させようと思ったよしのんは、安全に四糸乃を寝かせて置ける場所を探し始めようと行動に移すのだった

 

 

 そんなよしのんが移動しようとした矢先――

 

 

 「——四糸乃?」

 

 「んー?」

 

 ——主人公達(士道達)が、よしのん達の前に姿を現すのだった

 

 




よしのん無双! だが結構ギリギリだった模様
そんなよしのんが危機を感じた白髪の少女とはいったい!?(しらばっくれ)

やっぱり氷の能力っていいですよね! やりたい放題できますから!

いろいろ気になるオリ設定はありますが、そのうち明かされていくとは思いますのでその時までしばしお待ちを
それでも気になるという方に一つ、よしのんの瞳は【心蝕瞳】=〈第四の瞳〉と考えてもらえればよいかと
後は【心蝕瞳】の特徴としては、色は各々違います
ただそこに独特な「仄暗さ」があるのです。故にパッと見ただけで直感的にそれだとわかるようになっております
そして何より、【心蝕瞳】の効果は人それぞれなのですよ。これ大事

……あれ? 【心蝕瞳】といえば……そういえば千歳さんはどうしたんだ?

まさかの千歳さん不在回となってしまった。もしかしたら次も……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「彼こそが主人公? 知ってる」

メガネ愛好者です

思った以上に不評だったらしく、とりあえず後で「あの時……」って感じに書く予定だったイベントをここで書いておくことにします
もしこっちのほうが納得のいけるものであればいいのですが……

とりあえず変わったところは序盤の千歳さんのやり取りです。他は全く同じだと思いますので、「変更するのならこんな感じ」だと思っていただければと

正直このキャラは次章に出すつもりだったんですがね。あまり詰め込みすぎてもあれでしたので

あ、一応ここではっきり言っておくことにします

千歳さんはヒロイン枠です
紛らわしいのでオリ主ダグも消しておきます

それでは

※11/20 前半の千歳さんのやり取りを修正しました


 

 

 ——それは今から数分前に遡る——

 

 

 

 

 

 「んで、急に何の用だ? ……おそらく人間じゃない誰かさん」

 

 「あら、ワタクシが人間ではないと、よくお気づきになられましたわね」

 

 四糸乃が空間震と共に現界する少し前、その空間震が訪れるまで民家の屋根にて待機していた千歳の前に謎の少女が現れた

 

 白いゴシックドレスを身に纏い、左目に眼帯をつけている黒髪ロングヘアーの少女。……何処か見覚えがあるような気もするけど……うーん、思い出せねーや。まぁ思い出せないってことは、そこらですれ違ったか何かだろう

 それに今はそこじゃないんだ。今は……彼女が何の目的を持って俺の前に現れたかだ

 

 「時間も無いことですし、単刀直入に言わせてもらいますわ。——これからワタクシと、”デート”しては頂けないでしょうか?」

 

 「………………ファッ!?」

 

 予想外の展開に不意を突かれて変な声を出しちまった

 いやそれにしても……デートかぁ……デートに誘われるとか前世含めても初めての経験だわ

 

 因みに、冷静に考えているように見えて、実際のところ……めっちゃ焦ってます

 

 いやだってしょうがないでしょーよ。前世含めて初めてされるデートのお誘いだぞ? ——ってか、そもそもお出かけのお誘いとか初めてされるんじゃ……

 前世でほとんどボッチ同然の暮らし(家族を除く)だった俺に、お出掛けの誘いがある筈も無かろう。……自分で言ってて悲しくなってきた

 ——え? 主人公クンと十香の三人でデートに言っただろって? 俺はデートって言わんから。そもそも誘われていったわけでもないし。半強制的に巻き込まれただけだし

 ミクの執事として働いていた時や、四糸乃と水族館に言った時はほとんど俺から誘ったようなもんだったし……うん、こうして相手から誘われたのはホントに初めてかも

 

 だからだろうか? 少しワクワクしている千歳さんが——って待て待て千歳さん!? 明らかに怪しさ満点の誘いを真に受けようとしてんじゃねーよ!!

 

 「くっ!? 恐ろしい真似をしやがって……ッ!?」

 

 「……はい?」

 

 ボッチの心を弄ぶたぁ何たる悪女! そう言った奴等に純粋な少年達は簡単に騙され、そして心に深い傷を負うんだぞ!? そこんとこわかってんのかコンチクショー!

 

 「何やら酷い勘違いを成されているような気がしますわ……」

 

 「言い訳無用だこの悪女!! 純粋無垢な男の敵!!」

 

 「何やら酷い勘違いを成されていますわよ!?」

 

 「そうやってかわい子ぶって幾多もの犠牲者を生んできたんだな!? こりゃーもう間違いない事確定的明らかァ!!」

 

 「間違いだらけの被害妄想この上ない発言は今すぐすぐさま早急にボッシュートしてくださいまし!!」

 

 そんなこんなで言い争い始める俺と眼帯白ゴスさん。俺がああ言えば眼帯白ゴスさんはこう言ってと、一向に話が進まない

 そうこうしている内に、話が進まない事にとうとう痺れを切らした眼帯白ゴスさんは——

 

 

 

 「もういい加減にしてくださいまし!! 何度()()()()()()進展するどころか余計悪化する一方で……あーもうっ! いいから私と”今から”デートをしてくださいまし!!」

 

 

 

 いろいろ気になることを口走ってしまったのだった

 

 それを聞き逃さなかった俺は、先程までとは打って変わって静まり返る。そんな俺の様子に気づき、急にどうしたのかと様子を見始めた眼帯白ゴスさんは……自身が口走った内容にハッと息を呑んでしまう。その行為が、今の言葉の真偽に確証づけるかの如く

 

 「繰り返すってのはよくわからんが……”今から”だって?」

 

 「あ、そっちですのね」

 

 何故か俺の疑問に少し安堵したような反応を見せるも、今は置いておくことにする

 相手がどういった考えであれ、俺からしてみれば……その後に言った言葉の方が納得せざるものだったからな

 

 「もう一回聞くけどよ……”今から”っつったか?」

 

 「えぇ、今からワタクシとデートをして頂きたいのです」

 

 「……この空間震が来るって時にか?」

 

 「はい、そうですわ」

 

 ……何を考えてやがる、この女

 敵意は一切感じられないのに、彼女の言葉はどれもが不可解でどうにも胡散臭いのだ。……元から胡散臭そうだけど

 そもそも見ず知らずの彼女を信じられるかと聞かれたら、その問いには”No”としか答えらんないけどさ。無条件に人を信じられる程俺はお人好しでもないしね。……だよね?

 さて、それはそうとだ。相手の目的が定かでない以上、少し探りを入れてみるべき……だよな。これから来る精霊の事もあるし、あまり長引かせるべきでもない。今は目の前の奴よりも精霊の方が優先度高いし

 それならば——

 

 「……まぁどうでもいいや。とりあえず返答としては、空間震が収まって一段落した後にでも——」

 

 「いえ、今すぐにでも行きましょう」

 

 「……」

 

 あー……予想がついてきた。相手の行動理由がいまだに見えてこねーけど、何をしたいのかは……分かったと思う

 このタイミングで話を寄こして来た意図。それはおそらく……

 

 「……精霊のところに行かせないつもりか? お前」

 

 「ふふ、頭は回るようで何よりですわ」

 

 俺の核心を迫った問いに、動じるどころか素直に答えやがった。こいつ隠しもしねぇ……ってオイ、その台詞だと俺が何も考えてないみたいじゃねーか

 

 「現に普段からそれほど考えてもいないでしょうに……」

 

 「おーい、おもっきし聞こえてっからなー?」

 

 「それはそうでしょう? 聞き取れるように言いましたから」

 

 「ぶっ飛ばすぞテメー」

 

 腹立つわーこいつ。なんなん? デートに誘ってきた矢先に態度を変えないまま小馬鹿にしてきたんだけど? 喧嘩売ってんのこの子? 買わねーよバーカ

 てかホント隠す気もねーのな。もう一周回っていい性格してんじゃねーの?

 

 「お褒めに預かり光栄ですわ♪」

 

 「褒めてねーよ。後、さらっと心を読むんじゃねー」

 

 面倒な奴に捕まった感がやべぇ。話が進まねーどころか論点がズレて何の話だか分からなくなってきてやがる

 不味い、このペースだと本題に入るのに数時間使いそうで怖い。そんなんやってたら空間震の元に行けねーじゃ——

 

 

 

  ——クラッ……

 

 

 

 ……っ、な、なんだ…………ッ、まさか——

 

 「こ、れ……っ、おま、何、しやがった……っ!?」

 

 「くふふ……ようやく、ですか。足止めだけすればよろしい筈ですのに、”今までのお母様”ったら話も聞かずに立ち去ってしまうんですもの。大変でしたわ」

 

 「は……? お母さ……? ……いや、それより……も……こ、れ……」

 

 目の前の奴に意識が向いていたせいか、俺はその異常に気づくのが遅れてしまった

 

 ——現在、突如として俺を襲っている強烈な睡魔がガチでヤバい……ッ!

 

 油断していたつもりも気を抜いたつもりも一切無い筈なのに、不自然なまでに唐突な睡魔が俺の中で強まっている。正直話しているのでさえ辛いレベルで、目を閉じたら今すぐにでも眠りに落ちそうだ

 その原因は……目の前のこいつしか考えられないな。一体何をしたらここまでの眠気を引き出すのかは知らねーが、少なくともこいつの……さも狙っていたかのような態度から確信犯だってことは目に見えてわかる。……だが、どんな手段を使ったのかが全くわからねぇ

 一体何処で干渉された? そもそも何が目的だ? 空間震の——精霊の元に行かせたくないってのはなんとなくわかったが、何故行かせたくないのかがわからない。ここまでして俺を向かわせないようにする意図がわからな——

 

 ……まさか、目的は俺じゃなくて精霊の方? それだったら俺を足止めするのも…………俺に邪魔されたくないからか!!

 くそっ! そうだったとしたらこんなところで寝てられっかよ!

 

 俺は眠りに落ちないよう、ひとまず痛みで眠気を晴らそうと試みる。この際手段なんて何でもいい。舌を噛もうが爪を剝ごうが骨を折ろうが構わねぇ……この眠気さえどうにかすれば、後はどうにでもなる!

 そして俺は手始めに、相手に悟られぬよう片腕を背後に回して指の骨を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ご安心くださいませ、お母様。これも貴女様の為なのです……ですから、今はごゆっくり……お休みくださいませ」

 

 「な……に、を……」

 

 ——しかし俺が眠気をどうにかしようとした矢先に、目の前の彼女は——いきなり俺の事を抱き寄せたのだった

 

 眠気もあって力が上手く入らなかった俺は、倒れ込むようにして彼女の元に引き寄せられてしまう。そして彼女の腕の中へと誘われたところで……限界が訪れた

 くそ……情けなさ過ぎる。まさかこんなよくわからん奴の手のひらで踊らされるとか、ホントどうしようもないぞ千歳さん。こんな簡単に不意を突かれる自分が嫌になる

 そして何より、思い通りになっているせいもあってか得意げな表情で俺の事を抱き留めている眼帯白ゴスさんに腹が立ってしょうがない。——あ、コラ! 頭を撫でんじゃねぇ!! マジで恥ずかしいからやめてくださいお願いしますっ!!

 

 

 ……でも、なんでだろう? なんで俺は、こんな見ず知らずの奴に抱き寄せられて……ホッとしているんだ?

 

 

 おそらく彼女は敵なんだと思う。何に対しての敵なのかは知らないが、俺の行動を邪魔するような動きを見せる辺り、協力的な奴でないことはわかるんだ。その上でこの仕打ちだぞ? 彼女が味方な筈がない

 

 

 ——筈なのに、俺の心はそうじゃないと言っている

 

 

 ここまでの流れを見通していたかのような対応は腑に落ちないけど……なんとなくこいつは——この子は敵じゃない気がした。心を許してもいい気がした

 何処からそんな自信が湧いてくるのかはわからない。それでも、この感情が間違いではないってことを……俺の心が肯定していた

 訳が分からない。初めて会う筈……もしかしたら、何処かですれ違った程度の関係だというのに、何故ここまで信じようと思えるんだ? ……ホントに訳が分からない

 

 わからないけど……今はそれでいい気がした

 

 

 「この後、貴女様が危惧するようなことは起こりません。次に目覚める頃には、全て丸く収まっております故……ご安心になられてくださいな、お母様」

 

 彼女の言葉の根拠がわからない。だが何故か説得力のあるその言葉に安堵を覚えてしまう。もうここまで来ると催眠だか洗脳だかされてると言われた方が納得も出来るけど……分かったところで、今更どうにもなんないか

 

 そして、そこで俺の意識は不甲斐無くも途切れてしまう。この後来訪する精霊には悪いが……すまん、行けそうにもないわ。頼むから四糸乃ではありませんように……

 

 

 

 

 

 ……後、最後に一つだけ……言わせてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だから……お母、様って……なんなん……」

 

 眼帯白ゴスさん。なんで俺を”お母様”って呼ぶん? ホントあんさん何者なん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——それとは別に、少し遡る——

 

 

 「シド-! こっちでいいのか!?」

 

 「あぁ! 確かにこっちへ向かっていた筈だ!」

 

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から放たれた冷気によって凍り付いた街の中、一組の男女がその凍り付いた道路をかなりの速度で滑走する

 少女——十香の持つ天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の玉座を一部変化させ、サーフボードのようにして滑走させる事で移動する二人は四糸乃の元へと向かっていた

 

 パペット——よしのんを見つけた士道は、それを四糸乃へ渡すために警報の鳴る中を〈フラクシナス〉の助力を受けつつ向かっていた

 そして、何とか天使を顕現させASTから逃走していた四糸乃と対面したのだが……それはASTの介入により失敗に終わり、四糸乃は再び逃走する

 すぐさま追いかける士道。だが、いざ向かおうとした矢先に……十香が現れたのだった

 

 十香は士道が四糸乃といる事に苛立ちを覚えていた。そのよくわからない感情に悩まされながらも、十香は士道の元へと駆けつける。四糸乃との関係を確認する為に

 暫しの口論を交わした二人。その結果、改めて士道という人間を理解した十香が彼の力になりたいと強く願ったことにより、彼女は精霊の力を一部取り戻すのだった

 

 そして十香は士道を乗せて〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を走らせる。十香との口論によって、四糸乃とはかなりの距離が離れてしまった。おそらく、四糸乃との距離を詰めるにはそれなりの時間がかかるだろう

 その事に焦る気持ちを抑えようとする士道。それでも完全に抑えきれない士道は拳を握りしめながら堪え忍んでいた

 何故士道はそこまで焦りを抱くのか、それは——

 

 「四糸乃……無事でいてくれ……ッ!」

 

 遠くから見えたのだ。空から落ちる彼女の姿を……

 

 そんな落ちる四糸乃にも、情け無用に攻撃を加えるASTを見た士道は少なくない怒りを抱いていた

 確かに精霊は世界を壊す災厄なのかもしれない。だが、一度たりとも反撃をしなかった四糸乃に対して何故そこまで非情になれるのか、何故話し合おうともしないのかと考えずにはいられなかった

 間違ってるとは言えない。精霊を殲滅すれば、確かに空間震も天使の脅威にもさらされなくなるのかもしれない。街の人々を守るために行動しているASTを否定することなんか士道にはできはしないのだ

 

 

 ——だけど、泣いてる女の子を否定してまで得られる平穏なんて、俺は納得しない!

 

 自分勝手だと言われようが、この自分の意思は変えられない。俺は精霊を救いたい! 苦しんでいる女の子を見殺しになんかできないんだ!

 

 

 その想いに突き動かされ、士道は四糸乃を助けようとするのだろう

 実際にその想いを貫いた結果、今自分の傍にいる十香は普通の少女として過ごせている。精霊の力を封印することができたおかげでASTからも命を狙われず、共に学校に通い、日々を楽しそうに過ごしている。幸せそうに笑っている

 

 だからこそ——精霊が救われる可能性があるからこそ、彼は自身の身の危険も顧みずに立ち向かうのだ

 

 全ては精霊を救いたいが為に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その道中、様々な障害があった

 

 インカムから聞こえる慌ただしい声、それを意味するのは……彼らにとって予想外なことが起こったという事だ

 その慌ただしくなった理由は……〈フラクシナス〉の司令官である妹の琴里からの通信により判明する

 

 ——四糸乃の反転——

 

 それは、士道には聞かされていなかったことだった。まだそれが起きたわけではないようだが、今にもその現象が起きそうだと琴里から聞かされる

 詳しいことは聞けなかった。唯一聞けたことが……四糸乃が絶望しかけている事、そして——今の四糸乃に近づくのは危険だという事だけだった

 四糸乃の状況に、司令官モードの琴里でさえも狼狽している。それほど危険な状態なのかは……四糸乃の元へ向かうことをやめさせようとする言葉で嫌でも理解させられた

 

 だから士道は——琴里の指示を無視した

 

 それでも尚、兄の進行を止めようと琴里は怒鳴りつけるのだが……士道は耳を貸さなかった。一向に否定的な琴里の指示に、士道は終いにインカムを外してしまう。この事から、自身の身の安全よりも相手を優先しようとする士道の人間性が見受けられるだろう

 確かに琴里が言うように、今四糸乃の元に向かうのは危険なのだろう。今までに無い焦燥ぶりを見せた琴里の反応から察するに、おそらくあの時——士道が折紙に撃たれた時以上の身の危険があるのだろうと理解する。もしかしたら十香も巻き込み、危険に晒してしまうかもしれない。そうなれば士道は後悔するだろうが……それでも十香の助けは必要だ。そんな自分の力だけでは打開できない状況に、士道は自身の不甲斐無さを感じてしまう

 

 ——それでも士道は前に進むしかなかった

 

 士道は止まれなかったのだ。琴里から四糸乃が絶望しようとしていることを聞かされたが故に

 あんな優しい子が絶望しそうなほどに追い込まれている……そんな状況を聞いた士道が止まれる訳がない。人一倍絶望という言葉が嫌いな少年がそれを見て見ぬフリをする? ありえない。あってはならない

 

 士道は改めて決意する。必ず救うと、あの時交わした約束を果たそうと

 

 そんな士道の想いに感化され、十香も士道を彼女の元へと送り届ける為に全力を尽くす。例え嫌な相手だったとしても……例え危険が迫り来たとしてもだ

 そして二人は四糸乃の元へと向かうのだった。道中、よしのんが使った【人形師の遊技場(マリオネッツフガール)】の余波によって吹き飛ばされたビル群が迫るも、そんなものは障害になりはしない。迫りくるビル群も難なく避け、士道と十香は臆することなく四糸乃の元へ向かい続ける

 

 士道は諦めない。例えどんな状況になっていようと、反転というものが起こっていようと……士道は四糸乃を救うことを諦めなかったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして対面する。広大な氷のステージに佇む——四糸乃を抱きかかえた黒い四糸乃と

 

 黒い四糸乃……それが士道の第一印象だった

 四糸乃の霊装と似たような服装で、右目に既視感を感じる眼帯を付けた少女。そしてその顔は……四糸乃と瓜二つだった

 そんな黒い四糸乃の反応は——驚きと喜び、二つの感情が混ざったかのような表情で……

 

 「——っ、君は……」

 

 一体何がどうなっているのか……これが琴里の言っていた”反転”というものなのかと士道は目の前の存在を見て困惑する。しかし、冷静に事を見定めなければ見えるものも見えてこないだろう……故に、士道は無理矢理にでもその困惑を頭の隅に追いやることにした

 そして士道は何とか混乱する頭を落ち着かせ、黒い四糸乃に話しかけようと試みる

 それに対し、黒い四糸乃は——

 

 

 

 「……あは、詳しいことが聞きたいんだったらぁ……ついておいで? ——ついてこられるんならね~」

 

 ——四糸乃を抱えたまま逃走を始めたのだった

 

 

 

 「なっ、待ってくれ!」

 

 急な行動に困惑する士道だったが、そこからの対応は意外と早かった

 彼女を見失う訳にもいかないと思った士道はすぐさま十香に声をかけ、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で共に黒い四糸乃を追いかける

 

 そんな士道と比べて、十香は状況があまり呑み込めていなかった

 無理もないだろう。元精霊であった為か、十香は常識に疎かった。そもそも十香は考えること自体あまり得意でもないのだ、急展開をすぐさま理解しろなど無茶ぶりにも程がある

 しかし、例え状況がよくわからなかろうが……十香は士道の頼みを聞き入れるだろう。それは一途に、士道のことを信じているがゆえに……

 

 そして二人は黒い四糸乃の後を追う。彼女の正体を知るために

 

 ……そんな二人が追いかける、目の前で驚異的な跳躍力で逃走する黒い四糸乃。そんな彼女の行動は……何処かに誘い込むような動きだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はーい、ここでストーップ。だよ?」

 

 「「——ッ!?」」

 

 黒い四糸乃を追跡する二人。先程の場所からある程度離れたところで、黒い四糸乃が動きを見せた

 彼女は目的の場所についたのか、その場に急停止したかと思えば突如クルリと二人に向き直ったのだ

 足を止めた黒い四糸乃に士道は不意を突かれ、このままではぶつかってしまうと思わず目を閉じてしまう。だが、十香はすぐに自身が操る〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を、目の前で立ち止まった黒い四糸乃に衝突する前に急停止させるのだった

 その急停止により——

 

 「どわぁ!? ちょ——ッ!?」

 

 「シ、シドー!?」

 

 ——士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉から身を投げ出されてしまった

 

 それも仕方が無いだろう。何せシートベルトなど無い、それこそボードの上に立っているだけの状態だったのだ。掴まれる場所もなければ踏ん張れるほどの安定性もなかった

 運がいいことに、低空を走っていたために落下死などの危険はないだろう。……だが、かなりの速度を出していたところの急ブレーキだ。投げ出された身に与えられる衝撃は悲惨なものになることは明白だった

 

 しかし、士道が怪我をすることはなかった

 

 「もー。しょうがないなぁシドー君は」

 

 どこぞの青狸(猫です)のようなセリフと共に、黒い四糸乃がつま先で地面を鳴らした

 

 それによって、士道が投げ出された方向に上り坂の様な氷の壁が作られ始めたのだった

 

 その氷の壁は緩やかな登り坂となっている。表面が滑らかなそれは士道を下から乗せるようにして広がり、ゆっくりと滑り登らせる事で勢いを殺していった

 次第に投げ出された勢いが弱まった辺りで、今度は緩やかな下り坂が螺旋状に作られ、士道はそこを滑り降りていく

 まるで氷で作られた滑り台のようなそれを滑りきった士道は、一連の事に何が起きたのかよくわかっていないような表情で呆然としていた。そして、まるでそこに着くように仕向けられたかのように目の前で佇む黒い四糸乃を見つめるのだった

 

 「どうだったかな? ボク特製の氷上スライダーは。お気に召したかいシドー君?」

 

 「え? あ、いや……少しヒヤヒヤしたわ」

 

 「ぷくく、それは氷だけに~ってやつかな? それともスリル的に? それとも両方? それなら、なかなか洒落が聞いてるじゃないの~シドー君♪」

 

 「いや、そんなつもりは——って、そうじゃな——っ!?」

 

 黒い四糸乃のペースに乗せられそうになっていたところで士道は我に帰り、彼女が一体何なのか、四糸乃は無事なのかと問い掛けようとした。——しかし、問いかけようとした士道の言葉は最後まで口にすることが出来ずに終わる

 

 何故なら——

 

 

 「しー。もう少し静かにしよーねぇ、シドー君?」

 

 

 

 彼女の瞳が力を行使したからだ。その瞳に宿る——()()()()()()

 

 

 

 彼女の瞳〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉の能力は——”見たことのある対象、その任意の場所を凍結させる”というものだ

 概念の凍結。それは時間が停止する事と同意義であり、その瞳で視認した対象を凍らせる事を意味している

 氷とは物質の振動が低下、または停止する事で熱を奪い、凍結していく事で現れる物質だ。故に、凍結と停止は似た概念とも言えるだろう

 

 この能力はそんな力を強力にしたものであり、周囲を凍結(停止)させることによって対象の動きを凍らせる(停める)ことを可能とした能力だ

 

 

 

 つまり、今の士道は黒い四糸乃に口を凍らせ(停め)られている事で口を閉ざしている状態だ。故に士道はうまく声を出せないでいるのだ

 

 「なっ、貴さ——ッ」

 

 急に士道が口を閉ざした光景を見た十香が、黒い四糸乃が士道に何か干渉したことを察して玉座から引き抜いた剣を振りかぶろうとするのだが、引き抜く前に動きが止まってしまう。士道同様凍らされて(停められて)しまったのだのだ

 

 体の動きを——()()()()()()()

 

 この力は物単体のみに作用する力ではない。その視界に入れたものに対応するのだ。故に、今の十香は写真に写る光景のように()()()()()()()()凍らされて(停められて)しまった事になる

 因みに士道達は知るよしも無いが、先のAST達を止めていたのもこの力だ

 

 「だーから、お口はチャックだって言ったじゃん? 四糸乃が起きちゃうでしょ?」

 

 二人は〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉によって口や体を凍らされて(停められて)しまい、そんな状態の自分達に何をしてくるのかと少なくない焦りを浮かべてしまう。しかし、そんな二人の警戒も……黒い四糸乃の返答によって気が緩んでしまうのだった

 

 何せ、黒い四糸乃の要件は——自身が抱きかかえる少女の安眠だったのだから

 

 そして気が緩んだ二人を見た黒い四糸乃は、とりあえず二人の口は凍らした(停めた)まま十香の拘束を解き、二人に改めて問い掛けるのだった

 

 「もう落ち着いた? もう叫ばない? それなら能力解いてもいいよー。イエスだったら首を縦に100回振ってね?」

 

 「んむッ!?」

 

 その言葉を聞かされた士道は「いやそんなに振る必要ねーだろ!?」と言いたいのだろうが、口が塞がっている為ツッコミを入れられなかったのだった。……それのせいか、何処か悔しそうな表情をする士道だった

 因みに十香は首を振り始めている。現在37回目(早ッ!? てか素直!?)

 

 「おんやぁ? シドー君は騒いじゃう系男子なのかな? 十香ちゃんは振ってるのに~」

 

 「……」

 

 「……ぷ、ははっ、あはははっ。いやーいい反応するねぇシドー君」

 

 そんな二人の反応を見て、ニヤニヤしながら士道に語りかける黒い四糸乃。その黒い四糸乃の言葉に納得がいかないようで、苦虫を噛み潰したかのような顔を歪める士道だった。それについ黒い四糸乃は声量を抑えて笑ってしまう

 

 「……ッ! ん~ッ!!」

 

 するとそこで、腕をブンブン回して達成感に満ちた十香が黒い四糸乃に手を振り始めた

 いきなりの奇行に士道は少し戸惑うも、黒い四糸乃は少し考えた後にその行動の意図を理解する

 

 「およ? どうし——あ、もしかして100回終わったのかな?」

 

 「んっ! んっ!」

 

 黒い四糸乃の言葉を聞いた十香が大きく頷く。その横で「マジでやったのか!?」と驚いた表情をする士道。だがこれにもツッコミを入れられなかった士道は、少ししょんぼりしてしまうのだった

 

 「んじゃー十香ちゃんのついでに士道君も解くから、くれぐれも静かに……ね?」

 

 そう言った黒い四糸乃は、その左目で二人にウインクする

 その瞬間——二人に掛けられた能力が解除されたのだった

 

 「——っ、はぁ……やっと喋れる」

 

 「おお! 私もだ!」

 

 「十香ちゃん十香ちゃん、もうちょい声低めてねー。四糸乃が起きちゃうから」

 

 「む? す、すまない……」

 

 まるで何事もなかったかのように閉じていた口が開いたのだった

 やっと喋れるようになった二人は少し安堵し、改めてこの黒い四糸乃に対面する

 先程から目的がよくわからない謎の存在。何の目的で自分達に近づいたのか、何故四糸乃を抱きかかえているのか、今のは一体何なんか……と、疑問を出せばキリがない

 

 ——だが、そんな黒い四糸乃の言動を見ていた士道には、何処か確信めいたものがあったのだった。だからこそ……自然体で話すことにした

 

 「全く……冗談が過ぎるぞ? ()()()()

 

 「およ? よくわかったねーシドー君。これはボクの好感度がグイグイ上がるぞー。もしかしてボクの魅力のおかげかな?」

 

 「は、はは……そうかもな」

 

 その黒い四糸乃——よしのんは自身の正体を隠す気もなく、以前通りのノリで士道の言葉に返事を返した。……因みに、”好感度”と言われて一瞬ドキリとした士道だったりする

 

 士道に確証があったわけではない。だがその口調と声、何よりも……四糸乃の事を思いやるその姿は、自身が見つけてきたパペットと似た雰囲気を醸し出していた。故に、多分そうなんじゃないかという確信が士道にはあったのだ

 

 「おやおやぁ? もしかしてもしかしなくても、ボク口説かれてる? いやーモテるってのも困りものだね~」

 

 「む、そうなのかシド-!」

 

 「あ、いや、違う……訳でもないけど。口説いてはいない……と思う、ぞ? ハハハ……」

 

 まるでよしのんと十香に板挟みされているような感覚に陥る士道は返答に困ってしまう

 確かによしのんは四糸乃とは違う魅力があるのだが、別に士道はよしのんの魅力を否定しないだけで口説いたつもりは無かった。しかし、口説いていないと言ってしまうと、それは魅力を感じなかったと言っているように思われるかもしれないと思ったので、ハッキリと否定は出来なかったのだ。だからと言って口説いていると答えてしまえば、また十香の機嫌を損ねそうで……故に、返答をぼやかすしかなかったのだ。そのせいでどっちつかずの返答をしてしまうことに

 

 「にゃははー。シドー君、そんなんじゃ示しがつかな——っ……」

 

 「よしのん? 大丈夫——ッ」

 

 そんな士道の様子を見て指摘しようとしたよしのんが——急に少しよろめいた

 一瞬足から力が抜けたように見えた士道は、改めてよしのんの姿を確認すると……そこで気付いたのだ

 

 よしのんが……今にも倒れるのではないかと思える程に、辛そうな顔を浮かべていることを

 

 しかしよしのんは、自身の事などたいして気にしていないかのように振舞っていた。その姿はまるで……優先すべきことが他にある為、気にしていられないかのような立ち振る舞い

 そんな中で、よしのんは唐突に士道へと近づいて行く

 

 そして士道に近づいたよしのんは——

 

 

 「……ごめんね? 急で悪いんだけどぉ……四糸乃の事、頼むよ」

 

 「——え? お、おい! よしのん!」

 

 

 ——抱きかかえていた四糸乃を、無理矢理に渡してきたのだった

 

 その行動に士道は驚きながらも、よしのんの手から離れた四糸乃を受け取った。四糸乃の霊装はボロボロだったが、その体の何処にも外傷などが無いことを確認する士道

 四糸乃の無事に安堵する士道だったが、今は落ち着いた様子で眠りにつく四糸乃よりも——ますます顔色が悪くなっていくよしのんの方が心配で、つい声を上げて呼びかけてしまうのだった

 

 十香もよしのんの顔を見たのか、何処か心配しているような表情を浮かべている。それ程までに、よしのんの姿は……痛々しかった

 それでもよしのんは平気そうな口調で二人に話しかける。自分よりも、四糸乃の安否を心配するかのように……

 

 「ちょっと四糸乃の事見ててねん。ボクは少ぉし……用事があるから」

 

 よしのんは言葉の最後に、これからやる事に対して覚悟を決めたかのような——感情を抑えようとしているような雰囲気を感じさせるよしのんに、士道は嫌な予感を感じ取ってしまう

 

 

 このままだとよしのんが……よしのんではなくなってしまいそうな、そんな嫌な予感を——

 

 

 「……何をする気だ? よしのん」

 

 よしのんを見据えて問い掛ける士道。そこには、冗談を言わせる気を感じさせない迫力があった

 そんな士道の雰囲気に、少し圧されたのかを微かに身をすくめるよしのんだったが、すぐさま調子を戻せば……簡素に答えたのだった

 

 

 

 

 

 「……そりゃー……”ゴミ掃除”だよ」

 

 

 

 

 

 ——気が狂ったように、愉快そうに嗤いながら——

 

 「——ッ」

 

 その表情を見た士道は確信する。このままでは駄目だと

 このままよしのんを行かしてしまえば、よしのんは何か取り返しのつかない事をしてしまう——何か大事なものを壊してしまう。そう感じたのだ

 

 そして、そう感じた理由もよしのんの言葉によって明かされることになる

 

 

 

 「ホントさー? あの四糸乃を襲う人達ぃー? あれ、今のうちに片付けておかないとまた四糸乃が虐められるじゃん? こうして外に出てこれたボクとしては、もうほーっておく理由が無いのさ。……何より、四糸乃を傷つけた事を許す気は無いし」

 

 

 

 よしのんはまるで、当たり前だと言わんばかりに淡々と語り出した

 それはもう冷静に、冷淡に、冷酷に言葉を紡ぐ。——四糸乃にはなかった無慈悲さを剥き出しにして

 最後の呟きなど、先程までの愉快さなんて何処にもない——残忍さまでも感じさせた。もしかすれば……これがよしのんの本性なのではないかと言わんばかりの変貌に、士道も十香も動揺を隠せない

 それでも士道は後退することをしなかった。言葉を震わせつつも、よしのんに明確な目的を問いかけるのだった

 

 「そ、それって……殺す、のか?」

 

 「そそー。その方が楽ちんだしぃ? これからのことを考えるとぉ、いない方が四糸乃にとっても安全だからねん」

 

 「なッ——だ、駄目だ! 人を殺しちゃ——」

 

 「そぉれは~……遠回しに四糸乃に死ねって言ってるのかい? シドー君」

 

 その時、士道の言葉を耳にしたよしのんの声色が……変わった

 雰囲気だけではなく、声色までも……凍えさせるような薄ら寒さを放ち始めたのだ

 

 ——しかし、士道はそれで止まることは無かった。寧ろよしのんの言葉から殺人を肯定している旨を聞いた瞬間、よしのんから放たれる凍えるような雰囲気など気にならないぐらいに——火が付いた

 

 「そうじゃねえ!! 何があろうと人殺しは駄目だ!! 駄目なんだよ!!」

 

 「知らないよー。あっちが四糸乃を殺そうとしてるのに、こっちは殺しちゃダメなのかい? 何それ理不尽すぎー」

 

 よしのんは何の躊躇いもなさそうに殺人を肯定している。それを士道は見逃せなかった

 

 例え街に被害を出そうとも、殺人だけはしてはいけない。一度でも人を殺してしまえば……戻れなくなってしまう。人の命を軽んじるようになってしまう

 士道はよしのんに、そんな奴になってほしくなかった。以前通りの、四糸乃を笑顔にさせる愉快で元気なよしのんのままでいてほしい……決して、人を手に掛けるような存在になってほしくはなかったのだ

 そんな想いの元に、士道は必死によしのんを説得しようとするのだが……よしのんは一向に考えを改めようとはしなかった。”四糸乃の為に”と、四糸乃の身を案じるよしのんの意思は固いということだ

 

 

 そんなよしのんの姿に、士道は心を痛ませる

 

 

 おそらくよしのんは気づいていないのだろう……先程からよしのんが狂気的な笑みを浮かべている一方で——その左の瞳が揺れている事に

 時折崩れる表情は今にも泣きそうで、それはまるで……四糸乃が見せた泣き顔によく似ていた

 だから、よしのんは別に——好きで殺人を許容している訳ではないのだ

 

 ただ……四糸乃の為に、無理しているだけなのだ——

 

 

 

 「言っておくけどー、ボクは四糸乃ほど慈悲深い性格じゃあないんだよねー」

 

 

 

 ——嘘だ

 

 

 

 「ボクにとって優先すべきは四糸乃だからさ? それ以外がどうなろーとどうでもいいのでーす」

 

 

 

 ——嘘だ

 

 

 

 「ボクは四糸乃に足りないものを——四糸乃が自身へ向けなきゃいけない優しさ(慈悲)を補うための存在だしー? そのためだったらぁ、簡単に邪魔な子達を”スクラップ”にだってできるんだよ。なんたってよしのんは四糸乃のヒーローだからね、四糸乃の敵は排除っ排除っ即排除ー! ってね?」

 

 

 

 ——嘘だ

 

 

 

 

 

 「……だから、さ? 四糸乃の事はお願いね? シドー君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ふざけるな」

 

 




はい、これが次章で書くつもりだった内容です
……直した後のほうがなんか思ったよりもしっくり来た。どうでしょうか?

アイマイミートリオの話はあってもなくてもよかったりはします。いずれまた絡ませる予定でしたし、気に入らなかった方はなかったことにしてもらっても構いません

それにしても、装甲の無い疑似霊装だったからとはいえ……三発でダウンですか
千歳さん。せめて何か護身術を覚えておきましょう

一応少しの間はどちらも出しておくので、皆様の反応次第でどちらかを本編に組み込むことにします。休みも明けて投稿ペースが下がるでしょうし……すいません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 【詠紫音ニューステージ】

メガネ愛好者です

またもやサブタイが……しかも詠紫音って誰や

今回も長くなってしまったのですが、区切り所がいまいち掴めなかったためにこのまま投稿
果たして詠紫音とは誰なのか?(予想はつきますよね)

そして千歳さんはどうなるのか?出番はあるのか千歳さん!?

それでは


 

 

 「——ふざけるな」

 

 

 

 

 

 そんな士道の返答に、この場にいる誰もが驚いたことだろう

 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったよしのんは、予想外の事に絶句してしまう。二人の会話を静かに聞いていた十香でさえ、今の様子の士道には驚きを隠せないのか目を見開きながら驚愕の表情を浮かべていた

 

 

 何せ、今の士道の顔には——怒りの感情が浮かんでいたのだから

 

 

 「……十香、四糸乃の事頼む」

 

 「む? あ、あぁ……わかった」

 

 士道は横にいる十香に抱きかかえていた四糸乃の事を任せ、よしのんに改めて向き直る

 その顔には未だに怒りが張り付いたまま、士道はよしのんに問いかけるのだった

 

 「さっきから聞いてればなんだ? 四糸乃が無事ならそれでいい? そのためなら人を殺そうが何しようが構わない? ……本気で言ってんのか?」

 

 「あ、当たり前じゃん。よしのんは四糸乃のヒーローだからね、四糸乃の障害になるんだったら処分するのだって躊躇わないよ? 今時のヒーローだったらそんなにおかしくはない行為だしねー」

 

 「……」 

 

 「どーしたのさシドー君? もしかしてぇ、自分の命がかかってるのに抵抗しちゃダメーなんて……そんな綺麗事を言わないよねぇ? 抵抗した結果、相手が”壊れちゃっても”それはしょうがないじゃん? ……それなのに手を出しちゃダメとか、そーんな甘ったるいこと考えてる訳じゃあないよねぇ? それで四糸乃が傷ついちゃダメダメなんだよ。それならボクが――」

 

 長々と語るよしのん。そこにはよしのんなりの正しさがあるのだろう

 現に、世の中はよしのんが言うように綺麗事でお収まることなどそうそうない。もしも収まるのであれば、ASTが精霊と対話することだってありえるかもしれないし、精霊も理不尽な目に合う事が減るだろう。——それがうまくいかないから、現実とはままならないものなのだ

 

 ——しかしながら、そんな現実の仕組みなど、今の士道には関係なかった

 

 「——お前は」

 

 「およ? どったのシドーく――」

 

 「お前は、自分の気持ちを含めてそう言ってるのか?」

 

 「…………」

 

 士道の鬼気迫る表情で放つ言葉に飄々と返すよしのんだったが、最後の言葉を聞いた途端……先程までの勢いが失速する

 何を言っているのかが分からない。自分の気持ち? シドー君は何を言っているんだ? ——そんな疑問がよしのんの頭によぎり、同時に言葉を詰まらせてしまったのだ

 そんなよしのんに目もくれず、士道はよしのんに語り掛ける。——よしのんの核心をつくように

 

 「……よしのんは優しい奴だよ」

 

 「……急にどーしたのさ、シドー君。ボクは——」

 

 「よしのんは優しいよ。……優しすぎて、自分に向ける優しさが足りてない」

 

 「——え?」

 

 そう。これが士道には納得できなかったのだ

 よしのんは自分の事を度外視している。他の者の為——四糸乃の為の優しさしか持ち得ない為に、自身に向ける優しさを無視しているのだ

 

 そして、その優しさは……形は違えど、四糸乃と似た”歪んだ慈悲”によく似ている

 

 士道は知る由もないが、四糸乃に向ける優しさこそがよしのんの”存在理由”である為、よしのんが四糸乃以外に優しさを向けるのは——それこそ、自身に優しさを向けるなど容易な事ではないだろう

 別にそれが悪いこととは言い切れない。大切な人を大事にしているようなものだし、それ自体を士道は否定しない。しかし——

 

 「確かによしのんが四糸乃に向ける優しさ(慈悲)は、四糸乃にとって欠かせないものだと思う。それで四糸乃は救われているんだろうし、否定する気は元から無いさ。……でもな? そこに自分へ向けるべき優しさ(慈悲)が無いと——よしのんが堪えられないだろ!!」

 

 「…………」

 

 よしのんは士道の言っている事がよくわからなかった

 自分への優しさ(慈悲)……なんで”そんなもの”を自身に向けないといけないのかと、疑問に思わずにはいられなかった

 四糸乃に優しさ(慈悲)が向けられていればそれでいいじゃないかという歪な答えが、よしのんに士道の言葉を理解させなかったのだ

 

 

 ——しかし、よしのんはその言葉を言われた時……何故かはわからないけど——胸にチクリとした痛みが走ったような気がした

 

 

 よしのんはその痛みを振り払うかのように、自分がどういった存在なのかを士道に語り始めるのだった。——その痛みを忘れるようにして

 

 「あー……シドー君? 君にはボクがどういった存在なのかを話さないといけないみたいだねぇ」

 

 「何……?」

 

 「ボクはね、人間でも精霊でも無い存在なんだ。精霊の”強い願い”を叶えた結果、その願い(禁忌)叶える(犯す)事で存在を変えた(天から堕ちた)存在——”堕天使”なんだよ」

 

 「堕天、使……?」

 

 「そう。宿主の願いを叶える為に姿を変えた天使……それが堕天使さ。——だから今の四糸乃には天使が使えない。今はボク(堕天使)が宿主である四糸乃から切り離されてる状態だからねー」

 

 

 

 ——堕天使——

 それは天使が精霊の願いを叶える為、自身の存在を最適な構造へと改変する事で精霊の願いを叶えようとした姿だ

 その存在理由として、堕天使は宿主である精霊の願いを第一に考える。宿主の願いの障害となることは徹底的に排除し、宿主の願いを叶える為に”どんな手段でも”行使する。その願いの為ならどんな過程をしようとも——それが宿主の意思に反したことでさえ、願いを叶えることを最優先に活動する存在こそが堕天使なのだ

 

 ——全ては精霊の願望を満たすが為に——

 

 

 

 「四糸乃は願った。強く願った。——”私を一人にしないで”ってさ」

 

 「四糸乃の……願い?」

 

 「そうだよ。天使は精霊の想いが強ければ強い程出力を増すからねー。……そして、”ある方”の助力を得た事で、過剰すぎる願望は——奇跡を呼び起こすんだよ。その奇跡の体現した存在こそが……ボク(堕天使)なんだ」

 

 「それだと、よしのんは……」 

 

 「四糸乃の”一人にしないで”という”強い願い”を叶えるために、天使に人格を宿した存在……ようは、四糸乃が”ボク(よしのん)”を生み出したのさ。それはもう”一個の確立した別人格”としてね? ……あ、ボクは人じゃあないかー、アハハハッ」

 

 つまりだ。彼女は四糸乃の願いによって、本来在り得る筈の無かった人格が天使に宿った存在だと——それこそが”よしのん”だと言っているのだ

 

 「だからね? ”ボク(よしのん)”は四糸乃を一人にさせないために生まれた存在だから、それ以外の事は必要としないのさ。ボク自分への優しさだって? ——”そんなもの”は四糸乃の願いに反映されてませーん♪」

 

 「な——」

 

 「まぁ例外はあるよ? 四糸乃の孤独を和らげるには、別に今まで通りの”パペット”姿でもよかったからね。——でもでも、今回みたいに”反転化”の危機が迫った時なんかは、その願いの範疇を超えた姿に形を変えるんだよ。反転しちゃったら願いも何もないからね~……だから、その時ばかしは願いよりも宿主の反転化を防ぐようにしなきゃいけないのさ。……まぁそれこそが本来の堕天使の役割だし、ぶっちゃけ言えば安全装置? 保険機能? まぁそんな感じの存在がボク(堕天使)の役割なのさ」

 

 「そんな……」

 

 精霊が絶望によって反転しそうになった時、その一線を踏み越えないよう天使が姿形を変えることこそが堕天使の”本質”であった

 精霊の願いを叶える()()()()()事前に反転化を阻止するのが堕天使の”反堕天状態”だ

 そして、反転しそうになった時に()()()()()()宿主の願いを叶える為、より確固たる姿へとその姿を変貌させることこそが——”堕天使化”である

 

 つまり、パペットだった時のよしのんが”反堕天状態”であり、四糸乃から切り離されて独立した姿——今の四糸乃に似た姿のよしのんが”堕天使化”した姿ということだ

 

 「——だから今の状態の四糸乃は危ないんだよね。ボク(堕天使)四糸乃(宿主)から切り離されたってことは、ざっくり言えば()()()()()使()()()()()()()()()ようなもんだからさー。……だから、天使が使えない分はボクが頑張らないと」

 

 「よしのん……」

 

 「……まっ、本来だったら堕天使になったからといて、宿主から切り離されるようなことは滅多にない筈なんだけどねぇ~」

 

 「え、どういうことだ?」

 

 「いくら願いを叶えるからと言っても”人格を生み出す”なんてことはそうそう無い筈なんだよー。だって、”自我”があっても——堕天使に”心”があっても、宿主(精霊)の願いを叶えるのに()()()()()()()()?」

 

 「なっ、そんなこと——!!」

 

 「邪魔だよ。だって”自我”や”心”があったせいで、願いを叶える過程で支障が出るかも知れないじゃん?」

 

 「そ、れは……」

 

 士道は否定することが出来なかった

 自我があるということは、同時に心があるということだ。それはつまり——願いを叶える過程で感情に左右されてしまい、願いを叶えることが出来なくなってしまうからだ

 それでは本末転倒だ。願いを叶える為に生まれた存在が、願いを叶える事を躊躇うなど愚の骨頂。……自身の存在を否定しているようなものなのだ

 

 故に、特殊な例が無い限りは堕天使に人格が宿ることなどありえない。あってはならないのだ

 そして、願いを叶える為とはいえ”人格を宿した上で独立する”など——そんな精霊が身を守る術を失う危険性を伴った状態になるなど、本来ありえてはならない事だった

 

 「”自我”を持ち、”心”を持ったせいで宿主から独立してしまうなんてあってはならない。だって、もしも堕天使が宿主と対立でもしてしまえば……反転化を阻止することが出来なくなるでしょ? だから基本は独立しない。”自我”や”心”を持つなんて……本来あってはならなかったんだよ。——まぁでもでもぉ? ボクは四糸乃を嫌う事なんてありえないからね~、四糸乃の元から去るような真似はぜぇ~ったいにしないよー」

 

 「…………」

 

 よしのんが四糸乃の元から離れることは無いという言葉は本当のことだろう。現に、よしのんは四糸乃の為にと自身の身を削って行動している。それは……今からやろうとしていることを含めてだ

 

 「——おっと、変に時間を取っちゃったね~。まぁそういうことだからさ? ハッキリ言って、ボクには”心”なんてモノは元から不要なモノなんだよ。——だから、四糸乃の願いを叶えるだけのボクに優しさ(慈悲)なんて必要ないのさ」

 

 よしのんにとって、感情や自我——心は不要なモノだった

 それによって行動を左右されては自身の存在意義を果たせないから。それによって宿主の反感を買い、挙句の果てに対立する事が起きてしまった場合——自身の存在意義を否定するようなものだったから

 

 ——だから、正直に言えば……よしのんは人格を持った自身(堕天使)の存在に納得していなかったりする

 

 それでもよしのんは、例え人格があろうとも……自身の存在意義を見失うことは無かった

 人格があろうがなかろうが、四糸乃の願いを叶える事には変わりない

 

 例え——胸の辺りに感じる不可解な痛みに悩まされようとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だから士道はよしのんに納得できなかった

 

 「……必要だろうが」

 

 「——え?」

 

 堕天使という存在をよしのんから明かされた士道は、その存在意義に納得できなかった

 

 四糸乃の願いを叶えた存在こそがよしのんだというのなら、四糸乃の願いを叶えるためには——やはり、よしのんにも優しさ(慈悲)が必要だからだ

 

 そんな士道の考えも知らず、よしのんは呆れたように士道の言葉を否定する

 

 「なんでわからないかなぁシドー君は……意外と頭硬い? さっきの説明がわからなかった? なら簡潔に言うからよく聞いてねー。……ボクには優しさ(慈悲)なんてものは必要ないの」

 

 「必要ない訳がないだろ!? そんなんじゃ四糸乃と同じだ!! 四糸乃は周りを傷つけたくないから、例え自分を傷つける相手だとしても攻撃をしないんだろ!?」

 

 「そうだよ。四糸乃は優しいからね~、自分が嫌な事は相手にも感じてほしくないのさ。……それが一体何? てかさ、ボクが四糸乃と同じってどーいうことなのかな? 何を基準にそんなことを言っちゃってるのん?」

 

 「よしのんは四糸乃と同じだ。その優しさ(慈悲)の向け方が同じで、だからこそ自分にも優しさ(慈悲)を向けるべきなんだ」

 

 「……どーいうことさ?」

 

 先程から士道の言っている事に容量が得られないよしのんは、士道に対して苛立ちを覚え始めていた。時間も限られている中、士道が理解出来るようにと丁寧に説明した筈なのに、わかってくれない士道に苛立ちを覚えても仕方がないだろう

 しかし、士道はそんなよしのんの苛立ちも知らずに言葉を突き付けたのだった

 

 ——よしのん自身が気づいていない矛盾を

 

 

 

 「四糸乃は誰にも傷ついてほしくないはずだ! それなのにお前が……よしのんが四糸乃の為にと優しさ(慈悲)を向ける一方で、()()()()()()()()()()()四糸乃が悲しむだろうが!!」

 

 「————」

 

 

 

 士道の言葉に息を飲むよしのん。その言葉は、よしのんが無自覚に考えないようにしていたことだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よしのんは……四糸乃の願いの為に行動しようという使命感に——不要な筈の”心”を痛めていた

 

 四糸乃が辛い時、四糸乃が悲しい時、四糸乃が寂しい時、四糸乃が苦しい時——そんな時に四糸乃の傍にいて上げる。四糸乃を支えて上げる存在であろうと、自分の気持ちに見向きもしない——いや、()()()()()()()()()四糸乃の為にと寄り添ってきた

 自分が四糸乃の傍にいてあげれば、四糸乃は孤独を和らげられる。それは四糸乃の願いを叶える事と同意義だった。その上、四糸乃に降りかかる脅威からも守れる——四糸乃が絶望する事を阻止できるという、堕天使本来の存在意義をも果たせることが出来ていた

 

 だからこそ、自分が何とかしなければいけないと——”四糸乃の為なら大丈夫”と、自分の心を偽り続け、言い聞かせていたのだ

 

 四糸乃の代わりに怖い思いをしてもへっちゃらだ

 四糸乃の代わりに痛い思いをしてもへっちゃらだ

 四糸乃の代わりに……”心”を擦り減らしてもへっちゃらだ。——そう言い聞かせ続け、”自身に生まれた心”を封じ込めた

 そうするうちに、いつしか自分に対して自己暗示するまでに至ってしまう。自身に不要な”心”を捨てるために——いや、封じ込めるために

 

 そして、その自己暗示をの効力を強めるワードこそが――

 

 

 

 ”よしのんは四糸乃のヒーローだからね”

 

 

 

 ——四糸乃のヒーローであり続けるという、強迫概念染みた”誓い”だった

 

 今やそれは、よしのんにとって呪いの言葉となっている

 この言葉を口にする度に、よしのんが自身で施した自己暗示は効力を強める。自分は四糸乃のヒーローなんだ、そうでなければいけないんだと自身の”心”を封じ込め、頭で”心”を否定するよう思わせ、四糸乃が理想とする憧れのヒーローであり続けようとした

 

 結果として、今の様な”明るく、元気で、強くて、カッコイイヒーロー”という四糸乃の理想を演じ続け、四糸乃の心の支えとなっていた

 

 

 

 それはまるで、傀儡使い(四糸乃)の意のままに動く傀儡(よしのん)のように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前がどういう存在なのかなんて関係ないんだ」

 

 「——は?」

 

 「こうしてよしのんと話しあって、よーくわかったことがある。——お前は四糸乃と変わらねえ! 人の為に自分を蔑ろにする程の優しいお人好しなんだ! ——だけど! それだけじゃダメなんだよ! 優しいだけじゃ駄目なんだよ! それじゃあお前達自身が——救われないじゃないか!!」

 

 「な、何を知った風に言っちゃってるのかなぁ? 四糸乃はともかく、ボクに優しさや救いなんて必要無——」

 

 「ならなんでそんな()()()()()を——()()()()()()()()()をすんだよッ!!」

 

 「……え?」

 

 士道が言った言葉が理解出来なかったのは何度目だろうか?

 士道の言葉は全部唐突で、確証なんてない士道が感じただけの意見だ。それを理解しろと言われても、よしのんが同じく理解することなど出来なかった

 だって、士道とよしのんは根本的に違うから。——人と堕天使という異なる存在だから

 

 そんな士道の言葉だが……今回の士道の言葉は先程以上に理解できなかった

 

 

 ——ボクが辛そうな顔をしている? 今にも泣きそうな顔をしているだって?——

 

 

 未だに自己暗示で自身の心を封じ込めたよしのんは、士道が言った自分の変化が認められなかった

 だってそれは、そんな表情は——よしのんが作る表情にはないものだったから。四糸乃の願いを叶えるのに必要な表情ではなかったから

 だからよしのんは信じられなかったのだ。そんな——自分の”心”の表れとでもいえるような表情を、認められなかった

 

 「ッ、してない! ボクは全然辛くないし、泣きそうになんてなってないよ!! だって……だって! よしのんは四糸乃のヒーローだか――」

 

 「そんなボロボロのヒーローが一体何を守るって言うんだ!! そんな姿は四糸乃も望んじゃいねえ! お前が見せたいのは心を擦り減らして今にも泣き崩れそうなヒーローなのか!? そんな姿を四糸乃に見せたいのか!?」

 

 「ち、ちが……よしのんは、四糸乃のヒーローで、だからどんなことでもへっちゃらで……」

 

 「よしのん!! 例えお前が四糸乃の願いの為に動くだけの存在(人形)だったらそんな顔はしないはずだ!! 自我や心が不要だって? そんな筈がないだろう! もうお前は一人の人間と何ら変わらないんだ!! だってそうだろ!? お前にはちゃんと”心”があるんだから!!」

 

 「そん、な……っ、そんなことないよ!! ボクは堕天使だ!! 人間じゃない!! 人間とは違うんだ!!」

 

 「違わない!! お前はもう人と変わらない”心”を持ってる。それはもうよしのんにも否定は出来ない程に”自我”が出来上がってるんだよ!!」

 

 「なんでそんなことが言えるのさ!? ボクは人を消そうが一切躊躇ったりなんてしない!! 普通だったら躊躇うでしょ!? その普通がボクには存在しな——」

 

 「それなら泣きそうな顔をしないはずだ!! 人を殺す事を意識した時、嫌そうで辛そうな表情を見せない筈だろ!? それにお前は——一度たりとも()()()()()()()()()()()! 言えてないじゃないか!!」

 

 「ッ……そ、そんなの関係無い! 言わないだけでやらない訳じゃ——」

 

 「いや、お前は人を殺したくないはずだ。例え殺そうと考えていても、殺そうという現実を考えないために「殺す」という言葉を口にしていない!」

 

 先程までの余裕は何処に行ったのか、よしのんは士道から次々と投げかけられる言葉に動揺を隠せないでいた

 

 否定したいのに上手く言葉を返せない、上手い言葉が見つからない

 何故上手く言い返せないのかが理解出来ず、理解しようとしても士道がそんな暇を与えない

 結果、よしのんは士道の言葉を否定できず……それでも”否定しなければいけない”という強迫概念染みた想いの元、意味もなさない否定を漏らすのだった

 

 「もう……いい、やめてよ」

 

 「それだけじゃない。お前は言った、四糸乃を傷つけた奴を許せないって。それは相手に怒りを覚える感情を持ってることに他ならない」

 

 「やめて……」

 

 「今だって俺に対して感情を露わにして反論してる。その上——」

 

 「やめてって言って——ッ」

 

 「——泣いてるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい口論する二人。どちらとも自身の言い分を譲ろうとせず、二人の叫びは周囲に響く

 そして、口論の末——士道の言葉が徐々に否定する言葉が浮かばなくなってきたよしのんは……士道の指摘で気づいてしまう。——その、自身の頬に伝う雫の存在に

 

 

 それが——答えだった

 

 

 自分が泣いていることに気づいてしまったよしのんの中で、彼女が封じ込めていたモノが……その呪縛の瓦解と共に露わとなる

 それは今まで自分の心を押し殺し、代わりになる四糸乃の為の”よしのん(ヒーロー)”という仮面が剥がす結果となった。そうなれば、仮面の内側にある本来のよしのん(ボク)が現れる結果となるのも当然の事だろう

 

 実際のところ、彼女の仮面が剥がれ落ちる兆候は既に表れていた

 彼女が完全に四糸乃から独立し、堕天使として顕現した時から——”よしのん”は”ボク”へと変わっていたのだから

 

 ”よしのん”と”ボク”

 

 それは自己暗示した自分と本来の自分を区別する言葉

 

 外界に顕現した彼女は、既に自己暗示が途切れかけていた。四糸乃を傷つけられ、反転しそうになった原因達に”怒りの感情”を抱いてしまったが為に

 ”強い感情”……それは自我も同然だ。だからこそ、彼女は自身を「ボク」と呼んでいた。それはもう無自覚に

 

 その”強い感情”が、自らにかけていた自己暗示という名の仮面を、内側から罅を入れていたのだ

 ”強い感情”を抱く度にその罅はどんどん大きくなり、その度に彼女は——完全に剥がれぬ様、自己暗示をかけ直す。そう繰り返してきた

 

 

 しかし、それが今——完全に剥がれてしまった

 

 

 

 「………………」

 

 

 

 顔を俯かせて黙々と佇むその姿からは、先程の活発な雰囲気が感じられない。動く気配も見せず、ただただ……涙を流し続けた

 

 「……もっと素直になれよ。自分の”心”に正直になれよ。その方が四糸乃もきっと、喜ぶから」

 

 「………………」

 

 彼女からは返事がない。涙を流し続けるだけで一切の反応を見せやしない

 何故彼女は何も言わないのか? 何故彼女はただ立ち尽くしているのか?

 

 

 それは——自分に合った”心”というものに戸惑いを感じているからだ

 

 

 士道は確かによしのんの”心”を解き放ったと言ってもいいだろう。しかし、その心によしのんの頭が追い付いていないのだ

 自分に”心”があることは自覚した。自覚させられた

 時折感じた胸の痛みも、封じ込めて尚、自身の心が悲しんでいることが原因だったと理解させられる

 

 そんな感情を、よしのんはどうすればいいのかがわからないのだ

 

 露わになった”心”は、間違いなくよしのんのやるべきことに支障をきたすだろう。四糸乃の願いを叶えるという役割を

 実際に、心が剥き出しになってしまったせいでAST達を殺めることに抵抗感を抱いてしまった。これではもう……殺せない

 しかしそれでは、再び四糸乃が襲われてしまうだろう。そう分かっている筈なのに……殺すべきなのに……”心”はそれを拒絶してしまう

 

 どうすればいいのか分からなくなってしまった

 よしのんは……自身の存在意義に、支障をきたしてしまったのだ。これでは……四糸乃の願いを叶え続けるという役目を果たせない

 

 つまりそれは……よしのんが存在意義を見失ったことに他ならなかったのであった

 

 だからよしのんは、何をするでもなく佇んでいる

 

 ”ボク”はどうすればいいのかと……”ボク”は一体何なのか、と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんなよしのんは、ある一人の少女によって——彼女の守るべき少女の言葉によって、再び自分を取り戻すことが出来たのだった

 

 

 「……ごめんね、よしのん」

 

 「っ——」

 

 「……四糸乃? 起きて……」

 

 突如としてその場に響いた小さな呟き。その発生源は——十香の傍にいる四糸乃からだった

 よしのんはその言葉で我に帰り、涙を流し続ける顔で四糸乃の方を向いてしまう。——そのヒーローには到底見えない、頼りない表情で

 

 実は四糸乃、彼女は少し前から起きていた

 よしのんが自分の事を士道に話していた時、不意に目が覚めたのだ。十香は気づいていたが、四糸乃からの制止もあって黙っている事になる

 

 

 そして四糸乃は真実を……よしのんの事を知ってしまう

 

 

 今まで自分を支えて来てくれた彼女が、その裏で苦しんでいたことを……それが自分の為に行ってきたことが原因だったことを、聞いてしまった

 そして四糸乃は、自分のせいで大切な友だちを苦しめていたことが辛くて……そんな自分が情けなかった

 

 

 ——私はよしのんに助けてもらってた。でも……私は?

 

 

 彼女は後悔する。何故今まで気づかなかったのか、何故今まで考えもしなかったのか

 そんな無責任で、人任せで、自分の事を優先していた自分が恥ずかしくて、情けなくて、嫌だった

 

 

 だからこそ——彼女は一歩、前に進もうと歩み始めたのだ

 

 

 「ごめん、ね……よしのん。これから、わた、しも……頑張る、から。だから、だ、から……一人で、抱え込まないで」

 

 「……四糸、乃? ——っ! だ、駄目だよ! これはボクの問題で——」

 

 「わ、たし、は……よしのんが傷つくの……やだよ」

 

 「っ……ボクの事なんて気にしなくていい。だから四糸乃は今まで通りに——」

 

 「……よしのん」

 

 四糸乃はよしのんの言葉を遮り、彼女に向かって……願う

 それは、願いによって生まれた堕天使に、自身の思いを告げるために

 

 「よしのん……もう、無理しないで。私……よしのんが私の為に、無理するのは……いや、

だから」

 

 

 

 ——だから——

 

 

 

 「私に……縛られないで。よしのんは……よしのん、も……自由に、生きて」

 

 

 

 ——ね? よしのん——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その言葉によって、よしのんは本当の意味でこの世の大地に立ったのだった

 

 今まではただ四糸乃を守る為だけの存在だった。四糸乃の願いを叶える為の、いわば願望鬼であった詠紫音

 

 しかしそれも、願望者である四糸乃の願いによって……変化する

 

 周囲から〈ハーミット(弱虫)〉と呼ばれていた四糸乃。そんな彼女が精一杯に振り絞った勇気が……”よしのん(堕天使)”だった彼女を”よしのん(一人の少女)”へと変えたのだ

 

 

 ——これが……少女の願いに捕らわれない、彼女個人としての自由を得た瞬間だった——

 

 

 




千歳「……」

ま、まぁ次はきっと出番ありますよ!……詠紫音が出てこなければ

千歳「……もう俺いらないだろ」

それを言ってはいけない。あなたが必要です!(ラスボスとして)

千歳「聞こえてるぞ?」

マジか



はい、そんな訳で、よしのん改め詠紫音さんの回でした
いやですね?流石にパペット混同するのは混乱しそうだったので……はい、もはやオリキャラですね
いえ、オリヒロインですね

そんな詠紫音さんのおかげで四糸乃のファーストキスは守られたのでした。ヒーローはヒロインを守るもの!それが身を挺した結果になろうとも……

まぁ封印できた時点で詠紫音さんは主人公クンにホの字なんでしょうけども

次回は……うん、間章ですね。まだよく決まっていません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

章終話 「詠紫音という存在? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

投稿予定時間外、及び最新話の投稿ではないことを先に謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした

早速ですが本題です

いきなりですが、修正したことで予想以上に長くなった為、二章の章終話を二つに分けさせて頂きました

正直に言うと、当時は早く投稿しようという焦りから描写を省いていた節があったんですよね。言い訳すいません
それが顕著に表れていたのがこの回だったと言えるでしょう。ですので、修正と共に描写を改めて加えた次第です

話の内容的にはそれほど変わっていないとは思いますが、改めて読んで頂ければ以前以上に内容を理解出来る筈です。……多分

それでは


 

 

 「落ち着いたか?」

 

 「……まぁねー。シドー君たちには随分と迷惑かけちゃったかな?」

 

 あの後……よしのんは泣いた

 それは周囲の——神社の境内、振り続ける雨の音よりも響き渡る程の大泣きを

 それにつられて四糸乃も泣いてしまう。よしのんが今までに溜め込んできた感情を思うと涙を流さずにはいられなかったのだ

 

 しばらく泣き続けた二人は、その片割れである四糸乃が泣き疲れ、眠ってしまったことを最後によしのんも泣くのを抑えていった

 そして今、ようやく泣き止んだよしのんは神社の社に雨宿りする。自分にかけていた自己暗示を無理やりに剥がしてきた士道と共に

 

 士道と十香は二人が涙を流しているとき、彼女達が落ち着くまで傍で見守っていた。二人とも悲しみで泣いている訳ではないのだ、思う存分に感情をさらけ出してあげたかった

 そしてしばらく経った後に、泣き疲れて眠ってしまった四糸乃の傍には十香が控えていた。どうやら士道とよしのんが口論中に仲を深めたようで、十香は四糸乃に対して親愛の情を向けているようだ

 今は四糸乃が目を覚ますまで、神社の奥で寝かせてあげているらしい。らしいというのも士道とよしのんは十香達の傍から一時的に席を離している為、確証を持ってそうだと言えないだけだった

 

 そんな二人が席を離した理由。それは……よしのんが士道に言いたいことがあったからだ

 

 「全くさ、何てことしてくれちゃったんだろーねぇ……シドー君は」

 

 「え?」

 

 「四糸乃は今までの願いを上書きする形で新しい願いを抱いちゃったんだよね……”私に縛られずに生きて”っていう願いをさ。それってさー? もう四糸乃の傍にいる必要もなく、自分勝手に暴れまわってもいいってことでしょ? 今のボクは飼っていたペットの首輪を外しちゃったようなもんさ。だから、ボクがこれから何をしようとも……ボクを縛るものが無くなっちゃった以上、だぁれにも止められないってわけさ~」

 

 「……それでも、四糸乃の傍に居続けるんだろ? よしのんは」

 

 「……ありゃ、バレっちゃってるや。そんなに分かりやすい?」

 

 「寧ろ変える気が無いんだろうに」

 

 「あっははー。イ、エースッ! そりゃそうさー。なんたって、例えボクがボク個人の意思で動けるようになったとしても……変わらずボクは——よしのんは四糸乃のヒーローだからね!」

 

 その言葉を言ったよしのんは、実に清々しい顔をしていた

 もうその言葉は呪いじゃない。彼女にとってのその言葉は……大切な人との誓いと昇華したのだから

 その誓いによって、よしのんはこれからも危ない目に遭うかもしれない。四糸乃のヒーローであり続けることで自分の命を危険に晒す結果となるかもしれない

 しかし、例えそうであったとしても……よしのんが再び心を封じ込めることはしないだろう

 

 

 だって……彼女はもう、自由なのだから

 

 

 「適度に頑張って、無理無く守り通すよ。ボクももう苦しいのは嫌だし、四糸乃もそれを望んでるしね」

 

 「そうか。……なぁ、よしのん」

 

 「うん? 何かなシドー君」

 

 晴れやかな表情をするよしのんに、士道は懐から……”よしのん(パペット)”を取り出した

 士道が取り出した”よしのん(パペット)”を見たよしのんは、驚きと嬉しさに満ち溢れた表情を士道に向けるのだった

 

 「四糸乃との約束、守ってくれたんだね」

 

 「あぁ、俺だって四糸乃の……ヒーローになりたかったからな。ヒーローは約束を必ず守るもんだろ?」

 

 「うん、そうだね。”よしのん(パペット)”を見つけてくれたんだ、シドー君も立派なヒーローだよ」

 

 士道はそのまま”よしのん(パペット)”をよしのんに渡し、受け取ったよしのんは”よしのん(パペット)”を暫しの間見つめた後に境内をゆったりとした足取りで歩き回り始めた

 気づけば雨は止んで徐々に雨雲が晴れていく中、よしのんを照らすかのように雲の隙間から日差しが差しこみ、それによって周囲の雨の雫が光を反射することでよしのんを照らしている

 陽の光はよしのんが着る黒い独特な装飾を施された外套をも照らし、そこに暗い感情は一切見えやしない。それどころか、楽しそうに笑っていることでよしのんが明るく輝いて見えてしまう

 

 そして、そんなよしのんがステップを踏みながら歩く様は……まるで踊っているかのようで、その姿に目を惹くものがあった士道であった

 

 

 

 

 

 『——、————』

 

 『————、——————』

 

 ふと耳を澄ますと十香と四糸乃が言葉を交わしているのが聞こえてきた。どうやら四糸乃が目を覚ましたようだ

 士道はおそらく気づいているであろうよしのんに声をかけ、二人の元に向かおうとする。よしのんが姿をもってこの場にいる以上、今の四糸乃に”よしのん(パペット)”が必要かはわからないが、少なくとも渡されて嫌な思いはしない筈だ

 そして士道は境内を見て回っているよしのんへと近づいていき、話しかけようとしたところで——

 

 

 「……シドー君」

 

 

 よしのんは境内のとある一角で歩みを止め、その一角の前で佇みながら士道に語り掛けるのだった

 よしのんは一体どうしたんだろうと疑問に思った士道はよしのんに近づいていき、そこでよしのんが見ている光景を視界に入れる

 

 それは、まだ咲くには少し早い時期に咲いた——雨の雫によって潤いに満ちている紫陽花(あじさい)の花だった

 

 「どうしたんだ? よし——」

 

 「——詠紫音」

 

 「——え?」

 

 不意に呟いたよしのんの言葉

 その言葉の意味。それが一瞬分からなかった士道は呆けた声を出してしまい、その言葉が何なのかと頭の中で反芻するのだった

 その意味も、よしのんの言葉ですぐに明かされることに

 

 「実はね? どういう経緯かは知らないけどさー……朧げだけど、ボクが周囲に”詠紫音(よしのん)”って呼ばれていた記憶があるんだよねー」

 

 「え!? それって……ッ!」

 

 「もしかしたらなんだけどさ? ボクっていう人格が天使に宿る前は——()()()()()のかもしれないね」

 

 よしのんの——詠紫音の言葉に驚きを隠せない士道

 無理もないだろう。よしのんが元は人間だったなど、そんな話、聞いたことが無い。この言葉には〈フラクシナス〉のクルー達でさえ驚愕を隠せず、立て続けに起こる予想外な展開に、ただ傍観することしか出来なかったのだった

 そして士道が詠紫音の言葉に驚愕しているところに、詠紫音は苦笑しながらあっけらかんと言葉を紡ぐ

 

 「まぁこのあやふやな記憶が本当の事だったのかはわからないんだけどね~。……ただ、これだけは絶対にそうだって言えることがあるんだ」

 

 詠紫音は目の前に咲く紫陽花に手を伸ばし、軽く触れながら語り続ける

 今の彼女の心境がどういったものなのかはわからない。しかし、少なくともその記憶が嫌な記憶ではなかったことが……次の言葉で語られるのだった

 

 

 

 「ボクは……紫陽花が好きみたいなんだよね」

 

 

 

 「そ、そうなのか?」

 

 「そーそー。まぁだから何だって言われたらそこでお話が終わっちゃうんだけどね? あはははっ」

 

 心底楽しそうに詠紫音は笑う

 無邪気に笑う詠紫音の笑顔に、士道は思わず見惚れてしまって顔を赤らめてしまう。しかしそれも、ここまでの道のりを越えてきたことで得られたモノだと思えば悪い気はしなかった

 そして士道は詠紫音の笑顔が微笑ましく思えて——

 

 

 

 

 

 「——あ!? そうだった封印——っ!?」

 

 

 

 

 

 ——本来の目的を思い出すほど、心に余裕ができるのだった。そのせいでつい口からその言葉を漏らしてしまうとはなんとマヌケな話であろうか。それを聞いていた〈フラクシナス〉にいる琴里が思わず噴き出してしまう程には阿呆らしい光景だった

 できれば詠紫音に聞かれてなければよいのだが……

 

 「およ? 封印? 何それー?」

 

 まぁ、大声で叫んだのだ。余程の難聴でなければ聞こえていないはずがなかった

 詠紫音は士道の言った”封印”というものが気になり、どういうものなのかを聞く為に士道へとにじり寄っていく詠紫音。一方で自身の迂闊さに後悔し、にじり寄ってくることで顔を近づけてきた詠紫音に焦りと羞恥を覚える士道であった

 言ってしまった以上、下手に誤魔化して——いや、何故だか詠紫音には誤魔化しが通じない気がする。ならばどうするかと思考を凝らす士道だったが……

 

 「……ふーん。ボクに言えないことぉ? ……へぇ、そぉーなんだぁ?」

 

 ジトーっとした群青の瞳で見つめてくる詠紫音に耐えきれなかった士道は、要所を控えてはいるものの、封印の事を詠紫音に教えてしまうことになる

 情けない、さっきまでの勢いは何処に行ったのかと疑いたくなるような弱腰に、ある意味では士道らしいと〈フラクシナス〉の琴里が青筋を浮かべながら言葉を漏らしていたことを士道は知る由もない

 

 「いや、その……詳しいことは俺にもよくわからないんけど、何故か俺には精霊の力を封印する力があるみたいで……」

 

 「へー? それってつまりぃ、四糸乃の精霊の力を封印しようとしてたってわけぇ?」

 

 「う……そう、です。精霊の力を封印すれば、ASTに狙われる事もなくなると思うし、十香みたいに普通の人間として暮らせるようになるだろうからって……」

 

 「……」

 

 士道の言い訳染みた言葉を聞き、詠紫音は口を閉ざしてしまう

 これではまるで、四糸乃の力を封印することが目的で近づいたみたいに思われても仕方がないだろう。……一つの間違いも無いのが痛いところだ

 しかし、確かに封印することが目的の一つではあるものの、精霊を救いたいという気持ちには嘘偽りはない。その事だけは知っていてほしいと、士道は俯く詠紫音に語り掛けるのだった

 

 「言い訳みたいに聞こえるけど、騙そうとしてたわけじゃないんだ。ただ俺は、女の子が傷つくのを見捨てて置けなかくて……」

 

 「……それは今、どうでもいいんだよねー」

 

 「いやどうでもよくはないだろ!?」

 

 詠紫音に誠意を見せようと話していた士道だったが、詠紫音の興味はそこにはなかったようだ。しかし、いまだに詠紫音は俯いたままなので、どう思っているかはよくわからなかった

 そんな詠紫音は、俯いたまま士道に問いかけるのだった

 

 「……んでさぁ、その封印の方法ってなんなのさ?」

 

 「そ、それは……」

 

 「……言えないんだ?」

 

 「う、ぐ……その、実は…………キス、なんだ……」

 

 「…………………………」

 

 返答を返すことに躊躇う士道。しかし、ここまでハッキリと聞かれた以上は話すしかないと思ったのか、正直に答えることにしたのだった

 どっちにしろ精霊の力を封印する以上は事情を話さなければいけない。その時にキスの事も言わなければいけない為、後々知られることになるならここで言おうと思った次第だ。寧ろここで下手に隠そうならば、詠紫音は士道に対しての信頼度を落としていたことだろう。——故に、士道が包み隠さず答えたのは決して間違った選択肢ではないはずだ

 

 

 

 

 

  ——へぇ……——

 

 

 

 

 

 しかし、そんな士道の選択が……詠紫音に次の行動をするきっかけを作ってしまったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おーい! シド-! 四糸乃が起きた——なっ!」

 

 「——え? よ、よし……のん?」

 

 話を終えて神社の奥から士道達の元へと向かった十香と四糸乃は、その先で見た光景に驚きで固まってしまう

 

 

 

 

 

 何せ、士道ににじり寄っていた詠紫音が——士道の唇に己が唇を押し当てていたのだから——

 

 

 

 

 

 言い逃れなど出来やしない。今、士道と詠紫音が何をやっているのかなど誰の目から見ても一目瞭然のことだろう

 十香は信じられないものを見たかのような表情を浮かべ、四糸乃はその光景に顔を真っ赤に染めつつも、視線は決して逸らさない

 その行為——キスをしている士道も何をされたのか理解が追い付いていないようで、目を見開いたまま硬直している

 そして、士道に寄り添いながらキスをする詠紫音は目を瞑り、少し頬を染めながらも士道の唇はしっかりと捉えていたのだった

 

 流石に展開が急すぎた。まさか詠紫音にキスされるなど露程も考えていなかった士道は、詠紫音の行動に困惑してしまう

 確かに詠紫音にキスをされる前は、そういう話題にもなっていただろう。しかしそれは四糸乃に対しての話であって、詠紫音にしてもらいたいがゆえに話していた訳ではないのだ

 だから士道は、今の詠紫音の行動に困惑と動揺が隠せないでいた。”なんでこんなことを?”と思わずにはいられなかったのだった

 

 

 

 そして詠紫音はおよそ十秒間の長いキスを終え、未だに困惑している士道から一歩下がったところで——事態は動き出した

 

 

 

 「——え……え? なに、これ……」

 

 「よ、四糸乃!?」

 

 それは十香の時と似たような現象だった

 詠紫音がキスを終えた途端——四糸乃の霊装が空気に溶けていくかのように霧散していったのだ

 霊装が消えるという事態に四糸乃は勿論の事、隣にいた四糸乃のインナーが急に霧散したことで十香も驚き声を上げてしまう

 

 二人が慌てている声が聞こえた時点で、()()()()()()二人の安否を確かめる為に、士道も其方に視線を送ったことだろう

 

 しかし、その時の士道は二人のいる方に視線を向けなかった

 

 ……いや、向けられなかったのだ

 

 

 

 

 

 「……シドー君の話、本当だったんだね」

 

 

 

 

 

 士道は目の前の詠紫音から目を逸らすことが出来なかったのだ

 何故なら——

 

 

 「いったい……なにが……」

 

 

 ——四糸乃の霊装と同じく、詠紫音の体が徐々に光となって霧散しているのだから……

 

 「あーらら、なんだか不思議な気分」

 

 「よ、詠紫——」

 

 自身の体が霧散しているというのに、それがなるべくしてなったと言わんばかりに平然としている詠紫音から事情を聴くために問い詰めようとする士道

 しかしそれは、詠紫音の人差し指が士道の唇に触れることで、一旦言葉を途切れさせてしまう

 そして詠紫音はもう片方の人差し指を自身の唇の前へと持っていき、士道の言葉を遮った理由を話し始めるのだった

 

 「シドー君、その名前は……ボク達だけの秘密ってことにしないかい? 記念としてさ~」

 

 「——っ、……わかった」

 

 士道の言葉を遮った理由、それは自身の名を——”詠紫音”という名を二人だけの秘密にしたかったという……詠紫音の頼みを伝える為だった

 二人だけの秘密。それは”詠紫音”の初めてのわがままだったのだろう

 

 しかし、士道はそれどころではなかった 

 今の詠紫音の顔を見てしまうと、いてもたってもいられなかった——

 

 「なんで……なんで、そんな——」

 

 

 ——まるで”最後の頼み”みたいな……

 

 

 詠紫音はこの後自分がどうなるのかを分かっているのだろう

 わかった上でのこの頼み、それが士道の心を締め付ける。……この後詠紫音がどうなるのかを、理解させられる

 そして詠紫音は、こうなった理由を静かに語り始めるのだった

 

 「……ボクは四糸乃の天使から変化した堕天使だ。四糸乃の精霊としての力が封印されれば……まぁ、こうなるよねー」

 

 「で、でも、なんで詠——っ、よしのんで封印が……」

 

 「それはさっき言ったじゃんさー? 今のボクは四糸乃から切り離されてるんだ。だから、四糸乃の精霊としての力はすでに——ボクが主導権を持っているんだ」

 

 「じゃ、じゃあ四糸乃は既に——」

 

 「うん、()()()()()()()()()()()()。一応の繋がりはあるけど、ボクがその気にならなければ、もう四糸乃は精霊の力を使えないんだ。霊装だってボクが堕天使として外に出た時からは、ボクが霊力を与えて維持させていたようなもんだもん」

 

 「それじゃあ……」

 

 「うん。四糸乃はもう襲われない筈だよ。……ボクが封印されれば、ね」

 

 士道が詠紫音の名を秘密にしてくれたことを嬉しく思いつつ、詠紫音は士道にその疑問を晴らすのだった

 

 詠紫音が言ったことが真実であれば、四糸乃はもう安全だ

 四糸乃から出ている霊力反応も、今では詠紫音が与えていた霊力だった。つまり、霊力の供給源は別にあるということになる

 それならば、その供給源から霊力の供給を断ってしまえば……四糸乃からは霊力反応が感知されなくなるのも道理というものだ

 

 

 その方法が——詠紫音(精霊の力)を封印することだった

 

 

 確かに詠紫音が言っている事は最善な方法なのだろう。士道や〈フラクシナス〉の皆も元より精霊の霊力を封印することが目的であった為、この結果は成るべくして成ったと言える結果だった

 

 しかし、これではあまりにも——酷すぎる

 

 詠紫音が自身の自由を得たというのに、またその自由を奪われる

 ——それが、どうしても納得出来なかった。納得出来る訳がなかった

 

 そしてそれは……詠紫音がそうするだけの少女も同様の気持ちだった

 

 「よしのんっ、よしのん……!」

 

 「ほーら、四糸乃。そんな悲しそうな顔しちゃノンノンだよ? ……例えボクがいなくても、シドー君たちがいるから安心して……ね? 四糸乃」

 

 「いや……やだ……やだよ、よしのん!」

 

 十香から着せてもらった上着で身を隠しつつ、四糸乃は詠紫音の元に駆け寄った

 瞳から涙を流す四糸乃を、詠紫音はそっと抱き寄せる。四糸乃を安心させるように

 

 そして四糸乃を——大切な少女の存在を感じるために……

 

 これで最後になるかもしれない。もう四糸乃には会えないかもしれない。考えれば考える程、この先の事が恐くなる……

 ——それでも詠紫音は考えを改めなかった。それが……四糸乃のこれからの未来に必要な事だったから

 

 しかし、詠紫音がいなくなれば四糸乃は悲しむだろう。それは今、目の前で涙を流しながら縋り付く四糸乃を見れば一目瞭然だった

 ——だから詠紫音は、最後に一つ……置き土産をすることにした

 四糸乃を抱き寄せた詠紫音は四糸乃あやすように頭を撫でつつ、”ソレ”を——”よしのん(パペット)”を四糸乃に手渡したのだ

 

 「ほぉら、シドー君が”ボク(よしのん)”を見つけてきてくれたよ? これで四糸乃は一人じゃないぞー」

 

 「でも、でもぉ……っ!」

 

 「大丈夫、四糸乃にはシドー君や十香ちゃん、それに”ボク(よしのん)”がついてるんだからさ? だから……少し休ませて?」

 

 

 ——ね? 四糸乃——

 

 

 「ッ! …………うん。わかった……」

 

 ”よしのん(パペット)”を渡され、詠紫音から想いを伝えられた四糸乃は……決意した

 詠紫音の言葉を聞いた四糸乃は思い出したのだ。先程自身が言った事を——自分もよしのんの為に頑張ると決めた事を

 

 ——それなら、今の私がすることは……よしのんを休ませてあげることだ——

 

 ——今まで私を守ってきてくれた——私のヒーローを休ませてあげることだ——

 

 ——もう、甘えるだけじゃダメなんだ——

 

 それらの想いで、決意で、勇気で……四糸乃は詠紫音を見送ることにした

 それが——本当の第一歩なのだと、自分に言い聞かせて……

 

 

 

 「……十香ちゃん」

 

 「な、なんだ?」

 

 「えーっと……この前、デパートで十香ちゃんを煽っちゃって、傷つけちゃってごめんね」

 

 「——っ!」

 

 四糸乃の決意を見て安心した詠紫音は、次に——十香へと謝罪を送るのであった

 

 それは以前に詠紫音が十香に言ってしまった事への謝罪だった。士道と四糸乃が誤ってキスをしてしまったときに、詠紫音は十香に酷い事を言ったのだ

 

 ”十香ちゃんはもういらない子”だと……

 

 悪気があって言った訳ではない。その頃はまだ四糸乃の事しか考えられなかった為、十香を突っぱねてしまったのだ

 これも心を封じ込めていた弊害とも言えよう。四糸乃の事しか考えていなかった詠紫音は、十香の気持ちなど露程も鑑みなかった。だからあんな酷い事を、平然と言ってしまったのだ

 ——しかし、今は違う。自身の心を開放したことで、その時の罪悪感が湧き出てしまった。実際に四糸乃と十香から離れたのも、その罪悪感に胸を痛めたからでもあったのだ

 だから……最後かもしれない今、誤っておきたかった。例え許されなかったとしても、それでも謝らずにはいられなかったのだ

 そんな詠紫音の謝罪を聞いた十香は——

 

 「……別に、もう気にしてなどいない」

 

 「……ごめんね」

 

 「もういいと言っているだろう? あまり……謝るな。おまえは——よしのんは、四糸乃の”ヒーロォ”なのだろう?」

 

 「……! ……うん。ありがとね、十香ちゃん」

 

 ——詠紫音を激昂したのだった

 

 苛立ちはあった。無い訳がない。自分が好意を寄せる相手との仲を悪く言ったのだ。数日前であれば、ここまですんなりと許していなかっただろう

 しかし、この数時間で十香は知ったのだ。詠紫音が四糸乃を大切に思う気持ちを

 自身の身を削ってでも守りたい大切な存在。それは先程までの言動や、今のこの状況で明らかとなっている。そして十香は、自分にも大切な存在がいるからこそ……その思いに共感を覚えたからこそ、詠紫音の暴言を許したのだ

 

 だからこそ、十香は詠紫音が謝る姿を晒してほしくなかった。例え自分の事ではなかったとしても、大切な存在の前で謝るという光景は……目にしたくなかったのだ

 

 そんな十香の気づかいに、詠紫音はより一層胸を締め付けられながらも感謝した。ある意味この胸の締め付けが罰なのかと思う一方で、十香の気づかいに感謝を隠せなかったのだった

 

 

 

 そして、詠紫音は最後に士道へと語り掛ける

 これが最後だと、名残惜しくも……悔いを残さないように——

 

 「シドー君」

 

 「……なんだ」

 

 最早今にも消えてしまいそうではあったが、今はそんなことを気にしていられないと言わんばかりに詠紫音は話しかける

 その姿に士道は奥歯を噛み、拳を握り締めることで平然としているように見せるも……やはり隠しきれていない

 悔しくない訳がない。例え四糸乃が救われるのだとしても、この数時間で士道は詠紫音と深い関りを持ったのだ。そんな彼女が目の前から消えるというのに、自分は何もすることが出来ない……そんな自分に腹が立って仕方が無かった

 

 そんな士道の様子を見た詠紫音は、最後に……士道が自分を責めぬようにと、一言——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……またね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——っ! ……あぁ、またな」

 

 ……それが、詠紫音の最後の言葉となった

 しかしそれは、士道の心に響いただろう。大きな波紋となって、士道の心を揺らしたことだろう

 

 

 ——約束だぞ、詠紫音——

 

 

 最早言葉はいらない。その想いを込めた眼差しで詠紫音を見つめる士道は……もう、何も語らなかった

 しかし、士道の想いは詠紫音に届いたのだろう。——満足そうな笑みを浮かべる詠紫音が、頷いたのだから

 

 

 

 そして……

 

 

 

 詠紫音は、最後まで四糸乃を抱きしめながら……この世界から消失した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——あれから数日が経った——

 

 詠紫音が消えた後、詠紫音から供給されていた霊力が四糸乃の中から完全に消え去ったのを確認した〈フラクシナス〉はすかさず士道達を回収した

 その先で士道は、琴里に今回の命令無視と独断行動でお灸を添えられ——終いには泣かれてしまった

 今回の士道は無茶をしすぎた。十香を危険に巻き込んだこともあるし、一歩間違えれば封印どころではなかっただろう。今回は無事に済んだのでいいものを、最悪の事態もあり得るのだ。始終、琴里やクルーの皆は正直気が気じゃなかっただろう

 琴里達に多大な心配をかけてしまった事に申し訳なく感じる士道だった

 

 ——が、その一方で……やはり、あの消えてしまった少女——詠紫音の事が頭から離れることは無かった

 

 回収後、四糸乃はそのまま検査を受けることになった

 詠紫音の証言があるからと言って、今回の事は〈フラクシナス〉では予想外な事だったのだ。魔王の存在は知っていたものの、堕天使など聞いたことが無い。下手すれば〈ラタトスク機関〉でもわからないまであったのだ。故に、例え霊力反応が無くなったとしても、何があるかわからない以上慎重に事を進めることになるのは必然だった

 

 しかしながら、それも杞憂に終わることとなる

 

 今の四糸乃は完全に人になったと言っても過言ではなかった。十香に起きた霊力の逆流さえ確認できず、四糸乃は詠紫音と完全に切り離されてしまったようだった

 これならば四糸乃の感情が不安定になろうとも、周りに被害が出ることもないだろう。今後もその可能性が無いとは言い切れないが、少なくとも今の四糸乃はただの普通の少女になっていた

 

 そして、先日五河家の隣に突如として作られたマンションに四糸乃は住まう事となった

 

 所謂精霊用に作られたマンションであり、一時的に五河家で暮らしていた十香もそこに住まう事となる

 精霊の力を完全に失ったとはいえ、四糸乃は精霊だったのだ。住んでいたところなどありはしないし、再び霊力を取り戻すことだってあり得る以上、そのまま放置するなんて選択肢などありはしない。十香との仲も今では良好だし、四糸乃もマンションに住むことに対しては抵抗を見せなかったので、そのような形に落ち着いたのだった

 

 そうした経緯の末、マンションが建てられた次の日に士道と四糸乃は再会する

 出会った当初に比べれば断然明るくなり、いまだに周囲への怯えはあるものの、それに屈しないような満面の笑顔を見せていた。これもきっと詠紫音との約束が、四糸乃に勇気を与えているのだろう……

 そんな四糸乃の左手には——

 

 

 『やっはー、久しぶりだねん()()()

 

 

 ——出会った時と変わらない姿の”よしのん”がコミカルに喋っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この”よしのん”は……”詠紫音”の残した置き土産だった

 

 〈フラクシナス〉の検査の結果、四糸乃からは霊力反応を観測できなかった

 しかし、四糸乃とは別の場所で——それも四糸乃の近くで微かな霊力反応を示したのだった

 

 それが——”よしのん”だった

 

 ここからは推測になるが、あの時……詠紫音が四糸乃に”よしのん”を渡す際、詠紫音が自身の霊力で何らかの細工を施したのではないかというのが有力だった

 詠紫音の霊力は今、その全てが士道の中に封印されている。だから”よしのん”に宿る霊力も本来は封印される筈だったのだ

 

 ——しかし、封印はされなかった

 

 ”よしのん”からはあの時、詠紫音が放っていた霊力に似た霊力反応を観測した。それはつまり、詠紫音の霊力がいまだに残っているということだ

 詠紫音の言葉が真実であれば、四糸乃の霊装を維持するために詠紫音は霊力を供給していた筈だ。しかし、それも詠紫音がいるからこそ可能だった

 だが、詠紫音は士道の中で封印されている。封印されたことで四糸乃が霊装を維持できなくなった以上、”よしのん”に宿る霊力もまた維持できない筈だ

 それなのに、数日たった今でも”よしのん”は霊力を維持し続けながら四糸乃の左手で愉快に話している

 一体何故? どういう仕組みだ? それらの疑問が次々と浮上し、それらの疑問については——

 

 

 

 「よしのん、ですか? よしのんは……千歳さんが、くれたんです」

 

 

 

 ——”よしのん”とは何処で知り合ったのかという議題で明かされることになるのだった

 

 それに気づけば簡単な話だった

 ”千歳さん”——それはきっと〈アビス〉の事だろう

 

 

 確かあの精霊は——物質を創り出す事が可能だったはずだ

 

 

 現に、信じたくない話ではあるが……千歳は十香の天使を創り出した前例がある。天使を創れるのであれば”よしのん”を創る事など簡単であろう

 現に、”よしのん”から観測される霊力反応ではなく”よしのん事態”を観測したところ——案の定、千歳と同一の霊力反応を観測することが出来たのだった

 

 

 そして、どういう理屈か詠紫音の霊力と千歳の霊力は上手い具合に()()()()()()()()

 

 

 詠紫音の霊力が”よしのん”に人格を定着させ、千歳の霊力がその定着させた人格が消えないように霊力を補っている……そんな訳の分からない状態になっていたのだ

 最早常識が通用しない。精霊を攻略するためにと様々な情報を持っている琴里を含めた〈フラクシナス〉のクルー達だったが、その情報にも無かったことを前にし、この先やっていけるのかと目の前が暗くなったという……

 

 そんな中、士道は別の事を考えていた

 四糸乃の左手にいる”よしのん”

 それは確かに詠紫音と同じ性格で、同じ雰囲気で、同じ言葉使いだった

 しかし——それでも”よしのん”は、詠紫音ではなかった

 

 

 ”よしのん”が士道の事を「士道君」と呼んでいることこそが、詠紫音と”よしのん”が似て非なる存在だということを実感させるのだ

 

 

 詠紫音は士道を「シドー君」と呼んでいた。同じ意味なのに、ニュアンスが違うだけで士道には”よしのん”が詠紫音とは全くの”別人”であるように思えてならないのだ

 四糸乃も……おそらく十香も気づいている。俺を含めた三人だけが、おそらく気づいているのだろう。現に琴里達は”よしのん”に対して堕天使は何かと事情徴収するぐらいだ。その度に”よしのん”がはぐらかしているから結局分からず仕舞いだが

 

 詠紫音は四糸乃の事を思って”よしのん”を置き土産に選んだのだろう

 四糸乃を支えるために、それだけを純粋に思ってこその贈り物

 しかしそれは……詠紫音がもういないのだという事実を突き付けられているように思え、どうしても喜べない士道達なのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——なーんて感じに、ボクのお節介がシドー君達を落ち込ませてたみたいだから来ちゃったー♪」

 

 「いや来ちゃったーじゃないから。——って、それ以前に何で俺のベッドの中に裸でいるんだよ!?」

 

 そんな士道達の傷心も、彼女の再来によって癒されることになるのだった

 

 

 

 

 

 ————————————————————

 

 

 

 

 

 四糸乃と再会した翌朝のことだ

 ベッドの中で眠りについていた俺は、不意に柔らかいものを感じたことで意識を目覚めさせたのだった

 朝に弱い俺としては、そんなことを気にせずに、もう少しばかり眠りたかったところだが……どうしても気になってしまう、そのひんやりとした柔らかいものを

 そして、どうしても気になってしまった俺が、その何かへと手を伸ばしてみると——

 

 

 

 

 

 「——んっ、シ、シドー君……もしかして起きてるのかなぁ? 流石にそれはピンポイントすぎる、かな……」

 

 「……ん……うん? …………は、えぇっ!?」

 

 手がその柔らかい何かに触れた瞬間——声が聞こえた。それも、最近聞いた声だ

 俺はその声に反応し、寝ぼけていた意識を一気に覚ます。そのまま眠い目を無理矢理見開くと——

 

 

 

 大半が白で、ちらほらと混じる黒——それはウェーブのかかった長髪。そして、特徴的な黒いボタンの形をした眼帯を右目につけ、頬を主に染めながらニンマリと微笑んでいる少女が視界に映った

 

 

 

 封印されたはずの——消えたはずの詠紫音が、今、俺の目の前にいるのだった

 

 

 

 ……裸姿で

 

 

 

 「裸じゃないよん? ほら、縞々ニーソ穿いてるじゃん?」

 

 「どんな言い訳だ!? どこぞの剣精霊かお前は!?」

 

 「ボクはシドー君のけん玉です」

 

 「けん玉でどう戦えって言うんだよ!?」

 

 「悪い子は撲殺! 滅殺! 凍殺だよー!」

 

 「思った以上に物騒で恐い!? え? けん玉ってそんなことできるの? もうそれけん玉じゃなくね? ただの凶器だよそれ!?」

 

 しばらくぶりの再会だったが、そこにしんみりとした雰囲気は一切無かった

 そしてそれが……詠紫音が帰ってきたという実感を、俺に与えてくれるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで詠紫音にはシーツを体に巻いて裸を隠してもらう。流石に裸のままでは話すどころじゃないのだ

 そして、完全に目が冴えてしまった俺は改めて詠紫音に向き直り、どういう事なのかを問いながら話し合うことにしたのだった

 

 「はぁ……それでさ、何で詠紫音がここにいるんだ? 詠紫音は封印されたんじゃ……」

 

 「それよりもこの姿どうかな? 結構エロスを感じない? ある意味余計いかがわしくなったよねん?」

 

 「……詠紫音」

 

 「……うん、まぁ冗談は後ででも出来るからね。大丈夫、ちゃんと話すからさ」

 

 冗談めかしにからかおうとする詠紫音だったが、俺の雰囲気を感じ取ってか真面目に話す気になってくれた

 正直、今の俺は少しでも感情を抑えることをやめてしまえば……我慢しているものが決壊してしまうだろう。詠紫音がいなくなったことによる深い悲しみや、こうして詠紫音と再び出会えたことへの喜びの感情を……抑えきれなくなってしまう

 もう会えないかもしれなかった彼女を前にして、荒れ狂う様々な感情が今にも爆発しそうだった。俺の心は今すぐにでもこの感情を解き放ちたくて仕方がない……

 

 ——しかし、それはまだ早いのだ

 

 今は詠紫音の事情を聞くことが最優先だ。今後の為にも、彼女の事は知れるだけ知っておきたかったから……

 

 

 

 詠紫音は封印された。それは詠紫音自身が望んだことだった

 

 ——しかし、例え詠紫音が望んだからと言って、すんなりと封印出来るという訳ではないのだ

 

 そもそもだ。俺が精霊の力を封印するためには——どんな条件が必要だ?

 

 例え、その必要な条件を知っていたとしても封印出来るかは——精霊次第なのだ

 

 そんな精霊次第の条件がある中でも——詠紫音は封印された

 

 それはつまり、詠紫音が条件を満たしていたという事を意味するのだ——

 

 

 

 その条件はあえて言わない。詠紫音のプライバシーに関わる、何より自意識過剰なんて思われたくないし……

 とにかく、詠紫音は条件を満たしているのだ。そうだったとしたら……俺は、詠紫音に対して真摯に対応しなければいけない

 満たしてないからという理由で蔑ろにする気は一切無いが、それでも……詠紫音の為に体を張るぐらいしなければ示しがつかない

 だからこそ、この再会は大切な思い出にしなければいけない。ふざけたせいで滅茶苦茶になってしまうなど、俺だけではなく詠紫音も……きっと嫌だから

 

 そして俺が詠紫音へと意識を集中していたところで、詠紫音は静かな声色で語り始めるのだった

 

 詠紫音がどうやって——封印から抜け出してきたのかを……

 

 

 

 「簡単に言うとだね。ボクに宿っていた精霊の力を、シドー君の中に置いてきたんだ」

 

 「シドー君の”精霊の力を封印する”っていう力の裏を取って、精霊の力をそのままシドー君の中に切り離しておくことで、精霊の力を持ち得ないボクを”不要な要素”として封印から()()()()()()()()()

 

 「要はボクという存在を、一時的に”封印の対象外”としてシドー君の力に誤認させることで、ボクは封印から抜け出すことが出来たのさ」

 

 「だからね? 今のボクは四糸乃と同様に精霊の力を持たない普通の少女なんだよ」

 

 

 

 詠紫音がここにいる理由、それは精霊の力を手放す事だった

 精霊の力があるから封印されるのであれば、それさえなければ封印されることは無い筈だ。——そう言ってしまえば簡単なことだが、きっとそうするのにはかなり苦労したのだろう

 現に、詠紫音が封印されてから今日まで、既に数日程経っているのだ。四糸乃の傍にいたい詠紫音が、封印から抜け出そうとすることを面倒くさがるはずもない。つまり、今日この日まで詠紫音は試行錯誤を繰り返し、その結果をもって封印から抜け出す方法を編み出したのだろう

 

 そうして導き出した方法によって、——詠紫音は再び、この世界に舞い戻ってきたのだ

 

 

 

 「……シドー君」

 

 

 

 ——話を終えた詠紫音は、改めて俺と向き合った

 向き合った詠紫音からは、普段の彼女からはほとんど感じさせなかった雰囲気を——柔らかな雰囲気を感じた

 

 彼女もきっと、今この場に入られることを純粋に喜んでいるのだろう

 

 何せ、今の彼女は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——また、会えたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——とびっきりの笑顔を、その言葉と共に送ってきたのだから

 

 




この後、士道を起こしに来た琴里に目撃されて一大事になったとかならなかったとか……

補足や描写を加えただけで、まさか一話分になるとは思いもしなかったメガネ好きです
しかし、以前よりも私は満足感に満たされております。以前から感じていた物足りなさは、やはり描写不足が原因だったようです……


さて、では少し余談を

今回、このような形で次話を追加させていただきました
エタってはいないのです。ちょくちょく修正しているだけで、きちんと作品を書いてはいるのです! ですので失踪などはしませんからね!? ホントですからね?

……こほん。とりあえずそんなところです
ようはしっかりと次話も執筆しているという事です。自分のペースでやっているため、投稿ペースが芋虫並みに遅くなってしまいましたが……急いだ結果に今回のようなことになっては本末転倒もいいところです。読者方にも申し訳がありませんからね

これからもこの作品は続けて書いていきますので、気長にお待ちして頂けると幸いです

最後に、活動報告にてアンケートを取っています
これからの修正や投稿の流れについてですので、よろしければ見るだけでも見てもらえれば幸いです

それでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二間章 『〈調和の瞳紋〉』
間章前編 「俺が結構面倒な奴? 知ってる」


メガネ愛好者です

今回から間章に入りますが、はっきり言って説明回です

千歳さんの知らないことや、今まで出てきた【心蝕瞳】の事、堕天使、その他の疑問を語る回になると思います

そして、これからの千歳さんのパートナーとなる方の一人が今回の章で現れます
皆さんは予想できましたかね? 千歳さんのパートナーは、まさかの……

もしかしたら前・中・後と三話構成になるかも?前編が思ったよりも短くなってしまったのが原因
でもここが区切りどころだったのです

……あ、タグが変わっていることが気になった方は、あとがきにてどういうことか確認していただければと
千歳さんの扱いがようやくわかった眼鏡好きなのです

それでは


 

 

 どうも、千歳です

 

 現在俺は——

 

 

 

 

 

  ——ジャラ……

 

 

 

 

 

 ——監禁されてます

 

 えぇ、あの監禁です。密室の中に閉じ込められ、外にも出れずにいるあの監禁です

 もう何日ぐらい過ぎたかな……あぁ、外の空気が吸いたいぜ。最近は日の光を一切見てないよ。日の光が恋しい

 

 ……え? 能力使って逃げろ? それが無理なんですよ

 

 なんか両手に手錠されてるんです。それのせいなのか〈心蝕霊廟(イロウエル)〉が使えないんですよ

 左腕にあるはずの〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の腕輪が何処にも見当たらないし……多分、呼べなくなってるんだと思う。多分この手錠のせいだ

 因みに両足にも同様の足枷がついてます。もしかしたらこっちが原因か? こっちが原因なの?

 ホントなんなのこの手錠と足枷。それともこの部屋のせいだったりする? 能力使えないとか海〇石ですかコンチクショー。俺はクソマッズイ変な模様の実なんて食ってねーぞコラァ

 

 てかいい加減出してくれないかな? 質素な部屋に数日間放置とか泣けてくるんだよ

 窓は無いし、周囲は暗めの装飾だし、両手を繋ぐ様に手錠は掛けられるし、両足にも同じような感じに足枷がついてるし、携帯は圏外だし、扉もなんか重量感ありそうな物々しい扉で壊せそうにないし、冷蔵庫には各地の名産物が入ってるし、これがまたすげー美味しいし、お風呂は温泉の素があるから気分良く浸かれるし、ベッドはミクん家のベッド並みにフカフカァしてるし、そのベッドの脇の棚には俺好みのラノベやゲームが並べられているし、近くにある机にはなんとPCもあるし、その机の上には五百円玉(しかも昭和62年代物。激レア)の入った透明な貯金箱があるし、そもそもこういった閉鎖的な空間好きだし……

 

 

 ——あれ? この部屋俺にとって理想的な空間じゃね?

 

 

 どうしよう……気付けばこの部屋、なんか俺にとっての理想郷に見えてきたぞ。泣いてるのもこの部屋が理想的過ぎて感動してるのか? 途中から不満が無くなってたぞ?

 手錠や足枷の鎖も結構長いから、普通に歩く分や手を動かす分にはジャラジャラと鳴ってうるさいだけで支障はないし……美味しいもの食べて、やりたいことやれて、自由気ままにだらけられる

 ここは天国か? 自宅警備員達の気持ちが分かった気がする……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ハッ!? いかんいかんっ! 俺は四糸乃ぉ……かどうかはわからないけど、とにかくあの場に行かないといけねぇってのにっ!! ……その後、またここに戻ってきても……いやいかんぞ千歳! こんな誘惑に惑わされては――」

 

 ……え? 十分惑わされてるって? 知ってる

 ごめん。出れないことを言い訳に満喫してた。欲に忠実な俺にこの閉ざされた空間に満ちる誘惑の数々に屈服していたよ……

 

 でもなぁ、マジでこの部屋から出られないんだよなぁ

 もしかしたら何処かに鍵があって脱出ゲーム!って感じのノリかと思ったからいろんな場所を探したんだが、結局見つかったのは至高の存在達……コホン。結局鍵らしいものは見つからなかった

 今のところ俺をここに呼んだ……いや、連れてきたであろうあの少女は一向に現れないし、もう俺にどうすればいいのやら……

 

 ホント、今回の空間震出来たのが四糸乃じゃなかったのを祈るばかりだよ……

 

 

 

  ——ガチャ、ギィィ……

 

 

 

 俺が脱出を諦め四糸乃の事を思い更けていると、不意に何かが開く音が俺の耳に入ってくる

 ……お? これは……扉が開く音だ。つまり——

 

 

 

 「満喫して頂けたでしょうか?」

 

 「超満足。だからはよここから出して」

 

 

 

 ようやく俺をこの部屋に招待——もとい監禁した少女が扉の奥から現れたのだった

 因みに開いた瞬間を見計らって、能力を使ってみようと〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を呼んでみたんだが案の定出てこなかったわ。やっぱりこの手錠か足枷が原因なのかな? あーもうっ、今までずっと左手につけてたから、腕輪が無いとなんか落ち着かねぇよ……

 

 ……てかよく見たら、開いた扉の奥にもう一つ扉あんじゃん。二重扉かよ、用意周到だなぁおい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず先にお伝えしておきますと、今回の空間震で現れたのは()()()()ですわ。そして、結果として四糸乃様はご無事でいらっしゃいます故、もう急がれる必要はありませんわよ?」

 

 「……そうだったらいいんだけどさ、流石に俺の事を攫ってきた奴の言葉をすぐに信じるのはちょっとなぁ……言っておくけどこれ拉致だからね? 拉致監禁だからね?」

 

 「信用はこれから得ていきますわ。こちらへお連れしたのも、理由があっての事ですのでもう少々お付き合いくださいまし」

 

 何でこの子はこうも堂々としていられるんだろうか? もういっそ清々しいよコイツ。ここから出す気も無いみたいだし、ホント何の用なんだよ……四糸乃の事も知ってるっぽいし、謎が深まる一方だ

 一向に部屋から出してくれない眼帯白ゴスさんに千歳さんはご機嫌斜めです。はい

 

 そんな俺は改めて彼女の姿を視界に移す

 こうして改めて見ると、どうにも彼女が普通の人間には思えなかった

 

 

 彼女はまるで——精巧に作られた人形のような妖艶な雰囲気を持つ少女だったからだ

 

 

 まっすぐに伸びる長い黒髪に、左目には医療用の眼帯を付けている。逆の方の右目の瞳は黒曜石(オブシディアン)の様な艶やかな黒色で、その身を着飾るのは真っ白のゴシックドレス。そのゴシックドレスの色に黒曜石の様な色の髪と瞳が引き立てられている

 そして彼女が魅せる微笑みは、何処か引き込まれそうな怪しさがあって少し不気味だった。……それを自身の魅力にしている感じがする

 

 ——そんな何処か普通の少女とは異なる少女と俺は、テーブルを挟んで対面しています。……羊羹を頬張りながら

 何これめっちゃうまい。マジで美味、老舗の名店にあるような味わいである。うぅむ……いいセンスだ(渋声)

 

 ……え? 拉致した相手が出した食べ物を食べるなって? 知ってる

 でも出されたからには食べないと失礼じゃん? 美味しそうだったし、毒を盛ってても精霊に毒が聞くのかって話。ぶっちゃけ気にしてもしょうがないじゃん?

 ……ここに連れてこられる際に合った異様な眠気には気をつけますがね。あらかじめ意識してれば何とかなるだろうし

 

 とりあえず、だ。

 そんな俺の事を拉致した(羊羹をご馳走してくれた)彼女は……まぁ人間ではないんだろうね。うん、多分精霊だと思う

 あの異様な眠気も彼女の能力だと思えば納得がいくし、あのタイミングで現れることや、四糸乃(精霊)の事を知っていることも鑑みるにおそらくはそうだろう

 もしも彼女が四糸乃と知り合いであれば、彼女の言葉にも安心を持てるんだけど……信じてほしいのであれば、何か証拠を示してもらいたいところなんだよな

 さっきも言ったけど、この子の事をすぐに信じる気にはなれんのだ。ここに連れてくるにももう少し言い方があっただろうし、何より……胡散臭い。言動が胡散臭いのだ。胡散臭さがプンプンするぜぇ!

 だから、例えこんな絶品羊羹を出されたところで、俺の信用を得ようなんて考えないことだなぁ小娘ぇ!! 俺はそこまで単純じゃあないんだ——

 

 「お母様を攫うようなことをしたお詫びと言うのもなんですが……これからも、この部屋をお好きに使用なさって構いませんことよ」

 

 「お前いい奴だな」

 

 

 ……俺は単純だ。それでいいじゃないか……

 

 

 ま、まぁそれでも? 拉致したことについてはこの際置いておくとして、四糸乃の事に関しては別ってもんですことよ? 証拠が欲しいというのは事実だし、流石に言葉だけでは納得する事なんて――

 

 「そんなこともあろうかと、お母様が眠りについている際に起きたことを知ることが出来る様、四糸乃様の写真を撮ってきましたのよ? 褒めてくださいまし」

 

 「いい子いい子。なんか心読まれてる気がするけどこの際気にしないよ」

 

 気にしたら負け、気にしたら負けなんや。——だから眼帯白ゴスさんに”お母様”と呼ばれても気にしたら負けなんや

 それにしても……なんだろうな? この子にはいろんな意味で勝てない気がするのです。くやしいぃ

 

 そんな俺の気持ちも知らず(知らない……よね?)に、懐から数々の写真を取り出し見せてくる眼帯白ゴスさん。どうやら俺が数日間放置された理由は写真を現像していただしい。そのせいで遅れてしまったそうな

 そんな眼帯白ゴスさんに一言。……今度からはデジカメを使いなさい。別に綺麗に取らなくても現状が分かればいいんだよ? 下手に拘らなくていいんです

 

 「……わかりましたわ。次からはそういたします」

 

 ……もう俺喋る必要無いんじゃね?

 

 

 

 

 

 差し出された写真には……あの日、何が起きたのかを鮮明に取られた数々の場面が映し出されていた

 どうやって撮ったんだと言わんばかりに撮れたことが不思議でならないその数々の写真を、俺は順番に見ていく事にする……

 

 

 

 

 

 ——やはり四糸乃が現界し、ASD改めASTに攻撃されていたところを——

 

 「ホント精霊に対してろくなことやらんな、ASDは……」

 

 「因みに、その方達の正式名称は【Anti(アンチ) Spirit(スピリット) Team(チーム)】——通称”AST”ですわ」

 

 「ASDじゃなかった……いやまぁ違うってのは知ってたけどさ? 流石に”あの集団”が正式名称な訳がないし」

 

 

 

 ——四糸乃が天使を顕現させ、その力で逃げ去るところを——

 

 「おぉ! ナニコレカッケー! これめっちゃカッコよくない!? 何? 天使ってみんなこんなカッコイイの?」

 

 「お母様の天使は……まぁ”アレ”ですしね」

 

 「言うな……って、なんで知ってやがる」

 

 

 

 ——逃走中に、四糸乃と主人公クンが対面しているところを——

 

 「お? なんで主人公クンが……」

 

 「四糸乃様を助けに来たそうですわ」

 

 「……そっか。流石主人公クンだわ」

 

 

 

 ——そんな二人を引き剥がすかのように、ASTが四糸乃に向け銃を放ったところを——

 

 「……ちょっと出かけていい?」

 

 「……因みに、何処へでしょう?」

 

 「天宮駐屯地」

 

 

 

 ——そのせいで再び逃げ出す四糸乃が、途中でけん玉を落としたところを——

 

 「あ、おじちゃんのけん玉が……」

 

 「とても大事な物だったようですわね」

 

 「んだな。貰った時の四糸乃、結構喜んでたし」

 

 

 

 ——落ちて砕けたけん玉を呆然と見つめる四糸乃の周囲をASTが取り囲むところを——

 

  ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ——

 

 「ワタクシの持っている鍵がなければ開きませんことよ?」

 

 「ハヨ鍵ヨコセ」

 

 

 

 ——砕け散ったけん玉を握りしめる、悲痛な表情をした四糸乃を映したところを——

 

 「鍵ヲヨコセエエエエエ!!!」

 

 「お母様……少し、頭を冷やしましょうか」

 

 「——っ、な、なんだ? なんか急激な寒気が……」

 

 

 

 ——そんな四糸乃の横に現れる……四糸乃にそっくりな黒い四糸乃を映したところを——

 

 「……え? この子誰? なんか四糸乃の2Pカラーにしてはキャラが濃いけど……」

 

 「よしのん様ですわ」

 

 「ウッソォ!?」

 

 

 

 ——その黒い四糸乃改めよしのんが、ASTを圧倒し、蹂躙するところを——

 

 「よしのんつおい。……あれ? 俺っていらなかった? いらない子だった?」

 

 「ワタクシにとってはとぉぉぉ——っても、必要ですわ。いらない子などではありません」

 

 「そ、そっか……(……あれ? なんで俺が諭されてるの?)」

 

 

 

 ——ASTを全員倒し、満面の笑みで勝利を掲げるところを——

 

 「やだこのこちょーいけめん。俺に出来ない事を平然とやってのけるよしのんに痺れ憧れ。——それに対して、俺は助けにも行けずに起きたらすべてが終わってて……まさに周囲からの笑いが絶えちゃった滑稽な道化(ピエロ)だね。ハハッ」

 

 「そう落ち込まないでくださいまし。後程、お母様を向かわせなかった理由をきちんと説明いたしますので」

 

 「……どっちにしろ、俺が何も出来なかったことには変わりねーよ。これじゃあお母さん失格だよなぁ……」

 

 

 

 ——そんなよしのん達と対面する主人公クンと十香を映したところを——

 

 「今度は十香か……写真を見るに、相変わらず元気そうでよかったよ……」

 

 「お母様がお母様失格なんて事はありませんわ! 気をしっかりお持ちくださいまし!」

 

 「……あ、あの玉座って乗り物になるんだ。相変わらず他の子の天使はかっこいい……それに対して、俺は”アレ”だもんなぁ……」

 

 

 

 ——突如逃げ去るよしのんを追って、士道達が神社へと辿り着くところを——

 

 「俺……この時何してたんだっけ? ……あぁ、寝てたんだわ。無様に寝顔を晒して寝てたんだろ? もう……もう笑えよ。笑ってくれよ……グスッ」

 

 「全ての責任はワタクシにありますからお母様が気に病むことはありませんわ! だからそんな泣きそうにならないで——あっ、そんな部屋の隅で膝を抱えて落ち込もうとしないでくださいまし!? お母様!!」

 

 「危機感ゼロで、単純な上に役立たず……それこそが俺こと千歳さんなのさ……」

 

 

 

 ——着いた先で、よしのんと口論し始める主人公クン、傍らで見守る十香と、薄く目を開けて二人を見ている四糸乃を映したところを——

 

 「イイフンイキダナー。……うん、今思えばこれでよかったのかな? だってここで俺が来たら「え? 何しに来たのお前?」ってなるもん絶対。「お前いらねーから」ってなるもん絶対」

 

 「な、ならないとは言いきれませんが……それはそれでこれはこれですわ! お母様は必要な存在であり、少なくともワタクシには欠かせない存在です!!」

 

 「ははは、ありがと……うん、こんないちいち落ち込んで迷惑かけるめんどくさい俺なんかのことを気遣ってくれて……」

 

 

 

 ——色々あって……主人公クンとよしのんがキスしているところを——

 

 「……あレゑ? 何やってるのこの二人? 急展開してもう訳が分からないよ」(◉ ω ◉)<きゅーべー

 

 「その顔やめてくださいまし。……お母様、実は不貞腐れてるだけでしょう? わざわざ前髪まで上げてまでそんな顔をして……」

 

 「こうでもふざけてないとやってられないんだよ。今にも崩れそうな俺の豆腐メンタルが粉々になって麻婆豆腐の材料にされちゃいそうだから……うん、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 あらかた移されていた写真を、白ゴス少女に状況説明を踏まえながら聞き終わった俺が……言えることはただ一つ

 

 ——俺が助けに行くのって、別にいらないんじゃなかろうか?

 

 なんかもう……ショックでさ。四糸乃の事を守るって約束したわけじゃないけど、お母さんと慕ってくれた子に何も出来なかったって言うのがホントなんかもう……情けなくて悔しくて——

 それに……俺が現場に行ったところで何が出来たのかな? 俺ってこう……自分のやりたいようにしかやれないし、それで悪化することだってあり得る訳で……

 

 ——うん、寧ろ行かない方が丸く収まりそうだね

 

 「……お母様」

 

 「んー……?」

 

 俺が自暴自棄に落ち込んでると、眼帯白ゴスさんが心配そうに語り掛けてくる

 しかしな? 今の俺からは活力やら気力やら諸々が抜け落ちてるんだよ。それはもう魂が抜けたかのようなさ。無気力とはこのことか

 

 「心中お察し申し上げますが……四糸乃様の無事は、分かって頂けたでしょうか?」

 

 「あー……うん。最後のよしのんと一緒に映ってる写真とか、凄く幸せそうな表情だよなぁ……」

 

 最後に見せてもらった”マンションの前で寄り添うように笑い合う四糸乃とよしのん”の写真を手に取って見つつ、俺は力無く返事を返した。ホント良い顔してるよなぁ……四糸乃とよしのん

 そんなやる気を一切見せない俺の返事を聞いた彼女は……申し訳なさそうだった表情を改め、引き締まった表情に変えつつ俺に語りかけるのだった

 

 

 

 「それではまず一言。……意図せずとはいえ、その結果になったのはお母様——貴女様がいなければ、この結末にはなり得なかったでしょう」

 

 

 

 「……え?」

 

 彼女の言葉に俺は疑問の声を上げてしまった

 なんで俺? この写真を見て何処に俺を必要とした要素があるって言うんだ? 言っとくけど、ただの慰めは逆効果だかんな?

 眼帯白ゴスさんの言葉に疑問を浮かべていると、彼女は俺の疑問を晴らすために続けて語る

 

 

 ——俺でさえ知らなかった、俺の力の正体を——

 

 

 「そもそもです。よしのん様が世界に顕現できたのはお母様——いえ、”〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉”の保持者であり、ワタクシ達”堕天使(フォールダウナー)の母”であるお母様の力があってこそ——」

 

 「ちょ、ちょーっと待ってくれねーか? アルモ……え? 何それ? 堕天使の母とかもイミフだし、そもそもなんで俺が母って言われなきゃいけんの説明してくれねーと訳わかんねーから!」

 

 眼帯白ゴスさんは俺の知らない言葉を次々と並べてくる。いやマジで意味が分からない。一体何なんだよそれ?

 それに、さっきからスルーしてた”お母様”って……もしかして、その”堕天使の母”ってやつからきてる? いつから俺はそんな役職に転職したんや。俺の職は番台だぞ? 決してあんさんのお母様ではないし……あ、でも四糸乃のおかんではあるのか? ——いやいや待て待て千歳さん。そもそも俺は母親じゃない訳で、しかも体は女だけど心は男のままだから心情的には父親気分な訳で——

 

 ——あれ? 結局俺は何を言いたいんだ? えーと……っ、あぁーもう! 訳わかんねー!

 

 唐突に明かされた彼女の言葉に混乱していると、そんな俺を見てクスクスと笑いながら微笑む眼帯白ゴスさんが窘めるように言葉を送ってくる

 

 「唐突な事でしたし、混乱するのも無理はありませんわ。——ですが、ご安心してくださいまし。何故なら、この場にはワタクシがいます。お母様の疑問を晴らすために——遥々()()()()駆けつけたワタクシがいるのですから」

 

 「——はい? み、未来……だって?」

 

 「えぇ。今より少し先の未来から、ですわ」

 

 さも当然かのように淡々と述べる彼女の言動が不可解すぎて、何を言っているのかがよくわからなかった俺は……ただただ彼女が、少し怖かった

 

 

 だって、俺を見つめる彼女の瞳は——まるで俺の全てを知り尽くしているかのように見据えていたのだから——

 

 

 そんな眼帯白ゴスさんは俺の顔——正確には俺の前髪に隠れる瞳に視線を送りながら名乗るのだった

 俺の前に姿を現した理由と、自分の存在のことを——

 

 

 

 

 

 「それでは、お母様のまだ知り得ぬ権能を——お母様の凶悪すぎる天使を封印し、今のお母様が操る力の正体である〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉の事を、僭越ながらこのワタクシ——〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉を宿す堕天使が一人——〈堕天・刻々帝(ザフキエル・フォールダウナー)〉がご説明いたしましょう。……この名では聊か長いでしょうし、ワタクシの事は……そうですねぇ、気軽に「くるみん」とお呼びくださいまし。よろしいですか? お母様。……くふふ」

 

 

 

 

 

 俺に宿る、未だよくわからない力——【心蝕瞳(イロウシェン)】こと〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉という力を説明する為に、自身の正体を明かした上で名乗り上げる眼帯白ゴス少女——その名も”くるみん”は、まるで貴族の令嬢のようにスカートを軽くつまんで一礼するのだった

 

 数多くの知らぬ言葉を聞いた俺の頭は混乱し続けている。頭が上手く働かず、思考がまとまらない……そんな状態に

 しかし、そんな俺だったが……これだけは言わせてほしかった

 そして、その言葉はなんとか口にすることが出来たんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——あのな? くるみん……——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめん。難しい言葉が多すぎて何言ってるかわからないよ……」

 

 




くるりんぱっ! くるりんぱっ!

はい、そんな訳で千歳さんのパートナーの一人目は、ある方の天使が堕天化し、未来から訪れた「くるみん」でした!
見た目は五年前の狂三さんのゴシックドレスが全体的に白くなった感じです。瞳も赤から黒に変わっております

またオリヒロかよ……と思った方、安心してください。彼女は——マザコンです
故にシドー君の攻略対象にはなりません。ゲーム版でいうと、可愛くて重要人物なのに攻略対象にならなかった実妹ちゃんのポジションと同じになるでしょう
何よりマザコンですから他の男にうつつを抜かしはしないのです
……千歳さんの攻略難度が上がった件について。まぁいいか

あ、一応ネタバラシとしては、詠紫音とくるみん以外に出てくるかもしれない堕天使は自我を持っていません。この二人だけが特別人格を宿すこととなります
一体未来の狂三さんは何を願ったんでしょうね? それは……これからの本編でご確認ください



そして、そんな千歳さんですが……ようやくポジションが定まった気がします
オリ主かと思いきやオリヒロ枠だった千歳さん。数人の原作ヒロインとシドー君以上に親身になってしまう「あれ?これオリ主じゃね?」と作者の私でもよく分からなくなる彼女のポジションは——



 「オリ主系ヒロイン」だ!!



はい、そんな訳でタグに「オリ主系ヒロイン」と入れておきます。というか入れておきました
いっその事タグを整理します。もう少しわかりやすいタグのほうがいいかと思ったので

次回、説明が続くよー
千歳さんは怠けてばかりで普段使わない脳を動かすべきなんだよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間章中編 「割と真面目な説明回? 知ってる」

メガネ愛好者です

最初に、皆さんに言っておきたいことがあります……


 保存。大事。真っ白。恐い


はい、では今回もまた解説回です
え?前回は解説してなかったって?知ってます
ですから今回は結構詰めた感じですね。それでも中編になってしまったわけですが……

まぁ前半の茶番が長くなった理由でもありますがね?解説だけの回なんてつまらないじゃないですか!
まぁ面白いかどうかは……うん


※以前までの事で少し変更
・【顕】(コクス)→【顕】(コクマス)
理由:こっちの方が言いやすいから


それでは


 

 

 ——辺りは静寂に包まれている——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いやまぁただ単に今は俺しかいない状況で喋ってないだけなんだけどね? 独り言する程ボッチ度を上げたつもりはねーから

 

 テーブルに未だついている俺は、何やら説明の準備の為に一旦部屋を出て行ったくるみんを待ってます。それにしてもくるみんは和菓子が好きなのかな? 羊羹に続いて出された豆大福がこれまた美味なり

 ……え? 部屋の鍵はどうなってるんだって? 勿論閉められてるぜ。未だ俺は監禁中だ

 でも手錠と足枷は外してもらったよ。だってジャラジャラうるさいじゃん? 鎖が長かったから正直あってもなくても意味を成していなかったし。……くるみんは「拘束プレイですわ!」って言ってたけど、どっちかって言うと放置プレイだったわ。うん

 因みにだが、手錠と足枷を外しても〈心蝕霊廟(イロウエル)〉は出てこなかったわ。あの手錠と足枷は海〇石じゃなかったっぽいです。ただの精霊スペックでも壊せない普通の手錠と足枷でした

 ……え? 普通じゃないって? 知ってる。でも考えたら負けな気がするんだよ

 手錠と足枷が関係無いとなると……やっぱりこの部屋が原因になるのかな? 実質最高の部屋なのに要らない機能をつけたせいで台無しだよ。一体どこの業者だこんな機能つけやがったの? 寧ろどういう原理か知りたいくらいだぜ

 

 まぁ今更どうこう言う気はねーよ。もうここから逃げる気もなくなったし、なんかいろいろとめんどくさくなってきたからさ。自身の目的が中途半端に折れて無くなるって結構気力をもってかれんだなぁ……マジでやる気が出ねぇ

 

 とりあえず今はくるみんが言っていた俺の力とやらの説明でも聞くことにすっか。嘘か本当かは聞いてから判断するけど今後の参考にはなるかもしれないし

 何せ【心蝕瞳(イロウシェン)】みたいな俺が知りえなかった能力とかがあるくらいだ。【心蝕瞳(イロウシェン)】は偶然知ることが出来たからこうして対策も取れているけど、まだまだ俺の知り得ぬ力があるかもしれないしね。気づかぬうちに俺の力が原因で周囲に被害が及んでいたとか笑えたもんじゃねーだろ? その上で俺に私怨を持たれるような状況になるのも避けたいしさ

 

 そんな訳で、くるみんから情報を手に入れる為にも俺はこうしておとなしく待っている訳だ。準備にはそこまで時間は掛からないって言ってたしそろそろ戻ってくると思うしな。……え? おとなしく待っていられるのかだと? 失礼な、カップ麺が出来る程度には我慢できると自負してるよ!

 

 ……それにしても、日頃から着けていたのもあって腕輪が無いと左腕が妙に落ち着かないなぁ。身近な物があるべきところにないって感じで、どうにもモヤモヤしてしまう

 そんな俺は腕輪を付けていた左手首の辺りを何となしにさすりながらくるみんを待つのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁい☆ そ・れ・で・はぁ、これからお母様の為の”お母様講座”を、始めたいと思いまぁす♪ 司会はこのワタクシ——くるみん先生でお送り致しますわぁ。ち・な・み・に? ちゃぁぁぁんとワタクシの言葉をお耳に入れて頂けないとぉ……とにかく死なす♪」

 

 「ルンルン気分で言われる死の宣告は初めての体験だわ。……いやちゃんと話は聞くからね? それよりもキャラ崩れてますよくるみん先生」

 

 「こっちが素ですぅ♪」

 

 「え、そうなの? 凄く意外。でも今からする説明って割と真面目な話になんでしょ? それならさっきの調子のままで行こうな? 時と場所をわきまえないと、真実味とかが抜け落ちっからさ。——それ以外の時は想いのままにハッチャけろ」

 

 「お母様がそう仰るのであれば、これからはそのように致しますわ」

 

 (あ、結構すんなり聞き入れるのな)

 

 準備を終えたくるみんは先程に無い明るさを見せながら説明を始めようとしていた。さっきまでのテンションの違いからキャラ崩壊という奴を生で見た気分になった千歳さんでした

 それにしても……あぶなあったわ。思ってた以上にくるみんがノリノリだったからシリアスをブン投げて俺もその勢いに乗ればいいのかと思ったよ。それでもよかったにはよかったんだけど、流石にそんな状況で説明されても真実味を感じられねーしな

 

 そんな一時的なキャラ崩壊を発症したくるみんは、言葉通りの先生らしさを出すためかスクエア型のメガネを掛けていた。……眼帯の上から眼鏡ってアリなのだろうか?

 今のところの変化はそれだけで、服装は先程同様白ゴスである。これで服装もスーツ姿だったら先生——と言うよりはOLに見えそうだわ

 スーツ姿で眼鏡をかけた知的美少女……うん、アリだな。黒髪ってのが高ポイント

 

 そんな妄想を抱きつつ、眼帯眼鏡くるみんの姿をテーブルに頬杖を突きながら眺めていると……急にくるみんは軽く手を前にかざしたのだった

 一体なんだと注意を向けると、くるみんはかざした手の先からは一瞬の間を隔て——全体を黒塗りに染め上げ、その上から紅い紋様を浮かばせたステッキを顕現させたのだった

 

 一瞬くるみんがとうとう本性を露わにして敵対したのかとも思ったのだが、くるみんからは全く敵意が感じられないから多分そうじゃないと思う。何よりこのタイミングで敵となる意味が分からん。だから大丈夫……な筈

 とりあえずその杖が何なのかを聞いてみることにした。まぁ大体の予想はついてるんだけどさ

 

 「その杖って……天使なん?」

 

 「くふふ……はて、どうでしょうか?」

 

 俺の問いに笑って誤魔化したくるみんはそのステッキを指示棒に見立て、用意したホワイトボードを軽く叩いて俺の気を引こうとする。あ、そういう使い道なのね

 てか何故はぐらかすし。今更隠す意味とかなくない? 詳しくは説明の中でってことか? お預け上手ですねくるみんさんや

 ——あれ? もしもあの杖が天使だったらなんでここで出せるんだ? 俺だけ出せないとかそんな都合のいい空間な訳がないし……いや、ありえたりする話ではあるのか? ……駄目だ、わからん

 

 「それでは、ワタクシが知っているお母様についてのご説明を致しましょう。ではまず……」

 

 そんなくるみんは左手にステッキを持ちながら、一緒に持ってきていた黒のマジックペンでホワイトボードに何かを書き始めた

 ホワイトボードの右上部、そこにスラスラと見出しのように書かれた言葉は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『お母様の生態』

 

 「オイコラ待て。俺は夏休みの自由研究対象か何かですか? 小学生の時に提出した『たまに人の通る道の隅に5円玉を置いた場合、50人中何人が気づいて拾うか』っていう調査を数日かけてやった苦い記憶が蘇るじゃねーかコンチクショー。結果は8人と普通に少なかったよ」

 

 「随分と個性的な幼少期ですわね」

 

 最早ふざけてるんじゃないかと疑いたくなるような見出しのせいで、俺の奇行が目立った頃の思い出が掘り起こされちまったじゃねーか。何とも言えない気持ちになってしまう千歳さんでした

 今を思えば、その頃の俺は一体何がやりたかったんだろう? その自由研究を見た先生が変な目で俺の事を見ていたのが印象に残るね。ソンナ目デ俺ヲ見ルナー!!

 そんな嫌に記憶に残っていた思い出のせいで何とも言えない気持ちになっていた俺に、くるみんが自身の事を話してきた

 

 「ワタクシも夏休みと聞くと、研究課題として出した『夏に流行る! 夏々聖天魔帝(カカセイテンマテイ)の極意』を思い出しますわ」

 

 「何それ気になる。てかそれを提出したか否か以前にくるみんって学校に通ったことあるの!?」

 

 「ありません、冗談ですわ。——ただ、以前に『深淵統べし堕天ノ皇(ルーラーオブアビス・フォールダウンロード)ノ書』と言う書物を入手いたしまして、偶然にもそれが今ここにあるのですが……読みます?」

 

 「みせてみせてー!!」

 

 冗談を言いつつくるみんは、何やら表紙に禍々しい瞳の様な絵柄がでかでかと描かれている古びた書物を懐から取り出した。ゴシックドレスなのにどうやって服の中から取り出したと言いたいところだが……その疑問を口にすることは無かった

 

 気づけば俺は……その書物に魅入られていた

 

 その衝動のままに俺はくるみんに駆け寄り、くるみんの説明と共にその書物の内容を読み漁ることにしたのであった。……その時の俺は、天使や〈瞳〉のことなど頭の片隅に追いやっていたと言えるような状態だっただろう

 俺の趣味趣向をくすぐり疼かせるような内容ばかりだった。その書物の内容はすんなりと覚えることが出来、まるで”元々自分が考えた物”だったかのような錯覚に陥ることも……

 

 ——あれ? 気のせいかな? 俺を見つめるくるみんの表情が、何やら獲物を捕まえたかのような獰猛な笑みをしている気が……

 

 ………………

 

 ……まぁ、いいか。これ結構面白いし、面白ければそれでよいのだーってやつだね。くるみんだって今更俺に危害を加えようなんて考えてないだろうし……

 

 

 

 ——そんな安易な事を思考する俺が、怪しげな書物から異質なオーラが漂っている事に気付くことは無かったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——10分後——

 

 「えーと……こ、こうか?」

 

 「違いますわ。もっと手を開き、脇を締め、左足を後ろに下げてくださいまし」

 

 「こう、か……なぁくるみん? 今の俺ってどんな感じになってる?」

 

 「よければこの姿身をお使いください。名乗りは自身に格を付けるようなもの……見っとも無い仕上がりにならぬよう、姿見を利用して完成させましょう」

 

 

 

 ——20分後——

 

 「『フン、下界に』……つた、のる? ねぇくるみん? これなんて言うの?」

 

 「『蔓延る(はびこる)』ですわ。有象無象が其処等中に屯するという意味でごさいます」

 

 「うぞうむ……とにかくいっぱいいるってことでおk?」

 

 「えぇ、そうでございますわ。ではその言葉と共に次の文章を読んでくださいまし……」

 

 

 

 ——30分後——

 

 「くるくるくるみん♪ くるりんぱっ☆」

 

 「くるりんぱっ!」

 

 「あ、そぉれ。くるりんぱっ♪」

 

 「くるりんぱっ! くるリンぱ? クるりンパッ! くルり——」

 

 

 

 

 

 ——1時間後——

 

 「……では、本番ですわ。3、2、1……アクション」

 

 「……フン、下界に蔓延る愚者共め……我が淵眼にて統べる世に貴様等の存在は不要だ。我が視界から消えよ。さもなくば永劫の闇、奈落の底へと沈めよう!」

 

 「そこで技を決めるのですわ!」

 

 「深き淵にて自我を蝕み自壊せよ!〈心蝕みせし永劫なる深淵(エターナルアビス・マインドハック)〉!!」

 

 「——いい。いいでございますわよお母様! その堂々たるお姿、その威厳に満ちた表情……あぁ! 凛々しゅうございますわ! 麗しゅうございますわ!あぁ! あぁ! とてもお素敵でございますわお母様ぁ!!」

 

 「ククッ、貴様は実に愉快な奴よ。……よい、我が側近の座をうぬに与えようではないか」

 

 「是非! 是非このくるみんをお母様のお傍に! どこまでもお母様にお仕え致しますわ!」

 

 

 

  どこまでも……ですわよ? ワタクシ好みのお母様? ……クヒヒヒッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………

 

 「———————ぃまし」

 

 ……ん……………んぁ……?

 

 「——てくださいまし」

 

 ……誰だ……?

 

 

 

 「起きてくださいまし、お母様」

 

 

 

 ——俺はその声で目が覚める——

 目を覚ましたばかりでぼやける視界に映るのは、黒と白の配色の何か……いや——

 

 「ほぉら、いつまで寝ているのですかお母様。起きてくださいまし、もう準備は終えておりますのよ?」

 

 「……え? ……あ、くるみん」

 

 頭を上げ、回らない思考を徐々に動かすことで、今の状況を理解する

 どうやら俺は、テーブルに腕を枕にして眠っていたようだ。なんで寝てたんだろ? 確か……

 

 「——あぁ、そっか。説明の準備が終わるまで眠ってていいって言われたんだっけ?」

 

 「くふふ、お母様の寝顔、とても微笑ましく可愛らしいものでしたわよ?」

 

 「人の寝顔を覗くんじゃねーこらぁ。恥ずかしいやろ馬鹿たれ」

 

 「眼福でございましたわぁ」

 

 「こやつ……まぁいいや。準備できたんなら説明してもらっていいかな? 眠気はスッキリしてるから途中で居眠りとかにはならないと思うぜ」

 

 「えぇ。では始めましょう」

 

 そう言ったくるみんは、ホワイトボードに黒いボールペンで何やら図の様なものを書き始めるのだった……

 

 

 

 ——あれ? 消してあるみたいだけど、ホワイトボードの右上部に何か文字を書いた後が残ってる……

 

 『お  の 態』

 

 おの……たい?  どういう意味だろ? 他の部分は判断つかないぐらいに消えてるからわかんないや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……クヒヒヒッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでは、まずお母様の天使の事からご説明いたしましょう」

 

 「お願いします。くるみん先生」

 

 そう言ったくるみんはまずホワイトボードの中心から少し上の部分に〈心蝕霊廟(イロウエル)〉と記入し……そのままそれを潰す様にバツ印を記入するのだった。早速文字を潰していくスタイル。哀れ〈心蝕霊廟(イロウエル)〉、散々な扱いである

 いやしかし……文字に丸みを帯びていたり、ハートやら星やらの可愛らしいマークが各所に散りばめらながら書いてるせいでどうにもファンシーチックになってしまっている。まぁ別にそれでもいいけどさ? 別に俺は可愛い物自体は嫌いじゃないし。寧ろ好きだし

 

 「お母様の天使〈心蝕霊廟(イロウエル)〉についてですが、現在は本来の力を使えません。これはお母様も重々承知な筈でございます」

 

 「そうだな。まぁ使えたとしても使う気は更々ないけどよ」

 

 「そうですわね。お母様の天使を知っている身としてはその意思にワタクシも賛同いたしますわ」

 

 再三言うようで悪いがホントに俺の天使はえげつないからな。使い方によっては便利なのかもしれねーけど、下手をすれば()()()()から使いたいとは思わないんだよ。正直制御できるかも不安が残るし、それだったら使わない事に越したことは無い

 

 「だから今使えるだけの力で十分だったりするんだよな。本来の力を出すよりも今の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の方が便利——」

 

 「……その力は〈心蝕霊廟(イロウエル)〉とはまた”別の力”となりますの」

 

 「そうそう別の……え?」

 

 「お母様がお使いになられている能力……それは〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の力ではないのです」

 

 「……マジで?」

 

 「かぁなぁり、マジですわ」

 

 俺が今まで使って来た力を天使ではないと否定してきたくるみんは、バツ印で潰された〈心蝕霊廟(イロウエル)〉のすぐ脇に……”〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉”と書き加えるのだった

 

 「お母様の疑問には、まず勘違いを……いえ、意図して隠されていた事実を告げるべきでしょう」

 

 「勘違い? 隠されてた? 一体どういうことだってばよ」

 

 くるみんが口にした言葉に落ち着いて問いかける俺だが……内心は結構焦っていた

 全て把握している訳じゃ無いけど、少なくとも俺は〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の事をある程度は理解していると思っていた。……それを急に否定されちゃあ混乱するのもしょうがないってもんだろ

 そんな俺の疑問にくるみんは新たな事柄を書き加え始め、それが終わればホワイトボードに次のような項目が追加されていた

 

 

 

 〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)

  =〈瞳〉の総称

 

 〈第一~第十の瞳〉

  =他精霊の為の〈瞳〉

 

 〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)

  =お母様の為の〈瞳〉

 

 〈堕天使〉

  =〈瞳〉の影響で変質した存在

 

 

 また出てきたよこの〈瞳〉ってやつ。しかも聞き慣れないものまで出てきやがった……

 

 「さっきからくるみんが言ってる〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉ってのは何なんだ?」

 

 「簡単に言いますと、お母様の”〈心蝕霊廟(イロウエル)〉に科せられた封印を監視する目的を担った力”にございます」

 

 「封印の……監視?」

 

 どうやら〈心蝕霊廟(イロウエル)〉は、本来の力が解放されていないってだけじゃねーみたいだわ。それだけはわかった

 まだ言葉だけだと何とも判断しづらいもんだわ。他精霊とかお母様とか「

 

 「——気になりますわね? この〈瞳〉が何なのかについて……」

 

 「まぁな。だって全然知らねーし」

 

 「くふふ。でぇは、今から詳しい記述をつけ加えますのでしばしお待ちを……」

 

 そう言ったくるみんは記入されていた項目に説明文を書き記していく

 黙々とマジックを走らせることおよそ5分、長々と書かれた説明文に俺は目を通していく

 

 

 

 〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉=力の総称

 ・お母様の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を封じる深緑色の腕輪の事を指す

 ・その腕輪こそが堕天使の母たる証であり、同時に封印された〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の代わりとなるお母様の力の象徴

 ・堕天使の母の役割としては精霊に宿る天使を”堕天”させる〈瞳〉を統括する事が主にあげられる。〈瞳〉とは、〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の封印が解けぬ様に監視しすることと、他精霊の反転化を未然に防ぐ役目を担った力の総称である。詳しくは下記参照

 

 

 

 〈第一~第十の瞳〉=他精霊の為の〈瞳〉

 ・現状ではお母様の天使の封印を監視する事が主な役割

 ・第一から第十の〈瞳〉は他の精霊に宛がわれる〈瞳〉でもある

 ・だが本来の所有者は証を持つお母様であるため、10個の〈瞳〉が持つ能力の一部を引き出すことが可能

 例:〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉→【(ビナス)

 ・この〈瞳〉はある条件を果たすと、封印の監視から離れ適当な精霊へと譲渡される

 ・〈瞳〉自体はお母様から切り離されるも引き出してある一部の能力(【(ビナス)】など)が消え去るわけではない

 ・しかし、監視が減るために封印も解けやすくなる恐れがある

 

 

 

 〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉=お母様の為の〈瞳〉

 ・封印されている天使の代わりとなるお母様を守る特異な〈瞳〉の名称

 ・天使の代わりとなることにより、監視としての役割は疎かになる

 ・監視に回すことも可能。回してしまえばお母様を守るための能力が無くなるため注意

 ・お母様に適応される〈瞳〉である為、他の精霊に譲渡されることは決して無い

 ・その能力こそお母様の瞳に宿る力——ASTから呼ばれるようになった【心蝕瞳(イロウシェン)】である

 ・監視に回さない限りは常時発現されるもよう

 ・この〈瞳〉と前記の10個の〈瞳〉の能力を合わせたものが腕輪となり顕現されている

 

 

 

 「……つまり、今まで俺が使ってた力は――」

 

 「……天使の力ではありません。天使を封印する代わりに精霊を——お母様を守るために”ある方”から与えられた力。それこそが堕天使の母たる証〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉なのです」

 

 今まで天使だと思っていた力が全く別の力だったとです……

 この腕輪は〈心蝕霊廟(イロウエル)〉本体から力を引き出す触媒ではなく、封印された〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の代わりとなる力——〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉だった訳だ。……んなもん言われなきゃわかんねーじゃねぇか。こちとらまともな説明なんか受けた例なんてねーんだよ

 

 「改めてご説明いたしますと、本来の〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉の役割はお母様の天使の封印が解けぬように監視する事を目的とされております」

 

 くるみんはバツ印で潰された〈心蝕霊廟(イロウエル)〉とは別に、空いているスペースにもう一度〈心蝕霊廟(イロウエル)〉と書く。それを中心にして囲う様に計11個の丸を描き、その丸一つ一つの中に”一”から”十”、そして”終”の文字が加えられた。その図形は……〈心蝕霊廟(イロウエル)〉を見張るように取り囲んでいるに見えなくもない

 

 「このように、それぞれの〈瞳〉が天使を監視することで、例え封印が解け掛けようともそれを抑えることができるのですわ。——しかし」

 

 くるみんはその中の一つ——”四”と”九”の書かれた丸を消した

 

 「今のお母様からは第四と第九の〈瞳〉が感じられません。それが現しているのは——既に〈瞳〉を譲渡したということ」

 

 「譲渡したって言われてもなぁ……俺にはそんな覚えがないんだけど? そもそも知らない力を渡すなんて出来ないんじゃねーの?」

 

 〈瞳〉の譲渡とかやり方知らんし。その情報はセキュリティクリアランスを満たしてないから開示されてないってか? …てかそこまで封印しなきゃいけねーもんなのかよ俺の天使は。何か曰く付きなもんだったりするのかねぇ? 神様印の精霊ぱぅわーではなかったのだろうか……

 

 「それはそうでしょう。おそらくお母様は無自覚でしたでしょうし」

 

 「多発する無自覚に俺氏困惑」

 

 「ラップ調に言わないでくださいまし」

 

 お気に召さなかったみたい。……まぁそのつもりで言ったわけじゃないんだけどさ

 

 「譲渡の条件は主に三つあります。それがこちらとなりますわ」

 

 

 〈瞳〉の譲渡条件

 ・相手の精霊がお母様に心を許している事

 ・相手の精霊に”強い願い”がある事

 ・その二つを満たした精霊が、自身からお母様に触れた時

 

 

 「これらの条件が満たされていた場合、自動的に〈瞳〉が譲渡されるのでしょう。この譲渡により空白となった場所こそ封印が脆くなる場所であるという事ですわ」

 

 くるみんは消した四と九の場所に矢印を書いている。つまりそこから〈心蝕霊廟(イロウエル)〉が抜け出すかもしれないってことね

 とりあえず一言

 

 

 これさ……譲渡される可能性に俺が気づくの無理じゃね?

 

 

 だって心許してるとか相手の心が分からないと無理じゃん。強い願いとかどの基準で判断すればいいし。そもそも俺は精霊の見分け方とかまだいまいちわからないから気づかぬうちに精霊と会っていたっていう状況になりきらない

 

 「……お母様に質問です」

 

 「ん? なんだ?」

 

 「お母様は、どなたかと交……こほん。触れ合った時に”力が抜けるような感覚”に陥ったことはありませんか?」

 

 「抜ける………………あ」

 

 あぁ……そういえばそんなこともあった気がする。……最初何言いかけたのかは気にしないでおこう

 明確に覚えている限り、その現象は……確か二回程あった筈だ

 

 ——俺の左手にすり寄ってきた四糸乃の時に……

 

 ——俺のお腹めがけて飛び込んできたミクの時に……

 

 その時に何か体から抜けていく感覚が確かにあった。それが〈瞳〉の譲渡だったのだろうか?

 そんな俺の反応を見たくるみんは、俺がそれに思い至ったことを予測して説明を再開させる

 

 「おありのようですわね。それこそが〈瞳〉の譲渡にございます。〈瞳〉はお母様の天使の封印を監視する任から離れ、代わりにその精霊の反転化の監視、及び防止する事を目的として譲渡されます。そして〈瞳〉が譲渡先の天使と合わさることで……天使は堕天使となりますの」

 

 「反転化ってのは? それと堕天使ってのも説明お願い」

 

 「精霊が絶望の淵に立たされた時、自らの存在を変異させる——天使は破滅を呼ぶ魔王となり、精霊は世界を滅ぼす存在へと生まれ変わることですわ。堕天使はそれを未然に防ぐことと同時に精霊の”願い(欲望)”を叶える存在……それが堕天使ですの。詳細はこちらに」

 

 

 〈反転〉

 ・精霊が絶望した末に姿を変え、天使を魔王へと変質させる

 ・この状態の精霊は真の意味で世界を滅ぼす災厄と言えるだろう

 ・天使よりも魔王の方が強力、凶悪、狂暴、脅威である。四キョウである。四天王である

 ・元々あった人格も内側に押し込められ、周囲を破壊し尽くすだけの殺戮兵器と化す

 ・下手をすると凶悪な別人格が現れ、周囲を破壊し尽くすほどのクレイジーな精霊となってしまう

 

 〈堕天使〉

 ・お母様から譲渡された〈瞳〉によって天使が変質——堕天した姿

 ・精霊とは切り離され、精霊が強く願う願望を叶えるために姿を変える

 ・場合によっては人型になったり人格を宿す事もあるが、基本的には道具になるのが主流

 ・堕天使にとってはその願いが最優先であり、そのためならば手段を考慮しない(人格を持つ堕天使には当てはまらないこともある)

 ・強い願いによっては以前の願いから優先順位を変えることもある

 ・余談として、お母様の腕輪は〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の力の一部を土台に〈瞳〉達が力を宿したようなものの為、どちらかといえば堕天使に近しいものとなる。故に霊装も顕現できている

 

 

 つまり……反転は悪堕ちENDってやつで、堕天使は無理ゲーの救済措置ってやつか。ゲーム脳ですいません

 最後の記述に関しては深く考えないようにしよう。うん、特に霊装の事は考えないようにしよう

 だって、今の俺——っていかんいかん。考えたらダメって言ってるだろうに

 

 ——あれ? これって……

 

 「それなら〈瞳〉を譲渡して回れば精霊は――」

 

 「いけませんことよ」

 

 〈瞳〉を配って回れば精霊達は世界を壊す存在になることは無いと考えた俺に、その案を拒否するかのように眼つきを鋭くするくるみん。おおぅ……意外と眼力あるんですね

 

 「確かに〈瞳〉を譲渡して回れば精霊達は反転化の一歩手前で踏みとどまることが出来るでしょう。現に、理由はともかく四糸乃様はお母様が〈瞳〉を譲渡させたことにより、反転の危機を免れましたわ。——しかしそれはお母様の封印を緩める結果ともなりました」

 

 「……監視が減るから譲渡するなって事か?」

 

 「えぇ。お母様の天使は封印から解放されようと必死ですもの。二つの監視が無くなった今、好機と言わんばかりに封印を解こうとしておられますし……」

 

 なんかこう聞くと〈心蝕霊廟(イロウエル)〉に自我があるみたいな感じだなぁ。それだったら封印を解こうとしてるのも「お外に出たーい!」って感じに見えなくもないしな。……なんか急に罪悪感が沸いてきた

 

 「そこまでして封印しないといけない天使って……確かに能力は危ないけど、使い方によっては――」

 

 「ワタクシの時代では封印が解け、現世にその姿を現したのですが……その時の周りの反応は「質が悪い」「傍迷惑」「厄介この上ない」「出てくんじゃねぇテメー」「この世から消えてくれない?」「はよ帰れ」でしたわ」

 

 「俺の天使ディスられ過ぎィ!?」

 

 え、俺の天使そんなに不評なの!? すげー辛辣なんだけど!? そんなこと言うから腕輪が悲しそうに薄暗く——

 

 「……あれ? いつの間に……」

 

 ——そう。少しいつもと比べて薄暗くなっているが、気付けば俺の左手首に見慣れた深緑色の腕輪が装着されていたのだった。手錠や足枷がないから部屋のせいで出せないのかと思ってたけど関係ない感じだったのかな?

 それにしても唐突に出てきたもんだな〈心蝕霊廟(イロウエル)〉。ただ出てくるタイミングが悪かったせいで聞きたくない事も聞いてしまったみたいな感じ——あ、この腕輪は〈心蝕霊廟(イロウエル)〉じゃなくて〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉……なんだよな? だったら関係ないか。……封印越しに悲しみが腕輪を通して滲みだしている感じはするけどさ

 そんな悲しそうに薄暗くなっている腕輪を慰めるように撫でていると、くるみんはいきなり腕輪が出てきたのを見て言葉を漏らしたのだった

 

 「おや、調整が終わったようですわね」

 

 「調整? どういうことだ?」

 

 「お母様の〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉の調整にございますわ。お母様から二つの〈瞳〉が切り離された今、封印の監視は多少緩くなっております。そして……どうせお母様の事ですから、これからも〈瞳〉がどんどん切り離されていくこととなるでしょう」

 

 ど、「どうせ」って……いやまぁ否定は出来んけどさぁ……

 大抵の場合、精霊は何かしらの事情を持っている気がする。……何故かは知らんが、俺はそういったことに気づいたら関わっていたってのが多いんじゃないかって思うんだよ

 四糸乃とかミクなんかがいい例だね。どちらも出会いはあれだったけど、今ではすっかり仲良くなっちゃったし。……精霊とは気づかないでさ

 ミクの場合は後から精霊になったってだけで、元からそうだったって訳じゃあないんだけど……結果を見るとね。うん、否定できないわ

 

 そうなると……次に俺が〈瞳〉を譲渡してしまう可能性があるのは、今のところ十香だけかな? それなりに慕ってくれているとは思うし、令音さんの言葉が本当なら会いたいって言ってくれてるようだからな

 ……あれ? 俺って十香に担がれた経験があるよね? その時に力が抜けてくような感覚は無かったし、今のくるみんの説明からして十香には譲渡されては無いんだろうけど……まだ心は許していなかったのかな? それとも強い願いって言う点を満たしていなかったか……わからん

 〈瞳〉が十香に行き渡らなかった理由について考えていると……くるみんが俺の思考に割り込んでくるよう言葉を紡ぐのだった

 

 ——予想外の言葉を交えて

 

 

 

 

 

 「——ですので、これからはワタクシも監視に加わることと致しましたわ!」

 

 

 

 

 

 「……え」

 

 「お母様が今までその腕輪を顕現できなかったのは、本来在り得ることの無い同一の〈瞳〉が――〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉が二つ存在しているが故に〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉が異常をきたしていたのですわ。——ですが、未来から来たとは言え元は同質の力です。ワタクシの〈瞳〉を〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉へと馴染ませる事により、隣同士に位置していた〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉の空白を埋める新たなお母様の〈瞳〉となりましたの! これでまた当分の間は監視も強固たるものになることでしょう。——そしてワタクシもお母様と常に一緒にいられるという訳なのですわ! 監視の強化にお母様と共に過ごせるという……まさに一石二鳥とはこの事にございますわね♪」

 

 あー、なるほどね。つまり海〇石とか関係無く、単に不調が起こってたってことか

 ……お? ならこの部屋のデメリットとかなくね? 普通に俺の快適空間じゃん!!

 よっしゃー! くるみんも自由に使っていいって言ってたし、これでホームレスの称号脱却じゃオラー!!

 ありがとうくるみん! この際どうやって用意したとかそう言った細かい事は気にしないぜ!! 

 

 

 …………………………俺と一緒?

 

 

 「この時代に残んの!?」

 

 「そうですわよ?」

 

 「いやいやそれはダメでしょ!?」

 

 「そ、そんな!? ワタクシがいるのは不満、なんですの……?」

 

 「違う、そうじゃない。寧ろボッチの俺としてはウェルカムだから。だからそんな悲しそうな顔しないでよ……俺そんなにメンタル強い訳じゃないんだから」

 

 くるみんの言葉に動揺を隠せない千歳さんです。途中泣きそうな表情になったのもあって余計取り乱し……はしなかった。寧ろ冷静になったな

 ……え? 理由? 俺の豆腐メンタルにダメージが入ったからさ

 

 俺としてはこの時代に残ってもらっても別に構わない。最早くるみんが邪魔な存在だとかそういうものは無いからな。慕っている子を無下にする気は無いのです(てかできない)

 ただ——

 

 「くるみんの時代の、くるみんが宿ってた精霊はどうするんだ? 話からしてくるみんは堕天使なんだろ?」

 

 「えぇ、ワタクシは堕天使にございますわ。先程の杖の件も、言うなればワタクシの体の一部でございますし」

 

 「ならその精霊を守らないとダメなんじゃないか? 俺は未来には行けないし……」

 

 「その必要はありませんの」

 

 「……え? なんでさ?」

 

 俺と話しながら、くるみんはホワイトボードを回転させ、裏面のまだ使っていない方を正面に持ってきている

 どうやら後半戦があるみたいだな……もう十分に近い程、説明を貰ったんだけどねぇ

 

 そして、くるみんは自身がこの時代に留まる理由を話す。未来の主である精霊——後に会う事となる、時崎狂三の願いと共に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それは至って簡単な事。この時代でお母様のサポートをする事こそが、ワタクシの主の……最後の願いだからですわ」

 

 




説明回にはホワイトボード必須
何故かって?箇条書きできるからさ!! 手抜きではない。断じてない
一応分かりやすいように工夫してみたのですが……大丈夫ですかね?

とりあえず言えることは……〈侵蝕霊廟〉ドンマイ
例え周りから嫌われようが、千歳さんはきっと嫌わないでいてくれるよ!

……え? 前半のは何なんだって?
……なんの事でしょう?私には何を言っているのかがわかりませんねくルリんパっ

「……クヒヒ」



……さて、次回は主に組織的な説明に入ると思います
そして、このSSを始めてからずっと千歳さんに言わせたかった言葉をやっと言って貰えるときです!

……そこ、何故間章でなんだ?とか言ってはいけません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間章後編 「そんな事知ってる訳ないだろ!?」

メガネ愛好者です

とうとう説明会も終わりとなります
そして、今回千歳さんがあの言葉を口にする!

……その前のくるみんの性能で、少しインパクトが弱いかも

それでは


 

 

 「……」

 

 「……」

 

 今くるみんは、何も書かれていないホワイトボードの裏面に黒いマジックペンを黙々と走らせている

 そんな中、黙っている俺はくるみんが言った言葉に、どういう意味で言ったのか頭を悩ませるのだった

 

 

 ——ワタクシの主の……最後の願いだからですわ——

 

 

 願いだけなら別にいいんだ。寧ろそれは、俺の事を思ってくれての願いだから嬉しくない訳がない

 だけど……”最後”という言葉がどうにも引っかかる

 何が最後なのか? ……それが俺を悩ませている原因だ

 くるみんの主である精霊はとてもわがままで、様々な願いを叶え続けていた末に最後の願いとして言ったのか……

 くるみんの主の精霊はとても頑固な性格で、自らの願いを叶えてもらおうと思わないような子が、一度だけの願いとしていったのか……

 くるみんの主である精霊が……本当の意味で”最期”に願った言葉なのか……

 

 できれば最期の可能性だけはあってほしくない。くるみんは”最後”とは言ったが”最期”と言った訳じゃないんだ。だからまだそうだと決まった訳じゃない

 それでも……そう考えても俺の頭からは嫌な予感が離れてくれない

 

 「……お母様」

 

 「……どうした?」

 

 俺が考えに耽ていると不意にくるみんから声が掛かる

 くるみんの声はどこか寂しそうな声色で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうでしょうか? これぞSDマスコットモードのお母様——通称「ちーちゃん」ですわ! 傑作でしてよ?」

 

 「俺のシリアスを返せ。俺は世界最強の戦乙女じゃねーよバーカ」

 

 ——そんなことは無かった

 

 顔を上げた俺の視界に入ったものは、ホワイトボードに描かれるデフォルメ化されたキャラデザ。見覚えのあるそれは……モノクロだが間違いなく俺だった

 目元を前髪で隠し改造軍服の様なものを着た俺に見えなくもない姿をした生物は、口をへの字にしながら短い腕を組んで仁王立ちしている。……なんかチヴ〇ットみたいだな。ご丁寧に「ちーちゃん」と記入されてるし

 てかそのあだ名を使ってもいいのか? 確かにあっちも最初の名前は”千”だけど明らかにキャラ違うでしょーよ。俺あんなバケモンスペックしてねーし

 ……え? 精霊スペックが何を言うって? ……その精霊スペックについてきそうな人間なんですよ? もしASTにあの人みたいな奴がいたら俺は引きこもり待った無しだよ

 

 「とりあえずくるみんが気にしてない……てか俺が気にするほど深刻な状況ではないことはわかったよ」

 

 「単にワタクシは堕天使の使命とかがどうでもよいだけですわ。ワタクシは主の願いよりもお母様の存在こそが第一なのですから!」

 

 「自分で自分自身の存在意義を捻じ曲げちゃったよこの子!? 絶対その主泣いてるぞきっと!?」

 

 「そうですわね……確かに泣いてましたわ。主にこのワタクシの姿に」

 

 「その姿に一体何があったし」

 

 くるみんの主の精霊さん、貴方はきっと貧乏くじを引いたんです。言う事を聞かない天使もとい堕天使とか精霊にとっては一番の障害なんじゃないかね? ——まさに俺の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉みたいだな! はっはっはっはっはっ——泣ける

 

 「ですが、ワタクシの能力は時間操作ですので他の天使と比べればかなり強力ですわよ?」

 

 「言うことを聞かない上に時間を操る能力とかやりたい放題じゃないですかヤダー」

 

 なんでこの子はこうなってしまったんや……一体何に影響されたんだよ

 ナチュラルに心読んでくるし、俺好みの部屋を用意するし、俺の能力を俺以上に知ってるしで、俺の事なら知らないことは無いとも言いたげな——

 

  ヒラ……

 

 「——おっと、危ない危ない……」

 

 俺がくるみんのことを考えていると、くるみんの白いゴシックドレスのポケットから一枚の……写真が抜け落ちた

 くるみんはその写真を床に落ちる前に素早く回収するのだが……

 

  ・幸運(30)…………(23)成功!

 

  ・目星(85)…………(67)成功!

 

 「……ちょっと待てくるみん。今のは何だ?」

 

 「これですか? 先程お見せした四糸乃様の写真で——」

 

 「——いや、俺が写ってた。間違い無く俺が写ってただけど」

 

 精霊スペックなめんじゃねーぞくるみん?運が良ければ見逃すことなんてねーんだよ

 俺は確かに見た。写真を回収する瞬間に……その……俺が映っていた写真を

 

 「……はて? 何のことでしょう。ワタクシは――」

 

 「その写真を渡しなさい」

 

 「……」

 

 「渡しなさい」

 

 「べー」

 

 「よーし悪い子には仕置きって相場が決まってるよなぁ?」

 

 写真を見せる様催促する俺に向かって、あからさまに視線を逸らしながら舌を出して来るくるみん。子供かお前は

 

 「お母様の愛娘にございますわ♪」

 

 「こんな悪い子を持った覚えはありません。いいから渡しんしゃい」

 

 「……そんなに駄目ですの? この——」

 

 「あ、ま、待ってくるみん! 見せなくていい! 見せなくていいから! 渡すだけでいいからこっちに見せようとしないで——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ここで一つ、思い出してもらいたい

 

 俺がこの部屋に来て……連れてこられた? まぁいいか。ともかく目覚めた時には既に左手首から〈侵蝕霊廟(イロウエル)〉が消え、代わりに手錠が繋がっていた。ここまではいいな?

 ……あ、因みにだが、この腕輪は今後からも〈心蝕霊廟(イロウエル)〉と言うようにしたわ。正直〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉って名称はカッコいいけど長いから言うのがめんどくさいんだよ。変えるとしたら、【心蝕瞳(イロウシェン)】を〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉にするぐらいかな? 【心蝕瞳(イロウシェン)】はASTの方で名付けた名称だし、正式名称があるんだったらそっちの方がいいだろう。くるみんもその方がいいって言ってたし

 

 ……コホン。話を戻そう

 起きた時には既に〈心蝕霊廟(イロウエル)〉は調整中だった。つまり俺が寝ている時に腕輪は消えたことになる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なら、”霊装”は?

 

 ……俺は普段から疑似霊装しか身につけない。だって着替える必要も無く瞬時に服装を変えられるし、霊力漏れを防ぐことだって出来るからな。だからいっつも疑似霊装を着ていたんだ。……そう、いつも

 くるみんは言っていた。この腕輪は最早堕天使のようなものであり、だから霊装も顕現することが出来ていた。——しかし腕輪が使えなくなっていた状態で、疑似霊装が通常通りに機能していたのかと問われれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——黒いレースの下着を身につけたお母様。結構似合っていますのに……」

 

 「のあああぁぁあああああぁああぁぁあああああ!!!!!」

 

 ……していなかったんだよなぁ

 

 くるみんは言葉と共に、俺の……あられもない写真をよーく見えるように向けてくる。……その女らしい下着を付けた姿の俺がベッドの上で眠りについている姿を写した写真を

 最早俺の心はズタズタである。鋭利な爪で引き裂かれるかのような痛みが胸に走り、次々と込み上げてくる羞恥に……正直”泣き”が入っていた。主に心の限界です

 女になってから自身の変化に違和感を感じつつも受け入れていた俺ではあるが、流石にそこまで女性らしさを表に出すのには抵抗があるんだよ。許容できる範囲ってやつ? 女性の体を受け入れる気にはなったが、女性らしい服を着る事には抵抗がバリバリあったりする。普段は霊装さんが気をきかせて地味な服装にしてくれるし、下着の方も……確かスポーツブラって言ったっけ? そんな感じの物にしてくれるからそこまで気にすることもなく過ごせたんだよ。——それをいきなりこんな過激なものにされちゃあ堪ったもんじゃないからね!?

 てかくるみんは仮にも俺を母と慕ってるんだよね!? そんな相手に何を堂々と着せ替えなんかやっちゃってくれてんの!?

 起きた時に違和感に気づいた俺が近くの姿身を見た時はホント絶句もんだったよ……だって無造作にしていた髪を綺麗に整えられた上に前髪はヘアピンで止められていたから素顔が露わになってたんだもん。なんかうっすらと化粧もされてるし……

 そんな素顔を見せている俺が——黒いゴシックドレスを着させられていた。一瞬「これ誰?」って素で呟いちゃったからね? 最早元男だったという事実が全否定されかけたからね!? その上であんな下着まで試着されてしまえばもう男としてのプライドが粉々ですよねぇ!?

 

 「似合わないよりはいいじゃありませんこと」

 

 「似合ってたまるかあ!! そもそも似合うかどうか以前にそう言ったデザインは好きじゃねぇんだよ!!」

 

 流石に元男だからとくるみんに言うのは気が引けたのでとりあえず否定的な言葉を述べることで反論する。……だがくるみんは納得したような雰囲気を出さない以前に、俺の反応を楽しんでいるような表情を浮かべながら煽ってくるのだった。くそぅ、娘が精神的に虐めてくりゅぅ……

 

 「9年ほど前にワタクシを弄んだ罰が当たったのだとお考えになられればと」

 

 「因果応報ゥ!? まさかこんなところで仕返しが来るとは思わなかったよコンチクショー!!」

 

 「くふふ。顔を染めてまぁ、可愛らしいですわねぇ」

 

 「俺の顔を覗き込むんじゃねえええええ!!!」

 

 

 

 

 

 ——その後、俺はくるみんが持っていた俺の写真を無理矢理奪って燃やしました。こんな物は存在してはいけないんだ……俺のあるかどうかも分からないプライドの為にも——

 

 「まぁ過去に遡ればいつでも写真を撮れるどころか、その麗しいお姿を拝見することも出来るのですけれども」

 

 ……聞かなかったことにしよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では休憩はここまでとして、後半戦行ってみましょう」

 

 「俺の心は休む前より疲労している……」

 

 「四糸乃様とよしのん様の笑顔ツーショット公開」

 

 「元気出た」

 

 そんな訳でくるみんが再びホワイトボードの前に立ち、説明を再開するのだった

 因みにホワイトボードの中心には未だに「ちーちゃん」が書かれているのだが……それ使うの?

 

 「えぇ。今の現状を……勢力図を書くには丁度良い配置なのですわ」

 

 「勢力図?」

 

 くるみんの言葉に俺が疑問を持っていると、くるみんは「ちーちゃん」の周りを三角形で囲うように、上、右下、左下に組織名の様なものを書くのだった

 

 

  〈ラタトスク〉

 

  〈AST〉

 

  〈DEM社〉

 

 

 「それは?」

 

 「現状で精霊に深く関わっている組織の名称にございますわ。詳しく記載致しますので暫しお待ちを……」

 

 「ちーちゃん」——もうSD千歳さんでいいや。これ以上「ちーちゃん」呼びはなんかいろいろと不味い気がするし、そんなあだ名で呼ばれるようなキャラじゃない

 そんなSD千歳さんの周りに書いた組織陣の役割やら目的などを、くるみんは記入していくのだった

 

 

  〈ラタトスク〉:対話派

  ・現状では天宮市上空の空中艦〈フラクシナス〉が行動している

  ・主に精霊との共存などを目的とした組織

  ・今のところ、唯一精霊を殺す目的を持たない

  ・精霊への対処法は、精霊の好感度を上げることによる封印と思われる

  ・その封印が出来る少年の名が、「五河 士道」

  ・現在封印している精霊は「夜刀神 十香」「四糸乃」の二体

 

  〈AST〉:殲滅派

  ・陸上自衛隊・天宮駐屯地にて組織される対精霊部隊

  ・目的は単純であり、精霊が確認され次第殲滅する事を目的とする

  ・例え精霊がどんな人物であっても容赦はせず、世界の為に奔走する

  ・その部隊の人間は魔術師(ウィザード)と呼ばれ、CR‐ユニットと呼ばれる兵装を身に纏う

  ・しかし、今のところは精霊を一体も殲滅できていない

  ・未成年問わずで、何故か女性が多い

 

 〈DEM社〉:捕獲派

  ・判明しているのは、精霊を反転させた後に顕現される魔王が目的のようだ

  ・他二つと比べ圧倒的に危険度が高い組織

  ・ASTと同じくCR‐ユニットを使っているが、性能も使い手も段違い

  ・人外がいる。それこそ「ちーちゃん」レベル。だが素の身体能力はもやし

  ・トップがキチガイ、右腕が世界最強の魔術師(ウィザード)と呼ばれるもやし

  ・一番関わりたくない組織(企業)。だが千歳(精霊達)、お前は狙われている

 

 

 「大体こんな感じでしょうか?」

 

 「どの組織もツッコミどころ満載で反応に困る」

 

 どの組織もいろいろとおかしいだろ……なんで碌な組織がねーんだ?

 

 最初の〈ラタトスク〉ってのは結構良心的みたいだけど、内容が真面目にやってるのか疑いたくなるからな?

 なんだよ好感度上げるって。もうギャルゲー感覚じゃん……真面目にやってんのか? 緊張感無さすぎて精霊に知られた時に「ふざけてるの?」って言われても否定できねーぞこれ

 てか主人公クン何やってんのさ……もしかしてそれだけを目的に十香や四糸乃、よしのんに接触した?

 ……ないな。少しの間主人公クンといたが、そういった邪な感じは一切感じなかった。寧ろ全面的な善意の塊みたいな奴だったから心を弄ぼうとかそう言った類いの奴じゃあないだろう。……褒められた行動とはとてもじゃないけど言えないけどさ

 

 次にASTだが……最初はよかった。いかにも軍人って感じでそれっぽい組織だと思ったよ。五個目の項目はドンマイとしか言えないけど

 ——だが最後の項目、テメーは駄目だ

 その項目せいで台無しだよ? なんで未成年を戦場に出してんだよバカヤロー。そして何故に女子ばっか……いやまぁあんな姿の男子とか見たくねーけどさ

 ……あれ? 筋骨隆々の男があの全身タイツみたいな姿で向かって来たら結構ダメージあんじゃねーかな? メンタル的に

 ……え? 俺だけだって? 知ってる

 

 そんで一番問題なのが……DEM社か

 なんなんだよこれ……要約すると「ちーちゃん」レベルの人外が俺を含めて精霊を狙ってるってことか? 詰みゲーじゃん。世界最強とかマジで「ちーちゃん」じゃん。無理だよ俺? そんな奴に襲われたら最早逃げることしか出来ねーから。なので俺の前にはもやしとしての君だけを見せて最強さん

 そしてトップがキチガイって……くるみん何か苦い記憶でもあるの? もやしってのも結構酷いからね? もやしレベルの人間とかの〇太かよって言いたいです。……あ、俺は別に悪意ないよ? だから襲わんといてーな

 そしてカッコで隠してるけど最後の企業ってのでASTの名目丸つぶれじゃねーかよ。軍人(未成年込み)が企業相手に戦力で劣るって……

 

 ——結論——

 

 「精霊に対してまともな組織がいない気がする」

 

 「そもそも、精霊自体がまともではありませんわ」

 

 「それを言っちゃあお終いだ」

 

 そもそも俺からしたらどれも非現実的なことですからね? 最早まともな物を探す方が難しいんじゃなかろうか?

 ……え? 俺自身、精霊じゃなくてもまともじゃないって? 知ってる

 

 

 

 

 

 「とりあえずこんなところですわね。詳しい点は後程に説明していきます」

 

 「ん、ありがとなくるみん」

 

 説明を終えたくるみんは掛けていた眼鏡をしまい、テーブルに座っている俺の対面の席の腰を下ろした

 そして予め用意してきたのであろう麦茶と煎餅をテーブルに乗せて食べ始めるのであった。ゴシックドレスに身を包んでいるって言うのに食べているのは和菓子と言うミスマッチ。だが美味いから気にしない

 それから少し情報を頭で整理していた俺は、不意に気になることが出来たのでくるみんに問いかけることにした

 

 「……あれさ、くるみんって未来から来たんだよな?」

 

 「えぇ。そうですわよ」

 

 「くるみんの持つ〈瞳〉は〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉だから……俺のよく使う【(ビナス)】の本来の力って解釈でいいかな?」

 

 「えぇ、それであっていますわ。お母様の使う10個の力はそれぞれの〈瞳〉から、【心蝕瞳(イロウシェン)】はそのまま〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉の力の反映にございます」

 

 「それだったら……くるみんの〈瞳〉の能力ってどんなもんなんだ? 本来の力なんだろうし弱くなる訳ではないだろうから時間移動は出来るんだろうし、あの唐突な睡魔もくるみんの——」

 

 「あ、それはワタクシの力ではございません」

 

 「……え?」

 

 これからくるみんは俺と一緒にいることになるんだったら、くるみんの能力を知っておこうと思った次第だ

 ここまでの話の流れからして、おそらくくるみんの力は時間に関係した力だろう。未来から過去に来たって言っていたし、あの謎の睡魔だって時間の経過を操ればやれないこともなさそうだ。……そう思っていた

 しかしくるみんは睡魔の方に関してノータッチ、自分がやったことではないという……それじゃあ一体誰がやったのかという話が出てくるが——

 

 「今は”協力者”とだけ言っておきますわ。勿論お母様に害を成す存在ではありませんのでご安心を」

 

 ——くるみんはその何者かのことを話すことは無かった

 別に隠す事なんかねーじゃんかよ……まぁ”協力者”がいるってことを知れたのは結果的によかったのかもしれないけどさ

 

 「その事に関してはいずれ知ることとなりますので、今はワタクシの力についての説明を優先いたしましょう」

 

 なんか説明を上手いこと誤魔化すダシに使われた気がする……もういいや

 くるみんは自身の手に引き寄せたステッキとその仄暗い黒曜石の様な瞳を見せながら、自身の能力について説明を始めた

 そしてその説明を粗方まとめると……次のようになる

 

 まず……くるみんの〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉は俺のよく使う【(ビナス)】の上位版みたいなものであるのはさっき言ったとおりだから、俺にも使える力のことは省いてくるみんの事だけを説明するか

 

 ざっくり言って、くるみんの持つ〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉の効果は——

 

 

 『今まで見た事のある場所になら、前後十年の間の時空間跳躍が可能』——という馬鹿げた能力だった

 

 

 正直この能力を教えてもらった時、俺の使ってる【(ビナス)】が可愛く見えたね。それ程までの性能の違いに泣きそうになったわ。泣いてはいないけど

 だってこれ、見た事がある景色なら何処にでも飛べるってことだよ?見た事があればどんな時間にも飛べるでもとか、視界内に映る場所などという制限がないとか、【(ゲブラス)】を使わなくても見たことがあればいいとか……最早性能が狂ってますね

 その分使う霊力は多いそうだ。何せ2年遡るのに全霊力を使ったとか言ってたからな

 俺はやろうと思えば(グロッキー必須だけど)10年前に一気に飛べる(筈)だから、その分でなら優ってるかも。霊力タンクは伊達じゃないのです!

 

 ……そう思っていた時期がありました

 

 くるみんは2年の時間跳躍に全霊力を使ったが、それでも時間跳躍し続けることが可能のようだ

 それは何故か? ……その理由はくるみんが持つステッキに秘密があった

 

 

 「これを例えるのであれば——”秒針”ですわね」

 

 

 くるみんはどうやら、本来の天使の力は主である精霊の元にあるようだ。願いによって天使の力は切り離されなかったらしい

 天使が使えない分、くるみんには堕天使の力と〈瞳〉の能力が使えるようであり、〈瞳〉は先程述べた力を

 そして、堕天使の能力は――

 

 

 「秒針とは絶えず時を刻むもの……決して止まることの無いその針は「永遠」を意味するのですわ。故に——」

 

 

 その言葉と共に添えられた堕天使の能力は……霊力の即時回復

 

 

 どれだけ使っても尽きることが無い永遠は、彼女の霊力が減ることを否定する

 ようは無限に霊力が使用可能。いくら霊力を使おうが、次の瞬間には最大まで回復する霊力回復能力

 この力があれば、いくらでも時間跳躍が可能なのだという……

 

 以上、くるみんの能力まとめでした

 

 「因みに、お母様が何故あの場にいることがわかったのか? どんな目的を持っていたのかなどを知れたのも、予め”未来”で知り得てきた知識なのですわ。——故に、いくらお母様を説得しようとも話を聞いてくださらなかった為に、こうして拉致する事にしましたの」

 

 「堕天使ってここまで規格外になるのか……頭が痛い」

 

 ホントさ? 絶対くるみんに持たせるべき力じゃなかったと思うんだよ……これから共に行動する殊になるんだけど、俺の未来ってもう掌握されてるのかな? ハハハ……俺に自由はなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それはそうとして、私からも質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 「ドウゾ……」

 

 最早くるみんのぶっ壊れ性能に考えることをやめた俺は無気力に返事するのだった

 だって仕方ないじゃん。霊力が多いのが取り柄だった俺が霊力の減らない相手と出会ったら……もうね、取り柄を取られたようなもんなんだよ。空間跳躍も時間跳躍もくるみんの方が性能良い時点で俺の【(ビナス)】が見劣りしてしまうんよ……

 そんなやる気を無くした俺に、くるみんは自身が疑問になった問いを投げかけるのだった

 

 「先ほどご説明した〈ラタトスク〉機関について……お母様は思うところがおありになりませんの?」

 

 「えー、何がー」

 

 「〈ラタトスク〉の方針である精霊との対話……その方法を簡単に申し上げますと、精霊とデートしてデレさせる事を目的としているようですの」

 

 「そーなのかー」

 

 そんな気力を無くした返事をし続ける俺に、くるみんは……今後、俺の人生(?)を動かすであろう言葉を告げるのであった——

 

 

 

 

 

 「そこには勿論、お母様も含まれておいでなのですよ?」

 

 

 

 

 

 「……はい?」

 

 「ですから、彼方側にとってはお母様もデレさせる対象、いわば攻略キャラなのですわ」

 

 「タンマ、何故そうなる? 何で俺なんかが――」

 

 「〈ラタトスク〉機関は精霊の保護も目的としております。封印した後も社会に溶け込めるよう支援しているようですわね。戸籍の存在しない精霊もおいでですし……」

 

 「待ってくれ。頼むから待ってくれ……精霊を保護する為にデートしてデレさせる? なんだそれ? ふざけてんのか?」

 

 第一俺は(心が)男だぞ? それなのにデートってつまり――

 

 「男女がホテルに行って情熱的なダンスをすることですわね」

 

 「それは飛躍しすぎているッ!!」

 

 「ですが、あながち間違ってもいないのでは?」

 

 「否定しづれぇことを言うんじゃねーよ馬鹿たれ……」

 

 何やら顔が熱い。まぁパ二くってるからなんだろうけど、それでもくるみんの言葉に俺は焦りを隠せない

 デート? それはあの十香と主人公クンとやったデート擬きとはまた別のあれか?

 しかも流れ——って言うか、さっきも名前出てたけど主人公クンとデートすることになるってことだよな?

 

 「いや俺デートするとか無理だぞ? 正直異性には勿論、同性に対しても恋愛感情が枯れている俺にデートとか無理でしょうに……」

 

 「お母様のそれ(無性愛感情)が延々と続くという訳でもありませんでしょう? それに彼方はお母様がどうであろうと、攻略しようと接触してくることに変わりはありませんわ」

 

 「マジか…………」

 

 なんで俺がデートするかもしれない状況に陥らにゃあならんのだ? デート以前に相手にそういった感情を持てなくなってるって言うのにそれもお構いなし? 俺の心情なんかどうだっていいって言いたいんですかい?

 ありえねぇ……いやマジでありえねーよ……

 

 

 

 「俺が攻略対象とかありえねぇ……」

 

 

 

 俺は深々と頭を抱え、先の未来に訪れるかもしれない苦難(デート)に不安を抱くのであった……

 

 




千歳さんに言わせてやったった

そんな訳で自身が攻略ヒロインだと告げられる千歳さんは、これから徐々に意識させられていくことでしょう
恋愛描写ははっきり言って苦手ですが、それでも千歳さんの魅力などを出せていけたらいいなぁと思っております

まぁ、だからと言っても千歳さんはオリ主系ヒロイン、他のヒロイン達を無自覚に堕としていくかもですけどね

さて、いよいよ次回からくるみんさんの主の章となられますね
早く主さんと対面させてみたいものです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 『好き勝手に生きていこう』
第一話 「俺は自分勝手? 知ってる」


メガネ愛好者です

思ったよりも時間がかかった……うぅ、眠いよぅ

さて、今回から新章突入!
千歳さんがくるみんの未来情報を駆使してどう行動していくかが見も――え? どうしたんです千歳さん?
……え? マジで言ってるんですか? 大丈夫なんですそれ? ……知らん? いやそんな無責任な――

こんな感じの回です

それでは


 

 

 受け入れがたい事実をとりあえず頭の隅に追いやった俺は、くるみんから細かな補足を受けながら情報を整理しつつ、これからどうするかを話し合っていくことにした

 

 

 

 まずは今の状況を整理していこうか

 あの時、何故くるみんが俺の行く手を阻んだかというと——俺の立場を悪化させない為だった

 もしも俺が四糸乃の元に行っていたら、ほぼ確実に四糸乃の天使が堕天使化した原因が俺ではないかと疑われるところだったようだ。そうなってしまえば俺の危険度が急上昇し、他の精霊よりも殲滅優先度が上がってしまうことだろう

 更に組織関係上DEM社にも俺の情報が知れ渡ってしまう可能性が大きいらしい。そうなってしまえば俺だけではなく周りの人達にも危害が及ぶかもしれないんだってさ。傍迷惑この上ないぜ全く……

 

 何故俺が向かうだけで疑われるかもしれないのか? ……それは俺に宿る〈調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)〉が原因だったりする

 

 天使が堕天使に変化する為には〈瞳〉が必要だ。〈瞳〉を得なければ天使は堕天使に変化する事は無い。その為、堕天使には俺から切り離された〈瞳〉が必ず宿っているという事になる

 そして、その〈瞳〉の力を精霊は堕天使を介して使う事が出来るんだ。今回の場合は四糸乃から切り離されたよしのんが実際に使っていたらしい

 

 

 ——そんな〈瞳〉の能力を発動する時に宿る”仄暗い光”が問題だった

 

 

 〈瞳〉の力を使う場合、その〈瞳〉の所有者は”仄暗い光”を瞳に灯してしまうらしい。現に俺の瞳は【心蝕瞳(イロウシェン)】こと〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉が発動していたことで仄暗い光を宿していた

 つまり、くるみんから〈瞳〉のアドバイスをもらった事で、〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉を解除する事が出来た私の瞳からはその光も消えているんだけど、解除することが出来なかった今までの私はその瞳を晒し続けていたことになるんだよなぁ……

 

 あ、因みに〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉の解除方法は案外簡単だったわ

 やった事なんて”〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉を監視に回す”事だけだからな。これでもしもさっきみたいに霊装さんが使えなくなった場合でも目を合わせることが出来るという訳だ。……普通に引っ込めることが出来たって言うね

 〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉を解除したことで、まだ確認はしていないんだけど……俺の〈瞳〉の力で昏睡してしまった人達が目を覚ますかもしれないってくるみんが言っていた

 〈瞳〉の力が監視に回ることで効果を維持出来なくなってしまうらしいんだとさ。……まぁ後遺症が残るかもしれないみたいなんだけど……こればかりはしょうがねーわな。言ってしまえば不可抗力だし

 

 さて、本題に戻ることにすっか

 あの場でASTはよしのんの瞳を間違い無く見ている筈だ。——そんな状況で俺が介入したらどうなると思う?

 答えは簡単、私が何らかの影響を他の精霊に及ぼしているのではないかと疑われてしまう事になるんだ

 一応あの場ではまだ俺が直接的な関係を持っていることが明らかになっていないので、天使に隠された謎の力として誤魔化しが効くとは思う。酷似しているとはいえ、俺の〈瞳〉とよしのんの〈瞳〉は異なる効果のものだから、ASTは疑いはすれどまだ断言出来ないでいるだろう

 もしもあの時、俺が四糸乃の元に向かっていたら……状況は悪化していたと思う。だからくるみんは俺の身の安全と情報の秘匿の為にあの場で介入したという訳だ

 

 

 

 こう言った俺の立場が悪くなるようなことが、これからも俺の身近で起き続けるだろうとくるみんは忠告してきた

 今回みたいにくるみんが未来の情報を持っていたことで事態の悪化を防ぐことが出来た訳だけど、くるみんにだって限界はあるのだから頼りきる訳にはいかないだろう。娘に頼りっきりの親とか情けなさすぎるし、自分でやれる事は実行していくべきだよな

 

 

 だから俺は……一旦おじちゃん達から距離を置くことにした

 

 

 まず俺が行ったのは、【(ゲブラス)】でこの部屋を空いているストックに記憶する事である。これからの拠点になる部屋なんだし、覚えておくに越したことは無い

 それと同時に……心苦しかったが、俺がおじちゃん家で貸してもらっていた部屋の光景を忘れる事にした

 何故そうしたかというと、DEM社の奴等に俺が親交を持っている人達がいる事を悟られないようにするためだ

 

 DEM社は三組織の中でもとりわけ警戒しなければいけない組織だ

 何せそいつらは精霊の事となると手段を選ばない節があるみたいなんだよ

 周りの被害を顧みない時もあれば、何の躊躇いも無く非人道的な行為をする時もある。権力を振りかざすなんてざらにあるそうだ

 そんなモラルなんてとうに投げ捨てたと言わんばかりの手段を持って、精霊の力を手に入れようとしているのがDEM社のようだ

 

 もしも何らかの拍子に俺の事が知られた場合、DEM社は俺の周囲にいる人達に危害を加えてくるかもしれないんだよ。俺と関わったからという理由で皆が危ない目に会うかもしれないって言うのは流石に理不尽な話だ

 

 そんな可能性があるからこそ、早いうちに皆とは距離を置いておくべきだと俺達は考えたんだ。——それが突然いなくなる形になったとしてもさ

 俺の私物は既におじちゃん家の部屋から回収してきたので、もうあの部屋に入ることはないだろう。下手をすればあの家に行くことももうないのかもしれない

 少し寂しくはなるけど……しょうがないんだ。俺は精霊だからな……

 

 回収時におじちゃん達と会わなかったのは運が良かっただろう。流石に今、おじちゃん達と会ったら躊躇するかもしれないし

 きっとおじちゃん達は精霊の事を省いて説明したとしても、そんな些細な事と気にもせず接して来ようとするもん。寧ろ「ここにいろ」なんて言ってくる可能性だってある。……そうなった場合、俺がそれを断れるかが怪しいんだね……

 だからこそ、ここはあえて何も言わずに去った方がお互いの為だと思うんだよ。寧ろこれでおじちゃん達が薄情な行動を取った俺の事を嫌ってくれた方がいい

 

 

 

 ……それなのに、感謝の言葉を書いた置手紙を部屋に置いて来てしまったのは逆効果すぎるよな。ホント、俺はなんでこうも中途半端なんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それではこれからどうしていくのかを議論していきましょう」

 

 「うぃっす」

 

 さて、ここからは今後の事についての話し合いだ

 ある程度の事は俺も把握できたので、くるみんの考えを聞きつつ俺も今後の事を考えていこうと思う

 因みにくるみんの考えた方針はというと、くるみんが持つ未来知識を生かしてより良い選択を選びながら行動していこうというものだった。それが結果として俺の為にもなるし、皆の為にもなるんだから最善すぎるわな

 だから——

 

 

 「基本自由で構わんでしょ」

 

 「……はい?」

 

 「いやだから、警戒はすれど基本は自由気まま意のままに~ってやつだよ。未来知識による最善策があるからって、わざわざご丁寧にその道を辿る必要はねーんだし」

 

 

 ——俺はくるみんの最善策を早々に蹴っ飛ばすのでした。はい

 

 

 くるみんが提示したのはあくまでも”最善策”だ

 確かに未来知識があれば安全な道を歩くことが出来るだろう。立ち塞がる問題を適切に処理していくことだって出来る筈だ

 

 だから……()()()()でしかないだよ、くるみんの考えは

 

 この際だからハッキリ言うよ。あのな? くるみん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなんつまんねーだろ」

 

 「エー……」

 

 そう、先の事を知った日々なんてつまらなさすぎる

 だってさ? 最善策を取るってことは、その策に合わせた行動を強いられる訳だろ? 常に警戒しながら慎重に行動していかなければいけなくなるんだろうし……ハッキリ言って、そんなん性に合わねーから

 俺の転生時の願いは”楽して充実に堕落したい”だぞ? めんどくさい道を乗り越えてまで得る安寧なぞ興味ねーんだよ。……あれ? 堕落したいなんて言ったから堕天使化の力を得たのか? ……流石に考えすぎか

 

 とにかくだ。俺としては怠けつつも充実した生活を送りたい……ようは、退屈しない日常をダラダラと過ごしたい訳ですよ。これって理想じゃね?

 

 「だからこそ俺は自重しねーし、赴くままにハッチャけるんだよ。何かに縛られた日常なんて、そんなもん自分から自由放棄してるようなもんだからな」

 

 「で、ですが! それではお母様や四糸乃様達を含めた親しい者達に危険が及ぶかもしれませんのよ!?」

 

 「んなもん俺に向かって来たら逃げりゃーいいし、皆に危険が及んだ時は……まぁ、全力出すさ。俺がやれる限りの全力を持って——全て蹴散らす」

 

 「そ、それではお母様が……」

 

 「安心しろって。皆の無事が取れればまともに相手する必要はねーんだし、そうなれば後は逃げの一手さ。俺は逃げるのだけは得意分野だからな、そんじょそこらの人外じゃあ俺には追いつけんだろ。何せ逃走先がほとんど無限にあるようなもんだし、逆に俺の事を捕まえられるんなら捕まえてみろって言いたいもんだ。はっはっはっ」

 

 「そんな能天気な……」

 

 俺の考えに頭を押さえて呆れるくるみん。しょうがないじゃん、これが俺なんだもん

 俺はあんまり小難しいこと考えても頭が疲れるだけでいい結果になった試しがないんだよ。そんな俺がいくら未来の事を考えたってなるようにしかならねーだろ? 例えくるみんから未来知識をもらったとしてもだ

 俺の言い分は未来を知っているくるみんからすれば対処法がわかってる分不服であろう。予め予定していた方針が俺のせいで狂い始めようとしてるんだもん、不満でない訳がない

 ホントごめんな? ——まぁ謝りはすれど考えは変えないけどさ

 

 ……え? 理由? そんなもん簡単だ

 

 「くるみん……未来を知った人生なんてつまんねーぞ? 例えそれが俺や皆が救われる形になったとしても、いつか絶対——周囲が色褪せる」

 

 「色褪せる? それは人が救われること以上に危惧すべきものなのでしょうか?」

 

 「あぁ、少なくとも俺にとっては必要不可欠だよ。確かに未来を知っていれば自分の不都合な未来を回避する事だって簡単だろうな? 何せ事前に対処できんだからさ。……でもな、それだと刺激が無くなっちまうぞ?」

 

 「刺激……ですの?」

 

 「おう、刺激だ。人の心を潤わすのはいつだって刺激的な出来事だ。楽しい、嬉しい、面白い、気持ちがいい……それらには自身が興味を引くような刺激的な何かが必ずある。そう言ったものが人の人生には欠かせないんだと俺は思うんだよ。例え難を逃れたとしても、例え人を救えたとしても……それが確定的な事だったとしたら、その後に得るのは……うまく言い表せないような虚無感でしかない。少なくとも俺はそうだ」

 

 必ず危険から逃れられる方法があるのなら、誰だってその方法を試すだろう

 必ず脅威から相手を救える手段があるのなら、誰だってその手段を行使するだろう

 確かにそんな手段や方法があるのなら、誰だってそれに手を伸ばすだろう

 これらは人として普通の事だろう。人は自分から傷つきに行こうだなんて早々考えないのだから、何かしらの手段があるならそれを実行するに決まっている

 

 

 しかしまぁ……俺は少し他の人とは思考回路が違うのかね?

 俺は他者から得られる確定した未来程……喜びの感情が得られない

 だって、それには予想外な驚きが一切無いんだもん

 心躍るような高揚感が湧き上がらない。それにあるのは予想内に収まってしまう事で生まれる無感動の達成感だけだ

 

 

 俺はそれが……この世に生きてるとは思えないんだよ

 

 

 「……それでは、お母様は未来の知識を欲しはしないと……そう仰るのですわね?」

 

 「未来予知とか憧れるよなー。……俺はいらないけどさ」

 

 改めて考えても確かに便利だな。うん、超便利。だってそれがあれば思い通りの結果を望めるからね

 四糸乃達の安全も事前に対処できるんだろうし、組織陣の思惑からも逃れることが出来るだろうしね。下手すりゃ潰すことも出来んのか?

 

 

 ……だからこそ気にいらない

 

 

 「未来知識を元に動くなんて、言っちまえば攻略本使ってプレイするゲームみたいなもんだ。攻略本を使えば取り残しのアイテムを見過ごす事もないし、ボスの最善な倒し方もわかるだろうから全てが終わった時の達成感はかなり大きいと思う。……でも、その途中でこれからどんなイベントが起こるとかわかっちまうと、途端に”飽き”がくるもんだ。後の楽しみが無くなっちまってすぐにやる気が無くなっちまう。それでも進めていた場合、待っているのは予想通りの展開だ。知らなければ面白かったであろう場面でも、あらかじめ知っていたら心から面白いと思うことが出来る訳がないんだ。それに自覚し、そんな自分が滑稽に思えてくるからこそ……俺は確定した未来が気にいらない」

 

 予想通りの未来を思うがままに掴めるなんて、そんなもん独り芝居に他ならねーだろ?

 確かにやりたいようにやるための力は欲しい。しかしそれを効率良く、的確に、間違いを犯さずに進める為の”攻略本(未来情報)”なんて俺はいらないんだよ

 確かに全クリとかしたい時は攻略本を使うときもあるだろうさ。全て上手くいった時にのみ得られる達成感と言うのもあるだろう。……でもそれは攻略本を使わないで不完全にもクリアした時に生まれる達成感とは全く別なんだ

 資料を見て作業的にこなした達成感と、自身の力で考えた末の達成感とじゃ感じるものが全く違いすぎる

 

 「だからこそ俺は未来知識を積極的に知ろうとは思わないし、活用しようとも思わない。それによって起きる失敗や後悔もあるかもしれねーな? 失敗して危機に陥るかもしれねーし、周りの親しい人達が傷ついて後悔するかもしれないな。……それでも俺は、好き好んで未来を知る気は無い。確実に助かる道を、助けられる手段を知っていたら……俺が望む達成感を得る事も無ければ、もうそれを現実だと見れなくなって情熱をも失っちまう。相手の事を考えないただの”人助け”って言う作業になっちまう」

 

 「しかし、人を助けた事には変わりありませんの?」

 

 「……もしもさ、くるみんがそんな奴に——機械の様に無機質で、何も考えていないかの様に無感動な相手に助けてもらった時……気持ちのこもった感謝が出来るか?」

 

 「それは……」

 

 「俺だったら無理だ。もしも「助けられて当然、失敗する事なんてありえない」とでも言いたげな雰囲気の奴に助けられたとしたら、俺は間違い無く心無い感謝を返すと思うよ。だって……そう言った奴の出す雰囲気ってのは、どう考えても相手を”人”として見ていないような気がしてならないからね」

 

 「…………」

 

 「だから俺は未来に縛られず、自分の思うがままに動きたい。例えそれが間違った道だとしても、そっから正しい道に方向転換してやんよ」

 

 「……そう、ですか」

 

 俺の考えを知ったくるみんは諦めにも似たような表情を浮かべながら顔を俯かせてしまう。……くるみんには悪い事をしたな

 俺の為に遥々未来からやってきた上で今後の方針も考えていたであろうに……それら全てが実質無駄に終わってしまったのだ。しかもそれが目的の相手によって破たんしてしまった

 正直心苦しくはある。相手の好意を無碍にするなど、性根が腐ってるんじゃないのかと言われても反論出来やしないだろう

 

 ——しかし、これはハッキリと言わなければいけなかったと俺は思う

 どちらか一方でも望まないのだとしたら、その道を共に歩むことなんて不可能だ。いつかは絶対に破綻する

 そうなるのなら、その道を進む前にストップをかけた方がお互いの為でもあると思うんだ。つまらないいざこざなんて起こしたくなんてないんだよ。……悪いのは全部俺だけどさ

 

 「ごめんな、自分勝手な事ばかり言ってさ……でも、こればかりは譲れないんだ」

 

 「いえ……ワタクシは平気ですわ。ただ……何というか……やはり、この結果になってしまいますのね」

 

 「やはり? それって……くるみんにとってこのやり取りは初めてじゃなかったりするのか?」

 

 「えぇ。いくらやり直そうがお母様は自分の行く末を断固として変えようとしませんでしたわ。もうこの話をするのも365回目ですわよ?」

 

 「一年分のリスタート!? え!? そんなやり直して結果が変わらなかったのか!?」

 

 「だってお母様、非常に頑固なんですもの」

 

 「マ、マジか……なんかホントごめん。364人の俺も含めてすいませんでした」

 

 「いえいえ、別に気にしておりませんわ。……寧ろそれだけお母様と一緒にいられる時間を持てたという事に幸福感を感じましたわ! このまま1000人目のお母様と邂逅するのも近——」

 

 「ストップだくるみん。流石にそれはいろいろと問題があるから程々にしておきなさい」

 

 この子はどこまで俺の事を慕ってるんだよ……いやまぁ嬉しくはあるけどね? こんな自分勝手で自己中心的な俺なんかを慕ってくれること事体に感謝しかないもん

 ただもう少し自分の宿主さんにもその好意を向けてあげてもいいんじゃないかなーなんて思ったりしなくも無いわけだ。だってさ? それだけの間、くるみんの宿主さんは放置されてるってことなんでしょ? その宿主さんが今どんな状況かわからないけど、流石にいい気はしていないんじゃねーかな?

 そんな訳でくるみん、結構雑に接している感じに思えなくもない宿主さんに慈悲を——

 

 「やですの♪」

 

 「即答かい。なんでそんな嫌ってるん?(また心読まれた……)」

 

 「だってワタクシの初顕現時、姿が気にくわないからと言う理由で即座に銃を放って来ましたのよ? いくらワタクシが好意を見せようとも彼方が友好を示さないんですもの……くるみん悲しくて泣いてしまいそうですわ。グスン(ファ〇チキくださいまし)」

 

 「なんでそんなに嫌われとるんや。一体くるみんの姿の何処に不満があるのやら……(こいつ、直接脳内に……っ!?)」

 

 宿主さん、もっと貴方の天使もとい堕天使に慈悲をお与え下され。くるみん泣いてますよ? ……左手に目薬を持って

 後、俺はファ〇チキよりミニ〇トのジュー〇ーチキンの方が好きだわ。辛い方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……なんなんだろうな、この何とも言えない気分は……」

 

 とある一室。夕食も済ませ後は寝るだけとなった少年——五河士道は自身の部屋のベッドに体を預けながら、今日出会った少女の事を頭に思い浮かべていた

 

 

  ”崇宮(たかみや) 真那(まな)

 

 

 彼女は今日の学校の帰り道、何の前触れもなく士道の前に現れたのだ。……自身を”士道の実の妹”と名乗りあげてだ

 確かに士道と似た特徴がいくつもあったし、真那が大切そうに首にかけていた銀色のロケットには士道に瓜二つの幼い少年と真那を映した写真が収められていた。これで真那が()()()()()()()()()()、より確証が増しただろうに……

 

 ——そう、彼女は士道と同様に昔の記憶を失っていたのだ

 

 ここ2、3年の記憶しか持たず、それ以降の記憶を一切覚えていないという真那だったが……本人は士道と出会えた事が何よりも嬉しかったのだろう、記憶に関してあまり気にはしていないようだった

 その一方で、覚えていなかったとは言え実の妹と出会ったことに士道は少なくない動揺を見せていた。……それ以上に動揺していた義理の妹もいたが

 士道も五河家に引き取られる以前の事をよく覚えていなかった。だから自身に妹がいたという事に、時間が経った今でも頭が混乱していたのだった

 

 「実妹ねぇ……」

 

 『――あれさぁ、寝床で女の子の事を考えるのって……何かエロくない?』

 

 「ちょっ!? いきなり何を——ッ!」

 

 『しー。あんまり騒いじゃうと琴里ちゃんに怒鳴られちゃうよ~?』

 

 「ぐっ……全く、いきなり何を言い出すんだよ詠紫音」

 

 『ちょっとしたジョークさ♪』

 

 彼しかいない筈の部屋で急に声が響いてくる。……いや、厳密には響いていない。何せその声は士道にしか聞こえないのだから

 少女特有の少し甲高い声。その声の発生源は、士道の中にいる少女——詠紫音のものだった

 

 彼女は四糸乃の天使が堕天使化した拍子に生まれた人格だ。故に、基本的には封印された堕天使と共に詠紫音も士道の中に封印される事になる

 しかしそこはまだ未知の部分が多い堕天使だ。詠紫音は堕天使の力を士道の中に残す事により、肉体を持った状態で外へ出てくる事を可能にした

 〈フラクシナス〉の検査によれば100%人間と何ら変わらない生体構造であり、霊力反応も一切出さなかった

 だから今の詠紫音は人となんら変わらない……普通の少女になれたのだ。……少し例外はあるけども

 

 現在詠紫音は士道の中で休息をとっていた

 どうやら彼女の話によると、士道の中はなかなかに快適らしい。それによって詠紫音は一日おきに士道の中で眠りにつくようになったのだった

 最初は困惑していた士道も今やそれがいつもの事として受け入れている。慣れっておそろしい

 

 因みにだが、詠紫音が一日おきにしているのにも理由がある。簡単な話、四糸乃と一緒に寝るためだ

 詠紫音は士道の中で眠りにつくのも好きなのだが、彼女に取って最優先に守るべき存在である四糸乃と寄り添って寝る事も同じぐらいに好きなのだ。それこそ当初は毎日四糸乃と一緒に寝ようとしていたぐらいに

 

 

 しかしそれは……四糸乃が断ったことで実現されなかった

 

 

 これには聞いていた者全員が驚かされた

 怖がりで人見知り、詠紫音の人格のコピーであるパペットの”よしのん”が自身の手から離れると怯えて天使を呼び出してしまう程に内気だった少女が、彼女の支えである詠紫音の提案を拒んだのだ。驚かない方が難しい

 何故四糸乃は詠紫音の提案を拒んだのか? その理由は……彼女自身の成長の為だった

 

 「私、は……よしのんが、ついていてくれたか、ら……今まで、頑張れ、ました。け、けど……これから、は……一人でも、頑張れるよう、に……なりたい、んです」

 

 それは彼女が踏み出した勇気の延長線。詠紫音がいなくても一人で進んでいけるよう——自立しようと試みる彼女の決意だった

 その四糸乃の決断を詠紫音は無下にする事なんて出来ないし、寧ろ四糸乃が勇気を振り絞って頑張ろうとする姿に感激してしまうぐらいだった

 ……しかし、そんな四糸乃を見た詠紫音が少し寂しい気持ちになってしまったのはしょうがない事だろう

 

 そうして四糸乃がその第一歩として実行したことが——”少しずつ詠紫音といる時間を減らしていくこと”だった

 別に減らしたいからといって、詠紫音を避けようとする訳ではない。必要以上に詠紫音の事を頼るのはやめようというだけだ

 今のところは四糸乃の元にはまだ”よしのん”がいるのだが、その”よしのん”も左手につけているのではなく、用意されたバックに入れて持ち歩いているという現状が続いている。……たまに左手につけていたりもするが、最近は減った方だろう

 これらの努力によって、四糸乃は必要以上にべったりと詠紫音について歩くことが無くなってきている。その影響が内面にも影響しているのか、最近は口調も途切れ途切れになることが減ってきており、話す相手が士道達なら以前よりもはきはきと話せるようになってきたのだ。同じ精霊である十香と話す光景をよく見る様にもなった

 徐々にたくましくなっていく四糸乃。その事に詠紫音は嬉しさを感じつつ、内面ではどうしても寂しさを感じてしまうのだった

 

 

 だからなのだろうか? 気づけば詠紫音は自身が心を許した少年——士道と一緒にいる事が多くなってきていた

 

 

 今では四糸乃とよりも士道といる時間の方が多くなってしまっている

 彼といると楽しいし、どこか温かさを感じる。優しさを感じるし、安らぎを感じる

 その結果、士道といる事で四糸乃へ対する寂しさが和らいでいる事もあり、自然と士道の傍にいる事が多くなってしまったのだ

 別にそれが悪いことではない。ただその事で詠紫音は四糸乃を裏切っているような罪悪感を抱いてしまうときがある

 その罪悪感でさえ彼といると忘れてしまいそうになってしまう……それほどまでに士道に対して想いを寄せてしまっている詠紫音は「ボクって現金な女なのかな……」なんて考えに至り、密かに落ち込んでしまうのだった

 

 

 

 ――そんな詠紫音は気づいていない。四糸乃が断った理由には……もう一つの理由があるという事を

 

 

 

 四糸乃は——詠紫音が士道の事を好いているのに、なんとなくではあるが気付いている

 四糸乃にはまだ恋愛感情と言うモノがよくわからないのだが、それでも詠紫音の様子を見ていると……なんとなくそうなのかな? って感じることがあるのだ

 それを見た四糸乃は、いつも自分の事を支えてくれる詠紫音に”自分の事も考えてほしい”と密かに願うようになったのだ

 

 

 ——”詠紫音は……ヒーローだけど、ヒロインでもあるから”——と

 

 

 そんな四糸乃からの密かな願いによって、詠紫音は士道との関係を深めていたりするのを彼女は知らなかった

 

 

 

 

 

 そして今日は士道の中で眠りにつく日であった

 士道の中で意識を保っているおかげか、今では士道の中にいる時のみ自身の声を彼だけに聞かせることが出来るみたいだ。この時に士道が声を発してしまうと、どう見ても独り言を呟いているようにしか見えないのは余談だろう

 

 『今は下手に考えてもしょうがないと思うんだよね。だから、今は実の妹ちゃんに出会えたってことを素直に喜ぶべきなんじゃないかなー?』

 

 「……それもそうだな。今は真那と再会できたことを喜べばそれで……」

 

 『そうそう。そ・れ・にぃ? あの子も結構可愛かったから、”兄様”としては嬉しいんじゃないのかな~?』

 

 相も変わらずからかう事が好きなのか、詠紫音は士道を煽るような含みのある言い方で言葉を送る。これも詠紫音にとっては親しい人へのスキンシップであるし、士道も気分を害する様な煽りでもないのでいつもの詠紫音の冗談として返答を返すのだった

 

 

 ただ……その冗談の返しを士道はたまに間違える

 

 

 「からかうなよ。……まぁ確かに可愛いとは思うけどさ」

 

 『お? 案外素直に認めるんだね?」

 

 「まぁ……そうだな。真那も()()()も美少女だし、可愛くない訳ないだろ……」

 

 『……え? なんでそこでボクが出てくるの?』

 

 「いや詠紫音が言ったんじゃないか。あの子”も”って……だからてっきり俺は詠紫音も含まれてたのかなって思ったんだけど……」

 

 『……あははー。ホントシドー君ってそういう細かいところに気づくよね。しかもそれが当たり前のようにさ……(私じゃなくて四糸乃達の事を言ってたんだけどなぁ)』

 

 「どうした詠紫音? なんかおかしなところでもあったのか?」

 

 『ううん、何もないよ。ただ少し驚いただけ』

 

 「……まぁあれだ。別にお世辞とじゃないから、さ……」

 

 『……うん、ありがと』

 

 士道はたまにこう言った予想外の発言をする。そうして無自覚に心を揺さぶってくる為、言葉とは裏腹に内心は穏やかではない詠紫音だった

 こう言った士道の発言が周囲に気まずい雰囲気を作ってしまうのだが、最早これも日常風景であったりする

 

 

 

 

 

  ——ピローン♪——

 

 

 そんな二人の耳に一つの電子音が流れた

 

 

 『——あれ? シドー君、携帯なってるよー?』

 

 「え? あ、あぁ……こんな時間に誰だろ?」

 

 机の上に置いておいた士道の携帯からメールの着信音が鳴り響く

 士道はベッドから起き上がり、携帯を取って中身を確認する事にした。同時に士道の中にいる詠紫音も覗き込む

 携帯に届いたメールの内容、それは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 From:sentou-no-bandai-500@—————

 

 件名:俺の名前を言ってみろぉ!

 

 本文:……件名は気にするな。とりあえず窓の外見れ。はよ見れ

 

 

 

 「いやそもそも誰だよ!? せめて名前入れろって!!」

 

 『さっきからうるさいわよ士道!! ……独り言を趣味にするとか気持ち悪いわね』

 

 「うるさくしたのは悪かったが後半に関しては全くの勘違いだ! 呟いてるつもりでもはっきりと聞こえてっからな!?」

 

 理不尽な仕打ちを部屋の外にいるであろう義妹から受ける士道。これもまた彼の日常であった。……まぁ、彼自身の自業自得なのだが

 

 『それよりもシドー君、ちょっと気になるし窓の外を見てみないかな?』

 

 「——あ、そうだった。全く……一体何なんだよ」

 

 うっかり忘れかけそうになったメールの内容を詠紫音のおかげで思い出す士道

 差出人が誰かはわからないが、とりあえず窓の外を見てみれば誰が送ったのかは分かるだろう。士道は差出人が誰なのかを予想しつつ、閉めていたカーテンを開けるのだった

 そして、窓から外の様子を伺った士道は――

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 自宅の前で佇んでいる――千歳の姿を視界に収めるのだった

 

 




千歳さん、未来知識、いらない

そういう訳で、千歳さん自らが未来の情報を知ろうとくるみんに聞く事は多分ないでしょう。あってもくるみんから知らされる形になるかと
何故かって? その方が千歳さんがやりたい放題できるからです

そして後半はシドー君と詠紫音のターン
原作の出来事は今のところ順調(?)に起きています。なので、原作には無かった場面として詠紫音との会話を出しました
……なんかいい雰囲気に
何故か最近、次話を書こうとする度に詠紫音を出したくなってしまうという事態に……
妄想が過ぎて士道×詠紫音の✖✖✖な話とかを考えてしまっている私はもう末期なのでしょうか……? 最早千歳さん以上にヒロイン化しそうで怖いです……
まぁ、女子力としては詠紫音の方が高そうですがね

次回、オハナシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「無頓着すぎるって? 知ってる」

メガネ愛好者です

お久しぶりです
少しアクシデントがあったせいで投稿が遅れてしまいました。すいません
もしかしたら投稿ペースが落ちるかもですが、一週間に最低一話は必ず上げようとは思っています
思ってはいるんです

それはそうと、皆さんはアンコール5を読みましたでしょうか?
自分としては令音さんの話がお気に入りです。他の短編も面白かったのですが、それでも私は令音さんの話が一番気に入りましたね
……アンコール読んでて遅れたわけではありません。はい

また、感想にて指摘のあった空白明けを今回取り入れてみました。読みやすくなっているとよろしいのですが……いや、それよりも誤字が怖い。確認はしましたけど、もしかしたらまだありそうな気がして……

それでは


 

 

 「ほれ、とりあえずプリンシェイクでも飲みながら話そうじゃねーの」

 

 「なんでそのチョイス?」

 

 「うまいからだけど……もしかしてプリンシェイク嫌いだったか?」

 

 「だ、大丈夫だ、問題無い」

 

 夜も深まり、空に浮かぶ淡い光を放つ月が千歳達の事を照らしていた

 住宅街の中、そこに設立された公園のベンチに腰を下ろしている士道へ飲み物を渡した千歳はその隣に腰を下ろした

 士道の隣に座った千歳は両手で缶を握りつつ、何処か遠くを見るかのように虚空に顔を向けている

 そんな千歳の様子に気づきつつも、士道は千歳が用件を話し始めるまで黙り続ける事にしたのだった

 

 

 

 士道の携帯に届いたメールは千歳が送ったものだった

 メールに書いてある通りに窓から家の外を覗いた士道は、家の前の道路に佇みながらこちらに顔を向けている千歳を見た事でメールの主を理解する

 急な千歳の来訪に困惑した士道だったが、士道がこちらに気づいたことを確認した千歳は再び士道にメールを送る

 

 『少し話がしたい。出来れば誰にも気づかれないように来てくれないか? お前に聞きたい事があるんだ』

 

 その内容を見た士道はどうすればいいかと悩んでしまう

 彼女は精霊だ。つまりこう言った場合は〈フラクシナス〉の司令官である琴里や解析官の令音などに話を通しておくべきなのだ

 しかし千歳は「誰にも気づかれないで」と言っている。これでもし琴里や令音に話したことがバレてしまったとしたら……千歳は機嫌を損ねてしまうかもしれない

 そう言った理由で士道はどうするべきかと悩んだ末に——コンビニに言ってくるとだけ伝えて外出したのだった。……琴里達に千歳の事を一切話さずにだ

 

 もしここで千歳以外の——それこそ士道のクラスに突如として転校してきた精霊の狂三であれば警戒もしたことだろうし、琴里達にも話を通した筈だ

 だが士道は……多くは無いが、千歳と言う少女の事を知っている。だから士道は誰にも言わずに千歳の元へと向かったのだった

 

 以前に十香と初めてデートする事になった際に十香と共に遊び歩いた少女が千歳だった

 口調は荒っぽくあまり目立つような服装ではなかったものの、着飾れば間違い無く美少女と呼べる程に容姿が整っていることだろう。平均よりも背が高いので年上の女性だと思われるが、その見た目とは裏腹に言動は何処か子供っぽい……そんな女の子

 

 そして——十香の初めての友達でもあった

 

 人間に対して疑り深かったあの時の十香が少しの時間で信頼できるほどに心を許している。今ではまた千歳に会いたいと毎日のように言っている程、十香は千歳の事を好いていた

 そんな彼女だからこそ、士道は琴里達に何も言わずに千歳へと接触したのだ。千歳が警戒しなければいけない様な危険な存在ではないと信じた故に……

 

 『シドー君……ホントに良かったの? 琴里ちゃん達にも言わずに出てきちゃってさ』

 

 (多分この方がいいと思う。千歳は無暗に危害を加えるような子じゃないと思うからな。それに……今の俺には詠紫音がついてるんだし、一人ではないさ)

 

 『おおっ、そうだったねー! 確かにボクがいるんだから問題はナッシングだったよ~』

 

 (あぁ、頼りにしてるぞ? 詠紫音)

 

 それに士道は別に一人で来たわけではない

 確かに士道は誰にも気づかれないようにはした。——しかし()()()()()()()()()者に関してはどうしようもなかったんだ

 士道の中にいた事で千歳の呼び出しを知ってしまった詠紫音。彼女もまた、士道と共にこの場に来ていた

 こればかりは仕方が無い。何せメールの内容を一緒に読んでしまったのだから隠しようがないのだ

 それならばと詠紫音は士道についてきた。もしばれたとしても言い訳が効くし、何より——

 

 

 『堕天使としての力は使えなくても、ボクの〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉があれば逃げることぐらいは出来るだろうしねー』

 

 

 ——そう。詠紫音は現在堕天使を使えないのだが、その堕天使に宿っていた〈瞳〉は封印の対象外だったのか詠紫音と共に抜け出してきてしまったようなのだ

 これでいざというときの防衛策が出来た事になる。よって、もしも何かあった場合に対処出来るようにと詠紫音は士道についてきたのだった

 

 因みにこの〈瞳〉が何なのかと〈フラクシナス〉は検査をするも、今現在分かっている事が”天使、堕天使とは別に力を使用する事が出来る”のと”霊力の有無に左右されずに使える”という事だけだった。これによって〈瞳〉が天使とはまた別の力なのではないかと琴里達は考えており、これからも継続して解析していくことになったのだった……

 

 

 

 ……まぁ〈瞳〉の実態を知っている者は既にいたりするんだけどね

 

 

 

 『お母様、本当に大丈夫ですの?』

 

 (問題無ねーって。ようは俺が主人公クンに惚れなきゃいいだけの事だろ? それなら心配しなくても惚れやしないさ。(これでも元男だしな))

 

 『(フラグにしか思えませんわ……)』

 

 士道と詠紫音が頭の中で言葉を交えている一方で、千歳もまた姿の見えない隣人と頭の中で話し合っていた

 

 千歳の頭に直接語りかけるように響く声は、千歳の影に潜む堕天使——くるみんの物だった

 宿主である精霊に天使としての力を残しつつも、くるみんは天使だった時の一部の能力が使えるようなのだ。それこそが——影に潜む力である

 その能力によって千歳の傍に居続ける事を可能とし、同時に千歳だけに語りかける事も出来るみたいだ。千歳のサポートをするには効果的と言える能力であろう

 因みに千歳以外の影に潜んでも同様の能力を発揮出来るのだが、何故かくるみんはそれを拒んでいる

 「お母様の影以外に潜む気などありませんわ!」——と、千歳以外の者の影に潜む事が嫌な様子。これに千歳は苦笑いすることしか出来なかったのは余談だろう

 くるみん自身で制限をかけているようなものなのだが、千歳としてはそれを拒んだり否定する気は無く、言ってしまえばくるみんに任せると言ったところである。……決して面倒だった訳ではない

 

 そんな千歳とくるみんは隣りにいる士道の事について話し合う事になる

 

 『何度も申し上げますが、もしお母様が士道様に攻略されでもすれば恐れた事態になるやもしれませんのよ? 彼は天使を自身の身に封印します。……ですが、それは()使()()()にございますわ』

 

 (〈瞳〉はあくまでも”俺自身の力”であって、”精霊の力”の封印と一緒にされる訳じゃないって言いたいんだろ? ……〈瞳〉が堕天使に宿らない限りは)

 

 『えぇ。天使であったよしのん様が〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉を取り込んだ事で堕天した結果——四糸乃様に宿る筈であった〈瞳〉がよしのん様と共に封印されてしまいましたわ。これが四糸乃様に宿っていれば、〈瞳〉は封印から免れていた事でしょうに……』

 

 精霊の力と〈瞳〉の力は決してイコールではない

 何故なら……精霊の力は霊力を必要とするが、〈瞳〉は霊力を()()()()()()()()()()

 つまり、霊力を封印する事で精霊を無力化する士道の封印では、〈瞳〉を封印することは出来ないのだ

 

 しかし、今回みたいに堕天使に〈瞳〉は宿ってしまった場合は一概にそうとは言えないのだ

 天使はいわば霊力の塊だ。それは堕天使と変質した後も変わらない

 そんな霊力の塊に〈瞳〉が混じってしまった場合、〈瞳〉は巻き込まれる形で士道の中に封印されてしまうことになるのだ。……まぁ先程詠紫音が言った通りに後から抜け出す事は可能ではあるのだが、その事を知らない千歳達にはどうすることも出来なかった

 

 それに、今千歳達が問題視している点は——そこではないのだ

 

 (……もしも主人公クンに封印されそうになった場合、俺の天使と同化している訳でもない〈瞳〉が封印時に天使と共に封印される可能性が限りなく低い訳で……そうなれば——)

 

 『……〈瞳〉の監視から逃れた〈心蝕霊廟(イロウエル)〉が顕現してしまわれますわ。——士道様を介して』

 

 (宿主である俺でさえ制御出来ないかもしれないっていうのに、主人公クンがそれを制御出来るとは思えねーんだよなぁ……下手すりゃ暴走まっしぐらってか?)

 

 『えぇ。ですから士道様とはあまり関わってほしくないというのがワタクシの意見ですわ。確証が無いとはいえ、態々お母様や士道様を危険に晒す事も無いでしょう』

 

 千歳の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉が士道に封印されてしまった場合、千歳に宿る〈瞳〉は封印されないかもしれないので〈心蝕霊廟(イロウエル)〉が野放しになってしまう。もしもそうなったら何が起こるか見当もつかないのだ

 それを危惧したくるみんが、士道と関わるなと言いだすのは至って必然の事だろう。くるみんにとって、何よりも優先すべき存在が千歳なのだから

 だが——

 

 (そう言われてもなぁ……別に俺は主人公クンの事を嫌ってる訳じゃあないんだし、意図して避け続けるのは少し気が引けるんだよね。令音さんにもしばらくしたら会いに行くって言っちゃったし……)

 

 『お母様がそう仰るのは重々承知の上ですわ。——ですが、こうして士道様を呼んでまで話し合う必要は無かったのでは?』

 

 (……どうしても直接聞きたかった事があるんだよ。大丈夫、絆されやしないさ……)

 

 『……分かりました。可能な限りの支援は致しますが、それでも十分に注意を払ってくださいまし』

 

 (おう、助かるよ)

 

 千歳はやりたい事を素直に実行する性分な為、士道を避け続ける事など出来る訳がないのだ。……千歳にとって、今生初で唯一の男友達でもあるし

 ならばどうするのか? その答えを……千歳はすぐに考えついたのだった

 それは言う分には簡単な事。だが実行するには難しく、最早無策に近い不確実性な手段であった

 

 

 その策と言うのが——自分の意思で彼に絆されないことだ

 

 

 「自分は元々男なんだ、同性にデレるなんてありえない」——という思い込みと根性論による拙い策だった

 

 一定の関係を保ち続けていればいいだけなんだし、所謂『親友以上、恋人未満』であれば問題は無いだろう。”デレる”とは『恋人になっても構わない』という感情を持った末に起こるものだと千歳は考えており、ならば士道に対して恋心を抱かなければいいだけの事ではないか

 好感を抱いても男性の親友で留まり続ければいいじゃないか——と、そう千歳は考えたのだ

 最早策が無いのと等しい考え。もしも千歳の心が変わりでもすれば、途端に崩れ出してしまう程の不安定な道だった。泥船に乗ったようなものである

 

 そんな千歳次第でどうとでも転んでしまうような確証の無い方針を、くるみんとしては素直に頷くことが出来なかった

 当たり前だ。彼女は千歳を守る為に未来から来たのだから、そんな危ない橋を態々進ませるようなことをさせたくはないだろう

 

 

 ——しかし、くるみんは渋々ながらもその案を受け入れることにした

 

 

 基本くるみんは千歳の決めた事を尊重する事を意識している

 何せいくら反論しようとも千歳は考えを改めないし、何より……千歳には定められた運命に縛られてほしくないからだ

 彼女に取って千歳は親も同然の存在だ。何せ千歳がいなければ、くるみん(天使)が自我を持つことは無かったのだから

 そんな自身がこの世に生まれ出でるきっかけを作ってくれた彼女の自由を下らないしがらみによって奪われてしまうなんて我慢ならない。だからこそくるみんは千歳のやりたいようにさせるし、支援もするのだ

 

 

 確証が無い? 不確実? ——そんな事はどうでもいい

 母の自由を奪うというのであれば——それらの要因全てを詰み取ろう

 

 

 その結果に未来がどうなろうとも千歳が無事なら問題無い。ようは最良の道を進めればいいのだから、それ以外は粗末なことだ

 過程がどうであれ結果上手くいけば万々歳。千歳が満足するものとなれば尚良し

 千歳は未来の情報を拒んだが、ようは使っている事を知られなければいい。深くを考えようとしない千歳の事だから助言として語りかければ然程気にも留めないだろう。……まぁくるみんがいる時点で未来は既に変わっているのだが

 

 とにかく、千歳には千歳らしい道を歩んでほしいというのがくるみんの願いだ

 だからこそくるみんは基本的に千歳の意見を否定する気はないし、行動を制限させるような事もしたくはない

 千歳には……周囲のしがらみに縛られず、自由に生きてほしいのだ

 

 それでも危機感ぐらいは持ってもらうべく、くるみんは千歳の意見を二つ返事で了承しないことにしている

 子供が玩具を欲した時、結果的に与えてしまうようなものだろう。これではどちらが親なのかわからなくなりそうだ

 

 結論から言えば、くるみんはただ千歳の安全だけを優先しようとしている訳ではない

 千歳が納得した上で満足の行く未来へと導くこと……それがくるみんの役割であり、自身の与えられた”使命”なのだから

 

 

 

 「……主人公クン」

 

 「な、なんだ?」

 

 お互いに見えない相方と話し合った二組は、両者共に頭の中での会話を済ませていよいよ本題に移ろうとする

 この日を切っ掛けに千歳は士道達と関わりを持つこととなるのだが、果たしてそれが良い結果となるのかどうかは……今のところ、まだ誰にもわからないのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「茹でたブロッコリーにはケチャップとマヨネーズを混ぜたモノが美味しいと思うんだよ」

 

 「まさかその為だけに呼んだわけじゃないよな!? ……俺はマヨネーズ一択だ」

 

 ……それでも当の本人達の能天気さには、ただただ呆れるばかりだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で主人公クンとの対談だ

 さっき言った事で分かるとは思うけど、別に俺は攻略されに来たわけじゃねーからな? ただ単に話し合いたくなっただけだから変な期待すんじゃねーぞ?

 勿論主人公クンの立場はくるみんから教えてもらったよ。でもそれを抜きにして主人公クンには聞きたい事があったんだからしょうがないね

 

 さてと、それじゃ早速聞いて行くとすっか。夜も遅いし、主人公クンもあまり時間は取れないだろうから簡潔に聞いてさっさと解散する事にすっか。下手に長引いてそれっぽいこと言われるのも何かこう……嫌だし

 俺は心も女になった訳じゃねーんだから、口説き文句とかシャレにならん

 とにかく早いところ要件を済ませて帰る事にしよう。そんじゃ早速——

 

 「あのさ主人公クン……」

 

 「——っ、は、ははいッ!!」

 

 「……え? え、何急に? なんでそんなどもってるん?」

 

 「あ、いや……き、気にしないでくれ……」

 

 質問しようと主人公クンの方に顔を向けた俺は……そこで主人公クンの様子がおかしい事に気づく

 主人公クンは何やら先程までと様子……というか態度が変わっていた

 俺がジュースを買ってきたときはまだ自然体に座っていたのに対し、今の主人公クンは背筋を伸ばしてまるで面接でもしているかのように行儀よく座っている

 これって……もしかして主人公クン、緊張してるのか? 一体何に……

 

 『……おそらく、お母様の服装が問題なのではないかと』

 

 (ん? 服だって? 別に普通じゃねーの?)

 

 『部屋着としては構いませんが、外出するには薄着過ぎるかと』

 

 (だって着替え直すのめんどかったんだもん。別に気にするような恰好でもないと思うんだけど……)

 

 主人公クンの様子に疑問を浮かべていると、その原因かと思われる理由をくるみんが指摘してくるのだった

 ただそう言われてもなぁ……確かに薄着かもしれねーけどそこまでおかしな格好って訳じゃないと思ってたんだけど

 一応言っておくと、今の俺の服装は上が黒のノースリーブシャツで下が青のホットパンツだ。後は下駄を履いてるぐらいか?

 何故下駄なのかと問われれば……一番の理由は単に履きやすいからだな

 後は下駄の鳴る音が好きだからかな。あの『カランカラン』って音が聞き心地いいんだわ。和風サイコーです

 ……え? なんでそんな格好してるんだだって? それはさっきくるみんも言ってたけど、これが俺の部屋着だからだよ

 

 

 

 ——お風呂後のな

 

 

 

 実を言うと、主人公クンに会いに行く前までお風呂に入ってたんだわ

 お風呂からあがった後、何となしに時間を確認してみたんだけど……まだ寝るには少し早い時間帯だったんだわ、うん

 それで寝るまでの間に何かしておこうかなーって考えていた時に……ふと気になることが頭をよぎったんだよね。その気になることを聞く為に俺は主人公クンの元にやってきたという訳だ

 

 この時間帯なら主人公クン以外の子達(特に組織陣の関係者)に会う確率も低いだろう。そのうち顔見せに行こうとも思っていたので、俺は”突撃真夜中の自宅訪問!”を決行したのでした。……まぁ家の中に入る訳じゃないけどさ?

 因みに主人公クンの都合が悪かった場合はそのまま帰るつもりだったよ? そこまで急な要件でも無いし、こっちの要求を無理強いする気は元から無かったからな

 

 そんな訳で、主人公クンの方も問題が無かったみたいだからこうして静かに話せる場所で話し合うことにした訳なんですが……相手方がまともに会話出来そうにないっていうね

 そもそもな話、何が原因かが未だによくわかっていないんだよね。服装って言われたけどそれだったら公園に来る間にこうなってる筈でしょ? だから服装はあまり関係無いような気が——

 

 『一番の原因を申し上げますと、”入浴後”と言うのが問題だと思いますわ。こうして隣同士に座り合えば意識せずともお母様が纏うシャンプーなどの香りがするでしょうし、お母様が面倒だと言ってきちんと乾かさなかった髪が月の光に照らされる事で艶やかさを増しております。入浴後故に肌もほのかに赤みを帯びていますし、ハッキリと言ってしまえば……今のお母様、全体的にエロいですわよ』

 

 (エ、エロいっておい……流石にそれは言い過ぎじゃねーのか? ただズボラに見えるだけだろ)

 

 『いえいえ。中身はともかく容姿が整っているお母様が無防備な姿を晒しているともなれば……最早誘っているのではないかと思われてしまいますわよ? 士道様も年頃の男性ですし、勘違いしても何らおかしな話ではありませんわ』

 

 (俺はそんなつもりじゃ――)

 

 『無いでしょうね。知っていますわ。……ですが、今のお母様を見てどう思うかなど相手方次第なのです。少なくとも、士道様が動揺しておられることが何よりの証拠でしょう。もう少しご自身の事を理解してくださいまし』

 

 (うぐっ……)

 

 反論できないでござる……いやまぁ確かにそうなのかもしれないよ? 俺だって男のままそんな状態の女性に迫られたらこうなるかもしれねーもん。話すのはまだしも迫られでもしたら全力脱兎間違い無しだわ

 しかも夜遅くにだぜ? ……主人公クンには悪いことしたな

 

 「あー……すまんな主人公クン。配慮が足りてなかったわ」

 

 「い、いや……こっちこそ、その……すまん」

 

 くるみんの言葉を聞いて納得した俺は一旦主人公クンから距離を置くことにした。離れてしまえばシャンプーの香りなんかも薄れるだろうしな

 とりあえずベンチの近くにあったブランコに再度座り直しつつ、せっかくなので軽く漕いでみる事に

 ……ブランコの位置が低すぎて漕ぎにくいッス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま少し様子を見ていると、主人公クンが落ち着いてきたのが目に見えて分かるようになった。マジで俺のせいだったのねこれ

 とにかくこれで話し合う雰囲気にもなったんだし、早速主人公クンに要件を伝えていこうかな

 

 「……時間もあれだし、早速本題に入っていいか?」

 

 「あぁ、頼む」

 

 お、真面目な顔も出来んのか。……って当たり前か

 さっきまで狼狽えていた表情は何処に行ったんだと言わんばかりに真剣な顔つきになった主人公クン。確かに今の表情ならモテてもおかしくはないね

 中性的でもキリッとした顔つきになればそれだけでも人の雰囲気って変わるもんだしさ。やっぱ主人公だわーって感じ

 

 「……十香と四糸乃、よしのんは元気にやってるか?」

 

 「……え? な、なんで……」

 

 「この前お前さんと十香達が一緒にいるところを偶然見かけてな……それで気になったんだよ」

 

 はい、そんな訳で聞きたかった内容は十香達の事でした

 いや会いに行けばいいじゃんって思った人もいるとは思うけど、正直なところ……会いたいけど会いづらいんだよね

 十香とは勝手に居なくなってからは会ってないし、四糸乃は個人的に後ろめたい気持ちがあるのです。勿論会いたいよ? でもどんな顔をして会いに行けばいいのやら

 それに、多分〈ラタトスク〉の関係者が周りにいそうだからね。〈ラタトスク〉とはまだ接触しない方がいいよな?

 ならせめて、元気にやってるかどうかぐらいは直接聞いておきたかったのですよ

 

 「そんで? 三人は上手くやれてるのか?」

 

 「……あぁ、三人とも元気にしてるよ。いつも笑ってる」

 

 「そっかそっか、それならよかったよ……ホントよかった」

 

 「千歳……」

 

 

 

 

 

 そこからは普段三人がどのように過ごしているかなどを少し教えてもらった

 十香は主人公クンと共に学校に行っているみたい。四糸乃もパペットの「よしのん」と人間の「よしのん」と遊んだりしているみたいだ

 普通の人間と何ら変わらない生活を享受している。例え精霊だったとしても、やはりそれは変わらないのだろう……人と同じ心さえ持っていれば、何ら問題は無いのだ

 

 「——そろそろ帰るか。もう時間も時間だしな」

 

 「そういえば……」

 

 ある程度話し合い、十分に十香達の事を聞けた辺りで切り上げることにした

 主人公クンは、俺が精霊だって事はわかってるだろうけど、俺から直接話したことは無いから、まだ俺が精霊だってことを隠していると思っていてもらいたいんだよね。いつボロが出るかわからないんだから聞きたい情報だけ聞いて下手な事を言わない様にせんとだしね

 そんな訳で俺が帰ろうとブランコから立ち上がると——主人公クンが不意に話しかけてきた

 

 「……千歳、ちょっといいか?」

 

 「ん? なんだい主人公クン?」

 

 「とりあえず……その主人公クンてあだ名なんだけど、正直それで呼ばれるのは抵抗があるから普通に呼んでくれないか?」

 

 あれ? 不評だったのか?

 まぁいいや。わざわざ相手が嫌がるあだ名で呼ぶ気は無いし、素直に肯定しておこう

 

 「そりゃ悪かったな。じゃあ——五河って呼ぶわ。呼びやすいし」

 

 「別に名前でもいいけど……まぁいいか。それでなんだが……あー……なぁ千歳」

 

 「ほいほい、どったよ五河」

 

 何やら言うべきか言わぬべきかを迷っているような仕草をする主人公クン改め五河は、片手で頭を掻きつつ問い掛けるのだった

 

 「十香達に会う気は無いのか?」

 

 「あー……」

 

 やっぱ聞かれるか……まぁこれはしょうがないな。話を聞くだけ聞いて会いに行こうとしないんだから、なんで会おうとしないのか疑問に持つだろう

 とりあえず素直に答えとくか。まぁ〈ラタトスク〉関係は省くけどね?

 

 「なんつーかさ……あいつらの前にどんな顔をして会いに行けばいいのかわかんねーんだよ。俺はそんなに交友関係が広い訳じゃないから、こういう時にどういった対応をすればいいかわかんねーからさ」

 

 「普通に会いにくればいいんじゃないのか?」

 

 「いやだって……なんか気不味いじゃん、急に会いに行くってのもさ……」

 

 「そ、そうか(千歳って意外と照れ屋……なのか?)」

 

 とりあえず俺が思った事をそのまま伝えてみた。うん、ヘタレとか言うなし

 しゃーないやん、だって千歳さんだもの。……え? 理由になってない? 知ってる

 

 「……まぁ、その内会いにいく気ではいる。俺だって十香達に会いたいし、あわよくば遊びたいからな」

 

 「……ならさ、一つ提案があるんだけどいいか?」

 

 「んー?」

 

 俺の回答に五河は何かを決心したかのような表情になって問いかけてくる

 なんだろ? 今までの会話で何か疑問点でもあったかね?

 五河の様子に少し疑問を持ちつつ、開かれた口から放たれようとしている言葉に耳を貸すのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今度さ、試しに俺と遊びに行かないか?」

 

 ……え?

 

 




まさかのデートのお誘い(え? 予想通り? マジですか)

そんな訳でシド-君、千歳の反応を見て攻めてみました
因みに、千歳が隣にいた時は結構理性と戦っていたそうです。恐るべし風呂上がり

よーし、ようやくこの時がきましたぞい!
千歳さんの初デートじゃあああ!!(微笑ましい光景になるかと問われれば……うーん)

次回
『トリプル? 否、クアドラプルだ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「千歳は深く考えない? 知ってる」

メガネ愛好者です

最初に一言、前回誤字を確認したと言っていた私ですが……ある方に誤字報告を頂きまして、そこで……大量の誤字が見つかりました
誤字報告してくれた方に感謝、そして誤字パラダイスを発生された私に罰を
今後このような事が無いよう精進していきます。申し訳ありませんでした

さて、今回は地味に書くのに苦労しました
理由としては表現力の乏しさとボキャブラリーが足りないことです
その為に上手く書けたかが不安です……もっと言葉数増やさなきゃ!


……あ。あまり関係ないことですが、最近友人にとある漫画を進められて読んでいます
「絶対お前気にいるから!」と熱弁され、試しに一巻買って読んでみました

「東方鈴奈庵」って漫画を

結果、即気に入って五巻まで購入したのは言うまでもないです。マミゾウさん可愛いです。ポンポコポンポコ!
余談として、友人にそのことを言ったら「やっぱりマミゾウか」って言われました
何故わかったし?
 ↑
(眼鏡好き+狸好き+古風口調好き+和風好き)

とりあえず今回は待ち合わせ編って感じです。本格的なデートは次回に

それでは


 

 

 『——士道、そろそろ時間よ。人気の無いところまで移動しなさい』

 

 「っ……わかった」

 

 千歳に呼ばれた日から二日後、今日は来禅高校の開校記念日なので学校は休みだった

 これを機に学生は体を休める者、遊びに出掛ける者、労働に勤しむ者と休日を有意義に過ごすのだろう。場合によれば、時間を無駄にして終ることもあるかもしれない

 そんな休日に俺は十香からデートの誘いを受け、こうして彼女と水族館に赴きデートをしているのだった

 

 ……本来だったら()()()()()()()だったんだけどな

 

 

 

 

 

 あの夜、俺は千歳をデートに誘った

 最初は俺の言葉の意味がわからなかったみたいで、少しの間どういうことなのかと考えていた。別に考える程の内容じゃないんだけど……まぁ突然だったしな、混乱してもしょうがないか

 ……実を言うと、誘った俺自身もなんで千歳をデートに誘ったのかがよくわかっていなかったりする

 確かに千歳は精霊だから、そのうちデートに誘うことになるんだろうなとは考えていた。しかし、最終的にデートに誘うタイミングは琴里達によって決めているようなものだから、こうして俺自らの意思で誘うのは初めてだったりするんだ

 なんで俺は千歳をデートに誘おうと思ったんだろう? ……その答えを導き出すには少し時間がいるようだ

 

 少しの時間を要した後、ようやく言葉の意味を理解した千歳は——唐突に狼狽え始めたのだった

 自分がデートに誘われるだなんて微塵も考えていなかったような感じの反応から、千歳はこういった事に不慣れかあまり経験がない事を伺えた。何というか……どことなく初々しい反応だったからそう感じたんだと思う

 別に狼狽えていたという訳ではない。ただ……忙しなく視線が動き回っている上に若干委縮していたんだ。まるで何かに怯えているか、緊張しているような感じにさ

 だから俺は千歳が落ち着くまで話しかける事をやめる事にした。どうするかは千歳が決める事なんだし、そこでしつこく話しかけたら迷惑だろう

 

 

 そうして暫く考えた末に、千歳はデートの誘いを承諾してくれたのだった

 

 

 どうするかと結構深く悩んでいた千歳だったが、最終的には「別にいいか」って感じにあっさりと頷いてくれた。正直断られたらどうしようって思ってたから本当によかったよ

 とりあえずその日はそれで解散となり、家に戻った俺はメールで千歳に詳しい内容を送る事にした。こう言うのは早めに決めておいた方がいいと思ったからな

 それにしても……ホント、良く千歳をデートに誘おうと考えたもんだよな、その時の俺

 まぁ結果的に誘えたのだから万々歳だろう

 とにかくだ、当日は千歳に満足してもらえるよう俺の持てる限りの全力を出していこうと思う。こちらが誘ったのだからきちんとした計画を立てておかなければ千歳に失礼だろうし、何より……失敗したくないからな

 そして俺は来るべく日の為に、密かにデートプランを俺なりに考えるのだった

 

 

 ——次の日に起きたとある問題までな

 

 

 まさか明後日は学校が休みだからという安易な考えで決めてしまった事で自身の首を絞めることになるなんて思わなかったよ。予想も出来なかったし、タイミングの悪さに何かしら狙って事を起こされたのではないかと疑ってしまいたくなるよ……

 

 

 「確か……明日は士道の学校、開校記念日で休みだったわよね? なら今日中に狂三をデートに誘ってきなさい」

 

 

 「その……あ、明日、私とデェトに行かない……か?」

 

 

 『明日、天宮駅前広場の噴水前で待っている』

 

 

 千歳をデートに誘った翌日、何の因果か怒涛のデートラッシュが俺に舞い降りてきてしまったのだった。どうしてこうなった……

 

 狂三を始め、十香、折紙の三人とのデートが半場強制的に決められてしまった事で、俺一人で対処出来る範囲を越えてしまった。だからと言って誰かのデートに行かないなんて言う選択肢はない訳で……その時には既に取りやめる事なんて出来ない状況だったんだ

 

 千歳は俺から誘った手前、ドタキャンするなんて失礼だ。何よりも俺はそんな事したくない

 

 狂三は真那に命を狙われている為、早急に狂三をデレさせてAST達から狙われないようにしなければいけない

 

 十香は断ってしまえば精神が不安定になる恐れがある。十香の機嫌の為にも断ることなんて出来ない

 

 折紙は誘いを断る事で俺の態度を怪しむかもしれない。下手をすれば、折紙の事だから尾行などありえる

 

 それらの要因から誰かのデートを取りやめる事など論外である

 その為、俺は”四重(クアドラプル)デート”を本日決行する事となったのだった。……これ物理的に可能なのか?

 

 余談だが、この事を詠紫音が知った時に物凄くからかわれてしまった。「お盛んだねぇ~」と愉快そうに笑ってたよちくせう

 ただ……その時の詠紫音は何処かいつもと様子が違う気がした。なんかこう……拗ねてるような、そんな感じにからかってきたような……気のせいだろうか?

 因みにその詠紫音はデートの邪魔をしないようにと今は俺から離れている。精霊マンションで四糸乃と家で留守番をしているみたいだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で俺は同時刻に四人の少女とデートする事になってしまったのだが……まぁあれだ、これで必然的に千歳とデートする約束をしていた事が琴里にばれてしまう

 その事で一悶着あったが……まぁもう過ぎたことだ、うん。……正直思い出したくない

 

 実を言うと、琴里は千歳の事を嫌っている……訳では無いが、あまりいい感情は持っていないようだ

 千歳が起こす厄介事のせいで、琴里は千歳の名を聞く度に苦虫でも噛み潰したかの様な表情に顔を歪めるんだ

 まぁ無理もないと思う。何せ千歳の行動が結果的に琴里や〈フラクシナス〉のクルーに少なからず影響を与えているんだからな。悪い意味で

 

 千歳は他の精霊とは少し違う特殊な精霊だと琴里達は判断していた

 その理由はいくつか存在している。その中で上げられるのが……これらの要因だ

 

 

 

 一つ目、”初動の速さ”

 千歳が現界した時に発生する空間震だが、それは他の精霊と比べて比較的小規模な空間震だった。空間震の衝撃に周囲の建造物が破壊されてはいるものの、他と比べれば大分被害が少ないらしい

 

 その代わりとでもいうのか、千歳の空間震は()()()()()()

 

 千歳の空間震は空間震警報が鳴るとほぼ同時に発生した

 幸いな事に、今現在においては周囲の建造物を破壊した程度に留まっている。住民に被害が及んでいなかったことが救いだろう

 しかし、それはただ単に運が良かっただけだ

 もしも人通りの多い場所で起きてしまったら取り返しのつかないことになってしまう。正直想像したくはない

 今のところは千歳の現界を初めて観測した時以外では千歳の空間震は確認されていないが、もしもの事を考えると……このまま見過ごしておく訳にはいかないだろう

 

 

 二つ目、”霊力の隠蔽力”

 最初の現界時以降、千歳からはある場合を除いて完全に霊力反応を観測する事が出来なくなった

 霊装を顕現していた時——おそらく精霊の力を使った時などには霊力反応を観測出来るのかもしれないが、街中を平然と出歩いている時などの千歳からは霊力反応を一切観測する事が不可能だと判断された

 〈フラクシナス〉の観測機でさえ欺く隠蔽力は脅威に他ならない。知らぬ間に静粛現界し、思うがままに行動されてはどうしても後手に回ってしまうからだ。現に千歳が家に来訪した日、彼女の霊力反応を〈フラクシナス〉は観測する事が出来なかったみたいだしな

 

 

 三つ目、”多種多様の能力”

 千歳は他の精霊と比べて多数の能力を所持している可能性がある

 相手を永続的に昏睡させる【心蝕瞳(イロウシェン)】を始めに”転移”、”転送”、”複製”などの多岐にも及ぶ能力が確認されている。——そのせいで琴里達は千歳の天使の能力を把握できていないんだ

 

 基本的に、天使の力には統一性がある

 十香だったら斬撃を中心とした剣技、四糸乃な強力な冷気を操る氷の力などの特徴を持っている。今までに観測された精霊達にもそれは当てはまるらしい

 ——しかし、千歳にはその共通性が見当たらないのだ

 ”転移”や”転送”は同一のものとして判断出来るかもしれないが、そこに”睡眠”や”複製”などと言った能力が合わさってしまうと共通点を見出す事が困難になってしまうんだ。そのせいで千歳の天使の本質は未だ謎に包まれている状況だ

 今のところ分かっている事と言えば、千歳が左手首につけている腕輪から天使の()()()反応が示されていたぐらいである。その時の令音さんの言葉がどうにも歯切れが悪かったような感じがするけど……一体何だったんだろう?

 

 

 四つ目、”規格外な複製能力”

 先程の能力の一つである”複製”だが、どうやら千歳はその身に宿る膨大な霊力を用いる事で——なんと他の精霊の天使を”複製”する事が可能らしい

 実際にそれを見た訳じゃないけれど、その時の映像を見せられては信じざるを得ないだろう

 これは言い換えると、千歳は自身の思うがままに他の精霊の(天使)を使うことが出来るという事になる。現に千歳はその膨大な霊力を使って十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉——その最終形態と呼べる【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】をも複製して見せた。十香の切り札とも呼べる天使を()()()()()()()()()()()()

 危険すぎる。もしも数体分の天使を一人で扱えるのだとしたら……想像しただけでもぞっとしてしまう

 その上で千歳が持つ他の能力も加わってしまえば……最早手が付けられない事態に陥ってしまう事は明らかだった

 

 

 五つ目、”感情的過ぎる思考回路”

 十香とのデート時、情報収集として千歳の事を琴里達が観察した結果……千歳は自身の感情を()()()()優先する精霊なのではないかと判断された

 自分が良ければそれでいい。嫌なもんは嫌だけど、好ましい事ならなんでも受け入れよう……そういった雰囲気や言動を千歳から読み取れたらしい

 俺が折紙に撃たれた時などが一番その言動が際立っていた。そして、その時に見せた千歳の反応が、それを決定付けたと言って過言では無いだろう

 

 千歳は「気に入らない」と言う感情でASTに敵意を示し、十香に過剰すぎる力を与えた上で近くに待機していたAST隊員達を半強制的に巻き込んだ。周囲の被害も顧みず、ただただ感情のままに力を行使したらしい

 これはつまり、千歳に納得がいかない事があればこの街を、この世界を壊しにかかるかもしれない事が危惧される

 千歳が本気で暴れ始めたら冗談無くこの世界が終わってしまうかもしれない。それだけの力を千歳は持っているからこそ、琴里達は嫌々ながらも彼女を放っておく訳にはいかないのだった

 

 

 

 他にも様々な理由があるようだが、今のところはこのぐらいでいいだろう

 とにかく伝えたい事は、千歳と言う精霊は他の精霊に比べ——特殊であり、危険であり、異常であるという事だ

 そんな気分次第で世界を壊す事もありえる千歳に苦手意識が生まれてしまうのも……まぁ仕方が無い事なのかもしれないな。立場的な問題もあるだろうけど……多分千歳と琴里は馬が合わなさそうだしさ

 

 ただ……俺はそこまで千歳の事を危険視することが出来なかった

 十香と共に三人でデート(?)したときに見た千歳の素顔……その時の彼女は、年相応の少女と何ら変わらない表情だったんだ

 もしも千歳に精霊の力が無かったとしたら……彼女はごく普通の一般人として社会に溶け込めていたと思う。そう思わせられる程に、千歳は普通の少女と何ら変わらない様な雰囲気を纏っていたんだ

 その上、千歳からは不思議と接しやすい雰囲気を感じ取ることが出来たんだよ。まるで親しい友人と話すかのような、そんな安心出来る雰囲気を千歳は纏ってるんじゃないかと思ってしまう程に……親しみやすい女の子だと俺は思うんだ

 だからこそ俺は、千歳の事を今一度救いたいと思ってしまうのだろう

 

 

 

 精霊の呪縛から……そして”       ”から——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そういった経緯の元に、俺は四人の少女の為に奔走しているという訳だ

 

 『いい士道。今回のメインはあくまで狂三よ。今から会うのは、いわば”サブターゲット”だから今回は適当に機嫌を取る事だけを前提に考えておきなさい』

 

 「いやそんなモ〇ハンのクエストみたいに言うなよ」

 

 十香とデート中だった俺は、時間が来た事で一旦十香から離れる事となった

 まだ一人目……つまり後三人の相手が待ち合わせ場所で待つ事となる

 時間に遅れるのは相手方にも失礼だ。その為、俺は一分一秒も気を抜く事が出来ない状況下に身を置いているのであった

 にしても……琴里を初めとした〈フラクシナス〉のクルー達に支援してもらえているからこそ、この不可能に近い四人の少女との同時デートを何とか可能としている訳だけど……これ、最後まで俺の体持つかな?

 

 十香と離れ、周囲の人の視界から隠れる場所へ入った瞬間に俺は〈フラクシナス〉へと転送され、すぐさま目的地付近へ再転送される

 そこからはダッシュで待ち合わせ場所に向かう。出来る限り待たせる事の無いよう全力疾走だ

 何せ次の相手は俺の意思でデートに誘った相手であり、先ほど言ったように機嫌を損ねてはいけない相手なのだから俺が遅れるわけにはいかないのだ。まぁ機嫌に関しては全員に言えることだけどさ

 もしかしたらもう待っているかもしれないが、それでも今は急いで向かうしかない。そんな俺は次の相手となる千歳との待ち合わせ場所へと駆けるのであった

 

 

 

 そして数分後、距離的にはそこまで遠くも無く何とかギリギリ待ち合わせ時間前に来れた俺は、息を整えながら辺りを見渡し始める

 しかし……

 

 「つ、着いた……けど」

 

 『まだ疫びょ――コホン、千歳の姿は確認されていないわ。まだ待ち合わせ時間前だけど……見た目通りにルーズなのかしら?』

 

 「今千歳の事を疫病神って言いかけなかったか? 後、言葉に毒が入ってんぞ」

 

 「待ち合わせ一時間前に待機してる子だっているのよ? それと比べれば、そう思っても仕方が無いじゃない」

 

 うちの妹が千歳に対して辛辣すぎる件について

 まぁ琴里がそう思ってしまうのもわからなくはないかもしれない。俺もてっきりもう待ち合わせ場所にいるものだと思っていたからな

 今の時間は9時56分。千歳との待ち合わせは10時だから、もう姿が見えてもいい筈だけど……

 

 

 

  ……ザワ……ザワザワ……

 

 

 

 「……ん? なんだ……?」

 

 『何かしら……ちょっとカメラを回して……え?』

 

 「どうした琴……里……」

 

 俺は周囲を見渡し千歳を探していると、周囲の人達が何かを見て騒めき始めたのだった

 俺や琴里は何かあったのかと思い、周囲の人達が視線を送る方向に視線を向けることにする。その間、いち早くその原因を理解した琴里からは呆気に取られたような声がインカムから流れるのだった

 その琴里の呟きが気になった俺は、目を向けながらどうしたのかと問い掛けようとして……その前に、その原因を視界に入れる事で理解するのだった

 

 

 

 「よ、五河。待たせてわりーな。少し遅れたか?」

 

 簡潔に述べると——視線の先からモデル顔負けの女性が歩いてきたんだ

 

 

 

 「……っ、い、いや……俺も今来たところだから大丈夫だ」

 

 「そうか? ならいいんだけど……もしかして走ってきたのか? 少し息切れてんぞ」

 

 「あー……待たせる訳にもいかないと思ってな。結構楽しみにしてたし」

 

 「そ、そっか。……まぁ俺も楽しみじゃなかったなんて言ったら嘘になっけどよ」

 

 時間は9時59分。待ち合わせ時間ぎりぎりに現れた彼女、千歳は軽く片手を上げて歩み寄ってくる

 そんな千歳の姿に俺は言葉を失っていた。それほどまでに今の彼女は……綺麗だったんだ

 

 上は肘辺りまで袖を捲り上げた黒いシャツを着用し、下は白いデニムと見た限りでは至ってシンプルな服装だ。他には右手に腕時計、左手に深緑色の腕輪をつけている

 そして一番印象的なのが――

 

 「……前髪、上げたんだな」

 

 「ん? あー……まぁ、な。たまにはいいかなって思ってよ」

 

 そう。いつも前髪で隠れている顔が露わになっているのだ。無造作に伸ばされた髪もそれに合わせて整えられていた

 髪を梳かし、後ろで一纏めに縛っている。前髪も左右に流して目元を露わにしていた

 隠れていた場所にあったのは色の濃い翡翠のような深緑色の瞳。その双眸から自信に満ちた眼差しが俺へと向けられる

 

 

 ——はっきり言って、凄い美人だった

 

 

 千歳の言動や雰囲気から予想できなかった事だったが……どうやら千歳は、可愛い少女というよりは綺麗な女性寄りの少女のようだ

 スラリとした体格、服越しでもわかる腰のくびれ、そのスレンダーなプロポーションからは大人の魅力の様なものを感じて、正直直視していられない

 その抜群のプロポーションに千歳は気づいていないのか気にしていないのか、周囲の人からもかなり注目を浴びている。横目に見れば、千歳に見惚れている男性や女性は少なくは無かった

 正直一緒にいる俺が不釣り合いなのではと疑ってしまう程だ……周囲からの視線による矢がさっきから痛い

 

 『驚いたわね……まさかここまで変貌するとは思わなかったわ。馬子にも衣裳とはこの事かしら?』

 

 琴里の言う様に、まさかここまで変わるとは俺も思っていなかった

 以前の千歳はパーカーや身の丈に合わないズボンなどの、あまり体のラインが現れない服装を好んでいた

 だからこそ今の千歳の姿はとても魅力的に見えたんだ。そのせいかどうにも心が落ち着かない

 

 「……どうした五河?」

 

 「——へ? な、何が?」

 

 「いや何か固まってたからさ? もしかして眠いのか?」

 

 「い、いや……いつもの千歳とは雰囲気が違かったから、少し戸惑っちまっただけだよ。その……似合ってる、うん」

 

 「ははは、別に無理してまで褒めなくたっていいっての」

 

 「別に無理してなんか——」

 

 「とりま落ち着けって。この服はたまたま出会った知り合いに勧められたやつだから、褒めるとしてもその知り合いのセンスがいいってことだろうに。普段の俺だったらこんな服着ようとも思わんぜ? だから態々褒めなくたっていいっての」

 

 「……まぁ、千歳がそういうなら……でも似合ってるのには変わりないから、さ」

 

 「あー……うん、そっか……とりあえず、礼は言っとくよ」

 

 千歳の一挙一動は実に様になっていた。これが大人の女性の魅力なのかと思わせるような大人びた雰囲気に、どうにも目が離せないでいた

 多分俺は……今までに会った少女達とはまた違う魅力を放つ千歳に見惚れていたんだろう

 十香や折紙、四糸乃に詠紫音、今まで出会った少女達には無い年上の女性ならではの魅力。それを千歳は纏っていた

 そんな千歳に俺は向かい合い、適当にやれと言われた千歳とのデートを……目標以上に上手く達成出来るようにと気を引き締めるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五河はどうしたんだろ? 何か依然と比べて表情が硬い気がするんだけど……気のせいかな?

 そんな訳で、なんとか待ち合わせ時間ギリギリに来られた千歳さんだ。遅れなくてよかったぜ

 ちょいと行く途中で時間を食うことになっちまってな、それで少し遅れそうになってしまったんだわ。まぁ精霊スペックの早足が小走り並みに早かったので、こうして時間ギリギリとはいえ間に合ったからいいけどさ

 ……え? それよりも何で五河とデートする事にしたのかだって?

 

 

 

 …………え? これデートなの?

 

 

 

 いやだって五河はあの時「遊ばないか?」って言っただけだよな? デートだとしたら「デートしないか?」って誘うでしょうよ

 男女が遊び歩くこと自体がデート? あー……なんかそんな話も聞いたことがあるかもしれないわ

 でも五河には十香がいるんだから、デートするなら十香を誘うでしょ? こんな男勝りな女擬きなんかを態々デートに誘いやしないって

 てか遊びに誘う事自体驚きもんだったよ。俺なんかと遊ぶんなら十香とデートすりゃあいいだろうし、今では四糸乃やよしのんがいるんだからその三人の誰かか全員と遊びに行けばよかったのにって思ったもんだ。俺なんかに貴重な時間を割くことないのにさ

 だから最初は五河の提案を断ろうとしたんだけど……まぁ無理だったね。欲求には勝てなかったよ

 俺だってたまには目一杯遊びたいのです! それも(精神的に)同性と遊べるというのに、それを断るだなんて俺には出来ないね!

 やっぱり男子と遊んだほうが変に気を張ることもないからな。少し無茶苦茶しても問題はないだろうから、俺は五河の誘いを受け入れたのだった

 

 『(相変わらず深く考えずに……最早病気でしょうか? こればかりはお母様の悪い癖としか言えませんわ……)』

 

 (ん? なんか言ったかくるみん?)

 

 『いいえ、これといって何も……とにかく、今日はお気をつけてくださいまし。ワタクシは遠目からお母様を見守る事に致しますわ。では』

 

 (え? もう行くのか?)

 

 くるみんはそう言って、俺の影から人知れず離れて行くのだった

 何かやりたい事があるようで、俺の事を見守りつつその案件を済ませるようだ。未来情報に何かやらないといけない事でもあるのかな?

 ……まぁいいか。気にしてもしょうがないし、くるみんは俺のやりたいようにやらせてくれるからな。それなら俺だってくるみんのやりたい事を妨げるつもりはないからね

 

 さてと、それはともかくだ

 

 「んじゃ行くか。……っと、そう言えば何処に行くんだ?」

 

 「え? ……あー……体を動かすのはどうだ? 確かこの辺りに”ラウンドテン”があったはずだし」

 

 「お、いいんじゃねーの? 俺も体動かしたかったし丁度いいかな」

 

 「そ、そうか! なら早くいこうぜ! (正直周りの視線が辛いしな……)」

 

 確かラウンドテンって……俺が前世で弟と妹を遊びに連れていった遊戯施設と似たような場所だったかな?

 丁度いいや。あそこなら思う存分ハッチャけられそうだ! まぁ自重はしますよ? ……出来る範囲に

 

 そうして俺は五河の提案を受け入れ、そのラウンドテンとやらに向かうことにするのだった

 ……なんか歩く速度早くね? てかさ、五河との距離が近づきすぎな気がするんだが……

 

 

 あれ? これ本当にデートじゃない……よね?

 

 




①「何処かでゆっくりしないか? 心休まる場所へ」

②「体を動かすのはどうだ? 運動の出来る場所へ」

③「濃厚な一時を味わおうよ? 二人きりの場所へ」


琴「総員選択!」

結果は②でした。好感度は良好です

因みに
①を選んだ場合は少し好感度が下がります
③を選んだ場合はBADENDへ


次回

「やりたい事をやって何が悪い!」

「限度があるわ!!」

多分こんな感じ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「遊び(暴れ)すぎ? 知ってる」

メガネ愛好者です

今回は千歳さんのデート回になりますが、前半は少し別視点はいります
そして後半なのですが……千歳さん、久しぶりにやりすぎます
正直やりすぎてこの後どうしようかと迷走したりもしています。自業自得か

それでは


 

 

 ——とある精霊マンションの一室にて——

 

 「……すぅ……ん……」

 

 「よしよしよしのん……っと」

 

 四糸乃と詠紫音はリビングのソファーで寄り添いながらテレビを見ていた

 しかし、テレビを見ていたことで眠気を誘われたのか、四糸乃は徐々に頭で船を漕ぎ始めていく

 そしてとうとう眠りに落ちてしまった四糸乃はそのまま詠紫音の肩にもたれかかり、そんな四糸乃を起こさないようにとゆっくり自身の膝の上に四糸乃の頭を誘導する詠紫音。所謂膝枕をすることにしたのだった

 詠紫音は四糸乃の眠りを妨げぬ様にテレビを消し、優しく四糸乃の頭を撫でていく。その光景は、さながら妹を寝かしつける姉のようだった

 

 「……十香ちゃん達は、今頃シドー君とデートかぁ……いいなぁ」

 

 そうして四糸乃を膝の上で寝かせていると、不意に詠紫音が言葉を漏らした

 その言葉はこの静まり返る部屋の中では良く響く事だろう。……その僅かながらの嫉妬が含まれた言葉が

 しかし、今この場には詠紫音と四糸乃の二人しかいない。その上四糸乃は眠っている以上……その言葉を耳にする者はいなかったのだった

 

 

 

 

 

 正直に言うと、詠紫音も士道とデートをしたかった

 

 現状、詠紫音の日常は実に穏やかだ

 堕天使としての力を士道の中に置いてきている為、詠紫音から霊力反応が感知されることはない。その為、詠紫音はASTから襲われる事も無い平穏な日々を暮らしていた

 それに不満がある訳ではない。ただ……時折だが、詠紫音は今の現状に”物足りなさ”を感じてしまう事がある

 勿論皆と過ごす毎日は楽しくはある。もしも何かが違えばこのような平穏な日常に身を費やす事にはならなかったのだるから、今の生活は詠紫音にとって十分に満足な物ではあるのだ

 それで”物足りなさ”を感じてしまうという事は……詠紫音が何かを求めていることに他ならないだろう

 では詠紫音が欲しているものは一体何なのか? ——それこそが今詠紫音が抱いた願望だった

 

 詠紫音は単純に士道(想い人)と二人だけでいる時間を欲している

 四糸乃との時間はほぼ丸一日あるものの、士道と二人きりになれる時間は二日に一度の就寝時と起床時ぐらいのものだった。それ以外の時間は大抵他の子が士道の周りにいつもいる為、詠紫音が求める時間を得られるのはその時ぐらいのものだった

 それに不満がある訳ではない。他の子達(十香達)を邪魔に思う訳でもない

 

 

 それでも……それでもなのだ

 

 

 昨日、そして一昨日の間に交わされたデートの約束。その約束が……詠紫音にはとても羨ましいものだった

 彼との時間を——士道と二人きりになれる時間を得る事が出来るそれを、詠紫音の心はこの上なく求めているのを自身でもハッキリと気づいている

 

 ”ボクも皆みたいにデートがしたかった”……その言葉が頭の中で飛び交い、現在デートが決行されているであろう今この時でさえもその想いは消える気配が無い

 

 

 しかし、それでも詠紫音が士道にデートを申し込む事はなかった

 

 

 確かにデートはしたい。士道と二人きりになれる時間が欲しくて堪らない

 もしも詠紫音が士道を誘ったとすれば、もしかしたら皆と同じ様にデートが出来たかもしれない可能性は十分にあったんだ

 

 ……それでも詠紫音は言わなかった。これ以上、士道の負担をかけたくなかったから

 

 今現在、士道は四人の少女とデートをしている。四人一緒のデートではなく、四人それぞれが士道と二人きりのデートを楽しんでいる

 そんな無茶苦茶なデートを〈フラクシナス〉が支援してくれているとはいうものの、士道にかなりの負担がかかっている事には変わりないだろう

 もしもそんな状態で自分も加わってしまえばどうなるか? ……考えずとも予想が出来てしまう

 だからこそ詠紫音は士道をデートに誘うことをしなかった。——出来なかったんだ

 

 確かに二人きりになれる時間は欲しい。今でもそれは変わらない

 ——でも士道が苦しんでまで求めるのは嫌だった。自分が楽しくても士道が辛い思いをしてしまうぐらいならしない方がいい

 だからこそ今回は誘わなかった。彼女達のデートの事で茶化して自身の心がデートを求めている事を隠し続けた

 結果として詠紫音が士道とデートをする事にはならなかった訳だが……今こうしている間にも士道は彼女達とデートをしている事を考えてしまうと、やっぱりどうしても羨ましく思ってしまう

 

 この想いは今のところ誰にも悟られてはいないだろう。……いや、もしかしたら四糸乃は勘づいているかもしれない。四糸乃は詠紫音の事になると勘が冴える傾向があるし

 まぁ勘付かれたところで詠紫音がする事は変わらない

 今はただ……ただ我慢する事だけだ

 きっとそのうち機会が訪れるだろう。その時に士道との時間を取れるのだと考えれば少しは気持ちも軽くなる

 ……それでも詠紫音の心は彼女達を嫉妬して止まなかった

 

 「……ホント、どうかしちゃってるなぁ……」

 

 自身もデートをしたかった故に羨望してしまう。考えないようにすることなど詠紫音には出来そうになかった

 本当に、元が天使であったとは思えない変貌振りであろう

 

 ……その感情が、詠紫音が抱える悩みを増長させてしまう事になっているのだが……

 

 

 

 

 詠紫音は今二つの選択に頭を悩まされている。……彼女に生まれた感情が、本来行うべき役割の妨げとなっているが故に

 

 彼女は元々天使である。宿主(四糸乃)に仇なす敵を撃ち滅ぼす絶対的な矛であり、それは堕天使と化した今でも変わる事はない

 しかし、今は四糸乃の矛であると同時に彼女——堕天使の母である”あの方”の子でもあるのだ

 この詠紫音と言う人格も言ってしまえば”あの方”が生み出した人格だ。故に”あの方”——千歳が詠紫音の母と言っても過言ではないだろう

 

 

 だからこそ……千歳の守護を放棄してしまった自身が、このままぬるま湯のような日常に浸かっていてもいいのかと考えてしまう

 

 

 自身に与えられた彼女の〈瞳〉。そこにある知識に自身の”行うべき役割”が刻まれていた

 しかし、こうして千歳から離れて自分の()のままに四糸乃や士道達と一緒にいるのはいい事なのか? ……そんな悩みがどうしても頭から離れない

 

 一昨日の夜、パペットから天使へと意識を移してから初めて詠紫音は千歳と邂逅した

 パペットに”よしのん”と言う自我を宿し、堕天使に自我を与えるきっかけを作った少女。彼女がいなければ詠紫音はこの世に生まれなかったかもしれない

 そんな千歳との再会によって、詠紫音は深く考えていなかった己の役割を——〈瞳〉の役割の事を改めて思い出す事となる

 

 

 故に悩んでしまう。四糸乃や士道達と紡ぐ平穏な日常をこのまま続けていいものなのかと……

 

 

 わがままを言うと、〈瞳〉の役割とか関係無しに士道達との日常を謳歌したい。このまま平穏無事に彼等と一緒にいたい……それが詠紫音の願いだ

 それを千歳が聞けば二つ返事で了承することだろう。自身に縛られず自由にしてもいいと、千歳の性格上そう言うに違いない

 だからこそ詠紫音は簡単に答えを出せないでいる。千歳の優しさに甘える事で、千歳に迫る危機に気づけないまま最悪の事態を迎えてしまうかもしれないが故に

 

 本来〈瞳〉の役割は彼女の〈心蝕霊廟(イロウエル)〉に施された封印の監視だ

 だが〈瞳〉の性質によって他の精霊へ譲渡されるケースがあり、今回詠紫音が自我を持つ結果となったのもそのケースに該当する

 そしてそこから様々な要因によって詠紫音は四糸乃から独立し、四糸乃自身の願いによって行動に縛りが無くなってしまったのが今の現状だ

 そんな今、四糸乃から完全に切り離されて独立した存在となったのだから、再び千歳に宿る天使の監視に向かうべきなのではないかと悩んでしまうのだ

 

 つまりは士道(想い人)四糸乃(宿主)との時間を欲っした結果、千歳()の事を切り捨ててしまいかけている。ザックリ言うならそういう事なのだ

 自身の心を優先するか、母の安全を優先するか

 それが今の詠紫音が抱える悩みだった

 

 「……時間はまだある。うん、まだ大丈夫……」

 

 詠紫音は一昨日に千歳と会ってからずっとこの調子だ

 今の捨てがたい日常に出すべき選択を後回しにしてしまい、今はまだぬるま湯に浸かっていたいと突き付けられている選択肢から彼女の心が逃げてしまう

 千歳のおかげでこの世に生まれ出でた事には感謝している。——だからこそ、詠紫音はどうにも危機感の薄い千歳を”視守りたい”と考えてしまうのだ

 しかしそれは、士道や四糸乃との時間を減らしてしまう事を意味している。もしかしたら無くなってしまうかもしれない

 彼女に取って大きな存在である二人との時間が無くなってしまうのを詠紫音が耐えられるだろうか? 否、我慢など出来る筈がない

 でも千歳だって詠紫音にとってはかけがえの無い存在であるのもまた事実。故に詠紫音は選択を保留してしまうのだろう

 

 まだ大丈夫だと、まだ猶予はあるのだと自分の心を納得させ、決断すべき選択を後回しにしてしまう

 ……その考えこそが、二人との時間を——自身の心を優先している事を物語っているのに詠紫音が気づくのはまだ少し先になりそうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……あらあら。何が”大丈夫”、なのでしょうか?』

 

 「——っ!」

 

 そんな彼女に忽然と来訪者が現れる

 部屋の隅から響いた言葉に詠紫音は静かに視線を向ける

 詠紫音が向けた先——部屋の片隅に出来た影から這い出るように彼女は現れた

 その影の色とは対照的な白いゴシックドレスを身に纏い、その影の色のような長い黒髪を揺らす少女は口元を愉快そうに歪めながら語り掛けてくる。——まるで詠紫音を嘲笑うかのように微笑みながら

 

 「少し、言葉を交えませんこと? ——()()()

 

 「……()()()

 

 詠紫音はその者の事を知っている。何せ彼女は自身と同類であり、同じイレギュラーな(ありえる筈の無かった)存在なのだから

 

 彼女もまた自我を宿した堕天使であり、千歳()の〈瞳〉を与えられた者

 実際に対面する事はおろか、言葉を交わす事さえ初めてではある

 しかし詠紫音は語り合わずとも彼女がどういった存在なのかを理解する事が出来ていた。——その身に宿した〈瞳〉を介して与えられる情報によって

 

 彼女は千歳から〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉を与えられた堕天使。時と影を操る天使”〈刻々帝(ザフキエル)〉”が堕天使化したことで生まれた存在

 本来の時間軸から離れ、いずれ訪れるであろう”結末”を変えるべくこの時代に現れた彼女の名を——”駆瑠眠(くるみん)”と詠紫音は呼ぶのだった

 

 「その名はあまり好ましくありませんわ。ワタクシの事は気軽に”くるみん”とお呼びくださいまし」

 

 「ありゃ、そーだったの? オッケーくるみん(マザコン)、ボクの事は”よしのん”って呼んでねー。……その名前は彼にしか許してないからさ?」

 

 「えぇ。存じておりますわよしのん(チョロイン)。確認というものです」

 

 「あっはっは、イイ性格してるねぇ~〈三番(ザフキエル)〉」

 

 「いえいえ、貴方程ではありませんわ〈四番(ザドキエル)〉」

 

 ……今、この場に士道達がいたとしたらすぐさま逃げ出したくなった事だろう

 四糸乃も眠りが深く、未だに眠り続けている事が功を奏している

 それは何故か? 実に簡単だ

 

 

 

 

 

 両者共に笑っているからだ。……それはもう背筋がぞっとするようなくらい、狂気的な笑顔で顔に張り付けて

 どうやら〈瞳〉を与えられた者同士だからと言って、良好な仲を築いている訳ではないようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——そう言えばさ、結構待ち合わせ時間ギリギリだったけど……もしかして何かあったのか?」

 

 「ん? ……あぁ、別に大した理由じゃないさ。さっき言ってた知り合いに捕まってたってだけの話。その時にこの服を勧められたんだよ」

 

 「知り合い、か……」

 

 「……なんだその反応。俺に知り合いがいた事がそんなに意外か?」

 

 「へっ!? い、いやそうじゃなくてだな!?」

 

 「……その反応でまる分かりだ馬鹿野郎」

 

 「う、すまん……ちょっと意外だった」

 

 「わざわざ言わんでいいから。地味に凹む」

 

 目的地に着く道中、士道と千歳は他愛の無い話を交わしていると、不意に士道は千歳が遅れかけた理由に疑問を持つのだった。士道から見た千歳の印象に、彼女が時間ギリギリに来るような性格じゃなさそうだと感じたからだ

 そして士道はその理由を千歳に問いてみたところ、やはり遅れかけたのにも理由があったようだ

 

 本来だったら30分前ぐらいに待ち合わせの場所に着く筈だったのだが、そこに向かう道中で知り合いである藤袴を初めとした仲良し三人組に遭遇してしまったのだ

 久方ぶりとなる再会。以前の空間震を境に銭湯からその姿を消した千歳を三人は少なからず心配していた。故に藤袴達は千歳を視界に捉えるなりすぐさま接触したのだった

 今まで何処で何をやっていたのか? それらの疑問を三人から問い詰められることとなった千歳はとりあえず事情を(勿論精霊関係の事を省いて)説明する事にする。嘘を吐くようなことはしたくない為、ある程度の真実を含めながら……

 

 

 その時に交わした会話の一部始終を少し記載しておこう

 

 

 「あー……その、だな…………実をいうと、家出してたんだよ(そもそも自宅なんて無いけどさ)」

 

 「え? そうだったんですか?」

 

 「あぁ。そんでこの前の空間震の時に見つかってなぁ……家の奴に連れ戻されてたんだわ(正確には拉致られてたんだけどさ)」

 

 (もしかして……千歳さんって実はお嬢様だったり……?)

 

 (かもしれないね。家の空気に馴染めなかったから家出したって感じがする)

 

 (自由を欲する千歳さんには不自由で仕方が無い事は確定的明らか)

 

 「んで、ちょっくら隙を見つけてまた抜け出してきたんだけどよ、銭湯にいた事はもう特定されちってたから戻るに戻れないんだよな。だから銭湯に出向くことが出来なかったんだよ」

 

 「そうだったんですか……」

 

 「……あれ? それなら今は何処に住んでるんですか?」

 

 「ん? あー……今は信頼出来る奴(くるみん)のところに世話になってるよ。場所は言えないけどさ」

 

 (((……まさか、あの噂の彼氏のところかっ!?)))

 

 「ね、ねぇ千歳さん? もしかして今はソイ——その人と二人きりで生活してたりして……」

 

 「そうだな。今はそいつ(くるみん)と同居中……って事になるのか? ホント、アイツには頭が上がらないよ……」

 

 「えっと……何か変な事されたり、してませんよね……?」

 

 「変な事? いや別にそんなことは…………あ」

 ※強力な催眠らしきものをされたことを思い出し、思わず言葉が漏れてしまう千歳

 

 「その反応……もしかして……!」

 

 「あ、いや、別に何かされた訳じゃないからな? ただ……まぁ、もう過ぎた事だし、お前等が気に掛ける必要もない事だから変に勘繰らなくていいからな?」

 

 「むむぅ……千歳さんがそういうなら」

 

 (どう思う?)

 

 (無理に取り繕ってる可能性あり)

 

 (相手があのデリカシー皆無野郎だからね)

 

 「……? どうしたんだお前等?」 

 

 

 ——こんな感じである

 

 

 それから三人は何かを相談しながら一先ずは納得する

 説明も終わった事なので、連絡先だけ交換してから立ち去ろうと考えた千歳は三人に自身のアドレスを渡してからこの場を立ち去ろうとしたのだった

 

 そんな千歳の様子に何かを感じ取ったのか、三人組は千歳にどこに向かっているのかを訊ねてくる。そんな三人組の問いに、別に隠す必要もないかと考えた千歳は知り合い(士道)と待ち合わせをしていて今から会いに行くことだけを伝えた

 そして、そんな千歳の言葉と雰囲気から三人組は、今の千歳の服装——普段千歳がいつも身に着けている身の丈以上のパーカーとズボンを見て「それでは駄目だ」と最寄りの服屋に千歳を連れ込むのだった

 

 結果、普段とは対照的なスッキリとした服装に変えられることになったのだ

 その服に決まるまでの間、いいように着せ替え人形のような扱いをされたことで待ち合わせギリギリの時間になってしまったのが一番の要因だろう

 

 (「これで相手の見る目も変わるだろう」って言ってたけど……まぁ深く気にしてもしょうがないか。別に動きにくい格好って訳でもねーし、せっかく選んでくれたんだからこのまま普段着にしてもいいかな。……少し窮屈だけど)

 

 改めて自身の服装を確認する千歳は、着慣れない服の感触を再確認しながら士道と共に目的の場所まで向かうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁ……今宵の獲物(施設)我が欲望(俺のストレス発散)()満たす(耐える)事が出来ようか……クククッ」

 

 「何する気!? 何か不穏な予感がするんだけど!?」

 

 それから然程時間もかからずに士道と千歳は目的の場所まで到達する

 

 

 アミューズメント・テーマパーク”ラウンドテン”

 

 

 「これでもかぁあああ!! まだ足りないかぁあああ!? ならもっとだぁあああ!!!」——と、ありとあらゆる娯楽を詰め込むことで生まれた遊戯施設がこのラウンドテンだ。……オーナーは少し頭の螺子が外れているのだろう

 様々な遊戯を詰め込んだことによりかなりの規模の施設となっているこの場所だが、あまりにも詰め込みすぎて施設内が最早迷宮と化していた。そのせいで施設内では地図がなければ確実に迷うような内部構造になっていたりするのだが……実はこれも「よし、迷路入れよう迷路!」——と宣ったオーナーの企みのせいだったりする。子供同伴の親にとっては迷惑極まりない

 

 ——まぁ士道達からすれば好都合ではあるのだが

 何せこうも入り組んだ構造であれば、もしこの場に他の娘達が来るとしてもそうそう出くわす事も無いからだ

 それに、ここでならそこまで移動せずに遊び回る事も出来る。下手に移動してエンカウントする事に比べれば融通が利く為、ある意味今回のデートにはうってつけの場所なのではないだろうか? 千歳のやりたい事も中心的に集まっているようだし

 

 

 だからこそ……士道達は油断していたのだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——千歳がそもそもの問題児であるという事を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「ち、千歳……?」

 

 「……く、くく……くはははっ……! 言い度胸じゃねぇかよオイコラァ……」

 

 今、俺は目の前の奴に翻弄され続けていた。……誰から見ても機嫌を損ねている——いや、苛ついている雰囲気を出しながら

 そんな俺の心を逆撫でした奴を俺は今までにないぐらいの激情を込めながら睨めつける。目の前にいる——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ガコンッ! ——スカッ

 

 「はっはっは、まーた空振ったよオイ……なんで当たらねーかなぁクソッたれが」

 

 「あ、あのー……流石に相手が悪すぎるのではないかと……」

 

 「あ゛ぁ゛?」

 

 「ナンデモアリマセン」

 

 

 ——ピッチングマシンに

 

 

 今俺はバッティングセンターでバットを強く握り締めている。……奥に控えるピッチマ(ピッチングマシンの略称)を親の仇でも見るかのように凝視しながら

 強く握りしめているせいでバットの持ち手部分が悲鳴を上げているが、今の俺にはそんな些細な事を気にする余裕は一切無い。それ程までに感情が昂ぶっていた

 

 いやな? 見えてはいるんだよ? ただどうにもタイミングが掴めないせいでバットにボールが当たらないんだ。完全に反応が遅れちまってるんだわ

 もう何回空振ったかな? 機械に消えていった小銭の枚数は軽く10は越したね、うん

 

 

 ふぅ……………………腹立つ

 

 

 先程から繰り返す空振りが無性に腹立つ。ただの機械なのに俺を嘲笑っているように見えて余計腹立つ。そもそもストレス発散の為に来たのに余計ストレス溜まってるじゃねーかよコンチクショーがぁ……

 

 

  ガコンッ!

 

 

 「うらぁ!!」

 

 

  ——スカッ

 

 

 気合を入れた一声と共に、俺は迫りくるボールを視界に捉えながら思いっきりスイングする

 だがそれもボールを捉えることなく空を切るだけに終えてしまう

 ……前世ではそこまで運動神経がいい訳ではなかったけどさ、ここまで掠りもしないってのはどうにも納得出来ねぇんだよな

 見えてるんだけど当たらねぇ。ここまでノーコンだと最早笑えてくるわ

 

 

 ——球速300㎞/h越えなのが悪いのか? コレ

 

 

 何なのこのモンスターマシン? 確か世界最速のピッチマって230㎞/hぐらいじゃなかったっけ? そこまで詳しい訳じゃないけど確かそのぐらいだった筈だよな?

 それならこの目の前にあるピッチマはなんなん? どうやって作ったんだよオイ。精霊スペック使ってんのに反応出来ないって……もうこれ固定砲台として使えるんじゃね?

 これもう常人が打てるような気がしないのは俺だけじゃないと思うんだ。空振った後のボールが後ろの壁に当たる音が「——ズッバァンッ!!」って感じに鳴り響くんだよ。最早凶器じゃねコレ? 後ろで見てる五河の顔が引きつってるもん

 

 まぁ腹を立ててるのはそれとまた別な事が原因なんだけどな

 

 そのピッチマの前に置かれている、投手が描かれたボードが一番腹立つ

 そのボードには、紅白帽のつばを上に向けて紅白が左右半分半分になるようかぶり、鼻から鼻水を垂れ流しているナマケモノっぽいキャラが気怠げにボールを投げる姿が描かれている

 その横にある「へっぽこすとれ~と~」って台詞がこれまた腹立つ

 

 

  ガコンッ!

 

 

 「……ふんッ!」

 

 

  ——スカッ

 

 

 再び迫りくる剛球を再び空振る千歳さん。着々と怒りゲージが上昇中

 ……もうツッコム気もなくなったよ

 

 「……」

 

 「な、なぁ千歳? 少し球速が遅い所からやっていけばいいんじゃ——」

 

 「ごめん、ちょっと黙ってて」

 

 「うっす」

 

 ちっ……全く、五河も見てるってのにカッコ悪いところを晒しちゃって……その上八つ当たり気味に言葉を投げた自分自身に自己嫌悪だよコラぁ

 それでも、俺はコイツに背を見せる気はなかった

 だってここで諦めたら、なんか負けな気がするんだもん。あのナマケモノに背を向けた瞬間、馬鹿にされる様な気がしてならないんだすよ

 それでも現状当たる気配が無いんだけどな? ハハハ、笑うしかねー

 

 …………ホント——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……気にいらねぇ」

 

 ピッチマはすげー腹立つし、五河に醜態を晒すしで……マジで腹が立ってしょうがない

 

 いいぜ……そっちがその気(どの気?)ならこっちだってもう容赦はしねーからな? 覚悟しろよこのクソマシンが

 

 

 「——【(ホドス)】」

 

 

 そんな俺は、こんなところで初登場となる力を発動させる

 さぁ、八番目の能力を初公開だぜ

 

 

 

 【(ホドス)

 簡単に言ってしまえば、動体視力を底上げする能力だ

 視界から入る情報の処理を高速化し、得た情報を素早く脳で理解する。それによって視界で捉える景色がスローモーションみたいに低速化し、相手の挙動やら状況の把握やらを瞬時に予測、理解することが出来るようになるのだ

 例えるなら小動物達が見る景色と同一なものになるようなものだろう。確か小動物達の見る世界はスローに見えていた筈だし

 

 言っておくけど、スローに見えるだけであって動きが速くなる訳じゃないので注意

 もっと言うならどこぞのバスケ漫画の赤い髪の人みたいなチート能力が宿った眼でもないです。あくまでスローに見えるってだけで、あんな高性能じゃないのであしからず

 ……まぁ〈第八の瞳(ホドス・プリュネル)〉の本来の力はそれだったりするかもしれないけどな。〈瞳〉に対応する精霊が魔強化されるね!

 

 

 

 ——そんな能力を発動しました

 え? セコイ? 知ってる

 だがそれがどうした? 自分の全力全開を出して何が悪いってんだ。何も悪かねーだろうがよぉ……

 

 もう容赦せん。今まで抑えてたがもう構いやしない。後ろで五河が何か言ってるがこの際気にしない

 精霊の力? 天使の力? 〈瞳〉の力? ——全部使ってやろうじゃねーか

 

 

 全力で叩きのめす。テメーは俺を怒らせた

 

 

 「——【(ティファレス)】」

 

 

 俺はさらに能力を発動する

 【(ティファレス)】によるピッチマの情報の公開。今いる情報——予測起動と接触タイミングのカウントを開示する

 来るところが分かればそこを思いっきり振り抜けばいいだけだ。タイミングも【(ティファレス)】のモニターがカウントしてくれている

 その上で【(ホドス)】による視覚のスローモーション化。今の俺に不覚は無い

 

 さぁ……準備は整った

 

 奴から放たれる剛球も最早言葉通りのへっぽこボール

 

 視界に映る【(ティファレス)】のモニターがカウントを刻む

 

 起動も予測通り。タイミングもバッチリ

 

 

 

 それらの条件を得た俺は——今日初となるヒットを天高く打ち上げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ピッチマの奥の壁を粉砕する形で

 

 「うおっしゃあああ! 見たかワレェエエエ!!」

 

 「おいぃいいい!? 何やってんのおおお!?」

 

 剛球を打ち返すのにもそれなりに力が必要だったんだよね。だから精霊スペック全力全開のフルスイングをお見舞いした訳なんだわ

 放たれる300㎞/hの剛球、規格外な腕力によるスイング、バットの中心をジャストミート等の様々な要因が重なった結果、その打たれたボールはさながら大砲の如く威力を秘め、奥の壁をえぐりとったのだった

 

 「うははー、すげー穴。でも清々しい気分だから気にしない♪」

 

 「いや気にして!? 周りに目立っちゃってるから!? ありえない施設崩壊が起きて目が点になってるから!?」

 

 「お、また来た。今度はその憎たらしい顔面を粉々にしてやらぁこの間抜け面があああああ!!!」

 

 「もうやめたげてえええ! そのボードのナマケモノが白目向いてるように見えて哀れすぎるからもうやめたげてよおおおおお!!!」

 

 そんな五河の悲鳴も空しく、次の瞬間にはそのボードの上半分が木っ端微塵になるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはもうやりたい放題だった

 箍が外れた千歳の蹂躙劇はどんどん加速させていき、どのアトラクションでも何らかの被害がその場に刻み付けられる事になる

 

 

 ボウリング――ボールがレーンを抉りながらピンを粉砕。一投で機能停止まで追い込んだ

 

 

 パターゴルフ――パターなのにフルスイング。鋭い弾丸と化した弾が天井を突き破る

 

 

 ビリヤード――キューがボールを貫通。面白がって16個のボールをキューに刺し飾った

 

 

 アーチェリー――どこぞの狩りゲーを再現。連射、貫通、拡散、剛射のオンパレード

 

 

 テニス——燃えるぜ! バーニング!! ……相手をした士道は死を覚悟したという

 

 

 他にも様々な問題行動を起こしながら遊び尽くす千歳に躊躇は無く、加減を忘れて遊ぶ(暴れる)その姿は悪鬼羅刹が如く

 時折士道が席を外す間もその傍若無人っぷりを発揮し続け、千歳は文字通りにストレス発散をするのだった

 そんな千歳を注意する店員は誰一人いない。近づけば巻き込まれるだろうし、それを見たオーナーが「面白いから続けさせて」と言って大笑いして眺めているが故に

 因みにだが、店員達の誘導により訪れていた一般市民は避難されたようだ。その後に臨時休業となったのは言うまでもない

 この惨事が明日のニュースに載る事になるのはまた別の話だ。……まぁ千歳がお茶の間に映し出されることは無かったのだが

 ”暴徒が遊戯施設に現れるもその正体わからず”と報道される事になった辺り〈ラタトスク〉が手を回したのだろう

 そんな〈ラタトスク〉、主に〈フラクシナス〉のクルー達がそれぞれ現実逃避したり悲鳴染みた奇声を上げていたことを知る者は数少ない。睡眠導入剤と共に胃薬を服用する解析官が一番精神的に危なかったとだけ追記して置こう

 

 




詠紫音は密かに嫉妬する
そこにすかさずくるみん参上! どうやら本名はお嫌いみたいです

さて、あまりイチャイチャする事も無くハッチャけて終わってしまった今回ですが、一応次回もデート編ではあります
イチャイチャさせたい。でもどう切り出すかが難しいところ
そもそもまだ好感度が全然足りないよぅ……

次回
 「お腹空いた、飯にしよう」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「損得の問題じゃない? 知ってる」

メガネ愛好者です

今回は少し短め……いや、私としてはこのぐらいが理想かな? 文字数も7000ぐらいですし

最近忙しかったりしてなかなか眠れない現状が続いています
下手をすると睡眠時間が二時間とかざらである。たまに意識飛んでたりして結構危険だったり
それでも書きたい、そして投稿したいので頑張ります
ただ……時折睡眠時間は確保してもいいです……よね?

それでは


 

 

 どうも、千歳さんだ

 今現在、俺は以前に四糸乃と行った天宮クインテットの一角にあるハンバーガー店で、バニラシェイクをストロー越しに吸いながら五河を待ってます

 何故待ってるとな? それには少し事情があるのでごぜえます。決して深くはない事情がね

 

 

 

 

 

 あの後、あらかた遊び尽して満足した俺は隣で疲れたような顔をした五河とその場を後にしたんだわ。結構施設壊れてたけど、そのまま出てもよかったのかな? 店員の人には何も言わないで通してもらえたんだけど……

 まぁ深く気にしてもしょうがないか。そんな訳でラウンドテンを後にした俺達は……アレだ、お腹が空いたから何処かで昼食を取ろうと思った次第であります

 時間も俺がハジケてたせいで一時を過ぎてたしな。五河の事を随分と振り回しちゃったし、付き合ってくれたお礼に昼食を奢ってやろうってところだ。……昼食取るっていった時に顔をしかめていたのはなんでだろ? 朝食を食べすぎたのかな?

 とりあえず何を食べたいか五河と話し合った結果、俺達はハンバーガー店『モスド・ムルリア』に訪れたのだった。なんかいろいろ混ざってやがる……

 五河は別に前から知ってたんだろうから気にした様子を見せないが、俺はその店の名前に困惑を隠せません。流石に混ざりすぎじゃないかと煮え切らない想いを心に携えながら入店するのでした

 

 

 そんなモスド・ムルリアなんだが……素晴らしいね、ここ

 

 

 いやな? 以前に俺が好きなハンバーガーとか語ってた時にハンバーガーとポテトの好みで店が異なっていたりしたじゃん?

 だがここは俺が知ってる四つのハンバーガー店のメニューが詰め込まれてたんだわ。ハンバーガーの微妙な違いやらポテトの形状なんかも選べるという

 もうこの一店舗で俺好みのメニューを仕立て上げられることに感動した。感動極まって泣いた。五河は困惑した。突然泣き出してごめんなさい

 そのぐらいの理想的な店だったんよ。俺の好きなハンバーガーとポテトを揃えられるんだ。これでわざわざハンバーガーとポテトを買うためにあっちこっち回らずに済むぜ!

 ……まぁ、広告から取り出せばいいじゃんって言われたら元も子もないんだけどさ

 

 そんな訳で俺と五河はカウンターで注文した後、開いてる席に座って来るのを待つ事に

 その時五河が注文したのはポテトだけだったんだが……少食とかではないだろうし、遠慮してんのかな?

 俺がそのことに気になって聞いても「今はこのぐらいでいい」の一点張り。俺にはどうも遠慮してる風にしか見えないんだが……しょうがねぇ

 渋る五河を見た俺は——

 

 

 「……なぁ千歳? 俺初めて見たぞ。普通のハンバーガーを百個注文する奴」

 

 「俺は見たことあるぞ? 実際に作ってくれることも知ってたし」

 

 

 ——大量のハンバーガーを注文したのだった

 

 

 因みに前世知識で可能なことは知ってました

 ハンバーガーの店員の人に言えば本当に作ってくれるからね。あっちは大変だろうけど、その分売れ残りのせいで材料を余らせるなんてことが無くなるから結果的には助かってるのではなかろうか? なんて考えておく

 まぁ在庫切れなんかになっちゃうと流石にまずいが……今回は何も言われなかったし、きっと大丈夫だろ。※〈ラタトスク〉が補充しました

 

 とりあえず俺はテーブルの上に積み重ねられた百個のハンバーガーをわんこそばの如し勢いで食べ始めていく事に

 その光景に周囲の客は目を疑ってる様子。別に俺は見られてても気にしないんで構わず食べ続けるのでした

 そんな俺の姿を見て苦笑い気味に空笑いしている五河を見た俺は、少し口に物を運ぶ速度を下げて五河に言葉を告げるのだった

 

 「今はいいって言ってたけど、流石にポテトだけじゃ満足しないだろ? 五河も男なんだしさ。もし食べる気になったら遠慮せずに食べるといいよ」

 

 「あ、あぁ。そうしとく」

 

 一応全部は食えるけど、俺の本来の目的は五河への詫びだからな。途中でお腹空いた時の為の予備のつもりで注文したんだし、食べる気になってくれっといいんだけど……

 

 そうしてハンバーガーを食べ進めていると、急に五河が立ち上がったんだわ。いきなりどうしたし

 そんな五河を不審そうに見ていると……

 

 「あ、あいたたたた……っ! す、すまん千歳! ちょっとトイレ行ってくる!」

 

 いきなりお腹を押さえ始め、その言葉を残して俺の前から立ち去っていった五河なのでした。とりあえず一言

 

 それはねーわ……うん

 

 いや演技ってのがバレバレだからな? 何そのとってつけたような大根役者っぷり。今時の子供ですらもっと巧妙な騙し方するぞオイ

 なんかもう呆れて指摘する気にもなれなんだわ。はぁ……五河よ、もっと騙し方を磨く事だ

 

 

 

 

 

 ——と、こう言ったなりゆきで俺は五河に待ちぼうけをくらっているのでした

 

 それにしても随分と長いトイレですな。確かにトイレのある方に向かっていったが、もう30分は過ぎてんじゃね? どんだけ長いトイレだよと言いたい千歳さんだ

 10分すぎた辺りで百個のハンバーガーも食い終わっちゃったし、俺の気遣いがパーになっちゃったよ。美味しく頂けたから無駄ではないんだけどさ?

 ……え? 残しておけばよかっただろって? 知ってる

 でもこう言うのがあるだろ? 「なんでお前は山に登るのか?」って

 その答えは「其処に山があるからさ」と言っていた。つまり——

 

 なんでお前はハンバーガーを食べつくしたんだ? ——そこにハンバーガーがあったからさ!(ドヤァ)

 

 ——って訳なんだわ。これならしょうがないよね?

 因みに百個食べ終わった時、何故かは知らんが周囲から歓声が沸いたのだった。……あれ? 思ってた以上に目立ってた? ソンナバカナ(※鏡見てこい)

 

 その後俺は食休みとしてシェイクを数個追加注文したのを最後に現在に至る感じ

 てかここやっぱすごいな。3Lサイズの飲み物とか初めて見たぞオイ。容器でかいなー

 最早量よりも吸うことの方が大変だわ。ハンバーガーより苦戦してます。だって未だに残ってるもん

 美味しいからいいんだけどね

 

 「……流石におせーよな」

 

 あれから再び30分。計一時間経った訳なんだが……未だ五河は帰ってこない

 流石にここまで音沙汰無いと、何かあったのかと思ってもしょうがないと思うのですよ

 

 「しょうがねぇ、探すか」

 

 因みにトイレにいないことは知ってるぞ。さっき男性の店員にこっそり頼んで確認してもらったが誰もいなかったって言ってたし

 これはつまり、俺の眼を盗んでまで何処かに行っている事になる訳だが……一体何をやっていらっしゃるんだろうねぇ? ……あっちから誘ってきたくせにな。全く

 

 ……ならさ?

 

 「こっそり確認しに行っても……別に構いやしないよな」

 

 そう呟きながら席を立ち、俺は店を後にすることにした。……あ、金はきちんと払ったぞ?

 そして俺はここでもまた新たな能力を発動するのだった。本日二度目か?

 

 

 「——【(ケテルス)】」

 

 

 その言葉を最後に、俺は周囲の人達の視界から消え去るのだった

 

 

 【(ケテルス)

 この能力を簡単に言うと、相手から俺の姿が確認出来なくなるという能力だ

 目に見える光景とはどれもこれも光の屈折によって情報を得ていると聞いた事がある

 つまり、周囲の人間の視覚情報を狂わせりゃあ相手は俺の姿を捉えることが出来なくなるという訳だ

 実際には目の前にいる筈の俺でさえ相手はそれを視認することが出来なくなる

 触れはすれど、目には映らず。聞こえはすれど、姿は見えず

 視覚を狂わせ欺くこの力は隠密行動にはうってつけだろうね

 その上監視カメラなどの映像にも映らなくなるからな、”周囲の光”を操っているようなものだろう

 

 

 【(ケテルス)】を使って姿を消した俺はまず精霊スペックでビルの上まで駆け上った。……後から【(ビナス)】で飛べば楽だったことに気づいたけど……まぁいいだろう

 とりあえず人混みの中を探すよりかは上から探した方が早いだろうと考えた結果だ。それに――

 

 「おかえり、くるみん」

 

 「えぇ。ただ今戻りましたわ、お母様」

 

 店から出た辺りでくるみんの霊力を僅かながらに感じたからな。近い距離で知ってる奴のなら感じ取れる事が出来るようになったんだぜ? 俺も成長しているんだよ!

 そのくるみんが近くのビルの上で待機していたんでな。そこに足を運んだ訳だ

 因みにくるみんには【(ケテルス)】の効果が反映されてないぜ? 同じ〈瞳〉を持つ者だし反映されても困るだけだからな

 

 「もう用事は終わったのか?」

 

 「えぇ。続きはまたいずれ……というものですわ。その方が楽しみがあって胸躍るというものです」

 

 「そっか。なら少し協力してくんね? 五河を探してんだわ」

 

 「士道様を、ですか?」

 

 ……コテンと首を横にかしげながら疑問に思っているくるみんを不覚にも可愛いと思ってしまった

 いやまぁ確かにくるみんは可愛いよ? ……ただそれを認めるとくるみんがつけあがりそうだから言わないだけ

 

 とりあえず俺はくるみんに事情を説明し、今から五河を探す旨を伝えるのだった

 すると……

 

 「この時間帯なら……ワタクシ、士道様の居場所を知っていますわ」

 

 「え、マジ?」

 

 まさかの情報

 どうやらくるみんの宿主がこの時間帯に五河と出会っているらしいのです。いや何やってんのさ五河……

 まぁ別にいいけどよ。五河が誰と会おうが俺が文句言う筋合いはねーし。ただ……なんでだろ、ちょっとムカついた

 

 とりあえず俺は五河の居場所をくるみんから聞くことにする

 せっかくだし何やってるか覗いてみようと言う魂胆だ。覗きって少しハラハラして楽しくない? 見る物がなんであれ、その過程はスリルがあって面白いと思うんですよ

 え? プライバシーの侵害だろ? 知ってる

 

 「知ってはいますが……行く事は進めません」

 

 「え? なんでさ」

 

 「理由としては、現在彼らがいる場所にあの企業——DEM社の社員が立ち会っているからですわ」

 

 DEM社? DEM社……あぁ、三組織の中で一番ろくでもねーところだったな

 確かトップがキチガイで、そのすぐ傍に人類最強種の化け物(人間)がいるんだっけ? ……世界最強だったか? まぁどっちでも変わらんだろう

 ……………

 

 「……マジで?」

 

 「マジですわ」

 

 何でいるしDEM社員。てかそれだと五河が危ないんじゃね? 一応〈ラタトスク〉のキーキャラなんだし、DEM社の接触はなるべく避けようと何らかの動きがあるんじゃないの? よくわからんけど

 そう思ってくるみんに少し事情を聞いてみると……

 

 「そこまで警戒をしていないのではないかと思われますわ。何せ、その社員は士道様の実妹様でいらっしゃるのですから」

 

 「…………えぇ?」

 

 「しかも記憶喪失。DEM社に魔力処理という名の魔改造をされ、その事を本人は知らぬままにDEM社の命令の元動いている状態ですわね」

 

 何かその子の扱いが酷すぎる件について

 ここまで聞いて知らぬ存ぜぬが出来る程無関心でいられない俺は、くるみんにその子の事を聞くことにしたのだった

 

 五河の実妹、崇宮真那

 幼い頃にDEM社に”拾われた”事をきっかけにその恩返しとしてDEM社で働くようになったとか。記憶は2、3年前から昔のことをすぱっと覚えてないらしい

 更に、どうやら彼女はくるみんの宿主の精霊を殺しまくってるそうだ。俺的には殺しまくってると言う複数形の言葉に驚かされたね

 くるみんの宿主はどうやら分身体が作れるみたいで、崇宮嬢はその分身体を何度も殺しているそうです。そのせいか崇宮嬢はくるみんの宿主を「死なない精霊」と思っているらしい

 また、本体とは劣る分身体とはいえ、精霊を倒せるほどの魔術師(ウィザード)のようだ

 だがその体は、先ほど言われたように魔力処理が施されているせいで後十年も生きられない体に。良く言う力の代償ってやつだ

 そして、そのことを崇宮嬢本人は……未だ知らない

 

 結論。DEM社クズい

 

 あらかた聞き終えた俺はどうしたものかと考える

 くるみんから話されたいくつかの言葉を繋ぎ合わせた結果、これから起きるかもしれないいざこざをある程度導き出したからだ

 未来の事を知る気は無かったんだけどなぁ……運悪く予想ついちゃったよ

 

 「つまりさ……これからくるみんの宿主……の分身か、そいつが崇宮嬢にぶっ殺されるってことでOK?」

 

 「ええ、良くお気づきになられましたわ」

 

 「いやくるみんの宿主を狙ってる少女がいるって時点で戦闘待った無しでしょうが。それに関わる五河は最早被害者だね」

 

 「えぇ、そうですわね。しかし、ここで士道様の身に危険が及ぶことはありませんし、真那様にも怪我はありません。ワタクシの宿主も分身体が一体殺される程度なので気にもしないでしょう」

 

 「……つまり?」

 

 「お母様が介入する必要はありません。寧ろ、DEM社にその存在を知られる事となってしまいます。故に、ワタクシはお母様に”静観”をお勧めいたしますわ」

 

 「なるほどねぇ……」

 

 黙って見てろってことか……

 確かに俺が向かってもメリットどころかデメリットしかないんだよなぁ

 俺だってまだDEM社に俺の日常を引っ掻きまわされたくねーし、こればかりはしょうがないか

 

 そう頭で考えた俺はビルの上からそのいざこざが起きるであろう方向に視線を向けるのだった。……左右に流していた前髪を下ろしつつ、な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やめろ真那! 頼むからやめてくれ……ッ!」

 

 俺の目の前では、目を逸らしたくなるような惨状が広がっていた

 周囲には赤黒い液体が広がり、吐き気を催す嫌な匂いが立ち込めている

 その先に、今にも息絶えそうな黒い少女が両足と腹部から周囲に広がる者と同一の赤黒い液体を流している……血だ

 そのすぐ脇、黒い少女を見下ろす白と青の装飾をした武装を身に纏った少女が、片手に携える巨大な光の刃を掲げるのだ

 

 その光景は、罪人を処す断頭台のようだった

 

 俺は恐怖に震える中、必死にその刃を掲げる少女に懇願する。俺と同じ髪の色を少女……俺を兄と慕う妹に

 この惨状。広い範囲に飛散った血痕は、黒い少女——狂三がやったことではある

 確かに狂三は人を殺したんだ。何の迷いも無く、口元を歪め、嗤いながら

 しかし、だからと言って自分の妹に……真那に人を、精霊を殺してほしくなんかなかった

 人を殺すのだけは駄目だと。たとえその相手が人殺しだったとしても、殺すのだけは駄目なんだとわかってほしかった

 

 そして、気づいてほしかった……自分の心を擦り減らしてまでやらないでほしいって

 

 

 

 しかし……その願いは届かなかった

 

 

 

 真那は躊躇なくその刃を狂三に振り下ろす

 迷いはない。それはただの作業だと、いつもやり慣れている動きだと、そう言わんばかりに一切のブレも無い振り下ろし。その先は倒れ伏す狂三の首へと向かっていく

 目を逸らしたい。でも、俺はその瞬間から目を逸らせずにいた

 そして、その光輝く刃が狂三の首を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ッ!」

 

 「……え?」

 

 ――断ち切る事はなかった

 

 俺には何が起こったのかよくわからなかった

 真那も突然の事に目を大きく見開いている

 インカムから流れた琴里の声も、動揺を隠せていないらしい

 

 何故なら、今にも息絶えそうだった狂三が……目の前で忽然と消えたのだから

 

 最初、俺は狂三が消失(ロスト)したのかと思った。精霊が突然姿を消すなんて、俺の中ではそれぐらいしか思い浮かばなかったから

 

 だが、その考えは次に聞こえてくる言葉で否定される事になったのだ

 

 

 

 

 

 「——デメリットしかねーんだけどな」

 

 

 

 

 

 その声は俺達の頭上から唐突に響いてきた

 

 「俺が来る必要性とか全くなかったみたいなんだよ。寧ろ来たら来たで俺に厄介事が舞い込んでくるみたいだったし」

 

 その声は先程まで聞いていた声と同じだった

 

 「だから静観してようかと思ってたんだけどよぉ……コイツ、人を殺してるんだってな。まぁこの惨状を見れば簡単に察せるけどよ」

 

 その声のするほうに顔を向けた俺は……驚きを隠せない

 

 「……言っとくけど、悪者と手を組んでまでやりたいことをやろうなんて俺は思っちゃいねぇ。それだったらダラダラと横になって昼寝したいね」

 

 深緑色の軍服の上着を肩にかけ、その両手に()()()()()()抱き上げている少女——

 

 

 

 「でもな? 知人に似た顔の奴を見殺しにすんのはどうも気にいらねぇんだわ」

 

 

 

 先程まで上げていた前髪を下ろし、空中に佇む精霊——千歳だった

 

 

 

 

 「何者でやがりますか?」

 

 「精霊様でやがりますよ」

 

 「っ! まさかテメーが〈アビス〉でやがりますか!?」

 

 「さぁ、どうでやがりましょーね? ——っと、この口調案外しゃべりにくいな。よくこんな口調が身についたもんだ」

 

 千歳は瀕死の狂三を抱えつつ、その隠れて見えない双眸を真那へと向ける

 真那は予想外の出来事に一瞬狼狽えるも、すぐさま気を持ち直して千歳に刃を向けるのだった

 

 「これは好都合でやがります。〈アビス〉には接触次第”殲滅する”よう言い渡されてやがりましたからね。その腕に抱いた奴ともどもくたばってください」

 

 そう言って真那は、上空にいる千歳に向け明らかな敵意と殺気を向けるのだった。——って!? 真那は千歳も殺す気なのか!?

 

 「……ホント、めんどくせー選択したもんだ……まぁとりあえず、だ」

 

 そんな真那の様子を確認した千歳は、別段取り乱したような素振りを見せないまま……一言告げる

 

 

 

 

 

 「遊び(戦争)の時間は終わりだ。それでもまだ続けようってんなら……軽く遊んでやるよ(あしらってやるよ)

 

 

 

 

 

 ――その言葉は、千歳らしからぬ傲慢な物言いだった——

 

 




・モスド・ムルリア
「モス」〇ーガー、「ドム」〇ムバーガー、マク〇ナ「ル」ド、ロ〇テ「リア」の複合型ハンバーガー店
何でもござれ

・百個のハンバーガー
一度はやってみたい事。実際友人がやったのを見て自分もやってみたくなった
一度に食べられたのは14個。頑張った私
その後数日かけて美味しく頂きました

・メリット・デメリット
そんなもん知らん。やりたいようにやるだけだゴラァ


次回・ちょっとした戦闘。そして本格的に狂三登場
章終話は近い? では次回へ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「【心蝕瞳】の依存症? 知ってる」

メガネ愛好者です

屋上の場面まで行けなかった……すいませんが、狂三(本体)との邂逅はお預けです
そして、少しシリアス入るかも……いや、これをシリアスと言ってもよいのだろうか?

とりあえず一言、これぞ『The・初見殺し』である

それでは


 

 

 突如として二人の前に現れた千歳

 彼女の登場で辺りには緊張が走り、普段見せない千歳の巨大すぎる霊力がこの場にいる者全てに更なる重圧を与え始める事となる

 その重圧に真那は予想していた以上の力を感じて警戒心を高め、士道は実質初めて目の当たりにする千歳の威圧に怯んで声が出せないでいる。千歳に抱えられた狂三も、その()()()()の行動に困惑を隠せないでいる

 ()()()()()()()者に助けられるとは思わなかったが故に

 そして、普段見せない千歳の態度にこの状況を見ているであろう琴里を初めとした〈フラクシナス〉のクルー達にも緊張が走り、下手に動けないでいたのだった

 

 千歳はそこにいるだけで場の空気を掌握したのだ。その異常過ぎる霊力波と普段からは見られない神妙な雰囲気のみで……

 

 そんな今も尚周囲の者達から注目を浴びている千歳はと言うと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (どうだったくるみん? カッコよくキマってたか?)

 

 『えぇ! それはもうキマりまくりですわ! 今のお母様はその場の誰よりも凛々しゅうございます!』

 

 (そ、そうか……なんか照れるな。でも悪い気分じゃないし俺も満足かも。こう「俺、強者!」って感じで)

 

 『(やはりお母様は凛々しさと力強さを強調させるべきですわね。その外見も相まり、他の者達と比べて雄々しさが段違いですもの。ふとしたことで見せる動揺した姿も捨てがたいのですが……やはり、お母様らしさを出すならこれ(微中二モード)が一番ですわね!)』

 

 

 ――内心は結構いつも通りだった

 

 

 実を言うと、先程取った傲慢な態度も自身の影に潜んでいるくるみんに「ここは相手を威圧して優位に立つべきですわ。ですので、お母様が思い描く堂々たる姿で語り掛けてみてくださいまし」……と、そう言われた結果の物だった

 そして、あまりやったことのない煽りだったが故にそこまで自信も持てなかった千歳は、その言動に不備が無いかとくるみんに確認している現状である

 別にふざけている訳ではない。これも相手から主導権を得る為に行ったことであり、自分のペースに持ち込むためのアクションでもあったのだ

 実際にそれは成功し、相対する(真那)に警戒心を抱かせることが出来た訳だ。これによって、相手は慎重に動かざるを得なくなるだろう

 はっきり言えば、千歳としては大胆に特攻された方が対処に困る。それなら慎重にチキンプレイしてくれた方が、直接攻撃する気の無い千歳にとってはありがたいのだ

 つまり、この状況は千歳にとって良い方向へと進んでいるのだった

 

 (……さてと、んじゃさっさと済ませるか。まずは早く……狂三だっけ? 安全な場所に移さんとな。このままじゃ流石に不味いし)

 

 くるみんに今の言動は問題無いかと確認した千歳は相手に動きが無いか警戒しつつ、瀕死の狂三を安全な場所に移動させようと行動に移すのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直言って、千歳は今の狂三の姿をあまり見ていたくはなかった。見ていられなかったんだ

 今にも息絶えそうな程に傷ついた彼女を見ているだけで心を締め付けられるような息苦しさを感じ、同時にやり場の無い怒りを爆発させてしまいそうで……その激情が表に出てしまいそうになってしまうが故に

 

 確かにこの少女は数多くの人を殺してきたのだろう。分身体とはいえ、許されない事に手を染めてきた事はこの現状で十分に理解させられる

 その対処に目の前の少女——光の刃を構える真那が殺そうとしたのも仕方が無い事なのかもしれない。狂三を殺せば、少なくともこれ以上の被害をこの分身体からは出さずに済むのだから

 彼女の取っている手段が必ずしも間違いだとは千歳には言えない。寧ろ世界にとって災厄である精霊を殺す事は、人類にとっては”英雄的行為”になるのではないだろうか? 故に千歳は完全に間違いだとは言えないのだ

 

 

 だからこそ——そんな事関係無しに千歳は狂三を助けようとした

 

 

 理屈がどうとかは関係無い

 ただ目の前で殺されそうになった少女を助けたかった

 例え本体からすればただの分身体だったとしても、見て見ぬ振りをする事なんて出来なかった

 自身をお母様と慕ってくれる少女と似た存在を……千歳は見捨てたくなかったのだ

 

 

 何より自分は精霊だ。精霊の味方をして何が悪い?

 

 

 千歳自身の交友関係を無しにした場合、千歳は”人”と”精霊”のどちらに味方をするかと聞かれれば……迷い無く”精霊”だと答えるだろう

 元は確かに人間だった。自身が未だに人間だったとしたら人の味方につこうとしていたかもしれない。何せ精霊は人からすれば危険な存在でしかないのだから

 しかし、今では自分が人間だったという自覚もかなり薄れてきている。”人”だった千歳は”精霊”の千歳へと価値観が変化し、多くの”人”よりもたった一人の”精霊”を優先するぐらいには考えが変わってきているのだ

 だからと言って無暗に人を傷つけたりする気は毛頭無い。あくまで優先すべき相手が精霊なだけで、別に人と事を構える理由等は一切無い

 あくまでも千歳は精霊を選ぶだけだ。例え人から敵視されても、友人達に嫌われたとしても……その”選択”は変わらないだろう

 

 

 

 それらの理由によって、千歳は狂三を助けることにした。自分にとってはデメリット以外の何でもない行動であるにも関わらずにだ

 この事で今後の千歳の立場は大なり小なり変化するだろう。少なくとも……いい方向で無いことは確かだ

 

 しかし、最早そんな事で立ち止まる千歳ではない

 

 そんな事はどうでもいい、この子を助ける為ならそこまで気にする事ではないと、狂三に救いの手を差し伸べる事で示すのだった

 勿論千歳の影に潜むくるみんは反対した。行く必要はない、自分の身を危険に晒す必要はないと千歳を説得した

 それが千歳の為を思っての反論なのは千歳も十分にわかっている。わかってはいるのだ

 それでも千歳は分身体とはいえ、くるみんと同じ顔をした精霊が殺されるところをジッと見ている事が出来なかった。きっと違う顔の精霊でもそうしたであろう

 

 最早それはエゴに他ならない。ただ千歳が納得できないから、気にいらないからそうしたいというだけの自己満足に他ならない

 しかし、例えエゴであろうが千歳は自身の想いを曲げることは無いだろう

 損得では語れない千歳の本質が、己が意思を曲げることを拒んでいるが故に……

 

 

 

 

 

 ――話を戻そう

 そんな千歳だが、はっきり言ってしまえば傷や体力などを回復させるような能力が無かったりする。相手の肉体に直接的な変化をもたらすような能力を千歳は持ち得ていないのだ

 医療の心得もありはしないし、医療道具を出しても正しい使用用途を知らない為十分な処置を施せない

 何より、この傷では一般的な医療品など付け焼刃にもならないだろう。それ程までに狂三の傷は深いのだ

 だから今の千歳に狂三の傷を治す手段などありはしなかった

 

 

 まぁ……千歳()()、だが

 

 

 『この分身体の処置はワタクシにお任せくださいまし。元は同じ〈刻々帝〉(ワタクシ)です。今は堕天使とはいえ未来の〈刻々帝(ザフキエル)〉であるワタクシに霊力による干渉が出来ない等という道理はありませんわ』

 

 ここまでに至る道中でくるみんからは事情を聞いていた。くるみんなら狂三の分身体を延命させる事が出来ると

 

 くるみんは自身の性質上、理論上では分身体に干渉が出来るのだ

 今は堕天使と化してしまったとはいえ、元は同じ天使であるくるみん

 天使の力によって、過去の自分を霊力を用いり構成された分身体である狂三

 どちらも結局は天使を媒体に霊力から生まれた存在だ。ならば、同一の天使から生まれた狂三をその媒体であるくるみん(元天使)が干渉出来ない事は無いとくるみんは言ったのだった

 

 実際に、くるみんは千歳の存在を狂三(オリジナル)に知られないよう、接触しようと試みた狂三(分身体)に干渉し、千歳の情報が他から漏れぬ様に記憶を改竄していた裏話があったりするが、ここで語る事ではない為今は省略する

 

 (同じ存在(天使)同士だから、霊力使えば外傷を治せる(修復できる)んだったよな? こっちの対処が終わったらすぐに向かうから、狂三の事お願いしてもいいか?)

 

 『承りましたわ。では分身体を回収後、そのまま拠点(部屋)に戻ります故、くれぐれもお気をつけて。……無事に帰ってきてください』

 

 (あぁ、約束するよ。それじゃ――【(イェソス)】)

 

 そして千歳は人知れず〈瞳〉の力を発動させる

 【(イェソス)】を発動する事によって、腕に抱きかかえていた狂三が一瞬のうちに姿を消した。——この場所からかなり離れた、視界の先に見えるビルの屋上へ

 それに伴いくるみんも影へ潜んだまま移動を開始、狂三の回収へとあらかじめ決めていたビルへと向うのだった

 

 (……ごめんな、くるみん)

 

 くるみんが自身から離れていく中、千歳はくるみんに対して後ろめたさを感じていた

 自身のわがままで己が立場を悪化させているという事は、千歳に付き添ってくれているくるみんにも危害が及ぶかもしれないという事でもあるのだ。もし自身の代わりにくるみんに被害が及べば……千歳は何をするかわかったもんじゃない

 何より、今回狂三を助ける為には自身の力だけでは足りなかった

 もっと早くに駆けつけてさえいれば、狂三が痛い思いをする事もなかっただろうし、くるみんに迷惑をかける事も無かった

 

 千歳は助けたいと言っておきながら、実質他人頼りになってしまった自分が許せなかった 

 

 だからこそ千歳はくるみんに対して後ろめたさを感じていた

 自身の情けなさが、自身のわがままで他人に迷惑をかけているのが……気にくわなかった

 

 (……帰った後、何かくるみんのお願いを聞き入れよう。助けてもらってばかりじゃ性に合わないし)

 

 そんな千歳は自己嫌悪に陥りつつ、自分の為に体を張ってくれているくるみんに日頃のお詫びと感謝を伝えようと胸に抱くのだった

 

 ……このお詫びが、後に千歳の精神をガリガリと削ることになる事を千歳はまだ知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、これで千歳を支援する者は近くからいなくなった訳だ。後は自身の判断で動くしかないこの状況に、千歳は気を引き締めながら現状を整理する事にする

 

 先程までは、真那は手に持つ光の刃を構えつつ隙を伺っているようだった

 しかし、狂三が忽然と姿を消した事で少し目を見開いた辺り、真那は今の現象に驚いているようだった

 そんな真那が警戒しながら千歳に問い詰め始め——

 

 「……〈アビス〉、〈ナイトメア〉に何をしやがったのですか?」

 

 「君が知る事じゃあないね。もし知りたいなら……そうだな、実力行使で聞いてみたら?」

 

 「最初からそのつもりでやがりますッ!」

 

 真那の力強い言葉と共に、千歳を殲滅せんと動き始めるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (一体どんな精霊か……いや、関係ねーです。結果殺せればこちらのもんでやがりますからね)

 

 千歳と相対する真那は、得体の知れない相手に対して最初から接近戦に持ち込むのは危険だと考えたのか、手に持っていた光の刃を肩の武装へと納刀する

 そして、納刀と同時に肩の武装が変形し、そこからいくつかの銃口が展開された

 現れた銃口は両肩合わせて十つ、そのどれもが千歳へと向き、真那は何の躊躇も無く銃口から青白い光線を放つのだった

 

 この光線は彼女の得意とする攻撃手段の一つであり、狂三を瀕死にまで追い詰めたものと同様ものだ

 十条の光線が真那の意思により様々な軌道へと変化しながら相手に迫り、その軌道は真那の意思によって予測不可能な軌道を描く

 例え避けたとしても真那が相手の姿を捉えていれば問題は無い。避けられた瞬間にその矛先を再び対象へと向ければいい事なのだから

 故に簡単に避ける事など出来はしないと、真那はその攻撃に自信を持っていた

 

 ……因みにだが、この攻撃を初見で回避しきった者がいる

 その者は彼女の上司であり、世界最強の魔術師(ウィザード)と呼ばれていたりするのだが……その者は避けきる事では飽き足らず、そのまま反撃して来たりしたのだった

 まぁ、アレは人間やめてる為に不思議と納得する事が出来るのだが……

 

 とにかく、真那はこの攻撃に大きな信頼を寄せていた。それは幾度なく狂三の命を絶って来た事からくる自信でもある

 例え避けられたとしても、その間に目の前の精霊が天使の能力を使ってくれれば今後の対処も楽になる。いわば二段構えの行動だった

 だからこそ、真那は自身の行動を決して間違いだとは思っていない

 そして真那は、もし隙が出来ればそのまま接近戦に持ち込んで一気に殲滅しようと考える

 下手に相手に猶予を与える必要がない為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんな物騒なもん使ってんじゃねぇよ」

 

 

 

 しかし、その考えは脆くも崩れ去る。何せ——

 

 

 

 「……え?」

 

 

 

 ――何の挙動も示さぬままに、千歳は真那を無力化したのだから

 

 

 

 真那は一瞬何が起きたのか理解できなかった

 千歳へと迫った光線は一つ残らず虚空へと霧散し、その上で自身の纏うCR-ユニットを()()()()()()()させられたのだ

 機能停止したユニットは真那の意思ではうんともすんとも反応せず、ただの鉄の塊と化していた。その急な異変に流石の真那も一瞬呆け、次の瞬間には焦りを隠せなかった

 そして、CR-ユニットの唐突な機能停止に意識が向いている真那は未だに気づいていない。自身のCR-ユニットだけではなく、展開していた随意領域(テリトリー)までもが無力化されている事に

 

 「な、何が起こって――ッ!?」

 

 そんな真那の隙を、その原因たる千歳が見逃すはずが無い

 機能停止により戸惑う真那の隙を確認した千歳は、瞬きよりも速く真那の目の前に現れ、そして……”アレ”を発動した

 

 

 

 「……体は大事にしろよ? とにかく今は……”眠っとけ”」

 

 

 

 片手で頭を掴まれ、顔を正面に固定された真那は……”視て”しまった

 

 

 ――千歳が持つ”深淵()”を——

 

 

 千歳の髪の間から露わとなるは、周囲の光を取り込む程の仄暗さを宿した深緑色の〈瞳〉。それを真那は視界に入れてしまった

 

 【心蝕瞳(イロウシェン)】、報告にあった〈アビス〉の最も危険な力であり、識別名の由来となった能力——彼女の総合危険度がSランクへと更新されるきっかけとなった能力である

 今では何がきっかけとなったのか、その症状に掛かっていた者達が次々と目を覚まし始めている

 しかし、その()()()が人によっては深刻な為に未だ警戒を怠ることが出来ない。その後遺症がまた、進行(侵蝕)が進むにつれて症状が悪化しているのだから

 

 警戒していなかったわけじゃない。十分に警戒はしていた

 最近では随意領域(テリトリー)を張る事である程度軽減出来ることがASTの今までの経験から判明していた為、真那も随意領域(テリトリー)の強度を高めてはいたのだ。……無効化されるまでは

 

 そんな【心蝕瞳(イロウシェン)】を、真那は己が身で味わう事となってしまう

 その結果は分かりきっていた。随意領域(テリトリー)も無い状況でそれを防ぐ手立ては存在しない。故に、真那はいとも簡単に千歳の深淵()へと(いざな)われる事となる

 

 そんな真那が最後に見たものは、その不気味でおそろしく……それでいて安堵感がこみ上がる、仄暗き深緑色の〈瞳〉だけだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……っ、はぁぁぁぁぁあああ……上手くいってよかったぜ

 

 どうも、千歳です

 今は慣れない戦闘を手早く終わらせて〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉で眠らせた崇宮嬢を地面に倒れ込まないように支えています。まぁ戦闘なんて名ばかりだったけどさ

 ……え? 〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉はあまり好かないんじゃなかったのかって? まぁそうだな。それは変わってないよ

 でも背に腹は代えられねーっていうじゃん? それにこれが一番相手を無傷で無力化するのに適してるし、何より発動条件が楽だったんだもん。しゃあないしゃあない

 

 因みに、今の戦闘(という名の作業)でやったことは主に三つだ

 相手の攻撃手段の無力化、目の前まで瞬間移動、強制昏睡の三つだ。どれもこれも反則臭い気がしてしょうがない

 まぁ精霊だからこのぐらいは普通でしょ。……普通だと言ってくれ

 

 とりあえず、せっかくだし順に解説していくとしよう

 

 まず初めに、さっきラウンドテンで発動していた【(ホドス)】を最初から発動させてました

 これによって急な攻撃からでもすぐに反応できるようにしてたんだよ。前にくるみんから強襲された時はパニクって状況判断が追い付かないままノックダウンしちゃったからね、あらかじめ戦闘になるかもって予想できてるんだったら初めに発動させておいて損は無いでしょ? って思った次第です

 その事もあって、崇宮嬢が話を区切って攻撃してきたときもすぐに反応出来たよ。てかその肩の武装カッケーなオイ、剣と銃になるとかロマンがあるぜ。いいセンスだ

 まぁそれは置いといて、その攻撃の対処法は今回やったこと以外にもいろいろあったんだけど、予想外の行動とかされても困るしさっさと終わらせたくもあったから、一番(俺が)安全で手っ取り早い方法を使ったんだわさ

 

 それがこれ、【(ケセス)】による武装の機能停止だ

 

 ……あ、そう言えば【(ケセス)】は初公開だったっけ? よしのんが〈第四の瞳(ケセス・プリュネル)〉を使ってたみたいだったから忘れてたよ

 まぁ俺の【(ケセス)】はそれの劣化版だから別にそこまで解説はいらないんだけど……とりあえず説明はしておくことにするな?

 

 

 【(ケセス)

 これを一言で説明するなら、見た対象の機能を一時的に凍結させるってものだ

 対象は生物以外、つまり人や動物の動きを止めるとかは無理っす。よしのんの〈瞳〉は出来るみたいだけどね

 では俺に出来る事は何か? ぶっちゃければ無機物や相手の技能を一時的に機能不全or機能停止に出来るのです

 これで崇宮嬢の武装やバリアーみたいなのを一時的に使用不可能にしたわけだ。目には見えないけど、ASTや崇宮嬢の使っているであろう魔力って言うのもついでに機能不全にしたのは正解だったね。そのおかげでレーザー消えたし

 因みに効果時間は10秒。短いと思いがちだが、戦闘中の10秒は結構長いぜ?

 まぁ動きを止められる事が一番だったんだけど、それは俺の【(ケセス)】の効果対象外だからしゃーないね

 

 

 そんな訳で、魔力やら武装やらを【(ケセス)】によって機能停止、機能不全にした為に肩の砲門から放った光線も俺に届く前に霧散しました。ギリギリまで残ってたから内心焦ったりしたのは内緒だ。うん

 そして、その光景に唖然とした崇宮嬢の懐に【(ビナス)】で距離を詰めて、〈侵蝕霊廟(イロウエル)〉の監視から俺の〈瞳〉に移した〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉で夢の国にご招待した訳だ。ハハッ☆

 

 ……まぁ背に腹は代えられないってはいったけど、本当だったら〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉は使いたくはなかった〈瞳〉ではあるんだけどさ。相手が相手だし、油断やら戦闘が長引いて状況が悪くなったら元も子もないんだ。今回ばかりは使わせてもらったよ。しばらくしたらまた監視に戻すつもりではいるし、それと同時に崇宮嬢も目が覚めるだろうから以前ほど危険性は無いしな

 

 問題があるとしたら……後遺症がなぁ……

 

 あ、後遺症ってのはようするに……あれだ、依存症になっちゃうんですよ。〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉を見ちゃった相手が

 人によって効果はまちまちではあるんだけど、効果が出てしまうと結構不味いかもしれない

 理由としては、〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉が与える夢を幸福だと思ってしまう程に依存率が上がり、それによって眠り癖がついてしまうのですよ

 「眠ればまたあの幸福を味わえるのではないか?」と言う依存症が心を蝕み、意識せずとも眠りたくなってしまうと言う後遺症がその人を襲うのです。症状が出てしまった方、本当に申し訳ない……

 心が強い人なんかはすぐに克服も出来ると思うんだけど、全員が全員心が強い訳じゃない。その中で幸福だと感じてしまった人は、眠りにつく度に依存性が上がっちまう仕様は鬼畜過ぎると俺は思います

 そして、そんな発症者達が最後に行きつく先に待つのは…………いや、考えるのはよそう。きっとそこまでにはならない筈だ

 

 

 そうじゃないと……堪えられそうにない

 

 

 ……っと、今はこんなことを考えてる場合じゃなかったな

 きっと崇宮嬢は後遺症とか大丈夫だろうし、とりあえずはこの場は早々に退散しよう。少しの間とは言え霊力を開放しちゃったわけだし、ASTが来るのも時間の問題だ

 とりあえず俺は崇宮嬢を近くの木に運び、周囲に広がった血痕が届かない場所に寝かせることにする。多分ASTが保護してくれるだろう

 そして俺は顕現させていた霊装を元の服装に戻しつつ……一部始終を見て唖然としていた五河に向き直るのだった

 

 「……とりあえず、今日はもうお互い帰るとすっか。な? 五河」

 

 「っ……」

 

 俺が五河に話しかけると、今まで目の前で起きていた事に怯えた表情を浮かべつつ、何とか俺の言葉にゆっくりと頷くのだった

 ”怯え”、か……まぁしょうがねーか。少し前までは一般人だったみたいだし、この場の惨状や殺意に敵意が一瞬とはいえ交差された場に居合わせたんだ。恐くなってもしょうがない

 寧ろなんで俺はここまで平然としていられるんだろう? 一応俺だって元は人間だったんだけど……まぁ別にいいか

 

 それにしても……今回で五河にハッキリと知られちまったな。俺が精霊だってこと

 多分〈ラタトスク〉からは聞かされていたりするんだろうけど、こうして実際に肌で感じないと現実味が無いもんだと思うんだよ

 以前俺が十香と共闘した時は五河が目覚めてすぐに消えたから、五河は俺の事をきちんとは確認していなかっただろうしね。あの時は五河も十香の事で頭が一杯一杯だっただろうし

 

 

 ……だから、しょうがない

 

 

 例え……友人から怯えられた表情をされようが、しょうがないんだ

 

 

 「……じゃあな、五河」

 

 「……ぁ、ち、千歳! 待っ――」

 

 何かに気づいたかのように表情を変えた五河の姿を最後に、俺はくるみんと狂三が待つであろうくるみんの用意した部屋に【(ゲブラス)】と【(ビナス)】を使って転移するのであった

 

 

 ……なんでだろう

 

 

 なんか……心苦しいや……

 

 




千歳さん、いろいろと悩む

それにしても、劣化版とは言え数種類の能力があるとこうもやりたい放題できるものなのか……
とうとう魔術師キラーも出てきちゃったわけですが……白髪の少女ならなんか対抗できそうで困る
素のスペックが最早逸般人ですし……多分徒手格闘戦になったら千歳さん負けるんじゃね? と思う今日この頃

次回、多分章終話です。少なくとも三章は後2話以内で終わるかと


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 「本体は容赦が無い? 知ってる」

メガネ愛好者です

案の定1話に収まりきらんかった……
でも次話は間違いなく章終話です。これは間違いない……

さて、一体千歳さんとくるみんは狂三をどうするのでしょうか?

それでは


 

 

 五河の姿を最後に、俺はくるみんが用意したあの部屋へと転移した

 一瞬で変わった景色も今では慣れたものであり、特に新鮮味も無く転移した俺は一応目的の場所に転移できたかどうかを確認する為に辺りを見渡し始める

 視界に広がるのは最近見慣れる様になった部屋、くるみんが用意してくれた拠点の中だった。そこまで心配はしてなかったけど問題は無かったみたいです

 

 因みにだが、このくるみんが用意した部屋……まぁ俺が監禁されていた部屋なんだが、どうやらここは天宮市内に佇むマンションの一室みたいです

 一階の奥に位置するこの部屋は、どうやったかは聞いてないけど……くるみんが直接このマンションの管理人に”オハナシ”した結果、自由に使っていいこととなったらしい

 詳しくは聞かない。なんか聞くのが怖いから

 そんなくるみんが用意した部屋なんだが、どうやら他の部屋とは機能やら内装やらが違うらしい

 てかはっきり言うと……

 

 

 「これからここは、ワタクシ達の拠点となる場所です。ですので、未来にて身につけた技術を駆使して改ぞ――改装させてもらいましたの。いかがでしょう?」

 

 「言い直してもやったことには変わりないって言うよね? まさにそれが今の現状だよくるみん」

 

 

 ――くるみんが魔改造を施してしまった

 

 

 自由自在に内装が変わり、何もない壁から窓が出現する。あの重厚そうな扉だって一瞬で床へと完全収納し、そもそも壁やら部屋の配置等が端末操作一つで早変わり……ははは、物理法則どこ行ったよオイ。迷子か?

 あの外界の情報を完全遮断していた部屋が見事にごく普通な部屋へとトランスフォーム、またはビフォーアフターしたわけなんだが……俺から言わせてもらうと、未来技術も凄いがこの機能を施すくるみんの方がヤバいと思うのですわ

 これ一人でやったんだとよ。流石は堕天使ってか? 現代の大工が涙目だよお馬鹿

 ……いや、まぁ別に俺が困る事は何一つなく、寧ろ大助かりではあるけどさ? くるみんの未来技術で俺の常識がブレイクダンスしだす並みにアッパラパーになりかけてるんだよ。いや、もうなってるのか? ……自分で言ってて何言ってるのかももうよくわからんわ。千歳さんは難しい事を考えるのが嫌いなのだよ、めんどくさいから

 

 ――アレ? 今では空飛ぶ機械兵団だったり空中戦艦だったりと摩訶不思議化学が蔓延っているようなご時世だ。数年もすればこのぐらいの技術も不思議じゃない……のか? そう思いたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず俺は自室から廊下に出てくるみんの部屋へと向かうことにする。多分其処に狂三が運ばれただろうしね

 俺はくるみんの部屋の前まで行って扉を数回ノックする。予想通り部屋の中にはくるみんが居たようで、いつもの抑揚で返事をしてくれた

 そんな訳でくるみんの部屋にお邪魔する事に。そして、部屋に置かれたベットで横に寝かされている狂三(別に本体はこの場に居ないし狂三って呼ぶ事にする)と、その様子を見守るように佇むくるみんの二人を俺は視界に移したのだった

 どうやら二人とも何事も無く事が済んだようだ。とりあえず一安心だね

 もしかしたらくるみんが狂三の元に行く道中なんかでASTやDEM社等と遭遇するかもしれないしね。ちょっと不安だったりしてたんだけど……流石に考えすぎだったかな?

 ……考えすぎとか柄じゃねーな、うん

 

 「ご無事で何よりですわ、お母様」

 

 「おう、ただいま」

 

 とりあえず俺はくるみんの出迎えに返事する。安否確認は大事だぜ? 下手に隠したりなんかも絶対だめだ。もし怪我があった場合、後になって悪化したら大変だからな

 その報告とばかりに俺がくるみんへ返事を返すと、くるみんが眉をひそめるのが視界に映る……って、え? 急にどうした?

 

 「……お母様、どうかなされましたか?」

 

 「はい? いやどうもしてないけど。怪我もないし」

 

 「そうではありません。……何か、お母様の機嫌を害されるような事でもなされましたか? という事です。何やら浮かない表情をなされていましたので」

 

 「……気にすんな。特に問題は無いし今後にも支障は出んさ」

 

 ……鋭いなくるみん

 確かに今の俺は機嫌が良いとは言えなかった

 

 あの時、転移する前に見せられた五河の表情が……なんか、頭から離れられなくてな

 

 別にあの反応は人として普通の事だし、俺も特に気にしては無い……筈なんだけどさ。どうも頭に引っかかるんだわ

 怯えられた表情なんて、俺がこの世界に来た時にASTから沢山見せられたってのによ。半数程は恨みがましく睨みつけるような険しい表情だったけどね

 特にあの白髪少女、あの子は今でも覚えてるわ。精霊の俺に臆さず斬りかかって来た子だったし、あの親の仇でも見るような憎悪に満ちた表情は、俺の脳裏へ簡単に刻まれて中々に忘れられないものになってるし

 十香の時も、ASTで唯一剣を交えたのもあの子だったし……精霊に恨みでもあんのかね?

 ……無い、とは言い切れないか

 

 そんな訳で、別に人から悪く見られたとしても今更気にする事は無い筈だったんだよ。だからどうしても疑問に……あ

 あー……でもあれか。おじちゃん達から同じように見られても似たことになりそうだし、知り合いからされたら辛いものがあるってことなのかもしれねーわ

 五河は唯一にして今世初めての男友達だし、そんな相手から怯えられたらショックも受けるってことなのかも。いつからこんな豆腐メンタルになったんだよ俺氏

 とりあえずは、今度からそこら辺の配慮もする事にしよう。別に好きで嫌われようとしてるわけじゃねーし、極力は日々を面白おかしく生きていきたい俺にとっては周りとの関係を邪険にはしたくないからね

 ……多分そうだよな? 一先ず今はそう思っておこ……

 

 

 

 

 

 とりあえず今は、そんなよくわからない感情は頭の隅に追いやることにしよう

 ある程度頭を整理した後、俺は目の前にいるくるみんと、その横で眠りにつく狂三のこれからの事を話し合う事にするのだった

 

 「流石にこのまま本体の元に返すってわけにもいかない……よな」

 

 「そうですわねぇ……念のため、記憶を少々弄ってワタクシ達に関する情報を封鎖する事も可能ですが、今から本体と合流させてしまうのはいささか不自然すぎるでしょう」

 

 「やっぱり違和感無しに事を進めんのは無理っぽい?」

 

 「本体の狙いはあくまで士道様ですわ。その相手をしていた分身体が、一時的にとはいえ姿を晦ましたとなれば不信感も抱きましょう。本体も馬鹿ではありません、もしも分身体に何らかの細工を仕掛けられた事に気付いたとなれば……」

 

 「最悪”処分”されるってか? ……くるみんから話に聞いただけで、まだ本人とは会った事も無いから何とも言えんけど……そこまで容赦ねーの? 狂三って子は」

 

 「えぇ、それはもう。どこぞの鋼猿に牙獅子がネイ〇クラッシャーするが如く、問答無用で腹部を貫かれる位には容赦がありませんわ」

 

 「見事に風穴空いてるじゃないですかヤダー。……てかそのネタ、今時の子は分かるのか?」

 

 「少し前にゲームで復刻しましたし、分かる人には分かるのではないでしょうか?」

 

 「いや、その場面は戦闘でカットされて描写が無いから多分わからんと思うぞ?」

 

 まぁ分かるかどうかなんて関係なく、どっちにしてもシャレにならん事態になるのは明白なんだけどさ

 

 さて、どうしたものか……くるみんの話が本当なら、このまま狂三を本体の元に戻したとしても帰ってきた分身体に不信感を抱く確率が非常に高いのだ

 さっき言ったような事が原因で本体に「処分」されてしまったとしたら、何の為に狂三を助けたのかよくわからなくなってしまう……俺やくるみんもそれだけは避けたい事体なのだ

 

 今のところ俺が考えている案は「俺達と一緒にいてもらう」っていうありきたりなものだ

 彼女が近くにいてくれれば、何かあった時に俺やくるみんがフォローに入れると思うし、この子の安全を保つんだったらそれが最善だと思うんですよ。……別に、他に考えが浮かばなかったわけじゃねーぞ?

 ただ、それを決めるのも狂三次第なんだけどさ? 今後どうするか決めるのはあくまで狂三自身なんだし、俺等に決定権は無いのは勿論、この子の自由を縛るつもりなんて端から無いもん。出来る事は選択肢を与えてあげるってことぐらいだ

 

 ――でも、俺としては一緒にいてくれる事を選んでくれるとありがたい。……てか嬉しいんだけどね。友達が増えるみたいでさ

 もしこの子が俺達と一緒にいてくれる事を選んでくれたならば、俺は最大限に歓迎しようと思ってるよ

 ……とりあえず打ち上げ花火でも用意するか? 本格的な花火を100玉程

 

 しかし、もし狂三が俺達と一緒に居てくれるようになったらなったで別の問題が上がってくるんだわ

 

 

 それは……()()()方の狂三だ

 

 

 流石に本体も、いきなり消息を絶った分身体をそのまま放置するなんて事はないだろう

 サーチ&デストロイ。この言葉通りに分身体を探し、不要と思えば”処分”するかもしれないとくるみんは言っている。それだけは見過ごせない

 今この瞬間にだって、必死にとはいかないまでも捜索を始めているかもしれないんだ。今は眠りについている狂三も、起きてすぐには答えを出せないだろうし、今来られると非常にめんどくさい事になるんだよ

 はぁ、どうしたもんかなぁ……

 

 「……お母様」

 

 「ん? どうしたくるみん?」

 

 「一つ、提案がありますわ」

 

 俺がこの子の今後について頭を悩ませていると、唐突にくるみんから声をかけられた

 未だベットで眠っている狂三を眺めつつ俺へと語りかけてくるくるみんは、静かに……自身の案を提案するのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ワタクシが、この子(分身体)の―――――――となりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――――――――――――――――――――

      なう・ろーでぃんぐ

   ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クアドラプルデートを終えた次の日

 再び登校日となり、自身が通う学校へと足を進める士道は一つの覚悟を胸に抱いていた

 

 先日、千歳が立ち去った後に彼はすぐさま〈フラクシナス〉に回収された。千歳の消えた場所から目を離さずに固まる士道をその場に居続けさせる訳にもいかなかったのだ

 何せ現状が現状だ。周囲には数人分の血痕が広がり、傷が無いとはいえ近くにはASTが束になっても敵わなかった真那が昏睡した状態で横たわっているのだ。徐々に近づいてくるASTがその現場を見てしまえば、士道を重要参考人として連れていかれてしまうことになるのはわかりきっている

 そう言った理由で士道をあの場から回収した琴里達だったのだが……そんな琴里達は、回収した士道の様子に困惑することになったのだった

 

 

 

 士道は自身がやってしまった過ちを後悔しているかのように、拳を強く握りしめつつ歯を食いしばっていた

 

 

 ――何も出来なかった。怯えることしか出来なかった――

 

 

 狂三に人を殺させてしまった

 もっと早く狂三の元へと駆けつけられたら、その手を汚さずに止めることが出来たかもしれない

 

 真那に狂三を殺されかけてしまった

 あの時周囲の現状に耐えられたら、真那が狂三へ攻撃する事を止めることが出来たかもしれない

 

 千歳に真那が眠らされてしまった

 千歳が急に現れた時、俺がすぐに動けていれば真那は【心蝕瞳(イロウシェン)】に掛かることは無かったかもしれない

 

 

 そして、結果的には狂三を助けて穏便にとはいかないまでも真那を止めてくれた千歳に——怯えた表情を向けてしまった

 さき程まで楽しそうに笑顔を浮かべていた千歳に、あんな……辛そうな表情をさせてしまったのだ

 無意識にとはいえ、自身の態度に不甲斐無さを感じてしまう。一瞬でも怯えてしまった自分を殴りつけたくなる程、士道の心には煮え切らない想いが渦巻いていたのだった

 

 

 

 そんな士道だったが、事情を察した琴里や士道の様子を十香が支えてくれたおかげで自身のやるべきことを再確認する

 そして士道は今日、おそらく学校へ来るはずの狂三と接触する事にしたのだ。自身の想いをぶつける為に、彼女達精霊を封印——いや、救う為に……

 

 己が教室に足を踏み入れると、案の定彼女は自分の席に座っていた

 何食わぬ顔で自身の席に着く狂三に士道は歩み寄り、自身の意思を伝え始める

 

 その内容は士道が決意した”狂三を救う”という一方的な理想論。その想いは狂三の心を逆撫でするに十分なものだった

 士道の抱く価値観を自身に押し付けるなという拒絶の言葉を持ってして言い返す狂三だったが、結局士道の決意が変わることは無かった

 その強い意志が宿した士道の瞳を見た狂三は、仕方がないとばかりに後程屋上へ来るよう伝え、士道から興味を無くしたかのように視線を逸らすのだった

 

 

 

 

 

 

 そして放課後、狂三の指定した屋上へと足を運ぼうとする士道の周囲に異変が生じ始める

 嫌な空気と共に周囲が少々暗くなり、それと同時に士道を襲う倦怠感と虚脱感。何とか意識は保てるものの……周りの者達はそうもいかなかった

 苦し気なうめき声と共に周囲の生徒達が倒れ始め、次々に意識を失っていく。近くにいた十香も意識は保ってはいるが、かなり辛そうな事がその顔色から見て取れる

 

 この原因を作った者は……分かっている

 今朝、士道を屋上に誘った精霊の起こした事なのだと察し、インカム越しから流れる令音の言葉からも推測出来ていた

 そんな士道は重い体に鞭を打ち、彼女が待つ屋上へと一目散に駆け始める

 

 

 そして、開かれる屋上の扉。その先には――愉快そうに歪んだ笑みを浮かべる少女、狂三の姿があった

 

 

 「――ようこそ。お待ちしておりましたわ、士道さん」

 

 あの時の霊装を身に纏い、士道を確認するなり自身の霊装の裾を摘み上げ、上品に挨拶しながら顔を向ける狂三は……”わらっていた”

 

 

 

 笑って(わらって)嗤って(ワらっテ)嘲っていた(わラッてイタ)……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして始まった二人の口論

 この間にも結界内にいる者の”時間(寿命)”を吸い上げる〈時喰(ときは)みの城〉が徐々に生徒達から”時間”を吸い上げていく

 そんな危険な力を止めるべく、そしてこれ以上狂三が人を殺めるのを阻止すべく、士道は狂三を説得し続けるのだった

 

 そもそもな話、何故急に狂三は〈時喰みの城〉を発動したのか?

 その答えに狂三は言った。そろそろ”時間”を補充しておきたかったと、まるで生徒が餌だと言わんばかりに言っていた

 しかしそれはついでのようなもので、狂三にはそれ以上に()()()()()()があった

 

 それは——士道の発言を撤回する事

 

 不快極まりなかった。そんな自身を救うなどという士道の世迷言を取り消す為だけに、彼女は強行手段に出たのだった

 「その程度の事で?」と人は思うかもしれない。——しかし狂三にとってはそれ程までの事をやってでも撤回させたかったのだ。士道の言葉に気分を害したが故に

 

 しかし、それでも士道がその言葉を撤回することは無かった

 その上で結界も解けと催促する辺り、いい性格をしていると思う

 士道も譲れないものがあるのだ。彼女を救う事を諦めるなど、最早士道の中にそんな選択肢はありえていないのだから

 そんな士道の態度に苛立ち始めた狂三は——次の手段を取る事となる

 

 

  ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――

 

 

 彼女は精霊にとって危険視とされてきている現象、空間震を起こそうとし始めたのだ

 狂三もこれで流石の士道も考えを改め直すだろうと考えた。〈時喰みの城〉と比べ、その殺傷性や被害は他の精霊で証明されているが故に、これできっと撤回するだろうと思い始める

 だからこそ、狂三は勝ち誇ったかのような表情を浮かべたのだ。焦りを見せる士道の顔を眺めながら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかし、どうにも狂三の思い通りにはいかないらしい

 

 

 狂三の言動を見た士道が、急に自殺を試み始めたのだ

 

 

 傍から見れば気が狂ったかの様な言動。しかし士道は、それにも臆せず自らの命を絶とうと屋上から飛び降りたのだ

 これには訳がある。狂三の言動と令音の報告によって、士道は先程から感じていた疑問を合点が合わさった故にきた行動だった

 

 彼女は……不慣れな想いに怯えていたのだ

 

 精霊である狂三、彼女は今まで殺伐とした時間を過ごしてきたはずだ

 人を殺し、自身が殺されてきた日々を――

 命を奪い、奪われる日々を――

 そんな、常に命のやり取りをしてきたからこそ狂三の心は摩耗していき、彼女にあった「平和」と言う文字が血の色で隠されてしまっていたのだ

 

 そんな日々に現れたのが、士道という名の穢れた物を浄化する水だった

 

 士道は狂三の心に張付いて固まった赤黒い血の色を徐々に消し去っていた

 それは優しく、温かい。初めて伸ばされた手は心が癒えるかの様な温もりに満ち溢れ、その熱が今の狂三を戸惑わせた

 士道に自身が変えられてしまう。汚れた血で濡れた自身の心を彼の綺麗な水で洗い流されそうで……それが怖かった

 自分という存在を変えられる……それが堪らなく怖く、恐ろしい

 

 しかし士道は、そんな狂三の心など知らんと言わんばかりに手を伸ばしてくる……曇りの無い、確固たる強い意思を持った瞳で狂三を見つめながら……

 

 

 そんな士道に、とうとう狂三は気を許し始めてしまう

 それが彼女に取って、自身の命が摘まれる事となるカウントダウンの開始の合図だとも知らずに……

 

 

 「士道さん、わたくしは……本当に……」

 

 

 

 

 

 ――そして、カウントはゼロとなった

 

 

 「――駄ァ目、ですわよ。そんな言葉に惑わされちゃあ」

 

 

 その声は狂三の背後から響き渡った

 不要と判断した”本体”が、その目の前にいる”分身体”を処分しようと動いたのだ

 これ以上は彼女にとって不毛である事は明白であり、その絆されゆく己が”分身体”を見ていることに不快感を抱いたが故に……”本体”は彼女の命を摘もうと手を伸ばしたのだ

 しかしその伸ばされた手は——

 

 

 

  ――パンッ

 

 

 

 「っ……!」

 

 ——急に振り返った”狂三(分身体)”の手によって弾かれた

 

 その行動に”本体”は目を見開き、瞬時に後方へ距離を取る。……その怪しく嗤う、自身の姿をした”得体の知れないナニカ”に警戒心を露わにしながら

 その”ナニカ”の背後にいる士道も、それを〈フラクシナス〉で現場を確認していた令音達も、二人の狂三を見て驚きのあまりに硬直してしまう

 

 

 

 「……くひひひ。やぁぁぁッぱり、このタイミングで介入するのですわね。相変わらずですわァ……それでこそ”わたくし(狂三)”です」

 

 

 

 士道の前に立つ”狂三(分身体?)”は、先程までの笑い方や言葉のニュアンスを変えて”狂三(本体)”へと話しかける

 それに”狂三(本体)”が不信感を抱くも、最早それは意味をなさない。既にここは——彼女の掌の内なのだから

 

 

 

 そして……変化が訪れた

 

 

 

 「それでは始めましょう? 今日を持って、この『わたくし(分身体)』は一つの個体となるのです!! サァサァおいでマセおいでマセ〈堕天・刻々帝(ザフキエルッ・フォォォルダウナァァァアア)〉!!!」

 

 

 

 その宣言と共に、彼女の左目——時針と分針があった時計のような瞳が絶え間なく回り続ける秒針へと変わった

 

 更に、彼女の手には黒を基準に紅い紋様が入った杖が現れる

 杖のグリップを掴み、反対側の先端にある石突で屋上の床を叩けば、より一層の変化が現れ始めるのだった

 

 赤と黒のヘッドバンドが頭部から消え去り、白バラをあしらわれたコサージュが左上部に出現する

 髪留めが無くなり、左右に縛られていた髪が解放される。その長く艶やかな黒い髪がまるで自由だと言わんばかりに風で靡き始める

 赤と黒をベースに作られたゴシックドレスの霊装も、胸や肩を隠すような落ち着いたゴシックドレスへと形状が変化し、その色も白をベースに一部が黒く染まった物へと変色する

 胸元には頭部と同じ白いバラを中心に、赤いリボンが着飾れられる

 

 霊装の変化も落ち着き、最後に時計を模した無機質な金色の左眼が紅く、深紅の右眼が……仄暗い黒曜色へと染まり終えることで全ての変化が終わりを告げた

 そんな、全体的に白と黒で着飾られた姿を見た士道がどこか……詠紫音の姿と被って見えたのだった

 それもそのはずだろう。彼女は正真正銘……詠紫音と同質の存在なのだから

 

 「……あなたは一体何者ですの?」

 

 そんな”彼女”に警戒し、更には……何処か苛立ちを込めた声色で問いかける狂三

 ”彼女”はそんな狂三の様子が可笑しかったのか、クスッと微笑みながら答えるのだった

 

 

 

 「では改めてご挨拶を……初めまして”わたくし(狂三)”。ワタクシの名前は駆瑠眠(くるみん)……”貴方”であって”あなた”とは異なる存在——堕天使にございます。親しみを込めてくるみんとお呼びくださいまし」

 

 

 くふふ……くひひひ……

 

 

 彼女は笑う、嗤う、嘲う。この現状を、面白可笑しく愉しみながら

 

 

 

 

 

 ――ワタクシが、この子の”スケープゴート”となりましょう――

 

 




スケープゴート。それは身代わりの意

はい、狂三ちゃんのお腹にネイ〇クラッシャー事件はくるみんによって阻止されたのでした
一体くるみんはこの後どうするのか? そもそも狂三(分身体)はどうなったのか?
それらの疑問は次回にて

……ネイ〇クラッシャー、皆さんは知ってますかね?

次回・時崎狂三大激怒の巻



追記
現在活動報告にてアンケートを実施中です。良ければご参加くださいまし


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 「頭が可笑しくなりそう? 知ってる」

お久しぶりです。メガネ愛好者です

此度は大変長らくお待たせしてしまいました。申し訳ありません
詳しい事は省きますが、書く時間などが足りなかったことが遅れた原因と言えましょう
その上、数日置きに書く内容が変わったりするのでなかなかまとまらなかったり……

だからこそ、もう一つの謝罪を

……次回予告詐欺をしてしまいました。申し訳ない
その上、章終話にもならずに……突発的に閃いたからと言って読者様方を騙すような真似をしてしまったことを深くお詫び申し上げます
しかし、この話は入れておかなければいけないものだったのです。計画性が無さ過ぎてもう情けないですね……


今回の話はとある眠らされた少女のお話です
ぶっちゃけ原作読んで「こう言う展開もあるかも?」って思ったのが事の発端だったり
それでは


 

 

 ——時は少し遡る―—

 

 

 千歳によって眠らされた真那は、ASTに回収されて数時間後に目を覚ました。ASTは知るよしも無い事だが、千歳が転移後にすぐ〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉を解除したからだろう

 〈瞳〉の干渉を受けた真那なのだが、目覚めてからの彼女にはこれと言って異常が見当たらなく、報告されていた依存症状に悩まされる事もなかったのだった。寧ろ目覚めてから妙に体調が良い事に真那は困惑したとか

 何故真那に【心蝕瞳(イロウシェン)】の症状が現れなかったのか? それは今のところわからない。今回真那が無事だった理由が明かされれば【心蝕瞳(イロウシェン)】の依存症状に対抗する術を見出せるものなのだが、果たして上手くいくのだろうか……そこは今後の課題となるだろう

 

 

 ——そんな依存症状の原因究明に奔走するASTとは打って変わり、真那は目覚めてからずっとあることに頭を悩まされていた。依存症状の事など気にも留めずにだ

 

 

 眠りから目覚めて暫しの間、真那は何処か上の空と言ったような感じでボーっとしていた

 寝起きの為に呆けている訳ではない。依存症状に苛まれている訳でもない

 彼女は……数日前から抱くようになってしまった悩みを整理するのに夢中になっているのだ

 

 

 

 その悩みというのが――兄、五河士道の事だった

 

 

 

 数日前に出向社員としてASTに配属されてから耳にするようになった少年。その少年は、真那が今まで追い求めていた人物だった

 血を分けた家族。今まで離れ離れとなっていた唯一の肉親であり、その年齢に見合う至って普通の高校生男児。……ちょっと周りに綺麗な少女達が囲んでいるが、それは今気にするところではない

 

 そんな一見普通の少年なのだが……もしかしたら、ただの一般人ではないのかもしれない

 

 そう考えてしまったのにも訳がある

 士道と出会ってからというもの、真那は士道について調べ始めていた。士道とは一体どんな少年なのか? 彼の周囲の環境はどうなっているのか? それらの彼にまつわる情報を秘密裏に集めていたのだ

 最初はただの好奇心。だが調べていくうちに士道やその周りから不可解な点が多々浮き彫りになってきたのだった

 一見何の不備も無さそうに見える書類に、真那の勘が何か違和感を感じ取れたことが始まりだった

 真那としては実の兄を疑うような事をしたくは無いのだが、今までの人生で得た経験からくる勘がその不可解な点を見過ごすことを許さなかった。目を逸らしたくとも自分の勘から目を背けることは出来なかったのだ

 その上で”彼女”の証言やあの場所での状況がその不信感を確信的な方向へと向かわせてしまったのだった…… 

 

 

 

 

 

 人間であり、何の力も持たない筈の一般人……五河士道

 あの時、二体の危険な精霊が集ったあの場所に、精霊とは無関係な筈の士道が立ち会っていた。寧ろ巻き込まれていた

 真那が駆けつけたあの場には件の士道と仇敵——〈ナイトメア〉こと時崎狂三の一人と一体だけだった。その他にいたであろう民間人は、既に動かぬ肉塊と化している

 その現場を見た真那は最初、士道が偶然にも巻き込まれたものだと考えていた。偶然にも〈ナイトメア〉と遭遇し、偶然にも奴の”食事”に居合わせた事で命を狙われたと最初は考えたのだ

 ……そう、”最初は”考え

 

 

 ——駄……目だ! 殺しちゃ——!——

 

 

 彼の口から途切れ途切れに漏れ出た言葉は、どれも〈ナイトメア〉を殺す事を否定する言葉だった

 一般人であろう士道は、きっと彼女が精霊と言う世界を殺す災厄だとは知らなかっただろう。もしくは、彼女がクラスメイトと言う立場にいるからこそ、級友を殺めないでほしいというものだったのかもしれない。それか、単純にどんな状況化でも人殺しをしてはいけないというモラルの上での言葉だったのかもしれないし、目に広がる光景が現実のものだったかも疑わしく、ただただ命を殺める行為に否定的だっただけなのかもしれない

 とにかく士道は〈ナイトメア〉を殺す事に否定的だった。……そんな士道の言動が、真那に一つの疑問を抱かせてしまう事になる

 士道が本当にただの一般人なのだとしたら、一度は言う筈であろうその言葉を……彼は言わなかった

 

 

 

 (……なんで……自分の身を案じねーんですか、兄様……)

 

 

 

 士道は人が目の前で殺害されている状況下にも関わらず、その加害者である精霊が目の前にいるにも関わらず、その精霊の力によって押し倒されても尚——士道は一言も()()()()()()()()()

 

 士道の元に辿り着く少し前、空から現場へと接近していた真那の目にはまだ一人だけ生き残りがいるのを確認していた

 悔しくもその者の救助には間に合わなかった。士道が食われる前には間に合ったものの、救えたかもしれない命を守れなかったことに歯嚙みする

 そんな人の命を簡単に詰み取る〈ナイトメア〉の所業に苛立ちを抱いていたが故に、真那は士道の言動に対する不可解な事に気づけなかったのだ

 

 自身の身を考慮せず、例え命を狙っている相手に対しても手を伸ばそうとするその姿勢には好感を覚えるものの、限度が過ぎればただの愚者だ

 限りある自身の命を粗末に扱おうとする奴ほど周りの事を考えていないとも言える。もしも自分が死んだ時の事を……その後の事を何も考えていないのだ

 

 声は聞こえなかったが、魔力によって強化した視力によりどんな状況かは遠くからでも確認できていた真那

 最後の犠牲者は目の前で銃を構える化物に怯え、必死に助けを求めていた。その姿はとても痛ましいものだったが、最早逃げられるような状況ではなく、数秒後にはその助けを求める口の動きも止まってしまう。再びその口が開く事はもう無いだろう……

 

 そんな状況化、人の命が潰える瞬間を目撃した士道は〈ナイトメア〉に対して確かに怯えていた

 体は震え、その場から逃げ出そうとする動きも確認できた。〈ナイトメア〉に捕まった時も表情は恐怖に埋め尽くされていたのも確認している

 

 

 しかし、真那が助けに入った時もその後も……結局士道の口から助けを求める言葉が漏れることは無かった

 

 

 目の前にある死の恐怖に硬直していただけなのかもしれないが、そうだったとしても少し妙だ

 何時殺されてもおかしくない状況で一言も助けを求める動きを見せなかったのは何故なのか。いきなり奇妙な武装を身に纏った真那が現れたとしても、今にも自身に手をかけようとしていた相手から庇ったのを見れば少しぐらい助けを求める声が上がっても良かろうに……

 その上、士道は助けを求めるどころか目の前にいる〈ナイトメア〉を口でだが庇おうとまでしてきたのだ。ただの一般人が殺そうとした相手を庇うなど普通はありえないだろう

 例えそれが知り合いだったとしても、最近知り合ったばかりの相手に……それも明確に命を狙っている相手に対して、自身の身の安全を懇願するよりも優先的に庇おうとするものだろうか?

 

 ——否、そんな一般人などいやしない

 

 例え真摯に他人へ接する者だったとしても、()()なら自身の命を最優先にするのが一般人の反応だ。命を蔑ろにして何かを成そうとする奴など一般人なんて言える訳がない。そんな事をするのは才能に恵まれた天才か命知らずな馬鹿のどちらかだろう

 

 だからこそ疑ってしまう。本当に士道がただの一般人なのかと——精霊に関わる関係者なのではないかと

 

 もしそうだったとしたら、今回の〈ナイトメア〉との遭遇も偶然ではなかったのかもしれない。危険な存在に意図的に接触したのかもしれないのだ

 その結果、ようやく出会えた実の兄を信頼したいと思っている傍ら、兄は一体何者なのかと警戒してしまう事となってしまう

 警戒すれど信頼したい。そんな矛盾な感情が真那に押し寄せ、言い様の無い感情が思考の中で渦を巻く

 その纏まらない感情に、真那は人知れず苛立ちを覚えてしまう……それが真那の現状だった

 

 

 

 

 

 そもそもな話、何故真那は士道に対して不信感を抱いてしまったのか?

 たった一度の不可解な事なら頭を悩めるほどではなかった。「兄様は他人に対して心優しい人」で片づける事も出来たのかもしれない

 

 だがそれは、以前にとある人物から聞いた言葉でその選択肢を無くしていたのだ

 

 

 

 『注意して。士道はこれまでに多数の精霊と接触している』

 

 

 

 自身の兄の彼女と名乗る少女。AST内において最も交流がある鳶一(とびいち) 折紙(おりがみ)が語った士道の情報……それが真那に疑問を抱かせることとなったのだ

 

 

 

 数日前、真那が天宮市に滞在してから初となる〈ナイトメア〉の討伐に成功した次の日の事だった

 士道を一目見て「兄様はどんな人物なのか?」と折紙に会って話していた時に出てきた話題が真那の疑問を増長させてしまう事になる

 

 折紙自身は士道の安全を願って話した事だったのだろう。先日に討伐した対象が、昨日殺された事をなんでも無かったかのような態度で学校に登校してきたのだから

 その上、思い切って〈ナイトメア〉に何が目的か問い質す為に接触した折紙は——〈ナイトメア〉の胸を締め付けるような目的に焦りを抱いてしまう事となったのだ

 

 

 その返ってきた言葉というのが——「士道さんが欲しい」

 

 

 精霊である彼女からこんなことを聞かされては、その対象の恋人(だと思っている)の折紙としては最早気が気じゃないだろう

 ただでさえ最近は精霊の被害が酷いのだ。〈アビス〉による集団催眠に〈プリンセス〉による街の被害、挙句の果てには逃げる事しかしてこなかった〈ハーミット〉が顕現する天使の狂暴化。いくら他の隊員達よりも腕が立つとはいえ、折紙一人の力では手に負えない状況の中で新たに加わった〈ナイトメア〉の目的

 これらの要因から折紙はここ最近にあった出来事を真那に伝え、その上で士道が何かしらの目的を持って精霊と接触しているような言動を見せていること含めて真那へと忠告する事としたのだった。全ては士道の安全を守るが故に……

 

 

 

 四月十日、来禅高校の始業式の日に〈プリンセス〉が現界した際、シェルターに向かった筈の士道がその場に居合わせていた

 

 次の現界時、士道は空間震発生源の来禅高校にて再び〈プリンセス〉と接触している。最初は精霊に捕まったのかとも思ったが、士道自身に逃げるような動きは無く、逆に精霊へと語りかけていたようにも見えた

 

 静粛限界によって現れた〈プリンセス〉及び〈アビス〉と同行し、街中を歩きまわる。まるでデート、私が士道の彼女なのに……彼の両脇にいる雌犬共が憎たらしくて仕方が無かった

 

 約一月後、〈ハーミット〉を殲滅中に再び士道は現れた。対象に呼びかけていたのを確認している。その日士道は私の部屋に来てくれていたのに……そのまま一晩を過ごして……深めようと思っていたのに……結論、精霊は空気を読めない。やはり殲滅すべき存在である

 

 

 

 折紙が居合わせた場面で士道が精霊と接触して何かをしていた状況を告げられた事により、真那はその信じがたい情報に困惑することになる。……途中彼女の私怨が混ざっていたが、今はそれどころではない

 そんな馬鹿なと折紙の言葉を否定したいが一方、彼女の表情や雰囲気から嘘をついている節が見られないことにもしかしたらと思ってしまう

 きっと何かの間違いだ。単に義姉様が見間違えただけだ

 真那は深くそうであってくれと願ったことだろう。士道がそんな危険な行為に及んでいる事実を信じたく無かったのだ

 

 

 きっとただの偶然だ……そう、ただの偶然なのだ……

 

 

 ……そうであってほしかった

 

 

 そこで真那は思い出してしまう。入隊当初、AST隊員10名との模擬戦後に見せられた〈ハーミット〉との戦闘映像を

 そこに映し出されていた——兄の姿を

 

 あの映像に映し出されていた物こそ、先程の折紙の会話に出てきた場面その物であった

 まさかと思い、真那はすぐさまASTの隊長に許可を貰ってここ最近の戦闘映像なども見せてもらった

 

 

 

 ——映っていた。自分と顔つきの似た少年が――

 

 

 

 戦闘音によって声は聞こえない。士道が映ったのも一瞬の事だったが為に精霊とどんな事を話し、接しているのかも上手く伝わらなかった

 しかし、先程の折紙の話を聞いてしまった今の真那には……どの映像からも、その少年が精霊へ敵意や畏怖の念を向けている様には見えなかった。——見えなくなってしまったのだ

 寧ろ精霊に歩み寄っているように見えてしまい、そんな精霊も彼に歩み寄っているようにも見えてしまう

 特に〈プリンセス〉と〈アビス〉を映した映像なんかは……もう見ていたくない程に、彼等が親密な関係なのではないかと疑ってしまえる程だった。……いや、疑うも何も本当の事なのかもしれない

 

 

 何せ士道を射貫かれ倒れた時に見せた精霊達の反応が——彼の死を目の当たりにして怒り狂っているようにしか見えなかったのだから

 

 

 〈プリンセス〉の暴乱も、〈アビス〉の敵意も士道の死がきっかけで引き起こってしまったことのように見えてしまう。大事な人を失ったが為に、その身に憤怒の念を抱き込んでいだ

 真那は頭を悩める。精霊が人間に感情を向けるものなのか? 精霊はただただ周りに暴威を振り撒く危険生物なのではないのか? そんな考えが脳裏を飛び交う

 その後は〈プリンセス〉の蹂躙によって映像が一時途切れ、再び映像を再開させた時には二体の精霊は姿を消していた。死体となった筈の士道の姿もまるで幻だったかのように消えている

 静まり返ったその場に広がる光景は、二体の精霊が胸に抱いた憤怒による壊滅的な残痕だけだった

 

 しかし、その映像が流れる時点で真那は既に映像へと視線を送ってはいなかった

 真那はただ静かに俯いて黙り込んでいた。……映像を見ている余裕が無かったのだ

 

 

 真那の常識が崩れ始めていく。今まで精霊に対して向けていた——全ての精霊が人類の敵だという認識を……

 

 

 混乱する頭を落ち着かせる為に、必死に思考を落ち着かせようと頭を整理する

 今までに真那が精霊に対して持ち得ていた常識は『世界に破滅をもたらす災厄』というものだった。現に〈ナイトメア〉に対しては今でも考えは変わっていない

 しかし、〈ナイトメア〉以外の精霊をも同一の存在だと決めつけるには些か早計じゃないか? ——と、真那の精霊に対する認識が変わろうとしているのだ

 これが士道ではなく他の人物だったとしたら、そこまで気にかけることもなく、認識が変わることもなかっただろうかっただろう。だが実の兄の士道を通して精霊という存在を見てしまったことで、真那の認識は変わらざるを得なかったのだ

 

 何故精霊が人間を思って怒り狂う? 精霊は人間を、世界を滅ぼす元凶ではないのか? そんな精霊になんで……兄は歩み寄っているのだろうか?

 

 疑問と困惑、他様々な感情が混ざり合わさり、真那がその日の内に頭を整理することは叶わなかった

 ただ深く考えすぎなだけなのかもしれない。でもそれを決める証拠が無い

 真那は今まで〈ナイトメア〉以外の精霊に遭遇した事が無いが故の「もしかしたら」と思ってしまう

 資料でしか知らない精霊達がもしかしたら友好的な存在なのかもしれないと考えてしまう

 それらの要因が嘘か誠かを決めるものがない以上、真那の考えはまとまらないのであった……

 

 

 

 そして数日後、一時的にその考えを頭の隅に追いやる事で何とか平静を取り戻した真那だったのだが……その日、士道と〈ナイトメア〉の接触によって再度頭を悩まされることとなるのだった

 

 真那は考える。——「今日の事が偶然の出会いではなく、兄様から接触したものだったとしたら?」と……

 

 目覚めてからあの場で起きた事を振り返り、その中で不可解に感じた士道の言動によって真那は焦燥に駆られ始めてしまう

 この街に来てから変化しようとしている精霊への認識がただの妄想で終わるのならよかったのだが、それで済ませるにはあまりにも状況証拠が揃いすぎていて異議を上げられない

 それでも真那はあくまで巻き込まれただけなのだと、本当にただの偶然なのだと思い込もうとし、とにかく認めようとしなかった

 真那は士道が精霊とは無関係だという証拠を欲した。その情報を求め、ベッドから飛び出し血眼になって彼に関する事を掻き集め始める

 全ては兄の為、自身の唯一の肉親の身の安全の為に……

 

 

 

 

 

 しかしその行動は、真那自身の首を絞める結果となってしまった

 調べればすぐに見つかった。あってほしくなかった精霊との関わりを……士道の周りにいる存在がそれを証明してしまったのだ

 

 

 ——精霊が力を失い、人間の少年と親身な関係になっている可能性あり——

 

 

 信じられなかった。理解出来なかった。最早訳が分からなかった

 しかし折紙の証言や独自の捜査網で集まった情報にある〈プリンセス〉と思わしき人物——夜刀神十香の存在が、士道と精霊の間に関りがあることを裏付けようとしていたのだ

 

 四月頃、〈プリンセス〉の現界が確認できなくなった時期と同時期に士道のクラスへと転校してきた少女。彼女は〈プリンセス〉の容姿と酷似していた

 そんな少女の住まい先は、最近になって急遽建てられたマンションの一室だ。——そのマンションは五河家の隣に隣接していた

 

 ここまで情報が揃ってしまえばただの偶然で終わらせるには早計すぎた。ASTの観測機は十香から精霊の力を確認出来なかったようだが、その容姿や言動は〈プリンセス〉のそれと何ら変わらない。最早同一と言ってもいい程に酷似しているのだ

 折紙に確認を取ったところ、人気のない場所で話す士道達の会話から〈プリンセス〉と夜刀神十香が同一人物である様な会話を複数確認していることを聞いたのも大きい。……何故人気のない場所での話を知っているのかはあえて詮索しない

 

 因みに折紙は士道の身の安全を考えてASTにはその事を報告していないようだ

 もしも知られてしまえば〈プリンセス〉を含めて士道の元にも何かしらの接触があるだろう。上層部や一部の隊員達は精霊を敵視している以上、精霊と交友を持つかもしれない士道を快く思うものなどまずはいない。それが原因で士道に何かあればと考えると、どうしても折紙は報告できなかったのだった。……例え自分が精霊を憎む者の一人だとしても

 

 

 

 真那としては頭が痛い事実だっただろう。士道の潔白を証明しようと突いた藪からは蛇が出てきたのだから

 しかもだ。折紙からの情報提供によって知り得た情報からは、もっと確実性のある精霊との関わりをちらつかせていたことが判明した

 以前に折紙の部屋へ訪れた士道がその際に告げた言葉——「精霊の力が確認できなくなったら、もうその精霊に攻撃をすることはないんだな?」——という言葉が、少なくとも士道が精霊と関わっている事を確証づけることとなってしまう

 

 これらの事によって真那はもう目を背けることが出来なくなってしまった

 一般人だと思っていた実の兄が精霊に関わっている。それがもう目を背けることができないものにまで信憑性が高まってしまったのだ。泣き叫んでこの言い様の無い感情を発散させたくなった真那であった

 

 しかしそこで真那は何か頭の隅に引っかかる知識に気付く事となる

 

 士道の言った言葉。そして現実に起きている不可思議な現状

 それらを組み合わせ、もういっそのこと士道が何で精霊と関わろうとしているのかを考え始めた真那は、数刻を持ってしてとある存在を思い出す事となるのだった

 

 

 精霊を武力以外で無力化する事を掲げた組織——〈ラタトスク機関〉

 

 

 噂で聞いた程度の組織。真那自身、その組織を都市伝説かなにかだと考えて意識を伸ばす事もしていなかった

 だが士道が言った言葉の事も考えると……どうにもその組織の存在が匂ってくるのだ

 最初は真那もまさかと自分の考えに疑うのだが、精霊を対処するための組織であるASTや自身が身を置くDEM社にも関わりが無いと言うと……最早そこしか選択肢がなかった

 真那が疑ってしまうのも無理はない。今まで殲滅対象だった存在を対話によって懐柔するなど、そんな夢物語が実在するとは思ってもみなかったのだから

 しかし〈プリンセス〉の現状や士道の言動、そして価値観が変わりつつあった真那はその可能性を見出すことになったのだ

 

 もしかしたらその組織に自身の兄が席を置いているかもしれない

 それならば話が早い。こうなってしまえば後はヤケクソだと言わんばかりの開き直りっぷりを見せる真那は、すぐさま行動に移すことにしたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——てなわけで、そこんとこどうなのかお話を聞かせてもらえねーですか?」

 

 「……いきなり人をこんな辺鄙な所に呼んだと思ったら訳の分からない話をし始めて……あなた、頭は大丈夫かしら?」

 

 「……正直もう無理ですかね。頭がパンク寸前でもう何が何だか……あれ? もしかしてこれは真那の妄想でいやがりますかね? もしもこれが現実で無ければ真那としては願ったりかなったりなのですが……まぁ現実ですよね。フフッ……まさに悪夢(〈ナイトメア〉)ってことで嫌がりますでしょうか? ホント憎たらしくて仕方がねーですね全く……ダルマにして風俗店にでも売り飛ばしてやりたい気分ですよははは……ハァ、真那はどうしたらいいんでしょうね、姉様……」

 

 「(思っていたよりも重傷じゃない……てかこれ、まさか千歳の【心蝕瞳(イロウシェン)】の影響じゃないでしょうね?)」

 

 とある廃墟、そこで青髪ポニテと赤髪ツインテは言葉を交えていた。……片方は最早満身創痍ではあるけれど。主に精神的に

 

 




真那ちゃん病み期に突入。もう一人の士道の妹へと質問(救助)を求めるの回でした
そしてようやく折紙さんの名前が出せた……ぶっちゃけ千歳さん側で名前を出すのが難しかったんですよ

本編がわかりにくかった人の為の簡単な流れ(真那視点)

・兄がどんな人なのか知りたい! 調べてみよう
・兄の彼女とエンカウント。兄にこんな可愛い彼女が!?
・話を聞くと兄が精霊とエンカウントしてた!?
・そういや映像にもいたっけ? 他の映像はどうだろう?
・なんで精霊に歩み寄ってんねん。危ないでしょーが
・てか〈プリンセス〉って兄の家にいた少女そっくりやん
・義姉様によると精霊らしい。でも観測機が……
・それにしてもめっさ仲良かったな……あれ? 精霊だよね?
・あの人が精霊だったとしたら今までの精霊に対する印象ががが
・セイレイ? 何それ? 美味しいの?
・数日後にようやく落ち着いた真那ちゃん
・しかしその日、兄と怨敵がエンカウント!
・〈ナイトメア〉には圧勝。〈アビス〉に完敗
・すぐに目が覚めた。でも兄の言動のせいで再び精霊に対する印象ががが
・てか兄は何故自分の心配しないし。死の寸前だったよ?
・そもそも何で精霊庇うし。あれ害悪でしょ? ……え? 違う?
・もう何が何だかわからないよ。助けてもう一人のシスター

——多分こんな感じ
正直に言って勢いで書いた。めちゃくちゃかもしれないという不安が……

……ゆっくり書く時間が欲しい

因みに千歳さんの〈瞳〉が原因ではありません。あくまで真那ちゃんが深く考えすぎた結果です

最後に一つ……正直言って書いてる本人が何を書いてるのかよくわかっていない状態で書いた話です。書き直す可能性あり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

章終話 【駆瑠眠リターンストーリー】

どうも、メガネ愛好者です

急な話ですが、実は……千歳さんのイラストを描いておりました
しかし、そこで私は深く思い知ったのです……才能が無いと
首から上は何とか形にはなるんです。しかし、胴体が絶望的に下手くそすぎて泣いた。あんな姿にしてしまった千歳さんに私の心が酷く痛みました。ごめんなさい千歳さん……
そもそもイラスト書いてる暇があったら投稿しろよと言う自問自答に行きついた瞬間もう笑うしかなかったですねハハハ……はぁ……
とりあえずはネタが行き詰った時にでも再チャレンジしてみようと思ってます
良い出来だったら挿絵として投稿するかもしれませんが……まぁ自分の合格ラインが無駄に高いせいで、その可能性は限りなく低いでしょう
もしも挿絵が投稿されてたら……うん、笑ってくれて構いません。とりあえず投稿優先ではあるので出すとしても当分先でしょう

因みに、千歳さんの私服姿を書こうとしたわけなんですが……何故かイメージがカゲプロのキドだったんですよね
まぁ私個人としては好みのタイプなのでそれでもいいかなーなんて思っていたりもします。因みにイメージの中でも前髪は伸ばしているのは安定

さて、今回の話ですが、実は第四章第一話を合わせての前後編の話となっています
実際原作でも三、四巻は続け様の流れでしたからね。少し似せてみました
まぁ今回はタイトル通りの駆瑠眠が中心の話なのですがね。とりあえず前編です

それでは


 

 

 おっすおっす。俺は千歳ってんだ! ……え? 知ってる? そりゃそっか

 いやーなんかもうね、すげー心が軽いんだわ。今の俺

 もう何も怖くねーって感じ。不吉ではあるけどまさにそんな気分なんだよなぁ。その後に向かえる結末がなんであれ、一切悔いが残らないぐらいには気分爽快状態だ

 マミれるもんならマミってみろやお菓子〇魔女! 奇襲なんぞ捨ててかかってこい! 大きく開けた口にテ〇ロ・フ〇ナーレぶち込んでやんぜゴラァァァッ!!

 ……え? テンション高い? 知ってる

 

 まぁそんな訳で、なんで俺がこんな深夜テンションにも似たタガが外れた状態なのか……皆さん、気になりますよね? ……ならない? そう言わんといて気になってよ。素っ気ない態度が一番虚しくなるんだから

 さて、そんじゃあテンションが昂っている理由をお教えいたしましょう。特に出し惜しむ事も無いから率直に暴露します

 実はだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——俺に何の言伝も無く単独で突っ走った挙句に自分から注意しなきゃいけねぇって言ってた相手を煽りに煽ってキレさせた結果、最終的には街崩壊一歩手前まで事が進んでしまうという事態にまで発展させちゃった馬鹿娘にプッツンしているからさ」

 

 「どなたに語りかけて——いえなんでもありませんわ。ですからその手に携えた”〈灼爛殲鬼(カマエル)〉”の砲門をお納めくださいまし!?」

 

 「とりあえず自分がしたことについて反省しろや」

 

 「ぅ……はい……」

 

 来禅高校の屋上でやりたい放題やってたくるみんを半ば無理やり回収し、その時にあったいざこざを何とか退けた末に自宅へ帰還、及び反省会をやっているのでした

 ……え? 屋上で何があったんだって? とりあえず暫し待たれよ。反省会がある程度進んだら説明しますんで

 

 それにしても……何度見てもやっぱりこの天使カッケーわ。十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉に引けを取らない魅力を感じるぜ。まさにロマン武器! 時代は「萌え」より「燃え」の時代だぁあああ!!

 ……なんてな。俺も元は男なんだ、こういったカッケー武器を見ちまうとついつい興奮しちまうのもしょうがねーってもんなのさ。……実はテンションが高い理由、この天使が原因の割合が少し高い

 だって五河の妹が実は精霊だったって言う超展開にも勝ってるもん。普通は「なんで五河の妹が!?」ってなるところ、突如として現れた五河妹を見た俺の反応は「やべぇ!? あの天使すげぇカッケェ!? あれ欲しい!!」だったもん。しょうがねーよね? 男だったら皆わかってくれる筈だ!

 まぁ確かに五河妹にも驚かされたぜ? 驚くは驚くでも五河妹が精霊だったことに驚いた訳じゃねーけどさ

 出現と同時に「またアンタが原因かアアアアアアアアッ!!?」って怒鳴り散らしながら俺に大斧を振りかぶって来た時は驚かずにいられなかったよ。だってなんでそうなったかよくわかんないんだもん。妹さんオコでしたけど、俺なんか粗相でもしましたかね五河さんよ?

 ……まぁ全然心当たりが全く無い訳じゃあないけどな。とりあえずそこも後で詳しく語るとするか

 

 そんな訳で、俺は屋上に現れた五河妹の天使を【(コクマス)】と【(ゲブラス)】と【(ティファレス)】を駆使して複製させてもらったものをくるみんに向けているのでした。これで【(ゲブラス)】のストックが無くなっちまったが……これなら文句は無いだろ。うん、カッコイイは正義

 ……え? 危ないから人に向けてはいけないって? 知ってる。だが止めない。そんな俺はくるみんへ向ける砲門を背けることなくその場待機さ

 

 因みに五河妹は砲門から炎を放っていたのに対し、こっちの複製版は俺の馬鹿みたいにある霊力が噴き出します。深緑色の奔流が少し綺麗だったり不気味だったり。3:7ぐらいで不気味さが勝ってるかな? もう少し明るい色だといいんだけどね。まぁ俺は気に入ってる色だから気にはしないけどさ

 

 そんな複製版〈灼爛殲鬼(カマエル)〉、実はまだ制御しきれていないみたいです。時折砲門から俺の霊力が溢れそうになってちょっと危険だったりしたり

 まぁ複製した天使を自分で使うのもこれが初めてだからしょうがないのかもね。以前の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は十香に渡したから俺が使った訳じゃないから、実質これが初めてなんだわ。そのうち慣れるだろうけどさ

 砲門からチラチラと俺の霊力が見え隠れする度にくるみんが怯えたり青ざめたりしててちょっと可哀想かも……俺の良心が死に絶えそうだ。まぁくるみんの方が辛いとは思うから気にしないようにするけどさ

 

 くるみんが今どれ程辛い状態なのかと言うと、目の前でいつ暴発するかわからない恐怖に加えて元いた時代で植え付けられたトラウマが再発しているぐらいには気が滅入っていると思う

 話に聞くと、どうやらあの場で宿主である狂三が油断した結果、五河妹の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の砲撃が〈刻々帝(ザフキエル)〉の一部を抉り取り、焼き焦がしたんだそうな。狂三に直接的なダメージは無かったものの、砲撃によって抉られた天使であるくるみんからしてみればそれはもう……ね。うん、俺でもトラウマになりそうだわそんなの。正直思い出させて悪かったとは思う

 

 ただ、酷な事ではあるだろうけど……お仕置きみたいなもんなので続けます。 ……え? 鬼? 悪魔? 否、精霊だ

 くるみんが辛い事は重々承知。でもそのぐらいくるみんが危ないことをしていた事を自覚してほしいんだ。……ぶっちゃけ結構心配したし

 だって俺が()()の相手をしている間に忽然と姿を消してるんだもん。しかもその上で嫌な予感が俺の脳裏によぎったし

 いつの間にかに姿を消していたくるみんに気づいて外に出た時はホント焦った。だって霊力感知が不得意な俺でもわかる程の大きな霊力反応が玄関から出てすぐに現れたんだもん。ホントくるみんが居ない事に疑問を持って良かったよ……

 何ですぐに気づけなかったのかって言うと、くるみんの魔改造という名の未来技術によって改造されたこの部屋の外と中では、まるで壁によって遮られているかのように一切霊力を通さなくなるからだったりする

 それによってASTやDEM社、〈ラタトスク〉などの組織に霊力を感知されなくなったのはいいことだけど、今回はそれが仇となったみたいだわ

 外でくるみん達がドンパチしている事にさえ気付けなくなるとは思わなんだ。こう言った面ではちょっと不便かもだし、後でくるみんと相談する事にしよう

 ……まさか俺に気づかせない為に狙ってやったわけじゃないよね?

 俺の事を危険に晒したくないが為に頑張ってくれるのは正直嬉しいんだけどさ、それでくるみんが危険な目に合う羽目になるんだったらやめてほしい。もう誰かを失うのはこりごりなんだ、心臓に悪いからやめてくれ

 

 

 ——あれ? 俺って……誰を失ったんだっけ? そもそも俺、誰かを失った事なんかあったか?

 ……なんかよくわからなくなってきたから今はいいや。思い出せないってことはそこまで大事な事じゃなかったんだろ、きっと

 

 

 とりあえず今は先にくるみんとの反省会を再開するとすっか

 俺は目の前で正座をしているくるみんを見つめて反応を伺う事にする

 怯えながらも何処か申し訳なさそうに黙り込むくるみん。複製版〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の砲口を向けられているが故に恐怖で硬直しているだけという感じじゃないし……反省はしてるのかな?

 くるみんは察しが良いし、俺がトラウマを抉るような真似をしてまで怒っているんだって事は察してくれてるとは思うんだよね。そうじゃなかったら、例え俺の事をお母様だと慕っていようが構わず機嫌を悪くするだろうからな。誰だって触れてほしくない事はあると思うし

 そんなくるみんのトラウマに少し触れてみたのも、彼女に今回みたいな行動を取ってほしくないという意味を込めてます

 くるみんはここまでしないとわかってくれない節があるからなぁ。少しの期間で分かったことだが、くるみんって俺の事となると自分の事を疎かにしちゃうような子なんだよ。それが彼女を堕天させた願いによる副作用なのかはわからないけど……とりあえず、無茶はしないで危うい時には必ず逃げてほしいというのが俺の意見だ。「命大事に」だよ、くるみん

 ……え? 実力行使じゃなくて話し合いで解決しろって? いやそれは……その……あんまり口で心配したとか気恥しくて言えないからつい

 複製版〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の砲門を向けちゃったのも条件反射みたいなもんで……と、とりあえず俺の想いが伝わってくれれば即刻天使を消す気ではいるから安心してくれよな!? 別に俺はくるみんを苦しめたいが為にやってるわけじゃないんだからさ

 とりあえず次からは一言ぐらい声をかけてくれってことなんだよ。何してるかわかってればこちらとしても幾らかは安心できるしさ

 

 

 

 そんな訳でだ。俺がくるみんの目の前で(砲門を向けながら)思考を巡らせていると、顔を少し歪めながらくるみんが俺へと恐る恐る言葉を投げかけてくるのだった

 その重く閉ざされた口が開き、彼女が紡いだ言葉とは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あの……お母様? 前髪の隙間からお見えになられる眼光が、素晴らしい事にRPGのラスボスのそれと全く同一のものですわよ? 普段見せない妙な威圧感にワタクシの心がストレスでマッハ——」

 

 「……ん? 何? 俺も煽っちゃう? 宿主の精霊だけじゃ無くて俺も煽っちゃうのくるみん? ……イイ度胸じゃん。覚悟はいいみたいでよかったぜ」

 

 「調子こいて申し訳ありませんでしたあああ! お慈悲を! お慈悲をおおおお!!」

 

 ——反省の言葉なんてなかったよチクショウ。前言撤回、やっちゃえカマエルー!(某運命の幼女風)

 

 ……なんてな。撃つ気は無いから安心してよ。ただ臨界点まで力を溜めてるだけだからさ?

 どうやらくるみんに俺の想いは届かなかったようです。残念、親密度が足りていないようだって感じだわ

 まぁそんな都合良く察してくれるなんて思ってなかったよ? 少し期待してただけで

 でもお母様って慕ってくれるぐらいには親身に接してくれるようないい子なんだぞ? くるみんが気づいてくれると思っても不思議じゃないよね? たまに自然と心読んでくるし

 もしかしたらわかってる上であえてふざけたのかも……くるみんならありえそうだと思ってしまった

 

 とりあえず「ゴゴゴゴ……ッ」って複製版〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の砲門が発光し始めたので力を抑える事にしよう。……もしかしてこれ、感情の昂りによって威力が増すタイプか? 十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉とはちょっと扱いが変わってくるのは特徴があって良いかもな

 ……まぁまずはどっちもまともに振り回せるようにならなきゃなんだけどさ。何時エンカウントしても良い様に、今のうちに世界最強さん対策をしておかなくちゃだからね

 

 それにしてもだ。トラウマ突っつかれても尚、ネタに走ろうとする辺りぶれないよなぁくるみんも。ハァ……心配してたのが馬鹿馬鹿しくなるじゃねーのさ

 まぁこんな対応しか出来なかった俺にも非があるとは思うぜ? 言葉にして伝えないと相手には伝わらないって言うのはわかるんだけど……くるみんさんや、ちょっとぐらいは察してくれてもええんやで? ……そんなこと出来ない? 今更感が大きすぎてなんか釈然としないです

 

 そもそも何だよラスボスって。完全悪役やんそれ。最終的に殺害か封印ENDじゃないかよそれ

 ……いや、結構俺って悪役側なのか? 今でも店から気に入った物を盗——いやいや、あれは借りてるだけなんだから問題ないか。うん、俺の気のせいだった。全然”悪”じゃないね! だって何時か返せばいいんだもん! ……相手が覚えていたらの話だけださ

 ……え? 借りパクだって? し、知らないなぁそんな言葉は、ハハハ……

 た、例えそうだったとしてもしょうがないだろ? 常に時代は進化しているんだ。新しい道具や娯楽品が出てたら欲しくなるのは人間として当然の欲なんだよ! (さが)なんだよ! だから『僕は悪くない』!!

 ……え? 今は精霊だろって? 今は触れんといて……

 

 

 

 

 

 それはそうと、これだと反省会ももう少し続きそうな気がするし……よし、じゃあ俺達が反省会をやってる間、みんなには屋上で何があったのか回想シーンを拝見して頂こうと思います

 まぁ所々省略はします故そう時間は取りません。ごゆるりと拝聴して頂ければ幸いでございます

 それではどうぞ

 

 「不思議とお母様には丁寧語が似合いませんわね」

 

 「知ってる」

 

 もう悔いてる雰囲気全く無いじゃねーかくるみんさんや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——数刻程遡り、来禅高校屋上にて——

 

 

 「キャー♪ 士道様、お助けくださいましー♪」

 

 「ちょちょちょ……ッ!? ちょっと待「ダァンッ!」——あぶなぁ!?」

 

 「士道さん邪魔ですわ! さっさとそこの出来損ないから離れていただけませんこと!?」

 

 「狂三様。怒りは美容の敵ですわよ? その綺麗なお顔に皺が刻まれることとなります。結論、もう少々COOLに振舞えませんこと?」

 

 「……えぇそうですわね。ですのでさっさと目障り以外の何者でもない不出来な愚か者は退場して頂きましょう……!」

 

  ——ダダァンッ!!

 

 「士道様バリアー」

 

 「あ、あぶっ、だからやめ——いぃッ!?」

 

 現状、駆瑠眠は半場無理矢理に士道の背後に周り、彼を盾にしながら狂三の銃撃から身を守っていた。そんな士道も、何とか体を捻る事で銃弾から逃れようとするものの、避けきれなかった銃弾は勿論ある。現に彼の制服はかなりボロボロになっていた

 何故こんなことになったのか? ……簡潔に五行でここに記すとしよう

 

 

 ・駆瑠眠、狂三に対して煽り始める

 

 ・最初は相手にしなかった狂三

 

 ・そんな狂三に駆瑠眠が最後に一言

 

 ・「とある方のものまね、入りまーす♪ 『……きひひ。まさかこの時をも統べるわたくしの因果に抗う愚者が現れよ——』」

 

 ・そこまで聞いた狂三が即座に天使を乱射。その表情は怒りに歪んでいる。何故?

 

 ——以上だ

 最早士道には訳が分からなかった

 駆瑠眠の言葉が不快に感じたのはわかるのだが、士道にはその理由がよく分からない

 そもそもこの後ろに張り付く存在が未だに何なのかが分からない。駆瑠眠の話によると、彼女は狂三の堕天使であるという事なのだが……目の前の狂三はそれを否定しているし、実際に天使も操っている

 堕天使と言えば詠紫音も当てはまり、士道は彼女から堕天使についてはある程度聞いていた。だからこそ駆瑠眠の言葉にある矛盾点に士道は気づいていた。同一の存在である天使と堕天使が同時に存在している事になるという矛盾を——

 しかし駆瑠眠の姿は狂三と酷似しており、口調も似ている

 彼女は一体何者なんだ? 士道は駆瑠眠の存在に混乱し、インカム越しに聞こえる〈フラクシナス〉のクルー達も、この状況に混乱を示している

 

 

 

 ——ただ、一つわかる事が——

 

 

 

 「頼むから俺を壁にして逃れようとしないでくれ!! 今のところ掠り傷程度で済んでるけど普通に痛いんですけど!?」

 

 「いいじゃありませんこと。それに、男の子は体を張って女の子を守り通すものなのでしょう? ならノープロブレムですわ♪」

 

 「問題しかねーから! 君が理不尽な理由で傷つくような目に合ってるんだったら助けようとは思うけどさ!! 明らかに相手を煽って怒らせてる子の身代わりになるのは流石の俺でも納得しかねるからね!? 寧ろ俺の方が理不尽な目に合ってるんですけど!?」

 

 「——そこですわ!」

 

 「いや『そこですわ!』じゃないからね!? 何問答無用で撃ってるの!? 俺って死んだら駄目なんじゃなかったっけ!? 狂三にとっては都合が悪いんじゃなかったっけ!? てか少し楽しんでない狂三さん!? 若干口角が上がってますけど!?」

 

 「そ、そんな事ありませんわ!! 今優先すべきはそこにいる汚点である出来損ないの排除以外にありえません!! ——それ以外はどうでもよい事です!!」

 

 「それって自分の目的をどうでもいいって言っちゃってるようなもんなんですけど!? それならせめて人を撒きこむようなことしないでください切実にぃい!!」

 

 「汚点って酷いですわねー。ワタクシはあの頃の狂三様をお慕いしているというのに……あ、こう言うのもありましたわよね? 『時を刻みて夢現に広がる闇へと墜ちよ! バロッ——』」

 

 「その記憶をあなた自身の存在と共に忘却の彼方へと抹消させていただきましょうかぁぁぁあああッ!?」

 

  ——ダダダァンッ!!

 

 「だぁあああっ!! 危ねぇ!? 今のはガチで危なかったぞ!? ねぇ何処狙ってるの!? 今確実に急所狙ってたよな!? 後ろの子じゃ無くて俺を狙ってたよな!? もうこれただの八つ当たりなんじゃねーの!?」

 

 「あら、タマが三つになると思いましたのに……」

 

 「お前はお前で何言ってんの!? (しも)なの? ネタなの? どっちにしろ俺にとっては最悪だからな!?」

 

 この場に置いて、士道は完全に被害者だった

 最早狂三も本来の目的を忘れて駆瑠眠の排除に没頭している。それが駆瑠眠の狙いなのかは定かでないものの、結果としてすぐさま士道が狂三の手に落ちる事を防いだのだった

 その点を見れば〈フラクシナス〉側としては運が良かったのだろう。少なくとも、〈フラクシナス〉の司令官が艦内に戻るまでの時間は稼げたのだから

 まぁその間に、とある理由で琴里も予想だにしなかった人物を回収せざるを得なくなってしまったのだが……

 

 そもそも、琴里は駆瑠眠に時間を稼いだこと以外で感謝する気になれなかった

 それもそうだろう。時間を稼いでくれているとはいえ、自らが慕う兄を肉盾にされている状況を見れば憤りを覚えるのも必然というものだ

 その上、回収した少女の精神状態が思っていた以上に不安定になっている原因の一人が駆瑠眠——いや、狂三の分身体なのだから

 それらの要因によって、少女の相手で精霊への対処が遅れてしまっているのが現状だ。何しろその少女、信頼しているのか依存しかけているのかはわからないが、琴里から引き離そうとしても全然離れようとしないのだ。流石の琴里も少女の相手をしつつ正確なサポートをするのにも限界がある

 

 様々な問題を解決するため琴里が下した判断は、現状を令音や神無月を中心にクルー達に任せ、その間に琴里が少女に一時的なメンタルケアを施すというものだった

 可能な限り少女の心を安定させた後、急いで現場に戻るようにした。堪えていたものが決壊したかのように、精神が徐々に幼くなっていっている少女が琴里以外のクルーを怖がっている以上、無理に他人へ押し付けることも出来ない

 こう言うのは令音が得意なんだけど……そう頭を抱えながら、琴里は司令室から一旦席を外す事になる

 

 

 

 そんな状況を知るよしも無い屋上の三人は、その身に任せて喜劇を演じ続けた

 そう、喜劇だ。一人の堕天使によって、先程までの殺伐とした雰囲気は霧散しているのだからそう表現しても間違いはないだろう

 士道にとっては堪ったものではなく、狂三にとっては自身のイメージを守るためにと、もう最初の目的はなんだったのかと問い正したくなる現状

 今も尚屋上に響く発砲音はこの状況に陥れた元凶へと向けられる。その向けられている相手、駆瑠眠はと言うと――

 

 「……士道様は狂三様の事を名前で呼んでいらっしゃるのに、ワタクシの事は名前で呼んでくださらないのですか?」

 

 「え……いや、その……」

 

 「気軽にくるみんと呼んでくださいませと、先ほどもワタクシは言いましたわよ? さぁさぁ」

 

 「えっと……くるみん」

 

 「はい、士道様♪」

 

 「……っ」

 

 今聞くことではない事を士道へと問い掛けていた。この娘は真面目に事を進める気はあるのだろうか? ……ないだろうな

 士道の返答に対して満足そうに微笑む駆瑠眠。そんな駆瑠眠の純粋な喜びを乗せた微笑みに、士道は不覚にも胸が高鳴ってしまった。駆瑠眠の微笑みだけで頬を染める辺り、まだまだ女性慣れはしていない事が傍からでもわかるだろう

 ……そんなやり取りを不快そうに傍観する少女が一人

 

 「……なんでしょうこの気持ち。これは……殺意? ——コホン。それはともかく、わたくしを退け者にして何をしていらっしゃるのでしょう? はっきり言って、腹立たしいことこの上ないですわね」

 

 「あ、いやこれはッ——!?」

 

 「——あら? まだいらしていたのですか狂三様?」

 

 「なんでそんな煽るようなこと口走っちゃうかなぁ駆瑠眠さんや!?」

 

 先程よりも機嫌を悪くする狂三

 彼女にとって、自身と同じ顔の存在が彼女の意思にそぐわない行動をしている事自体が気に入らないのだが、その上で煽られると言うのは屈辱の極み。彼女のプライドが駆瑠眠の存在を許す事が出来ないところまで傷つけられているのだった

 そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何をやっているのだ? シド-」

 

 「……何をしているの士道?」

 

 「……え?」

 

 そのやり取りを不快そうに傍観する少女が、追加で二人

 

 服装の一部を霊装のそれと化した姿で、片手で大振りの剣を軽々と携えている少女、夜刀神十香

 レオタードの様なスーツに身を包み、レイザーブレイドを構えながら見据える少女、鳶一折紙

 十香の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と折紙のレイザーブレイド〈ノーペイン〉がその剣先を相手へと向ける

 

 ——背後から見れば、駆瑠眠が背中に抱きついているようにも見える状態の士道へと——

 

 

 

 

 

 そこからは修羅場だった

 己が感情に従い、士道に対する憤りをぶつける十香

 物静かに、しかし凄みのある言葉で問い掛ける折紙

 未だに駆瑠眠に対して憤慨し、銃撃を浴びせる狂三

 そして、その三人と士道の反応を愉快そうに眺め、時に彼女達の心に薪を入れて燃え上がらせようとする駆瑠眠

 おそらくここまでは彼女の掌の上なのだろう、本来冷静である狂三をも焚き付け、自分は安全圏からそのやり取りを傍観する……ある意味性格がいいと言ったところだろうか?

 

 

 ——だからこそ、やりすぎた事に気付いた時にはもう遅い

 

 

 「——もう我慢の限界ですわ」

 

 声のトーンを落とし、顔に影が差した状態の狂三が静かに呟く

 バッ! ——っと手を上空に掲げた狂三。それと同時に——この場に人影が現れた

 

 『な……っ!?』

 

 その光景を見た士道、十香、折紙は驚愕の声を上げる。駆瑠眠は知っていた故に驚きはないものの、先程に比べ表情が引き締まっている。その能力を知っているが故に警戒を強めているのだ

 

 場に現れた影は1人ではない

 4人、9人、17人と次々に現れ続ける人影

 その人影一人一人が――狂三の姿をしていた

 

 彼女達は皆「時崎狂三」その人だ

 しかし、その者達は本体である狂三にとって過去の自分の生き写しに過ぎない

 一秒前、一分前、一時間前、一日前と、あらゆる時間の「時崎狂三」を天使の力で構築し、召喚する

 それに限りは無い。彼女の”時間”がある限りいくらでも呼び出せるのだ。これが、彼女が真那に殺され続けても尚生きていた理由だった

 

 屋上に現れた狂三の分身体は――ざっと50人はいる。屋上のほとんどを占領し、一人一人が二丁一対の銃を士道達四人へと構えていた

 その人数を前に士道達が抗う事は出来なかった。その兵力差に十香や折紙だけでは手に負えないだろう

 十香がもし万全の状態であれば可能性も見えてくるが、彼女の力のほとんどは士道に封印されている

 現にここまで来る間、十香は狂三の分身体に足止めされていたのだ。本来の力があれば難なく蹴散らすことが出来たものの、足止めとは言え狂三の分身体が撤退するまで突破することも出来なかったのだ。そんな分身体が目の前に数十人もいる

 折紙もまた十香と同じで分身体を振り撒くことが出来なかった。AST内で屈指の実力者とはいえ、やはりそこは精霊と人間だ。自力が違かった

 十香と折紙にこの人数を捌ききることは出来ない。ましてや守る対象である士道を庇いながらでは可能性などありはしない

 

 だからこそ、この場に本来いるはずがなかった存在によって戦況は変わってくるだろう

 

 

 

 

 

 (……ここまでは()()()()、後はこの後どのような展開になるか……)

 

 多数の分身体が現れても尚顔色一つ変えずに佇む駆瑠眠に、先程までのいい加減さは存在しなかった

 ここまでは”知っている”が故のお遊びに過ぎず、ここからが彼女の本当の舞台。彼女にのみ許された能力により、ここから先は彼女にも知り得はしない未知の歴史

 本来ならこの場に真那が現れた。駆瑠眠の代わりに真那が現れ狂三と対峙した——それが()()()()()()()()()()()

 初めに体験した時は本当にこの日に対峙したのかと疑ったものだ。そのせいで数回”やり直す”羽目になったが、それから駆瑠眠が居る時代では真那がこの場に現れる事は一度もなかったのを皮切りに方針を変える駆瑠眠

 故に()()、彼女は真那の立ち位置に自分がついた。時が来るまで時間を稼ぐという意味で、彼女が舞台の役を演じたのだ

 まぁ演じたとは言ったものの、彼女は彼女なりの足止めによって狂三の所業を一時的に鈍らせたのだが

 それも仕方が無い事だ。彼女は戦闘特化ではない、故に戦闘慣れしている真那の役割を演じるなど無理な話だ

 

 だからこそ彼女は何度もやり直し、自身の望む未來が来るまで演じ続ける

 幾度となく狂三に殺された。ヘマをして狂三の銃口の餌食となった

 そしてその度に何度もやり直す

 

 

 

 それが駆瑠眠が誇る〈堕天・刻々帝(ザフキエル・フォールダウナー)〉の力を応用させて編み出した能力、『逆巻き戻る古秒針(アンティーク・リターナー)』だ

 

 

 

 その能力は”死に戻り”

 自身の命が潰えた瞬間、指定した時間軸へと意識と記憶を逆行させる能力

 自由に時をかける駆瑠眠だからこそ可能とした疑似蘇生能力、それが駆瑠眠の切り札だった

 いくら殺されようが指定した時間へと回帰する。その経緯や記憶を過去へと送り、対処法を見出す能力。それは最早未来を見ているのと同意義であり、過去へと遡っているとも呼べるもの

 遡れる制限はあるものの、彼女が本当の意味で死に絶える事など在り得はしない

 彼女にとっての死とは、思考を捨てる事以外に在り得はしない

 だからこそ慎重に、そして上手く事が運ぶよう流れを誘導する。……自身が望む結末へと目指して

 

 

 

 

 

 駆瑠眠が望む未來を掴む。それこそが彼女の目的——『千歳と言う名の少女の運命を変える』という未来の狂三の願いによって生まれた堕天使——〈第三の瞳(ビナス・プリュネル)〉駆瑠眠の目的だった

 

 

 

 

 

 

 ——全ては、あの忌まわしき結末を否定する為に——

 

 




正直な話、天使の中では〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が圧倒的に好きです。何せ私、武器の中では特に斧が好きなので
詳しく挙げるのであれば、柄が長くて両刃の斧だともう最高。ダクソで言う黒騎士斧なんかが当てはまります。使っては無いですけど
……え? なら何を使っているんだって? ハルバードです(ドヤァ)

……おっと失礼。ここはダクソ談義ではありませんでしたね
とりあえずそんなロマン武器の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を千歳さんが手にしてしまいましたとさ。火力不足が一気に解決するね! 後は技量を上げましょう

さて、今回の主役と言っても良い駆瑠眠の能力ですが、まぁ言葉通り死に戻りです
マイクラで言う経験値を持ってリスポーン地点に復帰、ダクソで言う常時犠牲の指輪状態で篝火に復帰みたいなものだと考えていただければ幸いです

前半は事が済んだ後の反省会、後半は屋上での出来事後半でした
途中とある少女が琴里司令に依存しかけてましたが……千歳さんは悪くないよ! 多分悪くないよ! おそらく悪くないよ!(自信を持って肯定が出来ないという……)

次回後半戦、深淵と炎鬼が乱入するぞい
そして……原作崩壊はアニメで言う二期からと以前に言った事がある私ですが、はっきり言いましょう……



第四章は、最早薄皮残った状態になると思われます。結果は同じ、でも過程が見る影もないかもしれないですね
しかし水着回はあるよ! これからの季節にピッタリだ!
では次回、次章をお楽しみに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 『こうして彼女は家族を得る』
第一話 「やりすぎ注意? 知ってる」


メガネ愛好者です

毎度毎度すいません、遅くなりました
ネタは思いつくのですがなかなかに地の文が難しいんですよね……正直台詞だけでもいいんじゃないかな~なんて、そんな突拍子も無い事を思ってきていたりして少し危うい

とりあえず頑張って書いてみたのですが……おかしなところが無いか不安です
見直してはいるんですけどね……もう何が間違いなのかもよくわからなくなってきていたり……

そんな中、地の文に悩んでいる間になんと、千歳さんのイメージイラストが描き上がってしまいました

まぁシャーペンを使ってで落書きみたいな感じになってしまっているんですが……そこは勘弁してもらいたい。これが私の限界なんです
因みに、あくまでこれが私のイメージだと言うだけで読者様方が持つ千歳さんのイメージを優先してもらっても構いませんよ。参考に程度の代物です
それでも見てみたいという方は、後書きの方にてご覧ください



さて、では本編ですが……正直にいます
やりすぎた感がやばい。最早暴走レベル
そして最後にあの子が登場

それでは
(最近章の題名が詐欺化してきている気がする……変更した方がいいですかね?)


 

 

 屋上を埋め尽くさんとばかりに現れた狂三の分身体

 その一人一人が本体と同様に狂三のミステリアスな雰囲気を引き立てる怪しげな笑みを浮かべながら士道達を見据える

 

 

 

 ……筈だった

 

 

 

 『………………』

 

 士道が狂三の分身体へと向けた「狂三を救う」という覚悟に気分を害した本体が、心を許しかけていた分身体に手を下す事で嘲笑い、士道の想いを否定した上でへし折ろうとこの場に空間震を誘発するのが本来の史上である

そこには常に余裕があり、()()()()が来るまで狂三は勝ち誇った笑みを浮かべていた筈だ

 しかし、この場にいる狂三を含めた分身体達に笑みは無かった

 

 

 ——無表情——

 

 

 自身の真意を隠したいつもの笑みは見る影もなく、そこにあるのは一切の感情を消した表情のみ。駆瑠眠の煽りによって苛立ちが振り切った事で狂三の心に怒りが満ちる——事は無く、寧ろ心が冷えた事で相手へ向ける視線が無機質なモノへと変化したのだった

 それ以外の変化を顔に浮かべることは無く、変化を見せないその表情は原因の相手を射貫く。無機質ながら冷酷に……

 

 士道達はそんな狂三の雰囲気に背筋が凍るような冷たい感情を抱くのだが……その中で一人、例外がいた

 

 

 

 (うわ……普段から余裕を持った笑みを浮かべているからこそキャラが立っているというのに……これではただただ不気味なだけですわね。喜怒哀楽の無い無表情顔がズラリと並ぶなど絵面がよろしくありません。そこのところ狂三様は理解しておられるのでしょうか? 正直今の狂三様は見るに堪えませんわね)

 

 駆瑠眠は顔色一つ変えずに狂三を観察していた

 淡々と、冷静に。こうなる事を既に知っていた——”体験”していたからこそ駆瑠眠は平常心を保っていた。知っている事に驚くわけがないのだから

 

 そんな駆瑠眠の反応を見た士道達は思うだろう。無表情ながらも明確な殺意を感じさせる狂三達に対して、何故駆瑠眠は動じた素振りを見せないのかと

 駆瑠眠の事情を知らない士道達からすれば不可解な事だろう。彼等にも多少なりは向けられている殺意だが、しかしてそのほとんどは駆瑠眠へと向けられているのが現状だ

 

 未だに明確な殺意に恐怖を覚える士道としては、多人数から向けられるその感情に堪えられる自信が無い

 折紙が精霊の力を放つ十香へ向けていたそれや、先日に起きたあの惨状での狂三を前にした真那のそれと同じ殺意の感情

 身が震えるような、背筋が凍るような、肝が冷えるような恐ろしい感情。もしそれが明確に自分へと向けられたのであれば、士道は先日の様に恐怖で身も心も委縮してしまうだろう

 それも仕方が無い。士道は今でこそ裏に関わる人間だが、ほんの数か月前まではただの一般人だったのだ。平穏の中、温かい光の中で日々を暮らしていた士道にとって、対照的となる冷たい闇、不穏な裏の世界で飛び交う悪意のやり取りに堪えられるほど場慣れをしてはいないのだから

 実際、昨日の惨状を経験した士道は一時心が折れかけていた

 人の死を垣間見、その原因の相手と邂逅した時の……殺されるのではないかと言う恐怖

 今では十香や琴里を含めた〈フラクシナス〉の人々に支えられたおかげで立ち直り、士道は心折れずに狂三へと立ち向かうことができている

 

 しかし、今目の前にある光景はその比ではない

 複数人から向けられる殺意。直接的にではないにしろ、少しでも気を抜けば気絶してしまいかねない悪意が渦巻いているこの場に置いて、あまりにも自分は非力すぎる

 

 そんな、常人には耐えられない状況。精霊であった十香やASTである折紙でさえ、その表情は焦りで険しくなっている

 それだと言うのに、その殺意を一身に受ける駆瑠眠は一切動じない。まるで、こんなもの何ともないと言わんばかりに

 

 殺意を向ける狂三も、平然としている駆瑠眠の様子には多少なりとも気にはなっているようだ。ただし、ある程度予測を立てられている為にそこまで気にはなっていない

 事実はどうあれ元が自分の天使(〈刻々帝〉)だと、目の前の畜生は主張したのだ。もし本当にそうなのだとすれば〈刻々帝(ザフキエル)〉の能力を知っているのも当然の事だろう

 故に駆瑠眠は狂三がどういった手を取るのかわかっているからこそ、ここまで冷静にいられているのではないかと狂三は考えていた

 

 

 ——しかし実際は違う

 駆瑠眠は単に――狂三に対して欠片程も恐れを抱いていないだけだ

 

 

 何故駆瑠眠は恐怖を抱かないのか? それは以下の通りとなる

 

 狂三にいくら殺られようが構わない

 自身の力によって何度でもやり直せる以上対処法を練る必要もなければ焦る必要も無い

 例え相手から殺意を向けられようが動じる必要性が全く無い

 今はこの時代の歴史の流れを知り、情報を集めた後に最適な歴史を辿るよう動くのみ……それ以外は、無意味だ

 

 ……これらの要因が重なり合うことで駆瑠眠は一切動揺しなかったのだ。何せ、一言で言えば”無駄”な事なのだから

 

 ただ単調に、まるで機械の如き思考を持って歴史を把握する為に気持ちを切り替えた駆瑠眠。今の彼女に取って、最早感情は必要の無いモノとなっていた

 元が人ではないからこそ、精霊の武器である天使だったからこそ簡単に感情を捨てられる

 自身は武器だ、人ではない。願いによって人型を保っているだけでその本質は全く変わらない

 今見せている感情も願いによって構成されたものの一つなだけで、願いを叶えるために最適な人格を宿しただけに過ぎない

 だからこそ、その人格が願いを叶えるために不要なモノだと割り切れば、例え感情だろうが捨て去ろう

 さすれば途端に——駆瑠眠は人から武器へと戻るだろう

 

 いくら殺されようが構わない、全ては最善の未来を掴む為——駆瑠眠は情報を集める事だけを考える

 

 願いにより人の形を得た堕天使。彼女に取って人としての感情は、決して重くは無いモノだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だからであろうか?

 

 「なんであんな余裕そうに佇んでおきながら早々に捕まってるんだよ!?」

 

 「仕方ないではありませんか。ワタクシ、護身術程度の戦闘力しか持ち合わせておりませんし」

 

 「戦えないのに煽ったのか!? 質が悪いにも程があるわッ!!」

 

 「くふふ、楽しかったですわぁ」

 

 「くるみんが楽しんだ結果がこの状況なんですがねぇ!? 少しは反省してくれませんかあ!?」 

 

 「反省……する必要がありまして? ワタクシ、堕天使ですわよ?」

 

 「ここで個性的な自己紹介を繰り返す意味を問い正した——のわぁ!?」

 

 狂三の分身体に囲まれた駆瑠眠はあっさりと狂三達に拘束された。それはもう流れ作業の様に

 

 何せ駆瑠眠は特に抵抗する事も無かったのだ。故にすぐ捕まった。逃げるような動きも一切見せず、寧ろ体を預けるかのように狂三の分身体三人程に取り押さえられた。その光景に士道達は呆気に取られてしまったのも無理はないだろう

 そんな駆瑠眠は自身が捕縛され、次に士道達を拘束しようと行動する分身体達を眺めながら愉快そうに眺めるだけ

 

 ……訂正しよう。駆瑠眠は感情を捨て去ってはいなかった。ただ単純に、情報を手に入れる過程をも楽しもうとしての行動だったんだ

 質が悪い。いや本当に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、結局全員取り押さえられた

 その途中で十香が右手に顕現させた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉による斬撃波を(多分)間違えて捕縛されている駆瑠眠の方に向けて放ってしまった事以外は特に面白みも無——呆気無く取り押さえられてしまう

 士道はまぁ仕方が無いとして、折紙に関してはここまで来る間に体力を使ってしまったのが簡単に取り押さえられてしまった原因だろう

 

 折紙は道中で分身体とはいえ単独で精霊と交戦し、そもそもワイヤリングスーツ無しで随意領域(テリトリー)を展開してしまっていた

 狂三の分身体(駆瑠眠)が展開した〈時喰みの城〉に対抗する為とはいえ、ワイヤリングスーツ無しで随意領域(テリトリー)を展開するのは脳にかなりの負担をかける。下手をすれば脳に障害を負う事もありえない話では無い為、今回の折紙の行動はAST内でも非常時に限りと制限される程に危険な行為であった

 随意領域(テリトリー)の展開により衣服をワイヤリングスーツへと変化させることが出来た今、脳への負担は軽くなっている。……しかし、精神的な疲労は別だ

 一度脳に負担をかけた事で折紙には少なくない疲労が脳に蓄積し、集中力を鈍らせていた。結果、その隙を狙われた事で簡単に取り押さえられてしまうことになる

 

 おそらく一番善戦したのは十香だろう

 最後に捕まったというのもそうだし、数体ほど分身体を減らすことも出来た

 しかし、途中で士道が取り押さえられた事で意識が分身体から外れてしまう事となる。勿論その隙を見逃さなかった分身体達はすかさず十香を取り押さえる事となるのだった

 

 

 

 現在屋上にて取り押さえられている四人。狂三も事が済んだ為か少し肩の力を抜いた気がする

 その中の一人である駆瑠眠はと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 ぐったりしていた。まるで意識が落ちているのではないかと言わんばかりに。……いや、落ちているな。確実に

 分身体の狂三が頬を突いたり頭を叩いたりしても反応が一切無い

 その様子から分身体達は察するのだった。駆瑠眠が間違い無く——

 

 「気絶……しておりますわね」

 

 「完全に脱力しておりますわね」

 

 「……あら? 息をしていない?」

 

 「「いえそれは無いでしょう?」」

 

 三人の分身体達が駆瑠眠をどうにか起こそうとするものの、全然起きる気配が無い駆瑠眠

 何故急に駆瑠眠が気絶したのだろうか? ……原因は、彼女だった

 

 「……十香」

 

 「わ、わざとではないぞ!? あやつ等の一体が私にぶつかったせいで手元が狂ったのだ!! 本当だぞシドー!?」

 

 「いや、よくやった。よくやってくれた。これで少なくともこれ以上狂三の機嫌を損なわないで済む。ありがとう十香」

 

 「う、うむ……?」

 

 先程放った十香の斬撃波。その着弾の余波でか駆瑠眠が気絶してしまったのだ。多分

 直撃はしていなかったものの取り押さえていた分身体達事、駆瑠眠は屋上を軽く抉る程の威力を秘めた斬撃波の余波を確実に浴びていた

 その結果、駆瑠眠は一度分身体達の拘束から逃れることが出来たのだった。……ただし、吹き飛ばされるような威力を味わいながら

 そんな駆瑠眠をすぐさま分身体達が再び取り押さえた時には意識を失っていた

 

 ……ほぼ間違いはないだろう。十香の斬撃波によって、駆瑠眠は気絶してしまったという事実は

 

 しかし、この場に悲しむ者は少ない——いや、いなかった

 何せやりたい放題場を掻き乱した張本人だ。特に士道は一番被害をこうむった故に、大人しくしていてもらえるのは非常に助かるところ

 狂三もこれ以上はらわたが煮えくり返るような想いをしなくて済む故、この結果は予想外とは言え納得のいくものだったのは語るまい

 

 雰囲気を壊す元凶が沈黙した事で場に緊張が流れ始める

 これでしばらくはシリアスが戻ってくる筈だ。しかし、全員捕まってしまうという最悪な置き土産を残してだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……クククッ」

 

 『!?』

 

 ……どうやらシリアスは戻ってこれなかったようだ

 

 突如として屋上に響く笑い声。士道や折紙、狂三を含めた分身体達がその笑い声の発信源へと視線を向ける。……士道と狂三はもういい加減にしろと言わんばかりの気持ちを持って

 そして、その発生源——屋上の入り口の上に佇むその人物と、その人物が脇に抱える”ソレ”を見た全員が驚きに目を見開いてしまうのだった

 

 

 

 

 

 「ククッ……ハーッハッハッハッ!! すり替えておいたのさッ!!」

 

 

 

 

 

 シャツにジーパンと言うラフな服装を身に纏い、狂三(本体)に向けて人差し指を向けながら宣言する少女

 突如現れたその人物に困惑してしまう士道達。流石にこれは狂三も予想外だったのか、無表情だった顔が驚愕に歪められる。何せ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅ……申し訳ありませんでした……」

 

 その人物——千歳がまるで漫画の様な大きなたんこぶを頭に飾る()()()()脇に抱えながら佇んでいたのだから

 

 「えーと……! ダレダオマエハー!」

 

 「単独行動に怒り心頭な女、スピリットウーマッ!!」

 

 「ちょっ!? いきなり離さな——フミュッ!?」

 

 そんな中、唯一驚いていなかった十香がまるで思い出したかのように千歳へ問いかけ、その問いかけに千歳はすぐさま答えるのだった。……何やら腕を掲げるなどとポーズを決めながら(因みにこの時、脇に抱えられていた駆瑠眠はいきなり離された事に対応が遅れ、受け身も取れずに床へと落下したのだった)

 

 「——って、ちょっと待て!? なんだその打ち合わせしたかのようなやり取りは!?」

 

 「……よっ! 久しぶりだな十香!」

 

 「おお! 久しぶりだぞチトセ!」

 

 「十香はいいとして今の間はなんだ千歳!? ……おいコラ、前髪で見えてないけど今絶対目を逸らしてるだろ!? ——図星を突かれたみたいに顔ごと逸らすな!!」

 

 「うぅ……床に叩きつけられたワタクシへの心配は誰もしてはくれませんの……?」

 

 (する訳がない)

 

 「……頭が痛いですわ」

 

 千歳の登場が場の空気を変えた。……悪い方向に

 駆瑠眠が沈黙した事で一時は緊張が走ったものの、その緊張は場に留まる事無く素通りしてしまったようだ

 

 千歳は駆瑠眠の単独行動でタガが外れてネタに走り

 十香は千歳との再会に現状を忘れて無邪気に喜び

 士道は今の千歳の言動に抑えきれない表に露わにし

 駆瑠眠は自身の扱いの雑さを訴えかけるように嘆き

 折紙は疲労の蓄積によって意識が落ちるのを堪え

 狂三は我慢の限界が来たことでついに項垂れてしまった

 

 先程までの命のやり取りなど最早存在しない。狂三達から放たれていた殺意も今や霧散し、分身体達は徐々に本体の影へと帰還している。……一人一人が疲れた顔をしながら

 そんな疲れ切った分身体がある程度影に戻った辺りで、狂三から一言

 

 「あの二人とは今後一切関わりたくありませんわね……」

 

 あの二人とは一体? ……はい、駆瑠眠と千歳の二人ですねわかります。わかっていますよ勿論

 そして狂三は依然と騒ぐ士道と千歳、十香の声が屋上に響き渡り、近くで相手をしてほしそうに語りかけている駆瑠眠を横目に——そっと、その場を立ち去ってしまうのであった

 

 攻略すべき対象が離脱したことにも気づかずに口論し続ける士道達(主に士道と千歳)。因みに折紙は被害をこうむらないようにと少し離れた位置で腰を下ろしている

 普段の折紙が精霊を前にすれば猪突猛進気味に突貫する事だろう。人一倍精霊を憎んでいる彼女にとって、精霊は何が何でも殲滅すべき対象なのだから

 だからこそ士道の周囲に纏わりつく精霊(害虫)殲滅(駆除)しようとする折紙ではあるのだが、今の折紙は士道と一生を添い遂げたいと思う気持ちと同じぐらい——〈アビス(千歳)〉の傍にだけは近寄りたくないと思っていた

 それは何故かと問われれば……自身のキャラが崩壊するかもしれない恐れがある為だ

 千歳のペースに乗せられてしまったが最後、一体どんな対応を取ってしまうかわからない。現に今、あの冷酷無比なはずの〈ナイトメア(狂三)〉が心底疲れたような表情で去っていってしまった。あの表情からは以前の怪しげな雰囲気を全く感じることが出来なかった

 もしも今の疲労によって集中力が衰えている自分があの混沌とし始めた中に入っていったらどうなるか……正直自分を保っていられる自信が全く無い

 今にも目の前の精霊を殲滅したいと思うものの、疲労によって身体能力が低下している今、彼女達に単騎で挑む程の体力がない以上は下手に動けないのもある

 ——だがそれ以上に危惧すべきものがキャラ崩壊なのだ。下手をすればありもしない言動に走るやもしれないし、自分の根幹——精霊に対する憎悪が無くなりはしないものの変化してしまいそうな気がしてしまう

 だから折紙は下手に敵対することが出来なかった。それに、士道の目の前で精霊を襲えば優しい彼は自身の事を嫌うかもしれない

 それだけは避けたかった。だって士道は……折紙にとってかけがえのない存在なのだから——

 

 ……え? ストーカーはいいのかって? あれは見守っているだけだから問題は無い。それに、士道の好みに合わせる為の情報を得られるから寧ろ見守っている事は同然の義務だ

 

 「てかなんで千歳がくるみんを抱えてたんだ!? 確かに狂三達が取り押さえてた筈だよな!?」

 

 「あぁ、あの〈くるみんちゃん人形(リアルver.)〉の事か。結構いい出来だっただろ? 魂創るのは無理だけど肉体だけだったら何とか再現できんだわ。うん、かなり霊力を使ったけど出来栄えには自信があるぜ。——それを捕まってたくるみんと入れ替えさせてもらったんだわ。十香の一撃で吹き飛んだ瞬間にね、ナイス十香」

 

 「は、はぁあああ!? なんだその出鱈目な力は!?」

 

 「あ、流石に呼吸とかはしてないから「妙にリアルな人形」って認識でおk。肌触りや体温なんかは再現できたけど、流石に血肉ではねーから安心してくれや。……それだと放っておいたら腐っちまうし」

 

 「最後の発言が怖すぎるんだけど!? 今の言葉でくるみんが青ざめてるからね!? 多分あれ腐った自分の体を想像しちゃったからだろ!?」

 

 「あぁ……ようやくワタクシを気にかけてくださいましたわ! これが人との繋がりというものなのですね……心に染みますわぁ」

 

 「なんか青ざめるどころか血行がよさそうに赤くなってるんだけど?」

 

 「無視しすぎたせいでなんか変な悟り開いちゃってるぅ!?」

 

 「見てくれシドー! チトセ! ……ゆーたいりだつー!」

 

 「ちょ、十香様? ワタクシの上でくるみんちゃん人形を振り回さないでくださいませんこと!? 流石に姿がそっくりな人形が荒々しく振り回されてはワタクシとしてもいい気分では……あぁでも、お母様にならこうされるのも良いかもしれ——」

 

 「よぉーしくるみん、ならお望み通り振り回してやんよ」

 

 「え、お、お母様? 今はちょっと……ってもう既にスタンバってらっしゃる!? 何故今ここで荒ぶる鷹のポーズを!?」

 

 「十香は一旦その人形を置け! くるみんは自重という言葉を辞書で引いて来い! そして千歳はいい加減突発的な行動に出ようとす「南無さあああああんッ!!」行くなあああああ!!!」

 

 収拾がつかないとはこのことだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——んで、結局その惨状を見た五河妹がブチ切れて乱入してきた後、なんやかんやでバトって終息したって感じだな」

 

 「琴里様も気苦労が絶えませんわね。まぁ原因はワタクシ達なのですが」

 

 回想終了。お疲れさまっしたー。……ってわけにもいかないよな、これ

 そんな訳で、まぁぶっちゃけ二人でやりたい放題やってきたって感じなんだよな。ぶっちゃけ俺も反省するところがあるんだわ

 確かに大部分はくるみんがやらかしたようだが、最後辺りは寧ろ俺がやらかした。いや、くるみんと一緒になってやらかしたって感じか

 

 「俺もあん時は流石にハッチャけすぎたとは思ってるよ。こればかりは謝罪が尽きねーわ」

 

 「怒れる妹恐るべし、でしたわね。狂三様達の比ではない殺意を見せておられましたし、その怒りで琴里様から溢れた炎が周囲を焼き焦がし始めました上に正気を失ったと言わんばかりに周囲の被害を鑑みずに暴れ始めて……正直あの光景、ワタクシには刺激が強すぎます。あぁ……焼き抉られた左肩が疼きますわ」

 

 そう言ったくるみんは右手を左肩に乗せ、労わる様に擦り始める。余程痛かったんだろうな……いや、まぁあの劫火を見た後じゃ納得もんなんだけどよ

 ……てかさ、一つ疑問に思ってることがあるんだわ

 

 「五河妹が怒った理由って全部俺のせいなのかな? 何故か俺ばかりにヘイトが向かってきたし、くるみんなんて眼中に無いみたいな素振りで俺に突っ込んできたから俺だけが悪いように思えちまう」

 

 「……あら? それでは街崩壊の危機に瀕した原因はお母様という事に……」

 

 「……え? マジで? 俺のせいなのあれ?」

 

 「ど、どうなのでしょう……今回の発端はワタクシだと自覚しておりますが、果たして今回だけの事だったのか……あ、だからと言って今更お母様に謝罪を要求している訳ではありませんよ!? 寧ろワタクシがあの場に現れなければここまで酷くなる事は無かったのであって——」

 

 「いやそこまでフォローされると余計罪悪感が……とりあえず俺にも何かしら非があったってことなんだろうし、後日にでも二人で謝りに行って……許して、貰えるか?」

 

 「う、うーん……正直、微妙ですわね……」

 

 結論、どちらも反省の余地あり

 まぁくるみんが言ってたように、今日だけの事で五河妹が怒り狂ったとは考えにくいし、今までの行いで何か五河妹の琴線に触れたのかもしれないからな

 結構今までやりたい放題やってきたし、少なからずはあるだろう。……正直覚えてねーけど

 自慢じゃねーが、俺は特に覚えておく必要の無いモノは基本的にすぐ忘れちまうんだ。覚えててもしょうがねーからな

 もし必要な記憶だったとしたら、少し時間をかければ思い出すことは出来るとは思うよ? それに辿り着くキーワードが幾つかほしいところだけどな

 

 「——さてと、反省会はここまでにすっか。これ以上続けても俺達が一度謝る事には変わりないんだしさ」

 

 「問題はいつ、どのタイミングで謝罪しに出向くかがポイントですわね」

 

 「それな。まぁ明日すぐに——とはいかないだろうな。何とか落ち着かせたとはいえ、なんか五河妹の様子がおかしかったし」

 

 そう、何やら五河妹の様子がおかしかったのだ

 俺は初対面だからよくは知らないが、すぐ近くにいた五河や十香が五河妹の様子がおかしい、まるで正気じゃないと言っていたからな

 確かに最後、周囲の事も気にせず上空から()()()()()()俺を〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の炎で焼き貫こうと砲門を受けた時は焦ったと同時に違和感を抱いたな。まるで全てを破壊せんとする修羅だった

 とりあえず俺が五河妹の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を創りあげた上で同質量の砲撃を持って対抗したんだわ

 

 結果、何とか街崩壊は免れたものの——来禅高校が跡形も無く消し飛んだ。今は綺麗サッパリに焼け跡だけが残されている

 

 ……あ、因みに学校の中にいた生徒は全員無事だ。俺が屋上に向かう前に全員別の場所に移したからな(因みに五河達も同じ手を使って避難させた)

 くるみんから聞いていた〈時喰みの城〉は一般人にとっては毒みたいなもんだからな。寿命を奪うとか恐ろしすぎる

 俺が来禅高校に辿り着いた時には解除されてたみたいだが、いつまた再展開されるかわからねーし、おそらく人質みたいな扱いにされてるだろうからな。一度空間震警報が鳴った辺り、くるみんが言っていたように狂三は空間震をいつでも起こせるみたいだからそのままにしておくのも危険だと思ったんだよ

 【(イェソス)】を使えば別に時間がかかる事でも無かったのですぐに事は済んだよ。以前に撮った写真を片手に近くの公民館へと全員【(イェソス)】で送っておいたから、今頃公民館は大混乱に陥っているんじゃねーかな?

 何せ急に学生が大勢現れるという珍現象が起こった上での学校消滅だ。四月に起きた空間震よりも酷い事になってるだろう。あっちは避難できてたみたいだし、校舎の一部だけだったし

 ……まぁ学生全員助かったんなら別にいいだろ? 人の命と校舎の修理費、どっちが尊いモノかは誰にでもわかるさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「反省会は終わったことだし……ハァ、まだいるんだろうなぁ」

 

 反省会を終えた事で不要となった〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を虚空へと消し、俺は首を一回ししながら未だにいるであろう()()()がいるリビングの方へと壁ごしに頭を向けるのだった

 そんな俺の言動からくるみんが意外そうな声で問いかけてくる

 

 「あら? まだいらっしゃっていたのですか?」

 

 「あぁ。部屋を出る前にも待ってる宣言頂いたし、寧ろあの雰囲気はここに居つくレベルだぞ。今頃ソファーにふんぞり返ってんじゃね?」

 

 「まぁそうでしたの! これから賑やかになりそうですわねぇ♪」

 

 「勘弁してくれよ……」

 

 そう言いながら俺達はくるみんの部屋を後にし、件の来客達の元へ向かう為にリビングへと足を運ぶことにする

 ……正直面倒くさい

 いや、に別に来た人が嫌いなわけじゃないんだ。寧ろ俺は好感を持ってるよ? うん、それは間違いない

 ただ、なぁ……家に来た理由が……ホント何でそうなったと言わんばかりの珍回答だったんだよ。正直頭を抱えたくなった

 

 そうこう考えながら沈みかける気持ちを何とか持ち直し、俺はリビングの扉を開け——案の定ソファーへと座っている人物達を見据えるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほぉら()()()()()? あーんしてくださぁい♪」

 

 「や、やめてよ……!? なんで私がそんなこっぱずかしい真似をしなきゃいけない訳!? 何、辱めたいの? ならあの時みたいに身包み剥いで私のちんけな体を白昼堂々と晒せばいいじゃない! その上で事後の姿を写真に撮ってネットに晒せば完璧でしょうね? 私のみすぼらしい姿を晒せば一生ネットの笑い者確定なんだから社会的に死んだも当然だもんね!?」

 

 「え! ()()ヤッチャッテもいいんですか!! なら今すぐヤッチャイましょう!! さぁ今すぐベッドinで――あ! 千歳さんお帰りなさーい! 早速ですけど千歳さんのベッド、小一時間程お借りしてもよろしいですかー?」

 

 「ギャァアアアアアアアアアア!!? 離せ離せ離せぇえええええ!!! 離してよおおおおおおおおお!!!」

 

 ……今、俺の目の前には二人の人物がいる

 一人はご存知、俺の親愛なる妹分である現アイドル——否、()()()()()の誘宵美九。通称ミク

 そしてもう一人、ミクが大切そうに(だが抜け出さないようにきつく)抱き上げる四糸乃ぐらいの背丈の少女

 その大きな魔女帽子が特徴的で、俺の髪の色を明るくした様な感じの翡翠色の髪を持つ少女——

 

 

 

 「もうやだあああああ!!! 私なんか段ボールに詰めて路上に放置し通りすがう人達に蔑んだ目で見られるような汚らしい犬猫畜生よりも下位の生物(なまもの)なんだからもう放っておいてよおおおおお!!!」

 

 

 

 精霊——七罪であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……とりあえず一言

 

 「行かせねーよバーロー」

 

 「あぁん、もういけずぅ☆」

 

 「それ以前に子供を泣かせるべきではありませんわ」

 

 「助けてええええええええええ!!!」

 

 




千歳さんとくるみんが大暴走!
琴里ちゃんがついに大激怒!
来禅高校が大崩壊!生徒が転移し大混乱!

うん!ハッチャけすぎた!だが後悔はしない!


……ふぅ、なんかストレスを発散させてしまったみたいで申し訳ないです

そしてこのタイミングで七罪ちゃん登場!果たして美九と一体何をやらかしちゃったんでしょう?
それはそうと……七罪ちゃんのキャラってこれでいいのかな?結構難しいキャラですよね
まぁあれです。原作の七罪ちゃんではなく眼鏡好きのところの七罪ちゃんなのだと思っていただければキャラ崩壊も妥協できるかもしれません(震え声)

……え?既に何人かキャラ崩壊起こしてるって?知ってる





千歳さんのイメージイラストがこちら


【挿絵表示】


今回の千歳さんの服装をイメージした結果です
初めて挿絵投稿するのですが、これでいいのでしょうか?
うまく描けているといいんですけどね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「夢は大抵辛いモノ? 知ってる」

メガネ愛好者です

少し書く時間が出来ましたので投稿
実は長くなったのでいくつかに分けた物だったりします。ですので次話もすぐに上げられるかも?

今回は四人の対談前編です。――ですが肝心の本題まで突入していません
余計な話で本題に入れないというのが千歳さん達らしくてしっくりきてしまうのは何故でしょう……?

それでは


 

 

 「……さてと、じゃあまずは改めて事情を聞かせてもらう事にするわ。えーと……七罪、でいいか?」

 

 「ふん、ええそうよ。なんだったらナナホシテントウムシとでも呼んで貰っても構わないわ。何せ私なんか人間以下ですもんね? 人と同じ立場でいるなんて――あぁ、それだとナナホシテントウムシに失礼ね、有名で愛着のあるあのテントウムシと知る必要性が全く無い上に最早記憶する事が無駄である私を比べるなんて烏滸がまし――」

 

 「自虐やめぃ」

 

 「——あぅっ!?」

 

 自分の事を貶めるようなマシンガントークを繰り返そうとする七罪に軽くチョップをいれながら、俺は今日何故ミクと七罪が来たのかを改めて問い掛けるのだった

 

 現在俺を含めたくるみん、ミク、そして七罪の計四人はリビングのソファーに腰を下ろして向かい合っていた

 因みに配置としてはテーブルを挟んでソファー同士が対面する形にし、俺と七罪、くるみんとミクが隣同士に座って対談している

 何故この席順か? まぁ……アレだ

 

 「むぅ……ねぇ千歳さん? やっぱり私、お二人のどちらかの隣で寄り添いながら話し合いたいのですけどぉ……駄目ですかぁ?」

 

 「ひぃ……っ!?」

 

 「ダメ。そんな獲物を狙ったようなギラついた目で懇願する時点でアウトだから。もうミクの声だけで怯えちまう七罪をミクの隣に座らせるのは無理だし、代わりに俺がお前の隣に座ったら座ったで……うん、どっちにしろ話し合いじゃなくなりそうだから今は駄目だ。くるみんの隣で我慢しなさい」

 

 「ぶーぶー、千歳さんのいじわるぅー」

 

 「あの……ミクちゃん? お母様と七罪様に比べてワタクシの扱いが雑な気がするのですが……もしかしてワタクシの事嫌いなんですか?」

 

 「えー? そうですかねー? 私、くるみんの事も好きですよー? ……心友としてですが」

 

 「あ、つまりミクちゃんの恋愛対象には含まれることは無いと。嫌われてなくて安心いたしましたわ。――ですが何故でしょう? このそこはかとなく悲しい気持ちは……」

 

 「……失恋じゃね?」

 

 今の会話で察してくれたかもしれねーが、俺と七罪がミクの傍にいるのは正直危険なんだわ。その……性的に

 どうやらミクにとって俺と七罪は恋愛対象と認識されているようで、隙あらば美味しく頂こうなんて考えちゃってるみたいでさ? ……正直それを聞いた時は鳥肌が立ったよ

 

 いや、男にとってはこんな美少女に迫られるなんて大変ありがたい話ではあるんだろうけどさ……今の俺って恋愛感情死んでんじゃん? そんな俺にミクの溢れんばかりの想いを受け止めきれるのかって言うと、正直自信が無いのです。許容限界ってやつだと思う

 ハイライトを消したミクが俺の事をベッドに縛り付けた前科がある以上、ミクへの接し方は慎重にならざるを得ないんだが……今のミクはまさにそれだ

 明らかに本能が理性を上回っているんだよ。実際に七罪は既に被害にあっているしな

 

 因みに今の俺は女になったおかげか、多少のスキンシップ程度なら動揺する事も無くなった。無性愛者とは言ってもそれ相応の羞恥心はあるからな。転生した直後と比べればその免疫もついてきたと思うんだよ

 最近だとくるみんがお風呂に乱入した時なんかは結構落ち着いて対処することも出来るようになったからな。……そこ、羨ましいと思ったか? このスケベめ

 言っとくが、別に卑猥なことをやっている訳じゃねーからな? 背中を洗い流してもらったり髪を洗ってやったりと、その程度の何気無いやり取りだけだから。女同士ならそこまで気にする程のもんでもねーだろ? 多分

 ……まぁ、たまに向けてくるくるみんの視線に疑惑を抱くこともあるけどな。とりあえず今のところ実害はねーから気にしないようにしている。変に意識して揚げ足取られてもアレだからな

 

 それに比べて今のミクはくるみんの比じゃないんだよ。時折俺と七罪に向けてくる恍惚とした表情にゾクッと身の危険を感じてしまうレベルで危険なのだ。正直くるみんがこの場でブレーキ役としていなければ俺と七罪がどうなっていたかわからん……少なくとも、どちらかが何か大切な物を失う可能性大だ

 その一番の被害者たる七罪もミクのその表情に怯えてか、初対面だと言うのに俺にしがみついてくる始末だ。詳しくはまだ聞いていないがここまで怯えられるって……ミクは一体どんなことをしたんだよ

 

 あかん……あの変態メイドよりも質が悪くなる前に矯正すべきか?

 

 その考えに至った俺が頭を抱える様に額へと手を伸ばしたのはしょうがないと思う。だってあんな純粋無垢だった子が不純物の混じった変態になってしまったと考えると……あぁ、頭が痛い。何でこうなったんだ……

 そんな俺の様子を見てか、隣にいる七罪が恐る恐る語りかけてきた

 

 「……あんたも苦労してるのね」

 

 「根はいい子なんだよ……根はいい子なんだよ?」

 

 「ふひ、ひひひ……おっと、涎が……」

 

 「……いい子?」

 

 「本当なんだ……本当にいい子なんだよぉ……」

 

 ……既に手遅れな気がする。頼むからそんな締まりの無い顔をしないでくれよミク……

 

 

 

 

 

 ……あ、因みにさっき外出していた間は大人しくさせておいたよ? ミクと一つ約束したおかげで七罪も無事に済んだみたい。……途中何度か危なかったみたいだけどさ

 俺とくるみんがいない間二人だけにしておくのは(主に七罪が)危険だったから、俺は一つミクと約束を交わしたんだ

 少し酷な内容だったが今回ばかりはしょうがないと、俺は心を鬼にして玄関から出る間際に言ったんだ――

 

 

 「……もしも、俺がいない間に七罪に何かしたら……もうお前とは、今後一切……口を利かないから」

 

 

 まぁ口を利かないとか俺の方こそ無理なんだがな? 可愛い妹分を自分から突き放すなんてこと俺に出来る筈がない。言葉に詰まって途切れ途切れにしか言えなかった程に、自分で言った言葉で精神的に傷を負ったのは内緒だ

 更に、それを聞いたミクが絶望したかのような表情を見せた時にも追加ダメージを受けたのは最早自業自得か。どこぞの炎翼男、もしくは光炎翼男みたいな特殊効果を受けた気分だぜ。シンクロやエクシーズなんて認めねぇ、融合こそが至高だ

 ……え? ペンデュラム? アレってもう別ゲーじゃん。特にカードデザインとか。そんなホイホイ新要素を取り入れるのはナンセンスだと俺は思うんだよ。まぁ新しい取り組みをしないと売り上げが伸びないってのはわかるんだが……正直俺は融合までで十分だったと思うんだよね。もう今じゃあ何が何だかよくわかんなくなってきてるもん、複雑化してきてやる気なくなっちまったぜ……

 俺が許せるのは融合と儀式までだ。それ以降は知らない子なのです。……これって古参だからこその考えなのか? まぁ賛否両論は当然あるんだろうけど

 

 ……あれ? 俺はなんの話をしていたんだ? なんかすげー話の話題から逸れてたわ。すまんな

 まぁ流石にミクだけが損する条件だけを提示するのは不公平だ。もうそれは約束じゃなくて脅迫だし、例えミクが今回やらかした張本人だったとしても約束は公平じゃなきゃいけねぇと俺は思っている。だから俺は、ちゃんとミクにも利益がある条件を提示したんだ

 その内容は「もしも大人しくしていてくれれば、後である程度のお願いなら聞いてやる」——って言うものだ。まぁある程度ではあるがな

 行き過ぎたお願いは聞き入れないからとあらかじめ言っておいたよ。何でもなんて言わないぜ? そんな軽々しく何でもなんて言っていたら、例え身内でもいつか後悔するだろうし

 んでミクはその内容を承諾した訳なんだが……承諾した後もミクは悲しそうな顔のままだったんだよ

 それを見た俺は約束を交わした後すぐに部屋から飛び出したね。正直堪えられなかったからね、誰にも見られていないのをいいことに一人涙を流したのもまた内緒だ

 だってしょうがないじゃん。くるみんを放っておく訳にもいかないし、被害者である七罪を加害者のミクと二人だけにするのもお互いにリスクが高すぎる。どちらも無事に事を澄ませるにはこの方法しか思いつかなかったんだよ……グスッ

 

 

 

 そんな訳で俺と七罪はミクの魔の手から逃れる為に、対面のソファーに腰を下ろしてるんだわ。まぁ最初に俺の隣に座るという話になった時の七罪の反応はお世辞にも有効的だったとは言えないがな

 でも俺とミク、隣に座るんだったらどっちがいい? って言ったら苦い顔で俺を選んだんだけどよ。すまんがこればかりは我慢してくれ

 しょうがないことなんだ。今のミクの隣に俺や七罪が座るなんて自殺行為と言っても過言じゃないからな。わざわざこの身を犠牲にする程、俺は自己犠牲精神を持ち合わせてはいねーんだ

 

 因みにさっきの会話でも分かる様に、ミクは俺達に向ける視線をくるみんへ向ける事はないみたいです

 俺と七罪は恋愛対象でくるみんは心友と、ミクの中でも明確な線引きは存在しているようだ。誰彼構わずって訳じゃないのはいいことだけど……相手を間違えてるんだよなぁ。くるみんがミクの線引きに不服な想いを抱いているのに気付いているのだろうか?

 多分七罪も同じことを考えるとは思うが……くるみん、頼むから俺と立場を代わってくれ。……え? 無理みたいだって? 知ってる

 まぁミクとくるみんの仲は俺達とは少し違うみたいだから、それもしょうがねーのかもしれない

 

 さっき聞いたが、二人はどうやらかなりの間を一緒に過ごしてきたそうだ。今の関係は友達以上恋人未満ってやつらしく、一番適当な関係が”家族”なのだそうだ。俺の知らぬ間に二人が深い関係になっていたことには驚かされたね

 

 後、以前に俺を襲った強烈な眠気はミクの”声”によるものだったと判明した

 どうやらくるみんが俺の注意を引き付けている間に、ミクが俺達の近くまで接近していたらしい。そしてミクは睡眠効果のある歌——要は霊力を乗せた子守唄を俺に向けて密かに歌っていたのだという。それによって俺の眠気が助長されたのだとか

 正直全然気づかなかった。あっちはあっちで俺とくるみんが会話している時を見計らいつつ歌っていたようだけど、それを無しにしても気づけなかったわ。てか子守唄で眠らされたってどうなんよ俺…………ま、まぁ気にする程の事でもないよね! うん、だから気にしない

 そして後は俺をこの部屋に運んで説明会だ。ミクはミクでやるべきことがあったらしく、俺に会いに行きたくとも会いに行けなかったんだとか

 

 まとめると、俺の誘拐にミクも一役かっていたという訳だ。……なんかちょっと悲しい気持ちになった

 だってさ、それってつまり俺じゃなくてくるみんの方を信頼しているから協力したって考えられない? なんか疎外感を感じるんよ……それにくるみんとミクの距離感が俺よりも近い気がしてならないし……

 

 ——って、ちょっと待て。これもしかして……俺、くるみんに嫉妬してるのか?

 別に二人の仲が良くてもいいじゃないか。寧ろ仲が悪いよりはずっといい筈だ。だから……それを不服に感じるのは違うだろ、うん

 今はそっと心にしまっておこう。別に二人が楽しそうなんだから、それに水を差すようなことをするべきじゃないからね

 

 とりあえず俺は思考を切り替える為にと、二人はどういった経緯で仲良くなったのかを聞いてみる事にした

その結果、俺は先程以上の驚きに耳を疑ったんだよ

 

 

 

 だってくるみん、ミクのマネージャーやってたんだもん

 

 

 

 正直これを聞いた時は素で驚いたわ。「へぁっ!?」——って変な声上げちまったぐらいだからね。どこの星型携帯獣だよって話

 

 出会いはなんと、九年前に俺が未来へ帰った後にくるみんの方からミクの家に訪問してきたらしい。……まぁそこで初対面ってわけじゃないんだけどな

 俺がミクの執事として一緒に遊んでやってた時に、一方的な鬼ごっこをした時の鬼役をしていたのがくるみんだったんだからな。今思い出せば確かにアレはくるみんだったし、それが初対面だった筈だ

 そんなくるみんは何やら俺に用事があったらしい。だが、今年の四月初めに転生してこの世界に来た俺が九年前に知り合いがいるはずもねーんだよな。それなのに俺の名前を呼びながら怪しげに笑いかけてくるくるみんは……正直、少しホラーだった

 だから――

 

 

 (あ……これ関わったらあかん奴や)

 

 

 ――そう思ってもしょうがなかったと思うんだよ

 そう考えた瞬間俺はミクを連れて逃走、それでも追いかけてくるくるみんを縦横無尽に走り回る事で撒いたんだわ。逃げるのは得意だったからな、難無く撒く事が出来たよ

 結局くるみんは俺を見失ってその時は諦めたそうなんだ。でも数日後、俺が連れていたミクが近くの屋敷の子だと何処からか情報を仕入れた事で、くるみんはミク経由に俺と接触しようと思ったみたい。まぁその時には俺、未来に帰ってたわけなんですが

 

 そう言った経緯を持ってくるみんはミクと対面し、あらかじめ未来で知っていた俺の人柄をミクへと面白おかしく話す事でミクはくるみんに懐いていったようだ。面白おかしくという点が気になるが……まぁくるみんが俺の事を貶すようなことを言うとは思えんしな。特に深く聞こうとは思ってない

 んで、ミクがくるみんに懐いているところを見たミクパパが好機と見たのか「娘の従者になってくれ」と、俺がいなくなった代わりに現れたくるみんをミクの従者にしようと迫ったそうな。まぁくるみんの姿は令嬢のそれにも見えるし、教養もあるだろうからミクの教育係になっても十分役割を果たせるだろう。あの変態メイドがミクの教育係になるよかマシである

 そして最初は断るつもりでいたくるみんだったのだが、ミクパパが持ちかけた取引によってつい承諾してしまったそうだ

 取引の内容は教えてくれなかったが……結局何だったんだろ?

 

 それからくるみんはミクの世話なんかで常に一緒にいたようだ。気付けば周りからは仲の良い姉妹に見間違えられる程に親密だったとか

 そうして幾らか過ぎた頃にはくるみんもミクを溺愛するようになっていたみたい。どうやら母性が湧いたとかなんだとか

 そんなくるみんがミクの夢を聞いた瞬間――

 

 

 「ワタクシがミクちゃんの夢の懸け橋となりましょう!! このくるみんにお任せくださいまし!!」

 

 

 ――と豪語し、そこから二人のアイドルへの道が(ミクだけに)開かれたとかなんとか

 くるみんはミクがアイドルになる為に隣で支えられるようそれ相応の知識を蓄え、ミクもそんなくるみんを頼りにし、時には助けられつつアイドル目指して日々を過ごしていったとさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――それでようやくアイドルになれたってのに……なんでやめたし、アイドル」

 

 「だって千歳さんと一緒にいられる時間がアイドル活動のせいでなくなっているんですもん。それに、今の私はファンの人達の前で歌うよりも千歳さんの前で歌いたいなーって思ってるのでいいんです。私の歌を一番に聞いてもらいたいのは千歳さんですからね。だからもういいんです。――正直アイドルやるの、疲れましたしねー」

 

 「昔からの夢を疲れたで終わらせちゃったよ……ミクのファンの皆、すまねぇ……ミクがこうなったの多分俺のせいだこれ」

 

 「大人になって現実を見たってことですねー」

 

 「リアルすぎて笑えない」

 

 どうやら数日前にミクはアイドルをやめたみたいなんだわ

 その理由が俺といる時間が無くなるからやめますって理由みたいで、それを聞いた俺は様々な想いを抱いたよ

 ミクにそこまで慕われて嬉しいとも思ったし、俺のせいでミクがアイドルをやめる事になって申し訳なくも感じた。他にも様々な感情が一気に押し寄せてきたのでした

 他にもアイドルをやる事に疲れた等のやめたくなった理由があるみたいなんだけど、それでも一番の理由が俺に会えないかららしくて……正直ファンの方々に謝罪したいです

 

 ミクのファンの方々、俺のせいでミクがアイドルをやめる事になってしまい、本当に申し訳ありませんでした……

 

 まぁ、だからと言って俺はミクにアイドルをやめるななんて言わないけどさ

 これもミクが決めたことだからな。ミクの気持ちを無視して否定する気は無いんだよ

 それに……今のミクの顔、正直見とうない

 だっていつもニコニコ笑みを浮かべているってのが俺のミクに対する印象なのに、今のミク……目が据わってるんだもん。その上心底疲れたような表情をして……どんだけ辛かったんだよアイドル活動

 

 「仕方がありませんわ。深くはお教えできませんが、アイドル活動も一筋縄ではいかないのです。正直ワタクシとしてもミクちゃんがアイドルをやめた事には安堵が絶えません」

 

 「それにー、もう十分な程……稼ぎましたからね」

 

 「アイドルが稼いだとか言っちゃ……もうやめたからいいのか? ――まぁ後悔しないんだったらこれ以上俺はとやかく言うつもりはねーよ。ミクがそれでいいって言うんだったらその意思を尊重するし、周りがミクの意思を無視して迫ってくるんなら……俺はそのミクへと降り掛かる障害を取り払うだけだ」

 

 事情は詳しく知らねーが、ミクの夢を叶えようとしていたくるみんが「やめて良かった」というぐらいだ。何か、アイドルをしていた頃にミクを傷つけるようなことがあったんだろう

 以前にも考察したが、ミクは誰かにアイドルをやっているところを見聞きされたくないから人前に姿を見せずにアイドル活動をやっていたと俺は考えている。もしかしたらその誰かに遭遇しかけたのか、遭遇してしまったのかもしれない。だからミクはアイドルをするのが嫌になったとか?

 

 「……ホント気にいらねぇ。誰だか知らねぇが人の夢を、俺の可愛い妹分の夢を穢そうとしやがってよ……」

 

 マジでぶっ殺してやろうか? 〈心蝕霊廟(イロウエル)〉の封印を完全に解いて力を行使したいぐらいだ。人の意思を度外視するからあまり使おうとは思わねぇが、俺の大切な奴等を傷つけるんだったら気にせず使ってやる

 あぁクソ、腹立たしい

 そして何より……ミクが俺に何も相談してくれないという事に俺自身、不甲斐無さを感じて情け無く思える

 そんなに俺は頼りねーのか? もしそうだったとしたら……ミクの姉貴分失格だよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「千歳さんがここまで私のことを想って……! もうこれゴールインですよね!? これはもう私とさんの輝かしい未来が今ここに開かれること間違い無しですわー!! 子供は何人欲しいですか千歳さん! いやここはハニーと呼ぶべきですか? あぁ、想像しただけでもう漲ってきますっ!! 千歳さんとの濃厚で火傷する程の熱い夜……あぁタマリマセンワー!!」

 

 「おちけつ」

 

 俺がミクの事を考えていると、気付けばミクが暴走し始めていた。なんでや

 一体どうしたらそんな話になるんだミク。そもそも子供は何人欲しいって……別に俺はミクの事嫌いじゃないが、もしそういう関係になったとしても無理だろ。俺もミクも女なんだから

 

 「其処は愛の力でなんとかなるはずですぅ!」

 

 「ならねぇよ。後サラッと心読むなし」

 

 「あ、今では皮膚細胞から何やかんやする事で女性同士でも子を成す事が出来ると……」

 

 「千歳さんッ!!」

 

 「なんで余計な事言っちゃうかなぁくるみんさんや!? 事態を悪化させんじゃねぇよバーカ!!」

 

 「ですが、お母様がミクちゃんと結婚すればミクちゃんは私の義父様という事になりますし、ワタクシとしては願ったり叶ったりと言いますか……むふふ」

 

 「全部お前の私欲じゃねーかよ!? ……てか俺が母親でミクが父親なの? 性格的に逆じゃね? 後、笑い方なんとかしろ。むふふは無いだろむふふは」

 

 「ワタクシにとってお母様はお母様なのですわ! 諦めてくださいまし!」

 

 「諦めるのはお前のその突拍子もない提案だから」

 

 「さぁハニー! 私にハニーの皮膚をください!! 今すぐ私自ら剥いであげますー!!」

 

 「だからハニーじゃ——ってコエーよ!? 何サラッと皮膚くださいとか惚けた顔で言ってんの!? 皮膚を剥ぐとか普通に考えて恐ろしすぎるし想像するだけでも痛々しいからね!? どこのホラーだよそれ!?」

 

 

 

 

 

 「……なんなのこいつ等」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぎ始めた三人を他所に、そのテンションに付いていくことが出来なかった七罪は一人大人しくその光景を眺めるのであった

 そして、七罪は一人思う――

 

 「……帰りたい」

 

 早く本題に入り、さっさと終わらせて帰りたい、と

 しかし彼女は黙って逃げ帰るような事をしなかった。……それはそれで、後で面倒な事になる予感がしたから

 三人の無駄話に健気にも待つその姿から、七罪の捻くれておりながらも生真面目な性格を垣間見る事が出来た瞬間であった

 ……まぁその姿を見ている者は、この場には誰一人としていなかったのだが

 

 




ミク、現実を知りアイドルをやめるの巻

まぁあれですね。シークレットライブのおかげで未だに顔バレはしていないんだし、今のうちにアイドルをやめれば、千歳さん達と気兼ね無く街を出歩けるというものです。注目は浴びるでしょうが、アイドル故にファンが殺到して騒ぎになることは無いでしょう
だから今後、ミクは気兼ねなく千歳さん達と遊べます

勿論……プールも、ね

……え? シークレットライブに来ていた子達には顔バレしているんじゃないかって?
安心してください。〈破軍歌姫〉によって他言無用にされてますのでミクがアイドルだったという事実が広がる可能性はほとんどないでしょう。たとえ出会ったとしても自分からは接触出来なくなっているでしょうしね


余談ですが、私が一番使っていた遊戯王のデッキ構成は機械+炎族の混合デッキでした
サイバー系中心の機械族と、ヴォルカニック系中心の炎族を混ぜた融合が決め手の異様な構成になっていた気がします
一番活躍していたのが確か「重爆撃禽ボム・フェネックス」でした。三積みしていたので場に三体のフェネが出た時の相手の顔は面白かったです。バーンで5400削った時はつい笑っちゃいましたね。……だがらってレインボー・ライフを三積みするのはよしてほしい
まぁ身内だけでの対戦だったので気兼ねなく遊べました。……そう言えば、その時も今も知らないのですが、フェネって制限だったりします? 身内ではあんまり気にしないでやってたのですが……


次回、ようやく本題に入ります
果たしてミクは一体七罪に何をしてしまったのか? ……少なくとも反省しているようには見えないという
そして後半、多分暗くなるかも
くるみんの事情が一部公開される事になるかと。くるみんの時代の千歳さんが今どうしているのか……はたして


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「無駄話も程々に? 知ってる」

メガネ愛好者です

えー、前回の後書きにて予告した内容を訂正します

暗くなりません。シリアスもありません。くるみんの事情も語りません。申し訳ない

いやですね、書いてて思ってしまったんですよ……まだくるみんの事情を少しだとしても語るには早すぎる、と
事実、まだ物語は中盤にも差し掛かっていないですからね。それなのに情報を公開するのは……うん、早いですよね

特に千歳さんの魔王の名バレとか、天使の正確な能力も公開していないのに出すべきではないと思った次第です

ですので今回はシリアスさんがいません。シリアスさんはお盆休みに神社へ出向いているようです

そして書き直した今回の話ですが……ある方が爆発します
※キャラ崩壊注意。割とマジで

それでは


 

 

 「えー……こほん。話を戻すぞ」

 

 「「はーい……」」

 

 「……」

 

 向かい側のソファーにて、仲良く同じところにたんこぶを作っているくるみんとミクを視界に収めながら、俺は再び話し合いを始める事にした

 全く、一度火が付くと収拾がつかなくなるのは一体誰に似たんだかな。一向に本題に入れないまま時間だけが過ぎてったせいでもう夜だよ。……え? 俺に似た? ……チガウンジャナイカナー?

 因みに俺の隣に座っている七罪は呆れたような表情で二人を見ていた。まぁあんなやり取りをしていれば呆れるのもしょーがねーわな。二人にはもう少し自重ってものを覚えてほしいもんだ

 

 「いやあんたもだから」

 

 「解せぬ」

 

 そしてこの子も読心術を常備しているというのか? 俺のプライバシーは一体どこに……そもそもあるのだろうか?

 

 「ありませんわね」

 

 「ないんじゃないですかー?」

 

 「……なさそうね」

 

 「shit(クソが)

 

 どいつもこいつも好き放題言いやがって。てか七罪の言葉が一番ツラいのは何故だ? ……あぁ、現状を正しく把握しての答えだからかチクショウ

 

 

 

 「はぁ、もういいから本題に入るぞ。んで、改めて聞くがミク……なんで七罪を襲ったんだ? その……性的に」

 

 

 

 俺の言葉に隣の七罪はビクッと体を震わせ、次第に顔を俯かせていく。……よく見ると頬が上気してるな。思い出させてすまん、少しの間堪えてくれ

 ミクは「あはは……」と俺から目を逸らしながらも表情は七罪に対して申し訳なさそうに歪められていた。罪悪感を感じているようだが自業自得だお馬鹿、欲情する前に反省しろや

 くるみんは予め事情を聞いていたからそこまで反応を見せなかったが、それでも携帯越しに聞いたことだったから、こうして今回の件が本当だったという事実を突きつけられて少し複雑そうな表情を浮かべている。確かにこういった時……慕っている人がやらかした場合、自分がどういった反応をすればいいかわからなくなるよな。俺だってそうだし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは今日の朝。精霊だからか寝る必要がほとんどないのをいい事に、俺とくるみんは狂三の処置を徹夜で行っていたんだわ

 それで一息ついた頃には朝日が昇っていて、んじゃ気分転換に朝御飯でも食べようと俺が準備しようとしたところで……くるみんの所持していた携帯が鳴り響いたのだった

 くるみんはすぐに電話に出て会話し始める。そして幾らか言葉を交わし合った後——俺に代わるよう携帯を渡してきたんだ

 何で俺に? って思いつつもくるみんから携帯を受け取った俺は、とりあえず携帯を耳に宛がって話を聞くことに

 そして聞こえてきた言葉、ミクの第一声が――

 

 

 

 「千歳さあああん!! 七罪ちゃんって子を千歳さんと間違えて襲っちゃいましたー!! こういう時ってどうすればいいんですかー!?」

 

 

 

 ……これだった

 待て、おかしい。いろいろとおかしい。なんだそのふざけた内容は……そう思った俺の反応は間違ってないと思うんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡って先日の夕方、アイドルをやめたミクが自由気ままに商店街を見て回っていた時に事件は起きた

 

 「……あ゛ぁぁぁぁぁ……」

 

 ……女の子として出していい声では無いのだが、話が進まないのでここは割愛する

 後に買い物の為に商店街へと足を運んでいたと証言したミク。だが実際の目的は買い物などではなかった

 

 「千歳ざぁぁぁぁぁん……何処におられるんですかぁぁぁぁぁ……」

 

 ミクはどうやら俺を探していたらしいのだ。探す当てもなく、運任せで

 四月終わりから約一カ月半、俺と会えなかった期間が長すぎたせいでミクに禁断症状が出始めたんだとか。いや、なんで会えないだけで禁断症状がでるんだよ。俺はアレな薬じゃねーぞ? ……能力に催眠・依存系のはあるけどさ

 

 言っておくがミクにそう言った能力を使った(ためし)は一度も無いからな? てか使うわけねーだろ。大切な妹分の想いを歪ませてまで慕われようなんてゲスイ真似、そんなん俺自身が許せねーから

 ……なんか考えただけでムカついてきた。気分も切り替えるついでに話を戻すことにしよう

 

 そんなミクがとうとう我慢できなくなってしまい、俺に会うべく街へと躍り出たそうだ

 日々抱えてきたストレスやらもあった為、二割がた気分転換(後の八割は俺探し)も兼ねていたそうなんだが……ここで一つ、疑問に思うことがある

 

 「あれさ? くるみんが俺の事を知ってるの分かってたんだからくるみんに聞けば早かったんじゃないか? 現にそうしていれば、その時一緒にいた俺と会えただろうし」

 

 「街で偶然、『運命的にも』再開するというのがポイントなんですー」

 

 「さ、さいですか……」

 

 ミクにはミクなりの拘りがあるらしい。まぁそれを否定する気は無いが、そのせいで今回は被害者が出てるんだから今後は無理に拘ろうとしないでくれ

 そんな偶然会う事に拘り、自分の足で探していたミクは項垂れながらも俺に会うため探し歩いていたようなんだが……さっき言った通り、ミクが探し歩いていた時間帯に俺はくるみんと治療した狂三の分身体をどうするか話し合っていたんだよね。その時点でエンカウントする確率はゼロだったんだが……後の祭りか

 

 

 あ、そう言えば狂三(分身体)がどうなったかを詳しく言っていなかったな

 まぁ簡潔に言うんなら……あれだ、今は本体と同じようにくるみんの影で眠りについているよ

 少し補足するとこうなる。元は天使であるくるみんが狂三と霊力によって繋がる事で彼女達二人は、ほぼ同一の存在へと()()()()のだ

 くるみんが狂三のスケープゴートとなる為に自身の影と同化させる事で、狂三が持つ力を受け継いだ。そのおかげでくるみんは狂三そっくりの姿になれるし、一対の銃や〈時喰みの城〉、空間震の強制発動をすることができるようになったとか

 そして狂三はくるみんの影の中で、いわば滅多に出てこない二重人格と言うポジションに落ちついたそうな

 どうやらいつでも表に出てこれるらしく、今日も学校で途中までは狂三が表に出て体を動かしていたみたいだからね。まぁそんな狂三は「本体と分断された以上、最早わたくしには目的がありませんわ」と、あまり表立って行動する気が無いみたいだ。くるみんの話によると、狂三はこのまま影の中でニート生活……影内警備員になるらしい。それでいいのか狂三

 そんな狂三が最後の外出だと言わんばかりに活躍したそうだ

 純粋に狂三の分身体としての役割を全うする事で一時的に本体を欺いたんだとか。……今日学校へ登校し、五河と接触する予定だった狂三(本体)の分身体の役割を奪い変わる事で

 本体である狂三さえいなければ、くるみんは簡単に分身体へ干渉できるからな。記憶を改竄し、不自然の無いように分身体を帰らせた後は狂三が表に出てきてその分身体になり変わったんだとか。そのおかげで本体もくるみん達が自身の送り込んだ分身体が入れ替わっていると気付けなかったらしいぜ?

 

 

 ……おっとすまん、また話がそれたな

 まぁそんな訳で部屋に帰っていた俺がミクと街で出会う訳も無くただただ時間だけが過ぎ去っていった。もうその時点で諦めてくるみんに連絡しろよと思った俺は間違っているだろうか?

 そして夕暮れ時、半日ほど俺を探し回ったミクは時間も時間の為に今回は諦めたらしく、今日のところは大人しく家に帰宅する事にした

 

 

 

 

 

 ——そんな時だ。ミクが七罪と出会ったのは

 

 帰宅中、ミクの目の前の店から丁度出てきた一人の女性。その女性はミクを気にかける素振りも無くその場を立ち去ろうとしていた

 その女性——七罪を視界に収めたミクの次の行動は……何処か懐かしいものを俺は感じたのだった

 

 

 何とミクは、七罪を見るなり目にも止まらぬ速さで接近、全体重を乗せて勢いよく七罪に抱きついたらしい。……背後から

 

 

 それを聞いた瞬間「いやおかしいだろ!?」とツッコんでしまった俺を誰が責めようか。そしてミクの突撃ハグの威力を知っている身としては、それを受けた七罪に同情を隠せなかったよ

 あのなミク? 確かにお前は攻撃系じゃねーのは知ってるぜ? でも……精霊なんだ。常人と比べて身体能力が人間離れしているってことをもう少し自覚してくれ……

 

 さて、何故俺がミクの証言におかしいと唱えたのか? その理由は、七罪と俺とでは決定的に異なる点があったからだ

 

 

 ——身長の差って言う、見間違う筈も無い異なった点がな

 

 

 髪色なんかは光の加減で見間違うこともあるかもしれない。夜だったこともあって、街灯はあれど暗かっただろうしな

 それに()()七罪の髪は日頃から手入れをしていなかったのか、気持ちボサッとした感じに伸びている。その辺りは確かに俺と似たところがあるのだろう

 ——だが、俺と七罪では明らかに身長が違いすぎるだろう? 俺と七罪の身長差はおおよそ20cm近くあり、横に並び立っても一目瞭然だ。これを見てどうやったら見間違えるんだよ

 そう言ったこともあり、どうも不可解な間違いに俺はミクへと問い詰めた。間違いようもないだろうと

 しかし、これに関してはミクだけがどうこうって話では無かったようだ

 

 

 どうやらミクが間違えた原因には七罪の方にもあったらしい。何せ、その間違えてしまった要因である俺と似た背丈と言うのが――七罪が持つ天使の能力によるものだったからだ

 

 

 まず初めに、七罪が俺達と(まぁくるみんは別として)同じ精霊なのはもう察してもらえているだろうか? とりあえず七罪が精霊だという事をここで覚えていてほしい。OK?

 付け加えておくと、今七罪が身に纏っている魔女っ娘の様な衣服も霊装みたいだしな。部屋の中では気づかなかったが、外に出て感じ取って見ればあら不思議、霊力を感じられました

 

 七罪は昨日、どうやら静粛現界とやらでこの天宮市に降り立ち、自由気ままにこの世界を見て回っていたところだったようだ

 

 

 ——大人の姿で——

 

 

 そう、その時の七罪は大人の姿で街に出向いていたらしい。その姿を見たミクが俺だと見間違えて七罪に突撃してしまったのだ

 

 ここで七罪の天使を紹介しよう(まぁ七罪に直接教えて貰った事しか知らないんだけど)

 七罪の天使の名前は〈贋造魔女〉(ハニエル)、箒型の天使だ。魔女っぽいね

 その能力を簡単に言えば——姿を変える能力だ

 自分の姿を大人にする事は勿論、他人の姿にも変わる事が出来るようだ。それと同時に姿を変えた相手の性格も真似る事ができるとか

 

 そんな天使の能力で、七罪は自分のコンプレックスである幼い体を理想の体へと変身していたらしい。七罪が言うには、今とは正反対の「背が高くて美しく、周囲を虜にするような妖艶な女性」へと

 

 ……まぁ後ででいいか

 

 そんな子供の姿から大人の姿になった七罪を、ミクは俺だと見間違えてしまったらしい

 長身、緑色の髪、そして服装も露出を控えめとしたスーツだったらしく、それらが合わさった事で七罪の後ろ姿が俺に見えたんだとか

 

 まぁ、あくまでミクから見た印象では、だがな

 実際にさっき七罪に変身してもらい、その姿を確認させてもらったんだけど……正直見間違うほど似てはないと俺は思うんだよなぁ

 身長は確かに同じぐらいだったよ? でも髪型は今のボサッとした髪ではなく、サラサラと手触りの良いストレートヘアーだった。色はまだ間違えるのもしょうがないとして……髪型はもう見間違う筈の無いレベルなんだよ。俺の髪型と異なる時点で気づけよと言いたい千歳さんでした

 だって俺の髪はショートからセミロングの間ぐらいかな? とにかく七罪よりも短いし、手入れも普段からあんまり意識していないからか若干ボサついてるんだよね。今の七罪みたいに

 

 それなのにミクは間違えた。間違えてしまった

 しばらく会っていなかったせいで発症した禁断症状に多少目が盲目になっていたようで、普段なら見間違う筈も無い七罪の後ろ姿を俺だと勘違いしてしまう。そして自覚無しの強烈な一撃を七罪の背中へと決めたようだ

 突然の衝撃、そして何より姿は変われど体が屈強になるわけでは無い為、そのミクのサイコ〇ラッシャー……こほん、突撃ハグの衝撃に七罪は耐えられなかったようだ。俺が以前にやられた時と同じく七罪も簡単に意識を刈り取られてしまう

 そんな七罪に未だ俺ではない事に気付けなかった半暴走体のミクは、七罪が意識を失って倒れてしまったのに慌てて何を血迷ったことか——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——ドリームランドに連れ込んでしまいました」

 

 「なんでそこでラ〇ホに連れ込んでんの!? せめて自宅に連れてけよ!! 連絡すれば使用人達が迎えに来てくれただろ!?」

 

 「だ、だって家だと気まずいじゃないですかぁ!! 急に部屋に親が入ってきたらどうするんですかぁ!?」

 

 「いや部屋に入ってこられたらまずいようなことしようと考えてんじゃねーよ!? 倒れた人間に何する気だったんだテメー!!」

 

 「そりゃ勿論ナ——」

 

 「言わせねぇよ!?」

 

 そう、ミクはあの忌まわしき洋風の城へと七罪をお姫様抱っこしてご来店してしまったのだ

 てかミクが見境無さすぎて社会的に不味いことになってやがる。モラル的に完全アウトだし、そもそも両者合意の元じゃねーのに連れ込むんじゃねーよ。……合意だったら合意だったで反応に困るけどさ

 

 「別にいいんですもん。だって私、精霊ですからー」

 

 「そういうところばっか精霊特権使うんじゃねーよ。普通に逮捕もんなんだからもっと常識を持て、常識を」

 

 (いえ、お母様が言えた事じゃありませんわよ? 種類は違うとはいえ窃盗、偽造、詐欺に不法侵入と数多くの悪事を何の悪びれも無くやってきたお母様が常識を説くなど……)

 

 「……精霊に常識とか馬鹿げてるな。ミク、どんどんやっていいぞ。正し精霊以外で」

 

 「わーい! 千歳さん大好きー!」

 

 「手の平返すのが早すぎる!? しかもご自身に被害が及ばぬ様、精霊から人へと矛先を誘導しましたわね!?」

 

 当たり前だろう? 俺は自分勝手に日々を過ごしたいし、これからも行動を自重しようなんて思ってないもん。ミクにも襲われようとは思ってないしな

 言っておくが、俺が体を張る対象として優先度が高いのは精霊なんだ。人と精霊のどっちかに被害が被る事になるとしたら人に矛先を向けるのは当然だろう? 差はあれど精霊の事を敵視する人間がいるんだから、まだ同族である精霊を庇護するのはおかしい話じゃあない

 それに俺等は精霊だもん。人間の法なんて知ったことか

 

 「その精霊だからという理由、都合が良すぎますわね」

 

 「事実だろ。それにくるみんも同じことしてるだろ? このミクの言い訳……どう見てもくるみんの影響だろうし」

 

 「え? ……あ、いや、そのような事は——」

 

 「『ワタクシ、堕天使ですから』……だったっけか? 俺が屋上について様子見をしていた時に確か同じ事言ってたよなー。……ミク、この言葉に聞き覚えは?」

 

 「多少言葉は違いますけどぉ……毎月、屋敷で何か問題を起こした時には決まって言ってましたねー、それ」

 

 「……んで? そこんとこどうなのかね、くるみんちゃんよぉ……?」

 

 「そ、それは……その……」

 

 俺とミクの言葉に慌てふためき出すくるみんであった

 九年間もの間くるみんはミクと一緒にいたんだ。何かしらミクがくるみんに影響されててもおかしくは無いだろうが……まさか悪いところを習っちまったとはな

 まぁくるみんだけに非がある訳じゃないけどさ? 俺だって同じような言い訳するもん。だからあまり強くは言えないんだよね……それでも注意をする事には変わりないが

 俺と比べてくるみんはまだ真面目な方なんだ、あまり俺の様な適当な性格にはなってほしくはないのです。……そうすりゃ俺みたいにはならねーだろうしな

 そうこう考えながら静かにくるみんの返答を待っていると、意を決したのかくるみんはようやく口を開いて言葉を発するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え、えーと……てへぺろ☆」

 

 「あざとい。でも可愛い。……だが殺意を覚えたからギルティ」

 

 「調子に乗って申し訳ありませんでしたぁ!! ですからチャンスを! 弁解のチャンスをおおお!!」

 

 「全く、こっちは注意するだけで終わらせようと思ってたってのに……」

 

 「あら、そうだったんですの? なら戯れていても別によかったと――」

 

 「あ? んなわけねーだろ? ふざけんなよコラ。ミクに悪影響与えた事には変わりねーんだから、反省してなかったら説教するに決まってんだろ」

 

 「ひぃ……っ!?」

 

 俺の言葉と共に何かを見て委縮するくるみん。多分俺の目を見たからかな?

 今の俺、確実にくるみんの事を睨んでるしね。髪の隙間から見え隠れする鋭い眼光が恐怖を煽るーってやつだと思う。隣にいるミクにも見えたのか少し怖がっているし

 まぁミクに関しては今回の加害者だし、少しお灸を据えるには丁度いい。ついでに睨んでおこう

 そんな視線を俺が二人に送っていると、いち早く気を取り直したくるみんが反論してきたのだった

 

 「い、いえ、少し待ってくださいまし! ワタクシの場合は……そう! お母様に影響されたんですわ!! だってワタクシ、お母様の娘ですもの!!」

 

 「うぐ、痛いところを突かれたな……でもなくるみん? お前は別に心が幼かった訳じゃないんだから、俺の悪いところをちゃんと区別出来ただろ? そうわかってんならわざわざ見習おうとすんなし」

 

 「そ、それはそうかもしれませんが……ですが! お母様の悪いところも含めて似てこそお母様の娘だとワタクシは思うんです! ですから引き継ぎます! いわば親から継承した由緒正しき伝統ですわ!!」

 

 「そんな伝統シュレッダーにかけろバーカ」

 

 「つまり千歳さんからくるみん、くるみんから私へと伝統を引き継いでいるという事ですねー。これはもう、家訓でいいんじゃありませんかぁ?」

 

 「サラッと俺とくるみんがミクの家族になっている件について」

 

 「あながち間違いじゃないと思いますよー? 千歳さんは私の執事ですし、くるみんは私の従者なんですから」

 

 「「確かに」」

 

 ……って、そんな訳ねーだろうが。何故納得しかけてしまったよ千歳さん

 とにかくだ。一度ミクとくるみんは常識を学ぶべきなんだ。そして俺のブレーキ役になってほしい

 俺だって思い思いに騒ぎてーんだよ。三人でアクセル全開のフルスロットルだったら誰も止める奴いないから、今はこうして俺が二人のブレーキ役になってるけどさ……俺だってな、俺だってなぁ……

 

 

 

 

 

 ——そんなことを考えているから俺は……つい忘れていた。彼女の事を——

 

 

 

 

 

 「……ねぇ」

 

 俺を含めた三人は、その声を聞くと同時に動きを止めた

 背筋が凍えるような冷たい声。その声に俺達三人は騒ぐのをやめ、その声がした方へとゆっくり顔を向けるのだった

 

 

 

 

 

 「あのさ……いい加減にさ……」

 

 顔を向けた先にいるのは一人の少女。今回の一番の被害者であり、その身に秘める怒りをぶつけるべき少女

 その少女の顔は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……いい加減、話が逸れるのやめてくれない? なに被害者ほったらかして漫才始めてんのよ。……それとも何? 私なんて眼中に無いと? ここにいる必要性皆無だとそう言いたい訳? ——ふざけんじゃないわよ。確かに私なんてあんた達からしたら其処等のゴミ溜めにある廃棄物と同種族の汚らわしい餓鬼なのかもしれないけどさ……それでも、それでも私にだって意思があるのよ? 理不尽な事されて鬱憤晴らすぐらいしないと気が収まらないのよ!! それなのに何なのさっきから!? こっちが大人しく事が終わるのを待ってるってのに一向に終わらないどころか脱線に脱線を繰り返して私の存在オール無視!? 自分等だけで盛り上がって羨まし——じゃなかった、私を蔑ろにしてそんなに楽しいわけ!? 傍から見てあんた等は楽しそうに言葉を交えているようにしか見えないのよ!! それに比べて私はあんた等が話し終えるのを律儀に待ってるってのに——っ!! 私をほったらかしにしてふざけてんじゃないわよおおおおおおおおおお!!!」

 

 「「「も、申し訳ありませんでしたッ!!!」」」

 

 ——自分を他所に無駄話をしていた三人に対する怒りで般若の如き表情へと変化していたのであった

 その七罪の言葉に流石の三馬鹿も冷や汗をかきながら七罪の前で許しを請い始める。流石にふざけすぎたと今更後悔するが……もう遅い

 彼女の——七罪の猛攻が、今ここに始まる

 

 「この変態女ぁ!! あんたはまずごめんなさいの一言も無いわけ!? それどころか再犯するような言動ばかりとって本当に謝る気あるの!? そこのところどうなのよ!! えぇ!? なんとか言ってみなさいよクソ色情魔がぁ!!」

 

 「ご、ごめんなさいいぃぃぃ!! もう七罪ちゃんには今後一切無理矢理致しません!! 反省してますうぅぅぅ!!」

 

 「次にそこのマザコン女ぁ!! 一々余計な事言って話を脱線させようとしてんじゃないわよ!! あんたが茶々いれる度に無駄話がエスカレートしている事に気付いてくんない!? 真面目な話し合いの場では迷惑でしかないのよ!!」

 

 「も、申し訳ありません……で、ですが話が逸れるのは私だけのせいでは——」

 

 「あんたが一番脱線させてんのよ!! それにそうやって言い訳を挟むのがほとんどの原因でしょうが!! 何でもかんでも言い訳しないと気が済まないわけ!?」

 

 「う、うぅ……おっしゃる通りです……」

 

 「最後にそこの色気もクソも無い男女ぁ!! 最初は真面目に注意してたのに何で途中から自分も混ざって騒ぎ始めてんのよ!! そう言うのが一番質が悪いって事あんたなら知ってんでしょ!? まとめ役が職務放棄してんじゃないわよ!!」

 

 「マジですまなかった……こればかりはホント、返す言葉もございません……」

 

 「確認の為に聞くけど、あんた等この集まりがなんなのか本当にわかってるわけ!? まさかただバカ騒ぎしたいが為に集まっただけって言うつもりじゃないでしょうね!? ——違うでしょ!? そこの変態女が私に謝罪の意を示す為の話し合いでしょうが!! ふざける場面じゃないってのは雰囲気で分からないの!? わかってるんならいい加減真面目にやりなさいよこのキチガイ共がああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある一室に木霊する少女の叫び

 もし、そんな少女の叫びに釣られて部屋を訪れた者は目撃する事になるだろう……

 

 中学生程の少女の前で、高校生程の少女達が仲良く並んで土下座するという……年上として情けない光景を

 

 




七罪は がまん を つかった
さながらヒカリのポッチャマの高火力砲が千歳さん達に炸裂するのであった
……あのポッチャマ凄いですよね。確か「がまん」でアリアドスの巣を数体のアリアドス共々吹き飛ばしていた気がしますし

そんな訳で我慢の限界に達して爆発してしまう七罪ちゃんでした。それと同時にキャラも爆発霧散したそうな……ネガティブっ子は一体何処に
多分この四人の中では一番の常識人になると思います。そして一番の苦労人にも……
ガンバレ七罪! 君が最後の希望だ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「やはりこっちが悪い? 知ってる」

メガネ愛好者です

長らくお待たせしました
今回シリアスにするかシリアルにするか迷っていたら、他のSSを書き始めるという”なんでそうなった現象”に陥ってしまったのが遅れた原因です
……はい、私が悪いですね。申し訳ありませんでした

とりあえず今回の目玉は……最後ですかね
キャラ崩壊……いや、改変されてるかもです。ちょっとダークな部分が見えてくる感じですね

それでは


 

 

 あれからしばらくの間、俺達三人は七罪から説教されることとなった

 最初の辺りは俺達の短所を突くような言葉を投げかけていたのだが……途中からはほとんど罵倒だったな

 きっと苛立ちがピークに達したんだろう。どこで覚えたんだと言わんばかりの言葉をズラリと並べ、俺達三人の心を的確に抉ってきたのはかなり堪えた

 その罵倒により、現在ミクとくるみんはこの部屋から退出している。正確に言うと、とりわけ罵倒が激しかったミクの心が折れてしまいこの場から逃走、くるみんがミクを追いかける——という名目で自分もまた逃走。結果、この場には俺と七罪しかいない状況になってしまったのであった

 まぁミクは〇ッ〇とか〇バ〇レとか、聞いてるだけでもかなりエグい罵られ方をしてたからなぁ。くるみんも似たようなもんで辛かったってのはわかるぜ? 俺も自分に向けられた罵詈が辛かったもん

 でもさ? だからって俺を残して逃げないでくれないかな……ミクとくるみんの分まで罵られる事になっちまったじゃねーか

 

 ……はぁ、後の祭りだな

 別に逃げようなんて考えは無かったさ。てか被害者置いて逃げるってどういう要件だって話

 七罪の罵倒は辛くはあった。——でも、七罪の方が辛かったのかなって考えちまったからかな? この罵倒も甘んじて受け入れるべきだと思っちったんだわ

 多分この罵倒が、どれだけ七罪が苦しんでいるのかを浮きぼらせているように見えたからだろうね

 

 そして、言いたいことを言いきってようやく落ち着いた七罪と俺は二人きりで対談することにした

 ミク達がいつ帰ってくるかもわからないし、いたらいたで性懲りも無く繰り返しそうだったからな。ははは……

 ……それに、個人的にも二人には極力聞かれたくない事を話す予定だからな

よし、それじゃあ七罪の証言を聞く事にしますか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、まずは今回の真相を知る為に簡潔に一言

 

 

 実は七罪、ミクに襲われてはいるが頂かれてはないとの事

 

 

 証言によると、別に純潔を散らされたとかそう言う被害を被ったのではないらしい。どうやらミクに一部の勘違いがあったようだ

 七罪に詳しく聞いてみたところ、ミクがやらかした事は「下着姿の状態で抱きつかれ、そのまま一夜を過ごした」って感じみたいで、裸姿(上下の下着は着用)で寄り添い合うよう眠っていた以外の事は特に何もしていないようだ。……なんでお互いに下着姿だったのかは聞かなかった。雰囲気的に七罪もあんまり触れてほしくはなさそうだったし

 だから結局……その……ああいうことはおそらくしていないと七罪から証言を頂いた。こればかりは安堵が絶えなかったよ。まだかろうじてミクは犯罪を起こしては……ラ〇ホに了承も無く中学生程の子を連れ込むのは犯罪か? ……あまり考えないようにしよう

 

 しかしながら、それでも七罪には耐えがたい事ではあったようだ

 前程として、七罪は普段から人と触れ合う機会など一切無かったのだ。故に七罪に親しい知人など誰もいないのが現状だ

 そもそも七罪は人を信じる事が出来ないらしい

 過去に何かしらあったのは察したよ。ただ詳しくは聞いていない——てか、聞く気は無いけどな

 だって七罪にとっては嫌な事だったんだろうし、わざわざ掘り下げる必要は無いだろう

 ……え? そんな人を信用できない七罪がなんで俺に事情を話したんだって? そりゃあ——

 

 

 「いや……俺、精霊だし。人と一緒にされても……」

 

 「……それもそうね。他の奴等とあんた等じゃ脳内構造が異なる事を忘れてたわ」

 

 「地味に酷い」

 

 

 ——なんか思っていたよりもあっさり信用を得られたからだな

 

 ちょっと言葉選びみたいなもんなんだが、俺は人じゃなくて七罪と同じ精霊だよーって言ったら思いのほか信用を得られたらしい。その理由に少し不満はあるけど……まぁ結果オーライか

 くるみんの元に向かう前に俺等が精霊だって事を伝えておいたのが功を奏したのかな? ……まぁ、信用を得たと言っても多少ではあるんだろうけど。未だに警戒はしているようだし

 その警戒こそ俺等には無意味な事ではあるけどさ。だって相手がどうであれ自重しないのが俺等だもん

 人の迷惑? 考えた事も無いです

 

 

 それともう一つ、七罪は今までに自分以外の精霊に会ったことがなかったみたいなんだ。それもあってか、今の七罪は俺達の事を『人間よりは多少マシ』って感じに思ってくれているようだ

 確かに俺から見ても、七罪は初めて会った俺達に対して多少は歩み寄ってきている感じはする。人を信じられない割には俺等の事を叱るぐらいだし、完全に嫌っては……ないと思いたい

 少し深く問い掛けてみれば、どうやら俺達三人は他の連中とは()()()()()()()がするみたい。だから他の人達よりはマシなんだとか

 まぁ自慢じゃないが、俺等三人は正直普通じゃないと思う。種族的にも、本質的にも、物事の捉え方でさえ人間とは多少異なるんじゃないかなーってさ

 くるみんは元から天使だったから根本的に何かが違うのかもしれないとして、俺とミクは元々人間だ。そこに関して言えば感情面から人間と同じところが見られるはずなのだが……正直、俺の場合はそうでもない

 ミクはどうかは知らないが、少なくとも俺は人としての倫理観が欠如していると言っても過言じゃないからな。いろいろと吹っ切れてんだよ

 

 

 『犯罪? んな事知らん。俺がそれで良ければどうだっていい』

 

 

 ——と、基本的に今の俺はこんな感じだからな

 全ては俺基準。俺がやりたいようにやる事が大前提であり、人としての常識、法を場合によっては度外視する……それが今の俺、精霊としての千歳さんだぜ

 人よりも精霊を優先する考えだったり、殺しをするくるみんを助けたり、街の被害とか気にせず遊び(暴れ)まくったり……と、そういった感じに俺の事情を優先して人としての間違いを気にしなくなってきているのだ。頭ではなく、心で

 人か精霊かは置いておいて、人殺しを庇護するのも街の被害を鑑みないのも、それが間違いだと言うのは分かる

 

 

 ——分かってはいる。でも……()()()()()()()

 

 

 頭ではそれが間違いだと()()()()として理解しているが、俺の気持ち的には「それがどうした?」といった感じで罪悪感が全然湧かない

 もう……それが間違いだと思わなく——()()()()()()()()()()()()()

 滅茶苦茶やっておいて罪悪感が無いなど人としては最低の部類だろう。でも、俺は別に気にしない。何せ人として最低でも精霊としては普通だから(多分)

 精霊の俺が今更人間のルールを気にして何になる? 人は俺等精霊をただの害悪としてしか認識しないのだろうから、わざわざ人間のルールを守る意味は無い。その方が俺等精霊としては理に適ってるんじゃなかろうか? 少なくとも今の俺はそう言う考えだ

 こんな考えになってしまうのも人から精霊になってしまったが故の弊害なのかねぇ? ……気にしてもしょうがねーか

 

 勿論転生前からこんな奴だった訳じゃないぜ?

 少なくとも、俺の記憶では警察のお世話になった事は一度も無い常識人だったはずだ。特に目立たず、時に目立つような平凡な男子高校生だったからな

 だから俺が今こうなっているのも、おそらく転生してから精霊になってしまったのが原因なんじゃないかな? ただ羽目を外し……いや、壊しただけかもしれねーが

 この考え方が七罪から「他の奴等とは何かが違う」と言われる原因なのかもしれないな。人とは違う、異端の者だからこその思考が表面上に現れてるってとこかな?

 ……俺だけの考えじゃないといいな。だって俺だけだったら、単に俺の頭がおかしいだけってなるじゃん。……え? 今更だって? 知ってる

 

 

 ……話が逸れたな。さっきの続きだ

 そんな人との関わりを持たない七罪にとって、ミクとの接触は……ちと過激すぎたんだ

 下着しか身に纏っていない状態の七罪を、ミクは絶対に離さないとでも言わんばかりに腕と足を絡ませていたらしい。それだけでも七罪の頭は理解不能と、次の瞬間には脳がショートするんじゃないかってぐらい混乱したみたいだ。その時の状況に訳が分からなさすぎて理解出来なかったのは言うまでもない

 しかもミクは眠っているにも関わらず、七罪の体へと伸ばした手足の拘束を緩める事が無かった。その時のミクの力は尋常じゃなく、七罪一人の力では抜け出す事が出来なかったみたい

 それはまるで内側に金属の骨組みがある人形に拘束されているのではないかと疑いたくなるレベルだったらしく、いくら七罪が抜け出そうともがいても、その行動は無意味に終わったらしい。たまに発現するミクのSTR上昇か……ホント謎だよ。一体どこからそんな力を引き出してるのやら

 しかしながら七罪は抜け出す事を諦めず、諦めきれずに混乱する頭で脱出方法を考えたらしい。そのままの状態でいたら頭がどうにかなってしまいそうだった為に

 

 

 そして導き出した解決法が、普段なら決して候補に入れることの無い「元の姿に戻る」というものだった

 

 

 自身の体を小さくすればそれと同時に小さくなった分の余裕が出来る筈。そう考えた七罪は……数十分程能力を解くか否か葛藤し、悩んだ末に天使の能力を解除したらしい

 自身のコンプレックスである姿をさらけ出してまで逃れようとする辺り、結構切羽詰まっていたんだろうな……

 

 それで「これでこいつから解放される!」と、心に余裕ができたらしい。余程嫌だったのが分かる。なにせ自身のコンプレックスだった姿の事が気にならない程度には思考が他所に行っていたみたいだったようだし

 とにかくこの変態から逃れよう……それだけを考えていた七罪

 

 ——だが、現実は無慈悲にも七罪の思い通りにはならなかったみたいだ

 

 七罪の体が縮んだ瞬間、眠りについている筈のミクが動きを見せた

 何とミクは深い眠りについたままの状態で、無意識にも七罪の背中に回していた腕をきつく抱き締めたのだ

 おそらく隙間が出来たことにより、その隙間を埋めようと無自覚に体が動いたんだと思う。ミクが起きている気配は無かったらしいからな

 そんなミクの行動で一気に七罪が小さくなった分の隙間も埋められてしまい、その上余計きつく抱きつかれる事になってしまったせいで先程より拘束力が上がってしまったのだった。結果、完全に二人は密着状態で——七罪がミクに抱かれる様な形で状態を固定されてしまったのだった

 ミクに抱きつかれる事で七罪は先程よりも増した息苦しさと、加えて自身の醜い姿(その瞬間思い出した)をそのままにしてしまっている事が精神的に堪えたらしい。

 耐えきれなくなった七罪が「ギャアアアアッ!!」という乙女らしからぬ()()()()()叫びをあげてしまうのだが、それでもミクは起きなかったらしい

 

 

 

 因みにここでミクから聞かされた証言によると、ミクが七罪に気付いたのは早朝の事だったらしい。それまでは「千歳お姉様と抱き合っていた夢を見ましたー! ……ぐふふ」と言う桃色展開がミクの夢の中で起こっていたみたいで、ある程度感覚もあったらしいから……多分、その感触と言うのが七罪だったんだろうね。だからミクは無意識に精霊スペックを使ってまで七罪を抱きしめていたんじゃないかな?

 

 ……夢の内容に関しては触れない。触れたくない……

 

 んで、ミクはその夢に陶酔してしまった事が原因で眠りが深くなってしまったんじゃないかな?

 人は心地良い夢を見る程に夢から覚めたくないと無意識に思いこんでしまうもんだと俺は思うんだよ。無意識に夢を見続けたいという密かな願望が「これは夢じゃない」と脳を錯覚させる事でその夢に浸らせる……おそらくミクはこうなってしまったんじゃないかと思う

 ……なんでそう思うんだって? そりゃあ……似たようなものだからな。俺の〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉の能力とさ

 

 

 

 しばらくして叫び疲れて事で大人しくなった七罪は、この時点でいろいろと諦め始めていたとか

 無理もないだろうな……突然視点が移り変わったと思えば見知らぬ人間に抱き枕にされていたんだ。もうその時点で人との触れ合いに慣れていない七罪にはツラかっただろう

 このスキンシップ(?)が相当心に堪えたと後に語る七罪であった

 

 

 そんな七罪に現実は容赦が無く、小さくなってしまった事が仇となり七罪に悲劇が起こってしまう

 

 

 先程の言葉。”くぐもった”という言葉で察してくれた方はいるだろうか? 多分いるとは思います

 大人の状態ではミクとほとんど同じぐらいのところに頭部が位置していたようです。七罪の意識が戻った時も、そのすぐ眼前に見えたのはミクの寝顔だったみたいだからな

 だが、小さくなってしまった事でその位置がずれてしまった……

 

 

 

 

 

 ——そう、七罪の頭の位置が丁度ミクの……二つの大きな果実のところに

 

 その上でミクのホールドが増してしまえばどうなるだろうか? ……もう察してくれただろう

 七罪の顔はその果実に埋もれてしまう事になったのだ。つまり、七罪の行動は彼女に取って最悪で残酷な結果を招いてしまったというわけで……なんとも報われない

 

 七罪の叫びを聞いてホテルの職員が来るなんて事も無かった。何せ七罪はその果実に挟まれていたせいでくぐもった声しか上げられなかったのだ

 また、大きな声が出せなかったというのもあるのだが、そもそも「そこ」は少しアレな店だ。ある程度の防音対策は取られている筈だろう

 結果、外から七罪の叫びに気づいた者はおらず、その叫びも徒労に終わってしまう事になったのだ

 

 そうなれば後はミクが離す事を待つしか無いのだが……そこで一旦落ち着こうとした七罪は、その自身の顔に押し付けられているミクの果実に腹が立ったとか

 本来の自分には無いそれは、七罪がまだ成長期故にないものだと俺は思った。だって天使の能力で大人になった七罪はスタイル抜群だったし、時が経てば——

 

 「精霊に肉体的成長があると思ってんの? 何それ嫌味? 「お前に成長する余地ねーからwww」って言いたい訳?」

 

 「ごめんなさい」

 

 七罪の言葉に素で謝る千歳さんでした

 そういやそうだった……俺達精霊は成長しないどころか痩せや太り等の身体変化もしないやんけ

 そもそもあれは七罪の理想の姿であって、仮に成長できたとしてもあの姿になるとは限らない訳で……これ、やばいか? 地雷踏み抜いちゃったかも

 ……うん、踏んだわ確実に。だって目の前の七罪が見るからにいじけちゃってるんですもの。……もう少し言葉を選ばんとな、気を引き締めよう

 

 それからしばらくの間、七罪がまた自虐モードに入ってしまった為、ひたすら機嫌を取ることに全力疾走した俺の話はまた今度。とりあえず今は、七罪がミクに完全ホールドされた後どうなったかについてだ

 

 その後七罪は結局一睡も出来ずに朝を迎える事になった。苦しいわ苛々するわでとてもじゃないけど眠れなかったらしい。寧ろ眠ってしまったら永遠の眠りにつきそうだったとか。洒落にならないとです

 そこで俺は「天使の力でどうにかならなかったのか?」と、ちらほら頭に浮かんでいたことを聞いてみたんだわ

 だって七罪の天使の能力っていわば変身じゃん? やろうと思えば抜け出しやすいような姿になって逃げられたんじゃないのかな? って思った訳だ

 その事を聞いてみたら……何やら視線を逸らされた

 表情は何処か固く、何やら苦虫を噛み潰したような顔になっているのだが……雰囲気的に七罪は何も言う気がなさそうなんで、とりあえず触れないでおくことにしたのであった

 ……忘れ——

 

 「忘れてた訳じゃないわよ」

 

 「何も言っとらんがな」

 

 ……うん、触れないでおこう(確信)

 

 そんな訳で七罪はミクが起きるまでの間をジッと堪えていたらしい。……その時に地獄というものを感じたとかなんとか

 呼吸困難でかなりの回数意識が飛び掛けたらしいし、時折もがいてみても拘束が強まるだけで余計息苦しくなって……精霊じゃなかったら死んでいたとか

 いや、決して行き過ぎた表現ではないだろう。その時の事を思い出している七罪の絶望を前に何もかもを諦めたような虚ろな瞳を見れば誰でもそう感じるはずだ

 ……何? 男にとっては本望だぁ? ……七罪の顔を見ていないからそんな事が言えるんだよ。絶対七罪の顔を見たらそんな戯言言えなくなるぞ?

 

 ……え? 俺はどうなんだって? ………………いや、そこまででもないな。何がとは言わないが、一応俺にも……その……あるし

 今はもう完全にとまではいかないながらも女性に対して欲情する事が無くなった千歳さんだ。これって完全に心は女になってきてるってことか?

 ……なんかそこまで気を落とす事も無くなったなぁ。「俺は男だー!」みたいに心は男であることを貫き通そう! なーんて気持ちも全然沸かねーし

 

 今思えば俺が女に転生してから過去で過ごした分も含めれば約三ヶ月近くはすぎたのかな? ……もし俺の他に性別が変わって転生した奴がいたとしたら、三ヶ月で女に慣れるってのは早い方なのだろうか? それとも遅い方なのだろうか? ……多分早い気がする

 もともとそっちのけがあったとかは無いと思うんだけど、流石に気にしなさすぎではなかろうか? 風呂でのあれこれとか結構早い段階で気にしなくなったし……

 

 

 

 ……まぁいっか、話を戻すよ

 

 そんでミクがようやく起きた頃には、既に七罪は死に体だったようだ

 ようやくミクの重圧(物理)から解放された七罪は「かひゅー……かひゅー……」と、掠れた呼吸を繰り返しながら新鮮な空気を吸っていたらしい

 数時間の間、幾らかは呼吸が出来ていたから多少は余裕があったものの、それでも空気が足りなかったことには変わりない

 結果七罪は一時的な酸欠に陥ってしまい、体に送る酸素が足りなかったが為に体に力がこもらず、その身をベッドに投げ渡す事となったのだ

 長時間による束縛の息苦しさ、更には本来の自分と美九の身体つきを対比してしまい、その理不尽な現実に涙を流してしまったとか……

 

 

 

 そして、目の前で(酸欠により)息を切らし、(疲労から)頬を朱に染めて(先程までの息苦しさや自身の体の惨めさに)涙を流す七罪の無残な姿を見たミクが、自分の知らぬ間に間違いを起こしてしまったのだと勘違いを起こしたそうだ

 流石に不味いと思ったようで、ミクは顔を青くしながら慌ててくるみんに連絡を取り……そして現在に至るってな感じだ

 

 「ホント最悪、なんで私がこんな目に……」

 

 「……」

 

 純潔を散らされた訳じゃないんだから別にいいべ。……なんて、そんな胸糞悪い結果論を言う気は毛頭無い

 結果がどうあれ七罪は苦しい想いをしたんだから、それ相応の償いをしなきゃいけねーよな

 となると……俺がここですべき行動は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くもう……急に外へ飛び出さないでくださいまし。追う方も大変なのですよ?」

 

 「ごめんなさ~い。可愛い子に敵意剥き出しにされたのがかなりつらかったんですー」

 

 夜も深まり周囲から人気が消えた静寂の中、二人の少女が街中にある公園で話し合っていた

 公園に設置してある街灯からは離れ、光が差さない場所で言葉を交わし合うその光景は、密約を交わしているようにも見えるかもしれない。少なくとも、その光景を警官が見れば補導ものだ

 そんな彼女達が話す内容は、先程まで叱咤してきた少女に対しての反省——ではなかった

 

 「……七罪様との早期接触、上手くいったようで何よりです」

 

 「『翡翠色の髪の美女を探してほしい』なんて……これだけの条件じゃあ探すのも運次第ですよぉ? 運よく会うことが出来ましたけどぉ、何日も探し歩くのは大変だったんですからねー?」

 

 「翡翠色なんて珍しい髪を持った者などそうそうおりませんわ。ここ天宮市において言うのであれば、おそらくは七罪様以外にいないでしょう。……接触の方法に問題はありましたが」

 

 「これでも我慢した方ですよー? あんなに可愛い子を前にして()()()()()()()で留めたんですからぁ」

 

 彼女達が今、どのような表情をしているかは周囲が暗いせいでよくわからない

 だが、少なくとも彼女達が七罪に対して罪悪感を感じていないことはわかるだろう

 

 

 何せ今回の件は——()()()()()()()()()()()()()

 

 

 今回美九が七罪に行った所業は、千歳と七罪に関わりを持たせる為のものだった

 七罪の性格を鑑みて駆瑠眠が作戦を建て、美九がその作戦通りに七罪と接触したのだ。美九に任せた事で作戦内容と多少異なりはしたものの、結果として千歳と七罪を対面させることが出来たのだから問題ない

 ——そう、ここまでの流れは駆瑠眠の臨んだ展開通りなのだ

 

 「これでまた未来は不確定となりましたわ……少なくとも、ワタクシが知る歴史にはそうそうなりはしないでしょう。故に、これからどう転ぶかはワタクシ達、そしてお母様の行動次第となりましょう」

 

 「これでいくつ変わったんですかー? ——まぁ未来が変わりさえすれば、私としてはいくつでもいいんですけどねぇ」

 

 「くふふ、そうですわねぇ……未来が変わりさえすれば——”あの結末”になりさえしなければ、いくら変わろうとも構わないでしょう」

 

 美九は九年前から駆瑠眠に千歳の事を話を聞いていた

 駆瑠眠の時代の千歳の事を、千歳がどんな精霊なのかを……

 

 

 そして——()()()()()()()()

 

 

 未来の千歳を駆瑠眠から聞いて最初は信じられなかった美九だったが、駆瑠眠が持ちえた未来の証拠——今から先の未来にて撮られた千歳の写真を見せられた事で信じざるを得なかった

 

 加工した物とは思えない程に鮮明に映されたその写真は、美九にとって理解し難いものだった

 あまりにも常軌を逸した内容に、ミクの正気はガリガリと削り取られたことだろう

 喉が渇く

 眩暈がする

 涙が止まらない

 呼吸がままならない

 心が悲鳴を上げている

 自身にあらゆる異常をきたすほどに衝撃的な未来を映した写真は、美九を一時的に情緒不安定にさせるまでに追い詰めてしまう

 決していい未来ではない。寧ろ最悪であり、醜悪であり、悲惨ずぎる未来に美九は千歳の運命を呪いもした

 

 

 何故そうなってしまったのか?

 

  ……それは千歳が選んだ未来だったから

 

 

 何故変えられなかったのか?

 

  ……それは千歳が拒んだ未来だったから

 

 

 何故私は動けなかったのか?

 

  ……それは千歳を恐れた未来だったから

 

 

 何故未来の美九が千歳を恐れていたのか、美九には理解出来なかった。したくもなかったし、する気もなかった

 私だったら怖がらない。どんな”千歳さん(千歳)”でも受け入れる。……だからこそ美九は未来の異なる自分を恨んだ。”千歳さん(千歳)”を()()()()自分が許せなかった

 だから美九は駆瑠眠の計画に乗ったのだ。今ならまだ間に合うから、今ならまだ……この胸糞悪い未来を変えられる筈だから——

 

 「……くるみん」

 

 「なんです? ミクちゃん」

 

 「……変えましょうね」

 

 「……えぇ、勿論」

 

 静かな公園で二人の声が響き渡る。その声は何処か淡々としているものの、その内には確かな意思を宿していた

 彼女達は確固たる決意の元、未来を変えるために暗躍する

 周囲の関係がどうなろうとも構わない。自分達が人類の敵になろうとも構わない

 全ては——二人が敬愛する一人の精霊(少女)の為に……

 

 

 「必ず変えて見せますわ。お母様が——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ——”〈叫壊墓標(アバドン)〉”を使う前に」

 

 




とうとうここで千歳さんの魔王の名バレ
天使の詳細な能力も公開してないというのに何故魔王の名を出したんだ、と思われる方もおられると思います
しかし、これには理由があるんです。ですのでご安心ください

次回の投稿も不定期となりそうです。ですが、隙を見て書いてくつもりなのでエタることはない……筈……いや、ないです。ないと言わせてください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「距離が縮まってる? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

最新刊、六喰が可愛かった。反転十香も可愛かった
結論。やっぱりみんな可愛い

今回は一部、ちょっと『アレ』な表現がありますが……まぁ、言うほどのものでもないので気軽に読んで頂ければ幸いです

それでは


追記・章名変更しました。理由は後書きにて


 

 

 夜も明け、太陽が東の空から顔を出している

 そんな早朝にマンションの前で佇む二人の美少女。その二人はお互いに言葉を交わしながらマンションの中へと入っていく

 

 「これぞ朝帰り! ってやつですかねー?」

 

 「時間を気にせずに()()()を行っていたとはいえ、まさか夜が明けるまで時間を潰してしまうとは思いませんでしたわ……」

 

 「千歳さん……大丈夫でしょうか……?」

 

 「そればかりは何とも……危害は加えられていないと思いますが、相手があのネガティブウィッチの七罪様ですからね。正直……何とも言えませんわ」

 

 マンションの一室、今では千歳と駆瑠眠の拠点となっている部屋に歩みを進めつつ、二人は一人残した千歳の事を案じるのであった

 

 

 

 そもそも美九が外へ逃げたのも千歳と七罪、二人の交友関係を深めてほしかったからなのだ。その為ある程度時間が経てば戻るつもりではあった

 しかし、そこはまだ精神的に幼さが残る美九だ。暗躍などと裏の顔を持ってはいるもののそこは変わらない為、七罪の叱咤には素で堪えていたのだ

 故に美九はある程度時間が経った今でも七罪の前に行くのが少し怖かったりする。自身が悪かったのはわかっている、だがそれでも七罪の言葉攻めはかなりきついのだ

 

 そんな美九の気持ちを察した駆瑠眠は、今のうちにやっておきたい()()()を美九と共に行う事で心構えの時間を設けたのだった

 時間は有限にある訳でもなく、寧ろ足りないかもしれないのだ。何せ駆瑠眠達が訪れてほしくない未来まで……()()()()()()()()()

 その為にやらなければいけない事、やっておきたい事、試してみたい事などを駆瑠眠達はやらなければいけない。未来を知っている自分達だからこそ、今の内に対策を練っておきたいのだ

 

 

 

 そんな訳で現時刻は6時半。駆瑠眠は完全にとはいかないものの、ある程度気持ちの整理を済ませた美九と共に千歳達のいる部屋の前に辿り着くのだった

 

 「大丈夫ですかミクちゃん?」

 

 「だ、大丈夫です……多分」

 

 「七罪様に会ったらもう一度深く謝罪をするのですよ? 下手に溝を残しておくのは今後に支障をきたしかねませんし」

 

 「そうですよね……はぁ……」

 

 しかしながら、これから再び七罪に会うという状況に美九は少しばかり気が重くなっていた

 何せ美九は七罪から逃げ出したのと同意義な行動に移ってしまったのだから、いくら謝罪したとしても七罪の美九に対する印象は悪いだろう

 それでも行かねばならない訳であり、その先に待ち受ける七罪の罵倒やら何やらを考えると、意識せずとも溜息をついてしまうのは必然なことであった。……自業自得ではあるが

 

 別に美九は七罪が嫌いな訳じゃない。寧ろ磨けば輝く原石のような可能性を秘めた七罪とは親密な関係になりたいほどには好きである

 そもそも、美九はかなりの女好き―—所謂”百合っ子”なのだ

 過去に合った”とある件”をきっかけに、美九は男性に露程も好意・興味を抱けなくなってしまった。加えて元々可愛いものが好きな事もあって、結果として今の美九は女性にしか好意を向けられない同性愛者となってしまったのだ

 

 そんな女性にしか興味が沸かない美九だからこそ、七罪(可愛い子)に嫌われるのはかなり辛い事なのだ。それ故に七罪の確保に多少(?)大胆な手を使ってしまった堪え性の無い過去の自分の行動に、美九は今更ながらの後悔をしている最中だったりする

 

 「七罪様がまだいるとは限りませんわ。すでにこの場を去っている可能性もあります。……しかし、まだいる場合に備えて静かに入りましょう。睡眠をとられているやもしれませんからね、邪魔をしてしまえばそれこそ機嫌を損ねかねませんわ」

 

 自身の過ちを後悔する美九に、せめてこれ以上関係が悪化しないようにと駆瑠眠は最善であろう立ち回り方を提案するのだった

 駆瑠眠としても美九が落ち込むのは見ていていいものではない。例え自業自得だったとしても、駆瑠眠は美九が思い悩んでいる姿を見ていられなかった

 せめていつも通りの明るい貴方でいてほしい……そんな駆瑠眠の気遣いを感じた美九は内心で駆瑠眠が傍にいてくれる事への感謝を抱き、同時に安心感に包まれていたのであった

 

 

 

 そして、いざ二人は部屋の中へと静かに足を進め始めた

 慎重に扉を開けることで音を出さずに玄関をくぐり、足音を立てぬよう忍び足でリビングへ向かう

 そして、リビングの扉の前に来た二人は扉のドアノブを掴み——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『——んぁ……』

 

 ——硬直した

 

 扉を開こうとした矢先、その先のリビングから何とも言えない桃色で蕩けたような声が微かに聞こえてきたのだ

 その声に二人はまるで石化したかのように固まり、今の声がどういった行為によって口から洩れたものなのかを自分達だけに聞こえる声で会議し始めるのであった

 

 (く、くくくくるみん!? ここここれはまさか……っ!)

 

 (お、落ち着いてくださいましミクちゃん! まだ()()をしているとは決まっておりませんわ! ここは様子を見るのが吉にございますっ!)

 

 (くるみんだって落ち着いてないじゃないですかぁー! で、でも言ってることは正しそうなのでそうしときます……)

 

 傍から見てもわかるほどに、二人は頬を朱に染めていた

 おそらく考えていることは同じだろう。しかしまだ二人が()()をしていると決まったわけではない為、二人は状況を把握する為に扉に耳を傾けるのであった

 因みに、この時点で美九は何故か鼻を抑えていたとか……

 

 

 

 

 

 『ふぅ……嫌だったらいつでも言ってくれ。すぐやめっからさ』

 

 『だ、だい……じょうぶ——んっ!』

 

 『これするのも久しぶりだけど……ま、イケるか』

 

 『ひゃっ! あ、やっ、そこ……っ!』

 

 『……七罪のその反応、なんか可愛いな。ちょっと楽しくなってきたかも』

 

 『な、なに考えて——っ、ん……ま、待っ、て……ッ』

 

 『へぇ……七罪ってそこそこ敏感なんだな。こんなんで感じちゃってまぁ……』

 

 『ひうっ! し、知らないわよっ!……感じてなんか——ッ!』

 

 『ふぅん……ならここはどうだ?』

 

 『あっ! ちょっ、や、やめ……っ!』

 

 『……なんかやる気出てきた……すまん七罪、すぐやめるって言ったけど無しで。最後までやるわ』

 

 『い、いい! いいからっ! もうやらなくて――ひゃいっ!?』

 

 『別に痛くはないだろ? ()()()でも気持ちよくしてやるから力抜いとけって。これでも()()()()方だからさ?』

 

 『……っ、べ、別に……気持ちよくなんか……ない、わよ。…………けど、あんたがやりたいなら……まぁ……』

 

 『ははっ、可愛いやつめ』

 

 『か、可愛くなんてないしっ!』

 

 

 

 

 

 二人が耳を澄ませる事で、リビングにいるであろう二人の会話は全て聞き取れていた

 おそらく今ので会話は終わったようでリビングは再び静まり返る。たった一つだけ聞こえるのは……微かに漏れる七罪の甘い吐息だけ

 そんな千歳と七罪のやり取りを聞き終えた二人は……冷静でなんかいられやしなかった

 

 (ち、千歳さんがっ! あの恋愛感情に致命的な欠陥を携えた千歳さんが七罪ちゃんを美味しく頂いちゃってますー!?)

 

 (ちょ、ツッコムところがおかしいですよミクちゃん!? 今は何故このような展開になっているのかを疑問に思うべきですわ!)

 

 (そんなことどうだっていいんですー! 今は千歳さんが実は場慣れしたテクニシャンだった事に歓喜するところなんですよ!? 聞いていればこれが七罪ちゃんの”初めて”だって言うじゃないですかぁ!? それなのに七罪ちゃんからは一切痛みを感じたような喘ぎが聞こえない! まさかまさかの千歳さんテクニシャン疑惑にこの世全ての私が大興ふ——ゲフンゲフン、大歓喜なんですー!! あわよくば私も美味しく頂かれたいッ!!)

 

 (お気持ちはわかりますが今は抑えてくださいまし!? その鼻から流れる情熱や口の端から溢れる欲望を今すぐお拭きになられてください! 元アイドルとは思えないNGシーンが今現実の下に晒されておりましてよ!?)

 

 (これが落ち着いていられると!? くるみんは落ち着いていられるっていうんですかぁ!?)

 

 (——落ち着いていられるわけがないでしょう!? ワタクシにとってお母様は”母”なのですよ!? そんなお母様が年端もいかない少女を美味しく頂く畜生だなんて考えたくもありませんわ!!)

 

 (ですけどこれが現実なんです! ここはもうくるみんもその身を委ねて快楽の淵に沈めば万事解決ですよ!)

 

 (大問題の間違いではなくて!? とにかく今は冷静に! お願いですから己が欲を抑えてくださいまし!!)

 

 (——いえ、もう我慢の限界ですぅぅぅぅぅ!)

 

 (あ、ちょっとミクちゃん待っ——)

 

 特に美九が酷かった

 先ほども言ったが美九は百合っ子なのだ。特に千歳へ向けるそれは依存と言ってもいいレベルだ

 以前、未遂には終わったものの美九は千歳を襲いかけている。それも逃げられぬようにと拘束した上でだ

 その時は数年振りに会った反動によっての半暴走状態だったわけなのだが、美九自身は千歳とそういった関係になっても構わない……寧ろなりたいと思っていたりする

 そんな好意を向ける相手だからこそ、今目の前で起こっているであろう『ナニか』に己が欲望を抑えつけていられないのだ

 

 「千歳さん! ただいま帰りましたわ! 訳してタマリマセンワー!! マジタマリマセンワー!!」

 

 「訳せてない上にそれは帰宅時の挨拶としておかしいですし、しかも最後はモロに欲望を晒け出してるだけですからあああああ!!」

 

 結果、抑えきれなかった欲望により美九は駆瑠眠の静止を振り切ってリビングへと勢いよく入るのであった

 そしてその先に待っていた光景は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え? 何? 急にどうしたんだミク?」

 

 ——七罪を椅子に座れせ、その背後で()()()()()()()()()()()千歳の姿だった

 

 「「————」」

 

 それを見た二人がまたもや石のように固まってしまう

 おそらく自身が考えていた内容とは事なるものだったからだろう。想像とは異なる千歳達の様子に二人はどういった反応をすればいいのかわからなくなっていた

 そんな二人の様子に疑問しか浮かばない千歳は小首を傾げている。……その仕草がなんとも少女らしい仕草だったのだが、千歳は意識しているのであろうか?

 七罪はというと、完全に脱力しているのか体全体で椅子の背もたれに寄りかかっている。目を閉じゆっくりと深呼吸することで、自身の髪を手櫛で梳かしている千歳の指がうなじや首に触れる時に感じるくすぐったさに堪えていたのだった。……それでも不意に来るくすぐったさに息を漏らしてしまっているのが現状だ

 

 数秒後、なんとか思考が回り始めた駆瑠眠は千歳達が何をやっていたのかを一応聞くことにしたのであった

 

 「あ、あの……お母様? 今は……いったい何をされていたのでしょう?」

 

 「ん? ブラッシングだけど?」

 

 「ブ、ブラ……何故急にそのようなことを?」

 

 「いやさ? 七罪の性格からわかるだろうけど、七罪は自分に自信が持てないみたいなんだよな。普通に可愛いのに」

 

 「……可愛くないもん」

 

 「そういう態度が可愛いんだよ。——そんで、いくら説得しても納得しない七罪に提案したんだわ。『身嗜みを整えてみたら?』ってさ」

 

 「身嗜みを……」

 

 「やったところでどうせ変わりっこないのに……」

 

 千歳が言った言葉に駆瑠眠は卑屈になっている七罪を見て考えに耽入り始める

 七罪の印象として目を引く特徴的なボリュームのある長い髪からしても、確かに七罪は身嗜みを整えているとはお世辞にも言えなかった

 七罪の髪は手入れをしているようには見えないし、その細身の体躯や不健康そうな白い肌、立っている時に見せる猫背姿から七罪を”みすぼらしい子供”と見る人は少なくないだろう

 

 それらの事を思い返して駆瑠眠は千歳の言葉に納得する。確かに七罪は身嗜みを整えるべきであると

 

 いくら霊装のおかげで清潔が保たれている精霊だからといっても、身嗜みを整える行為は基本した方がよい

 服の乱れは心の乱れ。そういった言葉があるように普段から清潔さを意識することは大切なのだ

 駆瑠眠は元から綺麗好きである為、美九は職業柄から身なりを疎かにする事はないし、千歳だって髪を無造作に放置しているが毎日お風呂に入って身を清めるぐらいはする。……まぁ、千歳の場合はたんにお風呂好きということもあるのだが

 

 しかし七罪は天使の力によって姿を変えるだけで自身の身なりを整えようとしない――整えた事がないのだ

 素の自分の姿を毛嫌うだけでそれを直そうとしない。寧ろ諦めて目を背けているから一向に改善されない

 それではいつまでも変わらない。いつまでもその姿のまま、七罪は天使の力で自身を偽り続けている

 

 

 それが……千歳は気に入らなかったのだ

 

 

 「七罪。何度でも言うけど、着飾ろうとする努力もしないで自分の事を否定すんじゃねーよ」

 

 「だって……」

 

 「『だって』じゃない。とりあえず今は俺の言うことを素直に聞くこと。……そういう()()だろ?」

 

 「ぅ……はぁ、なんであんな約束したんだろ……どうせ私なんか……」

 

 「その『どうせ』とか『なんか』って言うのも控えとけ。言うなとは言わねーけど、自分の格を下げるようなときに使うのはやめろって言ってんじゃん」

 

 千歳は美九が七罪に迷惑をかけた事による罪悪感とは別に、七罪の卑屈な態度に腹が立っていた

 別に改善しようとした経緯があり、それでも駄目だったと言うのならそこまで無理強いする事もしなかった

 しかし七罪は努力しないうちに無理だの無駄だの言っているのだ。そんな最初から何もせずに諦めている七罪が、千歳は気に入らなかったのだ

 

 

 だから千歳は交わした

 美九の非礼に対する謝罪と償いを通して……ある”約束”を

 

 

 その提案に七罪は疑心暗鬼になってしまう

 何故そんな約束をするのか? 千歳には何もメリットが無い内容を提案する意味が分からない……だから七罪は千歳を不信に思ってしまう

 

 しかし、結果としては七罪は千歳と約束を交わした。その提案を受け入れることにした

 正直今でも自身の行動に困惑している節がある七罪ではあるが、今更引く事も出来なかった。引く理由がなかったのだ

 

 

 

 そして千歳は七罪と交わした”約束”を果たす為に行動することになる

 今現在、七罪の髪を梳かしているのもその約束の内であるのだ。その時のルールなどもある為、七罪は下手に断ることが出来なかった

 別に本気で嫌ならやめる事も出来る。しかし、少なくとも今のこの行為は……嫌じゃなかった

 仕方ない。これは約束だから仕方ない事なんだと頭で言い聞かせる七罪。だがその本心は……決して拒絶する感情を持ち得ていなかった

 

 そんな七罪を見抜いてか、はたまた何も考えていないのか……千歳は満更嫌でもなさそうな七罪に改めて自身の意思を告げるのだった

 

 「全く……今に見てろよ七罪。絶対お前のその捻くれた偏見を叩き割ってやるからよ」

 

 「……ふん、せいぜい無駄な徒労だったことに後悔しないこ——ひぅっ!」

 

 「……おっとすまん、くすぐったかったか?」

 

 「さっきからそう言ってるけど絶対わざとでしょそれ!?」

 

 

 最初とは打って変わり、もう親しくなっていらっしゃる——千歳と七罪のやり取りを見た駆瑠眠はそう思った

 正直に言って、今の千歳と七罪の距離感は”仲の良い姉妹”か”実の親子”にしか見えなかった

 七罪は、言葉では千歳を拒むようにしているものの、心から嫌っているようには言えなかった。寧ろ千歳にすり寄っているように思える

 千歳もそんな七罪を毛嫌いすることなく好感を持って接していた。七罪が安心するようにか、普段見せないような優し気な微笑みを持って

 

 二人が交わした”約束”の内容を知らない駆瑠眠としては、自分達が外出している間に二人の間で一体何があったのかが気になるところだろう。現に、変貌とも言ってもいい二人の変わり様が気になった駆瑠眠は疑問を投げかけることにした

 

 「一体……何がありましたの? いくらなんでもこの短時間で距離が縮まりすぎでは……」

 

 「んー?」

 

 「う……」

 

 困惑しながら駆瑠眠は二人に問いかける

 その問いに千歳と七罪は一瞬呆ける。どうしたものかと二人は考え……自然と視線が重なり合った

 千歳と七罪はお互いの顔を見るなりすぐさま返答が決まったのか、駆瑠眠の方に改めて視線を戻して返答する

 

 

 

 「「——秘密(だ)」」

 

 

 

 奇しくも重なり合った言葉は、全く同じものだった

 流石にそれは予想外だったのか、明らかに驚いている表情を浮かべて再び顔を見合わせる二人

 振り向くのもほぼ同時だったことで、そんな自分達の言動がどこか面白かった二人はつい笑ってしまうのであった

 普段から髪で隠れている千歳は素顔を晒し、常に不機嫌そうな表情を浮かべていた七罪は控えめながらも笑みを浮かべて……

 

 その時の二人の表情は……まさに姉妹か親子のそれだったと駆瑠眠は感じたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……因みに、途中から復活していたものの千歳と七罪の雰囲気に押されてか口を挟むことが出来ないでいた美九は、仲睦まじい二人が妬ましかったと後に語るのであった

 

 

 




二人が交わした『約束』は、今章の内に明かされますのでしばしお待ちを

何せ今章は「千歳さんが七罪ちゃんを攻略する」章ですからね。少し無理矢理感はあれど、それが変わる事はないでしょう

——と、こんな感じに章名と話の内容がかみ合わない為章名を変更しました

途中から章名詐欺っぽくなってましたしね。おそらく変更後の方がしっくりくると思うんですよ
まぁ……ある程度のネタバレになっているかもしれませんがね


次回、ようやく水着会です。ホントお待たせしてしまい申し訳ない
更には投稿する速度も落ちてしまい、なんと詫びればいいのやら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「明らかに人選ミス? 知ってる」

メガネ愛好者です

今回人口密度……精霊密度? 高いかも
とりあえず士道PTと千歳PTが合流します

それでは

追記:感想に指摘がありましたので、一部伏字を入れました


 

 

 しばらくして七罪のブラッシングを終えた千歳は朝食の準備に取り掛かり始めた

 精霊故にいくら食事を取ろうが体格に変化が現れる可能性は少ないものの、こういったものは気持ちの持ち様で変わる事もあるのではないか? そういった新しい変化によって七罪が意識するようになれば、そこから身体にいくらかの変化が現れるかもしれない……所謂プラシーボ効果というものを試してみようと千歳は考えたのだ

 それにこちらが積極的に協力しようという姿勢を見せれば、七罪も少しは自分に自信を持ってくれるのではないかという思惑もあったりする

 そうなれば七罪も自分の姿をを好きになれるかもしれない……自身を偽らないで済むかもしれないのだ

 ならば千歳が協力しない訳にはいかないだろう。基本的に千歳は精霊相手なら真摯に対応するようにしているのだから

 

 それに……いや、これは今言う必要はないか……とにかく、今の千歳は七罪の為ならある程度の事はやってやろうと思っていることだろう

 

 

 そんな千歳が気にかけている七罪はというと——

 

 

 「美容は常日頃の努力によって結果が出るものですけどぉ、一度やるだけでも違いが現れる方法もありますからねー。それらの要点さえしっかり覚えれば、それだけで七罪ちゃんもすぐさま美少女に早変わりですよー!」

 

 「……ふん、そう簡単に微少女になれるんなら苦労しないわよ」

 

 「七罪様、字が違います」 

 

 美九と駆瑠眠の二人が開いている『美少女に到るまでの過程』なる名目の講習会をリビングにて聞いているのだった

 以前に使ったホワイトボードに細やかな説明と適切な図を書き記し、それを補足するように説明しながら二人は己が技術を七罪に伝授している

 やはり元男の千歳と比べれば、二人の知識はなかなかに要点をついている。それに千歳は「これが本物の女子力か……」などと自身が持ちえない知識を目の当たりにしたことで感慨深いものを感じていた

 

 そんな三人からは他人行儀だったり余所余所しい雰囲気は全く感じられない。出会い当初と比べれば七罪の対応が軟化しているのが見て取れる

 美九に対しても苦手意識はあれど明確に拒絶するような事はなくなった。詳しい話は省略するが、帰宅して来てからの二人の対応によって二人はなんとか和解したのだ。……なんとか和解したのだ

 とりあえず七罪は千歳達三人に対していくらかは心を開いてくれたようで、初めの頃と比べれば警戒心も薄れてきている。今では明らかな拒絶を見せていた美九にも多少柔らかい対応をしているのが見受けられる

 そんな七罪の姿が微笑ましく、ほのかに感じる和やかな雰囲気も合わさってか、リビングの三人を眺める千歳は意図せずして微笑んでしまうのだった……

 

 

 

 

 

 数分前に遡ることになるが、美九と駆瑠眠が帰宅した時には既に七罪は帰宅前と比べて多少の変化を現していた

 

 千歳は二人が帰ってくるまでの間、七罪が今の自分の姿を好きになれるようにとあれこれ手段を講じていたのだ

 

 まず初めに、千歳は七罪と『ある約束』を交わしてそうそうお風呂に連れていくことにした

 話を聞けば七罪はお風呂に入ったことがないという。精霊が持つ霊装によって汚れを溜め込むことがない事を理由にか、七罪はお風呂に入ろうとも思わなかったようだ。それを聞いた千歳としては気が気じゃなかったという

 無理もない。お風呂好きな千歳にとって、お風呂に入らないなどという事態は考えられない事なのだ。正気でなんかいられない、寧ろ発狂するレベル……とまではいかないものの、決して耐えられるものではなかった

 だから千歳は七罪と共に入浴することにした。……決して自身がまだ入っていなかったからという理由ではない

 それを嫌がった七罪ではあったのだが、千歳と交わした『約束』の内容上強く拒むことが出来なかったので断念。ここで一度目となる『約束』を交わした事に対する後悔は生まれたのだった

 

 しかし、いざ入浴した七罪が感じたものは……安らぎだった

 心も体も温まる湯加減に全身が脱力し、人には見せられないような緩みきった顔を千歳に晒してしまっていた。千歳はそんな七罪の姿を満足そうに見つめていたという

 更にはシャンプーやボディーソープなどの洗浄も初体験だったにもかかわらず、千歳の手際の良さによってそこまで苦も無く終えてしまった。寧ろ心地よかったことに七罪は内心驚いていた

 千歳としては前世の幼い弟妹にもやっていた事と同様だった為、どうすれば七罪が嫌がらないか、寧ろ受け入れてくれるかを直感的に見切っていた。人によって多少は異なれど、要点はある程度同じである為そこまで苦戦はしなかった

 

 入浴を済ませた後も千歳の手は止まらなかった

 お風呂上がりに七罪の湿った髪を見た千歳は、ドライヤーでほんの少し乾かした後に次なる行動に移ったのだ

 七罪の髪をほんの少し湿らせたままの状態まで乾かした後、千歳はそのまま七罪をベランダに連れて行った

 風呂上がりに外へ出ては風邪をひくのでは? と思いがちだが、霊装を身にまとっている二人にはあまり関係のないことだったりする

 

 そして七罪をベランダに連れ出した千歳は……なんと七罪の髪を切り始めたのだ

 

 〈瞳〉の力を使って鋏と櫛を手元に創り出した千歳は、七罪に一声かけるなり何の躊躇もなく髪を切ったのだ

 急に千歳が髪を切り始めたことには流石の七罪もギョッとしたようだ。髪は女の命ともいうし、例え嫌っている姿だったとしても気にしないはずが無かったのだ

 しかしそれも、七罪が冷静に状況を見たことですぐさま落ち着きを取り戻すことになる

 何せ千歳に切られた髪はほんの数ミリ程度であり、同じく〈瞳〉の力で創り出した姿見に映る自身の姿を確認しても外見に差異が出ない程度にしか切っていない事が分かったからだ

 それでもなんで急に髪を切り始めたのかが分からなかった七罪は、疑問と不満を合わせて千歳に問いかけるのだった

 そして問いかけられた千歳の言い分はというと——

 

 「今まで手入れも何もしていなかったからか、ところどころの髪の長さにばらつきがあったんだよ。どんなもんでもそうだが……まとまってたほうが綺麗に見えんだろ? なんで、七罪の長い髪を生かすように長さを切り揃えてるって訳だ」

 

 ――というものだった

 ある程度同じ長さに切り揃えれば、その分まとまりがあって清潔さを感じられる

 特に七罪みたいな癖っ毛が強い髪の場合は、下手に直すようにはせず自然な形に合わせた方が見た目もよくなると千歳は考えたのだ

 結果、未だにわさっとした髪ではあるものの、当初と比べれば手入れが行き届いている感じに見えてくる。いわば『雑草だらけだった荒地』が『綺麗に除草された更地』に変わったような感じである(例えが酷い)

 

 「私を荒地〇魔女とでも言いたい訳?」

 

 そんなことは言っていません。貴方の天使に『魔女』の名があり、識別名が〈ウィッチ〉だからと言ってアレと同列にするはずがありませんから

 

 ……コホン。本題に戻ります

 実際に美九や駆瑠眠に確認を取ってみたところ、帰宅時の混乱で指摘するのに遅れはしたものの七罪の変化には気づいていたようだ

 そして千歳の言葉と七罪の姿を見た二人——特に美九が先に立って協力したいと申し出たことをきっかけに仲を深めていったのだった

 

 千歳が疎い部分を補うように、二人は今までの経験で培ってきた技術や知識を七罪にレクチャーしていく

 美九はエステを中心に、駆瑠眠はメイク技術を伝授していく。後ほど美九が七罪に簡易エステを施すことになるのだが……それはまだ後の事だ。少なくとも朝食前にすることではない為、今は『ちょっとした裏技テクニック』と細かなポイントを含めつつ、七罪にメイク技術を教えているようだ

 千歳としても力になれればなと考えはすれど、流石に美容法までは知らないので二人にお願いすることにした。下手に根拠の無い自信で何かやって取り返しのつかないことになるんだったら素直に協力を願い出た方が利口だろう。今回は願い出るまでもなかったようだが

 

 そんなことを考えつつ、千歳は朝食の準備をさっさと終わらせようと手を動かしていく

 その間に「あいつらの口に合えばいいけど……」と、自身の作る朝食に少し不安がよぎったりもしていたが、そこは相手次第であるので確認のしようがないためあまり考えないことにした

 別に千歳は料理が下手な訳ではない。前世で弟妹の世話をするためにいち早く身につけた技術と言ってもいい料理には少し自信があるぐらいには作れるはずだ

 それでも称賛されるほど美味しいものを作れるわけではない。良くて「また食べてみたい」、悪くても「まぁいいんじゃない?」レベルの腕前だ

 故に相手が絶対に美味しいと言えるような料理を作れる訳ではないのだ。言うなればその時の千歳の気分次第(適量次第)で味が変わると言っても過言ではない

 しかし、だからと言って粗末なものを出す訳にもいかない。リビングのほのぼのとした空気に意識が向きつつも、千歳は改めて朝食を作ることに集中するのであった

 

 

 

 

 

 ……そんなときである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——Get 〇own Get 〇own 闘〇の時刻 脆弱な心の〇まに ♪——

 

 「ん? 珍しいな……」

 

 不意に千歳の方から何か雄々しい曲が流れ始めたのだった

 

 突然の事でリビングにいた三人も呆気に取られてしまい、その発生源であろう千歳の方へ眼を点にしつつ視線を送るのであった

 そんな三人の視線も気にぜずに、千歳は一旦朝食の準備を取りやめ――未だに曲が流れ続ける携帯を懐から取り出したのだった

 

 「着メロ!? 何故そのチョイスを!?」

 

 「燃えるだろ? お気に入りだ」

 

 「ちょ、それよりも私としては千歳さんが携帯を持っていたことにビックリなんですけどー!? なんで教えてくれなかったんですかあ!?」

 

 「だって俺、ミクのメアド知らねーし……知りたい?」

 

 「是が非でも!!」

 

 「脆弱な心……なんだ私の事か」

 

 「そこは反応するところじゃありませんわ!?」

 

 「とりあえず電話に出っから少し声抑えてくれな? あと七罪、案外俺も脆弱だぜ?」

 

 「お母様!? それ威張れることではありませんからね!?」

 

 予想外の出来事に場は騒然となり、最早講習会を行う雰囲気ではなくなってしまった

 そんな状況も意に介さず、千歳は待たせるのも悪いと着信を繋いで発信元と会話し始めてしまうのであった

 その間にもリビングでは騒がしく言葉が飛び交っている。七罪もそれに参加している辺りこの環境に対応してきていることが分かるだろう。

 ……それが彼女にどういった影響を与えるかはいまだにわからない。せめて常識は捨てないでいてもらいたいものだ

 

 そして千歳が数回受け答えをした後、不意に耳から携帯を離して三人に呼び掛けるのであった

 

 「……おーい、お前らー」

 

 その一言で騒がしかったリビングが一旦静まり返り、三人が千歳へと注意を向けるのであった

 そんな三人の目には、千歳の何やら心底複雑そうな……それでいて、何処か真剣な表情が目に入る

 一体電話の先で何を聞いたのか……三人は千歳の表情から何か言いにくい事でも言われたのかと予想しながら言葉を待つことにする

 

 そして千歳は三人の意識がこちらに向いたことを確認しつつ、次に予想される事態——主に美九と駆瑠眠が喜んで舞い上がり、千歳と七罪は頭を抱えることになろう質問を伝えるのであった……

 

 

 

 

 

 「まだ決まってはないみたいなんだけどよ……プールに行くって言ったら、みんなは行きたいか?」

 

 

 

 

 

 ——案の定、その質問に二人ほど暴走しかけたのは言うまでもなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ————————————————————

      なう・ろーでぃんぐ

   ————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、五河士道は今……頭痛に悩まされていた

 

 先日、様々な事がありすぎたせいで俺の記憶許容量は限界まで来ていると言っても過言ではないだろう

 

 本当の狂三。その本性と恐るべき力

 千歳を『お母様』と呼んでいた狂三の堕天使、駆瑠眠

 『スパイ〇ーマッ!』のような登場と共に場を掻き乱した千歳

 そんな千歳にとうとう怒りに理性を失った修羅()の降臨

 修羅()——琴里が実は精霊で、混乱の元凶である千歳とガチバトル

 最後はお互いに大質量の霊力のぶつけ合い。結果は校舎消滅

 生徒が移された公民館は大パニック。事情徴収されかける

 

 たった数時間の内にがらりと変わった日常。これが精霊の力か……なんて、事情徴収しに来た警官を前に現実逃避しかけそうにもなった

 なんとか〈フラクシナス〉の構成員の人に助けてもらった事で事情徴収から逃れることが出来たのだが……〈フラクシナス〉に回収された先に待ち受けていたものもまた……悲惨だった

 

 虚ろな目で事後作業に取り組む〈フラクシナス〉のクルー達

 その中で令音さんが胃薬の入った瓶を片手に倒れている

 

 不穏な空気が流れる司令室。最早見てられなかった。痛ましすぎて

 その場は(一応)副司令である(あの)神無月さんが(珍しく)的確な指示を出していたことで混乱は免れたようだ

 しかしまぁ……言っては何だが、あの神無月さんが冗談抜きで真面目に動いていたことに目を疑ってしまった

 それほど事態は深刻だったのだろう。街の惨状も——琴里の現状も

 

 その日はみんな疲れも溜まっているという事で、一旦状況の整理も兼ねて休息を取ることになった

 そして次の日、あれから何とか復帰することが出来た令音さんに事情を聴くことで事の不味さを理解する事になったのだった。……飲み物感覚に胃薬の入った瓶を持たないでください。絶対に大量の角砂糖を入れたコーヒーより体に悪いですからね?

 

 

 

 

 

 今、琴里は精神的に危うい状態らしい

 自身の霊力に耐え切れず、その影響でか『破壊衝動』に駆られてしまう状態が続いていた

 今は精神安定剤や鎮静剤などで症状を抑えているようだが、それも長くて――あと二日

 あと二日でどうにかしないと琴里は琴里でなくなってしまう。そんな現実を叩きつけられた俺は頭がどうにかなりそうだった

 

 

 その上、琴里の現状を打破する為の攻略法が……文字通り琴里を攻略する(デレさせる)とかホント頭がどうにかなりそうだった

 

 

 今の琴里は精霊だ、精霊の対応策としては何ら問題はないだろう(……いや、元から問題大有りか)

 しかし琴里は妹だ。例え美少女であろうが妹なんだ

 俺は……妹を口説かなければいけないのか?

 現実的に不味くはないか? ……いや、血は繋がってないからセーフ? いや世間的にはアウトだろう

 俺は琴里の事をそんな目で見た事なんてない。俺にとって大切な妹としてしか見た事がなかったんだ……そんな俺が、琴里をデレさせる事なんて出来るのか?

 

 

 そんな不安が積もる中、世界は俺に頭の整理をつける暇さえ与えてくれないようだ

 

 

 令音さんから二日後に琴里とデートすると言われてからは……いろいろありすぎた。衝撃的な事を中心に……

 

 

 

 

 

 「ねえさま~どこ~?」

 

 何があったのか聞きたくないレベルで精神を病んだもう一人の妹――真那

 どうやら俺が狂三の元に向かう前、琴里に呼び出しがあったらしい

 そして呼び出された先に待ち構えていたのが……現実との相違点を尽きられた為か一時的に情緒不安定になった真那だった

 どうやら真那自身の方で何かがあったようだが、詳しい事は真那が復帰しない事にはわからないらしい。なんで俺の妹は二人とも精神的に異常をきたしてるんだ……泣きたい

 令音さんは他にも何か言いたげであったが、今は琴里に集中してもらいたいとのことで詳しい話を教えてくれなかった

 たった数日ではあれど、俺を兄と呼んで親しんでくれた子があんな状態になっている。そんな事実に、何もしてやれなかった俺は不甲斐無さと遣る瀬無さを感じずにはいられなかった……

 

 

 

 

 

 「全ては、〈イフリート〉を殺すために……私は……」

 

 過去に両親を精霊に――『炎の精霊』に殺されたことを伝えてきた少女――折紙

 前々から精霊に対する憎しみは人一倍強かった彼女は、今回の精霊……琴里を目にしたことで以前よりも険しい顔つきになっていた

 先日の狂三の件では疲労が大きかっただけで外傷はなかった折紙は、次の日の朝に俺の家を訪ねて来たのだ。炎の精霊の事を聞くために

 あの時の折紙は疲労によって視界がぼやけていたらしく、〈イフリート〉の顔をハッキリ見た訳じゃないらしい。更に、その後に起きた琴里と千歳の戦闘の余波で気を失ってしまったようだ

 琴里が炎の精霊だと気づかなかったのは運が良かっただろう。下手をすれば……玄関を開いた先に銃口を向ける折紙がいたかもしれない

 十香や四糸乃、詠紫音が一時的に〈フラクシナス〉に行っていたのも運が良かった。今の殺気だった折紙と精霊であった十香達を対面させたらどうなるか……予想が出来なかったから

 それから折紙の用件を一通り聞き終えた後、俺はわからない、見た事のない精霊だった事だけを折紙に告げるしかなかった。そうでもしなければ、最悪折紙と琴里が殺し合うことになるかもしれなかったから……

 そして俺からあまり情報を得られなかったことに、折紙は悔しさでか唇を噛んでいたのが帰宅した後でも印象に残っている。正直……折紙のあんな辛そうな顔は見ていたくない

 「なんでこんなことになってんだよ……」と、俺は現実の理不尽さに頭を抱えるしかなかったのだった……

 

 

 

 

 

 今回の件で琴里以外にも複雑な事情を持った者達がいる事を知ってしまった

 それら全てに対応出来るなんて、そんな身の程知らずな事など考えてはいない

 それでも……どうにかしたい、助けたいと思ってしまう

 みんな俺にとって大事な奴らなんだ。それを見捨てる事なんて出来る訳ないじゃないか……

 

 

 ――そんな俺の心情も、どうやら令音さんにはお見通しだったようだ

 

 

 令音さんはこうなる事を予想してか、『とある子』に助っ人として救援を依頼したらしい

 今回は琴里のデート時のアシストとしてその子が来るようだが……一体誰なのかを聞いても令音さんは教えてくれなかった

 とりあえず明日、十香達の水着を買いに行く際に会うことになるとのことなのだが……

 

 

 なんでだろう……嫌な予感しかしない……

 

 

 因みに、何故琴里のデートに十香達の水着を買いに行く必要があるのかというと……それは……不服ではある内容だが、俺の為らしい

 琴里とのデート先が『オーシャンパーク』という屋外プールがあるテーマパークに決まった際、『琴里以外の女性の水着に見惚れないよう慣れておけ』と、令音さんから指示されたのだ

 琴里が大変だって時にそんなこと……とは言うものの、俺も結局は一人の男のようだ。絶対に見惚れないなんて何があるかわからない以上断言出来ないのもまた事実。こればかりは人間の、如いては男性の(さが)であるため回避しようがない

 すまん琴里、こんな情けないお兄ちゃんを許してくれ……

 

 

 ——ヘタレ——

 

 

 ……なんか理不尽に罵られた気がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、俺は十香達と水着を買いに来ていた

 途中で折紙や例の子と一緒になり、なんやかんやで彼女達も共に水着を買いに行くことに

 折紙はともかく、例の子”達”は明日オーシャンパークで支援する為にも水着が必要とのことなのだ。だから同行する事に関しては何も文句はない

 

 文句は、ない――

 

 

 

 ――ただ

 

 ただ、一つだけ……言わせてほしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……令音さん。どういうことですか」

 

 『……解析結果が出たよ。チサトが連れて来た駆瑠眠とは別の子達、彼女達も――』

 

 「聞きたくない。それを聞きたいんじゃない。だからその先言わな——」

 

 『――精霊だ』

 

 「…………」

 

 『……すまない。流石に……これは予想外だったよ……』

 

 今、令音さんから聞かされた無情な一言

 聞こうとしていたことではなかったものの、その衝撃の事実に……ホント、世界ってままならないものだなぁ……なんて、途方もない事を考えてしまう俺は、目の前で繰り広げられる彼女達の談話を眺めるのであった

 

 

 

 

 

 「キャー♪ 可愛い子達がいっぱいですー!! あぁ、もうこの光景だけでご飯が何杯でも行けますジュルリ」

 

 「な、なんだお前は? 何故抱き着いてくるのだ? シドー! チトセ! なんとかしてくれ!」

 

 「ごきげんよう。相も変わらず大きなお友達向けの愛らしい身なりですこと。……ぷっ」

 

 「あッははー……そっちも変わらずコアなマニアに受けそうな言動は健在だねぇー?」

 

 「え……えっ? よ、よしのん……? どう、したの……?」

 

 「……誰だか知らないけど、今は何も考えない方がいいわよ。……考えるだけ無駄に疲れるから」

 

 「……そう」

 

 

 

 

 

 今、俺の目の先には……見知らぬ精霊が二人いる

 紫紺色の髪をした美少女と、翡翠色の髪をした少女。傍目から見ても二人が美少女だというのが分かるだろう

 前者はまるでアイドルだったのではないかと疑いたくなる程に抜群なプロポーション

 後者は不慣れながらも上手く着飾る事で自身の魅力を十二分に引き出している

 どちらにもそれぞれの魅力があり、目を引くものがある事は間違いない

 

 

 そして、そんな二人を連れて来た例の子はというと……

 

 

 

 

 

 「……なんか、わりーな五河。こっちもこっちで事情があんだわ。……だから、すまん。切実に」

 

 「いや……うん、もう諦めたわ」

 

 「ホントごめん……とにかく、これまでに迷惑をかけた分は協力するよ。五河の妹にも正気の時に直接謝りたいしな……」

 

 「千歳……」

 

 「ただ……こいつら全員の手綱を一度に握れる気がしないです……」

 

 まさか千歳から弱音を聞かされるとは思わなかった……それほど十香達や千歳が連れて来た子達は制御不能なのか?

 ……出来なさそうなのが予想出来て目から汗が流れそうだ。がんばれ千歳

 

 

 そう、令音さんが救援を依頼した例の子とは千歳の事だったのだ

 

 

 令音さんは以前に千歳と接触していたらしい。(千歳はチサトって呼ばれてるのか……)

 その時に感じたことで、どうやら千歳は案外世話好きな性格なのではないかという印象だったらしい

 十香や四糸乃、直接的にではないが詠紫音(正確にはパペットのよしのん)とも面識があり、みんな千歳には世話になった事があるとか

 故に、令音さんが千歳に頼んだ内容は『シンが琴里とデートしている間、チサトには三人の相手をしてもらいたい』とのことで、それによって精霊達の精神状態を保とうという算段のようだ

 

 それはまぁ……確かに助かる。デート中に十香達の精神状態が不安定になったらデートどころではなくなってしまうからな

 だから令音さんの言い分はわかる。決してわからない事ではないのだ

 

 

 

 それでも……言わせてくれ

 

 

 

 「令音さん……今の琴里の前に千歳を出したら不味い気がするんですけど……」

 

 『…………』

 

 

  …………ボリッ、ボリッ、ボリッ——

 

 

 「無言で胃薬を貪らないでください」

 

 

 

 ホント、世界ってままならないなぁ……

 

 




令音さんが考えているのか考えてないのかよくわからない……そんな回です
とりあえずフラクシナス内での胃薬の流通量はそこらの薬局を上回りそうな気がします

今回から千歳さんの心労が絶えなくなる予感
これで千歳さんも令音さん達の苦労がいくらか思い知ることになる……筈
もしも開き直ってしまったら……多分世界滅ぶんじゃないですかね?(適当)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 「俺が今すべき事? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

どうしよう……水着を買いにまで行けなかった。おそらく次話もいけない気がする……
何より、このままのペースだと今章十話越えするわ
いろいろと今章は内容が詰め込まれてますからねぇ……やはり省くことができなかったのです

なので、おそらく今章はまだまだ続くでしょう。予想としては……13,4話ぐらいになりそうです
……もう分けてもいいんじゃないかと思ってしまった

今回は前半が少しほのぼのとしておりますが……後半がガチシリアスの予感
今までの自身の行いに千歳さんが後悔やら何やらと情緒不安定になりかけます
……SAN値減少かな?

それでは


 

 

 五河達と合流した後、水着を買いに行く為にも皆には一旦集合してもらわないといけなかった。移動中にはぐれでもしたら何があるかわからないからな

 とりあえずは俺と五河で皆を(なだ)めつつ、まとまって移動することにしたのだった

 

 しかし、皆が集まるまでの時間……俺と五河はそれぞれ違う理由で頭を抱えていた

 

 五河は美少女集団の中で唯一の男子ということも相まって、周囲の健全な男子から嫉妬と憎悪の視線で心を刺されているとか

 わかるぜその気持ち。俺も男だったからな……五河の立場になった時の辛さ、そして周囲の男子の羨ましさ、その両方に共感ができたよ。同情はしねーけど

 

 そして俺は俺で別の悩みを抱えていた。その悩みというのが……皆の事だ

 二人掛かりでようやく皆を(なだ)めることが出来た訳だが……そんな子達を、明日は俺一人でまとめなきゃいけないというね……

 ハッキリ言って気が重い。軽く眩暈が起きるぐらいには前途多難なものだと感じたさ

 皆いい子達なのは間違いないんだけどさ、それでも相性の問題ってやつはあると思うんだよ。あいつとは気が合わないってやつ

 

 

 その代表例となった問題児達が……堕天使の二人、くるみんとよしのんだった

 

 

 五河の話によると十香とあの白髪の少女も犬猿の仲らしいが……この二人はそれ以上かもしれない。混ぜるな危険ってやつ

 何やら不穏な空気が流れてるなぁと薄々気がついてはいたんだが、いざ確認してみると……それはもう予想以上に険悪なムードだったね。不穏どころの話ではなかったよ

 二人の性格からは考えられないような睨み合い。お互いに取り繕ったような笑みを隠しもせずに浮かべながら、二人は視線で火花を散らしあっていたのだ。くるみんはまだいい。だがよしのん、お前はそんな顔しちゃダメだ。四糸乃が怖がっちゃってるから

 何があったんだよお前等……いつの間にそんな仲が悪くなるようなことがあったんだ? あれか? どっちも眼帯着けてる上にイメージカラー(白と黒)まで一緒だから『なんかキャラ被ってるよね? 舐めてんの?』とでも思っているのだろうか? なんかよくわからない変な奴等が二人の背後に浮かび上がってるし

 

 その浮かび上がっている摩訶不思議存在が龍と虎なら殺し合いに発展しかねないので全力で止めたのだが……二人の背後に控えているソレは俺の判断を鈍らせた

 だって龍と虎じゃなくて猫と兎なんだもん。マスコットっぽい容姿なのがコミカル感を掻き立てていますです

 くるみん側にはスーツを着て黒いサングラスをかけている黒い猫が拳銃を構えており、よしのん側にはヤクザっぽい風貌の白い兎がドスを構えている

 その光景はまさしくシリアル。まるでスタンドの如く二人の背後に控えてるそいつらが殺し合いを始めたとしても、正直殺伐とした雰囲気は感じないだろうなぁ……あれ? そう考えるとくるみんとよしのんってただ単に戯れてるだけ? 実は仲がいい?

 もしそうなら分かりにくいにも程があるわ。なんなん? 照れ隠しなん? 実は二人とも照れ屋なのかいそうなのかい?

 

 「「コレと一緒にしないでくださいまし(ほしいな~)」」

 

 うん、仲は良いっぽいです

 それにしても……何なんだろうな、あれ。風貌からしてマフィアとヤクザの抗争でも始まんの? 別に始めてもいいけど場所は考えてくれ。ここ、往来行き交う商店街ですから

 そんな『竜虎相搏つ』ならぬ『猫兎相搏つ』な二人を(なだ)めるのが一番苦労したぜ。俺と五河だけでは未だに続いていたことだろう

 実際に止めるきっかけを作ってくれたのは四糸乃だからな。彼女の懸命な(微笑ましい)説得によって二人の不毛な言い争いは終結したのだから。……え? ルビがおかしい? 知ってる。でも間違いではない

 まぁ言い争いをやめた後も、二人は睨み合うことだけはやめなかったんだけど。メトメガアウー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人の無益な争いを止めてくれた四糸乃。めっちゃ健気で素直なとてもいい子なんですが——

 

 

 ——めっさ避けられてます

 

 

 二人の言い争いが終わるまで気づかなかった……いや、()()()()()()()()()()が四糸乃は明らかに俺の事を避けていた

 目があえば直ぐ様目を逸らされるし、歩み寄ろうとすると後ずさる。声をかけようものならよしのんの背に隠れてしまう

 俺に怯えてる感じではない。どちらかと言えば申し訳なさそうな——今にも泣きそうな表情になる四糸乃

 

 そんな四糸乃の反応に俺の心が悲鳴を上げている

 ガチで泣きそうになった。周りも気にせず大泣きしそうになった。でもそこは四糸乃に情けない姿を見せてたまるかという、俺の申し訳程度の意地が頑張ってくれたので何とか堪えられました。……口内に血の味が広がってるけどね

 今ならミクの気持ちが分かる気がするよ。七罪に嫌われそうになったミクもこんな気持ちだったのか……確かにこれは心が折れそうになるわな

 

 ——それも、俺が何もしなかった罰だと考えれば妥当と言ったところか……

 

 いや、妥当も何もないだろう。四糸乃が辛い思いをしているというのに、その度量を測るなんざ四糸乃の事を考えてないのと同じじゃないか

 ……何? 四糸乃の反応に心当たりがあるのかって? ……あるよ。こうなっても仕方がない、寧ろなるべくしてなったといってもいい原因がね……

 

 

 …………もう、逃げられないわな

 

 

 「……ぁ、あの……」

 

 今まで俺を避けていた四糸乃だったが、よしのんから何かを助言されたことで恐る恐る声をかけてくる

 多分……四糸乃はこれから自分が言う言葉で俺との関係が変わってしまうんじゃないかと恐れてるんじゃなかろうか?

 ——それでも伝えたい。伝えなければいけないと勇気を振り絞っているのを俺は感じとる。……そんな四糸乃の姿に、俺は罪悪感と怒りを抱いてしまうのだった

 

 その罪悪感は四糸乃に対して、そして怒りは——自分に対して

 

 「あの……その……ご、ごめん、なさい……っ!」

 

 「っ……」

 

 決して四糸乃が悪いわけじゃない。寧ろ償うべきは俺の方だ

 今すぐにでも俺が謝らないといけない。四糸乃が悪くないことを伝えないといけない……

 

 それなのに……声が出ない

 

 何故声が出ない? ……わかっている

 分かっているのなら何故動かない? ……動けないのだ

 

 

 何せ、俺は——

 

 

 

 

 

 ——四糸乃に対して、”恐怖”を抱いていたから

 

 

 「その……千歳さんに貰った、けん玉……壊し、ちゃって……」

 

 「……」

 

 四糸乃は今にも泣きだしそうになりながらも、それを堪えて俺に謝罪してくる

 四糸乃が俺を避けていた理由。それは俺が恐いとか、嫌いとかそういった事じゃない

 申し訳なさそうだったのは、俺が(正確にはおじちゃんが)あげたけん玉を壊してしまったから……

 泣きそうだったのも、けん玉の事で俺が怒るか……嫌われるかもしれないと思ったから……

 俺が四糸乃を嫌うなんてありえない。それは四糸乃の傍にいるよしのんだってわかっているはずだ

 

 

 ——それでも四糸乃は不安に思ってしまった

 大切にしていた宝物(けん玉)を——俺との”思い出”が失われた(壊れた)と感じてしまったから――

 

 

 自分から望んでけん玉を失った(壊した)訳じゃないだろう。しかし、それでも四糸乃はけん玉を失って(壊して)しまった事を後悔しているのだ

 どんな理由があれど、それは四糸乃にとって心の支えであっただろうから……

 

 ……俺がすべきことは決まった。——いや、決まっていた

 四糸乃にしなければいけなかったことを——今まで尻込みしていたせいで出来なかったことを……成さないといけない

 

 俺は四糸乃の謝罪を聞いた後、ゆっくりと彼女に近づいた

 俺の接近に身を強張らせる四糸乃だが、どんな返答にも覚悟を決めているのか逃げようとはしなかった

 恐くても逃げない、か。四糸乃は心が強いな……俺とは比べようもない程に、強い

 それでも俺の返答次第で変わってしまう程に、脆い

 今の四糸乃の心を保たせているのは間違いなく俺だと思う。俺の返答によって彼女の心がどうなるかが決まってしまう

 だからこそ……もう逃げられない。見て見ぬふりは出来ないだろう

 ここで逃げたら俺はきっと後悔する。四糸乃だけじゃない、他の皆にも顔を見せられなくなる

 

 だから、恐がってちゃいけないんだ

 大切な人との繋がりが消えてしまう恐怖に怯えていたら——

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「……四糸乃がけん玉を壊しちゃった理由、とある子に聞いてるんだ」

 

 「……ぇ」

 

 「四糸乃にとって……けん玉(あれ)は宝物だったんだよね?」

 

 「……はい」

 

 「そんな、四糸乃の大切な宝物を……壊しちゃったか……」

 

 「っ、ごめんなさ——」

 

 彼女の謝罪は言い終わる前に途切れてしまう

 俺が意図して途切れさせたからだ。もう四糸乃には謝らせたくなかったからな

 だから俺は、ある行動で彼女の謝罪を遮ったんだ

 

 

 

 

 

 「……ごめんね。四糸乃」

 

 「——え?」

 

 俺は——四糸乃を抱きしめた

 

 四糸乃と同じ目線まで身を屈めた俺は、四糸乃の謝罪を遮る形で優しく彼女を抱き寄せた

 人に抱き着く経験なんてほとんどないけど、そこはラノベ知識でカバー。多分大丈夫なはず

 とにかく今は目の前で身を竦める四糸乃の気持ちを和らげるため——安心させるために尽力しよう

 ……正直な話、すっごく恥ずかしいんだけどね? 人を抱きしめるとかそうそうないし、何より人前でとなると……うん、絶対周りから見られてるよねこれ。前髪で目元を隠してるからって幼い子に抱き着く不審者とか思われてないかな?

 ——まぁ、周囲がどう思おうが今はそんなことを気にしてる場合じゃないんだけどさ

 

 四糸乃を抱きしめつつ俺は彼女の頭を撫でていく。前に四糸乃は撫でられるのが好きみたいなことを言ってくれたからね、これで少しでも安心してくれるといいかな

 そして、俺が急に抱きしめたことでキョトンとした表情になっている四糸乃に……俺は静かに語りかけていく

 

 「その時、傍にいてあげられなくてごめんね。駆けつけられなくてごめんね。四糸乃を守ろうと思ってたのに、それなのに俺は……四糸乃の元に行けなかった。事実を知った後も、助けに行けなかった俺を四糸乃は恨んでるんじゃないかって思って……そのせいで、会いに行くこともしなかった……」

 

 「ぁ……ぅ……」

 

 「……言い訳、だよな。四糸乃の事をこれっぽっちも考えてない……今日まで四糸乃が今の気持ちを抱えていることにも気づこうとしないで、俺は会いに行くこともしなかった」

 

 「……ちとせ、さん……」

 

 「全部……全部俺が悪かった。四糸乃が辛い時、助けに行けなかったことを恨んでるんじゃないかって……それが、恐かった」

 

 「そ、んな、こと……」

 

 「嫌われるのが恐くて、四糸乃に会うのが恐くて……そんなんだから気づけなかった。四糸乃がどんな気持ちでいたのかも考えないで、自分のことばっかり考えて……最低だよな。こんなんじゃ四糸乃にお母さんみたいだなんて言われる資格がないじゃないか。だって……娘をほったらかしにしている親だぞ? そんなの……親じゃない」

 

 「やっ、ちが……千歳さんは、悪く……」

 

 「……ごめん、愚痴みたいになって。四糸乃に言うことじゃなかった……」

 

 俺がゆっくりと語るごとに、腕の中に収まる四糸乃の体が震え始めた。

 俺の独白に心を痛めてるんだろうね。四糸乃は優しいから、俺の醜いエゴまで許そうしちゃうんだろう……

 

 

 ——そんな四糸乃の優しさに甘えようとしている自分が気に入らない

 

 

 意識はしていない。でも俺の口は、自然と同情を誘うようなものになっている

 ふざけてるのか? 四糸乃が辛い時に、いまだに”俺の本質”は自己防衛に身を動かすってのか?

 そんな俺に嫌気が差す。こんなんだから俺の〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉はあんな歪んだ能力になったってのに……結局は何も変わっていないじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉——

 

 周囲からは【心蝕瞳(イロウシェン)】と呼ばれる力

 その力は目が合った対象を”俺が望む幸福な夢”に強制的に誘う能力

 そんな俺が望む幸福な夢とは一体何なのか? ……それは、人ならば誰しもが思うものだろう

 

 

 ”恐怖が取り除かれ、安堵に満ち溢れた世界”を夢見させる——それが俺の〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉の正体だった

 

 

 普段の俺からは想像もつかないかもしれないが、そんな俺の本質は……恐怖を嫌い、怯えていた

 これは前世から受け継がれた強い感情だ。それは決して消えることがなく、目を逸らすか認めないようにする以外に対処法が見つからなかった

 

 最近になって気づいたことだ。どうやら俺は、前世でとある恐怖にトラウマを持っている()()()

 転生当初は気にも留めなかった。……いや、気に留めることがないように()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、今や転生してから数か月の時間が経っている。だから自分を見つめなおす機会なんていくらでもあったんだ

 

 だからこそ——気づいてしまった

 

 

 ——家族の顔、()()()()()()()()()()()——

 

 

 両親がいることはわかる。弟や妹がいることも、少ないながらに友人がいたことも知っている

 ——でも、その顔や名前が記憶にないんだ

 

 あんなに大切に想っていた弟や妹の顔も、名前も、どんな子だったのかさえも思い出せない。まるで……()()()()()()()()()()()()()()

 思い出なんてもっと酷い。やった記憶はあるのに、その結果がいくら思い出そうとしても見当たらないんだ

 成し遂げたのか、成し遂げられなかったのか……やったという課程のみで結果が思い出せなかった。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気分だったよ

 挙句の果てに、俺が死んだ理由なんかは過程も含めて吹き飛んでやがる。だからいつ死んだのかさえも分からねえ

 

 なんでそんなことになっているのか? 詳しいことはわからない

 ……でも、それでも明確に覚えていることが一つだけ、俺の前世の記憶として残っていた

 

 

 それが——”大切な人との繋がりが消えてしまうことへの恐怖”だった

 

 

 きっと前世で人との繋がりが途切れ、それに恐怖したことがあったんだろう

 その恐怖を忘れさせるためなのかな? 家族達の顔や思い出が残っていないのは

 もしそうだったら……きっと(ろく)でもないことが起きたんだろう。俺が恐怖にトラウマを覚えるほどの事が

 

 だから俺は無意識にも”恐怖のない世界”を望んでしまった

 ならば恐怖と対になるのは何だろうか? 少なくとも俺は——”安堵”だと思う

 つまり、”恐怖を取り除いた夢”を見せるために、俺の〈瞳〉は”安堵に満ち溢れた夢”を見せているんだ。——それが〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉によって昏睡された者に現れる依存症状の正体でもあるんだろう

 人は楽な道を選び続けると、いずれはその心も惰性に満ちていく。堕落を望み、安らぎだけを求め続けていく

 そんな怠惰な感情を、夢を通して人の心から無理矢理引き出していくのが〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉だ

 全てはその者の”安堵”の為に……俺が”恐怖”に満たされないように……

 

 

 

 〈瞳〉の力の正体、自身の本質に気づいた日

 この〈瞳〉の力を初めて故意に使ったあの日に理解してしまった自身の本質

 

 普段の自分に隠された、恐怖に怯える愚かな自分……それが本当の(千歳)という精霊(人間)だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——だからって、ここで恐怖に負けて四糸乃から逃げる訳にはいかないだろうが馬鹿野郎

 

 今、俺の腕の中にいる四糸乃は恐怖に震えている。俺に嫌われたかもしれないっていう恐怖に怯えている

 この震えはきっとこの場だけのものじゃない。四糸乃が今日まで溜めに溜めてきたもののはずだ。——俺のせいで溜め込んでしまったものなんだ

 ならせめて、四糸乃との繋がりが消えるかもしれなくとも……俺がどうにかしなきゃいけないことじゃないか!

 

 四糸乃が辛い時に駆けつけられなかった俺が、一体どんな顔をして四糸乃の前に行けばいい? ……そんな情けない理由で、俺は今まで四糸乃に会うことを尻込みしてきた

 完全に俺の問題だ。助けに行けなかった事で四糸乃に非難されることを恐れて会いに行けなかったなんて無責任もいいところだろう

 四糸乃の事を考えていなかった。四糸乃は俺の事を考えていてくれたというのに、俺はそんな四糸乃の優しさに甘えて逃げることしかしなかった

 

 そんな四糸乃は宝物(けん玉)を俺との繋がりとして大切にしていたんだぞ? それが壊れて無くなってしまった今、四糸乃は俺との繋がりが無くなってしまったんじゃないかと考えたのかもしれない

 そんな状態の上で俺が会いに行かなかったら? ——本当に繋がりが切れてしまったんじゃないかと不安に思っちまうじゃないか……っ!

 

 ホント気に入らない。過去最大に気に入らない!

 自分自身で引き起こした上に、まだ保身に走ろうとした俺の本質が気に入らないっ!

 こんな(臆病者)のせいで四糸乃に辛い思いをさせ続けてしまっていた。そんなことも考えられなかった俺自身が許せない……っ!

 

 こんな本質、俺は認めもしねーし受け入れる気はない!

 

 

 

 ……それでも、そう思っても奴はまとわりついてくる。恐怖という名のトラウマが、常に背後に付き添ってくる

 これではまた、同じことを繰り返してしまうんじゃないか?

 今度は四糸乃だけじゃなく、他の皆にも同じことをしてしまうんじゃないか?

 そんな俺が……例え四糸乃に許されたとして、慕われる資格などあるのだろうか?

 

 また……消えてしまうんじゃないだろうか……

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ゴスッ!!

 

 「ッ……」

 

 「ッ! ち、千歳さん……!?」

 

 「っ、思ったよりも強く殴りすぎ——あぁ、気にしないで四糸乃。ちょっと頭が痒かっただけだから」

 

 唐突に行った俺の行動に、四糸乃が驚きに声を上げてしまった。気配的に周囲も唖然としてる気がする

 無理もないか。何せ俺は、四糸乃を抱き留めながら片手で自分の頭を殴ったんだからな。そんな奇行を不振がっても仕方がないことだろう。何故痒いのに殴っただとかのツッコミは今はスルー安定

 

 ——まぁこれで、余計なことを考えていた馬鹿たれ(情けない俺)を引っ込められたことだし結果オーライってやつだわ、うん

 

 ……資格どうこうじゃないよな

 過ぎたことを悔やみ続けてたら人は前に進めない。それは精霊だって同じことだ

 そもそもな話、今の俺がすることは四糸乃に何もしてやれなかったことを後悔することか? 違うだろうに

 いや、後悔するなとは言わねーよ? ただ、今はそれ以上にやるべきことがあるじゃないか

 

 「……もう、言い訳はしない。四糸乃の助けになれなかったのは事実だし、俺が傍にいればなんて調子のいいことを言うつもりはない。……それでも、一つだけ言わせてくれ」

 

 最早余計な言葉はいらない

 

 今必要なのは……たった一言

 

 謝罪なんかじゃない

 

 哀れみなんて以ての外

 

 今の俺が、四糸乃にするべきことは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——無事でよかった」

 

 ——何よりも、彼女の身を案じることだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた四糸乃は感情が抑えきれなかったのか、周囲も気にせず泣き始めてしまった

 そんな四糸乃を優しく、しっかりと抱きしめる。俺が嫌ってないことを、俺が離れていかないことを四糸乃に感じてもらう為に

 そんな俺の想いが届いたのかな? 四糸乃もまた、俺の背中に両腕を回してきてくれた

 

 そこで俺は……気づいていなかった

 四糸乃の事ばかりを考えていたせいで、自分の変化には気づいていなかったんだ

 

 

 感情が抑えきれなかったのは、何も四糸乃だけじゃない

 俺もまた……抑えきれていなかった

 

 

 四糸乃に抱いていた恐怖。嫌われるかもしれないという恐怖は、俺を離さないかのように、服を強く握りしめている四糸乃のおかげでか既に消えていた

 

 四糸乃との繋がりは……消えていない

 

 だからだろう。俺がようやく気づいたときには、その感触はハッキリと伝わってきていた

 

 

 ——俺の頬に流れる、冷たくも温かい……雫の感触を——

 

 

 




・精神分析(物理)(25)…………(4)成功!

久しぶりの四糸乃との再会。いろいろフラグを回収しつつ、ようやく四糸乃と話すことが出来た千歳さんでした
更に〈終幕の瞳(ダース・プリュネル)〉が見せていた夢の内容を公開
そのせいなのか、はたまた別の理由でか前世の記憶が欠落しているようです。思い出したら反転する恐れあり
……いや、そもそも反転する以前に——

とりあえずこんな形で千歳さんと四糸乃は和解しました(したのか?)
正直な話、四糸乃との関係はここから本格的に始まると言っても過言ではありません。第二章は犠牲となったんや……



備考:このSSの事で活動報告に更新があります。よかったら見ていってください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

章終話 「彼女との約束? 覚えてる」

どうも、メガネ愛好者です

大変長らくお待たせしました
修正の方はまだ終わっていませんが、ひとまずこの章だけでも終わらせようとの考えで投稿いたしました
話の流れは出来ていても、その内容を肉付ける表現力が圧倒的に経験不足。正直今回の話は苦戦いたしました
投降後に納得がいかないからと書き直すかもしれませんが……ひとまずはこの形に収まったので、書けなかったことは次章にて書きます

それでは


 

 

 あれから数分程経っただろうか? どうやら四糸乃は泣き疲れちゃったみたいで、今は俺の背中でスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまいました。ホントぐっすり眠ってるなぁ……うん、気持ち良さそうに眠る四糸乃の寝顔がマジで癒されるわ。加えて無意識ながらに顔を俺の背中へとすりつけてくる四糸乃がもう可愛くてしょうがない。……ホント、誰かを背負うとか懐かしい感覚だよ

 

 ——っと、方向性ずれてた

 とりあえずだ。四糸乃も今まで抱えてきたものを取り払えたようなのでホントよかったよ。俺自身も心に引っかかっていたしこりが無くなったし、これで四糸乃との交友関係も深まるかな?

 

 ……それはそうとだ

 

 「……なぁ、五河」

 

 「なんとなく言いたいことはわかるけど……どうした? 千歳」

 

 「……今になって恥ずかしくなってきた」

 

 「だろうな……」

 

 気づけば周囲の人達から凄い注目されている件について。……いやまぁ当然と言えば当然か

 普通に考えたらわかることだった。だってここ商店街のど真ん中だぞ? そんなところで騒ぎを起こせばそらぁ注目されるわな。思っていたよりも四糸乃の泣き声は響き渡ったみたいだし

 そんな状況だ、恥ずかしさを抱いてもしゃあないやん? 元々大勢の人の注目を集めるようなことをするのが好きな性格でもないし。……まぁハッチャけたりはするけどさ

 さっきまでは四糸乃の事で周囲を気にしている余裕がなかったからそこまで気にもしなかった。——でも、今はそうじゃない。四糸乃は眠っちまった今、俺は周囲の状況に意識が回るようになったんだ

 

 

 だから……うん、すげー恥ずかしくなってきた

 

 

 恥ずかしさのあまりに顔が熱くなっていく感じがする。どんどん胸の中で膨らんでいく羞恥心に頭の中がグワングワンと荒ぶって……これ、絶対に俺の顔赤くなってるよね? 加えてそんな表情を周囲に晒しているかもしれないっていう事態が余計に俺の心を揺さぶってくる件について。もしも眠っている四糸乃を背負っていなかったとしたら、多分奇声を上げて逃げ去っていたところだろう……うん、四糸乃がいなければ余計に醜態を晒していたところだった。ありがとう四糸乃

 

 なんでこんな状況に陥ってしまったんだろう……俺と四糸乃はお互いの気持ちをぶつけ合っていただけなんだよ? 決してそこには恥ずべき事なんて一切無い筈なんだ。……なのに今、ものすっごい恥ずかしい思いをしているのはなんでなん? あまりの恥ずかしさに視界がぼやけて——あ、別に泣いてる訳じゃねーぞ? この千歳さんが恥ずかしいぐらいで涙を流すと思うてか! ……ちょっと滲んできてるだけだし、全然泣いてる訳じゃねーし

 ……え? その割には随分と口振りが落ち着いてないかって? いや見せかけだけだから。無理にでも気丈に振舞おうと意識せんと、この気が狂いそうなまでに昂った感情が爆発してしまいそうなだけだから

 事実、これ以上のハプニングがあろうものなら俺は衝動のままに騒ぎ始めると思うもん。今は四糸乃を起こさないようにとの自制心が働いているから何とか堪えられているけど、俺にも我慢の限界ってやつがあるんでね

 それにしても、感情を堪えるのがここまできついことなんだと感じるのなんて久々かも。……堪え性の無い俺に我慢するような自制心があるのかとかツッコんじゃいけない

 とにかくだ。今の俺は自制心をフル稼働している状態なんだ。下手にこれ以上の圧力をかけられたくない訳である

 

 それなのに……

 

 

 

 

 

 「今の千歳さんすごくかわいい(小並感)ですー」

 

 「普段から前髪で隠れていますからお母様の素顔をお見えになること自体希少ですのに、その上で頬を染めた素顔までも拝顔することが出来ようとは――ワタクシ、誠に感無量ですわ。——よし、カメラに収められました」

 

 「あ、現像したら私にも回してくださいね? 一画につき三枚程お願いしますー」

 

 「モチのロンにございます。——あ、お母様、急に顔を背けないでくださいまし。上手く撮れないではありませんの」

 

 「うるせぇ。その減らず口を今すぐにでも閉じねーなら後でハッ倒すぞテメェ等」

 

 「寧ろ押し倒してくださっても構わないんですよ~? それならいつでもバッチ来いですー♪」

 

 「あ、あの……お母様? 流石に親子でそのようなことをするのはワタクシとしてもどうかと——」

 

 「二人の頭がポンコツすぎて話が通じねぇ……くそっ、マジでハッ倒したいところだが今は堪えろ、堪えてくれ俺の自制心——っ」

 

 「「お母様(千歳さん)が自制とかマジウケるwww」」

 

 「…………」(#^ω^)ピキピキ

 

 ——そんな俺の心境も気にせず、嬉々として言葉を交えるアホ二人なのであった

 

 少し離れた位置にて俺の様子を伺う二人——くるみんとミクは、声量を低くしながら言葉を交し合っていた

 その二人の様子からは、四糸乃を起こさないようにとの配慮を感じられた。しかし、その一方で俺に対する配慮は一切無いのが目に見えてわかってしまう

 だってさ、この二人は俺の性格をある程度は知っている筈だろ? それなのにこうして俺の癇に障るような言動ばかり取って……もうこれ確信犯だろ? キレていい? 千歳さんキレてもいいの? マジでハッ倒したろうかテメェ等……?

 

 ……ダメだ、今無理に動いたら四糸乃が起きちまう。気持ちよく眠っている四糸乃を無理に起こすなんてことはしたくない

 こいつ等……俺が抵抗出来ないことを知ってのこの言動か? もしそうだったらマジでイイ性格してるなこいつ等。「様々な表情のお母様写真ゲットー♪」とか言って楽しそうにはしゃいでるところ悪いが、こちとら今にも(はらわた)が煮えくり返りそうなんだけど? ……まぁ素で楽しんでるくるみんとは違い、ミクはくるみんのノリに乗せられてる感があるからまだマシなんだろうけどさ? 悪乗りしてることには変わりないけど

 

 ……もういい。もう許さん。二人とも帰ったらそれ相応のお仕置き決定な? ミクは拳骨程度で許してやらんでもないが、くるみんは簀巻きにして吊るした上で”〈蝕爛霊鬼(イロマエル)〉”の砲撃ブッパしたるから覚悟しておけよ

 

 「ちょ——ミクちゃんと比べて私の処罰が重すぎませんこと!?」

 

 「あの純粋無垢だったミクがこうなったのも、長年ミクの傍にいたお前の影響だろうが。それも今回の罰にプラスしてる」

 

 「今出す事でしょうか!? それは今出す事なのでしょうか!?」

 

 「ダメですよぉくるみん? そんなに声を出したら四糸乃ちゃんが起きちゃいますー。もう少し静かにしないと、千歳さんを余計に怒らせちゃいますよー?」

 

 「そうだぞくるみん。例え罰を受けることになっても四糸乃を起こさないよう静かに話すミクを見習え」

 

 「そ、それはまだミクちゃんの罰がワタクシほど重くないからでは——」

 

 「言い訳無用」

 

 「え、えぇ……何故だか釈然といたしませんわ……」

 

 しょうがないね、だってくるみんだもん。……まぁこちらがどれだけ言ったところでくるみんは直す気ないだろうけどさ

 

 ……え? それよりも〈蝕爛霊鬼(イロマエル)〉ってなんだだって? あれ、まだ言ってなかったっけ?

 んー……あー……そう言われてみると、まだハッキリとは言ってなかったかもしれない。せっかくの機会だし説明しておこうかな

 

 

 

 

 

 〈蝕爛霊鬼(イロマエル)

 

 簡単に言うと——【(コクマス)】の力で創り出した五河妹の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が、いつの間にかに俺専用へと”変異してしまった”複製天使の名称だ

 わざわざ変える必要があったのかと聞かれれば……まぁ、あるにはある。特徴や性能が本家とは多少異なるからな

 

 それじゃあ説明していくとする。まず前提として、五河妹から複製した〈灼爛殲鬼(カマエル)〉は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と違って、完全に俺専用になっちゃったんですよ。うーん……改造したというよりは侵蝕したって表現の方がしっくりくるかな? 多分俺の霊力が流し込まれたせいで複製した天使自体が変質したっぽいし

 何せ十香の時とは違い、直接俺の霊力を運用して複製天使を使っちまったんだ。俺の霊力によって影響を及ぼしたというのもあり得ない話でもない訳だ。……なんか俺の霊力がウイルスみたいに聞こえてくる不思議

 確認の為に、その辺りの事情に詳しそうなくるみんから話を聞いてみたところ……やっぱり本来の持ち主である五河妹の霊力じゃなかったのが原因のようだ

 天使は宿主である精霊の為の力だから、使う者に合わない力であってはいけない。故に、使う者に合わせて天使が変化する事も考えられると言う……

 ようは——柄にも無く五河妹とガチバトルすることになった俺に合わせ、複製した天使が自動的に変化したということだ。……武器を得て喜べばいいのか、俺自身の特異性に嘆けばいいのか……まぁこれからの主力武装をゲット出来たと単純に考えておけばいいか。あまり深く考えるのも億劫だし、何よりカッコいいからね!

 

 そんな複製天使である〈蝕爛霊鬼(イロマエル)〉には、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉と比べて異なる点がいくつかあるんだ

 

 まずは……見た目だな

 形状こそ変わらなかったものの、オリジナル本来の配色とは異なるものへと変化した。黒色の部分はそのままに、五河妹のイメージカラーでもある紅色だった部分が深緑色へと変色してしまったのだ。……まぁ俺としては嬉しい限りではあるけどね

 いやね? 深緑色と黒色って結構マッチしてると思うんだよ。俺の霊装の配色とも同じだし、二つ同時に展開すると統一感があっていい感じの雰囲気になるんだよ。加えて転生してからは深緑色が身近な色になったし、今では結構気に入ってる色であるのも後押ししていると思う

 

 次に、五河妹の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉とは違って、炎の代わりに俺の霊力が放たれる使用になったのは……前に言ったか。五河妹が放つ炎からは苛烈さが目立つ一方で、俺の霊力は苛烈さよりも不気味さが勝っていたりするので似た武器でも印象がガラリと変わっている。まぁ紅色と深緑色だからな、色によってイメージが変わるのもしょうがないだろう。文句はないけど

 そして、その使用によって大斧形態では刃に霊力をまとわせることで十香みたいに斬撃が放てるようになった。砲門形態の時には文字通りの”霊力による砲撃”を放つことだって出来るので、この複製天使は本家と同様の”近・中距離戦に適した天使”と言えるんじゃないかな? 俺は結構な拾い物を——模造品を手に入れたようだ

 

 

 

 

 

 そんな訳で「完全に俺専用に調整されてしまった色違いの〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を、そのままの名前で呼んでしまってもいいのだろうか?」——と、思ったことがきっかけで改名することにしたのでした

 まぁそこまで深く考えて名付けた訳じゃないんだけどさ? だって俺に宿る〈心蝕霊廟(イロウエル)〉と五河妹の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の名称を混ぜただけだもん

 そして組み合わせた結果が〈蝕爛霊鬼(イロマエル)〉ってわけだ。……テル〇エ・ロ〇エみたいな響きになった気がするが、そこは気にしちゃいけねーってやつだ。おーけい?

 

 ——さてと。後程〈蝕爛霊鬼(イロマエル)〉でくるみんに砲撃ブッパすることは確定として——え? 慈悲? 知らない子ですね

 ……まぁ大丈夫だろ。〈灼爛殲鬼(カマエル)〉と違って炎じゃないから焼き貫かれたりトラウマ思い出したりなんかすることも無い筈だしね。……ただ某龍玉のような極太ビームに包まれるだけだから……うん、問題ないね。せいぜいナ〇パる程度だろう

 

 うし、〈蝕爛霊鬼(イロマエル)〉の解説をしたおかげである程度落ち着いた気がする。未だに周囲からは視線が突きつけられてくるけど、先程と同様にあまり気にしないよう意識すれば割となんとかなりそうだ

 あれだ、所詮は他人なんだし気にするだけ必要性皆無だったのです(悟り)

 

 「照れ顔の千歳さんはほんと可愛かったですねー。……欲を言えば、もう少し見ていたかったんですけども……」

 

 「因みにですが、ワタクシの力があれば先程の時間軸まで戻れますので、別アングルから撮影した写真をご用意することも可能です。ワタクシに不覚はありませんわ」

 

 「くるみん砲撃ブッパ三割り増し確定不可避」

 

 「新たなトラウマ回避不可避ィィィィィ!?」

 

 そうして俺が落ち着きを取り戻し始める一方で、それに不服を申し立てるアホ二人が現れるのは必然な事なのだろうか? マジでブレねーなお前等。……後くるみん、マジで叫ぶのやめろ。四糸乃が起きちゃったら五割増しだからな?

 ——そもそもな話、なんで俺の事を煽ってまで写真を撮ろうとすんだよ。そこまで写真を撮ることに固執するくるみんの気持ちが俺にはわからん——

 

 「なら聞きますが、お母様は……今の四糸乃様のお姿を写真に残したいとは思いませんの?」

 

 「…………」

 

 「ほぉら、体は正直ですわねぇ……くひひ」

 

 「その言い方やめろ」

 

 てか体に変化はないだろうが。……顔には出てそうだけどさ

 なんでだろう……凄い説得力があった。先程から当たり前のように行われている読心術が気にならなくなる程のインパクトがあったというね

 いやだってしょうがなくね? 四糸乃の寝顔写真よ? そこらのロリコンに売りつけようものなら一枚数万——いや、数十万でもまだまだ安い程度には価値があるもんなんだぜ? ——まぁ、いくら金を積まれようが非売品であるのには変わらんがな

 

 余談だが、以前にくるみんが撮ってきた四糸乃とよしのんが笑い合っているツーショット写真は俺のアルバムに厳重保管済みさ。その他のくるみんが撮ってきた四糸乃達の写真も同じくね

 思い出は大切にするべきものであり、同時に写真はアルバムに収めるものだと思うのです。——あ、本人にとって辛かっただろう写真は別だぞ? それらはこちらで丁重に処分させてもらいましたのでご安心を

 ……え? そもそも盗撮自体するなって? ……うん、それに関しては素直に悪かったと思ってる。俺が撮ったって訳じゃないけど、それを無くしても四糸乃には一度事情を話して謝る気ではいるよ

 ——その上で四糸乃の写真を保管しておくことを本人に頼み込むつもりでいる俺の心って、結構汚れてるよな……

 ……え? 今更だって? 知ってる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてと、とりあえずくるみんとミクの事は置いておこう。いちいち相手してたら日が暮れそうだし、いつまでも相手にしていられないのです。……別に相手するのがめんどくさい訳じゃない。二人の相手よりも優先して対処しないといけない子がいるだけであって、二人の相手をするのが疲れたとか……そんなことこれっぽっちも思ってないからね? うん、ホントホント。千歳さん(そこまで)嘘つかない

 

 くるみんとミクの相手を切りやめた俺は、二人から視線を外してすぐ傍にいる子に視線を向ける

 

 ——少し前から現在進行形で俺に不服を申し立てている子に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……んで、なんで七罪はさっきから俺の足を執拗に踏んでくるん?」

 

 「…………ふん」

 

 傍目から見ても不機嫌なのがわかる程に睨みを利かせつつ、先程から俺の足を踏みつけているツッコミ要員——もとい七罪

 彼女は俺が四糸乃と和解し、アホ二人の相手を始めた辺りから俺の足を”わざと”踏みつけてきた。割と力を込めて

 七罪が不機嫌なのかは表情の変化で察することが出来たのだが、その原因がよくわからなかった。七罪が機嫌を損ねるようなことをした覚えはないんだけど、現にこうして俺の足をコンクリにめり込ませるレベルで踏みつけ——

 

 「——って痛い痛い痛い痛い痛いッ!? ちょっと待って七罪!? 流石に力込めすぎだから——っ、精霊スペックに物を言わせて踏みつけるのはガチで痛いから少し力抜いてくださいお願いしますっ!!」

 

 「……そんなに声を荒げたら起きるんじゃないの? その子」

 

 「え? ——っ、ぐ、ぬぅぅ……ッ」

 

 し、しまった……あまりの痛みについ声を出しちまった。四糸乃を起こさない為にも我慢だ、我慢するんだ千歳ぇ……

 てか七罪さん? 貴女「起きるんじゃないの?」って間違いなく確信犯でしょ? 意地の悪い笑みを浮かべていた辺り絶対ワザとだよね七罪さん? 運良く今の声で四糸乃が起きることはなかったけど、危なかったことには変わりないからね?

 全くもう、意地悪して……一先ず痛みは耐えればいいから、七罪の様子を伺いながら異議を唱えようと視線を向けた俺は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ちっ」

 

 ——何故かさっきよりも余計不機嫌になっている七罪の姿を見ることになるのでした

 

 ……え? な、なんで? 今の何処に不機嫌になる要素があったん? さっきまでのしてやったりって顔から一変、非常に面白くなさそうな顔するのはなんでなのさ? ——てか舌打ちはやめてよ!? 七罪に睨まれるのだって嫌なのに、それに加えて舌打ちとかマジで悲しくなってくるからホントにやめて!?

 あーもうっ、ホントどうしたらいいんだよぉ……

 機嫌を直してほしいのは山々なんだけど、いまだ機嫌を損ねた理由に見当が付いていないし、話を聞こうにも今の状態の七罪が素直に話してくれるとも思えないし……くそぅ、こういうのを八方塞がりっていうのか? 七罪をそのままにしておく気なんて更々無いけど、流石に何かヒントがほしい……

 

 七罪は理由も無く意地悪をするような子じゃない筈だし、絶対に何かこうなった原因があると思うんだけど……

 

 

 うーん……

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 ………………ん? あれ?

 

 

 どうにか原因を知ろうと七罪を観察すること約数十秒、俺は七罪の様子からあることに気づいた

 よく見なければ気づかないかもしれない程の一瞬の事だったけど、どうにか気づくことが出来てよかったと思う。だって、その一瞬の事ってのは——俺に対して向けられたものではなかったのだから

 

 

 時折だが、七罪は俺だけにではなく——()()()()()()()()()()()()()()()()視線を送っていた

 

 

 俺に睨みを利かせる一方で、七罪はたまに俺から視線を外して四糸乃を見ていた。俺個人に何かあると考えていたから気づくのに遅れちまったよ

 ——あ、別に四糸乃を見ていたからと言ってそれが悪いという話じゃあないよ? それを言うんだったら、先程の事で俺や四糸乃へと視線を向けている周囲の見知らぬ通行人達も悪いという話になっちまうからな。……まぁ、見られないに越したことは無いけどさ

 なら何故、俺は視線を気にしたのか? それは……込められていたからだ

 

 

 七罪の視線に——七罪の気持ちが込められていたからだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手がこちらをどのように思っているのかを知るとき、一番手っ取り早い手段は”相手の視線に含まれる感情を読み取ること”だと俺は考えている

 視線ってのには感情を乗せられる。好奇、憧憬、羨望、敬愛、渇望、軽蔑……そういった喜怒哀楽(その他諸々)を視線に乗せて、相手に伝え伝わるものなんだ

 そして、そういった感情は意識しなくとも視線に乗っているものだ。少なくとも”感情”というものがわからない訳ではない限り、誰しもが持つ人体の機能だと思う

 

 だから俺は相手がこっちをどう思っているかを知るときに、まずは相手の視線から感情を読み取ることから始めていたりする。今だって七罪の気持ちを知るとき、真っ先に見たのが視線――相手の目だからな

 別に感情を相手に伝える手段が視線だけという訳でもない。表情や仕草、言葉からでも判断する時だってあるから一概にそれが一番だとは言わないさ。個人的に読み取りやすいってだけだし

 

 実をいうと、どうやら俺は表情などから読み取るよりも視線からの方が読み取りやすい質なんだわ

 それは何故かと聞かれれば……多分〈瞳〉の影響だと思う。前世ではそうでもなかったけど、転生してからはどうにも周囲からの視線やそれに含まれる感情なんかに敏感になった気がするんだ。実際にこうして感じ取ることが出来るようになったからな

 

 だからこそ、今の七罪が四糸乃に向けている感情に気づけたのだ。その上で……七罪が俺を睨んでくる理由も、わかった

 

 …………

 

 「……七罪」

 

 「……何よ」

 

 俺の呼びかけに()()()()()()()()態度で反応する七罪。……うん、この様子からして俺の予想は当たっていることだろう。そういう事だったか……

 

 四糸乃に向けられた視線に込められた想い……それを汲み取った瞬間、俺は七罪がなんで機嫌を損ねたのかを理解した——

 

 

 ——俺が悪かったのだと、今更理解した——

 

 

 よく考えれば気づけなくもない事だった。——いや、すぐにでも気づかなければいけない事だった

 それなのに……気づけなかった。その事実に頭を殴られるような感覚に襲われる。それほどまでの罪悪感が、俺の心にひしめいた

 最早言い訳のしようもない。言ったところで後の祭りだ。現に七罪はこうして機嫌を悪くしてしまった……

 

 

 ………………

 

 

 ……こうしてる、場合じゃない

 自身の不甲斐無さで七罪に嫌な思いをさせてしまったんだから、俺が何とかしないといけないんだ。例え今更遅いと言われようとも、七罪に誠意を示したい。嫌いになられようとも——それが何もしない理由になんてならないんだから……

 

 「……そろそろ行くんだろうし、皆のところに行こっか」

 

 「——え?」

 

 足を踏まれながらも自然体に言葉を紡ぎ、五河達の元に向かおうと七罪に話したところで——七罪は呆気に取られたような声を漏らしたのだった

 別に不思議なことではない。そもそもここには皆と買い物に来たのだ。……買う物が買う物だけに喜べるかどうかは置いておくとしてだがな

 周囲を見れば、既にくるみんとミクは五河達の近くに佇んでいた。どうやら俺と七罪が話し合っている間に向かっていたようだ。五河達の方も大分収拾がついたのか、今ではそこまで騒いでいる様子は感じられない。寧ろ俺達を待っている感じさえする

 五河達を待たせるのも悪いし、いつまでも街中で騒いでいるのも迷惑だろう。だから、特におかしなことを言っている訳ではないのだ

 ならば、何故七罪は不意に呆けた言葉を漏らしたのか? それは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、なな、何を急に——っ!」

 

 「その……なんだ、これぐらい別にいいだろ? こうした方が七罪と出かけてるって感じがしていいかなってさ」

 

 

 ——俺が唐突に七罪の手を握ったからだろう

 

 

 四糸乃を背負ってはいるものの、四糸乃一人を支えるぐらいなら片腕だけでも十分だからな。——だから俺は七罪と手を繋ぐことにした何も不自然な事はないだろう?

 ……え? そもそもなんで手を繋ぐ必要があったんだって? そりゃあ……そうした方がいいからだよ。七罪の気持ちを考えるならさ

 

 だって七罪は……きっと()()()()()()()()()()()()()んだろうからね……

 

 七罪が機嫌を損ねたことに気付いたのは四糸乃と和解した後の事だった

 その時には既に七罪は機嫌を損ねていたし、それと同時に俺の足を踏み始めていた。だから七罪が機嫌を損ねる理由に、俺だけではなく四糸乃も関わっている可能性はあったということになる

 そんな可能性を七罪が四糸乃に向けた視線から読み取ることが出来たから、俺は七罪の気持ちを汲み取ることが出来たんだ。俺に苛立ちをぶつけつつ、四糸乃に視線を向けていたその訳を——

 

 七罪は……四糸乃が羨ましかったんだと思う。自分と同じぐらい背丈の子が、誰かに相手してもらえている状況を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——令音さんから連絡を受けた後、七罪は俺とくるみん、ミクの三人によって実施された『七罪様イメージアップ大作戦!』(くるみん命名)を受けていた

 だって七罪、俺達の前でなら今の姿でも(今更隠しても遅いから)いいみたいなんだけど、流石に他の奴らに今の姿を見られるのは我慢ならないみたいでさ? 一時的に俺達三人を幼稚園児程度の年齢まで体を若返らせ、身体的に優位に立つことで七罪がこれまで溜めてきた鬱憤をぶつけようとするぐらい嫌がったんだよ

 ”他人の体を好き放題変化させることが出来る”という点で、七罪の天使に恐ろしさを垣間見た瞬間だったね。――まぁ俺達三人の能力がどれもこれも天使の力によって周囲に影響を与える系の能力だから、別に身体的に負けていても何ら問題は無かったんだけどさ?

 

 くるみんは過去に戻ることが出来ることから事前に”七罪の天使の能力を避けた結果”にしてきたようで、七罪の天使の能力が発揮後も姿が変わっていなかった。……その事に七罪はチート過ぎると嘆いていたよ

 ミクは天使の力を宿した声を七罪に聞かせ、直接”お願い”することで七罪自身に効力を解いてもらうという荒業を披露した。ミクの力とはいえ、能力をかけた矢先に自分で元に戻す羽目になったことが余程屈辱的でショックだったのだろう……目が据わって現実逃避し始めていた気がする

 そして俺も七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉を複製することが出来るから、いつでも自分の意思で能力を解くことが出来るんだよね。……うん、七罪は俺達三人と相対するには相性が悪い気がしてならない

 

 ——だから、俺はあえて戻らなかった 

 ……いや、だって七罪があまりにも可哀そうで心が痛んだんだもん。自身の力が一切通用しないことに気づかされたことで、打ちひしがれるように部屋の隅で体育座りしようとする姿が見てられなかったんだよ。——だからせめて俺だけでも七罪の憤りを受けようと思ったんだ

 

 ただ……抵抗出来ることを黙っていたのが悪かったんだと思う。幼児の姿から戻らない俺を見た七罪が「どうせあんたも対処できるんでしょ!?」と食って掛かってきたんだ。若干涙目の七罪の姿がいたたまれなく、俺は咄嗟に誤魔化そうとしたんだが……運が悪いことに、こっちの事情を知る由もないくるみん達が暴露してしまった

 それで結局七罪に俺の能力を知られることとなり、自身の無力さを突き付けられた気がした七罪はより一層落ち込んでしまったのだ。……余計な気遣いもそれを助長させたとか。役立たずでごめんなさい……

 

 ……話を戻すよ

 そんな訳で、自身のコンプレックスから外出することを拒んでいた七罪だったが、俺達三人が最大限に助力したことでなんとか外出する事を了承してくれたのだった

 正直な話、俺達が全力で作戦に取り組んでいなかったら七罪は今日この場に来なかったかもしれなかい。能力まで使って外出を拒否していた七罪の拒みようはホントすごかったからなぁ、ありえなくもない話なんだ。いわば社会復帰を拒むヒキニート並みの拒否反応を見せていたよ。……あ、そのぐらいの反応を見せたってだけで七罪はヒキニートなんかじゃないからね? そこんところ間違えないように

 

 そんな七罪のコンプレックスだった姿も、今では見違える程に生まれ変わっていた

 わさっとしていた髪も七罪の髪色に合った髪留めを使い、低めの位置でポニーテールにまとめたことで不潔感なんて感じさせないし、カサカサだった肌だってミクの入念(意味深)なエステによって少女特有の潤いを取り戻した。くるみんが施したナチュラルメイクで七罪に秘められていた魅力が引き出されているし、服装も明るい配色を組み合わせて着用したブラウスとスカートによって清楚感が醸し出されている。猫背気味だった姿勢もミクの指導(意味深)によってある程度改善したから立ち姿も問題ない

 

 そういった経緯によって、今の七罪は「正にこれぞ女子力!」と言わんばかりの姿へと変貌したのだ

 鏡に映る七罪は誰の目から見ても美少女と言えるだろう。正直な話、メイクやエステでここまで変わるものなのかと俺の方がビックリしたよ。……ちょっとだが、俺も少し興味が湧いてきて——あ、いや、やっぱ今のは無しで。そんなことを考えるほど乙女チックな性格じゃないでしょうが千歳さんや

 コホン……言っておくが、驚いたのは俺だけじゃない。七罪の変貌にくるみんも感嘆とした吐息を漏らしていたし、ミクなんかは「こんなところに金の卵が……」などと真顔で呟いていたぐらいだ。ミクが真顔になるとか珍しいなんてもんじゃないぞ? 幻のポ〇モン並みに希少だと言っても過言じゃないから、余程七罪の変わりようには良い意味で驚かされたんだろう

 

 ——そして当事者である七罪はというと、そんな自身の姿が一向に信じられず本当にこれが私なのかと現実味が湧かなかったようだ。いろいろ理由をつけて否定しようとしていた

 しかし、七罪が鏡に映る自身の姿を否定する一方で……おそらく無意識だろうけど、生まれ変わった自身の姿が映る鏡を何処か嬉しそうな表情で眺めていたのだ

 何かと自虐に走る七罪が、無意識にとはいえ嬉しそうに微笑んだのだ。一瞬の事だったとはいえ、その感情は間違いなく自身の変化を素直に受け止め喜んでいたことに他ならない。これなら……今すぐにとはいかなくとも、いつか七罪は自分の姿を受け入れてくれる日がきっと来るはずだ。……そう、信じたいと思ったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言った経緯によって、いくらかの説得と共に七罪は外出する事を受け入れてくれたんだ

 そもそも、何故七罪がそこまで人の前で自身の本来の姿を晒すのが嫌だったのかというと、どうやら以前に現界した際に——七罪が初めて現界した際に何か原因があったようだ

 その原因を、七罪は大雑把にだが教えてくれた

 時間にして数分程度の短い時の中で、諦めと愚痴を織り交ぜた言葉によって紡がれた七罪の過去——

 

 

 ——七罪は……誰一人として”七罪”の事を見てくれる人に出会えなかったのだ——

 

 

 初めての現界。見知らぬ土地を前にした七罪は、一体どんなところなのだろうとの期待があったことだろう。七罪ぐらいの年齢(おそらく見た目相応の精神年齢な筈)なら見知らぬものに興味が湧かない筈もない

 見知らぬ土地で、何も知らない七罪は未知への期待や興味を抱いていたことだろう……

 

 しかしそこはまだ幼さが残る七罪だ。時間が経つにつれて徐々に不安や恐怖が増長していった

 そしてそれがピークに達しそうになった時、七罪は周囲を頼ることにしたのだ。その不安や恐怖を紛らわすために……

 

 ——だが、人間は見知らぬ他人に対して酷く冷淡な時がある

 知り合いでもなければ態々関わろうともしない。例えそれが助けを求められているとしても、「自分には関係ない」「誰かが何とかするだろう」「頼られても迷惑だ」などと自分に言い訳して関わることを避けようとする。特賞な心を持ち得ない限り、態々厄介事に首を突っ込みたくはないということだ。それが悪い事かどうかは立場によって変わってしまうことだろう

 

 七罪は出会いに恵まれなかったのだ

 五河みたいな誰にでも真摯に対応するような馬鹿真面目な人に出会えれば、七罪もここまで捻くれることは無かっただろう。ちゃんと七罪の事を見てくれる相手と出会いさえすれば、七罪もここまで自身の姿を卑下することは無かったはずなのだ

 

 そして自身の幼い姿に嫌気が差した七罪は姿を変えることにした

 子供だから相手にされないなら、大人の姿ならどうだろうか? それもとびっきりの美人になれば、きっと誰か相手にしてくれるはず——そう考えた七罪は、奇しくもその願いを叶える手段を持っていた為すぐさま行使した

 そうしたらどうだろうか? 本来の姿の七罪を気にかけてくれる者は誰一人としていなかったのに、七罪が天使の力で大人の姿に変わった途端に起きた手のひら返し——相手にしないどころか、寧ろ近寄ってくる者達が現れたのだ。……だから、七罪がそう思い込んでしまうのも無理はないんだ

 

 

 ——本来の姿では誰も私を相手にしてくれないんだ、と——

 

 

 だから七罪は本来の姿を嫌った。嫌い始めていった

 その姿では誰も相手にしてくれない。その姿——そんな姿の私なんて、誰も見てはくれないんだと……

 

 今の七罪もその想いは決して消えていないことだろう

 例え自分着飾ったところで自分は子供なのだから、また誰も私を相手にしないんじゃないかと——またあの時みたいに誰も自分を見てくれないかもしれないんじゃないかと、そんなトラウマにも似た不安を抱え、怯えているかもしれない……

 

 それなのに……俺はそれに気づけなかった

 最早七罪は俺の身内——家族のようなものなんだ。そんな家族にも等しい七罪の苦悩や不安に気づけなかったなど……家族だと思う資格が無いじゃないか

 

 「……ごめん」

 

 「ほ、本当に何なのよ? あんたがそんなしおらしいと調子狂うじゃない……」

 

 気づけば七罪に謝罪の言葉を漏らしていた

 同情を誘うような言葉が出たことに、情けなさが込み上げてくる。七罪の方が辛いっていうのに、先に許してもらおうと考えてしまう自分の心に嫌気が差すし、何より七罪の前で弱気なところを見せてしまっている自分自身が……ホントどうしようもないぐらいに情けなくて苛々する

 

 久々の再会だからと五河達ばかりを気にかけていた。七罪が不安を抱いていたかもしれないっていうのに、四糸乃のことばかりを気にかけていた。そして七罪が俺の足を踏んでいるときでさえ、くるみん達の事を優先して後回しにしてしまった……

 七罪の事を考えていなかったと言ってもいい行いだろう。七罪が不機嫌になっていたのはいわば救援信号だったというのに、それに気づくのが遅れてしまった

 五河達がいるから、くるみん達がいるからって七罪の事を任せようとしてたんじゃないか? 皆なら七罪の相手をしてくれるって、七罪の事を見てくれるって安直に考えていたんじゃないか?

 ——そうじゃないだろ。何やってるんだよ俺は……これじゃあ七罪と交わした”約束”を破ることになっちまうじゃないか! せっかく七罪が信じようと努力してくれているのに、何を他人を頼りにしようと考えてんだよッ

 七罪と交わした”約束”を破る気か? 七罪に抱いた想いはその程度の物なのか? 七罪の事を家族も同然だと思っていたのは噓だったのか?

 俺の”約束”ってのは……そんな薄っぺらいもんだったのか……?

 

 俺は……俺が交わした”約束”は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『——だから、今の私に価値なんて無いのよ……あの姿じゃないと、誰も私を見てくれない……だから私は……』

 

 『……なぁ七罪、あのさ……俺と”約束”をしてみないか?』

 

 『はぁ? いきなり何よあんた?』

 

 『まぁとりあえず聞いてくれ。……よし、じゃあ七罪——試しに俺を信じてみろ』

 

 『………………は?』

 

 『俺はこう見えて世話焼きでな? お前みたいな自分に対して捻くれてるような奴を見ると、どうにも見て見ぬふりする事が出来そうにない質なんだよ。少なくとも——今の七罪を”独り”にしたくはない』

 

 『な——そ、それがなんだってのよ! あんた余計なお世話って言葉知ってる!? ハリボテみたいな上辺だけの優しさなんて惨めなだけよ! そもそもな話っ、どうせ「冗談でしたー♪ ……え? 何? 本気にしたの? マジウケるんですけど—」みたいな相手の反応を見て面白がるような、そんな——』

 

 『わかってる! ……お前がすぐに人を信じる事が無理なのは、今の話を聞けば嫌でもわからされたっての。……だからこその”試しに”なんだよ』

 

 『……?』

 

 『七罪は……一度も信じようとしたことが無いだろ? どうせ誰も自分を見てくれないからって理由で他人を信じない——信じられる気になれなくなった。だから……七罪は誰かを信じるってことを知らないだろ?——それだといつまでたっても変わらない。他人を心から信じることなんてできやしねー……そうだろ?』

 

 『それ、は……そうかも、だけど……で、でもっ——』

 

 『——俺を信じてくれるなら、俺はお前の傍にいる』

 

 『————っ』

 

 

 

 

 

 『七罪、お前は俺の事を信じてみろ。その代わり——俺はお前が望む限り、七罪の傍にずっといてやる。それが俺から提案する——”約束”だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——絶対に破っちゃいけないんだっ!!

 

 当たり前だ、何の為に交わした”約束”だと思ってんだ? ——七罪の事を思って交わした”約束”だろうが!

 履き違えんじゃねえ、この”約束”は自分の為に交わしたものなんかじゃ断じてねぇ! 七罪に自分の姿を受け入れてもらう為の”約束”だろ? ——そこに俺がどうとか余計な事を考えてんじゃない! ”約束”を守り通す気でいるんなら、例え失敗しようが選択を間違えようが——意地でもやり通す気概を示すんだよ!!

 

 「——七罪」

 

 「っ、な……何?」

 

 頭の中で考えをまとめた俺は、改めて七罪の名前を呼んだ

 俺の声色が先程までとは違ったからか、七罪は一瞬身を強張らせていた。そんな七罪の姿を視界に収めながら——

 

 「……”約束”、だもんな」

 

 「ぁ……っ……」

 

 ——今度こそ忘れない為に、七罪の前で誓いなおす

 その決意に影響されてか、俺からは絶対に離さないようにと繋いでいる手を固く握りなおした

 勿論七罪が嫌がれば離す気ではいる。ただ……これだけは七罪に伝わってほしかった

 

 

 ”約束”は未だに続いているっているんだと——ずっと七罪の傍にいるってことを……

 

 

 自分の意思を七罪に改めて伝えた俺は、七罪が何か反応を示すまでそのまま待つことにした。今のところ七罪から手を放す気配は見られない

 急かすつもりはない。七罪にも自分の考えをまとめる時間が必要だろうし、急かせば急かす程に自身の意思を反映出来なくなったりもするから下手に焦らす気なんてない

 

 少し伝わりにくかったかもしれないけど……これが、俺なりの決意表明なんだ

 だから……待つよ。七罪がその気になるまでさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「———————————————————」

 

 

 そうして暫くの沈黙が続いた後、七罪は俺の言葉に返事を返してくれた

 

 その七罪の言葉に今度は俺が呆けてしまった

 

 俺から顔を背けつつ、七罪はか細い声で呟いた。周りの喧騒にかき消えてしまいそうなほどのか細い呟きだったが、すぐ傍にいた俺の耳はしっかりとその呟きを拾ったのだった

 その言葉を聞いたとき……何故だかその言葉の意味をすぐに理解する事が出来なかった

 ——しかし、その言葉に込められた想いだけは十分に伝わってきて、次第に言葉の意味を理解していくと——七罪の想いに俺は心が昂った

 嬉しさが込み上げてきてしょうがない。あまりの嬉しさに——

 

 

 

 「——ふふっ、あぁもうほん——っと可愛いよ、七罪はさ」

 

 

 

 ——つい、笑顔を浮かべながら笑声を溢してしまった

 そんな俺の反応がお気に召さなかったのか、七罪は俺と繋ぐ手に力を込め始める。——まるで握り潰さんばかりに握られた手の痛みに顔が綻んでしまう

 だって、七罪に握られる手の痛みをどうしようかと考えていた時に……気づいてしまったから

 

 

 

 髪をまとめたことによって露わになった七罪の耳が、赤く染まっていることを——

 

 

 

 その変化で七罪がどういった気持ちなのかがわかってしまう

 そんな恥じらいを見せる七罪の姿が可愛いくて、握りしめ踏みつけられる痛みを耐え忍びながら——お返しとばかりに俺からも強く手を握り返すのだった

 

 

 この(”約束”)をもう二度と離さない(忘れない)ように……

 

 




七罪との”約束”……この内容は、ある意味千歳さんの”本質”を垣間見せているかもしれません

さて、これにて第四章は終わりです

次は第五章——彼女が、覚醒します

それでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章 『交差する少女達の想い』
第一話 「水着選びが難しい? 知ってる」


メガネ愛好者です

復活。決して失踪した訳ではありません(震え)
一先ず全章の修正を終えましたので、投稿を再開します。大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした
……え? 休止していたのかって? ち、違いますよ? ただ修正とか文章作りに苦戦していただけで、決して他の事に時間を割いていた訳ではないんです! ディバゲやBF1に熱中していたとかそんなんじゃ全然ありませんから!!

……申し訳ありませんでした

お詫びとしては何ですが、今回はそこそこ長めに書きましたので内容は濃い方だと思います
約15000文字、流石に苦労しましたよ……区切るに区切れませんでしたからね
また、これからは徐々にでも更新ぺースを上げていこうと考えています。流石に二ヶ月以上も待たせてしまうような事はもうしたくないですからね……正直、作者自身がストーリーを忘れかけるという由々しき事態にもなりかねませんし
頑張ります。例え残業時間がいつの間にかに増えていようと、やれるだけの事はやってやろうと考えておりますです

それでは

※活動報告も先日上げましたので、良ければ見てもらえればと思います
大まかな変更点があったり、以前のアンケート結果も載せています。後者はともかく前者に関しては確認をとって頂ければと思います
……勿論、修正した物語を読み返すのも構いません、よ?


 

 

 あれから少し時間が経ち、俺達は目的地である駅前のツインビルB館4階、水着売り場へと赴いていた

 七罪の機嫌もある程度良くなった以上、いつまでもあの場に留まる理由もないからな。俺達のやり取りのせいか変に目立ってもいたし、これ以上晒し者になるのも勘弁だから早々に退散してきたんだわ

 

 そんな訳で俺達は五河達と水着を買いにこの場まで来た訳なんだけど……うん、やっぱり気が乗らねーわ

 ……え? なんで乗らないのかだって? そんなん——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇねぇくるみん! これなんか千歳さんに似合うと思いません?」

 

 「ふむ……それもいいですわね。——ですが、お母様の魅力をより自然に引き出すならば……こちらの方がよろしいかと」

 

 「うーん……確かにそちらも捨て難いですけどぉ……せっかくの機会なんですしもっと冒険させてみません? もう一度言いますけど、せっかくの機会なんですよ?」

 

 「ワタクシとてお母様にはもう少々踏み込んでもらいたいとは思いますわ。しかし、無理に要求すればその機会を棒に振るう結果になるかもしれません。ですので、ここは慎重かつ大胆にをテーマに——これなどいかがでしょう?」

 

 「ほほぅ……控えめながらも地味過ぎないデザイン、そして一見際どそうに見える組み合わせでも、抑えるところはしっかりと抑えている……なるほど、くるみんはそれを選んだんですね」

 

 「えぇ。お母様の事ですからパッと見で肌露出が多いとわかるデザインの水着は拒むでしょう。ならば——露出面積が少ないながらにボディラインをくっきりと引き立てるものにすればよいのです!」

 

 「長身でスレンダー体系の千歳さんに無暗な露出は不要、スラリと伸びる四肢や引き締まった腰回りを強調させるような水着を選んでこそ、千歳さんの魅力を最大限に引き出せるという事ですね!」

 

 「そう、露出が全てではないのです。露出だけが全てではないのです……」

 

 「何よりも大事なのは、身に纏う人の魅力を引き出す事が出来るかどうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「——ですからお母様(千歳さん)!! 明日のプールには是非とも黒ビキニの上から白のTシャツを着ていただけませんかッ!!?」」

 

 「……却下」

 

 「「そんなぁーーーーーー!!!」」

 

 

 ——俺の水着選びってだけで騒ぎ立てる奴等がいるからだよ

 

 

 水着売り場に到着した俺達は、明日着る水着を選ぶために一旦五河達と別れる事になったんだ

 最初は別れる必要があるのかって疑問に思ってた俺だったけど、改めて今の状況を確認することですぐにその疑問も晴れることになる

 最初は四人で行動していた俺達も、五河達と合流したことで総勢()()に増えていた。流石に買い物をするだけにしては集まりすぎだろう

 店内のスペースの事も考えると、この人数でまとまって行動するにはあまりにも窮屈だ。その為、店内で行動するに限り二班に分ける事にしたのでした。——とは言っても五河達と俺達の初期メンバーで別れただけなんだけどさ

 それに別れたとは言っても名ばかりのもので、軽く視線を向ければ確認出来るぐらいの位置に五河達はいたりする。どうやら俺達が水着を選んでいる一方で五河達は既に水着を試着し始めているみたいだ。十香が積極的に五河へと水着の感想を伺い、それに続いて四糸乃とよしのんがお揃いの水着を披露している。見ていて実に和む。こっちに比べてなんとも微笑ましい光景であった

 

 「もぉー!! これがダメなら何がいいんですか千歳さん!! さっきから駄目の一点張りじゃないですかぁー!! 少しは真面目に選んでくださいよー!!」

 

 「そうですわよお母様!! お母様が何を基準に選べばよいのかがわからないというからワタクシ達で選んであげていますというのに……本気で水着を選ぶ気がありますの!?」

 

 俺が五河達の姿を見て心を和ませていると、そんな俺に不服を感じてか異議を申し立て始めたミクとくるみん。まぁ確かに余所見をしていた事に関しては悪かったけどさ……本気の水着選びって何よ?

 

 因みにだけど、俺の隣にいた七罪が二人に対して若干怯えていたりする。徐々に増していく二人の威圧感に押され、俺の背中に隠れようとする素振りを見せているところに何とも言えない高揚感が湧いてきます。抱きしめたくなってくるわ

 

 まぁ正直なところ、水着を選んでくれることに関しては助かってるよ。元々俺は男だったから女物の水着の選び方なんてわからないし、自分で選んだ水着を着るって言うのもなんか抵抗があったからな。だって自分のセンスを晒してるようでなんか嫌だし、何よりそれが不評だったら結構凹む気がするもん

 だから二人が選んでくれる話になった時、内心ホッとしていたりもしたんだ。俺よりかは女性らしいセンスの持ち主達である筈だし、俺の性格の事も考慮して選んでくれるみたいだからありがたいと感謝していた。現に、今二人が選んでくれた水着は絶対に着たくないとは言い切れないものだしさ。……まぁ、だからと言ってそれを素直に着るかどうかと問われれば——答えは否であるけども

 

 「いや、だってさ……」

 

 「「なんです!!?」」

 

 「お前らが選ぶ水着……どれもこれもマニアックなんだもん」

 

 「「…………」」

 

 そう、二人が選ぶ水着はどうも狙ってる感が否めないのだ

 確かに水着の上からTシャツを着れば肌の露出も減るだろう。そうなればビキニと言う「もうそれ下着じゃね?」と言える程に布面積が狭い水着を着る事もやぶさかではないかなーなんて思ったんだ

 しかし、そんな俺の安直な考えは七罪の助言によって打ち消されることとなる

 

 「……ねぇ、Tシャツだと水に濡れたら透けるんじゃないの?」

 

 「うん? …………あっ」

 

 何で言われるまで気づかなかったのかと、自身のアホさ加減に呆れてしまうぐらい簡単に想像がつくことだった

 考えても見てくれ。確かにTシャツを着れば肌の露出も減らせるだろうから、その点を言えば恥ずかしさも軽減すると考えられるだろう。……しかし、その服装は時としてただ露出するよりも羞恥心を煽る姿へと変貌するのだ

 

 

 

 例え話をしよう

 とある日のことだ。授業が終わった女子学生が下校していたとする

 その下校中、ある程度歩いたところで唐突に雨が降ってきてしまった

 その日はずっと晴れだと聞いていたので傘なんて持っていなかった

 急いで何処かに雨宿りをする女子学生。勿論その間は雨に晒されている

 運よく近くにバス停があり、そこで一旦雨宿りすることにした

 そしてバス停に駆け込んで一息つく女子学生は——そこで気づくことになる

 

 ——自身の制服が雨に濡れた事で透けていることに——

 

 

 

 二人が選んだものはそれと同じなんだ

 例えTシャツを上から着ようとも、プールに入ってしまえば中の水着がTシャツから透けて露見する事になるだろう。今勧められた黒のビキニなんて尚更だ

 それに加え、シャツが濡れてしまえば肌に張り付いてくるんじゃないかな? そうなれば水着と共に自身の肌もシャツから透けて見えてしまうという不思議

 更には水着の上からTシャツのみを着ることによって、裾から見え隠れする水着が下着のように見えて恥ずかしいというね

 

 

 結論から言うと——下手な露出とは異なった色気が醸し出される事になるという訳だ。ぶっちゃけエロイ

 

 

 確かに二人は無駄に布面積が少なかったり、肌に食い込むようなサイズだったりとかそういう際どい水着を選ぼうとはしなかったさ。俺が絶対に拒むってわかりきってたんだろうな

 

 だから二人は”それならそれで違う方向から攻めていこう”と考えたらしい

 

 『水着を着る事に抵抗感があるのであれば、水着の上から何かを着せればいいじゃないか』——と、まさに逆転の発想と言えるだろう。……全然褒められたもんじゃあないけどな!

 結局のところ、二人の水着選びにはどうしても邪な感情が絡んでいて困るんだ。選んでくれている以上なかなか強くは言えないけど……流石に二人の欲望を受け止める程、人間出来てねーんだよ。今は精霊だけどさ

 「頼む、もっとマシな物にしてくれ」と思わずにはいられない。切実に

 

 これの前にも似たような組み合わせの水着を勧められたよ。……一番酷かったのは『ビキニ+ジーンズ』だな。見た目が着替え途中の女性みたいで最早変質者のそれにしか思えなかったわ。酷いってもんじゃねーなこりゃ

 

 「そういうところを狙って選んでくるお前等の狡猾さにはホント舌を巻くよ……」

 

 「いやーそれ程でもありませんわねー」

 

 「褒めてねーから」

 

 「うーん……やっぱり着てみませんかぁ? 一度でいいですからお願いしますぅ」

 

 「ヤダ。無理。勘弁して」

 

 もっと地味な感じの奴なんかはないのだろうか? こう……変に目立つこともなく、まるで景色の一部に紛れるかのような地味な奴。俺はそう言った物を求めてるんだよ。……そもそも水着を着る事自体に抵抗がある以上、ほとんどの水着はダメそうだけどさ

 

 「つーかさ、俺がプールに入らないって選択肢はない訳?」

 

 「それは絶対にダメですー!」

 

 「ここまで来て入らないというのは流石にいかがなものかと」

 

 「うーん……でもなぁ……」

 

 正直そこまでしてプールに入りたいわけでもないんだよなぁ。ぶっちゃけプールに入るんだったら温泉に入った方が断然いいし。……おじちゃんとこの銭湯に行きたくなってきた

 

 そもそもな話、俺がオーシャンパークにいく理由って十香達のまとめ役になることだろ? それなら別に、態々水着に着替えなくてもいいと思うんだよ

 寧ろ俺まで遊んでたらダメだろって思う訳よ。だって俺が遊び始めたら……それこそ収拾がつかなくなるだろ?

 自覚はあるんだよこれでも。……抑える気がないだけでな

 

 一度遊び始めたら抑えが効かない以上、明日俺は”自制”と言うものをしなければいけない。すんごいガラじゃないけど、皆の事を見ていなきゃいけないからガラじゃなくてもやるしかない

 ——だから、今回俺は遊ばずに皆の事を見ていようと思うんだ。さながらプールの監視員をする感じだな

 十香はその純粋さ故にどこか危なっかしいし、四糸乃はよしのんがついてるから大丈夫……とは言い切れない。さっきの感じ、いつよしのんとくるみんが互いに突っかかるかわからないからさ

 五河達の為にも今回ばかりは真面目にやらんといけない。俺に真面目と言う言葉が当てはまるかはさておき、せめて遊ばずに監督するぐらいしないとな

 

 「——なので今回俺はプールに入りません。……決して水着を着たくないからとかそんな理由ではないです。ハイ」

 

 「「そんなぁーーーーーー!!!」」

 

 さっきと似たような叫びをあげる二人。ただショックのでかさは今回の方が大きいみたいだ

 つーかさ、俺がプールに入らないだけでこの世の終わりみたいな雰囲気出すのやめてくれる? 俺が悪いみたいじゃんかよ。……(あなが)ち間違ってないから反応に困るなこれ。協調性が無いとか言われたら反論出来ねーや……

 

 「……こうなったら、お母様が身に着けたくなるような水着を探し出してくるしかありませんわ!! 行きますわよミクちゃん!!」

 

 「えぇ!! ぜーったいに千歳さんと一緒のプールに入るんですから—!!」

 

 「あのさ……ここ、店の中ってのを忘れてねーか? 頼むから叫ぶのはやめてくれ……」

 

 落ち込んでいたと思ったらすぐに復帰しやがったよコイツ等

 どうやら俺の忠告も耳に入らなかったようで、ミクとくるみんは新たな水着を求めて奥の方へと突撃していくのだった。出来れば何の収穫も無く帰ってきてください

 

 ——そうして取り残された俺と七罪であった

 あの二人がいなくなっただけで凄く静かになったのは気のせいではないだろう。積極的に動く奴等(水着選びに積極的になってたまるか)がいなくなった今、二人が戻ってくるまで何をしていればいいのかがわからない。寝てればいいのかな? それか適当にぶらついてこようか……

 

 「……あんたって、自分を着飾ることに関しては本当に無頓着よね」

 

 「んあ? あー……まぁ、な。俺って言動からして女らしくないだろ? だから例え女物の服を着たところでなぁ。……何より女物の衣服は好かん。水着なんて尚更だ」

 

 俺が何かしら行動に移そうかなと考えていたところ、水着に全く興味を示していない俺を見越してか七罪が呟くようにして語り掛けてきた

 七罪に着飾る事を進めておきながら、俺自身はそれに関して全くの無頓着ってのがどうにも腑に落ちないらしい。まぁこれに関しては元男故の(さが)って言うか弊害って言うか……どうにも説明しにくいなぁ

 

 「七罪は元々そう言った願望があったんだろうけど、俺には元からそんな願望なんて無いからどうしようもないんだわ。着飾ることに時間を割くんだったらのんびりしたいって考えちまうんだよ」

 

 「ふーん」

 

 とりあえず思ったことを話してみる。上手く説明できたのかはわからないけど、七罪がそれ以上を追及してくる様な気配はなかったし納得はしてくれたのだろう。もしかしたらここ数日の俺の身嗜み(上下ともにダボダボなジャージ姿)が後押ししたのかな? 普段の自堕落な俺を見ていれば自ずと察するってところか

 因みに今日の服装は久しぶりのダボダボパーカーだ。最近はミクとくるみんによって着る服を制限(シャツやジーンズなどの見苦しくない衣服に)されていたりしたけれど、流石に窮屈に思えてきたから二人の事を少しの間ガン無視して七罪と話してたら数時間で二人は折れました。やったね! これでまたグータラな駄生活へと近づいたぜ!

 

 ……まぁ下はジーンズなんですけどね

 二人の意思も考慮した妥協点ってやつだ。二人も俺の事を考えての事だったんだし、それを全否定するってのもあまり気が乗らなかったんですよ……

 結果、多少の制限を残す事によって、晴れてこのパーカーを着用する権利を得た千歳さんでした。うーん……この地味な感じが落ち着きますな

 

 「——あ、別にオシャレに関して否定的って訳じゃねーからな? そこまで積極的になれないってだけだから、七罪は俺に気にせず自分磨きに励んでくれたまえよ」

 

 「何その口調?」

 

 「わかんね。気に入らなかったか?」

 

 「……ちょっとムカついた」

 

 ムカつかれた……七罪にムカつかれた……ヤバい、地味な物は好きだけど、こういった地味に心にくるのは勘弁してほしいかも……

 密かに七罪の言葉でダメージを受けた俺は、それを顔に出さないようにして何か話題を持ち上げようと思考する。何か話して忘れようと思った次第です

 

 「それはそうと、七罪は水着を選ばないのか? 明日プールに入るんだろ?」

 

 「うっ……それは……」

 

 ……うん? 何やら歯切れが悪いな

 しかめっ面を晒す七罪の様子に疑問を持った俺は、なんでそんな顔をするんだろうと思考を巡らしていく

 七罪の雰囲気からしてどうも何かを躊躇っているみたいなんだけど……あ、これはもしかして——

 

 「水着姿で人前に出るのはやっぱり抵抗ある?」

 

 「…………うん」

 

 俺の問いかけを聞いた七罪は長い間をおいた後に返答する。どうやら当たっていたらしい

 天使の力で成長した姿ならばいざ知れず、今の姿は少し前まで過度なコンプレックスを抱えていた姿だ。俺達と過ごす事である程度緩和しつつあるものの、まだ完全に自身の姿に自信を持てないようだ。……あ、意図せずしてダジャレになってしもうた

 

 「つまらないからソレ」

 

 「だからなんでみんな俺の心をそんな簡単に読むことが出来るん?」

 

 「あの二人があんたと一緒にいるなら必要スキルだって言って教えてくれた」

 

 「よし、後で(しめ)るわあいつ等」

 

 毎回の事だから様式美的な感じでツッコミを入れてみたらまさかの回答が返ってきた

 冗談じゃねぇ……いつの間にそんなクソスキルを開発しやがったんだあいつ等。そんなん広められたら俺のプライバシーがどんどん周知の事実化していくじゃないですかヤダー。……一度本格的にお灸でも据えてみるか?

 

 「……まぁいい。一先ずそれに関しては置いておくとして……七罪」

 

 「な、何?」

 

 「もうあいつ等に全部任せておくのも不安しか残らねーし、こっちはこっちで俺達に合う水着を探してみねーか?」

 

 「えぇ……」

 

 俺の提案に七罪は嫌な顔をしながら言葉を漏らしていた

 いやそんな嫌そうな顔しないでよ。俺だってそこまで乗り気じゃないんだから、そんな顔をされたらやる気が無くなっちまうじゃねーか……

 

 「あんたは今回プールに入らないんでしょ? なら別に水着を選ばなくてもいいじゃない」

 

 「確かに入る気はないんだけどさ……多分、何かしら選ばないとあいつ等が納得しないじゃん。……それに、無理に拒んだら暴走しそうだからな」

 

 「あぁ……そうね」

 

 俺の言葉に深く肯定する七罪。遠くを見つめながら疲れたような表情で言う辺り、ミクに襲われた時の事を思い出しているのだろうか? あの件は七罪にとってある意味トラウマ染みた案件だったみたいだからな。ホント申し訳ないです

 一先ず今はそっちに意識がいかないよう違う話題で気を逸らすか。無理に思い返す事もないからね、思い出さなくていい内容なら思い出さないようにするのが一番さ

 

 「……まぁ、俺の水着選びは二の次みたいなもんなんだけどな。どっちかっていうと七罪の水着選びがメインみたいなもんだからさ」

 

 「正直私もそこまでプールに入りたいとは思ってないんだけど。私の惨めったらしい姿を晒すんだったらあんたと同じ様に傍から見ていた方がマシだし……」

 

 「またそんなこと言って……」

 

 最早癖となっているのか、七罪の自虐は未だに治っていなかった

 まぁ出会った当初に比べれば幾分かはマシになってはいるかな。寧ろこの短い期間の内にここまで消極的に出来た事を褒めてもらいたいぐらいだ。数日前だったら息をするかのようにあのマシンガントーク染みた自虐トークが繰り広げられていたぐらいだったからな

 もしも七罪が初めて現界したのが数年も前の事だったら、おそらく俺達の努力だけでは改善するのにもまだまだ時間が掛かっていたことだろう。そういった意味では、七罪が初めて現界してから()()()()()()()()()事に安堵が尽きないぜ。……まぁ俺よりも早くに現界したみたいなんだけどな? いわゆる先輩さんである

 ……あれ? もしも『現界=誕生日』だとすると、七罪って俺よりも年上の精霊ってことになるのかな?

 …………

 

 「七罪さん……七罪先輩? それとも……七罪様か?」

 

 「……え、急に何? いきなりすぎて気味悪いんだけど……寧ろ気色悪い」

 

 「そこまで言わなくたっていいじゃんかよ……」

 

 自分に対してだけではなく、他人に対しても的確に心を刺してくる言葉を放つことが出来る七罪ちゃんなのでした。……気味悪いかぁ……フフフッ、直球的過ぎて中々に心を抉ってくるじゃないか…………ぐすっ

 

 「と、とにかく探してみるだけでもしようぜ? 俺が七罪のを選ぶから七罪は俺のを選ぶとかしてさ」

 

 「えー……めんどくさ」

 

 「どうしてそこまで辛辣になれるのかが俺にはわからないよ……」

 

 「全部あんた等三人の影響なのかもね」

 

 「そういやまともな人格者がこっちにはいなかったよチクショー!!」

 

 結論、七罪が良くも悪くも変わり始めていることに嬉しかったり悲しかったりする今日この頃でした

 

 

 

 ————————————

 

 

 ————————

 

 

 ————

 

 

 

 そうして始まった水着選びは——すっげー難航した

 

 「ははは……どんな水着選べばいいのかわからねーのに、なんで俺は自分達で水着を選ぼうという暴挙に出たのだろうか……」

 

 「やっぱり何も考えてなかったのね」

 

 「……わかってたの?」

 

 「寧ろなんで直前まで話していた事を忘れているのよ」

 

 「御もっともです」

 

 ホントそれね。自分の水着も選べないってのになんで人の水着を選べる事前提で話してたんだろ……普段から何も考えてない事が露見してしま——いや、考えるべきことは考えてるぜ? 流石にそこまで後先考えずに行動してる訳じゃ…………ない、筈

 

 「…………」

 

 「そんな残念な奴を見るような眼差しを送るのはやめてくれねーか?」

 

 なんだろう、七罪の中で俺に対するヒエラルキーが急降下してる気がする。せめてミクとくるみん以下にはならないといいなぁ……これでも二人のまとめ役(!?)なんだし

 

 とにかくだ。水着を選ぶセンスが無いにしろ、直観的に「これだ!」ってものは見つかると思うんだよ

 だからそれを探す。とにかく探す。ひたすら探して汚名返上してやるぜ!

 ……え? 今更遅いんじゃないかって? 知ってる

 

 「——あ、千歳。すまん、ちょっといいか?」

 

 「ん? 何だ五河、そっちはもういいのか?」

 

 がむしゃらに水着を探そうかと身構えたその時、横から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。その呼びかけを耳にした俺は何となしにそちらを振り向くと、そこには眉間に皺を寄せて困ったかのような表情をする五河が立っていた

 さっきまでは十香達と一緒に水着を選んでいたようだったけど……もしかして五河達はもう水着選びを終えてしまったのだろうか? とりあえず二人の事もあるし、ここは無難に返答しておくか

 

 「いや、こっちももう少し時間が掛かりそうなんだけど……」

 

 「何かあったのか?」

 

 「その……折紙を見てないか? 千歳達と合流した時まではいたと思うんだけど、さっきから姿が見えなくて……」

 

 「折紙? ……あ、もしかしてあの白髪の子?」

 

 「あぁ、多分そうだ。どこに行ったか知らないか?」

 

 どうやら五河はいつの間にかに姿を消していたあの白髪の子の事を探していたようだ。……五河はここまでくる間に気づくことが出来なかったのだろうか?

 確かに道中は十香達が積極的に五河へと話しかけていたから、そこまで意識を向けられなかったのかもしれねーけど……

 

 「その子なら確かここに来る前に()()()()()()()()()()()()? 何か用事でもあったんじゃねーのか?」

 

 「え……?」

 

 うーん……この反応からして、五河はてっきりついてきていたと思っていたのだろうか? なんかそれっぽい

 まぁ確かに不自然ではあったかな。いくら物静かな雰囲気の子だからって、令音さんから聞いた印象からあの子(五河大好き娘)が五河に何も言わずに去るとは考えられなかったしさ。何か訳があるのかもしれないけど、それでも五河には一言残しておいてもいいとは思うんだけど……

 とりあえず俺の予想だけでも伝えてみるか。当たってるかどうかはわからねーけど、参考にはなるかもしれないからな

 

 「確かあの子ってASTの隊員なんだろ? それなら急に集合するよう連絡が来たのかもしれないな。いつ何が起こるのかは分からないんだし、そういう可能性もあるんじゃねーかな」

 

 「そう、なのかな……」

 

 「まぁ憶測だから断言はできないけどな。……何か心当たりでもあるのか?」

 

 「……わからない」

 

 なんだろう……なーんか嫌な予感がしてきたぞ。主に明日、何か厄介事が舞い込んできそうで不安になってくる

 おそらく五河も同じ予感を……いや、多分違うな。そういった雰囲気じゃない

 もしかすると、あの子が急に去った理由に何か心当たりがあるのかもしれない。五河は”心当たりが無い”とは言ってないし、何か気がかりな事はあるのではなかろうか? それなら何か参考になるかもしれないし、五河から聞いておくべきだろうか?

 

 ……ううん、やめておこう。話さないってことは知られたくない、もしくは知ってほしくないような事なのかもしれない。下手に問い詰める真似はよすとしよう

 それに、冷たい事を言うんなら……これは五河とあの子の問題だ。無理して俺が関わる必要は無いんだし、下手に関わった事で状況が悪化してしまったとしたら目も当てられない

 そもそもあの子はASTだ。精霊を殲滅しようとする組織の一員なんだから、精霊の俺が関わろうとするのは流石に不味いだろう。おそらくはくるみん達も同意見だと思う

 その為、今回に限っては自分から踏み込んでいくことを控える事にした。何も関わらなければいけない訳じゃあないんだし、それに……目先の奴ばかりを気に掛けていたせいで、近しい奴等を蔑ろにしていたなんて……そんなの、もうしたくなんてないからな

 

 ……でもまぁ、深く踏み込まないまでも、少しぐらいなら協力してもいいとは思ってるけどさ

 

 「うーん……よし、じゃあもしもその子を見かけたら五河に連絡するよ。……流石に精霊の俺が一人で接触するのは不味いだろうしね」

 

 「すまん、助かるよ千歳」

 

 このぐらいなら別にめんどくさがるほどでもないし、五河には今までにいろいろと迷惑をかけたからな。その分のお返しって訳じゃあないけど、手助けぐらいなら喜んでしてやるさ

 とりあえず五河の同意も得た事だし、おそらく五河の要件は済んだんだろうから早速『直感的水着探り当てゲーム』でも始めようかね。ルールはその名の通り、直感的にこれだと思ったものを七罪に渡すゲームだ。不評だと罰ゲームがあるぞ! ……本当にありそうで怖いな

 自分から変なフラグを立てしまった……まぁいい、今は七罪に似合う水着を探すとしよう

 そうして俺が再び水着を選ぼうと視線を水着に移したところで、そんな俺に気づいてか五河が再び語り掛けてくるのであった

 

 「……もしかして、水着どれにしようか悩んでるのか?」

 

 「んー? まぁ……そうだな。七罪に合う水着はないものかと、ね」

 

 「七罪? ——あ、もしかしてその子が……」

 

 「……ふん」

 

 先程まで眉間に寄せていた皺も今ではなくなり、比較的普段通りの表情に戻っている五河。とりあえず今は目の前の事に集中しようってことなのかな? 頭の切り替えが早いようで羨ましいよ

 

 そして、俺の言葉から七罪の名前を聞いたことによって、五河は俺の傍にいた七罪の存在に気づくことになる……って、え? 今気づいたの?

 確かに俺と話してる間、七罪はまるで自分がこの場にいないかのようにずっと黙っていたし、立ち位置的にも丁度俺の体で隠れてしまう位置にいたけどさ……流石に気づくのが遅すぎやしないか? もうちょっと周りに意識を回しなさいな、五河よ

 

 それはそうと……この様子だと、後でまた七罪の自虐染みた愚痴を聞かされることになるな。だって今の七罪、明らかに不機嫌だもん。下手をすると部屋の隅で膝を抱えるレベルで

 もしもそこに愚痴を加えるとしたら、内容は「どうせ私なんてミジンコよりもちっぽけな存在よ」ってところかな? ……本当に言いそうだなコレ。その後のフォローが大変そうだ

 ——いや、待てよ。もしかしたら今からでも立て直しが効くかも……試してみるか

 

 「おい五河、流石に気づいてなかったってのはどうなんだ?」

 

 「うぐっ……ごめん、そこまで気が回らなかった……」

 

 「はぁ……もういいから七罪にちゃんと謝れよ? 見た通り七罪は構ってちゃんだから、適当な対応されるのが嫌なんだからさ」

 

 「——ハ、ハァ!? あんた何言ってんの!? 私がいつ構ってほしいだなんて言ったのよ!! 全然そんなんじゃないしッ!!」

 

 「すまなかった七罪……決して無視していたとかそういうんじゃないんだ……」

 

 「ちょっ——あんたはあんたで真に受けてんじゃないわよ!! 私はそんな——」

 

 「いや、例えそうじゃなくても謝らせてくれ。流石に今のは俺が悪い……ホントにごめん」

 

 「うっ…………べ、別に気にしてなんかないし……」

 

 よし、無事に上手くいったぜ。流石はITUKAさんってところか? その真っすぐな謝罪が七罪の心にも響いたようで何よりだ。……え? 何をしたのかだって? ただ七罪を煽って五河の真摯さを利用しただけだ。そう難しい事はしてないさ

 

 七罪は以前にあった出来事のせいで、人を——いや、自分の事を心から信じる事が出来なくなっていた

 本来の姿と変身後の姿によって人は簡単に態度を変えた。それを垣間見た七罪は『結局人は見た目で判断するのか』と、耳にする言葉全てが薄っぺらいものに感じてしまうようになってしまったようだ

 更に言うと、変身後の姿で現界していた時に人から呼びかけられる際に、『話しかけてきたのには何か裏があるんじゃないか』と必要以上に疑って接していたらしい。なんとも徹底したネガティブ思考、これを聞いた当初は流石になんて声をかければいいのかわからなくなったよ

 

 そんな七罪に人である五河がどれだけ謝ったところで、七罪がその謝罪を素直に受け取るとは思えなかった。——だから俺は、五河の言葉が七罪に届くよう()()()()()()()()()()()()()

 ”気の迷い”って言葉があるよな? ”もしかしたら”と考えないようにしていても、不意にifの出来事を考えてしまう……それを今回利用させてもらったんだ

 焦ってるときって周りが見えなくなるのと同時に、ありえない事でも”もしかしたら”っていう可能性を考えてしまったりするじゃん? いわばハッタリってやつさ

 まぁ今回の場合は五河に嘘偽りはないだろうからな。嘘を吐くのとは違って、心からの言葉にブレはないからね。それによって七罪も『もしかしたら本気で謝ってるのかも』って感じたんじゃないだろうか

 そこの辺りは七罪にしかわからないから何とも言えないけど……少なくとも、今の七罪の様子を見るに五河の謝罪は届いたんじゃないだろうか。少し照れ臭そうに顔を背けている七罪の姿がとても愛らしく感じるよ

 ……え? 手段が汚いって? 知ってる。でも今更だろ

 

 そうして二人の事を見届けた俺は、再び水着に視線を戻した。本来の目的を忘れるってのは本末転倒だからな。言いだした手前、途中で投げ出すのは気分がいいものじゃないし

 うーん……似たような形でも様々な柄があるから、一概に同じだと言えないのが水着選びの難しいところじゃないかな? ……あ、サイズも結構細かく区分されてるんだな。……カップ数? なんだこれ? カップ数とか言われても、俺はカップラーメンしか知らねーんだけど……

 

 「……あれ? 七罪の水着……ってことは、千歳はもう明日着る水着が決まったのか?」

 

 俺が水着とにらめっこしていると、さっきの俺の言葉にあった違和感に気づいた五河が疑問を投げかけてくる。今日の五河、何かと気づいてばっかだな

 

 「決まってねーよ。そもそも決めたところで俺はプールに入る気ないんだし、また今度でもいいんだよね」

 

 「え? 入らないのか?」

 

 「あぁ。今回は十香達に加えて七罪達の事も見ていないといけねーからな。……それに、俺に合った水着ってのがどうもピンとこねーんだわ」

 

 俺の言葉に意外そうな反応をする五河。まぁ五河の前では遊んでるところばかり見せていたかもだし、遊び好きだと思われていてもしょうがないのかもね。——そんな俺がプールに入らないって言ったんだ、驚いてしまうのも当然な事なのかもしれないな

 自分がこれまで行ってきた行為を軽く思い返していると、何やら五河がおもむろに水着へと視線を伸ばしていった。今の会話で何を考えたのだろうか? とりあえず言える事は——

 

 「……流石に女物の水着をガン見するのはどうかと思うんだけど」

 

 「——あっ、いや別にガン見してたわけじゃ——ッ!?」

 

 「うっわぁ…………」

 

 「な、七罪? そんなケダモノを見るかのような目で見ないでくれないか!? 別にやましい事なんて考えてないから!!」

 

 そんなに焦ると逆効果ですぜ旦那

 ……まぁ別に俺は五河がヤラシイことを目的に水着を眺めていたとは思ってないんだけどな。ラッキースケベは起きてそうだが、自分から奇行に走るようなロクデナシじゃあないってのはわかってるから安心してくれ。……それでも傍から見ると少し危ない奴に見えるから注意はしておけよ

 それにしても、なんで五河は唐突に水着に目が行ったんだろう? 何か理由はあるんだろうけど……とりあえず聞いてみるか

 そして俺が五河になんで水着に視線が動いたのかを聞いてみると——思わぬ回答が返ってきたのだった

 

 「いや……まぁ、なんだ。千歳に似合いそうな水着がないかなって思ってさ」

 

 「…………え?」

 

 「さっき”自分に合う水着がわからない”って言ってただろ? だから俺の主観になるけど…………お、これなんてどうだ? 色合い的にも千歳に似合いそうだと思うんだけど」

 

 「……………………え?」

 

 五河が言っている意味がわからなかった

 俺に似合う水着を探してた? なんで五河がそんなことを……?

 正直な話、唐突な事で頭が回らなかった。別に難しい事を言っている訳じゃないのに、何故かそれを理解するのに時間が掛かってしまう。そんな簡単な事がわからない馬鹿では無い筈なんだけど……

 そんな訳の分からない事態に混乱しつつも、五河が指さした方向に視線を送ることになる

 

 

 五河が指した先には——ライトグリーンをメインに一部紺色の生地が使われている水着があった

 

 

 あれは……確かパレオだったか? 複数のマネキン人形が並び、そのうちの一体に着せられる形であったそれは、上がチューブトップのような感じのものになっていて、下にはワンポイントとして白のコスモスがでかでかとあしなわれた腰巻が着せられていた

 その水着は何処か清楚感があり、かといって悪目立ちもしていない。露出もある程度抑えられているし……あれ? 割と俺の要望に近くないか?

 

 「千歳の髪の色にも合いそうだし、多分千歳はあまり派手な水着は嫌なんだろ?」

 

 「……え? あ、うん……」

 

 「それならああいった落ち着いた感じの水着なんかがいいんじゃないかなって思ったんだけど……気に入らなかったか?」

 

 「…………」

 

 「……千歳?」

 

 ……ようやく、頭が回り始めてきた

 え、何なのこの人? なんでそんなピンポイントに選べるの? しかも文句のつけようがあまりないんだけど……あれかな? ミクとくるみんが選んだ水着とのギャップでまともに見えるからポイントが高いのかな?

 ……ダメだコレ、やっぱりまだ頭が混乱してる感じがする。なんで五河が俺の性格を見越して選べたのかが全っ然わからねぇ……

 とりあえずなんか言わないと。だんまりしているのも印象が悪いし、変に心配されても申し訳ない。とりあえず何か、思った事でも何でもいいから返答しないと——

 

 「……五河は」

 

 「ん? なんだ?」

 

 「五河は……俺に、あの水着を……着てほしいのか?」

 

 「……え?」

 

 ……あれ? 何言ってんの俺? なんでそんな「着てもいいよ」みたいな意味合いの言葉を返しちゃってんの俺!?

 ちょっと待って! 今の俺おかしい!! なんか思考がおかしい事になってるからちょっと待ってくれ!! 少し落ち着く時間をくださいお願いします!!

 ——あっ、待て五河!! 返答しようとしないで!! そんな頬を染めながら言葉を紡ごうとしないで!! なんかよくわからない恥ずかしさが込み上げてきてるからホントに待って——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あぁ。あの水着を着た千歳を……俺は見てみたい。きっと千歳に似合う筈だから……千歳の水着姿を……見たい、です」

 

 「——————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ——ドクンッ——

 

 

 

 …………え、何、今の……?

 なんだ? なんか……凄く、熱くなってくる

 待って、本当に何なのコレ? 顔がどんどん熱くなってくるんだけど?

 さっき、街中で四糸乃と抱き合った時以上に熱くなってきている。しかもあの時とは違い、その熱は顔だけに留まらず全身にまで駆け巡っていく

 一瞬のうちにその熱は広がり、まるで沸騰しているかと思えてくるほど、熱くなってくる

 何なんだ……この熱は一体何なんだ?

 頭がボーっとする。でもそれは風邪や熱みたいに苦しいものではなく、寧ろ……心地良く感じるのは何故だろうか?

 思考がグルグルして何も考えられなくなっていく。周囲の音が遠ざかっていく――

 

 

 ――そんな俺の視界は……何故か、五河しか映していなかった——

 

 

 「ち、千歳? 顔が真っ赤だけど大丈夫か――」

 

 「おーい! シドー!! ちょっと来てくれー!!」

 

 「——っと、今のは十香か? 何かあったのかな……すまん千歳、ちょっと十香達のところに行ってくる!」

 

 「ぁ……」

 

 ()()()に反応した五河が何処かに駆けていった。——俺から離れていった

 その瞬間、訳のわからない息苦しさが俺の身に降りかかってくる。こう……胸を締め付けられるような、そんな息苦しさが……

 五河が遠ざかるごとに息苦しさは増し、いてもたってもいられなくなってくる。それなのに体が思うように動かない

 気づけば俺は五河を引き留めようと右手を肘まで上げていた。徐々に遠ざかっていく五河に()()()は————

 

 

 ——————————まて、何で引き留める必要があるんだ?

 

 

 五河はただ十香(○○カ)に呼ばれただけじゃないか。なのになんで、俺は態々引き留めようとしたのだろうか? 別にそこまで引き留める理由もないのにさ

 うーん……あれ? なんか忘れてるような…………まぁいいか

 

 んー……よし、ようやく落ち着いてきた

 それにしてもビックリしたなぁ……まさか五河が水着を選んでくれるとは思わなかったぜ。しかも結構いい感じのやつ

 あれなら着てみてもいいかもしれないな。……なーんてな。どっちにしろ今回は十香達の事もあるからプールに入る気ないし、水着を着る気もないよ。着るにしてもまたの機会にってやつだ

 そうだなぁ……その内、七罪達を連れて海に行ってみるのも一興かな。それぐらいでしか水着を着る機会なんて訪れなさそうだし

 

 「そういやミクとくるみん、まーだ水着を選んでるのかな? 流石に遅すぎや——」

 

 そこで不意にミクとくるみんの事を思い出した俺は、周囲に二人はいないかと辺りを見まわす事にした

 そして、二人は程無くして——とまではいかないか。何せ、手始めに七罪の方を向いたらその後方に二人がいたんだからな。数秒もかからなかったって言うね

 果たして今度は一体どんな水着を選んできたのかと考えながら、二人に話しかけようとした俺は——

 

 「——ん? どうしたんだお前等?」

 

 「「「…………」」」

 

 ——七罪を含めた三人の様子がどこかおかしい事に気づいたのだった

 三人とも瞳を大きく見開き、何かに驚いているかのような表情を浮かべていた

 その中で一人だけ……他の二人とは少し違った感情を乗せている者が伺えたのだった

 

 

 くるみんが――今にも()()()()()()()程に、悲痛な表情を浮かべていた

 

 

 訳が分からない。なんで今そんな表情をするんだ? しかも三人は俺のことを見つめながらそんな表情を浮かべている。余計に訳がわからないよ。……訳がわからないって言い過ぎて訳がわからないがゲシュタルト崩壊しそうだ

 なんでそんな表情を向けてくるんだ? 俺は別に何かした訳じゃあないってのに……

 三人の不可解な行動に、俺は疑問に悩まされながらも()()()()()()三人へと話しかける事にする。流石に何か言ってくれないとこっちも反応しずらいからな

 

 「いやマジでどうしたんだよお前等。——後そこの新旧二つのスク水を両手に持ってるアホ二人、一体何処からそんなもん持ってきやがった。先に言っておくけど、絶対に着ねーからな?」

 

 「「「…………」」」

 

 えー……まさかのノーリアクション? 本当にどうしたの三人とも? 割りと心配になってくるんだけど……

 

 

 それから数分後に三人は無事再稼働するんだけど……本当にどうしたって言うんだろう?

 

 




千歳さんに起きた症状とはいったいなんだったのか……果たして


悲報・今回千歳さんは見学です。水着を着ない可能性大
――しかし、意図せずして水着着用フラグは立ててしまった模様。しかも案外乗り気だったり?

ヒントは“原作5巻”



コスモスの花言葉
乙女の真心、謙虚、そして――“調和”


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「八つ当たりだって? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

今回の話……最早閲覧注意です
独自解釈、キャラ崩壊、原作改変のオンパレードの数々に私自身「あれ? デアラってこんなんだっけ?」と首をかしげてしまった程です
それでも構わないという方は、どうぞご覧になられてくださいまし

それでは


 

 

 どうも、千歳だ

 あれから水着選びも無事に終わり、当初の目的を果たしたことで今日は解散する流れになったんだ

 因みにだけど、俺やくるみん達は誰一人として水着を買ってないわ

 何せ俺達は精霊(一人は堕天使)だからな。霊力で服を形成することが出来る以上、態々衣類を買う必要がないんだよ。今日来たのだって今流行りの水着を見に来たようなもんだからな。所謂ウィンドウショッピングってやつさ。……まぁ携帯で画像検索すれば俺が【(コクマス)】でいつでも手元に出せるんだけども

 俺達が精霊である限りは着る服に困るような事態になることはないだろう。服にお金をかける必要がないとか年頃の女の子にしてみれば歓喜感涙ものじゃね? その上、精霊はいくら美味しいものを食べても太るようなことなんかも無いし……もしやこれ、女性にとっての理想郷=精霊なのではなかろうか?

 

 『精霊になれば幸せになりますよ。——ただし、嫉妬に駆られた女性(AST)に襲われます』ってキャッチコピーで精霊を世間に広められそう! ……え? それはないって? 知ってる

 

 

 

 …………さてと

 

 

 

 「……んで、俺に話ってなんだ?」

 

 「…………」

 

 

 現実逃避はやめて、目の前の白髪少女(鳶一折紙)をどう対処するか考えるか

 ははは、見かけたら連絡するってのがフラグになっていたとは思わなんだぜ。偶然出会いそうな気は薄々していたけれど、まさか五河に連絡する時間さえないなんてさ……はぁ、どうしようかなコレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は数分前の事だ

 五河達と別れ、俺はくるみんとミク、七罪と一緒に帰路についていた。その頃には既に三人の様子は戻っており、結局あの時に見せた三人の反応が何だったのかを知る事は叶わなかったけど……まぁ少し気になったってだけだし、別に知らなくてもいいんだけどさ

 

 

 そしてその帰り道、他愛の無い話をしながらマンションに向かっていたところで……俺は白髪少女と遭遇してしまった

 

 

 あまりに急な出会いに一瞬思考が停止したぜ。だって曲がり角曲がったら目の前にいるんだもん。思わず白髪さんを凝視してしまったよ

 白髪さんは白髪さんで俺を見て目を見開いていた。その反応から察するに、別に待ち伏せをしていたとかではないと思う。……まぁ目を見開いていたのも一瞬の事だったけどな

 

 それからしばらくの間はお互いに沈黙が続いたんだ

 それもしょうがないってもんだ。いくら五河の知り合い同士だと言っても、俺と白髪さんが敵対していることには変わりない。そんな和気藹々と会話が始まる訳がないんだよ

 ただ……流石に無言が続くってのは結構辛いものがあるわ。場の空気が悪い状況なんて気まずい以外の何物でもないからさ

 ……正確には俺がジッとしていられないという方が正しいのだが……そんなのは今に始まった事じゃないので触れないでもらいたい

 

 因みに曲がり角を曲がったのはまだ俺だけだったので、白髪さんはくるみん達に気づいていないようだった。なので、俺は白髪さんから顔を背けずにくるみん達に合図を送る事にしたんだよ。——『ここから離れろ』的な意味合いを込めて

 こういった時、目が髪で隠れているってのは便利なもんだな。違うところを見ていても、相手からだとこちらが見ていない事に気づきにくいからね

 その為、俺の合図にくるみんが渋々肯定するのも確認出来たのだった

 いつものくるみんならASTを前にして俺だけを残して離れるようなことはしないだろうけど、今は俺だけではなくミクや七罪がいるんだよね

 俺やくるみんは除外するが、ミクや七罪はあまり目立って行動をしていないから目の前の少女やASTに精霊だと気づかれていないかもしれない。それを考えると、くるみんには二人をこの場から離脱させてもらいたかったんだよ。二人の平穏の為にもさ

 

 そうして三人を密かに見送った俺は、改めて白髪さんに視線を戻す事にした

 そこには先程と全く変わらぬ表情でこちらを見つめ——いや、睨んでくる少女の姿が。おお、怖い怖い

 ……え? なんでそんな余裕そうにしていられるのかだって? まぁ……そりゃーね、逃げようと思えば速攻で逃げられるからね

 【(ビナス)】万能説である。おそらく一番使ってるんじゃなかろうか? いつもお世話になっておりまする

 にしてもホント敵意丸出しだな。まるで親の仇を見るかのように涙ぐみながら睨んで——

 

 「——って、ちょ、どうした急に!?」

 

 「……貴方には関係ない」

 

 「いや目の前で急に泣かれて関係ないとか言われても——」

 

 「泣いてない」

 

 「え、でもそれ——」

 

 「ただの欠伸」

 

 「全くの無表情なんですけどもぉ!?」

 

 一向に涙を流していることを認めない白髪さん。泣いてない事を肯定する為か流れた涙を拭きとろうとする素振りを見せない辺り、あまり触れてほしくない事なのだろうか?

 

 「……〈アビス〉」

 

 「俺には千歳っていう名前があるんだけどなぁ……」

 

 「……なら、千歳、貴方に聞きたい事がある」

 

 これには流石に驚いた。何せ、他人に頼み事をするときのような振舞いを精霊に対して行ったのだから

 まさかの事態に再びフリーズする俺氏。だって精霊絶対殺すウーマンみたいな子が精霊の名前を呼んだんだぜ? 明日は雪でも降るのではなかろうか……

 まぁいいや。あまり深追いしたくはないと思ってたけど、この際やれるところまでやってみっか。もしかしたら白髪さんを説得出来——いや、それはなんか無理そうな気がする

 

 「……とりあえず、さ。場所を移動しないか? 話すにしてもゆっくりと話せる場所の方がいいと思うんだけど……」

 

 「わかった。ついてきて」

 

 「え、ちょ、おまっ——って痛い痛い痛いッ!? めっちゃ痛いんだけど!?」

 

 とりあえず敵意は(多分)無さそうだったので、彼女の聞きたい事とやらに答える事にした。穏便に済むんならそれに越したことはないからな

 そして俺が落ち着いて話せる場所で話そうと提案すると……何故か白髪さんは俺の手首を掴んで何処かに連れて行こうとする。思っていた以上——てか予想外すぎる握力に俺の手首が軋んでいた気がするけど……白髪さんって人間だよね? なにこの馬鹿力、冗談抜きで骨が折れるかと思ったんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして現在、俺は白髪さんの部屋で彼女と対面しております

 うん、白髪さんの部屋だ。マイルーム、自宅、本拠地などなど、いろいろと言い方があるけども……これだけは言わせてくれ

 

 

 ……ここは要塞か?

 

 

 何なんだよこの部屋。くるみんの魔改造部屋に勝るとも劣らないぞここ

 赤外線センサーに催涙ガス、挙句の果てには自動追尾歩哨銃(セントリー・ガン)と、侵入者向けトラップの数々に言葉を失ってしまったぜ

 しかも設置数が尋常じゃねぇ。軽く数十挺は配置されてたぞ? 対空き巣にしてはやりすぎだと思うのは俺だけじゃない筈だ。下手すりゃ死人が出るぞこれ……

 ……え? なんでそれがあるのに気付けたのかって? いやさ、態々部屋に連れ込むぐらいだから何かあるのかもと思ったんだよ。それで念のために【(ティファレス)】で部屋の中を見たら……このありさまだ。精霊じゃなかったら震えが止まらなくなってたところだぜ。ははは、笑えねぇ

 因みに、それらのトラップは俺が部屋に入る前に白髪さんが機能停止にしてくれました。どうやら誘いこんで蜂の巣にする気はないようです。待ち伏せとかもないみたいだし、本当に話を伺いたいだけっぽい

 

 そして部屋のリビングに招かれてた俺が、改めて白髪さんに何の用事なのかを聞くところで冒頭に戻る訳だ。出来ればこんな物騒な部屋からさっさとオサラバしたいので早々に話を終えたいですハイ

 俺の問いかけに一旦黙り込む白髪さん。聞きたくても聞きにくい事なのだろうか? 態々精霊の俺に話を持ち掛ける辺り、余程複雑な事情なんだろうと予想してみる。……あ、これフラグになってない? なってないよねコレ?

 

 「……〈イフリート〉」

 

 「うん?」

 

 白髪さんの返答を待っていると、ボソリと呟くようにその言葉を漏らした

 〈イフリート〉…………確か五河妹の識別名だったっけか?

 つまり、白髪さんは五河妹について話を聞きたいという事だろうか? ……もしや、五河を手に入れる為に外堀から埋めていくということか!? 五河妹に「義姉ちゃん」と呼ばせることで五河に逃げ道を作らせないようにする為に俺に話を聞きに——

 

 ——あれ? それならなんで態々俺に聞きにくるんだ? 五河妹がどんな子なのかなんて、俺はそこまで知らねーぞ?

 そもそも五河妹の事を〈イフリート〉って呼ぶのにもなんか違和感がある。五河の妹に対して態々識別名で呼称するだろうか?

 まるで五河妹が〈イフリート〉だと気づいて————あ、もしかして気づいてないのか? むぅ……まだ話が見えないな。とりあえずここは聞く事に専念しよう

 

 「……貴方は、あの屋上で〈イフリート〉に襲われていた」

 

 「あー……まぁ、そうだな」

 

 「なら、貴方は〈イフリート〉の事を知っている筈。お願い……〈イフリート〉の事を教えてほしい」

 

 「…………」

 

 白髪さんは、俺から情報を得るためだけに——頭を下げてまで懇願してくるのだった

 ……もう、驚く事がありすぎて驚けないわ。敵視している精霊に頭を下げてまで、彼女は五河妹——正確には〈イフリート〉の情報が欲しいのか

 とりあえずここまでで分かった事は、この様子からして白髪さんは五河妹が〈イフリート〉だって気づいていないってことだろう。もしも正体がわかっているのなら、態々俺に話を聞こうとはしない筈だからな。下手すりゃ今頃五河家に乗り込んでいたレベルだ

 となると、彼女は今〈イフリート〉を探しているってことになるな……もうちっと探るか。あまり憶測だけで決めたくはないしね

 

 「……屋上で見たんじゃないのか? あの時、お前さんもいただろう?」

 

 「…………」

 

 「見れなかった、のか。そういや気絶してたんだっけ……」

 

 不意に思い至った疑問を投げ掛けたところ、白髪さんは苦虫を噛み潰したかのような表情を作った。その表情は、あの場で〈イフリート〉の素性を知ることが出来なかった事に対して悔いている感じがする

 あまり意識は回せなかったけど、確かに彼女を避難させるために【(イェソス)】で転移しようとしたときには、既に彼女の意識はなかったっけなぁ……きっと屋上にくる間に体力を消耗しちまったんだろう。そりゃあ知りたくても知れなかった訳だ

 

 そんな苦々しい表情をしてまで——精霊である俺に聞こうとしてまで、〈イフリート〉の事を知りたがる彼女の目的が……俺は気になってしょうがなかった

 

 

 だって、〈イフリート〉の話題が出た辺りからずっと————胸騒ぎがしてしょうがないんだ

 

 

 嫌な予感がする。今までなら可能性としてあり得るとしか考えず、頭の片隅で考えないようにしてきた……そんな、嫌な予感がして止まなかった

 そんな嫌な予感を頭の隅に押しやり、俺は彼女が何の目的で〈イフリート〉に——五河妹に迫っているのかを聞く事にした

 

 「……なんで、お前は〈イフリート〉の事を知りたがるんだ? それを教えてくれたら……教えてやる」

 

 「…………」

 

 彼女に何かしらの事情がある事はもうわかりきっている

 しかし、何を目的にしているのかもしれない奴に友人の妹の情報を渡す訳にもいかないだろう

 だから俺は、あえて情報を教える事を条件に相手の目的を聞き出す事にした。勿論内容次第では五河妹の事を話さずに速攻【(ビナス)】で退散させてもらう。例え五河の知り合いであろうとも、俺が話していいものとそうでないものがあるからな。俺が話したせいで事態を悪化させたくなんてない

 

 

 そんな思惑を胸に秘め、俺は白髪さんの言葉を待つ

 

 

 そして、彼女から放たれた言葉に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——復讐の為」

 

 

 

 ——俺は、覚悟を決めた

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 私は、精霊が憎い

 両親を死に追いやったあの精霊が、世界を滅ぼさんとする精霊達が憎くて堪らない

 ”あの日”から私は精霊を殺す事を自身に誓った

 ”あの日”から今日まで、私はその為にやれることをやってきた

 自身に鞭打ち、感情を殺してまで磨いてきた知識と経験によって、今の私は出来ていた

 全てはあの精霊を殺す為に。——そして、私のような者が生まれないように

 私は精霊を殺す。それだけを目的に今日まで戦ってきた

 

 今日()()、戦ってきたのだ……

 

 

 

 

 

 「……復讐、ねぇ」

 

 今、目の前にはその倒すべき存在がいる

 識別名〈アビス〉。総合危険度S。人の心を蝕む精霊

 最近は落ち着いた方だが、当時は多くの被害を出した

 最長で約一ヶ月、問答無用で昏睡させる能力を持つ

 更に、それ以外にも複数の能力が確認されている

 

 

 そんな危険極まりない存在を前に……私は、自身の目的を明かしていた

 

 

 何故。私は精霊を殺す事を目的にしていた筈だ

 目の前にその目的がいる。すぐさま殺しにかかるべきだろう

 それなのに……何故————

 

 

 何故私は——彼女を前に()()()()()()()()()()()()

 

 

 僅かに残っていた人並みの感情。それは”あの日”、()()()()()()()()()私を救ってくれた”彼”にのみ向けられていた筈だった

 しかし、あの精霊——夜刀神十香とこの精霊——千歳が現れてからと言うもの、私の中で何かが変わり始めている

 

 

 以前に比べ、精霊に向ける憎悪が微かに薄れてきているのだ

 

 

 精霊に対する激しい憎悪で覆いつくされていた筈の私

 それが今、こうして精霊に頼みごとをするまでに至っている

 精霊を殺したいが為に、精霊に助力を申し出た私

 矛盾している。殺すべき精霊に対して私は一体何をしているのだろう?

 あの精霊を殺したいのか? 全ての精霊を殺したのか? それとも……私は、気づかぬうちに()()()()()()を持ってしまったのだろうか?

 

 「……なぁ、一つ聞いていいか?」

 

 「……何」

 

 目の前にいる彼女がおもむろに問いかけてきた

 彼女は先程まで気の抜けたような態度を取っていた。おそらくは早々に立ち去りたいとでも考えていたのだろうけど、それにしては気を抜きすぎているのではないだろうか? 私が彼女にとって敵であることは彼女自身も知っている筈なのに……それにも関わらず、彼女から敵意と言うものが感じられない

 

 しかし、私が彼女に私の目的を告げた瞬間——空気が変わった

 

 姿勢はそのままだ。しかし、身に纏う雰囲気が先程とは打って変わって変化している。流されるがままに力を抜いた雰囲気から——周囲を注意深く警戒するかのような、剣呑な雰囲気に

 身震いがした。気をしっかりと持たなければ体が震えてしまう程の重圧を、私は彼女から感じとっていた

 先程まで見せていたお気楽な様子など最早見る影もない。今や彼女は——敵を前に臨戦態勢を取る将のそれと何ら変わりない

 

 

 それなのに……何故彼女は()()()()()()()()()

 

 

 私の事を警戒はしている。しかし、一向に構えようとしない

 雰囲気は変わった。しかし、危害を加えるような雰囲気は感じられない

 わからない。彼女が一体何を考えているのか……私にはわからなかった

 

 一部の同僚達をあのような目に合わせておきながら、悪びれもせずに街中を闊歩する彼女。そんな彼女の言動からは、やはり精霊は碌でもない存在なのだという事を再認識させる

 

 ……しかし、ならばあの行動は一体何なのだろうか?

 〈ハーミット〉を前に見せたあの態度。子供をあやすかのように抱擁し、自身の不甲斐無さを悔いながら懺悔するあの姿は……

 人を欺くための自作自演とは思えなかった。そうでなければ……これほどまでに私の心を揺さぶることはないだろう

 私は彼女達の姿を見ていられなかった

 殺したい存在であるにも関わらず、その光景を目にした瞬間——私は精霊を殺す事に躊躇いをもってしまったのだ

 今まで積み重ねてきた努力を、苦悩を、誓いを否定せんとするその意志に、私は堪らずあの場を逃げ去っていた

 不甲斐無い。あんなものを見せつけられただけで心が揺らぐなどあってはならない。自身の未熟さに目尻が熱くなる

 そうだ、私は精霊を殺すのだ。何があっても殺すのだ

 例えどんな危険を冒したとしても、私は精霊を……殺さなければいけない

 それがきっと……きっと————

 

 

 

 「復讐した後の事は考えてんのか?」

 

 

 

 ……………………え?

 

 

 

 「お前が復讐したいのはわかったさ…………それで? 復讐を成した後は何をしたいのか……お前は決めてるのか?」

 

 「何を……」

 

 何を……言っている?

 彼女は一体、何を言っているんだ?

 

 「……はぁ、お前復讐する事しか考てなかったのか? 全く持って勿体ない事を……」

 

 「……言っている意味がわからない」

 

 「そりゃーわからないだろうな。()()()()()()()()()()()()お前にはよ……」

 

 「っ……何が言いたい」

 

 彼女の言っている意味がわからない

 彼女が何を言いたいのかがわからない

 ただ……途方もなく、彼女に対して苛立ちが沸きあがってくる

 要領を得ない話し方に、私は無意識ながらに拳を握り締めていた

 無駄な話はしなくていい。すぐさま〈イフリート〉の情報だけ教えて目の前から消えろ。そう怒鳴り散らしたくなる程、私の感情は荒ぶり始めていた

 

 そんな私の気持ちも知らずに——彼女は爆弾を落としてくる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いつまでも()()()()()にこだわってねーで、さっさと前を向け馬鹿たれが」

 

 

  ——ガタンッ!!

 

 

 気づけば私は目の前にいる精霊を押し倒し、その額に懐に忍ばせていた拳銃を突き付けていた

 

 こいつは——こいつは言ってはいけない事を言った……ッ!

 

 八つ当たりだと? 両親の仇を討つことが……これ以上私のような被害者が現れないようにする為の行いがただの八つ当たりだと言うのか……ッ!?

 ふざけるなッ!! 貴様に何がわかる!! 大切な人達を理不尽に奪われた者達の気も知らずに、知った風な事を宣うんじゃない!!

 

 私は彼女を今にも殺さんとする勢いで拳銃を握り締めた

 おそらく私は憤怒の形相で彼女を睨みつけているのだろう

 こちらの事情も知らずに宣う彼女の言葉に、押さえつけていた感情の波が決壊する

 殺したくて堪らなかった。今や両親の命を奪う()()()()()()あの精霊以上に、目の前の存在が許せなかった

 この五年間、両親の仇を討つために積み上げてきたものを無遠慮に汚す行いをした彼女に、私は殺意に満ち溢れた激情を抱く

 その感情のままに、私は目の前の彼女に向けて銃口を向け——

 

 

 

 引き金を————引くことはなかった

 

 

 

 「……今、お前は俺を殺したくて堪らねーんじゃねーか?」

 

 「——っ!」

 

 一瞬……ほんの一瞬だけ浮かび上がった疑問に気づいた瞬間、私は引き金を引く事を躊躇ってしまった

 

 今……私は彼女を殺そうとした

 それに間違いはない。精霊である彼女を殺す事は、私の目的の一つであるのだから

 ……しかし、だ

 今私が彼女を殺そうとしたのは……両親の為だっただろうか? 被害者の為だっただろうか? 世界の為だっただろうか?

 

 ————いや、違う

 

 

 

 私は……彼女の言葉に苛立って殺そうとしたんだ

 

 

 

 「……前によ、お前が五河を撃っちまった時があったじゃん?」

 

 拳銃を額に突き付けられているのも関わらず、彼女は気にした素振りを見せずに語り掛けてくる

 

 その内容は——あの日、私が夜刀神十香を狙撃しようとして……夜刀神十香を庇う様に士道が身を挺した時の事だった

 

 あの日の事は今でも夢に見る

 原因はわからないが、士道は今も生きている

 しかし、もしもあの場で士道が死んでしまっていたとしたら? ——そんな悪夢を、夢に見る

 人の命を殺めてしまった。それも私に取って最も大切な存在である彼をだ

 

 まるで私が——両親の命を奪ったあの精霊と同じように思えて、目の前が真っ暗になっていく

 

 言ってしまえばトラウマだ。銃を持っているときに彼が現れると、毎度の如くあの時の光景を思い出してしまい、手が震えてしまう

 任務中はそのような事がないよう努めてはいるが、もしもまたあのような状況が起きてしまえば……次は、耐えられる気がしない

 

 そんな私に取って忘れたくも忘れ難い——いや、きっと忘れてはいけない記憶を、彼女は掘り返して来た

 何故今更あの時の話を持ち出して来るのか? その理由は——次の彼女の言葉で思い知らされることになる

 

 

 

 「あの時な……俺や十香はお前や他のAST、挙句の果てには世界が——憎くて憎くて堪らなかった」

 

 「——ッ!?」

 

 

 

 振り返る様にして紡がれた彼女の独白によって……彼女が何を言いたいのかを私は理解する

 理解……してしまった

 

 

 「五河が死んだと思った俺と十香は、世界に対して激怒した。世界が精霊を否定するとしても、あんな手段を取ることはないだろう? 例えお前に士道を撃つ気が無かったとしても……納得出来なかったんだ」

 

 

 あの時の彼女と夜刀神十香は……”あの日”の私と同じだった

 

 

 「だから暴れた。五河が死ぬ原因を作ったお前等(AST)を殺したくて堪らなかった。こんな理不尽な運命を課した世界が気に入らなかった。だから——五河の仇を討つために、俺と十香はASTに”復讐”したんだ」

 

 

 理不尽に奪われ、命を落とした大切な人の為に復讐する

 

 

 「……でもな? 例えの誰かの為に復讐すると大義名分を取り繕ったところで——」

 

 

 しかし、私がどれだけ両親の為、世界の為に復讐する事を誓ったところで——

 

 

 

 

 

 「——それは、ただ自分自身が気に入らない結果に対して憂さ晴らしをしたかっただけに過ぎないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「…………」」

 

 ……いまだに私は彼女へと銃口を突き付けている

 しかし、今の私にはもう引き金を引く程の余裕はなかった

 

 復讐は……ただの八つ当たり

 大義名分を取り繕っただけの憂さ晴らし

 

 確かにそうとも言えるだろう

 別に私は両親から「仇を討ってほしい」と頼まれた訳ではない。私が一方的に誓いを立てただけであって、それは両親が願った事ではない

 ならば何故私は仇を討とうと……復讐しようと考えたのか?

 

 それはただ……私が精霊に苛立ちをぶつけたかっただけに過ぎなかったからなのでは?

 

 もしもそうだったとしたら、今まで私が積み重ねてきたものは……精霊に八つ当たりする為だけに積み重ね上げてきたものでしかない

 両親の為ではなく、世界の為ではなく、ただ単純に……私が抱いた憎しみをぶつけたいだけに過ぎなかったのだ

 

 「……よく聞く話に”復讐は空しいものだ”って言うのがあるだろ? それってよ……復讐する為に費やしてきた時間が、復讐を成したことで軽いもんになっちまうからなんじゃねーかって、俺は思うんだよ」

 

 「……何故」

 

 「そんなん目的を成した事で不要になっちまったからだよ。例え復讐を成したところで、得られるのは()()()()()だからな」

 

 例え復讐したところで両親が帰ってくる訳ではない

 精霊を一体残らず殲滅すれば、世界は精霊の脅威に脅かされることはなくなるだろう。……しかしそれは私の復讐に当てはまらない。あの精霊を殺すに至るまでの成すべきこと——過程でしかないのだ

 

 「お前は復讐以外にも目的を持った方がいい。復讐に捕らわれすぎた奴ほど……親不孝な奴はいないからな」

 

 「……え?」

 

 復讐を生きる目的にしていた私の価値観が、彼女の無遠慮な言葉によって覆されかけていた時に突き付けられた言葉に……更なる衝撃が私を襲った

 親不孝? 両親の仇を討つために復讐しようとしている行為自体が親不孝な事だとでもいうのか?

 そんな私の疑問を……彼女は淡々と告げてくる

 

 「お前がどうかは知らないけどよ……普通の親なら自分の子供の幸せを第一に祈る筈だろ? お前は——鳶一折紙は、親御さんに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 どんな子に……育ってほしい……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『——いつまでも、その愛らしい笑顔を絶やさず……幸せになってほしい』

 

 

 

 「——————ぁ」

 

 

 

 彼女の言葉に、古き記憶が蘇る

 今や聞く事が出来ない声が、私の脳裏に優しく響いてくる

 思い出されるのは五年前以前の記憶。両親がまだ私の隣にいてくれた頃の記憶だ

 その懐かしい記憶はとても温かく、今までの日々によって荒れた私の心を癒していく。——それでいて、もうその温かさを感じる事が出来ない事実に悲しみが溢れてくる

 

 駄目だ、今ここでその感情が溢れきってしまえば……戻れなくなる

 

 この五年間、必死に積み上げてきたものが崩れ去ってしまう

 

 そうなってしまえば、私は……私はっ……!

 

 

 

 「……何を我慢してんだよ」

 

 「——っ、わ、たしは……」

 

 「はぁ……あのさ、別に俺は復讐をやめろだなんて言ってねーだろ?」

 

 「…………え?」

 

 私の感情が溢れかえりそうになったその時、彼女は不意に言葉を漏らした

 彼女の言葉に耳を疑う。何せその内容は……私の復讐を肯定する言葉だったのだから

 

 「復讐なんてただの八つ当たりだ。それなら——開き直って復讐してくればいいさ」

 

 「……私は〈イフリート〉に復讐しようとしている。〈イフリート〉は貴方の同族の筈、それなのに何故?」

 

 「復讐なんてやめろ。……って、俺がお前に言ったところでお前は納得しないだろ?」

 

 「当たり前」

 

 「ならお前の気が済むままに暴れてこればいいさ。俺は精霊を守る、お前は精霊を倒す。……単純にそれだけでイイじゃねーか」

 

 ……やはり、彼女が何を考えているのかがわからない

 最初は私の復讐を阻止しようとしていたのだと思っていた。しかし、今では復讐する事を促している

 彼女は他の精霊を守りたいのか? それとも危険に晒したいのか?

 わからない。私は……彼女の思考が全く予想できなかった

 

 言いたい事を言い終えたのか、彼女が纏っていた剣呑な雰囲気が霧散する

 そして、いつまでも彼女を押し倒している必要もなくなった為、私は拳銃を下げつつ彼女の上から立ち退くことにした

 何故そうしたのか? 精霊を殺す絶好のチャンスだったというのに、何故私は身を引いたのか?

 

 

 それは——私が彼女を殺す事に対し、”馬鹿馬鹿しい”と感じてしまったからだった

 

 

 こんなよくわからない奴を殺す為に五年間もの間、身を削ってまで努力してきたと考えると……納得出来ないものがあったのだ

 〈イフリート〉は別として、もしも他の精霊が彼女のような精霊だったとしたら? ……そう考えた途端、私の心に燃えていた復讐の炎が揺らいでいくような錯覚を覚えてしまった

 

 確かに精霊は空間震によって街を破壊し人を傷つけている。その圧倒的なまでの暴力によって、世界を滅茶苦茶にする

 だから精霊は殲滅すべきなのだ。どんな精霊かなど関係ない、精霊は世界にとって害悪でしかなく、私がこの手で葬らなければいけない

 私は精霊を殺す。そして、この世界に精霊によってもたらされる被害をなくす

 その決意は、誰になんと言われようが変わる事が無い……筈だった

 

 何故こうも彼女の言葉は私の心に響くのだろう?

 私の胸の内で燃え上がる復讐心が、彼女の言葉を耳にする度に揺らいでいく

 信頼などしていない。信用などしていない。寧ろ敵意を持っていた筈の彼女の言葉が……何故こうも心に響くのか

 不可解だった。まるで自分が自分じゃない様な、そんな錯覚さえ覚えてしまう

 

 わからない。彼女が一体何者なのか……私はわからなくなってしまった

 

 「——さてと、んじゃあ約束通り、〈イフリート〉の事を教えてやるよ」

 

 「なっ……」

 

 「ん? なんだよその顔。もしかして話さないとでも思ってたのか?」

 

 当たり前だろう。精霊を守ると言っておきながら、何故その守るべき精霊の情報を敵に教えようとしている

 ……………………まさか

 

 「……その情報を元に私が〈イフリート〉を殺した場合、貴方は……自身の失態に納得できるの? とてもそうは思えない」

 

 「んなもん守り通せばいいだけの事じゃねーか。例え不利な状況になったところで、最終的に守り切れば問題ないだろ」

 

 「自分が手を出せない状況に陥ったとしても?」

 

 「何とかするし、何とかなるさ。どんなに困難な事があったとしても、不可能なんてこたぁ早々ねーんだから、諦めなければどうとでもなる」

 

 あぁ…………そうか

 

 

 

 

 

 ——何も考えてないのか、こいつ

 

 

 

 

 

 道理でわからない筈だ。理屈で計ったところで、彼女に理屈なんて通用しない

 だって何も考えていないのだ。道理に当てはまる訳がないだろう

 

 彼女は何もかも自身の感情のままに動いている

 だから何をしでかすかわからない。常識の内に彼女は当てはまらない

 

 

 言ってしまえば——馬鹿なのだ。この精霊は

 

 

 「はぁ…………」

 

 「な、何だよ急に、そんな深いため息なんかついて……」

 

 「私の不幸は、貴方と出会った時から始まっていた……」

 

 「ちょ、マジで急に何なの!? 人を疫病神みたいに言うのやめてくれる!?」

 

 「貴方は精霊。人じゃない」

 

 「た、確かに俺は精霊だけども! それとこれとは別もんだろーが!!」

 

 「……厄霊?」

 

 「……なんか疫病神よりも嫌だなその呼称」

 

 彼女を見ていると、不思議と今まで抱えてきた苦悩がどうでもよくなってくる

 私と違って感情の変化が激しい彼女からは、悩みなど一切無さそうに感じられる。それはまるで——何にも囚われずに空を飛ぶ鳥のようだった

 

 そんな彼女に……私は羨望の念を抱いてしまう

 羨ましいと思った。何も悩む事が無く、自身の好き勝手に生を謳歌している彼女の姿が……憎たらしい程に羨ましく思えた

 馬鹿馬鹿しいと思ったのも、彼女が呑気にしているせいだ。その言動一つ一つが、私の心を惑わしていく

 腹立たしい。憎たらしい。恨めしくて仕方がない。正直彼女に八つ当たりをしたい。——そう考えてしまう程に、彼女の姿は私が羨むべきものに見えてしまった

 

 

 ………………もしも、だ

 もしも私が抱えている苦悩から、苦痛から、復讐心から解放された時————私は、彼女のようになれるだろうか?

 何事にも楽しそうに、思うがままに未来を掴むことが出来るだろうか?

 今や失われてしまったあの頃の私に……戻れるだろうか?

 

 

 

 両親と、そして——()()()()()()()()()()あの頃の私に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あー……すまん、ちょっと横になっていいか? さっきお前さんに押し倒された時、思いっきり腰をぶつけたみたいなんだ。痛みが引くまで休憩していいか?」

 

 「……勝手にして」

 

 ……前言撤回。全然羨ましくなんてない。こんな奴と同じになんて絶対になりたくない

 

 情けない表情をしながら腰をさすっている彼女を視界に映し、私は頭を抱えながら溜息を溢してしまう

 本当に……彼女と出会った事が私の運の尽きなのだろう。これほどまでに疲労を覚えたのはいつ以来だろうか……

 

 例え今彼女から〈イフリート〉の情報を聞かされたところで……最早私に復讐する程の気力は残されてはいなかった

 

 




折紙さんが最早オリキャラではないかと疑うレベル。……まぁ、こうなった原因がきちんとあるんですがね? 原因は勿論——彼女です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「それは気まぐれ? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です

早速ですが、皆さんはデアラの画集を買いましたか? 私は買いました
買って損は無い筈です。何せ、とある一ページに……衝撃的なイラストが載っていたのですから……っ!

——あ、勿論最新刊やバレットも買いました。今回も大変面白かったです
バレットに関してはまた新しい作品を書きたいと思ったぐらいですからね。勿論題材はバレットです
……え? 他のに手を出す暇があったら続きかけって? ご、ごもっともです……

それでは




 

 

 「——これが俺の知る全て。〈イフリート〉の……五河妹の情報だ」

 

 「…………そう」

 

 休憩を終えた後、俺は早々に白髪さん——もう鳶一でいいか。鳶一に五河妹のことを話した

 

 五河妹が炎の精霊〈イフリート〉である事

 精霊の力を使ったが為に、破壊衝動が浮き彫りになっている事

 このままでは五河妹が衝動のままに暴れ出し、自我を失ってしまうかもしれないという事

 そして——

 

 「もしもお前が〈イフリート〉に復讐したいんなら……明日、栄部にあるオーシャンパークに来るといい。五河達と一緒に、五河妹もそこに行くからな」

 

 ——明日、五河妹が訪れるであろうオーシャンパークの話をするのだった

 

 これによって明日、五河達は鳶一に襲われることになるかもしれない。——いや、彼女の復讐心がいまだ衰えていないのであれば、鳶一は五河妹に復讐する為に必ずオーシャンパークにやってくるはずだ

 復讐の理由はわからない。鳶一が話してくれない以上、俺にわかる筈もない

 しかし、鳶一の様子からして相当根深い恨みがあるだろう事はなんとなくわかった。例え俺が何をやったところでどうしようもないぐらいの事情がさ

 

 だから俺は鳶一に復讐をやめさせようとは考えなかった

 無駄だからだ。事情を知らない赤の他人の言葉に――それも復讐相手と同族である俺などの言葉に、鳶一が耳を傾けるとは到底思えないだろ? 下手にやめさせようとしたところで逆効果だろうしね

 俺に鳶一の復讐をやめさせることなんか出来やしない。出来たとしても…………いや、()()()()()()()()()()

 これは鳶一の問題であり、どうするのかを決めるのは鳶一なんだ。俺がそこに介入する道理はないし、必要もない

 

 それなら俺はどうするべきなのか? 鳶一から五河妹に復讐すると聞かされた俺は、一体どう対応すべきなのだろうか……?

 

 

 

 

 

 ——簡単だ。鳶一に復讐させてやりゃあいい

 

 下手に復讐心を心の内側に押し込めるんじゃない。そうするのならいっそのこと、外側に発散させてやればいいだろ

 我慢なんてする必要は無い。復讐も一つの感情の表れなんだから、無理に感情を押し殺すなんて真似をする必要は無い

 

 だから鳶一は……思いっきり復讐(八つ当たり)してくればいい

 例え誰に何と言われようが、その心に抱いた感情は自分だけのものだ。いくら周りから正論を言われようが、そんなものは些事でしかない

 

 己が感情のままに歩んでこその人生だ。思う存分……自分に素直になりゃあいいのさ

 

 …………ただ、これだけは言わせてもらおうかな

 

 「それとさっき言ったかもだけど、復讐するならするでその後の事も予め考えておくといいぞ。例えば、五河妹に復讐した後——”五河とどう関わっていけばいいか”とかさ」

 

 「…………」

 

 「お前にとって五河が大切な人であるのはわかってるつもり。——そんな大切の人の妹を襲うんだ。今までと同じ関係でいるなんて、そんな都合のいい話はそうそうないだろ」

 

 「……わかっている」

 

 今、鳶一が最も思い悩んでいるのはその事だろう

 自身の想い人の妹が復讐対象だった。それを知った今の鳶一の心境は計り知れない感情の渦に考えがまとまらないのではなかろうか?

 別の誰かの妹であればいざ知れず、自身が好意を向けている大切な人の家族なんだ。すぐにどうこう出来る程、気持ちの整理が追い付くはずもない

 復讐する事で五河との関係はガラリと変わるだろう。五河妹に手を出すという事はそういう事なのだ

 ——しかし、それでも復讐したいのだろう。今の鳶一を見るに、復讐する事を前提で考えていそうだからな

 

 だから今回の衝突は避けられるものではないのだろう

 例え俺が隠したところで、彼女はASTなのだからいずれ知る事になるのは目に見えている。ASTの事だし、もしかしたら数日前の俺と五河妹の戦闘が映像として撮られてるかもしれない可能性もある。そう言ったところはちゃっかりしてるからなぁASTは

 俺があえて五河妹の情報を口にしたのも、そういった事情と俺の知らぬ間に事が起きないようにするためだったりする。明日には五河妹の力が封印されるかもなんだし、そう考えると復讐するチャンスが明日に絞られるからな。精霊の力を持たない以上、流石に五河妹を襲うのは立場状不味いだろうしさ。……まさか問答無用ってことは…………ありそうで困る

 

 とにもかくにも、復讐するかどうかで今後の道が決まるのだから、鳶一には後悔の無いよう深く考えてほしい。出来れば復讐しない方向に進めばいいけど……この様子だと望み薄だな

 

 「……話す事も話したし、俺はそろそろ帰るよ。お前だっていつまでも精霊を自室に居座らせておくのは嫌だろうしな」

 

 そう言って俺はここから立ち去ろうと玄関へと向かう。まぁ【(ビナス)】で戻ってもいいんだけど……ちょっと帰り道にやりたい事があるからな、このまま玄関から帰ろうと思う

 そうして俺が鳶一に背を向け、玄関のドアノブを握り締めたところで——

 

 「待って」

 

 「ん? まだ何かあるのか?」

 

 「……一つだけ聞きたい」

 

 ——その場から動かずにいた鳶一に呼び止められた

 話す事は話したと思っていたので、まさか呼び止められるとは思っていなかったかど……まぁいいか

 

 俺は振り返り、鳶一を見る

 鳶一は俺に背を向けたまま立ち尽くしている。その背中には……何処かもの悲しさを覚えた

 そして鳶一は、こちらを向かないままに口を開いた

 

 「貴方は……何故、私の話に応じた?」

 

 あー……まぁ、そうだな。確かに不可解っちゃあ不可解か

 別に話し合う必要は無かった。いつでも俺は逃げられた以上、態々ここに来る事もなかった

 相手にする必要もなかった。だって鳶一は人間でASTだ、精霊である俺が馴れ合う必要なんて一切なかった

 

 

 関わり合う必要なんて無かったんだ。——だけど

 

 

 「……見てられなかった」

 

 「——え?」

 

 「最初は気まぐれだった。でも今は……お前の目的が復讐だってことを知ってからは、なんでか知らねーけど……ほっとけなかったんだよ」

 

 気づけば俺は、微かに聞こえる程度の声量で呟いていた

 正直に言って、俺自身……良くわかっていない

 気まぐれの延長線。ただそうしたいからそうしただけなのかもしれない

 …………いや、多分あれだ。あれを見てしまったから、俺はここまで鳶一に深入りしてるんだと思う

 

 

 ——あの時、鳶一が見せた涙を——

 

 

 鳶一は無意識だったんだろうけど、俺はあれが……あの涙こそが鳶一の素の気持ちだったんじゃないかって思ったんだ

 精霊を憎む復讐心と街を守ろうとする使命感。決してそれは年頃の少女が抱えるようなものではないし、抱えるには重すぎる

 冷静沈着で才色兼備(?)の鳶一だって、言ってしまえば一人の人間だ、限度もあれば限界もある。先程俺を押し倒したのがいい例だ。鳶一にも我慢出来ない事があるんだ

 

 

 そしてそれが——あの涙だった

 

 

 堪えきれなかった。溜めに溜め続けた感情の波は、彼女の堅牢な心の壁に罅を入れるに十分だった

 何がきっかけだったのかはわからない。しかし、あの瞬間にその罅から漏れ出した感情は……彼女の心に押し込められた、彼女の素の心だったのだろう

 

 

 ——それを、俺は見ていられなかったんだ

 

 

 「——あーもうっ、別になんだっていいだろ!? 気まぐれだよ気まぐれ! そんな深く考える事ねーから!!」

 

 ……なんか改めて考えたら妙に気恥ずかしくなってきてしまった。これでは俺が鳶一に気があるみたいじゃないか……っ! 違うからな!? 別に全然そんなんじゃないから!!

 俺は逃げるようにして鳶一の部屋から出ていった。これ以上何か話してたらふとした拍子に余計な事を口走りそうだったし、何より今の話を追及されてもこれ以上は答えられる気がしないからな

 

 思った事をそのまま口にする事がどれ程後に響くのかを思い知った瞬間であった。——だからと言って治すとは言っていない。寧ろ治せる気がしない千歳さんでした

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 「……どういう、ことですか? 令音さん……」

 

 「……私も、まだ全てを把握出来た訳ではないんだ。だが……今はそうとしか言いようがない」

 

 俺は今、家のリビングで令音さんと対面していた

 そんな俺達から流れる雰囲気は、実に真剣で————深刻な物だった

 

 

 何せ、その内容は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……現時点で、チサトを救う事は——()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——唐突に突き付けられた、非情な現実だったのだから

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 ——時は数刻前に遡る——

 

 十香達と帰宅した俺は、早々に夕飯の支度を始めた

 時間も時間だったし、あの場で見た刺激的な光景を忘れる為にも何か手を動かしたかったのだ

 本当に今日は疲れた。主に精神的疲労がかなり大きかった

 それも仕方がない事だ。いくら明日、他の女性の水着姿に目移りしないよう慣れさせるからと言っても、流石に限度があるだろう? お世辞抜きでも十香達は美少女なんだ、そんな彼女達のあられもない姿を見せられ続けたんだ。正直、刺激が強すぎてヤバかった

 これでも俺は思春期真っただ中の男子高校生なんだよ。しょうがないだろこればかりは……

 

 

 その上、まさか十香と詠紫音が水着姿を競い合う事になるとは思いもしなかった

 

 

 折紙とならともかく、十香が詠紫音に張り合おうとするなど誰が予想出来るだろうか? 正直俺は考えもしなかった

 別に険悪なムードになった訳ではない。ただ「どっちがシドー君の目を釘付けに出来るか勝負しなぁい?」——と詠紫音が挑発的な発言をしただけなんだ

 詠紫音に悪気なんて一切ない。ただ詠紫音は十香をからかっていただけに過ぎない

 しかしながら、十香はその発言に対し「望むところだ!」と二つ返事で勝負に乗ってしまったのだ。誰がそれを止められようか? 俺には出来そうもない

 その上、その勝負を聞いた令音さんが名案とでも言わんばかりに”景品”を付けてしまったのだ。それを聞いた二人を目の当たりにした俺は、今から中断するのは不可能だと人知れず悟ったのだった。……因みに、その景品の内容は”士道と一日デート権”という俺の事情全く無視のチケットだった。どうやら俺に休みは無いようだ、ははは……

 

 そうして始まった水着姿披露会。十香と詠紫音が張り合う様にして様々な水着を着用していく

 そんな中、四糸乃だけは披露会に混ざらず静かに水着を選んでいた。時折詠紫音や俺にアドバイスを聞きに来るが、基本は一人で選んでいるようだ

 どうやらこれも四糸乃が自立する為の行動らしい。自分の考えでどうするか行動し、決める事が大切なんだとか。だからと言って無理に一人で考え込まず、周りに意見を求める事も必要のようだ

 なんだろう……こうして見ると、四糸乃が一番年上のように見えてしまうのは俺だけだろうか?

 

 

 

 暫くの間、周囲の目も気にせずに水着を着用していく二人ではあったが、流石にはしゃぎ過ぎたのか数着選んだ辺りで疲れを見せ始めていた

 それを期に俺は二人に一旦休憩しないかと提案し、それと同時に少し気になったことがあった為、理由をつけてその場を離脱する事にしたのであった

 十香達から離れた理由としては、一度心を落ち着かせたかったってのもあるけれど……それ以上に、折紙が何処に行ったのか気になったんだ。こういった時、折紙だったらきっと十香達の披露会に介入するだろう事は目に見えていたからな

 

 しかし、そうはならなかった

 探している途中、その先で会った千歳に何げなく折紙の所在を聞いたんだ

 だが、千歳から折紙が何処にいるかを聞くことは出来なかった

 何故なら折紙は……この場に来ていなかったのだから

 正直考えもしなかった。普段からいつの間にかに傍にいて、十香と張り合っていたあの折紙が何も言わずに立ち去るなんて……

 

 その時、俺は先日の事を思い出してしまう

 先日、折紙が語った精霊を目の敵にする訳を——両親の仇である〈イフリート〉に向ける憎悪を思い出してしまった

 折紙の憎しみは深く、今も根強く心に残っている。それは一朝一夕でどうにかできるものではなかった

 どうにか折紙の復讐をやめさせたい。琴里を守るというのもあるが……俺は、折紙に精霊を殺させたくないんだ

 俺のエゴだってのはわかってる。折紙がそれに納得しないのだって重々承知だ

 でも、だからと言って見過ごす訳にはいかないんだ。二人の為にも、俺は二人が殺し合うのを……身を挺してでも止めなければいけないんだ。――そう、俺は人知れずに誓うのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしていくらか千歳と千歳が連れてきた精霊の一人——七罪と会話を交えた後、不意に十香に呼ばれた俺は十香達の元に戻るのだった。……そういや、十香達の元に戻る間際、何処か千歳の様子に違和感を感じたんだが……気のせいか?

 

 俺が十香達の元に戻ると、十香達は新しい水着へと姿を変えていた。どうやら俺が千歳達と話している間に披露会が再開したらしい。観客は既に水着を決めた四糸乃だ

 それからは再び十香達の水着姿を見せられることになり、一向に勝負がつかない事に業を煮やした詠紫音が…………まぁ、あれだ。予想外の行動に出たんだ

 

 その結果軍配は詠紫音へと上がり、デート権は詠紫音へと渡ったのだった。……え? 詠紫音は何をしたんだって? …………すまないが、これは俺の口から言っていい事じゃないので控えさせてもらう。それをやった後に詠紫音が自分の行った行動に赤面し、暫くの間委縮してしまったとだけ言っておこう

 

 

 

 その後、十香達がどうにか水着を選び終えた事でその場はお開きになった。千歳達はどうやら水着を買う必要がないという事だったが、店の人からしたら堪ったもんじゃないよな、それ

 

 そして自宅に戻ってきた俺は夕飯の支度に取り掛かり……今に至るという事だ

 なんとも濃密な一日だった。——と言うか、十香達と出会ってからは毎日がとても長く感じてしまう

 だから……こんな日常が続けばと、俺は切実に思うんだ。これから先、まだ見ぬ精霊達の事はあれど……今の平穏な日常を、壊したくなんてない

 

 しかしそれは——ただの現実逃避にしか過ぎなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……すまないね、シン」

 

 「話って何ですか? 令音さん」

 

 食事を終え、十香達が精霊マンションへと帰っていった後の事だ

 現状、琴里が〈フラクシナス〉にいるのでこの家には俺しかいなかった。琴里がいない事に珍しさを覚えつつ、それと同時に少しの寂しさも覚えてしまう

 

 そんな中——唐突に令音さんが来訪してきたのだった

 どうやら俺に話があるらしい。それは琴里や〈フラクシナス〉のみんなにも話を聞かれたくない事で、こうして俺以外に聞かれない状況になるのを見計らっていたらしい

 琴里達にも聞かれたくないという内容に、興味と疑惑、そして不安が湧いてくる。その中で一番強い感情は——不安だった

 

 リビングにあるテーブルを挟んで対面する俺と令音さん。最早当たり前のようにコーヒーへと積み込まれていく角砂糖を尻目に、俺達は言葉を交わし始めるのだった

 

 「……話と言うのは、チサトのことだ」

 

 「千歳? 千歳がどうかしたんですか?」

 

 てっきり琴里の事かと考えていた俺にとって、令音さんが言った人物は意外すぎた

 何故ここで千歳の話題が出て来たんだ? 何故令音さんは——そんな思いつめた表情をしているんだ?

 

 「……これから話すのは、今のところ私しか知らない事だ。……いや、もしかしたら彼女の周りにいる子達は、既に知っているのかもしれない」

 

 身が強張っていく。手が震えてくる。喉が渇いてくる

 そんな焦燥感が湧き上がってくる。それほどまでに——この先に続く言葉に、嫌な予感を覚えてしまう

 そして——

 

 

 

 「……今日を含め、時折……チサトの霊力値が()()()()()()のを確認している」

 

 「な————」

 

 

 

 ——その予感は、現実になってしまう

 

 

 

 霊力が急激に下がるとどうなるか? それを俺は、以前に聞かされたことがある

 それは四糸乃がASTに襲われ、彼女を守るために詠紫音が顕現した日の事だ

 

 その日、四糸乃の霊力値は下回りかけた

 ASTに追い詰められたことで、四糸乃は絶望の淵に立たされてしまった

 詠紫音の活躍により霊力値が下回ることはなかったが、もしもあの時、四糸乃の霊力値が下回っていれば——四糸乃は反転していただろう

 反転すれば何が起こるかわからない。未だ精霊が反転した等どうなるのかを知らない俺にとって、その先は未知の領域だった

 だが、取り返しのつかない事が起きるのは確実だった。そうでもなければ、琴里があれ程狼狽する筈がない。それほどまでの危険を孕んでいるのだ、反転化とは

 

 霊力値がマイナスに下回るという事は、精霊が何かに絶望したという事だ

 

 つまり——

 

 「それなら、千歳は……」

 

 「……日頃から、チサトは何らかの要因によって()()()()()()()()事になる」

 

 「————っ!!」

 

 言葉が出なかった。想像もつかなかった

 あの千歳が……絶望しかけている? ……とてもそうは思えなかった

 今日だって連れの子達とあんなにも楽しそうに笑い合っていたというのに、そんな千歳が……心の中では何かに絶望しようとしていたというのか?

 

 「な、なんで……」

 

 「……そこがわからない。彼女が何を考え、何を目的に行動しているのかを知らない私には、これ以上の推測は不可能だ」

 

 「そんな……」

 

 令音さんの言葉から、現状で千歳が何に対して絶望しかけているのかを知る術はないのだろう

 どうにかしたいとは思うが、それを成すだけの材料が圧倒的に足りていない。下手に余計な事をした結果、反転してしまったなど目も当てられないだろう

 それに今は千歳以外のも問題がある。琴里や折紙、それに真那の事だってあるんだ。これ以上問題を抱えたところで、その全てに対応出来る程俺は万能なんかじゃない

 それでも俺は、こう言わずにはいられなかった

 

 「なら早く千歳を——」

 

 「……駄目だ」

 

 「どうしてっ!?」

 

 「……無理なんだよ。現状、チサトを救うことは不可能なんだ」

 

 今度こそ言葉を失ってしまった。それどころか、一瞬頭が真っ白になってしまう

 慈悲も無く断言された令音さんの言葉に、俺は何が何だかわからなくなってしまう

 

 無理? 不可能? 千歳を救う事は……出来ないだって?

 

 頭が回らない。考えがまとまらない。気持ちの整理が追い付かない

 そんな俺に、令音さんは淡々と告げてくる。その声色は何処か……悲痛なものだった

 

 「……チサトの霊力値が下がる時。それは決まって……”ある者”に出会った時だ」

 

 「……常に下がる訳ではない。ただ、何らかのきっかけを持って、チサトの霊力値は下がるんだ」

 

 「……そのきっかけが何なのか、現状はわかっていない。だが……その”ある者”と一緒にいるときに限って……下がっているんだ」

 

 「……シン、君には辛い事実だろう。しかし……これはいずれ、嫌でも知る事になるだろう」

 

 「……だからどうか、気をしっかり持って聞いてほしい。いずれ君が——向き合うであろう問題に——」

 

 

 

 

 

 「——シン、()()()()。チサトの霊力値が下がる時、決まって君が傍にいる」

 

 

 

 

 

 ……時間だけが過ぎていく

 令音さんはその言葉を最後に、口を閉ざしてしまう

 俺は依然として……口を開くことが出来なかった

 それ程までに……令音さんの言葉に、俺は衝撃を覚えたんだ

 

 「……………」

 

 「……すまない。本来、今話す話ではないのだが……急を要したのだ」

 

 「……なんで」 

 

 「……今日、今までに観測された以上の霊力値を確認した。後一歩間違えれば……チサトが反転していただろう」

 

 掠れた声で何とか返答を返したものの、帰ってきたのは非情なまでの現実だった

 千歳が反転していた……その言葉が胸に突き刺さる

 そしてその原因が……俺にあると、令音さんは言っているんだ

 ……もしかして、先程感じた違和感はそうだったのか? 俺は……知らず知らずの内に、千歳の事を追い詰めていたのか?

 

 「————ン」

 

 それなら俺は、千歳と関わらない方がいいんじゃないか? 俺が千歳に会えば反転してしまうというのなら……千歳と会わないようにした方がいいんじゃないか?

 

 「————シン」

 

 それにだ。千歳が俺に会う度に反転しかけているという事は、千歳は内心で俺の事を嫌っているという事なんじゃないか? そうでもなければ絶望なんて——

 

 「……失礼する」

 

 「——むぐぅっ!?」

 

 ……唐突に、俺の思考は遮られた

 理由は簡単だ。……令音さんに、飲まずにいたコーヒーを流し込まれたからだ。溶けきっていない大量の角砂糖がぎっしりと詰まったコーヒーをな……

 それによって、俺は思考の渦から引き上げられる事になる。喉に詰まった角砂糖に咳き込みつつ、一体急にどうしたのかと令音さんに向き直るのだった

 

 「ケホッ! ケホッ! ——な、何ですか急に!?」

 

 「……すまないな。心ここに在らずと言ったようだったので、少し気付けを——」

 

 「気付けどころか窒息死しそうだったんですけど!?」

 

 「……まぁ、そんなときもあるさ」

 

 「寧ろそれしかないでしょうこれ!? こんなの飲めるのなんか——」

 

 「……? 私は飲めるが?」

 

 「…………」

 

 そういやそうですよね……令音さん、まるでそれが当たり前かのように飲み干してますもんね…………前々から思ってたんだけど、令音さんて何者なんだ? その……生物的に

 だって睡眠導入剤やら胃薬やらを異常なまでに摂取しておきながら、全く異常がないかのように平然としているんだぞ? 最早人間かを疑うぞ……

 というか令音さんは極端すぎる。なんでこう……大量に摂取すれば効果が出るという考えになるのだろう? 流石に限度があるでしょ限度が

 

 「……一先ず、対応策はこちらで考えておく。シンは明日のデートに集中してくれ」

 

 「……大丈夫、なんですか?」

 

 「……今は頭の隅に留めて置くだけでいい。…………まだ、猶予はあるからね」

 

 「……はい? 今、何か言いました?」

 

 「……明日、琴里の事を頼んだよ。シン」

 

 「え? ——あ、はい。わかってます」

 

 千歳の事は令音さんに任せよう。現状、俺にはどうすることも出来ないんだし、今は令音さんが言ったように琴里の事がある。まずは琴里の霊力を封印する事が先決だ

 ……何か最後に言っていたような気がするけど……俺の気のせいだったのかな?

 

 そしてそこで俺と令音さんの密談は終わったのだった。——様々な問題を残して…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……不味いな。予想以上に”ゆりかご”の”心蝕”が進んでいる…………一つ、策を講じるべき、か」

 

 




あれもこれもそれも、全部”無自覚”って奴の仕業なんだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「自制心を持とう? 知ってる」

メガネ愛好者です

デアラの画集を見てたら絵を描きたくなってしまった……

そんな訳で、申し訳程度の挿絵を今回入れてみました。ちょっと明るさを調整してるので見やすいとは思いますが……シャーペン描きなので、消した後とか筆跡も見やすくなっているんですよね……それさえなければなぁ……

それでは


 

 

 ——ある日、少女はそこにいた

 公園の一角、周りで同年代の子達が遊んでいる中……少女は離れたところで座り込んでいた

 木陰の下、時に何をする訳でもなく座り込んでいる少女を気に掛ける子など周りにはおらず、ただただ一人、少女はその場に座り込んでいる

 

 ——そんな少女の元に、一人の少年がやってきた

 

 『何してるんだ?』

 

 『——え?』

 

 それは純粋な疑問だった

 少年は少女の事を知らなかった。だから勿論、少女が周りの子達から仲間外れにされていることなど少年には知りようもなかったのだ

 

 そんな少年の問いかけを前に、少女は呆気に取られてしまう

 他の子にはない特徴を持っていただけの事で、周りの子達は少女に寄り付こうとしなかった

 だから少女は今日もまた、何をする訳でもなくただ一人で過ごすのだと思っていた。……人から話しかけられるなんて思っても見なかった

 

 そんな少女の心中も知らず、少年は自然体に少女へと接していく

 例え少年が少女の事情を知っていたとしても、少年がすることは変わらなかっただろう

 だから……この二人の出会いは、来るべくしてなったものだった

 

 

 『俺は————————って言うんだ。君は?』

 

 『私は————————』

 

 

 この日を境に、少女は一人ではなくなった

 それと言うのも、少女の傍にはいつも少年がいたからだ

 頼まなくても来てくれる。いつもと同じ場所、同じ時間に少年はやってくる

 時折少年の妹もやってきて、三人で遊んだりすることが多くなっていった

 楽しかった。何の変化もなくただ過ぎ去っていただけの時間を、少年は簡単に変えてしまった

 

 周りから距離を置かれ、孤独だった自分の手を引いてくれた少年

 そんな少年と、その妹と過ごす時間が何よりも心地良く、ずっとこんな日々が続けばと少女は願っていたのだった……

 

 

 

 

 

 ——”あの日”が訪れるまでは——

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 「ふあぁ…………ん、まだ4時か……」

 

 先日早めに就寝したせいか、いつもよりも早い時間に起きてしまった

 妙に意識が鮮明で、二度寝をする気にはなれそうにない。まぁ今日の事を考えると、心構えをする時間があるのは喜ばしいが……

 

 

 

 俺こと五河士道は——今日、妹とデートします

 

 

 

 ……文面が酷いな。いや間違いではないんだけどさ? もっとこう……控えめな言い方はなかったのだろうか? これでは妹に欲情する変態兄貴みたいじゃないか。決して違うからな? 琴里は確かに可愛いとは思うけど、だからと言って妹に欲情する訳がないじゃないか。妹に手を出すなんて兄として失格だ。……妹とデートするってところには突っ込まないでほしい。これも琴里の為なんだ

 

 先日、令音さんとの密談を終えた俺はすぐに床に就いた。今日の為にも寝不足になんてなってられなかったからな。疲れを残していたせいでデートに支障をきたすなんてしたくない

 今日のデートは必ず成功させなければいけない。前回の狂三とのデートは結果的に失敗に終わってしまったが、今回ばかりは何が何でも成功させなくてはいけなかった

 今日の内に琴里の霊力を再封印しなければ、琴里は自身の霊力に耐え切れなくなり破壊衝動に呑み込まれてしまうだろう。そうなってしまえば、琴里が琴里でなくなってしまう可能性があるんだ

 後はない。今まで以上のプレッシャーが身に降りかかってはいるが、そんなことで根を上げてなんかいられない。俺は琴里を救うんだ、絶対に……

 

 「待ってろよ、琴里……」

 

 窓のカーテンを開け、その先に見える晴れ渡った空に視線を向ける

 そこにいるのかはわからない。目に見えない以上何とも言えないが、きっと今も空にいるのであろう〈フラクシナス〉に……そして、その中にいるであろう琴里を見据え、静かに決意を固めていくのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決意改め、今日の支度をする為にベッドから出て着替えていると——

 

 

 …………———、——…………

 

 

 「…………ん?」

 

 着替えている最中、俺の耳に何かの物音が届いた

 耳を澄ますと僅かに聞こえてくる何かの物音。微かにしか聞こえないのでそれが何の音なのかはわからないが……その物音に、俺は眉をひそめるのだった

 

 (おかしい……今は俺しかこの家にはいない筈……?)

 

 俺は微かに聞いた物音に違和感を感じた

 琴里は〈フラクシナス〉にいる。十香だって今は精霊マンションにいるし、詠紫音も昨夜は四糸乃の方に行っている。だから今、この家にいるのは俺だけの筈なのだ。決して何の脈絡もなく物音が響くなんてことはあり得ない

 

 「……確かめてみるか。気のせいだといいんだけど……」

 

 早々に着替えを済ませた俺は音の発信源へと静かに向かった

 あまり考えられないが、もしかしたら空き巣かもしれない。もしもそうだったらこのまま放置なんて出来る訳がないだろう

 流石に俺だけで何とか出来るとは思っていないが、上手くいけば隙を見て令音さん達に連絡を取ることぐらいは出来るし、運が良ければ不意をついて撃退できるかもしれない。ともかく、見す見す見逃す理由は無いのだ

 

 「全く……なんで今日に限って……」

 

 これから琴里とのデートが控えているというのに、何故俺はこうもトラブルに巻き込まれやすいんだ? ……なんか世界の理不尽さを感じるよ

 そんなことを考えつつも、辺りを警戒しながら俺は音の発生源——一階の洗面所へと歩みを進める

 その道中には特に変わった様子はなく、荒された形跡は一切ない。玄関や窓も鍵が閉まっているところを見るに、空き巣ではなかったのだろうか?

 目立った形跡がない事で、俺の警戒は多少なりとも下がっていた。もしかすると、棚の上に置いてあった物がたまたま崩れ落ちただけなのかもしれないな。そう考えてしまったところで、俺はすっかり安心してしまった

 

 そして、俺は物音が聞こえた洗面所の扉を無用心にも開けてしまう。その時には既に、誰かが中にいるだなんて考えもしなかった

 

 

 「————は?」

 

 

 この時……俺はもう少し気を引き締めるべきだったのだろう

 起きたばかりでまだ目が覚めきっていなかったのか、それとも単に気が緩んでいただけなのか……

 扉を開ける前に気づけることだってあった筈だ。何より、何故確認する前に誰もいないと確信づけてしまったのかを自分自身に問い質したいところだ

 

 

 「……え? ——あっ、い、五河!? もう起きて……っ」

 

 

 扉を開いた先にあった光景に、俺は暫し呆気に取られてしまった

 

 風呂場へと繋がる扉の前——そこに”彼女”はいた

 洗面所には風呂場から流れてきたであろう湯気がこもり、ほのかに漂う石鹸の香りが俺の鼻孔をくすぐってくる

 そして、反射的にその香りが漂う発生源へと視線を向ければ……そこには麗しい肢体を晒す少女の姿があった

 肌は上気し、濡れた体から滴り落ちる雫が光に照らされ、そのスラリとした体躯を惹きたてている

 その()()()()()も、風呂上がりのせいか普段以上に艶やかさを増しているし、それに加え、濡れているせいか無造作に伸ばされていた髪がある程度のまとまりを見せていた

 

 そんな、健全な男子高校生にとって目の保——ゲフンゲフンッ! 目に毒な姿を晒している彼女——

 

 

 

 「な、ななな——っ、なんで千歳がここにいるんだ!?」

 

 

 

 ——千歳が、一糸纏わぬ姿でそこにいた

 

 あまりの事態に頭が追い付かない。一体全体なんでこんな状況になっているのかわからない。……と言うか考えるだけの余裕がない

 以前にも風呂上がりの彼女とは会っているが、今回はそれの比ではないだろう。あの時は軽装とはいえ服を着ていたのに対し、今は何も身に纏っていない

 ヤバい。この状況は俺の精神衛生状よろしくないっ! なんか以前にもこんなことがあったような気がしなくもないが、今はその時の事を思い出している暇なんかない! 寧ろ思い出したら思い出したで今の俺には追い打ちだよ馬鹿野郎!!

 

 「あー……すまん、事情は後で話すからさ……あんまジロジロ見ないでくれないか? 流石に見られ続けるのは……その………ハズイから」

 

 「——ッ、す、すまんっ!!」

 

 俺が頭を混乱させていると、そこに千歳から声をかけられた

 その内容から、頭を混乱させつつも俺の視線が千歳の裸体を見ていたことに気づかされ、慌てて洗面所から退散するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず……お風呂、お借りしました」

 

 「あ、はい……って待て待て、他に言う事があるだろ」

 

 「あー……うん、そうだよな。ははは……」

 

 五河家のリビングにて、士道と千歳は先程の件について話し合い始めるのだった

 あれから千歳は早々に身嗜みを整え、いつものパーカー姿になっていた。普段なら色気のない服装だと思うところだが、風呂上がりな事もあって千歳の肌は未だに上気している。それによって服に隠れていない首元や手足などがほのかに赤く染まっていて、それがどうにも色気を惹きたてていた

 その上今日は十香達を監視する役目がある為か、視界を広げる為にヘアピンで前髪を上げている。つまり、普段から前髪によって隠れている素顔が表に現れているという事だ。加えてその頬は他と同様ほのかに赤く染まっているのが伺えるだろう

 

 そんな千歳の姿を前に、士道は時折千歳から視線を逸らす事でどうにか気持ちを落ち着かせているのが現状だった

 それに対し、流石に先程の件を誤魔化す訳にもいかないなと考えた千歳は、普段からあまり使う事のないヘアピンの位置を正しつつ、気まずそうに士道から顔を背けながら口を開くのだった

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 「この時間帯なら五河が起きる前にお風呂を済ませられると思ったんだけどなぁ……まさか五河の主人公補正がここまでとは思わなかったわ」

 

 「いや、なんでそこで主人公補正の話に繋がるんだよ?」

 

 「そりゃあお前、主人公補正にはこう言ったスキルがあるからだろ。——ラッキースケベって奴がよ」

 

 「そんなスキルあってたまるかっ!!?」

 

 「……心当たりが無いと?」

 

 「…………」

 

 ありすぎて否定できなくなった士道なのであった

 

 千歳の指摘によって黙り込んだ士道の反応から、千歳は「やっぱりかぁ」——と言った感じの顔を士道に向ける

 別に嫌味ではない。ただ千歳が面白がっているだけだった。……まさか自分も被害にあうとは思っていなかったと、内心で何とも言えない気まずさを秘めながら

 

 「と、とにかく! なんで千歳は家の風呂を使ってたんだ? 別に帰る家がないって訳じゃないんだろ?」

 

 「それは……あー……」

 

 千歳の言葉に反論出来なかった士道は、無理矢理に本題へと移る事にした。これ以上話していたら、千歳がなんでここにいるのか、なんで風呂に入っていたのかを誤魔化されると思ったからだ

 そんな士道の言葉に対し、今度は千歳が言い淀み始めた。あまり話したくないのか、それとも話しずらい内容なのか……千歳の反応から、士道は急かし過ぎたかと不安になってくる

 しかし、数秒の間を置いた後、千歳は士道の求める答えを述べ始めるのであった

 

 「まぁ……あれだ。昨日、夜遅くまで出歩いてたからお風呂に入ってなかったんだよ。それでその……魔が差したっていうか、なんていうか……」

 

 「だからって他人の家の風呂を無断で借りるか?」

 

 「そこはほら、俺が自重するとか似合わねーし」

 

 「少しは自制心を持った方がいいと思うのは俺だけか?」

 

 「五河は間違ってねーぜ? だって俺もそう思うもん」

 

 「ならなんで自制しようとしないんだよ!?」

 

 「それが俺だからだよ!!」

 

 「理由になってねぇのになんでこんな説得力あんの!?」

 

 いざ話が始まったと思えばすぐに脱線する。今日も千歳は平常運転のようだ

 

 とはいえ、千歳が最初に言ったことは本当だ

 昨日。千歳は折紙の家を後にした後からつい先刻まで、とある場所に足を運んでいた。その為、千歳は昨晩入浴する事が出来なかったのだ

 そんな千歳が足を運んだところと言うのが——

 

 「まぁなんだ……オーシャンパークに行ってたんだわ。ついさっきまでさ」

 

 「……はい?」

 

 「要は下見だよ。五河は令音さん達の支援があるから問題は無いのかもしれねーが、俺はオーシャンパークの中を全く知らねーんだ。十香達の事を見ているとは言っても、行く先にどんな施設があるのか知ってねーと何かと不便だろ? 誰かがはぐれた時なんかも、何処に何があるのか知ってるだけで結構違うもんさ」

 

 そう。千歳は昨晩、オーシャンパークに赴いていたのだ

 その理由も今しがた千歳が述べたように、施設内部の構造を知る為だ。その全てを把握するのに、千歳は一晩を費やしてしまったせいで風呂に入れなかったという訳である

 

 千歳は令音から今回の事を頼まれたことにより、そこで初めてオーシャンパークの存在を知った。だから千歳は、オーシャンパークがどういった構造なのかを全く知らないのだ

 施設内がどうなっているのかもわからないのに、率先して十香達を先導出来るほど千歳は万能ではない。千歳だって知らない事は知らないし、出来ないことは出来ないのだ。精霊になったとしてそれは変わらない。そう考えると、当日に予備知識もなく向かうのは流石に無謀だと考えたのだ

 

 だから千歳はオーシャンパークの予備知識を蓄える為、実際に行って確認する事にしたのだ。【(ビナス)】による瞬間移動であっという間にオーシャンパークまで移動し、中に入るのもガラス窓越しに【(ビナス)】を使って簡単潜入。警備員に対しては【(ケテルス)】を使って彼方から見えないようにした。後は【(ティファレス)】のモニターを片手に、施設内の見取り図や設備の機能を確認しながら歩いて回るだけの簡単で面倒な作業である

 水着を買いに行ったという事は、今日千歳達が赴くのは主に屋内のウォーターエリアだろう。そう予想した千歳はウォーターエリアを中心に見て回り、念のためにと屋外にあるアミューズエリアも一通り見て回っていたのだ

 施設の規模から考えても、一晩で全てを見て回るのには流石に無理があっただろう。しかし、それは千歳に対しては当てはまらない事だ。【(ビナス)】で余計な移動時間を短縮すればいいだけの話なのだから。……途中、千歳が温泉エリアで足を止めてしまったが、そこを追求するのは野暮と言うものだ

 

 「——そんで、一通り確認が終わったのがついさっきなんだよ。正直時間をかけすぎた感が否めねーけど……まぁ、やらねーよりはマシってもんだ」

 

 「…………」

 

 「……あれ、どうしたんだ五河? そんな素っ頓狂な顔なんかして」

 

 「いや、なんつーか……千歳がそこまで考えてるとは思わなくてさ。正直意外だった」

 

 「……それは普段から俺が何も考えてない奴だって言う認識だったってぇことで、いいんかねぇ?」

 

 「あ」

 

 あまりに珍しい行動をした千歳に対してつい本音が漏れてしまう士道。自身の失言に気づき、思わず言葉に詰まってしまった

 そんな士道の反応から、千歳は溜息をつきながら再び言葉を紡いでいく

 

 「……まぁ間違っちゃいねーさ。俺はあんまり考えて行動するってことをしねーからな。考える暇があるなら動けってやつだわ、ははは」

 

 千歳は士道の失言に怒りを感じた訳ではないらしい。寧ろそれを肯定し、あっけらかんとしている様子から別に気にしていないことが伺えるだろう

 ……しかし、注意深く千歳を見ていたのならある事に気づく筈だ。——一瞬、千歳の顔に陰りが差したことを……

 

 「…………」

 

 「なんだよまた黙り込んで。別に気にする事でもないだろうに」

 

 「……まぁ、千歳が気にしてないんならいいんだけどさ」

 

 一瞬の事ではあったが、その陰りを見逃す士道ではなかった

 先程の会話の中に、千歳は何かしらの悩み、もしくは不安を抱いてしまったのではないだろうか? そうでもなければあのような……思いつめた表情をする訳がない

 しかし、それに俺が踏み込んでいいんだろうか? ——そう士道が考えたところで、士道は先日の令音との会話を思い出すのだった

 

 『……今後しばらくの間、チサトに深入りするのは控えた方がいいだろう。例え気になる言動があったとして、下手に踏み込めば最悪チサトは反転してしまうかもしれない。幸い、霊力値は下がるが()()()()()()()()()()ので無理に避ける必要は無いだろうが……注意はしてくれ』

 

 令音の忠告を思い出した士道は、喉まで出かかった追及の言葉を飲み込んだ

 令音が言う様に、千歳が何をきっかけに反転するのかはわかっていない。それがわからない以上、士道はどうすることも出来なかった

 

 ——しかし、それでも聞いておかなければいけない事が士道にはあった

 それは士道が今現在、最も気になっている事である。おそらく今聞かなければ、今後それを聞く機会がなくなってしまうであろう

 士道は意を決し、千歳にそれを追及する。覚悟を持って聞いたその案件とは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「下見はともかくとして……なんでそこでうちの風呂に入る事になるんだよ」

 

 「うぐっ」

 

 ——千歳が何故五河家に赴き、勝手に風呂を利用したのかだった

 それは割とどうでもいい事ではあるのだが、流石に疑問のままにしておくことも出来なかった

 下手をすれば、今後も千歳は五河家の風呂場を利用するかもしれないのだ。もしもそれを知らず、また今日みたいなことが起きたとして……士道は理性を保てるだろうか?

 士道も男だ。例え千歳にその気はなくとも、あんな姿を見せられては堪ったものではないのだ。我慢するこちらの身にもなってほしい

 

 だからこそ士道は千歳に理由を問い詰めたのだ。何かの拍子に……間違いが起きてしまっては遅いのだから

 

 「えーと……その……それはだなぁ……あー…………」

 

 そんな士道の追及に、千歳は本日最長の言い淀みを見せたのだった

 それを言う事に一抹の不安を感じているのか、千歳は一旦士道から顔を逸らしてしまう

 まさかそこまで答えにくいものなのか? そんな疑問に首をかしげつつ、士道は千歳の返答を待つのであった

 

 「……五河、お前に伝えないといけない事があるんだ。……お風呂はそのついでだ」

 

 「え? 俺に?」

 

 「あぁ」

 

 ようやく言う決心がついたのか、千歳は改めて士道に向き直り……先程までにはない真剣な表情で語り掛けてくる。……そっと付け加えるようにして風呂を使用した訳も話すが、最早士道の耳にその言葉は届いていないだろう

 急に雰囲気が変わった事で、士道は一瞬怯んでしまうも、その真剣な表情を前に士道も気を改める。どうやら真面目な話らしい

 そして二人がお互いに気持ちを切り替えたところで、千歳の話は再開する

 

 「詳しくは言えない。これは実際に会ってから、”あいつ”と向き合った方がいいからな…………だから、警告だけしておく」

 

 「警、告……?」

 

 千歳が一体誰の事を言っているのか、士道が知る事になるのはまだ先の事だった

 千歳は”彼女”の事を士道には言わない。今日、おそらく士道達の元にやってくるであろう”彼女”が、何を目的にし、何を成すのかを千歳は士道に告げることはないだろう

 何せ、もしもそれを士道が聞いた場合、士道はきっと琴里の事を優先するだろう。”彼女”との接触を望まないだろう

 しかしそれでは”彼女”が抱く、長い年月によって膨れ上がったあの感情を晴らすことが出来なくなってしまう。そうなってしまえば、”彼女”が抱える闇はこれからも徐々に膨れ上がっていき、いずれは——自壊する

 

 最早千歳にとって、”彼女”は他人ではなくなっている。本人に自覚はまだないが、千歳は無意識の内に”彼女”の事を——受け入れていた

 だから千歳は”彼女”の為に動いている。自分なりのやり方で、”彼女”の心を救おうとしているのだ

 

 

 

 例えそれが——

 

 

 

 「五河は……五河妹とは別に、向き合わなければいけない奴がいる。もしもそいつが五河の都合が悪い時に現れたとしても——絶対に目を逸らすな」

 

 

 

 ——士道達を利用する事になったとしても

 

 

 

 一切の揺らぎを感じない、まっすぐな言葉が士道へと突き刺さる

 最早それは警告ではない。その言葉に帯びた威圧からして、千歳は士道を脅しているようなものだった

 逃げるな。どんなことがあろうとも、”彼女”に背を向ける事は許さない。——そう千歳が言っているようで、思わず士道は息を呑んでしまう

 もしもここで逃げてしまえば、千歳との関係はここで終わってしまうだろう。……そんな予感が脳裏によぎり、士道の緊張は最大にまで高まっていく

 

 千歳は微動だにすることなく士道を見据えている。あまり見る事のない千歳の深緑色の瞳には、緊張に固まる自身の姿が写っていた

 その瞳に映る自身の姿を見た士道は……一泊おいて、答えた

 

 「……あぁ、約束する」

 

 「……いいんだな? いざその時になって後悔しても——」

 

 「後悔なんてしない。例えその子が俺に無関係な子だったとしても……俺にしか出来ない事なら、見て見ぬふりをするなんて、俺には出来ない」

 

 「…………」

 

 きっと士道は、千歳が誰の事を言っているのか分からないだろう

 しかし、そこに士道の助けが必要であるのなら……士道が手を伸ばさない理由がない

 士道は迷わず手を差し伸べる。誰とも分からない者に対しても、士道はきっと相手を救おうとするのだろう。——それが五河士道なのだから

 

 士道の答えに千歳は確認を取る

 士道が約束するのであれば、最早後戻りは出来ないだろう。この先に待ち受けるであろう”彼女”との衝突を回避することが出来なくなってしまう

 しかし、士道の考えは最早変わる事が無いだろう。そうすると決めてしまった士道に、撤回の二文字は存在しない

 

 「……あいつを救ってやってくれ。頼んだぞ——()()

 

 「————っ!」

 

 五河の決意を前に、その決意を感じ取った千歳は士道に改めて頼み込む

 満足のいく答えは得た。それに満足した千歳の顔には————慈愛に満ち溢れた微笑みが浮かべられていた

 まるで慈母を思わせるかのような千歳の微笑みに、士道の胸の高鳴りが跳ね上がっていく

 その上、同時に自身の名前を自然に呼ばれた事で士道の動悸は激しさを増した。もしもこれを千歳が狙ってやっているのだとしたら、中々にあざとく感じる事だろう。……まぁ実際は無自覚であろうけども

 

 士道は目の前にいる千歳に、千歳が見せた微笑みに見惚れてしまっていた。十香達とは違ったその魅力に慣れていない士道が、思わず見惚れてしまうのも無理はないだろう

 ——しかし、今はその感情に身を任せる時ではない。千歳の言葉に対し、明確に返答しなければ示しがつかないと言うものだ

 だから士道は高鳴る胸の動悸を抑え込み、千歳の頼みに返答を返すのだった

 

 

 「——あぁ、任せとけ!」

 

 

 その力強い返答は、しっかりと千歳の胸に響いたことだろう

 彼になら”彼女”を任せられる。他人任せになるのはどうにも口惜しいが、これで”彼女”の心が救われるのであれば……誰が救ったなど些細な事だろう

 

 どうかその真っすぐな心が”彼女”の心に届きますように————そう柄にも無く願う千歳なのだった

 

 




以前に投降した千歳さんの人物像と今回の挿絵に差があるというね……まぁいいか
とりあえず、私が思い浮かべる千歳さんのイメージ像は今回の挿絵に固まっています
勿論皆様方のイメージを尊重してもらって構いません。ただ参考に、というものです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「気を緩めすぎだって? 知ってる」

どうも、メガネ愛好者です


千歳さんは今回、水着を着ないと言ったな?


アレは嘘だ


 

 

 「おおお! 凄いなこれは! 建物の中に湖と山があるぞ!」

 

 「み、水が、いっぱいです……!」

 

 目の前に広がるプールやアトラクションの数々に、十香と四糸乃は目を輝かせている。二人の反応を見るに、こういった施設に来るのは初めてなのかな? 水着を買いに行く時も、十香と四糸乃は水着が何かわからなかったぐらいだし…………まぁいいか。別にそれが悪いって訳じゃないし、俺が気にしてもしょうがない。とりあえず十香達が満足すれば万々歳だ

 

 

 

 ——さてと、やってきましたぜオーシャンパーク。今は屋内のウォーターエリアにて、先日各々が選んだ水着を身に纏ったうえで集まってます

 この場に集まっているのは五河の家の隣のマンションに住んでいる十香達三人と、最早溜まり場と化したあの部屋に居座るくるみん達三人、そして俺を含めた計七人だ。ゲームとかなら二組ぐらいパーティーが出来る人数だな

 まぁせっかく遊ぶんなら人数は多い方がいいだろう。都合の良い事に、今の時季はプールに入りに来る人などそうはいない。周囲を見渡しても然程人はいないのだし、この大所帯で行動しててもそうは迷惑にならないさ

 これなら俺の負担もある程度は軽減されるだろう。人が多ければ多い程、こう言った場所ではトラブルが付き物だから、今の状況は俺にとって好ましいのだ

 よし、これなら少しぐらいだらけても問題はないだろう。最近はどうにものんびりする暇がなかったし、こういった時間を有効に使おうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほらほらお母様、ワタクシ達も十香様達に続くとしましょうか」

 

 「……だるい」

 

 「ほーらっ、せっかく()()()()()()()()()()私達と泳ぎましょ? ねー千歳さん♪」

 

 「……なんでこうなったのかな?」

 

 「あんたの自業自得よ、バカ」

 

 

 ——まぁ、そんな時間なんて俺には与えられてないんですけどね。はははは……

 

 

 この場には、水着を身に纏っている少女が……()()いる

 

 藤色の一般的なタイプのビキニを着た十香

 淡いピンク色のワンピースタイプの水着を着た四糸乃

 白いラインの入った黒のタンキニを着たよしのん

 紐が首の前で交差している白色のビキニを着たくるみん

 月のような淡黄色のバンドゥビキニを着たミク

 橙色を中心とした花柄のフレアビキニを着た七罪

 そして——

 

 

 「とても良くお似合いですわ。流石はお母様です!」

 

 「ですねー。やっぱり千歳さんは普段からオシャレをするべきですよー」

 

 「めんどくさいでござる」

 

 「ホント、不公平な話よね。人が悩んでる事を身嗜みを整えただけでさも当然のように実現させてくれちゃってまぁ……」

 

 「なんかごめんなさい」

 

 

 

 ——藍色のチューブトップを着た千歳()だった

 

 

 

 おかしいなぁ……俺はプールに入る気なんて、ましてや水着を着る気なんてなかったのに……なんで着ちゃってるんだい千歳さん?

 ……うん、わかってる。わかってるんだ。こうなったのも全て、俺の自業自得なんだってことは重々わかってるんだよ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——それは数時間前に遡る——

 

 五河に要件を伝えた後、俺はとりあえずそのまま五河家に居座って十香達が来るのを待ってたんだわ。どうせ五河達と目的地は同じなんだし、せっかくだから一緒に行こうかなって思ったのが事の発端だ。後は俺がいる事に驚く十香達の顔が見たかったってのもあるかな? 十香辺りは気持ちの良いリアクションをしてくれるだろうからね。ちょいとばかし悪戯心を刺激されてしまったのだ。仕方ないね

 そんな理由で朝食の準備をしていたところでやってきた十香達は、案の定俺がいる事に驚き半分、嬉しさ半分と言ったようなリアクションを見せてくれた。花開くかのような三人の笑顔はとても微笑ましく眩しかったです。守りたい、この笑顔

 

 あ、因みに朝食の準備は俺も手伝ったよ。ただ待ってるだけってのも暇だったし、俺と話してたせいで時間も結構経ってたからな

 そんな訳で、基本的に俺が五河の指示の元に二人で朝食を作ってたんだが……ここで一つ、驚くべき事実が発覚した

 

 ——五河が俺なんて目じゃねぇ程の家事スキルを持ってやがったんだ

 

 料理に洗濯、掃除も出来ると主婦要らずなスキルの数々を、俺は目にすることとなった

 特に目を惹いたのは料理の腕前だな。五河が手早く作ったオムレツが予想以上に美味かったのが印象的です。最早店に出せるんじゃねーかってレベルについ無言で食べ進めてしまったよ。十香達はあれを毎日食べてるのか……少し羨ましいかも

 

 そんな五河の腕前に、俺はどうやったらここまでの技術を身につけられたのかを何気なしに聞いてみたんだが……そこまで特別な理由は帰ってこなかったわ

 どうやら五河達の両親は、多忙なのか普段から家に帰らないみたいなんだ。それで五河が親御さん達の代わりに家事を肩代わりしていたら、自然とここまでの腕になったのだという

 なんかデジャブ——ていうか前世の俺と似た理由だったわ。俺の方も仕事の都合で両親はほとんど帰ってこず、その間の家事は俺がほとんどこなしていたからね。なんか五河に親近感を覚えてしまった瞬間だった

 因みにだけど、俺が手伝うって言った時、五河は予想外だったのか驚きに声を上げていた。てっきり食べる事しか出来ないと思ってたんだろうね。失礼な奴め

 まぁしょうがないっちゃしょうがないか。俺自身、自覚があるぐらいにはガサツな性格だからな。五河が意外に思っても不思議な事じゃあないだろう

 それに、俺は何処まで行っても「人並み程度には作れる」ってしか答えられないからそこまで言い張れる事でもねーんだわ。元から言い張る気なんてないけど、一応確認の為に言っておく

 ……ただ、やっぱりなんか納得出来ないところはある。俺なんていくら作っても平凡以上の出来にしかならないって言うのに、五河は作るごとに腕を上げていって……不公平じゃね? これも才能の差って奴なのか? なんか悔しい……

 

 ——っと、話がそれたな

 とりあえずだ。俺は五河家で朝食を済ませた後、時間を見て待ち合わせ場所に向かったんだ。勿論五河達も一緒だ

 その道中、十香達とは様々な話を交わした

 俺もそうだが、十香達は十香達で話したいことが山ほどあったらしい。今の生活の事とか学校での事などを中心に、四人で話を盛り上げていった。五河はそんな俺達の会話の邪魔にならないようにと、一歩下がったところで眺めていたみたいだけど……別に邪魔だなんて誰も思わないだろうから、気兼ねなく会話に混ざればよかったのにって思うのは俺だけじゃない筈

 

 そうして俺達が和気藹々と待ち合わせ場所に向かっている最中に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おがあざまああああああ!! ご無事でずかああああああ!!」

 

 「うわああああん!! 千歳さんっ、よかったですぅぅぅぅぅ!!」

 

 「ちょ——どうしたお前等!? 何なの急に!? なんで二人共俺を見た瞬間大号泣すんの!?」

 

 「私が言えるのは…………全部あんたが悪い」

 

 「なんでぇ!?」

 

 ——顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにさせながら俺の元に突っ込んでくるくるみんとミク、その後ろから呆れた表情で辛辣な言葉を突き付けてくる七罪と合流するのであった

 

 何故こうなったのかと言うと……七罪の言う通り、俺が原因だったんだ

 昨日、俺達(正確には俺だけ)が鳶一と遭遇した時に、俺はくるみん達をあの場から離脱させた。ミクと七罪が精霊だとバレていないかもしれないのだから、無暗に鳶一と会わせるのは不味いかなって思った故の行動だ

 そこまでは良かったんだ。でも……その後の俺の行動が問題だった

 

 その後、俺は鳶一と言葉を交わし合い、オーシャンパークの下見に行った後は五河家に直行した。——くるみん達へ何の連絡もしないままに、だ

 

 つまり、くるみん達はあの後からずっと俺の帰りを待っていたんだ

 下手に鳶一を刺激しては何があるかわからないと、くるみん達は部屋で待機し、俺の無事を祈りながら待っていたんだ

 しかし、朝になっても俺は帰ってこなかった

 それに流石のくるみん達も不安を覚え、こうして探しに来てくれたのだという

 

 …………うん、本当にすまなかった

 スッカリ頭から抜け落ちていた。あの時はもう鳶一の事で思考のほとんどを持ってかれてたからな。他は五河妹の事だったり明日の事だったりと、目の前の事ばかりに気を取られていた

 別に俺は三人に迷惑をかけようとか、心配をさせようなどとは考えていない。俺の事を慕ってくれる三人を邪険に扱おうだなんて、そんなことは望まない。……ただ、良かれと思ってやっていることが、どうにも裏目に出てしまうのだ

 俺が何かしようとする度に、俺の気づかないところで何かしらの問題が起きてしまう。その結果、思わぬ迷惑をかけてしまうようなんだ

 考えが浅いってことなんだろうけど、俺としては深く考えた上で動いてるつもりなんだけどなぁ…………もしかして、俺は何も考えずに突ッ走った方がいい結果を出せるタイプなのかも。……え? 余計に悪化するって? 知ってる

 

 とにかくだ。くるみん達に迷惑をかけてしまった以上、俺は出来る限りの誠意を彼女達に見せるべきだと思ったんだ。それが筋ってもんだからな

 そんな訳で、俺は三人に深く謝罪した後、今回の事を何かしらの形で償うと約束しました。簡単に言えば、三人のお願いをある程度なら叶えると言うものだ

 今の俺に出せる手札なんてこれぐらいしかなかったからな。何でもとは流石に(何をされるかわかったもんじゃねーから)言えないが、ある程度ならくるみん達の要望を無条件で聞くつもりだ

 一人につき一回。有効期限などはなく、困った事や叶えたい事があった時にいつでも使えると言うこの提案を、三人は渋々と言った感じで了承してくれた。それでも迷惑をかけてしまった頃で、多少物腰が低くなってしまっている千歳さんである

 

 

 ——そんな訳で、俺はこうして水着を着させられているという訳だ

 

 

 ……え? だからなんで水着を着てるのかだって? そんなの今の提案を早速使われたからだよ

 流石に予想外だわ。まさか俺に水着を着させたいが為に使うとは思わなかった。もっと何かマシな願い事は無かったのだろうか……あ、因みに今回の願い事はミクによるものだ。晴れ晴れとしたいい笑顔で言って来たわ

 うーん……気のせいかな。なんかさ、上手い事こうなる様にと誘導されたような感じがするんだよなぁ。だってあんなに泣いてた筈のくるみんとミクが、俺からの提案を聞いた瞬間にすぐさま泣き止んだんだもん。「まぁいいでしょう」とか「仕方ないですねー」とか言って渋ってた割に、二人の様子は生き生きとしてたからな。……まぁ今回は俺に非があるから甘んじて受けるけどさ

 

 因みに、俺が今着てる水着は先日ミクが最終的に選んだ水着のようだ。思ってたよりもデザインはシンプルな感じで、下はショートパンツタイプだったから抵抗感も然程ない。だからまぁ……別にいいかって思っちゃったんだよ

 勿論俺は、水着を着るだけで留めておくつもりだったよ? 皆を見守りつつのんびりしてようとは思ってたけど、遊ぶつもりなんてなかったさ

 でもな? そんな俺の考えを読んでいたと言わんばかりに、今度はくるみんが願い事を伝えてきたんだよ

 

 「先日ワタクシ達をほったらかしにしていた分、今日は目一杯構ってくださいまし。つまりはお母様もプールに入りましょう」

 

 「え……でも今日俺は——」

 

 「お・ね・が・い、ですわ♪」

 

 「でもなぁ……」

 

 「別に入るなとは言われていないのでしょう? ワタクシやミクちゃんもフォローいたしますので、どうかお母様も今日と言う日を満喫してくださいまし」

 

 「……わかった」

 

 ここまで言われたら……ね。断りにくいじゃん

 本心を言えば、俺だって皆とワイワイ遊びたかったさ。でも五河達の事を考えると、俺だけいい思いするのも気が引けたんだよ。それに、いつ何時トラブルが起きるとも限らない。遊んでたらそれに気づくのが遅れちまうだろ? つまり、俺は”遊ばない”じゃなくて”遊べない”んだ

 

 だから俺は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぃ~……あー……いいわコレ、すげーきもちぃ……」

 

 「あ、あの……お母様? その、申し上げにくいのですが……些か親父臭いですわよ?」

 

 「あー? いいだろ別によ~。プールには入ってるんだし、満喫もしてるんだから文句なんて言わせんぞー」

 

 「……なんだか納得いきませんわ」

 

 

 ——ジャグジープールにてのんびりする事にしたのでした

 

 

 プール内の側面から吹き出る気泡が俺の体を包み込み、何とも言えない心地良さを俺に与え続けてくる

 それはまさに極楽浄土。浸かれば浸かる程に体が引き込まれていくようなその感覚は、いわば無限の蟻地獄

 

 ハッキリ言おう。——もうなんかいろいろと、どうでも良くなってきたわ

 

 ずっとこのまま浸かっていたい。周囲のしがらみや悩みなんか忘れて、このままグータラしていたい。……あー駄目だ、このままだと駄目人間になりそうでヤバい

 ……え? 元から駄目人間だって? 知ってる

 

 「はふぅ……やっぱりお風呂って最高だわぁ…………あ、お風呂じゃなくてプールかコレ。……まぁどっちでもいいかぁ」

 

 (あ、でもこれはこれで……クフフッ、役得ですわねぇ。まさか、思わぬところでお母様の蕩け顔を拝顔する事になろうとは……)

 

 とりあえずはここでのんびりしつつ、十香達の様子を見ていよう。運が良い事に、ここはウォーターエリアの隣にある温泉エリアだ。精霊になってからは視力も高まってる為、見えてさえいれば【(ビナス)】ですぐに駆けつける事が可能だ。マジで【(ビナス)】便利すぎてもうこの能力さえあれば十分じゃね? って思えてくるよ。なんやかんやで他の力はあんまり使わんしな

 

 ……〈瞳〉、か

 他の精霊にはない俺だけの能力

 他の精霊にも影響を与える謎の能力

 おそらくは神様が与えてくれたもんなんだろうけど……最近、少し疑問に残る事があるんだよなぁ

 

 

 ()()()()使()()()()()()()()()

 

 

 別に天使と〈瞳〉で分ける必要は無かったんじゃないのかって思うんだよ。明らかに〈瞳〉ってこの世界にとって異質な力だし、俺以外の精霊は俺から〈瞳〉が譲渡されない限り使えない筈だ

 そもそもな話、封印されなきゃいけない程に危険な天使を何故神様は与えたし。意味がわからん 

 

 「……今考えてもしょうがない、か」

 

 一旦考える事をやめた俺は、顔を上に向けて天井に取り付けてある照明を何となしに見つめる

 別にこれと言った理由はない。ただ何となしに見つめているだけだ。……それなのに、何故か俺は呆然と見続けてしまう

 

 なんでだろうか……それがどうにも落ち着いてしまう

 何もせずただボーっとしている事が……酷く心を落ち着かせる

 お風呂に入る時や、昼寝をする時などの心地良さじゃない

 これはきっと——

 

 

 

 

 

 「……お母様、流石に気を緩め過ぎかと」

 

 「うん? ……っと、そうだな。流石にだらけすぎか」

 

 いかんいかん、あまりにも気持ち良すぎて緊張感が抜け落ちてたわ。これだと咄嗟の判断に支障をきたすな

 今日は何が起こるかわからない以上、あまり気を抜いてはいられない。特に鳶一に関しては尚更油断が出来ねーからな。もしもな事態になりかけた際、俺も介入せにゃならん

 さてと、んじゃ本来の役割を全うするとしますか

 

 「とはいうものの、ジャグジーに入り浸る事には変わりませんのね」

 

 隣からもの言いたげな目を向けてくるくるみんを無視しつつ、俺は再び十香達の様子を伺うのだった

 ……え? 真剣みがないって? 知ってる

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 ジャグジープールにて脱力しきった千歳のすぐ近く、フードコートにて早めの昼食を取るものがいた。七罪と美九だ

 彼女達は精霊である為、別に食事をとる必要は無いのだが……こういうのは気分の問題なのだろう。ミクなどは元が人間であると明確に自覚している為、必要がないからと言って食事を抜くことに抵抗がある様にも感じられる

 そんな彼女達二人は、ある一点に視線を送りながら用意されたサンドイッチを口に運んでいたのだった

 そして、その視線の先にあるものと言うのが——千歳だ

 

 「だらけきってるわね、あのバカ。きっと周りの視線に気づいてないわよ?」

 

 「そうですねー。ご自身がどんな表情をしているのか、全然気にしないところとか、まさに千歳さんって感じです」

 

 おそらく千歳は気づいていないのであろうが、彼女の周りにいる人間……異性同性問わず、通り過ぎる者達の視線は千歳に向けられていた

 言い過ぎではない。千歳の顔を知るものならわかるが、彼女は自身が思っている以上に整った顔立ちをしているのだ。それに千歳は気づいて——いや、自覚していない

 キリッとした目つきに形の良い鼻や口、各部のバランスも申し分は無く、それはまさに美少女と言える風貌であった

 普段の第一印象としては、凛々しくも可愛げのある雰囲気であり、言ってしまえば中世的な顔つきだ。男らしくもあり、女らしくもあるような特徴を持っている。故に千歳の顔つきと言うものは、異性は勿論、同性受けもするのだ

 

 そんな美少女が、無防備にも蕩けた表情を見せていればどうなるか? つまりはそういう事である

 

 「あんなんじゃそのうち襲われるわよ? あいつ」

 

 「千歳さんなら返り討ちでしょうけどねー。……まぁそれでも? 私としては、あんまり千歳さんの素敵なお顔を……そこらの有象無象に見せたくはないんですけどねー」

 

 「……あっそ」

 

 美九の言葉に、七罪はまるで興味が無いかのように相槌するが……その表情は、美九の言葉に反応してか、何処か険しかった

 

 

 その理由と言うのも——目の前でこちらに見向きもせず、恍惚な表情で千歳を見つめている美九にあった

 

 

 美九は不意に、あからさまな嫌悪感を、千歳に視線を向ける者達へと吐いていた。その瞳には千歳以外を映しておらず、その周囲にいる者など端から眼中に存在していないかのように映していない

 有象無象、まさにその通り。美九にとって、千歳と彼女が慕う者以外は全てが塵に等しかった

 

 

 ——だから美九は、幼い頃からの夢だったアイドルをやめたのだ

 

 

 千歳が傍にいない。千歳が聞いていない。自分にとって、最も大切な彼女がいないライブなど――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 美九にとって、最早千歳は無くてはならない存在だった

 彼女が欠けた時間など考えられない。彼女がいない事が堪えられない

 盲目的に、妄執的に、美九は千歳を想っている

 

 

 故に——誘宵美九は、”歪んでしまった”

 

 

 美九が千歳に向けるそれは、最早親愛の域を超えている

 普段は抑えているものの、それはまさに——”依存”であった

 今も尚、千歳が気づかぬところで美九は向ける。狂い歪んだ愛憎の想いを、千歳に悟られぬように向けている

 そう、”愛憎の想い”を……

 

 

 そして、そんな美九と同じ席に着く七罪もまた……歪み始めていた

 

 

 (……なるほどね。確かにこれは……下手に使われる訳にはいかないわね)

 

 美九の様子を見た七罪は、昨晩の事を思い出す

 駆瑠眠と美九に告げられた————千歳の()()()真実を

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 

 

 それは昨晩の事だった

 千歳が一人で単独行動に出ている際、三人は今日の事で話し合っていたのだ

 その話題と言うのが——

 

 「……ねぇ」

 

 「なんでしょうか? 七罪様」

 

 「……”アレ”は何?」

 

 七罪は駆瑠眠に問いかける。数刻前に千歳の身に起きた——()()の事を

 その問いかけを耳にした駆瑠眠と美九。その時の彼女達の反応は——普段見せるものとは決して異なるものだった

 

 「——っ」

 

 その二人の様子に、思わず息を呑んでしまう七罪

 それは今までに見た事が無く、普段からは想像もつかない変貌ぶり。そう思うのも無理はない

 

 

 二人の表情から、感情と言う感情が全て抜け落ちてしまったのだから

 

 

 それは人に向けていいものではなかった。人を人として見ていないその表情は、この数日の間で距離が縮まっていたと思っていた七罪の心を簡単に突き放そうとしていた

 そんな折に告げられた言葉。美九は黙り、駆瑠眠が紡ぐその言葉によって、七罪の離れ掛けた心は一時的に踏みとどまる事になる

 

 「……七罪様。一つお伺いしたい事があります」

 

 「な、何よ……」

 

 「七罪様は……お母様が好きですか」

 

 「…………ぅえっ!?」

 

 予想と反したその回答に、思わず七罪は変な声を上げてしまう

 きっと雰囲気からして「出て行け」などと言われるのだと思っていた七罪にとって、予想もしない不意打ち気味な言葉に慌てふためいてしまう。……それでも七罪は、言われた内容をしっかりと脳内に留めていた

 

 千歳が好きか、嫌いかの二択

 その答えは既に決まっている。しかし、それを言う気恥ずかしさに七罪は口籠ってしまうのだった

 今まで自分の感情を誰かにぶつけた事なんて滅多になかった七罪にとって、その回答を口にするのはハードルが高すぎたのだ。本人がいないとしても、恥ずかしい事には変わりない。故に七罪は躊躇ってしまうのだが……

 

 「「…………」」

 

 七罪を見つめるは二つの視線

 数刻前まで向けられていた温かい眼差しとは違い、無機質に物を見るようなその視線に、七罪は焦燥感を覚えてしまう

 このままでは駄目だ。このまま黙っていたら、この数日間に得たものを全て失ってしまう。……そんな強迫概念染みた眼差しを、二人は七罪に向けていたのだ

 

 意を決する。もう後戻りは出来ない

 こうなれば思うがままに、自分の心に素直になってやろう。そう言った開き直りによって、七罪は数秒の間を置いた後に二人へと自身の想いを告げたのだった

 

 「……最初は、図々しい奴だと思った」

 

 「……?」

 

 「ううん、今でも十分に図々しい奴だと思ってる。無遠慮に人のデリケートなところに踏み込んでくるわ、こっちの意思を無視して振り回すわ、挙句の果てにはあんな一方的な約束まで交わされることになって……ホント、自分中心で考えるの、迷惑だからやめてほしいわ」

 

 好きか嫌いかの二択を言うだけの事だった

 しかし気づけば……七罪は、二人に自分の胸の内を明かしていたのだった

 

 それは紛れもない、七罪の想い

 七罪が千歳に向ける、嘘偽りのない想い

 

 「……でも、ね。嬉しかったの。今までこんなに構ってくれる奴なんていなかった。会う奴はどいつもこいつも見た目ばかりで判断して、本当の私を相手にする奴なんていなかったけど……あいつや、あんた達は私のこの姿を知っても変わらずに相手をしてくれた。それが凄く……嬉しかった」

 

 千歳だけではない。駆瑠眠も、美九も、七罪にとって彼女達は——

 

 

 「——好きよ。好きなのよ。馬鹿で阿呆で能天気だけど、そんなあいつが……千歳が好き。好きなの。好きになっちゃったのよ……」

 

 

 ——愛すべき”家族”になっていた

 

 

 胸の内を全て曝け出した七罪。その言葉に誤りはなく、七罪は心の底から三人の事を好きになっていた

 出会いは最悪、その後の対応もお世辞に良いとは言えなかった

 しかし、そんな彼女達と過ごすうちに……七罪は心を満たしていった

 

 今の姿では誰にも相手にしてくれなかったが故の孤独。天使の力で姿を変えたところで、その孤独は無くならなかった。寧ろ虚しさばかりが心に溜まっていく

 それも当然だった。例え姿を変えたところで、それは偽りの自分だ。そんな自分に好意を寄せられたところで、本当の意味で心が満たされる訳もない

 だからこそ、七罪にとって千歳達は初めての”繋がり”だったのだ。それを失うなど……今の七罪にはもう無理だ

 

 「……七罪様、申し訳ありませんでした」

 

 「……ぇ?」

 

 「私も言わせてください。ごめんなさい、七罪ちゃん」

 

 「え、え? な、なんであんた達が謝るのよ……?」

 

 そんな七罪の想いを一身に受けた駆瑠眠と美九は、深々と七罪に頭を下げた

 突然の行動に七罪は困惑する。何故好きだと言って謝られるのかがわからなかったからだ

 

 「七罪様を試すような真似をした事への謝罪です。どうかお許しくださいませ」

 

 駆瑠眠が何故謝罪してきたのかを述べたところで、七罪は気づいた

 二人の表情に……感情が戻っている

 

 「……どういうことなの?」

 

 「……お母様の”アレ”を、無暗矢鱈に情報を広める訳にはいかないのです。例えお母様が慕う者とて、それに例外はありません」

 

 「ですから、この事を知ってもいいかどうかを試したんです。千歳さんに不貞を働く輩かどうかを判断する為に……」

 

 つまり、先程の二人の対応は七罪が千歳の事を知って良いかどうかを判断するものだったようだ

 もしもあの場で軽く返答を返そうものなら、二人は七罪に千歳の秘密を話す気など無かった。寧ろ本当に追い出すつもりでいた

 それを知った七罪は安堵と同時に、もしも適当に返してたらどうなっていたのかと、人知れず二人に恐怖を抱いたのだった

 

 「それでは語りましょう。いいですか? これから言う事は他言無用……それは()()()()()()()()ですわ」

 

 「あいつにも?」

 

 「えぇ。だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()——

 

 




千歳さんの真実とはいかに?
詳しくは次回にて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「俺信用されてない? 知ってる」


 心がぴょんぴょんするSSが書きたくなってきたんじゃ~
 ※ごちうさSS書きたい。そんでもって癒されたい。切実に。



 長らくお待たせしましてスイマセン。どうも、メガネ愛好者です。

 今回は難産でした。正直千歳さんメインじゃないだけでここまで書きづらいものなのかとビックリです。

 はい、そんな訳で今回のメインはシドー君です。……え? 前回のあとがきに千歳さんの秘密が明かされる的な事を言ってなかったかだって? あれはうs——あ、天丼は良いですかそうですかすいません。
 まぁアレですよ。あくまでも今章は琴里ちゃん攻略回ですからね。あまり詰め込み過ぎるのもどうかと思った次第で急遽変更しました。そうでもしなければ話数ががが……
 とはいえ、前回言った手前このまま暫くお預けと言うのも申し訳ない……よって! ここで朗報を一つ申し上げます!!





 次の章、千歳さん攻略回やで。(やっとか)


 

 

 ハプニングとはいつも唐突に起きるものだ。

 予想外のアクシデント。事前に回避する術はなく、予期せず起きてしまうからこそそれはハプニングと言えるのだろう。

 故に——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、何か言いたい事はあるかしら? 士道」

 

 「いやーははは、これには訳があってだな? 決して悪気があった訳じゃないんだごめんなさい」

 

 

 ——今回の事に関しては、決してハプニングとは言えなかった。

 

 

 オーシャンパークの一角で周囲から多大な注目を集めている集団がいた。

 そこまでの注目を集められる理由として、その集団にいる者一人一人が異なる魅力を放つ美少女達だったからだ。

 誰もが頭に”絶世の”や”傾国の”と称されてもおかしな話ではない美少女達で、そんな者達が水着姿を晒しているのだ。注目を浴びない訳がなかった。

 

 そしてその注目する民衆の中には、彼女達の事をよく知る者も含まれていたのが事の始まりだった。

 寧ろ含まれない訳がなかったのだ。彼等にとって、彼女達は特別な存在なのだから……

 

 

 

 その集団から少し離れた場所に、彼女達ほどではないにしろ注目を浴びている二人の男女がいた。

 青い髪の少年に赤い髪の少女。髪の色だけでも目立ちはするものの、彼らの注目はそれだけが理由ではなかった。

 

 「まぁ十香達の事は良しとするわ。どうせ令音辺りが手を回したんでしょうしね。……でも、なんで千歳までいる訳?」

 

 「そ、それはだな……俺達がデートしてる間、千歳が代わりに十香達の相手をしてくれるって話になって……」

 

 「はあぁ? あいつがぁ? あの現れる度に面倒事を確実に起こしていく傍迷惑女が十香達の世話ぁ? ……士道、貴方いつの間にそんな面白いジョークを口走ることが出来るようになったのかしら?」

 

 「いやジョークとかじゃなくて——」

 

 「あらごめんなさい。少し周りが騒がしかったのか、よく聞こえなかったわ。……もう一度言ってもらえるかしら。今、ナンテ?」

 

 「ナンデモアリマセン」

 

 笑顔を浮かべつつも額に青筋を浮かべている赤い髪の少女——五河琴里の問い返しに、少年こと五河士道は反論出来なくなってしまう。反論する事に命の危機を覚えたからだ。割とガチで。

 

 ……さてと。ではここで、何故二人に幾分かの注目が集まっているのかを説明しよう。

 とはいえ、簡単に言ってしまえばあの集団を見た琴里が事情を知っているであろう士道に問いかけているだけに過ぎなかった。——士道を床に正座をさせながらではあるが。

 琴里は休憩用のベンチに腰掛けている。そのスラリとした華奢な足を組み、その目の前で正座させている士道に向けて冷ややかな視線を向けている。それに顔を青くしながら小鹿のように震えている士道の何と情けない事か……それが周りの注目の原因となっていた。

 

 士道が正座をさせられているのにも訳がある。

 単純な話、”現状に琴里が不満を抱いた”……ただそれだけの話だった。

 無理もない。封印が目的とはいえ、己が好意を向けている最愛の兄と二人きりでデート出来る機会に恵まれたのだ。例え今の自分が()()()()()()()わからない状態だったとしても、それでも琴里は士道とのデートに幸福を見出していた。

 ——しかし、いざデートを初めてみればどうだろうか? 二人だけの時間だと思っていたのに、その行く先で知った顔の者達が遊んでいたのだ。それも士道に好意を寄せている者や、何をしだすかわからない要注意人物達がだ。

 見たところ二人のデートに介入する様子は見られない。きっとこちらの事情を知って距離を置いてくれているのだろうが……それでも彼女達が何故この場にいるのかだけは明確にしたかった。特に後者の者達に関しては、デートどころの話ではなくなる事をしでかす可能性があると琴里は考えている。何故いるかぐらいは聞いておかないと気が気では無い。寧ろ今にも感情が抑えられなくなってくるのだ。仕方ないじゃないか、だって精霊だもの。

 そう言った経緯で琴里は目の前で情けない姿を晒す愚兄を見下ろす事になる。その瞳はいつもより数倍冷たく感じたと後に語る士道なのだった。

 

 『いいですよーいいですよー士道君!! 誠もって羨ましい限りです!! これで今回のデートは大成功間違い無しですね!!』

 

 「何処をどう見たらこの現状を大成功だなんて言えるんですか……っ!! そう思えるのはあんただけでしょ!?」

 

 一方で士道は耳に取り付けたインカムから流れる神無月の言葉に対し、琴里に聞かれぬよう反論する。それと同時に琴里の機嫌をどうするかと名案を探るのだった。若干言葉が汚くなってしまったのは、この大事な局面でふざけているのかと疑いたくなるような事を口走っているから故仕方がないことだろう。

 

 薄々予想はしていたことだったが、やはりすぐにバレてしまった。水着に着替え終わった二人が合流したところで、既に着替え終わっていた十香達が無意識ながらに周囲の視線を釘付けにしていた事もあってあっさりとバレてしまった。故にこれは決してハプニングには入らないだろう。何せこれは、ただ粗末で穴だらけだった計画が早速頓挫しかけているってだけのことなのだから。先が思いやられる。

 

 とにもかくにもだ。今はこれ以上琴里の機嫌が悪くならないよう努めるべきであり、士道に悔いている暇など一切ない。現在の好感度がどのぐらいかはわからないが、行動しなければ何も始まらないのだから士道に後退の二文字は無かった。

 そして士道が無難にと琴里に謝罪を述べようとしたところで、士道は先に言葉を投げ掛けられることになる。

 

 「士道、一ついいかしら?」

 

 「ぅおう?」

 

 「……何変な声出してんのよ」

 

 「な、何でもない……コホン、何だ琴里?」

 

 暫くの間冷ややかな視線を送っていた琴里だったが、何か思い至ったのか唐突に士道へ問いかけたのだった。それによって出鼻を挫かれた士道は妙な相槌を打ってしまったしまった。それを誤魔化す為に咳払いをするも、今更誤魔化したところでどうにもならないだろう。

 

 「まぁいいわ。……ねぇ、士道」

 

 「な、なんだ?」

 

 さっさと話しを勧めたかったのか、琴里は適当に対応した後、改めて士道に問いかける。何やら神妙な顔つきで問いかけてくる琴里に、急にどうしたんだと士道は僅かながら緊張する。

 そして琴里は——前々から気になっていた疑問を士道に投げかけたのだった。

 

 

 

 「あんた、なんでそこまで千歳を信用出来る訳?」

 

 「——え?」

 

 

 

 琴里の言葉を、士道は少しの間理解出来なかった。

 士道は琴里の言葉を繰り返し脳内でリピートする事でようやくその言葉の意味を理解するものの、それでもわからなかった。何故琴里がそんな疑問を持つのかがわからなかったのだ。

 そんな疑問符を頭の上で浮かべていそうな士道に、琴里は呆れたかのように溜息をつく。

 

 「だってそうでしょう? まだ千歳とは数回程度しか会った事がないって言うのに、なんで千歳の事を全面的に信用してるのよ。今までの言動から何か私達に言えないような事があるのは明白なんだし、それが決して私達に優位に働くとは思えないわ。それなのに、なんであんたはそこまで警戒することも無く気軽に相手できるのかって聞いているのよ」

 

 「それは……」

 

 琴里の証言に対し、士道はすぐに答えを言うことが出来なかった。

 確かに琴里が言ったように、士道は千歳の事を深く知っている訳ではない。千歳にはまだ不明な点が多々あるし、そんな謎めいた彼女をすぐ信用出来るかと問われれば……普通は無理だろう。誰だってそんな怪しげな人物に関わりたがらない筈だ。

 しかし、士道は考えるよりも先に返答を返す事になるのだった。

 

 「まぁ……”千歳だから”としか言えないかな」

 

 「…………は?」

 

 「なんていうのかな……千歳が悪い奴だなんて思えないんだよ。確かに何かしら隠し事はあるんだろうけど、隠し事の一つや二つ、そう珍しい物でもないだろ?」

 

 「——っ、だからその隠し事が問題だって言ってるんでしょ!! 千歳は謎が多すぎる。感情優先に動くから何をやらかすか予測も立てられないし、まだあいつの天使だって明確に分かってる訳じゃないのよ!? もしも千歳が何か企んでて、その結果人類が滅びましただなんて笑い話にもならないわ!! そこのところ分かってんの!?」

 

 琴里は士道の返答に唖然とし、続く言葉に感情を爆発させた。

 何故士道がそこまで楽観視出来るのかがわからない。突き詰めれば不審点しか挙げられない千歳を、なんでそこまで受け入れているのかが琴里には理解出来なかった。それが苛立ちとなって表に現れ、気づけば声を荒立てるまでに血が上っていた。

 激情を晒す琴里の様子に士道は驚きを隠せなかった。まさか琴里がそこまで千歳を信用していないとは思ってみなかったのだ。

 士道が知る限り、千歳を好意的に見る者はそこそこ多い方だろう。士道は勿論の事、十香に四糸乃、詠紫音達は千歳の事を慕っていることが目に見えてわかる。〈フラクシナス〉のクルー達だって、千歳の問題行動に頭を抱えたりはするものの疑惑を持つような様子は感じさせなかった。

 確かに千歳を快く思わない者もいる。精霊に復讐せんとする折紙や、千歳に邪魔されたことで目的を成し得なかった狂三などは千歳を嫌っているか、苦手意識を持っているかもしれない。そういった人達がいる事は確かなのだ。だから士道は琴里が千歳に警戒心を剥き出しにしている事がおかしいとは思わないし、言わなかった。

 しかし、例え琴里が千歳を信用していないとしても——

 

 「確かに俺達は千歳のことを深くは知らないし、寧ろわからないことの方が多いと思う。……それでも、千歳は信用出来るよ」

 

 「一体どこから来るのよその自信は!! 何の根拠もないのに、どうしてそんなこと——」

 

 「言っただろ、千歳だからだよ」

 

 琴里が言う様に、士道がに根拠や確証なんてなかった。それでも千歳の事を信頼できるのは……一概に”そう思ったから”としか言えなかった。

 士道は千歳と話し、関わり合っていく内に千歳がどういった性格なのかを直感的に読み取っていた。

 結論から言うと、千歳は自分に正直な少女だ。自分の心に素直に生き、嫌なことは嫌だとハッキリ言うような性格だと士道は感じていた。その為、士道の目には千歳が何かを企んでいる様には——企むような精霊には見えなかった。

 

 「千歳は理由も無く暴れまわるような奴じゃないと思うんだ。確かにやりすぎる事はあるかもしれないけど……最後の一線を越えないようにしてるのはわかる。被害にあったのだってASTの隊員達だけだし、結果的には命を絶つような事をしてはいないじゃないか。昏睡した人達も今は全員目を覚ましてるんだろ?」

 

 「それは……っ、でも、あいつの力で眠らされたASTの奴等には後遺症が——」

 

 「その点はこう考えられないか? 後遺症が残ってるのは、自分や他の精霊達が襲われるのを防ぐか、抑える為だったって」

 

 「……え?」

 

 「精霊だからって言う理不尽な理由で襲われたから、自分の身や他の精霊達を守るためにあの力を使ったのかもしれない。「次に襲い掛かって来たときは覚悟しろ」って感じでさ? ある意味千歳なりの警告だったんじゃないかって俺は思うんだ。そうでもないと、千歳があんなことをするとは到底思えないからさ」

 

 「っ……」

 

 士道の言い分を聞くうちに、琴里は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 琴里とは異なり、士道はあくまで冷静に対応した。こっちまで焦りを見せていたら収拾がつかなくなるだろうし、興奮した相手に刺激を与えては益々悪化するだろうと考えたからだ。それが効果的だったのか、琴里が落ち着きを取り戻すまでにさほど時間は要しなかった。

 しかし、あくまでも千歳を弁護する士道の言葉に、琴里は納得がいかなかった。あくまで琴里が抱いたことだが、士道が自分よりも千歳を優先しているようで腹が立ったのだ。だから琴里は頑なに千歳に拒み続けようとするのだった。

 

 「……あれが本性かもしれないじゃない。他人の事なんてどうでもよくて、特に目障りだったASTを再起不能にしたかっただけなのかもしれないわ」

 

 「それはないだろ。周囲の被害を顧みないような奴だったなら、あの時……学校で狂三が結界を張っていた時に学校の皆を避難させたりなんかしないだろ? ASTの事だって再起不能にしたいんならずっと昏睡させたままでいればいいし、それが駄目なら駄目で千歳なら直接殴り込みに行くと思う。少なくとも、千歳は下手な小細工を打つような奴じゃないだろ」

 

 もしもこちらに何かしらの危害を加えるつもりであるのなら、千歳は回りくどい事をせずに正面切ってぶつかっていくことだろう。難しい事など考えず、単純明快に物事を進めていく……それが千歳と言う精霊なんだと士道は語る。

 

 「……なんでよ」

 

 「うん?」

 

 「なんで……そこまで信じられるのよ。なんで疑わないのよ。確証も根拠も情報も無いのに、どうしたらそこまで……自信を持ってそうだって言えるのよ。私には全然、理解出来ないわ……」

 

 「…………」

 

 いくら琴里が否定しても、士道は千歳を肯定し続けた。

 別に琴里が間違っている訳ではない。寧ろ一般的な視点で見るのなら、琴里の主張は正しくあった。

 そこまで交友を持たない相手の事を、簡単に信用出来るほど琴里はお人好しではない。それはこの世界に生きる人間達のほとんどに言えたことであり、最初は誰だって相手を警戒している筈だ。——その「警戒する」と言う工程を飛び越え、少しの時間で相手を信用してしまうにまで至るのが士道と言う人間だった。

 それはただ単純に何も考えていないのか、それとも人を見る目があるからなのかはわからない。しかし、それが命取りになるかもしれない以上は看過できるものではないだろう。故に琴里は士道が時折見せる大胆さに肝を冷やすことになる。

 今回もそうだ。もしも千歳が士道の言った通りの精霊ではなかった場合、一番危険に晒されるのは間違いなく士道なのだ。士道の身に何かあってしまえば事実上〈ラタトスク〉は成り立たなくなるし、何より——実の兄の身を誰よりも案じる琴里にとって、そんな事態は最も堪えがたいものだった。想像さえしたくもない。

 普段から気丈に振舞い司令官としての任に就いているとしても、中身はまだ中学二年生の少女であり、五河士道の妹なのだ。いつだって士道の事を心配しているし、士道が危ない目に合う度に気が気じゃない想いに翻弄されている。例え自身の力によってある程度の怪我なら治ると言っても、士道が傷つくことには変わりないのだから、それを見せられて動揺するなと言うのは流石に理不尽というものだ。

 簡単に死なない事はわかってる。自分の能力だから、ある程度の危険なら士道は大丈夫だと頭ではわかっている。しかし……心まではそうも言っていられなかった。

 十香を庇って狙撃された時、こちらの指示も聞かずに四糸乃の元に向かった時、狂三が今にも士道を殺そうとしていた時……琴里は目の前が真っ暗になりそうだった。心臓が鷲掴みされたかのように苦しく、あまりの恐怖に体が硬直してしまっていた。それでも気丈に振舞えたのは、司令官として醜態を見せられなかった……訳じゃない。ただ……今の琴里(黒いリボンの私)で弱い自分を出す訳にはいかなかったのだ。一度でも出してしまえば、自身に施した”自己暗示”の効力が無くなってしまいそうだったから……

 そして今も、琴里は弱いところを見せる訳には行かなかった。あの琴里(白いリボンの私)では……とても耐えられる状況じゃないからだ。心境的にも、()()()()()

 

 そんな琴里が士道の主張によって徐々に顔を俯けていった。

 その時の琴里の声はあまりにも弱弱しく、思わず士道は目を疑った。今目の前にいるのがあの状態(司令官モード)の琴里だとは思えない程に弱っていたのだ、目を疑っても仕方がなかった。

 琴里がそうなった原因はわかってる。いや、今の今まで話していてわからないとは流石に言えないだろう。その為、士道は次に口にする言葉を慎重に選ばなければいけなかった。

 

 「琴里」

 

 「……何よ」

 

 一旦呼吸を整え、改めて琴里に話しかける士道。琴里は返事だけ返し、今も尚顔を俯けている。そんな琴里に、士道は————提案した。

 

 「一度千歳と二人きりで話してみろ」

 

 「…………は?」

 

 士道から出された提案に琴里は唖然とした。思わず顔を上げてしまう程に動揺を見せたのだった。

 一体士道はどうしたというのか? 急に千歳と話せなど……それも二人きりでなど、何の意味があるというのか? 琴里はすぐに理解することが出来なかった。そんな琴里の疑問を士道は解いていく。

 

 「千歳の事がわからないんだったら、直接千歳に聞きに行けばいいじゃないか。例え千歳が何を隠しているのかがわからなくても、千歳がどういった奴なのかがわかると思うぞ」

 

 実に簡単な事だった。

 知らないのなら、知る為に行動すればいい。わからない事があれば誰かに聞くように、千歳の事がわからないなら本人に直接聞きに行けばいいと言っているのだ。それに対するリスクなんて考えず、愚直に進めばいいと士道は言っているのだ。それはまるで——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あのさ。別に話が盛り上がるのはいいんだけど、人の名前で騒ぐのはやめてくれねーかな?」

 

 「「————」」

 

 最早二人だけの空間となっていたその場に突如として響いた凛々しい声。二人はその声に反応して発信源へと顔を向け——硬直した。

 そこにいた者は先程の集団にいた内の一人だった。片手にペットボトルを持ち、ばつの悪そうな顔を浮かべながら二人の横に立っている深緑色の髪の少女。

 そんな彼女の正体は……先程まで二人が口にしていた人物だった。

 

 「——ち、千歳!? 何時からそこに——ッ」

 

 「少し前。喉が渇いたのとお前等のデートが順調かどうかをこっそり覗こうとしたのがきっかけだ」

 

 千歳の来訪に慌てふためき始める士道に硬直から戻らない琴里。あまりに急な事だったせいで二人の理解は追いついていなかった。

 そんな二人に一旦落ち着くよう言い聞かせた千歳は、二人がある程度落ち着いたところで話し始めるのだった。

 

 暫くの間プールでくつろいでいた千歳は、少し喉が渇いたので一旦プールから上がる事にした。そして千歳は飲み物を買いに行っている間、十香達の様子は駆瑠眠達に見てもらう事にして近くの自販機に飲み物を買いに行ったのだという。

 そして自販機で飲み物を買った千歳が駆瑠眠達の元に戻ろうとしたその時、視界の端で何かを言い争っている士道達を千歳は確認するのだった。

 最初は二人に何かしらのトラブルがあったのかと不安に思い、少し近づいて聞き耳を立ててみる事にした。別にそこまで険悪な内容でなければ千歳が介入する事も無かったのだが……

 

 「内容が俺のことだったからさ……その上、俺のせいで二人が険悪になってるとか申し訳なさすぎるだろうが。今日はお前等二人のデートなんだろ? どっちから話を切り出したかは知らねーけど、デート中に部外者の話で盛り上がるどころか仲を悪くするなっての」

 

 「す、すまん……」

 

 「ふん、何よ偉そうに。元はと言えばあんたが——」

 

 「あー待った待った。五河妹が何を言いたいのかはわかってるよ。……でも、今はその事で時間を取ってる余裕はないだろ?」

 

 「っ……」

 

 自分のせいでデートが上手くいっていないと知った千歳は見て見ぬ振りが出来ずに介入する事にしたようだ。せっかくのデートを言い争いで終えるなど士道達も望んでいないだろうし、何より時間がない。いつまで琴里が霊力を抑えていられるかわからない状況なのに、余計な時間を割くなど愚の骨頂だ。

 そう改めて指摘された士道はぐうの音も出ず、琴里も反論しようとしたが千歳の言葉であえなく口を閉ざす事になった。

 

 「説教みたいになってすまねーとは思ってるし、理由はどうあれお前等のデートに首を突っ込んじまったのは謝るよ。ただ……頼むからさ、目的は見失わないでくれ」

 

 それを最後に千歳は二人の前から立ち去ろうと踵を返した。これ以上時間をかける必要は無いし、何より元を辿れば千歳のせいで琴里は霊力を取り戻してしまったのだ。今の琴里にこれ以上の刺激を与えては抑えられるものも抑えられなくなってしまうかもしれない。正直言って、介入するかどうかも結構悩んだりしたぐらいだ。

 とにもかくにも千歳の要件は済んだのだから、いつまでも二人の傍にいる訳にもいかないだろう。だから千歳は早々に立ち去ろうとしたのだが……その際に一言、琴里に向けて千歳は言葉を残すのだった。

 

 「あー……そう、だな。もしよければなんだけど、五河妹の都合がいい日でいいからさ……お互いのこと、話し合わないか?」

 

 「……え?」

 

 「いやさ。今回の事で結構な迷惑を欠けちまったし、その事で謝りたいとも思ってたし……まぁそういう事だ。それじゃ」

 

 一方的に話を区切り、千歳は今度こそ立ち去って行った。そんな彼女の後ろ姿を琴里は呆然と見つめ、今言われたことの意味を脳内で理解するのだった。

 

 「なんで……」

 

 何故千歳は自身と話し合いたいなどと言ったのか、それが琴里にはわからなかった。先程士道が言ったことを聞いたからなのかもしれないが、それを馬鹿正直に承諾するもの…………”馬鹿正直に”?

 

 「——あぁ、そう。そうなの」

 

 「どうした琴里?」

 

 「何でもないわ。それよりも、行くわよ士道」

 

 「は? 行くってどこに……」

 

 何かに納得した琴里は士道の返事を待たずに歩き始める。その後を追う士道だが、琴里の急な行動に戸惑いを隠せなかった。

 そんな士道に対し、琴里は一言だけ告げるのだった

 

 「そんなのもわからない訳? 私達は今、何をしてる途中なのかしら?」

 

 「——っ! ……そうだな、そうだったよ」

 

 琴里の言葉にハッと気づいたかの反応を示した士道は、改めて自分のやるべきことを再認識した。

 千歳が言ったように、今は言い争っている場合ではない。もっとやるべきことがあるのに、いつまでも立ち往生している訳には行かないだろう。

 

 士道はおもむろに琴里の手を握る。

 それに琴里がピクリと反応するも、振り払うような真似はしなかった。寧ろ自分からも握り返してた。

 

 「行こうか、琴里」

 

 「えぇ。——さぁ、改めて私達の戦争(デート)を始めましょう。士道」

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 ————————

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 千歳は士道達の前から立ち去った後、再び自販機の前まで来ていた。

 先程買った飲み物を飲み干したのでペットボトルを捨てるのと、戻るついでに駆瑠眠達にも飲み物を買って行ってやろうと考えての行動だった。

 

 「…………」

 

 自販機に硬貨を入れ、何がいいかと飲み物を選び始める千歳。——そんな彼女の様子は、何処か心ここに在らずな状態だった。

 

 「”千歳だから”……か」

 

 千歳は先程耳にした内容を思い出す。

 途中からだったものの、断片的に聞き取れた内容から千歳は士道達が何を言い争っていたのかを察することは出来ていた。

 千歳は二人の会話の内容を正しく理解する。琴里が千歳を疑っていること、そのことを士道に忠告していること、そして——

 

 「なんか……嬉しいな」

 

 そんな琴里の疑いを晴らそうと士道が弁護してくれていたこと。その全てを千歳は聞き取っていた。

 

 口から紡がれる言葉に若干の熱が帯びる。

 千歳は素直に嬉しいと感じた。琴里が言う様に千歳は士道達に隠し事をしているというのに、士道はそれでも千歳が信用出来る人物だと庇ってくれたのだ。その事に千歳の心は喜びに満ちていく。

 

 「なんでここまで嬉しいって感じるんだろうね……」

 

 千歳は不思議な感情に戸惑いつつも、何処か満足げに微笑んだ。

 決して嫌ではない。寧ろそれは心地良く、ほのかに感じる温かみに——今まで感じた事のない高揚に千歳は軽く酔いしれた。

 心地良い、落ち着く、もっと感じていたい——次々と沸き上がる衝動に、千歳の心が突き動かされそうになるも、千歳はその衝動を堪える事にした。

 これは駄目だ。きっと駄目になる。身を任せきってはいけない衝動だ。任せきったら()()()()()()()()()()()()

 

 「フフッ……」

 

 それでも溢れかえる感情を完全に隠しきることは出来なかった。

 気づけば口角が上がっていた。おそらく目尻も緩んでいる事だろう。生まれた幸福感に笑いがこぼれ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「千歳」

 

 そんな完全にトリップしていた千歳に、背後から訪れた来訪者が話しかける。

 

 「…………」

 

 「聞こえているの?」

 

 「……え?」

 

 上の空になっていた千歳の意識は、その呼びかけで戻ってくることが出来た。

 淡々とした声色に聞き覚えがあった千歳が振り向くと、予想していた人物が千歳の背後に立っていた。

 

 「……あ、鳶一か」

 

 「……驚かないのね」

 

 「ここ(オーシャンパーク)に来いって言ったのは俺だしな。……まぁ本当に来るとはそこまで思ってなかったけど。てかよく俺がここにいるってわかったな」

 

 「ここの監視カメラをハッキングした」

 

 「いやそれ犯罪だから」

 

 「冗談」

 

 「……ホントにか?」

 

 「…………」

 

 「オイ目を逸らすな」

 

 そこにいたのは相も変わらない無表情を顔に張り付けた美少女——鳶一折紙だった。

 千歳の言葉に口数は少ないものの無視などをせずに返答する辺り、いくらかは友好的になったのだろうか? 少なくとも、精霊に復讐しようとしている彼女が精霊に対して冗談を言うなどありえないことだろう。事情を知っている士道辺りがこの場に居合わせたならば、驚愕のあまりに目を丸くしそうだ。

 

 そんな折紙は先日、千歳の情報によって己が仇である五河琴里に対し、どうするかを悩みに悩んだ。

 両親の仇なのだから復讐をしないなんて考えられない。しかし、復讐してしまえば唯一の心の拠り所である想い人(五河士道)に拒絶されるかもしれない。

 復讐を取るか、想い人を取るか、それとも別の選択をするか……折紙は一晩悩み続けたのだ。

 

 

 そして————答えは出た。

 

 

 「千歳」

 

 「おう」

 

 「私は……五河琴里に復讐する」

 

 「……そうか」

 

 やはりこうなったかと、僅かに抱いていた希望が消えた事で千歳は少し気落ちする。

 もしかしたら折紙が踏み止まってくれるかもと考えていたが、折紙の決意は固かった。この五年間、折紙は復讐する事だけを考えていたのだから、一朝一夕で心変わりする訳がなかったのだ。故にこの答えは順当な物なのだろう。

 折紙の答えを聞いた千歳はこの後どうするかと考え始める。

 正直に言って、今折紙に介入されるのは不味いのだ。俺のせい(なのか?)で士道達が言い争う事になった為、まだ二人はデートをしていないのだ。これでは例え折紙を退いたとしても、時間が足りずに琴里が暴走するかもしれないのだ。せめてある程度デートを満喫して封印可能直前までこぎつけた状態でなければ顔向けできなくなる。簡単に言えばピンチである。……千歳が原因で生まれた状況の為、千歳の自業自得ではあるのだけれども。

 

 「……ただ」

 

 「うん?」

 

 どう対処するかと内心で焦り始めた千歳の耳に、再び折紙の言葉が届いた。どうやらまだ何か言う事があるらしい。

 千歳は折紙の言葉に耳を傾ける。同時に内心で「こうなったら話を長引かせよう」と考える千歳だが、この口数の少ない彼女と話を途切れさせずに話し続ける事なんて出来るのかと軽く諦めかけそうになるのだった。

 そんな千歳の内心など知らない折紙は続けて言葉を継げるのだった。

 

 「私は()()()()()()〈イフリート〉に、五河琴里に復讐する」

 

 「お前のやり方?」

 

 「そう。私は————」

 

 折紙は千歳に自身のやり方を話していく。

 折紙が何をする気なのか、どういった方法で恨みを晴らすのか……それら復讐内容の全貌を明かしていく。

 そしてその内容を聞かされた千歳は……折紙に微笑みながら返答を返した。

 

 「いいんじゃねぇの? うん、俺はいいと思うぜ」

 

 「……いいの?」

 

 「いいも何もお前が決めたことだろ。それに俺がいちゃもんつけたところで意味がねーよ。……お前が後悔しない選択だってんなら、それでいいさ」

 

 「……そう」

 

 復讐の全貌を聞き、千歳は内心で安堵しつつ折紙の復讐を肯定した。それによってかはわからないが、表情は変わらないものの何処か嬉しそうな雰囲気を折紙から感じ取るのだった。

 

 「千歳、手を出して」

 

 「うん? 急になんだ?」

 

 「手を出すだけで構わない。少し、試したい事がある」

 

 「……? まぁいいけど」

 

 話がまとまったところで唐突に折紙が千歳に妙な要求を述べた。千歳は折紙の意図が読めず、首を傾げながらも言われたとおりに右手を出すのだった。

 因みにこの時、千歳は折紙に対して全く警戒していなかった。千歳が既に折紙の事を敵視していない証明であろう。言ってしまえば……油断していた。

 

 

 

 「——え?」

 

 

 

 折紙に手を握られた瞬間、千歳は唖然とした声を漏らした。

 わからなかった。()()()()()()()()()()が、何故彼女で……

 

 

 そこで千歳は気づいた。——()()()()()()

 

 

 「――そう、これが……そうなのね」

 

 「なっ……と、鳶一、お前なんで……」

 

 お互いに手を放した後、折紙は何かを確認、納得しながら片手を開閉していた。そんな折紙を見つめる千歳はまるであり得ないものを見るかのような表情を浮かべていた。

 

 事実、それはあり得る筈のない事だった。可能性はあるにしても、折紙が”それ”に手を伸ばすとは思いもしなかった。だってそれは——

 まさかの事態に千歳の思考は困惑から抜け出せないでいた。そんな千歳に、折紙は改まった宣言する。

 

 

 「これが私の選択。私が選んだ”復讐”だから」

 

 

 それを最後に折紙は千歳を前から立ち去っていく。そんな彼女の後ろ姿を、千歳は見えなくなるまで見つめる事しか出来なかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめん五河。なんか、予想以上にややこしい事になっちゃったかもだわ……」

 

 ……ただ一言、彼女の復讐を受け止める事になるであろう兄妹に、人知れず謝罪の念を送りながら。

 

 





 琴里ちゃんは人一倍千歳さんが信用できないようです。今回はとりあえず保留と言ったところですかね?

 何故あそこまで千歳さんを拒もうとしたのかには理由があるのですが、まぁそれは今後に明かされるでしょう。……え? 日頃の行いが悪いからじゃないかって? ……ぐうの音も出ないですが、他にもあるんです。

 そして、薄々勘の良い方は気づかれていたかもしれませんが……まぁ、そういう事です。
 折紙さん、復讐のために力を手に入れました。次回辺りに明かされるかな? うん。



 ・余談・
 まえがきでも書きましたが、最近ごちうさのSSを書きたくなってきているメガネ好きです。理由としては……作者の心が荒れ始めてるからとしか言えないですね。はい
 詳しくは先日書いた活動報告の方に乗せています。ぜひよかったら見てもらえると幸いです。間接的にもこの小説に関わってきますからね、主に投稿ペース的な意味で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 「五河に任せるしかない? 知ってる」


 どうも、メガネ愛好者です。

 ……一昨日、とても嬉しい事がありました。
 なんと……読者様に千歳さんのイラストを頂いたのです! 感極まるとはこのことかぁ!?


 『ばたけ様』から頂いたイラストです。

 
【挿絵表示】


 魅力的なイラストをありがとうございます!
 これからもこの作品で楽しんで頂けるよう努力いたしますので、ぜひ立ち寄っていってください!

 それでは



 

 

 「お母様、遅いですわね……」

 

 「何かあったんでしょうか? ちょっぴり不安ですー」

 

 十香達の監督を千歳から一時的に任された駆瑠眠と美九は、言いつけ通りにおとなしく十香達の様子を見守っていた。

 視界の先では十香達三人に加え、四糸乃に誘われたことで一緒に遊ぶことにした七罪がプールの水をかき分けながら遊んでいる。最初は四糸乃の申し出に七罪特有の卑屈な返しで距離を置こうとしていた七罪だったが、四糸乃は諦めずに誘い続けた事でついに根負けした。「……こんな私でいいのなら遊んであげてもいいわよ」と言う上から目線なのか卑屈に出ているのかわかりにくい言葉を口にした七罪。その表情は満更でもない感じだったのが印象に残った二人だった。

 

 「……七罪様も、御変わりになられました」

 

 「それは……くるみんの知る七罪ちゃんじゃない、ってことですか?」

 

 「えぇ。そもそも、本来のこの時期に七罪様はまだワタクシ達の前に姿を現していませんでしたもの。ワタクシ達がそうしたというのもありますが、出会う時期が違うだけでここまでの差が現れるとは思いもしませんでしたわ」

 

 唐突に呟く駆瑠眠の言葉に美九が反応して問いかける。

 彼女の言う通り、駆瑠眠の知る七罪と目の前にいる——誘われた嬉しさで顔がにやけそうになるも、それを必死に隠そうとして逆に何とも言えない微妙な表情になっている——七罪とでは同じ人物だとは思えない程の違いがあった。

 

 

 一言で言えば、駆瑠眠の知る七罪はもっと捻くれていた。

 

 

 例え千歳達が親身に接したとして、駆瑠眠の知る七罪はそう易々と心を開くような人物ではなかった。他人の好意を素直に受け取れないなんてもんじゃない、他人の言葉を一切信じられない程に周囲を拒絶していた。

 結末としては士道と彼を慕い集う精霊達の献身的なまでのアプローチによって何とか心を開いたものの、それまでの道のりは決して楽なものではなかった。苦難に次ぐ苦難を重ねた末に、七罪は士道に心を開いた(攻略された)のだ。

 

 それに対して目の前にいる七罪はどうだろうか?

 確かに卑屈になるところや自分に自信を持つことが出来ないなどの共通点はあった。しかしそれも今では影を薄め、時折思い出したかのように現れる程度にまで収まった。

 そして何より――

 

 「七罪ちゃんも千歳さんから受け取ったんですよね?」

 

 「あれは予想外でした。まさかこんなにも早くに《瞳》が譲渡されるとは……」 

 

 七罪は千歳から《瞳》を譲渡されていた。

 

 七罪が二人に千歳への想いを告白したことが鍵となったのだろう。千歳との合流後、ふとした拍子に七罪が千歳に触れてしまったことで千歳の《調和の瞳紋(アルモニス・プリュネリア)》が一つ、《第七の瞳(ネツァクス・プリュネル)》が七罪に流れ込んでいったのだ。この事で千歳は七罪が信頼してくれていることを知り、感極まって抱き着いてしまったりもしたが、その後に千歳へと悲鳴交じりの張り手が炸裂したのは言うまい。……因みに、その時の七罪の表情は恥ずかしくも何処か嬉しそうだったと記録する。どうやら満更でもなかったようだ。

 

 千歳から《瞳》が譲渡される条件の一つとして、譲渡側が千歳に心を許していることが求められる。〈ラタトスク〉風に言うのなら、譲渡側が千歳に攻略されていることが条件の一つだ。

 つまり、七罪は既に千歳に対して心を許していることになる。それもこの数日間の合間に七罪は千歳のことを好きだと言えるまでに信用しているのだ。その事に駆瑠眠は目を疑い、同時に——

 

 

 (あの疑心の塊のような方がたった数日でこれですものね。……末恐ろしいですわね、()()()()()使()()()()()()……)

 

 

 ——千歳の力の一端を肌で感じ、改めて戦慄するのだった。

 

 

 

 実のところ千歳の天使——《心蝕霊廟(イロウエル)》の本当の力は、他の精霊の天使と比べて()()()()()()()()()()()

 例えるなら十香の《鏖殺公(サンダルフォン)》や四糸乃の《氷結傀儡(ザドキエル)》、狂三の《刻々帝(ザフキエル)》に琴里の《灼爛殲鬼(カマエル)》のような戦闘面で活躍する力を天使は備えている。美九の《破軍歌姫(ガブリエル)》や七罪の《贋造魔女(ハニエル)》などの戦闘を目的としていない天使でさえ、自衛の為の攻撃手段や防御手段が存在するのが普通だった。

 

 しかし、千歳の《心蝕霊廟(イロウエル)》にはそのどちらも存在しなかった。

 

 《心蝕霊廟(イロウエル)》はただ一つのことに特化した天使だ。故に攻撃手段や防御手段などそもそもありはしなかった。

 確かにその力は強大だ。発動すればこの天宮市()()なら数分と足らずに天使の力が行き渡るだろう。……それを正しく制御出来るかは別として。

 ()()千歳では《心蝕霊廟(イロウエル)》を正しく扱う事は不可能だ。使ったが最後、天使の力に呑まれ————”反転”してしまう。《心蝕霊廟(イロウエル)》とはそう言った力なのだ。

 今は〈瞳〉が抑えている——()()()()()ことによってなんとかその力を限りなく抑えていられる為、自ら望んで使わない限りは暴走する事も無いだろう。

 

 

 そう……《瞳》が《心蝕霊廟(イロウエル)》の封印を強固にするなど、駆瑠眠が千歳にそう思い込ませるために吐いた口実に過ぎなかった。

 

 

 確かに現状《心蝕霊廟(イロウエル)》は封印されている。しかし、そこに《瞳》は全く関与していない。《瞳》はあくまで千歳とその周囲を守る為に、”あの方”が与えた力でしかなかったのだ。封印の監視? そんな力は一切無い。

 

 ならば何故駆瑠眠は千歳を騙してまでそのように仕向けたのか? ……それは、《心蝕霊廟(イロウエル)》の性質上そうさせる方が抑制出来るからだ。

 あの力を抑えるには、下手に意識させるよりも気にさせない方がより効果的だった。例を上げるのなら『プラシーボ効果』がそれに該当するだろう。

 人は思い込みで身体に影響を与えることがある。それは自覚しているよりも、本心から「そうだ」と脳を騙した方が効果が顕著に出やすい。

 つまり駆瑠眠は千歳が自身の力をまだ完全に理解しきっていない内に、千歳が《心蝕霊廟(イロウエル)》を暴走させないよう思い込ませたのだ。

 

 その策が功を奏したのか、これまでの千歳が《心蝕霊廟(イロウエル)》に()()()()気配はなかった。その予想以上の結果に……駆瑠眠は油断していた。

 

 

 (お母様……)

 

 

 あの時、千歳は《心蝕霊廟(イロウエル)》に()()()()()()()()

 

 

 駆瑠眠は先日、あの水着売り場で目撃した光景を忘れることが出来なかった。

 駆瑠眠が目を離した隙に起きた出来事。浮かれていた駆瑠眠の頭に鈍器で殴られたかのような衝撃を与えたあの光景——

 

 

 己が時代で見た、()()()()()()()()()()()()()()()()を——駆瑠眠は見てしまった。

 

 

 思わず泣き喚きそうになってしまった。その事実を受け入れたくないあまりに、駆瑠眠は何処で間違ったのかと自問自答を繰り返した。

 千歳に”あの表情”をさせてはいけなかった。”あの表情”を浮かべてしまうような感情を千歳が持つ事を阻止するために過去へ来た駆瑠眠にとって、それは最も受け入れる訳には行かないものだった。

 

 だから繰り返した。千歳が”あの表情”にならないようにと、数えるのも億劫になる程に駆瑠眠は過去に遡り、やり直し続けた。

 

 しかし——駄目だった。

 

 過程は変わっても結果は変わらなかった。例えあの場で千歳と士道の邪魔をしても、別の場所で千歳は”あの表情”を顔に浮かべてしまう。それはもう千歳が”あの表情”を浮かべることが決定事項と言わんばかりにだ。

 幾度となく繰り返した歴史改変。これまで順調だと、上手くいくと思っていた計画は……千歳が”あの表情”を浮かべた事で水の泡となったのだった。

 

 

 

 

 

 そして今、駆瑠眠は隣にいる美九に気取られないように考え込んでいる。

 これからどうすればいいのか? どうすれば千歳があの結末を迎えずに済むのか? ……今の駆瑠眠ではその答えを掴むことは出来なかった。

 考えがまとまらない。数えきれないほどの逆行によって、駆瑠眠の精神的疲労は溜まりに溜まっていた。そんな状態ではまともな対処法など思いつくはずもないだろう。

 今の駆瑠眠の状態を知れば、誰もが一度休息を取るべきだと言うだろう。心を張り詰めたままでは思わぬ事態に対処しきれないし、咄嗟の事にすぐさま反応することも出来ない。しかし”アレ”を見てしまった手前、駆瑠眠としてはのんびりしている暇など無かった。例えそれが悪手であっても、押し寄せる不安と恐怖が駆瑠眠を急かし続ける。このままでは千歳よりも先に、駆瑠眠が限界を迎えるかもしれない。

 

 だがそこで、そんな駆瑠眠に救いの手が差し伸べられた。

 

 「——くるみん」

 

 「はい? なんでしょう?」

 

 「……あまり無理をしないでくださいね」

 

 「……え?」

 

 駆瑠眠の隣に寄り添い、彼女を気遣うかの様に声をかける美九に駆瑠眠は呆気に取られて声を漏らしてしまった。

 美九は急にどうしたというのか? 何故美九が急にそのような言葉を駆瑠眠に向けたのかを彼女はすぐに理解出来なかった。

 そんな駆瑠眠の反応に、美九はクスリと微笑みながら言葉を紡ぎ始める。

 

 「今のくるみん……私がアイドルを目指そうとしていた時に、裏でいろいろと頑張ってくれていた時の顔をしていました」

 

 「そ、そうなんですの?」

 

 「えぇ。自分が辛い事も気にせずに、自分一人でぜーんぶ解決しようとしている時の顔です」

 

 「————」

 

 美九の言葉に駆瑠眠は目を見開くようにして声も無く驚いた。

 そんな表情を浮かべていたつもりなど無かった。普段通りにしていたつもりの駆瑠眠にとって、美九の言葉は予想外の何者でもなかった。

 

 「……一人で抱え込まないでください。私が何のためにくるみんに協力しているのか、忘れちゃったんですか?」

 

 「……お母様の為、ですわ」

 

 「そうです。千歳さんの為です。そして今では七罪ちゃんもその一員です。……私達三人で千歳さんを助けるって決めたじゃないですか」

 

 

 そう言って美九は駆瑠眠の手を取り、両手で優しく包み込む。それは駆瑠眠の焦る心を落ち着かせるようにと、美九が彼女を気遣っての行動だった。

 

 「三人いるんです。三人もいれば、一人で出来ない事だって難なく出来ちゃいます。だから……もっと頼ってください。ね?」

 

 「——っ、……はい、申し訳ありません……」

 

 「むぅ、そこは謝るとこじゃないですよー? 私はそれよりも言ってほしい言葉があるんですー」

 

 「……うん。ありがとう、ミクちゃん」

 

 「——はいっ、どういたしまして♪」

 

 美九が謝罪を拒んで要求したものを察し、駆瑠眠はそれに応じた。

 その時に口にした言葉、そして雰囲気は……いつもの凛々しい彼女からは到底見ることの出来ないものだった。

 それは美九を信頼してこそ見せる駆瑠眠の素顔。嘘偽りのない——『駆瑠眠』という名の少女の素顔だった。

 

 「——さてと。それじゃあくるみん、私たちも遊びましょー?」

 

 「え……で、ですが、今はお母様に十香様達の監督を任されて——」

 

 「だからと言って遊ぶなとは言われてませんよー? なので、例え私たちが遊んでても問題はないんです! 十香さーん! 私たちも混ぜてくださーい!」

 

 「あ、ちょっとミクちゃん!? 急に手を引っ張らないでくださいまし!」

 

 駆瑠眠の手を握り締めた美九は、目先のプールで楽しそうに水をかけあっている十香達の元へと受かっていく。それに駆瑠眠は半場強制に連れていかれるのだった。

 

 ——そんな二人の様子からは、似た容姿でもないというのに何処か姉妹に見えるものだった……

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 

 

 ————————

 

 

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 鳶一が立ち去った後、俺はくるみん達の元に戻らずに別の場所へとやってきていた。

 水着から普段着へと着替えを済ませ、向かった先はアミューズエリア。そして、俺はそのアミューズエリア全体を見渡せる場所——巨大観覧車の頂上部にある骨組みに腰を下ろしている。

 そんな場所にいれば普通は騒ぎになるものだが、今の俺は『(ケテルス)』を使っている。つまり誰の視界にも映っていない状態なので、下手に騒がれるような事も無いのだ。

 

 ……え? そもそもなんでそんな場所にいるのかだって? それは……まぁ、少し一人になりたかったからかな。それと同時に五河達の場所を把握する為ってのもある。

 鳶一がどのタイミングで五河達に接触するかがわからねーからな。正直な話、鳶一がやりすぎてしまいそうで気が気じゃねーんだ。もしも五河達に何かあれば十香達に合わす顔がない。……まぁ俺が原因ではあるんだけどよ。

 

 とりあえず五河達は確認した。どうやらウォーターエリアを早々に切り上げ、このアミューズエリアでデートをしていたようだ。十香達に気が行ってデートに集中出来なかったってところかな? やっぱり同じ場所で対処するのは無理があったんだよ令音さん。

 そして——

 

 「……すげーな、全く気付かれる様子がねぇ…………鳶一の奴、どこであんな尾行術を身につけたんだ?」

 

 五河達に気づかれないよう細心の注意を払った鳶一が、一定の距離から五河達をスト…………尾行していた。その手馴れた様子からはどこか執念染みたものを感じるのは俺だけだろうか? てか周りにいる客にさえ気づかれてる様子がないってどんだけだよ。

 

 「ハァ……このまま鳶一が穏便に目的を果たしてくれると助かるんだけどなぁ……そうもいかなさそうだ。そもそも鳶一の復讐に五河妹は納得しないだろうし…………ある程度の衝突は覚悟すべきか」

 

 そう呟きながら俺は項垂れる。身から出た錆ってやつだが、予想外の事が立て続けに起きれば気が参るのも仕方がねーだろ?

 

 「……俺に二人の衝突を止めることは出来ねぇ。止められんのは……お前だけだ、五河」

 

 眼下に見える五河達の姿を視界に収めつつ、その中に一人に俺は視線を向ける。

 二人の衝突を止められるとしたら、それは五河だけだった。俺に出来るのは武力を持って無理矢理止めることだけだが、それでは意味がない。それでは二人の衝突を本当の意味で止めることは出来ないだろう。だからこそ……五河妹と鳶一から最も慕われているお前の言葉じゃないと駄目なんだ。

 

 「……俺の言葉じゃ、駄目だからな」

 

 そう呟いた俺は、一旦五河達から視線を逸らして空を見上げた。

 澄み切っていた青空も気づけば夕焼けに染まっている。客足も徐々に減っていき、次第に夜が訪れるだろう。

 そして、それまでに五河は五河妹を攻略しなければならない。例えその先に鳶一が立ちはだかろうともだ。

 

 「……がんばれ」

 

 きっと五河には聞こえないだろうし、届きもしないだろう。俺みたいなろくでなしの言葉なんて聞くに値しないだろう。

 

 それでも俺は……そう言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ——そして、とうとうその時が訪れた——

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

 

 

 ————————

 

 

 

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 

 「いやーすげぇわ。遊園地も結構楽しめるもんだな」

 

 「なに年甲斐にも無くはしゃいでんのよ。一緒にいるこっちが恥ずかしいぐらいだわ」

 

 「そうだなー。年相応に楽しんでたお前に言われると耳が痛いぜ」

 

 「なっ——誰がちんちくりんですって!?」

 

 「別に俺はちんちくりんだなんて言ってないだろ。なんだ? 心当たりでもあんのか?」

 

 「……へぇ、そう。士道が普段から私の事をどう思っているのかよぉぉぉぉぉくわかったわ……」

 

 (あ……やべ、からかいすぎたかコレ?)

 

 二人並んでベンチに腰を下ろす士道と琴里はお互いに冗談を言い合っていた。

 売り言葉に買い言葉。お互いに遠慮せずに言い合う二人ではあるものの、それをきっかけに険悪なムードになることは決してなかった。何せこれは兄妹のじゃれ合いと言うもの。気を許した同士の他愛ない日常会話に過ぎないのだから。

 

 「……楽しかったよ。琴里はどうだった?」

 

 「……ふん。まぁ及第点と言ったところかしら。悪くはない、と言ったところね」

 

 「ははっ、そりゃ手厳しい事で……」

 

 そうして暫く冗談を言い合った後、士道は琴里の反応を伺った。それに対して琴里から辛口の評価を投げつけられるも、どことなく満たされたかの様な表情を浮かべた琴里を見た士道は、苦笑しながらも安堵する。というのも、自身の対応が間違いではなかったのだと実感したからだ。

 

 

 

 

 

 つい先ほど、まだ士道達がウォーターエリアにいたときのことだ。

 プールで遊んでいる最中に、琴里は士道の前から一度離れて行った。唐突な事に何処に行くのかと士道が問うも、琴里は手厳しい返答で突っぱねた。その後に琴里が向かう方向にトイレがある事を確認した士道は己のデリカシーの無さに多少嘆いたという。

 そして士道も今の内に済ませておいた方がいいと判断し、自身もトイレに向かったのだが——

 

 

 ——そこで士道は事の深刻さを改めて理解した。

 

 

 琴里はもう限界だった。

 通常の何十倍とも言える量の薬物によって、琴里は破壊衝動を何とか抑えていられるような状態だった。下手をすれば死んでしまうかもしれない量の薬物を投与し、それでも琴里の内で荒れ狂う衝動は今にもはちきれんばかりに昂っていた。

 想像絶する苦しみが今、琴里の体を、心を蝕んでいる。それに耐えてまで琴里は兄とのデートを望み、兄に全てを委ねていたのだ。

 

 盗み聞きする気はなかった。しかし、聞いておいてよかったと同時に——士道は激しく後悔した。

 自分の甘さに怒りが沸いた。自分はなんだ? 琴里の兄だろう? 妹が苦しんでいるのを見抜けずに、安直な考えで「きっと大丈夫だ」と、「きっと上手くいく」などと考えていた自分自身が憎らしかった。また、情けなさすぎて深く後悔した。

 激しい自己嫌悪に士道のその場に立ち尽くした。動けなかったのだ。あまりの醜態に、琴里を救う資格が自分にあるのか分からなくなってしまった。

 

 そんな士道を立ち直らせたのは、琴里を支えていた女性——村雨令音だった。

 

 

 「……資格どうこうの話じゃない。シン、君は琴里を救いたいのかい? それとも……見殺しにしたいのかい?」

 

 

 その言葉に士道はすぐさま救いたいと答えた。それに対し、令音は「……なら、救えばいい」とだけ残し、士道をその場から遠ざけた。琴里の現状を士道が知った事を琴里に気づかれないようにするためだ。

 憐憫に接して欲しくなどなかった。ただ一人の義妹として、士道とデートしたかった琴里は最後まで士道に黙っていたのだ。それが知られたとなれば、それこそ精神が不安定になりかねない。

 だから士道は聞かなかったことにした。目の前にいるのは一人の妹。変に気負わず、兄として妹をリードする……それが士道の答えだった。

 

 

 

 

 

 そうして行われたデートは先程までとは一変変わったものだった。

 恋人同士の初々しさなど無く、気を許し合った家族と二人で遊ぶかのような対応を取った。琴里にとってはその方がよかったのだろう、先程までの彼女と今の彼女を比べれば一目瞭然だった。何せ今の琴里の表情から機嫌が良い事を伺えたのだから。

 

 「そういえば、遊園地で遊んだのなんていつぶりだっけか。暫くは来てなかった気はするけど……」

 

 「……五年前よ」

 

 「え?」

 

 「五年前、家族みんなで遊園地に来て以来、一度も来てはなかった筈よ」

 

 「……よく覚えてたな」

 

 「あ……た、たまたまよ! 遊園地で遊んでるときに、ふと思い出しただけなんだから!」

 

 「そうか……」

 

 「……士道?」

 

 何気ない一言によって、士道は思わぬ言葉を耳にする。

 ”五年前”。それには様々な意味が詰め込まれている。

 琴里が精霊になったのが五年前。また、琴里の霊力を封印したのも五年前。

 そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――

 

 

 「「えっ!?」」

 

 それは突如として周囲に鳴り響いた。

 あまりのけたたましい音に周囲にいた人々が騒めき始め、その音の意味を理解した者達から次々にどこかへと走り去っていく。

 そして士道達も、即座にこの”警報音”が何なのかを理解した。

 

 「空間震警報!? なんでこんな時に——っ!」

 

 ベンチから慌てて立ち上がった士道は、この時に痛恨のミスを犯したことを思い出す。

 

 (しまった、インカムを……)

 

 〈フラクシナス〉との通信を取っていたインカムを、今の士道は持っていなかった。

 琴里の事情を聞いてしまった後、士道は〈フラクシナス〉のバックアップ無しにデートをすることにした。それは琴里に”指示の元で動いている”のではなく、”自分の意思で動いている”ことを琴里に知らしめるためだ。そうする為に、士道はインカムを投げ捨てていた。

 それがアダとなってしまい、士道は現状〈フラクシナス〉と連絡する手段を失っていた。琴里も今回はインカムを持ち合わせていない為、完全に〈フラクシナス〉と連絡を取り合うことが出来なくなってしまっている

 

 

 つまり、空間震が何処に落ちるのかを予測出来ない状況下にいるのだ。

 

 

 それならば〈フラクシナス〉に回収してもらえればと思うだろうが、それは出来なかった。

 忘れてはならない。今の琴里がどういった状態なのかを……

 最早琴里のタイムリミットは目前だ。いつ破壊衝動に吞み込まれるかわかったものでは無いのだ。そんな状態で〈フラクシナス〉に回収し、もしもそこで衝動を抑えきれなかった場合——〈フラクシナス〉は琴里の手によって墜落することになるだろう。そうなってしまえば、〈フラクシナス〉のクルーに留まらず、落下によって天宮市に住む者達にまで被害が届くかもしれない。

 故に、現状で〈フラクシナス〉が士道達に出来ることはなかったのだった。

 

 「落ち着きなさい士道。いざとなれば私が——」

 

 「駄目だ! 何があるかわからないのに、琴里を危険な場所に送れるか!!」

 

 「士道……でもっ……!」

 

 琴里が何をするのかはわからない。しかし、今の琴里が精霊の力を使って何かしようというのは察する事が出来た士道は、すぐさま琴里の案を否定した。

 例え何が起きようとも、例え空間震がこの場に落ちてきたとしても——士道はそれによって琴里を犠牲にすることを良しとしない。それでは元も子もないのだ。

 しかしこのままでは埒が明かない。どうにかして対処しようと思考を巡らす士道は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——イフリート」

 

 現状で、最も出会いたくない少女の声を耳にした。

 

 息が詰まる。体が硬直する。更には手足が震えてきた。

 背後から聞こえた聞き覚えのある声。琴里からはおそらく見えているのだろう、その人物を確認すると、先程までの表情から一気に険しい表情へと変わり、同時に警戒を強めた。

 どうやら琴里も”彼女”が何故ここにいるのかがわからないのだろう。俺の背後にいるであろう”彼女”に対して不信感を抱き始めている。……そしてそれは俺も同じだった。

 ゆっくりと振り返る。今からでもいい、どうか”彼女”でない事を願った。——しかしてその願いは叶わなかった。

 

 それは……見覚えのある少女だった。

 今では毎日のように顔を合わせ、いつも十香と張り合っている少女。

 才色兼備と名高いものの、何処か常識人離れした思考を持つ少女。

 精霊から人々を守るために、武力によって精霊を殲滅せんする少女。

 そして——

 

 

 「……折、紙」

 

 「士道……」

 

 

 ——炎の精霊〈イフリート〉のせいで、両親が死んでしまったと語った少女、鳶一折紙が離れた場所に立っていた。

 

 

 「何しに……いえ、何故ここにいるのかしら?」

 

 「…………」

 

 俺が折紙の登場に身を強張らせていると、俺の隣に立った琴里が折紙に向けて疑問を投げ掛けた。それに対し、折紙は琴里を無言で見つめ返す。

 それは俺も気になったことだった。なんで折紙がここにいるんだ?

 空間震警報が鳴り、精霊がこの場に現れたのなら納得もいくが……それにしては折紙がこれから精霊と戦うようには思えなかった。

 まず警報が鳴っているのにASTの元へと向かおうとしない。服装も私服のままで、今から精霊を殲滅しに行く姿とは到底思えないものだった。あれでは精霊と戦うなど出来る筈がない。

 

 何か違和感を感じる。目の前の少女は本当に折紙なのか? そう思えるような……何かを折紙から感じた。

 

 「……五河琴里」

 

 琴里を見つめ続けていた折紙が、おもむろに琴里の名前を口にした。

 それに対して琴里は不審に思いつつも、何が目的なのかを聞くために折紙へ言葉を返そうとする。

 

 ——しかし、その返答は折紙の次の言葉によって紡がれることはなかった。

 

 

 

 「私は……私の両親は、五年前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「————ぇ」 

 

 

 

 琴里にとって、その事実は目の前を真っ暗にするには十分だった。

 

 折紙の両親は五年前、大火災によって命を落とした。

 その原因は——()()。燃え盛る自宅の中で、逃げ遅れた折紙の両親は命を落としたのだという。

 折紙もその時一緒にいたのだが、その場に居合わせた者によって何とか折紙だけは助かったらしい。それが誰なのか、折紙は語らなかった。

 

 「う、そ…………わた、し……が?」

 

 「こ、琴里!?」

 

 突如として落とされた爆弾発言に、琴里はその場に座り込んでしまった。

 折紙に言われたことが信じられない、信じたくないのだろう。しかし、折紙が琴里に向ける感情が、それが真実であることを物語っていた。

 

 「五河琴里……私は、貴方に復讐する。その為だけに……今日まで生きてきた」

 

 「——っ、やめろ折紙! それ以上は駄目だ!!」

 

 感情の波が溢れるかのように、折紙の口からは憎悪に満ちた言葉が溢れ出た。その全ては琴里へと向かって行く。

 琴里は折紙の言葉によって、既に心ここに在らずといった状態になっていた。体は震え、瞳が揺れ、言葉にならない声を漏らす。今は司令官モードであるはずが、既にその姿は憎悪に怯える少女の姿だった。

 俺は必死になって叫んだ。このままでは琴里の心が押し潰されてしまう。そうなった場合、何が起きるかはわからないが……俺の知ってる”五河琴里”が何処かに行って(消えて)しまうような気がしてならなかった。

 

 「頼む折紙! お願いだからもうやめてくれ! このままじゃ琴里が——」

 

 「知った事ではない。この五年間、ずっと私は両親の死に苦しんできた。たった数分の苦しみと同等になる訳がない。……私は復讐する。イフリートに、五河琴里に、私から両親を奪った精霊に……っ!」

 

 「折紙……っ」

 

 折紙の憎悪は深く、俺の言葉程度ではどうすることも出来なかった。

 それもそのはずだ。例え好意を持たれていようとも、たかが数か月程度の付き合いである俺の言葉では、五年間を復讐する事に費やしてきた折紙を今すぐどうこう出来る訳がなかったのだ。

 ——しかし、それで諦めてなるものか。このままでは琴里の心が耐え切れない。そして、復讐を成したとして、折紙はその後どうするというんだ? 生きる目的と言っても過言では無い復讐が消えてしまえば、折紙には何も残らない。生きる糧を失ってしまうのだ。それでは折紙が生きようとすることを放棄するかもしれない。

 

 駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ!!

 どっちも駄目だ! 琴里か折紙のどちらかがいなくなるなんて駄目だ!

 

 どうにかして二人が無事にする方法を探さなければいけない。そうしなければ、二人のどちらかが……下手をすれば二人とも無事では済まない。そんなものは認めない。そんな現実、俺は否定する!

 

 

 しかし、そんな俺の決意を砕くかのように——それは行われた

 

 

 「——だから、私も同じことをする」

 

 

 

 

 

 ——〈神威霊装・一番(エヘイエ—)〉——

 

 

 

 

 

 「——え?」

 

 それは唐突に起こった。

 折紙が何かを呟くと、彼女を中心に眩い光が生まれ、一瞬の内に体が包まれた。

 純白の光に包まれた折紙。そしてその光が止んだ後——彼女は姿を変えていた。

 

 「なん、で……」

 

 理解し難い事が起き、とうとう俺の思考が追い付かなくなった。

 

 

 折紙が宙に浮いている。純白のドレスを身に纏って——

 

 

 「貴方は私から両親を奪った。……その苦しみを、お前も味わえ」

 

 

 まるで花嫁衣裳のようなその姿は、その美しさに見る者の視線を釘付けにさせ、引き込んでいく。そんな錯覚を覚えさえする程に、今の折紙は()()()()()()に生まれ変わっていた。

 これではまるで——

 

 

 「五河琴里。私は貴方から——()()()()()()()()()。それが私の復讐だ」

 

 

 ——精霊、じゃないか……

 

 





 とうとう発覚。実は折紙さんは精霊だったのだー(棒読み)

 はい、という訳で次回は折紙さんVS琴里(狂)ちゃんだよ! お楽しみに!



 あ、今更ですが、挿絵タグつけておいた方がいいですかね? ……いいですよね。つけときます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。