【リハビリ】蕎麦をズルズルと (カリカリ)
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蕎麦をズルズルと

リハビリがてらに


 ひゅうと風の音が聞こえる。空のお日様は良く照っているというのに、ここら一体はそれを感じさせないほどに寒い。室内で温まっていた体が一気に冷えていくようだ。手を擦って息を吐く。商談も終わり多少の暇ができた俺は、何となく公園をぶらついていた。

 近くにあった木の椅子に座って周りを見てみる。見えるのは子供やら、遊具やら。体を落ち着けて耳を澄ましてみると、小さく、楽しそうな声が聞こえてくる。子供は風の子とはいうが、こんな日でも半袖で走り回ってるのを見ると、流石に我慢してるんじゃあないのか。なんて思ったりする。そういやあ、さっきの商談先の人はちょいちょい咳き込んでいたな。

 ぼうっと何もすることなく椅子に座る。どうも、何ともいえない倦怠感に体が包まれている気がする。疲れているからか、それとも風邪でも引いたのか。

(いや、これは違うな)

 これは腹が減って力が出ないんだ。昼飯もまだだった。なら、腹を満たすために適当に飯屋でも探すことにしよう。くいっと首を捻ってから椅子から立ち上がる。飯屋探しの始まりだ。

 公園を出発した俺は狭い道路を通り、開けた所に出た。道中に定食屋があったが、席が空いていなかった。そこでも良かったんだけどな。右に曲がり、そのまままっすぐ進む。コンビニ。文房具屋。適当な物を視界に入れて歩いていると、右にラーメン屋、信号路をはさんだ左に蕎麦屋を見つけた。

 ふぅむ、選択肢としてはどちらも中々悪くはない、体があったまる物を食べたかったんだ。さて、どちらにしようか。近いのはラーメン屋で遠いのは蕎麦屋。渡るのも面倒だしラーメン屋にしようかとも思ったが、蕎麦屋の『立ち食い蕎麦』という文字列に目を引かれた。ふぅむ立ち食いか。ちゃっと食べてさっと出ていくイメージ、早く飯が出てくるかな?

 俺の腹も早く何かを食べたいと思っているだろう。よし、決まりだ。蕎麦屋にしよう。信号を渡って蕎麦屋の下へと歩く。真っ黄色の看板に茶色の引き戸。店前へと辿り着いた俺は戸をガラリと引き開けた。

 目の前に映ったのは大きな食券販売機。それと視界の端には箸の入れ物などが置かれたテーブル席が見える。立ち食いと書いていたが普通に座れるらしい。

 横の壁には蕎麦やうどん等の写真がある。様々な丼のセットメニュー、鍋焼き、すき焼きうどんと種類は豊富だ。今回はセットにしてみるかな。そうして券売機に視線を戻す。

 とりあえずちゃっと決めてしまおう、腹が空いて仕方がないんだ。腹に溜まりそうなから揚げ丼セット、蕎麦は大盛りにしておこう。

 ピッピッとボタンを押して、落ちてきた食券を手に取り、券売機の横を通っていく。店のおばちゃんに会釈をしてからそれを渡す。

「これで。後、かけそばで」

「はい、かけそばね」

 渡した後は近くの横長のテーブル席に座り、蕎麦が出来るのを待つ。視界の上にはテレビがあり、ニュース番組を流している。

「――線で人身事故が発生し、各電車に遅延――――」

 意識を薄ぼんやりとさせながらのんびりと待つ。周りは静かで、今はニュースキャスターの声と調理の音しか聞こえていない。こういう、何にもせずにただ飯を待つだけの時間、嫌いじゃない。ああ、水でもコップに入れておこうか。立ち上がって、ガラスのコップを取りに行く。そして水を入れて席に戻って。

「から揚げ丼セットのお客様――」

 そんな風にしてれば時間はすぐに過ぎていく。さすが立ち食い蕎麦、予想通りすぐに来てくれた。俺は自分の飯を取りに行くために、再度席を立ち上がった。

 

【かけそば】

 汁が美味しい温かい蕎麦。うどんといいラーメンといい、ほかほかの麺類は人を安らげてくれる。

 

【から揚げ丼】

 揚げ物にタレの混ざった卵、それらとよく絡む米の組み合わせは最高だ。勿論ボリューム満点。ガッツリくる。

 

【漬け物】

 入れ物にたくさん詰まったきゅうりの漬物。ポリポリとして美味しい。

 

 うん、期待通りだ。どっちもいかにもって感じの盛り付け。そしていい香り。空きっ腹には大変よろしい。

「いただきます」

 手を合わせて礼を一つ。箸を手に持ち蕎麦を一口ズルズルとすする。口内に汁と蕎麦の味と香りがすぅっと広がっていく。うん、美味い。もう一口ズルズルズル。ほっとする味、溜め息が漏れる。

 次は丼の方へと箸を向ける。卵を軽く米と混ぜて絡めてから、一口分をとて口の中に放り込む。もくもくと咀嚼、少し固めの米がトロッとした卵とよく合っている。甘めのタレも相性抜群だ、美味い。今度は唐揚げもご一緒に、ガッツリと。うん、丼物の肉って感じの味付け。タレが染みた衣が美味い。

 口の中がこってりしてきたので蕎麦の汁でリセット。顔を近づけてズズッとすする、出汁の効いた醤油味。くどくないあっさりとした味の汁は、口内の掃除役に最適だ。

 そして次は蕎麦をズルッとすする。その次に丼をもぐもぐと食べる。次にはまた蕎麦、また丼、蕎麦、丼……と続けていく。そばを啜る度に口内がリセットされ、すっきりとした感覚が残る。食事の反復運動は、箸を動かせば動かすほどペースが上がっていく。

 そうして食べていると、視界の端にある入れ物が目に入ったりする。漬け物が目一杯詰まっている入れ物。……そうだ。

 俺は入れ物に入っていたトングで漬け物を掴み、まだ半分ぐらい残っている丼の中へと放り込む。そして箸で漬け物を全体に混ぜ、口へとかきこんでいく。

 タレご飯に、コリコリとした漬け物。うん、歯応えがあっていい感じだ。ようし、一気に食べてしまおう。俺は箸をより速く箸を動かし、黙々と食べていった。

 むしゃむしゃ、もぐもぐと。夢中になっているうちに一気に食べ終えてしまった。うん、美味かった。腹いっぱい食べた。口内を汁と水で流し、軽く一息つく。

「ごちそうさまでした」

 そうして俺は席を立ち上がり、食器を載せた盆を返却し、店を出た。

 外では冷たい風が吹いているが、そばを食べて温まった俺の体を冷やすにはまだまだ不足だ。温い温い。

 といっても寒いことには変わりない、この温もりが続いているうちに駅に入ってしまおう。

(そういや、うどんに変えてもらうこともできたんだよな……)

 次来た時にはうどんを食べるのも良いかもしれない。そんな他愛のないことを考えつつ、俺は駅へと向かう足を速めた。




久しぶりに書きました、三千にも満たない短編です
ゴローちゃんも料理描写も違和感なくかけていれば良いのですが

実はコレを書き始めたのは一年前の冬だったりする。だから作中の季節は冬です
千文字ぐらい書いて放置してたのを仕上げた感じです。本当に飯食わせるだけで終わったよ

因みに店の元ネタは早稲田の某蕎麦屋です。近いんでちょくちょく行ってます。天丼セットうまうま


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