俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者 (ぶらっどおれんじぃな)
しおりを挟む

第一話

 炎が舞う、水が穿つ、風が炸裂し雷が疾走する。

 疾風怒濤の敵意が暴風雨のように襲い掛かる森の中でノートを開き俺は首をひねる。

 

「宿題が終わらねぇ」

 

 だから憂鬱、ああ憂鬱。明日は小テストもあるって豪徳寺のやろうが言っていた。最近はテスト結果も芳しくないからな。提出物くらいまともにやってねぇと教師の目が怖い怖い。

 

「なんなんだよ……なんなんだよお前はぁぁっ!」

 

 炎が舞う、水が穿つ、風が炸裂し雷が疾走する。その原因となっている男が大声をあげる。

 うるせぇな、こちとら明日の準備で忙しいんだっての。

 

 肌に触れたって傷ひとつつかない俺を見て男が叫ぶ。

 てかあぶねぇだろ、俺のノートが駄目になったらどうしてくれんだ!

 

「見てわかんねぇかな、この橋を通せんぼしてんの。こっから先は麻帆良学園、許可のない魔法使いは勝手に入れないことになってる訳よ」

 

 時刻は夜、見上げれば星と月が黒い空にちりばめられた頃に、俺はため息を吐く。

 

 『麻帆良学園』。漫画の中で出てきた地名を口に出し、漫画の中だけで存在するはずの魔法の饗宴を目にし、やはりここは俺の生きた普通の世界とはまるで違うんだと改めて思い知らされる。

 

 俺は気が付いたら麻帆良学園の学生として過ごしていた。目の前で授業を繰り広げる教師に見覚えはあった。隣でペンを走らせる友人にも、俺の影に隠れて惰眠をむさぼるクラスメイトにも、見覚えはあった。

 

 だが同時にここではないどこかで生きていた――そんな既視感を俺は覚えた。

 それを確定づけたのが色とりどり、様々な髪の色。ぐるりと見渡したクラスに赤髪はいるわ、青髪はいるは、金緑黒白、絵の具のパレットかよって突っ込みたくなる頭がいっぱいに広がっていたんだよ。

 

 ここで思ったね、これはおかしいって。

 金髪や茶髪はいたよ、既視感の中の世界でも。赤や青もいたよ、パンクかアウトローな人たちだけだったけど。

 けどさ、眼鏡かけていかにも真面目くんって感じの男が真っ赤な髪の毛なんだぜ? どー考えたってこれはおかしいだろ。

 

 次におかしいって思ったのは窓の外に広がっていた馬鹿デカい木。

 テレビで見た屋久島の千年杉なんて目じゃない、ビルの高さに相当するようなそれを見たとき確信した――俺、違う世界にいるんだってな。

 

 窓に映った俺の髪の毛紫色だったんだぜ? そんな髪色に染めたこと何ざねーよ。

 

「うおああああっ!」

 

 いい加減うっとうしいな、こちとら頭ん中で覚えた漢字がどんどん消えてってんだぞ。

 やっぱり小遣いが足りないからって夜間警備なんて受けるんじゃなかったかな。静かな図書館島で、あいつの背中にでも乗ってのんびりやっとくべきだったか。

 

 迫ってくる侵入者。振りかざされた剝き身の剣。その腕をつかみ取って、デコピン一発地に沈める。

 

 めこりと額がへこんでいるが気にしない、気にしなーい。

 

 だが死なれてしまっては寝覚めが悪い。殺したらなんたってわざわざ出てきた夜間警備の給金がパーだぜ。

 

 という訳で携帯、携帯、と。

 

「ハロー桜咲、元気してるか」

 

『竜崎さんですか、何の用でしょう?』

 

「いやーまたやっちまったZE!」

 

『またですか! 息は、息はあるんですか!?』

 

 ちらり、地面で寝っ転がってる侵入者に目を向ければこひゅーと聞きなれない呼吸音。……ああ、喉が破れてら。

 

「喉破れて虫の息だな。どーしよっか? 焼いとくか?」

 

『駄目ですよそんなこと! 死んでしまったらどうするんですか!』

 

 ポン刀持った武芸者さんがよく言うわ。

 

『龍宮ーっ! 春日さーん! また竜崎さんが!』

 

 電話口で叫ぶ桜咲の声につい、面倒になってしまったのは俺だけの秘密だ。

 

 という訳で通話を切って、時間を確認して、ノートを持って俺はその場を立ち去る。

 俺の受け持ち時間は過ぎてたわけだしもう十分だろ。

 

 胸にたまった欲求不満を熱く燃え上がらせて、俺は空に向かって口を開く。

 

 吐き出した呼気は真赤に燃える炎となって闇夜を焦がす。

 

 歩いて帰るか、飛んで帰るか……よし、今日はとっとと帰って寝よう。でもって明日早起きして宿題を終わらせるんだ!

 

 めきりと背中に力を込めれば飛び出してくる紫の翼。

 ばっさばっさ空に飛び上がり、目指すは高等部の男子寮。

 

 侵入者? 後で桜咲たちが回収してくれたってよ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 俺はいわゆる転生者である。名前は竜崎辰也という。

 何を言ってるかわからないとは思うが、これは疑いようのない事実だ。

 

 授業中にそーいえばそうだったと軽い感じで思い出し、漫画の中の世界なんだなと認識し、同時に不思議な感覚が俺を襲った。

 

 鏡の前に立てばいよいよその感覚は強くなる――人間の格好をしているが本当の俺はこんな姿だったのか、と。

 なんだか違う気がすると頭をひねっていれば、俺の歯並びがギザギザになっていた。次いで両手のひらが人間のものじゃない、紫の鱗をまとったものに変わっていた。そうそうこんな姿だと勝手に納得していれば背中から羽が生えていた、尻尾も生えていた。

 

 鏡の向こうの俺は、DQに出てくる竜王そのものの姿になっていた。

 

 実際の俺を見てみれば人間そのもの。しかし鏡の向こうの俺は竜王そのもの。首を横に振れば鏡の向こうの竜王もあわせて首を振る。

 

 それからが大変だった。普通に学生していた記憶がある俺の身体能力が馬鹿みたいに跳ね上がったからだ。

走れば自動車を追い抜くし、扉を開ければ蝶番ごとへし取れるし、加減が効くようになるまではもう大変だったね。

 

 幸いだったのは俺が麻帆良の学生だったってこと。俺ほどじゃないが常識に外れた生徒が多数在籍している麻帆良ではなんとか、俺の存在は許容されたわけだ。

 

「竜崎さん!」

 

 許容されたわけだ、うん。

 

 キンキン叫ぶような声に振り返ってみれば、身長くらいある竹刀袋を持ったサイドポニーの少女が俺の名前を呼んでいた。

 

「桜咲か」

 

「桜咲か……じゃないですよ! 昨日のあれはどういうことですか!」

 

 昨日のあれ……ああ、あのせいで小テストは散々だったわけよ。結局居残りさせられて、放課後教師とみっちりと。あーあ、葛葉先生と二人きりだったってのはちとうれしかったが、せっかくの男子高校生の放課後が居残りでつぶれるとか。

 

「虫の息ですよ! 私たちが来たときは死にかけですよ! 竜崎さんはいないし、あの後どれだけ「桜咲、注目されてんぞ」はうぅ」

 

 周囲の目線を浴びて、小さくなりながら駆け寄ってくる桜咲は恥ずかしさで顔を染めながらも俺への小言を止めない。

 

「龍宮にはあんみつをおごることになりましたし、春日さんにはからかわれてしまいましたし、散々だったんですよ!」

 

「へいへい、すまんすまん」

 

「本当にそう思っているならもうああいうことは止めて下さい!」

 

 そんなことを言いつつ、毎度毎度俺の戦後処理をしてくれる桜咲はちょろい娘な気がする。将来変な男に騙されないか、俺はちょっと心配だわ。

 

 俺の隣を歩く桜咲との出会いは唐突だった。

 こいつが麻帆良に入学してきた初日、魔法を知る者の顔合わせのために呼ばれた会合の後、欠伸をしながら歩く俺の前に抜身の刀を持って現れた。

 

 曰く『貴方は危険すぎる』だとさ。

 

 いや、まぁ俺が転生していて、竜王の力を持ってるって気づいた後に高畑をへこましたことはあったよ? そのせいで魔法先生からは目をつけられてたよ?

 だからって原作でネギ少年に携わっている彼女が俺に向かってくるなんて思ってもなかったわ。

 

 とはいえ降りかかる火の粉は払うのが俺の主義。右手を竜王のそれに変えて、驚愕を顔に塗りたくった桜咲の頭をつかんで地面に押し付けて、それでおしまい。

 びっくりした様子の高畑が現れて、間に入って引き剥がされて――それから妙にこいつは俺に関わってくる。

 

 なんでだろ? 『魔法先生ネギま!』は流し読みしたくらいしで内容はたいして覚えていないんだが……まぁ何か俺に対して思うとこがあったんだろうよ。

 

「そういえば桜咲、近衛とやらとは仲良くなれたか?」

 

 何故か俺のうしろをてこてこついてくる桜咲に、沈黙のままも悪いかと話を振ってやる。大概この話を振れば勝手にしゃべってくれるからな、楽でいいわ。

 

「いえ、その、前と変わらずあんまりです」

 

「はー」

 

「しかしこの前は体育で同じチーム分けになりましてね、そのときお嬢様は相変わらずやさしく私に話しかけてくれたんです」

 

「ほー」

 

「『せっちゃん、同じチームやね』と。なのに私はそうですね、頑張りましょう、なんて言葉しか返せず……」

 

「へー」

 

「私たちのチームが勝ってハイタッチをしようと駆け寄ってくれた時も、申し訳程度にしかその手には触れることができず、いえ、久しぶりに触れたお嬢様の肌は相変わらずやわらかくて女性として羨ましいなーと思ったりしたんですけどね」

 

「ふーん」

 

 そうこうしている内に麻帆良の名物である世界樹が頭上を覆っていた。鼻孔にぷんと腹の虫を刺激する匂いが入ってくる。

 ここ、世界樹広場には学生が運営する屋台が数多く店を出している。寮では自炊しなきゃいけないからな、そんなものできない俺は度々ここにやっかいになっているという訳だ。

 

 確か今日はいるはず……いた。

 

 目当ての金髪ふたつくくりを目標に、待ってくださいー、と後ろで喚く桜咲を無視して進む。

 

「はろはろ、古菲。今日も俺と模擬戦はいかが?」

 

 声をかけると天真爛漫な笑顔が返ってきた。

 

「今日は師父が来る日だから楽しみにしてたアル! 鍛錬の成果を見せるアルヨ!」

 

 よし、格闘バカが釣れた。

 

「じゃあ今回も前と同じ条件で。十分以内に俺を一歩でも動かすことができたらお前の勝ち、まともに戦ってやろう。できなかったら俺の勝ち、今日の晩飯はお前のおごりだ」

 

「了解アル!」

 

 そう言って構える古菲、カバンの中から漫画を取り出す俺。

 だん! 石畳を鳴らす踏み込みとともに拳が俺の腹に吸い込まれた。

 

 

 

○●○

 

 

 

 私には妙な知り合いがいる。

 名前は竜崎辰也。私とは違いその身に宿した力を余すことなく振るう麻帆良男子高等部二年生の魔法生徒だ。

 

 彼は普通ではない。

 

「なんで動かないアルカー!」

 

「そりゃお前の攻撃が弱すぎるからだな」

 

 麻帆良武道四天王の一人に数えられる古菲さん。中国拳法の達人である彼女の攻撃を漫画を読みながら、飄々とした態度で受ける彼は普通ではない。

 

 それは大の大人を吹き飛ばす古菲さんの攻撃を飛び交う虫のように気にも留めない今の姿はもちろんのこと、その身に宿した力が普通ではないのだ。

 

 麻帆良に入学して初めて彼を見たとき覚えた感覚は戦慄と驚愕だった。その場に集まっていた魔法先生も、魔法生徒も、彼からは距離を置いていた。それは何故か――その答えはすぐにわかった。

 

彼は人間ではない――私と同じように人間ではなかったからだ。

 

 お嬢様にとって危険となるかもしれない彼を私は放っておくことができなかった。だから刃を手に、私は彼に向かった。

 私が強ければ、その力を彼に示すことができれば、お嬢様に対してのけん制になると、そう思って。

 

 だが彼は私を一蹴した。異形の姿にその右腕を変え、気づけば私は彼に押さえつけられていた。

 めきめきと頭蓋を地面に押さえつけられながら私は理解した――逆らってはいけない相手だったのだと。

 高畑先生が間に入ったことで事なきを得たが、介入がなかったら私はあの場で死んでいた。そんな確信めいたものが後になればなるほど湧き上がってくる。

 

 彼は躊躇いがない。麻帆良にある様々な神秘、魔法具であったり、優秀な生徒であったり、シンボルである世界樹であったり、それらを狙い侵入してくる者たちをその手で千切り、その足で弾き、口から吐く炎の息で焼き尽くした数は片手では足りない。

 

 故に私はできる限り彼のそばにいることにした。お嬢様に彼の魔の手が伸びたとき、逃がせられるだけの時間を稼ぐ盾となるために。

 

 ――だが同時に、私は彼と触れ合うことで別の感情が生まれてきた。

 どうして彼はその身に宿した力を躊躇いなく振るうことができるのだろうか? 魔法先生から疎まれても、魔法生徒から怯えの目を向けられても、どうして彼は一人そこにたたずんでいられるのだろうか?

 

 恐ろしくないのだろうか? 恐れられることが。

 怖くないのだろうか? 怖がられることが。

 

「へい、おっしまーい。今日は腹いっぱい食えるぜ」

 

「うぅ、バイト代がパーアル」

 

 その声に顔をあげれば彼と古菲さんの決闘という名のカツアゲが終わっていた。うなだれる彼女をしり目に彼――竜崎さんは私のほうを向いて手招きしていた。

 

「ついでにお前も食っとけ。桜咲も料理できない子だろ?」

 

「そんなことはっ……すいません、できない子です」

 

 腰かけた机の対面に座れば腹の虫の動きを誘う中華料理が次々と運ばれてくる。

 

 ばくばく遠慮のかけらもなく皿を空けていく竜崎さんを見て私は思う。

 

 貴方はどうして――そんなにも強く在れるのですか?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

 俺こと竜崎辰也は転生者である。つまり、この世界の異物ということである。

 

 しかし転生、転生なぁ。死んだあと意識持ったまま別の身体で生まれなおすのが転生らしいが、なんで俺がそんなハメになってんだ? 既視感の中の世界で死んだ記憶はねぇよ。なのになんで俺、転生してんだろな。

 

 まぁ気づけば『魔法先生ネギま!』の世界で生きている俺ではあるが、俺の知る『魔法先生ネギま!』とは週刊誌で連載していた漫画なわけで。俺自身が本来存在しないはずの人物であることくらいは居残り常習犯の俺でも理解できる。

 もちろん、俺には美味いものを美味いと感じる味覚もあれば景色を見て感動する視覚もあり、ざわざわ煩わしい喧騒を取り込む聴覚も、汗臭い匂いを感じる嗅覚も、軟らかさと硬さを区別できる触覚もある。五感すべてそろって、間違いなく俺はこの世界で生きているという自覚はある。

 

 だが俺は転生者だ。それはきっちりと理解しているつもりだ。

 俺は本来物語の中にいない異物。だから俺には友人と呼べる人物が少ない。うん、仕方ない話だな。

 

 いや、クラスメイトとは普通に話すよ。豪徳寺とか、山下とか、そこまでコミュ障なつもりも、竜王な俺――とか言って厨二患って孤高気取るつもりもねぇからさ。

 

 とはいえ俺には友人と呼べる存在は少ない。何故だ?

 

「今日こそ麻帆良空手研究会は貴様に「邪魔」ふぐあぁぁぁっ!」

 

 向かってきた道着の男の肩をつかんで倒し、背中をずんと踏みつけてやる。ぐぺぇっ、と、どこから出してんのか理解できないうめき声をあげて気絶した男の上で周りを見る。

 いるわいるわ、バット持ったり木刀持ったり素手だったり、男の群れが俺を怯えと敵意をコトコト鍋で煮込んだ目で見つめてくる。

 

「かかれぇーっ!」

 

 うおおぉっ、と、むさ苦しい雄たけびを上げながら向かってくるやつらを千切っては投げ、千切っては投げ、無双ゲーさながらに蹴散らして俺は首をひねる。

 なんで俺には友人が少ないんだろうな。

 

「どー思うよ?」

 

「後ろの光景を見てから考えるんだな」

 

 そんな言葉に後ろを振り向く。痛い痛いと喚く男たちの群れが見える――死屍累々とはこのことだろう。

 

「で、どー思うよ?」

 

「貴様――いや、貴様はそういう男だったな」

 

 ずかずか歩みを進め、いつものように世界樹近くの広間で暖簾を出している中華料理屋台『超包子』の椅子に腰を掛けてみれば呆れたため息が俺の方へ吐き出された。

 

「あんな風に他人と接していたら友人も出来にくいですよ」

 

 お通し代わりの卵スープを差し出しながら、『超包子』の若き料理人――四葉五月はたしなめるような言葉を投げかけてくる。

 

「仕方あるまい四葉、この男は頭がおかしいんだ」

 

 くつくつ笑いながらの言葉に苛ついた俺は悪くない。隣で姿形に見合わないワインを喉に流し込む金髪幼女――マクダウェルは俺の方を見ながら人形のような容貌を引き裂くかのごとく唇を歪めた。

 

「意味わからんのだが」

 

「その考え方がおかしいんだよ」

 

「どこがだ?」

 

「その返しが、だ」

 

 意味わからん――と、そういえばこのマクダウェルは俺にとっての友人なのかもしれねぇな。俺が魔法生徒として麻帆良に顔通しされ、怪訝な目で見てくる高畑をその場でへこませて。周りから妙な視線を受けながら中等部の寮へと向かっていた帰り道に笑いながら話しかけてきたんだったか――いいものを見させてもらった、ってさ。

 

 それからことあるごとに絡んでくる。貴様はおかしいだとか、私が本気を出せば世の中の理不尽さを教えてやれるんだがなとか、私は真祖の吸血鬼にして大魔法使いなのだとか。

 まぁ俺に言わせれば、へぇ、で、だから、という話。だって吸血鬼ってあれだろ、DQで言えば『こうもりおとこ』だろ? こいつは女だが。大魔法使いだって『だいまどう』だろ。

 こちとら竜王ですよ、誇り高き竜族の王にしてDQシリーズ最初の魔王ですよ。正直どうでもいいわ。

 

「まぁ有象無象の正義を語る魔法使いたちよりも見てて心地よいのは間違いないがな」

 

 赤い舌でこぼれたワインを舐めとるのは金髪幼女のくせに似合わない色っぽいしぐさ。だがどうもテンプレ的な、頑張った感があるような……なるほど、コイツたぶん処女だろ。

 

「貴様……何か失礼なことを考えなかったか」

 

「気のせいだな」

 

 と、話を戻そう。日々の訓練を欠かさないマクダウェルに生暖かい視線を向けてから、出されたスープを一息で飲み干し空になった器を置いて考える。

 

 本来『魔法先生ネギま!』はネギ少年が青春しながら成長する物語なんだろう。そこに俺の居場所はない――故に、俺はネギ少年に携わらず生きていくつもりなのだ。

 

「なんですかこれはーっ!」

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 びっくりしたような叫び声に振り向いてみれば、赤毛の少年が倒れ伏した男たちに駆け寄りながらこちらを睨み付けていた。

 

 あれは――そう、あの姿は見たことがあるな。確かあれがこの物語の主人公、ネギ少年のはずだ。

 

「貴方がやったんですか?」

 

 俺のそばに近寄って、少年は指をさす。その先を見れば担架で運ばれていく男たち。いやー、救急隊員ってのは大変な仕事だよな。こんな乱痴騒ぎにまで出動しなきゃいけねぇんだからさ。俺はごめんだね、ああごめんだ。そこまで愁傷に人助けなんざ考えたくもねぇわ。

 

「貴方がやったんですか!?」

 

「そうだな」

 

「どうしてこんなことするんですか!?」

 

「邪魔だったから」

 

 顔を髪の毛と同じ真っ赤にするネギ少年。そいえばコイツ教師らしいな。元は漫画の中とはいえ、クラスのやつらはプライド刺激されるだろうさ。ご愁傷さまです。

 

「もう怒りましたよ……マギステル・マギ「ネギーッ!」ふえ? アスナさん?」

 

 ぶつぶつ呟きだしたネギ少年の声は、キンキン桜咲よりもうるさい声で中断させられる。振り向いた方につられて視線をやれば、ツインテールの少女がすげー速さでこっちに向かってきていた。

 キキー、と、急ブレーキをかけてネギ少年の手に肩を置いて、俺の方を見て露骨に顔をゆがめて一言。

 

「げっ、『麻帆良の悪竜』」

 

 『麻帆良の悪竜』ってのは俺のあだ名。まぁ竜ってのは理解できるよ。俺の名前竜崎辰也だし。

 しかし悪ってのがまるで理解できねぇさ。授業にも真面目に出る、居残りもする、最近は宿題もまともに出す、テスト結果は褒められたもんじゃねぇが清廉潔白な俺が悪とは……。

 

「帰るわよネギ、関わっちゃダメな人間ってのはどこにだっているものなの」

 

 聞こえてんぞ、少女よ。

 

「でも、僕は教師として……」

 

「でももすともないの! いいから帰るわよ!」

 

「でもこの人は悪い人ですよ!」

 

「頭のおかしい悪いやつでも関わっちゃいけない頭のおかしさなの!」

 

 ……わかった、おーけー理解した。つまりこいつら俺に喧嘩売ってるわけだ。

 

 やいやい言い合っているネギ少年とツインテール少女の間に無理やり身体をねじ込ませ、その頭に手を置く。へっ、と、声が聞こえたが俺はきにしなーい。ぶん、腕を振り上げれば二人は空の上――かさりと小さく枝を揺らす音がふたつ聞こえた。

 

「俺チンジャオロースな」

 

「用意できていますよ」

 

 注文に合わせて出てきたピーマンと牛肉の饗宴に、生唾を飲み込んで椅子に座って割り箸を二つに割る。

 

「やはり貴様はおかしいな」

 

 いつもよりも楽しそうなマクダウェルの声色に首をかしげつつ、俺は目の前の料理をがつがつ食べていく。うん、いつもと変わらぬ美味さだな。

 

 

 

○●○

 

 

 

「お主は何を考えておるんじゃぁぁぁあぁっ!!」

 

 部屋全体を震わすような怒声に俺の後ろに立っていた桜咲がびくりと肩を震わせる。

 ぎりぎり射殺すような視線を振りかけてくる男は近衛近右衛門――この麻帆良の学園長だ。

 

「何がですかー」

 

 俺も高校生だ。つまりある程度は大人に向けて進んでいるわけだ。ということで敬語で返す。だが学園長はぷるぷると肩を震わせながらまた叫ぶ。

 

「ネギくんには不干渉じゃと会合で通達したじゃろうが!」

 

「出てないですー」

 

「プリントも配ったじゃろうが!」

 

「もらってないですー」

 

「刹那くん経由で伝えたじゃろうが!」

 

「聞いてないですー」

 

「ええっ!? ちゃんと伝えましたよ!」

 

 縋りつく子犬のような視線を桜咲が向けてくるが無視、無視。だってさ、俺には覚えがないんだもん。

 

「とにかく! ここで改めて伝えたからの! ネギくんには不干渉! これが我々魔法使いたちの方針じゃ!!」

 

「なんでですかー?」

 

 と、ふいに浮かんだ疑問を口に出してみれば学園長ははあはあ肩で息をしながら答える。運動不足か? 年寄りの運動不足はボケにつながるらしいぞ。

 

「彼には才能がある、その翼で世界を羽ばたくための手助けはするべきじゃ。しかして過度な干渉は彼の道を阻むこととなりえる――故に、我ら魔法使いは不干渉の立場をとる」

 

 過度な干渉、ねぇ。ちらと後ろを向いてみればむくれっ面の桜咲が目に入る。

 

「桜咲、お前はネギ少年の生徒だったか?」

 

「え、あ。はい、ネギ先生は私たちの担任教諭ですね。龍宮や春日さん、エヴァンジェリンさんも同じクラスですよ」

 

 ……なるほど、理解した。これはあれか、かの勇者ロトと同じパターンか。

 アリアハンの王様は才能がある、英雄オルデガの子供に僅かな金銭とルイーダの酒場にいる素人同然の仲間たちを渡して旅に出させた。まぁそれはいい、なんたってゲームの世界だからな、それはいい。

 だが目の前の学園長はゲームと同じことをさせようとしている訳だ。

 

 ネギ少年は『魔法先生ネギま!』の主人公、つまりはこの世界の勇者だ。少年漫画で連載されていたということはいずれ世界を救うことになるのかもしれない。そんな結末だった気がする。

 

 だが、俺が生きるこの世界は漫画であると同時に現実だ。転生者である俺がしっかりと生きる現実――若き才能にすべてを託そうとは何様のつもりだ?

 

「凡愚め。己が力の無さを不干渉という鎧に隠れやり過ごすつもりか」

 

 学園長のひきつる顔が俺の金色の瞳の中に像として映る。

 腕が変わる、顔が変わる、身体が変わる、存在が変わる――窓に映るは竜王の御姿。

 

「貴様の言など俺には僅かな揺らぎともなりえぬことを知れ」

 

 振り向けば抜身の刃。初めて出会った時のように、身体を恐怖で震わせた桜咲の横を抜けて、俺は扉に手をかける――気づけばいつもの人間の姿でそこをつかんでいた。

 

「つーことだ。そもそも俺は魔法使いじゃねぇ……俺は俺で勝手にやるさ」

 

 扉を開けば和気あいあいといった声の聞こえる女子中等部の廊下。翻す短いスカートにしみひとつない太ももがたくさん。

 学園長もあの歳でスケベとは……元気なこって。

 

 

 

○●○

 

 

 

「今日こそは「はい、うるせぇ」わああああぁぁっ!」

 

 赤毛の頭をつかんで投げる。

 

「いい加減にしなさい「はい、煩わしい」よおおおおおっ!」

 

 飛んで向かってくる脚をつかんで投げる。

 

「マギステル・マギス「しつけぇ」てええぇぇぇっ!!」

 

 呟きだした口をふさいでそのまんま投げる。

 

「こんのおぉ「邪魔くせぇ」おおおおおぉぉっ!!」

 

 振りかぶっていた机ごと一緒に投げる。

 

 しかしあいつらも粘着質。

 あの日、俺が世界樹の上にネギ少年とツインテール少女を投げ飛ばしてから毎日のように同じ光景が繰り返されている。まったくこちとら静かに四葉のメシも食えねぇぜ。

 

「あのー」

 

 まぐまぐ租借しながら振り向けば、いかにも大和撫子といった感じの少女が立っていた。

 

「うち、近衛木乃香って言います」

 

「こらご丁寧に、竜崎辰也だ」

 

 近衛、近衛木乃香――ああ、桜咲の話の中にいつも出てくるお嬢様か。ということは……いたいた、桜咲だ。お嬢様の頭の向こう、木の影に隠れながらすげー眼で俺を睨んでやがる。

 

「あんなー竜崎さん、何があったんかよーわからんのんですけどあのふたりをいじめるんは止めたげてほしいんや」

 

 そーいえば桜咲はネギ少年の仲間になるんだったか。いつだったか……んー、覚えてねぇわ。だがまぁはやーい段階じゃなかった気がする、うん、たぶん。

 その上、桜咲は俺と同じような感じだ。身体の中に何か飼ってる匂いがプンプンする。

 

 つまりこれは……なるほど、良いチャンスか。

 

 がしり、お嬢様の頭に手を置く。ふえ、という言葉とともに返ってきたのは小動物みたいな眼差しと――猪みたいに向かってくる桜咲の姿。おいおい、白目と黒目が反転してんぞ。

 

 だが俺には関係ない。前例にもれず、俺は腕を振り上げる。

 

「ひゃあぁぁぁぁっ!」

 

「お嬢様ぁああぁぁぁっ!!」

 

 だん! 地面を蹴り飛び上がった桜咲は白い翼を背中に生やし、天高く舞い上がっていくお嬢様の下へ。

 

 ――さて、これで静かになった。今日はいい日だ。ということで酒でも頼もうかね。

 

 

 

○●○

 

 

 

 私にはお世話になっている常連客がいる。

 名前は竜崎辰也。私が麻帆良で初めて厨房に立って作った料理を食べてくれたお客さんだ。

 

 彼は不器用だ。

 

「言葉にして伝えればいいと思います、乱闘騒ぎを収めてから目をつけられているって」

 

 私の言葉を無視してがつがつマーボー豆腐を口に運ぶ彼はこのお店、『超包子』のオーナーである超鈴音さんが最初のお客さんとして捕まえてきた人だ。以来、週に何度もここを訪れて私の料理を残さず食べてくれている。

 たぶん、この麻帆良で一番私の料理を食べているのが彼だろう。

 

 お皿を空にして、わきに置いていた紹興酒の瓶を一気に飲み干して、げっぷと喉を鳴らした彼は不器用だ。

 だから私にはどんな言葉が返ってくるかわかる。

 

「メシに埃が入るのが邪魔だっただけだ」

 

 それだけ言って次の皿とお酒の瓶を彼は催促してくる。

 

 彼は無口だ――というよりも、無駄な言葉を他人にかける必要がないと思っているのだろう。

 

 お酒に酔った人が暴れている時も、恨みを持った人がお礼参りに来た時も、怪訝な目を沢山の人から受けている時も、彼は変わらず相手を視線で、腕っぷしで、沈黙させた後に黙って私の出したお皿を空にする。

 

 誰かと一緒になごやかな食事もいいものですよ、そう提案したことが一度あった。でも彼はいたずらっぽく笑みを浮かべて――メシを食うときは誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃいけねぇ……独りで、静かで、孤独で――そう言ったっきり黙ってしまった。

 その日のお会計の時、美味いメシのときは特にな、そう付け加えた彼の言葉がとてもうれしかったのは私だけの秘密だ。

 

 彼はその粗暴さと不器用さが相まって人に避けられている。故に彼は一人だ。

 同じクラスのエヴァンジェリンさんと食事を共にしていることは稀にあるが、だからと言ってそこに特別と会話があるわけでもない。

 

 怖くはないのだろうか? ひとりぼっちでいることが。

 寂しくないのだろうか? ひとりっきりでたたずんで。

 

「四葉、次は酢豚にするわ。もちろん酒もつけてくれな」

 

「未成年の飲酒はダメなんですよ」

 

 ぶーたれた年齢より幼い顔に、しかたがない、といった風を装ってお酒の瓶を竜崎さんに手渡しながら思う。

 

 だからせめて私は料理を作ろう。

 

 貴方がここにいるときだけは心やすらかに過ごせるように――そんな願いを込めて。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

「ようよう嬢ちゃん、俺と勝負しねぇか?」

 

「いやいや竜崎殿、遠慮しておくでござるよ」

 

 にこにこ笑顔で話しかけてみれば、俺より少し小さいだけのところにあった糸目が下がる。期待していれば返ってきたのはにべもない返答。かーなしいね、俺は悲しいよ。

 

「んだよ、古菲はのってくるのにさ」

 

「拙者、自分の身をわきまえたでござるよ。それに竜崎殿はお腹がすいただけでござろう」

 

 見抜かれてやがる。じろじろ睨んでみても、表情ひとつ変えずに糸目の少女、長瀬はそういえば、と続ける。

 こいつ、話を変える気だな。つまんねーの。前は俺を見れば勝負でござるー、勝負でござるー、ってうるさかったのにさ。やっぱり財布の中身を空っぽにしたのがまずかったか……。それともあれか? 並んで買ったって言っていたプリンを巻き上げたのがまずかったのか?

 

「竜崎殿は魔法というものを知っているでござるか?」

 

「おー、俺魔法生徒だし」

 

「魔法生徒?」

 

「そそ、魔法を知ってる生徒。この麻帆良は魔法使いの都市なんだとよ」

 

「はー、やはり世界は拙者の知らないことであふれているでござる」

 

 という訳で俺は手を出す。

 

「何でござるか?」

 

「教えてやったんだから飯をおごれ。酒でもいいぞ」

 

「拙者は修行帰りで、今は残念ながら手持ちがないでござるな」

 

 いやー残念でござる、などという長瀬は白々しい態度。

 だが甘いな長瀬、俺は知っているんだぜ。お前が修行帰りに必ずプリンを食べるってことをな!

 

 浅ねぎ色の道着を着た長瀬の懐に手を突っ込む。ほれあった、やっぱり俺の予想通りだ。

 

「いつの間にっ――って、それは拙者が楽しみにしていたプリンでござるよ!?」

 

 デカい身体のくせにやいやい喚くが俺はきにしなーい。返すでござるー、と、伸ばしてくる長瀬の腕を避け、足を避け、飛んできた苦無を避け手裏剣を避け、ばりっとふたを開けて一気に流し込む。コンビニで買ったやつか、いまいちだな。

 

「修行後の楽しみが……拙者のオアシスが……」

 

 がくりと膝から崩れ落ちた長瀬を見ながら俺は告げる。

 

「今度はもうちっと美味いやつで頼むぜ」

 

 

 

○●○

 

 

 

 差し出されたのはホカホカ湯気を立てる肉まん。がぷりと噛みつけば肉汁が口いっぱいに広がる。

 

「この肉まんを作ったのは誰だーっ!」

 

「私が作ったネ、どうかな?」

 

「四葉のが美味いな」

 

 ぷっくり頬をリスみたいに膨らませて、お団子頭の少女はぷんすか抗議の声をあげる。

 

「せっかく作ったのにその言い方はないネ!」

 

「事実だからな」

 

 うなだれたお団子頭――俺がいつも世話になっている中華屋台のオーナーである超は、まぁいいネ、と取り繕うように膝を払って口を開いた。

 

「竜崎サンは今日の夜間警備に出るのかネ?」

 

 いつもは賑やかな世界樹広場。まだ夜の帳が落ちたばかりだというのに今日は静けさと暗闇に満ちていた。

 それもそのはず、今日は大停電の日だ。

 

 大停電っつーのは、麻帆良を覆っている学園結界とやらをメンテナンスする日のことらしい。なんでも電力と密接に関わっているそうで、そのあおりを受けて麻帆良全体が一晩漆黒の中に沈むことになる。

 

 まぁ詳しいところは俺にはさっぱりなんだが、シンプルなところで俺に関わってくる。麻帆良を覆っている結界が無くなるってことは、麻帆良への侵入者が増えるってことで、今日この日は魔法先生も魔法生徒も総増員で警備に当たることになる――つまり、俺の夜間バイトの時間だ。

 

 原作にこんなイベントあったかね? 『魔法先生ネギま!』は読んだことがあるって言っても流し読みだったわけで、もう転生して数年の月日が経っている俺の頭の中からは内容なんざぽぽぽぽーんだ。

 あった気もするしなかった気もする。うーむ、わからん。

 

「そのつもりだな」

 

「じゃあしっかりと稼いで来て欲しいネ」

 

 そう言うと超はもじもじ指を弄る。竜王の力を持った俺には暗闇の中でもそんな姿はしっかり認識されて目に入る。無論、あげた顔がほんのり紅くなっているのもな。

 

「なんだか夫婦みたいなやりとりヨ」

 

「ないな」

 

「こんな美少女がいうのにその反応は「竜崎さーん!」むぅ」

 

 ぶーたれた超の声を遮ったのは相変わらずきんきん叫ぶ桜咲。手に持った懐中電灯をぶんぶん振りながら、駆け足で俺の方へ向かってきた。

 隣にいるのは……お嬢様か。俺の視線に気づくとぺこりと頭を下げる。うん、礼儀正しい子だ。

 

「でわでわ、私はこれで失礼するネ」

 

 今度は美味しいって言わせてみせるねと、去っていく超と入れ替わりに、桜咲は俺の前で立ち止まると腰に手を当てて薄い胸を張った。

 

「メールは読んでくれましたか?」

 

「読んでないな」

 

「だと思ってました、なので直接伝えに来ました。私は今夜の夜間警備には用事があって出られそうにないのです」

 

 律儀な性格してんなぁ。俺だったら無視してるぞ。

 

「それと、私がいないからって無茶をしないでくださいね!」

 

「んなことなんで俺が気にする必要があるんだ?」

 

「……そうでした、そういう人でした」

 

 はぁとため息をついて落胆した顔色の桜咲は、きりりと顔つきをまとめあげ直して再び胸を張る。もといまな板のように薄い胸を張る。

 

「とにかく伝えましたので、くれぐれも、くれぐれも! よろしくお願いします」

 

 今度食事をご馳走しますので、そう告げてから頭を下げると桜咲は踵を返す。その直線状にはやはりお嬢様。

 

「桜咲」

 

 声をかけてみれば振り返った桜咲の顔は、その動きに合わせて踊るサイドポニーのように楽しげだった。

 

「仲良くなれてよかったな」

 

「……はいっ! ですがもうあんな危ないことは止めて下さいよ!」

 

 あーあー、聞こえない聞こえない。

 

 

 

○●○

 

 

 

 爬虫類を連想させるその容貌は口から吐き出された凶悪な炎によってその存在を塗り替える。巨大な翼が開かれれば、大地と空の境目を自在に滑空する。

 それは正しく幻想にこそある生き物で、それを人はワイバーンと呼ぶ。

 

「強いぞー、かっこいいぞー!」

 

「つよイ」

 

 いつもの麻帆良大橋の近く、ぎゃんぎゃん茶毛短髪のガキは膝に小さな子供を乗せて、ワイバーンの上で興奮していた。

 うるせぇ。こちとら大停電で授業が早く終わったかと思えばいつもの倍の宿題が出てんだ。ありえねぇ、これは何かの陰謀だな。

 

「大変そうだね」

 

 地面に座ってうんうん唸る俺に声をかけてきた龍宮は、スナイパーライフル片手を持ったままニヒルに笑った。お巡りさーん、銃刀法違反者がいまっせ。

 

「わはははっ! この春日のいるところに来たのが運の尽きだな!」

 

 俺は夜間警備で組むことになる人間が何人かいる。桜咲に隣にいる龍宮、ワイバーンの上で悪党面の春日とその膝の上のココネが主な相手だ。図書館島からせっかく連れ出したのに、すっかりあいつらのおもちゃだな。まぁあいつも楽しそうだから構わねぇけどさ。

 

 桜咲はお嬢様のために俺から目を離さないようにしていたんだろう。龍宮と春日は楽だから、という理由で俺と組むらしい。俺を相手にしている侵入者の注意力なんて紙切れ当然とは龍宮の弁、回収すればいいだけっすからとは春日の弁だ。

 ココネは春日のパートナーだそうだ。しかしあんなガキが戦いの場に出るとは……そういえばネギ少年もか。漫画とはいえ世も末だわ、世紀末だわ。

 

 てことでいつも俺は気楽に夜間警備に出ている訳で、ワイバーンに乗った春日無双の今日は宿題が進む進む。

 

「貴方は今の状況を理解しているのですか!」

 

 ……進まねぇ。

 

 隣でゴルゴ気取りに黙々と引き金を引く龍宮とは違って、俺の目の前の金髪はふんぞり返ってお小言だ。

 

「聞いているのですか貴方は!」

 

 聞いてませんよー。

 

「図書館島からワイバーン連れてくるだけでも大ごとだというのにすべてを他人任せであなたは何をやっているのですか! 麻帆良を守る魔法生徒としての自覚はないのですか!」

 

 俺は基本的に魔法先生と魔法生徒から避けられている。その例外がいつも組む四人な訳で、もうひとつの例外が目の前の金髪、ウルスラ通いのグッドマンだ。

 

 こいつはやけに俺に絡んでくる。同級生だからか? よくわからんが、ことあるごとにやれ自覚がー、自覚がーと喚いてくる。

 俺が何をした? 強いて言えば認めさせてやりますわー、と向かってきたときにへこませたくらいだぜ。魔法が解けて素っ裸になったわけだがそれは俺のせいじゃねぇ。こいつが下に何も着てなかったのが悪いんだ。

 

「ならば力づくで動かして「集中できねぇだろうが」めぽっ!?」

 

 影がグッドマンの身体を包みだしたところをデコピン一発、気絶させる。魔法が解ければやっぱり素っ裸。コイツ露出狂の気があんのかと心配になるな。

 

 さーて、これでやっと取り掛かれると振り向いてみれば俺のカバンに刺さった氷柱。携帯はポケットの中だ。財布もそうだ。あそこにあるのは俺の宿題だ。

 

 ……マジか。

 

 橋の方を見ればマクダウェルが見えた。氷柱出しながら高笑いしているマクダウェルが見えた。ついでにネギ少年とツインテール少女、白い羽出して飛んでいる桜咲と頭にオコジョ乗せて応援しているお嬢様も見えた。

 

 そーかー、桜咲はネギ少年と仲良くなれたんだなー。それで今日の夜間警備に出られなかったわけだー。

 

 ちらりと横を向く。龍宮は目をそらした。

 

「あのヤロウ」

 

 背中に力を込めればめきり現れる黒い翼。

 ひとたび羽ばたくだけで俺の身体は風を貫きマクダウェルの下へ。

 

「マクダウェル……テメェやってくれやがったな」

 

 突如として現れた俺の姿に驚愕した様子だが関係ないね。俺の貴重な明日の放課後の方がずっと大事だ。

 

「俺の宿題を「うるさいぞ! このガキを倒して封印を解いたら次は貴様の番だからな! せいぜい震えて過ごしていろ!」……ははっ」

 

 人間キレると逆に冷静になるとは言うが、身をもって理解した。

 封印? その身体にぐるぐる巻いてる変な鎖のことか? それがなければ思い残しもねぇ訳か?

 

 こいつは味方、コイツは味方。頭の中で繰り返しながらマクダウェルに手を向ける。

 放たれたひかりのはどうはマクダウェルに絡んだ鎖を消し飛ばす。

 

 キョトンとした顔のマクダウェルの正面に立ち俺は静かな声でつぶやく。

 

「来いよ……かかってこいや」

 

 結果? こうもりおとこもどきかだいまどう風情が竜王に敵う道理なんざねーよ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 その日、麻帆良学園の歴史始まって以来の――いや、魔法史に名を残す戦いが繰り広げられた。

 近くで様相を見ていた当時麻帆良学園中等部三年生の桜咲刹那はその戦いのことを次のように語る。

 

 

 

 ――あの日、私はエヴァンジェリンさんと戦っていました。いえ、もちろん封印が解かれる前のですがね(笑)。

 

 ネギ先生の父君の情報を彼女が持っているという話を聞き、私のこの羽をお嬢様と一緒になって受け入れてくれた彼と明日菜さんの力になりたいと思って私はあの場にいました。

 正直、良い勝負だったと思っています。彼女を追い詰め明日菜さんが地上の絡繰さん――エヴァンジェリンさんの従者を押さえ、私が宙に浮く彼女と切り結び、タイミングを合わせてネギ先生の魔法が打たれるはずでした。

 

 そうです、そこに現れたんです。竜崎さんがです。

 

 彼は黒い翼を背中に生やして私とエヴァンジェリンさんの間に割って入ると言っていました――俺の宿題をどうしてくれるんだ、と。実に彼らしいですよね(笑)。

 

 その竜崎さんの言葉にエヴァンジェリンさんが反論したと思ったその時です。ひかりが周りを包んだんですよ。

 そうすればもう彼女はいなくなっていましたね。どこかに消えたとかではなく、今まで私が戦っていた彼女が、です。

 

 向き合ってみるだけで喉はからからに枯れてしまいますし、近づいているだけで私の羽はぱきぱき凍っていましたよ。羽ですか? ええ、大丈夫です。あの後このちゃん……失礼、お嬢様がお風呂でお湯をかけながら溶かしてくれましたから。

 

 話が逸れましたね。エヴァンジェリンさんの目的はネギ先生の血を飲んで封印を解くことでしたが、その目的が意外な形で成されてしまったわけです。

 そうなってしまえば私たちのことはもう眼中にありませんでした。軽く腕を振るうだけで私たちを吹き飛ばしたエヴァンジェリンさんは竜崎さんを連れて麻帆良大橋を抜けた先、少し開けた広場に向かいました。

 

 私たちは後を追いました。たどり着いた時、エヴァンジェリンさんは小さな人形と絡繰さんを従えて笑っていました。竜崎さんは苛立った顔でひとりです。

 

 まず、最初に動いたのはエヴァンジェリンさんでした。絡繰さんが両手に持っていた大きな銃から弾丸の雨を降らせる中を両手に曲がった刃、ククリを持った人形は目にもとまらぬ速さ――本当にそうとしか表現できない速さで竜崎さんに肉薄すると首筋めがけて振り抜きました。

 実際、この動きが見えたのは私と、いつの間にか隣にいた龍宮くらいだったでしょう。お嬢様もネギ先生も明日菜さんも、その場にいた私たち以外はぽかんとしていましたからね。

 

 え? これで終わっただろうって? ……わかっていませんね、貴方は竜崎さんという人間をまるで分っていないです。

 

 並の人間ならそれで終わりでしょう。私があの場に立っていたら首と胴が離れていたでしょう。

 

 ですがあの場にいたのは、あの竜崎さんです。

 

 立っていました、そのままの姿で。首に押し付けられたククリを平然とした顔で受けて。

 

 次の瞬間、小さな人形の下半身は粉々でした。その光景に目を取られていると、今度は絡繰さんの首が引きちぎられていました。ばちばち電気をあげながら。ロボットではなかったら絡繰さんとはお別れでしたよ(笑)。……すいません、少し不謹慎でしたね。

 

 エヴァンジェリンさんですか? いえ、彼女もやはり名のとどろく大魔法使いなのだと改めて実感させられましたね。

 竜崎さんがぽいと絡繰さんの首を投げ捨てたと同時でした。あたり一帯を埋め尽くすような大きさの氷の塊が彼の頭上から急落下しました。

 

 ええ、そうです、もちろん無事でした。逆にその氷の塊を押しとどめ、エヴァンジェリンさんに投げつけていましたよ。次に竜崎さんを襲ったのは氷の雨です。空一面を覆いつくすような大量の魔法の射手が一斉に彼めがけて突き進んでいきました。

 

 それに対して竜崎さんは大きく口を開くと離れた私たちの肌を焦がすような炎を吐いたんです。それだけで氷の雨は一瞬で溶けてしまいました。

 

 エヴァンジェリンさんは震えていましたよ。対する竜崎さんはいつもと変わらず飄々とした態度で、彼女に向けて手招きしていました。

 

 …………。いえ、すいません。あの戦いを思い返すたびに後悔するんです。なんでもいい、どんな方法でもいいからここで止めておくべきだった、と。

 

 凄まじい魔力の奔流でした。それこそ気持ち悪くなって、胃液がせりあがってくるような感覚を覚えました。ついふらついてしまうと足下でぱきりと音がするんです。はい、凍っていました。あたり一面、見渡す限りの地面が凍っていました。

 

 この状況はお嬢様には拙い、そう思った時でした。不意に肌を刺すような寒さが無くなったんです――学園長でした。私たちの前に立ち、竜崎さんとエヴァンジェリンさんの周りを囲むように結界が張っていたんです。

 びっくりしながら時間を確認すれば、とっくに大停電の時間は過ぎていました。にもかかわらず麻帆良は闇夜に包まれていました。そうです、麻帆良の結界に回す電力を彼らの戦いから出る被害を押さえるために回したんです。

 

 周りを見渡せばたくさんの魔法先生と魔法生徒がいました。大停電の日なのに大丈夫なのかな、と思ったんですがそれも無用な心配でした。彼らに交じって見たことのないような人いました――恐らく麻帆良の神秘を狙ってきた侵入者たちでしょう。

 

 誰も、彼も、異常な魔力と異様な光景に引き寄せられ、動けなくなっていたんです。

 

 そして――始まりました。先ほどまでの戦いはただの準備運動だと思い知らされました。

 

 エヴァンジェリンさんは魔力の塊を握りつぶして、氷のドレスを身に纏っていました。恐らく近づくだけで死をもたらすような、そんな圧力を持っていました。

 そんな彼女に竜崎さんは躊躇いなく歩みを進め……二人の拳が激突しました。

 

 私たちを襲ったのは衝撃でした。踏みとどまれないほどの。隣にいたお嬢様は実際しりもちをついていましたからね。私が手を添えていなかったらネギ先生のようにコロコロ転がっていたでしょう。

 

 そんな衝撃が何度も、何度も、地鳴りのような音を立てて襲ってきました。

 

 先にしびれを切らしたのはエヴァンジェリンさんでした。中空に浮かび上がると呪文を呟き、氷の茨が雷のような速さで竜崎さんを取り囲むと彼の周りを空間ごと氷漬けにしてしまいました。

 エヴァンジェリンさんは高笑いしていました。これで勝ったと、見せつけてやったのだ、と。

 

 ……そういえば先ほど準備運動だったと言いましたね。私が思うに、エヴァンジェリンさんは全力だったと思います。

 そうです。準備運動だったのは竜崎さんの方です。

 

 砕け散りました、氷は。唖然としていました、エヴァンジェリンさんは。

 

 現れたのは紫の鱗をまとったドラゴンでした。

 

 咆哮ひとつ、本当にそれだけです。私たちの目の前にあった結界は見るも無残に砕け散りました。

 

 ドラゴンになった竜崎さんが起こした行動はたったふたつです。咆哮と、その爪を振るうこと。エヴァンジェリンさんはバラバラになっていました。多分、彼女が真祖の吸血鬼ではなかったら間違いなく存在から消滅していましたね。

 実際のところ、背後にあったものすべてがえぐり取られていました。幸い背後にあったのは林と、人もいましたが侵入者の人たちだけだったので魔法先生や魔法生徒に被害は出ませんでしたが。

 

 それが私の見たすべてです。

 

 

 

○●○

 

 

 

 私には認めさせるべき同級生がいる。

 名前は竜崎辰也。私のことを公衆の面前で裸にした魔法生徒だ。

 

 彼は脅威だ。

 

「タカミチもいっしょに修行するんだ」

 

「ああ、僕も鍛え直さないといけないと思い知らされたからね」

 

「私も、私も頑張ります!」

 

 私は今、悪の代名詞である『闇の福音』の別荘にいる。ダイオラマ魔法球の中に入ってみれば様々な季節を体感させられ、これを見ればやはり彼女は大魔法使いなのだと認めざるを得ない。

 

「まったく、なんで私まで……これで老けて彼氏ができなかったらどうしてくれるのよ!」

 

「その時は俺がもらおう」

 

「えっ!?」

 

「……私、お邪魔ですか師範代」

 

 あの日――私は気絶していてその場を実際に見たわけではありませんが、竜崎さんと『闇の福音』の戦闘以来、学園長はネギさんへの方針を変えた。

 麻帆良全体の戦力向上のため、ネギさん自身の成長のため、全身全霊を込めてバックアップすると。

 

「ふわー、これが魔法かー」

 

「近衛さんには回復魔法の才能がありますね。神の名のもとに――ではなくとも、大切な人を思って行使するのが回復魔法。これを忘れてはいけませんよ」

 

 この魔法球には私以外にも魔法先生や魔法生徒がいる。

 

「ええいうるさい! 痛くなくては何も覚えんだろうが!」

 

「これだから野蛮な悪の魔法使いは! まずは座学でその危険性と効用を重々と理解してからだね!」

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 

 先ほどからネギさんの指導方針を議論しあう『闇の福音』と私の指導教官であるガンドルフィーニ先生、二人の言い争いをたしなめる麻帆良大学の明石教授。『悠久の翼』に所属する高畑先生、英雄の息子であるネギさん、その従者である神楽坂さん。麻帆良一の剣士である葛葉先生に麻帆良屈指の武闘派である神多羅木先生に京都神鳴流の剣士である桜咲さん。

 

 そして、学園長のお孫さんである近衛木乃香さんとシスターシャークティ。彼女を関わらせることを決めたというだけで学園長の本気さが理解させられる。

 

 彼のことを学園長は脅威だといった。それは麻帆良だけに過ぎない、魔法使いだけにとどまらない、世界全体の脅威だと。

 

 故に、私は思うのです。

 

 認めさせてやりましょう。貴方に私たちの正義を。

 教えて差し上げましょう。その力の行使の仕方を。

 

 人々を影ながら救うため、無私で魔法を使うことこそ魔法使いの本懐なのですから。

 

「負けませんわ! この高音・D・グッドマン、必ず貴方を認めさせてやりますわ!」

 

 拳を突き上げ叫びながら私は思う。

 

 高潔なる理想に目覚めたならば、心を入れ替えたならば、私が手を引いて歩いて差し上げると。

 

 貴方のその力があれば、きっと数多くの人々を救えるのだと。

 

「出前アル……って何アルかここ!?」

 

「これが魔法でござるか。壮観でござるな」

 

 ……誰ですの、急に現れた貴女方は。私がせっかくかっこよく決めたというのに。

 

「師父からの出前届けに来たアル」

 

「あいあい、拙者も竜崎殿に手伝えと言われて」

 

 彼女たちを見て私は思う。竜崎さん――貴方はいったい何を考えてますの?

 




高音は二年生ですが、都合上三年生に変更しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 行き先を告げるアナウンスが響く。ビジネスバッグを持ったサラリーマンや肩から旅行鞄をかけた老若男女が見えるここは新幹線のプラットホーム。

 

 今日は待ちに待った修学旅行の日だ。修学旅行といえばあれだ、授業中の早弁や昼休みの学食や放課後の買い食いを超える、学生にとって最大の楽しみだ。俺のテンションが上がるのは仕方がない話。モンバーバラのステージにでも立ちたい気分だな。

 

 行き先は京都。個人的にはハワイにでも行きたかったんだが、俺が昼間の警備とかいう訳のわからないものに駆り出されている内に決まったんだからまぁ仕方がない。給金は良くて授業も出席扱いになる、と龍宮に誘われて出たおかげでずいぶんの間は腹いっぱい食えたしな。

 

 しかし……右を見渡せど、左を見渡せど、俺のクラスメイトはいねぇ。麻帆良の制服はちらちら目に入るから時間と場所は間違ってないはずなんだが。

 

 うーむと首をひねっていると携帯に着信。画面に表示された名前は豪徳寺だ。

 

「おー、どうした?」

 

『竜崎は土産は何がいい?』

 

 ……は? 土産?

 

『マカデミアナッツでいいか? にしても災難だったよな、修学旅行の日に親戚の葬式なんてよ』

 

 親戚の葬式? 親戚なんざ俺にはいねぇよ。両親がいないんだから夜間警備に出て金を稼いでる俺に、親戚なんざやつらはいねぇぞ。

 

『ま、いろいろ良さそうなものは買ってきてやるからそれで我慢してくれな。じゃ、俺はそろそろ搭乗時間だからさ』

 

 それだけ告げると通話が切れる。

 

 落ち着け、まだ慌てるような時間じゃねぇ。とりあえず酒でも飲んで落ち着こう。酒瓶だらけのバッグから適当に一本取りだしてラッパ飲みする。アルコールが俺をほろ酔いにさせることもないが、いつもの調子に落ち着いてきたぞ。

 

「未成年の貴方が公衆の面前で何をしていますの!」

 

 ゴミ箱に空の瓶を押し込んでいる俺に、後ろから声がかかる。生やした金髪みたいに高圧的な態度で、大口開けたグッドマンはぷりぷり怒っている様子だ。

 

「ゴミはゴミ箱に捨てるのが常識だろうが」

 

「そうではなくて! ……はぁ、なんでこの私がこんなことに……」

 

 怒ったり落ち込んだり情緒の安定しない女だな。カルシウムとってるか? 好き嫌いが激しいんじゃねぇのか?

 

「どうぞ、貴方へ連絡です」

 

 グッドマンから差し出された携帯を耳に当てると聞き覚えのあるような、ないような、しゃがれた声がした。

 

『ワシじゃ』

 

「ワシなんて知り合いはいねぇ」

 

 ぴっと通話終了ボタンを押せば、またすぐに鳴りだす電話。

 

『麻帆良学園長近衛近右衛門じゃ!』

 

 じゃあ最初に言えっての。あの歳で自意識過剰かよ。

 

『以前にお主は言っておったな、好きにさせてもらうと。という訳でワシも好きにさせてもらうことにしたぞい』

 

「ほー」

 

『お主のクラスはハワイへ行くことになっておったがお主には京都に行ってもらう。京都観光に行く高校生クラスは残念ながら今年はおらんかったでの、ネギくんのクラスに欠員が出ておるからそこと一緒に回るように。それと、付き添いとして高音くんをつけておるからの』

 

「なんでだ?」

 

『それが一番安全じゃからの。四葉くんのおるところで無茶はせんじゃろう』

 

 まぁ四葉に何かあったら俺のメシ事情が大きく変わるからな。

 

『そういう訳じゃ。まぁどうしてもというならば帰ってくれても「いいぞ」そうか、ならこちらの条件を飲んでくれたかわりにワシの酒蔵から好きなものをもっていってくれていいからの。ではせっかくの修学旅行じゃ、楽しんでくれの』

 

 ハワイに行ったところでメシを食って酒を飲んで、それ以外にやることも特に思いつかなかったからな。京都の方が俺の舌に合うものは多いかもしれねぇし、そう考えると渡りに船だったのかね。

 しかし学園長の酒蔵か……帰ってからの楽しみが増えたな。

 

 ぽいと携帯を投げ返せば、不機嫌そうな顔を崩さないようにしながらグッドマンは受け取った。

 

「まったく、私のクラスはハワイに行く予定でしたのに……貴方のせいですわよ」

 

 むくれた声を出すがな、右手には付箋だらけのパンフレット、左手には売店で買ったであろう駅弁、首からカメラぶら下げてその態度はないんじゃないか。

 

「竜崎さーん!」

 

 じとりと見る目に気づいて慌ててそれらを背中に隠したグッドマンの後ろから、今日も今日とてキンキン叫ぶ声が聞こえた。

 視線をやれば桜咲。隣にはグッドマンと同じようにはしゃいだ持ち物のマクダウェルが目に入る。

 

「私たちの班に配属されることになったみたいですので、旅行の間はよろしくお願いします」

 

 俺の胸辺りまで斜め四十五度に頭を下げる桜咲の後方に目立つ長身がいた。へいへいと生返事を渡してずかずかそいつの方へと歩み寄る。俺を見てぱっかり桜咲のクラスメイト達が道をあけるから楽でいいね。

 

「たーつみやちゃーん」

 

「やあ竜崎さん、災難だったね」

 

 ふふんと笑ってごまかそうとする龍宮の首ねっこを猫みたいに持ち上げて、俺の目指すは駅の売店。

 

「おばちゃん、とりあえず酒を全部頼むわ」

 

 

 

○●○

 

 

 

 ネギ少年のクラスで修学旅行というのは意外に正解だったのかもしれない。車内販売しだした出張超包子もあるし、わきに積まれた酒の山もある。まぁいつもお小言のうるさいグッドマンがいるが、今はマクダウェルと一緒に新幹線から見える景色に釘付けだ。

 

「こんなに飲んで大丈夫なんですか?」

 

 不安そうな表情で桜咲が問いかけてくるが、その辺りはまるで問題なし。竜は酒好きという例にもれず俺も酒好きだが酔っ払ったことはないし。うつろな顔つきでトランプにいそしむ龍宮には感謝だな。

 

 桜咲の班は俺を入れて六人と一体。マクダウェルと絡繰とグッドマンと――隣で俺にお酌するザジだ。

 何故だか知らんがこいつはいつも俺にこんな態度だ。会えば両手いっぱいの飯を持ってくるし、酒を飲んでいればこんな感じ。まぁこいつは無口だし、俺も楽でいいから放っといているんだが。

 

 そういえば絡繰は復活したんだな。マクダウェルをへこましてやったときに首から引きちぎったんだが、まぁ大丈夫そうで何よりだ。粉々にしたはずの小さい人形を膝にのせて、マクダウェルの方をじっと見てやがる。

 

「お菓子にジュースはいかがですか?」

 

 車内販売が通り過ぎていくのを見ながら、便所と言い残して立ち上がる。

 

 台車を押すのは黒髪の眼鏡女だ。ぺりぺりよくわからん紙を何枚か破り捨てながらその背中を追いかけて、車両と車両の間に入ったところでデコピン一発、気絶させる。おお、ちょうどよく駅に止まったし捨てとこ。

 

 誰だかはわからねぇが、俺の安らかな酒の時間を邪魔するのは許されねぇよ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 修学旅行の定番である京都だが、俺が来るのは初めてだったりする。

 既視感の中の世界でも修学旅行に行っていたような気もするが、ぼんやりとしか記憶にはない訳で。てなことで楽しい一日目だった。

 

 神社仏閣巡りが主な行程だったが、まぁマクダウェルとグッドマンがはしゃぐはしゃぐ。やれ写真だ、やれタペストリーだ……そのテンションは姦しいクラスメイトを凌ぐ勢いだったな。

 実際、引率主任の新田に叱られていたしよ。自称600歳が、高校生が、中学生の真ん中で怒鳴り散らされてんの。いやー俺だったら勘弁願いたいね。

 

 てことで、はしゃぎつかれたんだろう二人はとっとと布団の中でいびきを立てているらしい。同じ班とはいえ男と女。さすがに部屋は別々だから桜咲から聞いた話なんだがさ。

 

 片手に持った袋の中に酒を詰め込んだ俺は買い出し帰り。私は班長ですからね、と、わざわざ着いてきた桜咲はぐびぐび空いた手で酒をあおる俺を先導するように京都の町並みを進む。

 

「寝坊して起きられなかったとかは止めて下さいね」

 

 私……班長ですから、と、律義な桜咲は得意げな声色だ。

 

 薄暗い通り。月明りと街灯が照らすそこには人っ子一人いない。時刻はまだ深夜と呼ぶには足りない時間。京都の人間はみんな早寝なのかね?

 

「竜崎さん――捕らえられています」

 

 言葉尻には鋭さが混じりあたりを見回していた。竹刀袋の紐を解き中からでかい刀を取り出した武芸者さんは威嚇する獣のようなまなざしだ。

 

「こんばんは、刹那センパ「どーん」めぷっ!?」

 

 なのでその原因を潰してやる。空になった瓶を両手に刀を持った少女の顔面にストライク。あお向けに転がる眼鏡の割れた少女の足をつかんで投げ飛ばし、振り返れば目を点にした桜咲の顔があった。

 

「いくぞ」

 

「あ、え、はい。すいま「みごとやなぁ」へっ?」

 

 京都はあれなのか? 急に現れてみるのが流行りなのか? 

 初めて触れる文化に感心していれば、りーんと鈴の鳴る音が聞こえた。

 

 俺は腕をあげて、飛び交う蠅でもつまむように迫るそれを掴む。握られていたのは桜咲がいつも振り回している刀そっくりで、木造の柄を持つ手をたどってみれば黒髪の女が楽しそうに微笑んでいた。

 

「師範!」

 

 おいおい、いきなり斬りかかってくるたぁ随分なところで剣を教わっていたんだな。桜咲にはちょっと同情するわ。

 

「噂の悪竜、噂以上で嬉しいわぁ」

 

 ころころと喉を鳴らす黒髪の女はコスプレにしては年齢がいき過ぎている気がするが、赤い袴に白い羽織という巫女姿でぺろり唇を濡らした。しかしどうもその仕草には練習したような感じ……なるほど、コイツは処女だな。

 

「なんや、失礼なことを考えておりませんでしたか?」

 

「気のせいだな」

 

 ぱちん、女は鞘に刃を収めると恭しく頭を下げる。

 

「はるばる京都へよういらっしゃいました。うちは青山鶴子、この娘の師匠をさせてもろています」

 

「師範、どうしてこんなところに?」

 

 青山と名乗った女に駆け寄りながら桜咲が尋ねると、ほほほと笑いながら答える。

 

「近衛の翁からアンタを鍛え直しとくれと頼まれましてわざわざ来たんや。個人的に興味あることもありましてな」

 

 俺の方を一瞬見てから桜咲の肩をがっちり握って、青山は何度か深呼吸すると凛と表情を作って口を開く。

 

「刀子はんに彼氏できたゆうんは……ほんまでっしゃろか?」

 

「はい、いつも楽しそうにしていますよ」

 

 葛葉先生、神多羅木と付き合いだしたらしいな。補習の時も携帯を握っては、にへにへデレデレしていることも多いし。まぁクールな葛葉先生のいろんな表情が見られるのはラッキーだわな。

 

「離婚してざまぁみろて思っとったのにもう……なんで素子はんも景太郎はんと結婚しとんのにうちだけ……」

 

 ぶつぶつ呟く青山を心配そうに見つめる桜咲。……あー、これは面倒くさくなりそうだな。という訳で、竜崎辰也はクールに去るか。

 

「……ほな逝きましょか」

 

「え、師範、なにか雰囲気が……というよりも私は修学旅行中でっ!」

 

「実家に帰らなければあかん用事があると伝えとるさかい心配あらへん」

 

「お嬢様がっ! このちゃんの護衛がっ!」

 

「悪竜と闇の福音がおるとこにつっこむ阿呆はおらん。おってもさっきみたいなオチやわ」

 

「竜崎さん、待ってください! 竜崎さん!」

 

 羽交い絞めにされて助けを呼ぶ声には耳をふさごう。

 

「竜崎さぁぁぁあぁぁぁっ!!」

 

 ドップラー効果を背後に俺は宿を目指す。さらば桜咲、お前の犠牲は忘れないぜ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 結局桜咲は二日目になっても、三日目になっても戻ってこなかった。班長ですからね私は! と、気取っていた桜咲の気合は空回りだったわけだ。

 

 そんな三日目の夜、何故だか俺は森にいた。

 

「竜崎さん、貴方には道すがら聞いておきたいことがあります」

 

 隣にはグッドマン。いつもにも増してやけに真剣な表情だ。

 

「貴方は何のためにその力を振るうのですか?」

 

 そんなこと――正直考えたことがないわ。

 

 転生していつの間にか得ていた竜王の力。人様の力を拝借してんのかもしれねぇが、今は俺の身に宿った俺の力だ。俺の思うがままに、自由に使ったって文句はねぇ話だろうさ。

 

 だがまぁ、強いて言うならば――

 

「俺の存在理由のためだな」

 

「存在理由? よくわかりませんが、強大な力は無力にあえぐ人のために使うべきですわ。力なき人々のために無心で捧ぐ……それが魔法使いとして正しいことだと私は信じておりますの」

 

 それは大層なこって。しかし百人いれば百人の考えがある訳で、グッドマンの考え方は褒められたことなだろうが俺はごめんだわ、ああごめんだ。

 

 高尚で高潔な理想を掲げるのは人として正しいと思うよ。それに向かって邁進する姿には敬意すら覚えるね。

 この世界の勇者であるネギ少年も自分の目標のために頑張っているということは桜咲から聞いた。なんでもマクダウェルの別荘とやらで修行に励んでいるらしい。魔法先生も一緒になってネギ少年を鍛えているそうだわ。

 

 己を鍛える。

 そのために努力を重ねる。

 故に――人間は素晴らしい。

 

 しかし、古菲や長瀬を送り込んだのは正解だったな。おかげで昔みたいに長瀬も勝負を挑んでくることが増えたし、俺の胃袋は満足ですよ。

 

 ……そういえばネギ少年の姿が宿では見えなかったな。自由行動が終わった後も帰ってきてなかったみたいだし、新田がぷんすかしていたさ。どうやらお嬢様の実家に泊まることになったらしい。ま、いろんな場所に行っていろんな人に出会うのは成長には欠かせないことだわな。

 

「で、なんで俺はこんなところに連れ出されているんだ?」

 

「もちろん――魔法生徒として、正しき行いをなすためですわっ!」

 

 影が身体を包み、黒い道化がぬらりグッドマンに背負われるように現れる。伸ばしたそれは刃のごとく、目の前にいた抜身の刀を両手に携えた女の方へと直進した。

 

「こんばんは、悪竜はん」

 

「現れましたわねっ」

 

 こいつは……ああ、あの時投げ飛ばした眼鏡少女。闇夜に溶けるように地面を這う影をふわりと躱して、にちゃりと妙な笑みを顔に張り付けていた。

 

「どーゆー状況よ」

 

「関西呪術協会の本部が急襲を受けましたの! 私たちはさらわれた近衛さん救出のための応援ですわっ!」

 

 多数の影が槍のように形を変えてグッドマンの周りに集まったかと思うと、眼鏡少女めがけて振り注がれる。それをいなし、弾き、相変わらず妙な笑みを張り付けたままに懐に手を突っ込んだ。

 

 取り出したのはよくわからん紙。投げつけてみれば光が地面を走った。そこから現れたのは赤い肌、虎縞の腰巻、手には金棒、頭には角――鬼だ。他にもカラスのくせに人間みたいな天狗に尻尾を生やした妖狐。大小さまざまな妖怪があふれんばかりに俺とグッドマンの前に姿を見せた。

 

 その中の、ひときわ大きな鬼が予想通りのガラガラ声で尋ねてくる。

 

「いやはや、当代のに出会えるとは長生きはしてみるもんだの。して、わしらに何の用ですかの?」

 

 数多の視線が注がれる先には眼鏡少女――ではなく俺がいた。

 

「俺か?」

 

「それ以外に誰がおるんですかの」

 

 眼鏡少女は張り付けていた笑みを崩してぽかんとしていた。グッドマンも間抜け顔だ。

 

 にしても急に言われると困るな。うーむ首をかしげていれば、ふわりと幽鬼のような雰囲気の桜咲が白い羽を広げて俺と眼鏡少女の間に降りてきた。てか汗クサッ! いつものサイドポニーはほどけてざんばら頭だし、張り付いて塩のふいた制服は乱れて薄い胸が見えてんぞ。

 

「……ク」

 

「く?」

 

「クケーッ!」

 

 怪鳥のような声で繰り出す剣閃は眼鏡少女の下へ。前に夜間警備で見た時よりもかなり鋭くなっている。

 

「いや、刹那センパイとやるんはまた今度で「クカーッ!」待ってくださいなっ!」

 

 ぎんぎん刃を交じり合わせて桜咲は眼鏡少女と森の中へと消えていった。

 

 残ったのは俺と、状況についていけていないグッドマンに俺の言葉を待つ妖怪が多数。

 

「ま、とりあえずグッドマン」

 

「……ハッ」

 

 再起動を果たしたこいつに聞いてみるか。

 

「関西なんとやらはどっちの方向だ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

「どういう状況だ、いったいこれは?」

 

 困惑と享楽をまぜこぜにした声は空から降ってきた。見上げてみれば、背中から火を噴く絡繰とその肩に乗ったマクダウェルがいた。

 

「俺に聞かれても困るんだが、なんかついてきちゃったZE」

 

 ずしん。女にしてみれば悲鳴を上げるような音を立てて絡繰が俺の前に着地する。まぁこいつロボットらしいしな、体重が重いのは仕方がねぇのか。

 ぴょこんと中学生にしては軽すぎる音を立てて、マクダウェルは俺の方へ悠々歩み寄ってきた。その表情はずいぶん楽しそうで、満足気で、開放感に溢れている感じだ。

 

「おかしいとは思っていたが、私の予想は正しかったな」

 

 くくくと体格に似合わない笑みを浮かべ、マクダウェルは俺の後ろを見てからまた笑う。

 

 俺もつられるように後ろを向く。

 

「あり得ません……何かの夢……そう、これは夢なのですわ」

 

 まず目に入ったのは、ぶつぶつ星と月だけが自己主張する暗い空を見上げて現実逃避しているグッドマン。いつも俺にお小言をしている高圧的な態度はティッシュに丸めて捨てたかのような間抜け顔だ。携帯を取り出して写真にぱちり。麻帆良に帰った後でこいつの妹分にでも見せてやるか。

 

「当代の行軍に参加できるとは、長生きしてよかったのう」

 

 次に目に入ったのは赤くて虎縞腰巻の、テンプレタイプな鬼。がははと大口を開ければ周囲にいる鬼たちも、天狗たちも、妖狐たちも、よくわからんが妖怪チックなのも、併せるようにして大口を開けてうれしそうに笑っている。

 時刻は深夜と呼べるにふさわしい時間。林の中、大きな声が木々を震わせるように木霊していく。

 

「キタ」

 

「……来たよ」

 

「鬼のじじどんもおるんやんけ」

 

 宴のような声が次々と、妖怪を呼び寄せる。ある時は地面からぬるりと表れて、ある時は林の中からすっと現れて、ある時は空からふわりと現れる。眼鏡少女が呼び出した時は百を数えるほどだった妖怪たちはその数をどんどんと膨れ上がらせ、後ろ見渡す限り妖怪しか見えないほどだ。

 

「…………」

 

 その先頭を――まぁ先頭はグッドマンで、俺はその後ろについて行っているだけなんだが、俺のすぐ後ろをザジがついてきている。振り向いたらいつの間にかいたんだよなこいつ。

 たんたかたーん。小太鼓を叩き妖怪たちの足並みを揃えさせながら、よくわからん黒い奴らを周囲に侍らせたザジは俺の視線に気づくと無表情なその顔にある目をほんの少しだけ細めた。

 

 妖怪引き連れて深夜の散歩としゃれこむことがあるとは。気分はあれだな、グランバニアの魔物使いだな。

 

「世界でも支配するつもりか、貴様?」

 

「それもいいな」

 

「『厄災の悪竜』の名に違わぬ発言だな」

 

 『厄災の悪竜』? なんだそれ、俺は『麻帆良の悪竜』だろ。悪ってところにはまるで納得してないが、納得してないが。

 

「『厄災の悪竜』、『不可侵存在』、『終末の鐘を鳴らす者』、それと『幻想の再現』というのもあったか」

 

 厨二病か? ひと月前までそうだったとはいえお前自称600歳だろ。

 

「今の貴様に魔法使いどもが付けた名だよ。喜べ、一躍貴様は世界一の有名人だ」

 

 はー、意味わからんね。俺が一体全体何したんだ。毎日真面目に学校通って……そりゃあ補修だらけで成績は悪いし麻帆良で名前が売れるのはわかるよ。しかし世界一の有名人ってのはちょっと何言ってんのこいつ、って話だわ。

 

「私と貴様の戦いが世界に知られたんだよ、あの時の侵入者どもが流布して回ったんだろうさ。まぁ私の生存も世界に知れ渡ってしまったがな」

 

「だからそれでなんで俺が世界で有名になるんだよ」

 

 まぁあの時は竜王の力を開放しましたよ。久々に元の姿になれて叫びたい気分だったよ。だからって高々こうもりおとこもどきかたいまどう風情を倒したくらいで俺が有名になる訳だ? 実際一撃でお前沈んだじゃねぇか。

 

 腕を組んで首をかしげているとマクダウェルは、俺が今まで聞いた声色の中で一番にそれを躍らせて、人形遊びでもしている幼子のように表情を緩めた。

 

「やはり貴様はおかしいやつだ」

 

 

 

○●○

 

 

 

 ふらふら夢遊病者のような足取りのグッドマンを追えば林の開けた場所に出た。湖と、その中央に祭壇と、人影がいくつか俺の視界に飛び込んでくる。

 

 見知った顔が半分。ネギ少年とツインテール少女と、古菲に長瀬に龍宮もいるな。その後ろで守られるように、興味深そうに辺りを眺めるちびっちゃい黒髪どもはどっかで見たことある……ああ、図書館島でか。

 

 残りの半分は初めて見る顔だ。俺に気づくと腹を見せるように地面に寝転がった犬耳少年も、祭壇の中央で額に青筋浮かべた黒髪の眼鏡女も、マネキンみたいな目で俺の方を見る白髪少年も。

 てか黒髪の眼鏡女、お嬢様を捕らえてんじゃねぇか。本当にさらわれているとか……桜咲は護衛のくせに役に立たんやつだな。俺が依頼主だったらあいつはクビだわ。

 

「まさかアンタが『厄災の悪竜』やったとわな」

 

「誰だアンタ? それと俺はそんな「天ヶ崎千草! アンタを殺す者の名や!」ほう」

 

 殺すだってさ、恐ろしいねぇ。

 

 俺みたいな魔法もよくわからん人間殺そうとするとは性根がねじ曲がってんな。人間はもっとこう、な……そう、グッドマンとかネギ少年みたいに未来に向かって希望を求めて努力すべきだと思うぜ。

 

 真っ赤な顔で地団太を踏んだ黒髪の眼鏡女はお嬢様をよくわからん力――たぶん魔力とやらだな、俺も最近知ったわ――で浮き上がらせると神社で神主がいうような言葉を口にする。さすがは京都、巫女が多いな。

 

 しかし殺すと宣言されて黙っている俺じゃない。足下にあった小石を拾うと黒髪の眼鏡女めがけてシュート。くの字に体を折り曲げてぽちゃんと波紋を立てた。

 

「情緒がないな」

 

 うるせぇよマクダウェル。

 

「――ハッ! まだですわっ!」

 

 完全に再起動を果たしたグッドマンは剣呑な声をあげる。視線の先にはお嬢様、ぴかぴか光るお嬢様。その点滅に合わせるように湖全体が光っていた。綺麗だな。

 

「写真撮っとくか」

 

「では私が」

 

「おー、絡繰サンキュ」

 

 ポケットの中から携帯を取り出して絡繰に渡す。

 

「竜崎さん! そのようなことをしている場合では「まーま、お前も入れ」ですから「では……いちたすいちは」……にー」

 

 ほうほう、なかなかな腕前だ。携帯の中、風景を切り取った写真にはしっかり笑顔のグッドマンとふんぞり返ったマクダウェル、俺と頬のあたりでピースサインのザジと四つ腕四つ脚二面の鬼が映っていた。

 

「両面宿儺」

 

 妖怪の中の誰かがつぶやいた。

 

 湖の中央には見上げるほどの巨体があった。ビル何階分かに相当する巨鬼はその手すべてに槍やら刀やら武器を持ち、ふたつの口を開けて咆哮した。

 風が起こり木々を激しく揺らす。びりびりと大気が、地面が震える。

 

 巨鬼はその巨躯に違わぬ歩幅で進む。ネギ少年の方から射出された雷と嵐の共演を、グッドマンが繰り出す影の刃を意にも返さずまっすぐ進む。

 

 やがてそれはよっつの膝をすべて折り、よっつの拳を地面に突き立てて、ふたつの頭を俺の目の前へと下げた。

 

 背後からは歓声を、右からは狂ったような高笑いを受けながら、俺は左隣であごを外しそうな勢いで口を開けるグッドマンに問いかける。

 

「でだグッドマン、関西なんとやらはどっちの方向だ?」

 

 

 

○●○

 

 

 

 修学旅行最終日、麻帆良に向かう新幹線の中で四葉の料理に舌鼓を打ちながら思う。やっぱり四葉の料理が一番美味いな、毎日のように食ってるからかね。

 京都では様々な食文化に触れることができたが京料理とやらはどうにも気取っていてさ、結局学生用の食堂とかに行ってしまった。がっつり食える系が好きなのは男子高校生的に仕方がない話だよな。

 

 だが酒蔵で試飲用の樽を空にもできたし、麻帆良ではお目にかかれねぇ酒も飲めた。修学旅行は京都で正解、大満足ってやつだ。

 

「いややぁ、かんにんしてぇ……師範が結婚できんのはうちのせいやないですぅ」

 

 悪夢にうなされてんのか、百面相の桜咲はぎりぎり歯ぎしりを立てながら虚空をつかむように手をふらふら。がさがさ髪を弄られる絡繰はその度に丁寧にその手を桜咲の膝の上に戻している。

 

 俺の班を含め、桜咲のクラスメイトはみんな夢の彼方。起きているのは俺とザジと絡繰と、たまに視線を寄越す龍宮くらいのものか。マクダウェル? 口からよだれをこぼしてるわ。

 グッドマンも高慢ちきな態度はなりを潜めて上品に寝息を立てている。これが女子力の差か。

 

 あの日の夜、俺のなんちゃって百鬼夜行にデカい鬼が加わった後、関西なんとやら……お嬢様の実家で一晩過ごした。さすがはお嬢様、すげー広い家だった。修学旅行で泊まった宿の布団がいかに安物か痛感させられたね。

 

 妖怪たちはいつでも呼んでくだされのう、と、手を振って消えていった。デカい鬼も手を振っていたな、意外に面白いやつなのかも知れん。ま、呼ぶ機会なんざないとは思うが。

 

 初めて見た犬耳少年は腹を撫でてやれば喜んでいた。子供はあれくらいの方が可愛げがあるよな。ネギ少年は教師だから仕方がねぇのかもだが、もうちっと砕けていいと思うんだわ。

 

 白髪少年はいつの間にかいなくなっていた。何しに来たんだろな。

 ……しかしどこかで見たことがあるような、ないような。恐らくは『魔法先生ネギま!』の中でなんだろうが、いかんせんもう覚えてないから確認のしようがない訳だ。

 

 あの夜の次の日、俺はザジと龍宮と一緒に宿に帰った。ネギ少年はなんでも父親が昔住んでいたところに行ったらしい。グッドマンも、ナギ様のっ、とか言いながらついて行っていた。後で聞けばネギ少年の父親は魔法使いたちの間では英雄だと教えられたが……ま、俺には興味ないからどーでもいいさ。

 

 そいえばマクダウェルはその父親に麻帆良に縛り付けられていたそうだ。俺の放った『ひかりのはどう』で封印が解けて自由の身らしいがいまだ麻帆良に残っている。このご時世小卒とかシャレにならんからそのためだろう。

 

 という訳で、ハワイに行くより充実した修学旅行になったはずだ。

 

「…………」

 

 ザジの酌を受けながら四葉の料理を一口、俺は麻帆良に思いをはせる。

 学園長の酒蔵、今から楽しみだわ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 私には心に引っかかる同僚がいる。

 名前は竜崎辰也。私とよく夜間警備で一緒になる魔法生徒だ。

 

 彼は規格外だ。

 

「おーい、おいおい」

 

 ……彼のことを考える前に、とりあえず目の前の状況を処理しよう。

 

 私の財布を今回の修学旅行初日にして空っぽにする原因となった麻帆良の学園長、近衛近右衛門は人目もはばからず涙をこぼし鼻をすすっていた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「聞いてくれるか龍宮くん!」

 

 聞かないと話が進まないじゃあないか、という言葉は飲み込んでこくりと頷けば堰を切ったように語りだした。

 

「ワシの酒蔵、空っぽじゃった。彼を案内した後に秘蔵のだけは回収しておこうと思ったら、もう空っぽじゃった」

 

「それは、なんというか」

 

「ワシのが……ワシの酒蔵が……」

 

 ざまあみろ、と思ったのは心にしまって私は彼について考える。

 

 京都での姿は読んで字のごとく規格外だった。目の前で涙と鼻水まみれの学園長からの依頼でネギ先生に協力しようと訪れた森の中、彼は幾百幾千という数の妖怪を引き連れて現れた。

 ネギ先生の父親たちが封印したというリョウメンスクナが現界した時も、あの巨大な鬼は躊躇うことなく彼に膝を折り、彼の戦列に加わった。

 

 その光景は私の中の血を騒がせた。

 惹きつけられるような、魅せられるような、そんな感覚を彼に覚えた。

 

 私は彼に悪い印象は持っていない。行動は無茶苦茶そのものではあるけれど、害意をもって接しない限り彼は寛容だ――というよりも興味がないといった方が正しいのか。

 彼と一緒に夜間警備に出れば最小限の出費で最大限の報酬を得ることが出来る。そんな効率のいい同僚に悪い印象を抱けるほどに高尚な正義感や理想は持っていない。

 

 しかし、だからといって私は彼に特別な好意を持っていたわけではなかった。

 ……いや、今も私は男女の甘っちょろい感情を彼に抱いているとは思えないし、それを誤魔化してうやむやにしようとしてしまう子供の駄々っ子が心の中に芽生えているとは思えない。

 

 だが、私はどうしようもなく惹きつけられる――私の中の魔族の血が、彼に魅せられるのだ。

 

 何者なんだ? 数多の異形を引き連れ引き寄せる竜崎辰也という存在は。

 何が目的なんだ? 厄災の名を冠した竜崎辰也という存在は。

 

 おいおい立場をかなぐり捨てた学園長の泣き声を耳に、私は今日も世界樹広場で四葉の料理を食べているであろう彼に思いをはせる。

 

 仮に私が貴方の背に従った時、貴方は私に何を見せてくれるんだい?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぼうけんのしょ そのいち

今回は別視点です。


「おきなさい、おきなさい、私のかわいいネギ」

 

 やさしい声にいざなわれ、僕は寝ぼけまなこをこする。だんだんと開かれていく視界、金の髪がゆらゆら揺れていた。

 

「今日はとても大切な日。あなたが一人前の魔法使いになるために麻帆良へ旅立つ日でしょう」

 

 ベッドの傍らに座り僕の頭を撫でるネカネおねえちゃんの言葉に、眠気がだんだんと薄れていく。

 

 そうだった。メルディアナ魔法学校を卒業して、今日僕は一人前の魔法使いになるための試練を受けるために日本に行くんだった。

 ばっと布団をはねのけて、僕はベッドの上に立ち上がる。

 

「うん! 僕、必ずお父さんみたいな魔法使いになってくるよ!」

 

 にへへと笑って誓いを立てればネカネおねえちゃんは心配そうな声。

 

「ネギはナギさんの子、優秀なことはよく知っているわ。でも心配よ……あなたはまだ九歳じゃない」

 

「大丈夫だよっ」

 

 そう言うと僕は枕元に立てかけている杖を握り、あの雪の日に見たお父さんの顔を思い出しながら口を開く。ピンチになれば現れてくれた、どこからともなく現れてくれた、僕を助けてくれたかっこいいお父さんの姿を。

 

「僕のことはきっとお父さんが見ていてくれるはずだから!」

 

 そんな僕の言葉にネカネおねえちゃんは少しだけ寂しそうな顔をすると、そうねと頷きながら立ち上がった。

 

「知らない土地で新しい生活を始めるのは大変だと思うから、何かあったらすぐに連絡してくるのよ」

 

 いたわるような声に僕は嬉しくなる。

 

 僕が一人前の魔法使いになるために出された最終試練は『麻帆良で先生をすること』。そのために日本語の勉強もしたし、先生として恥ずかしくないようにスーツも買った。イギリス紳士の一人として、僕は日本でも頑張るよ。

 

「貴女、失恋の相が出ていますよ」

 

「なんだとこのガキーッ!」

 

 頑張るよっ!

 

 

 

○●○

 

 

 

 あのガキどこに行ったとぐるぐる辺りを見渡してみても、特徴的な赤毛と長い杖は私の視界に入らない。

 

 はぁ、なんであんなガキが私たちの担任教師になるのよ。そのせいで高畑先生は担任から外れちゃうし、あのダンディな振る舞いが毎日見られなくなっちゃったし。学校に行く楽しみが半分以上消えちゃったわ。

 

 そのうえ魔法使い! まほうつかい! MAHOUTUKAI!

 

 なんなの? この世界の神様は私にいたずらがしたいの? 大好きな人がいなくなって、代わりにうっとうしいばっかりのガキが担任になって、私と同じ部屋に住むことになって、そのうえ魔法使い。漫画の世界なの?

 

 ……まぁあいつはあいつで目的があって、そのために日本にガキのくせにひとりでやってきて、頑張って慣れない先生してる。その努力は認めるわ。私ばっかり授業であててくるのには納得していないけどね!

 

「なんですかこれはーっ!」

 

 今日は木乃香が気合入れて晩御飯作ってくれるって言っていた。だからあいつを探して麻帆良の中をあっちにふらふら、こっちにふらふら。やがてたどり着いた世界樹が頭上を覆う広場で、あいつ――ネギの叫び声が耳に入ってきた。

 

「ネギーッ!」

 

 鼻に入ってくる食欲を刺激する香りにますます今日の晩御飯が楽しみになりながら、私はあいつの名前を呼びながら駆けていく。

 ネギはぷんすか頬を膨らませて、広場にある屋台のひとつ『超包子』の椅子に座る男の人に詰め寄っていた。

 

 ぽんとネギの肩に手を置いて、男の人の方に視線をやれば特徴的な紫の髪と金の瞳があった。

 

「げっ、『麻帆良の悪竜』」

 

 近くにはうめき声をあげる男の人たちがたくさん。その原因になっているに決まっている男を私は知っている。

 

 『麻帆良近寄っちゃいけない人ランキング』堂々一位の高校生――竜崎辰也。なんでも中学生をカツアゲしたり、高校生をイジメたり、大学生を殴り飛ばしたり、先生を空き教室に連れ込んでいやらしいことをしていたり……と他にも悪い噂の絶えない、近寄っちゃいけない相手だ。

 この前ドッジボールで勝負したウルスラのおばさんたちなんかとは比べ物にならない、麻帆良で普通に生活するなら出会わないことが一番の危険人物。

 

 そんな相手にネギはくってかかっていた。

 

 だから私はネギの肩をぐいと引き寄せて、お餅みたいにやわらかい頬を両手で挟み込みながら小声でささやく。

 

「帰るわよネギ、関わっちゃダメな人間ってのはどこにだっているものなの」

 

「でも、僕は教師として……」

 

「でももすともないの! いいから帰るわよ!」

 

「でもこの人は悪い人ですよ!」

 

「頭のおかしい悪いやつでも関わっちゃいけない頭のおかしさなの!」

 

 だんだん語気が荒くなる。でもだってと聞き分けのないネギにだからガキは嫌いなのよ、とむかむかしていれば大きな身体が私とネギの間にねじ込まれた。

 

 なんなのだと顔をあげれば視界をふさぐように手が添えられて――私は空へと舞いあがった。

 

「おねえちゃぁぁぁん!」

 

 涙目になりながらぐんぐん空へ向かっていくネギと同じ速さで上へと進む私。地面ははるか下、紫の髪の毛ももう点のような小ささになっていて。

 

 ああ、私飛んでるんだ――そんな場違いな考えが頭の中をよぎればかさり、緑色のクッションが私たちの身体を受け止めた。

 

 ふぅ……麻帆良の町並みはやっぱり綺麗ね。夕日の沈む空を眺めて現実逃避して、足下を確認してみれば太い枝と大きな葉っぱ、ぐすぐす涙目のネギが目に入った。

 

「アスナさぁん」

 

「はいはい、怖かったわね」

 

 ガキは嫌いとはいっても泣いてるガキをイジメる趣味はない。てことで飛びついてぐずつくネギを抱きしめてやりながら、カタカタ震えていた身体を落ち着かせる――飛んだのよね私、世界樹の上まで、あの男に投げ飛ばされて。

 

「やっぱりあの人、悪い人ですよぅ」

 

「そうね、頭のおかしい悪いやつだわ」

 

 だから、私はがぁーと震えを吹き飛ばすように叫ぶ。ガキの前でそんなみっともない姿は見せられないから。

 

「ムカつくやつだわ! 最低なやつよ!」

 

「すごくすごーく悪い人ですよっ!」

 

 同調するネギと視線を合わせて私は拳を突き出す。

 

「私たちで退治するわよっ! アンタ魔法使いなんでしょ!」

 

「はいっ! 一緒に退治しましょう!」

 

 がっちりネギと握手してみれば、いつの間にか震えは止まっていた。

 

 麻帆良に来た最初の日、ガキのくせに妙に大人びた顔であんた言ってたわよね――『魔法は万能じゃない、わずかな勇気が本当の魔法』だって。

 

 だったら私にそんな勇気をくれるアンタは本当で本当の魔法使いなのね。

 

 

 

○●○

 

 

 

 びゅーんと空に飛び上がっていくのはうちと同室のふたり。くそったりゃーなんて女の子が言っちゃあかん声を出しながら飛ぶアスナと、次こそはーなんて小さい子供にしてはえらい強い眼をして飛ぶネギ君。

 ぎゅいーんと米粒みたいにちいそうなってしもうた。はわー、見上げたら首が痛いわ。

 その原因となっとる人はぱくぱく五月ちゃんの出した料理を食べていた。おいしそうな匂いやわぁ。

 

 ……あかんあかん、うち今日はやることがあってきたんや。

 

「あのー」

 

 てくてくその匂いのもと、紫の髪の男の人に声をかける。ふり向いた彼はお皿を離すことなくうちを見ながら首をかしげていた。

 

「うち、近衛木乃香って言います」

 

「こらご丁寧に、竜崎辰也だ」

 

 うちはこの人を知っとる。悪い噂が流れてて、それで耳にしたこともあるんやけど、それとは別でうちはこの人のことを知っとる。

 やけどまずはふたりのことからや。

 

「あんなー竜崎さん、何があったんかよーわからんのんですけどあのふたりをいじめるんは止めたげてほしいんや」

 

 ここ最近、毎日アスナとネギ君は竜崎さんに世界樹の上まで投げ飛ばされとるらしい。アスナは猪突猛進なとこがあるからなんや悪いことをしたんかもしれんけど、びゅんびゅん投げ飛ばされてええとは思えんからな。それにネギ君は子供さんやし。

 

 うちが知っとるこの人は、無茶苦茶なところはあるらしいんやけど、そんな悪い人やないらしい。そう――うちの大切な友達がゆーとったから。

 

「ふえ?」

 

 そないなことを考えとったらうちの頭に竜崎さんの手が置かれる。お父様みたいにおっきい手やわー。

 

 気づけばうちは空におった。

 

 ひゃああー、と叫べば下の方から必死な声がうちの耳に飛び込んでくる。

 

「お嬢様ぁああぁぁぁっ!!」

 

 それはうちの大切な友達の声で――せっちゃんは背中にきれいな白い羽を広げながらうちの身体を抱きしめた。

 

「お嬢様っ! このちゃん!」

 

 泣き出しそうなせっちゃんの表情に、うちは思わず顔がほころんでしもうた。

 

「えへへっ、久しぶりにこのちゃんゆーて呼んでくれたな」

 

「あのっ、そのっ、これはっ!」

 

「せやけどきれいな羽やなぁ……せっちゃんは天使さんやったんやね」

 

 うちの言葉にせっちゃんは、竜崎さんのことをいろいろ教えてくれとったせっちゃんは、本当に泣き出しながらうちをゆっくりと世界樹の上に運んでくれた。

 

「木乃香っ、桜咲さんっ、二人まで……って何その羽? モフモフしていい?」

 

「はわわわっ、大丈夫ですかっ?」

 

 アスナがわさわさせっちゃんの羽を触っとっても、ネギ君がおたおた三人の周りをまわっとっても、せっちゃんは子供みたいにうちの胸に顔をうずめて泣いとった。

 そんな小さな、大切な友達の頭を撫でながら、うちはただただ幸せやったんや。

 

 

 

○●○

 

 

 

 のどかが恋をしたらしい。

 

 その相手は私のクラスに来たネギ先生で、そんなネギ先生は私たちを今回のテストで学年一位にすれば正式な教員になれるそうなのです。

 しかし私たちのクラスは毎回学年でビリかブービーかを競う成績。学年でも有数に頭のいい人たちがいるのですが、同じように学年でも有数におバカな人たちが揃っているせいなのです。まぁ私もその中に含まれているので何とも言えないところなのですが。

 

 そんな私たちのクラスは今、図書館島に来ているのです。テスト期間中、勉強のために訪れている生徒たちがたくさん目に入ります。その中でもとりわけ人だかりのある場所に私は進んでいく。

 

「あら、綾瀬さんどうかしたの?」

 

「パスポートを使わせていただくのですよ」

 

「そう、なら仕方ないわね。はーいみんな聞いて、今回は発見者が使うということで図書館島伝説の自習室は利用できないからねー」

 

 司書さんの言葉に生徒はぶつぶつ文句を言いながらもその場か立ち去っていく。そして私たちのクラスだけになってから、司書さんはガラガラと本棚の近くにあったエレベーターの扉を開けました。

 

 エレベーターで降りた先にはらせん階段。それを降りてゆけば水にぬれても何故だかふやけない本が仕舞われた本棚があたり一面に立ち、机と椅子が規則的に並べられた広い空間が広がっていました。

 

「さ、どうぞなのですよ」

 

「綾瀬さん、ここは?」

 

「昔、魔法の本があったところなのですよ」

 

 魔法の本、とネギ先生がびっくりした様子だったが、私もかつて心躍らせたその本はもうすでにここにはない。今では何故か勉強がはかどるということでテスト期間中には生徒がごった返し、整理券を配って抽選会を行って利用者を決める伝説の自習室となっているのです。

 

 私はこの場所を利用するための永久パスポートを持っている。理由は簡単、私がこの場所の発見者となっているからなのです――本当のところはまるで違うのですが。

 

 ここの本当の発見者は麻帆良で有名な竜崎さん。彼は宿題を抱えて毎日のように図書館島の机でうなっていたのですが、ある日を境にとたんと見なくなったのです。

 

 そんな彼を見つけたのは私が一人、図書館島の新たな場所を見つけようと探検部の活動をしていた時。彼はいつものようにかばんをぶら下げて、単語帳片手にてくてく歩いていたのです。

 いったいどこへ――そう思ったところに私に不幸が襲ったのです。多分ジュースの飲みすぎでしょうが、私は強烈な尿意を覚えたのです。ぷるぷると内股になり、顔を真っ赤にトイレを探そうにも探検中ですから近くにはなく――気づけば目の前に彼がいたのです。

 

 彼はぶっきらぼうに便所か、と短く告げると私を抱えて風のように走り出したのです。ごうごうと風が頬を切り、私はこの場所にたどり着いていました。

 

 トイレに駆け込み用をたして出てくると、竜崎さんはいつも私が見かけていたようにうんうん唸りながら宿題をしていました。

 

 私に気づくと彼は着いてこいと、それだけ告げてずんずん進んでいきました。らせん階段を上った先には安置されているようにふわふわ浮く本が一冊と、本を守るように石像が立っていたのです。

 

 後から先輩方やのどかやハルナたちとこの場所を訪れたとき、すでにその本はなく、代わりに粉々になった石造の残骸があったのです。

 

 あれ以来、竜崎さんに会うと話しかけているのですが……どうにも私は邪険にされているようなのです。彼が言うに、お前と一緒にいると俺のプライベート空間が消えちまう、とのことでした。

 

 おそらく彼は私たち図書館島探検部の知らない場所で、いつものように宿題片手にうなっていることなのでしょう。

 

「では皆さん、学年一位を目指して頑張りましょう!」

 

 ネギ先生の声にクラスの人たちは教科書を広げ、テスト勉強に取り組んでいきます。

 

「ねっ、ネギ先生! 私に何かお手伝いをすることは……」

 

「宮崎さんは優秀ですからね、できない人たちのお手伝いをしてあげてください」

 

「はいぃっ」

 

 顔を真っ赤にしながら駆け寄ってくる親友の姿を見ながら私は考える。

 あの時、次にこの場所を訪れたとき、ふわふわ浮く本はなくなっていたのです。調べてみれば何でもそれは読むだけで頭のよくなる魔法の本だったとか。

 でもそれが嘘であったならば、次に来た時も本があってもおかしくないはずなのです。それに先ほどのネギ先生の反応――もしかしたら、という感情が私の好奇心をくすぐるのです。

 

「夕映、頑張ろうねっ」

 

「はい、頑張るのです」

 

 とはいえそれはまた今度の話。まずは目の前の親友の手助けをすることが先決です。

 

 そして今度、竜崎さんに出会ったら意地でもついて行ってやるのです。彼の行くその先には、もしかしたら私の知らない世界が広がっているかもしれないのですから。

 

 

 

○●○

 

 

 

 おれっちは今、歴史の目撃者になっている!

 

 目の前で繰り広げられる戦いは、おれっちの経験したどんな修羅場よりも――パンツを盗みに入って追われたことよりも、麻帆良で兄貴を探してお風呂に入った時よりも、もっともっと危なかった。

 

 戦闘は紫髪の男と金髪の女――兄貴たちがさっきまで戦っていたエヴァンジェリンの二人で行われていた。

 

 不肖アルベール・カモミール、世話になったネギの兄貴の手助けをしようと麻帆良を訪れてみればまさかの『闇の福音』に狙われているって状況。魔法使いのなまはげなんかとやってられっかー、と逃げ出そうにもアスナの姐さんにひっぱたかれて泣く泣く協力する羽目に。

 くぅーっ、おれっちがなにしたってんだ!

 

 まぁ兄貴はアスナの姐さんと木乃香の姐さん、それと刹那の姐さんの三人と仮契約をすることになったから、おれっちの懐はあったまったんですがね。

 

 そんなこんなで逃げる訳にもいかず、エヴァンジェリンとガクブルで対決してたんですが……意外や意外、兄貴たちは善戦してたんすよ。アスナの姐さんがエヴァンジェリンの従者を抑えて、刹那の姐さんがエヴァンジェリンを抑えて、兄貴がデカい魔法を打ち込む――そんなとこまで追い込んでいたんすよ。

 

 そこに現れたのが紫髪の男。おれっち思ったね、死んだわって。故郷に妹一人残し、おれっちは打ち捨てられた躯になるって。

 

 だけども男の方は兄貴たちには興味がなかったみたいで、伝えられた通りばくりと頭からおれっちたちを食べちまうようなエヴァンジェリンになっちまって、怪物になったやつを引き連れてどこかに行っちまった。

 

「追いかけましょう」

 

 そう言いだしたのは刹那の姐さんだった。止めときましょうって――そうおれっちは叫びたかったけどガタガタ震えるのどではそれがかなわず、気づけば木乃香の姐さんの頭に乗ったおれっちの身体はそのまま怪物ふたりの戦闘を見る羽目になっちまった。

 

「『氷神の戦鎚』」

 

 巨大な氷の塊が紫髪の男の上に落下する――やべぇ……そんなエヴァンジェリンも十分やべぇがなんであの男、普通に受け止めて投げ返してんだ?

 

 落ち着けおれっち、落ち着け……そうだ! こんな時にはまほネットにでもスレ立てして落ち着こう。

 タイトルは『闇の福音が戦ってるとこ見てんだけど質問ある?』っと。

 

 おっ、早速返答が……ソースを出せ? 写真撮ってのっけてやるよっ!

 おおおっ! 大盛り上がりだな、祭り状態だぜ。

 

 1乙? 1感謝? へへへっ、もっと盛り立ててやる。

 

 と、カメラをふたりの方へ構えてみればいつの間にか紫髪の男はいなくなっていて――代わりに紫の鱗のドラゴンがその場にいた。

 

 そしてやつは口を開け、世界を貫くような咆哮がおれっちの鼓膜をぶち破った。

 薄れゆく意識の中、砕け散ったカメラとPCを見送りながらおれっちは思う。

 

 本当に、おれっちがいったいなにしたってんだ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぼうけんのしょ そのに

次からまた主人公視点になるかと。


 私の目の前で拳による一撃、たったそれだけで見上げるほどに大きな岩は無残に砕け散った。ふうと息を吐き、額をぬぐう彼に私はタオルを持って近づいていく。

 

「高畑先生、お疲れ様ですっ!」

 

 私が差し出したそれを微笑みながら受け取ると、伸ばしたスーツからふわりタバコの香りが飛び込んでくる。いつもの香り――どこか懐かしさを覚えるその匂いに私はつい気恥しくなって一歩下がった。

 

「ありがとう、アスナくん」

 

「いえっ」

 

 お礼の言葉に顔が熱くなる。無精ひげの生えた唇をほんの少しだけ下げたダンディな微笑みに、私はその顔を直視できずにもじもじとスカートの裾を握った。

 

 海があり、雪山があり、砂漠もあるここはエヴァちゃんの別荘。魔法で作られた、だいだおなんとか、って名前の魔法アイテムの中だ。

 そんな場所で、私は高畑先生の凛々しい姿を見ている――ネギ、あんたが魔法使いでよかったわ。

 

「いいかぼーや、私が放つ『魔法の射手』を貴様のそれで迎撃しろ。休む暇は与えん、魔力が空っぽになるまでだ」

 

「だーかーらっ! さっきから何度も言っているがまずは基礎体力をつけてからだ! ナイフはまだ君には早いかもしれないからね、古菲くんに拳法を教わりつつ次のステップに進んでいこう」

 

「およ? 私アルか?」

 

「だから貴様ら正義の魔法使いは後進が育たんのだ! 生命の危機に瀕してこそ戦うための意義を見出せるのであってなぁっ!」

 

「これだから野蛮な悪の魔法使いは変わらないんだ! まずは基礎を固めつつ身に着けた力を実感しながら戦う意味を模索してだねっ!」

 

「あわわわわっ……エヴァンジェリンさん! ガンドルフィーニ先生! 喧嘩は止めて下さい!」

 

「「私のことはマスターと呼べ!……って何で貴様がマスターだ!?」」

 

「たはー、ネギ坊主も大変アルなぁ」

 

 私が魔法を知る原因となったネギはエヴァちゃんとガンドルフィーニ先生の間で右往左往。くーふぇにぺちぺち頭を叩かれながら、涙目になってすがるような視線を私の方に向けてくる。

 

 でもね、駄目よネギ。今私は高畑先生のかっこいい姿を脳内メモリーに保存しているの。この状況を作ってくれたことには感謝しているけど、それはそれでこれはこれなのよ。

 

 あの夜、エヴァちゃんが憎いアイツ――竜崎辰也と戦った次の日、私はネギと一緒に学園長室に呼び出された。部屋に入れば学園長と木乃香に刹那さん、それとバラバラになったはずのエヴァちゃんが絡繰さんに背負われて立っていた。

 

 そして告げられたのはびっくりするような真実。麻帆良は魔法使いたちが作った街で、学園長も魔法使いで、他にもたくさん魔法使いがいるってこと。

 ふぉっふぉっふぉと、長いひげに手を触れながら学園長がパンと手を叩くと、私たちはこのエヴァちゃんの別荘にいたのよね。

 

 別荘に来てみれば広がる海と熱い太陽。今は春なのに、やっぱり魔法ってあるんだなー、って実感したわ。それでなんと、そこにいたのは高畑先生と見たことのある先生たちが何人か。ゆーなのお父さんもいたわね。

 

「それでねー、神多羅木ってば私のことがずーっと好きだったっていうのよ」

 

「叶わない恋だとは思っていたがな」

 

「あの……師範、それより修行をですね」

 

「じゃーん! 見てみて刹那、これなんだと思う?」

 

「ネックレス、ですか?」

 

「お揃いなのー、初デート記念で買ったのー」

 

「はい、その……修行の方は……」

 

「葛葉に似合うと思ってな」

 

「やんっ、神多羅木の方が似合ってるわよっ」

 

「……ひとりで素振りしてきます」

 

 暗い雰囲気を身に纏って、白い羽を広げてどこかに行く刹那さんの話では、ここにいる先生たちはみんな麻帆良有数の実力者みたい。くねくねしながらピンクのオーラを振りまく葛葉先生も、ふっとニヒルに笑いながらも隣に立った恋人の手を離さない神多羅木先生も。

 もちろん、私の目の前で大人な渋い魅力をいつもの五割り増しくらいで振りまく高畑先生もっ!

 

 そんな魔法先生たちを悪い魔法使いだって聞いていたエヴァちゃんの別荘に集めた理由は単純で、もっと危ない奴が私たちの目の前に現れたから。

 

 それが憎いアイツ。紫髪で金眼の、竜崎辰也だ。

 

 この可憐な美少女アスナちゃんを投げ飛ばしてくれやがったアイツは中等部の頃から麻帆良に通う男子高校生。高畑先生も一度負けたくらいの実力者で、危ない力を持っているからってみんなに避けられていたらしいんだけど、本当に本当に危ないやつだったって今回のことで解ったらしいわ。

 

 だってドラゴンよ。ヤバいわ、ビックリするわ。刹那さんの背中から生えてる羽なんて天使みたいに可愛いもんよ。でもアイツはドラゴン……ヤバいわ。

 

「更生させ、まっとうな方向にあの力を使わせなければなりませんわ!」

 

「んー、しかし竜崎殿は乱暴な御仁ではあるが道理を外れているとは思えないでござる」

 

「どこがですかっ! 私をあまつさえ公衆の面前ではっ、裸にしてくれやがりましたのよっ!」

 

「あれはまあ、なんというか、悲しい事件だったね」

 

「まぁ確かに拙者も懐の中に手を突っ込まれたことはあるでござるが」

 

「やはり危ない男なのですわっ! 飢えた猛獣なのですわっ!」

 

 ぷりぷり怒る高音先輩をたしなめる楓ちゃんとゆーなのお父さん。

 高音先輩の言うことにはまったくもって同意ね。アイツは一回へこませてやらないといけないのよ。この私をもてあそんだ罪は大きいわ。

 

「見てみておじーちゃん! うちな、火が灯るようになってん」

 

「ふぉっふぉっふぉ、さすがはワシの孫じゃ。才能に溢れておるのぅ」

 

「このような光景がいつまでも続きますように……ああ、神のご加護があらんことを」

 

 杖を手にした木乃香は学園長に撫でられながら目を細めている。それを見ながらシスターシャークティは胸のあたりで十字を切っていた。

 

 そんな光景に思わず私の頬も緩む――それと同時にわからなくなる。

 

 竜崎辰也、あいつは間違いなく頭のおかしい悪いやつよ。なのになんでアイツは自分を危険視している人のところにわざわざくーふぇと楓ちゃんを――麻帆良でも武道四天王として名の知れた二人を送り込んできたの? もっともーっと強くなるかもしれない、でもそれはアイツにとっては面倒なことでしょ?

 

 頑張って足りない頭を――でもこの前はテストで素晴らしい点数をたたき出した頭をひねってみても、その理由がどうにも浮かばない。

 

「アスナくん、じゃあ修業を始めようか」

 

「はいっ! よろしくお願いします!」

 

 でもいいの。どんなことを考えていたって私のやることはたったひとつ。

 

「では近接戦闘の基本である瞬動を覚えようか。まず気を足下に溜めてだ「こんな感じですか?」……もう出来たのかい、さすがだね」

 

 あいつは必ずこの手でぶん殴る! まっすぐ行って右ストレートでぶっ飛ばしてやるわっ!

 

 

 

○●○

 

 

 

 修学旅行の車両の中、ちらりと視線をやれば紫髪の男の人がお酒の瓶をすごい勢いで空にしていた。あわわっ、高校生なのに……。

 その彼の隣には私の親友がいつものちょっと不機嫌そうな顔で、でも楽しそうだなと私には思える顔で、何度も口を開いたり閉じたりしているのが見えた。やがてがっくり肩を落とすと、ユエはしっかりと不機嫌そうな顔で戻ってきた。

 

「教えてくれなかったのですよ」

 

 むぅと唇を尖らせた彼女は図書館島の新しいエリアを開拓するために、度々竜崎さんに話しかけているのを見たことがある。危ない人だって聞いたことはあるんだけれど、私の知っている彼は宿題片手に悩んでいる普通の高校生で、噂になっているほどじゃないのかなーって思っていた。

 

 だけど今のふるまいを見てるとやっぱり危ない人なのかもって、私は思えてきてします。だってお酒ばっかり飲んでるし、お酒ずーっと飲んでるし、麻帆良を出てからお酒しか飲んでないし。……そんなにおいしいのかなぁ?

 竜崎さんは私たちのクラスに組み込まれて修学旅行に行っている。学校の手違いがあってハワイに行けず、空いていた枠が私たちのクラスだけだったんだって。

 

「はわー、富士山……はわー」

 

 金髪の高校生、グッドマン先輩もそうらしい。

 

 でもそんなことよりも――こっそり通路の方に顔を出せば、眼鏡をかけたネギせんせーはきりっとした顔つきでクラスメイト達に話しかけていた……かっこいいなぁ。

 ネギせんせーは無事に正式な先生になれて、今日は引率の先生として私たちの修学旅行についてきている。

 

 そして、私には今回の修学旅行で心に立てた誓いがある。

 

 ネギせんせーともっと仲良くなるっ!

 

 私は暗くて、うじうじしていて、私なんかよりもかわいい人も美人な人もたくさんいるけれど……でも、私はネギせんせーがっ!

 

 だから一生懸命話しかけようと思っていたんだけれど……。

 

「ぼーや! 写真だ! 写真を撮れ!」

 

「待ってください! 僕は教師として皆さんの引率を」

 

「ほぉ……貴様に拒否権があるとはな」

 

「ハイ、ますたーハ優しいますたーデス。僕喜んデ撮らセテイタダキマス」

 

 はしゃぐエヴァさん振り回されていて……話しかける機会がないよぅ。

 

 でも負けない……私負けないからっ!

 

 

 

○●○

 

 

 

 大スクープ! まさか赴任してきたネギ君が魔法使いだったなんてね。

 これは明日の麻帆良新聞の号外飾っちゃいますわ――なーんていえたらよかったんだけどね、わんわん泣きながら止めてくれって言うネギ君見ているとさ。

 

 その上、深淵を覗く者は深淵に覗かれていると知れ、なんてエヴァちゃんに脅されちゃうし……このネタはお蔵入りかぁ。

 

「ま、その分『班対抗ネギ君唇争奪ゲーム』で稼がせてもらうけどね」

 

 くじけないのが記者根性ってものよ。ネギ君の使い魔らしいオコジョくんと一緒に、私はモニターの中で枕を投げあうクラスメイトを見ながらほくそ笑む。

 ふっへっへ、食券が大量乱舞よ。なんだかんだで胴元は得をするからね、当分贅沢なご飯が食べられるわ。

 

 そこでふと、私の脳裏を悪魔的閃きが貫いた。この修学旅行にはもう一人、年頃の男の人がいるじゃないか。

 

 モニターの向こうには眠そうな顔の紫髪の男。以前私が作った『麻帆良近寄っちゃいけない人ランキング』でぶっちぎりの一位を取った竜崎辰也は、がこんがこんと自動販売機からこれでもかという量のお酒を取り出していた。

 

「ねえねえ、竜崎さんも追加しちゃわない?」

 

 彼は意外に私のクラスメイトと仲がいい。桜咲を伴って歩いているのは何度も目撃したことがあるし、毎日のように『超包子』で五月ちゃんのご飯を食べている姿は恒例のものだ。ザジっちとも仲良しみたいだし、くーちゃんや楓や龍宮とも話しているのを見たことがある。

 それに何よりうちのクラスの天才超りん。いつもおちゃらけて飄々としている彼女が参加してくれたら……これは大スクープだね!

 

 そんな私のささやきに、オコジョくんは小さな身体をがたがた震わせながら悲壮な顔で叫んできた。

 

「だめっす! あれは絶対触れちゃいけない相手なんす!」

 

「でもさー、きっと盛り上がるよ?」

 

「だったらおれっちは逃げます。全力で逃げます」

 

 うわー、さっきまでの楽しそうな顔なんてどこに置いてきたのか、本気で嫌がってるわ。

 

 まぁそんな顔をされれば私だって馬鹿じゃない。このイベントの根幹――ネギ先生の仮契約という裏の目的を崩されたらいけないしね。スポンサーがそこまで言うんだったら諦めるしかないか。

 

 しかし――いったい竜崎さんは何をしたんだろうね? 私が記事を書いた時もまるで気にした様子もなかったみたいだけれど、そんな彼が何を起こしたんだろ?

 

 後で桜咲にでもインタビューしてみよっかな。

 

 

 

○●○

 

 

 

 踏み込み放つ中段突きは目の前の学ランの男の子――犬上小太郎くんのお腹に突き刺さった。

 赤い鳥居がいくつも立ち並んだ場所で、僕は後ろにいるのどかさんに声をかける。

 

「安心してください! 貴女は僕が守りますから!」

 

 真っ赤になったのどかさんに僕は……あわわわわっ! 僕、告白されてキスしちゃったんだ。

 

「ちっ! なんで魔法使いが近接戦闘できるんやっ!」

 

 ぐるりと身をひるがえし、着地した小太郎くんはオオカミのように鋭い視線で僕を睨む。その眼差しに赤くなった顔とぐしゃぐしゃになっていた思考を平静に戻し、僕は彼に拳を突き出して宣言する。

 

「僕はお父さんみたいに強くなるんだからね!」

 

 あの夜、竜崎さんとマスターが戦った日以降、僕はマスターの別荘で毎日修行を受けている。学校の終わった後、教師としての仕事を終えて、僕は毎日、毎日、毎日――

 

「あばばばばっ、マスター止めて下さいっ! そんな大きな氷の塊死んじゃいますっ! そーして始まるガンドルフィーニ先生24時間耐久講義、頭の中がぱんぱかぱーんになっちゃいますよぅ」

 

 思い出すだけどうにかなってしまいそうだ。にやりと赤い舌をのぞかせ笑うマスターの顔が、黒板の前でチョークを走らせるガンドルフィーニ先生の姿が、夢に出てきて……出てきて、出てきて。

 

「なんや、お前も苦労しとんやな」

 

 真っ青な顔になっているであろう僕へのそんな小太郎くんの気遣いに、大丈夫ですよと後ろから抱きしめてくれたのどかさんに、僕はぐすっと涙がこぼれてしまったんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

「失礼、麻帆良学園へはこの先を進めばよかったんでしょうかな?」

 

 懐かしいOPにひとり苦笑をこぼしていれば、地面に寝そべりゲームに励んでいた俺の方へと声がかかった。口調は紳士的で、顔をあげれば立ち振る舞いも紳士的で、老年のジェントルマンは帽子を外して問いかけてきていた。

 

「ああ、この橋を越えればそうだな」

 

 時刻は深夜――と呼ぶにはまだまだ早いが、日は落ち生徒は寮に帰っているころ。

 

 俺は今日も今日とて夜間警備。麻帆良大橋の入り口で、メシを食うための金を稼いでいる訳だ。

 なにぶん俺はよく食う。そのうえ良く飲む。ここで稼いだ金がほとんど食費に消えてるっていっても言い過ぎじゃない気がするね。

 

「では失礼しますよ」

 

 そう言って老年のジェントルマンは俺のわきを通っていこうとする。

 

 なるほど、コイツはジェントルマン気取っているだけのただの馬鹿だ。俺は一人、麻帆良大橋の前にいる。ここを通さないように――まぁ宿題したりゲームしたりはしているが、ここにいる訳だ。

 ちなみに今日は中古屋で買った携帯機のゲームソフト。外で据え置きゲームはできねぇしな、暇な夜間警備の時は助かっているわけよ。

 

 と、話を戻そう。とにかく俺は麻帆良大橋の入り口に道をふさぐよう立っている、もとい寝転んでいる訳だ――ということで、右手でゲームをカチカチ進めながら、俺は左手でジェントルマンもどきの腹を貫いてやる。

 

「そん、なんで……」

 

多分こいつは俺に対応できると思っていたんだろうさ。なんたって開いた口から洩れる声は驚愕の色に染め上げられていて、かすれるような音でジェントルマンもどきが問いかけてきたからな。

 

「悪魔を殺して貴方はへい「ゲームの邪魔すんな」……」

 

 だからと言ってそれが俺に何の関係があるんだ? 俺はちゃんと夜間警備の仕事をこなしている。人間殺して給金がパーになる訳でもねぇ。悪魔を、魔物を殺したところで俺に何の揺らぎをもたらすはずがねぇだろ。

 

 ということで、今日の夜間警備は実に平和で楽ちんだった。しかし……この世界のスライムってのは玉ねぎみたいじゃないんだな。そんなことを考えながら、俺はまたゲームの方に視線を落とした。

 

 

 

○●○

 

 

 

 コスプレをした学生が見える。巨大なアーチが目に入る。チラシを配る客引きが視界に映る。歓声が町を覆いつくす今日は麻帆良祭の日だ。

 

 まぁ俺のやることは変わらねぇんだがな。いつものように四葉の料理を食べて、酒を飲んで、寝るだけ。豪徳寺がクラスで模擬店、女装喫茶をやるんだと張り切っていたが俺には関係ない話。俺が出たところで客が逃げるだけだし、裏方で料理なんざ作れねぇし。

 

 グッドマンが告白阻止のために特別警備があるんですの、とか言っていたが給金は足りているんで華麗にスルー。模擬店を回り尽して学際特別メニューを食わなきゃいけねぇからな。

 

 てことで麻帆良祭二日目、『超包子』で四葉の料理に舌鼓を打っていたはずなんだが……何故だか俺は龍宮神社にいた。関係者以外立ち入り禁止、とプレートの張られた部屋で、俺は目の前で土下座をする超を見下ろしていた。

 

「これまでの数々のご無礼、お許しください王よ」

 

 いつものあっけらかんとした声をどこに忘れてきたのか、真剣みを帯びた振る舞いで超は立ち上がる。その目に宿る光はどこかネギ少年に似ていた。

 

「私は世界を変えるために時を越えたネ」

 

「はー」

 

「貴方がそんなことに興味がないのは知っているヨ。でも、もし……もしも私が世界を変えることが出来たならば、その行いが貴方を楽しませることが出来たなら……」

 

 超は苛烈な意思をその瞳に秘めていた。人生のすべてかけているのだと、雄弁に語るその光に、どんなことがあろうとも目的を果たしてみせると誓うその顔つきに、俺は思う。

 

 これだから人間は素晴らしいのだ、と。

 

 人間ひとりはわずかな力しか持ちえない。たったひとりの力では、世界を変えることなんて到底に不可能だ。それでも人間は、運命に抗い、宿命を踏み砕き、手と手を取り合って、己が理想を叶えんと努力し続ける。

 

 ネギ少年は憧れた父を越える立派な魔法使いとなるために。

 桜咲はその身に背負った宿命を乗り越えて友を守るために。

 超は絶望したであろう運命を変えて進むために。

 

 それは俺には無理な話だ。竜王の力を持った俺には、そしてザジのように定められた魔としての力を完全に持つ者には、己の天井を破壊し新たな空へと飛び出すことはできない。

 俺の黒い翼は地平の彼方まで飛ぶことが出来ても、その境界を飛び越えられるのは白い翼をもった桜咲のように、この世界の勇者であるネギ少年のように、目の前で闘志を燃やす超のように――人間だけなのだ。

 

 マクダウェルは――どうなんだろうな? いや、あいつは光の中で生きていけるタイプか。グッドマンやネギ少年との掛け合いを見ていてもそんな感じだしよ。ま、たかだかこうもりおとこもどきだからな。

 

「私のお願いをひとつ、聞いて欲しいのネ」

 

 逸らすことなく超の視線は俺のそれと絡まりあう。燃える瞳の想いが――ただ俺には心地よく、遠く感じた。

 

「いいぞ、聞いてやる」

 

「本当か「ただし今日以降俺の超包子での飲食は全部タダで頼むぜ」おっ、大赤字になってしまうネ……」

 

 たははと笑う超の姿はいつも見るそれに戻っていた。

 

 ま、これで当分俺の食事事情は安定するわけだし、夜間警備のバイトに励まなくてよくなるし万々歳ってやつだな。四葉の料理が財布を気にせず腹いっぱいかぁ……おっと、よだれが垂れちまうわ。

 

「と、まだ条件がある」

 

「竜崎サン……条件を盛りすぎていやしないかネ?」

 

 まさか可愛い乙女にエロいことをする気なのカ、と身体を抱きしめ頬を染める額に軽くデコピンをくれてやればうずくまる超の姿を見て、俺は気づけば笑っていた。

 

「うるせぇよ」

 

 

 

○●○

 

 

 

 十数年ぶりに開催された『まほら武道会』。鍛え抜かれた者たちの一対一の決闘は大いに観客を盛り立て、麻帆良に、そして武の世界に大きな1ページを刻んだ。

 その中でも一番に観客を、選手たちを震え上がらせたのはエキシビションマッチとして行われた高畑・T・タカミチと竜崎辰也の一戦だろう。

 

 その光景を選手として間近で見ていた当時麻帆良学園中等部三年生の長瀬楓はその戦いを次のように語ってくれた。

 

 

 

 あの日――というかあの日はお主、実況席に座っていたでござろう? 詳しい解説が欲しい、でござるか……あいあい、クラスメイトの頼みとあらば仕方がないでござるな。

 

 あの日、相対したのは拙者の知る限り最高の武人と最強の存在でござった。

 

 高畑殿は最高の武人でござる。鍛錬に鍛錬を幾重にも積み上げて、一歩ずつ、一歩ずつ強者への階梯を踏み固めながら進んでいった御仁。故に驕りはなく、慢心もなく、己の弱さを知っているからこそ強くなることが出来た武人の鏡でござるよ。

 

 片や竜崎殿は最強の存在にござる。鍛錬など必要もなく、強いが故にただ強い。虎がなぜ強いのか、という問答を知っているでござるか? その言葉を正しく彼は体現する、生まれながらの強者にござる。

 

 戦いは始まる前に終わっている――とはよく言う話でござる。自身が鍛えているからこそ、自身の強さを正確に把握しているからこそ、相手の力量が解ってしまう。

 

 あの戦いは始まる前にすでに終わっていたでござる。それでも彼が挑んだのは、彼が高みを目指す武人で、後に続く者たちを導く教師で、何より――男の子でござるからな。

 

 開幕の火ぶたは破裂音にて切って落とされたでござる。

 

 腕を組み仁王立ちをする竜崎殿に対し、高畑殿はポケットを鞘代わりに拳圧を放つ『無音拳』という技術を使っておられた。絶えることない拳圧の弾幕、爆竹を鳴らしたかのような破裂音の連続。それを竜崎殿は変わらぬ態度で受けておられた。

 

 次に動いたのもやはり高畑殿。気と魔力を合一させた純粋な力の塊をその身に取り込み――巨大な大砲から放たれたような一撃が竜崎殿に何度も、何度も、執拗に降り注がれたでござる。それでも竜崎殿は平然とし、腕組みを崩さず、ただ高畑殿を見ておられた。

 

 そして訪れたのが……そうでござる、あの状況でござる。あれは拙者の目をしてもすべてを確認することはできなかった。ただ……ただ、あれこそが高畑殿が積み上げてきた日々、武の結晶であることは間違いないでござる。

 

 闘技場を蹴り、高畑殿は上空へと跳びあがり、ちょうど竜崎殿の真上にてあれを放った。

 

 あれは先の無音拳よりも更に速く、巨大な大砲から放たれた一撃よりもさらに重く鋭く、例えるならば数多を貫く槍の如き拳撃の暴風でござった。

 

 実際ふたりが立っていた闘技場はちり芥のように粉砕され、発生させられた衝撃と轟音は観客の意識を刈り取っていったでござる。おろ? そこで意識が飛んだにござるか。それはそれは鍛え方が足りぬでござるな。今度一緒に修行でもどうでござる?

 

 遠慮されるとは悲しいでござるなぁ。と、話を戻すにござる。拙者は一度、エヴァ殿の別荘での修行中にあれを見たことがある。『千条閃鏃無音拳』――それが高畑殿が放った技の名前でござるよ。

 

 拙者があの場に立っていたならば、間違いなく闘技場と同じ運命をたどっていたでござろう。

 

 しかし――わかっていたこととはいえ、やはり竜崎殿はそこに立っておられた。

 

 ほんの少し傷のついた頬に手を触れ、乱れた髪を直しながら、金色の瞳は嬉しそうに高畑殿に向けられて、深紅の舌を収めた口がゆっくりと開かれた。

 

 ――才無き身でよくぞここまで鍛え上げた。

 

 そう告げると竜崎殿は拳を一撃。それですべてが終わりにござる。

 

 しかしあの一撃は――おお、古がちょうどよいところできたでござる。あれは専門家に聞くのが正解でござるよ。

 

 

 

 えー、何アルか? 師父の最後の一撃について?

 むふふっ、私が解説してあげるアル!

 

 師父が放った最後の一撃は間違いなく一発だったアル。でも四発だったアル。

 

 何言ってるかわかんないアルか? でも、あれは一発で四発だったアル。これは私の拳にかけていい事実ネ。

 

 後で師父に聞きに行ったら教えてくれたアル。あれは格闘の極みにある一撃だて。

 

 確か名前は――そう、『ばくれつけん』て言ってたアル!

 

 ……およ? 朝倉どうかしたアルか? ちょっと顔色が変アルよ?

 

 

 

○●○

 

 

 

 私には追い求め続けた王がいるネ。

 名前は竜崎辰也。私の生きた未来に燦然と名を残す世界一有名な存在だ。

 

 彼は誰よりも自由だった。

 

「超も桜咲と同じで律儀だよな」

 

 麻帆良祭最終日、ネギ坊主にカシオペアを渡し同等の条件で戦った私の戦場で、私は敗北を喫した。未来で英雄と呼ばれる彼はその異名に違わぬ片鱗を私に見せつけ、カシオペアの扱いには一日の長がある私を越えていった。

 

 そんな私を竜崎サンは一笑で切り捨てて、未来に帰るためにクラスメイト達とお別れをする私をかっさらっていった。ここは図書館島、麻帆良の地下深くに根を張った魔法使いたちの秘匿されるべき神秘の詰まった空間だ。

 

「そんな言い方、しないで欲しいネ。私は貴方のために……」

 

 そこまで言いかけて言葉に詰まる。私は竜崎サンに顔を合わせず帰るつもりだった。あれだけ堂々と宣言し、追い求め続けた王の前で誓いを立て、道化師のように彼を楽しませるためだけに用意した舞台で私は盛大にスベってしまったのだからネ。

 

 合わせる顔がない――それが正直な私の想いだった。

 

 だが、やはりというべきか。竜崎サンはそんな私の想いなど欠片と気に掛けることもなく、私をここに連れてきた。世界樹の根が空間に張り巡らされ、宙に浮くようにかけられた石畳の橋の上で、彼は少し得意げに口を開く。

 

「ここは俺がいつも宿題をするプライベート空間でな。お前のクラスのジト目のチビには教えるなよ、また人がごった返しちまう」

 

 軽口を叩きながら竜崎サンが手をあげると、通路の奥から地鳴りのような咆哮が聞こえてきた。現れたのは巨大な翼と爬虫類のような容貌を持つ、ワイバーンと呼ばれる幻想の生き物だった。

 

 彼はそれの顎を猫でも扱うように撫でると、ぐるぐるとワイバーンは嬉しそうな声をあげる。

 

 それを引き連れた竜崎サンの後を私は追いかける――王を笑わせることに失敗した道化は処刑されるのが常。このワイバーンは私の命を刈り取る存在なのだろうか。

 

 そう考えると私は覚悟をしていたとはいえ――私の人生のすべてをこの計画にかけていたとはいえ、魂の奥底からくる震えが私の歩みを蝕んだ。足は重く、鈍くなる。それでも竜崎は私に目をくれることもなく、ずんずんと歩いていく。

 

 ようようと追いついたところで、彼は肉まんを手に食べていた。世界樹の幹が地下深くに沈み込むように生えた場所で、いつの間にか傍らに立っていたザジから受け取ったんだろうネ。ザジの手は肉まんをいっぱいに詰めた『超包子』の袋を持っていたヨ。

 

 この空間を私は知らない。麻帆良の中でも最高のセキュリティーをかけられて、覗くことのできなかった場所だ。

 

「お前が俺に何を望んだのかは知らねぇし、お前に王と呼ばれる筋合いもねぇ」

 

 ここが私の墓場か――そう思い目をつぶった私に、彼は私の覚悟など路傍の石に過ぎないとでも言いたいような口ぶりで続ける。

 

「だがお前は俺との賭けに負けた……その責任は取るのが筋だ」

 

 そう告げると彼は世界樹を引き裂いた。そこにあったのは黒いローブにくるまれた人影。

 

「お前は俺を知っているんだろう? だったら見届けろ……俺の存在理由をな」

 

 空間が歪み世界が歪む。これは……転移魔法カ?

 

「竜崎サン! 貴方は何をするつもりネ!」

 

私の方をまっすぐ見つめる竜崎サンはいたずらっぽい笑みを浮かべ、四葉に料理を頼むような軽い口調で言ってのけた。

 

「ちょっくら世界でも支配しようかと思ってな」

 

 ああ、ここまで来てもあなたはやはり自由ネ。

 誰にも縛られず、何事をも気にかけず、ただ己のやりたいように進んでいこうとする。

 

 故に私は憧れた。私も貴方のように自由に生きてゆきたいと。

 故に私は夢想した。貴方が支配する世界ならば悲しみは消えてくれるのではないかと。

 

 そして――私は竜崎サンたちとともに麻帆良から消え去った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

 俺こと竜崎辰也は転生者であり、この世界の異物である。

 

 既視感の中の世界で見た『魔法先生ネギま!』の世界で気づけば生きていて、俺の知る『魔法先生ネギま!』とは週刊誌で連載していた漫画で、俺自身がこの世界には本来存在しないはずの人物であると理解していた。

 そんな中で四葉の作る美味いものを美味いと感じる味覚もあれば、桜咲が人の輪の中に入る光景を見て感動する視覚もあり、自覚がーと喚く煩わしいグッドマンのお小言を取り込む聴覚も、ザジが注ぐ酒の匂いを感じる嗅覚も、殴り合ったマクダウェルの肌の柔らかさを触覚もあり、五感すべてそろって間違いなく俺はこの世界で生きているという自覚を持っていた――はずだった。

 

 だが考えてみろ。俺は既視感の中の世界でそれを読み、俺自身を転生者だと理解していた。けれども既視感とは――デジャヴとは、未経験であることは自覚しているが、あたかも遭遇する事を体験しているかのように感じることだ。

 

 転生していたのなら、俺が本当に転生者なら、そんな感覚は覚えるはずがない。記憶の中に、古ぼけて埃かぶっていようとも確かな記憶の中に、俺はそれを覚えていたはずだ。

 

「お前が俺に見せたんだな」

 

 黒いローブの人影にそう問いかけるが人影は何も答えない。

 

 疑問は足りない頭で考えてもまだまだ浮かぶ。もし俺が転生者で、前世を生きていたならなんであんなに宿題に苦労しなきゃいけなかったんだ? 前世の俺が同じように居残り常習犯だったとしても、もう少しうまくやる方法を考えるはずだろ。

 だが俺はしなかった。そんなこと考え着くことすらなかった。

 

 そのうえ、何より、俺は前世でどんな顔をしていて、どんな親から生まれて、どんな友人と生きたのか、どんな人生を生きたのか――それを覚えていない。

 

「もう全部理解しているつもりだ。あれはお前が俺に見せた未来予知かなんかなんだろう?」

 

 歴史を感じさせる石造りの建造物の中、人影は何も答えない。

 

 俺の生きているこの世界に、魔法は元々あったのだ。だが俺はそれを認識していなかった。だから漫画の中だけに存在するはずのそれを既視感の世界で見たときに、これは漫画だと思い込んでしまった訳だ。ありえない髪色の人間がいるからここは違う世界だと。

 

 だがそれは違った。そう頭の中で変換して知りえない情報を知りえる情報として処理しようとした訳だ。

 

 俺は髪を染めたことなんてない――元から俺の髪の毛は、紫色のままだったってことだ。

 

「ネギ少年が進んでいくかもしれない未来、やがて自分を滅ぼすかもしれない存在――」

 

 人影は――何も答えない。

 

 ネギ少年の進んでゆく道を、仲間を得て力をつけ世界を救うために羽ばたいてゆく道を、目の前の黒いローブの人影が予知した未来を、俺は何故か見てしまった訳だ。

 こいつが麻帆良に封印されていて、俺が麻帆良にいたからかね? その辺はさっぱりわからんな。

 

「それを見てお前は何を思った?」

 

 俺の身体は変わる――俺の歯並びはギザギザになり、次いで両手のひらが人間のものじゃない紫の鱗をまとったものに変わり、全身を鱗が覆い、腹には金の皮膚が張り、背中からは分厚い羽が生え、太い尻尾が生えていた。

 

 俺が前世を生きたなら、人として生きたなら、鏡を見たときに映る人の形に疑問を覚えるはずがない。

 

 俺は元々、こうだったってことだわ。

 

 マクダウェルに言わせれば、俺はおかしいらしい。

 人を殺すことに躊躇いを覚えず、たった独りで居ることに寂しさも感じず、力の使い方を考えることもなく、数多の異形を従えて、思うがままに生きる俺は、光の中で生きるマクダウェルに言わせればおかしいらしい。

 

 けどさ、俺にはそれが理解できない訳よ。

 躊躇いを持つ理由も、寂しさを感じる理由も、力の使い方を考える理由も、数多の異形を従える理由も、思うがままに生きる理由も、考えたことすらないね。

 

 てことで俺は向かい合う、目の前の人影に。

 

 俺がお前に思うことはたったひとつ――

 

「生きながらえることしか考えられない愚者よ、世界を躍らせることでしか生きられない弱者よ。貴様如き矮小なヒトガタが勇を持ち進むべき道に蔓延るな」

 

 雑魚め、だ。

 

 瞬間、世界が止まる。突き出された人影の力によって時間が止まる。

 

 だが、それがどうした?

 

 俺は竜王。

 世界に認知される勇者と魔王の饗宴の、その初代魔王を冠したこの『りゅうおう』に、留まることしかできない貴様がなにをする。

 

「雄雄雄雄雄雄雄津!!」

 

 俺は叫ぼう、この胎動を。

 世界に知らしめそう、我は此処に在りと。

 

 咆哮は止まった時間にヒビを入れ、魔法だか何だか知らんがそれを粉砕する。

 

 お、初めて感情を見せたな。だが甘く、ぬるく、遅すぎる。あんぐりと大口を開けて、黒いローブの人影を頭から飲み込んでやる。

 

 味はいまいち……やっぱり四葉の料理のが美味いわ。しかも何か異物が入っているしよ。プッと口から吐き出せば、胃液と唾液まみれの赤毛の男が床に転がった。しかしこの男、ネギ少年にどこか似ているな。

 

 と思ったら頭の中で声が響いてくる。やれあれをしろだの、やれこれをしろだの、やれ計画を実行しろだの。だからといって俺に言わせればへぇ、で、だから、という話。『ひかりのはどう』を唱えてやればスッキリ、頭の中から声はいなくなった。

 

 ぐぐぐっと力を入れてやれば人の姿に変わる。ま、違和感はあるとはいえメシを食うにも酒を飲むにもこっちの方が都合がいいからな。

 

「お、これは?」

 

 手の中に違和感を覚えれば、鍵のような杖が握られていた。しかし解っちゃいないな。竜王の杖といえば決まっているのさ。

 鍵のような杖に力を注いでやれば木製の、竜の頭を模した杖に変わる。うん、これで完璧だな。

 

 ひとり得心しながら振り向いてみれば、いつもの無表情をどこへやったのか喜色満面に顔を染めたザジと、頬を引きつらせて乾いた笑い声をあげる超の顔が見えた。

 

 ま、とりあえず口直しに肉まんでも食うか。

 

 

 

○●○

 

 

 

 いい感じの玉座を見つけて座る俺のそばには三人の人影がある。

 

 ひとりはザジ、これまで見てきたはずの無表情を廃品回収に出したかのように嬉しそうに笑ってら。もうひとりは超、ぶつぶつと呟きながら難しい顔で頭の中を整理しているんだろうさ。そして最後の一人は京都で見た、マネキンみたいな白髪の少年。

 

 いや、ちょっと前まではもう少し人がいたんだがな、なんかしらんが襲い掛かってきてよ。しかしザジって結構強かったんだな。黒く染まった爪を伸ばして褐色長髪の男の首をズバッとやっちまうし。

 

 まぁ俺も頑張ったぜ。ちっちゃい女? をひとのみよ。そいえばそいつもネギ少年に似ていたな。いやー血縁者多いなアイツ。

 

「戴冠、おめでとうございます」

 

 口を開いたのはザジだ。

 

「へいへい……お前はさ、俺が何なのか最初から分かっていた訳か?」

 

「はい。貴方は可能性の芽でした」

 

 難しい表現だな、俺にはさっぱりだわ。

 

「ご存知かと思いますが私は魔族です。魔族というのは実に難儀な生き物でして、私のように高位な存在でないと子を為すことも出来ず、永劫の中をただ生きることしかできないのです」

 

「死なないってことか」

 

「はい。人間界に召喚されても高位の魔法使いが使う魔法、もしくは魔を刈る剣士の秘儀を使われない限りただ魔界に帰還するだけです。そして退屈な日々をただ、ただ、繰り返してゆくのです」

 

 そらつまらんな、退屈だわ。酒飲んで、メシ食って、酒飲んで、メシ食って……まぁ普段俺がやっていることだが、それだけってのは確かに退屈かもしれねぇな。

 

「そんな時、貴方が生まれたのです。貴方は魔族の王と為りえる存在として、我々を導いてくれる存在として、我ら魔族の悲願の末に生まれたのです」

 

「それじゃあなにかネ、お前たちが竜崎サンを生み出したとでも言いたいわけかネ?」

 

 口を挟んだのは超だった。じとりとした視線を微笑みで受け流し、ザジは続ける。

 

「いえ、私たちだけではありません。超さんのような人間の想いも束ねて生まれたのです」

 

 ザジはふわりと俺の前で回ると中等部の制服はどこへやったのか、道化師のコスプレをしていた。物語を語るように、ザジはからかうような口調だった。

 

「退屈なこの世界、残酷なこの世界、悲しみが跋扈するこの世界。もしも我らの生に意味を与えてくれる存在がいたならば、語り草となり退屈を癒すでしょう。もしも純粋な悪として君臨する存在がいてくれたならば、やがて希望が世界を覆いつくすでしょう。もしも強く在り続ける存在がいてくれたならば、あらゆる迷いを吹き飛ばしてくれるでしょう」

 

「それが竜崎サンなのかネ」

 

「王の行軍は我ら魔族の導となり、魔の脈動は人間の世界に光をもたらし、竜の強さはあまねく不安を打ち消すことでしょう」

 

 ……意味わかんね。だが聞いてりゃどいつもこいつも人任せだなぁおい。

 

「貴方がその導として目覚めたのは麻帆良にいたことが大きく影響しているでしょう。彼の者の予知夢を感じ、魔を認識し、その身に秘めた可能性を花開かせたのです」

 

 つまり俺が『魔法先生ネギま!』という物語としてこの世界が進むかもしれねぇ可能性を垣間見て、見事に俺の魔王としての可能性が育ったわけだ。

 

 ……あぁ、だから竜王の姿な訳か。魔王といえば『りゅうおう』ってのは確かにイメージにあったからな。闇と氷の支配者『ゾーマ』も確かにそうだが、初めてってのがやっぱり影響してんのかね?

 

「何でも構わないけれど、僕が言いたいことはただひとつだよ」

 

 言葉を発したのは白髪の少年。マネキンみたいなその眼にまるで人間のような意思を乗せた強い口調だった。

 

「僕は世界を救うために生み出された。それを違えるならば僕は――」

 

 拳を握るその姿を見て、俺はふと疑問に思ったことを尋ねてみることにした。

 

「超は未来から来たんだよな。お前の生きた時代で、俺は何をした?」

 

「いなくなったネ。ネギ坊主たちと魔法世界に入った後にここ、オスティアを塵に変えて。手記――朝倉が描いた手記によれば『飽きた、俺はメシ食って酒飲むだけにする』と言って、それ以降ぱったりネ」

 

 おいおい、よくもそんなヤツに未来を賭けようとしたな。超も意外にギャンブラーってことか。

 

「それでも竜崎サンは誰よりも強く誰よりも自由だった。竜である貴方が生き留まり続けてくれていたならば、人と人が争うことなど出来なかったはずネ」

 

 監視装置ってことか。まぁそんなヤツが介入してくるかもしれないんだったら仲良くしてる方が正解なのかもしれねぇな。核ミサイルかコロニーレーザーみたいだな、俺。

 

「決断をしていただきたいのです」

 

 ザジは俺をまっすぐと見た後、超、白髪少年と視線を移してから口を開いた。

 

「我ら魔族を率いてくださるのか、世界を救うために奮闘するのか、揺らがぬ力の象徴として君臨し続けるのか」

 

 そんなこと急に言われてもな。うーむと首をひねっていると、ふとポケットに違和感を感じた。

 

 ――あぁ、なるほど。俺の存在理由は最初っから決まっていた訳だな。

 

「ところでお前らはさ、ゲームはやるタイプか?」

 

「僕は触ったことないよ」

 

「そんな暇なかったネ」

 

「私も詳しくは」

 

 マジか……まったく駄目だわこいつら。ゲームは素晴らしいね、暇つぶしにもなるし人生を教えてくれる。そのせいで俺のテストは低空飛行なんだがな。

 

 俺はポケットに入っていた携帯ゲーム機を取り出すと、画面を見せるようにしながら先生にでもなった気分で口を開く。

 

「勇者が魔王を倒せば世界は平和になるもんなんだよ」

 

 ま、『破壊神を破壊した男』とか呼ばれるようになるヤツが出てくるかもしれねぇがさ、それ以降は人間の気の持ちようってやつだろ?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。