如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか (てきとうあき)
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本編
第一話【如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学院機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか】


-1-

 

黒森峰女学院は日本戦車道を体現した象徴である!

 

 

と私は主張したいが流石にそれは誇張であるだろうと評する人間は多いであろう。

しかし、日本高校戦車道界のそれであると主張すれば、

余程の偏見持ちで無い限り心情はどうあれ、それを否定する事のできる人間はいまい。

伝統と実績、そして歴史の深さという点において他校とは比較にならない。

ましてや去年においては史上未踏覇の9連覇をなしている。

絶対王者、常勝不敗、強大無比。斯くして黒森峰女学院は天下無敵也。

 

そして、その黒森峰女学院を支配し支えているのが戦車道西住流である。

 

黒森峰を王国と喩えるならば、西住家は王家と言えるだろう。

事実、歴代の隊長・副隊長等の主要地位は西住流門下生やその関係者によって占められていた。

これで「黒森峰は実力主義」を標榜しているのだから矛盾しているのではないかと思うかもしれないが、そういった人物は殆どの場合で戦車道の名家、特に西住流の分家の出身である事が多く、即ち生まれた時から戦車道を歩む事を義務付けられ、その英才教育を余す事無く注ぎ込まれたような人物である。

強豪校であるから一般部員ですら殆どは中学にて戦車道を経験し一定以上の成績を収めた者が殆どではあるが、それでも生を受けた時から戦車道を歩いてきた彼女等に比べると、費やしてきた時間も密度も比較にすらならないのである。

故に往々にして「実力主義」と「血筋主義」という呉越の関係である要素は、黒森峰においては刎頸之交の如く密接な関係であった。

 

そして私はこの黒森峰において戦車道を歩まんとする者にとしては非常に幸運であった。

同年に生を受けた者の中に西住家の長女の西住まほがいたのだ。

それまでの分家の方々が西住家という王家から遣わされた上級貴族とすれば、西住家長女は王そのものである。

そして実際に直面すればその覇気は正しく王に相応しい物であり、凛々しく力強く、其れでありながら排他的な雰囲気を感じさせず、いっそ涼しげですらあった。

同じ高校1年とは思えない風格を漂わせていた彼女は、初日の新入生による自己紹介で堂々たる口上で終わらせ、最上級生すら飲んでいた。

最もそれも当然とも言えよう。ここは西住家による王国。

たかだか年齢が上という理由だけで諸侯が君主に不遜な態度を取る事など許されていない。

頭を垂れて、足に口づけをし、忠誠を誓うのが当然なのだ。

 

-2-

 

彼女は一度の練習試合を経て即座に隊長になった。

無論、この練習試合は彼女を隊長の椅子へと納める為のセレモニィであったのは間違いない。

しかしながら我々と彼女の名誉の為に言っておくと、それは出来レースや八百長といったものでは断じて無い。

そんな物は些少程も必要では無かったのだ。

ただ彼女の正当な実力を発揮させ、周知させる場があれば良かったのだ。

指揮をさせればその堂々たる事不動の如く、そして機を見るに敏であり、

その進軍はブリッツクリークとは之この様に行うのだと言わんばかりの物であった。

部隊指揮だけではなく車長としての戦車指揮も見事な物であった。

操縦手を通して戦車を巧みに操り、キューポラから身を乗り出しその鋭く凛々しい眼光はバロールの魔眼の様に見つめた敵戦車を確実に仕留めていった。

西住流此処に有り。上級生の隊長―――この後、直ぐに副隊長となるのだが―――が静かに「私の西住流はまだまだ紛い物であった」といったのを良く覚えている。

「私自身が西住流其れその物だ」とは良く言ったものである。

 

隊長業としても妙妙たるものであった事は驚きに値した。

いや、これは嘘である。

実際には全員がもはや其れぐらいの事はやってのけて当然と何となくではあったが感じていたのだ。

何かをさせる時は率先してやって見せ、隊員一人一人に詳細な助言をし、メンタルに問題があると感じたのならばさり気なく気遣いをする。

その組織運用と人心掌握術は凡夫の其れでは無かった。

一年生に過ぎない彼女が隊長である事に疑問を覚える者などいなかった。

それ処か彼女の旗の下で彼女の栄光の一端になれる事を光栄に思っていた。

西住まほの戦車道という覇道の一助になれる事を誇りに思っていた。

そしてそれは全国大会優勝という形で実現したのだ。

 

更に時が過ぎ学年を上げ、私と彼女は2年生となっていた。

今年度も優勝すれば前人未到の10連覇である。

最も9連覇の時点で今まで例は無かったのだから「前人未到の」と気張る必要は無いのだが、其れは別としても10というは興奮するのに中々良い数字であるのも間違いあるまい。

そして其れは西住まほによって率いられる限り約束された勝利なのも間違いないだろう。

 

-3-

 

西住家の次女が来る。

この報は「ブリッツクリーク」の如く瞬く間に黒森峰中を蹂躙したが、

速度はともかく驚愕という意味では「電撃」どころか静電気にすらもならなかった。

隊長に一つ年下の妹がいることは周知の事実であったからだ。

西住家の女児ならば当然戦車道を嗜んでいる筈である。であれば黒森峰に入学してくる事は当然の帰結である。

そして、同時に隊長がその妹を溺愛している事も公然と知れ渡っていた。

時折来る手紙を読んでは、同封されている写真を見ては、その頬は俄かに色づき、真横一文字を保持していた口元は曲線を描き、凛々しいと称されていた表情は静かな笑顔へと変貌していた。

そして、それを気になった者が尋ねれば、普段は口静かな隊長とは思えぬほど早口になり、心優しく姉思いの可愛い妹が手紙を送ってれただの写真を送ってくれただの自慢をしてくるのだ。

普段は凛々しい隊長の可愛い一面が見れると言うのと妹の自慢が出来るという利点が一致したのか、この光景はよく見られたものであり、故に西住家の次女の存在は広まったのだ。

 

 

新入生と対面し、実際に西住妹様を見る機会が訪れた。

顔の造詣や髪型は確かに隊長に良く似ていたが、目は大きく丸くおっとりとしており、眉は垂れ下がり気弱な雰囲気を感じさせる風貌をしている。

姉が凛々しくて格好良いと称するならば、妹は穏やかで可愛いという所だろう。

 

西住まほが西住家の王ならば、西住みほは姫である。

 

これが新入生一同の中に混じった西住妹様を見た時の我々の共通した感想であった。

そしてそれは彼女に自己紹介の番が回ってきた時にはより一層強くなっていた。

自己紹介は左から順にする様に指示され、各々が名前と行っていた役割を大きな声で発し、最後に「よろしくお願いします!」と結んで順が移っていった。

西住妹様の左の生徒が終わらせて順番が回ると、新入生から上級生までの視線が一気に彼女に集中した。

その物理的な圧力までも帯びてそうな視線の束を向けられて、彼女は小さく「ひぃっ!」と悲鳴を上げて体を縮こませ、その後でおずおずと「に、西住みほです」とだけ言うと黙ってしまった。

しばらく間が空き妙な空気が漂ったところで、本人は何か失敗してしまったかと不安そうに顔をきょろきょろさせていると、

見るに見かねたのか左にいた先ほど自己紹介していたセミロングでクリーム色の銀髪の子が右肘で突いてやり、

それで思い出したかのように「あ、しゃ、車長をやってました!よ、よろしくお願いします!」と自己紹介を終わらせた。

薄っすらと涙目になっていた。

 

視線の圧力などなんのその、堂々と自己紹介をした隊長に比べると些か…いや、正直に言おう!かなり拍子抜けであった。

隊長とは正反対に見るからに気弱で頼りなさそうで、とてもではないが武芸の一種である戦車道に期待は持てなさそうであった。

おどおどとして自信がなさそうなその性格は、優秀な姉を持って常に比較されていたのだろうか。

ある種の伝統がある名家に生まれると本人にその才が有るか無いか、望んでいるかいないか等は関係なくその道を歩く事を強いられるのであろう。

きっとそれは不幸な事なのだろう。同情に値するのだろう。

時折学園にきては自ら指導してくれるこの姉妹の母である総師範の気性を思い出す。

戦車道の先達者としては間違いなく尊敬できるのだが、決して不和の無い一般家庭に育った自分としては親としては確かに御免蒙りたい。

 

ここで隊長ともども擁立しようとしていた方針を破棄し、このか弱き西住家のお嬢様を守る方向で行くつもりであった。

何たって隊長が溺愛しているお方である。悲しませたり傷つけたりすれば隊長が悲しむに決まっているのだ。

車長というのには不安を覚えるが逆に考えればある意味一番マシかもしれない。

少なくともこの頼りなさとか弱さでは装填手や操縦手をやらせるよりは安全面では遥かにいいだろう。

彼女が車長をする戦車は戦力にはならないだろうから、後方を守らせたり適当な場所へ偵察に行かせたりすればいい。

実質的に戦力減ではあるが隊長ならばこれぐらいはハンデにすらなりはしないだろう。

とりあえず名だけはある適当な役職につかせて「働いた」と充足感がある仕事を割り振ればいいだろう。

なんなら隊長補佐という役職でも作って隊長の傍に置いてもいい。きっと隊長も喜ぶだろう。

実力の無い者を車長や役職に就けるのは「実力主義」の黒森峰の指針とは少し離れるが、なぁに隊長がなさった貢献!圧倒的貢献!からすればむしろこれ位の権力の行使は当然である。

さしあたっての問題は直ぐに有るであろう一年生の実力を見る練習試合だ。

これで隊長はその実力を証明したのだが…「姫ちゃん」が無様な真似を見せて自責の念に駆られたり怪我したりしない事を祈りたいものだ。

活躍はしなくていいので、どうか隊長の面目が保たれる程度であって欲しい。

 

 





副隊長の下着がまた一枚・・・


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第二話【試練】

-1-

 

練習試合の結果を先に纏めようと思うのだが、私の貧弱なボキャブラリーと構成力ではアレをなんと纏めるべきなのか解らない。

様々な賞賛や驚嘆を含んだ故事成語、慣用句、四字熟語等が頭の中で浮かんでは消えるが、それらを全て纏めようとするにはこの余白は余りにも狭すぎる。

よって自然と表現するとしたら「筆舌に尽くしがたい」に成らざるを得ないだろう。

いや、そう言えばこの様な格言を知っているだろうか?

「テキストの短さ・シンプルさはそれの苛烈さを現す」

これに倣って端的に表現を纏めることにしよう。

 

西住家ヤバイ

 

 

 

-2-

 

まず練習試合は一年生同士の乱戦による物である。

20輌が決められたポイントから開始し、定められた範囲内で最後の一輌になるまで戦うというものだ。

これによって各々の戦車単体に対する能力を見定めるのだ。

組み分けとしてはまず各々が自由に声をかけ必要な人員を集めていく。

ただしそれぞれ一名は欠員させなくてはならない。そして必ず車長はいなくてはならない。

そしてその空いた枠に上級生が入る事となる。

無論、この上級生は一年生それぞれを評定する為に存在しており、戦車の中から直接各員の働き振りを見てそれを上に報告するのだ。

車長を上級者が担当しないのも当然の事で、戦車を人体に例えるならば仮に手足を他と入れ替えてもその人間のパーソナルアイデンティティーは維持されるであるだろうが、頭たる車長を入れ替えたのならば其れは別人といえる。

詳しくは「からだの部品とりかえっこ」という狂気染みた作品を参考にして欲しい。

まぁ他にも車長に上級生に対して臆する事無くどの程度命令をする事が出来るかも試しているのだが。

 

尚、個人競技となるので通信手に関連して別途特殊な取り決めがある。

それぞれの車輌はペアとなる相手がおり、この車輌を誤って撃破してしまうとその時点で失格となる。

特にスコアを共有しているわけではないので共闘する意味は薄い。

ただし互いの通信手はフレンドリィファイアを避ける為に場所の共有等の情報交換が必要となる。

また自車輌が収集した情報を相手に伝え、其れが撃破につながった場合は通信手の功績として判断される事になる。

練習試合の前日にこれらのルールが提示され、組み分けが開始された。

勿論、これがただの練習試合とは誰も思っていない。

選別は既に始まっているのだ。

一年生だけで80人。時が経つに連れて脱落者が出るので減っていくとはいえ総勢200人を超える。

この内、試合に出れるのは1/4以下。20輌出撃できる決勝でも1/3程度。

飢えて勝って自らの実力を示さなければ席は無いのだ。

 

篩にかけられている事を自覚した少女達は、網目から落とされぬ様に可能な限り大きな石とくっつこうと奔走した。

当然の成り行きとして、中学で優秀な実績を残している大きな石同士は異なる極を持つ磁石の如き引力を発生させて自然と繋がっていく事となる。

一方で無名であったり、さしたる実績も無い小さな石は大きな石とは同極を持つ磁石の如き斥力を発生させていた。

いや、此方の場合は磁石に例えるのは不適切であった。一方は離れようとしてはいるが一方は近づこうとしているのだから。

そして、小石同士は現時点では互いに見向きもせずに何とか大きな石達の間に滑り込めないかと東奔西走していた。

時折幸運な、いやそれもまた実力だろうか、気に入られたり媚が成功したり、はたまた他の要因を絡めてか潜り込めた小石も存在したが全体からすると極一部に過ぎなかった。

そして場が煮詰まりいよいよ小石だけが残されると、その中に残されていた妹様の姿が浮き彫りになっていた。

 

無論、これは妹様を排斥した彼女等からすると無理からぬ事であった。

妹様は…というより西住家はどうやら中学においては学校の戦車道活動は行わないようだ。

成人の各西住流門下生等に混じりもっとレベルの高い環境で腕を磨くそうだ。

率直に言ってしまえば中学戦車道などの御遊戯に付き合っている時間はないという事だ。

最初にこれを知った時は正直にいえば「何様」という感情が浮かばなかったと言えば嘘になる。

しかし、あの西住まほを知ってしまえば当然至極最もな事と納得せざるを得なかった。

確かにあの王者にとって中学生の戦車道などぬるま湯に等しいだろう。

まぁ詰まる所は妹様はその実力を判断できる実績が無かったのである。

とすれば第一印象で判断するしかない。

そしてある種の意志の強さが求められる戦車道においてあの自己紹介は…どう贔屓目に見ても高評価にはならないだろう。

 

最初の選別とあってこれは遊びではない。

比喩抜きで今後の3年間を左右しうるものだ。

そして黒森峰での3年間を左右するという事は戦車道人生そのものを左右する事になる。

当然、予断は許されない。甘えは許されない。

潜り込めた幸運な小石も他の石と比較すればというだけであって実力もある程度認められた上で潜り込めているのだ。

ましてや全くの不明で危険性が大きい存在を抱え込む余裕など無い。

もし、妹様が一人っ子で唯一の跡取りであったのならば、ここで恩を売るという選択肢もありえただろう。

特に己に自信があるものこそ此処で選別をドブに捨てても後から幾らでも追いつけると判断し、西住家当主に渡りをつける方が重要としてもおかしくは無い。

しかし、西住の明確な後継者は他に存在している。ここで妹様を選ぶ理由は彼女等に無いのだ。

 

横目で隊長の姿を盗み見ると相変わらず直立不動で眼光鋭く一文字に口を固く結んで見守っている。

その姿は一見何時もどおりの凛々しい隊長であるが、よく見ればその視線は常に妹様を向いており、右手の人差し指は僅かにだが一定のリズムで揺れていた。

最も私自身は最初から見ていたので解るが、確かに周囲も彼女に声をかけなかったが妹様自身も周囲に声をかけようとしていなかったのだ。

いや、より正確に表現するなら終始一貫として一人に話しかけようとしては引っ込めるを繰り返していた。

その対象とはクリーム色に近い銀髪の生徒―――確か名前は逸見エリカといった―――である。

此方は妹様と違って極普通に何度か声をかけて回っていたが、健闘むなしく肘鉄砲を食らっていたのだ。

この逸見エリカという生徒は黒森峰の機甲科では珍しく中学はそれほど有名な学校ではなく、必然的に本人も実績を残していない完全な"小石"であったが故である。

我ながら良く覚えているなと感心したいところだが、妹様の前の番で自己紹介していたから印象に残っているだけだ。

そういえば妹様に助け舟を出していたのも彼女だった。

その縁を頼って妹様は声をかけようとしていたのだろうが、とすると妹様は別に良い成績を残すことに積極的ではないのだろうか?

そうなるとやはり戦車道に対しての意欲は少なく、半ば家に帰属する義務感によって動かされているのかもしれない。

 

しばらくして何かを悟ったのか逸見の方から妹様に話しかけていた。

会話の内容は聞こえないが・・・まぁこの状況なら編成を組もうという誘いに違いないだろう。

先ほどまでオロオロしながら顔に「どうしようどうしよう」と書いてあった妹様も話しかけられると安心したのか花が咲いたような笑顔になる。

可愛い・・・。隊長に似ている顔でああも朗らかに笑われると心に来る。

逸見自身も予想外の反応に面を食らったのか、それとも両手を握られてありがとうと言われたことに照れたのか顔が赤くなっているのが解る。

 

隊長の方を見てみると僅かに目を閉じ、ゆっくりとだが大きく息を吐いていた。

やはり中々組めない妹様を心配しておられたようだが、少しだけ疑問が残る。

最初は有力な一年生と組めない事を心配していたと思っていたのだが、ここで安心したという事は単にぼっちになる事を心配していたのだろうか?

という事は隊長も妹様がこの練習試合で実績を残す事を望んでいる訳ではないのだろうか。

すると言い方は悪いが隊長は妹様の戦車道自体には期待していないのかもしれない。

まぁ隊長が妹様の黒森峰入学を心待ちにしていたのは間違いないので、単に一緒の場で戦車道が出来れば満足なのだろう。

残された小石達も逸見と妹様が手を組んだのを見て触発されたのか―――或いは諦めたのか―――それぞれで組んでいく事にしたようだ。

当然、妹様の残りの枠も無事に埋まる事となる。

各々の車長に該当する物が編成者を紙に纏め、提出した所で今日の活動は終了となった。

 

-3-

 

「斑鳩、少し良いか?」

その日の活動終了後に私は隊長に呼び止められた。

ちなみに唐突であるから混乱する者もいるかもしれないが、この斑鳩というのは私の名前だ。

珍しい名前である事は自覚しているが、同級生からは「オセロ」と例えられ、もう一方からは「囲碁」という意味不明な評価を受けた事がある。

閑話休題。呼び止められた私は隊長室まで連れて行かれ、頼みがあると隊長に本題を切り出された。

「今度の練習試合なんだが・・・みほの編成では操縦手の枠が上級生担当となる。

 ついてはそれを斑鳩に任せたいんだが良いだろうか?」

・・・

・・・・・・

上級生の配置は隊長が決める事になっているのだから言い方は下品ではあるが良いも糞もないのだが。

いや、そんな事より妹様の車輌の操縦手を隊長から任される。これは非常に名誉なことではないか?

隊長にとって最も心配しているであろう妹様を任せてくれるのだから、これは信頼されているのではないだろうか?

 

当然の事だが私はお任せください!と快諾した。

隊長は「そうか、斑鳩が引き受けてくれると助かる」と言ってくださり、私の肩に手を置いて「妹を頼む」と告げられた。

さながらこれは王より姫の専属騎士に任命された様なものではないだろうか。

劉邦を守る為に身代わりに任命された紀信の様な信頼である。

いや、これだと火炙りだから縁起が悪いな。周苛ならどうだ?釜茹でにされてた。本当にろくでもないなあの酒飲み亭長。

兎も角もこの信頼は絶対に裏切れない。

可能な限り妹様を守ろう。

 

―――後から思うと身の程を全く弁えてない誓いであったが

 

 

 

 

 



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第三話 【MAYHEM】

-1-

 

練習試合当日。

私の前には4人の少女が整列して並んでいた。

砲手に逸見エリカ。車長に妹様。他にも装填手に浅見と通信手に赤星という一年生。

 

「えー、それでは私たちは今から5分後に出発するぞー。あ、いやします。

 予定では25分後には予定地点で待機。30分後に開始という予定になっている、なってます」

 

勢い良くはい!と返事をするのは良いのだが大丈夫かって視線で見ないで欲しいものである。

私だって今戸惑っているのだ。

何度も言うが黒森峰において西住家と言うのは尊い立場である。

当然ながら下級生だろうと西住のお嬢様である妹様単体なら敬語を使うのが当然なのだが、妹様を含む下級生のグループに対しては如何するべきなのだろうか。

敬語を使うのはおかしい気もするが、かといって含まれているのだから妹様に無礼な口調を投げかける事にもなる。

去年の西住隊長に対する上級生を参考にすればよいかと思ったが、それこそ電撃的な速さで隊長になられたからすぐさま全体に声をかける立場に移行したので全く参考にならない。

・・・面倒になったので全て敬語で統一する事にした。後輩に敬語を使って悪いという事はないし、それはそれで格好良い先輩といった印象を抱かなくも無い。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

やはりというかなんというか、おどつきながら挨拶をする妹様である。

私は一抹の不安を覚えた。

内向的で人見知りが激しく自分に自信が持てない・・・典型的な虐待を受けた子供の症例みたいで不安が残るのだが大丈夫なのだろうか。

親から低い評価の言葉しか投げかけられなかったり兄弟と比較され続ける等が積み重なるとこうなり得るらしいのだが・・・。

戦車道に限らず何かの名門であったり、何らかの分野で一流の親だと子供に過剰な期待と出来て当然という義務感によって珍しくない程度で起こり得るようだが。

とりあえず外野が他所の家庭の事情に深く突っ込んでいても仕方が無いので余り考えないようにする。

 

まず考えるべき事はこの妹様を車長として失態を起こさせないようにしなければならない。

本来ならばこの練習試合において上級生が余り役職の枠分を超えて助言したりするのは極めて不味いのだが、大事の前の小事と判断するべきだろう。

例えるならば封建時代の所謂軍内において、武官の地位と身分等の出生が密接な関係であった頃の騎士階級の坊ちゃんのお目付け役といった所だろうか。

まるでレオポルド・シューマッハの様な立場だが、幸いにして此方は少なくとも人間的魅力という観点から言えば好意的に取れるのが救いである。

流石に妹様とあの無能が尊大と言う名の服を着て傲慢と言う香水を身に纏っている様な人物と比較するのは不敬極まりがないだろうが。

何が言いたいかと言うと妹様の能力には確かに不安が残るが、進言を斬って捨てる真似はしないだろうという事だ。

勿論此方も言い回しに気を使い、決して強制したり否定するような感は出さない。

あくまでプランBを進めるという体で行くのだ。

最も否定処か代案提示まで行くかどうかも怪しい所ではあるのだが。

恐らく開始して直ぐに周章狼狽するのではないだろうか。

そうなれば此方が何か提示すれば「それでいきましょう」と同意してくれるだろう。

 

-2-

 

開始地点には滞りなく辿り着いた。勿論、操縦手は私であるから基本的には問題等起こる筈も無いのだが。

「それでは全体の方針についてですが・・・」

操縦席に座り、正面を向いたまま問いかける。

無論、この時点で既にプランは出来ているので問いかけるというより確認のつもりだったのだが。

 

「はい、まずこの練習試合のルールでは遭遇戦が主となると思います。

 よって敵戦車を相手より先に発見する事が最重要となってきます。

 セオリー的には移動機会が多いと思われる要所を視界に納められる地点でハルダウンし潜伏し、アンブッシュするのが良いと思われますが私たちはこの方法を採りません」

 

私は思わず操縦席から振り返って妹様の顔を見た。

そこには昨日の自己紹介のところにいた、いや、つい先ほど戦車に乗る前までいた気弱で内向的な少女は存在していなかった。

視線が泳ぎ落ち着きなさを感じさせていた大きな目は、恒星の如き輝きをもって強い意志を秘めて遠くを見つめており、

その口元はプロミネンスの様に仄かに昇る熱さと銀天の夜の静かな寒さを込めて、その決意を表すかのように引き締まっていた。

そして何より語る言葉には万軍を前に訓示を垂れる覇王の如き確固たる自信に満ち溢れていた。

私たちはしばしの間―――恐らく時間にすれば一瞬であったのだろうが間違いなくそこにいた私たちは間を感じる程度には時の流れを知覚していた―――呆然としていたが、

真っ先に戻った逸見が疑問を投げかけた。

 

「で、でもそれがセオリーなのよね?

 私達・・・がそんなセオリーを無視していいの?」

 

私には解る。

"私達"の後には恐らく"の様な者"と続いていたのだろう。

勿論、逸見が自分を過小評価したり卑下したりそういった性格ではないのも解る。

何故ならそんな人物が黒森峰に入学しようとは思うはずが無いからだ。

自分の能力に自信があり、自分こそが最も戦車を上手く扱えるのだと。

今はそうではないとしても将来は必ずそうなるという強い意志を持つ者こそがこの王者黒森峰に入学する資格があるのだ。

しかしながら最初の練習試合の組み分けにおいて、眼中に無い、相手にもされない、自分が忌憚される弱者なのだという事を実感してしまうと、

例えプロメテウスが齎した神の焔の如き熱く燃える精神を持っていても、ポセイドンの洪水を受けたかの様に萎えても致し方が無いことであった。

 

「確かにこのセオリーならば1輌、運がよければ2輌撃破出来るかもしれません。

 個人単位の乱戦という事は1輌撃破できれば平均標準より上という事になるので、成績を残すならこのセオリーが安定でしょう」

 

其の通りだ。故に私も其の方法を薦めようとしたのだ。

特に重要なのはこれが「セオリー」である点だ。

もし運悪く1輌も撃破できずに見つかって撃破されたとしても、採用した戦術自体は問題は無いので運の要素とも採られるやもしれぬし、大きな失態とはならず妹様の名誉もさほど傷つかないだろうと思われたからだ。

そして1輌でも撃破できれば其の時点で成績分布内では上位に配置されるのだ。

 

「ですが、この方法では・・・餌を待つだけのこの方法ではそれ以上の戦果が望めません。

 3輌、4輌と撃破していくには此方から索敵に出る必要があります」

 

より一層の戦果を求める!

直接的ではないがどう考えてもそうとしか取れない発言をした妹様に私を含む全員が驚いた。

 

「え、えっとー 何でより戦果を求めるの?

 いや、別に駄目って訳じゃないよ?ただ・・・なんていうか何となく西住さんっぽくないと思って」

 

確かに赤星の言う通りである。

とてもではないが今でも好戦的な性格には見えないし、また実績も名誉も求めているようには見えない。

もしそうなら・・・あの組み分けの時にもっと積極性を見せていた筈だ。

その質問に対して妹様はしばし押し黙った。

言うのは憚れる。しかし、己の心情を本気を信念を隠す者の言葉に誰が従うというのか。

そう自分で思い立ったのか、僅かに首を動かし空を見上げながらぽつりぽつりと述懐した。

 

「私・・・嬉しくて・・・。

 昔からああいう組み分けの時って自分から言い出せなくて誰からも声をかけられなくて何時も最後に余った人と組まされていた・・・。

 それで高校に入ってから何とかしないとって思ってて。

 だから自己紹介の時に助けてもらった逸見さんに声をかけようと思ってた。

 だけれど結局は私は臆病だから・・・声もかけれなかった。

 周りがどんどん自分から声をかけていって組んでいくのをみて焦ったし、正直なところ胸が苦しくて呼吸もできなくなっていった。

 ああ、また私はひとりぼっちになるんだなって悲しくなった。

 でも・・・でも!逸見さんはそんな私に声をかけてくれた!それが物凄く嬉しかった!

 逸見さんだけじゃないよ。浅見さんも赤星さんも私と組んでくれて嬉しかった!

 だから、折角組んでくれたのに私の我侭でお座なりな事は出来ない。其れだけは絶対に出来ない。

 皆が笑われるような事だけはさせない。胸を張ってこの練習試合を終わらせるようにしようと思った」

 

だから―――と一拍置いてから妹様は宣言した。

 

 

「この試合で皆で一番になろうと思ったの」

 

 

 

再び静けさが戦車内を支配した。

誰も音を発しないというだけの静けさではなく、まるで妹様を除いた全員の呼吸が止まり心臓も鼓動を停止させ、思考すらも中断されたかのような静けさであった。

今度は私達の錯覚ではなく、実際にこの静寂はしばしの間続いたのだろう。

しかし、同時に確信している。

私は私達は全く同じ感想を抱き、その心情を共有しているのだと。

即ちこの娘はこの車長はこの西住流の末裔は本気で言っているのだと。

その口がその目がその覇気が私達にそう思わせたのだ。

そしてそれが単なる自信過剰による妄言ではないという事も何となくではあるが私達は理解していた。

 

「・・・解ったわよ!いいわよ!どうせならトップをとってやろうじゃないの!」

 

そこには先ほどまで自分を卑下した表現を寸前で飲み込んでいた逸見はいなかった。

自信という石炭を意欲という名の炉にくべて、心の中で興奮という火を燃やしている一人の戦車乗りがいた。

 

「やりましょう!」「ここまで言われてやらなきゃ女が廃る!でっかく生きろよ女なら!」

 

訂正しよう、一人ではなく三人であった。

若くて眩しい。そこには一人の少女が吐露した心の呟きに引っ張られ、英気に溢れた少女達の姿があった。

・・・いや、何のことは無い。自分も興奮していたのだ。

妹様の願いには私は含まれていないのは解る。

この子達の願いが叶うのか、それとも非情な現実に押しつぶされるのか其れは解らない。

だが、その一端の助けとなれる事が今は嬉しくも楽しかった。

 

-3-

 

私は妹様が指定したルート上を沿う様に戦車を動かしていた。

多少走り難いが通常の移動をしている車輌から発見し辛く、戦車が潜伏するのに良好なポジションからの視界に入らないという絶妙なルートであった。

無論、地図を読み地形を把握してこのルートを指定したというだけで妹様がお飾りの姫ちゃんではない事が良く解った。

しばらく木々の影の中を走行していると、草原の中を方角的に此方の方へ直進している戦車を発見した事を砲手の逸見が妹様に伝えた。

妹様は双眼鏡を使って敵戦車を視認してこう言い放った。

 

「12号車ですね。あの車輌は此方と同じく操縦手を上級生の方が担当してましたね。

 装填手でも砲手でもないのならやれますね」

 

ちょっと待って欲しい。確かに全車輌の構成は事前に全員に配られている。

配られてはいるが、それを全部覚えているというのだろうか。

無論、本試合となると敵の構成は頭に叩き込むように指導されるが、たった一日足らずで全てを覚えるというのは流石に要求されない。

知彼知己、百戰不殆とは確かに言うがそれを実践するのが西住流なのだろうか。

 

「簡単に作戦を伝えます。

 まず敵車輌の進行方向に対して斜め30度ほどの角度で時速40kmで等速直線運動のまま横切ります。

 この時、主砲は正面を向いたままで敵車輌の前に姿を現して3秒ほどしてから回転させてください。

 敵は此方が不意に遭遇したと思い、停止して偏差射撃をしてくる筈です。

 等速直線運動をしている以上、敵主砲の方向は私達の戦車自体ではなく進行方向先へと向けられる筈です。

 即ち、敵主砲の回転が止まるまで撃たれる事はありません。

 斑鳩先輩。私が合図したら急停止してください。逸見さん此方が急停止した後に砲撃をお願いします。

 この時には敵主砲は発射されていると思いますので次弾がくるまで余裕がありますので落ち着いて撃ってください」

 

非常に理にかなっている戦法である。

停止している戦車は動体目標に対して命中させる事は十分に可能である。

一方で移動している戦車が静止目標に命中させるのはFCS(Fire control system 射撃管制装置)が組み込まれていない二次大戦の戦車では非常に困難となる。

必然的に移動している戦車からはほぼ砲撃の恐れは無い。

逆に言えば静止している戦車というのは最も被弾確率が高い状態である。

故に戦車は射撃しては移動し、静止して射撃しては移動を繰り返すのだ。

つまりこれは等速直線運動という静止状態の次に狙いやすい状態になる事で相手の射撃を誘い、回避した後に瞬刻も置かずに刺すという戦法なのだろう。

了の旨が全員から帰ってくる。

誰一人実行に不安を抱いていないのを確認すると車長がパンツァー・フォーと合図をだし作戦が決行された。

木陰から飛び出した此方を見て敵戦車が静止し、砲塔を回転させる。

逸見も「3、2、1、・・・」とカウントダウンして同じように砲塔を回転させる。

余談だが何となく逸見のカウントダウンは熱が入ってて何故か「上手」と感じた事も付け加えておこう。

私達は敵の左手方向から僅かに斜めに横切る形となる。

つまり敵の砲塔は反時計回りに回転し、此方は時計回りとなる。

角度の問題で相手の砲塔の回転の方が速く終わる事になるが、当然其れも織り込み済みである。

 

「今です!斑鳩先輩!」

 

キューポラから顔を出し、敵戦車の砲塔の動きと向きを見ていた妹様が合図を出す。

私は応と叫び戦車の無限軌道を逆回転させ停止させた。

足元から地面が履帯によって削れる音が金属を通して車内に木霊し、決して軽くない衝撃が体全体を襲う。

その僅か一瞬の後に敵戦車から主砲が発射された重低音が空間を振るわせた。

 

操縦士である私には自戦車のおよそ3m程前を敵砲弾が通過していくのが見えた。

「撃て!」

 

妹様の砲撃命令に合わせて逸見が発射する。

此方の砲弾は見事に此方を向いていた砲塔と車体との隙間に潜り込み、ショットトラップを引き起こした。

爆発音が鳴り響き、煙が巻き起こる中で・・・敵戦車から音を立てて白旗が飛び出てきたのだった。

 

 

 

 

 

 




次回予告!

そこでは上座も下座もなく条件は皆同じ 中学の実績も家柄も関係ない ただ己の戦車道を競って向き合う場所
生き残りが唯一の交戦規定となる領域で一人の鬼神の躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。

次回「ACE」
副隊長の下着がまた一枚・・・


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第四話 【ACES】

 

-1-

 

 

 

敵機の撃破判定を確認すると車内は無言の歓喜によって包まれた。

無理も無い。彼女らはつい先ほどまで劣等感に苛まれていたのだ。

組み分けの時に己らの立場や価値を心の芯にまで思いしらされたのだ。

他の者は互いに必要とし合っていく。それ所か、何もせずに声をかけられ望まれる者もいた。

一方で自分達は何度も必死に声をかけても袖を振られるだけであった。

徐々に醸造が進み、周囲がワインとして出来ていく最中で、残った葡萄の搾り滓でしかない自分達はこの黒森峰では無価値であると不要であると囁かれている様にも思えただろう。

一人の友の友となる事も出来ず、心優しき戦友も出来ず、心を分かち合える者が地上にただ一人も存在しなかった彼女等は黒森峰という輪から泣く泣く立去るしか方法が無かったのだ。

しかし、一人の天使は見捨てなかった。

快楽は虫けらの様な者達にも与えられ、天使は神の前に降り立ち宣言された。

姉妹よ、自らの道を進め!英雄のように喜ばしく勝利を目指せ!

彼女達は火の様に酔いしれて、崇高な歓喜の聖所に入ったのだ。

もはや自分達は無価値ではないと彼女等は大きな成功を持って証明したのだ。

無論、鬱屈した気持ちは先程の決意表明の際に吹き飛んでおり、彼女達の心は青々とした天空の様に澄み切っていたのは間違いない。

しかし、過程を通して結果を得る為に意志を確立させる為の勇猛さと、結果を出す事によって自身の価値を証明出来た時の晴れやかさは、やはり別なのだ。

私も素直に彼女等の蛹からの羽化を喜んでいた。

其れぐらいは彼女達の事をもう気に入っていたし、好んでいた。

しかし、だからと言って呆けている訳にはいかない。

 

「喜ぶのはまだ早いです。

 砲撃音で場所が割れてしまいますので喜ぶ前にまず行動を。

 斑鳩先輩、急いで移動してください。

 ルートは先程のに戻って大丈夫です。

 赤星さん。12号車を撃破した事を座標も添えて伝えてあげてください」

 

妹様も当然の様にそう思っていられた様だ。

私は再び応と答えて戦車を動かした。

敵を先に発見する事が重要ならば、敵に先に発見される事は致命的と言っても良い。

砲撃をしておきながらその場にとどまる事は愚の骨頂でもあり、黒森峰でそんな事をしよう物ならばお叱りと罰則は免れないだろう。

彼女達もそれを聞いて気持ちを即座に切り替えたようだ。

しかも実質的に諫められたというのに萎縮はしていない。

良い傾向だ。成功と戦果に昂ぶって炎の様に燃え上がってはいるが、同時に根本的な部分は冷えており自分を律している。

次は何をするんだ?何でもやってやる!だから指示を!命令を!

薄暗い戦車の中でその目だけが爛々と浮かび上がっていた。

 

「止まってください」

 

再び木々の中を進軍しているとキューポラから身を乗り出したままの妹様が停止を命令した。

何事だろうと思いながらも停止させると、暫く時を置いてから

 

「前方ですね。砲撃音の後に走行音が聞こえてきました。

 方向を指示しますのでなるべく音を立てないように走行して下さい。

 速度より隠蔽さを重視して遠回りをしても結構です」

 

音は重要な情報手段である。

戦車長がキューポラから身を出しているのは視界の確保もあるが、騒音が響く車内より音が聞こえやすいというのもある。

良い戦車長は耳も良いとは聞くが、やはり妹様は鋭い聴覚を持っているようだ。

暫く進むとそれが直ぐに実証された。

空けた場所に白旗が出ている戦車が見つかったのだ。

土が露出しているので履帯の痕跡も残っており、当然妹様は追跡と同時に赤星に情報の提供を命じた。

 

「赤星さん。撃破された車輌の番号とH-6から東方面に移動している車輌の存在を伝えてあげてください。

 斑鳩先輩はこのまま追跡をお願いします」

 

「え、え?いいんですか?敵車輌の情報まで渡して」

 

「構いません」

 

赤星が慌てて確認するが、妹様は欠片も惜しまず頷いた。

 

「でも折角見つけたのに取られてしまうかもしれませんよ?

 皆さんの戦果になるかもしれませんし」

 

確かにペアの戦車は存在しているが撃破スコアは共有していない以上は競争相手にしか過ぎない。

勿論、通信手にとっては流した情報で撃破してくれれば自分の功績となるので流したい所ではあるが、他の乗員にとってはそうではない。

自然的に流したい通信手とそれに命令できる車長との間の駆け引きになる。

今後の関係も考えて通信主が控えてしまうのか、戦車長が留めてしまうのか、または自分の器を見せようと許可するのか。

実はそれもまた本人達の性向を判断する為の評価基準である。

しかしながら車長からそれを指示し、通信手が其れを良いのかと確認してしまうこの状況はかなり珍しい。

それを受けてか妹様はキューポラから車内に顔を戻し、静かにしかし強くハッキリと言った、

 

「私は皆で一位になりたいんです。

 この"皆"には赤星さんも含まれています。

 だから流した情報で撃破されても赤星さんの功績になってもそれはそれでいいんです」

 

妹様は赤星の方を見ながら、今までの様に輝かしい意志を秘めている表情に少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

 

恐ろしい。恐ろしすぎる。

今の赤星の心情は察するに余る。

アドルフヒトラーやナポレオンにチェ・ゲバラ、劉邦や豊臣秀吉もこうで在ったのだろうか。

彼らがどうであったかは私にも解らないが、少なくとも妹様は計算でしていないのだろう。

素だ。素でこれなのだ。妹様は天使か。

しかも結果的に自分達の戦果を蔑ろにされる形にとれるのに逸見も浅見も全く不満を覚えていない。

むしろ明らかに感激を感動を感じている。

・・・そして私には解る。二人が赤星に嫉妬すら覚えているのを。

 

 

 

-2-

 

 

 

「見つけました」

 

妹様が双眼鏡を構え、前方を警戒しながらある程度進むとどうやら敵機を発見したようだ。

 

「5号車・・・先輩は砲撃手ですね」

 

それを受けて浅見が「またやってやりますか!」と勢い良く声を上げたが妹様は静かに首を横に振った。

 

「あれは先輩が操縦手だったからやれました。

 けど砲撃手や装填手を先輩が担当していたらリスクが大きすぎます。

 技量が低い一年生が砲撃手を担当していたので主砲を私達の進行方向先へと置いての射撃だったのでタイミングと射撃先が読みやすかったけど、上級生ならそんな置いて待つ何て事はしません。

 常に砲塔を回転しつつ、砲弾の着弾予想位置と重なった瞬間に撃ってきます。

 また装填手が先輩なら此方の初段が外れた時に此方がまともに移動できる前に主砲が発射される可能性があります。

 其の場合は静止状態から静止目標への射撃なのでほぼ撃破される事になります」

 

私は一度経験したので上級生がどこを担当するかは重要な要素である事は知っている。

しかし、とてもではないが開始前からそんな事を推察するなどは出来なかった。

だから開始前に配られた編成表も中学時代に大きな名が知れ渡っていた者が何号車かチェックしておくに留めていたのだ。

それを妹様はルールと組み分けの説明を聞かされただけで予想し、記憶し、活用している。

 

「このまま隠れて追跡し、5号機が他の戦車と相対して戦っている所を狙います。

 とらとら作戦です」

 

奇襲だからトラ・トラ・トラから取ったのだろうか?

いや、二虎競食の計か。投げ込まれる餌は互い自身ではあるが。

戦いは始まる前から決まっているとは誰の言葉だったか。

殆どの選手がせいぜい戦車の立ち回りについて意識を割いているだけに対して、妹様は始まる前から準備して構想して活用している。

本来なら戦術レベルの駆け引きしかできない遭遇戦しかない様な個人の乱戦で一人だけ戦略的に動いている。

組み分けの時に小石と大きな石と表現し、妹様を小石に含めていたがとんでもない事であった。

小石 大きな石 どれでもない。石ですら無い石のような物体。それが妹様だった。

しばらく妹様の指示するポイントを通りつつ追跡していると遂に他の戦車と遭遇したようだ。

なおこの間もリアルタイムで情報を発信し続けていたのだが、遂に向こうから「これは追跡しているのではないか?撃破してもいいのか?」と返ってきたようだ。

其れに対して赤星は「これは西住みほ戦車長の指示です。西住みほ戦車長は時期が来てこちらが攻撃する前に其方が撃破したとしても構わないとの事です」と殊更妹様の名前を強調していた事を付け足しておく。

今、眼前では2頭の虎―――いや、豹と言うべきだろうか―――が互いを喰らおうと闘争していた。

我々は其れに横合いから思い切り殴りつけるために、主砲を後から見つかった―――上級生が装填手を担当していた―――17号車に常に狙いをつけていた。

逸見はただ引き絞った矢の様に、はたまた薬室に弾丸が装填された銃の様に・・・いや、多分これが最も表現として正しいのだろう、獲物を前に主人の指示を待つ猟犬のようだった。

 

「撃て!」

 

妹様から命令が、いや「良し」と解禁の指示が下されたと同時に待ちに待ったぞと言わんばかりに主砲が発射された。

それは目標の背面に着弾し白旗をださせたが、その神がかりなタイミングの良さを証明するようにその一瞬後に5号車の砲弾が着弾した。

5号車を後にしたのはこの為である。

装填手を上級生が担当する17号車を残した場合、発射後であっても装填し撃って来るまでの猶予が短い。

一方で如何に上級生が砲手を担当していても装填していなければ主砲もただの筒に過ぎない。

予め指定されていたように撃つと同時に戦車を全速前進させてブッシュから飛び出す。

急な発進にも手元をぶれさずに浅見が装填し、逸見も砲塔を調整する。

5号車は目の前の戦車を撃破出来ると思った瞬間に横合いから撃たれ、意識外から別戦車が飛び出してくるという不意の事態に慌てているのか微動だにしない。

これが操縦手が上級生であったのならば、または戦車長が経験豊富であったのならば咄嗟に戦車を移動させていただろう。

装填完了を告げる声が上がり、再度撃ての命令が下されると白旗は二つに増えていた。

 

「いいんだろうかな。名門の方たちから私達がこんなに撃破数を稼いで」

 

全体に聞こえるように浅見が呟いた。

内容は卑下している様だが口調と表情が一致していない。

ニヤリと笑った顔はむしろ誇っているようで、これは単に会話のキャッチボールを楽しみたいのだろう。

こういうのは嫌いじゃないので私は乗ってやることにした

 

「下座もなく上座もなく、条件は皆同じ 中学の実績も家柄も関係ない ただ己の戦車道を競って向き合う場所。

 『生き残れ』 それが唯一の交戦規定だ」

 

私の返し方に満足したのか浅見はニィとだけ笑った。

その後、移動している最中に指定されたポジションに浅見が偵察に行くよう指示された。

 

「潜伏するならこの地点が待ち構えているのに向いています。

 もし敵戦車が存在したら何号車であるかとどの方向を向いているのかをお願いします」

 

「了解!行ってきます!」

 

ある意味使い走りとも言える任務では在るが、浅見は一切の不満を見せずにむしろ嬉々として偵察に向かっていった。

まるで、いやハッキリと妹様に指示されそれをこなせるのが嬉しいといった相好である。

それは帰ってきた時にお帰りなさいと笑顔で迎えられ、そして敵戦車の発見の報と先程指示された情報に加えて、

戦車長がキューポラから身を出して双眼鏡で前方を大きく左右に捜索している事を付け足すと、

指示された事以外にも自分で考えて判断した事を褒められた事に見えない尻尾を振っていた事で確信した。

逸見がシベリアンハスキーだとするとこっちはゴールデンレトリバーだろうか。

ちなみに敵戦車は即堕ちした。

 

 

 

-3-

 

 

 

つまみ食いの様に潜んでいた戦車を見つけて狩ったが此れを続ける気は妹様に無いようだ。

もう開始から暫くたってある程度戦車の数も減り、餌待ちしていた狩人も自らの足で探し出す頃だろうということだ。

戻って指定されたルートをなぞりながら偵察しているとまたもや戦車を発見した。

 

「1号車 通信手が上級生ですね」

 

「じゃあまた追跡して泳がせるんですね!」

 

と浅見が元気良く言うが、以外にも妹様は首を横に振った。

 

「いいえ、最も警戒するべき相手です。

 悠長な事はしていないでこの好機を即座に活かすべきです」

 

全員が驚いた。

明らかに実力が高い上級生には操縦手か砲撃手を、次いで装填手を担当してもらうのが良いというのが編成時の取り決めを聞かされた時の全員の共通した考えであった。

実際に、組み分けの時に有力な生徒達が組んで行った時も操縦手か砲撃手は空枠として、通信手の所に運が良い小石を納めたりしていたのだ。

だいたい今までの行動も敵戦車の上級生が操縦手か砲撃手かを念頭に置きながら組まれていたではないか。

その疑問を見透かしているかの様に妹様が私に質問した。

 

「斑鳩先輩。

 上級生の方々が操縦手や砲撃手についている時にこの練習試合の最中に経験則や勘等で何か思いついた時に、それを戦車長に進言しますか?

 又は戦車長の指示や考え方に異論を唱えたり助言したりしますか?」

 

「・・・しません」

 

そうだ。これは新入生達の実力を見る為の選別だ。

上級生はその役割に徹する事が求められる。

枠分を超えてしゃしゃり出る事は厳禁とされている。

操縦手なら何かで気づいていても確保されている前方視界外の事は報告しないぐらいだ。

私が開始前に決意していた事はあくまで例外であり、大事の前の小事だったからこそだ。

頭に染込むようにある答えが浮かんでくる。

確かに・・・確かにそうだ。今まで考えもしていなかったが。

 

「では通信手だったらどうでしょうか?」

 

「・・・人によるかもしれませんが時には提案する事すらもあり得るかもしれません」

 

そうだ。通信手は情報を管理して纏めて取捨選択をし報告する事も役割だ。

他が体を動かして何かをするのに対して、通信手は頭を働かせるのが役割だ。

口に出せる制約も他よりはずっと緩く曖昧だ。

 

「仮に私達が追跡したとして気づいた上級生が他の役割なら其れを口には出さないでしょう。

 しかし、通信手なら戦車長に伝えたとしてもおかしくありません。

 故にここで即座に行動に移します」

 

なんだ。この人には何が見えているのだ。

誰だこの人を姫ちゃんって呼んだのは。

誰だこの人を向いていないのに家の方針でやらされている可哀想なお嬢様と言ったのは。

とんでもない話だ。的外れもいいところだ。

この優しく穏やかな少女の薄皮一枚剥いだその下は・・・魔物なのだから・・・。

ちなみに敵戦車は即堕ちした。

 

 

 

-4-

 

 

 

また元の指定されたルートを進んでいると何かが聞こえてきたのか、妹様が停止を指示して耳を潜ませていた。

 

「この地点に向かってください」

 

と地図を見せられたのだがそこは崖の手前であった。

不思議に思いながら向かうと戦車の移動音と砲撃音が聞こえてきた。

なるほど、また美味しい所をいただくのか。しかし、崖上に来て如何するのだろうかと思いながら着きましたがと答えると極自然な様子で一言指示が飛んできた。

 

「では此処を降りてください」

 

・・・え?と思いながらゆっくりと振り返る。

 

「心理的奇襲もかねて意識外から襲います」

 

いやいやいや、出来る訳がない。

今度ばかりは流石の私も妹様に抗弁した。

 

「いいえ、できます。

 崖と言っても勾配はそれ程ではありません。

 戦車なら十分出来る角度です」

 

「で、でもそんな事が出来るのは一流の人たちです。

 私には「いいえ」」

 

私の必死の言い分を遮る形でハッキリと妹様は否定した。

そして・・・

 

「斑鳩先輩なら絶対に出来ます」

 

私を見つめながら同じ様にハッキリと肯定した。

 

「斑鳩先輩だけではありません。

 不安定な姿勢で砲弾を維持する事を浅見さんはできます。

 急な動作から落ち着いて射撃する事を逸見さんはできます。

 不可能じゃありません」

 

その僅かにも揺れない眼差しと欠片もブレない断言する口調を聞いてそれを本気で言っているのが解った。

林檎が下に落ちる様に 日が東から昇るように世界の物理法則の一端に属している事実なのだと。

気休めや勇気付ける為の鼓舞等ではなく、単に揺るがない事実を言っているだけなのだ。

いや、何時だって妹様は本気だった。

思い返せば今日の行動と指示には不可解な点があった。

徐々に指示は不必要な難易度と遠まわしな行動を帯びて行った。

通信手である赤星にも報告される情報の報告の仕方 情報の纏め方 此方から提供する情報の出し方など事細かに指示が増えていっていた。

今思えば此れは私達の技量を探っていたのだろう。

少しずつハードルを増していく命令に私達は確実に答えていった。

それらを省みて妹様は私達に 私にそれが出来るのだと認識したのだ。

ふっと妹様が目を離した。

 

「ごめんなさい、とんでもない事を言いました。

 そうですよね。危険ですし無理する必要もないですよね。

 ・・・ごめんなさい 中学生の時もこうで良く西住門下の方を困らせていました・・・

 もう止めよう気をつけようと思っていたのに・・・」

 

私から逸らされた其の目が悲哀を帯びているのに気づいた時私は叫んでいた。

 

「やります!出来ます!」

 

悲しませたくない?違う、私はこの人に失望されたくないのだ。

所詮はお前も他の凡人と一緒なのだなと西住の方に思われたくないのだ。

捨てられたくないのだ。見放されたくないのだ。

凡人であるのは重々承知の上だが、それでも凡人は凡人成りにこの人の影くらいは追える存在になりたいのだ。

他の者からも同じ様に声が上がる。

我々の蒸気機関には大量の石炭が放り込まれ、ディーゼルエンジンはピストン駆動で火花を上げ、核融合炉では光子のエネルギーが増大を始めて超新星爆発の様な広がりと温度を持っていた。

 

(やってやる!やってやる!やってやるぞ!)

 

崖の間際に位置し、深呼吸をする。

少し間をおいて妹様よりパンツァー・フォーの号令がかかった。

戦車が傾き前方に重力を感じる。

 

(行くぞパンター!お前に魂があるのなら・・・答えて見せろ!)

 

酷い衝撃が連続して襲うが私は必死に堪えて車体を安定させる。

一つ間違えればひっくり返って横転する事は間違いない。

繊細さと大胆さを求められる作業をそれほど長くない時の間、それでも私からすると人生で一番長く感じていた間必死に行っていた。

無心でありながら全神経を集中させるという相反する操作を終えると、無事に戦車は平衡を取り戻した。

 

「逸見!」

 

私が叫ぶと口癖が移ったのか応!と答えて主砲を発射し命中させて一台の戦車に白旗を揚げさせる。

 

「浅見!」

 

合点承知の助!と答えながらも崖を下っている間の衝撃の最中も我が子の様に抱えて落とすまいとしていた砲弾を篭める。

これが勝利の鍵だぁ!と叫びながら拳を作って勢い良く押し込めた。。

 

「撃て!」

 

今度は妹様の命令が飛び、逸見が応えて再び発射する。

仰天していたのだろう。口を大きく丸く開けて何が起こっているのか解らないといった姿をキューポラから見せている。

その戦車に吸い込まれるように砲弾が命中した。

ここに2台の戦車が何がなんだか解らぬ内に即堕ちしたのだった。

 

 

 

-5-

 

 

 

 

興奮していた。自分が為した事に。

一流にしか出来ない事をやり遂げた自分に。

駆け巡る脳内物質。

今まで嘗て無い程の達成感を感じていた。

初めて鉄棒で逆上がりが出来た時。プールで25m泳げた時。テストで満点を取った時。ある日突然それまで壊せなかった物体を拳で壊せるようになった時。

自分の能力を感じた時に感じるあの達成感。

それを間違いなく今までの人生で一番極大なまでに感じていた。

まず間違いなく人生で最良の瞬間なのだと。

今後この瞬間は脳裏に刻まれ、忘れる事は無いだろう。

 

「みほさん!」

 

それを感じさせてくれた妹様に感謝しようと振り返るとそこには、

キューポラから身を乗り出していた為に、操縦席との高さの関係上で必然的に見えるものがあった。

妹様の純白に輝いていた下着が目に飛び込んで刻まれていったのだ。

 

 

 

 

 

練習試合は終わった。

その後も妹様の指示は困難を極めたが、私達はそれに見事応えていった。

成長と上達感を感じていたが実際には元々備わっていた潜在能力に過ぎない。

それを出来ないと思い込んでいただけであり、私は其れをちょっと呼び起こしただけだとは妹様の談だ。最長老様すぎる。

結果を見れば合計で9輌を撃破していた。

5輌以上撃破したのでそれぞれエースと呼ばれる事になった。

逸見はエース・ガンナーの称号を 浅見はエース・ローダーの称号を、

赤星もペア機に流した情報で貢献大とされる撃破と貢献小とされる撃破を一つずつ行い、エース・オペレーターの称号を問題なく授かった。

当然ながら妹様もエース・コマンダーと称えられた。

そして・・・本来なら関係が無いはずの上級生である私も超難易度の走行を見せた事でエース・ドライバーと呼ばれた。

夜になって私は寮の自室からベランダにでて星空を見上げていた。

終わってもまだ余熱は消えなかった。

体と心はまだあの熱さを覚えている。

その火照りを少しでも冷却させようと夜の冷たい空気を肺に取り込もうと試みたのだが、エンジンの暑さに対して空冷は無力に過ぎなかった。

寝床に入っても思い出すのだ。

あの時の興奮と感動を。

そして刷り込まれたのか・・・妹様の綺麗な眩い純白な下着が閉じた瞼に写るのだ・・・。

 

 

 

 

 




次回予告!

個人乱戦の次に行われる部隊同士の練習試合。
来た!見た!勝った!
ここでも妹様は5行程度の描写終わらせるという圧倒的な指揮能力を見せた!
まるで白金で出来た輝かんとばかりの天使の妹様の味方は決して敗北せず、敵は決して勝利しなかった。
練習試合が一通り終わると即座に妹様は副隊長に就任する。
一方で別学年が故に妹様の指揮する戦車に乗る機会が訪れなくなった斑鳩は
あの時の興奮を忘れることが無く疼く体を抑える。
渇きと飢えを心はあの時の味わった馳走を際限なく要求してくる。
そんな斑鳩が代替手段として採った行動は・・・

次回「禁断の果実」

副隊長の下着がまた一枚・・・


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よもやま話【逸見エリカと浅見と赤星の場合】

某所にてあった1レス(500字以内)小説祭りでの作品。
かなり短いしちょっとしたものなので此方で公開するか少し悩みましたが折角ですし。
赤星のは短すぎたので此方に投稿する際に書き足しました。


 

-1-

 

 

あの子は惨めで矮小な存在であった私を暗い穴倉から引っ張り出してくれた天使であった。

中学では実績こそ上げなかったが、それは周囲の力量が自分に追いついていないからだと思った。

だから私はあの西住まほに憧れ、自分の実力を発揮する為に黒森峰に入学したのだ。

しかし、待ち受けていたのは過酷な現実であった。

最初の練習試合は一年生同士の個人戦と告げられ、自由に組むと良いと言われたのだ。

私は必死に自己を主張し、幾多の実力者に手を伸ばした。

梨の礫であった。相手にされず、お前は不要だと、何を逆上せていたのだと。

絶望して、思考の袋小路に追い込まれていた時にふと気づくと此方を伺っていた子が見えた。

そうだ、確か彼女は自己紹介の時に醜態を晒していた子だ。

見ていられなくなったから助けたのだが・・・そうね、私には貴女の様な子と組むのがお似合いなのかもね。

井の中の蛙だった私と西住の名に抑圧されている貴女と傷の舐め合いでもしようかしら・・・

その後、私は真の才者を見た。そしてその天使に救われたのだ。

私はあの瞬間を忘れない。己の存在の価値を実感できたあの日を。

そして最後に見た眩く白く輝かんとする白金を・・・

 

 

-2-

 

 

私は中学では戦車乗りですらなかった。

唯、装填するだけの機関に過ぎなかったのだ。

敵に命中させれば砲手の功績、良い操縦すれば操縦手の功績、当然ながら全体の功績は戦車長の功績。

装填手はただ機械的に動くだけだ。

そんな訳が無い!装填手もれっきとしたとした役割だろ!

私はその為に努力している!腕も磨いている!

そう主張することも出来なかった私は、自分が、装填手が評価される事を望んでいた。

その為に死に物狂いで勉強をして黒森峰に入学した。

唯の一部品でしかなかった私に中学での"実績"等無かったので推薦など無かったのだ。

そして私は知った。戦車乗りや乗員の一人などそんな事はどうでもいい。

ただの機械で良い!この人の命令を実行する為だけの装置で良い!この人の意思を実現する為だけの唯の一つの機関で良い!

浅見という個人は消えて、一介の道具となれば良かったのだ。

かくあれかし!あの日、そうして"私"は"私"の価値を示すことが出来たのだ。

そう、あの瞬間に見た眩く白く輝かんとする白金の元で・・・

 

 

 

 

-3-

 

 

通信手なので何処かをずっと見ている必要はありませんでした。

なのでずっとパンツを見ていました。

チラじゃなくモロでしたけど羞恥心が無いとかじゃなくて天然っぽいのがいいですよね!

「みほさん パンツがさっきから見えてますよ。見せているんですか?」とか言ったら真っ赤になって慌てて押さえるんでしょうね。

「わざと見せて誘っていたんですね。変態で淫売なんですね。それがみほさんの本性なんですね」って言ったら泣き出すんでしょうね。

キャベツ畑やコウノトリを信じてる女の子に無修正のポルノを突きつける時のような下卑た快感さを感じます!

しませんけど 絶対にしませんけど。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話【キガ ツク トワ タシ ハ】

 

 -1-

 

 

 

熱い個人試合が終わった次の日。

今回、行われるのは隊同士の試合となる。

新入生の中から自薦もしくは他薦された者が指揮者となり、上級生を含む15輌を率いて戦うのだ。

将来的に小隊長や副隊長等を狙うのであれば、自身の能力を証明するまたと無い機会になる。

最も一昨年まではこの練習試合で小隊長になるのは一年生だけであったのだが、去年と今年は上級生も混ざる事になっている。

去年度にそうなった理由は当然ながら西住家長女の指揮者としての資質を周知させ、隊長へスムーズに納める為だ。

無論ながら今年も当初は対象だけを妹様に変えて、その含まれている意味は変わらないだろうと思われていた。

最も其れは自己紹介の際の妹様の様子―――醜態とは絶対に表現しない―――によって疑わしくなり、そして個人練習の結果によって今度は尽きない興味へと変貌した。

即ち、この練習試合で最も注目されている点はあの西住妹の指揮能力は如何にという点である。

 

結論から言うと妹様は想像以上であった。

ここで妹様の指揮が如何に優れていたかを美辞麗句や過剰な修飾語と比喩で表現したい所だが・・・その前に隊長との差異を説明しよう。

隊長の指揮を一言で言うならば「安定」である。

徹底して数・相性・地形等を相手に対して僅かでも有利になる様に配置し動く。

此れは局地的な戦術に措いても全体的な戦略に於てもその傾向が見られる。

孫子曰く「今、君の下駟を以て彼の上駟に与て、君の上駟を取りて彼の中駟に与て、君の中駟を取りて彼の下駟に与てよ」とあるが此れを正に実践しているのが隊長である。

即ち、「互いに上中下あれば、相手の中に上をもってあたり、下に中を、上に下を当てれば2対1で勝てる」という意味だ。

実戦でも相手の配置に対して全体で有利を取り、そしてそれで得たマージンを更に活用して広げていき、確実に相手を磨り潰すという正道の王者の戦いである。

言うは易しではあるが行うは難しだ。

裏をかこうと奇襲を仕掛けてこようと、離れていく差を何とかしようと奇策に持ち込もうとしても、決して誘いに乗らず掌に乗らず、どの様な相手でも己を貫き通すというある意味では傲岸不遜とも言える戦い方であった。

 

 

-2-

 

 

まず妹様の最初の練習試合が行われた。

相手はセオリー通りに包囲せんとして左翼・中央・右翼の三方面に展開していく。

普通に考えるのならば此方も同様に展開し、まず包囲を止めようとする所だが、そんな事には目もくれずに妹様は敵部隊の右翼目掛けて指揮下の車輌を全て動かし、一丸となって試合開始後に即座に全力で襲い掛かった。。

3倍の兵力差なのでランチェスターの第二法則に従い単純に考えて戦力差は9倍となる上に、不意打ちによる混乱によってこの敵軍を損害なしで短時間で突破した妹様の部隊はそのまま敵フラッグ車がいる中央部隊に黒狼の群れの様に襲い掛かり、そのまま咽喉を食い破ったのだ。

此れを見て周囲は普段の性格とは違い、超攻撃的な戦い方をするのだなと思ったようだ。

何を温い事を言っているのだ。戦車に乗った妹様を見てみると良い。あれは餓狼だ。

敵に喰らい憑き、咀嚼する事に餓えているのだ。あの戦場を駆ける黒色の槍騎兵がただ前進し全てを糞尿と血袋に変えていく様こそ妹様の其れに相応しい。

上級生の中で戦車に乗った妹様を知っているのが自分一人という優越感が私にそう思わせていた。

その評価ですら間違いであったのだが・・・。

 

続いての試合では、妹様の相手は中々熟練とした上級生であった。

彼女は薄く長い横一本の線の様な陣形をとり、そしてその線の中央部には僅かに前方へと膨らんでおり、その中にフラッグ車を配置していた。

この中央部に妹様のフラッグ車と他の主力が先程の試合の様に開始後即座に電光石火の如く襲い掛かった。

しかしながら、やはりこの上級生は巧みであった。

重装甲戦車同士であり、また中央部を護るに易き地形を活用させて防御陣形を確りと採っていた事もあって、妹様の猛攻を受け止めていたのだ。

その間に相手側はじりじりと少しずつ後退していき、妹様もそれに釣られるように前進して押していった。

必然的に横一本の線だった陣形は中央部がへこんでいき、そして左右の両翼が押してきた妹様を包み込むように動き出し、∩の様な形を取る。

左右が伏せられていた訳ではないが、島津家久が得意としていた釣り野伏せといえるだろう。

猪突で攻撃的な敵に対して有効なこの戦術によって、∩の字の中に囲まれた妹様は詰んだ・・・・・・そう相手は思っていただろう。

その瞬間、妹様を囲んでいた敵の右辺(敵左翼)の反対側と正面に妹様の残りの部隊が現れたのだ。

つまり、一方的に妹様を囲んでいたのが互いに互いの左翼を囲う形となったのだ。

形としては∩とUを互いに噛み合わせた形になるだろう。

勿論、これだけ見れば状況は同等ではあるが、囲まれた妹様の部隊は特に重装甲の戦車で構成されており、何時の間にやら三方の敵に対して其々が斜め45度に傾き、かつそれらが互いに側面をカバーしあうという方陣が組まれていた。

一方で敵の囲まれている右辺は全てが中央にある妹様の方向を正面に捕らえており、側面や後方の敵に対して全くの無防備であった。

瞬く間に囲まれていた敵の左翼は壊滅し、その後は敵左翼を正面から叩いていた部隊が敵右翼の後方へ、右から叩いていた部隊が敵中央の後方へと移動し、包囲殲滅へと移っていった。

この状況を何とか打開しようと移動を開始する素振りを見せると、妹様の主力部隊がその途端に喰らいついてくる為、動くに動けず嬲殺しにされるのを待つだけであった。

 

その次の試合では相手側も同じ様に全軍で突撃してきたが、それを完全に読み取っていたらしく林の中に部隊を伏せて、両側からジャーン!ジャーン!と銅鑼をかき鳴らしたかの様に奇襲した。

まず先頭と最後尾の敵戦車に攻撃が集中し、道幅が細いが故に進むも戻るもできずに立ち往生した所をゆっくりと妹様は殲滅した。

別の試合ではまず一塊となって防御陣地を構築しゆっくりと様子を見るという攻撃性の強い相手に対しての常道手段を取ったが、其れこそ自分に対して最も悪手であると言わんばかりの展開であった。

徐々に端から削り取って行くという王道の戦法をし始めたと思ったら、回り込もうという素振りを出して別働隊が反対側を襲撃したり、さも前に出すぎてしまったという様態でフラッグ車を前に出して餌にし、それについ釣られてしまった敵戦車を喰らう等である。

更に言えばこれらを俯瞰的に見ていた私達非参加者からすれば、この誘いに引っかかり続ける相手の行動は余りにも愚直すぎる様に見えたが、試合後に通信記録を聞きながら検証した所、当事者からすれば余りにも正確で精密な精神的揺さぶりの結果から起きた事である事が解った。

特にこの誘導・囮の対象は端から敵隊長を相手にした物ではなく、一般隊員を対象としていたのだ。

実際にフラッグ車の囮に釣られて一部の車両が前進したのは決して敵隊長の指示によるものではなく、逆に制止の命令を出していたぐらいであったのだ。

絶えず揺さぶりをかけ、閉塞感に追い込み、焦りと動揺を蔓延させ、そして巣穴から飛び出た所を狩って行く。

 

『此方はなぁに焦る事はない。ゆっくり・・・ゆっくりと少しずつ削いで行けばいい。皮膚と脂肪と肉を削げば、その内、心の臓が直接握れるようになる・・・』

 

まるでそう聞こえてくる様な戦い方であった。

攻撃一辺倒などとんでもなかったのだ。

隊長の戦い方を真円や正方形といった平面図形に例えるなら、妹様の戦い方は不定形で四方八方に好きな様に乱雑に各部分が延びて増殖したカビやアメーバといえる。

先程の孫子の馬車競争の言葉に例えるなら、しっかり上中下に下上中と充てて全体で勝つのが隊長なら、妹様はまず下に3車全てを当てて、しかも下の馬車を上と中で引っ張って全力で追い抜くのが妹様だ。

どんなに慎重に行っても、考え抜いても、一か八かの奇策に出ても、その全てを読み取られ、絡み取られ、沼の中に引きずり込まれる。

正道や王道や邪道など関係が無いと言わんばかりであった。

妹様は天使のような方であったが唯の天使ではなかったのだ。

まるで眩く白く輝かんとする白金の天使であり、その天使は試合に敗北することはなく、天使の対戦相手は試合に勝利することはないのだ。

 

 

なお、密かにこの相反する様な西住姉妹が戦ったらどうなるのだろうかという議題が一部の生徒の中で持ち上がった。

考えてみれば見方を変えればどちらもが矛側にも盾側にもなりえる二人だ。

確かに戦えばどうなるのだろうか。

隊長が全てを受け流して勝つに決まっている。

いやいや、然しもの隊長とはいえ妹様が相手では突き崩されるのではないだろうか。

3戦したとしよう。最初の二回は隊長が勝って最後の一回は妹様が勝ち、そしてそれ以降は交互に勝利していく。

様々な意見が交わされたが、結局は隊長が一度も参戦しなかった事から机上の話となった。

 

 

 -3-

 

 

練習試合が全て終わり、私は最大の苦境に立たされていた。

個人戦に参加していた上級生は担当した車輌の一年生の評価をレポートに纏めて提出しなければならない。

他の人員は長所も短所もハッキリしている子達だったので特に支障も無く終わっている。

実際の所優秀であったのも間違いないし早々に2軍に入れるだろうし、そこから何時か1軍に上がる事も十分期待できるだろう。

問題は妹様である。

いったいどう纏めればいいのだろうか。

頭から湧き上がる言葉を全て書き連ねていくには余りにも用紙が小さすぎる。

もういっその事本当に「西住家ヤバイ」とだけ書いて提出したらまずいだろうか。

流石に隊長も怒るだろうか?いや、それよりも「無理をさせすぎたか?」「疲れたなら時には休むことも大事だぞ?」と心配してくるだろう。

・・・怒られるより遥かに心にきそうだ。

その後、何とか長所については書けた。

単純に如何に簡潔に纏めるかだけなのだからできない方がおかしいのだ。

それでも切り詰めて用紙の8割がたは埋まってしまっているのだが。

そして、まだ此れまでの苦難は唯の前哨戦に過ぎない。

まだ狼の冬フェンヴェルトが終わっただけなのだ。

この後に太陽と月が飲み込まれ、星々は天から零れ落ち大地が震えて山は崩れ、ヘイムダルが世界の終焉を告げる為にギャラホルンを吹き鳴らす。

ラグナロックは今これから始まるのだ!

そう!西住みほの短所を書くという最後の聖戦が!!

 

三省堂 大辞林

(ある人や物の性格や性質のうち)他のものと比べて劣っているところ。不足しているところ。欠点

 

・・・短所?西住みほの短所?あの試合の最中の?不足している所?

何処にあるのだそんなものが。何処を探せばあるのだというのだ。

『猫の足音』『女の顎髭』『山の根元』『熊の神経』『魚の吐息』『鳥の唾液』

これらはフェンリルを繋ぎとめる為のグレイプニールの材料にされた故にこの世には存在しなくなったと言うが、『西住みほの短所』も一緒に材料となったに違いない!

空白で出してもいいだろうか。いや、報告書で短所なしは流石にまずい・・・だがしかし・・・。

結局私は朝方になってやっとの事で「戦車乗車時以外では威厳に難有り」とだけ書いて提出したのだ。

そして三日後に妹様が副隊長に就任することが発表された。

誰からも文句は出なかった。少なくとも表面上は・・・。

 

 

-4-

 

 

暫くの時が経ったが、妹様は未だに副隊長という地位に慣れていないようだ。

それも致し方が無いだろう。

戦車に乗車している時は強く自信を持って語りかけてくるのだが、そうではない時は少々統率者としては問題があった。

全体に予定や方針を伝える時も声が小さく勢いが無い。会議やミーティング等でも自分の意見を述べようともせず、他人の意見に追従するばかりであった。

無論、実戦での実力は全員知っていた。

だが、それでも現実として触れる機会が多いのはそれ以外の場合の方が圧倒的に多いため、理屈で理解していてもどうしても侮りが心から沸いてくるのは仕方の無いことであった。

一方で一年生の間では副隊長の評判は全体的に決して悪くは無い。

これは副隊長の指揮下に置かれる機会と副隊長の車輌に乗車する機会が圧倒的に多いからである。

解る。私にはそれが強く解る。

一度でも副隊長の戦車に乗って、一度でも一緒に戦って、一度でも副隊長から命令され、一度でも褒められて・・・・・・そして、一度でもアレを見てしまえば・・・。

そう、私はあの時から強い飢餓感を感じていた。

まず間違いなく人生で最も興奮し、愉快で、そして蠱惑的なあの瞬間を忘れるわけが無い。

もう一度、もう一度アレを味わいたい!あの全能感を!あの幸福感を!

しかし学年が違う私には副隊長の戦車に乗る機会は回ってこない。

もう暫くして他校との練習試合等のある程度真剣な部隊でならば副隊長の車輌に上級生が配置される事はあるだろうが、まだ今年度も始まったばかりなので副隊長とはいえまだ一年生同士で練習を行っているのだ。

乗りたい。指示されたい。命令されたい。そして私を引き出して欲しい。もっと引き上げて欲しい。もっと!もっと高みへ!

毎晩の事だ。寝床に入り目を瞑り、あの時の事を思い出すだけで脳内物質が生成されるのを感じる。

そうするとあの時の事が何時も夢に見れるのだ。

現実では体験できないのでせめて明晰夢でもというのが、私のせめてもの楽しみであった。

眠りに着く前に脳裏に思い浮かべる物と夢から覚める直前に見えるものは、何時もあの瞬間の最後に見えた眩く白く輝かんとする白金であった。

 

 

-5-

 

 

しばらくして一つの噂が流れた。

いや、噂というよりは事実を談笑の一部に乗せて会話してるというべきだろう。

3年生の元副隊長が現副隊長に不満を覚えているという事だ。

ここで念の為に言っておこう。

この元副隊長は己の分も弁えずに自身の力を過剰評価し、周囲からどう見えているかも気にせずキャンキャン吼える阿呆・・・・・・等という頭の悪い素人小説に出てくるような主人公の噛ませ犬のような人ではない。

そのような人物が暫定とはいえこの王者黒森峰で副隊長に選ばれる訳が無い。

戦車道としての指揮力もさる事ながら、本人も人格者である事は間違いない。

黒森峰の気風では珍しく物腰穏やかで、下級生にも良く相談されては優しく乗ってあげていた方であり、私も大変世話にもなっていた。

決して公衆の面前で副隊長の事を糾弾する事などした事もないし、影口を叩いたなどという噂があったとしても一笑に付されていただろう。

当然思慮深くもあるので本人も理解してるのだろう、自分より副隊長のほうが戦車道の指揮官として向いているという事も。

実際に戦車道活動含む日常においては、むしろ積極的に副隊長を立てていたくらいだ。

心の表層では現実を認め、副隊長も認めていたのだろう。

だが、理屈で理解していても如何しようも無いのが感情である。

2年生の時点から下級生である隊長を支えてきたという自負もあったのだろう。

隊長の下で副隊長として支えるという夢を抱えていたのは慕っていたものなら誰でも知っている。

だからこそ諦めがつかないのだ。

無論、この状態は放置はしておけない。

いっその事表に出してぶつかりあった方がマシなのだろうが、あの元副隊長がそのような事をする訳が無い。

自分の胸の奥に閉まって、飲み込み続けるつもりなのだろう・・・・・・限界が来るまで。

そう、何時か限界が来る。今は表に故障として出てきてはいないが内部で歯車の擦れる異音やクランク等に歪みが来ているのが見えないだけだ。

それが何時かは解らないが、確実に崩壊は来る。そしてそれは時を置けば置く程致命的な崩壊となるだろう。

という見解もあってか私は隊長に呼び出されて相談を受けたのだ。

隊長から呼び出された事は光栄だが、これはどちらかというと私自身を買っての事というよりは、ある程度信頼している上級生の中で私が最も―――いや、唯一妹様と接点があるからだろう。

相談を受けた私は即座にそして絶対の自信を持って応えた。

 

「元副隊長を現副隊長の車輌に乗せて試合を行ってください。それで全て解決します」

 

「・・・それだけでいいのか?逆に拗れたりしないだろうか?」

 

「いいえ、乗ったことのある私だから解ります。絶対にそれで上手くいきます」

 

そうだ、あの妹様のいる戦車。あの金属で密閉された空間は精神隷属器みたいな物だ。

妹様に・・・その存在に驚愕する。その後に中に取り込んだものを精神を揺さぶり己に依存させ、あらゆる人間に伝播して進化させる。

そう私みたいにだ。

 

「そうか・・・斑鳩がそういうなら信じよう!」

 

そうして私は退室し、自分の部屋に帰るために歩きながら思考する。

本当に良かったのだろうか?私は今は確実に幸せだ。

だが、この暗い水の底にあの優しく尊敬もしていた先輩を引き摺り込んで良かったのだろうか?

一度溺れてしまえば幸福以外の何物でもないが、果たしてその変異を経た時、私は私だったのだろうか・・・

 

 

-6-

 

 

「失敗だったようだ」

 

「・・・は?」

 

あれから元副隊長を妹様の戦車に搭乗させての試合が行われた。

組み分けが発表された時、あの穏やかな笑顔を浮かべていた先輩が僅かにだが何かを堪える様な嫌悪感を滲ませた表情が見えたのは確かだ。

あの様に負の表情を浮かべるのを見たのは初めてであった。

それでも一切の心配もしていなかったのだが

 

「失敗?あの・・・元副隊長は妹様を・・・っと副隊長を認めなかったんですか?」

 

有り得ない。アレに耐えられる人間が、ドロドロに溺れずにすむ者がいる訳が無い。

妹様は強力な麻薬だ。その戦車に搭乗するなどその麻薬を脳髄に直接注入するようなものだ。

絶対に妹様なんかに負けない!という強い意志など風前の灯のような物の筈だ。

・・・最も私は心の何処かで安心していたのかもしれない。

尊敬もしていたし憧れていたあの優しい先輩を、自分と同じ様に深い深い水の底に沈まなくて済んだ事を・・・

 

「彼女が言うには、一回だけではまだ判別がつかないので、もう何度か一緒に搭乗してから見極めたいそうだ」

 

「きったねぇぞあのアマぁああああああああああ!!!」

 

私はそう叫ぶなり部屋から飛び出していった。

私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の蛇を除かなければならぬと決意したのだ。

・・・・・・そこで、もし一瞬だけ冷静になって振り返れば世にも珍しい"きょとん"とした隊長が見れただろう。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告!

愚かにも斑鳩は自身の強力なライバルを自分の手で生み出してしまった!
自分一人で独占できるかも知れぬ機会は、容易く己の手から指の間をすり抜けるように零れ落ちてしまったのだ。
次第に妹様の魅力に気づき始める同級生と先輩達。
このまま座視していては妹様が手の届かぬ場所に行くのではないかと思った斑鳩はここで攻勢に出る!

次回「IS APPROACHING FAST」

副隊長の下着がまた一枚・・・


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第六話 【IS APPROACHING FAST】

 

-1-

 

 

「それで話って何かな斑鳩ちゃん」

 

私は新海先輩―――元副隊長―――と先輩の自室で対峙していた。

部屋は綺麗に整頓され、清潔感のある白を基調とした色彩で統一されており、その中に様々な色を持った小物が配置されていて、部屋の主の人格を反映されているかの様だった。

その当人も私と机を挟んだ向かい側で、優雅に紅茶を飲んでいる。

腰ほどまでにある長く美しい深い黒の髪に知性を感じさせる眼鏡が良く似合っている。

戦車乗りというより夕暮れの紅い日差しが入る教室で純文学の本などを読んでいるのが様になっているような人だった。

 

「そんなに睨まないで欲しいなぁ。何時もは私をもっとキラキラした目で見ていてくれたのに」

 

そうだ。私はこの人を尊敬していたし慕ってもいた。

回りが全て僅かな席を奪い合うライバルという黒森峰に置いて希少な、人を手助けできる人だった。

私自身も技術面でも精神面でも大変お世話になった。

だが、今はそんな人を私は睨みつけているのだ。

 

「副隊長の事ですが・・・」

 

私は自分にも出されている紅茶にも茶菓子にも手を付けずに本題を切り出した。

以前は喜んで手を出していたが、今じゃそんなに紅茶が好きなら聖グロにでも行けよという思いしか浮かんでこない。

新海先輩はふぅと一息吐くと、そっと紅茶を受け皿に置いて言った。

 

「あの人には確かに思う所もあったけど、一回あの人の戦車乗ってみて確かに見方を変える事もあったわ。

 もう何度か乗ってみればあの人についてちゃんと知れるかもしれない・・・」

 

「そういうのはいいんですよ!」

 

目上の人の発言を途中で切るなど無礼なのは承知の上ではあったが、今はそんな欠片も心に思っていない事を聞いている心境ではない。

些かも気分を害したように見えない新海先輩はニコリとだけ笑って、また紅茶をとって一口だけ飲んだ。

 

「ふふふ、斑鳩ちゃんは真っ先に知っていたんだものね。

 ずるいなぁ。あんなの知ってて黙っていたなんて。

 でも感謝しているのよ?斑鳩ちゃんが隊長に提案してくれたおかげで知れたんですもの」

 

「・・・じゃあ隊長にあんな風に言わないで納得しましたでいいんじゃないですか?」

 

「それこそ『そういうのはいいんですよ』じゃないかしら?

 解ってるんでしょう?」

 

私は何も言えずに黙りこくってしまった。

新海先輩はまた少しだけ笑うと、紅茶を置いて窓の外に視線を語った。

 

「あの人と一緒に乗った戦車はもう忘れられない。

 私はね、懐かしさを感じていたの。

 昔に初めて戦車を見たときのときめき。

 初めて操縦した時の嬉しさ。

 初めて主砲を打った時の興奮。

 初めてキューポラから見た景色・・・。

 あの時はただ戦車に触れて動かしているだけで楽しかった。

 もう戦車に乗りたくて乗りたくて仕方が無かった。

 でも、何時しか勝つ事を考え、負けない様に必死に努力し、苦しさを感じながら腕を磨いていく内に義務感すら感じるようになってきた。

 苦しい、辛い、もう辞めたいと思った事も何度かあった。

 それでも辞めなかったのは戦車道が好きという事も確かにあったけど、それよりは家の事や今まで積み上げてきた物をなかった事にする事への恐怖が大きかったわ。

 でもあの人と一緒に戦車に乗ってると、まるであの頃の初めての感動が蘇ってきたようだった。

 あの人の指示で主砲を撃って命中させた時なんか、口を大きく開けて笑っていた事に自分でびっくりしてたわ。

 ・・・・・・戦車道で最後に笑えた事なんて何時だったか思い出せないくらいだったわ」

 

それだけ言うと新海先輩は再び此方を見た。

先程まであったからかいを含んだ視線ではなく、私の目を静かにじっと見つめていた。

それを受けて少しだけ首を動かし頷いた。

私にもそれは痛いほど解るからだ。

妹様の戦車に搭乗すれば、少なくともその瞬間の心境は共有されると確信したからこそ隊長にあの方法を提示したのだ

 

「貴女には感謝しているの。本当に・・・本当に感謝しているの。

 でもそれはあの人の戦車に乗せてくれる機会を作ってくれた事じゃない。

 "今"その機会を作ってくれた事を感謝しているの。

 時が経てば私達上級生もあの人と一緒に戦車を駆る機会も多くなっていくわ。

 そうすれば自然と私も気づいていた。

 だけどその時には私も衆多の中の一に過ぎない。

 でも・・・"今"なら・・・今なら機会を多く掴める。占有できる!」

 

最後の方は少し興奮していた様で、それだけ言い切るとふぅと一息吐き、机越しに私の手を両手で包み込む様に握った。

 

「貴女には幾ら感謝しても足りないし、私は貴女を後輩としても好きだったわ。

 だから忠告しておいてあげる」

 

そっと新海先輩は上体を近づけ、私の耳元で囁いた。

 

 

 

  "今"を逃すと後悔するわよ・・・

 

 

 

それは薄々と感じていた事だった。

いや、違う。

タイムリミットの様な物は感じてはいたが、それは妹様に惹かれる人物が増える事に対する機会の損失ではなく、単純に自分の我慢の限界が近づいていた事を感じていただけの事だ。

だから行動を起こそうとは考えていても、起こす勇気がなかった。

限界が来るのを自分で待っていたのだ。

新海先輩は顔を離すと此方をニコニコと何時もの笑みを浮かべて見ていた。

・・・多分それもこの人には見通されていたのだろう。

だからうじうじ悩んで、やりたい事も決まっている癖に優柔不断なこの出来の悪い後輩の背中を押してくれたのだろう。

 

・・・・・やはり、この人には敵わないなぁ。

 

私は負けを認めたかのように胸に溜まった息を大きく吐き出すと、手を付けていなかった紅茶の入ったティーカップを持ち上げて口に付けた。

少しだけ冷めていたが、やはりこの人の紅茶は美味しい。

それですら少しだけ悔しかったので、何とかこの意地悪な先輩を一泡吹かせられないかと私は少しだけ反撃を試みることにした。

 

「さっきの科白。まるで仲の良い同性の友人に恋人の共有を持ちかけているようでしたね」

 

私がティーカップをことりと置きながら言うと、先輩は困惑する処かより一層の笑顔を浮かべてこう言った。

 

「私はそのつもりだったわよ」

 

ぐっ・・・

やっぱりきたねぇぞこのアマ・・・・・・。

 

私は頬が赤くなるのを感じていた。

それを先輩はコロコロと笑っていた。

 

 

 

 

-2-

 

 

 

 

私は戦車道活動後に妹様の下へ赴いた。

戦車庫から着衣室に向かう途中の廊下で妹様の姿をみつけると、その周囲には彼女を慕う新入生の姿が多く見られた。

少しだけ観察するとその中心部に逸見や赤星と浅見の姿も見える。

他の者と比べて物理的にも精神的にもより一層近い様であり、妹様も特別気を許している様だ。

特に逸見など妹様の手を引いて先導している。

・・・・・まるで姫様を護る親衛隊の様相だ。

私が妹様に話しかけようとすると新入生達が此方に警戒してる様な眼つきを向けてきた。中には敵意すら含んでいる者もいる。

なるほど、無理からぬ事である。

確かに上級生の間では"今は"妹に対しての心象はそれほど良くない。

最もそれも大部分は妹様の実戦時と日常時との大きな剥離によって生じさせている困惑も大きいのだが・・・。

ともかく、どうやら私の事を妹様に文句でも付けに来たとでも思っているのだろう。

さて、どうしたものか・・・。

 

「斑鳩先輩じゃないですか!」

 

どう声をかけようかと悩んでいると、浅見が此方に気がついた様で声を張り上げた。

それに釣られて赤星と逸見も気づいた様で名前を呼んでくれる。

そして一歩遅れて妹様も此方を向き笑顔を向けてくれた。

周囲の新入生達も妹様を含む中心人物たちが歓迎を含んだ声色をあげたので、敵対心や警戒心を消し、変わって困惑を表情に浮かべている。

一人の生徒が代表として逸見に聞いているようだ。

逸見が練習試合で私達と一緒に戦った先輩よと教えるとあぁと納得の声が波紋していった。

 

「先輩久々ですね!」

 

「うん、久しぶりだな。浅見はどうだ。装填手として腕を上げたかな」

 

会話の糸口としてとりあえず調子を聞いたら、右腕を肩口まで上げ、その右の二の腕を左手で叩きながら「絶好調です!」と答えた。

相変わらず元気のいい奴だ。嫌いじゃない。

 

「逸見はどうだ?」

 

「はい!砲手としては勿論の事ですが、戦車長としても修練中です!」

 

戦車長を視野に入れているとは驚いた。

が、何となくではあるが逸見には確かに指揮する者としての特性を感じる。

 

「そうか・・・・・・将来、副隊長が隊長になった時に逸見が副隊長として支えてやれると良いかもな」

 

私がそう言って励ますと、逸見は一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべたが直ぐに顔を引き締めてはい!と頷いた。

そして・・・と赤星を見ると何故かこっちをじいっと見つめていた。

 

「・・・どうしたんだ赤星?」

 

「・・・・・・今日は敬語じゃないんですね」

 

・・・うるせぇ。

 

 

 

 

-3-

 

 

 

「えっとそれで今日はどうしたんですか斑鳩先輩?」

 

妹様が少しだけ首をかしげながら聞いてきた。可愛い。

 

「実は副隊長にお願いがありまして・・・ちょっといいでしょうか?」

 

「え、私にお願いですか?」

 

少し驚いたよう様子を見せたが妹様は快く頷いてくれた。

 

「えっと、私達もご一緒しても構わないでしょうか?」

 

逸見が確認を取ってくる。

此れは私と妹様を二人っきりにさせるのは不安がある・・・・・・という訳ではなく、恐らく私を余り知らない周囲の新入生がそう不安を抱きそうなので、安心させるために同席を求めたのだろう。

こういう気配りと配慮ができるのは戦車長として、そしてその先には副隊長として重要な事だ。

・・・・・・多分、少し嫉妬というのもあるのだろうが。

勿論、構わないと私は頷いた。

浅見が新入生達に「ごめんね!先に行っておいてー!」と声をかけた後に、6人で移動して場を離れる。

 

 

「それでお願いとはなんでしょうか?」

 

少し離れた人気のない廊下の隅に行くと妹様が早速と言わんばかりに切り出してきた。

私はゴクリと唾を飲み込み、少し逡巡するが今こそ心から勇気を振り絞るしかないのだ。

でなければここまで来た意味もないし、ここで引けばまたあの意地悪な先輩にからかわれるだけである。

 

「副隊長・・・私に戦車道を教えてください!」

 

頭を思いっきり下げると同時に勢い良く叫んだ。

下げた頭の上で妹様がええぇ!って驚く声がした。

くそ!見たかった・・・。きっとまたあわあわとしているのだろう。

しかし、妹様が驚くのも無理はないだろう。

非常識極まりない願いなのは間違いない。

黒森峰女学院は日本戦車道を体現した象徴である!

となればその練習も苛烈を極めている。

しかしながらそれでも人と同じ事をしていては人を出し抜けないのも事実である。

激務である練習を終えてもなお自己練習に時間を割くのが黒森峰機甲科生徒だ。

特に黒森峰では僅かな席を争い、鎬を削っている。

同輩は仲間である前にライバルであるという傾向が強く、他人の戦車道に時間を割くなど一部の余裕がある強者にしか出来ない事だ。

勿論、妹様がその強者に属しているのは間違いない。

しかしそれならそれで練習が終わった後の少ない自由時間を減らす行為などしたくないだろう。

 

「え、ええっとそんな斑鳩先輩!顔を上げてください!」

 

言われて顔を上げると妹様は困った様な表情をしていたが、私と視線が合うと花が咲いたような満面の笑みを浮かべてくれた。

決して社交辞令だとかそんなものではなく、妹様自身も嬉しくてたまらないという笑顔だ。

正直、姑息な事を言えば妹様ならきっと断らないだろうとは思っていた。

しかし、こんな妹様にとって負担にしかならないと罪悪感すら感じていた事を喜ぶとは思ってもいなかった。

私が余りの事に呆けて―――そしてその笑顔に見惚れて―――いると妹様はなんと私の手を取ってくださった。

 

「嬉しい!またこのメンバーで戦車に乗れるんですね!」

 

私がえ?え?と思いながら周りを見渡すと、浅見が腕を頭の後ろに回しながら 逸見は両腕を胸の前で組みながら「しょうがねーなぁ」「やれやれ」と言った言葉を溢していた。赤星は何か訳知り顔で納得しているようだった。。

まさか、こいつ等!

 

「実は私達も前から練習していたんです!

 だから斑鳩先輩が入ってくれて、あの時の構成でまた戦車に乗れるなんて・・・本当に嬉しいです!」

 

そんなに輝く笑顔で本当に嬉しそうに私の手を握られると、もう私の精神が持たない。

恐ろしい。何て恐ろしいんだ妹様。

イエス・キリストはマルコの福音書によると40日悪魔に引き回され、その後に世界の全ての国を授けるという誘惑に打ち勝ったそうだが、その神の子だってこの誘惑には勝てまい!

まるで天使の様な悪魔の笑顔である!

しかも、その笑顔の中に溺れていくのが心地良いのだから性質が悪い!

そうやってもはや地上の楽園を味わい、呆然自失していると何と!何と!妹様が感極まったように抱きついてこう言った!

 

「また一緒に頑張りましょう!」

 

嗚呼、斑鳩が逝く・・・・・・

 

 

 

 

 





次回予告!

副隊長に対して明らかに態度が変わった元副隊長から流れる噂。
徐々に戦車の編成で他学年が混じっていき、部全般に浸透していく副隊長の魅力。
一方で斑鳩達は唯でさえ日常生活に不安の残る副隊長の時間を貰っている事からせめてものお返しにと家事等を担当する事になる。
最初こそ遠慮していた副隊長ではあるが徐々に任せて行く様になり、朝一人で起きれなくなるほど堕落していく。
そんな中、洗濯を担当する事になった斑鳩が洗濯籠で見つけた物は・・・


次回「我、生きずして死すこと無し、理想の器、 満つらざるとも屈せず」

副隊長の下着がまた一枚・・・



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第七話 【記憶の深淵に刻まれた起源の意識】

-1-

 

 

エデンで禁断の果実を食すように唆す蛇の如くの誘惑に、危うく崖っ縁でギリギリの所で何とか土俵際で耐え切れなかったあの日から既に一週間近くが経った。

妹様に教導を頼んだその次の日から早速5人で練習が行われたのだが、二度ある事は三度あるというが私は更に妹様の底を見誤っていた事に更なる驚愕を隠せなかったのだ。

思えば最初は凡人と思われていた妹様だったが、その実は卓越した戦車長である事が天性であったのだ。だが、それは単なる付属に過ぎなかったのだ。

 

項羽は剣を習っては同じ様に其れに天性の才がありながら、剣は一人の敵学ぶに足らずと申し、万人を相手に取る兵法を学ぶ事を伯父に要求した。

その通りだ。妹様にとって個として相手にする戦車長としての技量は、凡人の視点としてみれば垂涎であるだろうが、妹様にとってはただの芸でしかないのだ。

妹様の真の賦性は個を纏め団と為し、集め操りて群と成って自らの四肢とする事であった。

 

それはさながらかの有名なトマト・ホッブズの「リヴァイアサン」の様であると言える。

人員は指揮者である妹様に試合における自然権を全譲渡し、それこそが自らの最大公約数的幸福、即ち求めうる範囲内での理想的な勝利に繋がると信じて、それぞれの行動・意思の行使を妹様に委託するのだ。

その指揮下の人員それぞれ一人ひとりが、妹様の部隊という一個の生物の一部として構成されていく様は正しくの口絵に描かれたリヴァイアサンであった。

そう妹様に指揮された時、我々は、大勢となるのだ。

職に貴賎なしと言うが、これをそのまま展開するならば、どのような技能に繋がる才もその多寡によって判別されるべきであって、その種別によって差は無いということになる。

しかし、現実的に見ると人類が遥か原始に「集団」という最初期の社会を構築してから現代に至るまで、常に最も偉大で尊く価値のある才はその規模に関わらず統治・指揮・統率であったと言っても良い。

それは国家という最大規模から数人といった少数のグループまで共通される価値観であった。

つまり、固有の技能者よりもそれらを監督する者がそのグループにおいて最大の地位に置かれるという事だ。

そしてそれこそが西住が王者である証とも言えよう。

戦車道というカテゴリーの中で西住の血を汲む者が、最も偉大で尊く価値のある才を受け継いでいるのはある種の必然なのだろう。

 

ところが、妹様にはそれらの才よりもまた別種の驚くべき才を持っていたのだ。

それは教導である。

 

毎日3時間も練習していた事になるが、体感的に言えば光陰矢の如しという表現が最も適切であるだろう。

このたった一日3時間の内で4人は明らかに自身の成長を感じ取っていた。

練習の内容は基本的に妹様はそれぞれの乗員に同時に之を行えと指示をする。

その内容はそれぞれが独立したものではなく、連携された一個の流れにて行う物であった。

例えば単純な例を出すと、ある練習では戦車の走行コースとタイムが指定され、同時に砲撃目標が複数用意される。

操縦士は砲撃の為に戦車を停止させなければならないのだが、その停止させる時間は短ければ短ければ良いのは当然の理なので、そのタイミングを砲撃手と間に共有しなければならない。

停止時間を短くしようとすればするほど、砲撃手の猶予が狭まるので、両者の息が合わなければ停止前に撃つ事も有り得るし、

 

また操縦手も砲撃を確認してから前進するなどという迂遠な事はできないのだから、タイミングが後にずれれば発進してから撃つなんていう事もありえる。

更にこれだけではなく、無論だが砲手は照準を停止してる間に全てをあわせる訳ではなく、予め走行している間に殆どの照準を合わせておかなければならない。

これも振動が大きければ大きいほど難易度が上昇する為に、操縦手は可能な限り車体の振動を抑えて走行しなければならない。

しかし、全体のタイムが設定されている為、速度を上げれば上げるほど全体の猶予に余裕が出来るという二律背反となっているのだ。

操縦主と砲撃手の間だけでもこれほどの関連性があるが、当然ながら装填手もそれぞれとの関係性があった。

幾つか挙げるとするならば、先程の練習内容で言えば的は一つではないので一度発射すれば装填が必要になる。

やはり走行しながらとなるので砲撃手の照準合わせと同様に振動が大きければ大きいほど作業の難易度が上がり、速度を出せば出すほど次の発射までの時間的猶予が少なくなっていく。

これらに対する猶予を少しでも稼ぐためには、砲撃手が発射を行えば即座に排出しなければならない。

その為には発射を耳や目で確認してから行動に移してからでは遅く、戦車の停止から感覚的にタイミングを計り、体で覚えて発射とほぼ同時に行動に移さなければならないのだ。

そうする為には当然だが砲撃手の発射タイミングがぶれる様だと不可能なので、砲撃手と操縦手には停止から発射を経て発進までの動作をリズミカルにしてもらわないといけない。

 

この様にそれぞれの連携が必要である上に、一方を立てると一方が立たないという要素が多々有り、一人が全力を出すと他がついて来れないという練習である。

必然的に搭乗者の中で他の乗員の呼吸までも合わせて動くように意識されていったのだ。

 

また、妹様の指示は練習試合の時と違い、実行不可能な物であった。

之について聞いてみると実戦時は各々が確実に出来る事、または失敗する確率と失敗した時の損害が成功時のリターンに比べて軽微な指示しか出さないが、

練習時は其々が実行不可能ではある物の、練習を重ねる毎に成功に近づいていき、幾らかすれば絶対に実行可能な指示を出しているのだという。

文面だけ見れば当たり前の事ではあるのだが、練習試合の時に実証した様にその人が何が出来て何が出来ないのかを見極める能力が神懸っている妹様にかかれば、どちらの点でも最高率の行動と練習内容の指示がだせるという事になる。

 

一つの練習をこなすと、更に難易度の高い指示が出される。

例えば先ほどの例の練習内容であれば、的はより遠くより小さくなって間隔も狭まり、

指定された走行コースは複雑かつ車体がガタつく不整地へとなっていった。

しかし、それでいても一回行うごとに確実に前進しているという実感が全ての面で全員のモチベーションを保っていた。

特に一回終わる毎に妹様から出されるアドバイスはその時不足していたものにピタリと当てはまり、

また単なる発破であっても妹様にかけられれば心の底から様々なものが湧き出るのだ。

最終的には複数の人間で動作させているにも関わらず、各動作にラグが生じなくなり、

その練習内容に限るとはいえ戦車が其一個の生物の様な動きをさせる事が出来るようになったのだ。

 

この練習に置いても意外に一番大変だったのは赤星であり、次いで浅見であった。

装填手は単純な肉体労働であるし技術面では一番シンプルで、

通信手も通信を車長の代理として発信と受信を行うだけというのはよくされる大きな勘違いである。

イラク戦争にて活躍したハーバード・マクマスター大尉はインタビューにおいてそういった質問に対して次のように語っている。

「装填手は必ずしも簡単な役職だとは限らない。装填手は各役割の中で最初のキャリアであるから確かに見習い的なポジションではある。

 しかし、それが故に全てのポジションから専門的な知識と技術を学べるので、優秀な装填手は全ての面に精通できる最高の役割である」

之に従ってか赤星と浅見は全ての役割について学ばされる事になる。

練習の時にたびたびポジションを入れ替えて、それぞれの役割を行わされたのだ。

実際に、予備と言っては聞こえが悪いが装填手(と通信機器に人員が必要な戦車では通信手)は重要なサブであった。

実戦時は例えカーボンに守られていても着弾等の衝撃は防ぎきれない。

となると実戦中に誰かが失神してしまったり行動不能になる事は十分にありえる。

そういった時に操縦士や砲撃手がいなくなったので戦闘不能となるのは当然避けたい事態である訳なので、そういった時に装填手や通信手が代行するのだ。

特に赤星は逸見と同様に戦車長の素質があるという事で、

コマンダーとしての練習も行われたし、練習後の軽い座学も逸見と一緒に妹様から受けていた。

また当然ながら通信手としての伝え方もレクチャーされていた。

例えば一見同じ様な文章に見えても、単語の使い方や文章の構成によって別の意味に誤認してしまうという例を提示され、それを避ける為に報告における注意点を教えられたり、

BとD等を受け手が間違わない様に滑舌を良くするために訓練も受けていたのだ

(フォネティックコードについては当然ながら基礎なので赤星も承知していたが、緊急時の座標報告等やその手間すら惜しい場合の為である)。

 

この様に練習内容はある意味では過酷ではあったが、欠片も辛さを感じさせなかった。

孔子曰く、知之者不如好之者、好之者不如樂之者だそうだ。

即ち其れを知る者は其れを好む者に及ばず、其れを好む者は其れを楽しむ者に及ばずである。

振り返れば黒森峰機甲科で戦車道を好まない者はいないだろう。

しかし、楽しんでいる者はどうだろうか?

練習は楽しい物であったろうか、友人達と少ない席を争っている時はどうだったであろうか。

勿論、楽しい事が無い訳ではない。試合に赴き敵を打ち倒すのも、勝利するのも楽しい。

例え練習試合で負けたとしても至らなさが合っても、自身の力を発揮できたのならば悔しくもあり嬉しくもあった。

しかし、それらは戦車道に費やしている時間の内のどれくらいであっただろうか。

恐らく1割にも満たないだろう。そしてその「楽しさ」も密度と言う点で論じる隙もあった。

しかしながら妹様との練習で過ごす時間は、それらを煩雑な時間と評しても良いほどであった。

当初は願い出ながらも、決して甘くは無い黒森峰の戦車道活動の後の個人練習であるからには、肉体面と精神面の両者について疲労の程を覚悟していた。

ところが、いざ始まってみると上達の実感と仲間との一体感、そして妹様の応援と白金の輝きによってその様な疲れは彼方へと吹き飛んでしまった。

楽しい。楽しくて楽しくて仕方が無かった。

元副隊長の新海先輩の表現を思い出す。

あの練習試合での充実感を思い出す。

そして、遥か昔に始めて戦車に乗った頃を、あの日が暮れるまでただひたむきに戦車を動かし続けていた頃を…。

楽しめるという事は最大の学習効率の手段であると言うが、全くその通りであった。

中学の時から行っていた4年間よりも、たった6日間に過ごした計18時間の方が戦車道の密度という点において凌駕しているとすら感じていたのだ。

 

 

 

-2-

 

 

そうして実りある日々を過ごしている内に、休日である日曜日となり、一つの変化が訪れた。

この日は朝練習をしようということになっていたので、妹様(と同室の逸見)の部屋に浅見と赤星と向かった時の事である。

私が代表してノックをすると、特に確認も無くドアが開いて逸見が顔を出し入室を促した。

そこに座って待っていてと言われたので、私達は床に敷かれたカーペットの上に置かれた座用テーブルの周りに銘々に座った。

妹様はどうしたのだろうと思っていると、逸見が部屋の両側に置かれたベッドの内の片方に近づいた。

みると布団がこんもりと盛り上がっている。妹様はまだ寝ていたのだろうか?

しかし、妹様は毎朝ジョギングをするほど朝に強かった筈なのだが、やはり毎日の練習が妹様にとって大変な負担になっていたのだろうか…。

 

「みほ ほら、みほ起きて。朝よ」

 

逸見が布団をゆするともぞりと動いて妹様が顔だけ覗かせた。

どうやらまだ眠い様で寝ぼけ眼の半眼でぼぅっとしている。可愛い。

首を動かすのも億劫なのか、その目だけを逸見の方に動かして妹様は言った。

 

「・・・あっ  え、ぃあしゃん」

 

「はいはい、ほら起きて。先輩達も来てるわよ」

 

呂律が回っていない妹様が可愛いのはとりあえず置いておくとして、その後に肩でも揺すって起こすのかという予想を何となくしていたのだが、それは驚くべき形で裏切られた。

妹様が「えへへーえぃあしゃーん」と布団から両手を逸見の方に伸ばすと、逸見ははいはいと腰を下ろした。

 

「ぎゅー!」

 

驚いてみていると妹様が何と逸見の首に両手を回し、逸見が妹様の体を支える形で抱き上げ、そのまま妹様を洗面所の方へと連れて行ったのだ。

それを見届けると、私たち三人は目を大きく見開いたまま互いに視線を交わし、

無言で示し合わせたように立ち上がると開いたままのドアから仲良く縦に首だけを突き出して洗面所の中を観察することにした。

妹様が顔を洗うと逸見はその顔をまるで赤子の顔を拭くように優しくタオルで拭き取ってやり、

妹様が歯を磨くとそれを「いっー」と見せ、逸見はそれを「まだ磨き足りないてないわよ。ほらちゃんとする」と言って歯ブラシを妹様の手から奪い取ると床に正座したのだ。

何をするのかと思うと妹様が膝の先に体が来るように膝枕をされ口をあーんと大きく開け、

逸見がそこに上から歯ブラシを歯に当ててしゃかしゃかくちゅくちゅと動かしてやるのだ。

なんだこれは。仕上げはお母さんとでも言いたいのだろうか?

歯磨きが終わると逸見は「ほらっ終わったわよ」と妹様の頭を撫でてやり、妹様が立ち上がって口を濯ぐのを見守り、「着替えを用意しておくからシャワー浴びてきなさい。目が覚めるわよ」といった。

そうして妹様のパジャマのボタンを外してやり、「はい、ばんざーい」と両手を挙げさせて服を脱がし、妹様が浴槽に向かったのを見ると此方に戻ってきた。

私たち三人が口と目を大きく開けているのを見て「どうしたの?ハニワ三姉妹かしら」とだけ笑って言うとタンスを開いて妹様の着替えを用意しだしたのだ。

 

この間、私達はずっと言葉を失っており、再度顔を見合わせると何処と無く意思が統一されたようで、揃ってうんと首を動かして頷くと私は笑って逸見に問いただした。

 

「逸見は何時もこんな風にみほさんを起こしているのか?」

「そうですね、最初の頃はむしろ私があの子に起こされるぐらいだったんですけど、段々朝に弱くなってきたみたいで」

 

あの子。一つ情報が増えたな。前まではフルネームか苗字にさん付けで呼んでいたのに。

続いて浅見も笑いながら質問をする。

 

「へーじゃあ、ああやって抱っこして歯を磨いてやるのも何時もの事なんだー」

「そうなのよ!あの子ったらああして持ち上げてやら無いと布団から出てこないのよ!歯磨きだって寝ぼけて何時もちゃんとやらないし」

 

最後に赤星が普段どおりの表情で聞いた。

 

「という事は何時もみほさんを自分で脱がして裸を視姦してる訳ですね」

「……あんたは相変わらずね。あの子、寝起きはボタンを外すのもモタモタしているんだから仕方が無いでしょう」

 

私は逸見の肩に優しく手を置いて労ってやった。

 

「うんうん、解るぞ逸見。何時も何時も大変だな」

 

そうすると逸見は解ってくれますかという安心した顔を浮かべ、体を横に向けて腕を組むと得々と語った。

 

「本当ですよ!最初の頃はまだしっかりしてたんですけどね。それでも歩けば転んで、下を良く見なさいと注意すれば頭をぶつける。

 ちょっと目を離すと直ぐに他に注意を惹かれて、気づけば迷子になって困ってるんですからね。

 信じられますか?高校生にもなって迷子になって涙目になるなんて。

 掃除と整理整頓は躾けられていたのかできるみたいですけど、家事全般は本当に駄目だったんですよ。

 西住家のお嬢様だったから女中とか使用人さんとかがやってくれていたんでしょうけど。

 食事も放っておくとコンビニ弁当とかそんなのばっかり!私が作ってあげないとまともな「じゃあ代わってあげよう」

興奮しながら言葉の洪水をワッと浴びせていた逸見が私の一言でピタリと止まった。

 

「実に大変そうだ。今まで苦労したんだな、うんうん。

 これからは私がお前の代わりに動こう」

 

「じゃあ私は朝に強いから朝起こす役目をしよう!」

 

「では私はみほさんの着替えと入浴のお手伝いをしましょう」

 

逸見は顔に笑顔を浮かべてゆっくりと此方を向いた。

 

「いえ、大丈夫です。御好意には感謝しますが先輩方にそんな手間を取らせる訳には行きません」

「いやいや、遠慮なんてするな私達は一緒に死闘を潜り抜けた戦友じゃないか。

 先輩だからといって遠慮するな。苦難は分かち合い助け合うべきだろう」

「いやいやいや、親しき仲にも礼儀ありと申しますし、特にここ黒森峰ではそういった礼儀はしっかりとしないといけませんし」

「いやいやいやいや、私達も妹様には大変お世話になっているからな。ここらで恩を返さないとな」

「結構です」

「いいからやらせろ」

「何ですか卑猥ですね。間に合っています」

「へぇ~何が間に合ってるのかなぁ?ふぅ~ん?

 嬉しい事は二人分、悲しい事は半分って言うだろ?」

「アンタ年は幾つなんですか!お断りです!」

「っせぇ!上級生命令だぞ!」

「先輩後輩の前に戦友なんでしょう!?せ・ん・ゆ・う!」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉をしらねぇのか!?ここ黒森峰でそんなの通じるか!」

 

そうやって私達が二人で言い争っているのを尻目に、赤星が何かを浅見に耳打ちをし、浅見はそれに対して頷いているのが見えた。

また何か企んでいるのかこいつ。

だがしかしこの状況ならば赤星は此方の味方だろうから安心してもいいだろう。

むしろ頼もしさすら感じる。

そうしていると浴室から水温が流れる音が止まり、ガチャりとドアが開いた音が聞こえた。

どうやら妹様がシャワーを終えて洗面所に出てきたようだ。

それに逸見も気づくと、私との舌戦を中断して洗面所の方へ歩を向けた。

私たち3人は其れを見て、再び無言で互いの意思を確認すると先程と同じ様に洗面所のドアから顔を突き出してハニワ三姉妹とやらになった。

 

「ほら、またあなたは!ちゃんと髪と背中を拭けてないじゃない!風邪引くでしょう!」

 

そう言いながら逸見は口の勢いとは真逆に妹様の髪を優しくタオルで拭いてあげた。

 

「えへへ、エリカさんなんだか菊代さんみたい…」

 

「誰よそれ。こういう時言うならお母さんみたいとかじゃないの?」

 

「……ああ、そっか。そうだよね、こういうのはお母さんだよね…」

 

「…ほら、履かせるから足上げて」

 

そう言うと逸見が手に取ったものは・・・あの日に目に焼き付けられた白い下着だった。

片方が片方に裸身を晒しているというのに両者の間には羞恥の感情は一切見られなかった。

此方は覗いてみるまで意識をしてなかったにも関わらず、気づけば妹様の水滴が伝う肌に心臓が破裂しそうだというのに!

 

ともあれ私達はなんとなし気まずくなって無言でリビングのテーブルの前に戻って座った。

開け放しになったままの洗面所からは「ほら!袖を通すから万歳して!」だとか「もう!またボタン掛け間違えている!だから私がやるって言ってるでしょう!」だの聞こえて来るのを私達は俯きながら聞いていた。

俯いているとは言っても私達のその心の中は暗く沈んでいた訳ではない。

むしろ、逆に沸々と湧き上がる何かが支配していた。

その"何か"が表に出ない様に、炸裂しないよう様に、しかもその上で決して沈めないように息を潜めて唯ひたすら鍵の開いたパンドラの箱から噴き出るものに力ずくで蓋を押さえていたのだ。

まだだ、まだ噴出すんじゃない。まだその時じゃない。

それはさながら津波が来る前に潮が引いて静寂だけを感じさせる大海であった。

そうして各自が静かに瞑想していると示し合わせる事もなく同時に顔をゆっくりとあげた。

私は赤星のその強い意思を秘めた眼差しを見つめた。

 

『任せたぞ』

 

声無き声は赤星にしっかりと届いたようで、赤星も此方も見つめながら静かに頷いた。

 

『任されました』

 

そうした後に赤星は浅見の熱く滾る様な島本和彦が描きそうな目を見つめながら、互いに首を動かした。

 

『援護、頼みます』

『合点承知!』

 

どうやら着替えも終わったようで二人が洗面所からでてきた。

私達はまたしても息が合ったように同時に立ち上がった。

完全にあの妹様による練習の成果が出ているのだ。

私達は心までもシンクロさせて、一個のチームとして完全に機能しているのだ。

振り返って妹様の方へ向き直ると、私達の顔は普段のにこやかな表情を浮かべていた。

それを見て逸見はどこなく警戒しているようだが、もはや関係ない。

お前は赤星をその気にさせた時点で既に敗北が確定している。

まずはそれぞれから早朝の挨拶をしていく。

妹様も「おはようございます」と笑顔で挨拶をしてくれた。

どうやらシャワーを浴びて完全に目が覚めたようだ。

 

「ところでみほさん。実はですね、皆で話し合ったんですけど」

 

早速赤星が切り出した。

話し合ったと言っているが嘘ではない。人とのコミュニケーションは声でやり取りする事だけではないのだから。

 

「みほさんって普段の食事はどうしてます?

 コンビニ弁当とか菓子パンとかで済ませていませんか?」

 

「…え? えーっと…」

 

「私が普段から作ってあげているから大丈夫よ!」

 

案の定、逸見が焦ったように横入りした。

しかし、その程度を赤星が想定しない訳が無い。

 

「でもエリカさんってハンバーグ以外にまともに作れましたっけ?」

 

「ぐっ……作れるわよ…」

 

「ソーセージとザワークラウト以外で?」

 

「・・・・・・」

 

「はい、という訳で実は日頃からお世話になっているみほさんへのお礼も兼ねて、皆で順番に料理を作ろうとおもっているんです!」

 

「え!そんな・・・迷惑なんじゃ・・・」

 

「迷惑なんてとんでもありません!

 それに"お友達同士"で一緒に部屋で食事取るなんて楽しそうじゃありませんか?」

 

それを聞いて妹様と逸見はハッとした。

最も妹様は「何それ!楽しそう!」という表情であるが、逸見の方は「しまった!」という体である。

 

「だって私達は一緒に戦車に乗っているチームで仲間ですから、互いに親睦を深めるのは当然ですよ。

 ね、浅見さん」

 

そういって赤星は浅見に水を向けた。

 

「そうだよ!みほさんに私の得意なソテーやそれの残り汁を使ったソースを使った肉料理とか食べてくれると嬉しいな!」

 

「浅見さんは意外にもフランス料理が得意で凄く美味しいんですよ!

 私も同室なので何度か頂いてます」

 

「赤星もなんていうかこう和風?って感じの料理が上手じゃない!

 あの何ていうか解らないけど良く解らない焼き魚美味しかったし、赤だしも凄かった!」

 

二人が流れるように会話を繋げていく。

実に息のあったコンビネーションだ。流石にあの練習の時に二人で操縦と砲撃に関して勉強していただけはある。

 

「わぁ!同級生の部屋で作ってもらったお料理を食べるなんて・・・・・・楽しそう!お友達みたい!」

 

「みほさん酷いなー。私はもう友達だと思ってたのに・・・」

 

「・・・あっ!ごめんなさい!そういう訳じゃないの!本当だよ!」

 

「うそうそ!からかっただけだよ。ごめんごめん」

 

「ふふふ、私もみほさんの事は当然友達と思ってますよ。

 さて、みほさんも大変喜んでくれているみたいだし・・・・・・

 ・・・逸見さんも来てくれますよね?」

 

赤星が逸見のほうを見ていった。

妹様に向けていた笑顔はそのままであったが、その目は笑っていなかったのが私には解った。

 

「・・・・・・行くわ」

 

ここに逸見は敗北をしたのだ。

 

 

 

 

その日の夜、赤星の部屋で最初の5人での食事会が開かれた。

最初という事で皆でつつける鍋をしようという事で、赤星が貧乏鍋を作ったのだが、確かに浅見の言う通りでこれが非常に美味しかったのだ。

そうして食事が終わり、5人で取り留めも無いを話を楽しんでいた。

特に喜んでいた妹様が疲れたのか、徐々に瞼が下りてきて、こくりこくりと首を動かし始めた。

やはり、日頃から疲れていたのだろう。そう考えると少しだけ申し訳ないという気持ちを抱いてしまった。

それじゃあ・・・と逸見が立ち上がろうとしたその瞬間を隙と見て、赤星は攻勢に出たのだ。

 

「おや、みほさん眠くなったんですね。あっそうだ!

 良かったら泊まっていきませんか?いいですよね、"お友達同士"で泊まったりするのって」

 

勿論だが、逸見は抗弁したがそんな物は弁舌鮮やかな赤星と眠そうながらも顔をぱぁっと輝かせた妹様の前には無力であった。

そして朝になると当然だが赤星と浅見が世話をしてやり、そしてなし崩し的に妹様の家事をそれぞれで分担してしてあげるという事になった。

 

ちなみにだが、最初にどちらのベッドで一緒に寝るかという事を密かに赤星と浅見が争っていた。

相互同盟が維持されるのは仇敵を打ち倒すその時までという悲しくも人類の歴史の事実だという事をここでも証明する事になったのだ。

しかしながらその対立も

 

「これからも機会がある訳ですし順番にしましょう。

 それなら公平ですね。あ、でもこの作戦を企画立案して主導したのは私ですし、最初は譲ってもらっても罰が当たりませんよね?」

 

という赤星の発言の前では直ぐに決着がついたのだが。

 

 

 

更に更に付け加えると、間もなくしてそれぞれの部屋に来客用の敷布団が3組用意される事になるのであった。

 

 

 

-3-

 

 

 

変化といえばもう一つあった。

あの日から元副隊長の新海先輩の妹様に対する態度が激変したのだ。

それまでは表面上は何事も無く極普通に接していた。

いや、むしろ副隊長としての妹様の指示を聞いて素直に行動に移すし、決して反抗的な態度は取らないのだから、他の上級生と比較すれば良好ともいえる。

しかし、どこか一歩引いたような言ってしまえばある意味で慇懃無礼と評する事ができる接し方だった。

新海先輩は頭もよく誇りのある人だったので、その感情の根源が嫉妬からくる八つ当たり染みた物だと自分で理解していたので、そんな子供染みたものを表に出すなど耐えれなかったのだろう。

最もそれすらも周囲に悟られている事は当人も承知の上であったのだろう。

それを受けて周囲は新海先輩に同情的であった。

と言っても確かに新海先輩自体は誰からも好かれる人ではあったが、この場合は単に妹様を攻撃できる材料として歓迎されただけに過ぎなかったのだが。

ところがそれもあの新海先輩が妹様の戦車に乗った日から一変した。

元々は去年から隊長の補佐をしていたのだが、今では戦車道活動中は妹様の補佐するようになった。

練習内容や必要な各書類の整理や纏めや、各スケジュールの記録など代行する様になった。

それはまるで補佐というよりは秘書といった方が適しているだろう。

兎も角、戦車道活動中は常に妹様の傍に、それもきっちり3歩後ろに控えているという献身振りであった。

ある時には会議中に妹様の発言が必要となった時、ざわざわと煩くし挙句の果てに「聞こえないんですけど~」と茶化す阿呆共がいたのだが、

それに対して決して大きくは無く、しかし全体に確実に染みとおるような声でポツリと

 

「五月蝿いのは貴方達の方よ・・・・・・」

 

とだけ言ったのだ。

普段温厚な人が怒ると怖いというが、新海先輩がそれを言った瞬間、会議室は空気が凍りつき一切の音を発しなくなった。

其れを確認すると新海先輩は朗らかな笑顔を浮かべながら

 

「どうやら静かになったようなので続きをどうぞ副隊長」

 

と妹様に促したのであった。

 

 

 

それ以降、上級生達の妹様に対する話題の内容は方向性を微妙に転換したのであった。

それまでは基本的に陰口に該当する物が主成分を占めていたが、徐々に私や新海先輩やそして一年生達の変化という不可思議な現象についての話題が混合されていった。

黒森峰の生徒たるもの殆どのものは頭脳面で言えば馬鹿ではない。

互いに情報を交換し、推測を出し合って検証していけばある程度の信実に辿り着くのは当然であった。

即ち、妹様の指揮下の戦車に搭乗するという事に関心を持っていったのだ。

中には直接私に聞く者もいた。

私は少しだけ逡巡したのだが、この事に関しては嘘は付きたくなかったので正直に話したのだ。

当然、その"噂"には私の証言が添えられ、益々加速していくのであった。

これから全国大会に向けていよいよ本格的な全体による練習が行われていく。

そうなれば妹様が全体を指揮する事も増えるし、妹様の戦車に2年以上が乗っていく事も増えるだろう。

先日に新海先輩の部屋で言われた事を思い出す。

妹様を見下す者が減る事は嬉しい。妹様の価値に気づく者が増える事は好ましい。

しかし・・・・・・同時に寂しさも覚えていたのだった。

これから私は4人の中の1人ではなく、大衆の1人になっていくのだろう。

妹様と触れられる時間も減っていくのだろう。

そう思うと胸の奥が少しだけ痛くなったのだ・・・。

 

 

-4-

 

 

ある日、私は寮にある洗濯室で割り振られた妹様の洗濯をしていた。

これも妹様の負担を減らす為の家事分担の一貫であり、今日は私に割り振られていた日であったのだ。

暫く経っても妹様はこの事について恐縮していたが、これも妹様に恩を返すためなのだから何の苦にもならない。

そういった奥ゆかしい所も間違いなく妹様の魅力の一つではあるのだが、私達に対してはもう少し遠慮という者をどこかに置いてきて欲しいものだ。

時間がずれているせいか、誰もいない洗濯室で洗濯籠に纏めて入れてあった妹様の衣服を掴んでは洗濯機に放り込む。

掴んでは放り込む。掴んでは放り込む。掴んでは・・・

ふと・・・洗濯籠に目を落とす。

上から何度かの作業によって削られた洗濯物の山は、埋もれていた一枚の白い布を頂上に露出させていた。

それは・・・・・・紛れも無くあの日あの時に私の目に強烈な跡を残したあの白く輝く眩い白金の下着であった。

 

辺りの雑音が消えた。

風の音もそれで揺れる葉の音も虫の声も。

心臓の音だけが聞こえる。

山を掴もうとしていた右手が動きを止め、微かに震えだす。

強烈にフラッシュバックするあの日あの時の光景。

脳裏で何度も再生され、そして大量に出る脳内物質を感じた。

人生で最大の、そして最良のあの瞬間。

気づけば私は其れを掴んで胸の内に仕舞っていた。

掴んだ左手はジャケットの右胸の中で握りこんだままだ。

 

何をするんだ 何をしているんだ

今ならまだ間に合う 戻せ

下着を・・・それも同性のを盗むなんて変態ではないか

お前は其れで一体何をするのだ。

妹様に対して申し訳ないと思わないのか。

自分をそんな矮小で汚らわしい蟲に陥れたいのか。

 

しかしながら、手に取ろうとしていた時はあれ程揺れていたのに、いざ戻そうとする行為にはピクリとも左手も気持ちも揺れなかった。

行った行為を逆に行うだけである筈なのに、それらはまるで熱力学の基本法則のように不可逆の関係にあるようだ。

そう、もう戻せない。絶対に戻せない。

今ならまだ間に合う?無理だ。冗談にもならない。

とっくに手遅れなのだ。そうあの日に妹様の戦車に乗った時に・・・。

私は素早く残りの洗濯物を放り込んで乾燥までのコースを入力した。

何時もならそこで小説でも読みながら待つのだが、今はとてもではないがそんな気分になれない。

一刻も早くこの胸に抱えた物を安全な所に運びたかったのだ。

・・・"安全"とは一体何に対する安全なのだろうか・・・・・・。

 

自室に戻るとルームメイトはいなかった。

知っている。何時もこの時間はオセロと入浴に行き、コンビニ等に寄ってくるのだ。

つまり・・・・・当分帰らない。

電気はついていなかったが付ける気にはなれなかった。

部屋の奥の窓のカーテンの隙間から、月の明かりが差し込んでいた。

私は窓に近づき、月明かりを浴びながら空を見上げた。ああ、今日は満月だったのか・・・。

再び右胸の内ポケットに手を入れて、そっと壊れないように慎重に取り出した。

それを隙間から差し込む月光の中にそっといれると、薄くながらも白く輝き、あの時の白金の眩さを私に見せた。

 

嗚呼・・・これだ。これなんだ。

私が欲しかった物は。取っておきたかった物は。

これから時間や機会が無くなっていっても、そして何時か別れる時が来てもこれさえあれば思い出せるんだ。

 

私はそっと顔に近づけて匂いを嗅いだ。

頭のどこかの冷静な部分では汗臭さと少しのアンモニア臭という現実的な要素を感じ取っていた。

しかし、大部分はまるで幻想的な感覚に変換して感じていた。

存在する筈も無いのにフローラルだとかハーブの様だとか、実際にどういう匂いかもイメージもつかない筈の癖にそういった表現を私の脳に押し付けてきたのだ。

鼻先だけでもう物足りない。

私は思いっきり顔を埋めて深呼吸をするように吸い込んだ。

そうするともう刺激されるのは嗅覚だけではなかったのだ。

あの日に体感した記憶が一瞬に凝縮され、つまりあの練習試合を通して感じていた楽しさも興奮も快楽も衝動も全てが一瞬で襲い掛かってきたのだ。

目がチカチカと瞬き、体はビクビクと痙攣をし始めた。

空いていた右手は何時の間にか自然と下腹部に向かっていた。

 

何だろうこれは。私はどうしたのだろうか。

こんな事は正常な人間のやる事ではない。

同性の下着を盗んで匂いを嗅いで興奮して自慰をするなど変態の所業ではないか。

恥を知れ。

一体、何時から私はこうなってしまったのだろう。

何でこんな事になってしまったんだろう。

善良な人間ではないとは思っていたが、それでも真っ当な人間のつもりだった。

以前の私がこんな人間を知れば確実に軽蔑していただろう。

隊長に新海先輩を妹様の戦車に勧めた時の事を思い出す。

一度、溺れてしまえば幸福ではあるだろうが、溺れてしまった後は私は私のままでいられたのだろうか・・・。

もう今ならその答えが解る。

私は変わってしまった。私は私でなくなってしまった。

暗い暗い光が一筋も届かない水の底へ沈んで溺れてしまったのだ。

手は止まらなかったが涙だけが滂沱の如く溢れてきた。

視界は滲み、月光を乱反射して視界を埋めて行った。

それでも・・・私はこの涙がどういうものか解ってしまった。

涙を流す事によって、私はこの状況を不本意であると思いたかったのだ。

決してこれは私が望んだ事ではない。だから悲しいのだ。

罪悪感も感じている。悲観もしている。だから泣くのだ。

私にとってもこれは本意ではないのだ!

この涙が証拠だ!

しかしながら頭の冷静な部分はこれを客観的に見下ろして分析していた。

結局は何も感じていないのだ。

何も悲しんでいないのだ。

大体、仮に過去に戻って選びなおせるとしたらあの妹様の戦車に乗る事を拒否したのか?

その涙には何の感情も含まれていない。欠伸をした時に流れる涙と同価値なのだ。

 

 

私は泣く事は出来ても哭く事はできなかった。

その日、生まれて初めて同性を対象にして自慰をするという経験をした。

・・・・・・そして、その経験は恐らくこれから何度もするのだろうという事も薄っすらと解ってしまったのだ・・・。

 

 

 

 

 

 




次回予告!


始まる全国大会。
広がる妹様の墓地に行かない精神隷属器。
姉であるまほの告白と隊員に対する哀れみと優越感。
そして決勝戦で起きる悲劇。
黒森峰を去る西住みほに残された黒森峰機甲科生徒達は何を想うのか


次回最終話「■■■■」

副隊長の下着もあと一枚・・・・・・


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最終話【こうして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになった】

完結したので分割していた最終話を一つに纏めました。


-1-

 

全国大会を控え、ついに学年別ではない練習が始まった。

編成は隊長が決めるのだが、何故か妹様と組んだ事の無い上級生をローテーションして妹様の戦車の搭乗員に組ませていった。

いや、何故かというのはおかしな表現であったか。

その意図は明らかであったし、また正しいと思う。

少なくとも妹様が上級生達の間で快く思われていない事は隊長も承知の上であった筈だ。

今まで直接的に何かをしようとしなかったのは、恐らく姉である隊長が動けば身びいき等と取られてもおかしくは無いと判断したからと思われる。

立場が故に愛していた妹を助けてやる事が出来なかったのはとてもお辛かったであろう。

全く、他の者達も隊長を敬愛しているのは間違いないのだから、妹様に辛く当たれば隊長が悲しむという事が何故考え付かなかったのだろうか。

とりあえず、これで妹様と組ませていけば、もうその様な事は起きなくなる事は想像に難くないだろう。

 

さて、妹様にはこれまで3度驚かされた事があった。

個人戦での個での戦車長としての能力。部隊の指揮能力。そして教導能力だ。

しかしながら、ここでもまた別の才を見せ付けてくれたのだ。

これは先の三つとはまた別のものではない。その内の二つである個の戦車長としての能力と指揮者としての能力に関係するものだ。

・・・より正確に言えば西住姉妹に驚かされたと言うべきだろう。

隊長にも去年に散々驚かされたが、まだ底があったのだ。

この二人の本領は二人揃った時にその真価を発揮するのだ。

隊長が指揮を執り、その中継点を副隊長の妹様が担うと、全体戦略としては有利を取る為の不動の安定さを誇り、局地的な戦術としては小を以て大を破るという掟破りと為した。

特にこの組み合わせのシナジーは恐ろしいほどの噛み合いを見せた。

隊長の戦略では全体の有利を取り、その有利のマージンを生かして更なる有利を取りに行くという戦法だが、そうなると必然的に局地的には不利な箇所も出てくる。

大抵はそこで対面するであろう敵より少数であったり、戦車の相性や質が不利で合ったりするのだが、そこを妹様を小隊長に据えると打ち勝ってしまうのだ。

となれば上中下に下大中と当てている筈なのに下が大を打ち破り、結果的にその後の展開の為のマージンを取るなどという問題ではなく、その段階で勝負がついてしまうのであった。

 

個の戦車としての動きは殊更に顕著であった。

部隊演習ではなく戦車同士の勝負、即ちタンクジョストの練習のシチュエーションで何度かこの姉妹2輌対複数の試合が行われた。

相手の数は疎らであったが、時には5倍の10輌という事もあった。

ランチェスターの法則にして戦力比は25倍となる。

しかし、一人ひとりですら化け物染みた強さであったこの姉妹が二人揃うと"史上最強最凶最驚最恐生物"と無茶苦茶な形容詞を並べるしか表現のしようが無いくらいであった。

姉妹であるからだろうか、はたまた天才同士であるが所以だろうか、この二人はこの世で最も連携が取れているとされている唇と歯と舌の様を思わせるコンビネーションを見せ付けた。

簡単なジェスチャーで互いの意思を統一し、時にはアイコンタクトだけで互いが次に何をするのか把握していたのだ。

更に極まるともはや視線すら交わす事無く、互いの盲点をカバーし合い、一方が敵を誘導したり足止めをしたと思えば一方がそこを撃破する始末である。

 

神が戦車道に置いて完全無欠な存在としてこの姉妹を生み出したのだと思ったが違ったのだ。

この人達は未完の片翼の天使であったのだ。

我々凡人が地べたを這いずり回りながら空を見上げてこの姉妹を見ていたとき、彼女達は飛翔をしていたのだと思っていた。

ところがそれは飛翔でもなんでもなくただの跳躍であった。

二人の大天使が手を取り合い、互いの欠けた部分を補完し、助け合う事で両翼をもって飛翔するのだ。

太陽に向かって届かんとばかりに飛ぶが、その羽は蝋でできた偽者ではない。

イカロスと違い何処までも高く雲を切って飛べるのだ。

 

-2-

 

そうして全体練習が始まると徐々に妹様を見る目が変わってきた上級生が増えていった。

嫉妬は尊敬に 不快は情愛に 嫌悪は好感にと取って代わっていった。

その増えるペースを具体的に言うのならば妹様の戦車に新しく乗っていく人員と殆ど差異は無かった。

もはや妹様に対してネガティブな視線と発言や態度を取るものはいなくなっていった。

普通の者なら今まで自分を嫌厭していた人間が掌を返したように擦り寄ってきても距離を置くだろう。

しかし、妹様はその様な狭量な性格とは無縁であった。

まるで過去を気にしたなどという体を一切見せず、自分に対して好意を向けてくれた者にはそのまま好意で返していたのだ。

何時かの会議で妹様をからかった者達が妹様に謝りに来た事がある。

あの様な事をしておいて・・・と思わなくも無いが、真正面から謝罪しに来るというのは正直に言うと個人的にはかなり見直した。

最も、妹様から距離を取られるのだけは御免だろうから取り得る選択肢の中で妥当ではあっただろうが。

ともかく、そうして謝りにきた先輩達を妹様は一言も攻める事無く、むしろ嬉しそうに手を取って「これから一緒に頑張りましょう!」といって微笑みかけていた。

先輩達は即堕ちしていた。

 

そうなると、日常における妹様の一挙一動に対する評価も変わった。

あばたもえくぼなんとやらだ。

前までなら抜けているだのドジだのノロマだの言われていたのだが、そういう面ですら「可愛い」「守ってあげたい」「ギャップが良い」というくるりと勢い良く掌が回ったのだ。

まぁ解らない事でもない。

どうしたって同じ事でも外見が優れていない人と優れている人では受ける印象が違ってきてしまうのは仕方が無い事である。

妹様の場合は外見的な要素が印象に作用していた訳ではないが、結局の所で別の部分で色眼鏡を通されていたのだから本質的には変わるまい。

印象が変われば当然ながら心配していたように、妹様への教導の願いが何人からか申し込まれる様になった。

当初は妹様も私達に悪いと言う気持ちと先輩達が折角仲良くなってくれたのにここで断って逆戻りしたらという不安に揺れて迷っていたようだが、

私達が気にする事ないから先輩達も見てやって欲しいと言うとあからさまにほっとした表情を見せていた。

それから時間帯は違えど一週間毎日していた5人での練習は6日間となり、その内5日間となって、幾許かすると4日間に減った…。

 

 -3-

 

ついに全国大会が始まった。

初戦は難なく突破する事ができた。

最もそれも当然といえるだろう。

戦車の質で言えば間違いなく高校戦車道界で最良の編成といえるだろう。

そして私達、黒森峰機甲科はトップクラスの質を保っている。

そこにあの西住姉妹が指揮を取るのだ。

どのような相手にも負ける要素は見当たらなかった。

一回戦を突破した事は嬉しかったが、同時に気は少し沈みつつあった。

時間が進めば進むほど、妹様の周りに人が増えて、あの楽しい時間が減って行ってるのだ。

遂にはあのメンバーで練習する日程は一週間の内の三日間だけ、つまり半数を割ってしまった。

妹様が私達に割く時間より他に割く時間の方が多くなったというのはどう自分を納得させても陰鬱にならざるを得なかった。

しかしながら試合で戦車に乗っている間はそんな寂しさとは無縁となれるのであった。

妹様の車輌には乗れなかったが、今の私には代替品があるのだ。

これを胸に潜ませているだけで、まるで妹様と一緒に戦車に乗っている様な錯覚に陥る事ができるのだ。

・・・・・・そう、錯覚だ。

所詮は現実ではない大脳皮質にただの記憶として保存されている残滓を無理矢理呼び起こしているに過ぎないのだ・・・。

戦車に乗っている間はそんな事も気にもしないで脳の呼び起こす仮想に浸っていられていたが、一度戦車から降りると否が応にでも現実に引き戻されるのだ・・・。

 

そんな私を心配してくれたのかどうかは解らないが同学年の友人であるオセロと囲碁(初対面の時に私をそう評した事から私はずっとそのあだ名で呼んでいる)が久々にと私を学食に誘ってくれた。

確かにたまにはあの4人達とは別の面子で食事をするのも悪くは無いと思った。

そして取りとめも無い雑談を交わして、一頻り楽しんだ所でふとある疑問が湧いてきた。

一度思うともう無視ができない程、その疑問は私の心を大きく占有してきたので確認がしたくなってきたのだ。

 

「…なぁお前達は副隊長の事をどう思う?」

 

私はどういう答えを期待していたのだろうか。

表層では恐らく肯定的な答えが返ってくるのだろうと無難な予想はしていた。

心の中心では特に興味も関心も無いような返答を期待していた。

・・・多分心の奥底のずっと本能に近い所は突如彼女達が興奮し、紅潮したまま妹様への罵倒をがなりあげ、徹底的にこき下ろす事を望んでいたのだろう。

だが、勿論彼女達は常識を弁えるし馬鹿でもなんでもない。ましてや私の友人をしているくらいだから所謂ところの"良い奴"であるのだからそんな事は万に一つもしないだろう。

 

「副隊長ね・・・うーん、、そうねぇ控え目に言って・・・・・・」

 

私の質問に二人は顔を少しだけ見合わせると、オセロが自分の中で答えを定めるかのように呟いた。

私はその言い様に少しだけ期待を胸に潜ませて、無意識に前乗りになって答えを待った。

 

「控え目に言って?」

 

「控え目に言って・・・天使かなぁ」

 

私は一瞬だけガクリとなって頭を机に打ち付けそうになった。

まぁ解っていた事ではあったのだが。

 

「まぁベタだけど副隊長って普段はあんなにぽやぽやしてるのに戦車に乗ると無茶苦茶頼もしいじゃない?

 でも普段は無茶苦茶可愛いでしょ?いいよね~そういうの~」

 

「うーん、まぁ確かにそういう所もいいけどね。みほさんの魅力はもっと他にあるんじゃないかな」

 

「へぇ例えば?」

 

私は二人の議論に口を挟まず、ゆっくりとカツカレー定食を口に運びながら黙って聞いていた。

1対1ならともかく、ここは自分が水を向けるよりは二人に自由に論じてもらった方がより求めている物を聞けると思ったからだ。

 

「愛よ」

 

「はぁ?何行き成り寝ぼけた事言ってるの?

 年甲斐もなく少女コミックか恋愛小説でも読んで感化でもされたの?」

 

「少女コミックは兎も角として恋愛小説は別に年は関係ないんじゃないかな

 でもこれは大真面目に言ってるんだよ」

 

ふむ、とオセロは一旦は茶化すのを止めたようだ。

どうやらジョークの類ではなく、何かしらの持論があっての主張だと思ったのだろう。

オセロは無言で囲碁に続きを促した。

 

「人間にとって最も充実や幸福を感じたりするは何だろうか?

 大金を得て金銭欲を満たした時?魅力的な異性と性交をして性欲を満たした時?何か偉業を達成して名誉欲を満たした時?

 いいえ、違う。最も幸福感に満たされるのは自分が愛されていると実感した時よ。

 人は愛無しでは生きられない。食事や空気は肉体の物理的活動を行うのに必要不可欠だけれども、愛は精神的活動を行うのに必要不可欠。

 人間にとって最も不幸なのは親の愛を受けれなかった者であると言うけれど至言だね。

 生まれたての赤子というのはその時点では無垢で人格もなく、当然ながら物質的な見返りも期待できない。

 にも関わらず親は愛を注ぐのだからこれ無償の愛と言える。愛が人間にとって最も必要な物であるならば無償の愛というのは最上位の愛に間違いないのだから。

 結局の所、人は肯定されたいんだよ。これはどんな事でもそうさ。

 褒められたい。好かれたい。親しまれたい。尊敬されたい。

 もし、自分を無条件無対価で此方がどう遷り変わろうと、心の底から好いて慕ってくれる人がいたのならば、それはどんな財産よりも人生に潤いをもたらしてくれるだろうね」

 

「なるほどね。

 まぁ人にとって愛が最上位であるかどうかは議論の余地がありそうだけど、少なくとも優先順位はかなり上位の方にあるというのは同意するわ。

 で、それと副隊長の関連性についてだけど?」

 

「もう解っているんじゃないかな?

 普通は年を取って社会に適応していくにつれて愛を発信する能力も受信する能力も衰えてくる。

 それはしがらみだったり、照れだったり、社会的立場だったり、属している集団の了解だったり。

 幼児はあんなにも素直に心の内を表に出して賞賛したり想いをぶつけたりできるのに、成長するにつれて心を殻で守って外に備えるようになる。

 勿論、これは心の防備と無節操に発信しない為の社会に対する適応なのだから"良い事"なのだけれどね。

 でもみほさんは余りにも純粋で余りにも心の内に素直すぎる。

 何かしてあげたり声をかけてあげたりすれば、通常なら幾らかはあるべきの社交辞令や礼を言う義務感などを欠片も含まず、裸の心で感謝と喜びを伝えてくる。

 誰かが怪我したり困っていれば一緒に悲しんでくれて、誰かが喜べば一緒に楽しくなってくれる。

 そういう人だからそりゃ可愛いし愛しくなるよ。でも同時に不安だね」

 

「不安?」

 

静観していようと思ったが、突如不吉な事を言われてつい口を出してしまった。

 

「さっきオセロがみほさんの事を天使って表現してたよね。

 私もそれには同感。でもオセロとは違った意味の・・・いえ、正確には別の意味も含んでいるの。

 知ってる?人を天使って呼称する時のまた別の意味を?

 まぁこれについては深く語るのは避けておくし、みほさんがそうとは言わない。

 でもあの純粋さは怖いね。

 ・・・・・・愛に餓えている人は愛を求めて愛を振りまく。

 周囲に愛を注げばそれが自分に帰ってくると思ってね。

 さて、みほさんは誰でも貰えた筈のこの世で最も尊い愛を貰えていたのかな・・・」

 

「・・・・・・」

 

私は黙ってしまった。黙らざるを得なかった。

それは私が最初に周囲を伺ってビクついていた妹様を見た時に思い浮かんだ事だった。

戦車道としては尊敬に値するあの人は果たしてどうなのだろう。

妹様からは姉である隊長についてのお話は良く聞く。

御家の方で世話になっていた女中さんについても聞く。

しかし、親についての話を妹様がしている所を私は見た事が無いのだ・・・・・・。

 

-4-

 

2回戦も難無く突破した。

黒森峰機甲科生徒達は勝った瞬間には喜びを表したが、それも勢いはさほど大きくなくそして直ぐに沈静化した。

何の事はない勝って当たり前だからだ。

前述した通り、今年の黒森峰は優勝した去年より遥かに強くなっていると称しても決して過言ではない。

それも西住姉妹の影響が大部分を占めているのも間違いないが、それとはまた別に新しく入学してきた1年生にも有力な戦車乗りが潜在していたからだ。

其れは妹様の教導を受けてメキメキと頭角を現し、遂には本試合での出場を認められた。

隊長や妹様は例外として、1年生で1軍となれるのは非常に稀であった。

最も、そこには余りにも彼我の戦力に差がありすぎたので、見所のある一年をだして経験を積ませようという魂胆があったのは否定できない。

それでもその用意された座を勝ち取ったのは紛れも無く彼女らの実力による物であった。

来年もまだ西住姉妹は健在であるし、黒森峰の未来は明るいといえるだろう。

 

一方で私の心の内は明らかに暗い。

もはやあの個人練習は週に1日か2日となっていた。

あれからますます妹様に引き込まれる生徒は増大の一途を辿るばかりであった。

そして、それに比例するかのように妹様は無防備になっていったのだ。

この前などベンチに座りながらブーツの紐を結ぼうとしていた時であった。

足元を覗き込むように作業をするのがやり辛かったのか、よいしょと可愛い掛け声で片膝をベンチに立てたのだ。

黒森峰のパンツァージャケットはその少々だがスカートが短い。

となると当然の理として妹様の可愛いおへそが見える程まで捲れ上がってしまった。

私は一瞬だが動きが止まってしまった。

そして慌ててこの場にいるのが私達だけではなく多数の生徒がいる事に気づいた私は慌てて妹様に小声で下着が見えている事を伝えると良く聞こえなかったらしくそのまま首をコテンと傾けたのだ。

無垢な表情のまま首をかしげて片膝を立てて下着を見せ付ける妹様は控え目にいっても小悪魔としか思えなかった。しかも天然のだ。

 

 

 

あれから何度か妹様の様々な家事を担当したのだが、明らかに幾つかの衣類や私物がなくなっているのだ。

妹様自体は特に頓着していないのか、はたまた日常に置いては何処か抜けている事を自覚していたからか、何処かで紛失したと思っているらしい。

私は一体どうすればいいのか悩み果てていた。

これ以上、同類を増やしたくなかったのだが、それが何故かは自分でも解らなかった。

妹様を占有できる時間が減るから?

否、もはやそれは既に問題となる部分は通り越している。

どういった理由から自分のこの気持ちが湧き出ているかは解らなかったが、何としてでも止めなくてはならないと決心していたのだ。

 

そうだ!隊長に相談すれば良い!

他の者は全て妹様の戦車に乗った事がある。

この様な相談をしてもそれは鼠に鼠捕りの設置場所を相談するようなものである。

しかしながら、隊長は今まで一度も妹様の戦車に乗っていない。

それはそうだ。両方とも戦車長であるし、ましてや隊長と副隊長が同じ戦車に乗るわけが無い!

いい考えだ。隊長ならきっとまともな普通人の視点で、そう私達が妹様の戦車に乗る前の感性で判断してくれる筈だ!

そう決断し、隊長の部屋へと走った。

もう外が日が赤くなり、地面を朱に染めていた頃の事であった。

 

 

「隊長、相談があるんです・・・」

 

「ふむ、何か重要な事らしいな。解った、中に入れ」

 

ドアをノックし、出てきた隊長に不意の訪問を詫びる事も無く開口一番に用件を切り出した。

この無礼を隊長は一言も咎めずに、むしろだからこそ深刻な事だと受け止めてくれたのだろう。

誘われるまま中に入り、机の前に座ると隊長が「確かブラックでよかったな」とコーヒーを出してくれた。

 

「話す前にまず一杯飲め。それで心が落ち着くからそうしてから話してみろ」

 

なるほど、確かに気が焦って冷静ではいられなかったのは間違いない。

そこを見抜き、そして最良の対処をしてくれるのは流石の隊長であった。

私はカップを持ち、コーヒーを一口啜る。

美味しい・・・。そして温かい。

 

「どうだ、落ち着いたか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「良し、じゃあ話してみろ」

 

 

私は全体練習を行うようになってから妹様への上級生の反応が変わり、そして妹様の私物や衣類の紛失が続出している事を告げた。

・・・・・・自分も過去に同じ事をしている事は伏せた。

こんな事を隊長に懺悔する勇気が持てなかったのだ・・・。

恥ずかしいという気持ちからではあったが、自分がしておきながらも隊長に同じ事柄について相談している時点で厚顔にも程があるのは重々理解していた。

話し終えると隊長に合わす顔が無く、自然と首を下げて俯いてしまった。

・・・・・・そうだ。返そう。

妹様の衣類を洗濯するときに一緒に交ぜて、何食わぬ顔で渡せばいいのだ。

最も心でそう決断しておきながらも、結局は駄目な子供が親に叱られた時だけ決意しているような物である事も頭のどこかで理解していたのだが。

 

「そうか・・・よく相談してくれたな斑鳩」

 

「はい・・・・・・」

 

「全くあいつらにも困ったものだ。

 盗んだ物と同形の物を購入しておいて交ぜるくらいの事をすれば良いのに。

 まったく何処か抜けている」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・え?

 

 

 

 

 

 

私は顔を勢い良く上げて隊長の顔を見た。

隊長は心底呆れた様な顔をしていたが、何処にも深刻さを感じさせはしなかった。

そこで何故だか私は確信してしまった。

 

「・・・・・・ま、まさか!全部ご存知だったんですか!?」

 

「概ね合っている。より正確に表現するならば予想がついていたというべきか」

 

「予想って何で!何でこんな風になる事が予想できるんですか!」

 

隊長は少し困ったような顔をした。

私には其れが物分りの悪い子供を相手にする様に見えた。

 

「斑鳩は何故この事を私に相談したのだ?」

 

「何故って・・・」

 

「私がみほの戦車に乗った事が無いと思ったからだろう?」

 

「・・・・・・」

 

そうだ、その通りだ。

実際に妹様が黒森峰に来てから一度も乗っていない。

だから相談したのだ!まだ染まっていないと思って。まだ溺れていないと思って

 

「やれやれだな。確かに私は黒森峰では一度も乗っていない。

 しかしだ、私がみほが生まれてから何年一緒にいたと思っているんだ?」

 

「・・・・・・あっ」

 

そうだ、その通りだ。

西住ならば家に戦車もそれを動かす環境もいくらでもある。

それならば幾らでもその機会があるに違いない。

とっくに・・・隊長もとっくに手遅れだったんだ。

私達よりも遥か昔に。それこそ私達が戦車道に触れる前から。

 

「じ、じゃあ・・・なんで・・・なんでこんな事を放置するんですか?

 解ってて何故!」

 

「それはな。お前達が哀れだったからだ」

 

珍しく隊長は笑っていた。

今までで隊長が笑うのは妹様に関係するときぐらいであった。

今も確かに妹様が関係していた。

しかし、妹様の写真や手紙を見た時の、見ている此方までも嬉しくなるような笑みではない。

もっと、もっと別のナニカに見えた

 

「お前達はみほ戦車に乗って自己成長の実体感と自己の承認欲求。他には達成感や賞賛等かな。

 様々な快感を得れただろう。

 しかし、たった一つだけ絶対に得られないものがある」

 

私は震えていた。

そこから先を聞くのが怖かった。

私は無意識のうちに左手を右胸に当てていた。

 

「それはみほからの尊敬。見上げられる事だ」

 

いやだ!言わないでくれ!

 

「私は戦車道自体に対しては好む事も楽しむ事は無かった。

 ただ、西住の家に生まれた事からの義務だけが私が戦車道をやる理由だ。

 別にそれ自体を忌んだ事は一切無い。

 生まれつきの事であるし、また少なくとも一般標準より良い生活をしているのであれば同時に義務も背負うべきだろう。

 しかし、私が戦車道を好み、楽しむ理由は戦車道の本質より外部にある。

 それは戦車道ではみほが私を上に置き、推尊し、畏敬し、敬慕してくれるからだ。

 何の含みも無く、下心も無く、上辺だけのとは違い、心をから姉を凄いと思って賞賛してくれる」

 

そうだ、それを受けたらどんなに気持ちの良い事か。

囲碁の言っていた通りだ。

何の不純物も無い真っ白で透明な賛美こそが妹様から齎される最大の快感であった。

 

 

 

だが、其れは

 

「だが、其れは」

 

 

 

私達では

 

「お前達では」

 

 

 

得られない

 

「得られない」

 

 

 

何故ならば・・・・・・

 

「何故ならばお前達は才能が無いからだ」

 

 

 

 

-5-

 

その通りだ。

私達が妹様から受ける賞賛は全て上からかけられる言葉だ。

 

良く出来たね 偉いね 頑張ったね。

 

それは言ってしまえば飼い主がペットの犬にでもかけるような物だ。

しかしながら、上に向けての敬意や尊敬は得られない。

 

そんな事ができるんだ!凄いね!流石だね!

 

そんな言葉を妹様からかけられた事は無かった。

 

理由は簡単だ。

私達では妹様にそう思わせるだけの実力がないからだ。

砲撃や操縦の技能等のそれぞれの専門技術なら妹様を上回る者は幾らでもいるだろう。

実際、私は妹様より操縦技術は高い筈だ。

しかし、そういう物ではないのだ。

戦車道としての本質的な何かが必要なのだ。

だから、絶対にその様な言葉をかけられる事は無い。

私の全身が弛緩した様に力が抜かれ、右手がだらんと床に落ちた。

ただ、まるで全身から抜かれた力が其処に集まっているのかの様に、左手だけはパンツァージャケットの右胸を強く握り締めていた。

 

「私は今でも覚えている。

 最初にかけられた言葉は『凄い!お姉ちゃん!』だ。

 あの時の衝撃は忘れられない。

 私にとって戦車道は義務によって遂行されるものだった。

 それは家にとっても同じ事なのだろう。

 それまで・・・いや今までもみほ以外から戦車道に関連した事柄で褒められた事など無かった。

 精々が労いと言った所か

 だから其れを知らないお前達が、其れを絶対に得られないお前達が哀れに思ったから、少しでもと思って放置していたのだ」

 

そこまで言い切ると隊長はふふふと静かに笑って滑稽な事だと言った。

 

「斑鳩、お前はどう思う?劣っている姉がより優れている妹に褒められて喜んでいるのは。

 実に滑稽じゃないか?」

 

「・・・どういう意味ですか」

 

「そのままの意味だ。お前達は私を天才だと持ち上げてくれるがとんでもない。

 私など妹に比べれば唯の凡夫に過ぎない」

 

私はかつて年の始めに行われた最初の集団戦の練習試合を思い出した。

あの相反する西住姉妹が戦ったらどうなるのだろうかと言う答えなき疑問だ。

あの時はどれだけ期待され望まれても隊長は決して行わなかったのだが。

それの答えが隊長自身の口で明かされたのだろうか。

 

「で、では・・・隊長よりも副隊長の方がお強いと?

 あの時の練習試合で隊長と副隊長が戦わなかったのは・・・」

 

「少し違うな、あの時戦っていれば間違いなく私が勝っていた。

 だから戦わなかったのだ」

 

「どういう事ですか?意味が解りません」

 

「お前は昔、人の才能を平面での粘性のある図形で例えた事があったな。

 私は円だと。その通りだ。だからこそ真円と例えられる西住流という枠は私にピタリと合う。

 外周にあった線の歪みは西住流という枠をはめる事で補正され、私をより完璧な円にしてくれる。

 一方でみほは違う。あれは図形と表現する事もできない。中心から無作為に全方位に好きな様に広がっていくという才能だ。

 例えるなら無尽蔵に増殖していくカビだろうな。

 そんな才能と素質に真円の西住流という枠をはめても無駄が多すぎる。

 枠の中には隙間だらけで、納め切れなかった枠の外の枝が無駄になるだけだ。

 それでも元が巨大であるから凡人とは一線を画しているがな」

 

私は隊長のとんでもない発言に混乱の極みにあった。

西住流の次期当主候補が西住の娘に対して西住流が適していないと断言したのだ。

 

「もし、みほが西住流の縛りから抜けて、その才能を自由に外へ思いっきり伸ばし、自らが思うように戦えるようになったのならば、

 更に、戦車道の経験も無くまだ何の癖もついていない真っ白な素材の雛を、みほが教導してその才能を余す事無く開花しさせ、自身が率いる隊員としたのならば、

 私など足元にも及ばない。恐らく、戦車の質も数も倍以上のハンデがあったとしても負けるよ。

 しかしながら家元はこと西住流については意外な程に視野が狭くてね。

 私などはみほには好きな様にやらせて結果を出させてこれも西住流と言い張ればいいと思っているのだが・・・まぁこれは伝統と組織を背負っている者とまだ背負っていない者の視野の違いなのかもしれないがね。

 少なくとも家元のその意向のおかげで、みほは自分の実力を勘違いして私の事を上に置いてくれるのだから助かっているのだが」

 

言われて見て、妹様の戦車長として指示や隊長としての指揮に違和感があった事を気づいた。

何かしこりがあるような、不自由さを感じるようなそんな雰囲気があった事を。

 

「・・・・・・副隊長の車輌にまるでローテーションの様に上級生を乗せていったのは?」

 

「無論、全員に知ってもらいたかったからだ。

 仲間はずれは可哀想だろう?」

 

「私を最初の練習試合で妹様の操縦士に任命したのは?」

 

「テストケースだ。

 私も同年代と僅かな差の年上とではどう反応が違うのか、予想に確信がつかなかったからだ」

 

「・・・信頼しての事ではなかったのですね」

 

「いいや?私はお前を最も信頼していたぞ?

 お前は普段は飄々としているが、私の知る限りこの黒森峰でもっとも芯が通っている人間だ。

 誇りも潔癖さも純粋さもだ。そんなお前が堕ちるのであれば全ての生徒が堕ちるだろうと思ってな」

 

「では、副隊長の事について相談したのも・・・」

 

「勿論、テストの結果の確認だ。

 お前は私の質問に即座にしかも満点に近い解答を出した」

 

嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!

私達を哀れに思ってだと?そんな訳が無い!

それならそんな表情をする筈が無い!

この人は自慢したかったのだ。見せびらかしたかったのだ。

子供が自慢のおもちゃを少しだけ友達に触らせ、その後に自分が自由に好きなだけ遊んで優越感を感じる様に。

私が顔を上げ、隊長を睨みつけていると、あの何とも形容しがたい笑みは極普通の・・・あの見ているだけで暖かくなる優しげな笑顔へと変容した。

隊長はその笑顔のまま、私の肩をぽんと叩いた。

 

「お前のみほに対しての忠誠心は見事な物だ。

 色々、みほが世話になっているようだな。

 隊長としても姉としても礼を言うぞ。

 これならみほをお前に任せる事もできそうだ」

 

・・・任せる?任せるとはどういう意味なのだ。

 

「今後、副隊長の車輌の操縦士をお前に任ずる。

 能力的にも人格的にもこれほど信頼できて適任な者はいない。

 受けてくれるだろう・・・?」

 

私は呆然とした。

勿論、受けて終わりな訳が無い。

これは褒美を兼ねた餌なのだ。

お前にだけ美味しい思いをさせてやる。特別扱いにしてやる。

だから従え。全てを飲み込め。黙って頷いて大人しくしていれば良い思いをさせてやる。

今まで妹様に対してサタンの誘惑のようだと表現してきたが、これこそが本当の悪魔との契約なのだ。

そんな取引に応じれるか。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。

尊敬し敬愛している人を中心に理不尽で反社会的で耽美な集団が形成されていくのを黙って見ていろというのか!

これ以上私を、友人のオセロや囲碁。可愛い後輩の逸見達。尊敬していた新海先輩を

そして誇り高き黒森峰女学園機甲科を汚すな!

 

そう心の内から叫びが湧いてきた。

それもまた本心ではあったのだろう。

 

「・・・・・・はい、解りました・・・。

 謹んでお受けいたします」

 

しかしながら口から出た言葉は弱く唾棄すべき惨めな私らしい返答であった。

その時はとてもではないが隊長にもそして自分以外の世界全てに向ける顔がなかったので、床だけを見つめていた。

・・・だから、私がそう返答した瞬間、隊長がどんな表情をしているのかは解らなかったのだ。

それでもなお、左手だけが強く服の上から内ポケットにある私のタカラモノを強く握り締めていた。

 

-6-

 

次の日、どういう告知の仕方をしたのか解らないが、全ての上級生の隊員に隊長からお達しがあった。

曰く、副隊長の私物を持つなら代替品を用意して入れ替えろだそうだ。

実際にはもう少し細かい事も言っていたが、要約すればそんな所だろう。

其れを聞いて生徒達の大部分の顔に浮かんだのは嫌悪でもなく外でもなく安堵であった。

私だけが異常性癖者ではなかったのだと、極一部の例外ではなく一定数以上存在する分類に属しているのだと。

 

私はその夜、何時ぞやの時の様に月光に白布を当てて考えた。

そうだ・・・私は悪くないだろう?

もしこの様な事になるのが私だけ、または2-3人だけの少数であるなら「異常」と誹られても納得する。

しかし、しかしだ!大多数だ!ほぼ全員だぞ!

であるならばこれは必然ではないか!致し方が無い事ではないか!

砒素を含んで死んだ者を体が弱いと詰る奴がいるだろうか。

突如起きた地割れに巻き込まれたり、前兆無く振ってきた隕石にぶつかって死んだ者を集中力が無いと馬鹿にする者がいるだろうか。

私の人格や人生に問題があった訳ではないのだ!私は悪くない!全ての原因を挙げるならばそれは妹様に他ならないじゃないか!

この事を外部の人間や、はたまた世界を見下ろしている超越的存在、または第四の壁越しに見ている視聴者や読者等と言った第三者ならば私達の気持ちは理解できないだろう。

戦車道を知らず、妹様の車輌に搭乗する経験も知らぬ者はどんなに想像の翼をはためかせても共感を得られない。

だがしかし、戦車道を本気で歩んでいる者であればある程、この沼に嵌っていくのだ。

今もこの月夜の下で私と同じ様に妹様の下着を見ている者がいるのだろう。

なるほど、よくよく考えればこれは必然だ・・・。

 

『黒森峰女学園は日本戦車道を体現した象徴である!』

 

戦車道に己を賭けている者や人生を費やしている者ほど嵌り易いのであれば、この黒森峰ほど泥沼に変異しやすい場所はあるまい。

結局の所、この学園も隊長にとって最も都合の良い遊び場だったのかもしれない・・・。

私は白金の天使の聖遺物を握りながら寝台に潜った。

何時もの様に己を矮小なる存在だと強く認識させる行為に出る。

その行為に没頭しながらも考えた。

あの天使の皮を被った純粋で堕落の悪魔の誘惑に耐えられる者はどんな人物なのだろうか。

きっと戦車道を今までした事も無く縁すらなく、それでいて初めて行う戦車道を妹様と一緒になって楽しめる、そんな人物なのだろう。

・・・最もそんな人物が黒森峰にいる訳が無いのだが・・・。

 

-7-

 

準決勝を突破し、残す所は決勝だけとなった。

決勝の相手はプラウダ校である。

強豪校と言って差し支えはないが、去年の黒森峰であるならばまだ可能性は無くは無かったが、

今年の黒森峰では何らかの不幸が重なった上での奇跡でも起きない限りはまず負けないだろう。

あれから副隊長の操縦士に選任されてから、私は妹様の戦車に乗る機会は激増した。

当たり前だ、毎日行われる戦車道活動の大部分を一緒に過ごす事になるのだから。

妹様と同乗できる様になったのだから右胸に仕舞われているこのタカラモノはもう既に必要の無い物の筈なのに、私はまだ捨て切れなかった。

それですら隊長の予想通りだと思うと悔しいが、左胸にある心臓が私の肉体にとって物理的に必要な物を全身に行き渡らせる機関なのだとしたら、この右胸にある物は私にとっての精神的な右心臓なのだろう。

戦車に乗っている最中は非常に高揚し、芯の髄から楽しくなり、そして夜には何とも情けない気持ちになるという浮き沈みの激しい日常を送っていた。

・・・不安になる事はある。多分何時か私の心と言う器が持たなくなるだろう。

心と言う器は一度ヒビが入れば・・・・・とは言うが、私の心の器は今どうなっているのだろうか。

・・・・・・そしてあの5人での個人練習はついに行われなくなった。

 

-8-

 

そして時は流れ、決勝を明日に控え、必勝祈願もかねて妹様の部屋で全員で食事を取る事になった。

個人練習をする機会が減り、自然と全員で食事会をする機会も少なくなっていき、何時の間にか自然消滅していたのだが、妹様がやりたいと珍しく可愛い強請りを見せたので久々に行われたのだ。

用意されたのは全員で食事を取る様になったあの日初めて出された貧乏鍋。

逸見などは勝利祈願ならばカツ料理ではないのかと軽口を叩いたが、妹様がでもこれこそが私達にとって一番思い入れのある料理だよ!といって喜んでいるのを見て何も言えなくなっていたようだ。

浅見も溢れる元気さを見せていた。赤星の何かを不安になる笑顔も久しい・・・。

 

「楽しいですか?斑鳩先輩」

 

ふと感慨にふけっていると、私の顔を覗き込むように妹様が声をかけてきた。

いけない、また何時の間にか俯いていたようだ。

最近、戦車道以外の時間では地面を向いている事が多くなってきていたのだ。

 

「え、はい 楽しいです。そう・・・本当に・・・」

 

久しくこのメンバーで何かをする事をしていなかった。

最近は精神的に疲れを感じていたが、それが癒されている事を感じている。

 

「それなら良かった!皆、心配していたんですよ!」

 

「え、心配とは?」

 

「最近、なんだか斑鳩先輩が元気が無いように見えたから、4人で話し合ってたまにはまた5人でご飯でも食べようって

 でも斑鳩先輩は急がしそうでもあったから迷惑かなとも思ったんですけど」

 

「ちなみに最初に言い出したのは逸見でーす」

 

「あ、あんた!ちょっと何を!」

 

「でも嘘じゃありませんよねぇ」

 

・・・・・涙が出てきた。

心の器から溢れるように、でも壊れたり崩壊したりした訳じゃない。

恐らく、そのままだったら心の器が一杯になり、ドロドロした物となって溢れて来たであろう物が、涙という形になって排出されているのだろう。

 

「え!ちょっと斑鳩先輩!泣かないでください!な、何か悪い事を言ってしまいましたか?」

 

そうだ、何で気づかなかったんだろう。

楽しいと思っていたのは戦車道だけじゃないし、妹様にだけじゃないんだ。

この5人で何かをしているのが楽しかったんだ。

だから、私が妹様の下着を幾ら弄んでも飢えが満たされなかったのだ。

私が求めていたのはあの日の私だけの成功体験とかそんな物だけではない、この5人で何かを一緒にしていた事という事が楽しかったんだ。

だから5人での練習も楽しかったし、心待ちにしていたのだ。

なんだ、気づけば単純な事だ。

幸せの青い鳥は直ぐ身近にいたのだ。

 

「ご、ごめんなざい。な"んでもないの。

 ぼんどぅにうれじくて・・・ありがどう!・・・みんなほんとうにあ"りがとう!!」

 

心に抱えていた色々な穢れ汚れといった暗い物が涙と一緒に消えていった気がする。

憑き物が落ちた様にすっきりとしていた。

そうだ、この右胸にあるタカラモノだったものはもう本当にいらなくなった。

折を見て洗濯をして返しておこう。

前にも同じ様な決意をした事があったが、その時とは違い、もはや其れをするのに何の悩みも迷いも無かった。

私にはこんなに素敵な後輩達がいるじゃないか。

もはやこんな唯の布切れに何かを想って自分を慰める必要など無いのだ。

私が一頻り泣いて、落ち着いてから食事が再開された。

私はまだ目が赤かったようだが、思う存分笑って楽しんだ。

くだらない話も、浅見が逸見をツンデレだとからかって遊ぶのも、赤星がそれをニコニコとして見ているのも、全部が楽しかった。

そうしていると妹様が私にお願いがあるそうだ。

今ならば例えどんなお願いでも聞いてやれそうだ。

あの巨大なボコのヌイグルミが欲しいのと言われれば小遣いを全てはたいても良いし、甘えたいと言われればどんな甘やかしもしてしまうだろう。

 

「えっとですね、斑鳩先輩。私と敬語ではなく普通に話してくれませんか?

 名前も呼び捨てにして欲しいです」

 

・・・え、それはちょっと・・・・・・。

 

「普段から敬語を使う人なのかなと思ったんですけど、この前に学食で同級生の方と話しているときはもっと砕けた話し方をしていましたよね?

 あと私がいない時はエリカさんたちにもそう話していると聞きましたよ!

 私だけ仲間はずれなんて嫌です!」

 

「え、で、ですが・・・黒森峰で西住の方に尊称もつけずに友達口調で話すなどと・・・」

 

上級生達からは何があったのかという針の筵に立たされる事は間違いないし、西住流門下の人間からもどんな目で見られる事か。

 

「駄目ですか・・・」

 

はい、でた!上目遣い!

直ぐに妹様はそれだ!

それをすれば簡単に堕ちると思っているに違いない。

 

「解った。そうしよう」

 

即堕ちだった

 

ああ、いや。流石にまずい。

具体的に言うと今後の人生における戦車道で冗談抜きで困った事が起きる可能性があるのだ。

それくらい西住の影響は強い。

 

「えっと・・・じゃあこうしましょう!

 明日の試合に勝てたら御褒美ということで・・・」

 

「せんぱーい、それ一日伸びただけですよね」

 

「斑鳩先輩って本当に窮地に弱いですよね・・・」

 

うるせぇ、外野は黙っていろ。

 

「本当ですよ!?きっとですね!?」

 

妹様が喜びながら小指を突き出してくる。

これは・・・あれだろうか・・・。

私もそっと小指を差し出すと、妹様が互いの小指を絡ませて「ゆびきりげんまーん」と大層可愛らしく歌いだした。

・・・ああ、もうどうでもよくなってきた。

そうだ同級生や西住流門下生の突き上げがなんぼのもんじゃい!

文句がある奴は片っ端からかかって来い!

 

 

 

その後、解散して自室に戻って寝台に潜りこむと途端に安請け合いをした事に後悔した。

だけれども、私が名前を呼び捨てで呼ぶ度に妹様が嬉しそうな顔をするのが目に浮かぶので、結局の所はまぁ良いかと思ってしまうのだ。

その夜はあの日から初めて妹様の下着についての存在を忘れての就寝となったのだった。

 

 

 

 

 

 

最終話 

【こうして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになった】

 

 

                  

    完

 

 

 

 

 




これにて完結です。お付き合いありがとうございました。































次回作予告!

ある日突然大して特徴も無い男がトラックに轢かれて死亡した。
この対して特徴も無く特色もない男は死後、神か仏かIDか空飛ぶヌードルのモンスターか
正体は不明だがこの宇宙における因果律の最初の起点に干渉した物、即ち創造主に出会う。
これまた彼に良く解らぬ理由によって転生を言い渡された彼はサブカルの知識によって
異世界ファンタジーにて俺Tueeeハーレムを目論見チートを貰い、転生するがそこはどう見ても現代日本であった。
折角貰ったチートも現代日本で行使するわけにも行かず、残念に思うがよくよく観察すればかなりの資産家かつ名家でしかも次女という立場であった。
となると冷静に思えば窓から糞尿を捨てたり衛生観念や人権意識など欠片も無さそうな中世をモチーフにした世界よりも
文化的にも治安的にも食生活的にも裕福な家での現代日本の方が遥かに良いのではと気づく。
こうして彼は自由気ままに新たな人生を満喫する事を選んだ。
・・・・・・そこが確かに「現代」で「日本」ではあるものの立派な異世界とは気づかずに。


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【エピローグにしてある物語のプロローグ】

「なんで・・・何でですか!

 なんで妹様が戦車道を辞めなくてはならないんですか!?」

 

かつての私からは想像もつかないだろう。

私が隊長の襟首を掴んで怒鳴っているなど。

 

「あんな・・・戦車道を体現したような人を!

 戦車道をする人にとって太陽みたいな人を」

 

そう言ってのけると、隊長が私の腕を振り払い、やおら立ち上がると怒鳴り叫んだ。

 

「私が好き好んで辞めさせたと思っているのか!!」

 

それだけ叫ぶと顔を紅潮させ、息を荒くして肩を動かしていた隊長は、心底疲れたように椅子に座り込み、顔を両手で覆った。

 

「みほの戦車道の存在しない学校への転校を承認したのはお母様だ。私ではどうにもする事が出来ない・・・」

 

「何故なんですか・・・日本の戦車道の象徴ともいえるような方がなんで!・・・なんであれ程の資質のある人が戦車道から消える事を許してしまうんですか」

 

私がそう聞くと、隊長がふふふ・・・と笑った。

あの何時か聞いた自虐が混じったあの笑い方を・・・。

 

「斑鳩は何時も重要な所で抜けているな。あの時私に相談しに来たときもそうだった」

 

「誤魔化しを・・・」

 

「あれは私だけがみほを知らないと思っての事だったな」

 

「・・・・・・」

 

「では聞こう。みほの魅力は指揮されるか尊敬される事で気づく。

 端的にそして乱暴に纏めるとこういう事だな」

 

私は静かに頷いた。

 

「では、あの家元がみほに指揮される事などあるか?

 あのみほが母親に向かって混じりっ気無しの賞賛をするだろうか?」

 

・・・・・・もう私は何と表現すればいいのか、どう反応すればいいのか解らなかった。

 

「ふふふ、した事はあったさ。最もかなり昔で私もみほもまだ幼児だった頃だ。

 たった一歳しか違わない私にとっては簡単に受け入れられたが、母親からすれば・・・な」

 

つまり、これは喜劇だったのだ。

戦車道に己を費やしている者ほど妹様の魅力には抗えない筈だったが。

ところがこの日本で最も費やしているとも言って良く、そして妹様と最も近しい筈の人物が妹様の資質に気づいていなかったのだ。

 

「私達が哀れだからと言ってました。

 隊長は嘘をつきましたね」

 

「そうだ、本当は唯自慢がしたかった「其れも嘘ですね」

 

私はじっと隊長の目を見つめながら言った。

 

「隊長は妹様に負けたかったんですね」

 

変化は劇的だった。

あの決して自分を崩さなかった隊長が涙を流し始めたのだ。

 

「・・・みほが西住流ではなく自分の戦車道を手に入れて、それで楔から解き放たれて大空へと羽ばたいて、自由に戦車道をして欲しかった。

 だから・・・みほを信用して信頼して西住流ではないみほの戦車道を助けてくれる者を増やしたかった。

 私の・・・私の人生の楽しみと夢はたった一つ、みほの戦車道が見たかっただけなんだ・・・」

 

でもそれはもう見れない。

もう同じ道の上に妹様がいないからだ。

 

私は泣き崩れる隊長に何も声をかける事が出来ず、そっと静かに退室するのだった。

 

 

機甲科生の寮はまるで火を消したかの様に静かだった。

あの副隊長なのだから、友人の危機に我を無くすのはしょうがない。

それにそれこそが副隊長の魅力じゃないか・・・。

だから誰も妹様がフラッグ車を放りだして沈没した逸見達の戦車に駆け寄った事を責める者は黒森峰にはいなかった。

そして誰からも好かれていたあの妹様が戦車道を辞めるという情報は、妹様が入学すると言う情報には無かった「衝撃力」を持ち、「ブリッツクリーク」という表現が最適であったのは皮肉と言えるだろう。

それを聞かされた時、怒号が奔り、そして泣き声が場を制圧したのだ。

寮は確かに静かであったが、そこら中から悲痛な泣き声が聞こえてくるかのようだった。

自室に戻ると電気はついていなかったが、点ける気にはなれなかった。

部屋の奥の窓のカーテンの隙間から、月の明かりがちらちらと差し込んでいた。

私は窓に近づき、月明かりを浴びながら空を見上げた。ああ、今日も満月だったのか・・・。

右胸のうちポケットを探り、私のオモイデを取り出す。

結局返す機会が来なかった。そして、今ではもうこれを手放す気にはなれなかった。

関係の無い者から見れば人の下着を大切な想い出であるといえば、きっと眉を潜めるだろう。

だけれどもそれがアクセサリーだったりヌイグルミだったりすればきっと美談と感じるのだろう。

ふん、物の違いと想い出であるかどうかに何の関係があると言うのだ。

私にとって・・・私達、黒森峰女学園機甲科生にとってはこの下着が妹様の掛け替えの無い想い出が詰まった品物なのだ。

そっと妹様の下着を月光に当てる。

恐らく、皆この私と同じ様に物思いに耽っているのだろう。

この綺麗な淡い星の輝く夜空と満月の下で今この時だけ私達は同じ想いを共有しているのだ。

月の明かりは変わらないのだろうが、かつてと違い妹様の下着は輝く事も無く、眩しさも私には感じられなかった。

ただ、月明かりにぼんやりとだけ仄かに光っている様に見えるだけなのだ。

・・・・・・それもまた綺麗であった。

 

 

 

      了

 

 

 

  





これにて本当にこの話は完結です。
この話自体は何ともいえない中途半端な終わり方をしていますが、この後はTVアニメのストーリーに繋がるので、この世界線でもみほまほもエリカもそして黒森峰の生徒達もきっとハッピーエンドで終わると思います。
完結と言いましたが、ちょっとした外伝やif展開は書くかもしれません。

最後ですが長い間お付き合いしてくださってまことにありがとうございます。


P.S
ちょっとした短編も投稿しています。
この作品とは関係がないですが、もしよろしければどうぞ。

逸見エリカが西住みほを看護する話
https://novel.syosetu.org/83314/



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IF外伝【聖グロリアーナ女学園編】
【もう、私の物】


しばらくの間、このシリーズは放置しておくつもりでしたが、某所にて斑鳩先輩の絵を描いてくれた人がいたので嬉しくて描きました。



sakuさん(http://www.pixiv.net/member.php?id=298168)に表紙・挿絵としてこの小説仕様の絵のを頂きました。



-1-

 

あの日、妹様が黒森峰から姿を消してから年度が変わる程の月日が経った。

妹様が転校した当時こそは士気も最低であり、暫くはまともな活動すら出来なかったくらいである。

特に落ち込んでいたのは隊長であり、あの人がたった一日とはいえ急病と急用以外で休むとはと全員が驚愕しつつも、

僅か一日で復帰してきた事を流石であると認識しなおしたのだ。

最も、それでも一定の期間はとてもではないが身も入らず殆ど惰性で練習を続けていたのだが、

逆に言えば心あらずであっても戦車道の活動ができるのは流石は黒森峰であると言えるのではないだろうか。

そんな私達が立ち直れたのは間違いなく逸見のおかげだっただろう。

私達が亡者の如く、或いは人形の如く、淡々と作業を行っていたのに対して、逸見は今まで以上に鬼気迫る様に集中と熱意を費やしていた。

最初は空虚となった心をただ我武者羅に行動する事によって誤魔化そうとしている様に思えたが、

その眼にはかつて練習試合で見た事があった様な、過去を踏み越える熱い意思と遠い未来を見据えた冷たい決心が秘められていた。

勿論、私達はそんな逸見に対して「一体如何したのだ」等という問いをかける事は無かった。

その眼だけで既に妹様の転校について、あの時落下した車輌に乗っていた逸見が自己の責任と自己の役割と、

そして何より如何する事が一番妹様への手向けになるのか、例え其れが自己満足であったとしても逸見本人には解っていたのだ。

少なくとも、ここで腐っている私達よりは遥かにだ。

 

年度が替わり、新海先輩達三年生が卒業して私達の学年が一つ繰り上がった。

妹様の事は忘れる筈も無く、今でも私達の心に想い出としても傷跡としても残っているが、

少なくともその癒えない傷跡には薄く皮膜が張り、見た目の上では平常に戻っているかのように見えた。

副隊長には逸見が選ばれたが、その隊長の決定は当然の選出であると文句は出なかった。

妹様の教えを一番教授されていたのは彼女であり、また姉を除けば一番近しい人物でもあったからであるし、我々が腑抜けている時に最も早く立ち直った人物であるからだ。

最も、全員―――本人ですら―――が妹様の代替品にも成り得ない事が解っていた。

妹様の一番の弟子とは言っても、結局は妹様の残滓すら受け継げなかったからだ。

しかし、それを馬鹿にしたり揶揄したりする阿呆は黒森峰にはいなかった。

妹様がいないこの状況で彼女より副隊長に相応しい人物はいないというのが共通認識であったし、

この偉大な人物の後釜を任された彼女を最上級生である三年生も含めて全員で支えてやろうと意思が統一されていたからだ。

当然ながら今年の私達の目標は優勝奪還である。

私達が妹様抜きでも立派にやれる事を見せてやり、妹様を安心して戦車道から離れる事が出来るようにしてやりたかったのだ。

・・・・・・ひょっとしたらそれを見て私達と又戦車道をしたくなるのではないかという淡い期待が無いと言えば嘘になるが・・・。

 

全国大会を視野に入れての練習が始まって暫くした時、全体集会での報告の場で隊長が練習試合の予定を告知した。

相手は聖グロリアーナ女学院。

ここ最近では優勝・準優勝の機会は無いが、抽選での運もあっての事で実力的には黒森峰を除けば間違いなくプラウダと並ぶトップクラスの強豪校である。

故に、黒森峰との練習試合の頻度はそれほど低くないので、また今年も本番に向かって走り続ける次期なのだなと実感しただけであった。

そう・・・その後の隊長の報告を聞くまでは。

 

それは正に青天の霹靂であった。

あの妹様が聖グロリアーナ女学院にいるというのだ。

私達は妹様が転校して、もう戦車道に携わらないとだけ聞いていたのだが、どこの学校へ行かれるのかは一切聞かされていなかった。

故に、まさか戦車道の強豪校として有名な聖グロリアーナ女学院に在籍しているとは思わなかったのだ。

二年生以上がざわめく中で一年生だけが「妹さん?」「誰?」と不思議そうな表情をしていた。

 

その後、特に妹様と親しかった者、つまり私や逸見達が隊長の元に押しかけ事情を聞こうと詰め寄った。

隊長曰く、隊長自身も妹様と家元から転校先は聞かされていなかったが、つい最近になってやっと聖グロリアーナ女学院である事を知ったらしい。

そこで、聖グロリアーナ女学院と練習試合という名目で様子が見たいとの事だ。

隊長は私情で動くなど隊長失格だな・・・と自嘲していたが、黒森峰が聖グロリアーナ女学院と練習試合を行うのは例年の事であるし、

ましてや妹様の事であれば黒森峰機甲科全体に関わる事なのだから私情では決して無い筈だ!

ひょっとしたら妹様に会えるかもしれないと皆が楽しみにしていた。

練習試合が終わった後も反省会や意見交換等の交流の場もある。

戦車道関係者以外の人物と接触するのは少々難しいが、きっと妹様ならこの機会に顔を出してくれる筈だ。

 

-2-

 

妹様とは確かに出会えた。

しかし、それは期待していたような再会ではなく、最悪のものであった。

試合開始前の一同整列しての挨拶にて、妹様は聖グロリアーナの隊長の横に立っていたのだ。

黒森峰の黒を基調として赤を配置したあの見慣れたパンツァージャケットではなく、

赤を基調として黒が配置された聖グロリアーナのパンツァージャケットに身を包んでだ。

まるで、黒森峰の其れに対してアンチテーゼとも言えるカラーを纏った妹様の姿は、

無言で「もうお前達の仲間ではない。私の居場所はここだ」という現実を私達に突きつけている様であった。

妹様自身は私達と顔を合わせるのは気まずいらしく、あの最初の自己紹介の時のように挙動不審となりながらも此方をちらちらと見ていた。

その姿に周囲の人物が―――そう、私たちじゃない―――心配そうに声をかけていた。

特にピンクの髪をした―――確かローズヒップといった―――少女は心の其処から妹様を慕っているらしく、

まるで主人を心配する子犬のようであり、其れに対して浅見は彼女を睨み殺す様な視線を送っていた。

逸見に至って肌から血の気が無くなり、まるで死体のような土気色になって、今にも倒れそうなほど衝撃を受けている。

 

 

私は、妹様に・・・・・初めて暗い感情を抱いた。

どうして此方を向いてくれないのだ。

そんなに伺う様に覗き見るのだ。

何故、笑顔を向けてくれないのだ。

・・・・・・なんで戦車道をそんな所で続けているんだ。

黒森峰""私達""では駄目だったのか。そんなに聖グロリアーナ""其処""がいいのか。

 

 

そんな視線に気づいたのか、相手の隊長のダージリンが妹様に優しく笑いかけ、声をかけた。

 

「みほさん、お辛いのなら無理しなくていいのよ」

 

「い、いえ!やります!少しでもダージリン様に恩を返したいんです!」

 

私は全身の毛穴という毛穴が開いたの未だかつて無いほどの激情が奔ったのを感じた。

様だと・・・!?妹様に様と呼ばせているのか!

 

「そう、みほさんは本当に良い子ね」

 

私は視線で射殺さんとばかりに睨みつけたが、そんな視線に気づいた様子も無く、

あの女は妹様の腰を左手で抱え寄せ、右手で頭を撫でた。

 

 

 

そして、

彼女は僅かに此方に顔を向け、

細めた眼で流し目を送ってきた。

此方に面している口元は微妙に口角が上がっており、

その眼は口以上に雄弁に語っていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

  『もう、私の物』

 

      了

 

 

 

 



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【残された者】

-1-

 

聖グロとの練習試合は黒森峰の勝利で終わった。

妹様が相手なので局地的には冷やりとした事もあったが、結果だけ見れば確かに手強いと言えるも特に事前の想定が崩される事無く終わった。

そう、妹様が加わっても聖グロリアーナの戦力・戦法は確かに強化されてはいたが、想定の範囲内から逸脱する事は決してなかったのだ。

試合が終わり、両隊長間で終わりの挨拶が交わされる場になったが、普段なら手を差し出し表情を和らげ、「良い戦いだった」と賞賛するのが普段の隊長である筈であった。

 

「・・・何故、みほにあの様な戦い方をさせている?」

 

「あの様な・・・?不思議な質問ですね。

 浸透強襲戦術は聖グロリアーナの伝統的な戦い方ですが」

 

だが、隊長は普段に増して鉄面皮のまま、刺々しい声でダージリンに問いかけていた。

一方でそれを何処吹く風と言わんばかりに彼女は受け流したのだ。

試合が始まる前・・・つまり、ダージリンの横に寄り添う妹様を見た時は、寂しさを浮かべつつも嬉しさと安堵を表情に浮かべていた。

私はそれは妹様が戦車道を続けている事に対しての喜び、即ち隊長の夢が叶う可能性がある事に対してであると思っていたのだが。

 

 

「アレがみほに適した戦い方だと思っているのか!?

 お前程の者がそんな事も解らない筈が無いだろう!」

 

「・・・ふふふ、まるで黒森峰、いえ西住流ではみほさんに適した戦い方をさせてあげていたような言い方ですね」

 

「・・・・・・貴様っ」

 

「・・・聞き捨てなら無いわね。

 まるでみほが嫌々黒森峰で戦車道をしていたと言っているように聞こえるけど」

 

逸見が隊長に代わって凄まじい剣幕で噛み付いたが、それも彼女の精神には一切の揺さぶりにもならなかった。

 

「そう言っていますが・・・まさかあれだけみほさんの近くにいてお気づきになられなかったと?

 やれやれ・・・一体何を見ていたんでしょうね貴方は。

 上辺や表層だけ、「西住流のみほ」としか見ていなかったんですか」

 

「言わせておけば・・・!」

 

その後、危うく暴れそうになる逸見を私と赤星は必死に止めた。

無論、あの言い様には私達も許せないのは間違いなかったが、暴力沙汰になるのは絶対に不味い。

普段なら絶対に止める筈だった隊長も傍観しているだけであったのも、ある意味で状況の異常さを表しているようだった。

危うい所であったがその場はダージリンの前に庇う様に出てきた妹様の「ダージリン様に乱暴な事をしないで!」という一声で場だけではなく私達の心も含めて沈静化した。

特に直接言葉を投げかけられ、睨む様な視線を受けた逸見は泣きそうな顔になりながら、より一層に視線に怒りを込めてダージリンを睨んだ。

 

「一体何をしたの!何をしたのよ!みほを返してよ!返しなさいよ!」

 

静けさの後、そう言いながら暴れる逸見を無理やり連れ帰りながら、私達は帰途についた。

 

 

-2-

 

帰りの飛行船の中で私は隊長と一緒に展望室から無言で夕日を眺めていた。

私の心中を表しているかの様な、紙コップの中に満たされた真っ黒でミルクもシュガーも入っていないコーヒーを一口啜る。

・・・ブラックコーヒーは好きだった筈なのに、其れはとても苦く感じた。

 

「何故・・・なんでしょうね。

 朝はとても楽しみで妹様に会えるって期待していたのに。

 今じゃとても苦しいです」

 

何処と無く呟くように私は言った。

隊長に聞いて欲しくもあったが、決して話しかけているつもりでもないと言う矛盾を孕んだ独白だ。

 

「私は・・・薄々気づいてたんだ。

 みほがダージリンの手回しで聖グロに転校したと知った時からな」

 

「手回し・・・?

 最初からあのダージリンがそういう意図の元で動いていたのですか?

 偶然ではなく?」

 

そう聞くと隊長は最近良く見る様になってしまった自嘲的にふっと笑うとコーヒーを一口飲んだ。

 

「でなければ聖グロなどに転校しようとはしないだろうな。

 恐らく強豪校ではないどころか戦車道その物がない学校を選んでいただろう。

 ・・・私が迂闊だった。

 あの目敏く実行力と行動力と何より陰謀に長けた彼女ならみほに目をつけるのは当然だっただろうに。

 ・・・・・いや、迂闊というのは嘘だな。

 私はそれでみほが戦車道をする事を期待していたんだから」

 

「・・・では、何故あの時にダージリンに食って掛かったんですか?

 隊長からすれば妹様が戦車道に復帰しているのだから、望ましい事だったのでは?」

 

「・・・・・・斑鳩が聖グロの隊長だったとして、みほをどう配置して使う?」

 

「隊長に据えて全権限を委譲します」

 

「ぷっ、あはははは」

 

突然の質問に不意を突かれて頭の中では混乱していたが、無意識に口から答えが出ていた。

それを聞いて隊長が笑った。

皮肉や自嘲ではなく、久しぶりに見る朗らかで本当に楽しいと思っての笑い方に私は安心と嬉しさを感じた。

 

「お前のそういう単純明快なところは好きだ。

 うん、お前の言う事は正しい。

 しかしながらダージリンにも立場はある。

 彼女が自身の地位や権力に固執する人物ではないのは間違いないが、どう言い繕ってもみほは外から来た新参だ。

 それを隊長に据えるなど、伝統を重視するあそこの学校では影響力の強いOG会が許さないだろう。

 副隊長に置いているだけでもその器の広さと政治力の強さが解る」

 

そう言うと笑顔を引っ込めて、またあの陰鬱な表情に戻ってしまった。

 

「私はな、みほがクルセイダー小隊を任されると思ったんだ。

 聖グロの基本戦術は浸透強襲戦術・・・言ってしまえば重装甲戦車を中心としてゆっくり前進し押しつぶすという戦法だ。

 硬く堅実であるが受身の攻めでもあるから状況の選択肢の主導権は相手に握られる事になる。

 勿論、生半可な選択をすれば磨り潰されるだけだがな。

 しかしながら、私の・・・というより西済流との相性は最悪と言っても良い。」

 

それは解る、隊長の戦い方は戦場全体を把握し、それぞれに対して適切な配置をする事によって全体の有利を取っていく事だ。

例えるなら聖グロのそれは非常に難解な数学の問題みたいな物だ。

問題文に情報は殆ど開示されており、それに対して最適な答えを提示できる人物にとっては不測の事態が起きにくいので殆ど安定して勝てる相手であった。

 

「そこで自由兵力となるクルセイダーが重要となる。

 鈍重な要塞となった本隊とは別に自由兵力となり、機動戦を仕掛ける訳だ。

 これは極端な話、敵を撃破する必要は無い。

 本隊を待ち構えて体勢を整えている敵軍を翻弄し、時には腹の中に潜り込んで暴れまわる。

 こうして混乱させて対処さえさせなければ、聖グロの浸透強襲戦術は無敵とも言っていいだろう。

 其れを指揮するにはリアルタイムでの指揮が必要だ。

 単純な戦車の機動力だけではなく、意思決定と伝達に置いても敵に対して優越して、場の主導権を只管握り続けると言う機略戦とも言うべき戦術が取れれば聖グロにとってこのクルセイダー小隊は非常に強力になる。

 そして其れに対して指揮官に求められる能力は瞬間的な状況判断能力、敵の意図を読み取る洞察能力、それの裏をかく事に長けた策謀能力」

 

正しく妹様の為にあるような条件だ。

確かに少数を持って多勢を翻弄する事は妹様にとって最も得意な事だろう。

そしてその妹様に率いられれば撃破能力が低く、ただ速いだけで無視しても差し支えが無かった集団は小蝿から強力な毒をもった蜂となる。

言ってみれば聖グロは全身金属鎧に身を包み、大きなカイトシールドと巨大なスピアを持ってじりじりと迫る重装歩兵の様な物だ。

一撃を効果的に与える為には立ち位置を常に考えて、盾を掻い潜って少ない鎧の隙間を狙うしかない。

しかも、その時に気が抜ければ盾の隙間から槍の一撃が飛んでくるという神経の消耗が著しくなるような戦いだ。

そんな相手と戦う間に決して大きくは無いが鋭い針と毒を持った蜂が此方の首筋を、此方の眼を、此方の背を狙って飛び回るのだ。

しかも油断すればそれは腹を食い破り、此方の臓腑の中で「どちらを向いても敵ばかりだ!撃てば当たるぞ!」と言わんばかりに暴れまわる蜂だ。

 

「攻撃力」とは単に主砲の口径や弾速等の敵に対して物理的な影響を与える事だけであると誤解されるがそれは誤りではある。

それに加えて機動力による「必要な時に必要な場所にいる」という能力を合算または乗算した物こそが攻撃力であるし、更に言えば防御力にも影響してくるのだ。

例えば、戦車単体に対する攻撃で考えても側面や後方を直角に捕らえれば、より敵に対して効果的な損害を与えられるし、

敵との位置関係で有利な場所を確保できれば攻撃面でも防御面でも優良ともなる。

集団で考えても挟撃等を行えば全体の攻撃力・防御力が増す。

この様に装甲や主砲といった物理的な戦車の性能ではなく、機動力によって攻撃力を確保する事を主眼に置いたのが機動戦であり

更に其処から指揮と意思決定の速度でも相手に優越して主導権を握るのが機略戦である。

 

「故に最大限に活用するには小隊指揮官にはほぼ完全な自由指揮権と裁量が与えられる事になる訳だ。

 勿論、それができるだけの能力を持った指揮官ならばな。

 ・・・だから少数でもみほが自由にその赴くままに戦車道ができる環境ができると思っていた・・・・・・。

 そうであったなら勝つ事など絶対にできなかった・・・!

 全身全霊をかけてどの様な展開を考えても、みほは必ずその少し斜め上を行き、私の裏をかくに決まっている!

 私はみほに翻弄されて、聖グロの本隊に負けるんだ!

 それは決して聖グロに負けた訳ではない!

 単に私の部隊が聖グロに対して処理できる体制を整えられるか、それを阻止できるかというみほとの勝負に負けただけに過ぎないんだ!

 ・・・・・・だがそうはならなかった。みほは本隊の2号車として隊長車の傍にいるだけだった・・・」

 

「・・・・・・その運用に気づかなかったんでしょうか?」

 

「いや、それは無い。

 ダージリンはその様に視野の狭く思慮の無い奴ではない。

 実際にクルセイダー小隊の練度自体は上がっていた。

 その傾向もみほの癖が見られる。

 明らかにみほに教導させていた」

 

なるほど、そういえばクルセイダーのピンク髪の子は妹様に柴犬の様に懐いていた。

 

「・・・・・故意だよ。

 全てを知った上でそうしているんだ。

 ふ、ある意味アイツらしい。

 好きになった者の個性よりも自分で染め上げる事を好むなんてな・・・・・・」

 

「そ、そんな・・・!」

 

それが本当なら隊長の夢はやはり叶わない。

一度諦めた筈なのに、絶望した筈なのに。

また希望を見せられて、またその夢を潰されてしまった。

 

「で、でも妹様もその・・・西住流みたいに・・・」

 

「違うんだ!」

 

隊長が絶叫した。

 

「黒森峰で西住流をしている時はみほは何かを我慢するように誤魔化すようにやっていたんだ。

 私にはそれが解っていた!

 だから何時か、そこから解き放って欲しかったんだ。

 ・・・・・・でも聖グロの試合を通して解ってしまった。

 みほは・・・あの主体性の無い決して自分の戦車道ではない其れを・・・ダージリンから押し付けられた其れを・・・楽しんでいたんだ・・・・・」

 

そういって隊長は泣き崩れてしまった。

右手に持っていたまだ湯気のたっていたコーヒーの入っていた紙コップを握り締めて、手が火傷するのも構わずに・・・。

 

 

 

-3-

 

その日の夜、私は月が淡く輝く夜空の下でオモイデを手の上で転がしながら物思いに耽っていた。

慌ている人間を見ていると自分は冷静になるというが、確かに日中の間は私はあまり気持ちが沈んでいなかった。

いや、それは多分麻痺していただけなんだろう。

今、独りになってこうして妹様の事を考えていると途端にやるせない気持ちになってしまった。

 

もう妹様は戻ってこない。

もう私達の物ではない。

もう他人の物になってしまった。

もう戦車道に置いても私達の知る其れではない。

 

「・・・やだよぉ・・・・・」

 

私はオモイデを握り締め、膝を抱えて泣いた。

 

「置いていかないで・・・捨てないでよぉ・・・」

 

決して届かないと知りながらも、同じ様に妹様が夜空の月を見上げている事を祈って。

何故かあり得ないのに、同じ物を見ているなら届いてると期待して。

私は妹様に懇願した。

 

「私は・・・・・・もう・・・なのに・・・」

 

 

 

    『もう、彼女の物』-A

        了

 

 

 



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【もう、彼女の物】-前編-

IFダーみほ外伝の完結話の前編です。
3部作言ってましたが、みほ視点はやめた方がいいと思いましたので無しとなります。


sakuさん(http://www.pixiv.net/member.php?id=298168)に表紙・挿絵としてこの小説仕様の絵のを頂きました。
IF外伝【もう、私の物】の最後の場面に挿絵として挿入させていただいてますので、よければご覧ください。

pixivの方は前後纏めて投稿する予定です。


-1-

 

彼女を始めて見たのは去年の黒森峰との練習試合の時であった。

その時、なんとなしに一つの戦車に気を惹かれたのだ。

その戦車は他の戦車とは明らかに違った動作をしていた。

勿論、技量的な面でも他とは一線を画していたが、特に気になった点は別の面にある。

動作が瞬間的に発生しており、全ての行動が早いのだ。

状況判断に優れているというのとも少し違う。

迷いがなく、躊躇いがなく、自分の思う様に自由に動いているといった風である。

そう、言ってしまえば"楽しんでいる"というのがその行動の節々から感じ取られるのだ。

操縦や砲撃の思い切りの良さと不安の無さ。

俗な表現になるがアンツィオ風に言えばまるで"ノリにノっている"といった体だろうか。

それは終了後に件の戦車から降りてくる搭乗員の表情を見て確信へと変わった。

しかし・・・その戦車長である彼女・・・・・・西住みほの表情を見て何か引っ掛かりを覚えた。

笑ってはいる。

笑ってはいるのだが何か他の搭乗員とは違う物を秘めている様な印象を抱かせる笑みであった。

そんな所があっても。いや、そんな所があるからこそだろうか。

私は猛烈なある欲求に支配された。

その欲求は私の心の奥の枯れ果てた筈の井戸の其処の石の隙間から湧き出ると、凄まじい速度で溢れ出し私の心を埋め尽くした。

 

 

いいなぁ・・・アレ。 

アレ欲しいなぁ・・・。

 

 

その欲求は私の心を征服し尽くすと、私に餌を求める雛鳥の様に騒ぎ始めた。

最も仮にそれをイメージとして具現化したのなら、"雛鳥"などと可愛らしい表現には絶対にならないだろうが。

 

・・・・・・ほしいものは手に入れるのがわたしのやりかたね。

 

 

-2-

 

それから私は西住みほとその周辺環境である黒森峰と西住流について調べ上げた。

この聖グロリアーナには他校の偵察や情報収集等を行う非常に高度な情報機関が存在しているので、この手の事は十八番と言っても良い。

西住みほは当然として周辺環境、特に西住流との関係は重視して調べさせる事は忘れない。

本人との交流をしておくのも重要である。

幸い、サンダース程ではないが聖グロリアーナも裕福な学園艦だ。

黒森峰も質実剛健を旨としているので意外に思われるかもしれないが、あの学校も実は経済的にはかなり豊かだ。

そして互いに強豪校であるから練習試合を結構な頻度で組む事もそう不自然ではなかった。

練習試合の度に機会を作っては副隊長である彼女に話しかけ、折を見ては紅茶の席に誘った。

ここで私は戦車道についての話題は一切振らなかったし、それは同席者にも徹底させた。

最初はどうやら戦車道についての話だと思っていたらしく困惑していたが、趣味の話を振ると嬉々としてボコというヌイグルミについて語りだした。

特定の趣味に通じている人に良くある事だが、彼女もそのボコの事になると途端に早口になる様だ。

私はそれを決して嫌な顔を見せず、絶妙なタイミング相槌を打ち、笑顔を浮かべて楽しそうに見えるように努めた。

いや、実際に彼女と話しているのは非常に楽しかったが、そのボコという物には然程も興味が沸かなかったのだ。

もちろん、そうは決して見えないよう見せる為に此方から質問を投げたりもした。

その時も知ったかぶったり、無理に同調しているようには見せず、今日はじめて聞いた初心者であるが興味を持って色々と知りたいといった風を装ってだ。

案の定、彼女は非常に親身になって色々教えてくれた。

そうして短いが楽しい時間をすごした後に彼女に提案した。

 

「今度、一緒にボコを買いに行くのに付き合ってくれませんこと?」

 

彼女は非常に喜んで了承してくれた。

・・・・・・それもそうだろう。何せ彼女の周りにはボコの趣味に同調してくれる人はいないのだから・・・。

連絡先も聞き出し、予定が合えば一緒に行こうと約束をしてその日は別れた。

それから"偶然"互いの学園艦同士が同時に寄港するタイミングが増えた。

学園艦は生徒達の自立心を向上させるというのが基本的な意図であり、操艦自体も生徒が行っているだけあってその航行に関しては生徒達の裁量が非常に大きくなっている。

その権限を"生徒"のどの部分が保有しているかは学園艦による処である。

学校によっては生徒会であったり自治会であったりするが、戦車道強豪校に共通するように当校でも戦車道関係者による裁量が強くなっている。

無論、航行ルートを決定するにはそれなりの理由が必要ではあるが、"それなり"の理由を用意する事など造作も無いことであった。

そもそも航行ルートの提案が対立する事など無いし、他も反対する理由も無いのだから問題なく自分の要望は通っていった。

ましてや、"黒森峰と練習試合をする"という大義名分を容易く用意できるのだから。

機会が増えれば練習試合以外でも西住みほ―――もうみほさんと呼んでもいいだろう―――と一緒になる機会も多くなった。

最初はみほさん以外にもそのお友達が4人ほど一緒であったが、徐々に二人きりで過ごす時間が多くなった。

約束のボコを買いに行く日、待ち合わせ場所に15分前につくと噴水の前にそれは可愛らしい格好をしたみほさんが立っていた。

私とのデートに気合を入れてくれたと思うと嬉しいが、こんな子が一人で立っていたら悪い虫がつくだろうに。

 

「おまたせ、みほさん」

「そんな!勝手に私が早く来てただけですから!」

 

聞けば楽しみすぎて2時間前に来ていたらしい。

それは・・・なるほど、予想以上の反応だ。

今までの彼女の情報を思い出す。

姉以外の人間は自分を見上げてくるばかりで、彼女にはこうして二人で遊びに行く対等の友人がいなかったのだ。

 

・・・・・・馬鹿な人たちね。戦車道しか知らないから・・・。

 

戦車道にだけ限定した関係を築けば彼女と対等でいられる訳が無いのに。

最も、黒森峰の生徒に戦車道以外で考えろとは無理な話だ。

良くも悪くもそれが黒森峰なのだろう。

ことこの場合においてはそれで助かっているのだが。

そのお蔭でいいヒントをもらった。

私も戦車道においては彼女とは対等になれない。

"今の"彼女にはそうではないが、西住みほという存在に対しては対等には決してなれない。

戦車道においては彼女は異才の存在であった。

 

それを念頭において彼女を観察し、情報を吟味すると一つの事に気づいた。

 

"彼女は戦車道を楽しんでいないのでは?

 

・・・・・・なるほど、西住流は彼女にとってただの枷でしかないのだ。

そう理解してから私は彼女と戦車道以外の交流を持つ事に専念したのだ。

こうして戦車道とは関係ない事で二人で遊びにいくなど無かったのだろう。

一緒にボコのヌイグルミを買いに行くと、みほさんにお勧めのヌイグルミを選んでもらった。

その可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべてヌイグルミを選定している様は、見ているだけでとても楽しかった。

 

「これ!これなんてどうでしょうか」

 

そうしてしばらくするとどうやら決まった様だ。

 

「このボコ、目が青くてダージリンさんに似ていると思うんですよ!」

 

なるほど、確かに目が青い。

そのボコがいた棚に目を向けると微妙なカラーリング違いが何種類か並んでいた。

 

「みほさんはこのボコを持っているのかしら?」

「いえ、その子までまだ手が回ってないんです」

 

そう・・・とだけ返事をして選んでもらったボコとその隣に並んでいたボコを手にとってレジに進んだ。

そして買った瞳が青いボコをみほさんに渡した。

 

「え?これって!」

「今日付き合ってくれたお礼よ。

 折角選んでもらって悪いのだけど、こっちはみほさんに貰って欲しいの。

 私はこっちを持つわ」

 

そう言って買ったもう一個の方のボコを見せる。

選んでもらったボコの茶色の瞳をした色違いを。

 

「みほさんには私に似たボコを持っていて欲しいの。

 私は此方のみほさんに似た茶色の目をしたボコを大事にするわ」

 

そう言うとみほさんは感極まったように静かに泣き出した。

 

「あ、ありがとうございます・・・大事に・・・絶対大事にします!」

「そこまで喜んでもらえて嬉しいけど、泣くと可愛いお顔が台無しよ。

 はい、ハンカチ」

 

私はそう言いながらもハンカチは渡さず、自分の手で目元を優しく拭いてあげた。

そして、軽く頭を抱きしめるように寄せて囁いた。

 

「私達はもうお友達。そうでしょう?」

 

 

-3-

 

 

時が流れ、私はみほさんと更なる交流を深めた。

練習試合を何度かしては談笑をしたし、二人で出かける事も増えた。

此方の学園艦に招いて茶会もした事もある。

アッサム等此方の他の生徒とも関係を深めて欲しかったのだ・・・将来の為に。

事前準備は十全だろう。

土壌を耕すのも、種をまくのも、水遣りも充分すぎる程だ。

しかし、収穫のチャンスは来ない。

こればかりは容易くできない。

何か決定的な事が起きないと彼女は黒森峰から・・・西住流から離れない。

その最大の課題を何とかする機会がなんと自ら手を動かす事無く訪れた。

全国大会決勝戦で黒森峰が敗退。

敗因はみほさんが自らのフラッグ車を放置して人命救助に向かった事だ。

掛替えの無い好機だ。

好機をただ見送るだけの愚者になってはいけない。

自ら行動し、準備し、努力して動いた者だけが好機を物にして勝利するのだ。

私はOG等の戦車関係者の人脈をフルに活用して、みほさんを叩く流れに持っていかせた。

時には西住流門下生に対して「決勝で無様に敗退したそうね。本家の次女さんが原因で」など煽らせたり、時には戦車道雑誌関係者には「西住流らしく無い行動」「自ら勝利を捨てた」等という風潮に持って行かせた。

西住流関係者に当人にツテがあれば、直接家元に苦言を言わせた。

勿論、後々に自分の関与を疑わせる様な甘い事はしない。

伊達にルネッサンス時代に追加のスパイが貰える訳ではないのだ。

 

そして、みほさんの動向も常に監視させていた私に、みほさんが黒森峰学園艦を離れて熊本の実家に帰るという情報が届いた。

私は即座に熊本に赴き、みほさんが熊本についた初日は恐らく母親である家元と対面して話あっているだろうから一晩どこかで過ごし、次の日から行動起こした。

朝から西住家を訪ねて呼び鈴を鳴らした。

 

『どちらさまでしょうか』

「ダージリンと申します。みほさんに会いに来ました」

『お約束はされていますか?』

「いいえ」

『・・・しばしお待ちください』

 

そう言うとインターホンが無音になった。

恐らく、みほさんに確認しているのだろう。

 

『みほお嬢様は誰にも会いたくないと仰っています。

 申し訳ないですがお引取りを』

 

それほど長くない時間だけ待たされると予想通りの答えが返ってきた。

 

「みほさん本人の口からそれを聞けませんか?」

『・・・申し訳ありませんがお引取りを願います』

「・・・解りました。私はそこで待っていますのでみほさんの気が変わりましたらお願いします」

 

それだけ言うと、私は正門から少しだけ離れて塀にもたれる形で立った。

さぁ、持久戦と行こうか。

 

 

 

-4-

 

 

正午になり太陽が頭上で輝くようになった。

日傘をさしているがそれだけではこの暑さはどうしようもない。

しっかりと水分を取って脱水症状に陥らないように気をつける。

倒れるには"まだ"早い。

 

夕方になり、気温はだいぶ落ち着いてきたが流石に10時間弱立ち尽くしているのは足が辛くなってくる。

だがまだ萎える訳には行かない。

何人かの使用人が正門横の小門から出入りする時に私を見ていくが、私は関せずと起立を続けた。

 

夜になった。

まだ気温はそれほど低くはなっていないが、流石にまだ夏とはいえ夜は冷え込むだろう。

横に置いた鞄から上着を取り出して着込む。

そうするとまた小門が開き、そこから割烹着の女性が顔を出した。

 

「・・・貴女はみほお嬢様とどういう関係なのですか?」

 

その声には聞き覚えがあった。

恐らく、インターホンで対応した者だろう。

 

「友人です」

 

私は即答した。

 

「ただの友人の割には随分熱心ですね」

「ただの友人ではありませんから」

 

ふむ、この様子だと本当にみほさんに私の事が通っているか怪しい物だ。

最もそれも致し方ないのかも知れない。

恐らくみほさんの事だ。

使用人たちからも大切にされているのだろう。

となるとこんな怪しい人物の話を傷心のお嬢様の耳にわざわざ入れる事も無いと判断してもおかしくは無いだろう。

 

「みほさんに伝えてください。

 私はまだ貴女のボコを大切にしています。

 もし、みほさんが私のボコをまだ持っていてくださるのなら、私達は友人の筈です」

 

「・・・解りました。

 しかし、期待しないようにお願いします」

 

これで流石に唯の他人とは思うまい。

後は時間の問題だろう。

 

深夜となった

流石に足が限界となったので地面にハンカチを敷き、腰を落とす。

なに、まだ気力と精神は十分だ。

カノッサの屈辱で有名な神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は雪の中で裸足で三日間祈り破門の解除を願った。

張良は自分に靴を拾わせた老人に五日後の朝にここに来いと言われ、まだ日が昇らぬ深夜の内から赴いて待った。

劉備は三顧の礼で孔明を迎える時に、王であるにもかかわらず野人であった彼が昼寝をしている事を知ると起こさずに立って待った。

どれだけ熱意があるのか、どれだけ真剣なのかを判断してもらうにはこうして身を削るのが一番だ。

こんな程度の事でみほさんが手に入れれるのならば安いものだ。

必要ならフィンセント・ファン・ゴッホの様にアルコールランプの上に手をかざすことだってしてやる気概である。

・・・流石に深夜でも立ち尽くしているのは不自然だろう。

軽く膝を抱えて目を瞑った。

まだ明日もあるのだから体力を温存しなくては・・・。

 

朝になった。

再び立って日傘をさして待つ。

 

正午になった。

用意していた飲み物が尽きた。

まぁ頃合だろう。

 

数時間がたった。

汗が濁流のごとく流れ、目が霞んできた。

足は振るえ、意識が朦朧としてきた。

ふふふ、そろそろ丁度良いかもしれない。

私は視線を向けず、意識だけを正門に据え付けられた監視カメラに向けた。

あれからあのカメラが此方をずっと向いているのは気づいていた。

そうだ、良く見るといい。

私はもはや体力の限界で失神寸前だ。

倒れるのも時間の問題である。

 

そうしていると"正門"が開いた。

勝利を確信して其方に視線を向けると、予想通りみほさんが必死になって此方に向かってきた。

私はみほさんの方へと駆け寄ろうとしたが、足がもつれて上手く走れずに転びそうになってしまった。

それをみほさんが胸に抱きしめる形で受け止めてくれる。

 

「・・・あっ  ぃおしゃん」

「・・・・・・っ!ダ、ダージリンさん!ダージリンさん!」

 

水分が足りてないからか、みほさんの名前を呼ぶも擦れてまともな発声にならなかった。

そんな私の名前をみほさんが泣きながら連呼したのだった・・・。

 

 

-5-

 

 

私はみほさんに抱かれながら屋敷の中に運ばれ、布団に寝かされて飲み物と消化に良い食事を与えられた。

みほさん自ら運んできてくれた麦茶を少々みっともない勢いで飲み干す。

 

「・・・何でダージリンさんは私に会う為のここまでしてくれるの?」

 

私がコップを空にするとみほさんが不思議そうで不安そうな表情をしながら聞いてきた。

 

「そんなの決まっていますわ。

 みほさんは私にとって大事なお友達ですもの」

 

「友達だからしてくれるの?」

 

ますます不安そうになりながらも聞いてくる。

・・・なるほど。

 

「勘違いしないで欲しいのだけど、全ての友人にこんな事ができるほど私は聖人じゃないですわよ。

 大事な友人だから・・・みほさんだからしているのですよ。

 みほさんが辛い目にあっていると聞いて居ても立ってもいられなくて駆けつけたのです」

 

みほさんの表情に見て解る様に安心と喜びが満ちていく。

 

「でも、ダージリンさん!嬉しいけどこんな無理をしては駄目ですよ!」

 

そう言いながらもみほさんは嬉しそうに私の口元に用意されたおかゆを運ぶのであった。

空腹が満たされると急に強烈な眠気が襲ってきた様でうつらうつらとしてきてしまった。

そんな私にみほさんは微笑ましい物を見るような、そして大事な物を見るような視線を向けてくれた。

 

「ダージリンさん、眠くなったら寝てください。

 起きて元気になったらお話しましょう・・・」

 

私はその言葉に甘えて夢の中へと落ちていった。

きっと、夢の中では私はみほさんとずっと一緒にいるのだろう。

そしてそれはもう直に夢ではなくなるのだ。

 

-6-

 

 

「みほさんに聖グロリアーナに来て欲しいの」

 

よっぽど疲れていたのか。あれから私は次の日の朝まで寝てしまった。

朝食を頂き、みほさんと対面すると開口一番に本題を切り出した。

 

「・・・転校するのでしょう?」

「はい・・・良く解りますね」

「事情は良く知っていますし、みほさんとは短い付き合いですけど濃い付き合いをしてきたと思っていますから」

「でも・・・ごめんなさい。私、戦車道はもうやらないつもりなので・・・だから戦車道の無い学校へ行こうと・・・」

 

とても言い辛そうにみほさんが告白した。

折角私がここまで身をかけてきたというのに申し訳ないと思っているようだ。

 

「いいんじゃありませんこと?やりたくないものはやらなくて」

 

私がそう断じると、みほさんはえっ!と顔を上げた。

 

「で、でもダージリンさんは聖グロの隊長ですし!

 私を勧誘しに来たんじゃないで「みほさん」

 

私はゆっくりと言い聞かせるように言った。

 

「私が今までみほさんを戦車道の・・・西住流の西住みほとして接してきましたか?」

 

そう、これこそが西住みほを手に入れる為に今まで打ってきた布石だ。

戦車道の西住みほではなく、西住流の西住みほでもなく、唯の個人としての西住みほを欲しているのだと。

 

「私はただの・・・大事な友人としてみほさんに来てもらいたいのです。

 私の傍にいてくださればそれで構いません」

 

そう、誰を愛そうが戦車道を捨てようが構わない。

最後にこのダージリンの傍にいれば良い。

 

「本当に・・・?やらなくてもいいんですか?」

 

「別に無理に戦車道をする必要は無いのよ。

 やりたくなったらまたやればいいし、やりたくなければ止めればいいの」

 

「戦車道を・・・西住流でもなんでもない私でいいんですか?」

 

「ええ、西住みほとして私の友人であってくれれば」

 

また何時ぞやの時の様にみほさんの目から涙が零れる。

 

「ふふふ、みほさんは良く泣く子ね。

 でも安心して。もう貴女に悲しい涙は流させない。

 これから一緒に笑ったり、泣いたとしても喜ばしい涙を流しましょう」

 

私もあの時の様に彼女を抱きしめた。

彼女から見えない所で勝利を確信した笑みを浮かべながら・・・。

 

 

 



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【もう、彼女の物】-後編-

これにてIFの方も完結です。
ありがとうございました。



sakuさん(http://www.pixiv.net/member.php?id=298168)に表紙・挿絵としてこの小説仕様の絵のを頂きました。
ありがとうございました。


-7-

 

 

年度が替わり、私は最上級生となった。

みほさんも転校して来て今ではすっかり聖グロリアーナの一員となっている。

黒森峰では特別扱いになるからと必要以上に周囲の前で隊長であるお姉さんからは接触をしなかったようだが、私はそんな事は一切考慮せず甘やかし、贔屓し、特別扱いをした。

率先して紅茶会に招待したし、昼餉は此方からクラスまで誘いに行った事もあった。

みほさんと共にする茶会は非常に楽しいものではあったが、そう長くは催せなかった。

 

「ごめんなさい、戦車道のお時間なのでこれにて」

「あ・・・そうですよね・・・。頑張ってください」

「・・・・・・ごめんなさいね。私が女王にきらきら光るコウモリさんの詩でも披露できたらこの茶会も永遠に終わらないのだろうけど・・・」

 

私がおどけた様に言うと、みほさんは曇らせていた表情をすこし明るくさせ、くすくすと笑った。

私との別れに憂いを覚えて曇るみほさんも大層可愛らしいが、やはり笑うみほさんも良い。

 

「ルイス・キャロルの不思議の国のアリスの気違いのお茶会ですね。

 女王に時間の無駄と言われ、時間が止まった終わりの無いお茶会」

「流石はみほさん。

 英国の誇る数学者でもあり詩人でもあり作家でもある偉人よ」

 

そして小児性愛者でもある。

ともかく、私はみほさんと別れる時、私はさりげなく戦車道の活動があるからと断っていた。

それによってみほさんが寂しそうな表情をする事を理解した上でだ。

みほさんはクラス内であまり親しい友人はいないようだ。

それもそうだろう。

私は自分で言うのもなんだがこの学校では有名人であるし、慕われてもいる。

言ってしまえば権力者だ。

新入生からすれば雲の上の存在とも言って良い。

そんな私が頻繁に、しかも私自ら接触を持とうとしているのだから周囲から畏れや嫉妬を受けてもおかしくは無い。

・・・・・・既に2年生から虐めの様な物を受けているらしい。

戦車道活動に属している者達によるものだ。

元々、独善的で自我が強く、新入生で私が目にかけていたオレンジペコやローズヒップにもちょっかいをかけていた者たちだ。

他校の戦車道から来た新参者で、今ではその戦車道すらやっていない者が私に可愛がられているのが気にくわないのだろう。

「馬鹿と鋏は使い様」という諺を知っているだろうか。

彼女等を排斥せずに残していたのはこういう時の為である。

みほさんにとって学校生活の通常時間では話せる相手がいなく、それ以外でも私がいなければ悪辣な先輩に虐められるかもしれない。

安心して楽しい時間は私と一緒にいる時だけとなったのだ。

 

私はこの2年生達の行動も監視させて、より直接的な行動を取るのを待っていた。

今までは見かければ口汚い言葉を投げかけたり、足を引っ掛けたりといった程度の嫌がらせであったが、その内直情的な行動を取るであろう事は簡単に予測できたからだ。

そしてついにその時がやってきた。

みほさんが2年生達に校舎裏の人気が無い所に連れて行かれたようだ。

今時に校舎裏は無いだろう。

私はそれを聞いた時、思わず吹いてしまった。

ゆっくりと動き、ある程度近づいたら丁度現場に辿り着いた頃には息が荒くなっているぐらいに全力で走って移動した。

辿り着くと4人ほどでみほさんを囲み、そのみほさんが泣いていた。

私は予想もしていたし狙っていた事でもあるが、私以外の人間がみほさんを泣かしている事をいざ目撃すると無性に腹が立った。

 

「貴方達何をしているの!」

 

私が叫ぶとビクリとして動きを止め、恐怖を浮かべながら此方を見た。

本当に愚かな人達だ。

仮にやるにしても、もっとバレない様にするぐらいの考えは無かったのだろうか。

 

「ち、違う!

 ダージリン様!

 聞いて!」

 

愚者が叫ぶがそんな事を聞いてやる筋合いは無い。

私はみほさんの手を引き、ここから連れ出した。

 

「この事に関しては・・・覚悟していなさい」

 

それだけ言い残すと、彼女達は絶望の表情を浮かべた。

言っては何だが、この学園艦で最も影響力が強いのは私だ。

サンダースの様に下品な言い方をするならばクイーンビーと表現できるだろう。

そんな私に睨まれたらこの学園艦ではまともに生活できないと恐れているのだろう。

 

「何で・・・何でそんなどんくさいだけの子をダージリン様が!」

 

一人がそう叫ぶと、私はそのまま去るつもりであったが思わずといった様にみほさんの肩を抱き寄せた。

 

「貴方達と違って可愛らしい子ですから。

 比較するのも憚られるわ」

 

 

 

 

みほさんを人気が無く、しかし校舎裏の様に暗い場所ではなく明るい場所・・・庭園の隅へとつれてきた。

 

「ごめんなさいね・・・みほさん」

 

私は開口一番に謝った。

 

「私がここに誘ったのに・・・みほさんが悲しい目にあっているのに守れなかったわ・・・」

「そんな!ダージリンさんは悪くは無いですよ!」

「いいえ、この学園艦で起きた事は私の責任よ。

 ・・・もうみほさんには悲しい涙は流させないといったのに」

 

そう言いながら私はみほさんの目じりの涙を指で優しく拭った。

ああ、本当にみほさんは泣いてばかりだ。

その泣き顔すら可愛らしいのだから仕方が無いのだが。

 

「・・・でも、でも」

「みほさん。

 一度誓いを破った者としては不安かもしれないけど・・・

 もう一度誓わせて欲しいの。

 絶対にみほさんを悲しませない」

 

私がみほさんの手を両手で握りそう宣言すると、みほさんは顔を赤くしてしばらく呆然とした後にこくりとだけ小さく頷いたのだった。

 

それからみほさんの生活は激変した。

クラス内では消極的であったみほさんに積極的に話しかける生徒が出てきた。

接触して会話さえすればみほさんは良い人だからすぐに受け入れられた。

それを基点にクラス内で友人と呼べる人も増えていったようだ。

嫌がらせする人もほとんど皆無となっていった。

みほさんは私が何かしてくれたと思っているようだ。

勿論それは正しい。

しかしより正確に言うのならば・・・私が何かをしたと言うよりは何かをするのを止めたと言うべきなのだが・・・・・・。

ともあれ、この時からみほさんは周りの方と同じように私の事を「ダージリン様」と呼ぶ様になった。

 

 

 

-8-

 

「あのみほさん!みほさんは機動戦がお得意とお聞きになりましたわ!

 もし宜しければ私に機動戦について教えてくださいまし!」

 

また何時もの様に茶会をしているとローズヒップが唐突にみほさんに教えを求めた。

 

「え、ええ!私がですか?」

「はい!私はクルセイダーを任されて聖グロ一の俊足を誇っていると自負しておりますわ!!

 実際に速度では負けていませんわ!

 ・・・ですが試合となると今一活躍できないのですわ・・・」

「えーと・・・機動戦に置いては確かに速度と言うのは重要な要素です。

 しかし、あくまで要素の一つですので、ただ早いだけでは運動性が良いと言うだけであって機動性にはつながりません」

「・・・?運動性と機動性ってどう違うんですの?」

 

「運動性、即ちマヌーバビリティとは加速性能や最高速度や旋回速度などの足回りの性能を指します。

 一方で機動性、即ちモビリティはとはこれはどのスケールで戦場を見るかによって違ってくるのですが・・・

 一言で言えば『必要な時に必要な場所にいる』能力です。

 例えば戦闘機ならば最高時速や加速性能などさっき言ったのが運動性でこれは戦術能力に該当します。

 対して、燃料容量などの最大航行距離や長期的な航行速度が機動性です。

 離着陸に必要な加速距離の短さも場所を限定される事が少なくなるので重要ですね。

 また、故障率や稼働率などの信頼性も『必要な時に必要な場所にいる』のに直結するので立派な機動性の一部です。

 歩兵で考えると100m走や反射的な運動力等スプリント面が運動性。

 数十kmから数百km以上の距離をどれだけの時間で踏破できるか、山中や雪中を越えられるかが機動性ですね。

 まぁこれもスケールを落とせば運動性に関しては変わりませんが、機動性は変わってきます。

 一個の狭い戦場においてならより有利な場所を早く確保できるのが機動性になりますね」

 

「なるほど・・・では私はどうすればいいのでしょうか?」

 

「見てみない事には解りませんが・・・戦争で全体図を俯瞰的に見ての話ならともかく、

 戦車道の試合などリアルタイムの一個の戦場での場合なら、機動性という点で一番重要なのは判断力とその判断を下すまでの速度です。

 より効果的に、そしてより早く行動に移せばそれだけ有効になります。

 折角、移動速度が高いのですから、本隊と一緒に動いてただ早く動き回るだけではもったいないです。

 先行して敵の陣地構築を邪魔したり、側面を突いてクロスファイアにしたり、偵察に出たり色々できると思います」

 

「な、なるほど!!凄いですわ!凄いですわ!」

 

ローズヒップが感動しているが無理も無い。

今まで聖グロにおいて機動戦に対して何かを教えれる人材は存在しなかった。

浸透強襲戦術の支援としてクルセイダー部隊がOGの要請もあって実装されたが、それの活用法は全てローズヒップを初めとする一年生達によって手探りで探すしかないのが実情であった。

だが、そこに明らかにノウハウを持った人間が現れ、しかも具体的な運用法を提示された。

当人にしてみれば暗闇の中で手探りで進んでいた所に、光明が差し込まれた様な物だろう。

 

「お願いしますわ!みほさん!

 どうか私達のクルセイダーを指揮して見本をみせてくださいまし!」

「え!!そ、それは・・・えーと」

「ローズヒップ無理を言ってはいけませんわ」

「あ、そ、そうですねダージリン様・・・

 ごめんなさい、みほさん無理を言って・・・」

「い、いえ!気にしないでください」

 

私に叱られ項垂れたローズヒップにみほさんが声をかける。

 

「私・・・今のままでは折角ダージリン様が目をかけて下さってるのにこのままではお荷物になってしまいますわ・・・

 そうなればダージリン様に迷惑がかかってしまいますの・・・。

 だから一刻も早く、ダージリン様のお役に立ちたかったのですわ・・・」

「ダージリン様の為に・・・ですか・・・」

 

場が無言になる。

何かを考えていたのか、または迷っていたのか。

みほさんがしばらく考え込むような顔をした後、真剣な表情をして私に言った。

 

「ダージリン様、私がクルセイダーの指揮を執ってローズヒップさんに見せてあげても宜しいでしょうか?」

「それは・・・此方としても願ってもいない事ですけど・・・よろしいので?」

「はい、これぐらいなら多分大丈夫です。

 それに・・・少しでも恩を返したいんです」

「みほさん!」

 

私は思わずといった様に声を上げた。

みほさんはそれを受けてビクリとし、何か出過ぎた事をしたのかと不安そうになった。

私はそんなみほさんに優しく笑いかけた。

 

「恩など考えないで頂戴。

 私と貴女は友人なのですから貸し借りで動いた訳ではありませんことよ。

 大事な友人である貴女だから動いたのです。

 ですからそんな寂しい事言わないで頂戴」

「・・・はい!」

「いい子ね。

 じゃあ友人である私とローズヒップの為にお願いしてもよろしいかしら?」

「はい!」

 

 

 

・・・勿論、今まで戦車道に関する話題をみほさんの前で禁じていたのにローズヒップが行き成りこのような事を言い出したのには理由がある。

私が彼女に

 

「みほさんは機動戦に知悉しているから聞いてみると良い。

 でも私がそう言っていたと知ると気が引けるからそこは内緒で自分から言い出したことにしましょう」

 

とだけ言ったのだ。

結果は・・・案の定である。

 

 

 

-9-

 

15対15の練習試合を行う。

なお、片方は15輌の内、クルセイダー小隊として5輌が配置され、その指揮はゲストとして西住みほが執り、小隊長であったローズヒップは西住みほ車の通信主となる。

 

その日の練習試合の内容が発表されると、一同は大きくざわめいた。

一小隊の指揮を部外者、それも戦車道から"逃げた"人間がするのだから面白い筈が無いだろう。

不満気な顔がいくつも見えたが、私は一考もしなかった。

内心はどうあれ、これは私からの指示である以上、表立っての反対の声は無かったのだ。

こうして練習試合が始まった。

 

 

 

 

・・・・・・圧巻であった。

他の隊員は勿論、私も予想を遥かに上回る結果に驚きを隠せなかった。

『機を見るに敏である』とは正にこの事を言うのだ。

なるほど、確かにこれに比べればローズヒップが指揮していたクルセイダーはただ早いだけと称されても致し方ない。

今までの聖グロ内での練習試合は互いに浸透強襲戦術であるので殆ど正面からのぶつかり合いによって雌雄が決せされていた。

そこにクルセイダーが混じっても往々にして重厚な壁に入ったヒビの様に扱われ、その脆さもあっていればいる分だけ不利になるというのが実情であった。

実際に殆どのものが"15対10"のこの試合の結果の予想を共有していた。

 

みほさんはまず開始からクルセイダー小隊を全速で前進させた。

本隊指揮官は元々不利であるのに更に数を減らしてどうするのかと制止したが、みほさんには自由裁量権が与えられているので、彼女に対する命令権もないのでみほさんは一顧だにしなかった

これを受けて各自の結果の"予想"が更に強くなった。

10対15で互いの戦車の質は変わらず、両者の戦い方から言っても戦場になるのは複雑な地形でもない。

となればその戦力比は単純に100対225と2.25倍となる。

そう考えれば結果は火を見るより明らかである。

 

しかし、まずクルセイダー小隊は敵本隊の右側面の森林から砲撃を開始すると状況は僅かにだが確実に動いていった。

装甲面で優れるチャーチルやマチルダならば側面から砲撃を受けても距離があれば基本的には撃破される可能性は少ない。

それでも履帯に受ければ走行不能になりうるし、命中箇所によっては撃破しうるので無視はできなかった。

致し方なく砲塔を旋回させ、森林に狙いをつけて発射命令を出し砲撃を開始するも反応が一切無かった。

外から見ていた私には解るが、クルセイダー小隊は2回だけ砲撃をすると即座に移動を開始していたのだ。

即ち、敵本隊はもはや敵が存在しない森林に向かって砲塔を動かし、砲撃をしていたのだ。

それに気づいた敵本隊はその逃げっぷりと鬱陶しさにイライラを募らせながらも前進を開始した。

 

しばらくしてまた再び左方向から砲撃が開始された。

今回は二度目である事から反応が早く、全機が素早く砲塔を向けて攻撃を開始した。

同時に既に移動をしている事も考慮して砲撃そのものの回数は少なめに抑えられ、早々に様子見に移ったのだ。

しかしながらも散発的ではあるが砲撃が飛んでくるので、あの忌々しいクルセイダーを撃破してしまおうと砲撃が続行された。

この時点で敵本隊の指揮官は舐めていた。

元々、圧倒的に有利な編成なのだ。

とはいえ、舐めているとは言っても遊んだ判断ではない。

ここでクルセイダーを撃破してしまえば正真正銘の10対15となるので、その後の決戦の勝率が上げる為の判断であった。

つまりある意味では堅実で確実的な手段を取ったとも言える。

そうして見えないが確実にそこにいるクルセイダーに砲撃を加えていると、なんと逆側から砲撃が飛んできたのだ。

実は二度目の右側面からの砲撃は元から2輌しかしておらず、それに気を取られている間に3輌が左に回り込んでいたのだ。

挟撃を受けて敵本隊は完全に立ち往生してしまった。

流石に無視して進む訳にはいかず、かといってこのまま砲撃をしていても事態の打破の望みは薄い。

勿論、クルセイダーの砲撃で此方が撃破される可能性はより低いのだが、このまま現状を維持するのは非常に不味い。

事ここに至って数の差で楽勝であった筈の10輌の本隊が脅威となった。

この様な乱れた陣形で、浸透強襲戦術の陣形をしっかりととっているであろう本隊とぶつかればすり潰されるのは15輌の方である。

焦った指揮官は左右のクルセイダーを追う様に命令を出したが、当然ながら追われればさっと逃げるだけであり、追跡を諦めようとしたのならばまた追うだけである。

結果的にそれに釣られる様な形となり、陣形はますます広がり乱れていった。

 

なるほど・・・これがみほさんが指揮を執るクルセイダー小隊の戦い方か!

我々聖グロの本隊が固く火力もあるが足の遅い重装歩兵・・・そう、チュートンのエリートチュートンナイトの様な存在であれば、

あのクルセイダー小隊はモンゴルのエリートマングダイや弓騎兵の様な物だ。

本隊が戦場で決戦を繰り広げようとして集中している間に、後方の畑や生産施設を襲い、町の人を刈り取り兵站をズタズタに切り裂いて、気づけばいつの間にか泥沼のような状況にさせられるのだ。

戦場に出れば縦横無尽に動き回り、その速度を生かして周囲から攻撃してくる。

しかし迎撃しようとすれば手から水がするりと零れ落ちるように鮮やかに逃げいてく。

これは厄介だ。

この戦法を採られてしまえば聖グロの浸透強襲戦術は成す術が無い。

そしてその浸透強襲戦術の支援戦法としては強力無比となる。

 

そうして翻弄している間にみほさんチームの本隊が悠々と到着した。

その陣形は敵とは違い、これぞ聖グロと言わんばかりに美しく整えられている。

本隊からも砲撃が開始され、敵本隊は3方向から砲撃を受ける事になってしまった。

被害を出しながらも指揮官はクルセイダーを無視して陣形を整え、正面の本隊に集中する事を選んだようだ。

正しい。練習試合とはいえ片方の指揮官を任されたのだから彼女も有能な指揮官なのだ。

これが現状において最も勝率の高い選択だろう。

それを見越してか、クルセイダー小隊も何処かへと引いたようだ。

こうなると数は減ったがそれでもまだ数の上では敵本隊のほうが上である。

陣形さえ整えれば十分勝機はある。

クルセイダー小隊は後からどうとでもなると言う判断からなのだろう。

 

敵本隊が陣形を整え終わり、砲塔をすべて正面に向けていざ砲撃を開始せんとしその瞬間であった。

後方から5個の砲弾が飛んできたのだ。

敵指揮官もクルセイダーが引いた時点からこれはある程度予測していた様で、その上で無視するつもりであった。

ところが、砲撃を加えるだけではなく、5輌のクルセイダーが突っ込んできたのだ!

慌てて迎撃しようと砲塔を回転させるも元々その回転速度も遅く、また砲塔を正面に向けていたと言うことは真逆に向ける必要があり、最も時間がかかることになる。

当然、俊足クルセイダーに間に合う筈も無く、本隊の中に潜り込まれてしまったのだ。

今まで耳元で煩く飛び回っていた蜂は腹を皮を食い破り、臓腑の中で暴れまわる蛇と化したのだ。

流石にこの距離では撃破される可能性もあり、無視するわけにはいかなかった。

しかしながらそれでもクルセイダーの砲撃によって撃破される可能性よりも同士討ちによって撃破される可能性のほうが高い。

実際に1輌が同士討ちで撃破されると、砲撃をするわけにもいかず動転して車体と砲塔が定回らず動くばかりであった。

クルセイダーは所構わず撃っては暴れまわるだけで命中弾も出していなかった。

しかし、それだけで敵本隊は行動不全を引き起こしていたのだ。

 

そのまま敵本隊は本隊の砲撃で磨り潰されて終わった。

この試合でクルセイダー部隊は撃破どころか一発の命中弾すら出していない。

しかし、それでもなおこの試合において最も活躍したのがクルセイダー小隊である事は誰の目にも明らかであった。

もはや、聖グロリアーナ女学院戦車道隊員の中で彼女、西住みほを侮る者はいなくなっていた。

 

 

-10-

 

それからみほさんは時々ではあるが戦車道の活動に顔を出すようになった。

と言っても混じって活動をするわけではなく、あくまでゲストとして一緒にお茶を飲んだり、求められれば助言を出す程度であった。

そんなある意味冷やかしとも言えてしまう立場ではあるが、周囲からそれに対しての疑問の声は上がらず、むしろ好意的に―――特にクルセイダー小隊の者からは―――迎えられていた。

実力を示せばみほさんの親切で穏やかで心優しい人であり、そしてその助言も的確で自身の為になるのだから嫌うと言うのが難しい話である。

特にローズヒップはあれからみほさんの事をみほ様と呼び慕っており、その様子は良く懐く秋田犬や柴犬の様であった。

 

もう準備は上々だろう。

私はチェックメイトに向けて動きだした。

 

程なくして学園内で私に元気が無い、悩んでいるという噂が広まった。

実際に私は如何にもそうでございますという表情や態度を作っていたし、心配そうに聞いてくるみほさんには「大丈夫よ」と答えはしたが否定はしなかった。

そして私は「申し訳ないけれど・・・」中座し自室で休むと伝えて戻った。

恐らく、みほさんはアッサムにでも事情を聞くだろう。

そしてアッサムはそれに答えるように言っている。

OGや支援団体も注目している大事な試合があるが、悪い偶然が重なり、指揮菅クラスの人間が軒並み家の事情があってどうしても出られない。

その試合において無様な展開を見せれば責任者である私の立場が非常に不味い事になり、今後の戦車道において予算の問題や活動の自由さに大幅に制限がかかりうる事も。

そう、そう言う事になっている。

と言っても嘘ではない。

ちょっと過剰表現があり、またそういう状況にわざわざしたという事だけ伏せているだけだのだから・・・。

 

しばらくの間、私と同じ様にみほさんも元気がなくなっていた。

最もそれは苦しんだり悲しんだりという様子ではなく、何か迷っている様であった。

私はみほさんが何を迷っているのかは当然理解していたので、大人しく待った。

・・・みほさんの性格を考えれば答えは解りきっているのだから焦る必要は無いのだ。

 

 

「私を戦車道に参加させてください!」

 

何時も通り茶会にみほさんを呼ぶと、着席する前に私に向かって彼女は言った。

その目には迷いも不安もなく、揺れる事の無い眼差しは私の目をしっかりと見据えていた。

嗚呼。この瞬間を待っていた。

あの時、あの練習試合で貴女を見てから。

貴女が私だけを見てくれる事を・・・。

 

「・・・いいの?みほさんはそれで?

 同情とかそういう事で無理にしようとしているなら・・・そんな事はみほさんにしてもらいたくはないわ」

 

焦っては駄目だ。確かに針には引っかかった。

しかしここで慌てて竿を引っ張ってはならない。

落ち着いて、ゆっくり確実に寄せるのだ。

 

「いいえ!私は確かに戦車道はやりたくありませんでした・・・。

 ・・・でも、でも!オレンジペコさんやアッサムさんにロースヒップさん・・・それにダージリン様と一緒にやる戦車道ならきっと楽しいと思えると思います。

 だからここ聖グロリアーナでやる戦車道なら私やりたいです!」

 

私は無言で立ち上がり、ふらふらとみほさんに近寄るとそっと抱きしめた。

 

「・・・ありがとう、みほさん。

 私も貴女と戦車道ができるなんて嬉しいわ」

 

「ふふふ、ダージリン様は前に私に泣き虫だって言いましたけど、ダージリン様も泣き虫さんですね」

 

どうやら自分でも気づかぬ内に泣いていたらしい。

みほさんは前に私がしたように、その指で私の目じりを拭ってくれた。

私はそうされてから表情を見せまいと彼女の肩に頭を乗せる形で抱きつき、そんな私の背中をみほさんは優しく撫でてくれた。

 

・・・この涙は仮初ではなく本物の涙だ。

しかし、みほさんが思っている理由とは違う涙だが。

私が顔を見せまいとしたのも純粋なみほさんは照れていての事だと思っているだろう。

だが、それも違う。

今の・・・私の笑っている貌を見せる訳には行かなかったからなのだ。

 

 

 

次の日から早速みほさんを副隊長においての訓練が開始された。

浸透強襲戦術はある面では西住流のそれと行動原理は似ているので、みほさんは驚くべき短時間で副隊長として過不足の無い指揮を見せるようになった。

練習試合の当日も、まったくあやうげなく勝利した。

副隊長としての全隊への指揮もさる事ながら、クルセイダー小隊を今までにないくらい有効活用したのだ。

余談ではあるが、自身を使いこなしてくれる主人に巡り合えた事もあって、ローズヒップはますます優しい主人に傾倒していったのも付け加えておく。

私はみほさんを褒めるのでもなく賞賛するのでもなく、感謝を表明した。

ありがとう。助かったわ。貴女のおかげよ。貴女の友人である事を誇りに思うわ。

恐らく、みほさんは戦車道に対する賞賛などに価値を感じていないのだ。

それよりは自身の行動に対しての感謝や、己を必要されていると感じたいのだ。

それによって自身の存在の承認欲求を満たしたいのだ。

また、ひたすら甘やかした。

子供を教育するとき、叱るも褒めるのも丁度良い配分があるそうだ。

今まで西住家にあってきっと厳しく育てられたに違いない。

だから私がひたすら甘やかし、バランスを取ってあげているのだ。

その甲斐もあってみほさんの本来の戦い方とは真逆の浸透強襲戦術を受け入れて行った様だ。

いや、より正確に言うならば戦車道の戦い方など本質的にはどうだって良いのだろう。

これをすれば感謝され必要とされるから喜んでやるのだ。

 

あれからしばらくしてみほさんを副隊長に正式に任命した。

殆ど反対はでなかったが、数少ない例外もみほさんの車輌に一回乗せれば解決した。

こうして私があの日に望んだ物は全て現実で叶えられたのだ。

 

 

-11-

 

 

みほさんが聖グロリアーナで戦車道を続けると言うことは、黒森峰との練習試合にも出ると言うことだ。

かつて身を包んでいた黒森峰のパンツァージャケットとは真逆のカラーリングの聖グロの其れを身にまとい、副隊長として私の傍に侍るみほさんを黒森峰の面々に見せ付けるのは今までに無い快感を感じさせた。

何人かが・・・そう、みほさんのかつての乗員の方々が私を強く睨んでくるのが見える。

私はそれを受けて、まだ震えているみほさんに優しく声をかけた。

 

「みほさん、お辛いのなら無理しなくていいのよ」

「い、いえ!やります!少しでもダージリン様に恩を返したいんです!」

 

ああ、なんて健気で可愛いんだろう。

本当に、本当に手に入れて良かった。

一生大事にしよう。ずっと傍にいて欲しい。

我慢できなくなった私はみほさんの腰を左手で抱え寄せ、右手で頭をそっと優しく撫でた。

 

「そう、みほさんは本当に良い子ね・・・」

 

そして、その所有権を主張する様に黒森峰の方をちらりと見て、「彼女はもう私の物」と意味を込めて笑ってやった。

騒然とする彼女等を背に、みほさんの腰にまわした手をそのままに自陣へとエスコートした。

そう、もう彼女は私の物なのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当に?

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に彼女は私の物なのだろうか?

主導権は私にあるのだろうか?

もし・・・もし仮にだ。

私が彼女にさようならと告げたとしよう。

・・・恐らくは悲しむだろう。残念がるだろう。

しかし、それだけではないだろうか。

泣いてくれるかもしれないが、そのままいずれ諦めて去るだろう。

そしてその悲しい気持ちは他の誰かの元でやがて癒えるだろう。

彼女を受け入れてくれる先は幾らでもあるだろう。

私はただ黒森峰の代替として一番早くなっただけではないのか?

 

では、では私は?

もし彼女に別れを告げられたら?捨てられたら?

最初は余裕ぶって「冗談かしら?」と強がるだろう。

しかし、それが本気であると気づいたら、恐らく形振りを構わない。

足元に縋り付き、どうか捨てないで欲しいと泣いて懇願するだろう。

そこまで考えた時点でゾクっとする。

彼女に・・・捨てられる?

考えただけでも恐ろしい。

先程の黒森峰の心境が今初めて本当に解った。

私はなんて恐ろしい事をしてしまったのだろう。

良心の呵責ではない。

人間は他人に何かを為す時、それが自分の身にも起こるのではないかと本能的に恐れてしまう。

・・・嫌だ。嫌だ!

もう彼女無しでは耐えられない。

あんな風にはなりたくない。

彼女抜きの人生など耐えられない。

何でもするから!一番じゃなくてもいい!

こんな偉そうな立場じゃなくてもいい!

ペットとしてでも構わない!

私は今後、どれだけ余裕ぶっても、年上風を吹かせても、立場が上であるかの様に振舞っても、心の奥底では彼女を恐れなくてはならなくなった。

彼女から捨てられない様に媚びなくてはならない。

彼女に飽きられない様に細心の注意を払わなくてはならない。

・・・彼女の為に生きなくてはならない。

 

う、うふふふふふふ。

何がもう私の物だ。

思い上がりも甚だしい。

 

とっくには私は・・・・

 

 

 

 

        『もう、彼女の物』

 

            了

 



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姉の異常な愛情 または如何にして西住まほは戦車道に対して意義を感じる様になったか
第一話【I did it my way】


原作時間軸の話を黒森峰側から描いた話を思いついたので
それの前置きとなる話です



-1-

 

セルフアレンジメント、又はマインドマップと呼ばれる表現方法がある。

紙の上に「自己」を構成する要素を書き、其処から更に派生・分離する要素を広げていき、自己を表現すると共に自己を知る発想術の事である。

自らの情報を整理し、理解する事ができ、更に発想力・想像力・直観力等々を鍛える事ができるそうだ。

これを西住まほが知った時、「己を知れば~」と伝えられるように自己研鑽の一環となればと着手してみる事にしたのだ。

しかし、念の為にと余裕を持って大きな白い紙を用意し、色分けする為に複数のペンを揃えたのだが、紙の上には大きな丸が二つ並んでいるだけであった。

 

『西住流戦車道』 『妹』

 

この二つ以外の項目をどんなに自身から捻り出そうとも出てこないのだ。

それはつまり、生涯の意義や感情、それに行動原理や欲求等々を「西住まほ」という人物はこのたった二つだけの要素によって構成されている事に他ならない。

その事実を認識した時……彼女の胸に浮かんだ観想は落胆するでも恐怖するでもなく『まぁ、そんなものだろう』という納得であった。

 

 -2-

 

西住家は現代日本では「戦車道」がやや落ち目とはいえ、伝統ある流派の内で最も由緒正しく最大規模の「西住流」の本家である。

故に、その経済規模は"裕福"という単語の上に"極めて"という形容詞がつく程であった。

そんな西住家にあってある日、二人の姉妹に小遣いが支給される事が伝えられた。

年一つ違いの姉妹同時になのだから、普通の姉妹であれば妹にも同時に小遣いが与えられる事に姉が不満を覚える事もありえただろうが、仲が良い事で評判のこの西住姉妹においてはその様な心配は杞憂であった。

その額は平均より多目であっただろうが、一般家庭の平均収入と西住家の収入の差よりは遥かに大人しく、簡潔にいえば常識的範囲内に収まった額であった。

言ってみればある種の情操教育の一環なのだろう。

母である西住しほはこの範囲内で好きな物を好きな様に買えば良いと言った。

これを受けてまほは困惑した。

好きな物…欲しい物とは一体なんだろうか?

彼女は無趣味であると評しても間違いなかった。

可愛らしい服や人形といった同年代の女子が興味を持つであろう物にもさして興味が無かった。

一応、子供らしく菓子類は好んで食べるが、それだって家に用意されている和菓子が三時と夕食後に提供されるだけで満足であり、わざわざ自分で買う程の物ではなかった。

戦車道における教本や用具が自分にとって欲しい物であったが、これらも求めれば"必要経費"として用意される物であった。

強いて言えば年不相応にチェスが趣味であると言えたが、子供の小遣いの範囲内でほしい物はないし、そもそも「指揮者として推奨されるべき趣味」とされてこれも戦車道と同様に強請れば買い与えられる物である。

故に、この渡された現金で何を買えばいいのか皆目検討もつかないのだ。

そうまほが思い悩んでいると突然右腕を引っ張られた。

 

「お姉ちゃん!一緒に何か買いに行こう!」

 

振り向くと其処には如何にも楽しいといった感情を欠片も隠すことなく披露している妹の姿があった。

姉と二人で新しい何かをしにいくという行為が嬉しくて楽しみで仕方が無いという様子であった。

 

「…ああ、そうだな」

 

まほがゆっくりと優しく妹の頭を撫でてやると、更に西住みほは破顔した。

 

 -3-

 

「それでは、お嬢様。気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

奉公人である菊代の見送りを受けて、二人はⅡ号戦車を駆って出発した。

目指すは商店街である。

特に何が欲しいという具体的な目的は無いので、ぶらりと二人で歩きながら買いたくなる物を探す事にしたのだ。

西住流本家のお膝元であり、戦車道関係者が多い事もあって戦車での移動と駐車に関しては特に苦も無かった。

目的地に着いた二人は戦車を降りると手を繋ぎ、商店街を端から端へと歩く事にした。

西住みほにとって子供だけで買い物をするという行為はまるで未知の冒険の様に感じられ、目に付くもの全てが新鮮に思え、内なる興奮を抑えきれずにいた。

一方で、西住まほにとっては商店街を歩く事も店に陳列されている物もそれ自体に対しては、大して心を動かさせる物はなかった。

しかし、横に楽しそうにはしゃいでいる妹を眺めれる。それだけでまず間違いなくこの行為の有意義を感じさせていたのだ。

しばらく歩いていると、様々な物を見ては興奮してはいるものの、立ち止まって見たり店の中に入ろうとしなかったみほが足を止めたのだ。

 

「どうした、みほ?」

 

声をかけながら妹の視線の先に眼を向けると、其処には人形店があった。

 

「…入ってみるか?」

 

「うん!」

 

まほ自身にはやはり興味が欠片も湧かない店であったが、妹がそうでは無いのなら話は別である。

 

「わぁ~……!」

 

入店してみると確かに西洋風ビスクドールや球体間接の人形も陳列されているが、人形というよりはヌイグルミの割合の方が多くを占めており、どちらかと言うとヌイグルミ屋と言った方が正しい表現だっただろう。

恐らく同年代にとってはそれらは極自然的に嗜好するべき物なのだろうが、まほにとってみればそれらは単なる綿の詰まった毛袋以外に何物でもなく、何の創造性も実利も与えてくれぬ生産性の無い無用の長物であった。

しかし、妹にとってはそうではない様子で、店に足を踏み入れるなり目を輝かせて感嘆の声を漏らした。

いや、より正確に言えばどうやら陳列しているヌイグルミの内の一角だけを注視している様だ。

 

「ボコだぁ~!!」

 

そう言うや否やみほはその一角にむかって駆け出した。

常日頃から元気というエネルギーを発生させる核融合を行う太陽の様な快活さを見せる妹であるが、こういったはしゃぎ方はそれはそれで珍しかった。

成程、確かに妹はこのボコというキャラクターが好きだった。

まほ自身はやはり興味はないが、一緒に観賞しては腕を振り上げてモニターに向かって応援する妹を見るのは好きだし、また妹と行うボコごっこは心優しい妹が普段は絶対にしてこない暴力行為を擬似的にとはいえ味わう事が出来るのでまほ自身も好きな遊戯の一つであった。

やはりこの店に入る事を提案して良かったと思いながらまほは眺めていた。

無論の事ではあるが、眺めるのはボコのヌイグルミではなく、それらを楽しそうに見ているみほをではあるのだが。

そうしているとみほは幾つかのヌイグルミを手に取りながら何かを考えているようだ。

どうやら幾つかの候補を選出し、自分が持っている予算額のうち最適な購入パターンを模索しているようだ。

それぞれに優先度を付けて、最も自分が満足する構成を構築しようとしているのだ。

しばらく見ていると絞り込めてきたようだが、どうも痒い所に手が届かない範疇でどのパターンも予算をオーバーしているようだ。

観察しているとどのパターンも一個の大きなヌイグルミをメインとしてベースに組み込んでいるようであり、それが予算のかなりの範囲を食っているらしい。

 

……そうだ、良い使い道があるじゃないか!

 

正に天啓を得たかの様な素晴らしい思い付きであった。

 

「これをみほに買ってやろう」

 

まほはみほに近寄ってその大きなヌイグルミを優しくみほの手から取るとそう言った。

みほはそれを聞くと驚きと喜びどちらの感情をこめて口を大きく横に広げたが、直ぐに何かに気づいた様に逡巡した。

 

「気にするな。買わせてくれ」

 

「でも…お姉ちゃんのお小遣いだよ?」

 

「いいんだ。元々欲しいものも無くて使い道に困っていたからな。

 みほが喜んでくれるならそれが私にとって一番良い使い方だ」

 

心優しい妹ならこのまま会話しても納得しないだろうから強引に会話を切ってレジにヌイグルミを持っていった。

手早く会計を済ましみほに渡してやれば、もう終わった事だし納得するしかない。

 

「……うん!ありがとうお姉ちゃん!大事にするね!」

 

そうして頭を撫でててやれば、みほはもはやそういった事は気にするのはやめて、満面の笑みを浮かべた。

みほも"自分の分"の会計を済まして店を出て、片手にヌイグルミが入った袋を持ち、空いた手をしっかりと繋げて夕暮れで赤くなった商店街の道を大きく影を伸ばしながら歩いた。

妹が喜んでくれて、そして自分に感謝を示してくれる。

今までの人生でまほが"楽しい"や"嬉しい"といった感情を一番強く大きく感じた時であった。

……最もまほにとってそういう感情を感じるのは妹に関する事だけなのだが。

 

 -4-

 

まほの人生を構成する要素に『妹』が生成されたのは何も劇的な出来事があった訳ではない。

無色で灰色な『西住流戦車道』という単一によって全てを占めている事に心の自浄作用等といった何らかの防衛機構が働いたのか半ば無理やりに、そして"人工的"にその灰色の中にぽつんと『妹』が生成されたのだ。

それはある意味では原初の海において原始的なアミノ酸によって構成された生物が突如発生したかの様であった。

そしてそれが複雑な構造に進化していったように、発生時は単純かつ小さな物であった『妹』は瞬く間にまほの中で重要かつ多大な要素へと変貌していった。

『西住流戦車道』に関しては義務的な物以外は何も感じていなかったが、まほの中に生じる人間らしい感情は全て『妹』に起因する様になっていったのだ。

 

現金を娘自身に管理させるという教育は姉妹二人とも小遣いの節約・管理・貯金といった事を通して金銭の重要性を理解していったのだから西住しほの目論見通りの成果を挙げたと言っても良い。

ただ、世間一般の常識からすると自身の事に関して一切使おうとせず、全てを妹のために使おうとする姉の運用に関しては疑問に残る事だろう。

しかし、まほ自身に言わせれば老人が年金の使い道として孫に小遣いをやる事が一番の使い道と感じている様に、これが自分にとって最も自分が喜ぶ使い方なのだ。

実際に月に一度の小遣いが支給される日やお年玉といった事は普通の子供の様に楽しみにしているのだ。

渡された小遣いを持って、妹と買い物に行くのは何よりの楽しみでもあるのだから。

貯金に関してもそうだった。

余りに節操なしに"無駄遣い"をしていると大きな買い物が出来ないという事をまほは重々理解していた。

だから、彼女も小遣い等を少しずつ貯めて、ここぞという時に高価な物を買えるようにしていた。

それは同年代の計画性のある子供と殆ど変わらない事ではあるが、その使用用途が自分の為ではなく妹の誕生日やクリスマスのプレゼントの為であるという点が大きな相違であった。

 

その事に関して多少…いや、かなり世間の感性とずれている両親も当初は幾らかは問題視していたが、まほが年相応の感情を見せる様になった事もあってむしろ歓迎する気持ちの方が大きくなっていた。

一旦許容してしまえば元々他の家庭を触れる機会も殆ど無いのだから徐々に慣れていき、西住家にとってそれは「仲の良い姉妹」として極普通の光景として定着していった。

また、小遣いに関する事だけではなく様々な事柄に関してもまほはみほを第一に考える様になった。

例えば休日にどこか行きたい所があるかという希望を聞かれれば全てみほの希望に合わせていた。

それもみほが行きたい所を挙げて同調するのではなく、先にみほが行きたいであろう所を予想して提案するといった形でだ。

その他にも夕食の献立や用意される菓子の種類といった事も、仮にまほにだけ聞かれる事があっても"みほが希望する物"を予想して返答していた。

 

かくして、まほの人生は『妹』と『西住流戦車道』を中心に回る事となった。

人生という太陽系の中心に位置するこの二つの恒星は確かにまほを二分していたが、その性質と傾向は大きく違うものであった。

まほにとって『西住流戦車道』には何の楽しみも嬉しさも感じないが、かといって苦痛も倦怠も感じなかった。

言ってみればそれはまほが生活する上で必要な"仕事"だったのだ。

年齢上の聡さを持つまほは自分の生活水準が一般のそれに比べて遥かに豊かである事を理解していた。

そしてそれには責任と義務というものが付属しているのも承知していた。

故に、自分が『西住流戦車道』に従事する事は当然の事だと受け入れていた。

一方で、この"労働"を妹にさせる気は一切無かった。

この様な雑事をみほにさせる必要など欠片も無い。みほには楽しい事だけをしてもらいたかったからだ。

 

 -5-

 

「お姉ちゃんの試合を見てみたい!」

 

年が経過し、ある程度成長して戦車道の活動の範囲も広まってきた。

基礎練習以外の面であくまで訓練の範疇だが試合を行う事も増えてきたのだ。

西住流門下生を相手にしての指導戦が大半であったが、中には同年代を相手にした実戦的な試合も組まれた。

流石に大人の門下生に混じっては勝利とはいかないが、それでもこの年にして既に非凡な才能を周囲に見せつけ、小学生にして「周囲には流石に劣る」程度の立ち位置を確保していた。

アマで活躍しており中にはプロすらも混じる門下生の集団の中でそれなのだから同年代相手などは文字通り赤子の手を捻る様であった。

そんな中ある日、妹に突然こう言われてまほは珍しくもきょとんとした。

活動的な妹はまほと違い、重厚さと力強さを兼ね備えた戦車という鋼鉄の塊を好んでいた。

よく二人でⅡ号戦車に乗って野を駆けては遊びに行く事もあるし、最近知り合った同じ年頃の少女も乗せる事もあった。

普段は車長をしているまほは操縦士になってみほが車長となるのだ。

自分達の物にする為に、二人で密かに座席の裏に彫刻刀で"薔薇の蕾"と彫って名付けたこの戦車は姉妹にとってこの時期を象徴する物であっただろう。

この時のみほはまほにとって最も優秀な車長となる。

何せ西住まほが喜んで命令を聞くただ一人の車長なのだから。

そして普段は絶対にしないだろう、みほがまほに命令をして指示の為にまほを蹴るという行為が行われるこの状況をまほも非常に好きであった。

しかし、西住流戦車道としてはみほはまだ基礎の段階である。

西住流のというよりは戦車の基本的な扱い方を練習しているだけに過ぎない。

故に、自分の試合を見てみたいと言われて不意をつかれた様になったのだ。

 

「…ああ、いいぞ。私もみほに見られると嬉しい」

 

一瞬だけ考えたが、みほが望んでいる事には基本的には反対しないし全て叶えてやりたいと思うのが姉である。

ましてや妹に自分の勇姿を見せてやれるというまほにとっても良い機会であった。

母に相談と了承を取りにいったが、事前の予想通り戦車道に対する意欲として歓迎され、良い経験になるからとそれは容易く許可された。

その事を伝えるとみほは大いに喜んではしゃぎ、「お姉ちゃん頑張って!」「私、応援するから!」と姉に向かって両手を広げて声をかけ、無意味に胸の中に飛び込んできたのだ。

抱きついてくる妹にまほは天にも昇る気持ちであった。

 

試合は同年代の西住流の生徒達と行われた。

無論、小学生である彼女達に装填といった役割が試合中にこなせる訳が無い。

よってこういう試合では車長を担当し、他の役割は門下生が担当する。

そして門下生は自身の意見や助言は一切行わず、車長の指示に忠実に従うのだ

王者である西住流として行き着く先は最も重要な車長である。

他の役割も当然練習し経験を詰むがそれは全て車長に必要な過程でしかない。

故に、西住流としての本領を発揮すると言う意味で車長を担当しての試合が行われるのだ。

 

この試合の内容は…まほの相手をした少女達には少々同情に値するものであった。

まほにとって義務以外に何物で無かった戦車道あったが、それにこの世に生を受けて初めて積極的な意欲を持って望んだからである。

意義も意味も感じなく、意欲も熱意も無く、それでも天性の才によって周囲と隔絶した実力を見せ付けていた天才が、集中しモチベーションを最大まで高めるとどうなるのか。

それを残酷なまでに周囲に見せ付けたのだ。

尤も、まほにとっては対戦相手の心情など一欠片の興味も無かった。

その集中力は試合に向けられていたが、興味は今も見ているだろう妹に向けられていたからだ。

一方的な完全勝利を収めるとまほは逸る気持ちを抑えて試合終了後の礼を終わらせた。

頭を下げ、見事な残心をみせてからすうっと静かに頭を上げる様子は見る者をほうっと溜息をつかせる程に凛々しく見事な礼だった。

しかし、終わりの合図が出るや否や、それまでの静の雰囲気をかなぐり捨てて妹の下へと走っていったのだ。

だが、其処にはまほの想像し、期待していた物とは違ったものがあった。

 

 -6-

 

「凄い!お姉ちゃん!」

 

みほはそういうなり私に飛びついてきた。

驚いた私は慌てて転ばないように下肢に力を入れて踏ん張りみほを受け止め様とした。

しかし、想像以上に勢いが強く何時かの時の様に二人纏めて倒れてしまった。

 

「凄い!凄い!お姉ちゃん凄かった!」

 

背中に走る衝撃に目を白黒させている私にそんな事もお構いなしにみほは続ける。

喜んでくれるとは思っていたが、こんなにも勢い良く今までに見た事が無いくらいにはしゃいでくれるとは予想外だった。

 

「…そうか、凄かったか」

 

「うん!格好良かった!」

 

「そうか、格好良かったか!」

 

「うん!もっとお姉ちゃんが戦車道で活躍するところみたい!」

 

「そうか!じゃあもっともっと活躍しないとな!」

 

「うん!私、ずっと応援する!」

 

私が鸚鵡返しの様な返事をする度に勢い良く首を振るう妹に愛しさを感じて、地面に転がっている事も忘れて頭を撫でてやった。

この時、私の中で何かが強烈な化学反応を起し、脳内置いて強烈な閃光を奔らせた。

今まで私を構成していた『西住流戦車道』は灰色で何の輝きも無い要素であった。

一方で『妹』の方は万色を持ち、虹色の輝きを放っていた。

今までこの二つはそれぞれ独立した単独の要素であった。

しかし、今日この瞬間に二つの要素は連結性を見せた。

『妹』から連結パイプが伸ばされ、『西住流戦車道』にその色彩と輝きを補給するのだ。

両者の間のパイプは数を増やし見る見る内にその境にあった空白は埋め尽くされ、二つは有機的な結合を図ったのだ。

例えるなら惰性で創作活動を続けていた者が得がたいファンを獲得し熱意を持った様に、

医者が自分の患者からの感謝を生きがいと感じる様に、弁護士が依頼人を助けたいという意欲を持ったように……。

今まで何の意味も意義も見出せなかった『西住流戦車道』にまほは初めて意味と意義を感じたのだ。

義務でしかなかった『西住流戦車道』に間接的ではあるものの楽しさと遣り甲斐を覚えたのだ。

この時からまほは自分の人生の「生き甲斐」というのをそれまでの二倍感じるようになった。

全てはこの可愛い妹から向けられる尊敬と敬慕と憧れの為だけに……。

 

「それと…」

 

「ん?」

 

「それと、お姉ちゃんと一緒に戦車道をする為に私も頑張る!」

 

「……っ!!」

 

それは先程の「天啓」すらも打ち砕くような提案だった。

その一瞬だけで私の脳裏には幾重もの想像が広がった。

一緒の車輌に乗る二人。

それぞれの戦車を指揮して姉妹のコンビネーションを発揮する二人。

互いの連携によって有機的に部隊を指揮する二人。

それらは想像するだけで絶頂してしまうかと思う程に甘美なものであった。

 

「…私もそれを楽しみにするよ。

 一緒に戦車道を頑張るか……!」

 

「うん!お姉ちゃんを私が支えるんだ!」

 

「ははは、そうか。それは頼もしいな…

 お前が私を助けてくれるなら……」

 

そうだ、みほが私を支えてくれるなら…いや、一緒にいてくれるなら。

ただ傍にいてくれるならばどんな困難も苦難も乗り越えれるだろう。

 

何時もの様に"薔薇の蕾"に二人で乗り込み帰路に着く。

車内にある古い音楽プレイヤーから父の趣味である古いが有名な名曲が流れる。

フランク・シナトラのMy Wayを鳴り響かせながら夕焼けの中をシルエットになった少女二人を乗せた"薔薇の蕾"が走る。

 

"I did it my way" 心の赴くままに自分の道を歩んできた。

きっと私達も私達の戦車道を歩む事ができるだろう。

 

"Yes, it was my way" そう、それが私の道なんだ。

きっと私達も最後にはそう納得できている。

 

 

……その時は私はそう信じていたし、またそうであって欲しいと願っていた。

 

 

 

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『I did it my way』

(「自分の道を生きてきたんだ」)

 

Frank Sinatra の「My Way」(1969)より

 

 






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第二話【人生はチョコレートの箱の様な物だ。食べるまで中身は分からない。】

I did it my wayを一話として完結した本編のその後の話を書いていく事にしました。
前編が原作開始前のみほが黒森峰にいた頃の話ですが、此方は原作時間軸をメインとした話となっています。
TV版と同様に大洗が黒森峰に勝つのを最終話として大まかな流れは変わりませんが、過程は結構違う予定です。
また、戦車が水没して黒森峰が結晶に敗退する所から物語が開始するのでどうしても序盤は暗めな話になりますが、最終的にはしっかりとハッピーエンドになる予定です。


 

 -1-

 

西住みほは戦車自体は非常に好んでいた。

何せ何処へ遊びに行くにもⅡ号に乗って行く程であり、戦車という機動力を得てからみほの活動範囲と行動内容は幼児の其れを逸脱し、ほとほと親を困らせていたものであった。

そんなみほの"遊び"を両親が有る程度自由にさせていたのも、戦車を好むという性質を良しとしていたのとまほというストッパーが常についていたからであっただろう。

そんなみほが母親から基礎練習を学ばされる事を伝えられては、より一層戦車に触れる事と姉と同じ事ができるという点で待ち遠しくも感じていたのだった。

あちこちに戦車を乗り回すのを好んでいただけに、戦車を乗り回す基礎練習には最初はある程度の熱意を持って挑んでいたのだ。

ところがいざ基礎練習を受けていくとみほのその熱意という炎は徐々に鎮火していってしまった。

元々自分にとって興味のある事以外にはあまりやる気を出さない子であったから、自由に乗り回せる"遊び"と違ってああしろこうしろと言ったり、これはするなと枠に嵌める様な事には楽しさを覚えなかったのだ。

と言ってもみほは馬鹿ではない。

これが自分に課せられた責務であることも何となくではあるが理解していたので、熱意こそ無いが不真面目という訳ではない程度に半ば義務的にこなしていった。

それが一変したのはみほがまほの試合風景を見学してからである。

みほが「お姉ちゃんと一緒に戦車道をする為に私も頑張る!」と決意を宣言したとおり、それからみほの西住流戦車道に対する意識は目に見えて変わった。

高いモチベーションを持って、意欲的に取り組むようになったのだ。

 

「お姉ちゃん!見ててね!!」

 

戦車のキューポラから姿を出し、こちらに手を振る可愛い妹の様子をまほは他人から見れば珍しい事に笑顔を浮かべて見守っていた。

 

 

 

 

-2-

 

 

西住まほは自分を天才だと理解していた。

これは決して彼女の自惚れでは無く、年齢以上の聡さを持つ彼女なりの周囲との比較し、分析した結果の結論であった。

少なくとも客観的に見てこの自己評価は正しいと言えただろう。

社会性、精神年齢、学力、言語能力、読解能力、観察力、計算能力、空間認識能力、記憶力どれを取っても同年代どころか一定以上の年齢差の相手よりも上回っていたのだから。

知性面のみならず戦車道においては特に顕著であったと言えるだろう。

同年代は比較対象にすらなりえず、アマどころか一部プロすらいる西住流門下生の中に混じって練習とはいえ試合ができる程であった。

特に卓越した能力としてまほは相手の考えが読める事が挙げられる。

より正確に言うのであれば考えが読めるのではなく相手の行動が全て予測の範囲内に収められるのだ。

更にまほにはその予測を元に相手が取りうる行動パターンを考え、どのパターンが来ても最大公約数的に最良の結果が残せるような行動と対応策を思いつけた。

流石に門下生相手ではまだまだ腕は並ばないが、これは決して彼女達がまほの予測から外れた行動をとるのではなく、予想がついてもまだ其れに追いつける経験と身体が備わっていないからである。

それでも戦車道において優秀な門下生達はそのまほの能力には気づいていたので、この若き未来の自分達の王を末恐ろしい思いを抱きながらも歓迎していた。

結局の所、まほが戦車道において楽しさも遣り甲斐も見出せなかったのはこの能力によるものであった。

全ての過程と結果が解りきっているものにどうしてその様な物を感じえる事ができようか。

まほにとって戦車道とは計算方法も答えも知っている計算問題を延々とやらされる様な物であった。

 

ところが…だ。

まほはある時から徐々に自分が通常の人間とは一線を隔した天才である訳ではなく、単に凡人の延長線上に存在しているに過ぎないという事を自覚した。

それはみほが高い熱意を持って戦車道に取り組むようになってからである。

大人の……それもプロの門下生の行動すらまほの予測の範疇であったが、みほの行動はどんなに想像の翼を羽ばたかせてもその枠内に収まる事は無かったのだ。

いや…これは戦車道に限ったことではなかった。

物心ついた時からまほにとってみほの行動の全てが予想外であった。

遊びに行けばその行き先や内容はコロコロ変わり、興味の対象や会話の内容も二転三転するのだ。

同じアニメや絵本をとってもまほの感想は年齢からすれば登場人物の心理等の考察として深く鋭い物を述べるが、言ってしまえば大人や賢い人間なら述べれる内容である。

 

一方でみほの感想は……異質であった。

年齢の違いや知性面の違いだとかそういった物ではなく、そもそも着眼点の土台からして普通人とは懸け離れた物であった。

しかも、その上でよく説明されればそこには彼女なりの理が通っており、成る程と納得できるものであった。

絵を描けばその構図や色使いも奇妙奇天烈としか表現しようが無い物が出来上がるが、それらの解説を本人から聞けば思わず唸る様な考えがそこにはあった。

戦車道においてもその異質なセンスは十二分に発揮されたのだ。

それを見る度にまほは、所詮自分は凡人という点が存在する一次元上で表現される同一線の延長上でしかないのだと自覚したのだ。

まほは確かに天才的な予測と対応ができる。

しかし、それは常人にも時間と労力をかけさえすればできる事だ。

勿論、それを常人より遥かに容易くできるのが彼女の凄さではあるが、結局は結果だけを見れば同じレベルの世界の話である。

一方でみほの其れは常人がどれだけ時間をかけようと、それこそ思考に何万年費やそうともその結論には達し得ない。

何故なら思考の出発点が違う。経路が違う。理が違う。世界観が違う。

例えるなら…ある紙に書かれた二つの点Xと点Yを最短距離で結べと言われた時、この二つの点の間に線を引くのが凡人やまほである。

まほと凡人の差をあげるなら線をどれだけ正確に素早く引けるかだろう。

それに対して紙を折り曲げて二つの点を直接接触させるのがみほである。

少なくともまほ自身は自己の評価とみほの評価をそう考えていた。

 

そんなみほのセンスを大人達はあくまで一風変わった、そして子供故の自由さの一種としか捉えなかった。

戦車道での一見無茶に見える突撃も、意図の解らぬ位置取りも普段のみほのやんちゃ振りから出た行動だろうと微笑ましい物を見るように見ていたのだ。

尤もこれをもって彼女らを頑迷・狭量・短慮と責めるのは酷であろう。

まほがそういったみほの才覚に気づいたのも前述したラプラスの悪魔の様な卓越した"予測する能力"があったからこそ、その予測外に存在する箱の中のみほに気づけたのだ。

予測外だからこそみほの行動の異質さが浮き彫りになり、そしてそれを不思議に思ったからこそまほが後にその行動を検証する事で一見では解らなかった有用性が理解できたにすぎない。

極普通の人間には当然ながらそのような気づきなどできる筈も無く、みほの行動はセオリーを知らない子供特有の無鉄砲かつ気まぐれな行動にしか見えなかったのだ。

 

 

 

"かくてラプラスの魔の自然認識は、吾々人間自身の自然認識のおよそ考えうべき最高の段階をあらはすものであって、従って吾々は自然認識の限界にあたってこれを基礎にもってくることができるのである。

ラプラスの魔にして認識できぬことは、それよりもはるかに狭小な限界の中に閉じこめられている吾々の精神には全く永久に知られずにおわるであろう。 -エミール・デュ・ボア=レーモン"

 

 

 

 

-3-

 

 

みほには表面化されていない才覚があり、そしてそれは余人には解らず、理解しているのは自分だけである。

 

まほがそう結論付けた時…二つの点で彼女は歓喜した。

一つは彼女にしては珍しい感情である独占欲を満たした事である。

いや、珍しいと表現するのは正確ではないだろう。

何しろ彼女には何かに執着するという行為を唯一の例外を除いて一切見せなかったのだ。

つまりまほには独占欲が無いが例外があった…というよりは今まで完全に姿を見せていなかった強い独占欲が噴出したと言えるだろう。

 

もう一点では彼女は戦車道に飽いていた事からである。

何しろ全てが予想の範囲内に収まるのだ。

西住流門下生相手に負けはするが、それも試合の開始時からどのように動き、どのように対処されるかという過程から結果まで解った上での事だ。

即ちまほにとっては戦車道というのは"何が起こるか解らない"という物ではなく将棋や囲碁の様に零和であり有限であり、そして殆ど確定でもあり完全情報のゲームでもあった。

どの様な勝負事でも最初から最後まで何が起こるか解っており、どう勝つかあるいはどう負けるかが判明している物など面白さを欠片でも感じるはずがなかった。

そうであったからこそ、まほは戦車道に従事する事は西住に生まれたが故の義務以上の事は感じていなかったのだ。

 

しかし、ここにまほのそういった常識を打ち壊す存在が出現したのだ。

もしみほと一緒に戦車道をすればどうなるのだろうか。

彼女の提案する行動を実行すればどうなるのだろうか。

きっとそれは素晴らしい物に違いない。

今までラプラスの悪魔によって固体化されていた物が箱の中の猫の様に不確定性を孕むのだろう。

いや……それよりも彼女と勝負をしたらどうなるのだろうか?

その思考に辿り着いた時、まほに電流が奔った。

何しろそれを想像した時…そう、"予測"ではなく"想像"なのだ。

どうなるか解らない。どう転ぶか解らない。

無限で不確定で不完全情報のゲームとしてその未知を楽しめるだろう。

彼女と勝負をした時、初めて戦車道の試合という物をまほは経験できるだろう。

そう想像した時にまほにとって戦車道という物は初めて意味と意義を持ったのだ。

 

……いや、思い返せばこれは戦車道に限った事ではなかった。

まほにとって人生という遊戯は全て予想の範囲内の事であった。

数刻から数日といったスパンのミクロの視点でも、数年から十年後の将来…いや、死までの人生というマクロの視点でも彼女は予測がついていてしまっていた。

人と相対すればどう発言をすれば相手がどういう好意を持つか解ったし、どう行動すればどういう結果が待っているかも解った。

だからまほはせいぜい優等生として、未来の家元として周囲から望まれている行動をとり続けた。

それはまるで舞台の上で脚本に沿った演技だけを許された役者の様なものであった。

そしてその生き方は死の直前まで続いたであろうし、またそれが当然のものだと思っていただろう。

しかし、彼女の最も身近にその当たり前の法則性を覆す特異点とも言える存在があったのだ。

自身の能力の高さによって無味の人生を送ることを余儀なくされていた彼女は、みほの存在によってのみ"何が起こるか解らない"という普通人にとって当たり前の事を咀嚼する事ができたのだ。

だからまほは進んでみほの傍にいようとしたのだ。

 

「ほら!お姉ちゃん!行こう!」

 

「…ああ、何処にだって行くよ。

 お前が行くところならば……」

 

例え彼女にⅡ号戦車で連れまわされ迷った末に夜の山の中で泣くみほを抱きながら一晩明かす事になっても、吠え立てる犬との"じんじょうなしょうぶ"とやらに付き合わされて大怪我をしても、

親族の集まりでみほがしでかした悪戯の"共犯"となって頭を下げ続けたとしても、業務で家を空ける事が多くなった母親に会いに行こう!とⅡ号戦車で他県にいる母の元に子供二人だけで移動する事になっても、

ある時に絡んできた白く着飾った同年齢の女の子を戦車に乗せて夜遅くまで連れまわしてしまい、叱られると不安がる少女を送って一緒に親御さんに謝った時も、それら全ての行動がまほにとっては喜びでもあり、感慨無量であった。

 

「まほお嬢様は実に聡慧であられますな。

 天真爛漫な妹様を見事に扶けて、その齢にして既に立派に姉をしておられる。

 苦労も絶えぬと思いますが、その経験はきっと将来に我々を総締する家元として生きるでしょう」

 

「有難うございます。

 皆様を失望させぬ様により一層の努力を心掛けて精進したいと存じます」

 

中には訳知り顔な親類が、出来の悪い妹の尻拭いをさせられている哀れで優秀な姉に同情して慰めと若干の媚を込めて遠まわしな表現でその苦労を労う事もあったが、まほは表面上は完璧な礼節を持って対応し謙遜をしてみせた。

尤も内心ではこの愚者を彼女の持つ豊富なボキャブラリーが用意できる限りの罵詈雑言をもって迎えていたが。

 

ともかくも元々はまほにとってみほは心の自浄作用として生み出された執着であり、それに価値が後付けされた形であった。

しかし、これらの事実が後押しする形でまほにとってのみほの価値を極大にしていった。

いや、もはやまほにとってその自身を構成する要素はみほ以外に他ならぬのだからその価値は大と小ではなく有と無、即ちみほとそれ以外の区別であった。

何しろまほの人生の目的と意味と楽しみは成長してその才覚を目覚めさせたみほと一緒に戦う事のみであるのだから。

 

みほはその後もまほの予想外の結果をもたらし続けた。

尤もまほ自身は失念していた…いや、考えたくなかったというのが正しいだろう。

みほのそういった予測不可能な結果が全てまほにとって望ましい事とは限らない事を…。

 

時が経ち成長するにつれてみほは西住流戦車道に適応していった。

それはみほの自由かつ奔放な性質を押さえ込み、西住流という枠にはめていく事でもあった。

当初はみほもそれに反発していたが、皮肉にもあの日のまほの試合を見学した時の「姉と一緒に戦車道を頑張る」という決意がみほにそれを我慢して受け入れさせた。

徐々に西住流の定石を"学習"していくにつれてみほは優秀な西住流の戦車乗りとなっていった。

実際に周囲からみれば意味不明で突発的な行動をしていた時よりも、西住流として堅実かつ確実な行動をしている現在の方が遥かに戦車道選手として成長している様に見えたのだ。

それによって中学にあがる頃には幼少の頃とは評価が一変し、既にまほに次ぐ腕を持ち、流石は西住主家の娘と称されていた。

 

いや、戦車道に限った話ではない。

幼少頃の活発で快活な性格は鳴りを潜め、内向的で大人しい"良い子"へと変わっていった…いや、矯正されていった。

それはまほにとっては最も恐怖するべき事態であったのだ。

枠に嵌められ、少しずつ"正しい"戦車道に慣れていくみほの様子にまほは真綿で少しずつ首を締め付けられる思いであった。

目の前で自分の人生の唯一の意義と目的が失われていくのをただ指をくわえて見ているだけしかできないのだ。

更に絶望的な事にまほにはみほがその現状を受け入れて歓迎している様にしか見えないのだ。

戦車道で結果を出し、評価されている事を本人も成長していると思い、姉と並んで戦車道をしている事に喜びを感じているのだ。

 

もしこのままみほが他と一緒の存在になれば…まほはまた元の無味無色の人生に戻るのだろう。

何も知らない時はそれしか人生というものを知らなかったのだからそれが普通でしかなかった。

しかし、一度蜜の味を知ってしまえばもう戻れない。戻りたくない。

その様な惰性で生きるだけの人生など御免であった。

尤もそうなっても…いや、そうなりつつあるからこそまほにとってよりみほの存在は増していくばかりであった。

仮にみほがそうなっても自分の人生に意義を求める為に、今度はみほの存在そのものに価値を求めるしかないのだ。

結果的にはみほが人生の全てであるという結論に変わりはない。

しかし、理由があってその結論があるのか、結論が用意されてから理由が作られたかという"卵が先か 鶏が先か"という観点から言えばそれは大きな違いであった。

ともかくも、自分が中学に進学して家から黒森峰系列の学園艦に移る時に行かないでと泣いて縋ってきたこの妹はまほにとって全てであるのは間違いなかった。

……それを依存というべき事なのは他の誰よりもまほ自身が理解していた。

 

 

 

 

 -4-

 

 

「やだぁ…!お姉ちゃんとまた離れるなんてやだぁ……」

 

「…私もとても寂しいよ。また一年間離れ離れだからな……

 だからみほから手紙を沢山送ってくれると嬉しい。

 連絡も毎晩とろう。電話してくれるよな?」

 

「…うん。でも、毎晩って大丈夫?

 お姉ちゃん忙しくなるんじゃ……?」

 

「いや、お前からの電話より優先させる事など無い。

 必ず夜にはお前からの電話に出れるようにする。約束する」

 

「……うん!絶対にする!毎晩絶対にする!

 写真も送る!手紙も送る!」

 

高校に進学してまたみほと離れ離れになる時、あれから三年も経つがその時とまったく同じ光景が繰り広げられていた。

もう十四歳になるのにあの頃と同じ様に自分に縋りついてくる最愛の妹が自分との別れを惜しむ様子にまほは何とも言えない背筋がゾクゾクする喜びを感じさせていた。

そしてまた一年間離れねばならない事に寂しさも感じてた。

中学生の時は戦車道の活動は公欠として結局は西住流門下と行っていたのでそれでも会う機会は豊富であったが、黒森峰女学院に進学してから本格的に学園艦での活動となるのでほぼ一年会う機会はなくなってしまう。

尤も感情は別としても理としては、この一年で黒森峰にみほを迎える土台を作っておこうと思っていたまほにはむしろそれが丁度良かった。

まず実力を見せつけて格の違いをはっきりさせた。

その上で次に人心掌握に尽力した。

元々、黒森峰の機甲科に進学してくる様な人間は大小の差はあれど一貫して戦車道に対しては真摯であるし、その気性としては質実剛健で実力者には敬意を払う傾向にある。

自身の実力に誇りと自信を持っているものだから、生半可な実力であったのならば反骨心を持ったかもしれないが、彼女の圧倒的な実力に揃って鐙を外して迎えた。

また、まほには一人の例外を除いて人が自分にどの様な振る舞いを望んでいるかが手に取るように解っていた。

故にまほにとって尊敬と信頼を集める事などまだ僅か十年余年の人生にも関わらず手馴れた物であった。

尤も一番尊敬と信頼が欲しい人物に対しては手馴れた様にはいかず、またそうであるからこそ一番欲しい人物であるのだからままならぬ物である。

 

そうして瞬く間に黒森峰の機甲科生徒のみならず全校生徒から教師まで掌握したまほは次の段階としてみほの存在と彼女を如何に自分が寵愛しているかを示した。

と言っても無理に意識してちらつかせた訳ではない。

そんな事をせずとも自制するのをやめて自然にみほの事を思って行動しているだけで十分であった。

妹からの手紙を待ち望み、人前でその手紙を呼んで笑みを浮かべ、事ある毎に妹との写真を眺めていればその存在に興味を持たれるまでに時間はかからなかった。

まほも妹について聞かれれば積極的に語ってみせた。

尤も西住家と繋がりの深い家、即ち分家等の出身の生徒からすればそれは今更であったが。

 

そうして一年が経って待ち遠しかった妹が入学し、去年の自分と同じ様に実質的に彼女の披露の場である練習試合が行われた。

この年の新入生の中には不運にも西住流と深い繋がりのある家出身の……つまり、幼い頃から姉妹と同じ様に訓練を受けていた者はいなかった。

故に早々にチームを組めずにおろおろさせてしまったのはまほの誤算であっただろう。

理論的にいえば予測できないのはみほの意思決定がかかわる事に限定される筈なのに、何故かみほが事に関わるとそれだけでまほには予測外の事が起こりえるのだ。

理屈には合わないのは間違いないのだが、そうとしか言い様が無いのだ。

更にいえば…もしも昔の頃のみほの気質であれば彼女自ら積極的に声をかけて誼を結びにいったであろう。

今の様に声をかける事を躊躇い、消極的姿勢のまま右往左往はしていなかったに違いない。

当然ながらまほは別にいまのみほの性格が嫌いな訳ではない。

過去の性格と比較して良し悪しで判断している訳でもない。

ただ…それを見るのが悲しかったのだ。

 

まほがこの黒森峰で望む事はただひとつである。

この"西住流"の家から離れたこの学園艦で、自分の力が自由に及ぶこの箱庭でみほの自由な気質を目覚めさせ、かつての本質を呼び戻す事であった。

実際、この企みは半ば上手く行っていた。

個人戦の練習試合と集団による練習試合ではみほの実力を見せ付ける事に成功した。

尤もその内容は凡人から見れば次元外の戦いであっただろうが、まほからすれば驚くに値しない内容であった。

即ち、この時点ではまだみほの本質とは懸け離れた戦いであった

次に同学年を中心としてみほの"友人"を増やし、そして徐々に上級生にもそれは浸透させようとした。

それはテストケースでも実践でも上手くいっていた。

こうしてみほがその本質を発揮しても疑問に思われず、誰からも制約される事もなく、自由に振舞える場を用意していく事に着々と近づいていった。

まほにはこのまま推移していけば、そう遠くない内にまた自分の手中からするりと抜けていく"みほの戦車道"行動を見れるという期待があった。

 

 

―――そしてそれは程無くして叶う事になる。

第62回 戦車道 全国高校生大会の決勝にて、まほの望まぬ形で……

 

 

 

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『Mama always said life was like a box of chocolates.

You never know what you're gonna get.』

 (「ママは言ってた。

   人生はチョコレートの箱みたいって。

   食べるまで中身は分からない」)

 

     映画「Forrest Gump(邦題:フォレスト・ガンプ/一期一会)」(1994)より

 

 



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第三話 【薔薇の蕾】

 

-1-

 

西住まほの能力の真価は「予測」と「対応」であるがこれは決して未来予知に該当する事ではない。

"予知"ならば"何が起こるか"を判別できる筈であり、これは言ってみればサイコロを振ってみればどの目が出るか事前に判明しており、そのケースに対しての対応だけを取る訳である。

一方でまほの予測は想定できるパターン毎にそれらの蓋然性と危険性を考慮して、最大公約数的最良の対応策をとっているに過ぎない。

 

もっと簡潔に言えば51%以上の確率で有利になる行動を積み重ねるのがまほである。

故に一回一回の行動だけでみれば裏目を引く事は有りえるのだ。

しかし、局所的に不利を引いても、その後からまた有利を取れる様な対策を幾らでも出し続ける事ができるのが彼女であるし、また確率論から当然の事として試行回数が増えていけば結果的にはまほの予測内に収束していくのだ。

ましてや実際にはまほの慧眼によって60%や70%以上の確率で有利が引き出せる最善手を取る事ができる。

しかも一度有利を取ってしまえば、その有利マージンによって相手の行動の選択肢は縮められ、その後の展開は一度傾いた天秤の様に更に一方的になっていくのだ。

相手からすれば自分に不利なギャンブルの連戦連勝を必要とするという理不尽極まる相手であった。

更に悪辣なのはその確率論も決して定石だけから算出した机上だけの"理屈倒れ"ではなく、相手の思考や傾向等といったその場の状況もしっかり考慮した上での事だろう。

こういった事から西住まほは一度でも流れを掴んでしまえばそれが決して覆る事のない選手として有名であった。

 

一方で妹の西住みほは真逆に不利の状況を覆す事に定評のある選手であった。

定石外れで裏の裏をかく行動によって見事に相手の虚を突き、どのような策謀を相手が張り巡らせてもまるで考えを読取ったかのように逆手に取るのだ。

この姉妹が互いに補完し有った時、正に黒森峰は無敵であった。

序盤で姉の想定どおり有利を取ってしまえばそれまでであり、もし運悪く裏目を引き続けて不利になっても一時的に副隊長である妹が指揮を引き継いで不利を覆してから姉に指揮権を返上すればやはりそれまでであった。

 

「まるで深いプールに叩き込まれて上からガラスで蓋をされた様だ。

 どの様に藻掻いても溺れるしかないのだから」

 

結果的にありとあらゆる面でどのような行動をとっても上から叩き潰されてしまい、対戦校の一つの生徒がこう表現したという。

 

 

しかし、西住まほを知る者はよく常勝なのだと錯覚してしまうが、決してこれは必勝を約束する物ではない。

その様な事が神ならざる人間に出来る筈もなく、それは彼女も例外ではない。

もちろんその確率は極小である。

前述した様に薄い確率を引き続ければ負ける事はあるが、当然その確率は非常に小さい。

だが小さいという事はゼロではないのだ。

まほ自身もいずれはそういった敗北を味わう事になるだろうと想定はしていた。

全戦して全勝とは行く訳にはいかないのだから当然の事である。

また、「勝敗は兵家の常」と言われるが仮にそうなったとしてもそれは運の問題であって実力の差ではないだろうとも思っていた。

これは単に現状から省みた客観的な事実であって、決して未来の敗北に対する言い訳という保険ではない。

何より、まほ自身が自分を実力で下す相手を欲していたのだからこれはどちらかと言えば"自嘲"に近い物だろう……。

 

ともかくも漠然ではあったが何時かは敗北する事もあるだろうとは思っていたのだ。

しかし、それが最悪のタイミングで最悪の内容によって実現するとは彼女自身も予想できなかったのだが……。

 

 

 

 

-2-

 

 

決勝のプラウダ戦は奇跡が幾層にも積み重なった試合であった。

それもまほにとってはありがたくない奇跡である。

まず単純にプラウダの行動パターンが例年どころか今年度の大会のそれまでと大きく変わっていた。

無論、それだけならまほには通用しない筈であった。

しかし、それによって多少なれどまほによって都合の良いサイコロの目が出る確率が減ったからか、薄い所を引き続けて徐々にではあるが不利になっていった。

これもまた客観的に見てプラウダの実力が彼女に勝ったというよりは運が良かったと言うべきであろう。

 

しかし公平的に見てプラウダの擁護をするのならば、彼女たちはまほの特性を見抜いた上で通常通りの戦法でやっては勝ち目はほぼゼロであると判断し、成功する確率は極端に低いがもしそれが成れば膨大なリターンを得る方法を選択したのだ。

前述した例に習えば45%程で有利が取れる行為を捨てて、10%程度でしか有利をとれないが、もしとれれば大きく流れを得れる戦法であった。

言ってみれば破れかぶれの一か八かであり、捨て鉢で賭けに出たとも言えるが、低い確率では有るが彼女たちの取りうる行動の中で最も勝率が高い方法であったし、実際にそれは成功しつつあったのだ。

成功した理由は確かに運であったが、少なくとも運が良ければ勝てる方法を選択したのはプラウダ自身の判断によるものだろう。

 

これを後押しした理由の一つに天候の荒れ具合も挙げられるだろう。

当然の事前準備として予報によってこの日の天候が荒れる事は解っていたが、それでも予報以上の規模を生じさせていた。

天候が荒れれば荒れるほど不確定要素として分母が増え、まほの予測パターンの触れ幅は大きくなっていくのだ。

結果的にそれがプラウダの賭けの成功の背を押す事になった。

また悪天候によって地盤が緩くなったのも盤面を狂わせることに一役買い、一輌の戦車が荒れる川に落ちてしまったのだ。

 

ここまでなら……ここまでの要素だけならば、それでもまだ手の平の端の端であるものの、まほの想定する範疇であり掌の中の事であった。

だが、まほにはたった一人だけその予想を覆す行動を取る事のできる人物がおり、そしてその人物もまたこの場にいた。

その事実をまほは望んでいながらも、長年目にする事が無い故に失念していた……してしまっていたのだ。

 

 

 

 

-3-

 

 

「…今何と言った!?」

 

『ですからっ!副隊長が!飛び込んだんです!

 川の中に!味方の戦車を救出する為に!」

 

それを聞いた時、まほの鋭利な頭脳は何があって何が起こったのか正確な解答を導き出した。

この荒れる天候の中で濁流と化した川の中に自身を省みずに飛び込んだ妹の状況をはっきりと理解できてしまった。

故に、まほは声無き悲鳴を掻き鳴らし、まほの心の中を様々な感情が濁流となって鬩ぎあい、噴出す火山流の様に焼き尽くしていった。

 

事が起こった後にその事象が置き得るであろう事を理解する。

幼少の頃からみほによってのみ引き出されるその感覚をまほは昔から歓迎していたし、この一年はそれを復活させる為に尽力していた。

しかしこの時ばかりはそれを呪った。自らを責めた。

 

何故、その程度の事が思いつかなかった! 何故、考えなかった!

みほならば!あの心優しい妹ならば目の前で危機に瀕している友人がいれば己の身を省みないことは当然ではないか!

 

『…ああっ!フラッグ車が……!

 ……走行不能に…白旗があがりましたっ!」

 

「そんな事はどうでも良い!!」

 

同じ戦車に乗っていた人員も通信機の向こうにいる人物も、いやまほですら自分がこの様な声を上げるのを聞くのは始めてであった。

彼女達が黒森峰の隊長が大会決勝の勝敗をどうでも良いと切って捨てるのを聞いて驚く前にまほは素早く指示を出した。

 

「急ぎ、大会運営に救助を要請しろ!

 現場にいる人員は……可能ならばロープを使うなりして救助しろ!

 …二次災害には十分に気をつけろ。決して無理はするな…」

 

この時、激発する感情の中で辛うじて働いた理性によってまほは「お前達がどうなってもいいからみほだけは絶対に助けろ!」という言葉をかろうじて飲み込んだ。

まほにとって究極的の意味ではみほ以外のモノに一切の価値を感じていないからだが、同時に冷静な部分でそれを言ってしまえばまずいと思ったからだ。

 

そしてこの後に待ち受けることにまほは無力でもあった。

これは無論、まほにみほを助ける手立てが無いという意味でも有ったが、同時にみほがどうなるかという未来に対して全く予測が出来ず、不安な未来が来ないようにただ祈るだけであるという意味でもあった。

 

 

 

 

-4-

 

 

ジジジッと蛍光灯の音だけが響く静かな廊下でまほは一人座っていた。

 

『集中治療室』

 

それが今まほの前にある扉に大きく書かれていた文字である。

 

(どうか…どうかお願いします。

 神様、私はどうなっても構いません。それ以外はいりません。

 だから…だからどうかみほを助けてください!)

 

その扉の向こうの出来事にまほは一心不乱に祈り続けていた。

常日頃は信心深いとは言えないまほであったが今この時ばかりは人生で最も真摯に神に語りかけた瞬間であっただろう。

あの時、川に飛び込んだみほは無事に中の乗員を救出することに成功したが、肝心の本人は最後の一人まで見捨てずに救助作業に従事した結果、岸にたどり着く前に力尽きて流されてしまった。

運営からの救助隊が駆けつけて下流を捜索し、打ち上げられている彼女を発見し救出したが、その時には脈拍と呼吸が停止していたのだ。

無論、すぐに心肺蘇生処置が行われ、無事にそれは戻ったが依然として意識不明の重体である事には変わらず、またその脈と息も弱弱しいもので全く楽観視出来ない状況であった。

直ちに緊急搬送され、集中治療室に収められたが山場は未だに越えておらず最悪のケースも有り得た。

また仮に命の危険性が過ぎ去っても、呼吸と脈が止まっていた時間が短くは済まなかったので、何らかの障害を負う可能性もあり、最悪の場合は命が戻っても植物人間の危険もある。

そう医者に説明された時、まほは己の体からまるで全身麻酔でも打たれかの様に力が抜け、床に崩れ落ちてしまい、一緒に付き従っていた斑鳩によって何とか体を支えられた。

尤もその体を支える斑鳩の力の入り具合もとてもではないが頼りにはならなかったのだが。

その後、何時までも居続けようとする斑鳩と一応の為の検査を受けに同じ病院に運ばれた水没した戦車に乗っていたエリカや赤星と浅見を強引に帰した。

一人きりになりたかった事もあるし、まだ整理がついていない今のままではみほを止めなかった斑鳩や水没した戦車に乗っていた彼女達に呪詛を投げかけたり、場合によっては殴りかかってしまう事を恐れたのだ。

 

 

 

まほはずっと集中治療室の前で祈り続けていた。

そして祈りと共にまほは強い後悔もしていた。

 

(みほがこうなったのも自分の責では無いだろうか?

 自分が昔のみほの様に予測不能で自由で突発的な事を望んだからではないか?)

 

そう考えてしまえばもはや思考は止められなかった。

いや、まほが冷静に考えれば考えるほど、自分の責である事が理由付けられていくのだ。

 

 

(なるほど、確かにみほの今回の行動は予測できなかった!

 昔……母に一度だけ抗弁した事がある。

 反抗など一度もした事のなかった私のただ一度だけの反抗。

 無駄だと解っていながらも、みほの才覚を訴えて型に嵌める様な事はしないでくれと頼んだ事が。

 それでも母は首を振り、「それがみほの為である」とだけ言った。

 この時、私は何と狭量で頑固なのだろうと思った。

 ……しかし、思えば母の考えは正しかったのだ!

 そしてそれは着々と成果を上げていたのに、私が愚かにもこの一年で台無しにしてしまった!

 私が…っ!私が望まなければ!

 …ふふふ、何と皮肉な事だろうか。

 この一年間で計画し画策し望んでいた事が実現したのだ。

 その結果がこれなのだ!)

 

後悔。

これもまた人生において常に選択を間違った事のなかったまほが始めて感じる事である。

以前であったら新しい感情を覚える事は歓迎するべき事であっただろう。

しかし、またしても妹に関する事で始めて体験するこの感情はまほにとって苦いという表現ではとても足りない物であった。

そして同時にまほは頭の冷静な部分で"何時もの様に"今後の事を考えていた。

 

もし……もしも、みほが死んでしまったら?

 

感情としては信じたくは無かったが、まほの生来の能力がこれに対する予想と考察をする事を止めなかった。

思い返せばこの能力があったからこそ、まほは歪んだ人生を歩んできたかもしれない。

それでもまほは特にこの能力を……いや、"性質"を疎ましく思ったことは無かった。

しかし、今だけは自らの頭蓋を切り開いてロボトミーを施したくなった。

仮に……みほが死んでしまったのならばどうするのだろうか?

恐らくはまほは悲哀よってではなく単純で機械的な判断によって自殺するのだろう。

決してみほが死ぬ事が悲しくない訳ではない。

みほが死んだと理解した時も、その後の弔いの時もまほは悲しみにあけくれるだろう。

悲しんで悲しんで一頻り泣いた後で、すぅっと頭の冴えが戻った時に、

 

(みほがいなくなったのならば……今後の私の人生において意味も意義も無くなる。

 そんな無色の人生を送る事は死んでいる事と同一なのではないだろうか?)

 

とまほにとっての論理的思考に基づき、己の生に意味がないと結論付けて冷静に"自裁"を選択するのだろう。

そう結論した時、まほは背筋が凍るような思いをした。

みほの死は自身の死と同義なのだ。

自身の死について考えた時はさほど関心も無かった筈なのに、みほの死による自身の死について考えた時に、初めてまほは己の死というものについて実感した。

まほは決して枯れる事の無い涙を流しながら、嗚咽と共にただひたすら妹の無事を祈り続けた。

その声なき声と祈りは暗い病院の廊下の中の闇に吸い込まれていった……。

 

 

 

 

-5-

 

祈りが通じたのか、次の日にみほは意識を取り戻し、幸いにも目立った傷害も意識の混濁も特に無かった。

それを聞き、面会が許されればまほは恥も外聞も関係ないと言わんばかりにみほの胸元に飛び込み、まるで赤子の様に泣き続けた。

そして胸元で泣きながら「ごめんね… ごめんね…みほ!」と繰り返す姉の頭をみほはそっと優しく撫で続けた。

まほは時が経っても一向にみほの元を離れず泣き続けたが、流石に戦車道の試合の後も休む事無く祈り続けた事とみほの無事を確認したことで身体と精神が限界を迎えたのか、そのまま妹の胸元で寝入ってしまった。

それに気づいた後もみほはこの泣きながら眠る姉の頭を撫で続けた……。

 

意識が戻った事により見舞いの面会が許可され、斑鳩やエリカ達をはじめ、かわるがわるに黒森峰の生徒達が見舞いに来た。

事前に隠されること無くみほの生命の危機と障害の可能性を伝えられていた事もあって、ほぼ例外なく全ての見舞い客がみほの無事を確認しては喜び、そして安堵したからか涙を流しながらみほに抱きついた。

中でも斑鳩や浅見に赤星と逸見の四人は強く感情を露にした。

特にあの斑鳩がみほを泣きながらとは言え声高く叱責するという光景は誰もが始めて見る光景であった。

尤も、当のみほは斑鳩から見舞いにとプレゼントされた白黒のパンダカラーのボコのヌイグルミを抱えながら少し嬉しそうに受けていたのだから、その叱責も如何程の効果があったか疑わしいが。

こうして沢山の人間がみほの病室を訪れた。

 

…しかし、みほの母親……西住しほはとうとう現れなかった…。

 

その後、みほは検査を終えて後遺症が無いことを確認してから退院した。

障害も何も残らなかったことにまほは安心したが、仮にどのような障害が残ってもまほは世話も介護も全て自分がするつもりであった。

……もしかすると心の奥底の何処かでそうなる事を望んでいたかもしれないが。

 

そして、一つの困難を乗り越えた事によって次の困難が見えてきた。

そう、決勝敗退である。

まほにとってはもはやそんな物は糞食らえだ!という心境であったが、世間の…それも西住流の家や支援者からすればそうも行かないのが現実であった。

特に敗因の直接の理由が西住の娘がフラッグ車を放棄したと言うのが彼女等に納得しがたい理由の一つになっていたのだ。

勿論、それは大多数の人間にとっては緊急時における救助活動の上なのだから仕方が無いのではという感想では有ったが、西住流といっても一枚岩ではない。

無条件で上の立場の失態を望んでいる者もいればいれば、単に常日頃から反感を抱いている者もいる。

また現家元もまだ年若くその権威も隅々まで行き届いているとは言えないのが現状であった。

 

ある意味では格好の攻撃材料を得た者達は巧みにみほの責任をついていった。

例としては「素人の救助の必要などなく、大会の救助が来るのに任せていればよかった。現に水没した戦車に乗っている人員は全てが無事で、素人にも拘らず飛び込んだ副隊長だけが重症であったではないか」と言った感じである。

実際に現場の状況を完全に把握している者などそういないのだからそう繰り返されればそうであったかもしれないと思い始めるのが人間であり、嘘も声高く100回繰り返せば真実の一部になるというのは歴史上何度も繰り返されたことである。

無論、それでもそういう影響は小さな物であったが、そうは言っても何時までも無視出来るものでもなかった。

それを受けてか、家元である西住しほはまだ病み上がりの娘を呼びつけ、その真意を問いただす事となった。

しかし、真意を問いただすといってもそれが実質的に尋問の場である事を同席を命じられたまほは良く理解していた。

 

「で、でも!ああしなければ…」

 

「勝利に犠牲は付き物なのよ。

 人は何であれ勝つ為に何かを犠牲にしている。

 それは時間であったり労力であったり、勝利につぎ込まなければもっと何か他の事に費やせた事を」

 

「……そんなに勝つ事って大事かな…」

 

「勝利よりも重要なものがあると?

その事に関しては西住流の其れとは相入れませんが貴方は納得しないだろうから一先ずその事については置いておくとしましょう。

ですが貴方自身の価値観との相違については貴方自身に帰依する事。

貴方のその価値観は他の人と共有しているものでは無い。

10連覇の為に三年間心血を注いで血反吐を吐く様な努力していた者、それの礎を築いた卒業生、それを支援していた系列校、援助していた支援者。

貴方は援助しているのは余裕のある富裕層や企業ばかりと思っているかも知れないけれど、一般生活を送っている卒業生やプロや社会人チームに在籍している門下生が決して少なく無い負担を背負いながら好意としてお金を出している方が大勢いるのよ。

貴方の同輩達も年頃の貴重な青春の中で他にも色々できただろう時間も何もかもを費やして注ぎ込んで勝利を目指していた。

全ては自分の母校の、自分の流派の誇らしい姿を見る為。

貴方は自分の価値観を押し通して満足かも知れないけれど、その人達には何と言って詫びるの?」

 

それが完全な正論であるかどうかはまほには断言出来なかった。

人命が関わる事である以上、それが何よりも優先順位の最上位にあるべきだと言う主張を否定する事は難しいからだ。

しかし、実際にその”大勢”に対する責任を背負っているのは西住しほである。

当事者ではない者がどれだけ綺麗な主張をしても、責任無き主張には説得力がある訳が無かった。

 

「でも……私には人を見捨てて勝利を優先させる事はできないよ…」

 

その返答は不味いとまほは僅かに顔をしかめた。

母は理論立ててどう責任を取るのかと聞いているのだ。

それに対して無茶であっても現実的でなくとも何らかの責任の取り方を提示すべきであっだろうし、そうでなくとも考えが及ばなかったと謝罪するのがベターであっただろう。

しかし、みほはただ変わらない自分の主張を繰り返しただけである。

机の下で己の母親が拳を握る手に力を込めてギチィと音が鳴るのがまほには聞こえた。

 

「貴方は…」

 

「解ってるよ!!」

 

みほは突然立ち上がると初めて怒声を響かせた。

初めて…そう、みほがこんな風に声を荒げて叫ぶのを聞いたのは生まれてこの方初めての事であった。

 

「解ってるよ……私の行動でお母さんがどれだけ苦労しているのか。

 他の人にどれだけ迷惑をかけたか……。

 ……お母さんは入院している私のお見舞いにも一度も来なかったよね?

 でも…それを私は悲しんだりしていない。ないがしろにされたなんて思ってない。

 少し寂しかったけど……でもお母さんは本当なら来てくれていたって信じてる。

 だけど……来れなかったんだよね?私の不始末の為に色んな所に謝りに行って頭を下げに行ってて……。

 私のお見舞いに来れない位、忙しかったんだよね…?

 だから……お母さんが姿を見せてくれない事に申し訳なく感じていたの……それだけ私は迷惑かけたんだなって……」

 

そのみほの吐露をしは黙って聞いていた。

しかし、横にいたまほにだけしほが再び膝の上で拳を握り締めるのが見えた。

其れは先程見せた怒りによる締め付けではなく、もっと何か……様々な感情が篭められている様に感じられた。

娘に真意を理解されていた事による嬉しさなのか、それとも親としての不甲斐無さなのか、それはまほには解らなかった。

 

「だけど…私には無理だよ……。

 目の前で危ない目にあってる人を見捨てるなんて……。

 理屈で他にどんな大儀があると解っていてもできないよ…」

 

「…反省も後悔もしていないと?」

 

「反省は行動を振り返って問題点を探す事。

 後悔は取った行動をしなければ良かったと思う事。

 ……私は同じ場面、同じ状況になったら同じ事をするよ。

 だから反省も後悔もしていない」

 

「貴方は…!!」

 

しほは怒鳴り声を上げながら立ち上がった。

みほと違い母の怒声は数少ないが幾度かはあったが、ここまで激しいのを聞くのは、これもまほには生まれて初めてであった。

 

「貴方は死ぬ所だったのよ!?

 呼吸が止まって……脈だって止まってて…

 私がそれを聞いた時にどんな気持ちだったか……

 命の危機が去ったと聞いて安心して、今度は障害が残る可能性があると聞いた時、私がどんな気持ちだったと思うの!?

 貴方は……貴方は!!」

 

泣いていた。

目を真っ赤にして、瞳から涙を流しながらしほは泣いていた。

 

「お母さん……」

 

それに対してみほは黙って俯いているだけであった。

そして重苦しい空気が場を支配し、無言の時間が続いた。

その間、まほは苦心していた。

この場に同席する事をしほに申し出たのはまほである。

それは本来であるならばみほの擁護をする為であった。

しかし、まほにはそれができなかった。

いや、正確に言うのであればできないのではなく、しなかったのだ。

決勝戦までは母のみほに対する指導を母の視野の狭さや狭量に依存するものだと軽視し、みほの本来の資質を開花させようとした結果がこれなのだ。

だからここでは母の言葉に賛同していたし、残念であるがまた"元の"みほに戻ってほしかったのだ。

 

「……それで貴方はどうするの?」

 

しほは息を整えると静かに腰を下ろし、問いかけた。

それを受けてみほはちらりとまほを見た。

それはまほが幾度も見た事があるような表情でもあり、始めて見る様な表情でもあった。

昔はよくこんな風に姉を頼るような表情を見せてくれた。

今までこんな風に縋り付く様な目で姉を見てきた事は無かった。

その視線を受けてまほは……何も言えなかった。

何もできなかったのだ。

 

どれだけの間か、もしかすると一瞬であったかもしれない間だけまほに視線を向けていたみほは諦めたかの様にその視線を外し、俯きながら言った。

 

「……戦車道をやめます」

 

みほのその宣言を聞いた時……、まほは暫しの間、茫然自失していた。

 

…みほが戦車道を……止める?

 

耳にはその言葉が入っていたが、脳がそれを咀嚼し理解するまで時間を要した。

そしてその意味を理解したとき、まほの喉はカヒュッっという音を出しながら呼吸のバランスを崩し、手先は振るえ、唇は微振動を繰り返していた。

 

「…学校はどうするの?」

「戦車道が無い学校に転校したいです…。

 できればここから遠い所へ…」

「…そう。……好きにしなさい」

 

そう締めるとしほはもう話す事は無いと言わんばかりに立ち上がり、まほを一瞥だけするとそのまま退室した。

続いてみほが退室すると、思考と意識を取り戻したまほが何とか震える足で立ち上がり、みほを追いかけた。

 

「ま、待ってみほ!」

「なぁに?お姉ちゃん?」

 

呼掛けにゆっくりと此方を向くみほの表情にまほは少しだけびくりと戸惑った。

目に光が無い。表情に色が無い。

笑みだけは普段と変わらないが、その奥には無色灰色の感情が広まっているようにしか見えなかった。

 

「戦車道を辞めるのか…?

「うん」

「……黒森峰から…、私と一緒の学校から出て行くのか?」

「うん」

 

今この時、まほはどのような表情をしているのか自分でも解らなかった。

 

「な、なぁ…考え直そう。

 今はお母様もみほもちょっと熱くなっているだけだ。

 ちょっと時を置いて、ちゃんと謝ればお母様もきっと「お姉ちゃん」

 

「戦車道はもう辞めるよ。

 私……戦車道で楽しいって思った事なんて一度もなかったんだ」

 

感情が抜け落ちたかの様な笑顔で、何の色も含められていない言葉が事態の深刻さともう手遅れだという事をまほにはっきりと理解させた。

 

……冗談ではない。

そんな事はまほにはとても許容できなかった。

妹が戦車道を辞めるなんて。

あれだけの才覚を持つ妹が戦車道を辞めるなんて……!

自分に唯一戦車道の、ひいては人生の意味や意義を教えてくれる妹が…!

 

……いや、違う。

実際は、才覚の有無は関係ないのだろう…。

自分を打ち負かす事も、予想だにしない行動を取ってくれる事も。

そんなものは"おまけ"でしかないのだ。

ただ、ただただ……妹と一緒に戦車道をしたかっただけなのだ…。

いや、戦車道ですらなくても良かったのかもしれない。

何でも良かった。

妹と一緒に何かができるならばそれで良かった。

ただ、まほが戦車道だけしか知らないから戦車道しかないのだ。

 

だからみほが戦車道を辞めると宣言した時、まほにとってそれは世界の終わりを意味していた。

 

……いや、それですらどうでもいいのかもしれない。

結局の所、何であれまほの傍にみほがいればいいのだ。

それだけでいい。それ以外要らない。

まほの人生において、みほがいない人生など考えられないのだから。

 

「……わ、解った。戦車道はやらなくていい。

 うん、そうだな。み、みほがやりたくないのなら無理にやらなくていいだろう。

 だから転校などしなくて良いだろう?戦車道活動は休止してまた気が落ち着いたら再開すれば……」

 

「……」

 

「……い、いや!そうだな!もう今後は一切戦車道をしないんだったな。

 うん…そ、それでもいいさ。みほがやりたくないのならそれでもいい……。

 であれば機甲科には居辛いだろうから普通科に転科すればいい。

 寮からは出ないといけないが……どこか学生用のアパートを借りればいい。

 ……そうだ、私も寮をでて一緒に住もう。

 二人で住めば何も心配は無い。

 何も転校なんてする必要は無い……無いんだ……そうだろう…みほ……」

 

「……」

 

「……みほ?」

 

無言だった。

四年前と一年前には自分が進学して別の学校に行く事をあれだけ泣きながら嫌がって、自分に縋り付きながら離れたくないと言ってくれた妹が

三年前と半年前には一緒の学校に通えると花が咲いた様な笑顔で自分に飛びついてきてくれた妹が

転校して姉から離れるのだと、その無言さが何よりも雄弁に返答していた。

その表情には何れの感情も見出せることなく、まるでまほには何も興味が無い様な視線で自分を見つめているように感じられた。

 

(いや……ひょっとして…私はもう姉として見捨てられているのではないだろうか?)

 

そう考えてしまうとそれを足掛かりとして思考は加速していく。

 

(一体何時から私は姉として見捨てられたのだろうか?

 何時から情けない姉だったのだろうか?

 幼い頃に周囲の評判から庇ってやれなかった時?

 黒森峰に入学してから自分の都合で性格を矯正させた結果、命の危険に晒した時?

 いや、違う……ラストチャンスは恐らくあの時だ)

 

まほの脳裏にフラッシュバックする先ほどの光景。

何時もの様に自分を頼る妹の視線。

見た事の無い自分に縋る様な妹の視線。

あれが妹からの最終通告だったのではないだろうか?

あれが妹からの最後のSOSだったのではないだろうか?

あの時が岐路だったのではないだろうか?

あの時に動いていれば、声をかけていれば、庇っていればまだ私は姉でいられたのではないだろうか?

 

そう考えた時、まほはみほの足元に縋りついた。

己が知らず知らずに寸前で逃した機会をもう一度だけ与えて貰える様に、慈悲を請うように必死に縋りついていた。

 

「お、お願いだ、みほ!私を置いていかないでくれ!

 私が悪かった…!もう…お前抜きの人生など耐えられないんだ…!

 姉などという偉そうな立場じゃなくてもいい!

 お前が望むのなら…ペットとしてでも構わない!

 頼むから傍にいてくれ…!

 みほがいなくなったのなら私は…!」

 

彼女から捨てられない様に媚びなくてはならない。

彼女に飽きられない様に細心の注意を払わなくてはならない。

・・・彼女の為に生きなくてはならない。

 

取り返しのつかないようなミスをしてしまったまほは今この瞬間に誓った。

だから…だから許してほしいと…。

同時に何故この心境にもっと早く……いや、つい数分前に持てなかったのかと心底後悔していた。

 

しかし、みほは涙を流しながら己の足に縋りつく姉をしゃがみこんでそっと優しく頭を抱えると

 

「……ごめんね、お姉ちゃん」

 

と言って最後の別れの様に頭をそっと一撫でしてから立ち上がると、まほの方を一度も振り向くことなく廊下の奥へと消えていった。

 

「……あっ」

 

髪に感じていた最後の感触であるみほの指先が離れると名残惜しげに言葉が漏れたが、それ以上の言葉を紡ぐ事はできず、まほはただそれを見送るばかりであった…。

そんなまほの頭はこれまでの人生で最も楽しい時期を無意識に反芻していた。

……何のしがらみも悩みも無く、ただ純粋に二人で笑っていた頃。

即ち、"薔薇の蕾"と二人で名付けた戦車に乗っていた頃を……。

 

 

 

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  『Rosebud.』

  (「薔薇の蕾」)

 

    映画「Citizen Kane(邦題:市民ケーン)」(1941)より

 

 



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第四話 【良く聞いて、あなたは私の白馬の騎士なのよ。】

 -1-

 

 

逸見エリカは熊本の裕福な家庭に次女として生まれた。

由緒ある家という訳ではないが、事業に成功した祖父と優秀な入り婿の父の収入もあって、その経済規模は西住の家と比較すると流石に大きく見劣りするが、平均水準を多大に上回っていた。

客観的に見てこの家庭は概ね理想的な家庭だったと言えるだろう。

夫婦間は良好な関係を維持し、親として二人の娘を良く愛していた。

姉も年の近い妹をとても可愛がっていた。

欠点を強いて挙げるなら、家族全体が少々この末女に対して甘過ぎるきらいがあったが、それも平穏な家庭の要素の一つとも言えるだろう。

しかし、それらが無条件の幸福を保証するかと言えば、そうとは限らないのも現実である。

 

ドイツ人である祖母の血が色濃くでたのかエリカは綺麗なプラチナブロンドの持ち主であった。

容姿も白人の血が流れている事が一目瞭然であり、彫りが深く端的に言えばアジア人離れした端正な容貌であった。

人間が集団になった時、異色の存在が加わると概ね二つの反応に分けられる。

即ち特別視して上位に置かれるか排他されるかである。

これは特に児童の間では顕著であり、大抵は後者のパターンに落ち着く事が多い。

つまり、被差別階級の対象として認識される事が割合的に多いといえる。

ところがエリカの場合はまず本人の資質が非常に高かった。

頭脳面は勿論、体力面でも同年代の男子相手にも引けを取らなかった。

子供の場合は様々な要素でカーストが決定されるが、この二つは"階級分け"に置いて重要な要素である。

であれば特殊な容姿も仮に特記たる能力も無く性格も内向的であれば減点要素であっただろうが、能力を示し性格も外交的であったエリカにはむしろ加点要素となった。

これによりエリカは幼稚園時代から集団の中で最上位の階級につく事に成功した。

この時はまだエリカの強い正義感も良い方向に働いていた時期であったといえる。

まだ大人の言う事を正しい指針としてのみ受動していた(それをどの程度真面目に受け取るかは個々に拠るが)事もあって、"正しい事"を通す者は一定の価値観の元で評価されていたからだ。

しかし、小学校に進学するとそうも上手くいかなくなってきた。

幼児に比べて飛躍的に聡くなるこの時期では大人の言う事は全面的に正しいものとして一方的に感受する物ではなく、自身等を拘束する不当な物と感じるようになっていく。

これは精神年齢が高くなった事により、思考の幅が広がり、独立心と自尊心が成立していく事に起因すると言えるだろう。

それでもまだ少なくとも表向きにはエリカは排斥されていなかった。

知性面と肉体面に置いて優秀であったエリカは小学校でもクラス内でも高い地位に置かれていた事もあって、彼女がリーダーシップを発揮して主導していく事は全員が受け入れていた。

しかし、ある時にエリカによって糾弾されてクラス中から非難の声を浴びせられながら憎憎しげな視線でエリカを見つめていた少年が、

別の機会にエリカが別の少女を注意していた時にそれに乗るように周囲と一緒にその少女を非難している光景はとてもではないが健全な状況と言えなかった。

 

ある日、エリカが珍しく忘れ物を教室にして取りに戻った時、既に皆が帰ったはずの教室から話し声が聞こえてきた。

それが聞こえた時、何らかの予想かまたは感によってかエリカはそっと足音を殺して聞き耳を立てた。

 

「何時までこんな事してなきゃならないんだろうね」

「この学校ってクラス替えしないからね……」

 

それは普段良くエリカと一緒にいる二人であった。

少なくとも学校生活において最もエリカと一緒にいる時間が長いクラスメイトである事には間違いない。

 

「もう疲れちゃったなぁ…」

「……逸見さんの傍にいればマシだと思ったんだけどね」

「台風の目こそ無風で一番安全だと思ったのに……」

 

ガンッという音が扉越しに聞こえた。

音の発生源から推測するに……それは恐らくエリカの座席が蹴られた音であっただろう。

 

「もう耐えられない…!」

 

「でも……今更離れられないよ…。

 不自然に離れたらもっと目をつけられるかもしれないし…」

 

「……明日もまた逸見さんの傍で逸見さんの言う事に頷かないと…」

 

そこまで聞こえた時、逸見は忘れ物の事など失念して静かに後ずさりした。

 

「……逸見さんがこの学校に来なければ良かったのに…!」

 

その声と共に再びエリカの席が蹴られる音を背にしつつ、涙を流しながらエリカは足音を殺しながら去った。

 

エリカは家に帰ると何処か落ち込んだ様子に心配する家族の視線を振り切って自室に戻るとそのままベッドに飛び込んだ。

友人と思っていた存在に裏切られたから泣いている……そういう訳ではなかった。

その気持ちが無いといえば嘘になるだろう。割合としても確かに大きい。

しかし悲しみの原因を構成する割合ではなく基幹という点で言えばもっと別の気持ちがエリカを悲しみに導いていた。

驚き、そしてショックではあったが……同時にエリカは薄々と何処かで察していたのだ。

その高い知性面と精神性によって無意識に現状を推察と検証していたエリカは、自分を客観的に見る事もできた。

その結果、自分が恐らくは口煩い厄介な存在であると認知されているであろう事は十分ありえる事であると自分でも認めていたのだ。

エリカが正しいのは間違いない。

それはエリカのみならず疎んでいる側も理解している事である。

しかし、正しいという事が常に歓迎されるかというと別である。

 

『人に最も簡単かつ効率的に嫌われる方法は正論を吐き続ける事である』

 

誰が言ったかは不明であるが、少なくともこのエリカの状況に置いて真理であっただろう。

それでも確認しなければ不明のままであった。

世界は自分の主観によってのみ描写されるのだから、自分の知らない所は存在しないも同義である。

であればエリカが真実を探索しようと、箱を開けて事実を確定させなければエリカにとってみれば可能性は波動の揺らぎを抱えたままであった。

しかし、今エリカは箱を開けてしまい、恐れていた現実という悪魔を開放させてしまった。

これがパンドラの箱であればラプラスの悪魔だけを箱のそこに残して"不確定性原理"という希望が残ったであろうが、残念ながらエリカが開けた箱は現実を確定させるシュレディンガーの箱であったのだ。

 

無論、結果のみならずそれに至るまでの過程と原因も察していたのだから、幾らでも改善の方法は見出せていた。

最もシンプルかつ効果的な方法は当然ながらエリカが口煩くする事を辞めれば良い。

それはエリカも重々承知していた。

しかし、幾らそう心がけていても、いざそういった場面に直面するとどうしても口にだしてしまうのだ。

エリカ自身はこの性分を自分でも疎んでいたが、自分の性格の短所を自覚したからと言って簡単に改善できれば人間はそう苦労はしなかっただろう。

 

それ以降、エリカは少しずつ態度が変化して言った。

例えば学校についての家族との会話「友達が~」と表現していたのを「クラスメイトが~」「同級生が~」と表現するようになったり等である。

……そう、エリカは友達が欲しかったのだ。

しかし、エリカが(本人としては)気軽な態度で取る様に臨んでも、もはやクラスメイトはエリカをそういった存在として認識していなかった。

別に表立って排斥されたり苛められたりされた訳ではない。

むしろ、依然としてエリカはカーストの中でトップに君臨していた。

エリカが遊ぼうと声をかければその子は他に何をしていてもエリカとの遊びを優先させた。

エリカが何かに誘えば誰かに断られる事はなかった。

それでもエリカからすれば友達としては見れなかったのだ。

何故なら、別の人間と楽しそうに話している時と自分が話しかけた時を比べて、口に出す言葉や態度は大体同じであっても、その表情と目が違っている事がエリカには解ってしまっているのだから。

……実際、相手からしてもエリカを友達とは見ていなかっただろう。

 

 

 

 

-2-

 

 

夏休みに入るとしばらくの間、エリカは祖父の家に泊まる事になった。

これは原因を明確には察していなかったが、エリカが何処か気分が暗くなっている事に気づいた両親が気分転換にと薦めた事であった。

エリカ本人も祖父も祖母には懐いていた事もあってこれには了承した。

両親は車で送ると言ったが、エリカは交通機関を使って一人で行きたいと主張した。

これには思春期特有の自立心と独立心からくる物であったが、同時にエリカ自身の人に頼らない気質もあっての主張だっただろう。

娘を溺愛しているといってもよい両親はこの案に不安を示したが、同時に娘に甘いといってもよい両親は最終的にこれを許した。

初めて一人で交通機関を利用して遠出するという行為は冒険心を感じさせ、エリカの気分を若干ではあるが晴れさせる効果があった。

 

青い空の中で僅かだがくっきりと白く存在を主張する雲が疎らに散らばる晴天の下で、エリカは日差しを麦藁帽子で遮断しながらも汗を流しつつエリカは祖父の家にたどり着いた。

エリカの祖父は経済的成功者の家なだけあって、平均よりはかなり広いであろうエリカの家を更に上回る広さを持っていた。

木造の古風とも言えるが決してボロさと古臭さは感じさせず、趣きと落ち着きを感じさせる家であった。

エリカは家を囲む高い塀の周囲をぐるりと回り、大きな門にたどり着くとその横にある人が出入りする為の小さな門についていたインターホンを鳴らした。

 

『何方様でしょうか?』

 

「こんにちわ、エリカです」

 

『まぁまぁ、お待ちしておりました!

 旦那様も奥様もお嬢様のご到着を楽しみにしてましたよ!

 少しお待ちくださいね』

 

しばらく待つと門が開き、そこには予想していた使用人の姿ではなく、満面の笑みの祖父と祖母が自ら可愛い孫娘を迎えに来ていたのを見てエリカは若干の呆れを見せていた。

 

 

エリカが懐いているように、祖母もこの異国の地で自分の血を一番色濃く受け継いでいる孫娘を溺愛しており、祖父も自分の愛する妻の面影を一番感じさせる孫娘を愛していた。

初日に豪勢な山の珍味によって大歓待を受けたエリカはこの静かな地で普段からは考えられないほどゆっくりと過ごしていた。

たとえ休みでも自宅ではこの様にだらりと何もしないで寝そべっている事などした事もないだろう。

この遠く離れた静かな田舎がそうさせるのかエリカは久方ぶりの休養を取っている気分であった。

そんなエリカに祖母も祖父も少しは外にでてみてはどうか?等といった言葉は一切投げかける事は無く、起きたい時に起きて寝たい時に寝るというエリカを何時までも好きな様にさせていた。

 

そうして数日ほど過ごしているとエリカの中で溜まっていた疲れが解消されたのか、外に遊びに行こうと思い立った。

それを告げると祖父母はやはりにこりと笑ってここに来た日に被っていた麦藁帽子を出してくれて、何時の間に用意したのかエリカの寸法丁度の白いフリルが沢山装飾されたワンピースを着せてくれた。

そして「暗くなる前に帰ってくるんだよ」とだけ告げて幾らかのお小遣いを持たせて見送ってくれたのだった。

服の趣味に関して学校の"友人"達には公言していないが、こういった少女趣味の服装をエリカは好んでいたし、家から持ってきた白いウサギのヌイグルミを抱え込んでみるとよく似合っていた。

この新しい装いで外を久々に出歩く事は大きくエリカを高揚とさせた。

 

日差しがちらちらと降り注ぐ中をエリカはどこまでも続く田園の風景の中を歩いていた。

汗が全身から滲み出ていたが元々活発的であったエリカは久方ぶりに体を動かした事もあってそれすらも心地良かった。

そうして歩いているときゅらきゅらと何かが近づいてきた。

それは巨大な……いや、実際には"ソレ"はむしろカテゴリー的には小さい方であっただろう。

しかしまだ幼いエリカにとって始めて目にした"ソレ"は力強く、重厚で、巨大な物と目に映った。

眼前を横切る鉄の塊をよく見ると子供が……自分と同じ年代の子供が二人乗っていたのだ。

ある意味では戦車道の本場ともいえる熊本に住んでいるだけあって、エリカも知識としてはソレがなんであるかは知っていた。

ただ本や伝聞だけで知りえた知識のとは違い、いざそれを直接目にすると、エリカは圧巻されてしまったのだ。

エリカはつい昔までは自分らしく思うままに自由に生きてきたと思っていた。

しかし、実はそうではなく、自分を殺して周囲が求める理想像を演じていた事を最近理解した。

しかも、それすらも求めておきながら疎ましがられていたのだ。

エリカはもはや自分らしく生きるという事が解らなくなっていた。

いや、より正確に言うのならば自分らしいということが解らなくなっていたのだ。

そんなエリカの前に自分の理想する生き方を体現したような存在が現れた。

どんな障害にも負けず、大きく思うがままに直進していく鋼鉄の塊を……。

 

「貴方!子供だけで戦車を動かしちゃいけないのよ!」

 

つい口から出た言葉にエリカは瞬時に後悔した。

本当はこんな風に喧嘩腰に声をかけるつもりは無かった。

戦車には興味があったし、できればお願いして載せて欲しかった。

また、この見知らぬ土地で始めてであった同年代の子供である。

それも初対面で学校の同級生の様にしがらみが無く、エリカに対して悪印象がある訳ではない存在だ。

できれば仲良くなり、そして友達になってほしかった。

ところがエリカの生来の"癖"がついついマウントを取る様な発言をさせてしまったのだ。

二人の(……容姿からでは性別の判別がつき難かったが、格好からして恐らくは)少年達はエリカの発言に互いに顔を見合わせた。

 

きっと嫌われただろう。

誰が好き好んでこんな面倒臭い奴とかかわるだろうか。

 

そう思いながら内心で自嘲していると、片方の活発そうな男の子がキューポラから降りると

 

「ほら、一緒に乗ろう!」

 

と笑顔と共に手を差し出してきたのだった。

 

「……戦車に乗りたかったんだよね?」

 

「だ、誰が!」

 

「一緒に乗ろう!ね!」

 

「……」

 

エリカはおずおずと手を取ると、少年はエリカをキューポラに引っ張り挙げた。

 

「……うわぁ」

 

普段見る視点よりはるかに高く、そして遥か遠くまで見渡せる。

始めて戦車の上からみる光景にエリカは感嘆の声を自然に漏らしていた。

あの遠い空でさえ、現実的には僅か何メートルか近づいただけだろうに、エリカには手を伸ばせばあの白い雲ですら掴み取れそうな錯覚を覚えていた。

 

「じゃあ、パンツァーフォー!って言ってみて」

「ぱ、ぱんつぁー?」

「パンツァーフォー!戦車前進って掛け声だよ」

「ぱ、パンツァーフォー!」

 

エリカがそういうなり操縦席にいたもう一人の少年がペダルを踏み込み、戦車はエンジンから猛音を奏で、振動と共に力強く動き出した。

 

「……うわぁ!!」

 

エリカは先程と同じ様な、それでいてより心の底から漏れた様な声を出した。

見渡すような視点の高さ、風を感じながら移動する爽快さ。

まるで今まで感じていた悩みが馬鹿馬鹿しくなるような瞬間だった。

自分の理想の生き様と感じていた戦車の力強さ。

今まさにそれと同体になっている。

エリカは何処までも行ける様な万能感を感じていた。

 

「……ね?戦車って楽しいでしょ!?」

 

ふと隣を見ると自分の手を引っ張ってくれた男の子がニコニコしながら此方を見ていた。

エリカは子供っぽい部分を見られたと恥ずかしくなり顔を赤くしたが……その子の邪気の無い笑顔を見て何だか自分も妙におかしくなってきた……。

 

「……そうね、楽しいわね!」

 

そうして戦車の上で二人で笑いあった。

 

 

 

 

-3-

 

 

その後、日が落ちるまで遊んだ三人はまた会おうと約束をして解散した。

すっかり遅くなった事にエリカは慌てて帰ったが、家をでる時と帰ってきた時のエリカの表情の違いに気づいた祖父母は叱る事無く「楽しかったか?」とだけ聞き、それにエリカが元気良く返事をすると「そうかそうか、それは良かった。じゃあ次からは心配するから日が落ちる前に帰りなさい」とニコニコしながら言った。

夕食時に祖父母が今日の出来事を聞くと、エリカは普段の年に似合わずクールな様子からは想像できない様子で少しばかり興奮した様に二人の少年と出会った事を語ったのだった。

 

それからエリカは毎日の様にその兄弟と待ち合わせして遊んだ。

と言ってもどうやら兄の方は小学生であるにも関わらず家の都合で忙しい時が多く、弟の方と二人で遊ぶ機会が多かった。

戦車に乗って山や川に行き、水に濡れながら魚や昆虫と遊ぶのはエリカにとって初めての体験であった。

……いや、遊びの内容の問題ではなく、そもそもエリカにとって同年代の子供と遊ぶという事自体が初体験であった。

そういう意味ではエリカは今まで幼年期に誰もが感じていた楽しさを知る事が無く、そして今始めてその当たり前を感じたのだ。

ケラケラと笑い合いながら夕陽が朱くなるまで気持ち良く体を動かして遊び、そして別れる時に明日の再会を約束して手を振る。

男の子に教えられて一緒に戦車の上で飲んだラムネの味は今まで飲んだどの飲料よりも美味しかった。

祖父母も中年女性の使用人も日が経つ毎に年相応の子供らしい笑顔と活発さを取り戻していくエリカを微笑ましい様に見守っていた。

 

男の子と遊ぶ時は常に戦車が傍にあった。

これは単に遊びに行く時の移動手段という訳でなく、日によってはエリカを乗せてただひたすら戦車で駆けるだけの時もあった。

このある意味ではエリカにとって理想の体現である戦車に搭乗するという行為は、まるでエリカ自身がそういった存在になれたかの様な錯覚を覚えさせた。

 

「うん、だって戦車だもん」

 

ある日、何気なくその事を男の子に話すと当たり前だよ?と言わんばかりの表情と共にそんな答えが返ってきた。

 

「だって戦車道はりょうさいけんぼの……ええっと、ともかく立派な女性になれるしゅくじょの嗜みなんだよ!」

 

困惑しているエリカを見て彼は更に言葉を重ねてきた。

なるほど、そういった言葉は確かに聞いた事がある。

贔屓目に言っても年齢からすれば"博識"と称されてもおかしくないエリカにとってこの熊本に住んでいれば戦車道の基本的な知識は知っていてもおかしくは無い事だった。

そして戦車道が掲げる理念である『礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子』はエリカの理想とも言える存在であった。

 

「……私もなれるかな」

「え?無理でしょ?」

 

何気なく零したエリカの呟きに男の子が即座に否定を返した。

一瞬、何を言われたのか理解が追いつかなかったエリカに男の子は何を言っているんだろうと言わんばかりの表情だった。

やはり自分みたいな存在にそんな女性は無理だったのだろうか?それとも戦車道の理想の体現は生半ばでは不可能なのだろうか?

そんな思いと同時に"友達"と思っていたこの少年に真っ向から否定された事が何よりも悲しかった。

 

「……そうだよね…」

「うん!だってエリカちゃんは優しいし可愛いし……もう立派なしゅくじょだよ!」

 

振り向くとそこには何時ものようにニコニコと笑顔を浮かべている少年がいた。

お世辞でも社交辞令でもなく、当たり前の事だと言わんばかりの様子であった。

 

「……嘘よ!私、可愛くないもん……。

 生意気で口うるさくて……嫌われていて…」

 

それはエリカの自分自身を客観的にみた自己分析であった。

自分の発言や態度とクラスメイトの反応を省みても、どう考えてもそういう結論に落ち着くのだ。

そしてそれは恐らくは間違っていないだろう事も……。

 

「それ、誰が言っているの?」

「誰って……」

「そんな事を言う人は見る目がないよ!節穴だよ!

 だって……エリカちゃんは遊んでいてもとっても優しいし一緒にいて楽しいし……

 それに…」

「あっ…」

 

そう言いながら男の子はエリカの手を強く握ると、真っ直ぐな目でエリカの目を見つめた。

 

「……うん!やっぱり可愛いよ!

 青い目も銀色の髪の毛も綺麗でお人形さんみたいだし、それに笑った顔はとっても暖かいし…。

 私、エリカちゃんの笑顔好きだよ!」

「……ちょっ!待って…」

 

エリカは己の顔が熱くなるのを自覚した。

家族からは確かに良くエリカは美人さんだとか褒められた事はあった。

だが、それは身内贔屓だろうとエリカは思っていたし、事実、他人からその様に称されたことなんて一度も無かった。

実際にはクラスメイトから……それもエリカに近い取り巻きほどエリカの容姿を褒める言葉は多く出てきたが、その言葉の向こうにある本音は硝子より透けて見えていた。

しかし、こんな風に別の意味で透けて見える賞賛を受けたのは始めてであった。

その言葉は自分自身を一切隠す事無く、飾る事無く、発言者の素直な心を水晶の様に透き通らせていた。

こんな風に明け透けも無く人を褒める事ができる人に出会ったのは初めてであった。

同時に、それが自分には決してできない事だとも自覚していた。

 

「…私、可愛い?」

「うん!」

「……そっかぁ」

 

初めて人に……それも異性に可愛いと言われてしまった。

しかし……思い返せば確かに初対面の時を除けばこの男の子と付き合ってから角が取れた対応をしてきた気がする。

口煩く無く、正義感を振りかざす事無く、上位に立とうとせず、ごく普通に友人として接することができた。

それはよくよく考えればエリカが此方に来る前に望んでいた自分の姿だったのかもしれない。

 

「……じゃあもっと戦車道について教えてあげる!」

「戦車道を?」

「そう!エリカちゃんが自分がしゅくじょかどうか不安なら戦車道を知ればもっとしゅくじょになれるよ!」

 

それはエリカにとって魅力的な提案であった。

もっと戦車道に精通すればより理想の自分に……別の言い方をすれば家に帰り、夏休みがあけた後の学校でもこの少年に相対しいている今の時の自分を維持できるのではないかと思えたからだ。

 

「……うん、戦車道やってみたい」

「任せて!わたしがエリカちゃんを立派なしゅくじょにしてみせるよ!」

 

こうしてエリカはこの少年に戦車道について教わる事になった。

と言っても後に本当の西住流戦車道を学んだエリカがこの時の事を振り返ってみても、戦車の動かし方こそ教えてもらったが、"戦車道"を教えてもらったというには疑問が残った。

しかし、更に振り返ってみて考えてみても戦車に乗っていて一番楽しかった時期がこの時であった事もまた間違いではなかった。

 

この日から遊びの内容にエリカが男の子から戦車の操縦の仕方を教わるというのが追加された。

戦車に乗っていただけでも全能感を錯覚していたのだから、自分自身で操縦して動かすとなるとそれは更なる高揚感をエリカに感じさせた。

今、自分はこの何の障害にも屈しない己の道を歩み続ける鉄の塊と一体となっている。

それは正にエリカが望んでいた自分そのものであった。

男の子の「パンツァーフォー!」という号令でペダルを踏み込むのも好きであったし、また車長としての役割を教えられて自分の号令によって戦車が動き出すのも好きであった。

この夏はエリカにとって人生で一番幸福だった時期と言えただろう。

しかし、時という物は水の流れと一緒で不定であり流動的であるのは絶対の法則であり、この輝かしい夏と言えどもその制約から逃れる事はできなかった。

そう、別れと時は必ずやって来るのだ。

 

 

 

 

-4-

 

 

楽しければ楽しいほど、それの終わりが怖くなるのは人間として自然な事である。

そして同時に本来なら一定のリズムを刻む筈の時の流れが、心地よい時間ほど早く過ぎ去る様に感じられるのも人間の不可思議な点である。

エリカはこの時間が終わるのが怖くてたまらなかった。

もはや帰る日にちはすぐそこまで迫っていたが、エリカは男の子にそれを伝える事はできなかった。

無意識に認めたくなく、口に出せばその事実をはっきりと認知してしまい、そしてその時が直ぐに来てしまうのではないかと怖かったからだ。

 

結果的にエリカがその事を男の子に伝えたのは帰る二日前であった。

 

「明後日、おうちに帰るの……」

「そう…なんだ……。寂しくなるね」

 

最初はポツリポツリといった雰囲気の会話であった。

しかし、話している内にこの目の前の友人ともう会えなくなるのだという現実を実感し始めたエリカはぽろぽろと泣き出した。

男の子はそれに困惑する事無く、エリカを宥め、あやし、決して嫌な顔を見せる事無くエリカの心が落ち着くまで手を握ってあげていた。

そうしてある程度までエリカの心が落ち着くと、彼女は帰りたくない理由を話した。

それはエリカにとって懺悔にも等しい行為であった。

せっかくできた"友人"に自分は本当はこんな嫌な奴なのだと告白する行為にエリカは恐怖を感じていた。

 

"そんな奴とは思わなかった" "騙していたんだ"

 

そんな言葉が彼の口から出てしまったのならば一体どうすればいいのだろうか?

そう思いながらもエリカは男の子に対して隠し事をする事に耐えられなく、そして心の何処かでは彼を信頼して悩みを打ち明けていたのだ。

そして男の子はそれを相槌だけして全てを聞き終えると「明日、会えるかな?」とだけ約束だけして帰っていった。

その事にエリカは落胆や失望を感じる……という事は欠片も無かった。

何故ならばそう約束した時の男の子の顔はじっと此方を見つつも全部自分に任せろ!と言わんばかりの表情だったからだ。

 

そして次の日、約束の場所に行くとそこにはⅡ号戦車と一緒にまっていた男の子の姿があった。

 

「それじゃあ、エリカちゃん!今日は山に行くよ!」

 

挨拶もそこらに指示されて操縦席に乗り込むと男の子は宣言した。

これに慌てたのはエリカだ。

確かにずっと教えられてきてエリカの操縦技術は当初に比べて遥かに上達した。

しかし、所詮は最近やっと戦車に触り始めた小学校低学年である。

舗装された平たい場所で何とか操縦できるに過ぎないエリカの技術で凹凸が激しく視界も通りにくい斜面のある山になど行ける筈も無い。

そう抗弁したが、それを受けて男の子は自信満々な表情でこう言いきった。

 

「エリカちゃんなら絶対にできるよ」

 

たったそれだけの言葉。

具体的な根拠の添えも何も無い。

そしてその目はただ真っ直ぐで気休めや勇気付ける為の鼓舞等ではなく、単に揺るがない事実を言っているだけと言わんばかりの眼差しだった。

それ故にエリカはそれが事実なんだろうと受け入れた。

しかし、驚くべき事に……エリカがそれを受け入れる過程において場の雰囲気や流れといったロマンチシズムを考慮していた訳ではない。

この男の子がその視線にある様に"本当"にできると信じている事が解ったからだ。

そう信じているいるのも恐らくはこの男の子が今までのエリカとの訓練を見ての分析の結果なのだろう。

つまり……これは"卒業試験"なのだろう。

そうおぼろげながらも理解したエリカは己の中の心と言う炉にある消えかかっていた火種を急速的に燃やし始めた。

 

「……うん!」

 

そうだ、このまま別れるのは……空虚すぎる。

おぼろげでただ惰性的で無意味な物だっただろう。

しかし、ここで区切りをつけて何かをやり遂げて……そして意味を持たせる事で別れは価値を持つのだ。

 

「じゃあ……行こう!

 パンツァー・フォー!」

 

 

 

 

-5-

 

 

だが熱意とモチベーションはあっても所詮は幼い小学生である。

大人ですら自動車の運転を習熟する為に決して少なくない時間を要する。

ましてや戦車だ。

子供でも扱える様に改造されているとはいえ、平地である程度操縦できるだけでも賞賛されるべき事である。

 

舗装もされていない凹凸も多く、木々によって視界も悪く、更には曲がりくねった道も多い。

エリカは持ち前の能力の……特に集中力の高さによって何とか道を進んでいたが、その額に滲み出る汗が示すようにそれは困難極まる行為であった。

それでもエリカは何とか投げ出さず、それ所か一言の弱音すら漏らさなかったのは後方の車長席から男の子が時には指示を、時には助言を、時には激励の言葉をかけてくれたからだ。

そして日が地平線に差し掛かった頃、ついに二人が駆る戦車は山頂付近の開けた場所にたどり着いた。

 

「よし!間に合った!

 ほら、エリカちゃん見てみて!」

 

「……わぁ!」

 

疲労困憊のエリカは男の子に手を引かれてキューポラから一緒に顔を覗かせると……そこには美しい光景が広がっていた。

小さくかつどこまでも続いていく地面と対比するように広大な空。

地平線に僅かに隠れた真っ赤な陽から朱色の光が奔り、その空を同じ様に朱色に染めていき、その中に幾つか浮かぶ白い雲を斑にオレンジ色に輝かせていた。

その光景はエリカを強く……とても強く感動させていた。

無論、その光景が美しい景観であるのは間違いない。

しかし、単にその風景を見ただけではここまで……心の奥底に刻み込まれるような感動は得なかったであろう。

苦難の連続を己の力で乗り越えて辿り着いた。

この光景を自らの行為によって掴み取った。

その事実がエリカにこの光景の価値を極大に感じさせていたのだ。

 

「ここはね……私が見つけてまだ誰にも見せてないんだ」

「……え?」

「だからね、ここを一緒に見たのはエリカちゃんが最初」

 

それはエリカにとって十分に驚愕に値する事であった。

一緒に会える機会はこの男の子よりは確かに少ないが、それでも彼が兄と非常に仲が良いのははっきりと解る。

だからあの兄よりも先に自分教えたと言う事実にエリカは驚き……そして嬉しかった。

 

「……会う前のエリカちゃんがどんな子だったのかは知らない」

 

 ―――それはそうだろう。

  自分は良い子という皮を被って彼を騙していたのだから。

 

「エリカちゃんが嫌な子だったなんて信じられないけれど、エリカちゃんが自分でそう思っているのは解る」

 

 ―――そうだ、私は私自身をも信じていないのだ。

 

「……でもね?もうそんな事はない筈だよ?」

 

 ―――え?

 

「だってエリカちゃんは自分の操縦で戦車を動かしてここまで来れたんだよ?

 もう凄く立派に戦車道を歩んできたんだから、エリカちゃんは凄く立派なしゅくじょになっているんだよ!」

「……私が?」

 

自分が、戦車道の掲げる、私が理想とした女性。

誰にも憚る事無く、誰かに求められる自分ではなく、自分が自分らしくいられる様に、理想の自分に……。

 

視線を男の子から再び夕焼けに戻し、光景を見つめる。

そうだ、これを自分の手で得た自分なら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからエリカちゃんは帰った後も大丈夫!

 エリカちゃんは演じるとか騙すとか、そんな事をしないでも良い子になってるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、違う。

そんな根拠はもう関係ないのだ。

自分の力だとか戦車道を歩んだだとか、そんな物がもつ意味は目の前にあるものと比べれば限りなく小さいのだ。

彼がエリカが淑女であると、良い子だと信じている。

それだけで十分であった。

 

 

 

 

-6-

 

その後、今度は男の子が操縦席に座り、エリカのパンツァー・フォーの号令と共に下山を開始した。

そして男の子のアドバイスを聞きながら車長として指示を出す事を覚えて行った。

登りに対してはるかに少ない時間で下山し、男の子が遅くなったからとエリカを家まで送って別れた。

 

そして、次の日。

ついに別れの時が来たがつい先日までと違い、エリカは晴々とした気分でいた。

 

「これ、貸してあげる」

「……ヌイグルミ?」

 

それはエリカが常に持っていた白いウサギのヌイグルミであった。

 

「次に会った時に絶対に返して」

「……! うん!」

 

こうして再会の約束は交わされた。

 

 

 

 

-7-

 

 

夏休みが終わり、エリカの学校の新学期が始まった。

夏休み前は学校に行く事すらも憂鬱であったが、今ではそんな暗い気持ちは欠片も無くなっていた。

 

エリカには確実に変化が起きていた。

高圧的な様子は無くなり、周囲の失態や規則違反に穏やかな対応をする様になり、誰かが困っていれば積極的に手助けをし、しかし甘やかす事無くあくまで補助に徹していた。

この変化を当初周囲は困惑と共に懐疑的な目で見ていた。

今更、掌を返したようにあざとい人気取りをしているようにも見えたからだ。

 

「逸見さん、どうしたんだろうね?」

「やっと皆に嫌われている事が解って焦りだしたんじゃないの?」

 

今までであればエリカからの報復を恐れてできなかった陰口も、エリカが"温く"なった事により急に圧力が無くなり噴出してきた水流の如く湧き出した。

そういった態度や空気は直ぐにエリカ自身に直接感じるようになるまで蔓延したが、エリカはそんな事も一切気にした態度を見せずに己を貫き通した。

 

夏休みを挟んだ事が幸運だったのだろう。

もし、連続した日常の中で急にエリカが性格を改めてもそれが定着化するには大きな障害が幾つもあっただろう。

しかし、クラスメイトは夏休みという長い冷却期間があった。

基本的に記憶や感情は時と共に薄れてぼやけて行く。

小学生にとって夏休みという約一ヵ月半という基幹はエリカに対する記憶や感情が過去の物となるには十分な長さであった。

陰口を一切に気にする事無く、直接行ってくる者には堂々とした態度であの時はごめんなさいと頭を下げるエリカに徐々にクラス全体にエリカは本当に変わったのではないだろうか?という意識が芽生え始めていった。

そして、それが芽生え始めれば後はそれが全体を支配するまでに時間はかからなかった。

クラスメイトは何かがあればエリカに時には頼り、時には相談をしてはエリカはそれに真摯に対応した。

運動が苦手で体育が嫌いな生徒がいれば励まし練習に付き合い、宿題や勉強に悩む生徒がいれば時間をかけて教えた。

エリカは恐怖と息苦しさを感じさせていたクラスのボスから、本当の意味で誰からも頼られるリーダーと成っていった。

エリカにとって今の人生は輝いて見える物であった。

寝る時に明日という未来に不安を覚えて疼くお腹を押さえる事もなく晴れやかな気分で夢を見る事も恐れずに眠りにつき、外では自分の行動と発言に一々恐れを抱く必要なく堂々と振舞えた。

それもこれも切欠は全てあの夏……彼に出会った事だったのだ。

 

 

 

 

-8-

 

 

「エリカって好きな人でもいるの」

「はぁ?行き成り何言ってるの?」

 

小学校高学年になったエリカは依然としてクラスの中心であった。

以前ならこういった下らなく他愛も無い雑談をエリカにしてくるクラスメイトなどいなかっただろうが、今では友人と自信を持って言える存在も増え、こういった会話も気軽に交わされる環境になっていた。

 

「だってまた告白を断ったんでしょう?」

「興味ないからね」

 

性格が激変してからエリカは非常によくモテた。

それは同姓からも異性からも友情としても恋愛としてもであった。

外国の血が混じった人形の様な美しい容貌をしており、困っていれば黙って近づいて手を差し伸べてくる、その上ですっきりとした性格の持ち主だ。

モテない筈が無い。

 

「だからさ、エリカが告白を断るのってもう好きな人がいるからって噂が立ってるのよ。

 で、どうなの?実際?」

「いないわよ、そんなの」

「本当に?本当にいない?

 それならちょっと考えてみてよ。

 どういう男の子が好きなのかさ」

「そうねぇ……」

 

エリカ自身は恋愛自体を倦厭していた訳ではなく、単に今まで考えた事が無かっただけであった。

確かに言われてみればどういう異性が好きなのだろうかと自分でも気になっていた。

まず手始めに今まで出会った異性を思い浮かべてみて比較してみる事にした。

浮かんでは消える今まで学校等で出会った事のある男の姿。

その中には客観的に見れば容姿も性格も能力も十分に魅力的だろうと称される男子は幾つもいたが、何故かエリカは友人としてはともかく、恋愛感情としてはそれに一切惹かれることは無かった。

そして最後に浮かんだ一人の男の子……そこでエリカの選出は一旦停止した。

 

(……あれ?)

 

それはかつてあの夏に出会った男の子である。

他と違い、その男の子は一度思い浮かぶと消える事無くエリカの思考の中に何時までも残った。

 

(……あれ?あれ?)

 

消えないばかりかその男の子はエリカの頭の中で更に強く存在を主張してきた。

もしその男の子が恋人なら……。一緒にいれたのなら……。

 

「ちょ、ちょっとエリカ!?大丈夫?

 顔真っ赤だよ!?」

 

エリカは自分の顔に手を当てるとそれだけで顔の熱さが伝わってきた。

今ここで、初めてエリカは己の初恋を自覚したのだ。

 

 

 

 

-9-

 

 

己の恋心を意識するとエリカは次にどうやって再会するかを考えた。

再会の約束こそ交わしたが、それだって何かの根拠があった物ではない。

何せ名前をすら覚えていないのだ。

一体何を頼りに探せばいいのだろうか。

 

(……そうだ!戦車道だ!)

 

男の子は明らかに戦車道に関係していた。

あの戦車は恐らくは私有物のはずであり、また戦車道に関する技術や知識も豊富であった。

であるならば、エリカは戦車道を始めて歩み続ければ何時か再会できるのではないかと思ったのだ。

そう結論付けたその日の内にエリカは両親に戦車道を始めたいと頼んだ。

急な事に驚いたが、多少マイナーになって来たとはいえ伝統ある婦女子の嗜みである戦車道を娘がするのを止める理由は無い。

些かお金がかかり過ぎる武道ではあるが、逸見家にとってはその程度はそれほど負担にはならなかった。

こうしてエリカは戦車道を始める事となった。

小学生の間はそれほど本格的ではなかったが、中学校では実際に大会に出場する程であった。

しかし、エリカ自身は公平に見てその力量は中学生としては非常に優れている方ではあったが、学校の保有する戦車は数も質も低く、他の隊員もエリカの指導によって腕を上げたとはいえやはり全国大会で活躍できるほどではなかった。

中学の三年間もエリカは必死に頑張ったが、それでも最後の年度に二回戦突破が関の山であった。

それでもこの弱小と言っても差し支えの無い学校を三年間で二回戦突破まで導いたのだから賛美されてしかるべきであっただろう。

しかし、エリカはこれでも納得できなかった。

始める動機はどうあれ一度始めたのならば中途半端にする事は耐えられなかった。

……いや、あの男の子に教えてもらった事だからこそ本気でやりたかったのだ。

だからエリカは本気でこの道を歩む為の決断をした。

高校の戦車道界において間違いなく最適な環境、王者である黒森峰女学院に進学する事を。

 

……この時、エリカは見失っていた。

初めて戦車に乗った時…そうあの男の子と戦車に乗った時の楽しさを。

 

 

 

 

-10-

 

 

黒森峰女学院にはエリカが憧れていた人物がいる。

中学三年生時に見た高校戦車道の第61回全国大会で僅か一年にして黒森峰の隊長を勤めていた西住まほ。

エリカとは僅か一年しか違わないのにその凛とした佇まいとその眼光は間違いなくエリカが理想とする戦車道女子の姿であった。

彼女が在籍していると言う事実がエリカが黒森峰に進学する事を決めた最後の決め手であった。

そんな彼女が見守る中で、エリカの黒森峰の初日が始まった。

 

「それでは各自、自分の名前 出身校 主な役職を言う様に

 向かって左端から始めろ」

 

まず一年生は全員並んで順に一人ずつ自己紹介をするように指示された。

順に大きな声で名前と出身校と役職を叫び最後によろしくお願いしますと付け足す。

そして一定の間をおいて次の者が同じ様に自己紹介をするという流れがテンポ良く行われていった。

明らかに自分がいた中学とは空気が違う。

規律と規範が場を支配していた。

体育会系……というよりは軍隊の様な締まりのあるモラルであった。

これこそが強豪校なのだ!

勝利の為に一塊となって挑むのが正しい戦車道なのだ!

エリカはこの場に感激していた。

その一方で……

エリカが自分の右に目を向けるとそこには如何にも気が弱そうな小動物の様な場に似つかわしくない少女がいた。

栗毛色の可愛らしい……とてもではないが武道としての戦車道に相応しくないおどおどとした少女。

一体何の間違いで入ってしまったのだろうか?

だが恐らく直ぐに訓練に耐え切れなくなって普通科にでもドロップアウトするだろう……そうエリカは考えていた。

自分の番が来るとエリカは堂々と自己紹介を終えて戻った。

そして例の少女の番になると上級生達と新入生の一部の視線が一気に集中した事がエリカには解った。

その視線の圧力には隣にいたエリカですら一瞬怯んだ程であった。

そんな圧力にこの気弱な少女が耐えられるはずも無く、実際に小さく悲鳴を上げて身を縮こませた。

一体何故上級生達はこの少女に注目したのだろう?

注目していた一部の新入生も良く見れば中学の時に名高い選手……それも西住流門下生が多い。

 

「……に、西住みほです!」

 

そのエリカの疑問は一瞬で氷解した。

西住!西住と名乗ったのか!?

確かに雰囲気が違いすぎて気づかなかったが顔の造形等はあの西住まほに似ている。

だが……とてもではないが凄腕の戦車乗りである西住まほとは違いすぎる。

 

自己紹介を終えても次の者が始めず、未だに視線が集中している事に困惑して泣きそうになっている姿に見てもいられず、エリカは肘で少し押してやった。

 

「……あ!しゃ、車長をやってました!よ、よろしくお願いします!」

 

緊張で忘れていたのだろう。

失敗を犯す少女をエリカはいっそ可哀想な思いで見つめていた。

恐らくこの少女は……殆ど無理に戦車道をしているのだろう。

西住は日本でも屈指の名門の流派。

その次女が戦車道をやらない訳は行かないだろう。

故に向いていないのを承知の上でやっているのだろう。

雰囲気的には武道の戦車道よりももっと大人しげな物の方がよっぽど似合っているに違いない。

 

 

 

 

-11-

 

 

自己紹介が終わると行き成り一年生で練習試合を行う事となった。

その場で4人組を組み、一人の上級生を加えて即席のチームを作って戦車に乗り込み、全員が敵と言うバトルロイヤルの中で戦う。

特に明言はされていないがこれが試験の意味を含んでいるのは間違いない。

ここでの結果が今後の高校での戦車道を左右するのだ。

当然ながら全員真剣になって死ぬ気で結果を残そうとした。

故にまずこの最初の組み分けから勝負は始まっているのだと理解した彼女達は可能な限り強者と組もうと奔走した。

勿論、エリカもそうしようとした。

最初の自己紹介を頼りに中学の時に結果を残した実力のある選手に声をかけにいった。

しかし、彼女達も当然同じ様に実力のある選手と組みたいと言うのは当然の心境だった。

エリカは自分の実力という点では決して低くない……それ所かトップクラスであると自負していた。

それは決してエリカの自分に対する過大評価ではなかった。

だが、公式大会で所属校が結果を残せず、知名度が低いエリカにそれを証明する物は何も無い。

次々と実力者が組んでいく中で焦り感じていたエリカが横に目をやるとそこには先ほどの少女……西住みほがいた。

 

(はぁ~ 懐かれちゃったわね……)

 

先ほど助けた事から懐かれたのか、この少女はエリカの傍にずっといた。

その上で声でもかけてくるのかと思ったら、どうやら声をかけようとしてやめると言う引込み思案を体現したような行為を繰り返していた。

確かにこの少女に同情はしたが、だからと言ってこんな足手まといになりそうな子と組むほど自己犠牲心に富んでいる訳ではない。

しかし、かといってこのまま手をこまねいていると益々人数は減って行き、もはやこの場において余っている人間は極少数になってしまった。

 

ひょっとしたら……自分は自分が思うほどたいした人間ではないのではないだろうか?

大海を知らない井の中の蛙に過ぎないのではないだろうか?

今、正にそれが証明されつつあるのではないだろうか?

 

嫌な考えが頭に浮かんでしまう。

それはかつてエリカが陥った物と同じ思考であった。

それはここで急に考えてしまった事ではない。

兆候としてもっと前からあったのだ。

中学三年間でのあまり振るわない戦車道。

何かミスをしていたのではないだろうか?もっとやれる事はあったんではないだろうか?

……自分は本当に隊員から必要とされていたのだろうか?口煩いと思われていなかったのだろうか?

そういう考えは徐々にエリカを蝕んでいった。

 

ふと再び視線を少女にやる。

……よくよく考えてみれば自分はこの少女に対して可哀相などと同情したが、その実は同じ穴の狢であり大した差など無いのかもしれない…。

そう考えたエリカは、はぁとため息を一つ零すと少女の方を向いた。

 

「……私と組む?」

「いいんですか!?」

 

先ほどまでオロオロしながらどうしようと泣きそうな表情になっていた少女……西住みほは花が咲いたような笑顔になった。

その笑顔には同姓であるエリカですら不覚にも可愛い…と思ってしまった。

 

「ありがとうございます!」

 

そんなエリカを知ってか知らずか、みほはエリカの両手をとって握り締めながら笑顔のまま礼を言った。

その様子にエリカは顔を赤くしてしまった。

その心に無意識に何故か感じた懐かしさと言う感情共に……。

 

 

 

 

 -12-

 

 

その日は組み分けで終わり、各員は寮の割り当てられた部屋に移動した。

驚くべき事にエリカの同室の相手は西住みほであり、偶然に驚いているエリカをよそにみほははしゃぎながら大げさに喜んではエリカに抱きついた。

驚きはしたものの、性格の悪い人間や気が合わない人物が同居人になる不安を感じていたエリカにとって、この少女は中々の当たりとも言えただろう。

容姿だけではなく性格も含めて見るからに"可愛い"という表現が似合う彼女ならば一緒に暮らしていても少なくとも直接的なストレスに晒される事は無いだろう。

尤もそれも少女が機甲科にいる間だけなので残念ながらそれも長くは続かないだろうが……。

 

「ねぇ……逸見さんは何で戦車道をしているの?」

 

明日は練習試合が始まるからと早々に寝床に潜り込むと、部屋の反対側のベッドからみほが声をかけてきた。

自分が無理に戦車道をやらされているから他人の動機が気になるのだろうか?

そう考えたエリカはある程度、真摯に対応して返答する事を決めた。

 

「……会いたい人がいるの。

 戦車道を続けてれば会えるかもしれない人が……」

「じゃあ逸見さんは戦車道をしているのはそれが目的じゃなくて手段なの?

 戦車道さえしていればその内容は関係ないの?」

「いいえ、それは違うわ。

 ただ会うだけじゃ駄目。

 私は戦車道を歩んでその先にあるものに辿り着きたいの……。

 戦車道を歩んで歩んで、歩み続ければ歩み続けた分だけ私は……」

 

戦車にこそ乗らなかったが精神的な疲れがエリカを眠気襲い、思考も返答も徐々に混濁としてきた。

 

「じゃあ逸見さんは戦車道をする事で自分を磨きたいんだね」

「……そうね、私は戦車道をあゆみつづけて……もっとりっぱなしゅくじょに……」

 

そう、それこそがエリカが戦車道に本気で挑む理由であった。

無論、再会する為に実力をつけて試合に勝っていき、知名度を上げることによって彼の目につきたいという意図もある。

だが、それだけではない。

男の子に再会して自分は告白したいのだ。

そして彼と恋仲になりたいのだ。

ならば……ならばそれまでにそれが成功するように自分を磨くのは当然だろう。

だからこそ戦車道を続けて彼の理想の婦女子……そう、"りっぱなしゅくじょ"になりたいのだ。

心の底から惚れた男がいるならば、その男を振り向かせる為に努力するのは当然だろう。

そう、そうなりたかった筈なのだ……。

 

「……ごめんね。眠いのにお話に付き合ってもらって。

 おやすみ、逸見さん」

「……エリカで……いいわよ…」

 

そう言うのと同時にエリカは眠りに落ちていった。

その時、微かに「おやすみ、エリカちゃん……」と聞こえた気がしたが、恐らくはそれは寝る直前に彼の事を思い出す会話をした事から起きた夢か何かだろうと結論付けた。

 

 

 

 

-13-

 

試合当日、赤星と浅見という一年生と斑鳩という上級生を加えてエリカとみほは戦車に乗り込んだ。

担当役職は話し合いの結果、それぞれが得意としていた箇所にすんなりと割り当てられた。

エリカは中学生のときに車長をしていたが操縦も砲手もこなしていたので砲手となった。

どちらかと言えばこの頼りない少女に車長以外をやらせる事に不安を感じ、それならまだ経験していた車長をやらせた方がマシという判断の元であった。

エリカも含めて搭乗員全体がこの少女に対して決して悪感情を抱いていた訳ではないが、やはり不安を感じるのは隠せないようだった。

 

「それでは全体の方針についてですが・・・」

 

操縦席に収まった上級生の斑鳩が確認するように言うが、誰もがみほから具体的な全体方針が出てくるとは思っていなかった。

 

「はい、まずこの練習試合のルールでは遭遇戦が主となると思います。

 よって敵戦車を相手より先に発見する事が最重要となってきます。

 セオリー的には移動機会が多いと思われる要所を視界に納められる地点でハルダウンし潜伏し、アンブッシュするのが良いと思われますが私たちはこの方法を採りません」

 

全員が驚きと共に車長席にいるみほを見た。

そこにはつい先ほどまでの柔和で大人しい気の弱い少女は存在していなかった。

落ち着きの無かった視線は鋭い眼光となって遠くを見抜き、その発言には確固たる自信を強く秘めていた。

 

「で、でもそれがセオリーなのよね?

 私達……がそんなセオリーを無視していいの?」

 

エリカは危うく発言しそうになった「私の様な者が」という言葉を飲み込んだ。

そう、ここにいるのは組み分けからあぶれた残り物同士。

早々と組み分けを完了した必要とされた者達相手にそんな事をするなどおこがましいのではないだろうか。

なんとも情けない思考にエリカは自嘲した。

何時からこんな考え方をする様になったのだろうか。

いや……何時からこんな考え方をする様に"戻った"という方が正しいか……。

 

「確かにこのセオリーならば1輌、運がよければ2輌撃破出来るかもしれません。

 個人単位の乱戦という事は1輌撃破できれば平均標準より上という事になるので、成績を残すならこのセオリーが安定でしょう。

 ですが、この方法では・・・餌を待つだけのこの方法ではそれ以上の戦果が望めません。

 3輌、4輌と撃破していくには此方から索敵に出る必要があります」

 

「え、えっとー 何でより戦果を求めるの?

 いや、別に駄目って訳じゃないよ?ただ・・・なんていうか何となく西住さんっぽくないと思って」

 

赤星小梅が恐る恐るといった感じで聞く。

確かに……これまでの印象からするとこの西住みほという少女は活躍だとか成績だとか戦果だとかを求める様な人間には見えない。

よく言えば謙虚や無欲。悪く言えば上昇志向や向上心がない。

そんなイメージであった。

 

「私・・・嬉しくて・・・。

 昔からああいう組み分けの時って自分から言い出せなくて誰からも声をかけられなくて何時も最後に余った人と組まされていた・・・。

 それで高校に入ってから何とかしないとって思ってて。

 だから自己紹介の時に助けてもらった逸見さんに声をかけようと思ってた。

 だけれど結局は私は臆病だから・・・声もかけれなかった。

 周りがどんどん自分から声をかけていって組んでいくのをみて焦ったし、正直なところ胸が苦しくて呼吸もできなくなっていった。

 ああ、また私はひとりぼっちになるんだなって悲しくなった。

 でも・・・でも!逸見さんはそんな私に声をかけてくれた!それが物凄く嬉しかった!

 逸見さんだけじゃないよ。浅見さんも赤星さんも私と組んでくれて嬉しかった!

 だから、折角組んでくれたのに私の我侭でお座なりな事は出来ない。其れだけは絶対に出来ない。

 皆が笑われるような事だけはさせない。胸を張ってこの練習試合を終わらせるようにしようと思った」

 

だから―――と一拍置いてからみほは宣言した。

 

「この試合で皆で一番になろうと思ったの」

 

 

その宣言は全体に対してされたのだろう。

だが、エリカはこれが自分に向けられている様に感じたのだ。

 

――― 一番になる。

 

それはかつてエリカが確かに誓った事だ。

 

戦車道で一番になる。

一番の戦車道選手になる。

……彼の為に一番のしゅくじょになる!

 

「・・・解ったわよ!いいわよ!どうせならトップをとってやろうじゃないの!」

 

エリカは立ち上がりながら叫んだ。

恐らくみほは昨夜のエリカの言葉を真摯に受け取ってくれたのだ。

戦車道を歩み続けてその先にある物を目指したいと言う言葉を。

だからこんな風に自分の気質ではないも関わらずこうして一番を目指そうと言ってくれたのだ。

エリカにはみほが此方を手を差し伸べている姿が見えたのだ。

 

「やりましょう!」

「ここまで言われてやらなきゃ女が廃る!でっかく生きろよ女なら!」

 

赤星と浅見もエリカに続く。

 

そうだ!その通りだ!

ここまでお膳立てされて……自分の言葉を真摯に受け取ってそして背を教えてくれようとしているのだ!

ここで腐っているようでは女が廃る!

 

エリカたち3人は……いや、よく見れば上級生の斑鳩も含めて全員の心が熱く燃えていた。

その燃え上がりを図ったかのように練習試合の開始時刻を伝えるブザーが鳴り響いた。

 

「それでは行きます。

 パンツァー・フォー!」

 

『行くよ!エリカちゃん!

 パンツァーフォー!』

 

そのみほの号令にエリカは何故かあの夏の想い出を思い出したのだった。

 

 

 

 

           -了-

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------

 

 

『 Listen to me, mister. You're my knight in shining armor.

  Don't you forget it.

 You're going to get back on that horse, and I'm going to be right behind  

  you, holding on tight, and away we're gonna go, go, go!』

 

  (「いいこと、あなたは私の白馬の騎士なのよ。

   白馬に跨り私を迎えに来る。

  私はあなたにしがみつき、どこまでも駆けていくの!」)

 

      映画「On Golden Pond(邦題:黄昏)」(1981)より

 

 



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第五話 【また戻ってくるさ】

 

 

-1-

 

逸見エリカにとって西住みほが特別な存在であったのは疑い様ない事実であった。

あの最初の練習試合にみほの車両に搭乗した者にとってそれは全員に言えた事であったが、その中でも特にエリカはそうであった。

同室である事もあり、間違いなく黒森峰の中で……そう姉である隊長より最もみほと共に時間を過ごした人物であった。

元はエリカは頂点を目指していた。

あの敬愛し尊敬している隊長ですら、いずれ辿り着く事を目指していた目標でもあった。

しかし、あの練習試合以降、エリカはそれまでずっと胸に秘めていたその目標を忘れたかのように別の目標を目指して戦車道を歩み続けた。

それは公私どちらにおいてもみほを支える事である。

私生活においてはどこか抜けているみほを細かくサポートし、戦車道においてはみほの意図をできるだけ察し、そしてその指示を的確かつ柔軟にこなし、他の隊員により細かく率直に伝達する事を目指した。

また二年後には……いや、ひょっとしたら来年にもみほが隊長になる時に、自分が副隊長である様に……。

エリカは夢想していた。

黒森峰の黒いパンツァージャケットに身を包んだ西住みほが敵チームを迎える。

戦車道の場にいるからか、凛とした眼差しと姿勢で堂々たる態度で相手をみている。

その後ろには我等が黒森峰の精鋭が勢揃いし、我等が隊長の下知を今か今かと待っている。

そして自分はそのみほの僅か右後ろに付き従うのだ……。

その夢を実現させる為に、エリカは戦車道だけではなく様々な事を勉強した。

資材・財政の管理、他の高校への申請や訪問の為の必要事項、学校やお上に提出する書類の作成手順と提出方法。

戦車以外を操縦させるのに不安が残るみほの移動手段の為に飛行船、ヘリ、船舶、エアボート、輸送航空機等の免許も取った。

少しでもみほの負担を無くす為に、雑事に気をとられないように、そして少しでも頼りにされたくて、少しでも見てもらえる様に……

 

……しかし、その機会は一瞬の出来事で。

しかも、自分が原因となって奪い去られた。

 

 

 

 

 

 

 

 -2-

 

黒森峰機甲科生達は敬愛する副隊長の事故と入院に極度の不安を感じ、そしてその副隊長が他校に……それも戦車道が存在しない学校へ転校を決断した事でまるで火が消えた釜戸の様に意気消沈していた。

それでも一応は訓練等の戦車道の活動を再開できたのだから流石は黒森峰と言うべきなのかも知れないが、それは自らの体に染み付いた習性と習慣が自動的に体を動かしているような物で、依然として精神は空白のままであった。

その中でいち早く立ち直ったのが逸見エリカである。

当初は最も落ち込んだ一人であったが、決勝戦後の夏休みが明けると黙々とそれでいて誰よりも熱意を持って戦車道を行っていた。

その様子に一人の生徒が食って掛かった。

 

「あなた!一番みほさんと仲良かったんでしょう!?

 それなのにもう忘れてその態度なの?

 もう悲しくないの!?もう忘れたの!?

 この薄情者!!」

 

周囲が止めるのも振り払ってエリカを糾弾する彼女にエリカは激怒する事も呆れる事も見下げる事もせず、淡々と言った。

 

「……みほにとって一番辛い事ってなにかしら?」

「……辛い事?」

「このまま黒森峰が腐って朽ちてゆくのが一番あの子にとって辛いんじゃないの?」

「……!!」

 

ハッとした様に固まる彼女にエリカは続けた。

 

「あの子が一番安心するのは黒森峰が立ち直る事じゃないの?」

 

彼女のみならず周囲はエリカのその言葉を飲み込むとゆっくりと吟味した。

そうだ、人一倍責任感が強かったあの西住みほが現状の黒森峰の境遇を聞けば、自己の責任と思い込むのは間違いない。

逆に立ち直れば、きっとあの心優しい西住みほの事だ。

安心すると共にきっと自分の事のように喜んでくれる筈だ。

 

「来年、優勝して黒森峰は大丈夫だって言ってあげたくないの?」

 

そうだ、皆で優勝旗を手にしてあの西住みほに見せてやりたい。

なんなら中央に連れてきて優勝旗を持ってもらいたい。

他校に行こうとも、他の制服に身を通そうと西住みほは何時までたっても自分達の副隊長なのだから。

 

エリカはボロボロと泣き出した彼女をそっと抱きしめた。

 

「……ご、ごめんなさい!わたし……」

「いいのよ。貴方もあの子を思って言ってくれたんだから。

 それなら私が怒る事はないわ」

 

 

その日から黒森峰は以前の様に……いや、以前以上の士気と熱意を持って戦車道を歩み始めた。

全員が共有する目標に向かって。

その後しばらくしてエリカが副隊長に就任したが、反対の声は一切上がらなかった。

 

 

 

 

 

-3-

 

年度が替わり、今年の大会が始まる。

2015年5月5日、第63回 戦車道 全国高校生大会の組み合わせ抽選会がさいたまスーパーアリーナにて行われようとしていた。

 

抽選を引くのは代表者であるのが通例であるから隊長である西住まほとその付き従いで逸見エリカもこの場所を訪れていた。

と言っても主役はまほであるからエリカがこの場でする事はない。

エリカに行って来ると声をかけるとまほは壇上に歩を進めた。

去年度のMVP最優秀選手に選ばれ、眉目麗しく、その凛とした立ち振る舞いは戦車道女子の体現そのものでもあり、間違いなく一番注目を浴びるだろう。

場内にざわめきと僅かな歓声が上がり、幾多ものフラッシュが炊かれまほの姿を何度も点滅させた。

その多大な視線の数をまほはまるで柳のように受け流し、粛々とクジを引いて掲げた。

その数は13。

それを見てエリカは思わずククク…と笑みを零した。

13人目の招かれざる客ロキ。13番目の天使サタン。悪魔のダース。

ゴルゴタの丘でイエス・キリストに荊の冠をかぶせて殺した13番目の男。

いっそ不吉で縁起が良い。

黒森峰に相応しいだろう。

 

(それに……)

 

ブロック表に目を遣せば初戦は知波短学園だ。

あの突撃しか能が無い連中ならば敵でもなんでもない。

試合ではなく鴨撃ちの場と化すだけだろう。

二戦目に恐らく来るだろう継続高校には練習試合では思いもよらず苦戦もしたし、あのみほが評価した事もあって全くの余裕とは行かないだろうが、練習試合ではなく出す車両も選手も全力を出す公式戦ならばまず大丈夫だ。

準決勝もまず間違いなく聖グロリアーナ女学院が相手になる。

此方は継続高校以上に鉄板と言える。

決して聖グロリアーナ女学院の錬度と戦力を侮っている訳ではない。

むしろ四強と言われる中でも屈指だろう。

単純に聖グロが得意としている……というよりは固執している浸透強襲戦術が黒森峰と相性が悪いのだ。

より正しく言えば黒森峰がというより西住まほがと言うべきだろう。

複雑な数式とも言えるような浸透強襲戦術は確かに脅威だが、現状の材料から全てを計算し予測できる能力を持つ西住まほとは致命的に相性が悪い。

当然、それは聖グロにも解っている事だが、誇りと伝統を重視する校風・OG・後援者等々の要因によってそれを捻じ曲げて勝つよりはそれを全うして負ける方が良いと考えているのだ。

以前のエリカならそんな誇りとやらは鼻で笑い飛ばしていただろうが、今ではその気持ちも良く解る。

……いや、実際には黒森峰は聖グロのそれを笑い飛ばせるような立場ではない事に気づいたというべきか。

ともかくも準決勝まではまず心配はないといえる。

そして懸念するべき四強の残りの二つは別ブロックに固まっており、決勝まで当たる事はない。

エリカは黒森峰がこの高校戦車道界では最も強い存在だと信じている。

それは自己贔屓による過大評価ではなく、現実的に(少なくとも本心では)誰もが認める事だろう。

しかし、「常に強い馬が勝つ。だが、いちばん強い馬が勝つとは限らない」というのは往々にして真理である。

その実証が去年だろう。

確率は低いが常に何%かは負ける可能性がある。

故にその機会が二回ではなく一回になるこの組み合わせは黒森峰にとって最良の数字を引いたと言える。

 

『次、大洗女子学園』

 

会場に流れるアナウンスを聞いてエリカは思考の海から戻された。

聞いた事の無い学校名だ。

今となっては少しマイナーになりつつもあり、戦車を揃えて維持するのにも決して安くない費用がかかる戦車道では新規参入する学校は非常に珍しい。

故に去年に大会に参加しなかった学校の名前を聞く事に若干の驚きを感じたのだ。

それでも戦車道を歩む者のとしては新しくこの世界に入ってきた新人達を歓迎する気持ちもあった。

誰だって自分が本気で打ち込んでいる世界の人口が増える事は嬉しく思うだろう。

 

「……え?」

 

しかし、そんな気持ちも壇上に上がった大洗女子学園の代表者の姿が目に入るまでであった。

 

「……みほ?」

 

間違いない。

姉と違い、平時では頼りないあの子らしくクジを引いた後も会場からの歓声や注目におろおろしている姿はエリカの知っているみほの姿そのものであった。

 

 

 

 

-4-

 

 

「……」

「……」

 

会場を後にした私は隊長と無言で歩いていた。

そっと隣を歩くまほの姿を見る。

その表情にも立ち振る舞いにも些かの動揺も見られなかった。

しかし、反応に一切の変化が見られない事がむしろ隊長の内心を如実に表しているのではないだろうか?

 

「……あっ」

 

そんな中で視界に一軒の店が入ると、私は思わず声を零してしまった。

 

『戦車喫茶』

 

それは去年に私と同じ様に副隊長として隊長と一緒に抽選会に赴いたみほから土産話として聞いた店であった。

 

 

『帰り道で戦車喫茶という店を見つけたの。

面白いなぁ珍しいなぁって見てたらお姉ちゃんが寄りたいのか?って聞いてきてね。

そんなに物欲しそうな目で見てたのかなって恥ずかしくなっちゃって。

そうしたらお姉ちゃんは「私が寄りたいんだ。付き合ってくれないか」って笑いながら聞いてきてね。

それで好きなものを食べるといいって言ってくれてね。凄く美味しかったの。

呼び出し音も戦車の砲撃音だし、ケーキもドラゴンワゴンが運んできてくれて面白かったなぁ』

 

みほは嬉しそうに、楽しそうに語ってくれた……。

 

『今度、エリカさんも一緒に行こう!』

 

「……寄りたいのか?エリカ」

 

私ががぼうっと見ていると隊長が声をかけてきてくれた。

 

「……」

「……私が寄りたいんだ。付き合ってくれないか」

 

黙っている私をどう思ったのか。

ひょっとしたらあの時のみほと同じ様に恥ずかしがっていると思ったのか、笑いながらそう私に言ってくれた。

そう、笑いながら。

そこに決して疲れたような自嘲するような笑みではなく……そう、昔にみほと一緒にいた頃に良く浮かべていた笑顔がそこにあった。

 

「……はい!」

 

私は久しぶりに心が躍るのを自覚した。

……何かを楽しいと感じたのは久々だ。

 

そう思いながら隊長と一緒に戦車喫茶の入り口をくぐる。

なるほど内装は確かにみほが昔語ってくれた通り中々面白い。

 

「好きな物を食べるといい」

「いいんですか?」

「ああ、普段からエリカは頑張っているからな。

 これぐらいはさせてくれ」

「……はい!ご馳走になります!」

 

隊長が私の頑張りを労ってくれる。

誰よりも認めて欲しかった人が認めてくれている

その事実が私の心を更に軽くさせてくれた。

 

 

奥の席に着席し、隊長が注文を決めたのを確認してテーブルに置かれている戦車の形をした呼び出しボタンを押す。

これもみほが言った通り、ドカンとおおきな戦車の砲撃音が鳴った。

直ぐに定員が来て注文をとり、程なくして戦車の形をしたケーキをドラゴンワゴンが運んできた。

これもみほの話通りだ。

 

「面白い店ですね」

「ああ、私はこういった店には疎い物で去年に来た時はこれが普通だと思ったんだが、どうやら違うようでな。

 別の店に行った時に少し恥を掻いてしまった事もあった」

「……それは…」

 

思わずその様子を想像してしまい、私はついクスクスと笑ってしまった。

無礼だったかと思ったが隊長も同じ様に笑ってくれた。

 

「だがケーキの美味しさも特別だった。

 さぁ、食べよう」

 

そう言われて私は隊長と同じようにフォークでケーキを口に運んだ。

確かに美味しい……。

 

 

これもみほの言ったとおりだ……。

 

 

涙が滲んでくる。

何故だろうか。

楽しい筈なのに。

嬉しい筈なのに。

隊長と一緒にこんな所に来て二人で雑談をしながらケーキを嗜む。

普段なら舞い上がってもおかしくないくらいなのに。

それでも私は心の何処かで思っているのだ。

一緒に来たかったのは隊長ではなくみほだったんだ……と。

 

 

そんな私に隊長は何も言わないでくれていた。

多分、何となく私のこの本音も察しているのだろうと解った。

その上で私をそっとしておいてくれている事に感謝した。

 

そろそろ帰ろうかという隊長の言葉で席を立ち、入り口付近のレジに進もうとした時であった。

店内の雑多とした声の中で、微かに聞きなれた声を聞いた気がした。

幻聴かと思いながらその方向に視線をやると、そこには、みほが、いた。

 

私の知らない制服を来て、私の知らない子達と、

私が知っている笑顔……あの決勝戦前日に小梅と浅見と斑鳩先輩と一緒に鍋をつついていた時の笑顔を浮かべて私と一緒に来ようと約束したこの場所に……

 

「副隊長……?」

 

気づけばふらりと足動いていた。

 

「ああ、元……でしたね」

 

私に気づいて此方をあの子が見る。

何でそんな目で私を見るのだ。

 

「無様な戦いをして西住流の名を汚さないようにね」

 

私の口は止まらない。

傍にいた二人が立ち上がってあの子を庇う。

本当に……誰にも好かれる子だ。

 

「無名校の癖に……。

 この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないのが暗黙のルールよ」

 

それ聞いて茶色のウェーブがかかった方の子が「貴方達と戦ったら絶対に負けないんだから!」と言って来た。

この制服を着た私達にそれだけの啖呵を叩けるのだ。

本当に戦車道を見た事も聞いた事も無い初心者なのだろう。

 

「……ふん、頑張ってね」

 

それを最後に私たちは店を出る。

視界の端には最後まで俯いているあの子の姿があった。

 

 

 

 

-5-

 

 

帰路へと歩く二人は戦車喫茶に入店する前のように無言であった。

 

「エリカは……」

 

そんな中で先に口を開いたいは隊長であった。

 

「申し訳ありません!

 黒森峰副隊長であるに関わらず、あの様な見苦しい態度を見せてしまい……」

 

「エリカは……人が団結する上において最も必要な物は何だと思う?」

 

隊長の前でみほにアレだけの嫌味を言ったのだ。

先程の態度を叱責されるかと思った所に思いもよらぬ質問をされてエリカは戸惑った。

 

「人は必ず排他的な要素を外に持って集団を作る。

 小は所属する組織、住んでいる地域、同じ趣味や好み等。

 大では人種や国家。

 自分と共通するカテゴリーを持つ者同士で集団を形成し、更にその中で小カテゴリーを築いてより濃い関係の集団を形成する。

 同じ国に住む者に他国人より親近感を覚え、その中で更に同じ学校に所属する者を、更に同じ科、同じ学年、そして同じクラスといった具合に。

 その中で最も人が団結する上で必要な物は……」

 

「敵……ですね。

 共通する敵を持ってこそ人は強固に団結できます」

 

「そうだ、ましてや出会って間もない間柄なら特に必要だろう。

 殊更に敵対心を煽り、共通した目的意識を持たせるような敵が……」

 

「……」

 

「敵から庇ってくれる様な友達がみほにいて良かった……。

 ……みほの為にありがとう。

 辛い事をやらせてしまったな……」

 

「…………」

 

駄目だ、堪えなければ……。

こんな所で隊長に涙を見せたくはない。

しかし……見抜かれてしまった。

あんなみっともない子供染みた心を。

そして…気づいてくれた。

私の真意を。

 

「……みほは戻ってきてくれたんですね」

「……ああ、そうだな」

 

隊長は私の頭を一撫でし、私達は再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

……ただ、一つだけ気になった点がある。

隊長の返事が何処か躊躇を感じられた。

……だとするならば、いったいどういう事だろうか?

隊長にとって……まだみほは戻ってきていないのだろうか?

 

 

 

 

   -了-

 

 

 

---------------------------------------------------------------

 

 

『I'll be back.』

 (「また戻ってくる」)

 

    映画「The Terminator(邦題:ターミネーター)」(1984)より

 

 

 



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第六話 【私はもう怒った、耐えられない!】

-1-

 

 

一体全体私は如何してこんな所にいるのだろうか?

横には隊長が、そして正面にはずらりと多様な年齢の男女が……。

いや、年齢は多様と表現するのはおかしいだろう。

少なくとも50歳を超える方々だ。

いずれも小娘である私からすれば貫禄も自信も、そして何よりも放たれるプレッシャーが半端無い。

そんな方々と対等に……いや、むしろ上の立場の如く振舞っている隊長を横目に私は再び思う。

 

如何してこんな所にいるのだろう……。

副隊長の逸見とかを連れてくれば良いのに……。

 

 

 

 

-2-

 

 

「斑鳩、ちょっと付き合ってくれないか?」

 

隊長にそう声をかけられて私は「いいですよ」と気軽に返事をした。

だって、隊長のその軽い声のかけ様はまるで「ちょっと学校から離れた所に美味しいケーキ屋ができたんだ。一人で行くのも少し恥ずかしいし帰り道に一緒に寄らないか?」と言いたげな気軽さだった。

となれば別に大した用事もある訳ではないのだから条件反射で返事をしてもおかしくないだろう。

ところがだ。

私がそう返事するなり「良かった。では今日は公欠扱いになるからすぐに移動するぞ。もう迎えは来ている」とだけ伝えられ、連れて行かれるとそこにはヘリが待機していた。

一体何事かと目を白黒させている内に私はヘリに搭乗させられ、一般庶民の私にはどう表現すればいいか解らないが、如何にも高級そうな和風の料亭か宿の様な建物に連れてこられた。

そしてある一室に通されて今この現状という訳だ。

隊長が用意された座布団に正座をするのを見様見真似で私も正座をする。

その動作だけでも何度か失敗しそうになり、自分でも異様に緊張しているのが解る。

何故ならどう見てもこの人達が只者に見えない。

私の何倍もの人生を責任を負って成功を積み上げ自分に自信という物を感じている方たちだ。

そして実際に隊長から紹介されてそれは事実と判明した。

老齢の女性達は西住の重鎮、長老とも言えるような方達であり、男性達はこの熊本……いや、九州で聞けば誰でも知っているような企業の社長や会長と議員や首長であるらしい。

 

「まほお嬢様、今日はお忙しい中、我等の為に御足労いただきありがとうございます」

 

そう言いながら斑鳩の五倍は人生を積んでいそうな女性が深く頭を下げると、それに習う様に周囲の人間も頭を下げた。

 

「いえ、これも次期当主としての勤めです」

 

一泊置いてから隊長が声をかけると、それがまるで許しが与えられたかの様にゆっくりと彼女等は頭を上げた。

 

「お連れの方もようこそいらっしゃいました」

 

すると今度は先程の隊長ほど深く長くは無いが、それでもしっかりと私に頭を下げてきたのだ。

 

「え、あ、いや、そんな。あ、いえ此方こそ」

 

咄嗟の事であたふためき、支離滅裂な返答をしつつ自分の名前を告げながら私はガバりと頭を下げた。

下げた後に何だこの返答は。まるで意味が解らないと顔を赤くしたり青くしたりしたが、お歴々は一切気にしていないようだった。

それもそうだろう。

この人達は斑鳩という人物そのものには欠片も敬意を払っていない。

この場以外で出会ったのならこんな丁寧で下手に出るような態度を取る訳がない。

西住家の次期当主である御嬢様の御学友であり連れであるからこうした態度に出てるのだ。

私自身は面識がある訳でもないので当たり前である。

 

一方でそんな人達から下に置かぬ態度を取られながらもそれを当然の様に受け入れている隊長にやはり住む世界が違うのだなと強く実感した。

斑鳩も一般庶民であるから感覚としては解らないが、この九州で戦車道を歩み、黒森峰に在籍しているのだからある程度は理屈として知っていた。

西住家は元々古くからある由緒正しい武家である。

歴とした領地を持った大名であり、華族でもあった西住家は熊本においては間違いなく統治者であり支配者でもあった。

無論、日本においては昭和22年に法の下の平等と貴族制の廃止によって華族制度も撤廃されているし、華族だからと言って皆優雅な暮らしができる訳ではなく財政破綻によって華族の身分を返上する家も後を絶たなかった訳でもある。

しかし、西住家は自身の支配圏に強い影響力を残したまま家を存続させる事に成功した家であった。

戦前では広い土地を小作に貸し出す事で収益と影響力を確保し、戦後に農地改革が行われた時も山林を多く保有していたのでそれほど痛手ではなかった。

その後も、土木・建築・自動車・鉄道・電気機械・造船は勿論、その中でも二次大戦後に重工業を代表する基幹産業である鉄鋼業を飛躍させた造船に関してはいち早くその重要性を重視し、海に面している熊本の利点を最大限に活かした。

この時の保有会社、技術力、ノウハウを生かして国内でも最大規模の黒森峰学園艦を西住の主導で造船し、開校している。

また西住の保有する戦車の管理・保管・運用もそれら重工業の力が大きい。

それだけではなく金融・通信・輸送・保険・エネルギー産業といった企業もそうだ。

それらの会社は西住が創立・設立に関わっており、上層は関係者によって地位を占めているし筆頭株主でもある。

無論、政治基盤に関しても抜かりはなく、県知事や他の首長も基本的には西住の関係者かまたは息のかかっている者である。

大なり小なり西住の影響と支援を受けているのだ。

全国規模とはいえ戦車道流派としての収入だけであの経済規模が成り立つ訳がない。

こうした背景により、西住流は戦車道を過不足なく行えるだけの基盤があるのだ。

だからこそ自分達より遥かに若い娘に頭を下げ、尊い者として置くのだ。

こういう場面を見るたびに西住流の家元、即ち当主というのは単に戦車道が卓越していれば良い訳ではないのだなと漠然に思う。

この人達が隊長に敬語を使うのは義務である。

しかし、隊長がこの人達に敬語を使うのは義務ではない。

配慮なのだ。

 

 

 

 

-3-

 

 

「本日お越しいただいたのは他でもありません。

 今年の戦車道全国高校生大会の勝算についてお聞きしたいのです」

「勝算……ですか?」

「はい、私達と言えども夢想家ではありません。

 現実において全くの無敗とは行かない事は承知しています。

 また、まほ御嬢様の力量についてもやはり疑う余地はありません。

 しかし、それでもほぼ確実と言われていた去年は残念ながら敗退してしまいました。

 それが不運によるものだという事も疑問の余地はありません。

 それでも我等は不安に思ってしまうのです。

 今年こそは無事優勝できるのだろうかと……。

 小心者の要らぬ不安だとは重々理解していますが、どうかこの蚤の心臓を安心させてくださりませんか?」

 

先程から代表をしていた老婦人が静かに言葉を繋げた。

顔に刻まれた皺の数からすればそうとうな高齢だと言う事が覗ける。

しかし、着物に身を包んだその姿が正座をする姿はその年齢を一切感じさせなかった。

しっかりと折り曲げられた足とそこからピンと伸びて微動だにしない背筋。

少なくとも自分より遥かに美しい正座である。

今でこそ話し口調から好々爺を感じさせるが、一皮剥けば歴戦の戦車乗りの姿が出てくる事は疑いもなかった。

 

どうやらこの方々は黒森峰が優勝できるのかと不安に思っているらしく、それがこの会合の主目的らしい。

しかし、西住流の方々は解るとして、企業や政治家の方々は西住流の興廃がそれほど気になるのだろうか?

正直なところ、西住流が負けても彼等の会社の運営が傾くとは思えないが。

最も社会経済など殆ど解らない身である。

戦車道に限らず有名企業が社会人チームを作り、それに決して安くない投資をして勝たせる様にしてる事もあるのだからそれの延長線、または肥大化させた様な感じで私の知識が及ばない所で経済に関係してくるのかもしれない。

または単に私の想像が及ばない位、西住の影響力が精神的な面でも高く、繋がりと誇りを共有化していて、まるで己の事の様に西住流を応援しているのかもしれない。

そのどちらか、あるいは両方かもしれないが、私から見れば少なくとも全員が真剣に心配しているのが確実であった。

どちらにせよ、何故自分がこの場にいるのか解らない。

何か粗相はしていないだろうか、又はしてしまわないかと思うと胃が痛いと感じてくるほどだ。

何せここにいる人達は直接的・間接的にしろこの熊本の殆どに関わっている人達だ。

私の父親の働いている会社もこの人達の会社か、または影響下にある会社だろう。

また西住流の方々に不興を買えば私の戦車道人生はそこで終了したも同然である。

緊張によって私の手は無意識に右胸へと動いた。

 

「決意と意気込みによる勝算と現実的な側面から見て予想した勝算。

 どちらをお聞きになりたいですか?」

 

隊長がそう言うなりお歴々の内の男性方が少しだけざわついた。

しかし、西住流の老婦人達は一切動揺する事無く「では決意の程を」と聞き返した。

 

「全身全霊を持って準備し、百戦百勝を信じて勝負に挑む次第です」

 

通常、こういう場で勝負に対する意気込みと来れば殆どの人間が似たような事を言うだろう。

しかし、発言したのは西住まほである。

私は当然、おそらくはこの場にいる人達も彼女がどういう存在かはよく理解しているだろう。

彼女を知る人間ならばそれが決してその場限りで表面上の決意ではなく、心の底から真意として発言しており、そしてそれを必ず実践するだろう事は疑い様も無かった。

 

「……それは妹君が相手でもですか?」

 

私はその瞬間だけ胃の痛さを忘れた。

そうだ、妹様だ!

妹様が戦車道大会に出てくるのだ!

私が守れなかった妹様が。

あの時何もできずに何も声をかけれなかった妹様が。

もう戦車道をやる事は無いと思っていた妹様が!

……再び戦車道に戻ってきてくれた事は嬉しい

しかし、それは黒森峰ではなく別の学校でだった。

それを知った時、私は一体どういう感情を抱いたのだろうか?

 

「無論、そのつもりです。誰が相手だろうと私は西住流そのものです」

「……では現実的な勝算についてお願いします」

「九割程です」

 

再びざわめきが場を支配した。

ただし今度は私と西住流の老婦人達からも音が漏れていた。

 

「……内訳をお聞きしても?」

 

「今回のトーナメントでは黒森峰は最良の場所を引いたと判断しています。

 四強の内、私たちを除く三強と当たるのは準決勝と決勝の二回。

 私達黒森峰が最強であるというのは疑い様も無い事実ですが、それでも三強は侮れません。

 二度戦いその二度とも確実に勝利するとは断言できません。

 恐らく5%程で敗北の可能性があります」

 

「5%が二度で10%の敗北率。だから約九割という訳ですね」

 

ざわめきが継続して場を支配する。

人によっては弱気だと、場合によっては敗北主義者だと罵るかもしれない。

だがこれを言っているのは西住まほなのだ。

あの天才西住まほなのだ。

逆に考えれば"勝負は時の運"の要素が強いフラッグ戦の戦車道において優勝九割を宣言しているのだからこれは賞賛してしかるべきだろう。

 

「いいえ違います」

 

しかし、隊長はあっさりと否定した。

 

「二校と戦ってどちらかに敗れる可能性が5%です」

「……それでは計算が合いません。残りの5%は何処に?」

「大洗です」

 

瞬間、ざわめきが肥大化した。

私自身も驚きの声をあげてしまった。

 

「……それほど妹君を買っていると?

 確かにあの方も非凡天才と称して差し支えは無い方でした。

 まほ御嬢様は私たちに思う事があるかもしれませんが、それは理解しています。

 むしろ理解できない節穴など西住流に必要ありません。

 ……しかし、大洗は初心者ばかりで保有している戦車の数も質も下の下と聞きました。

 如何に妹君とはいえ、優勝どころか決勝に来るのも難しいのでは?」

 

「確かに以前の妹ならば難しいでしょう。

 私たちはトーナメント配置は最良に近い物ですが、一回戦目にサンダース 準決勝でプラウダ、そして決勝で私達と戦う大洗は最悪に近い。

 以前の妹ならばあの戦力でサンダースにすら勝利する事は困難です。

 万が一、勝利しても使用車両が増える準決勝では万に一つもプラウダに勝ち目はない。

 そんな妹が、大洗が決勝までこれたのならば妹は以前の妹ではない。

 私のコピーに過ぎない妹ではなく、妹自身の戦車道を見つけている筈です」

 

「……つまり、四強に負ける確率が5%。

 大洗に負ける確率が5%という訳ですね」

 

「それは少し語弊がありますね。

 妹が決勝まで登ってくる確率が5%です」

 

……それはどういう事なのだろうか?

場の雰囲気がそう疑問に感じる中で隊長はゆっくりと湯飲みで舌を湿らせると言った。

 

「決勝まで登ってきたのなら先程申した様に妹は自分の戦車道を見つけています。

 その場合、私は100%負けます」

 

場のざわめきは収まった。

ただ、静寂だけが場を支配していた。

 

 

 

-4-

 

 

「まさか、そんな……」

 

男性の一人が呻く。

無理も無い。

私も聞いていて絶句したのだから。

 

「……どうやら流石のまほ御嬢様も溺愛しておられる妹君の事となるとその卓越した審美眼も些か曇る様子ですね」

 

別の男性が呆れた様に零す。

これもやはり無理は無いだろう。

しかし、私はかつて交わした隊長との会話を思い出した。

 

『もし、みほが西住流の縛りから抜けて、その才能を自由に外へ思いっきり伸ばし、自らが思うように戦えるようになったのならば、

 更に、戦車道の経験も無くまだ何の癖もついていない真っ白な素材の雛を、みほが教導してその才能を余す事無く開花しさせ、自身が率いる隊員としたのならば、

 私など足元にも及ばない。恐らく、戦車の質も数も倍以上のハンデがあったとしても負けるよ』

 

……これを聞いた時は私自身も過剰な評価ではないだろうかと思った。

しかし、後から意識してみれば……何となくであるが何処か妹様の指示や指揮に枷を感じてしまうのだ。

妹様の指示の元で戦車を操縦していたから感覚的に解ってしまうのだろう。

もっとやりたい事があるのではないだろうか?

もっと別の指示がしたかったのではないだろうか?……と。

 

それでもそのくびきから解き放たれた場合、何処まで妹様が羽ばたくのかは私には想像もつかなかった。

果たして本当に隊長より上なのだろうか。

上だとしても隊長が足元にも及ばないという程なのだろうか。

 

それは解らないが今のこれだけは確実に言える。

確かに以前の妹様ならば決勝まで来る事は不可能に近い。

無論、妹様がそれでも突出した戦車長でもあり指揮官であるのは間違いない。

それでも全くの初心者とたった五台の……それもあの種別の戦車でサンダースとプラウダに勝つ事はまず無理だろう。

もしかすると最大参加車輌数が10台の一回戦ならばサンダースには勝てるかもしれない。

その可能性がある時点で妹様は天才と断言できる。

しかし……参加車両数が増える準決勝ではまず不可能だ。

プラウダは全体の統制、錬度も黒森峰に引けを取っていない。

四強の内で黒森峰に次ぐ学校を強いて決めるとすれば恐らくはプラウダとなるだろう。

そんなプラウダに常識的に考えてあの様な人員・戦車で勝てる訳がない。

……そう、常識的に考えればだ。

もし、妹様が天才ならば。

それも並みの天才では駄目だ。

人知を超えた直感に他を圧倒する感性。

殆ど神がかりと言っていい程のそんな天賦の才を持ち……かつ狂っていなければならない。

 

だから……決勝まで上がってくる可能性があるのかどうかは私には解らない。

しかし、もし仮に決勝まで来たのならば、それは確かに今までの妹様ではない。

開眼……覚醒……観照……何といえばいいか解らないが境地に達した妹様は形容しがたい存在になっているだろう。

 

「私共も御嬢様の才覚は重々承知しております。

 その精神性の高さ、自己の有様の確立、何より己を律する事、間違いなく非凡と証するのに相応しい。

 私が御嬢様の年齢の時はその半分もありませんでした。

 まこと次期当主として何の不安もありません」

 

また別の男性が続ける。

どうやら代表として話をするのは先程の老婦人と彼等の中でも決まっていた様だが、口を出さない訳ではなかったようだ。

一方で西住の方々は沈黙を守っている。

 

「しかし、それでも先程のお言葉は俄かには信じられません。

 これまでの御嬢様の実績があったとしても、身内贔屓と思う方が自然でしょう」

 

「誤解無き様にお願いしたいのですが、私は決して無条件に妹が決勝に登りつめて勝利するとは言っておりません。

 むしろその可能性はかなり低いと思っています。

 その上で決勝に来るという殆ど不可能に近い事を成し遂げる事ができるのであれば、私はもはや太刀打ちできないと言っているのです。

 私とて全くの初心者のあの戦車を率いてサンダースとプラウダに勝てと言われれば全くの不可能ではありませんが、かなり難しい」

 

「……御嬢様が難しいが不可能ではないと仰る。

 ではそれは妹君も変わらないのでは?

 妹君が5%だがその二校に勝って決勝に来る可能性があると仰る。

 ではそれができて初めて御嬢様と対等になるという理屈になる。

 妹君を相手に必勝を約束する事が難しいという事ならまだ解ります。

 しかし、御嬢様は必敗を宣言なされている」

 

「それは先程も申した通りです。

 私は決勝に登ってきたという点のみでその場合の妹の才能を仮定している訳ではありません。

 本来、妹には私よりも遥かに戦車道の才能がある。

 それが開花していないままであるなら決勝に来る事は不可能。

 決勝に来たのなら開花している。

 開花しているなら私は妹に及ばない。

 簡単な理屈です」

 

「……むぅ」

 

再び彼等の間でざわめきが起こる。

互いに「いや、しかしそれは…」「信じられん…」とボソボソと会話しているのが聞こえる。

 

「……私にはとてもではありませんが妹君にそこまでの才があるとは思えませんね」

 

突如、沈黙していた代表の老婦人が言った。

それを受けて今まで一切の表情の変化を見せなかった隊長が微かにであるがぴくりと片眉を動かしたのが見て取れた。

 

「それは貴方の目が節穴だからでしょう」

 

たいちょおおおおおおお!??

貴女は行き成り何を言い出すんですか!?

 

それは先程の老婦人の「我々は節穴ではない」という発言に対する揶揄なのだろう。

しかし、あの理性的な隊長がこんな"反撃"をするとは思わなかった。

普段なら仮にもっと直接的な嫌味を言われても涼しい顔で受け流す人なのだが……。

密かに(それでいて殆ど公の事実として)シスコンであると囁かれているだけあって、妹様に関する事だけはその限りではないのだろう。

 

後ろの男性達が「いくらお嬢様でも無礼な!」と騒ぎ立てるが、老婦人が片手を無言で上げて静止するとぴたりと静かになった。

西住の親族の如何なる地位の持ち主なのか、この老婦人が彼らに対して非常に強い影響力があるのが見て取れる。

 

「……才ではまほ御嬢様には及びもつかない身ですが、年を重ねた分、経験だけは貴女様より遥かにあります。

 その経験の量だけは私も自負しております。

 その経験を持ってして判断したのですが……」

 

「ではその経験は空虚の無意味なものだったのでしょう。

 中身の無い物が数だけを誇るといいますしね」

 

た、たいちょおおおおおおおおおおおおおお!!!!!???

何で貴女そんなに喧嘩腰なんですか!?

普段の隊長は何処いったんですか!?

そんなに妹様が否定されたのが腹立ったんですか!?

というかそこまでドがつくシスコンだったんですか?

……そりゃまぁ確かにあんな妹がいたら私だって溺愛しますが……

あ、でも妹様が本当に妹だったら…お姉ちゃんって呼ばれたりしたら……やばいな…

 

「……ほう、そこまで私の戦歴を評価してもらえないとは流石に心外ですね…」

 

私がしばしの間、現実逃避している最中に事態は更に深刻化していた。

老婦人は先程までの柔和そうな皮を脱ぎ捨てており、そこには幾重もの経験を積んだ歴戦の戦車乗りがいた。

この風格と威厳、そしてプレッシャーはどこかで見た事がある……。

そうだ、黒森峰に直々に来て頂いて指導していただいてもらった時の家元とそっくりだ……。

 

その鋭い視線は隊長に向いていたが、それの余波だけで傍にいた私は体が震えた。

背中に冷や汗が流れるのを感じた。

怖い、怖すぎる。

私は"蛇に睨まれた蛙"という表現がどの様な状況に適した諺なのかを身をもって体感していた。

 

隊長、お願いですから喧嘩を売るなら私がいない所でやってください!

私を巻き込まないでください!

というか何で私を連れてきたんですかぁ!?

緊張とストレスから逃れるように私は右胸の内ポケットを上から掴む。

……どうか、妹様、私に力を…。

 

「どうやら御嬢様の審美眼への信頼を少しだけ調整するべきのようですね。

 先程はお嬢様の手前、非凡ではないと評価しましたが訂正しましょう。

 妹君は戦車道という勝利を目指す武道において塵の様なものです。

 西住流においては失敗作と表現するのが適切でしょう」

 

 

 

 

……なんだァ?てめェ…。

 

 

 

 

 

 

 

-5-

 

 

「……なんだァ?てめェ?」

 

 

内心だけの呟きと思っていたらどうやら無意識に口から漏れていたらしい。

全員の視線が私に集まるのを知覚したがそんな事はどうでもいい!

 

「……今、何て言ったよ?」

 

老婦人……いや、婆が此方に視線を寄越す。

 

「……どうしましたか、急に?」

「今、何て言ったか聞いてんだよ!」

 

私の怒鳴り声を涼しい態度で受け流すと婆は鼻で笑った後に急に馬鹿丁寧な口調をやめてこう言った。

 

「……もう一度言って差し上げましょう。

 ……塵と言いました。

 失敗作だとも言いました。

 解ったら先程までの様に震えながら鼠のように小さくなっていろ」

 

「撤回しろよ……。

 さもなくば……」

 

私はギリギリと音がなる程拳を握り締めながら睨みつけ続けた。

まだだ。まだ落ち着け私。

まだ我慢できる……。冷静になれ……。

 

「さもなくばどうするんだ?

 身の程を弁えろ。

 私がお前の様な小娘に丁重な態度を取る必要は本来無いんだ。

 御嬢様が連れてきた添え物。それがこの場におけるお前の価値だ。

 身を縮こまらせてぷるぷる震えている方がよっぽど身の程を弁えていたぞ。

 なんだ?その握り締めている拳は?

 殴りかかってくるか?面白いやってみろ。

 そんな勇気があるならな」

 

「おお!やってやらぁ!!!」

 

私は座布団から跳ねる様に立ち上がり、即座にこの婆に飛び掛った。

相手は高齢だとか目上だとか権力者だとか、そんな事は欠片も私の知ったこっちゃない!

その口からさっきの妹様に対する発言を撤回するまで殴りつけてやる!

 

しかし、殴りつけようとした腕にするりと婆の手がするりと絡みつくと唐突に視界がぐるりと回った。

 

「きゃあっ!」

 

畳に叩き付けられて口から悲鳴が漏れる。

そしていつの間にか腕を背中の方に回され、完全に極められた形になり身動きできなくなっていた。

抵抗しようともがくが欠片もその締めは緩まない。何て婆だ!

 

「……くそ!離せ糞ババア!」

 

「やれやれ……お前、自分の立場が解っているのかい?

 ……そんなにあの失敗作を慕っているのか?

 いいか!確かに才能はある!それは認めよう!

 だが、戦車道は武道だ!

 武道である以上、勝利を目指すのは当然だ。

 それにどれだけ力を注ぎこめるか、どれだけ真剣になれるかはその人によるだろう!

 しかし、最初から勝利を度外視して参加してもらってはその前提が崩れるんだ!

 一人だけ目的が違うものが混じればゲームは成り立たないんだ!

 だから妹君は戦車道では失敗作で塵に等しいんだ!

 見る目の無い奴だ!お前も!御嬢様も!」

 

「あの人は戦車長としても全体指揮官としても卓越したものを持っている。

 私も皆も!あの人の指示や指揮を喜んで聞くし、あの人を勝たせたいという気持ちを持って戦えた!

 そんな人が失敗作な訳がない!

 あんな風に戦車を動かせる人が塵な訳が無い!

 あの人は何時だって、皆が勝ちたいと思えばそれを優先して叶えようと精一杯努力してきてくれた!

 見る目が無いのはお前の方だ節穴ババア!」

 

「……おい、本当に自分の立場を解っているのか?

 私がその気になればお前はもう二度と戦車道ができなくなるぞ?」

 

婆が体重をかけて私の腕をギリギリと締め付ける……。

ぐぅ……だからと言ってぇ!

 

「そんな事怖くて日和って賢くなるくらいなら戦車道なんかやってるか!!

 おお!好きにしろ!

 生き方曲げて、大事な人が馬鹿にされてるのを黙ってみてて、賢く戦車道が出来るほどこちとら器用じゃないんだ!

 やれるもんならやってみろや!!!」

 

気持ちを飲み込んで、それを一生後悔しながら心に重みを感じながら戦車道をするなんて冗談じゃない!

大体、こんな奴等に頭を下げてるなんて絶対に嫌だ!!

 

 

 

"……クスクス"

 

そう覚悟を決めて啖呵を切っていると何処からか笑い声が聞こえた。

その方向に目をやるとなんとあの隊長がまるで押さえきれない様に笑いを零していた。

 

「…ふふっ。

 もういいでしょう?彼女を放してあげてください」

 

そう隊長が言うと糞ババアはするっと力を抜き、私を解放した。

一体どういう事なんだ?

あまりの展開に再び飛び掛る気をなくした私は腕をさすりながらゆっくりと立ち上がった。

そんな私を尻目に隊長と婆は会話を続ける。

 

「最初は御嬢様がどうしてこの娘を連れて来たのか解りませんでした。

 何せ借りて来た猫の様に大人しく震えているだけの小心者にしか見えませんでしたから」

 

「それは酷と言うものです。

 普通の人間であればこの場に連れてくれば縮こまるのは当然でしょう」

 

「その通りです。

 つまり、私には凡人にしか見えませんでした。

 ところが中々どうして……。

 直情的で無鉄砲、一度火がついたら後先考えずに突っ込む大馬鹿者。

 その上短気で、実に戦車乗り気質と言えます」

 

おい、馬鹿にしてんのか。

と言いたくなったがどうもそういう空気ではない様なので黙っておいて睨みつけるだけに留める。

尤も、この婆はそんな私の睨みも何がおかしいのか機嫌良さそうに笑った。

 

「御嬢様が連れて来た理由が解りましたよ。

 成る程、こういう熊本の戦車乗りにそれだけ慕われてここまで行動させるのですから、御嬢様の言だけより百倍は解りやすい。

 解りました。御嬢様の言う事をそのまま全てを受け入れる訳ではありませんが、全く荒唐無稽でもなさそうだという事も理解しました。

 故に、御嬢様の言を一先ず受け入れましょう」

 

「よろしいのですか!?

 そんな無礼な小娘の行動一つで御嬢様の言葉を信じて!?」

 

婆の言葉に後ろにいた男性達の一人が疑問の声を挙げる。

それに対して婆はどこからそんな声が出せるのか、決して声量は大きくないが聞く者の心胆を寒からしめる声で言った。

 

「西住は武門の家!西住流は武道の流派!

 熊本戦車乗りの行動は百の言葉に勝る!」

 

その言葉に他の老婦人達は何度も頷き、一方で男性達は一歩遅れて慌てた様に数度首を縦に動かした。

どうやらこの人達はこの老婦人達に尻に敷かれているらしい……ってちょっと待て!

 

「隊長!私、嵌められたんですか!?」

 

「嵌めた訳じゃない。

 少なくとも私と彼女達の間には何の打ち合わせも無い。

 誓ってこの場に呼ばれただけだ。

 本日の用件の内容も聞いていない。

 ……ただその用件の内容も、こうなる事も予想していただけだ」

 

「嵌めたのと変わらないじゃないですか!

 酷いですよ!予め教えてくれてもいいじゃないですか……」

 

「馬鹿を言うな斑鳩。

 お前が事前に知らされたとして上手く演技なんてできるほど器用なものか」

 

……ぐっ。

そう言われれば確かに自信を持ってそんな事は無いとは断言できないが……。

 

「御嬢様、この娘は西住流門下生なのですか?」

「いや、黒森峰なので、当然西住流の手ほどきはしていますが、入門した訳ではないので門下生と言う訳ではありません。

 しかし優秀な操縦士である事は保障します」

「それはそれは……御嬢様にそう言わせるとは……」

 

何だその目は。

こっちを見るな婆。

 

私が婆の視線を鬱陶しい物の様に感じていると、男性の一人が恐る恐ると挙手をしてから発言してきた。

 

「……あの、妹君が優秀な戦車乗りかも知れないというのは一先ず解りました。

 ですが、結局の所、黒森峰が優勝できないと些か不味いという問題点は解消してないのでは?」

 

確かに西住流の後援者、または被支配者としては気にしてしまう点だろう。

それに対して婆はこう返した。

 

「問題ありません。

 他校や他流派が西住流を破って優勝したとあれば問題ですが、妹君なら西住の者です。

 見方を変えればむしろ好機ともいえます。

 黒森峰は……しいては西住流は阿呆から戦車の質に物を言わせて蹂躙するだけで何の技術もいらないと度々批判されますからね。

 そんな中で妹君が不利な編成でサンダースやプラウダを破って決勝までくれば格好の反証となります。

 二つの異なるブロックから西住の者が勝ちあがってくるのですから、西住流の優位性の宣伝にはもってこいでしょう」

 

「では妹君が優勝したら?」

 

「それもまた西住だと言い張ればよろしい」

 

「敗退したら?」

 

「やろうと思えば不利な編成でも勝てる。しかし、やはり重装甲の戦車で正面から蹂躙する本来の西住流が一番優れているのだ。という論調にすればいいのです」

 

それを聞いて隊長は「したたかですね」と笑った。

そんな柔らかい表現ではなく素直に狡賢いと言えばいいのだ。

隊長に婆は「年を重ねて経験を積むと知恵が回るのです」と素知らぬ顔で言いのけて見せたのだ。

……本当に年を取るとこうも人は面の皮が厚くなるのだろうか。

絶対に私はこうはならないぞと心に堅く誓った。

 

 

 

 

-6-

 

 

隊長がそろそろ帰ろうと私に声をかけてきた。

勿論、私はその意見に大賛成だ。

こんな場にはもう一秒だっていたくは無い。

 

「そういえば名前を聞いておきましょう」

 

しかし、先に退出する隊長を追いかけて、私も退出しようとすると背中から婆が声をかけてきた。

仕方なしと振り向き対応する。

 

「最初に名前は告げた筈なんですがね」

「それは申し訳ない。私達に怯えて震えている猫の名前など覚える必要性を感じられませんでしたので」

「……このクソババア」

「ほう、貴女の名前はクソババアと言うのですか。

 これまた斬新な名前ですね……。

 ですが、安心してください。

 私は名前等でその人自身を判断するほど狭量ではありませんから」

 

ああ言えばこういう…!

本当に可愛げの無い婆だ!

見た目だけ見れば柔和そうな表情に年を取って皺が刻まれても、美しい年の取り方をしているという表現が似合うような婦人なのに……。

最初は私も騙されたがもう騙されない。

その皮一つ剥いだその下は意地の悪い性悪婆が出てくるのだから。

ともかくもここで訂正しなければこの婆は本当にクソババアと呼んでくるだろう。間違いは無い。

だから最後に名前だけ名乗ってとっとと去る事にした。

 

「……斑鳩!私の名前は"斑鳩 拓海"だ!覚えておけクソババア!」

 

そういってピシャリを襖を閉めて後にする。

先に行った筈の隊長を追いかけて小走りする私の腰にはぶら下げられたキーホルダー。

かつて、妹様が私にプレゼントしてくれたパンダのキーホルダーが私の動きに合わせて左右に揺れていた。

 

 

 

 

 

          -了-

 

 

 

-------------------------------------------------------------------

 

 

『I'm as mad as hell, and I'm not going to take this anymore!』

 (「私はもう怒った、耐えられない!」)

 

    映画「Network(邦題:ネットワーク)」(1976)より

 

 

 



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第七話 【フォースと共にあらん事を】

 

-1-

 

壇上で一人の少女が札を高らかに上げていた。

その少女をダージリンは良く知っていた。

彼女が黒森峰にいる時にも練習試合の度に何度か姿は見ていたからその時から興味は持っていたが、それが加速度的に上昇したのは大洗と練習試合をしてからとなる。

公式戦で無く練習試合との事なので車両数を調整していたので数の上では五分ではあったが、戦車道としては新興であり彼女以外は初心者らしく、勝利は確実な物だろうと思っていた。

その思いは実際に当日に姿を見た時に更に強くなった。

立ち振る舞いは勿論としてその奇抜な戦車を見た時は思わず絶句したものだ。

無論、そんな様子を表に出しては高貴とはいえないので決して態度には出さなかったが。

 

確かに練習試合では此方側が勝利した。

しかし、それは辛勝というべきであっただろう。

序盤は当初の予想通り聖グロの圧倒的優勢であった。

しかしそれは市街地に迷い込んでからは一挙に状況が変化した。

僅かな間に次々とあの少女の駆る戦車に打ち倒され、そして一騎打ちとなった所で辛くも勝利したのだ。

それだってタンク・ジョストとしては回り込まれて虚をつかれ、先に側面へと被弾したのだ。

勝ったのはチャーチルの装甲の厚さに助けられたからと言える。

無論、戦車の性能を活かして戦うのが戦車道ではあるが、あれではとてもではないが勝った気はしない。

 

……いや、そもそも勝利したという点に違和感があった。

後から彼女との立ち回りを思い返し、そしてその後の彼女との会話で得た印象を考えると……何処か奇妙な齟齬を感じるのだ。

……そう、まるで勝利する事が目的ではないような。

彼女の本当の戦い方はもっと別の所にあるのではないかと思えてしまうのだ。

 

兎も角も彼女との試合は非常に面白い物に感じたのは確かだ。

加えて、彼女自身にも言い様も無い魅力も感じる。

何とも不思議で……好ましい少女だった。

 

ふと騒がしさを感じてそこに視線をやるとサンダースが歓声を挙げているのが目に入った。

 

「……あらあら喜んじゃって」

「無理もありません。

 初戦の相手が新参校となれば楽勝と思っても仕方がありませんから」

 

ダージリンの呟きに傍にいた彼女と同じ黄金色の髪巻き編み上げた少女……オレンジペコが反応した。

 

「本当……これだから強くても歴史が浅い所は困るわね。

 ……とてもではないけれど、私がサンダースの立場ならあんな風に手放しに喜べませんわ。

 どんなに戦車と人員が劣っていても、あの西住みほが指揮を取るのですから。

 こんな格言を知っているかしら?

 『1頭の獅子に率いられた羊の群れは、1頭の羊に率いられた獅子の群れを駆逐する』」

 

「フランスの皇帝。ナポレオン・ボナパルトの言葉ですね。

 ……でも、ダージリン様。

 サンダースの立場だったら喜べないというのは嘘ですよね?」

 

「……そうね。

 また、みほさんと公式戦の舞台で戦えるのなら確かに私は喜んでいたでしょうね……」

 

実際、このトーナメント表では聖グロリアーナ女学院の行く末はほぼ固定されていると言ってもいい。

初戦と二回戦は危げなく勝ち、準決勝では黒森峰に敗れるだろう。

これがサンダースやプラウダが相手ならばそうは行かないだろう。

此方が勝つか、相手が勝つか、最後のその時まで解らない戦いが楽しめるだろう。

そういう意味では大洗と戦うのが一番楽しそうだ。

あんな車輛と人員で、もし西住みほが本気で勝ちに来たのならどういう戦いが行えるのだろうか。

 

「……でもこの会場で果たしてみほさんの実力に気づいている方がどれだけいるのかしら」

 

戦車道にある程度でも触れているなら西住の名を知らない物はいない。

それでも去年から話題に上るのは姉ばかりであり、妹の方は常にそれに隠れていた。

戦闘面でも解りやすく目立った功績は上げていないのだから、知っていても"優れた選手"という評価止まりだろう。

ダージリンとて知っていたのは黒森峰との練習試合の回数が他より多かったからに過ぎない。

同時に自分だけが彼女を知っているという事実が彼女の仄かな優越感を感じさせ、独占欲を満足させていた。

 

……実際、ダージリンの呟きは的中していた。

この会場で黒森峰以外だと西住みほを評価していたのは極僅かであった。

その何人かはそれぞれ畏怖であったり敬仰であったり期待であったり様々な視線を彼女に送っていた……。

 

 

その後、時が経ち、大洗とサンダースの試合の日。

ダージリンとオレンジペコは逸る気持ちを抑えて観戦の準備を整え、試合開始を今か今かと待ち構えていた。

 

「……あら、ふふふ」

 

そんな時、ふと視線を向けるとよく見知った人物が共を連れてこの試合を同じ様に観戦しているのが目に入った事に気づいた。ダージリンは思わず笑みを零した。

 

「相変わらず何時までたっても妹離れできない人ね……」

 

 

 

 

 -2-

 

 

『ではこれより、大洗女子学園対サンダース大付属の試合を開始します」

 

ああ、妹様がパンツァージャケットを着て戦車の前に立っている。

この光景がまた見られるとは思わなかった。

しかし、着ているジャケットは私達の黒いそれとは違う。

黒森峰の物では無い……。

 

一体私は嬉しいのだろうか?それとも寂しいのだろうか?

それとも……

 

私は右胸に手をやりながら、涙が滲んで来るのを誤魔化す様に頭を振った。

 

「隊長、この試合どう見ます?」

 

「……まずサンダースが有利なのは間違いない。

 数の上でも5対10と倍離れている。

 ランチェスターの法則で言えば戦力に4倍の差がある事になるな。

 更に言えば第二法則の式で数だけではなく本来は武器性能や兵士錬度の係数がかかる事になる。

 その点を考慮すれば戦力比はもっとかけ離れる事になるだろう……」

 

「…つまり大洗が危いと?」

 

「常識で考えればそうだな…。

 だが、指揮しているのはみほだ。

 御老人方の前ではああいったが……みほなら以前のままだとしても"この程度"の差ならひっくり返しす事も有り得るかもしれない……。

 サンダースと当たったのは不運だが、一回戦で当たったのは不幸中の幸いだな……。

 後は……みほが火力に負ける車輛の運用で最も得意とする交戦距離が近くなる市街地がフィールド内に無いのは不利だな。

 森林の部分を活かせるかどうかだが……。

 斑鳩、お前なら敵の倍の戦力があったらどう動く?」

 

「それは……やはり敵が固まるようなら包囲殲滅を。

 敵が分散するなら各個撃破です。

 それより細かく分かれる様ならそれぞれに有利な数をあてるという方法もありますが……」

 

「みほが相手なら戦力分散はしたくないな」

 

「その通りです。

 かといって相手が細かく分かれても此方が固まって動いている場合、此方が包囲される危険性があります」

 

「つまりみほは細かく分かれるのがベター。

 しかし、サンダースはみほをそれほど知りはしない。

 つまり定石として各個撃破、またはそれぞれに有利な数を当てての全面攻勢を行う。

 その結果、それを逆手にとってみほは分散したと見せかけて、敵を各個撃破行う。

 といった感じになるか」

 

「予想するならそうなりますね」

 

ところが試合が始まると予想を覆す光景が眼前に広がっていた。

 

「これは……妹様が後手に回っている!?」

 

驚くべき事にあの妹様が事ある毎に先回りされ、後手に回っているのだ。

それも本来なら妹様が得意とする読み合いが重要な視界不良の森林内でだ。

 

「サンダースの隊長はあのいもう……いえ、副隊ちょ……み、みほさんを超える洞察力があるのでしょうか!?」

 

隊長の前で妹様と呼ぶのは憚れるが、なんと呼ぶべきなのか悩んでしまった。

……もう妹様は副隊長ではないのだ。

結果的にあの時に約束した呼び方で呼んでしまった……。

…私にはその資格はもうないのだがな……。

 

隊長はそんな私をちらりと見てから言った。

 

「別に妹様でいい。

 私も驚いたが……タネは気づけば簡単だ。

 上空を見ろ。

 通信傍受機が打ち上げられている」

 

は!?

 

私が慌てて上空を見ると確かに不審な物体が打ち上げられているのが見えた。

き、きたねぇ!!

 

「反則じゃないんですか!?

 抗議しましょう!」

 

「……お前、黒森峰が大洗とサンダースの試合にどの立場から抗議するんだ…。

 大洗に感情移入しすぎだ」

 

「…いや、まぁ……しかし……」

 

「それに通信傍受はルールに記載されていない。

 用具の使用に関してのルールは、使用してよい物が記されているのではなく、使用を禁止する物が記されている。

 故に記されていない用具は使用してもルール違反にはならない。

 グレーではあるし、戦車道は武道であるから礼節がなっていないと批判する者もいるだろうが……サンダースの校風や支援者の気風的には合理性を好むからそれは余り問題にならないだろう。

 今大会の後にルールに記載されるかもしれないがな」

 

「でもそれじゃあ大洗は……!」

 

「だからお前は……まぁいい…。

 私が気づいたんだ。

 みほも気づいてるに決まっている」

 

気づかなかった私が言うのもなんだが……第三者として神の視点が見れる隊長と当事者で限定された視野しか持てない妹様では難易度が違いすぎるだろう。

……しかし、それでも確かに妹様なら気づいてそうではある。

 

「みほは……表に出さないから意外に思われるが、実は根幹の部分では自信家だ。

 と言うよりは……己の判断を信じることが出来る才を持っている。

 自分の計画と現実が剥離した時、自分の能力不足を疑うのではなく、何かが異常だと考える。

 そう考えたのならあとは推察して感づくだろう。

 気づいた以上、裏の読み合いだ。

 しかも、相手が勝負の土台に乗った事にサンダースは気づいていない。

 イカサマの種がバレているのにそれに気づいていない。

 みほ相手に無防備すぎる事この上ない。

 結果的に通信傍受は裏目にでるだろうな」

 

なるほど……。

……しかしこの人本当に妹様の事になると嬉しそうかつ自慢げに話すよな……。

なんというか妹様の事になると早口になるというか……。

 

その後、隊長の予言は的中した。

明らかに妹様は通信傍受を逆手に取った動きをしている。

それでいてまだバレたとは相手に思わせないギリギリの行動を巧みに取っていた。

それは神の視点から観戦している私をしても「本当に通信傍受に気づいているのだろうか?」と疑ってしまうほどの功名かつ大胆な動きであった。

その上でサンダースのあらゆる行動が大洗にとって都合良く動いてる。

元々、妹様の読みは勿論の事、相手の行動を誘導する事すら卓越していた人だ。

部隊の僅かな動きでかなり自由に相手の思考を操作してくる。

妹様の性格に反して、実は戦車道の試合においての性格はかなり意地が悪い。

そういえば黒森峰にいた頃によく浅見が持ってきたボードゲームを遊んでいた時も読み合いや駆け引きが必要とするゲームでは妹様の独壇場だった事を思い出す……。

チャオチャオにおいてはダイスの嘘は常に見破られ、此方は妹様の嘘を一切見破れなかった……。

ポーカー等その尤もたるものだ。

尤も、カタン等の交渉を必要とするゲームも皆妹様からの"交渉"を断れない物だから此方もやはりゲームになっていなかったが……。

それでもゲーム上とはいえ妹様に貢ぐ感覚は非常によかったが……。

 

そんな妹様が相手の通信傍受という手段を得たのだ。

サンダースはまな板の上の鯉に等しい。

そうしてサンダースが一輌二輌と撃破していく中で、ついにフラッグ車を半包囲網の中に引きずり込み、キルゾーンへと誘導する事に成功した。

しかし、そこで試合は終わったと思ったがそうはならなかった。

圧倒的優位の場にも関わらずどの車輛も命中させる事が出来なかったのだ。

 

「……戦車だけではなく人員の質の低さが出ましたね。

 黒森峰ではあそこで外したらその日は夜まで帰れませんね」

 

「……妙だな」

 

「と言いますと?」

 

「みほならば人員の質も考慮して作戦を立てる。

 あそこまで絶好の機会を演出しておきながら錬度が足りなくて成功しませんでした等とお粗末過ぎる……。

 ひょっとしたら勝利よりも経験をつませる事を優先しているのかもしれん」

 

そう言った時の隊長の表情は何処か寂しそうだった。

 

「……まぁ先を見据えて今の内に経験を…というのは有りかもしれないな。

 尤もサンダースはそんな事ができるほど余裕のある相手ではないと思うが」

 

その後はサンダースのフラッグ車を追う大洗本隊とそれを追うサンダース本隊という実に独創的な構図となっていた。

些か変則的ではあるが、FCSが無い第二世代戦車による追跡戦である。

互いに動いている間はまず当たらない。

つまり追いすがってある程度の余裕を持って射程内に捕らえたら静止し、射程圏外に出る前に撃つという事になる。

大洗はそれをしてフラッグ車を狙いたい。

しかし、それをする為に停止すると後方の長射程のファイアフライに射撃の猶予を与えてしまうというジレンマに陥ってる。

手元のファイルをめくり、データを参照するとファイアフライに乗っているのは去年から活躍していた中々腕の良い名砲手だ。

静止したのならばまず撃破されるといっても良い。

 

……この状況を打破する可能性のある一つの方法を私は考えていた。

妹様は指揮においても指導に関しては天才的な才覚を持っている。

だが、それに加えて戦車単体の指揮力も凡人とは逸脱している。

それを支えている要素の一つに常人離れした敵の射撃の先読み能力があった。

 

理屈の上ではこうである。

人間はそれまで蓄積された経験を元に瞬時に"理屈には表せない"判断を行えるらしい。

例えばサッカーやバスケットボール等の球技において、一流の選手は相手に対面すると、相手が動く前にパスをだす瞬間が解るらしい。

実際、パスの動作を見てから反応してはとても間に合わず、パスカットを得意とする選手を分析すると総じて相手選手が動く前にそうだ。

これはその選手が積み重ねてきた膨大な経験から無意識に統計を取り、対面してからパスを出すまでの時間の平均を相手の視線や体勢等から調整して"直感"という形で察する。

要は……対戦型のアクションゲームに慣れているプレイヤーが何となく相手が"ジャンプしてくる"や"技を振ってくる"瞬間が解るような物か。

当然、妹様にも膨大な経験と知識がある。

各戦車の主要砲弾重量を押さえ、平均的な装弾時間を熟知し、その上で状況から察する。

 

……だが、妹様のあれはそういった理屈では説明がつかない程の精度を持っていた。

まるでエスパーか何かの様に相手の思考を読み、殺気だとかそういう非現実的な感覚を分厚い金属越しに感じているとしか思えない。

超感覚と第六感を持って心の目で見ているのだろうか?

それとも戦車道は戦車を使うが武道であるのだから、良く聞く"拍子"を読んでいるとかそういうのだろうか?

ともかく、妹様ならばファイアフライの射撃を回避し、次弾が発射される前にフラッグ車を撃破することも可能だろう。

 

……しかし、それをするには各員の錬度が必要だ。

発射準備を整える装填手、それに余裕が無い状態で焦らず集中して一発で仕留めれる砲手。

何より、妹様の指示で回避するには操縦手の技量が必要となる。

単純な技量だけでは駄目だ。

妹様の下で長時間操縦し、妹様の癖を知り、妹様の指示に即座に対応できるようにし、人馬一体とならなければならない。

私はそれが出来た。

私が一番上手く妹様の戦車を操れた。

私が最も妹様の無茶振りとも言える指示を的確にこなせた。

私だけではなく浅見も、赤星も、逸見も……私達四人組は妹様と共にいる事によって最強の戦車でだった。

もし妹様と共にいるのが私たちならばそれくらい難なくこなせただろう。

しかし、目の前で妹様が駆るⅣ号の操縦士は大洗の例に漏れず、四月から戦車道を始めた初心者だという。

それでもこの僅かな期間であのⅣ号戦車はかなり動けている。

約一ヶ月の経験で公式大会の場で他と比べて遜色なく操縦できているのだ、妹様の教えもあるのだろうが中々素質があるのだろう。

だが、妹様のその閃きの様な回避をするには一ヶ月程度の時間では絶対に不可能だ。

…よほどの天才でもなければ……だ。

それこそ何の経験もないのに座席に座ってマニュアルを見ただけで操縦し、実戦を行って敵を撃破できるような天才が。

……しかし、そんなアニメや漫画の様な天才など荒唐無稽すぎる。

非現実的だろう。

 

 

 

 

-3-

 

 

『大洗女子学園の勝利』

 

「……まさか、そんな!!」

 

ファイアフライが主砲を発射した瞬間……いや、その瞬間の僅か前にまるでそのタイミングが解っていたかの様に停止し回避した。

当然、偏差射撃をしていただろうファイアフライの砲弾は速度を維持していたのなら本来Ⅳ号がいただろう位置に突き刺さった。

そして次の砲弾が発射されるまでの僅かな時間でⅣ号がサンダースのフラッグ車を仕留めたのだ。

確かにプレッシャーのかかる中で逃走するフラッグ車を見事打ち抜いた砲手は驚嘆に値する。

だが……あの回避を成功させる操縦手は……何者なんだ!!

戦車道の初心者がたった一ヶ月でできる事じゃない。

 

 

どれだけ密度の高い訓練をしたのか。

どれだけ妹様の教えが良かったのか。

……どれだけ妹様と一緒にいたのか…。

 

 

 

「……大洗は勝ったが……この様子ではみほはまだ以前のままだな。」

 

「……そうですね」

 

私は隊長への返答を上の空で返しながらⅣ号戦車を降りて抱き合いながら喜びを露にする妹様を見ていた。

……今、妹様と一緒にいるのは私達ではない。

別の四人が妹様と共にある。

 

手元の各主要校のメンバーのデータが纏められたファイルをめくる。

開かれたページには眠たげな表情の小柄な少女の写真が載せられていた。

妹様の傍にいる一人と同じ顔。

 

冷泉麻子……。

それがあの操縦手の名前か……。

 

 

 

 

 

              -了-

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------

 

『May the Force be with you.』

 (「フォースと共にあらん事を」)

 

    映画「Star Wars(邦題:スター・ウォーズ)」(1977)より

 

 

 

 

 

 

 




別の場所で描いてもらった斑鳩の絵です


【挿絵表示】

サイトーカッコウさん(@smnk_BB https://www.pixiv.net/member.php?id=7877577)から頂きました。


【挿絵表示】

┣ルヱン1Tさん(@Toluene1T  https://www.pixiv.net/member.php?id=15629471)から頂きました。


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第八話 【愛とは決して後悔しない事】

次の話まで話が大きく動かないので退屈されるかもしれませんが、ある程度まで連続で投稿するので許してください


 -1-

 

 

サンダースの隊長が馴れ馴れしくも妹様に抱きつく姿を見てから私達は撤収する事にした。

一瞬、手に持っていた双眼鏡に力を入れすぎて壊しそうになったが、それ以上に不穏なオーラを発生させる隊長を見て直ぐに冷静になった。

自分以上に激怒をしている人を見ると冷静になるとよく言われているが、あれは本当だったんだな……。

というより試合後の健闘を称える抱擁ぐらいで静かにキレ過ぎだろうこの人は……。

いい加減、そろそろ妹離れした方がいいのではないだろうか?

 

移動に使用したドラッヘの所へ向かっている最中に何やら騒がしさを感じた。

騒がしさに近づくにつれてより大きく鮮明に聞こえてきた声の中に、私が聞き覚えのある……いや、忘れようもない声を聞いた。

それは今まで何度も夢で聞いた声だったが、現実では久しく聞いていない声だった。

その声を脳が認識したとたん、私は僅かに体が電流が走り、震え、無意識に右胸に手を当てていた。

 

妹様の声だ……。

久しぶりに妹様の声を聞いた……。

 

姿は遠くから見たことはあった。

映像や写真でその姿を見たこともある。

だが、声を聞いたのは本当に久しぶりだった。

昔も妹様の指示を受ける度に同種の感覚に襲われる事は度々あった。

しかし、ここまでの衝撃力を受けたのは初めてであった。

 

しばらくしてから冷静さを取り戻し、会話の内容を聞き取るとどうやらあの操縦手……冷泉麻子の家族が倒れたそうだ。

しかし、移動手段も無く切羽詰って冷静さを失っているのか泳いで行くと言っているらしく、それを周囲の四人が必死に止めている。

 

「私達のヘリを使って」

 

隊長がそう声をかけると四人が……妹様が驚いた様に此方を向く。

視線が合うと妹様は心苦しそうで表情で私を見て、視線をそむけた。

……何故、そんな目で私を見るのですか?

昔は私には常に笑顔を浮かべてくれたではないですか?

 

……いや、これも当然だろう。

私はあの日から妹様に何もしてやれなかったのだから。

私に妹様を追及する権利はないのだろう……。

 

「よろしいのですか?」

 

「これも戦車道よ」

 

私が確認すると隊長は正面を向いたまま言った。

……言わんとする事は解るが、どうせこの人は妹様に良い所を見せたいだけだろう。

久々に出会った妹様に姉として何かをしてやりたいのだろう。

私には姉しかいないが、何となくその気持ちは解る様な気がした。

 

「斑鳩は反対なのか?」

 

「……そんな事はありません」

 

反対するつもりは無い……筈であった。

平時であれば人道上の事であるし、他人から御人好しの気があると言われる事が多い私は恐らくは積極的に賛成していただろう。

しかし……その対象が冷泉麻子だという事が私の心に微かなしこりを残していた。

自分でも馬鹿馬鹿しいとは思う。

嫉妬交じりの複雑な感情に我ながら狭量と嘆きもした。

それでも私は思わざるを得ない。

何故、私ではなく彼女が其処にいるのだと。

 

「お姉ちゃん……ありがとう」

 

背を向けて歩き出す隊長の背に妹様が礼を言う。

此方からは見えないが、きっと隊長は何時も冷静な表情を僅かに歪ませているに違いない。

 

「斑鳩さんも……ありがとうございます」

 

……私も隊長と同じように背を向けてドラッヘに乗り込んだ。

尤も私の場合は妹様に以前良く言われていた……しかし弾んだ声ではなく何処か他人行儀な礼の言葉に、泣きそうになっている表情を見られたくないからで、声を出せば掠れそうだから無言を貫いている訳だが。

……だからこの時の私には妹様がどういう表情だったのか解らなかったのだ。

 

 

 

 

-2-

 

 

冷泉と付き添いの武部という子が搭乗したのを確認し、ヘリのローターを音を立てて回して離陸した。

 

「……本来ならこれも逸見の役目だったんだろうなぁ」

 

私はどうやらその方面の才覚に恵まれていたようで戦車のみならず様々な乗物を運転をする事ができた。

逸見も同様に必死に勉強をしてヘリコプター、飛行船、ホバークラフト、輸送機、輸送車等の免許を取得していた。

尤も私と違い、それが特定の個人の為だという事は明らかであった。

何故なら常々逸見本人が言っていたからだ。

私は隊長となったみほを支える……と。

 

その逸見は今回は来なかった。

尊敬する隊長相手だとしても、自分が運ぶのは妹様だけだという想いがあったのかもしれない。

ただ、戦車道をしている妹様を見たくはないと逸見は言った。

一方で私は戦車に乗っている妹様を是非ともこの目で見たかった。

両者の利害が一致する形で逸見はこの場におらず、私がこの場にいることになったのだ。

 

……私と逸見の思いは両極端にあったと言える。

しかし、方向性は異なっていてもその種別はほぼ同一のものだったのだろう……。

私には見たくないという逸見の気持ちがよく解ったし、恐らく逸見にも私の見たいという気持ちがよく解っているだろう……。

 

ちらりと操縦席から後方を伺うと俯いている冷泉を武部が必死に励ましていた。

 

「……すこし良いかな?」

 

「……はい、なんでしょうか?」

 

「そこの冷泉さんに妹さ……みほさんの事について聞きたい事があるんだ。

 こういう状況でこういう事を聞くのは不躾かもしれないがどうか許してほしい」

 

「斑鳩さん……でしたっけ。

 貴方もみぽりんのせいで負けたと思っているんですか?

 みぽりんを裏切り者だと……」

 

「……そんな訳があるか!!」

 

私は思わず怒鳴ってしまった。

だが……そう思われても仕方がないことだ。

いや、より言ってしまえば……内心はどうあれ行動自体を振り返ればそう違わないのかもしれない。

何せ何も行動を起こさなかったのだ。

暗に妹様を攻めたという事と何が違うというのだ……。

 

兎も角、無様にも年下に対して怒鳴りつけてしまった事を恥じて、取り繕うように私は続けた。

 

「怒鳴ってすまない……そんな風に思っている人は黒森峰には"誰一人"いないさ。

 誰もが副隊長を慕っていたし好きだった。

 だから皆後悔してたよ……。

 一番辛い時に支えてやれ無かったって……」

 

「……誰一人と言いますけど、其方の副隊長さんはみぽりんの事をかなり憎んでいましたけど」

 

「副隊長……?逸見が?」

 

そんな馬鹿な。

 

「それはあり得ない!

 黒森峰の中でみほさんに近い存在だったのが逸見だ。

 同室だったし、一番みほさんを支えていたのもあいつだ。

 ……誰よりも彼女から信頼されていたのも逸見だ」

 

「え、だってあの人みぽりんに酷い事を……」

 

逸見が妹様に悪意のある発言を?

正直、考えられないが……。

 

「……ひょっとしたら本当に裏切られたと思ったのかもしれないな。

 何せみほさんが隊長になった時、自分が副隊長になって支えると約束しあっていた仲だ。

 何も言わずに転校した事を許せなくなったのかもしれない……」

 

「あの人が……そんなにみぽりんの事を…」

 

複雑そうな表情を浮かべる武部を見て、私は安心した。

この子は良い子なのだろう。

心の底から、妹様を心配して、案じている。

……こういう友人が転校した妹様の傍にいてくれて良かった

 

「それで…私に聞きたい事とは何だ」

 

麻子!敬語!と叫ぶ武部に私は構わないと手を振って続けた。

 

「……私もみほさんの操縦手だった。

 だからこそ聞きたい。

 貴方は戦車に乗っている時にどう感じている?」

 

「強いて言えば……"楽しい"だな」

 

「……楽しい?」

 

「私はこれまで生きてきた中で何かを成し遂げたという感覚を味わった事が無かった。

 解りやすい所で学校の勉強がそうであるし、他にも何かの技術を要するものも手順さえ記されればそれを問題なくなぞる事ができた。

 "努力して達成する"という事を求めて、難解とされている専門書を読み、複数の外国語の習得に手を出し、分野問わず最先端の論文も読み解いた。

 それらも結局はそこに記されている事に必要とされる要項があるのだから、それに目を通すだけで問題は無かった。

 恐らく創造性を要する事柄……たとえば芸術の分野などなら知識以上の物が必要になるのだから私も最善の結果を出す事は不可能であっただろうが、言ってしまえばそういう曖昧な事柄には興味が沸かなかった。

 身体能力が必要なスポーツの分野も同じ様に結果を出す為に努力が必要だったのだろうが、それも結局は"何故できないのか"と"できる為に必要な能力"が全て理解できてしまったからこれも同じ様に興味が無かった」

 

麻子は学年首席で天才なんです。とまるで自分の事を誇る様に武部が補足した。

確かにファイルのデータにはギフテッドの可能性あり添えられていたが、この発言が本当なら正しくそうとしか思えないだろう。

 

「だけど西住さんの指示は違う。

 最初は具体的かつ詳細な指示で言われた事をそのまま実行すれば良かった。

 しかし、徐々に指示は簡潔に省略され、具体性は無くなっていき抽象的になっていった。

 その内容も此方に裁量と解釈を委ねつつ、複雑で高難易度になっていった。

 しかも、それは私の技量と経験において達成できるかという境界線を奇跡的なまでにギリギリまで迫ったものだった」

 

……それは良く解る。

私も実感していたからだ。

 

「西住さんはそういった人の能力を把握して見極めるという点において天才なのだと思う。

 実戦ではギリギリ達成できる事を、練習ではギリギリ達成できない事を指示した。

 そしてそれの基準が引き上げられる度に私は今までの人生で決して味わえなかった達成感と共に成長というものを感じた。

 今までの私の人生は灰色と表現するのが的確だったのだろう。

 惰性で生きていたに過ぎず、普通の人が感じて当たり前の事すら私には無かったのだから。

 しかし、西住さんはそんな私の人生に目的と意義をもたらせてくれた。

 なにより、私という人間の能力を余すことなく最大限まで活用してくれた。

 そして更に私の能力を限界以上まで引き出してくれようとしている。

 ……私が今までで一番楽しかった時、充実感を得た時、……それは西住さんの指示が『麻子さん』と私の名前を呼んだだけの時であり、そして私がそれに含まれた意図を全て把握して実行に移せた時だ……」

 

「……」

 

「あぁ……戦車というものに初めて乗ったが……こんなに楽しいものとは思わなかったなぁ」

 

それを聞いた時、私は全てを察した。

理解してしまった。

私とこの冷泉麻子の違いが。

絶望的なまでの、決して覆せない差を。

 

私を含め、黒森峰の隊員が妹様の車輌に乗ると引きずり込まれていった理由は初めて戦車に載った時の事をリフレインしてしまったからだ。

何も複雑な事も世俗的なことも考えず、純粋な気持ちで戦車に載り、操り、日が落ちるまで夢中で楽しんだあの時の頃の事を。

練習し、勝つ事を目的とし、嫌な事も我慢して、他人を蹴落とす事すらも考え、負けないように、機械的に練習を繰り返し、疲れ、時には苦痛を感じ、そして慣れていくにつれて捨て去っていったあの時の感情を。

 

 

 

……だが、彼女は、彼女達は違う。

 

"初めて乗った戦車が妹様の戦車なのだ。"

 

それはどういう体験なのだろう。

初体験が妹様だというのは。

それは決して私達の様に長年戦車道に身を費やしてきた経験者では決して味わえないのだろう。

そして彼女達は二度・三度と妹様の戦車に乗る度に私達のように始めて戦車に乗った時の事を思い出すのだ。

そう、妹様の戦車に乗る度に妹様の戦車に乗ったときの事をリフレインする……。

それは妹様による影響を共鳴・反響させ、相乗効果を起こし、回数を重ねる毎に更に色濃く強くなっていくのだろう。

 

妹様の戦車道に強く影響され、最適化され、専用化される。

……恐らく、もう彼女達は妹様の戦車以外には乗れないだろう。

彼女以外の指示や指揮ではまず違和感を感じ、閉塞感を覚え、そしてついには衣服を着けたまま水中にいるような重い束縛感と共に不快感を得る。

何故なら……もう妹様にだけ適した"部品"と化しているから。

他では規格が合わないから…。

 

「……答えてくれてありがとう。

 参考になった」

 

私は振り向けなかった。

こんな表情を見せたくなかったからだ。

 

 

……ふざけるな!!

こんな理不尽な話が合ってたまるか!!

では何か!?私は今まで積み重ねていた戦車道の修練と時間と努力があるからこそ妹様に最も適した人員にはなれないのだと!?

そんな不条理な事が!

 

 

……しかし、感情的な部分ではなく、理性的な思考においては私は何処か納得してしまっていた。

あの人の戦車道は独特すぎる。自由すぎる。個性的過ぎる。

戦車道の経験者であればあるほどその"常識"が足を引っ張るのだろう。

一方で完全な純白で何にも染まっていない初心者ならば、そういった弊害もなく、抵抗も無く妹様の色に染まっていくのだろう。

だからこそ妹様にとって最適な隊員になるのだ……。

 

だからといって認められなかった。

認めたくは無かった。

理屈や道理を無視してでも覆したくは無かった。

……それをする為には勝つしかない。

隊長の操縦手として妹様の操縦手である冷泉麻子と戦い、勝つ。

一度だけでいい、勝利すれば私はそれに縋れる。

これが決して理論的でない事は解る。

それでも私はその考えに縋るしかないのだ。

 

……尤もこのままでは大洗はプラウダには勝てないだろうからその願いも叶いそうに無いが……。

 

 

 

 

-3-

 

 

トーナメントの二回戦が終わり、大洗はアンツィオに勝利して準決勝へと駒を進めた。

私は今回は見に行かなかった。

……私ではない誰かが操る妹様の戦車など見たくはなかったからだ。

今なら見たくないと言った逸見の気持ちが本当の意味でよく解る。

……それにアンツィオ相手ならば見るまでも無いだろう。

あそこの隊長は戦車道としては底辺だったアンツィオをある程度まで立て直した事も会って中々の実力者である事は間違いない。

しかし、大洗にすら劣りうる戦車の編成であの妹様に勝てる訳が無い。

案の定、大洗は一輌も損ねることなく完勝した。

 

問題は準決勝でのプラウダだ。

しかし、サンダースやアンツィオの試合経過を見る限り、妹様の戦車道は以前とさほど変わっていない。

これでは大洗がプラウダに勝つ事は難しいだろう。

 

そんな中で私は隊長室に呼び出された。

入室し、隊長の許可を貰ってソファーに座ると隊長が開口一番に切り出した。

 

「……大洗が負けた場合、大洗学園艦は廃校となる。

 そしてみほが黒森峰に戻ってくる……というよりは連れ戻される」

 

 

……は?

 

 

              -了-

 

 

 

-------------------------------------------------------------

 

 

『Love means never having to say you're sorry.』

 (「愛とは決して後悔しない事」)

 

    映画「Love Story(邦題:ある愛の詩)」(1970)より

 

 

 



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第九話 【愛しいしと】

 

-1-

 

 

西住家本邸。

西住まほは家元でもあり実母でもある西住しほに呼び出されていた。

和風の家に相応しい襖と畳が敷き詰められた、かつてみほが母親に戦車道を止めると宣言したこの広い部屋でまほは母親と対面していた。

 

「……上手く立ち回ったものね、まほ」

 

「何の事でしょうか」

 

「有力者にも分家にも働きかけてみほの進退の安定を図り、その存在を認めさせた。

 まったく見事なものね」

 

「私からは何もしていません。

 向こうから呼び出されたので、応対したまでの事です」

 

「……本来なら跡取りとして腹芸ができる事は喜ばしい事なのでしょうけど。

 兎も角、一度止めると宣言しておきながら目の届かない所に行ったのを良い事に勝手をするなど許されない。

 貴方は外堀から埋めて安心したのかもしれないけれど本丸である私は決して許さない」

 

「確かにみほが義理を欠いていたのは認めます。

 ですが、何故そこまで固執を?

 みほには戦車道の才覚があるのは御存知の筈です。

 戦車道に復帰したのならそれは西住流にとっても喜ばしい事なのでは?」

 

しほはふぅっとため息をひとつ吐いてから言った。

 

「貴方、みほを死なせたいの?」

 

「……それはっ!」

 

「まほ、貴方ももう解っている事でしょう?

 あの子は危うい。何をするか解らない。自分の身すら軽んじている。

 ……いや、ひょっとするとあの子にとって自分の命もチップの一つなのかもしれない。

 それも他人の命と同じ天秤に載せられる程度の重さでしかないチップに……。

 貴方の知ってのとおり戦車道は絶対に安全な競技ではない。

 それもそうよね。武道ですもの。

 柔道ですら過去30年間で100を超える中学・高校生の死亡事故がある。

 学生野球もかなりの死者がでている。

 ましてや戦車道においてはもっと危険なのは貴方の知ってのとおりよね?

 そういった事故に直面した時、あの子は我が身も省みず、もっと言えば自分の命よりも他人の命すらも優先する。

 そうはならない様に私が長年かけて"矯正"したのに貴方は学園艦にいる事を良い事にそれを外した。

 ……尤も、これに関しては私も同罪ね。

 ひょっとしたらって期待もあって黙認していたのだから。

 でもその結果が去年の決勝戦。

 私は決意したわ。

 徹底的に西住流のそれを叩き込むか、又は戦車道そのものをやめさせるか。

 みほを守るにはそれしかないと思ったから。

 ところがみほは戦車道を止めると行って安心させたのも束の間、直ぐに戦車道を再開したわ。

 これを聞いた時の私の心境が貴方に理解できる?無邪気にみほが戦車道を再開して喜んでいただけの貴方が。

 怒りもしたわ。親心の解らない、親不孝者めと。ここまで私が身を案じているのにそれを平気で無視し、裏切るのだから。

 不安にもなったわ。今この瞬間にもまた危険な事をしているのではないかと」

 

「……」

 

それはまほも確かに考えもした事だ。

しかし、甘く、軽く見ていた事も間違いない。

決勝戦のあの日とみほが別れを告げたあの日に死ぬほど後悔したのに、みほがまた戦車道に戻ってきたという事実がまた淡い期待を抱かせ、危機感を喪失させていた。

 

「……まぁそれはもういいの。

 あともう少ししたらそんな心配も無くなるのだから」

 

「……それはどういう意味ですか?」

 

「文科省は予算の削減・効率化の為に学園艦の規模縮小を立案し、既に実行に移しているの。

 特別な成果を挙げていない人数も減少傾向にある学園艦を対象に廃艦する事になっている」

 

「……まさか!」

 

「そう、大洗はその対象。

 今年末に廃艦が決定している。

 ……ただ、どうやら学園の生徒会長が直接交渉して、戦車道にて優勝したのなら廃艦を撤回するという約束を取り付けたらしいわ。

 それでみほも殆ど無理やり戦車道に参加させられたようね」

 

それを聞いたまほの心中では複数の異なる感情が沸きあがり、奔流となって渦巻いていた。

みほに無理やり戦車道をさせた事への怒り、復帰させてくれた事への感謝。

そして戦車喫茶で見た大洗の友人と楽しそうにしていた妹。それが廃艦になる事で消えてなくなる事。

 

「大洗が廃艦になったらみほは黒森峰に連れ戻すわ」

 

「……それは徹底して西住流を叩き込むということですか?」

 

もしそうであるならば勘当されるといった最悪の結果よりはマシなのかもしれない。

少なくとも一緒に戦車道ができるのだから……。

 

「いいえ、戦車道はさせません。

 普通科に入らせます」

 

「お母様!それは!」

 

「そして卒業次第、この家に連れ戻し、外に出しません。

 一生、私の目の届く範囲内にいさせます。

 もう二度と勝手な真似はさせない。

 自由にさせない。

 私の傍にいさせる」

 

そう言い切ったしほの表情にまほは言い知れぬ悪寒を覚えた。

何故なら、しほのその瞳に怪しげな光が灯り、何ともいえない色の炎がちらついていたからだ。

 

「本来なら黒森峰にもいさせたくないのですが、高校くらいは卒業させてあげましょう。

 それにあそこなら私の目も届く。

 卒業したらこの家から出さない。自由に外出もさせない。

 外に出る時は私が家を離れる時だけ。

 菊代もきっと喜ぶわね。

 みほがいなくなってから一番気に悩んでいたのも菊代だったから。

 ……そうね、みほには西住流家元の補佐役だとかそういう役職を与えればいい。

 実力はあるし見せているのだから師範代にしても問題はないでしょうから」

 

しほはまるで明るい未来像を語るように楽しげであった。

それを聞きながらまほは戦慄していた。

 

そうだ、何故母がみほを理解していないと思っていたのだ。

この世の誰よりも、自らの腹を痛めて血肉を分けて文字通りみほが生まれた時から傍にいたのが母ではないか。

私が愛している様に、母もみほを愛していたのだ。

……私以上に!

 

「……解るわよね、まほ?

 そう遠くない将来、貴方が家元を継ぐのよ?

 ……つまり、家元補佐という役職をみほに与えたら、家元となった貴方がみほの面倒を見るのよ?

 …………決して目を離すことなく、その身の傍に常に置いてね…」

 

それは正に悪魔の取引でもあった。

 

 

 

 

-2-

 

 

隊長から詳細を聞いたその日の夜、私はベッドに寝転びながら天井を眺めつつ妹様のことを考えていた。

いや、正確には妹様と家元の関係をである。

私は妹様は母親の愛情を受け取っていなかったのではないかと考えていた。

囲碁が言っていた事を思い出す。

妹様は愛に飢えていたが故に、無自覚に周囲に愛を振りまくのではないかと。

誰もが最初に与えられる、無条件かつ打算無き純粋の愛である親からの愛を受けていなかったが故に……。

これを聞いた時、私は合点がいったように納得してしまった。

妹様と幾度も会話を重ねたが、母親である家元に関する話題が一切出てこなかったからだ。

しかし、同時に囲碁はこう言った。

親の愛は無償の愛。この世で最も純粋な愛。

であるならば……母親という物の習性として子に愛を注ぐというシステムがあるのならば。

あの妹様を愛さないでいられるだろうか?

自らの血肉を分けて腹を痛めて生んだという、この世の誰よりも妹様に最も長く最も身近にいた存在が?

あの妹様を?

 

……だからこそ家元の言は本気なのだろうと解る。

つまり大洗が負ければ妹様が黒森峰に帰ってくるということだ……。

しかし、戦車道はできない。

もう妹様から指示される事もないし、彼女の戦車道も見られない。

……だけど、見知らぬ他人と一緒にしている所を見るぐらいなら……。

 

そういう考えが一瞬だけ脳裏を過ぎったが慌てて頭を振って打ち払う。

あの時の妹様を思い返してみろ。

サンダースに勝利して、一緒にいた友人達に抱きつかれて、心の底から嬉しそうで楽しそうな妹様を……。

どうして妹様のあんな幸せそうな笑顔を壊す事ができるだろうか。

 

……いや、結局は同じ事だ。

卑しい事に私は自分の手を汚さずに心の奥底で抱いている薄暗い願望が満たされる事に安堵しているのだ。

……大洗がプラウダに勝てる訳が無い。

その事実が私を様々な感情をもたらしていた。

……何故なら、妹様の幸せの維持を願っている事も私の紛れも無い願いであるし、それ以上に妹様と戦ってみたかったのだ。

そう、私は妹様と戦ってみたかったのだ!

あの冷泉麻子が駆る妹様の戦車と、隊長の戦車を操りながら勝負してみたかったのだ!!

思い返せば黒森峰に妹様がいた時も、最初の練習試合で妹様の操縦手を務めてから私はずっと妹様と相対した事は無かった。

 

……雲が動いたのか、寝転ぶ私をカーテンの隙間から月の明かりが一筋射し込んで照らした。

私は徐に胸元を漁り、何時かのように白金の布を月光に照らした。

 

もし妹様と勝負ができれば、結果の如何に関わらず私はこれを必要としなくなる気がする。

だが、その機会は二度とないのだろう……。

 

 

 

 

              -了-

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------

 

 

『My precious.』

 (「愛しいしと」)

 

  映画「The Lord of the Rings: The Two Towers(邦題:ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔)」(2002)より

 

 



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第十話 【プラウダより愛をこめて】

-1-

 

 

『これより、大洗女子学園対プラウダ高校の試合を開始します!』

 

試合開始のアナウンスが場内に流れるのを私とエリカが聞いていた。

エリカが同行を申し出たのを私は意外に思っていたが、エリカは妹の最後の戦車道を見届けたいと言った。

一方で斑鳩は逆に最期を見たくないと拒否した。

当初の二人の意向が入れ替わる形だが、心変わりをしたという表現は似つかわしくないだろう。

根っこの部分の心境は変わっていない。

ただ、より深刻になったが故の変化と言える。

 

「…隊長、大洗は勝てると思いますか?」

 

エリカが私に聞いてくるが、それは質問というよりは懇願といった表現の方が正しいだろう。

大洗が敗北するとみほの戦車道は断たれてしまう。

しかし、エリカ自身も勝つ可能性は無いと理解している。

そんな現実を認めたくないから私に否定して欲しいのだ。

……それでも同時にこうも考えているに違いない。

大洗が廃校になれば戦車道はできなくともみほが帰ってくるのだと……。

私にはそれが解る。

……何故なら私も同じ心境だからだ。

 

「人員の質の差、それと戦車の質と数の差。

 どれを見ても圧倒的な差だ。

 大洗が勝利する事は限りなく難しいだろうが……結局の所はみほに勝つ気があるかどうかだ」

 

「……勝つ気が無いんですか?

 負けたら廃校なのに?」

 

「これまでの試合から察するにみほはその事実を知らないんだろう。

 みほは勝利を最優先事項だとは思っていない。

 勝つ事以外にもっと重要な物があると思っている。

 その事の是非自体は置いておくとしても、その思考のままでは絶対にプラウダには勝てない。

 ……逆に言えば形振り構わずに勝利を目指すのであればまだ可能性はあるが……」

 

しかし、それは結局の所は仮定に過ぎない。

人の性格や意思もその当人の能力の一部にしか過ぎない。

そこを違う形で仮定するのは"もっと強力な戦車が多数あれば……"だとか"もっと隊員が優秀だったら……"といった仮定と同じものだ。

試合の時にそこだけ都合よく変わるなど有り得ない事なのだ。

 

 

 

 

-2-

 

 

大洗の車輌が前進を開始すると一台の戦車がどうやら少し盛り上がった丘を登ろうとしてスタックした様だ。

……あれは今回で新しく増員された戦車であった筈だ。

確かに滑りやすい積もった雪の丘を上がるのは難しい事である。

だが、準決勝に進出した学校の錬度ではない。

準決勝で増員されたという事は、恐らく二回戦以降から戦車道に参加したのだろう。

つまり、初心者だらけの大洗の中で更に経験がないという事だ。

むしろ僅かな期間で雪道を自走させているだけで褒めるべきなのかもしれない。

……五台から増えただけでも微かに期待したのだが、これではともてではないが戦力としても期待できるかどうか……

 

そうしているとⅣ号から一人の小さな少女が降り、スタックしていたルノーB1に乗り込んでいった。

するとルノーB1はそれまでの動きとは見違えて、鮮やかな手順でスタックから抜け出して丘を超えていった。

 

「……っ!!」

 

横でエリカが息を呑むのが解る。

……なるほど、あれが冷泉麻子。

データとしては知っていたが、この目で見た事によってはっきりと彼女の異常性が理解できた。

素人目には"上手い"程度の感想しか抱けない単純な動きだっただろう。

しかし、一定以上の実力を持つ選手……つまり私やエリカには解る。

あの極僅かな動きの何と無駄の無く最小限で効率的でスムーズな事だろうか。

身体の一部の様な血肉が通った自然な動き。

まるで戦車を巨大な手がつかみ、おもちゃの車のように動かしたかの様な動きであった。

長い経験を詰み、戦車の動かし方を体に染み付かせたベテランだけ辿り着ける境地と言っても良かった。

それを今年度から始めた初心者がやってのけたのだ。

データには天才と記されていたが……なるほど、確かにこれはそう表現されてしかるべきものだ。

黒森峰にもスタックした状態から抜け出して丘を越える程度の事ができる操縦手は当然ながら幾人も存在する。

しかし、あそこまで自然かつ洗練された動きのできる人物となると果たして……。

 

「……いや、あいつなら」

 

「……?

 隊長、何か言いましたか?」

 

「…いや、なんでもない。

 気にするな」

 

……そう、あいつならできるかもしれない。

本人は謙遜なのか自分を過小評価する傾向があるので認めないかもしれないが。

彼女なら冷泉麻子にも決して……!!

 

 

 

 

-3-

 

 

「……随分、大洗は好戦的な作戦ですね。

 確かに慣れない雪原フィールドで相手の方が実力が上。

 大洗にとっては長期戦は不利といえますが……」

 

「これは下策……だな。

 無論、みほに私の想像だにしない構想があるのかもしれないが……」

 

「元副隊長も積極的に進軍して猛火の如く攻める事もあります。

 いえ、むしろそういった戦法も得意としているといっていいでしょう。

 ……しかしこの突撃にはそういった苛烈さも周到さも感じられません」

 

果たして現実はその通りとなった。

大洗は猪武者の如く敵を追い、誘い込まれ、廃村の中で包囲され、一つの建物の中へと追いやられた。

入り口は一つしかなく、その入り口を囲うように半包囲網が敷かれ、正に追い込まれた鼠といった体であった。

徹頭徹尾みほらしからぬ行動であった。

 

「……あんな解りやすい釣りと伏兵に引っかかるなんて…」

 

「最初の攻めもそうだったが、それに輪をかけて最期の突撃は統制もとれておらず、無様だった……。

 ……やはり、これはみほの指揮ではないな」

 

「……というと?」

 

「恐らく、みほは慎重論へと傾いた作戦を提案した。

 だが、全国大会で二度連続で勝ち上がっていて調子に乗っていた事、それと恐らくだが開始前のプラウダの挑発もあったのだろう。

 他の隊員から積極的攻勢を提案され、押し切られる形でそれを承認したといったところか。

 ……いや、押し切られたというよりは負ける事を承知の上で採用したのだろう。

 勝利よりも試合を甘く見た事による敗北という経験を得る事を重要と考えたのだろうな……。

 たしかに新規参加の大洗の特質性と来年以降も視野に入れたのならばその選択も大いに理解できるが……」

 

「……でも大洗には来年なんてないじゃないですか!」

 

「……その事をみほは……いや、大洗の殆どが知らないんだ。

 あそこにいる生徒会長達しかそれを知らず、そして伝えていない。

 知れば萎縮するだろうとの考えだったのだろうが……それが結果的に裏目だったという事か。

 ……最初から知っていればみほももっと勝利を最優先して動いていたのかもしれないな…」

 

それは事前に私がみほに知らせていれば……という後悔を含んだ感情であった。

しかし、結局は結果論に過ぎず、振り返っても私がわざわざ妹に直接連絡を取って廃校に関する事を伝えた可能性は零だろう……。

 

場内のアナウンスと実況がプラウダから大洗への降伏勧告と3時間の猶予が与えられた事を示した。

……それはみほの戦車道が残り3時間ということを示していた。

 

「……またあのお子様隊長が舐めた態度を…!」

 

「いや、そうとは言い切れないぞ」

 

「隊長!?」

 

「勿論、あのまま攻めたとしても高確率で勝てたのは確かだ。

 しかし、低確率ではあるが取りこぼしたり逃亡を許したかもしれない。

 ……人は常に状況が変化する流動的な場では士気の低下や恐怖する事が無い場合がある。

 思考する時間と余裕がなく、一種の興奮状態でもあり洗脳状態とも言える状況だな。

 だが、時間を与えられ冷静に自らの状況を省みる事ができると、自分の現在の状況を段々と把握していき、苦しさや辛さと恐怖をしみじみと実感してしまう。

 大洗の戦車道は新設で経験の少ない初心者ばかりだ。

 それは何も直接的な戦車の運用や戦術的熟練ばかりではない。

 長時間の戦闘の経験もなく、またその為の用具を揃える為の費用や運用のノウハウに欠けている。

 この悪天候、気温の低下、追い詰められており敗北は必至という状況。

 食料の用意も防寒の対策していない中で3時間という待機時間。

 更に言えばその状況に追い込まれた理由が自分達が隊長の慎重論を取り下げさせて無謀な作戦を実行し、あまつさえ隊長の制止も聞かずに突撃したという事。

 士気など直ぐに底に落ちるだろう」

 

「……」

 

「一方でプラウダの方は強豪校でもあり学園の規模も大きい。

 普通の戦車道校の様に支援校も存在している。

 ましてや雪原は彼女達の得意なフィールドだ。

 体は慣れているだろうし、対策も万全だろう。

 なにより3時間と時間を区切ったのが良い。

 この状況でプラウダにとって懸念するべき点は大洗の不意の行動だ。

 単純にこの状態を維持する場合、隊員達は常に大洗の行動に気を配らなくてはならない。

 しかし、時間を区切って指定したのだからその間はその心配も無く安心して待機できる。

 勿論、その宣言は何の拘束力を持たないものだが、圧倒的有利な方からの"温情"である以上、それを破るのは心情的に大いに難しいし、弱者側の立場とはいえそれをしたのなら外部からの非難も免れないだろう。

 何より、みほの性格的にそれを無視するのはありえない。

 結果的にプラウダは伏兵からの臨時的な包囲網から、十分に時間をかけての完璧な包囲網へと移行する事もできる。

 仮に降伏せずに試合が再開したとしてもより有利な布陣から再開できる訳だ。

 尤も、大洗が降伏しないとは思えないがな」

 

「……あの小生意気な隊長がそこまで考えていますかね。

 強者からの余裕だとか、時間をかけて嬲ろうとかそういう理由からじゃないですか?」

 

「まぁそれは解らない。

 だが、真意はどうあれ少なくともより勝利を確実にする事のできる行動なのは間違いないだろう。

 しかし……」

 

「しかし……?

 まだ何かあると?」

 

私はエリカの疑問に無言で返した。

確証は無い。

いや、それどころか正気を疑うような話だ。

……もし、みほがその3時間で勝つ気を起こしたのなら…まだ可能性があるのかもしれない。

 

モニターの向こうで吹雪が強くなり、大洗が立てこもった建物を白く覆い隠していくのが見えた……。

 

 

 

 

-4-

 

 

時が経ち、ますます寒さが激しくなっていった。

建物の中までカメラが届くので大洗の様子が良く解る。

どうやらここに来て廃校の件を伝えた様だが、そのタイミングは最悪に近かった。

もっと早く伝えていれば無謀な作戦を実行しなかったのは当然として、この3時間の猶予の内でもギリギリまで伝えないべきであった。

案の定、伝えた瞬間は一種の思考麻痺状態になり、士気はあがり、偵察に出る行動力もあった。

しかし、時間を置けばまた再び現実を実感してしまい、折角盛り上がった士気もまた元通りに……いや、最悪の未来が待ち構えている事を察して前より更に悪くなってしまっている。

……これでは継戦の意思など無いだろう。

それでもみほは周囲に必死に声をかけるが……やはり無駄の様だ。

 

 

……ん?

みほが何かを決意した様な表情をして、前に躍り出てきたが何を……

 

「た、隊長!」

 

あれは……一体何を!

モニターには一人で踊るみほの姿があった。

 

「あの恥かしがり屋で引っ込み思案のあの子が……」

 

そうだ、逸見の言う通りだ。

黒森峰にいた頃は会議を始める時も前に出てくるのを恥かしがっていたし、全員の前で議事進行する時も戸惑っていたのだ。

勇気付ける為なのか盛り上げる為なのか、こんな風に人前どころからカメラに映って衆人環視の前でこんな事ができる子じゃなかった!

……そう、今までのみほなら考えられなかった事だ。

予想もできなかった事だ……!

 

いつの間にか、みほの周りに人が増えていた。

あれは……確かみほの車輌の搭乗員だ。

……みほを一人で踊らせまいと真っ先に隣に並んでくれたのだろう。

それを見て一人、また一人と人が増えていく。

そしつ先ほどまで震えて意気消沈していたのが嘘の様であった!

私はガタりと音を立てて立ち上がるとモニターを呆然と見続けていた。

 

ありえない!

あの状況からどうしてまた希望を持てる?

どうして絶望しない?

状況は最悪、戦力差は歴然、敗北の後には無残な明日が待っているというのに……!

 

 

"今までのみほなら考えられない事"

 

 

"私の予想もつかない事"

 

 

……まさか、まさか!

ここに来て!?

 

 

 

 

-5-

 

 

「……大洗は降伏を受諾しませんでしたが…

 ここからどうするんでしょうか?」

 

「大洗が立て篭もっている建物の出口は一つしかなく、その出口から180度囲うようにプラウダが半包囲網を敷いている訳だ。

 必然的に大洗はこの包囲網の何処かを突破するしかない。

 足を止めての打ち合いは自殺行為だからな。

 偵察を出していた事はプラウダにもばれている。

 しかし、プラウダはそれを承知の上で陣形を変更していない。

 つまり、それを逆手に取ろうとしている訳だ。

 あえて陣の薄い所を作り、その向こうにまた横に伸びた包囲網を作る。

 そこで足止めされたところを突破された陣が後方から包み込む様に囲うことで全包囲網を形成するという作戦なのだろう。

 ……当然、みほはそれに気づいているだろう。

 私なら逆に包囲網の一番厚い場所に行く。

 砲撃は牽制に留めて、あくまですり抜ける事に集中してな。

 一番厚いという事はその後ろには何もない公算が一番高いという事だ。

 成功率は低いが……それでも現状では一番勝率が高い選択肢だ」

 

「…隊長、大洗は勝てると思いますか?」

 

それは試合開始時にも飛ばしてきたものと全く同じ質問だった。

その時は私は否定的な回答をしたが……

 

「……勝つかもしれない」

 

「……!!本当ですかっ!?」

 

エリカ自身も前と同じ様に肯定的な返事が返ってくるとは思っておらず、縋る様な、懇願の様な気持ちだったのだろう。

 

 

「今のみほは前のみほとは違うように見える。

 ……もし、そうなら。

 本当にみほがみほらしくあって、みほの戦車道をするのなら……」

 

 

プラウダなど、ものの数ではないだろう……。

 

 

 

 

 

 

-6-

 

 

「内部から砲撃だと!?」

 

足を止めての打ち合いは有得ないと断じていたが、大洗は建物内から砲撃を開始していた。

ルノーB1とM3が出口の左右に身を隠しながら砲撃をしており、時々内部の奥から他の車輌も砲撃しているようだ。

……これは、一体何が目的なのだ?

確かにある程度は耐えるだろうが、袋の鼠の上に数が違いすぎる。

数に蹂躙されて被弾してしまうか、いずれ建物自体が崩壊するだけだろう。

建物自体は朽ちているとはいえ、壁はある程度頑丈なようなので時間は稼げるが、逆に言えば時間しか稼げない。

本来、籠城とは援軍がいるからこそ有効な手段なのだ。

援軍の当てが無い籠城とはただ単にじわじわと死に至るまでの時間を引き延ばしているだけに過ぎない。

それが理解できないみほではない筈だ。

一体何を考えているんだ……。

 

「……隊長、何か妙じゃないですか?」

 

「……妙とは?」

 

「いえ、何だか大洗のルノーB1とM3の砲撃回数が少ないような……。

 あの広さの出口なら奥からでも、もう数輌が攻撃に参加できそうですし……

 更に言えばルノーB1とM3どちらも主砲と副砲の発射間隔が空き過ぎています。

 あれでは片方の砲を頼りに偏差射撃をする事も効果が薄くなります」

 

「……確かに……。

 主砲と副砲を交互に等間隔に撃っているように見える……」

 

籠城して数輌を撃破してから、薄くなった包囲網を突破する事も考えられたが大洗にはどうやら積極的攻勢に出る気が無いように見える。

つまり、本当に時間稼ぎだけしか意図していない様だ……。

 

「……ん?

 ルノーB1とM3の砲撃音……おかしいな」

 

「……え?

 言われてみれば……」

 

大洗とプラウダの多数の主砲の砲撃音が入り乱れているので気づかなかったが、よく耳を凝らしてみるとルノーB1とM3がぼやけて聞こえる。

……いや、これは……単体の発射音じゃない!

別種の砲撃が混じっている!

同時だったので気づかなかったが、これはルノーB1とM3の砲撃にあわせて別の戦車も砲撃しているのだ!

……だが、砲撃自体は一つしか発射されていない……どういうことだ?

 

「隊長!あれを!」

 

驚きの声を上げてエリカが指差す方向を見ると……

 

「っな!何だと!?」

 

大洗の車輌が"建物の反対側"からでてきた!

馬鹿な!あそこには出入り口も何も無い壁だったはずだ!

カメラが変わり、建物の背後が映し出されるとそこには……。

 

「……ああっ!」

 

建物の後方の壁の端の一部がぽっかりと倒壊しており穴が開いていた。

丁度、横に広い六角形の様な形で空けられた穴は、そのそれぞれの角においても円形の穴が開いていた。

それを見て私は全て察した。

戦車の砲撃でまず六角形のそれぞれの角に該当する部分に穴を開ける。

その後、その角と角を繋ぐ辺に該当する部分に等間隔で穴を開け、最後に中央部分に砲撃を加えて穴を開けたのだ。

それを可能な限り敵に気づかせないように、敵に対しての砲撃には一台で発射頻度が高くなる双砲塔のルノーB1とM3を用いたのだ!

ルノーB1とM3の砲撃音に合わせて他の戦車が砲撃をする事によって砲撃音が重なり、誤魔化せる!

実際に戦闘をしているプラウダにとっては自身達の砲撃音が間近にある事によってまず気づかない!

……だからルノーB1とM3の主砲と副砲の発射間隔が空いていたのか!

 

壁があるから通れない、出入り口は一つだけという固定概念に囚われていた!

無ければ作ればよいというのは言われてみれば当然の発想ではないか!

 

プラウダは建物の正面を囲うように半包囲網を敷いていた。

当然ながら建物の後方は完全にフリーだ。

四台が脱出していってもルノーB1とM3は継続して砲撃を行っている。

足止め……いや、プラウダからみれば状況はほぼ変化していない。

つまり、これは欺瞞だ!

プラウダからみれば建物の内部や後方は死角なのだから大洗が脱出した事には気づけない。

勿論、時間が立てばルノーB1とM3以外の砲撃が無いのだから違和感を覚えるだろうが……。

プラウダはフラッグ車を遠くを隔離する戦法を取っている。

本来なら確かにそれは安定と言ってもよい選択だったかもしれない。

大洗の戦力は全て建物の内部にいて閉じ込められていたのだから。

だが、大洗の戦力は野に放たれ、それにプラウダは気づいていない!

 

それでも普通ならこの広大なフィールドに潜んだフラッグ車を見つける事は困難の筈だ。

……しかし、相手はみほだ。

読み合いと駆け引きには悪魔の如く天性の感性を見せてくる天使。

そのみほにフラッグ車を本隊から離して隠すという戦法は……!

 

……しばらくして、プラウダが何かがおかしいという事に気づいたのか、徐々に包囲網を縮めてきた。

そしてそれに合わせてルノーB1とM3が引っ込み、新しく作られた脱出口に後退する。

二台が戦車の方向を内部に向けたまま建物の外に出たあたりで、内部の様子に気づいたプラウダの戦車が数台、建物の中に入ったタイミングで……

 

ルノーB1とM3の主砲と副砲から"四つの砲撃音"が鳴り、"四つの砲弾"が、"四つの残った柱"に吸い込まれていった!

 

事前に壁に穴を開ける作業と平行して行われていた建物の支柱を破壊する作業。

それによって残された最後の四つの支柱が破壊され、元から古く、外部からの砲撃によって損傷していた建物は支えを失って崩壊していった……。

戦車道ではカタストロフと呼ばれるフィールドの構造物や自然物を破壊する事によって利用する魔術師の神業。

建物は平屋であり、瓦礫の量や重量は大した事は無い。

戦車が撃破判定になることはないだろう。

しかし、瓦礫に埋もれた事によってそれらを除去するまでは動けない。

何よりプラウダの心理的ショックは計り知れないだろう。

袋小路に追いつめたと思っていた敵が幻のように消え、混乱している内に衝動的に追いかけたらその建物が倒壊したのだから。

指揮系統はズタズタになり、上から末端まで混乱しているようで右往左往している。

状況が掴めず、冷静な判断ができない。

物理的な意味でも心理的な意味でも大洗は貴重な時を稼ぐ事に成功した。

プラウダの隊長がなんとか冷静さを取り戻し、状況把握と現状の問題に気づいて慌てて単独でいたフラッグ車に逃げるように通信を飛ばしても……

 

 

『プラウダ高校フラッグ車!走行不能!』

 

 

……もう遅い!

 

 

 

 

       -了-

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

『From Russia with Love』

 (「ロシアより愛をこめて」)

 

    映画「007 From Russia with Love(邦題:007 ロシアより愛をこめて)」(1963)より

 

 

 

 

 




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第十一話【淑女諸君!作戦室で戦争をするな!】

-1-

 

 

「次の決勝戦の相手は大洗女子学園となる」

 

西住まほがそう伝えると、全体集会所に集まった黒森峰機甲科生徒たちの中でざわめきが起こった。

反応としてはまず「どこの学校?」と言ったように聞いた事すらもない学校の名前に戸惑いと、「プラウダではなかったのか?」という疑問が主成分であった。

 

「今大会の中で……いや、黒森峰の歴史上の中でも最も強敵と言える相手だ」

 

更に強いざわめきが全体を支配した。

殆どの生徒は一瞬だけこの隊長が珍しくも場を和ませるために冗句を発したのではないかと思ってしまったが、同時に己の隊長がこんな冗句を言う人ではないと思い直した。

では、何故?

そんな聞いた事もない学校相手にそれほどの警戒を?

その疑問に対する答えは直ぐに返された。

 

「大洗には昨年度の副隊長だった西住みほがいる」

 

先ほどまでとは比較にならない程の衝撃が全体の2/3を襲った。

それまでは一応は声を潜めてのざわめきであったのが、疑問と驚愕と真偽を確かめる声の絶叫とが雑多な協奏曲へと変貌していた。

 

「静粛に!!!」

 

まほの腹から轟きだす様な重低音の大声によって場が一気に静寂へと戻った。

それでもヒソヒソとした声は止まる事はなかったが、まほが説明を続けようとするとそれすらも止み、一字一句聞き逃さないように全員がそれに集中した。

 

「大洗はその保有戦車と人員の経験に関しては格下と表現するしかない相手だ。

 しかし、二年生以上の者は知っていると思うが私の妹のみほはその程度のハンデなど容易く覆してしまう指揮官でもある」

 

その言葉に二年生以上の生徒は無言で頷いた。

彼女達は実際にみほを相手にした事があるから解るのだ。

校内による練習試合での不利な戦車の編成、不利な地形、不利な隊員の配置。

数の上では半分以下であっても、低地で囲まれるような配置からの開始であっても、隊員が本来の役割から変更された役割に割り振られても、みほは瞬く間にその不利を覆して彼女達に勝利してきた。

 

「だが、お前達が知っている像も当てにならないと思っておけ。

 もはや、みほは黒森峰の頃のみほとは比べにならない程の強さだ。

 ……とは言っても俄に理解できないだろうからはっきり言っておく。

 私は勝つ自信がない!!」

 

いっそ耳に煩いほどの静けさが場を支配した。

 

「故に私は決勝戦までの約二週間。

 死に物狂いで行動をする!

 時間が許す限り、作戦を考案し、吟味し、修正する!

 諸君も決戦までにどうか余力を残す事無く、後にもっと何かやれたのではないかと後悔しない様にお願いしたい!」

 

そう言ってからまほは深くお辞儀をし、解散を宣言すると退室していった。

そして残された生徒達は誰一人同じ様に退室する事無く、その場に残って今しがたの隊長の言葉について様々な論議を交わしていった。

つまり、「現在の妹様は私達の知るそれよりはるかに強く、隊長ですら足元にも及ばない」という事についてだ。

様々な意見が出されたが上級生の間では自然とある結論に収束していった。

去年の妹様が隊長に比肩しうるというのは間違いない。

実際に、隊長と妹様が戦ったらどうなるかと言う議論が行われたほどだ。

一方で、今の妹様が去年の妹様とは大きく違うと言う点については想像がつかない所であった。

あれからそれほど時は経ってないし、何処かで……例えば海外に選抜選手としてキャンプに行っただとかそういう集中訓練を詰んだ訳でもない。

この短期間で比較にならない程強くなっていると言われても俄に理解しがたい事であった。

しかし、同時に彼女達は己の上に君臨している隊長についてもよく理解していた。

彼女が現実主義であり、同時に人間離れした分析・解析能力と判断能力に富んでいる事、そして物事を過大、あるいは過小に評価する事もなく、私的感情に流される事なくただ冷静に現実について結論を出せる人間だと信頼もしていた。

つまり、隊長が言うのだからそうなのだろうという結論に達していったのだ。

 

そう議論を終結させていく上級生達を一年生は不思議な気持ちで見ていた。

彼女達からすれば隊長の妹という人物の存在については知っている。

理由あって黒森峰を去ったが、西住流の子女であるし若くして黒森峰の副隊長を務めていたのだろうから優秀であったのも間違いないだろうとも理解していた。

それでもとてもではないが、あの大洗の戦力で精鋭中の精鋭である黒森峰が負けるなど……それも指揮を取るのがそこらの盆暗ではなくあの西住まほが勝つ自信がない等とは納得できなかった。

これは彼女達の想像力が欠如している……というよりは公平的に見れば致し方が無い、言わば当然である事であった。

みほの実力をその目で見た事がなければ、当然ながらどのような逸話を聞いても"常識"という彼女達の中の銀河系の範疇でしか観測できないのだ。

どれだけ最大限に評価と想定をし、その銀河系のめいいっぱいの淵まで膨張させたとしても、その銀河系の外の未知の宇宙……すなわち常識外の存在を想像する事は神ならぬ人間には不可能であったのだ。

 

故に、彼女達は疑問を解消するために最もシンプルで即効的な解決策を採った。

 

「妹様がどれだけ凄かったか聞きたいだって?」

 

「はい……隊長が嘘を言っているとも間違っているとも思いません。

 それでもなお信じられないんです」

 

つまり、隊長の話に納得して信じている上級生達に直接質問をするという事である。

質問された上級生たちは顔を見合わせると一年生に言った。

 

「貴方は、森林や市街地などの遮蔽物や視界の通りにくいフィールドで同じパンターで此方が三輌、相手が二十輌で勝てると思う?」

 

「不可能です!数の差が七倍なんて…勝負という前提にすらなっていません!」

 

「二十輌の指揮を取ったのが私だったわ。

 森林の中でも妹様を舐める事は無く、警戒して分散せずに一塊となってゆっくりと確実に削ろうとしていた。

 それでも何度かの場所を変えての外部からの砲撃を受けている内に私たちは気づかぬまま少しずつ皹が入ったようにバラけて行った。

 決して誘われない、釣られないと意識していたはずなのに、気づけば何輌かが見かけた敵戦車についつい深入りしていってしまった。

 そうなった所を順に撃破されていったわ。

 まるで3対1を20回繰り返されたように……」

 

「私の時はまた別だった。

 遮蔽物も何も無い草原で三十輌で妹様の十輌と戦った。

 数の差という点では3対20よりはマシだったが、フィールドは限定されていて潜む所も何もないただの平野だ。

 必然的に正面からのぶつかり合いなのだから三倍の戦力を持つ私達が負ける筈もなかった。

 しかし、実際に戦ってみるとそうはならなかった。

 一体、何が起こっているのか解らなかった。

 私の視点では特におかしい事もなく、単純に正面から打ち合い、ぶつかり合い、混じっていった様にしか見えなかった。

 あとで映像を確認しなおしても異常な点は無かった。

 なのに私達の攻撃に対して敵は異常に硬く感じられ、一方で相手の砲撃はまるで吸い込まれるように私達を撃破していった。

 私達が砲撃しようとした瞬間は常に相手はやり辛いと思う位置にいて、此方が砲撃される瞬間はここにいられるのが一番嫌だと感じる位置にいたんだ……」

 

「私の場合は局地的な戦車同士の戦闘訓練……つまりはタンクジョストね。

 と言っても一対一ではなくて一対五だったのだけれど……。

 この時の妹様の搭乗員は本来の役割ではない所を担当されていてね。

 つまり、普段は操縦手をしていた人が砲手だとか通信手をしていた人が操縦手だとかね。

 それでも此方の砲撃はするりするりと擦り抜けられて、やっと当たったと思ったら正面かまたは側面の装甲に綺麗に斜めの角度で弾かれたり……。

 それなのにあっちの砲弾は綺麗に側面や背後に当たっていくの。

 まるで捕らえようと思っても捕らえられない素早い蜂と戦っているようだったよ。

 その後で妹様の車輌に乗っていた人に色々聞きに行ったけど、妹様に言われるがままにやっていたらいつの間にかできていたと言っていたね」

 

こういった体験談を一年生たちはあちこちで上級生から聞かされた。

最初は正史から演義になって盛りに盛られた三国史の軍師だとか、またはSF戦記小説の主人公かだとか、はたまた出来の悪い素人小説の主人公だとかリボン付きか何かかみたいだと思っていたが、上級生達の躍動感があり、真実味を感じざるを得ない体験談を聞く毎にそれが正しく事実なのだと認識していった。

 

 

 

 

-2-

 

 

その日以降、少しやつれた西住まほの姿が目撃された。

普段から身嗜みを整え、"みっともない"という表現から対極とも言える彼女であったが、ここ最近は着ている服には皺が増え、髪は光沢を無くして鈍い光を放ち、その顔は薄汚れていた。

頬はこけ、目は異様なまでに充血をしていたが、その目にはギラギラと光り、強い意志を感じさせていた。

だからこそ、この小汚いとも言える格好でありながら、誰一人彼女を軽蔑する事も忌憚する事も無く、むしろそれだけ大洗が脅威なのだとより強く実感していった。

誰しもが隊長は己の発言どおり死に物狂いで行動しているのだと理解した。

実際、まほは戦車道の活動が終わるとすぐに自室に篭り、作戦を立てていた。

具体的には幾つのかの作戦をまず考案し、その内の一つのAという作戦に対して、敵の立場になりA′という対応策を考える。

次にA′に対して今度は此方側に戻り、対応策A′′を考える……という事を延々と続けてその作戦も問題点・改善点を洗い出し、更に敵の対応パターンを可能な限り予測し、それに対するまた別の対応を打ち立てる。

つまり、まほはみほに対しての回答の一つとして、単純に作戦比べをする事を諦めて、時間をかけて可能な限り戦場における全パターンの推測モデルを打ちたて、更にそこから樹形図のように派生する全パターンを考案していこうとするものであった。

無論、それが無茶であるのは間違いない。

将棋で言えば戦略的に指し方を考えるのではなく、開始時点から全てのパターンを解析しておこうという様なものだ。

8×8の升目で60手しか無いオセロですらコンピューターで全てのパターンが解析されていない。

 

だが、まほには非現実的と言えどもこれ以外に手段を考えられないのだ。

極普通に作戦を考案し立案してもみほには読まれるだろう。

だからこうした力技による努力の積み重ねしかないのだ。

これなら続けている内に何時か必ずみほを網羅する事ができる。

……時間の制約という問題点に目をつぶればの話だが……。

 

 

 

 

-3-

 

 

「隊長、シャワーを浴びて一息つきませんか?」

 

まほが何時もの様に自室に戻り、作業を続けていると扉をノックして赤星が入室してきた。

 

「……気遣ってくれる気持ちはありがたいが…」

 

「しかし、それでは何時か体を壊して倒れてしまいますよ」

 

「それでもだ。

 今の目的の前では些細な事だ」

 

まほがそう言い切ると赤星ははぁ…と溜息をついた。

 

「体を第一にしてしっかり休養をとる事こそ肝要。

 ひたすら根を詰めてもむしろ非効率。

 体を壊しては元も子もありません」

 

そういった後に赤星はにこりと笑った。

 

「……と普通ならこれが正論です。

 でもね、隊長。

 私にも解ります。

 無理は承知の上、成し遂げた後に倒れたとしても、入院したとしても、体を壊したとしても成し遂げなくてはならないと言う事が時にはあるのだと言う事を。

 適度に休憩を挟むという正論すらも超越するほど集中する事が時には常識を打ち破って最高率を叩き出すのだという事も。

 ……そしてみほさんと戦うにはそれが必要なのだと言う事も。

 だからね、隊長。

 私を信じて、一度シャワーを浴びてきてください。

 そして、その後の時間を私にください。」

 

「……」

 

赤星は笑顔のままだった。

しかし、その眼差しは真っ直ぐとまほの目を見続けていた。

 

「……解った、シャワーを浴びてくる」

 

「あれ、色々聞かないんですか?

 何があるのだとか、何を考えているんだとか」

 

「……いや、その必要は無い」

 

洗面室に扉をかけながらまほは言った。

 

「みほに関する事で赤星が間違った事を言う筈がないからな」

 

そう言い残して洗面室に入っていくまほを赤星は(単に私を信じているからとかシンプルに言ってくれませんかねぇ)と苦笑しながら見送った。

 

 

 

 

-4-

 

 

シャワーを浴び、気分がすっきりしたまほは赤星が用意していた洗濯したての清潔な衣服に着替えた。

浴びる前は色々言っていたが、なるほど確かに一息入れてこうして綺麗な衣服に腕を通すとすこし頭に思考力が戻ってきた気がする。

 

そうした後には赤星はまほをある一室の前につれてきた。

 

「……第三会議室?」

 

そこは全体集会所程ではないが、結構な人数を収容できる会議室であった。

まほが一体こんなところに連れてきてどうするのかと思っていると、赤星が扉を開けた……。

 

「コピー機、あと二台要請してきて!」

 

「そこの机!もうちょっと横に伸ばす形で配置して!

 そう!長方形の形になるように!」

 

「現時点での資料のコピー終わりました!

 手のあいている人はホッチキス留め手伝ってください!」

 

「プロジェクター運んできました!

 スクリーンの方は後ほど別の者が持ってきます!」

 

「人数分のノートPC用意できました!

 必要なソフトは全てインストール済みです!」

 

扉を開けると一気に騒音が廊下に流れ出した。

室内に目をやるとそこには数十人の機甲科の生徒たちが忙しそうに動き回っていた。

そして何故か部屋の隅にはスピーカーが置かれ、一定リズムのドラムの音を流し続けていた。

 

「……赤星、これは何だ?」

 

「何だって……会議の準備です。

 いえ、会議というよりは作戦室ですかね?」

 

確かに用意されている機材に机や椅子、そして中央に置かれた決勝戦の舞台となる富士演習場の地図とその上におかれた駒……兵棋演習を見ると作戦室の様であった。

 

「いや、それは見て解るが……なぜこんな事を」

 

「今までの黒森峰では無かった事ですね。

 何時も、作戦を立てるのは隊長の役目で、私達の役目はそれを忠実に遂行する事でしたから。

 でも、隊長は言ったでしょう?

 私も死に物狂いでやるから諸君もそうしろと」

 

確かにまほはそう言ったが、それは訓練の意気込みや気構えのつもりで言っていたのだ。

こういった事は完全に予想外であった。

……そう、予想外であったのだ。

 

「私達も全力でみほさんと戦ってみたいんです。

 それを隊長だけ独り占めするなんて許せません。

 私達にもお手伝いさせてください。

 ……黒森峰一丸となって、大洗と……みほさんと戦いましょう!」

 

……そうか私は知らなかったのか。

いや、気づかなかっただけなのかもしれない。

私は世界の全てが予想の範疇だと思っていた。

だが、それはとんでもない視野狭窄だったのだろう……。

こんな身近にも"予想外"があるじゃないか……。

 

「小梅!今の時点で用意できるものと必要な機材は揃ったわ!

 隊長!何時でも大丈夫です!」

 

何人からか作業完了の報告を聞き、全ての準備が終わった事を確認した逸見エリカが二人の下へ最終報告にきた。

 

それを受けてまほはゆっくりと部屋の前方中央に移動し、二人がその左右について来た。

他の生徒たちは所定の席に着き、それを厳かに見守っていた。

そうして全員が静かに、それでいて熱意を持って見守る中で、まほが宣言した

 

「これより会議を始める!

 本日の議題は大洗との決勝戦についてだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

              -了-

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

『 Gentlemen, you can't fight in here! This is the War Room!』

 (「紳士諸君、作戦室で戦争は困る!」)

 

    映画「Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb

   (邦題:博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)」(1963)より

 

 

 

 

 

 

 




>「これより黒森峰会議を始める!
> 本日の議題は○○についてだ!!」

この小説は実は、某所においてこのテンプレートで良く立っていたスレから派生した物でした。
基本的にはみほの無自覚パンチラのイラスト共に立ち、「本日の議題は大洗から送られてきた元副隊長の写真についてだ!」だとかの議題になって黒森峰生徒が「…ううぅ、みほさんみほさん……」とかやっていくスレでしたね。
一年以上たってついにその元ネタのセリフが入れれました。



【挿絵表示】

役場あきさんから斑鳩の絵を描いてもらいました!
ありがとうございました!


感想や評価を下さると非常に嬉しいです!


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第十二話【全力を尽くして隊長の為に勝て! と、彼女らに言ってあげてください!】

 -1-

 

 

「問題点としては資料の少なさですね。

 収集量が足りないというよりは、存在しているデータが少なすぎるんです」

 

「隊員はみほさん以外は戦車道選手としてのデータは無いに等しいですね……。

 趣味だとかぐらいしか乗ってない選手データを見たのは初めてです……。

 性格や気質は参考になるのですが」

 

「戦車戦にいたっては公式大会の三戦しかありません。

 至急、何としてでも公式大会の前にあった聖グロとの練習試合のデータが欲しい所です。

 もう、時間もそれ程ありませんし……」

 

「昨日の会議でプラウダ戦の検証で無駄な時間を食いすぎたの不味かったですね……

 時間はそれこそ金や宝石より貴重なのに…」

 

「……あれも重要な検証だったので……」

 

「一時間あまりもみほの踊ってるシーンをループしておいて何が重要な検証なのよ!」

 

「副隊長も止めなかったじゃないですか!!」

 

「……これも妹様の策略なのでは……恐ろしいっ……」

 

「話は戻しますが、この妹様の車輌の搭乗員……本当に初心者なんでしょうか?

 冷泉麻子についてはよく話題に上がりますが、他の隊員も凄いですよ」

 

「……このサンダース戦の五十鈴華という砲手。

 難易度もさる事ながら、決めないと敗退してしまうというプレッシャーのかかる状況でよくもまぁあんな長距離砲撃を一発で……

 停止できる時間的猶予もないから焦りそうなものなのに……初めての公式戦でこれってどういう肝の太さをしてるんでしょうね……」

 

「……特別目立つ場面はありませんがこの秋山優花里も戦闘機動の最中も優秀なタイムで装弾してますね。

 長時間の戦闘でも平均装填時間を落としてません……。

 何より、発射タイミングもずれていないという事は砲手との同調が完璧だという事です。

 無理な機動からの発射してるシーンを考えても車長・装填手・砲手・操縦手の連携……というより以心伝心ですね。

 人馬一体とはこの事ね……」

 

「……まるで去年の副隊長車ね」

 

「ば、バカ!しーっ!!しーっ!

 斑鳩に聞こえるでしょう!」」

 

「この武部沙織もアマチュア無線二級の所持者……。

 高校生でも取る人はいない訳でもないけど、これ絶対に戦車道始めてから取得しようとしてる筈……。

 期間的に養成課程講習会を通してじゃなくて国家試験で一発合格してますよね……」

 

「……決勝戦で当たったというのはよく考えると運が良かったですね……。

 それ以外ではルーレットでフィールドが決められて72時間前で提示されるから地形を見ての作戦立案もそれしか時間が無いし……。

 でも決勝戦に限っては戦車道の聖地の 東富士演習場編とその周辺と毎年決まっているからこうして決勝進出が決まった2週間前から準備が出来る……」

 

「しかし、土壇場で戦車が二台追加ですか……。

 戦力の増強という点でもそうですが、データが他以上に無いのが困ります。

 というか決勝戦前に戦車道を始めた選手を追加って非常識にも程がありますよ!」

 

あれから数日の間、学年と役職に拘る事無くどんな些細な事でも良いから意見を出すようにという隊長のお達しの下でこの会議室で様々な論議が出された。

中には奇妙奇天烈であったり、現実味が薄い提案や意見が出される事もあったが、誰一人それを咎める事無く馬鹿にする事無くどんな些細な件でも真面目に話し合った。

分担的な役割では選手の分析、過去のデータの収集と統計、レジュメの作成といった物から飲料や軽食の用意などのサポート的なものも行った。

考案して煮詰めた作戦に対して、兵棋演習にて大洗側の立場になって最善の対応策を考えて、それに対する回答も考えた。

この時、大洗側は神の視点での、つまり全体の場の情報をリアルタイムに知れる立場で複数人で知恵を出し合い意見を交わしながら演習を行ったが、妹様の立場で演習をするなら、再現性の問題でそれぐらいは必要だろういう判断であった。

またこの場にいるのは全機甲科生ではないが、休憩を採りつつ交代する形とこの場にいない者は出席者に自分の考えや気づいた事をレポートに纏めて預けていた。

それは殆どはそのまま採用される事はなかったが、意見の多様性という点では大きく影響していた。

例えばあるレポートの一部において記されていたほんの一文が、他の議題において大きな閃きの一因になる事があった。

故に全員が例えレギュラーではない一年生のレポートであっても必ず全てに目を通していた。

集団的知性という言葉があるが、正にこの時、黒森峰は一丸となって打倒大洗に向かって走っていたのだ。

 

 

 

 

-2-

 

 

「……正直、私たちは袋小路にいます」

 

時が経ち、決勝戦まであと五日となっていた。

 

それはこの場にいる誰もが薄々と感じていた事であった。

 

「この数日間、我々は幾つもの作戦を立案してきました。

どれも過去の其れと比較しても類を見ない程の高水準です。

他の学校が相手ならこれまで以上の完勝を実現できるでしょうが…」

 

「……妹様相手では無駄だと」

 

無論、最初から無駄だと思っていた訳ではない。

彼女達はみほの悪魔じみた洞察力や推察力は承知の上で、それでも全員の集合知によってそれを上回るだけの奥行きのある作戦が立てられると思っていた。

 

「アーという作戦を考案し、それに対する解答や対処法を考え、そして更にそれに対する作戦ベーを考案する。

それを幾度も重ねて妹様の処理能力を上回る。

数の力と時間を活用した力技ならと思ったけれど……」

 

大洗には作戦立案能力を持つ者は西住みほ一人しかいない。

他は全て素人であるし、端末として命令を受けて行動する事はできても根本から戦略上で創造性のある行為はできないだろう。

一方で黒森峰には程度の差はあれど全員が戦車道に対して深い知識があり、こうして大なり小なり作戦構築の支援ができる。

この数の差と集合的知性によってみほの能力を上回る事が当初の意図であった。

 

しかし、どれだけ緻密で汎用性があり、柔軟で意外性に富んだ作戦が完成しても、「これが妹様に通じるか?」という疑問に対して彼女等は楽観的な解答は見いだせず、むしろ悲観的な想像しかできなかった。

如何なる内容だろうとみほには見透かされるとしか思えないからだ。

これを第三者が見ていればみほと戦った過去の試合の幻想を肥大化させているだけでトラウマになっているだけであり、現実的にそんな人間がいる訳がないだろうと批判しただろうが、もしそれを彼女達が聞いたら「素人は黙っとれ……」と返しただろう。

考えてみて欲しい。

例えば、非常に完成度の高い作戦ができたとして、それで演義の諸葛孔明だとかエルヴィン・ロンメルだとかハンニバル・バルカだとか孫武だとかヤン・ウェンリーだとかを相手に戦争をした場合、勝てる気がするだろうか??

読まれていたり、何処でひっくり返されたりという想像しか浮かばないだろう。

彼女達が陥っていたのは正しくそういう思考の迷路であった。

 

「つまり、我々はポーカーで此方のハンドを全て見透かしている相手に必死でレイズの額を動かし、表情と体の動作をいっそ滑稽なまでに演技してブラフ等で戦おうとしている訳だ。

喜劇だな」

 

「近い表現ですね。

実際、去年に妹様と模擬戦や練習試合をした時は皆必死に裏をかこうと様々な行動を取りましたが、全て見透かされていましたからね。

サトリ……ってあだ名が一時期ついていたのも解ります」

 

「しかし、それでは事前準備の全てが無意味という事になります。

かと言って何もしなければ確実に負けます」

 

「何をしても無駄だが、何もしなければ確実に負ける……という事か」

 

「……」

 

正しく袋小路であった。

まるで粘性と温度の高い液体で満たされた水槽の中に放り込まれた熱帯魚の様な錯覚を彼女達は覚えた。

 

「……今日の会議はこれまでとする。

 各自、今日はよく休んでおけ」

 

「隊長……いえ、解りました。

 解散!」

 

 

 

 

-3-

 

 

会議を行うようになってから、どの作業面を考えてもまほが一人で作戦を練っていた時よりも遥かに効率的であった。

また、まほの作戦立案能力を必要とする事柄以外……例えば資料の纏めや整理や過去の統計などの作業を他が分担してくれるのはまほの負担を大いに軽減してくれる物であった。

これによりまほは短くはあるが以前より睡眠や休息をとる機会が得られた。

シャワーを浴びて、一時の休息を得る為にベッドに入るとまほは一筋の涙を流した。

 

何と自分は恵まれているのだろう。

何と素晴らしい隊員を持ったのだろう。

私は幸せな隊長だ……。

今まで私の戦車道ではみほしか見えてなかった。

それ以外は塵芥の如く価値のないものと思っていた。

……だが、今は違う。

みほに勝ちたい。

それまでは全力の覚醒したみほと戦えればそれで満足だった。

自分の充実感を満たしてくれればよかった。

しかし、今ではもう少し欲が出てきた。

……皆の為に勝ちたい。

私一人の為ではなく、皆の為に……!

 

まほは胸元から一枚の小さな小さな下着を取り出すと、月明かりに照らして見せた。

ボコの顔がプリントされた子供向けの下着を見ながら想い耽る。

 

みほはみほらしく自由に戦車道をしているが、同時にこれまでの西住流としての経験や時間を捨てている。

……私も捨てないと駄目か……。

…………形振り構わず、勝ちに行くか…!

 

 

 

 

-4-

 

 

「作戦が決まった!

これより概要を説明する!」

 

何時ものように会議を始める為に着席して待っていた機甲科生徒達はそう宣言する隊長を驚きの表情で見た。

 

「作戦はこうだ。

 我々の利点である数の利を最大限に活かす。

 その為にある地点に全員集合し、陣形を整える。

 それ以降は我々は一切何もしない。

 全車輛で一つの防御陣形を取る事はこれまでの会議で幾つかのパターンが提案されたが、この作戦では此方側は殆どの能動的行動を取らない!

 強いて言えば超低速で大洗がいると思われる方向に僅かずつ移動するだけだ。

 全方位に対する方陣を敷き、ひたすら向こうを待つ。

 発見したのならその方向に対する車輛だけが動かずに砲撃し、現れなければそれを維持し続ける!

 長時間になればなるほど此方が有利だ。

 此方の車輛が約三倍という事は物資も砲弾も人員も三倍あるという事だ。

 食料や飲料水を多く持ち込み、休憩や睡眠を交代してとる。

 その日の内の決着はみない。

 二日三日、いや一週間だって耐えよう!

 そうすれば技量や作戦など関係ない!

 必然的に人間の生物学上の限界を迎えて瓦解する!

 薄い紙でも幾重にも重ねれば、零されたワインも吸い尽くして止める様に!

 ……ただし、マウスだけは大洗が市街地に籠る事を抑制する為に市街地に置く。

 マウスの弱点である足回りの耐久性の無さでは演習場での運用は不安だからな。

 対して市街地ならば地面は舗装された道路だからな」

 

「……で、ではいっその事マウスをフラッグ車とする案を採用しては如何でしょうか?

 大洗の保有戦車では最も装甲の薄い後方からの砲撃でもマウスを撃破する事は不可能です。

 理論的に敗北する事が無くなります……」

 

「……いや、止めておこう。

 理屈に合わないが、何と無くみほならばマウスを撃破する可能性があり得るかもしれないと恐れてしまう…」

 

「なるほど……言われてみればそんな感じがしますね。

 ……それに此方も何と無くですが、フラッグ車は隊長がするべきな気もします。

 理屈には会いませんが」

 

そう言いながら彼女―――オセロは横にいた隊長車の操縦手の斑鳩の肩を叩いた。

それに対して斑鳩は神妙な顔でコクリとだけ頷いた。

 

「しかし、問題があります。

 この作戦も妹様に読まれていた場合どうしますか?

 確かにこの作戦は聞かされた私達でも対処法が思いつきません。

 ですが、妹様ならばこの作戦の予想がついていた場合、私達の想像も及ばない方法で対処をするかもしれません」

 

「その疑問は尤もだ。

 読まれていた場合、例えば我々が籠城するのに最適な場所へと動く最中に、それを予測して進行ルート上で叩いてくるかもしれない。

 故に私はある方法を取ることにした。

 そのポイントを私は明確には決めない!

 予め6箇所を選出し……その場所をダイスで決める!

 運任せだ!

 これなら予測も何も無い!」

 

場は騒然とした。

あの隊長が……運任せなど!

これまで常に運任せという言葉とは対極に戦ってきた隊長が……!

 

「私のこれまでの戦い方は常に全てを予測し、筋道立てて、詰め将棋の様に理論的に動かしてきた物だ!

 いや、それがずっと私の生き方だった……」

 

戦車道に限らず、まほはずっとその能力と気質によって生きてきた。

そして、それが故にまほは人生に飽いており、そうではない物をみほに求めていたのだ。

 

「だから、だからこそ!

 私は16年間、その生き方をみほに見せてきた!

 ずっと一緒だったみほに……そんな生き方しか見せてこれなかった……

 だからこそ……だからこそ!みほを騙せる!

 みほの裏をかくにはこれしかない!!」

 

そして、みほに求めていた物を一端ではあるものの、みほに勝つ為に自ら見出したのだ。

それ自体は小さな事だろう。

しかし、まほの過去の16年間という"枠"から踏み出したという一点においては限りなく大きい物であった。

 

機甲科生徒たちはそこに今まで以上の覚悟を感じた。

無論、これまでも強い覚悟をもって挑んでいたのは承知していたが、今までの人生で固定化されていた"己"という者を逸脱してまで勝とうとする隊長にとてつもない気迫を感じたのだ。

 

「そ、それならその後はどうしますか?

 常にそのままでいられるという保障はありません。

 何処かで状況が変化して新たな判断が求められる事もあると思いますが……」

 

「決めていない!」

 

まほは大声できっぱりと宣言した。

 

「その後の事は一切決めていない。

 その場で状況に応じて判断する!

 命令が無い場合は各自、個々の判断で行動しろ!

 単独で動くも、複数で連携をとるも、私に指示を伺うも自由だ!

 諸君らは今までの会議で様々な作戦や行動パターンを身に着けている。

 それがそのまま活かせる事もあれば一部ずつを応用して新たな判断もできる事もあるだろう!

 黒森峰はよく上からの言うことにただ従う事が上手いだけのロボットだと批判される事もあった……。

 私たちはその批判を否定せず、むしろその錬度と精度の高さこそ誇りだと思っていた……。

 だが!これまでの会議によってお前達は自分達で幾つもの作戦を考え、検証し、改善していった!

 お前達は十分な個人での応用力や判断力を持っている!」

 

そしてまほは一瞬だけ息を吸い、言い切った。

 

「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するぞ!!」

 

それを聞いて場はざわざわとざわめき始めた。

しかし、そこに困惑や戸惑いはなく、むしろ今までの黒森峰では考えられなかったこの"作戦"に興奮を覚えているようであった。

自分達が考える。

自分達が動く。

自分達で判断する。

今までできなかった事、考えもしなかった事を隊長から"お前達は出来る"と言われ、新しい能力が身についていると言われたのだ。

 

試してみたい!やってみたい!

 

彼女達は気づいてなかった。

……それは、去年にみほの車輌に乗った時、彼女から色々指示され教えられた時と同種の興奮であった。

 

「……要するに行き当たりばったりという事ですかな?」

 

一人の生徒が隊長に聞く。

台詞だけ見るとまるで呆れているかの様に問い詰めている様であったが、その顔には隠しきれない興奮が浮かんでいた。

その質問にまほは全員をゆっくりと見渡した後ににやりと笑いながら返した。

 

「そうだ!」

 

場を歓声が支配した。

黒森峰が訓令戦術を採用した瞬間であった。

 

 

 

 

-5-

 

 

―――第63回 戦車道 全国高校生大会 決勝戦が間もなく始まる!

 

 

              -了-

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------

 

 

『Tell 'em to go out there with all they got and win just one for the Gipper.』

 (「全力を尽くしてジッパーのために勝て! と、彼らに言ってあげてください」)

 

    映画「Knute Rockne All American(邦題:クヌート・ロックニー・オール・アメリカン)」(1940)より

 

 

 

 

 




マウスが大洗の保有戦車(三突 Ⅳ号 ポルシェティーガー等)では撃破不可能という点には聊か疑問がありますが、原作ではそういった事を前提とした動きをしていたのでそういう事にしています。

評価と感想をよければお願いします!


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第十三話【例の雨を見たかい?】

間違えて【逸見エリカが西住みほを看病する話】の方に投稿してました。
御迷惑をおかけしました。


-1-

 

 

8月15日 東富士演習場

第63回 戦車道 全国高校生大会 決勝戦

 

 

 

両校が整列して対面する中で、まほはじっとみほの顔を見ていた。

強い意志を秘めた眼差しで此方を直視する妹に、まほは期待と興奮と……そして僅かな寂しさを覚えていた。

 

今、妹は私に挑む気でいてくれている。

お姉ちゃんお姉ちゃんと私の後ろをついて来たかつての妹では考えられなかった事だ。

それが嬉しくて嬉しくてたまらなくて……もう自分の背で守られる存在ではないのだなと悲しかった。

 

礼が終わり、両者が背を向けて自陣へと帰っていく。

 

「……赤星、いいのか?

 妹様に色々言いたかったんだろう?」

 

「斑鳩先輩……いいんです。

 私達は"勝負"をしにきたんです。

 そういう馴れ合いは試合前にしてはいけません」

 

「そうか」

 

「心配せずとも試合が終わったら会いに行きますよ。

 その時は斑鳩先輩も一緒でしょう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「勝って御主人様にどうです!凄いでしょう!褒めて褒めて!って言いましょう!」

 

「そういう飼い犬っぽいのは逸見と浅見に任せるよ」

 

「私から見れば皆そうですよ。

 私も斑鳩先輩も……あの時にみほさんの戦車に乗っていた四人は……」

 

「……そうかもしれないな」

 

 

 

 

-2-

 

 

試合が開始し、黒森峰は予めサイコロで決められた地点へと特に問題無く移動していた。

ルート自体は大洗が開始後に即座に目的を持って移動し始めれば妨害が間に合うものだったので、運任せによってランダムに選出されたとはいえ実際に目的地に辿り着くまで黒森峰は極度の緊張に襲われていた。

無論、理屈的にはどんな洞察力を持ってもサイコロで決めた事を看破出来きる訳がないが、あの西住みほならやりかねない……という疑念を捨て切れなかったのだ。

だが、ここで無事に彼女達は目的地へと移動した事によって、相手が神や悪魔ではなくただの人間に過ぎないという事を再認識し、士気を上げる事に成功した。

目的地は右手視界内に一つの小さな山と前方遠くに丘がある以外は比較的視界が通っており、その山と丘もある程度の距離があるので奇襲や不意打ちの類は難しい、防御陣形を敷く上では有利な場所であった。

 

 

「……静かだ」

 

布陣して大分経ったが、大洗の姿はおろか音すらもしなかった。

時間を稼ぐ事は当初の目論見の一つであるので本来ならば歓迎する事である筈だが、ここまで動きが無いと聊か不気味でもあった。

ひょっとしたら向こうは持久戦を承知の上で揺さぶりをかけているのかもしれない。

みほが数の勝る相手が防御に専念した時に精神勝負を仕掛けてくるのは十八番であった事をまほは改めて思い出した。

 

「各自、3交代で全方位を見張れ。

 それ以外の車長はキューポラから顔を出す必要はない。

 車内で休んでいろ。

 何なら目を瞑っていてもいいぞ」

 

視界が通っているならば不意の奇襲は無い筈で、少なくとも常に自分の役割に対して気を張っている必要は無い。

数の利を生かして後退で休憩を挟み持久戦に挑む事こそが狙いなのだから。

 

『了解です。

 では隊長は休んでいてください。

 ……固辞しないでくださいね?』

 

「……解った、そうさせてもらおう」

 

一瞬だけその必要は無いと返しそうになったが、確かにこの試合での一番のキーパーソンは間違いなくまほである。

持久戦を覚悟しての作戦なのだから、肝心の隊長が集中を切らして疲労してもらっては元も子もない。

故に交代制の割り振りに関係なく、隊長には休める時には休んでもらうのが最も効率がいいのだ。

また、隊長が率先して休憩する事によって隊員も安心して休憩に入れるという面もある。

 

そうしてまほがキューポラから車内に戻ろうとした瞬間であった。

遠方から複数の砲撃音がこだました。

 

『砲撃音!複数!』

 

誰かが反射的に反応して警告を出す。

しばしの間をおいて、陣形から80m離れた所で爆煙と土煙をあげて、爆発音が近くの山との山彦となって響かせた。

 

『着弾!複数!

 方角8時!約80!』

 

『敵の姿は!?』

 

『……見えません!!』

 

『馬鹿な!?』

 

『8時の方向じゃないのか!?』

 

『発見できません!

 発射地点から我々に対して近い距離に落ちたのではなく、左右どちらかから砲撃して左右にずれたのかもしれません!』

 

「全員!8時の方向と4時10時の方向をよく探せ!」

 

まほはそう命令すると右手……つまり4時の方向にある山を双眼鏡で探し出した。

本来ならあれほど遠くの場所から砲撃するとは考えられないが、初撃とはいえ80mもずれた事からあそこから超長距離砲撃をしている可能性を考えたからだ。

そうしている間に再び砲撃音が鳴った。

しかし、山に反響する形で響くので、音の発生源の方向は非常に掴み難かった。

そして、またしばしの間をおいて今度はより近くに着弾した。

 

『着弾!複数!

 方角8時!約50!』

 

『「くそ!どこから撃ってきているのよ!』

 

『わ、解りません!

 いまだ発見できません!』

 

(……おかしい、何か違和感がある。

 一体なんだ……?何が……)

 

着弾の瞬間だけ双眼鏡から目を離し、砲弾が着弾した時の爆煙と土煙を見てまほは何処かに違和感を覚えた。

まるでボタンの掛け間違えを見たような、普段から見慣れているものと何処か違うようなそんな違和感と出会った。

 

3度目の砲撃音がし、また間をおいて着弾した。

 

『着弾!複数!

 ほ、方角3時!約30!』

 

しかし、それは先程の着弾地点とは黒森峰本体を挟んで反対側であった。

 

『先程とは逆の方向です!

 我々は挟撃を受けています!』

 

『敵の姿はいまだ見えません!』

 

『隊長!指示を!指示を!』

 

(……どういう事だ)

 

陣地を強いて動かないのだから挟撃、又は包囲される可能性は当然ながら最初から想定していた。

その場合でも全方位に対して方陣を敷く事で問題は無いと思われていた。

方陣とは戦車同士が斜め45度の角度で互いの頂点を接する形(◇◇◇といった様子)で連結する事により、敵の砲撃が戦車の弱点である装甲に対して垂直に着弾する事を防ぎ、また最も装甲が薄い後方を味方戦車によって庇いあう陣形である。

また防御能力だけでなく、どの方位に対しても必ず二輌以上が同時に攻撃を加えられるので斉射能力も高く攻撃能力に優れているのが特徴であった。

重装甲・重火力の戦車でこの陣形を組み、敵を蹂躙するのが黒森峰の得意戦術であった。

ましてや大洗の保有戦車は基本的に火力不足の傾向があるので、この陣形が組めたのならば挟撃・包囲された所で一定以上の距離があるのなら脅威ではなく、また少数である大洗がそれを為したのなら一方向あたりの戦車が少なくなり、必然的に火力密度も薄いものと鳴るのでどうとでも対処できるという公算であった。

しかし、それとて敵の姿すら発見できないのであれば話は別である。

見えない敵からの一方的な砲撃によって、しかも囲まれているという事実が黒森峰を恐慌状態にしていた。

 

「全員落ち着け!!!」

 

まほが今まで聞いた事がないような大声を上げると、反射的に隊員達はびくりと動きを止めた。

 

「いいか、敵の姿が見えないという事はそれだけ遠方にいるという事だ!

 ならば仮に被弾したところで撃破どころか損傷にもならない。

 敵は超長距離から一方的に砲撃を加える事によって此方の精神的動揺を誘っている。

 慌てるな悠々と構えろ!

 撃たせておけば相手の砲弾も減る!」

 

一喝から淡々と理論的に説明された事によって瞬く間に黒森峰生徒達の動揺は収まった。

言われてみれば確かにその通りである。

遠方から砲撃されても効果が無いからこそ一定距離内を視界に収められるここに陣地を敷いたのだ。

 

「……しかし、妙だな」

 

「何がですか?」

 

隊員の動揺を収めたまほが独り言ちると操縦席にいた斑鳩が反応したので、丁度良いと双眼鏡を見ながら相談の意味をこめてまほは答えた。

 

「砲撃音から着弾まで遅いと思わないか?」

 

「言われてみれば……しかし、それは長距離砲撃だからでは?」

 

「いや、それにしても遅すぎる気がする……。

 こんな距離の砲撃をそれほど見た訳ではないが……」

 

空気が震える音がまた遠くからした。

この時はまだ隊長からの一喝もあって黒森峰隊員達も落ち着いていた。

 

……しかし

 

『じ、陣形の一部に着弾!』

 

『ラ、ラングが一輌大破!』

 

『馬鹿な!!』

 

「狼狽えるな!

 全員!周囲をよく探索しろ!急げ!」

 

再び騒然として混乱とする隊員達を尻目にまほは必死に指示を飛ばしながら敵を探していた。

彼女達の様に騒いでいられる余裕など無いからだ。

完全に不可思議な現状であった。

視覚外……仮に山の木々に隠れ潜んでいたとしても、その位置からでも黒森峰の装甲を貫く事はまず無理だ。

それを解明するには敵の姿を見つけ、それをヒントにしなければならない。

故に今は敵を見つける事こそが最善なのだ!

 

(……いた!)

 

まほはついに山の中腹に潜んでいる八九式を発見した、

 

(……一輌だけなのか?

 では本当に全方位の包囲網を……?

 いや!)

 

よく見れば八九式戦車の車長はまほと同じ様にこちらを双眼鏡で覗いていた。

 

(どういう事だ?

 何故あちらも此方を双眼鏡で見続けている?

 長距離砲撃の結果の確認?

 いや、そもそもどうやって此方を撃破している?)

 

5度目の砲撃音が鳴った。

しかし、双眼鏡の向こうの八九式戦車は発砲しなかった。

 

(……!!)

 

それを見て咄嗟にまほは双眼鏡から目を離し、恐らく着弾するであろう場所に注目した。

果たして正にその場所、先程の着弾地点からまた陣形の中心の方にずれた場所に着弾した。

 

『ラングと……や、ヤークトパンターが大破!」

 

「……!!

 全員、全速で8時方向に移動を開始しろ!」

 

『た、隊長!?

 しかし、8時の方向には敵が!』

 

「違う!

 8時の方向には敵は最初からいなかったんだ!

 我々は挟撃も包囲もされていない!

 敵は最初から正面の丘の向こうにいたんだ!」

 

『お、丘の向こう!

 あ、有り得ません!

 射線が通らないじゃないですか!』

 

「いいから命令に従え!

 説明は後でする!

 次弾来るぞ!急げ!」

 

『は、はい!』

 

混乱していたので初動は遅れたが、いざ行動に移そうとすれば流石は黒森峰と言った所か、膨大な訓練によって身についた習性が身体を動かした。

しかし、車体重量が大きい重戦車は得てして速度の変化を苦手としている。

ましてや停止状態からの加速は大きな負担がかかる。

無論、平時なら黒森峰の優秀な操縦手によって万全に発進できただろう。

だが、元々は命令とマニュアル、そしてセオリーを忠実に実行する事には非常に長けていたが、突発的に起きるイレギュラーに対しての対処能力は低いのが黒森峰である。

今までに無い混乱と焦りが黒森峰のその精度を狂わせていた。

 

『ああ、履帯が!』

 

『え、エンジンが!』

 

『馬鹿!エンストなんて初心者でもあるまいし……!』

 

『……は、早く!遅いなこのドン亀!』

 

 

何とかこの場を離脱した時にはこの砲撃で更に四輌が走行不能となっていた。

 

 

 

 

-3-

 

 

「……何輌失った?」

 

『……被害は合計7輌。

 内訳はラングが4輌 パンターが2輌 ヤークトパンターが1輌です』

 

「……残り13輌。

 全体の1/3以上を失った訳か……」

 

『隊長、あれは一体何だったんですか?』

 

「……大洗は間接射撃を行ったんだ」

 

『間接射撃って……つまり曲射を!?』

 

「そうだ、射線の通らない丘の向こうから迫撃砲の様にな」

 

『待ってください。

 大砲の様に射角が取れない戦車では曲射弾道は不可能でしょう』

 

「曲射弾道と言っても45度以上の角度で発射する高射界である必要はないんだ。

 どちらかというと低射界によって擲射弾道をした方が発射から弾着までの弾道に対する影響が小さくなる。

 勿論、それでも通常の戦車はハルダウンの為に主砲を下に降ろす事はできても上にあげる事はそれほどできない。

 だが戦車乗りならそのハルダウンの為に必須の技術があるだろう」

 

『……ダグインですね』

 

ハルダウンとは戦車の車体を稜線などで隠しつつ砲塔だけ覗かせて待ち構える戦法の事である。

これにより戦車の大部分が遮蔽物に隠れる事によって被弾面積を減らすのが目的となる。

必然的に丘の手前で待ち構えるので車体は前方斜め上に持ち上がる形になるので、この状態から敵を狙えるように戦車は主砲が下を向ける事が出来る様になっている。

また、敵に対してそう都合が良く丘があるとは限らない(むしろ少数である)ので、戦車乗りは人為的に穴を掘ってそこに戦車を隠して砲塔だけ覗かせる技術が求められる。

これをdug in(日本ではタコツボという事も)と呼び、戦車兵にとって基礎技術であり最重要技術とも言える。

(戦車には必ずスコップが付属されているのはこの為である)

必然的に大洗も最優先でこれは練習してある程度は習得しているだろう。

 

「斜めに傾いた穴を掘ってそこに戦車を入れれば自然と戦車は傾いて上を向くので、十分な射角は確保できる。

 戦車道で使用できる戦車は第二次世界大戦時の物。

 その頃には戦車の天敵の対戦車ヘリは存在しない。

 必然的に上方の装甲はあまり防御性能を考慮されておらず、一番脆い訳だ。

 空から降ってくる砲弾は脅威だろうな」

 

まほはキューポラから戦車の天井をコンコンと叩きながらいった。

 

『し、しかし結局は曲射弾道です!

 車体に上方からぶつかるという事はその速度は自由落下運動による終端速度でしかありません。

 如何に天井装甲が一番薄いとはいえこれでは貫通に至りません」

 

「砲撃の着弾した瞬間を良く見たか?」

 

『……い、いえ』

 

「着弾した瞬間の衝撃と爆音が少ない。

 一方で爆煙と火柱は大きく上がっていた。

 あれはHEAT弾を使ったんだ。

 それも爆煙は横方向に広がる事無く、ある一点から綺麗に円周状に拡散していった。

 その事が横からではなく上から落ちる様に地面に着弾したことを示している」

 

『……黒森峰に成形炸薬弾を…』

 

砲弾は大きく分けると運動エネルギー弾と化学エネルギー弾の二つとなる。

運動エネルギー弾は徹甲弾などの通常の砲弾で、弾頭自身の質量と速度等の運動エネルギーをもって対象に損害を与える砲弾である。

その特性から発射地点から目標に近ければ近いほど砲弾の着弾速度が増す(正確に言えば減らない)ので、距離によって威力が変わる。

一方で化学エネルギー弾は榴弾などの弾頭の爆発等によって対象に被害をもたらす弾頭の事である。

HEAT弾(成形炸薬弾)はその一種で弾頭が対象に接触すると連動して内部の信管が落ち、先端部の火薬が爆発する。

この火薬の裏には金属が漏斗状に敷き詰められており、モンロー・ノイマン効果によって超圧力で流体化した金属が一点に集中する形で噴流が作られる。

この一点に集中したメタルジェットは重装甲をいとも簡単に貫通し、内部に損害を与える。

特徴としては破壊力がその砲弾の速度に一切影響しない事である。

零距離から超高速で打ち込んだとしても、人が棒の先にくくりつけて突き刺したとしても効果は変わらない。

つまり、黒森峰の重装甲の戦車に対して非常に効果的という事なる。

故に全体的に火力不足な対大洗に限らず、黒森峰にとってどんな相手でもHEAT弾は尤も警戒する必要がある要素であった。

しかし、同時に尤も警戒の必要性が無い要素でもあった。

というのもHEAT弾は対策が簡単かつ安価で、装甲としては貧弱極まりない薄い追加装甲を一枚間隔をとって追加すればそれだけで大きな対策となるからだ。

先述した様にHEAT弾はメタルジェットが一点に集中してこそ装甲に穴を穿ち、内部に侵入する事ができる。

しかし、空間を空けてもう一枚装甲があるとそこにメタルジェットが集中し、それを貫通しても僅かな距離を進むだけで拡散してしまうからだ。

メタルジェットのシャワーは人間が浴びれば大惨事になり、だからこそ内部破壊として効果的なのだが、戦車の表面装甲に浴びせた所で何の被害も与えない。

簡単に言えばウォーターカッターは近距離で集中して当てるから金属も斬れるのであって、距離を離して間に物を挟んで拡散させるとただの水しぶきになるようなものである。

戦車の多くは外部に予備のチェーンや履帯をぶら下げたり、予備燃料タンクや搭載用バスケットを設けたりしているがこれだけでもHEAT弾に効果的な防御になるほど容易なのだ。

当然、黒森峰も空間装甲や爆発反応装甲によって対策しているので本来なら考慮に値しないし、その程度の事は西住みほも承知していると思っていたのだ。

 

ところが、全くの想定外の方法によって考慮外の天井装甲にHEAT弾を受けてしまったのだ。

当然、天井装甲に対策などとっていようも筈がなく、重装甲であるヤークトパンターも一溜まりも無く撃破されてしまった。

 

『……撃破された事は解りました。

 しかし、最大の謎が残っています』

 

「大洗がどうやって長距離からの曲射弾道を成功させたかだろう?」

 

『そうです。

 戦車砲なんて物を弾道を計算して当てれるのならば、この世にコンピューターなんて存在していません』

 

「勿論、その場で発射地点と目標地点の関係から弾道を計算できるなんて事が人間にできる筈もない。

 発射地点と目標地点の距離関係や高度差等をその場で測量することができず、目視や感覚で調整するしかないからな。

 また電子演算機無しでできる訳がない。

 ……だが、予め発射地点と目標地点を固定していたのならどうだ?」

 

『……固定?』

 

「つまりもう既に決まったアーという地点とベーという地点がある。

 アー地点からベー地点に命中させようとした場合、まず互いの地点のデータを取り、弾道学で計算する。

 測量も計算もじっくり計算すればいい。

 そしてそれに基づいてアー地点から発砲する。

 当然、精度が足りないから命中しない。

 だがこちらも時間をかけて微調整し、何発も打ち続けて命中を出せばいい。

 そして一度命中すれば、次からは同じ場所と同じ角度で同じ砲弾を打ち出せば同じ箇所に命中する訳だ。

 実際には風向等で誤差は出るが……射程が数十kmのカノン砲や榴弾砲ならいざ知らず、恐らく数km程度の砲撃だろうからな……。

 しかも低射界で戦車砲だから直進力も高く風などの影響も受けにくい。

 おまけに……」

 

まほは軽く人差し指を舐めてから空に向かって立てた。

 

「風は無風に近い。

 夏なのに湿度もかなり低いだろう。

 理想的状況だな」

 

風向が弾道に影響を与えるのは当然として、湿度も砲弾の火薬の燃焼速度に影響を与えるので、初速度に対して影響を持つ。

 

「そして山の中腹に敵の八九式が双眼鏡で此方を見ているのを確認した。

 恐らく、あれが着弾観測員をしていたんだろう。

 最初に遠方に、そして次にそれより近くに、そして次には反対側に着弾したな……」

 

『……挟叉修正射撃!

 あの子!戦車で艦砲射撃をするつもりなの!』

 

「この東富士演習場から我々が陣を敷くであろう地点をリストアップし、それに対応する発射地点を選別し、事前にその条件で砲弾がその地点に命中するよう計算と訓練をしていたという訳だ。

 他の試合会場ならば試合の発表は試合日の72時間前だから間に合わなかっただろう。

 しかし、決勝戦は東富士演習場だ。

 準決勝終了からの2週間でも不可能ではない。

 少なくとも大洗には冷泉麻子がいるのだからな!」

 

冷泉麻子。

その名が出た瞬間に僅かだが斑鳩はぴくりと反応した。

 

「……私達は冷泉麻子の事を天才とは認識していたが、それの活用範囲も戦車道に限定して考えていた。

 せいぜい、その天才性によって土壇場で砲手や通信手を担当してくるかもしれないといった程度で、最大限に考慮しても第二の隊長を兼任してくるかぐらいだった。

 だが、みほはその能力を余す事無く活用した!

 戦車道だけではなくその頭脳を!

 データどおりの天才ならば地点の測量データさえあれば弾道を短期間で計算する事も容易い事だろう……。

 高校生ができる事ではないがな……」

 

それを聞いて斑鳩はかつて冷泉麻子から聞いた話を思い出した。

 

『西住さんはそういった人の能力を把握して見極めるという点において天才なのだと思う。

 実戦ではギリギリ達成できる事を、練習ではギリギリ達成できない事を指示した。

 そしてそれの基準が引き上げられる度に私は今までの人生で決して味わえなかった達成感と共に成長というものを感じた。

 今までの私の人生は灰色と表現するのが的確だったのだろう。

 惰性で生きていたに過ぎず、普通の人が感じて当たり前の事すら私には無かったのだから。

 しかし、西住さんはそんな私の人生に目的と意義をもたらせてくれた。

 なにより、私という人間の能力を余すことなく最大限まで活用してくれた。

 そして更に私の能力を限界以上まで引き出してくれようとしている。

 ……私が今までで一番楽しかった時、充実感を得た時、……それは西住さんの指示が『麻子さん』と私の名前を呼んだだけの時であり、そして私がそれに含まれた意図を全て把握して実行に移せた時だ……』

 

(……そうか、嬉しいだろうな冷泉。

 自分をそんなに理解してくれて活用してくれる人に出会えて。

 解るよ……私にも。

 私には決して出来ない役割を与えられて、そして褒められて感謝されて……。

 きっと幸福だったに違いない。

 羨ましいよ……。

 でも同時に祝福もしている。

 良かったな……冷泉。

 でも、だからこそお前と勝負したいんだ……

 しなくてはならないんだ……)

 

 

『で、ですが、一先ずはそれを看破した事ですし問題はなくなりましたよね?

 七輌やられた事は大きいですが……』

 

「エリカ、お前はまだ解っていない。

 この事態の最大の問題点を」

 

『……え?』

 

「いいか、この手法はさっきも言ったように我々が陣を敷く地点をリストアップしないと成り立たない。

 予めその地点に対しての計算と訓練をしなくてはならないからな。

 ……思い出してみろ。

 我々がどういう手法であの地点に防御陣形を敷く事を決めたか」

 

『……あっ…  ああああァっっ!!』

 

それはエリカだけの叫び声ではなかった。

会話には入ってなかったが、通信を聞いていた全ての隊員が驚愕と悲痛と……そして絶望的な叫び声をあげた。

 

 

 

「……そう。

 我々があの場所をサイコロで決めた事もみほには読まれていたんだ……」

 

 

               -了-

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

『Have You Ever Seen the Rain?』

 (訳「雨を見たかい」)

 

Creedence Clearwater Revival【Have You Ever Seen The Rain】(1971)より

 

 




*注釈
「Have You Ever Seen the Rain?」の日本でのタイトルは「雨を見たかい」となっているが、"rain"の前に"the"がついているのでこの場合は「あの雨」だとか「例の雨」という表現になる。
これにより当時ベトナム戦争の最中であったアメリカではこの「例の雨」を米軍によるベトナムへの絨毯爆撃や砲弾の比喩であり、反戦歌であるという認識が広まった。
一部ではアメリカでは放送禁止処分になる程であった。
ただし、後に作詞作曲者であるジョン・フォガティ自身が否定し、これはベイエリアで見られる虹の雨の事だと主張している。





真面目に考えると多分突っ込みどころが満載ですが、原作も原作で戦車が空を飛んだり片輪走行したり、ジェットコースターのレールを走ったり、水切りしたりしているのであまり深くリアリティを追求しなくとも良いかなと…


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第十四話【ちょっと待ってくれ、お楽しみはこれからだ!】

-1-

 

『……そんな、偶発性も読んでいたなんて。

 そんなの読みが深いとか推察力があるとかそんな話じゃないですよ!

 予知みたいなものじゃないですか!』

 

「いや、それは違う。

 みほは運すら見通していた訳じゃない。

 もし、我々が全ての範囲から無作為に選んでいたのなら確かにそうだ。

 しかし、我々はどういう手法で選んだ?」

 

『どういうってサイコロで……あっ!』

 

「そう、六面体のサイコロで選んだ。

 という事は、予め六ヶ所の地点を選出していたという事だ。

 それらの地点自体は無作為に選んでいた訳じゃない。

 視野性や防衛のし易さ、奇襲のしにくさ等と移動までの妨害の受け難さなどの利点を考慮してリストアップしたんだ。

 つまり、みほが此方の戦法を読んでいたのならば、東富士演習場のそれらの条件を満たす地点を上から6個選んで、それを目標に訓練すればいい」

 

それは同時にまほがサイコロという運任せを作戦に介入させた事をみほが読んでいた事にもなる。

そこだけはまほにとって不可解だった。

無論、妹に尋常ならざる推察力があるのは理解している。

しかし、この点に関してだけは絶対の自信があった。

まほは常に去年までは妹と一緒だった……。

それは単に同じ場所にいるというだけでなく、精神の繋がりも含めてであり、まほが中学に進学した一年も学園艦と実家という距離はあっても心は何時も一緒だった。

だからこそ、それまでずっと見せていた状況を計算し、理屈通りに生きていくというまほの気質とはかけ離れた"無作為"という行動を読めるはずが無かった。

理屈ではなく、姉であるからそれが解るのだ。

……しかし、如何なる理由かそれが覆されてしまった。

 

(……私はこの二週間必死にやってきた。

 勿論、今までも手を抜いて生きていた訳じゃない。

 それでも今までの生の中で最も必死だった。

 全力で、油断せず、慢心せず、安心せず、努力し、身を削ってただ勝利の為に。

 振り返ってみてもあれ以上の私は用意できないだろう。

 ……いや、私だけじゃない。

 過去の中でも最高の黒森峰だっただろう。

 全員が、最期の年となる最上級生から入学してから数ヶ月の新入生も。

 他学科でありながらデータの収集や移動、必要な用具や手続きの協力、差し入れとして夜に美味しいコーヒーと夜食を持ってきてくれた生徒も多かった。

 無茶な作戦の検証でガタガタになってしまった戦車をどれだけ酷使しても一晩で完璧に直すから気にせず全力でやれ!と自動車整備科が素晴らしい腕を見せてくれた。

 全体が一丸となって一つの目標に進んでいた。

 今、この試合上にいるのはたった97人だが、その97人の後ろには数百の人間が背を押してくれているんだ!

 絶対に勝てるとは思っていない。

 ……それでも、無様な負け方だけはしないと思っていた。

 仮に負けるとしても胸を張って、彼女達を惨めな負け犬にだけはしないような戦い方が出来ると思っていた……)

 

 

 

 

-2-

 

 

『……隊長どうしますか?』

 

「作戦は続行する。

 というよりそれしかない。

 防御陣形を敷いた後に次の対策を考える。

 今の様に常に動き回っているのは……みほ相手には危険すぎる。

 幸い、防御で耐え続けるのは12輌でも可能だ。

 減ったとはいえ現状では一番安全な作戦だからな」

 

『しかし、また砲撃が!』

 

「落ち着け!

 ……あの砲撃は予め決められた地点にしかできない。

 弾道の計算と訓練には時間がかかる。

 如何に冷泉麻子が天才的な数学能力と機械知識あっても、みほに天才的な訓練指導能力あっても、二週間ではせいぜい十箇所までが限度の筈だ。

 隊を四輌毎に分けて地点に陣形を敷く。

 分散するのはリスクがあるが、それでも上方からの砲撃でなければ撃破の可能性は低い。

 ルートはアンブッシュの近くを通らないようにすれば距離の問題でなおさらだな。

 ヘッツァーと三突が潜める場所は十分に距離をとって移動する様に。

 陣を敷いて砲撃が来たら即座に放棄して離脱する。

 初弾の命中率は低いからそれで撃破される可能性はかなり低い筈だ。

 そして次の地点に行って陣を敷く。

 これを繰り返して砲撃の対象外の地点を見つけて防御陣形を敷くんだ」

 

『……それしかないですね。

 ですが、最大で十箇所という事は我々はあと九箇所も砲撃を受けながら探す事になるんですね。

 それだと如何に命中率が低いとはいえ何輌か被弾するかもしれませんし、移動中も不安が残りますね……』

 

「エリカ、大丈夫だ。

 回る箇所は九箇所じゃない。

 たった四箇所で済む」

 

『……そうか!

 サイコロで決めた地点に対応してきたという事は、必然的に残りの五箇所も対応してる事になる!

 つまり、最大であと四箇所で済む!』

 

「そういう事だ!

 よし、隊を分けるぞ!

 相手の奇襲は受けないように最大限注意しろ!」

 

『了解!』

 

 

 

 

-3-

 

 

『此方、ツェー地点!

 砲撃来ました!

 離脱します!

 損傷無し!』

 

「了解した。

 では念の為にゲー地点に向かえ。」

 

まほは地図上に十個目の×印をつけた。

あれから数十分毎に計四回の砲撃が各地点にきていた。

 

『了解しました!

 しかし、危なかったですね。

 回を重ねる毎に初弾が近くなっていきますよ。

 運が悪いと次があれば被弾していたかもしれませんね』

 

(……まさか本当に十箇所にくるとはな…)

 

一応は可能性として最大に見積もって十箇所と定めていたが、その可能性は低いとまほは思っていた。

如何にみほとはいえたった二週間で十パターンもの遠距離砲撃を初心者に身につかせる事が出来るとは思っていなかったからだ。

だが幸いにして奇襲を受ける事無く、砲撃の被弾もなく砲撃地点を潰す事に成功した。

勿論、みほの事だからこれも予想の範疇で次の手も打っているだろう。

しかし、この十箇所も対応させていた事が逆に安心できる要素となっていた。

如何にみほとはいえ二週間で十箇所も対応させたのならば他の事に次ぎ込むリソースは限りなく少ないはずだ。

つまり、策はあっても大掛かりな事はできない筈だし、他の事を訓練させる余裕も無いはずだ。

ひとまず様子を見てから、エフ地点とゲー地点にいる隊と合流してまた陣形を強いてから考えよう……。

 

 

そう思っていた時だった。

 

 

『こ、こちらエフ地点!

 砲撃を受けて……一輌行動不能になりました!』

 

「……何だと!?」

 

 

 

 

 -4-

 

 

『此方、ゲー地点!砲撃を受けました!

 初弾命中され一輌大破!

 離脱します!』

 

(……馬鹿な!馬鹿な!

 ゲー地点もだと!?

 十二箇所など有り得ない!

 どういう事だ!)

 

「……全員、集合しろ。

 これが限度の筈だ!」

 

『りょ、了解!』

 

(……そうだ。

 恐らく、他の全てを捨ててこれだけに注力したのだろう。

 それでも物理的にこれが限界の筈だ)

 

その考えを証明するように、この地点では時間が経っても砲撃は来ず、無事に他の隊が合流してきた。

市街地にマウスが置いてあるので、ここにいる黒森峰は10輌となる。

 

(もうみほに策はない筈だ。

 しかし、8対10となってしまった。

 戦車の質は当然こちらが有利だがみほ相手では……。

 ここまでの状況に持ち込む為の策だったのか……。

 それも此方の予想の裏をかく形で、二週間という時間をその策に全て注ぎ込んだ。

 おかげで見積もりが大分甘くなり、貴重な二輌をまたもや失ってしまった……。

 最後の最後まで本当に見事だ……。

 だが、戦術的な戦いでもそうは上手くいかないぞ!

 黒森峰は訓令戦術を取り入れた!

 私が全てを計算して隊を動かすのではなく個々に任せる戦術を!

 これもまた私の今までの生き方では一切見せなかった事だ!

 作戦上で"無作為"を取り入れる事は読めたのかもしれないが、こっちは読めない筈だ!)

 

そう思いながらまほは陣形を整えながら大洗を待ち構えた。

数は減ったとしてもあの砲撃がなければ長期戦が黒森峰に有利なのは変わらない。

隊列を維持しながら移動して接敵するのと、場所を選んで陣形を維持して待ち構えるのでは後者の方が有利である。

まだ勝機がある!!

 

そう思いながら緊張の中で待ち構えていた時。

この試合中で何度も聞いた音が遠方から木霊した。

 

 

 

そう、何度も聞いた絶望的な音……

 

 

 

 

-5-

 

 

「離脱!離脱しろ!

 急げ!」

 

音を聴いた瞬間に、咄嗟にそう命令しながらまほは混乱する頭で必死に考えていた。

着弾した衝撃と音が、その思考をかき回しながらまた一輌を撃破した。

 

(……解らない!

 何を間違えた!?

 何処を勘違いした?

 振り返ってみてもどこも間違えていない筈だ!

 ……何かを見落としているのか?

 何か前提が違うのだろうか……。

 まさか、冷泉麻子が此方の予想を大きく上回る天才で"その場"で弾道計算ができるのか!?)

 

確かに、人間には時々そういう天才とは更に違う人知を超えた能力を持つ物がいる。

数学能力では五桁の素因数分解を暗算できたり、難解な計算を数学者が計算機で計算するより早く、天井を見つめたままでぶつぶつと呟いただけで答えをだしたりだ。

こういった能力者は絵画面や音楽面といった芸術面でも稀に出現する事はある。

しかし、その考えをまほは頭を振って捨てた。

そういう人間は得てしてそれ以外の面では"特殊な気質"を持つ。

だが、冷泉麻子は多少浮世離れしているが、社会生活も他人とのコミュニケーションも問題なく行えている。

……ではどういうトリックなのだ。

たった二週間という猶予ではあれだけの事は……

 

「……あっ!」

 

【日本戦車道連盟が定める戦車道試合規則。

 2-03 競技場に関するルール。

 

 連盟が定めた競技場並びに認めた競技区域にて行う。

 競技場は、試合前72時間までに規定の書式の地図(競技区域)、緯度、経度、気象状況が、競技者双方に提示される。

 参加者は、提示後は競技場の状況を確認するあらゆる手段が認可されるが、競技場は提示の72時間前から提示までは完全封鎖され、その間は一切の調査を禁ずる。

 競技場に異議のある場合は、提示後24時間以内に規定の文章を、連盟に提出する。

 連盟はその異議を24時間以内に審議し、異議が妥当と認めた場合は速やかに修正を行う事とする。】

 

「……あああっ」

 

通常の試合では試合場が何処かは72時間前まで判明しない。

故に作戦の立案や調査の猶予は72時間しかない。

しかし、決勝戦に限っては毎年戦車道の聖地である東富士演習場で行われるのが通例となっている。

つまり準決勝に勝利して決勝進出した場合、その瞬間から次の試合会場が東富士演習場であると解っているので実質的に約二週間の猶予がある事になる。

また会場のデータも既に判明しているので詳細な調査をする必要もない。

 

 

「……ああああああっっ!!」

 

 

……だが、もし大洗が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その目標に到達するまでの最大の障害は黒森峰となる。

例えサンダースやプラウダと相対したとしても、それらに比べて最も強力な戦力を保有しているのが黒森峰だからだ。

優勝するまでの過程、つまり全勝してトーナメント登っていく最中で、決勝戦で黒森峰と東富士演習場で戦う事が確定した瞬間。

それは、5月5日に行われた第63回 戦車道 全国高校生大会の組み合わせ抽選会で西住みほが8番の番号札を引いた瞬間である。

 

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

  ……西住みほには約3ヶ月の猶予があった事となる。

 

 

 

 

 

 

            -了-

 

 

-----------------------------------------------------------------------

 

 

 

『 Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!』

 (「ちょっと待ってくれ、お楽しみはこれからだ!」)

 

    映画「The Jazz Singer(邦題:ジャズ・シンガー)」(1927)より

 

 

 




https://novel.syosetu.org/133089/
此方の短編集にも投稿しました。
良ければこっちもよろしくお願いします。


ガルパンからSSを書く側に始めて回りましたが、「感想と評価をもらえるとモチベがあがります」と仰る作者さんの気持ちがよく解りました。
確かに、感想と評価があるとないでは凄くモチベが違いますね。
ここの所、書くペースが速くなれている気がします!

なので、もしよろしければ感想と評価をいただければ幸いです。


そういえばツイッターをマイページに乗せましたので此方でもご報告を
https://twitter.com/tekitouaki


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第十五話【進入口を開けるな!】

 -1-

 

 

『ね?戦車ってたのしーでしょ!?』

 

『……凄い!もうだいぶ上手くなったよ!』

 

『うん、もっともっと乗ろう!

 一緒にね!』

 

『じゃあ……パンツァー・フォー!』

 

 

 

 

-2-

 

 

何故、気づかなかったのだ!

もしみほに勝つ気があるのならば最大の障害が四強の中で一段抜けている黒森峰であるのは明白ではないか。

一回戦と準決勝でサンダースとプラウダに当たる大洗は抽選での引きが最悪だった?

何を寝ぼけていたんだ……!

大洗が優勝を目指す前提なら一番気にするべきなのは黒森峰なのだ。

それに比べればサンダースやプラウダと当たる事は些事に過ぎないといってもいい。

仮にそれに加えて聖グロと当たったとしても構わない。

重要なのは黒森峰とは錬度を上げる時間と作戦を考える猶予を稼げる可能な限りトーナメントの後半に当たるようになる事だ。

如何にみほとはいえ仮に一回戦で黒森峰と当たっていた場合、数の差はいまよりマシだとしても隊員の殆ど素人同然の錬度では危うかっただろう。

極端な話、それまでに強豪と当たるのはむしろ良い経験になる"練習試合"と言えるかもしれない。

その中では最良と言えるのは決勝戦で当たる事だ。

時期が一番遅いというのは勿論、予めどの戦場で戦うのか解っているのだから結果的に作戦を立てて準備する時間も、しやすさも大きく違う。

つまり、あの抽選では大洗は最も都合の良い、最良の引きだったのだ……。

 

何故、気づかなかったのだ!

……何故!

 

……当然、理由は解っている。

みほは細心の注意を払っていた。

サンダースでもプラウダでも。

みほは明らかに私にそうは感じさせない様に動いていた。

どうあっても優勝する。

必ず勝つ。

そんな意思は全く見られない戦い方。

特にプラウダではそれは顕著だった。

あの策も何もない様な猪突猛進の攻撃とその後の無謀な突撃。

勝利よりも他の者の意見を優先させた様にしか見えなかったのだ。

勝利を優先せず、敗北を覚悟して他の者に押し切られたか、次への経験とする為に。

その後の突如の方針転換も相まって、それまでは廃校の事実を知らず、そこから初めて勝利を目指したように。

いや……ひょっとしたら廃校の事実をその時に知ったのは本当かもしれない。

演技していたのはみほだけで他の者はそういう意図を一切知らされてなかったのかもしれない。

ともかくも、みほにはそういう羊の皮を被って装う意図があったのだ。

 

何の為に?

答えは明確だ。

みほは確信していたのだ。

いや、信頼していたとも言っていいのかもしれない。

姉なら絶対に自分の試合を見ているだろう……と。

 

恐ろしい才覚だった。

みほの常人離れした天才的な指揮官のそれは自分も知っていたつもりだった。

しかし、それは戦術的なレベルの認識でしかなかった。

試合の中でどう攻めるか、どう指揮するか、どう相手の狙いを読むか。

そういった一回の試合の中の駆け引きではなく、もっと広く高い視野をみほは持っているのだ。

まほとて西住流の後継者である。

兵法の類は収めており、『是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む』というのは百も承知のはずであった。

つまり、勝つ者は事前に勝利する為の準備を経てから勝負に挑み、負ける物はまず勝負に挑んでから勝とうとするという事である。

戦争のみならず現代においてビジネス等の面でも参考にされている『孫子』であるが、事前準備が物事の殆どを決めるというのは指揮する者にとって当然の心構えであった。

当然、まほもそれを心得ている心算であった。

十分に訓練を重ねて、戦車の整備を怠らぬようにし、相手の情報もしっかり収集し吟味して、作戦を立ててから挑む。

しかし、みほは更に一段階は外の視点で見ており、勝負の場を試合一回ごとではなく、トーナメント全体の視野として捉えていた。

故に、サンダースやプラウダよりも黒森峰を重視し、その為の布石を最初から打っていたのだ。

何たる戦略的能力だろうか。

私をはじめ、他校の隊長もトーナメント全体を気にはする。

ただそれも、せいぜいこの学校相手には余力を残し、こっちの学校相手には全力を出そうだとかのリソースの管理に留まる。

みほの様に先の相手の偵察を読み、騙し、思考を操作しよう等とは思わない。

明らかに視点が文字通り次元が違う。

カール・フォン・クラウゼヴィッツは戦争論でこう述べている。

 

『戦術は、戦闘において戦闘力を行使する方法を指定し、戦略とは戦争目的を達成する為に戦闘を用いる方法を指定している」

 

みほは類稀に見る前線指揮官であると同時に、戦略的能力に富んだ総司令官でもあったのだ。

 

 

何て……何て情けない姉なんだ……!

その程度の事を見抜けなかった事についてではない。

私はこの二週間必死にやってきたと思っていた。

努力し、今までに無い程集中し、勝利を渇望し、全てを捨てて、或いは全てを注ぎ込んで。

だが今となってはそんな事は恥かしくてとてもではない主張できない。

高々、二週間程度を必死になったぐらいで何をそんなに自慢げに誇れる?

本当に必死だったのなら、何故もっと前から準備しない?

何故もっと前から想定しない?

……何故もっと前から必死にならない?

そうであれば……つまり仮定でもいい。

みほが優勝を……自分に勝つつもりだと言う事態を想定したのならば、準決勝までのあれがみほの擬態だとちらりとでも頭に過ぎっていたかもしれない。

 

実際、みほは少なくとも私よりも遥かに勝利を目指し、専心し、そして必死だった。

ありとあらゆる手段を使って勝ちに来ていたのだ……それも遥か前から!

あの大会抽選会の日から……いや、あの実家で転校を決意した日からかもしれない。

……それどころかもっと……そう、あの日。

まだ、私たちが小さかった頃。

今よりもっと近く、なんのてらいもなく素直に私がみほを可愛がってやり、みほは私に甘えられた頃。

みほが私の戦車道を見たいと言ってくれて、そして私のそれを凄い凄いと褒め称えてくれた時。

 

『それと、お姉ちゃんと一緒に戦車道をする為に私も頑張る!』

 

そう、私の中の戦車道が本当の意味で始まった瞬間から、私に勝とうとしていたのかも知れない。

あの他人の心中を鋭く察する事のできるみほだ。

そしてあの優しい妹の事だ。

私自身が長年気づかなかった【みほと全力で勝負してみたい】という願いに気づいて、それを全力で叶えてくれようとしてくれたのだろう。

そこまでしなくとも妹ならもっと容易に私に勝てるだろうに、油断せず、慢心せず、兎を狩る時の獅子の様に全力を注いでくれたのだ。

何て姉思いの妹なんだろうか……。

そんな妹の思いに対して自分のこの体たらくが情けない。

失望されていないだろうか、見損なわれて無いだろうか……。

……いや、案外最初からそんなものだろうと思われていたのかもしれない。

 

 

 

 

-3-

 

 

『……!

 大洗が市街地に向かっているそうです!』

 

「市街地に……だと?」

 

(本来であれば)平地は黒森峰にとって有利なフィールドであるのに対して、市街地は大洗にとって有利なフィールドである。

建物が多く視界的遮蔽物が多い市街地では遭遇戦が多くなり、交戦距離の短さは平地の比では無い。

戦車の砲撃の貫通力は砲弾の速度に比例するので、必然的に交戦距離と密接な関係にある。

黒森峰の戦車の重装甲に大洗の戦車で撃破するには、かなり接近しなければならないが、視界の通る平地でこれを実行するのははかなり困難だろう。

しかし、市街地ならばそのアドバンテージが大幅に埋まる。

極端な話、曲がり角で接敵したのならその交戦距離はほぼ0になるのだ。

また、それ以上に全体がバラバラになりやすく敵も味方も位置の把握がしにくく、不意の接敵や裏周り等の奇襲もしやすい市街地はみほにとって得意とする戦場であると言える。

 

故に、その市街地での戦いは絶対に避けたかった。

だからこそ大洗には撃破不可能のマウスを置いたのだ。

イージス理論というものがある。

此方が相手に与える被害が極小だとしても、相手から此方に与えられる被害が0ならば確実に勝利できるというものだ。

如何にみほと言えども戦車の砲弾の速度が増したり、マウスの装甲が柔らかくなったりする訳ではない。

マウスが仮に大洗に有効打を与えられなかったとしても撃破出来ない以上、市街地から撤退するしかないのだ。

 

……しかし、そんな事はみほも知っている筈である。

 

「……市街地にはマウスがある。

 大洗も何れ撤退するだろう」

 

『……そうですよね』

 

無論、それは事実に基づいた現実的予測である。

……それでもまほ自身も返答した黒森峰隊員も何処か信じきれてはいなかった。

いや、それ所かほぼ確実にマウスが撃破されるのだろうと予感していたのだった。

 

 

 

 

-4-

 

 

「……撃破されたか」

 

その報告に私は些かも驚く事無く、まるで諦めが漏れたかの様な声で受けた。

しかし、若干の好奇心を抱きながらもマウスを撃破した方法を聞きだすと流石の私も驚きの声を漏らさずにいられなかった。

 

「ヘッツァーを下に……」

 

驚くべき事にみほはマウスと相対するとすかさず車高の低いヘッツァーをマウスの下に潜り込ませて行動不能にし、横方向から挑発して砲塔を向けさせた後に八九式がヘッツァーを踏み台としてマウスの上に乗って砲塔を押さえ込んだと言うのだ。

そして砲塔が横を向いた事で露出された排気口を土手の上に登ったⅣ号が狙い撃った……。

 

なんとも常識離れした発想だ……。

今まで幾度と無く感じた事だが、みほの発想はやはり常人のそれとは距離的な意味ではなく高度的な意味で異なっていると言わざるを得ない。

距離が離れているだけなら時間をかければ凡人ですら何れ辿り着く。

しかし、空高くにあるようでは羽を持たない私達では幾万年経とうとも近づく事すら不可能なのだから……。

 

『……隊長、どうしますか?』

 

「……我々も市街地に行くしかないな」

 

単純に考えるのならば黒森峰の基本構想が持久戦である以上、市街地にマウスを配置する必要も無くこの状況は望ましい物の筈だった。

だが、黒森峰がどれだけ大洗に脅威を感じ、まるでチャレンジャーの如く立ち位置のつもりだとしても、外部から見ればたった八輌しかない初心者だらけの新参校と二十輌の重戦車を保有する常勝校の試合である。

この組み合わせで両者が別々のフィールドに構えて一切の接触をしようとしないで時間切れになった場合、間違いなく糾弾の対象となるのは後者であろう。

ましてや私は西住流の時期家元である。

 

―――撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心 それが西住流。

 

そんな決着を迎えてしまったのならば、私自身がこの西住流を否定する事になってしまう。

間違いなく西住流は非難され、私の立場どころか西住流そのものが危うくなるだろう。

……いや、それ所か日本の戦車道を代表する流派の後継者でもあり高校MVP選手率いる高校が、全国中継されている高校生全国大会の決勝戦でそんな寒い試合を見せたのなら、唯でさえ下火の戦車道そのものの息の根を止めかねないかもしれない。

優秀な隊員を持ち、豊富な戦車を持つ立場にいる事が西住まほの強さの一部でもあり、素人ばかりで保有戦車にも窮しているのが西住みほの弱さの一部でもあるなら、西住流の後継者等といった世間の立場に縛られているのも西住まほの弱さの一部でもあり、そういった重みも縛りも無いのが西住みほの強さの一部と私は捉えていた。

だから私は数の利を積極的に行かした作戦を打ち立てたし、一方でみほもこれまでは他の高校が採ったら正道ではないと非難されかねない作戦も"弱小校故の工夫"として好意的に見られる事を利用して積極的に採択した。

そして今ではみほはその私の弱みに積極的に付け込んでいるのだ。

 

無論、私もこの決勝戦ではそういった西住としての立場などを全て捨ててでも、形振り構わず勝ちたいと思っていた。

しかし、そういった事を抜きにしても此方から攻めざるを得なかった。

人にはそれぞれ"勝利"に対する価値観がある。

常在戦場を心がける戦士が、命の取り合いをする死合において奇襲や武器と暗器の使用、目潰しと言った物から嘘を交えた誘導等と言う"卑怯"とされる行為を容認して何でもありとしていても、人質をとって脅迫するといった行為は禁じ手としている様に。

例えばサンダースの隊長ならばルール上は問題なくとも通信傍受といった行為は邪道としたり、数に差があるのならば揃えた上での勝利という物に価値を置き、一方でアンツィオの隊長ならばデコイ等で欺いたとしてもそれは勝利の為の作戦と躊躇わない等だ。

そして、私の価値観で言えば8対20の差がありながら、完全にしてやられる形で半分近くも戦車を失い、撃破されないと思われていた超重戦車を撃破されているにも関わらず、互いに動きの無いまま試合が終わる等は決して許容できないものであった。

仮にそのまま制限時間を迎えて試合の上では引き分けとなっても、私の中でそれはみほに対して明らかな敗北であった。

そう、私は決勝戦の"試合"で勝利する事を目的としているのではない。

みほに勝つ事を目的としているのだ……。

 

その私の価値観を恐らくはみほも共有しているに違いない。

だからこそみほは市街地に篭る事ができるのだ。

 

……だからと言って、もはや私がみほに勝利する事などできよう筈もなかった……。

しかし、このまま待っているだけの無様な敗北はしたくは無かった。

……それでも自ら死地に飛び込んで嬲り殺されるだけであるから、まだマシというレベルの差でしかないが……。

 

 

 

 

-5-

 

 

市街地に入ると案の定我々は見事なまでの奇襲によって幾つかのグループに分断された。

そこまでは概ね予測通りであったが、それ以降の展開は私の予想を超えていたのだ。

 

『此方11号車!すいません、やられました!』

 

また撃破報告の通信が入った。

……おかしい。手際が良すぎる。

無論、みほには超人的な先読み能力があり、こういう場ではそれが最大限に活かされる事も知っている。

だが、先程から入る撃破報告とそれまでの状況説明を聞く限り、明らかにおかしい。

例えば曲がり角で曲がった瞬間に待ち構えていた様に即座に砲撃されたり等だ。

中には路地を走っていたら砲撃音が2度鳴り、片側のある程度の階層があるアパートが崩落してきたと言う事もあった。

予め砲弾を打ち込む事によって準備をしていたのだろうが、建物を指向性を持たせて狙った方向に倒壊させるには幾つかの専門的な知識と技術がいる。

これに関しては恐らく冷泉麻子が関わっているのだろうが、それでもタイミングが良すぎる……。

感が良いというレベルの話ではない……。

 

「……っ!」

 

私は思い立って双眼鏡を手に取り、市街地から少し離れた所に目をやった。

……やはり!

 

「誰か一輌、K-13の山の中腹部に向かえ!

 そこに敵の八九式がいる!

 大洗は八九式が町を見下ろす形で観測し、情報を伝えていたんだ!

 まるで航空機におけるAWACS(空中警戒管制機)の様に!!

 我々の動きは読まれていたんじゃない!

 丸見えだったんだ!

 撃破出来なくてもいい!追い散らすんだ!」

 

『り、了解!』

 

市街地に篭るとなれば唯でさえ保有戦車の数が少ない中で一輌が行動不能になったのだから全台が篭ると思っていたが……。

ましてや、戦車を偵察車どころか観測機として扱うとは……。

だが、判明さえしてしまえば止める事はできる。

恐らくは接近した段階で逃げるだろうから撃破できないが、観測に集中させる事はできない筈だからだ。

 

……唯一つだけ気になったことがある。

八九式のキューポラから身を乗り出して双眼鏡で見ていた人物。

……あれはみほの車輌の通信手である武部沙織ではなかっただろうか?

 

 

 

 

-6-

 

 

『……八九式を撃破しました』

 

「本当か!」

 

その不意の報告に私は喜色を浮かべた。

本来なら黒森峰が八九式程度の撃破でここまで喜びを露にする事は無かっただろう。

だが、この様な現状においては大洗の貴重な戦力を一輌でも削れた事は非常に大きい。

 

「よく撃破した。

 逃げる間も与えずに見事な奇襲だったのか、それとも退路を塞いだ上だったのか。

 兎も角、よくやった!」

 

『いえ、それが……その、逃げようとしなかったんです』

 

「……?

 どういう事だ?」

 

『ですから、私たちが姿を現して明らかに気づいていても一切動こうとしなかったんです。

 砲撃を加えるまで微動だにしないで……』

 

「……待て。

 ちょっと待て。

 八九式は?

 白旗が出た八九式はどうしている?」

 

『……変わりません……。

 以前、継続して双眼鏡で市街地を見ています。

 私たちの目の前で……』

 

「……ああっ!!!」

 

戦車道は戦争ではない。

だが実際の戦闘状態を仮定して、もしカーボンがない当時の実戦であったなら走行不能になっていただろうという状態になると内蔵された判定装置が競技続行不能と判定して白旗を出す。

 

同じ様に戦争ではないが実戦と仮定して行われるスポーツにサイバイバルゲームという物がある。

BB弾を発射する玩具銃で打ち合うこのゲームでは弾が当たれば死亡と判定されて以降ゲームへの参加権を失う。

ところが、死亡としたにも関わらず通信または声を上げて敵の情報などを味方に教えるという、通称"ゾンビチャット"という反則行為がある。

 

「……くっ」

 

『ど、どうしますか?

 抗議しますか?』

 

「……無駄だ。

 何のルールにも触れていない

 問題ない行為だ」

 

 

【日本戦車道連盟が定める戦車道試合規則。

 4-06

競技続行不能の判定が下った後は、以後一切戦車の操作をしてはならない。

 競技者は審判員の指示があるまで待機し、指令があり次第速やかに指示に従う。】

 

 

戦車道のルールではこう記されている。

白旗が上がった後は戦車の操作はできないが、通信をする事は事実上許されている。

実際、戦車道においてはこの行為は極普遍的に行われていた。

例えば単純に怪我は無いか?といった安否の確認のやり取りもあれば、一歩踏み込んで撃破の後に「××で○○にやられました」だとか「そちらに向かっています!気をつけて」という情報のやり取りをする事もある。

殆どの者はこれに対して疑問に感じていないし、もっと言えば意識もしていなかった。

……だが、この様に最初から撃破される事を前提として観測と情報の共有に専念させるなどという発想は誰一人持ち合わせていなかった。

無論、それはその事自体を思いつかなかったというのもあるが、仮に思いついたとしてもリスクに対してメリットが薄すぎるのだ。

何せ貴重な戦力の戦車を一台犠牲にして見れるのは視界が通る範囲だけなのだ。

移動しながら戦う戦車道に置いてはそんな動けなくなった戦車の視界から戦場が外れるなど簡単に起きる。

だがみほは戦場を面積としては狭い市街地に限定し、高度があり全体を見下ろせる山に置く事によってこの戦法を凶悪なまでに有効な物にしている。

今や大洗の戦車たちは第二次世界大戦時の戦車であるにも関わらず、実質的にC4Iシステム(Command Control Communication Computer Intelligence system 簡単に言えば全車両の情報の共有と指揮官の意思決定とその伝達の有機化と効率化を目指したシステム)を摘んでいるような物だ。

その為に大洗では最も情報処理と通信技術に優れている武部沙織をフラッグ車から降ろし、八九式に乗せているのだ。

 

……あのみほ相手に?市街地で?此方の戦車の動きを全て把握される?

 

……恐ろしいまでの念の入れ様であった。

こんな情けない姉に対しても決して油断せず、手を抜かず、僅かでも敗北する確率を下げようとしてきている。

どこまでも周到な策を張り巡らせている。

私が気づいただけでもかなり仕込があった。

恐らく、私たちが気づかなかった仕込みもある筈だ。

失敗した仕込みも、用意しながらも使わなかった仕込みもあった筈。

みほはかなりの数の仕込みを用意してこの状況を作った。

 

『……体当たりや砲撃で無理やり動かすのは…』

 

「馬鹿を言え。

 戦車道試合規則の5条で競技続行不能者への攻撃は禁止行為と定められている。

 失格になるぞ!

 撃破する前に気づけたのならば体当たりで邪魔をする事もできたのだろうが…白旗が出たのなら我々に干渉する術は無い……」

 

『……で、では試合途中で乗員が戦車を乗り換えている事に関してはどうでしょうか?

 フラッグ車の通信手が別車輛で通信手をしているというのは前代未聞です!』

 

「……確かにルール的にはグレーの領域だな。

 "つい二週間前"までは」

 

『……どういう事でしょうか?』

 

「忘れたのか?

 プラウダ対大洗の最初の部分を思い出せ。

 新しく参加したルノーb1がスタックした時、フラッグ車の操縦手の冷泉麻子が乗り換えて操縦していただろう」

 

『……ああっ!』

 

「私を含めてそれを目撃していた誰もがそれを疑問視しなかった。

 弱小校の急遽参加した初心者の操縦だ。無理も無いだろう。それを経験がある操縦手が助けようとするのは当然だろう……と。

 つまり、あの時にみほは確認すると共に"乗員は乗り換えても問題ない"という前例を作っていたんだ……この時の為にな。

 実際にそれを受けて思いついたのかプラウダも副隊長に戦車を乗り換えさせている。

 今後、撃破後の通信も含めてルールの改正が行われるかもしれないが、少なくとも本大会では問題は無いんだ……」

 

一瞬の静寂を置いて、ぼそりと通信先の隊員がこぼした。

 

『……我々はどうしたらいいんでしょうか?』

 

「……各自、自由に最善と思う行動をしろ……」

 

私にはそれだけしか言えなかった。

何故ならどうしたらいいかなど私にも解らなかったからだ。

 

 

 

 

-7-

 

 

『此方8号車!撃破されました!』

 

次々と通信される味方の撃破報告を私は絶望の気持ちで聞いていた。

残存している味方の数は私を除いてたった三輌となり、もはやこのまま磨り潰される様に敗北を待つだけであった。

周囲にはもはや味方の姿は無く、単機で市街地の中を私は駆けていた。

如何にみほの指示があってもみほ以外の戦車にやられるつもりは無い。

しかし、そんな事はみほも承知しているのだろう。

どれだけ敵を探し回っても大洗の車輛は見つからず、私を徹底的に避けて他の車輛を狩にきているのだ。

これも僅かでも敗北する可能性を下げる為の戦法なのだろう。

このままフラッグ車である私を取りに来てもまず問題はないだろう。

しかし、じっくりと周囲を刈り取ってから私に取り掛かればより勝利は堅実な物となる。

 

そうしていると路地の奥の曲がり角で一台の戦車……Ⅳ号の姿がちらりと見えた。

Ⅳ号は一瞬だけ私に姿を見せた後、曲がり角の奥へと消えていった。

私がすかさず追って角を曲がると、先程と同じ様にちらりと姿を見せてはまた曲がり角を曲がっていった。

みほの意図は明らかだ。

ついにフラッグ車である私を撃破する事にし、チェックメイトをかける為に私を誘い込んでいるのだ。

今までの巧妙にその意図を隠していたみほの行動と違って、その意図は明らかであるが、これは隠したり誤魔化したりする必要が無いからだろう。

もはや黒森峰に勝機があるとすればそれは大洗のフラッグ車を倒すしかない。

それがどんなにか細く、その先に罠が待ち構えているのが明白であっても、私はⅣ号を餌にされれば食らいつくしかないのだ。

何度も路地を曲がり、Ⅳ号との距離が徐々に縮まっていく。

決勝前に何度も何度も地図を見て、幾つもの作戦を立てて検証したからⅣ号の向かっている先とその意図が解る。

この先には廃校となった大きな小学校がある。

出入り口は一つだけであり、そこに引きずり込まれたらそう易々と脱出はできまい。

……つまり、私はその閉鎖空間の中でみほと大洗の他の車輌と戦うのだ。

みほ以外の戦車の単体の戦闘力は問題ではない。

言ってしまえば全車輌と同時に戦ったとしても難なく勝つだろう。

しかし、みほとのタンク・ジョストの場にいるとなると話が違ってくる。

みほは彼女達のあらゆる行動を布石としてまるで手足の如く使ってくるだろう。

時にはピンポイントのタイミングで砲撃を放たせ、時にはここしかないと言うタイミングで壁にし、その影を囮とさせるのだ。

実力が伯仲した者同士の真剣勝負では僅かな出来事が勝敗を別けるが、その出来事を人為的に幾らでも作ってくるのだ。

まるでみほの脳波によって自由自在に動き、全方位から攻撃を仕掛けてくる無人兵器の様に……。

 

当然、勝ち目など無い。

しかし、そうするしかない。

これで終わりなのだ。

夢にまで見て、ついに実現した本当のみほとの戦いは……。

みほはそれを全身全霊をかけて舞台を整えてくれたと言うのに私のなんという無様な事か。

 

Ⅳ号が廃校の入り口をくぐり、私もそれに続く。

少し間をおいて大洗の残りの車輌も入ってくるだろう。

ここで私は無残にも磨り潰されて終わるのだ。

嗚呼……もっと…もっとみほとは熱い戦いがしたかった。

負けるにしても、もっと……こう実りのある、後悔のない戦いが……。

……そして私はそれを為せなかった事を一生後悔しながら生きていくのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッガ ガガピ……そげ!急げ!』

 

 

そう絶望していた時、どこからか通信が入った。

その声には既に諦めと絶望しかなかった私と違い、希望と勝利への意欲があった。

誰だ?

一体……誰が?

 

 

 

 

 

『【やろうぜ、勝負はこれからだ!】ってね!』

 

『あ!私もその映画好きですよ!

 ……これから逆転する訳ですから実に合ってますね!』

 

『うおおおおおお!やってやります!!!』

 

 

 

 

通信から三人の声が聞こえる。

……これは、私以外の残っている三輌の……

 

「……エリカ、赤星、浅見…?」

 

 

振り返ると廃校の唯一の進入口を3つの影……2台のティーガーⅡとパンターが塞いでいた。

 

 

              -了-

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

『Open the pod bay doors please, HAL.』

 (「進入口を開けろ、ハル」)

 

    映画「2001: A Space Odyssey(邦題:2001年宇宙の旅)」(1968)より

 

 

 




デフォだと評価1か10を入れる場合、一言コメントが必要だったんですね
解除したので一言なしでどちらも入れれるようになったと思います。

前話では沢山の感想と評価をありがとうございました。
おかげで凄く励みになります!


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第十六話【やろうぜ、勝負はこれからだ!】

間が空きましたが、完結までは一気に投稿していこうと思います。


 

-1-

 

 

「みほの戦車に乗った時?」

 

「そうです!

 あの練習試合の時に始めてみほさんの戦車に乗った時、皆さんどう感じましたか?」

 

たまたま、みほが不在で私と小梅と浅見と斑鳩先輩の四人が集まり、私の部屋でくつろぎながら雑談をしていた時であった。

一つの会話が終了すると、赤星が次の話題として出してきたのがそれであった。

 

「……私は初めて戦車に乗ったときを思い出したな。

 小学六年生の時だったかな?

 家の近くで体験会みたいなのがやっていてな。

 子供達に戦車に触れてもらおうという……まぁ地元だから西住流の企画だったんだが。

 難しい事も考えずに始めて乗った戦車に興奮した物だ」

 

「……はぁ子供の頃の斑鳩先輩ですかぁ」

 

「……何か含む所がありそうな言い方だな赤星」

 

「いえ、さぞかしヤンチャだったんだろうなって」

 

「何か今のまま小さくしたような感じが直ぐに思い浮かびますよね」

 

「お前なぁ……。

 ……そういえば逸見はどんな感じだったんだ?」

 

「……私も同じですね。

 初めて戦車に乗った事を思い出しました……」

 

「……ふぅん、やっぱりその辺は皆一緒か」

 

……そう、初めて戦車に乗ったあの時の事を私は思い出していたのだ。

 

 

 

 

-2-

 

 

「小梅!浅見!

 現状は!?」

 

「駄目です!

 みんな混乱しているみたいで……」

 

「こっちも回線が混線しているみたいで状況はつかめない!」

 

一緒に行動していた浅見と小梅に問いかけるが返事は芳しくない。

いや、芳しくないのは黒森峰全体なのだろう。

市街地に入ってから驚くべき手際の良さで分断され、曲がり角等の視界外からの不意打ちで瞬く間に混乱してしまった。

それでも私達は何とか三台で離れずに行動できていた。

 

「……どうしますか?」

 

「……どうしますって言われても……

 隊長の指示もないのに…」

 

「各自で判断して動けってのが隊長がの指示だったでしょう。

 "高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する"って」

 

「そんな事言われても……今まで私の…副隊長の役目なんて隊長の指示を忠実に実行する事。

 指揮だってその支持の元で隊長の負担を軽減するために幾つかの車輌を率いて作戦を実行する。

 今更、自由裁量で独自の判断で動けといわれても……」

 

「……大丈夫ですよ、エリカさん。

 隊長がエリカさんを副隊長にしたのも、きっとそういうのも見据えてできる思っていたからですよ」

 

「……でも…」

 

「あーもうごちゃごちゃ煩いな!」

 

珍しく優柔不断で弱気になっている私に対して浅見が叫び声をあげた。

 

「確かに小梅の言うとおり隊長はエリカが自分で考えて行動する事ができると思って副隊長に任命したかもしれない。

 でも絶対にそれだけじゃない筈だよ!

 多分、隊長はみほさんとこういう風に戦うって事をどこか予感……いや、違うな期待していたんだ。

 だから、もしその時が来た場合に備えてエリカを副隊長にしたんだよ」

 

「……それでなんで私を?」

 

「わっかんないかなぁ!!

 悔しいけど、みほさんの事を一番理解していたのはエリカだったよ!

 ……それこそ、隊長よりもね」

 

それを言われて私はどきりとした。

頭の冷静な部分ではそんな訳が無いと一蹴していた。

あの二人のコンビネーションを見れば解る事だ。

通信もせず、アイコンタクトだけで完璧な意思疎通をみせ、まるで二台の戦車が一つの生き物の様に動く様を見ればどうして私が隊長以上にみほを理解していると思えるだろう。

……だが、同時に頭の何処かでもしかしたらという考えが沸いてくる。

そう、少なくとも一部分に関しては私はみほを誰よりも知っているのではないか……?

 

「確かに戦車に乗って連携している様子で言えば隊長は凄かった。

 でも、エリカは連携とかじゃなくて……そう、なんだかみほさんの考えを理解しているような節があった。

 戦車道に限らず、日常生活でもそういう事が多かったよね。

 みほさんがやろうと思えば先に着替えやタオルを用意したり、食事の時もみほさんが手を出す前に醤油をとってあげたり。

 その間に会話は一切無しでエリカは『んっ』とだけ言って差し出してみほさんはありがとうといって受け取るだけ。

 一緒に戦車に乗れば私たちの誰よりも早くみほさんがどう指示を出すのか解っている様な感じだった」

 

「……そう、なのかもしれないわね」

 

ふと何時だったか大洗対サンダースの試合を見に行った斑鳩先輩が言っていた事を思い出す。

みほの車輌に乗っていた子達は皆特別なのだと。

みほの車輌に乗った私達は初めて戦車に乗った頃を思い出して悦ぶ。

しかし、彼女達はみほの車輌に乗った時が始めて戦車に乗った時なのだ。

だから一般的な戦車道の常識や定石に邪魔されることなく、みほの戦車道に最適化されるのだと……。

 

……今でも忘れない。

あの黒森峰に入学して初めて行われた一年生同士の練習試合の時を……。

 

 

 

 

-3-

 

 

あの時の私はみほの指揮を受けて初めて戦車に乗った時の事を思い出していた。

それは両親に頼んで道場に入門した時だろうか?

それとも地域のイベントで体験会に行った時だろうか?

 

……いや、そうではない。

 

『……ね?戦車って楽しいでしょ!?』

 

『うん!だってエリカちゃんは優しいし可愛いし……もう立派なしゅくじょだよ!』

 

『それじゃあ、エリカちゃん!今日は山に行くよ!』

 

それよりももっと前に私は戦車に乗った事がある。

そう、戦車道に触れようと思った切欠が……。

 

 

最初は性格や印象が変わりすぎていて気づかなかった。

いや、それよりも私はあの子を男の子と思い込んでいたのでみほとあの子を一切結び付けようとしていなかった。

だが、戦車の中で私を励まし、私なら出来ると励ます言葉は昔のそれとは一切変わっていなかった。

そこに気づくと外面こそ変化しているが内面はあの時と変わっていない事にも気づいた。

私の初恋の相手が其処にいたのだ……。

 

もしかすると時の流れによって私の思い出と恋心は徐々に風化して行っていたのかも知れない。

記憶も微かになっていた子供の頃の話だ。

中学に上がるまではまだ熱意もあったが、それ以降は戦車道の初心を見失い、あの子に対する気持ちも薄れていったのかもしれない。

しかし、周囲が言っていたように私もみほの戦車にのってあの時の事を鮮明に思い出し、そしてリフレインしていた。

 

 

『だからエリカちゃんは帰った後も大丈夫!

 エリカちゃんは演じるとか騙すとか、そんな事をしないでも良い子になってるよ!』

 

 

追体験によって薄れていた筈のその気持ちは再浮上した。

まるであの時がそっくりそのまままた行われた様に……。

 

最初は性別の壁によって初恋は終わったのだと思っていた。

それはそれでショックではあったが、言ってみれば小学生低学年の頃の初恋だ。

そんな物なのかもしれないとじきに立ち直った。

別の考え方をすれば彼女が途轍もない程の良い子だと知っているし、恩も借りも多大にある相手だ。

そんなみほと友達になれて同室になれた事で私は満足していた筈であった。

 

ところが、その後も黒森峰の戦車道の活動でみほの戦車に乗る度にその記憶が繰り返された。

短期間で繰り返されたそれは最初のそれと違い再浮上だとかそういうものではなく、あの時の胸の高鳴りを何度も何度も繰り返され、上塗りされ、積み上げられていった。

"初恋"を幾度も体験するという矛盾が私の心を直ぐにあの時の熱意を取り戻させた……いや、更に熱量を増して燃え上がったといってもいい。

"初回"は性別を知る前だったのだから、勘違いであったと自分を納得させる事ができた。

しかし、みほが女性であると知った後に、"女性である"という前提で何度も"初恋"を体験させられた事によって、もはやその意識の壁は既に取り払われていた。

私は同性愛者ではなかった。

いや、今でもそのつもりである。

 

それを意識し、そして諦観と共に受け入れると私はすっぱりと意思転換した。

元々、あれこれ悩んでうじうじする等私らしくないのだ。

それ以降、私はみほを助けて支えた。

日常生活においてはどこか抜けているあの子を支援してあげるのは容易だった。

よく忘れ物をしたり、転んだりとドジをするあの子を助け、食事を用意してあげ、よく夜更かししようとするのをあやして寝床へと誘導してあげたりもした。

一方で戦車道となるとそうは上手くはいかなかった。

知識も経験も技量も、あらゆる面でみほは私の遥か上を行っていたからだ。

それでも私は諦めなかった。

あの時に出会い、そして私達を結びつけた切欠である戦車道で私はみほの隣に立ちたかったからだ。

……多分、私はそうする事によって彼女に"りっぱなしゅくじょ"になったのだと言いたかったのだ。

普通の女性が意中の人物に振り返ってもらうために着飾ったり、料理の腕を磨いたり、車に詳しくなったり、好みに合わせるためにサッカーを好きになったりする様に。

私はそうする事でみほに自分をアピールしたかったのだろう。

私の目的はみほを上回る事ではない。

みほの助けになれるようになる事だ。

彼女の能力を超える必要は無い。

ただ知ればいいのだ。

だからみほ自身に色々教えてもらったし、みほの戦術や指揮も検証して勉強した。

試合面だけでなく、事務面などでもサポートが出来る様に隊長に書類処理や申請手順等を教わりにも行った。

戦車以外を操縦させるのが不安なあの子の為に色々な移動手段の免許も取った。

それもこれも全てあの子の為だ。

好きな相手がいるのならば女として尽くそうとするのは当たり前なのではないか。

……そんなある意味では時代錯誤な考え方を私がするとは夢にも思わなかったものだ。

だが、しょうがないではないか。

恋してしまったのだから。

 

貴女だけを見つめていた。

出会ったあの日から今までずっと。

貴女さえ傍にいれば他に何もいらなかったから……。

 

 

 

 

-4-

 

 

……そうだ。

そうだったんだ!

私はあのⅣ号に乗っている子達と同じだったんだ!

初めて乗った戦車がみほの戦車で、そして彼女から戦車道を教えられた。

誰よりもみほに近い存在と思っていた隊長にもない要素。

 

……いや!違う!

あの大洗の子達とは違う!!

私は彼女達よりもずっと年季がある!

小学生の頃に出会って約十年間、私はみほを思い続けてきた!

私は彼女達よりもずっと思いが深い!

私はみほを支える為に、同じ場所に肩を借りてでも立てる様に努力してきた!

みほを知る為に頑張ってきた!

 

私の中で私の性分である"負けず嫌い"が膨大な熱を持って燃え上がった。

このまま終わるなんて絶対に嫌!

 

見返してやりたい。

暢気にみほの戦車に乗る彼女達に。

 

見てもらいたい。

私は貴女に近づけたのだと!

 

考えろ!

普通の戦車道選手ならどんなに優秀だとしても……それこそ隊長でもみほの常道外れの行動を予想する事はできない。

しかし、黒森峰でただ一人初めて乗った戦車がみほの戦車である私にならば、その枠外の狂気に触れている私ならば非常に困難であり、か細い糸であるが可能性はある筈だ!

 

私の頭の中で色々な思いつきが沸きあがる。

それは人間が普通行うような仮定があり、根拠があり、過程がある思考ではなかった。

まず結果だけを思いつくような、荒唐無稽で、あやふやで、とてもではないが"思考"とは言えないような物であった。

だがそれでいい。

そうじゃなくてはみほの考えに辿り着けない。

 

どれだけそうしていたのだろうか。

数分間だろうか?もしくは数秒の事だろうか?

そんな時間の感覚すら失せるほど集中して考えていた時、ふと一つの"解答"が湧き出た。

それは様々な案の中で異常な輝きと主張を持って瞬く間に私の頭の中を支配した。

根拠も無い。なぜそうなったのかという理由も無い。

しかし、何故かそれに対して私は強い確信を抱いていた。

 

だが、同時にそんな根拠も無い言ってしまえばオカルトに片足を突っ込んでいるような考えに全てを任せていいのだろうか?と不安にも思った。

この、決勝戦の重要な局面にそんな……

 

『…ザ……ザザ……各自、自由に最善と思う行動をしろ……』

 

そう迷っている中で隊長の指示が通信で届いた。

いや、それは指示と言えるものかどうかは疑問であった。

何時も様な自身に溢れた堂々たる物ではなく、か細く縋るような、それでいて諦めを多分に含んだ声であったからだ。

……この人にそんな声をさせてはいけない!

この人にみほとの勝負でそんな決着を迎えさせてはいけない!

 

「……高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処……か」

 

「……エリカさん?」

 

突如無言で考え込んでいた私がぼそりと漏らした声に小梅が不安そうな声を上げる。

そんな顔をするな小梅。

成功するか解らない。

だけど、腹はくくったわよ!

 

「良い?私に考えがあるの!

 それが正しいかどうか解らないし、根拠もある訳じゃない。

 ……でも私にはみほがなんとなくそうするって解るの」

 

そういう私に二人はきょとんと顔を見合わせるとにやりと笑って言った。

 

「エリカさんがみほさんに関してそう言うなら信じちゃいますよ!」

 

「さっすがエリカ!我等が副隊長!黒森峰の核弾頭!

 こうでなっくちゃ!」

 

それに釣られて私もにやりと笑みを浮かべる。

ああ、楽しくてしょうがない。

こんな楽しい事をこの二人とできるなんて、本当に楽しい!

 

「今の私達が逆転の為に最も必要な物。

 それはスピードよ!

 さぁ急げ!急げ!」

 

「了解!」

 

「ほら、エリカ!

 号令をかけて!」

 

浅見の言に私は気づいた様に息を吸い込んで叫んだ。

そうだ、私達にはもっと相応しい号令があるじゃないか!

 

 

「パンツァー・フォー!!」

 

 

そう叫んだ時、私は初めて戦車に乗った時のあの子の号令を鮮明に思い出していた。

 

 

 

 

-5-

 

 

「見えた!

 タイミングは……バッチリ!

 みほが入って、続けて隊長も入ったわ!」

 

「解りました!

 先頭は私が!

 キングティーガーに比べて装甲がもろい浅見さんが次に!

 最後にエリカさんが!」

 

「まっかせろぉぉぉぉ!」

 

小梅の言う様に、小梅の車両を先頭にして私達は縦に3台並んで走行する。

廃校の壁に沿って走行していると、視線の先に壁に空いた唯一の出入り口が見えた。

そしてその正面の道から遅れて大洗の戦車の集団が見える!

 

「【やろうぜ、勝負はこれからだ!】ってね!」

 

「あ!私もその映画好きですよ!

 ……これから逆転する訳ですから実に合ってますね!」

 

「うおおおおおお!やってやります!!!」

 

そのまま勢いを殺さず、戦車を傾けてドリフト気味に履帯を擦りながら吸い込まれるように出入り口の前にぴたりと三台が並んだ。

どの操縦士も良い仕事をする!

ただでさえ信頼性に欠けるティーガーの履帯はこれで弾け飛んだが、ここから動くつもりは無いのだから問題はない!

 

正面から来た大洗の戦車達に明らかな動揺が見られる。

 

「たった三輌。

 されど三輌ですね」

 

「三輌でもこう斜めに並べば立派な方陣だ!」

 

黒森峰が誇りとする重装甲車輌による陣形。

互いが敵に対して斜め傾き、僅かに重なる形で横に並ぶ事で戦車にとって最も脆弱な方向を隠しつつ、垂直での着弾を防ぎ傾斜装甲による厚みと避弾経始を行う方陣。

それは一見すると今までの黒森峰が行っていた重装甲戦車が十輌以上並ぶ壮大で迫力のある方陣と比べれば見栄えは乏しいものであったかもしれない。

だが、装甲不能判定を受けて試合場から離脱してモニターを見守っていた黒森峰機甲科生徒達にはそうは見えなかった。

この試合で一切黒森峰らしい所を見せられなかった。

歯がゆい思いをしていた。

不甲斐なかった。

そのまま終わると絶望していた。

そんな中で大洗に、あの妹様が率いる大洗に黒森峰の象徴でもある方陣を敷き、それが多大な効果を挙げている。

生徒達の滲む瞳には、その僅か三輌の方陣が今まで最も尊く、強固で、頼もしい方陣に見えていた。

 

「……そう言えば大洗には方陣を見せてやれませんでしたね」

 

「ああ!そりゃ申し訳ないことを大洗にはしたね!

 日本高校戦車道が誇る黒森峰の方陣を見せてやられなかったなんて!

 新しく戦車道を始めた新参者には優しくしてやらないと!

 ね?エリカ!」

 

「……全く持ってそのとおりね。

 じゃあ……」

 

私はそっと手を上げて……振り下ろした。

 

「では教育してやるわよ!!!」

 

それと同時に三つの砲塔が轟音と共に火炎を噴出した。

慌てたように大洗の戦車達が散会し、防御体制を整えながら砲撃をしてくる。

経験浅いにも関わらずこの対応は見事であったといえるが、それでもやはり遅い!

こっちは姿を曝け出して動かないでいるから向こうの砲撃の幾つかは被弾するが、斜めになった事で厚みが増した装甲に当たり、そして勢いがそれる様に弾かれていった

流石に三突とポルシェティーガーには無傷とはいえないがそれでも十分耐えられる!

隊長とみほの一騎打ちが終わるまで時間を稼げればそれでいい!!

さぁ、かかってきなさい大洗!!

 

 

 

「私が一番みほの事を理解しているんだから!!!」

 

 

 

 

     副題【あなただけ見つめてる】

           -了-

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『I feel the need?the need for speed!』

 (劇中訳「やろうぜ、勝負はこれからだ!」 直訳「必要性を感じないか?スピードが必要なんだ!」)

 

    映画「Top Gun(邦題:トップガン)」(1986)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-6-

 

 

(……私が考えてなかった事が起こるなんて初めてだなぁ…)

 

一瞬だけ振り返り、三台の戦車をちらりと見て私はくすりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせして申し訳ありません。
更新が停滞している間も沢山の感想と高評価ありがとうございました。
おかげで「何とか更新しなければ!」という思いと共にモチベが保てました。
後もう少しで完結ですが、どうかお付き合いいただければ幸いです。


前話で遅れながら評価のコメント欄を消したことで評価を入れやすくしたと書きましたが、「逸見エリカが西住みほを看病する話」 https://novel.syosetu.org/83314/ 此方の方も同じようにしました。
よろしければ評価をしてくださると幸いです。


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第十七話【大荒れするからシートベルト着用よ】

 

-1-

 

 

西住まほは呆然と廃校の入り口を……そこに並ぶ三台の戦車を見ていた。

そして同時にみほの……戦車道において珍しく浮かべている驚愕の表情を見てまほはたまらなくおかしくなった。

 

「ははは……

 ははははははは!

 あーっははははははは!!」

 

たまらず笑い声を上げるまほに車内の人員も釣られるように笑い声を上げた。

そしてそんなまほをみほは楽しそうに見ていた。

 

「私の勝ちだな!

 みほ!」

 

「……そうだね。

 最後の最後でしてやられちゃったね」

 

それはもし第三者が聞けば疑問を呈する言葉であっただろう。

開始時点から戦車の数も質も大きく差があり、言ってみればハンデ戦の様であった。

にも関わらず黒森峰は……まほは試合開始からずっと裏を引き続けていい様にやられていた。

そんな中の最後にやっと一発だけやり返しただけに過ぎない。

しかも、それもまほ本人の行動というよりはエリカの機転による物だ。

そもそも、まだ一対一の五分五分の状況になっただけに過ぎず、それも時間的な制限で言えば援軍が期待できる分、大洗側が有利な状況であった。

 

だが、二人の間に共通する勝利の価値観は違った。

あらゆる行動が裏目に出て、もはや敗北が必至という何もかもが詰んだ筈の状況でただ行われた一手が五分に状況を戻した。

それを為したのはエリカであったが、エリカがそれが出来るように導いたのもまほであったのだ。

例えそれが完全に意図通りであった訳でなく、偶然に拠るものが大きいとしても、その偶然を手繰り寄せたのはまほが積み重ねてきた行動と発言による物である事は間違いなかった。

これを許した時点で戦車道の試合の勝敗とは別に二人の中での勝負という物において、完全に試合を思い通りに運べなかったみほは敗北を、一方でみほの予想を覆したまほは勝利を感じていた。

 

「……ふふふ、どうだうちの副隊長は。

 頼もしいだろう」

 

「うん、本当にエリカさんは頼りになるよね。

 無いものねだりはちょっとみっともないかも知れないけど、欲しかったなぁ」

 

それはエリカ自身が何よりも望んでいた言葉であった。

もし、本人が聞いていれば一筋の涙を流していただろう。

 

「だけど、次の勝負は負けないよ!お姉ちゃん!」

 

「ふふふ、そうは行かないな。

 次の勝負も勝たせてもらう!

 ……行くぞ、斑鳩!」

 

「……はい!」

 

 

最後の決着をつけるために二台の戦車が火花を散らしながら履帯を回転させて動き出した……!

 

 

 

 

-2-

 

 

中央広場とそれを囲うように建っている校舎を挟んだ周囲の通路。

この空間を二台の戦車が奔り回っていた。

なるほど、やはり妹様の戦車の動きは素晴らしいの一言に尽きる。

動きながらの砲撃精度も凄いが停止してから発射までのタイムラグや曲がり角での接敵してからの砲撃時間等も良い反応だ。

これほど複雑に動き回る中での装填間隔も素晴らしい。

本当につい数ヶ月前に戦車道を始めたとは思えない力量だ。

その中でも特に刮目するべきなのはやはり操縦手だ!

観戦している時もその技量に感心せざるを得なかったが、こうして実際にタンクジョストを通して見ているとより実感できる。

こいつは……冷泉麻子は間違いなく天才だ!

私の知る限り、高校戦車道界において彼女を超える才の持ち主はいないだろう。

一方で私は少なくとも一流と自負はしている。

高校戦車道の最強豪校のフラッグ車でもあり隊長車の操縦手を任されているのだ。

高校野球に例えれば優勝常連校の4番か主戦投手を任されているような物だろう。

故に私は高校戦車道においてはトップクラスの操縦手に十分位置されると言っても良いだろう。

しかし、冷泉麻子は才覚においてはトップ()()()ではなく間違いなくピラミッドの頂点に存在している。

私が所詮は凡人の範疇で一流止まりだとすれば、彼女は天才で超一流になれる存在だろう。

……そう、"なれる"だ。

今、この時はまだ私の方が上だ。

天才だとしても悲しいかな彼女には経験が足りなかった。

いや、別の言い方をすれば数少ない経験でよくぞここまで仕上げられたと言うべきだろう。

もし、来年に当たれば彼女は間違いなく一年の経験を持って、私を技量で凌駕していただろう。

……いや、そんなに経験は要らないのかもしれない。

あと数試合も経験すればそれで十分だろう。

追う側となって操縦席から狭い窓越しに逃げるⅣ号の後姿を見ながら私はそう実感していた。

 

中央広場を囲う□の形状の外周をぐるぐると回りながら追いかけっこをしているのが現状だ。

このまま行けば操縦技術に勝る此方が追いつく形となる。

勿論、そうなる前に向こうは何らかの対処を取るだろうが、先に向こうにアクションを起こさせる事を強要できるという点が大きい。

そう思っていた時だった。

 

「……?」

 

曲がり角を曲がるⅣ号が今までとは違った動きを取る。

減速が今までより遥かに遅い。

それに対して車体の向きがコーナーへの進入に対して僅かに傾いたまま横滑りの形で移動し……

 

「……なっ!?」

 

Ⅳ号がコーナーへ侵入すると()()()で車体の向きを変えて左に曲がったのが見えた。

 

「た、多角形コーナリング!?

 戦車で!?

 アホかあいつは!」

 

多角形コーナリングとはバイク等のレースで使用される高等技術で、通常はタイヤを動かし曲線を描くようにコーナーを曲がる所を、コーナーの奥まで直線的に突っ込み、その後に車体のテールを流して一気に向きを変えてフルスロットルで立ち上がるというコーナーリングテクニックである。

通常、"多角形"とある様にタイヤを使うバイクや車はこれを複数回行うことでコーナーを直線状に描いた角を幾つも描くような機動を取る。

しかし、タイヤで動くそれらと違い、戦車は左右の履帯を逆方向に動かす事を利用してその場での方向転換、つまりいわゆる超信地旋回ができる。

つまり、戦車は一回の方向転換でまるで直角を描くようにコーナーを回る事ができるという事になる。

あくまで理屈の上で……だが。

 

静止してからの方向転換ならいざしらず、実際には高速で直進しているのだからどうしてもコーナーを曲がろうとすると慣性がかかる。

速度の調整と通常なら左右どちらの履帯も等速で回転させる所をあえて速度に差をつけることによって可能としているのだろう。

口で言うのは簡単だが、それには超人的な調整感覚が必要だろう。

今まで冷泉麻子がそんなテクニックを行う所は見たことが無かった。

温存していたのだろうか?

いや、違う!

今このタイミングでできるようになったんだ!

百の練習より一の実戦とは言うが、正にその言葉通りこのタンクジョストの身と心を削るような接戦で彼女は急速的に経験を詰み成長している!

今この時も宇宙が膨張し続けているように!

 

「ええい!やってやらぁ!!!」

 

負けられない!

ここで普通に曲がっては折角つめた距離が離れてしまうという事もあるが、それ以前に冷泉麻子が目の前でやってのけたテクニックをリスクを考えて避けるなんて賢い判断は私にできない!

大体、正に今目の前で手本を見せられたばかりじゃないか!

それで出来ないなんて事があるか!

やってみせろ!ティーガー!

お前に命を吹き込んでやる!

 

「……ぐぅ!」

 

頭の中でつい先程目に焼き付けたⅣ号の動きを思い出す。

確かに、これぐらい傾けさせて進入させていた筈だ。

あとは車輌の差を考慮して履帯の回転速度を調整させるのは己を感覚を信じてやらなければ!

Ⅳ号と同じ様に……いや、コーナーの内側に近い様に進入したⅣ号と違い、私は外側からコーナーに進入した!

 

「……いっけぇ!」

 

僅かに車体左側がコーナー内側の壁を擦り、コンクリートの破片が飛び散る。

コーナーのギリギリのラインを描くように曲がった。

 

……上手くいった!

しかも、あの冷泉麻子よりも!

 

足回りの信頼性に不安が残るティーガーⅡでⅣ号がやった様に直角で曲がることは大きな危険を孕む。

故に、私はコーナーの外側から進入し、斜め45度に向きを瞬時に変えて出口へと向かい、そして出口で再び45度傾けてフルスロットルでコーナーを抜けた。

つまりⅣ号が一回の方向転換によってインベタでコーナーを曲がったのに対して、私は方向転換を二度に分けて、アウトインアウトの形でコーナーを曲がったのだ。

これはティーガーの足回りの不安定さを危惧したからだ。

Ⅳ号に比べてティーガーはその重量等によって履帯は外れやすく、壊れやすい。

故にその負荷を分割する為に方向転換を二度に分けたのだった。

 

これによって離された距離をまた詰める事に成功した。

……しかし、なんて奴だ。

何て女なんだあいつは!

これが戦車を動かして数ヶ月の初心者がやる事だろうか!?

 

あと数試合も経験すれば……なんて所ではない。

……恐らく、この試合を終えた後の冷泉麻子は確実に私より上の選手になっているだろう。

皮肉にも高校戦車道界の中でもトップに位置するだろう私とギリギリの接戦を繰り広げているという状況が彼女を急速に成長させているのだ。

ふざけた奴だ……!ジャンプのバトル漫画の主人公か!あいつは!

 

……だが、何はともあれ少なくともこの試合中では確実に私の方が上だ!

紙一重ではあるがこの勝負だけは私の勝ちだ。

そして私はその一回だけでいい!

一回だけお前に……お前が操縦する妹様に勝てればそれでいいんだ!

 

 

 

 

-3-

 

 

その後、幾度も砲弾を打ち合い、車体を掠らせ、凌ぎあった。

正面から近づきあい、砲塔同士を突き合わせて絡ませて交差させて、打ち合った砲弾が互いの側面間近を通過しあう事もあった。

そして、その後に二台ともこの戦いが始まった時の様に中央の広場で再び睨み合った。

広場の真ん中に置かれた大きなモニュメントを挟んでいるので、互いに姿が見えているが砲弾を直撃させるのは難しい。

恐らくは互いに回りこみつつのベタ足インファイトの如く近接戦になるだろう。

正しくドッグファイトだ。

絶対に引かない気迫で挑みつつも、体が沸点を超えた武者震いを起こすのが解る。

 

「隊長……あれを使います!」

 

「……ああ、いいぞ!」

 

私は気迫の声をあげながら思いっきりペダルを踏み抜いた。

今から私が行うのはとっておきの技だ。

……かつて、そうまだ私達五人が毎日の様に一緒に訓練したあの頃。

妹様がふと提案したタンクジョストにおける戦車の機動。

それは敵戦車に対して真正面から突っ込むと見せかけて、途中で戦車を横に傾けたまま横滑りさせ、敵戦車に近づいたところで一気にドリフトさせて側面にから後方に回り込むというものだ。

不意を打った急激な進路変更によって相手の視界外にまるで煙の様に消え、そして此方は相手の最も脆弱な後方に回避不可能な砲撃を零距離から撃ち込む攻防一体の機動。

当然、それは生半にできる事ではなかった。

その軌道を描くように戦車を操縦するだけでも難易度が高く、其れに加えて仮にできたとしても戦車の履帯が切れる事が殆どであったからだ。

更に言えばこれを成立させるには操縦手の腕だけではなく、急激な方向転換の後の静止で即座に発射・命中させる砲手とそんな動作の中で装填する装填手にも技量が求められる。

その上で腕だけではなく連携も必要なのだ。

去年、五人で練習をしている日々の中でもこの技を練習していたが、形にはできなかった。

……だが、妹様。

貴女がいなくなった後も私たちはその技を決して忘れる事は無く練習していました。

其処には私達の複雑な感情がありました。

形のない貴女の置き土産として、その残滓に縋ったのかもしれません。

又は、何時か貴女が戻ってくるのではないかと淡い期待を抱いていて、その時の為に備えていたのかもしれません。

……又は、単に貴女に褒めて貰いたかっただけなのかも知れません。

 

兎も角、その甲斐もあって私はこれを完璧に習得しました。

あの時の五人ではありませんが、隊長はもちろん砲手も装填手も黒森峰の誇る精鋭です。

この技の為にこの車輌とメンバーで練習もしてきました。

……さぁ、よく見てください。

私は貴女が残してくれたこれを完全に私の物にしました!

 

さぁ、行くぞ!ティーガー!

お前に生命を吹き込んでやる!

 

ペダルを踏む足に自然と力が入り、虎が大きな腹の音を鳴らし、全力で妹様の戦車に走る。

そして僅かに車体を横に傾けたまま横滑りをさせ、回り込みの準備動作に移った。

……何だかこの感覚に既視感を覚える。

それもつい先程経験したばかりの様な……。

……そうか!これは先程やった多角形コーナリングと同じ感覚なのだ!

あれも言ってしまえばコーナーを曲がる為に速度を乗せたまま最小半径で曲がる機動である。

だから今からする機動と同様に、動作の前段階で車体を僅かに傾けて横滑りさせるのだ。

なるほど、だから私は一発で成功できたのだ。

見本を目の前で見ていたにしろ、あれは冷静に考えれば一発勝負でいきなり成功させれるようなものではない。

ましてや、あれほどギリギリを攻める様に完璧に行くなどほぼ不可能だっただろう。

私はこの妹様の置き土産を習得するために必至に努力して修練していた。

故に、共通する部分が多い多角形コーナリングも容易にできたのだ。

それも、あの冷泉麻子よりも高い精度で。

 

 

 

……待てよ?

……じゃあ、ひょっとして…?

 

 

 

 

私はその可能性に辿り着いた時、背筋がゾクりとしたのが自分でも解った。

あいつはこの試合中に急成長していた。

だから土壇場で多角形コーナリングができるようになった。

それは間違っていはいない。

だが、それだけじゃない筈だ。

先程述べた様に技量があっても土壇場で一発で成功するようなテクニックではない。

基礎ができていたんだ。練習していたんだ。

何の?多角形コーナリングの?

勿論、そんな訳がない!

 

操縦席の前に空いている狭い視界確保用の小窓。

そこから、Ⅳ号がティーガーとは逆の向きに僅かに傾き、唸りを上げて横滑りをしながら此方に向かっているのを私は見た!

 

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『Fasten you seatbelts. It's going to be a bumpy night.』

 (訳「大荒れするからシートベルト着用よ」)

 

    映画「All About Eve(邦題:イヴの総て)」(1950)より

 

 

 

 



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第十八話【やってみろよ!楽しませてくれ!】

 

 

 -1-

 

 

 

 

「それで、わざわざ此方に来ていただいた用件は何かしら?」

 

豪奢で華美でいて、其れでいて下品ではない調和の取れた気品のある一室でダージリンは紅茶で僅かに唇を湿らせた後に言った。

 

「……貴校が大洗と行った練習試合の資料がほしい」

 

ダージリンと相対する形で席に座っていた西住まほは出された紅茶に一口もつける事無く速急に要求だけを述べた。

これにはダージリンも僅かに眉を上げたが……あの西住まほが焦っているという事態はそれほど不快ではなかった。

 

「これはこれは、天下の黒森峰ともあろう物があのような新参の弱小校が気にかかると」

 

「その通りだ」

 

「これは驚きましたわ。

 その様な些事は必要はないでしょう?

 何時もの様に相手が何であれ、貴女はただ西住流を貫き通し、上から押し潰しながら前進すればいいのではないかしら。

 それこそが貴女と黒森峰の戦車道でしょう」

 

「ダージリン、普段ならお前との巧妙な言葉のやり取りや腹の探りあいも私は楽しめる余裕はある。

 しかし、今は申し訳ないが回りくどい事は抜きにして話を進めたい」

 

「……というと?」

 

「お前がみほと戦ったのならば感じ取っているはずだ。

 何より、これまでのみほの試合を全て見ているお前ならば解っている筈だ。

 お前はそんな見る目のない女ではない。

 私が知る限り最も優秀な戦車乗りでもあり、そして最も優秀な鑑定眼の持ち主だからな」

 

真っ直ぐとダージリンの目を見つめながらそう評するまほに、ダージリンは無言で紅茶を口に運び、場の空気に一泊置くようにゆっくりと一口飲み干し、ティーカップをソーサーに置いた。

 

「……良く私が大洗の試合を全て見ているとお解かりになりましたね」

 

「よく言う。

 私も毎試合見に行ったが、毎回お前がいたのは見えているんだ。

 ……だから頼む。

 私はどうしてもみほに勝ちたいんだ。

 その為にはどんな僅かな資料でも必要なんだ。

 頼む、ダージリン」

 

「申し訳ありませんが、少なくとも当時は新参の弱小校としか思っていなかったので記録の類は一切とってなかったの。

 ごめんなさいね」

 

懇願するまほにダージリンは悪びれずに断りの理由を述べた。

 

「……理由を聞かせてもらって良いか?」

 

事情があり記録をとっていなかったというダージリンの言に理由を問うのは些かおかしな事であったと言える。

しかし、戦車道校の中で最も情報というものに精通しているが聖グロリアーナである。

その聖グロが如何に弱小校が相手の練習試合とはいえ自身が参加した試合の記録をとっていない筈が無かった。

それには、まほも百も承知であったが、同時にダージリンもそんな理由が通じるとは欠片も思っていなかった。

要は体の良い断り文句である。

だからこそまほは大洗に肩入れする理由を聞き、ダージリンもそれに答えた。

 

「私、みほさんのファンですの。

 つまらない戦い方をする姉と違って、妹さんの方は相手をしていても、傍から見ていてもとても面白い方だわ。

 それに人柄の方も実に可愛らしく、一緒にいてとても好ましく感じますの。

 だからみほさんを背中から撃つ様な真似はできないわ」

 

この会話を端で黙って聞いていたアッサムはこのダージリンの言に内心で頷いていた。

何せ、あの練習試合からダージリンの口から大洗の……というより西住みほの話題が出ない日はなかった。

大洗の試合日を控えるとまるで遠足を明日に向かえた小学生の様にそわそわしだし、興奮して寝付けなかったのか珍しく中々起きようとしないダージリンを起こしてあげたのは一度だけではない。

その上で試合が終わって帰った日には如何にも興奮した様に西住みほについて話すのだ。

普段は達観していると表現できるくらい飄々としているのに、こういう時のダージリンは不覚にもとても可愛らしかったのをアッサムは良く覚えている。

というよりまるで恋する乙女といっても良かった。

何せ「そんなに気になるのなら直接声をかけて誘ってみてはどうですか?」と言ってみたら「そんな事恥かしくてできないわ!」と顔を赤くして言うのだから。

尤も、それは当初はダージリンの付き添いとして致し方なくといった感じで大洗の試合の観戦に赴いたオレンジペコも一緒だった訳だが。

彼女も観戦の回数を重ねる度に明らかに大洗にのめり込んで行った。

準決勝のプラウダ戦の後など、アッサムは興奮した様に何時までも話し続ける二人といつの間にか同じ様に大洗のファンになっていたローズヒップを宥めて寝床に入れるのに大変苦労したものだ。

 

それはそうとしてこのダージリンの言は些か黒森峰の隊長に対する挑発が過ぎるのではないだろうか?

普段から揶揄や皮肉を言ったりする事はあるが、ここまで直接的に、しかも本人に向かって批判的な事を述べるのは非常に珍しかった。

しかし、それ以上に驚きなのは黒森峰の隊長がこれに全く怒気を見せなかった事だ。

いや、普段から感情を押し殺しているような人物であるからそれ自体は驚く事に値しない。

だが、黒森峰の隊長は怒りの感情は見せなかったが、喜ばしいような、其れでいて得意気な表情を僅かに見せていたのだ。

 

「……なるほど。

 私はつまらなく、みほはとても面白い。

 そして可愛らしく好ましいか……。

 やはり、ダージリンは見る目がある。

 私も全く持って同感だ」

 

そういいながらまほは席を立ち、ドアを開けて退室しようとした所で足を止めて振り向きながら言った。

 

「……ダージリン。

 お前ほどの女がみほの味方でいてくれて頼もしいよ。

 ……ありがとう」

 

それだけ言うと返事を待たずにまほは退室していった。

それをダージリンは先程と同じ様に無言でティーカップを口に運びながら見送った。

……アッサムはその様子を黙って守っていた。

ダージリンは相変わらず照れると誤魔化す様に紅茶を飲む癖があるな……と思いながら。

 

 

「……前の貴女はつまらない人でしたけど。

 今の貴女はそう悪くは無いわ……」

 

まほが退室して閉ざされたドアを見ながらダージリンはぼそりと零した。

 

 

 

 

 

 

 

―――後日、決勝戦終了後に「記録していなかったと思われていましたが、一生徒が独自に撮っていた記録があったので送ります」と添えられて一枚の動画データが黒森峰に送られてきた。

恐らく、決勝戦でまほが西住みほと壮絶なタンクジョストを行ったのを見ていたダージリンからの自慢を含んだ意趣返しだったのだろう。

それを見た斑鳩はこれが決勝戦前に入手できていれば、()()()()を冷泉麻子がしてくる事は予想できただろうと確信した。

もっと言えば、それはこの大会前の練習試合の時から西住みほが本気であった事の証左とも言えた。

即ち、この映像だけで決勝戦で行われた大洗の計略の大部分がもしかしたら予想がついたかもしれない。

つまり、貴重だろうと思いつつも各試合の中で参考資料としての価値は一番低いと思われていた大会前の練習試合のそれが、実は最も重要で価値ある資料という事になるのだった。

逆に言えば、それをダージリンは承知の上だったのだろう。

何せ、自分にしてきたこの前代未聞の技を全国大会中にどの試合でもその片鱗すらも見せなかったのだ。

西住みほがこれを取って置きの切り札としているという事に気づくのは聡明な彼女なら容易に辿り着く結論であった。

だからこそ彼女はこれを黒森峰に渡さなかったのだ。

……一方でそれは西住みほがダージリンがそうする事を読んでいた事にもなる。

 

 

 

 

今、ダージリンはこれまでの大洗の試合の時と同じ様に決勝戦をオレンジペコと見守っていた。

これまでの試合経過はどれも彼女の予想の遥か斜め上を行き、実に彼女を楽しませていたが、それですらこの眼前で繰り広げられる奇跡の様なタンクジョストに比べれば前座の様なものだっただろう。

悔しいがこればかりは賞賛しつつも自分にはできない事と認めざるを得なかった。

西住みほと西住まほ。

指揮能力もさるながら戦車の単体運用の技術もいっそ芸術的であった。

その技量は高校生のそれを遥かに上回っているが、目の前の光景は単に両者の技量が極めて高いだけではなかった。

姉妹故にか、それとも近親である事を根拠としない深い繋がりが二人にはあるのか、互いに互いを知り尽くしているかのような戦いであった。

それはまるで二人で踊るダンスのの様であった。

力強いアクセントを刻むコンチネンタル・タンゴの様に。

他人には決して踏み入れない二人だけの世界がそこにあった。

 

羨ましいと思った。

しかし、それ以上に美しいとさえも思った。

余人には犯す事のできない神聖不可侵の舞台。

 

ダージリンは確信していた。

この日より、日本戦車道はこの二人を中心として躍進するに違いない。

きっとこの戦いは電子の海を通して日本中に拡散される。

そして、これを見て少なからず血を躍らせない女子がいる訳がない。

誰もが憧れる筈だ。

ある者はこんな風になりたい。

ある者はこの人と一緒に戦ってみたい。

 

「……本当に人誑しなひと…」

 

彼女がより多くの人に注目されるのは誇らしい事だが、同時に自分だけが知っている彼女が大衆に知られるのは寂しくもある。

そう複雑なファン心理に思い馳せているとついに目の前の戦いは最終局面に移ったようだ。

中央広場にて開始時と同じ様に中央モニュメントを挟んで対峙する二輌。

今までの動に溢れていた様子と違い、風の音すら此方に聞こえてきそうな静けさであった。

そして……しばし互いに見つめあった後、対面する二人は同時に号令を飛ばした。

 

「……そう、ここでそれを見せてくれるのね。

 みほさん、光栄に思うわ。

 そんな重要な事の練習に私を選んでくれた事を……」

 

そして二輌は互いに逆方向から回り込む様に絡み合った。

まるでくるくると入れ替えながら優雅に回る姿はドレスの裾を円形に翻して廻るスローワルツの様に……。

其れを見て思わずダージリンは彼女に似合わない口調で言った。

 

「……さぁ!完成した其れを見せてみなさい!みほさん!

 

 

 

 

 

 

-2-

 

 

 

 

「ああああああああああああああああッッ!」

 

私は気合の声を吼えさせながらティーガーを懸命に操った。

小さな車外確認用の小窓から妹様のⅣ号がティーガーと同じ様に僅かに互いの車体の先からずれる様に横滑りをしているのが見える。

何という事だ!

まさか……まさか()()()を冷泉麻子が!?

戦車に始めて乗って僅か三ヶ月足らずの初心者が!?

何度も何度もつくづく思った事だが、天才という表現で済むレベルではない!

私があれから約一年間どれだけ練習したと思っているんだ!

……いや、もしかすると冷泉麻子が天才だというのは当然として、この三ヶ月の間に妹様が付きっ切りで直接指導したのも大きいのかもしれない。

規格外の天才が規格外の天才に教える。

なるほど、よく出来た運命なのかもしれない。

常人とは違った世界に住む無頼同士が奇跡的な確率の末に出会ったのだ。

その強烈な化学反応はこれぐらいの事をやってのけて当然なのかもしれない。

……そう、真に驚くべき事はこの技をやってのけた事ではない。

これを一切匂わせず、最後のこの瞬間までその残滓すら残さなかった事だ。

……以前に隊長が言っていた事を思い出す。

妹様は当然ながら稀代の戦略家でもあり策略家だ。

その遠慮深謀は驚くべき精密さと大胆さを兼ね備えている。

しかし、彼女の真に恐るべき所はその策をもってどれだけ成功を積み重ねても、安心せず、慢心せず、油断せず、慣れず、弛緩せず、現実を舐める事無く実行する瞬間まで隠し通そうとする事だ。

どれだけ完成度が高い策を思いついてもそれが相手にばれてしまえば意味は無い。

それ所か逆に利用されて危機に陥るというのは現実の歴史上でも幾度と無く行われた事だ。

それでも成功を積み重ねていけば心のどこかで僅かなりとも『ここまでする事はない』『今度も大丈夫だろう』といった驕りが生まれるのが人間というものだ。

だが、妹様はそういった常人の心の隙間とは無縁であり、病的なまでに僅かな痕跡を隠蔽しようとする。

思い返せばこの大会でもそうだった。

サンダースではギリギリの苦戦を装い、プラウダではまるで最初は勝利を度外視したような行動を取り、終盤になって慌てて勝利に走った様な行動を取った。

だからこそ黒森峰は…実姉である隊長は大洗が最初から優勝のみを目指して黒森峰だけに絞って行動していた事を読めなかった。

正しく常人の発想ではない。

 

……考えてみれば、冷泉麻子も妹様に傾倒するのも当然だ。

単に技量に沿った指示を車長として出すだけではない。

大会の決勝戦でのフラッグ車同士の決闘、その中で最後の大詰めという極めて重要かつ最大の晴れ舞台でのここぞという切り札とされたのだ。

自分の能力を活用できる機会に餓えていた彼女は今まさにこれまでの人生の絶頂にいるのではないだろうか。

今、冷泉麻子ははどういう気持ちなのだろうか?

……それは運命の巡り会わせによっては、私が感じていた物かもしれない……。

 

 

横滑りをしながら近づいていたⅣ号とティーガーがその回転半径を鋭くさせて位置を入れ替わるように時計回りにドリフトしながらくるりと交差する。

今、互いの射程の正面同士が向き合った。

しかし、撃つ訳には行かない。

ただでさえ移動中の命中力が落ちる第一世代戦車だ。

この様な変則的な機動の最中に撃って当たる訳がない。

この技はこの意表をつくような軌道を持って相手の側面から後方に回り込み、動きを止めた一瞬にその脆弱な箇所を狙い打つのが目的だ。

故に、この技同士では少しでも相手の側面に対して回り込んだ方が勝ちとなる。

……つまり、必然的に操縦手同士の技量の比べあいなのだ。

その点で言えば……先ほど前述した様に私の方が僅かに上なのだ。

今、Ⅳ号の動きを見ていてもそれが解る!

私は足回りの不安定なティーガーでも履帯を切らさないようにこの軌道を行う事ができる。

つまり、それだけ精密で緻密な操縦が出来るという事だ。

一方で、Ⅳ号の機動は僅かならが不安定さを感じさせる。

この速度と回転半径で履帯にダメージが行かない訳がない!

……しかし、言ってしまえば一年というアドバンテージがありながらこの程度の差なのだ。

いや、戦車道の経験という点で言えば数年の差という事になる。

たった3ヶ月程度でこの高難易度のテクニックを形にしているだけで十分に賞賛に値する。

だが、今は紙一重の差で私の方が上だ!

恐らくこの試合、いやより正確に言えばこのタンクジョストの分だけ経験をつんだ後の冷泉麻子は確実に私より一段上の操縦手になっているだろう。

それでもこの一瞬だけは私の方が上なのだ!

そして私にはそれで十分なのだ!

 

……だが、この僅かな差では一回でけりをつけるのは不可能だろう。

しかし、此方は履帯に負担をかけず、向こうは逆に履帯に大きな負荷をかける事になる。

繰り返せば当然ながら先に向こうの足が死ぬ事になり、この互いの意地と意地のぶつかり合いから降りるのであればその事実だけで私たちの勝利ともなる。

……では、何故あの妹様がこの選択を取ったのだろうか?

逸見のあの行動が妹様にすら予測不可能な動きだとしたら、その後の展開も全て考慮外だったのだろうか?

……そうか、では私がこの技を身につけている事も予想外だったのだろう。

それは何時か妹様を驚かせてやろうと、あの人が残してくれたこの技を必死に習得していた私にとって望み通りの筈であった。

……しかし、同時に寂しさも覚えていたのだ。

私が妹様の置き土産をそれほど軽んじていると思われていた事に。

……それは同時に五人で笑いながら練習していたあの時間も妹様にとっては過ぎ去り掠れた思い出に過ぎないのだと……。

 

そう思いながら正面を見つめていると、正面を向き合いながら同じ速度で回転する互いの戦車の小さな操縦席の前方確認用の小窓越しに冷泉麻子と目が合った。

 

「……!!」

 

激しい動きの中で狭い窓越しの刹那の間だけの出来事であったが、私にははっきりと此方に向かって口角を僅かに上げ、にやりと笑った冷泉麻子が見えた。

……そして、次の瞬間!

 

「……え、何!?」

 

徐々にだが視界の右端へとⅣ号の姿がずれていくの確認した。

……私はティーガーの操作を乱していはいない!

常に一定のドリフト速度を保っている!

 

 

 

……つまり、これはⅣ号の回転半径が更に鋭くなり、ティーガーの側面に回りこみつつあるという事を意味していた!

 

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『Go ahead, make my day.』

 (訳「やってみろよ!楽しませてくれ!」)

 

    映画「Sudden Impact(邦題:ダーティハリー4)」(1983)より

 

 

 

 

 

 

 




あともう少しの間ですが、どうかお付き合いお願いします。


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最終話【I Found My Way】

 

-1-

 

「馬鹿な!」

 

私は自然と現実を否定する叫び声をあげていた。

Ⅳ号の足回りを考えればあそこはむしろ減速し体勢を立て直すべきだ。

あの操縦技術でⅣ号の履帯を加速させ、車体を傾けるなど自殺行為でしかない!

見ろ!視界から消えようとしてるⅣ号の車体の履帯を!

金属とアスファルトが擦れて、赤い火花を散らし、金属音が悲鳴となって鳴り響いているのが解る。

 

……ついには片側の履帯が弾け飛んでしまった。

これで終わりだ……いや、何故減速しない!?何故更に片側の履帯を動かしているんだ!?

 

……ああっ!!そうか!!!

 

「砲塔回転!急げ!」

 

気づいた隊長が指示を飛ばす。

私も慌てて車体の安定を取る事を捨てて、全力で履帯を左右それぞれ逆方向に加速させて車体を超信地旋回させる。

 

簡単な事だったんだ・・・・・・

履帯を切らさずに高速度かつ急角度なドリフトをする。

その為には高度な技術と膨大な経験がいる。

ならば、逆に考えれば・・・・・・そう、常識など鼻で笑うような異質な天才の発想からすれば最初から履帯など気にしなければいい。

全く持って簡単なロジックだったのだ・・・・・・。

 

……馬鹿な!

あり得ない!

後先を考えず、履帯が切れる事も覚悟の上で、この一回で決着をつけようとするなんて!

何て……何てとんでもない事を考える人なんだ!

勝負の土壇場で行き成り全てのチップをオールインをするなんて!

……数回目、これを繰り返した後に……いや妹様ならば二度目にならばまだ解る。

普通にしていてもジリ貧なのだから一回に賭けようという思考になってもおかしくはない。

だが、何故最初の一回でそれができる!?

だって、こっちが同じ事をしてくるとは解らない筈じゃないか!

あの状況で捨て身となって履帯を壊してでも一回でけりをつけようとするなんて、最初から此方も同じ技をしてくると解っていなければ……

 

 

……っ!!

 

 

……そうか!解っていたんだ!

私なら……斑鳩拓海なら妹様がいなくなった後もあの置き土産をモノにするだろうと……。

 

 

 

 

 

……解っていてくれていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2-

 

 

 

戦車下部の車体と上部の砲塔が同方向に回転することによって、主砲が素早く右側へと回り込んだⅣ号を射線に捉えようとする。

私の前方視界には既にⅣ号は存在しない。

砲塔と一緒に回転する席にいる砲手の視界内に存在する事を祈るしかない!

 

……間に合うか!?

 

限界まで車体を動かした後、経験と勘に基づいて車体を一気に静止させる。

一瞬にも満たない間であったが、なんとなくⅣ号も全く同じタイミングで停止した事が解った。

 

「撃て!」

 

静止から隊長の発射命令。

発射命令から発射。

どれも一拍の間も置く事無く流れるようにほぼ同時に行われた。

この点だけでも私達の錬度とチームワークが卓越している事が解る。

……だが。

 

二重に聞こえる轟音。

大きく揺れる車体。

相手の砲弾が命中したのが解った。

どの箇所に?

此方の砲撃はどうなった?

……ティーガーならこの距離でも箇所によっては一撃で走行不能にならない事は十分にありえる。

一方で此方の砲撃は当たれば十分に大破せしめる事が出来る筈だ!

 

……祈るような心境だ。

いや、私だけではない。

車内の全てが……いや、恐らくこの会場にいる全員が耳に痛い程の静寂の中で固唾を飲み込んで判定を待っている筈だ。

小窓からは着弾時の煙によって何も見えない。

 

果たして結果は……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……黒森峰フラッグ車、走行不能!

 よって……大洗女子学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嗚呼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -3-

 

 

 

ずるりと背もたれに体重をかけて体を弛緩させる。

 

「終わった……か」

 

終わった。

終わってしまった。

 

現実感がなくどこかふわふわと心が浮いていたが、口にすると途端に強く認識できてしまう。

 

終わった……。

……終わった?何がだろう?

試合が?

いや……そうではない。

何となくだが……私はもっと長いスパンでの何かが終わったように感じていた。

目を瞑れば瞼の裏に色々な事を思い出していく。

最初に妹様を見た時は……あのおろおろとまるで小動物の様に身を縮こまらせる様子に大丈夫か?と心配したものだ。

その後に逸見に声をかけられて……思えばアレが最初に見た妹様の笑顔だったか。

月並みな表現だがまるで花が咲いたかの様な可愛らしい笑顔だったな……。

その後の練習試合は……度肝を抜かれたものだ。

あの可愛らしいだけのお姫様を何とか支えようと意気込んでいたのも今考えると赤面ものだが。

兎も角もあの時から私の戦車道は変わった。

最初に戦車に乗った時は楽しかった筈なのに、何時しか何の為に歩んでいるのか解らなくなった戦車道が。

……いや、変わったと言うよりは戻った……と言うべきなのかもしれない。

幼い頃に始めて戦車に乗って興奮と楽しさを感じていた頃に……。

そして……あの練習試合で強烈に刻み込まれた白金の光景。

それを思い出しながら私は右胸ポケットに手をやった。

あの時が最も楽しかった……いや、そうでもないか。

その後の時間も同じくらい楽しかった。

妹様と一緒に……逸見や赤星と浅見と戦車に乗っていた時も楽しかった……。

そして決勝戦。

妹様が荒れ狂う川の中に飛び込み、意識不明の重体となったと聞いて私は血の気が引き、足元が覚束無くなり、上手く呼吸ができないような状態になった。

命の心配はなくなったが、障害が残るかもしれないと聞いて後悔と妹様を守れなかった自分の情けなさに吐いたりもした。

あの日から何処か螺子が狂っていったのだろう。

……いや、私が気づかなかっただけでもっと前から歪みは起きていたのだろう。

妹様が転校し、戦車道をやめると聞いて……私は何処かほっとした。

多分、それがあの人にとって一番幸せなのだろうと思ったからだ。

戦車道に関わらずに普通の女の子として暮らす方が幸せなのだろうと。

だから、大洗で戦車道を再開したと聞いた時……私は嬉しいという気持ちを自覚しながらも不安に思った。

あれだけ戦車道を忌諱していたのに何故再開したのか?

無理やりさせられているのではないか?

そうでなくとも、妹様は戦車道を歩んでいて幸せなのだろうか?

……その疑問に対する答えはいまだに出ていない。

出ていないが、これで終わりなのだ。

 

 

 

 

「……すまないな、斑鳩。

 負けてしまった」

 

そう思念していると車長席から隊長が私に謝罪してきた。

 

「……っ、隊長が謝る事はありませんよ!」

 

「だが、お前は冷泉麻子に負けてしまった。

 私の所為でな」

 

「そんな……隊長の所為だなんて……

 私がもっと上手くできていれば…」

 

それに対して隊長はふっと笑った。

 

「自分で欠片も思っていない事を言うのは止めろ。

 少なくとも、この試合中に限って……いや、最後のあの瞬間までで言えばお前は間違いなく冷泉麻子より一枚上手の操縦手だった。

 負けたのは車長の差だ。

 それも技量だとかそういう話ではなく、もっと根幹の部分のだ」

 

「……」

 

実を言えばそれは私にも解っていた。

いや、それが解らない様な節穴の目の持ち主はこの場にいる訳がなかった。

この勝負の差を分けたのはたった一つの要因。

隊長はその後の事も考えていた。

妹様は後先を考えなかった。

それだけの差だった。

それは言ってみれば西住と縁がある古流剣術である示現流の『一の太刀を疑わず』の様なものかもしれない。

妹様は全てを初太刀に賭け、振り下ろした。

隊長は逃げ足を残していた。

……しかし、妹様がそれができたのも、隊長がそれを出来なかったのも全ては妹様の入念な下準備の末だったのだろう。

この大会が始まった時から全ての策略は・・・・・・遥か昔から気づかれない様に膨大に積み上げられた積み木の山は、この頂上に一個だけ積み上げられた一瞬の接合の為にあったのだ。

 

「……そうだとしても、やっぱり隊長は謝らなくていいですよ」

 

「……ほう?」

 

「何故なら私はこの結果に満足しているんです。

 何て言えばいいか解りませんけど……全力で挑んで妹様の足である冷泉麻子に負けたと言うのは結構スッキリしているんです」

 

「……その割には色々考えているような様子だったが?」

 

「……試合の結果に関して不満が無いと言うのは嘘じゃないですよ。

 そういう隊長だって……負けたって言うのに嬉しそうじゃないですか」

 

「解るか?」

 

「それだけ嬉しそうにしていれば」

 

普段から仏頂面とも言える様な表情しか浮かべない癖に、にっこりと何とまぁ嬉しそうな事だ。

……だが、それも無理もない。

隊長のずっと夢だった妹様との試合だ。

それも西住流の枠に収められた妹様ではなく、枠などと言う枷を取り外した本来の妹様との。

……でも、良かった。

途中までは折角の機会なのに惨めな結果になるかもしれないと恐れていたのだが、最後の最後で全力をぶつけ合う事ができた。

……本当に逸見はこの姉妹の良い縁の下の力持ちだよ。

 

「さぁ、大会も終わりだ。

 撤収の準備を急がなければ優勝旗の授与が始まってしまう。

 見に行くんだろ?」

 

「……そうですね」

 

そうだ、妹様の晴れ姿を見に行かなくては。

 

 

 

 

-4-

 

 

『優勝!大洗女子学園!』

 

 

夕焼けによって橙色に染められた空の下で大洗の優勝が称えられた。

大洗の戦車道の隊員達の中央で優勝旗が大洗の代表……妹様に手渡される。

その優勝旗の重みにあわや体制を崩しかけるが横にいた子がそっと手を添えて支えた。

……あれは、確かサンダース戦の時に冷泉麻子と一緒にヘリに乗った武部沙織といったか。

支えられた妹様が笑顔を浮かべる。

困ったような笑顔でもなく、切なそうな笑顔でもなく、自嘲を含んだ笑顔でもなく、

心の底から嬉しそうな、感謝を含んだような……幸せそうな笑顔を。

それを周囲の大洗生徒達も同じ様に笑顔を浮かべる。

その笑顔のまま、妹様は誇る様に優勝旗を掲げた。

 

 

「……あっ」

 

 

私はそれを見て思わず声を漏らした。

何かがストンと心から落ちた。

まるで今まで抱えていた重みが無くなる様に、霧がかった物が晴れる様に。

 

私は理解した。

してしまった。

 

妹様は今、幸せなのだ。

大洗で戦車道をしているのが幸せなのだ。

戦車道をしているからこそ幸せなのだ。

心から信用できて、信頼できて、大好きな友人達と戦車道をしているのが幸せなのだ。

 

……そうかぁ、幸せなんだ。

 

「……良かった」

 

私は一筋の涙を流していた。

それが嬉しいからなのか、安心したからなのか、それとも寂しいからなのか。

解らないがこれだけは言える。

 

 

 

 

 

妹様が幸せで、私も幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-4-

 

 

授与式が終わり、大会が閉会となった。

両校の撤収の準備は終了していたが、まだまだ現地にいる人の数は多かった。

何故なら授与式の後に黒森峰の生徒たちが押しかけ、次々と西住みほに別れの挨拶をしていたからだ。

それも致し方ないのかもしれない。

彼女達からすれば突如と自分達の前から姿を消した敬愛すべき元副隊長と話せる唯一の機会であったのだから。

……尤も、何故か全く関係の無い他校の生徒もその場にいたのだが。

 

そんな中で逸見エリカはみほをじっと見ていた。

今は挨拶に来て会話している内に泣き出した浅見をみほがそっと抱きしめて頭を撫でている所だ。

傍には一緒に会話に加わっていた赤星がそれをニコニコと何時もの笑顔で見守っている。

この場にエリカがいるのは当然ながら周囲と同じ理由であった。

しかし、どのように声をかけたものか解らなかったのだ。

普段は強気と言っていいほどアグレッシブなのにことみほの事に関しては見ている側がもどかしい気持ちになると言うのは赤星の談である。

そうこうしている内に別れの挨拶を済ませたその浅見が此方に向かってくるのがエリカには見えた。

 

「エリカは何をしているの?」

 

「……いや、その……みほに会いに来ているのよ」

 

そういうと浅見がこれ見よがしにはぁ~と溜息をついた。

 

「会いに来た人がこんな所で何をしているの!?」

 

「……人が多いから順番待ちしてるのよ」

 

「はいはい、じゃあ私の次はエリカだよね。

 もう貴方以外に挨拶していない人は二人しかいませんよ~だ」

 

「ちょ、ちょっと!押さないでよ!」

 

「はいはい、諦めていきましょうね」

 

浅見に片手を握られ、もう片方の手で背中を押されながらもエリカは本気で抵抗はしなかった。

結局の所、本人も切欠が欲しかったのだ。

それを自分自身で見つけられなかった所がエリカがエリカたる所以でもあり、その切欠を作ってやれるのも浅見が浅見たる所以であった。

そして、その光景をニコニコと赤星が見ているのが何時もの事であった。

 

解ったから!一人で行けるわよ!と浅見の手を振りほどきエリカはみほの元へと歩みを進めた。

足を動かしている間になんと声をかけようかと考えていた。

まずは優勝おめでとうと健闘を称えるのがベターだろう。

その後は……来年は負けないわよとでも続けるのがいいだろう。

それから元気にしているのか?とか大洗はどうなのか?とか他愛の無い雑談でもすれば……。

そう、大洗はどうなんだろうか?

そう思いながらみほの顔が近くなっていく。

懐かしい顔。

……そう、懐かしいだ。

毎日見ていた筈なのに”懐かしい”なのだ。

何故?

何故懐かしさを?

みほがいなくなったからだ。

黒森峰から。

自分の元から。

今は何処にいる?

大洗だ。

その、大洗ではみほはどうなんだ?

先ほどの授与式の光景が思い浮かぶ。

大洗の生徒達に囲まれて嬉しそうな笑顔を浮かべたみほ。

 

そこまで思考が進んだ所で先ほどのどう声をかけるかなんて考えはとっくに頭から抜け落ちていた。

ずんずんと歩く速度が速くなる。

此方を微笑を浮かべて見つめるみほの元にたどり着くと

 

エリカはその顔を

思いっきり平手で打った。

 

鋭い音が当たり一面に響く。

赤くなったみほの頬に大洗も黒森峰も、その場にいた他校の生徒も騒然とした。

みほの友人達が反射的に駆け寄ろうとしたが、それをみほ自身が無言で片手を伸ばして止めた。

 

そんな事も知った事ではないと言わんばかりにエリカはみほの胸倉を掴んだ。

 

「なんで……何で貴女が勝つのよっ!!」

 

搾り出す様に何とか声を出した後、堰を切ったようにエリカは叫んだ。

 

「何で貴女が黒森峰に勝つのよ!?

 何で貴女はソコで楽しそうに戦車道をしているの!?

 何でそんな笑顔を見せるの!?

 ……そんなに黒森峰はつまらなかった?

 私達はそんなに頼りなかった?

 私達じゃ……私じゃ駄目だったの!?」

 

叫びながらエリカは泣いていた。

みほが転校してから誰よりも早く立ち直った様に見えたエリカが。

戦車道喫茶ではみほの為にあえて大洗生徒の前で口汚く罵って敵となる事でみほを助けようとしたエリカが。

今この瞬間になって蓋をしていた心から溢れる本音をみほにぶつけていた。

 

「約束したじゃない!

 貴女が隊長になったら私が副隊長になって貴女を支えるって!

 ……その為に私は頑張ったわ!

 貴女の為に移動手段になれる様にヘリや飛行輸送船やホバーの免許だって取った!

 雑事をこなす為に書類の処理や申請方法についても勉強した!

 貴女の指揮を手助けするために車長としても副隊長としてもこなせる様に努力もした!

 ……なのに、なのに何で貴女はソコで笑っているのよ……。

 ……なんで、ソコにいるのが私じゃないのよぉ」

 

そこまで言い切った後にエリカはみほの胸倉から手を離し、崩れるように膝をついて童の様に泣いた。

その様子に最初はみほが殴られた事に怒りすら感じていた大洗生徒達は、すっかり怒気を失っていた。

 

「……エリカさん」

 

みほは膝をついて低くなったエリカの頭をそっと胸の部分に治めるように抱きしめた。

 

「……ごめんね、エリカさん」

 

「……あ、謝るぐらいなら……か、かえってぎてよぉ……」

 

「ごめんね、それはできないんだ」

 

「……やっぱりこっちよりソッチの方がいいんでしょう……」

 

「ううん、違うよ。

 そうじゃないんだよ、エリカさん」

 

みほはそう言いながらエリカの頭を胸から離し、自分も片膝をついてエリカと視線の高さを合わせた。

 

「私は、来年もエリカさんと戦いたいんだ。

 エリカさんが率いる黒森峰と」

 

そして真っ直ぐとエリカの目を見つめながら言った。

 

「……わたしと?」

 

「うん、エリカさんと」

 

「……適当な事言わないでよ!

 私が……私が貴方と戦ってどうなるのよ!

 勝負にすらなりはしないわ!」

 

「それは違うよ、エリカさん。

 私は今まで出会った人の中で一番エリカさんが手強くなると思ったよ。

 ……お姉ちゃんよりもね」

 

「……嘘よ、嘘に決まっているわ」

 

「ううん、嘘じゃないよ。

 さっきの試合の事を覚えている?

 エリカさんは廃学校の入り口を塞いで皆の侵入を防いだよね?」

 

「……たったそれだけの事で」

 

「たった、じゃ無いんだよエリカさん。

 あれは完全に私の想定外の行動だった。

 あの行動は私にも読めなかった。

 あの一手だけは間違いなくエリカさんは私の上を行っていたの。

 今までそんな事をした人はいなかった。

 エリカさんは私の考えが解る。

 エリカさんは私の事を一番理解してくれているんだって私には解ったの」

 

「……あ」

 

 

 

『私が一番みほの事を理解しているんだから!!!』

 

 

 

それはエリカが最も欲しがっていた言葉だった。

あの時、目の前の少女も自分ももっと小さかった時。

一緒に夕焼けを見たあの日からずっと欲しかった言葉だった。

そんな言葉を投げかけながら、みほが自分を欲している。

その事実がエリカの心を波打たせた。

 

「……でも、私はみほと一緒に……」

 

「だからね、エリカさん。

 高校の間は敵同士だけど……」

 

みほはエリカの耳元に口を近づけるとぼそりと言った。

そうして顔を離して「ね?」と笑顔を浮かべた。

それをぼーっと見ていたエリカだったが、はっと意識を取り戻すと顔の涙を指先で振り払った。

其処には先ほどまで泣き腫らしていたエリカではなく、昔の……そうみほと一緒だった頃のエリカがいた。

 

「……解ったわ、しょうがないわね。

 じゃあ来年を楽しみにしていなさい!」

 

そう言うとすっと立ち上がり、きびすを返した。

 

「……来年は負けないわよ!」

 

そうしてそれだけ言うとエリカは振り返る事無く去っていった。

 

「……はい!」

 

その背にみほは嬉しそうに答えた。

 

 

 

 

-5-

 

 

「逸見……お前、本当に普段は優等生の癖に時々無茶するよな……」

 

「その言葉、斑鳩先輩にだけは言われたくないですね」

 

そう言い返してくる逸見はすっかり何時もの様子に……いや、前にもましてすっきりした様な感じであった。

 

「……お前、何だかこう……いい女になったな」

 

そう言ってから私は何を変な事を言っているのだろうと慌てた。

しかし、逸見は軽く笑うと

 

「知らなかったんですか?

 恋する女性は良い女なんですよ?」

 

と恥ずかしげも無く言った。

 

「……そうか、良かったな逸見」

 

「……ありがとうございます」

 

妹様を叩いて泣き出した時は心配したが、どうやら吹っ切れたようだ。

ここ最近何となく感じていた暗さが無くなっている。

 

「先輩こそみほと会わなくていいんですか?」

 

「いいんだよ、私はもうその必要は無いんだ」

 

「……先輩、戦車道辞めるつもりなんでしょう?」

 

私は驚いたようにエリカを見た。

 

「……良く解ったな」

 

「何となく……ですけどね。

 でも何故だか確信できました。

 でも理由までは解りませんでした。

 負けて挫折しましたか?」

 

挑発の色を混ぜて問うて来る逸見に私は苦笑した。

エリカとて本気でそう思っている訳ではないだろう。

 

「いや、満足したんだ。

 私の戦車道はここがピークだったんだ。

 技量とかそういう意味ではなく……多分、この試合が私の戦車道という物語の終わりだったんだ。

 この後ずるずると終わった物語を続けても意味は無いんだ。

 だからここですぱっと止めてしまった方がいいんだ」

 

「……そうですか」

 

「おいおい、素っ気無いな。

 もっと引止めに来ると思ったのに」

 

「いえね、みほから先輩に伝言を預かっていたんですが、戦車道を辞める先輩に意味無いものだと思いましてね」

 

「……なんだ、その伝言って」

 

「いやいや、戦車道を辞めるなら関係ない事ですから」

 

「いいから言え!こら!」

 

 

 

 

 

-6-

 

 

 

 

傍で二人が仲良くじゃれあっているのを尻目に、みほの元へ最後の一人が赴いた。

 

「……みほ」

 

「お姉ちゃん!」

 

「……完敗だったかな」

 

「……そんな事は無いよ。

 最後はしてやられたもん。

 お姉ちゃんも言っていたでしょう?

 私の勝ちだって」

 

「……そうだな、紛れも無くあれは私の勝ちだ。

 なのに私が勝ちを誇らなければエリカに申し訳が無いな。

 そうか……私はみほに勝てたのか」

 

「その後は私の勝ちだけどね!」

 

「……ふふふ、そうだな。

 一勝一敗で引き分けだな。

 ……みほ、ありがとう。

 私の夢はこれ以上に無いくらい素晴らしい形で叶ったよ」

 

そう言いながらまほはみほの背に手を回してそっと抱きしめた。

 

「ありがとう……本当にありがとう、みほ」

 

それ受けてみほは緩やかに微笑むとまほの腰に手を回し、もう片方の手で優しくまほの頭を包み込みながら撫でた。

 

「……楽しかった?」

 

「ああ、本当に……本当に楽しかったよ。

 私は……こんなに姉思いの妹を持てて幸せだ」

 

まほはこの大会を思い返す。

この大会のみほの行動は全て入念な準備の下で黒森峰と戦う為に行われていた。

即ち、まほと戦う為の行動であった。

無論、まほ自信の願いとして妹が自分の戦車道を見つけ出し、その戦車道と戦うという事が叶えられた事が嬉しいのは違いない。

だが、それとは別に愛すべき妹が自分の為にここまでしてくれたという事実自体がまほを更なる幸福へと導いていた。

 

本当に……なんて姉思いの良い妹なのだろうか……。

こんな妹がいて・・・私がこの妹の姉で本当に良かった……。

 

そう思いながら名残惜しそうにまほはゆっくりと抱擁をといてみほと向かい合った。

 

「……あのね、お姉ちゃん。

 小さい頃にⅡ号戦車に……"薔薇の蕾"に乗っていたのまだ覚えているかな?」

 

「当然だ、忘れる筈が無い」

 

まほにとってそれは当然の事だった。

幼少の頃に山へ川へ原っぱへと二人で遊びに行くのに何時も薔薇の蕾と名づけたⅡ号戦車に乗っていたのだから。

そんなまほにとって貴重な思い出を忘れる訳が無かった。

 

「何時も薔薇の蕾に置いてあったお父さんのCDラジカセから流れていた曲も覚えている?」

 

「もちろん、フランク・シナトラの『My Way』だな」

 

フランク・シナトラの『My Way』。

最も多くカバーされた曲とも言われている名曲である。

死の予感を覚えた男が友人に自分の人生を"I did it my way"『俺は自分の道を生きてきた』と語る歌だ。

苦難もあった、後悔もあった、痛い目にあった事も悲しい事もあった。

だが全てを受け入れて自信をもって立ち向かい、"Yes, it was my way"『そう!この生涯こそ俺の道なんだ!』と締めくくられる。

 

古く英語の歌という事もあって当時の彼女達にとって歌詞の内容は解らなかった。

だが他のCDも持っていなかったし、父の物だからと勝手にCDを交換する事は無かった。

何より意味が解らなくともその歌が良い歌だという事は子供であった彼女達にも理解できたので、Ⅱ号戦車で移動する時は何時もその曲を流していたのだ。

そしてその歌詞の意味を父に聞いた時、この歌が自分達に実に合っているとまほは思った。

この歌のように"My Way"『自分の道』 即ち戦車道に誇りを持って妹と生きていきたかった。

 

 

 

"I did it my way" 『心の赴くままに自分の道を歩んできた』

きっと私達も私達の戦車道を歩む事ができるだろう。

 

 

"Yes, it was my way" 『そう、それが私の道なんだ』

きっと私達も最後にはそう納得できている。

 

 

 

……その時はまほはそう信じていたし、またそうであって欲しいと願っていた。

しかし、姉妹の道はみほが己の道を見失う事で絶たれてしまった。

 

「あのね、お姉ちゃん」

 

……だが、それももはや過去のものである。

 

「I Found My Way!」

 

何故ならば……

 

「見つけたよ!私だけの戦車道!」

 

 

 

 

   -完-

 

 

 

 

 

 

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『I Found My Way』

  西住みほ(CV.渕上舞)「わたしたちも音楽道、はじめました!」(2017)より

 

 




これにて完結です。
思い返すと長い処女作となりました。
最初に第一話を書いて某所に投稿した時はこんなに反響があるとは思わなく、長く続くとも思っていませんでした。
これだけ長く続いたのも皆さんがくださる感想と評価による応援のおかげです。
高評価を下さった方も感想を下さった方も本当にありがとうございました。
今後は第一部の最終話のあとがきで述べたような西住みほ転生者やこの作品のIFや外伝みたいなのをちょこちょこ書いていこうと思います。

本当にありがとうございました。


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この作品における登場人物の原作との相違点を含む紹介とその後の話

当然ネタバレだらけなので本作品を全部読んでから推奨


 

◆あんこうチーム

 

基本的に原作とそれほど違わないが所謂みぽりん総受けとなっており、依存も強い。

原作終了後は様々なルートがあるが、みほが大学進学する場合は基本的に同じ大学に一緒に進学する。

みほが進学後も大学選抜等で戦車道を続けたり、プロになるルートでも同様。

いずれの場合も実績を詰んでいるので入学・入団時の評価は高いが本作中でも述べたように西住みほの指揮に最適化されており、他者の車両に配属されると途端に素人レベルになる。

その為、実質的にみほ車の専属員に。

潰しが効かないので本来なら欠陥員だが、みほ車での能力と実績が高いので許されている。

 

 

 

・五十鈴華

 

みほには名家で伝統ある流派の生まれと言う点から強い共感を覚えている。

実母から「敷居を跨がないで頂戴」と言われた時は表面上は平静を装っていたが、母の事は深く愛していたので内心では大きくショックを受けていた。

そんな中でみほの主導の下で戦車道を通して己の華道の枠を広げる事が出来、結果的に母と和解できたことでみほに強い感謝を感じる。

その後、戦車道によってと言うよりはみほの常人には無い感性に触れる事によって自分の華道の世界が広まっている事を理解し、みほに強い依存心を抱く。

プロになる世界線では華道と戦車道が互いに影響しあって高まっていく事により、二足の草鞋を見事に履きこなしていく。

 

 

 

・武部沙織

 

基本的には閑話の【私が最初の友人】のまま。

気が利くよい奥さん兼お母さん。

 

 

 

・秋山優花里

 

基本的には閑話の【ちょきりちょきり】のまま。

高校卒業後はある世界線によっては行動的なところが馬が合ったのか、斑鳩と一緒に戦車道雑誌の記者となり、良きコンビとして専ら人気選手となった西住みほの記事を専門として活動する。

 

 

 

 

・冷泉麻子

 

作品内で唯一みほと同レベルの天才。

一度見た者を暗記する 一回の説明で理解するといった天才は他にもいるが、マニュアルを見て知った知識を即座に運転と言う行動に試行する事無く齟齬も無く反映させるのは明らかに常軌を逸している。

ただし、みほが使う側の天才とすれば麻子は使われる側の天才であり、何でもできたが故に何かをするという事に何の達成感を得られなかったが、唯一自分を道具として最大限に活用してくれる使用者であるみほに依存している。

その依存度は作中でも説明があるようにあんこうチームの中で最も高い。

故に基本的にどの世界線でもみほと一緒に行動しようとする。

 

 

 

 

 

◆大洗のその他

 

此方も基本的に原作とそれほど相違点はなく、みほへの好感度が高い程度。

ある特殊な世界線ではみほの指揮下での行動で最適化されているが為に、高校生の時の戦車道での活動が忘れられず、就職しても何処か刺激が足りない日々を送っている中で

みほが小さなプロチームを設立したと聞いて全国から集まってくると言うルートがある。

 

 

 

 

 

 

◆聖グロ

 

・ダージリン

 

西住姉妹が好きすぎる人。

元々はみほだけのファンだが、決勝戦を控えて意外と可愛い所があると知ってからまほも中々面白いと興味を持つ。

みほに対する執着は強く、世界線によっては外伝の様にあの手この手でブリカスっぷりを発揮してみほを手中に収めようとする。

作中において最もみほ良く理解している人物であり、劇場版時間軸の大学選抜戦では原作通りに各校に短期転校を使った援軍を提案するが、

他校の隊長が「流石に大洗も8対30の殲滅戦で大学選抜が相手は無理だろう」と救援に向かう中で、彼女は「8対30で如何にして西住みほが勝つか」を見るのと「彼女の指揮下で戦う」という機会を得るかで最後まで迷っていた。

 

 

・ローズヒップ

 

未来の可愛い忠犬その4かその5くらい

多分浅見と仲良くなれる。

 

 

 

 

 

 

◆他校

 

此方も基本的に原作とそれほど相違点はなく、みほへの好感度が高い程度。

……というのも大学選抜戦で実際にみほの指揮下で戦うまで。

 

 

 

 

 

 

 

◆黒森峰

 

・逸見エリカ

 

幼い頃に西住みほと出会ってしまったが故にその後の人生が大きく狂ってしまった。

本人は秀才どまりで凡人に過ぎず天才には勝てないと思っている。

それは正しくはあるが、作中でもあるように多感な時期にみほの戦車に乗り、強烈な初体験を経てみほの異常面に僅かに触れることでみほの世界を限定的に理解できた数少ない人物。

西住みほの思考を三次元の立方体とすれば普通人の思考は二次元で面と言う形でしか知覚できず、西住みほの思考を何とか理解しようとするには立方体を平面状の展開図にする事でその表面上の思考の形を理解する事ができる。

しかし、エリカはおぼろげであやふやだが西住みほの思考を立方体のままで理解できる。

みほが大学進学し大学選抜に入るルートでは念願のみほの副官の地位に着くこととなる。

その後、みほがプロ入りする世界線では一度だけだが、本気で勝負に臨んだみほに唯一土をつけた事のある人物となる。

大学生活では共学化した為に先に入学していた斑鳩と協力し、みほの周囲をいろんな意味で守る事になり苦労が耐えなかった。

 

ちなみに決勝戦最後の平手打ちは全国中継の下で行われたので敗者から勝者への暴力行為と一時期問題になったが、その後のやり取りもしっかり全国中継されていたので全国から生暖かい目で見られる事によって厳重注意程度で解決した。

 

 

 

 

・浅見

 

小柄な忠犬1号。

多分、桂利奈ちゃんと相性が良い。

実際にはやらないだろうがみほがフリスビーを投げると喜んで取ってくるだろう。

 

 

 

・赤星小梅

 

エリカとみほが仲良くしている所を見ているのが一番幸せガール。

大学でエリカとみほが同棲し、エリカがみほの副官になった事に本人以上に喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

◆西住流

 

・西住まほ

 

大学世界線ではみほとエリカと同じ大学。

島田愛里寿が卒業していた場合は大学選抜の隊長をしていたが、みほに隊長の座を譲り自分はエリカと同じ様に副隊長や副官となる。

その人事は周囲を驚かせたが、本人は誰かの指揮下で戦うなど生涯で大学選抜戦ぐらいだったので非常に楽しくやっている。

大学卒業後の世界線ではエリカがみほと結婚してくれればなし崩し的に自分も含む3人で住めるだろうと、みほと一生一緒に過ごすためにエリカとみほの同姓婚を画策している。

みほがプロ入りしないルートでは自分がみほを一生養っていくつもりであった。

 

 

 

・西住しほ

 

みほを愛していたがその愛し方が少しだけ世間ずれていた良いお母さん。

といっても接し方や教育に関しては厳しくもしっかりした物であり、姉妹両方とも良識人に育っているのは間違いなく彼女の教育方針による物。

彼女のみほに対する「一生手元に置く」はまほを戦慄とさせたが、経緯や対処法としてはあるいみ至極全うな物かもしれない。

本編時間軸では棚上げにされた状態なので、まだみほの戦車道を認めておらず、劇場版時間軸ではむしろ大洗廃校を望んでいた。

その為、会長単体の説得は効果を挙げなかったが、みほ自身が直接対面し、「もう決勝戦みたいな事はしないし、させない。ああいう事そのものを起こさせないのが私の戦車道だから」と説得。

それをどう証明するのかという問いに対して大学選抜戦での試合を通してとみほが返した事で「では私が納得しなければ即座に高校も辞めさせて連れ戻しますよ」という条件を突きつけるがみほはそれを了承する。

結果的に認める形になるのだが結局の所は娘に甘いんですよねと菊代に指摘される。

 

 

 

・井手上菊代

 

基本的にはお嬢様思いの使用人で幼い頃からお世話していたみほの事を実の娘同然と思っている。

実は作中に登場した中では最もみほに執着している人物。

基本的には平穏だがあるルートでは勘当(と言う名の実家に帰って来いコール)を真剣に受けとめてしまい、ボロアパートで仕送りすら全額返しながらひもじく生活をしているみほの元に「お暇をいただきまして」と世話にしにくる。

そのまま巧妙にみほの信頼を勝ち取りながらも、西住しほには虚実を交えた報告をして状況を操作して最終的にはみほに絶縁宣言をさせて養子に迎える。

 

 

 

・西住流のクソババア(表現:斑鳩)

 

 

西住の分家の中でも最も影響力を持つ古参。

当然、立場的には当主である西住しほの下だが、その経歴の長さと実力によって家元と言えども軽くは扱えない。

容姿は美人が美しく年をとっていったという表現が似合うほど老いてもなお美しく、気品と優しさが相席しているような御婦人。

が、当然だがそれはあくまで外面であって中身は戦闘民族九州戦車乗りの西住一族。

ただ無礼なだけの奴は心底嫌いだが、気骨のあるははねっ返り娘やじゃじゃ馬は好きなので、そういう見所のある娘はよくちょっかいを出したりからかっている。

そういう意味では幼少の頃のみほには一番目をかけており、よく構っていた。

見かけは優しそうなおばあちゃんであるが、少しでも本性を出すと怖がられたり距離をとられたりされるが、それでも物怖じしないみほの事はかなり気に入っていた様子。

最近では自分に噛み付いてくる者などそうおらず、誰も彼も畏怖してくるので、クソババアと呼んでくる斑鳩は退屈していた時に見つけた絶好の玩具として大いにからかって遊んでいる。

 

 

 

 

 

 

◆島田家

 

・島田愛里寿

 

作中未登場。

西住みほと冷泉麻子に最も近い存在。ギフテッド。

幼少の頃から知性面精神面共に同年代を抜きんでおり、早々に飛び級をしていく。

学業面でも戦車道面でも同年代はおろか母以外の人物相手に苦戦すらもしてこなかった。

その事もあって冷泉麻子と同様に現実に飽いていたが、そこに初めて自分と同じ思考をする同類を見つける。

その上、「誰も自分に立ち向かってこない」事から「諦めず立ち向かい続ける」ボコに没頭していたが、これも初めて趣味が合う人物を見つける。

この両名が同一人物だった事が解り、その人物に初めて敗北と言うものを味あわせられ、何かに挑戦する、目標を見つけるという事を与えてくれたその人物に依存していく。

 

 

 

・島田千代

 

作中未登場。

井手上菊代の項目にて「作中に登場した中では最もみほに執着している人物」と記したが、作中に登場していない人物も含めると島田千代は同率一位となる。

傾向としてはダージリンに似ているが、彼女を更に狡猾かつ抜け目無くした感じ。

昔、まだ互いに若い頃に西住しほに恋心を抱いていたが、その思いを告げる前にしほが結婚。

その後に家が結婚相手を半ば強制的に選んでくるが、想いと未練を断ち切る為に島田千代も結婚。

時は流れて娘の愛里寿が彼女を打ち負かした西住みほを頻繁に家に連れてくるようになる。

当初はしほとは顔に面影はあっても性格が違い過ぎるので、早熟すぎた娘に年相応の笑顔を浮かべさせてくれる事への感謝しか感じなかった。

あるルートでは家に訪れるうちに不意に何となくみほに「私の事をママと思ってもいいのよ」と言ったところ遠慮しながらも甘えてくるようになり、その姿に何ともいえない感情を抱くようになり、その時ははただの「ごっこ遊び」だが、いずれ本当に娘に出来ないかと画策する。

 

 

 

 

 

 

 

◆メインキャラクター

 

 

 

・斑鳩拓海

 

この作品における狂言回し。

基本的には彼女の視点で話が進んでいく。

実力と才能的には一流と言っても差し支えないが、あくまで一流止まりで本当のトップクラスの超一流には及ばない

世界線的には多岐に渡り、秋山と一緒に戦車道雑誌の記者をやったり、どこぞのババアに無理やり西住流に入門させられて厳しく修行をつけられて妹様の右腕になったり、みほの菊代さんポジになったり色々である。

大学選抜・プロルートではみほの乗員は基本的にあんこうチームだが、時々彼女たちを休ませて斑鳩を乗せる事がある。

そういう時は相手チームが詳細に研究してきている時なので普段とは違うみほの車両の動きに相手は混乱する事になる。

色々拗らせたと思ったら浄化されたりと其方の方も多岐に渡る。

一つ間違えれば病みルートに行く事間違いなし。

後輩の面倒見が良く、細かいことは気にしない性質なので意外に下級生からの人気は高い。

本編最後で吹っ切れていたのでもはやみほの下着は必要ないのだが、かといって「貴方の下着です。ずっと持ってました」と返すわけには行かず処遇に困って結局今でも右胸ポケットにある。

名前の元ネタは「斑鳩」が白と黒を切り替えて進むシューティングゲーム「斑鳩」から。

操縦手という事で「D-LIVE」の主人公の「斑鳩悟」からも。

また、白と黒の要素からパンダが好きで、操縦手という事で頭文字Dの主人公の「藤原拓海」からも。

 

 

 

 

・西住みほ

 

原作でも本作でも主人公。

超重力源でブラックホールでその超重力で関わった人物を全て引き込んでいく。

ここまでの人物紹介でみほについての人物像はすべて外から見た者で、その内面描写は本編である1シーンを除いて一切されていないのでその真意は不明。

そのまま天然で心優しく意図せず人を惹きつけてしまうのか、それとも実は全て計算の上で人の心を弄んで楽しんでいる悪魔なのかも不明。

魔改造されているといえるが、原作でも関わった人物からの好感度は軒並み高いし、戦術面でも大洗の戦力でプラウダや黒森峰と戦うなんてムリゲーなのは間違いないので余り変わっていないといえば変わっていない。

こちらも主人公と言うだけあってその世界線は多岐に渡る。

戦車道の活動をすっぱりやめてどこかの戦車道スタジアムで正体を隠しながらビール売りのアルバイトをしながら生計を立てて、たまたまであった西住みほのファンである少女に正体を隠したまま戦車道を教えてあげる……という世界線もあるかもしれない。

 

 

 

 



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蛇足的な後書きを兼ねた元ネタ・オマージュ・パロディ元・引用元と場面解説

作中でのパロネタ解説に合わせた場面解説とすこし後書きみたいなものを兼ねています。
全てのネタを解説している訳ではないのであしからず。
(特に第二部は割りと目に付いたやつだけを乗せています)
思いっきり蛇足的な内容なので読まずとも大丈夫です。
念のために言っておきますが当然ネタバレを含みます。


 

 

◆各話タイトル

 

・第一部

 

全てSTG関連から取っています。

(R-TYPE TACTICSはSLGですが、大本のR-TYPEはSTGです)

 

 

■第二話【試練】

【斑鳩】からステージ名

Chapter:02 試練 Trialより

 

■第三話 【MAYHEM】

【エースコンバットZERO】からステージ名

MISSION 10 MAYHEM(B7R制空戦)より

 

各々が空戦乗りとしての誇りと生存をかけて古来よりぶつかってきた「ベルカ絶対防衛戦略空域B7R」通称『円卓』を部隊とするステージで凄まじい活躍をした主人公は"円卓の鬼神"と呼ばれていく。

各自が入り乱れる練習試合で頭角を現す妹様の話のタイトルとして

 

 

■第四話 【ACES】

【エースコンバット5】からステージ名

MISSION 27 ACESより

練習試合後にそれぞれエースと呼ばれる話のタイトルとして

 

 

■第五話 「キガ ツク トワ タシ ハ」

【R-TYPE TACTICS】から

人類に敵対しただ只管攻撃を繰り返してくる謎の生命体郡バイドの敵部隊名を繋げて出る暗号の文章の冒頭より

有機物、無機物問わず精神すら融合捕食して己の一部化させ、爆発的に増殖していく能力を持つ。

暗号の全文は気がつくと自分がバイドになっていた地球人を示唆しており、気がつくと妹様の虜になっている事と絡めて

 

 

■第六話 【IS APPROACHING FAST】

【ダライアス】から

ボス出現前のWARNING!!演出より

A HUGE BATTLE SHIP○○(巨大戦艦の名前)IS APPROACHING FAST

 

■第七話 【記憶の深淵に刻まれた起源の意識】

【斑鳩】から

最終ステージのテキストより

 

 

 

 

・第二部

 

第一話と第十三話と最終話は曲名から

それ以外は全て映画から

その中でも第十話【プラウダより愛をこめて】以外は全てAmerican Film Instituteが選出した「アメリカ合衆国の映画の100の名セリフ」からとなっている

個別の元ネタは各話の最後に表記しているので簡単に一覧を表記して特記する事を書く。

(一応、それぞれの映画の内容についても触れているので、あまりいるとは思えないがネタバレが嫌な方は飛ばすように)

 

 

 

 

■第一話 【I did it my way】

 Frank Sinatra「My Way」(1969)より

 

作中でも何度か説明されていたがある男が自分の人生を振り返って「これが俺が歩いてきた道だ」と語る歌。

ガルパンはみほが自分の道を探し出すまでの物語と思っているので対比としてこのタイトルを。

また、まほ自身も己の道を模索していたことから。

 

 

 

 

■第二話【人生はチョコレートの箱の様な物だ。食べるまで中身は分からない。】

 映画「Forrest Gump(邦題:フォレスト・ガンプ/一期一会)」(1994)より

 

作中でもあるように、ピエール=シモン・ラプラスが考案した悪魔の様に全てを洞察する西住まほだが、西住みほだけ唯一予測できない存在であった。

その関係性がまるでラプラスの悪魔とそれを殺したハイゼンベルクの不確定性原理の様であるから、多くの場合に不確定性原理を説明する為に用いられる「箱の中のシュレディンガーの猫」と絡めてこのタイトルを。

結局のところ言ってしまえばこの映画のセリフも不確定性原理も「運命は未知である!」という事である。

ただし、元々はシュレディンガーの猫は不確定性原理に対する反論として唱えられた思考実験である。

なので、ある意味ではみほの存在に対する追求とも言えるタイトル

ちなみに第二話と第三話は某所に投稿時点ではタイトルはそういった関連の事に関連しようとしていたので映画関連のタイトルではなかった。

第二話の元々のタイトルは【イグノラムス・イグノラビムス】

 

 

 

 

■第三話 【薔薇の蕾】

 映画「Citizen Kane(邦題:市民ケーン)」(1941)より

 

この映画は、大成功を収めたがその後に転落し、孤独の中で死を迎えたケーンが今際の際で「薔薇の蕾」と言い残すシーンから始まる。

記者トムソンはこの謎の言葉の真意を解明すべくケーンの知者に会う形でケーンの人生をなぞって行くが、結局最後の最後まで「薔薇の蕾」の意味は解らなかった

映画の最後、ケーンの遺品整理の中で彼の館にあったガラクタが焼却炉に放り込まれていく。

その中にあった彼が子供の頃に遊んでいたソリ。

燃え上がる中でそのソリの腹に書かれている「薔薇の蕾」をアップにして映画は終る。

彼にとってもっとも思い出深かった物、幸せだった物。

それは大成功を収めてから得た権力や名誉や美女や莫大な金でもなく、子供の頃に無邪気にソリで遊んでいた頃であった。

 

作中でもみほとまほは二人で乗っていたⅡ号戦車に薔薇の蕾と名付けている。

元々のタイトルは【中国人の部屋】

 

 

 

 

■第四話 【良く聞いて、あなたは私の白馬の騎士なのよ。】

 映画「On Golden Pond(邦題:黄昏)」(1981)より

 

孤独の中で全てが嫌になっていた幼少期のエリカの前に現れた白馬の騎士……いったい何者なんだ……。

 

 

 

 

■第五話 【また戻ってくるさ】

 映画「The Terminator(邦題:ターミネーター)」(1984)より

 

映画界の超有名なセリフ。

ターミネーターのセリフではあるが、アーノルド・シュワルツェネッガーの代名詞的なセリフとなり、その後はコマンドー等の他映画でも多く使われている。

 

 

 

 

■第六話 【私はもう怒った、耐えられない!】

 映画「Network(邦題:ネットワーク)」(1976)より

 

 

 

■第七話 【フォースと共にあらん事を】

 映画「Star Wars(邦題:スター・ウォーズ)」(1977)より

 

 

此方も超有名なセリフ。

原作でも何度か見せた西住みほの超感覚による回避行動に絡めて。

この話でもあるサンダース戦のファイヤフライの砲撃を「停車!」から回避しているのはフォースを感じ取っているようにしか見えない。

 

また、黒森峰時代は斑鳩やエリカ等の"4人"と共にあった事、今はあんこうの"4人"と"Ⅳ号"戦車共にある事も含めている。

(ただし、4thは『4番目』とか『4つ目』等といった意味なので4人全体を指すには不適切だが……まぁそれはそれ)

 

 

 

■第八話 【愛とは決して後悔しない事】

 映画「Love Story(邦題:ある愛の詩)」(1970)より

 

 

 

■第九話 【愛しいしと】

 映画「The Lord of the Rings: The Two Towers(邦題:ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔)」(2002)より

 

 

 

■第十話 【プラウダより愛をこめて】

 映画「007 From Russia with Love(邦題:007 ロシアより愛をこめて)」(1963)より

 

 

 

■第十一話【淑女諸君!作戦室で戦争をするな!】

 映画「Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb

  (邦題:博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)」(1963)より

 

見てすぐに解るだろうが第二部のシリーズタイトルである【姉の異常な愛情 または如何にして西住まほは戦車道に対して意義を感じる様になったか】もこの映画からとっている。

 

 

 

■第十二話【全力を尽くして隊長の為に勝て! と、彼女らに言ってあげてください!】

 映画「Knute Rockne All American(邦題:クヌート・ロックニー・オール・アメリカン)」(1940)より

 

 

 

■第十三話【例の雨を見たかい?】

 Creedence Clearwater Revival【Have You Ever Seen The Rain】(1971)より

 

注釈にもあるように当時行われていたベトナム戦争の絨毯爆撃や砲弾の比喩で反戦歌であると批判されてしまった歌詞である。

作中の大洗からの砲弾の雨と絡めて。

 

 

 

■第十四話【ちょっと待ってくれ、お楽しみはこれからだ!】

 映画「The Jazz Singer(邦題:ジャズ・シンガー)」(1927)より

 

世界初の長編トーキーの世界初の映画のセリフ。

この翌年に「蒸気船ウィリー」がディズニーから公開されトーキーが支配的となり、サイレント映画は姿を消していく。

 

 

 

■第十五話【進入口を開けるな!】

 映画「2001: A Space Odyssey(邦題:2001年宇宙の旅)」(1968)より

 

世界で最も有名な人工知能がでてくる映画。

 

 

 

■第十六話【やろうぜ、勝負はこれからだ!】

 映画「Top Gun(邦題:トップガン)」(1986)より

 

元の文章は「I feel the need?the need for speed!」なので原文とはまったく違った意訳となっている。

字幕翻訳者は誤訳・珍訳で有名な戸田奈津子氏だが、個人的には少なくともこの字幕に関しては前後を捉えて直感的に意図を理解させてくれる素晴らしい意訳だと思われる。

ただ同作品の「aircraft carrier」を空母ではなく航空機運搬船としたりしているのは擁護できない。

 

 

 

■第十七話【大荒れするからシートベルト着用よ】

 映画「All About Eve(邦題:イヴの総て)」(1950)より

 

 

 

■第十八話【やってみろよ!楽しませてくれ!】

 映画「Sudden Impact(邦題:ダーティハリー4)」(1983)より

 

 

 

■最終話【I Found My Way】

 西住みほ(CV.渕上舞)「わたしたちも音楽道、はじめました!」(2017)より

 

Frank Sinatraの【My Way】の歌詞である第一話のタイトルの【I did it my way】との対比。

文字だけではなく内容を見ても、片や長く人生を歩んできた男が「これが我が道!」と語る歌、片や西住みほが道を見つけたと語る歌と対比になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆オリキャラ名

 

■斑鳩拓海

STGの【斑鳩】と漫画【D-LIVE】の登場人物から

エンジンを使うありとあらゆる乗り物を乗りこなす特殊技能者の主人公「斑鳩悟」より

また、白と黒の要素からパンダが好きで、操縦手という事で頭文字Dの主人公の「藤原拓海」からも。

 

 

■浅見

【斑鳩】から

1面ボスの「浅見 影比佐」より

 

■新海

【斑鳩】から

登場人物「新海」より

 

 

 

 

 

 

 

◆次回予告

 

・共通

 

■『副隊長の下着がまた一枚・・・』

【銀河英雄伝説】から

次回予告の定型フレーズ「銀河の歴史がまた1ページより」より

予断だが、全110話のなかでこのフレーズが使われなかった例外が3話あり、

一つは物語の佳境の一つとしてラインハルトが皇帝に即位する話において「1つの歴史が終わり、銀河は新たな伝説の幕開きを迎える」

一つはイゼルローン共和政府が誕生する話

そして最後は最終話で「銀河の歴史も、あと1ページ…」となる

 

 

 

・一話

 

■【遊戯王】から

有名な次回予告『城之内死す』より

 

・三話

 

■『そこでは上座も下座もなく条件は皆同じ 中学の実績も家柄も関係ない ただ己の戦車道を競って向き合う場所

 生き残りが唯一の交戦規定となる領域で一人の鬼神の躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。』

【エースコンバットZERO】からB7R通称円卓についてピクシーが語った言葉と【ボトムズ】から2話予告より

 

・四話

 

■『来た!見た!勝った!』

ユリウス・カエサルがゼラの戦いの勝利についてガイウスに送った言葉「Veni, vidi, vici」より

 

■『まるで白金で出来た輝かんとばかりの天使の妹様の味方は決して敗北せず、敵は決して勝利しなかった。』

【マジック・ザ・ギャザリング】から

白金の天使/Platinum Angelのカード名と効果より

 

・七話

 

■『広がる妹様の墓地に行かない精神隷属器』

【マジック・ザ・ギャザリング】から

相手プレイヤーの次ターンを自分で行う精神隷属器/Mindslaverより。

 

■『副隊長の下着もあと一枚・・・・・・』

【銀河英雄伝説】から最終話の予告より

 

 

 

 

 

◆第一部本文

 

 

 

・一話

 

■『貢献!圧倒的貢献!からすれば~』

 

【アカギ】から

鷲頭激昂シーンより

 

 

 

・二話

 

■『それらを全て纏めようとするにはこの余白は余りにも狭すぎる。』

 

ピエール・ド・フェルマーが『算術』の余白に書き残した文章の有名なフレーズより。

『算術』を熟読したフェルマーは余白に多数の注釈を残したが、その中でも有名な48の内、47の命題は後世で解かれたが最後の一つの命題だけは約400年の時を経て1995年にようやく解決された。

所謂、フェルマーの最終定理。

 

「立方数を2つの立方数の和に分けることはできない。

 4乗数を2つの4乗数の和に分けることはできない。

 一般に、冪が2より大きいとき、その冪乗数を2つの冪乗数の和に分けることはできない。

 この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。」

 

 

■『テキストの短さ・シンプルさはそれの苛烈さを現す』

 

【マジック・ザ・ギャザリング】(またはTCG全般)から

「テキストの短い(単純な)カードは強い」という俗説

実際、強力なカードとして有名なパワー9は「好きな色1色のマナ3点を加える」「追加ターンを得る」「カードを3枚引く」とシンプルかつ強力だった。

 

 

■『「からだの部品とりかえっこ」』

 

【ドラえもん】から

富士子F氏の作品はSF長編作品やSF映画を作れるぐらいのアイデア一個を子供にも理解できる様に僅か数ページに納めきれる天才だが、ドラえもんはその代表格とも言える。

「個人」とは「意識」とは人体の何処に依存するかを扱った同名の話から。

 

 

■『同級生からは「オセロ」と例えられ、もう一方からは「囲碁」~』

 

【斑鳩】から

黒と白の状態を切り替えて進むゲーム性より

 

 

■『劉邦を守る為に身代わりに任命された紀信の様な信頼である。

いや、これだと火炙りだから縁起が悪いな。周苛ならどうだ?釜茹でにされてた。本当にろくでもないなあの酒飲み亭長。』

 

【史記】又は【項羽と劉邦】より

紀信は項羽に城が包囲された時に、死を覚悟して劉邦に化けて降伏を擬態し、その間に主君の劉邦を逃がした忠臣。

周苛は劉邦の為に貴重な時間を稼ぐ為に少数で見事な篭城戦を行い、降伏を提案する魏王豹を切り捨てた。

陥落後、敵である項羽自ら降れば上将軍に任じて三万戸を与えるという厚遇を提案されるが、劉邦への忠誠を突き通し激怒した項羽に釜茹でにされた。

 

 

 

・三話

 

■『まるでレオポルド・シューマッハの様な立場だが、幸いにして此方は少なくとも人間的魅力という観点から言えば好意的に取れるのが救いである。

流石に妹様とあの無能が尊大と言う名の服を着て傲慢と言う香水を身に纏っている様な人物と比較するのは不敬極まりがないだろうが。』

 

【銀河英雄伝説】から

専制君主制を500年続けて腐敗していた銀河帝国は軍事に関しても能力より血統にによる影響が強かった。

その中で無能かつ尊大でありながらも大貴族の出身である事から艦隊指揮を行うフレーゲル男爵とそれに対するお目付け役とも言えるレオポルド・シューマッハ大佐より。

敗戦濃厚の場において最後の一兵までも突撃して貴族として華麗な最後を遂げるのだと主張するも、「もう付き合いきれません。死ぬならお一人で死になさい。」と大佐に抗弁され、激昂して射殺しようとした所を逆に大佐の部下に射殺される最後を送る。

 

 

■『でっかく生きろよ女なら』

【メダロット】のOP 「知恵と勇気だ! メダロット」から

「でっかく生きろよ男なら」より

 

 

■『逸見も「3、2、1、・・・」とカウントダウンして同じように砲塔を回転させる。

余談だが何となく逸見のカウントダウンは熱が入ってて何故か「上手」と感じた事も付け加えておこう』

 

ネットミームから

ぜろ!ぜろ!ぜろ!

風評被害だこれ!

 

 

 

・四話

 

■『車内は無言の歓喜によって包まれた』

■『一人の友の友となる事も出来ず、心優しき戦友も出来ず、心を分かち合える者が地上にただ一人も存在しなかった彼女等は黒森峰という輪から泣く泣く立去るしか方法が無かったのだ。

しかし、一人の天使は見捨てなかった。

快楽は虫けらの様な者達にも与えられ、天使は神の前に降り立ち宣言された。

姉妹よ、自らの道を進め!英雄のように喜ばしく勝利を目指せ!

彼女達は火の様に酔いしれて、崇高な歓喜の聖所に入ったのだ』

 

ベートーヴェン【交響曲第9番第4楽章】の【歓喜の歌】から

歌詞は知らない人も多いだろうが、この歌詞のフレーズの部分は曲の中で最も有名な部分なので聞けば解る人は大多数だろう。

予断だが、「地獄先生ぬ~べ~」のOP「バリバリ最強No.1」は歓喜の歌の曲調を使っている。

 

 

 

■『アドルフヒトラーやナポレオンにチェ・ゲバラ、劉邦や豊臣秀吉もこうで在ったのだろうか。』

 

いずれもサーヴァント化したらカリスマEXありそうな人たち。

 

 

■『とらとら作戦です』

 『奇襲だからトラ・トラ・トラから取ったのだろうか?

  いや、二虎競食の計か。投げ込まれる餌は互い自身ではあるが。』

 

トラトラトラは太平洋戦争の開戦となる真珠湾攻撃の奇襲が開始されたという電信の暗号。

暗号の意味は「ワレ奇襲ニ成功セリ」なので良く誤解されるが、奇襲が成功した事を伝える暗号ではなく、奇襲が開始された事を伝える暗号である。

 

二虎競食の計は離間計の一種または別称である。

敵対している相手の中に不和を呼んだり、対立させたりする事を目論む策。

特に劉備と呂布の間の仲を引き裂く為に荀イクが曹操に献策した物を二虎競食の計という。

簡単に言えば二虎の前に餌を放り込めば餌を巡って争うので、疲弊した所の漁夫の利をつけば二頭の虎も簡単に討ち取れるというものである。

 

 

 

■『小石 大きな石 どれでもない。石ですら無い石のような物体。それが妹様だった。』

 

【斑鳩】と【レイディアントシルバーガン】から

敵のラスボスの通称より

 

また「柔らかい石」即ち「賢者の石」も含んでいる。

 

 

 

■『下座もなく上座もなく、条件は皆同じ 中学の実績も家柄も関係ない ただ己の戦車道を競って向き合う場所。

 『生き残れ』 それが唯一の交戦規定だ』

 

【エースコンバットZERO】から

B7R通称円卓についてピクシーが語った言葉より

元の文は

 

「俺達戦闘気乗りに与えられた舞台 そこには上座も下座もない

条件は皆同じ 所属も階級も関係ない

制空権を巡って 各国のエースが飛び交う場所

『生き残れ』

― それが唯一の交戦規定だった」

 

この戦場において妹様は生き残る事によってその実力を示す。

 

 

 

■『では此処を降りてください』

 

【ガールズ&パンツァー 劇場版】から

序盤エキシビジョンマッチの神社前の階段を下りる様指示したときのみほのセリフより

個人的にその後のみほの「麻子さんなら大丈夫」と麻子の「ほい」という何気ない返答から両者の信頼感があって非常に好きである。

つまり同様にこの時点で既にみほは斑鳩のその能力を度信頼していたという示唆。

 

 

 

■『この優しく穏やかな少女の薄皮一枚剥いだその下は・・・魔物なのだから・・・。』

 

【アカギ】から

裏プロの代打ちの矢木圭次が侮ってはいないと思っていたが、中学生相手という事で心のどこかでまだ相手を舐めていたと言いながら、「しかしもう次からは舐めない、毛ほども舐めない」と表明しその理由として述べた言葉から。

 

 

 

■『やってやる!やってやる!やってやるぞ!』

 

【ガールズ&パンツァー 劇場版】から

ボコのテーマより

 

 

 

■『行くぞパンター!お前に魂があるのなら・・・答えて見せろ!』

 

漫画【D-LIVE】から

主人公斑鳩の各話の佳境において放つ決めセリフより

予断だが戦車を扱った話もあり、その時には「行くぞ、老兵T-34/85!!お前に魂があるのなら……応えろ!!」と

爆発跡のクレーターの傾斜を利用して戦闘ヘリを落としている。

 

 

 

■『これが勝利の鍵だぁ!』

 

【勇者王ガオガイガー】から次回予告より

または【勇者王ガオガイガーFINAL】と【勇者王ガオガイガーFINALGGG】より同名のキーアイテム

比喩表現ではなく本当にそう叫びながらキーアイテムの鍵を使う。

 

 

 

■『ある日突然それまで壊せなかった物体を拳で壊せるようになった時。』

 

【バキ BAKI】から

劉 海王が勇次郎に反論した言葉より

反撃してこない無機物を叩き壊したところで武として何の意味があるのかという勇次郎の言に対して、

自身の成長を実感できるプロセスとしては意味があると反論した。

 

 

 

■『エース・ドライバー』

 

漫画【D-LIVE】から

主人公斑鳩の通称より

ありとあらゆるスペシャリストを派遣する企業「ACE」よりあらゆるエンジン付の乗り物を操縦してしまう特殊技能者である事からついた。

予断だが、某所に乗せた時と別のスレで2度「これが言いたかっただけ過ぎる…」と言われてしまったがその通りである。

 

ちなみに実際に戦車のそれぞれの搭乗員はコマンダー ガンナー (タンク)ローダー ドライバー (ラジオ)オペレーターと呼ばれる。

 

 

 

・よもやま話

 

■『キャベツ畑やコウノトリを信じてる女の子に無修正のポルノを突きつける時のような下卑た快感さを感じます!』

 

【幽々白書】から樹の科白より

純粋で無垢だった仙水をお前なら止められたのではないかと問う蔵馬に対して、「傷つき汚れ落ちていく様を見たかった」と返している。

個人的に闇や暗めのエリみほ話は本当にこんな感じの快感を感じる

 

 

 

・五話

 

■『孫子曰く「今、君の下駟を以て彼の上駟に与て、君の上駟を取りて彼の中駟に与て、君の中駟を取りて彼の下駟に与てよ」』

 

斉の将軍の田忌が王族の子弟達と馬車による競馬で負けが込んでいると孫子に相談して返ってきた返答。

簡単に言えばそれぞれの馬の速さを見てみると上中下に分かれてその能力に差はない。だから、敵の上に下を 中に上を 下に中を当てれば3戦2勝で勝てるというもの。

勿論だが兵法にも通じる事であり、作中でもある様に「敵に対して適切に兵力を配置して全体の有利を取る」西住まほの戦法の根幹としている。

ちなみに、この「孫子」は「兵は拙速を聞く」や「彼を知り己れを知れば、百戦して殆うからず」で有名な書物の「孫子」を著した孫武ではなく、その子孫である孫ピンの事である。

どちらも孫氏なので孫子と呼ばれる。

なお、「孫子」の著者は孫武ではなく孫ピンであるという説も存在する。

 

 

 

■『相手はセオリー通りに包囲せんとして左翼・中央・右翼の三方面に展開していく~」

 

【銀河英雄伝説】からアスターテ会戦より

参方向から包囲せんと自軍の倍に相当する戦力に対して撤退を進言する諸提督に対して「する必要は無い。何故なら此方が有利であるからだ」と切って捨てるたラインハルトの戦術行動。

 

 

 

■『ランチェスターの第二法則』

 

集団戦を行う場面において適用される有名かつ根本的な法則。

実際の戦闘だけでなくある程度概略化すれば将棋やチェス等の盤面遊戯のみならず幅広い場面で活用可能。

日本ではビジネス戦略として有名。

基本的に「ランチェスターの法則」とした場合は第二法則を指す事が多い。

簡単に言えば「戦力は数の二乗に比例する」となるという法則である。

同じ位の強さを持つ人物2人と6人が喧嘩する場合、数の差が3倍なので戦力差は9倍となる事になる。

 

具体例を挙げれば能力と装備性能が同一のA軍5人とB軍10人の弓兵が撃ち合った場合、一度にAは5本の矢を撃ててBは10本撃てるので攻撃力に2倍の差。

敵の矢に対してはAは5人で受けてBは10人で受けるので防御力で2倍の差。

2*2で4倍の差となる。

 

更に損傷率の加速的な差もそれに準じる事となり、その計算式は

 

A0^2-At^2=B0^2-Bt^2

 A0はA軍の初期人数

 Atは時刻tの残存人数

 B0はB軍の初期人数

 Btは時刻tの残存人数

 

で表される。

先程の例で言えば5人のA軍が全滅する時、B軍は

 

5^2-0=10^2-x^2

25=100-x^2

x^2=75

x=√75

x≒8.66

 

なので8.66人、つまり高い確率で9人生き残る事になる。

簡単に言えば人数差があればあるほど一回の攻撃でAは多くの兵が戦闘不能になり、Bは少数で済むので更に人数格差が増して行くという事である。

 

ただこの理論を完全に当てはめるには戦闘に参加している全員が攻撃可能である事が必須なので、

素手等の喧嘩ならば範馬勇次郎の言う様に一度に4人相手に勝てるなら100人相手でも勝てる事になる!

 

 

 

■『あの戦場を駆ける黒色の槍騎兵が』

 

【銀河英雄伝説】から

攻撃面に置いて銀河一といわれた勇猛な「黒色槍騎兵」より

 

 

 

■『両側からジャーン!ジャーン!と銅鑼をかき鳴らしたかの様に奇襲した』

 

【横山三国志】から

奇襲時の銅鑼の演出より

余談だが、こういう細くて左右が暗い森や崖に差し掛かる時、何故か勘の鋭い副官が危険性を指摘するも主将が一笑に付して行動し、結果的に孔明や長良や韓信にハメられるという事が多い。

「あわわ!火じゃ!これは火薬を使っておるぞ!」

「あわわ!岩じゃ!退路が塞がれたぞ!」

 

 

 

■『まず先頭と最後尾の敵戦車に攻撃が集中し、道幅が細いが故に進むも戻るもできずに立ち往生した所をゆっくりと妹様は殲滅した。』

 

史実よりヴィレル・ボカージュの戦いにてミヒャエル・ヴィットマンが5輌でクロムウェル戦車60輌を相手に取った戦術。

ちなみにこのときの彼の戦果は戦車12輌(クロムウェル5輌、スチュアート3輌、シャーマン4輌)、ハーフトラック10輌、カーデン・ロイド・キャリア4輌、スカウトカー1輌。

 

 

 

■『妹様は天使のような方であったが唯の天使ではなかったのだ。

まるで眩く白く輝かんとする白金の天使であり、その天使は試合に敗北することはなく、天使の対戦相手は試合に勝利することはないのだ。』

 

【マジック・ザ・ギャザリング】から

白金の天使/Platinum Angelのカード名と効果より

「あなたはゲームに敗北することはなく、あなたの対戦相手はゲームに勝利することはない」というとんでもないテキストから騒がれたが、重く除去耐性も弱い事からあまり使われなかった。

この通りなら妹様は負ける事は無いが、実はルール的に引き分けはあり得る。

 

 

 

■『この元副隊長は己の分も弁えずに自身の力を過剰評価し、周囲からどう見えているかも気にせずキャンキャン吼える阿呆・・・・・・等という頭の悪い素人小説に出てくるような主人公の噛ませ犬のような人ではない。』

 

なろうの異世界転生ものでよくある踏み台キャラ

これ自体は悪い訳ではなく、むしろちゃんとやればよい舞台装置になりはする。

 

 

 

■『私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の蛇を除かなければならぬと決意したのだ。』

 

太宰治の【走れメロス】から有名なフレーズより

 

 

 

・六話

 

 

 

■『あの人と一緒に乗った戦車はもう忘れられない。

 (中略)

 でも、何時しか勝つ事を考え、負けない様に必死に努力し、苦しさを感じながら腕を磨いていく内に義務感すら感じるようになってきた。

 (中略)

 でもあの人と一緒に戦車に乗ってると、まるであの頃の初めての感動が蘇ってきたようだった。』

 

イメージの元ネタとして【テニスの王子様】から「天衣無縫の極み」より

テニスを始めたばかりの楽しくて楽しくて仕方が無い時なら誰もが持っていたとされる物だが、勝つ事にとらわれて何時しか忘れていってしまう物。

戦車道の名門校だけあって黒森峰はその傾向が特に強く、しかも普通の選手達よりも最初に戦車に乗った時の感動も強い生徒が多いので特にみほのそれに嵌っていく。

裏設定で今後の話を書く時に使う予定だが、実はみほのこれに違う嵌り方をしているのは二人おり、内片方はまほでその理由は作中にも説明されているが、もう片方はエリカとなっている。

その理由として他の者は「みほと乗ると最初に戦車に乗ったときの事を思い出す」だが、エリカはそもそも幼少の時に最初に戦車に乗ったのがみほの戦車であったからである。

エリカは名前も聞いておらず、またみほの性格も全く違く、更に言えば半ズボンや等の動きやすそうな服装から男子と思っていたのでみほに気づかなかった。

しかし、練習試合でみほの戦車に乗る事でみほが初恋の相手だと気づき、相乗効果によって周囲とはまた違った沼に嵌っていく。

 

 

 

 

■『嗚呼、斑鳩が逝く・・・・・・』

 

【斑鳩】から

Chapter:01の詩の冒頭の「嗚呼、斑鳩が行く・・・・・・」より

 

 

 

・七話

 

■『項羽は剣を習っては同じ様に其れに天性の才がありながら、剣は一人の敵学ぶに足らずと申し、万人を相手に取る兵法を学ぶ事を伯父に要求した。』

 

【史記】から項羽の「書は以て名姓を記するに足るのみ。剣は一人の敵、学ぶに足らず。万人の敵を学ばん」」より

簡単に言えば「読み書きは自分の名前さえ書ければ良く、剣術も一人の敵を相手にするだけの物なので学ぶ必要は無い。それよりも万人の敵を相手にする物を学びたい」という事

優秀な軍事指導者が多大な地位に就けた時代にあって正に良く捕らえている言葉である。

ただその兵法も最後まで学ばなかったので単に飽きっぽいだけかもしれない。

 

 

 

■『トマス・ホッブズの「リヴァイアサン」』

 

トマス・ホッブズはイングランドの哲学者で特に政治哲学者として良く知られている人物。

その仲でも特に有名な政治哲学書が「リヴァイアサン」である。

特徴的な人間が集まって一人の巨大な人間になっている絵は教科書で見た覚えのある人も多いだろう。

 

極簡単に纏めれば人間がそれぞれの欲求に従った自然権を行使しあった場合、無秩序な永遠の闘争が繰り広げられる事になる。

(これをホッブズは万人の万人に対する闘争と呼んでいる)

この混乱状態を避ける為に国民はその自然権を一度国家に委託してその管理と分配を任せるという社会契約をするべきだという理論である。

即ち、国家の基本的に役目に「富の再分配」がある様に「権利の再分配」をするとも言える。

現代国家では大多数がこれを行っていると言えるが、ホッブズのリヴァイアサンでは絶対王政を合理化する理論として唱えているので民主主義的な思想の人権の公平化とはまた異なる。

 

 

 

■『フォネティックコード』

 

通信においてBとD等の聞き間違えやすいアルファベットを「ブラボー」「デルタ」等と置き換えるコード

アルファ ブラボー チャーリーと各アルファベットに対応している。

 

 

 

■『逸見がそこに上から歯ブラシを歯に当ててしゃかしゃかくちゅくちゅと動かしてやるのだ。

  なんだこれは。仕上げはお母さんとでも言いたいのだろうか?』

 

【お母さんといっしょ】から

子供が歯磨きをして、最後にお母さんがしてあげる「ひとりではみがきできるかな」より。

お母さんが子供を正面に膝枕をしてやり、上からしゃかしゃかしてあげるコーナー。

 

 

 

■『嬉しい事は二人分、悲しい事は半分』

 

【お母さんといっしょ】から

ショートアニメ「ふたりはなかよし」の歌より

グーとスーという兄妹の日常を描いた作品。

 

 

 

 

 

 

・最終話

 

■『この姉妹が二人揃うと"史上最強最凶最驚最恐生物"と無茶苦茶な形容詞を並べるしか表現のしようが無いくらいであった』

 

【マジック・ザ・ギャザリング】から

B.F.M. (Big Furry Monster)だけが持つカードタイプ「史上最強最凶最驚最恐生物/The-Biggest-Baddest-Nastiest-Scariest-Creature-You'll-Ever-See」より

このカードは2枚一組であり、それぞれのカードにイラストの左右の部分が書かれており、くっつけると一枚絵になる。

単体ではプレイできず、2枚揃えてプレイする事で合わさって99/99のクリーチャーとして戦場に出てくる。

次点のサイズのクリーチャーが15/15であり、特殊条件下で召還されるトークンクリーチャーが20/20と考えると間違いなく最強のクリーチャーである。

 

 

 

■『この二人はこの世で最も連携が取れているとされている唇と歯と舌の様を思わせるコンビネーションを見せ付けた。』

 

【バキ BAKI】から

3人で最高のコンビネーションを見せる唇(リップ)・歯(トゥース)・舌(タング)とその総称であるマウス(口)とそれを説明したときの描写より。

完全なコンビネーションを行えばランチェスターの法則的にも3人ならば戦力は9倍なので結構納得した理論ではあるが、結果的にセカンドに普通に一人倒されて終わってしまった。

 

 

 

■『神が戦車道に置いて完全無欠な存在としてこの姉妹を生み出したのだと思ったが違ったのだ。

  この人達は未完の片翼の天使であったのだ。』

  『二人の大天使が手を取り合い、互いの欠けた部分を補完し、助け合う事で両翼をもって飛翔するのだ。』

 

中国の空想上の生き物で、互いに片羽で夫婦で協力して飛ぶ「比翼の鳥」から

または【Xenogears】からニサンの大天使の言い伝えより

「飛翔」も個人的にXenogearsで一番好きな曲「飛翔」を意識している。

 

 

 

■『太陽に向かって届かんとばかりに飛ぶが、その羽は蝋でできた偽者ではない。

  イカロスと違い何処までも高く雲を切って飛べるのだ。』

 

もちろん、ギリシア神話のイカロスではあるが

前文の比翼の鳥の描写と絡めて榊原ゆいの【片翼のイカロス】より

「二人でなら手を合わせて翼だね」を絡めて

「あんなに一緒だったのに」がエリみほイメージソングに適しているなら、こっちはみほまほイメージソングに適していると思う。

 

 

 

■『突如起きた地割れに巻き込まれたり、前兆無く振ってきた隕石にぶつかって死んだ者を集中力が無いと馬鹿にする者がいるだろうか。』

 

【バキ BAKI】から

独歩がドイルにいった台詞から。

救命阿!

 

 

 

■『心と言う器は一度ヒビが入れば・・・・』

 

【シグルイ】から興津の台詞より

 

 

 

・【夢、見果てたり】

 

■『しかし、私の栄光時代は何時か?

 未来の全日本?国際大会?

 私は……私は今なのだ!』

 

【SLAM DUNK】から

背中の負傷から選手生命に関わると言われた時の主人公、桜木花道の台詞より

 

 

■『どうせ終えるならせいぜい華麗に終わらせるのがよいのだ!』

 

【銀河英雄伝説】から

フリードリヒ・フォン・ゴールデンバウム4世が帝国の未来に関して発言した台詞より

 

 

 

・IF外伝【もう、彼女の物】

 

■『いいなぁ・・・アレ。 

  アレ欲しいなぁ・・・。』

 

【HELLSING】から

ドクがアーカードのクロムウェルを見た時の台詞より

 

 

 

 

■『ほしいものは手に入れるのがわたしのやりかたね。』

 

【ドラえもん】から

ジャイアンの台詞より

 

 

 

■『伊達にルネッサンス時代に追加のスパイが貰える訳ではないのだ。』

 

【Civilization5】からイギリスの文明特性より。

何れかの文明がルネッサンス時代に進むと全ての国家に一人ずつスパイが供給されるが、イギリスはそれに加えてもう一人もらえる。

ジェームズボンドでも有名なイギリス秘密情報部を倣っての特性だろう。

ガルパン公式設定でも聖グロには情報部のような存在があり、作中でもダージリンはそれを活用している。

 

 

 

 

◆第二部【如何にして無関心な西住まほは戦車道に対して意義を感じる様になるか】

 

 

 

 

・第一話

 

■【I did it my way】

 

【Frank Sinatra】の「My Way」の歌詞より

「My Way」を直訳すれば「我が道」

「I did it my way」を訳せば「自分の道を生きてきた」

 

戦車道をまほがどう歩むかという話の副題として

 

 

 

 

・第二話

 

 

■『ラプラスの悪魔』

 

ピエール=シモン・ラプラスが提唱した思考実験における超概念的存在。

もしも今現在の全てを知り、計算できる知性存在がいたのならば、この存在にとって遥かな未来も宇宙の始まりまでも知覚できるというもの。

簡単な例をあげれば6面体のサイコロを振るとどの目が出るかは解らないが、仮にそのサイコロを振るうときの下を向いている面、力、高さといった様々な要素をデータと把握し、計算すればどの目がでるかは判明する。

この様に宇宙は原因があって結果があるという因果律によって支配されているので、宇宙全体のデータを知覚し計算できるならばその一秒後の世界も、その1秒前の世界も理解できると言う事になる。

 

量子力学の登場により、原子の位置と運動量の両方を正確に知る事は不可能と言う不確定性原理によってこの悪魔は一先ず葬り去られた。

 

 

 

■『"かくてラプラスの魔の自然認識は、吾々人間自身の自然認識のおよそ考えうべき最高の段階をあらはすものであって、従って吾々は自然認識の限界にあたってこれを基礎にもってくることができるのである。

   ラプラスの魔にして認識できぬことは、それよりもはるかに狭小な限界の中に閉じこめられている吾々の精神には全く永久に知られずにおわるであろう。 -エミール・デュ・ボア=レーモン"』

 

エミール・デュ・ボア=レーモンによって為された「イグノラムス・イグノラビムス」という主張。

日本語で言うと「我々は知らない、知ることはないだろう」。

ある幾つかの疑問は今後どの様な理論体系や観測機器の進歩等があっても人類には判明することは無いだろうという趣旨。

この時にラプラスの悪魔の存在をとって主張した内容が上記の文である。

ある種の理想的で最高段階の知性体を仮定し、その知性にとっても理解できない事柄があるならばそれは人類には理解できないだろうと言う意味。

 

 

 

 

・第五話 

 

■『2015年5月5日、第63回 戦車道 全国高校生大会の組み合わせ抽選会がさいたまスーパーアリーナにて行われようとしていた。』

 

原作で行われた抽選会場は外見がさいたまスーパーアリーナであるとの事

日時に関しては原作内の情報から計算すると大体こうなるとの事。

(例えば劇場版で会長が取得した念書に27文科高第307号とあるので平成27年である事が解る等)

 

 

■『敵……ですね。』

 

【銀河英雄伝説】からラインハルトとヒルダの会話より。

ある種の歴史上の真理。

敵がいなくなって内部から瓦解した国家・組織のなんと多い事か。

 

 

 

 

・第十話

 

■『戦車道ではカタストロフと呼ばれるフィールドの構造物や自然物を破壊する事によって利用する魔術師の神業。』

 

TRPG「トーキョーN◎VA」より

トーキョーN◎VAではキャラメイキングでクラス制を採用しており、プレイヤーは三つのスタイルを選ぶ。

それぞれのスタイルには対応した「神業」が一つずつ設定されており、1回のセッションで一回ずつ使う事ができる。

神業は判定の必要が無く、相手の能力値やその他の状況を無視して確実に成功する。

例えばカタナの神業ならば敵を必ず殺す事ができたり、トーキーなら好きな報道を一回行う事で対象に致死的社会ダメージを負わせるなど。

その中でバサラが行う神業が《天変地異(カタストロフ)》で対象の建物を一個破壊すると言うものがある。

バサラは大アルカナの「魔術師」に相当するスタイル。

ちなみに策士として「魔術師」と呼ばれたヤン・ウェンリーにもかけている。

 

 

 

 

 

・第十一話

 

■『そして何故か部屋の隅にはスピーカーが置かれ、一定リズムのドラムの音を流し続けていた。』

 

会議と言えばこれ

 

 

 

・第十二話

 

■『みほはみほらしく自由に戦車道をしているが、同時にこれまでの西住流としての経験や時間を捨てている。

  ……私も捨てないと駄目か……。

  …………形振り構わず、勝ちに行くか…!』

 

シーンのイメージとして【ダイの大冒険】より

最終戦 全てを捨てて竜魔人と化したダイに対してバーンもまた全てを捨てて鬼眼を解放する場面

 

 

■『薄い紙でも幾重にも重ねれば、零されたワインも吸い尽くして止める様に!』

 

 

【銀河英雄伝説】よりラインハルト・フォン・ローエングラムの発言から

ヤン艦隊に対する作戦として膨大な戦力を幾重もの薄い陣形に分けてぶちけて長期戦に持ち込む作戦をこう説明した。

まほの選んだ作戦もこれと同じく黒森峰の数と戦車の質の有利を最大限に利用したもの。

 

 

 

■『高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するぞ!!』

 

 

【銀河英雄伝説】よりアンドリュー・フォークの発言から

様々な意味で有名な迷言だが、この発言だけを取るのならなんら間違っていなく、むしろ物事の大原則である。

重要なのは目標を定めた上で、それに固執する事無く柔軟性を維持する事だが、フォークはともかく帝国に侵攻する事だけを考えてその戦略上の目的すら定める事無くこの発言をした。

それ故に「要する行き当たりばったり」と非難される事となる。

本作中でもまほは大洗戦に対する戦術として基本行動方針を定めた上でこの発言をしている。

 

 

 

■『……要するに行き当たりばったりという事ですかな?』

 

 

【銀河英雄伝説】よりアレクサンドル・ビュコックの発言から

原作での経緯は上記の通り。

 

 

 

・第十三話

 

 

■『アーという地点とベーという地点がある。』

 

アーとベーはAとBのドイツ語読み。

黒森峰だからね。

 

 

 

■『……黒森峰に成形炸薬弾を…』

 

元ネタ等の解説ではないが一応の説明を

原作のアニメにおける描写だけではHEAT弾を使っていると断言できる明確な描写は無いが、

「こちらの徹甲弾では正面装甲は無理」と言われていたマチルダを正面撃破した事、撃破できなかったチャーチルが爆炎で炎上していた事

何より金子氏がインタビューで初期段階では成形炸薬弾も使用可能と言うことを見せるセリフも用意していたがカットしたと答えているので公式ガルパンではHEAT弾も使用可能と判断した。

 

 

 

■『……挟叉修正射撃!

  あの子!戦車で艦砲射撃をするつもりなの!』

 

 

挟叉とは主に軍艦同士での艦砲砲撃において、目標の手前と奥側に砲弾が着弾する事。

一次大戦と二次大戦では砲撃の観測と修正は主に光学観測によるものでレーダーも射撃管制装置もなく目視と計算に頼っていた。

故に目標の奥側と手前に着弾したと言う事はその範囲の誤差修正ですむと言う事。

 

 

・第十四話

 

■『確かに、人間には時々そういう天才とは更に違う人知を超えた能力を持つ物がいる。

 数学能力では五桁の素因数分解を暗算できたり、難解な計算を数学者が計算機で計算するより早く、天井を見つめたままでぶつぶつと呟いただけで答えをだしたりだ。』

 

人間の姿をした悪魔、火星人とも言われた天才数学者 ジョン・フォン・ノイマンの逸話より

彼の功績は膨大だが有名な所ではコンピューターの基礎であるノイマン式コンピューターの発案 量子力学の形式的完成等がある。

6歳で8桁の割り算を行い、8歳で微分積分が行えたという。

上記の逸話の元ネタは次のとおり。

 

「水爆の効率概算のためにエンリコ・フェルミは大型計算尺で、リチャード・P・ファインマンは卓上計算機で、ノイマンは天井を向いて暗算したが、ノイマンが最も速く正確な値を出した。」

 

 

 

■『こういった能力者は絵画面や音楽面といった芸術面でも稀に出現する事はある。

  しかし、その考えをまほは頭を振って捨てた。

  そういう人間は得てしてそれ以外の面では"特殊な気質"を持つ。』

 

サヴァン症候群の事。

ちなみに前項はノイマンの逸話が元ネタであるが、別にノイマンがサヴァン症候群であった訳ではない。

 

 

 

■日本戦車道連盟が定める戦車道試合規則

 

いずれも独自設定ではなく公式媒体からの公式設定である

 

 

 

・第十五話

 

■『是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む』

 

孫子の兵法 第四篇 軍形に記されている言葉。

原文は「是故勝兵先勝而後求戦、敗兵先戦而後求勝」。

 

簡単に言えば勝利する軍はまず戦いを行う前に勝利をする為の準備を調えて、最後の消化作業として戦いを行うのに対して、敗軍は勝利が不確定のまま戦闘の最中に勝利を見出すということ。

つまり勝ちが確定してから戦えという意味。

極当たり前の事だが作中においてそれを誰よりも実践しているのが西住みほである。

 

 

 

 

・第十六話

 

 

■『普通の女性が意中の人物に振り返ってもらうために着飾ったり、料理の腕を磨いたり、車に詳しくなったり、好みに合わせるためにサッカーを好きになったりする様に。』

 『貴女だけを見つめていた。

  出会ったあの日から今までずっと。

  貴女さえ傍にいれば他に何もいらなかったから……。』

 

大黒摩季の【あなただけ見つめてる】より

個人的にエリみほのイメージソングの一つ

ちなみに勿論だが歌詞のコピー・転載でない様に多少なりとも改変しています。

 

 

 

・第十七話

 

■『た、多角形コーナリング!?

  戦車で!?

  アホかあいつは!』

 

漫画【D-LIVE】より

鈴鹿8耐にて耐久レースであるにも拘らず高等テクニックではあるがタイヤへの負担が高い多角形コーナリングを行った斑鳩に対してのモブレーサーのセリフが元。

 

 

 

■『「隊長……あれを使います!」

  「……ああ、いいぞ!」』

 

【トップをねらえ!】からタカヤノリコとオオタカズミのセリフより

 



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IF外伝【黒森峰在籍編】
シュヴァルツヴァルトのエーデルワイス


ふたば学園祭にて領夫されたガルパン合同誌「amasanプライム」にて寄稿した短編です。

本編では原作アニメに繋がる様に決勝敗退から大洗に転校していますが、本作品では決勝で救出に向かいながらも周りの援護もあって優勝し、既に母親である西住しほともぶつかり合って理解しあった後の云わば【黒森峰在籍IF】というものです。
時間軸では黒森峰十連覇達成後なので西住みほは一年生となっています。

此方は聖グロ編と違い一話完結型の短編となっています


 

 

 -1-

 

エーデルワイスとはキク科ウスユキソウ属に分類される高山植物の事である。

原語はドイツ語であり、意味は直訳すれば「高貴な白」となる。

 

 

 -2-

 

 

「どうしようかこれ…」

 

黒森峰女学院の食堂の一角のテーブルにて三人の生徒が顔を突き合わせながらうんうんと唸っていた。

三人……斑鳩とオセロと囲碁の視線の先にはテーブルの上に置かれた四枚の紙片があった。

 

「どうするよ?とりあえず此方にも伝え方に語弊があったかもしれないから余分な分は三等分で持つでいいと思うけど」

 

コーヒーの入ったカップを片手にオセロが如何にも面倒くさげな様子と少々蓮葉な口調で言った。

若干茶色の色素を含んだ明るい髪を緩やかなウェーブを描きながら背まで落としている彼女は、その整った容姿も合わせて黙っていればまるで静かなお嬢様の様な印象を抱かせるが、この様にその口からでてくる言葉はその外面の印象とはかけ離れたものであった。

尤も最初は面を食らってもある程度彼女と過ごしていればそれが何故だか似合っているように感じてくるのだが。

 

「お金の問題はそれで異議なしだけどね。肝心なのはこれの処遇についてだよ。

 まさか捨てる訳にもいかないでしょう?」

 

一方で紅茶の入ったティーカップを上品に持ち上げ、音を立てずに優雅に啜りながら囲碁が言った。

オセロとは違い完全な漆黒の髪を耳が隠れる程度に切りそろえ、フレームの細い眼鏡の奥に細く鋭い切り目を隠している彼女は印象だけで語るなら理知的な文学少女といった体であった。

まるで新海先輩の背を低くして髪を短くしたような彼女はその印象を裏切ることなく知性的で博覧強記な人間であった…………少なくとも表層の外皮はそうであった。

しかしこの三人の中で小柄な彼女はまるで身長に比例するように三人の中で最も導火線も短い人間であった。

即ち頭の回転も速ければ、足も早く、そして手が出るのも早いのだ。

基本的には理性的で大人しい人間である筈なのだが、彼女の中で越えてはいけないラインを超えた瞬間に被った羊の皮をかなぐり捨てて「シャオラッ!!」と全力で拳と脚を叩き付けにいくのだ。

実際、三人で出かける時にトラブルに巻き込まれた時……代表的なのがしつこいナンパであるが、脈なしと判断した男達が去り際に斑鳩やオセロを口汚く罵る言葉を投げかけると決まって彼女の爪先がその体にめり込むのだ。

その後は当然乱闘となり、オセロが無責任にやれ!やってしまえ!と煽り、斑鳩が何とか場を収拾つけようとするのが常であった。

この様にどこに爆破スイッチがあるか解らないので少し彼女を知っている者は恐れて近づかないのだが、斑鳩とオセロは彼女が手を出す時は決まって彼女自身ではなく友人である自分達が侮辱された時だけであるという事を知っているのだ。

 

「と言ってもなぁ……誘えるような人物に心当たりがあるか?」

 

「この艦で?このライブに?

 いる訳が無いじゃないの!」

 

「だよなぁ……」

 

斑鳩がぼやくようにオセロに確認したが、返答はやはり予想通りのものであった。

再び三人はテーブルの上の紙片に目を落とす。

その紙片……チケットには黒地を基として派手な色が装飾する中で「The Sound of Music!!!」と赤い乱雑な字で書かれていた。

 

経緯はこうである。

三人が中学の時にお世話になった二つ年上の先輩がバンドのリーダーをしているのだ。

その先輩は高校に在学中の時から活動しており、卒業後も音楽活動で生計を立てているそうだ。

インディーズバンドで慎ましくもそれでご飯が食べられているのだからその先輩の実力と努力も推して測れるであろう。

このアクが強い三人(そう聞けば三人とも「他の二人がアクが強いのであって自分は普通だ!」と主張するだろうが)が世話になっているだけあってその先輩も一筋縄でいかない人物であるが、同時に面倒見がよく特に問題児から懐かれる様な人物でもあった。

そんな恩ある先輩の活動なのだからできる限り応援してやりたかったのが三人の共通の思いであるが、年中殆どを航海している学園艦に在籍している高校生とあっては中々そうは行かないのが現実であった。

しかし、偶然今度寄港する港の近くでその先輩のライブが行われ、しかも全国大会優勝後の長期休暇とも重なっていると言う奇跡が起きたのだ。

当然の様にライブに行く計画が提案され、それは満場一致で可決されたのだが、ここで手違いがあったのだ。

オセロはその先輩からチケットが貰えたので個人で用意する必要は無いと二人に伝えていた。

しかし、どこでどう伝達ミスが生じたのか、はたまた同じ文から複数の意味が読み取れる日本語の難解さによるものか斑鳩はチケットは個人で用意しておこうという意味合いで受け取ってしまった。

つまりオセロが持ってきた三枚と斑鳩が用意した一枚。

三人に対してチケットが四枚になってしまったのだ。

余剰分は仕方が無いのだから捨てる……という選択肢もあるのかもしれないが箱の規模が小さいからとはいえ完売してしまったチケットだ。

いらないから捨てると言うのは先輩自身にもそのファンにも無礼極まりない行動のように感じられできれば避けたい。

しかし、かといって質実剛健とはいえ古風で伝統的な戦車道を歩む生徒たちだ。

基本的には程度の差はあれどお嬢様であったり少なくとも風紀が良い者たちばかりだ。

先輩の行う些か"特殊な"音楽に誘うのは難しいだろう。

 

「…あれ?斑鳩先輩?」

 

そうチケットの処遇について悩んでいると聞きなれた声が斑鳩の耳を打った。

 

「い…副隊長!いらしてたんですか!?」

 

「もう!約束したじゃないですか!

 決勝戦で勝ったら呼び捨てで呼んでくれて敬語は使わないって」

 

そこには空の皿が乗ったトレイを持った黒森峰の副隊長である西住みほがいた。

元々可愛らしいと評判であった彼女であるが決勝戦での行動と実家に帰ってから姉と母の間で何かあったらしく、それまで何かを押さえ込んでいるようなどこか悲痛さを感じさせるものは霧散し、それまで以上に笑顔を元気を振舞うようになってから更にその魅力は増していた。

そんな彼女に頬をぷりぷりと膨らませながら詰め寄られ、斑鳩は思わずたじろぐと同時に仄かに顔が熱くなるのを実感した。

 

「いや…それはその……人がいる所では…」

 

「約束!」

 

「はい…いや、解った。み、みほ…」

 

みほの強引さに負けてつい名前で呼ぶ事と敬語を使わない事を約束させられた斑鳩であったが、何とか公の場所では「戦車道としての活動している時は、流石に役職名で呼び、指揮されるものとしてそれ相応の応対が必要でしょう」という理論によってその難を免れていた。

しかし、そうではない場所では依然としてこのやり取りが何度も繰り返される事になるのだ。

 

「えー!何それ何それ!いいなぁ斑鳩!

 ね、ね!私も副隊長のことみほちゃんって呼んでいい?」

 

このオセロの発言にぎょっとしたのが斑鳩である。

斑鳩がみほの事を呼び捨てにしたり敬語を使わない事を躊躇しているのは何も照れだけの問題ではない。

この黒森峰女学院は言ってみれば西住流によって統治されている国家である。

つまり西住の次女は言わば王女であるも同然であり、その王女が一年生で年下であっても上級生達は下に置かない態度をとる。

無論、それは表面上だけではなく姉妹に対して門下生達は心から崇敬し、自分達の統治者として誇りを持って忠誠を誓っている。

当初はそれは殆ど姉にだけ注がれる物であったが、戦車道活動を通じて才気が光を放つたびに妹の方にも徐々に流れていった。

いや、全国大会の決勝戦での行動によってむしろ妹の方が強く崇拝されているとも言えるかも知れない。

三人は西住流ではあるものの月謝を納めて認可されて門下に入った訳ではないので西住流門下生ではない。

そんな三人が西住の次女の名を呼び捨てにして馴れ馴れしい態度をとっているのを門下生に見咎められたら非常に面倒な事になるであろう。

 

「…勿論です!嬉しいです!」

 

オセロも馬鹿ではない。いや、それどころか頭は回る方である。

当然そんな事は承知している。承知している上でやっているのだろう。

仮にその事を門下生に詰問されれば「友人に馴れ馴れしい態度をとってな~にが悪い!知ったことか!」とでも言いのけるだろう。

そこまで理解できたから心底嬉しそうにしているみほを見ながら斑鳩は軽く頭を抑えてため息をついた。

 

(結局、私が約束を飲んだ時と一緒だな…。

 こんなに嬉しそうにしてる妹様を見たら口出しできないじゃないか……)

 

そんな様子を笑みを浮かべながら見ていた囲碁はふと名案を思いついた様な表情をした後、肩肘をテーブルにつけて頬で顔を支えながら逆側の手の二本の指でチケットを挟みこむとヒラヒラさせながらこう言った。

 

「みほさん、今度の週末は暇かな?」

 

 

 

-3-

 

 

「みほさん、お待たせしてすいません!」

 

「いえ、私も今来たところですから!

 …それより斑鳩先輩!敬語使ってますよ!」

 

 

待ち合わせ場所は艦の退艦口付近となった。

現地近くでの待ち合わせも提案されたが、場所と時間の問題で、みほがそこに一人で行くのはよろしくないという事で廃案となった。

そしていざ合流するとその考えはまさに正しかった事が証明されたのだった。

三人の服装はラフな格好……とも表現できない服装であった。

少なくとも昼に極普通の街角にこの格好で赴けば奇異な目を向けられたであろう。

この時間にこれから赴く場所だからこそ、この黒い服装が適しているのだ。

一方でみほは白を基調とした清潔感と清楚さを感じさせるワンピースの上からカーディガンを羽織っていた。

恐らく普通なら子供っぽく感じてしまうだけだろうこの組み合わせも、みほが着ると幼げではありつつもそれを魅力として取り込んでおり、特に生まれついた物と育ちによる物として自然的な気品さも感じさせていた。

つまり、非常に似合っていた。それもとても可愛く。

それだけにこれから行く場所では異質に見えるだろう。

現地近くでの待ち合わせで彼女が一人で待っていたとしたらそれは狼の中に羊を放り込むような物ではないだろうか。

たちまち悪い狼達に連れ去られていただろう。

事前に艦での待ち合わせとしておいて本当に良かったと斑鳩は安堵したのであった。

 

「可愛い!みほちゃんすっごい可愛い!

 ねぇねぇ!写真撮っていい?撮るよ?はい!チーズ!サンドイッチ!

 おー、いい写真が撮れた!これは良い思い出になるよ!」

 

斑鳩としてもおめかしをした妹様の姿を何時までも見続けたかったが、残念ながらライブの開催までの時間にそれほど余裕が無かったので興奮しながらスマホのシャッターを落としているオセロの襟首をつかんで移動を開始した。

無論、後でデータを送るように頼む事を忘れなかったが。

 

「先輩達皆さんがお世話になった方の演奏会なんでしたよね?」

 

「そうだよ~。天内先輩っているんだけどね。

 いやぁ私達ってさ中学の時は結構やんちゃしていてね。

 学校でも戦車道の方でもまぁ跳ねっ返りしてた問題児だったんだよね」

 

「……まるで今はそんな事のない言い草だな…」

 

「斑鳩こそ自分は違うと言っているみたいだね」

 

囲碁の指摘に斑鳩はぐぅと黙らざるを得なかった。

否定はしたかったが、その言葉を口に出せるほど斑鳩は自分を偽れなかったし、厚顔でもなかったからだ。

 

「そんな私達にこう言ってくれたの

 無理に押さえ込まれて自分を偽る必要はない。

 自由にすればいい。空を行く雲のように心の赴くまま戦車道をすればいいのさ……」

 

「「「だってその方が楽しいに決まっている!!」」」

 

三人はそう揃えて唱和すると声を上げて笑った。

その様子をみほは楽しそうに見守っていた。

 

「自由に…戦車道を……良い先輩だったんですね」

 

「そうだね、天内先輩は自由な人だったけれど学校生活では優等生だったから教師受けは良くて信頼厚くてね。

 私達が何かする度によく庇ってくれたんだ…。

 本当に良い先輩だったよ…」

 

「今は戦車道をしていないんですか?」

 

「はい、先輩は高校に進学すると同時に戦車道をやめて音楽の道を歩むようになりました。

 人によっては飽きっぽいと移り気だと批判されるかもしれませんが、先輩は何時だってやると決めれば本気でした」

 

「本当に雲のように自由な方だったんですね…。

 それよりも斑鳩先輩、敬語使ってますよ」

 

そう歩きながら思い出話に花を咲かせているといつの間にか目的地についていた。

地下への階段を降りていくと薄暗い空間の中で無数の男女が立ったまま散漫としていた。

待ち合わせの場所で合流した時に、みほは自分だけ服装の傾向が違っていた事に特に疑問を感じなかったが、この場所では自分以外の全ての人間が黒を基調とした同一趣向にあったので自分だけが浮いているのが解った。

この時点で既にこの空間はみほの知る常識とはかなりかけ離れていた。

みほにとって"演奏会"とは正装をして、用意された席について静かに鑑賞するものであった。

オーケストラや吹奏楽団に合唱団によるコンサートはそうであったし、姉の趣味であるから機会も多かったオペラやオペレッタもそうであった。

ところがこの演奏会ではどうやらボックスシートは勿論の事、座席すらも見当たらないのだ。

この全く未知の世界にみほは堪らなくワクワクしている様に見えたのだった。

 

みほ自身は特に自覚していなかったが、服装だけではなく身に纏う雰囲気もこの場所においては異質であり、好奇による視線がみほに集中したがそれは特に排他的な意味合いは含まれずむしろ好感が多大に含まれていた。

彼等にはこの四人組の奇妙な組み合わせを見て、その背景を各自好き勝手に想像していたのだが、最大公約数的に共有したバックグラウンドとして「三人のファンが悪乗りして箱入りで世間知らずのお嬢様を連れてきた」というものであった。

それは要点としては正鵠を射ており、そのお嬢様が緊張しながらも初々しく周りを忙しなく見渡しては楽しそうにしているのだからどうしたって微笑ましく感じてしまうのだ。

彼等とて当然ながらこのバンドのファンであるから、見るからに自分達とは住む世界が違うような少女がこのライブに興奮しているのはファン心理として非常に喜ばしく思い、連れて来たであろう仲間である三人に良くやったと心の中でその功績を称えていたのだ。

そしてできればライブをこの可憐なお嬢様が楽しんでもらえるなら…と期待していたのだ。

 

 

-4-

 

 

アンコールが終わり全ての演目が終了した。

まだ興奮の熱の余韻が冷め切らぬこの会場にて私も妹様も例外では無いようだった。

 

「みほさん、楽しかったですか?」

 

「楽しいです!私、こんな演奏会は初めてです!」

 

見れば頬を高潮させ如何にも興奮したようにぴょんと跳ねながら妹様が答えた。

どうやら私の敬語にも気づかないくらい楽しんでもらえたようだ。

それを私は何と言えば良いのか……こう言えば不敬かもしれないが母や姉が娘や妹を見守るような気持ちで見ていたのだ。

こんな風に遊びに誘って妹様がこんなにも笑顔を浮かべている様をついこの間までは想像もできなかっただろう。

今の妹様は重い悩みもかつて背負っていた物も顔に落としていた暗い影も全て消え去っていたのだ。

 

「みほちゃん、この後で天内先輩に会いに楽屋裏行くんだけど一緒に行く?」

 

「はい!是非!」

 

そっかそっかとオセロが笑いながら妹様の左手を取ってエスコートする様に引っ張った。

それに妹様は一瞬だけ驚いた様だが、すぐにあのふんわりとした笑顔を浮かべて引っ張られるに体を任せた。

こういう事が何気なくできるのがオセロであり、私はそれが少し羨ましくなった。

同じ様な事は私の性格では到底できないだろう…。

 

そう考えているとふと左手に何かの感触を感じた。

視線をよこすとそこには私の手を握っている囲碁がいた。

 

「さぁ私たちも行こうか。

 私がエスコートしてあげるよ」

 

にやりと笑いながら此方を見上げてくる囲碁はそういうと私の反応を待たずに妹様とオセロの後を追う様に駆け出した。

私はそれを何処か苦笑しながら大人しく引っ張られたのだ。

なんとなく空いた手でオセロの頭を撫でてやりたくなったが、そうしたのならば彼女は怒るだろうか?

いや、案外笑いながら受け入れるのかもしれない……。

 

 

-5-

 

 

「いやー!久しぶりだね!良く来てくれたよ!」

 

楽屋に入室し会うなり先輩は私たち三人を代わる代わる抱きしめ、乱雑に頭をくしゃくしゃと撫でた。

全く変わっていないものだ。

先輩にとって私たちは何時までも手のかかる可愛い問題児なのだ……だからこそ何時までたっても私たちはこの先輩に頭が上がらないのだろう。

 

「所で……その子、紹介してくれるよね!?」

 

「あ、はい!此方は…」

 

突然の事に目を白黒させていた妹様を私達が通っている学校の戦車道の副隊長と簡単に紹介した。

少し逡巡したが西住流の次女だということも添えた。

以前ならそう紹介されるのは妹様にとっては重荷でしかなかったであろう。

しかし、今の妹様ならそれはむしろ誇りに感じているだろうからだ。

 

「はーあの西住流のねぇ……お嬢様っぽいと思ってたけどまさか本当のお嬢様だとはね…

 ね!どうだった私達のライブは?白いお姫様にも楽しんでもらえたかな?」

 

「はい!とても楽しかったです!

 私……こういう音楽って聴いた事なくて…だからどこがどう良かったのかとかそういう事は上手く説明できません。

 立ったまま聴いて、演奏中に皆で声を出して動いたりするというのも驚きました。

 でも…それがとても楽しかったんです!

 天内さんの演奏が皆さんが本当に好きだと感じれて、それを天内さん達も受け取ってより感情を込めていって…

 場が一体になるを感じれて私もそこに加われているように思えて…それで気づいたら私も天内さんの演奏が好きになっていました!

 だから本当に楽しかったです!!」

 

私はそう妹様が語るのを聞くと胸の奥がざわついてしまった。

妹様の言う事は私にも良く解る。

それがライブの楽しさなのだと。

だからこそ妹様が社交辞令でもなんでもなく本心から言っているのだと理解できた。

それが故に私は散々お世話になっていた多大な恩がある先輩に嫉妬を感じていたのだ。

かつて隊長が私に言っていた「みほに見上げられて褒められる事」を思い出しながら……。

 

「ッッ~~~~!!あー可愛いなこの子!!!

 こんな後輩欲しかったなぁ!!」

 

「え?ふわぁ!?」

 

そう言いながら天内先輩は妹様を力いっぱい抱きしめた。

そうしたくなる気持ちも私には良く解る。

妹様自身が言ったように、妹様にはこの系統の音楽の知識は皆無である。

そうであるから褒め言葉も具体性を欠いて理論だった内容ではなかった。

しかし、拙いからこそ心が十全に篭っている事が傍で聞いてる私にも解るのだ。

その上でつまりそういったジャンルに興味がなかった人間にも評価されたという事は自分の演奏単体に生じる内容そのものに価値を感じてもらい賞賛され評価されたという事だ。

ミュージシャン冥利に尽きるだろう。

それに可愛いし。

 

「おや?私たちは可愛い後輩ではなかったかな?」

 

「いいや、君達も私の可愛い後輩さ!」

 

囲碁が何時ものように揶揄する形で言えば天内先輩はさらりとそれでいて真剣さを感じさせる口調で言ってのけると、珍しくも囲碁がぐぅと唸り顔をそらした。

本人はその少しだけ紅潮した顔を隠したかったのだろうが無駄な努力だっただろう。

 

「でも実は感想を聞かなくても君が私たちのライブを楽しんでもらえた事は解っていたんだ。

 ステージの上からでも君の事はよく見えたからね」

 

「え!?そうなんですか?」

 

「そりゃ君は目立つからね。

 薄暗い空間の中で黒い観客の中で白い君は光って見えたよ。

 あ、これ別に服の色だけのはなしじゃなくてね。

 最初は場の雰囲気に戸惑っていて初々しい様に周囲にあわせていたけど、演目が進む度に君が楽しんでいってもらえるのがハッキリと解ったよ。

 途中の休憩時間でも君の事は私達の中で話題になっていたんだ。

 白い可愛いお客さんがいるってね!」

 

そう言いながら天内先輩は片目を閉じて可愛らしくウィンクを飛ばした。

それを聞いた妹様はライブの最後の方ではぴょんぴょん跳ねながら周りに負けないような勢いで合いの手をいれていた事を思い出したのか、恥ずかしそうに下を向いた。可愛い。

 

「ええっと…ごめんなさい。

 やっぱり私の格好は場違いでしたよね……」

 

妹様にとってドレスコードの遵守は当然のマナーでもあり、それを破るのは妹様にとって非常に無礼な行為なのだろう。

それは確かに必要な場所ではそうなのだろうが、ここはそんな大層な事を気にする必要がある場ではない。

第一、妹様にどんな場所かと聞かれて「曲を聞く場所である」といった回答をしたのは私だ。

であるから妹様は自身の常識に従って、妹様にとって"演奏会"に相応しい格好をして来たに過ぎない。

そう私がフォローしようとした時であった。

 

「そんな事ないよ。

 君の格好はむしろあの会場で一番相応しい格好をしていたよ。

 これは私が保証するよ!」

 

「私が…一番?」

 

「そうさ!私たちのバンド名を思い出してごらん!」

 

これには妹様も私達も頭を捻った。

どうも妹様を慰めるために適当な事を言っているのではなく何かしらの意味があるようだが私達にはそれの意味が解らなかったのだ。

 

「……うん、そうだ!

 君を見ていると次の曲を思いついたよ。

 いや、本当は曲名自体はずっと前から考えていたんだけどね。

 私達にとって特別な意味を持つ曲名だから生半可には作れなかったんだ」

 

「そんな大事な曲を私なんかを切欠に作っていいんですか?」

 

それに対して天内先輩は再び笑顔を浮かべてウィンクしながら言った。

 

「勿論!私達の新しい可愛いファンなんだからね!」

 

 

 -6-

 

その後、感想を言い合いながら四人は帰路の道に着いた。

一つ年上の友人達と遊びに行くという行為の他に、初めて経験するライブを楽しんだみほが一番口早く感想を述べている様子は控えめに言って微笑ましい物であった。

ただし、寮に帰って斑鳩がみほを部屋まで送ると同室の逸見エリカに帰りが遅すぎる!心配しましたよ!と二人揃って叱られる事になったのだが。

 

 

 

 

 

そして数週間後―――

 

 

「みほ、貴女に荷物が届いたって斑鳩先輩がダンボール持ってきてたわよ」

 

みほが自室に帰ると部屋でパソコンをカチカチと弄っていたエリカがテーブルの上に乗ってある小さなダンボール箱を指差した。。

何だろうとカッターを使って丁寧にテープを切り、あけてみると中には白い無地の上に何か書かれたCDと手紙が一通入っていた。

手紙を開くとそこには短くこう記されていた

 

   シュヴァルツヴァルトのヴァイスプリンツェッスィンに宛てる

               余はこの曲を君に贈る              

                                  』

 

ヴァイスプリンツェッスィンという文字を見てこれが誰からの贈り物かみほには解った。

CDを見てみるとそこにはマジックで「Edelweis」と書かれいていたのであった…。

これであの時に天内が言った『一番相応しい格好をしていた』という事に合点がいった。

同時に恥ずかしさも感じていたがどこか嬉しさも感じていた。

それもそうだろう、みほはたった一回だけの機会であったが、その一回で天内の言う様にファンになったのだろうから。

 

「……ね、エリカさん!これ二人で聴いてみない?」

 

 

    -了-

 

 

 





Weiß(ヴァイス):白

Prinzessin(プリンツェッシン):姫




・登場人物紹介

【斑鳩】
本作品の主人公。狂言回し。モブ。西住みほの一つ上の学年で本編では二年生。
黒森峰生徒が入学してまず行わされる一年生の個人演習において西住みほの車輌の操縦士を勤めた。
この個人演習で自分の技量を極限まで引き出してくれる指示によって初めて戦車に乗った頃の「戦車道は楽しい」という気持ちを高密度で再燃させられた事によって彼女を信望していく。
この時に同時に見てしまった西住みほの下着にその時の思いを関連付けて刷り込みしてしまった事により、後にその時の記憶をリフレインさせる為に彼女の下着を盗む。
本編では返却する前に転校してしまったが本作品では縛られた記憶から開放されている返却している。
性格は男前な所もあるがへたれな部分はへたれ。実は下級生から密かに人気がある。
心の中ではみほの事を「妹様」と呼んでいた。
好きなFly Me To The MoonはTony Bennett。
好きなパーティーはデュラン ケヴィン シャルロット


【オセロ】
斑鳩の親友の一人。
初対面の時に斑鳩の名前を聞いて「オセロみたいな名前!おもしろーい!」と言った事から逆にオセロというあだ名が定着した。
見た目は深窓のお嬢様といった風であるが中身は相当軽い。
好きなStand By Meはオアシス。これから解るように実は捻くれもの。
好きなパーティーはフェイ リコ マリア


【囲碁】
斑鳩の親友の一人。
初対面の時に斑鳩の名前を聞いて「まるで囲碁みたいな名前だね」と言った事から逆に囲碁というあだ名が定着した。
一見すれば小柄な文学少女で発言内容も知性的であるが、実は三人の中で最も導火線が短い核弾頭。
好きなパーティーはクロノ マール カエル。


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https://syosetu.org/novel/133747/
此方にも久々に最新話を投稿しましたのでもしよければ






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小話
【私が最初の友人】


小話が貯まってきたので少しずつ投下します

原作時間軸最後の全国大会優勝時の話です



 

-1-

 

「西住ちゃーん!」

 

西住まほとの壮絶なタンク・ジョストを制し、念願の優勝を勝ち取ったあんこうチームが力の入らぬ西住みほを支えながら降りると、その彼女に大洗会長の角谷杏が飛びついた。

その光景を見て武部沙織は苦い様な、それでいて切ない感情をその胸に感じた。

 

(…私が最初に声をかけて、そしてずっと一緒にいたのに……

 会長にあんな酷い事をされてきたのに笑って抱きしめ返すなんて…)

 

勿論、そういう点が彼女の魅力である事は重々承知しているし、だからこそ沙織はみほを好きになったのだ。

そしてそれは恐らく大洗戦車道の全員が感じている事であり、それ故にこの少女を信じて全員でその小さな背中を支えて共にここまで歩んできたのだ。

それでも自分が一番彼女と付き合いが長いのだという事は強い優越感を沙織に感じさせていた。

 

 

 -2-

 

 

最初に沙織がみほを見た時は、後に本人に言った様に「あわあわしているのが面白いから」という理由から興味を持ったというのは間違いでは無い。

しかし、みほに声をかけた理由の主成分を述べるのならば、それは心優しい彼女の「同情」や「憐憫」であったり「正義感」でもあった。

2年から転校してきたその新しいクラスメイトは最初こそ転入生の特権としてクラスの皆から興味を持たれていたが、明らかにそういったコミュニケーションに慣れていない様子から徐々に人が離れていき、ついに孤独になってしまったのだ。

別に虐めだとか排斥されている訳ではなく、単に自然とそうなってしまったのだ。

最初の機会を喪失し、明らかに暗くなっている彼女を見ていられなかった。

勿論、沙織とて人間なのだからこれが性格に難があり、できれば避けたい人物であったのなら話は別であったかもしれない。

しかし、見ていると寧ろ「良い子」という印象が強く、落とした物を拾おうとして机に頭をぶつける様などはとてもではないが「悪い子」には見えなかったのだ。

そうして話してみるとその印象は正に正鵠を射ていた。

いや、むしろそれ以上で、可愛く、優しく、健気でもあった。

少し会話するだけで沙織と一緒に話していた五十鈴華はたちまち彼女を好きになってしまった。

特に彼女の恐ろしい所は普通なら恥ずかしがったりする様な褒め言葉を、一切の打算を感じさせずに本当に心の底から思っているのだと言わんばかりに投げかけてくるのだ。

 

「武部さん明るくて親しみやすいもんね。

 だから皆友達になりたくなるんじゃないかな。

 誰とでも仲良くなれるなんて凄いと思うよ。

 ……私、今日ね武部さんが声かけてきてくれてね、本当に嬉しかった!

 素敵な友達ができたなぁって!」

 

こんな事を言われれば普通は世辞や社交辞令を感じる筈であるが、みほに限れば何の衒いも無い本心だと解ってしまうのだ。

これを言われた時の沙織は最初は少し呆気に取られ、そして照れるように少し顔を背け、目を泳がせて口先を窄めて頬を染めてしまったのだ。

思えばこの時から既に沙織はみほに人間として惚れていたのだろう。

そして、その後も華に向けられた言葉によって華も同じ心境になった事が同じ立場になった人間だからこそ理解できた。

 

親友でもある華を沙織はみほの其れとは別性質ではある物の同じ様に大好きであった。

だから二人で仲良くみほの親友であり続け、そしてこの可愛らしくも繊細な少女を守り続けようと思ったのだ。

二人が姫を守る騎士としての役割を果たさんとする機会は予想よりも遥かに早く訪れた。

生徒会から戦車道受講の強要という横暴な要求を突きつけられたみほは大きく落ち込んでいた。

保健室に行く彼女を心配して二人で仮病を使って同行し(普段から素行が良く教師から信頼されていたから疑われる事は一切無かった)、

事情を聞くと戦車道について思い出したくない過去があるというのだ。

二人は義憤を燃やし、次に生徒会から呼び出した時はそれぞれ手を握ってついていってやり、彼女を守る為にこの邪智暴虐の王に立ち向かったのだが、結局はみほは戦車道をやるという意思を示してしまった。

無論、沙織にも華にも会長からの「お友達も学校にいられなくしちゃうよ」という脅しもあって、みほが二人に配慮したからだと理解できてしまった。

だからこそ、戦車道において今度こそ何かあった時に二人で守ってあげようと心に誓ったのだ。

 

 

 -3-

 

そして、その会長とみほが目の前で抱き合っている。

結局、ああいった脅迫行為等は会長自身にしても不本意であっただろう事は理解している。

学校が廃艦になり、華やみほや皆と離れ離れになるなどと、沙織本人も絶対に避けたい事態であった。

故に理屈の上では会長の行いも仕方がない事であるし、むしろ結果的に廃艦を阻止できたのだから沙織は彼女に感謝しなくてはならないのも理解しているのだ。

それでも感情としてはみほにアレだけ酷い事をしておきながらも彼女に馴れ馴れしくする会長が……そしていつの間にか知らない所でどういう交流があったのか受け入れているみほに心穏やかではいられなかったのだ。

それを自覚した時、沙織は自分がみほの事が好きなのだという事も自覚したのだ。

親友としても、仲間としても大好きであったが、其れよりも恋愛感情として好きだったのだ。

その自身の心に向き合い知覚した時、沙織の胸の痛みはより大きく感じられてしまったのだ。

いや、その兆候は今目の前で行われている光景より遥か前からあったのだ。

同じように大好きな仲間で親友と秋山優花里や冷泉麻子が彼女に惹かれて親しくしている時、可愛い守るべき後輩が西住隊長と弾んだ声で呼んではみほが優しい笑顔で迎える時。

歴女さんチームやバレー部の皆が尊敬と敬愛を示しては照れた様に彼女が笑い返す時、自動車部の整備能力に感嘆の声を上げ、心の底から褒めちぎって感謝を示した時。

大洗だけではない、対戦した各校の隊長も皆みほが好きになっていった。

サンダースやアンツィオの隊長がみほとハグを交わした時も心穏やかでは無かった。

戦車喫茶で絡んできた黒森峰の副隊長も実はみほの事が好きだったのも簡単に解ったし、それでみほが見たことも無いような視線と表情を送っているのも・・・・・そう嫉妬したのだ。

そう、嫉妬。

嫉妬。

嫉妬なのだこれは。

大好きな筈の友達に嫉妬しているのだ。

華はまだ良かった。

声をかけたタイミングも期間も一緒だったからまだ許せた。

でも、後から来た子とみほが仲良くしているのはどうしても感情では納得できなかった。

理不尽である事も醜い事も沙織には良く解っていた。

でも…それでもどうしようもないくらいに沙織はみほが好きだったのだ。

 

それでもこの感情はどう向ければ良いのか解らない。

女の子同士でなどと異常ではないのだろうか、それをみほに伝えた時軽蔑されないだろうか。

もはやその可能性を考慮した時点で彼女にはその意思をみほに伝える意思は無かった。

この関係を崩したくない。親友のままでいたい。

でも……この気持ちを抱えたままでは……。

沙織は「胸が張り裂けそうだ」という表現を考え付いた人はきっと同じ様な心境だったのだろうと益も無い事を考えていた。

何故なら沙織自信が本当に抱えて封じ込めた気持ちが今にも胸を内側から破っては爆発する様であったからだ。

……今はまだ良い。

皆まだ同じ様にみほの友達だからだ。

だけども……皆が自分と同じ感情を持っている事が今では沙織には解ってしまうのだ。

もし、みほに告白する子が出てきてしまったら、そして其れが受け入れられてしまったら……。

自分はどうなってしまうのだろうか……。

沙織には其れすらも全く想像がつかなかった。

 

 

 -4-

 

「優勝!大洗女子学園!」

 

祝福の声が響く。

みぽりんが大きな優勝旗を掲げようとして体勢を崩し、咄嗟に私はそれを支えた。

その時、私の手にかかるみぽりんと優勝旗の重さを感じた時、私は無性に泣きたくなった。

そう、幻想だと理解はしていても、今だけはこのみぽりんが大洗に来てからこれまでの集大成を二人だけで支えている様に感じられたからだ。

皆が並ぶ中、その中央でみぽりんと二人だけでくっついて、手を差し伸ばして……

まるで、初めて出会ったときの様に……。

 

そう、苦しく、重く、醜い感情を抱えながらも私はみぽりんの傍に笑っていたかった。

だから私は優勝旗を少し危うげに掲げるみぽりんの傍にいる。

誰よりも一番近いこの場所にいられるだけで、今は満足なのだから。

 

 

 

 

 

                了

 

 

 



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【ちょきり ちょきり】

 

 -1-

 

「西住殿、髪が少し伸びましたね」

 

私がそう言うと西住殿はそうかなぁと言いながら肩口からふわりと垂れ下がった髪の毛を弄り、朱色が混じった光をちらちらと跳ね返して輝かせた。

私の目に飛び込むその朱色は果たして西住殿の髪の色なのか、それとも秋だということを感じさせる早目の夕暮れの色なのかと考えると、夏までの記憶が自然と甦り、反芻し、そしてそれが夢ではないかと不安にさせる。

しかし、その不安も目の前に西住殿がおり、そして私と言葉を交わしているという現実の前では軽く吹き飛ぶのだ。

そして初めて出会った時……いや、私が始めて西住殿の姿を一方的に見た時の肩口にかかる髪の毛が、肩甲骨にかかる程度に延びているという時の流れによって更に私は西住殿と過ごせたこの半年を実感させるのだ。

 

「……その、もしよろしければ私が切りましょうか?」

 

そう告げると西住殿は驚いた様に口を丸くし、ふぇ?と可愛らしい声を上げながら私に優花理さん散髪なんてできるの!?と聞いてきた。

可愛らしい…これもまた自分が西住殿と出会うまでは知らない要素であり、そして出会った後に意外と感じながらもまた新しく知れた一面であった。

 

「はい、新しいヘアスタイルに変えるとかそういった事はできませんが、伸びた髪を短く切りそろえる事ぐらいならできます!」

 

これでも床屋の娘である。

もちろん、専門的な訓練は受けている訳ではないのである程度以上の技量を求められる事はとてもではないができない。

だが、素人の家庭でも子供の髪を整える程度なら行う場合もあるし、父から初歩とはいえ手ほどきを受けている私にとってそのぐらいなら問題は無かった。

それじゃあ…お願いするね優花里さんと言われると私は飛び上がらんばかりの気持ちを何とか押さえつけ、何とかはい!とだけ答えたのだ。

 

 

-2-

 

秋山優花里にとって西住みほという人物はアイドルである。

現代メディアにおける若い女性の職業の一つである「アイドル」という意味合いも多少は含んでいるだろうが、どちらかというと"Idol"の元々の意味合い、即ち偶像に対する崇拝に近かった。

昔から戦車、ひいては戦車道に対する憧れは強かったので、当然ながら西住みほという人物は前から知っていたし憧れてもいた。

しかし、当初は数ある有名選手の一人という認識でしかなく、強いて言えば高校選手の中ではあの名高い西住流の直系のお嬢様なのだから他よりは多少は強く印象に残っていたが、言ってみればその程度であった。

その存在が色濃く優花里の脳に印象深く刻まれたのは件の高校戦車道全国大会決勝戦からであっただろう。

その時、唯一全国中継される試合とあって当然ながら優花里はTVでかぶりつく様に決勝戦を見ていた。

悪天候の中、両校の間で繰り広げられる戦いに興奮していたが、そんなものが消し飛ぶくらい優花里にとって衝撃的なことが起こった。

足場が崩れ川に転落した味方戦車を副隊長でフラッグ車の車長であった西住みほが単身で救いに行ったのだ。

後に一般人から評論家や雑誌のコラミストからネットの片隅で様々な意見や憶測が好き放題流されたが、優花里は多少は…いや、かなり高校戦車道の世界に詳しかった。

だから解ってしまったのだ。

黒森峰の十連覇がかかった試合に西住流の次女が助けに行った事に。

その行為において彼女が何を捨てて何を背負ってしまったのか。

だからこそ魅入られてしまった。

 

フィクションの世界でも歴史上の事実でも、立場が上の者が下の者の為にその身や立場を捨てて助けに行くという話は数多くあり些か古典的で陳腐な物でもある。

しかし、逆に言えば陳腐化されるぐらい効果的に人の心を打つ物とも言える。

故に優花里も液晶モニターの向こう側で肉体的にも社会的にも吾身を省みずに救助に向かう西住みほにまるで歴史上の救世主の様に自己犠牲と救済に身を投じる仏陀やイエスキリスト等や、部下の為に命を張る将といった如く姿に、強くセンセーショナルに何かを感じたのだ。

 

この人の下で戦いたい。この人と一緒に戦いたい。この人の支えになりたい。

 

それができるのであればどんなに素晴らしい事だっただろうか。

優花里は他の者が漫画や小説を読んだ時にそこに"自分"を登場させて架空の展開を想像する様に、自分が黒森峰生であの西住みほの戦車に乗り、様々な場面でその活躍の一助となる事を想像した。

自分の豊富な戦車の知識で助け、準備していた様々な用具で助け、信頼されて命令されれば偵察にも赴き、私生活でも支える。

"優花里さん"と呼ばれ、そして"ありがとう"と礼を言われる。

そう想像している間は夢の様であった。

しかし、妄想である以上、現実ではなく正に"夢"であった。

それまでの妄想が快然たればたる程、はっと気づき現実に回帰した時の陰鬱さは激しかったのだ。

それは自己嫌悪と虚しさに起因するものだけで無い。

優花里は高校の進路の第一希望は黒森峰女学園であったのだ。

第一希望といっても教師はおろか親にも打ち明けていないので、提出した進路志望の紙の第一志望にはそのまま同じ艦にある大洗女子学園と書いてあった。

黒森峰女学園を諦めた理由は二つある。

一つは学力である。

規模も歴史もそして生徒の質すらも高水準にある黒森峰女学園は一般入試における必要な偏差値はかなり高い。

勿論、発祥の点から戦車道に非常に力を入れている学校なのでスポーツ推薦の枠や待遇はかなり充実しているが、中学で何かの実績どころか戦車道すら行っていない優花里には縁のない話であった。

優花里自身の成績はさほど高くないので、仮に第一志望に黒森峰を書いて提出しても教師にやんわりとそれとなく無理だと諦める様に薦められただろう。

しかし、実際にはこれはそれほど無理な障害では無かった。

というのも優花里は決して馬鹿ではなく、むしろ頭の回転や記憶力は非常に長けていると言っても良い。

ただ、自分が興味のある事にしか真価を発揮しない傾向にあり、学業の勉強についても本人はそれほど気にしていなかったのだ。

故に黒森峰へ進学し、思う存分戦車道をするという目的の為ならば尋常ならざる熱意と意欲を持って励み、そして恐らくは目的を達していただろう。

両親も学業に関しては特にうるさく言うことは無く、良い点を取れば褒めてくれたし、稀に余りにも悪い点を取ってしまった時も頭ごなしに叱る事無く頭をくしゃりと撫でては次は頑張ろうと優しく言ってくれるのだ。

そんな心優しい愛する両親を持つからこそ、学力に関しては乗り越えられても、もう一つの理由が致命的なまでの問題を孕んでいたのだ。

財力である。

優花里の家は決して貧乏という訳ではないが、裕福というわけでもなかった。

同じ学園艦に住居があり公立でもある大洗はさほど家に負担をかけずにすむ。

しかし、黒森峰は西住流が興した私立学校である。

規模も施設も充実しており、スポーツ推薦、特待生等に対する費用免除や特典も豊富だ。

質実剛健を旨にしているので傍目には質素に見えるが、その実必要な機能性は必要な分だけ揃えるという事に手抜かりや節制は存在しなかった。

それ故に殆どの一般生徒達の学費はかなりの高額となっている。

そんな負担を親にかけさせるわけには行かなかった。

もし仮に優花里が黒森峰に進学したいと親に言えば、母も父も少しの愚痴も陰りも見せずににこりと笑って優花里のしたいようにすれば良いとだけ告げて応援してくれただろう。

それが優花里自身にも確信できていた、

できていたからこそこの愛する親に告げる事ができなかったのだ。

しかし、黒森峰の戦車道一員として西住みほと一緒に駆る想像をすればする程、"もしかしたら現実のものになっていたかもしれない"という思いが強くなり、凄まじい未練を感じさせては惨めな思いになるのだ。

 

優花里が黒森峰に憧れる理由には、純粋に戦車が好きだからと言う事以外に間接的な理由が存在する。

戦車と戦車道について語れる相手……そう、友人が欲しかったのだ。

小学校低学年の頃はまだ周囲も優花里が熱く戦車について語っても耳を傾けてくれたし中には一緒に盛り上がってくれる者もいた。

ところが小学校高学年になると、皆戦車に対する興味など無くなっていた。

どんなに熱意を持って語っても直ぐに飽きてしまい、優花里を置いてその時の流行の話を繰り広げるのだ。

中学生に進学しても諦めきれずに同調してくれる者を求めて優花里はやはり熱く戦車について語った。

ところがこれがいけなかった。

小学校までは単純に興味が無いという反応ですんだが、中学になると精神年齢も知性面も上昇した周囲は集団として自然的に被差別対象を作り上げようという動きが働いた。

結果的に苛めこそ起きなかったものの、優花里は孤立してしまい、戦車についての話題はおろか一緒に帰ろうと誘ってくれる友人も"そうそう秋山さんはどう思う?"と話を振ってくれる友人もいない中学三年間を送る事となった。

だからこそ日本高校界で最も戦車道が盛んである黒森峰に進学し、戦車道について語れて同調してくれる……友人が欲しかったのだ。

ある意味では優花里にとって手段と目的が逆転してしまったのかもしれない。

尤も今となってはどちらが先だったのかも判別つかないが。

 

高校に進学してからは中学の時の様な失敗を繰り返さない為に優花里は可能な限り戦車の話をしないように努めた。

しかしながら、これまで同年代とはろくに雑談をせず、一人でいるが故に結局は戦車に関する事にしか時間を割かなかった為、戦車の話をしない様にしてもそれ以外の話題など一切する事ができなかった。

結果的に当たり障りの無い対応しかできず、排斥されている訳ではないものの、特別親しい友人を作る事もできなかった。

高校の一年間、一人で学校に通い、昼は一人で母のお弁当を食べ、放課後は一人で寄り道をして、一人で帰った。

そんな毎日だからこそ空想の中で黒森峰隊員として戦車に乗り、西住みほと共に戦うのは楽しかったし、そんな毎日だからこそ空想から醒めると陰鬱になった。

これが後二年も続くのか。

いや、高校を卒業して大学へ行くにしても家業を継ぐにしても変わらないだろう。

自分の人生はずっとこのまま一人なのだろう。

そういう思いが既に諦観となって優花里を支配していた。

 

 

  ―――ところが、高校二年に進級した春

     奇跡が起こった

 

 

この大洗女学院に戦車道が復活した。

そこまでだったら、嬉しいがまだ優花里の考える現実的に有り得る範囲内だっただろう。

しかし、奇跡が―――あの西住みほがこの大洗に転校してきたのだ!

憧れの……いや、信仰の対象と言っても良い人物が、絶対に叶わないと思いながら空想の中で話していた相手が目の前の同じ地面の上に立っていたのだ。

外タレや運動屋などメじゃない真のアイドルだ。

優花里は狂喜乱舞し、あまりの幸福感に現実味を感じなかった程である。

しかしながら…その当の本人に話しかける事ができなかった。

話しかけたいとは思っていたが、話しかけたらまた拒絶されてしまうのではないかと言う恐怖がトラウマとして残っていたので行動できなかったのだ。

もし西住みほに嫌われたら…拒絶されたら…。

そう思ってしまうだけで自分から行動する事などできなかった。

しかし、折角の好機を見逃すことなどできず、少し離れた所から恐る恐ると様子を見る事しかできなかった。

こうして姿を拝見しているだけで幸せだと自分に言い聞かせながら…。

ひょっとしたら自分から動く事無く、相手の方から声をかけてくれるのではないのだろうか。

まるで自分から動く事無く都合の良い未来を信じている彼女無しの男性の様な事を思っていた。

ところが、そうしていると当の本人……西住みほに声をかけられたのだ。

それだけで心臓が破裂しそうな程であった。

だが次の言葉を聴いた瞬間、本当に天国へ行ってしまうのではないかという幸福を感じたのだ。

 

 

『よかったら一緒に探さない?』 

 

 

この救世主からの神託を授かって以降、優花里の人生は激変した。

着ている制服こそ黒森峰の黒い其れではなく大洗のではあったが、戦車道ができ、西住みほの指揮の下で戦えた。

それだけでも満足だったのにこの少女はあろう事か全国大会決勝まで自分を引っ張り上げ、あの西住まほの駆るティーガーを撃破する砲弾の装填をさせてくれて、優勝するという空想の中でも思い描かなかった事を体験させてくれた。

『偵察をお願いします』『優花里さん装填時間をさらに短縮可能ですか』『…ありがとう』

自分を信頼して様々な役目に使ってくれたし、感謝もしてもらえた。

自分の話に付き合ってくれる……なんてものですらなく、心の底から好きだと表明でき、そして相手からも自分の事を好きだと思っているだろうと確信して断言できる一緒に相手の為に泣け、相手の幸せを心から喜べる様な素晴らしい親友ができた。

放課後に寄り道に付き合ってくれて、家に遊びに来てくれた。

自分が何も言わずに偵察に言った時など、自分を心配して家に来てくれた時すらあった。

空想し、妄想し、憧れ、欲しかった物が全て…いや、それ以上の物が手に入ったのだ。

何か誇れる様な事を成し遂げた事があるか?……今なら胸を張って是と答えられる。

自分が本当に困っている時に打算なく助けてくれると確信を持って言える友人がいるか?……今なら疑う事無く頷きながら是と答えられる。

どちらか片方だけであっても大多数の人間が心の底からそう信じて"そうだ"と言える物ではない。

秋山優花里もついこの間まではそうであった。

しかし、今では己の人生やその価値等を胸を張って誇れる。

 

 

"Wem der grose Wurf gelungen,

Eines Freundes Freund zu sein,

Wer ein holdes Weib errungen,

Mische seinen Jubel ein!

 

Ja, wer auch nur eine Seele

Sein nennt auf dem Erdenrund!

Und wer's nie gekonnt, der stehle

Weinend sich aus diesem Bund!"

 

ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の歓喜の歌の一節にこうある。

 

"一人の信じる友を得れた者、大きな成功を勝ち得た者、心優しき妻を得た者は彼の歓声に合わせて声を上げよ。

そうだ、この世にただ一人だけでも心を分かち合える魂があると断言できる者も歓呼せよ。

そして其れができなかった者はこの輪から泣く泣く立ち去るがよい"

 

今の優花里はこの輪にいる資格がある。

全ては西住みほという一人の少女が切欠だった。

だから秋山優花里は西住みほに好きだとか憧れだとかそういったものを全て包括した上で更に上位の感情を向けているのだ。

…仮に一言で表現するとしたらそれは"信仰"となるのだろう……。

 

 

 -3-

 

 

「はい、それじゃあ斬りますね」

 

そう言いながら私は軽く霧吹きで西住殿の髪を濡らし、櫛で何度か梳いた後に鋏を小刻みに動かした。

西住殿の髪の毛は予想通り綺麗で櫛を通せばさらりと小気味良く流れた。

 

「うわぁ…凄いね優花里さん!プロみたい」

 

西住殿の屈託の無い褒め言葉を聞いて自然と頬が緩み、何時もの癖で頭を掻き乱しそうになるが、右手に持っているものを思い出して寸での所で止めた。

今こうしてあの西住殿の髪を斬ってあげれるなんてまるで夢のようだ。

いや、この時だけではない。

私は彼女に出会ってからずっと夢心地だったんだ。

西住殿と一緒に戦車に乗っている時も、話している時も、一緒に歩いているときもずっと夢の様だった。

だからこんな風に私を信じきって無防備に頭を差し出している状況だけでも正に夢心地であった。

西住殿の後ろで私は鋏をちょきりちょきりと動かし、軽快に髪先を刈っていく。

勿論、西住殿はこの伸びた髪の状態でも可愛い事この上ないのだが、自分の手でまた別の可愛さに仕立て上げていくのはそれはそれで快感であった。

 

ちょきりちょきり

 

鋏を動かすという簡単な行為の中に私はいちいち幸せを感じていた。

西住みほの髪を自分が斬る。

半年ほどの前の自分では想像もしなかった事である。

視線を鏡の方に向ければふわりとしたリラックスしている事が見て取れる西住殿が写っている。

しばし、手を止めてそれに見惚れていると、どうしたのかと西住殿が視線をあげ、私の其れをぶつかるとしばし時を置いてにこりと笑ってくれた。

それだけで私は天に昇るような気持ちになる正しく天使の笑顔であった。

 

ちょきりちょきり

 

私は再び手を動かし斬っていく。

髪を伸ばした西住殿もそれはそれで可愛いのは間違いないのだが、やはりこの出会った頃の髪型が一番好きだ。

色んな髪型の西住殿を見てみたいと思う反面、この思い入れのある髪型でいて欲しいと思うのはやはり我侭なのだろうか。

 

ちょきりちょきり

 

心地良い無言の静寂の中で鋏を動かす音だけがテンポ良く響く。

リズミカルに一定の間隔で響く音がまるでメトロノームの様に感じられ、この時間が何時までも続くのだという錯覚が…いや、願望が私を包み込んだ。

もしそうであるのならどれだけ良かったのだろう……。

 

「……ねぇ、優花里さん」

 

「はい、なんでしょうか?どこか痒かったですか?」

 

そういう訳じゃないよと何処か照れた様な笑い方をした後、西住殿は言った。

 

「……優花里さんは高校を卒業したらどうするの?」

 

私の心臓がどくりと鳴った。

高校卒業後の進路……考えていなかった訳ではない。

むしろこれしかないと決めている。

しかし進路をどうするかは決めてはいるものの、どう進むかは未確定なのだ。

何故なら、私の進路は西住殿の歩む道の先と決めているからである。

自分にとって西住殿がいない人生は考えられなかった。

何故なら西住殿と出会ったからこそ私の人生に色彩がついたのだ。

であるならば彼女と離れれば、私はまたあの頃の一人ぼっちでただただ空想の中で西住殿と過ごすだけの無味乾燥の人生に逆戻りしてしまう。

昔はそれでも諦めがついたかもしれないが、今この喜びを知ってしまえばそんな人生に戻る事など耐えれない。耐えれる訳が無い。

故に、私はこの人と人生を歩むしかないのだ。

この人の傍にいるしかないのだ。

私が西住殿への奉仕貢献をする事を幸せだと感じているのは、ひょっとしたらそうする事によって西住殿からの繋がりを強固にできていると思えているからなのかもしれない。

 

「……決まっていないですねぇ」

 

私は西住殿に嘘はつけない。

しかし、進路先が決まっていないのだからこれは嘘ではないだろう。

西住殿が大学に進むのならその大学へ。

プロ入りするならそのチームに。

勿論、それが黒森峰へ入学する事よりも遥かに難しい道だという事も解っている。

何せまず彼女は西住流の次女である。

その血統の良さは伝統ある競技であるが故に支援者や関係者から非常に受けが良い。

勿論、それ以上に実績を示している。

戦車道を経験した事も無い初心者を率いて、数も質も低い戦車で並み居る強豪を打ち倒し、ついには半数以下の台数で黒森峰女学園を下して優勝したのだ。

当然ながら多くのプロチームや大学から凄まじいラブコールを受けるだろう事は想像に難くない。

いや、実際に卒業は来年なのにもう幾つかの勧誘を受けているらしい。

即ち、西住殿は選ばれる立場ではなく選ぶ立場にいるのだ。

一方で私はというと優勝チームの隊長車の乗員といえども、結局は戦車道経験僅か数日の初心者に過ぎない。

私の活躍もむしろ西住殿の手腕に拠る物と思われており、それは実際に正しいだろう。

決勝戦最後のドリフトを含めてその実力が解りやすい操縦手の冷泉殿や多くの砲撃を成功させている砲撃手の五十鈴殿ならまた話は別なのかもしれないが、私はその実力が目に映り難い装填手である。

腐っても優勝の実績があるので全くの無意味ではないだろうが、彼女の様な試験免除や学費免除等の厚遇は得られないだろう。

故にもし西住殿が大学に進む場合、その大学への受験を考えて日頃から勉強をする等準備はしているのだ。

……もしかすると戦車道とは全く関係の無い道へ進むのかもしれない。

それはそれで良いのかもしれない……。

元々、西住殿は戦車道を辞めるつもりでこの学校に来たのだから。

どちらにしろ西住殿がどんな道を選んでも付いていくつもりなのだから……。

 

「私はね……戦車道を続けようと思うの」

 

私の心の中を感じ取ったかのように西住殿は独白した。

 

「ここに来た時、最初は確かに戦車道をするのが嫌だった。

 でも私はここで初めて戦車道をするのが楽しいって事が解ったの。

 だからね、皆で楽しくできるなら……ううん、そういう戦車道が私はやりたい」

 

だからねと続けて西住殿は鏡越しに私の目を見てこういった。

 

「あんこうの皆と一緒に続けて行きたい。

 だから優花里さんにも私と一緒に戦車道をして欲しい。

 これは私の我侭だけど……だけどそうしたい。それが一番私のやりたい事なの。

 …優花里さん、私と一緒に来てくれる?」

 

ああ…まただ……。

私が自分から言い出せず、声をかけれなくて困ったいた事をこの人は…。

多分、私はこの人についていったらダメになるだろう。

自分から行動を起こさず、決断しなくともそれを解ってくれて甘やかしてくれるのだから。

でもそれで良い…。それが良い…。

何もかも任せてただ支えていればいいのだから。

私はただ一緒にいられればそれで良いのだから。

 

「……はい!何処でも!何処までもお供します!どんな所でも!」

 

そう私が元気よく答えると、西住殿はまたもや可憐な、しかし先程とは違う笑みをを浮かべた。

 

「うん!優花里さんならそう言ってくれると思った!

 大丈夫!私たちは何時までも一緒だよ!」

 

私にはそれが"大丈夫、私は優花里さんを捨てないよ"と言っている様に聞こえた。

そしてそれこそが私が一番求めている言葉でもあった。

だから私は喜びを顕にし、奉仕する様に鋏を動かしたのだ。

 

ちょきり……ちょきり……。

 

 

   -了-

 

 

 




 
 
本文中の歓喜の歌の訳は自作です(他の翻訳を参考にしている点はあります)。
完全に一致している訳文は恐らくは無いと思います。
 
 


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【斯くして澤梓はブラックコーヒーを嗜む】

pixivに投稿していたのと同タイトルですが、あれより更に続いています。



 -1-

 

切欠はただの偶然であった。

夏が終わり、それでもまだ陽射しが強く、アスファルトを照り付けて茹だる様な夏の残滓と言うには過剰な程の暑さを残していた日である。

 

「これは・・・ちょっと辛い・・・」

 

暦の上ではもはや秋の筈なのだが、まるでそれは気の迷いであり、実はまだ夏至なのではないかと錯覚する程であった、

暑い日々は終わった筈であるのに。

そう、澤梓の人生において最も熱かった日々はつい先日に終わったばかりである。

終わった後に振り返ってみれば、今まで生きていた15年間と比較すれば非常に短い期間なのは間違いない。

しかし、密度という点においても比較してみればやはり圧倒的な比であった・・・最も此方の場合は大小が入れ替わるのだが。

忘れがたく、しかも圧倒的な輝きを誇っていた日々。

しかしながら・・・いや、だからこそ過ぎ去ってしまえばあれは邯鄲の夢だったのではないかと錯覚してしまい、未だに自分はこの暑い夏の真っ只中にいるのではないのかと思ってしまうのだ。

そんな考えを澤梓は首を勢い良く振り、陽射しにきらきらと反射して輝く汗と一緒に振り払った。

 

あの出来事が夢であったなど皆に―――西住隊長に失礼ではないか――――――。

 

暑くて頭がぼぅっとするから余計な事を考えるのだと結論付けた澤梓は、過剰放熱を起した頭を冷却する為に目に付いた喫茶店へと足を運んだ。

自動ドアがすっと開き、中から流れ出た涼しげな風を全身で浴びるとそれだけで心地が良かった。

店員の案内を受けて席に座り、素早く出された冷水が注がれたコップを手に取り、勢い良く飲み干すとふぅっと一息をつく。

そして、店員にアイスコーヒーをブラックで注文すると、背もたれに体を預けて脱力した。

 

アイスコーヒーか…―――。

 

澤梓にとってコーヒーとは馴染み深い物ではなかった。

いや、過去形で表現するのは些かおかしいだろう。

今でもそれほど味を好んでいる訳ではないのだ。

どちらかというココアといった甘い物の方が好みであるし、先程も其れと注文を迷っていた。

ましてやブラック等は好みの対極にあるといっても良い。

そんな彼女がコーヒーを飲む様になったのは非常に些細な・・・しかし当人にとっては決して忘れられない事が切欠であった。

 

同じチームの同僚である一年生達と町に出ていた時に同じ様に喫茶店に入った時の事である。

何の他愛も無い話題が二転三転する雑談の流れで大人の女性という漠然としたテーマに移り変わったのだ。

この題材はそれまで物よりも白熱し、彼女達なりの熱意と真剣さをもって語られた。

15~16歳である彼女達は肉体的にはとうの昔に第二次性徴を経てはいるが、社会的には婚姻ができるようになったり等、正に少女から女性へと羽化する頃である。

また彼女達が履修している戦車道においても上級生の割合が高く、数少ない一年生を見てもアヒルさんチームの面々等は背も高くとても一年生には見えない。

そんな事もあって彼女達は戦車道履修者からは一年生チームと称され、マスコットの様な扱いを受けて可愛がられている。

その扱いに不満を覚えている訳ではない。

むしろ、そういった可愛がられるという状況は彼女達自身も満更ではないのだ。

しかし、それはそれとしてやはり成熟した存在、即ち「大人の女性」と言うのにも憬れるのは矛盾しているかもしれないが、そうだからこそ感じざるを得ないものであったのだ。

 

尤も、熱意がある事と現実的で有意義な提案がされるかどうかとは全くの別問題であった。

幾つかの取るに足らない―――しかしながら、彼女達自身にとっては真面目でかつ楽しい提案の応酬の中で「大人の女性はブラックコーヒーが飲める」という主張がなされた。

この主張を誰がしたかは失念したが、幾ばくかの感心と納得をもって他の五人からは迎えられた。

確かに大人っぽい女性を想像し、そこにブラックコーヒーを付加してみると全く違和感はなく、むしろよりイメージが強化されたのだ。

そこで丁度喫茶店である事からブラックコーヒーを飲むという提案が議会に提出され、それは全会一致で認可された。

しかしながら議案が可決されは良いものの、一つ重大な問題が浮上したのだ。

即ち、誰がこれを飲むかという事だ。

彼女達は全員が賛同したが、同時に自分が飲む気は欠片も存在していなかった。

まだまだ彼女達の味覚は苦味を心地よく感じるには若すぎたのだ。

そこで白羽の矢が立ったのが澤梓であった。

無論、最初は辞退したのだが、戦車長であるという理由で他から強く推薦されたのだ。

下に恐ろしきは場の空気と言うべきか、傍から聞いている分には全く理の通らない主張ではあるが、その時の当人を含む彼女達の間に流れる空気がそれをまるで確固たる物理法則の様に当然の如く関連付けられていたのだ。

こうして注文されたブラックのアイスコーヒーに澤梓は口をつけて一口飲んでみたが、苦味ばかりで全く美味しさを感じなかった。

眉間に皺がより、口元は歪んで、うえぇという声が小さく漏れる。

そうして「こんなの無理!」という主張をしようとした時、

 

「あれ・・・!?梓さん?」

 

彼女が最も尊敬し敬愛する人物の声が聞こえたのだ。

最初は幻聴かと思ったが、振り返ると確かにそこに西住隊長があんこうチームと一緒にいた。

 

「に、西住隊長!」

「わぁ!偶然だね!

 うさぎさんチームの皆も!」

 

そうして口々に交わされる挨拶と一緒に簡単に互いの事情が説明される。

と言っても何のことは無い、それぞれのチームが遊びに来た所、偶然この喫茶店で出会っただけだ。

尤も、あんこうチームは今から会計を済ませる所だったので、席を一緒にする事ができなく、それが澤梓にとって少しばかり残念であった。

別れの挨拶をしている時に、西住隊長が何かに気づいた様で、澤梓の前を覗き込む様に体を動かすと、

 

「・・・わぁ!アイスコーヒーなんて梓さん飲むんだね!

 それもブラックなんて凄いね!」

 

と心底から感嘆した様な声で言った。

その後も「私は苦い物が苦手だから飲めない」だとか、「ブラックが飲めるなんて格好いいね!」だとか興奮したかの様に続けるのであった。

その時の事は今でも一字一句覚えている。

それ以来、何かと澤梓はブラックコーヒーを飲むように習慣付ける様になった。

つまるところ、それだけ澤梓にとって西住みほという人物は心の大部分を占める人物であったのだ。

 

 

 

-2-

 

澤梓の人生が始まったのは何時だろうか?

無論、現実的な回答をするのであればこの世に生を受けた瞬間からであろう。

しかし、本人にこの問を投げかければ「それは高校一年生の穀雨からだ」と答えるだろう。

それ以前の澤梓の人生を表現するなら「平凡」に尽きる。

そこそこ真面目でそこそこ頑張って生きて、友達も普通におり、何も不安や不満を抱える事無く鬱屈とせずに平穏に生きてきた。

無論、平凡である事は最も難しいと言われる通り、これが恵まれていた事は間違いない。

実際に当時の彼女に仮に「お前の人生はつまらない」とでも言えば彼女は立腹したであろう。

しかし、今の彼女に「あの時のお前の人生はつまらない」と言えば、確かにそうであったと納得するに違いない。

彼女の人生が大きくその舵を回し、そして膨大な熱を帯びたのは一人の人物に由来する。

切欠は高校の選択授業で戦車道を受講した事であった。

この時はそれほど大層な理由もなく戦車道自体に対する興味は他の香道や華道等と大して変わりはせず、選んだ理由も特典等で優遇されるからといった具合であった。

また、ある程度の活動を経ても、西住みほに対する印象も認識もただの先輩達の一人と言う認識に過ぎなかった。

練習試合の時に「にしずみりゅう」という大層な流派の娘だと聞きもしたが、それの凄さが実感できるほど戦車道に詳しくもなく、興味も無い音楽のジャンルの有名なアーティストだと聞かされた時と遜色の無い程度の反応でしかなかった。

その認識が一変したのは聖グロリアーナ女学院との練習試合が切欠である。

この時、彼女達一年生のチームは始めての試合で緊張しており、密閉された金属で構成された狭い空間にあって非常に大きなストレスに晒されていた。

そこに追い討ちをかけるように唸るような大きな爆音と衝撃が立て続けに襲ってきたのだ。

理屈の上ではカーボンによって大丈夫であると理解していても、近くに着弾する度に衝撃で金属が軋む音が内部に響くとその"理屈"は"恐怖"によって上書きされていった。

砲撃が車体を掠めて甲高い金属音が車内に響くと、その恐怖とストレスは最高潮に達し、パニックになった彼女達は安全を求めて戦車を放棄し、外部へと逃げ出したのだ…砲撃の中で……。

 

その後、彼女達は離れた所から試合の全体を見届けていた。

元々、素人ばかりで戦車も満足に揃えられていない自分達が全国大会優勝候補ともいえる強豪校相手に太刀打ちできるとは思っていなかった。

故に自分達が早々に諦めても致し方がない事なのだ。

先輩達も程なくしてやられるだろう。

そう自分達に思いきかせていたのだ。

ところがバレー部も歴女の先輩達も敵車輌撃破して見せたのだ。

彼女達はそれを羨望と嫉妬と恐怖の目で見ていた。

練習ではなく初めての実戦で、自分達の車輌から放たれた自分達の砲弾が敵を撃破する。

それはどんなに気持ちが良く、どんなに胸が張れる事なのだろう。

この試合に負けても彼女等はその胸に誇らしげな達成感を抱き、一片の畏まりも無いのだろう。

 

その一方で自分達は?

彼女達は別に罪悪感を感じなかった訳ではなく、ましてや無責任でもないし戦車道活動に対して不真面目であった訳でもない。

試合を放り出して戦車から逃走したのも恐怖からの衝動的なものであるし、

その後ろめたさをどうせまともな試合にならないのだから自分達がいても然程変わらないだろうという、

全体を俯瞰視すれば自分達の過失割合もそれほど大した事がないのだという言い訳によって薄めて自分達を納得させているだけなのだ。

ところが眼前によって繰り広げられている光景はそんな言い訳を一切許さなかったのだ。

彼女達は自分達をも騙せる言い訳を無意識の内に探したが、そんな物は存在しなかった。

理不尽で道理の通らない理由を掲げるには彼女達は無責任でも思慮浅い訳でもなかった。

 

そしてそれはあんこうチームのⅣ号が4対1から3輌を立て続けに撃破した事からピークに達した。

正面から力技で一輌を撃破し、その後に地形と読みで一輌を奇襲し、そして逃げると見せかけた動きで一輌を撃破して見せたのだ。

俯瞰して見ていたからこそ解るその全体の動きに彼女達は呆気に取られた。

そして、相手のフラッグ車との一騎打ちで紙一重で負けたのだ。

 

…そう、紙一重でだ。

もし、自分達があそこで逃げ出さずに戦場に留まっていれば、その紙切れ一枚分の高さぐらいは押し上げられたのではないか?

他の車輌の様に相手を引き分けでもいいから一輌撃破できていれば…

いや、それどころか此方に数秒でも注意を引きつけていたのならば?

一発でも無駄弾を打たせていたのならば?

そういった仮定が現実味を帯びるほど、西住みほの率いるⅣ号はギリギリの負けを引いてしまったのだ。

 

 

彼女達は6人揃って西住みほに謝りに行った。

そうでもしなければ彼女達は罪悪感と責任感で押し潰されそうだったからだ。

今まで何かをして親や教師に謝りに行くという事は何度かあった。

そういった場合、恐れた部分は拳骨・説教・罰則などの自分達に降りかかる叱責の部分にあった。

しかし、今回の場合は彼女達の足取りを重くしている足枷は申し訳無さという罪悪感と失望される事への恐怖であった。

それ故に、今までの人生で最も恐れる謝罪であると同時に真摯な謝罪でもあった。

 

同じ乗員の先輩方と一緒に相手の隊長―――確か、ダージリンといったか―――と談笑している西住みほが彼女達に気づくと、彼女達の方へと静かに歩き出した。

目の前で立ち止まり、此方を見ている西住みほは明らかに怒っているという体であった。

怒っているといっても顔を紅潮させ、目じりを上げ、行動が荒々しくなるといった風ではなく、

むしろ、その動作には静けさすら感じさせ、その目は此方を深く真っ直ぐに見据えていた。

一年生の面々は人は怒るという時に火山の噴火の様な動的エネルギーを爆発させるのではなく、大津波が来る直前の潮が引いた一見穏やかで静かな夜の海の様な静的エネルギーとも表現できる怒り方があるのだと身を持って理解した。

そして、普段は温厚で心優しく"怒り"とは無縁としか思えない様な人物の"其れ"は一番恐ろしい物だという事も理解した。

事実、後にも先にもあの西住みほが怒るというのを彼女達が見たのはこの時だけであったのだ。

 

「皆さん…何をしたか解っているんですか?」

 

「あ、あの!ごめんなさい!私達のせいで試合に勝てなくて…」

 

「そんな事はどうでもいいんです!」

 

それは実際の声量としては大した事のないものであっただろう。

しかし、普段から"温厚"という表現の代表格ともいえる西住みほの怒声に、彼女達現実以上のモノを感じてびくりと体を震わせた。

それ以上に彼女達を驚かせたのは「勝利などどうでも良い」と言い切った事だ。

彼女達は自身達の過ちと無責任さで勝利を逃した事を悔やみ多大な責任を感じていたのだ。

その勝利に対して一番手を伸ばしていたであろう人物に断言されて彼女達は狼狽した。

ふと、視界の端に此方を興味深そうに、そして面白そうに見ている聖グロの隊長が見えた。

最初は自分達を愉快そうに見ている様に澤梓には思えたが、どうやらその視線は自分達など眼中にはなく、一貫して西住みほを見ている様だった。

 

「試合中に戦車を放棄して抜け出すなんて……何かあったらどうするんですか!

 試合場では砲弾が飛び交っているんですよ!?

 それだけじゃなく石や岩といった飛散物もありますし、何よりも数十トンの重さの戦車が走り回っているんです!

 ……本当に…、戦車道は本当に危ないんですよ……」

 

それだけ言い切ると西住みほは堪えきれない様に涙を溢れさせた。

 

 

 

その後、彼女達は秋山優花里から西住みほの過去を聞いた。

曰く、味方の戦車が氾濫する川に落ち、それを彼女が助けに行ったのだと。

何とか乗員達は助け出せたが、当の本人はそのまま流され危うく命を落とす所だったそうだ。

そしてそれが原因で黒森峰は優勝を逃し、その責から西住みほは転校したのだと。

 

「そんな!西住隊長は何も悪い事してないじゃないですか!」

 

澤梓はそんな事はおかしい!と優花里に詰め寄った。

 

「私もそう思います。

 西住殿は人に誇れる立派な事をしたのだと。

 何も間違っていないのだと。

 ……ですが、そうとは納得できない人達も大勢いたんです。

 それだけ黒森峰にとって十連覇というのは大きかったんですね……。

 兎も角、そういう過去もあって西住殿は戦車道で誰かが怪我をするというのが怖かったんでしょうね」

 

だから西住殿に怒鳴られた事は許してあげてほしい。

そう優花里は締めくくった。

当然、許すも何もない。悪いのは自分達だ!と彼女達は口を揃えて言った。

考えてみれば当たり前である。

スポーツや武道では怪我をしないように、安全に行うというのは基礎中の基礎だ。

ましてや戦車道はそれらの中でも最も危険な競技の一つと言っても良い。

よくよく考えれば自分達が怪我一つもないのは運が良かったからに他ならない。

もし偶然に車外に出た瞬間にそこに砲弾が飛んできていたら、戦車が突っ込んでいたら。

自分達はこの場に立っていなかっただろう。

そういった基本かつ重要な事を本当の意味で理解できていなかった。

そして、それが西住みほにはどう見えていただろうか。

そんな悲しい過去を持った彼女に…。

それを僅かにでも想像するだけで自分達が如何に軽薄であったか十分に思い知らされたのだ……。

 

一時を置いて、彼女達は再び西住みほの元に謝りに言った。

拙い言葉であった。

語彙も乏しかった。

それでも彼女達は自分達が可能な限りでその謝意を伝えようとした。

 

「……うん」

 

それが伝わったのか西住みほは、ポンと澤梓の頭の上に手を置いた。

 

「解ってくれればいいの。

 次からは気をつけて、楽しく戦車道をやろうね」

 

そう言いながら笑った彼女は怒鳴ってごめんねと付け足した。

自分の頭を撫でながら、にこやかに、まるでお日様の様に優しく笑う彼女に澤梓は心に表現できない暖かさを感じた。

そして、同時に決意した。

もうこの人を悲しませない。

失望させない。

自分が仮に惨めな思いをしたとしても、この人にだけは恥をかかせたくはない。

 

だから少しだけでもいい。

この人の役に立とう……と。

 

 

 

-3-

 

当時の決意を振り返っていた澤梓はアイスコーヒーを飲みながらは感慨に耽っていた。

そして自問自答する。

自分は果たしてあの時の誓いを果たせているだろうか……と。

失望は……させていないと思いたい。

役には立っていると思う。

決勝戦でも大学選抜との対決でも自分の車両はスコアを稼いだ。

初めて数ヶ月の初心者達で会った事を考えると快挙であっただろう。

 

……だが、それが本当に彼女の役に立てているだろうか?

別の観点から考えてみる。

自分達の戦果が彼女の勝利にとって必要不可欠であっただろうか?

……いや、どう考えてもそうは思えない。

あの人の事だ。

仮に自分達がいなくともいないなりに戦術を組み立てて勝利するだろう。

つまり自分はいてもいなくともいいのだ。

……そう結論した時、澤梓は飲んでいたコーヒーの苦味が増したような気がした。

 

「……あんこうの先輩たちが羨ましいなぁ…」

 

澤梓から見て、少なくとも西住みほの乗員であるあんこうの四人は彼女から頼りにされているように思える。

それも公私共にだ。

日常会話においても彼女達の会話に耳を傾けて聞いていると、まるで熟年夫婦の様な相互理解なのだ。

また、会長である角谷杏にも強い信頼を寄せているようだ。

二度目の廃校騒ぎの時に杏の姿が見えない事に不安がる皆の姿を尻目に、西住みほは平然と構えていた。

 

「会長が何とかしてくれますよ。

 私は私の役目が来るまで待つだけです」

 

そう言い切る彼女には角谷杏への疑いや不安は一切見られなかった。

 

羨ましかった。

自分もそんな風に彼女に信頼されたかった。

 

その為にはどうすればいいか。

乗員としては絶対にあんこうの先輩達には及ばない。

政治力では会長には及ばない。

……では自分の役目は?

 

そう考えながら大洗に不足している事を検証した。

そして澤梓は結論付けた。

大洗には隊長の指揮を下に伝達させ、隊長の負荷を軽減させる存在、つまり副隊長の存在が欠けている……と。

 

そう結論付けてから梓は副隊長としての役目をこなせる様に心がけ、努力した。

しかし、それは雲をつかむ様な行為であった。

何故なら肝心のみほの意図が全く掴めなかったからだ。

副隊長として役目をこなすには隊長の指示を受け、それを理解した上で、下にその命令を伝達しなくてはならない。

その指示の意図が理解できなければ、指示の簡略化、または詳細化といった事はできず、隊長の指示をそのまま下に伝えるしかない。

それは全車両と隊長のマイクが通信でつながっている戦車道においては全くの無意味だ。

隊長から大まかな作戦目的だけを伝えられ、それを実行する為の方法を指示するのが副隊長の役目であるからだ。

だが、その意図が理解できない。

地を這う蜥蜴に大空を羽ばたく鷲の気持ちが理解できないように……。

完全な袋小路であった。

一体、どのような存在であればあの人の副隊長が務まるのだろうか……。

それほどまでに彼女を理解できる人がいるのだろうか?

……実姉である黒森峰の隊長ならばできるのかもしれない。

羨ましい事にずっと一緒に生きてきたのだ。

一番彼女を理解しているとも言えるからだ。

……あんこうの先輩たちも多分できるかもしれない。

だがもはや彼女達は西住みほの乗員として不可欠であり、替わりの効かない部品だ。

 

……つまり、西住みほの戦車道を理解できる存在。

初めて乗った戦車が彼女の戦車で、彼女とある程度生活を共にしていて、その上で彼女の事を強く長く考えていたという様な人。

そんな存在がいれば何かアドバイスやノウハウを聞けたかもしれない。

……だが、そんな人がそうそういる訳が……。

 

「すいません、相席いいでしょうか?」

 

「あ、はい!大丈夫です!」

 

気づけば店内は何時の間にか混雑していたようだ。

反射的に返事をしてから、アイスコーヒー一杯で粘りすぎた事を梓は少し恥ずかしく思った。

そして目の前に座った女性に目をやる。

綺麗な銀髪の、少しだけ日本人離れしたこれまた綺麗な顔の女性。

何処かで見た事があるような……

 

 

 

          -了-

 

 

 

 

 




 
 

次回 謎の女性視点で続く予定です


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【斯くして逸見エリカはブラックコーヒーを嗜む】

前話の続きです


 

 

-4-

 

 

「暑いわね…」

 

もはや暦の上では秋である筈なのに、茹だる様な暑さに逸見エリカは襲われていた。

僅かにでも熱を避けようと手のひらを日光を遮るべく顔の前にかざすが、顔を伝い顎の先から滴り落ちる汗の量は変わらなかった。

これには我慢強い方であると自認していたエリカも流石に白旗を揚げるしかなかった。

このままでは日射病になりかねないと退避先を探すと、一軒の喫茶店が目に映った。

これ幸いであると言わんばかりにエリカはその喫茶店へと向かった。

入り口のドアを開けると、ドアに付けられた鐘がちゃりんちゃりんと鳴り、来客を店内に告げる。

同時に良く冷房の効いた店内の涼しい風がエリカの全身の肌を撫で、その心地良い感触にエリカははぁと一息ついた。

 

「いらっしゃいませ。お一人でしょうか?」

 

「はい、そうです」

 

「申し訳ありませんが店内が満員で……相席でもよろしいでしょうか?」

 

ともかく暑さから逃げる事だけを考えており、そして店内に入ってからは涼しい空気による心地良さに考えを占められていたエリカはここで初めて店内の様子に気を回した。

なるほど、確かに店内は混雑している。

どうやら他の人たちもエリカと同様にこの季節はずれの猛暑に堪らずこの店に避難してきた様だ。

店員が指し示す席を見るとどうやら座っているのは同性でエリカと同じ学生の様だ。

一見しただけの第一印象に過ぎないが、おとなしめで無駄に騒ぎ立てたり常識が著しく欠如している類の人間ではない様に見える。

これなら問題ないだろうとエリカは了承の意を伝えると店員は礼を言って先に席に座っていた女子にも確認を取りに行った。

彼女はエリカを顔を見ると一瞬だけ驚いた様な表情をして店員に同じ様に了承の意を伝えた。

エリカが店員に促されて席に座ると、彼女はちらちらとエリカの方を見ている。

 

(……はぁ、またかしら)

 

あの決勝戦以降、戦車道に興味を持った婦女子は多い。

それだけあの大会は劇的であった。

試合内容もさることながら、大洗のバックグラウンドは物語として大変な魅力に溢れていた訳だ。

少女達が自分達の母校の存続をかけて全国大会の優勝を目指す。

その少女達は素人ばかりで戦車の揃えもろくなものではない。

対するは人員も戦車も豊富な強豪校ばかり。

特に最後に鎮座するのは全国大会常勝校。

そんな彼女達を率いるのは、去年に人を助ける為に哀れにもその常勝校の敗北の原因となってしまった心優しい少女。

そして最後に相対するのは彼女の実の姉……。

 

どれか一つだけだとしてもマスコミが幾らでも盛り上げられるだろう要素が幾重にも積み重なっているのだ。

最初はローカル局のちょっとしたニュース程度だったが、大洗が次の試合へと一つコマを進める度にネットやSNS等で話題になり、プラウダを破り決勝へと進んだ頃にはTVや新聞等で全国規模で取り扱われていた。

そして比喩や誇張無しで全国が注目した全国大会決勝戦。

高校大会として唯一全国生放送されたこの試合は非常に高い視聴率を叩き出したそうだ。

それも無理はない。

前評判だけで既に注目度は高かったが、その試合内容は戦車道自体にはさして興味がない人間が見ても解りやすく、そして凄まじかった。

確かに前半に関しては遠距離砲撃によって黒森峰が一方的にやられているシーンは経験者ならばその独特の戦術に驚嘆を持って迎えられただろうが、素人からするとあまり見ごたえはないだろう。

しかし、後半の市街地に移ってからは、素人の目にも明らかなほど強固で強大なマウスを、見事な連携によって撃破。

航空機による上空から俯瞰的にみた入り組んだ市街地における、有機的な見事な連携。

そして何よりも最後の一騎打ちだ。

素人の目から見ても理解しやすいダイナミックなタンク・ジョスト。

巨大な二対の鉄の塊がいっそ優雅で華麗な動きを見せつつ、互いに紙一重に砲弾を避けながら舞う。

肉薄し車体をぶつけ合いながら砲塔を絡ませたと思ったら、またぱっと離れて軽やかに機動戦を行う静と動の変化。

そして最後の静かに相対した次の瞬間に、猛烈な勢いで接近し、まるで二人でワルツを踊っているかのように交差し決着したあの一瞬。

最後のタンク・ジョストは放送後もワイドショーやスポーツ番組やバラエティ番組でも繰り返しテレビに流れたが、特にあの最後の戦劇は繰り返された。

動画投稿サイトにも幾つも投稿され、国内のみならず海外からも反響があったほどだ。

プロ顔負けの機動が高校生によるものであると知った海外の反応に逸見エリカはまるで我が事のように誇らしかった。

 

その戦いはあらゆる年代に加えて男性もひきつけた。

単に観戦者としても戦車道とはこれほど見ごたえのあるスポーツなのだと。

そして何より同年代の女子高校生からは憧憬をもって迎えられた。

自分と同じ年齢の少女があんな風に輝けるなんて……と。

 

そういう事もあって高校戦車道界の選手は半ばアイドル的側面を帯びてきたのだ。

それに斜陽であった戦車道を復興させ、更に盛り上げる機会であると機を見るに敏である戦車道連盟が促進させ、主要選手のメディアへの露出等の協力も依頼してきた。

当然、断トツの一番人気は西住姉妹であるが、各校隊長も中々であった。

そして、逸見エリカ自身も西住姉妹には負けるが中々強い人気を誇っていた。

異国の血が流れている端整な顔立ちとその強い意志を帯びたような鋭い眼は異性のみならず同性からも人気が高かった。

またあの決勝戦でも最後の戦いの時に三台で平行して大洗の援軍を止め、キューポラから姿を出し大洗を睨み付けるシーンもそこそこ話題になったからだ。

そういう訳でエリカ自身も好まざる事ではあるが、戦車道界の為だと思い何度か雑誌のインタビューを受けたり広報ポスターに写ったりしている。

そんな事情から時々ではあるが自分のファンだという子から握手やサインを求められたりするのだ。

 

(……まぁしょうがないか。相席になったって言うのに断ってずっと気まずくなるのは嫌だし。

 ただ、ずっとあれこれ聞かれたりするのは嫌ね…)

 

「……あ、あの!黒森峰の副隊長の逸見エリカさんですか!?」

 

(はぁ…やっぱりね)

 

心の中で嘆息しながらエリカは答えた。

 

「ええ、そうよ。ただサインとかはしてあげるけど「私に副隊長としての心得を教えてください!!」」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

"あまり質問とかには答えられないわ"と続けようとした台詞を遮ってがばりと頭を下げながら不可解な事を叫んだ目の前の少女にエリカは珍しく呆気に取られた。

 

 

 

 

-5-

 

 

(……ああ、なるほど。見覚えはあるわ。

 というより散々写真で見たわね)

 

一先ず注文してから事情を聞いて理解した。

逸見エリカは……というより黒森峰生徒は決勝戦に備えて一丸となって大洗対策を考案していた。

当然、選手のプロフィールは何度も何度も熟読したが、決勝戦も終わり頭から抜けていたと言う事と、やはり写真で見るのと現実で会うのは何処か印象が違うから気づけなかったのだ。

 

「……それで何で副隊長の?

 確か、副隊長は3年の河島という人じゃなかった?

 それとももう貴女が次の副隊長として決まっているのかしら?」

 

「……そういう流れができ始めているのも確かです。

 ですが、単純に私は隊長の役に立ちたいんです!」

 

「十分、役に立っているんじゃないの?

 確かに貴女の戦車は最初は全くの役立たず……いえ、それどころか足手纏いでしかなかったわ。

 特に練習試合の車輛を放棄して逃げ出すなんて、私なら殴っているわ。

 いえ、殴る価値すらない。

 明日からもう来なくて良いとだけ告げるわね」

 

「……うう、あの時の事は言わないでください」

 

「でも、サンダース戦では腕はまだまだだけど戦車乗りとして及第点をあげられたわ。

 準決勝では二砲塔を活用してよくプラウダを引き付けていた。

 そして決勝のうちとの試合では市街地で見事な立ち回りをしていたじゃない。

 正直、かなり見直してるし、個人としても尊敬に値すると思っている。

 みほの教練があったとはいえ、始めたばかりの初心者がよくあそこまで……。

 勘違いしないでほしいのは単に技量だけを褒めている訳じゃないわ。

 相当の熱意と本気さがないとああはならない。

 貴方達が真剣に戦車道に向き合っている事を褒めているの」

 

「……ありがとうございます。

 えへへ、天下の黒森峰の副隊長さんに褒められると自信がつきます」

 

エリカは何と無しに注文したブラックのアイスコーヒーを口に含んで表情を隠した。

何となく今の澤梓が照れた様子が西住みほに似ていたからだ。

 

(……弟子は師に似るのかしらね…)

 

「でも逸見さんから見て本当に私は役に立っていると思います?」

 

「そりゃあ……M3リーでエレファントとヤークトティーガーを倒したのよ?

 それが役に立っていない訳がないでしょう」

 

「……隊長から良く聞いています。

 エリカさんは私の事をよく理解してくれている。

 一番頼りになった人だって」

 

(……あの子は何を言い回っているのよ!)

 

再びアイスコーヒーを口に付ける。

 

「だからこそ解ると思います。

 "本当に"私達が役に立ったと思いますか?

 私達が必要だったと思いますか?

 私達でなければならないと思いますか?」

 

「……思わないわね。

 極論を言えばみほは貴女達がいなければいないなりに作戦を立てるでしょうね」

 

 

「私もそう思います。

 でも隊長の車輛に乗っている先輩達は違います。

 皆、隊長から心より頼りにされています。

 会長もそうです。

 戦車道の試合においてもそうですが、それ以外の"外"に関する事では隊長は絶対の信頼を感じています。

 ……私もそうなりたいんです!

 隊長のお役に立ちたい!

 隊長に頼りにされたい!

 ……隊長に信頼されたい!!」

 

「……」

 

それが恐ろしくハードルが高い事であるとエリカは知っていた。

西住みほは心優しい。

その心の器も限りなく大きいだろう。

だが、同時に人を信頼するという事を殆どしない子である。

別に疑い深いと言う訳ではない。

人格面の問題ではなく単に能力面での話だ。

通常ならば相手が失敗すれば、注意したり改善点を述べたり、次からは頑張ろうと声をかけるだろうが、幾らかは失望なり怒り等を心のどこかに感じるだろう。

だがみほはそんな事すらも思いはしない。

「気にしないでください」と声をかけて本人も本当に欠片も気にする事無く、直ぐに改善案を出す。

何故ならば相手に期待していないから、万全を求めていないから。

最初から失敗する事も織り込み済みで考えるから。

そしてそれでも本当にどうにかなってしまうから。

だから「この人ならば絶対にやってくれる!」と信頼する事もする必要もない。

他人の失敗を気にする事も追求する気も起きないみほの心優しく大きな心と、どんな状況すらひっくり返せるみほの能力がそうさせていた。

それは通常ならば安心できる事だ。

自分の責を批判される事もないし、自分の失態を幾らでもカバーしてくれるからだ。

だが、もっとより深く、彼女の役に立ちたいと思う者にとってそれは……とても寂しい事であった。

 

「……みほの戦車に乗せてもらって見学させてもらうとかどう?

 あの子がどういう指示を出しているのか間近で見るのは副隊長をする上で役に立つと思うけど……」

 

「……もうしました」

 

俯きながら答える梓にエリカはそれが上手く行かなかった事を察した。

 

「何の参考にもならなかったです。

 だって指示と言っても"秋山さん"とか"麻子さん"とか名前を呼ぶだけ。

 それだけで先輩達は"解りました"とか"ん"と返事するだけ。

 試合が佳境に入るとそれすらしないんです。

 隊長が肩に手を置いたり、目配せするだけで先輩達が頷いて……」

 

……それはエリカにも覚えがあった。

何故ならかつての自分達……去年にみほの車輛に乗っていたエリカ達と同じであったからだ。

いや、その中でも純粋な意味でその境地に達していたのはエリカだけであった。

何故なら始めて乗った戦車がみほの戦車であったのはエリカだけであったからだ。

だが、当然ながら今年から戦車道を始めた素人であったあんこうチームの面々は全員が初搭乗車輛がみほの車輛だった者たちだ。

特異的で常識はずれのみほの指揮に完全に沿う事はできない。

既に常識的な戦車道に触れていた者には異質すぎて理解が及ばないからだ。

だが未経験者はそういった常識やセオリーは一切ない。

無からみほの好みに沿うように、みほの世界観にだけ染められる。

だから彼女達はみほの戦車の最適な部品として適用されているのだ。

だがそれは同時に特殊すぎて他の構成部品としては一切規格が合わない。

もう彼女達はみほの戦車以外ではまともに戦車道ができなくなっているだろう。

 

本来なら今年も自分達がその位置にいる筈であった。

……だが、今ではみほの車輛には見知らぬ者たちが乗っている。

エリカはとっくに吹っ切れた筈であるのに、その事実を改めて再認識した時、どうしても何ともいえぬ感情が湧き上がるのを自覚していた。

 

「黒森峰ではどうか知らないですけどうちって反省会というか検証会みたいなのやるんです。

 それでエキシビジョンマッチの時に当然ですけど私は隊長の記録が見たいってお願いして見せてもらったんです。

 神社の階段を隊長の車輛が降りていった所なんですけど」

 

反省会を行うのは黒森峰も同様であった。

同時に、そのエキシビジョンの様子も見た事がある。

しかし、それは一般に公開されている映像に過ぎず、各車両の内部記録までは見た事がない。

その場面の映像では無茶をするなと思ったが、同時に冷泉麻子の技量の高さに驚いたものだ。

後に続いたプラウダの二輌も階段を降りる事は成功していたが、麻子の操る車輛は戦車の超重量からすれば驚くほど揺れが少なく、スムーズにかつ手早く降りていったのだ。

この時に距離を稼いだ事が、その後の展開に繋げた大きな要因であっただろう。

 

「"麻子さんなら大丈夫"

 そう隊長は言っていたんです。

 あんこうの先輩達が隊長から信頼されているってのは解っていたんです。

 でも……でも実際にそれを聞いた時、私は冷泉先輩が羨ましくてっ…羨ましくて仕方がなかった!

 ずるいとも思った!

 私だって最初に隊長の車輛に乗っていれば!

 ……憎いとも思いました。

 思った後で何て嫌な子なんだろうって自己嫌悪しました……。

 あんこうの先輩達だけじゃないんです。

 二度目の大洗廃校の時に会長がいなくなって皆が不安になっている時に、隊長は一人で涼しい顔をしながら"会長が何とかしてくれます"って言い切ったんです。

 会長が戻って隊長がおかえりなさいって迎えて、会長がただいまって笑って返した時、この二人の間には余人には決して踏み入れない繋がりがあるんだなって解りました。

 隊長も冷泉先輩も会長も、はっきり言って天才と分類される人達です。

 常人にはない感性と才覚がある事は凡人の私にでもわかります。

 ……じゃあ凡人の私には無理なんでしょうか?

 …………そんなの嫌です……」

 

それを聞いてエリカは驚いた。

あのみほが人に対して「彼女なら大丈夫」と言い切る?

 

「それでも私は役に立ちたかった。

 だからどうしたら役に立てるか、何が大洗に足りていないか考えたんです。

 例えばレオポンさんチーム……あ、うちの戦車の修理や整備を担当している先輩達の事です。

 あの先輩達の事は整備能力に関しては隊長も信頼しているのが解ります。

 そういう風に私にできる役割を考えた時……大洗には隊長の指示を伝達し負担を軽くする事ができる中間が存在しない事に気づいたんです。

 だから、私はそれをする為に副隊長として隊長の役に立ちたいんです」

 

そこにはエリカがいた。

かつてのエリカがいた。

子供の頃に見知らぬ男の子と思っていたみほに手を引っ張られて戦車に乗った時のエリカ。

その後に自分の初恋に気づいたエリカ。

黒森峰で再開してみほがあの時の男の子だと気づいたエリカ。

あの頃のエリカが目指していた物を見上げている。

そして今でも密かに夢見ている物を追い続けている。

凡人である事を自覚しているが故に、何度も諦めそうになった物を。

それでも諦めないと突き進んで望んだ物を……。

 

 

"この子は凡人だ。

これまでのデータや試合の様子を見れば頑張っているのは解る。

数ヶ月前まで素人だったにしては驚異的な伸びを見せているのも認める。

それでも凡人の域は出ない。

天才と呼べる人種とは絶対に対等になれない。

……自分と同じなんだ…………。"

 

 

「……常にみほの事を考えなさい」

 

「……え?」

 

「普通に考えてもみほの思考は絶対に理解できない。

 だから普通じゃなくなりなさい。

 常にみほの事を考え続けなさい。

 それを白痴の様に唯ひたすら馬鹿みたいに続けなさい。

 みほがいる所では可能な限りみほを見続けて、いない所ではみほが何をしているか考えなさい。

 そうすれば何時の間にかここにみほがいれば何をするか考えるようになる。

 何をするか考えるようになれれば、それはみほの行動を予測しようと、トレースしようとしている事になる。

 それでもみほの思考は完全にはエミュレートする事はできない。

 でも擬似的に、断片的になら、その異質な思考の一端に触れる事もできる。

 良い?みほの思考や価値観……いえ、世界観は常人のそれとは全く違うもの。

 つまり……言ってしまえば狂気に満ち溢れている。

 狂気を理解するには自分も狂うしかない。

 ……文字通り、"狂気に触れる"しかない。

 貴女にその覚悟がある?」

 

「……あります。

 あります!

 あの人から信頼されるなら狂うくらいなんて幾らでもやります!」

 

「……解ったわ」

 

そう言いながらエリカは一片の紙を梓に差し出した。

 

「……これは、連絡先?」

 

そこには携帯のと思われる番号とネット通話アプリのIDが書かれていた。

 

「定期的に連絡して、みほの行動を報告しなさい。

 そこに自分なりの考察と解釈を添えて。

 それでみほの思考の検証に付き合ってあげる。

 これでも私はみほと付き合ってから結構長いの。

 ……追い求めていた時間もあのみほのお友達よりも私の方が遥かに長いんだから…」

 

それはちょっとしたエリカの意趣返しなのかもしれない。

あんなぽっと出の新参よりも自分の方が遥かにみほに関しては古参なのだという自尊心がそうさせたのかもしれない。

それでも一番大きいのは……単にこの目の前の少女に自分を投影してしまったからだろう。

 

「……ふふふ、知ってますよ」

 

「……え?」

 

「忘れたんですか?

 あの時に私達を前にしてこう啖呵をきったのは逸見さんじゃないですか。

 "私がみほを一番良く知っているんだから!"って」

 

「……あっ!」

 

エリカの顔が赤く染まる。

そういえば全国中継下にも関わらず、ついそのような事を言ってしまったのだった。

その様子を見てまたくすくすと笑いながら梓は礼を述べるのであった……。

 

テーブルの上の真っ黒の液体が注がれた二つのガラスコップ。

それぞれのブラックコーヒーに浮かぶ氷が同時にからぁんと音を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-6-

 

 

「あ!エリカさん!

 こっちですよー!」

 

エリカが喫茶店に入店するとその姿を見つけた梓が声を上げる。

 

「はいはい、大声を出さなくても解るわよ梓」

 

エリカが席に座ると素早くブラックコーヒーを頼む。

そろそろ付き合いもある程度重ねた事もあって、梓はエリカが自分と同じ様に何時もブラックコーヒーを頼む事は知っていた。

しかし、最初はそのクールな様子から気づかなかったが、どうやら彼女はブラックコーヒーを飲んでは僅かに苦味を顔をしかめる事に気づいたのだった。

どうもブラックコーヒーをそれほど好んでいない様なのだが、それならば何故いつも注文するかは謎であった。

 

「久しぶりに会えましたね!」

 

「……まぁこうして対面するのは確かに久しぶりだけど。

 貴女とは頻繁にしゃべっているからそんな感動もないわね」

 

その言葉の通り、この二人はあれからネットを通じてボイスチャットツール等で頻繁に会話していた。

もちろん、主目的は明言したようにみほの思考と行動についての検証なのだが、雑談に移るとやはりみほについての話をしていたのだ。

梓は大洗でのみほを、エリカは黒森峰時代のエリカを、互いに相手の知らないみほを語り合うのはとても楽しいものであった

そうしている内に自然と二人は親交を深め、何時しか互いに名前で呼び合うようになっていた。

 

「何時もはエリカさんに奢って貰っていますから今日は私が奢ります!」

 

「……年下に奢らせる訳にいかないでしょう。

 素直に奢られなさい!」

 

「いいえ!今日は譲れません!

 お礼もかねて奢らせてください!」

 

「……何か良い事でもあったの?」

 

「はい!この前に隊長に褒められたんです!

 "最近の梓さんは副隊長として本当に助かっている"って!

 それで思い返すと確かに少しずつですが私への指示の量が減っているんです!」

 

つまり、こういう事である。

常人にはみほの思考や意図を理解する事ができないので命令の伝達と言ってもみほの命令をそのまま復唱するしかなかった。

ところがある日ふと、自分が他の車輛に命令を伝達して指揮をする時、みほからの指示以外に言葉を付けたしている事に気づいたのだ。

それまでと比べて自分の言葉の量が多くなった訳ではない。

みほからの指示の量が少なくなっているのだ。

それはつまり、みほから梓への指示がいくらか内容が省略されている事を示し、そして梓がその省略された内容についてその意図を明確に把握している事になる。

僅かな差ではあった。

しかし、それは零から一への進歩であった。

今まではどんなに我武者羅に考えて行動しても糸口すら掴めず一切の成果を感じる事もできなかった。

それが例え目的地がどんなに遠くとも、そこに近づいている事が解ったのだ。

ならば歩み続ける限りはそこに近づけるし、何時かはたどり着ける筈だ。

何故なら前に進んでいるからだ。

 

「それもこれもエリカさんのおかげなんです!

 だから是非とも奢らせてください」

 

そういい切る梓にエリカは大きな溜息をついた。

 

「……まぁそういう事なら仕方がないわね…。

 解った、奢られてあげましょう」

 

「はい!

 あ、店員さん!ホットコーヒーを二つ!

 ブラックでお願いします!」

 

勝手知ったるなんとやらと言わんばかりにエリカの分も注文する梓。

直ぐに運ばれてきたコーヒーを一口飲み、僅かに苦味に顔を歪ませながらも一息ついてから梓が話を切り出してきた。

 

「そう言えば隊長から伝言です。

 "梓さんに協力してくれてありがとう"だそうです」

 

「ちょ、ちょっと梓!

 貴女、みほに喋ったの!?」

 

事前にエリカは梓にこの件についてみほには内緒にする様にいい含めていた。

理由は実に単純明快で恥ずかしいからであった。

 

「違いますよ!

 私がエリカさんの約束を破る訳ないじゃないですか!」

 

「……じゃあ誰が教えたっていうのよ……」

 

確かにこれまでの付き合いから梓が誠実で信用できる性格なのは重々承知していた。

特に理由もなく約束を破るような事も、秘密を漏らすような子ではないというのも理解していた。

 

「いえ、誰も教えてませんでしたよ」

 

「はぁ?」

 

「普通に隊長は気づいていたみたいです。

 何だか私の最近の行動と言うか考え方から後ろにエリカさんが関わっているだろうと。

 "エリカさんが私を理解してくれているのと同じくらい、私もエリカさんを理解しているんだよ"だそうです」

 

「ッッ~~~!!」

 

「あははは、エリカさん顔真っ赤ですよ!

 ……でも良かったですね。

 エリカさんはやっぱり隊長の一番の理解者ですよ。

 ……ちょっと、ううん、かなり羨ましいな」

 

 

 

 

-7-

 

 

それから拗ねるエリカを梓が宥めながら何時もの会話を楽しんだ。

 

 

「ええっ!?

 あのみほが怒鳴って怒ったですって!?」

 

「はい、聖グロとの練習試合の後にこういう事があって……」

 

「ああ~あの時の……

 確かに怪我や事故には人一倍気にする性質でしょうけど……まさかみほが怒鳴り声を上げるなんて……」

 

「あの時は驚きましたけど今思うと隊長が私の為に怒ってくれたというのは本当に嬉しいです……。

 もう一度怒られたいなぁ……」

 

「あなたねぇ……」

 

「でもその後で謝りに行ったら頭を撫でて許してもらえたんです。

 あれも良かったなぁ」

 

「頭を撫でて……黒森峰でも見た事は……ああ、いやそういえば浅見には良くやっていたわね。

 黒森峰の時は下級生だったけど、後輩ができていたらしていたのかしら……。

 そういえば将来は保母さんとか憧れるとか言っていたし子供好きなのかしらね」

 

「ええ!?それは初めて聞きました!

 詳しく教えてください!

 ……でも子供の相手をする隊長っていうのは何だかとても似合ってますね……」

 

「絶対に色んな子の初恋の相手になるわよ」

 

「ああ、解ります。

 あの年頃の子って保母さんに将来結婚するーとか言い出しますよね。

 私も隊長が保母さんだったら同性とか関係なく言いそうです…」

 

 

 

……

………

 

 

「それで、あの子ってスプラッター系は全然平気なのよ。

 びっくり系ホラーとかもね。

 でも和ホラーとかによくあるじわじわと迫り来るのが苦手なのよ。

 殺人鬼が襲い掛かってくるってのは大丈夫なんだけど、一人でシャワーを浴びて髪を洗っていると背後に気配がする……とかそういうのが苦手で。

 だからそういうのを見た日には必ず私のところに枕を持ってくるの。

 "エリカさん……一緒に寝てもいいかな?"ってちょっと涙目で」

 

「うわーうわー!

 可愛い……隊長、可愛い!」

 

「それで一緒に寝ると指を絡ませて手を握ってくるの。

 可愛いからつい頭を撫でてあげると安心したようにふにゃりと笑って……」

 

「可愛い!可愛い!可愛い!

 隊長可愛い!

 ……あれ?そういえばあんこうの先輩達が前にホラー鑑賞会をやったって言っていた様な……。

 珍しくホラーが苦手な冷泉先輩も参加したらしくてびっくりしたけど……まさか……」

 

 

 

……

………

 

 

「これが隊長の膝枕で休んでいるみほの写真よ」

 

「わぁ~!姉妹仲良くて素敵です…尊い……。

 ではこれがあんこう踊りの時の隊長です」

 

「……こ、これは!

 こんなぴっちりなスーツで…!

 ありがとう梓……ありがとう!

 斑鳩先輩にも見せてあげましょう……」

 

 

 

……

………

 

 

そうして二人の会話は弾んでいくが、最後は何時も同じ言葉で締めくくられるのであった。

 

 

 

「みほ、良いわよね……」

 

「良い……」

 

 

テーブルの上の真っ黒の液体が注がれた二つのガラスコップ。

互いに同じ理由で愛飲しているブラックコーヒー。

それぞれのブラックコーヒーに浮かぶ氷が同時にからぁんと音を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

-了-

 

 

 

 




何時も評価ありがとうございます。
本当に励みになります!


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大学生編IF【天才画伯みぽりん ー前ー】

大学生になって二人で住んでいるIFです


 -1-

 

 

「みほ~、帰ったわよー」

 

大学が終わり、スーパーで今晩の材料を購入してマンションに帰宅すると、玄関から私が声をかけると奥からトテテテという可愛らしい足音が聞こえてきた。

普段なら何時も一緒に帰るのだが、水曜日だけはみほが講義履修をしていないので、こうして私の帰りを待っていてくれるのだ。

足音が近づき、廊下の曲がり角から姿を現すと、みほはまるで御主人様の帰りを待ちきれない柴犬の様に満面の笑顔で飛びついてきてくれる。

 

「お帰りなさい!エリカさん!」

 

「はいはい、ただいま。みほ」

 

えへへと笑うみほの頭をゆっくりと撫でる。

その様子に私の一日の疲れが癒されるのが通例となっていた。

 

「……あら?」

 

ふと見るとみほ可愛らしい頬に何かついている。

そして僅かに匂いもする。

 

「……あなた、ここに絵の具がついたままよ。

 それも幾つも混じって」

 

「……え、本当!?

 やだ、恥ずかしいなぁ……」

 

照れながら自分の頬を拭くみほの姿は大層可愛らしかった。

 

 

 

 

-2-

 

 

高校卒業後にみほと私がまほさんの通う大学に進学する事が決定した時、まほさんから一つの提案がされた。

即ち、私に一緒に住まないか?という物である。

どういうことかと聞くと、元々みほとまほさんの二人で住む予定であったが、まほさん自身が大変多忙であり、あまり家に帰ってこれないそうだ。

さもありなん。

まほさんは既に戦車道界でも有数の選手でもあり、大学卒業後に家元襲名をする事がほぼ確実に決まっており、今から既に家元としての活動をなさっているらしい。

国内のみならず国外にも出かける事も多いとのことだ。

それ故にどれだけセキュリティの整っている高級マンションであっても、学園艦ではない陸上の地にてみほを一人にしておく事が不安なのだそうだ。

確かにこんなに可愛くて人が良くて他人の悪意に鈍そうな、それでいて可愛くて世間知らずの可愛いお嬢様を常にでなくとも一人暮らしさせるなんて誰でも不安になるのは当然だろう。

 

「エリカが一緒に住んでくれると安心なのだが」

 

「スペース的に邪魔にならないでしょうか?」

 

「部屋は余っているから問題ない」

 

まほさんに頼りにされると私としても嬉しく思い、また私自身もみほが心配なので快諾した。

実際に行ってみると想像より遥かに広く、余っている部屋も一部屋や二部屋ではなかった。

私の家も世間一般からすれば十分資産家に該当するので、大学に進学する時は両親からマンションを用意するといわれているが、それでもあくまで普通のマンションだろうし、この"高級"の上に"超"がつくようなマンションを用意する西住家と比べれば一般人の範囲内だろう。

この物件は家元が用意したらしい。

二人の娘を心配して……というよりみほを心配してセキュリティのしっかりした場所を探したとの事である。

前述したように確かにこんな隙だらけな可愛い娘が目の届かぬところで暮すとなると親として心配するだろうが……結局、普段は厳しいようであの人も過保護なのだろう。

というよりあそこの家は家元もまほさんもそして使用人の菊代という方も全員みほに対して甘やかしている気がする。

 

「此方から頼むのだから当然だが家賃の類は一切要らない。

 むしろ、幾らか礼として包みたいのだが……」

 

これには流石に私も謝絶した。

仕事や業務としてみほと住む訳ではないからだ。

それが解っていた様でまほさんもあっさりと引き下がったが、後日に家元から私の口座に引越し費用や準備費といった名目でかなりの高額が振り込まれていた。

流石に一度渡された物を突き返せば相手方にとって失礼となってしまう。

後にまほさんに聞いてみた所、私がこの件を引き受けた事を家元に報告すればこうなるのは解っていたそうだ。

だからあの時にやけにあっさりと引き下がったのだな。

すっかり退路を失われた私はありがたくこのお金を受け取り、引越しやある程度の家具に使用しながらもまだ大幅に残っているお金は少しずつみほとの遊行費にあてた。

休みができたらみほとこのお金で旅行にも行った。

何と無くではあるがこういう使い方を家元が望んでいた気もしたからだ。

折角だからこの家元から貰ったお金を旅費にみほと一緒にみほの実家にも顔を出しに行った。

家元の意外そうな驚いた様な顔は貴重な光景であったが、みほは勿論として家元も素直ではなかったが楽しそうだったので良しとしよう。

ただ問題として、かかった旅費以上の金銭を家元から交通費として押し付けられてしまった事もあるが……。

 

兎も角、そういった経緯で私とみほはこの広いマンションで一緒に暮らしているのだ。

その幾つもある部屋の一室がみほの趣味の部屋となっている。

……そう、みほ曰く「お絵かきの部屋」である。

 

 

 

 

-3-

 

 

私はみほには趣味がないと思っていた。

毎朝にするジョギングはどちらかというと毎日の義務によるトレーニングといった感じであるし、戦車道も趣味というよりは本質である。

ボコの収集癖もこの場合における"趣味"とは少し違う気がする。

そんなみほに絵を描く趣味があるという事を知ったのはごく最近の事である。

マンションに引越し、ある一室を覗くと立派な画材が置かれた部屋があったのだ。

聞くと趣味で絵を描くための部屋だそうだ。

……女子大生が住むマンションに趣味のアトリエがあるというのに中々呆れたものだ。

何時からそんな趣味を持ったのかと聞くと小さな頃から絵を描くのが好きだったとの事。

 

「……でも、あなた黒森峰の頃はそんなそぶり見せなかったわね」

 

そう、黒森峰で一年間だけとは言え一緒にいた頃はそんな兆候は一切なかった。

だからこそ私も大洗に転校してからできた趣味だと思ったのだ。

 

「……あの頃はそんな余裕がなかったからね」

 

そう少し俯きながら答えるみほの姿に私は少しだけ胸が詰まる思いだった。

……もしこれがまだ高校生の時ならば、まだ未練が残っていた時の私ならば言葉に詰まっていただろう。

だが、無限軌道杯と高校三年の最後の大会の決勝を経て、私達の間にそういった蟠りは一切ない。

だから過去の事を引きずって翳る必要は一切はないのだ。

 

「……じゃあこれからは沢山描けるじゃない。

 私もみほの絵を見てみたいわ!」

 

「……うん!そうだね!」

 

元気を取り戻し、笑顔を見せるみほに釣られて私も笑った。

 

……尤もその笑みもみほの絵を見てみるまでの間だったのだが。

 

 

 

 

-4-

 

 

みほの絵はオブラートに包めば独創的な物であった。

……率直に言えば下手であった。

もっと言えば怖かった。

 

「……これ、何なの?」

 

「ボコだよ!」

 

「……じゃあこっちの半粘性生物みたいなのは」

 

「ティーガーさん!」

 

「……こっちの冒涜的生物っぽいのは」

 

「お姉ちゃん!」

 

「……」

 

見ているだけで正気度が減りそうなその絵をみほはまるで自慢するかのように見せ付けてきた。

凄いでしょ!?と言わんばかりのその様子はかなり可愛らしかったが、一度遠まわしに何とかみほが傷つかない様に絵の技量について伝えようとした事がある。

本人が下手の横好きだと自覚して好きにしているのなら良いが、どうも本人は自分が割りと絵が上手いと思っているらしい。

その自覚のままでは将来何処かで恥をかいてしまうのではないかと危惧したからだ。

ところがその意図が全く伝わらなかったのだ。

どうやら本人には強烈な自信の根拠があるらしい。

 

「お姉ちゃんがみほは絵が上手だなって褒めてくれたの!」

 

貴女の姉は貴女の事なら全肯定するに決まっているじゃないの!

と言いたかったが姉に褒められた事を誇らしげに語るみほに私は何も言えなかった。

姉の方は可愛い妹がする事は何でも凄いと褒め、妹は尊敬する大好きな姉が言うのだから間違いないと信じてしまう。

こういう妙な西住スパイラルがこの姉妹間に存在するので度々周囲を巻き込む騒動になったりするのだ。

まほさんはみほに対しては盲目であるから、案外この自分だと描かれた冒涜的生物っぽい絵も本心から喜んで褒めたのかもしれない。

つくづくまほさんはみほに甘いのだと実感させられる。

やはり、せめて私が厳しくしていかなければ。

 

 

 

 

-5-

 

 

『ご飯できたわよー』

 

何時もの様に晩御飯の仕度が出来ると、私は内線を通じて「お絵かきの部屋」にいるみほを呼ぶ。

 

『はーい、今行きまーす』

 

内線を通じてみほの快活な返事が返ってくる。

最初は各部屋に内線が通っている事に驚いたが、これだけ広い物件ならば確かに有用だ。

同じ家に住んでいるのに部屋から部屋に声をかけに行くのにも一苦労なのだから何処からでも連絡ができるのは正直助かる。

 

『早く来ないと先に食べてしまうからね』

 

『わわわ、待って!今行くから!』

 

全く、返事だけは元気がいいんだから。

最近、みほは前にも増して「お絵かきの部屋」に篭っている様だ。

正直、距離の問題よりもあの部屋に呼びに行かなくて済む事のほうが内線の価値が高い。

以前に興味本位であの部屋に入ったところ、周囲を埋め尽くしている大量のみほの絵を一気に見てしまい、その後に動悸、息切れ、嘔気、眩暈、立ちくらみ等を軽く起こしてしまい、その夜はみほの絵の中の世界に入り込んでしまった夢を見てしまったものだ。

 

「お待たせ!エリカさん!」

 

「はいはい、じゃあ食べましょうね」

 

「またハンバーグ?」

 

「そうだけど……嫌なの?」

 

「ううん!エリカさんの作るハンバーグって凄く美味しいから飽きないよ!

 ……あの時に作ってくれたハンバーグも凄く嬉しかったし……私、エリカさんのハンバーグ大好きだよ!」

 

こ、こいつ……世辞でもなんでもなく本心から言っているわね……。

こういう事を臆面も無く言ってのけるから色々勘違いしたりする人が後を立たないのよ。

女子ばかりだった学園艦とは違うのに大学でもそうだし、本当にこの子は危機感が足りないわね!

毎日、私がどれだけハラハラしていると思っているのかしら。

これだから私の講義が入ってない日もみほを一人だけ大学に行かせられないのよ!

……それはそうと"エリカさん""大好き"はずるいわね…。

 

兎も角、そんな事を言っても私は甘やかさないわ。

今日も来るのが遅ければ先に食べるわよと毅然とした態度を取れたし、これからも厳しく行くわよ。

洗濯物も直ぐに出してもらうし、朝も起こしに行ったら絶対に直ぐ起きてもらうわ!

 

「……ところで、最近やけに熱心にあの部屋に篭っているけれど」

 

そう、確かにみほは絵を描くのが好きで度々あの部屋に篭っては絵を描いているが、ここ最近は特にその兆候が強い。

私はそういった創作的な趣味を持たないので詳しくは解らないが、唐突に何か描きたいモチーフでもあって意欲に溢れているとかそういう事なのだろうか?

 

「うん!今度、絵画のコンテストがあって応募するの!」

 

「……は?」

 

 

 

 

 




続きます

https://syosetu.org/novel/133089/
此方の短編集にも投稿しました
よければ評価の程よろしくお願いします


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大学生編IF【天才画伯みぽりん ー後ー】

-6-

 

 

後に調べたところそのコンテンストとやらは市が行うちょっとしたアマチュア向けの小規模のコンテスト……ではなく全国的に行われるかなり規模の大きい物のようだ。

参加者も芸大生だとかいわゆるその道を進んでいる人達であり、プロだっているそうだ。

不味い。はっきり言ってこれは不味い。

みほ自身は自分が絵が上手いと思っている。

それも根幹は「お姉ちゃんが言ってくれたから!」というまほさんへの信頼だ。

このコンテストでも入賞ぐらいはすると思っているようだ。

そんなコンテストで落選という結果と絵が大して上手くないという事実を突きつけられたら。

当然、落ち込むだろうし悲しむだろう。

そんな様子を見たくはないのも確かだが、それ以上にみほがまほさんの言った事に不信感を持ってしまうかもしれないのが不味い。

現実的に考えれば姉のいう事を無根拠に信じないほうがいいのかもしれない。

だが理屈抜きで私はあの姉妹間にそういった無粋な不純物が入り込むのが何と無く嫌なのだ。

みほには「お姉ちゃんは凄い!お姉ちゃんは頼りになる!」と思っていてほしいし、まほさんには「みほの方が凄い。みほのやる事は何でも一番だ」と思っていてほしいのだ。

……だがいったいどうしたらいいのだろうか?

どう考えてもみほのあの摩訶不思議なこの世の物ならざらぬ絵が入賞するとは思えない。

苦肉の策として描いている絵にアドバイスしようかと思った。

素人の私が何を意見するのだろうかとも思ったが、藁にも縋る思いで実行しようとしたのだが

 

「完成したらエリカさんに一番に見せてあげるね!

 ……でも恥ずかしいし描いている途中のはごめんね」

 

渾身の自信作を自分に一番に見せてくれるとちょっと恥ずかしそうに言うみほの可愛らしさに私はそれ以上何も言えなかった……。

 

 

 

 

 -7-

 

 

「できたよ!エリカさん!」

 

とうとう何の手も打てないままみほの絵が完成してしまった。

最後の手段としてみほの妨害、そして絵の消失を考えたが、毎日楽しそうに鼻歌を歌いながら絵の完成を心待ちにし、「エリカさん楽しみにしていてね!」と私に笑いかけてくるみほを思うと実行できなかった……。

 

「……そ、そう、良かったわね!」

 

「うん!じゃあ約束どおりエリカさんに一番最初に見せてあげるね!」

 

そう言われて私はみほに手をひかれてあの部屋に連れて行かれる。

自分で歩けるのに流行る気持ち抑えられない様子でお気に入りのボコのテーマを鼻歌を歌いながら私の引く様子は非常に可愛いらしいのに、私はまるである晴れた昼さがりに市場に連れて行かれる子牛の心境であった……。

 

「……うっ」

 

部屋に入るとやはり壁に大量のみほの絵が並べられており、それを見て無意識に一歩下がってしまう。

それでも二度目である事と覚悟していた事もあって前回の様にいくつかの症状が出るようなことは無かった。

気を取り直して見ると部屋の中央に一枚の布が被されたキャンパスがある。

布で隠されていて絵は見えない筈なのに、何故かその布一枚の下から何だか形容しがたい雰囲気というかオーラが漂っているのを肌で感じてしまう。

 

「ふふふ!それじゃあお披露目です!」

 

「……ええ、いいわよ」

 

ごくりと唾を飲み込む私に構わず、みほがぱんぱかぱーん!と可愛らしい効果音を出しながら布を捲った。

 

「……ひっ!」

 

それは一見すると夜空に浮かぶ満月が草原を照らす幻想的な絵に見えた。

だが、それも正常な色使いと描写がされていたらだ。

青が混じった黒あたりで塗られるべき夜空は紫で塗られており、その中を薄い赤色や青色等が幾つも彩られている。

ぱっと見では群雲の様に見えるが、その割りにはどこか数学的な規則性を持った幾何学的配置に不自然さと違和感を感じさせる。

それらがある意味では見事に調和されてゴシック的な夜空を演出している。

月の色も黄とも言えるかも知れないが、黄色と言われて真っ先に想像する物ではない。

何処か薄い肌色のような物が混じったような……そう、黄色人種の肌の色が近いかもしれない。

そこから地表に向けて鋭角な長方形にデザインされた月光が降り注いでいる。

ただし、その色は何処かドロドロした物を感じさせる重い緑色だ。

その直線的な月光が黄銅色の草原に到達した途端、何故か粘性の重みを持った物質の様にべちゃりと草原に広がる。

そしてその月光の周囲の草原は、まるでそれが月光の反射光の様に紫色のクリスタルの様に変化していた。

そして極め付けなのが草原にいる無数の二足で立つ熊達だ。

それらは他の異様な風景と違い、至って普通なまるでテディベアの様な可愛らしさで描写されており、その普通さがむしろ一層不安感を煽らせていた。

そのテディベア達は降り注ぐ月光を囲み、それを歓迎するように手足を大きく広げて喜んでいる。

しかし、月光に当たったテディベアは当たった箇所が紫色に変質しながら……いや、侵食されながらまるで助けを求めるように手を伸ばしている。

そんな仲間を一切気にする事無く、我冠せずとばかりに月光をまるで神の後光の様に崇めるテディベア達は不気味であった。

 

「えへへ、どうかな?

 結構自信作なんだけど」

 

「……こ、このクマのヌイグルミ達は何かしら?」

 

「あ!流石エリカさん!お目が高い!

 本当はボコを描きたかったんだけど流石に公募しているコンテストに商業キャラクターは不味いかなと思って普通のくまさんにしたの」

 

そういう事を聞いているんじゃない!と叫びたい気持ちを私は何とか飲み込んだ。

リチャード・アプトン・ピックマンの様にグールが描かれていないだけマシだろうか?

……いや、むしろその方がマッチしている分まだ良かったかもしれない。

 

「……これをコンテストに出すのよね?」

 

「うん!」

 

やめておきなさい。

その一言がどうしても言えなかった。

どうしてこの笑顔にそんな事が言えようか。

……ある意味ではみほが認識を改めるいい機会なのかもしれない。

落ち込んだみほを慰める方法でも考えておこう。

仕方が無いからまた二人っきりでボコミュージアムに付き合っても良い。

または二人で何処か旅行に行っても良い。

 

……だけども、これを契機にみほが絵を描くのを止めてしまうのは寂しいものだ。

私はみほの絵は苦手だが、楽しそうに絵を描くみほの表情は好きだったのだから……。

 

 

 

 

-8-

 

 

「……はぁ!!!????

 金賞を取ったですって!?」

 

「うん!みてみて!

 私の絵が載ってる!」

 

みほから差し出された絵画専門雑誌をみると確かにそこにはみほの絵が載っている。

ページを読むと何処其処の芸大の名誉教授だとか何処其処の画家だとか、つまりは大層偉そうな肩書きを持った人達のコメントが載っている。

色々な事が描いてあるが、要約すると『常人にはない感性 異端のセンス』といった事が共通して述べられている。

そういえば……とあの絵についてあの後交わした会話を思い出す。

 

「……えーと、これは月夜がモチーフでいいのかしら?」

 

「うん!私が前に見た夜空が凄く綺麗だったからそれを思い出しながら描いたの!」

 

つまり、この絵はその時にみほが見た夜空そのものだという事になる。

というよりみほは他の絵も"見たまま"描いているらしい。

それを聞いた時、みほの視界では私を含めて世界は全てこのように歪んでいる様に見えているのではないかと思ってしまった。

そう、もうタイトルは忘れてしまったが、昔に読んだ古い漫画で事故か何かの後遺症で人や風景が正常に見えなくなってしまった主人公を思い出した。

もしやあの時の水没した戦車を助けに行った事故の後遺症なのではと心臓が止まる思いであったが、どうやらそうではない様だ。

あくまで視界に映る光景は私達のそれとは何の遜色も無く、あくまでイメージとして捉えているらしい。

ただ、私達常人が目に見た風景とそれからイメージする物が全く別のものであるのに対して、みほからするとそれらは全く一緒の物であり、表裏一体で同一の物を別視点から見ているに過ぎないのだという。

絵の知識が乏しい私でも絵には"写実的"と"抽象的"の二種類がある事は解っているが、それでもこのみほの認識は……理屈では納得しなくも無いが感情では一切理解できなかった。

それでもどちらにせよみほの捉えるイメージは私達常人の見ている風景とはかけ離れすぎている。

間違いなく異常だ。

……いや、どうしてそう断言できるのだろうか?

みほ一人が異常で私達が正常だとどうして言えるのだろうか?

何を持って私達の正常さを証明するのだろうか?

……むしろみほの認識こそが正常で、世界を正確に捉えており、私達が異常で世界を正しく認識できていないのかもしれない。

 

そうだ、本当に下手な絵というのは見た者に何も抱かせないような絵の筈だ。

しかし、みほの絵は見た者に強烈な不安感や違和感や感じさせる。

そもそも、見た者に動悸や息切れを起こさせる絵が平凡であるだろうか?

歌劇にしろ、小説にしろ、音楽にしろ、本当の名作はそれを受け止めた物に強い感情の揺さぶりを与えるという。

であるならば間違いなくみほの絵は傑作だ。

大体、創作の分野は異端の思考と感性があるからこそ常人には決して生み出せないのだから。

 

私は横でえへへ~と可愛らしく喜んでいる化け物をちらりと見る。

全く……昔から可愛いなりして中身はとんでもないと思っていたが。

しかし、よくよく考えると昔からその兆候はあったのかもしれない。

完成された戦術はまるで芸術の様だと言うが、確かにみほの執る作戦案や指揮は常人の発想ではなかった。

そしてみほの執る作戦は確かに芸術的であった……味方どころか敵ですら魅了されるぐらいに……。

 

「ね!やったね!エリカさん!

 えへへ!」

 

「……はぁ、良かったわね」

 

私はなんとなくみほの頭を撫でながら溜息をついた。

結局のところ、私一人で無用の心配をして空回りしていただけか。

思い返せばそんな事は今まで何回もあったし、これからも私はこの子に振り回されるんでしょうね。

まぁ振り回される事もできなかったあの頃に比べれば……それも悪くはないか。

 

 

 

 

 

-9-

 

……しかし、私はこの後、すぐにその思いを撤回する。

一つはみほに対する取材が殺到したことだ。

元々戦車道関係で非常に有名であったのに、ここでその有名人が決して生半可な格調ではないコンテストで金賞を取ってしまったのだ。

天は二物を与えた!だとかでマスコミの格好の話題の種になってしまった。

小説界でよくある芸能人に文学賞を与えて話題にした様に、有名人であるみほに賞を与えたのではないかという意見も当初は存在していたが、明らかに普通ではない何かを感じさせるみほの絵の前には直ぐに霧散していった。

おかげで私はみほのプライベートを守る為に四苦八苦したのだ。

まったく、あいつらは此方の事情なんてお構い無しに無遠慮に来るのだから、みほが傷つかない様に立ち回るのに苦労した物だ。

 

……そしてもうひとつは……

 

「はい!エリカさんまた描けたよ」

 

「え、ええ、ありがとうね」

 

「またエリカさんの部屋に飾っておくね!」

 

「……ええ」

 

絵にますます自信を持ったみほがあれから頻繁に私の為に絵を描いてくれる様になった事だ。

しかも、それを私の部屋に飾ってくるのだ。

おかげで寝ている時もみほの絵に取り囲まれているせいで何度も何度も夢の中でみほの絵の世界に紛れ込むのだ。

……だから、最近では何かと理由をつけてみほの部屋で一緒に寝ているのだが。

できればやめてもらいたいのだが「どう?どう?嬉しい?エリカさん嬉しい?」とまるで尻尾を振る柴犬の様に此方を仰ぎ見るみほに対して私は無力だった……。

……まぁこの子が楽しそうだからいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度、エリカさんを描いて上げるね!」

 

「……えっ!?」

 

みほに描いてもらうという事だけを見れば嬉しい。

だが、私も化け物の様に描かれるのだろうか?

……いや、それとももしかして普通に私として描かれたとしたら…………

 

 

 

        -了-

 

 

 

 




この短編はこれで完結です
よければ感想をいただけると嬉しいです!
いや、本当に


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黒森峰メンバー短編集その1

ちょこちょこ書き溜めていた短い短編集
趣味がかなり入っています


----------------------------------------------------------------------

 

 

「今日は何を食べますか!?」

 

午前の活動が終了すると何時ものように浅見が妹様に聞いてきた。

 

「ええと……じゃあ今日はハンバーグ定食で…」

「解りました!ではお先に失礼します!」

 

ここ最近は毎日の様に見る光景だ。

普段から戦車道では妹様の狩猟犬の様に偵察等に働いていたが、ここ最近は日常に置いても積極的に動くようになっていた。

まるでご主人様にボールを投げて貰いたがっている犬の様だ。

着替えるのも行動するのも早い浅見は何時もこうやって妹様の注文を聞いてはダッシュで食堂に行っては席の確保と妹様の注文をするのだ。

ご苦労な事だとは思うが……つい無意識になのかありがとうとお礼を言われながら頭を撫でてもらう様は羨ましかったし、

不覚にも撫でられながら気持ち良さそうにして、嬉しそうに尻尾を振る浅見の姿は少し可愛かった。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 

「斑鳩ってさ……」

 

「……なんだよ唐突に」

 

私が食堂でラーメンを食べているとオセロが唐突に呟いてきた

 

「アンタ、何か妹様かかわると変態っぽいよね」

 

ぶほぉ!!

 

「げほぉ!いってぇ!鼻に!鼻に!」

 

私が凄まじく間抜け面を晒しながら鼻からずるるると麺を取り出すのを見て囲碁がクスクスと笑っている。オセロに至ってはゲラゲラと下品な笑い声を高らかに上げている。

 

「い、いきなり何を言い出すんだお前!」

 

私は少し…いやかなりドキりとした。

無意識に右胸の内ポケットに手をやる。

 

「いや、だってさ。私、アンタがあんな風に丁重に礼儀正しく恭しく接してるのはじめてみたわよ」

「私は何時だって礼儀正しいぞ?少なくとも目上にはな」

 

私は怫然としてオセロに反論した。

 

「まぁ斑鳩は確かに年上には表面上は礼儀正しいけどさ」

 

「おい、ちょっと待て。何だその表面上とやらは。

 そういう事はそこで小難しい本を読んで如何にも文学少女ですって面して猫かぶっている奴に言え。

 あと、お前は少しは猫を被る事を覚えろ」

 

「だって貴女。根が小心者だからかお偉いさんの前に立つとびびって縮こまる癖に、ちょっとぷっつんするとメンチ切り出すじゃない」

 

「……そんな事をした覚えがない」

 

「嘘つきなさんな!どの口が言うのよ!

 貴女、この前に学園艦の出資者のお偉い人が来た時、借りてきた猫のようにビクビクしてたのに妹様の悪口言ったら途端に目つき悪くして睨んでたじゃない!

 私、リアルで『あ"あ"ん?』なんてヤンキーみたいなセリフ聞いたの初めてよ」

 

それを聞いて囲碁がぶふぅーっと噴出しやがった。

私が止めなきゃとび蹴りをかまそうとしたこいつにだけは笑われたくない!

 

「私が蹴ろうとしなかったら自分が殴りかかっていった癖に」

 

うるせぇ!

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

「それでは、パンツァーフォー!」

 

妹様の号令を聞きながら私は戦車を前進させる。

それにしても…熱い……暑い…。

ただでさえ日差しがきついのに私たちがいるのは金属の塊の中だ。

直射日光は確かに来ないが通気性は最悪で戦車の中は軽いサウナ状態だ。

飲み物はしっかり取るように指示されているがこれでは脱水症状や熱中症で倒れる者もでるのではないか?

折角、妹様の戦車に乗るという普段ならば何度体験しても飽きが来ない至福の瞬間なのに今日は流石にこれには参った。

周りを見れば私だけではなく赤星も逸見も浅見も汗をだらだらと流して半ばグロッキー状態だ。

全員の汗のせいか戦車の中の湿度はむわぁ…とますます増して行き、それが更に不快指数を加速させていく。

これには流石の妹様も……とちらりと視線をよこしてみると妹様もこの暑さには参ったのかやはり汗を沢山流している。

妹様の頬を伝って首を通り襟首へと流れていく汗の一滴。

汗で透けて肌に張り付く胸元のシャツ。

つい視線を下げれば……汗雫を浮かせた両脚とその奥にじわりと蒸せた……。

私は何時の間にかごくりと何かを飲み込んでいた。

気づけば回りの皆も喉を鳴らしている。

 

むわぁ……

 

戦車の中の湿度が上がる。

しかし私は蔓延する湿気や湯気に何かこう……なんていうか……うへへへ。

なんだかあたまがまわらなくなってきた。

ああ、やばい。いいにおいがする。

ふらふらとにおいのするほうこうに わたしはたおれた。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

*みほ転校後の話です

 

「斑鳩先輩はみほさんの誕生日で何を大洗に送ったんですか?」

「……パンダカラーのボコだ」

 

浅見に唐突に聞かれて私は少し戸惑いながら答えた。

 

「まったですか?それ前にも送ってませんでした?」

 

「また別のなんだよ!……ボコってのは私にはよく解らないが妙に種類が多いんだ」

 

「本当にパンダ好きですよね……。キャラに似合わず」

 

「じゃあ、お前は何を送ったんだよ」

 

「『海底探険』です!みほさん、同じ戦車の皆さんと仲いいですから五人でできる物を送りました!」

 

「……まぁボードゲームは黒森峰っぽいといえばっぽいけど、女子高生が女子高生に送るものかぁ?」

 

「いいじゃないですか!面白いですよ!」

 

「……そういえば逸見のやつは何を送ったんだろうな」

 

「エリカさんは絶対に重い物送ってますよ。指輪とか」

 

「ぶふっ……やめろよ!唐突に笑わそうとするのは!

 ……でもありえそうで怖いな…誕生日に指輪か…」

 

「チョーカーとかもありそうですよね」

 

「やりそうだなぁ……」

 

後日に赤星に聞いてみるとエリカはサイズぴったりの銀の靴を送ったそうだ。

それも「踵を三回鳴らしてくれるのを何時までも待っているわ」ってメッセージを添えて

それを聞いた時、私と浅見は咄嗟に抱き合いながら「エリカ、重い…怖い…」って震えた。

その後で赤星が送った物を聞いてこいつが一番やべぇなと再認識したが。

 

 

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あれから誰かの部屋に集まって五人で食事をする事が常となっていた。

無論、私としても五人でとる食事は美味しいし、何より妹様がとても楽しそうにしているのを見る事はとても素晴らしい事である。

そして最近は食事をした後は五人でボードゲームをする様になったのだ。

女子高生が集まってする事かといわれれば疑問ではあるが、ドイツの国風が強く影響している黒森峰ではボードゲームで遊ぶ事はそれほど珍しくないのだ。

 

「今日は何をするんですか!?」

 

特にこうして友人同士で顔を突き合わせてボードゲームで遊ぶという行為に強い憧れを持っていたらしく、妹様が非常に楽しそうにプレイしている様は見ているだけでこちらも楽しい。

 

「今日は"チャオチャオ"ですよ~」

 

ちなみにボードゲームを持ってくるのは浅見の役目だ。

私達はボードゲームといえば人生ゲームだとか日本でも有名なものしか知らないが、浅見はよくドイツを初めとする国外のボードゲームを持ってくるのだがこれが中々面白いのだ。

 

ふむふむ……ルールを聞くとゲーム自体はマス目がたった9マスの橋を渡る単純なすごろくの様だ。

ただし、サイコロの目を自分しか確認できず、嘘をつく事も出来る。

他のプレイヤーはダウトと指摘する事ができ、実際に嘘だったらサイコロを振ったプレイヤーのコマが橋から落とされる。

正しかったら指摘したプレイヤーが落とされる。

そして6面体のサイコロは1-4の数値と二つの×で構成されており、×がでたら嘘の数値を言わざるを得ない訳だ。

プレイヤーの持ちコマは7個でこれを可能な限り橋の向こうへ送るゲームとなっている。

つまり運ではなく嘘を見抜く能力と裏をかく能力が必要になる訳だ……あれ?これって……

 

「やったー!また私が勝ちましたー!」

 

妹様がストレートに3つのコマをゴールさせて一位を確定させた。

此方が嘘をつくと100%見抜かれダウトを宣言され、正しい目を言った時は一切ノータッチだった。

それでいて何とかしようとダウト宣言をすると巧妙に正しい目なのだ。

しかもそれですら後から考えると言わされた感を強く感じてしまう。

 

「……この手のゲームでみほに勝てる訳無いじゃない!」

 

いや、全く逸見の言う通りだ。

結局の所、妹様が勝ち抜けした後にやっとゲームが始まり、4人で競うというゲームになっている。

普通に考えればクソゲー極まりないのだが……

 

「えへへ……」

 

まぁ困ったように嬉しそうに笑う妹様がむっちゃ可愛いので良いだろう。

 

 

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前回の反省を活かして今日のボードゲームは読み合いや騙しあいの要素が薄い者が選ばれた。

 

「今日はこれを持ってきました!古典的傑作ボードゲーム!カタンです!」

 

おお、それなら私も知っている!

確かにこれならサイコロの運と交渉力が主軸だ。

駆け引きの要素も確かにあるが、昨日の様な裏の読み合いが全てではないのだから妹様相手でもゲームになるだろう。

 

「斑鳩さん、私のレンガと麦を交換してくれませんか?」

 

いや、それはちょっと……確かに一対一の等価交換だが、妹様はこれで村から町に発展させてしまうので妹様にとって大きく有利な交渉だ。

 

「……駄目ですか?」

「良いですとも!」

 

……あっ つい頷いてしまった。

 

「えへへ、ありがとうございます!」

「ちょっと斑鳩先輩!ゲームにならないですよ!」

「うるせぇ!逸見だってさっき家が建てれる時に副隊長に木とレンガ渡していただろ!」

 

ある意味では昨日よりゲームになってない。

昨日は妹様が強すぎただけで全員ゲームの勝ちを目指していたが、今回はそれを度外視している感じがする。

大体、赤星なんてニコニコしながらいりませんか?これ欲しくないですか?って聞いてくるぐらいだ。

……でもこの妹様に貢いでいる感じは何かゾクゾクするものがしてやばい。

 

「……そういえば斑鳩さん。私の事は副隊長ではなく名前で呼ぶようにって約束でしたよね?」

「……え、いや、まぁ……み、みほさん」

「"みほ"です!さんは要りません!

「……み、み、みほ」

「はい!」

 

あっあっあっ

 

 

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