IS 不浄の箒 (仮登録)
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1.姉の失踪

 篠ノ之箒には自慢の姉が居た。その姉は目を輝かせながら、宇宙の話をよく箒に語ってくれた。箒は色んな質問を姉にした。姉は箒のどんな質問にも答え、箒は姉が世界で一番に頭が良いと考えるようになった。

  そしてそれは真実だった。箒の姉、篠ノ之束はIS(インフィニット・ストラトス)と呼ばれるどんな状況でも動作可能なマルチプラットフォームスーツを開発 し、全世界へ発表した。一人で資材を集め、一人でハードウェアを作り、一人でソフトウェアを構築し、安全に動作する物を作り上げたと言うのだ。いったいど んな苦労が有ったのか、箒には想像もつかなかった。

 そのISはなぜか女性以外に使用できないという問題を抱えていた。しかし致命的欠陥とも言えるその問題を凌駕する性能が、ISにはあった。

 

 通称、白騎士事件。弾道ミサイル約二千発を一機のISが無力化した。世界各国の弾道ミサイルはハッキングにより制御不能に陥いっており、なぜか、その全てが日本のある一点を狙っていた。しかし、唐突に現れた白銀のISによってミサイルは無力化される。その後も、各国がなぜか送り出した約二百機の戦闘機といくつかの巡洋艦・空母・監視衛星を、一人の人命も奪うことなくISはそれらを破壊、又は無力化した。

 ISは今までの兵器を無力化する「究極の機動兵器」として一夜にして世界中の人々が知るところになった。この時になって初めて世界は篠ノ之束とIS操縦者を探し始めた。しかし、白騎士事件から数年経った今でも、未だに捜索中である。

 そして、篠ノ之束が目指したISによる宇宙進出は一向に進まず、ISは兵器へと転用が模索された。しかし兵器としての信頼性や不明な点が多いことから、各国の思惑によりアラスカ条約が締結され、表向きには、IS操縦がスポーツ競技となっている。

 

 箒はアラスカ条約によってできたIS学園へと向かう電車に乗りこんだ。外の風景を見ながら、もしかしたら姉に会えるかも知れないという期待と、成績が悪く失望されないかという不安が頭を支配している。いくら悩んでも、答えは出ない。箒は昔のことを何度も思い返していた。

 

 

 箒が何も考えていない小さい頃。箒の隣には、必ずウサ耳のカチューシャを付けた女の子がいた。篠ノ之束。箒の姉である彼女は、十四歳と言う若さでISを発表し、白騎士事件により全世界から最も注目される科学者になる。しかしウサギの耳の動きを手で真似る仕草からは、威厳や凄さがちっとも伝わらない。

 箒が物心ついたときから、その姉は天才だった。分からないことを箒が尋ねると、必ず答えてくれた。姉は宇宙の話を良く箒に聞かせている。箒は話に付いていけないが、好きなことの話をしている姉の輝く笑顔を見るのが、とても好きだった。いつも姉の後を付いていくほどだった。

 

「箒ちゃん、見ていて面白い?」

 

 箒は姉に尋ねられ、頷く。姉が何をしているのかは分からないが、姉の部屋で一緒にいることが嬉しかった。

 

「そっか」

 

 姉はそう言うと、再び何かの作業へ戻る。忙しなく動いているが、その横顔は笑顔で満ちていて、見ている箒も嬉しくなるものだった。

 

「箒ちゃんは宇宙に行ったら、何がしたい?」

 姉は箒を見ず、作業を続けている。こんな雑談も箒は好きだった。

 

「うさぎとお餅つきがしたい」

 

「うんうん、私もしたいな。ウサギさんはどんなお餅を食べるのかな?」

 

「……うさぎしか居ないから、うさぎのお餅じゃないの?」

 

「大変だね。ウサギさんも」

 

 こんな日常がずっと続くと箒は思っていた。

 箒は姉が大好きで、姉の隣に居られればそれで良かった。箒はいつも周りに姉のことを自慢していた。姉は箒に笑顔を向けてくれて、箒も一緒に笑い返した。姉 はなにやら研究で忙しいが、時間を見つけては箒にかまってくれている。姉と一緒にいることが、箒はとても大好きだった。

 

 いつものように、姉が居なくなった。姉がISを発表してからこういうことが多くなった気がする。

 箒は誰もいない姉の部屋を見渡す。この物にあふれた空っぽの部屋を、箒は好きではなかった。訳の分からない物だらけで、姉の考えが分からないと認めることになると思ったからだ。

 箒は部屋を離れ、道場へと向かう。姉が居ない間は、父親に言われた剣道をすることにしている。父は有段者で、強く、剣道道場を開いている。その父の娘が剣道をするのは当たり前だった。

 

 道場では最近、箒と同い年の男の子である一夏が入ってきた。姉の友達である千冬の弟らしい。この千冬と一夏の家はゴタゴタしていて、一緒に御飯を食べることが多い。姉も両親もこの二人を気に入っている。箒は姉の隣に座る千冬が嫌いだが、一夏のことは弟が増えたみたいで世話を良く焼いた。

 姉は連絡もなくふらりと帰ってくる。帰ってくるなり、「会いたかったよ、箒ちゃん!」と言いながら抱きついてくるのが、箒は嬉しかった。

 今日もまた、姉が帰ってきた。箒は愛されていると実感できた。その事に勇気づけられ、箒は今まで我慢していた事を束にお願いすることができた。

 

「姉さん、次に出かけるときは、私も付いて行って良いかな?」

「えっ、箒ちゃんと?」

 

 尋ねなければ良かった、と箒は思った。姉が眉をひそめる仕草なんて、見たくなかった。

 

(私のお願いが、はじめて拒否された)

 

「う〜ん、ごめんね。ちょっと難しいかな」

 不可能なことは何も無い姉が、断るなんて、箒は信じられなかった。

 

「うん、分かった」

 箒は何も言えなかった。いつも褒めてくれる、尋ねれば何でも答えてくれる、理由の有るお願いなら叶えてくれる姉に対して、納得するしか出来なかった。

 

(姉さんは、私と離れたい時もある。でも、私に会いたいと言っている)

 

「姉さん、今は一緒に居ていい?」

「うん、勿論だよ!」

 次の日、姉は行方をくらませた。そして、帰って来なかった。

 

 その日は、いつもと同じだった。箒が起きたときには姉はおらず、書き置きもない。またか、と家族の誰もがそう思っていた。箒は小学校へ行き、クラスメイトに姉の自慢をする。周りも、また言ってる、といった慣れた扱いだった。学校から帰ると、箒は姉がいるかどうかを真っ先に確認する。玄関の靴を調べ、姉の部屋を調べ、風呂場やトイレのドアも開けるのだった。

 姉が帰って来ていないのを確認すると、剣道の練習をすることにしている。友達と遊ぶ約束はしない。姉が帰ってきている時に、姉と遊ぶためだ。

 練習の汗を流し、夕食の手伝いを始める。自分の食器を並べ、その隣りに姉の分を並べる。姉は何処にいるのだろうか。ご飯をちゃんと食べているのだろうか。そんなことを心配してしまう。

 千冬なら知っているだろうか。千冬の方が姉に近く、悔しいと箒は感じる。姉と千冬が話しているのを見ると、知らない姉の一面が見えて、姉が盗られたと感じてしまうのだ。

 

 チャイムが鳴った。

 箒は食事中にもかかわらず、玄関に向かって駆け出した。廊下を音を立てて走り、勢い良く玄関を開ける。

 

「こんばんは、ちょっと失礼させてもらうよ」

 スーツ姿の男が何人も、ずかずかと家に上がる。

 姉に”おかえり”と言おうとした口は悲鳴を上げ、体は固まる。彼らは土足のまま上がり、辺りの物を手当たり次第、ダンボール箱に入れている。何をしているのか箒には検討もつかなかった。

 

「何をしておる!」

 

 父が声を張り上げ、居間から早足で来た。スーツの人が懐から紙を取り出し、それを父に見せた。箒からは何を書いているのか分からなかった。紙を持った父の手は震え、破り捨てた。あの厳格な父がとても怒っている。箒はそれがとても怖かった。

 箒はその場に座り込み、目を瞑り、耳を塞ぎ、ただ過ぎるのを待った。何が起こっているのか分からず、どうしたら良いかも分からなかった。大勢の足音が、廊下に響く。父が怒号を発し、箒は涙が溢れてきた。

 

 いきなり手を引っ張られた。

 

「来なさい」

 

 スーツの男が無表情でそう言い、箒の右手を引っ張りあげた。

 

「痛い!痛い!」

 

 箒はその手を振りほどこうと暴れ、全力で殴り、蹴った。男の手を振りほどき、居間に向かって走る。しかし、再び捕まえられた。

 

「やだ、離せ!」

 

 男は気にせず箒を引っ張り、家から連れだす。箒はそのまま車に乗せられ、どこかへと連れて行かれた。

 

 

 

「篠ノ之束さんと、取引をしました」

 

 それを聞いたとき、箒は気を失いかけた。横を見ると、父の震える手に、母が両手を重ねる。

 箒は怖かった。此処が何処なのか分からなかった。目の前の男が何者なのか分からなかった。

 他人の家だ。家具は配置されている。しかし、誰も住んでいないと分かる家だった。玄関に靴は一足もなく、雨傘は袋に閉じられていた。

 入って直ぐの居間に、箒たちは集められた。父を真ん中に、それぞれが座っている。

 スーツ姿の男が、束の名前を出したので、箒は姉の事を尋ねたいと思った。しかし、その男が怖かった。サングラスを掛け、一切の表情が伺えない。話ができない相手だと感じられた。

 話は箒がおどおどしている間に終わってしまった。いったい何が有ったのかわからない。スーツの男は、すぐに出て行った。

 

「ここどこ? 家に帰らないの?」

 箒は両親に尋ねるように言った。期待していた答えは帰って来なかった。

 

「……箒、束のことは、忘れなさい」

 

 父が何を言っているのか分からなかった。箒は目の前の人が本当に父なのか疑った。母を見ると、顔を伏せ涙を堪えている。もう一度、父を見て箒は口を開いた。

 

「やだ」

「箒! 聞け! もう、あの子とは会えない!」

「やだ!」

 

 そんなはずない。姉さんと会えなくなる筈がない。きっと、いつものようにふらっと帰ってきて、私を抱きしめてくれる。笑顔で「箒ちゃんは可愛い」って言ってくれる。姉さんはすぐに帰ってくるんだ。

 

「無理、なんだ。箒」

「会える! 姉さんはきっと、あの家に居る! 私達がここに居ることを知らないんだ!」

「箒、これは束が望んだことなんだ」

「いやだ!」

 

 箒は他人の家を飛び出し、前に居た家へ向かって走りはじめた。

 もしかしたら姉さんは困っているかも知れない。「箒ちゃん、どこ〜」なんて言っているかもしれない。行かなければ。そしてもう一度、一緒に暮らすんだ。その一心で箒は走った。

 

「姉さん、姉さん!」

 

 箒は街を走る。だがゆっくりとペースを落とし、歩きはじめ、止まった。此処がどこなのか全く分からなかった。

 涙が止まらなかった。「箒ちゃんの居場所はどこでも分かる」と言っていたあの姉さんが、私の場所を知らないはずない。姉さんに不可能は無い。姉さんに会えない理由は、姉さんが会おうとしないからだ。

 

「そっか、私は、姉さんにとって、必要ないんだ」

 

 私は捨てられたんだ。箒はやっと納得できた。姉さんは天才なんだ。私が邪魔になったんだ。姉さんの隣にいるのは、あの千冬なんだ。憎いけれど、選ぶのは姉さんだ。私は何も言えない。

 

「ここ、どこ。姉さん、会いたい……」

 

 暗闇の中、どうしたら良いか分からず、箒は泣き続けた。

 

 

 箒はより一層、剣道に力を入れた。父の教えがあの千冬の強さだと考え、無我夢中で稽古に励んだ。政府の方針で両親と離れ離れになってからも、それは変わらなかった。日本各地を点々と、政府の言われた通りに移り歩く。

 姉の手ではなく木刀を握り、鬱積した思いと共に振るう。テレビの向こうの千冬は、第二回モントグロッソに出場していた。なぜ私は姉さんに会えないのだろうか。あそこにはきっと姉さんがいる。そう思いながら、箒はテレビを見ていた。

 

 姉の隣にはあの千冬がいる。世界で一番の天才の隣には、世界最強がよく似合う。それが分かるからこそ、暴れ回りたくなる。なぜ、自分は弱いのか。なんで自分は千冬ではないのか。その思いを相手にぶつける。今日の剣道の試合も、相手の防具の場所をわざと外して、力任せに小手を決めた。審判はこれを有効とは認めないが、どうでも良い。相手はしばらく物を持てないだろう。箒は暗い笑みを浮かべた。自分は強いんだと周りに言いたかった。

 

 そんな八つ当たりをしても、箒の鬱憤は晴れなかった。少しの間は反省する。しかし、後悔しても物にあたってしまう。苛々が体の中で渦巻き、壊したくなる。どうしようもなかった。

 試合ではいつも、相手を壊すことを目標にしていた。試合前は、相手の体が壊れるのを想像した。後で後悔すると分かっているのに、どうしようもなく楽しかった。こんなことをしていても、千冬には届かないと分かっているのに、止められなかった。

 

 剣道大会の帰り道を箒は一人で歩く。クラスメイトも誰も応援に来てくれないから、一人ぼっちだ。

 下を向きながら歩く箒は正気を疑った。国から持たされた携帯電話が震え、ありえない表示がされていたのだ。

 

 篠ノ之束 着信

 

 箒は恐る恐る、電話を壊さないようにゆっくりと、その電話に出た。

 

「やっほー。箒ちゃん、元気?」

「ね、姉さん?」

 

 箒は震える体を抑え、声を出した。大好きな姉から初めて電話がかかってきたのだ。昔と変わらない声、ほぼ六年振りなのに、姉の姿が箒の頭に浮かんだ。声を上手く出せず、動揺しながらも、箒は姉に問いただす。

 

「ね、姉さん! 今、どこ。いるんですか!」

 

 会いたい。電話越しではなく、会って話をしたい。抱きしめて貰いたい。昔のように、「可愛い」って言って貰いたい。

 

「いやー、空の上で移動中だから、どこかって言っている間に別の場所にいることになっちゃうよ。そんなことより、箒ちゃん。お姉さんからプレゼントがあります。わー、パチパチ」

 

 プレゼント。その言葉だけで箒は笑顔になった。姉さんが私のためだけに、プレゼントを用意してくれる。私を見ていてくれている。そう感じることが出来る言葉だった。

 

「プレゼント?」

「な、なんとIS学園へ入学出来ます!」

 

 なんだそれは。いらない、どうでも良い。そんなことより、今、何処にいるんだ。私は会いたいんだ。

 箒は姉に会いたかった。「会いたい」と口に出したかった。しかし、拒否されるのが怖くて、言えなかった。「発明で忙しい」や、「会う必要がない」と言われたくなかった。

 姉さんは天才だ。姉さんに必要のない物と言われたくなかった。姉さんの邪魔をして、要らない物になりたくなかった。

 

「……姉さん。ありがとう」

「あったりまえだよ〜。箒ちゃんのこと大好きなんだから」

 

 大好き。顔がだらしなくなるのが分かる。嬉しくなる。今までのことが、どうでも良くなる気持ち。

 

「私も……姉さんの事が好き」

 

 言った。言ってしまった。声にした途端、恐ろしくなった。嫌われないだろうか。姉さんはこんな私をどう思うのだろうか。姉さんに会いたい。姉さんの表情を見て、確かめたい。

 

「わ〜い、箒ちゃんが私のこと好きって言った〜」

 

 姉の喜ぶ姿を想像する。今、姉がどんな動作をしているかは分からない。だから、都合の良いように、箒は喜んでいる姿を想像した。

 

「姉さん、次、いつ会える?」

 

 高鳴る鼓動を抑え、箒は勇気を振り絞った。今なら、姉が喜んでいる今なら、尋ねることが出来た。

 

「う〜ん、いつになるうんだろう。分かんないな〜」

 

 姉の言葉に箒は急激に冷めていった。姉なら会いたかったら会えるはずだ。箒は泣き出しそうになるのを堪え、次の言葉を出す。

 

「姉さん、暇な時で良いから、電話して」

「ほんと!良いの!」

 

 涙が頬を流れ落ちる。まだ、暇つぶしの相手と認識して貰えている。それでも良いと思うしか無かった。

 

「うん」

 

 姉ともっと話がしたい。しかし、箒には話せる内容が無いと思っていた。何を話したら良いのか分からなかった。剣道の話は姉が喜ぶとは思えない。天気の話をしても、「それが何?」と言われるかもしれない。自分には何も無い。

 

「じゃあ、また掛けるね〜」

「あっ」

 

 何を話すべきか考えていたら、電話が切れていた。自分が情けなくなる。姉さんの行動に一喜一憂し、辺りに苛々をぶつける。それなのに、姉さんと向き合えない。どうしようもない人間だと、箒は自嘲した。

 

 きっとこれから毎日、携帯電話を睨む日々が続くのだろう。姉さん以外から掛ってきたら、罵倒してしまうかも知れない。そうなると箒は予想できた。

 

「姉さん、早く掛けてきて」

 

 たった今、切れたばかりの携帯電話を見ながら、箒は呟いた。

 



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2.一夏との再会

 縦六列、横五列の机が並んでいる教室。外国のように、生徒がそれぞれの教室を移動するのではなく、生徒の座席が決まっている日本式だ。三十名の生徒が在籍する新しいクラスでの箒の席は、一番窓側の最前席だった。出席番号があいうえお順だったら、この窓側にはならなかっただろう。理由 は不明だが、出席番号は無秩序に決まっている。もしかしたら、無秩序にする必要があったのかもしれない。

 箒は真新しい椅子に座り、周りを見回す。誰もが、ある一人に注目していた。

 

 箒の二つ右隣りに座っている男性。織斑一夏。女性にしか動かせないはずのISを動かした唯一の男。その男に近づくために様々な陰謀がなされていると、まことしやかに噂されている。

 しかし、箒は態度を変えないでおこうと思っていた。有名人になったからといって、箒の実家の道場で、一緒に汗を流し、同じ釜の飯を食べた仲間であるのは変わりないと、箒は思ったからだ。

 

 その一夏は緊張しているのだろうか、顔色が悪く見える。たまにこちらを伺うように見てくるが、箒はどのように声をかけるべきか分からない。昔から箒はそうだった。箒の基準で 一夏の世話を焼いていたのだ。今思うと、あれで良かったのかと不安になる箒だった。

 

 箒が一夏を気にしていたら、緑色の髪の女性が教壇に立っていた。山田真耶と名乗る女性が、空間投影ディスプレイを表示させる。姉の技術が当然のように使われていることに、箒は嬉しさを感じる。山田先生がIS学園の説明を簡単に行い、直ぐに自己紹介を促した。

 

 一夏がこちらを向いた。自己紹介は出席番号順ではなく、なぜかあいうえお順に行なっている。だが、いま自己紹介をしているのは箒と反対側だ。向くべき方向は反対だろうと、箒は眉をひそめる。緊張しているから、不安になっているのだろうと箒は予想する。しかし、だからこそ挨拶をしている相手に注意を払うべきだ。礼を重んじることを強制する訳ではないが、一夏の態度に箒は少し眉を寄せる。知り合いがそんな状態だと、こちらも居心地が悪くなってしまう。

 

 山田先生が「あ、から始まって、今、お、なんだよね」という皮肉を一夏に言い、周りが失笑しだした。一夏が立つと同時にある人物が教室に入ってきた。思わず、箒は顔を背けてしまう。礼を重んじるべきだと心の中で思いながら、自分が一番できてないと呆れてしまう。そう思っているのに、その人物に嫉妬の念が湧き上がってくる。

 

 黒いスーツを着た女性は、一夏の頭を出席簿で叩き、腕を組んだ。

 

「学校では織斑先生だ」

 

 先生。織斑千冬も先生なのか。姉の隣にいると思っていた人物がここに居ることに箒は疑念が生じた。箒が深く考える前に、学生達の嬌声が教室に驚き、その考えを中断させた。

 

  織斑千冬は、IS操縦で世界最強になった。ISの世界大会、第一回モンド・グロッソで優勝し、第二回目では辞退しなければ優勝確実と言われていた。千冬が世界最強であると箒は思っているし、周りの学生もそう思っているからこそ、嬌声を上げたのだ。憧れの的であり、目指す目標の千冬に会えて、クラスの女性は嬉しく思っているだろう。

 箒としては、複雑な感情が渦巻く。いつかは乗り越えるべき壁だと考えていた。しかし、一夏を殴る動作を見た後で、アレを乗り越えられるかと聞かれると、無理だと思ってしまう。その現実を突きつけられてしまうのは、悔しかった。

 

「えっ、織斑先生の弟?」

  クラスの誰かが、そんな声を上げた。箒は首を傾げ、納得した。一夏の情報は規制されていたのだと判断した。千冬の親族にもかかわらず、ISを動かした男性だというのに、直接触れ合うところを見るまで親族であるということが分からないくらい、情報が制限されていたのだろう。

 

 そんなことを考えていたら、授業が始まっていた。ISが宇宙空間でのマルチプラットフォーム・スーツだと説明が入る。宇宙空間での利用は停滞し、軍事利用に転換され、その後、国際条約により、軍事利用に使うことを表向きは禁止されたと説明される。このIS学園はIS(インフィニット・ストラトス)の操縦者を育成する国際機関であると、歴史の背景まで含めた説明され、授業が終わった。

 

 休み時間になると、クラスの前に人が大勢つめかけてきた。しかし、誰一人として教室に入らないところを見ると、なにか制限を受けているかもしれない。クラスを見回しても、同じようだ。誰もが一夏に興味を持っているのに、誰も一夏に話しかけていない。しかし、箒にはそんな制限はされていなかった。

 この状態では、一夏は誰とも話をしないだろう。昔のままでは、話すらできないと箒は悟った。勇気を出すなら、このタイミングしか無い。

 

 箒は席を立ち、一夏の方へ近づく。

 

「ちょっと良いか?」

 一夏の前に立ち、伝える。心臓が大きな音を立てている。周りが不躾に、此方を伺っている。不味い事をしてしまった、止めればよかった、そんな思いが湧いてくる。

 しかし、頬杖をついていた一夏は起き上がり、付いてきてくれた。

 

 六年振りに会った友であり、仲間であると箒は思っている。しかし、一夏がどう思っているのか箒には分からない。この男は誰にでも優しいので、話しかけられたから付いてきただけかもしれない。

 

「話があるんじゃないのか? 六年振りに会ったんだからさ」

 六年という長い年月が経ったにもかかわらず、一夏は箒を覚えていた。その事を箒は嬉しく思う。箒にとって一夏は唯一の友だといって良い。一夏といた後の学校は、短期間で転校し、それに加えて姉が居なくなってから、箒は人付き合いを積極的にしなくなったからだ。

 

「あ、ああ」

(何を話すべきだ。屋上まで来て、「久しぶり、元気〜?」などと話す訳にいかない)

 箒がそんな風に、うじうじと悩んでいると一夏が話題を提供した。

 

「そうだ、去年、剣道の全国大会で優勝したんだってな、おめでとう」

 箒としては納得していない話を持ち出された。あれは八つ当たりの結果であると自覚している。だからといって、その結果を認めないことは、対戦相手に失礼といえる。褒められるのは、居心地が悪い。

 

 箒がそんな煮え切らない態度を取っていると、一夏がなんとか次の言葉を出した。

 

「箒って直ぐ分かったぞ、髪型一緒だし」

 

 箒が小さい頃に、姉が結ってくれた髪型。黒髪で重たく野暮ったいと思われるが、箒にとっては姉の存在を感じれる貴重な思い出だった。六年間変わらず、ずっと同じ髪型にしている。姉を思い出し、箒は久しぶりに会った友に対して、生返事を返した。

 一夏は、何を話して良いか分からない、といった風に頭を掻く。

 気まずい沈黙が二人の間に流れた。

 

 チャイムが鳴り、休み時間の終わりを告げる。箒は何一つ話せていないと思いながら、ため息を付いた。

 

「俺達も戻ろうぜ」

 

 どうやら、一夏も見られていることに気づいていたみたいだ。チャイムが鳴って、それらが去ったことが分かったのだろう。好意的な視線に疎いと思っていたが、どうやらその悪癖は治ったようだと、箒は驚いた。

 成長した一夏と、六年間、姉の影を追っていた自分。箒は一夏からも置いていかれた気分になった。

 

 

 一夏がイギリスの代表候補生に絡まれているのを横目で見ながら、箒は次の授業の準備をする。

 

「だいたい、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね」

 英国の代表候補生、セシリア・オルコットが一夏に向かって怒っている。箒はその言葉に居心地の悪さを感じた。

 

 箒は姉にプレゼントされたから来ただけで、何も知らないと言われれば、言い返せない。何百倍、何千倍もの倍率を誇るIS学園に、ほとんど試験無しで入ったのだ。この学園については、姉が作ったISの操縦を教えるために出来たとしか知らない。そこに何の思いも、夢も、目標も、箒は見いだせなかった。ISに姉の残り香のような物があれば良い。そういった諦めに近い思いと、もしかしたら姉が会いに来てくれるかもしれないという願望を持って、箒は入学したのだ。

 

 周りの学生は、きっと夢を持って入ってきている。箒は情けなくなった。自分は今でも姉を待ち続けている。諦めきれずに、本当なら優秀な人材が座る席を乗っ取ってまで、姉が会いに来てくれるのを待っている。将来の夢も希望も持たず、自分が何もできないのだと思い知らされる。

 

 箒は授業を漫然と受け、ホームルームが終わった後、すぐに指定された寮の部屋へと向かった。部屋に荷物を置き、椅子に座る。俯きながら、姉のことを考えていた。

 

 このIS学園に入学すれば、姉が接触してくると考えていた。電話は一ヶ月に一回か二回しかかかってこない。我慢できず箒からかけても、使われていない番号と言われ、繋がらない。プレゼントとしてIS学園に入ったものの、いったいどうすれば良いのか、分からなくなってきた。

 

 箒は頭を振り、 嫌な考えを追い出す。気分を変えるために部屋に付いているシャワーを浴びることにした。何も考えずに、シャワーを出しっぱなしにして、浴びる。今日あったことを思い出し、同室になる人物について考える。一夏と休み時間に、連れ立って歩いてしまったことを少し後悔する。情報が制限されている男性を知っていると、周りに言ったも同じだろう。一夏の事について面倒なことになるかもしれない。

 

 そう思っていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。まだ見ぬ同室の人物に断りもせず、シャワーを使うのは箒としても良くないと思う。また失敗したと思いながら、できるだけ明るく声をかける。

 

「誰か居るのか? ああ、同室に成った者か。これから一年よろしく頼む。こんな格好で済まないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之箒」

 

 一息で言い切る。相手の顔も見ず、その反応を無視する。箒は緊張しながら、名前まで伝えた。言い切った後、相手を見ると織斑一夏だった。知り合いだった。緊張損だと箒は思う。箒は安堵し、自らの格好を思い出す。

 

「み、見るな」

 男に見られたくない。やっぱり、まだ怖い。

 箒は頭を拭いていたバスタオルを体に巻き付ける。

 

「わ、悪い」

 一夏はそう言って、後ろを振り向く。箒はその言葉の意味を考えてしまう。

(悪いってなんだ? 悪いってどう反応すれば良いんだ? 「ああそうだ、お前が悪いんだ」なんて言って良いのだろうか。自分が悪いと思っているのなら、謝るべきだろう。いや、こんな格好で出てきた私も悪いことは分かる)

 箒は色々考えが出てきて、頭が働かなかった。

 

「どうして、一夏がここに居る?」

「いや、俺も此処の部屋なんだけど、なに! お前も個々の部屋なのか!」

 一夏が同じ部屋? なぜ、そんなことが起こりえるんだ? 箒は頭を捻り、すぐに思いついた。

 

(姉さんだ! 姉さんが唯一の友だちと、同じ部屋になるようにと仕組んだに違いない。恐らく、あの千冬を通して頼んだのだろう。姉さんが私を思ってくれるのは嬉しい。けど、そんな気遣いが出来るのなら、私に会いに来て欲しい。姉さんが千冬と連絡を取っているのは、月に一回ある電話の内容から想像できる。千冬の話が出る度に、私が嫉妬しているのを、姉さんは分かっているのだろうか)

 

 箒は顔を歪ませ、一夏を見る。

 

 目の前の一夏は、何も分かっていないという顔をしている。むかつく。肌を見られた事と、その一夏の姉に対しての苛立ちが合わさる。箒は気がつけば、木刀を手に持っていた。

 

 

箒は震えている。自分の起こした事が信じられなかった。

 

(まただ。また、人に八つ当たりをしてしまった。しかも、生身の人間に、木刀で突きを放ってしまった。人を壊す技だ。それを、唯一の友である一夏にまで放ってしまった。私は何をしているんだ。

謝らなければ。私が人ならば、謝るべきだ。これでは人でなしだ)

 

「箒!不味い事になるので、入れて下さい!つーか、謝るので」

 

 いそいで服に袖を通していると、扉の外からそんな声が聞こえた。悪いのはこちらだと分かっているのに、なにを謝るんだ。急いで着替え、扉を開ける。女性が一夏の周りで輪を作っていた。不味い事が何か分からないが、一夏が焦っていることは分かる。

 

 一夏を部屋に入れ、奥のベッドに腰掛ける。髪の毛を結びながら、どう謝ろうか考える。

 

「あれ、奥のベッド、俺も狙っていたのに」

 

 出鼻をくじかれた。服装を正し、髪の毛も整えた。さて謝ろうと箒は考えていたのだ。

 

(人付き合いが苦手な私が謝ろうとしているのに、そんな事を言われたら、どう返して良いか判断がつかない)

 

 色々な言葉が箒の頭に浮かび、消えた。これから一年間、同じ部屋で過ごすというのに、初めがこれでは先が思いやられる。

 

「お前が私の同居人だというのか?」

「お、おう。そうらしいぞ」

 一夏が本当に同居人なのか箒は確認した。謝るのを先延ばししたい気持ちが、一夏への質問を口から出させた。

 

「どういうつもりなんだ。お前の姉は何を考えている?」

「えっ、これ千冬姉が考えたのか? まあ、べつに良いんじゃないか」

 一夏の返答に箒は首を傾げる。まるで、この状況を肯定しているかのようだ。

「お前から希望したのか? 私と同室にしろと?」

「そんな馬鹿な」

 何いってんだ、こいつ。一夏がそんな風に返してきた。

 

(馬鹿。姉さんに言われるのは良い。納得できる。だが、他人に言われるのは納得出来ない)

 お前は姉を理解できない。姉と並び立つことが出来ないと言われていると箒は思ってしまう。その手には、いつの間にか木刀が握られていた。

 

「馬鹿、馬鹿だと。そうか、そうか」

「顔が怖いぞ、箒」

 

 一夏は箒が向けた木刀を白刃取りした。もし、一夏でなかったら、頭から血を流し、病院送りになっていただろう。

 

(やはり、何度も後悔しても、手がでる。私の頭はどこかおかしい)

 箒はそう思いながらも、木刀を持った手に力を入れる。イライラが止まらない。

 

「あっ、織斑君が襲われている!」

 

 その声で箒は力を抜いた。良かった、止まれた。顔を声のした方へ動かす。玄関の扉が開かれており、そこから覗かれていた。普通あんなところを見たら、部屋 に入ってくるだろう。入ってこないところを見ると、この寮でも女性から一夏に接触するのは、ペナルティが有るのかもしれない。

 

 箒は扉を閉め、一夏に向き直る。

「一夏! ……木刀で殴って、済まなかった。謝る」

 全くもって謝っている態度ではないが、箒にとってはこれが精一杯であった。一夏の「ああ」という言葉で頭をあげる。一夏はこちらを不審な目で見る。

 

「お前、謝れるんだな」

 

 箒はその言葉を無視した。木刀を持った手に再び力が入ったが、振るうことはなかった。

 

「一夏。お前が望んでこの部屋に入ったわけではないのなら、それを決めたのは、教師だろう。お前の姉だ」

 

 箒は途切れた会話を再びしだした。一夏は首をかしげ、口を開く。

 

「ただ単に、幼馴染だから一緒にしたんじゃないのか?」

「同室になるのは、女性からお前の身を守れる人間であるべきだ。一夏、恐らく学生には、お前との接触が制限されているはずだ」

 

 箒は今日の学生たちの行動から感じた考えを述べる。

 

「俺の身を守るってなんだよ。それに制限? 結構、皆、俺の周りに集まっていたぜ?」

「押し倒されることは無かっただろう。一夏を襲ったのも、私だけだ。食パンを食べながら、曲がり角で一夏にタックルを仕掛けるぐらいする生徒が現れると私は思ったんだが」

「そんなことはこれっぽっちも無いな。普通に会話だけだ。でも、確かに女子の扱いは難しいな。何がいけないことか、男子には分からん」

「私は一夏と一緒の部屋になるようにと、姉さんが仕組んだと思ったんだが」

「箒、それは考え過ぎだって」

 

 考え過ぎか。一夏の言葉で箒は自分の考えが分かった。姉さんが仕組んだと考えたかったと、そう思い込みたかったのだと分かった。

 

「箒は、転校してから何をしていたんだ?」

「剣道。それだけだ」

 

 一夏が可哀想な目で箒を見る。

 

「だったら、お前はなにをしていたんだ」

「俺の続けた事なら、新聞配達のバイトだな。もちろん、遊ぶこともしたが、中学では出来る限り、朝と夕方の配達はしてた。中学三年では受験勉強とも両立したんだがなぁ……」

「一夏はIS学園に決まっていたのではないのか? 私は姉のコネで決まっていたんだが」

「コネって、おい。俺は就職率が高い愛越学園ってところを受けるつもりだったんだ。けれど、その試験会場でIS学園も入学試験をしていて……」

「ISを動かしたのか。ん? 高校卒業後は、就職するつもりだったのか?」

「そりゃ、いつまでも千冬姉に甘えている訳にはいかないだろ。ずっと小さい頃から、俺は迷惑かけっぱなしだ」

 

 一夏と千冬には、両親が居ない。中学生のアルバイトだけで生活費が稼げるわけがない。千冬が働き、ほとんど一人で育ててきたのだろう。

 

「……姉の邪魔になりたくない、一夏もそう思っているのか?」

「……まぁな。恥ずかしいから、千冬姉には言うなよ」

「分かっている。私も同じ気持ちだ」

 箒は仲間を得たんだと、喜んだ。

「一夏は、私の唯一の友で仲間だ」

 満面の笑みで、一夏に告げた。

 

 一夏は愕然とした顔でこちらを見る。

 

 

「箒、お前……。やっぱり俺しか、友だちいないのか」

 

 事実を指摘されると怒る人物がいる。箒もまたその一人であった。箒は思わず一夏に木刀を振るった。

 

 



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3.箒の考え方

 次の日の朝、箒は食堂で、一夏と並んで朝食を摂っていた。

 

「箒、怒るなって」

「怒ってなどいない。食事は黙ってするものだ」

 

 箒は本当に怒ってはいなかった。一夏しか友達がいないのは、本当のことだと、既に納得している。だからこそ箒は、一夏とより友達付き合いをしてみたいと、考えていた。

 

 カウンター席ではなく、テーブル席に座れば良かったと箒は後悔する。そっちのほうが、友達っぽい。つい、いつもの癖で、カウンター席に座ってしまった。

 隣に一夏がいるが、話す内容が思い浮かばず、黙々と食べる。箒としては話しかけたい。しかし六年間、友達が出来なかったため、何を話せばよいのか分からなかった。

 

「織斑君、隣、良いかな」

 

 クラスで見た顔が、一夏に話しかけてきた。先程まで会話が無かったのに間が持ったのは、一夏が箒に話しかけてきたからだ。この明るい学生たちと一夏が話すことになったら、居辛くなるだろう。この場に居続けるのは無理だ。惨めを感じてしまう。箒はそう思い、立ち上がった。一夏へと挨拶もそこそこに、席を離れ る。

 

 食器を運んでいると、同じ一年の学生が複数人で近づいてきた。

 

「ねぇねぇ、織斑君と仲良いよね、どういう関係?」

 

 良い関係を築こうとしている話しかけ方だ! 箒は久しぶりの状況に慌てながらも、言葉を返す。

 

「一夏とは、昔馴染みだ。小学校一年から四年までの間、同じクラスだった」

 

 そこまで箒が言うと、目の前の学生たちは歓声を上げた。

「感動の再会ってやつ?」「すご〜い」「思い出の人?」

 

 まさか、こんなことでそんなに反応されるとは箒は思っていなかった。面食らっていると、手を叩く音が食堂に響いた。

 

 織斑千冬がいた。「さっさと食べろ」と食事の指導をしていた。寮長らしい。箒の周りに居た学生たちが離れていく。箒は千冬を睨んだ。

 

 箒はこの織斑千冬こそが、姉の隣にずっといると思っていた。だが、もしかしたら、IS学園に居ただけかもしれないと今は持っている。昨日、一夏から千冬は月に一回くらいしか帰って来なかったと聞いたばかりだ。何をしているか分からなかったらしいが、IS学園にいたのなら納得できる、と一夏は言っていた。

 

 たとえそれが本当でも、箒が持つ苦手意識や長年積もった嫉妬の心は簡単には消えない。今までが勘違いだったと言われても、箒は簡単に頭を切り替えることは出来なかった。

 

 

  一夏がイギリスを批判するのを横目で見ながら、箒は一夏とイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットの言い争いを聞いていた。箒は一夏に対して物言いをした場合の想像をする。最新の医学研究に必ず関わっているケンブリッジ大学や二十世紀最後の天才、スティーブン・ホーキング博士などの有名な人物を一 夏に伝える想像だ。箒は止めたほうが良いと結論づけた。ホーキングの語感が良くなかったからだ。ホーキングと箒が似ている。また、からかわれると感じた。

 

 箒は自分の名前と体型があまり好きではなかった。名前でからかわれ、大きな胸でからかわれたことが何回も有った。これらを好きだと言ってくれたのは、姉だけであった。姉の前でなら、箒は自信が持てた。

 

 いつの間にか、一夏とセシリアが決闘することになっていた。早くも一夏のIS機動データと戦闘データを取りに来たのかと、箒は感心した。

 

 チャイムが鳴り、一時間目が始まる。しかし、HRはまだ続いていた。

 

「織斑、お前のISは、学園で専用機を用意する」

 

 その千冬の一言で、周りはざわめく。一夏はよく分かっておらず、周りから説明を受けている。

 

 セシリアが一夏に対して、IS操縦者の国家代表候補生がいかに素晴らしいものかを語っている。

 

「物 を知らないあなたに教えてあげますわ。国家代表候補生とは、ISの国際大会モンドグロッソ、その国家代表の候補生のことです。ISの力が国家の力となった今、国家代表は国の全てを背負う者。代表候補生はその国の中の最も偉大な操縦者の一人であり、体力、知力、ISの操縦において日々、特別な訓練を行なっていますの。そして私は専用機持ち。代表候補生の中のエリートなのです」

 

 セシリアの説明に対して、一夏の横に位置取っていた女生徒が、ここぞとばかりに補足を入れる。

「代表候補生で専用機を持っている人は、IS学園でも十名しかいないの。ちなみに、IS学園には約二十名の代表候補生がいるよ。代表候補生たちはあらゆる訓練を実施し、そのISの機動はIS以前の一連隊にも匹敵するって言われてたり。また個人の格闘能力も軍人と互角に渡り合えるように訓練を受けてるって噂もあるの」

 

 格闘能力があり、更に専用のISを持つ。エリート中のエリート。箒は同じクラスに、これほどの人物がいるとは思わなかった。どうしても、自分と比べてしまう。駄目な自分が浮き彫りになってしまう。箒は一夏に決闘なんて止めておけ、と言いたくなった。

 

 何も分かっていない一夏に対して、その周りの解説は続く。一夏はISのコアの数が限られていることも知らなかったようだ。

 

「IS はISコアと呼ばれる物が必要なの。ISコアを作れるのは、篠ノ之束博士って人だけ。篠ノ之束博士は、ISコアを四百六十七個作って、世界各国の企業や研究機関に配ったの。未だに篠ノ之束博士以外、ISコアは作ることが出来ていない。つまり、ISは貴重で限られた資源ってわけ」

 

 一夏が箒の方を伺う。箒は姉が噂され嬉しいが、すでに何年も会っていないので、うまく喜べなかった。

 

「お前の場合はデータ収集を目的とした専用機が与えられる」

 

 生徒の説明が途切れた所で、千冬が話を戻した。一夏は世界で唯一の男性IS操縦者だから、専用機が与えられるようだ。

 

「あの、先生。もしかして、篠ノ之さんって篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

 一夏が箒の方を向いた事を観察していた学生が、篠ノ之束と箒を結びつけ、そんな質問をした。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

(あいつ。姉さんのことを”あいつ”と呼び捨てにした)

 

箒は唇を噛む。手を強く握り、体が震えるのを抑える。千冬の方が姉に近いと、再確認してしまう。

 

(私の知らない姉さんを、アレが知っている。さっきは違うと思ったが、姉さんが私の所から居なくなったのは、アレの所にいたからだろうか。姉さんがアレを選んだ。……これは八つ当たりだ。千冬に怒っても意味は無い。姉さんの意思を無視したくない)

 

 箒が心の苛立ちを抑えていると、隣から声をかけられた。

「篠ノ之博士って行方不明なんでしょ? どこにいるか分からないの?」

 

「私が聞きたい!」

 

 箒は声を荒げた。篠ノ之博士の関係者がいると知って騒がしくなった教室は、一気に静かになった。

 

「……私も会いたい。教えられることは……ない」

 実の姉について、教えられることがない。箒はその事実を認識した。恐らく目の前の教師の方が、より多く知っているだろうとも思った。

 

 箒は千冬を睨んだ。千冬はその目を無視し、山田先生に授業の開始を促した。

 

 

「ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識して下さい」

 

 山田先生の解説に対して、箒は思考する。ISをパートナーとして見れるだろうか。姉さんの後を付いて行きたいとは思う。しかし、ISに対してそう思ったことは一度もない。

 

 箒はISの事を、姉が作った機械の一つとしか認識できなかった。パートナーという言葉を箒は考える。姉のパートナーとは、どういう関係・存在になるのか、想像できなかった。

 

 その授業中、箒はずっと空を見ていた。纏まらない考えに、焦りと諦めを覚え始めていた。

 

「箒、飯食いに行こうぜ」

 箒が考え事をしている間に、授業が終わっていたようだ。一夏が昼食に誘ってきていた。

 

「誰か一緒に行かないか?」

 

 一夏が簡単にクラスメイトを誘う。箒は内心焦っていた。なぜそんな簡単に誘えるんだと問い詰めたかった。話したことのない人とどう昼食を取ればよいのか、箒は悩んだ。

 

「やっぱり、クラスメイト同士、仲良くしたいもんな。お前もそう思うだろ」

「私はいい」

 

 仲良くはしたいが、まだ時期が早いのではないか。箒はそう思い、一緒に昼食を取ることに遠慮した。

 

「そう言うな、ほら、立て立て」

 

 一夏が箒の右手を引っ張り上げる。

 瞬間、箒の体に緊張が走る。

 

「おい、私は行かない」

 

 箒の体が自然と震える。嫌な汗が背中を伝う。

 

「なんだ、歩きたくないのか。引っ張ってやろうか?」

「離せ!」

 

 箒は一夏を張り倒した。箒の頭から、血の気が引いた。

 周りから悲鳴が上がった。騒がしかった教室が、静かになる。周りは小声で何が起きたのか話しだす。

 

「いてて、腕上げたな」

 

 一夏はなんでもないように、起き上がった。

 

「すまん。一夏、そんなつもりじゃ、ないんだ」

 なぜ一夏が非難しないのか、箒には分からなかった。

 

「えっと、私達、遠慮しとくね」

 クラスメイト達がそう言い、離れていった。一夏の友達付き合いも邪魔してしまった、と箒は胸が痛くなった。

 

「……一夏、私に構っていると、友達が出来ないぞ」

 一夏から顔を背けて、箒は言う。一夏とは友達でありたい。それでも、一夏が自分の所為で友達ができなくなることが、箒は嫌だった。

 

「箒」

「なんだ」

「飯、食いに行くぞ」

 一夏が箒の右手を取る。

 

「黙ってついてこい」

 箒は再び硬直する。一夏が箒を引っ張りながら歩く。

 

 なんで、こんなときに思い出すんだ。自分から殴るのは大丈夫なのに、触られるのは、怖い。一夏は私の友達だ。あのスーツの男ではない。手の握り方だって、全然違う。私はあの時と違って、力がついた。さっきだって、一夏を倒した。

 

 箒は心を落ち着かせようとした。それでも冷や汗は止まらず、二人は食堂まで無言で歩いた。

 

 

 一夏は食堂で箒の手を離した。箒は無意識に手をさすりながら、一夏を見る。一夏は既に、ディスプレイされた料理を見て選んでいる。二人は日替わり定食を選び、食事を受け取る列に並んだ。

 

 一夏は窘(たしな)めるように、箒の顔を見ながら注意した。

「怒ることないだろ、せっかく人が気を使ってやったのに」

 

 箒がクラスメイトとの昼食を断ったことについて、一夏は不満気な顔をしていた。

 

「私は……苦手なんだ。人と話すのが」

 一夏の顔を見ずに、箒は言う。一夏の思いは箒にとって有難かった。しかし、箒はそれを受け止めれないと感じていた。

 

「だったら、尚更にクラスの連中と話すべきだろ」

 

「クラスの連中は、お前にしか興味ない。一夏は魅力的なんだ、私と違って」

 箒は、自らが他人と話すことは難しいと経験から分かっていた。だから、一夏の周囲に対する心配りを、箒は尊敬していた。

 

「そんなことない。箒には魅力がたくさんあるさ」

 恥ずかしげもなく相手を褒める一夏を見て、箒は見習わなければ、と心に留める。

 

「……たとえば?」

「えっとだな……」

 自分に良い所なんてあるのだろうか。そう思いながら、一夏の言葉を待つ。

 

「はい!日替わりランチ二つ、お待ちどう様」

 

「箒、テーブル空いてないか?」

 一夏は話を切り替えた。箒は一夏が長所を上げてくれなかったことを受け入れる。自分に良い所が有るのではないかと、少しだけ一夏に期待していたので、箒は残念に思った。

 

「……向こうが空いている」

箒はおざなりに一夏を先導した。

 



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4.試合

「なあ、箒。ISのことを教えてくれないか」

 食堂の席につくなり、一夏がそう言った。

 クラスメイトに教えられていただろう、と箒は思った。それに一夏が知りたいことについて、箒は教えられるとは思えなかった。

 

「あの代表候補生と勝負する為に、お前は尋ねているのか?」

「ああ、もちろん。あそこまで言われたら、黙っていられない」

「……姉に良い格好を見せたいのか」

「えっ、いや、千冬姉は……。関係有るのかな、どうなんだろうか、俺は」

「お前が何に対して怒ったのかは、知らん。そして、私が教えられることなど無い」

「どうしてだよ、手伝ってくれよ」

「お前のISは学園が用意した専用機だ。私がその専用機について教えられる訳がない」

 一夏は合点がいったと手を打った。

 

「そ、それじゃあ、基本的なことから教えてくれ。IS同士の決闘って、発売されているゲームと同じで良いんだよな」

「ああ、インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイと同じだ。相手のシールドエネルギーをゼロにした者の勝ちだ。言わばヒットポイントだな」

 通称IS/VSと呼ばれているゲームを思い出しながら、説明をする。箒は姉を追い求めて、姉が関わっていないゲームまで買っていた。結局、余り遊ばなかったゲームだ。

 この格闘ゲームと同じ様に実際のISの戦闘ルールも、相手のシールドエネルギーをゼロにすることで勝敗を決する。

 

「実践においてゲームと違う所をあげると、バリアーを貫通されたら実体がダメージを受ける。そちらは数値化されているシールドエネルギーと違って、後の戦闘行為に影響を与える。たとえば、武器破壊がそれに当たる」

 

 一夏が「なるほどなぁ」と言っていると、テーブルに学生が近づいてきた。

 

「ねえ、先輩の私が教えてあげよっか。ISのこと」

 

 その学生は赤いリボンを首元に付けている。赤は三年生の証だ。

 

「一夏、丁度良い。学園が用意してくれる専用機のことを聞くべきだ」

「お、そうだな。すいません。俺が乗る専用機ってどんな物なんですか?」

 

 もしかしたら、目の前の人物が一夏の専用機について知っているかもしれない。ほんの少しだけ箒は思った。

 

「えっ? 君が乗る専用機? えーっと、あはは。ああ、でも、打鉄(うちがね)については教えられるよ。今日の放課後、一緒に訓練しない?」

 

 箒が一夏を見ると、頭を捻っていた。もしかしたら知らないのかもしれないと箒は思い、説明を加えた。

 

「一夏、打鉄は第二世代技術の量産型で、純日本国産のISだ。ここ、IS学園では訓練機として使われている。あと、後付武装(イコライザ)による戦術の多様化が可能であるISを第二世代と呼ぶ」

 

「ああ、ありがとう。箒。あの、先輩、ISってパートナーとして認識しろって、今日、習ったんです。そんな風に複数の機体に乗って良いんですか? 俺、専用機を与えられるんですけど」

 

「えええっと、あれ? 男性だし、どうなんだろ?」

 

 こんな質問は誰も答えられないだろうと、箒は思った。なにせ、男性のIS機動データはどこにも無いのだ。

 

「一夏、何のために専用機が用意されたか忘れたのか。パートナーどうこうではない。重要なのは、データ取りだ。専用機以外には乗らないほうが良いんじゃないか?」

 

「ああ、残念。それなら、仕方ないわね。私はこれで」

 三年生の先輩はそそくさと去っていった。

 

「って、行ってしまった」

「一夏、専用機のことは織斑先生か山田先生に聞くべきだろう」

「それもそうだな」

 

 

 放課後、織斑千冬が「体でも鍛えていろ」と一夏に言った。一夏の専用機については、どうやら近接武器はあるらしいとしか、未だに分かっていないらしい。

 

 一夏は近接武器の為に、箒と剣道の練習をすることにした。ひとまず、練習試合で今の実力を確かめることとなり、箒は全力で相手をした。

 

 何度か打ち合いをした後、一夏は息を切らしていた。箒は汗もかいていない。昔は一夏の方が強かった。あの千冬の弟だと思って、今でも強いままだと思っていた。その自らの思い込みに箒は苛立ち、反省する。姉が凄いからその下の子も凄いと、箒は思われたくなかったからだ。

 

「どうしてそこまで弱くなっている!……いや、すまない。鍛え直しだ。いくらISの操縦者保護機能が有っても、体力がなければ無用の長物だ」

 

「えぇっと、そこまで言わなくても」

 一夏は、情けない声を上げる。

 

「お前の相手をするセシリア・オルコットは、代表候補生だ。代表候補生は、IS無しの単純な格闘能力だけなら一般男性以上。体力も軍人並だ。お前が勝ちたいのなら、これから専用機が来るまで毎日三時間、放課後に稽古をつけてやる!」

 

 一夏はため息を付いた。それを見て、箒は不安になる。

 言い過ぎてしまったのでは無いか。しかし、残り一週間も無い。一夏が篠ノ之流剣術の勘を取り戻すには、それくらいしても無理だろう。前日に聞いた通り、一夏は長い間、剣を握っていない。せめて、専用機が来るまでに体の動かし方を思い出してもらわなければならない。体力を増やすには時間が足りない。技術と精神しかない、と箒は考えた。

 

「一夏……勝ちたいか?」

「おう! 当たり前だ!」

 一夏は言い切った。箒は心置きなく、一夏に稽古を付けた。

 

 

 決闘当日。天気は雲ひとつ無い快晴だった。アリーナでは、一組の生徒がこれから行われる試合を、今か今かと待っていた。

 箒は一夏と一緒に、アリーナのピット(アリーナにあるISの整備を行う施設)にいた。

 

「結局、ISに触りもしなかったな」

「仕方がないだろう。お前のISはまだ届いていないからな」

 

 箒はため息を付いた。箒は一夏の専用機をじっくりと見てみたいと思っていた。しかしすでに、一夏の対戦相手であるセシリアは、アリーナの競技場で待機している。今、ISが到着したとしても、箒は触ることすらできないだろう。

 

「一夏、山田先生の授業を覚えているだろう。基本的な事は既に授業でしている。そして、あれだけの稽古をしたのだ。自信を持ってやれば勝てる」

 

  箒はもう言うことも無かったので、一夏に最後の忠告をして観客席へ行こうと考えていた。ISの動作に必要なのは、ISを手足のように動かすイメージだ。 「どう頑張っても勝てない」などは言ってはいけない。個人戦でそんな初めから負けると思っていると、体が縮こまるだけである。つまり、箒は発破をかけたのだ。

 

「……箒、俺、実は授業、よく分かってないんだ」

 

 箒は呆れたが、顔には出さないようにした。今は一夏を馬鹿にするときでは無かった。箒は腕を組み、授業の内容を思い出すように、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ISはパートナーだ。つまり、ISを信頼するところから始める。授業で習う知識は、信頼するための背景でしかない。お前が知識を知らなくても、ISを信頼しろ」

 

 箒はそこまで言って、一夏の顔を見る。一夏はじっと箒の顔を見て、聞き漏らさないようにしている。この集中力を授業中になぜ発揮しないのか、箒は不思議に思った。

 

「ISは姉さんが作ったものだ。姉さんは天才だ。それは一夏も知っているだろう。ISには様々な保護機能が付いている。常に操縦者の肉体を安定した状態へと保つ。衝撃や加速時の負荷もだ。攻撃を受けても、ほとんど痛くない」

 

「ああ、思い出してきた。そう言えばそんな事、山田先生が言ってたな」

 一夏は首を縦に動かし、頷く。一夏が全く緊張していないことに、箒は感心した。

 

「そして、ISは身体機能を向上させる。ハイパーセンサーは、目視で全方位を確認できる。また、視力も上がり、一秒間に取得するコマ数も増える。言わば、解像度の高いスーパースローカメラが全方位撮影できるようなものだ」

 

「はぁ〜。箒、良く知っているな」

 

 一夏は箒を褒める。箒としては、この学園の生徒なら誰でも知っていることで褒められるとは、思っていなかった。一夏に対する不安が募る。

 

「織斑君、来ました。織斑君の専用IS」

 監視室にいる山田先生からの通信がピットに響く。一夏は顔を引き締めた。

 

「織斑、ぶっつけ本番でモノにしろ」

 千冬が一夏に向けて言い放った。それと同時にピットにあるIS搬入口の扉が開く。

 

 鈍色の機体がゆっくりと向かってくる。肩の部分が大きく、顔が無い人型の機体だ。

 

「……姉さん?」

 箒はその機体に姉を感じた。どこかと言われれば分からない。だが、小さい頃に良く見た、姉の発明品の息吹を感じた。箒はその専用機に手を伸ばす。しかし、千冬の声に遮られ、触れることは無かった。

 

「すぐに装着しろ。初期化(フォーマット)と最適化処理(フィッティング)は実践でやれ」

 

 一夏はゆっくりとISに触れる。ISコアの反応に戸惑ったみたいだが、それは良い反応だったみたいだ。

 

「馴染む、理解できる」

 一夏は自然と呟いた。

 一夏がISの首に当たる部分に座る。自動的にISのシステムが初期化と最適化を行い始めた。

 

「白式、これが白式か」

 

「織斑、気分は悪く無いか」

「おう、いけるさ」

 千冬の問い掛けに、一夏は自信を持って返答する。箒はそれを聞き、良い試合が観られるかも知れないと思った。

 

「箒、行ってくる」

「ああ、勝ってこい」

 箒の言葉に頷き、一夏は白式を前進させた。箒はそれを見てすぐに退避する。

 白式はカタパルトに乗り、次の瞬間には射出された。

 

 

 箒はピットに付いている空間投影ディスプレイで、競技の様子を観る。セシリアのブルーティアーズは、既に競技場に浮かんでいる。一夏の白式はふらつきながらも、ブルーティアーズと同じ高さに浮遊している。

 

 ブルーティアーズがライフルでレーザーを撃つ。白式はまともに食らった。落ちる。地面近くで体勢を立て直すが、勢いは殺せなかった。

 

 追撃。グラウンドの土が舞う。白式はなんとか避けようとしている。

 

 射撃、当たる。射撃、避ける。射撃、当たる。

 箒は白式を心配そうに見つめる。

 

 白式が剣を量子展開する。しかしブルーティアーズの射撃で近づけない。

 

 ブルーティアーズの羽が分裂した。箒にはそう見えた。それは四つのレーザービットだった。縦横無尽に空を動きまわる。全てが白式を狙っていた。

 

 白式は避けきれない。ブルーティアーズがライフルで止めを狙う。

 

「やはり、勝てないか」

 箒は一夏が勝てるとは思っていなかった。一夏は言わば初心者だ。どう頑張っても、勝てるはずない。

 

 そう思っていた。

 

 白式はレーザーを剣で払った。

 

 白式はそんなことができるのか。

と、 箒は目を見開く。

 

 白式が一気に近づく。ブルーティアーズはビットを射出。白式はレーザーに撃たれながらも進む。

 

 剣を振るう。避けられ、距離を取られた。ビットが白式を狙っている。

 

 白式の変速機動。レーザーを避け、ビットを一つ破壊した。二つ目も続いて破壊。

 

 一夏に流れが向いた。と箒は思った。しかし、一夏は悠長に話をし始めた。相手を見返してやる、という一夏の思いが悪い方向に働いた。せっかくのチャンスを無駄にする行為に、歯痒く感じる。

 三つ目のビットを壊し、白式がブルーティアーズに接近する。

 

 ブルーティアーズがミサイルを放った。

 箒が「あっ」と口を開いたときには、逃げ惑っていた白式に、ミサイルが直撃した。

 

 爆炎が白式を包む。

 

 今度こそ、終わったと箒は思った。ミサイルが命中したなら、シールドエネルギーはほとんど無いだろう。

 

 爆炎が晴れると、白式に翼が生まれていた。

 

 最適化処理(フィッティング)がなされ、形態移行(フォーム・シフト)が起こり、一次移行(ファースト・シフト)されたのだ。

これによりミサイルを回避したのだろう。どういう理屈か分からないが、無事だ。

 

 最適化は操縦者に合わせてISのソフトウェア、ハードウェアの両方を一斉に書き換え、表面装甲を変化、成形させる。ISコアが操縦者の人体の情報や稼働経験から適性化を行い、機体の形状および装備を操縦者の特性に合わせて変化させたのだ。

 

 つまり、調整していない機体で、試合に出て、熟練者の武装を壊していったことになる。セシリアの驚く声が響くのも無理は無い。

 

 セシリアの声に続き、一夏も声を出した。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 白式の剣の形が変わる。

 

「でもそろそろ、守られるだけの関係は終わりにしなくちゃな」

 箒は息を呑む。

 

「これからは、俺も俺の家族を守る」

 一夏の決意に箒は目をみはる。

 

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ。弟が不出来じゃ、格好がつかないからな」

 

 箒は自然と口が開いた。

「私は、守られているだけなのに。……一夏は、その先を見ている」

 

 決闘は続いていた。ブルーティアーズがミサイルを連続で放つ。

 

「見える!」

 

 白式はミサイルを切り落とした。

最適化によりミサイルを落とせるようになっていたのだと、箒は気づいた。

 それは、白騎士の再来のようだった。

 

 ブルーティアーズは動かない。

 白式が迫る。

 

「試合終了。勝者、セシリア・オルコット」

 後一歩の所で、試合は終わった。

 

 

「俺、なんで負けちゃったんだ?」

 ピットに一夏の声が響く。その疑問に千冬が答えた。

 

「バリア無効化攻撃を使ったからだ。武器の特性を考えずに使うから、ああなる」

 武器の特性どころか、武器の名前すら一夏は知らなかっただろうと、箒は思った。

 

「相手のバリアを切り裂き、本体に直接ダメージを与える。雪片の特殊能力だ」

 千冬が動作も無しに空間投影ディスプレイを展開する。ディスプレイには、先ほどの競技が映し出されていた。

 

「自分のシールドエネルギーを攻撃に転換する機能だ。私が第一回モンド・グロッソで優勝できたのもこの能力に因る所が大きい」

 

「バリア無効化攻撃は、自分のシールドと引き換えに、相手にダメージを負わせる。言わば諸刃の剣ですね」

 山田先生が千冬の説明を引き継ぐ。

 

「お前のISは欠陥機だ。いや、言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから、欠陥も何もない」

 

 ISが欠陥機。箒は千冬の言葉に耳を疑った。箒としては嫌な事だが、千冬は姉と親しい。その千冬が弟の一夏に嘘を教えるとは思えない。姉が欠陥機を世に広めた? 箒は自分が知らない姉を、知っている千冬がいることに、心が痛む。

 

「ISは待機状態ですが、織斑君が呼び出せば展開されます。規則があるので呼んでくださいね」

 山田先生が分厚い本を渡す。箒が横目で見ると、IS教則本と書かれている。一夏の顔が面白いように歪んでいた。

 

 

 アリーナから寮への帰り道、一夏と箒は並んで歩く。夕焼けが校舎を照らしている。木々や草が風に揺れ、噴水の水しぶきが少し冷たい。

 

「……あいつがクラス代表か」

 

 箒は一夏にどう声を掛けるべきか悩む。一夏の決意は、箒の胸を打った。

 姉を守る。一夏の姉も箒の姉と同じ世界最強だ。その姉を守ると、その姉に向かって言い切った。一夏は凄い、と箒は思う。姉の力に嫉妬をせず、姉と向き合った。

 

 だが、一夏は負けてしまった。箒は今までこんな状況がなかった。誰かを励ます状況に居たことがなかった。二人きりでなんて言えばよいのか分からなかった。

 

「負けて悔しいか?」

「そりゃ、まあ」

 

 箒は自分が馬鹿だと思った。悔しいに決まっている。後一歩であの代表候補生に勝てるところだったのだ。IS操縦二回目の人物がそこまでできるとは、誰も思わなかっただろう。

 

「明日からはIS訓練だな」

「だな」

 

 箒は口を開き、閉じる。しかし意を決して、言葉を出す。

 

「一夏、最後に白式を触らせてくれないか?」

「最後? それに訓練や緊急時以外では展開できないぞ」

 

 箒はそれを残念に思う。姉の息吹を感じられるかも知れないと思ったからだ。白式に姉を求めるのは間違っている、と箒は思う。それでも、触ってみたかった。

 

「そうか……私はもう教えられないと思う」

「えっ! 教えてくれないのか? 箒は他の女子より気が楽だし、ISの知識だって分かり易かったぞ」

 一夏の言葉に箒はため息をつく。

 

「あれは常識だ。……それに私はISの操縦に詳しくない」

「いいじゃん。一緒に訓練しよ−ぜ。訓練なら白式も展開できるぞ」

 箒は一夏の顔を見る。一夏はいつもの調子で変わらない。足手まといになると言っているのに、一夏が誘ってきたことに箒は驚いた。

 

「一夏、良いのか? 姉を守るんだろう?」

「げっ! ピットにいたから聞こえてたのか。なんか恥ずかしいな」

 一夏は照れ隠しにそっぽを向く。箒はそんな一夏に微笑んだ。

 

「凄い、と思った。一ヶ月前まで、姉の荷物にならない様に、就職率の高い高校を選んでいたとは思えない。姉を守るなんて、私には言えない。私には出来そうもない。……きっと、私がいたら、一夏の足を引っ張るんじゃないかと思う」

 

 私は姉を守るなんて言えない、と箒は思った。だから、弱い。一夏に付いていけないと思った。

 

「何言ってんだよ。お前の稽古が有ったから、今日の試合が良い所までいったんじゃないか。一人じゃ届かない夢も、もしかしたらって思ったんだよ。これからも頼むぜ、箒」

「世界最強である家族を守るか……。できたら良いな」

「ああ、そうだな、やってやるさ」

 

 一夏の笑顔を見て、箒は一夏との訓練を続けることにした。一夏は箒の唯一の友達で仲間だった。だから、一夏が箒を要らないというまで、付き合うことにした。なにより、姉を守るという一夏が、格好良かった。弱い自分でも、あんな風に笑ってみたいと、密かに思ったのだった。

 



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5.憧れの友人

 クラス中を熱狂させた試合から夜が明けた。

 生徒達は専用機が魅せる機動の素晴らしさや、武器の戦術性を朝から語り合っている。もしも〜したら一夏が勝ったであろう、と一夏の健闘を讃えている。

 

 一夏はあの代表候補生に、あと一歩の所まで迫った。ISの機動経験がほとんど無い素人が、だ。それがどういった偉業なのかは、この学園の生徒ならば、はっきりと理解できた。

 

 一夏が教室に入ってきた。クラスの至る所から、「織斑君、おはよう」の声が響く。すぐに一夏は女生徒に囲まれ、昨日の試合を褒められている。

 

 箒はそれを羨ましそうに見ていた。箒がクラスに入っても、「おはよう」などと声がかかることはない。もちろん、箒から挨拶することは絶対にない。朝の挨拶一つでも箒は緊張してしまうので、口を開いても、どもってしまうのだった。

 

 箒は一夏を横目で見ながら、ため息を付いた。今も一夏達は談笑している。これは試合前からの習慣だが、いつもより騒いでいる。きっと教師が入ってくるまで続けられるのだ。

 なぜ自分はあの中に入っていけないのだろうか。このまま三年間過ごすんだろうか。もし一夏があの中の人物と恋人になり、昼御飯を誘ってくれ無くなったらどうするのだろうか。トイレの個室で隠れる様にご飯を食べるのだろうか。

 

 それでは駄目だ。今、あの輪に入っていくべきだ!

 箒は立ち上がり、一夏の方へ近づく。ゆっくりと大きな足音を立てて。一夏と話している女生徒が、不審な目で箒を見てくる。肩で息をする箒。そして、口を大きく開いた。

 

「ほら、さっさと席につけ」

 

 千冬が教室に入ってきた。周りの学生は、すぐさま席についた。箒は千冬をおもわず睨んでしまう。

 

「なんだ? 篠ノ之。さっさと席につかんか」

 千冬の叱責に箒は怯む。箒が気後れして口ごもっていると、出席簿で頭を軽く叩かれた。

 

 

 生徒が全員揃い、グラウンドに隊列が組まれたところで、千冬は声を出した。

 

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみろ」

 

 セシリアと一夏は隊列の外に出る。そして、自らのISを量子展開させた。一夏の方はなにやら戸惑っており、千冬の叱責が飛ぶ。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は、展開まで一秒と掛からないぞ」

 

 一夏はその叱責に焦ること無く、集中しISを展開する。千冬の叱責を受けても直ぐに集中できるのは一夏の強みだな、と箒は見ていた。

 二人の準備が整ったところを見て、千冬が号令をかける。

 

 オルコットが発射された。そう思ってしまうぐらい、一瞬で空に揚がっていったのだ。

 一夏もそれを見て、呆けたように口を開いている。そして一夏は屈伸し、その足の勢いで飛ぼうとした。

 

 ISはイメージだ。跳ぶと飛ぶは似ているようで違う。一夏は飛ぶイメージをするべき場面なのに、箒から見ると、一夏の体は跳ぶ動作をしていた。

 おそらく地を蹴る反動とイメージのズレが起こったのだろう。一夏のISである白式がふらつきながら、低空飛行をする。しかし、どこにもぶつからずに空へと昇った。すでに一夏は、ISの機動を自分の物にし始めている。まだISの起動回数が、五回に満たないにもかかわらず。

 セシリアのブルーティアーズは、そんな一夏を導くように、白式の先を行く。何度も振り返り、まるで親鳥が雛鳥を心配するかのようだった。

 

 生徒達はそれを地上から見上げる。空を泳ぐ二つの機体。昨日とは全く違う機動。昨日行われたのが力を競う試合なら、今、行われているものは、美しさを競うコンテストだ。

 

「織斑、オルコット。急降下と完全停止をやってみせろ」

 千冬の号令が再び出される。

 

 青い砲弾が、こちらに降ってくる。落下音がだんだんと大きくなり、箒は身震いした。

 ぶつかる! その次の瞬間、ブルーティアーズは体勢を起こし、足の部分にあるスラスターを地面に向かって噴射する。一気にスピードが落ち、その場で停止した。

 

 学生の誰かが息を呑んだ。「凄い」と思わず口から漏れた者もいる。セシリアはそれを当然だと言うかのように微笑んでいる。これが代表候補生。箒はその技と姿勢に憧れた。

 

 再び音が聞こえ、箒は空を見上げる。白式の方を向いた顔は、そのまま地面へと動いた。

 

 立っていられない程の地響きが起き、粉塵が十数メートルも上がる。

 箒は最悪を想像した。一夏の身の安全を確かめに、直ぐに駆け寄る。

 あまりにも綺麗なクレーターができていた。深さ三メートル以上、直径十メートル以上の大きな穴だ。その中心に白式はあった。どれほどのエネルギーが発生したのか分からない。箒が呆然とみていると、白式の展開が解かれる。すぐに一夏が動き、箒は胸を撫で下ろした。

 

 そうこうしていると、セシリアが箒を追い抜いた。セシリアはクレーターを滑り降り、一夏に詰め寄る。箒もそれを見て、滑り降りた。

 

「大丈夫ですか、一夏さん。お怪我はなくて?」

 セシリアが一夏に対して、そんな言葉をかける。箒はその会話に耳を傾ける。

「大丈夫でなによりですわ。ああ、でも一応、保健室で診てもらったほうが良いですわね。良ければ私がご一緒に付いていきますわ」

 

 箒は再び呆然と見た。一夏とセシリアが良い関係を築いていたからだ。昨日、クラス代表を懸け、試合をしたばかりだというのに。

 まさか、「やるな、お前」「へっ、お前こそ」みたいな展開が二人に有ったのだろうか。「俺以外の攻撃で落ちるな!」「ああ、もちろんだ!」みたいな熱い展開が有ったのだろうか。

 

 いけない。そんな羨ましい事があったのなら、友達ポイントはきっと高いだろう。今までは幼馴染として一夏の側にいたが、それが通用しなくなるのではないのだろうか。一夏は簡単に友達を作るが、私は違うのだ、と箒は思い、二人の間に割り込んだ。

 

「一夏は私が連れて行こう」

「あら、篠ノ之さん。横から話に入るのは、無粋ですわよ」

 セシリアは立ち上がり、箒の前に立つ。箒は怯むが、セシリアに立ち向かった。友達が取られる恐怖が、箒の緊張を上回ったのだ。

 

「無粋かもしれないが、一夏も気が知れた者が一緒のほうが良いだろう」

「それより、IS操縦時間が長い私の方が宜しいかと。一夏さんがISで不安に思っていることを解消できましてよ」

 

 セシリアは箒の痛いところを突いてくる。箒は言い返すことが出来ない。一夏は墜落したのだ。不安に思っていることがあるかもしれない。それを解消するには、経験者に聞くのが良いだろう。箒は悩み、一夏に判断を委ねた。ボッチ飯は嫌だという思いを隠しながら。

 

「一夏! どっちに連れて行って欲しい?」

「一夏さん! 私ですわよね」

 

 箒は一夏を睨む。セシリアは屈み、一夏に詰め寄り目線を合している。一夏は二人の顔を交互に見て、立ち上がった。

 

「だ、大丈夫だから! 俺は元気だから!」

 一夏はそう言うと、千冬がいる方へ走っていった。箒とセシリアはそれを見送る。

 

「篠ノ之さん。これから、あなたをライバルとして扱いますわ」

 セシリアが箒に言った。

「ライバル?」

 思わず聞き返す。もし本当なら箒は嬉しかった。一夏とライバルな関係だったセシリアが、箒ともその関係を結んでくれると言ってくれたことに。

 

「もちろん、あなたは越えるべき壁の一つですわ」

「ああ、分かった」

 箒にはなぜライバルとして扱ってくれるか分からなかったが、受け入れた。そういう切磋琢磨できる関係に憧れていたからだ。

 

 

 すでに日は暮れていて、外は電灯が道を照らしている。自由時間で学生はのんびり過ごしているだろう。そんな時間帯に、一年一組は食堂に集まっていた。

 

 一夏は壁際のテーブル席に座っており、箒もその隣に陣取った。席に座れない生徒は、テーブルの周りに立っている。

 

「織斑君、クラス代表決定おめでとう!」

 その言葉と共に、クラッカーが鳴らされる。紙吹雪が舞い落ちる中、一夏が口を開いた。

 

「なんで俺がクラス代表なんだよ。勝ったのは、セシリアだろ?」

 

 その言葉を聞き、一夏のもう片方の隣に座っていたセシリアが立ち上がる。

「それは私が辞退したからですわ。まあ、勝負はあなたの負けでしたが、それは仕方のない事。なにせ私が相手だったのですから」

 

 何を思ったのか知らないが、セシリアはクラス代表を辞退した。どんな思惑が有るにせよ、セシリアは一夏をライバルとして認めている。それが箒には分かった。

 

「いや〜、セシリア、分かっている」

「そうだよね。せっかく男子がいるんだから、持ちあげないとね」

 クラスの女生徒が口々にそんな事を言う。

 

「人気者だな、一夏」

 箒はそう思った。一夏はまるでパンダのように人気を博している。

「そう思うか?」

 一夏はうんざりしながら、箒に言い返した。まるで、望んでいないという態度だった。箒はそれに嫉妬してしまう。

 

「なんでそんなに機嫌が悪いんだよ」

 箒が不貞腐れている顔をしていると、フラッシュが焚かれた。

 慌てて目を開けると、カメラは一夏の方を向いており、箒は不貞腐れた顔を撮られた訳ではないと安堵した。

 

「新聞部で〜す! はい、こっち向いて!」

 新聞部の学生がカメラを持っている。制服の首元のリボンを見れば黄色で、二年生であることが分かる。

 

「今、IS学園中の話題になっている織村一夏君に、取材を申し込みます! あっ、セシリアさんも写真良い?」

 新聞部は一夏の特集を組むらしい。また、注目されている専用機持ちであるセシリアに対して、写真を撮っても良いか尋ねている。

 セシリアはそれに快く頷き、立ち上がる。一夏もそれに続いた。セシリアは一夏の手を握り、綺麗な笑顔をしている。

 さすが代表候補生。国家公認アイドルという立場は伊達じゃない。笑顔を瞬時に作るのを見て、箒は唸った。

 

 写真を撮る瞬間に、クラスメイトが何人か駆け寄ってきた。箒は危ないと思い止めようとするが、逆に押され、真ん中に移動してしまう。

 写真撮影は何度か続くが、箒が入ったのは初めの一回だけだった。しかしそれでも、クラスメイトと一緒に撮った初めての写真だった。にやける顔を抑えつつ、箒は食事を開始した。

 

 クラス全員で食事をし、そのまま食堂で解散した。寮の部屋に戻るころには時間も遅くなっていた。箒は歯を磨き終え、一夏と洗面台を交代する。

 

 箒は暫く窓の外を眺めていた。クラス行事に参加したことなど、あまり無かったのだ。嬉しさを実感していると、一夏がベッドで横になっていた。すでに一夏はラフな格好になっている。箒は窓のブラインドを閉めた。

 

「今日は楽しかっただろう。良かったな」

 箒がそう言うと、一夏はいつものことだという顔をしていた。

「疲れただけだ。お前は逆の立場なら嬉しいのかよ」

 箒は少しむかついた。

 

「ああ、そうだな。嬉しいかもしれないな!」

 枕を一夏に投げつける。顔に当たり、一夏は抗議した。

「なんだよ!」

 

「私だって……何でもない。今から着替える」

「なんだよ、着替えくらい、俺が歯を磨いている間に済ませろよ」

 

 箒は無言で間仕切りを動かす。箒は衝立を背にし、制服を脱いだ。

 寝間着を着ながら、箒は考える。クラスメイト全員と食事など、一夏にとっては日常茶飯事だったのだと。だから、疲れたなんて言えるのだ。

 

  それにどちらかと言えば、一夏は見世物のような扱いであった。和歌山アドベンチャーワールドのパンダバックヤードツアーではなく、上野動物園の赤ちゃんパ ンダを柵の外から見ようといった扱いだった。遠くまで行ってまで真剣に触れ合うほどではないが、近くにいるのなら、ちやほやしようという考えが一夏に伝 わったのかも知れない。

 

 それでも一夏は笑顔で応対していた。だから先程も「楽しかっただろう」と箒は聞いたのだ。箒としては初めてのイベントであり、その雰囲気だけでも楽しかったのだ。その気持ちを共有できると思って一夏に尋ねたのだ。一夏は愛想が良かっただけだったが。

 

 そこまで考えて、箒はあることに思い至った。一夏から友達作りを学べば良いのだ。

 箒は着替えが終わり、間仕切りをしまう。一夏は律儀に反対方向を向いていた。

 

「終わったぞ」

 箒がそう言い、一夏が箒の方を向いた。

「あれ、帯が新しいやつだな」

 

 箒は驚く。これを言うには、相手に注目していて、かつ、口に出さないといけない。箒は気付いたとしても、口には出さないだろう。そんなところにまで一夏の友達力は及ぶのか。これが友達を作る秘訣かと箒は思った。

 

「良く見ているな」

「そりゃ、気付くだろう。箒を毎日、見ているからな」

 

 友にそう言われると嬉しい。箒はそう感じた。今、箒の中で関係を持っているのは、友達である一夏と、ライバルのセシリアだけだ。その関係性によって、自分は一人では無いと思うことが出来る。

 

「一夏。……先程は枕を投げて、済まなかった。一夏がちやほやされていて、嫉妬してしまったんだ」

 箒はベッドに座り、床を見ながら謝った。顔を一夏に向けることが出来ず、謝る姿勢ではないと思いながら、謝った。

「気にしてない」

 一夏はそれをなんてことの無いように言う。

 

 これだ。この懐の深さだ。箒は決心する。

 

「一夏、その、あの」

「なんだよ、はっきり言えって」

「は、恥ずかしいのだが、教えて、くれないか」

「……恥ずかしい、ことを、教える?」

「ああ、私には一夏しかいないし、その一夏が初めてなんだ」

「お、おい、箒。落ち着けって」

「一夏の笑顔、視線、話題、心の在り方、その全部を私のモノにしたいんだ」

 箒はゆっくりと一夏に詰め寄る。

「だ、駄目だ。まだ俺たちは若いんだから。それに此処は寮だ」

「何を言っている。若い時しかできない。そして、学校だからやるんだ」

「学校だから、やる? そんな、ことが許されるのだろうか」

「それとも一夏は、私じゃ駄目か?」

「いや、箒が駄目ってわけじゃ」

「なら、教えてくれ」

 一夏の両肩に箒は手を起き、揺さぶりながら尋ねた。

 

「一夏! どうやったら友達が出来る! いや、友達作りの師匠になってくれ!」

 一夏は顔を口をだらしなく開けながら、頷いた。

 



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6.勇気を出して

 朝の日差しを部屋に入れる。今日は特別な日にしようと、箒は意気込む。獲物を狙う獣の様な目つきだと、箒は一夏に言われたが、それでも気持ちは変わらなかった。

 

 寮での食事、朝の登校に一夏と一緒にいる。それが一夏の提案した解決法であった。

 一夏は色んな人物に挨拶される。一夏が挨拶を返すときに、一緒に挨拶を返すところから始めようと提案されたのだ。

 

 そして今、箒は一夏と教室の前で立っている。

「ほら、大丈夫か? 俺と一緒にするぞ」

「ああ」

 

 一夏はためらいなく教室に入った。箒も慌ててそれに付いていく。

「おはよー」

「お、おはよう」

 

 一夏が声を出し、箒も続いて声を出す。これで一夏に返事をしたのか、クラスに挨拶をしたのか、分からなくしたのだ。クラスメイトに「お前に返事したんじゃねーよ」と言われたくなかったからだ。

 

 クラスが声を返してくる。一夏が席につくと、すぐに周りに人が集まった。

 さすが一夏だ。友達が自然に集まるとは。ライバルであるセシリアもいる。箒はその様子を自分の席から眺めていた。話が弾んでいるなと思いながら、一時間目の用意をする。

 

「その情報、古いよ」

 

 教室の前の扉に、黄色のリボンがいた。二年生という意味ではない。黄色のリボンで括ったツインテールの可愛い女の子がそこにいた。体は箒と比べて小さく、その制服は脇が見える改造が施されている。

 黄色のリボンで視線を集め、脇を魅せるのか。箒はその行動に驚いた。

 

 箒が話を盗み聞きしていると、どうやらその子は、二組の中国の国家代表候補生らしい。クラス代表で専用機持ちと言っている。

 

「リン。お前、鈴(リン)か?」

「そうよ、中国代表候補生、ファン・リンイン(凰 鈴音)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 リンと呼ばれた少女が、格好良く一夏へと指を向ける。

 

「なにカッコつけてんだ、すっげー、似合わないぞ」

 一夏が笑いながら鈴へ指摘する。それを受け、鈴も親しそうに反論する。

 

 転校生と一夏が既に親しい。その事に箒は目を見開く。たとえ転校生でも一夏はすぐに仲良くなれるのだと、箒は尊敬した。

 

 

 昼休み。箒は一夏に食堂へ行こうと誘われた。ライバルであるセシリアも誘われ、久しぶりに話が弾む昼食になるかもしれないと、箒は考えていた。

 

 そこに、二組から凰鈴音がやってきた。一夏が移動の準備をしているところを見ると、「私も行くわ」と付いてきた。その一言を出せることが羨ましいと、箒は思った。

 

 食堂で注文をし、受け取りの列に並ぶ。注文された順番に出すのが、本当に効率的なのだろうかと、箒は不思議に思うが口には出さなかった。

 

 鈴はラーメンを受け取る。

「相変わらず、ラーメン好きなのか。ちょうど一年になるな。元気にしてたか」

 一夏が鈴に尋ねる。

 

 これは普通の人にとっては、当たり前の会話なのかもしれない。しかし、箒から見ると、一夏が相手の好きな物を覚えており、そして体調を気遣っているように見える。その流れるような会話の作り方を覚えようと、箒は必死に聞いていた。

 

 箒は定食を受け取り、一夏の隣に座ろうと移動する。しかし、一夏は鈴と二人の空間を作っていた。それに割って入る勇気を箒は持っていなかった。

 

 箒が寂しく定食を持っていると、セシリアが一夏いるテーブル席の一つ隣のテーブル席に座った。続いて、その後ろにいた一組のクラスメイトが座っていく。

 

「篠ノ之さん、座らないの?」

 クラスメイトの一人が声を掛けてきた。

「ああ、うん。座ります」

 箒は頷き、そのテーブル席に着く。テーブル席に誘われたことに、箒は心の中でガッツポーズをする。

 

 テーブル席のほとんどのクラスメイト達は、必死に一夏の方へ聞き耳をたてている。

 箒はそんななか、必死に名前を思い出そうとしていた。

 

 自分の隣にいるのは、いつも一夏に話しかけている女子の一人だ。

ヘアピンで前髪の両側を止めている。箒と束が姉妹であることを千冬に尋ねたのもこの人だ。一夏の二つ後ろの席で、観察力が有る。

 

 箒はそこまで思い出したが、この隣の人物の名前が思い出せなかった。諦めてその隣を見る。つまり、箒の二つ隣だ。

 

  彼女の名前は覚えている。のほほんさんだ。一夏がそう呼んでいたことを箒は思い出す。彼女はいつも手先を隠すように制服の袖を伸ばしている。手に怪我 を負っているのかと箒は思っていたが、ISの実習で見たところ、綺麗な手だった。そういう制服の改造の仕方というだけだった。のほほんさんは、黄色い動物キャラがついた髪留めで、髪の毛を両サイドで 固定している。常に眠たそうな顔でマイペースだが、いつか覚醒モードに入るのではないかと、箒は注目している。今ものほほんさんは一夏に注目するというよ り、ご飯に注目している。

 

「あれ〜、しののん。これ、食べたいの?」

 のほほんさんが、「いいよ〜」と言いながら、箒へ食器を突き出してくる。箒は「しののん」に少し戸惑うが、御礼を言い、少し取る。そして、お返しに唐揚げを一つ、その食器に乗せた。「ありがと〜」と言いながら、のほほんさんが笑顔で唐揚げを頬張る様子は、微笑ましい。

 

「二人共、良いの? 織斑君、仲が良さげだよ」

 箒の隣から、箒とのほほんさんに向かって言われる。

 

「そだね〜。仲、良いよね〜。フッフッフ、しののんはどうするの?」

「うわっ、口でフッフッフなんて言った」

 箒はそれを見ながら、感動していた。まるで自分が友達と会話しながら、昼御飯を食べているかのようだった。嬉しくて笑みが溢れる。

 

「おおっ、笑った。幼馴染の余裕ってやつ?」

 箒の向かい側に座っている、髪が赤みがかっていて、後ろで二つにくくっている女子が、会話に入ってきた。

 

「ユコ〜、しののんが羨ましいよ〜」

「おお、よしよし。慰めてあげよう」

「ちょっと、私の膝の上でイチャイチャしないでくれる?」

「あ〜、かなりんに怒られた〜」

 ユコとカナリンか。箒は必死に名前と顔を一致させた。

 

「ちょっと! 皆さん、お静かになさい!」

 セシリアが大声を出す。テーブル席に座っている皆が、セシリアがうるさい、と返した。

 セシリアは恥ずかしさを誤魔化すように咳をし、箒を見た。

 

「篠ノ之さん、宜しいのですの? あの方が、一夏さんとどんな関係か気になりませんの?」

 

 ライバルのセシリアにそう聞かれたら、その期待に答えるしかない。二人の世界を壊すことにした。箒は食器を置き、「聞いてくる」と席を立つ。セシリアもそれに続いた。

 

 鈴が一緒に訓練をしようと一夏へ持ちかけている。箒は会話の入り方が分からず、一夏の前で立ち止まる。すぐに一夏がこちらを向き、今しかないと口を開けた。

「一夏、二人はどんな関係だ?」

「此方の方と、まさか、つ、付き、付き合ってらっしゃるの?」

 箒とセシリアが一夏に尋ねる。

 

「只の幼馴染だよ」

 一夏が答える。それを聞いた鈴がそっぽを向く。箒は一夏のいる位置からなら、鈴の腋がよく見えているだろうなと思っていた。

 

「そうか、お前とはちょうど入れ違いに転校してきたな。前に話しただろ、鈴。箒はファースト幼馴染で、お前はセカンド幼馴染だ」

 ファーストやセカンド等と、まるでアメリカの政府要人の夫人かのように一夏が紹介する。

 その紹介方法はよく分からないが、鈴が納得したので箒は何も言わなかった。

 

「初めまして、これからよろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 初めてちゃんと挨拶を交わせたのではないだろうか。一夏の特訓が効いている。先程も話しかけられたし、私もできるじゃないか、と箒は鼻高々だった。

 

 セシリアは咳をし、注目を集める。

「私を忘れては困りますわ。私はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ」

 箒は忘れてなんかいないぞ、という思いを込めてセシリアを見る。ライバルが、すらすらと口上を述べており、よく喋れるなと感心していた。

 

「ちょっと、聞いてますの!」

「ごめん、あたし、興味ないから」

 鈴が冷たく言葉を言う。それに触発され、セシリアは熱くなった。

 

 箒はそれを気にせず、一夏に尋ねる。

「一夏、私も訓練して良いか?」

「おう、良いぜ」

 一夏は直ぐに返答する。それを聞き、セシリアと睨み合っていた鈴が反応した。

 

「はぁ、なんでアンタと! 一夏もなんで返事しちゃうのよ!」

「篠ノ之さん! 何、敵と馴れ合っていますの!」

 箒はセシリアに睨まれるが、言い返す。

 

「セシリアとはライバルだからな。どんな手を使ってでも、近付いてみせる」

 箒の決意が現れていた。セシリアにライバルとして認められたという思いが、箒に勇気を与えたのだ。

 

「なんですって!」

「ちょっと、関係ない人達は引っ込んでてよ」

 鈴が箒とセシリアを見ながら、笑う。

 

 セシリアが鈴の方へ向き直り、顔を近づける。

「あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを」

「後からじゃないけどね。一夏とは長い付き合いだし、何度も家で食事する間柄だけど?」

 鈴がセシリアなんてどうでもどうでも良い、という風に笑った。セシリアの声がだんだん大きくなる。鈴はそれを無視しながら話を続けた。

 

「一夏は小さい頃から、よく家に来て食事してたの、そういう付き合いなの」

「ああ、鈴の実家は中華料理屋で、鈴の親父さんが作る料理がうまいんだ」

 セシリアはそれを聞き、暴走を止めた。お店なら仕方がない、と納得したようだった。

 

「親父さん、元気にしているか?」

「ああ、うん。元気だと思う」

 箒はその鈴の言い方を不思議に思うが、チャイムが鳴ってしまう。

 

 鈴は素早く立ち、テーブルから離れていく。一夏に放課後の約束を取り付け、その後姿は小さいながらも、堂々としていた。

 

 

 クラス代表決定戦の後に、訓練機の使用許可を箒は申請していた。申請理由に一夏の名前を載せれば、簡単に打鉄を借りることが出来た。このISを通して白式のデータを収集することが、目的なのかもしれない。箒はそう思ったが、気にしない事にした。

 セシリアのライバルとして、少しでもISに慣れるべきだろう。

 

 箒は打鉄の近接ブレードを展開する。姉さんが作ったISで無いのが残念だと思いながら、一夏の方を向き、構える。

 

「では、一夏。始めるとしよう」

「お、おう」

 一夏も剣--雪片弐型--を展開し、構える。

 

「御待ちなさい、一夏さんのお相手はこの私でしてよ!」

 箒の隣で、ブルーティアーズが展開される。360度の視野がそれを捉えていた。箒は気にせず、一夏へと言う。

 

「さあ、一夏。練習開始だ」

 箒は言うやいなや、白式へと剣を振りかざした。

 

 白式と打鉄の鍔競り合いが起こる。

 箒は不利を察し、距離を開けた。

 そこに、ブルーティアーズの連射が白式へと迫る。

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

 

 白式はそのビームを切り伏せる。

 その隙に白式へと迫る。切り抜ける。

 白式は打鉄を追おうとするが、正面からブルーティアーズの射撃が迫っていた。

 跳躍。白式は飛び上がり、射撃を回避した。

 ブルーティアーズは白式を打ち続ける。

 

 無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)や、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)など、回避機動は何種類かあるが、一夏はどれもできていないようだった。

 

 打鉄も飛び上がり、白式へとドッグファイトを仕掛ける。

 近接ブレードを振るう。当たらない。

 白式の鋭い反応が、打鉄を襲う。

 打鉄の防御シールドが減る。

 返す刃で、白式を襲う。

 が、距離をとられた。

 そこをブルーティアーズのビットが白式を襲う。

 白式は空にいたブルーティアーズへ加速する。

 ブルーティアーズはライフルを向ける。

 速い、間に合わない。ブルーティアーズが撃つ前に、白式は剣を振るう。

 その好機を逃す箒ではなかった。

 打鉄が白式を襲う。

 白式が落ちていく。

 

「セシリア、なぜ近接武器を使わない?」

「それは、苦手ですから」

 

 箒が疑問を出し、セシリアが答える。箒はその答えで良いのかと思う。セシリアに返答する間もなく、一夏からの通信が入った。

 

「お前ら! 二対一なんて卑怯だと思わないのか!」

「一夏、私はIS初心者だ! 適性もCだ。いないも同じだ!」

 箒は一夏へと言い返す。

「一夏さん。そういうことなので、続けますわよ」

 

 訓練は日が落ちるまで続いた。

 

 

 一夏が荒い声を上げている。地面寝転がり、大の字になっている。体力が足りていない。箒はそう思った。

 

「鍛えていないから、そうなるのだ」

「二対一じゃ、こうなるって」

 箒の言葉に、息を切らしながら一夏が答える。

 箒は出入口を見ながら、鈴を思い出す。

「鈴は来なかったな……転校初日だし、忙しいのか?」

「どうでも良いですわ、あんな失礼な人は」

 セシリアは拳を握り、昼休みのことを思い出しているようだった。

 

「一夏さん、また後で」

 セシリアが倒れた一夏に手を振り、去っていった。「また後で」とは、食堂で夕御飯を一緒に取ろうということだろう。一夏は今日で何人の学生と夕御飯の約束したのか、箒は覚えていなかった。そのお零れに預かっている箒としては、何も言えない。

 

「一夏、部屋のシャワーを先に使わせてもらうぞ」

「ああ、先に戻っててくれ」

 

 箒はゆっくりと寮への道を歩いた。違うクラスに新しい友人が出来たことを思い出す。凰鈴音。彼女は明るく、とても可愛らしい。背は箒より小さいくらいだ。そんな彼女が「よろしく」と言ってくれたことが、とても嬉しかった。

 部屋でシャワーを浴び、一夏を待つ。

 

 一夏が部屋に戻り、「飯、食いに行こうぜ」と誘ってくれる事に、箒は安堵する。これが無ければ、箒はご飯を食べにいけなかったのではないだろうか。そんな事を思いながら、箒は一夏と食堂へ向かった。

 

 一夏が大勢の学生に囲まれながら、ご飯を食べている。セシリアが一夏の横に座り、その反対側には鈴が座っている。

 

 箒は二言ほど、学生との会話に参加できた。「ああ、そうだな」や「そうと思う」しか言っていない気がするが、それでも参加できたのだ。

 

 箒が覚えている名前は、のほほんさんだけではなくなった。鷹月静寐(たかつきしずね)さん、谷本癒子(たにもとゆこ)さんの名前と顔を、教室に有った座席表を見て確認していたのだ。だからこそ、気後れせずに会話に参加できたのかもしれない。

 

 食堂の帰り道に思わずスキップしてしまうくらい、箒は浮かれていた。一夏に「夕食、お前の好きな物だったけ?」と聞かれ、「好きになるかもしれない」と箒が答えるくらい、浮かれていた。

 

 

「というわけだから部屋、替わって?」

 鈴が笑顔でそう言ってきた。

 就寝時間に近く、箒も一夏も、寝間着に着替え終えていた。そんなときに鈴の声が聞こえ、箒が玄関を開けると鈴が入ってきたのだ。

 

 部屋を替わる。それが如何に大変か、箒は伝えたかった。

 今まで築き上げた部屋の使用ルールが、無くなるということなのだ。

 

  部屋のシャワーの時間帯を決め、奥のベットを使い、窓の外を気楽に眺める権利を、箒は築き上げたのだ。それを部屋の交代で捨て去ることになるのだ。そして 何より、一夏がいる。食事に誘ってくれるのは一夏だけだ。箒よりも箒の友達付き合いを心配してくれるのは、一夏だけだ。たとえ友達としてよろしくと言ってくれた鈴でも、簡単に頷けることでは無かった。

 

「む、無理だ! 私は一夏と一緒でなければ、生活できない!」

「なっ! そこまで言うの! 一夏! さっきあんた、ただの幼馴染って言ってたじゃない!」

 

 鈴が箒を通り越して、一夏の方へ顔を向ける。箒も後ろを向き、一夏を睨む。

 

「ああ、お、幼馴染だ。ただ、箒は」

「これは! 私と一夏の問題だ! とにかく、部屋は替えられない!」

 

 箒は慌てて一夏の声より、大きな声で言った。「友達がいない」なんて恥ずかしいことを、言ってほしくなかった。しかし、鈴は諦めない。

 

「ところでさ、一夏。約束覚えている? 小学校の時にした。お、覚えている、よね?」

 

 鈴が語り出したので、箒は離れる。友達に意見するなんて荒行を終え、精神的に疲れたのだ。「替わって」と言われたら、再び話に参加しようと箒は考える。箒は鈴に背を向け、自分のベッドへ向かった。

 

「あれか? 鈴の料理の腕が上がったら、毎日の飯を鈴の家で御馳走してくれるってやつか? いや〜、一人暮らしにはありがたい」

 

 箒がそのやり取りを見ていると、一夏が叩かれていた。鈴が自然に一夏へと近づき、頬を平手打ちしていた。流れるような動作に、流石、代表候補生だと思う。

 

「最低! 女の子との約束くらい、ちゃんと覚えときなさいよ!」

「なんで怒っているんだよ、約束なら覚えていただろうが」

 

 箒は一夏に凄さに気づいた。頬を叩かれたのに、態度を全く変えていない。姿勢は伸ばしたままで、不貞腐れていなかった。

 

「約束の意味が違うのよ! 意味が!」

「じゃあなんだよ、説明しろよ」

 

 箒は自らが一夏へ行った攻撃を思い出す。どれに対しても一夏は反撃していない。普通ならあれだけ攻撃されたら、手が出てもおかしくない。一夏はいつも冷静に口で意見を言っているだけだ。

 

「説明って、そんなことできるわけないでしょ」

 これは一夏へ恩返しする良い機会だと、箒は思った。鈴が去ったら一夏に、女の子との約束にどんな意味があるのか教えようと考える。

 

「じゃあ、こうしましょう。来週のクラス対抗戦。そこで買った方が、負けた方に言うことを一つ聞く、ってのはどう?」

「良いぜ、俺が勝ったら、説明してもらうからな」

 

 二人は睨み合う。鈴は「覚悟してなさいよ」と捨て台詞を吐いて、部屋を出て行った。部屋の交換の話はどうなるんだと箒は思ったが、あえて言わないことにした。

 

 扉が強く閉められる。箒は一夏の方を見た。

「なんだよ」

「口の中は切れていないか?」

「ああ、大丈夫だ」

 一夏はベッドに飛び込み、うつ伏せになった。溜息を大きく付いている。

 

「一夏、私は鈴の約束を、恐らく説明できる。勝負をせずに聞くか?」

 

 一夏は体を起こし、ベッドに座る。そして箒を見て、「聞かない」と答えた。

 その思いを箒は理解できた。

 

「なら、クラス対抗戦に向けて、特訓が必要だな」

 一夏はベッドに仰向けに倒れこみ、「特訓は一対一でな」と言った。

 



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7.観戦

 アリーナには、学年を問わず生徒が見に来ている。観客席はほとんど埋まっており、満員に近い。そこかしこで、学生が雑談している。誰もが、一夏の事を話していた。

 

「うわー、すごい人」

「ほんと、いっぱいだね。やっぱり、注目されてるね」

 

 誰もが、人の多さに驚いている。

 

「うわ、三年生まで見に来ているよ」

「一年生のクラス対抗戦(クラスリーグマッチ)なんて、三年生から見ればヒヨコ同然なのに」

 

「だよね〜。IS実習まだ始まってないもんね〜」

「今の実力を計るのと、クラス交流やクラス団結のための行事が、こんな注目されるなんて」

 

「織斑くんは、やっぱり注目されてるね」

「なんたって堂々と見られる初めての機会だからね。他のクラスからすると、見逃せないでしょ」

 

「やっぱり、母国から指令が下ったりするのかな。男性操縦者の実力を調査せよ! みたいな」

「あるんじゃない? 男性がどれだけやれるかってより、そっちのほうが面白そうじゃん」

 

「にしても、専用機持ち同士の対決か〜。私も専用機、欲しいな~」

「みんな、そうだって」

 

 

 一夏は専用機持ちだ。一夏が勝とうが負けようが、一夏はISコアを得ていて、失うことはないだろう。学生から見れば、すでに勝者なのだ。

 一夏はそれを知りながらも、今日まで特訓をした。鈴に勝つ。そして、約束を説明してもらう。その思いで頑張ってきている。相手に負けたくないという気持ちと、小さい頃の約束を果たそうとする意思。箒はそれを感じていた。

 

 箒は見ていて気持ちが良かった。頑張って欲しいと、心から応援した。一夏と友であることが、誇らしかった。箒も毎日とは行かなかったが、出来る限り一夏に付き合った。白式を見ることができるし、友達といるのは楽しかった。

 箒の練習機申請許可率はすごい高いものだった。しかし、その練習機の申請が必ず通るとは行かなかったのだ。

 そんな申請が通らない日は、箒は剣道部に行く。なぜ毎日欠かさず参加しないのかと言うと、剣道部で会話が無いからだ。真面目に部活動へ取り組まないから、会話が無くて当然だと、箒は考えている。

 箒が中学の時の剣道部も、会話は無かった。このときは、真面目に参加していた。しかし、荒々しい試合をしていたし、嫌われている事も箒は自覚していた。

 

 今は、一夏がいる。ライバルのセシリアもいる。放課後に彼らと会話ができるのだ。真面目に参加してもしなくても、会話が無い部活動なら、一夏の方を優先したいと思うようになった。一緒にいると、居心地が良いと箒は感じるのだ。

 良きライバルである友のセシリアも、一夏の特訓を手伝った。代表候補生の名は伊達ではなく、白式を良くブルー・ティアーズで撃ち落としていた。

 

 機体の名の由来となった第三世代型である自立機動兵器ブルー・ティアーズ。ビットと呼ばれる動力炉と推進器を備えた遠隔操作型のレーザー砲台を四機と、弾道型ミサイル砲台二機の総称だ。

 

 遠隔操作のレーザービットを動かしている間は、セシリアの自機が移動できない。レーザーは白式のバリア無効化攻撃の特性によって切り裂かれる。セシリア本人も、この武器を使いこなせていないと言っている。

 

 それでも、ブルー・ティアーズが勝つのだ。一対一だとしても。

 白式の武器は、雪片弐型という近接ブレードしかない。よって、取りうる行動が限られてくる。白式のスピードを活かし相手を撹乱、接近戦に持ち込んで切る。白式の戦術はそれくらいしかない。

 

  一夏は、箒の打鉄とは接近戦の練習をし、セシリアのブルー・ティアーズとは回避機動の練習をした。二対一の試合も偶に行い、箒の打鉄が専用機二機相手にす ることもあった。その場合、すぐにシールドエネルギーが無くなる。一夏はやっても意味ないんじゃないか、とセシリアに問うたが、「様々な状況に対応するべきです。パートナーになることも経験です」と志が高いことを言った。

 

 セシリアに専用機を二機相手できるように期待されている。ライバルにそう思われている。箒は常に真剣だった。

 一夏の姉を守りたい、姉を守れる強さが欲しいという思いも知っている。二人に失望されないように、箒は必死に食らいついた。

 

 打鉄が白式に勝つと、一夏はすごく悔しがる。しかし、すぐに立ち上がり、次の訓練を行う。次は勝つぞ、と一夏を見ているとその意気込みを感じることが出来た。

 一夏はセシリアに負け越しても、周りに当たり散らすことは無かった。自分の悪いところをセシリアに聞き、それを改善しようとしている。ISはイメージ制御なので、なかなか改善はできないが。

 

 私なら気まずくなっている、と箒は思う。同じ学年の負けた相手に尋ねる。それはとても大事だが、なかなか出来る事ではない。

 箒は一夏に勝ちたいので、「自分で考えろ」と言う。訓練の相手には相応しく無い行為だ。教えるべきなのだ。友がクラスを代表して戦うのだがら、気がついたことを全て言うべきだ。

 

 もし一夏に勝てなくなったら、この楽しい空間に誘われなくなるのではないか。その不安が箒にはあった。一夏とセシリアに見向きもされ無くなったら、怖いと思う。放課後は無言で、同じ部活の生徒から悪口を言われるのではないか、と思いながら過ごさなくてはならない。

 

 一夏の優しさに甘えていると、箒は自覚している。自覚しながら、甘えているのだ。

 日常生活で、箒の手がでることがある。一夏は文句を言うが、箒を無視したり、避けたりしない。何もなかったように「飯、行こうぜ」と誘ってくれる。

 箒は特訓で、一夏に対して助言をしていない。何かを言われたら、「姉を守るんだろう!」と言う。箒がそれを言っても、一夏はへこたれない。無理だ、止めた、辞めたい等と、諦めの言葉を出さない。

 

 

 一夏は強い。箒ははっきりと思う。

 しかし、それでも鈴には勝てないだろうと、箒は思っていた。

 

 たった一年で中国の代表候補生にまで登り詰めた者。IS稼働時間は他の代表候補生に比べれば少ないが、それを補う才能を持っているからこそ、専用機を与えられたのだろう。

 対して一夏のIS稼働時間はもっと少ない。白式の機動の速度は速いが、武装は近接ブレードしかなく戦術が限られ、燃費が悪い。

 一夏が勝つイメージが、箒には浮かばなかった。

 

 

 鈴はすでに競技場に立っている。

 まっすぐに前を見つめ、観客のざわめきを全く気にしていない。

 

 箒は競技場を写したディスプレイから顔を上げ、一夏を見た。鈴と戦うことに緊張しているのか、不安げな表情をしている。

 そこに山田先生の通信が入る。一組にはまだ通信担当員がいないために、山田先生が代わりを努めてくれている。

 

「あちらのISは甲龍(シェンロン)。織斑君の白式と同じ近接格闘型です」

「私のときとは勝手が違いましてよ。油断は禁物ですわ」

 セシリアが一夏にアドバイスする。良いライバル関係を感じることができる。箒もそれに習い、一夏に言う。

 

「硬くなるな、練習した事を信じれば、勝てる」

 一夏はそれに頷き、前を見据える。白式のハイパーセンサーが甲龍を捉えているのだろう。

 

「あれで殴られたら、すげー痛そうだよな」

 箒は一夏の発言を聞き、笑う。どうやら一夏は緊張はしていなかったらしい。ISに大事な”勝てる! ”というイメージを一夏は持っている様だ。一夏は勝てないだろうと箒は思うが、だからこそ勝って欲しいと思っている。

 

「それでは両者、規定の位置まで移動して下さい」

 中継室にいる審判の声が、アリーナに響く。アリーナの天井が開かれ、綺麗な青空が広がる。

 

 白式がカタパルトに接続した。箒は管制室に退避する。セシリアは一夏の方を一度振り向く。しかし声はかけず、箒と一緒に退避した。

 

 カタパルトの進路上に何も無いことが自動的に確認される。

 射出。

 音と共に、蒸気がピットに広がる。

 アリーナに響く歓声が聞こえ、箒とセシリアは急いで管制室を目指した。

 

 

 箒が管制室についたときには、すでに試合が始まっていた。

 白式と甲龍の鍔迫り合い。

 白式の雪片弐型と甲龍の大型の青龍刀が火花を散らす。

 どちらも距離をとる。

 

「初撃を防ぐなんて、やるじゃない」

 

 鈴の音声が管制室に響く。

 鈴は言いながら、青龍刀をもう一つ展開した。

 甲龍のスラスターが火を噴く。

 一気に詰め寄る。

 叩き斬る。そう表現するのが一番しっくりくる。甲龍は両手の青龍刀を何度も白式にぶつける。

 

 鍔迫り合いをするも、白式が不利に見える。

 白式が相手の後ろを取ろうとして、甲龍はその上をいく。

 

「あ〜もう、私が教えた三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)をお使いなさい!」

 

 セシリアはディスプレイに向かって叫ぶ。

 一夏は実力を発揮できていない、発揮させてもらえていないのだ。試合は鈴のペース。一夏の白式は翻弄されている。

 

 鈴は両手の青龍刀を一つに繋げた。

 先程よりも大振りになるが、重量が増え、威力は上がっているだろう。

 白式は不恰好に逃げ回っている。一つの青龍刀で鍔迫り合いが負けそうになっていたのだ。重量が上がったあの形態を受ければ、恐らく打ち負けるかもしれない。

 白式は逃げ惑うが、甲龍は決して逃がしてくれない。何度もループを行うが、甲龍は離れない。

 

 爆発。

 何かが、白式に当たった。

 

「今のは、ジャブだからね」

 

 鈴が言う。

 白式は棒立ちになっている。

 

 再び爆発。

 白式は落ち、地に転がった。

 

 起き上がるのに、時間がかかっている。鈴は笑っていた。

 箒はいったい何が起こったのか、分からなかった。

 

 白式がよろめきながら立った。

 白式が何かを避けた。後ろで爆発が起こる。

 

 地を這いずり回りながら、白式は避ける。

 鈴は何かを撃つのを止め、一夏に話しかけた。

 

「よく躱すじゃない。この龍砲は、砲身も砲弾も目に見えないのに」

 

 透明の武器だと! 知らなければ、必ず不意打ちになる。接近戦を避けると、人には不可視の攻撃が来る。勝ち目が無い。遊ばれている。箒は「なんだそれは」と思わず言ってしまう。

 

「衝撃砲ですね」

 山田先生が答える。

 

「空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出す、形を持たない武器です。一夏さん、ISのセンサーで、かろうじて避けていますね」

「私のブルー・ティアーズと同じ、第三世代兵器ですわね」

 セシリアが目を見張る。

 

「両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)にある棘付き装甲(スパイク・アーマー)。そこのスライドした中に衝撃砲を装備しています。砲身の形がないため、砲身の射角に制限無しで打てるようです」

(なんで、山田先生はそれを試合前に言ってくれなかったのだろうか。教師だからか? 対戦相手の情報を事前に得るのは、教師経由は無理なのか?)

「つまり、死角が無いということですわね」

 

 セシリアの言葉に、箒はなるほどと思ってしまう。ISは360度を視認できるハイパーセンサーを持っている。死角は上下の視野角の外にしかない。しかし、どれだけ視認性が良く、後ろも確認できるとしても、武器が追いつかなければ意味が無い。

 

 甲龍は、操縦者が視認したところをそのまま攻撃できるのだ。一夏が勝つには、甲龍のハイパーセンサーから外れないといけない。

 

 白式は再び地を駆け回っている。

 甲龍の衝撃砲をなんとか避けながら、どうにかして攻撃しようと機を伺っている。

 

 甲龍は追い回すのに飽きたのか、動きを止めた。

 白式もそれに合わせて動きを止める。

 空中に漂う二つの機体。

 一夏は口を開いた。

 

「鈴、本気で行くからな」

 今までは本気では無かった、という物の言い方。

「何よ! そんなの、当たり前じゃない! 格の違いってものを見せてあげるわ!」

 

 一夏の挑発は成功した。

 甲龍は組み合わせた青龍刀を、振り回して攻撃する。

 一夏が何かを仕掛ける。箒は理解した。

 白式は相変わらず逃げ惑っている。

 

「織斑君、何かするつもりですね」

 山田先生の疑問に、千冬がすぐに答えた。

 

「瞬時加速(イグニッション・ブースト)だろう。私が教えた」

 箒は千冬を見る。まさか織斑千冬が個別に教えるとは思わなかった。

 一夏が頭を下げたに違いない。そして千冬が教師の仕事の合間を縫って、時間を作ったのだろう。

 

 姉を守る力を手に入れるために、姉を頼る。姉の邪魔をする。一夏はそれを選んだ。どんな葛藤が有ったのだろうか。どんなに自分が不甲斐ないと思っただろうか。

 

 千冬の説明は続く。

「後部スラスター翼にエネルギーを圧縮し、放出する。これにより瞬間的に最高速度まで加速できる。上手くいけば、攻撃は通る。だが、軌道を変えることができず、真っ直ぐにしか動けん。失敗したら、二度目は無い」

 

 千冬はずっとディスプレイを睨んでいる。千冬が一夏を応援しているのかどうか、箒には分からない。表情を伺うのを諦め、箒は視線をディスプレイへと移した。

 

 たった一度きりの切り札。ISのハイパーセンサーによって、瞬時加速の徴候が記録されるのだろう。一夏が甲龍の衝撃砲の発射を感じ、避けられるように。

 

 白式は動きまわり、甲龍の衝撃砲を避けているようだ。急上昇、急降下、蛇行、ターンをして、とにかく相手の照準から逃げ続けている。

 アリーナの遮断シールドが爆発することで、その弾の回避に成功していることが、分かる。

 

 白式が追いつかれる。

 白式は甲龍を切り、離れた。

 甲龍は衝撃砲を連射し、遮断シールドで爆発が響く。

 

 甲龍の動きが止まった。

 

 つまり、ハイパーセンサーの範囲外に白式はいる。

 白式が後ろをとった。

 

 いけ!

 箒が画面を見ながら、そう思った。

 

 

 次の瞬間、空から、光が降ってきた。

 

 

 爆発。黒煙が上がる。

 目の前のことに、頭が追いつかなかった。

 管制室にアラームが鳴り響いている。

 

「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

 山田先生がすぐさま現状を把握する。

 

「試合中止! 織斑、凰! 直ちに退避しろ!」

 千冬が命令を出す。

 箒はディスプレイを注視する。山田先生が操作をし、爆発の中心部分を映し出す。

 

 何かがいる。

 



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8.鼓動

 何かがいる。

 

「白式・甲龍共に所属不明のISにロックされています!」

「所属不明だと?」

 山田先生の警告に、千冬が疑問の声を出す。

 

 爆煙から光が漏れる。白式が動いた。

 レーザーが甲龍に向かう。白式が甲龍を押し、避けた。

 

「これは、ブルー・ティアーズのレーザービットより出力が上です!」

「なんですって! ブルー・ティアーズは第三世代型の武器ですわよ!」

 山田先生の報告に、セシリアは金切り声を上げる。

 

 爆煙が少しずつ晴れ、所属不明機の姿が見えた。

 

 暗い灰色のIS。手が異常に長く、地面についている。

 一夏がそのISに向かって叫ぶが、返答は一切ない。

 

「織斑君、凰さん! 今直ぐアリーナから脱出してください。すぐに制圧部隊が来ます」

 山田先生が一夏と鈴に命令を下す。しかし、一夏は従わなかった。

 

「はい。でも皆が逃げるまで、食い止めます」

 

 観客席に居た学生たちがまだ逃げていないことを、一夏は知っていた。山田先生が現状を把握するために操作した映像が、白式にも送られていた。

 

「確かに必要ですけど、いけません!」

「一夏さん!」

 山田先生とセシリアがマイクに向かって叫ぶ。

 

 箒はどうすれば良いのか分からず、視線を動かす。何も思い浮かばない。焦る。何も出来ないと頭で理解しているのに、もう一方で、何かできないかを探していた。

 

 箒は千冬を見る。何かを確かめる様に、画面を見ている。一夏の命令無視に対して、何も言わなかったくらい、集中している。

 

 箒も画面を見た。所属不明のISの全貌が映しだされている。

  そのISは、首というものがなく肩と頭が一体化している。その頭にはむき出しのセンサーレンズが五つ不規則に並んでいて、不気味に見える。腕にはビーム砲 が肩の近くに一つ、手の甲の近くに一つ、左右に合計で四つあり、体全体に黄色のスラスター噴出口が散りばめられている。

 

「織斑君、凰さん! 聞いてます?!」

 山田先生が、先程からずっと交信を続けている。一向に返事は帰ってこない。

 

「本人達がやると言っているのだ。やらせれば良い」

 千冬がそんなことを言った。

 

「織斑先生! 何をのんきなことを言っているんですか!」

 山田先生が怒る。千冬は「落ち着け」と山田先生を宥める。

 

 箒はその千冬の態度に引っかかった。全力を持って、あのISを排除するべき必要があるはずだ。それをたった二人にやらせる。つまり、二人で対処可能だと考えている。所属不明のISなのに。

 

「先生! 私にISの使用許可を! すぐに出撃できます!」

 セシリアが千冬に進言した。箒はそれならいけるのではと、千冬を見る。

 

「そうしたいところだが、遮断シールドが閉じている」

 千冬が扉の施錠状況マップをセシリアにみせる。

「しかも扉が全てロックされて……あのISの仕業?」

 セシリアがそう呟く。

 

 しかし、戦闘を行いながらハッキングなど、可能なのだろうか。専用機を相手に片手間でハッキングする。しかもIS学園という高度なセキュリティに護られた場所を。

 

「そのようだ。……これでは、非難も救援もできない。三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、すぐに部隊を突入させる」

 千冬が腕を組みながら言う。いつもの千冬だ。

 今もセシリアにブルー・ティアーズが邪魔になる理由を言って、突入部隊を諦めさせていた。

 

 

 白式が所属不明機に突撃する。

 しかし、それは簡単に躱された。瞬間的に回避する機動が速い。

 白式の近接攻撃が、全く当たらない。

 

「一夏! ちゃんと狙いなさいよ!」

 鈴が文句が管制室に響く。

 

 焦っている。今ので四度も攻撃に失敗したのだ。エネルギーも心許無いだろう。

 

「何か作戦がなきゃ、こいつには勝てないわよ!」

 鈴の声はほとんど悲鳴に近い。

 

「逃げたきゃ逃げてもいいぜ」

 一夏のおどける声が響いた。

 この状況でも諦めていない。未だに”勝てる”イメージを一夏は持っている。

 

 その一言で鈴は安定した。

「誰が逃げるってぇ! 私は代表候補生よ! あんたこそ逃げたいんじゃないの!」

 

「俺も、逃げない。お前の背中くらいは守ってみせる」

 強い。二人は一向に諦めない。エネルギー残量が無くなる寸前なのに、最後まで戦おうとしている。

 

 箒はあの所属不明機について考えた。それしか出来ないし、何かが気になるのだ。所属不明のIS。第三世代型武器の威力を越える攻撃。千冬の言動。ハッキング能力。

 

「なぁ、鈴。あれって本当に人が乗っているのか?」

 一夏のその言葉で閃き、箒は走りだした。

 

「篠ノ之さん! どうしましたの!」

「おい! 篠ノ之!」

 箒は静止の言葉に振り返らず、急いだ。

 

 姉さんだ。姉さんがいる!

 

 ISが所属不明で気付くべきだった。ISコアは全て割り振られている。所属不明なんてあり得ない。千冬もそれに気づいたから、あの二人に任せたのだ。姉さんならハッキングも可能だ。姉さんがあれを作ったんだ。

 

 箒は走る。隔壁の降りた場所は通気口を壊し、そこを通る。目指すは、ピット。あそこなら、ISが出入りできるはずだ。

 

 姉さんに会いたい。姉さんの声を聞きたい。箒は高鳴る心臓を抑え、走った。

 最後の通気口を抜ける。カタパルトが見える。外の光が差し込んでいる。止まらず走り続けた。

 

 爆発は止んでいる。攻撃の音や機動の音も無い。遅かったのかと箒は焦る。射出口の端まできたとき、まだ三機が揃っていて安堵した。

 

 

「姉さん! 私はここだ! 声を聞きたい!」

 箒は大声で叫んだ。息を切らしながらも、アリーナに声を響き渡らせた。

 

 そして所属不明機が、箒に砲口を向けた。

 

「えっ?」

 箒は予想していなかった。攻撃されるはずがないと思っていた。

 

 あれは姉さん以外にあり得ない。それが狙っている。どういうことだ。なぜ砲口を向けられている。砲口の奥が光っている。これからどうなるんだろうか。あれは私を狙っているのか。攻撃されるのか。ISの攻撃だ。生身で受けたら死ぬだろう。姉さんに殺されるのか。

 

 姉さんがそれを望むのなら、それも良いかもしれない。

 きっと、ねえさんにとって、私は邪魔者だったんだ。だから。

 

 白式が今まで見たこともない速さで、所属不明機に突っ込む。

 所属不明機の片腕を切り裂いた。

 が、もう一方の手で殴られ、地面にぶつかる。

 

 箒は何が何だか分からなくなった。一夏が狙われている。あの優しい一夏が。箒の孤独な生活に、会話をもたらした友達が。優しい姉の手によって、攻撃を受けようとしている。

 

 なぜそんなことをするんだろうか。姉さんは一夏のことを、気に入っていたんじゃないのか。姉さんはいったいどうしたのだろうか。

 一夏が攻撃される。箒はそれを口をだらしなく開けて見ていた。

 

 レーザーが所属不明機に降り注ぐ。

 ブルー・ティアーズが競技場に浮かんでいた。すでに敵をロックしている。

 ブルー・ティアーズのレーザーライフルが、所属不明機を撃ち抜く。

 所属不明機は抵抗無く倒れ、土煙が上がる。

 

 終わった。

 箒は生きている。自分は死んでも仕方がないとおもったが、生きている。

 箒は呆然と競技場を見る。

 

 此方を向いていた砲口は、今はない。もしかして、狙われたと思ったが、偶然こっちを向いたのだろうか。そうだ。何かの間違いなんだ。そうに違いない。

 

 箒は「そうだ。きっと、そうだ」と呟き続ける。息は荒く、視線は競技場を彷徨う。白式が立ち上がるのを見て、それに注目する。

 

 一夏も大丈夫だった。良かったと、箒は安堵する。

 無事だ。さっきの攻撃は間違いなんだ。姉さんがそんなことするはずない。

 

「一夏! まだあいつ動いてる!」

 鈴の声が聞こえた。

 

 白式が光に包まれる。

 爆発。

 

 死んだ。箒はそう思った。黒煙が晴れ、白式と所属不明機が倒れ、動かないのを見て、その思いは強くなった。

 

 甲龍が白式に近づく。白式が強制解除され、一夏が地面に落ちた。箒はそれを見て思い出した。

 

 絶対防御。全てのISに搭載されている、あらゆる攻撃を受け止めるシールドだ。シールドエネルギーを極端に消耗することから、操縦者の命に関わる緊急時、救命措置を必要とする場合以外発動しない。白式が展開されていたから、絶対防御が発動しているはずだ。

 怪我は負っているかもしれないが、命だけは助かっているはずだ。

 

 同時に競技場へ多数の打鉄が勢い良く入ってきた。

 一夏は甲龍に抱っこされ、ピットへと向かってくる。

 所属不明機は打鉄によって、手際良く回収されている。

 

 甲龍は箒の頭上を越えて、ピットへ入っていった。箒はそれを見送る。鈴は真剣な表情で、通り過ぎた。

 

「篠ノ之さん! あなた、無茶しすぎですわ!」

 箒が振り返ると、ブルー・ティアーズがいた。

 

「ちょっと! 聞いてますの!」

「あ、ああ」

 セシリアが箒に指を刺しながら怒る。

 

「一夏さんがいなければ、あなた! 死ぬ可能性だって有ったんですわよ!」

 セシリアのその一言で、箒は目の前が暗くなった。

 

 どんなに思い込もうとしても、事実は変わらない。箒は分かっていた。自分が死にかけたことに気づいていた。だけれども、もう一方で、姉に嫌われていない、狙われるはずないと思いたかった。

 

 だが結果は、姉に殺されかけた。それを受け入れている心と、それを拒絶している心が、箒には有った。どちらも姉に嫌われたくない思いから湧き出た感情だった。

 

「篠ノ之さん! しっかりしなさい! 今は、一夏さんの所へ行きますわよ!」

 セシリアはそう言うと、箒の頭上を通り過ぎた。箒は何も考えられず、セシリアの言う通りにした。

 

 ピットの入り口で、一夏が救急搬送用のベッドに乗せられているところだった。

 セシリアと鈴はすでにISを解除している。

 

「一夏、今から学園で精密検査するって」

 鈴が一夏を見送りながら、心配した声で言った。白衣を着た人達が、一夏のベッドを動かし、扉をくぐる。

 

「すまない。……私の所為、だ」

 箒は自分のしたことが分かっていた。ただ壊して、喚いて、そして一夏と鈴の邪魔をした。姉がいると思って、姉に会えると思って、思うがままに行動した結果がこれだ。中学の頃から、何一つ変わっていないと後悔する。

 

「はぁ? アンタの所為? 何、自惚れてんの?」

 鈴が振り返り、眉を上げながら箒を睨んだ。そんな反応されると思わず、箒は困惑した。

 

「アンタが何したっていうのよ。アンタはただ訳の分からない事を叫んで、アレに狙われただけじゃない。一夏のことに、全く関わっていないわ」

 

 鈴は箒を見上げ、腕を組む。箒は「しかし」と声を上げるが、鈴に反論された。

 

「しかしもかかしもない! あれは一夏が悪いわ。敵の真ん前で余所見するなんて。その後も突っ込むし! 射線を避けてから攻撃すれば良いのに! 相手はレーザーなのよ、レーザー! きっと攻撃される前に、突っ込んで倒そうとでも考えたんでしょ、あの馬鹿は!」

 鈴は思っていたことをぶちまけるように、喚き立てた。力強く喋ったからか、肩で息をしている。

 

「一夏さん、精密検査なんて大丈夫でしょうか? ああ、心配ですわ!」

 セシリアが鈴を無視して、そんな事を言う。

 

「大丈夫でしょ。一夏は寝てるだけだったし」

 鈴は横目でセシリアを見ながら、ぶっきらぼうに言う。

 

「ね、寝てる? ですが、さっき精密検査と」

「男性操縦者だからでしょ。丁度良いじゃない。世界中の研究者が一夏のことに興味津々だし」

 

 セシリアは鈴の言葉に口を開ている。しかし、顔を引き締め、鈴に詰め寄った。

 

「鈴さん! あなた、騙しましたね! あんな声で精密検査と言われれば、誰だって心配しますわ!」

 セシリアが腰に片手を置き、もう一方の手で鈴を指差す。鈴はかぶりを振ってセシリアに言い返した。

 

「いいじゃない、心配すれば! それに擦り傷とかあったし、治療が必要なのは変わらないわ!」

 

「ふう、そうですわね。それでは私は一夏さんの看病をしますので、これで」

 セシリアはそう挨拶をして、この場を離れようとする。それに鈴が食って掛かった。

 

「何、言ってんのよ! それは幼馴染である私の役目よ!」

「わ、私も一夏が心配だ」

 

 箒は一夏に会いたかった。それに今は、この二人と一緒にいたかった。この二人が一夏を取り合っているのを見ていると、何も考えなくて済むからだ。箒は今、頭を働かせたく無かった。

 

「分かりましたわ。三人で会いに行く。これで良いですわね、抜け駆け禁止ですわよ」

 セシリアが微笑みながら、そう提案する。鈴も笑いながらそれに賛成した。箒も頷くが、この約束は守られなさそうだと感じた。

 

「ほう、教師に報告もせず、どこへ行こうというんだ?」

 扉が開き、千冬がピットに入ってきた。

 

「お、織斑先生……」

 セシリアと鈴はたじろいでいる。箒も居心地が悪かった。

 

「凰、命令無視したことを忘れているのか? 指導する」

「げっ!」

 鈴が体全体で拒否した。

 

「篠ノ之。なんの準備もせず、いたずらに身を晒したな。徹底的に指導する」

「……はい」

 箒は自分のしたことを千冬に言われ、再認識した。

 

「オルコット。お前の報告も必要だ。ついでに指導してやる」

「な、なんでですの!」

 セシリアの悲鳴がピットに響いた。

 

 

  夕方に一夏は目覚めた。三人で会う約束はあっさりと破られたが、箒は二人の心情が分かったので、それほど気にしなかった。一夏は彼女達のお見舞いよりも、 千冬に説教されるのではないかと気にしていた。いくら千冬でも、起きて直ぐに説教するわけないだろうと四人で結論づけた。その代わりにセシリアと鈴が、千冬の指導の怖さをつらつらと語った。

 

 今はもう日は暮れ、一夏と箒は寮に戻っている。

 箒は窓側のベッドを占領しているので、窓のブラインドの操作は、箒の役割だ。箒はブラインドを操作する紐を持ちながら、窓を見る。部屋の光が窓に反射し、箒の浮かない顔が写っていた。

 

 所属不明機の砲口に狙われた場面を何度も思い出す。その度に箒は考える。姉さんの邪魔になるくらいなら、死ぬべきではないのか。姉さんに邪魔に思われながら、死にたくないと。姉さんともっと一緒にいたいと。

 

「どうしたんだよ、箒。さっきからため息ついて」

 一夏が心配そうに声をかけてくる。箒はブラインドを下げ、一夏の方へ振り向いた。ベッドに座っている一夏が、不思議そうに箒を見ている。

 

「……一夏はなんで、私なんかに構ってくれるのだ?」

「はぁ?」

 

 箒はうつむきながら、言葉を吐いた。それに対して一夏はいぶかしげな声を出した。

 

「だから! なんで私に話しかけてくるんだ! 私は直ぐに手は出る! 殴る! 竹刀を振り回す! 会話は出来ない! 友達もいない! そんななのに、なんで、一夏は優しく話しかけてしてくれるんだ」

 

 箒は頭を掻き毟りながら、今まで貯めこんできた疑問を吐く。箒の態度に一夏は驚いている。何を言っているんだ私は、と箒は思いながら、自らを抑えきれない。

 

 聞きたいのだ。一夏の思いを。

 一緒に同じ部屋にいることで、箒が一夏に殴りかかることは何度も有った。それにもかかわらず、一夏は箒に挨拶し、食事に誘い、放課後に一緒に訓練をし、部屋では昔のことや、その日の出来事を話す。

 

 なぜそんなに優しくなれるのか。どうやって相手を許しているのか。どのように諦めずに相手に接するのか。

 

「なんでって言われてもなぁ。箒は俺と話すのは嫌なのか?」

「嫌じゃない! 嬉しい! でもおかしいだろう!」

 箒は顔を上げ、大声で否定する。一夏は笑った。

 

「そうだな。最初は、同じ篠ノ之道場の同門だから、世話を焼こうって思ったんだ。箒のおばさんたちにも、良くしてもらったし」

 一夏は懐かしそうに声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「同じ寮の部屋になって、驚いた。昔の箒は、喋る方だったのに、今じゃ全然、喋んないからな。よく殴ってくるし、友達が俺しかいない、なんて言われるとは思わなかったよ」

 

 箒はこの前の夜を思い出し、顔を隠す。しかし、一夏の言葉をしっかりと聞いていた。一夏もそれが分かっているのか、話を続ける。

 

「けど、昔と変わらないところもあった。クラスメイトには優しいし、ちょっとしたことで一喜一憂するし、髪型は一緒だし、なんだかんだ言いながら俺の訓練に付き合ってくれるし、千冬姉の事が未だに苦手だし、束さんのことが大好きだって事も、よく分かった」

 そんなに見られているとは、箒は思っていなかった。恥ずかしさと嬉しさが、入り混じってしまう。

 

「変わったけど変わんないなぁ、って思ったんだよ。箒は自分のことを駄目な奴だって思ってるかもしれないけど、そうじゃないぜ。ちょっと、臆病になっただけだ」

 

 箒は鼻をすする。自分が涙目になっているのが分かる。

 

「だから、友達作りの師匠になってくれって言われたときは、面食らったけど、昔の元気な箒みたいで、嬉しかった。だから俺もやってやろうって思ったんだよ」

 

 箒は顔を上げた。不細工になっていると思われる表情で、一夏に言う。

 

「……私は、お前に暴力を振るったんだぞ。当たらなかったから良かったものの、入院するくらいのことをやったんだ」

 

 それを聞いても一夏の表情は変わらなかった。笑顔でなんでもなさそうに、箒に言う。

 

「そりゃ、偶に殴ったり、竹刀を振るったりしてくるけどさ、初日と比べてそれも少なくなったし、俺は未だに怪我してない。なにより箒と一緒にいると、俺の気が楽だからな」

 

 箒は感情が爆発しそうになった。それを抑え一夏の前に移動する。一夏の顔をしっかり見ながら、口を開いた。

 

「一夏、ありがとう。お前がいてくれて、本当に良かった」

 言い終わり、箒は頭を下げた。

 

「そんな暗くなるなって。俺はいつでもお前の味方だ」

 

 一夏は箒の頭を撫でる。一夏への恐怖は全く無くなっていた。箒は姉によく撫でられた事を思い出した。

 

 箒は急に寂しくなり、一夏に抱きついた。一夏のベッドに二人で倒れる。

 箒は静かに泣いた。嬉しくて、寂しくて、怖くて、色々な感情が入り混じり、泣く以外出来なかった。一夏が変わらず頭を撫でてくれるので、それに甘えることにした。

 

 しばらく経ち、落ち着いた後に、箒は一夏へお礼を言った。服を汚した事も謝った。一夏はそれを笑い飛ばしながら、「気にするな」と言ってくれた。

 

 箒は自分のベッドに入り、布団を被った。

 様々な悩みがあるが、箒は少しスッキリした。そして、ある事を思いついた。

 

 姉さんと話をしよう。会って、なんでこんな事をしたのか話し合いたい。一夏が話してくれたように、姉さんの思いを知りたい。

 

 箒は心に決めた。今はまだ会いに行く勇気が無いが、姉の研究の邪魔をしてでも、必ず会いに行こうと思った。



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9.決意

 寮部屋の扉がノックされる。と同時に、開かれた。その人物を見て、一夏は慌ててパソコンの画面の電源を消す。箒は呼んでいた雑誌を横に置き、体をその人へ向けた。

 

「お引越しで〜す」

 山田先生は開口一番にそう言った。

「部屋の調整が落ち着いたので、篠ノ之さんは別の部屋に移動です」

 

 頭が一瞬、真っ白になった。箒は混乱しながら、山田先生へ抗議した。

「ま、待って下さい。それは今直ぐに部屋を離れろということですか」

「はい、そうです。お年ごろの女性が、男性と同室で生活するなんて、篠ノ之さんも寛げないでしょうし、織斑くんも、ね」

「いや、そんなことはないです。私はくつろいでいます! むしろ、一夏でないと駄目です!」

「は?」

 一夏は、すっとぼけた声を上げた。

 

「私は一夏が居ないと駄目なんです! 私の口からでは言い難いですけど、恥ずかしいことを教えてもらっている最中なんです!」

「は、恥ずかしい、女性の口では言い難いことを! 教えてもらっているんですか!」

 山田先生は目を見開かせて、オウム返しをしている。

「ちょ、ちょっと待て」

 一夏の弱い声では、女性二人は止まらなかった。

「ひと通り、その訓練を終えて、実践したいんです。一夏と!」

「織斑くんと、恥ずかしいことを実践! だ、駄目です! そんなこと許可できません!」

「おーい、聞こえてるか」

 

「一夏がいないと、私は一人で寂しい夜を過ごすことになります!」

「そんなの、先生だっていつもの事です! じゃなくて! それを聞いた以上、同室にさせるわけにはいけません!」

「なんでですか!」

「当たり前です!」

「山田先生も箒も落ち着いて下さい! それと、山田先生は勘違いしています」

「一夏、一夏は私が部屋を離れることに何も思わないのか」

「いや、山田先生の言うことも一理あるし」

 

「そうか、そうだな。私の相手は一夏しかいないが、一夏の相手は大勢いるからな」

 箒に友達だと言ってくれたのは、一夏くらいだ。セシリアとはライバル関係で、クラスメイトには「友達じゃないし」と言われるのが怖くて、箒は確認をとっていない。鈴とは挨拶を交わすが、別のクラスなので、ほとんど話しかけていない。

 

 山田先生が一夏へ詰め寄る。

 

「織斑くん! 篠ノ之さんだけでなく、他の人ともそういう関係なんですか!」

「山田先生は見て分からなかったのですか? 教室でも食堂でも体育館やグラウンドでも一夏は人気だったでしょう」

「そんな、教室や食堂、グラウンドでそんなことを……」

 山田先生の顔が引きつり、口が震えている。

 一夏は二人の顔を交互に見て、声をかける機会を伺っていた。

 

「むしろ、教室以外のどこで触れ合うのですか?」

「ああ、そんなことって。駄目です。篠ノ之さん、自分の体は大切にして下さい!」

「二人共、聞いてくれ!」

 一夏の大きな声で、二人は一夏を見る。

「箒、これは良い機会だと思う。箒は色んな人と仲良くなりたいんだろう?」

「色んな人と仲良く! 篠ノ之さんは、その、女性とも、仲良くしたいんですか?」

「はい、恥ずかしいですが、そうです」

「箒、恥ずかしがるなって、それは普通だから。山田先生が勘違いを……」

「普通、普通。そんなに歳は変わらないのに、今の若い子は、進んでいるんですね。……篠ノ之さん! 無理矢理は駄目ですよ!」

「分かっています! 合意の上で無ければ、一人よがりです」

「あう〜、本当に進んでいます」

 山田先生はフラフラと部屋を出て行った。その後ろ姿を見送った一夏がため息をつく。

「勘違いしたままだ」

 

 一夏に何が勘違いなのか尋ねられないほど、箒は不安だった。

「一夏、私は新しい部屋で、やっていけるだろうか。そこの生徒と仲良く出来るだろうか」

「大丈夫だって、箒ならやれるさ。セシリアとも話せているだろ」

「セシリアはライバルだと言ってくれたからだ。私は力不足だが、共に競い合う仲間と認めてくれたんだ」

「だったら、IS学園生徒全員と仲良くなれるさ。みんな、専用機専属になろうと競い合ってる。だったら、箒もライバルで友達になれるって」

「そ、そうか?」

「ああ、頑張れ。俺も今までと同じように手伝うから安心しろ」

 

 一夏が変わらず手伝ってくれる。その言葉に箒は安心できた。少しだけ、勇気を出して見ようと思うことが出来た。

「あ、ありがとう、一夏」

 

 箒は早速、自分の荷物をまとめる。部屋に置かれた自分の小物を、鞄に詰め込む。直ぐに用意ができた。

 

 扉を開ける。一歩を踏み出し、振り返った。

 今までは箒と一夏の部屋だったが、これからは一夏だけの部屋になる。もう、ベッドの上で悩み相談など出来ないだろう。

 IS学園では、ずっと一夏に頼っていた。そして部屋が変わったにもかかわらず、一夏を頼ろうとしている。

 

「なんだ、忘れ物か?」

 一夏が箒に尋ねる。いつもと変わりない顔。もし一夏の方が部屋を移動するのだったら、自分はこんな顔できない、と箒は思う。箒は息を吸い込み、一夏を見る。

 

「なんだよ、改まって」

「一夏! 来月に催される学年別個人トーナメントで、もし、私が優勝したら……」

「優勝したら?」

「つ、付き合って! 欲しい! ところがある」

「ん? 優勝しなくても、買い物くらいなら付き合うぞ」

「……私と一緒に、姉さんと会って欲しい。私は、少し怖いんだ。一人では、怖くていけない」

「箒の姉さんって、あの束さんだよな。……行方不明、じゃなかったか? 居場所を知っているのか?」

「姉さんの今いる場所は、分からない。だが、きっと居る。私の勘だが、当てがある。きっと、そこに姉さんは居る」

「……おう、分かった。だけど、そのことなら優勝しなくても付き合うぞ」

「駄目だ! 私が優勝できるくらいの技量が無ければ、私は会えない……」

「そっか。だけど、俺も本気でトーナメントを受けるからな」

「ああ、望むところだ。一夏、これからもよろしく頼む」

 

 一夏に手を差し出し、一夏がそれに答える。二人は固く握手を交わし、笑みを浮かべた。

 箒は背を向け、歩き出した。そして、急いで振り返り、一夏に詰め寄る。

「一夏、私の新しい部屋はどこだ?!」

「や、山田先生か、千冬姉に聞いてくれ」

 一夏が笑いながら答える。

 格好がつかないと思いながら、箒は足早に寮監の部屋へと向かった。

 

 

 胸が高鳴っている。これから話す内容を頭の中で練習する。扉をノックしようとし、下ろす。深呼吸。ノックしようとし、深呼吸。

 

「篠ノ之さん?」

「うふぇあ!」

 

 箒が振り返ると、鷹月静寐(たかつきしずね)が固まっていた。

「び、びっくりした。篠ノ之さん。大丈夫?」

「あ、ああ、すまん。大丈夫だ」

「そう? それじゃ、部屋に入ろっか」

 そう言って、静寐は扉を開ける。

「お、お邪魔します」

「お邪魔しますって、ここは篠ノ之さんの部屋でも有るのよ?」

「う、ああ」

 

 箒は想定していた会話を、繰り出そうと考えていたが、何も声にならなかった。

 

「ベッドどっちにする? 私は、そのままの廊下側が良いんだけど」

「私は窓、側が、良い」

「じゃあ、決まりね」

 

 静寐は自らのベッドに腰掛ける。

 箒もそれに倣い、荷物を置き、座った。

 

「改めまして。鷹月静寐です」

「あ、篠ノ之箒、です」

 

 沈黙がおちる。箒は目線を彷徨わせ、何か話題になるものを探す。

 

「篠ノ之さんって、剣道しているの?」

「あ、ああ!」

 

 箒は急いで、荷物を取り、木刀を袋から出す。鞄が倒れ、中の物が辺りに散らばるが、気にしない。

 

「あの、木刀は危ないから仕舞ってて欲しいな」

「そ、そうだな。勢い良く出してはいけないな」

 

 箒はうなだれ、ゆっくりと木刀を仕舞う。ついでに、散らばった物も鞄へと直し始めた。

 

「あれっ? 篠ノ之さんって、そう言うのが好きなの?」

 

 静寐が指差した、箒が握っている物。それは、宇宙へ行けるロケットが写っている本だった。ところどころ黄ばみ、折れており、古ぼけた感じがする。

 

「ああ、これは姉さんが私にくれた本だ。小さい頃、宇宙について教えてくれたんだ。それから宇宙の話が好きになったんだ」

「そっか、ISって元々は宇宙での使用を目的としたマルチプラットフォームスーツだもんね。篠ノ之さんって、宇宙にどのくらい詳しいの?」

「いや、あまり詳しくない。姉さんが話してくれたのは、まだ小さい時で、ほとんど何を言っているか分からなかった。今はただ、宇宙のことが気になるってくらいだ」

「じゃ、じゃあ、最近の宇宙のニュースってどんなのが有った?」

「……私がよく見るのは、地球が終わったり、文明が崩壊したり、人類が滅亡したりする話なんだ」

「それって、月刊m「隕石で滅亡する話が一番分かり易いな」ああ、うん。それは今度から見ちゃ駄目です」

「ああ、一夏にもそう言われた。それにこのIS学園からでは立ち読みが出来る本屋が遠いから、最近は呼んでいない」

「良かった、織斑くんが正してくれて。そうだ、篠ノ之さんって、織斑くんと幼馴染だよね? 織斑くんって小さい頃、どんな子供だったの?」

 

「おお! それは私も気になるな〜」

 布仏本音(のほとけほんね)がいつの間にか、部屋に居た。

「布仏さん、いつの間に。良いけど、次からはノックしてね」

「は〜い。そうだ、これから大浴場の時間だから、そこで話さない? みんなも興味津々だよ」

 

 大浴場。それは寮の設備の中で唯一、箒が使ったことがない部屋であった。

 

「だ、大浴場、だと……」

「うん、裸の付き合いだよ〜」

 

 裸の付き合い。箒にとっては、友達としたい50のリストに入っている重要な項目だ。難易度はかなり高いとコメントも付いている。

 

「私は、その、恥ずかしい」

 

 箒の言葉を受けて、静寐が口を開く。

「もしかして、何かの手術の傷跡が有ったり……する?」

「あう、ごめんね。無理に誘っちゃったかな」

 静寐とのほほんさんが沈んだ感じで謝る。それに箒は耐えられなかった。

 

 

「違う。胸がおっきいのが恥ずかしいんだ!」

 

 

 静寐とのほほんさんは、ヒソヒソと箒に背を向けて話しだした。

「ちょっと、どうします? あんな事、言ってますわよ」

「本当ざます。今時、珍しい子ざます」

「これは何としても、一緒に入るべきですわよ」

「そうざましょ、そうざましょ」

 箒に聞こえたのは、そんな奥様会話だった。静寐とのほほんさんは、二人で口元を隠し、ゴニョゴニョしている。

 

 二人の話し合いが終わり、静寐が箒へと振り向く。

「篠ノ之さん。それなら、胸を隠して入らない? 私も手伝うよ?」

「うっ、しかし」

 

 のほほんさんが箒へ近寄り、上目使いで見てくる。

「しののん。一緒に入って欲しいな。きっと、楽しいよ」

「うぅ、……わ、分かった」

 

 箒が認めると、二人の表情は明るく変わり、ハイタッチをする。

「やった〜」

「さっ、それじゃ、用意しようか」

 

 静寐は学園が用意している寝間着を、箒へ手渡す。

 箒はそれをじっと見る。なんだか、騙された気分だった。

 

「じゃあ、私も用意してくるね〜」

 のほほんさんは、いつもと変わらずマイペースに部屋を出て行った。

 

 静寐があごに手を当て、首を傾げる。

「そう言えば布仏さんは、何の用事があったんだろう?」



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10.大浴場にて(総集編)

 篠ノ之箒(しののの ほうき)は鷹月静寐(たかつき しずね)の後ろを歩く。着替えを持ち、下を向きながら彼女の背中をちらりと見る。

 彼女は、のほほんさんと話しながら歩いている。笑い合い、二人はとても楽しそうだ。箒は口を開き、声を出そうとする。しかし、口を閉じた。これを何度も何度も箒は繰り返している。

 

(会話に参加したい……)

 

 箒は並び歩く二人の会話に耳を傾け、いつでもその輪へ入れるように、準備万端だった。一歩後ろに自分がいることを、二人に示したかった。

 

「ねぇ〜、しののんはどう思う?」

 のほほんさんが振り返り、箒の意見を聞く。

「あぁ、そうだな。私もそう思う」

 箒が言い終わると、「でしょ〜」と言って彼女は再び前を向く。

 

(よしっ、うまく会話できた!)

 

 心の中でガッツポーズを決め、少し緊張を解く。放課後にクラスメイトと会話するのは、いつも一夏に頼っていた。自分は一歩前進したと、箒は感じていた。次の目標は、友達と一緒に並んで歩く事だ。

 

 

 大浴場の脱衣所で、箒は固まっていた。湿った熱気が肌で感じられる。話し声が、服を脱ぐ衣擦れ音が周りから聞こえてくる。

 

(思っていた以上に、人がいる!)

 

 大浴場はどうやら、一組と二組で共同で使用する日みたいだ。入浴時間は三十分。今日は一組と二組が学生の時間帯の最後で、その後に寮監や教師が入れる時間帯となると先ほど聞こえてきた。そう言えば、そんな寮での決まり事を、箒は入寮時に説明された気がする。

 

 箒のすぐ隣を人が通っていった。出入り口で立ち止まっている箒を不思議そうに見てくる。その人は歩きながら制服を脱いでいた。

 

「篠ノ之さん、大浴場は使うの初めてなんだよね?」

 突っ立っている箒に静寐が声をかけてくれた。

「靴はそこに直して、脱いだ服は好きな所のボックスを使って良いのよ」

「あ、ありがとう。私は壁際を使う、から」

「じゃあ、いこう」

 箒が靴を靴箱に入れ終わると、静寐が箒の手を取ってきた。靴を触ったのに、躊躇なく握ってくれた。力強く進む彼女が箒には有難かった。

 

「あの、鷹月さん。皆はタオルでその、隠さないのか?」

 箒は周りを見ながら、疑問をぶつける。

「最初は皆、隠していたんだけどね。何日も一緒に入っていると、誰も気にしないし、隠すのも面倒くさいってなってきているんだと思うよ」

「なら、……隠すのは目立つのか?」

「ううん。タオルで隠す人は他にも居るし、変じゃないよ。湯船の中まで入れると怒られるけど」

「そ、そんな事はしない」

「なら、大丈夫だね」

 静寐は箒に笑いかける。場馴れしていない箒は、きょろきょろと辺りを見回しながら、慎重に服を脱いでいく。

「初々しいなぁ〜。私にもこんな時期があったんだなぁ」

「いや、あんたはずっと変わってないよ」

 箒が声をする方向を見ると、のほほんさんと谷本癒子が此方を見ていた。

 箒が少し頭を下げて挨拶すると、二人が近づいてきた。

 

「篠ノ之さんって大浴場は初めてなんだって?」

「あぁ、そうだ」

「結構広くて、綺麗だからね。これからも使わなきゃ損だよ、損」

「はいろ〜、はいろ〜」

 

 二人はすでに服を脱いでおり、タオルで前を隠している。その心遣いが箒には嬉しかった。

「ああ、入ろう」

 先程までの不安が無くなっているのを、箒は感じた。

 

 扉を開けると、湯気が体を包む。石鹸の香りがより強くなった。

「……大きい」

 箒の口から感想が漏れる。

「お、大きい」

「うん、思ってた以上だね」

「私とおんなじくらいかなぁ」

「ねぇ、あんたの胸、握っても良い?」

「え〜、どうしよっかなぁ〜、あげられないよ〜」

「むかつく」

「まぁまぁ、それは後にして、はやく洗おっか」

 箒は目の前の風呂に感動していた。飾り気ない大きな浴槽があるだけだと思っていた。

 明るい。様々なライトが設置され、薄暗くなりがちな大浴場が昼間のようになっていた。そして、大きな窓。そこから見えるライトアップされた庭が開放感を演出している。夜の暗闇の中に浮かぶ新緑が、箒を驚かせた。

 

「これ、すごいよね」

「ああ、寮にこんなところがあったなんて、知らなかった」

「分かる分かる。篠ノ之さんも、湯船に浸かりながらこれを眺めるのが、きっと好きになるよ」

「きてよかったぁ〜?」

「ああ、誘ってくれてありがとう」

 静寐とのほほんさんは、ハイタッチをして喜ぶ。

 

(のほほんさんの胸、私と同じくらいか、それ以上ありそうだ)

 揺れる胸を見ながら、箒は自身のコンプレックスをタオルで隠した。

 

 檜でできた椅子と桶を置き、備え付けのシャンプー、リンス、ボディーソープを使って体を洗う。自前の洗顔石鹸を最後に使い、いよいよ先延ばしにしていた、入浴となる。

 

 箒は辺りを伺い、どのように入浴するかを観察した。

「そんなに皆の裸が気になる?」

「べっ、別に、そんなんじゃ、ない……」

 声をかけられ、驚く。谷本さんが箒の後ろから体を寄せてきた。

「誰の体が気になるのかなぁ?」

「わ、私は、ただ、入浴の仕方を」

「まっかになったぁ、あやしい〜」

 のほほんさんも会話に入ってくる。

「はいはい、そこまで。篠ノ之さん、入浴の仕方といっても、掛け湯をする人としない人は半々だし、そこまできにしなくて良いのよ。タオルを湯船に付けない限り、大丈夫」

「そうなのか、助かる」

 静寐の助言に従い、浴槽の縁まで近づき、しゃがんでタオルを取る。周りの目から体を隠しながら、ゆっくりと湯船に浸かる。

 

(あったかい、久しぶりだなぁ)

 

 箒は手足を伸ばし、辺りに人がいることを思い出して引っ込めた。

 周りを見ると、皆がそれぞれ自由にしている。昔のように、胸のことでからかわれたり、しない。

 

(ここは、大丈夫、なのだろうか?)

 

「篠ノ之さん、隣、良い?」

「ああ、どうぞ」

 静寐が「失礼するね」と言いながら、箒の隣りに座った。

「ここ、景色が良いよね」

「ああ」

「お風呂、久しぶりなのよね? 気持ちいい?」

「ああ」

「そんなに俯いてないで、篠ノ之さん」

「ああ、でもしかし」

「大丈夫、一組と二組は布仏さんで見慣れているから」

「えっ、なになに。わたしがどうしたの?」

「布仏さんは可愛いなって、話だよ」

「えっ、そうかな。あう、嬉しいなぁ」

 近づいてきたのほほんさんは、此方に背を向け、湯船に沈んでいく。

「いや〜、かなりんも凄いよ。ほら、見てあれ。胸が浮いてる」

「あっ、私も浮くよ、ほら〜」

 浮かんできたのほほんさんは、胸が浮く様子を見せてくる。

「でも〜、一番すごいのは、やまだせんせ〜」

「あれはヤバイね。別次元だわ」

 谷本さんが頷きながら、のほほんさんに同意する。

 

(ここなら、大丈夫、だと思う)

 

 箒はゆっくりと手足を伸ばす。溺れないように顔を上げて。静寐も同じ様に手足を伸ばした。

「気持ちいいよね」

「ああ、気持ちいいな」

 二人は窓から見える木々を眺める。久しく感じなかった、ゆっくりとした時間だった。

 

「あっ、箒がいる」

「あら、箒さん。大浴場では初めてですわね」

「ああ」

 凰 鈴音(ファン リンイン)と、セシリア・オルコットが箒に声を掛けてきた。

「隣、失礼しますわ」

「ああ」

「私、箒さんに尋ねたいことがありましたの、機会がやっと来ましたわ」

「ん、なんだ?」

「一夏さんと同じ部屋で、どんなことをして過ごしているのでしょう?」

「あっ、私も気になる。どんなイチャイチャエピソードがあるのか聞いてみたい。裸を見せたり、見られたりはちゃんとしてるよね?」

 谷本さんがセシリアの話に乗って来た。しかし、箒はそれを否定する。

「そんな事、するわけないだろう。見られそうになったのも、初日だけだ。私が一夏に無断で、寮部屋のシャワーを使った時だ」

「ええ! あの時だけなの! 勿体無い! 織斑くん、何してるの! 篠ノ之さんもベッドに誘ったり」

「駄目ですわ! 行けませんわ! そんなはしたない事!」

 セシリアが過剰に反応し、大浴場にいた人達の目が此方に向く。

 

「ない! そもそも、私は男性が苦手なのだ。最近になって、一夏に触られても平気になったんだ」

 

 箒の声が大浴場に響く。周りは誰も声を発しない。

(嫌な沈黙だ。まただ、また私は、沈黙を)

「うそー!」

「えっ、苦手って……。篠ノ之さん、織斑くんを何度も投げ飛ばしてなかったっけ」

「あと、剣道とか、道場で一緒にやってなかった?」

 名前を覚えきれてないクラスメイト達が、矢継ぎ早に質問をしてきた。箒は慌てながらその質問に答える。

 

「私から触ったり、殴ったりするのはできるが、触られるのは、怖かったんだ」

 

「織斑くん、生殺し状態だったんだ……」

 誰かの呟きが響いた。

 

「えっと、織斑くん、凄いね」

「目の前にこんな身体があるに、我慢するしか無かったんだね」

「み、見るなぁ」

「なにそれ、箒。私に喧嘩売ってんの」

「リンさんは、悪い方向に考えすぎですわ」

 

 セシリアは、オホンっと咳をして注目を集めた。

「つまり、一夏さんと篠ノ之さんは同じ部屋で寝ていますが、何も起こらないということですの?」

 

「ああ、……それに今日から違う部屋になった。……一夏は明日の朝、ちゃんと起きられるだろうか」

 

「えっ、違う部屋になったの?」

「じゃあ、今日は織斑くん、一人寂しく寝るの?」

「思春期の男の子が一人になったときにスることと言えば」

「……今日くらいは、一人にさせるべきかな」

 クラスメイト達は、次々に違う話題へと移る。箒はそれに追いつけない。

 

「ねぇねぇ、おりむ〜って、小さい頃はどんなだった?」

 それを見かねたのか、のほほんさんが箒に質問をしてきた。

「私も気になりますわ!」

「わ、私が知っているのは、小学四年生までだぞ。鈴(リン)の話の方が良くないか?」

「箒、あんた、一夏の子ども時代を独り占めする気ね!」

「知りたい、知りたい!」

 クラスメイトの目が輝いている。何を言うべきか、箒は考えた。

 

(鈴も知っているだろうが、一夏と千冬が親に捨てられた子だということは、絶対に言ってはいけないだろう。それは一夏か千冬が自発的に言うべきことだ。しかし、詳しく話せば親がいない事はわかってしまう。それとなく、ぼかしてみよう)

 

 箒は「つまらない話だが」と前置きをいってから、語りはじめた。

 

「私が一夏と初めてあったのは、私の家だ。いつの間にか一夏と一緒に御飯を食べていた。ほぼ毎日のように一緒に食べたな。そのときはまだ、男嫌いでは無かったので、昼食が終わればよく一緒に外で遊んだ」

 

「一緒にご飯を食べるって、親公認じゃん!」

「なになに、二人はそんな赤い糸で結ばれていたの!」

「ショタ一夏くん……、行けるわ!」

「くっ、私だけじゃなかったのね」

「羨ましいですわぁ」

 

(鈴がご飯を一緒に食べた仲だといったとき、鈴の実家が中華料理屋だったから問題にならなかったんだ。これをどういうべきか……)

 

「私の実家は、剣道の道場を開いていて、一夏と私はその門下生だ。御飯を食べるといっても、その延長だ。同じ釜の飯を食べる仲といったところか。私は一夏の事を弟のように感じていたが、向こうは友達その一くらいに思っていたかもしれないな」

 

「織斑くんが弟か、それも良いな」

「千冬様の弟だもんね」

 クラスメイト達がそれぞれ感想を呟く。その一つに、箒が聞き逃せない言葉があった。

「むっ、千冬の弟扱いは、一夏が一番嫌がるぞ」

「えっ、そうなの?!」

「ああ、ブリュンヒルデのサインをくれ、やブリュンヒルデと会わせてくれ、なんて頼み事から始まり、千冬と比べられて嫌味をよく言われることがあったみたいだ」

「篠ノ之さん、自然に先生を呼び捨てにしてるね」

 静寐がやんわりと箒をたしなめる。

 

(一夏は千冬……織斑先生の働いた金で育てられたと言っていい。しかも、自分の所為で織斑先生が一切遊ばず、偶の休日も疲れきっているところを見ている。一夏は織斑先生に対して、負い目がある)

 

 箒は頭の中で纏める。おかしな所を突っ込まれないように、一息で言った。

「…… そんなだからか、一夏は織斑先生の邪魔にならないように過ごしてきた。織斑先生はほとんど家に帰らず、偶に帰ってきたときは、かなり疲れていたと言っていた。そんな姉に少しでも心配を掛けたくないからか、一夏は中学のときに新聞配達のアルバイトをしていたらしい。就職率の良い高校を受験して、高校を卒業し た後は就職するつもりだったんだ。だが、ISを動かせるようになり、心が変わったようだ。IS操縦者の姉に守られる側から、守る側へとなりたいらしい。 きっと、少しでも姉の役に立ちたい。心配されたくない。一人前になりたいのだろう」

 

「世界最強のブリュンヒルデを守る。大変だね、織斑くん」

「ああ、尊敬する」

「そんな所に惚れたの? 篠ノ之さんは」

 

「な、なにを! 惚れるとか、惚れてないとか、そんな話は一切ない!」

「えっ! 本当! じゃあ私が織斑くんにアピールしても良い?!」

「行けませんわ!」

「セシリアには聞いてないよ! 私たちは恋のライバルだからね!」

「……別に私は構わないが、難しいと思うぞ。今、一夏は姉を越えようとしている。その姉が居るのに、女性と付き合えるほど、一夏は器用じゃない」

「なるほど、一理あるわね。でも、それならそれで対応できるわ」

 鈴が呟く。箒はそれを聞き、安心する。一夏の事情を知っている鈴なら、一夏を傷つけることはしないだろう。

 

「えーっ! でも、体で迫ったら、どうかな?」

「織斑先生よりも、魅力的なら上手くいくかもしれないな。一夏は偶に織斑先生の体をマッサージしているからな」

「いいなぁ、私も千冬様の肢体に触りたい」

「織斑くんのマッサージかぁ、胸がこってるの、なんて言ってみたいなぁ」

「そんなこと言ったら、織斑くんなら胸のマッサージ始めそう」

 笑い声が響く。箒は自身の言ったことが深く追求されず、息を落ち着かせた。

 

(織 斑先生に負い目が有る一夏が、織斑先生の前でイチャイチャ出来るわけがない。千冬の年齢は二十四歳、一夏の年齢は十五歳。一夏が小学一年生前後、あの白騎 士事件があった年には捨てられていた。一夏が当時六歳だとすると、千冬は十五歳。今の私と同じ年齢。その中学三年生か高校一年生かの年齢で、小学生を一人で育てると決意した。その年齢と同じなのだ。あの一夏がそれをどう思うかだ。

 しかし、なぜそんな年齢で子育てを決意したのか、また周りはなぜそれを決意させたのか。その理由は一体何なのだろうか? 地域社会はなぜそれを許したのだろうか? 千冬の思春期は、全て一夏の為に費やされたと言って良い。一夏のために働き、一夏のために勉強し、一夏のために青春を捨てる)

 

「あれ? 篠ノ之さん。本当に惚れてなさそうね」

「だから、そう言っているだろう」

「でも、さっき、織斑くんの事を言っている篠ノ之さん。すごく良い顔だったよ。すらすらと、言葉も出るし。ああ、好きなんだなぁ、と思ったくらいなのに」

「それは、……一夏が羨ましいんだ、私は」

 

(羨ましいんだ、私は。あぁ、昔の一夏と今の一夏の両方を羨ましいと感じている。昔の一夏は、姉を独占して、姉の行動を縛っていた。私も姉を自分の物にしてみたいと、思っている。そして、今の一夏のように姉を守るとも言ってみたい。姉の後ろをついて歩くだけじゃなく、姉の横に並び立ちたい。姉の邪魔に成りたくない。嫌われたくない。だけど私も、姉の役に立ちたい。必要とされたい)

 

「私も、姉さんにマッサージくらい、してみたい、からな」

(だけどなにもできない。私は何も手伝うことが出来ない。姉さんが何を求めているのかも、分からない。私は何も知らない。会いに行っても、何をしたら良いのか、はっきりしない)

 

「おい! 一年の一組と二組! いつまで風呂に入っているんだ! さっさと出ろ!」

 

「千冬先生だ!」

「やばっ! 速く出ないと!」

「ああっ! 大事なことを言い忘れていた!」

「何! 篠ノ之さん?!」

「千冬、いや、織斑先生を一夏の事でからかうと、死ぬ」

 

 一組と二組は箒の言葉を心に深く刻み、大急ぎで大浴場から出た。



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11.予感

 朝日が眩しい。箒は時間を確認しようとして、時計をいつもの場所へ置いていない事に気がついた。

 

「そうだ、部屋を移動したんだ……」

 隣のベッドをみると、鷹月静寐が行儀良く眠っている。規則正しく動く布団を見て、箒は音を立てないようにベッドから降りた。

 

 いつもなら、一夏を起こす。いつまで寝てるんだ、と言って一夏を、朝の稽古に付き合わせることも有った。

(そう言えば、稽古の後のシャワーは必ず先に譲ってくれたな)

 今になって、一夏の心配りに気付く。箒は自身の不甲斐なさにため息をつくと、部屋を出た。

 

 朝の稽古を終え部屋に戻ると、静寐が寝間着で部屋を歩き回っていた。

「篠ノ之さん! 先に学校へ行ったのかと思ったよ」

「すまない。書き置きを残せば良かった、失念していた」

 どうやら静寐は、箒が先に学校へ向かったと思ったらしい。反対の立場なら、少し不安になることが箒にも分かる。箒が頭を上げると、静寐が笑顔で挨拶してきた。

「篠ノ之さん、おはよう」

「お、おはよう」

「じゃあ、用意できたら食堂へ行こ?」

「ああ」

 

(一夏無しで、クラスメイトと挨拶ができた!)

 

 箒は急いで着替えた。鏡を見ると、その顔にはニヤニヤと不気味な笑顔が浮かんでいた。

 

 

 教室の扉を開けると、一気に女性達の話し声が広がった。いつもなら、一夏がこれを無視して挨拶をする。箒は唾を飲み込み、口を開こうとする。

 

(誰も此方を見てない……)

 

 この状況で挨拶するのか? いや、無理だ、無理だ。声を出すのが怖い。

(誰も反応してくれないのではないか?)

 箒がそんなことを思っていると、静寐が後ろから声をかけてくれた。

「どうしたの、篠ノ之さん。座らないの?」

「あっ、はい。座ります」

 

 箒は項垂れながら、自分の席で小さくなった。

「あらっ、篠ノ之さん。体調でも悪いのかしら」

その声に箒は顔を勢い良く向ける。セシリア・オルコットが首を傾げながら、箒を見ている。

「いや、大丈夫だ。おはよう」

 セシリアはいつでもキラキラしている。箒の目にはそう写っていた。優雅に歩く姿から、ISの操縦まで、常に気を張っていることが分かる。

(羨望しているだけでは駄目だ。セシリアは初めてのライバルなんだ。クラスメイトに挨拶が出来ないからって、落ち込んでてはいけない)

 

「それにしても、皆さん。何の話をしているのでしょうか?」

「いや、私にも分からない……」

 クラスの話題は、ボッチを卒業したばかりの箒にとって、鬼門だった。

 

「おはよ、何で盛り上がってんだ?」

 一夏がいつもより遅くに、教室へ入ってきた。

 セシリアが一夏へ近づこうと移動を開始したが、千冬が教室へ入ってくるのを見て、そのまま席へ座った。

 

「席につけ、お前ら。今日はいつもより早く、ホームルームを始める」

 

 

 山田先生が壇上に立ち、いつものように笑顔で挨拶をする。

「今日はなんと! 転校生を紹介します!」

 教室がざわめく。あちこちから、「転校生?」「聞いてない」といった声が流れる。

 

 教室の扉が開き、その転校生がゆっくりと歩いてくる。誰もが、その姿に驚いた。

 

「シャルル・デュノアです。皆さん、よろしくお願いします」

 一夏と同じ男子の制服。顔は柔和で、その優しそうな笑みが女性達の心をつかんだ。

 髪はセシリアよりも濃いブロンドで、背の高さもセシリアに近い。

 顔が整っており、まるでおとぎ話に出てくる王子様だった。

 

「このクラスにボクと同じ男性IS操縦者が居ると聞いて、フランス本国より」

 

 黄色い悲鳴が教室を揺らす。千冬が教師だと分かった時よりも大きな声だった。

 

「騒ぐな。静かにしろ。一限目のIS実習は、二組と合同で行う。速やかに着替え、第二グラウンドへ移動しろ。織斑はデュノアの面倒を見てやれ。解散!」

 

 千冬と山田先生が教室を出て行き、一夏とシャルルもそれに続く。

 残されたクラスメイト達が、物憂げな溜息をつきながら、扉を眺めている。

「ああ、いいなぁ」

「格好良いよぉ」

「これは、号外だわ」

「デュノアってもしかして、デュノア社かな? フランスだし!」

「もしかして、御曹司なの!」

「本当に王子様みたい!」

「ガサツな男とは違うね!」

「織斑くんも良いけど、シャルルくんも良いなぁ!」

 

 笑い声が響く。箒は着替えながら、自分の感情に戸惑っていた。

 

(男が来たのに、怖くなかった)

 

 自分の胸に手を当てて、いつもと違う思いがあることに、箒は悩んだ。

 

 

「今日からIS実習を開始する。凰(ファン)、オルコット、前に出ろ。最初に戦闘の実演を行う。お前達の目指すべき目標だ。しっかりと観るように」

 千冬が号令をかけ、生徒への訓示を行う。

「うへぇー。なんで私が」

「見世物のようで、気が進みませんわ」

凰・鈴音(ファン・リンイン)とセシリアが渋々ながら前に出る。千冬が何かを囁くと、一気にやる気を見せた。生徒がヒソヒソと声を交わす。

「買収された」「何を言ったんどろう?」

 

(セシリアと鈴がやる気になっている。少しでも技を盗まねば!)

 箒は集中しようとして、物が落下する風切り音に気づいた。

 

 ISが落下してくる。操縦者が何か言っているが、聞こえない。クラスメイト達が一斉に避難するが、一夏が棒立ちになったままだ。

 

(あっ、一夏が死んだ)

 箒は何も出来なかった。あまりにも唐突で、手を伸ばすことも出来なかった。頭の理解が追いつかない状態だった。

 粉塵が高く舞い上がり、箒は最悪な状況を想像する。

 

 恐る恐る、箒はクレーターの中を見る。

 一夏とISに乗った山田先生が居た。二人共、生きている。もしかしたら、一瞬でISを展開し、解除したのだろうか? そしてなぜか、一夏が山田先生に乗っかっており、山田先生が照れている。

 ISの尖った指先で器用に眼鏡の位置を直す山田先生を見て、箒は扱い慣れていると感じた。

 恐らく、咄嗟に山田先生が一夏に衝撃が来ないように受け止めたのだろう。それ以外、考えられない。

 

 一夏は立ち上がると、ビーム砲撃が一夏の隣を通って行った。

 そのビームの発射元を見ると、セシリアのISであるブルー・ティアーズが六七口径特殊レーザーライフル<スターライトmk2>を向けている。

 

(あれは死ぬ)

 一夏の特訓で、セシリアと放課後に戦ったことがある箒は、あの兵器の怖さを知っている。一夏は動けないだろう。ISを纏わずに、武器の射線にいる怖さが身を竦めるのだ。

 

「残念です。外してしまいましたわ」

 セシリアの笑い声が、まるで死神のように聞こえた。

「一夏あぁ!」

 鈴のISである甲龍、その武装の青龍刀<双天牙月(そうてんがげつ)>が一夏に向かって投げ出された。

 

(これは……死んだな)

 箒がそう感じた瞬間、射撃音が聞こえ、青龍刀が地に落ちた。今のは、一発目の射撃で青龍刀の軌道を逸らし、二発目で停止させた。

 箒が音の方向を向くと、山田先生のISの対物ライフルの銃口から煙が出ていた。

 火薬の臭いが鼻につく。呆然と見ていただけの頭が、回転し始めた。

「織斑くん、怪我はありませんか?」

「はい、ありがとう、ございます」

 腰を抜かしたいる一夏が、なんとか山田先生に声を返した。

「山田先生は元国家代表候補だ。今くらいの射撃は当たり前にできる」

 千冬が何でもないと言った風に、解説を始める。

 代表”候補”であの射撃が当たり前。箒は目を見開く。認識の甘さを修正する。山田先生の射撃は凄い。そして、その凄さでも代表”候補”なのだ。

 

「それではお前らは二人がかりで山田先生を倒せ。一分は持たせてみろ」

 千冬がセシリアと鈴に向かって指示を出す。

「はぁ? 舐めすぎでしょ」

「二対一だと、弱い者いじめになりそうですわ」

 セシリアと鈴は山田先生を心配するが、千冬に笑われた。

 

「安心しろ。お前達の実力では、すぐ負ける。では、始めろ!」

 

 三機のISが空へ舞い上がる。

 

(あっ、これ。よく見えない……)

 

 箒は後で映像を確認しようと決めた。

 

 

 空中で大きな爆発が起きた後、落ちてきたブルー・ティアーズと甲龍が地面にクレーターを作った。

 

「教員の実力は分かったな。では、次にグループになって実習を行う」

 

(グループに別れて、実習だと!)

 

 箒が恐れていた事態になった。さり気なく、しかし勢い良く一夏の側へ近づく。

 

「専用機持ちがリーダーとなって、IS操縦を教えろ」

 千冬の言葉と同時に、一夏とシャルルへ人が集まる。箒は自然に一夏のグループへ参加した。

 

(やはり、白式の造形が一番だな)

 他のグループのISと一夏のISを見比べる。箒の姉が作った最初のISである白騎士。白式はそれを意識した作りとなっていると、箒は思っている。

 

「そうそう、上手い上手い」

 一夏は相川清香へIS操縦を教えている。そのIS機動はぎこちなく、顔の表情が固まっている。

 

(そうか、普通なら本格的にISに触れるのは、今日が始めてなんだ)

 

 放課後、一夏とISの訓練をしたことがある箒にとって、練習用の機体は慣れた物だった。

 

「次、誰だ?」

「私だ」

 

 箒はコックピットまでよじ登る。視点の高さが一夏と同じになった。

「起動と歩行をしたら、交代だ。……箒はもう出来てるよな?」

 一夏が首を傾げながら、尋ねてくる。

「お前の訓練に付き合わせて貰ったからな。それでも、ISには乗りたいんだ」

 危なげなく、ISが動く。自分の手足のような感覚。なんでもできると思える万能感。今なら、やったことがない前宙だって出来そうだ。

「おお、流石だな」

 ひと通りの動きを試し、箒はISを停止させる。

 

 箒はISを座らせながら、一夏に尋ねた。

「そうだ、一夏。今日の昼は予定あるのか?」

「いや、無いが。どうした?」

「弁当を作ったんだが、昼に味を見てくれないか?」

「おう、今度はちゃんとした味だろうな」

「前みたいな物にはなってないから安心しろ」

「分かった、期待してる」

 

 箒はコックピットから出る。地面に着地し顔を上げると、周りが箒を見ている。

 

「なに! 今の自然な流れ!」

「これが正妻の余裕、威厳か!」

「篠ノ之さん、恐ろしい子っ!」

「ずるい! 幼馴染、ずるい!」

 同じ一夏グループの女子達が箒を囲む。

「うえっ、えっと、その」

「おい、次は誰だ?」

 箒がしどろもどろになっていると、一夏が声を掛け、そちらに注目が移った。

 

(せっかく話しかけられたのに、返事できなかった。こんなことじゃ駄目だ。返事を返す。これを次の目標にするんだ。よし!)

 

 箒が体育座りで反省していると、いつの間にか授業が終わっていた。

 

 

 昼休み、箒は屋上に来た。屋上の中心部には芝生がしかれ、その中央によく分からないモニュメントが浮いている。風が通りぬけ、五月の暖かな日差しが心地良い場所だった。

 一夏はセシリアと鈴、そして転校生のシャルルを連れてきていた。

 

(男性なのに、今日会ったばかりなのに、なぜ、怖くないのだろうか?)

 箒がシャルルを訝しげに見ていると、彼は居心地悪そうに一夏へ尋ねた。

 

「ボクが同席して良かったの?」

「男同士、仲良くしようぜ。部屋も同じだしな」

「な〜に、いちゃいちゃしてんのよ」

 鈴がシャルルの肩を抱く一夏を見て、呆れた声を出した。

 

「いちゃいちゃしてないって。おっ、酢豚か」

「そうよ、ご飯はこっちね」

「一夏さん! 私はイギリスの美味しい物をお教えしますわ」

「へぇ、サンドイッチか。美味しそうだな」

 一夏がセシリアのサンドイッチを手に取り、口にした。

「いかがかしら、遠慮無く召し上がって欲しいですわ」

「……うん、後でな。ほ、箒はどんなものを作ったんだ?」

 

(あの反応は、もしかして腐っていたのか? そして、鈴を後回しにするのは、確かな物を最後に食べたいという事だな。だが、今の私はチャーハン作りに失敗した私とは違うぞ、一夏!)

 

「私の弁当の主菜は、鶏もも肉の竜田揚げだ!」

「へぇ、頂きます」

 一夏がゆっくりと口へ運ぶ。他人が食べるときは、緊張してしまう。美味しいと言ってくれるだろうか。

「うん、美味い!」

 一夏の笑顔に胸が一瞬、高鳴る。それを誤魔化すように、箒は咳をした。

「この唐揚げみたいなもの、結構、手間がかかってるだろ」

「唐揚げではないが……良かった。デュノアさんは、ご飯を食べないのか?」

 箒は此方を見ているだけのシャルルが気になっていた。

 

「えっ、ボク? た、食べるよ」

「もしかして、弁当を忘れたのか?」

「買ってきたのがあるよ、ほら」

 シャルルはそう言って、幾つかの菓子パンを取り出した。

「日本は色々なパンがあって面白いね。その場で焼いているお店は少ないけど」

「あれ、菓子パンばっかりだな。フランスパンは買ってないのか?」

「バゲットやバタールは、やっぱりできたてじゃないと! ちぎった時の小麦の香りが無いとやっぱり……」

 シャルルが一夏に詰め寄り、そして我に返ったのか恥ずかしがっている。

 

「しかしそれだけでは、野菜や肉が足りないのではないか? これを、……食べてみるか?」

 そう勇気を出して、箒は弁当を差し出す。

「確かに男がそんな小食じゃあ大変よね。酢豚も食べなさいよ」

「サンドイッチとパンが被ってしまいましたわ」

「いや〜、被ったならしょうが無い。セシリアのは置いておこう」

 一夏がセシリアの弁当箱を横に置き、酢豚を受け取る。その自然な動作で誰も不思議に思わなかった。

 

「わぁ、弁当箱って良いなぁ。綺麗だなぁ」

「ちょっと、私の酢豚は味が移らないように、分けてるだけだからね!こっちのご飯の方の弁当箱は綺麗にしてるわよ!」

「分かってるって、鈴。おっ、鈴の酢豚も美味いな」

「うん、美味しいよ、篠ノ之さん。この卵焼き」

 

 箒はシャルルに話しかけられたが、いつもと変わらず対応できると思った。始めて会う男性は殴らないと気が済まないはずなのにだ。そして、確かめたくなった。

 

「デュノアさん、ちょっと触っても良いか? 殴ったら、すまん」

「えっ、箒。アンタ」

「箒さん、シャルルさんも狙うつもりですの! いけませんわ、そんな事!」

「いやいや、殴るってどういうことだよ。箒」

 一夏が箒を止めに入る。シャルルは殴ると聞いて不安な表情をしている。

「えぇ、殴るの?」

「だ、大丈夫だ! きっと、殴らない! 確かめたいんだ!」

 箒は右手を空中に出し、彷徨わせる。ゆっくりとだが、シャルルに近づけていく。

 

「その、優しくしてね?」

 

 箒はシャルルの左手に右手を重ねる。

 不快感はない。相手を殴ろうという気も起こらない。

 

「デュノアさん、今度は私を触ってくれないか!」

「ええ! どういう事、一夏!」

「いや、全く分からん。何がしたいんだ、箒は?」

「まあまあ、デュノアが良いって言うなら、やってみてよ」

 一夏が首を捻るが、鈴がそれを抑える。

 

「どこを触れば良いのかな?」

「ど、どこ? 手、手でお願いする!」

 

「噛まれないように、気をつけろよ」

 一夏がシャルルに囁く。

「ただ、触るだけなのに、こんなに緊張するなんて」

「なんだかドキドキしますわ」

「ホラー的なドキドキじゃないの」

 

 シャルルがゆっくりと手を下ろす。

 箒の手に、シャルルの手の暖かさが伝わる。

 

「だ、大丈夫だ……。きっと治ったんだ、男性を殴ってしまう衝動が、無くなった!」

「ちょっと、そんな実験をボクでしてたの?!」

「箒のあれは、衝動だったのか……」

 シャルルは驚き、一夏はしみじみと呟く。

 

「一夏、お前のおかげだ! これでもう、一夏に殴りかかったりしない」

「そっか、俺が何をしたか知らないが、俺に殴らないのなら良かったよ」

 箒は一夏に抱きついた。セシリアと鈴に直ぐ剥がされたが、箒は笑顔でセシリアと鈴にも抱きついた。

 

 

「篠ノ之箒さん、でしたっけ。ちょっと、貴方に用があるんですけど」

 放課後、久しぶりに剣道部の活動に参加しようと道場へ向かっている途中のことだった。箒はIS学園に入ってから始めて呼び止められ、驚いていた。

 

「わ、私に用が有るのか、一夏では無くて?!」

「ええ、そうよ」

 箒はその呼び止めた人物に覚えはなかった。首元に同じ青いリボンを付けていることから、一年生だと分かる。

「すまない、どこかで会ったか?」

「いいえ、始めてです」

 ますます理由が分からない。箒は首を傾げる。

 

「私、シャルル様の親衛隊を作ることにしましたの。隊員は今、急激に増えていますわ」

「はぁ、そうですか」

 その親衛隊の人が、一体どんな用事があるのだろうか。箒は思いつかなかった。

 

「貴方、本日の昼休みに、シャルル様の手を触り、それだけでなく、自分の手を触るように強要したとか」

「強要、たしかに、そうなる」

 箒は昼休みを思い出し、確かにあれは性急すぎたなと反省する。

「認めると。つまり、貴方は一夏様だけでなく、シャルル様も狙うつもりですですね!」

「狙う? あれ、一夏の親衛隊は無いのか?」

「一夏様は……作った翌日に、ある教師の手で……」

 どうやら、箒の目の前にいる彼女は、あの人の逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「そんなことはもう良いのです! 今は、シャルル様のことです! 貴方はシャルル様が好きなのですか!」

「いや……私は別に、そういうことじゃない」

 親衛隊の彼女に詰め寄られ、箒は首を振った。それを確認した彼女は、優しく笑う。

 

「そう、そのように身の程を知るべきです。これからは出来る限り、一夏様にもシャルル様にも近づかない様にお願いします」

 

「それは困る!」

 箒は直ぐ様、反論した。

「なぜですか!」

「それが出来ないから困っているのだ!」

 箒は息を深く吸う。

 

「私が一夏達から離れられる訳が無いだろう!」

 

「うわっ、すごいところに遭遇しちゃった」

 箒が振り向くと、シャルルが額に汗を出しながら、壁に手をついていた。



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12.運命

 息を荒げながら、制服の襟で顔を煽るシャルル。そこから無防備に覗く華奢な鎖骨に、箒は目が行ってしまう。男性なのに簡単に手折ってしまえそうな肉付きで、息を荒げるのも合わせてか、危うくて不安になる。

 

「シャルル様! このような所へどうしたのですか!」

 

 シャルル親衛隊員の彼女が、シャルルに質問しながら詰め寄る。シャルルは自然に箒の後ろへと移動する。

 

「お、お話の邪魔しちゃってごめんね」

「邪魔なんて! シャルル様が邪魔になるなんて、ありえません!」

「そう、なの? ボ、ボクはちょっと、道に迷ってね」

 シャルルは箒の前へ移動し、言い難そうに口を開く。

「い、一夏と、歩いていたんだけど、その、はぐれちゃったんだ」

 

(歩いていたのに、はぐれる?)

 箒は首を傾げる。その間、シャルルと親衛隊員が、箒を中心にグルグル周っていた。

 

「そうですか! どこへ行きましょう! シャルル様となら、どこへでも一緒に行きますから!」

「えっと、一夏が、今いるところって分かる、かな?」

「おまかせ下さい!」

 

 親衛隊員は携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。それを横目で見ながら、箒はシャルルが落ち着きないのに気がついた。

 

「トイレか? 確か、男性専用のトイレは無いが、ユニセックストイレなら……」

「ああ、お手洗いじゃないよ。その、篠ノ之さん、一夏の事で、ボクに怒ってる、かな?」

「怒る? どちらかと言えば、私が怒られる方なのだが」

「一夏に怒られる方? ええっ! 一夏とそういう関係なの?」

「ああ、デュノアさんにも迷惑を掛けた。昼は無理矢理に触って済まなかった」

「ああ、そっちか。それは、うん、もう良いよ」

 

「それで! 一夏様はどこにいるの!」

 親衛隊の人は、大きな声で電話している。箒は長引きそうだと感じ、自分が一夏の電話番号を知っていることを思い出した。

 

 携帯電話を取り出し、連絡帳を開く。両親、繋がらない姉の番号、そして一夏。連絡先はそれだけだった。この画面を見る度に、箒は悲しくなる。そんな思いをしながら一夏へと電話を掛けた。

 

「一夏か? デュノアさんに替わるぞ」

 箒は一夏へと繋がったことを確認すると、直ぐにシャルルへと携帯電話を渡した。

 

「わわっ、あっ、一夏? うん、篠ノ之さん。そうだね……」

 

(よく考えたら、一夏へ電話したの、初めてだった)

 友達へ電話をかける。ドキドキ体験になるはずの動作は、あっさりしたものになった。箒はいつも一夏に引っ付いていたので、電話を掛ける必要が無かったのだった。

 箒は周りを見渡す。廊下には箒を合わせて三人の学生。二人が携帯電話を使って、箒だけが寂しく立っている。

 

(デュノアさんが笑うたびに、なぜか惨めな気持ちになる)

 自分が渡した携帯電話でそれほど楽しまれると、今まで携帯電話で楽しんだことがない箒には、立場が無かった。友達にゲームを貸したら、簡単にハイスコアをとられて返された気分に似ているだろう。箒はそんな友達がいないから、想像でしかないが。

 

「篠ノ之さん。あの、一緒に、一夏の所に行ってくれないかな? 一夏も移動中って言ってるから、あのっ、無理じゃなきゃ、だけど」

 シャルルが電話をしながら、箒を伺う。一夏が移動しても良いように、何度か携帯電話を使うかもしれないと思い、箒はそれに頷く。

「大丈夫だ、一夏は何処へ向かうと?」

「第三体育館だよ。一夏に学園内を案内してもらっていて、次は第三体育館だったんだ。だけど」

「分かりました!」

 親衛隊員が、シャルルへと向き直す。シャルルが一歩下がった。

「シャルル様、一夏様の居場所が分かりました。さあ、行きましょう。私に付いてきて下さい。これはきっと運命です。私たちは出会うことが決められていたのです」

「あの、篠ノ之さん。この子は何?」

「何って、シャルル親衛隊の隊長らしい」

「シャルル親衛隊、それって、ボクの親衛隊って事、だよね。アハハハ、どうしよう……」

 シャルルは顔に手を当て、動きを止める。目の前の現実が受け入れ難いようだ。現実を受け入れられないのは箒にも良くあるので、何も言わない。

 

「行きましょう。シャルル様。私達が出会うのは運命だったんです」

 親衛隊員はシャルルの手を取り、連れて歩こうとする。シャルルは掴まれた腕を体の内側に捻り、その手をすぐさま外す。

 

「あ、あのね、ボク、篠ノ之さんに用事があるから、し、篠ノ之さんと、一緒に行くよ」

 親衛隊の人の足が止まる。ゆっくりとこちらに振り向き、張り付いた笑顔で「なんて仰りました?」とシャルルに尋ねた。

「用事? 用事とは一体なんだ?」

 箒もシャルルが言う用事が気になり尋ねる。

「いいから、ほら! 昼休みのことで!」

「さっき許してくれたのでは無かったのか……いや、何でもない」

 箒はシャルルに腕を掴まれ、一緒に廊下を走る。

 後ろから「待って下さい」や「その手を離しやがれ!」なんて言葉が聞こえる度に、二人の走る速度が上がる。

 

「デュノアさん、第三体育館なら先ほどの階段を降りた方が近いが、何処へ向かっているんだ?」

「ああ、そうなんだ! ごめん! 戻るよ!」

「急いでいるのなら、私が先導しようか?」

「うん、お願い!」

 箒とシャルルは校舎を走り、階段を駆け下りた後も足を止めなかった。校舎の外に出て、石畳で舗装された道に入った所で歩くことにした。

 

 箒は息を切らしながらも、シャルルに尋ねた。

「デュノアさん、一体どうしたんだ? 一夏に何かあったのか?」

「えっ? さっきのを見て何も思わないの? 親衛隊とか変じゃない?」

「むっ、そうだったのか。デュノアさんが普通に対応していたので、気が付かなかった」

「そっか。ほら、ボク、秘匿されてて、あんまり人付き合いが無かったんだ。だから、持てはやされるのは慣れてないんだ」

「そうなのか? デュノアさんは、私より上手に話をしているが?」

「そんなことより、篠ノ之さん。ボクの事はシャルルって呼んでよ。向こうではデュノアって呼ばれること、少なかったんだ」

「そ、そうか! シャルルって、呼んでも良いのか!」

(唐突に、名前を呼び合う事になった! さすが、外国人だ! 私が言えない事を簡単にやってのける! 確実に私よりコミュニケーション能力が高い!)

 

 箒は名前で呼び合う友達は、一夏しかいない。セシリアはライバルで、鈴との関係は二組で余り話さないからよく分からない。

(これは、友達が出来る期間、モテ期ならぬトモ期みたいなのが私に来ているのではないか?)

「私の事も! ホウキと! 呼んでみないか?!」

「え、ああ、うん。一夏もそう呼んでるけど、良いの?」

「勿論だ!」

 箒は大きく返事をする。男嫌いが治り、そして新しく友達ができたことが嬉しかった。箒は自分の顔が笑顔になっているのが分かった。

 

 第三体育館へ向かって舗装された道を歩く。しかも友達と。箒は今にもスキップしだしそうだった。

「こんにちは」

 シャルルが挨拶をする。箒はそちらに顔を向け、違和感を覚えた。

「はい、こんにちは」

 男性の用務員と挨拶を交わすシャルル。そして箒はシャルルの後ろに隠れた。

「あれっ、どうしたの?」

 シャルルは心配そうな声で箒に尋ねるが、箒は何も言わない。

 

(なぜだ? 少し、怖いぞ。あの男性の用務員に近づくことが出来ない。殴り掛かってしまいそうだ)

 

 箒は心配になり、シャルルの体を触る。背中を触り、横腹を触り、肩を触り、二の腕に手を動かした所で、シャルルが声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと。ダメだって!」

 

(怖くなかった。男嫌いは治ったのか? それとも、シャルルが特別なのか?)

 

「駄目だよぉ、そんなところ触ったら」

 シャルルが箒の手を逃れるために、体をくねらす。そして、その手から携帯電話が落ちた。箒がそれを見ると、一夏と電話が繋がったままだった。

「あっ、ごめん。落としちゃった。でも、ホウキもいけな……、一夏! もしもし、ごめん! 繋がったままだった! べ、別に何も怪しいことはしてないよ!」

 シャルルが瞬時に携帯電話を取り上げ、一夏に詫びている。箒は携帯電話の料金が気になった。今まで電話したことが無かったので、どのくらい料金が掛かるのか把握していないのだ。

「ごめん、ホウキ。電話、繋がったままだった。一夏に聞かれちゃったかもしれない」

 シャルルは箒へ携帯電話を返す。

「まあ、電話料金は大丈夫だ。無料通話分があったと思う」

「だ、大丈夫なの? 本当に?」

 

「おーい、シャルル! 箒!」

 一夏が走りながら、こちらに近づいてきている。その後ろから女子学生を何人か引き連れて。

「うわ、まただ」

 シャルルがうんざりした声を上げる。箒は一夏が追われている事を理解した。

「行こう、ホウキ。逃げないと!」

「私も? 私は追われないと思うが」

「一夏の誤解を解かなきゃ! 走って!」

 

 箒とシャルルは一夏を加え、再び走りだした。第三体育館へ向かうのを止め、遠回りして寮へと向かうことになった。全て走りながら話していたので、一夏と箒の息が上がる。

 

 一夏は辺りを見渡し、他の学生が居ないことを確認し、木陰に座り込んだ。

「今日は一段と多いな」

 箒が尋ねると、溜息をついていた一夏が顔を上げる。

「ああ、そーだな。みんな、シャルルの事を知りたいんだろ」

「うぅ、やっぱりボクの所為だよね」

 シャルルが自嘲気味に、呟く。それに一夏が反応した。

「シャルルは悪くない!」

 座り込んでいた一夏は、体を起こし、シャルルの肩を掴む。

「シャルルは悪くない。 女子達も二、三日したら大部分は離れる。少しだけ、あと少しだけ、辛抱してくれ。そしたら、二人で歩ける!」

「ありがとう、一夏。心配してくれて。でも、顔が近くない?」

 

 小さなシャッター音が箒の耳に入ってきた。そちらに顔を向けると、黄色のリボンタイをつけ、カメラを構えた学生がいた。たしか新聞部の一人だ。一夏がクラス代表に選ばれたときに、写真撮影をしていた人物だ。

 彼女は箒に向かって、口元に人差し指を当て「静かにしていて」とジェスチャーをした。

 

 箒は別に言う必要もないと思い、一夏の方へ顔を向けた。未だにシャルルの肩を掴んでいる。

 

 箒はもう寮へ戻ろうと思い、その場から離れようとした。

「ホウキ、ちょっと! 誤解を解かなきゃ!」

 シャルルが箒を止めた。一夏とシャルルとカメラが此方を見ている。

 そして、シャルルはしっかりと一夏へ告げた。

 

「い、一夏。ボクは! 別にホウキとは! 何の関係もないからね。誤解しないで!」

「シャルル、なにいってんだ?」

「な、何の関係も、無い……」

 

「女友達とかじゃ、ないから!」

 箒は、足元がふらつくのが分かった。このまま倒れるのではないかと思った。

 

(分かっていた。そんな簡単に友達になれる訳がないと、中学一年生の一学期から分かっていた)

 

「おい、箒。お前、何したんだよ? シャルルがこんなことを言うなんて」

 一夏がシャルルから手をどけ、此方を伺う。

「う、分からない。きっと、何かを、してしまったと思う」

 箒には思いつかなかった。嫌われているなんて、一つも思わなかった。男嫌いが治っているか実験に使ったことも仲直りして、名前で呼び合う事も出来たと考えていた。箒の中でシャルルは、仲良しの友達だった。

 

「シャルル、箒は何をやったんだ?」

 一夏が再びシャルルへ向き直す。ちょうどシャルルが手を伸ばし、一夏を掴もうとしていた。そして、その手が一夏の胸に当たる。

 

「ホウキは関係ないの! ボクは一夏に誤解されたくなくて! 一夏! ホウキとは、何も無いからね!」

 

 

「キター!」「よっしゃー!」「特ダネ! 修羅場! あ、続けて続けて」

 草むらの中から女子学生が何人か立ち上がり、また座った。カメラのシャッター音が連続で鳴っている。

 

(関係すら、無い。嫌いでも好きでも無い。無視するってことだろうか。中学二年生の時みたいに)

 箒はその場で膝を抱え込み、座る。箒が良くする現実逃避の方法だった。そして、周りの声がよく聞こえる方法でもあった。

 

「織斑くんに誤解されたくない!」

「デュノア君の方から、織斑君へアピールしてきた!」

「一夏は渡さないぞっ!って感じで篠ノ之さんを見てる!」

「織斑一夏の幼馴染と一緒に歩いていたシャルル・デュノア。誤解しないでと織斑一夏に大きな声で言う。そして一夏の胸に優しく手をあて、自分はこの人だけだと周りに示しながら、彼は愛を囁くのであった。彼らの顔が真っ赤に染まっていたのは、夕日だけの所為では無かった」

 

(戻ろう、寮へ。今日はもう、寝よう。今日の出来事は夢にしよう)

 

 箒は立ち上がり、一夏とシャルルの静止する声を無視して走った。

 

「それを見ていた幼馴染は、涙をこらえながら走り去っていった。辺りは暗く、彼女の行末を暗示しているようだった」

 新聞部員の実況の声が、逃げる箒の耳に残った。

 

 

 箒が寮の廊下を歩いていると、鷹月静寐が手を振るのが見えた。箒は後ろを確認し、自分に手を振られているのかを確かめてから、手を振り返した。

 

「篠ノ之さん、良かった。探したよ。こんなことなら昨日の内に、番号を交換しておけば良かった」

 捨てる神あらば、拾う神ありだと箒は感謝した。箒は目の前の笑顔に、抱きつきたくなった。箒は急いで携帯電話を出し、準備をする。

「デュノア君の歓迎会をしようって話になってね。今、皆に連絡しているんだ」

「そうか、私も手伝えることがあれば、なんでも言ってくれ」

 番号を交換しながら、箒はワクワクした。連絡先に一件、登録が増えるのだ。これで五人目。箒からしてみれば、かなりのハイペースだった。

 友達じゃないと言われたシャルルの歓迎会だろうと、箒は鷹月さんの為に万全を尽くすつもりである。

 

「それじゃ、織斑君に時間を伝えてくれない? ご飯も食べないようにって。前みたいに、寮の食堂の時間が終わってから開始するから。また、なにか手伝って欲しいことがあったら連絡するね」

 静寐は要件を済ますと忙しなく歩いて行った。手帳に視線を落としながら、器用に人を避けている。

(クラス思いの熱心な委員長だ。私も出来るだけ支えにならなければ)

 箒は一夏に会いたくは無かった。シャルルが近くにいるからだ。会わす顔が無い。しかし、だからといって手伝わないのは嫌だった。クラスメイトに頼られるなんて、箒には中々無いことだからだ。

 

「おい、箒! なんで先に行くんだよ」

 箒の後ろから、一夏の声が聞こえた。振り向くと、一夏とシャルルがくっつきながら歩いている。

 

「……済まない。私は、その、ああ言う事を言われるのが、あまり慣れてなく、だな」

(心が弱いんだ、私は。友達じゃないと言われるだけで、気分が落ち込むんだ。友達になれたと思っていたから、尚更)

 

「箒、何を言われたんだ?」

「一夏も聞いていただろう。シャルルが私は女友達じゃない、と」

「そ、そうだよ、一夏。ホウキは女友達とかじゃないよ。関係なんて持ってないよ!」

 一夏は顎に手を当て、首をひねる。

「よく分からんが、シャルル。箒の友達になってくれないか」

「何言ってるの、一夏。ホウキとボクは友達だよ」

 

(えっ? どういうことだ? 私は友達なのか?)

 

「ん? まあ、いっか。友達なら」

「そ、そうだな。シャルルと友達なら、良い。うん、良かった」

「うん、良かったよ。一夏が誤解しないで」

 何が何だか分からないが、友達なら良い。そう思い、箒の沈んでいた心が、ゆっくりと動き始めた。投げやりになっていた感情が、落ち着きを取り戻す。安堵した息が、自然と箒の口からもれた。

 

「そうだ、一夏、シャルル。今日、シャルルの歓迎会をするので、夕食は食べないで待っていて欲しい」

「おっ! そうか、やったな」

「本当! 嬉しいなぁ」

「ああ、御礼は主催者に言ってくれ」

 シャルルが嬉しそうに笑うのを見て、箒は是非その笑顔を発案者に見て欲しいと感じた。きっと、この笑みを見たら、頑張って良かったと思えるだろう。

(シャルルとは友達だったんだ、良かった。きっと、誤解だったんだ)

 

「織斑君にデュノア君! 今日の事、聞いた〜?」

「おう! ちょうど今、聞いた!」

「楽しみにしてるよ!」

 一夏とシャルルが声の方向に手を振る。あれは同じ一組のクラスメイトだ。名前は分からないが。

 手を振り終わった一夏を見て、箒はあの事を思い出した。

 

 

「そうだ、一夏。気になることが有るんだ。今度、一緒にオカマバーへ行かないか?」

 

 

「ほう、篠ノ之。愚弟をどうするつもりだ」

 箒は後ろを振り返る。千冬が苛立ちを隠せないかのように、目元を動かしながら、箒へゆっくりと詰め寄っている。

「ちふ……織斑先生。ただ、一夏をオカマバーに誘っただけです。これは、そう確認です! 性癖を確認したいんです!」

 

「やっぱり、織斑くんってソッチのケが……」

「そう言えば、新聞部の号外、見た?」

「飛ばし記事だと思ってたけど、篠ノ之さんが言うなら、もしかして、本当かなぁ」

 

「ちょ、ちょっと待て! 行かないぞ、箒! オカマバーなんて!」

 一夏は大声を上げて、「オカマバー!」と叫んでいる。

 

「ムキになる所が怪しい」

「やっぱり、前々からそうじゃないかと思ってたのよ」

「デュノア君の告白シーン見たかったなぁ」

「写真は今度のオークションで出されるみたいよ」

 

「どうして、こう馬鹿ばかり。おい! お前ら、さっさと散れ! そんな噂、流すなよ!」

 千冬が声を荒げる事で、学生たちは散っていった。箒も危険を察知し去ろうとするが、何者かに掴まれた。

 

「篠ノ之、お前は残れ。なぜ、あんな事を言ったのか、分かり易く説明しろ」

 肩が万力で絞められたように、痛みが走る。これは危険だ。箒は素早く口を動かした。

 

「私の男嫌いが何処までなのか、確認したかったからです。シャルルだと怖くなく、男性の用務員だと、怖かったからです。この境界線を調べれば、治ると思いました」

 箒はよどみなく、答えた。ふざけたり誤魔化しできる状況ではないと、肌で感じ取っていた。

「おい、篠ノ之。男が嫌いなら自分から男に近づくな。調べるな。一夏を巻き込むな。分かったな」

「はい! 分かりました」

 

 箒の肩に置かれた手の力が無くなり、箒はその場に崩れ落ちた。

 確かに、近づかなきゃ良い話だ。IS学園ではそれが出来る。箒は男を近くに感じると殴ってしまう癖があるが、一夏とシャルルには、その癖がでない。急いで治す必要は無かったのだ。

 

 

 シャルルの歓迎会が終わり、箒は片付けを手伝っていた。出たゴミをまとめ、持ち上げる。

 

「本当に一人で大丈夫? 篠ノ之さん」

「ああ、大丈夫だ。準備をあまり手伝えなかったからな。このくらいはさせてくれ」

「じゃあ、お願いね」

 箒は複数の少し重いゴミ袋を持ち上げ、外にあるゴミ置き場まで持っていくことにした。

 外に出ると、歓迎会の暖かさや寮の喧騒が嘘のように無くなる。普段は気が付かない外灯の音も聞こえる。まるで自分一人だけの世界になったみたいだ。

 箒はゴミ袋を左右に振り回しながら、寮から少し離れたゴミ置き場へと向かう。星が一つも見えない空を見上げながら、姉から聞いた星の話を思い出す。

 ゴミ置き場の扉を開け、臭いに顔をしかめながら、ゴミ袋を放り投げた。扉を閉め、手をはたき振り返ると、姉が居た。

 

「久し振りだね、箒ちゃん! 大きくなったねぇ。こうして会うのは何年ぶりかな?」

 篠ノ之束が、手でウサギの耳の真似をしながら、箒の前に立っていた。

 

「ねえさん?」

(夢? 本物? どうして此処に? IS学園にいた? なんで今?)

 箒は自らの姉へ手を伸ばし、自分の手が汚れていることに気づいた。こんな手で姉を汚したくなく、引っ込めた。代わりに恐る恐る声をだした。震える声が出た。

 

「ね、ねえさん。今まで、どこに、何処に居たのですか?!」

「んふふ〜、ひ・み・つ。素敵なレディは秘密を持っているのさ!」

  目の前にすると、何を言って良いか分からない。箒が聞きたいことは沢山あった。なぜ、黙って家を出て行ったのか、そのとき連れて行ってくれても良かったの ではないか。電話を此方からかけられない理由はなぜなのか。無人機を操っていたのは姉さんか。そして、無人機で銃口を向けたのはなぜなのか。

 聞こうと思っていたことが、頭の中を駆け巡る。しかし、どれも口からは出てこなかった。

 

「な、なんで私を、私を、すて、捨て」

 箒が言い終わる前に、誰かが束の後ろに立つ。

 千冬が音もなく、束の後ろから首を掴んでいた。

 

「束! 侵入者は、お前か。何をしにきた?」

「ちーちゃん! 久しぶり! 元気にしてた?」

 束は体を千冬の方へ向け、掴まれているのにもかかわらず、笑顔で挨拶をしていた。

「何を、しに、来た?」

 千冬がもう一方の片手で束の頭を掴む。姉の嬉しそうな悲鳴で、箒は二人の間に入ることにした。ゴミ袋を持っていた手で千冬の体を強く押した。

 

「織斑先生、止めて、下さい。姉が、嫌がっています」

「どけ、篠ノ之。そいつは、何をしでかすか分からん」

 箒は千冬を睨む。不安と心配で息が切れる。姉に聞きたい事、言いたい事がありすぎて、箒はどうしたら良いのか分からない。その苛立ちを姉に向けることが出来ず、箒は千冬を睨むしか無かった。

 千冬は箒に睨まれても、変わらず束を掴んでいる。その目はいつになく真剣だった。

 

「いや〜、学内のSNSを見てみると、いっくんがホモになった、真実の愛に目覚めたって流れてたから気になっちゃって、ついでに箒ちゃんの様子も見たくなってね」

 束が箒の後ろから、なんとでも無さそうに言う。

 箒は、いま聞いたことが信じられず、振り向き確かめた。

「姉さんは、一夏、の為に。……私はついで、ですか?」

 

 

「ち、違うよ! 箒ちゃん! 今のいっくんは、私が作った」

「黙れ! 束!」

 千冬が聞いたことのない声で、束を静止する。

「あれ、ちーちゃん。まだ、箒ちゃんに言ってなかったの?」

「だ、黙れと言っている!」

 千冬は先程よりも、目が大きく見開き、呼吸も荒い。そして、体を震えさせながら、束を掴んでいた。

 

「わ、分かったよ。言わない、言わないから、離して〜」

「本当だな、言うなよ!」

「うん、言わないよ! いっくんが生体ISコアだなんて! ホモになると思わなかったから様子を見に来たなんて! 絶対、言わないから!」

 



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13.束

「一夏がISコア? な、何を言っているんだ? 姉さん?」

 箒はゆっくりと振り向く。昔と変わらない笑顔に、見惚れてしまう。姉が嘘を言っている事は絶対にないと、箒は確信できた。しかし、箒には一夏がISとは思えなかった。ISは機械で、一夏は人間だからだ。

 

「あっ、 思わず言っちゃった! そんなことより、ごめんね、箒ちゃん。いっくんを作るのに忙しくて会いに行けなかったよ。二回目のモンドグロッソが終わったら会いに行くつもりだったんだけど、いっくんが大会中に殺されちゃってね。最近までずっと調整していたんだよ。そして一段落つくかと思ったんだけど、つい、今のいっくんならIS動かせられるかなぁって思っちゃって」

 姉がまくし立てる。その変わらない習性に、箒は懐かしさを覚えた。そうだ、姉はいつもこうだった。こっちの疑問なんて関係無く、楽しそうに話しかけてくる。そして箒は今でも、そんな姉を見るのが好きなんだと実感できた。

 

「もういい……束。黙って、くれ」

 束の首にある千冬の手が、強く握りしめられる。束は「ぐえっ」という声を出して、黙った。

「手を離せ! このっ」

 箒はその声を聞き、姉の首から千冬の手を剥がそうと掴むが、指一本でさえ剥がすことができない。

 

「束、あいつは、一夏は、人間だ。人間なんだ……」

 その声を聞き、箒は後ろを伺う。千冬は顔を落とし、肩を震わせ、疲れ果てた声で「一夏は人間だ」と繰り返している。姉は首を握られているのにもかかわらず、しゃべりだした。

 

「もちろん、いっくんは人間だよ! 手を失った人が義手を使うように、命を失ったらISコアで代替すれば良いんだよ! 記憶の統合性・規範・規律・互恵・共感とかが無くなっちゃって、いっくんは色々なものを忘れちゃったけど、再構成しだしたし、人間だよ! 人間の大人だから、こんなに早く適応したんだよ! これが他の動物なら、もうちょっと時間かかったよ!」

 

 束の言葉が、箒の頭にやっと届いてきた。どうやら一夏は死んだことがあるらしい。その一夏を姉が生き返らした。何を持ってして人間か。何が死の定義か。何がどうあれば、一夏を一夏だと言えるのか。箒には分からないし、知らない。しかし、足りない頭で箒は考え、姉に向かって尋ねた。

 

「一夏は、……私の甥になるのか?!」

 自分の知らない間に、姉が幼馴染を作った? 子作りになるのか? 箒は頭がこんがらがっている、と自覚していた。

「ほうきちゃん……そうなるね! さっすが、ほうきちゃん! 私がいっくんの親だ! ちーちゃんは母親と父親、どっちが良い?」

 

「私は一夏の姉だ!」

 千冬は叫んだ。後ろからの大声に、箒は身を竦める。見ると、千冬は顔を上げ、眉を寄せ、此方を睨んでいる。

「お前ら姉妹は、本当に、本当に……」

 千冬が片手を動かす。そして箒の両頬が挟まれる。顔がひょっとこのような変な顔になる。箒はその手を解こうとするが、解けない。片手で小指を攻め、片手で押し上げているのに、動かないのだ。

 

「あーっ! ほうきちゃんを苛めちゃだめー!」

 姉が間延びした声で千冬に文句を言う。千冬は直ぐに手を離した。箒は頬を擦りながら、千冬を睨み返す。千冬は苛立ちを隠さずに箒へ言い放った。

 

「篠ノ之、部屋に戻れ」

「嫌です」

 千冬の指示を即座に箒は拒否をする。千冬が口をもう一度開く前に、箒は言った。

 

「姉さんは、姉さんは私に会いに来てくれたんだ。戻るのは、先生の方だ」

 

 顔が熱くなり、心臓が高鳴る。日本一を決めた剣道の決勝戦よりも、緊張している。姉に言いたいことが有る。千冬にも言いたいことが有る。でも、上手く纏まらない。この二人に意見するなんて、邪魔になるし、してはいけないと今でも思っている。それでも、聞いてもらいたいと思った。

 

(千冬は私が転校して家族が離れ離れになった後も、姉と会っているはずだ。じゃなきゃ、モンド・グロッソで優勝なんて出来るはずない。私は誰も居ない、家族も知らない家に帰る毎日だったのに、こいつは一夏と姉と楽しんだに違いない! なんで、妹の私が放置されて、こいつが楽しむんだ。私の方が姉のことを大好きなのに!)

 

「六年、六年振りに会えたんだ! お前じゃない。私に会いに来てくれたんだ! 姉さんは私を見てるんだ! ずっと一緒に居たんだろ! それなのに、嫌だ! いやだ、いやだ!」

 姉へ直接には言えない思いを、千冬へぶつける。姉に言う勇気が無い。姉に否定されたら、どうしたら良いか分からない。でも、言いたい。もっと私を見て欲しい。ずっと一緒にいたい。たくさん遊びたい。

 

「帰れよ、わたしの、じゃまするなら、かえれ、よぉ」

 なぜか涙が溢れてくる。泣くつもりは無かった。こんなこと言うつもりも無い。姉さんの話をもっと聞きたいのに。まるで子供だ。涙が止まらない。手で何度拭っても、涙がこぼれ落ちる。地面に涙の跡が出来る。

(ああ、私は今、下を向いているのか)

 恥ずかしい。そう思っているのに、口から出るのは、訳の分からない言葉だけだ。もっと私を大事にしろ、なんて言っても仕方が無いのに。

 

「ほうきちゃん、よく分からないけど、泣いちゃダメだよ」

 頭に優しく手が置かれる。ゆっくりと撫でられた。姉の足が見える。すぐ近くから声が聞こえる。居た堪れない。姉を支えたいと思っているのに、慰められるなんて。

 

「泣いたって、喚いたって、何も変わらないからね」

 知っている。六年前からずっと知っている。泣いたって何も変わらない。周りが迷惑するだけだ。泣き虫は何も産まないし、何も出来ない。

 

「笑って、顔を上げて」

 撫でた手で顎を持ち上げられ、姉の顔を見る。いつもの笑顔だ。ずっと見ていたい。

 

「胸はこんなに大きくなったのに」

 姉がもう片方の手で、箒の胸を触ったり揉んだりしている。

 

「何、するん、ですか」

 その手を箒が掴む。弱い力だったが、姉は手を止めた。しかし、すぐ振りほどかれた。そのまま、箒の脇腹へ手が伸びる。

 

「ほら、こちょこちょこちょ。……昔はこれで大笑いだったのにな」

 姉の笑顔が少し寂しそうに見えた。

 

「ねえ、ほうきちゃん。いっくんは好き?」

 箒は首を縦に動かす。

 

「ISコアでも?」

 箒はもう一度、同じ動きをする。箒は姉の思いが分からないが、一夏について思っていることを述べた。

 

「ISコアだから、どうだこうだとかが、私には分からない。姉さんの話なら、IS学園で久しぶりに会った時には、もう一夏がISコアだった、という事になる。けれども、私には一夏は一夏だった」

 姉の表情を見て、続けて奥の離れた所にいる千冬の顔も少しだけ見る。腕を組み、眼をつむっていた。千冬の前で一夏への思いを言うのが少し気恥ずかしいと、箒は感じた。

 

「一夏は相変わらず相手を思ってやれる良い奴で、私の友達のことを心配して、手伝ってくれて、色々助けてくれた。今日だって、転校してきたシャルルの事を気にかけて、でも、そんな事を鼻にかけないで、よろしくなっ、って笑ってた。私はそんな一夏が好きだ」

 箒の独白を姉は急かさずに聞いている。姉の相槌が、箒の心を柔らかくする。えらいえらい、と頭を撫でてくれる姉が、箒に聴かせるように言葉を発した。

 

「いっくんがホモって噂されてね、私は嬉しかったんだ」

「え?」

 

「いっくんは生まれ直して、まだ三年も経っていない。まだまだ赤ちゃんの部分がある。生活が出来るようになったけど、未熟な所はいっぱいあるんだ。特に、感情が。だからね、気になるんだ。人を愛せるようになったのか。恋愛感情かどうかは本人にしか分からない。その感情が有るかどうか聞いても、他人には確かめようもない。だからね、例え相手が同性でも、好きって気持ちが思い込みでも、いっくんに芽生えるのなら、嬉しかったんだ」

 姉が一夏を心配して、そして嬉しそうにしている。姉に興味を向けられている。胸の奥が苦しくなる。一夏にまで、私はこの感情を向けてしまうのか、と箒は思った。あんなに助けてもらったのに。友達作りを手伝ってくれたのに。私は嫉妬している。

 

「結局は違っちゃったけどね。恋愛感情はまだ子供みたい」

 相手を好きになるという事。姉は一夏のそれを調べていた。ならば、姉はきっと私のこの感情に気づいているのだろう。妹が幼馴染よりも姉のことが好きだと。

 

「ほうきちゃん、ちーちゃんのことは好き?」

「嫌い、です」

 姉の言葉を即座に否定する。

 

「私はちーちゃんとも仲良くして欲しいな」

「姉さんが、そう言うなら」

 姉が困った笑顔になる。そんな顔されたら、言うことを聞きたいって思ってしまう。だから、頷いた。

 

 抱きしめられた。久しぶりに姉の匂いを感じる。姉の服を涙や鼻水で汚す事になると思ったが、頭を抱かれ、姉の豊満な胸に押し付けられる。

 

「ほうきちゃん、私はまだやることが有るから、また出かけるけど、それでも帰ってくるのは、ほうきちゃんの所だから」

「ほんとに?」

 姉に頭を撫でられると、何も言えなくなりそうだ。幸せが体を巡って、何でも言うことを聞いてしまいそうになる。姉の言う通りにすれば、きっと、とっても気持ち良いはずだ。

 

「うん、だから、ちーちゃんとも、いっくんとも、仲良くして、待っててね」

 

 でも、もう待つだけなんて嫌だ。六年間、会えなかったのだ。次、いつ会えるのか。何をしているのか。手伝えることはないか。箒は姉の顔を不安に思いながらも、しっかりと見あげた。

 

「姉さん、私も連れてって、欲しい」

「それはだめー」

 姉は人差し指を交差させながら、意地悪に言う。

「大丈夫。ちゃんと、ほうきちゃんの元へ戻ってくるから」

 納得出来ない。頷けない。本当に戻ってくる? 六年間ずっと会わなかったのに? 私からは電話をかけられないのに? 無人機で攻撃を受けそうになったのに?

 

「……姉さん。この前の無人機を操っていたのは、姉さんだよね」

 恐る恐る、自分の思い違いであって欲しいと思いながら、箒は尋ねた。

 

「もちろん、この私にしかできないよ~。ISを無人機で動かすなんて」

 姉が得意気に笑う。箒に幸福感はすでに無く、冷や汗が体から吹き出していた。

 

「わ、わたしを」

「ほうきちゃん、本当に知りたい?」

 姉の顔を見れない。息がかかるくらい近いのに、見上げることが出来ない。姉の抱擁が強くなり、離れられない。

「わ、私を無人、機で狙った、理由は?」

 喉が渇いている。上手く言えない。箒はゆっくりと見上げた。

「ん~、なんでだと思う?」

 さっきと変わらない笑顔。偶然や間違いだと言って欲しかった。謝って欲しかった。

 

「私が、邪魔だったから?」

「うん、正解! だから、あのとき狙ったの! ほうきちゃんが死んでも、ISコアがあるから、安心してね!」

 声が出ない。口に力が入らず、震える。聞きたくなかった。

 

 好きな姉の役に立てないことが悲しい。力になれないことが悔しい。姉が自分を望んでいないのが、寂しい。そして、心の片隅に姉の手で最後を迎えたいと期待している。ISコアを埋め込まれたら、きっと姉の役に立てられるように、姉の手で調整されると思うから。

 

「姉さん、スるときは、痛くせず、優しくしてね」

 声が震える。力が欲しい。こんな惨めで馬鹿な事を選ぶしか無いなんて。

 

 姉さんの顔がより近づき、耳元でささやかれる。

「ほうきちゃん次第、だよ」

 膝から力が抜けた。ずるずると姉の体に沿って地面へ向かう。抱かれる力が強くなる。

 

「ふふっ。やっぱり、ほうきちゃんは可愛いな~」

 頭をなでられる。そのまま、左耳を触られ、首に手をかけられた。

 

(ああ、いま、やられちゃうんだ)

 

 箒は顔をゆっくりと上げさせられ、姉の顔を見る。星が見えない夜空に姉だけが居る。

 

「姉さん、綺麗」自然と声が出た。

「ほうきちゃんも」姉の今日一番の笑顔だと、箒は思った。

 

 箒の首がゆっくりと締められる。

 

 それを受け入れ、手足から力を抜き、箒はゆっくりと眼を閉じた。きっと、すぐに意識が遠のいくのだろう。姉の最高の笑顔を思いながら、箒は笑った。姉の手で、自分が役に立てるようになることも期待した。

 

 

「うっそぴょ~ん! もう! ほうきちゃん、そんなことしないよ! ほら、立って立って、もう一度ハグしちゃう」

 箒は姉に立たされ、再び抱きしめられた。姉の髪の毛に、顔が埋まる。箒は鼻の音が出るくらい、その匂いを吸い込んだ。先ほど触られた左耳に湿った何かが当たる。体が一瞬、震えた。舌で舐められたのだと理解する。

 

 姉はそのまま、耳元で囁く。

「それからね、ほうきちゃん。殺人する人が、動機を持っているなんて幻想だよ。頭に血が上って、後先考えずにやっちゃうの。鉛筆一本あれば、出来ちゃうんだから。計画も理由も必要ないんだよ。ただ、やりたいなって思うだけ」

 

 姉は言い終わると、箒の左耳が濡れた。箒の体が震え、声が漏れる。耳の出っ張りや窪みをなぞるように、姉がゆっくりと舌を動かしている。少し荒く温かい息遣いが、箒にも伝染する。

 

「私、ほうきちゃんが大好き。特に普段では言わない我侭を言う時が一番。めちゃくちゃにして、壊したくなるほど可愛いって思っちゃう」

 

 湿った左耳がゆっくりと何かに挟まれる。歯だ。姉に噛まれている。箒は呼吸が荒くなった。だんだんと痛みが大きくなっていく。噛まれながらも、同時に舌で遊ばれている。

 

 耳を噛みちぎられるのか。痛い。声が出そうなのを抑える。痛い。呼吸が出来ない。

 

 箒が痛みを我慢しようと耐えていたら、挟む力が弱まった。代わりにそこを重点的に吸われる。姉の抱きつく力が弱まり、体を少し離す。姉の顔が箒の真正面にある。胸は高鳴り続けている。

 

 胸の高鳴りと合わせて、耳が脈打つ。その度に痛みが広がる。姉の唇に、赤い色が付いている。姉は箒へ見せつけるように、それをゆっくりと舐めとった。

 

「おいしい」

 

 体の中から何かがこみ上げてくる。顔が自然とほころび、胸がいっぱいになった。箒は自分が今、嬉しさを感じていると自覚した。

 

「ほうきちゃん、楽しい?」

 

「たのしい? うん、楽しい」

 姉に尋ねられ、箒は自らが今の行為を楽しいと理解した。そして、左耳を愛おしそうにゆっくりと手で包む。その耳に痛みが広がる度、箒は姉を感じた。

 

「じゃあ、反対側もする?」

「あ……うん!」

 姉が再び手を伸ばし、箒の体を抱く。今から行われる事に、箒は待ち切れない思いでいっぱいだった。

 

「う・そ。飽きちゃった」

 両肩を強く押される。箒は後ろへよろけた。

 

「ちーちゃん! お話しよ!」

(え?)

 箒は理解が追いつかない。姉が千冬と話をしている。

 

「六年振りにあった妹に対する態度がそれか? お前に姉妹愛があると思った私が馬鹿だった」

 

(なんで?)

姉と千冬が仲良く話している。さっきまで自分がそこにいたのに、と箒は呆然とした。

 

「ちーちゃん! 何を見てたの? ほうきちゃんとたばねさんの愛に溢れているでしょ?」

 姉は口を尖らせたり、嘘泣きをしたり、表情が活き活きとしている。笑顔だけではない。本当に楽しそうだ。

 

(飽きた? 私は飽きられた?)

 怖い。いじめられるより怖い。銃口を向けられるより怖い。一夏が居なくなるより怖い。

「あ、ああ、やだ、やだあ」

 箒は声を上げ、手を伸ばすが、姉は一切、箒を見ない。千冬と談笑している。反応したのは、千冬だった。

 

「やはり篠ノ之は部屋に戻すべきだったな」

 呆れた眼。蔑む眼。千冬がインクがでなくなったボールペンを眺めるような顔をしている。千冬は姉へと向き直る。

 

 盗られる。

 あいつに盗られる。

 あいつさえ居なければ、姉はこっちを見てくれる。

 

 アレが邪魔なんだ。

 

「うああああっ!」

 箒は叫び、千冬に殴りかかった。姉はそれでも、箒を見なかった。

 

「向かう相手が違うだろう、馬鹿者。暫く寝ておけ」

 



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14.束の絆

 眩しいと感じ、箒は眼を覚ました。窓から光が差し込んでいる。朝だ。ここはベッドの上で、寮の部屋だ。

 そして、箒は思い出した。千冬に気絶させられた事を。姉に飽きられたことを。あの場面を思い出すと涙が出てきた。目の周りが熱く感じる。鼻水がでてくる。嗚咽も漏れてきた。

 

「し、篠ノ之さん。どうしたの? 大丈夫?」

 もう一つのベッドから、ルームメイトの鷹月静寐が体を起こしながら尋ねてきた。

「……すまない。何でもないんだ」

 涙も鼻水も止まらない。顔を背け、窓の方を見ながら箒は返答する。

「何でもないって……」

 それっきり、二人は共に何も言わない。静寐が着替える音を後ろに聞きながら、箒は窓の外を眺めた。

 

(私はどうして、ここにいるのだろう。私には、何も無い。なんでIS学園に居るんだろう)

 

「篠ノ之さん。朝ごはん、食べに行こ」

 箒がゆっくりと横を見る。制服姿の静寐が手を差し伸べている。

「いい、食べたくない」

 顔を戻し、窓を見る。何も無い風景。空も木々も川もあるが、何も無い。

 静寐が箒の前に立つ。力の入らない手を引っ張られ、箒は立った。

 

「駄目。お腹いっぱい、食べよ。それから考えよう、ね?」

 箒は何も言わず、下を向きながら扉の方へ歩き出す。

 

「あっ! ちょっと、篠ノ之さん! そんな顔で出たら駄目だよ。髪の毛もボサボサだよ」

「……別に良い」

 箒は扉に手を掛け、開こうとした。が、止められた。

「駄目です。ちょっと来なさい」

 そのまま、洗面台まで引っ張られる。

「ほら、ね。手伝うから。できる?」

 静寐はお湯を出して、箒を促す。箒は何も考えられず、静寐の言う通りにした。

 

 箒のたどたどしい洗面の音が響く。洗い終わり、お湯が排水管へ流れ行くのを見る。

(何やってんだろうか、私は)

 お湯が静寐の手によって止められ、フェイスタオルで拭かれる。

 

「はい、拭いたよ。次は髪の毛をするから」

 静寐は櫛とヘアスプレーを取り出し、箒の髪を梳きだした。箒は鏡に写る顔を漫然と見た。その顔は、喜びも悲しみも持たない、つまらなそうな無表情だった。静寐が一生懸命に世話をしているに、放っておけば良いのに、としか思わなかった。

 

「あれ、篠ノ之さん。左耳に怪我しているよ。絆創膏、取ってくるね」

「いい! ……このままが、良い」

 箒は左耳を両手で包み込んだ。そして、触る。かさぶたができかけている。それを少しずつ剥がしだす。

 

「篠ノ之さん。そんなことしたら、綺麗に治らないよ」

「良いんだ、これで」

(治したくない。これは、姉さんがくれたモノなんだ)

 左耳の噛み跡から、膨らむように血が浮かぶ。箒はそれを指で掬って舐めてみた。

「おいしくない」

「……当たり前だよ。お腹が空いたのなら、食堂へ行こう」

 静寐に手を洗って貰いながら、箒は口の中に広がる鉄の味に意識を浸らせた。

 

 

「あれっ、箒。さっきから全然食べてないじゃん。体調悪いのか?」

「い、一夏。女の子にはそういう日もあるから、男性はあんまり」

 食堂で朝食を取っていると、同じテーブルに座っている一夏とシャルルに心配そうな声を箒はかけられる。箒は口を動かし物を食べるというのが上手く出来ず、また、しようとも思わなかった。一夏の心配する声にも、箒は顔を向け、そのまま何も言わず、顔を戻した。

 

「本当に具合が悪そうだな。授業、行けるか?」

「ああ。……大丈夫だ」

 それでも一夏は声を掛けてきた。箒は億劫に感じながらも、一夏へ返答した。

 

「シャルル。先に教室へ行っててくれ。俺、箒を保健室へ送っていくから」

「そ、それなら、ボクも一緒にいくよ」

 周りが慌ただしい。そこまですることではないだろう。放っといておけば良いのに。頭でそう考えるが、口を動かすのが面倒で、箒は出来る限り簡潔に話した。

 

「いい、私は疲れてない」

「織斑くん、デュノアくん。篠ノ之さんは私が連れて行くよ。安心して。それに二人は男性だしね」

 鷹月さんが一夏達を制した。二人はそれで動きを止め、朝食に戻る。

 

「ああ、そうか、すまん。ありがとう」

「一夏って優しいんだね」

 一夏が鷹月さんへ御礼を言うのを見ながら、シャルルがそんなことを言う。「優しくなんか無い、当たり前のことだ」なんて、一夏が言っているのを聞き流しながら、箒は箸をおいた。これ以上、食べることもこの場にいることも出来ない。惨めだ。周りに気遣われるのも、周りに馬鹿にされるのも、箒は受け入れられない事だった。自分に居場所が無いのは分かったから、放っといて欲しい。箒はそう思いながら立ち上がった。

 

「ほら、さっさと食え! 授業に遅れるなよ!」

 嫌な奴がいた。千冬だ。あれからどうなったのだろうか。昨日、千冬に向かってからの記憶が無い。恐らく、気絶させられた。寮の部屋にいた事から、千冬に運ばれたのだろうか。なぜ自分はこんなに弱いんだろうか。無価値なんだろうか。あの千冬との違いがはっきり見え、今はもう嫉妬も羨望も起きない。心に諦めが産まれ、ただ漫然と眺めるだけになった。

 

「篠ノ之。……何だその顔は。後で話がある。食べ終わったら、私の部屋まで来い」

「もう、終わりました」

 箒は朝食をかなり残したまま食器を持ち、返却口へ向かう。一夏と鷹月さんが声を上げるが、箒は返答する気力がなかった。そしてそのまま、千冬の先導で部屋へと向かった。

 

「ここなら、話は聞かれない」

 寮での千冬の汚い部屋に入るなり、千冬はそんなことを言った。だから何なんだと思ったが、別にどうでも良いかとも思い、箒は何も言わず、黙った。

 

「箒。昨日の、一夏について、誰にも言うなよ」

「……はぁ」

 まさか、それだけを言うために呼びつけたのか。箒が気のない返事を返すと、千冬は腕組をした。

 

「聞いているのか?」

「……私は何も言うつもりはないですよ。それに、私が何を言ったって、誰も信じない」

 箒は千冬が何を心配しているのか分からなかった。一夏にISコアがあるから何だって言うんだ。一夏は生きていて、周りとも私より上手くやっている。それにISコアがあると証明できない。一夏が精密検査を受けても、何の問題も起らなかった。ISコアの話題にならなかった。つまり、あるかどうか判断すらできない。心配する必要はないのだ。

 

「箒、一夏にも言うな。セシリアにも言うな。できるなら、考えることもするな」

「……何を言っているんですか。誰も信じないって言ってるでしょう」

 しかし、千冬は箒に詰め寄る。何度も注意してくる。言い返すも、千冬は睨み続けている。

 

「信じる可能性が高いから言っているんだ」

「誰も信じません。こんな私の言うことなんて。姉さんに飽きられた私なんて、誰も、見てくれない」

 話は終わった。そう結論を出し、箒は扉の方へ振り向く。右肩を掴まれ、渋々ながら千冬を見た。

 

「……束の事で悩む必要はない。あれはお前をからかったんだ。アイツの言うことを真に受けても、疲れるだけだ」

 千冬が言った言葉は、箒には気休めでしかなく、癇に障った。

「……姉の事をなんでも知っているんですか! あなたは!」

 ゆっくりと怒りが湧き、千冬に食って掛かった。一歩を踏み出し、手が出そうになるが、留めた。千冬を睨むが、冷めた眼を返される。

 

「少なくとも、お前よりかは知っている」

「お前が! 姉さんを盗ったからだ!」

 知っていて当然という千冬へ、箒は怒りをぶつける。姉を取り上げた千冬への恨みが、留めなく溢れてくる。

 

「何を言っている?」

「ずっと一緒に居たくせに! 今まで私が一人で過ごしてきたのに! お前が姉さんを独り占めしたくせに!」

 

 箒は千冬の胸ぐらを掴もうとして、その手を逆に掴まれた。千冬が腕を引張り、箒はたたらを踏む。箒が体を立て直そうとすると、背後で腕の関節を決められていた。ハンマーロックと呼ばれる関節技をかけられたと、箒は理解した。

 

「そういうことか。……篠ノ之。この六年の間で、私が束に会ったのは、一夏のときだけだ」

「う、嘘だ。モンド・グロッソで優勝するなんて、姉さんが手伝ったからだ!」

 

 体をよじる毎に、痛みが肩に走る。どうにかして、箒は千冬を見ようとするが、その度に力をかけられる。

 

「お前、そんなことだけで決めつけたのか。あれに束は関わっていない。私が一番長く練習できたから、私が優勝したのだ」

 

 背中を押されながら、千冬のベッドのそばまで移動し、押し倒される。胸が詰まり、咳き込んでしまう。

 

「そんなはずはない。姉さんは、だって、だって」

 

 (千冬の所に姉さんが居ないなんて、信じられない。それじゃあ姉さんは何をしていたって言うんだ?! 嘘だ、嘘だ。千冬が姉さんを独り占めしたんだ!)

 

「それで昨日、私に攻撃したのか。お前の勘違いだ。次の電話の時にでも聞け。すぐに連絡が行くはずだ」

 

 千冬に伸し掛かられながら、箒はなんとか首を動かす。漸く、視界の端で千冬の顔を見た。

 あの顔だ。どうでも良い物を、有象無象を見ている、冷めた顔だ。私はこんな奴に押さえつけられているのか。箒は頭に血が上りながら、声を荒げる。

 

「連絡なんて! 来るわけがない!」

「なぜそう思うんだ。鬱陶しい」

「姉さんは、姉さんは 私に。もう私は! 姉さんに会えないんだ!」

 

 顔を赤くしながら、泣き叫ぶように箒は心の中にあった言葉を出した。認めたくない事実が、言ったことで、千冬よりも重くのしかかってきた。涙腺が刺激され、目に涙が貯まる。鼻水をベッドのシーツで拭く。

 

「箒、束はお前に、専用機を作ると、言っていた」

 顔をベッドに沈めている箒に、千冬が落ち着かせるように声をかける。その内容が頭に入らず、箒は体が止まってしまった。

 

 コール音が鳴る。千冬の舌打ちが聞こえた。箒が再び顔を千冬に向ける。千冬は携帯電話を取り出し、ボタンを押した。携帯電話を箒の方へ近づける。画面にはスピーカーモードと表示されていた。

 

「なんだ」

「ちーちゃん! 私が言いたかったのに!」

 

 音量が大きい。だが、箒はそれが嬉しかった。姉の声が聞こえるだけで、塞ぎこんでいた気持ちが、忙しなく動き始めた。

 

「どこから見ている?」

「ちーちゃんや、ちーちゃんの部屋には、何も仕掛けてないよ」

「……実の妹に、何を仕掛けた?」

 

 千冬が携帯電話からこちらに視線を移すが、箒には心当たりはなく、首を横にふる。

 

「たばねさんの愛を仕掛けたんだよ! それより、なんで言っちゃうのさ。私が言いたかったのに。ほうきちゃんの可愛い姿をもっと見てみたいのに。さっきなんてね、ほうきちゃん、起きたら泣いちゃってね。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって。ふふっ。それからそれから、私が噛んだ所を愛おしそうに撫でて、かさぶたをとったんだよ! ね! 可愛いでしょ!」

「切るぞ」

 

 千冬がそう言い、すぐに切った。箒は携帯電話に手を伸ばそうとするが、身動きがとれないままだ。

 千冬が箒の上から降り、箒から離れる。

 箒はもう一度、ベッドに顔を埋める。やはり千冬と連絡を取っていた、と箒は糾弾するつもりだった。

 

 先ほどと同じコール音が響く。

 箒はその場に座り、千冬の方を見る。しかし、千冬は箒を指さしていた。

 

 それは箒の胸ポケットから鳴っていた。恐る恐る、そこに入っていた携帯電話を取り出す。画面には、篠ノ之束の文字があった。目を疑っていると、電話は繋がった。箒が操作をしていないのに。

 

「ね、姉さん?」

 急いで携帯電話を耳に当て、姉がいるか尋ねる。

 

「たばねおねえちゃんだよ~。確かに、ちーちゃんとは、いっくんの死体の前でしか会っていないよ~。だって、ちーちゃん。ずっとISの訓練ばっかしているんだもん。たばねさんはつまんなくなちゃったのだ。でも、ちーちゃんったら、いっくんを守る力を得る、なんて張り切ってたのに、いっくん誘拐されて殺されちゃったからね。あっ、私はちゃ~んと、いっくんの場所をドイツに教えてあげたよ。ちーちゃんの頑張りが意味無くなっちゃうからね。それで、なんでドイツかって言うと、ドイツ軍がISを使った人工胎盤で生み出した人間が欲しかったんだ。胎盤だけはiPSでも作れないからね。たばねさんも搭乗者保護機能をそんなことに使うなんて思わなかったよ。試験管ベイビーは体外受精を指す言葉だけど、本当に硝子器具の中で人間が作れるなんてびっくりだよね。ただ、ISが認識できる女の子しか出来ないけどね。今までの遺伝子操作された赤ん坊は、髪の毛の色が変わるぐらいでカラードヘアーなんて言われてたけど、人工胎盤を使えば、母体を必要とせず、誰も傷つかないで実験し放題になって、もっと遺伝子操作技術が進むだろうね。でもね、ISの人工胎盤に認識された人間は、つまりIS適性があるってことだから、ドイツではその人間でISの軍隊を作るなんて言ってるんだよ! 酷いよね、ISはスポーツだって決めたのに! 戦争なんかの為に作ったんじゃないのに! ほうきちゃんは、ISが宇宙に行くためのものってことを忘れちゃ駄目だよ!」

 

 偶にある姉の一方的な会話。箒は理解する暇がない。早口で難しいその話を頭の中で考える前に、姉は次の言葉を発しているからだ。なので、箒が分かった事は、姉が千冬と会っていなかったという、信じられないことだった。

 

「姉さんは、一夏が誘拐されるまで、千冬と会ってないの?」

「そだよ~」

 

(なんだ。千冬も一夏に変化が起こるまで、会えなかったんだ。私と同じで、一夏のついでに会ったんだ。私は一人で勘違いして、一人で怒って、一人で妬んでいたんだ。良かった。私は千冬と同じくらい、姉に近かったんだ)

 

 箒は千冬に言われた事を、姉が伝えたことで理解できた。自分の一人相撲だったんだと、可笑しくなった。

 

「ほうきちゃんはどんな専用機が欲しい?」

「……姉さんは私の為に、作ってくれるの?」

「もっちろんだよ! 可愛いほうきちゃんの為に、すんごいISを作っちゃうよ!」

 

(可愛い、私の為だけ)

 箒は姉が言葉を反芻しながら、もう一度言って欲しくて、姉に尋ねた。

 

「私の事、飽きたって、要らないって」

「また、欲しくなったんだ。ほうきちゃんを! 今ならどんな機能のISでも作っちゃうよ!」

 

(私の事が欲しいなら、取りに来て欲しい)

 箒は笑みを浮かべながら、姉の質問に答える。

 

「宇宙に行けるISが……良いな」

「ちゃんとしたISなら、どれでも宇宙に行けるよ! 他に要望はない?」

 

 そう言われ、何かないか思考を巡らせる。何も浮かばず、周りを見渡した。汚い部屋。そして、千冬が立っている。

 

「強いISが欲しい、誰にも負けない強いISが」

「オッケ~」

 

 箒は千冬を睨みながら、答えた。

 姉は返答すると、すぐに電話が切れた。しばらく携帯電話を眺めるが、ポケットに仕舞う。

 千冬が近づいてきたからだ。

 

「なんでお前は、束のことをそれほど妄信できるんだろうか」

「私の姉だからです」

 箒はすぐ切り返す。しかし、千冬は「おかしい」と言い放った。

 

「ISコアには情報交換ネットワークがあり、コア同士で特殊な相互意識干渉を行うことができる。つまり、ISで対戦すればするほど、操縦者たちは仲が良くなる。その威力は、男を嫌っていたセシリアが一夏を意識するくらいに、山田先生ほどの人物がこの私を尊敬するくらいに、仲が良くなるものだ。お前も一夏やセシリアと長く対戦している。一番信頼しあうのは、あいつらのはずだ。なのに、なぜ束を信じられる?」

 

 千冬の言った事に少し驚くが、箒はすぐに言った。

 

「姉さんが私を愛してくれるからです」

 

(ISに乗っていたら仲良くなる、かどうか知らない。難しいことではない、ただ、姉がそれ以上、愛してくれるから、姉を信じられる。それだけだ)

 

 千冬はそんな箒を見て、口を開いた。

 

「一夏が男性にも関わらずISを動かせるのは、ISコアを持ち、ISコアによる情報交換ネットワークによってISと接続しているからだろう。鈍感なのも、ISコアの副作用と私は思っている。お前も一夏と同じ様に、ISコアを埋め込まれているのか? 束によって意識を操作されていないか?」

 

 千冬は一呼吸置き、話を続ける。

 

「お前たちが、愛とは私は到底思えない。まるで感情を操作されているみたいだ。……間違っているとも、合っているとも束は言ってこない。私を見て楽しんでいるのか?」

 

 千冬がそんな事を言い、箒は自意識過剰だと思った。ただ、千冬が言ったことが本当なら、この感情が操作されたことが本当だとしたら。

 

「もしそれが本当なら、私は嬉しい。私が姉さんの事を好きという感情が作られたのなら、姉さんが私に好きになってほしいからだ。私と姉さんは両想いなんだ」

 

 箒は胸を張って言う。千冬は汚い物を見るような顔になる。

 

「どこが両思いなんだ。勘違いを……いや、どうでも良い。お前ら、姉妹になにか言うのが、間違いなんだ。つまり、私が言いたいのは、ISコアによる情報交換ネットワークを通して、一夏に伝わって欲しくない。一対一で、一夏と訓練はしないでくれ。するなら他のISが近くに展開しているときだけにしてくれ」

 

「ええ、いいですよ。今ならなんでも出来そうです」

 

 姉さんに愛されている。姉さんに見守られている。そう思うだけで、心が弾む。

 箒はまるで、ISに乗ったような万能感が心に溢れてくるのが分かった。

 








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