【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~ (スターダイヤモンド)
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新しいわたし(希編)
新しいわたし ~待ち合わせ~





感想、ご意見頂ければ幸いです。





 

 

 

 

 

…とある土曜日の昼過ぎ…場所はUTXの大画面ヴィジョンの前。

 

待ち合わせ時間より15分も早く来たのは、小泉花陽だった。

 

午前中の練習を終え、シャワーを浴び、いつもより控え目に昼食を済ませ、ここに駆けつけた。

 

いくら先輩後輩禁止のμ'sだとは言え、年下である以上、先に来るのが礼儀だと思ったからだ。

 

9月も終わりだと言うのに、日差しが強い。

練習中は常に動いているからあまり気にならないが、ただ立っているだけだと、逆に暑さが際立つ。

 

花陽は薄いブルーを基調としたワンピースを纏っていた。

両袖口にある控えめな感じのリボンと、ポケット部分の切り返しの赤がアクセントとして利いている。

足には白のスニーカー。

オフホワイトのサマーカーディガンを手にしてはいるが、この暑さだと今は着る気になれない。

 

…帽子を被ってくれば良かったかな…

 

と少し後悔しながら、手にしたペットボトルのミネラルウォーターを口にした。

さっき買ったばかりなのだが、もう温くなっている。

 

大画面ヴィジョンの中では、A-RISEが歌っていた。

相変わらず、ダンスにキレがある。

通行人も足を止めて、リズムをとっていた。

花陽も画面を見ながら、頭の中でフリを真似ていた。

 

しばらく、その映像を眺めていると

「早く来過ぎなんやない?」

と、聞き慣れた関西弁(?)を話す女性が声を掛けてきた。

 

薄い紫のブラウスと真っ白なマキシスカート、そしてミュールを履いて現れたのは…東條希。

 

花陽の待ち合わせの相手は、彼女だった。

 

希は格好は、中にタンクトップを着ているが、ブラウスのボタンを何個か外しており、また裾をお腹の辺りで結んでいる為、豊かな胸がより強調されている。

普段そのボリュームを見慣れている花陽でも、一瞬、目のやり場に困った。

そして陽の光りの加減で、時おりスカートから透けて見える脚のラインも大人の女を演出していた。

 

「ウチ、何かついてるん?」

しばし、ぽぅ…っと見とれていた花陽に希が声を掛けた。

「あ、いえ、なんでもないです…」

少しうろたえて答えた花陽。

「花陽ちゃんのことだから、早く来るんやないかと思って、ウチも早めに出たんやけど…待たせちゃたかな?」

「ご、ごめんなさい。わ、わりと早く準備が…出来ちゃったので…」

いつもより大人っぽく見える希に、ドギマギしながら答える花陽。

「直ぐに謝ったらいかんよ。花陽ちゃんの悪い癖やん」

「は、はい。ごめんなさい…」

「ほら!」

「あっ!!」

花陽が慌てて手で口を押さえる。

その仕草を見て、希が笑った。

 

…本当に可愛いんやから…

 

「えっ?」

希が笑ったのを見て、花陽は怪訝そうな顔をする。

希は…なんでもないんよ…と、悪戯っぽくウインクをして見せた。

 

「じゃあ、少し早いけど…行こうか?」

「は、はい。今日は宜しくお願いします!」

花陽は深々と頭を下げた。

「そんな固くなったらいかんよ。どっちかというと、付き合ってもらうのはウチなんやし」

「そう…なんですけど…」

「緊張してるん?」

「そ、そんなこと…。あ、いや、少しだけ…」

「あるんや?」

「μ'sのメンバーで『凛ちゃん』以外の人と2人きりで出掛けるのって、初めだから…」

「安心しぃや」

「えっ?」

「ウチも『えりち』以外のメンバーと2ショットは初めてや」

「えっ?」

「だからウチも緊張してるんよ。花陽ちゃんをどうエスコートしてあげようか…って」

花陽は希の顔をまじまじと見たが、何処まで本心かわからなかった。

「いいやん。お互い初デートってことやろ?これはこれで貴重やん。折角やから、今日は花陽ちゃんの隅から隅まで調べまくって、より深い仲になるチャンスやね」

…と、言いながら希はいつもの「ワシワシ」をするフリをした。

「ぴぁあ!」

…と、大袈裟に驚く花陽。

「ワシワシは無しですよ」

「う~ん、困った!約束出来ひん…」

「なら、帰ります!」

「冗談やって!冗談!」

 

…凛ちゃんのセリフやないけど、こういう困り顔の花陽ちゃんを見るのも、嫌いじゃないんよ…

…適度に苛めてみたくなるのも、魅力のひとつやね…

 

と、希は軽く微笑む。

 

 

 

2人は大画面ヴィジョンの前の階段を降りて、秋葉原駅の改札に向かった。

 

ここ数年の秋葉原は、外国人観光客がとにかく多い。

もちろん、家電品を買いにくる人が大半なのだろうが、オタク文化の聖地として、人気は未だに衰えを知らない。

 

駅の構内では、日替わり…或いは週替わりで様々なイベントが催されている。

それは時には地方の物産展であったり、時には最先端タブレットの発売キャンペーンだったりする。

もちろん秋葉原らしく、新作アニメのイベントも行われたりする。

 

そして今日は…

「スクールアイドル特集?」

花陽が小声で呟いた。

 

どうやら、にこや花陽が通うアイドルショップが出張販売しているようだった。

一番大きなスペースを確保しているのはA-RISEで、さすがに人だかりも多い。

しかしμ'sのスペースにも、負けじと人が集まっている。

中には明らかに「西洋人」と思われるカップルもいた。

 

2人は、彼らがμ'sのどのメンバーの、どんなグッズを買っていくんだろう…と、大いに気になった。

そして良く見ていきたいという衝動に駈られたが…結局、素知らぬフリをして、通り過ぎた。

仮にそこに本人が現れたら、パニックになるのでは…と考えたからだ。

 

「自意識過剰…かな?」

「でも、μ'sのブースにいたのですから、やっぱりファンの人だと…」

「なら、懸命な判断かもしれんね…」

そう言うと2人は中央線・総武線のホームへと足を急がせた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その2 ~中央線~

 

 

 

 

 

花陽と希は、中央線で新宿駅へと向かっていた。

 

「新宿に遊びに行ったりする?」

「え~と…ほぼ初めてに近いです…」

「なら、いつも何処に買い物行くん?」

「…えっと…圧倒的に『ド○・キホーテ』か『ア○レ』ですねぇ…」

「そりゃ、そうか…」

 

秋葉原、神田、お茶の水辺りは、所謂ショッピングモールや、大型スーパーのような施設はない。

日常の買い物には、あまり向いてる街とは言えない。

※設定は当時。

 

「渋谷とか表参道とかは、行ったりしない?」

「あの…その…この間までは中学生だったし、あまりお小遣いも貰ってなかったから、そういうとこには、あまり…」

「そやね!ごめん、ウチが悪かった…」

希は余計なことを訊いたと、少し後悔した。

 

考えてみれば『音ノ木坂』の大きな特徴は伝統とか由緒正しいとか品行方正とか…である(それ故、その古臭さが仇となり、廃校の危機に直面したのだが)。

つまり、この学校には『基本的に』中学から遊び歩いてるような生徒は入学しないのである。

時には『真姫』のような『超お嬢様』が居ないわけでもないが、彼女たちだって、そういうとこに中学生で足を運ぶことは、皆無に等しい(もっとも、親と一緒に銀座や六本木、南青山や表参道辺りに出掛けることは、あるかも知れないが)。

だから、花陽の返事は至極、全うな答えだった。

 

「じゃあ、下着は?」

一応電車の中なので、希は耳元で囁いた。

「ここ最近は…ネットが多いです。凛ちゃんと一緒に…」

希に合わせて花陽も耳元で囁く。

「やっぱ凛ちゃんと一緒なんや…」

と、溜め息混じりに呟く希。

「仲がいいのは構わないんやけど、少しは『凛ちゃん離れ』した方がいいんやないかな?」

「凛ちゃん離れ?」

「高校卒業しても、同じ道に進むとは限らんやろ?いや、もっと言えば、将来いつまでも、ずっと一緒…って訳にもいかないやん」

「…そうですね…」

「もっとも、ここ最近は凛ちゃんの方が、花陽ちゃんに依存してるようにも見えるけど…」

「…そう…ですかね?」

少し花陽の顔が曇った。

「あ、別に2人の悪口を言ってるのと違うんよ。ただ折角、μ'sに入って新しい仲間も増えたんやし、少しずつ違う人とも交流を深めないと…」

「確かに」

「なぁんて!…ウチもなぁ…あと半年で『えりち』と離ればなれになるなんて、想像出来んのやけど…」

「あ、あと半年で卒業ですもんね…花陽も3年生がいなくなることが、想像付かないです」

「このまま、時間、止まらんかな?」

「そう思うと、一日一日を大事にしなきゃ!って思いますね」

「ホンマやね…」

希は目を瞑りながら頷いた。そして、思い出したかのように名前を呼んだ。

「花陽ちゃん!」

「はい!?」

「今日一日、思いっきり楽しもうな?」

「は、はい!」

 

そんな会話を交わしているうちに、2人が乗った電車は新宿に着いた。

ホームは、乗降客が溢れんばかりで、いつ人が転落してもおかしくないほどの混雑だ。

 

「花陽ちゃん、手ぇ捕まって!」

「ぴゃあ!」

花陽が小さく叫ぶ。

そして、人混みを掻き分けながら階段を昇る希に引っ張られながら、何とか東口の改札まで辿り着いた。

 

「新宿って、こんなに人が多いんですか?」

花陽が、目を白黒させながら希に訊いた。

「そりゃ、新宿やもん」

答えになってないやん…と自分で思いながらも、花陽が妙に納得してる様子だったので、それ以上の説明はしなかった。

「ひとりで来たら絶対迷子になってますぅ」

「そやね、新宿はいつ来ても何処かしら工事してるし、ウチもたまに迷うんよ」

そう言いながら、希は先に改札を抜けた。

花陽もそれに続いたが…キンコ~ンの音と共に、フラップが閉まってしまった。

「…Suica…残高ありませんでした…」

そう言うと、あたふたと精算機に向かう。

 

…こういうとこが、花陽ちゃんらしいやん…

 

希がクスッと笑った。

 

 

 

2人は東口を出ると、大きな百貨店を目指して歩いた。

希が先を行き、一歩遅れて、辺りをキョロキョロと見渡しながら、花陽が着いて行く。

「ここが新宿なんですね…やっぱり秋葉原とは違いますね…」

「とても東京都民の言うセリフやないね」

「はい、その通りです…」

口ではそう答えたものの、見慣れぬ景色に、やはり目線は右に左に、上に下にと忙(せわ)しなく動いている。

 

4、5分程歩いただろうか

「はい、着きました」

希の脚がピタリと止まった。

右手で「どうぞ…」というポーズをとって、目の前の建物を案内する。

そこは大きなビルの一角にある、一見するとお洒落なアンティークカフェ…。

 

しかし…

 

「ここが…下着屋さん?…」

花陽が希に問いかけた。

「そう、ウチ御用達のランジェリーショップ『アンジェリーナ アンジェリーナ』。今日はまず、ここからスタートや」

 

希は少し戸惑っている花陽の背中を軽く押して、店内へと歩を進めて行った…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その3 ~身体測定~

 

 

 

 

 

白い重厚そうなドアを開けると、こじんまりとしたカフェスペースが現れた。

通りから見えるのはこの部分で、それ故、事情を知らない人は、ここがランジェリーショップだということに、すぐには気付かないだろう。

 

「いらっしゃいませ…」

2人が中に入ると、店の『奥』から人が出てきた。

年の頃なら20歳代後半から30歳代前半の、背の高いスリムな女性だ。

この店の店員らしい。

 

彼女は客の1人が希だとわかると、続けてこう言った。

「あら『ノゾミィ』じゃない。久し振りね」

「ご無沙汰してます」

「半年振りじゃない?」

「そんなに経って…あ、3年になったばかりの時に来たんだっけ?…4、5、6、7、8、9…本当だ、もうそんなに経つんですね…」

「まぁ、座って」

「はぁい!」

店内には小さめの丸いテーブルが、手前と奥に2台あり、それぞれに椅子が3脚ずつ配されている。

2人は奥のテーブルの椅子に腰を掛けた。

「アイスティーでいい?」

「はい!」

店員の問い掛けに、希が答える。

 

少し間を置いて、花陽が希に訊いた。

「いつもと話し方、違くないですか?」

「ん?ウチ?…基本的には学校以外じゃ、標準語なんよ」

「そ、そうなんですか?」

「元々、正確な関西弁やないし…。わかる人が聴いたら、恥かくだけやから」

 

 

 

花陽は思い出した。

 

…そういえば…希ちゃんが関西弁を使い始めたのは、絵里ちゃんと仲良くなる為の『キッカケ作り』って、誰かから聴いたような…

 

 

 

「はい、お待たせ!」

店員が2人分のアイスティーをトレーに乗せて運んできた。

「今日はどんなご要望で?」

「今日は…私ではなく、この娘です」

「妹さん?…では、ないわよね…」

「はい、部活の後輩で…」

「部活?ノゾミィ、部活なんてやってたっけ?」

「あ…それは…色々と事情があって」

希は照れ笑いをした。

 

「あ、あの、小泉花陽と申します。きょ、今日はよろしくお願いします!」

そんな2人の会話に割り込むかのように、花陽は突然立ち上がり、自己紹介のあと一礼した。

 

店員は一瞬面食らった顔をしたが、すぐにクスクスと笑いだした。

「おもしろい娘…」

「ふふふ…見ての通り、とってもピュアなんです。だから、意地悪しないでくださいね?」

「どうしようかな~」

店員が腰を屈めて、花陽の顔を覗きこむ。

真っ赤になって俯(うつむ)く花陽。

…言ってるそばから、しないでよぅ…と希。

 

「ウソよ、ウソ!ごめんねぇ、お姉さん、怖かった?大丈夫、大丈夫だから、リラックスしてね?」

「は、はい…」

「それじゃあ、改めて。今日はどのようなものをお探しで?」

「あ、あの…ブラを…」

花陽の声は、消え入りそうなほど小さい。

「そんなに恥ずかしがらなくていいのよ。ここは『それ』しか売ってないんだから」

「は、はい…」

「うふ、可愛い」

「サリナさん!」

「はい、はい、わかってるわよ…」

「花陽ちゃんは1年生なんだけど、この半年で、胸のサイズが大きくなっちゃったみたいなんです。だから、新しいブラを選んでもらおうと…ね?」

このままではラチが開かないと、希が助け船を出した。

「確かに立派なお胸だわ。そうね、正しいブラ選びは、綺麗な姿勢作りにも役立つし、何より健康に影響するから。肩凝り、腰痛はもちろんのこと、それが原因で頭痛、神経痛、視覚障害、歯痛(はいた)、血行障害による手足の痺れとか…」

そういうと希が『サリナ』と呼んだ店員は、花陽の肩や首の付け根をグリグリと揉み始めた。

突然のことに「ぴゃあ!」と小さく悲鳴を上げた花陽。

かなり強めに揉まれた為、その度に、んっ…んっ…と声が漏れる。

「うん、やっぱり、結構凝ってるね」

サリナが手を離したとき、花陽はグッタリとした表情になっていた。

「貴方みたいな大人しい感じの子は、大きいお胸を隠しがちだけど、もっと自信持ってアピールした方がいいわよ」

「は、はい」

「ふふふ…ホント、いちいち真面目ね」

「そこが彼女のいいとこなんです」

希は嬉しそうに笑った。

 

「そうしたら、早速計測しちゃおっか?」

いい、大丈夫?と訊かれ、花陽は首を縦に振った。

しかし、実はアイスティーにストローは差したものの、まだ一口も飲んでいなかった。

それに気付いたサリナは…急がないからゆっくり飲んでいいのよ…と優しく諭し、飲み終わったら教えてね…と店内の奥に消えていった。

 

「ぷはぁ~」

大きく息を吐くと、ふにゃふにゃとテーブルに突っ伏した。

「そんなに緊張しなくても…」

「いやいや、これはしますよ。花陽には、まだ、あのお姉さま感は刺激が強すぎますぅ」

「なに言ってるん?ほら、まだ今日はイベント盛り沢山なんやから」

「あ、そうですね…」

そう言って、少しだけアイスティーを口にした。

ただそれだけだったが、その一口が暑さと緊張の為に火照っていた身体を冷ましていく。

「ふぅ…少し落ち着きました…」

 

 

 

「どう?」

花陽がアイスティーを飲み干すのを見ていたかのように、店員のサリナが奥から声を掛けてきた。

「はい、もう、大丈夫です」

「うん、そうしたら…ごめん、ノゾミィ、案内してあげて。今、この時間、1人しかいないから手がないの」

「あ、はい。わかりましたぁ…」

希が立ち上がる。

「花陽ちゃん、荷物持ったら、あそこのドアの所に入って欲しいんやけど。そう、あそこのドア。…で靴を脱いで中に入ったら、カギ掛けて、上半身裸になって」

「は、裸になるんですか!?」

「脱がなきゃ、正確なサイズ、計れないやん。身体測定と一緒やって…。あ、でも、ここのは凄いんよ。ただ立ってるだけでいいんやから」

「立ってるだけ…なんですか?」

「あっと言う間に終わるから、心配しなくても大丈夫やって」

「はぁ…」

「はい、行ってらっしゃい」

花陽は、渋々と指定されたドアへと向かった。

 

中に入ると一畳ほどの部屋に、イスとバスケット、パイプから吊るされたハンガーが2つ…それと向かい側にもう1枚、ドアの存在が確認出来た。

 

《はい、じゃあ、まずカギを閉めてください》

壁に埋め込まれたスピーカーから、サリナの声が聴こえる。

《掛けたら、掛けたって言ってね?》

「掛けました」

《オーケィ!手荷物はバスケットに入れてね》

「はい、入れました」

《うん、そうしたら、上半身、裸になって下さい…あ、貴方、今日、ワンピースだったわね…ごめんね、それじゃあ、それごと脱いじゃって》

花陽はかなり躊躇(ためら)ったが、意を決して服を脱いだ。

「あの…脱ぎました」

《脱いだ?ワンピースはバスケットに入れるより、ハンガーに掛けた方がいいかな?任せるわ》

「あの…裸になるって、ブラもですか?」

《当然でしょ?平気よ、誰も見てないから。私も見えてないんだよ》

「は、はい…わかりました…」

仕方なく花陽はブラジャーを外した。

「は、外しました…」

誰も見ていない…と言われても、両の腕をクロスさせて、つい前を隠してしまう。

《うん、よく頑張った。恥ずかしいよね、すぐ終わるからね…。そうしたら、反対側のドアを開けて、そこを出て》

言われた通りに部屋を出る花陽。

 

そこは、さらに狭いスペースで、身長体重計のようなものが1台置いてあるだけだった。

 

《こういうの見たことある?身長と体重が同時に計れる機械なんだけど》

「はい、学校の身体測定はこれでした」

《なら、話は早い。台の上に乗って、足跡マークに足を合わせて…》

「はい」

《うん。背筋を伸ばして、後ろの棒に背中を付ける…はい『気を付け!!』》

言われた勢いで花陽は、両腕を身体の横にくっつけた。

《出来た?》

「は、はい」

《じゃあ、そのままで、20秒キープ!ちょっと暗くなるけど、そのままね。はい、いきま~す…イチ、ニィ、サ~ン…》

花陽は目を瞑り、息を止め20カウント待った。

《はい、お疲れ様…。もう、終ったから、着替えて、戻っていいわよ》

「あ、ありがとうございました」

《どういたしまして》

 

再び腕をクロスして前を隠しながら、前室に飛びこむ花陽。

 

その刹那…

 

「ぴゃあ!」

の声に続き、ドスン!と大きな音が…

 

《ちょっと、大丈夫?》

「は、はい、ちょっと、足を引っ掛けただけですぅ」

《ならいいけど…慌てなくていいからねぇ》

「すみません、すみません…」

 

何故か、スピーカーに向かって平謝りする花陽だった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その4 ~B.W.H~

 

 

 

 

 

花陽は着替え終わると、テーブルに戻ってきた。

希はそれに気付くと、読んでいた雑誌を閉じ、花陽を迎えた。

「さっきすごい音がしたけど、大丈夫やった?」

「は、はい…」

「ん?膝どうしたん?擦りむいてるやん?」

「はははは…実はちょっと転んじゃいまして…」

「まったく、花陽ちゃんはドジやね…」

「恥ずかしい…」

「絆創膏、貼ってあげる」

「そんな、平気です。たいしたことないですから」

「アイドルが膝から血ぃ出してたら、みっともないやん!」

希は持っていたバックの小物入れから、絆創膏を取り出すと、花陽の膝に貼った。

「これで、よし!」

「すみません…」

「ウチができることなんて、これくらいしかないんよ」

…今はね…と続けようとしたが、その言葉はグッと飲み込んだ。

 

「えっと、ハナヨちゃん…って言ったっけ?お疲れ様。どうだった?やっぱり恥ずかった?…でも、すぐ終わったでしょ?」

サリナが、少し早足で2人のテーブルにやって来た。

「それで…ごめんね…。先に書いてもらえば良かったんだけど…データ登録するから、ここに名前と生年月日、あと…この太枠の部分に必要事項を記入してくれるかな?」

と、花陽にバインダーとペンを手渡す。

花陽は言われた通りに記入し、サリナにそれを戻した。

「はい、ありがとう。ホントごめんね、段取り悪くて…あと2、3分待ってて…」

 

ほどなくして、サリナが戻ってきた。

お待たせしました…と、空いているイスに腰をおろす。

「さっきの計測結果が出ました。これがそのデータね…」

と言いながら、2人に数枚の紙を見せた。

 

そこには数値のほか、人形(ひとかた)を模した画像が載っていた。

 

「ね、スゴいでしょ?あの計測器。実は身長、体重だけじゃなくて、花陽ちゃんの体型まで、3Dで取り込むことができるのよ」

 

その理屈はわからないが、恥ずかしがって目を瞑ってる20秒の間に、ボディラインを立体的にトレースしたらしい…ということを花陽は理解した。

 

「えっと、小泉花陽ちゃん、15歳」

「はい」

「若いなあ…。ノゾミィも、うちに初めてきたのは15歳?」

「私は…14歳だったかな?お母さんと一緒に…」

「そうだったわね…あれから4年も経つの?…私も歳を取るわけだ…って、それは置いといて…」

サリナは一呼吸置いて言葉を続けた。

「花陽ちゃん、身長156.3cm、体重50.4kg、体脂肪率26%」

「セーフ…」

花陽は自分の数値を見て、安堵の声をあげた。

「セーフ?」

と訊き返したのはサリナ。

「…だと思ってるんですけど…アウトですか?」

「ううん、ダイエットでもしてるのかな…と思って。色々な統計があるから一概には言えないんだけど…この会社のデータに依ると…156cmの女子の標準体重は…53.5kg。理想体重が51.1kgってなってるから、まったく問題ないんじゃない?」

「良かったですぅ」

「体脂肪率も26%なら…15歳だと…標準Aの上限値?うん、いいんじゃない?…むしろ、大きなお胸の分だけ重さが増してるのに、理想体重を下回ってるんだから、ナイスバディだと思うけど。…あ、もしかしたらダイエット…してる?」

「いえ…ダイエットはしてないですけど…毎日運動はしてます」

「なるほど」

「でも結構、ご飯食べるの我慢してるんじゃない?」

と希。

「えっ、あ…実は…少し…」

花陽は希の誘導尋問に引っ掛かった。

「味覚の秋だもんね?食べるな…って言う方が無理よ。育ち盛りだし」

(花陽の特殊な)事情を知らないサリナが同調する。

 

「そ、そうですよね!!と、特に今の時期はお米が…」

「花陽ちゃん!」

「あ…」

新米について熱く語りだしそうな花陽の気配に気付き、希がストップをかけた。

「?」

首を傾げたのはサリナ。

いえ、こっちの話です…と、希はその場を取り繕った。

 

「無理なダイエットは良くないから…これでいくと…モデル体重は…46.5kgらしいけど」

「46.5kg!?」

花陽と希の声がシンクロした。

「46.5kg…?そんなになったら、花陽はきっと…死んでます」

大袈裟よ…とサリナは笑ったが、希はあり得るかも…と思って苦笑した。

 

「さて、ここからが本題…スリーサイズの発表で~す!」

花陽がデータ用紙に目を落とす。

「バスト…トップ85.0cm、アンダー64.0cm」

「あ、やっぱり、大きくなってる…」

ウチのワシワシは正確やね…と希が小声で囁く。

「ウェストは59.5cm、ヒップ83.0cm」

「ウェストはたった5mmしか細くなってない…」

ショックです…と花陽。

「参考までに同じ身長の女子平均は、上から81cm、57cm、84cmだって」

「そうすると、やっぱり3cm大きくなったの?」

「は、はい…」

希の問に答えた花陽は、視線を自分の胸元にやった。

「ブラのサイズ、変わるんですか?」

「今は『D』?」

「はい」

「おめでとう!レベルアップだね!これからは『E』になるわよ」

サリナが親指を立て、花陽に微笑んだ。

 

「ちなみに私は『G』やけどね」

とドヤ顔の希。

「ノゾミィはデカ過ぎるの…」

そう言うとサリナは…2人の分を少しづつ分けて欲しいわ…と、自分の胸を見て嘆いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その5 ~ブラ選び~

 

 

 

 

 

「それじゃあ、2枚目を見て」

サリナがA4サイズの紙を捲(めく)った。

「これが花陽ちゃんの身体の3D画像。順番に…上から見たところ、正面、横からで…最後が後ろから」

「上からって言うのは新鮮ですね」

「前と横は鏡でも見れるけど、上からって自分じゃ…ね」

サリナは蛍光ペンを手に、書き込みながら説明を続ける。

 

「それで…花陽ちゃんのお胸の形は…これ。非常に綺麗な『半球型』ね」

キュッとペンでマルを付ける。

「日本人の多くは、大きくても垂れたり横に広がったりする『しずく型』なんだけど…貴方のは、いわゆる『美巨乳』って呼ばれるタイプね」

 

花陽の耳元で

…ウチと同じやね…

と希が囁く。

 

…因みに『えりち』は、この『釣鐘型』ってヤツやん…

紙の文字を指差しながら補足説明を加えた。

 

「さてさて、ここからが本題の本題。これで終わったら、単なる身体測定になっちゃうからねぇ…。肝心なブラ選びを始めましょう!」

「は、はい」

「まず、花陽ちゃんのブラサイズは『D65』から『E65』になりました」

「はい」

「これが基本ベース。そうしたら次は『どんなブラ』が欲しいか…ってことなんだけど…」

「そうですね…」

と言いかけて、花陽は口ごもった。

 

 

 

…どんなブラ?…

 

 

 

いざ訊かれると、具体的に答えられない。

 

「あの…可愛いのがいいな…とは思いますが…」

「うん、デザインの話ね。それは、またあとで訊くわ。…えっと…私が訊いたのは『使用用途』のこと」

「使用用途…ですか?」

「ブラだってTPOに合わせて、使い分けが必要でしょ?例えば…スポーツの時とか、デートの時とか、パーティーの時もあるし…全部同じでいい…って訳ではないでしょ?」

「あ…あまり考えたことがなかったです…」

「まぁ、15歳だからね…まだ、そこまで気を使わないか…」

花陽は、そう言われると『子供扱い』されたようで、少し切なくなった。

 

「彼氏はいるの?」

ブンブン!と首を大きく横に振る。

「そんなに力強く否定しなくても」

サリナは明るく笑った。

「ノゾミィは?」

希も花陽の真似をした。

「真似しないでください」

と今度は花陽が苦笑いする。

「2人とも可愛いんだから、彼氏くらい作らないと…」

「うちは女子校だから…」

「そう言えば、そうだったわね」

 

…でも、好きな娘はいるんよ…

 

希は心の中で呟いた。

 

「…で、結局どんなのが欲しいの?」

「今日は取り敢えず『普段使い』のブラでいいと思うけど。あ、出来れば通気性がいいのがいいよね?」

答えられない花陽に替わって、希がフォローする。

「通気性?」

「うん…ほら、彼女、運動してるから」

「あ、さっき言ってたね。運動部なんだ?」

サリナに訊かれて、希と花陽は顔を見合わせた。

 

…アイドル研究部…って、どっち?…

 

名前だけなら文化部だが、やってることはストレッチして、走って、筋トレして、ダンスして…運動部と変わらない。

 

しばし沈黙…。

 

「私、おかしなこと訊いた?」

とサリナ。

「いやいや、ごめんなさい、何でもないです。どちらかと言うと運動部かな…ダンスの真似事をしてるから」

と希。

 

希でも、まだスクールアイドルのことは、伏せておきたいらしい。

 

「あら、ダンス部なの?…っていうことはノゾミィも?あれ、聴いてないわよ?」

「えっと…とある事情により今年から始めたので…」

「そうなの?なんか意外だわ…。じゃあ、2人とも踊る度に、お胸がユッサユッサしちゃうのね」

…私は経験したこと無いけど…とサリナは軽く毒づく。

「だったら、スポーツブラは?」

「もちらんそれは、私も花陽ちゃんも持ってるけど…わりと『そのまま』ウェアに着替えちゃうことが多いから」

「そうか、そうか、なるほど、なるほど。…なら、ある程度、動き易さも重視した方が良さそうね」

「…ですね」

 

この一連の流れの中に、花陽は会話に入ることが出来きず、ただ黙ったままで頷いた。

 

「じゃあ、実際、目で見てみようか」

「はい…」

「うん、そうしたら商品ルームに移動するから、一緒に来てね。…あ、一応、手荷物は持って」

サリナは先に席を立つと、2人を先導して歩いた。

 

さっき花陽が服を『脱ぎ着』した部屋のドア。

その横にもう1枚ドアがあった。

サリナがそれを開ける。

 

その瞬間

「うわぁ…」

と思わず花陽が声をあげた。

 

彼女が開けたドアの向こうには、色とりどりのブラやショーツが、壁一面にディスプレイされていた。

いや、壁一面は誤った表現である。

壁『四』面…が正解か。

 

そして部屋の中央には棚が3列。

こちらにも、隙間なく商品が陳列されている。

 

よく見ると、部屋の奥には螺旋階段も見える。

「ここ、2階もあるんよ」

花陽に希が耳打ちした。

 

落ち着いた雰囲気のカフェスペースとは、一転、真逆の華やかな世界がそこに広がっていた。

 

花陽は部屋と部屋の狭間に立ち、一言呟いた。

「どこでもドアの向こうとこっちみたいです…」

その表現の上手さに、希は思わず頷いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その6 ~シャーベットカラー~

 

 

 

 

 

「通気性のいいものと言えば…まず、これなんかどうかしら?」

サリナが商品を花陽に見せる。

「ん?…うひゃあ!な、なんですか、これは!…ブラの下部分しかないですよ…大事なとこが丸出しです!」

「通気性バツグンでしょ?。」

「い、いや、それ以前の問題かと…。そもそも、これは何用なんですか?」

「それはシェルフカップとか、トップレスとか呼ばれるタイプの1/4カップブラなんだけど、お胸を下から持ち上げて、前に押し出す効果が大きいの。『よりセクシーに』魅せたいとき用ね」

「…えっと…これはいいです」

「だよね。じゃあ、これは?目の細かいメッシュタイプなんだけど」

と、別のブラジャーを手渡した。

それをジッと見つめる花陽。

「これ、向こうが透けて見えますね…」

「見えるね…」

「却下です!」

「だよね」

サリナは半笑いで答えた。

「ちょっと、サリナさん!真面目に選んで下さい」

花陽が少しムッとした。

「ごめん、ごめん。ちょっとからかってみたくなっちゃって」

とサリナ。

 

…ウチの楽しみをとらんといて…

 

希はサリナに念を送った。

 

「真面目に選ぶと…普段使いなら花陽ちゃんの場合、フルカップが最適ね。お胸全体をしっかり包みこんで安定させるタイプで『お肉』の柔らかい人やボリュームのある人にお薦めよ。カップの幅が広いから、お胸のお肉が脇へ流れるのを防いでくれるわ」

「はぁ…」

「デザイン的には3/4カップブラもいいと思うんだけど、こっちはお胸をボリュームアップさせたり、谷間を協調したりするのが特徴だから、花陽ちゃんにはtoo muchかも」

「とぅ まっち?」

「○○過ぎる…。今のだと、花陽ちゃんにはそこまでする必要がないってこと」

希が花陽に説明した。

 

「そこで…これなんか、どう?これはカップ部分の通気性の良さと軽さが特徴なの。汗ばむ季節でも、付けてるのを忘れるくらい爽やかで軽いわ」

「あ、軽い!」

「ね?それと、カップサイドの背部は、伸縮性のいいレースが1枚だから、着け心地が軽やかなのはもちろん、アウターにも響きにくいの」

「ほほう…」

「温度が上がらない理由はね、ここ…メッシュ素材のパッドポケットで、これが通気性がよくしてるの。お胸にかいた汗もすばやく乾かすから、いつでも爽やかにいられるわよ」

「でも、これ…ストラップないですよね。落ちないですか?」

「それは大丈夫だと思うけど。不安?」

「多少は…」

「なら…こっちはどうかな?」

サリナは別のブラジャーを選定した。

 

「こっちもカップ部分の通気性がいいわよ。フロント部分のテープが締め付けにくくなってるし。サイド部分も、テープが当たらないから軽い着け心地で…こっちもお薦め」

「ふむふむ」

「カップ部分は両面メッシュで、通気性がよくムレにくい構造ね。肌側もサラッとドライな着け心地で、軽さと通気性がいいから、暑い季節でも爽やかにお洒落が楽しめるわよ」

「なんか、店員さんみたいですね…」

「店員ですけど…なにか?」

「そうでした」

花陽とサリナは顔を見合わせて、笑った。

 

「うん、そうね。こっちのほうがカラーバリエーションも豊富だし、いいかもね」

「はい!」

「普段は何色が多い?」

「ほとんど白です」

「学生だもんね。 色の濃いのしてたらブラウスから透けて、わかっちゃうものね」

「そうですね」

「まぁ、せっかく今日、新しく買うんだし、色も少し変えてみようよ。…そうだなぁ…花陽ちゃんの雰囲気からして、柔らかな、淡い色が似合うと思うな…う~んと…これなんか、どう?」

「あ、可愛いです!」

「今年の新色なんだけどね、シャーベットグリーン。可愛いよね」

「緑は花陽ちゃんのイメージカラーだから、ピッタリなんじゃない?」

「イメージカラー?」

「あ、部活の衣装とかで、一応、それぞれの目印的な…ちなみに私は紫です」

「あら、じゃあ、ノゾミィは好きな色と一致してるんじゃない」

「先輩の特権で…ウソです。たまたま誰もいなかったから貰いました」

「花陽ちゃんは?好きな色」

「そうですねぇ…わりとオレンジとかも好きです」

「あぁ、そうね…うん、うん…あるわよ、シャーベットオレンジも…ほら。いいじゃない、この色も素敵ね」

「はい」

「他も見てみる?」

「えっ?いや…多分、こんなに沢山あると、迷って決められなくなっちゃうので…」

「じゃあ、この2つにしようか」

「あ、あの…」

「?」

「…おいくらでしょうか?」

「ん?価格?えっと、これは…ショーツとセットで5千円ね」

「…ですか…」

「ん?」

「すみません、その…持ち合わせが、あまりないので、どちらかひとつにしようかと…」

「あ、そんなこと、全然気にしないでいいのよ」

サリナは笑顔で

「どっちにする?」

と花陽に尋ねる。

 

花陽はさんざん悩んだあげく

「どれにしようかな、神様のいう通り…」

と交互に指差し、最終的にグリーンを選んだ。

 

「ネットと違って『こういう専門店』は、ブラのアジャストができるのが『ウリ』のひとつなの。最後は、あそこにフィッティングルームがあるから、一緒に入って、微調整をしよう」

「ま、また、脱ぐんですか!?」

「あら、私と一緒じゃ、不満?」

「あ、いや、そういう意味じゃ」

「ノゾミィも一緒に入ってもらう?」

「入ってあげようか?」

そう言った希の両手は、何故かワシワシポーズをしている。

「やっぱり、サリナさんと入ります…」

「じゃあ、行こうか」

花陽とサリナは、ブラを片手にフィッティングルームへと向かった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その7 ~ぶらり新宿~

 

 

 

 

 

フィッティングルームで、ブラジャーのストラップを適切な長さに調整してもらった花陽が、カフェスペースに戻ってくる。

希は先に座って待っていた。

 

「はぁ、緊張しました…」

「だから、ウチも一緒に行ってあげるって言ったやん」

「もっと恥ずかしいです」

「なんで?いつも着替えてるとこは見てるやろ?」

「でも『直(じか)』には無いですよ?」

「そやね」

「一緒に入ったら、希ちゃん、絶対観察しますよね?ジロジロ見ますよね…」

「まぁ、こんなチャンス、滅多にないからね」

「う~ん、それ、趣味…悪いです…」

「なんで?可愛い後輩の裸を見たって問題ないやん?…それとも、ウチに見られるの、そんなに嫌なん?」

「えっ!?」

希の伏し目がちな表情に、花陽は戸惑いを感じた。

 

…なんですか?今の希ちゃんの甘えた雰囲気は…

 

「ウソや~ん!花陽ちゃんは、本当にピュアやね」

「もう、からかうのはやめて下さい。花陽はどうリアクションしたらいいかわかりません」

「いや、そのままでいいんよ」

「ん?…」

 

「花陽ちゃん、お待たせ!」

2人がそんな会話をしていると、サリナがレジカウンターから声を掛けた。

花陽と希は席を立ち会計に向かう。

「はい、お待ちどうさま。まず、こっちが花陽ちゃんのお買い物。中を確かめてね…合ってる?うん、じゃあ、お会計…はい、5千円ね」

花陽がサイフからお札を出し、会計を済ます。

「はい、ちょうど…。レシートと…これが会員カード。あ、年会費も更新料もかからないから、気にしないで。ポイントが貯まると、割引サービスが受けられるの。…100円で1ポイント。今回は初回だからサービスで5倍にしておいたよ」

「あ、ありがとうございます」

「ここに、QRコードが載ってるでしょ?あとでアクセスしてみてね。うちのホームページに繋がるから」

「はい」

「ネットでの購入もここからできるの。あと、新商品の紹介とか、キャンペーン情報も掲載してるから」

「ネットもあるんですね」

「むしろネット販売がメインかな。でも今日みたいにサイズを計ったり、手触りを確認したりとかは、ネットじゃできないでしょ?」

「そうですね」

「だから、たまにはお店に来てね」

「はい」

花陽は丁寧に一礼した。

 

「そして、こっちがノゾミィの」

「えっ?希ちゃん、お買い物したの?」

「うん」

「いつの間に」

「うふふ…」

「ノゾミィは、ジャスト1万円…だけど、今日は2割引きしておくわ」

「本当に?」

「ご新規さんを連れてきてくれたお礼よ」

「ありがとう」

「また、来てね」

「はい」

サリナは店の外まで出て2人を見送った。

「ノゾミィ、花陽ちゃん。今日はありがとう。またね」

「はい。こちらこそ、ありがとうございました」

花陽と希は、振り返りながら何度も頭を下げて、店を離れた。

 

 

 

「ふぅ…まだ、暑いですね」

「暑いね…」

店外に出たとたんに、汗が吹き出してきた。

「本当に9月の終わりなんやろか?」

「本当に…」

相槌を打とうした瞬間…ぐぅ~…と、花陽のお腹が大きく鳴った。

「ぴゃあ!」

「お腹空いたん?」

「いや…その…」

「無理せんで、いいよ」

「…はい…お昼御飯を控え目にしたので…」

「そんなことやないかと思ってたんよ。そろそろ3時やし、お茶にする?」

「はい!」

花陽の目の中に星が2、3個キラめいた。

 

 

 

2人は南口に戻って、流行りのジェラート店に入った。

希はジェラートとドリンクを、花陽はそれにプラスして、クレープを頼んだ。

「はぁ…この小倉白玉クレープ、美味しいですぅ!」

「本当に美味しそうやね」

「はい、幸せです」

「見てるこっちも幸せになるわぁ」

「希ちゃんも一口食べます?」

「ウチは遠慮しとくよ。花陽ちゃんの幸せ奪ったら、可哀想やから」

「そんなぁ、花陽は平気ですよ。もうひとつ、ふたつは食べられますから。次は…ピーチクリームを頼もうかと思ってます」

 

…いくら育ち盛り、食べ盛り、食欲の秋とはいえ、どれだけエンゲル係数が高いんやろ?…

 

さすがの希も、これには驚くしかなかった…。

 

 

 

希は一息付き、花陽は空腹を満たすと、2人は大きな書店へと足を向けた。

「ごめんなぁ、付き合わせちゃって」

「いえ、全然」

「神田周辺は古本屋さんは多いけど、こんなに大きな本屋さんはないからね、新宿に来た時は、つい寄ってしまうんよ」

「どんな本を読むんですか?やっぱり占いの本とか?」

「それもあるけど…まずは2階に行って絵本見たり、美術とか芸術の本を見るんよ」

「え?なんか意外です」

「絵本とか美術の本とか見るのは、精神衛生上、大事なことなんよ。心の浄化やね」

「なんか、深いですね…」

「そのあと4階で新書とか文学の本とか見て、最後に6階で宗教とか心理学とかの本を探すのが、だいたいのパターンやね」

「結構、読書家なんですね」

「ずっと、ひとりやったからね…」

「えっ?」

「いや、なんでもない…。そういう花陽ちゃんは?本は読まないわん?」

「恥ずかしながら、アイドル雑誌とかグルメガイドとか、お料理の本とかしか…」

「いいやん。好きなものがあって、それに没頭出来るって、うらやましいな」

「希ちゃんはないんですか?」

「ウチ?ウチ…そうやね…」

 

…そういうものがあったら、精神世界に逃げたりしなかったんやろな…

 

「あ、着いたよ」

「うわぁ、この建物、全部本屋さんですか…」

「地下1階、地上7階…まぁ、7階は劇場やけどね。隅から隅まで見ていったら、1日あっても回りきれんかも」

「はぁ…」

「でも、ただ、ぶら~っと、流して歩くのもお薦めやけどね。タイトルに惹かれた…とか、表紙が気に入ったとか、そんなんで新たな発見があったりするもんよ」

「レコードの『ジャケ買い』みたいですね」

「そやね」

そんな会話をしながら2人は書店へと吸い込まれて言った。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その8 ~別れ際~

 

 

 

 

 

希と花陽は、書店で小1時間あまりを費やし、それぞれ好きな本を2、3冊買った。

「たまには、こういう落ち着いた時間もいいですね」

「μ's始めてから、毎日慌ただしかったもんね。少しはリフレッシュ出来たんやない?」

「はい、何もかもが新鮮で、色々楽しかったです」

「おっと、まだ終わりやないんよ?」

「はい!まだ焼き肉が残ってます!」

「その通りやね!じゃあ、秋葉原に戻ろうか?」

「はい!」

どうやら、今日のラストイベントは焼き肉のようである。

むしろ、花陽にとってはこれが「メインイベント」なのかも知れない。

 

 

 

新宿は眠らない街である。

土曜の夕方であっても、行き交う人の数が減ることはない。

2人は、再び人込みを掻き分けながら、帰りの電車に乗る。

幸いにも、うまく座ることが出来た。

 

適度にエアコンが利いている車内。

「初デート」という緊張感。

地元に戻る安心感。

そして花陽を包み込んだ満腹感…。

そんなこんながあったのだろう、希も花陽も、すぐに睡魔に襲われてしまった。

 

 

 

《次は船橋…船橋に停まります…》

 

その車内アナウンスを、先に気付いたのは希だった。

 

…ん?…ふなばし…船橋…千葉?…

 

「花陽ちゃん!!花陽ちゃん!!起きて!起きて!」

「ひゃい、なんでひょう?焼き肉屋さんに着きましたか?」

「寝惚けてる場合やないよ!ウチら、乗り過ごてる!」

「ん?…ん?…」

「このままだったら幕張まで行っちゃうやん」

「ん…起きました…」

「大変やって!次の駅で降りるよ!」

「なんでですか?」

「だから、乗り過ごしたんやって」

「乗り過ごした?…今、どこですか?…」

「次、船橋!」

「船橋?千葉じゃないですか!」

「だから、そう言ってるやん!」

2人は、そんな漫才を繰り広げたあと次駅で降り、再び、秋葉原を目指した。

時間にして、およそ往復60分あまりのロス。

2人が秋葉原に戻って来たのは、間もなく19時になろうかとしていた。

 

 

 

「ごめんなぁ、ウチがしっかりしていれば…」

「いえ、希ちゃんが、起こしてくれなければ、本当に千葉(終点)まで、行ってるとこでしたから…」

「なんにしても、遅くなってしまったね…どうする?帰る?」

「あ…今日は食べてくる…と言ってあるので、帰ってもご飯はありません。なので、一緒に…」

「そうなん?ありがとう」

「では、早速行きましょう!お腹が空きました!」

花陽が足早に歩き始める。

「どこに行くか、知ってるん?」

「…そうでした…」

 

…ふふふ…だから好きなんよ…

 

希は花陽を連れて、目的の焼き肉屋へ目指した。

 

 

 

その焼き肉屋は食べ放題ではなかったが、ご飯のお代わりは自由だった。

 

どうして『焼き肉のタレ』と『ご飯』はこんなに相性がいいんでしょう!!…と、花陽は何度も店員を呼ぶ。

お代わりのコールが5回目を過ぎる頃には、周りの客がざわつき始め、10回目には拍手が起きた。

 

…花陽ちゃんはμ'sより先に、違うことで売れてしまうんやないやろか?…

 

希はその食べっぷりに感嘆した。

 

 

 

2人が店を出る頃には、20時半を回っていた。

 

「満足した?」

「はい、お腹いっぱいです」

「結局、奢ってもらってしまったね」

「世の中には、あんなに優しい人もいるんですね」

「稀(まれ)やと思うよ。花陽ちゃんは人がいいから、騙されんようにせんと…」

「はい」

 

会計を済ます5分前…2人の(というより花陽の)食べっぷりに感動した客のひとりが「オレが彼女たちの分を支払う」と名乗りを挙げたのだ。

 

希も花陽も当然断ったのだが、その客に他の客も同調し、最終的には数名の客で2人の食事代を『割り勘』にすることで落ち着いた。

 

店員から、サインを求められたが、それも丁重に断った。

「大食いタレントと間違えられてますよね…私たち」

いや、それは花陽ちゃんだけやん!と希は心の中でツッコミを入れた。

 

そして希も花陽も、ただただ恐縮し、店を出たのだった。

 

 

 

「それにしても…すっかり遅くなってしまったね」

「そうですね」

「今日はありがとう」

「いえいえ、こちらこそ…。すごく楽しかったです。また時間があったら遊びましょう。今度は花陽がエスコートしますよ」

「グルメツアーになりそうやね。ウチ、ついていけるかな?」

「お腹を空かせて来て下さいね…。あ、では、花陽はここで…」

「そやね…じゃあ、明日…」

「明日は10時からでしたよね?寝過ごしちゃダメですよ!」

「花陽ちゃんもね…」

「では、おやすみなさい」

「おやすみ…」

 

花陽は小路(こみち)を右に曲がって、帰路についた。

しかし数歩進んだところで、希に呼び止められた。

忘れ物でもしたかな?…花陽が再び、希に歩み寄る。

 

「はい?」

「思ったんやけど…花陽ちゃん、今日、ウチのとこに泊まっていかへん?」

「えっ!?…」

想定外の言葉に、花陽はしばし絶句した…。

 

「さすがに、この時間、ひとりで帰す訳にはいかんやん」

「大丈夫ですよ」

「この街は決して治安のいいとこではないんよ。花陽ちゃんみたいな娘がひとりで歩いてることを考えたら、それは危な過ぎるやん」

「それは、希ちゃんも」

「だから、一緒にウチんとこに泊まろうって。こっちの方が近いやろ」

「まぁ、そうですが…」

「家にはウチから電話してあげるから」

「は、はぁ…」

「花陽ちゃん、家に電話して」

「本当にですか?」

「冗談言ってるように見える?」

確かに、わざわざ帰宅を引き留めて話すことではない…と花陽も思った。

「…でも、ご迷惑では?」

「迷惑な訳…ないやん…」

希は少し照れたように花陽を見たあと、視線を足元に落とした。

 

いつもと違う希の雰囲気に…何故かこれは断っちゃいけない気がする…と花陽が折れた。

「…はい、わかりました。ちょっと待って下さいね…」

花陽はスマホを取り出すと、自宅に電話した。

 

「もしもし、あ、お母さん?花陽だけど、うん、ごめんなさい、遅くなっちゃって、あ、今、先輩に代わるね…」

「お電話代わりました。花陽さんと同じ部活の東條希と申します。いえ、こちらこそ…はい、すみません、私が付き合わせてしまって遅くなりました。…それで、今日はもう、この時間ですので、ウチに泊まってもらおうと思いまして…いえいえ、ご心配なく。はい、明日は練習がありますので、朝には…はい、では、失礼します」

交渉成立…と、希は軽くVサインをして、花陽にスマホを返した。

「じゃあ、行こうか?」

「はい…お世話になります」

 

緩やかに風が吹いてきた。

さすがにこの時間になると、秋の気配を感じる。

 

満腹状態の花陽には心地良かったが、希は少し肌寒かったようだ。

「花陽ちゃん、少し寒くない?」

「そうですか?これ、羽織ります?」

と、持ち歩いていたサマーカーディガンを手渡す。

「ありがとう…。ついでに…腕、組んでもいい?」

「大丈夫ですか?具合悪いんですか?」

「うん、大丈夫やけど…たまには甘える側になってみようかと」

「酔っぱらってます?お酒…飲んでないですよね?」

「知らないうちに飲んだかも…」

「また花陽はからかうんですね…」

希は…バレたか…と舌を出した。

 

 

 

…でも、甘えたいのは本心なんよ…

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その9 ~希の家~

 

 

 

 

 

「『それ以外のもの』は、みんなあるから」と希に言われ、花陽はコンビニで『歯ブラシだけ』を買った。

 

歩くこと数分…。

 

「ここがウチの住まいなんよ」

と希が案内したのは、小さな公園の前にあるマンションだった。

エントランスを抜けると、エレベーターで最寄りの階へと上がり、希が歩を進める。

そして、とあるドアの前で立ち止まった。

希がバッグから鍵を出した瞬間、花陽は思わず「えっ!?」と声を出した。

 

「ひょっとして…家、誰もいないんですか?」

「だから、迷惑やないよ…って言ったやん」

「確かに、そう聴きましたけど…。今日はご家族の方、お出掛けですか?」

「ん?まぁ、ここじゃなんやから…中に入って」

「あ、はい…お邪魔します…」

希は履いていたミュールを脱ぎ捨て、先に中に入っていった。

「ごめん、鍵閉めといて」

と奥から希の声。

花陽は振り返り、鍵を閉めるとドアチェーンを掛けた。

そうしてから、履いてきたスニーカーを脱ぎ、希のと一緒に揃え直して、中に入った。

 

…あれ、2足…だけ?…

 

花陽に芽生えた僅かな疑念…。

だが、希の声にそれはすぐに掻き消された。

 

「待ってね、今、お茶沸かすから」

「あの、どうぞお構い無く…」

「そんな訳にはいかないやん?大事なお客様やもん。あぁ、そこに座って…」

ダイニングテーブルにはイスが2脚あり、花陽は入り口に近い方に腰を掛けた。

「何か手伝いましょうか?」

「いいから、いいから、座ってて」

「はぁ…」

 

その間に花陽は部屋を眺める。

全体的に清潔感に溢れており、非常にスッキリとしている。

希の性格なのか、テーブルの上にも、キッチンの上にも、気持ち良いほど何も置かれていない。

整理整頓が行き届いているということなのだろう。

 

しかし、花陽には玄関を入った時から少なからず『不自然さ』を感じていた。

居室自体は、特に豪華な作りでもなく、逆に変わったとこがあるわけでもない。

おそらく、一般的なマンションの間取り。

それでも拭えない違和感…。

 

「あの…」

「お待たせ…」

花陽が言いかけたのと同時に、希が戻ってきた。

「ん?」

「あ、いや…なんでもないです」

その話題には触れちゃいけないのかも知れない…花陽は頭に浮かんだ疑問を胸にしまいこんだ。

 

希が食器棚から湯飲みを出す。

その棚もきちんと整理されていた。

 

希は再沸騰させたポットから急須にお湯を注ぎ、湯飲みにお茶を入れた。

「はい、どうぞ」

「ありがとうござます…あ~あったかいです」

「外、結構涼しかったからね。暖まるやろ」

「はい!それにすごく美味しいです!これは抹茶入りですね?」

「さすが花陽ちゃんやね」

「いやぁ…これくらいは、誰でもわかりますよ…あははは…」

花陽の過剰なくらいなリアクション。

 

それが、災いしたのか、そのあと不意に訪れた、しばしの沈黙。

静寂な時間。

 

…えっ…どうしよう、変なこと言っちゃったかな…

 

花陽の顔から笑みが消えた。

 

 

 

「…気になる?」

「えっ!?…」

「ウチの家族のこと」

「あっ!…い、いえ…その…」

どう答えるのが正解なのか、花陽にはわからなかった。

ただ、今日、ここに呼ばれた理由はそこにあるのではないかと思い、正直に訊いてみることにした。

 

「気にならないと言えば…ウソになります…希ちゃんからご家族のこと含めて、プライベートな話はあまり聴いたことがないですし…」

「隠すつもりは無かったんやけど、変に心配されるのもアレやから、黙ってたんよ」

 

「…ひとり暮らし…なんですね?…」

 

「実はね…」

 

花陽がここに来てから抱いていた違和感。

それはこれだった。

部屋全体の空間に対して『物』が少なすぎるのだ。

スカスカしてる…という表現が妥当なのだろうか。

玄関の靴、テーブルやキッチンの上、食器棚…何もかもが綺麗に整理され過ぎていた。

どうやらそれは『余計な物がない』というのが、理由だったようだ。

 

「あ、誤解せんでね。両親は亡くなった訳でもないし、ウチが捨てられた訳でもないんよ」

「あ、違うんですか…」

「ふふふ…父が転勤族でね…ウチもあっちこっち転校したけど、さすがに引っ越すのにも疲れちゃって。…で、高校に入ってからは無理言って、ひとりで住まわせてもらってる…っわけ」

「それは…本当の話ですか?」

「疑っとるん?」

「色々からかわれてますから」

「安心して…これは本当。だから、本人の意思でひとり暮らしをしてるんやから、変な心配とか同情とか要らいらんのよ」

「少し、安心しました」

花陽に笑顔が戻った。

「だとすると、逆にスゴいですね」

「なにが?」

「いや、高校に入ってからですよね?大人というか、自立してるというか…」

花陽は、希が年齢以上に成熟して見える理由の一端を知った気がした。

「それが、そうでもないんやけどね」

希はそう言ってお茶を啜(すす)る。

 

お茶を飲み終えた希は

「そろそろやと思うんやけど…」

と呟いた。

それと同時に部屋の向こうから聞こえてくる、電子音のメロディと耳馴染みのある女性の声。

 

オフロガワキマシタ

 

ほら、ピッタリ!…と希は独り言。

 

「花陽ちゃん、お風呂が沸いたから、先に入ってきぃ」

「はい、わかりました!行ってきま~す!!…って、ええっ!?お風呂ですかぁ!?」

「見事なノリツッコミやねぇ…」

「今、お風呂って言いました?」

「そんなに驚くことじゃないやん?」

「凛ちゃんち以外のお風呂なんて、入ったことないです…」

「なら、また花陽ちゃんの歴史に新しい1ページが刻まれる…ってことやん」

希はとても嬉しそうに、そう言った。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その10 ~バスルーム~

 

 

 

 

 

花陽は困った顔をしている。

それを見て希が言う。

 

 

 

「ひょっとして、お風呂、嫌いなん?」

 

 

 

「そんなこと、ありません!」

花陽は慌てて否定した。

「ちゃんと毎日入ってますよ」

「半日歩き回って、汗、ベタベタやろ?最後は焼き肉やったし、ニオイもついてるんやない?お風呂入ってサッパリすればいいやん」

「それはその通りですが…」

「パジャマはないけど、ウチのスエットがあるから、それ着ればいいし」

「あ、でも…下着が…」

「今日買ってきたやん!」

「あ、確かに!…あ、いやいや、まだ、買ったばっかりだし…もったいなくないですか?」

「ん?ずっと飾っておくつもりなん?」

「いえ、いえ…」

「…ウチに気兼ねしてるんやろ?それは花陽ちゃん『なし』やからね。そんなんされたら、逆に困るんよ。μ'sのメンバーは、家族みたいなもんなんやから、今更、遠慮はせんといて」

「う~ん…」

少し考え込んだが、すぐに言葉を返した。

「はい、わかりました!そうですね…ありがとうござます。それじゃあ、お言葉に甘えます」

花陽の顔が元気になった。

「それでいいんよ。うん、そしたら、今、お風呂を案内するね」

「花陽、お風呂、行きま~す!」

 

…ん?アムロ?…誰の影響なんやろ?…

…花陽ちゃんも時折おかしなことを言うんよね…

 

希は心の中で首を傾げた。

 

 

 

花陽は身支度を整えると、希に案内されて脱衣場に向かった。

「バスタオルは、これを使って」

「はい」

「あと、これ。新しいスポンジ」

「あ、わざわざ…」

「あと中にあるものは、適当に使って」

「ありがとうございます。すぐ出ますから」

「ダメやって!湯冷めするから、ちゃんと温まらんといかんよ。ウチは急がないから」

「はい、わかりました」

「素直でよろしい。じゃ、ごゆっくり…」

「はい、では、お先に…」

希が脱衣場を出て行った。

 

花陽は着ていたものを脱ぐと、丁寧に畳んで、洗濯機の上に乗せた。

「失礼しま~す」

その向こうに誰もいないと知りつつも、そう断ってから折り畳み式のスライドドアを開けて、浴室へと足を踏み入れる。

 

「えっと…これがシャンプー、こっちがコンディショナーで…これがボディソープ…」

と、花陽が確認する。

この3点の確認作業は「眼鏡を掛けていた時からのクセ」である。

今はコンタクトをしているので迷うことはないが、裸眼の視力はかなり悪いため、入浴時の失敗は数限りなかった。

 

「さすが希ちゃん、どれも高そうですねぇ…」

マジマジとボトルを見入る。

花陽が見たことない銘柄だった。

 

軽くシャワーを浴びたあと、さっきもらった新しいスポンジで、身体を洗う。

「うひゃあ、なんて滑らかな泡立ち。スベスベ感がスゴいねぇ…。やっぱり、花陽もこういうのに変えなきゃダメかな?」

一旦、全身の泡を流して、湯船の蓋を開ける。

「おぉ!温泉仕様ですか!」

中から現れたのは乳白色のお湯だっだ。

「希ちゃんは、温泉も詳しそうだねぇ…。うん、みんなで温泉とか行ったら、楽しそうだなぁ。また枕投げとかしたいなぁ」

花陽は夏と秋に行った合宿を回想していた。

「花陽はみんなに裸を見られるのも、みんなの裸を見るのも恥ずかしいのですよ。温泉に行くとなると、それをクリアしなければいけません!凛ちゃんの裸なら見慣れてるんだけどねぇ…」

花陽は湯船に浸かりながら、小さな声でひとり喋っている。

「中学の修学旅行も、みんなが花陽の胸ばっかり注目するから、生きた心地がしませんでした…」

でも…と目を瞑り、ひとつ大きく息を吐いた。

 

「でも、μ'sのメンバーとなら平気かなぁ…」

 

そう言うと、湯船から出て鏡の前に立った。

お湯をかけて鏡の曇りをとると、自らの「あられもない姿」が、映しだされた。

 

 

 

「花陽はもっと魅力的なスタイルになれますか?」

 

 

 

自分の胸や腰を触りながら、そう呟いた。

「…と、眺めても仕方がないですね。希ちゃんを待たせちゃうから、早く頭を洗っちゃいましょう」

 

花陽がイスに座って髪を洗い始める。

いつも自分が使っているシャンプーとは違う香り。

しかし、それは知らない匂いではない。

それは、さっきまでそばにいて嗅いでいた希の香り…。

それを今、花陽は頭から纏おうとしている。

希に全身を包まれている感覚。

 

その香りは、花陽に安心感をもたらすと共に、背徳感をも与えた。

 

 

 

…明日、練習に行ったら、みんなにバレちゃうんじゃないのかな…

 

 

 

花陽がそんなことを考えながら、シャンプーの泡を流していると

「は~な~よ~ちゃん!」

と背後から希の声が聴こえてきた。

「はい?」

花陽が振り返ると、少し開いたドアの隙間から、希が顔を出している。

「あ、すみません、のんびりしちゃって。もう、終わりますから…」

「いや、ゆっくりしてて」

「ん?」

「実は…ウチも一緒に入ることに…」

 

「えっ!?」

戸惑う花陽。

 

その瞬間、スライドドアが勢いよく開く!

 

「バ~ン!」

自ら効果音を口にして、素っ裸の希が入ってきた。

 

「うわっ、うわっ…の、希ちゃん!」

「よいではないか、よいではないか、ウッシッシッ」

「待って、待って!ワシワシはなしですよ!」

「よいではないか、よいではないか」

「希ちゃん!?」

 

誰か助けてぇ…花陽は完全にパニック状態に陥った…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その11 ~裸の2人~

 

 

 

 

 

一般的なマンションのバスルーム。

それほど広いわけではない。

中に入ってきた希が、一歩進んだだけで、花陽と密着するほどの距離となる。

 

普段はふたつに分け、シュシュで結ばれている希の長い髪…。

しかし、今はそれがほどかれ、器用にタオルで巻かれている。

 

それ以外は何も身に付けていない。

 

希の乱入に、髪を洗っていた花陽は驚きのあまり、立ち上がったまま動けない。

希に背を向けて、固まっている。

 

「花陽ちゃん…」

さっきのテンションとは打って変わって、穏やかな…しかし、寂しげな声。

「の、希ちゃん…?」

希は背後に密着し、花陽の腰からお腹へと自分の両腕を回した。

「ぴゃあ!」

今日、何回目かの花陽の悲鳴。

希の豊かな胸が、花陽の背中に押し付けられる。

 

…うわっ、うわっ、希ちゃんの胸が…

 

焦る花陽。

 

「ワ、ワシワシはなしですよ!」

今日3回目の警告。

「約束出来ひん…って言ったやん…」

「き、聴いてません!」

 

 

 

その刹那…

 

 

 

希は両腕をうまく使って、花陽の身体を「クルッ」と反転させると、その勢いのまま抱きしめた。

「きゃあ!」

花陽が、小さく叫ぶ。

 

希の顔は花陽の肩口にあり、彼女からはその表情を伺い知ることはできない。

 

ひんやりとした希の真っ白な肌と、少し上気して火照った花陽の肌が触れ合う。

花陽にとっては、生まれて初めて裸のままの胸と胸とが密着するという、艶かしいシチュエーション。

 

いつもの彼女なら、きっとすぐに卒倒しているだろう。

それでも、少しだけ冷静になれたのは、希の『異変』がそれを上回っていたからだ。

 

「希ちゃん…今日、なんか、変です…」

「うん、そやね…。ウチもわかってる」

「なにか…あったんですか…」

「…ごめん、色々迷惑やね…」

「迷惑とか、そんなんじゃ…」

「ウチなぁ…」

言い掛けて、希の言葉が止まる。

 

 

 

…あかん…こんなこと花陽ちゃんに言ったらいかんやん…

…でも…花陽ちゃんにしか言えんのよ…

 

 

 

「ウチなぁ…時々、情緒不安定になるんよ…無性に人恋しくなるっていうか…そのバイオリズムが、今日の花陽ちゃんの存在と合致してしまったん」

希は言葉を止めることが出来なかった。

だが、この言葉には少しだけ嘘が混じっている。

でも、まだ明かせない。

 

「それは…いつも、ひとりきりだから…ですね…」

花陽の問い掛けに、希は

「それを言い訳にはしたくないんやけど…」

と答えた。

「いいと思います…言い訳にしても」

「ダメな先輩やね…」

「なんでそんなこと言うんですか…μ'sのメンバーは家族だって、希ちゃんがさっき言ったんですよ」

「そうやね…」

「だったら…花陽じゃ、全然チカラになれないかも知れないけど…困ったことがあったら言って下さい!」

「ありがとう、花陽ちゃんは本当に優しい娘やね…。そうしたら…」

「はい…」

「お願い、もう少しだけ、このままでいさせて」

「…はい…」

花陽が返事をすると、希の抱き締める腕の力が強くなった。

 

 

 

お互いの鼓動が響き合っている。

花陽には、希のそれがSOSに感じられた。

初めて見た希の「陰」の部分。

助けてあげなきゃ…と花陽は強く思った。

 

 

 

「希ちゃん…このままだと風邪ひいちゃいますから、一度、湯船に浸かって温まりません?」

「そうやね」

 

花陽が濡れたままの髪の毛を手で絞ると、タオルを頭に巻いて湯船に入った。

希が掛け湯をしてから後に続く。

2人は向き合っていたが、乳白色に濁ったお湯のお陰で、花陽はそれほど恥ずかしさを感じずにいた。

 

「花陽ちゃん…」

「は、はい!」

「もうひとつお願いしていいかな…」

「は、はい。出来ることがあれば、何なりと…」

「笑わんといてね…」

「なんですか?」

「今度は、花陽ちゃんに後ろから、ギュッとされたいんやけど…」

「あ、そんなことなら簡単で…って…ええっ!?」

「ダメならいいんよ」

「そんなことを言われたら…でも、これは結構、恥ずかしいです」

「ウチも恥ずかしいんよ」

確かに希の顔は真っ赤だ。

「わかりました…。じゃあ、希ちゃんは、向こうを向いて下さい」

「うん…」

希が湯船の中で、身体の向きを変えた。

「では、失礼して…」

花陽が少し距離を詰めて、希の肩越しから抱き寄せた。

「誰かにギュッてされるのって、なんか幸せやね」

「花陽も、とても穏やかな気持ちになってます」

「お風呂があったかいから?」

「それだけじゃありませんよ。きっと、人と人との温もりを感じるからです」

「さすが花陽ちゃん。ウチには言えないセリフやね」

「そんなこと…」

「ねぇ、花陽ちゃん」

「はい」

「せっかくその格好になってるんやから、たまには…ウチにワシワシしてみる?」

「な、なんと!?」

「いつもウチだけで悪いやん…しても…いいんよ」

 

 

 

…わっ、わっ、どうしよう!?…

…希ちゃんのおっぱいをワシワシ?…

…確かに…こんなチャンスは二度とないかも…

…しかもナマですよ、ナマ!…

 

 

 

花陽は頭がボーッとしてきた。

 

 

 

やおら希が叫んだ!

「あかん、このままやったら、2人とも逆上(のぼ)せてしまう!花陽ちゃんは先に上がった方が良さそうやね…」

「そうですね…」

 

…ホッとしたというか、残念というか…

 

幸か不幸か、花陽の逆ワシワシはお預けになった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その12 ~宝物~

 

 

 

 

 

花陽は先に風呂から上がった。

身体を拭いて、今日買ってきたばかりの(ブラジャーと同じシャーベットグリーンの)ショーツを身に付ける。

身体を捻って、後ろ姿を確認してみた。

「おぉ、ピッタリ!」

満足そうに微笑んむ。

希が用意したスエットに着替えると、ドライヤーで髪を乾かし、先にダイニングキッチンへと戻った。

 

希からは「冷凍庫にアイスが入ってるから、先に食べててや」と言われた為、取り敢えず中を開けてみる。

小さめのカップアイスが5つ。

「これは、高いアイスですねぇ…。カチカチで、すぐに溶けないって言ってたから、少し出しておきましょう」

そこから、ふたつ取り出しテーブルに並べた。

 

…それにしても…

 

さっきの情景を思い出し、花陽はまだドキドキが止まらない。

遡って見れば、今日の希は、ずっとおかしかった。

妙に色っぽかったり、突然、甘えてきたり、急に黙りこんでみたり…

 

花陽に凛がいるように、希には絵里がいる。

少なくとも花陽は、そう思っている。

だから、きっと今日のような姿を、絵里には見せているのだろう。

 

 

 

…でも今日は…

 

…なんで花陽なんだろう…

 

 

 

「考えごと?」

風呂から上がり、ワンピースタイプのルームウェアに着替えた希が、花陽に声を掛ける。

洗い髪はそのままで、まだ束ねてもいない。

「アイス、食べてないやん」

「そんな、いくら花陽でも、そんなに食い意地は張ってません」

「ウチを待っててくれた?」

「もちろんです。少し出しておいたから、多分、ちょうど食べ頃かと」

「さすがやねぇ。じゃあ、一緒に食べよっか?」

「はい」

 

いただきま~す…2人はアイスを口にした。

「う~ん、美味しいですぅ」

「お風呂あがりのアイスは、最高やね」

「いつも食べてるんですか?」

「ほぼ日課」

「太りません?」

「…みんなには、絶対ナイショやからね…」

「今日に限って言えば、花陽も共犯者です」

「明日、少し先に行ってランニングしようか…」

「そうですね…」

2人が顔を見合わせて笑う。

 

それから2人は、他愛もない話をしながらアイスを食べた。

「髪、乾かしてくるから、隣の部屋でテレビでも観て、ゆっくりしててや」

と、希が席を立つ。

「希ちゃん、髪、長いから、乾かすのも大変ですね」

「そうなんよ」

「花陽はすぐに終わっちゃいますけどね…手伝いましょうか?」

「そんなん、悪いやん」

「花陽に出来ることなんて、これくらいしかありませんから」

 

…そんなことないんよ…

 

希は心の中で呟く。

 

「うん、ありがとう。お願いするね」

「はい」

 

そして花陽は、希の髪を乾かすのを手伝った。

 

 

 

「ありがとう。やっぱり、2人だと早いねぇ」

「いえ、いえ、どういたしまして。乾かし甲斐がありました」

「結構な、重労働やろ?」

「はい、想像以上に。でも、楽しかったですよ。美容師さんになったみたいで」

「ウチは本当にいい後輩を持ったねぇ」

「大袈裟ですぅ」

「ふふふ…。ところで花陽ちゃん、眠くない?疲れたんと違う?」

「はい、まだ全然…と、いうか今日は内容が濃すぎて、色々、興奮しちゃって、きっとすぐには寝れません。それに電車の中で『お昼寝』しちゃいましたしね」

「そやね」

2人して頭をポリポリと掻いた。

「普段何時くらいに寝るん?」

「花陽は…そうですねぇ、日付が変わる頃くらいまでは起きてますねぇ」

「朝は?」

「朝ですか?今は、5時半ですかねぇ」

「早いやん!」

「朝練あるし…」

「それにしても早過ぎなんやない?」

「あと…お弁当作るので…」

「なるほど!それは納得。しかも、2個分やもんね?」

「お恥ずかしい…」

「明日はそんなに早く起きたらいかんよ」

「そうですね」

「練習は10時やったっけ?花陽ちゃんは、一旦、家に帰って出直すにしても、7時に起きれば間に合うんやない?」

「はい」

「よし。それじゃ、あとは歯磨きだけ済ませちゃおう」

「はい」

 

花陽は来るときにコンビニで買った歯ブラシを持って、洗面台に向かう。

希が洗面台の三面鏡に隠されている、右の扉を開く。

そこには、2本の歯ブラシがあった。

 

「あっ!」

花陽は思わず声をあげた。

見るつもりはなかったのだが…不可抗力である。

 

「見ちゃった?もう1本はえりちの分。たまに泊まりに来るんよ」

花陽は、どう切り返して良いのかわからない。

「その話はまたあとでね」

「はぁ…」

「今日の夜は長いんよ。寝かさないんやから」

「なんかエッチです」

そうかな?…と言って希は笑った。

 

 

 

歯磨きを終えると、ダイニングキッチンの奥にある、8畳ほどのフローリングの部屋に通された。

希の部屋だ。

「ジロジロみたら、いかんよ」

と希。

そうは言われても、目を閉じてるわけにはいかない。

花陽は、つい部屋を見回してしまう。

 

まず目に付くのは部屋の奥にあるセミダブルサイズのベッド。

鮮やかなチェリーピンクのカバーが掛けられている。

ベッドの上には、数個のクッション。

 

そのベッドの枕側の壁には、3段の吊棚。

ぬいぐるみやら観葉植物やらが、わりと不規則に飾られている。

「希ちゃん…余計なお世話だとは思うんですけど…これ、地震の時、危なくないですか?落下したら、顔面直撃ですよ」

「そうやね。ウチもわかってんるんやけど、風水に従うとこうなるんよ」

 

…風水もやるんだ…

 

花陽は妙なところで感心してしまった。

 

 

 

吊棚の隣には、ローボードとキャビネットを組み合わせた戸棚。

 

「あっ!」

花陽がなにかを見付けた。

 

「これ、夏合宿の時の写真ですよね!」

戸棚の中には、やや大きめのフォトフレーム。

そこには真姫の別荘で撮った、μ'sのメンバーの集合写真が飾られていた。

 

デジカメをセットし、セルフタイマーで撮った写真…。

シャッターが切られる…まさにそのタイミングで、花陽のお腹が大きく鳴って、みんなが一斉に吹き出した瞬間が収められている。

花陽にとっては、少し苦い思い出…。

 

「それなぁ、ウチの大切な宝物なんよ」

「花陽は、これを見るたびに恥ずかしくなりますが」

「そのお陰で、みんな100%以上の笑顔やん。未だにウチ、真姫ちゃんのこんなに笑ってる顔、見たことないよ」

「確かにそうですけど…」

「だから、これは花陽ちゃんに、感謝、感謝の1枚。ウチは勝手に『奇跡の1枚』って呼んでるんやけどね』

「はぁ…そう言ってもらえると、少し救われます…」

「救われたのは、ウチや」

「えっ?」

「ううん、ウチだけやない。にこっちも、えりちも、真姫ちゃんも…みんな花陽ちゃんに救われてるんよ」

「えっ?えっ?…花陽が…みんなを救った?」

「ウチにとって、花陽ちゃんは女神なんや。『一番大事』な人なんよ」

「な、な、何を突然…」

「花陽ちゃんからは色んなモノをもらったのに、ウチは何ひとつ返せていない」

「の、希ちゃん…」

「だから、まずはこれを、何も言わずに受け取って欲しいんや」

「これは!?」

 

花陽は展開の早さと、差し出されたプレゼントとで大混乱に陥った…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その13 ~プレゼントの理由~

 

 

 

 

 

「ウチからのお礼。受け取ってや」

 

希が花陽に差し出したのは、新宿のランジェリーショップ『アンジェリーナ アンジェリーナ』の紙袋。

 

「これって…希ちゃんが買ったんじゃ…」

「中を開けてみて…ウチのじゃないんよ」

花陽が中を覗き込む。

「…」

「お店で、色、どっちにするか迷ってたやん。…で、これは惜しくも選ばれなかったオレンジ。ウチからのプレゼント」

「なんかピンクのも、ありますが…」

「それも可愛いやろ?そのピーチも色違いであったから。おまけやね」

「おまけ…って…。こ、こんな高価なもの…しかも、ふたつも受け取れません!」

「お金のことなら気にしないでいいんよ。割引してもらったし、ポイントも倍付けてもらったし」

「そういうことではありません。誕生日でも、クリスマスでもないのに、こんなことしてもらう理由がありません」

「言ったやん。ウチの『一番大事な人』への感謝の気持ちやって。モノで釣るつもりはないんやけどね」

「意味がわかりません」

「ふふふ…真姫ちゃんみたいなセリフやね」

「誤魔化さないでください!」

珍しく、花陽の口調には怒気が含まれている。

「ちゃんと説明して下さい!また、からかってるんですか?一番大事な人って、どういうことですか?絵里ちゃんの立場は?そもそも花陽がみんなを救ったって、なんですか!?…わけがわかりません…」

花陽は一気に捲し立てた。

「まぁ、落ち着いて」

 

はぁ…はぁ…はぁ…

 

花陽は取り乱して、呼吸が整わない。

希が水を汲んでコップを渡す。

花陽はグイッと一息に飲み干した。

 

「はぁ…はぁ…」

「少し、落ち着いた?」

「…はぁ…はぁ…はい…すみません…」

「いや、謝るのウチやね…。説明するから、ちゃんと聴いてくれる?」

「…はい…わかりました…」

 

希は花陽をベッドに座らせると、自分もその隣に座った。

 

「ウチが花陽ちゃんに感謝してること。これから説明しないと…やね」

花陽は無言で頷く。

「まずスクールアイドルを始めた穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん…この3人は別格の存在」

「創始者ですからね」

「なんの因果やろうか…ウチ、その3人と関わってしまったんよね…。生徒会をしてなければ知らなかっただろうし、彼女たちが練習場所に神田明神を選ばなければ、きっと何も起きていなかった」

「…花陽も3人がいなければ、陸上部に入ってたかも知れません…」

「花陽ちゃん、知ってる?偶然も重なれば、それは必然なんよ。だからその時、これは『ウチの運命を左右する、大きな出来事や』って予感が走ったんよ」

「…予感ですか…」

「そう、予感。…でも、ウチは花陽ちゃんと違って、自分からそこには飛び込めなかったし、それができなかった。誰かに頼るしかなかった。ウチは卑怯者なんや」

「そんなこと誰も思ってないですよ!だって希ちゃんがバックアップしてくれてたからこそ、今のμ'sがあるんじゃないですか!それはみんな知ってます」

「他力本願…。自分に自信がなかったから、そうせざるを得なかっただけなんよ」

希は首を横に振って否定した。

「そして現れたのが、花陽ちゃん…」

「私…ですか…」

「あのファーストライブに、もし花陽ちゃんが来てくれなければ、この9人が揃うことは絶対になかった」

「花陽が来なくても、穂乃果ちゃんたちなら、スクールアイドルを続けていたと思います」

「そうやね…ウチもそう思う。そうなんやけど、やっぱり、次のプラスワンは、花陽ちゃんしかいなかったんや」

「花陽しか…ですか?」

「花陽ちゃんのプラスワンは、凛ちゃんと真姫ちゃんを併せて入部させるという、実は3倍の効果をもたらしたんよ」

「大袈裟です」

「そして、花陽ちゃんの存在は、孤独の縁にいた矢澤にこ…にこっちを救った」

「あれは穂乃果ちゃんたちのアイデアで、にこちゃんを先輩として敬意を表すれば、きっと受け入れてくれるって」

「それだけじゃ、にこっちは心を開かなかったと思うんよ。その中に同じ趣味を持つ花陽ちゃんがいたからこそ、初めてにこっちはOKを出した」

「そこまでのチカラ、花陽には…」

「ある!断言できる!」

「にこっちの一番の理解者は花陽ちゃんなんよ。ちゃんと先輩としてリスペクトしてるのは、花陽ちゃんだけなんやから」

「他の人たちも、決してそう思ってないわけじゃないと思いますけど…」

「花陽ちゃんがいなければ、アイドル論を巡って対立…にこっちが…もしくは、他のメンバーが退部。歴史は繰り返す…になっていたとこやん」

「そう…ですかね…」

「にこっちにそんな話しても、素直に認めんと思うけど。だから、にこっちに替わって、まずウチからお礼をさせて欲しいんや。μ'sにいてくれて、ありがとう」

希は花陽の隣で、座りながらだが、深々と頭を下げた。

 

「希ちゃん、にこちゃんのこと、大好きなんですね」

「μ'sで嫌いなメンバーなんておらんよ」

「そうじゃなくて…多分、メンバーの中で、にこちゃんを一番理解してるのは、希ちゃんです!」

「そこは、微妙なとこやね」

「どうしてですか?」

「それならば、もっと早く、にこっちを救ってあげられた…。結局、2年間、悩んで苦しんでいたにこっちに…何もしてあげられなかったんよ。ウチがμ'sに入ったのは…せめてもの罪ほろぼし…そんな部分も…ないわけやないんや…」

「希ちゃん…」

 

花陽は希の手をギュッと握りしめた。

「希ちゃんはやっぱり、卑怯者なんかじゃないですよ。だから…泣かないで下さい…」

 

気付けば、一筋の涙が希の頬を伝っていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その14 ~凛ちゃんは恋人?~

 

 

 

 

 

希の脳裏に、にこが必死にビラを配り、部員を勧誘していた姿が甦る。

変わり者扱いされて、やがてクラスで孤立を深めていく様子は、自分自身とシンクロしていた。

ことあるごとに手を差しのべようとアプローチしてみるも、にこの闇は深く、絵里のように打ち解けることは出来なかった。

 

その闇に光を灯したのが穂乃果たちであり『アイドルオタク』という呪縛から解き放ったのが花陽である…と、希は語った。

 

「だから、そのことによってウチも救われたんよ」

「希ちゃんも?」

「そう、ウチも。いつか見たいと思ってたんやから…にこっちの『営業用』じゃない『心からの笑顔』」

と、戸棚の中のフォトスタンドを指差した。

「叶えてくれたんよ…花陽ちゃんが」

「それは、花陽だけじゃありません。みんなのチカラです…」

「うん、そうやね。そうなんやけど、やっぱり花陽ちゃんのチカラは大きいんよ」

「そう…なんですかね…」

「そうなんよ。そして、にこっちがみんなとひとつになってくれたことで、ウチもようやく決心できた。だから、えりちをも巻き込んで参加した。すべてが、繋がってるんよ」

「ピンと来ないです」

「そこがいいとこやと思う。花陽ちゃんは自然と、意識せずとも周りの人をプラスに導く…幸せにするチカラを持っているんやね。…真姫ちゃんにしても、にこっちの二の舞になっていた可能性、大やからね」

「凛ちゃんと真姫ちゃんに関しては、未だにこれで良かったのか、わかりません。凛ちゃんはああいう性格だから、自分のことは二の次なところがあるし、真姫ちゃんに至ってはお医者さんになる…っていう明確な意志があったのに、花陽が巻き込んでしまったのではないかと…」

「それは取り越し苦労やん」

希は花陽の話を途中で切った。

「凛ちゃんも真姫ちゃんも、きっかけはどうであれ、最終的には自ら参加した。そして、サボることなく歌にダンスに頑張り、あんなに素敵な笑顔をしている…それが答えなんやない?」

「…そうですね…」

花陽はその言葉を聴いて、心の隅にあったモヤモヤとしていたものが、消えていった気がした。

「…と、ここまでが花陽ちゃんに感謝、感謝の理由」

「色々な偶然が重なっただけです…」

「始めに言ったやろ。偶然も度重なれば、それは必然なんやって」

「…じゃあ、その…花陽が一番大事ってことについては?」

花陽は俯(うつむ)きながら、小さな声で訊いた。

 

 

 

「花陽ちゃんにとって、凛ちゃんはどういう存在?」

 

 

 

「えっ?」

その質問は想定外であった。

不意を突かれた花陽は、暫く沈黙した。

 

 

 

「どういう存在…ですか?」

苦し紛れに、質問の意味を訊き直してみる。

「そう。花陽ちゃんにとって、凛ちゃんはどういう存在?…お姉さん?妹?お母さん?先生?親友?それとも…彼氏?彼女?」

「随分と意地悪な、難しいことを訊きますね…」

花陽は当惑した。

 

 

 

凛との付き合いは長い。

小学校からの親友だ。

だが、気弱な花陽を励まして助けてくれたのは、いつも凛だった。

花陽は…どちらかというと、常に『引っ張ってもらっている』という意識が、心の片隅にはあった。

 

…自分に親友と呼べる資格があるのか…

 

凛には訊いたことがない。

凛はいつも自分のことを気遣ってくれるから、仮に『そうでなくても』親友だ…と答えるに違いない。

そして、そんなことで悩む花陽にた対して「こっちのかよちんも好きだにゃ~」と一笑するに違いない。

 

 

 

希に改めて問い正されて、花陽の心は揺れていた。

 

「とても、とても大切な…家族のような友人…です…」

やっとのことで絞り出した答えは、その一言だった…。

 

「友人…親友ではないんや?」

「それは…花陽はそう思ってるんですけど…そう思ってもらえてるかは、自信ないです…」

「そうなんや…。じゃあ、恋人と思ったことは?」

「こ、恋人ですか!?…そ、そんな、女の子同士で、そんな」

「別に、そんなに恥ずかしがることではないんよ。今は『LGBT』とか性同一性障害とかいう言葉も一般的になってきてるし、仮にそうであったとしても、なんもおかしくないやん」

「それはそうですが…凛ちゃんをそういう対象で見たことは…ないです」

と、言ってみたものの、それも今一つ自信がない。

そもそも、恋愛という経験がないのだ。

『好き』という感情はあっても、それが恋人たちの『それ』に相当するのか、花陽にはわからなかった。

 

「逆に凛ちゃんは、花陽ちゃんのこと、どう思ってるんやろ?

「えっ…」

「花陽ちゃんは『大切な家族のような友人』って言ったけど、凛ちゃんに訊いたら何て答えるんやろ?」

「それは…」

言葉に詰まる。

「いつかハッキリさせなきゃいけない日がくるんよ。だから『どっちに転んでも』受け入れる準備はしておかなきゃ…」

「『受け入れる』…ですか?」

「花陽ちゃんが『どっちを望んでるのか』わからないんやけど、凛ちゃんが親友と言っても、姉妹(きょうだい)と言っても…恋人と言っても…」

「恋人…」

「まずは受け入れてあげる。受け入れてから、お互いの気持ちを確認すればいいんよ」

「…すごく難しい話になりましたね…」

「でも、ウチの気持ちを伝えるには避けられ話なんよ…」

希は花陽の目を見つめた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その15 ~戦友~

 

 

 

 

 

「ウチはえりちのこと『戦友』やと思ってるんよ…」

 

「戦友…ですか?…」

花陽にとって、またも想定外の言葉が飛び出してきた。

 

「そう、戦友…」

「親友ではなくて…ですか?」

「初めてえりちに会ったとき、ウチと似た性格やな…いつも独りで寂しいそうで…この娘となら仲良くなれるんやないかと思ったんよ。…それで、何とか興味もってもらおうと、関西弁で話しかけたりして…」

「その話は誰かから聴いたことがあります」

「余談やけどね…ウチ、小さい頃、少しだけ大阪にいたんよ」

「それは初耳です」

「だから、本気出せば、もう少し『まともな大阪弁』を喋ることができるんよ。ただ、こっちの生活が長くなって、ほぼ封印状態やったから、だいぶ怪しくなってるかも…やけど」

「だから学校以外では…」

「そう。生粋の関西人ではないからね、中途半端やと恥ずかしいやろ?」

「花陽はむしろ標準語で話す希ちゃんの方が、違和感ありましたけどね」

「そうかも知れんね…」

「…それで絵里ちゃんとの話は?」

「そうやった。横道に逸れたね」

そう言うと希は…ごめん、ノドが乾いた…と、水を口にした。

 

「えりちは最初『変なヤツ』…って思ってたみたい…。でも、ウチがあんまりしつこくするから、渋々、話を聴くようなった…って。これは、あとから本人に聴いた話なんやけどね」

「そこから今に至るんですよね」

「結構、紆余曲折もあったんよ、ここまで来るには」

「でも、お互い、凄い信頼関係で結ばれてると思いますよ」

「そこなんよ!」

「えっ?」

「さっき、ウチはえりちのこと、戦友って言ったやん」

「はい」

「ウチは転勤が多くて、その度に引っ越ししてたから…花陽ちゃんや凛ちゃん、もしくは穂乃果ちゃんたち3人みたいに、昔からの友人っていないんよ。…正直、仲良くなっても、また転校になっちゃうなら、そんなのいらない!って思ってたんよ」

 

希の告白に、花陽は相槌が打てなかった。

 

「でも、この学校に来て、ひとり暮らしを始めて、もう引っ越さなくても良くなったときに、やっぱり、友達が欲しくなったんよね…そこにいたのが、絢瀬絵里やった」

「そこで、さっきの話に戻るんですね」

「えりちも帰国子女やったこともあってか、または性格的なものなのか…クラスでは孤高の存在やったから…ウチと同じ『匂い』を感じたんよ…。この娘なら解り合えるんやないかって…」

「予想的中ですね」

「そうやね。つい、この間まではそう思ってた…」

「えっ?この間までは?」

花陽は今日、何度、希の言葉を聞き返したろう。

次々と予想だにしないワードが飛び出してくる。

「今、過去形で言いました?」

希は軽く頷いた。

 

「知り合って2年半…ウチもえりちも色んな話をしたし、色んな相談もした。一緒に買い物もしたし、お互いの家に泊まったりもする。趣味は合わないし性格も真逆やけど、ウチにとってえりち以外の友人はいないんよ」

「それを親友って言うんじゃないんですか?」

「そう言い切れる自信がないんやね…」

「どうしてですか?」

「えりちがウチのことをどう思ってたか、それがわからないんよ」

「そんな…絵里ちゃんだって、きっとそう思ってますよ。そんなの、誰がどう見たって…」

 

 

 

「でも、えりちは…ウチの前で泣いたことは一度もないんよ…」

 

 

「えっ!?」

またも花陽は同じ疑問符を口にした。

 

 

 

「えりちは…ウチの前で泣いたことがないんよ。ウチも彼女も、色んな苦しみとか悩みとかあったんよ。その度に相談したし、相談に乗った。そうやって、お互い苦難を乗り越えてきたつもりやったんやけどなぁ…。それがえりちの芯の強さであり、ウチに対する優しさやったんかも知れないんやけど…」

「きっとそうですよ」

「それは、痛いほどわかってるんよ。わかってるんやけど…」

「わかってるんやけど?」

花陽は希の口調に合わせて訊き返しす。

希は先程の水を、もう一口飲んだ。

 

「えりちがμ'sに入るときに、感情を爆発させたことがあったやん…あの瞬間、ウチの役割は終わったような気がしたんよ」

「役割?」

「ウチは、結局、えりちの心を解放してあげることは出来なかった…」

「どういうことですか?」

「さっきも言ったやん。えりちは、ウチの前では泣いたことがなかった…って。本来はもっともっと前に、ウチがそうさせてあげたかったんやけど…それを成し遂げたのはμ'sのメンバーやった」

「そんなことないですよ」

「じゃあ、花陽ちゃんに訊くよ。相手に自分の弱さを見せられない、見せたくない…それは信頼されてない…って、ことなんやないやろか?心を許さない間柄…それを親友って言えるんやろか?」

「…絵里ちゃんがどう思ってるか、訊いたことはありますか?」

「ふふふ…さっきと逆やね」

「そうですね」

「…その質問に対する答えは、花陽ちゃんの時と同じやと思う」

「…そう言われると…返す言葉がないです…」

「ただ、花陽ちゃんと違うのは、ウチはもう割りきってる…ってことやね」

「割りきってる?」

「そう。そこで導きだしたのが、ウチにとって、えりちは戦友だった…ってこと」

「戦友…」

「何と戦ってたのか…って問われれば、答えに窮するけどね…。まぁ、強いて言えば、孤独とかプライドとか、素直になれない自分自身と戦ってたんやろうね。それを2人で励まし合いながら、支え合いながら、共に戦ってきた…って感じやね」

「奥が深いです…」

「でも、その戦いは終わったんよ」

「終わった?」

「えりちも、にこっちと同様にμ'sに入って、過去の呪縛から解き放たれたやろ。正直、あんなにイキイキとして踊る姿は、ウチ、想像できんかったもん」

「輝いてますよね」

「ウチ、知らない間に『友達になりたい』から『友達になってあげなきゃ』ってスタンスでえりちのこと、見てたんやと思う。偉そうにね…。でも、もう、それは必要なくなったんよ、きっと。だって、えりちは自分自身の居場所を見つけたんやから」

 

希の言葉には清々しさと、少しの寂しさが同居していた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その16 ~告白~

 

 

 

 

「さ、明日も早いし、寝よっか?」

希はわざと勢いよく立ち上がり、そう言った。

「まだ、肝心なことを聞いてません」

と花陽。

「もう、その話はいいんやない?」

「ダメです!」

「どうしても、しないとダメ?」

「ダメです」

花陽はキッと希を睨んだ。

「そんな、怖い顔しないの…」

無言のまま睨む花陽。

その気迫に押されたの、ついに希は観念した。

 

「しゃあないなぁ…そんなんされたらかなわんわぁ…ほんなら、花陽ちゃんも覚悟しぃやぁ」

無意識なのか、照れ隠しなのか、希の関西弁が強まっている。

 

「ウチなぁ、改めて言うのもなんやけど、μ'sのメンバーは全員好きやねん。えりちもにこっちも、穂乃果ちゃんも海未ちゃんもことりちゃんも、真姫ちゃんも凛ちゃんも…」

「私も同じです」

「そうやなぁ、全員好き。好きやけど…花陽ちゃんだけは…」

希はそこまで言って言葉に詰まった。

 

さすがに次の一言は勇気がいる。

 

花陽は俯(うつむ)き、希の言葉を待っていた。

今までの話の流れから、だいたい予想はついている。

だけど、まさかそんな…という気持ちも半分ある。

 

「花陽ちゃんだけは…」

「ま、待って下さい!あの、その…まだ、心の準備が…」

「う、うん…。ほんなら、2人で深呼吸しよか?」

「そ、そうですね…」

2人で息を合わせて、3回ほど深呼吸。

 

「では、改めて…」

希は大きく息を吸い込むと、吐き出すように言った。

「東條希は小泉花陽のことを…」

 

キンコ~ン…

 

「なんやねん!」

緊迫した場面に突然なり響くLINEのメッセージを知らせる音。

 

キンコ~ン

キンコ~ン

キンコ~ン

 

立て続けに4度ほどなった。

 

「花陽のケータイ…ですかね」

「なら、凛ちゃんかね?」

「すみません、大事な場面でなんですが…」

「凛ちゃんなら、返事しといた方がいいやろな」

「…では、ちょっと失礼して…」

 

…さすが凛ちゃん、この場面でLINEとは、なかなか手強い…

 

希は盛り上がった雰囲気に水を差され、苦笑した。

 

 

 

花陽はバッグに入れておいたスマホを見る。

案の定、送り主は凛だった。

 

《今日も暑かったけど、明日はもっと暑いらしいにゃ~》

《でも、凛は負けないにゃ~!!明日も頑張ろう!》

《かよちん、大好き》

最後は最近、凛がお気に入りのネコのスタンプが送られていた。

 

『かよちん、大好き』…いつからだろう、凛はこの言葉を「バイバイ」や「おやすみなさい」と同じ意味で使うようになっていた。

 

…ついさっきまで、何も意識していなかった言葉…。

…だけど、今は…

…どういう意味なのかな…

 

花陽にとって、とても深く重い言葉となってしまった。

 

《明日はもっと暑いんだ?水分補給に気を付けよう!》

《花陽も、いつも間違えるとこを明日こそクリアしないと…だね!!》

《では、また明日…》

《おやすみ》

 

今、この状況下にあることは、とてもじゃないが言えない。

 

送ったメッセージはすぐに既読になった。

そして、ネコがいびきをかいているスタンプが送られてきた。

 

 

 

取り敢えずこっちは終了…そう思って、振り替えると、希はベッドに横たわっていた。

「希ちゃん!?」

「凛ちゃんの方は済んだ?」

「今、メッセージ返しましたけど…なんか、疚(やま)しい気分です」

「なんで?まだ何もしてへんけど」

「されたら困ります…って、どうして横になってるんですか?」

「眠くなっちゃった…花陽ちゃんも、一緒に寝ぇへん?」

「いや、このままだと続きが気になって、眠れないです」

「もう、秘密のままでいいんやない?」

「ダメです、そんなのズルい…あっ!?」

話を遮るように、希は上半身を起こすと、立っていた花陽の腕をグイッと引き寄せる。

不意を突かれた花陽は無抵抗にベッドに倒れこんだ。

そこに希が素早く体を入れ替える。

マウントポジションは希。

そのまま花陽を抱き締めるように、覆い被さった。

 

「の、希ちゃん…」

「花陽ちゃん…ちゃんと聴いてな…」

「…は、はい…」

「ウチなぁ、花陽ちゃんのことが…」

そこまで言うと希は、花陽の耳元に口を寄せ、小さく囁くいた。

 

 

「好きになってしもうたんよ…」

 

 

耳元で囁きと同時に発せられた、甘い吐息。

告白されたストレートな言葉。

言われた瞬間、頭から爪先まで電気が走った。

ビクッと身体を硬直させたあと、頭は真っ白になり、動けなくなってしまった。

 

一方の希は…ついに言うてしもうた…と呟いたあと、身体の力が抜け、全体重を花陽に預けた。

しかし、花陽が苦しそうにしてるのをみると、添い寝するように横たわった。

 

 

 

覚悟はしていた。

 

それでも花陽にとって、やはり簡単には受け入れない言葉だった。

回らない頭の中で、必死に言葉を絞り出す。

 

「…冗談…ですよね…」

「冗談でもないし、からかってもない。ウチがメンバーの中で誰よりも好きなのは、花陽ちゃんなんよ!」

「…どうして…」

「人を好きになるのに、理由なんて必要ないやん」

「…絵里ちゃんは…」

「えりちも好きや。でも違うんよ。えりちに対する好きと、花湯ちゃんに対する好きは違うんや」

「どう…違うんですか…」

「それは…ウチにも…ようわからん」

「えっ?」

「花湯ちゃんが好きな気持ちにウソはない。せやけど『どう好きか』と訊かれたら、よう言われへん。とにかく、ずっとそばに居たいし、ずっとそばに居て欲しいんよ」

「希ちゃん…」

「えりちが『一人立ち」したと気付いたとき、ウチの心にポッカリ穴があいてしもうた…『えりロス』やね。そんなウチのポッカリ埋めてくれてる存在…それが花陽ちゃんなんよ」

「何故、花陽なんでしょう」

「敢えて言うんやったら…癒しかな」

「癒し…ですか…」

「なんやろうね…ちょっとドジなところも、とにかく美味しそうにご飯を食べる姿も、ダンスに歌に頑張ってるとこも、全てが愛おしくて…ごめんなぁ、迷惑な話やね」

「迷惑なんて…そんな…」

「迷惑やあらへん?」

「素直に嬉しいです。花陽のことを好きって言ってくれて」

 

希は花陽の身体を引き寄せ、抱き締めた。

花陽も同じくらいの力で、希を抱き締めた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その17 ~Kiss~

 

 

 

 

 

「ウチなぁ…」

沈黙を破ったのは希だった。

 

互いが抱き締め合った時間は、ものの数十秒…。

それでも花陽にとっては、とてつもなく長い時間に感じられた。

 

「ウチなぁ…」

花陽が聴いていないと思ったのか、希が言い直す。

「聴いてますよ…」

「ウチ、花湯ちゃんが好きで好きで、たまらんのやけど」

「はい…」

「花湯ちゃんを『どうしたい』のかが、わからんのよ」

「?」

「とにかく一緒に居たい、とにかく一緒に居て欲しい…その気持ちに偽りはないんやけど…」

「…やけど?…」

「妹にしたいのか、恋人にしたいのか…もっと言うと彼氏にしたいのか彼女にしたいのか、それがブレブレやねん」

「彼氏?彼女?…ですか…」

「その時々によって『姉目線』やったり『男性目線』になったりするんよ』

「はぁ…」

「花湯ちゃんが困ってる顔を見ると、ウチが助けてあげなきゃって思うし、喜んでるとこを見れば、こんなかわいい娘が自分の彼女やったらええのになぁ…って思う。」

「照れますね…」

「花陽ちゃんには、ずっとピュアでいて欲しいと思うんやけど、その反面、日々の成長も楽しみにしてる」

「でも、海未ちゃんみたいなったら、花陽ちゃんは花湯ちゃんやなくなるしやな…あぁ、何言ってんやろ」

「嬉しいですよ。花湯はメンバーの中で、自分はお荷物だと思ってましたから」

「そんなん思ったらあかん。言うたやん、花湯ちゃんが1番の功労者やって」

「だから、今日、希ちゃんにその話をしてもらって、かなり勇気が出ましたよ。…それと…」

花陽は少し間を置いてから、言葉を続けた。

「凛ちゃん以外に、花陽のことを想ってくれてる人がいることを知って、とても幸せです」

「ウチも結果がどうであれ、自分の想いを伝えられて、めっちゃ、ホッとしてる。今はね…」

「今は?」

「そう、今、この瞬間は。これを伝えたことによって、色々このあとの方が大変やからね…」

「確かに…」

「もうひとつ、ついでにカミングアウトしてええ?」

「はい…」

「ウチなぁ、男性目線になった時は、滅茶苦茶エッチなことがしたくなるんよ」

「…エッチなこと?ワシワシ?」

「それ以上のこと…」

「のわっ!!」

「ウチ、変態なんやろか…」

「いやぁ…それは…」

凛を見ても何も感じないが、やはり希の胸の大きさを目の当たりにすれば、花湯だって時折、変な気分になる。

だから希の言葉を、無下に肯定も否定もできなかった。

「女子高あるある…ですよね」

「そういうことにしといてくれへん」

「はい」

花湯が微笑む。

「それや…その笑顔がウチを狂わせるんよ…あぁ、ホンマに可愛い!」

「えっと…今は『何目線』ですか…」

「完全に男性目線…」

「わっ…」

「…大丈夫、ギリギリのとこで耐えてるから…」

「は、花湯はどうしたら…」

「今はそのままでいて…」

「はい…」

 

花湯は、このベッドから逃げられないことを悟っている。

逃げるつもりもない。

むしろ自分を好いてくれた人に、報いてあげたい…そう思った。

しかし、何をしてあげればよいかわからない。

なので、言われたまま横になっているしかなかった。

 

「電気…消してもええ?」

「えっ?あ、はい…」

「うん、じゃあ消すね…」

希はリモコンで、部屋の灯りを落とした。

 

希の部屋は窓が2つあるが、それぞれ薄手の青いカーテンが付けられている。

そこから、うっすらと月明かりが漏れて、目が慣れれば、真っ暗闇というわけではない。

「えりちは暗いの苦手なんやねん。これくらいでも、怖いっていうのや」

「意外ですね」

「ああ見えて、可愛いとこもあるんよ」

「絵里ちゃんは充分可愛いですよ」

「性格の話」

「確かに最初は怖かったですけど…。やっぱり絵里ちゃんと比較しちゃいますか」

「ん?そんなんちゃうよ…。気ぃ悪くした?」

「いえいえ、仕方ないです。たぶん花陽も凛ちゃんと比べちゃいますから…」

「例えば?」

「胸の大きさとか?」

「むふふ…それは負けへんね」

そういうと希は、ルームウェアのボタンを外し始めた。

暗い部屋の中でも、何をしてるかはわかる。

「の、希ちゃん?」

「さっき、お風呂ん中で触れんかったやろ?ウチのおっぱい…」

「えっと、その…んっ!」

 

希は突然、自らの唇で花陽の唇を塞いだ。

 

それは、ほんの一瞬の出来事。

 

「堪忍してや、やっぱ、我慢でけへんかった…」

「…花陽の初めてのチューは、ミントの香りです…」

「さっき一緒に歯みがきしたからやん」

希はそう言うと、再び唇を重ねた。

 

2度目のキスは、さっきとは比較にならないほど長い時間だった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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新しいわたし その18 ~一宿一飯の恩義?~




希編は一旦、完結です。





 

 

 

 

希が目覚めた時、隣に花陽はいなかった。

枕元に置いてあるスマホで時間を確認する。

「…まだ6時やん…」

希は眠い目を擦りながら、上半身を起こす。

起こしてから気付く。

「あ…裸のまんまで寝落ちしてしまったん…」

脱ぎ捨てたハズのルームウェアは、丁寧に畳まれ、部屋にある丸いローテーブルの上に置かれていた。

しかし、ショーツは見当たらない。

仕方なしに急ぎルームウェアだけを身に付けて、ダイニングキッチンへと移動する。

間仕切りを開けたとたん、芳しい匂いが漂ってきた。

 

 

そこに花陽の姿があった。

 

 

花陽はすでに昨日着ていたワンピースに着替えている。

 

「…おはよう」

「あ、希ちゃん、おはようございます!」

「ウチ、知らないうちに寝てしまったみたいで」

「花陽もです。気付いたら朝でした」

「ところで、何してるん?」

「朝食を作ってます」

「それは見ればわかるんやけど…なんか、めっちゃいい匂いやね」

「これですか?これは、ゴマ油で炒めたキャベツのお味噌汁です」

「美味しそう…」

「本当ですか?嬉しいです」

「これは…」

「明太子入りふわふわ卵焼きです」

「ふわふわ?」

「少し牛乳を加えて、フワッとさせてみました」

「これは?」

「キャベツの芯の海苔ハムチーズ巻きです」

「そして、ここに並んでるのは?」

「見ての通り、おにぎりです。希ちゃんちの炊飯器はちっちゃいから…。待ってて下さいね、もうすぐ3回目が炊けるので」

 

…一体、何個のおにぎりを作るつもりなんやろ…

 

心の中で呟いく希。

 

「どうしました?」

「いや…久しく、ご飯なんか作ってもらったことがないから、それだけでも感動なんやけど、この料理の充実ぶりは…」

「恐縮です。でも他人(ひと)の冷蔵庫を勝手に開けて言うのもなんですが、中身がスカスカで…これくらいしか出来ず、いささか不本意です」

「充分やって。朝から何品作るんよ…。それより、昨日の晩、明日は7時まで寝てようって言ったのに、何時から起きてるん?」

「まぁ、それはですね…花陽が先に早く起きただけなので気にしないでください。それよりも、希ちゃん、朝ご飯、ちゃんと食べないとダメですよ。いつもコーヒーか紅茶だけで、済ませてません?」

「ま、まぁ、そやね」

「食べることはすべての生活の基本ですから…」

 

「…」

 

「どうしました?」

「朝、起きたら、奥さんが朝ご飯を作ってくれてるみたいな…ウチ…今…新婚のダンナさんになった気分や…」

「はい?」

「花陽ちゃん、それ完璧に新妻やん」

「新妻…ですか?花陽にとっては、毎日のことですよ」

「こんなんされたら、ますます惚れちゃうやん」

希は花陽の背後に迫ると、そのまま抱きついた。

「わっ!わっ!ダメです、ダメです!そういうことは、また今度!」

「そ、そやね…」

希は慌てて、手を離して後退(あとずさ)りした。

「ん?また今度?」

「こ、言葉の綾です」

 

…残念…

 

希は少し落胆した。

 

「それより、ウチのパンツ知らん?」

「あ、借りたスウェットと一緒に洗濯中です…」

「なんと、そこまで!?」

「一宿一飯の恩義です」

「どこまで出来た娘なんやろ…」

「はい?」

「いや、別に…。それで花陽ちゃんのパンツは?」

「えっと…花陽のも濡れちゃったんですが、一緒には洗えないので、持って帰ります」

「なんで、一緒に洗ったら良かったんやない?」

「ここで洗ったら、希ちゃんに持ってきてもらわないと…じゃないですか」

「別にそれくらい…」

「でも、もしバレちゃったら大変ですから」

「そ、そやね。…じゃあ、今はノーパン?」

「安心して下さい、履いてますよ。昨日プレゼントしてもらったオレンジのを」

「そっか」

 

…ウチはまだ履いてないやけどね…

 

またも心の中で呟く希。

 

そこに炊飯器が、炊き上がりを知らせるメロディーを鳴らす。

「あ、炊けましたね!食べましょう、一緒に」

「ありがとう、この状況で断る理由はないやね」

「では、お茶碗とお椀とお箸の用意をお願いします」

「う、うん」

 

…食べることになると、仕切り具合が違うわね…

 

「ほい、用意出来たよ」

「では、いただきましょう!」

「いただきます!」

「やっぱ、炊きたてのご飯は最高ですね~!」

「このお味噌汁、美味しい!。ゴマ油がいいアクセントになってるやん」

「朝、身体に熱を入れるのは、とても大事ですからね」

「この卵焼きも、ご飯に合う」

「困った時の明太子です。辛いのが苦手でなければ、重宝しますよ」

「このキャベツの芯を巻いたのも」

「芯はそのままだと固いので、湯がいて繊(せん)切りにしてます」

「にこっちの料理の上手さは知ってたけど、花陽ちゃんも負けてないやん!」

「ありがとうございます!!」

「将来、花陽ちゃんのダンナさんになる人は、ホント幸せやね。ウチも料理覚えようかな?」

「ぜひ、ぜひ!です」

「それとも、ウチが花陽ちゃんのダンナさんになろうかな?」

「あっ…」

「ふふふ…半分冗談、半分本気」

「あんなことをしておいて、冗談では済まされませんよ」

「じゃあ、本気でいいん?」

「えっと…それはそれで困るような、困らないような…」

「くれぐれも、昨日今日のことは、みんなには内緒やからね」

「とてもじゃないけど、言えないですから」

「ひとり暮らししてることも」

「はい」

「これは、いつかバレるかも…やけど、今は余計な心配させる訳にはいかないから」

「そうですね。それは大丈夫です」

「ウチからあんな事しといてなんやけど、今まで通りに接して欲しい…」

「もちろんです」

「最大の難敵は凛ちゃんやね」

「鋭いですからね…。でも、凛ちゃんなら、きっとわかってくれると思いますよ」

「なら、いいけど。ごめんなぁ、ウチのわがままで、こんなんなって」

「いえ、いえ。確かに予想外のことがいっぱいありましたが、希ちゃんがどんな想いでμ'sを支えてくれていたかもわかりましたし、花陽への気持ちも単純に嬉しかったですし、内容の濃い1日でした」

「ありがとう、そう言ってくれると、ウチも救わるわ」

「どういたしまして」

「残りの半年間、ウチはμ'sの為に全力を尽くす」

「はい、花陽も」

「活動が終わって、なお花陽ちゃんへの気持ちが冷めていなかったら、その時は改めて告白する」

「はい」

「でも、それまでの間に何が起きても、お互い恨みっこなしやから」

「はい」

「じゃあ、約束」

希と花陽は目と目を合わせ、視線で握手を交わした。

 

 

 

 

 

食事を終えると、花陽は身仕度を整え、自宅に戻っていった。

 

花陽とは、数時間後、再び、顔を合わせる。

果たして、何事も無かったように接することなど出来るんだろうか。

他のメンバーを騙している…という疚しさは消せないかも知れない。

希の脳裡に一抹の不安が残る。

 

そして、それと同時に、後悔していることがもうひとつ。

 

 

 

 

 

…ウチとしたことが、花陽ちゃんの入浴シーンとベッドシーンを、ビデオに撮るの忘れてしもうた…

 

 

 

 

 

キンコ~ン!

 

そんな邪推をしていると絵里からLINEが入った。

 

…さすが、えりち…

…わかってるって、せぇへんよ、そんなことは…

 

《熱中症に注意!》

 

相変わらず、必要最低限のなんの飾りっ気のない文章。

 

…えりちらしいね…

 

《えりちも気を付けてな。朝ご飯、しっかり食べないといかんよ》

 

希はそう返信した。

 

 

 

 

 

空を見上げると、今日の暑さを想像させるには充分な、雲ひとつない晴天。

 

しかし、今はまだ、風が涼しく吹いており、適度な心地よさがある。

 

明日で9月も終わる。

季節は確実に秋を迎えようとしていた…。

 

 

 

 

 

新しいわたし

~完~







いかがでしたでしょうか?
もっとエロくしようかと思いましたが、それはまたの機会と致します。

次は誰が花陽ちゃんにアプローチするんでしょうね…。

ご意見、ご感想をお待ちしております。




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ともだち(真姫編)
ともだち ~心の乱れ~


新章です。





 

 

 

 

 

放課後の音楽室。

いつものように、ピアノを奏でている少女がいた。

 

このピアノは彼女…西木野真姫の『私物ではない』のだが、他に弾く生徒がいないらしく、ほぼ毎日、独占状態で使用している。

 

真姫はホームルームが終わると、部活に行く前にここに立ち寄り、ショパンやラフマニノフなどを2~3曲、軽く指馴らし程度に弾くのがルーティーンになっていた。

 

この日も音楽室でピアノを奏でる真姫。

それ自体は日常の、いつもと変わらぬ光景。

 

 

 

しかし今日に限って言えば、実はそこに僅かな『異常』が隠れていた…。

 

 

 

それを見抜いたのは、園田海未だった。

 

海未は真姫に用があり、部活前に音楽室を訪ねてきたのだったが、その異常に気付き、入室を躊躇(ためら)っていた。

そして真姫がピアノを弾き終わるのを待ってから、中に入った。

 

「真姫…」

「!?…あぁ、海未…何か用?」

「『何か用?』とは、お言葉ですね。今度の曲の『符割り』について、打ち合わせをしましょう…と約束していたハズですが…」

「…そうだったわね…」

「それよりも、あなた、どこか具合が悪いのではないですか?」

「なによ、いきなり…意味わからない」

「クラシックに関して余り造詣は深くないのですが、そんな私にもわかる『ミスタッチ』が何ヵ所かありました。曲全体としても走りぎみで…なんと言いますか、荒々しさが感じられました」

「だから?」

海未に指摘され、真姫は一瞬目を逸らした。

それを海未は見逃さなかった。

「単刀直入に申します。体調不良でないなら、心の迷いが現れています。いずれにしても、今日は休んだ方が良いと思われます」

「私は医者の娘よ。自分の体調くらい、自分が誰よりも理解してるわよ」

「『医者の不養生』という言葉もあります」

真姫が、再び顔を背(そむ)ける。

 

面倒な人に見付かった…そう思っていた。

 

 

μ'sとして活動を始めて、半年が過ぎた。

しかし、真姫にとって、未だに理解不能な『謎のメンバー』が2人いる。

ひとりは東條希。

そしてもうひとりが…目の前にいる園田海未である。

 

海未は作詞を、真姫は作曲を担当している関係で、今日のように練習前後で打ち合わせを行うことは少なくない。

しかし、それ以外、プライベートな付き合いとなると皆無に等しい。

海未は穂乃果とことりと、真姫は花陽と凛と、それぞれ行動することが多いからである。

だが、学年ごとに別れてしまうのは至極当然で、ことさら不思議なことではない。

また真姫は、他人の私生活にあまり関心がないので、そのこと自体、大きな問題ではない。

 

しかし真姫にとって、海未の存在は他の2年生とは少し違う。

…というより非常に興味がある人物で『要、調査』として脳内に登録されているのである。

 

 

園田海未も、日舞の家元の跡取りであるため『自分と同様』良家の血筋のお嬢様であると思っている。

容姿端麗で頭脳明晰…これも『自分と同じ』。

性格的には『人見知り』『引っ込み思案』で、決して『社交的ではない』と思っている。

どちらかと言えば個人主義。

それは、掛け持ちしている部活が(団体競技ではない)弓道部であることや、彼女の趣味が読書や箏(そう≒琴)であることからもわかる。

 

確かに海未は、弓道を嗜(たしな)む、文武両道の大和撫子で、どちらかというとスポーツが苦手な真姫とは、そこに大きな開きがあるのだが、それは本質的な問題ではないと考えている。

つまり、真姫にとって海未は、自分と多くの共通点を持つ人物として認識しているのである。

 

…にも関わらず、いくら幼馴染みとはいえ、穂乃果のように少しルーズで、何故かやたらとポジティブな人間と、今でも親友であるということが真姫には、不思議に思えてならない。

経験上、穂乃果の様なタイプは1番苦手な人種のハズなのだ。

しかし海未は、むしろ穂乃果に対して、自ら積極的に関わっているように見える。

ことりを含む3人の、幼少期からの関係性を知らない真姫には、かなり奇異なことに感じらていた。

 

またそもそも海未が、スクールアイドルをしていること自体、理解が出来ていない。

結成当初の海未の緊張ぶりを目の当たりにしていた真姫には、歌ったり踊ったりせずとも、作詞に専念する…という選択肢があっても良かったのではと考えている。

そうすれば自分も作曲のみという形で済んだのでは…と未だに思う時がある。

 

 

 

海未に興味を惹かれる、もうひとつの理由。

それは、彼女の作品にある。

 

詩も曲も、全てが採用される訳ではない。

特に詩に置いては、単語ひとつひとつを組合せていくため、ボツになる作品も多いのだが、それ以前に『これは…』と、思わず絶句するようなテーマの作品が上がってくることがある。

ひとりが好き→空想や妄想やが好き→詩を作る、小説を書く…という創作活動の流れは、わからなくもない。

しかし、妄想が過ぎて、それが作品に反映されるとなると、少し心配しなくもない。

 

真姫は外科医を目指していのだが、そういう作品を見るたび、精神科医も面白いかも…と思ってしまう。

実際に、フロイトやユングの本を最近読み始めたところだ。

 

だから先ほどの指摘を受けたとき「海未こそ、カウンセリングを受けた方がいいんじゃないの」と言いかけたが、それはさすがにマズイと、思い止(とど)まった。

 

 

 

「本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫だから…」

「わかりました。そこまで言うのでしたら、今日はこれ以上申しません。ただし、何かありましたら、速やかに報告下さいね」

 

 

 

…さすがに海未……

…指摘されたことは事実。

…音の乱れから、私の心境を読み取るとは、ただの妄想家じゃないってことね…

 

 

 

「…わかったわ…ありがとう」

真姫は、そう答えて、この話題については打ち切った…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その2 ~作詞作曲~

 

 

 

 

 

『詞先・曲先』という言葉がある。

『しせん・きょくせん』と読む。

意味は読んで字の如く、歌を作る上で『作詞が先』か『作曲が先』かである。

※『しさき・きょくさき』という場合もある。

 

μ'sの場合、結成当初は海未が過去に書き貯めた『詩(ポエム)』を元に、真姫が曲を付けていく詞先のスタイルが多かったが、最近はテーマに合わせて同時進行で進めていくことも少なくない。

その為、言葉をメロディー乗せる、もしくはメロディーに言葉を乗せる擦り合わせ作業は、2人にとって欠かせないことだった。

 

打ち合わせには30分ほどの時間を要した。

 

「ありがとう。これで、だいぶスムーズに歌詞が繋がるようになりました」

「でも、もう少しサビまでの流れを工夫する必要があるわ」

「それはまた明日にしませんか?」

「…そうね。あまり長く考えても新しいアイデアは出ないものね」

「では、練習に合流しましょう」

話を終えて、海未が立ち上がる。

「待って!」

「はい!?どうかしましたか?」

「あ…別に…」

自分から声を掛けておきながら、真姫は言葉を濁した。

「やっぱり、どこか具合でも悪いのではないですか?」

「そんなんじゃないわよ…ただ…」

「なんでしょう?」

「今更だけど、海未と穂乃果とことりって、どういう関係なのかと思って…」

「えっ?…何故ですか?」

「別に…深い意味はないけど」

「関係性ですか…」

海未は少し考えてから、返答した。

「幼馴染みの親友でしょうか」

「ふ~ん…」

「なんですか、自分から質問していてその反応は」

「予想通りだったものだから」

「どんな答えを期待していたのですか」

「別に…」

「おかしな人ですね」

どこか納得していない真姫に、海未は言葉を続けた。

「そうですね…強いて言えば、穂乃果は時として強引な姉であり、時として頼りない妹というところでしょうか。そして、ことりは良き理解者ですね」

「ねぇ、疲れない?」

「えっ?」

海未が聞き返した。

「四六時中一緒で疲れない?」

「疲れますよ」

「えっ?」

今度は真姫が聞き返した。

「正直、穂乃果には振り回されることが多いですし、あのだらしなさには呆れます」

真姫は不思議そうに海未を見る。

「ですが…それ以上に刺激と感動を与えてくれる…そんな存在でしょうか。そして、ことりは臆病な私を後押ししてくれる、大切な人」

「そう…」

「…ということで納得頂けたでしょうか?」

「少しはね」

「それ以上は、長くなりますので、また別の機会に」

「わかったわ。ありがとう」

 

…やはり真姫は、何か悩みを抱えているようですね…

 

海未はそう確信したが、今、それを問い質(ただ)すのは逆効果…と静観することにした。

 

「では、行きましょうか」

「そうね」

2人は部室に戻り、練習着に着替えると、屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

μ'sの練習時間は、正式には15時45分から17時半までとなっている。

これは規律に厳しい海未が決めたことで、当然ながら委員会等正当な理由がない限り、遅刻は厳禁だ。

 

大まかな練習メニューは、海未と絵里が決めている。

通常はアップとストレッチ、それと筋トレに30分ほどの時間を割く。

絵里が加入してから、特にストレッチは入念に行われるようになった。

 

休憩を挟んだあとは、主にダンスとフォーメーション練習を行い、最後はクールダウンして終了となる。

 

ちなみに週1日ないし2日は、音楽室にて歌の練習を行う。

この時は真姫が先頭に立ち、歌唱指導をする。

 

 

 

2人が屋上に着くと、メンバーは丁度アップを終えたところだった。

 

「どう?次の曲はうまくいきそう?」

声を掛けたのは、練習を仕切っていた絵里。

「まだ完成ではないですけれど、だいぶ形にはなってきたかと」

「そう。2人には負担を掛けるけど…お願いね」

「かしこまりました」

海未がそう言い、真姫と共にアップを始ようとした時

「くちゅん!」

と、そばにいた希が、小さくクシャミをした。

「大丈夫?風邪?」

「ん?ウチ?誰かが噂でもしてるんやないかなぁ…」

絵里の問い掛けに、希はそう答えた。

「アタシに感染(うつ)さないでよね」

とにこ。

「そやね。気を付ける」

「にこちゃんは平気だと思うにゃ」

「ちょっと、凛、それはどう意味よ!?」

「なんとかは風邪引かないって…」

「引くわよ!実際、穂乃果だってそれで倒れたじゃない」

「酷いよ、にこちゃん。穂乃果のは熱が出ただけじゃん。風邪を引いたわけじゃ…ね、ことりちゃん!」

「そ、そうとも、言うかな…」

「ことりは穂乃果に甘過ぎです!」

「海未ちゃん!?」

突然の乱入に驚くことり。

「大体、学園祭ライブ前夜に走り込みをして、熱を出して倒れるなんて大馬○者以外の、何者でもありません!」

「ほら海未ちゃんは、まだアップの最中だよ」

「ハッ!そうでした。では、失礼」

海未はそう言い残すと、その場から去っていった。

「ことりちゃん、ありがとね」

と感謝を述べる穂乃果

「海未ちゃんは、穂乃果ちゃんのこと大好きだから、仕方がないよ」

このことりの言葉に、その場にいた絵里、希、にこ、凛と…少し離れた場所から見ていた真姫は「あなたもね」と心の中でツッコミを入れていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その3 ~くしゃみの秘密~

 

 

 

 

 

夏から秋への衣替えと言うと、全国的に10月という学校が多い。

しかし、音ノ木坂は9月からが衣替えである。

9月からだと、残暑が厳しい年は相当つらい。

今年がまさにその年だった。

 

制服の衣替えに併せて、μ'sのメンバーの練習着も秋仕様に変わった。

…と言っても、基本的にはそれほど大きな違いはなく、Tシャツの中に長袖のインナーを着込んだとか、レギンスの長さが変わったとか、その程度である。

いわばマイナーチェンジ。

穂乃果などは、色違いではあるが、相変わらず大きく『ほ』とプリントされたTシャツを着ており、凛に「それは穂乃果ちゃんの手作りにゃ!?」とツッコミを入れられていた。

 

しかし希は随分と印象が違う。

これまでは半袖のTシャツに、7分丈のパンツスタイルだった。

それが長袖のTシャツとショートパンツの『ヨガウェア』、オーバーニーのタイツにレッグウォーマーという、一歩間違えれば80年代のエアロビインストラクターか…というほどフルモデルチェンジをしていた。

 

そして、ここにもうひとりフルモデルチェンジしたメンバーが…。

 

真姫である。

 

頭部はそれまでのキャップからニット帽になり、Tシャツの上にはウインドブレーカーを着用、ボトムはフリル付きのレギンス…という仕様に変更されていた。

 

来週くらいからは一気に秋らしくなるらしいが、10月に入ったにも関わらず、まだ気温は高い。

海未はアップを始めると、すぐに汗ばんでしまった。

そこで、着ていたパーカーを脱ぎつつ

「真姫も、その格好では少し暑いのではないですか?」

と気遣い、声を掛けた。

しかし返ってきた答えは

「私は大丈夫だから…」

であった。

 

そもそも、夏場でも黒いキャップに黒いTシャツ、丈の長いボトムにブーツという、およそ暑さを無視した格好だった真姫。

暑さに強いのか、寒がりなのか、海未には判断がつかなかった。

 

その真姫が1人メンバーが足りないことに気付き

「花陽は?」

と一緒にランニングをしている海未に訊く。

「そういえばいませんね…。ですが、私も貴方と一緒に上がって来たので、理由まではわかりません」

「それはそうね…」

 

…そんなこと、当たり前じゃない…

…何を言ってるんだか…

 

真姫は走りながら呟いた。

 

 

その頃花陽は…

「はっくちょん!…うう…誰か私の噂をしてますかね?」

小さくクシャミをしたあと、目の前の2頭のアルパカに、そう話し掛けた。

 

 

真姫と海未はアップを終えると、先にストレッチをしていたメンバーと合流した。

ストレッチは二人一組で行われるが、特に組合せは固定はされていない。

その日のメンバーや、その時立っている場所でなんとなく決まる。

 

この日の組合せは、絵里と希、にこと凛、穂乃果とことり、そして遅れて来た海未と真姫となった。

 

「くしゅん!」

「希…本当に平気?…まさか裸で寝てたなんて言わないでしょうね?」

「えっ?」

 

…さすが、えりち…鋭い!…

 

一瞬ドキリとした希。

 

「そ、そんなこと、あるわけないやん」

「なら、いいけど。希は室内だと露出癖があるから」

「それじゃ、ウチ、変態やん」

希は苦笑した。

 

その会話を、にこと凛が耳を欹(そばだ)てて聞いている。

 

…なんだか、アダルトな話をしてるわね…

 

…確かに2人ともエッチにゃ~…

 

…希は普段、裸族なのかしら…

 

…絵里ちゃんは、それを知ってるにゃ?

 

2人のストレッチは完全に止まっている。

 

それを見て穂乃果が訊く。

「にこちゃん、凛ちゃん?どうかした?」

「えっ?いや、別に…」

「そうそう、何でもないにゃ~」

イチ、ニィ、サン、シィ…と誤魔化すように慌てて柔軟をする、にこと凛。

 

「にこと凛は、意外に仲が良いのですね」

「基本的に同じ部類の人種だから」

「真姫、そういう言い方は失礼かと思いますが」

「あ…ごめん…」

「あ、いえ、私こそ…」

海未も真姫も、打ち合わせ以外での会話はあまり続かない。

ほぼ無言でストレッチが続く。

 

 

 

「そう言えば、花陽はどうしたのです?」

間が持てなくなった訳でもないだろうが、海未が隣で柔軟をしていたことりに訊いた。

「花陽ちゃんは、アルパカさんのお世話をしてから来るので遅れる…って凛ちゃんが言ってたよ。ことりもアルパカさんの飼育委員になれば良かったな」

「…だそうですよ、真姫」

「何で、私に振るのよ」

「花陽がいないことを気にしてませんでしたか?」

「それは…ただ人数が足りていないから訊いただけで…。でも、体調不良とかでないなら問題ないわ。さぁ、練習を続けるわよ」

それを聴いた海未は…自分のことを棚に上げて…と心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その4 ~食欲の秋~

 

 

 

 

 

メンバーのストレッチが終わる頃、屋上への出入口のドア、突然勢いよく開いた。

その瞬間「ぴゃあ!」という悲鳴と共にピンク色の塊が転がり、ドテッと倒れ込んだ。

「す、すみません、遅くなりました!」

恥ずかしそうに起き上がったのは、花陽。

彼女の衣替えした練習着は、夏仕様のピンクに比べると濃いめになっていた。

 

「かよちん、怪我はない?」

凛が声を掛ける。

他のメンバーも次々に心配して駆け寄った。

「ちょっと転んじゃいました…けど、大丈夫です」

花陽ちゃんのああいうとこ、本当に可愛いんやから…希は思わずニヤけてしまった。

他のメンバーも同じように笑っている。

 

そんな中、険しい顔で花陽を見ている人物がいた。

真姫である。

その真姫が「…ドジ…」と小さく呟いたのを、海未は聴き逃さなかった。

 

「花陽ちゃん、アルパカさんのお世話はもう終わりましたか?声を掛けてくれれば、ことりもお手伝いしましたよ」

「あ、ありがとうございます。でも、これは飼育委員の仕事なので」

「かよちんは真面目だにゃ~」

「花陽は、その様子だとアップは必要ないみたいね」

息を切らしている花陽を見て、絵里がそう言った。

「走って来ちゃったので…」

「次は筋トレなんだけど、それよりもストレッチが大事だから…誰か手伝ってあげて」

「大丈夫です。ひとりで出来ます」

「ウチが手伝おうか?」

と希が得意のワシワシポーズをしながら花陽に迫る。

すかさず、にこが

「それはストレッチじゃなくて、マッサージでしょ」

とツッコミを入れる。

 

花陽の脳裏に一昨日の夜の出来事が浮かび、赤面しているのが自分でもわかった。

 

希はみんなに悟られないよう、花陽にウインクをする。

いつも通りに…ね?という合図。

それを受けて

「そ、そうですよ。ワシワシはダメです」

と相槌を打った。

「冗談やって、冗談」

「なんか、冗談に聞こえないだにゃ~…」

うっ!凛ちゃん…と心の中で呟く、希と花陽。

「無駄話はそのくらいにして、練習を続けるわよ!」

絵里がのんびりムードを断ち切った。

 

 

結局、ストレッチの相手は海未が務めることとなった。

「ねぇ、花陽…」

「はい?」

「真姫となにかありましたか?」

「えっ?真姫ちゃんと?」

「はい」

「真姫ちゃんと…特に思い当たらないですぅ…」

希ちゃんとはありましたけど…と心中穏やかでない花陽。

「そうですか…」

「真姫ちゃん、何か言ってました?」

「いえ、何でもありません。気にしないでください」

「はぁ…」

 

では、真姫が花陽を意識しているように見えるのは、私の思い過ごしでしょうか…

それにしても、花陽の身体は触り心地がいいですね…希がワシワシしたくなるのもわかります…

 

海未は柔軟している花陽の背中を押しながら、うっとりと頬を擦り寄せた。

 

あぁ、このまま寝てしまいそうですわ…

 

「う、海未ちゃん…?」

「ハッ!決して花陽を抱き枕にしたら気持ち良さそうだなんて考えてませんよ」

「…海未ちゃん?」

「さぁ、続けますよ!」

「えっ?えっ?あ、はい…」

花陽は頭に疑問符が浮かんだが、海未は背中をグイグイ押して、それを無理矢理掻き消した。

 

 

花陽と海未がストレッチを…他のメンバーは筋トレを終わらせると、一旦、休憩に入った。

全員、口々に暑さを訴えている。

 

「これでさ、急に涼しくなっちゃったら、それはそれで寂しく感じるよね」

と穂乃果。

「寒くなると、人肌恋しくなるもんね」

「でも、ことりちゃん…これからの季節は、美味しい食べ物が目白押しですぅ!まずは新米から始まって…」

「そう、そう!新米と言えば、今度『利き米』コンテストをやるってどこかに書いてあったのを見たわよ」

「え~っ!!にこちゃん、それは本当ですか?」

「日時と場所は忘れちゃったけど…あとで調べてあげるわ」

「ありがとうございますぅ」

「秋の新作スイーツも続々と発表されてるよ。花陽ちゃん、今度一緒に行こうね」

「酷いよ、ことりちゃん!なんで穂乃果を誘ってくれないの?」

「え~と…も、勿論、穂乃果ちゃんも一緒に…」

「だよねぇ、だよねぇ」

「ラーメンも秋の新作ラッシュにゃ~。かよちん、今度一緒に」

「アンタたちは食べることしか興味深ないの?」

「勿論、真姫ちゃんも一緒に行くにゃ~」

「私はいいわよ。凛の行くラーメン屋さんは身体に悪そうだもの」

「それは真姫ちゃん、酷いにゃ~」

「真姫の言う通りです。少しは食欲の秋だけでなく、読書の秋とか、もっと芸術的なセンスを磨いたらいかがですか」

「海未ちゃん…まぁ、いいやん。ウチらは身体を動かした分だけ、エネルギー補給しないといけないんやから」

「かと言って食べ過ぎは良くないわよ」

絵里がポニーテールを直しながら諭す。

「絵里ちゃんだって、パフェとか好きじゃん!」

「それは私だってそれくらいのことはするけど…」

「穂乃果!絵里の言う通りです。あとで太っても知りませんよ!各々、体重管理(ウェイトコントロール)は怠らないようにしてください!」

 

最後は海未が厳しい口調で、休憩時間を締めくくった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その5 ~ダンスが上手く踊れない~

 

 

 

 

「さぁ、練習再開!」

絵里がパンパンと手を叩いて、メンバーを整列させた。

「次は新曲の『振り』の確認をするわよ。まずは頭(イントロ)から…にこ、背筋を伸ばして…そう。じゃあ、いくわよ…ファイブ、シックス、セブン、はい!」

絵里のカウントアップに合わせて、各自が身体を動かしていく。

「穂乃果、そこ、早い!」

「花陽、もっと大きく!」

「海未、指先伸ばして!」

「凛、ターンが逆!」

「全然合ってないわ、もう1回始めからやり直しね」

絵里から、容赦ないダメ出しが飛ぶ。

 

μ'sの振り付けは、結成当初…ファーストライブまで…は海未が担っていた。

しかし花陽とにこが入ってからは、3人でアイデアを出し合って決めている。

2人のオタクのデータベースから、アイドルらしい仕草やポーズをダンスに取り入れたりしながら、振り付けやフォーメーションを決めていく(とは言え、にこの意見は自己主張が強すぎて、だいたい脚下されてるのだが…)。

 

そしてμ'sとして大きいのは、やはりバレエ経験者である絵里の加入である。

素人では雑になりがちな『静止状態』においても、姿勢や脚の位置、腕の角度まで細かく指示を出す。

そしてバレエ特有の優雅さ、女性らしさを伴った指先の動きや、表情のひとつひとつに至るまで、絵里は妥協を許さない。

ダンスに関しては海未以上にストイックだ。

 

しかし、そうでなければ9人という大所帯のμ'sは、単なる烏合の衆になっていた可能性がある。

彼女たちのパフォーマンスの特長のひとつである大胆なフォーメーションチェンジも、基となるダンスが揃ってなければ、ただ場所を移動しているだけに見えてしまう。

絵里のコーチングは、他のライバルと比べても大きな強みであった。

 

そして、それについていけるメンバーの潜在能力の高さも、特筆すべき事項だろう。

 

しかし…

 

「真姫、全体的に半テンポ遅いわ!」

ここでも厳しい声が飛ぶ。

「真姫、下を向かないで!」

「真姫、もっと腕は高く!」

「真姫、脚をあげて!」

練習が進むにつれ、絵里の真姫に対する注意が多くなってきた。

元々、ダンスをそれほど得意としているわけではないが、今は明らかに精彩を欠いている。

 

「真姫…少し休んだ方がいいんじゃない?」

絵里が堪らず声を掛ける。

「やはり、今日の真姫は何かおかしいです」

「やはり?」

花陽が海未に訊く。

「海未、余計なことは言わないで!」

「ですが…」

「だけど…」

真姫の言葉に、海未と花陽がほぼ同時に反応した。

「真姫ちゃん…」

「私は大丈夫だから…花陽も心配しないで」

そう言った真姫は、花陽と視線を合わせなかった。

「具合が悪いんやったら、休憩したほうがいいんやない?」

「そうだよ。真姫ちゃんは次の曲も作ってるし」

「それはことりちゃんだって一緒でしょ!」

「それはそうだけど…」

「私だけ特別扱いなんてしないでよね」

「そういうつもりじゃ…」

「わかったわ、真姫がそういうなら練習は続けましょう。ただし、振り付けは一旦終わりにして、次はフォーメーションの確認…それでいいわね?」

絵里の問い掛けに、真姫は小さく頷いた。

 

「真姫ちゃん、大丈夫かな…」

ストレッチの時に海未が言った言葉が気に懸かる。

私、何かしたのかしら…さっきも目を逸らされた気がするし…

花陽は真姫を見た。

その瞬間、真姫も花陽を見ており、視線が交錯した。

「あっ!」

思わず小さく声をあげたが、真姫はすぐに明後日の方を向いてしまった。

 

「きっとアノ日よ、アノ日」

「にこちゃん、それはアイドルとして禁句なんじゃないのかにゃ~」

「バファ○ンとか、セ○スとか持ってないのかしら」

「そうだったら、さすがに飲んでると思うにゃ」

「ほら、そこ、無駄話しない!」

にこと凛が絵里に怒られた。

 

今、μ'sが練習しているのは、ラブライブ予選突破に向けた新曲である。

μ'sは9人という特性上、曲中、三人一組でフォーメーションを編成することが多い。

今回は紆余曲折あったものの、最終的には直前の合宿時の班分け…即ち作詞班(希、海未、凛)、作曲班(絵里、にこ、真姫)、そして衣装班(穂乃果、ことり、花陽)に分かれることとなった。

 

 

「海未ちゃん、真姫のこと、何か隠してるやない?」

「いえ、特には…。ただ、調子はあまり良さそうでないことは、間違いないようですね」

「凛ちゃんは、何か聴いてへん?」

「ううん…いつも通りだったにゃ。まぁ、一緒にいても、自分からペラペラ話すタイプじゃないから…。かよちんの異変ならすぐ気付くけどにゃ」

「そ、そやね…」

 

 

「花陽ちゃん、花陽ちゃん」

「あ、穂乃果ちゃん…」

「さっきから、少しボーっしてない」

「そうですか?あれ、おかしいな…」

「ことりも思ってました…。真姫ちゃんの事?」

「えっ!?えっ?あ、はい、具合悪いのかなって…」

「それはわかるけど、今は練習に集中しよう。あっちには絵里ちゃんも、にこちゃんもいるんだし」

「そうだよね。2人いるもんね」

 

 

「本当に大丈夫なの?」

「いいから、早く始めてよ」

「真姫、やる気があるのは認めるけど、前回の穂乃果みたいに、直前で離脱はなしにしてよ。今回は、なんとしても9人でステージに立つんだから」

「わかってるわよ…」

 

真姫は思った。

にこちゃんは時々部長みたいなことを言うんだから…

あ、部長か…

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その6 ~それぞれのアフター5~

 

 

 

 

 

「はい、今日はここまでです」

海未が時計を見て、練習の終わりを告げる。

「では、にこから今日の締めの言葉を…」

エッヘン!と咳払いしてから、にこが話し始めた。

 

「予選のライブ撮影まであと1週間を切ったわ。正直、すべてが未完成だし、ギリギリの勝負だけど…にこは…とにかく勝ちたい。ただの想い出にはしたくないの。だからみんなには、中途半端な気持ちでは臨んで欲しくない…」

にこのいつになく真剣な言葉に、一同息を飲む。

「わかってるわね、真姫」

「わ、わかってるわよ…なんで私が名指しされるのよ、意味わかんない」

「さっきも言ったけど、くれぐれも穂乃果の二の舞には絶対にならないでよね。μ'sは9人揃ってなきゃ、意味がないんだから…。何かあったらこのアタシに相談しなさいよ!」

「にこちゃん、先輩みたいにゃ…」

「みたいじゃなくて、先輩なの!まぁ…そういうこと。はい、以上、解散!」

「お疲れ様でした!」

一同、礼をして今日の練習は終わった。

 

「…花陽…」

真姫が帰り支度を始めた花陽を呼び止めた。

しかし、声が小さかったため花陽は気付かない。

もう一度、名前を呼ぼうとしたが

「か~よちん!ラーメン食べに行こう!」

と凛が先に声を掛けてしまった。

「ごめんね。今日はこれから、ことりちゃんの衣装作りのお手伝いがあるの」

「そっか…それは仕方ないにゃ」

「ラーメン食べにいくなら、付き合ってあげてもいいわよ」

残念…とガックリうなだれる凛の前に、そう言って仁王立ちする、にこ。

「穂乃果ちゃん、ラーメン…」

「ごめん、今日はちょっと、お店の手伝いしなくちゃいけなくて…」

「穂乃果ちゃんも手伝いにゃ…」

「アタシが付き合ってあげるわよ」

スーッと凛の正面に顔を突き出す、にこ。

「希ちゃん…」

「ウチも今日はえりちと…」

「海未ちゃんは?」

「私も今日は…」

「ア~タ~シ~が行くって、言ってるでしょう~」

 

無言でにこを見つめる凛。

一呼吸置いてから出たのは、次の言葉だった。

 

「そうしたら真姫ちゃ…」

「まだスルー!?」

にこはその場に倒れこんだ。

その頭を撫でながら凛が言う。

「はぁ…。そうまで言うなら連れてってあげるにゃ」

「…なに…この敗北感…」

その様子を一同、ニヤニヤしながら見ていた。

 

凛ちゃんの『にこっち弄(いじ)り』の徹底ぶりは見事なもんやね…とひとり感心する希。

 

「それじゃあ、行っくにゃ~」

「真姫、アンタも行くわよ」

にこがスクッと立ち上がり、強引に真姫の腕を引っ張る。

「ヴェ~!わ、私はいいわよ!」

「いいから付き合いなさいよ。じゃないと『支払い』が…じゃない、えっと『賑わい』がないじゃない!」

「なにそれ、意味わかんないんだけど」

「いいから、行くわよ!凛!」

「はいにゃ!」

真姫の両脇を、凛とにこが抱え込む。

そして、ほぼ無抵抗の状態で、そのまま真姫は連れ去られて行った。

 

「拉致…やね」

と希。

「拉致…ですね」

海未が返答する。

「それにしても恐るべきコンビネーションです」

「さっきの弄り倒し方といい、凛ちゃん、にこっちのこと、相当好きやね」

「こういうのを相性というのでしょうか」

「2人で川に飛び込んで、身体を暖めあった仲やしね」

「希はどうしてすぐに、そういうことを言うのですか!!破廉恥です!」

海未は顔を真っ赤にして怒る。

「ウチは別に、裸で抱き締めあったとは言うてへんよ。想像しすぎなんやない?」

「…もういいです…」

海未は俯(うつむ)きながら歩き出し、先に中へ入ってしまった。

「海未ちゃん!待ってよ!あ、お先に!!」

と穂乃果があとを追いかける。

 

「ありゃりゃ…海未ちゃんのアレは困ったもんやね…」

「今のは希が悪いわ」

「そうなんやろか…なら、あとで謝っとく」

「謝る話でもないと思うけど…。それより心配なのは真姫よね…花陽、何か変わったことはなかった?」

「はい、特には…」

「そう…」

「でも、もし何かあっても、真姫ちゃん、自分から積極的に話す人ではないので…」

「えりち、実はさっき、ウチも凛ちゃんに同じこと訊いたんよ」

「それで?」

「花陽ちゃんと同じ答えやった」

「ごめんなさい…役に立たなくて…」

「ダメよ、変に責任感じたりしたら。別に花陽が悪いわけじゃないんだから」

「…はい」

「大丈夫だよ、きっと。だって、にこちゃんが一緒だもん」

「ことりちゃんの言う通りやね。にこっちはああ見えて、面倒見がいいからね。それに、理由がわからないまま、ウチらが悩んでても仕方ないやん」

「そうね…今日はにこに任せましょう」

「はい」

「ところで、そっちの進み具合はどう?」

「順調ですよ。花陽ちゃんが手伝ってくれるので、とても助かってます」

「そんな…いつも失敗ばかりしちゃって…」

「そんなことないよ。花陽ちゃんは折り紙とか得意だし、手先が器用だから、数をこなせばすぐ上手になるよ!」

ことりが、花陽の両手を握りしめて微笑む。

「は、はい!頑張ります!」

花陽は恥ずかしげに目を逸らして、そう答えた。

 

ん?今のことりちゃんと花陽ちゃんの表情は…

ひょっとして、ウチのライバルは凛ちゃんだけやないかもしれへん…

希は2人の様子に若干の嫉妬心がを芽生えた。

 

「私たちも手伝ってあげたいんだけど…」

「ウチも、えりちも裁縫はセンスの欠片(カケラ)もないからね」

「任せてくださいな!気持ちだけで結構ですよ。それじゃ、花陽ちゃん」

「あ、はい…では、お先に失礼します」

「ことり、花陽…お願いね」

「はい、頑張って可愛いのを作ります!」

ことりは満面の笑みで応え、花陽と2人、屋上をあとにした。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その7 ~ラーメン屋~

 

 

 

 

「今日はここのお店にゃ」

凛とにこ、そして無理矢理連れてこられた真姫…の3人が、ラーメン屋にやって来た。

「初めてのお店?」

「かよちんとはよく来るにゃ。確か真姫ちゃんも1回…」

「そういえば、来たわね…」

「いらっしゃいませ~!!3名様?空いてるお席へどうぞ!」

店員の威勢の良い大きな声が店内に響き、3人はテーブル席に座った。

 

メニューを見ながらにこが訊く。

「凛、ここのお薦めは?」

「それは断然、牡蠣味噌ラーメン!この秋の新作にゃ~」

「一杯、千円!?た、高いじゃない…もっと、普通のはないの?」

「醤油ラーメンで750円だけど」

「そ、それでいいわ…」

「真姫ちゃんは?」

「私は…トマトラーメンでいいわ」

「この間もそれだったにゃ」

「何、トマトラーメンって?」

「トマトソースがベースになってるスープのラーメンにゃ」

「それは…スパゲッティって言わない?」

「スパゲッティって…にこちゃん…」

「なによ!?」

「せめてそれを言うならスープパスタじゃない?」

「べ、別に、そこはどうでもいいでしょ!」

「ひょっとして、にこちゃんって、パンツのこと、未だにズボンとか言ったりしてない?」

「アタシを誰だと思ってるの?μ'sのファッションリーダーにこ様よ!そんなわけないじゃない」

「ファッションリーダー…って」

といいながら、フフフと笑う真姫。

…なによ、意外に元気じゃない…心配して損したわ…と、にこは思った。

 

「お待たせしましたぁ、ご注文はお決まりですか?」

若い男の店員が、3人に声を掛ける。

「牡蠣味噌ラーメン!大盛りで」

「えっと、醤油ラーメン」

「トマトラーメン」

「はい、ありがとうございます…牡蠣味噌大盛り、醤油、トマラー入りましたぁ!!」

店員が厨房に向かって叫ぶと、奥から「ありあ~す!」の声。

恐らく「ありがとうございます」と言っているのであろう。

店員が下がろうとした時に

「あっ!あとライス大盛り!」

凛が慌てて追加注文をした。

「ライス大盛り…はい、ありがとうございます」

店員はオーダーを端末に打ち直して、テーブルを離れた。

 

「ちょっと、ライス大盛りって…誰が食べるのよ」

「誰ってかよちんに決まっ…あれ?いない…。にゃにゃ~!つい、いつものクセで頼んじゃった」

「いつものクセって、凛も花陽もどんな食生活してるのよ」

「私はだいぶ慣れたけどね…」

「ふ~ん」

「な、なによ…」

「いや、なんだかんだで真姫も仲良くやってるじゃない…ってね」

「ま、まあね…。1年組(こっち)はにこちゃんもいるしね」

「だから、アタシは3年だって」

「でも、誰に訊いても違和感ない…って絶対言うにゃ~」

「確かに」

「まぁ、アンタたちといる方が楽だけどね」

 

「お待たせしました。牡蠣味噌ラーメン、大盛りのお客様!」

「にぁ~!」

「醤油ラーメン」

「はい」

「じゃあ、最後トマトラーメンですね。ライス大盛りは…」

「空いてるとこに置いといてほしいにゃ」

「はい、では…って、なんだキミは『にゃ~』のお姉ちゃんか!」

「は、はい…。えっと、凛のことを覚えてくれてるんですか?」

「何回か、来てくれてるよね。もう1人の娘と一緒に」

「は、はい」

「今日は?良く食べるお姉ちゃん」

「えっと…都合が悪くて」

「そう。残念だな…」

「残念?」

「いや、こっちのことです。あ、延びちゃいますね。失礼しました…以上でご注文はお揃いで…はい、では、ごゆっくりどうぞ」

店員は伝票をテーブルに置くと、一礼して次の接客へと移っていった。

 

「いっただっきま~す!」

「凛のは土手鍋みたいだね」

「プリプリの牡蠣がいっぱいにゃ~」

凛は目をキラキラさせて、目の前のラーメンに挑む。

レンゲにスープを掬(すく)い、口へと運ぶ。

「あぁ、これは美味しいにゃ~!うん、絶対かよちんにもお薦めにゃ。ご飯が進むこと間違いなしにゃ!」

「あの娘はラーメン食べに来ても、ご飯が主食なわけ?」

苦笑する、にこ。

「にこちゃんも一口飲んでみる?」

「えっ?いいの?それじゃ…。うん、なかなか美味しいじゃない」

にこはスープを飲み込むと、もう一度手を伸ばした。

そして凛の牡蠣を掬うと、パクリと口に…

「にゃ~!凛の牡蠣!」

「いいじゃない、1個くらい…あら、イケるわね…」

「まったく…」

真姫が溜め息をひとつ吐(つ)いた。

「なによ?」

「やってることが、子供だなって」

「な…真姫だって、子供じゃない!」

「どうして私が?」

「だって…」

と言うと、にこはプププと口を押さえて、ひとり思い出し笑いを始めた。

 

その様子にピンときたのは凛。

…あれは、真姫ちゃんの『暖炉事件』を思い出してるにゃ…

 

前回の合宿で発覚した事実。

それは真姫が未だにサンタクロースの存在を信じており、毎年、父の言いつけ通りに別荘の暖炉を綺麗にしている…ということ。

サンタが煙突から入ってきて、煤(すす)で汚れないように。

 

メンバー一同、真姫のこの発言を聴いた時、時間が止まった。

そして次の瞬間、にこが『真実』を暴露しようとしたが、凛と穂乃果が「それを話すのは重罪だよ」と必死に食い止め、取り敢えず、その場は事なきを得た。

これを真姫以外のメンバーは『暖炉事件』と呼んでいるのだ。

 

「にこちゃんも真姫ちゃんも、早く食べないと、延びちゃうにゃ~」

凛は前回と同様、にこの悪魔のささやきから真姫を守るため、必死に話題を変えようとした。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その8 ~海未と穂むらのお饅頭~

 

 

 

 

「へぇ、真姫ちゃんから、穂乃果とことりちゃんとは『どういう関係』か…って訊かれたの?」

「はい」

「それで海未ちゃんは何て答えたの?」

「幼馴染み…そう答えました」

「それだけ?」

穂乃果は着ていた割烹着を脱ぎながら、海未の前に座った。

「親友…だとも言いました」

海未はピンと背筋を伸ばし、正座をしている。

 

 

ここは、穂乃果の部屋。

今朝、母親から店番を頼まれていた穂乃果。

練習を終え、家に帰ってから2時間あまり…たった今、その任務から解放されたところだった。

 

 

海未は家の用事を済ませ、それから『穂むら』に来た。

まだ穂乃果は店番中だったので、先に彼女の部屋で待っていた。

 

海未は思い出した。

μ's結成当初、穂乃果が店番で、海未ひとりが部屋で待つという、今と同じようなシチュエーション。

その時、振り付け練習からの流れで『ファンの声援に手を振って応える』という『イメージトレーニング』しているところを、まだ入部前の花陽に偶然目撃されるというアクシデントがあった。

半年過ぎても、あの時の恥ずかしさは忘れていない。

その為、今日は穂乃果の部屋にある本棚の整理をして、おとなしく待つことにした。

 

…順番に読んで、順番にしまっていけば、こうもバラバラにならないハズなのですが…

…いくらO型だからといって、あまりにも大雑把過ぎます…

 

…などと考えながら本を整理をしているうちに、穂乃果が店番を終え、部屋に入ってきたのだった。

 

 

穂乃果は学校からの帰り際、真姫の様子について概要は聴いていた。

だが詳細までは話している時間はなかった為、海未が穂むらに立ち寄ったというわけだ。

 

 

穂むらの饅頭とお茶を用意をしながら、海未に訊く。

「真姫ちゃんは、何でそんなこと言ったんだろうね」

「何か悩み事があるのは間違いないと思うのですが、あの質問とどう繋がるのか、それがわからないのです」

「そりゃ、真姫ちゃんにも悩みのひとつやふたつはあるんじゃない?」

「それはそうですが」

「具体的に相談されたわけじゃないんでしょ?だったら、放って置いてあげようよ」

「穂乃果は冷たいです」

「そんなことないよぅ。穂乃果だって心配はしてるよ。だけど、本人が気にしないで…って言ってるのに、周りが騒ぐのもどうかと思うよ」

「それは正論ですが…練習に支障が出るようなら、やはり問題かと」

すると穂乃果がいきなり爆弾を放った。

 

「海未ちゃんに、恋しちゃったのかな?」

 

「な、なんですか、急に!?」

海未は飲もうと手に取った湯呑みを、落としそうになった。

「だって、どうして『穂乃果とことりちゃんと付き合ってるのか』…って訊かれたんでしょ?それって、海未ちゃんのことに興味がある証拠でしょ?それはきっと、好きになったからだよ」

「と、友達として付き合ってる理由を訊かれただけで…」

「ことりちゃんも言ってたじゃん、これからの季節、一肌が恋しくなるって」

「短絡過ぎます」

「そうかなぁ」

「だとすると、なぜ私がなのでしょう…」

「作詞・作曲の仲…でしょ?」

「それなら花陽に対する…」

といい掛けて、途中でやめた。

「花陽ちゃん?」

「い、いえ、なにも…」

 

…真姫が花陽を意識しているのは間違いないと思うのですが…それを話すと穂乃果相手では収拾がつかなくなりそうです…

 

海未は寸前で思い留(とど)まった。

…と、同時に半歩遅れて、別の思考が押し出される。

 

「な、なんですって!真姫が私に恋をしたと言いましたか!?」

「今、それを訊き返す?」

「ダメです、ダメです。女子同士の先輩後輩の、道ならぬ恋などあってはなりません!」

「出た!恋愛拒否症候群!」

「勝手に変な病名を付けるのはやめてください!」

「だって、海未ちゃん、もう高2だよ」

「だからなんですか!高2であろうと、コーチであろうと同性同士などとは…」

「穂乃果はアリだと思うけどな」

「ええっ!穂乃果はアリなのですか!」

「たまたま好きになった人が女の人だった…ってことでしょ。別にいいんじゃないかな…」

 

…なんと、良いのですか!

そういうことは、もっと早く言ってください!

何年間、私が貴方の事を想い続けているかわかりますか!

ならば、今、ここで想いの丈をぶつけますよ!

…と海未の心の中。

 

「海未ちゃん?それは新しい小顔ダイエット?それとも『新しい顔芸』?」

辛うじて声は出ていなかったが、心の中のセリフに合わせ、口がパクパク動いていたようだ。

「そんなのではありません」

顔芸と言われても、まったく反論する余裕もない、海未。

「穂乃果、良く聴いてください。実は今まで隠していたことがあります…」

「突然!?」

海未は大きく深呼吸をした。

脚を崩していた穂乃果も、正座に座り直す。

 

恐らく穂乃果の部屋史上初、最大級の緊張感。

 

そんな中、海未の口が動いた

「す、す、好きです…」

「えっ?」

「好きです…私は…ほ、ほ…やっぱり言えない…」

「海未ちゃん!穂乃果をこんなにドキドキさせておいて、それはないよ。何が好きなの?」

「いや、やめましょう…」

「海未ちゃん!」

「忘れましょ…」

「海未ちゃん!」

「わ、わかりました。わかりました。言います、言います…」

海未は再び深呼吸すると、その後、声を絞り出すように言った。

 

「私は…ほ、ほ、穂むらのお饅頭が、大好きです!」

 

「知ってる…」

と穂乃果。

コント的にドベッ…とコケてみせた。

 

「お代わりが欲しいなら欲しいって、素直に言えばいいじゃん。いくらでも食べて。うちは売るほどあるんだから」

「はぁ、す、すみません、いただきます」

「その替わり…太るよ」

穂乃果はいつも海未に言われてるフレーズを、ここぞとばかりに、お返しした。

満足そうに笑っていると穂乃果と、対照的に肩を落としてうなだれる海未。

 

果たして…今日の時点での海未の想いの成就はならなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その9 ~ロシアンティー~

 

 

 

 

絵里は勝手知ったる我が家のように、お湯を沸かし、紅茶を入れている。

テーブルにはソーサーに乗せられたティーカップが2組と、ジャムが入った小ぶりのビン。

そして、そのテーブルの椅子に座って待っているのは、この家の主(あるじ)の希。

 

練習が終わると、絵里は一緒に希の家に来た。

特別大事な用…ではなかったが、今日は2人でお茶をすることになっていたからだ。

 

「やっぱり、これを入れるのはえりちやないとね」

「別に、これくらいは誰だって出来るわよ」

「そやけど、なかなか、普通の高校生は、バラの花のジャムでロシアンティーなんて飲まないと思うんやけど」

「たまたま親戚がジャムを送ってくれてるだけで…私だってそうじゃなければ、そんなに飲まないわよ」

「いやいや、ありがたい、ありがたい。毎回毎回、ごちそうさんやね」

絵里はビンに入ったジャム掬(すく)うと、それぞれのカップソーサーの縁(ふち)に、少量ずつ取り分けた。

 

…彼女はカップの中に先にジャムを入れるのは、邪道だという。

理由は諸説あるようだが、寒さが厳しい本場ロシアでは、それをやると折角の熱い紅茶が、温(ぬる)くなってしまう為、スタンダードな飲み方ではないらしい。

 

絵里は2人のカップに、かなり濃い目の紅茶を注いでから、椅子に座った。

「いただきます」

希はソーサーに添えられたジャムを、少しだけスプーンに乗せ、口へと運ぶと、それを舌に乗せた状態で、紅茶を飲んだ。

口内に広がる気品溢れる、バラと紅茶の薫り。

希はうっとりとしながら、呟いた。

「う~ん、幸せ~。セレブになった気分やわ。リラックス効果抜群!って感じやね」

うふふ…と笑う絵里。

それを見て希が言う。

「えりちの顔…優しくなったなぁ」

「…そうかもね。少し前までは、周りを見ている余裕なんて、まるでなかったもの」

「μ'sのみんなに感謝やね」

「本当に…。でも、今考えると希の策略に、まんまと嵌まっちゃったかな?」

「策略って…」

希は苦笑した。

しかし、すぐに真顔になって訊き返す。

「後悔してるん?」

「まさか!毎日とても充実してるわ」

そう言った絵里を、希はとても嬉しそうに見ている。

「なによ…」

「これでウチの願いごとがひとつ叶ったんやな…ってね」

「願いごと?」

「えりちが誰かのためやなく、自分のために輝けるのをずっと待ってたんよ」

「なにそれ、意味わかんない」

「真姫ちゃんのセリフやん!」

今度は希がふふふ…と笑った。

 

「真姫と言えば…」

話を切り替えたのは絵里。

「今日、少し様子が変だったけど」

「大事な時期やし、多少ナーバスになってるんやないかな」

「心配だわ」

「そやね。真姫ちゃんも誰かに似て、そう簡単に弱味を見せるタイプじゃないから、内に溜め込んじゃうんやろうね」

「希だって人のこと言えないと思うけど」

「ウチはまだ、えりちがいるやん。でも真姫ちゃんは…。花陽ちゃんや凛ちゃんには言えないやないかな」

「2年組もそうだけど、花陽と凛も長い付き合いみたいだから…一緒にいて疎外感みたいなのがあるのかしら」

「えりちはどう?」

「私?私は…未だに浮いてると思ってるけど」

「そうなんや」

紅茶おいしいやん…と言いながら、希はもう一杯カップに注ぎ足した。

 

「合宿の時は『本当に』何もなかったん?」

「合宿?この間の?…だから希が期待するようなことは何もない…って言ったじゃない」

「ないんや…」

希は、はぁ…と溜め息をひとつ吐(つ)いた。

「ウチらは海未ちゃんが暴走したりして、なかなかの合宿やったけど」

「聴いたわよ。海未ちゃんが実はあんなに山ガールだったとは知らなかったけど」

「名前は海未やのに…」

「凛は川に飛び込んだり、遭難しそうになったり、散々だったわね」

「後々、ああいうアクシデントが、いい思い出になるんよ」

「そうね…」

「えりち達は?」

「私たちは…アクシデントはなかったけど、にこと真姫が意外と仲良くしてたのが、発見だったかしら」

「にこっちは普段弄(いじ)られキャラやけど、いざという時は一番しっかりしてるんやない」

「そうかもね」

「そう言えば、穂乃果がμ'sを抜けるっていった時は、にこっちが、メチャメチャ怒ったやん。殴りかかりそうな、にこっちを止めたのは、確か真姫ちゃんやったような…。でも、結局、穂乃果ちゃんは、海未ちゃんに叩かれちゃうんやけどね」

「そうだっかしら」

「にこっちやったら、真姫ちゃんの相談相手になってくれそうやけど」

「私もそれは同意するわ。合宿の時も、真姫が曲作りで悩んでたとき『曲はいつもどんなときも、全員のためにあるのよ』ってアドバイスしてたのを訊いて、あぁ、にこにはかなわないなぁ…って思ったの」

「盗み聴き?」

「テントの中にいても聴こえたの!」

オーバーアクションで、違う、違うと否定する絵里。

恐らく希にしか見せない仕草。

 

「でもね…あの合宿で、3チームに分かれて、私は真姫の手伝いをしようとか言っておきながら、結局、何の役にも立たなくて…にこみたいに気の利いたことも言えなくて、随分落ち込んだわ」

「それを言ったらウチも…やね」

「あの時、私がもっと真姫のことを気に掛けてあげれてれば…」

「えりち、そんなん言ったらダメやろ。にこっちにはにこっちにの、えりちにはえりちの役割があるんやから」

「私の役割?」

「えりちが無理して、にこっちになる必要はないやん。今、えりちがやらなくちゃいけないことは…」

「全力でダンスレッスンをしてあげること。予選突破出来るようにね」

「それで、いいんやない。ひとりひとりが自分の得意なことを生かし、全力でぶつかっていく。それがμ'sやん。ウチらは9人もいるのに、誰ひとり欠けてもダメなんよ」

「そうね」

「真姫ちゃんのことは心配やけど、彼女ならきっと乗り越えるんやないかと信じてる」

「希…」

「そやから、今日はそうっとしておいてあげて、明日の様子を見てから判断しよう」

「わかったわ」

「それにしても…ウチのメンバーは繊細な娘が多いんやね…」

「みんな思春期ですもの」

「これじゃ、ミュ○ズやなくて、ナイ○ブやね」

 

希としては会心の駄洒落だったが、絵里は理解出来ず、ただ、キョトンとするだけだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その10 ~先輩だもん!~

 

 

 

 

「美味しかったにぁ~」

凛は両腕を突き上げて、伸びをしてから歩き出した。

「ま、まぁまぁ…ってとこね…」

とサイフの中を確認しながら、にこが後に続く。

「真姫ちゃんのトマトリゾットも、美味しそうだったにゃ」

「トマトリゾットって、余ったスープにご飯を入れただけでしょ?」

真姫が、凛とにこの後ろを歩く。

 

3人はラーメン屋を出て、それぞれの家に帰るところだった。

 

「いつも、ご飯はかよちんにあげちゃうから、凛もスープに浸して食べたのは初めてだったけど、なかなか、イケるにゃ」

「あぁ、そう…」

にこは気のない返事。

しきりに自分のサイフを眺めている。

「本当にいいの?出すわよ、自分の食べた分くらい」

真姫が、そんなにこを見て声を掛ける。

「な、なに言ってるのよ。こ、これくらい、先輩なんだから当然でしょ。生意気言わないの…」

「ゴチになるにゃ~」

「アンタは少しくらい遠慮しなさいよ」

「にゃ~!!」

「そう言ってれば誤魔化せると思ってるでしょ?」

「にゃ~!」

「やめてよ、大きな声で…」

真姫が公道でじゃれる凛とにこに自制を促す。

 

その後は、とりとめのない話をしながら、家路に就いた3人。

「それじゃ、にこ先輩、ごちそうさまでした」

凛は丁寧な言葉で一礼すると、また明日…と2人と別れ、先に帰宅した。

「なんだかんだ言って、慕われてるじゃない」

「当たり前でしょ、私を誰だと思って…」

「にこちゃん」

「またスルー…じゃわない…のね。わ、わかってるじゃないの」

軽く返されて拍子抜けの、にこ。

 

しかし、凛が居なくなったとたん、2人は無口になった。

「ちょっと、何か話なさいよ」

「別に、特に話すことなんてないもの」

「なくないでしょ!さっきのラーメン、美味しかったね…とかさ、にこちゃんって、やっぱり頼りになるね…とか、雨ニモマケズ、風ニモマケズ…そういう人間に私はなりたい…とか」

「なんで宮澤賢治が出てくるのよ、意味わかんない」

「だから、例えばよ、例えば。たまには自分から話しかけてみたらどうなのよ」

「それが出来れば苦労しな…」

そこまで言いかけて、真姫は慌てて口を押さえた。

「強がらない、強がらない」

「強がってなんかいないわよ!」

「はい、はい。じゃあ、そういうことにしてあげるわよ。本当に素直じゃないんだから」

にこは両の手を腰にあて、拗ねたポーズをしてみせた。

 

「にこちゃんはさ…絵里と希の関係について、どう思う?」

「はぁ?え、絵里と希の関係?」

まったく予期せぬ角度から質問(ボール)が飛んできて、焦るにこ。

「そ、それは…親友じゃない?やっぱり」

「じゃあ、にこちゃんと2人の関係は?」

「はぁ?」

もう一球、おかしな角度からボールが飛んできた。

「えっと…それは…なんでそんなことを訊くのよ?」

「別に…」

「正直言って、確かに2人とはそこまで親しい仲ではないわよ。ずっと気に掛けてくれてた希は別として、絵里とは接点なかったし」

「それで、いつも私たちと一緒にいるんだ」

「悪い?」

「…別に…」

2人はいつの間にか小さな公園まで来ていて、どちらからともなく、それぞれブランコに腰をおろした。

 

「アンタの気持ち、わからなくはないわよ」

「えっ?」

「その質問でだいたい悟ったわ。さすが、にこ様。伊達に部長はやってないわ」

「なによ、いきなり」

「絵里と希、穂乃果と海未とことり、凛と花陽…どの学年にも親友と呼ぶにふさわしい、コンビ、もしくはトリオがいる」

「そうね」

「それに嫉妬してるのね。そしてアンタは、にことそういう関係になりたいと思っている!!」

「な…」

「ふふふ…その驚きかたは図星のようね。仕方ないわねぇ、歳は違うけどなってあげるわよ…親友に」

なかなか鋭いじゃない…でも半分ハズレ…と真姫は心の中で呟く。

「どうして、そうなるわけ」

「相変わらず素直じゃないわね。こういうときは、まず、ありがとうございます…でしょ」

「あ、そうね…でも、どちらかというと、にこちゃんが私と親友になりたがってるんでしょ」

「なんでそうなるのよ。今日はアンタの様子が変だから心配してるのに」

「ありがとう。でも、大丈夫だから…。まだ戻って曲を仕上げなくちゃいけないし、先に帰る」

「真姫…」

「ラーメン、ごちそうさま。また、一緒に食べに行ってあげてもいいわよ」

そう言って、真姫は足早にその場を去っていった。

 

残されたにこは、すっかり暗くなった空を見上げながら、ひとり呟く。

「ママにお小遣いのアップをお願いしきゃ。先輩やるのも、楽じゃないわね…」

 

 

 

 

 

一方、真姫は…

 

はぁ…

 

ひとりになってから、やたらと溜め息を連発している。

そんな自分が嫌になって、また溜め息を吐(つ)いてしまう。

 

…みんな、お節介過ぎるのよ…

生まれもった性格だもの、急には変えられないわ…

仮に今、私が素直に気持ちを打ち明けたら…

…μ'sが壊れちゃうじゃない…できない…しちゃいけない…

とにかく今は、予選突破に集中しなきゃ…

 

そんなことを考えながら、真姫は家まで辿り着いた。

門扉の前まで来くると、防犯用の人感センサライトが点灯した。

 

そして気付く。

その明かりの中に、2体の人影があることを。

 

「誰!?」

 

真姫に時ならぬ緊張が走った。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ともだち その11 ~真姫ママ~

 

 

 

 

自宅まで戻ってきた真姫。

その真姫の気配に反応して点いた明かりが、2体の人影を照らしている。

真姫からは逆光となり、顔が判別出来なかった。

 

「じゃ~ん!正解はことりでしたぁ」

「ことり?…どうしてここに?」

「ごめんね、来ちゃった…」

「…あなたが連れてきたの?」

真姫の家の前に立っていたのは、ことりと花陽だった。

 

「いつから?」

「20分くらい前からかな。凛ちゃんに訊いたら、だいぶ前に別れたって…」

小声で話す花陽。

「少し寄り道してたから…。2人とも、ずいぶんとヒマなのね。衣装の製作はもう終わったの?」

「うん!花陽ちゃんが一生懸命手伝ってくれたから、とっても素敵なのが出来たよ。今回はアイデアも出してくれたんだよねぇ」

「ほんの少しだけど…」

何の屈託もない『ことりスマイル』とは反対に、花陽の表情は暗い。

「それで…何の用?」

真姫が、あからさまに面倒臭そうな顔で訊く。

「花陽ちゃんがね、真姫ちゃんのおウチ、すごく大きいから見に行こうって」

「言ってないですぅ」

「本当に大きいおウチだねぇ」

「あなたの家だってそうでしょ?」

「ことりのおウチはマンションだから」

「ふ~ん…。で、本当にそれが目的?」

「あ、真姫ちゃん、なんか様子がおかしかったから…心配で」

と花陽。

「べ、別に平気よ…。だから、たいした用じゃないなら帰ってくれない?私はまだ曲の仕上げをしなくちゃいけないんだから」

「真姫ちゃん、冷たい…」

ことりが目を潤ませて、真姫を見る。

「…穂乃果と海未には通じても、私はその手に乗らないから」

 

その時、真姫の背後から、もうひとつの人影が現れた。

「お友達?」

3人が声のした方向に目をやると、そこには真姫そっくりの女性が立っていた。

違うところと言えば、背の高さと髪の色、そして口元の黒子(ほくろ)くらいだろうか。

「ママ!」

真姫がその姿を見て、そう声を発した。

 

それは真姫の母親だった。

 

「あら、貴方は確か…小泉さん…よね」

「こ、こんばんわ。…あ、あの、私を覚えて頂いてるんですか」

「当然よ。真姫が高校に入ってから、初めてできたお友達ですもの」

「ちょ、ちょっと!余計なこと言わないでよ!」

「いいじゃない、別に…。そして、貴方は南さん…」

「初めまして。南ことりです」

「ウチの娘が、お世話になってます」

「いえ、こちらこそ。…私の事もご存知なんですか」

「よく娘が写真やら動画やらを見せてくれますので」

それを聴いたことりが、悪戯っぽく笑みを浮かべながら真姫を見る。

真姫は無言で下を向いた。

 

「立ち話もなんだから、中へどうぞ。ちょうど、美味しいケーキを頂いてきたところなのよ」

「あ、どうぞ、お構いなく…」

「日も暮れて涼しくなってきたし、わざわざ外で話している理由もないでしょ。さぁ、遠慮なさらずに、中に入りましょう」

真姫は渋い顔をしたが、親には逆らえず、結局、ことりと花陽を家の応接室に通すこととなった。

 

花陽にとっては2度目の…ことりは初の西木野家の応接室。

2人は重厚な造りのソファーに座り、真姫を待った。

 

部屋の広さ、天井の高さ、一目で高級とわかる調度品。

そのシチュエーションは、まるでホテルのロビーである。

合宿で西木野家の所有する『海と山の別荘』を訪れて、多少は『免疫』のあることりでも、口をポカーンと開けて、部屋を見渡している。

恐らく、ここにいるのが穂乃果と凛なら「うわぁ、真姫ちゃん、すごいねぇ」と言いながら、部屋を徘徊し、あれこれと物色しているだろう。

 

暫くして、真姫と真姫の母がケーキとお茶を運んできた。

「あ、このチーズケーキは自由が丘の…」

一目見てことりは、それが有名スイーツ店のものだとわかったようだ。

「あら、よく知ってるわね」

「私、チーズケーキには目がなくて…」

「ちょうど良かったわ。私と真姫だけじゃ多すぎて」

真姫はことりの、真姫の母は花陽の前に座った。

「どうぞ、召し上がって」

「あ、はい、ではお言葉に甘えまして」

「頂きます…」

 

「美味しい!!」

 

ことりと花陽は一口食べると、すぐに顔を見合わせて、ほぼ同時に叫んだ。

 

「このクリームチーズの下にあるレモンのコンフィチュールが、まろやかなチーズにアクセントを利かせていて、とてもマッチしています」

白米、アイドル以外にも、花陽は饒舌になるらしい。

「幸せだね!」

ことりがニコッと微笑む。

「お気に召したかしら」

「はい、とても美味しいです…真姫ちゃんは食べないの?」

ことりも花陽も、そして真姫の母も食べ終わったのに、真姫は口をつけていない。

「具合…悪い?」

花陽が心配して尋ねる。

「私は、さっきラーメン食べてきたばかりだから…花陽がいないから、トマトリゾットまで食べるはめになって、お腹いっぱいなの」

「トマトリゾット?」

ことりと花陽の声がシンクロした。

「と、とにかく、あとで食べるから、放っておいて」

「そっか、真姫ちゃんは凛ちゃんたちとラーメン食べてきたんだもんね」

「凛ちゃんは…猫の娘ね」

母が話に割って入る。

「はい、『にゃ~』の娘です」

とことり。

「ママは食べ終わったら、出て行ってよ!」

「はい、はい…。小泉さん、南さん、これからも真姫のことをよろしくね」

「こ、こちらこそ…です」

「合宿で別荘をお借りしたのに、何のお礼もせず…」

「いいのよ、どんどん使ってくれて。たまに空気の入れ換えをしないと、建物って、悪くなる一方だから」

「ありがとうございます」

「真姫の為なら、どんなことも協力するわよ…親バカかしら?」

「ママ、話が長い!!」

「そんなに怒らなくてもいいじゃない…では、ごゆっくり。帰る時は声かけてね。車出すから」

「そ、そんな…」

恐縮する2人。

「遠慮しないで。うちはこれが普通だから」

「はぁ…」

ことりも花陽もそれしか言葉が出なかった。

 

「そうそう、最後に南さん…」

部屋を出かけた真姫の母が、思い返したように踵(きびす)を返し

「真姫を音ノ木坂に入れて、本当に良かったわ。そう『浅倉』に伝えていてくださる?では、ごゆっくり…」

そう言ってドアを閉めた。

 

「浅倉?」

真姫がことりに質問する。

「お母さんの旧姓…浅倉…」

「ことりの?」

コクッと頷くことり。

 

一瞬、沈黙。

 

「ヴェェ!知り合いなの?聴いてないわよ!」

真姫はソファーごと、後ろに倒れた。

「ことりも初耳だよ」

 

 

 

 

 

「結局、真姫ちゃんに何があったか訊くことが出来なかったね」

「そうですね。チーズケーキをご馳走になっただけになっちゃいましたね」

ことりと花陽は、お互い顔を寄せて、耳元で囁きあっている。

 

黒塗りの高級セダン…の後部座席に、2人はいる。

前には西木野家のお抱え運転手。

ことりと花陽を家に送り届けている最中だった。

 

真姫は宣言通り、曲を仕上げる為に家に残った。

 

とにかく予選突破に向けて集中するから、今は私に構わないで…

 

そう言われると2人に返す言葉がない。

本線出場に懸けてきた思いは、ことりも花陽も同じ。

 

だから…

 

「大丈夫だよ!真姫ちゃんを信じよう!」

「はい!」

 

終始、耳元で囁き合う2人だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その12 ~ライブがはねたら~

 

 

 

 

綺羅ツバサは、そのパフォーマンスを見終わったあと、暫く動かなかった。

いや『動けなかった』が正しい。

拍手をすることさえ忘れていた。

隣にいた優木あんじゅと統堂英玲奈に肩を叩かれるまで、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 

それほどまでにインパクトが強いステージだった。

 

 

 

敵地に乗り込み、堂々、新曲『ユメノトビラ』を披露したμ's。

 

 

 

その完成度の高さにツバサは、彼女たちの予選突破は間違いないと確信した。

 

本選での一番のライバルはμ's…

私の目に狂いはなかった…

 

そう言い残し、会場をあとにした。

 

 

 

しかし当の本人…μ'sのメンバーたちに…そんな感触はまるでない。

 

 

 

新曲の製作にあたり、予選突破のプレッシャーからノーアイデアに陥った海未、真姫、ことりの3人。

 

仲間の協力を得て、ようやく今日に至った。

 

その想いが結実したステージ。

とにかくやりきった。

自分たちの持てる力は出しきった。

 

今は結果云々よりも、安堵の意識の方が強い。

 

その充実感の中「今から打ち上げをしよう!!」…と穂乃果が提案したが、各自…特に真姫の疲労を考慮して、日を改めた方が良いということになった。

 

 

 

真姫はギリギリまで編曲を行い、最高の音源を作り上げてきた。

苦手なダンスパートもキッチリ仕上げきた。

そして心配された体調不良も、精神的疲労も、あの日以来、そんな素振(そぶ)りを見せず、集中してここまでやってきた。

 

それだけにパフォーマンス終了後の脱力感は、半端なものではなかった。

 

楽屋に戻ってからは、立ち上がることさえ辛そうに見えた。

 

メンバーが真姫を心配して声を掛けるが、その度に、私は大丈夫だから…と返答する。

 

しかし、花陽の時だけは違った。

 

「今日、このあと、うちにこれない?」

他のメンバーに気付かれないよう、真姫が囁く。

「えっ?」

「大事な話があるの」

「えっ?あっ、い、いいけど…」

「じゃあ、あとで来て。私は先に帰るから…」

「ま、真姫ちゃん…」

花陽もずっと集中力を保ち、あの日のことは極力気にしないようにしていたが、今、この瞬間、それは解禁された。

どうしても訊きたいことは花陽にもあった。

 

「ゴメン、疲れたから先に帰る」

と真姫がメンバーに告げる。

彼女の疲弊ぶりを見れば、誰も止めることは出来なかった。

「しょうがないわねぇ。ゆっくり休みなさいよ!次は本選があるんだから!」

にこなりの気遣い。

にこにとって予選突破は両刃の剣。

だが今は、そんなことを気にする余裕などなかった。

部長として、全力を尽くした後輩を思いやる、打算のない言葉だった。

 

「じゃあ、今日はここで解散ということで」

と穂乃果。

「そうね。みんな本当にお疲れ様」

絵里がひとりひとりと握手を交わす。

「大丈夫。予選突破は間違いなしや。ウチのカードがそう告げてる」

「それでダメだったら、タダじゃおかないからね」

にこが希を睨み付ける。

だが、すぐに

「うそよ…」

とにこは笑みを見せた。

 

「にこちゃん、早くラーメン食べにいくにゃ~」

「わかったわよ。それじゃ、お先するわ」

「バイバイ」

穂乃果が手を振る。

「凛ちゃん、待って!」

「ん?かよちん?」

「私はちょっと、急用が出来ちゃって…一緒に行けないんだ…」

「最近、かよちんは冷たいにゃ~」

「ホントにゴメンね…」

凛は花陽の手を見ている。

花陽が何か誤魔化そうとする時の…指先をスリスリする癖…それはしていない。

急用と言うの嘘ではないようだ。

「わかったにゃ。また今度。約束にゃ」

そう言って凛はにこを連れて、ラーメン屋へと旅立った。

 

「では、私たちも」

「そうだねぇ。穂乃果は何か甘いものが食べたくなっちゃった」

「家に帰ればいいじゃないですか」

「なんで?お饅頭じゃなくて、違うのがいいよぅ!」

「穂乃果は贅沢です!」

「もう、いいもん。海未ちゃんは誘わないから。ことりちゃん、何か食べに行こうよ」

「いいですよ。ことりは秋の新作スイーツがいいな!」

「ことりは穂乃果に甘過ぎです!」

「じぁねぇ!」

先に歩き出した穂乃果とことり。

「お疲れさまでした」

海未は一礼して、2人の後を追う。

 

「この状況でも、相変わらずブレないわね」

絵里は3人のやりとりを見て苦笑した。

 

「では、私もこれで…」

「うん、お疲れさま」

「しっかり休むんよ」

最後に残った花陽も、絵里と希に頭を下げて、その場を立ち去った。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その13 ~真姫の部屋~

 

 

 

 

「し、失礼します…」

花陽の声は消え入りそうに小さい。

希の家に行った時とは別の緊張感。

それは家の造りが、少し古めの洋館であることも起因しているかも知れない。

エントランスを抜けて2階へ上がる階段は、肖像画こそ掛かっていないものの、ホラーやサスペンスに出てくる『それ』を彷彿とさせた。

 

一足先に帰って、既に着替えを済ませた真姫が、花陽を先導して自分の部屋へと招き入れた。

 

花陽が西木野家を訪れたのは、これで3回目になる。

しかし、真姫の部屋に入ったのは初めてだ。

 

大きさは10畳ほど。

真姫の部屋…にしては、狭いイメージ。

だが一般家庭と比べれば、個人の部屋なら充分広い。

 

パッと見たところ、入って右に机…正面奥にベッド…左の壁一面はクローゼット…ドアの側の壁には本棚…そして部屋の中央にはテーブルが配置されていた。

 

 

 

「あれ、ピアノは?」

真姫といえばピアノ。

花陽は、勝手に部屋に置いてあるものだと思っていた。

「ピアノ?…地下室にあるわ」

「ち、地下室?」

「外に音が漏れると迷惑だからって、パパか完全防音の部屋を設けたの。今はそこに録音機器も持ち込んで、スタジオみたいになってるわ」

「す、すごいね…」

「別に…。今度案内してあげるわ。…取り敢えず、その辺に座って」

真姫は部屋の中央を指差した。

 

丸いショッキングピンクのラグが、フローリングの部屋の真ん中に敷かれており、そこにガラステーブルが置かれていた。

花陽は指示された通りに座った。

 

「アイスティーでいい?」

「う、うん」

真姫は部屋の片隅…自分の机の隣に置いてある小ぶりの冷蔵庫から、ペットボトルを取り出して、ガラステーブルの上に置いた。

「部屋に冷蔵庫もあるんだね…」

「普通じゃない?」

「普通…じゃないよ」

少し苦笑いする花陽。

 

知り合った当初は、真姫の『世間ズレ』な感覚に、かなり戸惑ったこともあったが、今はだいぶ慣れた…つもりでいた。

それでも、ひとつひとつ『現物』を目の当たりにすると、住んでる世界が違うなぁ…と憧れの念を抱いてしまう。

「やっぱり、真姫ちゃんはスゴいね」

「いつも言うでしょ、私は関係ないから」

「そ、そうだったね」

真姫は所持品でも装飾品でも、自らそれをひけらかすようなことはしない。

 

そして、それは自分の努力で手に入れたわけではなく、親のお陰だといつも言う。

 

昔に比べれば、謙虚になったのよ…と以前、花陽は本人から聴いたことがあった。

 

 

 

「あ、アイスティー…頂くね…」

「どうぞ…」

花陽はペットボトルのキャップを開ける。

真姫は、ベッドに腰をおろす。

 

 

 

会話が途切れた。

静寂が訪れる。

 

 

 

「あ、あの…」

「えっと…」

その間に耐えきれず、2人は同じタイミングで声を発した。

「あ、真姫ちゃんからどうぞ…」

「私はいいから、花陽から」

「いえいえ、真姫ちゃんから…」

「花陽から…」

「じゃあ、花陽から…」

そして2人は「プッ」と吹き出した。

「なんか、お笑い芸人のやりとりみたい」

「そうね…」

真姫の笑顔を『あの日』から久々に見た気がする。

 

「じゃあ、まず、花陽から言うね」

真姫は黙って頷いた。

「今日は本当にお疲れ様でした。結果はわからないけど、最高のライブができたと思うよ。これもひとえに、真姫ちゃんが素敵な曲を作ってくれたお陰です」

「みんなのお陰よ…。にこちゃんに合宿で『曲はいつもどんなときも、全員のためにあるのよ』って言われなきゃ、たぶん作れなかったかも」

「にこちゃん、イザという時、本当に頼りになるもんね」

「たまにね」

「でも、真姫ちゃん、ギリギリまで編曲作業して、ダンスも覚えて…ライブしてる最中、涙出そうになっちゃった」

「当たり前でしょ。やるからには私の知性と美貌に見合った、完璧なパフォーマンスをしなきゃいけないんだから」

「そうだね。素敵な曲をありがとう」

「う、うん…」

真姫は少し顔を紅くして、下を向いた。

「衣装…良かったよ」

「本当?うれしいなぁ…って、ほとんど、ことりちゃんが作ったんだけど」

「でもアイデアを出したのは花陽なんでしょ?」

「そこまで大袈裟じゃないけど」

「とにかく、花陽もお疲れさま。やっと一息つけるわね」

「うん、そうだね」

そう言うと花陽は、恥ずかしそうに言葉を続けた。

「今度、余裕が出来たら…ピアノ…教えてもらってもいい?」

「えっ?ピアノ?」

「見よう見まねで『ねこ踏んじゃったくらい』は弾けるんだけど、ちゃんと習ったことないから…」

「べ、別にいいけど…」

 

そんなことしたら、あなたへの想いが止まらなくなるじゃない…

 

真姫は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

~つづき~



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ともだち その14 ~まさかの目撃者~

 

 

 

 

「でも、良かった。いつもの真姫ちゃんに戻ったみたいで」

花陽は少しホッとした表情を見せた。

「そう?私は特に変わってないけど」

相変わらず、ぶっきらぼうに答える真姫。

「そういえば…真姫ちゃん、私に何か話があったんじゃ…」

「あ…別に…」

「さっきは花陽から話したんだから、次は真姫ちゃんの番だよ」

「…それは、また今度…」

「え~、ズルいよ」

「ズルいのは花陽でしょ」

「えっ?ズルいの?…花陽、やっぱり何かしたのかな…」

「やっぱり?」

「この間から何か避けられていたような…ことりちゃんと来た時もそうだったし…」

「あれは…予選前でナーバスになってただけ」

「でも、目を合わせてくれなかった…」

「誤解よ」

「悪いところがあったら言って欲しいの」

真姫の目を真っ直ぐ見て言った。

「…そうね…ハッキリさせないといけないかもね…」

その一言に、花陽は思わず息を飲んだ。

 

「まず、花陽に言わなくちゃいけないのは、私をμ'sに巻き込んでくれたお陰で、すごく迷惑してるってこと」

「そ、そうなんだ…。そうだよね…」

花陽はガックリと肩を落とした。

 

医者になるという明確な目標を持っていた真姫に、直接アプローチを掛けたのは穂乃果を始めとした2年生。

しかし、真姫のμ's入りには、花陽も大きく関わっていた。

それが少なからず、負い目ではあった。

希からは「もうそんな心配をするな」…と言われたが、やはり真姫の中では人生のターニングポイントだったのだろう。

花陽は顔を上げることが出来なかった。

 

「本当に迷惑なの。みんな自分のことで一生懸命なのに、バカみたいに人の心配までしちゃって…面倒な人ばかりで…」

「真姫ちゃん…そんな言い方は…」

「いつの間にか私も感化されて、ガラにも熱くなったりして…困ったものだわ」

「それって…」

花陽が少しだけ、顔を上げた。

「μ'sに入らなかったら、みんなでひとつに何かを創る喜びなんて、知らずに一生を過ごしたかも」

「真姫ちゃん…」

「感謝してるのよ、花陽には…」

「えっ?」

「何度も言わせないで…感謝してるの!」

そう言うわりには、口調がキツい。

「やっぱり、怒ってる…」

「だから、違うの!そうじゃなくて…」

そう言うと、真姫は深呼吸をした。

 

 

 

「…ありがとう…」

 

 

真姫の口から出てきた言葉に、花陽は耳を疑った。

「ありがとう?」

「だって、μ'sに入る最終的な要因は、あなただったんだから」

「良かった!」

花陽の顔がパッと華ぐ。

「結果的に真姫ちゃんを巻き込んだじゃったみたいで、ずっと気になってたから」

「今でも思うわよ。なんで私はダンスしてるの?…ピアノだけ弾いてちゃいけないの?…って」

「真姫ちゃん…」

「穂乃果たちに誘われて、曲作りはしたかもしれないけど、ステージに立つの想定外だったわ」

「でも、真姫ちゃんは歌も上手いし、綺麗だし、才能があったと思うよ」

「そこはね、その通りだけど…」

サラッと否定しないところが、真姫らしい。

花陽はクスッと笑った。

「あの日、花陽が生徒手帳を拾って届けてくれなければ、こうはなっていなかったもの」

「それを言うなら、真姫ちゃんが生徒手帳を落とさなければ…」

「うふふ…色んな偶然が重なったのね」

「希ちゃんが言ってたよ。偶然も重なれば、それは必然だって」

「希が?」

「…え~と…確か希ちゃん…だったような…」

花陽は指をすりすりしながら答えた。

希と交わした会話を披露してしまうと、色々ボロが出そうだ。

ここはあまり突っ込まれたくない。

「希なら、言いそうね…」

花陽の心配をよそに、真姫はあっさり同意した。

しかし、そのあとすぐに花陽の心臓が止まるような一言を放つ。

 

 

 

「花陽、この間、希とデートしてたでしょ?」

 

 

 

「な、な、なんと?デ、デートですとぉ!」

その驚き方に、逆に真姫が仰け反った。

「そ、そんなに驚くこと?」

「なんで真姫ちゃんが、それを…」

「偶然、見たの…新宿の本屋で。2人が同じ紙袋を持って店内を歩いているところを」

「そ、そう…。あの…でもデートと言うのは…」

「表現が適切ではなかったかしら」

「う、うん」

花陽は、真姫がどこまで真相を知っているのか気になったが、余計なことは話せないと思い、そこで言葉を切った。

「それを見てから、おかしくなったの」

「えっ?誰が?」

「私が…」

真姫の言葉を、花陽はすぐに理解出来なかった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その15 ~大きな勘違い~

 

 

 

 

 

「花陽は…希ちゃんとショッピングに行っただけだよ」

「わかってるわよ、そんなこと…」

 

真姫は、花陽と希が一緒に『デート』をしているところを見てから、おかしくなったという。

その日の『夜の出来事』を知られてしまったのであれば、真姫がそうなってしまうのも不思議ではない。

だが、その件は希が喋らない限りバレていないと、花陽には確信があった。

 

「希ちゃんには…その…下着買いに行くの付き合ってもらって、ちょっとだけお茶して、その後本屋さんに寄って…」

「知ってるわよ。屋上での話、聴いてたもの」

 

…真姫が言う『屋上での話』とは…メンバー間で新しいユニット分けを模索している最中、花陽のバストサイズの話題になり、その際、希が「新しいブラを一緒に買いにいこう」と誘ったことを指す。

この事自体は、秘密でもなんでもなく、他のメンバーも聴いていた話である。

ただし、それを実行したことは『諸般の事情』から、報告はしていない。

従って、真姫が『夜の出来事』を知らずに『おかしくなった』というのであれば、花陽には、その理由が皆目見当がつかなかった。

 

しかし、それについては、すぐに真姫口から説明された。

「声、掛けてくれれば良かったのに」

花陽が言うと

「で、出来るわけないでしょ!」

と真姫は即答した。

「あんなに仲良くしてるところを見せつけられたら…」

「えっ?仲良く?」

「あれが凛だったら、なんとも思わなかったわ…。でも相手が希とわかった時…」

真姫は花陽に背を向けて、小さく呟いた。

 

「大事な何かを失った気がしたの…」

 

 

真姫はそう言ったあと、口をつぐんでしまった。

後ろ向きの肩が小刻みに震えている。

時おり、鼻を啜(すす)る音だけが聴こえる。

 

花陽は、それがどういう状態なのか、もちろん理解はしている。

しかし何故そうなったのかは、わからない。

花陽もまた、何も話すことが出来なかった。

 

 

 

大事な何かを失った…

真姫ちゃんにとっての大事なもの…

 

希ちゃんと一緒にいるのを見て…

希ちゃん…?

あっ!

ま、まさか…希ちゃん?

 

それで…

 

まったく気付かなかった…。

真姫ちゃんは、にこちゃんと仲良しだと思っていたの、本命は希ちゃんだったなんて…

 

それを知らずに、花陽はあんなことを…

 

 

 

激しい後悔の念が花陽を襲う。

「…知らなかった…。真姫ちゃん、希ちゃんが好きだったんだね…。それを花陽が…」

真姫が驚いた顔をして振り返る。

その目は少し潤んでいた。

「そう言えば、夏の合宿の時も、希ちゃんと一緒にお買い物したもんね」

「待って!」

「ごめんなさい…今まで、まったく気付かなかった…」

「違うの!!」

「大丈夫!みんなには黙ってるから…」

「だから、違うんだってば!」

「頑張ってね…」

そう言って部屋を出て行こうとする花陽を、真姫が腕を掴んで引き留めた。

 

「花陽のバカ!」

クールな真姫らしからぬ言葉が、部屋に響いた。

 

「バカ!バカ!バカ!バカ!!」

「真姫ちゃん?」

「どうせ私の事なんてどうでもいいんでしょ!!」

「な…どうしたの…急に…そんなこと思ってないよ…。でも、本当にごめんね…気付かなかったの。真姫ちゃんが好きな人は…ずっとにこちゃんかと。でも、希ちゃんだとは…」

「もう、だから、なんでそうなるのよ!花陽なんて大嫌い!」

「えっ…」

大嫌いと言われて、花陽は一瞬で、今にも泣き出しそうな顔になった。

それを察した真姫は

「あ、違うの!大嫌いだけど、大好きなの!」

と言った。

 

「えっ?嫌いじゃなくて…好き?…意味がわからないです」

真姫の十八番の台詞を言いつつも、混乱する花陽。

 

 

 

「だから、私はあなたの事が好きなの!!」

 

 

 

「ぴゃあ!!…今、なんと…」

ハッキリ聴こえた。

大きな声だった。

それでも何かの間違えではないかと、花陽は耳を疑った。

 

「好きなのよ、花陽のことが…。何度も言わせないでよ」

今度は静かに、ゆっくりと囁いた…。

真姫は再び、花陽に背を向ける。

「私…なの…?」

「花陽は私の…大事な友達として…その…」

「真姫ちゃん…」

「凛との関係はわかってるつもり。私なんかが割って入れるような隙間なんてないもの…。だけど、私にとっては花陽が1番の友達なの…」

「知らなかった。真姫ちゃんがそんな風に思ってくれてたなんて…」

「笑わないの?」

「どうして?」

花陽は真顔で聴き返した。

「その…1番の友達だなんて…」

「うれしいよ」

「えっ?」

「花陽だって、凛ちゃん以外、友達なんて呼べる人、いないもん」

「何それ?意味わかんない」

「えっ?」

「花陽はμ'sの誰とでも仲いいじゃない。私は、一緒に2人で出掛けるなんてしたことないもの!」

「だから、あれは…」

「希と一緒にいるのを見た時、花陽を奪われた気がしたわ。おかしいでしょ?別に付き合ってるわけでもないのに…」

真姫はそう言って自嘲気味に笑った…。

 

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その16 ~ファン第一号~

 

 

 

 

 

「希に、変なことされなかったでしょうね!?」

「へっ?変なこと?」

「あの人、初対面の私の胸をいきなり揉んだりする変態だから」

真姫の顔に笑顔はない。

「そ、そうなんだ…それは知らなかった」

花陽は初耳のエピソード。

「『ワシワシ』は、希ちゃんなりのコミュニケーションなんだと」

「そういう問題?しかも勝手に触って『発展途上やね』とか言ったのよ。ホント失礼!大きければいい…ってものでもないでしょ?」

「あははは…」

その件については、花陽も答えようがない。

笑うしかなかった。

「いくら希でも、花陽を汚(けが)したら、ゆるさないんだから」

「大袈裟だよ」

花陽は笑顔を見せたが、心臓は飛び出しそうだった。

 

真姫ちゃん、ごめん!

…しちゃいました…変なこと…

ん?変なこと?

あれは変なことなのかな?

汚されたわけではないよね?

 

自問自答する花陽。

 

「花陽!どうかした?」

「えっ?ううん、なんでもないよ」

「だから、2人でいるのを見た時、そんなことを考えて…」

「ありがとう、心配してくれたんだね。でも、希ちゃんは変な人ではないと思うよ」

「わかってるわよ。でも、私の中ではまだ掴みきれていないのよね」

「掴みきれてない?」

「いくら『カードがそう告げたから』…って、割りと早い時期から、私たちに関わってたでしょ?」

「そうだね」

「バックアップだけじゃなくて、結局、自分もメンバー入りしてるし…。むしろ希が穂乃果たちを操ったんじゃないか…っていうくらい」

「それはないと思うよ」

「謎の人物のひとりなのよね」

 

花陽は、希がどんな想いでμ'sに加入したか詳しく聴いた。

だから本当はそのことを真姫に伝えたかったが、今はまだ、黙っていることにした。

人の秘密を暴露するようで、気が引ける。

それは花陽の趣味ではなかった。

 

「あれ?今、謎の人物のひとり…って言った?まだ他にもいるの?」

「海未」

「海未ちゃん?」

「そう」

「どうして?」

「どうして…って、あの性格でスクールアイドルやってるのよ。花陽は不思議に思わない?」

「それを言ったら、私もμ'sにいることが、いまだに信じられないんだけど…」

「それは私もそうだけど…。そういう話じゃなくて…その…普段のイメージと、書いてくる歌詞のギャップとか」

「あぁ、それは確かに…」

「『START:DASH!!』なんか、始まりが『HEY! HEY! HEY!』なんだから…」

「普段の海未ちゃんなら言わないね」

「大和撫子然としてるけど、彼女の考えてることは、色々謎だわ。いつか精神分析したいと思ってるの」

「それは怖いかも…」

「あと穂乃果との関係とか」

「穂乃果ちゃんとの関係?」

「いくら幼馴染みとは言え、海未と穂乃果は真逆の性格で…私の経験上、もっとも苦手なタイプだと思うの」

「穂乃果ちゃん、マイペースだもんね」

「マイペースじゃなくて、ルーズなのよ」

「そうとも言うかな…」

花陽でもそれは思うらしい。

「それでも、海未は親友って言い切ったわ」

「直接訊いたんだ…」

「あ、その…ほら、打ち合わせの時とかに…」

「親友って断言出来るの、すごいね」

「あなただって、凛とは親友でしょ?」

「どうなんだろ?」

「どうなんだろ…って…」

 

奇(く)しくも、希とそんなことを話したばかりだ。

花陽の中で、まだ結論は出ていない。

 

「あなたと凛が親友じゃなかったら…私なんて、一生そういう関係にはなれないじゃない…」

真姫は不思議そうに花陽を見つめた。

「うーん、凛ちゃんは花陽にとって、大事な大事なお友達。いつも、そばにいて私を助けてくれたり、後押ししてくれたり…本当に大切な人」

「海未も穂乃果に対して似たようなことを言ってたわ」

「でも、私は凛ちゃんと対等な立場なのか、自信がないの。引っ張ってもらうだけで、頼りっぱなしで…もしかしたら、私が一方的に友達と思ってるだけで、凛ちゃんは頼りない妹くらいにしか思ってないかも…なんて考えたりして…」

「そうね。妹として見てるかは別として、凛のあなたに対する愛は、少し異常かも」

「異常なのかな?…」

「うらやましいけどね。私にはそんな人、いないもの」

「どうして?真姫ちゃんは綺麗でスタイルも良くて、お勉強も出来て、歌もピアノも上手で…おまけにお金持ちで、言うことないのに」

「完璧すぎるのね」

こういうことをサラッと言うのが、真姫の真姫たる由縁。

「そっか、真姫ちゃん、スターのオーラがあるもんね」

何の突っ込みもせず、流してしまうのも、また花陽らしい。

にこや凛なら「自分で言う!?」と一言発してるところだ。

「友達が出来ないわけじゃないからね。作らなかっただけなんだから」

「ひとりの時の方が楽な時もあるもんね」

強がる真姫に、あっさり同意する。

「花陽は凛と四六時中一緒で、息苦しくない?」

「息苦しいなんて言ったら、凛ちゃんに怒られちゃうよ」

「喧嘩とかしないの?」

「昔はあったけど、最近は…」

真姫は立ち上がると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、ベッドに腰掛けた。

「何かあっても、あなたが押しきられるイメージ」

「凛ちゃんを悪者みたいに言うのはダメだからね」

「そうは言ってないわよ。でもあなたは優しいから…」

「優しいのは凛ちゃんだよ。優し過ぎて、辛くなるときはたまにあるかな。優しさに甘えている自分に、自己嫌悪に陥ることがままあります…」

「あなただって充分優しいじゃない。普通は生徒手帳落としたからって、家までは届けないわよ」

「そうなのかな…」

「友達なんて面倒だと思ってたし、実際、面倒な人たちばかりだけど、最近は、それも大事だと思うようになってきたの」

「うん、良かった」

「多分、あのままだったら、人の気持ちには寄り添えない、心の傷みのわからない…そんな医者になっていたかも」

「真姫ちゃんに限って、それはないよ」

「えっ?」

「だって、あんなに上手にピアノを弾いて、あんなに綺麗な声で歌うんだもん」

「なにそれ?意味わかんない」

「真姫ちゃんは知らないだろうけど、真姫ちゃんのファン第一号は花陽なんだよ」

「えっ?」

「毎日、聴きに行ってたもん。真姫ちゃんのピアノと歌声」

「ヴェェ!」

真姫はベッドに座っていたが、そのまま仰け反り、後ろに倒れた。

「かなり恥ずかしい…」

「同じクラスだけど、声も掛けられず…でも、いつか、こんな素敵な人と友達になれたらいいな…って思って」

「誉め殺し?」

真姫はベッドの上に仰向けになったままで呟く。

「生徒手帳届けたのも、話すきっかけが欲しかったのかも」

「花陽…」

「だから、真姫ちゃんがボイストレーニングしてくれた時は、本当に嬉しかった。凛ちゃん以外で、花陽に優しくしてくれる人がいるんだ…って、本当に嬉しかった」

「見ていられなかったのよ。せっかくの才能を埋もれさせるのがもったいなかったから」

「凛ちゃんと真姫ちゃんが、花陽の両手を引っ張ってくれた時『誰かたすけてぇ』ってくらい困ったけど、同時にスゴい幸せ者だと思っちゃった」

「私はまだ、凛との関係性を知らなかったから」

「さっき、真姫ちゃんが花陽のことを、1番の友達って言ってくれだけど、花陽も真姫ちゃんは、高校に入って初めての友達なんだよ。凛ちゃんとはまた別の、大切な、大切な友達」

「…あ、ありがとう…」

「なんか、お互い同じようなことを考えてたんだね」

「偶然ね」

「偶然も重なれば…」

「必然!…なんでしょ?」

真姫は上体を起こして、花陽を見た。

「うん!」

そして同時に微笑んだ。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その17 ~突然変異の少女たち~

 

 

 

 

 

先週の予報通り、急激に秋らしい気温になった。

今週は少し、ぐずついた天気になるという。

 

今日の雨は降ったり止んだりだが、強くなることはないらしい。

幸いにも2人の行き先は屋内の為、交通機関が止まらない限り、大きな影響はなかった。

 

 

 

ラブライブの地区予選を突破して、初めてのオフ日。

『にことバックダンサー騒動』も終息して、μ'sは新たなスタートを切った。

…とはいえ、最終予選は12月。

気持ちの切り替えも含め、追い込むにはまだ早い。

 

真姫と花陽は、その束の間のリフレッシュタイムを利用して、電車で東京郊外まで来ていた。

 

『一応』凛も誘ったのだが

「凛はきっと寝ちゃうから…2人で行ってきていいよ。そのかわり、お土産待ってるにぁ~!」

との返事。

本心かどうかはわからない。

いや、きっと本心ではないだろうということは、真姫も花陽も気付いている。

しかし、余計な気遣いは変な邪念を生む。

今回は凛の言葉に甘えることにした。

 

 

 

最寄り駅で降りると、ここからバスに乗り換えて、約15分ほどで目的の場所にたどり着く。

 

霧雨が降る中、2人は次のバスが来るのを待った。

 

「電車からバスの移動って、なんだか、この間の合宿みたいだね」

「今日は人数の確認をする必要がないけどね」

合宿では、穂乃果が乗ってきた電車に『忘れ去られる』という事件があった。

真姫の一言に、花陽は思わずクスッと笑う。

「あなたも気を付けなさいよ。わりとドジなんだから」

「う、うん、そうだね。花陽もそそっかしいから」

「まぁ、そこが憎めないとこなんだけど」

「ん?」

「なんでもない」

真姫は素っ気なく答える。

同じ失敗をしても、イラッとさせられるタイプと、微笑ましく思えるタイプがいる。

真姫にとって花陽は後者だ。

理論では説明出来ない、感覚的なものだった。

 

 

 

ふと気が付くと2人の後ろには、年配の女性が数名と、女子高生が4~5名並んでいた。

今日は土曜日なので、真姫も花陽も私服だが、少女たちは制服を着ている為、高校生だとわかる。

とても仲良さそうに、明るい声で話をしている。

その声に引っぱられ、真姫が視線をそちらに移した。

特に意識して見たわけではないが、偶然、そのうちの1人と目が合ってしまった。

ポニーテールに白の大きなリボンをつけた少女。

雰囲気としては、ことりに似てなくもない。

真姫とポニテの少女は、ぶつかった視線のやり場に困り、お互いバツが悪そうに、なんとなく下を向いてごまかした。

「どうかした?」

「なんでもない。向こうを見たら、知らない人と視線が合っちゃっただけ」

「あるよね、そういうこと。気まずいよねぇ」

「別に何かあって見たんじゃないんだけど」

…と真姫と花陽サイドは、それで終わった。

 

しかし、女子高生サイドのポニテは、その後も時おり2人をチラ見している。

いや、真姫も花陽も気付いていなかったが、その少女はかなり前から2人のことを見ていたのだ。

だから真姫と視線が重なったのは、決して偶然ではなかったのである。

 

その事実はバスに乗ってすぐに、明らかになった。

 

一番後ろの席に2人は座る。

するとすぐにポニテの少女が近付いてきてた。

「ねぇ、あなたたち、音ノ木坂のスクールアイドル…μ'sのメンバーでしょ?」

「えっ!?」

真姫と花陽は小さく声を上げたあと、暫し絶句。

お互いの顔を見合わせる。

 

真姫ちゃん、どうしよう…と訴える花陽。

どうしよう…って私にもわからないわよ…と真姫。

 

以心伝心。

声には出さないが、お互いの言いたいことはわかった。

 

「しおん、いきなり、それは失礼ですよ!」

助け船を出したのは、ポニテの仲間…ボブカットの少女だった。

「ごめんなさい、突然…。実は私たち、スクールアイドルをしていておりまして…」

「スクールアイドル?」

花陽が聞き返す。

いくら花陽がオタクでも、有名校以外のスクールアイドルは、チェックしきれていない。

「私たちもラブライブの予選にはエントリーをしておりましたが…結果はご存知の通りです」

ボブカットの少女は口調は、どことなく海未に似ている。

「だからさ、私たちが『予選を突破したチームの顔』くらいは知ってても不思議じゃないでしょ?さっきから似てるなぁ…とは思ってたんだけど、こんなところにいるハズもないと思いつつ…。なら、直接訊くしかないということで…」

しおん…と呼ばれたポニテは、外見はことり風だが、口調は穂乃果っぽい。

彼女はスマホを取り出すと少し操作をして、2人に画像を見せた。

そこには、μ'sのメンバーが写っていた。

「やっぱり…でしょ?」

「まぁ、隠しても仕方ないわね」

「そ、そうだね」

「私の目に狂いはなかった…と」

女子高生は5人いたが、話しかけてきたの2人。

残りは遠巻きにこちらを見ていた。

「向こうの人たちも…ですか?」

花陽が訊く。

「彼女たちは普通に友達です。あ…すみません、申し遅れました。私、調布女子高等学校でスクールアイドル『Mutant Girls(ミュータントガールズ)』をしています、『中目黒結奈(なかめぐろゆな)』と申します」

「同じく『亀井紫恩(かめいしおん)』。よろしくね」

 

「ミュ…ミュータントガールズ!?」

2人の自己紹介を聴いて、真姫と花陽は驚きの声をあげた。

 

実在したんだ!

 

…これが驚きの声の理由…

 

穂乃果が見た夢の中に登場したスクールアイドル。

どこかで、何が間違っていれば、予選を突破したのは彼女たちだったかもしれない。

 

「私たちのことをご存知でいらして?」

「あ、え~と…お名前は…」

正直、自分たちのことが精一杯で…『A-RISE』は別として…それ以外のチームの情報は持ち合わせていない。

穂乃果はたまたま見た名前を、無意識のうちに脳内のどこかに留めていたのだろう。

「光栄です…名前だけでも」

ボブカットの結奈。

嫌味ではなく、本当にそう思っているようだ。

「実は…自分たちのことが精一杯で、他のチームを観ている余裕など全くなかったのですが、予選結果が発表されたあと、それぞれのチームのパフォーマンスを、初めて拝見させて頂いたのですが…皆様を観て、甚(いた)く感動いたしました」

「スゴいよね!歌も曲も…そしてダンスもさ、とても素人とは思えない完成度で」

「恥ずかしながら、私たちがやっていたのは、お遊戯でした」

「こういう活動をしているから、当然A-RISEの凄さは知ってるけど、紫恩的にはμ'sの方が上だと思うな」

「いえ、そんな…まだ足元にも及ばないかと…」

花陽はいつもの調子の小さな声。

「え~!?向こうは3人、あなたたちは、9人でしょ?」

「それって、ただ単に大所帯ってことでしょ?」

と真姫。

「いえ、そういう意味ではございません。9人もいるのに、みなさんひとりひとりに個性があって、尚且つ、雑にならずに統制がとれた、美しいパフォーマンス。本当に素晴らしいと思いました」

「あ、ありがとうございます」

「あれを観て以来、紫恩たちの目標はμ'sになったんだ。だから、スマホにもあなたたちの動画が…ほら、こんなに」

「わっ、すごい…」

「そして、まさかこんなところで、本人に会えるとは…」

「はい。ある意味、奇跡です」

「奇跡…って」

「一緒に写真、撮ってもいい?」

「紫恩!不躾(ぶしつけ)過ぎますよ」

「え~いいでしょ?写真くらい」

「構わないですよ」

「ちょっと、花陽!勝手に…」

「私もこの間A-RISEに会ったとき『サイン下さい!』って、お願いしちゃったし、気持ちはわからなくないから…」

「花陽がそう言うなら…」

「ファンを大切にするのは、アイドルとして1番大事なことだよ」

「わかったわよ」

「ありがとう!うれしい」

「その代わり、変なことには使わないでよ」

「はい、それは私がお約束致します」

 

こうして遠巻きに見ていた仲間のひとりを呼び寄せ、バスの中でスマホを使ってのプチ撮影会が行われた。

 

 

 

真姫と花陽が目的地に着く前に、彼女たちは途中下車した。

 

別れ際

「最終予選、頑張って下さいね。陰ながら応援しております」

「A-RISEに負けないでね!」

結衣と紫恩は、そう言い残してバスを降りていった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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ともだち その18 ~おにぎりとピアノ~


真姫編は一旦、完結です。





 

 

 

「面白かったねぇ」

花陽は嬉々とした声で、真姫に言った。

「たまにはいいでしょ?」

「今のプラネタリウムの技術力って、スゴいんだね。映像も綺麗だったし、3Dの迫力が」

「良かった。花陽ならきっと喜んでくれると思ったから」

「うん、うん」

 

 

 

真姫と花陽の今日の目的はプラネタリウム観賞だった。

 

最近のプラネタリウムは投影される映像が極めて緻密、かつ鮮明で、観る人を圧倒させる施設が多い。

そして2人が訪れてたここは、3Dシアターも併設されていて、学術的なだけでなくエンターテインメントとして、充分楽しめる施設だった。

 

2人はここで、2時間あまりの宇宙旅行を味わったのだった。

 

時刻は間もなく正午。

雨は止んでいる。

 

「真姫ちゃん、お腹空いてない?」

「そろそろ言う頃だと思ったわ」

「もう、お昼だもん」

「そうね。駅前まで戻って何か食べましょう」

「その前に…ここで…おにぎり食べていい?」

「えっ?」

「早起きして作ってきたんだけど…真姫ちゃんも食べる?」

「あ、ありがとう…。でも、ここでは…ちょっと…」

来た時と違って、今はそこそこの人出がある。

真姫としては、周りの目が気になるらしい。

「そっかぁ…じゃあ、花陽も我慢する…」

「あなたは食べなさいよ。電池切れなんでしょ?」

「だ、大丈夫だよ」

「『我慢できない』って顔に書いてあるけど」

「うぅ…でも…花陽だけっていうのは悪いから…」

「別に悪くはないけど…。わかった…私も付き合うわよ」

「ホント?」

「私のワガママでこんなとこまで来てもらったんだから、それくらいしないとバランス悪いでしょ」

「真姫ちゃん!」

「バスが来るまで時間があるわ。それなら、早く食べましょ」

2人は敷地の外に出掛かった足をターンさせ、施設内の休憩スペースに腰を下ろした。

 

「はい、これは真姫ちゃんの分」

「相変わらずの大きさね」

「真姫ちゃんのは、ひとつで色んな味が楽しめるように『鮭』と『おかか』と『明太子』が入ってるんだよ」

「花陽のは?」

「新米の美味しさを際立たせるため、単純に塩むすびだよ」

「ヴェェ~…その大きさをひとりで食べる気?」

花陽のおにぎりは真姫に渡したそれの、3倍以上の大きさ。

近くを通る人が二度見していく。

「いただきま~す」

「いただきます」

花陽が塩むすびにかぶりつく。

「ふむ、ほいひぃ!」

「あなたは本当に美味しそうに食べるわね」

真姫は彼女の食事シーンを見ると、とても幸せな気分になる。

それはきっと、大食いであっても、決して下品ではないからだろう。

「どうかな、味?」

「さすが、花陽ね。天才的な美味しだわ。やっぱり料理上手っていいわね…」

「じゃあ、花陽はピアノを教えてもらう替わりに、おにぎりの作り方を教えましょう」

「そうね。それくらいは出来ないとね…」

「その前にご飯の炊き方を…いやいや、その前にお米の選び方を…」

「それは無理だから」

真姫は苦笑して、花陽の話を遮った。

 

『食事』を終えると、2人はバスに乗り込み、駅へと向かった。

家族連れやカップルなども見受けられ、かなり混んでいる。

駅まではそれほどかからないので、2人は吊革に掴まり通路に立った。

「もう、ミュータントタートルズはいないわよね」

「ミュータントガールズだよ」

「どっちでもいいわよ」

「でも、ビックリしたねぇ…。μ's始めてから、初めての経験」

「花陽は嬉しかったんじゃないの」

「正直、ちょっとだけアイドルの夢が叶ったというか…。真姫ちゃんは?」

「面倒くさい」

「…らしいセリフだね」

「だって、出掛ける度に声掛けられたりしたら、自分の自由がなくなるのよ。…芸能人が変装して外に出るのが、なんとなくわかった気がするわ」

「サングラスにマスク?」

「にこちゃんみたいなのはイヤだけど」

真姫の言葉に花陽はクスッと笑った。

「な、なによ?」

「真姫ちゃんて、にこちゃん好きだよね」

「な、なに言ってるのよ」

「花陽にはわかるよ。真姫ちゃんは、にこちゃんが好き」

「嫌い…ではないわよ…」

「本当は花陽より、にこちゃんが好き?」

「えっ?…それは比べられないわ…。にこちゃんのことは好き。普段は先輩の『せの字』もないけど、自分に信念があって、真っ直ぐに突き進む姿勢は、ある意味尊敬してるし…一緒にいて、気を使わなくて済むし」

「ふむふむ」

「だけど、それはそれ。私は花陽といると優しくなれるの…あなたには、そういう力があるの。特殊能力と言ってもいいわ」

「そうなのかな」

「だから、やっぱり花陽は私にとって特別な存在なのよ」

「なんか、照れるね」

「私だって照れるわよ…こんなこと言うの。…でも、ハッキリ言っておく」

「ん?」

「これからも…ずっと、そばにいて。私から離れないで!!」

真姫は花陽を確(しっか)と、抱き締めた。

「は、はい!こ、こちらこそ…」

その勢いに押されて、身体を預ける花陽。

しかし、直ぐにお互いパッと手を離した。

周囲の視線が真姫と花陽に集中している。

どうやらバスの中で告白しあう(?)女子2人に、周りの乗客は興味津々だったようである。

知らぬまに注目されていた。

「…っていう、あの映画のワンシーンが好き」

「う、うん。そうね。私も」

それで誤魔化せたとは思わないが、そうでも言わないと、この場から逃れられない雰囲気だった。

 

 

 

「はぁ、恥ずかしかった」

真姫がため息をつきながら、バスを降りる。

「真姫ちゃんったら、あんなに大胆なことをするから」

と言いつつ、思い出し笑いをする花陽。

「あのねぇ、そこ、笑う?あれは勢い余って…って言うか、花陽は平気なの?」

「みんなの見てる前で、堂々と告白されちゃったら、それはそれで女の子としては、うれしいシチュエーションなわけで」

「花陽もまだまだ子供ね…夢みる乙女じゃない」

「真姫ちゃんだって、意外とロマンチストでしょ」

「な、なんで私が?意味わかんない」

「だって知らなかったけど、趣味が天体観測でしょ?」

「て、天体観測が趣味だと、どうしてそうなるの?」

「だって、真姫ちゃんがだよ…夜な夜な空を見上げて、ギリシャ神話に想いを馳せたり、うっとり星を眺めたり…って…」

「バカにしてる?」

「してないよ。でも、夢とかロマンがない人は、そんなことしないもん」

「するわよ。花陽は空を見たりしない?」

「それは、たまには見て綺麗とか思うことはあるけど…。天体観測というほどは…。あ!それで真姫ちゃんはトレードマークを☆にしてるんだね」

「それはまた別の意味でしょ。本来なら凛が付けてもおかしくないんだけど。星空凛っていうくらいなんだから」

「あ、それ。合宿の時に希ちゃんに似たようなことを言われたみたい。『名前が星空なんだから、もっと興味を持ったら』…って」

「そうね…。今日はプラネタリウムだったから、凛なら本当に寝てたかもだけど、今度、誘ってみようか。本当の天体観測」

「いいの?」

「花陽にとっての大事な親友でしょ?仲間外れみたいなことはできないわ」

「真姫ちゃん…。うん、そうだね」

「なれるかな?」

「えっ?」

「私たちも、海未たちみたいに」

「う、うん!なれるよ、絶対!」

「私は2人と違って付き合いは短いけど」

「そんなの関係ないよ!」

珍しく大きな声で否定した。

「花陽…」

「それは確かに…私と凛ちゃんは長い付き合いだし、真姫ちゃんには入りづらいとこもあるかもしれないけど…それは少しずつ縮めていけばいいと思うんだ」

「花陽…」

「まだまだ真姫ちゃんの知らないこといっぱいあるし、今日みたいに初めて知ることもあるけど、それも含めて、私も凛ちゃんも受け入れ体制は充分出来てるよ」

「うん。そうね。私がカベを作ってたらダメね」

「真姫ちゃん…」

「これからの高校生活…ううん、そのさきもずっと…友達でいてくれる?」

「もちろんだよ!」

「あと…2人きりの時は…『かよ』って、呼んでもいい?」

「えっ?」

「いいでしょ?凛だって『かよちん』って呼んでるんだから」

「うん。いいよ」

「じゃあ、花陽も2人の時は『まき』って呼ぼうかな」

「えっ!?」

「なぁんて」

「もう!からかわないで!」

「あっ!真姫ちゃん、見て!見て!向こうの空!」

「なぁに?…あっ!…」

「綺麗だね…」

「二重のを生で見るのは初めてだわ…」

「なんか、得した気分だね」

 

2人が見たのは、奥多摩の中腹から空に延びる2本の虹だった。

真姫も花陽も、暫くそれを見続けていた。

「10年後もこうして…虹、見れるかな」

「見ようよ…10年後も20年後も…その先もずっと…」

「10年後ねぇ…『かよ』は何をしてるのかしら?」

「う~ん…何してるんだろう?」

「夢とかないわけ?まさか本気でアイドルに?」

「と、とんでもない!…それはゼロではないけど…現実的なことを言えば、保育士とか幼稚園の先生とか…かな」

「なるほど…ピッタリね。絵が浮かんだわ。…あ、それでピアノ?」

「弾けたらいいかな…って」

「そうね。でも、私のレッスンは厳しいわよ」

「はい、頑張ります!真姫先生!」

「なにそれ、意味わかんない」

「それはわかるでしょ!」

花陽はそう言って笑った。

「これからも、よろしく」

「こちらこそ」

 

2人はどちらともなく手を握り合った。

 

 

 

 

 

「ただいま」

「あら、おかえり。どうだった?小泉さんとの初デート」

「デートって…」

「良かったね。素敵なお友達に出会えて」

「な、なによ、急に。よく知りもしないくせに」

「わかるわよ…あなたのママだもの。あなたが出掛けていく時の顔、今の表情を見れば、小泉さんがどんな娘なのかくらいは、ね」

「…想像に任せるわ…」

「素直じゃないんだから」

「シャワー浴びてくる」

真姫はそう言って、自分の部屋へと行きかけたが、クルッと振り返り、母に一言告げた。

 

 

 

「ママ…今度さ、おにぎりの握り方を教えてくれない?」

 

 

 

 

 

ともだち

~完~






いかがだったでしょうか?
少しでも楽しんでもらえていれば幸いです。

もっと完結にまとめる予定だったんですけど、ダラダラ長くなっちゃいました。
次はテンポ良くいきたいですね。

ご意見、ご感想お待ちしてます。




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先輩禁止!(にこ編)
先輩禁止! ~○○1年分~



新章始めました。





 

 

 

「利き米コンテスト?」

「前に言ったでしょ?近々、開催されるって」

「あぁ、そう言えば…」

「ラブライブの予選があったから、すっかり忘れてたけど、この間、それを思い出して」

にこが、部室のパソコンの画面をスクロールさせる。

「あ、これこれ。場所は…ベル○ール秋葉原の屋外イベントスペース、日時は今度の土曜日10時から。優勝賞品は、なんと、お米2俵!」

「に、2俵!?…それはやるしかないねぇ!」

花陽の目がキラリと光った。

 

話は2週間ほど前に遡(さかのぼ)る。

練習中ににこが、利き米コンテストが開催される案内を見た…と花陽に告げていた。

ただし、日時と場所は失念していた為、詳細については不明だったのだが…。

 

「どれどれ…」

と割り込んで来たのは穂乃果だった。

「予備予選は8時半から…日本の代表的な3種類のお米(ご飯)を食べて比べて、銘柄を見事正解したら2次予選へ…。これくらいなら穂乃果もできるかも」

「穂乃果ちゃんは、和菓子屋さんの娘だもんねぇ」

「ことりは甘いです!普段お店で使ってる餅米ならまだしも…それを拒否してパンばかり食べている穂乃果にわかるハズがありません!」

「なんでよう!パン食べてても、ご飯の味の違いくらいはわかるよぅ!よし、穂乃果も出る!花陽ちゃん、一緒に優勝目指そう!」

「でも、それは予備予選なんでしょ?2次予選はもっと厳しいんじゃないの?」

珍しく真姫が横から口を挟んだ。

「あぁ、そうだね…2次予選は…さらに5種類の銘柄を当てるんだって!これは流石の穂乃果も厳しいなぁ」

「流石の穂乃果も…って」

飽きれ顔の海未。

「…で、決勝はどんなルールなん?」

「『当日発表』ってなってる…」

「先に発表してしまうと、公正さが保てなくなりますからね。これは当然かと」

海未が冷静に解説する。

「ウチも出てみようかな?」

「希がですか?」

「参加資格も参加料も特に無いようやし、出るだけなら構わないやろ。もっともウチは利き酒(日本酒)の方が得意なんやけど」

 

…なんか、冗談に聞こえない…

希以外の全員が、心の中で突っ込みを入れた。

 

「…なるほど、一理あるわね」

少し間を置いて、にこ。

「利き酒の話?」

と訊き返したのは凛。

「…なワケないでしょ!参加するだけならタダってことよ!」

「にこ、あなたも出るのですか?」

「何か起こるかも知れないじゃない」

「否定はしませんが…」

「ようし、にこちゃんが出るなら凛も出るぅ!!参加賞くらいはもらえるんじゃないかにゃ~?」

「海未ちゃんも出ようよ!」

穂乃果が海未の手を引っ張った。

「なんで私が…」

「ひょっとして…自信ない?」

「ちょっと穂乃果!なに煽ってるのよ!…やめてよね、なんでも全員参加みたいな空気にするの」

と真姫が穂乃果を牽制した。

「いいでしょう、私も出ます!」

「海未!」

「不肖、園田海未。高坂穂乃果に負けるつもりはありません。ことりはどうしますか?」

「私は…いいかな…。みんなの応援をするね」

「私もパス!」

「真姫、アンタは出なさいよ!」

と、にこ。

「どうして?意味わかんない!なんでも全員でやればいい…ってものでもないでしょ」

「私も遠慮するわ。ウォッカの違いならわかるけど、お米の違いは…」

 

お笑いのテクニックでいうなら『てんどん』…希の利き酒に引っ掻けたのだろうが…

「…絵里ちゃん、それは寒いにゃ…」

みんなの意見を代弁したのは凛だった。

 

「えっ?どこか窓が空いてるのかしら」

と絵里は辺りを見回す。

それを見て全員がクスクスと笑い始めた。

 

…いわゆる天然ってやつね…

…にこっち、それは言ったらあかんからね…

こそこそと話す、にこと希。

絵里は不思議そうに首を傾げていた。

 

「あれ、花陽ちゃん…随分と静かだね」

「ん?…あぁ、穂乃果ちゃん…お米2俵ってことは…だいたい120kgだよね?120kgってことは…3ヶ月分だなって思って…」

「ちょっと待ちなさいよ!」

にこが怒鳴る。

「ん?」

「まさか、アンタひとりで食べる量じゃないでしょうね」

「そうだけど…」

「かよちんは家族のとは別に、1升炊きのマイ炊飯器を持ってるにゃ~」

「嘘でしょ?なんで米120kgで3ヶ月なのよ。1ヶ月10kgにしたって、1年分でしょ!」

「なるほど。よくクイズの賞品とかで、○○1年分とか言うもんね」

穂乃果がうんうんと頷きながら、同意した。

「でも凛の家は、1ヶ月、どれくらい食べてるか知らないにゃ~」

「私も知らないわ。お米は取り寄せだと思うけど、自分で頼んだことないし」

「さすが真姫ちゃんにゃ~」

「ことりも、あまり気にしたことがないかな…」

 

…ウチは2kgもあれば充分やね…

絵里と花陽以外のメンバーはまだ知らないが、希はひとり暮らしで自炊している為、瞬時に消費量を弾き出した。

 

「アンタたち、それでも日本人?いい?1日お米を2合炊くとするわよ?お米は2合で約300g…茶碗で4杯くらい。これを1ヶ月30日で掛けると9kgでしょ?…だから4人家族で1日1杯ずつ食べる計算で…だいたい1ヶ月10kg…」

「にこちゃんにしては、計算早いにゃ」

「さすが主婦!」

凛と穂乃果が野次る。

「主婦じゃないから!」

にこが反論した。

「子供3人育てるのは大変にゃ」

「妹と弟!」

 

にこの家庭は母子家庭。

仕事で忙しい母親に代わり、3人の妹弟の面倒みていることを、メンバーは、つい、この間知った。

にこが料理上手なことは周知の事実だったが、その裏ではそんな理由があったのだ。

それ以来「にこ=主婦」というイメージが付いてしまったらしい。

 

「と、兎に角、120kgの米が3ヶ月で無くなるってことは、1ヶ月で40kgでしょ?」

「ハラショー!…さっきの計算からすると4人家族が1日3食…1杯ずつ食べたとしても、1ヶ月30kg弱…まだ余るわね…それは確かに凄いかも」

絵里が感嘆の声をあげた。

「1ヶ月の食費、どんだけ掛かるのよ!」

やはり家計を預かる主婦としては、そのあたりが気になるらしい。

「でも、かよちんは、ご飯だけでも大丈夫だから」

「それはそれでバランスが悪いわ。炭水化物ばかりだと太るわよ」

「絵里の言う通りです。食欲の秋とはいえ、食べ過ぎには気を付けてくださいね」

「はい!」

「これは花陽ちゃん、なんとしても優勝しなきゃ!だね?」

穂乃果は自分が参戦するにも関わらず、すでにそれを忘れたのか、花陽の応援を始めるのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その2 ~注意一秒、怪我一生~

 

 

 

 

練習後の屋上…。

 

穂乃果と海未とことり…絵里と希…花陽と凛と真姫と…にこ…。

それぞれが会話をしながら、着替える為に部室へと引き上げていく。

 

その途中で花陽は真姫に声を掛けられた。

「かよ…じゃなかった…えっと花陽…。このあと、ちょっと付き合ってくれない?」

「あ、真姫ちゃん…今日は凛ちゃんと…」

「そうにゃ。今日は凛がかよちんを予約済みなんだにゃ」

「…そう…わかった…。それじゃ仕方がないわね…。またにするわ…」

「良かったらアタシが付き合ってあげるわよ」

「ありがとう、にこちゃん。…でも、今日は…」

「ゴメンね、真姫ちゃん」

「うん、また。お先に…」

そう言うと真姫は、足早に階段を降りていった。

「にこちゃん、フラれたにゃ~」

「いつものことよ…もう慣れたわ。それよりも珍しいわね…真姫から誘うなんて」

 

珍しい…というより、通常の練習後に「付き合って」と誘われたのは、初めてのことだった。

 

…何の用だったのかな?…

 

花陽はそんなことを考えながら階段を降りていたら、足を踏み外し、数段滑り落ちた。

「かよちんっ!!」

隣にいた凛が、慌てて手を伸ばしたが間に合わなかった。

 

「はぅっ!」

花陽は階段の踊り場で、臀部を押さえて踞(うずくま)る。

 

「花陽!」

「花陽ちゃん!」

前を歩いていた絵里と希がすぐに駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

「…だと思います…」

「足は?骨とか折れてへん?」

「足は平気そうです。でも、おしりが…」

うぅ…と唸りながら答えた。

「ゴメン、かよちん!間に合わなかった…」

「凛ちゃんは悪くないよ。花陽がボーッとしてたから…」

「打撲してるかも…。部室に戻ったら、ジャージを脱いで見て見ましょう」

「えっ?絵里ちゃん、大丈夫だよ…人に見せるもんじゃないし…」

「なに言ってるのよ!恥ずかしがってる場合?自分で見れる場所でもないでしょ!?」

「にこちゃん…」

「そうにゃ~」

「まぁ、おしり打っただけなら、大事には至らなそうやけどね。花陽ちゃんのおしりは柔らかそうやし…」

「はぁ…」

「立ち上がれる?手ぇ貸すよ」

「すみません…」

希が座り込んでいる花陽に、手を差し延べる。

せぇ~の!…で、花陽は立ち上がろうと…希は引っ張り上げようと…お互い腕に力を込めた。

 

しかし…

「ありゃ!?」

バランスを崩したのは希だった。

花陽の上に倒れ込む。

「あっ…」

階段の踊り場で横たわり、身体を重ね合う2人…。

 

「こんな格好、あの時以来やね」

希が他には聴こえないくらいの小さな声で呟いた。

耳元で囁かれた瞬間、花陽の身体がビクッと波打った。

それは体感的な『こそばゆさ』だけではなく、記憶からくる条件反射。

花陽の脳裏に『あの日の夜』の情景が蘇る…。

希に抱き締められた花陽はシャンプーの香りに包まれて、意識が遠退きそうになった。

 

「なんか希ちゃん、その格好エロいにゃ」

「希、わざと倒れたでしょ?どさくさに紛れて、なにしてるのよ!」

凛とにこが冷ややかな視線で、希を見下ろす。

「む?違うって!これは不可抗力やん!」

希は悪びれる様子もなく立ち上がった。

「しまった!せっかくなら、チューしとけば良かった…」

こんな時に何を言ってるんだか…と、絵里も呆れ顔で希を見ている。

 

ここでチューなんかされてたら、確実に気絶してました…花陽は恥ずかしげに顔を伏せた。

 

結局、花陽は自力で立ち上がり、凛に脇を支えながら階段を降りて、部室へと向かった。

 

 

 

部室には、穂乃果と海未とことりがいた。

「真姫は?」

絵里が穂乃果に訊く。

「今日は用がある…って先に帰ったよ。それより、みんな降りてくるの遅かったねぇ…何かあった?」

「たいしたことじゃ…」

「花陽が階段から滑り落ちて、おしりを打ったのよ」

にこが花陽の台詞に喰いぎみに被せてきた。

「えぇ~!!」

声を揃えて驚く2年生組。

「大丈夫?」

「花陽ちゃん」

「ケガはないのですか?」

「たぶん…」

「それを今から検証するんやろ?」

「検証?」

またも2年生組が、声を揃えて訊いた。

「さぁ、花陽ちゃん。ジャージを脱いで、おしりを出すんよ」

「ここで?」

「自分では確認出来んやろ?」

「え~と…はい、わかりました…」

花陽は一旦、みんなに背を向けジャージに手を掛けたが、すぐに向き直って言った。

「やっぱ無理です」

「当たり前です!希は人前でなんてことをさせるんですか!」

「でも、見てみないと…」

「だからと言って、こんなに大勢の前で…破廉恥です!」

「これについては、海未の言う通りだわ。私が最初に見てみよう…って言ったんだけど、全員の前でとは…」

海未に続き、絵里も希に抗議する。

「冗談やん!冗談!」

「希の場合、こういうことは冗談に聴こえません!」

「じゃあ、ウチが隣の部屋でこっそりと…」

「希!」

「まぁまぁ…海未ちゃん、落ちていて。本当に大丈夫だから…」

「なら、良いのですが…。気を付けて下さいよ。貴方は穂乃果に似て、そそっかしいところがありますから」

「海未ちゃん…『穂乃果に似て』は余計だよ」

「でも、まだこの時期だからいいけど、本番前だったらシャレにならないんだから」

「にこの言う通りです。注意一秒、怪我一生と言いますから、本当に気を付けて下さい」

「なるほど!そう言う意味だったんだぁ!」

「凛、どうしました?」

「凛は『週に一度、米一升』だと思ってたにゃ。かよちんの標語じゃ、なかったんだぁ…」

凛のこの一言で、一同がドッと笑った。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その3 ~スカート捲(めく)り~

 

 

 

 

 

「凛ちゃん、ゴメンね。折角ラーメン食べに行こう…って言ってたのに、わざわざ家まで送ってもらっちゃって」

「気にすることないにゃ~。かよちんの身体の方が大事だから…。それに…」

「それに?」

「かよちんの部屋に来れたし…」

凛はニッコリと微笑んだ。

 

 

花陽の部屋。

 

ベッドに腰掛けているのは、この部屋の主。

キャスター付きの椅子に反対向きで座り、背もたれに頬杖しているのが、その幼馴染み。

 

2人がこのポジションで話をするのは、実に久々のことだった。

 

 

「そうだねぇ。μ'sが忙しくなって、なかなか、前みたいに行き来はできなくなってるもんね」

「何かあって集まるのは、たいてい穂乃果ちゃんの部屋だし」

「うん…」

「それに、かよちんは衣装作りの手伝いとかあって、一緒に帰ることも少なくなったし」

凛の声のトーンが少し落ちた。

「ん?怒ってる?」

「怒ってるわけないにゃ~!かよちんがμ'sで輝いてる姿を見れて、凛は凄く嬉しいよ。…でも…」

「でも?」

「たまには凛も構って欲しいにゃ~!!」

「うふふふ…そうだね。だけど花陽も、凛ちゃんがにこちゃんとか真姫ちゃんとかと仲良くしてるのを見ると、ホッとするんだよ」

「なんで?」

「だって、凛ちゃんは成り行きでμ'sに入ったようなものでしょ?凛ちゃんの居場所がなかったら、それは花陽の責任だもん」

「な~んだ、そんなことなら心配することないにゃ~!凛はかよちんが一緒に居てくれれば、それだけで幸せなんだから」

「うん、そうだよね…凛ちゃんはいつもそう言ってくれるよね。でも、やっぱり花陽はμ'sのメンバーと打ち解けてくれたことが嬉しいな」

「それは…かよちんが友達になる人に、悪い人はいないもん!」

「凛ちゃん…」

「実際、みんないい人ばっかりだし。凛はとっても楽しいよ!」

「にこちゃんといるときの凛ちゃんって、特に楽しそうだよね」

「そうかにゃ?」

「今までああいう凛ちゃんは見たことないよ」

「にこちゃんは、普段、先輩って感じがしないし、話しやすいってのはあるかな」

「波長が合うんだね」

「確かに…にこちゃんがいてくれて助かってる部分はあるかも。からかうと期待通りのリアクションしてくれるし」

「ふふふふ…真紀ちゃんも、にこちゃんのことは好きって言ってたよ。気を使わなくて済むみたい」

「凛たちに馴染んでるもんね。でも、μ'sで一番『先輩・後輩』に拘ってるんだにゃ」

「絵里ちゃんは『先輩禁止!』って言ったけど、花陽は多少の上下関係は必要だと思うんだけどなぁ」

「かよちんは、真面目過ぎるにゃ~」

「そうかな?」

「それより…」

「ん?」

「おしり…」

「ん?」

「かよちんの…」

「見るの?」

「かよちんにそんなことできるの、凛以外にいる?」

「それはそうだけど…」

「なら、早く横になるにゃ」

「本当に見るの?」

「凛じゃ…いや?」

「ううん、そうじゃないよ…。でも、やっぱり…恥ずかしい…」

「今更言うかにゃ?凛はかよちんの裸、何百回も見てるんだけど」

「それは、小さい時から一緒にお風呂に入ってたし」

「今でも入るにゃ」

「その時は凛ちゃんも裸だから、お互い様だもん」

「だったら、凛も脱ぐにゃ!」

「えっ?」

 

今、凛ちゃんも脱ぐ…って言った?

 

しまった!凛はなんかとんでもないことを、口走ったにゃ…

 

 

 

花陽と凛の時が止まった。

 

 

 

「…今『DIO』が現れて『ザ・ワールド』が発動したにゃ」

「?」

「と、とにかく恥ずかしがってないで、早く横になるにゃ~」

「う、うん…」

花陽は凛の言葉の勢いに押されて、ベッドに俯(うつぶ)せになった。

「それじゃ~見っるにゃ~」

凛はわざと大きな声を出して、ベッドに近寄る。

だがそこで躊躇…動きが止まった。

 

「かよちんは『スカート捲り』ってされたことある?」

「えっ!?また、随分と突然な…」

「思い出した!かよちんは小学校の時、よくやられてたにゃ!」

「そ、そうだっけ…」

 

う~ん、凛はされた記憶がない…。

まぁ、スカート履いてなかったから、当然だけど…。

当時の男子は、どんな気持ちでスカートを捲ってたのかにゃ…

 

「い、いくにゃ…」

 

にゃ~!!

なんかドキドキが止まらないにゃ~!

相手はかよちんだよ。

かよちんなのに…

かよちんだから?

 

「凛ちゃん?」

「なんでもないにゃ!」

 

こうなったら勢いで!

「にゃ~!!」

 

凛は震える手を花陽に覚(さと)られないよう、素早く制服のスカートを捲(めく)った。

 

花陽のふくよかな臀部は、高校になってから脚の太さを気にして履き始めた、黒のストッキングに覆われていた。

 

「う~ん、よくわからない…。かよちん、これ、ジャマにゃ」

そう言うが早いか、凛は花陽のストッキングに手を掛けた。

「わ、わ、待って!待って!」

花陽はすぐに凛の手を掴んだ。

「いくら凛ちゃんでも、それはマズイよ」

「ん?」

「あ、いや…他人(ひと)に脱がしてもらうものじゃ…」

「り、凛は平気だよ」

 

凛の嘘つき…

今、凛は勢いに任せて、とてもイケナイことをしようとしたにゃ~

これじゃ、希ちゃんになっちゃうにゃ…

 

「凛ちゃんが良くても、花陽がダメなの!やっぱり、これくらいは自分で脱ぐよ」

「ケチ!」

「そういう問題じゃないの!」

「…わかったにゃ…」

その言葉を聴いて、苦笑しながらストッキングを脱ぐ。

そして改めて、花陽は俯せになった。

「触らないでね…本当に恥ずかしいんだから…」

「わ、わかってるにゃ」

 

花陽は自らスカートを捲ると、ゆっくりショーツを股下まで下げた。

真っ白でふくよかな、臀部が現れる。

 

やっぱり、かよちんのおしりは色っぽいにゃ…

でも…

 

「かよちん、大変にゃ!」

「な、なに!?」

「打ったとこがアザになってるにゃ」

「ありゃりゃ…」

「これは相当痛いにゃ」

「う、うん。わかった、ありがとう。もう、いいよね」

花陽はショーツを元に戻した。

「このアザじゃ、座るのも大変そうだね。ちょうど当たるとこだもん」

「う~ん…様子見るしかないね。すぐは治らないだろうし」

「でも、かよちんのおしりで良かったにゃ」

「ん?」

「凛やにこちゃんだったら、お肉がないから尾骶骨(びていこつ)骨折だったかも…」

「どうせ花陽はデブですよ!」

「そんなこと言ってないにゃ!凛はかよちんみたいに、おっぱいも大きくならないし、女性らしい柔らかさもないし…正直、羨ましいって思ってるんだから」

「それは無い物ねだりだよ。花陽だって、凛ちゃんみたいキュッて締まったおしりがいいなって思ってるもん。それに凛ちゃん、食べても太らないし…」

「かよちんは、少し食べ過ぎにゃ」

「はい…」

「でも、凛は幸せそうにご飯を食べるかよちんが大好きにゃ~」

「花陽も、それを受け入れてくれる凛ちゃんが大好きだよ」

 

 

花陽の気持ちに嘘、偽りはない。

 

ただし…希との一件以来、凛が「好きだ」と言う度に「それはどういう好き?」と訊き返したくなる。

 

いつかそれを確認しなければ…

でもそれは、自分も凛に対しての回答が明確にならないと…

 

 

「そうそう、凛ちゃん」

「ん?」

「さっきの話だけどね…」

「さっきの話?」

「凛ちゃんは骨折なんかしないよ」

「ん?」

「だって、そもそも凛ちゃんは階段で転ばないし、仮に転んでも上手に受け身が取れそうだもん」

「う~ん…」

「どうかした?」

「凛もたまには、みんなに心配されてみたいにゃ~!!」

凛はベッドの上に飛び込むと駄々っ子の様に手足をバタバタさせた。

 

それを見て、花陽は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その4 ~先生禁止!~

 

 

 

 

 

 

「『かよ』…聴いたわよ。階段から滑り落ちたんだって?大丈夫?」

「情報早いね…」

「そのあと、希に襲われたって」

「襲われ…てはいないよ」

ちょっと怪しかったけど…と返答に一瞬詰まった。

「最後は部室でヌードに…」

「なってないよ!」

これは即答した。

「…だろうね…」

「…にこちゃんだね?『先生』にそんなことを吹き込んだのは」

「正解…。もちろん信じてるわけじゃないけど、面白いから最後まで聴いてみた」

「にこちゃんらしいというか…」

「子供っぽいというか…。なんであんな見え透いた嘘をつくのかしら」

「花陽が思うに、家庭環境が影響してるんだよ」

「家庭環境?」

「ほら、にこちゃんと妹さん弟さんとは、少し歳が離れてるでしょ」

「そうね。正確にはわからないけど、少なくとも6歳以上は違うかしら」

「だからきっと、昔から妹さんたちに、色んなお話をしてあげたんじゃないのかな…」

「読み聞かせ?」

「うん、昔話とかおとぎ話とか。でも同じ内容だと飽きちゃうから、そのうち面白おかしく脚色して、楽しくお話ししてあげてたんじゃないかな?」

「その延長で、私たちにも『盛って』話す…ってこと?」

「悪気はないと思うけど…」

「かよらしい分析だわ…。私はただ単に、かまって欲しいだけだと思うんだけど」

 

花陽のことを『かよ』と呼ぶ電話の相手は…真姫だった。

真姫は『親友になる第一歩』として、花陽とツーショットの時に限り、そう呼ぶと宣言していた。

 

「でも、ケガの話は本当なんでしょ?」

「それも、ちょっと違うよ…おしりを打っただけだから」

「打撲?」

「なのかなぁ…さっき凛ちゃんに見てもらったら、アザになってるって…」

 

そう、さっきまで凛はここにいた。

真姫からの電話は、凛が帰って間もなくのことだった。

 

「結構、強く打ったのね」

「でも、どうしようもないよね。簡単に治るものでもないし」

「本当はすぐに冷やせばよかったんだけど…」

「さすが先生」

「私がいれば何らかの応急処置ができたのに」

「うん…でも、おしりだし…」

「ケガに恥ずかしいも何もないでしょ!」

「う~ん…」

「なによ?」

「先生だったら、おしり出せる?」

「ヴェェ~!なんで私がおしりを出さなきゃいけないのよ」

「だから、先生が、怪我した場合だよ」

「わ、私は…かよみたいなドジはしないもの」

「それはそうだけど…って、答えになってないよ」

「でも、不幸中の幸いね」

「ん?」

「脚とか手とか、肌が露出する部分だったら一大事だわ。そんなのアイドル失格でしょ?」

「おぉ、先生にアイドルとしての自覚が芽生えてる!」

「茶化さないで!」

「ごめん、ごめん」

「階段から落ちた…って聴いたときは血の気が引いたんだから」

「それはホントにごめん」

「痛みが引かないようなら医者(ウチ)に受診しなさいよ」

「うん。先生に診てもらう」

「かよ…」

「ぬ?」

「さっきから気になってるんだけど、その『先生』って呼び方、なんとかなならない?」

 

真姫が花陽を『かよ』と呼ぶときは、花陽は真姫を『(ピアノの)先生』と呼ぶことにしていた。

 

…が…

 

真姫には違和感があるらしい…。

 

「じゃあ、なんて呼べばいい?」

「『マキ』でいいんじゃない?」

「よ、呼び捨て?」

「と、友達なんだから…呼び方も対等じゃないと…」

「う、うん…。じゃあ…マキ…ちゃん」

「『ちゃん』はいらないの」

「あははは…いきなりは無理だよ」

「慣れね」

「それより…マキ…ちゃん」

「なに?」

「今日、花陽に用があったんじゃ?」

「えっ、あぁ…べ、別にたいしたことじゃ…」

 

そんなぁ!

元はといえば真姫ちゃんが原因で足を滑らせたんだよ!

…とは、さすがに言えないよね…

 

「マキ!」

「えっ!?」

「…隠し事はダメだよ!」

「かよ…」

「…なぁんて、ね」

「うん…わかったわ、ゴメン。実は…ちょっと、おにぎりにチャレンジしてみようかと思って…」

「わぁ!素敵だね」

花陽のテンションが一段アップした。

「どうせなら、お米の研ぎかたから教わった方がいいんじゃないかと」

「うん、うん。いいね、いいね。それは大事なことだねぇ」

「急ぐことじゃないから、別にいつでもいいんだけど」

「そうしたら…明日、試食会をしようよ」

「試食会?」

「うん、そうしよう!」

「ちょっ…ちょっと、なに勝手に決めてるのよ…って、明日?」

「うん、明日」

「話を聴いてた?そんな急ぐことじゃ…」

「大丈夫だよ。ほら、みんな『利き米コンテスト』に参加するって言ってたから、グッドタイミングだよ」

「私は出ないけど…」

「それに花陽は、まだ明日はダンスとか厳しそうだし」

「それはそうね」

「じゃあ、早速準備をしないと」

「本気なの?」

「マキちゃ…マキ、わざわざ、電話してくれてありがとう」

「当たり前でしょ!…と、友達なんだから」

口調から真姫が照れてるのがわかる。

「うん。じゃあ、また明日」

「お大事に」

 

スマホを切った花陽は、勢いよくベッドから起き上が…れずに

「いたたた…」

と、臀部を押さえながら、ゆっくりと降りた。

 

「おばあちゃんみたい」

誰もいない部屋で、ひとり、花陽は呟いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その5 ~試食会~




すみません。
体調不良により、しばらくお休みしてました。






 

 

 

 

 

「のわっ!」

部室のドアを開けたにこは、その瞬間、テーブルの上の光景を見て、思わず足を止めた。

「いい匂いやね」

逆に、続けて入ろうとした希は部屋に充満している『香り』に 感嘆の声をあげた。

「炊きたてですから」

部屋の奥で花陽は、満面の笑みでメンバーを向かえた。

「ハラショー!これ全部、花陽が?」

「当然です」

「圧巻ですね。さすがと言わざるを得ません」

海未もそう言うしかなかった。

 

屋上での練習を終えたμ'sのメンバー8人を部室で待ち受けていたのは、テーブルに並べられた数多くのおにぎり…と、その創造主・花陽だった。

 

「すごいね。お店みたい!」

「ことりちゃん、いいこと言った!」

「ん?」

「これからμ'sのライブをやるときは、花陽ちゃんのおにぎりも一緒に売ろうよ。完売間違いなしだよ!」

「そんなことだと思ったにゃ」

「だったら、自分のとこの饅頭でも売ったら?」

「おぉ!さすがにこちゃん!ナイスアイデア!ラブライブならぬ『穂むらイブ』だね」

「でも、それだとウチらには、お金入らんけどね」

「何を言ってるんですか!スクールアイドルが営利目的で活動をしたら、それはもはやアマチュアとは言えません」

「そっか…。でも、衣装とかお金掛かるし…持ち出しばかりだと…真姫ちゃんの負担が…」

「待ってよ!私の存在理由はスポンサー?」

「いやいや、それは…ちょっとは期待してるけど」

「くだらないことを言ってないで、早く席に着きなさいよ」

「珍しく真姫ちゃんが積極的なんだにゃ」

「べ、別に…そんなんじゃ…」

「真姫の言う通りね。せっかく花陽が準備してくれたんだがら、早速始めましょう!」

絵里がパンパンと手を叩いて、メンバーを椅子に座らせた。

 

「それでは…」

花陽は、いわゆる『お誕生日席』に陣取り、仕切り始めた。

「今日は、あまり練習に参加出来なかったから、その時間を利用して、ご飯を炊きました。今週末、利き米コンテストもあるし、少しでも参考になれば…」

「花陽ちゃん、前置きはいいから、早く食べようよ!」

「そうだね…」

花陽は苦笑いしつつ、その穂乃果に質問をぶつける

「ズバリ!『日本の代表的なお米』と言って思い付く銘柄は?」

「う~ん、やっぱ『コシヒカリ』かな」

「なるほど、なるほど。やはり、そうだよね…と、いうわけで、まずは炊きたての魚沼産コシヒカリを…」

と言うと、花陽はどこからか炊飯器を取り出し、しゃもじでご飯を小さな皿に盛り付け、メンバーに配膳した。

「まず、見てほしいのが、ツヤです」

「お米が光ってるにゃ」

「確かにピカピカやね」

それを聴いて満足そうな花陽。

言葉を続ける。

「そして、香り」

「これはもう、間違いなく美味しい匂いだよ。だから、早く食べようよ」

「穂乃果、うるさいですよ!」

海未が一喝する。

「まぁまぁ…では、食べてみてくださいな」

「いっただきまぁす!」

穂乃果が勢いよく口に運ぶ。

「穂乃果!もっと味わって食べてください」

「ごめん、海未ちゃん。…でも、お腹空いちゃってるから」

「穂乃果ちゃんらしいね」

相変わらずの会話に、ことりは目を細めた。

「コシヒカリはツヤ、香り、旨味、モチモチとした食感のどれもが平均的に優れていて…冷めても美味しいのが特殊なんです」

「だから、日本の代表格なんやね」

「はい!」

「花陽ちゃん、おかわり!」

「穂乃果!」

「大丈夫だよ、海未ちゃん。いっぱい炊いてあるから」

「そういう問題ではありません。礼儀作法が…」

「海未ちゃん、その話はあとにしようよ」

ことりが助け船を出す。

「ことりは穂乃果に甘過ぎます!」

この3人は何度このやりとりを繰り返してきたのだろうか…。

「穂乃果ちゃんの気持ちはわかるよ。美味しいもんねぇ。目の前のおにぎりも飾りじゃないから、あとで食べてくださいな。でも、次は違うお米で…。ヨイショ!っと…続いては…ジャ~ン!『あきたこまち』で~す」

花陽はもうひとつの炊飯器を手に取り、胸の前にかざした。

「えっ?炊飯器を2つも持ってきたの?」

と驚く絵里。

「今日は凛ちゃんに手伝ってもらいました」

「お米もあったから、重かったにゃ…」

「そこまでする?」

にこも呆れ顔。

「はい、どうぞ」

そんなことは意に介さないと、花陽は先程同様、小皿にご飯を盛り、配膳した。

「これも美味しいご飯だね」

と穂乃果。

「さっきのコシヒカリと比べて、どう違うでしょうか?」

「えっ?どう…って…両方とも、美味しいよ!」

「それじゃ、比較にならないでしょ!」

「真姫ちゃん、そんなに怒らなくても…」

「べ、別に…怒ってないわよ」

「それじゃ真姫ちゃんは?違いがわかるの?」

穂乃果はテーブルに乗りだし、目の前の真姫の顔を覗き込んだ。

「私はこっちの方が…表現が難しいけど…さっぱりしているように感じたわ」

「私も真姫と同意見です。コシヒカリよりモッチリしてるけど…それでいてしつこくないと言うか…」

「さすが真姫ちゃんと海未ちゃん。そう、あきたこまちは水分が多目で、粘り気があるんです。だから、おにぎりに最適なお米で…花陽のおにぎりは大抵これを使ってます」

「へぇ…ウチもお米はあきたこまちなんやけど…これほど美味しくない気がする…なんでやろ?」

「それは時間ですねぇ…」

「時間?」

「あきたこまちは、吸水性があまりよくないから、しっかり研いで、長めに水に浸すのがポイントなんです」

「なるほど…」

 

希は花陽が「自宅」で作った朝食のことを思い出していた。

同じ米を使って炊いている筈なのに、明らかに花陽のご飯は美味しかった。

あのときは色々と気が昂(たかぶ)っていた為、雰囲気によるものだと思っていたのだが…

 

「ちなみに、あきたこまちにも弱点はあって、お寿司とかチキンライスとか…調味料を加えるご飯は不向きなんです。」

花陽が付け加えた豆知識を聴いて

「一口にお米と言っても、奥が深いんやね」

しみじみ呟く希であった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その6 ~寿限無?~

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまにゃ~」

メンバーたちが、テーブルにあったおにぎりを食べ終えると、次々に満足そうな声をあげた。

「さすが花陽ちゃんやね。めっちゃ美味しかったよ」

「う~ん、やっぱりご飯はうまい!」

「穂乃果は調子に乗りすぎです。…でしたらパンばかり食べずに…」

「海未ちゃん、今はその話はやめようよ…」

穂乃果が海未の顔の前で、手をバツにした。

 

すると突然

「花陽!ハラショーでしたよ。美味しいご飯を食べると、改めて日本人で良かった…と思うわね」

と絵里が発言した。

 

(…真姫ちゃん、今のはギャグなのかにゃ?)

(わ、私に訊かないでよ…)

(ウチはギャグやと思うけど…)

(だったら、笑ってあげたほうがいいんじゃないかな?)

(ことりの言う通りです…が、国籍が日本でしたら、日本人なわけで…)

(見た目が見た目だから、改めて宣言されても…やっぱり違和感があるわ)

 

絵里の「日本人発言」に、ざわめくメンバー。

なに?私、おかしなことを言った?…と、当の本人は、不思議そうに周りを見ている。

その重い空気を断ち切ったのは、にこだった。

 

「そ、それで…結局、どれが『日本の代表的なお米』なのよ」

「そ、そうやね。利き米コンテストの1回戦は、そこから3銘柄を当てるんやった」

ナイスフォローやん!と希はにこにウインクした。

当たり前でしょ、部長なんだから…と、ドヤ顔のにこ。

 

「それが、難問なんですよ…」

花陽は、一瞬困った顔をしたが、すぐに楽しそうに話し始めた。

「少し前までは『コシヒカリ』『ササニシキ』が、2大ブランドだったんです」

「そう言えば、最近ササニシキって見ないわね」

「さすが、にこちゃんは、主婦だけあって詳しいにゃ!」

「主婦じゃないから!」

「ササニシキは育てるのが難しいお米なので、かなり品種改良がされて、オリジナルの生産量は減ってるんです」

「園田家の利用するお寿司屋さんは、ササニシキだと申してましたが」

「さすが、海未ちゃん!お家(うち)が日舞の家元だけあって、お寿司屋さんもこだわりがあるんですねぇ…。ササニシキは粘り気が少なく、あっさりしてるから、お寿司には最適なんです。でも今言った事情から、お寿司屋さんでも使うところが少なくなってます。新米より古米が良いとの話もありますが、結局のところ、炊き方やお酢によっても味がかわりますから、一概にどれが正解…とは言えないんです。ただ、あんまり粘り気の強いお米は不向きかと…」

「なるほど、そういう背景があるのですね」

「次に続くのは…あきたこまち…ですかね。味のわりには値段も安く流通量も多いし、知名度も高いですから」

「つまり、今、花陽ちゃんが炊いてくれたのが、No.1とNo.2になるんだね?」

穂乃果が尋ねる。

「あくまでも個人の意見ですが。ちなみに、あきたこまちはお寿司には不向きとされてます。」

「まぁ、コシヒカリやあきたこまちは、ウチも知ってるし、納得やけど…」

「そうなんです。ここからが難しいんです。どんどん新種が出てきてて、チェックしきれないんです…」

「してるんだ?」

とは、またも穂乃果。

「出来るだけ、そのように心掛けてます」

「穂乃果も見習った方が良いですよ」

「お米のチェック?」

「違います。芸は身を助けると言いますから、花陽のように、何かを極めると言うのは、とても大事だということです」

「またお説教?」

「確かに花陽ちゃんは、アイドルマニア、大食い、お米の知識…と色んな引き出しがあるから、芸能界でも充分やっていけるかも…やね」

「その通りです。他のメンバーも絵里はダンス、希はスピリチュアル、にこは徹底したアイドル意識、ことりは元カリスマメイド、真姫は音楽、凛は運動神経とアピールするものがありますが…穂乃果はどうですか?」

「海未ちゃん、カリスマメイドはちょっと…」

「ならデザイナーにしましょう」

「うん、それなら…」

「あ、ことりちゃんまで…」

「さぁ、穂乃果には、なにがあるのですか?」

「穂乃果には…穂乃果には…ないねぇ…」

「ないんかい!」

見事なツッコミはにこ。

「ないねぇ…。強いて挙げれば…どこでも、すぐ寝れる?」

「何の話をしてるのよ!海未は穂乃果のことになると熱くなりすぎよ。今はお米の話でしょ」

「そ、そうでした…」

真姫に注意され、海未は俯いた。

それをことりは、楽しげに見ていた。

 

「あとは…『きらら』『ゆめぴりか』『ななつぼし』『ふっくりんこ』『はえぬき』『どまんなか』『ひとめぼれ』『つや姫』『なすひかり』『きぬむすめ』『ヒノヒカリ』『さがびより』『あきほなみ』『青天の霹靂』『栃木の星』『あきさかり』『秋の詩』『みずかがみ』とか…あ、『日本晴』も忘れちゃいけないですね」

「なんか落語の『寿限無』みたいになってきたやん」

「宝石?」

「絵里、それはジュエルじゃない?」

「おぉ、真姫ちゃん、するどいやん!」

「寿限無ってなんなんにゃ?」

「あれ、みんな知らんのん?」

うん、うんと頷くメンバー一同。

「『寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末 、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処…』って、今はウチの時間やないんやけど。時間があったら、またあとで教えてあげるから」

希は落語も詳しいのね…と海未がボソッと呟いた。

 

「お米の種類は、まだまだありますよ。『森のくまさん』とか『ミルキークイーン』とか…」

「なんか急にメルヘンチックな名前になったね」

「はい、かわいいですよねぇ」

ことりの言葉に同調する花陽。

「いや、いや…とても覚えられないよ」

穂乃果がオーバーアクションで、顔の前で手を振った。

「舐めてたわ。そんなに種類があるなんて」

にこもお手上げのジェスチャー。

「日本人の主食ですからねぇ。これを機にもっと興味を持った方がいいですよ。ご飯は美味しいに越したことがないですから」

花陽は笑顔で、メンバーにそう諭したのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その7 ~ライバル参上?~

 

 

 

「利き米コンテスト」当日…。

 

 

 

会場では、整理券を求める参加希望者で、長蛇の列が出来ていた。

 

マイクの調子を確認する関係者。

まだイベントスペースの設営が終わっていないのか、右往左往しているスタッフ。

何が行われるのかと、立ち止まり、写真撮影をする外国人旅行者。

 

そんなザワザワした空気の中『最後尾』のプラカードを持つ男性に駆け寄る数人の少女たちがいた。

 

μ'sのメンバーである。

 

「まだ間に合いますか!?」

息を切らせながら、穂乃果が訊いた。

男性は「多分…」とだけ答えた。

 

「だいたい、穂乃果が寝坊などするから…」

「わかってるよ。だからそれは謝ったじゃん」

「開き直りですか!」

「海未!穂乃果!いい加減にしなさい!」

「ほらぁ…絵里ちゃんに怒られたぁ…」

悪びれる様子のない穂乃果に、悔しさを滲ませる海未。

「なんで、私まで怒られるんですか…」

と呟いたあと、ひとつ溜め息を吐(つ)いた。

 

「じゃあ、私たちは邪魔になっちゃうから、あっちにいるね」

ことりが列から離れた方向を指差した。

「そうね。出ないんだから、一緒に並ぶ必要はないものね」

真姫が同意し、ことりと絵里の3人は、その場から離れた。

 

μ'sのメンバーは希、にこ、凛、花陽、穂乃果、海未の順に並んだ。

彼女たちの後ろにも人は集まってきたが、どう贔屓目に見ても前の方ではない。

 

「予備予選って、何名までの受付やったっけ?」

「確か150人だったかと…はい、150人です」

花陽がスマホの画面で確認して答えた。

「なら、花陽ちゃんはウチの前に並んだ方がいいね。ざっと見たところ、結構ギリギリな感じがするんよ」

「そうですね。花陽が出られないとなると本末転倒ですからね。念のため、少しでも前の方が」

「うん、希ちゃんと海未ちゃんの言う通りにゃ!」

「あ、ありがとう…」

そう言うと花陽は、凛に押し出されるようにして、希の前へと歩を進めた。

 

そうこうしているうちに、列が少しずつ前に進み始め、整理券をもらった参加希望者が、ひとり、ふたりとメンバーの横を通り過ぎていく。

 

何人とすれ違っただろうか。

 

間が空かないように前の人の足元ばかりを気にして、行き交う人の様子など特に見てはいなかったのだが、何故かその一瞬だけ、花陽の視界に見覚えのある人影が映った。

 

「あっ!」

今のは…と、通り過ぎた人影の後ろ姿を、振り向き目で追う。

 

背が高く、髪の長い…少し大人びた少女…。

今日は見馴れた制服でもなく、ステージ衣装でもない。

黒のジャケットと黒のデニムのパンツ…と、いつもとは真逆の格好。

それでも花陽が『彼女』だと気が付いたのは、天性のアイドル受信アンテナスキルの高さなのか。

 

花陽の声に反応したのか、同時にその少女も立ち止まり、キュッと靴を鳴らし『キレ』のあるターンを決めた。

 

「やっぱり!」

花陽の声に、慌ててその視線の先に目をやる、ほか5人。

「やはり、小泉さんか。似ているとは思ったが…」

「げぇ!」

その姿を確認したにこは、オーバーアクションで驚き、そのままフリーズした。

 

その少女こそ、μ'sの目標であり、ライバルである『A-RISE』のひとり『統堂英玲奈』だった。

 

「統堂英玲奈さん!どうしてここに?」

「高坂さん、公衆の面前でフルネームで呼ぶのはどうかと…英玲奈でいい」

「あ、すみません」

「それより『どうしてここに?』とは、随分な言いようだな。ここは私の庭だ。逆に私から言わせれば、何故、μ'sがここに?…ということになる」

「あははは…そうですよねぇ。私たちは見ての通り、利き米コンテストに参加しようと思って…。ちょっと来るのが遅れちゃって焦ってるんですけどね」

穂乃果はその場で駆け足をして、おどけてみせた。

「あなた方も出るのか?」

英玲奈は少し『意外』という口調で、訊き返した。

しかし、表情は変わらない。

「…と、言うと…英玲奈さんも出られるのですか」

「実は…内緒なんだが、あとでサプライズライブを行うことになっている」

「さすが地元のスーパーアイドル!」

「にこちゃん、ゴマすり感が凄いにゃ」

「…ということは、コンテストに参加するわけではないのですね?」

海未が何気なく問い掛けた。

「いや、参加する」

「えっ!?」

英玲奈の答えに、6人が同時に声をあげた。

「他の2人も…ですか?」

「いや、私だけだ。『あんじゅ』は別として『ツバサ』は味音痴が酷く、参加するに値しない」

「へぇ、そうなんですか。私なんか、まったく自信ないですけど」

「そういう前向きな姿勢が、μ'sのリーダーたる由縁ではないかと、個人的には思っている」

「あ、ありがとうございます」

面と向かって誉められて、赤面する穂乃果。

 

その時…ちょっと、前、進んでよ!…と、後ろから野次が飛んで、気付いた。

英玲奈と話しているうちに、花陽と前の人との間隔が空いていた。

慌ててその間を詰める。

 

「では、後(のち)ほど。健闘を祈る」

そう言うと英玲奈は軽く手を上げ、その場から離れた。

 

「なんか、絵里ちゃんと海未ちゃんと真姫ちゃんを足して3で割ったみたいな人だにゃ」

「口調はあれやど…性格はサッパリしてそうやね」

「花陽!なんとしても勝ちなさいよ!」

「む?にこちゃん?」

「いい?これは最終予選に向けての前哨戦なのよ。ここで叩いておいて、心理的に優位に立つのよ!」

「それは関係ないと思うよ…」

「何を言うかと思えば…」

と、呆れ顔の海未。

「なによう、これでも部長として、どうしたらラブライブの本選に出場できるか、常に考えてるんだから」

「それにしても、このコンテストは関係ないと…」

「まぁまぁ、そのへんにせんと。ほら、もうすぐ順番やん」

希の言う通り、あと数人で整理券を受け取るところまで進んできた。

「この分なら、みんな貰えそうやね」

 

そして花陽の順番。

「このあと、8時に…あそこに並んでる椅子の…同じ番号の席に座って待っててください。その時間にいなければ、失格ですので、時間厳守でお願いします」

係員がそう言って整理券を手渡した。

「はい、ありがとうございます…私は…146番…ぴゃあ!ギリギリだねぇ」

花陽は自分の券をまじまじと見つめた。

そして気付いた。

「あれ?私が146番…ってことは…」

 

 

 

「何故、私が…」

崩れ落ちたのは6人の中で一番後ろに並んでいた海未。

 

 

 

「こういう役割は、にこのハズです。何故、私の前でおしまいなのですか」

「いや、海未ちゃんも、そこそこオチ担当やと思うよ」

「い…いつから私はそのようなポジションに…。それより穂乃果!その150と書かれた整理券を私に譲りなさい。元はと言えば、あなたの寝坊から始まった話。それがなければ、余裕で参加できたのです!」

「海未ちゃん、こればかりは運ということで」

「悪魔ですか!あなたは悪魔ですか!」

「海未ちゃんだって、普段、穂乃果には悪魔みたいに怖いよ!」

「それはあなたがだらしないからです!」

「海未ちゃん!」

「ことりは邪魔しないでください!」

「海未!」

「真姫もです!」

「海未!」

「絵里も!…絵里?…」

「周りに迷惑だから…」

海未が周囲を見回すと、通行人を含め、かなりの視線が自分に集まっているのがわかった。

「あ…」

「まったくもう、相変わらず穂乃果のことになると、熱くなるんだから。もう少し冷静になりなさいよ」

「すみません…お恥ずかしい限りで…」

年下の真姫に諭され、言葉を失う海未。

「ここは大人しく引き下がって、5人を見守りましょう」

「はい」

 

こうして海未は、絵里、ことり、真姫と供に応援にまわることになった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その8 ~余裕綽々~

 

 

 

 

 

《それでは、8時となりましたので、予備予選を開始させて頂きます》

設置されたスピーカーから男性スタッフの声が流れた。

 

イベントスペースには横に10席、縦に15席…計150席の椅子が並べられている。

少し空席があるものの、花陽以下μ'sの5名は無事に着席していた。

スタッフから、ハガキ大の紙が配られる。

そこには整理券と同じ番号と、米の名前が3品種、そしてアルファベットが3つ記されていた。

 

《この時点で席にいない方は、残念ながら失格です…ということで、今、ご着席の皆様…146名で予選を始めます》

アナウンスは続く。

《では、ご説明致します。まず初めは日本を代表するお米『コシヒカリ』『ササニシキ』『あきたこまち』を食べ比べて、どれがどれかを当てて頂くというものです》

 

あら、サービス問題じゃない…と、にこが呟く。

 

《前方にテーブルがございます。皆様はスタッフの誘導の下(もと)、横一列…10人ずつ前に進んで頂き、各々用意されたA、B、Cのご飯を食して頂きます。そして、今、お配り致しました『回答用紙』に、それぞれ、どれがどれかを線で結んで下さい。書き終わりましたら、この箱に入れて頂きます》

 

これに書けばいいんだね?と手元の紙を確認する穂乃果。

 

《お済みの方は、正解発表が行われる8時55分まで、別室にてご休憩頂きます》

 

「にゃ~!ずるいにゃ!じゃあ、私たちはずっと待たなきゃいけないにゃ~」

「まぁ、ウチらは来たのが最後の最後やからね。早く来た人は、逆にずっと待ってたんやろうし、それは仕方ないんやない?」

 

《尚、カンニングや、それと同等の不正行為があった場合は、発見次第、失格と致します。従いまして参加者の皆さま方におかれましては、回答前のスマホ等のタブレット端末、イヤホン及びヘッドホンの使用は、許可を出すまで一切禁止致します》

 

「待ち時間にスマホを見れないのは、結構辛いにゃ」

「でも、私たちは5人いるから、お喋りしてたら、すぐ順番がくるよ」

「穂乃果ちゃんの言う通りやね。英玲奈さんはひとりで参加…って言ってたから、暇もて余すんやないやろか」

「でも英玲奈さんは、わりと前の方でしたから」

と花陽。

「ひとりで参加ってことは、結構、自信あるってことだよね?食通なのかな」

「少なくとも、穂乃果よりはいいもの食べていそうじゃない」

「む?にこちゃんだって、ひとのこと言えないでしょ?」

「まぁまぁ、食通かどうかはわからへんけど、自信はありそうやったね」

「和食ってイメージなないにゃ」

「ひとは見かけによらんものやからね」

「綺羅ツバサは味音痴って言ってたわね。それはいい情報をもらったわ」

「にこちゃん、何か企んでる?悪い顔してるにゃ」

「べ、別に!ネットを使ってネガティブキャンペーンを仕掛けようなんて思ってないから」

「自分から言ってるにゃ~」

 

5人がそんな下らない話をしていると

「あ、そろそろ、ウチらやん」

と、希が年長者らしく、注意を促す。

 

《はい、最後の列の方…お待たせしました。真ん中から左右に別れて、前に進んでください》

 

外側に座っていた穂乃果を先頭にして、前のテーブルに進み、所定の位置に案内される。

 

《では、よろしいですか。制限時間は1分半。A・B・Cのご飯の3銘柄を当ててください。よーい、スタート!」

 

ふむ、これは簡単…と10人中もっとも早く抜けたのは、案の上、花陽。

 

続いて、凛と希が抜けていく。

 

Aがササニシキなのはわかるけど…問題は…と苦戦しているのが穂乃果。

にこも同様に悩んでいるようだ。

 

《5、4、3、2、1…はい、そこまで~」

 

にこと穂乃果は時間ギリギリに記入し、回答用紙を提出した。

 

 

 

控え室に向かう道中…

「かよちん、正解は?」

と凛が花陽に訊いた。

「Aから順番にササニシキ、あきたこまち、コシヒカリだよ」

「だよねぇ、だよねぇ!BとCが迷ったけど、花陽ちゃんに試食させてもらった味を思い出して…うん、うん、合ってる」

「穂乃果ちゃんは、ホンマに本番に強いやね」

「えへへへ…」

「凛はすぐにわかったにゃ。Bはかよちんが作るおにぎりの味だったから。希ちゃんとにこちゃんは?」

「ウチもバッチリやん」

「アタシもよ」

「その割りに時間ギリギリだったにゃ」

「慎重になっただけだから」

「にこっちは、緊張しぃやからね」

「放って置いてよ」

そうこうしているうちに、休憩室に着いた。

ドリンクバーが設置されており、先に終わった参加者は各々グラスを片手に一服していた。

 

そこにはもちろん統堂英玲奈の姿もあった。

ヘッドホンをして、目を瞑(つむ)り、曲に集中しているようだった。

しかし、気配を感じたのか、英玲奈は目敏(めざと)く花陽たちを見つけると、自ら声を掛けてきた。

「終わったようだな…ん?はて、ひとり足らないようだが…」

「そうなんです。実は6人で来たんですけど…海未ちゃんの前で最後のひとりになっちゃって…」

と花陽。

「そうなのか。私の中では彼女が一番のライバルかとにらんでいたのだが…」

「確かに和食っぽいイメージですもんね」

「その分やと、余裕で突破…って感じやね」

「これくらいは…な。そっちはどうだ」

「まぁ、大丈夫じゃないの。こっちもこんなとこで、あなたに負けるわけにはいかないし」

「にこちゃん、ここで張り合わなくても」

穂乃果も流石に呆れて、にこに注意を促す。

「はははは…。矢澤さん、あなたは面白い人だ。私は好きだよ、そういう強気な性格」

「な、なによ…」

「にこちゃん、顔が赤いにゃ~」

「う、うるさいわよ。…ってか、突然おかしなことを言わないでよ…」

 

意図せず、心理戦で先手をとられたのは…にこっちのようね…

希は隠れて苦笑した。

 

《それでは、結果発表を行います。参加者の皆様は、外にお集まりください》

 

アナウンスが流れ、統堂英玲奈を含めた6人は、一緒に会場に戻った。

 

 

 

 

続く



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先輩禁止! その9 ~えれちん?~

 

 

 

 

 

 

《それでは、正解を発表します。皆さんに食して頂いたのは…Aがササニシキ、Bがあきたこまち、そしてCがコシヒカリです》

 

 

この瞬間、参加者から歓喜の声と悲鳴が同時にあがった。

その数は半々というところか。

 

 

《続いて合格者の番号を発表を致します》

 

 

「英玲奈さんは何番?」

「私は15番だ」

「早っ!」

「高坂さんは?」

「穂乃果は150番だよ」

「あぁ、そうか…ギリギリと言っていたもんな」

「ウチらは146番からやね」

 

 

《3番…8番…9番…15番…》

 

 

よし、通過!…と英玲奈。

μ'sの5人から拍手をされ

「まぁ、当然だ…」

と照れながら呟いた。

 

 

《…128番…131番…132番…136番…》

 

 

「そろそろにゃ」

「凛ちゃん、ドキドキするね」

 

 

《146番…147番…148番…149番…。以上、予備予選通過は66名です》

 

 

「えっ!?…」

と慌てて声をあげたのは、μ'sの5人。

 

「うそ!穂乃果の150番は?」

「穂乃果ちゃん、落ちたにゃ…」

「なんで?なんで?Aがササニシキでしょ…Bがあきたこまち…Cがコシヒカリ…でしょ」

「ちゃんと線を結んだんやろね」

「も、もちろんだよ!」

「穂乃果ちゃんの言うことは、当てにならないにゃ…」

と騒いでいると、再びアナウンスが流れた。

 

 

《失礼しました。見落としがございました。最後、150番…以上、67名が通過です》

 

 

ほらぁ!…と穂乃果が不貞腐れる。

「まぁ、穂乃果ちゃんやからね…」

「ちょっと、希ちゃん、どういう意味?」

「そこは、髪の毛クルクルしながら『何それ?意味わかんない』って言うのが正解にゃ~」

「凛ちゃん、真姫ちゃんがいないからって…」

と花陽。

長い付き合いだが、時折、凛が放つセリフに冷や汗をかく。

「そっちは5人全員通過か」

英玲奈がポツリと呟いた。

「ひとり、おまけがいるけどね」

「ん?おまけって穂乃果?…にこちゃん、それは酷いよ」

どこに居てもμ'sはμ'sである。

いつもの光景。

 

しかし、英玲奈は、それを物珍しそうに眺めていた。

…なんだ?高坂さんは弄られ役なのか…

…イメージと違うな…

と口には出さないものの、複雑な表情をしている。

 

「苦手…ですか?…」

ボーっとしていた英玲奈に声を掛けたのは花陽だった。

「えっ?あぁ…いや」

「騒がしいですよね…μ'sって」

「騒がしいというか、賑かというか…」

「A-RISEとは真逆ですよね」

「う~ん…まぁ、確かに。私たちはどう頑張っても3人しかいないからな。大人数には慣れていない」

「でも、その分、3人の信頼関係がないと、うまくはいかないですよね?」

「それはそうだが…お互いプライベートはあまり干渉しないんだ。だから今、この時間、ツバサとアンジュが何をやっているのか知らない」

そう言うと英玲奈は、軽く笑った。

「そうなんですか!?」

「四六時中一緒だからな。好き好んで、休日に連(つる)もうとは思わないのさ…」

「ふ~ん、意外と A-RISEって仲、悪いにゃ?」

「り、凛ちゃん…いつから聴いてたの?」

「いつからって…かよちんが珍しく積極的に話掛けてるな…と思って」

「かよちん?」

「あぁ、私のことです。名前が花陽なので音読みで…基本的に凛ちゃんだけですけどね、そう呼ぶの」

花陽はえへへ…と照れ笑いをした。

「かよちん、可愛いにゃ~」

 

かよちん…か…。

可愛い呼び方だな…。

私なら…英玲奈だから、えれちんか?

ふふふ、なんかロシア人ぽいな…

エリツィン大統領…違うか!

つばちん…あんちん…う~ん、語呂が悪い…

 

「どうかしました?」

「い、いや、なんでもない…」

「なに、なに?A-RISEの3人って仲悪いの?」

「にこちゃん、そんなことは言ってないよ」

花陽がプクッと頬を膨らませて否定する。

「A-RISEか?私たちは3人とも付き合いは長いし、仲が悪いわけではない。ただし、A-RISEに関しては遊びでやってるわけではないから、活動外のことについては、あまり余裕がない…というのは事実だ」

「それは暗に、ウチらが真剣にスクールアイドルをしてない…って言ってるん?」

英玲奈の言葉に、珍しく希が噛みついた。

「失礼!気を悪くしないでほしい。そういう意味で言ったのではない。A-RISEにはA-RISEの…μ'sにはμ'sのスタイルがある。それを否定するつもりはない。逆に3人とも、私たちとはまったく対照的なμ'sに、すごく興味を持っているんだ」

「そうなん?」

「前にも言ったと思うが…私たちはかなり早い段階から、注目していた。近いうちに、私たちのライバルになりうる存在になる…と」

「なんたって小悪魔のにこ様がいるグループだからね…」

 

にこの言葉に、英玲奈の時が一瞬止まった。

そして、一拍置いてから

「…そろそろ次の説明が始まるみたいだ」

と花陽の顔を見て言った。

「あ、そうですね…」

 

 

「安定のスルーにゃ」

「うるさいわよ」

「英玲奈ちんも、にこちゃんのキャラを良くわかってるにゃ」

「ふん!そりゃあ、ライバルってくらいだからね。研究してるのよ」

「にこちゃんは単なるファンだと思われてるんじゃないの?小悪魔って単語も、なんか取って付けた…」

「凛!それ以上言ったら、アンタ、こ○すわよ」

「にぁ~!アイドルにあるまじき言葉にゃ~」

小声で凛とにこがやりあう。

 

 

ほどなくして、英玲奈の言う通り、2次予選に関する説明が始まった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その10 ~ラブライサー~

 

 

 

 

「どうやら、みんな通過したようですね」

「うん。穂乃果ちゃんも通ったみたい」

「当たり前です。私の整理券を奪ったのですよ。こんなとこで落ちたら…」

「まぁまぁ、海未ちゃん、落ち着いて…」

「それより、一緒にいるのって…東堂英玲奈じゃない?A-RISEの…」

「真姫もそう思った?私も似てる人がいるとは思ってたんだけど…」

応援組の海未、ことり、真姫、絵里の4人は、なぜ英玲奈が参加しているのか知らない。

「アキバ枠?」

真姫が首を傾げながら呟いた。

 

 

ほどなくして、2次予選のルールが発表された。

 

基本的には、1次予選と変わらない。

10人ずつ前に出て、ご飯を食し、配られた用紙に回答する。

これは変わらない。

ただ先程と大きく違うのは、当てる銘柄が『5種類』に増えたことである。

 

そして、その5種類とは…

 

「ゆめぴりか…ふっくりんこ…ヒノヒカリ…出た!ミルキークイーンにゃ!」

「凛ちゃん、森のくまさんもあるよ!」

「こんなのわかる訳ないじゃない!」

「いや、にこちゃん…名前はわかってるんだから、当てずっぽうでなんとかなるかも」

「はぁ…穂乃果らしいわ…」

「まぁ、運も実力のうちやからね。…で、どうなん?花陽ちゃんはイケそう?」

「お米の特徴は頭に入ってますから、なんとかなると思います!」

「さすが、かよちん!」

「花陽ちゃん、その特徴を教えてよ!」

「高坂さん、今それを訊くのは反則では…」

μ'sから離れ損ない、その場に留まっていた英玲奈が、穂乃果の発言を咎めた瞬間、アナウンスが流れた。

 

《尚、回答順につきましては、不正防止の為、予め当方にて決めさせて頂きました。今から番号を読み上げますので、前列左から、順にご着席頂けますようお願い申し上げます。近くにスタッフがおりますので、確認できない場合はお声掛けください。では、参ります》

 

「どうやら、花陽ちゃんの緊急講義は聴けないみたいやね…」

「うう~ん、残念!」

穂乃果は足をジタバタさせて悔しがった。

 

予選通過者は67人。

1次予選同様、10人一組(最後は7人)で席に着く。

ただし、アナウンスの通り、読み上げられた番号はランダムだった。

 

 

その結果…

 

 

1組目に凛。

「かよちん、先に行ってるにゃ~」

「うん、凛ちゃん!またあとで」

凛が元気に前方へと走っていく。

 

2組目に希。

「ほな、お先に…。あ、花陽ちゃん!」

「は、はい?」

「頑張りや。希パワー、注入!はい、プシューっ!!」

「いただきましたぁ!」

「え~と…小泉さん…今のは?」

「一種のおまじない…ですね」

花陽は英玲奈の問いかけに、微笑んで答えた。

 

4組目には穂乃果。

「じゃあね、花陽ちゃん!ファイトだよ!」

「穂乃果ちゃんも頑張ってねぇ」

手を振り見送る花陽。

「え~と、小泉さん…」

「はい?」

「なぜ、みんな、あなたに挨拶していくのだ?」

「そ、それは…」

「なに言ってるのよ!リサーチが足りないわね…ウチの『お米担当』って言ったら花陽に決まってるじゃない」

「に、にこちゃん…恥ずかしいよ…」

「お米担当?」

「ここにいる小泉花陽は何を隠そう『三度の飯より白いご飯が好き』な…正真正銘の『ラブライサー』なのよ」

「『三度の飯より白いご飯が好き』って、使い方おかしいかも…」

「ラブライサー…ラブライスか…なるほど、良い言葉だな」

「つまり、今日は花陽にとって、うってつけの舞台」

「そういうことか。やはりμ'sは侮れない。つまり、私が今倒すべき相手は、リーダーの高坂さんではなく、小泉さんということか…。だが、そのラブライサーの称号は譲れないな」

心なしか英玲奈の口調に熱が帯びている。

「私も遊びでこのイベントに参加した訳ではない」

「ほら、ここは花陽がガツーンと言わないと!」

「あの…」

「なに?」

「…3人とも番号…呼ばれちゃいました…」

花陽が、申し訳なさそうに進言した。

 

…ということで、6組目に…にこと花陽…英玲奈…。

 

「花陽!負けるんじゃないわよ!これはμ's対A-RISEの、いわば前哨戦。なんとしても勝つのよ」

「受けて立とう。まさか、ここでμ'sとやりあうとは思っても見なかったが…。そして、その相手が小泉さんだとも」

移動した席上でも、にこと英玲奈は舌戦を繰り広げている。

花陽を挟んで左から3人目に英玲奈。

右から3人目ににこ。

自分の頭越しに交わされる熱い言葉の応酬に、困惑気味の花陽…。

 

 

《すみません、整理番号5番と148番の方、お静かに願いますか》

 

 

「あっ!」

にこと英玲奈は同時に声をあげ、静かに腰を下ろした。

 

 

 

「今、注意されたのは…にこですね」

「みたいね…」

「もうひとりは…A-RISEの統堂英玲奈さん?」

「揉め事を起こさなければいいのだけど…」

遠巻きに様子を見ている海未、真姫、ことり…そして絵里が口々に呟いた。

 

 

 

 

 

つづく



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先輩禁止! その11 ~おかしな2人~

 

 

 

 

「どうやった?」

先に回答を終えて休憩室にいた凛のもとに、希がやって来た。

「激ムズにゃ~!…希ちゃんは?」

「自信があるのは…ミルキークイーンくらいやね」

「凛はどれもサッパリにゃ」

ショボンと項垂(うなだ)れる。

「まぁ、何事も経験やからね」

希はドリンクバーからアイスティーをチョイスし、口へと運んだ。

 

「凛ちゃんと2人きり…って、珍しいやね」

「えっ?2人きり?」

希が部屋に入ってきた…ということは、既に20人が回答を終えたわけだが…確かに他に知り合いはいない。

なるほど、そういう意味では、2人きりと言えなくもない。

「ホントにゃ。珍しいかも」

「ウチなぁ…前々から、凛ちゃんに訊きたいことがあって…」

「にゃ?」

「…いや、凛ちゃんにとって、その…の存在は…」

「む?良く聞き取れなかったにゃ?何の存在にゃ?」

「その…」

 

あかん!希!今ここで訊く話やないやろ?

でも、凛ちゃんと2人きりなんて、滅多にないチャンス!

本心を訊くなら今しか…

いやいや、そやけど…そうなんやけど…

 

「希ちゃん?」

「えっ!あ…」

「何か変だにゃ」

「変かな?」

「なんか悶えてたにゃ…」

「悶えてた!それは変やね…やっぱり…」

「らしくないにゃ…」

「そ、そうやね…。それなら、ズバリ訊けど…」

「?」

「凛ちゃんにとって…」

「凛にとって?」

「はな…」

「はな?」

「はなよ…」

「はなよ?」

「はなよ…花より団子…って好きな言葉?」

「にゃ?にゃ?…『にゃにそれ?意味わかんにゃい!』…どう?凛ちゃんバージョン…初披露なんだけど」

「ん?うん、いいやん、いいやん」

「…じゃなくて、ホントに質問の意味がわからないんだけど…」

「そやね…ウチもおかしなことを訊いたなぁ…って思ったけど…」

「そうだな…凛は『花より花陽』だよ」

「うまい!さすが凛ちゃん、面白いこと言うやん」

「ん?何の話?」

「あ、穂乃果ちゃん!終わったんやね…」

希は穂乃果が来て、ホッとした表情を見せた。

ちょっとした気の迷いで、危うく凛に、花陽への気持ちを確かめるところだった。

 

うまく、ごまかせたやろうか…

しかし、凛ちゃんは手強いねぇ…

花より花陽とは…相当やね…

 

「う~ん、全然わからなかったよう!わからないから『どれにしようかな…』してきた」

穂乃果は悪びれもせず、微笑む。

「それで通ったら、穂乃果ちゃんは神様にゃ」

「もしくは悪魔か…。むふふ、スピリチュアルやね」

「あぁ、喉渇いちゃった。希ちゃんは何飲んでるの?アイスティー?凛ちゃんは?コーラ?穂乃果は何にしようかな…」

そう言いながらドリンクバーへと向かって行った。

「あとはかよちん待ちだね」

「『♪かよちんなら、いつの日も大丈夫!』」

希が何気なく口ずさんだ。

そのメロディに合わせて、凛は軽くジャンプした。

周りの視線が、一瞬にして凛に集まる。

「にゃ、つい跳んじゃった…」

顔を赤くして小さくなる凛。

だがすぐに希の耳元で

「かよちんだったら…『♪隣にキミがいて』…じゃなくて…『隣にコメがいて…隣はコメなんだ…』だね」

「ぷっ!いや、凛ちゃん、それはダメや。これからキミって歌詞があったら、全部コメに脳内変換されちゃうやん」

凛と希は顔を見合わせて、クスクスと笑った。

 

「あれ?あれ?穂乃果に内緒で、なに話してるの?」

片手にお茶を持って戻ってきた穂乃果が、2人に問う。

「さぁ…ね」

と希が笑いを堪えながら、凛に顔を向けた。

すると凛が

「さぁ…今、希ちゃん、さぁ…って言った?」

「言ったけど…」

「『♪さぁ、コメを抱き締めたら、上を向いて…』」

「『夢』やし!」

そう言って、2人は、また顔を見合わせて笑った。

「えっ、なに?なに?」

「いや、なんでもないんよ。凛ちゃん、その替え歌はもう止めにせんと…」

「わかってるにゃ。自分でもくだらないと思ってる…『♪悔しいなまだ No brand ! 知られてないよ No brand!なにもかもコメから…熱い気分』」

「『これから』やって…って、凛ちゃん!」

「止まらないにゃ~」

 

いわゆる『ツボにハマった』という状態のようだ。

希も凛も、お互いの顔を見ては「にゃはは…」と笑い合う。

 

穂乃果だけが不思議な顔をして、2人を見ていた。

 

「ところで…にこっちは平気なんやろか…」

と希。

やっと『おかしな状態』から復帰したようだ。

「にこちゃん?」

「そういえば、なんか後ろの方で声が聴こえたにゃ」

「マイクで注意されてたよね」

「何かあったのかにゃ?」

「常にアイドルを意識してるにこっちやから、公衆の面前で変な真似はしないと思うんやけど」

「そうだよね…」

と言っているうちに、にこと花陽が休憩室に入ってきた。

 

「にこっち、どうやった?」

「訊くだけ野暮ってものよ…」

「かよちんは?」

「たぶん大丈夫じゃないかな?」

「だよねぇ、だよねぇ!さすが花陽ちゃん!」

「そういうみんなは?」

「凛はダメダメだったにゃ…」

「ウチも…」

「穂乃果はねぇ…」

「神頼み…やって」

「先に言われちゃった…」

「神頼みはアンタじゃないの?」

「ここでカードなんか使えないやろ…」

「そりゃそうね」

「あれ?英玲奈さんは?」

「さぁ…」

「さぁ…って、にこっち、何か揉めてなかった?」

「別に揉めてなんか…。ただちょっと花陽に頑張れって言っただけよ。そうしたら『ラブライサーの称号は渡せない』…とか言っちゃって」

「カズレーザー?」

「ラブライサー!!どういう耳してるのよ…」

「へへへへ…。でも、英玲奈さんて、そういうキャラだったんだ。もっと無口でクールな人かと思った」

「海未に似てるとこがあるかも。意外と熱いよ、花陽に対抗心剥き出しにしてたもの」

「それはにこちゃんが煽ったから…」

「海未ちゃん似?う~ん、それはちょっとヤダな…」

 

 

 

「は…はっくしょん!はっくしょん!」

「海未ちゃん、大丈夫?風邪?」

「いえ、そんなハズは…誰かが私の噂をしてるのでしょう」

「2回続けて…って良くない噂っていうけど」

「真姫、それは初耳だわ」

「知らないの。くしゃみが1回で良い噂。2回は悪い噂。3回目は…」

「3回目は?」

「風邪。そうしたらすぐ医者に行きなさいよ」

「ハラショー!」

「私が診てあげてもいいけど」

「まぁ、穂乃果でしょうね…」

「海未ちゃん、決めつけるのはよくないよ」

「いいえ、間違いありません。穂乃果です」

 

 

園田海未、正解!

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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先輩禁止! その12 ~ゴブンノニ~

 

 

 

 

 

休憩室から再び外に集められた67人に、アナウンスが流れる。

 

 

《それでは、大変お待たせ致しました。見事全問正解した…決勝進出者を発表致します》

 

 

参加者、観覧者からワァーと歓声が上がった。

 

 

《番号を呼ばれた方は、ステージまでお越し願います》

 

 

「いきなり?」

「正解発表はないんやね」

「ドキドキしちゃうね」

「たぶん『呼ばれない』…ってわかってても『もしかしたら』…って期待したゃうよね」

「穂乃果ちゃんはないにゃ」

「決めつけないでよう」

「シーッ…また注意されるわよ」

「それは、にこちゃん、自分にゃん」

 

 

《では発表します!決勝進出者、ひとり目は…整理番号…5番!》

 

 

「英玲奈さんだ!!」

μ'sの5人が同時に叫ぶ。

すると、どこからか英玲奈が現れた。

「あっ!」

その姿を見て、一同は再び同時に声をあげた。

英玲奈はA-RISEのステージ衣装を纏っていた。

「そういえば、サプライズライブやるって言ってたっけ」

穂乃果がヒソヒソ声で囁いた。

サプライズ…というからには、周りには知られちゃいけないんだろう…と穂乃果なりに気を使ったようだ。

「姿が見なかったのは、着替えていた…ってことなのね」

「しかし、あの格好はインパクトあるわね。アタシたちも衣装でくれば良かったんじゃない?」

「にこちゃん、凛にはそんな勇気ないにゃ~」

「わたしも…」

 

 

《最後…146番!以上、5名です》

 

 

「ん?今、146番って言ったよね?」

「言いましたね…あっ!」

「かよちん通過にゃ!」

「花陽ちゃん、おめでとう。ほら、ステージに早くいかないと」

「は、はい。でわ…行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」

希ほか3名、にこやかに手を振り、花陽を見送った。

「やっぱりダメだったねぇ」

「まぁ、ウチらにサプライズは起きなかった…ってことやね」

「お疲れさま」

「あ、絵里ちゃん!」

花陽の通過…というか、ほか4名の落選を受けて、応援組が合流してきた。

「しかし、花陽は大したものですね。本当に残るとは」

海未が、なかば呆れたような口調で呟いた。

「好きこそ、ものの上手なれ…っていうからね。まぁ、当然じゃない」

「なんで、にこちゃんが威張ってるにゃ?」

「花陽にこのイベントを教えたのは、このアタシよ。当然でしょ!」

「それより、あそこにいるの…」

にこの言葉をスルーして、真姫が希に訊いた。

「そう、A-RISEの統堂英玲奈。このイベントには、個人的に参加したんやって」

「なかなかの強敵よ」

と再びにこ。

「へぇ…アキバ枠じゃなかっんだ」

「それなら、どうして、A-RISEの衣装を着ているの?」

「ことりちゃん、それはね…」

と穂乃果が応援組に、これまでの事情を説明した…。

 

しばらくして、花陽が戻ってきた。

応援組から「おめでとう」の言葉を掛けられ、照れる花陽。

「かよちん、格好いいにゃ~」

「期待してるわよ」

「うん…」

「どうしたの?元気ないじゃない」

「それがね…決勝の様子は…インターネットで生中継されちゃうんだって…」

「えぇ!?」

声を揃えて驚くメンバー一同。

「それはちょっと、緊張しちゃうというか、なんていうか…」

「なに言ってるの!?花陽はμ'sとして何回ステージに立ってるのよ。言ったでしょ?これはA-RISEとの前哨戦なんだって。向こうの代表が統堂英玲奈なら、こっちの代表は小泉花陽。アタシたちの代わりに戦ってもらうんだから…そんなことでビビって負けるなんて、このアタシが許さないんだから」

「に、にこちゃん…」

「にこちゃんの言う通りだよ。花陽ちゃんは、もう半年前の花陽ちゃんじゃないんだよ。みんなの前で歌って、踊って…プレッシャーも楽しんできたじゃない!もっと自分に自信を持っていいんだよ」

「そうね。A-RISEとの前哨戦はひとまず置いておいて…花陽の得意ジャンルなんだから、思いきり暴れてきなさいよ」

「穂乃果ちゃん…絵里ちゃん…みんな…。う、うん、頑張るよ」

「じゃあ、みんなでやりますか…。せ~の!」

 

 

「ファイトだよ!!」

 

 

掛け声に合わせて、発声したのは…言い出しっぺの自分…穂乃果だけだった…。

 

 

「う、裏切り者…」

「あ、いや…ごめんね、穂乃果ちゃん。その、心の準備が出来てなかったから…」

「そうです。こんな公衆の面前で、いきなりそれは…」

「わたしも急で…」

「海未ちゃんもことりちゃんも、何年の付き合いになるのさ!酷いよ!酷いよ!」

駄々っ子のように、手足をバタつかせる穂乃果。

 

 

「あそこにいるのは…μ'sか?」

穂乃果たちの様子に気付き、それをステージ袖から眺めている人物がいた。

 

綺羅ツバサと優木あんじゅだ。

 

「さすが、μ'sのセンター。私服でもその存在感は圧倒的。私のライバルになりうるだけのことはある」

ツバサの呟きに、あんじゅは思った。

 

ただ騒がしいだけじゃないのかしら…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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先輩禁止! その13 ~愛・米・味~

 

 

 

 

 

時刻はまもなく 、午前10時を迎える。

決勝に勝ち残った花陽は、メンバーと離れ、ステージへと向かった。

 

その後、花陽と英玲奈の他、男性が2人、女性1人…計5人は、スタッフからプロフィールのヒヤリングや、段取り等の説明が行われた。

 

A-RISEの…白い衣装を身に付けた英玲奈の姿はやはり目立つ。

地元秋葉原だけに、早くもその存在に気付いた観客がいるようだ。

スマホをかざして写真を撮っている様子が散見される。

 

ステージの左右に置かれた大きめのスピーカーからは、音楽が流れ始めてきた。

 

花陽がインターネットで配信されると言っていた通り、いつの間にかカメラマンがステージ上に2人、観客がいる道路側にも2人。

こちらは、高さ1m程の台の上に乗っている。

 

スタッフのマイクチェックが行われたあと、スピーカーから聴こえていたBGMが消えた。

 

それが、決勝が始まる合図だということ、なんとなく観客にも伝わった。

会場のざわめきが、一瞬、静寂に変わった。

 

 

「はい、みなさん、こんにちわ~」

その静けさを蹴破るように、ステージ上手(かみて)から、マイクを持ったテンションの高い女性が現れた。

少し茶色がかった髪をポニーテールにしている、やや細身のメガネ美人。

しかし、声量は予想外にパワフルだ。

 

「本日はアキバ○○プレゼンツ『愛・米・味(アイマイミー)フェスタ ~このお米はなんじゃろな~』にお集まり頂き、誠にありがとうございます!」

 

 

「このイベント、そんな名前だったんだ…」

と穂乃果。

 

 

「さて、ステージ上には、既に2回の予選をクリアされ、見事決勝に進出された5名の方々がいらっしゃいます。早速、お話を聴いて参りましょう!」

女性司会者はそう言うと、ステージ後方で待機していた5名に、前へ出るよう促した。

「では、こちらから…お名前と年齢、意気込みをお願い致します」

「はい、統堂英玲奈…18歳。優勝目指して頑張ります…」

そう話し終わるか終わらないうちに、観客から「英玲奈さ~ん!」の黄色い声が飛ぶ。

「おっと!いきなり凄い声援です。そうなんです、実は統堂さん、ここの目の前にある高校の…スクールアイドル…A-RISEのメンバーなんですよね!」

「えっ?…あぁ…まぁ…」

割りと控え目な返事。

 

それを聴いた…花陽の隣に並んでいた男が「チッ!デキレースかよ…」と小さく呟いた。

 

「A-RISEと言えばスクールアイドルの甲子園とも言える『ラブライブ!』の2連覇が懸かるわけですが…」

「まだ地区予選を突破したわけではないですし…他の学校も力があるので…」

と、軽く花陽をチラ見した。

「そう甘くはないと思いますが、精一杯頑張ります」

 

 

「さすが統堂英玲奈。イメージ通りのクールなキャラに仕上げてきたわね」

とにこ。

「キャラに仕上げたって…そんなんやないでしょ?」

希が苦笑した。

「あぁいう受け答えは、司会者泣かせだね。真姫ちゃんみたいにゃ」

「なんでそこに私が出てくるのよ…」

真姫が凛を軽く小突いく。

 

 

「…はい、ありがとうございました!…それでは次の方に参りましょう…」

 

このあとメイド喫茶で働いているという自称『ミカリンスキー(21歳、女)』、IT企業の役員だという『水谷(33歳、男)』、そして、英玲奈の時に舌打ちした、食レポブロガー『湯川(28歳、男)』が、それぞれのプロフィールを交えて紹介された。

 

そして…

「はい、最後の方です。お名前と、お歳、豊富をお願い致します」

「は、はい…こ、こ、小泉花陽です。15歳です」

マイクを通しても、聞き取れないほど小さな声。

「小泉花陽さん、15歳!若い!」

すかさず司会者がフォローした。

 

間、髪を容れず

「かよち~ん!!」

「花陽ちゃ~ん!!」

「花陽~!」

の3バカ…いや、凛、穂乃果、にこの大きな声が会場に響き渡る。

 

「お友達かな?元気いいねぇ!そういえば…資料によると小泉さんもスクールアイドルやってるんですね」

「えっと…は、はい…」

「名前は?」

「μ'sです」

「薬用せっ…」

「違います!」

 

 

「かよちん、ツッコミ、早いにゃ!」

「さんざん言われ続けてきたからねぇ」

穂乃果が笑う。

「条件反射ね」

と真姫。

 

 

「やっぱり、スクールアイドルをやってるということはラブライブ!の出場が目標ですか」

「は、はい…もちろん、それはそうですが…その前に…今日は統堂英玲奈さんに勝って、優勝します!!」

その瞬間、英玲奈がニヤリと笑った。

 

 

「おぉ!花陽ちゃん、言うねぇ!」

「かよちん、優勝宣言、スイッチが入ったにゃ~!」

「まぁ、花陽も成長したってことね」

「にこっち、嬉しそうやね」

「そりゃあ、可愛い後輩だもの」

「それだけ?」

「希、どういう意味よ?」

「いや、別に…それより、応援、応援」

「花陽ちゃん、頑張れぇ!」

珍しくことりが、大きな声で叫んだ。

「ことり…」

その声にびっくりしたのは海未だった。

「ことりもそんな声が出せるのですね?」

「なんか自然に出ちゃった。本当に頑張れって思ったから…」

「ならば私も負けないですよ…。花陽~!」

「花陽ちゃ~ん!」

「かよち~ん!」

「花陽~!」

ことりのコールが呼び水になって、μ'sのメンバーが口々に花陽の名前を叫んだ。

 

 

「あらあら、A-RISEに負けず劣らず大人気ですね。この声援に負けないよう頑張りましょう!」

まだμ'sのことを知らない司会者は、5人目の決勝進出者の紹介を、そう締め括った。

 

 

当の本人…小泉花陽は…自分の名前が大声で連呼され…嬉しさ半分、恥ずかしさ半分…少し泣きそうになっていた…。

 

 

誰かたすけてぇ…

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その14 ~花陽のハナ~

 

 

 

 

決勝戦の前にルール説明がなされた。

2部構成で行われ、前半戦は全10問の書き問題。

正解数の多い上位2名が、後半戦に進める。

 

その後半戦は3ポイント先取の早押し問題。

 

問題となる米の銘柄は、予選に登場した8品種と限定された。

これは不正解が続出して、イベントそのものがグダグダになるのを避けたものだと思われる。

裏を返せば、本当に「その世界の№1を決める」ような…そこまでマニアックな催しではないとも言えた。

 

 

「順調に後半戦に進めたとして…カギは早押しね」

絵里が心配そうに呟く。

「大丈夫。いざという時の花陽のダッシュスピードは、尋常じゃないんだから」

「にこ…。そうね…信じましょう」

「今のウチらには、静かに見守ることしかできないけどね」

「大丈夫。やるわよ、花陽なら」

にこは確信に満ちた表情をしていた。

 

 

ステージには5人の解答席が、横一列に並べられた。

その両端に、英玲奈と花陽。

 

「では、これより決勝戦を行います!イェイ!」

相変わらず女性司会者のテンションは、無駄に高い。

敗退者も含め、観客はそこそこ集まっているのだが、拍手はまばらだった。

 

「お集まりの皆さんも、もう少し盛り上がっていきましょう!」

恐らくこういう現場は慣れているのだろう。

あまり気にしていない様子だ。

 

「早速、第1問目と参りましょう!皆様の実力がいかほどのものなのか、まずは小手調べです。今からおにぎりをお配りしますので、こちらを食べて頂き、お米の銘柄を当ててください」

スタッフが海苔の付いていない、三角形のおにぎりを、各人に配膳する。

 

「シンキングタイムは20秒。解答はフリップにお願い致します。書き終わったら、ペンを置いてください。では、いきますよ…第1問!…レディ…ゴー!」

5人はそれぞれ一口食べただけで、すぐに解答を書き始めた。

 

「おぉ、さすがに早い!スラスラ、ペンが動く…はい、そこまでぇ!一斉にフリップを見せてください…。コシヒカリ、コシヒカリ、コシヒカリ、コシヒカリ…コシヒカリ…。全員、コシヒカリ!果たして正解は…」

司会者が、手にしたバインダーに挟まれた紙の文字を確認する。

 

そして…

「コシヒカリ!お見事!」

 

おぉ!

…と先程よりは大きな拍手が起こった。

 

「まぁ、これは予選をクリアした皆様には、サービス問題のようなもの。当てて当然というとこでしょうか。しか~し!…ここから残り9問…段々難易度が上がっていきますので、頑張ってくださいねぇ!」

時折、アクセントを強めながら、淀みなく進行をしていく司会者。

 

「…それでは、第2問!同じようにおにぎりを食べて、銘柄を当ててください。ただし先程と違うのは…今回のは塩がふってあります。果たしてその味に誤魔化されずに、正解を導きだすことが出来るのでしょうか…。準備はいいですか?…第2問!…レディ…ゴー!」

1問目同様、各人、口にするや否や、すぐに解答を書き始める。

 

「あきたこまち、あきたこまち、あきたこまち、あきたこまち…あきたこまち…はい、正解!!」

 

 

 

このような形式で、焼おにぎりや、お茶漬けやチャーハンなどに姿を変えたご飯が出題され、8問目まで終了。

問題が進むごとに、観客の感嘆の声と拍手が大きくなっていく。

 

ここまで4名が全問正解…ポイントに差はない。

自称「ミカリンスキー」のみ、6問目に躓き、7、8問目と3連続で不正解。

この時点で敗退が確定した。

 

 

 

「続いて、9問目。難易度がグッと上がります。皆様は目隠しをして、ご飯の匂いを10秒間嗅いで頂きます。その匂いだけで、解答をしてください。今回は食べることができません。よろしいですか…」

ひとりひとりにスタッフが付き、解答者はアイマスクを装着させられた。

 

「では、10秒間…いきますよう。ハイ、スタート!イチ、ニィ、サン…ジュウ!おっしま~い!アイマスクを外して、答えをフリップにお書きください!どうぞ!」

さすがにこれは簡単にはいかないようで、各々、時間いっぱいまで考えてから書き込んだ。

 

「さぁ、皆さんの解答を見てみましょう!統堂さん…ゆめぴりか…。水谷さんも、ゆめぴりか。湯川さんは…コシヒカリ…。小泉さん…ゆめぴりか!…なんと、湯川さんのみ、コシヒカリ!これが正解なら、湯川さん、一歩リード!!」

 

この展開にμ'sのメンバーも固唾を飲んで、ステージを見つめている。

8人全員が手を組み、祈っていた。

 

「正解は…」

女性司会者が持っていたバインダーを覗き込む。

「ゆめぴりか!!統堂さん、水谷さん、小泉さん正解!」

 

おぉ~!!

このイベントが始まってから、一番のどよめき起こった!

 

μ'sのメンバーも、思わずガッツポーズ!…からの…ハイタッチ!

「ハラショー!」

「かよちんのご飯センサーは、ハンパないにゃ!」

「犬並みの嗅覚だねぇ」

「穂乃果ちゃん、それ、誉めてるのかな?」

ことりは笑顔のまま、首を傾げた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その15 ~負け犬の遠吠え~

 

 

 

 

気が付くと、会場はかなりの人が集まってきた。

 

「さぁ、いよいよ、前半戦、最後の問題です!」

 

始まった頃は疎らだった歓声や拍手も、司会者の発する言葉ひとつひとつに反応がみられる。

 

「ここまで統堂さん、水谷さん、小泉さんが全問正解で一歩リード。これを1ポイント差で湯川さんが追う展開」

 

英玲奈さ~ん!の声援があちこちから飛ぶ。

「さすが統堂英玲奈やね。知名度がある」

「その中で、宣言通りに戦ってるのも、たいしたものだわ」

と絵里。

「それに比べ、花陽の知名度はまだまだだね…」

「にこっち、花陽ちゃんの知名度っていうより、μ'sの知名度やない?」

「だからこそ、花陽には、この戦いに勝ってもらって、μ'sの名前を世の中に知らしめるのよ」

「大丈夫。堂々と渡りあってるよ、花陽ちゃん」

穂乃果の言葉に、うんうんと頷くメンバー。

 

「では、参りましょう!最後の問題!

先程と同様、匂いだけで当てていただきます」

 

4人はアイマスクを着けて、再び難問に臨んだ。

 

「解答、オープン!統堂さん…森のくまさん、水谷さんはミルキークイーン、湯川さんは…ヒノヒカリ、小泉さんは…森のくまさん!割れた!答えは3通り!森のくまさんなら女子2人が後半戦進出決定!ミルキークイーンなら水谷さんが進出決定。統堂さん、小泉さんが次点となり…くじ引きで1人を決めます」

 

くじ引きかよ…と会場がザワついた。

 

「湯川さん正解なら全員同点の為、4人で…、全員不正解でも、統堂さん、水谷さん、小泉さんでのくじ引きとなります」

 

「…くじ引きは嫌だねぇ」

「大丈夫、そうはならないにゃ!」

 

「運命を分ける最終問題の答えは…」

 

ドラムロールは鳴らない。

しかし見守るメンバーの頭の中には、確実にその音が再生されていた。

 

 

 

「…森のくまさん!!統堂さん、小泉さん、後半戦進出、おめでとう!!」

 

 

 

うわぁ!…とも、きゃあ!…ともつかない歓声が上がる。

まるで自分のことのように、跳び跳ねて喜ぶメンバー。

「かよちん、すごいにゃ…」

凛の目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「まぁ、アタシはやると思ってたけどね」

「にこっちだけやないよ。ウチもそうや」

「みんなそう思ってたよ」

そう言ったことりの目も少し潤んでいた。

 

 

その時だった。

 

 

 

「ふざけんな!こんなの八百長だ!」

ステージ上から男の叫び声が響いた!

 

 

 

その主は湯川。

花陽の隣にいた男。

解答席から立ち上がり、前へと歩き出す。

 

ざわつく場内。

女性司会者も、あまりに突然のことで、言葉を失い、ただ湯川の姿を目で追っているだけ。

湯川はそのままマイクを奪う。

 

「おかしいだろ?こっちはプロだ!こんなガキ2人に負けるワケがねぇ!しかも地元のスクールアイドルだぁ?こんなの完全にデキレースじゃねぇか!」

 

「違う!」

「違います!」

湯川の言葉に、英玲奈と花陽が同時に反応した。

「私たちは八百長などしていない!」

「そうです。そんなことしていません!」

 

会場からは湯川に向けたブーイングと『帰れコール』が始まった。

これに対しふてぶてしくも

「アンタもそう思うだろ?」

湯川は振り向くと、解答席にいる水谷に訴えた。

 

水谷はスクッと立ち上がると、ステージ前方へ歩きだし…湯川のマイクを奪った。

「湯川さん…って言ったっけ?仮に彼女たちが解答をすべて知っていたとしても…だ…アンタもオレも全問正解出来なかった。それが事実だ。違うか?」

「いや…それは…」

「オレは9問正解!アンタは…8問?つまり彼女たちの前に、オレにも勝てなかった…ってことだ。そんなこと言える資格はないんじゃないかな?ブロガーだかなんだか知らないが…今後は違う道を歩んだ方がいいな…じゃ」

水谷はそう言うとマイクを司会者に渡して、その場から歩きだした。

湯川はスタッフに捕り押さえられ、ステージをあとにする。

 

一度は戻りかけた水谷だが…すぐに引き返して、もう一度、マイクを手に取った。

「言い忘れたことがあった。後半戦に進んだ女の子2人に、もう一度大きな拍手を!」

水谷が観客を煽る。

 

大きな歓声と拍手が巻き起こった。

それには水谷に対するものも含まれていただろう。

 

 

 

兎にも角にも、こうして前半戦は終了した。

 

 

 

統堂英玲奈、小泉花陽とも後半戦進出!!

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その16 ~サラララ(サぷラいず あラいずラいぶ)~

 

 

 

 

 

「…はい…え~…少しトラブルがありましたが…気を取り直して参りましょう。…このあと後半戦を始めます」

まだ観客がざわつく中、女性司会者は自分を落ち着かせるように、息を整えながら、ゆっくりと会場にアナウンスした。

 

勝ち残った英玲奈と花陽は、ステージから姿を消していた。

一旦控え室に戻ったようだ。

 

「少し準備があるため、しばしお待ちいただきます。その間…と言っては何ですが、皆様には素敵なプレゼントがございます!」

司会者はひと呼吸置いてから、言葉を続けた。

 

 

 

「これよりA-RISEのスペシャルライブを行います!!」

 

 

 

おぉ!と男性の低い声。

きゃあ!という女性の黄色い声。

 

そして…A-RISEがステージ袖から、手を振りながら現れた。

もちろん先程まで解答者として、ステージにいた英玲奈も、合流している。

 

3人の姿を見て、さらに高まる歓声。

 

 

「サプライズって言いながら、結構ファンの人が来てるね」

と穂乃果。

「コアなファンなら、それくらいの情報持ってるわよ」

「にこちゃんも知ってたの?」

「アタシは…今、μ'sのことで目一杯よ。そんな余裕はないわよ」

「でも、目がA-RISEに釘付けにゃ」

「そ、そりゃ、長い間憧れの存在だったし…でも今はライバルだもの。見ておかないわけにはいかないでしょ!」

「ライバルか…」

穂乃果が呟いた。

「スクールアイドルを始めた当初、まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかったよ…」

…それは穂乃果ちゃんより、にこっちの方が強く感じてるんやないかな…と希は思ったが、口にはしなかった。

そんなことを言ってもにこは、素直に首を縦に振らないことが、わかっているからだ。

 

 

 

「皆さん、こんにちわ。A-RISEです!」

「お集まりのお客様は、ご存知の方が多いかと思いますが…改めて自己紹介をお願い致します」

「はい、A-RISEの綺羅ツバサです」

「統堂英玲奈…」

「優木あんじゅです」

「よろしくお願いします」

3人は同時に頭を下げた。

「私たちは、道路を挟んで向かいのUTX学園のスクールアイドルをやってます。今日は地元のイベントということで、こういう機会を設けていただき、ありがとうございます」

代表してツバサが挨拶をした。

「先程も触れたのですが…A-RISEの皆さんは、スクールアイドルの甲子園とも言われるラブライブの、前回チャンピオンなんですよね。今年は連覇が掛かりますが、意気込みはいかがですか」

「もちろん、出るからには優勝を目指しています。…ですが、全国的にレベルが上がってますし、そう簡単にはいかないでしょうね…。まずは本大会に出れるよう頑張ります」

「実に謙虚なお答えですね…」

「それより、世間的にスクールアイドルの認知度はまだまだ低いと思ってます。今日は少しでもその存在に興味を持っていただけたらな…と思ってます」

「なるほど。あ、では、準備が整ったようなので、早速…」

「あの…一言いいですか…」

司会者の進行を遮って、手を挙げたのは、英玲奈だった。

「どうしても、言っておきたいことが…。私は今日のイベントに個人的に参加したんだ。もちろん多少の自信はあったが、それでも、まさか、決勝に残れるとは思ってなかったし…、勝ち残れるとも思っていなかった。正直、この結果には自分自信でもビックリしてる…。だから…これだけは信じてほしい…決して八百長なんかじゃないんだということを…。このライブと私のイベント参加は別物なんだということを…」

普段はクールなキャラクターの英玲奈が、神妙な面持ちでそう訴えると、会場は水を打ったように静まりかえった。

 

 

 

「アタシは信じてるよぉ!!」

 

 

 

その静寂を破ったのは、にこだった。

今まで聞いたこともないような、叫びにも似た大きな声だった。

 

 

 

その言葉を合図に、堰を切ったように英玲奈を励ます大歓声が木霊した。

 

 

 

「にこっち…」

「統堂英玲奈が八百長してたかどうかなんて知らないわよ。でも、彼女が疑われたら、花陽も同類だと思われるじゃない?そんなの可哀想でしょ?」

「にこちゃん、優しいにゃ!」

「と、当然よ」

凛に頭を撫でられ、照れるにこ…。

 

 

ステージ上では、観客の声援に対し、3人が深々と頭を下げている。

そのお辞儀は1分以上も続いた。

歓声はやがて…3人のパフォーマンスを促す手拍子へと変わっていった。

それを機に、音楽がカットインする。

スピーカーから流れてきたのは彼女たちの代表曲「private wars」。

 

 

 

歌、ダンスとも完璧だった。

ところどころ、アドリブで観客を煽る仕草も見られ、余裕すら感じられた。

ステージ慣れしていると言っていい。

A-RISEはこのイベント空間を、一瞬にして、自分たちののライブ会場に変えたのだった。

そして、息つく間もなく、たて続けてにもう1曲披露した。

 

 

 

「ハラショー…さすがA-RISEね」

絵里が唸る。

「あら、前は『素人同然のダンス』とか言ってなかったっけ?」

「真姫…それはアナタたちを鼓舞するためのセリフで…。ううん、違うの…まだあの時はスクールアイドルの本質をちゃんと理解していなかったの。歌って、踊るということが、どれだけ大変か…。でも今なら彼女たちのスゴさがわかるわ」

「ウチらはあの人たちを越えなきゃ、本戦にはいけないんやね」

「頭では理解していましたが…やはり…高い壁ですね」

「希ちゃんも海未ちゃんも、今さらじゃない?」

「穂乃果?」

「A-RISEはA-RISE、μ'sはμ's。私たちはどうやっても、自分たちのできることしかできないんだしさ、較べて見たところで始まらないよ」

「その通りね。たまには穂乃果もいいこと言うじゃない」

「にこちゃん、たまには…って」

「そうね。A-RISEとは音楽性も違うし…同じフィールドで張り合っても意味ないし」

真姫は自分の髪の毛を、指でクルクルと絡めながら言った。

 

 

 

その時だった。

ステージの上から、全く予期しない言葉が飛んできた。

 

 

 

「折角だから、μ'sにも歌ってもらいましょうよ!」

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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先輩禁止! その17 ~A-RISEからのプレゼント(?)~

 

 

 

 

 

「えっ!?」

突然ステージ上から自分たちの名前を呼ばれ、穂乃果たち一同は顔を見渡した。

 

声の主は綺羅ツバサ。

何を思ったか、突然、μ'sに「1曲歌え」と呼び掛けてきたのだ。

もちろん、そんな打合せはしていない。

女性司会者も想定外といった感じで、頭に「?」が浮かんでいるようだった。

 

「μ'sの皆さん…お揃いなんでしょ?」

ツバサが、観戦していた穂乃果たちを指差す。

一瞬にして、観客の視線が集まった。

 

「目敏(めざと)いわね」

にこが呟いた。

 

「さっきも言ったけど、私たちはスクールアイドルの認知度を高めることも、ひとつの使命だと思ってるの。偶然にも、決勝に残った小泉さんは…音ノ木坂のスクールアイドル、μ'sの一員。しかも私たちと同じ地区で予備予選を勝ち上がっている者同士。だったら、今、この場所で私たちだけが曲を披露するのは、不公平じやないかしら」

ツバサは一気に捲し立てた。

 

あんじゅは「やれやれ」という表情で…、英玲奈はうっすらと笑みを浮かべて…彼女を見ている。

 

「私たちの時間を削ればいいだけのことでしょ?」

ツバサはマイク越しにスタッフに問い掛けた。

 

 

 

「穂乃果ちゃん…」

ことりが不安げな声を出す。

「ウチらにライブ会場を提供してみたり、曲を披露する場を設けてくれたり、色々と気を使ってくれるんやね」

希は苦笑いしている。

「私たちのことを買いかぶり過ぎではないでしょうか?」

「それだけ自信…というか、余裕がある…ってことじゃない?」

海未と真姫も次々に意見する。

「穂乃果…どうする?」

「絵里ちゃんはどう思う?」

「リーダーはあなたなんだから…任せるわ」

「…」

「何を悩んでるのよぅ。当然、やるべきでしょう」

「にこちゃん…」

「穂乃果、売られたケンカ、買うわよ!」

「…うん。わかった!受けよう!」

「穂乃果!」

「海未ちゃん、わかってる。リスクはあるよ。でも、それ以上に得るものは大きいよ」

「音源はどうするのです?」

「それなら持ってるわよ」

「今までの楽曲なら、この中にすべてあるから、向こうでスピーカーにさえ繋がれば音は流れるわ」

真姫が携帯の再生プレーヤーをポケットから出して、メンバーに見せた。

「ふふふ…やるしかないやん!」

「…仕方ないですね…」

「これこそがサプライズライブにゃ~!!」

「ホントに前哨戦になっちゃった…」

にこの顔は少し曳きつっている。

「にこちゃ~ん?」

「大丈夫よ。武者震いだから」

にこはことりに顔を覗かれ、慌てて伏せた。

 

 

 

「は~い!やります。音ノ木坂スクールアイドル、μ's、歌わせていただきます!!」

穂乃果の宣言に、拍手が起きる。

 

「それでこそ、μ'sだわ」

ツバサは、満足そうに微笑むと、英玲奈とあんじゅを連れ立って、袖へと消えた。

 

 

 

μ'sのメンバーがステージに向かう。

ことの成り行きを見守っていた花陽も、合流した。

「穂乃果ちゃん!」

「花陽ちゃん、大丈夫?」

「たぶん穂乃果ちゃんなら、やるって言うと思ってたから、心の準備はしてました」

「うん!」

互いに顔を見合わせ、ニッと笑う。

 

μ'sのメンバーはもちろん、全員私服。

ことりと真姫はハイヒールを履いている。

「ことりちゃんも真姫ちゃんも、それで踊れるん?」

「なんとかするわよ」

「うん、踊れなくはないと思うよ」

「でも、怪我はあかんよ…」

「それなら、私に考えがあるわ」

「えりち!」

「花陽ちゃんだって、まだお尻は万全じゃないんでしょ?」

「…」

 

 

 

「アカペラ!?」

 

 

 

絵里の提案にメンバー全員が、驚きの声をあげた。

 

「ダンスを合わせてるヒマはない、(ダンス)シューズもない、怪我人もいる…それしかないでしょう?」

「それにA-RISEとも、差別化が図れる…やね」

「その通り」

「でもアカペラの曲なんて…あっ!」

「歌えるわね…みんな!」

「穂乃果、音、外さないでくださいね。出だしが大事なんですから」

「任せて!…それじゃあ、いきますか!」

 

 

 

「会場にお集まりの皆さん、始めまして。私たちは音ノ木坂学園のスクールアイドル、μ'sです。A-RISEの皆さん、私たちにお時間をいただき、本当にありがとうございます。折角プレゼントしていただいた時間なので、精一杯、その恩に応えたいと思います。それでは、聴いてください…」

 

 

 

 

「♪愛してる、ばんざ~い!ここでよかった…私たちの今がここにある…」

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その18 ~デキた妹~

 

 

 

 

 

ピンポーン…

玄関のチャイムが鳴る。

「あ、来た、来た …」

エプロン姿のにこが、いそいそとドアを開ける。

すると、そこには立っていたのは…花陽だった。

「お待たせしました…」

少し息を切らしている。

「それ、家から持ってきたの?」

「はい、いいトレーニングになりました…」

そう答えた花陽の腕には、10kgの米が抱えられていた。

「や、やるわね…。まぁ、それよりあがって…」

「は、はい。では、失礼します…」

室内に入ると『小さいにこ』が3人出迎えた。

「あ、花陽さま、こんにちわ」

「花陽お姉さま、こんにちわ」

「はなよねーたま、こんにちわぁ」

「こころちゃん、ここあちゃん、こたろうくん…だっけ?こんにちわ。みんな元気かな?」

「はい、お陰さまで。それよりも、花陽さまは『お米の大会』で優勝されたそうで…おめでとうございます」

「あ、ありがとう。今日はね、その時にもらったお米を持ってきたんだよ。新米だから、すごく美味しいよ!」

「本当にいいの?」

コンロでお湯を沸かしているにこが、花陽に訊いた。

「もちろんです!元々はにこちゃんが教えてくれたイベントですし、これくらいのことでしたら」

「そういうことなら、遠慮なくいただくわ」

「はい!」

花陽は優しく微笑んだ。

 

 

 

利き米コンテストの決勝。

 

A-RISEの統堂英玲奈と3ポイント先取の早押し勝負に挑んだ花陽は、3対2で激闘を制し、見事に優勝商品の米俵2俵(米120kg)をゲットしたのだった。

ちなみに米俵自体はダミーだったのだが、翌日には10kgの米が12袋、自宅に配送されたのである(主催者側は、ひと月に10kgづつ…と考えていたようだが、花陽の希望で『一括納入』されたのは言うまでもない)。

 

花陽が今、にこの家に運んできたのは、その『12分の1』なのである。

 

 

 

「ここじゃ、落ち着かないでしょ?アタシの部屋に行こうか…」

「あ、お姉さま、私たちはお出掛けしますので、気になさらずに…」

「そう?遊びに行ってもいいけど、時間までには帰ってくるのよ」

「はい、お姉さま!行って参ります。ここあ、こたろう、お出掛けするわよ」

「はい!」

「あ~い…」

「では、私たちは、しばし公園で遊んで参りますので…花陽さまはどうぞごゆっくりと」

「あ、ありがとう…気を付けてね」

花陽は3人を笑顔で見送った。

「気を使わせちゃったかな?」

「デキた妹でしょ?」

「本当にしっかり者だね、こころちゃん」

「ま、まぁねぇ~。姉の教育がいいから」

「うん、そうなんだろうね」

「あれ?否定しないのね…。凛なら真っ先に『それは違うにゃ~!』とかいうのに…」

「あははは…凛ちゃんはにこちゃんのこと好きだからねぇ。つい、言いたくなっちゃうんだよ」

「ナメられてるだけじゃない?」

「慕われてるんだよ」

にこは急須にお湯を注ぐと、湯呑みとお茶菓子を盆に乗せ、自分の部屋へと移動した。

花陽も後を着いていく。

 

 

 

にこの部屋。

 

 

 

花陽はついこの間、メンバーと訪れたばかりだ。

…というより「押し掛けた」が正確な表現か。

 

ピンクを基調とした乙女チックな室内は、男子がひとり取り残されたら、恥ずかしさのあまり、数秒で部屋を出てしまうだろう。

 

こっちの方がよっぽど落ち着かないよね…と心の中で苦笑する花陽。

 

壁にはμ'sのポスターが貼られている。

しかし前回と違うのは『顔に細工がされていない』ということだった。

 

「い、一応『にことバックダンサー』は、終わったから…」

花陽は一言もそのことには触れなかったが、にこは自ら言い訳っぽく呟いた。

「妹さんたち、理解してくれた?」

「どうかしら?まぁ、あの子たちもバカじゃないからねぇ…」

「受け入れてくれるといいね?」

「それはアンタたち次第よ」

「ん?」

「μ'sがラブライブに出場できるかどうか…にかかってるんだから」

「確かに…」

にこが偶然とはいえ、A-RISEが出場した利き米コンテストで、やたら『前哨戦』と拘(こだわ)った理由は、そこにあるのかも知れない。

 

「あ、お米…ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

「正直、助かるわ」

「はい」

「念の為に訊くけど…同情…じゃないでしょうね?」

「えっ?」

「確かに『優勝したら、分け前をよこしなさいよ』とは言ったけど」

「そんなつもりで持ってきたわけじゃ…」

「母子家庭で子だくさん=にこの家は貧しい…みたいに思われるのは、アイドル好きを否定されること以上に、屈辱的なことだから」

「にこちゃん…。母子家庭で、妹弟(きょうだい)が多い…っていうのは、ビックリしたけど、貧しいとは思ってないよ」

「まぁ、アンタならそう言うわよね」

「いや、他のメンバーだって…。じゃなきゃ、自分の趣味に、あれだけのお金、注(つ)ぎ込めないもの」

「ん?なかなか痛いとこを突くじゃない」

にこはハッハッハッと高笑いした。

…が、すぐに

「と、言いつつ結構節約してるんだから」

と花陽の耳元で囁いた。

 

苦労してるとは思われたくないが、苦労してることは認めてほしい。

実に複雑な心情である。

 

花陽は、にこがことあるごとに、見栄を張ってしまう行動パターンの一端を理解した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その19 ~出る杭は打たれる~

 

 

 

 

 

「さて…と…。せっかく花陽が来てくれたから『昨日のライブ』の様子でも見てみようか?」

「はい!」

にこはそう言うと、机の上にあるパソコンを立ち上げた。

 

「♪にっこにっこに~!」

 

「今の起動音?」

「何よ、別にいいじゃない!」

「そうだけど…」

徹底してるなぁ…と顔がニヤけてしまう花陽。

「μ's、アキバ、サプライズライブ…と…これね」

「あ、昨日からまた再生数が増えてる…」

「まぁ、アタシも何回も見ちゃうからアレだけど」

「はい、私もです」

「どれどれ…」

 

 

《アカペラかよ、やるな!》

《ホントにガチ?打合わせ無し?なら、即興でこれだけ出来れば、たいしたもんだ!》

《誰だよ、コイツら》

《ツインテールの子、可愛い》

《いい曲ですね。μ'sの作品はどれも素敵ですが、こういうのがあると、幅が広がりますね》

《なにコレ?感動した!!》

《なんか聴いてたら急に涙が出てきた》

《小悪魔がひとり混じってる》

《A-RISE推しだけど、ちょっと浮気しそう》

《歌、下手すぎだろ》

《みんなの私服が見れて、得した気分になりました!衣装とは違って、それぞれの個性が際立っていましたよ!》

《μ's…神だわ。予選突破間違いないね!》

《1番右の子の服、センスいい!》

《第一声で寒イボ立った…》

《こんなん演出に決まってんじゃん…》

《しゃしゃり出てくるな!》

《合唱コンクールw》

《まさかのμ's登場。A-RISEの神対応に感謝!》

《普通にいい曲だと思います》

 

 

 

「コメント見ても、概ね、好評ですね」

「結構A-RISEファンからの中傷コメもあるけど」

「まぁ、それは仕方ないです…が…ところどころ、にこちゃんのコメも混じってますね…」

「ん?」

「それもかなりの数で…」

「それはさておき…」

「あ、ごまかした…」

花陽が苦笑いをした瞬間、にこが急に真面目な顔をした。

「?」

「…花陽はさ、なぜA-RISEが私たちに曲披露の機会を与えたと思う?」

「そこに戻りますか…」

花陽は首を傾げて、う~ん…と唸った。

 

 

 

μ'sがアカペラで曲を披露して『元々A-RISEの為に設定された』ライブの時間は終了した。

決勝戦後半に臨む、英玲奈と花陽はそのままステージに残ったが、スクールアイドル2組は、先程まで参加者が使用していた控え室に通された。

 

スタッフから「決勝戦が終わるまで居てもよい」と言われたが、双方とも戦いの行方が気になる為、そう長居をするつもりはない。

ドリンクバーで喉を潤すと、足早に外に出た。

 

その間、A-RISEと何も話さなかったのか…というとそういうわけでもない。

主に話をしたのは綺羅ツバサと穂乃果。

 

「やはり、アナタたちは素晴らしいわ。こういう『武器』も持っているとはね…。もはや、ただのスクールアイドルじゃない…ということを確信したわ」

社交辞令的挨拶も含まれているのだろうが、そう言ったツバサの表情は、とても嬉しそうだった。

「あ、ありがとうございます。なんか、貴重な時間を頂いて…」

「いいのよ。これでアナタたちの知名度も上がったんじゃないかしら。そして、それがスクールアイドルの地位向上…さらにはラブライブの発展に繋がれば、それはそれでいいと思ってるんだから…」

「 はぁ…」

「お互い、本選目指して頑張りましょう」

「は、はい!」

「でも、負けないわよ…」

「わ、私たちもです!」

穂乃果の答えに、ツバサとあんじゅは「ふふふ…」と笑いながら、控え室から姿を消していった。

 

 

 

そのあと、決勝戦で英玲奈を破り、優勝を果たした花陽がメンバーと合流。

 

時刻がちょうどお昼時であったことから、近くのファストフード店に立ち寄り、簡単な祝勝会を行った。

 

最初は激戦を振り返り、花陽の偉業(?)を褒め称えていたメンバーだったが、徐々に話題はサプライズライブについてへと移っていく。

 

「ぶっつけ本番のわりには、うまくいったにゃ…」

と、凛が言えば

「上出来ではないでしょうか。歌い終わったあとにもらった拍手は、今までとひと味もふた味も違いました」

「穂乃果ちゃんの第一声で、空気が変わったのがわかったよ。ちょっと、ゾクッとしちゃった…」

と海未もことりも興奮して語る。

「えりちの判断が良かったんやない?」

「まさか、あそこであの曲を選ぶとはねぇ…」

「真姫のピアノがあれば、もっと良かったんだけど」

「それは贅沢にゃ!」

口々に感想を述べていく。

誰もが満足そうだ。

 

「突然の…本当にハプニングだったけど、取り敢えず結果オーライ…ってことで…」

穂乃果がこの話をまとめようとした時、楽しい時間に終止符を打ったのが、にこだった。

 

 

 

「ところで、A-RISEの狙いはなんだったのかしら」

この一言で浮かれていた空気が一変する。

唐突に緊張感が訪れた。

 

 

 

「A-RISEの狙い?」

真姫がその言葉をオウム返しした。

「それはツバサさんが、言ってたじゃん。スクールアイドルの地位向上、ラブライブの発展の為だって…」

「穂乃果はその言葉を真に受けてるの?」

「えっ!」

「今、自分で言ったじゃない…『結果オーライだった』って」

「言ったけど…」

「じゃあ、失敗してたら?」

「えっ?」

「失敗してたら?」

「そ、それは…」

「アタシの実力があったから、うまくいったけど」

「私たち…やね」

「そこは聞き流しなさいよ…」

「つまり、にこちゃんはA-RISEが私たちを潰しにきたんじゃないか…って言いたいわけね…」

「真姫ちゃん…そんなことって…」

「そこは私も気にはなっていました。この間のライブ会場提供の件もそうですが、少しお節介が過ぎるのではないかと…。何も考えもなく、敵に塩を送るということがあるのでしょうか…」

「海未ちゃんまで…。それは…それはツバサさんたちがμ'sをライバルだと認めてくれてる証でしょ」

「彼女たちの言葉を額面通りに受けとるなら…ね」

「絵里ちゃん…」

「ただ穂乃果の言い分もわかるわ。その…言動に悪意みたいなものは感じられないのも確かだし」

「だよねぇ、だよねぇ」

「試されてるんじゃないかな?」

「ことりちゃん?」

「μ'sがA-RISEと対等に渡り合える存在なのかどうか…って。ううん、むしろ、そういう存在になってほしい…っていう願望?」

「同じ会場、同じ条件で歌って…コケるようなら、それまでのもの…。A-RISEのライバルにはなり得ない…ってことやね」

「ことりの私見ですけど。…花陽ちゃんはどう思う?」

「えっ?」

「ツバサさんではないけど、A-RISEのメンバーと一番長くいたのは、花陽ちゃんでしょ?何か感じたことはない?」

「は、はい…えっと…『正々堂々』です!」

「正々堂々?」

「はい、英玲奈さんの印象…。見た目クールですけど、あの人は熱いし真っ直ぐです。小細工とか…そういうのを嫌うタイプです。ツバサさんはわからないけど、英玲奈さんを見れば、多分、同じなんじゃないかと思います。でなければ、長い間、一緒に活動出来ないですから」

「かよちんも熱いにゃ」

「そしてツバサさんたちは、つまらないんだと思います」

「つまらない?」

「スクールアイドルとして、頂点を極めて…それはそれで良いのかも知れないないけど…もっと自分達のパフォーマンスを高めてくれる…そういう存在が、今は居ないんだと思います。だから、ことりちゃんの言う通り、自分達を脅(おびや)かすような存在の出現を待ち望んでるんだと思います」

「それがウチら…やと」

「はい」

「そうであれば光栄なことですが…」

「潰すとか潰さないとか…そういう考えはないと思います。純粋に真剣勝負がしたい…そういうことじゃないかと…」

「応えたいね…その想いに」

「穂乃果ちゃん」

「そして…超えたい!」

「そうですね。私たちは何度も逆境を乗り越えて来たんです。今回だってそうです」

「そうやね。ある意味ギャンブルやったけど…それに勝ったんやから」

「そうにゃ!凛たちは凛たちで、常に全力のパフォーマンスを見せればいいにゃ!」

「そうね。私たち挑戦者なんだから」

 

 

 

「…ということで、その話は終わったんだと…」

「アンタたちはピュア過ぎるのよ」

「そうかなぁ…。でも、にこちゃんが憧れてたA-RISEだよ。そういうことをする人たちじゃないでしょ?」

「それとこれとは別よ。今のアタシは単なるファンじゃなないからね。音ノ木坂のスクールアイドル部部長として、μ'sを失敗させるわけにはいかないんだから…」

「頼りにしてます!」

「アンタだけだよ、そう言ってくれるのは…」

そう言うとにこは、花陽の背後から抱きついた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その20 ~帰らないで!~

 

 

 

 

 

「このあと、ヒマ?」

「…空いてるのは空いてますけど…」

「なら、ちょっと、買い物に付き合いなさいよ」

「はぁ…」

「今日はママ…じゃない…母の帰りが遅くて、夕飯の支度から何から、アタシがやらなきゃいけないの。食料品の買い出し、一緒に行ってくれない?」

「そういうことなら…はい」

「…で…おしりは?」

「えっ?」

「階段から落ちて、打ったところ」

「あ、あぁ、花陽のおしりですか?唐突に言うからなにかと…。はい、もう、すっかり良くなりましたよ。アザも無くなりましたし、押されても痛くないです」

「まぁ、あのお米を抱えて来たんだから、大丈夫だと思うけど…どれどれ…」

そう言うとにこは、花陽の背後に回り、彼女の臀部を両手で揉んだ!

「ぴゃあ!に、にこちゃん!?」

「痛くない?」

「い、痛くはないですけど…」

「柔らかい…」

「はい?」

「アンタのおしり…柔らかいわね…」

「な、なにを…」

「ちょっと、もう1回触らせてもらっていい?」

「なんですか!その希ちゃんみたいな手つきは!?ダメです!いくらにこちゃんでも、変なことしたら怒りますよ!」

「希にはワシワシさせるのに、アタシはダメなんだ?」

「希ちゃんが勝手にしてるんです!別に許可してるワケじゃありません!」

「まぁ、いいわ…。おしりが大丈夫なら、出掛けるわよ」

「はぁ…」

「さぁ、行くよ!」

「今ですか?」

「なにか問題でも?」

「あ、いえ…妹さんは?」

「あぁ、平気、平気。ちゃんと置き手紙していくから」

「そうなんですか。花陽は鍵っ子じゃないから、あまり良くわからないんですけど…大丈夫であるならば行きましょうか…」

2人は身支度を整えると、部屋を出た…。

 

 

 

 

 

「今日は玉子が安いのよ…1パック98円」

「あ、確かに」

「ただし、お1人様1点のみで、千円以上お買い上げのお客様に限り…だけど」

「シビアですね」

「店としては、それだけを買いに来られても、儲けが出ないからねぇ。…で、アタシと花陽は別々に会計して、玉子を2パック、ゲットする」

「はい、わかりました」

「2パック買っても、卵かけご飯にしたら、それだけで4個消費だからね。あっという間になくなるんだわ…あ、花陽はそういう食べ方、嫌なんだっけ?」

「白いご飯を汚して食べるのは嫌ですが、卵かけご飯は別ですよ!」

「そう。どこに線を引いてるのかはわからないけど…」

「えへへへ…」

2人は並んでスーパーへと入る。

「今日は誰も尾行してないでしょうね?」

「だとしたら激写されちゃいますね!」

「アンタは『ラブライサー』になったんだから、おかしなことをしたら、すぐにネットにアップされるわよ」

「はい、気を付けます!」

ピッと敬礼する花陽…。

 

 

 

 

 

「随分買いましたねぇ」

「今日は『荷物持ち』がいたから、まとめ買いしたのよ。ホント、助かったわ」

「いえいえ、どういたしまして」

「アンタにしか、こんなこと頼めないからね」

「?」

「当たり前じゃない!宇宙No.1アイドルにこ様の、こんな庶民的な生活を、わざわざみんなに晒す必要はないでしょ?」

「メンバーにはいいんじゃないかな?」

「ダメ、ダメ!そもそも海未とか…ことりとか真姫とか、玉子がいくらか…なんと知らないでしょ?」

「う~ん…」

「価値観が違う人間とは、買い物は出来ない」

「そこまでじゃ…あ、でも…真姫ちゃんは…そうか、自分で食料品とか買わないか…」

「イチイチ、ケチ付けそうでしょ?『そんな安物買うの?』…とか」

「まぁ、それは…」

花陽はそのやりとりを想像し、苦笑した。

「見てる分には楽しそうだけどね」

「冗談じゃないわ!…穂乃果や凛は計算できなさそうだし」

「う~ん…」

と、言ったが否定はしない。

「希ちゃんと絵里ちゃんは?」

「ムリ、ムリ!そんなこと…恥ずかしくて言えないわよ」

「にこちゃんは、まだ3年生と距離がありますねぇ」

「そう簡単には、縮まらないのよ」

「縮める努力をしてください。特に希ちゃんは待ってますよ、にこちゃんのこと」

「…わかってるんだけど…って、アンタも言うことが大人になったわね」

「えへへへ…」

「あ、着いたわ」

「着きましたね」

にこが自宅のドアの鍵を開ける。

3妹弟はまだ帰宅していないようだった。

花陽はにこと一緒に中に入る。

買ってきた食料品を

「ここでいい?」

と訊いてテーブルの上に置く。

にこは再びエプロンを身に着けながら、うん!と頷いた。

「では、私はこれで…。こころちゃんたちによろしくお伝えください。また明日…」

花陽はにこに一礼して、部屋を出ようとした…。

 

しかし、その時、にこから意外な言葉が飛んできた。

 

 

 

「誰も帰っていい…なんて言ってないじゃない!」

「えっ?」

花陽が振り替えると

「ダメよ、今日はまだ帰さないんだからぁ」

にこは両手を胸の前で組み、体を左右にくねらせながら、見つめている。

 

 

 

な…これは…この展開は…

 

 

 

 

花陽の思考が停止した…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その21 ~引き留められた理由(ワケ)~

 

 

 

 

 

「にこちゃん、それはどういうことかなぁ…」

しばし沈黙したあと、ようやく花陽が口開いた。

 

花陽を引き留めたのは、にこの

「今日はまだ帰さないんだからぁ」

という言葉。

 

「え~と、え~と…」

戸惑う花陽。

 

「花陽…」

「は、はい…」

「ここまま帰れると思って?」

「あ、いや…その…」

「花陽!」

「はい!」

「…」

 

 

 

ぴゃあ!誰か助けてぇ!

なに?なに?なにを言われるの?

 

 

 

「手伝っていきなさい」

「はい?」

「晩御飯作るのを」

「へっ?晩御飯?」

 

 

 

はぁ…なんだ、そういうこと…

思わせ振りな台詞を言わないでください…

花陽はその場にへたりこんだ。

 

 

 

「どうしたの?」

「て、手伝います…」

「ありがとう!そう言ってくれると思ったわ」

にこは満面の笑み。

「そうしたら、早速、野菜を…ん?どうしたの?」

「腰が抜けました…」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました!」

「ただいまです」

「たらいま」

にこと花陽が夕食を作り始めてから1時間ほど過ぎた頃、こころ、ここあ、こたろうの3妹弟が帰ってきた。

「お帰り。すぐに手洗いとうがいをしなさい」

「はい、お姉さま」

「はい、にこお姉さま」

「あ~い」

3人が洗面所に向かおうとしたとき、こころが花陽に気付いた。

「あら、花陽さま」

「こころちゃん、お帰りなさい」

「なにをなさっているのですか?」

「んふっ!みんなの晩御飯を作ってるんだよ!」

「まぁ、なんと!」

「今日は…ハンバーグとオムレツ、そしてポテトサラダです」

「ハンバーグ…しゅき…」

「こたろう君はオムレツじゃなくて、目玉焼きね」

「ありがどう…」

「ご飯炊けるまでは、まだ時間があるから、テレビでも見てなさい」

「は~い」

にこが声を掛けると、3妹弟は隣の部屋へ移動した。

「ハンバーグとオムレツは…あとは焼くだけね」

「ポテトサラダも出来ましたよ」

「お味噌汁は終わったし…」

「ご飯が炊ける頃合いを見計らって、仕上げればいいわね」

「そうですね」

「食べて行くんでしょ?」

「えっ?」

「作らせるだけ作らせといて『はい、サヨナラ』なんてマネ、すると思う?」

「いや、そんなことは…」

「遠慮しなくてもいいのよ」

「でも、ほら…明日学校だし…」

「別にいいじゃない、1日くらい行かなくても」

「ダメです!」

「アンタは本当に真面目だねぇ…。まぁ、それは冗談としても、アタシがこんなことを言うなんて、滅多にないことなんだから、たまには最後まで付き合いなさいよ」

「はぁ…」

「はい、決まり!じゃあ、すぐに家に電話して。『ご飯食べていくよ』って」

「は、はい…」

花陽はにこが食事に誘ってくれた嬉しさ半分、帰宅が遅くなることへの不安半分の気持ちで電話した。

 

にこにも電話に出てもらい、家族には了解を得た。

 

 

 

このシチュエーション…前にもありましたねぇ…

そう、ついこの間…

あの時は希ちゃんと、まさか『あんなこと』になるなんて…

今日はにこちゃんが…

いやいや、今日はさすがに…こころちゃんとかもいるし、それは…

 

 

 

 

「花陽?」

「は、はい!」

「ボーっとしてたみたいなだけど」

「あ、いえいえ、何でもないです!」

「顔が赤いけど…」

そう言うなり、いきなりにこは、自分の額を花陽の額に押し当てた。

反射的に身体ごと仰け反る花陽。

「なに?」

「チューされるのかと思って…」

「な、なに言ってるのよ!アタシはただ熱でもあるんじゃないかと…おかしなことを言うんじゃないわよ…」

「で、ですよねぇ!ちょっと急にでビックリしました。大丈夫です、熱はないです」

「なら、いいけど」

「す、すみません」

 

「…」

 

「…」

 

 

「にこお姉さま、鶴って折れますか?」

「えっ?鶴?」

なんとなく気まずい雰囲気を救ったのは、にこの妹…ここあだった。

「今、テレビでやってたんですけど、こころ姉さんも折り方知らない…って」

「鶴?鶴ねぇ…」

「はい、花陽は折れますよ」

「ん?」

「鶴くらいなら。教えてあげようか?」

「はい、お願いします」

「折り紙はある?」

「はい、こっちに」

「にこちゃん、ちょっといい?」

「いいわよ。まだご飯炊けないし」

「じゃあ、ちょっと…」

花陽は隣の部屋に移ると、ここあが用意した折り紙を手に取る。

「こうして…こうして…ここをこっちに折って、こうやって…仕上げ…と。はい、出来た!」

「うわぁ、お上手です」

「花陽お姉さま、すごいです」

「しゅごい…」

「お姉ちゃんね、折り紙得意なんだよ」

「そうなんですか?」

「他のも作れます?」

「うん。例えば…よいしょ…よいしょ…よいしょ…はい、ペンギンさん」

「まぁ、なんと!」

「ペンギンだ」

「ペンギン…」

「あとは…はい、イルカさん」

「なんか、すごいんですけど…」

ここあが、感嘆の声をあげる。

「さすが、お姉さまがバックダンサーから昇格させただけのことはありますね。やはりアイドルは、ひとつやふたつ、特技がなければ、生き残れませんものね」

「ふふふ…そうだね」

こころの辛辣な言葉にも、笑顔で答える花陽。

「じゃあ、今日は特別に…みんなの顔を折ってあげるね」

そう言うと、器用に2種類の紙を組み合わせ、4姉妹弟の顔を完成させた。

「たいしたものね…」

あとから様子を見にきたにこも、思わず誉めるほどの出来映え。

「芸は身を助ける…ね。将来はそういう職業に就いたら?」

「そうできればいいですけど…」

「…」

「?」

 

将来か…

にこはどうする?

もう卒業まで半年切った…

早く結論を出さないと…

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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先輩禁止! その22 ~追加発注~

 

 

 

 

「ご飯炊けたよぅ!」

炊飯器のメロディーがなると同時に、花陽の大きな声が部屋に響いた。

「ハンバーグ、オムレツ…目玉焼き…サラダの盛り付け完了!」

と、こちらはにこ。

「お味噌汁、よそりました!」

「はい、アンタたち…折り紙は終わりにして、ご飯の時間よぅ!」

「は~い」

にこの呼び掛けに3妹弟が隣の部屋からやってきて、席に着いた。

「じゃあ、みんなで手を合わせて…いただきます」

「いただきます!」

にこの音頭で、3妹弟+花陽が食事を始まった。

 

「う~ん、やっぱり新米は美味しいねぇ!」

「今日はね、花陽が持ってきてくれたお米で、ご飯を炊いたんだよ」

「そう言われてみれば…いつもよりもご飯がふっくらしていて、なおかつ甘く感じられます」

「お、こころちゃん、それがわかるとは、舌が肥えてるねぇ…うん、にこちゃん、ハンバーグも美味しい」

「にこちゃん、オムレツも美味しいよ」

「にこちゃん、お味噌汁、美味しいねぇ」

花陽は一口食べる度に、感想を述べる。

「花陽さま、お姉さまの作るお食事が美味しいのは、当たり前です!」

「そうか…そうだよね。じゃあ、そんなお姉ちゃんを持ったこころちゃんたちは幸せ者だね」

「はい?」

「こころちゃんたちにとって、料理上手のお姉ちゃんは当たり前の存在かも知れないけど、みんながみんな、そういうワケじゃないんだから」

「はい…」

「花陽は姉妹(きょうだい)がいないから、みんながすごく羨ましいな。私にも、にこちゃんみたいな、素敵なお姉さんがいたらいいのに…って思うんだよ」

「素敵なお姉さんだなんて…」

と言いながら、まんざらでもない様子のにこ。

「だったら、花陽お姉さまは、にこお姉さまの妹になれば良いのではないでしょうか。そうしたら、自然とわたくしたちのお姉さまになります」

「あ、そっか!そうしてもいい?」

「はい、ここあは賛成です。そうしたら、毎日、折り紙、教えてもらえますものね」

「そうだね」

「花陽お姉さまが、にこお姉さまの妹になってもいいでょ?」

「何、勝手に話を進めてるよ。アンタたちはお喋りはいいから、早く食べなさい」

にこは照れ隠しなのか、3妹弟の食事を急(せ)かした。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

全員が食事を終えると、手を合わせて挨拶を行った。

「今日も美味しかったです」

「いっぱい食べました」

「そう言ってもらえると、作った甲斐がありますね」

「まあね」

こころたちは食べ終わった食器を、流し台へと運んでいる。

「本当に、しっかりしてますね」

「アタシみたいな環境の家は、みんなこうじゃない?自然とそうなるわよ」

「そうなんですかね…」

「じゃあ、アタシは洗い物するから…」

「あ、花陽がやりますよ」

「いいから、いいから…洗い物はアタシがやるわよ。その代わりアンタは、妹たちをお風呂に入れて!」

「はい、お風呂ですね、わかりまし…お風呂…お風呂ぉ!?」

「声が大きいわよ!」

「す、すみません…って、花陽がお風呂に入れるんですか?」

「やったことある?」

「ないです」

「じゃあ、やってみて。何事も経験よ!」

「それはそうですが…いきなりハードルが高いです」

「大丈夫よ。こころもここあも自分で洗えるし…」

「こたろう君は?」

「『こた』は…うん、大丈夫…」

にこの目線が、一瞬、あさっての方向を見た。

「間がありましたけど…」

「ん?」

「お風呂ですよ?お風呂…」

「花陽はさっき、こころたちのお姉さんになるって言ってなかったっけ?」

「…言いましたねぇ…」

「はい、決まり!…簡単だって!順番に頭と身体を洗って出せばいいから。そうしたら、拭くのはこっちでやるし」

「う~ん、その追加発注は強引過ぎますぅ…」

しかし、花陽は諦めたのか、顔は笑っていた。

「仕方ないです…にこちゃんのお願いじゃ、断れません」

「さすが、わが妹よ」

「調子いいです」

と花陽が言ったと同時に、風呂のお湯が張ったことを知らせるアラームが鳴った。

 

 

 

「お風呂沸いたよぅ!」

 

 

 

「…それ、私のマネですか?」

「似てるでしょ?」

「似て…ますかね?」

「使っていいから」

「いつ、使うんですか!」

「決まってるじゃない、お風呂が沸いたとき」

「まぁ、そうですけど」

「ご飯炊けたよぅ!お風呂も沸いたよぅ!…ご飯にする?お風呂にする?それとも…ア・タ…シ?う~ん、ダメダメ。焦らない、焦らない!にこは逃げないんだか…」

「お姉さま?」

「のわっ!アンタたち!何してるの!」

「それはこころのセリフです。お風呂と呼ばれて来てみれば、お姉さまはひとり芝居の真っ最中でしたけど」

「こ、今度のライブで寸劇があるのよ!これはその練習なの!」

「にこちゃん、またそんなこと言って…」

「それより、今日は花陽がアンタたちをお風呂に入れてくれるんだって」

「えっ!花陽さまが?」

「うん…。イヤ…かな?」

「いえ…恐縮です…」

「難しい言葉を知ってるねぇ」

思わずこころの頭を撫でる。

「じゃあ、早く入ろうか」

「は、はい。お願いします!」

「ん?緊張してる?」

「え?えぇ…いや…」

「お姉ちゃんもだよ。仲間だね」

「は、はい…」

「よし、みんなでお風呂場に行こう!」

花陽はここあとこたろうの手を繋ぐと、歩き始めた。

 

 

 

「お風呂場は反対側です!」

「ぴゃあ!」

こころの冷静な突っ込みに、足を滑らせ、ひっくり返った花陽であった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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先輩禁止! その23 ~Trouble Bathだぁ!~

 

 

 

 

 

 

「はい、じゃあ、みんな…お洋服脱いで…洗濯カゴに入れて…」

3人の中でも1番上のこころは、多少恥じらいを感じていたようだが、花陽に対する安心感なのか、言われるままに服を脱いでいく。

残りの2人は臆面もなく、すっぽんぽんになった。

こたろうの股間には、花陽が『普段目にしないもの』が付いていたが、凝視するわけにもいかず、かといって過剰に眼をそらすわけにもいかないため、平静を装うことに極力努めた。

幸い、こたろうはすぐに浴室に入って行ったので、さほど長く対面することはなかったのだが…。

 

…保母さんになったら、ああいうのを毎日見ることになるんだよねぇ…

慣れておかないと…なのかな…

 

自問自答する花陽。

 

思わず長考しそうになったが、すぐに気を取り直して、入浴を手伝う準備をする。

…といっても彼女はパーカーにショートパンツという格好であった為、靴下だけを脱ぎ、腕捲りをしただけだが。

 

「入るよぅ!」

一声掛けて、浴室の扉を開けた…

 

 

 

その瞬間…

 

 

 

バシャッ!

 

「ぴゃあ~!!」

響く花陽の絶叫!

 

「なに!?」

慌てて駆け寄る、にこ。

 

そして、全身びしょ濡れになった花陽を見て、すべてを理解。

 

「あぁ、やられちゃったか…」

「避けられませんでした…」

「こた!今日はお姉ちゃんじゃない…って言ったでしょ!」

「ふく、きてるの…しらなかった…」

「だからって、いつもやるな!って言ってるでしょうが!!」

「…ごめん…」

にこに怒られたこたろうはの顔は、見る見るうちに真っ赤になり、やがてシクシクと泣き始めた。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんは大丈夫だから泣かなくていいんだよ…」

もちろん花陽に非があるわけではないが、ここは大人としての対応をせざるを得ない。

 

…矢澤家の末っ子は、花陽が『普通に』風呂に入るものだと思い、ふざけてお湯を掛けたのらしい。

こたろうにとってはある意味、にこに対するお約束の『悪戯』だったようだ。

 

しかし…

 

「見事なまでにずぶ濡れね…」

「下着まで濡れちゃいました…」

「だったらアンタも一緒に入っちゃいなよ!」

「どこにですか?」

「お風呂に決まってるでしょ」

「えっ?」

「当たり前でしょ?もう夏じゃないんだし、そんな濡れたままの格好で、いつまでもいられるわけないじゃない」

「でも着替えが…」

「アタシのを貸してあげるわよ」

 

…希ちゃんの家ではスエットを借りて着たけど…

…にこちゃんのはちょっと小さ過ぎるような…

 

「…着れるかな…」

ついポロッと一言。

これに対し『希の家での件(くだり)』は知らないまでも、その意味を察したにこは

「失礼ね!」

と一喝。

「なんでもいいから、早く脱ぎなさいよ。風邪引くわよ!ほら、ほら」

「は、はい…」

にこは強引にパーカーを引っ張り、無理矢理それを奪い取る。

その勢いに押されて、花陽は仕方なく中に着ていたTシャツを脱ぎ始めた。

 

その姿を矢澤4姉妹弟が、じっと見つめている。

 

「ん?…いや、みんなでそんなジッと見てなくても…」

慌てて浴室の扉を閉める。

「にこちゃんも…」

「そ、そうね。脱いだら、そこに置いといて。とりあえず乾燥機に掛けてあげるから。じゃあ、アタシは後片付けしてくるから、あとはヨロシク!」

「は、はい…」

イソイソとその場を立ち去るにこ。

心なしか顔が赤い。

一方の花陽も、まさか自分が風呂に入ることは想定していなかったので、着ていたものは全部脱いだものの、どうしたら良いかわからない。

 

子供相手に変に隠して…というのもどうかと思うが、だからといって堂々と入る勇気もない。

「はっくしょん!」

そんなことを考えているうちに、くしゃみをした。

 

…これは早く入らないと、本当に風邪を引きますね…

 

「花陽さま?大丈夫ですか?」

中からこころの声。

「花陽お姉さま?」

ここあも心配して声を掛けている。

 

…そう、私はお姉さんになるんだから、恥ずかしがってちゃダメなのよ!

 

そう自分に言い聞かせた花陽は、意を決して中に入った。

 

 

 

「お待たせ…。ゴメンね、心配してくれた?」

「あ、はい…」

と言ったとたん、急にこころが黙りこんだ。

ここあも、こたろうも花陽を見て動きが止まった。

3人ともただの1点を見つめて呆(ほう)けている。

 

「ん?お姉ちゃん、なにかおかしい?」

ポカーン…としてる3人に、素朴な疑問をぶつける花陽。

「はい、お姉さまとはだいぶ違いますので…思わず…見とれてしまいました」

と言ったこころの視線の先は、花陽の胸元だった。

「想像以上です」

「にこねぇは…ペッタンコ…」

「あら、こたろうくん、それは言っちゃダメだよ。大きさは、人それぞれなんだから。それより、ほら、順番に頭と身体を洗わないと」

「は~い!」

「誰から?」

「下から順に」

「はい、じゃあ、こたろうくんからね。頭からシャワー掛けても平気かな?」

「へ~き~」

「じゃあ、いくよ。あ、お姉ちゃんにくっつかない…ぴゃあ!…こら!お顔をスリスリしないの」

「おっぱい…ぼよよんって…きもちいい…」

「でも、ダ~メ!…あん!モミモミもしちゃダメ!」

 

花陽の知り合いに幼児教育に携わっている者がいる為、話は聴いている。

これくらいの子供に『胸を触られる、尻を触られる』は日常茶飯事で、それをイチイチ気にしていたら、仕事として成り立たない…と。

 

もちろん頭では理解しているものの、直接『生』で触られることへの覚悟は、15歳の花陽にはまだなかった。

 

「こたろう、それはセクハラというのです。ママ以外の女の人にそういうことをしては、いけないのです!」

そんな悩める花陽に助け船を出したのは、次女こころだった。

「せくはら…って?」

「え~と…」

こころが答えに窮する。

 

性的嫌がらせ…って言ってもわからないよね…

 

「嫌だ…っていうのに、女の人にエッチなことをすること」

と花陽。

 

これで理解してくれたかな?

 

「えっち…って?」

 

ダメかぁ…

 

「エッチっていうのはねぇ…」

これは説明するのが面倒ですね…などと花陽が考えていた時だった。

 

「こたろうだけ、ズルい」

「えっ!ここあちゃん?」

「ここあもする」

「わっ!ここあちゃんまで!ダメ、ぷにぷにしないの!」

「花陽お姉さま…とっても柔らかいです」

「う、うん…ありがとう…なんだけど…アワアワの手でスベスベとかしちゃダメだってば…あん!そこもダメなの…うひゃっ!くすぐらないの!ストップ!ストップ!あん…こころちゃん、なんとかして…」

「…こころも参戦します!」

「うそっ!?…あっ…待って!…あん…あ~…」

 

 

 

 

花陽が3妹弟の頭と身体を洗い終わり、彼らから開放されたのは、入浴から30分ほど経過してからだった。

 

 

 

ぐったりとして浴室を出る。

そこにはにこが用意したバスタオルが置かれていた。

「にこちゃ~ん…」

身体を拭いたあと、バスタオルを巻き付け、脱衣所からにこを呼ぶ。

「あぁ、出たのね。疲れたでしょ?」

「はい…」

「小さい子供がいると、毎日こんななのよ」

「頭が下がります…それより、花陽の服は?」

「あ~、ゴメン!乾燥機に掛けるの忘れてた!」

「な、なんですとぉ!?」

花陽のハの字眉毛が、逆向きになる。

「ちょっと待ってて…今、替わりのものを持ってくるから」

「替わりのもの?」

一旦、脱衣所から姿を消したにこが手に何かを抱えて戻ってきた。

「これを穿きなさい」

「パンツ?うわっ!ちっちゃい…」

「未使用だから」

「ここあちゃんの?」

「アタシのよ!!!」

花陽はまじまじとそれを見た。

「にこちゃんマークがバックプリントされてる…」

「いいから、早く穿きなさいよ!」

「はい…」

笑いを堪えながら、脚を通す。

 

結果は…案の定…

 

「キツキツです…前はなんとか…ですが、お尻の方は食い込んでTバックみたいに…」

「うるさいわねぇ…ノーパンよりマシでしょ?あとこれ!」

「な、なんと…これは…パジャマ?」

「もう、今日は泊まっていきなさいよ」

「えっ?」

「風呂上がりに夜風に当たって、湯冷めから風邪なんか引かれても困るし」

「でも、明日は学校が」

「アンタは早起きなんだから、家に戻ってから制服に着替えて出てくればいいじゃない」

「でも…」

「デモもストもないの!大丈夫、家にはアタシが説得してあげるから」

「う~ん…」

「とにかく風邪引くから、早く着なさい」

「はぁ…」

渋々、にこが差し出したパジャマを着る花陽。

「七分袖?」

「長袖よ!」

「胸元が苦しいです」

「ボタンを外せばいいでしょ!」

「おっぱい、見えちゃいます…」

「全部外すからでしょ!」

「にこちゃん、いろいろ、サバ読んでますねぇ?」

「なにが?」

「身長とかスリーサイズとか…」

「贅沢言うなら、脱がして、外に放り出すわよ…」

「ぴゃあ!ごめんなさい」

 

 

 

結局、パジャマは着ずに、にこの所有物の中で、1番大きなトレーナーを借りた。

 

 

 

「七分袖?」

「長袖よ!!」

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その24 ~リトルにこ~

 

 

 

 

「とりあえず、これで電話は終わったわね…」

「はい…。でも、いくら家の許可をもらったとはいえ、朝帰りなんて、アイドルとしてあるまじき行為なんですからね!」

「アイドルとしてアルマジロの交尾?」

「あ、あるまじき行為です!…って、なんですか、それは!?」

「まぁまぁ…海未には口が避けても言わないけどね、そんなこと」

「間違っても言わないでくださいね」

花陽の頭の中に、海未が激怒している様子が浮かんできた。

同時に他のメンバーのリアクションも考える。

 

 

 

希ちゃんは…「そうそう、アルマジロと交…違うやん!」…かな?

エッチな話、好きそうだし。

 

絵里ちゃんは無言でスルーしそう。

 

ことりちゃんは、にっこり微笑んで「にこちゃ~ん…」。

でもスルー。

 

凛ちゃんと真姫ちゃんは「そのギャグ、さむいにゃ!」「なにそれ、意味わかんない」って言って、にこちゃんが怒るパターン…だね。

そう言いつつ、本当は凛ちゃんと真姫ちゃんは、にこちゃんが大好きなんだけど。

 

最後、穂乃果ちゃんは…聴いてなくて「なに?なに?」って、ひとり取り残されるパターン…。

 

 

 

「花陽?なに、ニヤニヤしてるの?」

「えっ?いえいえ…ところで、こころちゃんたちは?」

「寝たわよ」

「もう?…って、あっ!そろそろ8時半か…」

「普段はもう少し遅くまで起きてるけどね…それなりに気疲れもあったと思うし」

「悪いことしちゃったのかな?」

「そんなわけないでしょ!あの子たちがあんなに『はしゃいでる』姿、久々に見たわよ。花陽が遊んでくれて楽しかったみたい。…アタシも忙しいから、そんなに毎日は構ってあげられてないしね…」

にこが襖を開けると、3妹弟が仲良く川の字に寝ていた。

「可愛い寝顔ですね。こうやって見ると、にこちゃんの幼少期から順番に並んでるみたい」

「憎たらしいくらい似てるからね…」

「憎たらしいだなんて、そんな言い方…」

「だって、そうでしょ。宇宙No.1アイドルのにこさまは、この世の中に1人いれば充分じゃない。コピーが何人もいたら、価値がなくなるんだから」

どこまで本心かわからないが、実ににこらしい『言い訳』だ。

「でも、考えようによっては『最強の3姉妹ユニット』にもなりますよ」

「ま、まぁ…確かにそういう可能性もなくはないわね」

まんざらでもない様子。

「どうしますか?こころちゃんがアイドルやりたい…って言ったら?」

「好きにさせるわよ…自分の道だもの」

「にこちゃんが、妹さんたちを見てる時って、本当に優しい目をしますね」

「そ、そう?」

「やっぱり羨ましです。花陽もそういうお姉さんが欲しかったです」

「いるじゃない」

「?」

「花陽には、一緒に夢を叶えてくれる仲間が…」

「あ…」

「少なくともアタシと違って、充実したスクールアイドル生活を送れてるでしょ?だから逆にアタシは、アンタが羨ましいわ」

にこはサラッと言ったが、花陽にはズシリと響く言葉だった。

にこが入学してから味わった挫折や苦悩…それを自ら語ったことはない。

それだけに、こういう言葉を耳にするのは珍しかった。

思わずにこの顔を見る花陽。

 

…確かに私に音ノ木坂に入学して、怖いくらい順調にアイドルへの夢を叶えている…

…でも、にこちゃんは…

 

そんな花陽の心中を察したのか

「なに、難しい顔をしてるのよ!さて、アタシもお風呂入ってくるから、髪の毛乾かしたら、DVDでも観てて」

と襖を閉めて、明るい声で振る舞った。

「いいんですか?」

花陽もまた、にこの気持ちに応え『少し大袈裟に』返事した。

「アタシは穴が空くほど見てるからね」

「はい、ありがとうございます」

こうして2人は脱衣所へと向かった。

 

 

 

 

 

花陽は髪の毛を乾かしたあと、にこの部屋に入った。

DVDを観て待っていて…と言われたが、人の物を勝手に弄るのは気が引ける。

…とはいえ、同じ趣味をもつ者同士。

どんなDVDを所有しているかは気になるところ。

棚に並んでいるラインナップを一通り眺めてみる。

 

…さすがにこちゃん…

マニアックなDVDが並んでますね…

おぉ、こんなタイトルまで!

観たかったんだよねぇ…これ!…

 

…ん?…これは?…

 

右から左へと動いていた花陽の視線が、ピタリと止まった。

 

「にこ、2歳…3歳…4歳…5歳…」

 

そのタイトルを呟いた花陽には、なんとなくピンとくるものがあった。

 

「これはきっと幼き頃のにこちゃんが、マイクを持って歌ってる映像ですね」

 

花陽が玩具のマイクを手に、歌手の真似事を始めたのは2歳からであり、その頃の映像が家にある。

漠然と憧れていたアイドルという職業…。

小学生になり、花陽はそれを諦めたのだが…

「にこちゃんはブレなかったんですね…」

そのDVDを手に取り、ひとり呟いた。

 

だが、やはりそれを観る勇気は、花陽にはなかった。

ただ、ジッとそのケースを眺めていた。

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

気付くと花陽の後ろににこが立っていた。

「えっ!?あぁ…」

「観てなかったの?」

「色々有りすぎて目移りしちゃったというか、なんというか…」

「気に入ったのがあったら、貸してあげるわよ」

「本当に?」

「アンタくらいしか、わかる人いないでしょ」

「あははは…そうですね」

花陽は笑いながら、1枚のDVDを手に取った。

「そうしたら、これを借りていきますね」

「なにそれ?」

「『にこ、2さい…』」

「それはダメ!」

花陽が言い終わらないうちに、にこが被せぎみに叫ぶと、その手からDVDを奪った。

「こんなもの、良く見つけたわね…でも、これはダメ!」

「うふっ…。観たいですけどねぇ、にこちゃんのちっちゃい頃の映像」

「今と変わんないわよ」

「…そうですね…。その頃からの夢を、今も追い続けてるなんて…やっぱり、にこちゃんはスゴいです」

「アンタは違うの?」

「私は一度諦めた夢ですから…。穂乃果ちゃんに誘われなかったら…今頃、何してたんでしょうね」

「それはアタシも同じよ。穂乃果たちが来なければ、部室に閉じ籠って、ひたすらDVDを観るだけの毎日だったかも」

「花陽は…にこちゃんがいてくれて、本当に良かった!…って思ってます」

「ん?」

「だって、こんなに趣味の合う人が身近にいるなんて…これまでの過去を振り返れば、奇跡じゃないですか」

「そうかもね」

「何よりも、ひとりでも信念を曲げずに、これまでやってきたこと…本当に、本当に尊敬してます」

「アンタだけだよ、そんなこと言ってくれるのは。そもそも凛も真姫も先輩だとすら思ってないからね」

「そんなことないですよ。凛ちゃんも真姫ちゃんも、にこちゃんのこと、大好きですよ」

「そんなこと…知ってるけどさ…もう少し、接し方ってあるでしょ?」

「でも、ほら、μ'sは先輩禁止だから…」

「だったら、花陽は?」

「えっ?」

「アンタはアタシの事、先輩として見てない?」

「にこちゃん…?」

 

花陽はこの時、にこがなにを言わんとしているのか、まだ理解していなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その25 ~愛しき天使~

 

 

 

 

 

「花陽は、凛や真姫と違って、アタシに気を使い過ぎるんじゃないか…ってこと」

「そうかな…」

「今日だって…『先輩の命令』だから、従っただけでしょ?嫌なら嫌だって、はっきり言えばいいのよ」

「そんなことないですよ。命令だなんて…」

「アンタは本当に優しいね…」

そう言うとにこは突然、花陽の両手を握り締めた。

「に、にこちゃん!?」

「花陽…ありがとう。今日は久々に楽させてもらったわ」

「い、いえ…こちらこそ、色々勉強させてもらったし、楽しかったですよ」

「うん、また頼むわ」

「はい。出来ることがあれば喜んで!」

 

…はぁ…この娘は人を疑うということをしないのかしら…

普段はネガティブキャラなのに、どうしてこうも素直なの…

アタシも純真無垢の頃はあったけど…もうその時には戻れないのよね…

 

「にこちゃん?」

「ん?な、なんでもない…。さあ、歯磨きとかして寝る準備するわよ」

と二人は洗面台へ移動する。

「…あ、歯ブラシは持ってないけど…」

「使ってないのがいっぱいあるから…はい!」

にこが引出しを開けると、山のように『歯磨きセット』が現れた。

「ママ…じゃない、母は仕事で出張が多くて…今日もなんだけど…それで、ビジネスホテルに良く泊まるの。これはその時の戦利品。今日のところはこれで我慢して」

「我慢だなんて…充分です」

「最近のは、わりと質も良くなってるのよ」

「そうなんですね…」

「今、アンタ『なんて、貧乏ったらしいんでしょう…』って思ってるでしょ?」

「思ってないです」

「母の稼ぎはいいし、保険金、遺族年金も入るから、それなりの暮らしはさせてもらってるけどさ…締めるところは締めないと…」

 

…保険金?遺族年金?…

…部屋に遺影らしきものはなかったけど…

 

「にこちゃんのお父さんって…」

「察する通りよ…それ以上はノーコメント」

「は、はい」

「同情ってヤツは、一番嫌いなんだから」

「わかりました」

そうして2人は一緒に、黙々と歯を磨いた。

 

 

 

「さて…今日はもう寝るわよ。アンタは、朝、一旦家に帰るんだから、少し早く起きなきゃ…でしょ?」

「そうですね…」

「…と言っても、来客用の寝具なんてここにはないから、アタシと一緒のベッドに寝てもらうんだけど」

「わぁ…」

「大丈夫よ。それなりの大きさなんだから」

「は、はい」

 

凛がいたら、確実に

「にこちゃんには大きすぎるにぁ~」

と弄られるところ。

そういう意味では花陽のリアクションは物足りない。

 

…ダメだわ、刺激を求めすぎるとバカになる…

 

にこは頭を小さく左右に振った。

 

「にこちゃん、どうかした?」

「なんでもない」

…今日、2人は何度こんな会話をしただろうか…。

 

「花陽は奥に入って」

「花陽が奥ですか?」

「壁際なら、どんなに寝相が悪くても、ベッドから落ちる心配はないでしょ?」

「そんな気を使っていただなくても」

「使うわよ。また、お尻でも打たれたら、面倒じゃない」

「…すみません…。でも花陽はそんなに寝相は悪くないですけど」

「いいから、早く入りなさいよ」

「はい」

うんしょ、うんしょ…と言いながら、花陽が先にベッドに入る。

電気消すわよ…とにこ。

『希の部屋の時』と違い、真っ暗になった。

「暗いの苦手?」

にこがベッドに入りながら訊いた。

「いえ、大丈夫です?にこちゃんは?」

「明るいと寝れない。本当はアイマスクしたいくらい。でもパックするとできないから…」

「そういえば今日は?」

「もういいわよ、今日は。…それにしても…さすがにひとり横にいると暖かさが全然違うわね」

「寒くなりましたからね…」

「それもそうだけど…。じゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい…」

 

「…」

「…」

 

「こういう時って、寝るタイミングが難しいですね」

「寝ようと意識すると寝れないわね」

「枕投げでもします?今日は海未ちゃん、いませんし」

「アンタにしては、面白いことを言うわね…。」

「あの時は、まだ馴れてなくて、凛ちゃんと2人、ただ怯えていましたけど」

「アタシは不意打ちをくらって、瞬殺されたわ」

「次があったら、ちゃんと参加したいですねぇ」

「アタシはゴメンよ。ひとり狙われるのがオチだから」

「じぁあ、チーム戦にします?3チームに分けて」

「そこまでしてやりたい?」

「…というか、前回は本当に見てるだけだったので…」

「アンタも枕投げだなんて、まだまだ子供ねぇ…」

「あんまり、そういうのやってこなかったから…。みんなで、盛り上がるのとか」

花陽はへへへ…と笑った。

「アタシはひとりの方が楽だったりするけどね」

「今も?」

「今は…まぁ、ときどき…」

にこは仰向けだった体勢を変え、花陽に背を向けた。

「にこちゃん…聴いていいかな?」

「なに?」

「にこちゃんが最初にやってた時のユニット名」

「『ラブリーエンジェル』よ」

「ラブリーエンジェル?」

 

…ダー○ィペア?…

花陽は、とあるアニメの主人公を思い起こした…

 

「わりとベタですね」

「いいのよ。アイドルなんて『覚えてもらってナンボ』でしょ」

「そうですね…。それで…一緒にスクールアイドルしてたお友達って…今は?」

「…」

「あ、訊いちゃいけなかったかな…」

「別にいいけど…。2人に見せたいわ、アタシが目指してたのはこれなんだ!って」

「見せたい?…」

「ひとりは転校して、ひとりは辞めたわ」

「えっ!?」

「ア、アタシが原因じゃないわよ…」

「あ、うん…」

「あの娘たちもアイドルになりたかったのは事実。でも本気度っていうか、覚悟が足りなかったのよね。だから凄いと思うわ…μ'sは。アンタはともかく、アイドルのアの字も頭になかった連中が、毎日真剣に取り組んでるんだから」

「うん、うん」

「あ、これも内緒だからね。凛とか真姫とか、すぐに調子に乗るから」

にこは暗闇の中、身体の向きを反対に変えると、花陽に顔を近づけて言い聞かせた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その26 ~ギュっと~

 

 

 

 

「折角だから、もうひとつ訊いてもいい?」

「今度は何よ?」

「にこちゃんは…高校卒業したら、どうするの?」

「どう…って…」

「進路…」

「あぁ、進路ね…」

「この時期にきて、決まってないことはないよね?」

「まぁね…」

「進学?就職?」

「専門学校に行こうと思ってる」

「専門…学校?」

「でも、まだ悩んでる」

「何の専門学校?」

「ふたつあるの。ひとつは調理師」

「あ、にこちゃん、お料理上手だもんね」

「アイドルとして、活動できる時間なんて、アッと言う間じゃない。引退しても、手に職付けてれば、なんとかなる」

「アイドルにはなるんだ」

「当たり前じゃない。それがアタシの夢なんだから」

「うん、そうだね」

「ただ…大人になった分だけ、現実が見えてきたのも事実。将来に保険は掛けておかないと…」

「なるほど…」

「それと、もうひとつは…演劇の専門学校」

「演劇?」

「まぁ、似たような理由だけど。μ's始めて思い知らされたことがあって…発声とかダンスとか…基本が出来ていない」

「そうかな…」

「9人いるから埋没するけど、アタシひとりだけで見たら…可愛さだけは負けないけど…それ以外は…」

「はぁ…」

「見た目だけのアイドルなら、それでいい…いや、良くないわね。最近の芸能会は実力もないと、生き残れないから」

「アイドルにも格差社会はありますものね」

「だからイチから基礎を学ぶ必要があるんじゃないか…ってことね」

「…」

「なに?おかしなことを言った?」

「いえ、そうじゃなくて…ちょっと、感動したというか…。ちゃんと将来のことを考えてるんだ…と思って」

「当たり前じゃない。いつまでも高校生のままでいられないんだから」

「絵里ちゃんと希ちゃんは?」

「絵里は4大に進学するんじゃない?学部までは知らないけど」

「ふむふむ」

「希は…旅行会社に就職するみたいよ」

「旅行会社?」

「ツアコンにでもなるんじゃない」

「あ、それでパワースポット回りとかしそうですね」

「そんな都合良くいかないと思うけど」

「でも…みんな卒業しちゃうんですね」

「そうね…」

「そうしたら…そうしたらμ'sはどうなっちゃうのかな…」

「…スクールアイドルなんだから、卒業したら出来ないわよ」

「…」

「その替わり、新入生が入る…それでいいんじゃない?」

「…なのかな?」

「そもそも部活なのよ、部活。結果としてアタシたちが初代になったけど、どこの部活だって同じじゃない」

「そうですけど…寂しいです…」

「ちょっと、勝手に感傷に浸ってるけど、まだ追い出さないでよね。ラブライブ本選に出るって目標は果たしてないんだし、出るだけじゃなくて優勝目指してるんだから」

「う、うん」

「やるだけやって、結果出して…そのあとのことは、それから考えればいいの」

「さすが部長。やっぱりにこちゃんは尊敬できる先輩です!」

花陽はグッとにこを引き寄せた。

「あ、こら!急に…」

にこは突然抱き締められ動揺する。

「よくわからないけど、ギュっしたい気分なんです」

「アンタねぇ…」

と言いかけて、にこはすぐに黙りこんだ。

抱き締められたにこの顔は、花陽の胸元へ引き寄せられていた。

 

…あ、やわらかい…

 

にこは反射的に花陽の胸に顔を埋めると、子供が甘えるようにスリスリと擦りつけた。

 

…って、アタシは何をしてるのよ…

でも…

この安心感は…なに?…

すごく、温かい…

 

いやいや、後輩に甘えてどうするの…

 

「花陽!アンタはアッチ向きなさいよ!」

「アッチ?」

「壁の方」

「はぁ…」

取り敢えず指示に従う。

すると今度はにこが、後ろから花陽を抱き締めた。

「ぴゃあ!に、にこちゃん」

「後輩のクセに、このにこさまを『よしよし』するとは、どういうこと?立場が逆でしょ?」

「何故でしょう?なんかお話してたら、急に労(いたわ)ってあげなきゃ感が強くなっちゃって…」

「ふん!生意気よ」

「はい…。でも、にこちゃん…花陽の胸にスリスリしてたけど…」

「そ、それは、その…」

「してもいいですよ…それくらいなら…」

「な、なに言ってるのよ…このアタシがそんなこと…希じゃないんだから…」

「でも昼間…『希にはワシワシさせて、アタシはダメなの』みたいなこと、言ってましたよね?」

「こ、言葉の綾よ」

「じゃあ、絶対にしませんね?」

「先輩をからかうな」

「先輩禁止でしたよね?」

「…」

「な~んて、ウソですよ…」

「…」

「あれ?にこちゃん?」

「…」

「怒りました?…」

「ウソじゃ、済まされないよ!」

「ん?」

「アタシを本気にさせたら怖いんだから!」

にこは掛けていた布団を跳ね上げると、花陽の上に覆い被さった。

「花陽、覚悟!!」

「えっ?えっ?」

「…なぁ~んて…」

「ひょえ~…襲われるかと思いました…」

「これで、おあいこ」

「は、はい…」

「花陽…」

「はい」

「でも、ちょっとだけ、わがままを聴いてほしいの」

「はい?」

「さっき…すごく温かかった…」

「えっ?」

「だから、一緒にギュっとしながら寝て…」

「…はい…」

「今、笑ったでしょ!」

「いや…その…『素』のにこちゃんが見れて嬉しいな…と思って」

「ばか…」

「じゃあ、ギュっしますよ」

「ちょっと待って…」

にこは掛け布団を元に戻した。

「いいわよ」

「はい、じゃあ…ギュっ!」

「…アンタ…本当にプニプニしてて、気持ちいいわね。もっと早くに気付けばよかったわ…。これから毎日一緒に寝てくれない?」

「花陽は抱き枕じゃないですよ」

「ぐっすり寝れそうだわ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「花陽…」

「はい」

「最初はね、アンタたちがアタシを誘ってきた時、絶対続かないと思ったの」

「…部活のことですか?」

「そう」

「まぁ、そうですね…花陽も半信半疑なとこがありましたし…」

「でもさぁ、花陽…アンタがいたから協力してもいいかなって思ったんだ」

「え?」

「アンタだけだよ、アタシのことを馬鹿にしないで付き合ってくれたのは」

「みんな、そんなつもりはないですよ」

「少しは理解してくれてるとは思うけどね。アイドルの本質は、真のアイドル好きじゃないとわからないのよ」

「それも、わからなくはないです…」

「守ってね」

「へっ?」

「部活を…」

「な、なにを突然?」

「アタシが帰る場所を残しておきなさいよ」

「にこちゃん…」

「頼むわよ!」

「…」

「返事は?」

「…」

「返事…って、泣いてるの?」

「だって…急に変なことを言うから…なんか、今すぐいなくなっちゃうみたいで…」

「バカねぇ、そんなわけないじゃないの。言ったでしょ…ラブライブで優勝するって!こんな中途半端な状態で辞めないわよ」

「良かった…」

「さて…下らない話をしてないで、いい加減寝るわよ」

「下らなくはないですけど」

「いいから。睡眠不足はお肌の敵なのよ」

「は~い」

「じゃあ、おやすみ…」

「おやすみなさい…」

 

 

 

それからほどなくして、ふたりは深い眠りに落ちた。

真っ暗な部屋に、にこと花陽の寝息だけが静かに聞こえた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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先輩禁止! その27 ~一文字違うだけで~




にこ編は一旦、完結です。

※一部加筆修正しました。



 

「かよちん、遅いにゃ~」

「具合でも悪いのしら?」

「あっ、来た!」

「はぁ…はぁ… ごめんね…遅くなっちゃった…」

「花陽が遅れてくるなんて、珍しいわね」

「ちょっと、寝坊しちゃって…」

「寝坊?かよちんが?」

「う、うん…。あ、ほら、急がないと…」

と言って先に歩き出す花陽。

「かよちん、カバンは?」

「カ、カバン?あ、忘れてきちゃった!」

「お弁当も?」

「う、うん…」

「慌てるにも程があるんじゃない?」

「そ、そうだね…あははは…」

凛と真姫は不思議そうに顔を見合わせた。

 

「何か隠してるわね」

「怪しすぎにゃ…。それに真姫ちゃん…今日のかよちん、なんかエッチじゃないかにゃ?」

「私も会った瞬間ちょっと感じたわ。具体的に何がどう…って言えないけど…」

「う~ん…う~ん…」

凛は唸りながら、花陽の後ろ姿を凝視した。

「わかったにゃ!制服のウエストがキュッとなってるにゃ!」

「あ、本当ね」

「だから、かよちんのおっきなおっぱいが、より強調されて見えるにゃ!」

「そういえば、スカートもいつもより短い気がするわ…」

「ホントにゃ!パンツ見えそう」

凛は歩きながら、スカートの中を覗くフリをした。

「こらこら…」

『フリ』だとわかっていても、真姫は注意せずにはいられない。

「ん?どうしたの?何かあった?」

2人の前を歩いている花陽が、振り返って声を掛けた。

「あ…なんでもないにゃ…」

「ゆっくり歩いてると遅刻しちゃうよ」

2人はうん、うんと頷きながら、花陽の後を追う。

「かよちんがイケイケに目覚めたにゃ…」

「まさか…」

「利き米コンテストで優勝して知名度が上がったところで、次なる戦略は『エロ可愛い 』で売り出すつもりにゃ…」

「う~ん…持ってるポテンシャルは高いから、否定はしないけど…でも花陽がその路線って…」

「そうかな?凛はもっと、かよちんのいやらしさを前面に打ち出した方がいいと思うけどにゃ。かよちんは大人し過ぎなんだにゃ!」

「今のままでも充分だと思うわ。ガツガツする花陽って、アタシはなんかイヤ!」

真姫の声が、少し大きくなった。

「どうしたの、さっきから?」

それに気付き、再び花陽が振り返って訊いた。

「今日の花陽は、スカートが短いんじゃない?…って話してたの」

「真姫ちゃん、それ言っちゃうにゃ?」

「えっ?あ、スカート丈?…やっぱり、わかっちゃう?…お洗濯したら縮んじゃって…」

「洗濯したにゃ?」

「今の時期に?」

「う、うん…ちょっと汚れが目立ったとこがあって…」

「ブレザーも洗ったの?」

「う、うん、ブレザーも…これもちっちゃいよね」

「おっぱいが窮屈そうにゃ」

「そ、そうかな…」

「それとも花陽が太ったのかな、練習、少しお休みしてたし…」

「そうかもね…」

真姫はいつも通り(?)気のない返事。

しかし凛は声には出さないものの『?』マークが頭に渦巻いたままの様子だった。

「かよちん、大丈夫?汗がスゴいにゃ!」

「うん、大丈夫!大丈夫!ほら、走ってきたから」

 

 

 

…だから、にこちゃん、すぐバレる…って言ったのに…

 

花陽は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

 

話は1時間ほど前に遡る…。

 

 

 

♪にっこにっこに~ にっこにっこに~ にっこにっこに~…

「…う~ん…」

にこが目覚ましに手を伸ばし、アラームを止めた。

花陽もその音に気付き、目を覚ました。

「…おはよう…ございます…」

「おはよう…」

にこはベッドから這い出て、真っ暗な部屋の電気を点けると、カーテンを開いた。

続けてガラス窓と雨戸を開く。

眩しい光が差し込んできた。

「う~ん…今日はいい天気ね…」

「…そうですか…」

花陽はまだ、頭が働いておらず、ボーっとしている。

辛うじてにこの部屋で朝を迎えたことは理解している。

「にこちゃん、今、何時ですか…」

「7時よ」

「…7時ですか…7時…ぴゃあ!遅刻する!」

「大丈夫よ。アタシはいつもこの時間に起きてるんだから」

「ダメなんです!花陽は一度、おうちに帰って制服に着替えないと!」

「あぁ、そうだったわね…」

「なんで起きられなかったんだろう…」

花陽は昨晩の記憶を振り替える。

 

…スマホのアラームは…

スマホ…バッグに入れっぱなしだった…

…でも、明るくなれば自然と目が覚めるのに…

あぁ、にこちゃんの部屋は完璧なくらい真っ暗だった…

不覚です…

 

「馴れないことして、よっぽど疲れたんじゃない?爆睡してたわよ」

「はぁ…」

「取り敢えず起きて、ご飯食べなさいよ…って、ウチは朝、パン食だけど」

「は、はい…」

うんしょ…と花陽がベッドから抜け出す。

そして気付いた。

「あれ?昨日借りたスエットじゃありませんよ…」

「あぁ、2人で寝たからかしら。アタシもアンタも寝汗がスゴくて、途中で着替えたのよ」

「…途中で…着替えた?…花陽は記憶がありませんが…」

「だから言ったじゃない、爆睡してたって…」

「ええっ?ええっ?それってもしかして…」

「アタシが着替えさせたのよ!」

「ぴゃあ!に、に、にこちゃん!」

「希と違って変なことはしてないから、大丈夫よ。アタシは3人のオムツ換えをしてきたんだから、どうってことないわ」

「オムツ?」

「パンツまで汗ビッショリだったのよ」

花陽は恐る恐る自分の履いている下着を確認する…。

「アンタのよ。洗濯して乾燥機入れといたから、乾いてたし」

「あは…あは…はははは…」

「ほら、恥ずかしがってる場合じゃないよ。モタモタしてると、ホントに遅刻するわよ」

「は、はい!」

「アタシは妹たちを起こして準備させるから、アンタはお湯沸かして。あと、食器棚に食パンが入ってるから、トースターで2枚ずつ、4枚焼いて!」

「は、はい…」

 

 

 

そして…

 

 

 

「ごちそうさまでした…」

「洗いものはいいわ、アタシがやるから。アンタは制服に着替えなさい」

「制服?」

「家に帰ってる時間はないんでしょ?その格好で学校に行く気?」

「いえ…」

「家だけに…いえ…とは」

会話を聞いていたこころが、ボソッと呟く。

「下らないことを言ってないで早く仕度しなさい!…で…花陽は…あ、洗濯して乾いた服…袋に入れておくわね。…これがアンタのブラ。さすがにこれはアタシのって訳にはいかないから…。これがブラウスで、スカート、ブレザー…1年のリボン…OK?」

「にこちゃんのは?」

「アタシのはアタシのであるわ。オシャレさんはちゃんとスペアを用意してるものなのよ」

「はぁ…」

「早くしなさい。こっちも忙しいんだから」

「わ、わかりました…」

…と、にこの勢いに押されて着替える花陽。

 

しかし…

 

「にこちゃ~ん…やっぱり、ちっちゃいですぅ」

「やっぱり…って、なによ!」

「おしりが見えそうだし…」

「今日一日くらい我慢しなさいよ!」

「う~ん…」

「わかったわよ…待ってなさい。確か未使用のものがあったハズ…」

にこは自分のクローゼットをゴソゴソ漁る。

「あったわ、はい、これ」

「!」

「黒のストッキング。これなら『直接』は見られないでしょ」

「は、はい…」

「アタシはこのあと、こころたちを送り出してから行くから、アンタは先に出なさい。朝は凛たちと待ち合わせてるんでしょ?」

「はい…。あの~…一日お世話になりました!」

「こっちこそ、ありがとね。じゃ、またあとで…」

 

 

 

…それで、靴まで借りて、出てきたものの…

そりゃあ、バレちゃうわよね…

 

 

 

「かよちん、お昼はどうするにゃ?」

「そうだねぇ…どうしようかな…」

「良かったら、私のお昼、少し分けてあげるわよ」

「真姫ちゃん…」

「真姫ちゃん、優しいにゃ~」

「べ、別にそんなんじゃないわよ。そんなに食欲がないだけなの」

「う、うん。ありがとう。でも幸い、お財布だけは持ってるから、なんとか…」

「そう…困ったことがあったら言いなさいよ」

「うん」

「なんか真姫ちゃんは、かよちんに対して異様に優しいにゃ」

「そ、そんなことないってば!」

「あるにゃ~!」

「な~い!」

「あ~る!」

「まぁまぁ…」

そんなやりとりをしているうちに、学校に着いた。

 

 

 

「おはよう!」

凛、真姫、花陽が揃って教室に入る。

入学当初の真姫は、小声でボソッと呟く程度の挨拶だったが、今では明るく大きな声が出せるようになった。

少なくとも3人の中で、クラスメイトの印象が一番変わったのは、真姫だろう。

半年以上も過ぎて、今更学校に馴れた…というのは表現として違うかも知れないが…彼女自身のカドが取れたことにより、周りの対応が変わってきたのは事実だろう。

それは教室で、花陽と凛以外の友人と話している姿が散見されることからもわかる。

それを花陽は、嬉しくもあり、羨ましくも思っていた。

花陽が普通に話せるのは、相変わらずμ'sのメンバーだけだったからだ。

 

「あ、小泉さんだ!」

「小泉さん、おはよう!」

「女王参上!」

教室に入るなり、先に来ていたクラスメイトが、口々に花陽の名前を呼ぶ。

「えっ?えっ?」

花陽は突然の出来事に戸惑い、凛に助けを求めた。

「何事?」

「見たわよ!お米クイーンになったんでしょ?」

「そう、そう。私も見た!」

「私は現地にいたんだ。それでみんなにLINEしちゃったの。まさか優勝するとは思ってなかったけどさ」

「おめでとう!スゴいねぇ!」

「あ、ありがとう…」

気付けば花陽は10名程に取り囲まれていた。

「あとね、その時のライブも見たよ!西木野さんとか星空さんとかはアレだけど、小泉さんがあんなに生き生きしてるなんて…かなりビックリしたわ」

「普段全然違うものね」

「そ、そうかな…」

「なんか小泉さん見てたら、アタシもアイドルやれるんじゃないか…って気になるよね?」

「それはさすがに失礼じゃない?」

「そうだよね。あははは…」

「ねぇ…今度ライブっていつやるの?」

「えっと、次は…」

質問攻めにあう花陽。

その様子を見ながら、凛はそっと教室を出た。

 

「…ホントに失礼にゃ…」

凛が独り言。

「それに『西木野さんとか星空さんはアレだけど』…アレってなんにゃ!?」

自然と声が大きくなった。

「妬いてるんじゃないわよ」

「ま、真姫ちゃん!黙って背後に忍び寄るなんて人が悪いにゃ!」

「♪甘いよ、甘い!そんな装備じゃ逃げられるわけないじゃないの…狙いをつけて、密かに背後から…なんてね」

「ごまかさないでよ」

「何を怒ってるんだか…」

「みんな、かよちんのこと、バカにしすぎにゃ!『かよちんが出来るなら、私もなれる…』なんて、なれるわけないにゃ!」

「まぁまぁ、みんな普段の花陽しか知らないから、ギャップに驚いてるだけよ」

「それは、今までかよちんのことを、ちゃんと見てないからにゃ…」

「でも、これで花陽のこともわかってくれたと思うし…」

「かよちんが評価されるのは嬉しいけど…なんか複雑にゃ」

「だからそれは嫉妬じゃなくて?」

「う~ん…」

 

…私も凛の気持ちは痛いほどわかるけどね…

まぁ、チヤホヤされて急にどうこうなるような子じゃないから…

誰かさんと違って…

 

 

 

「はっくしょん!はっくしょん!」

「ぬ?にこっち、風邪ひいたん?」

「ひいてないわよ!きっと凛あたりがアタシの噂をしてるのよ!」

「人気者は大変やねぇ…」

「ふん!思ってもいないことを…」

 

 

 

「でも、花陽にも問題があるんじゃない?」

「かよちんに?」

「少なくとも学校の中じゃオドオドしなくてもいいんじゃない?」

「かよちんは自分に自信が無さすぎにゃ」

「花陽のアガリ症というか、対人恐怖症というか…あれはいい加減に治さないと…」

「真姫ちゃんなら治せるにゃ?」

「どうかしら…。一か八かでショック療法をしてみたけど、あまり効果はなかったし…」

 

真姫の言う『ショック療法』とは、海未が

「園田海未役の園田海未です」

という迷言を発した、あの音ノ木坂の放送事故を指している。

 

 

 

 

 

「花陽!練習着はどうしたのですか?」

「あ、えっと…忘れちゃって…」

「忘れたんですか?しばらく練習してなかったからって、たるんでますわよ。そういうのは穂乃果だけで充分ですから」

「ちょっと海未ちゃん!いちいち穂乃果を引き合いに出さないでよ…」

 

放課後の屋上。

 

先に来ていたのは1年組。

続いて上がってきた2年組の海未は…花陽の『異変』に真っ先に気付き、開口一番、そう述べた。

 

「でも花陽ちゃんが忘れ物なんて、ちょっと珍しいね」

これにはことりも不思議そうな顔をして、海未を見る。

「なにかあったのでしょうか…」

「忘れ物くらいするでしょ」

「あなたと一緒にしないでください」

「まぁまあ…」

繰り返される日常…

ことりはこのやりとりを何年見てきたことか…と苦笑した。

 

「花陽ちゃん!練習着はどうしたん?」

最後に3年生組が現れた。

「あははは…ちょっと…」

「全くアンタはドジなんだから」

と、これは事情を知ってるにこ。

「そ、そうですね…」

花陽はそれに話を合わせる。

「それより、ウチのクラスでも花陽ちゃんのことは、話題になってたよ…1年生で『おメ○クイーン』になった子がいるんやってね…って!」

「『オコメ』でしょ!」

「あぁ、そうやった!『お○コ』やなくて『オコメ』やった…」

「『○メコ』って?」

「アンタは口にしなくていいの!!…」

「花陽ちゃん、それは関西弁で…」

「こらぁ!!…希!ちょっと!」

と、にこは手招きをして希を屋上の隅に呼び寄せた。

 

「にこっち…顔が怖いんやけど…」

「当たり前でしょ!花陽にあんなこと言ってどうするつもり?」

「ちょっとからかっただけやん」

「そういうことを受け入れる子じゃないでしょ!」

「わからへんよ」

「希!」

「冗談やって!」

「アンタの花陽に対するセクハラぶり、最近、目に余るわよ」

「だって…可愛いんやもん…」

「だとしても!あの子はそういう世界に引き込んじゃダメなの!わかるでしょ!」

「どうやろか?案外イケるタイプかもよ」

 

…実証済みやし…

 

「希…いくらアンタでも…花陽を汚すようなことがあれば…殺すわよ…」

「…にこっち…」

「あの子は単なる後輩じゃない…アタシの大事な妹なんだから…」

「…」

「いいわね?」

「ワシワシくらいはしてもいいやろ?」

「アンタもしぶといわね…」

 

…にこっちと花陽ちゃんの間に、なにかあったかね?…

でなければ、急にこんなことは言わへんもん…

それにしても…

またひとりライバルが増えてしまったやん!

 

でも、まだこの様子やと、ウチが一歩リードしてるみたいやけど…

 

 

 

「そういえば、花陽ちゃん、おしりはもう、大丈夫?」

「うん、ことりちゃん、ありがとう。今日はこんな格好だからごめんなさいだけど、明日からは今までの分を取り返しますよ」

「うん、頑張ってね!」

 

 

 

 

 

先輩禁止!

~おわり~



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最高のライブ(穂乃果編)
最高のライブ ~プリンセスの瞬間~


 

 

 

突如決まったブライダルファッションショーへの出演。

μ'sのメンバーは穂乃果を花陽に…いや花嫁に見立てた新しい曲を準備していた。

 

そんな中、2年生は修学旅行に出掛ける。

シーズンと言えばシーズンである。

しかし、この秋口に『沖縄』とは、音ノ木坂の教諭も、なかなかのチョイスをしたものである。

 

その間の暫定リーダーは、満場一致で凛に決定。

 

…とは言うものの、凛に全く自信がない。

 

「全然リーダーに向いてないよ…中心にいるようなタイプじゃないし…。凛は全然アイドルっぽくないし…」

「はぁ…よほどの自惚れやでもない限り、自分より他人の方が可愛い…って思ってるものでしょ?」

凛の嘆きに、そう言って活を入れる真姫。

 

しかし凛には、そう簡単に割り切れない理由があった。

 

花陽曰く…凛は幼い頃からボーイッシュであったが、小学生の時にスカート姿をからかわれたのがトラウマになっていて、以来、自ら『女の子らしい』『可愛い』を拒絶しているのだという。

 

ついこの間「かよちんは自分に自信がなさ過ぎにゃ~」…とか言っていたのに、人の事、言えないじゃない…と真姫は思った。

 

 

 

 

 

案の定というか、なんというか…穂乃果たちのいる沖縄に台風が直撃。

2年生は予定日にもどってこれなくなった。

 

仕方なく絵里たちは、3年生と1年生の6人で、ブライダルファッションショーに出演することを決める。

 

穂乃果の代役に選ばれたのは、凛。

 

だが凛は「自分には似合わない」と、ウェディングドレスの着用を頑なに拒否。

 

元々穂乃果の寸法に合わせて作られた衣装。

やむを得ず、身長が一番近いということで花陽がやることになった。

 

「そうにゃ!かよちんなら歌もうまいし…やったほうがいいにゃ!かよちん可愛いし…センターにぴったりにゃ!」

「でも…凛ちゃん?いいの?」

「いいに決まってるにゃ!」

「本当に?」

「もちろん!」

「…」

 

…だいぶ胸まわりは直さないと、花陽ちゃんは着れへんね…

 

ことりがいない為、希と絵里が手直しをする。

 

 

 

「それで花陽ちゃんがセンターに?」

「はい…」

「そっか…ごめんね、急に電話して…なんか、気になっちゃってさ」

「いえ…私も穂乃果ちゃんと話したかったから…」

「それで、どうするの?」

「それが、よくわからなくて…真姫ちゃんにも言われたの…『このままでいいの?』って…」

「そうだよね…」

「でも凛ちゃん困ってるみたいだし…無理に言ったらかわいそうかなって…」

「う~ん…」

「穂乃果ちゃんだったらどうする?」

「え?私だったら?」

「ん~…それは花陽ちゃんが決めなきゃ!」

「え?」

「うん!花陽ちゃんが決めることだよ!」

 

…逃げましたね…

相談する相手を間違えたかな…

 

 

 

 

 

そして当日…

 

 

 

 

ドレッシングルームで凛が見たのは…

 

「あれ、え!?あれ?かよちん間違って…」

「間違ってないよ!」

「あなたがそれを着るのよ、凛!」

真姫は笑顔だ。

「な!何言ってるの!センターはかよちんで決まったでしょ?それで練習もしてきたし…」

凛の言葉の語尾に『にゃ~』がない。

余裕がない証拠である。

「大丈夫よ、ちゃんと今朝みんなで合わせてきたから。凛がセンターで歌うように」

絵里も笑顔だ。

「そ…そんな…冗談はやめてよ!」

「凛ちゃん!」

「かよちん?」

「私ね…凛ちゃんの気持ち考えて困っているだろうなって思って、一旦は引き受けたの…。でも…思い出したよ…私がμ'sに入った時の事!。今度は私の番!凛ちゃん!凛ちゃんは可愛いよ!」

「え!?」

「みんな言ってたわよ。μ'sで一番女の子っぽいのは凛かもしれないって」

「そ…そんなこと…」

「そんなことある!だって…私が可愛いって思ってるもん!抱きしめちゃいたい!!って思うくらい可愛いって思ってるもん!」

 

 

 

…花陽ちゃん!これはまた大胆な発言やね…こっちが照れるやん…

 

…花陽、ハラショーです…

 

…抱きしめちゃいたいくらい…か…アンタも言うねぇ…

 

…って、カヨ…あなたたち、いつも抱き合ってるじゃない…

 

 

 

 

 

「は…初めまして!音乃木坂学院スクールアイドル…μ'sです!えっと、本来メンバーは9人なんですが、今日は都合により6人で歌わさせてもらいます…」

 

 

 

 

 

「一番可愛い私たちを、観てください!」

 

 

 

 

 

「うん、うまくいって良かったね。うん、うん…それはそうだね。わかった。うん、ありがとう。…えっ?お土産?わかってるよ…じゃあ…は~い」

「花陽からですか?」

「うん。大成功に終わったって」

「良かったねぇ!」

「あ、これ見て!」

穂乃果がスマホの画像を、海未とことりに見せる。

「うわぁ!凛ちゃん可愛い!」

「似合ってますね!」

「う~ん、ホントは穂乃果が着るはずだったのに…」

「今回ばかりは、さすがの穂乃果ちゃんでも、天気は変えられなかったもんね」

「それにしても、花陽は大きな決断をしましたね」

「うん…。花陽ちゃんに電話したとき…上手くアドバイス出来なかったけど…あれは絶対、花陽ちゃんと凛ちゃんで解決すべき問題だと思ったんだ」

「そうですね…」

「私ね…あの時、花陽ちゃんが来てくれなかったら、どうなってたんだろう…って、時々思うの」

「ことりちゃん?…あの時って…ファーストライブのこと?」

「うん」

「どうなっていたんでしょうね…」

「頑張って3人で続けることは出来たかも知れないけど、結果はわからない…でも…ただひとつ言えることは…私たちは花陽ちゃんに救われた。…花陽ちゃんは初めて見に来てくれたお客さんで、初めて入部してくれたメンバーなんだ。だから、私たちは絶対に花陽ちゃんを裏切るようなことはしちゃいけないんだ」

異論はないと頷く海未とことり。

「ですが、あなたが言っても説得力がありません」

「あははは…だよね。確かにこれまで色々迷惑を掛けたよ。けど、今は違う。もう迷わないよ」

「頼みますよ」

「私ね…」

ことりは何か言い掛けたが、すぐに口を噤(つぐ)んだ。

「ん?なにか言った?」

「えっ?ううん、なんでもない」

ことりは立ち上がると、ホテルの部屋の窓へと歩を進めた。

「うわっ!見て、見て!すごい晴れてるよ!」

「あ、本当だ!これなら海で遊べるね!」

「私で遊ぶのはやめてください!」

「海未じゃないよ、海だよ!」

「また、それ?」

ことりは穂乃果と海未のやりとりに苦笑するのであった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その2 ~trick or treat(前編)~

 

 

 

 

「ハロウィーンイベント?」

「穂乃果もハロウィーンは知ってるでしょ?」

「絵里ちゃん、バカにしないでよ。それくらい知ってるますぅ。ここのお店だって、ハロウィーン一色だし…。でも、私たちが子供の時にはこんなに流行ってなかったよね?」

「そうね…」

 

 

 

確かに今、穂乃果たちがいるファストフードの店内は、至るところにパンプキンの『ジャック・オー・ランタン』のオブジェが飾り付けられている。

いや、この店だけではない。

もはや日本の街中が、カボチャやお化けの装飾に彩られている。

 

いつからだろうか…ハロウィーンはここ数年で、一気に秋の一大イベントになった。

 

 

 

絵里が説明を続ける。

「実は今年、アキバをハロウィーンストリートにするイベントがあるらしくてね…地元のスクールアイドルであるA-LISEとμ'sにも出演依頼が来たんだけど…」

「ひょえ~…予選を突破してからというもの、なんだかすごいねぇ」

「あと、この間の『利き米コンテスト』の影響もあるみたい」

「サプライズライブですか?」

「そう。あなたが頑張ってくれたお陰で、私たちも曲を披露させてもらったでしょ。それが今回のプロデューサーの目に止まったみたい」

「いやぁ、あれはA-RISEのツバサさんのお陰で…」

「あなたが決勝に残らなかったら、それも無かったんじゃなくて?」

「そうにゃ!そうにゃ!」

えへへへ…と照れる花陽。

「それって…歌うってこと?」

真姫が面倒くさそうに訊く。

「そうみたいやね」

「ありがたい話だけど…この前のファッションショーといい、そんなことやってていいの?最終予選も近いのに…」

「真姫の言う通り!…私達の目標はラブライブ優勝でしょ!」

「にこ…それはそうだけど…こういう地道な活動も重要よ!…イベントには、テレビ局の取材も来るみたいだし…」

「テ、テレビ!?」

一瞬にして、にこの目に星が輝き、表情が崩れた。。

「態度変わりすぎ…」

冷ややかな視線でにこを見る真姫。

「でも…A-LISEと一緒ってことは、また、みんなに注目してもらえる…ってことだよね?」

「花陽…それはそうかも知れないけど…」

「真姫ちゃん、チャンスにゃ!もっともっと、名前を覚えてもらえるチャンスにゃ!」

「そうよ!A-LISEよりインパクトの強いパフォーマンスで、オーディエンスの脳裏にアタシ達の存在を焼き付けるのよ!この間は突然だっからアカペラだけで終わったけど」

「だから、にこちゃん、態度変わりすぎだって…」

真姫は深く大きな溜め息を吐(つ)いた。

「うん、インパクト!それだね!」

「穂乃果ちゃん、大丈夫なん?意味、わかってるん?」

「意味?も、もちろん!花陽ちゃんが眼鏡の替わりにしてるやつでしょ!?」

「それはコンタクトやん!」

「あははは…そうでした!」

 

…大丈夫かしら、これで?…

 

真姫はさっきよりも大きな溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「うーん、インパクトかぁ…」

穂乃果は、自分でそう言ってはみたものの…具体的なアイデアがあるわけではなかった。

 

部室に場所を変え、ハロウィーンイベントについて、頭を悩ますμ'sのメンバーたち。

 

「でも、今回は大会じゃないよね?優劣を付けるものじゃないし、そんなの気にしても…」

「そうなんだよ、ことりちゃん…」

「何言ってるの!勝負はもう始まっているのよ!」

「にこちゃんの言う通り!…確かに採点も順位もないけど、観た人の印象に残ったほうが、話題として多く取り上げられるだろうし…」

「さすが真姫!…つまり…最終予選も有利に働くってこと!」

「ふむふむ…」

神妙な顔で頷くことり。

「なるほど…。あれ?でも真姫ちゃん、さっきは『そんなことやってていいの?』って言ってなかったっけ?」

穂乃果が意地悪そうに、真姫の顔を覗き込む。

「れ、冷静に判断した結果よ。私だってラブライブのこと、真剣に考えてるんだから…」

「それで?」

口を挟んだのは絵里。

「それで…って?」

「同じことをしてもダメってこと。向こうは前回の優勝者なんだから、どうしたって取材する側は、まずはA-LISEに行くでしょ?」

「じゃあ私達の方が不利…ってことなのかな?」

「ことりだってわかるでしょ?採点競技ではよくあることだけど、ネームバリューって大きいのよ…先入観っていうのかしら…。そういう意味では、現時点で知名度は圧倒的に向こうの方が上。だからこそ最終予選を前に、印象的なパフォーマンスをして、その差を縮めておきたいのよ」

長年バレエをやってきた絵里だけに、その言葉には説得力がある。

「絵里ちゃんの言うことはわかるけど…A-LISEより印象に残るパフォーマンスって、どうすればいいんだろう…」

「だから何回も言ってるでしょ!…とにかく大切なのは…インパクトよ!」

にこが椅子の上で仁王立ちになる。

「インパクトかぁ…」

穂乃果はにこの顔を見上げたあと、そのまま天を仰いだ。

結局、何のアイデアも出ないまま『振り出しに戻る』のであった…。

 

 

 

…勢いよく立ったはいいけど、降りるタイミングを失ったわ…

 

 

 

にこは暫く椅子の上で、腕を組み、考えるフリを続けた…。

 

 

 

 

 

「コスプレですか!?」

海未が驚きの声をあげる。

「本来のハロウィーンは、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す行事なんやけど…日本では仮装パーティーのイベントみたいになってるやん」

「えっ?仮装パーティーじゃないの?」

「やっぱり穂乃果は、ハロウィーンがなんだか、本質をわかっていなかったのですね」

「希ちゃん…海未ちゃんが苛めるよぅ」

「海未ちゃん…今はそれが問題やないやろ」

「はい、そうでした…」

「折角のハロウィーンなんやから、ウチらも仮装したらどうかな?…ってこと」

「それは面白いにゃ!そうしたら凛は『セーラーム○ン』とかしてみたいにゃ」

 

 

 

…セーラーム○ン?…

 

 

 

どうやら凛はこの間のブライダルファッションショーでウェディングドレスを着用して以来、長年のトラウマだった『少女趣味への抵抗』から開放されたようだった。

 

そろからというもの、急にスカートタイプのキュートな練習着に変えてみたり、髪形をいじってみたりしてメンバーを驚かせたが…溜まっていたマグマが爆発するが如く、これまでの鬱屈を一気に放出しているようだった。

 

 

 

…それはそれで良かったけど…いきなりセーラーム○ンとは、振り幅、大きすぎじゃない?…と言うのが、その場にいたメンバーの感想。

もちろん誰も口にはしていない。

 

「でも、あれって主人公5、6人やなかったっけ?」

「残りは敵役でいいにゃ!にこちゃんとか真姫ちゃんとか…」

「なんで私が敵役なのよ。私は『マーキ』だから『マーキ○リー』でしょ」

 

 

 

…えっ?…

…真姫ちゃん?…

 

 

 

「…っていうか、アンタ、セーラーム○ンとか観るんだ…」

幼き真姫が、セーラーム○ンごっこをして遊んでいる姿を脳内再生する、メンバー一同。

自然にクスクスと笑い声が漏れた。

「な、なに言ってるのよ、にこちゃん!私は名前知ってるくらいで…」

「隠さんでもいいんやない?凛ちゃんも真姫ちゃんも、それなりに少女時代があった…ってことやん」

希は、にひひ…と笑った。

「ヴェ~…意味わかんない!」

「凛もその言われ方は、不本意にゃ!」

2人は膨れっ面をして、ソッポを向いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その3 ~trick or treat(中編)~

 

 

 

 

『インパクト』に対する考えがまとまらないうちに、イベント発表の告知の時を迎える。

μ'sを代表してリーダーの穂乃果、部長のにこ…そしてリーダー代理の凛がインタビューに応じることになった。

 

 

 

会場に足を運ぶと、そこにいたのは『利き米コンテスト』の時の女性司会者。

 

ハート型のフレームの眼鏡に、やや派手な衣装。

ハロウィーン仕様の格好で3人の前に現れた。

 

「は~い、二度目まして!この間のライブ良かったよぅ!お姉さん、感動しちゃった!今日はよろしくぅ!」

「よ、よろしくお願いします…」

「あとでインタビューがあるから、呼んだら前に来てね!」

「は、はい!」

「それじゃあ、のちほど…バァ~イ!」

「あ、はい…」

前回よりも更に高いテンションに、終始圧倒されっぱなしの穂乃果であった…。

 

 

 

 

 

「イェ~イ!!さぁ!…というわけで、今日から始まりました、アキバハロウィーンフェスタ!テレビの前のみんな!はっちゃけてるか~い!?」

 

 

 

…穂乃果ちゃん…あの人…私達よりインパクトあるにゃ…

…確かに…

…ふん、アイドルモードに入れば、アタシだって負けないんだから!…

 

 

 

「ご覧の通りイベントは大盛り上がり!仮装を楽しんでる人も沢山いますねぇ!みんなもまだ間に合うから、ぜひ遊びに来てね!…そして…なんとなんと!イベントの最終日には、スクールアイドルがライブを披露してくれるんだ!!ははは…やっほ~!まずはμ'sから。どう?はっちゃけてる!?」

とマイクを向けられた穂乃果。

「あ…うぅっ…」

「ライブに向けての意気込みをどうぞ!」

「せ、精一杯頑張ります!」

「よぉ~し!…そこの君にも聞いちゃうぞ!」

「ラ、ライブがんばるにゃ~!」

「あ、可愛い~!私も真似しちゃおうかな?『にゃ~!!』」

「えへへっ」

「次はアタシね?『にっこにっ…』」

「…というわけで音乃木坂学院スクールアイドルでした~」

「スルーかい!!」

 

…お約束にゃ!…

…うるさいわよ!…

 

凛とにこがアイコンタクトで会話する。

 

 

 

「そしてそして…な~んと…今回のイベントには、あのA-LISEもライブに参戦だぁ!」

女性司会者がそう言うと、例の大型ビジョンに、ツバサ、英玲奈、あんじゅの3人の姿が映し出された。

 

 

「みなさん、こんにちは。A-RISEです。私達は常日頃、新しいものを取り入れて、進化していきたいと考えています。このハロウィーンイベントでも、自分達のイメージを…いい意味で壊してみたいと思っています!…せ~の!」

「ハッピーハロウィーン!」

3人の掛け声と共に、空から紙吹雪が舞ってきた。

 

「あっはははは…なんということでしょう!さすがA-LISE!素晴らしいパフォーマンスです!どう?このハロウィーンイベント!目が離せないでしょ!?…以上、現場からでしたぁ!」

 

 

 

 

 

「もぅ!A-LISEに完全に持っていかれたじゃない!」

「にこちゃんが『にこに~』をやろうとするから…」

「やれてないし!…っていうか、いくらA-RISEでも『アレ』はやり過ぎよ」

「そうだよねぇ…あれじゃ穂乃果たち、完全に引き立て役だよ」

「あの司会者も目立ちすぎにゃ!」

「主役がアタシたちだって、わかってないのよ!」

 

告知が終わって、にこと凛は、そのまま穂乃果の部屋に立ち寄った。

作戦会議を開くハズが、単なる愚痴の言い合いになってしまっている。

 

「とにかく、これは問題よ!このハロウィーンイベントをものにしないと、最終予選を勝ち抜くのは難しくなるわ…。あのお客さんの盛り上がり見たでしょ?」

「確かに…」

「だけど…A-RISE恐るべし!って感じね…。敵ながら天晴れだわ。あれだけの実績を残しながら、現状に満足せずに努力している!なんだかんだ言っても、やっぱりスゴいわ…」

「優勝するだけのことはある…ってことね」

「でも、感心してるだけなら、アタシたちはそこで終わりよ!」

「…だよねぇ…」

「打倒A-RISE…か…。相当厳しいにゃ~」

凛は、お手上げ…というポーズをしたあと、床に寝転がった。

 

 

 

 

 

部室…。

 

「うーん…」

ことりが首を左右に捻りながら唸っている。

「インパクト…インパクト…」

穂乃果は念仏のように、ひたすらこの単語を呟き続けていた。

「…かと言って、いきなり路線変更を考えるのは…無理がありませんか?」

海未は穂乃果に問い掛けた。

しかし、それを無視するかのように

「今の私達にはインパクトがない!」

と穂乃果が叫ぶ。

「でも穂乃果ちゃん…インパクト…って今までにないものというか…新しさ…ってことだよね?」

「新しさか…」

「…それなら…思い切って現状を変えてみたらいかがでしょうか?」

「海未ちゃん?」

 

 

 

 

 

「部活のユニフォームでステージ!?」

部室にあとから来た1年組、3年組の6人が、海未の提案に驚きの声をあげた。

「穂乃果はテニスウェアを着てみたい!」

「ことりはラクロスかな?あのユニフォームって可愛いよね」

「にこちゃんは剣道とか似合うにゃ~」

「似合うも何も、顔が見えないわよ!」

「海未ちゃんは、そのまま弓道の格好でいいんやない?」

「どうせなら私も、違うユニフォームを着てみたいのですが…」

「水泳とか?」

「なぜ、水着なんですか!希はそういう発想しか出来ないのですか!?」

「いいやん、別に。減るもんやないし」

「そういう話ではありません!」

「スクールアイドルってことを考えると、色々な部活のユニフォームを着る…っていうコンセプトは悪くはないかも」

「だよね、だよね!絵里ちゃん、話がわかるぅ!」

「でも、これだと音ノ木坂の部活発表会みたいじゃない?今はもう、学校のアピールじゃなくて、いかにA-RISEに勝つか…でしょ。そもそもこれでステージに上がるなんてありえないでしょ」

真姫は反対のようだ。

「ウチはいいと思うんやけどなぁ…。わざわざ衣装を作らなくても、借りてくればいいんやし」

「でも、この季節に水着はちょっと寒いかも…」

「だから水着にはなりません!」

海未が必死の形相で花陽に迫る。

「う、うん…そうだね…」

「なら、一回、真逆の路線に行ってみる?」

と穂乃果。

「真逆…ですか?」

「スクールアイドルから一旦離れて…」

「例えばロックとか?」

「そうそう、真姫ちゃん!そういうの!どうせなら、もう少し過激に…パンク?…ヘビメタ?…」

「面白そうやね。『KI○S』みたいな感じやろ」

「希…それ本気で言ってる?」

「でも、花陽、楽器は出来ないですよ」

「そういう問題じゃないでしょ!ああいうメイクとファッションで、ステージに立てる?」

 

…にこの言葉に、それぞれが頭の中で、自分の姿をイメージしてみる…

 

「実は凛、これは世を忍ぶ仮の姿で、来週で3万16歳になる悪魔なのにゃ~」

「それは『KI○S』というより『聖○魔Ⅱ』やけどね」

「インパクトはあるけど…」

苦笑いする絵里。

「拷問です!」

海未の悲痛な叫び、

「ある意味、水着より恥ずかしいね…」

穂乃果も同意する。

 

これにより、ヘビメタ案は却下された…。

 

 

 

 

続いて…

 

 

 

 

メンバーがひとりひとり順番に、箱に手を突っ込み、くじを引いていく。

「まだ見ちゃダメだよ!」

「穂乃果に言われなくてもわかってますよ」

「ウチがラストやね…」

希が引き終わり、この瞬間、運命が決まった。

「じゃあ、一斉に開けるよ!イチ、ニのサン!」

 

 

 

「凛は真姫ちゃんにゃ~!」

「えっ!?凛が私?なんかイヤな感じ」

「ウチは穂乃果ちゃんか…簡単やね。パン食べてればいいんやもん」

「むっ!希ちゃん、それはひどいよ…」

 

 

 

…部活案、ヘビメタ案が却下になり、次なる打開策を検討した結果…『キャラクターのシャッフル』という案に行き当たった。

 

異論を唱えるメンバーがいなかった…訳ではないが…とにかく『まずはやってみよう!』ということなった。

 

そして、今、行われたのは『誰が誰を演じるか』…を決めるためのくじ引き。

 

 

 

「私は…私は…凛なのですね…」

異様に落ち込む海未。

「そんなに嫌がられるのは、不本意にゃ…」

「そうだよ、海未ちゃん。それは凛ちゃんに失礼だよ」

「わかっています…わかっていますよ…えぇ…」

「ほな、着替えよっか?」

「れ、練習着もですか!」

「当たり前やん。じゃなきゃ、雰囲気でないやろ…」

「はぁ…」

海未の目に涙が浮かんでいた。

 

 

 

「うぅ…にこちゃんのこれ、七分丈?」

「長袖だって言ってるでしょ!…って、この間から何回も同じことを…」

「この間から?」

「何回も?」

「ん?凛も真姫も何言ってるのよ…言葉の綾よ、言葉の綾」

「ふ~ん…」

「『花陽ちゃんの練習着』が一番苦しそうやもんね」

「人の服を貧乏くじみたいに言わないでよ…」

にこの返事を待たずに、希は真姫にも声を掛ける。

「堪忍してな。ウチのだとブカブカやろ…胸の辺りが…」

「うるさいわよ…」

希はとても楽しそうにニヤニヤしている。

「みんな着替え終わった?じゃあ、屋上に行って、早速やってみよう!!」

穂乃果の掛け声と共に、9人は練習場所へと移動した。

 

 

 

 

 

「おはようございまーす!…じゃなかった…『ごきげんよう』」

と海未を演じるのは穂乃果。

「『海未!ハラショー!』」

いつも語り口は穏やかなことりだか、今だけは絵里を真似て上から目線。

「『絵里!早いですね!』」

「『そして、凛も!』」

「うぅっ…うぅっ…うぅっ…無理です!」

「ダメだよ海未ちゃん、ちゃんとやらなきゃ。いい女優にはなれないよ!」

「女優になるつもりはありません!」

「穂乃果ちゃん、こういう時も海未ちゃんになりきった方がいいんじゃないかな?」

「あ、そうだね…では…『ダメですよ!海未!ちゃんと凛になりきってください!』」

「うぅっ、私が私に怒られるなんて…」

「『あなたが言い出したんでしょう!空気を変えてみたほうがいいと…さぁ!凛!』」

「うぅっ…うぅっ…くっ…『にゃ~!!さぁ、今日も練習いっくにゃ~』」

「『ハラショー!やれば出来るじゃないの』」

海未は全身の力が抜け、その場にへたりこんだ。

「『なにそれ?意味わかんない…』」

指先でクルクルと髪を絡める凛。

「『真姫!そんな話し方はいけません!』」

「『にゃ~!!』」

海未は自分が扮する『本物の凛』に向かって、猫が威嚇するかのようなポーズ。

それを一瞥した凛。

「『面倒な人…。恨むなら自分のくじ運を恨んでよね』」

「ちょっと凛!私はそんなこと言わないから…やめてよね!」

「『お断りします!』」

普段から人を茶化すことに慣れている凛は、真姫の真似もお手の物だ。

そこに海未役の穂乃果が近づく。

「『おはようございます、希』

「…」

無言で視線を反らす真姫。

「『あ~!喋らないのはずるいにゃ~』」

少し吹っ切れた様子の海未。

「『そうよ、みんなで決めたでしょ』」

ことりのなりきり具合も、ハンパではない。

「べ…別に…そんなこと…」

「『にゃ?』」

「『言った覚え…ないやん…』」

「『おお、希!すごいです!』」

穂乃果が思わず拍手する。

次に屋上にやってきたのは…

「『にっこにっこに~!あなたのハートに、にっこにっこに~!笑顔を届けるぅ…矢澤にこにこぉ!青空も~にこっ』」

「おぉ…」

花陽の『にこに~』の完成度の高さに、役を忘れて感嘆の声をあげる、穂乃果、ことり、海未…そして、凛と真姫。

「『ハラショ~!!』」

「『にこちゃ~ん、にこはそんな感じじゃないよぅ』」

にこがことりの真似をする。

少しだらしない喋り方に、一瞬、眉間にシワを寄せたことり。

そしてすぐに反撃に出る。

「『いえ、本家よりも可愛かったですよ!』」

「ちょっと、どういうことよ!」

素で怒るにこ。

「『まぁまぁ、ふたりとも…。いやぁ、今日もパンがうまい!』」

「うっ…」

希の演じる穂乃果に、言葉を失う本人。

「『穂乃果、また遅刻よ?』」

「『うわっ!絵里ちゃん、ごめ~ん』」

「私って…こんな?」

「『まんまにゃ~!』」

「…かなりバカっぽい…」

突きつけられた現実に、役を忘れて穂乃果が呟く。

最後、息を切らして入ってきたのは…

「『大変です!』」

「『花陽!』」

「『かよちん!』」

「『はぁ…はぁ…はぁ…みんなが…』」

「『みんなが?』」

「『みんなが~』」

タメを作った絵里。

 

そして…

「変よ!」

と言い放った。

 

「…だよねぇ…」

「やはり、他人を演じるのは無理があります」

「そうかな?私は楽しかったけどなぁ」

「ことりちゃんは役になりきってにゃ!」

「凛ちゃんも上手だったよ!」

「かよちんの『にこに~』可愛かったにゃ~」

「そういえばさっき、ことりはどさくさに紛れて、ひどいこと言ったわね?」

「へっ?にこちゃん?そ、そうかな?絵里ちゃんじゃなくて?」

「私は何も言ってないわよ!」

「ちゅん、ちゅん…」

ことりは笑って誤魔化した。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その4 ~trick or treat(後編)~

 

 

 

 

 

「あぁ…うぅ…あ、う~ん…ごめんなさい、間違えちゃった…」

花陽は未だ慣れないミシンに悪戦苦闘している。

「焦らなくてもいいよ。ゆっくり、落ち着いてやれば大丈夫だよ」

その様子を見て、優しく慰めることり。

 

 

 

ことりの部屋。

 

今は、にこと3人でハロウィーンライブの衣装作りをしているところだ。

時間がない中での突貫作業。

ライブ前はいつもこんな状態である。

 

μ's結成当初から、衣装については、デザインも製作もことりが担当していた。

しかし、いつからか…自然発生的に花陽も手伝うようになった。

これは歌もダンスも苦手だと思い込んでいる花陽が、少しでもμ'sに貢献できればと始めたことである。

だが、なかなか上達しない自分の腕前に自己嫌悪するようで、この時も

「ことりちゃん、ごめんね。いつも足を引っ張っちゃって」

と謝っている。

「そんなことないよ…すごく助かってるから。2人が手伝ってくれないと、間に合わないもん」

その言葉に

「…おかしいと思うんだけど!なんでいつもいつもアタシたちが衣装作りやってんの!」

と異を唱える、にこ。

「でも、みんなは…生徒会があったり、ライブの他の準備があるから…」

「だから花陽は『優しすぎる』って言うの!そんなこと言ったら、アンタだって、アルパカの世話があるじゃない」

「それはそうだけど…」

「だいたい、こうなったのも『キャラクターのシャッフル』とか、くだらないことで時間使っちゃったからじゃない!結局、明確なヴィジョンが見えないまま、衣装だけ先に作るなんて…」

「そんなに無駄じゃなかった…って、ことりは思ってるよ」

「はぁ?どこが?」

「私は楽しかったよ。おかげでデザインのヒントももらえたし」

「あれで?」

「うん。やっぱり、μ'sのひとりひとりには強い個性があって、それを生かすことが衣装作りには一番大事なんだ…って気付いたの」

「もっともらしいこと言ってるけど、アンタもそんな役割に慣れちゃっているんじゃない?」

「私には…私には私の役目がある」

「ことり…」

「ことりちゃん…」

「今までだってそうだけど…私はみんなが決めたこと、やりたいことに…ずっとついていきたいの。道に迷いそうになることもあるけれど、それが無駄になるとは私は思わない」

「ふん、主体性がないだけじゃない!」

「にこちゃん!そういう言い方、良くないよ」

「あっ!…言い過ぎたわ…」

「ううん、いいの。にこちゃんの言う通りだから。でもね、だからこそ、これは私がやらなきゃ!って思ってるの」

「…」

「この衣装はにこちゃんのだよ。にこちゃんだから着れる衣装…にこちゃんしか着れない衣装…。みんなが集まって、それぞれの役割を精一杯やりきれば、素敵な未来が待ってるんじゃないかな?」

「ことりちゃん、素敵です!」

花陽は少し目を潤ませながら、ことりを見つめた。

「えへへ…半分、穂乃果ちゃんの受け売りなんだけどね…」

「まぁ、いいわ。ほら、休んでないで今日中に終わらすわよ!」

にこはことりの主張に納得したのか、パンパンと手を叩き、作業の再開を促した。

 

 

 

 

 

「トリック オア トリート!!いやっほ~う、はっちゃけてる?連日すごい盛り上がりをみせている、アキバハロウィーンフェスタ!なんと今日がイベントの最終日なんだよねぇ!でも落ち込まなくてOK!今日はスクールアイドルのスペシャルライブが観られるよう!お楽しみに!」

 

 

 

 

 

「うぅ~…いよいよライブ…緊張するねぇ」

「大丈夫よ、穂乃果。楽しんでいきましょ、みんなも…ほら、楽しそうよ」

絵里の視線の先には、歩道にあるハロウィーンの飾りを見て、はしゃいでいるμ'sのメンバー。

「なんとか間に合って良かったね」

「海未や真姫たちに感謝しないとね。毎回毎回、頭が下がるわ」

「ねえ…絵里ちゃん?」

「?」

「私、このままでいいと思うんだ。A-LISEがすごくて…私たちもなんとか新しくなろうと頑張って来たけど、μ'sはきっと、今のままが一番いいんだよ。だって、みんな個性的なんだもん!」

「どうしたの、急に…」

「普通の高校生なら似た者同士が集まると思うけど…私たちは違う。…時間をかけてお互いの事を知って…お互いのことを受け入れ合って…ここまで来られた。それが一番の私たちの特徴じゃないのかな」

「そうね…」

「私は…そんなμ'sが好き!」

「ええ、私も!」

「えへへっ…」

 

 

 

 

 

「μ'sの皆さんですよね!」

出番を前にしたメンバーに声を掛けてきたのは、4人組の少女だった。

「あっ!」

そのうちの2人を見て、花陽と真姫が同時に声をあげた。

「あなたは確か…『ミュータントタート…』」

「『ミュータントガールズ』さん!」

真姫が名前を間違えそうになったところを、すかさず花陽がフォローした。

「ミュータントガールズ?」

今度は花陽と真姫以外の全員が、驚きの声をあげた。

その名前はμ'sのメンバー全員が知っていた。

穂乃果の見た夢が『正夢』だったなら、最終予選出場はμ'sではなく、彼女たちだったのだ。

しかし、まさかここで実物に会うとは。

「前にかよちんが会ったという人たちにゃ?」

「う、うん…」

花陽と真姫は、2人でプラネタリウムを見に行った時、このうちの2人と遭遇していた。

「あ…小泉さん、西木野さん…その節は大変失礼致しました」

「いえいえ…」

「すみません、申し遅れました。私、調布女子高等学校でスクールアイドル『Mutant Girls(ミュータントガールズ)』をしています『中目黒結奈(なかめぐろゆな)』と申します」

結奈は初対面である『残りのメンバー』に、挨拶をした。

「同じく『亀井紫恩(かめいしおん)』」

「『神村愛美(かみむらめぐみ)』です」

「『葛西メリー』」です」

「あ、わざわざ…μ'sと申します」

穂乃果が頭を下げる。

「はい、存じております。私たちはこの間の予選で皆さんを知ってから、大ファンになりまして…今日もここでライブをやるとお聞きしたので、お伺いさせて頂きました」

リーダー結奈の口調は相変わらず丁寧である。

「素敵な衣装だね」

対して、紫恩の口調も変わらない。

初対面であろうと物怖じしない、ストレートな喋り口。

「ありがとうございます。今日はハロウィーンなので、それを意識した衣装にしてみました」

ことりが礼を述べる。

愛美とメリーは…さすがμ's…と感心しきり。

「今日はどんなライブを観せてくださるんでしょう」

「それは観てのお楽しみということで!」

「そうですね…。それにしても、私たちは1曲完成させるまで、ものすごい時間を要するのですが、皆さんは何故こうも、色々な曲が短時間で作れるのでしょうか」

「本当だよね。あなたたちはプロだよ、プロ。同じスクールアイドルとは言え、私たちとは違う世界で生きてるよ」

フランクに話し掛ける紫恩。

「プロだなんて、そんなぁ…」

謙遜する穂乃果。

「でも、何か秘密があるんでしょ?」

「秘密?」

「例えば…本当はゴーストライターがいるとか、プロにレッスン受けてるとか」

紫恩の発言に

「ない、ない…」

と首を振るμ'sメンバーたち。

「あとは、スポンサーが付いてるとか…」

これには一瞬、真姫に視線がいくものの、やはり思い直して

「ない、ない…」

と否定。

「単純に人数多いからね。ひとりで、あれもこれも…ってやらなくていいのは強みかな」

「穂乃果は何もしませんけどね」

「してるよぅ!一応リーダーだし」

「そうですよね。これだけの人数ってなかなかいませんものね。まとめるのだって大変だと思います」

「でしょ?でしょ?ほらぁ…」

「もうひとつ、お尋ねしたいことがあります」

「はい」

「μ'sは曲によって色々な表情を見せてくれます。でも、どれもがμ'sなんです」

「それってアタシたちがワンパターンってこと?」

「にこっち!」

希が喧嘩っ早いにこを素早く牽制する。

「いえ、そうではないんです。上手に言い表せないのですが…詩も曲も衣装もダンスも、きっとμ'sという柱がしっかりあって、その中で色々な世界を見せてくれる。この間のアカペラもそうです。皆さん私服でしたし、ダンスもありませんでしたが、それでもしっかりμ'sでした」

「誉められてるのかな?」

「もちろんです。私たちは次の曲を考えようとする時、どうしても同じようなイメージを避けようと、真逆の方向を選択しがちです」

 

…あれ?この話って…

 

「でも、無理なんですよね。自分たちが出来ることには限界があるんです」

「わかります。私たちもそうですし」

「いえ、皆さんは違います。詩の世界、曲調、衣装、ダンス…どれひとつとして同じものがなく…しかし決して奇をてらうことなく、μ'sの世界感の中で完結してる」

「難しいことを言いますね…」

穂乃果は頭をポリポリと掻いて、苦笑した。

「私たちも皆さんと変わりませんよ。アイデアが出ずにスランプに陥ったり、意見が合わずに言い争ったり」

「そうそう、今日のライブだってヘビメタでいこうか?とか言ってたくらいだもんね」

「ヘビメタ…ですか…」

「海未と穂乃果の言う通り、私たちも試行錯誤しながらここまできたの。決して順風満帆じゃないわ」

「絵里ちゃんなんて最初『認められないわ』とか言って、μ'sを潰そうとしてたにゃ」

「凛!私の真似はしなくていいから」

合計13名の少女たちに笑いが起こった。

「ただひとつ言えるのは…」

穂乃果が絵里の顔見ながら、言葉を続ける。

「さっきも絵里ちゃんと話してたんだ。普通だったら似た者同士があつまるところ、9人いて9人とも個性が違う。だけど、それぞれがそれぞれを受け入れて、高め合って今がある。私たちの曲が、どれもμ'sらしい…ってことは、つまりそういうことだと思うんだ」

「そうね。決めたことに対して、それを信じて真っ直ぐに突き進んでいく。それがμ'sなのかもね」

「暴走は困りますが!」

「ん?穂乃果のこと?」

「はい」

海未はにっこり微笑んだ。

「やはり、今日、お伺いして良かったです。私たちはラブライブには出れませんでしたが、まだ曲を披露する機会は残ってます。このまま解散しようかと思いましたが…最後までやり抜く決心がつきました」

「ごめんなさい、なんか偉そうなことを言っちゃって」

「いえ、私たちがμ'sを応援したくなる理由がわかった気がします。ありがとうございました」

4人が同時に頭を下げた。

「こちらこそ。応援してくれてる人と、直接お話が出来て良かったです」

μ'sのメンバーも4人に一礼する。

 

 

 

「μ'sの皆さん、そろそろ出番です。スタンバイをお願いします!」

 

 

 

「あ、そろそろ…」

「はい、頑張ってください」

「熱いパフォーマンスを期待してるよ」

「ありがとう!最高のライブにしますよ!」

じゃあ、また…と言って歩き出そうとしたμ'sのメンバーを紫恩が呼び止めた。

「ねぇ、写真撮っていい?集合写真!」

「紫恩!本番前ですよ!」

「いいわよ、撮りましょ!」

「真姫ちゃん!?」

「ファンの人の要望に応えるのも、アイドルの仕事でしょ?写真くらいで喜んでもらえるなら、それはそれでいいんじゃない?」

「アンタらしくないことを言うわね」

「いちいち茶化さないで!」

 

 

 

「すみませ~ん、スタッフのお兄さ~ん!写真をお願いしていいですか?」

 

 

 

「いきますよ~!はい、ミュ~ズ!!」

 

 

ぱしゃっ!

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その5 ~ラブライ…ザップ(前編)~

 

 

 

ハロウィーンライブを無事に終えたμ's。

評価は上々だった。

観覧に来ていたミュータントガールズからも

「さすがμ'sです。素晴らしいライブでした」

「A-RISEに負けていなかったよ!」

「♪会えたのは素敵な運命…。お話を聴いたあとだから、この歌詞はμ'sそのものなんだな…って思いました」

「♪もっともっと踊らせて…。私たちも負けずに踊ります」

満足した様子で会場をあとにしていった。

 

 

 

これからは年末に行われる最終予選に向けて、ラストスパートだ。

 

各々、受験やら生徒会やら、部活以外にやらなくてはならないことは、山ほどある。

それはしかし、スクールアイドルの宿命。

言い訳にできない。

 

 

 

そんな中…

 

 

 

「かよちん、今日もおにぎりが大きいにゃ!」

「新米、120kgももらったからね。旬のものは旬のうちに食べないと」

新米120kgとは『利き米コンテスト』の優勝賞品である。

なお、そのうち10kgは矢澤家に移譲されている。

「だからって、食べすぎじゃない?花陽の食事量は見慣れてるけど、さすがに多すぎじゃ…」

「そうかな?でも、その分動いてるし。春先に比べれば、運動量は倍くらいになったよ」

「倍は言い過ぎにゃ!」

「まぁ、別にいいけど…。それにしても、よく味付けもされてないご飯をそんなに食べれるわね」

「そんなことないよ!ちゃんと噛めば噛むほど、一粒一粒の甘味が感じられて…」

「わ、わかった!そうね、あなたに訊いた私が野暮だったわ」

真姫は花陽のお米談義が長くなりそうなのを察知して、その話を打ち切った。

 

 

 

しかし、この時すでに、花陽の身体には『ある異変』が起きていた…。

 

 

 

 

 

生徒会室…。

 

何故かルームランナーに乗って走る穂乃果。

その傍らで海未は、いつものように説教をしている。

「弛んでる証拠です!書類もこんなにため込んで、すべてに対してだらしないから、そんなことになるんです! 」

「ごめんごめ~ん…でもさぁ、毎日あんなに体動かして、汗もかいてるでしょ?まさか、あそこまで体重が増えているとは… 」

「身長は変わらないの? 」

ことりはポテトチップスを食べながら、穂乃果の走る様子を見ている。

「それがねぇ、ことりちゃん…変わってないんだよ。あははは…」

「笑い事ではありません!」

「そうだよねぇ…うん、雪穂にも怒られちゃった…『そんなアイドル見たことない!』って 」

「当たり前です!」

「あ、ねぇ、ことりちゃん、それオニオンコンソメ味?」

「うん!新しく出たやつだよ」

「食べたかったんだよねぇ、一口ちょうだ~い!」

「穂乃果!雪穂の言葉を忘れたんですか!」

「大丈夫だよぅ!朝ご飯減らして来たし、今も…ほらっ、走ってるし! 」

「そもそも生徒会室は、トレーニングジムではありません!」

「それはそうだけどさぁ…ここまですることかな?」

「…どうやら現実を知ったほうが良さそうですね」

「現実? あれ、海未ちゃん、それは…ファーストライブの衣装?…なんで?」

「いいから!黙って着てみてごらんなさい! 」

「着るの?これを?今?」

「私の目が間違ってなければ、これで明らかになるハズです…穂乃果の身に、何が起きたのか… 」

「穂乃果ちゃんの…身に… ホラー映画みたい…」

「わかったわよ!着ればいいんでしょ!着れば!」

穂乃果は海未から衣装を奪い取ると、隣室に移動した。

 

 

 

そして、2分後…。

 

 

 

「あぁ~~~~!!!」

穂乃果の叫び声。

慌てて駆け寄ることり。

「穂乃果ちゃん、大丈夫? 」

「…ごめん…今日は…一人にさせて…」

「き、気にしないほうが…体重は増えたかもしれないけど、見た目はそんなに変わっ…」

「本当? 本当?」

「え?え~と…」

穂乃果に詰め寄られ、視線を反らすことり。

「気休めは本人のためになりませんよ!さっき鏡で見たでしょ? 」

「…」

「見たんでしょ!」

「うわぁぁぁぁっ 」

「体重の増加は、見た目はもちろん、動きの切れをなくし、パフォーマンスにも影響を及ぼします! ましてや穂乃果はリーダーなんです!これではメンバーの士気にも及びます」

「大袈裟だよ」

「いえ、大袈裟ではありません!従ってラブライブに向けて、これからダイエットしてもらいます! 」

「ダ、ダイエットぉ!?」

穂乃果はそう叫ぶと膝から崩れ落ちた…。

 

 

 

 

 

「収穫の秋!秋と言えばなんといっても新米の季節です! 」

「聞き飽きたわよ」

「今日のおにぎりは、いつにもまして大きいにゃ~」

「花陽の身体が欲してるんだ。そしてお米も私を呼ぶんだよ」

「まさかそれ、一人で食べるつもり?」

呆れ顔の真姫。

「だって新米だよ?ホカホカでツヤツヤだよ?これくらい味わないと…」

そう言って、巨大おにぎりをパクつこうとした花陽の隣に『ぬっ』と現れたのは、穂乃果だった。

「…美味しそう… 」

「あれ、穂乃果ちゃん…いたんだ?…食べる? 」

「あ!いいの? 」

「いけません!!」

「のわっ!!海未ちゃん!い、いつの間に!」

「それだけの炭水化物を摂取したら、燃焼にどれだけかかるか、わかってますか? 」

「うううっ…」

涙目になる穂乃果。

「どうしたにゃ?」

「まさかダイエット? 」

「う、うん、ちょっとね…。最終予選までに減らさなきゃって 」

「それはつらいねぇ…せっかく新米の季節なのに、ダイエットなんて可愛そう」

花陽は泣き顔の穂乃果を尻目に、ひとり、おにぎりをモグモグ食べる。

「さぁ、ダイエットに戻りましょう!」

「ひどいよ海未ちゃん!」

「仕方ないでしょ!可愛そうですが、リーダーたるもの、自分の体調を管理する義務があるんです!それにメンバーの協力があったほうが、ダイエットの効果が上がるでしょうから、花陽も真姫も凛もお願いしますね!」

「確かにそうだけど…これから練習時間も増えるし、いっぱい食べなきゃ元気でないよ?」

「花陽、それはご心配なく。食事に関しては私がメニューを作って管理するので、無理なダイエットにはなりません…」

 

…しかし、花陽も案外サディスティックね。穂乃果が食べられない!って言ってるのに、全然気遣いがないわ…

…真姫ちゃん、仕方ないにゃ。かよちんはご飯を食べてる時は、周りが見えなくなっちゃうにゃ…

 

「食べたいときに食べられないのは…可愛そうだねぇ」

花陽の頬はリスのように膨らんでいる。

その様子をまじまじと見ていた凛と真姫。

そして…やがて気付く。

「にゃ?かよちん…」

「?」

「気のせいかと思ってたんだけど、あなた…やっぱり…」

「?」

 

 

 

「ぴゃあ~~~!!」

 

 

 

体重計に乗った花陽の悲鳴が、学校中に響いた。

 

 

 

 

 

屋上…。

 

「うぅ…うぅ…」

「…うぅ…うぅ…」

穂乃果と花陽の嗚咽が、交互に流れる。

「かよちんの家(うち)の体重計は、壊れてたみたいにゃ…」

「アクシデントって言えば、そうなんだろうけど…」

真姫は少しだけ同情していた。

「まさか、こんなことになっていたなんて…」

絵里が呟く。

「まぁ、二人とも育ちざかりやから、そのせいもあるんやろうけど… 」

「でも、ほっとけないレベルなんでしょ?」

にこが、うずくまる2人を見て、わざと聴こえるレベルの声の大きさで言う。

さらに落ち込む穂乃果と花陽。

その前に海未が歩みより、持っていた紙を見開いた。

「これが、今日からのメニューです! 」

2人がおそるおそる、そこに書かれた文字を見る。

「ええ、夕飯…これだけ?」

「 お…お米が… 」

「夜の食事を多くとると、体重増加につながります! 」

「あああっ…海未ちゃんの鬼!」

「うううっ…新米が…」

「その分、朝ご飯はしっかり食べられるので、ご心配なく…」

「ぐすっ…頑張るしかないよ、穂乃果ちゃん… 」

「うん、そうだね…。あ!でも、よかったよ!」

「えっ? 」

「穂乃果と同じ境遇の『仲間』が『もう一人』いてくれて!」

「…『仲間』?…」

「今、目ぇ、逸らした?」

「あ…いや…」

 

…逸らしてたにゃ…

…逸らしたしたわね…

 

凛も真姫も、その瞬間を見逃してはいなかった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その6 ~ラブライ…ザップ(中編)~

 

 

 

 

 

「わぁっ」

「すご~い!!」 

μ'sのメンバーが部室のPCに集まり、口々に感嘆の声をあげた。

「ものすごい再生数ね! 」

絵里も驚きを隠せない様子。

「『A-LISEに協力なライバル出現!』 」

と海未が言えば、真姫も

「『最終予選は見逃せない!』だって」 

と呼応する。

普段は冷静な2人が放ったこの言葉に、メンバーの興奮具合が伺える。

「どうやら、今まで通りのスタイルで正解やったようやね」 

「ヘビメタにしなくてよかったにゃ~」

「そうやね」

「よし!このまま最終予選も突破してやるにゃ!」

「それまでに、あの2人にはしっかり調整してもらわないとね」

絵里は軽くウインクをした。

 

 

 

 

 

希が巫女のバイトをしている、例の神社…の階段。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ」

息を切らせて駆け上がるのは…穂乃果と花陽。

境内に辿り着くなり、倒れこんだ。

「ぜぃ…ぜぃ…な…なにこれ… この階段…こんな…きつかったっけ…」

穂乃果は息も絶え絶え、ようやく言葉を絞り出す。 

「アンタ達は今、身体にオモリをつけて走ってるようなもんなのよ?当然でしょ? 」

にこの言葉に、思わず

「お…おもり?」

と鸚鵡返しする花陽。

「それはそうでしょ!2人とも何kg増えたと思ってるのよ」

「にこちゃん…それは言わないで…」

穂乃果が天空を見つめながら、静かに訴えた。

「はい!じゃあ、このままランニング…5km…スタート! 」

と海未が今、上がってきた階段を指差す。

「えぇ~!!」

「早く行く!」

「うぅ…」

そう、急かされても、2人は起き上がることすらしない。 

「何してるんです!さぁ早く! 」

「もう!海未ちゃんの鬼ぃ!!」

「悪魔ですぅ!」

2人はフラフラしながら立つと、ようやく歩き始めた。

「歩かない!!」

「は、はいっ!」

穂乃果と花陽は逃げるようにして、その場を立ち去った。

 

「海未、さすがにちょっと、やり過ぎじゃなくて?」

「絵里、甘いです。花陽はともかく、穂乃果にはこれくらいしないと、最終予選には間に合いません。下手したら逆もあり得ますから」

 

…かよちん、とばっちりにゃ…

 

 

 

 

 

5kmのランニングに出た穂乃果と花陽。

陸上選手なら15分くらいの道のりだが、そこは素人の女子高生。

トラックではなく、街中を走ることを考えれば、どう頑張っても30分前後は掛かる。

一般的に『会話できる速さ』で走ることを『ジョギング』と言い、2人のスピードを考えれば、こちらに近いのであるが…今の彼女たちに『それ』が出来るほどの余裕はない。

 

穂乃果も花陽も、海未たちが待つ神社の境内目指して、ひたすら走る。

 

 

 

しかし…

 

 

花陽に悪の魔の手が襲い掛かる。

巻き込んだのは高坂穂乃果(17歳)。

μ'sのリーダー…。

 

 

 

…花陽ちゃん、花陽ちゃん!…

 

…?… 

 

…走ってたら、お腹すいてきちゃった…ここ寄らない? …

 

…ここって、定食屋さん!?…あ、行きま…ううん、ダメ!ダメ!…今はダイエット中です…

 

…何言ってるのに?燃料切れになったら、動けなくなるよ!!…

 

…だ、ダメだって穂乃果ちゃん!…

 

…ちょっとだけ、ちょっとだけだから…ね?… 

 

…ダメだって!早く行かなきゃ… 

 

…走れば『±0』だよ… 

 

…あぁ…悪魔の囁きが…でも、ダメ!…私は…私は先に行きます!…

 

…花陽ちゃん待って!!…

 

…ぴゃあ!腕を引っ張らないで!誰か助けてぇ!… 

 

…ほらほら、あれ見てよう…黄金米だよぅ…

 

…なんですと!!黄金米!?…あ…あの伝説の!?… 

 

…どうする?…

 

…花陽!ご飯!行きま~す!…

 

 

 

花陽、陥落…。

 

 

 

「あぁ、やっぱり、ご飯は美味い!」

「あぁ、幸せのひととき…」

「食べて良かったでしょ?」

「もちろんです!」

「明日も来ようね?」

「もちろ…えっ?明日も?」

「だって、鬼の海未ちゃんの目から逃れるには、このチャンスしかないんだよ!花陽ちゃんはご飯食べられなくていいの?」

「嫌です」

「だったら、そうするしかないじゃん」

「はぁ…まぁ…」

「決まりだね!じゃあ、そういうことで、そろそろ戻ろうか!あ、今日はここ、私が払うよ」

「いえ、自分で食べた分は…」

「いいの、いいの。たまには『先輩らしいとこ』を見せないと…ね?」

 

…これが『ちび○る子』なら「どの口が言う…」とナレーションが入るところであろう。

 

 

 

 

 

それから1週間…。

 

 

 

 

 

「行くよ!花陽ちゃん!」

「はい!穂乃果ちゃん!」

「行ってきま~す!!」

2人が元気良く、神社の階段の前からスタートしていく。 

 

「かよちん、頑張ってるにゃ~!」

「ダイエット、順調そうね 」

「絵里の目は節穴ですか?」

「え?」

「この1週間、このランニングだけは妙に積極的な気がするのです」

「それは海未ちゃん、気のせいじゃないかな?」

「ことりは穂乃果と何年付き合っているのですか!」

「えっ?あ…」

「ちょっと見てきます… 」

「海未ちゃん…」

しばし、ボーっと走り行く海未を見つめることり。

「ことりちゃん、どうかしたん?」

希が耳元で囁く。

「えっ?何でもないですよ」

いつものことりスマイルで返答する。

「なら、いいんやけど…」

 

…そうやろか?…

…ウチには今の海未ちゃんの言葉を、えらく気にしているように見えたんやけど…

 

 

 

 

 

定食屋…。

 

「あのね、花陽ちゃん」

「はい」

「今、言う話じゃないんだけどさ」

「はい」

「μ'sに入ってくれて、本当にありがとう」

「本当にこのタイミングでする話じゃないですね」

花陽はご飯を頬張るのに必至だ。

「だってさぁ、なかなか花陽ちゃんと2人になることってないし…いつも凛ちゃんとか一緒だし…。ずっと感謝を伝えたかったんだけど…」

「早く食べないと、遅れますよ」

「うん、そうだね…」

花陽に急かされて、穂乃果もご飯を口に運ぶ。

今ここに至っては、どちらが先輩かわからない。

そして、先に食べ終わったのは花陽。

「ごちそうさまでしたぁ!」

手を合わせて、箸を置く。

あとは穂乃果待ち。

 

その時だった。

「あれ、キミ『ライス大好きのお姉ちゃん』じゃない?」

不意に声を掛けられた。

 

穂乃果と花陽が、後ろを振り向く。

声の主は、若い男だった。

 

「えっと…どちらさまでしょう?」

花陽が問いかける。

『ライス大好き』と言われたからには、花陽のことを指しているだろうことはわかるのだが、この男に見覚えがない。

「おっと、そうきたか!」

男は額に手を当て、あいたたた…と大袈裟な仕草をしてみせる。

「すみません…」

「新手なナンパ?」

穂乃果が警戒心を強める。

「ナンパ?いや、いや…してもいいなら…しちゃうけど。でも、高校生はマズイか」

「えっと…」

「ヒント!いつも『にゃ~』のお姉ちゃんと来てくれるよね…でわかる?」

「あ、もしかして…ラーメン屋さんの…店員さん?」

「正解!」

「私服だから、まったくわからなかったです…あ、こちら、凛ちゃんと良く行くラーメン屋さんの店員さん」

「うちの花陽がいつもお世話になってます」

その挨拶はどうかと思うが、それ以上適切な言葉が思い付かなかった。

「もっとも、彼女はラーメンを食べに来てるのか、ライスを食べに来てるのかわからないけどね」

と、男は笑う。

「ははは…」

穂乃果も釣られて笑った。

「でも、最近来てくれないね…。『にゃ~』の子は、友達と来てくれたけど」

 

…そっか…前に凛ちゃんに誘われた時は、衣装作りのお手伝いして、行かれなかったんだっけ…

友達?

あぁ、あの時はにこちゃんと真姫ちゃんが行ったんだっけ…

 

「お店、鞍替えした?」

「そういう訳ではありませんが…すみません」

「…っていうか、こんな時間に食事?オレは仕事の都合で、今、昼飯なんだけどさ」

「えっと…おやつと言いますか、なんといいますか…」

と穂乃果。

「へぇ…。今どきの女子高生はおやつに定食かい?」

男は、その回答に苦笑いした。

「まぁ、いいや。また食べに来てよ。キミの食べっぷりには、スタッフもお客さんもファンが多いんだぜ。良かったら、そっちのお姉ちゃんも今度おいでよ。こっそり、おまけしてあげるからさ」

「はい、ありがとうございます!」

穂乃果が頭を下げる。

「じゃあ、ごゆっくり…違う!…オレの店じゃなかった。あははは…」

男は笑いながら、2人から離れ、会計を済まして店を出て行った。

 

「花陽ちゃんて、顔広いね」

「たまたまです」

「でも、この間もミュータントガールズの人たち知ってたし…。意外と交遊関係が広いのね。ちょっと感心しちゃった」

「だから、たまたまですって…。それより、早く食べないと…」

「あ、そうだね!」

穂乃果は慌ててご飯をかきこんだ…。

 

 

 

「はぁ~、いやぁ、今日も美味しかったねぇ」 

「見て見て、穂乃果ちゃん!今日でサービススタンプ全部たまったよ!」

「本当!?」 

「これで次回はご飯大盛り無料! 」

「大盛り無料!それって天国!?」

「だよね?だよね?」

2人は顔を見合わせて笑った。

 

「あなた達!」

 

聴こえたのは、幸せの瞬間を一気に地獄へ突き落とす、非情な声。

 

穂乃果も花陽も、それが誰だかわかっている。

ゆっくり振り向くと、そこには想像通りの人物が立っていた…。

 

「さ?説明してもらえますか?」

海未の顔はにっこりと笑っていた。

 

 

 

 

 

「穂乃果!花陽!どういうつもりです!」

神社の境内で、海未の公開説教が始まった。

「ご、ごめん…」

「すみません…」

正座をして項垂れる穂乃果と花陽。

「かよちんは謝る必要はないにゃ!」

「そうよ、あなたは穂乃果にそそのかされただけでしょ!?」

凛と真姫が穂乃果を責める。

「でも、結局、誘惑に負けたのはわたしだから…」

「だいたい、海未ちゃんが定食屋さんがあるルートを選ぶから…」

「ぬわんですって!?」

般若の如く表情で睨む海未。

「う、うそです…」

「そもそも穂乃果は…」

「海未ちゃん、そのくらいにしときぃ。気持ちはわかるけど、食欲、性欲、睡眠欲は人間の三大欲求やん。それをコントロールするんは、そう簡単やないよ」

「まぁ、何事も極端は良くないわね」

「えりちの言う通り。少しずつにせんと。特に穂乃果ちゃんは、性欲がない分、食欲と睡眠欲の比率が高いんやから」

「えっ?」

「希!またそういう話ですか!」

「それだとまるで、かよちんが性欲あるみたいな言い方にゃ」

「あ、そやね。今のは聞かんかったことにしといて」

 

…あの夜の事はウチしか知らんもんね…

 

希の顔がニヤけた。

 

 

 

…なんか、良からぬことを想像している…

 

にこと絵里は静かに希から距離を取った。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その7 ~ラブライ…ザップ(後編)~

 

 

 

 

 

「それでは、これまでのダイエットの状況を報告します! 」

「はい…」

直立不動…神妙な面持ちで海未の発表を待つのは、件(くだん)のダイエットコンビ。

「まずは花陽…。運動の成果もあって何とか元の体重まで戻りました 」

「本当!?」

「かよちん、やったにゃ!」

「花陽、おめでとう」

「ありがとう、凛ちゃん、真姫ちゃん!」

「…ですが!調子に乗ってご飯を食べすぎないこと!いいですね!?」

「は、はい…」

「次は穂乃果です」

「う、うん…」

息を飲む穂乃果…。

「あなたは変化なしです! 」

「ええ!そんなぁ…嘘でしょ!?」

「それはこっちのセリフです!本当にメニュー通りトレーニングしてるんですか? 」

「してるよぅ!ランニングだって、腕立てだって…花陽ちゃんも見てたでしょ?」

「はい、それは間違いないです」

「では、何故この結果なのでしょうか?」

「うっ!そ、それは…」

「昨日、ことりからお菓子をもらっていたという目撃情報もありますが… 」

「それはことりちゃん、ダメやない?」

「穂乃果ちゃんが、海未ちゃんの許可をもらったって…」

「言うわけがありません!」

「さらにフミコさんたちからも、お菓子を恵んでもらっていたとか」

「あ、あれも…ほんの一口…」

「雪穂の話によると、昨日、自宅でお団子も食べていたとか… 」

「雪穂め!」

穂乃果は軽く舌打ちした。

「え~と…あれはお父さんが新作を作ったから味見してて… 」

「では、そのあとのケーキは?」

「げっ!そこまで… それもお母さんがもらってきて…ほら!食べないと腐っちゃうから! 」

「問題外ね… 」

さすがのにこも『お手上げ』という表情。

「何考えているんです!?あなたはμ’sのリーダーなのですよ! 」

海未の言葉は怒り半分、嘆き半分…といったところ。

「それはそうだけど… 」

「本当にラブライブに出たいと思ってるのですか? 」

「当たり前だよ」

「とてもそうは見えません!」

「そんなことないよ!」

「気持ちのゆるみが、体のたるみに繋がってるんです!」

「ゆるんでな~い~」

「ゆるみまくりの、たるみまくりです!」

「なんで、なんでぇ…」

「ゆるみまりです!」

「ゆるくないってば」

…水掛け論。

 

「でも、真姫ちゃん。穂乃果ちゃんも悪いけど、海未ちゃんも厳しすぎだと思うにゃ…」

「海未は穂乃果のことになると、特別厳しくなるからね… 」

「海未ちゃんは穂乃果ちゃんの事…嫌いなのかな?」

「ううん」

それを側で聴いていたことりが否定した。

「海未ちゃんは穂乃果ちゃんのこと、大好きだよ…」

そう呟いたのを、今度は希が聴いていた。

 

…あ、またや…

なんか、ことりちゃん、雰囲気が変やね…

 

希の視線が、ことりと海未を行き来する。

 

「穂乃果!いったいあなたは、なんでいつもいつもこうなのです!私だってこんなガミガミ言いたくないんです?なのに…これじゃ私が鬼軍曹みたいじゃないですか! 」

「みたいじゃなくて、そうでしょ!」

 

「あ~うるさい!!」

 

延々と続く不毛なやりとりに、にこの怒りがついに爆発した。

「この大事な時期に、くだらないことで時間を潰さないでくれる?」

我に返る穂乃果と海未。

「ごめんなさい」

「すみません」

2人してメンバーに謝罪した。

 

「大好き…ねぇ…そうは見えないにゃ? 」

凛と真姫は顔を見合わせて、お互い首を傾げた。

 

 

 

 

 

アルパカ前。

 

世話にやって来た花陽だが、そこには既に先客がいた。

 

「あ、ことりちゃん!」

「花陽ちゃん…今日は当番?」

「は、はい…。ことりちゃんは?」

「ちょっと、癒されに来ました」

「癒されに?」

花陽は訊いたが、ことりはそれには答えずに

「このモフモフ、気持ちいいねぇ…」

とアルパカに首に抱きつき、うっとりとしている。

「…ことりちゃん…」

「どうしたの?」

「ことりちゃん、何かあった…でしょ?」

「えっ?」

「すごく悲しい目をしてます…」

「そうかな?そんなことないよ」

「花陽でよければ聴きますよ…」

「ううん、花陽ちゃんには…。迷惑掛けられないもん」

「花陽は頼りになりませんか?」

「ごめん、そういう意味じゃ…」

「なら、アルパカさんに何があったか話してください」

「アルパカさんに?」

「ことりちゃんなら『白パカさん』も『茶ルパカさん』も、怒らないで黙って聴いてくれますよ」

「…うん、そうだね」

「それで花陽は『カヨパカ』になりますから」

2人は顔を見合わせて笑った。

「部活に割り振る予算編成で、ことりが間違って、美術部に承認前の書類を通しちゃって…」

「生徒会?」

「…うん…」

「それって、大変なことなんですか?」

「ちょっとした事件に…」

「事件ですか!…でも、間違いは誰でもあるし…」

「それはそうなんだけど」

「絵里ちゃんと希ちゃんなら相談に乗ってくれるんじゃないかな?」

「うん、実はもう知ってるの。それで、色々調整してくれる…って言ってくれたんだけど…穂乃果ちゃんが『私たちが起こしたミスだから、私たちで片付けなかなゃ!』って」

「おぉ、さすがリーダー…じゃなくて、生徒会長!」

「そうだね。でも、本当は『私たちの』じゃなくて『私の』ミスなんだよ…。どうして『ことりが悪いっ』て言ってくれないのかな…」

「ことりちゃん…」

「…なんてね…。以上、ことりが少しだけブルーになってる理由でした。…って、そんなことかと思ったでしょ?」

「花陽、ちょっとだけ、わかる気がします」

「えっ?」

「凛ちゃんもそうだから」

「凛ちゃん?」

「穂乃果ちゃんは普段だらしなくて、ふざけてるように見えるけど、いざとなったら頼り甲斐があって…凛ちゃんも、口では厳しいこと言ったり、人をからかったりしてるけど…2人とも本当は凄く優しい人…。だから、甘えちゃうんです。甘えて、甘えて、甘えて…時々、そんな自分が嫌になる…このままじゃいけないってわかってるんですけどね」

「花陽ちゃん…」

「ダメな時はダメって言って欲しい…って思います」

「…うふふ…一緒だね…」

「はい!」

「カヨパカさん、ありがとう!話が出来て楽になったよ!白パカさんも、茶ルパカさんもありがとう!」

「頑張ってくださいね、生徒会!海未ちゃんが言ってたけど、だいぶ溜まってるんでしょ?手伝ってあげたいけど…」

「気持ちだけで充分だよ。早めに仕事を片付けて、ラブライブに集中しないとね!」

「はい!」

 

「あ、かよちん、ここにいたにゃ!あれ、ことりちゃんも?みんな待ってるよ!早く練習に行くにゃ」

「うん。エサをあげたら行くって伝えておいて」

「わかった!早く来るにゃ!」

「じゃあ、花陽ちゃん、私も先に行ってるね?」

「はい」

 

「かよちんと何を話してたにゃ?」

「えへへ…内緒だよ」

「あぁ、それってズルいにゃあ…」

凛はことりの笑顔を見て、不思議がった。

 

 

 

 

 

迎えた予算会議。

 

冒頭、ことりのミスで審査を待たずに予算承認をしてしまった美術部について、生徒会の責任が問われた。

まずは非を認め、謝罪する穂乃果。

その上で『予算について、無い袖は振れない』という、開き直りとも思える発言で会場を騒然とさせる。

しかしその後、海未の理路整然とした分配に対する説明…さらには『アイドル研究部部長』として出席していた矢澤にこの『隠れたアシスト』によって、会議はそれ以上紛糾することなく無事終了した。

ホッと胸を撫で下ろす、穂乃果、海未…そして、ことり。

 

 

 

 

 

「お疲れさま」

「大変やろ?生徒会の仕事って」

「絵里ちゃん、希ちゃん、気遣ってくれて、ありがとう!本当、危なかったぁ~」

「アタシがあそこで、率先して予算案に賛成したおかげでしょ、感謝しな…」

「ありがとう!にこちゃ~ん!!」

にこが言い終わらないうちに、穂乃果が抱きついてきた。

「そ、そんなのいいから!アイドル研究部の予算アップしなさいよね!」

「いえ、その前にダイエットです!」

「まだ続いていたのね…」

にこは、まとわりついてきた穂乃果の身体を引き剥がしながら、海未に言う。

 

「それがさ、さっき測ったら戻ってたの! 」

 

「えっ?」

穂乃果の突然の告白に、キョトンとするメンバー一同。

「えっ?…って…だから体重…」

「本当? 」

ことりも半信半疑で訊き返す。

「うん!3人で一生懸命、生徒会の仕事を頑張ってたら、食べるの忘れちゃって… あははは…」

「なにそれ?意味わかんない…」

呆れる真姫。

「穂乃果ちゃんらしいといえば、穂乃果ちゃんらしいにゃ」

「うん、そうだね」

「花陽はそんな呑気なこと言ってていいの?穂乃果に振り回されたひとりでしょ」

「あははは…。でも、なんでか、穂乃果ちゃんなら、仕方ないか…って思えちゃうんだよねぇ」

凛と真姫と花陽が、穂乃果と海未を見る。

 

「いやぁ、今日もパンがうまい!」

「穂乃果!いつの間に、そんなものを」

「食べてもいいでしょ?戻ったんだからぁ」

「いけません! 」

「海未ちゃんも食べようよぅ」

「いけません!こっちに渡しなさい! 」

「やぁだよ~だ!」

「あなたは小学生ですか!」

「ことりちゃんの言った通りだね。やっぱり、あの2人は仲良しにゃ」

「喧嘩するほど仲がいい…ってこと?面倒な人たち…」

「でも、言いたいことが素直に言い合える関係って、羨ましいかも」

「そうだよねぇ」

「にゃ?かよちん?ことりちゃん?」

「えっ?あ、なんでもないよ」

「うん、なんでもない。あ、そろそろ練習始めないと…」

ことりは走り回ってる穂乃果と海未に、練習するよ!と呼び掛けた。

 

「生徒会、大丈夫そうやね… 」

「ええ…穂乃果ひとりじゃ危なっかしいけど、あの2人がいれば大丈夫だわ」

希と絵里が2年生の3人を見る。

「そやね…」

「それより…練習終わったらパフェでも食べに行かない?」

「太るやん」

「そうしたら、生徒会の仕事をすればいいんじゃない?」

「それ、穂乃果ちゃんやから」

希はイヒヒ…と笑った。

しかし次の瞬間、絵里の言葉に希の視線が揺らいだ。

「話したいこと…あるんでしょ?」

「はて、なんのことやら…」

「こう見えても希のことは、私が一番知ってるんだから」

「えりち…余計な心配はいらんよ…。でもパフェはゴチになろうかな…」

希はニヤっとして、絵里を見た。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その8 ~海未、受難~

 

 

 

 

 

ラブライブ最終予選のプレイベント。

会場には出場するA-RISE、EastHeart、Midnight Cats…そしてμ'sが顔を揃えた。

 

「それでは…最終予選に進む最後のグループを紹介しましょう。音乃木坂学院スクールアイドル『μ's』です!」

 

どわっ!という地鳴りのような歓声。

これまで歌ってきた会場とは、規模も熱気もまるで違う。

 

ステージを照らしていたライトの熱さに汗をかいていたメンバーも、この瞬間は身震いをした。

 

そんな中、μ'sのリーダー高坂穂乃果は…

「私達はラブライブで優勝することを目標に、ずっと頑張ってきました!…ですので…私達は絶対優勝します!! 」

と宣言。

 

「馬鹿…」

「言い切っちゃった…」

にこと花陽は、思わずそう呟いた。

 

 

 

 

 

最終予選に何を歌うか?

これが今現在、彼女たちに課せられた最大のテーマである。

 

「この間のハロウィーンライブの評判からすれば、大きく路線変更するのは得策ではないわね」

「そやね。えりちの言う通りμ'sはμ'sらしく…で行くべきやろね」

「でも、歌える曲は1曲なので、慎重に決めなきゃ…です。なんと言っても、あのA-RISEに勝たなきゃいけないんですから!」

花陽の言葉に熱が帯びる。

「アタシは新曲がいいと思うわ」

とにこ。

「確かに予選は新曲のみとされていましたから、そのほうが有利かもしれません」

「海未、それって本当?新曲が有利…って、どこの情報?…私は反対。残された時間とかを考えれば、これまで作ってきた曲の中から選んで、パフォーマンスのクオリティを上げていく方が現実的だと思う」

「私も真姫ちゃんの意見に賛成かな。A-RISEに勝てる…でもμ'sらしい曲なんて、そう簡単にできないと思う」

珍しく積極的に意見することり。

 

 

 

「例えばやけど、このメンバーでラブソングを歌ってみたらどうやろか… 」

 

 

 

「ラブソング!? 」

希の唐突な提案に、全員が一斉に声をあげた。

 

この単語に食いついたのは花陽。

「なるほど!! …アイドルにおいて、恋の歌…すなわちラブソングは 定番中の定番!マストアイテムです!…なのに…それが今までμ'sに存在していなかったのは、世界の七不思議と言っても過言ではありません!」

「花陽が暴走モードに入ったわ…」

「凛はこっちのかよちんも好きにゃ~」

「はいはい」

いつものこと…と、軽くあしらう真姫。

「でも、どうしてラブソングって今までなかったんだろう? 」

「あ、穂乃果ちゃん、それは禁句やない?言ったらあかんやろ」

「へっ?」

「わかるでしょ?μ'sの作詞をしてるのは…」

真姫の言葉のあと、8人の目が一点に集中した。

 

 

 

視線を独り占めしたのは…海未。

「な、なんですかその目は… 」

うろたえる。

 

 

 

「そっか。そうだった…」

「穂乃果!何を納得してるんですか!」

「いやいや、それは…ねぇ…」

穂乃果の顔は少しニヤけている。

そして、その言葉に誰も反論しない…。

「え?え?なんで決めつけるんですか!」

「かよちん、ラブソングは諦めた方がいいみたいにゃ」

「う、うん…そうだね」

「あぁ、花陽まで…」

「…ということで、ラブソングはひとまず置いといて…」

「穂乃果!あなたたちに言われたくないです!全員、そういう経験あるんですか!?」

涙目で訴える海未。

「…っていうか、希もそれがわかってて、なんでラブソングだなんて言い出すのよ」

「それはな、にこっち…」

 

ウチの花陽ちゃんに対する気持ちを、曲にして欲しかったんや!

…とは、言えへんね…

 

「ウチのカードがそう示したんよ!」

「あぁ、そう…カードね」

「あっさり流さんといて…」

「それはともかく、やっぱり今から新曲は無理ね」

「真姫…。でも、諦めるのはまだ早いんじゃない? 」

「絵里?」

「これまでの曲で完成度を高めるのをAプラン。新曲で攻めるのをBプラン。今はまだA、B幅を持たせておいた方がいいと思うの」

「そうやね。今までの曲でA-RISEに勝てるのは、どれ?ってこともあるやろうし…」

「あ、だったら、こういうのはダメかなぁ?ラブソングの詞は、みんなでアイデアを出し合って作るんです」

「どういう意味にゃ?」

「作詞を海未ちゃんひとりに任せるのは『酷』なので…だから、みんなで少しずつ歌になりそうなワードとかフレーズとかを出し合って、繋げて、まとめていけば…」

「『酷』って…花陽、同情なら要りませんよ」

「要は『三人寄れば文殊の知恵』ってことやろ?」

「はい。9人いれば9通りの世界があると思うので」

 

…さすが、花陽ちゃんやね。ウチの想いが伝わったんやろか…

 

希はひとり微笑む。

 

「フレーズとかだけなら、穂乃果でも書けるかも。ラブソングだから…『好きです』とか『愛してます』とか、そういう言葉でしょ?」

「単純過ぎにゃ。まぁ、穂乃果ちゃんならその程度だねぇ」

「ちょっと、凛ちゃん、それはないんじゃない?」

「絵里、どう思う?」

「花陽のアイデア、いいと思うわ」

「そう…。どっちにせよ、あまり時間はないんだから、結論は早めに出すわよ。取り敢えず今日のところはそれでいい?」

真姫の問い掛けにメンバー全員が頷いた。

 

 

 

…って真姫ちゃん、リーダーは私なんだけどなぁ…

 

…真姫、部長はアタシなんだけど…

 

 

 

 

 

休日。

 

穂乃果の部屋で、恋愛映画のDVDを観ているメンバー一同。

 

しかし部屋の主と凛は、上映開始から3分で爆睡。

 

海未は相変わらず「ラブシーンなんて破廉恥です!」と座蒲団を頭から被り、画面を観ようともしない。

 

絵里、ことり、花陽の3人はテレビの前に陣取り、前のめりで画面を見つめていた。

ヒロインへの感情移入が激しく、涙を流しながら、物語の行方を見守っている。

 

そして、上映終了。

 

「いい映画だったわね」

「最後、幸せになって良かったね」

「はい、わかってても泣いちゃいますね…」

と満足げな3人。

 

それに対し

「チープなラブストーリーだわ。ひねりが足りない」

と毒付く、にこ。

「とか言いながら、目が潤んでるわよ」

「うるさいわよ。あんまり退屈だったから、アクビが出ただけよ」

「素直じゃないわね…」

「そういう真姫ちゃんは、どうやった?なにかヒントになりそうなものはあった?」

「正直、どういう曲がいいのか…BGMが気になっちゃって、ストーリーに集中出来なかったわ」

「そっか…。肝心な海未ちゃんはあの調子やし、穂乃果ちゃんと凛ちゃんもアレやし…作詞の方は、えりちたちに頑張ってもらうしかないやろね」

「わかったわ」

「花陽ちゃん、頑張ろうね!」

「はい、ことりちゃん!」

 

盛り上がる3人に向かって

「…ねぇ…もうあきらめた方が良いんじゃない?今から曲を作って、振り付けして、歌の練習もなんて…完成度が低くなるだけよ!」

冷たい一言を述べたのは、真姫。

 

「実は私も思ってました。ラブソングに頼らなくても、私たちには私たちの歌がある」

「あら、海未ちゃん…正気に戻ったんやね」

「相手はA-LISEなのですよ!下手な小細工は通用しません」

「そんなこと、私もわかってるわよ。でも審査するのはネットユーザーでしょ?であれば万人受けするテーマにするべきだと思うの。そう言う意味では季節柄、ラブソングは強いと思う。みんなに負担がかかるのは申し訳ないけど、もう少しだけ頑張ってみたいの!」

μ'sに入ってから、あまり感情を表に出すことがなかった絵里だが、この日は少し様子が違った。

 

「…にゃ?絵里ちゃん… 」

「…どうしたの?…」

「ごめん、起こしちゃった?」

「あれ?もう終わったの?」

「いつの間にか寝てたにゃ…」

「穂乃果ちゃんも凛ちゃんも、始まってすぐに寝てたよ…」

ことりが苦笑する。

「…で、なんの話?」

「はぁ…アンタたちが熟睡してる間に、μ'sは分裂の危機だっていうのに…いい根性してるわ!」

 

「?」

「?」

 

穂乃果と凛は目をパチクリさせながら

「分裂ぅ!!」

と大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その9 ~ハナ雪~

 

 

 

 

 

「おかしいと思わない?」

「おかしい?」

「絵里ちゃんが?」

 

結論が出ないまま、穂乃果の部屋から散会したメンバー。

 

1年生組も一度は帰宅の徒に就いたが、途中立ち止まり、さっきまでの出来事を振り返っている。

 

「だって変じゃない?絵里があそこまで率先して、ラブソングにこだわるなんて」

「絵里ちゃんはああ見えて、ロマンチストなんだにゃ」

「だとしたら、真姫ちゃんと一緒だね」

「花陽!私は…別にそんなんじゃないわよ」

「だって、天体観測が趣味だなん…」

「今は絵里の話でしょ!」

「…そうでした…」

「実際ラブソングってどうなんにゃ?」

「絵里ちゃんの言う通り、人恋しい季節だし、万人受けはすると思う。でも、普通、冬のラブソングと言えばバラードが定番だし、そうなると『ダンスで魅せる』という部分では、弱くなることは否めないかも…」

「だったら、やっぱり止めるべきよ!どう考えたって、今までの曲をやったほうが完成度は高いんだし…」

「希ちゃんのカードを信じてるんじゃないかにゃ?」

「それは一理あるかも知れないけど…」

「そう言えば絵里ちゃん、なんとなく希ちゃんを気にしていたような…」

「…なるほどねぇ…カギは希が握ってる…か…。ごめん、先に帰ってて…」

「えっ?真姫ちゃん?どこ行くの?」

「急用を思い出したの!」

「にゃ?にゃ?…行っちゃった…。あんなに素早く動く真姫ちゃん、初めてみたにゃ…」

2人は走り去る真姫の後姿を見送った。

「ふぅ…なんか、喉が乾いたにゃ。かよちん、コンビニ寄っていい?」

「うん、いいよ。花陽も喉が乾い…あれ?あれ?…あぁ!」

「にゃ?」

「穂乃果ちゃんちに、お財布忘れてきちゃった!」

「にゃにゃ~!?」

「ゴメン、凛ちゃん。取りに行ってくる…」

「ジュースくらいなら、奢るにゃ」

「でも、お財布だし…置いておかれても穂乃果ちゃん、困ると思うから…」

「まぁ、そうだね…」

「…というわけで…」

「気を付けて行くにゃ!」

「うん、ありがとう!」

 

…にゃ…暇にゃ…

にこちゃんでも呼んで、ラーメンでも食べに行こうかにゃ…

 

 

 

 

 

「えりち…」

「どうしたの?」

「いくらなんでも強引すぎやない?みんな戸惑ってるやん」

「いいの、私がそうしたいんだから…。私をμ'sに引き込んでくれたお礼…。今度は、希のずっとやりたかったことを、私が叶える番…」

「まったく…お節介やね…」

「あなたに言われたくないわ」

「ウチはもう、ラブソングにそこまで拘ってないんよ」

「嘘!ちゃんと自分の気持ちを伝えるべきよ!希が言えばみんな絶対協力してくれる」

「ウチは、今のままで充分なんやって」

「意地っ張り…」

「えりちに言われたくないな…」

 

そんな会話をしながらゆっくり歩く2人の背後に、音も立てずに忍び寄る怪しい人影…。

「ちょっと待って!」

 

呼び止められて振り返る絵里と希。

「あなたは!?」

「何かあったん!?」

そう、そこにいたのは真姫だった。

 

「人の話を盗み聞きするなんて、真姫ちゃんのキャラやないんやない?」

「確かに。いい趣味とは言えないわね」

絵里が同意する。

「知らないわよ。後ろを歩いてたら、あなたたちの話が聴こえてきただけだもの」

「物は言い様ね」

「それで、用件はなんやろか?」

「やっぱり今回の一件は、希…あなたが首謀者だったのね?」

「首謀者って、ウチは悪代官か!?」

笑いながらツッコミを入れる希。

「前に私に言ったわね…面倒くさい人だって」

「そうやっけ?」

「言ったわよ。最初の合宿の時にね…」

「よく覚えてるね。すごいやん」

「茶化さないで!…はぁ…自分のほうがよっぽど面倒じゃない」

「真姫、気が合うわね」

「?」

「私もそう思う」

絵里はそう言うと、真姫に右手を差し出した。

それを照れ臭そうにして、握り返す真姫。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ~!!」

花陽が穂乃果の家…『穂むら」に入ると、店内から明るい大きな声が聞こえてきた。

「あれ?花陽さん…?」

店番をしていたのは、穂乃果の妹、雪穂だった。

「あ、雪穂ちゃん…穂乃果ちゃんは?」

「お母さんと一緒に買い出しに…。1時間は掛からないと思うけど…。」

「そっか…どうしようかな…」

「なにかあった?」

「あ、うん…穂乃果ちゃんの部屋にお財布忘れちゃって」

「それは大変だ!」

「あ、でもいないなら、また、出直すね」

「私が取りに行ってもいいけど」

「いない間に持って帰るのも…なんか悪いし…」

「あ、だったらさ、時間に余裕があるなら、お団子食べて待ってる?お父さんの新作なんだけど…。」

「えっ?いいの?」

「うん!」

「そう言えば穂乃果ちゃん、この間そんなこと言ってたねぇ。…あ…でも…」

地獄のダイエットを終えたばかり。

さすがの花陽も躊躇した。

「あ、そうか…。花陽さんもお姉ちゃんと一緒に減量したんだっけ?でも、海未ちゃんにちゃんと報告すれば大丈夫だよ」

「…だよねぇ…じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

「はい、喜んで!あ、そこに座ってください」

案内されたのは店内にあるテーブル席。

いわゆるイートインスペース。

花陽がそこに座ると、雪穂がお盆に団子とお茶を乗せて運んできた。

「これは?」

「まぁ、食べてみてくださいな」

「では…早速…なんと!柚子味噌ですか!?」

「はい!」

「美味しいよ!うん、美味しい!雪穂ちゃん、これは売れるよ!」

「やった!花陽さんのお墨付きをもらえば間違いなしだね」

「えぇ、私にそんな権限はないよ」

「なにを仰(おっしゃ)いますやら。『アキバのお米クイーンも太鼓判!』って…あ、それいいかも!」

 

…あはは、やっぱり姉妹だね…こういう時の雰囲気とか、穂乃果ちゃんソックリ…

 

「ところで、花陽さんは、雪穂と初めて会ったときのこと…覚えていますか?」

店内に誰もいないが、雪穂は急に小声で訊いてきた。

「初めて会った時のこと?うん、覚えてるよ。確か雪穂ちゃんはバスタオル姿で…」

「わぁ~!!忘れてください、忘れてください!今すぐあの時のことは忘れてください!」

「そんなに連呼しなくても…」

「いやいや、あんな恥ずかしい姿を見られたのは一生の不覚…」

「…ごめんね。元はと言えば、私が部屋を間違って開けちゃたのが原因だから」

「違いますよ。お姉ちゃんがちゃんと案内しなかったのがいけないんです」

「じゃあ、そういうことにしておくね」

「はい」

 

…穂乃果ちゃんの部屋は、穂乃果ちゃんの部屋で…開けたら海未ちゃんが妄想全開のアイドルポーズをしていたんだけどね…

 

「早いなぁ…まさかあの時は、私がこうなるとは思ってなかったもんねぇ…」

「私、μ'sの人たちにすごく感謝してるんです!」

「えっ?」

「海未ちゃんやことりちゃんはともかく…あんなにガサツで、いい加減で、だらしなくて、ダメなお姉ちゃんに皆さん付き合ってくれて…」

「あはは…ひどい言いようだね…」

「初めはスクールアイドルやるって言ったとき、お姉ちゃんがなれるわけない!って思ってて…だって、学校を救うとか言うんですよ!出来るわけないじゃないですか…」

「そうだね」

「でも…出来たんですよね…。廃校を阻止しただけじゃなく、あのA-RISEのライバルって言われるまでになった…。それもこれも、花陽さんたちが加入して、お姉ちゃんを支えてくれたからだと思うんです。だから、もう、皆さんには感謝しかなくて」

「ありがとう、雪穂ちゃん。…でも、少しだけ違うよ」

「?」

「私たちが穂乃果ちゃんを支えたんじゃなくて、穂乃果ちゃんが私たちを引っ張って来たんだよ。確かに、みんな迷ったり、立ち止まったりしながらだったけど…ついにラブライブの最終予選まできた!だから私たちは、きっかけを作ってくれた穂乃果ちゃんに感謝、感謝なんだよ」

「花陽さん…」

「だからお姉ちゃんのこと、あんまり悪く言っちゃダメだよ」

「はぁ…わかりました…。ところで最近…亜理沙と話してるんですが」

「亜理沙ちゃん?絵里ちゃんの妹の?」

「はい…。あの…その…私たちもμ'sに入れるかな…って」

「!」

「あ、いや…最初はお姉ちゃんのことバカにしてたんだけど…皆さんのパフォーマンス観たら、かっこよくて、可愛くて…すごく素敵で…キラキラしてて…私もこの中に入れたら…って」

「嬉しいな、そう思ってくれてるなんて」

「亜理沙なんか、もう何曲も振り付け完コピしてて…。あ、でも、来年、入部希望者が殺到したら、μ'sは何人になっちゃうんだろう?10人…20人?Aチーム、Bチームに分けるのかな?それともオーディション?」

「…」

「あ、ごめんなさい!ひとりで盛り上がっちゃって」

「ううん…いいの…。その先のことなんて、まったく考えてなかったから…」

 

…いや、考えてなくはないんだけど…

3年生が卒業したら…μ'sはどうなるんだろう…

にこちゃんは『部活だから新入生が入ってくるのは当たり前』って言ってたけど、雪穂ちゃんが言う通りいっぱい入ってきたら…

 

「花陽さん?」

「えっ?あぁ…えっと…穂乃果ちゃんはその想い伝えたの?」

「まだ言ってないですよ。そんなこと言ったら、すぐ調子に乗るし…あ、だから今の話はナイショですよ!」

「うん、わかった」

「そう言えば、お姉ちゃん『どうしよう?どうしよう?』って悩んでたけど、なにかありました?」

「実は、まだ最終予選になにを歌うか、決まってないんだ」

えへへ…と笑う花陽。

「そうなんですか!だったら私は『No brand girls』がいいです。すごくノリがいいし、ライブでやったら絶対盛り上がるし」

「うん、わかる!…けど…すごく体力が消耗するんだよねぇ…」

苦笑いの花陽。

「もうひとつ理由があって、お姉ちゃんが…」

と雪穂が言い掛けた時だった。

 

「ただいま!あれ、花陽ちゃん?どうしたの?」

 

花陽の待ち人が帰宅した。

 

「あ、帰ってきちゃった!続きはまた今度ということで…」

「うん」

「なに?なに?雪穂、穂乃果の悪口言ってなかった?」

「えへへ…そんな話はしてないですよ。新しいお団子、美味しいな…って」

「でしょ?でしょ?私も1本食べちゃおう」

「お姉ちゃん!」

「今日一日頑張った…♪自分にご褒美だ~」

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その10 ~私はノーブラ!~

 

 

 

 

 

「あ、あった!これでしょ?」

「は、はい…すみません」

 

花陽は忘れていった財布を取りに、穂乃果と部屋に戻ってきた。

 

「買い出しの精算したとき、そのままにしちゃったみたいで」

「気付いてよかった。私の部屋にあると、どこ行ったかわかなくなっちゃうもんね」

「はい」

「え~?冗談で言ったんだけどぉ…」

落ち込む穂乃果。

「本棚とか、もう少し整理しないと。雪穂ちゃん言ってたよ。漫画とか順番に並んでないから、探すのが大変だって…」

「あちゃ~…雪穂め、わざわざ花陽ちゃんまで言わなくても。あ、それよりさ、時間、ある?」

「はい?」

「花陽ちゃんに相談したいことが…」

「相談?」

「今度の最終予選のことなんだけど…」

「あぁ、はい」

「花陽ちゃんだったら、なに歌う?」

「これまでの曲で…ってことですか?」

「そう」

「なぜ花陽に?」

「それはラブライブに一番詳しいのは花陽ちゃんでしょ?」

「はぁ…でもラブライブ自体、まだ歴史が浅いし、傾向と対策みたいなのはないですよ」

「そっか…じゃあ、花陽ちゃん個人としては?」

「う~ん…そうですね…」

しばし考え込む花陽。

「なに?なに?」

急かす穂乃果。

「そんなに急には…でも、敢えて選ぶなら『これからのSomeday』ですね」

「へぇ…そうきたか!なんで?なんで?」

「まず曲調も歌詞も、そんなに季節感を問わないので、冬に歌っても違和感ないと思うし…なにより明るくて楽しい曲だから」

「ふむふむ」

「それに…まだ絵里ちゃんと希ちゃんが入る前だったから、9人で披露したことはないんですよね。そういう意味では、すでにある曲だけど、新鮮な感じになるんじゃないかと」

「なるほど、なるほど…」

「穂乃果ちゃんは?」

「私?私は…『START:DASH!!』かな…。なんて言ってもμ'sのデビュー曲だし。…最初は花陽ちゃんしか来てくれなかったけど…花陽ちゃんが来てくれたから今があって…」

「私がいなくても、穂乃果ちゃんたちなら、きっとやってましたよ」

「そうかも知れないけど…花陽ちゃんが会場に入ってきたときは『神』だと思ったよ。だから私の中じゃ花陽ちゃんは『かよちん』じゃなくて『かみちん』なんだよ」

「それ、恥ずかしいです」

「ファーストライブの幕が開いた時の絶望感…そして、例えひとりでも、観に来てたくれた人に伝えたい!って気持ち…それはずっと忘れちゃいけないんだ」

「でも、そのあと、みんなで歌ったよ」

「そうだね。9人で学校の講堂は満員に出来た。だから次は…ラブライブのステージで…満員の会場で歌いたい!」

「『START:DASH!!』は、穂乃果ちゃんにとって、私たち以上に想い入れが強い曲なんだね…」

「『初心忘るべからず』…ってとこ」

「なんか穂乃果ちゃんらしくない言葉が出てきたよぅ…今日は雪が降るかも!」

「あぁ、花陽ちゃんまで私をバカにする?穂乃果だってそのくらいの言葉は知ってますぅ」

穂乃果は子供のように「べぇ~」っと舌を出した。

 

「それと、もうひとつ、やりたい曲が…」

急に真顔に戻った穂乃果。

 

「え?」

「許して貰えるなら、この曲をやりたい…」

「許す…なにを?」

「『No brand girls』」

「あ!さっき雪穂ちゃんも言ってた…」

「雪穂が?」

「うん、ライブで絶対盛り上がる曲だよね!って」

「へぇ…雪穂がねぇ…」

「一番疲れる曲だけど」

「動きが激しいからね…。でも、その通り!穂乃果もライブでやりたいんだ。それでね…お客さんと掛け合いとかするの!穂乃果たちが『Oh! Yeah!』って言ったら、あっちから『Oh! Yeah!』って返してもらうの」

「コール&レスポンスってやつですね!」

「『♪壁はHi! Hi! Hi!』のところも、一緒に拳を突き上げてもらって『Hi! Hi! Hi!』って!」

「うん、うん。いいかも、それ!」

「でしょ?でしょ?」

「…でも、私たちの単独ライブじゃないから、それは難しいかも…」

「…だよねぇ…」

「それで?」

「えっ?」

「許されるなら…って?」

「あ…うん…。ほら、この曲ってさ、穂乃果が唯一振り付け考えたやつだからさ」

「あ、そういえばそうだね」

「だけど張り切り過ぎて、空回りして、結局熱出して倒れて…μ's崩壊の危機を作ったっていう…」

「崩壊は大袈裟だよ」

「穂乃果にとってはトラウマなんだよ!だから、次、歌う機会があれば完璧なパフォーマンスをして、名誉挽回したい」

 

…あ、さっき雪穂ちゃんが言い掛けた「お姉ちゃんが…」って言葉…

もしかして、この事だったのかな…

そっか…あのライブ、雪穂ちゃんも観に来てたもんね…

穂乃果ちゃんの頑張りを一番間近で見てて、でもあんな風になっちゃって…悔しかったんだろうな…

 

「花陽ちゃん?」

「えっ?あ…今度はムチャしちゃダメですよ」

「あははは…」

「あ、じゃあ、花陽はそろそろ…」

「うん、わかった。ごめんね、呼び止めちゃって」

「いえ…」

そう言って花陽が立ち上がろうとした時だった。

2人のスマホが同時に鳴った。

 

「LINE?」

「LINEです!」

「ん?真姫ちゃん?」

「真姫ちゃんですね!」

「緊急招集だって!」

「なにかあったのかな?」

「考えてても仕方ない。取りあえず、急ごう!」

穂乃果と花陽は、部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。

「あら、お出掛け?」

と、穂乃果の母。

「ごめん、ちょっと!」

「え~あの~お団子美味しかったです!ごちそうさまでした!」

花陽は一礼して、先に店を飛び出した穂乃果のあとを追う。

 

 

 

 

 

「にゃ?真姫ちゃんからだ!」

「アタシも」

「緊急招集?」

「何事よ一体?」

「わからないけど、行くしかないにゃ!」

「まだ食べ終わってないんだけど…」

「お持ち帰りにしてもらう?」

「麺が延びるわ!って、仕方ないわねぇ、行くよ!」

「はいにゃ!」

にこと凛も、慌ててラーメン屋をあとにした。

 

 

 

 

 

こうして穂乃果、花陽、凛、にこ…そして、それぞれ別の場所にいた海未とことりが、指定された集合場所に呼び出された。

 

そこに現れたのは真姫。

 

「真姫ちゃん、一体、どういうこと?」

代表して穂乃果が訊く。

「今から希の家に行くわよ」

 

「希ちゃんち?」

 

「理由はあとで話すから、とにかく今は黙って着いてきて…」

 

…希ちゃん?…まさか引っ越しちゃうとか?…

 

希の家庭環境を知っている花陽に、とてつもない不安が襲い掛かってきた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その11 ~運命~

 

 

 

 

 

「へぇ、希ちゃんて、ひとり暮らしだったんにゃ…」

「不肖、園田海未…不覚にもまったく知りませんでした」

 

真姫に引率されて、希の家まで来た穂乃果、海未、ことり、凛、にこ…そして、花陽…。

全員、初めての訪問のようである…花陽以外は。

 

 

 

花陽は…そう、つい2ヶ月ほど前、ここで熱い夜を過ごした。

玄関に足を踏み入れた途端、その時のことが鮮明に甦り、一瞬、頭がクラクラしてよろけた。

 

「ん?かよちん?」

「あ、大丈夫だよ。ちょっとバランスを崩しただけだから」

「なら、いいんだけど…」

 

 

 

「希!なぜ、そういう大事なことを黙っていたのですか?」

海未が少し険しい顔で訊く。

「別に隠してたわけやないんやけど…無用な心配をされても、アレやし…。ウチ、子供の頃から両親の仕事の都合で転校が多くて、まぁ、それはそれでそんなもんやと思ってたんやけど…さすがに少し落ち着きたくなって…。高校進学時に、無理言ってこうさせてもらったんや」

「ひとり暮らしかぁ…憧れちゃうなぁ!」

「穂乃果のようなガサツな人間には出来ませんけどね」

「またぁ、海未ちゃんはすぐ、そういう風に決めつけるぅ。穂乃果だって、その気になれば…」

「…ってことは、炊事洗濯からなにやらなにまで、全部ひとりでやってるんでしょ?凛には無理にゃ~」

「なぁんだ、案外、希もアタシと変わらない生活してるんじゃない」

「いやいや、にこっちには負けるわ。ウチには子供、3人もおらんし」

「だから、あれは妹と弟だって!」

あはは…とメンバーに笑いが起きた。

 

「それで、一体、なにがあったのでしょう」

と、ひと呼吸置いてから、海未。

「それは私から説明するわ」

「なんで真姫ちゃんが説明するにゃ?」

「べ、別にいいでしょ。たまたま事情を知っただけで…」

 

だが凛と花陽はピン!ときた。

2人の前から走り去ったあと、希と絵里を突き詰めたに違いない…と。

「真姫ちゃんも、随分、熱い人間になったにゃ」

「なにか言った?」

「なんでもないにゃ」

その様子を見て、花陽はひとりクスクスと笑った。

「?」

不思議がる真姫。

 

「真姫ちゃん、本当に話すん?」

「ここまできて、教えないわけにはいかないでしょ?」

「ウチはもう、いいんやけどね」

「みんなも不思議に思ったでしょ?絵里が妙にラブソングに拘るのを」

「まぁ、確かに」

「実は希の為だったのよ。希の夢を叶える為に、絵里が仕掛けたことなの」

「夢?ラブソングが?」

口を揃えて驚く6人。

「笑わんといて…。別にラブソングに拘ってたわけやないから」

「真姫、それじゃ言葉不足だわ。希がしたかったこと…夢は『9人みんなで、曲を作りたい!』ってことだったの」

「9人で!?」

「あっ!それじゃあ…」

花陽がハッとして、絵里の顔を見た。

「そう、花陽が提案してくれたアイデア。まさにそれ」

「かよちんは知ってたにゃ?」

「いや、全然…」

「ひとりひとりが持ち寄った言葉を紡いで…想いを紡いで…本当に全員で作り上げた曲…。そんな曲を作りたい、そんな曲でラブライブに出たい。それが希の夢だったの…」

「ラブソングなら、テーマとしてアイデアが出しやすいかな…って思ったんやけど、考えが浅はかやったね。改めて海未ちゃんの大変さを実感したわぁ。やっぱり才能って大事やね」

「いや、それほどのことでは…。ですが、それならそうと言って頂ければ」

「そうだよ。希ちゃんが言えなくても、絵里ちゃんがちゃんと言ってくれれば!」

「穂乃果、それは私も何度もそう思ったわよ。…でも希に止められて…」

「言ったやろ?ウチが思ってたのは、夢なんてものやない…って」

「じゃあ、なんなのよ?」

「う~ん、にこっち、なんなんやろね?」

「アタシが訊いてるんだけど」

「ははは…そうやね。上手く説明出来ないんやけど…ただ…曲じゃなくてもいい、9人が集まって力を合わせて、何かを生み出せればそれでよかったんよ…。ウチにとって、この9人が集まったことは、神様によって導かれた『運命』やと思ってるから」

「『運命』?またそっち方面の話?」

「ウチは転校、転校ばかりで友達が出来なくて、引き籠りの一歩手前やった。そんな時に…えりち…ウチと同じように人付き合いの下手な、意地っ張りに出会ったんよ」

「意地っ張りは余計じゃない?」

「そして、もうひとり…にこっち…」

「アタシ?」

「えりちは、なんとか振り向いてくれたんやけど、にこっちは最後まで心を開いてくれなかった…」

「…」

「だけど、それを大きな力でつないでくれる存在が現れた…それが穂乃果ちゃん、あなた…」

「えっ?私?」

「想いを同じくする人がいて、つないでくれる存在がある。この子たちなら、きっとそうしてくれる。ウチはそう信じたんや。ウチの運命を、この子たちに託そう…そう決めたんよ」

「だから、あんなに私たちに協力的だったのですね」

海未の言葉に、頷く希。

「真姫ちゃんを見たときも、熱い想いはあるけど、どうやってつながっていいかわからない。あぁ、この子も人付き合いが下手なんや…って」

「面倒な人たち!」

「ちょっと、凛!今、ここで私のマネしなくてもいいでしょ!」

「ふふふ…ホントやね。凛ちゃんの言う通りやと思う。ここに集まったメンバーは、みんな、なんらかのコンプレックスを抱えて生きてきた…。それが9人も集まった…って、これはもう奇跡やないかと思うんよ」

「それはアタシが部長として、まとめあげてきたからであって」

「うん、ありがとな」

「…って、ここは突っ込むとこでしょ!」

素直に認められると、それはそれで恥ずかしい。

本当に面倒な連中である。

「紆余曲折はあったけど、誰ひとり欠けても、μ'sはμ'sじゃなくなるんよ…だから、必ず形にしたかった…この9人で何かを残したかった」

「うん、それはわかるよ」

穂乃果が同意すると、残りのメンバーも黙って頷く。

「でも…μ'sは、もうすでに何か大きなものを生み出してる。だから…ウチはそれで充分! 夢はとっくに叶ったんよ。もう…とっくに…」

ひとつ、ひとつ、過去の記憶を確認するかのように、ゆっくりと話した希。

最後に

「だからこの話はおしまい。それでいいやろ? 」

と付け加えた。

 

「…って、希は言うんだけど、みんなはどう思う? 」

絵里がメンバーに問い掛けた。

 

「いいんじゃない、みんなで作れば?仲間なんだから…」

返答したのは、にこ。

 

「にこっち!?…」

 

仲間…というワードが、にこの口から飛び出すとは思わなかったのは、希だけではなかった。

他のメンバーも、思わず彼女の顔を見た。

 

「…な、なによ…当たり前のことを言ったまでだから」

「ふふふ…そうですね。反対する理由はありませんよ」

「うん、ことりも賛成!」

「じぁあ、ここまで支えてきてくれた、希ちゃんへの誕生日プレゼントということで!」

「プッ!穂乃果ちゃん、ウチの誕生日は6月やけど」

「あ、そうだった!」

「だったら、ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントってことでどう?μ'sから…μ'sを作ってくれた女神さまに」

「女神さまは言い過ぎやん!…でも、えりち…みんな…。うん、ありがとな。このプレゼント、一生の宝物やね…」

希の頬に、一筋の涙が走った。

 

 

 

「にゃ?希ちゃん、これって?」

「あっ!それは!」

凛が目敏(めざと)く、棚に飾ってある写真を見つけた。

 

花陽が手に取って見る。

以前は合宿で撮った集合写真だったが、今は一次予選のステージの画に変わっていた。

 

「そういうの飾ってるなんて意外ね」

にこが少し意地悪く、希の顔を見る。

「べ、別にいいやろ。ウチだってそのくらいするやん… 仲間…なんやから…」

「希ちゃん!」

「可愛いにゃ~!」

ことりと凛が希に抱きつく。

「もう!笑わないでよぅ! 」

「にゃ?話し方変わってるにゃ~!」

照れてベッドに逃げる希。

「暴れないの!たまにはこういうこともないとねっ」

絵里が背後からスリーパーホールドを仕掛ける。

「もう…」

希は観念したのか、バタバタするのをやめた。

「おぉ、なんか、その姿勢はエロいにゃ!」

「そのままチューしそうだね」

「恋愛映画で爆睡してたコンビが、よく言うわね」

「たはは…真姫ちゃん、痛いとこを突くねぇ…」

そう言って、穂乃果が何気なく見た窓の外…。

ある異変に気付く。

 

「あっ!見て、見て!」

「えっ、なに?」

「嘘でしょ?雪?」

「聴いてないわよ!!」

絵里、真姫、にこが窓の外を見る。

「雪にゃ!雪にゃ!」

と、3人を押し退けるように、凛も身を乗り出して、外を眺める。

 

「あっ!穂乃果ちゃん!」

「なに?花陽ちゃん!」

「やっぱり、さっき穂乃果ちゃんが『初心忘るべからず』なんて難しいことを言うから」

「なるほど!それで雪が降ってきたんですね」

「もう!そんなわけないじゃ~ん…ことりちゃん…花陽ちゃんと海未ちゃんが苛めるよぅ」

「うふふ…」

そのやりとりに全員が笑う。

 

「ねぇ、外に出てみない?」

真姫の発案に、目の前にある公園へと飛び出した。

 

そして、ちらちらと舞う雪を見ながら、それぞれが心に自分の感じた言葉を想い描いた。

 

…想い…

…メロディー…

…予感…

…不思議…

…未来…

…ときめき…

…空…

…気持ち…

 

 

 

…好き…

 

 

 

…やっぱり、ウチはこのメンバーが大好きや…

 

 

 

9人はいつの間にか、輪になって、手と手を繋いでいた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その12 ~突っ走れ!~

 

 

 

 

いよいよ迎えた最終予選、当日。

 

前日の予報は大きく外れ、昨晩から降り続く雪は、未だ止まない。

 

 

 

穂乃果たち2年生組は、学校にいた。

この日は、来春入学を希望する音ノ木坂の新入生に向けての、学校説明会があった為である。

 

交通機関の乱れ等により、予定より1時間遅れでスタート。

それでも無事、生徒会としての仕事を全うした3人は、後(おく)れ馳(ば)せながら、ライブ会場へ向かおうとする。

 

 

 

ところが…

 

 

 

都内の交通網は、積雪に対して非常に脆弱である。

道路は渋滞し、電車は止まるという最悪の事態。

 

 

 

途方に暮れる3人…。

 

 

 

「穂乃果ちゃん、走って行こう!」

「ことりちゃん!?」

「死ぬ気でやれば怖くなんかないよ!行こう!」

 

恐らくそれは、ことりが人生で発してきた言葉の中で、一番を力強い台詞。

 

「この日のために頑張って来たんだよ!やれるよ!」

「ことりちゃん…」

「ことり… 」

穂乃果も海未も、こんなに目力が強いことりを初めて見た。

「みんなが待ってるよ!」

「そうだね…行くしかないよね…。よ~し、ことりちゃん!海未ちゃん!走るよ!!」

「穂乃果ちゃん!」

「穂乃果!」

 

 

 

しかし、勢いよく飛び出したものの、今日の敵は一筋縄ではいかない。

 

そこに現れたのは…

 

「甘いよ、甘い!そんな装備じゃ、走れるわけないじゃない!」

「スノーブーツ用意したから、これ履いて!」

「さぁ、早く行きなさい!私たちもあとから追いかけるよ!」

 

校門の前で待ち受けていたのは、ヒデコ、フミコ、ミカ。

穂乃果の親友。

μ's結成当初から積極的にバックアップをしてきた、いわば影の功労者。

彼女たちのフォローなしでは、今のポジションにμ'sは存在していない。

実はアイドル研究部の、隠れ部員ではないのか…とも言われている。

 

そして、今回も彼女たちが穂乃果を救う。

 

移動手段を失った穂乃果たちの為に、音ノ木坂の全生徒に呼び掛け、雪掻きを行い、会場までの移動経路を確保する…という人海戦術作戦を展開。

 

μ'sは音ノ木坂の廃校を救った、いわば英雄的存在。

次は自分たちがμ'sを助ける番…と、多くの生徒が集まった。

中にはμ'sファンの他校の生徒もいるらしい。

 

作戦は功を奏し、道は開けた。

 

あとは会場に向かって、ひらすら走るのみ…。

 

 

 

だが、強い風と降りしきる雪が、3人の行く手を阻む。

 

 

 

「あぁ…うっ…雪が足にまとわりついて…あぁ…」

体力には自信がある海未も、さすがにこの状況では、思うように前に進めない。

思わず弱気な言葉が口を吐(つ)く。

 

「諦めちゃダメ!」

2人を励ます言葉か、或いは自分自身を奮い立たせる台詞か、ことりが叫ぶ。

「せっかく…せっかく、ここまで来たんだから、ここで諦めちゃダメだよ!」

「わかっています!私だってそうです!2人の背中を追いかけてるだけじゃない!やりたいんです!私だって誰よりもラブライブに出たい!9人で最高の結果を残したいのです!行きましょう! 」

ことりの言葉に、海未が呼応する。

 

前へ!前へ!

 

穂乃果たちは階段ダッシュで鍛えた脚力で、仲間が待つ会場へと走る。

 

歩道では雪掻きを手伝った音ノ木坂の生徒たちが、声援を送る。

 

強風に煽られながらも、慣れない雪道を走る3人。

脳内に流れる曲は、穂乃果が自分たちの原点と言った『Start:Dash!!』か。

 

 

 

そして、見えてきたゴール地点。

 

 

 

待ち受けていたの、絵里をはじめとしたμ'sの面々。

歓喜の瞬間が訪れる。

 

 

 

しかし本番はこれからだ。

 

この日の為に、それぞれの想いを歌詞に込めた曲。

それを披露する時がきた。

 

 

 

屋外に作られた特設会場は、悪天候だったにも関わらず超満員に膨れ上がっている。

 

そして、いつの間にか、あれだけ強く降っていた雪は…止んでいた。

 

 

 

舞台は整った。

 

 

 

「私がスクールアイドルを始めたのは、学校の廃校を阻止したい…ただそれだけだった。でも、ラブライブに出たい!予選を突破したい!A-RISEに勝ちたい!想いをがどんどん強くなって…ようやく、ここまでこれた!」

「もう、ここまできたら、A-RISEどうこうやなく、自分たちの力を出しきるだけやん」

「うん、これまで支えてくれた人たちの為にも、みんな、最高のライブにしよう!!」

「今日が最後みたいなことを言わないで」

「にこちゃん?」

「アタシたちの目標は、ラブライブの優勝よ!今日のステージはあくまでも通過点!」

「にこちゃん…」

「だから、立ち止まらずに行くわよ!!突っ走るわよ!!」

「うん!」

「ようし、全力でいっくにゃ~!!」

 

 

 

 

 

「みなさんこんにちは! 音ノ木坂学院スクールアイドル…」

 

「μ'sです!」

 

「これから歌う曲は、今日の為に新しく作りました。沢山のありがとうの気持ちを込めた歌です!…応援してくれた人、助けてくれた人がいてくれたおかげで、私達は今、ここに立っています!だから…心を込めて歌います!聴いてください…」

 

「『Snow Halation』」

 

 

 

…学校が大好きで…

 

…音楽が大好きで…

 

…アイドルが大好きで…

 

…踊るのが大好きで…

…メンバーが大好きで…

 

…この毎日が大好きで…

 

…頑張るのが大好きで…

 

…歌うことが大好きで…

 

 

 

…μ’sが大好きだったから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージの上には、パフォーマンスを終えた4チームが並んでいる。

 

4位、3位と順に発表され、ラブライブ本選出場チームは、下馬評通りA-RISEとμ'sに絞られた。

 

「それでは第2位の発表です。…第2位は…」

 

 

 

司会者の口から「『あ…』」と、母音が聴こえた瞬間、勝敗は決した。

 

 

 

綺羅ツバサは一瞬、目を瞑ってから、空を見上げた。

そして大きく深呼吸したあと、穂乃果に握手を求める。

穂乃果は差し出された右手に対し、両の手で握り返し、深々と頭を下げた。

 

それは憧れであり、目標であり、ライバルであったA-RISEへの感謝の気持ちだったのであろう。

 

ツバサの目は「本選、頑張ってね…」と言っていた。

 

ステージからの帰りしな、統堂英玲奈は拍手をしながら、花陽に近づき

「おめでとう…また負けてしまったな」

と耳元で囁く。

 

「あ、ありがとうございます!」

花陽はやっとのことでそう言うと、振り返ることなくこの場から立ち去る彼女の後ろ姿に、一礼をした。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その13 ~去年の今日とは違うこと~

 

 

 

 

 

除夜の鐘が鳴り終わり、新しい1年が始まった。

 

「いやぁ、まさか着替えてる最中に年が明けちゃうなんて…」

「ちゃんと出かける準備をしておかないからです!」

「確か、去年もこうだったよね?」

「そうだっけ?」

「はぁ…あなたはこの1年間、何も成長していないのですか!?」

「も~、新年早々、怒らないでよぅ。…よし、準備完了!それじゃあ出発進行~!」

 

3人はいつものように騒がしくしながら、神社へと向かった。

 

 

 

ここだけを切り取れば、知り合ってから十数年と繰り返してきた、何も変わらない日常。

穂乃果が海未に怒られ、ことりがそれを見守る…という、もはやルーティーンと言っても良いほどの、ありふれたシチュエーション。

 

 

 

「でもさ、去年の今日とは明らかに違うことがあるよ」

「?」

「それは、私がμ'sの一員だってこと!」

 

 

 

彼女たちが想像すらしていなかった、この1年間の出来事(…正確に言えば4月からの9ヶ月)。

 

朝、目を覚ました時…それまでのことは夢だったんじゃないか…と思うことは何度もあった。

いや、日常においてさえも、自分がスクールアイドルでいることに対し、未だ、半信半疑な状態だ。

 

しかし、それは虚構の世界で起こった話ではない。

 

紛れもなく全てが真実。

 

どんなに夢から覚めても、μ'sのメンバーであることに変わりなかった。

 

 

 

「まさかスクールアイドルとはねぇ…」

「私が一番驚いていますけど…」

「でも、最近の海未ちゃんを見てると、実は一番適性があったんじゃないかと思うよ」

「ことり、それは何かの間違いです!」

顔を真っ赤にして視線を逸らす海未。

「そうかなぁ…」

ことりはニコニコしながら、海未を見る。

「と、とにかく、ラブライブ、優勝しましょう!」

「うん!」

「もちろん!…それにしても、相変わらず凄い人だね…」

「そうですね。迷子にならないでくださいよ」

「迷子って…小学生じゃないんだから」

と、苦笑いする穂乃果。

 

その時だった。

前から歩いて来るμ'sのメンバーを見つけた、穂乃果。

 

「凛ちゃん!花陽ちゃん!」

 

これだけの人混みの中でも、わかる時にはわかるものである。

 

「あ、穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん!ハッピーニャーイヤー!」

「明けましておめでとうございます」

「おめでとう!」

「おめでとうございます。凛、花陽、今年もよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

「わぁ!凛ちゃん、その服可愛い! 」

スカイブルーのダッフルコートの下は、白のブラウスに、カーキ色のミニスカート。

すっかり例のトラウマは払拭されたようである。

「そう?…えへへ…クリスマスに買ってもらったんだ !それでね、このコートはかよちんと色違いなんだにゃ」

「少しだけデザインも違うんだけどね」

「うん、2人とも、よく似合ってるよ!」

「にゃは!ことりちゃんに誉められたにゃ!」

「良かったね、凛ちゃん!」

 

…なんか凛ちゃんの女子力が、どんどん上がっていってるね…

…はい…このままでは、私と穂乃果は、置いていかれる一方です…

…今年の目標は、女子力アップだね!…

…承知しました!…

 

「どうかした?」

険しい顔でアイコンタクトを交わす穂乃果と海未に、ことりが訊く。

「へっ?いやいや、別に…」

「それより、真姫の姿が見当たりませんが…」

海未の言う通り、1年生組がひとり足らない。

「あれ、本当だ。真姫ちゃんは?」

「…真姫ちゃん…さっきまでいたんだけど… 」

「恥ずかしいから…って、あそこに隠れてるにゃ~」

「隠れてる?」

「お~い、真姫ちゃ~ん!」

凛の呼び掛けに、電柱の影からチラ見する真姫。

「かくれんぼ?」

「ことりちゃん、小学生じゃないんだから」

「じゃあ、なんでこっちにこないのかなぁ」

「仕方ないにゃ~、かよちん、行くにゃ!」

「うん!」

凛と花陽は真姫へと走りよると、彼女の腕を掴み、2年生組の前へと引きずり出した。

 

「!!」

 

その姿に、ハッと息を飲む3人。

 

「なんと、真姫は和装でしたか…」

「ビューティフォー…」

「可愛い!」

 

そう、真姫の装いは、鮮やかなローズピンクの振り袖姿。

髪の毛をアップにしているせいか、かなり大人っぽく見える。

 

「『孫にも衣装』だね」

「それを言うなら穂乃果ちゃん『馬子にも衣装』だよ」

「どちらにせよ、それは誉め言葉ではありませんよ」

「お姉ちゃん、色っぽいねぇ…」

「オヤジか!」

穂乃果の一言に、凛が速攻で突っ込む。

「わ、私は普通の格好でいい…って言ったのに、ママ…お母さんが着ていきなさいって!…ていうか、なんで誰も着てこないのよ!」

「なんでと言われましても…」

「そんな約束してたっけ?」

「べ、別にしてないけど…」

「だったら、穂乃果も晴れ着にすればよかったよ」

「そうですね。そうすれば『今だけ』でも『おしとやか』でいられるかもしれませんものね」

「海未ちゃん…」

「まぁ、穂乃果ちゃんには無理にゃ…」

「ちょっと凛ちゃん!」

「出掛けるまで、時間掛かりそうだよね」

「うわっ!ことりちゃんまで!」

あはは…うふふ…と笑い声が響く。

 

 

 

その声に敏感に反応した人物がいた。

 

「あら、あなたは!」

「ん?…あっ!」

「やっぱり!」

 

6人に声を掛けてきたの…綺羅ツバサ。

A-RISEのリーダー。

よく見ると、その後ろには優木あんじゅと統堂英玲奈もいた。

「相変わらず、にぎやかね」

「すみません、騒がしくて」

海未が頭を下げる。

「μ'sらしくて、いいんじゃない?」

「あ!?あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます」

穂乃果に続いて挨拶をする5人。

するとツバサは

「おめでとう。そして、もうひとつ重ねて…おめでとう」

と言った。

「もうひとつ重ねて?…あっ!ありがとうございます」

「ふふふ…『あの日』はちゃんと言えなかったから…。こう見えて、結構ショックを受けてるのよ」

「すみません…」

「ふふふ…謝ることはないけど」

「初詣?」

珍しくあんじゅが口を開いた。

「あ、はい!みなさんも?」

と海未。

「そうね、地元の神社だから」

「もうお参りは終わったけどな」

英玲奈はいつもの調子で、ぶっきら棒に言う。

「うん、そういうわけで…行くわね…」

「あ、はい…また、今度…」

「時間が取れるといいね。色々、話したいこともあるし」

「私も南さんと話してみたいのよねぇ…」

「優木さんが?」

「衣装のこととか…ネ?」

「あ、はい!是非!」

「じぁあ…」

「はい、また…」

μ'sの6人が、歩き出すA-RISEの3人を見送る。

 

「ねぇ、優勝しなさいよ!ラブライブ!」

数メートル進んだところで、ツバサが振り返り叫んだ。

あんじゅも英玲奈も立ち止まり、6人を見る。

 

「もちろんで~す!」

 

穂乃果の声に満足そうな笑みを浮かべると、ツバサは再び向きを変え、歩き始めた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その14 ~神に仕えし者たち~

 

 

 

 

 

チャリ~ン…

ガラン、ガラン、ガラ~ン…

ぱん!ぱん!

 

賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍手…そして手を合わせ、願い事を唱える。

 

「かよちんは何お願いしたの?」

「秘密だよぅ」

「凛にも?」

「うん。あんまり人に話しちゃいけない…って、お婆ちゃんが言ってたから…。でも、たぶん凛ちゃんや、みんなと同じことだよ」

「ことりちゃんは?」

「ことりもヒ・ミ・ツ」

「みんな、ずるいにゃ!」

「さぁ、後も閊(つか)えていますから、終わったら移動しま…穂乃果?」

「穂乃果ちゃん、ずいぶん長いにゃ~」

「どうせ、欲張りなお願いしてるんじゃない?」

真姫の言葉に、願い事を念じ終えた穂乃果が反論する。

「そんなことないよぅ!ただ私達9人で、最後まで楽しく歌えるように…って」

「そうですね。みんな思うことは同じです」

「でも長すぎにゃ」

「だって一番大切なことだもん!だから念入りに…」

「あれ?」

「どうしたの真姫ちゃん?」

「花陽は?」

えっ?と周りを見渡す5人。

周囲に姿が見当たらない。

「だって、今、ここに…あ、あそこです!」

海未が遥か後方を指差す。

 

 

…誰か助けてぇ…

 

 

「瞬間移動?」

思わず真姫が呟く。

「おお!花陽ちゃんが流されていく!」

「そして…人波に消えたにゃ…」

「迷子が…出たね…」

「出ましたね…。穂乃果ではなく、花陽でしたか」

海未は、やれやれ…といった感じで、小さく首を振った。

 

 

 

 

 

…う~ん、新年早々、みんなとはぐれちゃった…

…なんで、いつもこうなっちゃうんだろう…

 

「あれ?花陽さん?」

「ん?雪穂ちゃん?」

「ひとり…ですか?」

「あははは…ちょっと、みんなとはぐれちゃって…あ、明けましておめでとう」

「おめでとうございます!お参りはこれからですか?」

「今、済ませてきたんだけど、その後、流されちゃって…ここまで…」

「くすっ…」

「あ、今、笑ったでしょ?」

「はい、花陽さんて、可愛いなぁ…って思って」

「年下に可愛いって言われちゃった…」

「あ、ごめんなさい!でもバカにしてるわけじゃないんですよ。お姉ちゃんも言ってるんだ…『花陽ちゃんて、やることすべてが、ギュッてしたくなっちゃうんだよ』って。でね『なんで雪穂は花陽ちゃんみたいじゃないの!』とか言うんだよ」

「穂乃果ちゃん…なんてことを…」

「だから、雪穂も言ってやるんだ。『雪穂も花陽さんみたいな、優しいお姉ちゃんがよかった』って」

「あ、ありがとう…なのかな?」

 

…なんか、知らないところで自分の名前が出てくるのって、恥ずかしいなぁ…

 

「あ、それより、雪穂ちゃんは合格祈願?」

「はい」

「やっぱり、音ノ木?」

「はい!」

「穂乃果ちゃんには?」

「まだ、ハッキリとは…でも、薄々気付いてるかと…」

「そう…言いづらい?」

「…ていう訳ではないんですけど…これからラブライブの本戦だし、余計な気を使わせても…」

「そっか…」

「あの…」

「なあに?」

「迷惑ですか?」

「えっ?」

「あの…その…花陽さんたちは『先輩の妹』って…やりづらくないですか?」

「なんだ、そういうこと?だったら、全然大丈夫だよ。μ'sは先輩後輩禁止だから」

「まぁ、お姉ちゃんは全然、先輩らしくないから、問題ないですけど」

「また、そういうことを…あれ?そう言えば、今日は亜里沙ちゃんと一緒じゃないの?」

「いえ、一緒に来たんですけど、先に絵里さんのとこに行くって…。なので私は、その間に甘酒でももらおうかと」

「絵里ちゃん?」

「この中で手伝ってるみたいですよ?」

「手伝い?…希ちゃんの?…ん?希ちゃん…あぁ、花陽も希ちゃんの激励に行くんだった!」

「あ、じゃあ、私はこれで」

「一緒に行く?」

「…遠慮しておきます…今はまだ、そういう立場じゃないので…」

「…そっか…わかった。じゃあ、ちゃんとお参りしてね!」

「はい、ありがとうございます」

手を振って2人は別れた。

 

…なるほど…亜里沙ちゃんは、絵里ちゃんが卒業してるから、あんまり気にしないかも知れないけど、雪穂ちゃんは、穂乃果ちゃんが在学中だもんね…

おまけにμ'sのリーダーで、生徒会長…

それは花陽たちが感じる以上に、プレッシャーがあるよねぇ…

 

 

 

 

 

「かよちん、遅かったにゃ!」

「ごめんね、凛ちゃん!…それで希ちゃんには会えた?」

「それがまだなんだ…って言ってたら来たにゃ!希ちゃん!」

「お、みんなお揃いやね?明けましておめでとう」

「おめでとう!」

 

先程、姿を消した花陽も無事合流し、巫女として神社の手伝いをする希を表敬訪問する1、2年生組。

 

「忙しそうだね」

「ふふふ…毎年いつもこんな感じやけど。 でも今年は弟子がおるんよ」

「弟子?」

「希~…これそっち?」

驚くく6人の前に、荷物を持って歩いてきたのはのは…巫女の姿をしたアイドル研究部の部長だった。

「に、にこちゃん!?」

「ぬあぁ~っ!何よ!来てたの?」

「来るよね…ふつう」

「はい、来ますね…。それより、巫女の姿がとても似合いますね!」

海未が言うように、髪を後ろで束ねたにこの姿は新鮮だが、その格好に違和感はない。

「当たり前でしょ!アタシは何を着ても似合うのよ」

「今日のにこちゃんは『巫っ女巫っ女み~』だね」

「さすが花陽ちゃん。にこっちの一番弟子だけあって、上手いやん!」

「その格好だと、にこちゃんでも大人っぽく見えるにゃ」

「『でも』は余計よ!」

「そうだねぇ…にこちゃんじゃないみたい。清楚っていうか、厳(おごそ)かというか…」

「そんなに誉めても、お年玉なんかあげないからね」

「にゃ!ばれたか!」

「残念!」

べ~と舌を出す凛と穂乃果。

「あら、みんな !」

「あぁ!絵里ちゃん!明けましておめでとう!」

「おめでとう!」

「絵里ちゃんは絵里ちゃんで、かっこいい!」

「そう?花陽、ありがとう」

「絵里ちゃん!みんなで写真撮るにゃ~」

「駄目よ、今忙しいんだからぁ」

「いいんやない?何十分も掛かるわけやないし」

「にこちゃんも早くするにゃ」

「しょうがないわねぇ…」

「あ、すみません、写真撮ってもらえま…あれ、亜里沙ちゃん?」

「あ、こんばんわ…」

「亜里沙、まずは『明けましておめでとうございます』…でしょ?」

「そうだった。明けましておめでとうございます!」

「おめでとう!」

「どうしてここに?」

「お姉ちゃんの巫女姿を見に…」

「ハラショーでしょ?」

「はい、ハラショーです」

「やめてよ、穂乃果。身内どうしで…それで何かお願いしてきたの?」

「えへっ、これからしてくるの…音ノ木坂に合格して、μ'sに入れますようにって!」

 

「!」

 

その場にいた9人の時間がが、一瞬、止まった。

 

それに感づいたのか

「私、変なこと言いました?」

と訊く亜里沙。

 

「ううん、違うの。受験頑張ってね!って」

「はい、穂乃果さん!ありがとうございます。 じゃあ、雪穂が待ってるのでいきます」

「ん?雪穂?」

「甘酒もらうのに並んでます」

「ははは…甘酒なら家でも飲めるじゃん」

「では!」

「またね…」

「さてと、私たちも油を売ってないで仕事しないと。これ、運んでる最中だったんじゃない?」

「そやね…」

「ごめんね、今日はそういうわけだから」

「うん、頑張ってねぇ!」

 

3人はそれぞれ荷物を抱えながら、この場から離れて行った。

 

その姿をみた凛は

「姉妹みたいだにゃ~」

と呟く。

「『あの日』以来、にこと希の距離が劇的に縮まりましたものね」

「ちょっと遅すぎるけど」

「でも、もうあと3ヶ月もないんだよね、3年生…」

「花陽!その話はラブライブが終わるまでしないって、この前約束したでしょ!?」

「あ、ごめんね、真姫ちゃん…。さっき雪穂ちゃ…じゃなかった…亜里沙ちゃんの話を聴いたら『あぁ、そうなんだ…』って」

「確かそうだけどさ、今日は1月1日なんだし、お正月だよ?お正月!もっと明るくいこうよ!」

「そうだね!そう言えば、あっちにうどんが売ってたよ?みんなで食べない?暖まるよ」

「おぉ!さすが、ことりちゃん!穂乃果もお腹が空いてきたとこで…」

「うどんかぁ…ラーメンは」

「ありません!」

「海未ちゃん、ツッコミ早いにゃ!」

「この時間に食事とはいかがなものかと…」

「今日くらいはいいんじゃない?」

「真姫ちゃんのいう通り!お正月だよ?お正月!」

「力(ちから)うどんってあるかな?」

「えっ!おもち!?」

5人の声に、花陽はえへへ…と笑った。

 

 

 

 

 

「よいしょ…で、どうするの?今後のこと…これ、ここ?…」

「うん、それはそこ。…やっぱり一度みんなには、きちんと話した方がいいやろね…。あ、にこっち、これは向こう」

「向こうね…」

「希、これは?」

「えりちのは、そっち」

「こっちね。…理想と現実と…悩むわね…」

「卒業したくないなぁ…」

「気持はわかる…けど、にこっちは頑張らないと、卒業出来ないんやない?」

「あり得るわね」

「りゅ、留年?冗談じゃないわよ!意地でも卒業してやるわよ!」

その言葉に希が、絵里が、そして言った本人も笑った。

 

だが、その胸の内は三者三様…。

μ'sの今後について、結論が見出だせずにいた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その15 ~穂乃果vsツバサ~

 

 

 

 

 

「ではラブライブ本大会のルールを説明します」

 

コンタクトを忘れたのか、眼鏡をかけた花陽が、部室のホワイトボードに文字を書き込みながら説明する。

 

「まず曲についてですが、新作である必要はありません。衣装もダンスも曲の長さも、基本的には自由です」

「1時間やってもいいんやね?」

「構わないです。それだけの体力があれば…ですが」

こういうモードに入った時の花陽は、先輩であろうとなかろうとコメントが手厳しい。

「優勝チームは最終予選と同じで、全代表が1曲ずつ歌って、最後に会場とネットの投票で決める…実にシンプルな方法です」

「いいんじゃないの?わかりやすくて」

と真姫。

「何組出るんやっけ?」

「47組です!」

「ひょえ~…それを1日で?まるで紅白歌合戦だねぇ。日本野鳥の会も来るのかな?」

穂乃果はそう言うと、机に突っ伏した。

「仮に1グループ3分のパフォーマンスとして、入れ替えの時間等を考えれば5分…掛ける47組では…235分!これは確かに長丁場です」

「さすが海未ちゃん、計算が早い!…って何時間?」

「割る60分なので…3.9時間…下手をすれば4時間越えです…」

「長いにゃ~」

「長いねぇ」

「凛と穂乃果なら途中で寝るわね」

「真姫ちゃん、それは凛ちゃんと穂乃果ちゃんでなくても同じだよ」

「どういうことにゃ?」

「全部で50近くのグループが1曲ずつ歌うのよ。 よっぽどのファンでない限り、来場者すべてが、全部を真剣に観て、公平に判断してくれるとは限らない」

「そうやねぇ…えりちの言う通り、普通は自分の高校か、同じ都道府県を応援するもんね」

「ネットの視聴者なんか、もっと極端よ!お目当てのグループだけを観るって人も多いから」

「そういう事情は、にこっちの方が詳しいか」

「そこで、出場グループの間では、いかに大会までに、自分たちをアピールできるか?が重要だと言われてるらしくて」

「アピール?」

「つまり、言葉は悪いですが『名前を売る』ということです」

「週刊誌にスクープされるとか?」

「そんなことがあったら出場停止になります!!」

「いや、冗談だから…」

花陽の怒りの口調にたじろぐ穂乃果…。

「μ'sはA-LISEを破ったグループとして注目を浴びているので、現時点では他に比べれば一歩リードしています。会場のポイントも加算されるので『地の利』もあります」

「だけど、それも本大会のある3月には、どうなっているか…ってことやね」

「はい 」

「でもさぁ、事前に印象付けておく方法なんてあるの?」

机に顔を着けていた状態から、身を起こして穂乃果が訊いた。

「はい!ふたつあります。ひとつはブログやSNSで情報を発信し続けること」

「もうひとつは?」

「それが意外に重要だと言われているのが、キャッチフレーズなんです」

「キャッチフレーズ?」

「はい、出場グループは、この紹介ページにキャッチフレーズを付けられるんです」

「 『歩く人間山脈、アンドレ・○・ジァイアント』とか『音速の貴公子、アイ○トン=セナ』とか『マシンガン打線』『カナリヤ軍団』とかやろ?」

「『赤い彗星、シャア=アズ○ブル』もあるにゃ!」

「例えがどれも古いですけど…端的にその人物やグループの特徴を伝えるという意味では、良い例かと」

思わず花陽は苦笑する。

「実際には、どんなのを付けてるんやろ?」

「えっと…『あなたと雪国の女子高生 ~あな雪~』…」

「なんか、聴いたことあるフレーズやね」

「あとは…『恋の小悪魔 』とか」

「にこっちやん」

「アタシに許可なく使わないでくれる?」

「『はんなりアイドル 』」

「京都代表?」

「かよちんと凛なら『はなりんアイドル』にゃ」

「他には『With 優』とか…」

「…なるほど、みんな考えてるわね…」

絵里が腕を組む。

「当然、ウチらも付けておいたほうがいい…ってことやね」

「…ですね!私達を一言で言い表すような」

「μ'sを一言で…か…」

と考える穂乃果。

ん~…ん~…と2、3度唸ったあと、パチンと手を叩いて、こう言った。

「薬用石…」

 

「却下です!」

「海未ちゃん、早っ!」

「当たり前です!穂乃果の考えてることなど」

「9人組!」

「それも当たり前です!」

「否定ばっかりしないで、海未ちゃんもちょっとは考えてよう」

「分かってます、ですが… 簡単には。キャッチフレーズとなると、そんなにコロコロ変えられるものではありませんから」

「そうだよね。なかなか難しいと思うよ。9人の性格は違うし、一度に集まったわけでもないし」

「でも、ことりちゃん!優勝したいって気持ちはみんな一緒だよ!」

「…となると…キャッチフレーズは…」

 

「ラブライブ優勝!」

全員で唱和する。

 

「何様ですか… 」

呆れる海未。

 

「…って、海未ちゃんも一緒に言ったじゃん!!」

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日は花陽ちゃんと買い出しに行くから」

「ことりちゃん、花陽ちゃん、よろしく~」

「私は弓道部に…」

「あ、たまには顔出さないと…だもんね」

「はい。辞めた訳ではありませんので…」

「行ってらっしゃ~い!」

 

 

 

ひとりになった穂乃果が…たまには、どっか寄って帰ろうかな…などと考え事をしながら歩いていると

「高坂穂乃果さん!」

と呼び止められた。

 

「!?」

 

声の主は綺羅ツバサだった。

「話があるの !」

「え?」

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、でもどうしてもリーダー同士、あなたと話がしたくて」

「あ、いえ…私も話がしてみたいと…でもツバサさんから誘われるとは…」

「迷惑かな?」

「とんでもないです。むしろ、光栄です。私がスクールアイドルを始めたのは、ツバサさんたちの映像を観たのがきっかけですから」

「そう…あ、コーヒー飲める?」

「え、あぁ、はい」

学校から特に目的もなく歩きながら話しているうちに、少し離れた公園に辿り着いた。

ツバサはそこにあった自販機でホットコーヒーを買うと、穂乃果に手渡す。

「遠慮しなくていいから」

「では、お言葉に甘えて…いただきます」

穂乃果はそれを受け取ると、2人はベンチに腰をおろした。

「ツバサさんも、缶コーヒーなんて、飲むんですね」

その質問にプッと吹き出すツバサ。

「なにか、おかしなこと言いました?」

「あなた、勘違いしてるわよ。私はセレブでもなんでもないんだから。学校の施設を見ちゃうと、確かにそうなんだけど、別に普段は普通の高校生よ」

「あははは…そうですよね!少し安心しました」

 

 

 

「あれ?穂乃果ちゃんじゃない?」

「あ、本当だ…」

その2人がいるところの側を、偶然通り掛かったのは、ことりと花陽。

「ほの…」

「待って、ことりちゃん!!」

穂乃果を呼ぼうとしたことりの口を、慌てて塞ぐ花陽。

「一緒にいるのはA-RISEのツバサさんじゃ…」

「えっ!?あ…こんなとこで何してるのかな?」

「まさか…引き抜き?」

「引き抜き…どうしよう、花陽ちゃん…」

「と、取り敢えず、ちょっと様子を見てみましょう」

「う、うん…」

ということで、ことりと花陽は少し遠巻きに2人の行動を観察することにした。

 

 

 

「どう、練習は頑張ってる?」

「はい!本大会ではA-LISEに恥ずかしくないライブをしなきゃ!…ってみんな気合入ってます!」

「そう…」

「あの…A-LISEは…」

「心配しないで、ちゃんと練習してるわ…。ラブライブって目標がなくなって、一時はどうなるかって思ったけど、やっぱり私達、歌うのが好きなのよ」

「よかった…。でも、皆さん3年生ですよね?今後の進路は…」

「そうね…。実は今、芸能プロダクションから誘いを頂いてるの」

「わぁ!さすがA-RISE!じゃあ、卒業しても解散しないでプロで?」

「そこはまだ、結論が出てないの…。本当にその世界で勝負していけるかっていう、覚悟の問題ね」

「覚悟…ですか?」

「結果がすべての世界に挑むのよ、中途半端な気持ちじゃ、あっという間に消えていくわ」

「確かにそうですね…」

「それに本大会に出られなかったことによって、少し気落ちしたところがあったの。自信をなくしたというか…」

「すみません…」

「謝らないで!別にあなたたちが悪いなんて、これっぽちも思ってないんだから。ただ、やっぱり、どうしてもちゃんと訊いておきたくって…」

「?」

「私たちは最終予選に、全てをぶつけて歌った!それはμ'sこそが、唯一のライバルだと思っていたから」

「…」

「だけど…負けた。勝てなかった。本大会には進めなかった…。でも、そのことに何のわだかまりもない!堂々と勝負して、力を出し尽くして負けたんだから仕方ない!…と思っていたんだけどね…」

「えっ?」

「やっぱり、悔しくて…。ちょっとだけ…じゃないか…メチャクチャ引っかかってるの…なんで負けたんだろう?…って」

「A-RISEが負けた理由?」

「そう。逆に言えば、μ'sが勝った理由。自惚れてる訳じゃないけど、キャリアは私たちの方が上。負けるわけがないという気持ちでステージに臨んだわ」

「わかります。強い気持ちを持つことは大事ですから」

「確かに、あの時のμ'sは完璧だった。パフォーマンスが素晴らしかったのはもちろんのこと、私たちよりもファンの心を掴んでいた。だから私は結果が出る前に確信したわ…負けたな…って」

「はぁ…」

「でも実は、私が訊きたいのはここからなの」

「えっ?」

「どうして、あの日、あの時、あのステージでそれだけのことが出来たのか?ってこと」

「どうして?」

「雪であなたたちは遅刻寸前だったし、普通、ああいう状況で100%のパフォーマンスなんて、できないものよ」

「そうですね。バタバタしてましたね」

「それに…確かに、努力はしたんだろうし、練習も積み重ねてきたのはわかる。チームワークだっていい 。私たちが認めたグループなんだから、実力に問題はない…そんなことはわかってるわ。むしろμ'sの出現によって、私たちは大きな刺激を受けた。より高いレベルを目指さなければ!という、モチベーションになったの…。だからA-RISEは、あなたたちよりも強くあろうとしてきた! 少数精鋭!それがA-LISEの誇り!スタイル!負けるはずがない!そう思ってた。でも…負けた…」

「それは…」

「μ'sを突き動かしているものって何!?…あなたたちを支えているもの、原動力となる想い…それはなんなの?…それを訊いておきたくて…」

「えっ?えっ?えっと… ごめんなさい!私、よくわからないです!」

「えっ?」

「私がスクールアイドルを始めたのは…学校が廃校になる…って聴いて、なんとかしなきゃ!って思った時、A-RISEの映像を観て、これだ!って思って…」

「 …」

「そのあと、なんとか廃校はなくなったんだけど、今度はラブライブ直前で私の不注意から、エントリーを取り消す事態になって…。スクールアイドルとしての目的も目標もなくなっちゃて…私は脱退も考えました」

「脱退?リーダーなのに?」

「はい、色々あって…。みんなにすごい迷惑を掛けました。だけど奇跡的に、もう一度ラブライブが開催されることが決まって…そこからは打倒A-RISEを合言葉に頑張ってきました。だから、あの日のパフォーマンスは。A-RISEあってのことだと思います!」

「そう…ありがとう」

「ごめんなさい、なんかちゃんと答えられなくて」

「気にしないで」

「でも!A-LISEがいてくれたからこそ、ここまで来られたのは間違いないです!」

「そう言ってもらえて、うれしいわ。だけど、あなたたちには『それ以外』のプラスαがあるのよ、きっと…。それが何か、あなたは気付いているんじゃないかしら…。私たちにはない、μ'sを突き動かす、大きな原動力があることを…」

 

 

 

「あ、帰っちゃうね、ツバサさん」

「話、終わったみたいだね」

「なんだったんだろう…やっぱり、スカウトなのかな?」

 

「小泉さん、それは、ない!」

 

「ぴゃあ!…えっ?英玲奈さん!…に、あんじゅさん」

振り返った花陽とことりの後ろには、何故か統堂英玲奈と優木あんじゅがいた。

 

「いつからここに!?」

「最初からだ」

「えぇ?」

「私たちは初めから、ここから少し向こうに立っていた。そこにあとから、あなたたちがここにきた」

「だったら、声を掛けてくれれば」

「お互い、そんなタイミングじゃなかったのよねぇ」

「優木さん!どういうことですか?」

「南さん…あんじゅって呼んでもらっていいわよ」

「はぁ」

「私たちは止めたんだけど、どうしても直接、話がしたいって…。だから私と英玲奈はツバサを監視しに来たの」

「監視…ですか?」

ことりと花陽が顔を見合わす。

「割りと暴走するタイプだからな、こちらのリーダーに失礼があっちゃいけない」

「元々、μ'sを注目し始めたのはツバサだし、リーダー同士、何か感じるものがあったみたい。シンパシーってやつ?」

「かなり肩入れして頂いてるのは、感じていましたけど」

「それで、ツバサさんは、何を話にきたんですか?」

「ツバサはね、ラブライブに負けたことがやっぱり悔しくて…自分たちに足りなかったものを探りにきたの」

「足りなかったもの?」

「実は…まだ内緒だけど、私たち、卒業後もA-RISEを続ける予定なの」

「な、なんと!す、すごいです!」

「まだ確定ではないんだがな」

「だけど、今回、ラブライブの本大会に出れなかったことで、彼女自身の中でケチがついちゃって」

「完璧主義者だからな、ステージパフォーマンスに関しては」

「だから、それを確かめたかったみたい」

「何かあったら、飛び出そうと思ったんだが、あの様子だと何事もなかったようだな」

「なので、あなたたちが心配していたような『邪(よこしま)』な、話ではないわよ」

「はぁ…良かったです…」

「仮に私たちがスカウトしたとして、首を縦に振るような人?あなたたちのリーダーは」

 

「違います!」

 

ことりと花陽は、同時に力強く答えた。

そしてお互いの顔を見て、笑った…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その16 ~♪ファはファンのファ~

 

 

 

 

 

 

「μ'sを突き動かしてる原動力? 」

 

ツバサが立ち去ったあと、ことりと花陽は、穂乃果の元へ走った。

2人は事情を説明した上で、穂乃果の話を聴いた。

 

「私はうまく答えられなくて…ことりちゃんはなんだと思う? 」

「難しいね…。でも、それが私たちのキャッチフレーズなのかもしれないよ」

「えっ?」

「なるほど!μ'sを表現する一言…それがμ'sの原動力ってことですね!」

「そっか…。じゃあ、その原動力って?」

「う~ん…」

考え込む3人…。

 

 

 

 

 

自宅に帰った穂乃果。

部屋には雪穂がいた。

「受験勉強?」

「こたつ、お姉ちゃんの部屋にしかないから、使わせてもらってるよ」

「うん…別に構わないけど…あ…ねぇ、雪穂から見てμ'sってどう思う? 」

「ええ?なんで急にそんなこと… ん~そうだなぁ…『心配』?」

「はぁ?」

「あとは…『危なっかしい』『頼りない』『ハラハラする』…『無鉄砲』『だらしない』『いい加減』『ガサツ』『妹に厳しい』…」

「途中から私の悪口になってるけど…」

「冗談!冗談!あ、でも最初の方は本当だよ。不安定っていうか…」

「一応地区代表だよ!」

「分かってるよ!だけど、なんか心配になっちゃうんだよねぇ」

「そうかなぁ…じゃあ、なんでA-RISEに勝てたんだと思う?」

「さぁ…」

「さぁ…って」

「ただ、応援しなきゃって気持ちには不思議となるんだよね。どんなグループよりも」

「それは身内だからでしょ?」

「いや、お姉ちゃんだから、地元だから…とか関係なく… だって投票してくれた人は関係者ばっかりじゃないでしょ?」

「うん、まぁ…。う~ん、応援しなきゃ…か…」

「あれ?お姉ちゃん、スマホ鳴ってるよ!」

「私?あ、本当だ!花陽ちゃん?…もしもし、どうかした?えっ?うん…うん…うん…そうだよ!それだよ!大事なこと忘れてた!さすが花陽ちゃん、ありがとう!!」

穂乃果は電話を切ると

「お母さ~ん!お父さ~ん! ちょっとお願い事があるんだけど~」

と階下へ走って行った。

 

「もう、騒がしいなぁ!受験生がいるんだから、もう少し気を使って…っていうの!」

雪穂は姉の相変わらずな言動に、小さく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

数日後…冬休み最終日。

穂むらの前。

 

「は~い、おまたせ!」

穂乃果の母が、蒸(ふ)かしたての餅米を持って現れた。

店の前に置かれた臼に、それを移す。

「うわぁ!いい匂い!」

それだけで、うっとりとする花陽。

凛も真姫も…それ以外のメンバーも『初めての餅つき』に興味津々だ。

 

「ちゃんとできるの?」

心配するのは、穂乃果の母。

「大丈夫だって!お父さんに教わったも~ん」

杵を振り上げる穂乃果。

臼の隣で腰を屈(かが)め、待ち受けるのは海未。

「ダメよ!いきなりじゃなくて、最初は杵で捏(こ)ねてからでしょ!ちゃんと潰しておかないと、飛び出るわよ!」

穂乃果の母が注意する。

「そうでした、そうでした…」

杵を持ち直し、頭の部分で数回、餅米を押し込んでいく。

 

「これでよし!じゃあ、海未ちゃん、いっくよぅ!」

「はい!」

 

 

 

ガコッ!

「うわっ!」

 

 

 

「あ、あなたは私を殺す気ですか!?」

「ごめん、ごめん!手が滑った!…あ、雪穂の前で『すべった』は…」

「もう、遅いよ!」

 

「…と、ここまでがお約束のコントにゃ!」

「つかみはOK!ってとこやね!」

 

「では、仕切り直して」

 

はいっ!

よっ!

ほっ!

はっ!

うりゃっ!

よっ!

うぃっ!

はいっ!

 

「ハラショー!さすが穂乃果と海未!何だかんだ言ってもバツグンのコンビネーション…」

「そうやね!熟年夫婦やもんね、あの2人」

「凛ちゃん、ご飯キラキラしてたねぇ!お餅だねぇ!」

「かよちんは食べる気満々にゃ!」

「もしかして、自分の食欲を満たす為に、この企画を提案した?」

「え~違うよ、にこちゃん!お餅つきは穂乃果ちゃんの発案だよ」

「…なんで急に餅つきなのよ?」

「なんでって…よっ!…にこちゃん…ほいっ!…お正月だし…うりゃっ!…」

「在庫処分?」

「ふぅ…一丁上がり!お母さん、雪穂!お餅つけたよぅ!」

「はい、はい」

「じゃあ、あっちで丸めてくるね!」

「よろしくぅ!」

「あ、何か手伝いましょうか?」

年長者らしく、絵里が声を掛ける。

「大丈夫よ。まだまだいっぱいついてもらうんだから、そっちを頑張って」

穂乃果の母はそう言って、雪穂と共に、店へと入った。

「この企画自体は花陽ちゃんの案なんだよ。『考えてみたら学校のみんなに、何のお礼もしてないですよね?』って。」

「お礼? 」

絵里が訊き返す。

「うん!最終予選を突破できたのって、みんなが雪掻きしてくれたおかげでしょ?でも、あのまま冬休み入って、お正月になっちゃって…」

「…だから、どこかで『ケジメ』をつけておかないと…ってね」

と花陽に続き、穂乃果が言葉を引き継いだ。

「だからって、餅つきにする必要はないじゃない?」

「にこちゃん、うちは和菓子やさんだよ!『餅は餅屋』って言うでしょ?」

「微妙に使い方が違いますが…」

と、小声で海未が突っ込む。

「それに、妙に初詣の時に花陽ちゃんが言った『ちからうどん』の響きが忘れられなくて…ちからうどん…お餅の入ったうどん…力餅…縁の下の力持ち…支えてくれたみんな…みたいな。思いつきって言えばそうなんだけど…あ、来た来た!その縁の下の力持ちが」

「おお!本格的だね!」

「ミカ!フミコ!ヒデコ!へい、らっしゃい!…と、これまた、随分いっぱい来たねぇ」

彼女たちが引き連れてきたわけではないだろうが、あっという間に数十人もの人が集まってきた。

「あははは…全生徒ってわけにはいかないけど、反響、大きいぞ!」

「なんて言ったってμ's主催の餅つき大会だからね」

「プレミアもんだよ、プレミアもん」

「ははは、大袈裟だよ!」

照れる穂乃果。

 

「お姉ちゃん、出来たよぅ!誰か運んで!」

店の奥から雪穂が叫ぶ。

「よし、手伝うよ!」

にこの号令で、メンバーが忙(せわ)しなく動き始めた。

 

 

 

「みんなの分あるから、ゆっくりしていって」

「西木野さんがエプロンしてる!」

「するわよ、エプロンくらい!」

 

 

 

「きな粉とお醤油、どっちがいいかにゃ? 」

「あんこはある?」

「あんこ?」

「あるよ!私が用意してもらったから!」

「かよちん、自分が食べる気満々にゃ~」

「あははは…」

 

 

 

「並んで、並んでぇ!おもちは逃げないから~」

「あ、こんな所に、小泉さんのポスターが!」

「あ、それは私のポスターじゃなくて『穂むらの新作』ですぅ…」

…雪穂ちゃん、いつの間に…

 

 

 

「ことり、こうしているとメイド喫茶でバイトしたことを思い出します」

「やってみる?『おかえりなさいませ、ご主人様!』…はい、海未ちゃん!」

「わ、私はやりませんよ!」

 

 

 

「あの、矢澤先輩!写真撮ってください!」

「仕方ないなぁ…じゃあ、みんな、並んで、並んで!…せーのっ!」

「にっこ、にっこ、に~! 」

 

 

「絢瀬さん、東條さん!」

「一条さん!二本松さん!ソフト部のみんな!」

「たいしたものだな、全国大会か!」

「お陰さまで」

「受験、就職と忙しいと思うけど、正直、この時期まで部活ができるなんて、羨ましいよ」

「そうやね」

「引退したら…寂しくなるぞ」

「うん」

「精一杯、戦ってこいよ!」

「もちろんやん!」

「わざわざありがとう!」

 

 

 

メンバーそれぞれが、思いおもいに『ファン』との交流を深めていた…。

 

 

 

 

~つづく~



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最高のライブ その17 ~プラスαのパワー~




穂乃果編は一旦、完結です。





 

 

「それでは宴もたけなわではございますが…」

と雪穂が、2階の穂乃果の部屋の窓から身乗りだし、集まった参加者に向かって叫ぶ。

「ここで、本日の主催者でありますμ'sのリーダー…高坂穂乃果より、皆様にご挨拶させて頂きます!」

「はい、ただいまご紹介に預かりました…」

「穂乃果ぁ~固いよ!」

「…ヒデコ!…だよねぇ…。えへへ…今日はみなさん、集まってくれてありがとうございます!!」

「ありがとうございます!」

特に打ち合わせはしていなかったが、自然にメンバー一同頭を下げた。

「あの日、皆さんが一生懸命、雪掻きをしてくれたお陰で、私たちは本大会に進むことが出来ました!正直、こんな形でしかお礼ができなくて…でも、直接、感謝の気持ちを伝えたくて…」

 

「楽しかったよ!」

「本大会も頑張って!」

「これからも応援するよ!」

 

その声援に涙ぐむ穂乃果。

他のメンバーも目が潤んでいる。

 

「あ、ありがとうございます…。それで、最後にもうひとつ、私から連絡事項があります!」

そう言うと大きく息を吸い込んだ。

そして、それを吐き出すように大声で叫ぶ。

 

「高坂穂乃果、1曲、歌います!!」

 

「えっ?」

 

聴いてないよぅ…と、どこかのお笑い芸人並みのリアクションをする、μ'sのメンバー。

 

…とある、2名を除いては…。

 

「雪穂、花陽ちゃん、準備して!」

「うん!」

「はい!」

穂乃果に指示された2人は、手早く参加者に『手拭い』を配る。

 

「『穂むら』の手拭い?」

 

それは、μ'sのメンバーにも配られた。

だが、まだ誰も何が始まるのか理解していない様子。

 

「今から歌う曲は…私が未熟だった為に、メンバー全員に迷惑を掛けてしまった曲…」

 

「あ…」

メンバーの表情が変わった。

 

「だけど…もう一度みんなの前で歌いたくて、みんなと盛り上がりたくて…だから、一緒に拳をあげて、ジャンプして、タオル…の代わりに手拭いだけど…思いきり振り回してください!!」

 

「穂乃果!」

「穂乃果ちゃん!」

 

すべてを理解したメンバー。

 

「ウチも一緒に歌うよ」

「希ちゃん!」

「穂乃果、それを抜け駆けというのですよ」

「穂乃果ちゃん、そんな面白いこと、黙ってるなんて、ズルいにゃ~」

「みんな… 」

 

うん!と頷くμ'sの面々。

 

「真姫ちゃん、準備は?」

「オーケー!」

どこから用意したのか、小型のスピーカーがセットされている。

 

 

 

「それじゃあ、いくよ!μ'sのニューイヤーライブ!スタート!」

 

 

 

イントロからドスッ、ドスッ、ドスッ…と低音のバスドラが響く。

真姫がこの日の為にアレンジした『No brand girls ライブver.』。

自然発生的に手拍子が巻き起こる。

 

「それじゃあ、みんなで一緒に跳ぶよう!ワン、ツー『♪一進一跳!』」

 

数十人が一斉にジャンプした。

 

近所迷惑を省みず、穂むらの前で急遽、路上ライブが開催された。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…みんな盛り上がってくれて、よかったですね」

「うん、海未ちゃん。みんなで跳んで、手拭いグルグルして、本当に楽しかったね」

海未もことりも、興奮冷めやらぬ…という感じ。

「穂乃果ちゃんがやりたかったコール&レスポンスも出来たしね」

「あれはかよちん、気持ち良かったにゃ!」

「アンコールまで歌うと思わなかったけどね」

「それにしても、冬休み中なのに随分集まったわね」

絵里は絵里で、感慨深げに呟く。

「みんな、そんなにお餅好きだったのかにゃ」

「好きだよ美味しいもん!でも、お餅食べたあとは、キツいね」

「そうだにゃ…」

「食べ過ぎなのよ」

凛と花陽に、突っ込んだのは真姫。

「きっと、みんな一緒だからだよ…みんながいて…私たちがいて…だからだと思う」

「穂乃果、それがキャッチフレーズですか?」

「言ってることはわかるんやけど…」

「もう少し、うまくまとまらない?」

希とにこが身悶える。

「そう!それが!最後が!…うまくまとめられない!ん~…ここまで出てるのに…」

「私もです!」

「ウチも!」

 

 

 

 

「花陽ちゃん、真姫ちゃん、今日は色々ありがとう」

「私は別に何もしてないわよ。花陽に頼まれて、ちょっと曲を弄っただけだから」

「穂乃果ちゃん、盛り上がって良かったね」

「うん、花陽ちゃんのお陰で心のモヤモヤが消えて、スッキリしたよ。最高のライブが出来たよ!!」

「良かった、良かった!」

「あのさ…花陽ちゃん…」

「はい?」

「これからも、頼りにしてるよ!」

「へっ?私?…なんで?…」

「なんで…って…」

「わかるでしょ?今や花陽はμ'sの要なのよ。部長はにこちゃんだけど、卒業は間近だし、穂乃果は生徒会の会長…今までのようにはいかないわ。そうなると、次を引っ張るの、花陽しかいないでしょ」

「ぴゃ!真姫ちゃんは?凛ちゃんは?」

「もちろんサポートはするけど、アイドル研究部の部長って柄じゃないでしょ」

「花陽ちゃんはもっと、自信と自覚を持った方がいいよ」

「はぁ…」

「雪穂もよろしくね」

「な、ゆ、雪穂ちゃん?…え、穂乃果ちゃん、雪穂ちゃんが音ノ木を受けることを知ってるの?」

「当たり前だよ!こう見えても、姉だよ、知らないわけないじゃん」

「そうだよね…」

「仮に合格したとしたら」

「そこは『仮に』なんだ」

「真姫ちゃん、そこはスルーして…。で、同じ部活の後輩になったとしたら、多分、喧嘩ばかりになっちゃうと思うんだよね」

「まぁ、わからなくはないわね」

「でしょ?でしょ?だけど、花陽ちゃんがいてくれれば…雪穂、花陽ちゃんのこと、すごく信頼してるみたいだし」

「うん…それはうれしいけど…」

「穂乃果、今はその話、まだ早いんじゃないの?」

「そうかな?…ははは…そうだね!今は本大会に集中しないとだね!」

「う、うん!」

「でも、やっぱり、これだけはもう1回言わせて。花陽ちゃん、ありがとう!」

「…うん…」

「ありがとう…?…あ、浮かんだ!これだよ、ありがとうなんだよ!」

「へっ?」

「キャッチフレーズ!」

「えっ!?」

「私たちは…いつも誰かに支えられてきた、いつも誰かと共に歩んできた…それは今日のライブで、よくわかった。だから…μ'sのキャッチフレーズは…」

 

 

 

 

 

「ツバサ…見た?μ'sのキャッチフレーズ?…って愚問か」

「私たちより先にチェックしてない…ハズがない」

「『みんなで叶える物語』でしょ…」

綺羅ツバサはそう呟くと、クスッと笑いその場を去った。

 

 

 

…プラスαのパワーが、あのパフォーマンスを産み出した…か…

 

 

 

 

 

最高のライブ

~完~



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優勝をめざして(花陽 誕生日編)
優勝をめざして ~誕生日あるある~



次章はことり編(予定)です。
その前に単発のエピソードを…。
※1月17日までは待てませんでしたw




 

 

 

1月17日。

 

小泉花陽は16歳になった。

 

μ'sのメンバーでは、8番目に迎えるバースデー。

 

 

 

1年12ヶ月ある中で、9人の『誕生月』は誰ひとりとして重なっていない。

つまり、ほぼ毎月、誰かしらが誕生日を迎えることになる。

 

そして彼女たちは、その都度、部室で誕生会を開催する。

…とは言え、家で開く『それ』とは別で、そんなに大袈裟なものではなく、部室に菓子とジュース…それにケーキを持ち込み、乾杯する程度である。

もちろん、アルコールは飲まない。

プレゼントは、みんなで金を出し合い、何かひとつ買う(不公平が生じないよう、ひとり千円の出資と決めている)。

 

直近の凛の誕生会(11月1日)には、名前入りのオリジナルラーメンどんぶり、レンゲ、箸のセットが贈られた。

 

 

 

因みに年度で区切れば、最初に誕生日を迎えるのは真姫の4月で、ひと月空いたあとは、6~11月まで6ヶ月連続で開かれる。

 

従って花陽の誕生会は、2ヶ月ぶりとなるのだが…

 

最終予選突破の打上げ、クリスマス、お正月と大きなイベントが続いた為、逆にこの期間の方が諸々忙しかったように思われる。

 

 

 

「…それが『下半期の誕生日あるある』なんです。特に12月、1月は…」

と花陽。

 

 

「下半期の誕生日あるある?」

「この中だと唯一、海未ちゃんが共感してもらえるかと思うんですけど…」

「だから、なんのことよ?」

話が見えない!…とイラつく、にこ。

「いいですか、上半期って家族や友達とお祝いするようなイベントって少ないですよね?」

「上半期?えっ~と…夏休み?」

「穂乃果は小学生ですか?」

「また海未ちゃん、そういうことを言う…」

「…こどもの日くらい?」

と、ことり。

「七夕…はお祝いする感じではないわね…」

これは絵里。

「ところが、下半期はどうでしょう?ハロウィーン…は、さておき…11月から七五三、クリスマス、お正月、成人式、バレンタインデー、桃の節句、ホワイトデーと大事なイベントが盛り沢山!」

「確かに…」

一堂、納得の様子。

「そんな最中にある誕生日は、得てして、ないがしろにされがちなんですぅ!」

「なるほど…」

「特にクリスマス前後からお正月明けにかけての誕生日…花陽もそうですが…は、どちらかにまとめられてしまうことが多く、なんとなく『期待感』『特別感』が薄まるんです」

「ウチの知り合いにも、お正月の三ヵ日に誕生日の人がいるんやけど、やっぱり同じようなことを言ってたなぁ。プレゼントはお年玉にされちゃうとか、時期が時期だけに、友達を呼んでの誕生会を開いたことがないとか」

「はい、よくわかります」

大きく頷く花陽。

「あら、そんなこと言ったら私だって…」

「真姫ちゃんも?」

「4月だと、進学とか進級してクラス替えしたばかりだから『新しく出来た友達』が『気付いたときには』私の誕生日が過ぎてる…ってことは、よくあるもの」

「真姫ちゃんの口から『新しく出来た友達』なんて言葉、聴くとは思わなかったわ」

「希、それどういうこと?私だって小中は普通の子供だったんだから!」

「ごめん、ごめん…悪気はなかったよ…。でも、そうやね…ウチらも合流が遅れたから、リアルタイムでは間に合わなかったもんね」

「確か希の誕生会の時に合わせて、2人でプレゼントしたのよね」

「…私たちはなんとか間に合ったけど…もう少し真姫ちゃんの入部が遅かったら、来年までなかったかも知れないね」

「穂乃果は変わってるわよ。普通、会ったばかりで、あんなに根掘り葉掘り訊かないもの」

「まぁ、その強引さが穂乃果の穂乃果たる由縁なのですが…」

「そうだね」

海未の言葉に相槌を打つことり。

「ところで、さっきの下半期あるあるですが、私は花陽ほど、そうは思いませんよ…。確かに幼稚園に通っていた頃は、一番最後の誕生会ということで、私はいつになったら祝ってもらえるんだろうと思ったことはありましたが…今は、もう…」

「あぁ、それは海未ちゃん、わかってないですぅ…あ、いや、むしろ海未ちゃんだからわからないのかな」

「花陽、それはどういう意味でしょうか?」

「だって海未ちゃんは今のところ、クリスマスもバレンタインデーもホワイトデーも関係な…」

「そんなことはないです!!しますよ、穂乃果とことりとプレゼント交換くらいは…」

「相手がその2人じゃあ、夢がないです…」

「むっ!花陽!」

「あははは…これは海未ちゃん、1本取られたね」

「穂乃果!」

「かよちん、16歳になった途端、強気にゃ…」

と笑う凛。

「あ、そうだね!これで私も、ようやく海未ちゃんに並んだんだねぇ!ちょっとの間だけ、同い年です」

「おぉ!そうやね…海未ちゃんがまだ16歳っていうのが、逆に意外やけど」

「希、それは仕方ないです。私の誕生日は2ヶ月後なのですから」

「もう半月遅かったら、凛たちと同じ学年ってことだったわけにゃ」

「そうですね」

「そっかぁ…そうすると、穂乃果たちとは、出会ってなかった可能性があるんだねぇ…」

「そんなことを言ったら、私だったて1ヶ月ちょっと早ければ、穂乃果たちと同じ学年だったってことでしょ」

と真姫。

「えぇ、まぁ…」

「不思議だねぇ」

ことりが、うん、うんと頷く。

「それで花陽ちゃん、どうなん?16歳になった感想は?」

「感想?いやぁ、まだ昨日と全く変わらないですぅ」

「あははは…そうだよね。お酒が飲めるようになるわけじゃないしね」

「でも穂乃果ちゃん、バイクの免許は取れるんですよね」

「バイク?花陽ちゃんが?」

「花陽、それはやめた方がいいかと」

「うん、やめた方がいいにゃ!」

「花陽がオートバイに乗ってる姿なんか、想像出来ないわね」

穂乃果が、海未が、凛や真姫までもその発言を全否定。

「まぁ、在学中は校則で乗ったらいけないことになってるんやし、それやったら今取らなくても…って話やん」

「…あの…花陽が取るとは一言も言ってないんですけど…」

「にゃ?」

「そ、そやね」

「そうでしたね…」

プクッとふくれる花陽。

「まぁまぁ、みんな、花陽を心配してのことだし、そんなことで怒らないの」

と絵里に言われ

「怒ってはいないですけど…なんか複雑です…」

と返した。

 

「それで3年生は?」

訊いたのは穂乃果。

「えっ?」

「もう全員18歳でしょ?車の免許は?」

「そうね、年齢的にはクリアだけど、私はまだ受験があるし…卒業してからかしら」

「ウチもやね。内定はもらったんやけど、卒業してから通うつもり」

「アタシは車、運転しないから。アイドルはマネージャーさんが迎えにくるものでしょ?」

「…という妄想の話は置いといて…」

と、にこに真姫が突っ込む。

「妄想って何よ!…って、先立つ物がないのよ。アンタの家と違って、経済的な余裕がないからね!」

「べ、別にそういうつもりじゃ…」

「わかってるわよ。だけど、そういうこと。あれば便利だと思うけど、当面、車も買えないし。…そもそも、都内で生活していれば、そんなに必要じゃないんじゃない?」

「穂乃果は必要かな…」

「アンタのとこは自営業でしょ?それはそれで話が別よ」

「ははは…そうでした…」

「いずれにしても、μ'sの活動と平行して、車の免許を取りに行くなんて余裕はないわよ」

「えりちの言う通りやね」

「そもそも、3月に大会…って設定がおかしいのよ。普通に考えれば3年生には出るな!って言ってるようなものじゃない」

「にこちゃんの意見はもっともです。花陽もそれはそう思います。まぁ、今回のラブライブは急遽、開催が決まったという経緯(いきさつ)もありますし、今後も年2回になるかどうかは不透明なところがあるので、来年はまた違うかも…ですが…」

と言ったあと黙りこむ花陽。

「かよちん?」

「あ…ごめん、なんでもない…」

「また、私たちが卒業したあとのことを考えてたんでしょ?」

「絵里ちゃん…」

「ダメよ!にこはともかく、絶対卒業はするんだし、そうしたら部活には残れないことくらい、花陽もわかってることでしょ?いい加減、頭を切り替えなさい」

「アタシも卒業するわよ!」

「できるかにゃ?」

「危ないよね?」

「ぬわんですって!?」

「凛も穂乃果も、人の心配してる余裕はないんじゃない?すぐにくるわよ、期末テスト」

「あぁ、そうだった…ことりちゃん、勉強教えて」

「かよちん…以下同文にゃ…」

「穂乃果は仮にも生徒会長なんだから、もう少ししっかりしないと…安心して卒業出来ないじゃない」

「はい…」

「凛ちゃんも。後輩も入ってくるんやし…」

「わかってるにゃ…」

「頑張ろうね、凛ちゃん!」

「穂乃果ちゃん、頑張るにゃ!」

ふたりはお互い手と手を握りあって、健闘を誓いあった。

 

「なんか、だいぶ話が逸れちゃってないかな?」

そう言って軌道修正を図ったのは、ことり。

「花陽ちゃんの誕生日、忘れてるよ!」

「あ、ことりちゃん…別に、そんな…」

「今まで、みんなにプレゼントしてきたんだから、花陽ちゃんだけないわけ、ないでしょ」

「すごく、すごく迷ったにゃ」

「花陽ちゃんと言えば、お米!…というわけで、お米と思ったんだけど…さすがにこの間、優勝賞品でもらったばっかりだろうし…」

と穂乃果。

「もう、なくなりましたけどね」

「へっ!?」

「120kgがですか?」

「1年分でしょ?」

「あれ?言いませんでしたっけ?花陽には3ヶ月分だと」

「…言ってました…」

その時の会話を思い出し、確かに…と頷く海未以下8名…。

「じゃあ、お米でも良かったね」

「はい、全然」

ことりの言葉に笑顔で答える花陽。

 

「と、取り敢えず、お米は一旦忘れて…」

と穂乃果。

「はい、あと候補に上がったのは『ブラ』でしょ?」

「ブ、ブラ?」

「ほら、花陽ちゃん、胸が大きくなった…って…」

「あ、あぁ…そうですね…」

 

…ブラなら希ちゃんからもらいました…

 

「でも、さすがにそれは…ってことになって」

 

…きっと、それは希ちゃんが言いましたね…

 

「あとは『ピアノ』…」

「ピアノ?」

「…って言ってもちっちゃいやつね。キーボードっていうの?それと『ミシン』」

「ミシン?」

「『72色セットの色鉛筆』『アイドルDVD』』『サウナスーツ』…」

「サ、サウナスーツ!?」

「あと『シカコグッズ』とか」

「シカコグッズ!!それは興味あるかも…」

「…などなど、色々あったんだけど…最終的にこれだろう…って」

 

「誕生日おめでとう!」

とメンバーから、綺麗にラッピングされたプレゼントが手渡された。

 

「ありがとう!開けてもいい?」

「どうぞ、どうぞ」

「では…」

花陽が丁寧にリボンを解(ほど)き、包装紙を剥がしていく。

 

中から現れたのは…

 

 

 

「携帯炊飯器!?…っていうか、お弁当箱?…ひょえ~!なんですか、これは!…『お米が炊けるお弁当箱…お米が炊ける!おかずもホカホカに温められる!炊く・煮る・蒸す・焼く・茹でるの多彩な機能!1台5役! 和洋中あらゆる料理が作れます』…なんと、なんと、凄すぎますぅ」

 

「かよちん、大興奮にゃ!」

 

「『 調理ができるお弁当箱!…保温式のお弁当箱なんて時代遅れ!?ご飯を炊く、その蒸気で温めるなんて当たり前!…焼く・煮る・蒸す・煮込み・チーズフォンデュ・パンケーキが完全に調理ができちゃいます』『本格一人前を贅沢調理!お米の浸し、蒸らし時間もコンピューターが調整しながらご飯を炊きる!』『焼き物をしながらお弁当を楽しむことも!!』『おかずケースが3つ(大1コ、小2コ)になり、おかずの分類(汁物OK)が可能!! さらにフライパンと鍋フタが付属!』『沸かす機能搭載で電気ポットとしても利用可能!タイマー機能で好きな時間に食事ができる』…夢のようですぅ」

 

「使い勝手までは保証できないけど、こういうのって自分で買うの、勇気いるでしょ?」

「絵里ちゃん、メチャクチャ嬉しいです!」

「喜んでくれて良かった」

「ことりちゃん、ありがとう」

「でも、平日、教室では使わないでよね!授業中、炊飯器の蒸気がもくもくしてたら、シャレにならないんだから」

「あははは…真姫ちゃん、気を付けるね」

「それじゃあ、花陽ちゃん!16歳になった決意とか抱負を一言!」

「はい、穂乃果ちゃん!」

花陽の顔がキリッと引き締まった。

 

 

 

「今日は皆さん、ありがとうございます。素晴らしいプレゼントをいただき、感動してます…。小泉花陽、16歳!これからもアキバのお米クイーンの名に恥じぬよう、次回があれば優勝をめざして頑張ります!!」

 

 

 

ラブライブじゃなくて、そっちかい!!

 

メンバー全員、イスから滑り落ちた…。

 

 

 

…こっちのかよちんも、大好きにゃ!…

 

 

 

 

 

優勝をめざして

~完~



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心のメロディ(ことり編)
心のメロディ ~ふたりは○○○⚪○~



ことり編、始めました。
今話はかなり「?」な内容ですが、一応最後まで読んでいただければ、その理由が解明されるかと思います。





 

 

 

「ことりちゃん、ちょっと、そこでお茶して帰ろうよ」

「うん、いいよ!」

「寄り道はいけません。穂むらに行けば、美味しいお茶が頂けるじゃないですか」

「穂むらに行けば…って、それはうちに『帰る』って言うんだけど」

「と、ともかく無駄遣いはしないでください」

「海未ちゃんは、あれもダメ、これもダメって…それじゃあ、これからの人生つまらないよ」

「人間、節度は必要です。度を超すと堕落する一方ですから」

「はい、はい、わかりましたよ…」

 

 

 

…そんないつもの2人の会話を、いつものように見ている私…

 

…でも、いつからだろう…この日常に違和感を覚えるようになったのは…

 

…具体的に「どう」とは言えない…けど、何かスッキリしない…

 

…空はこんなに晴れてるのに…

 

 

 

「ことり?行くのですか、行かないのですか?」

「えっ?」

「聴いていなかったのですか?今回は私が折れました」

「だから、ちょっとお茶して行こうよ」

「あ、うん!」

 

 

 

…いつの間に決まったんだろう…全然聴いてなかったな…

 

 

 

「あれ?なんか急に真っ暗になってきたね?」

「穂乃果、何を言っているのですか?今日はこんなに快晴…あら?確かに変ですね…夕立でも来そうな気配ですね」

「夕立?この季節に?傘持ってきてないよ」

「私もです」

「とにかくお店に急ごう!」

「はい!」

 

 

 

…あ、待って!私も行く!…って、脚が動かない…

…穂乃果ちゃん!海未ちゃん!…

…置いてかれちゃった…

…本当に真っ暗…いやだな…もう…

 

…あれ?あそこにいるのは絵里ちゃん?あ、希ちゃんたちも…

…絵里ちゃん!希ちゃん!…って…動いてない?…

…えっ、マネキン?…

…にこちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃんも…

…みんな…

…花陽ちゃんは?…花陽ちゃんがいない!…

 

 

 

「南ことりだな?」

「…!…誰ですか!?…あなたは?…」

「私?私の名はドツクゾーンからの使者『カットナル=トキレール』である」

「…ドツクゾーン?…ワンダーゾーンなら知ってるんだけど…」

「それはお前が作詞した曲だろうが!!…それより南ことり、お前の夢はデザイナーになることらしいじゃないか…」

「…はい…」

「ふふふふ…はははは…」

「?」

 

「何がおかしいの!?」

 

「…えっ!花陽ちゃん!?…」

「ことりちゃん、大丈夫?」

「む!お前は仲間か!…ちっ!『もうひとりいた』とはな」

「もうひとり?なんのことです?」

「まぁ、いい…私の前では同じこと」

「質問に答えてください」

「よかろう…。夢はデザイナー?ふははは…笑止千万!我々の野望はこの世を闇の世界に葬ること。未来への希望や、明るい夢など、すべてを無に帰すのが私の使命!お前などは大人しくスケッチボードにお絵描きをしてればいいのさ」

「ことりちゃん、こんな人の言うこと、気にすることはないよ!行こう!」

「花陽ちゃん、でも…脚が動かないの…。それに、ほら…みんなもマネキンみたいになっちゃって…」

「ぴゃあ!…これは、あなたの仕業ですか?」

「その通り。屋上に来たらな、可愛い獲物がゴロゴロいたんで、ちょいと遊んでやったのよ」

 

…屋上?…

…あれ?本当だ…いつの間に…

 

「なるほど…。私はアルパカさんの世話で遅れたから、免れたってわけですね…」

「南ことりが最後のひとりかと思っていたが…まぁ、いい。まとめて始末してくれるわ」

「なにをするつもりですか!」

「お前たちのポジティブなパワーを吸い取ってやるのさ」

「そうはさせないですよ!」

「花陽ちゃん!ダメ、逃げて!」

「そうはいかないです!」

「花陽ちゃん!」

「そういう茶番は、あの世でやるんだな…」

 

 

 

「待ちなさい!」

「好き勝手はさせないですよ!」

 

 

 

「な、なんだ!?お前たちは?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

「海未ちゃん!?」

 

「穂乃果?私はキュアブラックだよ!」

「海未?私はキュアホワイトですが」

 

「な、お前たちがプリキュア!!」

 

「私たちが来たから、もう安心よ!」

「さぁ、いきますよ」

 

「はぁ?小娘のクセに!」

 

「海未ちゃん!…じゃなかった…キュアホワイト!いくよ!」

「はい!」

 

 

 

「うわぁ!!やられたぁ!」

 

 

 

…え?もう?…

 

 

 

「ふぅ!危なかったねぇ…」

「えぇ、なかなか、強敵でしたわ」

「大丈夫だった?」

「あ、ありがとうございます」

「えっと…ショートで茶髪のキュアブラックが…穂乃果ちゃんだよね?それで、ロングで黒髪のホワイトが海未ちゃんだよね」

「逆だよ。ホワイトが『ほのか』だよ。私は『雪城ほのか』」

「そしてブラックが『なぎさ』です。私は『美墨なぎさ』」

「なぎさ?渚?海じゃなくて渚?」

 

 

 

「じゃあ、私たちはこれで!」

 

 

 

「えっ!?…行っちゃった…」

「わけがわからなくなっちゃった。ショートが穂乃果ちゃんじゃなくて、なぎさちゃん?ロングが海未ちゃんじゃなくて、ほのかちゃん?」

「花陽も混乱してます…」

「そういえば、みんなは?」

「みんな?」

「絵里ちゃんたち…」

「絵里ちゃん?絵里ちゃんって誰?」

 

…花陽ちゃん、冗談はやめ…

…えっ?この人…誰?花陽ちゃんじゃない?…

…じゃあ、あなたはいったい…

…穂乃果ちゃん!海未ちゃん!花陽ちゃん!みんな!…

 

 

 

 

 

「きゃあ!!」

 

ことりは、飛び上がるようにしてベッドから上半身を起こすと、明かりを点け、周囲を見渡した。

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…夢?…」

それが現実の出来事でないとわかると、大きく溜め息を吐き、額の汗を拭った。

 

「大丈夫?」

ドアを開けて声を掛けてきたのは、ことりの母。

「なんか、大きな声を出して、うなされてたみたいだけど…」

「う、うん…変な夢を見たみたいで…。詳しく覚えてないんだけど…」

「疲れてるんじゃない?」

「そうかも…。ちょっと汗かいちゃったから、着替えてから寝るね」

「あんまり、無理しちゃダメよ」

「うん…」

「おやすみ」

「おやすみなさい…」

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その2 ~Life is wonder~

 

 

 

 

…はぁ…

…あんなにチェックしたのに、なんで忘れちゃったんだろう…

…アレがなきゃダメなのに…

 

 

 

 

 

「えっ?ことりが家に帰った?」

「そうなんだよ、絵里ちゃん!どうしよう!?」

「どうしよう!って、海未…理由は聴いてないの?」

「忘れ物をしたらしくて、取りに戻るとは言っていましたが…何を忘れたのかまでは…」

「まさかパスポート?」

「…では、ないようです…」

「とにかく、電話をしてみましょう!」

「掛けてるけど乗車中みたいで」

と穂乃果。

「LINEは?」

「既読にもなってない…」

「それどころじゃないって感じね」

と絵里はチラリと時計を見る。

 

「なんかあったん?」

「あ、希!…みんなも一緒に来たのね」

「やっぱり海未ちゃんたちは早いにゃ~」

「穂乃果は、もう少しゆっくりしたかったんだけど」

「早く来るのに越したことはありません!」

「…だって…」

と海未の発言に、舌を出す穂乃果。

「まぁ、海未と一緒ならそうなるわね」

と真姫。

「私は穂乃果たちより、少しあとにきたんだけど…ことりが…」

 

 

 

「え~っ!!ことりちゃんが帰っちゃった?」

 

 

 

「間に合うの!?」

「私たちは多少早めに来たので、もう大分戻ってるとは思います。計算ではギリギリ間に合うかと…」

「でも、なにかあったら、アウトってことやね…」

「そんなぁ…」

「この前は空港にいたことりちゃんを、穂乃果が連れ戻しにきたんだけど、今回はみんながことりちゃんを待つことになっちゃったね」

「そんな呑気なことを言ってる場合?今回の行き先がどこだかわかってるの?ニューヨークよ!ニューヨーク!アキバから神田に行くのとは、ワケが違うんだから」

「にこちゃん、それくらいわかってるよ…」

「でも、今回はことりがセンターでしょ?」

「最悪、歌の割り振りとフォーメーションを、確認しておいた方がいいみたいやね…」

「飛んで来れないかにゃ?」

「凛ちゃん、いくら『ことり』ちゃんだからって、それは無理だよ」

「とにかく、今は連絡が入るのを待つしかないわね」

 

 

 

 

 

…スクールアイドル世界大会!…

…日本代表…

…空港でPVを撮ってから、飛行機に乗ってニューヨーク!…

 

…こんな大事な時に!!…

 

 

 

 

 

「ねぇ、あれって私たちのチャーター機じゃない?」

穂乃果が滑走路を指した。

 

 

 

「うわっ!…」

 

 

 

…窓ガラスの向こうに、鮮やかなピンク色に塗装されたジャンボジェット機の姿が。

その機体を見て、暫し声を失う一同…。

 

 

 

「…『LOVE LIVE!』『μ's』って書いてある…」

「それだけじゃないにゃ…機体にみんなのシルエットも描かれてるにゃ…」

「こんなことってある?どれだけお金を掛けてるのよ…」

にこは開いた口が塞がらない様子。

「…ウチら夢見てるんやろか…」

「それだけ日本代表としての、期待が掛けられてるってこと」

「機体だけに?にこちゃん、寒いにゃ~」

「言ってないわよ!そんなこと」

 

 

 

 

 

《お客さまにご案内申し上げます。只今、有楽町駅に起きまして、人、立ち入りの情報が入りました。その為、安全が確認されるまで、この電車は一時、運転を見合わせます。尚、並行して走ります京浜東北線も…》

 

…うそでしょ?…

…もう間に合わない…

…どうしよう…どうしよう…

 

 

 

 

 

「…って思ったんだけど…」

「うん、間に合って良かった!ことりちゃんの衣装これね!」

「ありがとう、穂乃果ちゃん」

「さぁ、全員揃ったし、思いっきり歌うにゃ~!!」

 

 

 

♪Dan-dan こころ Dan-dan 熱く

夢いっぱい叶えてみせる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っていう夢だったの…」

ことりは、そこまで話すと疲れきった表情をみせた。

 

 

「夢の中とはいえ、焦るよねぇ」

「そうなんだよぅ、花陽ちゃん!」

「でも間に合って良かった!」

「うん、ありがとう…穂乃果ちゃん」

「いや、夢だから!」

と、にこ。

「ですが現実には、ことりより、穂乃果の身にありそうな話ですね」

「また、そういうことを言う…」

「だけど、日本代表でニューヨークに行くなんて、それこそ夢のような話だねぇ」

「いや、だから夢だから」

と穂乃果の言葉に、再び突っ込む花陽。

「いいじゃん、夢なら日本代表になったって…」

「凛はパスにゃ!夢の中の話を聴いてるただけで、プレッシャーに押し潰されそうになるにゃ」

「あんなVIP待遇は、ありえないけどね。でもラブライブで優勝するってことは、日本一ってことでしょ?世界大会が行われたら、日本代表になるって可能性はあるんじゃない?アメリカに行くってのは抜きにして」

「真姫ちゃんらしくない、前向きな発言やね」

「べ、別にそういうつもりじゃ…」

「実はウチはあると思ってるんや、アメリカ行き。ことりちゃんの見た夢は、意外と正夢なんやないかな」

 

「まさかぁ…」

と、全員が希の言葉を否定した。

 

「カードがそう言ってるの?」

「えりち…残念ながら、これはウチの勘」

 

 

 

…ところが、この2ヶ月後、本当にアメリカに行くことになろうとは…

 

誰も知る由(よし)がなかった。

 

 

 

「で、ことりちゃん。そこまでして、取りに戻らなきゃいけないものってなんだったの?」

「それがね、花陽ちゃん…覚えてないんだ…」

「そっか…衣装とかかな?よっぽど大事なものだったんだろうね…」

「う、うんきっとそうだね…」

 

 

 

…正解は…愛用の枕でした…

…だって、あれがないと眠れないんだもん…

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その3 ~観察力~

 

 

 

 

 

「お疲れさん」

「どう?進んでる?」

希と絵里が部室に入ってきた。

そこにはいたのは、海未、ひとり。

「あ…それが…。何かテーマがあれば、書きやすいのですが…」

「…ってことは、難航してるようね…」

「時期的に考えて、卒業とか旅立ちとかがモチーフにしやすいんやない?」

「…はい、それも考えてはいます。ですが…」

「?」

「3年生が卒業したあとのμ'sのことを考えると、あまりいいイメージが湧かないのです」

「あら、明るく見送ってくれる訳にはいかない?」

「そういう意味ではないのですが…。ただ、そのあとμ'sを存続させるかどうか…」

「気持ちはわからなくないんやけど…その話は本大会終了まで封印…ってことやなかった?」

「あ、はい…すみません」

「テーマかぁ…。あ、そうだ!それなら逆に、ウチらの始まりから今日までを歌にしたらどうやろ?」

「ハラショー!私たちがどんな思いで『そこ』を目指してきたか…それを歌詞にするっていうのはいいんじゃない?」

「そう、泣いても笑っても、ラブライブで歌えるのはこれが最後。この1年間の集大成やん」

「始まりから今日まで…」

「あ、ごめんなぁ、余計なことを言っちゃって…」

「いえ、ありがとうございます。何か見えたような気がします」

「ところで…今日はあなただけ?」

絵里が部室を見回す。

「えぇ、真姫は音楽室、穂乃果は生徒会。にこは家の用で今日は休むと言ってました」

「にこっちは聴いてるけど」

「凛は補習で…花陽はアルパカの世話をしてから来るそうです」

「ことりは?」

「ことり…ですか?…そういえば…。休むとは言ってなかったので、来るとは思いますが…」

「…」

その言葉に怪訝な顔をしたのは希。

しかし

「みんな、それなりに忙しいんやね」

とすぐに、それを隠すかのように答えた。

「そうですね」

ノートに向き合っていた海未は、それに気付いていない。

 

「ウチらは着替えたら上に行くけど…」

「私はもう少し…。今、もらったアイデアを元に、思い付いたフレーズを書いてから上がります」

「わかったわ」

「じゃあ、先に行ってる」

「はい」

海未はそう言うと、ペンを片手に単語を羅列し始めた。

 

 

 

「ことりの様子がおかしい?」

「黙っといてな…えりちだから言うんやから」

「えぇ…もちろん、そんなつもりはないけれど…。でも、いつから?私は気付かなかったけど…」

「ウチが気になりだしたのは…合宿明けからやったと思う」

「合宿って、秋の?そんなに前から?」

「合宿が終わった直後は…少し吹っ切れたというか、なんとなく『ステージ』がひとつ上がったような感じやなぁ…と思ってたんやけど」

「それは私も感じてたわ。壁を越えたというか…」

「そやね」

「でもあれは、留学の件から始まった一連の騒ぎで…」

「そう、どん底やったもんね。…で、合宿を経て新生μ'sとして、誰もがステップアップした時期やから、なにもことりちゃんに限ったことやない…って言いたいんやろ?」

「正解。特にことりは合宿中、スランプだったし…それが解消されたことが一番の要因だと思うんだけど」

「ウチもそれはわかってるんよ。だけど…何かおかしいんよ。悩んでるというか…」

「悩み?」

「はっきり感じ始めたのは…真姫ちゃんが体調不良になったあたりからやね」

「真姫の体調不良?一次予選の頃?」

黙って頷く希。

「真姫とことりと…何かあったかしら?」

「直接はないと思う。むしろ真姫ちゃんはあんまり関係ないかも。…でも、その頃から、ことりちゃんの喜怒哀楽の『哀』の部分が増えてきたように見えるんや」

「喜怒哀楽の哀?」

「うまく言えないんやけど。やけに『ぽぅっ』としてたり、遠い目をしてみたり…」

「う~ん…ことりはμ'sに加えて、生徒会も任されてるし…何より『理事長の娘』っていうことで、色々、プレッシャーがあるんじゃないかしら」

「それはあるやろね…。この間、ことりちゃんが見たっていう夢も、そういうことの表れやないかと思うし」

「忘れ物の話?」

「ウチは専門家やないから、そこまで詳しくないけど、夢は深層心理を反映するらしいから」

「私も追い詰められると、怖い夢をみるもの」

「そうやろ?だけど、ウチが最近、気になってるのは…実は2年生3人の距離感…バランスが微妙に崩れてきてるんやないか…ってこと」

「あ…」

絵里も思い当たる節があったようだ。

「そう言えば、さっきも…」

「以前なら、海未ちゃんがことりちゃんの居場所を知らないハズがないだろうし、ことりちゃんも2人に黙って行動するなんて、なかったんやないかな…」

「そうね…。海未が無関心に見えたのは、確かに引っ掛かるわね。喧嘩でもしたのかしら」

「…っていう感じでも、ないんやな…。各々、個々に動き始めた…ってこと?」

「まだ、心のどこかで、留学の件…引きずってるのかしら?」

「どうやろか…。ただ、留学もそうだけど、ことりちゃんは2人に引っ張られるだけの存在になりたくない…って、ひとりでバイトしてみたり、意外と独立心みたいなのが強いから…少し『穂乃果ちゃん、海未ちゃんベッタリ』ではなくなってるかも…やね」

「確かに。衣装作りの関係があるかも知れないけど、最近は花陽と一緒にいることが多いものね…」

 

…本当言うと…

…ウチが一番気になってるのは、そこなんやけどね…

 

「ダメね…私としたことが。…何も見えてなかったわ」

「ウチが気を回し過ぎてるんやけどね…」

「さすが希ね…」

「本大会に向かって、おかしなことにならなきゃいいんやけど…」

「まさかぁ…」

「ウチもそうは思いたくないんよ。でも今の話やって、ずっと同じような距離感、同じようなバランスで永遠に過ごせるわけやないんやろうから、人生のどこかでは起こりえる話やし」

「…」

「ウチらやってそうやん。卒業したら、毎日は会えなくなるんやし…どうやっても、今まで通りにはいかない。えりちに彼氏が出来て、ウチも素敵なダーリンを見つけて…いつかは別々の道を歩んでいく」

「…そうね…」

「2年生組も同じこと。早かれ遅かれ…そういう日はくるんよ」

「そうとは決まったわけではないけど…でも、少し気にして見てみるわ」

 

 

 

 

…絵里ちゃんと希ちゃんが見つめあ合って…ラブラブな感じにゃ…

 

…お陰で出そびれたじゃない…

 

…チューしちゃうのかな?チュー…

 

…穂乃果はどうして、そう下世話なことばかり…

 

 

 

凛、真姫、穂乃果…そして海未が、屋上の出入り口から、隠れるようにして2人の様子を伺っている。

 

 

 

さらにその後方…というか、階段の下から、その4人を見ている人物が。

 

 

 

…ことりちゃん、凛ちゃんたち何をしてるんだろう?…

 

…こっそり近づいて「わっ!」って驚かしたくなっちゃうね…

 

…あははは…

 

 

 

 

 

…ことりちゃんて、意外にお茶目さんなんですね…

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その4 ~苦しい時にこそ、上を向いてみよう~

 

 

 

 

 

…暇やね…

 

…今日はえりちも、にこっちもいないし…久しぶりに学校の中を巡回してみますか…

 

…といきなり、アルパカ前で第一村人発見!…って、ことりちゃんやん…

 

 

 

「カヨパカさん、カヨパカさん、次の衣装はどんなのがいいですか?」

 

…カヨパカさん?…

 

「そうですね…『ユメノトビラ』は淡い色で清楚な感じ…『Dancing stars on me』はハロウィーンベースの賑やかな衣装…『Snow halation』が雪をイメージした白だったので…順番から言っても、次はパッと明るい、華やかなのがいいと思います」

 

…花陽ちゃん?…カヨパカ…あぁ、そういうこと…

 

「やっぱり、そう思う?」

「春になりますし」

「そうだね」

「あの…カヨパカの意見を言ってもいいですか?」

「うん!」

「カヨパカは…『START:DASH!!』の衣装がいいと思います!』

「えっ?制服?」

「違いますよ…μ'sのファーストライブをやった、あの時の衣装です」

「あ!…でも、どうして?」

「まだ歌詞は出来上がってないみたいだけど、海未ちゃんから今回はμ'sとして活動した、この1年間をテーマにする…って聴いてます」

「うん、言ってたね」

「だったら、あの日の3人が…9人になりました!っていうのもいいかな…って」

「ふむふむ…」

「それに、ひとりひとりのパーソナルカラーを衣装に使えば、ステージ上に9色のお花が咲いたようになるし…」

「うん、うん…さすがカヨパカさん。頼りになるなぁ…」

「でも、本当を言うと、カヨパカがあの衣装を着たいだけなんですけど」

「えっ?」

「あ、いやカヨパカの知り合いの…小泉さんの話です。スクールアイドルになったら、あんな衣装が着れるんだ!あのステージの上の人たちみたいな衣装が着れるんだ!って。だから…その子にとっては憧れの衣装なんです」

「カヨパカさん…」

「今でもあの時の光景は、忘れていないみたいですよ!3人ともすごく可愛くて、格好よくて…って」

「でもね、カヨパカさん…あの日、あの時…その『小泉花陽さん』が来てくれなかったら、あの衣装の御披露目はなかったかも知れないんだよ。だからことりは、小泉花陽さんに逆に感謝してます」

「ことりちゃん…」

「そうだねぇ…よし、頑張ろう!小泉花陽さんは手伝ってくれるかなぁ…」

「大丈夫です。ちゃんとカヨパカが伝えておきますよ」

「うん!カヨパカさん、毎回毎回相談に乗ってくれてありがとう!!じゃあ、ことりは生徒会の仕事があるから、先に戻るね…」

「はい」

「また、あとで」

 

 

 

…っと、思わず立ち聞きしたゃったやん…

…それにしても…

…ことりちゃんのカウンセラーが花陽ちゃんやったとは…

 

…気持ちはわかるけど…

…ウチも花陽ちゃんには何でも話せるし…

 

…そうか…ことりちゃんもか…

 

 

 

 

 

 

その頃部室では、海未がノートとにらめっこしていた。

 

「どう?進んでるにゃ?」

やってきたのは、凛。

この間も絵里が同じ台詞で、入室してきた。

どうやら、今の時期、海未に対するこの言葉は、某刑事ドラマに出てくる「よっ!ヒマか?」と変わらないくらいの日常句になっているようである。

 

「だいぶ進みましたよ。あとは真姫の作った曲に合わせて、言葉をどう重ねていくか…です」

「見てもいい?」

「はい」

 

 

 

…どんな明日が待ってるんだろう…

…毎日手探りだった…

 

…真っ直ぐな想いで、本気でぶつかり合った…

…喧嘩もした…

…励ましあって…泣いて、笑った…

 

…だけど、みんなが見ていたのは同じ夢、同じ未来…

…行くんだ…強い自分になって、変わり続けて…

 

…目指してきたのは、このステージ…

 

…好きなことを信じて…

…毎日ときめいて…

…今日まで進んできた…

 

…奇跡という言葉があるなら…

…それが今、この瞬間…

…みんなの想いが導いた場所…

…みんなで叶える物語…

 

…ひとつになった私たちの心…

 

 

 

「どうですか?まだまだ完成には、ほど遠いですが…」

「スゴいにゃ!まさにμ'sの1年が詰め込まれてるにゃ」

「もっと言いたい、伝えたいことはあるんですけどね」

「そうにゃ!例えば凛が、にこちゃんと川に落ちたこととか…海未ちゃんのせいで遭難しそうになったこととか」

「そういう個人的な出来事までは、盛り込めません…」

と苦笑いする海未。

 

「どう?海未ちゃん、少しは進んだ?」

やはり同じ台詞で入ってきたのは、穂乃果。

「生徒会の仕事は?」

「ちょっと休憩。ことりちゃんが来たから、代わってもらった」

「そうですか」

「真姫ちゃんの方は、順調そうだったよ」

「穂乃果ちゃん、海未ちゃんもバッチリだにゃ!」

「いえ、まだまだですが…」

「どれどれ…」

と穂乃果がノートを覗きこむ。

「あ…『みんなで叶える物語』…μ'sのキャッチフレーズだね」

「えぇ、これは絶対に外したくないワードです」

「うん、うん…いいねぇ…。なんか、これ見ただけで泣いちゃいそうだよ」

「色々ありましものね…」

「ありすぎにゃ!」

「穂乃果の生徒会長就任とか…」

「ですから、個人的な話題は盛り込みません!」

 

…穂乃果ちゃん、さっき凛も同じようなことを言ったにゃ…

 

…考えることは一緒だね…

 

「う、うん…まぁ、個人のことは置いておいても、本当にドラマチックな1年だった」

「なら、ドラマにしちゃえばいいにゃ!」

「ドラマ?」

「あ、いいかも!時間制限ないって言ってたよね?」

「演劇は対象外です」

「だから…オペラ?ミュージカル?」

「ミュージカル?」

「面白そうにゃ!」

「…確かに、興味なくはないですが…規定としてどうなんでしょう…」

 

 

 

 

 

沼津にある高校のスクールアイドルが、地区予選において、いきなりミュージカルを始めて観客を唖然させるのは、これより数年経ってからのことである…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その5 ~晴のち曇り~

 

 

 

 

 

 

2月になった。

 

ラブライブ本大会まで、あと1ヶ月。

 

いつもと違い、今回は早目に曲が仕上がった。

衣装は制作中だが、それでも突貫工事で追い込まなきゃいけない…という状態ではない。

 

今は本番に向けて、心と身体のメンテナンス期間と言える。

テンションとパフォーマンスの完成度は、当日に向けて徐々に高めていけばいい。

 

あまり早くから気合いを入れすぎると、大会までもたない。

 

従ってこれまで、ほぼ週6くらいで行っていた練習も、向こう3週間の日程は、だいぶ緩くなっている。

 

 

 

だが…身体はともかく、心の方はなかなか落ち着かない。

 

それはラブライブへの高揚感、緊張感…などではなく、別の問題が解決されていないからだ。

 

 

 

それは…μ'sの今後について…。

 

 

 

 

 

この日は、音ノ木坂で合格発表があった。

掲示板に番号が貼り出され、それを見た受験生が一喜一憂している。

 

その中に穂乃果と絵里の妹…高坂雪穂と絢瀬亜里沙もいた。

 

「!」

「!」

「雪穂!」

「うん!」

「やったね!あったよ、番号!」

「あったね、番号!」

「私たち、音ノ木坂に合格したんだよ!」

「うん、そうだね!」

「早速、電話しないと…あ、もしもし、お姉ちゃん?亜里沙ねぇ、合格したよ!亜里沙もμ'sになるんだよ!うん、うん、雪穂ももちろん一緒だよ!うん、じゃあ…」

嬉々とした表情で姉と会話する亜里沙。

それを複雑な表情で雪穂は見ていた。

「雪穂?どうかした?電話はしなくていいの?」

「えっ?うん、私は家に帰ってからでいいや」

「なんか、嬉しそうじゃないね?」

「そ、そんなことないよ…。にっこにっこに~!…なんてね」

「あははは…今から楽しみだねぇ」

「う、うん…」

と頷いたものの、やはり雪穂の表情はどこか曇っていた。

 

 

 

 

 

「ただいま…」

「雪穂!どうだった?電話ちょうだいって言ったじゃん!」

「ん?あぁ、合格したよ」

「合格したの?おめでとう!…って本当に?」

「なんでよ、本当だよ」

「…のわりにはテンション低いね」

「まぁ、受かって当然だから…」

「なんか…クールだね…」

穂乃果は自分の妹の無愛想な対応に、首を傾げた。

 

 

 

…嬉しくないのかな…

…それとも亜里沙ちゃんと喧嘩でもした?…

 

 

 

「あ、絵里ちゃん?ごめん、今、大丈夫?うん、雪穂のことなんだけど…」

 

 

 

…う~ん、特に2人の関係に変化はなしか…

…だとすると…頼りは花陽ちゃんか…

 

 

 

「はい、あ、穂乃果ちゃん。えっ、雪穂ちゃん?はぁ…そうですねぇ…う~ん…思い当たるとしたら…」

 

 

 

 

 

ファストフード店…。

 

集まったのは3年生を除いた6人。

今日は学校で合格発表があった為、練習は休みだったが、海未、ことり、真姫、凛の4人は、穂乃果と花陽に急遽、呼び出された。

 

集合場所が穂乃果の部屋でなかったのは、とある事情からである。

その理由は彼女たちの会話から明らかになる…。

 

口火を切ったのは花陽。

「え~…まずは『改めて』おめでたい話から…。今日、音ノ木坂で合格発表があり、晴れて雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんが、私たちの後輩になりました!!」

「穂乃果ちゃん、良かったね!」

「ありがとう、ことりちゃん!」

「おめでとうにゃ~!」

「うん、ありがとう、みんな!まぁ、落ちるとは思ってなかったけど、やっぱり結果が出るまではね」

「雪穂ちゃんの合格祝いをしてあげないと」

「うん!」

「それで…入学したら2人は、アイドル研究部に…μ'sに入ろうと考えてるようです」

と花陽。

「凛たちの後輩が出来るんだね!?」

「そうだね。だけど…亜里沙ちゃんはともかく、雪穂ちゃんはμ'sに入ることに迷いがあるみたい」

「迷い?」

「亜里沙ちゃんの場合は、絵里ちゃんと入れ替わりになるから、そこに『お姉ちゃん』はいないけど、雪穂ちゃんは『穂乃果ちゃん』が現役でいるんだよね…。そこに少し抵抗があるんじゃないかな?この間話した時に、ちょっとそんなことを言ってたから」

「…姉妹で同じ部活なんてよくあるよ。穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんだって、別に特別仲が悪い訳じゃないし、気にすることじゃないと思うけど…」

「そもそも本当に嫌だったら、迷うも何もないでしょ?」

「ううん、ことりちゃん、真姫ちゃん…。ちょっと違うかも。多分、雪穂が気にしてるのは、もし他に入部者があった場合…私たちが1年生全員を平等に接することが出来るか…ってことだと思う」

「ことりたちが?」

「確かにその2人だけなら『身内』として接しても問題ないけど…他にも入部者がいるとなると、そうはいかなくなるわね。…かと言って、変に厳しくするのも逆差別になるし」

「真姫の言う通りですね。雪穂は、穂乃果と違って精神的に大人ですから、そう考えていても不思議ではないです」

「海未ちゃん、またそういうことを…」

「それで?…それだけの為に、わざわざ集めたの?」

真姫に問われた花陽は、静かに首を左右に振った。

「問題は、私たちがこの先、μ'sをどうするか…ってことでしょ?」

今度は頷く花陽。

「でも、真姫ちゃん、その話は本大会終了まで禁止のハズにゃ」

「わかってるわよ。でも現実問題、入部を希望する子たちがいるんだから…結論を出さないまでも、考えておかなきゃいけないことではあるでしょ?」

「それはわかってるにゃ…」

「そうですね…μ'sの今後は…選択肢としていくつかあります。…ひとつ目…μ'sを存続させること…」

 

その言葉を聴いたとたん、空気が変わった。

その反対の選択支があることを、誰もが知っているからだ。

 

「…μ'sを存続させた場合…このメンバーで続けるのか、新しいメンバーを受け入れるのか…という問題が発生します。…というより、もう発生してますね…」

「人数にもよるよね?」

「うん、穂乃果ちゃん。そこはポイントだよね!」

ことりが相槌を打つ。

「ないとは思うけど…入部希望者が2桁なんてことになったら、とてもμ'sとしてやっていけないわ」

真姫は少し困った顔をした。

「μ's Aチーム、Bチームとか、μ's 2ndとか、μ's from ○○…とかになるのかにゃ?」

「全然イメージがわかないね…」

ことりが誰に問うでもなく、ポツリと呟いた。

頷く一同。

「そこまでの人数になったら、一緒のグループとして活動するのは、やはり厳しいでしょうね…」

「そうしたら何人までがOKで、何人からがダメなの?」

「それは…」

穂乃果の質問に、言葉が詰まる海未。

「でも、入部希望者全てが、必ずしも私たちと一緒にやりたいとは限らないし…」

「花陽ちゃん、確かにそうだね」

「やっぱり、今、この話をしてもラチが開かないにゃ」

「…選択支はまだあります…」

「…」

「それはμ'sの解散です」

「海未ちゃん!」

「…ズバリ言うわね…」

「その言葉はツラいにゃ…」

「私だって言いたくありませんでした…」

「ごめん、海未ちゃん…本来なら穂乃果が話さなきゃいけないことなのに…」

「いえ、それはたまたま私が言っただけのことで…」

「ちょっと待ってください!」

「花陽?」

「μ'sの解散…と、スクールアイドルを辞める…っていうのは、別の話ですよね?」

「えっ?」

「にこちゃんは…『部活である以上、先輩が卒業して、後輩が入ってくるのは当たり前でしょ?』…って、言ってました。…花陽もそう思います…」

「かよちん…」

「恐らく、それが繰り返されることで、歴史とか伝統が生まれるんだと思うんです」

「花陽、わかっていますよ」

「でも、私たちは…いわゆる音ノ木坂のスクールアイドル1期生で…始まったばかりなんです。だから…新しく入部する人たちの…希望は消しちゃいけないんです!勝手に終わらしちゃダメなんです!!」

花陽の語気が強くなった。

「花陽…誰もまだ辞めるなんて言ってないじゃない…」

真姫の口調は穏やかだった。

「そ、そうにゃ…誰も言ってないにゃ」

「じゃあ、なんで誰もハッキリ、μ'sを続けるって言わないの!?」

 

「!!」

 

「私は続けたい!まだまだみんなと一緒に歌って踊りたい!」

「かよちん…」

「花陽…」

「花陽ちゃん…」

「そんなこと、当たり前じゃない!」

「真姫ちゃん…」

「私だって花陽と同じ意見よ!」

「凛だって!」

「穂乃果もだよ」

「私も花陽ちゃんと一緒だよ」

「私だって同じです」

「だけど…」

と言ったのは真姫。そのまま言葉を続ける。

「3年生がいなくなったら…いなくなったら…μ'sはμ'sじゃなくなるの…。私はイヤ…この9人以外でμ'sを名乗るのは…」

「真姫ちゃん…」

「確かに希は、μ'sの由来は『9人の女神』だと言っていましたから…であるなら、私たちだけでμ'sを名乗るのは…」

「一番いいのは、にこちゃんたちが、μ'sを続けてくれればいいんでしょ?…部活?…スクールアイドル?…もういいんじゃないかにゃ、別物として考えれば」

「凛の意見は理想ですけど、現実的に考えれば不可能でしょうね」

「絵里ちゃんと希ちゃんはどう考えてるのかな…」

「穂乃果ちゃんは聴いたことないの?」

「うん、ハッキリとは…」

 

「…」

 

「ダメだよ、みんな!ラブライブの本大会に向けて気持ちを高めていかなきゃいけない時期に、暗くなってる場合じゃないよ!」

「穂乃果…」

「穂乃果だって、わかってるよ。ラブライブの本番が終わったら、3年生がいなくなることくらい。…あれだけ出たくて、出たくて、どうしようもなかったラブライブの本大会に出れたのに、その結果がこんなに寂しいことになるなんて、考えてもみなかったよ」

「そうですね…」

「凛ちゃんの言う通りかも知れないね。ことりたちがやってきたのは、部活じゃなくて『μ's』なんだよ」

「ことりちゃん…」

「さっき花陽ちゃんが言ってたけど、私たちは自分たちでμ'sを作りあげてきた。だからμ'sへの想い入れが強いのは当然のことなんじゃないかな…」

「うん…」

「ことりだって、この9人以外のメンバーでμ'sを名乗るのは、想像つかないよ。でも私たちに憧れて…μ'sに入りたい!って言ってくれる人がいることも事実。にこちゃんも花陽ちゃんもずっとアイドルに憧れてきたから…きっと私たち以上にそういう人たちの気持ちがわかるんだと思う」

「ことり…」

「…なんてね。えへへ…やっぱり、ことりもどうしたらいいか、わからないよ」

「そうですね。結論を出すのは、もう少し待ちましょう。絵里たちの意見もあるでしょうし…」

「うん、まずはラブライブに集中しなきゃ!雪穂の件はごめん、私も本人の気持ちを訊いてみるよ」

「そうにゃ!集中!集中!」

「う、うん…そうだね…」

「なるようにしかならないんだから」

「じゃあ、ハンバーガー食べよう?」

「あ…」

ことりの一言に一同気付く。

買ったはいいが、話に夢中になり、誰ひとり口を付けていなかった。

「どおりでお腹が空いたと思ったよ!」

「穂乃果はいつもじゃないですか!」

「うわ~また海未ちゃんが苛めるよ…」

「あははは…」

 

やっとメンバーが笑顔になり、いつもの彼女たちに戻った。

 

「ごめん、ちょっとお手洗いに…」

と席を立つ花陽。

 

ことりは、その時の彼女の顔を見逃さなかった。

 

 

 

花陽の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その6 ~貴女が私にくれたもの~

 

 

 

 

「このあと、どうする?」

ハンバーガーを食べ終えた穂乃果が訊く。

「穂乃果は家に帰ってください。雪穂のお祝いをするのでしょ?」

「そうだね…。それじゃ、ケーキでも買って帰りますか」

「私も付き合いますよ」

「ありがとう、海未ちゃん!」

「ことりは衣装に付けるアクセサリーを見に、何軒かお店を回ろうかと…」

「あ、じゃあ、花陽も手伝います!凛ちゃん、真姫ちゃん、一緒に行こう」

「凛はパスにゃ~。前に一緒に行ったことあるけど、ことりちゃんの買い物は長いにゃ」

「ことりちゃんは生地ひとつにしても、こだわりがスゴいから。でも、あれこれ考えて選ぶのって楽しいよね?」

「うん!」

「かよちんとことりちゃんは、気が合うにゃ」

「確かに」

真姫が同調する。

「そうかな?」

ことりと花陽は顔を見合わせた。

「えっと、それで真姫ちゃんは?」

「私も遠慮しておくわ。一緒に買い物とか…苦手だもの」

「そっか…。じゃあ、花陽ちゃん、行こうか」

「はい。では、また明日」

「うん、バイバイ!」

4人に別れを告げて、ことりと花陽は一足先に店を出た。

 

 

 

「ごめんね、花陽ちゃん。付き合わせちゃって…」

「いえ、花陽が着いてきただけですから…。それで最初はどこに行きますか?」

「うん、それがね…」

 

「えっ?カフェ?」

花陽は一瞬、耳を疑った。

 

「うん。どうしても食べたいチーズケーキがあって…お願い!付き合って!」

「は、はい…別にいいですけど…」

「いつもカヨパカさんには、お世話になってるから、たまにはお礼をしないとね」

「えっ?別に気にしないでください。そういうことなら帰ります」

「それに…花陽ちゃんに話したいこともあるの」

「えっ?花陽にですか?」

「うん。カヨパカさんじゃなくて、花陽ちゃんに」

「はぁ…」

花陽は首を傾げながら、ことりのあとに付いていった。

 

 

 

「どう?ここのレアチーズケーキ」

「美味しいですぅ!この2層になってる上と下で味が違うんですね。一緒に食べると、お口の中で甘味と酸味が渾然一体として…濃厚だけど、しつこくないというか…絶妙なバランスですぅ」

「さすが花陽ちゃん!よくわかってる」

「え~?誰でもこれくらいは言いますよ」

「そうでもないよ。穂乃果ちゃんなんか、なに食べても『美味しい』しか言わないもん」

「あははは…なんか想像出来るね…。あ、そういえば、ことりちゃんとは真姫ちゃんのおうちでも、チーズケーキ食べたよね」

「うん!すごく食べたかったケーキだし、美味しかったけど…お部屋が広すぎて緊張しちゃったな」

「確かに、落ち着かなかったですね。…でも、ことりちゃんはホントにチーズケーキが好きなんだね」

「花陽ちゃんの白米ほどじゃないよ」

「え~?聴いたことあるよ。ことりちゃん、お鍋の中にチーズケーキを入れようとしたことが、あるとかないとか…」

「む?…えっと…その話は置いといて…」

 

…あったんだ…

思わず花陽の口元が弛んだ。

 

「それで花陽に話って?」

「あ、うん…。でも、ここじゃ…。まずはアクセサリー探さないと…」

「あ、はい…」

 

 

 

「ごちそうさまです。ホントにいいんですか?」

「気にしない、気にしない。花陽ちゃんには、いつも手伝ってもらってるからから。たまには…ネ?」

「すみません。では、お言葉に甘えて…」

「ホントに、ホントに…ありがとう!」

「へっ?」

「なんでもない…あっ!これ可愛い!胸に着けたらおかしいかな?…」

ことりはアクセサリーショップに並んだ商品の、品定めを始めた。

 

 

 

「結局、おうちまで来てもらっちゃった」

「構いませんよ。まだ時間も早いですし」

「やっぱり、外で話すことじゃないかな…って」

「はぁ…」

 

ことりの部屋に入る。

 

最近は凛の部屋より来る頻度が高い。

そのせいか、なんの違和感もなくここで過ごすことが出来る。

むしろ、落ち着く感じすらある。

 

「ごめんね、穂乃果ちゃんちみたく、常にお饅頭があるわけじゃないから、これくらいしかなくて…」

と、ことりがお茶菓子を用意した。

これくらい…と言いつつ、それは明らかに高価なものだった。

 

壁にはハンガーに吊るされた、作りかけの衣装が9着。

「もうすぐ完成だね」

ピンク、ブルー、グリーン、オレンジ…色彩鮮やかな『それ』を眺めながら、花陽がしみじみと呟いた。

「花陽ちゃんが手伝ってくれたおかげだよ」

「…お手伝いしてるつもりなんだけど、毎回毎回、足を引っ張っちゃって…」

「そんなことないよ。今回のアイデアだって、花陽ちゃんからもらったんだし」

「そのまま採用されるとは思ってませんでした」

「お正月に、お餅つきをしたでしょ?」

「はい」

「それはμ'sのことを支えてくれた人たちへの恩返しだった」

「うん」

「でも考えてみたら…μ'sの…というより、私たち3人にとっての最初のファンに、きちんとお礼が出来てなかったな…って。どうすればいいんだろう…って思ってた時に、花陽ちゃんが『この衣装を着たかった!』って言ってくれて…。だから、今回は花陽ちゃんへの恩返し。これで返せたとは思えないけど」

「お礼とか、恩返しとか…そんなの変ですよ!だって、μ'sに入れてもらったのは花陽の方だし…」

「花陽ちゃんが来てくれなかったら、ファーストライブはやってなかったし、μ'sはなかった…そうしたら、あの衣装もお披露目することはなかった…」

「違います!3人がいたから、花陽は観に行ったんです!」

「違うよ、やっぱり花陽ちゃんが来てくれな…」

「そんなことないよ!花陽が来なくても、絶対3人はやってたよ!だって、穂乃果ちゃんだよ!海未ちゃんだよ!ことりちゃんだよ!その日がダメだったとしても…」

 

「ふふふ…」

「えへへ…」

2人は笑ってしまった。

この調子じゃ、いつまで経っても終わらない。

水掛け論である。

それに気付いた。

 

「なんか、タマゴが先かニワトリが先か…みたいになっちゃったね」

「ですね」

「じゃあ、私たちがいて、花陽ちゃんがいて…ということで」

「はい!」

「だけど、ひとつだけ言えることは…あの衣装を見て『着たい!』って言ってくれた人がいたこと。嬉しくないわけないよ、だって、ことりが初めて作った衣装だもん!」

「う、うん…」

「だから、花陽ちゃんに想いが届いたかどうかは別として、これはことりからの…ささやかなお礼…」

「ことりちゃん…。届いてるよ、気持ち。花陽はことりちゃんにそう言ってもらえるだけで…幸せです」

「良かった…」

「でも、次は…花陽があの時の3人を見て感動したみたいに、今度はラブライブのステージで…全国のみんなにこの衣装を見てもらうんです!そしたら、きっと、ことりちゃんはデザイナーへの道がまた拓けると思いますよ!」

「ふふふ…花陽ちゃん、ありがとう」

「いえ…あ、なんか熱くなっちゃって」

「ことりはこっちの花陽ちゃんも、好きだよ」

「ぴゃあ!そ、それは凛ちゃんのセリフですぅ!」

「ふふふ…あ、そうだ!違うんだよ、ことりが話をしたかったのは、このことじゃなかったんだ!」

「違うんですか?」

「うん、このことはオマケみたいなもので…」

「オマケ?」

 

「…花陽ちゃん、さっき、泣いてたでしょ?…」

ことりはスッと顔を近づけて、訊いた。

 

「えっ?」

咄嗟に目を逸らす花陽。

 

「お手洗いに行った時…」

 

…!…

…見られちゃった?…

 

「あ…いや、あ、あれは…そう!コンタクトが外れちゃって直しに…それが涙に見えちゃったのかな?…」

 

「ダメだよ、我慢しちゃ…」

ことりは諭すように、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その7 ~Tear drops~

 

 

 

 

 

「我慢?」

花陽はことりの言葉の意味を、瞬時に理解出来なかった。

「…してるでしょ?」

「言ってる意味が…」

「じゃあ、質問を変えるね。花陽ちゃんは、今、ちゃんと相談出来る人がいる?」

「…い、います!…凛ちゃんとか、真姫ちゃんとか…」

「そうは見えないな…」

「どうして、そんなことを…」

「ことりも同じだから」

「えっ?同じ?」

「うん。だから、わかるんだ…花陽ちゃんのこと」

「どういうことですか?」

「ことりが、どうしてカヨパカさんに色々相談するようになったか、わかる?」

「えっと…それは…」

 

…なにかあったらアルパカさんに話してみたら?と提案したのは私だけど…

 

「それは、花陽ちゃんがすごく頼りになるから」

「いえいえ、そんな…」

「花陽ちゃんは気付いてないかも知れないけど、いつもアドバイスが的確で…。ことり以外のメンバーもそう思ってるよ」

「たまたまです…」

「それとね、もうひとつ…。ことりにだって、穂乃果ちゃんと海未ちゃんにも話せないことがあるからだよ」

「あっ…」

 

…そういえば、初めてカヨパカが受けた相談は、穂乃果ちゃんとのことだっけ…

…あれは、ことりちゃんが生徒会の業務でミスして…そのことについて、怒ってくれない…って話だった…

 

「花陽ちゃんには、凛ちゃんや真姫ちゃんに話せないようなことはない?自分の中で溜め込んではない?花陽ちゃんがことりを助けてくれたように、今度はことりが助けるよ」

「花陽がことりちゃんを助けた?」

「うん!」

満面の笑みで花陽を見ることり。

はて…と首を傾げる花陽。

 

「秋の合宿のことだよ!」

「秋の合宿…」

「ことりが衣装のアイデアが出なくて悩んでたとき、花陽ちゃんは一生懸命ヒントを探してくれてた」

「なにかしなきゃ!って思ったのは事実だけど…結局たいした役に立たなくて」

「そんなことないよ!ホントに嬉しかった!だって、穂乃果ちゃんなんか、寝てて、なにもしてくれなかったんだから」

「…ははは…」

「その頃からかな…花陽ちゃんに対する気持ちが変わってきたのは…」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「花陽ちゃんが可愛くて、愛しくて…大好きになっちゃったの」

 

 

 

「こ、ことりちゃん!!」

 

…えっ?…

…えっ?…

…それって、まさか…

…今ここで?…

…えぇ~?…

 

 

 

「迷惑?」

「め、迷惑なんて、そ、そんな!花陽はずっと、ことりちゃんに憧れてきたし…ことりちゃんから、そんな言葉を聴くとは思ってなくて、混乱してるけど…と、突然過ぎます!」

「うん、そうだよね…ことりも『言っちゃった!』って感じだもん。だけど、さっき花陽ちゃんの涙をみたら、力になりたい!って思って…つい」

「あ、はい…あ、いや、だから、あれは泣いてないです…」

「ずっと花陽ちゃんを見てきたからわかるよ。花陽ちゃんは嘘を付いてる」

「ことりちゃん…」

 

ことりは黙って花陽の目を見てる。

その顔は、少し怒ってるようにも見えた…。

 

「ごめんなさい、花陽は…ちょっと泣いちゃいました…」

「素直でよろしい」

と言いつつ、ことりが花陽の頭を撫でる。

 

その瞬間…

 

花陽の目から涙がこぼれ落ちた。

 

「あれ、なんでだろ?急に…目が…ごめんなさい…」

「いいんだよ、泣いて。ことりの前ならいっぱい泣いていいんだよ」

「ことりちゃん…」

「凛ちゃんと真姫ちゃんの前だと、泣けないでしょ?」

「う、うん…」

「よかったら、ことりに話してみて」

「う、う…あ…」

「あ、少し落ち着こうか…お水飲む?」

花陽はコクリと黙って頷いた。

 

…デジャヴュ?…

…なんか、こんな展開、前にもあったような…

…あ、希ちゃんちだ…

 

 

 

「少しは落ち着いた?」

「は、はい…色んな感情がいっぺんに溢れてきちゃって…まだ、整理がついてないですけど…」

「うん、じゃあ、さっき泣いちゃった理由から…」

「はい…」

花陽はもう一度水を飲んでから、思い出すように、ゆっくりと話し始めた。

 

「さっきみんなと話をしてた時、μ'sがこのまま無くなっちゃうのかな…って思ったら…寂しくなっちゃって…」

「そうだね…あの雰囲気はそんな感じだったよね」

「3年生がいないμ'sなんて、ありえない。…それはわかるんです…。でも一方で、μ'sを見て音ノ木坂を受けた人もいる。μ'sに入りたい!って人がいる…。その時に私たちがμ'sを解散したら、どうなるんだろう?それは私たちを信じてくれた人への裏切り行為になるんじゃないかなって…」

「うん」

「私がそうだったから。3人を見て、やりたい、入りたいと思って…でも、あの時で3人が辞めてたら、その気持ちをどうしたらいいんだろう…って」

「花陽ちゃんらしいね。私たちは、後輩を気遣う余裕がないもの」

「そうですか?」

「メンバーの中で、小さい頃からアイドルに憧れてたのは、花陽ちゃんだけ…」

「にこちゃんもです…」

「そっか!だから、2人は考え方が似てるんだよ。アイドルに対する姿勢とか情熱とか…自分達が与える影響を知ってるんだよね」

「でも!みんなの言うこともわかるんです!だから、どっちがいいとか悪いとかじゃないんだけど…」

「そうだね。たぶん、どっちも正解なんだと思うよ…」

「はい、そう思います。ただ…本大会が終わったら、みんないなくなっちゃいそうで…」

「…」

「凛ちゃんも真姫ちゃんも、元々スクールアイドルに興味があったわけじゃないし…。だけど…にこちゃんと、絵里ちゃんと希ちゃんがいてくれたから、ここまで一緒にきてくれた…。ことりちゃんも、海未ちゃんも穂乃果ちゃんも…」

「花陽ちゃん…」

「…花陽は…耐えられないです…。せっかく仲良しなれたのに、みんながバラバラになっちゃうのは!」

「大丈夫!大丈夫だよ」

「ことりちゃん、ホントに大丈夫?にこちゃんがいなくなっちゃったら、凛ちゃんも真姫ちゃんも、寂しくなっちゃうよ!絵里ちゃんはダンス教えてくれないんだよ!希ちゃんが見守ってくれないんだよ!ことりちゃんも、海未ちゃんも、穂乃果ちゃんも、生徒会の仕事で忙しくなって…花陽ひとりで屋上にいるなんて!」

「花陽ちゃん、落ち着いて!」

「ことりちゃ~ん!」

 

花陽は込み上げてきた感情が押さえきれず、ことりにしがみつくと、声をあげて泣いた。

「いやです…いやです…みんなと離れたくないです…」

ことりは黙って、花陽を抱き締めた。

 

 

 

ことりが話を始めたのは、暫く経ってからだった。

「確かに…まだ、どうしたらいいのか、よくわからない…。新しいメンバーを加えて活動を続けるかも知れないし、6人だけでやるかも知れない。…もちろん、そうじゃないこともあると思う。だけど、この9人がバラバラになることだけは、絶対にないよ」

「ぐすっ…ことりちゃん…」

「学校を卒業しても、違う場所にいても、違う道を歩んでも…私たちが過ごしてきた時間と絆は、絶対に消えることはない!」

「…本当に?…」

「花陽ちゃんはどう思う?ことりたちとの関係って、そんなにすぐに壊れちゃう?」

無言のまま首を横に振る花陽。

「ね?だから大丈夫!私たちは永遠に友達だもん!」

「永遠に友達…」

 

…そう言えば、真姫ちゃんともそんな話をしたね…

…10年経っても、20年経っても、同じ景色を見ようね!って…

 

「…そうだよね… 」

「そうだよ」

「ごめんなさい、泣いたりしちゃって…」

「ううん。ことりだってみんなの前で泣いちゃったことはあるし。でも、どう?少しはスッキリした?」

「あ、はい…」

花陽はしがみついていた腕を離し、改めてことりの前に正座した。

「花陽ちゃんは優しいから…みんなの想いとか、全部ひとりで受けとめちゃうんだよね?」

「そんな、優しいなんて…」

「前に花陽ちゃんが、凛ちゃんの優しさに甘えちゃう…って言ってたでしょ。ことりはね、みんなが花陽ちゃんの優しさに甘えてると思うの。だって花陽ちゃんは頼まれたイヤって言えない人だもん」

「…断るのって、なんか、できなくて…」

「たまには、わがまま言ってもいいと思うよ…」

「…わがまま…」

「そう…。このままだと花陽ちゃんが参っちゃうよ」

「…心配してくれて、ありがとう…」

花陽は正座したまま、頭を下げた。

「そんな土下座みたいなことはやめて!花陽ちゃん、顔をあげて…」

ことりは花陽の上半身を起こそうとした。

 

 

 

その時…

 

 

 

「あっ!」

「ぴゃあ!」

 

 

 

ことりはバランスを崩し、花陽の上に倒れこんだ。

 

 

 

仰向けになった花陽の上に、覆い被さったことり…。

 

 

 

「…」

「…」

 

 

 

無言のまま、見つめ合う2人…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その8 ~好きですが、好きですか?~

 

 

 

 

 

仰向けになった花陽。

その上には、ことり。

しばし無言で見つめ合う。

 

どれくらい経っただろう。

突然ことりは急に「えいっ!」と言いながら、花陽の胸元に顔を埋めるように抱きついた。

 

「びゃ、ぴゃあ!こ、ことりちゃん!?」

「思ってた通りだ」

「えっ?」

「ことりね、自分のいつも使ってる枕がないと、寝れないの」

「そう言えば、合宿の時にも持ってきてたもんね…って、それがこの状況と…」

「花陽ちゃんの身体のプニプニ感が、すごく気持ちよさそうだな…って、思ってて…」

「まさか…抱き枕ですか!?」

「うん!想像通り!柔らかい…」

「わっ!わっ!スリスリしないでください!」

「だ…め?…」

ことりは一旦、上半身を起こすと、目を潤ませながら、花陽の顔を見た。

「ダメ…じゃないですけど…」

「よかった!」

と再び顔を胸に擦り寄せることり。

「…っていうか、そんな目で見るのは反則です…それは絶対に…断れないです…」

 

…うわぁ~ドキドキしちゃうよ…

…花陽でもそうなんだから、男の人なら、これで撃沈しますね…

…一発で恋しちゃいますよ…

 

「う~ん、気持ちいい…花陽ちゃんが側にいてくれれば、枕持って行かなくてもいいかも」

「あははは…」

「ことり、この間、忘れ物の夢を見た…って言ったでしょ?」

「えっ?あ、飛行機の?」

「そう。あれね…忘れ物は枕だったんだよ」

「えっ~!その為に帰っちゃったのぅ?」

「だけど、花陽ちゃんがいたんだったら、あんなに大変な思いして戻らなくてもよかったんだね」

「そうですね…あ、いやいや、夢の話ですから…」

「気持ち良くて、このまま寝ちゃいそう…」

「…って、ことりちゃん!ダメですって、寝ないでください!」

「あ、まだ夜じゃないからね…」

「そういう問題じゃないですぅ…」

「じゃあ、続きは夜ってことで」

と言って、ことりはようやく花陽の身体から離れた。

「はい、わかりまし…じゃないです!続きはないですよ」

「えっ?ダメなの?」

「えっと…」

「…冗談だよ…」

「…ですよね…もう、ことりちゃんってば…」

「うふっ、花陽ちゃん、可愛い!」

「からかわないでください…」

「からかってなんていないよ。ことりね…本当に花陽ちゃんのことが好きなんだから」

「へっ?」

「さっき、凛ちゃんが言ってたでしょ?ことりと花陽ちゃんは、どことなく似てる…って」

「あ、そういえば…」

「普通、自分と真逆の人に惹かれたりするものだけど…」

「はい…」

「ことりの場合、それが穂乃果ちゃんと海未ちゃん!」

「花陽は、凛ちゃんと真姫ちゃんかな」

「だよね…。でも、最近ことりは気付いたの。花陽ちゃんといる時が、一番、リラックス出来て、自分でいられるんじゃないかって!」

「それは嬉しいです…えっ?一番?」

「うん。ことりと花陽ちゃんは、すごく感性が似てると思うんだ。だから、なんとなく共通点が多いっていうか…少なくとも、ことりは一緒だと居心地がいいの」

「それは、花陽もわかります。凛ちゃんといる時とはまた違った意味の、落ち着く感じというか…」

「花陽ちゃんとは、アルパカさんが好きだったりとか、スイーツが好きだったりとか、同じ話題で盛り上がれるでしょ?」

「はい」

「それとか、ほら、この間、穂乃果ちゃんちでDVDを観たときも…花陽ちゃんと絵里ちゃんは一緒に観てくれて…同じとこで、笑って泣いて…。穂乃果ちゃんは寝ちゃってたけど…」

「凛ちゃんも一緒に…」

「そうだね」

その情景を思い出して、ふふふ…と笑った。

「あれはあれで、穂乃果ちゃんと凛ちゃんらしいというか…」

花陽も思い出し笑いをした。

「だけど…やっぱり見終わったあとに感想とか言ったりできないのは、ちょっと寂しいかな…なんて」

「なるほど…」

「それにね…最近、穂乃果ちゃんには海未ちゃんさえいればいいんじゃないか…って思っちゃって…」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「あ、変なこと言っちゃったね…」

「ことりちゃんも…なにか、悩んでます?」

「悩みってほどじゃないんだけど…」

「話してください、花陽にも」

「…うん…前々から気付いた…でも、気付かないフリをしてたの…」

「2人となにか…」

「ううん…2人はなにも変わらないよ…穂乃果ちゃんも海未ちゃんも」

「じゃあ、なにが…」

「…穂乃果ちゃんのことは、ことりが一番知ってると思ってた…」

「えっ?」

「穂乃果ちゃんのいいところも、ダメなところも、全部知ってるって思ってた…。でも…違った…勘違いしてた。穂乃果ちゃんがいて、海未ちゃんがいて…その2人をずっと見てきたつもりなんだけど…見てただけだったんだね…」

「…どういうことですか…」

「例えばだけど…この間、穂乃果ちゃん、ダイエットしたでしょ?」

「はい…花陽も一緒に…」

「あ、そうだったね…」

ことりは少しだけ、微笑んだ。

その表情のまま、言葉を続ける。

「穂乃果ちゃんが太った…って真っ先に気付いたのは…海未ちゃんなんだよ」

 

「!」

その瞬間なんとなく、ことりの言わんとしてることを理解した。

 

「ランニング中に、ご飯食べてたのを見破ったのも…海未ちゃん。それで、その時言われちゃったんだ…『ことりは穂乃果と何年付き合ってるんですか』…って」

「それは…その…言葉の綾かと」

「ううん、その通りだと思った。…何年一緒に過ごしてきたんだろう…ことりはずっと、穂乃果ちゃんの背中ばかりを追いかけてきた。背中ばっかり見て…いつからか、正面から向き合えなくなってたの」

「…ことりちゃん…」

「μ'sだって、自発的に始めたわけじゃなくって…でも穂乃果ちゃんに引っ張られて、必死に付いてきた。それが今までは普通だった。…でも、あるとき、これじゃいけない!って思って…。ことりが頑張れることはなんだろう、負けないことはなんだろう…って」

「それが衣装作り?」

「うん」

「あの時の言葉、花陽も覚えてます。確かにこちゃんと作業してたときですよね…」

 

 

 

…今までだってそうだけど…私はみんなが決めたこと、やりたいことに…ずっとついていきたいの…

…道に迷いそうになることもあるけれど、それが無駄になるとは私は思わない…

 

…ふん、主体性がないだけじゃない!…

 

…にこちゃん!そういう言い方、良くないよ…

 

…ううん、いいの。にこちゃんの言う通りだから。でもね、だからこそ、これは私がやらなきゃ!って思ってるの…

 

 

 

「花陽はあの時の『だからこそ、これは私がやらなきゃ!』って言葉に強い意思を感じました…」

「この間ね…夢をみたんだ」

「夢?」

「ことりと花陽ちゃんが、悪い敵に襲われて…それを助けにきてくれたのが、プリキュアになった穂乃果ちゃんと海未ちゃんだったの…変なお話でしょ?」

「でも、夢ってそういうものじゃないですか?脈略がないというか…」

「うん、それはそうなんだけど…夢の中でも穂乃果ちゃんと海未ちゃんに助けられてる自分が、ちょっと情けなくなっちゃって」

「考えすぎです」

「そうかな…」

「…ことりちゃんが、そんな風に思ってるなんて、意外でした…」

「か、勘違いしないでね?ことりが勝手に思ってるだけだから。ただ、2人に頼りっぱなしはやめよう…って思って」

「少しだけ違うと思いますよ」

「えっ?」

「逆に穂乃果ちゃんと海未ちゃんは、ことりちゃんのことを頼ってる思います」

「ことりのことを?」

「ことりちゃんがいて…いつも暖かく見守ってくれてるから、穂乃果ちゃんも無茶出来るし、海未ちゃんも厳しいことが言える」

「…」

「ことりちゃんがいなかったら、穂乃果ちゃんの逃げ道がなくなっちゃうよ」

「花陽ちゃん…」

「ことりちゃん、あの時、言いました…『ひとりひとりに役割がある』って…。だから、無理してことりちゃんが海未ちゃんになる必要はないと思います」

「花陽ちゃん…」

「ことりちゃんは、ことりちゃんのままでいいと思います…なんて…」

「ことりのお姉ちゃんみたい…」

「あっ!つい、偉そうなことを…」

「ううん、ありがとう…」

「実は…花陽もことりちゃんと同じようなことを考えてました。いつまでも凛ちゃんに頼ってちゃいけない…って。だから…偉そうなことは言えないんですけど」

「同じだね」

「同じですね」

「うふふ…」

「えへへ…」

「花陽ちゃんの悩みを訊くはずだったのに、ことりの話を聴いてもらっちゃったね…」

「花陽はことりちゃんのお役に立てれば、それだけで嬉しいですよ。だから、いつでも」

「花陽ちゃんもだよ?ひとりで抱え込んじゃダメだよ?」

「は、はい!」

「じゃあ…約束…」

ことりは、右手を差し出した。

それに応えて、花陽も右手を出す。

固い握手を交わす2人。

 

だが次の瞬間、ことりは握った手をグッと手前に引き寄せた。

花陽の身体の重心が、前へと移動する。

それを抱き止める、ことり。

 

「!」

「ごめんね、花陽ちゃん…変なことはしないから、しばらくこのままでいて…」

「ことりちゃん…」

「花陽ちゃん…大好き…。妹みたいに可愛くて、お姉さんみたいにしっかりしてて…ことりの心のオアシスだよ」

「ことりちゃん…それは、花陽が思ってることです。可愛くて、スタイルが良くて、優しくて、器用で、お茶目で…。花陽は、ずっとことりちゃんみたいになりたい!て思ってましたよ…」

「嬉しい…花陽ちゃんがそんな風に想っててくれたなんて…」

「はい、花陽もことりちゃんのことが大好きです!」

「凛ちゃんよりも?」

「…えっ?…それは…」

「…ごめんね、ちょっと意地悪だった?…」

「…はい…較べられません…」

「わかってるよ。ことりだって、花陽ちゃんと穂乃果ちゃん、海未ちゃんを同列にはできないから」

「ですよねぇ…」

「だけど、たまにはこうやって、ギュッとしていい?凛ちゃんに怒られちゃうかな?」

「訊いてみます?…」

「意地悪…」

「さっきのお返しです」

「あ!ふふふ、お返しされちゃった…」

「はい」

「あ~ん、もうひとり、花陽ちゃんがいないかなぁ…」

「えっ?」

「一家に一台、花陽ちゃん。癒されると思うなぁ…」

「花陽は家電ですか!?」

花陽が突っ込みを入れながら笑った。

「あとね…花陽ちゃんは無理してダイエットなんかしなくていいのに…」

「えぇ~!気を付けないと、おデブさんになっちゃいますよ」

「大丈夫だよ。花陽ちゃんは全然太ってないよ。ただちょっとプニプニしてるだけ」

「なんか矛盾してます…」

「そうかな?」

「花陽は、ことりちゃんみたいなウエストに憧れてるのにぃ…」

「それじゃ、花陽ちゃんじゃなくなっちゃうよ。プニプニしてない花陽ちゃんは、ダメだよ。ことりが許さないから」

「うぅ…」

「ことりは花陽ちゃんの、女の子らしい柔らかさに憧れるけどな…」

そう言ってことりは、花陽の頬を突っつく。

「慰めはいいです…」

花陽はプクッと頬を膨らませた。

 

それを見て

「やっぱり可愛い…」

再びことりは呟いた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その9 ~名付け親の想い~

 

 

 

 

 

「ただいま~」

穂乃果が家に帰ってきた。

手には海未と選んだケーキの箱。

脱いだ靴も揃えず、階段を駆け上がる。

そして、妹の部屋の前…。

 

「雪穂、いる?」

「あ、お姉ちゃん?お帰り!」

 

その声を聴いて、勢いよくドアを開ける穂乃果。

 

「改めて合格おめでとう!これ、お祝いのケー…」

そこまで言って初めて気付く。

部屋に、もうひとり、いることを…。

 

「穂乃果さん! お邪魔してます」

「いらっしゃい、亜里沙ちゃん!」

 

…って、いたのね…

 

 

 

雪穂の視線が、ケーキの箱に行く。

 

…少しは気を使ってよ…どうせ、私の分しかないんでしょ?…

 

…たははは…亜里沙ちゃんがいたの、知らなくて…

 

…玄関に靴があったでしょ?…

 

…急いで上がってきたから、見てないよ…

 

…だからお姉ちゃんはガサツって言われるんだよぅ…

 

…えぇ!?穂乃果は雪穂の為に、急いで帰ってきたのに…

 

 

 

努力と好意が報われない、姉。

それがわかっていながら、つい悪態を突いてしまう、妹。

 

以心伝心…とまではいかないが、声を出さずに、身振り手振りで会話する2人を、亜里沙は不思議そうな顔で見ていた。

 

 

 

「あ、亜里紗ちゃんも合格おめでとう!」

「えっ?あ!ありがとうございます!」

「ゆっくりしていってね!」

「はい!」

 

 

 

…じゃあ、雪穂、ケーキは下に置いとくね…

 

…う、うん…とりあえず、ありがとう…

 

 

 

今度は目と目で会話をした2人。

なんだかんだ言っても、仲がいい姉妹である。

 

 

 

「あの…」

「ん?なになに?」

自分の部屋に行こうとした時、穂乃果を亜里沙が呼び止めた。

「時間があったら、亜里沙のダンス、見てもらっていいですか?」

「えっ?」

「μ'sの曲です!もう5曲、マスターしました!」

「5曲目も!すごいね!…うん、じゃあ見せてもらおうかな…」

「やった!えっと、どれにしようかな…」

10秒ほど考えてから

「μ's…ミュージックスタート!」

と言って、音楽プレイヤーを再生して踊り始めた。

 

 

 

…!…

…『僕らのLIVE 君とのLIFE』…

…絵里ちゃんと希ちゃんが加わってからの…9人で踊った初めての曲…

…もうすぐ、いなくなっちゃうんだね…3年生…

 

 

 

「どうですか?練習したんです!」

息を切らせながら、亜里沙が訊く。

「うん!バッチリだったよ!」

「本当ですか?嬉しいです!」

「敢えて言うなら…おしりを振るとこは、もう少し大胆にした方がいいけど…最初は恥ずかしいよね…」

「はい!」

「えへへ…」

「あの、私…」

「?」

 

 

 

「μ'sに入っても、問題ないですか? 」

 

 

 

「!」

 

 

 

戸惑った表情をして答えに詰まった穂乃果を、妹がフォローする。

「…亜里沙、お姉ちゃんは本番直前なんだから、あんまり邪魔しないの」

「Oh…」

「あ、こっちこそ…。2人の邪魔しちゃ悪いから、向こうに行くね!じゃあ、ゆっくりしていって」

「は、はい…」

 

 

 

…雪穂、サンキュー…

 

…どういたしまして…

 

 

 

穂乃果は来たときとは逆に、静かにドアを閉めた。

 

 

 

「おしりはもっと大胆に!ですね?…こうかな?」

「そっち向いてやると、パンツ丸見えだよ」

「ハラショー!」

「ハラショー?」

「じゃあ、こうかな?雪穂も明日、ここのを練習しよう!」

「う、うん…あのさ、亜里沙…」

「なに?」

「亜理沙は、μ'sのどこが好きなの?」

「えっ?」

「どこが一番好きなところ?」

「…雪穂?…」

 

 

 

 

 

翌日…。

 

運動部がいない時間を狙って、校内のグランドでウォーミングアップをするμ's一同。

 

「じゃあいくわよ~!次はトラック3周!」

「はいっ!」

絵里の掛け声、メンバーの返事が、貸し切り状態のグランドに木霊する。

「…とは言ったものの、ランニングが一番キツいね…」

と、ゆっくり走り出しながら、穂乃果。

「凛も短距離は得意だけど、長距離は好きじゃないにゃ…」

「…それより、どうするのよ、昨日の話…。3年生に訊くの、訊かないの?」

「でも、真姫ちゃん…本大会が終わるまではダメだって…」

「じゃあ、花陽はこのまま黙ってるつもり?」

「そういうわけじゃないけど」

「続けなさいよ!」

「にこちゃん!」

真姫たちは小声で話していたつもりだが、にこには聴こえていたようだ。

「地獄耳ね」

「ふん!どうせ、アタシたちが抜けたあと、μ'sをどうするか…なんて、くだらないことを話してたんでしょ?」

「くだらない…って」

ムッとする真姫。

「メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく、それがアイドルよ」

「にこちゃんの考えはブレないわね」

「当たり前じゃない!そうやって名前を残してくれたほうが、卒業していくアタシたちだって嬉しいの!だから…うわっ!!」

余所見をしながら走っていた、にこ。

目の前に立ち止まっていた希に気付かず、その豊かな胸にぶつかり『ぼよ~ん』と撥ね飛ばされた。

 

…エアバッグみたいにゃ…

…いや、むしろ、あれは凶器です…

 

希の武器に呆れる、凛と海未。

「痛いじゃない!」

にこが叫ぶ。

「その話はラブライブが終わるまで、しない約束やったやん」

「わ、わかってるわよ!」

「今はラブライブに集中…でしょ?」

絵里も嗜める。

「本当にそれでいいのかな?」

「花陽?」

「だって絵里ちゃん…亜里沙ちゃんもμ’sに入るつもりでいるんでしょ?ちゃんと答えてあげなくていいのかな?…もし私が同じ立場なら…やっぱりハッキリさせて欲しいと思うし」

「かよちんはどう思ってるの?」

「え?」

「μ's続けていきたいの?」

「凛ちゃん…それは…続けたいよ。花陽は、まだまだみんなと一緒にいたい!…だけど…」

花陽はチラッとにこの顔を見た。

「なに遠慮してるのよ?続けなさいよ!メンバー全員入れ替わるわけじゃなく、アンタたち6人は残るんだから」

「遠慮してるわけじゃないです。今後のμ'sをどうするか…この件はみんなで一回話し合いました。でも結論は出なくて…。私たちにとってμ'sはこの9人であって、1人欠けても違うんじゃないか…って意見もあるし…」

「私もそう思う。3年生がいなくなったメンバーで、μ'sって名乗りたくないもの…。でも、にこちゃんの言う事もわかる。μ'sという名前を消すのはツラい…だったら続けていったほうが良いんじゃないかって…」

「真姫、それでいいのよ」

「えりちはどう思ってるん?」

「私は決められない…。それを決めるのは、穂乃果たちなんじゃないかしら」

「絵里ちゃん…」

「私たちは必ず卒業するの。スクールアイドルを続けることはできない。だから、そのあとのことを言ってはいけない…私はそう思ってる。決めるのは穂乃果たち…」

「そうやね…」

「希は?」

「ウチ?」

「そうよ、アンタがμ'sの名付け親なんだから」

「にこっち…。う~ん、ウチはどっちでもいいんやけどなぁ」

「はぁ?どっちでもいいって」

「怒らんといて!…確かにウチにとってのμ'sはこの9人以外、考えられないんよ…。でも、それに拘るのは、ウチらが卒業するまでのこと。…それから先は、えりちの言う通り、穂乃果ちゃんたちが決めることやと思う。もし、μ'sと言う名前が代々引き継がれて…それが音ノ木坂の代名詞みたいになったら…それはそれで名付け親として、光栄なことやと思うしね」

「なるほど…希の言い分も一理ありますね…。はぁ、3人に訊けば答えが出るかと思いましたが…」

「決まらなかったね」

海未もことりも苦笑いするしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

その日の夜…。

 

穂乃果の部屋をノックしたのは、雪穂。

「お姉ちゃん、入るよ?…」

「うん…」

「…元気ないね…具合悪いの?」

ベッドの上に仰向けになって、ボーッとしている姉に、妹が声を掛けた。

「うん、大丈夫…。ただ、ちょっと悩み事というか、なんというか…」

「ひょっとして…μ'sのこと?」

「…」

「隠さなくてもいいよ…実はそのことで話があるんだけど、ちょっといいかな?」

「え?」

「失礼します」

雪穂の後ろから現れたの、絵里の妹だった。

「あ、亜里沙ちゃん!えっ?雪穂、いるならいるって言ってよ?…なに、ダンスの披露?今日はなんの曲?」

「いえ、そうじゃないんです…。穂乃果さん!あの…私…」

「?」

 

 

 

「私、μ'sに入らないことに決めました」

 

 

 

「!」

 

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

 

キョトンとする穂乃果を尻目に、宣言をした亜里沙の顔に悲壮感はない。

むしろ少し晴れやかな表情に見えた。

 

そして、雪穂も。

優しく、穏やかに、亜里沙の顔を見つめていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その10 ~急用?休養!~

 

 

 

 

「あの2人がそんなことを…」

「そうなんだよ、ことりちゃん。ちょっと、ビックリしちゃった」

「穂乃果より、よっぽど大人ですね」

「確かに…返す言葉がない。我が妹ながら、たいしたものだね…」

 

…部室…。

 

穂乃果は昨晩の出来事を、振り返っていた。

 

 

 

 

 

昨晩、亜里沙は言った。

 

「雪穂に言われてわかったんです。私…μ'sが好き…9人が大好き…みんなが一緒に一歩ずつ進む…その姿が大好きなんだって。私が大好きなスクールアイドルμ'sに…私はいない!…だから、私は…私のいるハラショーなスクールアイドルを目指します!雪穂と一緒に!」

「雪穂と一緒に?」

穂乃果は、亜里沙の隣に立つ妹を見た。

「だから、いろいろ教えてね、お姉ちゃ…じゃない…穂乃果先輩!…なんてね…」

ペロッと舌を出す雪穂。

 

「…」

 

「あれ?まさかのノーリアクション?」

 

呆気に取られて、言葉を失う姉。

少し間を置いてから

「ううん、ごめん…ちょっと予想してなかったから…。あ、でも…そうだよね!?当たり前のことなのに…わかってたはずなのに…」

と穂乃果は自問自答した。

 

だが雪穂と亜里沙は、その言葉の真意がわからない。

「お姉ちゃん?どうかした?」

「ううん、なんでもない。そっか…雪穂、亜里沙ちゃん…頑張ってね!」

「うん!」

「はい!」

 

 

 

 

 

「『私が大好きなμ'sに、私はいない』…か…」

「なんか、哲学的な言葉だよね」

真姫の呟きに、花陽が答える。

「新入生2人は結論を出した。次は私たちの番ね」

「そうだね、真姫ちゃん。早くスッキリして、ラブライブに集中するにゃ~!」

凛は大きく両腕を突き上げて、力一杯叫んだ。

「あ、凛ちゃん、いい事言った!」

穂乃果はポンッと手を叩いて、なにか閃いた様子。

「にゃ?」

「スッキリしようよ!?みんなで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「休みの日くらい、ゆっくりさせなさいよ!」

「なにか急用?いきなり呼び出して…なにをするつもり?…」

「休養日やなかったん?」

 

今日は日曜日。

時刻は朝の9時を少し回ったところ。

にこ、絵里、希が不満を口にするのも、やむを得ない。

 

「うん、今日は休養日だよ。だから…」

 

「思いっきり遊びま~す!」

穂乃果が、声高らかに宣言した。

 

「はぁ?遊ぶって…」

「今日一日、楽しいことをいっぱいして、身も心もリフレッシュ!」

「一日、遊ぶの?逆に疲れそうじゃない!」

「いやいや、にこちゃん!たまには気分転換も必要でしょ?なにもかも忘れて、パーッと騒いで…楽しい!って気持ちをたくさん持って、ステージに立ったほうがいいし!ね?海未ちゃん」

「そ、そうですよ。穂乃果にしては正論かと。ことりはどう思います?」

「いいんじゃないかな?今日はとっても暖かいし」

「遊ぶのは、精神的な休養って本で読んだことがあります」

「花陽の言う通り。家に籠っててもストレスは発散できないでしょ!?」

「にゃ~!」

 

「どうしたの、みんな…」

「なによ、気持ち悪い…」

「今日はやけに強引やね…」

と絵里、にこ、希。

 

「えへへ…本当言うと…ほら、μ's結成してから、みんな揃って『ちゃんと』遊んだことないでしょ?一度くらいは、いいかなぁ…って 」

穂乃果の言葉に頷く、海未、ことり、花陽、真姫…そして凛。

 

…なるほど…つまり…想い出作り…やね…

 

「そういうこと?…仕方ないわねぇ!それなら、アタシが付き合ってあ…」

「でも、遊ぶって何するつもり? 」

「絵里!まだアタシが喋ってる!」

「お約束にゃ…」

「そうだねぇ…みんなはどこ行きたい?」

「穂乃果ちゃん、凛はラーメン!」

「花陽はご飯!」

「ことりはスイーツ!」

「ウチは焼き肉!」

「ハラショー!」

「ハラショー!じゃないわよ!行くわけないでしょ!まだ、朝の9時!」

「にこの指摘はもっともです」

冷静な海未。

 

「お昼ご飯は、またあとで考えるとして…他に行きたいところは?」

「はい、穂乃果ちゃん!凛は遊園地で遊びたいにゃ!」

「子供ねぇ…私は美術館がいいわ」

「真姫ちゃん、大人…。それなら、花陽は、まずアイドルショップに!」

「アダルトショップ?」

「いや、希ちゃん…アイドルショップ…」

「あ、アタシもそこに一票!」

「どうせなら、普段行けないとこがいいんやない?」

「例えばどこよ?」

「ラブホテ…」

「希!!」

「興味あるにゃ!」

「破廉恥です!希も凛も破廉恥過ぎます!」

冷静…じゃなくなる、海未。

「ほら、そういうこと言うから、こうなる…」

にこが希を睨みつける。

希はうん、うんと頷いて笑っている。

 

「それにしても、みんな行きたいとこがバラバラやね…どうするつもりなん?」

そう訊かれて穂乃果が出した結論…。

 

 

 

それは…

 

 

 

「ん~…じゃあ、全部!!」

 

 

 

「えぇ~!?」

「行きたいところ全部行こう!」

「本気!?」

「うん、にこちゃん!本気と書いてマジだよ!みんなが行きたいところを、全部行こう!」

「なにそれ?意味わかんない!」

「時間の許す限り…日が暮れるまで遊びまくろう!」

「面白そうやん!今から9ヶ所?超弾丸ツアーやね」

「しょうがないわね 」

「絵里!それはアタシのセリフ…」

「ようし、全力で遊ぶにぁ~!」

 

 

 

「μ's…出発進行!!」

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その11 ~対決~

 

 

 

 

 

 

「では、近いとこから…にこちゃんと花陽ちゃんのリクエストからスタートしよう!」

 

…ということで、まずはアイドルショップに来た一同。

 

 

「すご~い!これ全部μ'sだぁ!μ'sだよ!」

穂乃果は嬉々とした表情で、陳列されている商品を眺めた。

「声が大きいわよ!」

にこが穂乃果に注意する。

「ん?」

「気付かれたら、大騒ぎになるじゃない!」

「そ、そっか…」

開店して間もないこともあり、まだ客は少ない。

それは、ある意味、彼女たちにとってラッキーだった。

 

にこが心配するのも無理はない。

今日はサングラスもマスクもしていない。

すっぴんなのだ。

μ'sのグッズを目当てに訪れる客に、バレぬハズがない。

これだけの人数…つまり全員で『ご本人登場』となれば、この場がパニックになるだろう。

そして、それは、その後の行動にも支障が出る。

 

だが、通い馴れていないメンバーは、自分たちの知らないところで、これだけ人気になっていることに対し、やはり興奮を隠せないでいる。

 

「わぁ~、私がこんなに沢山…恥ずかしすぎます!」

「…と言いながらも、海未ちゃん、ウチワやポスターを念入りにチェックしてるにゃ」

「凛!ち、違います!そんなつもりじゃ…」

「別に隠さなくてもいいのに。凛だって、嬉しいような、恥ずかしいような…。まさか、ここまでになってるとは思ってなか…えっ?なにこれ!『花陽ちゃんのおにぎり』?…さすが、アキバのお米クイーン!タイトルホルダーは違うにゃ」

 

 

 

…ところで、これって肖像権とかどうなってるのかしら…

 

至極当然の疑問を持ったのは絵里。

 

因みに…

訴えたら勝てる可能性が高いと思われる…が…見方を変えれば『無償で』μ'sの広報活動をしてくれている…と言えなくもない。

※少なくとも彼女たちが、宣伝に対する支払いをしている訳ではない。

 

プライベートな姿を狙われたなら別だが、衣装を着ている写真ならギリギリでセーフでなのだろうか。

 

要はμ'sが、これを容認するかしないかである。

 

 

 

「売り場面積は…A-RISEと同じくらい?肩を並べるくらいには、なったのかしら?」

「絵里、甘いわよ。向こうは3人。アタシたちは9人。つまり、あと3倍の面積で、やっと同等レベル…ってこと」

「地区代表にはなれたけど、まだまだってわけね」

「その通り!だから真姫、必ずμ'sを続けて、A-RISEを抜きなさいよ!」

「う、うん…」

「あれ?ことりちゃんは?」

「希もどこに?」

「…って、ちゃっかり、なにか買ってるし!」

「希も!」

穂乃果と絵里がレジに並んでる2人を見て笑った。

「かよちんもいないにゃ…」

「あそこじゃない?」

にこが指差す。

 

…『超伝伝伝・完全版』予約受付中?…

…こっちは『愛ドールマスター特別版』…

…果たしてどっちを買ったらいいのでしょう…

 

花陽は自分たちのグッズより、趣味に意識が飛んでいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイドルショップに続いて訪れたのは…

 

「え~!?絵里ちゃん、ゲームセンターに行ったことないの~?」

「穂乃果!そんなに驚かなくても…ゼロではないのよ、ゼロでは。でも生徒会長として、そういうとこに行くのは…」

「アンタ、どれだけ真面目なのよ!」

「じゃあ、次はゲームセンターね!」

 

…ということになった。

 

 

 

「穂乃果!勝負よ!」

「!」

「アタシはあの時の屈辱を忘れてないんだから…リベンジよ!」

「にこちゃん!このダンスのゲームのことだね?よ~し、返り討ちにしてみせるよ」

「思い出すねぇ…あれはリーダーを誰にするか決める時だっけ?」

「そうにゃ!カラオケ対決したり、ビラ配りしたり…」

「にこは全敗でしたね?」

「海未!違うわよ!それじゃ、アタシが全部最下位だったみたいじゃない?」

「似たようなものでしょ?」

「真姫、言ったわね!?あの時はブランクがあって…」

「始まってるわよ…」

「ぬわっと!」

にこは慌てて、リズムに合わせてステップを踏む。

 

ハッ!

 

ほっ!

 

ヨッ!

 

ふんっ!

 

アッ!?…

 

えいっ!

 

 

さすがラブライブ本大会出場チームのリーダー。

さすがμ'sが所属するアイドル研究部の部長。

両者、相譲らず…。

 

 

 

結果は…

 

 

 

「あ~…負けたぁ!!」

「うっふふ~ん♪これで宇宙No.1ダンサーはア・タ・シ・よ!」

 

…穂乃果、最後、手を抜きましたね…

 

「どう?真姫…って、見てないし!」

 

 

 

ガシッ!

バシッ!

バンッ!

ビシッ!

 

 

 

「なんの音!?」

にこと穂乃果と海未が、その方向に目を向ける。

そこには真姫、ことりと凛、そして花陽が、ある闘いに見入っていった。

 

「エアホッケー!?」

 

「絵里ちゃん、強いにゃ…」

「ロシアはホッケーの本場だもんね!」

「花陽、エアホッケーは関係ないんじゃない?」

 

 

 

ガコン…

 

 

 

「やった!」

「ありゃりゃ…でも、まだまだ。勝負はこれからやん!」

「いくわよ、希!」

「ここは負けんよ!」

 

えいっ!

 

ていっ!

 

そこっ!

 

甘い!

 

カウンター!?

 

 

 

…ガコン…

 

 

 

「よしっ!これで再び1点差に詰め寄ったやん!」

「希、ハラショーです!」

 

「花陽ちゃん、2人ともすごいね…」

「うん、ことりちゃん…早くて目が追い付かない…」

「希ちゃんも負けてないにゃ…」

「なんか、アンタもやりたそうじゃない…」

「べ、別に…私は…あ、にこちゃ…」

 

 

 

ビュン!

 

 

スコーン…

 

 

 

「パックが飛んだ…」

「そして、にこに直撃しましたね」

「お約束にゃ」

 

「アンタたち、アタシを殺す気!?」

 

「じゃあ、今のノーカウントで!」

「どっちからやったっけ?」

 

「こらこら、少しは心配しなさいよ!」

 

 

 

「これもお約束にゃ…」

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その12 ~ピカソより、ゴッホより…~

 

 

 

 

「わーい、ペンギンさんだ!」

「ヨチヨチしてて可愛いねぇ」

 

 

 

次に訪れたのは動物園。

 

 

 

…アルパカペアは、ここでも意気投合やね…

 

希は優しさ半分、羨ましさ半分という気持ちで2人を見ている。

 

 

 

「ピヨ、ピヨ…」

「え~、ことりちゃん、ペンギンさんはピヨピヨって鳴かないんじゃないかな?」

「じゃあ…チュン、チュン?」

「それも違うような…」

「ことりちゃん、花陽ちゃん、ウチが正解を教えてあげるよん!」

 

…ここら辺でウチをアピールしておかないと、花陽ちゃんに忘れらちゃうからね…

 

「ズバリ…『ブフォフォ~~~』」

「うそ?象さん?」

「ラッパ?」

 

 

ブゥォ~ブフォフォ~

 

 

「うわっ、本当にそうだ!」

「ペンギンさんて、あんな鳴き声なんだね…」

「希ちゃん、物知りだねぇ!」

「あれ?言わなかったっけ?ウチ、ペンギンと一緒に南十字星を見たって!」

「あっ!」

 

班が違ったので直接聴いたわけではないが、それは合宿の時、海未と凛に、希が語った話だ。

 

 

ことりと花陽は、顔を見合わせて言った。

「あれって本当だったの?」

 

ふふふ~ん…とドヤ顔の希。

 

…アピール成功!…

 

「さて、えりちたちは…お、あんなとこに…」

3人は、絵里たちがいるところに移動した。

「フラミンゴ?」

「穂乃果ちゃん、みんなで並んで、なにしてるん?」

「片足立ち…フラミンゴの真似だよ。よっと…とっ、とっ…」

 

そんな中、見事なバランスで微動だにしないのは、絵里。

 

「おお~~!!!!! 」

「さすが片足立ちのプロですね !」

海未は感嘆の声。

「アタシだって、それくらい…よっ!」

「にこちゃん、それじゃ『シェーッ!!』に、なってるにゃ」

 

あははは…

 

「どうせ、アタシはオチ担当よ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボウリング場…。

 

学年別に分かれ、3チームの対抗戦。

しかし、ここでも、絵里の独壇場だった。

 

 

 

9フレームを終わって、フルマーク…いやオールストライク。

 

もう他のメンバーも、自分のスコアには興味ない。

固唾を飲んで、投球を見守る。

 

 

 

 

…ボウリング初挑戦やって言ってたけど…ビギナーズラックでは片付けられんね…

…えりち、恐るべし!…

 

希は親友の潜在能力の高さに、驚きを隠しきれなかった。

 

 

 

迎えた、10フレーム…。

 

 

 

1投目…ストライク!

2投目…ストライク!

 

そして…3投目…

 

 

 

「パンチアウトぉ~!!」

メンバーは自分のことのように、飛び上がり、抱き合って喜んだ。

 

 

「ボウリングって楽しい~!!」

 

 

 

「ハラショー…」

いつもは絵里が言う決めゼリフ。

この瞬間だけは、メンバーが使うこととなった。

 

 

 

スタッフに導かれて、記念撮影。

 

 

 

‐パーフェクト達成者 絢瀬絵里さんとその友人‐

 

 

 

 

みんな笑顔で写真に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シブリアーノ・センティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ』 …なんやって」

 

美術館に移動した一行。

 

絵里ばかりに活躍させじ…と希が自慢気にメンバーに教える。

 

「それがピカソの本名にゃ?」

「希は本当に博学なのですね。前も落語の『寿限無』を語っていましたし…」

凛と海未…合宿で一夜をテントで共にした2人。

希が語った南十字星の話は、未だ半信半疑でいるが、ここまで色々な知識を披露されると、まんざら嘘でもないのでは…と思えるようになってきた。

 

「因みに、ちゃんと意味があって『小さな使徒よ お前は神が与えた人間である 神の恵みである 聖母マリアの救いである 渦巻く三位一体 それはキリスト教徒の戦いである…ツルハシ便利』」

「ツルハシ?」

「便利?」

その説明に、メンバーが口々に疑問符を投げ掛ける。

「まぁ、そこは説明が必要なんやけど…それはまた、別の機会に…ね」

「希ちゃんはピカソが好きにゃ?」

「ウチ?ウチが好きな画家は…ダリなんよ」

「ダリ…って誰?」

「にこちゃん、寒いにゃ…」

「そんなつもりじゃ、なかったんだけど」

「希はダリですか。私はマグリットです」

 

…希も海未も、やはり少し変わってるわ…

 

真姫は『自分の理解を越えた性格の2人』が、シュールレアリズムの画家を選んだことに、なんとなく納得した。

 

「真姫ちゃんは、誰が好きなん?」

「えっ?私?私は…ミケランジェロかしら」

「ことりはモネかな」

「あ、わかります!花陽もモネは好きです!」

「柔らかなタッチがいいよね?」

「はい!」

「私は…ドガね」

「えりちはドガなんやね。バレリーナの絵が多いから?」

「そうね。単純かしら」

「いいんやない、それは人それぞれやし」

「画家の好みひとつでも、結構性格が出るわね」

「穂乃果ちゃんは?」

「えっ?」

ことりの急な『フリ』に、一瞬焦る穂乃果。

「わ、私は…イルカの絵を描く人…」

「ラッセン?」

「そう、その人…ラッセンが好き!」

 

 

 

…ここにきて、まさかの芸人ネタ?…

 

…しかもビミョーに古いにゃ…

 

 

 

にこと凛が、穂乃果に冷たい視線を送る。

ことりと花陽、それに希は苦笑い。

 

絵里、海未、真姫は「なにかあった?」と言う顔をしている。

 

どうやらそれは、当の本人も同じようで

「穂乃果、変なこと言った?」

と訊いた。

 

 

 

…ネタじゃないのかい!…

 

…なお、たちが悪いにゃ…

 

 

 

ギャグには厳しい、2人だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その13 ~電車でGO!~

 

 

 

 

 

その後9人は、寺院や遊園地などを周り、弾丸ツアーはいよいよ終わりを告げようとしていた。

 

「地元に住んでても、行ったことがないところが、結構あるのね」

にこたちは遊園地をあとにして、駅へと歩を進めている。

「そうやね…。知ってた?最後に乗った遊園地のタワー…」

「あのゴンドラで上に吊られて、グルッと1周するやつ?」

にこは立ち止まり、園外からでも見える、その構造物に目をやる。

「あれなぁ…近いうちに取り壊されるんやって…」

「なくなっちゃうの?」

「うん、花陽ちゃん…残念やけどね」

「…なら、このメンバーで乗ったのは、最初で最後ってことね」

にこはその遊園地のシンボルを、感慨深げに見た。

「え~、まだ先の話でしょ?最後だなんて言わず、また来ようよ!」

「そうですね。卒業しても会えないわけじゃないのですから」

「むしろ、これからの方がいっぱい遊べるよ!」

「穂乃果、海未、ことり…」

にこがそれぞれの顔を見回す。

3人は黙って首を縦に振った。

「し、仕方ないわねぇ!アンタたちがそう言うなら、付き合ってあげてもいいわよ」

「うん、約束だよ!」

と穂乃果。

「…って、なにこの雰囲気…。こんな話をしたら、湿っぽくなるじゃないの!今日はパーッと騒ぐんでしょ?次はどこ?さっさと移動するわよ!」

「そうですね。…とは言え、そろそろ時間も時間ですし…これが最後かと…」

海未が時計をチラッと時計を見た。

 

 

 

「最後は、海を見に行こう!」

 

 

 

唐突な穂乃果の言葉。

 

 

 

「そうだ、海に行こうよ!」

「園田海未に行こうよ?…私ですか?」

と海未。

「その件(くだり)はもういいにゃ!」

「失礼しました…。ですが、今から海って…お台場にでも?」

「ううん、そんなとこじゃなくて…もっと、誰もいない静かなところ…。9人しかいない場所で、9人だけの景色が見たい…ダメかな?」

「ダメも何も…行くと言ったら、行くのでしょう?」

「えへへへ…」

海未は呆れがらも、反対はしなかった。

「本当に今から行くの?」

「行けるとこまで行ってみようよ!」

「穂乃果…」

絵里もまた、それ以上は言わなかった。

この状況では、なにをどう言っても変わらない。

わかってることだった。

「凛は賛成にゃ!夕陽が沈む海岸…見てみたいにゃ!」

「行けるところまで…って、冒険みたいでワクワクするね」

「…とか、のんびりしたこと言ってると置いてくわよ!」

「ぴゃあ!」

にこが花陽の脇を抜け、一目散に走り出した。

「にこちゃんズルい!」

穂乃果があとを追う。

 

…あ、このシチュエーションは…

 

穂乃果は自分がμ'sを続けるか否かでグズグズしてた時、にこに階段ダッシュの勝負を挑まれた時のことを思い出した。

 

…あの時も、にこちゃんがフライングでスタートしたんだっけ…

…途中で転んじゃって…勝負自体が流れちゃったけど…

…にこちゃん、ありがとう!…

…にこちゃんがいてくれなかったら、μ'sはここまで続かなかった!…

…高坂穂乃果はここにいなかった!…

…本当にありがとう…

 

あの時とは真逆の気持ち。

もっと、もっとこのメンバーで続けたい!

必死に、にこの背中を追う穂乃果。

 

 

 

「さぁ!2人を追いますよ!」

「走るの?」

少し面倒そうに訊く真姫。

「それは走るしかないやん!」

「ハラショー!こうなったら、とことん付き合うわよ!」

「はぁ…」

とため息を吐いたあと、真姫も走り始めた。

「ことりちゃん!かよちん!負けずに行くにゃ~!」

 

にこと穂乃果のあとを、海未が…希が…絵里が…そして、真姫、凛、ことり、花陽が追いかける。

 

…まったく、いつも勝手に走っていくのですから…

 

海未はそう思いつつも、それはそれで悪い気がしなかった。

 

 

 

 

 

《危険ですから、駆け込み乗車はおやめください…》

 

駅までダッシュしてきた9人は、そのアナウンスを聴いてスピードを緩めた。

 

「意外と…距離が…あったわね…」

「にこちゃんが…急に…走り出すから…」

「アンタが…時間との勝負とか…言うから…」

「違うよ…それは…花陽ちゃんだよ…」

「どうでもいいにゃ…喉、乾いた…」

にこ、穂乃果…そして、凛が息を切らせながら、ホームへの階段を降りていく。

「うん、なにか飲もう」

3人は自販機でジュースを買って、ひと息をついた。

 

その間に海未たちも降りてきた。

「みんな、この電車に乗ってください!」

3人は慌てて来た電車に飛び乗った。

 

「全員いるかな?」

穂乃果が人数確認をする。

「1、2、3、4、5、6、7、8…ひとり足りない!?」

「また、穂乃果ちゃんを置いてきたちゃった?」

ことりが周りをキョロキョロする。

「数えてるのは、穂乃果だよ!」

「あれ、そうだね…じゃあ…誰?」

「1、2、3、4…あ、自分を数えるのを忘れてた!」

「穂乃果ちゃん…」

ことりは苦笑。

これが、にこなら「うぉ~いっ!」と裏拳で突っ込みを入れてるとこである。

 

 

 

地下鉄からJRに乗り換えた一同。

電車は都内を抜け、神奈川県に突入した。

 

川崎、横浜、戸塚…大船…。

 

「ここから先は、三浦方面と湘南方面に分かれますが…」

「日の入は…今日は17時半みたいやから、あと1時間ほどあるね…」

「乗り換えるの面倒だし、このままでいいんじゃない?」

「面倒という理由には納得しませんが、確かに乗り遅れなどがないとは言えませんから」

海未は穂乃果の顔を見る。

「ん?私?」

「いいでしょう、このまま進みましょう!」

 

 

 

《藤沢~、藤沢~》

 

 

 

「ここで乗り換えると、江ノ島に行けます」

「江ノ島かぁ…行ってみたいけど、静かではないよね?」

「まだ、この時間は賑わってるでしょうね」

「じゃあ、もうちょっと先に行こう!」

 

辻堂、茅ヶ崎、平塚、大磯、二宮…

行ったことはなくとも、箱根駅伝ファンなら馴染みの地名(駅名)を、次々と通過していく。

 

そして小田原…。

 

「この先は、もう熱海やん?」

「熱海?意外と近いんだね!」

「温泉旅行のイメージがありますが…特急に乗ればアッという間です」

「温泉入って帰る?」

「さすがにそこまでの時間はありません!」

「え~、ここまで来て…」

「どうせ希は『みんなの裸が見たいとか』言うのでしょ?」

「海未ちゃん、わかってるやん」

「…」

「冗談やって!あ、でも、そろそろ降りないと…さすがに限界やない?」

「そうですね!穂乃果!」

「うん、わかった。じゃあ、次の駅で…」

 

 

 

 

…心の準備は出来てる?…

 

真姫は花陽と凛の目に問い掛けた。

静かに頷く2人。

 

 

 

 

…穂乃果、ことり…

 

…わかってるよ、海未ちゃん…

 

…うん、ことりも大丈夫だよ…

 

2年生組もアイコンタクトで会話を交わした。

 

 

 

電車が駅に着く。

ドアが開き、9人はホームに降りた。

 

夕陽に照らされ、赤く染まったホームは、眩しくもあり、心なしか切なくもあった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その14 ~Angel passed children~

 

 

 

 

 

 

浜辺へと歩いてきた9人。

 

水平線の先に消え行く太陽が、彼女たちのいる空間を金色(こんじき)の光で包み込む。

 

 

 

「うわぁ~~~っ! 」

 

 

 

その絶景に、全員が感嘆の声をあげたきり、しばし言葉を失った。

 

 

 

「ちょうど沈むところにゃ!」 

「凛ちゃん、ベストタイミングだね!」

「そして、本当に誰もいない…穴場スポットにゃ?」

「スピリチュアルやね!」

「アタシの日頃の行いがいいからよ!感謝しなさい」

「はい、はい」

「真姫!なに?そのなげやりな返事は」

「べ、別に…」

「まるで絵はがきを見てるようです」

「うん、海未ちゃん!素敵だね!」

「太陽光線の恵みを、体中で浴びてる感じ…神様のお陰やん」

 

 

 

「合宿の時も、こうして朝陽を見たわね」

「えりち…」

「あの時が始まりなら…」

と、そこで絵里は言葉を飲み込んだ。

もちろん、希はその意味を理解している。

 

…でも、ウチらは、もうひと仕事、残ってるんやからね…

 

…もちろん、わかってるわよ…

 

 

 

「絵里ちゃん、足!」

不意に穂乃果の声。

「えっ!?」

反射的に飛び上がる…が、着地失敗…。

水しぶきが跳ねる。

「波?」

それに気付いて、数歩バックステップした。

「満ちてきてるんだよ…ほら、来た時はあの辺だったもん」

「本当だわ。この時間の海って、あまり来たことがな…きゃあ!」

 

パシャ、パシャ、パシャ…

 

「誰?今、押した人!」

「にこっちやない?」

「アンタでしょ!」

「希!やったわね?」

仕返しとばかりに絵里がアタックする。

それを「ひょい!」と躱(かわ)す希。

目標を失った絵里の両腕が、その先にいた真姫を突き飛ばす。

 

パシャ、パシャ、パシャ…

 

「絵里~!」

「真姫、ごめん…でも、悪いのは…」

「そうね…」

この瞬間、心が通じあった。

 

「行くわよ、絵里!」

「真姫!」

 

2人は希に狙いを定め、彼女の身体を確保した。

「うわっ!うわっ!えりち、真姫ちゃん!2人がかりはルール違反やって!」

必死に抵抗する希。

「ダ~メ!」

「許さないから」

 

「凛!」

「にこちゃん!」

その様子を見ていたこの2人も、阿吽の呼吸で動き出す。

 

波打ち際の攻防に参戦。

 

「ちょっと、待って!なんで、にこちゃんが!」

「凛!押さないの!」

 

「楽しそうだねぇ…」

ニヤッと笑ったのは、現生徒会長。

「まさか、穂乃果!」

「行くよ、海未ちゃん!」

「わ、私を巻き込まないでくだ…」

と言ってるそばから、穂乃果は海未の手を引っ張って走り出す。

 

「花陽ちゃん!」

「ことりちゃん…」

悪戯っぽく笑ったことりは、花陽を連れだって彼女たちに近寄ると、後方から「えいっ!」と押す。

 

「うひゃ!冷たい!」

「うわっと!あぶない…」

「やられました…」

「もう!濡れたじゃない」

「にゃ~!」

「ぴゃあ!!」

「うふふ…」

「あはは…」

 

9人が押し合い、引き合い、揉みくちゃになりながら、迫り来る波と戯れる。

 

なぜ人は、ただ寄せては返す波との戦いに、これだけ熱くなれるのだろう。

 

彼女たちも例外ではなく、少しの間、童心に戻り、無邪気にはしゃいだ。

 

 

 

「あ~面白かった…」

「やっぱり、海に来るときは、それなりの格好をしないといけませんね」

「暖かくなったら、また来ようよ」

「絶対にくるにゃ!」

 

余韻に浸るかのように…

いや、このあとに訪れる時間を拒むかのように…9人はこの至福の時間、空間、空気を共有した。

 

 

 

しかし…

 

 

 

洒落た言葉で使うなら、彼女たちのそばを天使が通り抜けた。

 

急に静かになる一瞬。

 

ざわめきが収まり、波の音さえ聴こえなくなった(ように感じた)。

 

いよいよ、その時。

 

 

 

運命がメンバーに合図した。

 

 

 

それを告げるのは、穂乃果。

 

「あのね…にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん… 私たち話したんだ。あれから6人で集まって、これからどうしていくか…3年生が卒業したら、μ'sをどうするか」

それは囁くように、呟くように…とても静かな語り口だった。

穂乃果は3人の顔を見ていない。

視線ははるか彼方…水平線に沈みゆく太陽。

 

「穂乃果… 」

絵里も、穂乃果の顔を見てはない。

彼女もまた、正面に広がる海原を眺めていた。

 

気付けば全員横並びの状態。

誰も目を合わさない。

いや、合わせない。

 

それでも、穂乃果は言葉を続ける。

続けざるを得ない。

ゆっくり、絞り出すように話す。

 

「1人1人で答えを出したんだ。みんな、悩んだと思う。辛かったと思う。だけどね、最後は全員同じ答えだった…みんな同じ答えだった。…だから…だから決めたの!そうしようって!」

 

語尾の「!」に、穂乃果の覚悟が現れている。

 

「みんな、準備はいい?」

その言葉で、手と手を繋いだ1年、2年。

 

「せ~の!…って言ったら言うんだよ!」

 

崩れ落ちる8人。

 

「うぉ~いっ!」

にこが砂まみれになりながら、渾身の突っ込みを入れる。

 

「ごめん、ごめん!こんな雰囲気はどうも苦手で…」

穂乃果の謝罪の言葉。

だが、それを咎める者はいなかった。

むしろ、笑顔で穂乃果を見た。

それぞれがアイコンタクトを交わす。

準備は整った。

 

穂乃果は大きく深呼吸してから、思いきり叫んだ。

 

 

 

「せ~のっ!」

 

 

 

大会が終わったら!

μ'sを!

おしまいにします!!!

 

 

 

ついに…6人で出した結論が明かされた。

 

それを聴いた3年生は、噛み締めるように、その言葉を受け入れていた。

 

 

 

「やっぱり…この9人なんだよ。この9人がμ'sなんだよ」

「はい。誰かが抜けて、誰かが入って…それが普通なのはわかっています」

「でも、私たちはそうじゃない!」

「μ'sはこの9人…」 

「誰かが欠けるなんて考えられないにゃ」

「1人でも欠けたら、μ'sじゃないの…」

穂乃果、海未…真姫、花陽、凛、ことりが、それぞれ想いを述べていく。 

 

「そう…」

決めるのは穂乃果たち…そう言った絵里は、出た結論がどっちであれ、黙って頷くしかなかった。 

 

「ウチも賛成や」 

「希…」

にこは、希の顔を見る。 

「そんなの当たり前やん…ウチがどんな想いで見てきたか…名前を付けたか…9人しかいないんよ。ウチにとってμ'sはこの9人だけ… 」

「でも、アンタ、この間、どっちでもいいって…」

「言えないやん、あの場で。…だって、それは…ウチのわがままやもん…言えない…やん…」

「そんなの…そんなのわかってるわよ!アタシだってそう思ってるわよ!でも…でも…だって…」

にこは感情の昂りを必死に抑えながら、言葉を続ける。

「私が、どんな想いでスクールアイドルをやってきたか…わかるでしょ? 3年生になって諦めかけてて…それが奇跡みたいな仲間に巡り合えて…こんな素晴らしいアイドルになったのよ!絶対に嫌だ!終わっちゃったら、もう、二度と…」 

「だからアイドルは続けるわよ!!絶対約束する!何があっても続けるわよ! 」

真姫は、にこの両手を握りしめた。

「真姫!?… 」

「でも、μ'sは私たちだけのものにしたい!にこちゃん達のいないμ'sなんて嫌なの!私が嫌なの!」

 

この瞬間、真姫の涙腺が崩壊した。

 

「ううっ…かよちん…泣かない約束なのに!…凛、頑張ってるんだよ!…なのに…もう… 」

「凛ちゃん…ごめん…でも…涙が…勝手に…」

「う、海未ちゃん…」

「ことり…我慢です…今は…堪えてください!ここであなたが泣いたら…私は…」

 

 

 

 

 

「あぁ~~~っ!! 」

 

 

 

 

 

この空気を切り裂いたのは、穂乃果の叫び声。

 

 

 

「時間!!早くしないと、帰りの電車なくなっちゃう! 」

 

 

 

「ええ~!?」

 

 

 

「みんな、ファイトだよ!…違った…ダッシュだよ!!このままじゃ、海岸で野宿になっちゃう!」

真っ先に走り始めた穂乃果。

 

「ウソでしょ!?」

残されたメンバーは、キツネにつままれたように顔を見合わせたあと、慌てて、その姿を追った。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その15 ~今更ながら~

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

穂乃果に先導されて、駅まで走ってきたメンバーたち。

もう間もなく日が暮れようとしている。

 

駅舎は神奈川県に位置するも、決して都会にあるわけではない。

どちらかと言えば、田舎駅…というより、東海道線内唯一の無人駅。

 

周辺にはコンビニすらない。

改札口の周りにはジュースの自販機と、証明写真ボックスのみ。

 

確かにこんなところで取り残されたら、途方に暮れるどころの騒ぎではない。

彼女たちを不安にするには、充分なロケーションだ。

 

 

 

だが…

 

 

時刻表を眺めた絵里が言う。

「電車は… まだまだあるわよ…」

「えっ?」

「上りの終電…22時49分…」

「穂乃果、どういうことです?」

「えへっ!バレたか…絵里ちゃん、海未ちゃん、みんな…ゴメン!」

「穂乃果ちゃん?」

「ことりちゃん…イヤだなぁ…そんな目で見ないでよ。いや、だって…あのままいたら、みんな泣いちゃいそうだったから…穂乃果も涙、止まらなくなりそうで…」

舌をペロッと出して、穂乃果は照れ笑いをした。

「なぁんだ、そういうことにゃ」

「穂乃果、謀(たばか)りましたね」

と海未。

「よいではないか!よいではないか!」

「お主もなかなか悪よのう」

「ウッシッシッ…」

「希も一緒になって、なにバカなことやってるのよ」

「にこっちもやる?」

「やらないわよ!」

「それにしても、騙されたわ…。もう、本気で走っちゃったじゃない」

「そうよ、今日は休養日だったハズでしょ?なのに、何本目のダッシュよ!」

「真姫もにこも、これくらいで疲れてるようでは、本番が心配です」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「まぁまぁ、にこちゃん、落ち着いて…」

「落ち着いてるわよ…っていうか、アンタに言われたくないわよ!」

「ごもっともで…」

にこに突っ込まれ、頭を掻く穂乃果。

 

「もうちょっと海を見てたかったにゃ」

「きっと、夜の海も綺麗だっただろうね」

「凛ちゃん、花陽ちゃん、また来ればいいんじゃなかな?」

「ことりちゃんの言う通り!また来よう、みんなで!」

「穂乃果ちゃん…」

その言葉に、全員が頷いている。

「でも、よかったです…9人しかいない場所に来られました」

海未がニッコリと微笑む。

「そうね、今日はあの場所であの海を見たのは、私たち9人だけ…。この駅で、今こうしているのも…私たち9人だけ…」

絵里の発言に、希が反応した。

「えりち!…実は知らない間に、この地球上にはウチらしか残ってなかったりして」

「なるほど!」

「穂乃果!なるほど…じゃないわよ。そういう話、苦手なんだから…」

「絵里ちゃんは意外に怖がりなんだね…」

「放っておいてよ…」

「じゃあ、怖がる絵里ちゃんの写真を…あっ!いいこと、思い付いた!記念に写真を撮ろうよ!」

「写真なら沢山撮りましたよ。花陽も撮ってましたし」

「あ、でも…海未ちゃん、集合写真は撮ってないですねぇ」

「そういえば…じゃあ…」

「でも、撮ってもらえそうな人がいないにゃ」

「そうですね。誰も歩いてませんものね…」

「ううん、違うんだ。アレで撮ろうよ!」

「アレ?」

8人は、穂乃果の指差す方向を見た。

 

 

 

「証明写真!?」

 

 

 

「面白そうじゃない?」

「面白そうやけど…」

「プリクラじゃないのよ!」

「希ちゃん、にこちゃん、わかってるって!」

穂乃果はそういうと、スタスタと歩き始めた。

 

「他になんにもないのに、これだけあるのも、おかしいよね…」

「確かに違和感がありますが…」

「だから、これは『使え』ってことなんだよ」

「いささか、強引ですが…」

「よいしょ!…結構狭いんだね…」

「当たり前やん」

「そっか、希ちゃんは使ったことあるんだ」

「履歴書に貼ったりするから」

「ちょっと、絵里、押さないでよ!」

「にここそ…」

「希、胸を私の頭に乗せないでください!嫌味ですか?」

「海未ちゃん、そんなん言われても、おっぱいは取り外しできんのよ」

「にゃにゃにゃ…痛いにゃ!」

「花陽ちゃんのホッペ、プニプニ…」

「こ、ことりちゃん!ツンツンしないでください!」

「髪が耳に…くすぐったい…」

 

 

カシャ!

 

 

 

 

 

「にゃにゃ~!?凛、1枚目写ってないにゃ~」

「本当だね!凛ちゃん、見切れてる…」

 

9人はプリントアウトされた写真を見ながら、改札からホームへと歩く。

 

「こっちは、ことりちゃんが下から生えてきてるよ」

「生えてきてるって、穂乃果ちゃん…ことりはキノコじゃないよ」

「にこっち、頭切れてるやん」

「仕方ないでしょ!アンタだって、ヒゲがあるわよ」

「ぬ?これ、にこっちの髪やん」

「ぷぷっ、こっちの真姫ちゃん変な顔にゃ」

「みんな同じでしょ!」

「フフフ…にこっち、この顔はないやん 」

「む!敢えてよ、敢えて!」

「これ、校内に貼り出しちゃおうか」

「穂乃果、冗談にもほどがあるわよ!」

「うひゃひゃひゃひゃ…」

 

その時、ひとしきり盛り上がったメンバーの熱を冷ますかのように、一陣の風が吹いた。

 

季節は間もなく春を迎えようとしていたが、海からの風はお世辞にも暖かいとは言えなかった。

 

風が吹き抜けたあとに聴こえてきたのは…鼻をすする音。

 

「…うぅ…ひっく…」

「…ん?かよちん…泣いてる?」

「違うよ、凛ちゃん…笑いすぎて…あれ、おかしいな…そんなんじゃないのに…あれ?…あれ?…うぅ…うぅ…」

花陽はその姿を見られまいと、顔を手で覆い、メンバーに背をむけた。

「かよちん…泣かないでよ…泣いちゃイヤだよ…なんで?せっかく笑ってたのに…うっ…ううっ」

凛は花陽の背中にしがみつく。

「もう…花陽も凛もやめてよ…やめて…って言ってる…の…に…」

「そういう真姫ちゃんだって…なんで、泣いてるの?…もう…変だよ…そんなの…」

「穂乃果ちゃ~ん…」

「ことりちゃん…」

「うぅっ…うっ…うぅ…」

海未は歯を食い縛り、溢れ出る涙に、必死に抗(あらが)おうとしている。

しかし、止められない。

「…ダメです…ごめんなさい…」

膝から崩れ落ちるように、その場にじゃがみこんだ。

 

「もう!メソメソしないでよ!なんで泣いてるのよ!…泣かない…アタシは泣かないわよ!」

にこは1、2年生組から目線を逸らす。

その先にあったのは、瞳を潤ませながら微笑む希の顔だった。

「絶対に泣かないんだから!」

 

「…にこっち…」

 

ただ、それだけ。

希は名前を呼んだだけ。

だが、それで彼女の強がりは一蹴された。

 

希は両腕を拡げる。

 

「やめてよ…そういうの…やめてよ…」

 

そして、にこは、引き込まれるように希の胸へと飛び込んだ。

 

 

「希のバカ…バカ、バカ、バカ…」

「うん、うん、そやね…」

 

うわぁ~ん…

 

にこ、号泣…。

 

 

 

絵里はそっと、その場を離れ、ひとり声を圧し殺して、涙していた…。

 

 

 

 

 

東海道線は、車両によっては、4人掛けのボックスシートが採用されている。

彼女たちが乗った電車が、まさにそれだった。

 

そして…にこと穂乃果と凛は…そこで熟睡中である。

 

「まったく、どこでも寝ますね…穂乃果と凛は…」

「今日は、にこちゃんも一緒だよ」

「泣き疲れたのかしら」

「3人とも子供ですか?」

「ホッとしたんじゃないのかな…いろんなことから解放されて」

「そうかもね…」

寝ている3人を見ながら話しているのは、通路を挟んで反対側のシートに座っている海未、花陽、絵里。

 

乗った順に座ったら、たまたまこういう組み合わせになった。

 

「それにしても…自分でいうのもなんですが、この3人というのはとても珍しいですね」

「えっ?あ、そうか…。海未ちゃんと絵里ちゃんは、いつも2人で練習を引っ張っていたから、何となく一緒にいるイメージだったけど…」

「実際には、そうでもないわね」

「そうですね…。合宿では希と凛と一緒になりましたのが…この3人というのは、とても新鮮ですね…」

「今更だけど…ね」

絵里はそう言って笑った。

「地元に戻るまで2時間近くあるし…今日は色々話そうか」

「はい。私も絵里に訊いてみたいことが、沢山ありますし…」

 

「そっちが珍しい組み合わせなら、ウチらもそうやん」

絵里たちの背後のシートに座っている希が、ひょいと顔を出す。

「確かに!希と真姫とことりって組み合わせも、あまりないわね。じゃあ、そっちはそっちで楽しんでね」

「はいは~い!」

 

 

 

…って返事はしたものの…ウチとことりちゃんと真姫ちゃんで、なにを話したらいいんやろ?…

 

…う~ん、共通の話題が見つからない…希ちゃんも真姫ちゃんも、アルパカさんには興味なさそうだし…

 

…なんで2人とも黙ってるのよ…私から話なんてできないんだから…

 

 

 

「絵里ちゃんも、海未ちゃんも、学年で分けると、誕生日が1番遅いんですね」

「花陽もそうですよね?」

「はい!」

「じゃあ、私たちは各学年の『末っ子』ってことでいいのかしら?」

「2人はどう見ても『妹キャラ』ではないですけど」

「えっ!花陽は知らないのですか?私には姉がいるのですよ」

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

驚いたの花陽だけではなく、絵里も同じだった。

 

 

 

「ハラショー…」

「あら、絵里も知りませんでしたか?」

「初耳よ…」

「もう、嫁いで家を出ていますけど…」

 

 

 

 

…なんか、えりちのとこは盛り上がってるやん…

 

…うしろの席、楽しそうだな…

 

…こうなったら、助っ人を呼ぶしかないわ…

 

 

 

「花陽ちゃん!」

「花陽ちゃん!」

「花陽!」

 

 

 

「あ…」

 

 

 

「?」

 

 

 

…そうやん!ことりちゃんは最近、花陽ちゃんと急接近中やったね…

 

…そっか、真姫ちゃんは、花陽ちゃんが1番のお友達なんだよね…

 

…そういえば…希は花陽とデートしてたじゃない…

 

 

 

「呼びました?」

 

花陽が3人を覗きこむ。

 

 

 

 

「ごめん、なんでもない…」

 

 

 

3人の返答に首を傾げる花陽であった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その16 ~闘いの火花~

 

 

 

 

 

「エントリーNo.11!音ノ木坂学院スクールアイドル…μ's!」

 

 

 

司会者のアナウンスに、会場のテンションは一気に高まった。

 

 

 

ラブライブ本大会のステージ順を決める抽選会。

集まっているのは、スクールアイドル全都道府県の代表47組。

 

その中でも知名度No.1は、なんと言ってもA-RISEを破ったμ'sである。

 

名前を呼ばれた瞬間、場内は「うわぁ~」とも「うぉ~」ともつかない、どよめきが起きた。

 

「想像以上に注目されてますね…」

「しかたないよ。他のチームの合言葉は『打倒μ's!』だもん」

海未とことりが、周りを見渡しながら小声で話す。

 

 

 

「μ'sの代表者の方?ステージへどうぞ」

 

司会者が、なかなか登壇しないμ'sのメンバーに、声を掛ける。

 

「にこちゃん!?」

「へっ?」

「くじを引くのは、にこちゃんだよ!」

「えぇっ!?ア、アタシ?穂乃果じゃないの?」

「卒業するまでは部長でしょ?」

「そうにゃ!最後はビシッと決めるにゃ!」

「う…うん…わかったわよ…」

にこは、真姫と凛に促され席を立った。

 

 

 

…いよいよね…

 

 

 

これまでのことが頭に浮かぶ。

だが、感慨に耽っている場合ではない。

通路を歩くにこに、突き刺さる視線。

 

 

 

…μ'sの…矢澤にこさんだ…

…思った以上に小っこいのぅ…

…やっぱ、東京の人はスッとしちょるね…

…フン!好かんばい…

…あれが優勝候補の?…

…普通の女子校生?A-RISEのようなオーラはないわね…

 

 

 

羨望と敵意に満ちた眼差し。

にこはそれを肌で感じていた。

 

ステージに登り、客席側へと振り返る。

 

 

 

…うっ、さすがに緊張する…

…あの一角以外、すべてがライバルなのね…

…でも、アタシは負けない!必ず優勝してみせる…

 

 

 

強い決意のもと、抽選箱に手を入れた…。

 

 

 

 

 

「アンタらがμ's?」

 

会場をあとにしようとしたメンバーを、不意に呼び止める関西弁の声。

振り返るとそこには、3人の少女が立っていた。

 

「はい…私たちがμ'sですが…」

代表して海未が答える。

 

「ふ~ん…なるほど、頭数だけは揃っとるんやね」

「『枯れ木も山のなんとか』…っちゅうことやない?」

「『枯れ木』は言い過ぎちゃうん?」

 

3人の少女の話す言葉は、明らかに希が使う『それ』とは違った。

 

「何よ!いきなり!」

「にこっち!」

瞬間湯沸し器と化したにこを、希が制する。

「あなたがたは?」

絵里がスッと一歩前に出て、3人に問い掛ける。

「まぁまぁ、そう睨まんと…。東京モンはこれだからイヤやわ」

「『枯れ木ってなんやねん!?』くらい言ってもわらんと」

 

「…」

 

「ホンマあかん空気やね…まぁいいわ…。ウチら?ウチらは…」

 

 

 

「大阪代表の『太陽の闘』」さんですね?」

 

 

 

「花陽!」

「かよちん!」

「花陽ちゃん!」

 

 

 

そう…答えたの花陽。

これには、その3人も一瞬『意外』という表情を見せた。

 

「ラップとヒップホップという、スクールアイドルとしては異色のパフォーマンスをするチームです。前回の大会では『東のA-RISE』『西の太陽の闘』と並び評されてました。結果は…でしたが、間違いなく実力はあると思います。一部ではその独自のスタイルが、ネットユーザーには受け入れられなかったとも言われていますが…」

 

「おおきに」

「へぇ…ウチらの知名度もなかなかのもんやない」

「当然やね…」

 

「この娘のアイドル知識は誰にも負けないんだから」

と、なぜか自分のことのようにドヤ顔をする真姫。

 

「前回は前回、今回は今回」

「A-RISEを負かしたチームゆうことでで、注目されてるみたいやけど、そう簡単にはいかへんよ!」

「アンタらがナンボのモンか知らんけど、優勝はウチらがもらうさかいに」

「ほな、そういうことで」

3人はそれだけいうと、スタスタと歩き去った。

 

「…」

 

「コッチやなく、アッチやった」

「もう、毎回毎回かなわんわ…しっかり、しぃやあ」

「これだから東京に出てくるの、イヤやねん」

3人は再びμ'sの前を通り過ぎると

「ほな…」

と言いながら向こうへと消えて行った。

 

「なに、あれ?」

さすがのにこも、毒気を抜かれて、茫然としている。

「ものの見事にステレオタイプの関西人でしたね…」

「確かに…」

首を縦に振る一同。

 

「でも、ちょっと、気合いが入ったよ!やっぱり、みんな、どこのチームも優勝目指して頑張ってるんだ。油断してるつもりはないけど、少しでも気を抜いたら負ける!」

「穂乃果…そうですね。あの人たちも言っていましたが、今回は今回。他のチームもレベルアップしてるでしょうし、A-RISEを破ったなどという『アドバンテージはない』と思った方がいいかも知れません」

「海未の言う通りね。あの不躾な態度は気に入らないけど、初めから負けを覚悟して出てくるようじゃ、戦う資格はないと思うし…あれくらいのことを言うのも当然と言えば当然じゃない」

と真姫。

「そういう意味では、このステージ順は大きいわね…」

絵里はにこを見た。

 

そして他のメンバーも…。

 

 

 

 

 

「それにしても、改めて…にこちゃん、すごいよ!」

花陽が興奮気味に言う。

 

メンバーは部室へとやってきた。

 

「あ、当たり前でしょ!?私を誰だと思ってるの?大銀河の宇宙No.1アイドル!『ニコニ~にこちゃん』よ!」

 

 

 

…って、くじを引く瞬間はチョー緊張したけど…

 

 

 

「でも、1番最後って…それはそれでプレッシャーね」

真姫がいつものように、指先で髪を絡ませながら呟く。

「私も最後って聴いた時は『まさか!』って思ったけど…もう、そこは開き直るしかないもの」

と絵里。

「でも、私はこれでよかったと思う!念願のラブライブに出場できて、しかもその最後に歌えるんだよ!大トリだよ、大トリ!鳳啓介!」

「ポテチン!…って、穂乃果ちゃんもずいぶん古い人を知ってるんやね?」

「名前だけ…」

 

その他のメンバーはポカーンとしている。

 

「まぁ、そうなるわね…」

 

 

 

…それを知ってる、ウチもウチやけど…

 

 

 

「それはそうと、この結果はウチのスピリチュアルパワーのお蔭やね…」

「いやいや、やっぱり現生徒会長兼μ'sのリーダーの力でしょ」

「え~…かよちんのお米パワーだよ!」

「凛ちゃん、それは関係ないと思う…」

「…誰の力でもなく、これがμ'sの…今の勢いなんだと思います」

「まぁ、そうだね…」

海未の言葉に納得する一同。

「ちょっとぉ、引いたのはアタシなんだけど…」

「はいはい、そうね」

「えらいにゃ、えらいにゃ」

「相変わらず、雑な扱い…」

真姫の凛の対応に、にこは溜め息を吐いた。

 

「さぁ、練習を始めるわよ!」

絵里がパンパンと手を叩く。

「は~い!!!!」

「本番に向けて、ラストスパートにゃ~!!」

「うん!ファイトだよ!」

 

その掛け声を合図に、練習へと繰り出すメンバー。

 

「まったく…アタシのことはスルーなの?」

笑ってるのか、怒ってるのか、どちらとも言えない表情で、にこは部屋を出ようとした。

 

「大丈夫です!」

 

 

 

…びっくりしたぁ!…

 

 

 

「花陽?…まだいたの?」

「ちょっと、出遅れました…」

「相変わらずトロいわね」

「ははは…」

「…で、何が大丈夫なのよ?」

「みんな、あんなこと言いながら、にこちゃんには、すごい感謝してましたよ」

「わ、わかってるわよ、そんなこと…」

「えっ?」

「最後まで、いつものアタシたちでいよう…ってことでしょ?だからこれも普段通り…お約束…」

「あ…はい!」

「変に気を使われるのも、性に合わないしね…さぁて、練習行くよ!」

「はい!」

「花陽…」

「はい?」

「ありがとね…」

「えっ?に、にこちゃん?…」

 

 

 

…出遅れたなんて、見え透いた嘘を…

 

 

 

「早く来なさいよ~」

にこはそう言うと、先に歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ここで一旦休憩しましょう」

絵里が練習を止める。

「ふぅ~」

「今日は随分、暖かいですねぇ…」

海未が穂乃果にペットボトルを手渡す。

「ありがとう。う~ん、本当にあったかいねぇ…お昼寝したくなっちゃうよぅ」

「穂乃果は季節を問わず、眠いじゃないですか…」

「はははは…」

「いよいよ春って感じだよね!桜の開花も、今年は早い…って言ってたし」

「へ~…ことりちゃん、そうなんだ…」

「少しくらいはニュース見なさいよ」

真姫が穂乃果の隣に座る。

「えへへへ…そうだね」

「でも、確かに…なんか気持ちいいねぇ…」

花陽も「よいしょ…」と真姫の隣に腰を下ろした。

 

 

 

休憩時間でありながら、絵里は凛に、振り付けの指導をしている。

ダンスに関して妥協を許さない姿勢は、入部してから変わらない。

 

にこは希と談笑している。

2年生3人がスクールアイドルを始めた頃は反目しあっていた2人。

それが今、仲良く、楽しげに話をしている。

 

 

 

「花陽ちゃん?」

「ことりちゃん…」

花陽は名前を呼ばれただけで、ことりが何を言わんとしてるのか理解した。

そこで休んでいた5人は、みんな同じ気持ちでその光景を見ていたのであろう。

「…はい、わかってます…」

「穂乃果ちゃんも…」

「…」

「寂しくなっちゃダメ!今はラブライブに集中だよ!」

「そうですよ、集中!集中!」

海未のセリフは、自分自身に投げ掛けているようにも聴こえた。

「…分かってるよ、ただ…」

「ただ?」

「ぎゅ~っ」

突然、海未に抱きつく穂乃果。

「なんですか?いったい?」

「急に抱きしめたくなっちゃった!」

「ほ、穂乃果…」

「私も!ぎゅ~っ!」

「も~苦しいですよ…ことり、穂乃果…」

「ぎゅ~」

「きゅ~」

「穂乃果…ことり…苦しいですって…」

 

その姿を横目で眺めていた真姫。

「わ、私はそういうのしないからね…」

花陽に牽制球を投げる。

「しないの?」

「や、やるなら…凛としなさいよ…」

「うふふふ…」

 

 

 

…それか私と2人きりの時に…

 

 

 

「えっ?」

「べ、別に…さぁ、そろそろ休憩時間は終わりじゃない?続きを始めるわよ」

真姫はスッと立ち上がると、手を叩いて練習の再開を促した。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その17 ~最後の晩餐~

 

 

 

 

 

「あ~あ、もう練習終わりなのかぁ…やり足りないにゃ」

「そうね。もっとやっておけば…って不安になる気持ちは、わからないでもないけれど…本番に疲れを残すわけにはいかないしね」

凛の言葉に絵里が答える。

 

練習を終え、校舎を出る9人。

いよいよ明日は本番である。

 

「じゃあ、みんな時間を間違えないようにね。各自、朝連絡を取り合いましょ」

「絵里、部長はアタシだってぇの!」

「うふふ…そうだったわね」

「穂乃果のところには、私が連絡しますね」

「え~海未ちゃん、大丈夫だよ!遅刻なんてしないよぅ!」

「念には念を…です。なんと言っても明日が最後なのですから…」

 

「あ!…」

海未の一言に、花陽は弾かれるように声をあげた。

 

「どうかしましたか?」

「もしかして、みんなで練習するのって、これが最後だったんじゃ…」

「…そうやね…」

「それにしては、あっさり終わっちゃって…」

「みんな、薄々気付いてたわよ…だけど…」

「真姫ちゃん…。そっか…ごめんなさい…」

「ううん、実は私もちょっと思ってた…。今日、このまま終わっていいのかしら…って」

「絵里、ダメよ!」

「にこ!」

「ラブライブに集中!みんなも!すぐに感傷的になるんだから…」

「…わかってるわ…」

「じゃあ、遅くなるから、行くわよ」

にこが、校門の前にある横断歩道を渡る。

 

「危ない!」

「ぬわっと!!希?」

 

「にこっち、赤は止まれやからね」

希が言う通り、そこにある信号機は青ではなかった。

幸い車の通行はなく、にこは無事だった。

 

「大丈夫やった?」

「大丈夫もなにも…車が来たわけじゃないし…」

 

…と言いつつ、希の声に驚いて首のスジを痛めるとこだったわ…

 

にこは平静を装い、目の前の信号が変わるのを待った。

 

「はい!行くわよ!」

横断歩道を半分ほど渡り始めて、気付く。

「…って、なに、いつまでも立ち止まってるのよ!」

走って引き返す、にこ。

 

「いや、だってねぇ…」

「やっぱり、なんと言いますか…」

「そうだよね…」

と穂乃果、海未、ことり。

 

残りのメンバーも「そうそう…」という顔。

 

「仕方ないわねぇ…」

にこは苦笑しながら言った。

「じゃあ、行くよ!いつもの所!」

 

 

 

 

 

「これで、やり残したことはないわね」

にこが言う。

「うん!」

 

9人は例の場所で願掛けをしていた。

 

「こんな一辺に色々お願いして、大丈夫だったかにゃ」

「平気だよ~!だってお願いしてることは、ひとつだけでしょ?言葉は違ったかもしれないけど、みんなの願い事って同じだったんじゃないかな?」

穂乃果が、屈託のない笑顔で言う。

「そうね」

「じゃあ、みんなでもう一度…」

絵里と希が手を合わせた。

それを見て残りのメンバーも、再び拝む。

 

 

 

「よろしくお願いします!!!」

 

 

 

「さぁ、今度こそ、帰りましょう」

と階段を降りながら、絵里。

「うん!また明日…」

「そうね…」

しかし、穂乃果も真姫も、そう返事をしたものの足が前に出ない。

「もう…キリがないでしょ」

絵里が2人の身体を押す。

「そうよ、帰るわよ!」

「行こっか」

「うん」

にこと希は、絵里の手を引くと1、2年生組に背を向け歩き出した。

「じゃあね!バイバ~イ!」

意を決した穂乃果は、その後ろ姿に手を振ると、ことりと海未と共に反対方向へと進む。

 

 

「さ、私たちも!」

「明日、また全員揃うにゃ!」

「うん…そうだね…」

最後に残った1年生組。

 

だが、花陽はなぜか階段を登り始めた。

「花陽?」

「かよちん?」

「真姫ちゃん、凛ちゃん、先に帰ってて。花陽はもうちょっとだけ、ここに残ってる」

「かよちん…」

「…明日から、にこちゃんたちがここに来ないなんて、まだ信じられなくて…。みんなは寂しくないのかな…」

「そんなこと、ないよ…みんなだって寂しいよ。でも、そうしたら帰れなくなっちゃうから…」

「わかってるけど…」

「花陽!みんなも同じ気持ちみたいよ!」

真姫が階段の下を指差す。

「えっ?…あっ!」

 

「なんで、まだいるのよ!」

「あなたたち、なにしてるの?」

「帰ったんやなかったん?」

花陽たちが見たのは、にこ、絵里、希の姿だった。

 

「それはこっちのセリフ」

「そうにゃ!戻ってきたのは、そっちにゃ!」

 

「あれ?みんな…」

 

その声に6人が振り返る。

 

「穂乃果ちゃん!…どうしたの?」

そこいたのは穂乃果、海未、ことり…。

「えっ?ああ…うん…なんだか、まだ、みんな残ってるかな…って…」

「ですよね!!」

みんなが同じ心情だとわかり、花陽の顔が綻ぶ。

 

「でも、どうするの?このままじゃ、いつまでたっても帰れないわよ」

「そうだよね…」

真姫とことりは困り顔。

「朝まで、ここにいる…ってどうやろ?」

「風邪ひくじゃない!」

「にこちゃんは、平気にゃ!」

「凛もね!」

「こらこら、2人とも…」

2人がいつもの如くじゃれているのを、絵里が間に入って止めた。

 

 

 

「あ!じゃあさ!こうしない?」

「穂乃果?」

 

 

 

 

 

「でっきたぁ!!」

と叫んだのは穂乃果。

「ちょうどピッタリ…」

布団を並べ終わった真姫は、妙に満足そうな顔をした。

「学校でお泊まり!テンション上がるにゃ~!」

「さすが穂乃果ちゃんやね。学校は盲点やったわ」

「でも、ことり…本当にいいのですか?」

「うん!お母さんに承認もらったもん。『事前申請を見落としてました』ってことで…」

「親バカ?」

「職権濫用?」

「凛!真姫!ここはそういうことにしてもらいましょ」

「絵里ちゃんの言う通り!」

ことりは満面の笑みで2人を見る。

 

 

 

「はい、おまたせ!!」

にこが熱々のフライパンを片手に、室内に入ってきた。

「あっ!寮母さんや!」

「誰が寮母よ!」

「うわぁ、いい匂い!麻婆豆腐?」

「はい、食欲をそそりますね」

「さすが、にこちゃんにゃ!」

「花陽~、そっちは?」

「ご飯炊けたよ~!!」

花陽が炊飯ジャーを両手に現れる。

「えっ?ふたつ!?」

「穂乃果ちゃん、なにを今更?いつものことにゃ」

「そうだった…」

「そして凛は…ラーメンにゃ!」

ジャジャーン…と言いながら、ドンブリを見せる。

「いつの間に持ってきたのよ!?」

「えへへ、真姫ちゃん、これ誕生日にもらったやつだよ」

「本当だ」

「ありがたく使わせてもらってるにゃ!」

「良かったわね」

 

「それじゃあ、夕食にしましょ!」

絵里が椅子に座る。

凛の前にはインスタントラーメンが、花陽の前には大盛りのご飯…と、お櫃(ひつ)。

 

「いっただきま~す!」

すべての準備が整い、食事が始まった。

 

 

「なんか合宿の時みたいやね」

「今日は枕投げ、しないからね!」

真姫が希を牽制する。

「やらんの?」

「希、明日が本番ですよ!」

「海未ちゃん、わかってるって」

「合宿も楽しかったけど、今日も楽しいね?だって学校だよ?学校!」

「うん、穂乃果ちゃん、最高にゃ!」

「まったく、アンタたちは子供ねぇ」

「えへへへ…あ、ねぇねぇ、今って夜だよね!」

「穂乃果?なにを当たり前のこ…」

穂乃果は、海未の言葉を最後まで聴かずに、やおら席を立つと勢いよく教室の窓を開けた。

 

室内に風が吹き込む。

 

「ひゃっ!」

「寒いにゃ!」

「なにするのよ!寒いじゃない!」

「あははは…ごめん、ごめん。夜の学校ってさ、なんかワクワクしない?いつもと違う雰囲気でさ。見てよ、外も真っ暗」

「そりゃあそうよ」

「あとで肝試しするにゃ~」

「え!?」

一瞬、絵里の顔が曇った。

「理科室と音楽室は外せないにゃ」

「そうやね…えりちもそういうの大好きだもんねぇ」

「希!」

「…なんてね。えりちはホント、恐がりやね」

「にゃは!絵里ちゃん、可愛いにゃ」

「男の人はこういうギャップに『萌える』んだよねぇ…」

「凛!穂乃果!そんなことはどうでもいいから、早く食べなさい!」

絵里の顔は真っ赤だ。

「照れてるん?」

「もう…いいでしょ!ごちそうさま」

そう言って席を立つと、食べ終わった食器を片付けに部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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心のメロディ その18 ~寒い夜だから~

 

 

 

「星が綺麗…」

食事の後片付けが終わった穂乃果は、教室の窓から空を見上げた。

「そっか、学校の周りは明かりが少ないから…」

「ねぇ、花陽ちゃん…屋上 行ってみない?」

「えっ?」

「なにを言ってるんですか。早く寝ますよ!」

「いやいや、海未ちゃん。まだ8時だし、こんなに早くは寝れないでしょ?」

「四六時中、どこでも寝ている人の発言とは思えませんが」

「せっかく学校に泊まったんだからさ…少しくらい、いいじゃん!肝試しは却下されちゃったんだし…」

と、チラッと前生徒会長を見る。

「当たり前でしょ!」

絵里はソッポを向いた。

 

 

 

 

 

「ううっ…くっ…ううっ…」

「もう一息だよ!頑張って!」

ことりが先にハシゴを登る花陽の尻を、下から押す。

「花陽、お尻が重いから…よいしょ、よいしょ…」

 

 

 

…花陽ちゃんのお尻…もにょん…ってしてた…

…もうちょっと触っていたいかも…

 

 

 

「ことり?花陽は登り終わりましたよ」

「あ、海未ちゃん!ごめん、すぐに行く」

上から声を掛けられ、一番最後にことりが上がった。

 

 

 

結局、穂乃果の意向が採用され、9人は学校の屋上へとやってきた。

 

1年間、練習を行った場所…

夜に来るのは、もちろん初めてだった。

 

どうせなら…ということで、給水タンクなどが置かれている、屋上でも一番高い場所へと登った。

 

 

 

「わぁ…」

「ハラショー」

そこから9人が目にしたのは…

 

 

 

「すごいねぇ…光の海みたい」

とことり。

「100万ドルの夜景?」

「にこっち、それは言い過ぎやない?」

「でも…綺麗だね」

穂乃果の感想に異論を唱えるものはいなかった。

「この明かりのひとつ、ひとつがみんな誰かの光なんですよね…」

「その光の中でみんな生活してて、喜んだり、悲しんだり…」

海未と絵里は、互いの顔を見た。

 

μ'sの練習を牽引してきた2人。

共に感じることがあったのだろう。

どちらからともなく、手を繋いでいた。

 

「あの生徒会長が、今、私の隣にいるなんて…世の中わからないものですね」

「同感よ。あの時の3人と時間を共有するなんて、私が一番思ってなかったもの」

 

「この中には、私たちと話したことも、会ったこともない…触れ合うきっかけさえなかった人が、たくさんいるんだよね」

「でもμ'sを通じて、ひとつになれる瞬間がある」

「ウチらの歌で、世界がひとつになる瞬間が確かにある」

穂乃果も、両隣にいたにこと希の手を繋ぐ。

 

「私たちの歌を聴いて、何かを考えたり、楽しくなったり…」

「ちょっぴり元気になったり、ちょっぴり笑顔になってくれてればいいね」

「なってるにゃ!凛たちが楽しんでやってきたんだんだから」

「ことりもそう思うよ」

真姫が…花陽が…凛とことりが…知らず知らずに手を取り合い、9人は横一列になった。

 

「だからアイドルは最高なのよ!」

「みんなを笑顔にするのがアイドル…やったっけ?」

「そうよ!」

 

 

 

「私!スクールアイドルやって!!よかったあ~~~!!」

突然、大声で叫んだのは穂乃果。

 

 

 

「…ど、どうしたの?…」

あまりに予測不能な行動に慌てふためくメンバー。

「近所迷惑じゃない?」

「えへへ…だって!そんな気分なんだもん!みんなに伝えたい気分!今のこの気持ちを!」

すると、穂乃果は再び叫んだ。

 

 

 

「みんな~!明日!!精一杯歌うから!!!聞いてね~!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くか~…

すぴ~…

ぐぅ…ぐぅ…

 

 

 

教室に寝息が響く。

時刻は午後10時…。

 

案の定…というか、お約束…というか「早い時間じゃ寝られない…」と言っていた穂乃果だったが、凛と共にアッと言う間に深い眠りへと落ちた。

 

海未は…こちらも寝ると決めたら早い。

すぐに夢の世界へと導かれた。

 

そうやってひとり、ふたりと静かに寝入った。

時おり、穂乃果が何か寝言を言っているようだが、それを気にする者はいない。

今、この教室は7人の寝息だけが聴こえている。

 

 

 

7人?

 

 

 

そう、この時間になっても眠れずにいるメンバーが2人いた。

 

その内のひとりはことりだ。

 

専用の枕がなかった訳ではない。

それは忘れずに持参した。

だが、寝ようとして目を瞑っても、まったく寝れなかった。

 

明日が本番ということで、不安や緊張、或いは興奮なのか…精神的なものが影響していることは間違いない。

夜風に当たって、少し身体が冷えたことも原因のひとつだった。

 

 

 

…困ったな…

 

 

 

こういう時は、寝ようと意識すればするほど、眠れないものである。

自然に眠くなるまで待つのが、一番なのだが…それを待っていたら今日は夜が明けそうである。

 

 

 

…睡眠薬を飲むわけにはいかないし…

…ホットミルクでもあれば…

 

 

 

…!…

 

 

 

ことりはハッと気付いた。

そして枕を持つと、そっと布団を抜け出す。

 

 

 

…失礼しま~す…

 

 

 

花陽の布団へと潜り込んだ。

 

 

 

…う~ん、やっぱり、あったかい…

 

 

 

ことりは花陽の身体に抱きつき、脚を絡ませた。

 

 

 

…だけじゃないの…

…この安心感…

…あぁ、花陽ちゃん…なんでこんなに柔らかいの…

 

 

 

ことりは思わず、花陽の臀部を揉んだ。

 

 

 

…ん…んん…

 

 

 

その行動に花陽が反応した。

 

 

 

…ん…ん?…

 

 

 

「…希…ちゃん?」

まだ半分眠りの中にいる花陽。

自分の身体を触っているのは、日頃の行動から反射的に、彼女だと思ったようだ。

いや、それとも『あの日の夜』を思い出したのだろうか…。

「…希ちゃん…ダメだよ…みんながいるよ…」

「…花陽ちゃん?…」

「…また、おかしくなっちゃうから…」

「…?…」

「…今日は…ダメです…よ…」

「…ごめんね…ことりだよ…」

「…ことり…ちゃん…?…」

「…うん…起こしちゃった?…」

「…えっと…なにを?…」

状況が飲み込めない花陽。

「…身体が冷えて…眠れなくなっちゃって…」

「…ことりちゃん…体脂肪…少ないから…寒さに弱そうですもんね…」

「…うん…」

「…それで?…」

まだ、理解をしていない。

「…花陽ちゃんと一緒なら、ぐっすり眠れそうだな…って…」

「…なるほど…そういうことなら…」

「…ありがとう…花陽ちゃん…」

「…ん…えっ?えっ?ことりちゃん!…」

「…えっ?…あれ?ひょっとして、今、目が覚めた?…」

「…は、はい…」

「…でも、もう、遅いよ。許可もらっちゃったもんね…」

「…なに、言いましたっけ?…」

「…一緒に寝させて…身体が冷えちゃって…」

「…っと…」

「…この間の続き…」

「…あっ…」

「…変なことはしちゃダメですよ…」

「うん!」

「…でも、さっき、お尻をもにょもにょされたような…」

「…そうだっけ?…」

「…夢?…」

「さぁ…。そういえば、花陽ちゃん…希ちゃんと…なにかあった?」

「へっ?…花陽…なにか言ってました?…」

「…うん…ちょっと…」

「あっ、それは…きっと、いつもワシワシされてるから…」

「そっか!」

「でも、朝までには、自分のお布団に戻らないと…」

「そうだね、凛ちゃんに怒られちゃうもんね…」

「ことりちゃんも穂乃果ちゃんに…」

「うん…」

「あ、でも…これで、眠れそう…」

「はい、じゃあ、寝ますね…」

「おやすみ…」

「おやすみなさい…」

 

 

 

…う~ん、ことりちゃん、意外に大胆やね…

…今日のお泊まりは、願ってもないチャンスやと思ったけど…またにしますか…

…まぁ、明日が明日やし…余計なことはせんと、寝ましょうね…

 

 

 

…おやすみ、花陽ちゃん…

 

 

 

寝ていなかった、もうひとりは今夜の企みを諦めて、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

~つづく~






今年も今日で終わりですね。

ラブライブを知ったのが、3月…。
こんなにハマるとは思ってなかったです。



さて1月3日は私の誕生日。

Eテレで劇場版をやるらしいですね。
個人的には…な、内容だったのですが、もう一回見返してみようと思ってます。


では、皆様、良いお年を。


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心のメロディ その19 ~アンコール~




ことり編は一旦、完結です。






 

 

 

最後のチームのパフォーマンスが終わった。

 

 

 

期せずして起きるアンコールの声と手拍子。

それは会場中を包み込んだ。

 

ステージ上では想定外の出来事に慌てふためくスタッフが、右往左往している。

 

 

 

その頃、大会運営本部の事務所では…

 

 

 

「委員長、どうしましょう?確かに優勝チームには、もう一回パフォーマンスを披露してもらうことになっていましたが…」

委員長と呼ばれた中年の男は

「どうも、こうも…これで、やらなかったら大ブーイングじゃないですか」

と穏やかな口調でそう言った。

「いや、しかし…優勝チーム発表の前に、それは…」

「まぁ、ちょっとデキレースっぽく見えちゃいますけどね」

「そうですよ」

「でも会場もわかってるんじゃないですか?…どのチームが優勝したのか…は」

「委員長…」

「たまたま、そのチームの出演順が最後だった…というだけで」

「はぁ…」

「他の出演チームも、理解してくれると思いますよ」

「だといいのですが…」

「私が言うのもなんですが、それだけの実力差がありました。…あなたはどう思います?」

「…異論はありません…」

「彼女たちに伝えてください。今すぐ『アンコール』の準備をしてくださいと」

「は、はい!わかりました!」

 

大会委員長に指示された男は、部屋を出て優勝チームのもとへと向かった。

 

「いかがでしたか?水谷さん」

と、委員長は室内にいた別の男に問い掛ける。

「さすがにこれだけの長丁場ですからね…中弛みした感は否めませんが…」

「そうですね。次回は半数くらいに絞った方が良いですかね?」

「個人的にはそう思いますが。それと…やはりA-RISEが観られなかったのは残念です」

「えぇ、まぁ、それについては…。ここだけの話、A-RISEが予選で敗退することは想定外でしたので…」

「しかし、それに替わるチームがちゃんと出てきた…と…」

「はい、嬉しい誤算です…で、他にスポンサーとしてのご意見は?」

「ははは…まだ『なる』と決めたわけではありませんよ」

「では『なる』ことを前提に…ご意見を頂けないですか?」

「そうですね…もし次回、本当にアキバドームでやるのであれば、それだけの集客をしなければならないと思います…が…正直、今のままでは厳しいと思いますよ」

「…キャパはここの10倍近くになりますからね」

「…で、あるなら…A-RISEや彼女たちに協力してもらう必要があるでしょうね」

「…といいますと?」

「まぁ、具体的なプランは何も考えていませんが…大々的な宣伝活動は必要でしょう」

「そうですね」

「…とは言え…今の世の中、世界的な著名人がSNSやフェイスブックで評価をすれば、それが全世界に広まる訳ですから、宣伝自体はそんなに難しいことではないですよ」

「なるほど」

「…そうさせたいが為に、私に声をかけたのではないですか?…」

「その通りです」

委員長は、表情を崩して頷いた。

「まぁ、私も興味がなければ、ここまで来たりしませんが」

と、水谷もつられるように笑う。

 

「私はクールジャパンを世界に売り出すコンテンツとして、このスクールアイドルというのは、非常に有用だと思ってるんですよ。ゆくゆくは世界大会を開きたい…それだけの可能性を秘めてると思ってます」

委員長は静かに、だが力強く語った。

「コスプレの要素も過分に含んでいますからね」

「さすが、わかってらっしゃる」

「ただし、旬の時期は短いですよ?」

「それもわかってます。ですが、やるなら今しかないので」

「…どこかの予備校のCMみたいですね…。ふむ…わかりました。まぁ、私も彼女たちとは『浅からぬ縁』がありますので…」

「例の?」

「そう、敢えて言うなら『同じ釜の飯を食った仲』ってとこですかね…。なので前向きに検討させて頂きますよ」

「ありがとうございます」

 

彼らの商談がまとまったところに、先ほど部屋を出ていった男が帰ってきた。

「アンコール、準備OKです!」

「ご苦労様。では水谷さん、彼女たちのパフォーマンスをもう一回観させてもらいましょう」

「ええ…」

 

 

 

 

ステージの上に、先ほどとは別の衣装に着替えた、9人の少女たちが戻ってきた。

 

4千人強の観客席が、スタンディングオベーションで出迎える。

 

その中には…A-RISEの3人もいた。

 

周りの雰囲気に流されて、拍手をしていた訳ではない。

心から祝福したい…そう思っていた。

 

 

 

…心技体って言うけど、どれも完璧だった…

…まさに圧勝!…

…知名度、会場、出演順…この大会はすべてがμ'sに味方したことは間違いない…

…でも、それをプレッシャーとせず、あれだけのパフォーマンスをしたということに、拍手を贈りたい!…

…おめでとう、μ's!…

…おめでとう、高坂穂乃果さん!…

 

…同じステージに立てなかったのが心残りだが…

…もう、あなたたちとは闘えないのか…

…小泉さん…待ってるぞ…いつか私たちの世界にくることを!…

 

…彼女たちがどういう選択をしたとしても、あの娘たちはA-RISEのライバルだよ…

…永遠に…

…今日観たパフォーマンスは、私たちの心の中で生き続けるの…

…メロディも詩もダンスも…9人の表情も…

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂のスクールアイドルがアンコールのパフォーマンスを終えると、ツバサは席を離れ、会場を後にした。

「表彰式、観なくていいの?」

あんじゅが、その背中に問う。

「観るだけムダよ。優勝チームはわかってるし…悔しさが増幅されるだけだわ」

「まぁ、そうだな…」

英玲奈は頷いた。

「彼女たち、どうするんだろうね?」

「あんじゅは…どう思う?」

「そうねぇ…スッパリ辞めちゃうんじゃないかしら」

「私もそんな気がするのだが…」

「そうか…そうだね…」

「ツバサ…」

「スクールアイドルも辞めてしまうのだろうか…」

「それは…」

「どうだろう…」

 

自分たちは同学年の3人で活動しており『卒業=スクールアイドルでなくなる』ことに抵抗はない。

 

だが、彼女たちの立場となった時…どうしたらよいのかということは、やはり簡単には答えが出せないだろう…と感じていた。

 

「私たちが心配しても、どうにもならないんだけどね…」

ツバサはポツリと呟いた。

 

「あんじゅ!英玲奈!」

「なぁに?」

「どうした?」

「私は…私は…残念ながら高坂穂乃果にはなれない!」

「?」

「?」

「綺羅ツバサは綺羅ツバサだ。高坂穂乃果ではない。彼女のように明るく、真っ直ぐにチームを引っ張ることはできない!…だけど…だけど…こんな私に着いてきてくれるか?」

「…うふふ…今更ぁ?」

「あははは…なにを言い出すかと思えば…」

「笑わないでよ!こっちは真面目に話してるんだから」

「大丈夫!私たちは私たち。高坂さんとツバサを較べたりなんかしないよ」

「ツバサがああいうキャラになっても困るしな」

「英玲奈の言う通り!」

「…うん、ありがとう…ありがとう…」

「よしてよ…」

「バカバカしい」

「これから先は、相当な覚悟がなければやっていけない世界だけど…」

「そうね」

「わかってる」

あんじゅが…英玲奈が…ツバサの目を見る。

するとツバサは、それを避けるかのように視線を逸らした。

「バカ…そんな顔でこっちを見ないでよ…」

「もう、あと何日かで…」

「卒業…するんだな…」

「そう。スクールアイドルとしてのA-RISEはもう終わり。これからは『ただの』A-RISEになる…」

「…ただのA-RISEねぇ…」

「…ただのA-RISEか…」

 

あんじゅも、英玲奈も…そしてツバサも…高校を卒業して社会人になる…いや芸能界入りすることに、戸惑いを隠せないでいた。

 

それが夢であったにもかかわらず…。

 

 

 

 

 

心のメロディ

~完~






なんだかんだで、ちょうど100話となりました。
アニメでは、このあと最終回となるわけですが…後日談(劇場版)までは、もう少し書こうかな…と思ってます。


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やりたいことは(みんなが大好き編)
やりたいことは ~卒業旅行~





最終章(みんなが大好き編)です。






 

 

 

 

 

 

「ニューヨークでライブ!?」

 

理事長の言葉に、メンバー全員が口を揃えて驚いた。

無理もない。

μ'sとしての活動は、ラブライブの優勝をもって幕を閉じたのだから…。

 

 

 

 

 

本大会で栄冠に輝いた数日後、にこと希、絵里の3人は卒業式を迎えた。

これからはそれぞれ、別々の道を歩むことになる。

 

メンバー全員で校内を散策し、μ'sとして最後の時間を過ごす。

 

そして…活動の拠点とした『屋上』に、一礼して感謝の意と別れを告げた。

 

 

 

新たな人生へと旅立つ3人。

それを見送る6人。

 

 

 

校門の前で、いよいよ…という時に花陽がスマホを見て叫んだ。

 

 

 

「ええ~!!大変ですぅ!!」

 

 

 

慌てて部室に戻る花陽。

他のメンバーも、つられて走り出す。

 

 

 

PCを立ち上げた彼女は言った。

 

 

 

「次回のラブライブが、アキバドームでの開催を検討してるとのことです!」

「アキバドーム!?」

「それってアタシたちも出られるの?」

「そんな訳ないやん。ウチらはスクールアイドルやなくなるんよ」

「わ、わかってるわよ…でも、ほら、ゲスト出演とか…」

「まさかぁ…」

 

「あら、実はそうでもなくてよ…」

 

「!?」

「理事長!」

「お母さん!」

 

部室にひょっこり現れたのは、ことりの母…音ノ木坂の理事長だった。

 

「どういうことですか?」

「まだドーム大会の開催は、決定ではないみたいなの。だから、その実現に向けて、今大会優勝者の…あなたたちに協力してほしい…って今、知らせが来たところ…」

「協力…ですか?」

穂乃果が理事長に聴き返した。

「単刀直入に言うと…ニューヨークに行って、ライブをしてみない?…っていうお誘いなんだけど」

 

 

 

「ニューヨークで!?」

「ライブ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうするん?」

「どうするも、こうするもアメリカよ!ニューヨークよ!渡航費も滞在費もスポンサーが持ってくれるって言うんだし、こんなおいしい話はないじゃない!行かない手はないわよ」

「にこっち、それはそうやけど…」

「なによ?」

「この間のライブが最後って決めていたから、そう簡単に、頭と気持ちの切り替えができないのよ」

「希も絵里も行きたくないの?アメリカよ、ニューヨークよ。卒業旅行と思えばいいじゃない」

「そうにゃ!こんなチャンスは二度とないにゃ!」

「観光気分で行って、ライブをするっていうのは…ちょっと違うと思うの」

「ウチもそう思う」

「だったら、ライブは真剣にやればいい…それだけのことじゃない?」

「にこ…」

「そうだよ、絵里ちゃん!確かにあれ以上のパフォーマンスはできないかも知れない…っていうのはわかるけど…向こうに行ったら行ったで、気分も高まるだろうし」

「そうだよね。私も行きたいな…みんなと一緒に」

「それにさ、このライブが成功して、μ'sの知名度がもっともっと上がったら、ドームの出演だってあり得なくはないよね」

「うん、お母さんも言ってた。可能性はあるかもって。実際、学校にはμ'sへの取材申し込みが、結構来てるらしいの。今のところは、丁重にお断りしてるみたいだけど」

「穂乃果…ことり…」

 

「私は反対です!」

 

「う、海未ちゃん?」

「ニューヨークですよ、ニューヨーク?私たちだけで行くのは、危険過ぎます!きっと身ぐるみ剥がされて、あんなことやこんなことをされて…あぁ、ダメです…生き恥を晒すくらいなら…」

 

「えっと…海未ちゃんは、ちょっと放っておこうか…」

さすがの穂乃果も、この状況には匙を投げた…。

 

「凛はパスポートないにゃ!」

「花陽も…」

「アタシも」

「穂乃果も持ってないや」

「私は持ってるわよ」

「そりゃあ、アンタは持ってるでしょうよ…」

と真姫に噛みつく、にこ。

「べ、別に自慢したつもりじゃ…」

少しバツが悪そうに、真姫は下を向いた。

「ことりも持ってるよ…」

「そっか…ことりちゃんはフランスに留学するつもりだったんだもんね…」

「あ、そういうつもりじゃ…」

穂乃果を気遣って、ことりは慌てて手を振った。

「パスポートなら、ウチも持ってるよ」

「私も…」

「なによ!希と絵里は、持ってるなら手間要らずじゃない。行く行かないで迷う必要なんてないでしょ!じゃあ『持ってない組』は、今から申請に行くわよ!」

「申請って、どこに行ったらいいのかにゃ?」

「ここからだと、一番近いのは有楽町の交通会館だよ。初めてだと1週間くらいかかるよ」

「さすが、ことりちゃん!」

「1週間…って、結構ギリギリじゃない!急ぐわよ!」

「待って、にこちゃん!」

「なに?穂乃果?」

「海未ちゃんも多分、持ってないと思うから、一緒に…」

「私はいいです!行きませんから!」

「そういう訳にはいかないでしょ!」

「面倒な人!」

「出たにゃ!真姫ちゃんの決めゼリフ!」

「海未ちゃんは、こうなると一番厄介やね…」

「確かにそうね…」

希も絵里も、笑って海未を見ている。

「それで、あなたたちは行くの?行かないの?」

その2人に真姫が問い掛けた。

「えっ?ウチら?…えりち…どうするん?」

「…仕方ないわねぇ…」

その言葉に一同がドッと笑った。

「ちょっと、それはアタシのセリフでしょ!」

にこだけが、不満げな様子。

「決まりね!ニューヨークでのライブ!」

真姫はパン!と手を叩いてこの場を締めた。

「やった~!楽しみにゃ~!」

「うん、凛ちゃん!ワクワクするね」

「それにしても…ウチの言った通りやろ!あの時、ことりちゃんが見たっていう夢…あれ、本当になったんやん」

 

「あっ!…」

一同は、2ヶ月ほど前、希がことりの見た夢に対して「正夢なんやないかな…」とコメントしていたのを思い出した。

 

「うん、世界大会じゃなかったけど…みんなでアメリカに行くっていうのは、その通りになったね」

「ことりちゃん『今度は』忘れ物したらいかんよ」

「うふふ…」

「…で、結局、何を忘れたんやったっけ?」

「なんだっけ?…えへへ、それが思い出せなくて…」

 

 

…ことり専用の枕なんだけどね…

…でも、花陽ちゃんがいてくれれば平気だってわかったから、もし忘れちゃっても、もう大丈夫だもん…

 

 

 

ことりは、希にはわからないよう、花陽に向かってウインクをした。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その2 ~@NRT~

 

 

 

 

 

「♪は~るばる来たにゃ!成田へ~!」

「成田はそんなに遠くじゃなかったよ。むしろ、これからの方が長いんだから」

「すごいね!色んなお店があるにゃ!」

「そうだけど…凛ちゃん、はしゃぎ過ぎだよぅ」

「だって、凛、初めての飛行機なんだもん!テンション上がるにゃ~!!」

「花陽も初めてだよ」

「2年生になれば、修学旅行が沖縄だから乗れる…と思ってたけど、一足早く飛行機デビュー!しかもニューヨーク!!凛、スクールアイドルやってて良かったぁ!これも、かよちんのお陰にゃ!」

「違うよ。凛ちゃんが一生懸命頑張ってきた、ご褒美だよ!」

「うん、そうだね。かよちんも…みんなも!!ねぇ、もっと見て廻ろうよ!ラーメン屋さんも、いっぱいあるにゃ!」

「あははは…そこまでの時間はないよ…ぴゃあ!凛ちゃん、引っ張らないでぇ!…あっ!希ちゃんと絵里ちゃんと…亜里沙ちゃんだ」

「凛ちゃん、花陽ちゃん!おはようさん!」

「おはよう!」

「おはようにゃ!」

「おはようございます」

「凛先輩!花陽先輩!おはようございます!」

「亜里沙ちゃん、おはよう!お姉ちゃんのお見送り?」

「はい!」

「私は来なくてもいい…って言ったんだけど…」

「アメリカに行くのは初めてですから」

「絵里ちゃん、アメリカに行ったことなかったの?」

「そうね…だから、あんまり英語は期待しないでね!」

「にゃ?期待してたのにゃ…」

「大丈夫!話せなくても、日本語で押しきれば、なんとか通じるんよ!会話は気合いやから」

「そういうもの?」

花陽と凛は顔を見合わせた。

「ふふふ…」

絵里と亜里沙が、それを見て笑う。

「あ、あの…これ…交通安全のお守りです!」

亜里沙が持っていたバッグから、それを取り出すと、2人に手渡した。

「凛たちに?」

「はい!全員分ありますから…。ライブ、頑張ってくださいね!」

「ありがとう!大事にしまっておくね!」

「希パワーがた~っぷり注入されてる限定品やからね!」

「はい!頂きましたぁ!」

凛と花陽は、お守りを両手で持つと、希を崇めるようにお辞儀をした。

 

「あれ、にこちゃんがいないにゃ?」

「にこっちなら、あそこで家族写真撮ってるよ」

5人の視線の先には、にこと母親と、3妹弟の姿。

 

…はい、ポーズ!…

「にっこにっこに~!!」

 

「仲良し親子にゃ!」

「羨ましい…」

「希?」

「ううん、なんでもない…それより、真姫ちゃんは?」

「もうすぐ、来ると思うけど…『パパが車で送ってくれるから』って…」

「だから別行動にゃ」

「さすがの真姫ちゃんも、ひとりで海外は初めてらしく、お父さんがすごく心配してたみたいで」

「真姫ちゃんはファザコンやね、きっと」

「わかるにゃ~!」

 

「私がどうかした?」

 

「にゃ~!!ま、真姫ちゃん!い、いつの間に!」

「まだかな?…って話してたところやけど」

「そうにゃ、そうにゃ!」

「ふ~ん…。早めに着いたから、お茶してたの」

「よ、余裕にゃ…」

「…で、2年生は?」

「それが…まだ…」

絵里は少し不安げな顔をした。

「大丈夫だよ、海未ちゃんがいるし」

「花陽、今回はその海未が心配なのよ」

「あ…」

「異常な程、拒否反応示してたものね」

真姫は絵里の言葉に同意した。

「なにかトラウマがあるんやろうか…。沖縄には普通に行ったんやろ?」

「多分…」

「なら、飛行機が苦手ってわけではなさそうやね…」

 

 

 

「海未ちゃん、早く、早く!」

「ことり、走らないでください!」

「だって、海未ちゃんが遅いから…」

「アメリカですよ!アメリカ!ことりのように忘れ物をしたら、取り返しのつかないことになるのですよ!念には念を…は、当然のことです!」

「だから、あれは夢の中の話で…」

「ことりは本当に大丈夫なのですか?パスポート、チケット…ちゃんと持ったのですか?…」

「うん、大丈夫だよ!」

 

「あ、来たにゃ!お~い、海未ちゃん!ことりちゃん!こっちにゃ~!」

 

「はぁ…はぁ…遅くなりました…」

「いや…まだ大丈夫やけど…」

「穂乃果が遅刻したの?」

「ううん、絵里ちゃん…海未ちゃんが何回も忘れ物がないか、チェックしてて…」

「はい、すみません…ですが、皆さんに迷惑は掛けられませんので…」

「いいんよ。時間に間に合えば」

「…で、ことりの脇に抱えてるのは、なに?」

写真撮影を終えて合流したにこが、不思議そうな顔をして訊く。

「えっ?これ…枕だよ!機内で寝るときのために…」

「あぁ、そうね。エコノミーだと、寝るの大変そうだもんね…」

「それって自慢?」

いつものように、にこが噛みつく。

「そういうつもりはないけれど…最低でもビジネスクラスしか乗ったことがないから…ちょっと…エコノミー症候群も心配だし」

「そうやね。それは気を付けないといかんね」

 

「…で?穂乃果は?」

「穂乃果ちゃんは?」

「穂乃果さんは?」

亜里沙を含めた7人は同じ質問をした。

 

「穂乃果ですか?」

「まさか、本当に遅刻…」

「ううん、ことりたちより先に来ているハズだよ」

「ええ、展望デッキにいると連絡がありましたから…」

 

 

 

「あ…あそこにいるのが、穂乃果ちゃんじゃない?」

「あ、花陽ちゃん、みんな!」

「そろそろ、時間ですよ」

「うん、わかった…」

そう言った穂乃果だが、まだ、動かない。

ジッと空を眺めている。

「穂乃果ちゃん?」

 

 

 

「私たち、行くんだね。あの空へ!見たことのない世界へ!」

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その3 ~甘い誘惑~

 

 

 

 

 

「穂乃果…あなたのいい加減さには、ほとほと愛想が尽きました…」

そう言ってホテルのベッドに横たわり、泣き崩れているのは…海未。

 

彼女がそうなったのには、理由がある。

 

μ'sのメンバー9人を乗せた飛行機は、無事にニューヨークに到着。

 

3台のタクシーに分乗し、ホテルを目指したのだが…

 

海未、ことり、凛の3人は『穂乃果が誤って書いたメモ』のせいで、いわゆる『ハーレム街のホテル』に、その身を送られてしまう。

 

ニューヨークの…都会的なイメージとは程遠い、廃墟のようなホテルを前にして立ち尽くす3人。

当然、そこにメンバーの姿はなく…渡米早々、仲間とはぐれる。

 

「本当にここなのですか?なぜ、みんなはいないのですか?私たちはこのあとどうなるのですか!あぁ、神様仏様…」

海未の思考能力は完全に停止した。

 

しかし、この状況で意外と冷静だったのは、凛。

穂乃果が書いたメモと、聴いていた宿泊先のホテル名が違うことに気付く。

 

誤りを認識した3人は再びタクシーに乗り、30分程遅れて、ようやくメンバーの待つホテルへと辿り着いた。

 

 

 

そして海未の怒りの矛先は、穂乃果に向けられ…冒頭のセリフとなったわけである。

 

 

 

「いやぁ、ちゃんと書き写したハズだったんだけど…」

穂乃果は、敢えて明るい声で振る舞った。

ここで暗い顔をして「ごめん…」などと言おうものなら、楽しい旅の始まりも、テンションがだだ下がりになってしまう。

 

だが、それは今の海未には通じるハズもなく

「笑って誤魔化さないでください!今日という今日は許しません!あなたのその雑で、おおざっぱで、お気楽な性格が、どれだけの迷惑と混乱を引き起こしてると思っているのです!?凛が、正しいホテル名を覚えていたから助かりましたが…そうでなければ今頃私たちの命は…」

「大袈裟にゃ…」

「大袈裟ではありません!」

「ひゃっ!」

海未の鬼のような形相に、思わず凛は…それこそ猫みたいに、飛び上がって後ろに下がった。

「でも海未ちゃん…無事にホテルに着いたんだし…」

一緒に遭難しそうになったことりが、海未を慰める。

「そうやね!旅先で迷うことなんか、よくあることやん!」

「嫌です!そんな慰めは聴きたくありません!」

「いい加減にしなさいよ!少なくともメモの内容を確認していなかったのは、海未のミスでしょ?凛はちゃんと覚えてたわけだから、穂乃果のせいだけにするのは、違うんじゃないの?初めての海外で不安があったりするのはわかるけど…ちょっと、怯え過ぎ」

ピシャリと言ったのは、真姫。

「…」

そう指摘された海未は、反論できず言葉を失ない、枕に顔を埋めてしまった。

 

 

 

…さて、どうしたものか…

 

 

 

部屋の中は、海未のシクシクと泣く声だけが響く。

 

 

 

「…海未ちゃん、みんなの部屋見に行かない?」

「ホテルのロビーもすごかったわよ…」

「じゃあ近くのカフェに…」

ことりが、絵里が、穂乃果が…次々と声を掛けるが、海未からの返答はない。

お手上げ…と、それぞれが顔を見合わせる。

 

 

 

そんな淀んだ空気を変えたのは

「あの…取り敢えず、お茶しませんか?穂むらのお饅頭持ってきたので…」

という花陽の一言だった。

 

 

 

一瞬、海未の嗚咽が止まる。

 

 

 

「なんでニューヨークまで来て、お饅頭なのよ!」

「そもそもどうして持ってるのよ!」

にこと真姫が、素早く反応した。

「こっちのスタッフの人用に、日本からの手土産として持ってきたんだけど…和のモノって、喜ばれるでしょ?」

「さすが花陽ちゃん、気が利くやん!」

「えへへ…でも1箱くらいは、みんなで食べてもいいかな…なんて」

「そうね。一旦、落ち着きましょうか」

「そうやね。ウチも丁度お腹が空いてたんよ!」

希が絵里に話を合わせる。

「じゃあ、それを食べたら明日からの予定を決めちゃいましょ」

「だから、絵里!それを仕切るのはアタシなんだってば!」

「どうするん?えりちたちの部屋が一番広いから、あっちに行くけど…」

 

…だきま…

海未が蚊の鳴くような声で呟いた。

 

「えっ?」

「海未ちゃん、今、なにか言った?」

 

「…折角なので…いただきます…」

 

 

 

…食べるんかい!…

…食べるんだ…

 

にこと真姫の心の声。

 

 

 

…花陽ちゃん、ファインプレーや…

…花陽、ハラショーです!…

 

これは、希と絵里。

 

 

 

…ふふふ…海未ちゃん、本当に穂むらのお饅頭大好きだね…

…花陽ちゃん、ナイスフォロー!助かったよ…

 

ことりと穂乃果。

 

 

 

…さすが、かよちん!…とても、真似できないにゃ…

 

凛は尊敬の眼差しで、花陽を見ていた。

 

 

 

「でも、ここに日本茶は…」

「大丈夫です、穂乃果ちゃん!花陽、持って来ましたよ!…ティーバッグですけどね…。だって、ご飯のあとは、やっぱり日本茶じゃないですか!」

「ぬ、抜け目ないね…」

穂乃果は用意周到な花陽に、あはは…と笑った。

 

 

 

 

 

「ふぅ…そもそも、なぜニューヨークなのですか?ライブなら日本で十分じゃありませんか…」

穂むらの饅頭を食べ終わり、少しホッとしたのか、海未の顔に生気が戻ってきた。

「またその話?」

と明らかに面倒くさそうな真姫。

「海未ちゃん、お母さんが言ってたでしょ?こっちのテレビ局から、スクールアイドルを紹介したいから…って、μ'sにオファーが…」

「本当にすごいことにゃ~!」

「それは何度も聴きました」

「海未ちゃん、よく聴いてください。次回の開催を検討しているアキバドームの収容人数は、今回、私たちが歌った会場のおよそ10倍です!ラブライブの認知度が高まったとはいえ、まだまだ一部のネットユーザーを中心としたもの。今の実績だけでは会場を抑えることは難しいんです」

花陽が一気に捲し立てた。

「そこで、このライブ中継でさらに火を点けてて」

「ドーム大会実現への実績を作ろうというわけやね」

絵里と希が言葉を引き継ぐ。

「それで本当に効果は出るのでしょうか?」

「どうやろね…。でも今回の中継はネットだけやなく、TVでも放送されるみたいやし、グッと認知度が高まることは、間違いないと思うんやけどね」

「…もしドーム大会が実現したら、μ'sはゲストとして呼ばれるわよね?」

「…わからないけど…可能性はあるんじゃない…」

にこの発言を右から左に流す真姫。

「うふっ!にこのためにドームに詰めかける何万もの観衆!きゃ~!ス・テ・キ!」

 

「…気持ち悪い…」

 

「な…」

 

にこは真姫から痛恨の一撃をくらった…。

 

 

 

 

 

 

「私、あの鉛筆みたいなビル登りた~い!」

「エンパイア・ステート・ビルやね?」

「あ、それは凛も知ってるにゃ!確か…ゴジラが登ったとこだよね」

「違うよ、凛ちゃん…キングゴングだよ」

「そっか!さすが、かよちん!」

「ことりはミッドタウンでショッピングしたいな!」

「やっぱり自由の女神は外せないにゃ」

「アタシは、時間があったらブロードウェイミュージカルを観たみたい」

「私は何回か来てるから…メトロポリタン美術館…もしくは近代美術館」

「ん?嫌味?」

「あなたたちは、ここに何しに来たと思ってるんですか?」

「なんだっけ?」

「観光?」

「ライブです!!」

「いや、海未ちゃん…そんな真顔で突っ込まなくても…」

「お約束のボケにゃ…」

「大切なライブがあるのです!観光などしている暇はありません!幸い、ホテルのジムにはスタジオも併設されているようです そこで練習しましょう。外には出ずに!!」

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

「わざわざ来たのに?合宿やないんやから」

「合宿だって、遊んでばかりだったじゃないですか!」

「いやいや、海未ちゃん…そうは言ってもニューヨークやん!少しくらいは…」

「ダメです!また迷子になるのはゴメンです!」

 

 

 

…よっぽど怖かったんやね…

 

 

 

「大丈夫、大丈夫!街の人、みんな優しそうだっ…」

「穂乃果の言うことは一切信じません!」

「たははは…まいったね、これは…」

「海未…」

「はい、なんでしょう?」

「確かに、ラブライブ優勝者としても、このライブ中継は疎かに出来ないわ」

「絵里…その通りです」

「でも、歌う場所と内容に関しては、私たちからも希望を出してくれ…って言われているの。だから、この街のどこで歌えばμ'sらしく見えるのか…街を周って、考えてみる必要があるんじゃないかしら…。それとも、スタジオからライブをやるつもり?」

「え…いやそれは…」

「そうだよ、そうだよぅ!絵里ちゃんの言う通り!」

「穂乃果は調子に乗らないの!」

「はい…すみません…」

「だから朝はちゃんと早起きして、そのあと練習。それが終わってから、歌いたい場所を探しに出かけるというのはどう?」

「私はそれでいいと思う!」

「ことり?…」

「だって海未ちゃん、やっぱり、もったいないよ。折角ニューヨークまで来たんだから、楽しまなきゃ損だよ」

「絵里の意見に賛成の人…」

にこが挙手を募る。

 

結果は…言わずもがな。

海未以外は賛成だった。

 

「決まりやね」

「よ~し!そうと決まったらご飯にしよう!」

穂乃果が両の腕を突き上げて叫ぶ。

 

対照的に海未は、深く大きな溜め息を吐くと、その場にへたりこんだ…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その4 ~それぞれの部屋で~

 

 

 

 

 

ニューヨークに来て、初めての夜。

 

食事を終わらせたメンバーは、それぞれの部屋に戻った。

 

 

 

ことりは、海未にババ抜きを付き合わされている。

 

どちらかのカードが必ずペアになるため、2人でやるババ抜きほどつまらないものはない。

それならば、最初からジョーカー+別のワンペア…の3枚で充分ことが足りる。

 

そんなことは百も承知なのだろうが、このカードゲームで連戦連敗中の海未は、なにか必勝法があるハズだと、ことりを練習台に、何度も勝負を挑んでは返り討ちにあっていた。

 

「…次こそ勝ちます!」

海未のカードは残り2枚…。

 

「…ええっと…う~ん…こっちかな?」

 

…えっ!?…

 

「こっち?」

 

…ふぅ…

 

「やっぱり…」

 

…わぁっ!?…

 

「…ね…ねぇ、明日も早いからそろそろ寝よう…」

ことりは最後のカードを引く前に、海未に提案をした。

「ダメです!」 

しかし、即答で拒否される。

「必ずや、必ずや勝つ方法が何かあるハズです!いざ!」

「う~ん…海未ちゃん、ごめん!」

「ぬわぁぁっ!なぜなのですぅ!…」

「じゃあ、これで終わりに…」

「いえ、もう一度!」

「海未ちゃん…」

 

海未に『癖』を教えない…あるいは、1回でも勝たせてあげない、ことりもことりである。

彼女も案外、意地が悪い…いや、勝負事には厳しいと言うべきか。

 

こうして、海未とことりの夜は更けていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで…どうしてアタシたちの部屋だけ3人なのよ」

「どうして…って、にこちゃん!くじ引きしたら、そういう部屋割りになっちゃったんだから、しょうがないじゃん」

穂乃果は「私に言われても…」と困った顔をしている。

「どうせ、寝るだけなんだから、別にいいじゃない…それとも私と一緒は、いや?」

と絵里が問い掛けた。

「そんなことは言ってないわよ…」

しかし、にこは一瞬、絵里から目を逸らした。

「あ、なるほど!そういうことか!つまり、にこちゃんは、絵里ちゃんとの間に『希ちゃん』がいないとダメなんだ!そういえば、このツーショットはあんまり見ないもんね」

「そんなことないわよ!」

「考えてみれば、にこちゃんと絵里ちゃんて、両極端の2人だもんね!」

「なにがよ!?」

「スタイル!頭の良さ!性格!」

「それは、そっくりアンタに返すわよ」

「こういうの、なんて言うんだっけ?北風と太陽?豚に真珠?猫に小判…」

「月とスッポンでしょ!…って、誰がスッポンよ!はい、そこ!絵里、笑わない!」

「うふふ…ごめんなさい!」

「私、希ちゃんに話して、部屋、替わってもらおうか?」

「そんな余計なこと、しなくていいわよ!」

「それとも、にこちゃんが希ちゃんと替わってもらう?」

「だから、別にいいから!」

 

…アンタが向こうに行ったら行ったで、今度は真姫が困るだろうし…

…アタシが真姫のところに行っても、それはそれで気不味くなるし…

 

「?」

「なんでもないわよ!」

「でもね、穂乃果。私たち3人、共通点もあるのよ」

「えっ?絵里ちゃんとにこちゃんと穂乃果の共通点?…わかった!『長』繋がりだ!」

「長繋がり?」

にこは首を傾げた。

「うん、ほら…元生徒会長、現生徒会長…元部長」

「あぁ、なるほど…」

「なるほど…って絵里ちゃん、違うの?」

「う~ん…半分正解」

「半分?」

「私たち、3人とも『長女』でしょ?」

「!」

「そう言われれば、そうね」

「そっか、にこちゃんもお姉ちゃんだったんだっけ!」

「どういう意味よ!」

「お母さんかと…」

「妹と弟よ!」

「ははは…そうでした…」

「あなたたちの、そういうとこも、もう見られなくなるのね…」

「絵里…」

「絵里ちゃん…」

「…穂乃果…」

「はい!?」

「亜里沙をよろしくね!あの子、まだ日本の生活に慣れてなくて、世間ズレしてるとこがあるから…」

「よろしくなんて、そんな…」

「にこの妹さんも音ノ木坂に入って、アイドル活動するのかしら…」

「さあ…」

「にこちゃんは入って欲しいと思う?」

「そうねぇ…」

と言ってしばらく考えたあと、こう言った。

 

「入りたい!って言ったら、止めないわよ。だって、きっとあの子たちの世代にも、穂乃果か絵里たちがいるハズだから…」

 

 

 

…ふふふ、決まったわね…

 

 

 

それを聴いた2人は、にこの顔をマジマジと見た。

 

「にこちゃん、熱ある?」

「お水飲む?」

 

「おぉ~い!!ここ、感動するとこ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃ~ん、ただいま~!」

部屋に戻ってきたのは希。

「ジュース買ってきたよ~…って、まだシャワー中やったかな?」

「あ、ありがとう…もう、出たわよ。今、服着てるとこ…」

「あ、急がなくてもいい…ん?…これは…」

希は棚の上にあったノートを見つけて手に取ると、ページをペラペラと捲った。

 

 

 

…楽譜?…

 

 

 

「希、なに勝手に見てるのよ」

洗い髪をタオルで拭きながら、真姫がドレッシングルームから出てきた。

「あ…ごめん…」

「中…見たの?」

「おたまじゃくしがいっぱいいた…って、これ見よがしに置いておくんやもん、見たくなるやん」

「そうね、置きっぱなしにした私が悪いわ」

「真姫ちゃん…その曲…もしかして?」

「いいの…私が勝手にやってるだけだから、気にしないで」

「ウチは音符読めんから、どんな曲かはわからないけど…」

「9人で新しい曲を歌うことがないのはわかってるわよ。だから、これは『If』の世界の曲…」

「…」

「なによ?言ったでしょ!μ'sは解散するけど、スクールアイドルは続けるって。だから色々なテーマで書き貯めてるの!」

「そう…」

「まさか、こういう展開になるとは思ってなかったけど…」

「ウチもや…」

「えっ?」

「真姫ちゃんと、ひとつの部屋で、一晩過ごせるチャンスがくるなんて!」

「そ、そっち!?」

「せっかくやから『発展途上』やったとこ、どれくらい成長したか、調べてみようか?」

「な、な…」

「最近してなかったからね…『ご無沙汰ワシワシ』ってことで」

「なに、それ!?意味わかんない!」

「真姫ちゃん、覚悟!」

「希!本当に怒るわよ!」

「いいやん、減るもんやないし」

「そういう問題じゃないでしょ!明日も早いんだし、もう寝るわよ!」

「え~、もう寝るん?」

「寝るわよ!」

「枕投げ…」

「するわけないでしょ!」

「う~ん…つまらない」

「いいの、それで」

「じゃあ、寝る前にウチから質問があるんやけど」

「なに?」

「真姫ちゃん、好きな人、いる?」

「はぁ?なに、いきなり?」

「修学旅行の定番やろ」

「修学旅行じゃないでしょ!」

「付き合い悪いやん」

「今に始まったことじゃないでしょ!」

「ウチはね…いるんよ。好きな人…」

「えっ!?」

「聴きたい?」

「べ、別に…希の趣味なんて興味ないわよ…」

「それは…真姫ちゃん!」

「ヴェ~~~!」

「ずいぶんな反応やね…」

「…ご、ごめん…」

「大丈夫、嘘やから!」

「希!」

「真姫ちゃん…」

「なに?」

「ウチの好きな人…大切にしてね!」

「えっ?」

「じゃあ、おやすみ…」

「えっ?えっ?ちょっと、どういうこと?」

「ふふふ…おやすみ…」

 

 

 

…大切にしてね?…

…誰のこと?…

…絵里?にこちゃん…でも、もう卒業していなくなるんだし…

…そんなこと言われたら、考えて眠れなくなるじゃないの!…

…あぁん、もう!この部屋割りは最低だわ!明日は別の人に替えてもらおう!…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その5 ~星の光と陽の光~

 

 

 

 

ホテルの部屋割は『ことりと海未』『真姫と希』『穂乃果、にこと絵里』…

 

 

 

そして、最後は…

 

 

 

花陽と凛は、窓から外を眺めている。

「うわぁ…」

「うひゃあ~…」

「凛ちゃん、綺麗だねぇ…」

「うん…」

頷く、凛。

 

それから2人は、しばらく黙ったままの時間を過ごした。

お互い、隣にいるだけで、穏やかな気持ちになる。

会話をしなくても、気まずくならないのは、それだけの年月を積み重ねてきた証しなのだろう。

 

時おり、緩やかに夜風が吹き抜けていく。

 

どれくらい経ったろうか…

 

「そろそろ…」

花陽が凛に声を掛ける。

「うん、ちょっと冷えてきたね…」

「風邪、引いちゃうといけないから…」

そう言って、花陽が窓を閉めた。

「かよちん…」

「なぁに?…凛ちゃん」

「2人きりで過ごす夜って、久し振りだね…」

「そうだね…」

「しかも、それがニューヨーク…」

「うん…」

「凛ね…今、この1年間を振り替えってたんだ!」

「花陽もだよ」

「これまでの15年間がなんだったんだろう…って言うくらい、中身の濃い1年だった」

「そうだね…」

「本当に…本当に…かよちん、ありがとう!凛をここまで来させてくれて、感謝してもしきれないにゃ」

「違うよ、凛ちゃん!出発の時も言ったけど、それは凛ちゃんが頑張ったから…」

「違くないよ!…かよちんは昔から、自分の気持ちを隠して、ずっと凛に合わせてくれてた。いつも、優しく見守ってくれてた」

「凛ちゃ…」

「最後まで聴いて!」

「う、うん…わかった…」

「凛は…ずっとかよちんに憧れてたんだ…」

「えっ?」

「だって、かよちんは凛にない『女の子の部分』を、全部持ってるんだもん!」

「?」

「頭が良くて、気遣いができて…可愛くて…おっぱいだって、おしりだって、ちっちゃい頃は凛と同じでペッタンコだったのに、いつの間にか、こんなにエッチな身体付きになってるし…」

凛はそう言うと、花陽に抱きついた。

「凛ちゃん…」

「う~ん、やっぱり、かよちんをギュッとすると気持ちいいにゃ~」

「あ、ありがとう…」

「それでね…凛、途中から、かよちんを誰にも渡したくない!…って思ったの。凛が独り占めしたい!…って思ったの」

「…うん…」

「でもね、本当は…かよちんがいなくなったら、凛、ひとりぼっちになっちゃうんじゃないか…って、それが怖かったんだ。だから…」

凛はそこまで言うと、喋るのをやめた。

 

凛に抱き締められていた花陽は、逆に凛を抱き締めた。

 

「次は、花陽の番だね」

「かよちん…」

「花陽こそ、凛ちゃんがいなければ、ひとりぼっちだったよ。元気な凛ちゃんがいつも側にいてくれたから、花陽はここまでやってこれた。花陽は別に、凛ちゃんのいいなりになってたわけじゃないよ…自分で決断できなかったことに対する、責任逃れをしてただけなんだよ」

「かよちん…」

「だから、凛ちゃん!そんなことは気にしちゃイヤだよ!」

「やっぱり、かよちんは優しいにゃ~!凛はかよちんが大好きにゃ~!」

凛は猫のように、花陽の身体に顔を擦り寄せた。

 

「でもね…」

と凛は言葉を続けた。

 

「かよちんは凛と違って、悪口言わないし、人を幸せにする力があるから、大丈夫だよ」

「え~…花陽にそんな力はないよ。人見知りだし…」

「あるよ!かよちんの笑顔を見て、幸せにならない人はいないにゃ!だって、凛がそう思うんだから、間違いないにゃ!」

「ありがとう。凛ちゃんにそう言ってもらえるのが、一番うれしいよ」

「ねぇ、かよちん!」

「?」

「かよちんにとって、凛はどういう存在?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

…それは希と過ごした、あの夜に、問われた事…

…そして、それは花陽が凛に、一番訊きたかった事…

 

 

 

「ど、どうしたの?」

「えへへ…凛、かよちんにどう思われてるのかな…って。バカ…って思われてないかな?自分勝手って思われてないかな?…ちゃんと、友達って思ってくれてるかな…って、ときどき不安になるんだ」

「それは…むしろ、それは花陽の方が…」

「かよちんが?」

「前に訊かれたことがあるの…『花陽ちゃんにとって、凛ちゃんはどういう存在?』って」

「にゃ?」

「でも、ちゃんと答えられなかった」

「ぬ?」

「花陽にとって凛ちゃんは、ただの幼馴染みじゃない。とっても大切なお友逹…。だけど、そう思ってるのは花陽だけで、凛ちゃんはそう思ってないんじゃないかな…なんて。だから自信を持って『親友』って言えなかったの」

「凛と一緒にゃ…」

「でも、凛ちゃん、花陽のことをどう思ってるのか、訊く勇気がなくて…」

「う、うん…」

「凛ちゃん!」

「は、はい!?」

「花陽は凛ちゃんのこと、親友って言ってもいいの?」

「当たり前にゃ!凛だって、かよちん以上の友達はいないにゃ!例え、かよちんがみんなのものになっても、凛のかよちんに対する気持ちは変わらないにゃ!」

「えっ!?」

「凛は知ってるよ!μ'sのみんなが、かよちんが大好きだって!」

「ええっ?」

「真姫ちゃんは、にこちゃんとかよちんが好き。にこちゃんも、真姫ちゃんとかよちんが好き。ことりちゃんは、穂乃果ちゃんとかよちんが好き。希ちゃんは…絵里ちゃんとにこちゃんと…かよちんが好き。あと…雪穂ちゃんもにゃ!みんな、みんな、かよちんのことが大好きなんだって…」

「いや、えっと…」

「いいにゃ!かよちんが悪いわけじゃないんだから。っていうか、全然悪いことじゃないにゃ。凛はね、凛が大好きなかよちんが、みんなも好きになってくれて、嬉しくて仕方ないんだよ。だって、ずっと昔から、なんで、みんな、かよちんの良さをわかってくれないんだろう…って思ってたんだから…」

「凛ちゃん…」

「スクールアイドル始めて、キラキラと輝いてるかよちんが見れて…凛にも真姫ちゃんとか、にこちゃんとか、たくさんの大事な仲間に出会えた。最初はかよちんが、みんなと仲良くしてると『凛のかよちんだよ!盗らないで!』って思ったけど、今は違う。みんなが、好きになってくれて良かった!って、心から思ってるんだよ。そして、みんなから愛されてるかよちんを、親友に選んだ凛の目は正しかったんだ!って」

「…凛ちゃん…」

「だから、かよちんさえ良ければ、凛は、ただの親友じゃなくて『大親友』でいたいの!」

「…」

「ダメかにゃ?」

「ダメなわけないじゃない!ダメじゃないよ!そっか…親友じゃなくて、大親友なんだね!じゃあ、花陽は大大親友にするね」

「あ、ずるいにゃ!それじゃ、凛は大大大親友にするにゃ!」

「え~っ!そうしたら花陽は…」

「にゃははは…」

「えへへ…」

「かよちん…もっとギュッとして…」

「うん!」

「あったかいにゃ!」

「凛ちゃんの話を聴いてたら、恥ずかしくなっちゃって…汗かいちゃた」

「みんなに愛さてるかよちんにギュッってされてる凛は、世界一の幸せにものにゃ!」

「大袈裟だよ」

「このままチューしてほしいにゃ!」

「チュ、チュー?」

「ダメかにゃ?」

「…え、えっと…どうしようかな…」

「じゃあ、凛がするにゃ!」

 

 

 

…あっ!…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その6 ~眠らせて~

 

 

 

 

 

翌朝…。

 

「おっはようにゃ~」

「おはようございま~す」

ホテルのロビーに降りてきた絵里を出向かえたのは、凛と花陽。

「おはよう…あなたたちだけ?」

「時間前ですから」

「凛はまだ眠いけど、かよちんに起こされたにゃ!」

「えへへへ…お腹空いちゃって…。ちょっと先にカフェでモーニングしちゃいました」

「にこちゃんと穂乃果ちゃんは?」

「私が起こしたから、もう降りてくると思うけど…あ、来たわ…って、なに、朝から言い合いしてるのかしら」

 

「だいたい、アンタは寝相悪すぎるのよ!どうして絵里を越えて、アタシのとこまでくるのよ!」

「え~と…それは…」

「おまけに、蹴るわ殴るわ…アタシに恨みでもあるの?」

「ないよ。あるわけないじゃん!」

 

「朝から、なに揉めてるにゃ?」

「穂乃果の寝相が悪過ぎて、アタシは寝不足なのよ!寝惚けて『なんで、にこちゃんがいるの?』とか言うし!!」

「たははは…」

「そう言えば、穂乃果ちゃん、合宿の時も、とんでもないとこで寝てたよね」

「うん、花陽ちゃん、あの時は崖の上にいた…。普段、家で寝てる時は、そんなことないんだけど…」

「あり得ないでしょ!」

「よしてよ、寝不足で体調不良だなんて」

絵里がクスッと笑って言った。

「逆にあの状況で熟睡してる、アンタが凄いわ」

「そ、そう?」

「でも、絵里ちゃんだって寝言…」

「穂乃果!それは黙っててあげなさいよ」

「えっ!?寝言?私、なにを言ってたの?」

「えへへ…」

「まさか、絵里があんなことを…ね…」

「うん、あんなことを…」

「えっ?えっ?ちょっと、なぁに~?」

「いや、いや…」

「凛も聴きたいにゃ!」

「じゃあ、またあとで」

「うん、約束にゃ!」

「ちょっとぉ~」

 

「えりち、朝からどうしたん?」

「ホント、騒がしいわよ…」

「希、真姫!おはよう!…えっと…こっちの話は置いておいて…それより、そっちは良く寝れた?」

「ウチはバッチリ!」

「わ、私も…」

 

…って、寝る前に希がおかしなことを言うから、気になって熟睡できなかったけど…

 

「それより、海未とことりは?」

真姫は自分のことを悟られないよう、話をすり替えた。

「それが…まだなのよね」

と絵里。

「珍しいはね。いつも集合時間の30分前には来るような人が」

「でも、真姫ちゃん。出発の時も一番遅かったにゃ!」

「そういえば、そうね…」

 

 

 

そして、待つこと5分…。

 

 

 

「おはようございます…」

海未とことりは、集合時間ギリギリに現れた。

「海未ちゃん、ことりちゃん、おはよう!って…なんか元気ないね」

穂乃果は2人の顔を見る。

「そ、そうですか?」

「う、うん…そんなこと…ねぇ?」

「は、はい」

 

「?」

 

 

 

…海未ちゃんがトランプで勝てなくて、朝までしてたとは…言えないよね…

 

…ことりには悪いことをしてしまいました…

…ですが、今晩こそは!…

 

 

 

「海未ちゃん、顔が険しいけど、なにかあった?」

穂乃果は再び、海未に問い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニューヨークにも、こんな自然豊かなところがあるのね」

「大都会の真ん中に、こ~んなに大きな公園があるなんて…素敵だね」

にこの言葉を受けたことりが、周りをグルッと見渡して、楽しそうに微笑む。

「う~ん…気持ちいい…」

花陽はグッと身体を伸ばしたあと、大きく深呼吸をした。

「テンション上がるにゃ!」

「凛ちゃん、嬉しそうだね」

「だって、かよちん!絶好のランニング日和にゃ!自然と身体が動いちゃうにゃ!」

「結構走ってる人がいるんだねぇ」

と穂乃果。

「東京で言ったら、駒沢公園みたいな感じやないかな?」

「あぁ、なるほど!…って、行ったことないけど」

「もう、いつまで話してるの?気持ちはわかるけど、早くスタートしないと。これから、あちこち行くんでしょ?」

「そうね、真姫の言う通りね。じゃあ、行きましょうか…って、海未は?」

絵里が、姿の見えない海未を探す。

「あ、いた!」

見つけたのは、ことり。

海未は大きな木の陰に隠れていた。

「海未ちゃ~ん…大丈夫だよ~!」

手招きをする、ことり、

それを見て、海未が恐る恐る近づいてくる。

「ことり!…信じても…よいのですね…」

「そんな風にしてると、逆に海未ちゃんが不審者に思われちゃうよ」

「!」

「そういうこと。さぁ、行くわよ!」

絵里はいつものように、パン!と手を叩いた。

「出発にゃ~!にゃにゃんがにゃ~!」

弾かれたように、凛が飛び出す。

「うふっ、凛ちゃん元気やねぇ…」

 

「…花陽ちゃん、花陽ちゃん…」

「どうしたの?ことりちゃん」

ランニングする花陽に、並走していることりが、小さな声で話し掛けてきた。

「…今日の夜…花陽ちゃんの部屋に行っていいかな?…」

「えっ?…別に構わないですけど…」

「…そのまま、寝てもいい?…」

「ええっ!?だって、ことりちゃん、ちゃんと枕、持ってきたんでしょ?」

「…うん、それはそうなんだけど…」

「…凛ちゃんに訊かないと…」

「…そうだね…じゃあ、あとで訊いてみる…」

そう言うとことりは、スピードを緩めて花陽から離れていった。

 

 

 

…今日は海未ちゃんから離れて、グッスリ寝たいの…

…花陽ちゃん、助けてね…

 

 

 

入れ替わるように花陽の横に来たのは、にこ。

「…花陽、そのままでいいから、耳だけ貸して!…」

「は、はい…」

「…今晩、そっちに泊まるから…」

「そっちに泊まる?」

「…アンタの部屋で寝かせて!って言ってるの!」

「ま、また?」

「また?」

「あ、いや…なんでもないです…。あ、花陽は別に構わないですけど…凛ちゃんが…」

「まぁ、そうね。わかったわ、あとで凛を説得するわ…」

にこは、そう言うと、少し速度を上げて前に行く。

 

 

 

…穂乃果と一緒だと、熟睡できないのよ…

…かといって、海未とことりの部屋じゃ居づらいし、真姫と希の部屋も気まずいし…

 

 

 

「…かよ…」

「?」

「…ちょっと、いい?…」

そう言って花陽の隣に並んだのは、真姫。

「…その呼びかた、久しぶりだね…」

「…だって、なかなか2人きりに『なれない』んだもの…」

 

真姫は花陽とプラネタリウムを観に『デート』をした日、2人きりの時に限り『かよ』と呼ぶと決めていた。

それは真姫が花陽を、親友と認めた証し。

だが、恥ずかしくて、メンバーの前で披露したことは、一度もない。

 

「どうしたの?」

「…あ、いや…その…今日、かよの部屋で寝てもいい?…」

「ま、真姫ちゃんも!!」

さすがに3度目とあって、花陽の声は大きくなった!

 

「?」

 

他のメンバーが花陽を見る。

 

「ちょっと、声が大きいわよ!っていうか、真姫ちゃん『も』ってなに?」

「あ、あぁ、ごめん。別に、深い意味は…えっと、花陽は構わないけど、凛ちゃんが…」

「わかってるわよ!あとで交渉するわ」

 

 

 

…希と一緒だと、色々ペースが狂うのよね…

…お陰でろくに、眠れなかったし…

 

 

 

「花陽ちゃん!」

声を掛けたのは希。

 

その声を聴いた花陽は

「の、希ちゃんまでぇ!?」

と飛び上がらんばかりの驚きよう。

 

「なんのこと?ウチはただ、もうちょっとペースあげた方がいいんやないかと思って、声掛けたんやけど」

「えっ!?あっ…」

確かに、考えごとをしながら走っていたせいか、先頭の凛との間がだいぶ開いている。

凛が飛ばし過ぎてるというのも、あるのだが。

「なんかあったん?」

「いえいえ…」

「それはそうと、今日、ウチ、凛ちゃんと部屋替わって貰おうかな?」

「な、なんと!?」

「ウチと一緒に、最後の夜を過ごさへん?」

「の、希ちゃん!」

「…なぁんてね!」

「…はぁ…」

「でも、半分は本気やけど」

「えっ!」

「まぁ、凛ちゃんがいいって言ってくれそうもないから、無理やとは思うけど」

「はぁ…」

 

 

 

…みんな昨日の夜、なにかあったのかな?…

…それとも、花陽がなにかしたのかな?…

 

 

 

 

 

「はい、じゃあ、ここでランニングは終了!…どうしたの?花陽。まだ、アップなのに、相当、疲れてるみたいだけど」

「はい、絵里ちゃん…アップなのに、なぜか、すごく疲れました…」

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その7 ~3000K(ケルビン)の魔法~

 

 

 

 

 

 

「おぉ?これは!?」

凛が、公園内にある野外ステージを発見する。

「コンサートとか開いたりするのかしら?」

と絵里。

「ちょっと上がってみる?」 

「勝手に上がっていいのですか!?」

海未が心配して、希を制止した。

「大丈夫やない?『Keep out(関係者以外立ち入り禁止)』とは書いてないみたいやし」

そう言うと希は、脇にある階段からステージへと上がった。

8人もそのあとに続く。

「ライブは、ここを舞台にするのも悪くないかもね。なんとなく落ち着くし」

「えりち、落ち着くのはみんなと一緒だからやない?」

「そうかも」

「ねぇ…ちょっとだけ踊ってみない?」

「お!真姫ちゃん積極的だねぇ!」

「だって、穂乃果…ライブやるのに、踊れなかったら意味ないじゃない。広さとか確かめるのは大事でしょ?」

「うん、そうだね!じゃあ、フリとポジションの確認を兼ねて…」

穂乃果はそこまで言うと、凛の顔を見た。

 

 

 

「?」

 

 

 

「凛ちゃん、出番だよ!」

きょとんとしている凛に、花陽が声を掛ける。

「新リーダーは凛ちゃんでしょ?」

 

 

 

「…!…そうだったにゃ!忘れてた!ようし、リードは任せるにゃ~!」

 

 

 

9人は、このライブの為に海未と真姫が書き下ろした新曲を、通しでワンコーラス踊った。

 

 

 

パチパチパチパチ…

 

 

 

「わっ!お客さん?」

そう声をあげたのは穂乃果だったが、他のメンバーも同じように驚いてる。

 

彼女たちが夢中でダンスをしている間に、3人の女性が観覧していたのだ。

見てすぐに、日本人でないことはわかった。

 

「ガイジンさんにゃ…」

「ここじゃ、アンタが外国人なの!」

凛の呟きに、にこが突っ込む。

 

「サンキュー!サンキュー!」

期せずして起きた拍手に、臆面もなく穂乃果が礼を言う。

「ちょっと、穂乃果!軽はずみに話し掛けるのは…」

と海未。

 

しかし、ほぼ同時に

「Are you Japanese?」

とステージ下から質問が飛んだ。

 

「イエース、イエース!ウィ アー ジャパニーズ ハイスクール スチューデント!」

「Realy? high-school students?」

「イエース!」

 

ステージ下の3人は、お互い顔を見合わせ、少しざわついた。

そして、もう一度、ステージ上に顔を向ける。

その視線の先には、凛とにこがいた。

 

「えっ?穂乃果、おかしなことを言った?」

「スチューデント…やなくて、スチューデンツやったけどね」

希が笑って答える。

 

「Are you here for some performance?」

穂乃果が多少喋れると思ったのか、急に早口で話かけてきた。

「ん?え、あぁ…」

「何と言ってるのですか?」

「えへへ、海未ちゃん!どうやら怒ってはないみたい!」

「それは私にもわかります…」

「海未ちゃんがわからないのに、穂乃果わかるわけないじゃん!」

「あ、穂乃果!開き直りましたね!」

ニューヨークに来ても、この不毛なやりとりは変わらない。

 

しかし、そんな2人に助け船を出した人物がいた。

 

 

 

「Yes!」

 

 

 

「希ちゃん!?」

 

 

 

「We are school idols.We're colled "μ's"」

「School idols?」

「μ's?」

「Wow! Japan seems cool…」

 

その後、二言、三言(ふたこと、みこと)英語で会話を交わした希。

最後は

「See you!」

と言って、その場から立ち去る3人を見送った。

 

 

 

「の、希ちゃん、ありがとう!それでなんて言ってたの?」

「『打ったのはスライダーです。前の打席でやられてたので、狙ってました!逆風でしたが、みなさんの声援がスタンドまで運んでくれました!』」

「それじゃ、ヒーローインタビューにゃ…」

「適当に会話してたんですか!」

呆れる海未。

「うふふ…冗談やって!要約すると『私たちも近々、日本に行くのよ』『せっかく来たんだから、いろんなとこを見て、楽しんでいってね!』やって!」

「希ちゃん、すご~い!」

「ビックリですぅ!」

「さすが南極に行くだけのことあるにゃ…」

ことりが、花陽が、凛が希に尊敬の眼差しを向ける。

 

 

 

…お、花陽ちゃんへのアピール成功!…

…これで、今夜は…

 

 

 

この後に及んで、よからぬことを企む希。

 

だが、そんなことは顔に出さず

「うふふ…どう?海外も悪くないでしょ?」

と海未に同意を促す。

「もちろん、注意も必要だけど…ね?」

「希…絵里…えぇ、少しはそういうとこもあるようですね」

「まだ、疑ってるん?」

苦笑いの希。

「疑ってるっていえば、あの人たち、穂乃果が『高校生だよ!』って言ったのに、信じてなかったよね?」

「こっちの人に比べれば、日本人は若く見られるから…前にママがワインを飲もうとしたら、お店の人に『子供はダメだ!』って注意された…って、嬉しそうに言ってたわ」

「真姫ちゃん、それはさすがに、お店の人のお世辞にゃ~」

「本当にそうなの!」

「そっか!…じゃあ、穂乃果たち、何歳に見えたんだろう?」

 

 

 

…にこっちと凛は「小学生じゃないのか」って、しつこく訊かれたけど…黙ってたほうが良さそうやね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、練習、終わり!!目ぇ一杯遊ぶ…じゃなかった、ライブをする場所を探すぞ!」

穂乃果は海未の突き刺すような視線を感じて、途中で言い直した。

「わかっていますね!観光ではないのですよ」

「わ、わかってるよ…」

「凛、知ってるよ!ロケハンって言うんだよね?」

「えっと…ロケットハンバーガー?」

「さすが穂乃果ちゃん、そうくるとは思わんかった。正解はロケーションハンティングやね。撮影する場所を探すことやん」

「…だよね?…じゃあ、全力でロケハンに出発にゃ~!」

「穂乃果ちゃん、それは凛のセリフにゃ!」

 

 

 

 

 

そして、このあと9人は、一日かけてロケハンという名目の、ニューヨーク観光名所巡り…食事や買い物をして、それぞれが異国の地での旅を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れる。

 

街に灯りが点(とも)ると、摩天楼は9人に新たな顔を見せた。

 

 

 

「うわぁぁっ!!…」

 

 

 

ビルの屋上からの景色に圧倒されて、彼女たちは暫し言葉を失う。

 

日本の…東京の『それ』とは、また違う世界。

 

こちらよりも電球色(オレンジ色の光)が多く使われているため、街全体が、暖かく柔らかでゴージャスな雰囲気になる。

 

 

 

「さすが…世界の中心…」

「綺麗よね…」

夜景をうっとりと眺める絵里と真姫の言葉に

「はい、素晴らしいです…」

と海未。

「これが本当の100万ドルの夜景…」

にこは、ラブライブ本戦前夜に呟いたセリフを、もう一度口にした。

 

…いや、にこっち、本当は『神戸の夜の電気代』が由来らしいんやけど…

…そんなん言ったら身も蓋もないから、ここは黙っておいてあげよう…

 

「学校の屋上と全然違うにゃ!」

「そ、そりゃそうやね…」

「それと較べるのはどうかと思うけど…。なんか『スノハレ』の照明を思い出しちゃった」

「あ、ことりちゃん!花陽も同じことを思いました!」

「ライブの時も、こんな景色が使えたら最高なんやけど…」

「はぁ…お昼に行ったとこも、あちこち、すごく良かったし…」

「なんか、どこもいい場所で迷っちゃうね」

「はい、ことりと花陽の言う通りです…」

「海未ちゃん?」

彼女の意外な言葉に、メンバー全員が顔を見る。

「そんなに、驚かないでください!…最初は見知らぬ土地で、自分たちらしいライブが出来るのか心配でしたが…ちょっと、怯え過ぎていたようです」

「♪恐がるクセは捨てちゃえ!とびきりの笑顔で…海未ちゃんが書いた詞やなかったっけ?」

「はい、その通りです…」

「そうだよ、海未ちゃんはエンジン掛かるのが、遅すぎるんだよ!」

「逆にアンタは、勝手に走っていっちゃうけどね!」

「にこちゃん…」

 

あははは…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その8 ~フリーズ~

 

 

 

 

「さて、今日はなにを食べましょうか?」

 

ビルから夜景を見た9人は、そのままレストランに入り、メニューを眺めている。

夕食…というより、晩御飯に近い時間になっていた。

 

「お腹減ったにゃ!」

「ちょこちょこ食べてたんやけどね…」

「うひゃあ…どれも高そうだね?」

「そう?こんなものじゃない?」

「えっ!?あ、じゃあ、ここは真姫ちゃんのおごりということで…」

「なんで、そうなるのよ!」

「穂乃果ちゃん!いくら真姫ちゃんやからって、そんな集(たか)るようなことを言ったら…」

「そうですよ!これでは真姫との関係が、お金目当てと受け取られ兼ねません。そういった行為が、こちらに自覚はなくとも、イジメに繋がっていくのです!」

「う、うん…そうだね…真姫ちゃん、ごめん…」

「べ、別に私は気にしてないけど…。それより、さっきから、かよ…じゃない、花陽の様子が変なんだけど…」

「そういえば、ご飯だっていうのに、元気ないね…。花陽ちゃん、大丈夫?どこか具合悪い?」

ことりが心配して、声を掛ける。

しかし、返事はない。

よく見ると身体が小刻みに震えている。

「花陽…ちゃん?…」

「具合悪いのですか?」

「熱あるんやない?」

「かよちん?泣いてるの?」

「えっ?、花陽ちゃんが泣いてる?」

「希!アンタ、なんかしたでしょ!?」

「ウ、ウチ?ウチは『まだ』なにもしてないんやけど…」

「まだ?」

「いや、そこはスルーで…」

「そう言うにこちゃんこそ、かよちんに…」

「なんでアタシが、花陽を泣かさなきゃいけないのよ!」

「本当にどうしたのよ?多少の薬ならあるわよ」

「さすが真姫ちゃんにゃ!」

「まさか、ホームシック?」

絵里の質問に、花陽は小さく首を振った。

そして蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 

…くまい…べたい…

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

…くま…たべた…

 

 

 

「熊、食べた?」

「いやいや、穂乃果ちゃん!ここにきて『熊、食べた』とは言わないんやない…」

 

 

 

 

 

「白米が食べたいんですっ!!!」

 

 

 

 

 

花陽は、やおら立ち上がると大声で叫んだ。

その声に驚き、椅子からずり落ちる8人。

 

 

 

「は、白米?」

絵里が訊き直した。

「そう!こっちに来てからというもの、朝も昼も夜も…パン!パン!パン!!パン!!パン!!!白米が全然ないの!!!なぜ米国なのに、お米が食べられないんですか!?」

「うまい!座布団1枚」

「…穂乃果ちゃん…」

能天気に相槌を打つ、穂乃果に呆れることり。

「でも、昨日の付け合わせでライスが」

「白米は!付け合わせじゃなくて!主食!!海未ちゃんのクセに、そんなこともわからないんですか!!」 

「うぁ、ご、ごめんなさい!」

「海未が圧倒されてる…」

にこは初めて見る光景に目を疑った。

「ちょっと、凛…」

「真姫ちゃん…凛もこんなかよちん、初めてにゃ…」

「ううっ…あったかいお茶碗で、真っ白なご飯を食べたい…」

「取り敢えず、花陽ちゃん、これ食べて」

ことりが花陽の口元に、パンを運ぶ。

「はむっ…あ、このパン美味しい♪…でも、ダメなんです。花陽の『お米ーター』はゼロなんです!エンプティです!」

「お米ーター?」

「凛も初めて訊いたにゃ…」

「すごい白米へのこだわり…」

さすがの穂乃果も、少し顔がひきつっている。

「あれ?かよちん?」

「…」

「花陽?」

今の今まで、立ち上がって力説していた花陽の動きが、ピタリと止まった。

 

 

 

「かよちん…死んじゃった…」

とたんにポロポロと涙を流す凛…。

 

 

 

「凛!バカなこと言わないで!」

真姫が慌てて、花陽の胸に自分の顔を押し当てる。

 

 

 

…あ、花陽の胸…やわらかい…

…じゃない!…

…えっと…心臓!…動いてる!…

…脈!…ある!…

…呼吸!…問題なし!…

 

 

 

「大丈夫!生きてるわ!」

「ま、真姫ちゃん!」

「ただ、本当に燃料切れなのかも…」

「そんなことってあるのですか?」

「知らないわよ…仮死状態…というより、仮眠状態?」

「人工呼吸はせんでいいの?」

「いらない!」

「心臓マッサージは?」

「いらない!」

「…って、希ちゃん!それ、ワシワシの手つきにゃ!」

「バレたか…」

「実は尻尾が付いてて、それがスイッチになってるとか…」

「ドラえもんか!」

「電源ケーブルが付いてるとか…」

「エヴァか!」

「もう、穂乃果もにこちゃんも、ふざけてる場合じゃないでしょ!」

「…じゃあ、どうすればいいの?」

「応急処置として、ご飯を食べさせるしかないわ」

「コンビニがあればいいのですが…」

「真姫ちゃん、どこかいいところ知らんのん?」

「まぁ、知らなくはないけど…」

 

 

 

「ウチがおぶっていくん?」

「体格的に一番適任でしょ?」

「真姫ちゃん、かよちんはそんなに重くないにゃ!」

「そんなこと言ってないでしょ!それとも凛が運ぶ?」

「もちろんにゃ!」

「凛ちゃん、無理しなくていいんよ。よいしょ!じゃあ、いこうか…」

 

 

 

「お、お姫様抱っこ~!?」

 

 

 

 

 

「この街に、まさか、あのお店の支店があろうとは…」

「はい、穂乃果ちゃん!まさかまさかです!しかも、大盛り無料券が使えるなんて!」

「ダイエットの時、寄り道して良かったね!」

「人生、なにがどう転ぶかわからないねぇ…あ、おかわり!」

「よ、よく食べるわね…」

「あ、真姫ちゃん、花陽を救ってくれて、ありがとう」

「べ、別に…救ったなんて大袈裟よ」

「おかわり!」

「…って、本当にそう思ってる?」

「む?真姫ちゃん、今、なにか言った?」

「ううん、なんでもない」

 

 

 

…まぁ、いいわ…

…あなたが元気になってくれれば、それでいいの…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その9 ~似た者同士?~

 

 

 

 

花陽のお米ーターは満たされた。

 

μ'sに平和が訪れ、一行は宿泊先のホテルへと向かう。

 

 

 

その道中…。

 

 

 

「ウチ、ひとつ提案があるんやけど」

と希が切り出した。

「提案?」

「うん。今日の泊まる部屋、シャッフルしたらどうやろか?」

 

 

 

「!」

 

 

 

この唐突な言葉に、ピクッと反応したのは、にこ、真姫、ことり…。

 

3人とも、同室となった『相方』のせいで寝不足気味である。

だから、今日はグッスリ眠りたい…と望む彼女たちにとって、この提案は『渡りに舟』だと言っていい。

 

 

 

ただし、リスクもある。

 

 

 

…穂乃果の寝相の悪さから逃れられるならいいけど、海未やことりと一緒になっても、会話が続かないし…

…真姫じゃ…変に緊張するし…

 

 

 

…希のおかしなペースに巻き込まれる心配はなくなるけど…かと言って、他のメンバーと一緒になっても、間が持てないし…

 

 

 

…海未ちゃんがトランプやらなきゃ、別に一緒でもいいんだけど…

…今日も…やるよね…

 

 

 

「凛は別に替わらなくてもいいにゃ!かよちんと一緒だし」

「そうね。わざわざ、そんなことしなくても…どうせ寝るだけなんだし…」

「えっ!えりちは、寝るだけなん?同室になった人と、あんなことしたり、こんなことしたりはしないん?ウチなんか真姫ちゃんと…」

「ちょっと!おかしなことを言わないでよ!」

「色んな話をした…って言おうとしただけなんやけど…」

「ま、紛らわしい言い方しないで…」

「折角の…というか、μ's最後の旅行やん。ウチはまだまだみんなと喋って、色んなことを知りたいと思ってるんやけどね…。こういうときじゃなきゃ、聴けないこととかあったりするやん」

「まぁ、それは、わからなくはないけど…」

絵里は希の意見に、一定の理解を示した。

 

 

 

「シャッフル賛成!!」

にこは『部費の予算会議』で『周りに同意を促した時のように』自ら手を挙げた。

 

 

 

「にこっち!?」

「にこちゃん!」

「にこ…」

「考えてみれば、アタシも海未やことりと、そんなに深い話とかしたことないし…先輩として教えたいこともあるし…」

「そ、そうだね!ことりもいいと思う」

「ことり!?」

「海未ちゃんも、たまには穂乃果ちゃん以外の人と、お喋りした方がいいと思うよ」

「な、なんですか!その言い方は!まるで私が、穂乃果としか話してないみたいじゃないですか!」

 

 

 

「…」

全員が無言で海未の顔を見る。

 

 

 

「えっ?えっ?なんですか、その反応は!?」

「まぁまぁ、海未ちゃん、事実なんやから怒らないの」

「うぅ…」

「私も賛成…。雪穂や亜里沙も入ってくることだし、そういうことにも、慣れておかないと…」

「ふ~ん…」

凛が、真姫を怪訝な顔をして見る。

「なに?…」

「なんか、みんな裏があるにゃ!」

「裏?」

「凛とかよちんを引き離そうとしてるにゃ!」

「そ、そんなわけないでしょ!」

「そ、そうよ」

にこと真姫が全力で否定。

「怪しいにゃ!」

「そ、そんなことないよ!たまには違う人と一緒もいいかな…って話で…」

「…う~ん…ことりちゃんが言うなら信じるにゃ!」

 

 

 

「なんでよ!」

にこと真姫の声がシンクロして、お互いに恥ずかしそうに顔をみる。

だが心の中は少し違った。

 

 

 

…確かに凛が言う通り、真姫がこんなことを言うのは、おかしいわね…

…まさか本当に、希にあんなことやそんなことをされて…部屋から逃げ出そうとしてる?…

 

 

 

…考えてみれば、にこちゃんが海未やことりと話がしたい…なんて、にわかに信じられないものね…

…穂乃果の寝相が悪くて眠れなかったとは聴いたけど…本当にそれだけの理由?…

 

 

 

「なに2人とも見つめ合ってるん?」

 

 

 

「!」

 

 

 

 

「まぁ、いいんやけど…。じゃあ、シャッフルをするってことで…」

「仕方ないですね。特別、反対する理由はありませんので…」

「そうね。それでどうやって、決めるの?」

「そうやね…こんなんどうやろ?今、えりちたちがいる部屋をA、ウチの部屋をB、ことりちゃんのとこをC、凛ちゃんのとこをDとして…ジャンケンで『勝った人から強制的に』A、B、C、Dに振り分けていくっていうのは」

「強制的に?」

「勝った人から部屋を『選択』にしてしまうと、結局、いつものペアになりそうやん」

「なるほど。強制にすれば、ギャンブル性が高くなるってことね!面白いわ、やってやろうじゃないの!」

「にこちゃん、そんな熱くなる話じゃ…」

これまで、この件に関して静かに聴いていた穂乃果だったが、思わずそう口にした。

しかし

「アタシはアンタの寝相の悪さから、逃れたいだけなの!」

と反撃されてしまう。

「うっ!ストレート過ぎるよ…」

「まぁまぁ…じゃあ、誰がどの部屋になっても、恨みっこ無しで!」

「うん、わかった!」

「はい、了解しました!」

「いっくにゃ~!」

 

 

 

「最初はμ's!ジャンケンポン!」

 

 

 

「あっ!」

「…希ちゃん、イチ抜けにゃ…」

 

 

 

…まぁ、言い出しっぺは、得てしてこんなことになるんよ…

…これで、花陽ちゃんと2人きりはないやん…

 

 

 

「最初はμ's!ジャンケンポン!アイコでしょ!」

 

 

 

「にゃ~!凛にゃ!…って、ことは…」

「ウチと一緒にやね!」

「待って!最初は3人部屋だよね?…次、海ちゃんが勝っちゃうと、合宿と同じ組み合わせになっちゃうにゃ!」

「凛!なんですか、私を厄介者みたいに!」

「部屋で特訓とか言われても困るにゃ!」

「本番は明日ですよ。そんなことは言いません!」

「ホテルやから、遭難の心配もないしね…」

「うぅ…。しかし、こればかりは運ですから…いきますよ?最初はμ's、ジャンケン…」

 

 

 

 

「3人目はえりち!」

「私は部屋の移動なし!しかも、希と一緒…ちょっと、面白味に掛けるわね…」

「でも、凛ちゃんと一緒って、珍しいんやない?」

「そういえばそうね」

希と絵里の間に挟まれた凛は、2人の胸元を眺める。

そして一言。

 

 

 

「なんか不本意にゃ~…」

 

 

 

 

次に勝ち抜けしたのは、ことり。

固唾を飲んで、残りのメンバーのジャンケンを見守る。

 

 

 

そして…

 

 

 

「あっ!」

ことりと真姫が、同時に声を出した。

 

 

 

…えっと、取り敢えず、海未ちゃんは回避!…

…でも、花陽ちゃんとは一緒になれず…

…それで…真姫ちゃんと?…

 

 

 

…残念!花陽とは…一緒になれなかった…

…ことりとねぇ…

…2人きりって、あまりないから、ちょっと、緊張するわね…

 

 

 

 

「これで残りは4人やね」

 

 

 

…なによ、このパターン…

…天国なら花陽、地獄なら穂乃果…

…どちらとも言えないのが、海未…

…まぁ、海未なら寝るのは早そうだし…

 

 

 

「…って、穂乃果ぁ!なんでアンタ、グーを出すのよ!」

「そういう、にこちゃんこそ!!」

海未と花陽はチョキ…。

 

 

 

「さすがネタ要員にゃ!」

「こんなこと…って…。まさにスピリチュアルやね!…ということは…」

 

 

 

「…はい。私と花陽が同室ですね!」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

 

「この2人も珍しいわね…」

「あ、でも『放送事故コンビ』でしょ?」

真姫の言葉に、絵里もその時の事を思い出した。

「『園田海未役の…園田海未』って言ったときの…」

「名言にゃ!」

 

「なにか言いましたか?」

 

「にゃ?な、なんでもないにゃ!かよちんをよろしく頼むにゃ!」

「えぇ!もちろんです!」

 

 

 

…花陽ちゃん、大丈夫かな?…

…トランプ地獄に嵌まらないかな?…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その10 ~幻?それとも…~

 

 

 

 

「あれ!?なんでみんな『そっち』にいるの!?」

 

 

 

事件は突然起きる。

 

 

 

「穂乃果ちゃん、逆だよ!」

「そっちじゃないにゃ!」

「相変わらず、バカね!」

「にこ、いくらなんでも、その言い方はストレート過ぎます!」

「私たちが降りて待つしか…」

「絵里ちゃん!もう間に合わないですぅ…」

「ちょっと、遅かったみたいやね…。電車、動き出してる…」

「どうしてそうなるの?意味わかんない…」

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

離ればなれになっていく車両を見ながら、8人はため息をついた。

 

それは、ひとり反対方向へと連れていかれる穂乃果も、同じだった。

 

 

 

食事を終えてホテルへ戻る際、地下鉄の改札で、なんらかの原因により、うまく入場できなかった穂乃果。

 

やっとの思いで、構内に入り、電車に飛び乗ったものの、それは目的地とは反対に向かう電車だった。

 

それに気付いた彼女だったが、時、すでに遅く…前述のような状態となったわけである。

 

 

 

「次の駅で降りて、穂乃果が折り返してくるのを待つ?」

「普通に考えれば、絵里の考えが一番なんやけど…」

「次の駅で降りて、タクシーでホテルに向かうということも考えられますから…」

「そうやね。帰るところは決まってるんやし、中途半端に待ってても…」

「えぇ…ホテルに戻った方が良いかと」

「わかったわ。そうしましょ」

 

こうして一行は、途中下車することなく、宿泊先へと戻った。

 

 

 

μ'sにとって、これくらいの『事件』は日常茶飯事だ。

思えば、2度目の合宿の時だって、穂乃果は乗っていた電車に置き去りにされて、ひとり折り返し戻ってきたことがある。

 

しかし…今回ばかりは、笑ってはいられない。

深刻さが違う。

 

言葉の通じない、異国の地。

メンバーの不安は高まる。

 

 

 

 

 

「遅いですね…。もう、私たちが戻って来てから、30分が経過しました」

 

ホテルのロビーで穂乃果を待つ8人。

 

そんな中、海未は明らかに苛立っていた。

言葉も表情も、極力平静を保とうとしているようだが、身体全体から漂う負のオーラは隠しきれない。

その領界に少しでも踏み入れようものなら、バンッ!と吹っ飛ばされそうである。

 

もちろん、他のメンバーが、安穏として穂乃果の帰りを待っている訳ではない。

数分置きに交代で外に出ては、左右を見渡し、待ち人の姿を探した。

心配する気持ちは同じだが、海未だけは、怒りの感情が他の7人より、何%か多く占めているのである。

 

そして、それがただの『怒』でないことは、全員が理解していた。

 

 

 

「大丈夫やって。穂乃果ちゃんは、コミュニケーション能力が高いから、言葉がわからないなりに、なんとかして戻ってくるよん」

希がみんなの気持ちを代弁する。

ネガティブな気持ちを持ったら『負け』…そう思っていた。

 

「そうね。大丈夫!信じましょ」

「まぁ、能天気に『やぁ!みんな待った』とか言って帰ってくるわよ」

絵里もにこも、希同様、ここは年長者らしく、努めて明るく振る舞う。

 

 

 

 

 

だが、無情にも時間だけが経過する。

 

 

 

さらに待つこと30分…。

 

 

 

 

 

ついに、その人物が現れた。

 

 

 

 

「あ…穂乃果?」

「穂乃果ちゃん?」

「穂乃果!!」

「穂乃果ちゃん!!」

外で待ち受けていたの海未、ことり、絵里、凛の顔がパッと綻ぶ。

 

「みんな!!」

その姿を見つけた穂乃果は、横断歩道の信号が変わるのを待って、走り出した。

 

ラブライブの最終予選当日。

大雪の中、会場に向かって走ったときと同じように。

仲間の元へ。

違うのは、その時一緒にいた海未とことりが、迎える側にいること。

そう思っていた。

 

両手を拡げ、抱きつこうとする穂乃果。

 

 

しかし…

 

 

 

その時、海未の表情が一瞬にして変わった。

右腕を大きく振りかぶる。

飛び込んでくる穂乃果に顔を目掛けて、平手打ち。

 

カウンターの一撃…。

 

すんでのところで、ことりがその腕にしがみついた。

 

「こと…り…」

「ダメ…」

ことりは海未の顔を見て、二度三度と首を横に振った。

「…えぇ…わかっています…わかっていますが…」

海未は両の拳を握りこむと、感情を抑えるように、静かに言った。

「…穂乃果…今まで何をやっていたんですか…」

「あぁ…いゃあ…これには、ちゃんと訳があって…」

「聴きたくないです!!」

「海未ちゃん…」

「…どれだけ探したと思っているのですか!…みんなが、どれだけ心配したと…うぅ…ぐすっ…うっ…」

「…ごめん…」

その様子を見た穂乃果は、うなだれて、そう言うしかなかった。

「まあいいわ、早く中に入って、明日に備えましょ」

絵里が穂乃果の肩を抱いて、歩き出す。

ことりと凛も、ワナワナと身体を震わせている海未を、支えるようにして、ゆっくりとホテルの中に戻った。

 

「穂乃果が帰ってきたわ!」

絵里が中で待機してた、希、にこ、花陽、真姫に声を掛けると、4人は『仕事から帰ってきたよ父親を出迎える、幼き娘のように』彼女へと走り寄った。

「穂乃果ちゃん、お帰り。寒かったやろ…」

「よかった!無事だったんですね!」

「遅いわよ~!」

「ほ~んと、いつまで待たせる気?」

にこと真姫の、いつもと変わらない言葉。

今の穂乃果にとって、これはとてつもなく嬉しかった。

できれば、全員『穂乃果らしいね…』と笑い飛ばして欲しかった。

 

だが、海未のそれを見ていると、そんなに簡単には済まされないことが良くわかった。

 

 

「ねぇ、みんな…ごめんなさい。私、また、みんなに心配かけちゃった…」

穂乃果はその場に正座をすると、深々と頭を下げた。

「穂乃…」

その姿になにか言おうとした海未だったが、真姫が後ろから、その口を塞いだ。

「もういいじゃない…」

「真姫…」

「それより、穂乃果ちゃん。手に持ってるのは、なんやろか?」

「手?あ、これ、マイクスタンドのケースだよ。穂乃果、弾き語りしていた日本人のお姉さんに助けてもらって…うわっ!!返すの忘れちゃったよ!」

「助けられた?」

「うん。みんなとはぐれちゃったら、降りる駅もホテルの名前もわからなくなっちゃって…困って街をさまよっていたら、きれいな声で歌うお姉さんにがいて…見たら日本人っぽかったから、話し掛けて…そうしたらその人が優しい人で『多分ここじゃないか』…って、穂乃果をホテルまで連れてきてくれたんだ」

 

「ホテルまで…」

「連れてきた?」

ことりと凛は、顔を見合わせた。

そして、その言葉に険しい表情をしたのは、絵里と海未。

 

「えっ?どうしたの?横断歩道のところまで、一緒にいたんだけどなぁ…みんなの顔をみたら嬉しくて、走り出しちゃったから、お礼を言いそびれた…って、なんでそんな顔をしてるの?」

「誰もいなかったにゃ…」

「えっ?」

「穂乃果ちゃんしかいなかったにゃ…」

「いたよぅ!穂乃果の横に!」

「穂乃果ちゃんだけだった…」

「ま~たまた、ことりちゃんまで…」

「いえ、確かに穂乃果だけでした」

「えぇ、穂乃果だけだったわ…」

「海未ちゃん?絵里ちゃん?見えなかっただけじゃ…」

「周りは暗いとはいえ、歩道はお店の明かりがありましたので」

「だから、結構向こうにいても、あなただってわかったの…」

 

「穂乃果ちゃん、ひょっとして、ひょっとするんやない?」

「の、希ちゃん…まさか…だって、ほら証拠の品…」

と穂乃果は手にしたマイクスタンドのケースを見せる。

「でも、それなら、急いで取りに来るんやない?それが来ないってことは…」

「見ちゃいけないものを見ちゃった!?」

「花陽!やめてよ!なんでここまで来てそんな話を聴かされなきゃいけないのよ!眠れなくなるじゃない!」

「大丈夫!なにかあったらウチが守ってあげるから!おんなじ部屋やし」

「お、お願いするわ」

「まぁ、常識的に考えれば、その人は『ここまで来ればわかるだろう』って、近くまで来て引き返したんじゃない?」

「きっと『礼はいらないよ!』『せめてお名前だけでも』『通りすがりのシンガーさ』みたいな感じだったんだにゃ」

「そ、そうですね。私たちが見えなかったのは、きっと死角みたいなところがあったのでしょう。荷物を取りに来ないのは、まだ、それに気付いていないのです。きっと、穂乃果みたいに、お人好しだけど、おっちょこちょいなのです!だいたい、そのような霊的な話など、非科学的です!」

「真姫ちゃんも、海未ちゃんも夢がないねぇ?世の中にはスピリチュアルな事象も存在するやから」

「もう、おしまいにしましょ!その話は…。その代わり、みんなに迷惑を掛けたというなら、明日はあなたが引っ張って、最高のパフォーマンスにしてね!」

「絵里ちゃん…」

絵里が強引に話を断ち切ったのを見て、思わずみんなが吹き出した。

「なにかおかしい?」

「いやいや…。そうやね…ウチらの最後のステージなんだから、よろしく」

「ちょっとでも手抜いたら、承知しないよ!」

「うん!希ちゃん、にこちゃん!もちろんだよ!」

「じゃあ、明日に向けて、気合い入れて寝るにゃ~!」

「寝るのに気合い入れてどうするのよ!?」

「にゃ?真姫ちゃん…」

 

あはははは…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その11 ~アルファ、ベータ、ガンマ…~

 

 

 

 

「花陽…毎回毎回、穂乃果が迷惑を掛けてしまって、本当に申し訳ないです」

 

 

 

無事、穂乃果が帰ってきたことで、メンバーは部屋へと戻った。

 

ひと通り就寝までの支度を終えると、海未は『同室となった』花陽に向けて冒頭の言葉を発した。

 

 

 

「海未ちゃん…」

花陽は返答に少し困った。

海未に謝られる理由がないからだ。

 

「もう、頭を切り替えましょう。今回の穂乃果ちゃんのことは、ある意味『不可抗力』みたいなものだし…はぐれる、迷うなら、時々、花陽もやらかしますから。それに、そもそも海未ちゃんが責任を感じることじゃないよ」

「いえ、穂乃果の不祥事は、私の監督不行き届きです!」

「…」

「いったい、いつになったらあの性格は治るのでしょうか?私はいつまで、彼女の心配をしなければならないのでしょうか。いい加減、今日は疲れました」

 

「う~ん…」

花陽は、再び困った顔をした。

 

しかし、意を決するように「ゴホン!」と咳払いしたあと

「海未ちゃん!実はお話ししたいことが、ふたつあります!」

と言って、海未の前に正座した。

 

「えっ?あ…は、はい!」

花陽のその改まった態度に、海未も思わず正座する。

 

膝と膝を付き合わせる…とは、まさにこのことを言うのであろう。

 

 

 

「ひとつは穂乃果ちゃんのことです!」

「穂乃果?」

「…花陽が言うのもどうかと思いますが…海未ちゃんは穂乃果ちゃんに厳しすぎます!」

「えっ!?」

「もうちょっと、余裕があってもいいと思います!」

「花陽!…ですが、それはすべて穂乃果の為を思って…」

「わかってます!わかってますよ。海未ちゃんと穂乃果ちゃんの信頼関係があってこそ…っていうことは充分わかってます。海未ちゃんは、穂乃果ちゃんだけじゃなくて、自分にも厳しいし…」

「はい。自分のことを棚に上げて、ひとのことを言ったりするのは、好きではありませんので」

「それもわかってます」

「そもそも、穂乃果が、私に注意されるようなことばかりするから、いけないのです!それがわからない花陽ではないでしょう?」

「えっと…否定はできません…ですが…」

「ですが?」

「もう間もなく、雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんが入部します。もしかしたら、他にも1年生が入部するかも知れません」

「はい…」

「雪穂ちゃんは…口ではあれこれ言っていますが、心の中では、穂乃果ちゃんのこと、尊敬してます」

「はい」

「そんなお姉ちゃんが、親友やクラスメイトの前で、毎日毎日怒られていたら、いい気持ちはしないですよね?ちょっと悲しくなっちゃうんじゃないかな…」

「…」

「怒っちゃダメ!…とは言いませんが、これからは、あまり穂乃果ちゃんのことで感情を爆発させるのは、避けた方がよいかと…」

「…確かに、そうかも知れませんね。私は穂乃果のこととなると、ことさら熱くなってしまいますので」

「はい。海未ちゃんが、穂乃果ちゃんのこと大好きだってことは、よ~く、わかってます。でも、さっきみたいに、マイナスの出来事を、あんまり海未ちゃんひとりで背負いこみ過ぎると、息が詰まっちゃいますよ」

「花陽…」

「やるときはやる、抜くときは抜く。メリハリが大事です」

「えぇ…」

「今までは希ちゃんやにこちゃんが、そのあたりのバランスを、うまい具合にとってくれてたんですけどねぇ…」

「…もう…いなくなるのですね…」

「はい…」

「花陽の言う通りです。私も反省しなければいけませんね…。それで、もうひとつは?」

 

 

 

「μ'sの今後についてです…」

 

 

 

「?」

 

 

 

海未は花陽の言葉の意味を理解できず、小さく首を傾けた。

「μ'sは解散すると決めたハズですが…」

「はい。今回のライブの結果によっては解散時期が多少『延期』になる可能性はありますが、スクールアイドルとしてのμ'sは、どうやっても、存続はできません」

「ではμ'sの今後について…とは?」

「そのことをいつ発表するか…ということです」

「いつ…って…あっ!」

「今、このことを知ってるのは、雪穂ちゃんとか、亜里沙ちゃんとか…一部の身内だけです。もし仮に『μ'sに入りたい』という1年生がいたら、先にそのことを知らせておく必要があると思うんです。『新しいメンバー…新しいしいユニット…新しい名前で活動します』…と」

「だとすると…新入生歓迎会…オリエンテーリングですね」

「その時は何を歌いますか?μ'sの楽曲?」

「それは…」

「取り敢えず6人で歌うなら『ν's』とでも名乗りましょうか」

「ニューズ?」

「ギリシャ文字でμ(ミュー)の次はν(ニュー)なんです!」

「そうなのですか!」

「新しく生まれ変わると言う意味では、ピッタリな言葉だと」

「はい!つまりNewですね?」

「これを見つけたときは、ひとりでニヤニヤしちゃいました」

「目に浮かびますよ」

「でも、それだけなんです。花陽は、まだこれからのことについて、全然イメージがわかないんです」

「それは私も同じです」

「それで…海未ちゃん…これは花陽の希望というか、お願いになるんですけど…アイドル研究部へ入部を希望する人の『多様性』を認めて欲しいんです」

「多様性?」

「はい」

 

 

 

…今日の花陽は随分と難しい話をしますね…

 

 

 

「これもいつかみんなに話そうと思っていたんですけど…」

「はい、どうぞ。説明してください」

「今のメンバーは、本当にみんな、すごい人の集まりなんです。歌って、踊れて…作詞も作曲も衣装も振り付けも…全部自分達で出来る」

「確かに。それが私たちの強みですね」

「でも…でも、そんな人ばかりじゃないんです。花陽みたいに何も出来ない人だっているんです」

「花陽のアイドルに対する知識は、誰にも負けないじゃないですか!」

 

「はい!そこなんです!!」

正座していた花陽は、上半身を前のめりにして、スッと海未との距離を縮めた。

 

 

 

…うわっ!びっくりしました…

…今日の花陽は、食事の時もそうでしたが、グイグイきますね…

 

 

 

「そこ…とは?」

動じないフリをしながら、海未が訊き返す。

 

「例えばですが、アイドルに憧れていても、自分は『歌う側』ではない、観ているのが好きなんだ!という人がいるかも知れません。花陽もどちらかというと、こっちのタイプでしたし」

「私などはアイドルの『ア』の字もありませんでしたけどね」

海未はこの部屋に戻ってきて、初めて笑みを見せる。

「はい!幸いにも花陽たちは、みんなに引っ張ってもらって『歌う側』の素晴らしさを知り、今、ここにいます」

「ええ」

「でも、やっぱりこれは、奇跡だと思うわけですよ。こんな素敵なメンバーが、一度に集まるなんて、通常は考えられません!」

「そうですね」

「それで…話は戻りますが…きっと中には、歌わなくてもいい!とか、実は衣装を作りたいんだ!とか、セットを造りたいんだ…とか…そういう人もいると思うんです」

「裏方志望ってこと?」

「確かに一般的にはそう呼ばれてますが、花陽はあまり好きな言葉じゃありません。私たちは、その人たち抜きでは、ステージに立てないのですから。照明さんがいなければ、ステージは真っ暗なままなんです。だから花陽は、敢えてスペシャリストと呼ばせてもらいます!」

「は、はい…」

「えっと…あ、つまり、そういうスペシャリスト志望の人も『アイドル研究部』には、いてもいいんじゃないかと」

「!」

「ラブライブを目指したい人がいる、そうじゃない人もいる…何人入部するかわからないけど、目標が違うなら、それぞれがそれを目指せばいい…。強制はできない…。もちろんすべてがバラバラなのは論外ですけど、すべてをひとくくりにはできません」

「それが花陽の言う多様性…」

「目指す目的が一緒なら、意見の食い違いがあったりしても、最終的には信頼しあえる仲間になれる」

「はい、それは私たちが体現してきました」

「だけど、ラブライブ出場だけがアイドル研究部じゃないと思うんです。そうした時に、そうした人を排除しないで欲しいんです!!」

「…花陽…」

「あっ!すみません!…熱くなり過ぎました…」

「いえ…感心して聴いてましたよ。…とはいえ花陽がそこまで色々考えているとは、少し、驚きました」

「えへへ…これでも部長なので…」

「素晴らしいです!絵里が聴いたら『ハラショー!』と手を叩いているところです。穂乃果にも、生徒会長として、これくらいの自覚があれば…」

「海未ちゃん!」

「はっ!そうでした…つい…」

「大丈夫ですよ、花陽の前なら」

「花陽は、この1年で、大きく成長しましたね」

「みんなのお陰です」

「ですが、なぜこのタイミングでそんな話を…」

「う~ん、なんでですかね…。でも、海未ちゃんなら理解してくれると思ったから…」

「はい。充分に理解しましたよ」

「良かったです…あ、もうこんな時間…」

「そうですね!明日に備えて早く寝ましょうか…」

「はい」

「明日、頑張りましょうね!そしてそれを観た新入生が、沢山入部してくれるといいですね」

「はい!」

「では、お休みなさい」

「はい、お休みなさい…」

 

 

 

 

 

どてっ!

 

 

 

 

 

「花陽?大事ですか!?どこか具合でも!?」

 

 

 

 

 

「…あ、あし…しびれました…」

 

 

 

 

 

…ふふふ、可愛い部長さんですね…

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その12 ~凱旋~

 

 

 

 

ニューヨークでのライブを無事に終えたμ's。

 

現地スタッフからは

「Great!」

「Amazing!」

「Marvelous!」

と絶賛され、手応えは感じていた。

 

しかし、一夜にして、まさかこんなことになろうとは…。

 

 

 

 

 

帰国したメンバーが成田から向かったのは、穂乃果の部屋。

 

彼女たちの表情は一様にして、疲労困憊といったところ。

疲れまくっている。

 

穂乃果の部屋と、雪穂が運んできた穂むらの饅頭、日本茶…このワンセットが揃って、ようやくホッとした顔になった。

 

 

 

「やっと我が家に帰ってきた…って感じ?」

「そりゃあ、アンタの部屋だからね」

「あははは…でもさ、普通、国内に旅行に出掛けても、地元の景色を見ると『あ~帰ってきたぁ~!!」ってなるじゃん!」

「そうやね」

「だけど今回は…」

と穂乃果。

 

メンバーはここに着くまでの様子を、各々頭の中で振り返る。

 

 

 

 

 

空港ではライブの映像が流れ、彼女たちに気付いた『ファン』にサインを求められた。

しかも、ひとりやふたりではない。

今まで経験したことのない、長蛇の列。

初めての出来事に戸惑いつつも、その場はなんとか凌いだメンバー一同。

 

 

 

次に待ち受けていたのは、地元アキバのフィーバーぶりだった。

 

 

 

至るところにμ'sの大小ポスターが貼られ、店のそこかしこに『μ'sの街、アキバ』というポップが目に付く。

そしてA-RISE御用達の『あの駅前の巨大ヴィジョン』でさえ、μ'sのニューヨークライブの様子を繰返し流していた。

 

まさに街を挙げての便乗ぶり…いや、歓迎ぶり。

 

ここでの認知度は以前から高かったが、それでも『一部のファンの間では…』とエクスキューズが付いていた。

 

しかし、彼女たちは、ライブの衣装を着て歩いているわけでもないのに、全方向から視線が集まるのを感じていた。

 

それは今までにない感覚。

 

視線を気にしないように振る舞おうとすればするほど、逆に不自然な動きになってしまう。

 

それが原因なのか…それとも9人で団体行動をしているせいなのか…はたまた、自然と醸し出されるアイドルとしてのオーラなのか…行く先々で『ファン』に囲まれ…その恥ずかしさやら緊張やらがあって、逃げるようにして、穂乃果の部屋までやってきた…というわけだ。

 

 

 

 

 

「スターになるってことは、こういうことなのよ」

にこはこの様子を楽しんでいるが、それ以外のメンバーは、本人たちに自覚がないにも関わらず、急に有名人になったことに、不安を隠しきれなかった。

 

 

 

「ウ…ウゥッ…無理です!こんなの無理ですっ!!」

「まぁまぁ、落ち着いて…」

「泣かなくても…」

穂乃果とことりに慰められているのは、海未。

「参ったわね…。帰ってきてから、街を普通に歩いていても気付かれるくらいの注目度。海外でのライブが至るところで流れてる…」

「真姫ちゃん、これって夢なんじゃない?」

「はぁ?そんわけないでしょ?」

「にゃ?穂乃果ちゃんの気持ちもわかるにゃ!」

「でしょ?でしょ?…だとしたらいつから…」

「このニューヨークライブの話自体が、夢だったんにゃ…」

「凛ちゃん、そこから?」

「いや、凛ちゃん…もしかした、ことりちゃんが見た夢…まだその中にいるのかも!」

「あ、穂乃果ちゃん、それだ!」

「穂乃果もことりも、バカなことを言わないでください!」

「いやいや、海未ちゃん…そもそも廃校になるっていうのが、夢だったんじゃないかな?」

 

 

 

「そこから!?」

 

 

 

これには、さすがにメンバー全員が穂乃果に突っ込んだ。

 

 

 

「雪穂ちゃん、いったい何があったんか、説明して欲しいんやけど…」

「はい。みなさんのライブがテレビとネットで、生中継局されたのは、知っての通りです」

「そうやね」

「凄かったのは、そのあとです!」

「?」

「まずアメリカの有名アーティストが、お姉ちゃんたちのライブ映像を観て『素晴らしい!』って、呟いて…」

「えぇっ!?」

「ほら、この人…」

と雪穂がスマホの画像を見せる。

「本当だ…」

「…で、これが、あっという間に話題になって…ワイドショーやニュースで『日本の女子高生がニューヨークで快挙!!』って繰返し報道されたから。それで、今回のライブだけじゃなくてμ'sが過去にアップした動画も、取り上げられたりして…」

「わっ、すごい再生数になってる!」

花陽は雪穂のPCを見て、驚きの声をあげた。

「じゃあ私たち、本当に有名人に?」

と絵里。

「そんな…無理です!恥ずかしいぃぃ…」

「海未ちゃん…だから泣かなくても…。あ、でもさ、それって!海外ライブが大成功だったってことだよね!?」

「うん!そうだと思う!」

「だよねぇ、花陽ちゃん!これはドームも夢じゃないよね!これでドーム大会も実現したらラブライブはずっとずーっと続いていくんだね!よかった!嬉しい~!」

「まだ、そう決めつけるのは早いんじゃないかしら」

「絵里ちゃん、冷静だね」

「なにかあまりに出来すぎで…そんなに上手くいくのかしら…って」

「確かにね」

真姫はうん、うんと首を縦に振る。

「それにしても、海未ちゃんほどやないにせよ、こう急に注目されちゃうと…芸能人が変装して外出する気持ちもわからなくはないやね」

「もうね、大変だったんだよ。さっきもファンの人が、お店にお姉ちゃんを訪ねてきてさ」

「えっ!そうなの?」

「まぁ、お母さんは『これで売り上げが上がるかしら?』…って、喜んでたけど…」

「まさか『高坂穂乃果の店』なんて、看板出さないよね!?」

「えっ!?えっ!?…それは…出さない…でしょ…」

 

 

 

…雪穂ちゃん、そのつもりだったね…

 

 

 

花陽は雪穂に『前歴』があることを知っている。

店内にはまだ『アキバのお米クイーンも太鼓判!』と書かれた文字と、花陽の写真が載ったチラシが貼られているからだ。

 

 

 

「それはそうと、これからは人気アイドルなんだから、行動に注意しなさいよ」

「えっ?にこちゃん?」

「A-LISEを見ればわかるでしょ?人気アイドルというのは常にプライドを持ち、優雅に慌てることなく…とにかく、どこに目があるかわからないから、外に出るときは恰好も歩き方も注意すること!」

「めんどくさ…」

真姫がいつも通りの一言。

「確かに、そこまで気を遣うのは…」

「私もちょっと…」

花陽もことりは「ねぇ…」と顔を見合わせた。

「アイドルってそういうものでしょ!」

「にこが言うこともわからなくないけど…それよりも前に、考えなきゃいけないことがあるでしょ!!」

「考えなきゃいけないこと…って…絵里ちゃん、なに?」

「穂乃果はわからない?」

「…はて…」

「こんなに人気が出てファンに注目されているのよ?」

「そうやね、これは間違いなく…」

 

 

 

「?」

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その13 ~お姉さんの言葉~

 

 

 

 

「μ'sの次のライブは、いつやるの…ってことですよね?」

絵里の問い掛けに、そう答えたのは雪穂だった。

 

「正解!」

「なんで雪穂が答えるのよ!お姉ちゃんだってわかってたんだから!」

「はいはい、負け惜しみ言わない!」

にこに注意された穂乃果は、プゥ~と膨れてソッポを向いた。

「穂乃…」

それを見て海未がなにか言おうとしたが、花陽との約束を思い出し、自制する。

「実は『雪穂のお姉ちゃんって、μ'sだよね!次はいつライブやるの?』みたいな質問が結構多くて…。でも、私の口から『μ'sは解散しちゃうんだよ…』なんて言えないし…」

「あれ?でもさ、μ'sは解散するって、みんな知らないんだっけ?」

「はい。公(おおやけ)には、なにも発表しておりませんので」

「だけど、だとしても…穂乃果たち、スクールアイドルなんだよ。絵里ちゃんたちが3年生だって、みんな知ってるじゃん!」

「多分、見ている人にとっては、私たちがスクールアイドルか、そうじゃないか…ってことはあまり関係ないんじゃない?」

「真姫ちゃんの言う通りです。実際、学校を卒業しても、趣味でアイドル活動を続けている人はいるし…A-RISEみたいに、本当にプロになっちゃう人たちだって…」

花陽は、そう言ったあと海未の顔を見た。

「実はその件で、この間、花陽から相談を受けていたんです。いつ、どのタイミングで、μ'sが解散したことを伝えるべきなのか…って」

「その時は新入生歓迎会がベストかな…って言ってたんですけど、この状況だと、早めにアナウンスした方が…」

「そうやね…」

「なんか…もったいないね…」

「穂乃果…」

「せっかくみんなに認めてもらえたのに…」

「穂乃果ちゃん…」

「あ、ごめん!ごめん!穂乃果、こんなに注目されたこと、今まで一度もないからさ…」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

穂乃果の気持ちもわからないでもない。

未練がないと言えばウソになる。

だが、すでに解散は決めたこと。

 

その葛藤が、メンバーを無言にさせた。

 

 

 

「ライブ…」

「えっ?」

「やるしかないんやない?」

「希ちゃん…」

「ライブ…ですか?」

「そう、みんなの前でもう一度ライブをやって、ちゃんと終わることを伝える。ライブに成功して注目されてる今、それが一番なんやないかな?」

「解散ライブ…」

穂乃果がポツリと呟く。

「それに…ちょうど、ふさわしい曲もあるみたいやし…ね、真姫ちゃん!」

「えっ!?」

「ちょっと、希…」

「いいやん、隠さなくても…。実は真姫ちゃん、新しい曲を作ってたんよ!…μ'sの新曲…」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「新曲!?」

「本当なの?」

「でも、解散するのにどうして?」

にこ、絵里、ことりが矢継ぎ早に質問をする。

「希にも言ったけど…別にこういうことを想定してたわけじゃ…。スクールアイドルは続けるんだし、曲は作っておくに越したことはないじゃない」

「そうだね」

穂乃果が…納得…と頷く。

「だけどタイトルは『桔梗(仮)』って書いてあったやん」

「な!…それも見てたの?…」

「ききょう?それって、どういう意味?」

「肺に穴が開くことにゃ、」

「それは『気胸』でしょ!」

「さすが真姫ちゃん!医者の娘だけあるにゃ!」

「ふふふ…穂乃果ちゃん、凛ちゃん…花言葉って知ってる?」

希が2人に問い掛ける。

「それは知ってるけど…」

「桔梗の花言葉までは…」

「桔梗の花言葉は…honesty(正直、誠実)、 obedience(従順)…そして…endless love(永遠の愛)、the return of a friend is desired(友の帰りを願う)…なんやって!」

「永遠の愛…」

「友の帰りを願う?」

と絵里とにこ。

「それってまさか」

「アタシたちのこと?」

「…と訊いてるけど、どうなんやろか?」

「ノーコメント!想像に任せるわ」

真姫の顔は赤い。

 

 

 

…まさか、あれを読み取るとは…

…これだから希は…

 

 

 

「真姫ちゃん!聴かせてよ!」

「あるんやろ?」

穂乃果と希にそう促され、真姫は渋々ポケットからプレーヤーを取り出した。

 

穂乃果がそれを受けとると、すかさずイヤホンを自分とことりの耳に差す。

 

 

 

「!」

 

 

 

「…優しい曲…」

「なんか、あったかい…」

 

 

 

「いいな~!凛も聴きたいにゃ!」

「アタシのソロはちゃんとあるんでしょうね!?」

「私も早く聴きたい!」

「お、えりちもやる気やね?」

「そ…そういうわけじゃないわよ…」

少し前のめりになったことに、照れたのは絵里。

「別に恥ずかしがらなくてもいいやん」

「そんなんじゃ…」

「ねぇ、海未ちゃん!これで作詞できる?」

「はい、もちろんです。私も書き貯めている詞はありますし…それに…」

「それに?」

「いつかまた、9人で歌えることを夢見ていましたので」

「μ'sの?」

「私も!」

「ことりもですか!?」

「向こうでも、ずっと衣装ばかり見てた!これ絵里ちゃんに似合うな…とか、にこちゃんはこんな感じかな…とか」

「うふふ…みんな考えることは同じってことやね。どう?やってみない?μ'sの最後を伝えるライブ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「穂乃果?」

 

 

 

「あ…ごめん。あのさ、私、ニューヨークで道に迷ったとき、お姉さんに助けてもらった…って言ったでしょ?」

「幽霊の?」

「凛、そういうこと言わないで!」

絵里が険しい顔をする。

「あはは…ごめん、ごめん!…で、その…幽霊…じゃない、お姉さんがどうかしたの?」

「みんなとはぐれて、心細かったのもあるのかも知れないけど…廃校を阻止できて、ラブライブにも出れて、優勝までしちゃって…。そうしたら次の目標はなんだろう?…って思っちゃって。なんのためにニューヨークまで来たんだろう…って」

「燃え尽き症候群…やね」

「私たちは卒業するから『次』は考えていないけど、残る側は新たな目標…モチベーションというのかしら…そういうのは、当然、必要だもの」

「それでね…お姉さんに訊いてみたんだ。どうしてお姉さんは、ここで歌ってるのか?…って。あ、そうそう、お姉さんも、前は穂乃果たちみたいにグループで歌ってたんだって!…でも、色々あったらしくて…」

「そりゃあ、何年も、何十年もって続けられればいいけども…そう簡単にはいかないから…」

にこは自分の体験を思い出しながら、静かに言った。

「うん…。だけどね、お姉さんはそこで歌い続ける理由を、こう言ったんだ」

 

 

 

…簡単だったよ…

…今まで自分たちがなぜ歌ってきたのか…

…どうありたくて、何が好きだったのか…

…それを考えたら、答えはとても簡単だったよ…

 

 

 

「わかったような、わからないような…」

「うん、凛ちゃん!穂乃果もその時、そう思ったんだ。でも、その言葉…今、わかった気がする!」

「にゃ?」

 

 

 

「やっぱり、歌うことが好きなんだ!だから私たちの歌を聴いてほしい!!想いを伝えたい!」

 

 

 

「穂乃果!」

「穂乃果ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

 

 

 

「うん!やってみよう!こんな素敵な曲があるんだったら、やらないともったいないよね!やろう!μ's最後のライブ!そして、みんなに伝えよう!…μ'sは…解散します…って…」

 

 

 

「異存はないですね?」

「まったく…仕方ないわねぇ!!」

「ふふふ…まだ、終わらないんやね!…って、えりち?…」

 

「えっ?」

考え事でもしていたのだろうか、一瞬、上の空状態だった絵里。

 

「絵里は反対なのですか?」

リアクションが薄かった絵里に、海未が尋ねる。

「そ、そんなこと、あるわけないじゃない!」

「だよねぇ!」

その言葉にホッとした表情の穂乃果。

 

 

 

「…練習…厳しくいくわよ!」

絵里の声に、全員が立ち上がる。

 

 

 

「いっくよ~!ラストライブに向かって、全力で走るよ!」

 

 

 

「オーッ!!」

 

 

 

 

 

だが、そんな中、花陽は絵里の様子に、少しだけ違和感を覚えていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その14 ~嬉しい悲鳴~




ラブライブ!の1ヶ月は、60日くらいあるんじゃないか…と改めて思う今日このごろ…。





 

 

 

 

 

ことりのスマホが鳴った。

それは穂乃果の部屋で、μ'sのメンバーが最後のライブを行う決意を固めた瞬間だった。

 

 

 

「もしもし?お母さん?」

 

 

 

「!」

メンバーに緊張が走る。

 

 

 

「うん、穂乃果ちゃんち。えっ?今から?…訊いてみるけど…うん、わかった…はい…じゃあ…」

 

 

 

 

「お母さん?」

「理事長?」

それぞれ口にした呼び方は違うが、もちろん同一人物を表す。

 

 

 

「うん、お母さんから…。でも理事長としての電話だった」

「?」

「なにかありましたか?」

「う~ん…穂乃果ちゃん、花陽ちゃん、今からうちに来れる?」

「今から?」

「ことりちゃんち?」

「詳しくはその時に話したい…って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しま~す」

「失礼します…」

 

ことりが穂乃果と花陽を、自分の住むマンションへ連れて行き、リビングに通した。

 

そこに待っていたのは…自宅にいるのにも関わらず『いつものように』スーツを身に纏った、ことりの母。

 

「穂乃果ちゃん、小泉さん、今晩は。ごめんなさいね、お呼びだてしちゃって…」

「ご無沙汰してます!」

穂乃果はそう言って、ペコリと頭を下げた。

 

 

 

…ご無沙汰?…

 

…毎日とは言わないまでも、学校で頻繁に顔を合わせているよね?…

 

 

 

花陽も…ことりとその母も…穂乃果の言葉に耳を疑った。

それを察してか、穂乃果が弁明する。

 

「あ、いや、ことりちゃんの家に来たの久しぶりで…。だから『ことりちゃんのお母さん』として会うのも久しぶりたがら…」

「あ~…そういうこと!?」

3人は一様に納得した。

「花陽ちゃんは、結構来てるよね?」

「はい、衣装作りのお手伝いで何回か…」

「ほらね!穂乃果はホントに久しぶりなんだよ」

「そうだね…なにかあると、集まるのは穂乃果ちゃんの部屋だもんね。さっきもそうだったし」

ことりの言葉を受け

「いつも、お邪魔しちゃって…。穂乃果ちゃんのお母さんにも、ちゃんとご挨拶に行かなきゃ…って思ってるんだけど」

と母親として謝辞を述べた。

「いえいえ、広いだけが取り柄の部屋なんで」

「あら、それが一番なんじゃない?うちなんて、狭くて、呼ぼうにも呼べないもの…あ、良かったら、召し上がって」

「あ、はい!では、遠慮なく!」

「い、いただきます…」

2人はそう勧められて、出されたお茶菓子を口にする。

 

それから少しの間、ことり親子と穂乃果…そして花陽は、他愛のない会話をして時間を過ごした。

 

ここで花陽は『理事長』ではなく『ことりの母』としての顔を、初めて見ることになった。

 

 

 

…理事長さんも、普通のお母さんなんですね…

 

 

 

和やかに話す3人を見て、花陽はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

どれくらい経ったろうか。

 

 

 

 

 

「それはそうと…お母さん…話って?」

ひとしきり談笑したあと、ことりが母に尋ねた。

「そうね!その為に来てもらったんだものね」

その瞬間、顔は『母のそれ』から『理事長のそれ』になった。

 

 

 

「単刀直入に言うわね…。音ノ木坂のスクールアイドル…μ'sを続けてもらうことはできないかしら?」

 

 

 

「μ'sを続ける?」

思わぬ言葉に、ことりも驚いたようだった。

 

…いや、生徒会長の穂乃果、新しく部長になった花陽が呼ばれた時点で、なにかあるとは思っていたが…まさか理事長直々に、そんな要請をされるとは想像だにしていなかったのだ。

 

 

 

「スクールアイドルとして圧倒的な人気を誇るA-LISEとμ's…。ドームでの大会を実現させるには、どうしてもあなたたちの力が必要なんだと、大会関係者はみんなそう思っているわ」

「お母さん…」

「出発前にも同じようなことを言ったけど…μ'sには今回のライブの成功を受け、その声が一層高まっているの」

「確かに、ここまで人気が出ちゃうと…っていうのはわかりますけど…」

花陽は、ことりと穂乃果の顔を見て、同意を求めた。

頷く2人。

「3年生が卒業して、スクールアイドルを続けるのが難しいのであれば、別の形でも構わないわ」

「別の形?」

「とにかく、今の熱を冷まさないためにも、みんな、μ'sには続けてほしいと思っている…」

「そんな…」

「無理に…とは言えないわ。でも、前向きに考えてほしいの…」

「お母さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ですが…困りましたね…」

 

 

 

翌日、音ノ木坂に集まったμ'sのメンバー。

海未を始め、全員が当惑していた。

「うん、海未ちゃん。困ったことになっちゃったね… 。最後のライブの話をしていたところなのに…」

花陽の眉毛はいつもにも増して、ハの字の角度がきつくなっている。

「私は反対よ!ラブライブのおかげでここまで来られたのは確かだけど、そうまで義理立てする必要があるの?」

「真姫ちゃん…義理立て…とはズバッときたね…」

と言うものの、穂乃果は否定も反論もできなかった。

「でも、大会を成功に導くことができれば、スクールアイドルはもっと大きく羽ばたける」

「ニューヨークに行ったのも、その為やしね…」

「待ってよ!その役割は果たしたじゃない!…絵里も希も…ちゃんと終わりにしようって…μ'sは3年生の卒業と同時に終わりにしよう…って決めたんじゃないの!?」

「真姫の言う通りよ!ちゃんと終わらせる…って決めたんなら、終わらせないと…違う?」

「にこ…」

「違わない…違わないんやけど、2人やって、気持ち、揺れてるやろ?」

「うっ…」

「にこっち…いいの?続ければドームのステージに立て…」

「もちろん立ちたいわよ!…けど…私たちは決めたんじゃない。9人みんなで話し合って…。あの時の決心を簡単には変えられない!わかるでしょ?」

「にこっち…」

「でも、にこちゃん!もしμ'sを終わりにしちゃったらドーム大会はなくなっちゃうかもしれないよね…」

「凛たちが続けなかったせいで、そうなるのは…」

「花陽…凛…それは…そうだけど…」

にこは頭を抱えて、座り込む。

 

 

 

「穂乃果ちゃん…みんな…ごめんね…」

突然謝ったのは…ことりだった。

 

 

 

「こ、ことりちゃん?」

「ことり?」

「どうしたん?急に」

「お母さんが、あんなこと言わなければ、みんな、こんなに悩まなくも済んだのに…」

「ことり、それは違います。苦しかったと思いますよ…お母さんとして…理事長として…このことを伝えるのは…」

「海未ちゃん…」

「そうやね。学校を代表する立場やから、それはそれで仕方ないんやない?どのみち、大会関係者から話が来たんやろうから…。誰から聴かされても同じやったと思うよ」

「希ちゃん…」

「そうにゃ!μ'sがスターになった証しにゃ!」

「凛ちゃん…」

「こういうのを『贅沢な悩み』って言うんだよ…ね?かよちん」

「う、うん…そうだね」

「部長はどうしたいの?」

「へっ?わ、私?」

「アンタしかいないでしょ?」

「はぁ…難問ですぅ…。にこちゃんたちが卒業しないのが、一番いいんだけど…」

「穂乃果みたいなことを言わないでください!」

「う、海未ちゃん…また、そういうことを…」

「部長として言わせて頂くなら、スクールアイドルμ'sは解散します。それでも、どうしても…というなら6人でやるしかないと思います。ただし、その場合でもμ'sの名前は使いません」

「かよちん…」

「私たちが…スクールアイドルしてではなく、9人で活動を続けられれば、話はまた別ですが…」

「それは…む…」

絵里はなにか言い掛けたが、途中で口をつぐんだ。

 

 

 

…絵里ちゃん?…

 

 

 

花陽は絵里の今の言葉に、この間と同じような違和感を覚えた。

 

 

 

「…穂乃果はどう思うの?」

だが絵里は、何事もなかったように穂乃果に話を振った。

 

 

 

「うん!わからない!」

 

 

 

「穂乃果…」

その開き直った回答に、苦笑いする絵里。

 

 

 

「だってさ、みんな正しいんだもん。歌うのは好きだし、続けたい。そしてμ'sを観たい、続けてほしいという人がいる。だったら、その期待には応えたい。私たちはいままで、そうしてきたんだから」

「…」

「だけどスクールアイドルに対する拘りもある。9人揃ってこそμ'sだという気持ちも強い…」

「…」

「ただ…」

「ただ?」

「ただ私たちが最高のパフォーマンスができないようなら…中途半端なステージになるくらいなら…続けるべきじゃないと思う」

 

 

 

「!!」

 

 

 

メンバー全員が、一瞬、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

 

 

…最高のパフォーマンス!?…

 

 

 

 

 

『全身全霊』

 

 

 

 

 

穂乃果の言葉に、自分たちが歌った詞の一部を想い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「もう一日だけ、個人個人で考えてみようよ!何をどうしたらいいのか…もう一日だけ…」

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その15 ~A-RISE、Drive、Lovelive~

 

 

 

 

 

ハァ…ハァ…ハァ…

 

 

 

息を切らして走っているのは、穂乃果。

家に帰り、これからのことを、ベッドの上でゴロゴロしながら考えていたところ、突然電話が鳴り、呼び出された。

 

 

 

相手の名は…

 

 

 

綺羅ツバサ…。

 

 

 

言わずもがなA-RISEのリーダーである。

電話は「近くまで来てるから、ちょっと会わない?」という内容。

ふたつ返事でOKをした穂乃果は、急ぎ身仕度を整えると、家を飛び出した。

 

 

 

そして指定された場所に辿り着く。

 

 

 

そこには白を基調としたミリタリールック風の衣装を着た…いかにもA-RISE然とした少女が立っていた。

 

「ツバサさん!」

「穂乃果さん!おかえり…でいいのかしら?随分とご活躍な様子で…」

「あははは…なんなんですかねぇ…私たちが一番驚いてます」

「ねぇ、少し時間ある?車を待たせてあるの…。ドライブしましょ?」

「ド、ドライブ!?時間はありますけど…免許取ったんですか?」

「うふふ、違うわよ…」

そう笑いながら、ツバサは穂乃果の手を引っ張ると、数メートル先に停めてあった黒塗りの車へと歩を進めた。

 

「えっ!こ、これって…」

穂乃果は一瞬、たじろいだ。

 

そこにあったのが『リムジン』だったからだ。

 

 

「デビュー曲の撮影で使ってるの」

「あ、それで…」

穂乃果は、彼女がこの時間、この場所で衣装を着ている理由を理解した。

 

 

 

「うわっ…すごい…」

 

 

 

中に入った穂乃果は、そこに優木あんじゅと統堂英玲奈がいたにも関わらず、まずはそのゴージャスな内装に圧倒され、茫然としてしまう。

 

「立ってないで、座ったらどう?」

「なにか飲む?」

 

あんじゅと英玲奈に声を掛けられ、穂乃果はやっと現実世界に戻ってきた。

 

「あっ…こ、こんばんは…」

「うふふ…ちょっと始めはビックリするよね…あぁ、座って…」

とあんじゅ。

「は、はい…失礼します…」

穂乃果は車内の…『コの字』に組まれた、革張りのソファに腰を下ろした。

「撮影は?」

「さっき終わったところ。ちょうど近くだったから…。少しいいですよね?」

ツバサが運転手に声を掛けると、車は静かに走り出した。

 

「どうだった?向こうは…」

「は、はい…とても楽しく勉強にもなりました」

あんじゅから手渡されたミネラルウォーターを口にして、穂乃果は少し落ち着いた。

「そうか…」

英玲奈は相変わらず、言葉短く、ぶっきらぼうに相槌を打った。

「ライブ、大成功だったみたいねぇ…」

あんじゅはを脚を組み替えながら、穂乃果に訊く。

 

 

 

…あんじゅさん…

…い、色っぽい…

…っていうか、見えちゃいそう…

 

 

 

その仕草に、思わず穂乃果の視線は、彼女の短いスカートの裾へと移る。

 

 

 

 

「どうか…した?」

「あ、いえいえ…別に…」

 

 

 

…μ'sにはいないタイプだよね…

 

 

 

少しだけアンニュイな雰囲気が漂うあんじゅを見て、穂乃果はそう思った。

 

 

 

「穂乃果さん」

「はい!」

「あんじゅに気を付けてね?」

「えっ?」

「意外とエッチだから。変なことされないように」

「!」

「ちょっと、ツバサ…うふふふ」

「は、はぁ…」

 

 

 

…希ちゃん系なのかな?…

 

 

 

「それはそれとして…次のライブはどこでやるの?」

「えっ?あっ…それがその…」

「その顔は、どうしよう…って顔ね」

「決まってないのか?」

「はい…。μ'sは3年生が卒業したら終わり。それが一番いいと私たちは思っていました」

「…」

「でも、今はすごいたくさんの人が、私たちを待っていてくれて…ラブライブの発展に力を貸せるなら…って…」

「期待を裏切りたくない?」

「応援してくれる人がいて…歌を聴きたいと言ってくれる人がいる。だから期待に応えたい…私たちはずっとそうしてきたから…やっぱり…」

「だったら続ければ?」

「あんじゅさん…」

「迷うことはないんじゃない?」

そう言うと、あんじゅは穂乃果の前に、1枚のカードをスッと差し出した。

「これは?…」

「名刺…って言ったらいいのかしら。私たちをこれからマネージメントしてくれるチームの」

「マネージメント…?」

「私たちは、スクールアイドルを辞め、プロとして歌っていく。学校を卒業してスクールアイドルじゃなくなっても、この3人で…A-LISEとして歌っていきたい、そう思ったから」

「はい、すごく素敵なことだと思います」

「でも、私たちも、それを決断するまでは相当迷ったの。だから、あなたの気持ちはわかっているつもり…」

「ツバサさん…」

「特にツバサは、μ'sに負けたことで、かなり自信をなくしていたからな」

「英玲奈!」

ツバサは…余計なことを言わないで…という顔をした。

それを見て、ふふふ…と笑う英玲奈。

「続けるか、否か、それが問題だ…って感じで」

「ハムレットね…。ラブライブを目指し、スクールアイドルとして活動、そして、成し遂げたときに終わりを迎える…それはそれで、とても美しいことだと思う」

あんじゅは髪を弄りながら喋る。

こういうところは、少し真姫に似ているかも知れない。

「でもね…」

ツバサが言葉を繋げる。

「やっぱり名前がなくなるのは寂しいの…。この時間を、この一瞬をずっと続けていたい。そして、お客さんを楽しませ、もっともっと大きな世界へ羽ばたいていきたい。そう思ったから 私たちは…」

「…」

「穂乃果さんがどういう結論を出すかは自由よ。でも、私たちは続ける…あなたたちも続けてほしい」

「共に、ラブライブを戦ってきた仲間として、これからも…私たちは競い合っていきたい」

「ツバサさん…あんじゅさん…」

 

「ところで…小泉さんは、元気にやってるか?」

「へっ?小泉さん?…花陽ちゃん?」

不意に飛び出した英玲奈の質問に、少し戸惑った穂乃果。

だが

「…えぇ…元気ですよ。部長として、みんなを引っ張っていってます」

とすぐに返答した。

「そ、そうか…」

「?」

「いや、一緒に利き米コンテストで戦ったから…それだけだ」

「は、はぁ…」

ツバサとあんじゅはその言葉を聴いて、ニヤニヤしている。

「?」

腑に落ちないのは穂乃果。

しかし、数日後、その理由を知ることになる…。

 

「あ、あの…」

「?」

「A-RISEは…みなさんは、ドーム大会に呼ばれたら…」

「当然出るわよ」

「断る理由がない」

「…ですよねぇ…」

「私たちのひとつの目標は、ドームでの単独ライブをすること。だから、もし呼ばれて出たなら…いい『下見』になる」

「ドームで単独ライブ!!…すごいな…。考えたこともなかった…」

「あなたたちなら、きっとドームをフルハウスにできるわ」

「フルハウス…」

「満席ってことよ」

「はぁ…えっ?え~っ!!穂乃果たちが?ドームを?」

「出来るわよ。あなたたち9人は、それだけの実力も魅力もあるもの」

「羨ましいな。私たちと同じユニットだったら、最強なんだがな…」

「同じユニット…そうですね」

「12人を束ねるリーダーは大変そうだけどね」

あんじゅは穂乃果の顔を見た。

「わ、わたし?無理、無理、無理…ツバサさんお願いします」

「ツバサは無理だな。自分勝手で、人をまとめるようなタイプじゃない!」

「…悔しいけど、反論できない…」

 

「ぷっ…」

穂乃果はそれを見て、吹き出してしまった。

 

「な、なに?おかしい?」

「A-RISEのみなさんも、私たちと変わらないんだな…って。なんか普段は普通に仲良しなんだな…って」

「勘違いされがちなのよね…。変わらないわよ、私たちだって、あなたたちと」

「はい…。良かったです、話ができて」

「私たちの思いは伝えたわ。あとは穂乃果さんたち次第…。もし、スクールアイドルに拘らず、活動を続けていくのであれば、いつでも相談に乗るわよ。さっきのカードに連絡先が書いてあるから」

「いつか一緒にステージに立てたらいいわね」

「どっちにしろ、自分たちの道だ。頑張れよ」

 

 

 

 

 

3人の激励を受け、穂乃果は車を降りた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その16 ~きっと、それは、彼女たちにとって一生の想い出~

 

 

 

 

 

穂乃果がA-RISEと面会していた頃、花陽と絵里はファストフード店にいた。

 

花陽は眼鏡を掛け、絵里は髪をおろしている。

『それなりに』身なりには気を使って外出してきたようだ。

 

「にこみたいにサングラスにマスクじゃ、逆に怪しまれそうだもの」

「はい。あれはやりすぎですね」

そう言って2人は笑う。

 

店内には、家族連れを含めた数組の客がいたが、幸いにして、2人には気付いていないようだった。

 

 

 

「それにしても花陽から私を誘うなんて、珍しいわね…」

「ごめんなさい…家に帰ったところ、呼び出しちゃったりして」

「別に構わないわよ。戻っても、することないし…。それより、ちょっと嬉しかったかも」

「えっ?」

「だって、私、後輩から誘われたことなんてないんだもの…」

「あ…」

「まぁ、私も誘ったことがないんだけど…。今になって、もっと気に掛けてあげれば良かったな…って後悔してるの」

「そうなんですか?」

「やっぱり、私って話し掛けづらい?」

「そ、そんなことないです。今は海未ちゃんの方がよっぽど怖い…あっ!…」

「いいのかな?そんなこと言っちゃって?」

「…うぅ…し、失言です…」

「うふふ…」

「あはは…。正直言うと、最初は少し怖かったです…。怖かったというか、何もかも完璧で…花陽なんかが喋っちゃいけない、雲の上の人…だと思ってました」

「そんなことないのにね…」

「はい。本当はすごく優しくて、お茶目な人でビックリしました」

「そう?ありがとう。でも、あなたたちが変えてくれたのよ?」

「えっ?」

「今から思うと、希に『してやられた』って感じだけど…あなたたちに出会って、私は変わった。μ'sに入らなければ、こんなに楽しく、充実した高校生活は送れなかった。本当に感謝しているわ」

「えへへ…絵里ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいです」

「花陽は…成長したわね」

「へっ?そ、そうですか?」

「部長としての自覚も出てきたみたいだし、安心して亜里沙を任せられるわ」

「…は、はい、頑張ります!」

 

 

 

その時だった…

 

 

 

店内にいた家族連れ…母親とその娘2人…が、花陽と絵里のもとへと、やって来た。

子供は小学生くらいに見えた。

 

「あの~、絢瀬さまと小泉さまでしょうか…」

とても丁寧な口調で、母親が2人に話し掛けてきた。

「えっ!?」

「は、はい…」

やっぱりそうですわ!と、はしゃぐ子供。

静かになさい!と母親は、それを嗜めた。

「お食事中すみません。本来でしたら、こういう時にお声を掛けてはいけないのでしょうが、ご無礼をお許しください」

「はぁ…」

突然のことに、目が点になる花陽と絵里。

「実は娘ふたりがμ'sさまの大ファンでして…」

「えっ?あ、ありがとうございます」

「春休みを利用してこちらに旅行に来ていたのですが…」

と母親。

すると…姉…と思われる方が

「どうぞご覧ください」

と持っていた紙袋の中身を見せる。

 

「…ハラショー!!…」

「…私たちの…」

中には、花陽が通っているアイドルショップで入手したであろうμ'sのグッズが、ビッシリと詰まっていた。

 

「ついつい、いっぱい買ってしまいました!」

そう言うと姉は満面の笑みになった。

「そこで、大変申し訳ございませんが、差し支えなければ、サインを頂きたく…」

母親がゆっくりと頭を下げると、子供も同じように、身体を『くの字』にした。

「サインでよければ…」

「ええ、構いませんよ」

「あ、ありがとうございます!」

「どこに書きましょうか?」

「で、でしたら、こ、こちらに!」

姉と妹は紙袋の中身をゴソゴソと漁ると、それぞれ2枚づつ、写真を取り出した。

「あ、絵里ちゃんだ」

「花陽の…」

「はい、9人、全員のを買いましたので!ですが、まさか、ご本人とお会いできるとは…夢のようでございますわ」

長い黒髪の姉は、目をキラキラさせて2人を見る。

「うふふ…こんな小さい子にまで知ってもらえてるなんて、すごく嬉しいです」

「そうね」

花陽と絵里が、姉からペンを受け取る。

「じゃあ、ここに書いていいかな?」

「は、はい…お願いします!…あっ!」

「?」

「あの…ダイヤさんへ…って、書いてもらってもよろしいでしょうか?」

「はい…ダイヤさんへ…と」

「妹さんは?」

「うぅ…あ、あの…ル…」

「名前くらい、しっかり伝えなさい!」

「ル、ルビィ…です…」

「ルビィちゃんね…」

「はい、どうぞ!」

「あ、ありがとうございます!」

「いいえ、どういたしまして」

「さ、最後に握手をして頂いても、よろしいでしょうか」

「はい!」

「あ、ありがとうございます!静岡から来た甲斐がありました!こ、これからも、応援しております!!頑張ってください!」

ダイヤと名乗った少女は、そう礼を言うと、母親と妹と、何度も何度も頭を下げ、名残惜しそうに、2人の前から去っていった。

 

 

 

「…小学生…だよね?」

「たぶん10歳くらいかと…」

「話し方が海未みたいだったわ」

「すごく、しっかりしていましたね」

「逆に妹は、花陽みたいだったけど」

「えっ?そうですか?」

「少し前までの花陽って、あんな感じだったじゃない。モジモジしてて…」

「…言われてみれば…。それにしても、わざわざ静岡から…って」

「すごいわね…」

「これからも、応援してます…って言われちゃいました…」

「…」

「ちょっと、心苦しかったです…」

「…そうね…」

絵里がそう答えたあと、少し間ができた。

 

「やっぱり…無理ですか?」

「えっ?」

「スクールアイドルμ'sではなく『ただのμ's』として、活動を続けるのは?」

「…私を呼び出したのは、その話なんでしょ?」

「…はい…」

「…そうじゃないかと思ってた…」

「絵里ちゃん、なにかすごく迷ってる感じがして…」

「ハラショー…さすが部長、よく見てるわね…」

「ずっと周りの目を気にしながら生きてきたので、そういうことには、敏感になってるんだと思います…あまり嬉しくないですが」

「気配りができる…素敵なことよ」

「はぁ…」

「そうねぇ…」

絵里は、心を落ち着かせるかのように、冷めきった紅茶を口にした。

 

「迷ってるっていうのは、その通り。続けられるのであれば、続けたい。気持ちだけなら100%続行!」

「…なら…」

「でもね…身体がそれを許してくれないのよ…」

 

 

 

「!」

花陽の表情が一瞬にして蒼醒めた。

 

 

 

「あ、大丈夫よ!命に関わるようなことじゃないから」

 

 

 

「あっ…あ…本当ですか?…」

「うん」

「はぁ~…良かったです…」

力が抜けて、花陽は椅子の上でフニャフニャになった。

 

だが、すぐに気を取り直すと

「じゃあ、身体が許してくれない…って?」

と訊く。

 

 

 

 

 

「実はね…膝に爆弾を抱えているの」

 

 

 

 

 

「ヒザにバクダン!?」

 

 

 

 

 

「左脚に…ね」

「プ、プロレスラーみたいですね…」

「長い間、だましだましやってきたんだけど…」

「長い間?」

「バレエを断念した原因のひとつでもあるの…」

「えっ!?」

「正式な名前じゃないんだけど『膝内症(しつないしょう)』って言って…私の場合、膝の関節とお皿の間が狭いらしいの。それで激しい運動をすると、そこが擦れて、水が溜まって、腫れて、曲がらなくなって…」

「大事(おおごと)じゃないですか!」

「日常生活をしてる分には支障はないんだけど…激しい運動はドクターストップがかかってるの」

「じゃあ、今までは…」

「自分なりにコントールしながら、やってきたから…」

「希ちゃんとにこちゃんは…」

「伝えてあるわよ…。でも、もう活動は終わりにするつもりでいたし、改めてみんなに言わなくても…って…」

「…」

「もちろん、続けたい!って気持ちもある!だけどスクールアイドルっていうカテゴリーから外れたら、もっと高いクオリティーを求めなきゃいけない…。ハードな練習やライブに、膝が耐えられるか…自分の中で折り合いがつかなかったの」

「絵里ちゃん…」

「続けたとして、だけど、すぐ離脱して迷惑を掛けるなら、初めからいない方がいいんじゃないかって…」

「穂乃果ちゃんが倒れた時みたいに…ですか?」

「そうね…引き合いに出したら悪いけど…」

「でも、それも含めて、みんなで助け合ってきたのがμ'sじゃないですか…」

「スクールアイドルでいるうちは、いいのかもしれない。趣味で続けるなら。いいのかもしれない。…でも、私たちはラブライブで優勝したチームなの。だから、それ以下のパフォーマンスを見せることは、後輩たちに失礼だと思うの。アイドルがどういう存在なのか、花陽が一番わかってるでしょ!」

「…」

花陽は頭を抱えこんだ。

「ごめんなさい、黙ってて…」

「にこちゃんはそれを知ってて…絵里ちゃんに無理をさせたくなくて…だから、あんなことを…」

「バカよね…『私はやりたい!』って言えば…いいの…に…」

「絵里ちゃん?」

「…ご…めん…」

「えっ?」

「花陽…私は…完璧な人間なんかじゃ…ない…」

「!」

「弱くて、弱くて、弱くて…どうしようもなく弱くて…」

「絵里ちゃん…」

 

 

…涙?…

 

 

 

「私、どうしたらいいか、わからない!!」

「絵里ちゃん!」

「まだ、あなたたちと続けたい!歌いたい!」

「絵里ちゃん!」

「でも…怖いの!迷惑掛けたくないの!」

「絵里ちゃん!」

「もう、やめるつもりでいたのに…もう歌わないと決めたのに…さっきの子を見たら、わからなくなっちゃった!花陽!教えて!私はどうすればいいの!?」

「絵里ちゃん、落ち着いて!!」

周りにいた客が何事かと、2人を見ている。

すみません…大丈夫です…と花陽が頭を下げ、そのまま絵里を店の外に連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里は、近くの公園のベンチに座っていた。

 

花陽に連れられてここまで来たのだが、絵里は「ひとりにさせて…」と彼女を家に帰したのだった。

 

 

 

公園にくる途中、花陽が自販機で買った缶の紅茶を口にすると、ベンチから立ち上がり「ふぅ~」と深呼吸する。

 

 

 

「もう大丈夫!落ち着いたわ」

周囲に人はいない。

それでも、わざと声に出して言ったのは、一種の自己暗示か。

 

…とは言え、立ち直ったわけではない。

再び、ベンチに腰を下ろすと、深いため息をついた。

 

 

 

…自己嫌悪だわ…

…あんなに取り乱すなんて…

…花陽には、恥ずかしいところを見られちゃったな…

 

…それにしても…

 

…強くなったわね…

 

 

 

絵里は静かに空を見上げた。

 

 

 

…三日月…星…

…ゆっくり眺めたことなんか、なかったな…

…私たちは、いつまで輝くことができるのかしら…

 

 

 

「えりち!」

「絵里!」

 

不意に声を掛けられて、絵里は現実世界に呼び戻された。

「希!?にこ!!…どうして?」

「決まってるやん!可愛い可愛い後輩が連絡くれたんよ」

「生意気に『あとはお願いします!』だって」

「花陽…」

「まぁ、アタシの弟子だから、それくらい当然だけどね!」

「うん…うん…」

「な、なによ!そこは突っ込んでくれないと、調子狂うじゃない!」

「希…にこ…わざわざ、ありがとう…」

 

絵里の目から光るものが流れ落ちたが、それを見られぬよう、クルッと背を向けた。

 

 

 

にこと希は、それに気付かないフリをして、そっと後ろから彼女の腕に寄り添った…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その17 ~「穂」の字に「ほ」の字~

 

 

 

 

在校生6人のスマホに、絵里からメッセージが入ったのは、深夜のことだった。

 

 

 

この時、穂乃果はベッドで考えことをしていた。

A-RISEとの会話に、このあとのμ'sのヒントが隠されている…そう思ったからだ。

 

 

 

…『同じユニットなら最強なんだがな』…

 

 

 

英玲奈の言葉が、耳に残っている。

 

 

 

…同じユニットかぁ…

 

 

 

そこに飛び込んできた、メッセージ。

 

3人で話し合った結果、今度のライブを以てμ'sを卒業することに決めた…そう書かれていた。

 

 

 

…そっか…

…やっぱり、そうかぁ…

…でも仕方ない!この決断を尊重しなきゃ…

 

 

 

…ん?…あっ!そうだ!…

 

 

 

穂乃果はそう呟くと、何度か頷いた。

そして、やおら、ベッドから起き上がり電話を掛ける。

 

 

 

「あ、こんな時間にごめん…。メッセージ…見た?うん、それでちょっと相談に乗ってほしいことが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝…。

 

 

 

穂乃果は練習着に着替えると、音ノ木坂へと向かった。

廊下を走り、階段を上り、屋上に出る扉を開ける。

 

 

 

「!」

 

 

 

「穂乃果!」

 

 

 

「う、海未ちゃん!?な、なんでいるの…あっ…」

「私だけでは、ありませんよ」

「えへへっ…」

「ことりちゃん!」

「おはようございます!」

「遅いにゃ~!」

「花陽ちゃん!凛ちゃん!」

「まったく、相変わらずマイペースねぇ」

「真姫ちゃん…なんで?なんで?今日練習だなんて一言も…」

穂乃果は、右に左にと首を振る。

 

「だって、ライブ、やるんやし」

「私たちも、まだスクールアイドルだから」

「まぁ、アタシはどっちでも良かったんだけど…」

その背後から現れたのは、卒業生の3人。

 

「希ちゃん!絵里ちゃん!来てたのぉ?」

「…って、なんでアタシの名前は呼ばないのよ!」

「お約束にゃ」

ドッと一同が笑う。

 

「偶然?」

「ことりは、そろそろ練習したいな…って」

「私もです」

「面倒くさいわね…ずっと一緒にいると、何も言わなくても伝わるようになっちゃって…」

そう言うと真姫は、大きくノビをした。

「みんな、答えはきっと同じだったんだよ!」

「ことりの言う通りです。μ'sはスクールアイドルであればこそ…です」

「うん、結論は出た。あとはライブを頑張るのみ!!」

穂乃果の言葉に、全員が頷いた。

「…でも、そうしたらドーム大会は…」

「大丈夫、凛ちゃん!それも絶対実現させる!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ライブをするんだよ!」

「…どういうことにゃ?」

「ライブはするでしょ、解散ライブ…」

「違うよ、真姫ちゃん!みんなでライブをするんだよ!スクールアイドルが、いかに素敵かをみんなに伝えるライブ!」

「なにそれ?意味わかんない…」

「スクールアイドルは、A-LISEや私たちだけじゃない!」

「はい、スクールアイドルみんなが歌って、踊って…それを知ってもらうライブをします!」

「花陽!?」

「昨日、穂乃果ちゃんから電話もらって…2人で一生懸命考えたの。そして出た答えが…」

「全国のスクールアイドルが集まって、みんなでライブする!」

「はぁ?バカじゃない!全国の…って…」

「うん、にこちゃん。全国は言い過ぎかも…。だけど、できるだけ声を掛けて、ひと組でも多く参加してもらおうと思うんだ!」

「つまり…合同ライブ…ということですか?」

「ね?すっごく、いい考えがでしょ!?ねっ!ねっ?」

「まだ理解してないんだけど…それは自分たちで大会を開く…ってこと?」

「違うよ、真姫ちゃん…実はね…」

 

 

 

「えぇ~っ!共演!?」

 

 

 

「うん、みんなで同じ曲を歌って、踊るんだ!」

「ほ、本気ですか?」

「今から間に合うの?」

「絵里ちゃんの心配はもっともだけど、やる!絶対にやる!」

「そんなこと言っても…どれだけ大変だと思ってるのよ」

真姫はそう言うと、首を左右に振った。

「わかってるよ。時間はないけど、もしできたら面白いと思わない?」

「いいやん!ウチは賛成!」

「面白そうにゃ~」

「もう、無責任に…」

「でもね、真姫ちゃん。実現したら、ホントにすごいイベントになるよ!?」

「仕方ないわねぇ…」

「にこちゃん?」

「スクールアイドル『にこに~』の最後のステージは、その他大勢が華を添える!ってことでしょ?」

「それは、ちょっと、違うような…」

「でも、そうしたら…A-RISEとも一緒にステージに立つ…ってことでしょ?」

「うん、OKしてくれれば」

「それはすごいかも!にことA-RISEが同じステージに!…一生に一度、あるかないか…いや、もう二度とそんな機会は訪れないわね」

「そうだね!一生に一度の…世界でいちばん素敵なライブ!」

ことりはニッコリと微笑んだ。

「これは今までで、一番面白ライブになるかも知れませんね」

「海未ちゃん…みんな…」

穂乃果は、花陽の顔を見た。

それに気付いた花陽は、えへへ…と照れ笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…一緒にライブ?…」

 

 

 

穂乃果の電話の相手は、綺羅ツバサ。

 

彼女は穂乃果の唐突な依頼に、次の言葉が出ずにいる。

そこで、穂乃果がそのまま話を続けた。

 

「私たちμ'sは…やっぱり、ここでおしまいにしようということになりました…」

「…そう、残念ね…。なら、A-RISEに入る?6人まとめて面倒見るわよ。ひょっとして、そういう相談かしら?」

「…いえ、まさか…。あ、でも…まだ、解散することを身内以外には伝えられてなくて…だから、最後のライブを行って、そこで発表します!」

「最後の…解散ライブ?」

「はい…」

「それって格好良すぎない?」

「あははは…そうですかね?」

「みんなが見たいときには、もういない…なんて、まるで一瞬で消えちゃう流れ星みたいじゃない」

「流れ星…ですか…。そうかも知れませんね…」

「ドーム大会のことは?」

「そうなんです。実は、それが引っ掛かってて…。だから考えたんです…。最後に…みんなが集まってスクールアイドルの素晴らを伝えられたら…って」

「えっ?」

「やっぱりμ'sだけで、ドーム大会の開催を導くなんて、力不足です。A-RISEのみなさんの力だって必要です。…そう考えたときに、ふと思ったんです。全国のスクールアイドルが『ドーム大会開催に向けて、力を合わせればいいんじゃないか』って。私たちだけが盛り上がってもダメなんじゃないかな…って」

「なるほど…全国のスクールアイドルが、心から楽しいと思えるライブをやれば、たとえ私たちがいなくなってもドーム大会に必ず繋がっていく…というわけね」

「はい!」

「そういえば…μ'sのキャッチコピーは『みんなで叶える物語』だったわね…。あなたたちらしい、面白いアイデアだと思う」

「それに…もう一度、A-RISEと同じステージに立ちたい…と」

「!」

「最初で最後になると思いますが…」

「光栄だわ。今をときめくμ'sから、お誘い頂くなんて」

「いやぁ、それほどでも…」

「それに、みんながハッピーになれるというのも悪くない。私たちも、あと少しだけ、スクールアイドルだし…協力するわ」

「ありがとうございます!」

 

 

 

「でも、ひとつ、参加するには条件があるの」

 

 

 

「条件?」

 

 

 

「私と付き合ってほしい…」

 

 

 

「ぶほっ!…そ、それは…」

 

 

 

「穂乃果さんは、今、付き合ってる人とかいるの?」

「いません、いません!音ノ木坂は女子高ですし…」

「好きな人は?」

「す、好きな人?…」

「園田さんかしら?」

「う、海未ちゃん?いやいや海未ちゃんは好きだけど、いつも怒られてばっかりで…」

「それじゃあ、南さん?」

「こ、ことりちゃん?う、うん…ことりちゃんも好きだけど…ってμ'sのメンバーはみんな大好きです。でも、付き合うとか付き合わないとかは…」

「うふふ…冗談よ…」

「…で、ですよねぇ…あぁ、ビックリした…あははは…」

 

 

 

…半分本気だけど…

 

 

 

「な…なんと!?」

 

 

 

「いや、別に…。それより、私たちが参加する条件は…新たに曲を作ってほしい」

 

 

 

「え~っ!!新たな曲~っ!?」

穂乃果は、思わず電話であることを忘れて叫んだ。

 

 

 

ツバサは、一旦スマホを顔から離して、耳鳴りが収まるのを待ってから返答した。

「えっと…せっかく、みんなでライブをするなら、それにふさわしい曲というものがあるはず。いわばスクールアイドルのテーマ曲…」

「テーマ曲…」

「そんな曲を作れるのは、大会優勝者である、あなたたちだと思う」

「A-RISEだって優勝チームじゃないですか」

「私たち無理よ。曲の方向性が違うもの」

「はぁ…新たな曲かぁ…」

「もちろん、あなたたちだけに押し付けるつもりはない。作詞、作曲、衣装、演出…全面的に協力させてもらう」

「A-RISEが?」

「どうかしら?それが私たちの参加する…唯一の条件」

 

 

 

少し考える穂乃果。

 

 

 

だが、すぐに

「…やりたいです!それすごくいいです!私もそうしたいです!!」

と力一杯、元気に答えた。

 

「だ、だから、声が大きいって!」

「あ、すみません…つい…」

 

…ふふふふ…

…あははは…

 

お互い顔は見えないが、どんな表情をしているかは、手に取るようにわかる。

 

「やっぱり、あなたは面白い人ね…」

「そ、そうですか?」

「やるなら…時間はないわよ?」

「はい、大丈夫です!ありがとうございました!早速準備に入ります!では、また!!」

 

 

 

ツー…ツー…ツー…

 

 

 

「…切れた…」

ツバサは苦笑したあと、手にしたスマホの画面を見た。

 

そこには、満面の笑みで、走っている穂乃果の姿が映っていた。

 

少なくとも、ツバサにはそう見えた。

 

 

 

 

 

…高坂穂乃果さん…

 

…まだ同じ時間を過ごすことができるのね…

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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やりたいことは その18 ~音ノ木坂に来訪者~

 

 

 

 

【Road to Akiba-Dome】

 

 

 

μ'sを中心としたビッグプロジェクトはそう銘打たれ、ドラスティックに動き始めた。

 

 

 

まずは理事長が、ラブライブの大会関係者へ、μ'sの活動は、これ以上継続しないことを告げた。

当然、それを惜しむ声はあったが、彼女たちの意思は固く、それを覆すことは不可能だと説明した。

 

その上で、今回のイベントの趣旨を説きを、全面協力を得ることに成功。

 

ステージは…アキバのメインストーリートを封鎖して行うこととなった。

 

 

 

A-RISEも、自分たちをマネージメントする事務所に参加を表明。

承認をもらい、μ'sと共に、このイベントとの「顔」として自ら引っ張っていくことを決意する。

 

 

 

μ'sは…当初、本大会や最終予選を戦ったチームに、イベントの参加を呼び掛けようと計画していた。

 

しかし、そこは急な話。

 

さすがに遠方のチームは、そう簡単には上京出来ないだろう…ということで、最終的には関東圏内のスクールアイドルに絞って交渉を進めた。

 

どこも興味はあるようだ。

それでも、ふたつ返事でOKするチームは少ない。

 

ドーム大会開催に対する熱意…温度差のようなものがある…それは仕方がないことだった。

 

 

 

その中で真っ先に手を上げたのは…

 

 

 

「もしもし?小泉さんですか?ご無沙汰しております…中目黒結奈です…」

 

 

 

ミュータントタート…いや『Mutant Girls(ミュータントガールズ)』だった。

 

 

 

「本当ですか?」

「はい、よろこんで!」

「ありがとうございます!」

「こちらこそ。μ'sとA-RISEと共演できるんですよ!?断る理由なんてありません!」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「私たちも、周りのスクールアイドルに声を掛けてみますね?…もっとも、みなさんとは、あまりに実力が違いすぎるので、尻込みしてしまうかも知れませんが…」

「いえ、それは違うんです!今回のライブは、パフォーマンスで優劣を競う訳じゃないんです。大事なのは、情熱なんです!日本中に、スクールアイドルがどれほど素晴らしいものなのか…それを知ってもらう為のイベントなんです!上手いか下手は関係なくて、歌うこと、踊ることが好きだ!っていう気持ちを届けてほしいんです!!なので…」

 

 

 

…こ、小泉さん!熱すぎます!…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また1校、返信来ました!『参加します!人数は5人です。よろしくお願いします』…神奈川の『ハマのシルフィード』です」

花陽が部室のPCを見て叫ぶ。

「ハラショー!」

これで何回目だろうか…絵里は、その報告を聴く度に、そう口にした。

「かよちん、これで35組まできたにゃ!」

凛が「正」の字の替わりにホワイトボードに書いた猫のマークを数えて、花陽に伝えた。

「凛ちゃん、人数は?」

「えっと…今の5人を加えると…129人?」

「この勢いだと、150人を越えそうですね…」

「うん、海未ちゃん!すごいことになってきたね!」

ことりは、いつもと変わらぬ笑顔を見せた。

「衣装は大丈夫ですか?」

「♪ちゅんちゅん…」

付き合いの長い海未。

ことりの表情はそのままだが、一瞬で彼女の心理を悟った。

 

 

 

…さすがのことりでも、厳しそうですね…

…ですが、私は作詞もありますし…

 

 

 

「いやぁ、それにしても、初めは…道路を封鎖?…そこまでする?…って思ってたけど…」

「はい、この人数で踊れるステージなどありませんからね…」

「想像以上のイベントになっちゃったね」

 

 

「あら、穂乃果さん、園田さん…スクールアイドル界のツートップが出るのよ!これくらい集まって当然じゃないかしら?」

 

 

 

「えっ!?」

「ツ、ツバサさん!?」

 

 

 

「ハロー!」

「やぁ!」

 

 

 

「あんじゅさん!英玲奈さん!」

 

 

 

「ウチが買い出しから戻ってきたところに、偶然、校門の前であったんや」

「希ちゃん!」

「…助かったわ。学校まで来たものの、アポなしだったから、勝手に入るわけにもいかなくて…」

「それなら電話をくれれば…」

「それだとサプライズ訪問の意味がない…」

その言葉にμ'sのメンバーは、吹き出した。

「なに?なにがおかしいの?」

「いやいや…」

「別に…」

あんじゅと英玲奈も、口元を押さえて、笑うのを必死に堪えている。

「どこのチームにも、無鉄砲な人間はいるんやね…」

希の言葉に穂乃果はツバサを、ツバサは穂乃果を指差して、お互い笑った。

 

「そうそう、これは差し入れだ」

英玲奈が持っていた紙袋を手渡す。

「にゃ?これは…穂むらのお饅頭と違って、高いお菓子にゃ!」

「凛ちゃん、一言多いよ!」

「そうしたら、お茶にしますか?」

「花陽ちゃん?」

「私たちは遊びに来た訳じゃないんだけど…」

「今日は手伝いに来たのよ」

「まぁまぁ、そう言わずに…折角ですから、みんなでいただきましょうよ…。ここには日本茶しかないですけどねぇ」

花陽はそう笑って、立ち上がった。

「あ、小泉さん…て、手伝うよ」

「えっ?英玲奈さん?あ、いいですよ、座っててください」

「そうだよ、お客さんなんだからぁ」

穂乃果が、そう言うと

「ん?みんなは手伝わないのか?」

と英玲奈は言った。

「へっ?」

「あ、いいんです。これは花陽の役割なので…」

「かよちんが入れるお茶は、最高に美味しいにゃ!」

「いや、そういうことではなく…」

「まぁまぁ、いいんじゃない。任せておけば…」

「そうそう。まだチャンスはあるって…」

「…」

英玲奈はツバサとあんじゅにそう言われて、少しだけ不満そうな顔をした。

「なんのことにゃ?」

「ん?いや、こっちの話だ」

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでしたぁ」

「美味しかったぁ」

「さぁ、では作業を続けましょうか!」

絵里が『いつものように』パンッ!と手を叩く。

そして気付く…。

「あ、ごめんなさい…いつものクセで…」

「私たちのことは気にしなくていい。普段通りに仕切ってくれてかまわない」

「そ、そう?えっと…それじゃあ、真姫と穂乃果は作曲、海未と希は作詞に戻って」

「穂乃果さんは曲を作るのか?」

「穂乃果?穂乃果は作れないよ。真姫ちゃんの曲を聴いて、アドバイスするだけ」

「アドバイスじゃなくて、要望でしょ?」

「えへへ…そうとも言うね…」

「うふふ…私も立ち会わせてもらって、いいかしら?」

「ツバサさんが?」

「べ、別にかまわないけど…」

「私も作詞の作業に同席させていただこうか」

「英玲奈さんが?」

「邪魔はしない」

「いえ、恐縮です。今回は自分たちだけの歌ではないので、第三者的な意見は参考になります」

「そうやね」

「では、お願いします。それから、ことりとにこは引き続き、衣装をお願い」

「あ、じゃあ、私も手伝うわ」

「あんじゅさん?」

「ひとりでも多い方がいいでしょ?」

「はい、助かります!」

「前から興味があったんだ!」

「衣装にですか?」

「衣装にも、あなたにも」

「!」

「なんてね…」

「あんじゅのそれは、冗談か本気か、私でもわからないのよね…」

ツバサは頭をポリポリと掻いた。

「えっと、私と凛は振り付けを考えるわ。それと花陽は…そのまま参加チームの取り纏めをお願い」

「はい!一段落したら衣装のお手伝いに入りますね」

「なるほど…そういう役割分担か…」

呟いたのは英玲奈。

「これだけの人材がいれば、それは強いわね…」

あんじゅは納得したように、頷いた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その19 ~初めての共同作業~




今年度2度目の胃腸炎から、帰ってきました…。





 

 

 

 

 

「あら、可愛い衣装!」

未完成の状態でハンガーに吊るされた衣装を見て、あんじゅが言った。

「ありがとうございます!この辺は最後、仕上げして終わりなんですけど…」

ことりはその中の、半分くらいを指差す。

「テーマみたいなのはあるの?」

「今回のコンセプトは太陽なんです」

「太陽?」

「みんなで、明るく、楽しく…そんなことを考えてたら、ポカポカのお日さまの下でピクニックしてるイメージが浮かんできて…」

 

 

 

…花陽ちゃんと一緒に、芝生でお弁当を食べてる感じ…

…とは、あんじゅさんには言えないけど…

 

 

 

「合わせてみます?」

ことりはハンガーに掛かった一着を手に取ると、あんじゅの身体の前にかざした。

「ふふん…悪くないわね!」

鏡に写った自分の姿を見て、彼女はそう呟いた。

「とても似合ってると思います」

「ありがとう」

「急な話だったので、前にデザインしておいたものから、流用したんですけど」

「うふっ…お互い強引な相棒を持つ者同士…大変ね…」

「あはっ…ことりは慣れました。慣れた…っていうより、もう当たり前なので」

「一緒ね。ツバサには振り回されることが多いけど、そういう仲間がいるからこそ、新しい発見があったり、前に進めたりする」

「はい、同感です。…ところで、あんじゅさんは、衣装担当だったんですか?」

「うちは特に決まってないわ。『アリもの』に、ちょっと手を加えるくらいだし。だからμ'sがこうやってイチから衣装を作ることに、いつも感心してたの」

「昔から好きだったんです、こういうの」

「羨ましいわね。私にもそんな才能が欲しいわ」

「えへっ!」

「それで私は何をしたらいいかしら?」

「えっ?はい、それじゃあ…ここをミシン掛けしてもらってもいいですか?流れ作業になりますけど」

「わかったわ」

「できます?」

「それくらいはね!」

「では、お願いします」

ことりはニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

音楽室で真姫がピアノを奏でるのを、穂乃果とツバサが並んで聴いている。

 

流れてきたのは、疾走感溢れるアップテンポの曲。

淀みなく、彼女の指が鍵盤の上を滑っていく。

 

 

 

「とてもメロディアスで、耳馴染みがいい曲ね…」

「あ、ありがとう…何かアイデアがあれば言って」

「そうね…。じゃあ、遠慮なく言わせてもらうわ。少し速すぎるんじゃないかしら。私たちだけが踊るなら充分だと思うけど…百人単位となると、もう少し落とした方が合わせやすいんじゃない?」

「あっ…そ、そうね」

「これくらいはどう?」

ツバサが、真姫の隣に立ち、鍵盤を叩きだした。

「へぇ…ツバサさん、ピアノできるんだ…」

と穂乃果。

「多少はね…」

ツバサは軽くウインクをして返事をした。

 

 

 

その様子を廊下から覗いている、怪しい人影…。

 

 

 

「にこっち、何してるん?」

「ひぃぃ!な、なんでもないわよ!」

「衣装は?」

「ことりとあんじゅがイチャイチャしてるから…ちょっと抜けてきたのよ…」

「イチャイチャって…」

「そ、それより…この前、聴いた真姫の曲を歌うんじゃないの?面倒くさいとかいいながら、新しい曲作ってるし…わけわかんない!」

「ウチも言ったんやけど、あの曲はμ'sの…9人で歌う曲だからって」

「なによ、それ…」

「きっと真姫ちゃんなりに、想いとか…そういうのがあるんやない?」

「ふ~ん…」

「あ、連弾してるやん。ツバサさんて、ピアノできるんやね…」

「…」

 

 

 

…どうしてかしら、イライラするわ…

…これって…ジェラシー?…

…ジェラシー?…

…どっちに?…

…真姫ちゃんに?…

…ツバサさんに?…

…それとも…その両方に?…

 

 

 

「ちょっと、の、希!」

「ん?」

「勝手に変なナレーション付けないでくれる?」

「図星やろ?」

「もう、いいわ!衣装作るのに戻る!アンタも作詞担当でしょ!油売ってないで、サッサと作業しなさいよ!!」

にこはふてくされて、その場を去って行った。

 

 

 

…ふふふ…女心は複雑やなぁ…

 

 

 

 

 

「これは私が歌詞を募集して、全国から届いたフレーズだ」

英玲奈は持参したPCの画面を、海未に見せる。

「こんなにあるのですか!?」

「参加出来なかったチームも多いからな。せめて言葉だけでも…ということじゃないかな」

「ええ、気持ちはわかります。…責任重大ですね…」

「みんなの思いが籠っている」

「これまで、自分たちの為に詩を書いてきましたから、みんなの為に…っいうのは初めてで…」

「同じことだ。μ'sがこれまでやってきたことを、みんなに伝えればいい。私はそう思う」

「私たちがやってきたこと…なるほど、そうですね!」

「どんな感じ?」

「希、どこに行っていたのですか?」

「ちょっとね…あ、そうそう、曲調はミディアムテンポになりそうやから、そんなに言葉は詰め込めんと思うよ」

「そうなのですか」

「それなら、よりシンプルな詞にした方が良いようだな…」

 

 

 

 

「ことりちゃん、にこちゃん、あんじゅさん、花陽も合流します!」

「花陽ちゃん!」

「今日のところは、とりあえず、一段落した感じなので」

「これで、いつものメンバーになったわね」

「プラス、あんじゅさん!」

「花陽ちゃん、あんじゅさん、すごく上手なんだよ」

「うふふ…これくらいわね」

「これからも、なにかあったら、お願いしちゃおうかな?」

「なるほど!これが伝説のミナリンスキーの微笑みか…。女の私でもドキッとさせられる…」

「あんじゅさんも充分色っぽいと思いますが…」

「小泉さんなら、わかるでしょ?A-RISEにはやわらかさが足りない」

「皆さん、クールでスタイリッシュですから」

「だから、南さんや小泉さんのようなファニーなメンバーが加われば、また一段とレベルアップするんじゃないかと思ってるんだけど」

「ぬわんで、そこに、にこがいないのよ!!」

「あっ!…も、もちろん、小悪魔枠は別だもの…」

「そうよね!そりゃ、そうよ…あっはっはっ…」

 

 

 

…にこちゃん、単純過ぎます…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、衣装作りは応援に駆けつけたMutant Girlsの4人も合流して、急ピッチで進められていった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その20 ~宣言~

 

 

 

 

 

そして、ついに今回のライブで歌う曲が完成する。

 

 

 

それは、海未によって『SUNNY DAY SONG』と名付けられた。

 

 

 

直訳すれば『晴天の日の歌』となるのだが…

 

スクールアイドルにとって、パフォーマンスを披露するということこそ『ハレの日』であり、そこに向かって一歩づつ、前向きに、ワクワクしながら、弾むように進んでいこう!

 

それが、彼女たちが後進に託したメッセージだった。

 

 

 

μ's、A-RISE、Mutant Girlsの16人が4チームに別れ、他の参加チームに、歌とダンスの指導を行う。

 

参加人数の都合から、パフォーマンスの肝となる(ダンスにおける)『フォーメーションチェンジ』は割愛せざるをえなかった。

 

逆に言えば、その分だけ易しくはなるのだが、それを差し引いても、さすが現役のスクールアイドルたち…呑み込みは早い。

数十分のレクチャーで、もう自分たちだけで確認が行えるようになっていた。

 

 

 

 

 

残るはハード面である。

 

 

 

 

 

アキバのメインストリートを封鎖してのライブ。

これだけ大掛かりになれば、行政、警察への届け出など、面倒な作業が山ほどある。

このあたりは、大会関係者や理事長の協力を仰ぐ必要があった。

 

しかし、それ以外のことは極力自分たちでこなし、会場の装飾、展示物の設営も、参加者たちに手伝ってもらい、人海戦術で乗り切った。

 

そうやって手作り感満載の、日本初『スクールアイドルによるスクールアイドルの為のライブイベント』は、前日…予行演習を迎えた。

 

 

 

花陽の集計によると、最終的には200人を超えるという。

 

とは言え、当日の参加人数は明日になってみないとわからない。

 

この日集まったのも、6~7割だった。

事前にどのチームがどこで歌うのか、ブロック割りをしてシミュレートはしているものの、全容は明日の本番まで見えてこないというのが現状だ。

 

 

 

 

 

「それでも、これだけの規模…ちょっと圧倒されますね…」

μ'sに入り、生徒会も任され、数々の困難を乗り越えてきた海未だが、参加者の人数を目の当たりにし、少し怖じけ付いたのだろうか。

「なに言ってるの!気合いよ、気合い!」

と、にこ。

「って、にこちゃんの膝も震えてるにゃ」

「だから、これは武者震いよ」

「はいはい…」

真姫が、花陽が、希が…そのやりとりを、やれやれという表情で見ている。

 

 

 

一方、参加チームはというと…

 

「A-LISE、μ'sに負けていられないよ!」

「ようし!じゃあ、もう一回みんなで練習しよう!」

「私たちだって、がんばるよ!」  

「もちろん私だって!」

 

…と各々、反復練習を行うなど、こちらも気合充分といった様子。

 

 

 

それを感慨深げに、見ているは音ノ木坂の新旧生徒会長。

 

 

「いよいよ、最後ね…」

「うん!…なんか、本当にスゴいことやってるんだね…私たち」

「このプロジェクトに関われてたことは、きっと大きな財産になるわね」

「ここまできたら、あとは明日の本番を迎えるのみ!…って、思ったんだけど…もうひとつ、やらなきゃいけないことが残ってる」

そう言うと穂乃果は、やおらトラメガを手に取り、道路の中央へと歩き出した。

「穂乃果!?」

 

 

 

「え~…皆さん、聴いてください!改めまして…私は音ノ木坂の生徒会ちょ…じゃなかった…μ'sの高坂穂乃果です!!」

 

 

 

挨拶が始まると、一瞬にしてざわめきは消え、緊張した空気が張り詰めた。

 

 

 

「まずは皆さん、今回のプロジェクトに参加頂き、ありがとうございます。こんなにも多くの人たちが集まるとは思ってなくて…正直、戸惑ってるのですが、それ以上に、すごくすごく嬉しく思います」

 

自然と拍手が起こる。

 

「私たちはスクールアイドルとして…目指す目標は人それぞれ違うかも知れないけど…でも歌ったり、踊ったりするが大好き!…今日ここに集まってる人たちは、みんなそうだと思います」

 

「は~い!大好きで~す!」

どこにでも、お調子者はいるものだ。

しかし、この参加者からの応答に、その場がドッと沸き、あたりの雰囲気がは少し和んだ。

 

「うん、そうだよね!大好きだよね!だから私たちは、この気持ちをみんなで分かち合いたい!高め合いたい!そして、スクールアイドルというのは、こんなにも素敵な存在だということを、もっともっと世の中に知ってほしい!そう思って、このイベントを企画しました」

穂乃果はそう言うと、ひと呼吸置いた。

そして、おもむろに左腕を斜め前へと伸ばす。

 

その先にはいるのはツバサ、あんじゅ、英玲奈。

 

「私たちは、ここにいるA-RISEに憧れて、スクールアイドルを始めました。初めは雲の上の存在で…話すことさえ夢だと思っていたけど…そのA-RISEと今、こうして、このプロジェクトを一緒に進めています」

 

ツバサら3人は、軽く礼をすると、再び、拍手が沸き上がった。

 

「こんなことは1年前には、想像もしていませんでした。でも、そういう人たちに追い付け追い越せと、お互いを高め合って、競い合って…時にはぶつかり、励まし合って、そして高い壁を乗り越えていく!そういう経験ができるのがラブライブなんです!!」

 

μ'sの面々の脳裏に、この1年間の出来事がフラッシュバックする。

不思議と苦しかった場面は出てこない。

今、この瞬間に出てきたのは、キラキラした想い出ばかり。

 

だが、それも次の穂乃果のセリフで、現実に戻される。

 

「A-RISEが優勝して、私たちが優勝して…次は皆さんの番です」

 

 

 

…えっ?…

 

 

 

参加者の頭に渦巻く疑問符の記号。

瞬時に理解できる者はいなかった。

だが、その意味はすぐに判明する。

 

 

 

「私たち…私たちμ'sは…このライブを以て…活動を終了することにしました…」

 

 

 

アキバのメインストリートに、ほんの一瞬静寂が訪れ、すぐにそれは、驚きの声へと変わった。

小さく悲鳴も混じっていたろうか。

 

μ'sとA-RISEのメンバーは…ついに、ここで言ったか…という表情。

 

参加者たちのざわめきが止まらない中、穂乃果は言葉を続ける。

「突然の発表でごめんなさい…。でも、私たちはスクールアイドルが好き。学校のために歌い、みんなのために歌い、お互いが競い合い、そして、手を取り合っていく…そんな…限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが大好きです!!」

 

「だったら、どうして!?」

「そうだよ!どうして!?」

 

当然のように、あちこちから穂乃果へ声が飛ぶ。

 

「えへへ…そうですよね。私たちも、そこはすごく悩みました。でも3年生の3人が卒業したら…それは私たちが作ってきたμ'sではなくなる。…わがままかも知れないけど…μ'sは、その気持ちを大切にしたい…メンバー全員で話し合って、そう決めたんです!」

 

「お姉ちゃん…」

「穂乃果さん…」

手伝いに来ていた雪穂と亜里沙が呟く。

2人は知っていたこと。

だが、改めてそう宣言されると、寂しさが込み上げてくる。

泣きそうになるを必死に堪えた。

 

μ'sがA-RISEに憧れたように、参加者もまたμ'sに憧れていただろう。

或いは、これからの目標として、或いはライバルとして、戦うことを夢見ていたかも知れない。

 

だが、その相手は、何の前触れもなく、存在を消す。

 

もうこの9人が揃って歌うことはない。

 

絶句して立ちすくむ者…しゃがみこんで嗚咽する者…反応は様々だが、μ'sの突然の解散発表に、参加者もショックを隠しきれない。

 

冷静に考えれば、自分たちだって卒業する。

その瞬間、どんなに望んでもスクールアイドルではいられないのだ。

それはわかってること。

 

しかし、μ'sは別だと思っていた。

 

A-RISEが活動を継続させていくから、尚更、そう思っていた。

 

海外ライブも成功して、まさにこれから…という時に…。

 

誰もがすぐには受け入れられなかった。

 

 

 

「…でも…ラブライブは大きく広がっていきます。みんなの…スクールアイドルの素晴らしさを…これからも続いていく輝きを…多くの人に届けたい!私たちの力を合わせれば、きっとこれからも!…ラブライブは大きく広がっていく!そう思います!」

努めて明るく穂乃果は語った。

「だから!…明日は終わりの歌は歌いません!私たちと一緒に…スクールアイドルと、スクールアイドルを応援してくれるみんなのために歌いましょう!思いを共にした!みんなと一緒に!!」

最後はバラけて立っていたμ'sのメンバーが横一列になり、参加者に向かって深く頭を下げた。

 

 

 

最初に拍手をしたのは、ツバサだった。

それに呼応して、あんじゅが…英玲奈が…みんなが手を叩く。

 

 

 

それからしばらく、万雷の拍手は鳴り止むことはなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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やりたいことは その21 ~行ってきます!!~



やりたいことは(みんなが大好き編)最終話です。
…というか、この作品の最終話です…。





 

 

 

 

「…こうした先輩たちのお陰で、ラブライブはドームで行われるようになったのです」

新入部員に対する雪穂のレクチャーが終わった。

「なにか質問ある人?」

横にいる亜里沙が問い掛けるが、なかなか手は挙がらない。

「ここで恥ずかしいなんて思ってたら、人前で歌うことなんてできないよ?」

雪穂は悪戯っぽく笑った。

 

「じゃ…じゃあ…あの…」

20人ほどいる新入部員のうち、ひとりが恐る恐る手を挙げる。

「はい、どうぞ」

「μ'sだった先輩たちは今、どうしてるんですか?」

「そうねぇ…」

 

 

 

「にこ先輩は調理師の専門学校を卒業したあと、ミュージカル俳優を目指して、劇団に入ったみたい」

「希先輩はツアー会社に入社して、パワースポットを巡るツアーとかの企画・営業で活躍中」

「絵里先輩…私のお姉ちゃんは大学で通訳になるため、猛勉強してるって」

「穂乃果先輩は…私のお姉ちゃんは…とりあえず大学には進んだ。けど、まだその先は決まってないみたい。呑気というかなんというか…」

「ことり先輩は美大に進んだよ。やっぱりデザイナーになるんじゃないかな?」

「海未先輩は大学で古典を学んでる。文学者になるのかな?」

「真姫先輩は、この春から医大生」

「そりゃ…ね?」

「うん。…で、凛先輩はスポーツのインストラクターになるって、専門学校に進学したよ」

「そして花陽先輩は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか花陽がアメリカに行くなんて思いませんでした」

「ことりもだよ」

「えへへ…」

「映像クリエーターだよ。本当にスゴいよね」

「いや、穂乃果ちゃん…まだなったワケじゃなくて、その為の勉強に行くんだから」

「頑張ってくださいね」

「うん、海未ちゃん、ありがとう!」

「お!間に合った!すまんな、ツバサとあんじゅはどうしてもスケジュールが合わなくて」

「英玲奈さん!この度は色々ありがとうございました」

「別に…礼を言われるようなことはしていない。小泉さんが過去に作ったスクールアイドルのPVを、私のプロデュースしてくれてるディレクターに紹介しただけだ」

「それを気に入られて、こんなにトントン拍子に話が決まっちゃうんだもん!やっぱ、持つべきものは友だねぇ」

「いやいや、高坂さん…小泉さんの実力とセンスの賜物だよ」

「いえいえ、皆さんあっての花陽ですから」

「そういう謙虚なところは、昔から変わらないですね。穂乃果とは大違いです」

「海未ちゃん…」

「他のメンバーは来ないのか?」

「この平日に時間取れるのは、大学生くらいだからねぇ」

「真姫ちゃんと凛ちゃんは、入学式が重なっちゃったし」

「絵里ちゃんが来るって言ってたんだけど…」

「あ、ことり…あれではないですか?」

「そうだ!絵里ちゃ~ん!!こっちだよ~」

「ごめんなさい…出掛けに急用が入っちゃって…」

「もう!遅いよ」

「なんで穂乃果が怒るのよ…」

「あはは…」

「花陽…2年間、亜里沙を面倒みてくれてありがとう!」

「花陽は大したことはしてませんよ」

「いえ、あなたが部長として、生徒会長として、部と学校を守り、発展させてくれたことに対して、本当に感謝しているわ」

「大袈裟ですって…」

「これ、希から預かってきたの」

「御守り?…」

「それと、こっちは…にこから」

「これは…」

「矢澤シスターズからのお手紙だって」

「うわ…」

「すごく寂しがってたみたい。もう、遊んでもらえないんじゃないかって」

「そうだよね。花陽ちゃん、慕われたもんね…。穂乃果なんて相手もしてもらえないのに」

「穂乃果は子供相手にも、すぐムキになるから嫌われるんです」

「海未ちゃんだって、なついてないじゃん」

「私は単に接し方がわからないだけで…」

「また、すぐにそうなっちゃうんだからぁ」

「あ…ことりちゃん、ゴメン」

「失礼しました」

「うふっ…やっぱり、みんなといると楽しいです」

「えへへ…」

「それで…いつ、帰ってくるの?」

「絵里ちゃん、これから行くんだよ?それなのにもう帰ってくるの話?」

「穂乃果、それはわかってるけど…」

「休みがもらえれば、帰ってきますよ。でもスタッフとして採用して頂きましたが、最初はそんな余裕ないかと…」

「そうね…」

「大丈夫です。心は繋がっていますから!」

「はい!」

「うん!」

「そうだよね!」

「わかってる!」

 

「では…そろそろ…」

 

「いってらっしゃい!」

「気を付けて下さい」

「遊びに行くからね!」

「仕事で会うかも知れないな…頑張れよ!」

「みんな応援してるから…」

「はい、ありがとうございます!…じゃあ…」

 

 

 

 

 

「行ってきます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…もうひとつ…訊いてもいいですか?」

「なんでも、どうぞ!」

「あの…私みたいな…背も低くて…気も弱くて…声もちっちゃくて…こんな私でもμ'sみたいになれますか?」

 

 

 

雪穂と亜里沙は一瞬、顔を見合わせたあと、彼女に向かって微笑んで言った。

 

 

 

 

 

「もちろんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことは

~完~

 

 

 

 

 

Can't stop lovin'you!

~花陽ちゃんへの愛が止まらない~

 

 

参考曲(一部歌詞を引用/順不同)

 

僕らは今のなかで

きっと青春が聞こえる

それは僕たちの奇跡

どんなときもずっと

START:DASH

No brand girls

Dancing stars on me!

Kira-Kira Sensation!

愛してるばんざーい!

Wonderful Rush

Pure girls project

Cutie Panther

 

 

ほか

 






【作品について】

足掛け10ヶ月に渡り長々と連載させて頂きましたが、ようやく終了となりました。

これまで、ご愛読頂きありがとうございました。



ここまで長くなるとは思わなかった…というのが、正直な感想です。

後述しますが、後追いで得た知識の方が多く、どんどん話が膨らんでいった…という感じです。
自分なりに伏線を張りながら書いてきたので、なんとか回収しようと欲張った結果、伸びてしまったというのもあります。

色々勉強しながら、書かせてもらいました。

別作品ですが『穂乃果』を『穂乃香』と書いて、指摘されたことも、遠い昔のようです。







最初はもっとエロくしてやろう!と思ったんですが、結局はそうならなかったですね…。

希編では、17話のあとにエッチなシーンを書く予定にしてたのですが(一応、それぞれのエピソードに、そういう描写が挿入できるよう『余地』は残してあります)。






【ラブライブについて】

ラブライブ?
名前は知ってる、声優が紅白に出たんだよね…

…程度の認識しかなかった私。



それが…Eテレでの再放送(?)を『たまたま娘が観た』のをきっかけに、私がこんなにハマってしまうとは…夢にも思わなかったです。

そこから、ベストアルバムを買ったり、ライブ映像を観たりと、後追いで勉強(?)して、今に至る…です。

なので『歴』で言うと、本当にまだ1年足らずなんですね…。

もっと早くに知ってればなぁ…と多少の後悔はあります。



ええ、思いましたよ。
今、ラブライブ?…って。



でも16年になっても、ファイルライブがあったり、年末にはμ'sのインタビューが掲載された本が出たり、アーケードゲームまで登場したりして…



なんだ、まだ『進行中』なんじゃん!



…って、思ったりしてるわけで。





もう少しだけ、ラブライブの設定を借りて、書いてみたい作品があるのですが…

どうでしょうかね…
気が向いたら、やってみます。

では。


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