人間不信も異世界から来るそうですよ? (茶々猫)
しおりを挟む

【YES! ウサギが呼びました!】
【プロローグ】『悩み多し異才を持つ少年少女に告げ(ry』


 
どうも、見切り発車です。茶々猫です。
原作は途中までしか読んでいない上にプロットも固まっていません。

なので後に改変する余地があると確信していますので、容赦なく、遠慮無用に、できればマナーの範囲内で指摘して頂ければ幸いです。 では☆



 

 「……」

 とある街のとある一軒家。

 窓は開いてるが何故か閉められたカーテンの所為で部屋は薄暗く、光源は時折靡くカーテンからの日光と排気音を響かせながら起動しているパソコンのみ。

 

 その画面を眺めている人物は興味なさげに向かいのベッドに胡座をかいて座っていた。何をするでもなく一定の間隔で両手の指を時折叩く動作や指文字の様に動かすのみ。

 その人物は子供だ。まだ高校にも通っていない頃だろう。彼の小さな身体はその幼さを感じさせるには充分だったが、画面を眺めるその顔はそんな子供っぽさの欠片もなく、貼り付けた様な口元の笑みに細められた瞼の奥にはドロリとした濁った碧い双眸が覗いている。

 彼の名前をこの街の人間は知らない。それどころかその姿、存在さえ把握している者は恐らくいないだろう。

 それもそのはず、この街とその周囲の山や川の自然さえ彼にとって目と耳の届く巣の中なのだから──。

 

 「…」

 彼の名前を知る者はこの街にはいない。

 この一軒家も本来ならば空き家となっているが、電気も、水道も、ガスも通っており、取り壊される予定も立ちはしない。

 

 彼が学校に通う必要もなく、一日中家でパソコンの画面を眺めながら手を動かし続けるのみで、部屋の出入りもない。一応、食べてはいるようだが彼がそこから動くことはない。

 彼がそこで過ごすことでこの街は回り、そして過ぎていく。

 誰も彼を知らないし認知できない。彼に会えた人物はいなければ、彼と会話した者もいない。

 それでも何故か彼はこの街の全てを知っている。

 

 パソコンによる情報収集?いや、違う。それだけではこの街の東口にある駅で痴漢が何件あったかなんてわからないし、北側のホテルで中学生の少女が売春しているのを知る術はないし、南で山から帰ってきた猟師が何を狩って来たのか見当もつかない。

 それにもかかわらず、彼は全てを把握していた。日常的な友人や夫婦、主婦仲間の井戸端な会話も、非日常の薄暗い路地裏での密売やさっきあげた少女の体験に町長が必死で隠している選挙時の不正の真実も。

 彼はこの街の全てを知って、何も言わず感じることもなく、淡々と作業をこなしていく。

 

 この全てが彼の手の中で、実物大のジオラマといっても過言ではない街と周りの自然は生き、動き、時が流れ、そして全ての生き物は何者かに操られた(・・・・・・・・)かのように毎日毎日同じ時間に同じ動作、同じ会話をして違う時間を生きている。

 それは勿論、彼の手によって作られた街の一部に過ぎず、飽きれば何ヶ所か変更して変化を楽しむ。

 その神のような所業は誰にも認知されずに突如終わりを迎えた。

 

 「ん?」

 声を出していなかった期間が長かった為か、思ったより掠れた喉で短く、そう零した。

 先程も言った通り、この一軒家は既に周りから空き家として扱われているものの、不動産も絶対に此処だけは紹介しない、そうなるようにしたのは彼自身だ。

 

 だが、何故か今日は空っぽだったフォルダに一封のメールが受信されていた。

 悪戯か?と不審がるがそんな人間はいなかったし、いたらすぐに把握できるはずだ。と頭の中で否定しつつ手を止め、近くに置いてあった水で喉を潤してからマウスを操作し、ワンクリック。

 「んんっ。あー、喉いてぇな…」

 

 御丁寧に此方の宛先まで書いてあったが、間違いなく彼自身の名前、零崎姓(・・・)ではない本来の親から授かった名前を。それにより、同姓同名の偶然という奇跡ラッキーは消え去った。何せその名前はこの新しい身体の名前ではないからだ。

 フォルダの中からたった一件の新着メールを開く。

 いつもの彼ならば、そんな不審なメールの中の内容など気にも止めずに削除していただろう。だが、彼はそうしなかった。単純に興味が湧いたのだ。何もかも己の手によって作り上げられた街の風景や日常に一種の喪失感もあったのかもしれない。

 それらが複雑に絡み合い、そして一つの奇跡となった。

 

 ──『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を世界の全てを捨て、我らの“箱庭”に来られたし』──

 

 画面に浮かび上がる文字を目に収めた瞬間から内容が頭の中に直接叩き込まれるような感覚を覚え、思わず目を閉じる。

 すると次の瞬間瞼越しにすらわかる強烈な光と共に突然の浮遊感と、暴風とも呼べる下からの突き上げるような風に襲われる。

 彼はこんな状況をあるアニメに当て嵌めて思う。

 

 

 ──あ、これ。デジ◯ンじゃね?と。

 

 

 「わっ!?」「きゃっ?!」「えっ!?」「にゃっ?!」「なっ!?」

 少しばかりの悲鳴が木霊する。彼ら四人と一匹の目の前に広がっていたのは、何処までも続きそうな蒼穹に浮かぶ完全無欠な異世界だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六夜 「……へえ?ホント面白いなお前ら」

 
つ、続きました。読んで頂いた皆さんのお陰です。感謝。

内容は知っての通り、問題児たちとの初邂逅です。
さあ、存分に好き勝手やってくれ! では☆
 


 

 さて、実に唐突だが、ここで画面の前の皆に聞きたい。これは人間、いやありとあらゆる生物に共通する質問だ。そんなに身構えないで聞いてくれ。

 急に予想不可の事態に陥った時の反応とは何だ?ということ、それは──……、

 

 「「「…………」」」

 ──そう、思考の停止だ。

 彼を含めた四人は揃って目の前の状況に言葉も出ず、高さ四千mからのスカイダイビングを無理矢理体験させられ下方に見える湖へ一直線に落ちていった。

 『にゃああぁあぁああぁぁあ…!!』

 ……訂正すると、四人と猫一匹だ。

 

 本来ならば、そんな高所から直接水面に叩きつけられれば即死か、着水の衝撃で身体がバラバラにでもなりそうだが水面に当たる直前に緩衝材のような膜が現れ全員がずぶ濡れになる程度には助かったと言えた。

 岸から上がったはいいが辺りは樹海の様な森が続いており、ダイビング中に見えた陸の果ての様な滝と中央に伸びた一本の柱。その柱を囲む円形の都市群。

 どう考えても地球ではないし、他の星というよりは文字通り世界が違う(・・・・・)

 原因に考えられるのはあの手紙しかないが何故か飛ばされてから手元に無く、紙一つで人一人を飛ばせるかは完全に彼の理解の範疇を超えていた。そんな非日常との邂逅に目を伏せ、改めて彼は自分以外にも落ちてきた三人と一匹を見やる。

 

 一人は男。まだ少年の域を出ない、青二才なのだろう。コスプレの趣味がなければ黒の詰襟という学ランをあんなに着こなせまい。そして上から金髪、ヘッドフォン、ボタンの掛け外し、と全身から所謂不良やザ・問題児といった雰囲気を全力で放っている。

 もう一人は女。此方もまだまだ幼さが残るものの見た目年齢の割に豊かに育ちつつある部位は立派の一言。切れ長で我儘そうな雰囲気や些細な動作から感じ取れるお嬢様の如く気品を振り撒く。此方もかなりの問題児と言えるだろう。

 次に濡れた猫──よく見れば雄の三毛──の身体を拭いているボブカットのスレンダーな少女。その服装はノースリーブの上着以外機能性重視な物に統一しており、その所為か大胆に露出した日焼けのない白い肌は健康的で何より扇情的だ。

 そして最後に彼は、瞳の色が欧米人の様に碧いのを除けば別段変わったところもなく日本人特有の黒い髪をボサボサとまではいかないが伸ばし、その他の少女達より低い身長で周りの三人からは完全に迷子の子供を見る目で見られているのに気付き、またかともう既に達観した空気を醸し出していた。

 その背中は何処となく会社帰りの父親の様な哀愁漂うものがあったと後の三人は声を揃えて言う。

 

 

 「全く、信じられないわ!まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて…」

 「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜ、コレ。これじゃあ石の中の方がまだ親切だ」

 「え──いえ、石の中じゃ動けないでしょ」

 水に落ちた所為で濡れた服を手で絞りながら一瞬つられて同意しそうになるが、よく考えて否定したお嬢様風の長髪の少女。

 他の猫と一緒の少女以外も同様に服を乾かそうと悪戦苦闘している。思春期真っ只中の男女がお互いの目も憚らず大っぴらに服など脱げはしない。

 少女は己より猫を優先して拭いていたので除外する。

 「俺は問題ない」

 「そう、身勝手ね」

 「此処……どこだろう?」

 「さあな。ま、世界の果てっぽいものが見えたし、何処ぞの大亀の背中じゃねえか?」

 「んじゃ、この世界には三頭の象もいるのかもな」

 「あ?」

 金髪の少年はまさか返答があるとは思っていなかったのだろう、彼の発した言葉に反応し、興味深く目を細めて見下ろす。その眼からは面白い玩具を見つけた子供と同じ純粋な喜びを感じさせる。

 ところでこの金髪不良少年は、あの状況でそこまで地形や景色を把握できる程の余裕があったのか、それとも……。

 彼の指が他の三人からは見えない位置で不自然に動く。それを感知できた者はいな──、

 

 「なあ、お前。名前なんつーんだ?」

 「、……しき。零崎 糸識(ぜろざき いとしき)

 長い間人と直接会話や対峙していなかった弊害か、将又その身に宿る特異な能力故に少年の接近に気付くのが遅れ、簡単に背後を取られてしまい機会を逃してしまった。だが、彼には何となく敵わないと感じさせる何かが感じられ結果的に敵に回さずに良かったと納得して、無造作に出していた手をポケットに入れた。

 「ふ〜ん…そうか」

 対し、不良少年は一通り彼から聞きたい事を聞いて満足したのか、まだ乾ききっていない髪を搔きあげ全員に向き直る。

 

 「で、誰だよお前」

 「それは此方の台詞よ。目付きの悪い学生さん」

 「一応確認しておくが……お前らにもあの変な手紙が?」

 「えぇ、そうよ。だけどまずその『オマエ』って呼び方を止めて下さる?私は久遠 飛鳥(くどう あすか)よ。以後気をつけて」

 飛鳥と名乗った彼女は軽く睨みつつ金髪の彼にそう突きつけると、今度は軽く微笑んで隣で座り込み猫と戯れる少女に目を向けた。

 「それで?そちらの猫を抱えている貴女は?」

 「……春日部 耀(かすかべ よう)。以下同文」

 「そう、よろしく春日部さん。で?そこの野蛮で凶暴そうな貴方は?」

 その、初対面の相手にして警戒を露わにした散々な言われように、言われていないはずの糸識も苦笑を禁じ得なかった。その言葉を言われた当の本人はというと、

 「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻 十六夜(さかまき いざよい)です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃った駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれよ。お嬢様?」

 対して気にした風も感じさせず、寧ろそんな事を言う相手が珍しかったのか、好ましかったのかは理解しかねるが、十六夜は戯ける様に身振り手振りで自己紹介した後、揶揄う様な言動で笑う。

 「…そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 そう言ってケラケラ笑うのは逆廻十六夜。

 そんな彼の態度に戸惑いを覚えつつも、傲慢そうな態度を崩さずに顔を背けるのは久遠飛鳥。

 我関せず、いや友達の三毛猫以外の会話に参加どころか顔も向けようとしない無関心な春日部耀。

 この短時間の邂逅で既に至極面倒そうだ、と疲れた表情で肩を落とす零崎糸識。

 

 そんな彼らを不自然に盛り上がった草叢に隠れ見ていた黒ウサギは思う。

 ──うわぁ…、なんか一癖も二癖もある問題児ばっかりみたいですねぇ。でもだからこそ……。

 

 自分達で召喚しておいてアレだが、彼らが協力する姿は客観的にも想像できなかった。本当の事を言えば、此度の召喚にはかなり、否、絶対と言える期待を寄せていたにも関わらず、現状でその期待は呆気なくボロボロに砕かれてしまった。

 此方も少なくない供物と犠牲を払って一世一代の大勝負に賭けたのだ。それ程期待しない方がおかしいし、どちらにせよ、もう後戻りはできない。

 陰鬱そうに重い溜息を吐いてから覚悟を決めて草叢の中から出ようとすれば、黒ウサギの長い耳に彼らから会話が聞こえてきた。

 

 「……で?呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものを説明する人間が現れるもんじゃねえのか?」

 苛立たしげに吐き捨てる十六夜。それに飛鳥も腕を組んで頷く事で同意した。耀は相変わらずどうでも良さそうに三毛猫と戯れている。糸識に至っては無反応だ。

 

 「そうね。何の説明もないままでは動きようがないもの」

 「……この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 ──まったくです。

 続いて述べた耀の台詞に、黒ウサギはこっそりとツッコミを入れる。

 もっとパニックになってくれれば、或いは異世界という非日常に対してのわかりやすい反応があれば現状よりもずっと飛び出し易いのだが、思いがけず場が落ち着き過ぎている(・・・・・・・・・・・・・・・・)為にタイミングが計れなかったのだ。

 

 しかし次に放たれた十六夜の言葉に、ピタリと思わず息を止めた。

 「ま、そういう事は置いといて、そろそろそこに隠れている奴にでも(・・・・・・・・・・・・)話を聞こうぜ?」

 ──バ、バレていたのですか!?

 ピーン!とウサ耳を逆立てて驚く黒ウサギ。そんな彼女の動揺を尻目に、他の三人も続いて口を開く。

 「なんだ、十六夜君も気づいていたの?」

 「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?糸識とそっちの猫を抱いてる奴も気づいてたみたいだしな」

 「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 「大した事じゃない…網に掛かっただけだ」

 

 「……へえ?ホント面白いなお前ら」

 

 そう言い軽薄に笑うも、十六夜の瞳は笑っていない。そして彼ら四人はスカイダイブからのずぶ濡れという理不尽な招集を受けた腹いせに、ちょっと殺気を込めた冷ややかな視線を飛ばす。その目線の行き着く先では、草叢からぴょっこりと青いウサ耳が飛び出していた。

 ビクゥ!と身体を震わせた黒ウサギは慌てて爽やかな笑顔で取り繕いつつ、ひょこっと草叢から姿を見せる。

 「や、やだなあ御四人様。そんな狼みたいに恐い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱ぜいじゃくな心臓に免じて、ここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいのでございますヨ?」

 

 そんな彼女に対する四人の解答は以下の通りだった。

 「断る」

 「却下よ」

 「お断りします」

 「笑ったり泣いたりできない様にしたげる」

 「あっは、取りつくシマもありませんね♪って坊ちゃん何て事仰いますかっ!?」

 バンザーイ、と盛大に頬を引き攣らせつつ降参グリコのポーズをとる黒ウサギ。これは演技半分自棄半分。困窮に瀕しているコミュニティの為なら観客を楽しませる道化だろうが彼ら問題児の餌にだろうがなってやると誓ったのだ。だがすぐに素でツッコミを入れていた。

 そしてウサ耳の彼女は、どうやら観衆の前に出ることは慣れているようで、様になっているがその眼は冷静に此方を値踏みするように細められていた。

 

 ──肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝ち気は買いです。まあ、扱い難いのは難点ですけども。

 「…に……ない…」

 「ぇ?」

 黒ウサギは戯けつつも、この問題児達にどう接するべきかを内心冷静に考えている──と、糸識が発した呟きに一瞬惚けて見せた。そして、注意散漫になっている彼女の隣へ不意に耀が不思議そうに立ち、何を思ったのか彼女の青いウサ耳を根っこから鷲掴み、

 

 「えい」

 「フギャッ!」

 

 力いっぱい引っ張ってみせた。

 

 「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きにかかるとは一体どういう了見ですか!?」

 「好奇心のなせる業」

 

 現状に至った理由を問いつつ暫く彼女の手から抜け出そうと足掻き、やがてキュポンッとイイ音を立てて耀の手から逃れた黒ウサギは彼女に振り返り文句を言う。

 「自由にも程があります!」

 

 「へえ?このウサ耳って本物なのか?」

 しかし、その背後から俄然興味を引かれ待ち構えていた十六夜が、右から掴んで同じように引っ張る。

 「……じゃあ私も」

 「あ、俺も俺も」

 そこに妙にそわそわとした飛鳥が加わり、続いて糸識もここぞとばかりに便乗した。

 彼らの慈悲なき所業は黒ウサギにとって当然の報いである。

 「ちょ、ちょっと待、あ──!!」

 結局、左右から力いっぱいウサ耳を引っ張られた黒ウサギは声にならない悲鳴を上げ、その絶叫は森全体に木霊したのだった。

 

 ……因みに、最後に見た目の年相応に好奇心旺盛な子供の目をウサ耳に向けながら手を伸ばしてきた糸識にビクビクと怯える彼女だったが、思いの他優しく撫でてもらうだけだったので、思わず涙ぐんでしまったのは全くの余談である。

 彼、糸識が生まれて此の方様々な大人を見てきたが、何れも代わり映えしない外道やクズばかりで初対面で信用するなんて事はありえない。だがそんな彼を以ってしてもウサ耳を生やした人は初めてだったからか少し興奮してしまったらしい。ついでに美人な黒ウサギのコロコロ変わる顔が見れて少し得した気分になっていたのは言うまでもない。

 それで気を良くしたのかはわからないが、他の三人には内緒でふわふわの丸い尻尾をこっそり触らせてくれた。

 

  

 




コメント欄にて、訂正部分の指摘、ありがとうございました。
 金木犀さんに、名無しさん。

そして拙い文にお気に入り登録をして下さった全ての方、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒ウサギ 「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 
未定♪ 何が未定ってプロットって言うんですかね?あれがもうありません。
 すいませんが、更新が予定より遅れそうです。


 

 「あ、ありえない。ありえないのですよ。まさか話を聞いてもらう為に小一時間も消費してしまうとは…、学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデスよ」

 

 「いいからさっさと進めろ」

 「……はぃ」

 十六夜の容赦のない宣告に半ば本気の涙を目尻に浮かべながらも、黒ウサギはなんとか話を聞いてもらえる状況を作る事に成功した。

 

 事実、問題児四人は黒ウサギの前の適当な段差に座り込み、彼女の話を聞くだけ聞こうという程度には耳を傾けている。

 そして黒ウサギは挫けそうになる深いため息を吐き、再度気を取り直して咳払いをしてから両手を広げて宣言した。

 

 「それではいいですか御四人様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言います!ようこそ箱庭の世界(・・・・・)へ!我々は、御四人様にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうと皆様を御招待致しました!」

 

 耀は小首を傾げて問いかける。

 「ギフトゲーム?」

 「そうです!既にお気付きの方もいらっしゃるでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を用いて競い合う為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力をもつギフト保持者がオモシロオカシク生活する為に造られたステージなのでございますよ!」

 両手を広げ、時に飛び跳ねて箱庭をアピールする黒ウサギに、今度は飛鳥が挙手して尋ねる。

 「まず初歩的な質問からしていいかしら?貴女の言う我々(・・)とは貴女を含めた誰かなの?」

 「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は、箱庭で生活するにあたって数多とある『コミュニティ』に必ず属して頂きます♪」

 「嫌だね」

 「属して頂きますっ!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの『主催者ホスト』が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

 

 順を追ってこの世界の説明をしていく黒ウサギに、糸識がとりあえずの疑問を呈す。

 「『主催者』は誰?」

 「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試す為の試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示する為に独自開催するグループもございます。特徴として前者は自由参加が多いですが、『主催者』が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く命の危険もあるでしょう。しかし、その分見返りは大きいと言えます。『主催者』次第ですが、新たな恩恵ギフトを手にすることも夢ではありません。後者はチップを用意する必要があり、参加者が敗退すればチップは全て主催者のコミュニティに寄贈されます」

 

 「後者はずいぶん俗物ね……チップには何を?」

 「それも様々ですね。金品・土地・名誉・権利・人間……そして己がギフトを賭けることも可能です。新たな才能を他者から奪えばより高度なギフトゲームに挑むことも可能でしょう。但し、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然──ご自身の才能も失われるのであしからず」

 

 説明毎に歩きながら行っていた立ち止まり、四人に向き直った黒ウサギは愛嬌たっぷりの笑顔に黒い影を仄めかせる。その挑発とも取れるその発言に、同じく飛鳥は挑発的な声音で問う。

 

 「なら、最後にもう一つだけ質問させてもらっていいかしら?」

 「どうぞどうぞ♪」

 「ゲームそのものはどうすれば始められるの?」

 「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOKです!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているので、よかったら参加していってくださいな」

 飛鳥はピクリと片眉を上げた。

 「……つまり『ギフトゲーム』とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

 

 おや?とウサ耳をピコピコ反応させて驚く黒ウサギ。

 「ふふん?中々鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪など以ての外!そんな不逞な輩は悉く処罰します──が、しかし!『ギフトゲーム』の本質は全く逆!一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手に入れることも可能だということですね」

 「そう。中々野蛮ね」

 「御尤も。しかし『主催者』は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり、奪われるのが嫌な腰ぬけは初めからゲームに参加しなければいいだけの話なのでございます」

 

 最後の質問に関してはこれ以上ない程盛大な挑発と皮肉を混ぜた黒ウサギは粗方の説明を終えたのか、そこで一端会話を区切る。

 「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんをいつまでも野外に放り出しておくのは忍びないですし。ここから先は我らのコミュニティでお話させて頂きたいのですが……宜しいです?」

 「待てよ。まだ俺が質問していないだろ」

 

 するとそれまで静聴していた十六夜が、威圧的な声と共に立ち上がる。この世界に来てからずっと刻まれていた軽薄な笑みが無くなっていることに気づいた黒ウサギは、身構えるように聞き返した。

 「それは……どういった質問です?ルールですか? ゲームそのものですか?」

 「そんなものはどうでもいい(・・・・・・)。腹の底からどうでもいいぜ黒ウサギ。ここでお前に向けてルールを問いただしたところで、何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのは……たった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

 十六夜は黒ウサギから視線を外し、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。

 そして、何もかも見下すような声音で一言、

 

 「この世界は……面白いか(・・・・)?」

 

 ただ一言、そう問うた。

 その質問に、他の三人も無言で返答を待つ。糸識を含め、彼らを呼んだ手紙には、確かにこう書かれていた。

 

 『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて、箱庭に来い』と──。

 

 それに見合うだけの催し物があるのかどうかこそ、此度の召喚に応じた四人にとっては、最も重要なことだった。

 「──YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者達だけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」 

 彼女の答えに十六夜は再び軽薄な笑みを浮かべ──糸識もまた、内心で歓喜しているのだった。

 

 

 

 箱庭の世界についての説明を一通り聞き終えた彼ら問題児一行は、黒ウサギの案内で外門と呼ばれる場所を目指していた。暫し歩みを進めていると、前方に目的地が見えてくる。

 黒ウサギは大きく片手を上げ、その手を振りながら視界の先に佇む幼い少年へ呼びかけた。

 「ジン坊ちゃーん!新しい方達を連れてきましたよー!」

 

 ジンと呼ばれた少年は、ダボダボのローブに跳ねた髪の毛が特徴的な人物だった。

 黒ウサギ達に気づいた彼は、軽く居住まいを正しつつ柔和な表情で彼女達を迎える。

 「お帰り、黒ウサギ。其方の女性二人と彼が?」

 「YES!此方の御四人様が──」

 クルリ、と満面の笑みで振り返り、次の瞬間カチン、とそのまま固まる黒ウサギ。

 「……え、あれ?もう御一人いませんでしたっけ? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて全身から俺問題児!ってオーラを放っている殿方が…」

 邂逅数時間で既に言葉の中から十六夜に対する評価が見え隠れする黒ウサギは、残っていた飛鳥と耀と糸識に問いかける。

 

 「ああ、もしかして十六夜君のこと?彼ならさっき『ちょっと世界の果てを見てくるぜ!』と言って駆け出して行ったわ。彼方の方に」

 

 

 彼方の方に。

 

 

 そう言って飛鳥が指をさしたのは、先程落下中に上空から見えた断崖絶壁。その予想外な解答に街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、復活まで数秒有し、途端忙しなくウサ耳を逆立てて問い詰める。

 

 「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 「止めたわよ。其処の彼が」

 「えっ?そうなんですか?」

 飛鳥の意外な返しに糸識を含む其処にいた全員が彼女の方を見た。

 「ええ。すごく良い笑顔で『イザヨーイ、戻って来ーい』って言いながら手を振ってたわよ」

 「ちょ、」

 「それ明らかに口だけじゃないですか!どうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 「だって、『黒ウサギには言うなよ』って男二人に言われたから」

 飛鳥と視線を交わして頷くと取って付けたように男二人に擦りつける耀にジンと糸識の男性陣は戦慄した。女ってコワイ。

 

 「嘘デス…絶対嘘です!第一其処の紳士な坊ちゃんがそんな事言うはずありません!実は面倒だっただけでしょう!?」

 「それは違うぞ。正解は俺が十六夜に行ったら感想教えてって頼んだ」

 「だまらっしゃいこのお馬鹿様!って結局貴方も行ってみたかったんじゃないですかー!」

 それでも最後の締めに話を合わせてボケ倒したのか、あくまで単純に興味があったのかは定かではないが黒ウサギにとってこの流れという括りの中で弄られたので少し認識を改めていた。

 

 ガクリ、とウサ耳をへにょらせて前のめりに倒れる黒ウサギ。新たな人材に胸を躍らせていた数時間前の自分が妬ましい。まさかこんな問題児ばかり掴まされるなんて嫌がらせにも程がある。

 加えて、唯一まともかもしれないと思っていた少年でさえも例外なく問題児であったことから、受けるダメージもそれなりに大きかった。そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは顔を蒼白にして叫ぶ。

 「たた、大変です!世界の果てにはギフトゲームの為に野放しにされている幻獣が!」

 

 「幻獣?」

 「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に世界の果ての付近には強力なギフトを持った者も多くいます。出くわせば最後、人間ではとても太刀打ち出来ません!」

 ジンの説明によると近しいモノはスフィンクスやペガサス、倒せばアイテム恩恵を貰えるのはドラゴンといった幻想種最強種も含まれる。

 「流石にそんなに強いのは私では太刀打ちできませんのでいませんが……それでも!危険な事に変わりありません!」

 「あら、それは残念。ということは、彼はもうゲームオーバーってこと?」

 「ゲーム参加前にゲームオーバー?斬新?」

 「やっぱ俺も行ってみたいな」

 「冗談を言っている場合じゃありません!」

 ジンは必死に声を大きくして事の重大訴えるが、当の三人はその知識が無い為に叱られても肩を竦めるだけある。

 「まぁ落ち着いて、十六夜なら大丈夫だ」

 「何でそんな事が言えるんですか貴方は!貴方だってその彼と会ったのは数時間前でしょう!?」

 「何でって…それより、相手の恩恵を探るのはマナー違反じゃない?大体、人類最高峰のギフト保持者が高々神獣や幻獣如きに早々やられてたら……君達も俺達を呼んだりしないだろう?」

 それでも落ち着けと諭す糸識の無知な姿勢にジンがヒートアップし、それを更に反論する糸識。と、そんなやり取りを横目で見つつ、このままでは話が終わらないと黒ウサギは大きくため息を吐いて立ち上がった。

 

 「はぁ……ジン坊ちゃん。大変申し訳ありませんが、御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 「え?あ、うん。黒ウサギはどうする?」

 「問題児様を捕まえに参ります。事のついでに──『箱庭の貴族』と謳われるこの黒ウサギを馬鹿にした事を、骨の髄まで後悔させてやるのですよッ!!」

 悲しみから立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある長い青髪を次第に淡い桜色へと染めていく。

 やがて完全に髪色を変えた彼女は空中高く飛び上がると、外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がってその柱に水平に張り付き、

 「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!」

 桜色の髪を戦慄かせ、足場に亀裂が入る程の踏み込みを見せると同時に、弾丸の如く跳び去って行く。

 

 巻き上がる風から髪の毛を庇うように押さえていた飛鳥は、呆れたように呟いた。

 「……箱庭の兎は随分と速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 「兎達は箱庭の創設者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」

 ジンの心配を余所に、彼女は「そう…」と空返事をする。

 

 「なら黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、お言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

 「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。御三人の御名前は?」

 「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

 「春日部耀」

 「零崎糸識。好きなように呼んで」

 ジンが礼儀正しく自己紹介すると、少女二人は彼に倣って一礼する。その間、糸識ただ一人は彼を目踏みする様に目を離すことなく、眉間に皺を寄せていた。

 

 「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 飛鳥はジンの小さな手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の門をくぐるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猫耳店員 「いらっしゃいませー。ご注文は?」

 
今回も続きました。 では☆
 


 

 飛鳥、耀、糸識、ジン、三毛猫の四人と一匹は某巨人の世界に出てきそうな高い石造りの壁を潜って箱庭の幕下に出る。すると予想外に上からぱっと眩しい光が降り注いで思わず手を翳し、顔を顰めた。

 『お、お嬢!外から天幕の中に入ったのに御天道様が見えとるで!』

 「……本当だ。外から見た時は内側なんて見えなかったのに」

 耀が連れていた三毛猫が噴水広場まで走っていき、此方を振り向きながらこの現象を口にした。

 彼女は後天的に彼らと会話する機会を得たようだが、同様に彼らの心を理解する糸識もまた、三毛猫の興奮した声を耳に天幕があるはずの空を見上げる。

 

 「ふぅん。マジックミラーみたいな物か」

 するとジンが彼ら三人の反応に納得したようで微笑ましいものを見るように説明した。

 「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。まずあの天幕は太陽の光を直接受けられない種族の為にあるんです」

 「それは気になるわね。この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」

 その種族について浮かんだ種の確認ついでに、ジンの様な小さい子供に不意打ちながらいい様に扱われたのが気に食わないのか、若干の皮肉を込めて言う。

 「え、居ますけど」

 「……そう」

 

 さも当たり前の様に返されると飛鳥は複雑そうに痛む頭痛を紛らす為、目を伏せて何とかそう返答した。

 彼女からすれば前の世界から架空の種族、それも人類の敵として語り継がれている化け物が此処箱庭では跋扈していると言われれば、そんな反応をしても仕方がないようにも思う。

 逆に生まれも育ちも箱庭のジンにとっては常識、物心ついた時から大人に教えられてきた事をまだまだこの世界に無知な彼女に教えようとしただけで、そんな彼にとっても彼女の反応は疑問の一言だった。

 『しっかしあれやなあ。ワシが知っとる人里とは違うてえらく綺麗な空気や。まるで山奥の朝霧が晴れた時のような清み具合。ほれ、この噴水の彫像もごっつう立派な造りやで!お嬢の親父さんが見たらさぞ喜んだやろうな』

 「……うん、そうだね」

 「あら、何か言ったかしら?」

 「…別に。何でもない」

 先走った三毛猫が噴水の堀に座りながら噴き出す水を見ているだけに見えるが、友達と豪語する耀と生物の心が読める糸識は別だ。二人はその言葉を一字一句理解している為彼女は三毛猫を通して噴水を眺めて思考に耽る。元の世界に置いてきた家族を思い出しているようだ。

 

 「あぁ、これは確かに見事だ」

 糸識は三毛猫の言葉から彼女の父親が世界でも有名な彫刻家で、次いで彼女の記憶からその家族構成で母親が生物学者で両親の合作である系統樹のペンダントを片時も離さずに持ち歩いている事、初めて貰った病院での事、それまでの箱庭を彷彿とさせる御伽噺の様な語りで楽しそうに話していた父の顔が浮かんでは消える。

 しかし、糸識がポロっと零したその一言が彼より少し前を歩いていた少女達二人に聞こえ、それぞれの反応を返してきたが彼は「何でもない」と誤魔化すだけ。ただ、耀からの視線が凄かった。

 そんな合いそうで噛み合わない会話を展開しながら、一行は身近にあった六本傷の旗を掲げるカフェテラスに座った。

 するとウェイトレスの猫耳の少女が一行のある一点を隠しつつ凝視しながら此方に向かって早歩きで注文を取りに来た。その長い鉤尻尾を立てているのはご愛嬌だろう。

 

 「いらっしゃいませー。ご注文は?」

 「えーと、紅茶を二つと緑茶を一つ。あと軽食にコレとコレと」

 『ネコマンマを!』

 「……カフェ・オ・レ。ミルク多めで」

 「はいはーい。ティーセット三つにネコマンマとカフェ・オ・レミルク多めですね」

 「「……ん?」」と飛鳥とジンは同時に首を傾げた。

 それは当然だろう。何度も言うが飛鳥とジンの二人は三毛猫の言葉が理解できない。それに加えこの場でネコマンマなんて頼んだ覚えはないからだ。

 

 すると耀が驚いた顔で猫耳店員に、

 「三毛猫の言葉わかるの?」

 「そりゃわかりますよー、私は猫族ですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ちょっぴりサービスさせてもらますよ!」

 猫娘の言葉にキュピーン!と目を光らせた三毛猫は、耀の腕の中ながら彼女の方を向いて慣れた口調で語りかける。

 『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度甘嚙みしに行くわ』

 「やだもーお客さんたらお上手なんだから♪」

 猫耳娘は嬉しいのか尻尾を立てたままフリフリ揺らしながら店内に戻っていった。

 

 「…おい三毛猫、あんたまだ現役かよ」

 ジト目で流し、「若い子引っ掛けて楽しいか?このエロ猫」と続くはずだった言葉は、食い入るように覗き身を乗り出してきた耀によって中断される。

 「もしかして、貴方も三毛猫の言葉がわかるの?」

 「……あー、そのエロ猫が何考えているかぐらいなら簡単に…」

 

 その答えを聞いた耀は先程猫娘が話せるとわかった時よりも格段に嬉しそうに笑って抱いていた三毛猫を撫でた。

 「……箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉がわかる人いたよ」

 『来てよかったなお嬢。てか小僧、今なんて──』

 「ちょ、ちょっと待って!貴女もしかして猫と会話ができるの!?」

 憐れ三毛猫、飛鳥が彼の言葉を理解できないばかりに台詞を遮られてしまうとは。未だ糸識を睨んでいるが耀の質問に答えるだけ答えてからは出された熱いカフェ・オ・レを飲むに徹していた。存外にこれ以上は踏み込むなと言いたげだ。

 一方、飛鳥に熱烈な質問責めに耀は少し驚きつつもコクリと頷いて返す。

 「それはもしかして猫以外にも?」

 「うん。鳥は雀、鷺、ホトトギスだけだけどペンギンとも話せたし、同じ水族館でイルカ達とも」

 「そ、それは凄いギフトですね……全ての種と会話が可能なら心強いです」

 

 「言語の壁はこの世界でもあるのか?見たところさっきの店員みたいな獣人もいるし肌の違う種族もいるから公用語かなんかがあるのかと……」

 「はい。一部の獣人と呼ばれる獣の恩恵(ギフト)を持つ者や黒ウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意志疎通は可能ですけど、幻獣達はそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意志疎通は難しいというのが一般です。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションを取る事は出来ないはずですし」

 「成程ね…」

 さらっとギフトゲームについて重要そうな内容を話すジンに、他の二人は気づいた様子はないが糸識は頭が痛くなった。

 

 「そう……春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 そう呟いた飛鳥の顔は暗かった。そんな彼女の顔を見た糸識は無意識に口を開く。

 「あのな…久遠がどんなギフトを持ってるかは聞かない(・・・・)けど、春日部が挙げた友達が動物オンリーな時点で察しろ。きっと理由は違うが十六夜も一緒だ。ギフトがあるから俺達は元の世界で溢れてこの世界で出会った、それでいいだろ」

 自分でも驚く程饒舌に、こんな長文を喋ったのは何年か振りだと糸識は思いながら再び手元の飲み物をちびちび飲み始める。

 

 それに、彼が指摘した部分とはまた別の問題が存在する。全ての種と意思疎通が可能なら、動物由来の食材を食べれない時期が存在したはずだ、と糸識は耀の無表情で感情が読み取りにくい横顔を見ながら感じていた。

 「そう、ね。ありがとう零崎君。いえ、糸識(いとしき)君と呼んでもいいかしら?」

 「──好きにすればいい」

 「ありがとう。私の事も飛鳥でいいわよ」

 生きとし生ける者全ての心が理解できる彼にとって、彼女の心境の変化は敏感に感じ取れてしまう。故にそのまだ芽吹いてすらいない種を無闇に突いたりはしない。

 彼もまた、先程自身が吐露した言葉通り、溢れた一人なのだから。

 「それはそうと、貴方も会話できるのよね?」

 「まぁ、な…。どっちかと言えば二人を足して二で割ったみたいな力だから使い勝手はいい分厄介過ぎるけど」

 「本当!?じゃあ貴方ギフトを二つ持ってるの?私の力と春日部さんのギフトじゃ全然…」

 この時、糸識は喋り過ぎたかと少し反省するが、彼の力の使い方の一つ──言霊の影響か、無意識に彼女達を仲間だと認識してしまっていたらしい。

 

 「あの……久遠さんと」

 「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」

 「う、うん。私も耀でいい。……飛鳥と糸識はどんな力を持ってるの?」

 「私?私の力は……まぁ、酷いものよ。だって──」

 

 「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュニティ【名無しの権兵衛(ノーネーム)】のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はお守り役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 彼女の言葉を遮ったのは座ってなお見上げる程の巨体に、その体に合わずピチピチのタキシードを着た褐色肌のヘンテコな大男。

 カフェに入る前から物陰より四人の後を追い、先程から此方の話に混ざるべく、隣のテーブルで機会を窺いながら今しがた椅子ごと振り返った虎のギフトを持つ獣人であり、悪魔に魅入られし者。

 その男の名は──ガルド=ガスパー、コミュニティ【フォレス・ガロ】のリーダーその人である。

 

 当然ながら、物をすり抜けられるギフトを持つ者でもない限り糸識が持つ蜘蛛の巣の如く張り巡らされた結界から逃れる術は存在しない。

 終始必死に気配を殺していたが最初から糸識にはコソコソテンプレみたいな奴だな、としか思われていなかった雑魚でしかない。

 加えて言えば、「絶対こいつモブだろ」と。

 

 

 

 





次回、一部ですが、主人公君の能力が!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛鳥 「黙りなさい」

 
ちょっと書溜めが無くなってきたので一旦更新を止めさせてもらいます。読んで頂いている人に凄く申し訳ないのですが、どうかご容赦下さい。
さて、次は第五話どうぞ!
 では☆
 


 

 「僕らのコミュニティは【ノーネーム】です。【フォレス・ガロ】のガルド=ガスパー」

 「黙れ、この名無し(・・・)め。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りであるなと旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させることができたものだ。──そうは思いませんか、御令息とお嬢様方」

 虎男の登場に目を剥いて驚いていたジンだったが、面識があり、且つかなりの頻度で交流若しくは一方的な接触が数多あったと予想できるジン少年の三人には見せなかった反抗的な言動に居合わせた少女二人は少しばかり意外そうに目を向けたが、この糸識は興味なく沈黙を保っている。しかも目を閉じて腕を組み、俯いている態勢の所為で周りからは寝ていると勘違いされる程。

 それ程までにこの後の展開が読めてしまったのか、それともただ面倒事に関わりたくない一心でとった末の行動なのか。

 

 

 「……それよりも、貴方。同席を求めるなら氏名を名乗ったのちに一言添えるのが礼儀というものじゃないかしら?」

 「おっと、これは失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ【666の獣】の傘下の…」

 「烏合の衆の」

 「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧!!!」

 

 飛鳥が話の流れを掴もうとガルドに対して建前程度の皮肉を混ぜた言葉を吐くが、言われた本人はその言葉に込められた真意を理解できなかったようで、言われた通りに自己紹介に移った。

 因みに今のを訳すると、「邪魔だからどっか行って」だ。

 その口上の中途で突然のジンの横槍に堪え性もなく本性を顕にする短気な獣。飢えた虎は確かに恐ろしいが、奴は虎と言えど張り子の虎で、正に虎を画きて狗に類すの的を得た有象無象。

 つまり、この魔王のコミュニティという笠を着たハリボテに過ぎず、他人の真似をした所為で本質より劣化した贋作に過ぎない。それならば本来ある爪と牙を研いでいた方が遥かに健全で何より正しいのである。

 そんな自身の武器を研ぐ事を忘れた獣以下の畜生に対し思う事など、なかった。

 

 「口を慎め小僧…。紳士で通ってる俺にも聞き逃せない言葉もあるんだぜぇ」

 「森の守護者だった頃の貴方なら少しは相応の礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣です」

 ほぅ……と糸識は今の言葉にいい意味で息を吐く。どうやらジン少年は中々に肝が据わってるようだ。その証拠に牙を光らせながら凄むガルドに正面から見据え、はっきりと切り返して見せた。これくらいをやれない様ではこの問題児達の相手は到底出来ず、それどころか破滅を招くまでだ。

 いや、既に彼のコミュニティは……。

 「そういう貴様はなんだ?出来もしない夢を掲げて過去の栄華に縋る恥知らずのノーネームではないか」

 

 しかし、ガルドの言葉に口を開けなくなる。

 「ちょっと待ちなさい」

 流石に今のは聞き捨てならなかった二人の話を飛鳥が遮る。

 

 彼女の視線がジンとガルドを交互に行き来して、やがて何かを耐える様に、しかしお嬢様らしくあくまで優雅に相手にそれを悟らせずに口を開いた。

 「質問なのだけれども、ジン君がガルドさんに指摘されている状況…この説明をして頂けるかしら?」

 「そ、それは…」

 「御令嬢、それは本人の口から告げさせるのは些か酷というもの。宜しければ、この私がジン=ラッセル率いる【ノーネーム】のコミュニティを客観的に説明させて頂きますが?」

 「そうね、お願いするわ」

 飛鳥が答えた瞬間、隠す事もせずに口角を吊り上げたガルド。それに気づかない者はこの場にいなかった。

 

 「では、まず『コミュニティ』とは複数名で作られる組織の総称です」

 「それくらいは分かるわ」

 「まぁお待ちを。そしてコミュニティは活動する上で箱庭に『名』と『旗印』を申告しなければなりません。特に旗印は縄張りを主張する大事なモノ。もしこの店を自分のコミュニティに置く事を望むなら、そのコミュニティに両者合意の上で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです」

 そこで一旦言葉を切ったガルドは座る四人を見回し反応を窺う。ジンは青い顔をしているが、他の二人(・・)は澄まし顔──聞くに徹しているので凡そ掴みは悪くないだろうと判断して説明を続けた。

 

 「私のコミュニティは実際にそうやって(・・・・・・・・)大きくしました。さて、ここからはレディ達のコミュニティの問題。貴方方のコミュニティは数年前までこの東区画大手のコミュニティでした」

 

 「へぇ…」「……」

 

 「かのリーダーは優秀な男だったそうです。ギフトゲームの人類最高記録を持っていたとか。まあ、先代の話ですが。ですが、そのコミュニティはたった一夜で滅ぼされた。『魔王』と呼ばれる者達にね。今や失墜した名も無きコミュニティの一つでしかありません」

 「……そう。事情は分かったわ。それでガルドさんはどうして、私達に丁寧に話をしてくれるのかしら?」

 ガルドはその言葉を待っていたかのようにニヤリと笑い、糸識に飛鳥、耀を見てこう言う。

 

 「もし皆様が宜しければ、黒ウサギ共々私のコミュニティに来ませんか?」

 

 「な、何を言い出すんですガルド=ガスパー!?」

 「黙れ、ジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を新しくしていれば最低限の人材は残っていたはずだろうが。何も知らない相手なら騙し通せるとでも思ったのか?それならこっちも箱庭の住人として通さなきゃなんねぇ仁義があるぜ」

 ガルドの言葉にグッと言葉を飲み込むジン。それを見て満足そうにふんぞり返ってから、居住まいを正し三人に向き直る。

 既に色々遅い様な気もしなくはないが…、虎男なりに筋書き通りの展開に持ち込めたらしい。その表情からは達成感や満足感に満ち溢れていた。

 「で、どうですか御三方。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも箱庭で三十日間の自由が約束されています。一度、自分達を呼び出したコミュニティと私達【フォレス・ガロ】のコミュニティを視察し、十分に検討してから…」

 

 「結構よ。だって私はジン君のコミュニティで間に合っているもの」

 しかし、遮って返って来た飛鳥の言葉に信じられないものを見る様に彼女を見るジンとガルド。勿論、今までの話を聞いていなかったとか、そんな理由ではなく彼女なりによく考えた上でそもそも自身が此処に来た本来の目的を思い出して、合点がいったところか。

 自分の話はもう終わりと、真正面の席に座っていた耀に今の心情を促していた。

 

 「耀は今の話をどう思って?」

 「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

 そこでも糸識は反応すらせずただ腕を組んだまま微動だにしない。

 

 「あら意外。なら私が友達一号に立候補していいかしら?」

 早速此処に来た理由の一つである、対等な友人を作るという『外の世界に飛び出す』という彼女なりの目的を実行に移す飛鳥。そんな彼女を見て少し考えてから頷き、耀は隣の糸識の顔を穴が空きそうな程見つめながら言った。

 

 「……うん。二人とも私の知る人とちょっと違うから多分大丈夫。それに三毛猫と話せる糸識とも仲良くしたい」

 『お嬢!?よりによってこんな奴と!』

 彼女のある意味大胆な告白に、我慢ならん!と突然叫ぶ三毛猫は他でもない耀の手によって物理的に黙らせられていた。

 そんな中、想定外の返答に思考が停止する程驚いていたが、突如始まった友達誕生の瞬間という穏やかな空気に当てられガルドは口を割って入ってきた。

 

 「……失礼ですが、理由を教えてもらっても?」

 「だから、間に合っているのよ。耀は聞いての通り。そして私は、凡そ人が望みうる人生全てを支払って箱庭に来たわ。それを小さな一地域を支配しているだけのコミュニティに入ると思ったのかしら、このエセ虎紳士」

 言葉は丁寧だが、その分その辛辣さが浮き彫りになりガルドの痛いところを突くように胸に突き刺さる。

 「あ、貴方はどうなんですか?」

 

 彼は苦し紛れにカップの中身を飲み干していた糸識に訊ねた。この彼も先程から彼女らのフォローや友好的な雰囲気を纏っている事から望み薄だが、それでも止まれない。一度犯した罪は何時の日か日の当たる場で然るべき秩序によって裁かれる。

 だからその為に【箱庭の貴族】を手に入れ、事が終われば上に献上して更に勢力を広げるという野望の為。此処で止まる訳にはいかないのだ。

 だが、彼のこの焦りから生まれた行動が、破滅を呼ぶ事を誰が予想できただろうか?

 

 

 「ん?俺か…」

 糸識は問いかけに少し考える振りをする。しかし、もう彼は決まっていた。この箱庭という存在を知ってから己のこの特異な力、恩恵とも加護とも呼べぬ呪い(・・)の正しいと思える使い道を見つけたのだ。

 それが喩え後ろ指さされ、過去の様に皆が自分から離れて行こうとも。自分自身、もう生きるのに疲れていた、というのも当然否定できない。

 本音を言えば、この箱庭でこの生を閉じるのも悪くないと思える。でもしかし、だからこそ、最期は派手に飾ってくれる。

 

 「……俺は正直どっちでもいい」

 

 俺の言葉がそんなに意外だったか、ガルドでさえこの場にいた全員が不思議そうな表情になる。

 

 「元々箱庭に来たのは何の変わり映えもしない時代の流れを、ガイヤだアラヤだとかいう奴らにただひたすら眺めるだけの傍観者に据えられていたからだ。ああ、そうだとも俺も元の世界に不満を抱いていた一人さ」

 糸識は言葉を区切り、ガルドを睨む。

 

 「だがな?これでも世界の抑止力としての名残かルールに関しちゃ厳しい方なわけよ。だから今回は箱庭のルールに則って害悪にしかならない小悪党(・・・・・・・・・・・・)を断罪する」

 彼の言葉にガルドは一瞬だが表情を崩して次に今にも切れそうな青筋を立てるがまだ切れない、踏み込めない。

 「お、お言葉ですが」

 

 平静を装うと額から脂汗を流しながら言葉を紡ぐが、無情にも糸識の思惑に気づいていた飛鳥に阻止される。

 

 

 「黙りなさい(・・・・・)

 

 

 「っ……!?」

 ガチンッ!と開いていた口が本人の意思とは別に無理矢理閉じられ、歯並びの良い牙が金属の様な音を立てて当たる。目を白黒させているガルドを余所に命令した飛鳥は当然の様に椅子に座ったままだ。

 

 これが飛鳥の恩恵(ギフト)。その名称は本人も把握していない為わからないが、未だ磨かれていない原石にも等しい超能力に分類される星の意志が授けた恩恵である。それを彼女は目の前の外道を支配する為に行使する。

 「私の話はまだ終わってないわ。貴方からはまだまだ聞き出さなければいけない事があるのだもの。貴方はそこに座って私の質問に答え続けなさい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 するとガルドは抵抗なく椅子に無理矢理だが座らせられる。その様子を見て、驚いた猫耳の店員が急いで飛鳥に駆け寄る。その程度で済むのは此処が箱庭たる所以。誰かのギフトであると寧ろ当然と予想できるからだ。

 

 「お、お客さん!当店で揉め事は控えてくださ」

 突然のこの状況。相席をお願いした覚えもなければ、先程から気にかけていたあの老猫がいる席によりによって店のコミュニティの傘下一の問題児が何か粗相をしたのは間違いなく、飛んできた猫耳店員はとりあえずマニュアル通りに応対しようとしたが、これもまた飛鳥によって止められた。

 「丁度いいわ。猫の店員さんも第三者として聞いて欲しいの。多分、面白いことが聞けるはずよ」

 元の世界なら老害共を相手する時でしか張り付ける事のなかった悪どい表情を浮かべて、飛鳥は糸識の方をちらりと見てから店員を傍に控えさせた。

 

 「では聞くけれど、貴方はこの地域のコミュニティに両者合意(・・・・)で勝負を挑み、勝利したと言っていたわね。でも、旗印はブランド名にも等しいモノなのでしょう?ねえ、ジン君。コミュニティそのものをチップにしてのゲームはよくある事なの?」

 突然振られた少年も彼女の威光の余波に当てられ縮こまるが、彼女の雰囲気というかオーラがそれを許さない。

 「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースです」

 「そうよね。そのコミュニティ同士の戦いに強制力を持つからこそ魔王は恐れられている。なのに魔王でもない貴方がどうしてそんな大勝負ばかりを続ける事ができたのかしら。そこの所、教えて下さる(・・・・・・)?」

 今までの拘束のまま新たな命令が下されたガルドの口は、その意思に反してペラペラと今までの罪状を語りだした。

 「…強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫する事。これに同意しない場合は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

 

 「まあ、そんなところでしょう。貴方のような小者らしい堅実な手よね。けどそんな違法で吸収した組織が貴方の下で従順に働いてくれるのかしら?」

 「…各コミュニティから、数人ずつ子供を人質に取ってある」

 そのから先は糸識の知る事ながら止めようともしない。それが未だ軽んじている籠の鳥であった飛鳥への第一の試練でもあると思ったからだ。

 それも、彼女が毛嫌いする者に対する本当の意味での決別、それを乗り越えた先で彼女はやっとスタートラインに立てるのだ。

 「……そう。ますます外道ね。それで、その子供達は何処に幽閉されているの?」

 小悪党の考える事だ。既に絶対に見つからない場所(・・・・・・・・・・・)に送ったに違いない。その場所こそ──、

 

 「…もう殺した」

 

 瞬間、その場にいた猫耳店員、ジン、飛鳥、耀が固まる。

 口を開く前にニヤリと嗤い、この破滅を前にした男が考えたのはこの小娘の絶望に染まった顔を見る事。

 それが叶った後はもう自棄だ。自分の意思を離れていたはずの口は聞かれてもいない事を次々に喋りだし、ガルドは一人事実に悲愴な表情を浮かべた飛鳥を見てさらに笑みを深めた。

 「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思ったが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降は連れてきたガキは全部まとめてその日の内に始末する事にした。だが、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないよう腹心の部下が食」

 「黙りなさい(・・・・・)!!」

 初めと同じくガチンとガルドの口が閉じられる。

 

 「素晴らしいわ。ここまで絵に描いた様な外道とはそうそう会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界と言ったところかしら……ねえジン君?」

 男が語った所業に圧倒され、驚愕のあまり固まっていたジンはハッと気付き慌てて飛鳥の発言を否定する。

 「彼の様な悪党は箱庭でもそうそういません」

 「そう?それはそれで残念。──ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁く事は出来るかしら?」

 飛鳥は既に黒ウサギの説明からギフトゲームの他に元の世界と類する法が敷かれている事を知っている。

 その上での問いに、再びジンは難しそうな顔をしながら言った。

 「厳しいです。吸収したコミュニティから人質を攫ったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ですが…裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

 対して飛鳥はそれでは満足できない顔で言う。

 「そう。なら仕方ないわ」

 パチンッと指を鳴らすとガルドは自由になる。だが、彼女も完全に諦めた訳ではない。他にも方法は腐る程ある。例えば、

 「こ……この小娘がァァァァ!!」

 途端自由になった体をギフトで完全に獣に変化させたガルド。その姿は虎というべき仰々しい姿だ。

 「テメェ、どういうつもりか知らねえが…俺の上に誰が居るか分かってんだろうなァ!? 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人ッ!」

 

 そのまま飛鳥を跳び掛かり襲おうとするが、突然その巨体は宙に浮いたまま動きが止まる事になる。何故なら今まで沈黙に徹していたはずの糸識がガルドに対して牽制、若しくはギフトを使用したからだ。

 「なぁ、クールダウンだ。少し落ち着こうぜ」

 瞬間、止まったままだったガルドは地面に叩きつけられ、不思議そうに此方を見上げていた彼の顔を糸識は踏む行為だけで組み伏せてみせた。

 「ありがとう糸識君」

 不思議な現象を目の当たりにしたのに平然と、それが当然と隣に立つ彼のギフトであると疑わない飛鳥。

 「別にこのぐらいどうって事ない」

 本当に大した事ないと言った体で気怠そうガルドの頭を踏み続ける糸識。

 

 「さて、ガルドさん。貴方の上に誰が居ようと私は気にしないわ。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した打倒魔王(・・・・)だもの」

 そこで飛鳥は一度糸識を見る。考えてる事は同じ。

 

 さらに人の心を機敏に感じ取る糸識はそれだけで彼女の意図を把握、一瞬の思考の後頷き、飛鳥と呼んで返す。まるで長らく付き添った相棒、若しくは熟年夫婦の様なアイコンタクトに、ガルドが飛び上がった瞬間席を立ったまま手持ち無沙汰になっていた耀は、そんな二人を見て面白くないと頬を膨らませていた。

 「さて、ガルドさん。ここで貴方を見逃した所で貴女が破滅するのは時間の問題。でも私は貴方のコミュニティが瓦解するだけじゃ満足できないの」

 と飛鳥は一旦言葉を切り、あの挑発的な笑みを浮かべた。

 

 

 「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の【フォレス・ガロ】存続と【ノーネーム】の誇りと魂を賭けて、ね」

 「俺達と『ギフトゲーム』をしよう。お前の【フォレス・ガロ】存続と【ノーネーム】の誇りと魂を賭けて、な」

 

 

 こうして、ジンを含めた彼ら四人によるギフトゲームは開幕した。

 

 

 




という訳で、零崎糸識の能力を初披露。
既にある程度予想している読者の方もいると思いますが、
本作品では設定集は書かないと考えてます。
そんな訳で後々名称が登場しますから、それでまた考えてみて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒ウサギ 「…ああもう、好きにしてください」

 
 だいぶ間が開いてしまってすいません。今回は短いですが読んでもらえれば幸いです。 では☆
 


 

 あれから契約書類(ギアスロール)が出た途端、その場から這々の体で逃げ出したガルドは一先ず放っておき、後から箱庭入りした十六夜と彼を追って行った黒ウサギに漸く合流して、世間話でもする様にギフトゲームの件を報告する。

 その時の黒ウサギの反応はこうだ。

 

 「な、なんであの短時間に【フォレス・ガロ】のリーダーと接触して、剰え喧嘩を売る状況になったのですか!?しかもゲームの日取りは明日!?それも敵のテリトリー内で戦うなんて!準備している時間もお金もありませんよ!!一体どういう心算があっての事です!聞いているのですか四人とも!!」

 十六夜を追った時の様に髪や尻尾を桜色へと変色こそさせていないが、髪はワナワナと逆立ち一目で「私、怒ってます!」とわかるような怒り方をしている。それを見て少し子供っぽいなとか思ってない。

 だが、そんな黒ウサギの叫びも虚しく広場に響くだけで飛鳥達は全く意に介していなかった。…それどころか。

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」

「黙らっしゃい!!!」

 

 三人で口裏を合わせて黒ウサギを煽っている。この手でよく弄られるな、黒ウサギは。それに合流した時の彼女は別れた時と比べて幾らか雰囲気が丸くなっていた。十六夜を追ってから向こうで色々(・・)あったようだし、その時彼に何か言われでもしたかな。

 「別にいいじゃねえか。見境無く選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

 「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんけど、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この契約書類を見てください」

 やっぱり、随分と十六夜に対して甘く感じる。本人的には今のコミュニティから出て行かれないよう必死なんだろうけど。

 

 契約書類は『主催者権限』を持たない者達が主催者となってゲームを開催するために必要なギフトだ。

 そこにはゲーム内容、ルール、チップ、賞品が書かれており主催者のコミュニティのリーダーが署名することで成立する。

 そして、十六夜が代表してあの時降って湧いた紙切れのそれを読み上げる。今回のゲームの賞品の内容はこうだ。

 「参加者が勝利した場合、主催者は参加者の言及する罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する、か。──まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 因みに俺達のチップは罪を黙認する、というものだ。それは今回に限ったことではなく、これ以降もずっと口を閉ざし続けるという意味だ。

 

 恐らく、自分が全く歯が立たなかったと逃げ出したガルドはその多くの経験から話し合いの場を、わざと設けさせず公平な審判である黒ウサギが来る前に逃げ出したのだろう。自分の狩場という幾らか有利な条件だけを提示して。契約は絶対遵守。逃げることが叶わない奴なりの悪足掻きか。

 「時間さえかければ彼らの罪は暴かれます。だって肝心の子供たちは.....その」

 黒ウサギが言い淀む。確かに攫われ捕らえられていた子供達はもういない。だが問題はそこではない。

 「そう。人質は既にこの世にいないわ。その点を責め立てれば必ず証拠は出るでしょう。だけどそれには少々時間がかかるのも事実。あの外道を裁くのにそんな時間をかけたくないの。 それにね、黒ウサギ。私は道徳云々よりも、あの外道が私の活動範囲で野放しにされることも許せないの。ここで逃がせば、いつかまた狙ってくるに決まってるもの」

 「飛鳥の言う通りだ黒ウサギ。特にお前達のコミュニティは狙われる要素が多過ぎる(・・・・・・・・・・・)。なら後顧の憂いを絶っておいても損はないだろ?」

 その通り、ガルド一味のやり口は大抵が誘拐や弱みを集めて脅す姑息な行為ばかり。だが、人数だけは大型コミュニティに食い込む【ノーネーム】には、百人を超える未だ幼くゲームに参加できない子供達が山程いる。そんな彼ら一人一人を守るのは非効率的だ。だからこそ奴を明日、叩き潰さなければならない。

 どうせやるなら早い方がいいしな。

 「ま、まあ……逃がせば厄介かもしれませんけれど」

 「僕もガルドを逃がしたくないと思ってる。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 ジン君も同調し、黒ウサギは諦めたように頷いた。

 「はぁ....仕方がない人達です。まあいいのデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。【フォレス・ガロ】程度なら十六夜さんが一人いれば楽勝でしょう」

 ……何言ってるんだ?黒ウサギは。やっぱり彼には少し甘くなった気がする。惚れたか?

 自分が参加するわけでもないのに、その露出度の高い服で胸を強調……張る彼女は得意げにふんすっ、と鼻息まで荒くなる。だが言われた当の本人は怪訝な顔で否定した。

 「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

 「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

 飛鳥もそれに同意して渦中の外にいた十六夜の参加を拒否した。と我ながら何いってんだと思うが、彼女達には彼女達なりの矜恃というものがある。だからどうせ、これ以上何か言っても黒ウサギは二人に却下されるだけである。

 「だ、駄目ですよ!皆さんはコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

 「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 言葉の意味が浸透するまで時間が掛かっていた彼女は、慌てて両者の間に割り込むことで説得しようとするが、それすら十六夜に止められる。

 「いいか?この喧嘩は、こいつらが売って、奴が買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

 「あら、わかってるじゃない」

 そして何故か意気投合する彼ら、十六夜と飛鳥の二人に言いたい。あの場で俺も喧嘩を売ったがそんな下手なプライドは持ち合わせていない。一緒にするな。

 「...ああもう、好きにしてください」

 と黒ウサギは今日で問題児達に散々振り回されて疲れてるのか、その場で脱力して諦めていた。そんな彼女に心の中で合掌することしか出来なかった俺は悪くないと思う。

 

 

 「と、…そろそろ行きましょうか。本当は皆さんを歓迎するために素敵なお店を予約して、色々とセッティングしていたのですけれども...不慮の事故続きで、今日はお流れになってしまいました。また後日、きちんと歓迎を──」

 「いいわよ、無理しなくて。私達のコミュニティってそれはもう崖っぷちなんでしょう?」

 飛鳥から言われた聞き捨てならない内容に黒ウサギは驚きながらジン君を見る。すると彼の申し訳なさそうな顔を見て何かを悟ったようだった。

 

 「も、申し訳ございません。皆さんを騙すのは気が引けたのですが……黒ウサギ達も必死だったのです」

 「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでもよかったもの。耀はどう?」

 飛鳥の言う通り、俺達四人は誰一人騙されたことに関して怒ってはいない。寧ろ感謝していると言ってもいい。確かに元の世界より厳しく危険が多いだろうが俺達の様な特殊な力を持つ者達にとっては周りと違うというだけで孤独感を感じるものだ。

 だから、そんな退屈で理不尽な世界から救い上げてくれた彼女の存在は、感謝してもしきれない。俺を含め他の三人も絶対に口には出さないだろうが。

 「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのは別にどうでも……あ、けど」

 耀も案の定否定していたが、突然何かを思い出した様子で顔を上げる。

 「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来ることなら最低限の用意はさせてもらいます」

 彼女の様子から、色々と吹っ切れたのかジンがまるで店員が不手際を謝罪してお詫びを客に尋ねる様な、ていうかまんまな対応に少し慌てて目の前で手を振る耀。年下に畏まられて気恥ずかしくなったか?

 「そ、そんな大それたものじゃないよ。ただ私は……毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、と思っただけだから」

 それを聞いたジンの表情が固まり、その理由を察した耀が慌てて取り消そうとしていたがここで何やらウズウズとした黒ウサギが、彼女よりも先に嬉々とした顔で言った。

 

 「それなら大丈夫です!十六夜さんがこんな大きな水樹の苗を手に入れてくれましたから!これで水を買う必要もなくなりますし、水路を復活させることもできます♪」

 「十六夜、世界の果てはどうだった?」

 水樹の苗を掲げて喜び、頰ずりまで始めた黒ウサギとふぅと安心した様子の飛鳥達を横目に十六夜に頼んでおいた果てでの話を聞くことにする。

 「ああ、凄かったぜ」

 「ふーん、やっぱり俺も行きたかったなぁ」

 ニヤッと不敵に笑う十六夜の心の揺れを感じ取り、それがどれ程のものか知ることができる。この大陸とも言える巨大な浮島一つが惑星級の巨大さを誇り、その周りの蒼穹へと流れ落ちる大瀑布はさぞ絶景だったろう。こういうのは人伝に聞くよりも一度見た方がいいと言うが、俺にはこれで十分だ。

 「今度連れてってやるよ。それと苗を持ってた自称蛇神の蜥蜴もいたから退屈しないね」

 「神様までいるのかよ」

 「自称だけどな」

 

 そう言って笑いあう俺達が話し込んでいた間に、ジンと別れて案内役に黒ウサギと【サウザンドアイズ】と呼ばれるコミュニティに、恩恵を鑑定をしに行くことが決まっていた。

 「ギフトゲームが明日なら先に【サウザンドアイズ】に行って皆さんのギフト鑑定をしなければなりません」

 「【千の眼(サウザンドアイズ)】?それがコミュニティの名前か?」

 十六夜が尋ねれば待ってましたとばかりに黒ウサギは飛び跳ねながら説明する。

 「YES。【サウザンドアイズ】は特殊な『瞳』のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

 「ギフト鑑定というのは?」

 「もちろん、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 黒ウサギはそう言うが、他の三人はともかく、俺は自分の『力』を理解してるからあんまり行く意味ないんだよな。だけど彼女が頼りにする存在には会っておいて損はないだろう。色々知ってそうだし。

 「じゃあ、早く行こうぜ。あ、ジンは水路とかお風呂の掃除しといてくれ。耀も飛鳥も風呂に入りたかったみたいだし、黒ウサギが言うに水樹の苗があれば水には困らないだろうから」

 「わかりました。では皆さんお気をつけて」

 

 

 あ、余談だけど『箱庭の貴族』である月の兎達、つまり黒ウサギの前で規則を破る様なことをすれば爆発四散するらしい。…ナニソレコワイ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白夜叉 「おんしらが望むのは『挑戦』か──もしくは『決闘』か?」

 
 
 別に小さい子が好きってわけではないですけど、こう、背伸びしてる様子が可愛らしいと思いません? では☆
 


 

 「桜の木…ではないわね。花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

 「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

 「……? 今は秋だったと思うけど」

 

 今サウザンドアイズの店までの道中。桜色の花弁が舞い散る和風の並木道に差し掛かると、三人がそんなことを言い出した。俺のところはどうだっただろうか?季節なんて気にしたこともなかったから覚えていない。

 「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

 「へぇ?パラレルワールドってやつか?」

 「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども.....今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 言いながら前方を見る黒ウサギ。どうやら目的地に着いたようなので話はお開きらしい。

 彼女の視線の先を追えば瓦屋根の何処かで見た団子屋の様な店に【サウザンドアイズ】の向き合う双女神(創世と終末の女神)が描かれた旗が掛けられていたが、店員らしき割烹着の女性が出て来て暖簾を片付け始めたではないか。

 

 そこへ賺さず黒ウサギは飛び出して店員の女性に待ったをかけるべく口を開いた。

 「まっ」

 「待った無しですお客様、うちは時間外営業はやっていません」

 ……流石は話で聞いた超大手の商業コミュニティ、常識のない押し入りの客に対する拒み方にも隙がない。交渉の余地すらない完璧な拒絶を見た。

 「なんて商売ッ気の無い店かしら」

 「全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

 「文句があるならどうぞ他所へ、貴女方は今後一切の出入りを禁じます」

 「これだけで出禁とかお客様舐め過ぎでございますよ!?」

 そんな店員の態度にムッとした飛鳥に続きキャーキャーと野次を飛ばしながら喚く黒ウサギへ、店員もやれやれと適当に居住まいを正して向き直る。

 ただ、営業スマイルさえない鉄仮面の裏側に隠した嘲笑を湛えるながら。

 「なるほど、『箱庭の貴族』であるウサギのお客様を無下にするのは失礼ですね、コミュニティの名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 「・・・うっ」

 店員としては当然の対応に見えた問題児達三人は、言い返せない黒ウサギに首を傾げていた。そして中々口を開かない彼女の代わりに十六夜が前に出る。

 「俺達は【ノーネーム】ってコミュニティなんだが?」

 「成程。では旗を見せてもらっ」

 「少しおいたが過ぎるんじゃないかな?店員さん」

 

 少し強めに袖を引っ張り俺と視線を合わさせる。

 「貴方も、しつこ……子供?」

 「通してくれる(・・・・・・)?……おねがい(・・・・)

 身長が完全に負けているのを理由に上目遣いで頼み込めば、大抵何とかなるもんだよ。飛鳥が何か納得したように此方を見て頷いている。

 店員が一瞬目を見開いて体を強張らせたが、すぐにハッとして俺に目線を合わせるように屈んで頭を撫でてきた。あれ?想像してたのと違う。

 「……仕方ないですね。今回はこの坊ちゃんに免じて、特別ですよ?」

 そう言う店員の目は熱く潤んでおり、若干顔も赤いし息も荒い。さっきまでつっけんどんとしていた感じは何処にもなく、鈍感主人公なら「風邪気味なのかな?」とか言いそうな雰囲気である、が。生憎俺は違う。

 …あ、この人子供が好きなんだ。寒気にぶるっと震えれば本能的に身の危険を感じて、黒ウサギへ通してくれる旨を伝える方便で即座に逃げ出した。

 だが、

 

 「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィ!」

 俺が走るよりも速く、黒ウサギは店内から爆走してきた着物風というか着物の服を着た真っ白い髪の少女に抱きつかれ、もしくはフライングボディーアタックされ、クルクル~とまるで漫画のように空中四回転半捻りして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。

 「きゃ──……!」

 ボチャンという水に落ちる音とドップラー効果よろしく遠くなる悲鳴。十六夜達は目を丸くし、店員は痛そうな頭を抱え、俺は流れるような一瞬の事に固まった。

 

 「……おい、店員、この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」

 「ありません」

 「なんなら有料でも」

 「やりません」

 真剣な表情でアホらしい交渉を繰り広げている十六夜と女性店員。一方、突然黒ウサギを強襲してきた白髪の幼女は彼女の胸に顔を埋めて擦りつけていた。

 「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

 「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろう!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うの!ほれ、ここが良いかここが良いか!」

 セクハラである、見紛う事なきセクハラである。

 この世界には変態しかいないのだろうか?

 「し、白夜叉様!ちょ、……いい加減に離れてください!」

 白夜叉と呼ばれる変態幼女を無理矢理引き剥がし、力任せに頭を鷲掴みにして店に向かって投げつける。そして先程の黒ウサギの如く、派手に回りながら飛んで来たのを十六夜が足を振り上げて止める。

 「がふぅん!」

 足の裏が丁度幼女の腹に決まり、地面に落ちた。

 だが、それに少しも痛がる様子がないのはこの幼女がとんでもなく強い大物だという証拠でもある。黒ウサギから得た情報では【サウザンドアイズ】は箱庭全域に店舗があるらしいから、これはいきなり当たりを引いたかな?

 

 「お、おんし…飛んできた初対面の美少女をボールのように足で受け止めるとは!おんし一体何様じゃ!」

 「十六夜様だぜ。和風ロリ」

 どうやら十六夜から見ても彼女は少女というよりも幼女らしい。白髪ではなく和装に目が向いた様だが。

 一連の流れで呆気にとられ固まっていたが、一番早く飛鳥が復活して白夜叉に話しかける。

 「貴女がこの店の人?」

 「おお、そうだとも。この【サウザンドアイズ】の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

 「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 軽いセクハラを挟みながら戯けた様子で俺達の反応を観察してくる白夜叉に、あくまで冷静な声で女性店員が釘を刺す。

 このコンビはわかっててやってるのか?

 「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて」

 「因果応報……かな」

 『お嬢の言う通りや』

 悲しげに服を絞る黒ウサギ。反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で俺達を見回してニヤリと笑った。

 「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は……遂に黒ウサギが私のペットに!」

 「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。その反応にすらケラケラと笑って、何処まで本気かわからない白夜叉はやっと店に招く。

 「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

 「よろしいのですか?彼らは旗を持たない【ノーネーム】のはず。規定では」

 「【ノーネーム】だとわかっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 ムッと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がない事だろう。しかし、思い出してみてほしい、この店員も一度は俺達を特別に、迎え入れていたのだ。だから彼女が文句を言える立場ではない。

 そんな女性店員に睨まれながら暖簾を潜った俺達五人と一匹は、店の外観からは考えられない不自然な広さの中庭に出た。

 和風の中庭を進み縁側で足を止める。障子を開けて招かれた場所は香のような物が炊かれており、風とともに俺達の鼻をくすぐる。

 正面玄関を見れば、ショーウインドウに展示された様々な珍品名品が並んでいる。

 「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 それは別に構わない、と全員が個室と言うにはやや広い和室の部屋に入ると物珍しさからか視線を周りに向ける。…【サウザンドアイズ】は問屋か卸売りの店なのだろうか?

 もし、ギフトが売買できるなら鑑定すると言っていたし可能性もなくはないが…。

 肘掛けを用意して上座に置かれた少し大きめの座布団に座ると白夜叉は、大きく背伸びをしてから十六夜達に向き直り、俺達の分の座布団も用意して対面に座らせた。気がつけば彼女の着物はいつの間にか乾ききっている。

 「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている【サウザンドアイズ】幹部の白夜叉だ。そこの黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 「はいはい、お世話になっております本当に」

 先程のことを根に持っているのか投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。話からして恩人の様だが、いくら何でもその態度はないと思う。その隣で耀が小首を傾げて問うた。

 「その外門、って何?」

 「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が棲んでいるのです」

 黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれており、同時に外側から七桁の数字を書き足していく。

 その図を見た問題児達は口を揃えて、

 「……超巨大タマネギ?」

 「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

 「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 うん、と頷き合う彼らを見てガクリと肩を落とす黒ウサギ。だが対照的に白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 「ふふ、うまいこと例える。ならば、おんしらが今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は『世界の果て』と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったモノ達が棲んでおるぞ──その水樹の持ち主などな」

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのは十六夜があの滝にいたと話していた自称蛇神の事だろう。

 「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」

 「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。

 「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?ではその童は神格持ちの神童か?」

 「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」

 「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」

 「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 何やら知らない単語が飛び交い俺達が置いてぼりになっている。それにしても何百年ってことは変態幼女白夜叉も既におばあちゃんなのか。これが本物のエタロリ、ロリババアってやつなのか。

 そんなくだらないことを考えていると、十六夜が物騒に瞳を光らせて問い質す。

 「へえ?じゃあオマエはあのヘビよりも強いのか?」

 「ふふん、当然だ。私は東側の『階層支配者(フロアマスター)』だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)なのだからの」

 「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

 「無論、そうなるのう」

 「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 俺以外の三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて扇子越しに不敵な笑みを浮かべている白夜叉を見る。

 「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

 「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」

 慌てる黒ウサギを右手で制したのは当然白夜叉だった。

 「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

 「ノリがいいわね。そういうの好きよ」

 「ふふ、そうか。──しかしの、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

 「なんだ?」

 

 

 「おんしらが望むのは『挑戦』か──もしくは『決闘』か?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。