IS-理外の観察者 (SINSOU)
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1話

少年は公園にいた。

普段は子供や大人の声で活気のある公園も、少年が揺らすブランコの音だけが響く。

空は赤と黒に染まり、電灯にぼんやりと灯りが燈りだす。

じきに夜になろうというのに、少年はブランコから離れようとしない。

少年は顔を下に向け、力なくブランコを揺らす。

唇はギュッと噛み締められ、目には涙が滲んでいる。

それでも、少年はブランコの鎖を握り、その場から離れない。

 

ふと、少年は自分が見られているような気がして顔を上げた。

すると突然、目の前に女性の顔が現れ、少年は声を上げて驚いた。

 

「うわぁ!」

 

その拍子に、少年はブランコから転げ落ち、地面に尻もちをついた。

 

「いたた・・・」

「少年、何してるのー?」

 

痛みにうめく少年にかけられたのは、力が抜けるような、間延びした声である。

ズボンに付いた土を払いながら立ち上がり、少年は女性を睨みつけた。

 

「なんだっていいだろ・・・!それよりあんた誰だよ」

「通りすがりですが何か?」

 

驚いた気恥ずかしさと、痛みの苛立ちで声を荒げるも、目の前の女性は気に留めた様子もない。

 

「通りすがりだか知らないけど、俺のことは放って・・・」

「少年は、もしかして家出かい?」

「!!」

 

その言葉に、少年はびくりと身体を振るわせた。

 

「なんで・・・」

「何となくそう思ったから。でも当たりの様だねー」

 

少し怯えた少年の言葉に、女性は気だるげに答えた。

 

「で、少年はどうするんだい?」

「・・・え?」

 

女性からの唐突な質問に、少年は少し呆けた。

 

「家出にしても、何も持たず、野宿するには少し厳しい服装。

 食べ物はないし、お金ももってなさそう。

 この寒い季節にそれは馬鹿のすることだ。家出するなら準備くらいしなさい」

「えっと・・・ごめんなさい」

 

傍から聞いたらおかしい説教なのだが、少年は流れで謝ってしまった。

 

「よしよし、失敗は誰にでもあることだ。

 では、反省と教訓を得たご褒美に、今日はうちで寝ていいよ」

「は?」

 

唐突な提案に、少年の思考は止まった。

 

「せっかく一つ学んだのに、それを生かさないのは罪だ。

 それに、この寒空に少年を放置するほど私は鬼でも畜生でもなく、一応人間なので」

「え?え?」

 

未だ混乱している少年の手を女性は握り、そのまま引っ張って歩き出す。

 

「あ、でも家族が来たら説明はしてね。私、捕まりたくないから」

「えっと・・・解りました」

 

公園から数分ほど歩き、住宅から少し離れたところで、二人は一軒の屋敷に着いた。

屋敷は年代を感じる趣きを持ち、木々がそれを囲むように茂っていた。

はっきり言って幽霊屋敷さながらである。

 

「どう?私のおうち」

「うわぁ・・・」

 

門前で、屋敷を示す笑顔の女性とは逆に、少年の顔は引き攣っていた。

 

「さぁさぁ、一日だけとはいえ君の家だ。存分にくつろぎたまえ」

「お、お邪魔します」

 

女性に促されるように、少年は屋敷へと入っていく。

ふと、女性は何かに気づいたように少年に振り返った。

 

「そういえば、少年の名前を聞いてなかったね。私はみやこ、如月(きさらぎ)みやこ。

 気軽にみやこ姉さんと呼ぶといい」

「何か余計なものついたよね!?えっと俺・・・一夏、織斑一夏・・・です」

「オリムライチカ君・・・か。それではイチカ少年、今日一日だけだがよろしく」

 

一夏のツッコミを聞き流しつつ、如月は笑顔で手を差し出す。

 

「えっと・・・よろしくお願いします」

 

これまでの如月の言動に戸惑いつつも、一夏はその手をとった。

 



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2話

目が覚めると知らない天井だった、ってよく聞くが、

目が覚めると少女が土下座してた、ってのは滅多にないと思う。

プルプルと震えているのが窺えて、私が動くとビクッとなる。

ナニコレすっごい可愛いし、弄りたくなる。

 

気が付いてぐるりとまわりを見渡したら、天井も床も壁も白、白、白と白一色。

ちょっとこれは部屋としてはダメでしょ、頭が痛くなってくる。

 

とりあえず、目の前で震えている少女に声をかけてみた。

 

「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

声をかけられてびっくりしたのか、少女の声から悲鳴が飛び出した。

悲鳴というには、高周波が出たんじゃないかと思うほどの声だったが。

一瞬、意識を失いかけたがなんとか耐え、プルプルと震える少女に改めて声をかけた。

 

「す、すみません!いきなり声をかけられてびっくりしまして・・・」

 

なるほど、いきなり話しかけたのは拙かったみたいだ。取りあえず謝っておこう。

 

「い、いえ!気にしないでください!私、こういう性格ですから!

 それに元はと言えばこちらのミスでこうなったので!それで・・・あの・・・その・・・」

 

下を向いてモジモジする少女に胸きゅんと嗜虐心を焚き付けられたが、何とか抑えた。

よし、私の理性は本能に勝ったのだ。

 

それはさておき、白一色の部屋に、少女に私だけの状況。

何とも申し訳なさそうな表情と、まるで悪いことをしたことを告白するのような少女の姿。

そして私自身の知識を掛け合わせたことで、私の頭にはある結論が出た。

震える少女に確認するように、私は事もなげに言った。

 

「私、死んだんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から入る陽の光を目に、雀の囀る声を耳に受け、私は重い瞼を上げた。

真っ先に見えたのは自分の書斎の机であり、数々の本が積み上げられている。

どうやら、夜の読書中に寝てしまったらしい。

机にもたれかかって寝たことで、身体が酷く痛む。

痛みを堪えながら、椅子に身体をあずけて大きく伸びをする。あ、何か嫌な音がした。

よ・・・よし、ようやく頭が冴えてきた。取りあえず、朝ご飯でも作りますか。

 

まぁそれにしても、これまた懐かしいものを見たな。

私は今朝に見た夢の事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

私の名は如月みやこ。俗にいう転生者というものだ。

神様のうっかりで殺されてしまい、その代わりとして、別の世界での生を与えられた存在だ。

なんでも、ここ最近の神様のうっかりは酷いらしく、一日で数十人ほど死んでいるらしい。

私もその犠牲者なのだが、なってしまったものは仕方ないと諦めた。

後悔としては、両親や祖父母に子供と孫の顔をみせられなかったことだが。

 

話を戻すが、神様の誤りで死んだ事による対応として、

犠牲者は本人の望む世界に転生できることになっている。

転生せずにそのまま成仏することも出来るが、そんな人はまずいないらしい。

かくいう私も、転生を望んだので何とも言えないのだが。

そして転生する際に、みな各々の望む力を与えられて転生できる。

もちろん、私も力を得て転生した。比較的安全そうな世界をお願いして、だ。

 

私が転生した世界は、昔に流行っていたインフィニット・ストラトスという小説らしく、

内容としては、鈍感主人公と美少女たちのハーレムラブコメ+ロボット?の世界と聞かされた。

まぁ、私は別に主人公と恋愛がしたいとか、ヒロインたちに関わる気はなかった。

むしろ、主人公たちに関わらないことで、平穏な生活を画作していたのだ。

誰だって、好き好んでトラブルに首を突っ込む奴はいない。

つまり、主人公らに出会わなければ自分の平穏な生活が約束される、と私は思っていたのだ。

 

ところで、人間は死にかけたりすると死生観が変わるというが、あれは本当のようだ。

実際、私の考えはがらりと変わったのだから。

一度死んで転生したことで、私は前世で出来なかったことに挑戦し続けた。

図書室の読書制覇や、部活への取り組み、多岐に渡る分野にも興味を広げた。

学校を卒業してからは、更に分野を広げ、図書館制覇等に勤しんだ。

自分に与えられた能力も相まって、思い返すと一種の怪奇的なナマモノと化していたと思う。

その後も数々の挑戦による結果、気付けばある種の有名人になっていた。

目立ち過ぎたと思った私は、すぐさま故郷から逃げるように引っ越し、

遠くの静かな町に住むことにした。

 

私の新たな家は、住宅地から少し離れた場所に建った、古き歴史のありそうな民家で、

周りは木々に囲まれ、草が生い茂っていた。

どう見ても人が住みそうもない雰囲気を醸しつつ、かといって人が住めない程壊れてもいない。

むしろ外見と反するように、中はしっかりしていた。

ひっそりと過ごしたい私の想いとしては、まさに完璧すぎて部屋の中で小躍りした程だ。

さっそく補修工事をお願いし、必要な雑貨に日用品を揃え、

実家から持ってきた趣味のモノや、機材に本を運び込んだ。

これで私の平穏人生が再び訪れるのだー!と自室で喜びで叫んだことは黒歴史である。

 

そうして新たな門出として、豪勢な食事にしようとスーパーで鍋の材料を買い出し、

早く帰ろうとして公園を横切ろうとした際に、ブランコを揺らす男の子を見つけた。

歳は見た目からして小学生で、この寒い季節なのに半袖に半ズボン。

そして夜も更けていたというのに、まるで石のように動かない。

 

こんな寒空に未だ家に帰らないとは、随分と遊びたがりの子だ

 

そう思って足早に去ろうとするも、どうも私はダメだった。

見つけた小さな子を外で置き去りにするほど、私は自分勝手になれないようだ。

 

どうして、こう・・・厄介事を見つけてしまうんだ

 

内心で自分を毒づきながら、私は少年へ足を運び、声をかけた。

 

「少年、何してるのー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の意識を夢の回想から現実に戻し、私は台所で朝食を作る。

焼きたてのパンにサラダ、ベーコンエッグにスクランブルエッグ、

飲み物はオレンジジュースと至って普通の朝食だ。

ぐうぐうとなるお腹を宥めつつ、朝食を食べようとした時に、家のチャイムが鳴った。

時計を見た私は、指し示された時間に疲れを感じた。

 

あー、もうそんな時間なのね、まったくタイミングの悪い・・・

 

手にした箸を戻し、空腹を我慢しつつ玄関の方へ向かう。

玄関の鍵を外し、私は戸を開けた。

 

「みやこさん、おはようございます!遊びに来ました!」

 

私の目の前には、偶々助けたブランコの少年である織斑一夏が、

目が眩むほどの輝かしい笑顔をみせていた。

 



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3話

玄関で眩しい笑顔の一夏少年を前に、私は空腹も相まって内心げんなりしていた。

かといって、「帰れ」と言ってその笑顔を曇らせる方が、私にとっては苦痛だ。

 

「まだ私は朝食を食べていないんだが・・・とりあえず上がり給え」

「お邪魔します!」

 

多少の溜息を吐きつつも、私は一夏を家に上がらせた。

とりあえず、一夏少年にオレンジジュースを入れたコップを渡し、

私が食べ終わるまで待ってもらう。

冷めてしまった朝食を口に運びつつ、私は目の前の一夏少年に目を運ぶ。

渡されたオレンジジュースを飲みながら、彼は私を笑顔で見ていた。

家出少年一夏の出会いから、彼がこうして私の家に訪れるようになったのだ。

 

 

彼を拾った一夜に関しては、私は嫌でも記憶に残っている。

 

 

一夏少年を家に招いた後、私はすぐに織斑家への電話をした。

内容は、一夏の保護と一日の御泊り、そして翌日のお迎えだ。

出かけていたのか電話には誰も出ず、仕方がないので留守番に残す。

 

家に上がらせた一夏少年は居間に座らせ、

私は買ってきた材料で予定だった鍋の準備をした。

実家から持ってきた土鍋に、

白菜、人参、椎茸、豆腐、葱に鶏肉、鶏団子と、具材を入れて煮込む。

食器は、自分用の器に箸を用意し、彼には来客用を渡す。

大体煮込んだと思った鍋を居間に持っていき、食事にすることにした。

 

「さぁ、食べようか」

「・・・いただきます」

 

警戒か、それとも家族以外の食事に戸惑ったのか、始めは躊躇していた一夏少年だが、

食欲には勝てなかったのか、次第に箸が進みだした。

その必死な姿に私は何も言わず、自分も箸を動かした。食材が消えるの早いよ。

そんな真剣勝負の食事を終えた後、食器を片づけようとしたら、

彼が進んで洗い場に持っていき、食器を洗ってくれた。

曰く、「お世話になるのに、自分だけ何もしないのは嫌だから」だそうだ。

 

食事を終えた後、私と一夏少年は居間で時間を過ごす。

彼は何も言わずこちらを見つめ、私はそれに気づきつつも本を読む。

そんな無言の空間に耐えきれなかったか、一夏少年が口を開いた。

 

「何も、聞かないんですね」

「言いたくない事を聞く気もないからね」

「どうして俺を助けたんですか」

「見捨てたら、私が嫌になるからだ」

「変な人ですね」

「自分でもどうしようないがね」

 

そんな言葉を交わす内に、一夏少年は語りだした。

 

彼には両親がおらず、年が上の姉がいるだけで、

親のいない自分を必死に育ててくれているらしい。

その姉は何をしても優秀で、彼も誇りに思っている。

しかし、それ故にトラブルは起きるようで、

姉を信奉した人間等に、一夏少年はばれないように暴行を受けていたようだ。

そんな中でも、彼は姉を心配かけまいと耐え抜いた。また、決して負けないことを決めたようだ。

 

だが、それでも限界はやってくる。

 

彼の姉は、お金を稼ぐために終始バイトをしていたようで、家に帰るのは夜中。

当然、一夏少年は一人で夕食を食べ、姉が帰る前に寝てしまう。

会話は朝の食事だけで、それはお世辞にも会話とは言えなかったという。

そんな生活を続けた結果、彼の心に淀みが生まれる。

 

「自分のせいで姉が苦しんでいる」「姉のせいで自分は虐められる」

「自分がいるから姉は苦しむんじゃないか?」「姉がいるから自分は苦しむじゃないか?」

「俺は姉に助けられる人間じゃない」「姉は皆に言われるような人間じゃない」

「俺なんか・・・!」「姉なんて・・・!」

 

結果、一夏少年の心は爆発し、自分への情けなさと、姉への憎しみで家を飛び出したという。

その後、気がついたら公園にいて、私に拾われたということだ。

 

全てを話し終えた一夏少年は、私の言葉を待つ。

だが、私にはそれについて何も言えない。なぜなら、それは彼の答にならないからだ。

故に、私はこう言った。

 

「君はこれからどうしたいの?」

 

私の言葉に、彼は終始黙っていたが、吐くようにつぶやいた。

 

「俺、どうしたらいいか判らないんです。

 俺は千冬姉を誇りに思ってる。でも、一方で千冬姉を憎んでる!

 どうしようもないんです!

 だから俺、千冬姉と一緒にいる資格なんて無いと思う、でも、千冬姉と別れるのは嫌だ!

 本当にぐっちゃぐちゃになって、わけわからなくて・・・」

 

頭を抱えて叫ぶ一夏少年に、私はもう一つ聞いた。

 

「その思いを、君はお姉さんには言ったのか?」

「言えるわけ・・・ないじゃないですか」

「そうか、君は馬鹿だ」

「え・・・?」

 

私の言葉に彼は呆けた顔になるが、気にせず私は続けた。

 

「人間、例え家族だろうと、仲良し子良しは難しい。なぜなら相手の心なんて解らないからだ。

 もちろん、家族なんて!と否定するわけじゃない。

 だが、生きているならば、例え仲良しでも、家族でも憎しみを持つなんて普通だ。

 別に、姉をちょっと嫌いになっても仕方がない事だよ。それに、」

 

「いくら姉に心配をかけまいと耐えたところで、君の姉は気付かない。

 なぜなら、君が話さないからだ。いくら耐えても、我慢しても、君の姉はそれを知らない。

 それで君が壊れてしまったら、君の自業自得だ。

 そして君の姉は自分を責め続けるだろう。どうして気付いてやれなかったのか、と」

 

「だから、もう耐えるのは止め給え、そして君の想いを姉にぶつけたらどうだい。

 それで喧嘩になって別れても、私にとっては君が壊れるよりかはましだ。

 まぁそうなったら、私のところに来ると良い。一人増えたところで、部屋はまだある」

 

私の恥ずかしい説教まがいの言葉に、一夏少年は黙ったまま俯いた。

 

「すまん。すこし説教まがいなことをいった。一応、参考程度にしておいてくれ。

 とりあえず、隣の部屋に布団を敷いておくから、今はゆっくり休め」

 

そう言い残し、一夏少年を残し私は居間を後にした。

 

 

 

 

 

 

何を言ったんだ私はー!馬鹿かー!

 

私は部屋に戻った後、自分の行為に自己嫌悪になった。

何故、人の家庭問題に説教まがいなことをしたんだ!大きなお世話というものじゃないか!

私の行為は言うならば、家庭の事情を聞いただけで、

勝手に自分の考えを押し付けてくる奴と同じじゃないか。

ああ、彼は傷ついていないだろうか。気にしてなければ良いけど、駄目だよなー。

本当にどうしよう・・・。

 

そうして、ベッドの上で頭を抱えていると、家のチャイムが鳴った。

はて、新聞の集金は午前に来たし、牛乳配達はお昼に来た。

もしや泥棒か。いや、ならチャイムなんて鳴らさないよね。

そうした様々な思考を巡らせながら玄関に向かい、私は鍵を開けた。

 

 

 

 

 

 

すると目の前には、学校の制服を纏った女の子が木刀を携えて立っていた。

 

 

 

 

 



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4話

玄関を開けたら、木刀を携えた女学生がいた。

想像するとえらくシュールな光景だが、実際に自分の身に起こるとその考えは変わる。

なんと言うか、痛い。色んな意味で痛い。

目の前の女学生から放たれる殺気が痛い。

もう目なんて、私を射殺そうとするほどに鋭いのだ。

 

しかし、自分は目の前の少女に殺意を抱かれることは記憶にない。

なにせ、こっちに引っ越したのは少し前で、この家に住むのは今日からだ。

その間に、目の前の少女に出会ったことも、すれ違ったこともない。

なら、何でそんなに私を睨むんですか。

 

「おやおや、こんな夜中に珍客だ。押し入りならここにはお金はないよ」

「・・・・・・」

 

私の言葉に少女の目は更に細くなる。あら、冗談通じないわこの子。

 

「ふむ、黙ったままではこちらも困るんだが。この家に何か用かい?」

「・・・・・・弟を返せ」

 

少女の言葉に、私は合点がいった。

どうやらこの少女は一夏少年のお姉さんのようだ。

顔に目を移せば、なるほど、確かに顔立ちは一夏少年と似ている。

しかし、弟を返せとはどういうことだ。留守電に連絡を入れたんだが。

この様子だと、留守電を聞いていないようだ。

 

さて困った。私は約束を破るのは好きではない。

一夏少年に、今日はここで寝なさいと言った手前、

「お姉さんが来たから帰れ」と言いたくはない。

 

それに、さっきの一夏少年の話を聞いた後では、

今の一夏少年に彼女を合わせるのは非常にまずいだろう。

姉との関係に悩んでいる一夏少年に、野生の母熊の如く殺気塗れのお姉さん。

下手すれば、私の家で喧嘩を起こす。そうしたら私の家が壊れる。

 

「すまないが、今は君を一夏少年に会わせるわけにはいかないよ。

 留守電に入れたが、彼は私の家で休むことになった。お迎えは明日にしておくれ」

 

ここは穏便に帰ってもらうことにしよう。

お姉さんも解ってく「一夏を、かえせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」れなかったよ。

絶叫にも似た声で、織斑姉は私に木刀を振り下ろした。

 

私は身体を左にずらし、振り下ろされた木刀を避ける。

風を切る音を耳にし、私は内心ビビる。当たったら痛いってレベルじゃない。折れる。

私が避けたことに織斑姉は一瞬顔を呆けるも、距離を取るためか、一気に後ろに跳ぶ。

私は、それを見ながら、ゆっくりと玄関をくぐって外に出る。

 

正直、どうしてこうなった、としか思えない。

家出少年を家で保護したら、少年の家族に殺されかけたのです。

明日迎えに来てって言ったのに、その対応はあんまりです。

ちょっと私は少し怒りました。

とりあえず正当防衛ってことで、おしりぺんぺんの刑にしちゃる。

 

とはいえ、家の中で暴れられるよりかはマシだが、外に連れ出されたことには正直辛い。

広くない家の庭だが、子供がヒット&アウェイするには十分な広さだ。

それに私は、あまり運動が得意ではない。

身体を動かすのは好きだが、運動能力はそこそこでしかない。

年齢の差にしても、運動万能らしい織斑姉と比べれば、

体力的にも、運動能力的にも、長時間の運動はきつい。それに、

 

「もう一人出てきなさいな。見てるんでしょ?」

 

感じるのだ。目の前の狼の他に、私を見ているもう一人の視線が。

 

「ちーちゃ~ん、この人すごいよ~。私のこと気付いちゃった~」

 

甘ったるい声が聞こえると、ちーちゃんと呼ばれた織斑姉の隣から、もう一人女学生が現れた。

腰までかかる程に長い、紫がかった髪を流し、

人を馬鹿にした・・・いや、そもそも私を認識してないだろう、澄んだ目をしていた。

 

「どういうことだ、束。お前の姿は見えないんじゃなかったのか」

「唯の馬鹿にはそうだよ~。でも、こいつは気が付いた。つまり、普通じゃないよ」

 

束と呼ばれた少女は、私を(モルモット的に)興味深そうに見つめてきた。

おい、普通じゃないってなんだ。私はれっきとした普通の人ですよ!

 

「私はこれでも普通の人間だよ、女学生さんら。

 もう真夜中に差し掛かるのに、学生の夜遊びは厳禁では?」

「遊びじゃない。さっさと弟を返せ」

「じゃないと~、すっごい痛い目に合わせちゃうぞ~?」

「ほう、私に怪我をさせる気満々ね。これで正当防衛は成立かな」

 

私の言葉に、二人は細い目を更に細めた。あーあ、怒っちゃったよ。

そして彼女らは、私に向かって走り出した。

 

 



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5話

振り下ろされる木刀を左右に避け、薙ぎ払いを上体逸らしで躱す。

足払いは、跳躍で避けて距離を取ろうとするも、

跳躍中に一気に距離を詰められて効果なし。

 

うん、空気を斬る音が怖いです。あ、ちょっと髪が掠った。

先ほどから繰り出される攻撃に、私は最小限で必死に避ける。

織斑姉は怒りのせいか、殺気が駄々漏れな上、ちょっと大振りしております。

これは実戦ではダメなパターンです。

怒りで強くなるのは力だけで、故に力任せになって攻撃予測がしやすい。

だから助かっているんですけどね!

でも当たったら大けがなんで、どっちみち私は必死なんですよ!

 

先ほどから織斑姉の攻撃を避ける中、私はもう一人の少女を探す。

私の方に走ってきた織斑姉と束と呼ばれた少女だが、

途中で束という少女の姿が消え、今は織斑姉しか見えない。

だが、私には微かに視線を感じる。隙あらばこちらを狙う視線が。

 

戦いにおいて、数というのは馬鹿に出来ない。

ゲームみたいに、1000人を吹っ飛ばして真の〇〇無双だ!なんてのはそうそうありえない。

ゲームにしても、下手をすれば数に負けるのだ。

まして現実では、動けば体力は勝手に減り、回復アイテムなんて無い。

 

話を戻すが、1対2というのは厄介である。

なにせ、2人になれば役割分担が出来るからだ。

片方が攻め、もう片方がその隙を狙う。これだけで、相手は2人に気を配らなければならない。

故に見えているだけでもその威圧感は凄まじい。

ましてや、こっちは相手の姿が見えないのだ。いつ襲われるのか予測がつけられない。

そんな状況を、かれこれ数十分ほど繰り広げているので、

私の精神力と体力はほぼ空に近いです。

正直、今すぐお布団に入って寝たいです。多分、8時間は寝れると思う。

 

流石に織斑姉も体力を消耗したのか、動きに張りもなければ、キレもなくなっていた。

木刀を振る速さも遅くなり、一振りごとに肩で息をする。

それでも私を見る眼だけは、決して私を見逃さず、射殺すように輝かせている。

今この人、精神が野生に帰っているんじゃないでしょうか。

 

もはや私自身の体力もきついので、私は逃げるのを止め、カウンターを決めることにした。

狙うは織斑姉の右手が握っている木刀。それを手から離せば、彼女の攻撃手段はなくなる。

私は、ちょうど彼女が振り下ろしてきた木刀をギリギリで避け、

その勢いを利用し、木刀めがけて全力蹴りを放つ。

木の折れる鈍い音が聞こえ、織斑姉の右手に目を移せば、

木刀は持ち手を残して綺麗に吹き飛んでいた。

私は、呆然とする織斑姉に駈け寄り、お腹に拳をめり込ませる。

空気の塊が抜ける音を口から発しながら、織斑姉は倒れた。

 

やった!これで織斑姉は無力化できた!

この状態からして、この子はしばらくは動けそうにないだろう。

あとは隠れているもう一人を見つけないと。

 

そう思い、ふと気を許した瞬間、私は地面に崩れ落ちた。

 

あ・・・れ・・・身体が動か・・・な・・・い・・・?

 

私は急に動かない身体に戸惑い、目を動かして身体を見ると、両手足に針が刺さっていた。

 

「いや~すごかったよ~。まるでカンフー映画みたいな攻防戦!

 怒り狂ったちーちゃんとまともに戦える人が存在していたなんてね~。

 最後の蹴りなんて、束さんもびっくりしたよ~?」

 

耳に残る甘ったるい声が聞こえると、私の後ろから今まで姿を消していた少女が現れた。

少女の右手には、4本もの針が、月光を反射して光っていた。

 

「でも、気を許したのが運のつき~。束さん特製の麻酔針、威力は身を持って実証済み。

 しばらくは動けないから、そこで無様に地面を這っててね~」

 

そう言うと束という少女は、倒れた織斑姉を抱き起し、

倒れた私を一瞥して、我が家に向かって行く。

 

おのれ!不意打ちとは卑怯なり!あと私の家に土足で入らないよね!?

土汚れって綺麗にするの大変なんだよ!? 

 

そんな私の思いを知ってか知らずか、二人は私を尻目に歩き出す。

もはや興味もないという風に。

 

このままでは家が土足で汚れる上に、一夏少年との約束を破ってしまう。

両方とも、それは私にとって我慢ならない。

ならば私も『奥の手』を使わせてもらうからね!

私は神様から貰った特典を、一気に、全力で、稼働させる!

 

私は、麻酔針が刺さったまま音もなく立ち上がり、背を向けた二人に一気に走って突進。

私が動けたことに驚いたのか、少女束は目を見開いて動きを止める。

その数秒が唯一の避けられた時間を失くし、私に弾き飛ばされる少女束の右手から針を奪い、

地面に落ちた彼女に、彼女ご自慢の針を私がされたように両手足に突き刺す。

 

「な、なんで・・・?」

「大人って恐いのよ?お勉強になったわね」

 

今起こった事に理解が及ばず、ただただ混乱している少女に、私はそう呟いた。



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6話

さてさて、私の目の前には二人の少女がいる。

一方はお腹を押さえてうずくまり、

もう一方は昆虫標本のように、両手足に針を刺されて動けない。

ふふーん、私の家に土足で踏み込むような人々にはいい気味でございます。

といっても、二人を抑えるために私は満身創痍なんですがね!

針が刺さったままですからすっごい痛いです!

 

さてさて、私は警告しましたよね?

正当防衛ということで、レッツケツたたきだオラァ!

では物置小屋に移動しましょう。

二人を背負っていくのは大変なので、引き摺っていきましょう。

おっも!こいつら重過ぎ!見た目に反して重いぞこれ!?

何を食べたらこんなナリして重いのよ!

あ、私が非力なだけか!どうでもいいや!

 

イタイタイタイタイ・・・と聞こえてくるも、私は無視して物置小屋まで引きずる。

不審者を物置小屋にshoot!超!exhausted!

馬鹿やってないでさっさと準備をしますか。

物置小屋に引き摺られ、これから何をされるか解らない恐怖か、

少女束は必死のもがくこうとするも、自分に刺さった針で動けない。

織斑姉はまだ再起動できない御様子。

 

はいはーい、じっとしててねー。縛っちゃうからねー、暴れないでねー。

いやー、まさか昔読んでいた『自縛自縄、誰でも出来る縛り!』が役に立つとは思わなかった。

とりあえず、織斑姉は手首と足首を縛り、少女束は海老反りにしますか。

私はニタニタと笑いながら、二人をせっせと縛り上げる。

私は作業を終えると、縛った二人の目の前に椅子を用意して座り、

千冬姉が起きるのを待った。

 

そして数分後、再起動した織斑姉は自分の状態に目を見開く。

そりゃ気付いたら縛られてました!って驚くよね。

そして隣で沿っている少女束を見て更に目を見開く。

 

「白雪姫はお目覚めかね?また暴れられても疲れるから縛らせてもらったよ。

 ああ、そんな目で睨まないでくれ。私だって自分の命は護りたいのだ。

 危険な存在を放置するわけにはいかないだろう?」

 

私を睨みつける織斑姉を薄笑いで応えるが、内心では心のガラスにヒビが入ってます。

 

「さて、こうしてゆっくりと話が出来るようになったわけだが、

 とりあえず私の話を聞いてくれないか。

 こっちとしては、いい加減話を聞いてくれない苛立ちが生まれてきているのでね」

 

少し真顔で言うことで、相手に注目させる方法です。成功してガッツポーズ!

 

「玄関でも言ったが、私は君の家に留守電をしておいたわけだが、

 それは間が悪かったのか、聞いてもらえなかったようだ。それは別にいい。

 問題は、一夏少年を君に渡せないという方だな。

 正直に言えば、一夏少年は今悩んでいる。織斑姉、君との関係でね」

 

「なんだと!?」

 

私の言葉に織斑姉は驚く。そりゃ知らない訳だからね。

 

「君は随分と優秀なようだ。一夏少年から君の話を聞かせてもらったよ。

 文武両道を絵に描いた人、という印象だった。

 一夏少年も誇らしげだったよ」

 

なぜか頬を赤らめる織斑姉。

 

「だがその結果、一夏少年は周囲からいじめを受けていたようだ。

 優秀である君(姉)と較べられてね」

 

「嘘だ!一夏はそんなこと私には」

 

「そう、言っていない。言えるはずがない。なぜなら迷惑をかけたくなかったら。

 だが、それでも限界はある。

 たまりにたまった苛立ちや鬱屈した感情は、次第に君を恨むようになっていった。

 そして自分を責めてね、自分は姉に相応しくないと思って家を飛び出したらしい」

 

「そんな・・・」

 

私の言葉に項垂れる織斑姉。まぁ、そうだよね。弟が自分せいで苦しんでいると知ったんだから。

 

まあ、本番はここからだ。

 

「それで、今度は君のことを話してくれないか、織斑姉。

 私から見るに、君は弟の一夏少年を大切にしているのだろう?

 君の話し次第で、私に出来ることがあるかもしれんからな」

 

私の言葉に、織斑姉は睨みつけながらも、

自分が一夏をどれほど大切にしているのかを語った。

 

両親がいなくなり、姉と弟で生きていくしかないと決まった時、

自分が一夏を守らなければならない、と決意したこと。

お金を稼ぐために多くのバイトをし、一夏を寂しくさせていた後悔の想い。

そうしたことを織斑姉は語る。

ちょっと後半からヤバい雰囲気になりそうだったので話を切り上げさせたのは内緒。

 

「う、うん、君が弟をどれだけ愛しているかは理解出来た。

 故に、今日は帰ってくれないだろうか?

 一夏少年のことを思うのならば、彼に考える時間を与えてほしい。

 そして、家族で話し合ってほしいのだ。これは私からの頼みだ」

 

私は織斑姉に頭を下げた。

 

「どうしてそこまでするんですか。赤の他人だというのに」

 

「公園で拾った時点で、彼と私は赤の他人ではないんだよ。

 それに、苦しむ人を見捨てるのは気分が悪い」

 

織斑姉は「感謝します・・・」と呟くも、私は聞こえないふりをしておいた。

 

「さて、それでは尻叩きの方を始めますか!」

「「え?」」

 

私の唐突な発言に目を点にするお二人。

 

「私は君たちに言いました。暴れるなら正当防衛で尻を叩くと。

 故に、今から行うのは拷問でもなんでもありません。

 正当防衛で戦いに勝利した特権です」

 

「あの、許してくれるんじゃ・・・」

 

「だまらっしゃい!人の家に土足で入ろうとするわ、話を聞かずに襲ってくるわ、

 針をぶっ射されるわと許せる範囲を超えているんだよ。

 というわけで、覚悟しなさい。お二方?」

 

「「イヤー!」」

 

その夜、偶々起きた一夏少年は、どこからか何かを叩く音と叫び声に驚き、

一目散に布団に戻ってガタガタ震えていたらしい。

 

 

 

 

 

 



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7話

こうしてお尻ぺんぺんした後、私はびくんびくんしている織斑姉と少女束の縄を解き、

二人を背負って家へ運び、一夏少年とは別の部屋に、お布団を引いて放り込んだ。

 

いやー、家から持ってきたものと、通信販売で買ってしまったお布団があって良かったよ。

買った時は、これ使う予定無いんじゃないかなー!?と自分を責めたのだが、

肥やしにならなくて済んだというものだ。

 

というか、私のベッドよりも高いってどういうことだよ。

高級布団とか聞いてなかったんだけど。

まぁ、今更せめても仕方ない。

 

いやー、波乱万丈な時間だったよ。

私はふと時計を見れば、針は数時間しか動いておらず、まだ真夜中に近い時刻を示していた。

いや、体感時間と物凄い差を感じたんですが、それだけ必死だっということかもしれん。

 

取りあえず、お風呂に入って寝ちゃいますか。

そうして私は、自動でお風呂を沸かし、その間に少し用事を済ませ、

お風呂で温まった体をベッドにいれて、ようやく寝つけたというわけだ。

 

で、翌日の朝食だが、部屋の空気が最悪だった。

そりゃそうだろ、気まずい姉と弟が一緒に部屋にいるし、

頭に兎耳を突けた不思議系変少女はしきりにお代わりをしてくるわけだ。

まぁ、3杯目を頼んできた際は、アツアツの里芋の煮っ転がしを放り込んで黙らせたが。

 

そんな少女束を尻目に、私はちらりと織斑姉と一夏少年を見る。

まぁ、ギクシャクしてるのは仕方がない。

なにせ、互いに思うところはあるし、どう切り出せばいいのか分からないのだから。

 

私としては、そういうのは私の家ではなく、自分たちの家でやってくれと思うのだが、

乗り出した手前、見捨てるという選択肢は始めから無いのだ。

 

「とりあえず御飯が冷めるから食べろ。兎耳、お前はお代わり禁止だ」

 

ぶーぶーいう少女束の口に、今度は煮込んでいた大根を突っ込んで黙らせる。

文字にすると変だが、もちろん口にだ。ジタバタする兎を見て、内心ガッツポーズを忘れない。

 

朝食を終えた後も、やはり空気は沈殿したままだ。

原因が解消されていないんだから、当たり前だが。

 

「思うところがあるだろうが、とりあえず家に帰りたまえ。

 二人とも話し合う必要があるはずなのだから、そういうのに私がいてはダメだろ」

 

そういうことを率先して聞く趣味もないし。

私の言葉に思うところがあったのか、二人はお礼を言って帰っていった。

 

「まぁ、良い方向に行くことを願っているよ」

 

私は、遠ざかる二人の後ろ姿にそっと呟いた。

誰だって、家族が争うなんて見たくないと思う。私も嫌だ。

卯耳はいつの間にか消えていた。あいつ絶対不審者だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでこうなったんだろうなぁ・・・」

 

私は回想から意識を戻し、朝食をとりながら目の前の一夏少年を見る。

あの後、私の所に二人がやってきて、互いに話し合ったという。

想像でしかないが、互いに胸の内を言えたのだろうか、二人の顔は少し明るく見えた気がした。

 

で、お礼がしたいと言ってきたが、私は別にいらないと言った。

これは偶然の産物であり、私が好きでやったことでしかないからだ。

お礼を言われるものではなかったし、もう関わり合うこともないと思っていからだ。

 

内心、これで私の穏やかな日々が戻るから来ないでください、と思っていたのは秘密だ。

 

が、それを御謙遜と取られてしまったのだろうか、

それとも私の行いに何を思ったのだろうか、気に入られてしまったのだ。

 

もう本当に訳が解らなかったよ。

 

気付けば、学校が終われば一夏少年が私の所に来るようになり、

学校を終えた織斑姉が一夏少年を迎えにやってくるという、おかしなことになったのだ。

時に兎さ耳が侵入をしてくるので、その時は引っ捕まえて親御さんに引き渡している。

というか、普通に玄関から入ってくればいいものを、なぜに光学迷彩で裏から来ようとするのだ。

本当に兎耳を理解することが出来ん。

 

そしていつの間にか、一夏少年に新たな仲間が追加されていた。

それも、1人ではなく4人もだ。

確か、卯さ耳の妹、時折お世話になる食堂のご子息とご息女に、その友人だったろうか。

 

はっきり言って、やかましいとしか言えん。

私の家は広い庭があるのだが、そこで走り回ったり、私の部屋に入って本を漁るなど、

もう子供さながらに大暴れをしてくるのだ。

 

取りあえず、学校帰りに来る時は、おやつとしてパンケーキやせんべいを与えて黙らせるが、

一行に子供たちの元気力を削ぐことが出来なかった。

というか、余計なことをしてる気がするのはなぜだろうか。

そもそも、なぜ私はおやつを用意しているのだろうか。

まぁ、仕方ないと諦めるか。

 

「で、遊びに来るのは君だけか?それとも後で援軍が来るのか?

 あと、昼食はどうする気だ?

 はっきりしてくれなければ、こちらも用意が出来んのだが」

 

「えっと、弾と蘭、それに箒が後で来るって言ってました。

 お昼ごはんを食べてから来るって」

 

「そうか、お昼は君と私だけか。ならパスタを作るから覚悟しろ。

 おやつは・・・おはぎでも作ってやるか」

 

取りあえず、おはぎに関しては私の分も入れて5人分を作らねばならんと言うことか。

それにしても、どうしてこうなったんだろうな。

 

私は自分の平穏な日々を求めていたというのに・・・。

朝食の食器を洗いながら、私はお昼から来る子たちのおやつ作りのために、

冷蔵庫の中身を思い出していた。



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8話

「みーいーちゃーん!遊びに来たよぉー!」

 

「帰れ」

 

私は戸を開け、ニコニコ顔で玄関に立っている少女を一瞥すると、

一言告げて戸を閉め「ちょ、ちょっと、閉めないでよ!」られなかった。

兎耳を着けた存在が、素早く戸の間に靴を挿みやがったのだ。

なので、すかさず靴を踏みつける。

以前はまさか踏まれるなんて思わなかったようで、痛がった隙に戸を閉めた。

だが、まるで鉄板でも仕込んでいるかのように、靴はびくともしない。

 

「むっふっふー、前回のような失敗をしない束さんなのですよ。

 無防備な靴を踏みつけられないように、安全靴を作ってみ・・・へぶぅ!?」

 

なので、戸を開け、呆けた隙に束本体に蹴りをかます。

とりあえず、脛を蹴ってみた。

予想外の行動か、兎耳は蹴られた痛みで悶絶したので、

「次からは足にプロテクターでもつけて来なさい」と言って、

ぴくぴくする束を抱きかかえて家へと上がらせた。

 

 

「酷いよ、みーちゃん!

 いくら天才の束さんでも、身体の構造は人間なんだから、脛を蹴られたら痛いんだよ!?」

 

「なら約束も連絡も全くなく、突然家に来るのは止めなさい。

 これでも私は忙しい身なんだよ」

 

プンプン!と頭から湯気を出しながら怒る束の言葉を、私は読書をしながら聞き流す。

 

「忙しいって、そんな訳ないじゃん!

 束さんは、みーちゃんのことは、ぜーんぶ知ってるんだよ!?」

 

「ほう?どれくらい知っているんだ?」

 

「むっふっふー、とりあえず戸籍や家族関係といった書類関連、

 学業やこれまでやってきた仕事についてもそうだし、

 いっちーや箒ちゃんとの一週間の予定もぜーんぶ知ってるんだよ!」

 

「ふむ、それは凄い。ちなみに、先週の日曜日、私は何をしていたんだい?」

 

「午前中に遊びに来た、いっくんと買い物に出かけて、お昼に一緒にパスタを食べたんだよね。

 多めに作って、ちーちゃんの夕食に食わせてやれって言ってたよね。

 その後は、箒ちゃんやその他のために、いっくんと一緒におはぎを作ってた。

 里芋を混ぜたおはぎなんて束さん、知らなかったよ!

 午後からは、遊びに来た箒ちゃんたちに、かくれんぼや鬼ごっこに駆り出されてた」

 

「おお、その通りだ。それで、どうしてお前がそれを知っているんだい、束大先生?」

 

「それはもちろん、市役所に忍び込んでハッキングしたり、

 この家にこっそりとカメラやマイクを置いた・・・り・・・」

 

ふと、兎耳の顔がどんどんと蒼白になっていく。

 

「おやおや、どうしたんだい束大先生?今の続きを聞かせてくれないか?

 一体、私の家に何をしたのかを・・・?」

 

私が本から顔を上げ、そのまま彼女の方へ向けると、兎耳が「ひぅ!?」という可愛い声を出した。

あらあら、可愛い声を出すじゃぁないか。

 

「私は話を寸止めされるのが嫌いなんだ。ほら、続きを聞かせてくれないか?」

 

私は本をテーブルの上に置き、ゆっくりと兎耳へと近づく。

私の顔が歪むのを見た兎耳は、もはや震えだしている。

織斑姉のようなアイアンクローは出来ないが、私にだって必殺技くらいはあるのだよ。

私は右手を前に付きだし、わざとゆっくりに兎耳へと近づける。

そして中指と親指をくっ付け、そう、凸ピンがなぁ!

 

「で、言うことがあるんじゃないかな?」

 

「ごめんなさーい!」

 

束が謝ったことで、私は指を引っ込めて溜息を吐く。

 

「今度同じことをやったら、織斑姉とコンボだからな」

 

私の言葉に、束は本当に恐怖したと思う。これで少しは懲りてほしいよ。

 

 

 

 

 

 

「それで、今日は何しに来たんだ?」

 

弄っておいて言うのもなんだが、私は束に尋ねる。

取りあえず、通販で取り寄せた茶請け用の醤油せんべいを渡す。

 

「そうだったよ!(バリボリ)

 束さんとしたこが(バリボリ)すっかり(バリボリ)忘れてたよ(バリボリ)

 みーちゃん(バリボリ)実は(バリボリ)みーちゃんに(バリボリ)プレゼントがあるんだ!」

 

「とあえず、喋るか食べるかどっちかにしようか?

 食べてる時に喋るのは私に失礼だし、聞き取りづらい。そして畳が汚れる」

 

束は、そのまませんべいを一袋食べ終えた後、私に尋ねきた。

 

「ねぇ、みーちゃん。この世界についてどう思ってる?」

 

「急に哲学家にでもなったのか?

 そうだな、生きるのは大変だが、かといって嘆かない程度には絶望もしない。

 私がこの家で平穏に生きれるなら、まだまだ救いはあるんじゃないかね。

 ま、今では忙しすぎて楽しくもあるんだがな」

 

「そう、みーちゃんらしいね」

 

私の言葉に、束は苦笑しながら、何かを私に差し出した。

丸く光り輝くもので、一見すればビー玉かガラス玉、トンボ玉のように見える。

だが、私は騙されない。

こいつが何か渡す時は、絶対に何か仕込んでいることが多い。

 

万能包丁を持ってきた際は、まな板ごと斬れるほどの切れ味を備え、

眼鏡を持ってきた際は、赤外線や紫外線、果てに映像を傍受する無駄な機能を搭載し、

ドライヤーに至っては、鉄板で目玉焼きが焼けるほどの出力であった。

取りあえず、調整し直して使わせて貰っているが。

 

「ほう?これは変わったプレゼントだな。

 突然魔法のステッキになるのか?それとも銀河天使戦闘機の起動キーか?

 暗器が貯蔵庫されているのか、タイムマシンに必要な機械か、

 もしかしたら、全身装甲のパワースーツにでもなるのかね?」

 

私が適当に茶化し、束の反応を窺うと、束は面食らったような顔をしていた。

 

「おい、待て。今のは冗談だぞ?

 本当に冗談だからな?いや、本当に勘弁してよ?

 今話したことは全てアニメーション、お伽話だからね?

 まさかそんなことはないと思うし、思いたいのだが、え、本当に?」

 

私は願った。

今言ったことはまさにアニメーションのお話であり、現実ではない。

確かにこの世界はライトノベルの世界ではあるが、

それはここでは違う場所で起こる事であって、私とは無関係のはずだ。

だから、お願いだから平穏を、私に平穏をください、神様。

 

「うん、それ、私が作った機械のコア。

 インフィニットストラトスって名づけるつもりなの」

 

束、私はたった今、世界に絶望したよ



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9話

「みやこさん、どうしたの?びょうきなの?おなかいたいの?」

 

「みやこさん、かぜひいたの?」

 

「だいじょうぶ?」

 

「頼む、そっとしておいてくれ・・・」

 

ベッドで毛布をかぶって蹲っている私を、一夏や他の子供たちが心配そうに見ている。

止めてくれ、その純真な目で見ないでくれ。心に刺さるから勘弁してください。

そう思いながらも、私は頻りに、

「大丈夫だから、心配しなくても大丈夫だからね」と答える。

 

別にお腹が痛いわけではない。

そもそも私の場合、

『重大な肉体の損傷や病気にかかるといったことは、まずない』のだ。

それこそ本気を出せば、怪我をしても直ぐに傷口を塞ぎ、

病原菌をも寄せ付けなくすることも可能かもしれない。

もしかすると、モンスター映画や、ホラーゲーム真っ青の、超再生ができるかもしれない。

まぁ、試そうとも思わないし、したくもないが。

 

そんな私が、どうして体調を崩しているかというと、

原因は私自身がよく解っている。

『肉体面』ではない、ようは『精神面』で疲れてしまったのだ。

 

諸悪の根源は先日、卯耳束に渡されたプレゼントだ。

『インフィニットストラトス』と名付けられたものを見せられたのだ。

その名と役割を知っていた私は、あまりの衝撃的な話を聞いて精神的にまいって、

気が付けばベッドで横になっていた。

やはり精神的な疲れは、肉体と違って瞬時に直しようがないみたいだ。

そう言えば、同じようなことを、昔にもやってしまった気がする。

あれはたしか、学生時代だったか・・・。

 

私自身、半ば忘れかけていたが、この世界は、元々が本を題材にしたものだ。

そして、元になった本の名が、『インフィニットストラトス』

まさに、束のプレゼントの名前そのままなのだ。

そのことで私は、卯耳少女束が原作における重要人物であると、嫌でも気付かされたのだ。

 

もともと私は、神様のせいで前世で死に、二度目の人生として、

神様が用意した箱庭世界に新たな生を受けた。

私自身、転生前に大まかな内容を聞かされたが、私は原作に何ら興味はなかった。

私の望みは、原作に関わることなく、生前に出来なかったことに取り組み、

ゆっくりと生きていくことだった。

そのために私は、こうしたのんびりした町で、ひっそりとした家に引っ越してきたというのだ。

 

それなのに、出会った住民の一人が、まさかの原作関係者と気付ける訳がない。

しかも、何やら気に入られてしまったのか、何度も遊びに来ているではないか。

その上、原作タイトルまんまなものを、『プレゼント』として貰ってしまった。

これはどう見ても、『重要人物』や『友人関係者』という既成事実となっている。

まぁ私個人としては、『篠ノ乃束』は、一緒にいて退屈しない人物と評価しているが。

 

だが、それとこれとは別問題だ。

このままでは、私のゆっくりライフが木端微塵になってしまう可能性がある。

しかし!だがしかし!だからといって引っ越す気はない。

私はこの町もこの家も気に入ってしまったし、なにより、

引っ越してしまったらなんとなく『負けた』ような、そんな敗北感がある。

 

そうだ、私は私の意志でここに来たんだ。

たとえ元がライトノベルだろうが本だろうが、今この瞬間、私は生きているのだ。

たかが『原作』の分際で、私の人生を阻み、それに屈するなど、はっきり言って悔しい。

 

ええ悔しい。悔しいったら悔しい。

ならばどうすべきか?

布団に蹲りながらも、悶々と考える中、私は思い至った。

 

そうだ、好きに生きてしまおう。

 

原作?物語?そんなことは、私は最初から知らない。

そもそも、『インフィニットストラトス』という内容自体、私は大まかにしか知らないのだ。

何か、主人公がモテモテハーレムになるんじゃなかったっけ?

ならば私には関係ないな!私のような二十代に、惚れる理由など無いのだから!

学生は学生同士で、各々の青春を謳歌していればいいのだ!

 

そうだ、物語がどう動こうが、私には知ったことではない。

 

そう、『知ったことではない』のだ。

 

私のしたいことは何だ? 『のんびりと生きることだ!』

私の望みは何だ?    『のんびりと生きることだ!』

私の人生は何だ?    『のんびりと生きることだ!』

 

そうだ!『のんびりと生きること』それが私の目的なのだ。

何のことはない、後はそれに向けて行動すればいい。

うむ、目的が出来たことで、私の気分が晴れてきたぞ。

人間、『病は気から』と言うのは本当だね。

気が滅入っていたら、物事も良くならないし、悪いことに繋がってしまう。

皆さんも、身体には気をつけてくださいね。

 

ならば、こうしてベッドに蹲っている暇はない。

だが、今日はゆっくりと惰眠を貪ろうかな。最近、何かと忙しかったし。

 

ただ、

 

「みやこさん、だいじょうぶ?おなかいたくない?」

 

「いえからえいようのつくもの、もってきたよ」

 

「みやこさん、しんじゃやだー」

 

「ふぇーん」

 

私にために、必死に頑張っている子供たちを見ていると、少し罪悪感を覚えるが、

それはそれ、これはこれ。

 

まぁ、少ししたらベッドから起き上がりましょうか。

あんまり心配かけさせるのも、駄目だよね。

でも今は、少し休んでも良いよね?

そう思い、私は束の間の休息を貪ろうとし・・・

 

「大丈夫だよ箒ちゃん!

 この、束さん特製、病気なんてお茶の子さいさい栄養ドリンク、『束汁』を飲めば、

 風邪だろうがなんだろうが、直ぐに治っちゃ「それは貴女が飲みなさい!」

 

いつの間に侵入してきたのか、何か怪しいラベルの付いた瓶を兎から瓶を奪うと、

そのまま彼女の口に突っ込んで流し込んだ。

すると、兎の顔が、紫や青や赤や緑とカラフルな色に変わる。

ワー、キレイダナー。いったい何が入っていたのかなー?

そして、口から紫の煙を出した後、そのまま動かなくなった。

 

『私の睡眠を妨げる者には私の怒りに触れるべし』

 

気を失った兎を見下しながら、私は呪詛を唱える。

『貴様は私を怒らせた』

 

ちなみに、その光景を見てしまった子供たちは、1D6のSAN値減少判定を受けました。

一時的狂気に陥る子はいなかったので、問題はありません。

 

その後、気絶から立ち直った束は、

肌がつやつやで、血色も良く、そして気力に満ち溢れていた。

 

なお「ぽんぽこ狸さん」だの「ガッテンオー!」だの、「マーベラス!」だの言いだすわ、

髪が金髪ロングになるわ、ツインテールになるわと、恐ろしい変異が起こったとか、

そんな光景を見てはいない。見ていないったら見ていない。

ところで、『カズくん』って誰だったのだろうか・・・?



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10話

「あ、このビスケットおいしい」

 

通販から届いたお菓子を口に運びながら、私は居間でくつろいでいた。

 

通販のカタログのお菓子欄で、なんとなくおいしそうと思い、なんとなく買ってみたが、

どうやら自分の勘は正しかったようだ。

全粒粉のサクサク!と音を立て、そして口に広がるホロホロ感が何とも言えない。

そして、テンサイのほんのりした甘味が、まさに絶妙と言っても良い。

少し苦いコーヒーを飲むことで、その甘さが更に引き立つというものだ。

 

「たまには、こんな日もあっていいよね」

 

私は一息ついた。

ラジオから流れるピアノの旋律が、私を優しく包んでくれる。

本当に至福の時だ。

 

いつもは子供たちが押し掛け・・・遊びに来て忙しいのだが、不思議と今日は違った。

まぁ、そんな日があっても良いんじゃないかな、私の心労的に。

 

兎耳少女束のプレゼントに心を折られ、

好きに生きるという現実逃避を掲げた私である。

 

因みに、貰ったプレゼントだが、ネックレスとして肌身離さず身に着けている。

そのままでは、ただのガラス玉と間違われやすいと思ったので、自分で装飾してみたわけだ。

まぁ、貰ったプレゼントを邪険にするほど、私も腐ってはいないからね。

名前が厄そのものなんだけど。

 

金の鎖をあしらった、シンプルなネックレス。

指輪では、コアが大きすぎて邪魔だし、腕輪にしても同じだ。

耳飾りとか、耳に穴を開ける勇気は私にはないので無理。

 

好きに生きるとは言ったものの、

別段、今の生活を変えたこともないというのが現実である。

それこそ、『のんびり生きる』ことが私の望みなのだ。

だからこうして、いつもの日々を生きているという訳だ。

というか、今この瞬間が私の望み通りの生き方だもの。それを変えようなんてとんでもない。

喧しく、騒々しく、好き勝手しやがるも、別段子供たちが嫌いというわけではない。

むしろ子供は好きだ。

だが兎耳、お前は駄目だ。

 

御近所の子供たちが押し掛けてくるが、本心では嫌だって訳じゃない。

というわけで、私はこれからもいつも通りに、のんびりと過ごすことを決意した訳だ。

確かにこの世界がライトノベルの箱庭であり、兎耳が重要人物であったとしよう。

 

それがどうしたというのだ。

 

仮にこの世界が戦争まっただ中の世界で、どこもかしこも殺し合い、

どいつもこいつも蹴落とし合う修羅の世界であったならば、

私は声を上げて神様を罵って、呪詛をまき散らして、生き足掻くだろう。

でも、この世界はそんなことはないと、転生前に神様に確認を取ったのだ。

それこそ、ロボットが出るも、そんな戦争世界へ突入するわけでもなく、

むしろ真逆の恋愛コメディがメインだと言うではないか。

 

どこの誰が主人公なのかは知らないが、

私のあずかり知らない処で存分にイチャイチャすればいい。

私は、自分の生活が守られて、面倒なことに巻き込まれなければ良いのだから。

 

仮に、先にも述べた様な夢も希望もない世界になった場合、私は間違いなく泣く。

もう人目もはばからず大泣きしてやる。

 

いかんいかん、思考が変な方向に行っちゃった。

そんな訳で、私はこうしてのんびりと一人の時間を過ごしているというわけだ。

 

 

「もう一杯、コーヒーを淹れようかな」

 

私は飲んでしまった空のカップにもう一度コーヒーを淹れようと立ち上がり、

再び戻ってくると、目の前の光景に一瞬固まった。

 

 

「みーちゃん!このビスケット美味しいね!」

 

私の目の前には、私のビスケットを齧る兎がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私の至福の時間をぶち壊しやがった貴女は、一体何をしに来たんだ?

 あと、勝手に私の菓子を食べるんじゃない」

 

「すみませんごめんなさい美味しそうだったからつい魔がさしてひぃ!?やめて凸ピンは止めて」

 

眼の光が消えかかって謝る兎に溜息を吐きつつ、私はコーヒーを差し出す。

 

「それで、何かあったんでしょ?」

 

「わかるの?」

 

「いや、何となくね」

 

差し出されたコーヒーを飲みつつ、束は私に顔を向ける。

まぁ、そういうのは少しだが敏感なんでね。

 

「別に話したくないんなら、話さなくても良いし。私もあれこれと聞く気もないからね」

 

よっこらしょ、と私は束の対面側に腰を下ろし、コーヒーを口に運ぶ。

対する束は、黙ったままだ。

 

ふと、前にもこんなことがあったな、と私は一夏少年を保護した時のことが頭を過り、

思い出し笑いで、苦笑する。

 

それからどれほどの時間過ぎたのだろうか。

数分?数時間?もしかしたらそんなに過ぎていないのかもしれない。

 

空になった束のカップにコーヒーを注いだり、空の籠にお菓子を補充したりとしたが、

その間も、一言もしゃべることはなかった。

 

 

「ねぇ、みーちゃん」

 

「ん?」

 

沈黙を破ったのは束だった。

 

「この世界についてどう思う?」

 

「その質問か」

 

以前、私にプレゼントを渡す際に問われた言葉。

私は、『別に絶望するほどじゃない』と答えた問いだ。

 

「変わらないよ。私はこの世界に、さほど絶望してはいない。

 子供たちが遊びに来て振り回されるのも、大変といえば大変だが、別に嫌いでもない」

 

「そうなんだ」

 

「突然理不尽なことが起きることもあるし、かといって、思いも寄らない救いもある」

 

「そうだね」

 

「それに、私にも親友が出来た。だから、この世界には一応、感謝はしているよ。

 まぁ、頭に兎耳を着けた変わった友人ではあるがね」

 

「そうなんだ」

 

暫しの沈黙の後、束が「えっ!?」と驚いたが、私は素知らぬ顔でコーヒーを飲む。

内心では、自分の発言に悶絶しておりますが。

 

「ねー、みーちゃん?もう一度言ってくれる?」

 

「何が?」

 

「だから、今言った言葉」

 

「だから何が?」

 

「けち」

 

「ケチじゃない、倹約家です」

 

やいのやいのと言葉を交わす間に、束の顔は先ほどと少し明るくなったように見えた。

そんな気がした。

 

くだらない言い合いが続き、籠の菓子もなくなり、空が赤くなった頃、束は立ち上がった。

 

「ありがとね、みーちゃん。また来ていいかな?」

 

「なら先に連絡を寄越しなさい。お茶とお菓子ぐらいは用意しといてあげる」

 

「うん」

 

そう言って、家の縁側から去っていく束を見送った後、私は通販のお菓子欄に目を落とす。

今度来た時は、パンナコッタでもごちそうしてやるか、

そう呟いた私の口元は、不思議と笑っていた。



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11話

「これを渡しておこうか」

 

「何ですか、これは」

 

ある日、私は織斑姉に封筒を手渡した。もはや少年少女の託児所と化した私の家である。

いつものように一夏を迎えにきた織斑姉。中学生の制服姿に、私はかつての自分を思い出す。

 

そして心の中で泣いた。

 

閑話休題。

私は今朝方の商店街で、買い物帰りに貰った封筒を思い出し、今着ている服のポケットから取り出す。そして織斑姉に声をかけ、無造作に手渡したのだ。手渡された紙切れに織斑は首をかしげ、一夏少年はなんだろうと気になるご様子。

 

「なに、今朝の商店街で貰ったものだ。私には無縁のものでね、君たちなら有効に活用してくれると思っただけさ」

 

すでに中身を知っている私にとしては、封筒の中の品物は二人にとってはいいものだろうと思う。ゆえに二人に渡したのだからな。

そんなことを考えている私の前で、織斑姉は封筒から2枚の紙切れを取り出し、書かれている内容を目で追う。

 

「遊園地の入場券?」

 

「遊園地!?」

 

呟くように言葉を発する織斑姉と対照的に、一夏少年は声を上げた。

 

「ああそうだ、買い物にいた際、商店街でくじをやっていてね。偶然回したら遊園地の入場券が当たったのよ、しかもペアチケットがね。貰ったはいいが、これの扱いに困っていてね。一人暮らしの私からすればペアチケットなんて誘う相手もいないし、この年で遊園地もな」

 

別に一人で行こうと思えば行けたのだが、さすがにペアチケットで一人遊園地に行くのも寂しいものだ。あまつさえ家族連れやカップルがごった返しているであろう中、一人で遊園地を楽しむ勇気もない。

どうすればいいかと思っていた際に、一夏少年が遊びに来た。一夏少年が目に入ったことで私はひらめいたのだ。この二人にプレゼントとして渡してやればいいか、と。

なにぶん一夏少年は姉と一緒に出掛けたことも少ないらしいし、織斑姉は弟と一緒に時間を過ごせなかったご様子。ならば私が一肌脱ごうではないか、と。それに二人が楽しんでくれれば、ペアチケットも本望であろう。

 

「でも・・・」

 

私は何か言おうとする織斑姉の前に進み、彼女の頭を撫でる。

 

「別にお前が気を使う必要はない。これは私が好きでやったことだ。人の善意には甘えておけ」

 

ワシャワシャと撫でられる織斑姉は、私の言葉を黙って聞き、そして首を縦に振った。

 

「遊園地に行けるの!?」

 

私と織斑姉の言葉を聞き、一夏少年は大喜びである。

 

「そうだよ、これでお姉さんと遊園地に行っておいで。そして存分に楽しんできてくれ」

 

私は膝を曲げて一夏少年の視線と合わせ、織斑姉と同じように頭を撫でる。

 

「みやこさんは?」

 

「私は行かないよ。そもそも、そのペアチケットは君とお姉さんの分しかない。私のは無いんだ。だから、私は行かないというより、行けない」

 

私は一夏少年に言い聞かせるよう、頭を撫でながら言葉を続ける。

 

「だから君はお姉さんと一緒に私の分まで楽しんできてくれ。そして帰ってきたら、どんなことがあったかを私に話してくれないか?これは重要かつ大変な仕事だぞ、一夏少年。私を楽しませるためには、いろんなアトラクションに乗らなきゃいけないからな」

 

ワシャワシャと撫でながら、私は笑みを浮かべる。

 

「私との約束だ、良いかな?」

 

「うん!僕、いろんなもの乗って、いろんなお話するからね!待っててね!」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

私は頭を下げる織斑姉と、手をブンブン振る一夏少年を、二人が見えなくなるまで見守った。

 

 

「ふーん?偶々当たった、ねー?」

 

「何やら言いたげだな」

 

私は後ろから聞こえた声に振り替えもせずに応える。内心、いい加減に不意打ち気味に来るのはやめてくれとため息を吐く。

 

「だって、十数回も回して手に入れたのに、それを偶々って言えるのはみーちゃんくらいかなって」

 

「当たらない時は何十回も回したって当たらないものだよ。くじなんてそんなものさ。それがたかが十数回で当たっただけ。それは紛れもなく偶々だよ」

 

「まあでも、二人が喜んでる姿を見たらどーでもいいって感じだね。うんうん、やっぱりみーちゃんは面白いって思っちゃうなー」

 

後ろで何やら面白がっている声に、再度私は心の中でため息を吐いた。

 

「まあいい、取りあえずいいところに来た」

 

「ふぇ?」

 

私はくるりと振り返り、呆けている兎耳の少女に顔を向ける。

 

「なにぶんくじを引くためにやたらと買い込んでしまってね。野菜やらなんやらがあまりそうなんだ。このままだと食べきれずに腐らせてしまうだろう。だからと言って、私一人で一気に消費するには無理がある。だからどうにか数を減らそうと困っていたんだ」

 

私はにんまりと口を歪める。一方、兎耳は青ざめる。

 

「人手は多い方が良いからな。手伝ってもらうとしよう」

 

「えっと、私は今から忙しくなるから無・・・」

 

「そうかそうか、手伝ってくれるのか!いやはややはり持つべきものは親友だなー!」

 

私は素早く駆け寄り、逃げようとする兎耳の少女の両肩を思いっきり掴んだ。

 

「手伝ってくれるな?」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃー!?」

 

その夜、私は野菜を詰め込んだダンボールを抱えながら、離してー離してーと愚痴る兎耳を引きずりつつ、周辺の家々におすそ分けしに回ったのだった。



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12話

『光陰矢の如し』とはよく言ったもので、私がここに引っ越してから、気が付けば数年は過ぎていた。月日が過ぎ去るのは早いことは知ってはいたものの、正直あっという間だったと思う。

 

まさか、引っ越しした日に家出少年を拾い、保護をした少年の姉と友人に襲われ、正当防衛で海老ぞりに縛り上げた結果、なぜか彼らに好かれてしまった訳だ。自分でも何を言っているのか解らない出来事が起るとは、一体誰が予想できるだろうか?まあ、そんなことはどうでもいいか。

不本意というか、人の縁は摩訶不思議というわけではないが、ここまでと予想できない出会いがあるからこそ、この世界は面白いのかもしれない。

 

その一方で、看過できない問題もあるのだがな。

 

何を言っているのか解らないだろうが、私はこの世界が一体何なのかという事を知っている。掻い摘んで言うなら、この世界は『私が前に生きていた世界』に発売されていたらしい小説の世界だ。正直、訳が解らないだろう?私自身もよく解っていないものだ。まあそんなことは重要ではないし、説明するのも面倒なので省略させてほしい。

 

結局の所、私はこの世界が紙の上に書かれた箱庭世界だというのを知っているだけの話だ。

 

内容に関しては大まかに知らされただけで、『男の主人公がロボットに乗って、女の子たちに好意を向けられながら戦う』らしい。正直、そんなことを教えられたところで、私には関係ない話『だった』。私自身、どう聞いても厄介事にしかない聞こえなかったからだ。だから私としては、そんなのは私から離れたところでやってくれ、といの感想『だった』

 

だが、運命とは残酷というか、不条理というか、理不尽なものだった。先に話した、おかしな縁で結ばれた私の友人の一人が、まさかの関係者だったのだ。その上、あろうことか、そのロボットの生みの親だというのだから、運命を呪ったものだ。おかしな友人がプレゼントしてくれた『インフィニット・ストラトスのコア』を貰ったことには発狂したが、そこから物語など知ったことかと開き直ったわけだがな。そこからは、おかしな友人を弄り倒したり、尋ねてくる子供たちにかまけたりと、随分と忙しくも楽しい生活を送らせて貰った。時折、そのおかしな友人がプレゼントを弄っていたが、気にすることはなかった。

 

だが、私は再び運命を殴りたくなった。何故なのかだって?忘れかけていた、いや考えないようにと目を背けていたのかもしれない。

 

『この世界が箱庭(小説)であることを』

 

『決まっている筋書』、『決まっている展開』、『決まっている物語』。かつて生きていた私の世界(前世)ならば、未来は不確定なものであると感じていた。何をしてどうなるかなど、誰にも解ることはなかった。それこそ、世界を変えた戦争や事件など解るなど不可能だった。ゆえに、終わってから気づく。『どうしてあの時・・・』と嘆く。

 

だがこの世界は違う。この世界は『決められた筋書』がすでに出来ていて、人々はそこに向かって歩いていく。どうあろうと、どう足掻こうと、世界が決めた出来事には逆らえないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、このケーキは当たりね」

 

茶の間でテレビを見ながら、私はフォークに刺したケーキを一口頬張る。茶の間の中心に位置するテーブルにあるのは、淹れ立てのブラック珈琲と皿に置かれた一切れのケーキ。買い物帰りに立ち寄った洋菓子店で、売られていた和栗のケーキ。季節限定という言葉に目を奪われ、せっかくだからと購入したのだ。ルンルン気分で鼻歌とスキップをしながら家路につき、ではではと苦いコーヒーを淹れて準備万端。さっそく一口頬張ったというわけだ。

刻まれた和栗クリームの甘さが心をほっこりとさせる。うーんデリシャース。珈琲を一口啜り、その甘さを珈琲の苦みですっきりさせ、またケーキを一口。

 

ああ、心が癒されていく。

 

私は心が穏やかになっていく中で、画面から動物の特集を流しているテレビに目を向ける。野生の動物たちが織りなす生と死の姿。正直、ケーキを頬張りながら見る番組ではないのかもしれん。が、そこはそこ。私は気にしない。

最後のケーキをぱくりと口に入れ、珈琲を啜っていると、急にテレビが切り替わった。何やらあわてた様子のニュースキャスターが登場。渡されたであろう紙を見ながら話す。

 

「た、たった今入ったニュースです!先ほど日本に向けて、ミサイルが発射されました!住民は直ちに避難してください!繰り返します、たったいま・・・」

 

私は無言でテレビの電源をきった。そしてしばしば考えに耽る。ふーん、ミサイルが日本に落ちるんだ、へー。

空になった珈琲を空になったケーキ皿に重ね、台所に移動。それぞれを水洗いし、布巾で丁寧に水気をきる。食器棚に戻した後、茶の間に戻って腰を下ろし、ラジオの電源を入れる。お気に入りのミュージック番組を聴こうとするが、なぜか音楽が流れない。

 

「まいったな、これでは読書しか暇を潰せないぞ」

 

頭を掻きながら書斎へ生き、読みかけの本を開く。

 

「さてさて、この間の続きは・・・ん?」

 

ふと、私は何か大切なことを忘れていないか?という違和感に襲われる。なんというか、歯と歯の間に何かが挟まったような、普段の光景なのに何かが足りないという思うような、そんな違和感。

そう言えば・・・。

 

「ミサイルが日本に発射されたんだっけ」

 

私は先ほどのニュースを思い出す。そうか、ミサイルか日本に落ちるのか。そんなことに考えを耽っていると、首飾りがピカピカと光り、「もしもしー」という声が響いた。

 

「一体いつから、私の首飾りは携帯になったんだ?」

 

「凄いでしょ、束さんのプレゼント。最新機能だよ」

 

「弄っていたのは見ていたが、そういうことだったのか、それで何か用か?」

 

「みーちゃん、随分とのんびりしてるね。ちーちゃんなんて大慌てなのに」

 

「そうか、織斑姉は大変なのか。若いのに苦労しているんだな。それで何だ?」

 

こういったときの私の勘は良く働く。初めて一夏少年を拾った時のことを思い出し、私は口元が歪むのを感じる。電話越しの兎女は沈黙したままで、若干聞こえる呼吸音が気持ち悪い。いや、「はぁ・・・はぁ・・・」って聞こえてきたら誰だってそう思うだろう?そしてなんか布がこすれる音も聞こえてくるから、更に気持ち悪い。

 

「・・・助けて」

 

「解った」

 

私はろくでもない兎女(数少ない友人)の言葉に席を立ち、庭へと足を運ぶ。まったく、なんでこんなことになったんだろうか。正直、後であの時(初めて出会った時)のように縛って凸ピンの刑にしちゃるから覚悟してなさい。

 

「方法は?」

 

「起動すれば後はそれが教えてくれる」

 

「そうか」

 

首飾りを外すと手の中に握りしめて、ため息を吐く。そして私は言葉を紡いだ。

 

神様の馬鹿(起動)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにより、世界はインフィニットストラトス(IS)という存在を認識することになった。それは作り手の思いを余所に、世界(原作)という流れに押され、その存在を変えていくことになった。()()()()()で全てのミサイルを海上で食い止め、なおかつ現代兵器を退けた存在『白騎士』。そしてその存在を作り上げた天才科学者『篠ノ乃束』。彼女はISのオリジナルコア500余りを残して姿を消すことになる。各国は血眼になって彼女を探したが、彼女の足取りを掴めることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、いつまで居候する気だお前は」

 

「いやー束さんお尋ね者じゃん?ずっと逃げ続けるのも大変だし、それに束さんだってずっと一人だと寂しくなるのですよ」

 

「だからと言って、なぜ私なんだ?」

 

「なんとなく、助けてくれるかなって」

 

「帰れ」

 

私は兎の首根っこを掴むと、外へ放り投げた。

 

 



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13話

世界はインフィニット・ストラトス(IS)という存在を受け入れた。いや、受け入れざるを得なかった。たった一機のみで、日本に発射されたミサイルを海上で全て破壊し、続けて既存の現代兵器を退けた。ミサイルによる被害は確認されず、相対した戦闘機などにも被害は無かった。これがISが初めて世界で確認された華々しいデビュー、通称『白騎士事件』のあらましだ。

はっきり言って出鱈目であろう。それこそ単に聞いただけでは、どこのサブカルチャー作品の物語だ?と言われるだろう、それも呆れられた視線を受けて。言ってしまえば、こんな話の作品はありふれているからな。しかし、これは紛れもない事実であり現実だった。いくら馬鹿げていようとも、事実は事実でしかないのだ。ゆえに、ISという存在を世界は認めざるを得なかった。現代兵器に勝てる存在はそれだけで脅威であり、そして喉から手が出るほどに魅力的なのだから。

 

ISに関する魅力はいくつかあった。

一つ、単純にその戦闘力だ。それこそ2000発のミサイルを撃墜させ、その後に既存の現代兵器の強襲を退けたという事実で説明は足りるだろう。圧倒的な力はそれだけで周りを引き付けるものだ。そして元が宇宙用に作られたせいか、搭乗者を守る防御性能が高い。ロボットアニメのようにバリアーが搭載され、そして搭乗者のダメージを消失させる『絶対防御』や、生命維持機能も搭載されている。まさに動く城塞でもあるのだ。

 

二つ、それは武器の量子化だ。一言でいうならば青狸のポケットだ。ISは武器を量子化し、データとして保存できるのだ。そして一瞬でそれを現物へと呼び出せることが出来る。もはやSFの世界だ。

 

三つ、それは既存の兵器にはない力、『自己進化』だ。いわばISは進化する兵器なのだ。使用者や戦闘経験を蓄積し、その情報を元に自分自身を適用させる。より強く、より効率的に、より合理的に、ISは自身を変えるのだ。正直、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるだろう。一体どこの宇宙怪獣だ。それこそ例に挙げた怪獣はヒーローすらお手上げ状態になった代物だ。まあ、最後は優しい少女の演奏に地球は救われたわけだがな。っと失礼、話が逸れたな。自己進化する兵器、これだけ更に魅力が上がった。

 

 

だがISにはいくつかの問題があった。

一つ、ISの数である。肝心の製作者である篠ノ乃束博士はすでに雲隠れし、ISの量産が出来なくなったのだ。各国は互いに協力し、篠ノ乃束を探した。まあ、協力などういうのは建前なのだろう。唯一、インフィニット・ストラトス(最強の兵器)を生み出せる博士を確保(独占)すれば、それだけで世界のトップになれるのだ。たとえ見つけたとしても、素直に公表するわけがないだろうさ。

そして現在確認されているISの数は500余り。世界各国で分け合うにはあまりにも少ないのだ。そしてIS研究のために更にその数は削られる。ようはISの確保競争が起きたわけだ。結果、力ある大国が多数を有し、各国の戦力差が生じた。結局は力ISパワーなのだ。

 

二つ、それはISという存在が未知であること。そもそも作り上げた篠ノ乃束がいないのだ。そのため、各国は試行錯誤、暗中模索の中でISと向き合わなければならなくなった。特に心臓であるコアに関する情報はほとんどが不明であり、唯一解っていることと言えば『自己進化』をすることだ。逆を言えば、それだけでも開示できたことを褒めるべきであろうか。先に述べたように、ISのコアに関しての情報がないため、おいそれと手を出すことが出来ないのだ。変なことをして壊れました、なんてことになるのは誰だって嫌なのだから。結果、各国が出来たのはその表装だけ。ぶっちゃけ表面だけを弄ることしか出来ないというのが各国の現状だ。

 

三つ、それは『量子化』の負の面だ。ISは武装を量子化して保存し、すぐに呼び出せる機能が搭載されている。これがどんな恐ろしい物か解るだろう?ようは、街中で突然最強の兵器(IS)大暴れ!(テロ活動)なんてことが出来るというわけだ。これに対しては、主要国が集まり、アラスカ協定、正式名称は『IS運用協定』。言ってしまえば、ISの情報開示と、兵器として取引することへの制限などの取り決めだ。ぶっちゃけ、意味を成しているのかすら解らん。

そしてISに関する教育を行うために、教育機関として『IS学園』が設立された。そしてIS学園は特例として、各国の干渉を受けることがない、不干渉地域として取り決めがされた。操縦者や整備士などの人材を育成するため、各国のISの卵たちがそこに召集されている。そこでは日々、生徒たちがISへの理解を深めるために、勉学に励んでいる・・・らしい。

 

そして四つ目、これがあまりにも馬鹿馬鹿しいことだが、なぜかISは女性しか扱うことが出来ない。理由などは解らん。それこそ作った篠ノ乃束()にでも聴いてくれ。『女性にしか扱えない最強の兵器』の存在。それは世界をとある思想へと歩を進ませた。『ISを扱える女性は優れている』という優生思想だ。『ISを扱える女性は男性よりも優れている』という思想は暴走し、いつの間にか『優秀である女性は愚かな男性をどう扱ってもいい』という結論へと至った。

 

はっきり言って馬鹿馬鹿しいとしか言えない。私からしてみれば、たかがISと言う『道具』を扱えるだけでしかない。いくつか例を挙げるならば、『車』を運転できる人間は運転できない人に暴力を振るっていいほどに優れているのか?『楽器』を演奏できる人間は、演奏できない人間を足で踏みつけてもいいほどに偉いのか?私からすればその程度の認識なのだ。あと、すごいのはISであって、お前等じゃないだろ?とも言えた。ぶっちゃけ、虎の威を借りる狐だろと。

 

まあ結末を言うのであれば、そんな思想はとっとと縮小していった。この思想が横行した一時期は、そりゃあ口にするの憚れるほどに世紀末だった。道を歩けば警官に連れて行かれる男性は雑草のように目に入り、たまに買い物に行けば、赤の他人に自分の商品の代金を支払わせる女どもがいた。お気に入りの喫茶店に行った際に、お金を払わないと喚き、それこそ店を潰してやると叫ぶ女性がいた時は流石に腹が立った。腹が立ったので、女の代わりに代金を払い、とっとと店から蹴りだした。そんなことが世界中で起きたのだからさあ大変。

男性陣は女性を恐れて自宅に引きこもり、大半の女性は流石に横暴すぎると声を上げた。今は以前のような世界へと戻りつつある。極端に振り切れた結果、その異常性に目を覚ましたと言える。

まあ、それでも『女性優生思想』の困った方々は今も声を上げている。だが以前とは違い、もはや無視されつつあるし、横暴を働こうものなら普通に逮捕されている。いつまでも過去の栄光にすがるのも考え物だ。

 

一方、そんな大人たちを見ていた子供たちも、そりゃあ影響を受けた。

『私はISを運転できる女の子だから偉いの!だから私のと、友達になりなさい!』とか『私の恋人になりなさい!私がISで守ってあげますわ!』とか『ISに乗れる私がわざわざお弁当を作ったのよ!貴方はただ喜んで食べれば良いのよ!』とか、そんな子供たちを見かけるようになった。まったく、どういう教育をしたのか親の顔が見てみたい。

 

と、そんなこんなでISの登場によって、世界は色々と変わったというわけだ。取りあえず、兎はしばく。

 

そしてその影響は私の周りにも起こった。まずは篠ノ乃家であろう。IS開発者と言う篠ノ乃束の存在によって、彼らの価値は世界トップレベルへと上がった。言ってしまえば、博士をおびき寄せるための餌になりうる存在になっただ。そのため、様々な組織やら何やらに狙われることを恐れた日本は、彼らを重要人物保護プログラムを適用。ようは保護、というなの監禁だ。正直迷惑この上ないだろう。それこそ篠ノ乃妹は号泣する事態だ。あれでは姉を大っ嫌いになるだろう。というわけで、偶々家に上がりこんだ兎を縛り上げ、取りあえず謝りに行ってこいと脅した(諭した)。彼女は目に涙を流しながら、離れ離れになった妹と家族に謝りに行った。その後、なぜか私の家に電話が来るのだが、いったい何をしやがった。一夏少年と話をしたいと言うが、毎日のように家に電話をするんじゃない!いい加減にしろ!寂しいからって涙声になるな!そりゃいつも家に来るが、図ったかのように電話をするんじゃない!

 

肝心の一夏少年に関しては、学校帰りには必ず私の家に来る。相も変わらず千冬少女が迎えに来る。言っておくが、ここは託児所でもなければ待合場所でもないのぞ?解っているのか?おい?毎回彼らには言うが、なぜか苦笑する二人だ。新しい情報と言えば、篠ノ乃家が去った後、凰 鈴音(ファン・リンイン)というチャイナガールが来るようになった。最近この街に引っ越してきたらしく、色々困っていた時に一夏少年等に助けてもらったらしい。その後は一夏少年等と共に遊ぶようになったという。

チャイナガールが初めて来た時の怯えっぷりは、流石に私もこたえた。何をそんな不審者を見るような視線を送ってくるのだ?と内心で思ったほどだ。まあ、今ではその誤解は解け、時に五反田兄妹等と共に襲撃し(遊び)に来るようになった。あれ?前と変わらない気がするのは気のせいだろうか?

 

そんなこんなでISを受け入れた世界で、私は何事もなく生きていた。おかしな世界にはなったが、だからとてそう絶望するほどでもなかったからだ。そして月日は数年流れた。各国のISによる世界大会、通称モンド・グロッソの第一回目を自宅で一夏少年らと見ていたのが去年のことだろうか。出場選手になった千冬少女の雄姿を、固焼き煎餅(醤油味)を齧り、濃いお茶を飲みながら見ていたのが懐かしい。そして千冬少女は優勝し、千冬少女は有名人、一躍時の人となった。その結果、家が取材陣に取り囲まれた一夏少年等がここに避難してきた時は、流石に「帰れ」とは言えず、無言で部屋を貸した。

 

そして第二回モンド・グロッソの出場が決まり、なぜか一夏少年と私がゲスト枠として呼ばれる羽目になった。正直、訳が分からない。そして最も訳が分からないのが今の私の現状である。

 

「すまないが、この縄を解いてくれないか?なにぶんきつく縛られているせいか、どうにも身動きが取れん。それに私は縛られるのがご褒美といった特殊な性的倒錯者(マゾヒスト)ではなく、至ってノーマルなんだ」

 

「てめぇ、馬鹿じゃねぇの?」

 

目の前の女が顔に青筋を浮かべた。そう、私たちは誘拐されたのである。



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14話

「てめぇ、馬鹿か?」

 

目の前の女性の顔に青筋が浮かぶ。おかしい、なぜ彼女は怒っているのだろうか?もう一度言うが、私は縛られるのがご褒美だと公言する被虐趣味(マゾヒスト)ではないのだ。身体をきつく、しかも椅子に括り付けられるように縛られていると想像してほしい。硬い椅子に縛り付けられているせいで身体中が痛いのだ。しかもご丁寧に、腕と脚を椅子の脚に括り付けられているのだから酷いというのもだ。誰がここまで徹底しやがった。目の前のこいつかこん畜生め!こんな状態を好む奴がいるとすれば、ぜひ今すぐ私と代わっていただきたい。こういうのが好きな人を除けば、誰だってこんな状態は嫌だろう?その気持ちを正直に伝えたというのに、どうして睨まれなければならないんだ?

 

「?」

 

「てめぇ、なに『え、お前何言ってるの?』って顔してんだ?」

 

「それは私の台詞だが。あと、何を言ってるのではなく、正解は『え、解ってないの?』だ」

 

私の言葉に、女性の目つきがより鋭くなる。そのうえ、何かしら見えちゃいけないオーラ的ななにかも見えた気がした。たぶん、色があるとすれば燃えるような赤色だろうか。私は目の前の女性を上から下、下から上へと嘗め回すように見つめる。

茶色の髪が腰まで伸び、瞳の色は赤色。服装は私たちを拉致した時のままで、SPに扮した黒スーツのままだ。あの時は目元を隠すようにサングラスを着けていたが、今はつけていない。顔だちは・・・いかん、目つきが鋭くなっているせいか、どう見てもヤンキー姉貴という言う印象しかない。まあ、人は見た目が9割、初対面であって場合はその人の顔を10秒見つめるだけで、その人の本質を7割方察するという。だから間違っていないだろう・・・たぶん。そんなことを考えていると、いつの間にかヤンキー姉貴が目の前に立っていた。その顔は先ほどと同じように随分と怒っていらっしゃる。

 

「あのさぁ、正直ここで死ぬか?」

 

そう言うと、ヤンキー姉貴は懐から黒い塊を取り出すと私の額に押し付けた。しかも固定するように私の顔を後ろから抱えるようにして更に力強く押し付けてくる。冷たい感触と硬い物を押し付けられて痛いんですけど。

さて、こんな状況になったのはどうしてか?取りあえずおさらいをしてみようか。

 

 

事の始まりは、千冬少女が弟の一夏少年と共に私の家にやってきたことから始まる。千冬少女は、去年の第1回IS世界大会(モンド・グロッソ)の優勝し、一躍時の人状態だった。そのせいで、一時期は彼らを私の家でかくまったほどにマスメディアなどに追い回されていた。しばらくして騒ぎは収まったが、それでも彼女は周りから注目されているというのだから、人気者は辛そうではある。話を戻そう。

彼女曰く、そろそろ第二回モンド・グロッソがドイツで行われるという。もちろん、第1回優勝者である彼女が出ないわけにもいかず、選手として出場するとのこと。去年の時は、そのせいで家に一人で残る一夏少年を心配し、私のところへ預けに来たのだ。だから託児所ではないと言っているだろうに・・・。

私はそのことを思い出し、また預かるのか?と確認すると、予想外の答えが返ってきた。なんでも第1回の大会の際に、日本政府に一夏少年のことを話したとのこと。家に残すのが心配ということを覚えていたのか、今回は一夏少年を特別に招待するという。そうか、しばらく織斑姉弟はドイツに行くのか、と思うと、千冬少女の次の言葉に私は耳を疑った。

 

『一緒に来てほしい』と。

 

正直、何故私まで?とは思ったが、千冬少女曰く『私は大会の練習で一夏と一緒にいられない。今回のことは、一夏にとって初めてのことばかりで不安になってしまう。だから私たちのことを知っていて、頼りになる貴女にも来てほしい』と。うん、このブラコン馬鹿姉め、そういうことを言われたら断り辛いでしょうがぁ!!

結果、私は一緒に着いていくことになりました。まあ、本場のドイツ料理に興味があったのは確かだし、しかも旅費は日本政府が受け持つというのだから、私にとって悪い条件ではなかった。と、思っていた時の私を殴りたい。

ドイツに到着した後は、千冬少女やスタッフと共に選手が滞在するホテルに移動。ホテルに到着した後は、日本スタッフと護衛というSPとの顔合わせを行った。

そして大会に向けて準備をする千冬少女と別れ、私と一夏少年は取りあえずドイツ観光にしゃれ込んだ。その際、初めての場所で迷子になるかも?という心配ごとをを伝え、もしもの時にすぐに迎えが出来るよう、発信機を付けてもらった。これで私たちの居場所がすぐに解るという。また日本政府からのゲストいうことで、変装したSPが周りにこっそりといた。なぜ解ったかって?一応、顔は覚えておいたからね。

歴史ある建物は、古い建物が好きな私としては満足だった。まあ、一夏少年は退屈そうではあったが、そこは男の子だからだろう。先に大会会場の場所を確認に行けば、色々と準備が行われ、異様な熱量を感じたのは驚きではあった。なにぶん、スポーツに興味のない私なので、これほどまでに熱狂するものか?と思ったのが正直な感想である。

食べ物にしても、『ヴルスト』いわゆるソーセージは色々あって美味しかったし、『シュニッツェル』、日本でいうカツレツは日本を思い出させた。有名であるビールに関しては、一夏少年の面倒を見ている立場であり、子供である一夏少年の手前、飲むわけにはいかなかった。そもそも私は下戸なのでどだい飲めるわけがないのだが。そんな観光を満喫し、気付けば大会は決勝戦となった。

私はネックレスをつけ、普段よりも少し豪華な服装で、一夏少年は寒さ対策の防寒着。先に大会会場へと移動した千冬少女らに続くように、私たちは送迎車に乗り込んだ。その際、いつもの運転手と顔が違っていたことを尋ねると、どうやら体調不良で急きょ変わったという。そうか、と流して乗り込んだ結果、いつの間にか眠ってしまい、気付けば縛られていたというわけである。

 

周りを見れば、天井に小さな明かりがあり、窓がないコンクリートの壁が目に入った。そして唯一の出入り口の扉の側には、運転手であった女性、ようはヤンキー姉貴が座っていた訳だ。なんでも、千冬少女が優勝するのが面白くない人がいるらしく、それを妨害するために家族である一夏少年を誘拐したという。ちなみに私はおまけ扱いと言われ、内心ではものすごく腹が立った。すでに日本政府には連絡をしており、あとは結果待ちと言う。あと、発信機の類はすでに取り払われているとのことで、すぐに助けがくるとかねぇから諦めな、とヤンキー姉貴はニタニタと笑顔で言ってきた。

そんなこんなで後は待つしかないのだから、私は彼女に打診したのだ。『(どうせ私は何も出来ないし、するつもりもなく、ちゃんと人質をするから)縄を解いてくれ』と。別段抵抗する気のない人間を縛るのは人道に反するし、私にはそっちの趣味がなかったから。その結果が、なぜかヤンキー姉貴は怒り、私は頭に銃を突きつけられているのだから理不尽でしかない。

 

「今、何時だ?」

 

「あん?」

 

「今何時だと聞いているんだ。こんな窓も時計もない部屋にいれば、時間の感覚がなくなるのは当たりまえだろう。こんな場所に、しかも縛られたままでいるのは正直辛くてね。いつ終わるか気になって仕方がないんだ。そっちの目的は織斑姉の優勝を阻止だけの話。なら織斑姉の試合時間まであとどれくらいなのか気にするのは間違ってないだろう?それに私とは違い、一夏少年はまだ子供だ。長時間の緊張に耐えられるのか心配でね」

 

「っけ、口だけは回るぜ」

 

額の冷たい感触が離れる。どうやら興味が逸れたみたいだ。私は取りあえずため息を吐いた。今のは私自身の本音だ。正直、誰かさんのために振り回されるのは御免こうむる。それこそまだ子犬のようにじゃれついてくるどうしようもない友人()の方が可愛げがある。そんなことを考えていると、ヤンキー姉貴が再び私の前に立ち、その顔を近づけてきた。

 

「まだまだ時間はあるみたいだ。残念だったな」

 

殴りたい、その笑顔。でも答えてくれてありがとうございます。

 

「ああ、感謝するよ」

 

取りあえずは礼は言わないとね。ところで、気になったことを一つ聞いてみようか。

 

「ところで、一夏少年の方は大丈夫かね?おまけ扱いの私よりも、彼の方がそちらも大切なんだろう?ならとりあえずは丁重に扱いなさいよ」

 

「安心しな、別に何もしちゃいないよ。てめぇと同じように縛って、部屋にブチ込んだだけさ」

 

「いや、それダメじゃん。全然丁重じゃないじゃん」

 

「あ?」

 

思わぬ酷い扱いに、私は素で言葉を出してしまった。しかもそれをヤンキー姉貴が耳ざとく聞いて、また顔に青筋浮かべちゃったし。誘拐も不可抗力だし、人質扱いも理不尽だ。だが、これでは後で保護者失格と千冬少女に恨み抱かれても困る。それこそ、初めての出会い(あの時)のように、木刀を持ち出されたら身が持たない。これは困った、困ったぞ。私は内心で焦り出す。このままでは私は怒り狂った野生の獣(千冬少女)に襲われる。あの時は何とかなったが、今はどうなるか判らない。もしかしたら・・・・・・あかん!私は最悪の未来を思い浮かび、真っ青になった。

 

「おいどうした?」

 

取りあえず、私が行わなければならないのは、一夏少年の確保。ならば、私の未来のために、ヤンキー姉貴(貴様)は犠牲になれぇ!

 

「先に謝っておく。これも全て来る危機を避けるために仕方がないことなんだ。誰だってそうだろう?誰だって思うだろう?危険なことを回避できるなら、誰だって回避しようとするだろう?」

 

「あんた、急に何言ってるんだよ」

 

私は目の前のヤンキー姉貴に申し訳なさそうな顔をする。今からすっごい迷惑をかけることになるからね。私は()()()()()()()()()()から抜け出し、椅子から立ち上がる。

 

「な、てめぇいつの間に!」

 

驚くヤンキー姉貴に駆けより、私は腹に向けて拳を叩き込もう拳を振るう。動けなくしてから縄で縛りあげる。それこそ気絶させるつもりで拳を突き出すが、ガキィンとなにやら硬い物に弾かれた。驚く私の前には、なにやら黄色と黒の鉄板が目に映る。そして視界外から何かが迫る気配を感じ、私は目の前の鉄板を蹴り後方へと飛ぶと、今いた場所に何やら突き刺さっていた。視線を負えば、それは昆虫の脚のような形状であり、その中心にいたのは、装甲を纏ったヤンキー姉貴であった。

 

「舐めた真似してんじゃねぇぞクソおんなぁ!」

 

一体どこから入手していたのか、どうやらヤンキー姉貴はISを持っていらしい。一体どこの馬鹿が流出させたんだ。すでに国際法違反じゃないか!そのせいで私の奇襲は失敗したぞ!責任をとれ!結果として私は、ヤンキー姉貴をブチギレさせてしまった。しかもISまで持ち出したということは、完全にキレているということだ。

 

「取りあえず、足か腕の一本は覚悟しろよてめぇ!!」

 

私は言いわけをしようと思ったが、顔に青筋を何本も浮かべたヤンキー姉貴の顔を見て、交渉を諦めることにした。うん、自業自得とはいえ、これは理不尽である。これもすべては世の中が悪い。そんなことを思いながら、

私は首にかかっているネックレスを確認する。どうやらこれは没収されなかった辺り、ただのネックレスと思われたのだろう。そして迫るヤンキーinISに対峙し、私は兎のプレゼント(ネックレス)に指を添えて言葉を紡いだ。

 

やってみなさい(起動)



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15話

すみません、書き足したら2000文字ほど増えました。


「二人が誘拐されました」

 

その言葉は、私の耳を通り過ぎていった。最初は理解できず、ただ聞き流していた。そしてその言葉の意味を理解すると、私は目の前の女に掴みかかった。女は日本政府から派遣された外交官だが、そんなことは今の私には関係ない。美人ではあろうが、目元が吊り上っている顔の外交官からの言葉に、私はその意味を問い詰める。

 

決勝戦の準備があり、私は一夏とみやこさんと別れ、先にホテルから出発した。その後はISの調整をしつつ、準備体操として身体を解していた。ついさっき、ホテルから二人が出発したことを聞き、決勝戦前に二人の顔を見ようと待っていた。これまでも試合前には二人と顔を合わせ、一夏の応援とみやこさんの小言を聞いてきた。そうすると不思議と緊張感がほぐれ、自分としても気持ちよく試合に向かうことが出来た。しかし、そろそろ着いてもいいころだというのに、いっこうに二人が来ない。渋滞かなにかで遅れていると思い、しばらく待っても連絡すら来ない。何か嫌な予感を感じ、私はみやこさんに電話をかけようとした。その時、外交官が扉を叩き、深刻な顔をして私に伝えたのだ。『二人が誘拐された』と。

 

「何を・・・言っているんだ?」

 

外交官の胸ぐらを掴み、そしてぎりぎりと力を込めて締め上げていく。外交官の顔は酷く狼狽し、締めあげている私の手を掴んだ。だが私は更にキリキリと絞めあげていく。

 

「先ほど・・・日本の大使館に連絡があったの。織斑一夏とその・・・同伴者を預かっていると。その後に、ホテルの倉庫から、縛られて気を失っていた、運転手が発見されたわ。そして送迎用の車が、近くの駐車場から見つかった。如月みやこに着けていた発信機と一緒にね。無事返してほしいのなら、決勝戦を辞退しろ・・・と。二人の写真も、一緒に、送られてきたわ・・・」

 

外交官が私に見せた写真には、真っ暗な部屋の中、薄暗い明りの下で椅子に縛られている女性と少年の姿。確かに二人だった。私は締め上げていた外交官を突き離し、部屋の扉へと向かう。

 

「何を・・・する気なの!?」

 

「決まっている、決勝戦を辞退しに行くんだ」

 

咳きこみながら、たどたどしい言葉で外交官が問う。それさえも無駄な時間だと感じ、私は扉へと足を進める。だが扉の前で、彼女を護衛していたSPたちが壁となる。どうやら私をここから出す気はないらしい。

 

「馬鹿なことはやめなさい」

 

外交官の言葉に、私は声を荒げて振り向いた。

 

「馬鹿なことだと!?私の家族が、友人が、私のせいで危険な目に遭っているんだぞ!相手の要求が私が決勝戦を辞退することなら、私は喜んで辞退する!」

 

私の言葉に外交官はたじろぎながらも、私の顔を見据える。

 

「早まった真似はやめなさい。この件については日本政府がドイツと話し合っているわ。それにドイツの警察と協力して二人の行方を捜している。じきに二人は見つかるわ」

 

「ふざけるな!そんな、そんな悠長なことを待っていられるか!もしも相手に気づかれたら二人はどうなるんだ?もしも二人に何かあったらどうするんだ!私が辞退すれば二人が無事に戻ってくるんだろ?なら私の答えは一つしかない!」

 

「仮に貴女が決勝戦を辞退したとしても、二人が帰ってくる保証なんてないわ。それこそそのまま二人を連れ去る可能性もあるのよ?二人が心配なのは解ります。ですが少しは落ち着いてください。今の貴女は、冷静な判断が出来ていないのよ」

 

「家族が誘拐されて冷静になれるわけがないだろう!私の、私のせいで、あの二人は巻き込まれたんだぞ!」

 

私は扉の前に立つSPたちに向かい、いら立ちも含めて言葉に出す。

 

「そこをどけ」

 

「出来ません」

 

サングラスで目元が隠されていて表情が読めない。彼らも仕事だから仕方がないのだろうが、私には関係なかった。一刻も早く、二人を救わなければならないんだ。私のせいで、二人が危険な目に遭っているんだから。どけと言う私の言葉に、SPたちは「出来ない」と動かない。もはや力づくででも!、と私が拳を握ろうとした瞬間、私の携帯電話が鳴りだした。

私はすぐに携帯電話を手に取り、相手を確認する。相手先は非通知設定。私は震える手で受話器のボタンを押した。

 

「ぐーてんもーげーん?あれ、ぐーてんたーく?どっちでもいっか!ハロハロ~」

 

「何の用だ」

 

ミシリと携帯電話から音がした。

 

「うんとね~、今ちーちゃんがとんでもないことになってるって聞いてね、だから電話したの~」

 

「そうか」

 

私はそのまま電話を切ろうとして、携帯電話を握りしめる。

 

「ちょちょちょちょっとまって!流石にそれはダメだと思うの!」

 

「もう一度聞く、何の用だ」

 

ミシリミシリと音を立てながら、私は冷静に言葉を待った。

 

「いっくんとみーちゃんの場所、知りたい?」

 

「どこだ!二人はどこにいる!さっさと答えろ!」

 

私は相手の言葉を覆うように問いただす。私の大声に、周りのスタッフや外交官たちが驚く。

 

「ちょっと、声が大きいってちーちゃん。ああ、耳がキーンするぅ・・・」

 

「貴様のことなどどうでもいい!さっさとしないと今すぐにでも・・「うーんとね、そろそろだと思うんだ」なんのことだ?」

 

私は、割り込んできたその言葉に言葉を噤む。そろそろだと?いったい何が・・・。

その内心に応えるように、あらゆる電化製品がプツリとキレた。まるでブレーカーを落としたかのように。突然真っ暗になったことに戸惑うスタッフたち。観客席の方でもざわざわと戸惑いの様子が聞こえてきた。唯一の明かりは、空高く照らす月の光のみ。そして停電から数秒後、まるで何もなかったかのように再び電気が戻る。周りでは「いったい何が起こったんだ?」という声が聞こえる。

 

「もしもし~?」

 

私は携帯電話から聞こえる声に耳を傾ける。

 

「今のはなんだ?」

 

「『白兎』が起動した影響・・・かな」

 

「な!?」

 

その言葉に、私は危うく電話を落としかけた。なぜならその名前は・・・。私はそのことを問いただそうとするが、パチンと不意にテレビがつき、そちらに意識をむけた。電気コードにつながれたテレビ。それはどこにでもあるテレビだ。それこそ言葉で電源がつく機能はついていない。もちろん、誰も電源に触れていない。そう、勝手に電源がついたのだ。そして映った画面には、街の地図と赤い点。

 

「一応、警察の方にも連絡を入れておいたから急いだ方が良いかも~。まあみーちゃん等の方は、『白兎』が起動したから大丈夫じゃないかな~。まあでも、心配ならすぐに行ってあげた方が良いかもね」

 

でわでわ~との言葉の後、ぶつりと電話が切れた。私はすぐに行動した。すぐさま待機状態のISに乗り込み、そのまま、先ほどテレビに映った地図に示された場所へと文字通り飛び出した。後ろでは外交官とスタッフの声が聞こえたが、私はそれらを無視した。足もとの道路では、ドイツの警察車両がサイレンを鳴らしながら走り出している。おそらく、私と同じ場所に向かっているのだろう。だからこそ、私は彼らよりも先に着かなくてはならない。

 

「二人とも無事でいてくれ・・・!」

 

ISの出力を最大にし、私は一目散に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だよ・・・そりゃ」

 

目の前のそいつに、私が出した言葉はそれだ。ぶっちゃけて言えば、今回の仕事は簡単だと思っていた。ただのクソガキを浚って、ブリュンヒルデの出場を阻止すればいいだけの話だった。仕事自体は楽なものだ。相手のお抱えのSPをボコって縛り上げて入れ替わり、クソガキを催眠ガスで眠らせ、車を入れ替えて監禁場所へ連行。後は日本政府に電話をすれば完了のはずだった。予想外だったのが、クソガキの他におまけが付いてきたこと。なんでも、ブリュンヒルデの友人だかなんからしかった。まあでも、私のやることは変わらない。おまけの女も眠らせ、ガキともども監禁した。

が、このおまけの女は思いのほかイカレテやがった。開口一言目が、「おや?着いたのか?」だ。ねぼけるのも大概にしろと言いたかったが、私は我慢した。状況を理解した後も、「取りあえず紐を解いてくれないか?」だ。その上、脅しで銃を突きつけりゃ「今何時だ?」だ。私も大概だが、女も私と似て頭がイカレていた。いや、この状況でおかしくなったのかもしれないが、私からすれば素だろ。

そしてクソガキのことを教えれば、頑丈に縛っていた紐をどうやってか解き、挙句に殴り掛かってきた。ISの自動防御がなければ危なかったかもしれない。取りあえず、手か足の一本でも切り落とせば嫌でも大人しくなるだろう思えば、女の身体が光り、そこに立っていたのはISだったわけだ。

 

カラーリングは白であり、ところどころに走る紅い線が、まるで脈を打つかのようにドクンドクンと光っている。大きさと言えば、ゴテゴテと装甲を纏ったせいで一回り大きくなった今のISと比べても小さく、むしろ人に近いシルエットをしている。そして今では搭乗者を守る絶対防御により、ほとんど見られなくなった全身装甲(フルスキン)。仮面の下に覗く目が、血のように赤く光っている。後方に浮いている2対の細長い箱はバックパックだろうか?はっきりいってみたことがないIS(イレギュラー)だ。こんなISが存在している、開発されたという情報はこちらにはない。ならば日本が新たに開発した実験機か?私は目の前のISを見据えてその結論に至る。たしかアメリカが他国と協力して新型のISの開発が始まったはず。おそらく、こいつもそれと同じものだろう。

 

私はその結論に至り、口元を歪める。それは予想外のチャンスがやってきたことに対する歓喜。たかがクソガキを浚うというくそつまらない仕事で、まさか日本の実験機という大物に出くわすことになろうとはな。ならばこいつを奪えば大手柄になる。それこそ、エビで鯛を釣るとはこのことか。

 

「なんでてめぇがISを持っていたかなんてのはどうだっていい」

 

私は下で唇を舐める。

 

「いいぜ。ならてめぇをぶっ潰してそのISをいただいてやるよ!」

 

私は自分の玩具(IS)である『アラクネ』の出力を上げ、目の前のISに突撃する。量子化で両手にマシンガンを呼び出し、未確認のISにぶっ放す。大抵の場合、弾を避けようと動くだろうが、なぜか相手は動かない。まるで彫像のようにそのまま立ったままだ。そして私の銃弾が蜂の巣にしようと迫ると、それを遮るように装甲板が出現し悉く弾を弾く。どうやら自動防御か何かが動いたのだろう。おそらく、白衣を着ていたことからしておまけ()は研究員かスタッフだったのだろう。ISには不慣れのようだ。

 

「なるほど、それがてめぇのISの力か!」

 

私はすぐさま右手の銃を捨て、呼び出したビームサーベルで切り裂く。やはり素人なのか、白いISは動かない。私は自分のIS、アラクネの機能である背中に搭載された8本の疑似アームを稼働させる。疑似アームはシステムに則り、目の前の敵を串刺しにしよう、まるで両手で包み込むかのように動く。が、それも現れた装甲板によって遮られる。

 

「くそが!」

 

私は奇襲に失敗したことに毒づき、一度距離を離した。

 

「ったく、なんて性能だ」

 

私の攻撃を悉く防ぐ自動防衛システム。おそらく、それが目の前のISの力。だが、実験機だからだろうか、それに容量を取られているようで、こちらに対して何もしない。いや、出来ないのだろう。乗り手もずぶの素人みてぇのようだし、ISをうまく動かせないのも原因か。

 

「まあでも、一方的にいたぶるのも悪かねぇぜ!」

 

私は再び両手にマシンガンを取り出し、銃先を相手に向ける。すると目の前のISが初めて動きを見せる。右腕を顔の視界まで上げ、しきりに手を握っては開き、握っては開く。そして今度は左手で同じことを繰り返す。まるで初期動作を確認するかのように。そして動作確認が終わったのか、私の方へと顔を向ける。その姿はまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは先ほどの攻撃に対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「フザケルナァァァァァ!」

 

私は引き金を絞り続け、目の前のくそったれ(IS)に鉛弾の雨に曝す。もはやISなんて関係ない。私を舐めたこいつをガラクタにしなければ私の気が収まらない。

 

「ぶっ壊れちまえよクソがぁ!!」

 

両手のマシンガンの弾がきれると、それらを捨てて新しい銃を取り出し、途切れることなく撃ち続ける。部屋が硝煙で満たされ、視界が不明瞭になる。だがISのセンサーが奴の姿を未だ認識する。装甲板に守られたのか、奴はまだ動いている。

 

「ならこいつはどうだぁ!」

 

今度は鉛弾ではなく榴弾だ。これで奴の装甲板をぶち抜いてやる!スコープ越しに奴をとらえようとした瞬間、そのISが突然と消えた。まるで煙のように音もなく。センサーを使用するも、屋内に存在が認識できない。モニターに映るのは部下とクソガキだけ。どこだどこに・・・!?センサーが反応する。それはまるで突然現れたかのようにセンサーに映った。そしてその位置は・・・!?

 

「後ろだとぉ!?」

 

私は振り向きざまに串刺しにしようと振動ナイフを取り出すが、白いISが私を抱きしめたせいで腕の稼働領域が狭まり、思うように動かせない。

 

「クソ!離せ!離せつってんだろ!」

 

じたばたと足掻くが、がっちりと稼働領域をきめられて動けない。私は目の前にある、装甲に覆われたクソ女の顔を睨み付け、罵倒を繰り返すが、相手は意を返さないそうに無言。突如後ろのバックパックらしき箱が開き、ISに走るラインと同じように紅い光が覗く。その瞬間、クソISが私を抱えて飛び立った。天井の壁を私を盾にして突き抜け、私たちは空に上がる。下に見える町の光が豆粒のようだ。天井を突き抜けた時のダメージで、私のISが悲鳴を上げるようにモニターに損傷の警告があふれ出す。目の前の仮面が、まるで何かを探すかのように視界を巡らし、今度は下に向かって墜ちていく。そして今度は私を下に向け、そのままガリガリと地面を削り出す。そしてようやく動きが止まり、目の前のISが私から離れた。もはやエネルギーもゼロに近いが、私はボロボロのアラクネを動かし、何とか立ち上がる。そして気づく。ここは先ほどまで倉庫ではなく、そこから遠く離れた、海岸に近い空き地であることに。

 

『アブナイカラ、アソコカラハナサセテモラッタ』

 

突如入る相手からの通信。その声は機械を通して雑音が混じり、はっきりとは聞き取りにくかった。だが、私にははっきりと理解した。私はこいつに、このISに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふざけるなぁぁァァァァアl!」

 

バチバチと火花が散る右腕で銃を取り出し、相手に向ける。だが放たれた弾は周囲に浮いている装甲板に阻まれる。カチッカチッと弾切れの音が空しく響く。

 

『シカタガナイカ』

 

その声を合図に、背中のバックパックもどきが先ほどのように音を立てて稼働。同じように赤い光が漏れ、その光が全方位へと拡散する。まるで波紋のようにISを中心として周りへと光が広がっていく。そしてその光を受けた瞬間、私のISが停止した。文字通り、まるで強制的に電源を切られたかのように。

 

「な、何がおこったんだよ」

 

私は動かなくなったISに戸惑い、身体を動かそうとして気づく。動かなくなったISは量子化されず、まるで拘束具のように私を縛っていることに。

 

「くそ!なんで量子化されねぇんだよ!動けねぇぞくそがぁ!」

 

薄汚く罵ったところでISは動かない。私は目の前のISへと顔を動かす。謎の光を放ったISは、そのまま私を見ていたが、まるで興味を無くしたかのように踵を返す。

 

「待てよてめぇ!私と戦え!逃げるんじゃねぇ!」

 

私の言葉を気にもせずにISはゆっくりとそれらへと昇り、真っ暗の空に出鱈目な赤い線を描いて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中で、俺は縛られていた。天井に着けられた薄暗い電灯だけが唯一の光源だった。目の前には唯一の入口であろう扉がある。当初、俺はどうしてこんなところにいて、しかもなぜ縛られているか判らなかった。だがなんとなく、俺はなにか厄介なことが起きているということは理解できた。そして同時に、みやこさんのことが気になった。おそらく、一緒にいただろうみやこさんも、同じような状況かもしれない。取りあえず、どうにかしてここから出ないと。俺はそう思い、縛られている身体を転がるように移動し、どうにか扉の前にやってきた。だが案の定、縛られているせいで手が使えず、ドアノブが動かせない。

 

「どうしよう・・・」

 

意外な障害に俺は頭を抱えた。うーんうーんと頭をひねっていると、誰かが近づいてくる音が聞こえる。そして次に、なにやら「アチョォォォォ!」やら「アチャァァァァ!」という叫び声。その後しばらく静寂が訪れ、ドアノブが動いた。そして扉の前にいたのは、

 

「無事か一夏少年。無事なら試合会場に行こうか」

 

擦り傷や埃まみれでボロボロのみやこさんが、いつも通りの口調で立っていたのだった。

 



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16話

地下室に紐でぐるぐる巻きにされた一夏少年を見つけた私は、彼をそのまま米俵のように抱えて外へと歩いて行った。一夏少年を見つける前にひと騒動あったが、それはどうでもいいことだ。ご丁寧に扉の前で立っていた見張りを、通信制でならったカラテと飯食って映画見て寝たことによる鍛錬で一網打尽にしただけである。その際、相手のグラサン女に何発も鋭い拳を貰ったが、そこはこの世界に来た際の特典に助けられた。最後辺り、彼らは私をまるで化け物を見るように怯えていた。まったくもって酷いものだ。こっちは殴られる度に、体内を駆け巡る激痛に歯を食いしばって耐えていただけなのに。まあ銃で撃たれなかったのは幸運だった。しかし、倒れない私に怯えるとは情けない。『血が出るなら殺せはずだ!』と、宇宙狩猟人に単身で戦った州知事を見習えと言いたい。

 

一夏少年を運んでいる際、彼は紐を解けば歩けますから!と言っていたが、生憎とそこまで悠長な時間がないのだ。グラサン女等を縛り上げた際、腕時計で時間を確認して私は血の気が引いた。千冬少女の決勝戦まで時間が残りわずかであったのだ。あのヤンキー姉貴め、「なにがまだ時間がある」だ。全く時間なんてないじゃないの!取りあえず、私は色々あってふらついている頭で考えた。自分たちがどこにいるのかを確認した後、これから行う必要条件を纏める。捕まえられるか判らないタクシーを見つけ、交通状態、会場までの距離、その他を含めた時間・・・。

うん、どう考えても決勝戦に間に合わない。電話で無事を連絡しようにも、捕まった際に携帯電話は取り上げられたらしく手元にはない。かといって取りに戻るのも疲れるし、近くの公衆電話を探すしかな・・・しまった!千冬少女の電話番号を覚えてないぞ!?そんなことを内心で考えながら、私たちは外へと出た。どうあっても間に合わないということを理解した私は、一夏少年を地に降ろし、縛っている紐を解く。どうせ間に合わないんだ、ゆっくり行っても別にいいか。千冬少女に会った際は素直に怒られよう。しかし、今からタクシーを見つけないといかんとはなぁ、疲れるなぁと笑ってごまかす。私の言葉に、一夏少年も苦笑い。その直後、たぶん会場方面だろうか、そちらから何かが近づいてくるのを感じた。それ一筋の光だった。まるで一直線にこっちに向かってくるこのが解った。

 

『こちらに向かってくるISを確認。搭乗者は・・・織斑千冬です』

 

「そう、ありがとう」

 

私は端的に答えた。そして一夏少年に振り向き、彼と同じように苦笑いをする。

 

「喜びなさい一夏少年、私たちは幸運のようだ。そして同時に不幸でもあるみたいね」

 

「え、それって・・・」

 

「どうやら心配性の家族が迎えに来たみたいだぞ」

 

私の言葉の意味を察したのか、一夏少年は口を開く。が、一夏少年の言葉を遮るように、光の塊が私たちの目の前に降り立った。そして光が消えるよう小さくなれば、私たちに向かって一人の少女が駆け寄ってくる。

 

「イチカァァァァァァァアアァアァァァッァァ!」

 

そして私の目の前で一夏少年に抱き着く少女、そう、千冬少女だ。内心、なぜ千冬少女がここにおるん!?と撹乱していたが、至って冷静に務めた私は自分を褒めたい。それから数分たった後、何やらやかましい音と光が近づいてくる。それはドイツの警察車両だった。後は流されるままに救急車に放り込まれ、病院に放り込まれ、検査室に放り込まれ、そして病室に放り込まれた。あれ?放り込まれっぱなしじゃないか?病室で検査入院の際に、警察に事情を聞かれ、日本政府の方に謝罪された。まあ、私も一夏少年も元気だし、謝罪されたならば問題はお終いと言っておいた。一番悪いのはヤンキー姉貴としておこう。あ、一夏少年も同じように検査入院を受けている。千冬少女は一夏が心配だとそっちにつきっきりだ。

そんこんなで、予想外の(病院への)宿泊を楽しんだ。テレビやラジオを聞いていた訳だが、ドイツ語ゆえに番組は何を言っているのか解らない。でも日本ではお目にかかれない番組を見聞きできてなんだかんだ楽しい機会だった。そして身体に異常が見られないということで、私たちは無事退院が決まった。退院日が明日になり私は窓から覗く最後の夜景を眺めていた。

 

「で、何しに来たんだ?」

 

私は窓を眺めながら、いつの間にか隣に立っている兎に声をかける。兎は黙ったまま顎に右手の人差し指を置き、しばらく考えた後、首を傾げながら言った。

 

「うーん、一応みーちゃんといっくんのお見舞い?」

 

「なぜ質問口調なのよ。それに聞いているのは私の方よ。まあ、お見舞いとして受け取っておくわ」

 

私は彼女に顔を向けることなく、彼女も私を見ようともしない。だがこの距離感が私たちらしいとも言える。しばらく静かに景色を眺めた後、私は口を開いた。

 

「ありがとう。束のプレゼントに助けられたわ、そして束自身にも。私たちの居場所を探して教えてくれたんでしょ?」

 

「べっつにお礼なんて水臭いなー。みーちゃんは私の友達だからね。友達は助けないと罰が当たるって誰かが言ってたし」

 

「そっか」

 

そして再びの静寂。窓から入ってくる夜風が冷たくて気持ちいい。

 

「白兎、使ったんだね」

 

「そうね、そうしないとまずかったから。ISなんて持ち出されたら、こっちだって使わざるを得ないのよ。私は()()()()()()()()普通の一般人よ?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「ちょっとなんで謝るのよ。ここはうっそー!?って、お前のような一般人がいるかー!?ってツッコみを入れる場面でしょうに」

 

私の言葉に無反応の兎に、私はため息を吐いた。

 

「白兎を責めるのはお門違いよ。今回はちゃんと加減をしてくれたわ。あれは白兎が()()()()()()()()()()()()()なんだから。それに()()()()()()なら、私が勝手に首を突っ込んだだけの話よ。そしてもう終わったこと。はい、この話はもうおしまい!」

 

パンパンと両手を叩き、暗くなった空気を一度変えることにする。

 

「それに今回のこと(誘拐)は束には関係ないじゃない。どこかのお馬鹿さんが全部悪い。だからこそ、そこで立っている貴女も、自分を責める必要はないわ」

 

「・・・・・・」

 

「どうせ貴女のことだから、今回のことは私のせいだ、なんて謝りに来たんでしょ?まったくもって貴女らしいと言えばいいのかしら、千冬ちゃん?」

 

コツリコツリと近づいてくる足音。私はくるりと振り向き、千冬少女へ視線を向けて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。千冬ちゃんとの約束を守れなかった。一夏君を危険な目に遭わせてしまったわ。それに今回の件で、千冬ちゃんは大会を・・・」

 

「やめてください!それを言うなら、今回の件はむしろ私がみやこさんたちを巻き込んでしまった!私のせいで、みやこさんも一夏さんも危険な目に遭わせてしまった!何がブリュンヒルデ(世界最強)だ。私のせいで・・・」

 

顔を上げれば、顔を手で覆っている千冬少女。手の隙間から水がこぼれていく。

 

「じゃあ、互いに許してみたら?」

 

「「え?」」

 

束の言葉に私たちは声を上げる。束の顔はにっかりと笑う。

 

「だって二人とも謝っているんでしょ?だったら二人で許したらいいじゃない。それで御相子、お終い。良い考えでしょ?」

 

しばらくの沈黙の後、私たちは互いの顔を見つめ、ぷっと噴出した。ケラケラと笑う私たちに、束はええー?なんで笑うのー?と顔を膨らませる。

 

「そうだな、それは良い考えね」

 

「ああ、お前にしては良い考えだ」

 

「ちーちゃん、それはどういう意味?」

 

「すまん、つい本音が出てしまった」

 

「ちーちゃん!」

 

またコントをされても困るので、私はまた両手を叩いて止める。そして私は千冬ちゃんを、千冬ちゃんは私を見据え、そして互いに言葉を出す。

 

「「私は貴女を許します」」

 

そして私たちは互いを抱きしめあった。私もー!と束も私たちに飛びついた。病室は窓から入る冷たい空気に満たされていたのに、私はとても暖かく思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私たちは日本へと帰国した。当時は、千冬少女の大会棄権について色々と取材陣が嗅ぎまわっていた。それこそ彼らの家の周りには取材陣がいっぱいだった。だからまた私の家にこっそりと匿った。まあ、日本政府から一夏少年の誘拐事件について発表されたので、千冬少女への批判はなく、事件に巻き込まれた被害者と言う同情へと世論が流れたのは幸いだったか。だが、この件で千冬少女は現役引退。そして一応、事件の協力を担ったドイツとの友好と『借り』を返上するという名目で、千冬少女はドイツへと旅立っていった。その際、一夏を頼むと言われてしまい、一夏少年は実家ではなく、私のところで寝泊まりをしている。まったく、だから私の家は宿泊施設ではないと何度・・・。週に一度は電話をしろとの条件を呑ませ、きっかり同じ時間に一夏少年との電話をさせた。電話越しに色々と聞こえてくるが、随分とスパルタで鍛え上げているようだ。

そしてこの件に関して変わったのは千冬少女だけではなかった。

 

しばらく一夏少年と過ごしていたある日、自室で椅子に座り、静かに本を読んでいると、一夏少年が入ってきた。その顔は真剣であり、まっすぐに私を見据えている。あの誘拐事件以降、一夏少年は酷く悩んでいた。それこそ心配したお友達等が心配して私に質問してくるほどに。私はそれを知りつつも、黙ったまま見守っていたのだが。

 

「みやこさん」

 

「なんだね、一夏少年」

 

私は本を閉じ、椅子に座ったまま一夏少年を見返す。しばらくの沈黙のあと、絞り出すかのように、一夏少年は言葉を発した。

 

「俺、強くなりたい」

 

「・・・どうして?」

 

突然の言葉に私は内心では眉をひそめたが、顔は無表情に務めた。私の言葉を皮切りに、一夏少年は想いを語りだす。

 

「だって俺が強かったら、千冬姉も、みやこさんも守れたんじゃないかなって思ったんだ。俺が誘拐されなかったら、そうしたら千冬姉だって・・・」

 

自分の無力さ。それを語りだす一夏少年。自分が強ければ、それは誰もが思う普通の感情。無力さを自覚した時、人は力を求める。それはいたって正しい感情。それこそ、私にだってある。だからこそ私は一夏少年に言った。

 

「あほう」

 

「え・・・?」

 

私は椅子から立ち上がり、拳を握りしめて震える一夏少年へと歩き、彼の頭を小突く。私の行動に一夏少年は呆けた。

 

「たらとかればとか、そんなことを語ったところで、過去は変わらない。そしてそれを今更嘆いたところで意味がない。大事なのはそこから何を思って行うことだ。そして私の考えを言わせてもらえば、君の今の想いは素晴らしい、素晴らしいがゆえに危うい」

 

「危うい・・・?」

 

私の言葉の意図を掴めず、一夏少年の返答はおうむ返しだ。

 

「そう、挫折を知った人なら誰もが思うこと。力があれば・・・ってのは普通の感情よ。でもそれは怖いものよ。力は力だけでは害はないけど、力のありようは簡単に変わる。それこそ真逆にね。ISで日本をミサイルから守った白騎士と、ISを盾に好き勝手に暴れた女性たち。ほら、同じIS()なのに違うでしょ。それと同じ。君は守るために強くなりたいと思った。それは否定しない。でも、力だけを求めては駄目。力を使う思いを自分の中で形にして、力を使った際の怖さとその責任をしっかりと知ることも大事よ」

 

私は呆ける一夏少年を抱きしめる。

 

「それに、まずは他人よりも自分のことをしっかりと守れる男の子にならないと駄目。自分をボロボロにした人が、他人を守ろうなんて100年早い。」

 

そしてそっと、握りしめていた一夏少年の手を開かせる。

 

「だから今は泣きなさい。泣いていいの。強くなるのはそれからでも遅くはないわ」

 

ポンポンと、私は一夏少年の頭をはたき、そして撫でる。聞こえてきた嗚咽を、私はただ黙って聞いた。外から聞こえる雨の音が、やけに五月蠅かった。

 

 



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17話

「それじゃみやこさん、俺行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい。試験会場での緊張に呑まれないようにね」

 

駅前で交わされる私たちの言葉。私の言葉を受け、一夏少年は笑顔で駅の改札口をくぐっていった。彼が見えなくなるまで私はそこに立ち、見えなくなると、「ふぅ・・・」とため息を吐く。ため息が白くなるほどに寒い。

 

「受かってほしいわねぇ」

 

そう言いながら、私は雲一つない青空へと顔を上げた。まっさらな快晴だというのに、私の心は曇天だ。まったく私らしくもないな、と再度ため息が出る。今日は一夏少年の高校受験の日。公立の藍越学園の試験会場へと、彼は向かっていった。そして私は、彼を見送りに駅までついて行ったというわけ。昨日は色々と試験に向けての準備で忙しかった。受験会場の確認、試験表の確認、時間、持ち物、お弁当、エトセトラエトセトラ。ほら、笑ってしまうだろ?どんだけ世話好きなんだよ私!?私は彼らのお母さんか!?ってね。まぁ、どうでもいいわね。

 

これから一夏少年は誘拐事件から2年がたった。あの時の一夏少年の言葉を聴いた後、彼は変わった・・・のかもしれない。自分の弱さを自覚した彼は、身体を鍛え始めた。毎朝にランニングをするようになり、やめていた剣道を再び始めた。ランニングをした後に素振りをする程度だったが、私が聞きかじった程度の知識だが指導を行った。鶏肉を食えー!だの、獣肉を食えー!だの、野菜を食えー!だの、就寝時間は10時だー!だのと、ハチャメチャなことをした気がする。ランニングの際には、防寒着を羽織り、白い息を吐きながら自転車を漕いだ。そんなことを続け結果、ガリガリだった一夏少年は見事に細マッチョに大変身!!・・・したのか解らんが、やれることはやった。『だから私は悪くない』。

 

学問に関しても同様だ。前世の知識を持ち、学生時代に色々と本を読み漁った私が一夏少年の家庭教師になった。前世でも私が通っていた学校では、常に上位者に名を連ねていたのだ。手前味噌ではないが、それなりに頭がいいことを自負している。『慢心』?これは『余裕』と言うものだ。そしてこれは私の『誇り』でもある。私自身、勉強するのは嫌いじゃないし、人に教えるのも好きだし。その結果、一夏少年の成績も中の上くらいには上がった。これには教えた私も嬉しい限りだった。

その結果、なぜか一夏少年の友人、ようは昔からの知り合いに加え、新入りにチャイナガールも勉強会に参加するようになったのは誤算ではあった。お願いだから来るときはちゃんと事前に連絡を頂戴!こっちだって色々と準備するんだから勘弁しなさいよ!お茶とか、お菓子とか、いったい何人分用意しなきゃいけないのか分からないんだから!なんだかんだで、私の家はいつも通りに騒々しさだった。それなりに時が過ぎ、彼らもそれなりに成長しているというのに、まるで変わらなかった。

 

一方で、変わったことと言えば、チャイナガールこと凰鈴音が中国に帰国したことか。理由は私自身、良くわかっていない。一夏少年が私に教えてくれるまで気が付かなかったくらいなのだから。しかし、あそこの中華は美味であったため、ひっっっっっじょぉぉぉぉぉぉぉに残念で堪らなかった。ご飯を作るのが面倒な時には、五反田兄妹のご両親が担っている食堂か、チャイナガールの中華店にお世話になっていたのだからな。あそこの野菜炒めと餃子の味を盗もうと思い、週に何回も通ったこともあった。取りあえず、材料と調味料に関してはほぼ把握したのだが、いかんせん製法までは解らなかった。やはり本場の料理人は手ごわいなぁと、驚きと同時に尊敬をしたのだが。まあ、味を盗みに来ました!と言ってしまった私に対し、「出来ますかな?」と言ってくれたお二人は、とてもいい人であった。私が言うのだから間違いない。私の目は肥えているからな。

私から見ても随分と仲良し夫婦だったし色々とお世話になっていたので、ニンニク、ニラ、セロリ、イチジク、バナナ、大豆にスッポンなどを好意の証として送った。お疲れのようだから、精の付く物で身体を養ってほしかったからな。何故かそういった品を送った後は、定休日でもないのに店が休みになっていたのた度々あったのが不思議だった。はて?なぜだったのだろうか。今でもよく分からん。まあ、些細なことだ。そういえば一夏少年が私に、チャイナガールから「私、お姉ちゃんになったみたいなの」とかなんとか。いかん、記憶が曖昧だな。

そんなこんなで、私の取り巻く世界はそれなりに変わったり変わらなかったりと、忙しかっただけの話だ。別段、そこまで重要な話ではないだろう?期待していたならすまんな。

 

一夏少年を見送った私は、家に戻ると掃除をし始める。本が積みあがった自室、今ではすっかり一夏少年の部屋になっている畳部屋、台所、応接間、玄関、その他色々の部屋に掃除機をかける。ウィーンと鳴る掃除機を動かしながら、私はお気に入りのラジオ番組から流れる音楽を聞き流す。前は掃除の気を紛らわせるためにかけていたのだが、今ではこうしないと気が乗らなくなったのだから、日課と言うものは恐ろしいものだ。一通り掃除機をかけ終わると、今度は庭の草むしりだ。今の寒い時期ではそんなに生えていないのだが、夏の時期では庭が緑一色になる。いっそのこと除草剤を蒔いてやろうかと思ったし、草刈り機で狩りつくそうかとも思った。でも子供たちが遊ぶばしょだから何かしら影響があったら困るし、かといって草刈り機を扱うのはちょっと気が引ける。なので、結局は人力で引っこ抜くしかないというわけだ。困った時は、一夏少年やそのご友人らを巻き込んで草刈りを行った。彼らのご両親にお伺いをした際には、すぐに承諾を得られたのは驚いた。やはり情けは人の為ならずということか。もちろん子供たちには、終わった後には冷たい麦茶や自家製アイスキャンデーを振る舞って口を黙らせた。ふふん、これが頭脳プレーと言う奴と言う奴よ。

青い作業着に身を包み、両手に軍手を嵌めて、私は一心不乱に草を引っこ抜く。ブチブチと根っこが引っ張られる音が、寒空の静かな世界に響き渡る。

 

『私を使わないんですか?』

 

「こういうのは、自分でやるのがいいのよ」

 

『主の行動は良く・・・解りません。効率面からしても主の行いは無駄なことが多く見られます』

 

「効率だけを考えれば、貴女を使えば簡単でしょうね。でも効率だけ考えるのは味気ないじゃない。無駄を楽しむのも人よ」

 

『よく・・・解りません。人間は効率を重視するのではないのですか?』

 

「それを否定する気はないわ。むしろ大半の人は貴女に賛同するでしょうね。単に私が外れているってだけかもね」

 

『ではなぜ?』

 

「仮に貴女を使ったとして、何をするつもり?」

 

ジャバウォックの牙(パイルバンカー)で根こそぎ抉り取ります』

 

「却下。巨大なクレーターを作る気?」

 

『ではグリフォンの爪(高周波振動発生機)で』

 

「ここら一帯を瓦礫の山にしないのならいいわよ?加減出来るならね」

 

『・・・・・・』

 

「おいこら、そこは黙るんじゃない」

 

私はため息を吐きつつ、ブチブチと草を抜くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取りあえず、庭一帯を引っこ抜いた後、私は一息吐こうと軒先に腰を下ろす。時計を見れば、いつの間にか正午を過ぎていた。どうりでおなかの虫が鳴り響くわけだ。というか、私は二時間近く草を引っこ抜いていたことになる。物事に集中して周りが見えなくなるのは私の悪い癖だが、こればっかりは性分と言うものか。直しようにも直せない。そんなことにため息を零しながら、私は汗だくになった作業着を脱ぎ、シャワーを浴びて汗を落とす。普段着に着替え、先に暖房をかけて温めた部屋の中で緑茶を淹れる。コップからの熱さを感じながらも一息つく。すでに1時近くになったが、昼食を食べるとしよう。私は一夏少年の弁当を作った際に、同じもので昼食を用意しておいた。鮭と梅干のおにぎりとデザートのフルーツを少々。おかずは嵩張るので作りはしなかった。

一人で食事をとる時は、行儀悪いがテレビを見ながらの食事をしてしまう。一人で黙々と食べるのは寂しいものと感じるようになったのはいつからだろうか?おそらく、一夏少年と鍋を囲った時からか。

 

そういえば、一夏少年はどうしたのだろう?時間を見れば、そろそろ筆記試験が終わったところか。確か試験は筆記だったぁ?そろそろ一夏少年から連絡が来てもいい頃だが、どうしたんだろ?しかし、一夏少年は大丈夫かなぁ。過去問は何度か復習したけど、うっかりってのがあるからなぁ。一夏君、あれでポカをやる時はやるからなぁ。もしかしたら、何かあって試験会場に行けなかったらどうしよう。いや、行き方は確認したから問題なし。時間も確認したし、試験教科も間違いない。

でももしもってことがあるからなぁ・・・電話が来た時、気落ちしていたらどう声をかけようかなぁ。そんなことを思いながら、私はテレビに内容を聞き流す。すると家の電話が鳴った。電話の相手は一夏君。私は息を整え、何も心配ないように声を出す。

 

「一夏少年か?試験はどうだったか?」

 

『みやこさん!?良かった繋がった!』

 

電話の向こうの一夏少年は、何やら切迫しているような声を上げた。

 

「ん?どうした一夏少年。何をそんなに慌てている?」

 

『何ていったらいいのか分からないんだけど、とにかく大変なことになっちゃったんだ!俺どうしたらいいのか』

 

「取りあえず落ち着きなさい。大変なことみたいだけど、いったい何があったの?」

 

『なんか藍越学園の試験会場と一緒にIS学園の試験もあって、俺、偶々置いてあったISを見つけて。直接見たことなかったから、すっごい珍しいから、俺・・・』

 

「なに?なにがあったの?」

 

電話越しの彼のたどたどしい言葉に違和感を感じていると、テレビ画面の上に、突如緊急ニュースの言葉が浮かぶ。そしてそこに現れた文字は、【世界初の男性IS操縦者の発見】。

 

うん・・・?私は今まで忘れていたことを思い出す。たしか、この世界の主人公は、唯一の男性IS操縦者だったような・・・。待て、待ってくれ、流石にそれはない、絶対にない!そんなことがあってたまるか!なんだそれは?なんだそれは!?流石にそれは出来過ぎだ、むしろ悪意すら感じるぞ!?

 

そんなこと思う私を無視し、ニュースの内容が映し出される。【今日の午後、IS学園の試験を行っていた○○会場において、ISを起動したとして少年が取り押さえられました】

 

待て、待ってくれ。そこは一夏少年が行った藍越学園の試験会場だぞ?その時間は確か休憩時間じゃないか?

 

『みやこさん?みやこさん!?』

 

「うん、うん、大丈夫よ?私は大丈夫よ?それで、一体何があったの?」

 

電話越しから聞こえる一夏少年の言葉を聞き、テレビに流れるニュースを言葉を見る。そしてそれは告げられた。

 

【少年の名は織斑一夏少年で・・・】『俺、ISを動かしちゃったんだ・・・!】



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18話

「もしもし、千冬ちゃん?」

 

私は一夏少年の電話を受け取った後、すぐさま千冬少女に電話をかける。未だ要領が飲み込めていないが、今考えていても意味がないと結論付ける。こういった場合は、知ってそうな人に尋ねるべきだ。

 

『ッ・・・みやこさんですか?』

 

数回とならない内に、千冬少女の声が聞こえる。ひとまずは状況の説明をしてもらおうか。

 

「今、君の弟君から電話があってね、どうもISを動かしてしまって大混乱のようだ。落ち着くようにとは言っておいたが、あの混乱ぶりからすると相当まいっているみたいだ。おそらく、試験会場は一夏少年よりも大混乱になってそうだがな」

 

『私も先ほどテレビを見て知りました。私は今、試験会場の方に向かっています。みやこさんは?』

 

「私はまだ家の中。先に君へ電話をした方が良いと思ってね。ところで千冬ちゃんは今どこにいるの?」

 

千冬少女は、交通機関を使って藍越学園に向かってはいるようだが、どうにも渋滞に巻き込まれたとのこと。ふむ、これは困ったぞ。それこそこうしてテレビになっているからには、取材陣やらが押し寄せている可能性がある。織斑姉弟はいろんな意味で記事のネタになる。おそらく、あの第一回世界大会優勝の時や誘拐事件とは比べ物にならないくらいに。これではただでさえ苦手意識のある一夏少年にトラウマを刻みかねない。ここは一つ、大人として何とかしなければならないか。

 

「私も迎えに行くわ」

 

『み、みやこさん?』

 

「私も一夏君を迎えに行こう。こういう時は大人である私に任せなさい。なぁに、心配しないでくれ。ちゃっと行ってちゃっと拾って帰るから。あ、もしも千冬ちゃんが先に着いちゃったら電話をちょうだい。あと、試験会場の方にも連絡しておいてね」

 

取りあえず、先に電話をしてくれるように頼んでおこう。あとはそうだな、顔がばれると流石に問題だな。これをなんとかしないといかん。うんうんと考えていると、不意にアイディアが私の頭を駆け巡った。うん、いいことを考えた!

 

『みやこさん?あの、みやこさんはいったい何を・・・』

 

ぶつりと電話を切ると、私は家の外にある蔵にしまっている『アレ』を掘り出すために向かう。さぁて、昔取った杵柄の力が今こそ有効活用される時!私はココロオドル気持ちで歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、俺、いつまでここにいればいいんですか?」

 

目の前に座っている女性に俺は冷や汗を流しながら、恐る恐る尋ねた。だが、返ってくるのは無言。その度に俺は心苦しくなっていく。ここは藍越学園にある一室だ。どうも応接か何かで使われる部屋で、二つの皮の椅子と大きなソファが一つ。その間に小さなテーブルが置かれている。まあ、他にも資料が仕舞われている棚があったりと、部屋の大きさと比べて小さく感じるのは気のせいじゃないと思う。俺はソファの方に座り、俺から見て左には試験官らしい人、そして右には会場を管理していた?人が座っている。そして周りには他の部屋で監督をしていた試験官等が立っている。誰もが無言で俺を見ているのが、なんとなく分かってしまう。テーブルに置かれたお茶も、すでに湯気もたたないほどに温くなってしまった。どうぞ、と置かれたはいいが、こんな中で飲めるほど俺は無神経ではいられなかったんだ。

 

みやこさんなら気にせず飲んでたんだろうなぁ。

 

普通にお茶を飲んだ挙句、『茶うけはないのか?』と言ってしまいそうなみやこさんの姿が想像できた。くすりと声を漏らすと、一瞬にして視線を独り占め。しまった、変に警戒心を煽っちゃったぞ・・・。とりあえず、何もないです、といって黙ろう。

 

興味本位でISに触れてしまったことでなぜかISに乗ってしまった俺は大混乱。え、どうすればいいんだ!?と暴れる俺を止めようとした試験官を咄嗟に避けてしまい、試験官は壁に激突して昏倒。それから他の試験官らが現れ、混乱するさ中にで俺は取り押さえられ、そのままこの部屋に連れてこられたというわけだ。

当初は自分の名前や生年月日やら、家族のことを聞かれ、千冬ねぇのことを知って目の前の二人は吃驚仰天。すぐに一人が部屋を出た後、なにやら外で誰かと話している声が聞こえた。その後、千冬ねぇに連絡を入れ、迎えに来るということを知らされた後は、はこうして部屋にずっといるということだ。

 

正直、どうしてこうなった?という思いしかない。

 

そりゃISなんて初めて見たから、一体どういうものなんだろう?という興味があったことは否定しないけどさ。まさか俺が動かせるなんて思ってなかったんだよ。それを正直に話してはみても、目の前の二人は訝しげに俺を見てきたわけで。そもそも藍越学園の試験会場にどうしてISの試験会場が被るんだよ。ダジャレか!

 

一体全体どうなんだろ俺・・・。そんなことを考えて現実逃避をしていると、ふと何やら外が騒がしい。なんか声が聞こえる。

 

「何かあったの?」

 

「その、織斑一夏を迎えにきた、と言っている人が校門に来ているみたいで・・・」

 

「それは確かなの?」

 

「はい。先ほど織斑千冬さんから、私とは別の人が行くかもしれないとの連絡は受けているのですが、その・・・」

 

「なんなの?」

 

「実際に見てもらった方がいいかと・・・」

 

そんな会話が目の前で行われ、二人が外へと出ていく。そして、

 

「織斑一夏君、君のお迎えが来たわ。今日はもう家に帰ってください。早急にお願いします。申し訳ないけど、今回のことは君だけでなく、世界にとっても重要なことなの。だからこの件については、上と話が済み次第また連絡させてもらうわ。もしかしたら、今後のことも話し合うことになるかもしれないけど、そこは理解しれくれるかな?」

 

「なんか良く解りませんけど、とりあえず、今日は帰っていいってことなんですね?」

 

俺の言葉にうなずく監督官。そのまま俺は周りをがっちり囲まれたまま外へ歩いていく。それにしてもふと思ってしまった。

 

「ところでなんで急に・・・」

 

「えっとその、それはね・・・」

 

思った言葉が口に出てしまったのか、俺の言葉に目の前のいる片方の女性がこちらに振り向く。でも、なぜかその視線が右往左往と定まっていない。その表情に俺はますます不思議に思ってしまう。どうにもおかしな話だ。千冬姉が話をつけてくれたといっても、急に帰っていいってどういうことなんだ?そんなことを思っているといつの間にか学園の校門前に着いた。俺の疑問にどう答えたらいいか分からない監督官を見ていると、不意に声をかけられた。

 

『私が迎えに来たからだ』

 

その声に俺は迎えに来てくれた人を察した。そうか、みやこさんが来てくれたんだ。ああ良かった。少なくともこれで一安心。そう思い、俺は声を方を振り返ると

 

 

『今日は大変だったな一夏少年。じゃあ一緒に帰ろうか』

 

 

そこには白衣を着て自転車にまたがっている、顔だけがリアルな兎の珍妙な生物がいたのだった。




※安全性を考慮したフルフェイスのヘルメットです。


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19話

『お疲れ様一夏少年。それにしても災難だったな』

 

『そうですね』

 

ギャリギャリとタイヤが地面を擦る音を聞きながら、私たちは家へと向かって走る。私の後ろに座った一夏少年は落ちないように私の腰に手を回し、お腹の前でベルトのようにしっかりと結んでいる。じゃあ後ろに座ってくれ、と言った際に「ちょ、ちょっと待ってください!それって俺がみやこさんに抱き着くってことじゃ・・・?」と慌てていた。そんな一夏少年に苦笑し、こんな私にも気があるのかい?とからかいつつも有無を言わさず座らせた。

 

『まさか君がISを動かすとはねぇ。男の君が珍しいこともあるものだ。というか、そもそも何で触れたんだい?』

 

『えっと、それは偶々って言うか、なんて言ったら言いか・・・』

 

一夏少年本人も色々と混乱しているのだろう。彼の言葉は未だ現実を受け入れていないような印象だ。まさか男である自分がISに乗れたなんて誰が想像できるのだろうか。私からしても予想すらつかなかったんですけどね?まぁさか、君がISに乗るなんてね?だから私も色々と混乱してますよ。

おっとここは曲がらないといかんな。私はハンドルと身体を傾け、そのままの速さで方向を変える。ギギャギャギャギャと音が聞こえるが問題なくカーブを突破。

 

『何にせよ、君がISを動かしたことは紛れもない事実。しかも大々的なニュースになっちゃったわけだ。これから大変なことになるだろうねぇ』

 

『それは待ってた時に言われました。なんか上と話し合って決めるって。みやこさん、俺どうなっちゃうんですか?』

 

ギュッと私の腰に回された彼の手が強張る。そりゃ怖いだろうさ。自分の未来が誰かの手によって決められるということは。たとえそれが原作と言われる流れ(予定調和)だったとしても、彼には全く知らない未来なのだから。あ、次は行きが坂道だったから、返りだとたしか・・・。

 

『一夏君。しっかり掴まっててね』

 

『え、急になんです・・・!?』

 

バインと自転車が空を走り、そのまま地面へと落ちる。ダァンと音が響くが、その音とは逆に衝撃はそれほどでもなかった。ギリャリャとタイヤの焦げた臭いがしたが、気にせずにペダルを漕ぐ。

 

『私に言われても皆目検討がつかんよ。私は占い師でも預言者でもないのでね。取りあえずは大変なことになるんじゃないかな。言い方は悪いが、再び君は世界から注目される有名人になったわけだ。しかも女にしか扱えないISを動かした最初の少年としてね。まあ、悪いようにはされないんじゃない?多分だけどね』

 

『え・・・悪いようにはって、どういうことですか!?俺ナニされるんですか!?』

 

『例えば・・・いや止めておこう。君を不安がらせる必要もないしな』

 

『いや余計に不安になるし気になりますよそれ!』

 

必死な一夏少年の姿に、私はクフフと笑う。からかわれていたことに気付いたのか、『もういいです!』と拗ねる一夏少年。少し意地悪すぎたな、と反省。帰ったら一夏少年のご機嫌取りをしなくてはな。そうしないと、ブラコンの対処が大変になる。

 

『まあ、色々と気になるなら千冬少女に聴けばいいさ。一応、君の保護者なのだらかね。それにブリュンヒルデなのだからIS関係には顔が利くだろう。ISの関係者からしても、色々と功労者である君のお姉さんと仲違いになることは避けたいだろうさ。色々な意味でね』

 

私の言葉に対し、今も戸惑いのオーラを発している一夏少年。まあ、私の言葉は単なる気休めでしかないか。

 

『ところでみやこさん』

 

『なんだい一夏少年』

 

『これ、いつまでも被ってればいいんですか?』

 

『君は自転車に乗っている時にヘルメットを脱ぐのかい?』

 

『そもそもこんなヘルメットは被りませんよ。っていうか、これ何なんですか』

 

『昔取った杵柄だ。なぁに、安全性は保障するよ』

 

『安全は良くても目立ちますから!』

 

そんな一夏少年の言葉を聞きながら、私はペダルを漕ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏少年を家へと送り届け、無事に着いたと千冬少女にメールを送る。帰り際に先に着いたことを知らせていたが、彼女からは取りあえず事情を聞きに行くとの返信が来た。まあなんにせよ、千冬少女も大変なのだろうと同情はしておいた。その後、自室で読書に勤しんでいたら、玄関のチャイムが響き、顔を出してみると千冬少女が立っていた。その目つきは鋭く、身体中からは何かしら黒い物が見えそうだったので、何も言わずに部屋へと通す。なぜか置かれている彼女用の湯飲みにレンジで温めた甘酒を注ぎ、目の前に置く。

彼女は何も言わずに甘酒をちびちびと飲み始め、それを私は無言で見つめる。コン、と空になった湯飲みが置かれ、「次いる?」と聞けば、肯く千冬少女。そのままもう一杯入れれば、湯気の上がる湯飲みを見つめながら、彼女はポツリポツリとつぶやき始める。

 

なんでも一夏少年のIS学園行きが決まったのこと。女性でしか扱えないISを動かしたという事実は思いのほか影響が大きかったようで。取りあえずは第二の織斑一夏を見つけ出すために、世界中でIS検査が行われるらしい。ま、私の記憶が確かならばまず出てこないだろうけどね。なにせ一夏少年は『主人公』なのだから。

それで最初の男性IS操縦者である織斑一夏の扱いに関しては、保護(と言う名の確保)のために、法を寄せ付けない、ある意味で法に守られたIS学園に置くということが決まったらしい。取りあえずは時間稼ぎと言うことだろう。3年間という短い時間ではあるが、その間に織斑一夏の扱いを正式に決めようって魂胆でしょうね。そりゃ色々と決められないのは確かですけど、問題の先送りって大抵悪い方向に転がるんですけど、それ大丈夫なんですかね?

 

そんなことを呟き始める千冬少女であるが、ふと私は気が付く。

それ、他人にべらべらと話していい内容じゃない(他言無用の重要案件)だよね?絶対に喋っちゃいけない、私みたいなのが知っていい物じゃないよね?そのことを指摘すると、千冬少女はぽつりと、「みやこさんならいい知恵を貸してくれるかなと思って・・・」と言い出した。

 

ちょっと、ちょぉぉぉっと待ちなさい。私は千冬少女の行動に頭を抱えだす。いやいや何をしてくれてるんですかこのブラコンンンンン!そりゃ私だって何も言わずに相談に乗っちゃいましたけど!ですけどこれは想定外だって!なに国の機密情報っぽいの話しちゃったの!?絶対にダメなやつよそれ!私、国家案件の相談なんてやったことないから!そんなことが頭を駆け巡るも、努めて冷静に、私は千冬少女を諭す。

 

「なんにせよ、決まってしまったことは仕方がないわ。貴女だってこんなことになるなんて予想できなかっただろうし。まあIS学園に保護されるってことは、一応は一夏君もそれなりに安全ってことでしょ?それに千冬ちゃん、そこで教師をやってるんだから、一夏君を見守ることは出来る訳だし。色々と不安になるだろう一夏君を助けてあげたら?姉として、教師としてね」

 

「しかし、教師が一生徒を贔屓するのは・・・」

 

「そりゃ確かに教師が特定の生徒に目をかけるのは駄目よ。でも一夏少年はすでに()()()()()()()()()()()()()()()。その時点で贔屓と言われたらそれまで。言いがかり?でも人は感情で動く動物なんだから、仕方がないじゃない。っと話が逸れたわね。でも贔屓と手助けは違うわ。IS学園ってようは女子高でしょ?そんな中に男である一夏君を放り込んでみなさい?絶対に齟齬が生まれるわ。それで一夏少年が孤立なんてしたら、彼にとって地獄と同じ。下手したらISに乗る前に心がつぶれるかもしれない。考えすぎ?それもそうね。でも、色々と考えるに越したことはないわ」

 

色々と喋り出す私にただた口を開けて聞いている千冬少女。おい、しっかりしなさい。

 

「そんな中で、一夏君を理解してあげられるのはお姉さんである千冬ちゃんしかいない。教師じゃなくて、お姉さんとして一夏君を見守ることも大事よ。貴女しか心を許せる人はいないんだから」

 

そんな言葉をかけるが、私とて何をしゃべっているのか頭が追いついていない。取りあえず、この場をやり過ごすことを考えよう。

 

「そう・・・ですね。私が一夏を守らなければいけませんからね」

 

そんな言葉を聞けば、一夏君の「守るために強くなりたい」という言葉を思い出す。なんだかんだ言って姉弟の考えることは一緒ね。冷えた甘酒を飲み干す千冬ちゃんの顔は、来た時よりも少し明るく見えた。さてさて、問題は解決したみたいだし、これであんし「あの、みやこさん・・・」

 

ホクホク顔でいた私は、突如割り込んできた千冬少女の言葉に固まった。ぎりぎりと油の切れた音を奏でながら私は千冬少女へと振り向く。彼女の顔は、思い詰めたように強ばり、私は嫌な予感を感じた。

 

「実は、みやこさんに折り入って頼みたいことがあるのですが・・・」

 

千冬少女の言葉に、私は張り付けた笑みで聞き、彼女が帰った後、叫び声をあげたのだった。




都市伝説『うさぴょんライダーwith狼学生』

白衣を着た兎と学生服を着た狼が、自転車に乗りながらものすごい速さで駆け抜けるとのこと。その速さは車に追い縋るほどで、目撃者によれば空さえも走ったという証言もあり、まるで映画のような光景だったらしい。


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