ゼロの名の戦士―その未来を守るために― (水卵)
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Episode01:BEGINNING

意外とサブライダーを主役にした作品って少ないな、と思い書いてみました。
私が連載しているもう一つの作品とは違い、一話辺りに4000~7000字程度の量で書いて行こうと思います。


と言いつつ早速一話目から9000字なのは連載第一話と言うことで……。


 その日はいつもと同じで、何一つ変わらない日になるはずだった。

 いつも通りの時間に、いつも通りに起きて、いつも通りくだらないことでアイツと喧嘩になって、いつも通り無理やり家を出ようとした。

 でも、そのいつも通りが、その日で崩壊した。

 バタンと、俺の後ろで人の倒れる音がした。

 俺はその音が何なのかをすぐに理解した。俺の後ろには、アイツしかいないのだから。振り返ってみれば、案の定アイツが倒れていた。何かに苦しんでいるのか、息は荒く、苦悶の声を上げていた。自力で起き上がれる様子ではない。

 俺は、なんだかわからない恐怖に駆られて、急いでアイツに駆け寄ろうとした。

 でも、出来なかった。

 俺の身にも異変が起きたのだ。

 最初は、体の感覚が消えていった。今冷静に考えてみれば、五感の一つ『触覚』を失ったみたいなものだ。『立っている』という感覚が消え、視界が揺れた。

 次に、自分の体を見て、俺はその衝撃から声を失った。

 

 

 

 

 体が消えていたのだ。

 

 

 

 

 体が砂の粒子に変わっていく。蒸発しているように見える俺の体は、つま先から徐々に消えて行った。

 俺の体から力が抜けて行って、アイツと同じく倒れた。

 視界が徐々に見えずらくなっていく。

 光を失っていく眼で最後に見た光景は、アイツが泣きそうな顔をしながら俺に手を伸ばしていているところ。俺はその手を掴もうと、必死に手を伸ばしたのを覚えている。

 そして、意識が消える寸前で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺は覚えている。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 ──―音ノ木坂学院・屋上。

 そこは、今大きく注目されているスクールアイドル『μ’s』の練習場所である。合計九人のメンバーからなるμ’sは第二回『ラブライブ!』優勝を目指し、日々練習に励んでいた。すでに地区予選を突破し、今は最終予選に向けての練習となっている。最終予選がどんなルールで行われるか不明な今、主にパフォーマンスのレベルを上げるべく、改めて基礎から練習をしていた。体力を上げるべく基本的な走り込みから体感トレーニング、筋力アップのための筋力トレーニングなど、正に基礎中の基礎となる部分を鍛えていた。

 しかし、さすがに毎日そういったトレーニングでは飽きてしまう。本日はメンバーの中に予定が入っている者がいるため、早めに練習を終えることになっている。その為、今は既存の曲のステップの確認をしている。既存の曲を踊ることで、今の自分たちが初めてその曲を踊ったときに比べて、どれほどレベルアップしているのかを身をもって体感できるのだ。

 そして彼女たちは実感していた。初めて踊ったときに比べて踊り慣れたこともあるだろうが、体の軸がブレなくなっていたのだ。彼女たちがスクールアイドルを始めたのは、初期メンバーでは四月。今のメンバーになったのは、六月のことだ。まだ経歴の浅い彼女たちだからこそ、小さな成長を感じることができる。

 自分たちのレベルは確実に上がっている。

 誰もがそう感じていた。

 先日行われたファッションショーでのイベントも成功に終わり、今一番勢いに乗っている時期だと言っても過言ではない。

 しかし残念かな、先ほど申した通り本日はあまり長く練習できないのだ。最後のステップの確認をし終えたところで、絢瀬絵里が声をかけた。

 

「今日はここまでにしましょう。お疲れさま」

 

 絵里の声に返すように、メンバーから「お疲れさま」と声が上がる。

 練習が終了となれば、彼女たちの行動はバラバラだ。疲労を軽減するべくストレッチを行う者もいれば、のどを潤すために水分補給を行う者、流れ落ちる汗を拭うべくタオルを手に取る者、和気藹々と話す者もいる。

 彼女たちだってスクールアイドルである以前に女子高生なのだ。そう言った一面もあるに決まっている。

 そして、メンバーが着替え終え、帰ろうとしたところで、一年生メンバーの方で動きがあった。

 

「真姫ちゃん、かよちん! ラーメン食べて帰ろっ!!」

 

 そう言って二人に抱き着いたのは、一年生組の中で一番活発な少女、星空凛だ。先日のファッションショーの一件以降、一年生組の絆はより強いものとなり、このメンバーで帰宅するのが最近の日課になっていた。

 

「また? 一昨日も行ったじゃない」

 

 そう言ってやや乗り気ではない様子を見せたのは、西木野真姫。

 真姫の言う通り、凛たちは一昨日もラーメン屋に寄ったのだ。いくら彼女がラーメン好きとはいえ、さすがに付き合う身としてはもう少し日を置いてほしいものである。

 

「この前行ったおかげで、スタンプカードが埋まったにゃ。これで餃子が無料なんだにゃ~」

 

「でも、私も今日は……」

 

「ご飯も無料で付いて来るよ?」

 

「行こう真姫ちゃん!」

 

「ゔえぇ!?」

 

 真姫同様あまり乗り気ではなかった花陽だったが、凛から放たれた魔法の言葉(ごはん)によって掌を返した。

 ここ最近凛が新たに見つけたラーメン屋は、ラーメンだけでなく餃子やチャーハンなどのサブメニューも豊富で美味しく、中でも新潟のお米を使ったご飯が程よい具合に炊かれ、お米の味を最大限に引き出しているとのこと。そのご飯の美味しさは、ご飯好きの花陽のみならず凛と真姫も十分に理解しており、なぜ定食屋ではなくラーメン屋なのだ? と真姫が思うほどだ。あのお米をメインにして定食屋になれば、客足は今以上にもっと伸びるはずなのに、と考えてしまうが、店長曰く「そういった美味しいもんは、サブとしておくとより一層輝くんだよ」とのこと。

 結局、二対一となってしまい、真姫は渋々凛たちの後に付いて行くしかなかった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 ラーメン屋に着いた凛たち。テーブルへと案内され、お冷でのどを潤しながら、注文をしたラーメンを待っていた。

 そこでふと、花陽が何かを思い出したかのように二人に聞いた。

 

「そういえば、二人は『砂のお化け』って知ってる?」

 

『砂のお化け?』

 

 二人のオウム返しに、花陽はコクコクと頷く。

 

「凛は知らな~い。真姫ちゃんは?」

 

「私も知らない。何よ『砂のお化け』って」

 

「えっとね」

 

 そう言って花陽はスマートフォンを取り出すと、一つのサイトにアクセスを掛ける。数秒もしないうちに、お目当てのサイトにたどり着いたのか、花陽は画面を二人に見せた。二人は向けられたスマートフォンの画面を覗き込んだ。画面に表示されていたのは、どこかの掲示板らしきサイト。ポップなフォントで『どんな「望み」も叶えてくれる不思議な「砂のお化け」!』と書かれたタイトルが目に入ってきた。

 真姫は花陽に断りを入れ、画面をスクロールさせていく。

 

「なんでも望みも叶えてくれる砂のお化け。どこの誰なのか、どういった条件なら出会うことができるのかは一切不明。不特定の人物の前に現れてはどんな『望み』も叶えることを約束し、中には実際にその『望み』が叶った人もいる……。何よこれ?」

 

 画面に書かれていた文を読み上げた真姫は途中で読むのを止め、怪訝な視線を花陽へと向ける。

 見るからに何とも言えない怪しい話だった。

 どんな『望み』も叶えてくれる、すでにこの時点で胡散臭さが満点だ。どう見ても誰かが注目を浴びたがために作り上げた話にしか見えない。その後もスクロールは続くが、『百万ゲットしました!』、『彼女が出来ました!』、『公園のうるさい若者たちがいなくなった』などが書かれており、実際にどんな『望み』が叶ったのかが続いていた。

 だが、どう見てもありきたりのモノしか書かれておらず、また信憑性が取れるものが全くない。悪ノリした輩が書いている、そんな印象を受けた。

 

「あははは、なんかここ最近ネットで噂になってるんだよ。どんな望みも叶えてくれる『砂のお化け』。もし本当だったら会ってみたいな~って思って」

 

 怪訝な視線を受けた花陽は、スマホを自分の元に戻しつつ苦笑いをしながら言う。

 

「あなた、これを信じてるの?」

 

「別に本気で信じてるわけじゃないよ。いたらいいな~ぐらいに」

 

「それ、ほとんど信じてるのと同じじゃない」

 

「真姫ちゃんは信じてないのかにゃ?」

 

「当り前じゃない。こんな胡散臭いの、誰が信じてるって言うのよ」

 

「……サンタさんを信じてるのに?」

 

 花陽が漏らした言葉に、真姫はキリッとした瞳で花陽を見る。その視線を受けて花陽はひぃっ、と小さな悲鳴を漏らす。

 

「サンタさんは別よ。だって私サンタさんに一度会ってるもの。実際に見たんだから、信じるのは当たり前じゃない」

 

「「……………………」」

 

 凛と花陽は絶句した。以前、『ラブライブ!』予選の曲を作るために真姫の別荘を使い合宿をしたことがあったのだが、その時真姫は十六歳になった今でもサンタさんを信じていることが判明したのだ。それならばこの手の話も信じそうな真姫だが、まさか逆に否定するとは。それに加え、()()()()()()()()()と彼女は言った。それは……つまりアレと言うことになる。その場面を想像してしまう二人だが、今でも信じている真姫を見ると、どうも、何とも言えない感情に駆られるのだった。

 

「……どうしたのよ、二人とも」

 

「いっ、いや、何でもないにゃ!! ね! かよちん!!」

 

「そそそそそ、そうだね。何でもないよ真姫ちゃん!」

 

 二人がなぜか急に慌てだしたことに、真姫は「?」と首を傾げるしかなかった。

 

「そ、それより、かよちんはもし本当に『砂のお化け』さんがいたらどんな『望み』を言うつもりだったんだにゃ?」

 

 話題を変えるべく、凛は花陽に話題を振った。そしてさすが幼馴染といったところだろう、凛の考えをすぐさま理解した花陽は急いで思考を回転させ、凛の問いに答える。

 

「そ、そうだね。『ラブライブ! 優勝できますように』とかかな、あ、でも、お米をどんなに食べても太らない体とかもいいなぁ~。あ~でもでも、アイドルのライブチケット(特等席)やメモリアルグッツも捨てがたいしー」

 

「かよちん、意外と欲張りなんだにゃ~」

 

「ううぅぅ、だってぇ。……凛ちゃんは?」

 

「凛? 凛はね──」

 

「ハイ! ごめんよー。チャーシューメン、塩ラーメン、ミニ醤油ラーメンご飯セット、そして餃子、お待ちどう様!!」

 

 ちょうどそこへ、各々が注文したラーメンが運ばれてきた。

 凛の元にチャーシューメン、真姫の元に塩ラーメン、花陽の元にはこの店オリジナルと思われるミニ醤油ラーメンご飯セット、そして中央に凛のスタンプカードでおまけとしてついてきた餃子が置かれる。

 店員が伝票をテーブルに置いたのを確認すると、三人は一斉に割り箸を割る。

 パキッ、と奇麗に割れたものもいれば、少々不格好となってしまったものもいるが、そんなことは気にすることもなく各々がラーメンへと箸を伸ばす。一口すすったところで、凛は満面の笑みを浮かべ告げる。

 

「やっぱり凛は、ラーメンをいっぱい食べることをお願いするにゃ~」

 

「やっぱりね」

 

 凛らしい答えに、真姫は花陽と共に笑う。

 

「真姫ちゃんは、もしいたら何を『望む』の?」

 

「花陽、私は信じてないから何も『望まない』わ」

 

「ええぇ~、真姫ちゃん夢がないにゃ~。『もしも』なんだから何でもいいんだよ?」

 

「それでもよ。それに、『望み』なんて自分で叶えてこそのモノじゃない。そんなわけもわからないモノに、頼りたくなんかないわ」

 

「真姫ちゃん……」

 

「意外と現実的なんだにゃ~」

 

「うるさい」

 

 そう言って真姫は麺をすする。もし凛が真姫の隣に座っていたら、チョップされていただろう。そう考えると、花陽の隣に座って正解だ、と思いつつ凛も麺をすする。一方、この話題を出した花陽は、やっぱり心のどこかで『砂のお化け』との出会いを望んでいるのか、ご飯を食べながらも「でも、もし本当ならあってみたいな~、『砂のお化け』さんに」と呟く。

 何とも花陽らしい呟きを聞いた真姫と凛は微笑む。

 そこへ──、

 

 

 

 

「──もし会ったとしても、絶対に『望み』なんか言うなよ」

 

 

 

 

 まるで自分たちに釘を刺すかのように、青年の声がこちらに向けられた。

 真姫たちの席は、廊下を挟んでカウンター席の向かいにある。声の主は、ちょうど真姫たちのテーブル席の向かいに位置するカウンターに座っていた少年みたいだ。

 年齢は自分たちと同じか、それとも上だろうか。少なくとも、年下ではないことは絶対だった。音ノ木坂学院が女子高な故に、同年代の男子と触れ合う機会が少ない真姫たちから見ても、青年の身長がかなりの高い方だと見てわかる。赤みがかったクセ毛に、つり上がった瞳、青年が座っているカウンターのテーブルを見ると、先ほどまでラーメンを食べていたのか、額には少し汗が浮かんでおり、暑さを和らげるためか腰にパーカーを巻いていた。少年はティッシュで口元を拭うと、椅子から立ち上がり真姫たちの方へと近づく。

 突然自分たちの話題に入ってきた男に、真姫は怪訝な瞳を向ける。真姫の視線を受けてもなお、青年は怯むことなく、むしろ真姫と同じつり上がった瞳で真姫を見返す。

 

「──どういう意味よ?」

 

「言葉通りだ。もし仮に『砂のお化け』にあっても、絶対に『望み』を言うな。言ったら終わりだぞ」

 

 強い声音で言う青年。反論など許さないといった具合で放たれるその言葉に、花陽は脅えてしまい、肩身を狭くしていた。

 真姫は尚も青年を睨みつけ、凛も花陽を怖がらせたことに怒り花陽を自分の体で庇いながら少年を睨む。

 しかし、青年は二人の視線など気にする様子もなく、レジへと向かっていった。

 

「なんのアイツ」と真姫は去って行く青年の背中を睨みつける。

 

「かよちん、大丈夫?」

 

「うん、ちょっと怖かったけど……。それより、あの人の言っていたこと、どういう意味だろ?」

 

「そうね、まるで『砂のお化け』が本当に要るみたいな物言いだったわね」

 

『もし仮に「砂のお化け」にあっても、絶対に「望み」を言うな。言ったら終わりだぞ』と、少年は言っていた。それはまるで、『砂のお化け』が実在するような物言いだった。

 本来なら女子高生がネットの話題を題材に、和気藹々と話しているところに、土足で踏み込むような輩はいないだろう。それなのに、あの青年は踏み込んできた。

 自分たちの話題に、土足で踏み込んできた青年。さらに、『砂のお化け』が実在するような物言いを言い、絶対に『望み』を言うなと釘までさしてきた。それにより、真姫たちンテーブルにはあまり良いとは言えない空気が流れ始めた。

 それなのに、ズルズルズルと麺をすする音が豪快に響き、真姫と花陽は呆気にとられる。

 

「やっぱり、ラーメンは美味しいにゃ~」

 

 音の主である凛は、幸せそうに顔をほころばせ、ラーメンを堪能していた。

 その何とも凛らしい行動に、真姫と花陽は互いに見合うと、苦笑いを漏らしてお互いにラーメンに箸を伸ばした。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

「ぷは~、美味しかったにゃ~」

 

 ラーメンを堪能し、帰り路を歩くμ‘s一年生組。提案者である凛は満面の笑みを浮かべ、満足げに背伸びをしていた。花陽もまた、美味しい白米を食べることが出来満足したのか、その表情はしばらくの間幸せそうだった。最初は乗り気ではなかった真姫も、今では満足げに頬が緩んでいる。結局、三人ともラーメンを十分に堪能したのだった。

 本来、花の女子高生が帰りにラーメンはどうなのか? と思う人もいるだろうが、最近は『ラブライブ!』本戦に向け、少々ハードな練習が続いているのだ。こういった量あるものを食べても、すぐに消費されるため特に問題はないみたいだ。もちろん、ほどほどにだが……。

 そんな具合に、ラーメンの余韻に浸りながら歩いている中、真姫がふと、あることに気が付いた。

 真姫たちの前にいる人物だ。

 服装は制服、そしてその制服は以前真姫たちが見たことあるものだった。μ‘sは今注目されているスクールアイドルの一つであり、人気も高くファンも多い。となればもちろん、有名人が経験する『出待ち』なるものに遭遇することが多々ある。今回もそれだろうと真姫は思った。目の前で自分たちを待っているのであろう女子生徒の制服は、以前真姫たちを出待ちしていた生徒と同じ制服だった。

 さすがに何回か出待ちに会えば、それなりに慣れてくる。いつも通り対応しようと決めたところで、真姫は直感的に嫌な気配を感じた。俗にいう『第六感』とでもいうのが働いたのだろうか。

 少女は何となくこちらに歩んでくる。真姫たちも歩いているため、いずれ両者の間の距離はゼロになる。

 ある程度の距離になったときだ、ザァー、と()()()()()()()()()()()()()()()、真姫は捉えた。

 

「──っつ!?」

 

 瞬間、真姫は何とも言えない恐怖が体中を駆け巡り、二人の手を取った。突然腕を掴まれた二人は、真姫へと振り返る。

 

「真姫ちゃん?」

 

「どうかしたにゃ?」

 

 二人の視線の先で真姫は震えていた。二人のブレザーを掴む腕は小刻みに震えており、小さく荒い呼吸を繰り返していた。

 そして、消えそうなほどの細い声で、言う。

 

「……逃げるの」

 

「え?」

 

「……逃げるの」

 

「真姫ちゃん……?」

 

「いいから!! 逃げるのっ!!」

 

 叫ぶと、真姫は二人の腕を引っ張って来た道を引き返す。

 

「真姫ちゃん!?」

 

「ちょっ、なんでいきなり走り出すにゃー!?」

 

「いいからっ! 走って!」

 

「なんで!?」

 

「いいからっ!!」

 

 疑問の声を上げる二人だったが、真姫は有無をいせない勢いで二人を引っ張り走る。

 何事かと思う凛と花陽だったが、切羽詰まった様子で走る真姫の後姿を見て、何も言えなかった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 一方、その場に取り残された少女は、袖から落ちる砂を気にする様子はなく、去って行く真姫たちの後姿をただ見ているだけだった。

 そいて──、

 

 

 

 

 ──ザ―と、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 少女の元から落ちた大量の砂は次第に形を作っていき、一つの怪物となった。

 青い上下の体に、その上から赤いコートの様なものを羽織り、左手はアックスハンドとなっている。

 その姿はまさに怪物。

 その名は、モールイマジンである。

 モールイマジンは気怠そうに首を回す。

 

「あーあ、さすが()()()と言ったところか。面倒だな……でも、契約は契約だからな」

 

 気怠そうに言うと、モールイマジンは地へと潜り真姫の後を追った。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 真姫は得体のしれない恐怖から逃げるように、二人を引っ張り走り続けた。信号で止まった瞬間、この得体のしれない恐怖に捕まりそうな気がして、真姫は信号のない路地を走った。二人からは何度か静止の声が飛んだが、真姫は止まらなかった。

 

「真姫ちゃん! 真姫ちゃん!! 止まるにゃ!!」

 

 凛が声を上げ、真姫の腕を振りほどく。それにより、真姫はようやく足を止めた。

 食後ということもあってか、三人は全力で走った影響で少々お腹を押さえていた。

 

「真姫ちゃん、どうしたの? 急に走り出して」

 

「花陽……」

 

「かよちんの言う通りにゃ。どうしたんだにゃ、真姫ちゃん」

 

「凛……私──」

 

 真姫が話そうとした瞬間だった。

 ドゴッ!! と地中からモールイマジンが姿を現したのだ。

 怪物の出現に、三人は悲鳴を漏らす。

 

「やっと、追いついた。さて、契約を果たすか……」

 

 モールイマジンは、あくまで気怠そうに言い、左手のアックスハンドを構える。

 その光景が、まさに命を刈り取る死神ように見え、『死』という恐怖が三人の体に走る。真姫はかろうじて動かせる足を動かし逃げようとするが、恐怖で動けなくなってしまった花陽を見て立ち止まる。

 

「花陽!!」

 

「かよちん!!」

 

 凛がすぐに花陽の腕を掴み、崩れ落ちそうになる体を支える。

 

「凛ちゃん……」

 

「大丈夫! 凛が付いてるにゃ!!」

 

 花陽にそういうと、凛は威嚇のため近くに落ちていた大きめ石を拾うと、モールイマジンへと投げる。モールイマジンは、己の体に石がぶつかったことを、特に気にする様子は見せなかった。凛が石を投げたのと同時に、三人は再びその場から走り出す。

 やがて三人は、近場の大きな公園へと辿り着いた。後ろから追ってくる気配はない。それでも、地中から出てきたことを考えると、気が抜けなかった。

 三人はすでに肩で息をしている。いくら日々の練習で体を鍛えていたとしても、あんな得体のしれない怪物に襲われたとなると、体力だけでなく精神面をも削られていく。加えて食後だ。食後の体を動かすほど、キツイものはない。

 なかでも、こういった怖いものを苦手とする花陽は二人以上に脅えていた。

 

「かよちん、大丈夫?」

 

「う、うん。何とか」

 

 凛が心配するのも無理はない。顔は真っ青になっており、恐怖で体が震えていた。

 真姫は呼吸を整えながら凛に尋ねる。

 

「凛こそ、大丈夫なの?」

 

「凛はかよちんを守らなきゃだから、大丈夫にゃ!」

 

 真姫の問いに、ガッツポーズをして答える凛だったが、その手がわずかに震えていることを真姫は見逃さなかった。凛も脅えていることがバレバレだった。周りにその恐怖がばれないように、自分だけでも元気でいなくてはと、気丈に振る舞っているだけである。

 

「とりあえず、警察に電話を──」

 

 そう言って真姫が慌ててカバンからスマートフォンを取り出した時だった。

 

 

 

 

「あーあ、やっと見つけた」

 

 

 

 

『──ッつ!?』

 

 バサッと後ろか音が聞こえた。

 それだけで、三人の体に恐怖が走る。

 バタン、と花陽は腰が抜けたのかその場に座り込んでしまった。すぐさま凛が駆け寄り、花陽を背にしてしゃがむ。

 真姫はカタン、と音を立てて落ちたスマートフォンなど気にする間もなく、後ろへと振り返った。

 そこには、気怠そうに首を動かす、モールイマジンの姿があった。

 アニメや漫画の中にしかいなさそうな怪物が、目の前にいる。

 脳が、理解を放棄していた。

 三人の体に走るのは、頭を駆け巡るのは、『恐怖』だけ。アックスハンドを構えるその姿が、こちらの『命』を奪おうとしている『死神』ように見え、震えが止まらなかった。

 モールイマジンが一歩一歩確実にこちらに近づいてくる。

 三人は、逃げる気力すら残っていなかった。たとえ逃げたとしても、いずれまた捕まる。それを頭のどこかで理解してしまったのだ。

 モールイマジン(こいつ)からは逃げられない。そう確信してしまった。

 一歩、また一歩と近づいてくるモールイマジン。

 逃げなきゃ殺される、そう頭では理解しているのに恐怖で体が動かなかった。

 花陽は瞳に涙を浮かべ、凛は花陽を背にしてモールイマジンを睨みつけるもその体は震え、真姫はどうすればいいのかわからなくなっていた。

 ゆっくりと、ゆっくりとモールイマジンが迫る。

 ついには真姫でさえも、尻もちを付く。

 ──もう、ダメだった。

 その時──、

 

 

 

 

 ──笛の汽笛と共に二両編成の列車が突然現れた。

 

 

 

 

 比喩ではなく、そのままの通り。突然空間に穴が開いたかと思うと、笛の汽笛が響き列車が現れたのだ。

 突然の列車の登場にモールイマジンもその歩みを止め、舌打ちをする。

 真姫たちも目を点にして列車を凝視した。

 列車はその場を走り去るとまた空間に穴をあけ去って行く。

 しかし、列車が通過した場所に先ほどラーメン屋で見かけた赤髪クセ毛の青年と、一体の怪人が立っていた。おそらく部類としては、今自分たちを襲おうとしている目の前の怪人と同じだろう。

 新手か味方か、思考を放棄している真姫たちにはわからなかった。

 青年は、真姫たちの光景を見ると、すぐさま眉間に皺を寄せ隣の怪人の頭を掴み、ヘッドロックをかける。

 

「ったく、お前のセンサーどうなってんだ! 鈍すぎだろ!」

 

「痛い、痛いよ詩音(しおん)

 

「うるせえ!! 大体お前はいつもいつもいつも──」

 

 そこで詩音と呼ばれた青年は、モールイマジンの方を一瞥すると、ヘッドロックを解除する。

 

「まあいい。今はこっちだ」

 

「キサマ、何者だ?」

 

 モールイマジンの問いに詩音は鼻を鳴らすと、懐から黒いベルトを取り出した。

 それを見たモールイマジンは警戒心をむき出しにして詩音を睨む。

 

「キサマ、『電王』の仲間か!?」

 

「はあ? んな訳ねえだろ。

 ──行くぞ、デネブ」

 

「了解!!」

 

 詩音はベルトを腰に装着すると、左のケースより一枚のカードを取り出す。

 カードと言っても、真姫の見る限り紙製のモノではなく黒い板状のものだ。こちらに見える面に赤い色の『M』と『Z』が合わさったようなラインが走っている。

 詩音はカードを構えると、ベルトの上部にあるレバーを左手の親指で右側へスライドさせる。先ほど列車が現れた時と同じ、笛の音のような和風な待機音があたりに響き渡る。

 そして、青年は一言──告げる。

 

「変身!」

 

『Charge And Up』

 

 青年が掛け声とともにカードをベルトにアプセットする。赤い『Z』マークが浮かび上がり、青年の体を黒いスーツが包み込む。続いて、アーマーが装着され、最後にアーマー同様の赤銅色の牛の頭のようなものが頭部のレールを二頭走り、変形することで仮面が形成された。

 隣に立っていた怪人──デネブは自身をフリーエネルギーに変換させガトリング型武器へと姿を変える。

 そして、仮面の戦士の手に収まる。

 変身が完了した仮面の戦士──ゼロノスはモールイマジンを睨みつけ、宣言する。

 

 

 

「最初に言っておく、俺はかーなーり、強い!!」

 

 

 

 




早速オリジナル単語が出てきましたね。ちょくちょくオリジナル設定を加えている部分がありますので、うまく説明していけたらいいなと思ってます。

それでは、次回もよろしくお願いします。






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Episode02:ZERONOS

Episode02 ゼロノス

今回はほとんどが戦闘回です。




「最初に言っておく、俺はかーなーり、強い!!」

 

『ついでに言っておく……特に言うことはない!!』

 

「ならお前は黙ってろ!」

 

 コツンと、ゼロノスはデネビックバスターとなったデネブを叩く。

 そして意識を完全に戦闘態勢へと持っていった。

 

「かなり強い、か……」

 

 カチャリと、静かにモールイマジンはアックスハンドを構え、赤銅のゼロノスを見据える。

 

「面倒だが、キサマを排除しなければ、ことは進まないみたいだな」

 

「…………」

 

 詩音もまた、その仮面の下でモールイマジンを睨む。

 両者の間に広がる緊張感が、真姫たちの元にもひしひしと伝わってくる。

 これから始まるのは文字通り『命』を懸けた戦いだろう。勝者は生き残り、敗者は死ぬ。その場の空気が、真姫たちにそれを理解させた。

 両者は未だ動かない。

 真姫たちも、特に普段からいつもハイテンションな凛でさえ息をひそめている。

 静寂が広がる。呼吸を忘れ、瞬きを忘れ、いつ切れるかわからない張りつめた空気が広がっていく。

 そして──公園の水道の蛇口から、一滴の水が落ちた瞬間──―。

 

 

 

 

 ────両者の激突が始まった。

 

 

 

 

 ゼロノスは駆け出すのと同時に、デネビックバスターの引き金を引き、十個の砲門から放たれる光弾でモールイマジンを狙う。

 モールイマジンは放たれる光弾をアックスハンドで防ぐも、大雨のように降り注ぐ銃弾の雨をすべては防ぎきれず被弾。体より火花が散る。

 ゼロノスは跳躍し一気に距離を詰めると、再び引き金を引く。

 再び散る火花。

 地に着地すると同時に蹴りを放つ。ゼロノスの足がモールイマジンの腹部を捉え、肉弾戦が始まる。

 本来、遠距離武器であるガトリング銃を使用するのであれば、遠距離で戦うのがセオリーである。しかし、いくらガトリング銃でも距離が遠ければ当然光弾の威力も落ちる。

 また、詩音は直感的にこのイマジンは強敵だと判断した。強敵相手に慣れない遠距離戦法を取れば、隙を突かれて一瞬で敗北へ近づくだろう。ならば、ケンカ慣れしている詩音にとって、近距離へ持って行くのが妥当だった。

 そしてその判断は、間違っていなかった。気怠そうにしているがその視線はゼロノスを殺す、と訴えており、ひとつ気を緩めば一気に持っていかれる。

 拳を受け止められ、振り上げられたアックスハンドがゼロノスのアーマーを削る。

 

「ぐあっ」

 

「──ふんっ!!」

 

 放たれる拳、蹴り、振り抜かれるアックスハンド。

 ゼロノスはその素早さを生かし攻撃を躱していく。

 デネビックバスターの銃口はデネブの両腕が元となっている。つまり、それを振るえば実質デネブの裏拳となるのだ。銃口付近を叩き付け、怯んだところに光弾を打ち込む。

 傍から見てもゼロノスの戦い方は乱暴で荒々しく、泥臭かった。

 殴られたら殴り返す、モールイマジンの攻撃を食らっても、地面を転がっても、声を上げ戦う。

 アックスハンドを受け止め、モールイマジンの顔にひじ打ちを放つ。

 

「ガッ……!!」

 

「おらっ!」

 

 モールイマジンを投げ飛ばし転がっているところを狙い定めるが、振り上げられたアックスハンドに銃口をずらされ、反撃を受ける。

 

(──ちっ、あの手が邪魔だな)

 

 接近戦に持ち込めたのはよかったが、その手にあるアックスハンドが思いのほか邪魔だった。甘く見ていた自分の失態に舌打ちしつつ、勝機を掴むために思考を働かせる。

 ──まずは、あの手の攻撃をどうにかしないといけない。

 

(なら──)

 

 ゼロノスは一度飛翔し、距離を取る。

 

「すばしっこいやつだ。さっさと死んでくれないか?」

 

「やだね」

 

「……俺は面倒事が嫌なんだ。やるならさっさとやりたい」

 

「あっそ」

 

「かなり強いと言っておきながら、さほど強くもない貴様に、これ以上時間を使いたくない」

 

「あんまりしゃべると、小物になっていくぞ」

 

「…………」

 

 モールイマジンの言葉を、ゼロノスは簡単に流す。

 軽口を叩いてはいるが両者の間にある殺気は凄まじいものだ。

 ゴクリと、真姫は息を飲む。目の前で繰り広げられている戦い。本来なら、アニメや漫画の中でしかないようなヒーローと怪人の戦い。男の子なら目の前に広がる戦いに燃えていたりするだろう。

 だが真姫たちは女性だ。そんな気にはなれない。

 さらにいうなれば、目の前で広がる戦いは、そんなきれいなものではなかった。

 文字通り命を懸けた戦い。

 生きるか死ぬかの、殺し合いだ。

 見ているだけなのに、こちらの気力も消耗している気がした。

 

(──さて、賭けるか)

 

 詩音は覚悟を決めると、デネビックバスター構え走りながらトリガーを引く。

 放たれる光弾をモールイマジンは鼻のドリルから発生させた竜巻で弾き返す。ゼロノスは地面を転がることで竜巻を回避。しかし、迫っていたモールイマジンの攻撃の反応が遅れ、食らってしまう。

 迫る拳や蹴りをデネビックバスターで防いでいくゼロノス。

 

(──ここだな)

 

 振り抜かれたアックスハンドとそれを下から打ち上げるように振り上げられたデネビックバスターが音を立てて衝突する。鍔迫り合いとなる両者。ゼロノスは持てる力を最大限に発揮し、アックスハンドを上へと押し上げる。

 ──そのタイミングで、ゼロノスはデネビックバスターを空中へと放り投げる。

 

「──!?」

 

『詩音!?』

 

 モールイマジンのみならずデネブまでもが驚く。

 その隙にゼロノスは素早く両手を腰のゼロガッシャーのパーツに伸ばし、連結させサーベルモードにする。

 フリーエネルギーによって連結され巨大化するゼロガッシャー。

 ゼロノスはゼロガッシャーを斬り上げ刃をモールイマジンの体に走らせる。そのまま振りかぶると、今度は全力で振り下ろす。しかし手に返ってきた感触は固い金属との衝突。振り上げるというアクションを起こした隙に自分の元へと戻していたアックスハンドに防がれてしまったのだ。

 

「残念だったな」

 

「それはどうかな?」

 

「──なに?」

 

 仮面の下で不敵に笑う詩音。

 ゼロノスはゼロガッシャーを再び構え、何度も振り下ろす。そのたびに受け止められるもゼロノスは体全体の動きを使いゼロガッシャーを叩き込む。

 そして徐々にアックスハンドに異変が見られ始めら。

 

「──っつ!? コイツ!? まさか──!?」

 

「そのまさかだ──!!」

 

 ゼロノスは全力で何度もゼロガッシャーを叩き付ける。()()()()()()()()()()()。そして、何撃目だろうか。アックスハンドの破片が飛び散り始める。

 

「──くっ」

 

 これ以上はマズイと判断したモールイマジンは距離を取ろうとするが、ゼロノスの猛攻が許さない。

 

(マズイ──! これ以上は──)

 

「さっさと折れろおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 そして振り下ろされた一撃が──―、アックスハンドを粉々に砕いた。

 

「キサマあああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 己の武器を破壊され叫ぶモールイマジン。

 ゼロノスは反撃が来る前に後ろに飛ぶことで距離を取る。着地と同時に横に転がることで落ちているデネビックバスターを拾う。そして同時にベルトの左上のスイッチを押す。

 

『Full Charge』

 

 電子音声と共にフリーエネルギーがゼロノスカードにフルチャージされる。エネルギーが溜まったカードを引き、デネビックバスターにセットする。カードから伝わったフリーエネルギーが銃口に集まり、輝き始める。

 その後ろではアックスハンドを破壊され怒りの叫び声を上げながら迫るモールイマジン。己の武器が破壊されても、その戦意は喪失しておらず、ゼロノスの背中目掛けて攻撃を放とうとしていた。

 だが、

 

「──これで終わりだ」

 

 冷たく言い放つ詩音。

 振り返るのと同時に、引き金を引いた。

 放たれた高エネルギービーム『バスターノヴァ』がモールイマジンを飲み込む。

 ズザアァと、ゼロノスの体が『バスターノヴァ』の反動で後ろへ大きく下がる。

『バスターノヴァ』の光に飲み込まれたモールイマジンは跡形もなく爆散し、炎の中に消えて行った。あとに残ったのは、黒く立ち込める煙のみ。

 ゼロノスはゆっくりとデネビックバスターを下ろし、ベルトのカードに手をかける。

 

「……」

 

 その手がわずかに止まり、震えたのをデネブは見逃さなかった。

 

『詩音……』

 

「……別に、構わないさ」

 

 ゼロノスはそう言ってカードを抜き取る。抜き取られたカードは一瞬で錆びると砕け散るように消えていった。

 そしてベルトを取ることで、アーマーなどがすべて消え、詩音の変身が解かれた。

 同時にデネビックバスターから元に戻ったデネブ。詩音の表情を伺おうとするが、その背中から伝わる雰囲気で察し、やめた。

 

「…………」

 

 詩音の表情はデネブからでは見えない。

 今彼が何を思い、何を感じているのか。

 ひゅー、と秋風が詩音の頬を撫でた。

 

 

 

 

「──()()? ()()()()()()()()()()()()?」

「あれ? そういえば、()()()()()()()()()()?」

()()? ()()()()()()()()()? 

()()()()()()()……()()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()!?」

「ええ!? だ、大丈夫だよ凛ちゃん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ────秋風が、少女たちの声を運んできた。

 

()()()()()()()()()()便()()()()()()()

 

 詩音はポケットから取り出したケースを見て言う。

 そして、右手で襟足の髪を弄りながら「もう、意味わからねえ」と呟いた。

 

「おーい、しおーん。し、お、ん!」

 

 一人物思いにふけっていると、陽気に自分の名を呼びながらデネブがこちらにやってきた。先ほどの件を思い出した詩音は、さっそくしばこうと助走をつけたところで、デネブが何か持っていることに気が付いた。

 

「デネブ、なに持ってる?」

 

「生徒手帳。落ちてたんだ。あの三人がいたところに落ちてたから、たぶん誰かのだと思うけど……。

 ──詩音、そんな顔しちゃいけない」

 

 デネブの言葉を聞いたとたん、詩音の顔が明らかに引きつっていた。

 その顔には「なんで拾ってきた」「なんで落ちてんだよ」「ふざけんなよ」と、明らかにデネブが拾った生徒手帳に関わりたくないと意思表示していた。

 はいと、デネブに渡された手帳を詩音はいやいや受け取る。

 そして、誰の生徒手帳なのかを確認するため開いた瞬間──。

 

「ゔぇえ、嘘だろ……」

 

 そこに書かれている名前を見た途端──詩音の頬がさらに吊り上がった。

 

 

 

 

 




うーん、テンポとかいろいろ難しいな。気になる点がありましたら感想にお書きください。今後の糧とさせていただきます。

それでは次回『Episode03 CHANCE MEETING』に続きます……。






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Episode03:CHANCE MEETING

Episode03:邂逅





 そこは、一面荒野が続く特殊な空間だった。どれだけ見渡しても、砂一面が広がる世界。時折山岳がある程度で、ほかには何もない不思議な空間。

 幻想的で、神秘的で、とてもこの世とは思えない不思議な空間の正体は『時の中』である。

 普通の人間では決して立ち入ることのできない『時の中』。

 その空間を、蒸気機関車型の時の列車──ゼロライナーが走っていた。ブオォン、と汽笛を鳴らすゼロライナー。その車両内で詩音とデネブはババ抜きを行っていた。

 すでに勝負は決着の一歩手前。大半のカードはテーブルに溜まっており、残りは詩音の手札とデネブの手札を合わせて計三枚だけ。そして、今は詩音がカードを引く番だ。つまり、これで決着が着くかもしれない。

 詩音の手札はスペードのA一枚。デネブの手札はハートのAとジョーカー。確率は二分の一。詩音は眉間に皺を寄せ差し出された二枚の札を見つめる。

 

「…………」

 

 思考の末、詩音は左側のカードを掴んだ。しかし、いくら力を入れて引こうとしてもびくともしない。

 それはつまり、デネブがカードを引かせないようにしているということ。ムキになってカードを引こうとする詩音だったが、デネブも断固たる意志でカードを引かせないようにする。

 もうそれがジョーカーだと証明しているようなものだったが、詩音はそんなことは気にせずにカードを引くために力を入れる。

 しかし、どれだけ力を入れても、デネブの手からカードがひかれることはなかった。当然だ、人間とイマジンでは力の差など考えるまでもない。結果、詩音は諦めて右側のカードを引くと、ハートのAがこんにちわ。これによりAが揃った詩音の勝利となり、ジョーカーが残ったデネブの負けとなった。

 デネブの計らいで勝利となった詩音はカードをテーブルへと投げるとふて腐れてしまう。当たり前だ。誰だってこんな形で勝利したとしても、全然うれしくないのだから。むしろ小ばかにされた気がして、詩音のようにふて腐れる人が多いだろう。

 そんな詩音を見たデネブは懐から取り出したクラッカーを鳴らし、詩音の勝利を祝おうとするが、逆に詩音の癇に障り、喜んでいたところにタックル、頭突き、蹴り、その後もサブミッション系のプロレス技でお仕置きされていく。

 

「1、2、3、イエーイ!!」

 

 最後にはスリーカウントを取り、はしゃぐ詩音。

 イエーイ! と何度も叫び拳を上げて喜ぶ詩音。そこには先ほどでふて腐れていた時とは百八十度違う姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 はしゃぎ終わった詩音は、トランプを片付けるデネブを見ながらあることを思い出していた。

 

(そういえば、あの人ババ抜きめちゃくちゃ弱かったよな。大人なのにムキになって何度も勝負を仕掛けてきて)

 

 ババ抜きと言えば、詩音の知り合いにとてもババ抜きが弱い人がいた。どうやらその人は友人間でもババ抜きが飛びぬけて弱く、一度も勝ったことがないらしい。

 当たり前だ。なぜなら、その人がジョーカーを持っている時、どのカードがジョーカーなのか顔を見ればわかってしまうのだ。わかりやすいほどに表情がコロコロと変わるさま今思い出しても面白い。

 

「ははっ」

 

 つい思い出し笑いをしてしまう詩音。今振り返ってみれば、いろいろと懐かしさが込み上げてくる。

 詩音の日常は、生まれつき悪い目つきのせいか、変な輩に絡まれ喧嘩することが多かった。特に中学校と高校はほぼ毎日絡まれていたような気がする。

 そんな、嫌なことが増えて行った日常だったが、気に入っているところもある。行きつけの和菓子屋の饅頭は美味しかったし、あの人の道場での練習は面倒だが変な輩に絡まれた時に役に立ったし、仕事の手伝いだと言われてモデルをやったおかげで服に金を使わなくて済んだし、何度弄っても飽きない背の低い友人の母に、賢そうなのにどこか抜けてる残念な人。いつも美味しいお米を紹介してくる人の対応に何度も困ったり、二児の母親なのに体力の衰えを感じさせないあの人。いろんな人との思い出が詩音の脳裏に浮かんでくる。

 その中で、やはり呼び起してしまうのが、消えていったアイツとの思い出。

 

「──―ちっ」

 

 どれも楽しい思い出なのに、アイツとの思い出だけは決まってあの出来事だ。まあ、ここ最近はほとんど口もきかずに喧嘩になっていたから、思い出が少ないと言われればそれまでだが、よりによって思い出したくもないことを思い出してしまい舌打ちをする詩音。

 舌打ちが聞こえたのか、デネブはカードをまとめ終わると詩音の方を向く。

 

「詩音、いつまでも嫌がってないで、そろそろ渡しに行かないと」

 

「……嫌だ。お前が渡して来い」

 

 詩音の返答を聞いたデネブは、「もう」と言って詩音の元に移動する。

 

「本当は詩音だって会いたいんだろ? 大丈夫、最初はお友達から始めればいい。それから徐々に──」

 

「だから! 人の気持ちを勝手にねつ造するな! それにその出会いの仕方、完全に恋人路線に入るだろうが!!」

 

 叫び、デネブの首元目掛けで突きを放つ詩音だったが、グキッと嫌な音が詩音の手首から聞こえてきた。

 明らかに鈍い音が響いたのだが、詩音は我慢してデネブを睨みつける。しかし、次第にその表情が曇り始め、手首を抑えながら「もういい!!」と怒鳴り車内から出て行ってしまった。

 外の景色が見れるデッキへと出る詩音。目の前には殺風景しか広がっていないが、それでも中にいるよりはましだった。

 

「くそっ! マジで意味わかんねえ!!」

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

「真姫ちゃーん、ホントにここにあるのかにゃ?」

 

「ラーメン屋になかったんだからここしかないでしょ? 文句言ってないで探しなさいよ」

 

「……それが人にものを頼む態度かにゃ?」

 

「……お願いします」

 

「よろしい。かよちーん、見つかった?」

 

「うんうん、まだ見つかってない」

 

 花陽の声を聞いて真姫はため息を吐いた。

 真姫たちがいるのは昨日の公園である。あのあと、家に着いた真姫は自分のカバンの中に生徒手帳がないことに気づいた。そして一夜明けた今日、凛たちに協力してもらい昨日最後に訪れたこの公園に生徒手帳を探しに訪れた。ここを探す前にカバンの中や学校の机の中、職員室に行って落とし物として届いてないかと聞いてみたりと、普段から真姫がよく行く場所を探してみたのだが見つからなかった。

 真姫は普段から生徒手帳をカバンの定位置に入れ、なおかつ毎朝あるかを確認するほどのことまでして、生徒手帳の有無を確認している。もちろんそれは昨日もやっており、家を出るときに確認したときはちゃんとカバンの定位置にあった。学校ではめったに生徒手帳を取り出すことはないので、落としたとすれば昨日寄ったラーメン屋かこの公園と言うことになる。もちろんラーメン屋でも探したが見つからず、残るはこの公園だけになった。

 この公園はかなり広い公園であり、森林も多く学校の演劇部員たちの自主練場所や犬の散歩場所、さらにはランニングに適した場所となっている。その為、この広い公園を探すのはとても苦労することだった。さらにいうなれば、真姫たちは昨日の記憶があやふやになっており大半のことを覚えていない。

 

「まったく、どこに落ちてるのよ」

 

 真姫が愚痴るのも仕方のないことだろう。記憶がはっきりとしていれば楽なものを、記憶が無いため公園全体を探す羽目になっていた。幸い今日はμ’sの練習は午後からなので午前中の時間をフルに使えば、見つかりそうな予感はある。……あくまで予感だが。

 

「あーもう、どこにあるのよ!」

 

 叫ぶ真姫の後ろで、ガサリと音がした。

 振り返ってみれば緑色のメッシュが入った長髪の男が立っていた。緑色の瞳で自分を見てくる男に不信感を抱く真姫。だが同時に、男の顔付きに妙な親近感を抱いてしまう。この感覚は何なのか、記憶を探ってみてもこの男とは今日が初対面のはずだ。それなのに、どこか別の場所で何度もあっているようなこの感覚に、真姫は内心首を傾げるしかなかった。

 

「……なんですか?」

 

 それでも、警戒心がなくなるわけではない。突然現れた男に警戒のこもった声音で訪ねる真姫。

 男はスゥーと息を吐き、吐いた息を吸うのと同時に腰に手を当てて、

 

「ごめん!」

 

 いきなり九〇度頭を下げて謝罪してきた。

 

「へ?」

 

 突然の謝罪に真姫の口から間抜けな声が漏れる。

 

「本当はすぐに渡した方がいいと何度も詩音に言ったのだけど、言うことを聞かなくて。本当にごめん!」

 

「いや、あの、急に謝られても……」

 

 突然の男の謝罪に真姫は困惑するしかなかった。

 男はしばらくして顔を上げるとポケットから何かを取り出す。それを真姫の方へと差し出しながら男は言う。

 

「これ、君が昨日ここで落としてったものだ」

 

「私の生徒手帳!?」

 

 男が持っていたのは音ノ木坂学院の校章が彫られた手帳だった。男から手帳を受け取り中を開いてみれば、音ノ木坂学院の校則が書かれたページが数十ページとメモページ。その後ろには自分の証明写真が使われた身分証明書が確かにポケットに入っており、それが真姫の生徒手帳だと証明していた。

 探し物が見つかり安どの息を吐く真姫。正直な話半ば諦めかけていたのだ。いくら何でも記憶があいまいなままこの広い公園を探すのは精神的に来るものがある。本当ならほかのメンバーにも協力を得た方がよかったかもしれないが、さすがに曖昧な記憶の中説明するのは気が引けた。

 しかしだ、こうして見つかったことを考えればもういいことだ。世の中には『終わりよければすべてよし』ということわざがあるのだ。今は見つかったことを喜ぼう。そう思って顔を上げてみると、男の緑色の瞳がすぐ目の前にあった。

 

「ゔぇえ!!」

 

「おっ、本当に詩音と同じ驚き方だ」

 

 突然目の前に男の顔が広がっていたとなればだれでも驚くに決まっている。当然真姫も声を上げて身を引いたのだが、目の前の男はそれを気にする素振りがなく、尚も真姫の顔をじろじろと見る。

 

「いやー、見れば見るほどにそっくりだ。その髪にその目! 本当に()()そっくりだなー」

 

「え? しおん?」

 

 瞬間、真姫の頭の中の奥底で何か細い糸がピンと張ったような感じがした。うまく言葉には表せれないが、『しおん』と言う単語を聞いた途端に自分の中で何かが反応したのだ。糸が張るような、ぼやっとしたものが頭の中に浮かんでくる。しかしそれが明確には見えてこない。もやもやとした、実体の見えないあやふやな()()()が、真姫の仲から駆け上がってきている。

 記憶の奥底から駆け上がってくるこのもどかしい感じは一体何なのだろうか? 

 引っ掛かりを感じる『しおん』という言葉。男のセリフから考えるに『しおん』とは人物の名を示しているのだろう。だが真姫に『しおん』と言う人物に心当たりはない。真姫の人生の中で『しおん』と名乗る人物と出会ったことは一度もないのだ。あるとすればよく読むシリーズ小説の登場人物くらいだろうか、創作物の登場人物に引っ掛かりを覚えるなどばかばかしい話だが、それでも明らかに『しおん』という言葉に何か引っかかりを感じていた。何か別の形、言葉では表せれない何かが、自分の中で引っかかっている。

 

「あっ、そうだ」

 

 真姫が思考の海に沈んでいると、青年が突然手を握ってきた。本来であれば突然の行動に驚いて手を引っ込めるのだが、なぜか今回はそうはしなかった。先ほどまで思考の海に沈んでいたからなのか、それとも手を握られた瞬間に真姫の中で駆け巡っていた()()()が大きくなったからなのか。とにかく、なぜか嫌な気はしなかったので真姫は手を引くことはしなかった。

 青年は真姫の手の平に二個の固形物を置いた。デフォルメされたキャラクターが描かれた紙袋が二つ、丸い何かを包んだものだ。

 

「デネブキャンディだ」

 

 青年はそう言ってニィと爽やかな笑みを浮かべる。

 さらに青年はもう一つの手を使い真姫の手を優しく包み込みながら言う。

 

「大丈夫、君のことは俺達が必ず守る!」

 

 力強く宣言をし、笑みを浮かべる青年。

 ──―その爽やかな笑みが()()()()()()()()()()()()()()

 

「あなたは──」

 

 だれ? と続けようとしたところで真姫は気が付いた。真姫の視線の先、つまり青年の後ろの木の陰に隠れながらこちらをニヤニヤと見る猫娘と、顔を赤くして両手で口元を隠して目を見開いているアイドルオタクの存在に。

 瞬間、真姫は別の意味で脳を高速回転させた。

 ──今自分は傍から見ればどんな状況だ? 

 青年(見た目は割とイケメン)に右手を両手で包まれ『必ず守る』という漫画やアニメなどでしか聞かないセリフを言われ、爽やかな笑みを浮かべられている。

 ……………………………………女子が喜ぶ要素満点だ!! 

 ボンッ、と音が出そうなほどまでに顔を真っ赤にする真姫。耳まで赤くなっている当たりよほど恥ずかしいことなのだろう。青年は真姫の顔が赤くなった理由がわからないのか『?』と首を傾げるだけで手を放そうとしない。

 

「……ぁ……ぁ、……ぁあ」

 

 羞恥のあまり青年を叩こうと思ったとき、先に青年の方に異変が起きた。

 ビクッ!! と背筋が伸びたかと思うと青年の体から『なにか』が飛び出し隣に落ちる。続いて青年の髪から緑色のメッシュが消え、髪もミディアムショートの長さになり先ほどまでとの雰囲気が変わる。

 青年隣にははじき出されたと見て取れるように転んでいる怪人(?)が存在し、青年は怪人(?)を睨みつけると、真姫から手を放し怪人(?)の方にドロップキックを放つ。

 

「デネブううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「ぐおっ!」

 

 ドロップキックを受け起き上がりかけた体が再び地面へと沈むデネブと呼ばれた怪人。青年はまだやり足りないのかうつ伏せに倒れている怪人の足を掴むと、逆エビ固め決め始める。

 

「ぐおぉぉぉ~、詩音~~~」

 

「お前ぇ! 何余計なことまで言ってんだ! 手帳返すだけじゃねえのかよ!!」

 

「いやだって、これから守らなきゃいけないんだから、挨拶は大切じゃないか」

 

「必要ねえよ! 第一、俺はコイツを守るなんて決めた覚えはねえ!! 俺は俺のために戦うだけだ!!」

 

 それに! と青年は逆エビ固めを解除すると真姫を指さしながら、

 

「お前もお前だ! 何手を握られて赤くなってんだよ! 恋する乙女じゃねぇんだから振り払えよ!」

 

 なぜか怒られた。

 

「それになんで手帳落としてんだよ! 間抜けか!! バカっ!!」

 

 ブチィ、と今度は何かが切れる音が真姫の中に響いた。

 

「アンタねぇ! バカとは何よ! バカとは! そもそもそっちが握って来たんじゃない! 私は悪くないわ!!」

 

「俺がやったんじゃねえ! コイツが勝手にやったんだ! ったく、よりによってなんでコイツの手を握らなきゃいけねぇんだよ」

 

「……ちょっと、それどういう意味よ? なに? 私の手なんか握りたくなかったって言うの?」

 

「当り前だろ。なんでよりによってお前の……」

 

「……?」

 

 突然、青年は声を発するのを止めた。

 

「……」

 

 青年は寂しげな表情で自分の右手を見ている。そしてそれから視線を真姫の方へと移す。真姫を見る瞳には寂しさと後悔の色が現れており、先ほどまでの感情とは全く別の感情がそこにはあった。

 先ほどまでとの様子の変化に呆気にとられる真姫。すっかり影を薄くしてしまった友人二人も、青年の変化に戸惑っている様子だった。

 

「……帰るぞ、デネブ」

 

 沈黙を破ったのは青年の声だった。

 青年は立ち上がると真姫達を気にする様子はなくその場から去ろうとする。

 

「詩音……」

 

「いいんだ」

 

 デネブが声をかけるも、青年は止まることなく歩き続ける。デネブも最初は躊躇していたが、懐から取り出したキャンディを真姫に渡し一礼。凛と花陽にも忘れずにキャンディを渡すと急いで青年の後を追った。

 

「……」

 

 三人だけが、その場に取り残された。

 静寂が三人を包み、秋風が三人の髪を撫でる。

 そんな中、真姫一人だけが去って行く青年の姿を見つめていた。

 

「しおん……詩音?」

 

 なぜだろうか、その名前を呟くたびに何かが真姫の中で動いていた。だが、いくら呟こうがそのモヤモヤは決してつながることはなかった。

 まだ何か、何かが大きく足りない。このモヤモヤの正体を繋ぐにはキーワードが足りなさすぎる。

 

「詩音……」

 

 もう一度呟く。

 秋風が、一つ吹くだけだった。

 




次回

Episode04へ続きます。


私のもう一つの作品↓
https://novel.syosetu.org/68420/





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Episode04:PREMONITION

Episode04:予感

余談ですが、仮面ライダードライブの小説とVシネマが出ましたね。自分はまだ鎧武の小説のほうも読んでいないので、早く両作品ともに見たいです。




 ──音ノ木坂学院・屋上。

 本日のμ'sの練習は午後からのはじまりとなっており、先ほどまで公園で真姫の生徒手帳を探していた一年生組も、いまは練習に励んでいる。なにせ彼女たちは第二回『ラブライブ!』の優勝を目指しているのだ。そのためには、同じ東京区に存在するスクールアイドルのトップ、『A-RISE』を倒さなければならない。スクールアイドルのトップに君臨する彼女たちを越え、『ラブライブ!』本戦へと駒を進めるためには、生半可な気持ちでは到底成し遂げることなどできない。彼女たちの熱意は凄まじいものだった。

 その熱意の表れか、十月の空に少女たちの声が響き渡る。

 ──のだが、

 

「真姫! ちょっと遅れてます!」

 

 いま行っている練習は、この前と同じ既存曲でのステップ確認。センターに置くメンバーを変えてみるなどの変化をつけながら練習しているのだが、ひとり前に立ちメンバーのステップを確認していた園田海未から声が飛んだ。

 ステップが遅れていると指摘された真姫は、改めて意識を集中させステップを刻む。しかし、しばらくするとまた海未から指摘が飛んだ。

 

「ちょっと止めて」

 

 絵里がタイミングを見計らい曲を止めるように指示する。海未は足元に置いておいたラジカセに手を伸ばし曲を止めた。

 絵里は額から流れる汗を袖で拭うと、苦い顔をしている真姫へと近づく。

 

「真姫どうしたの? 今日はミスが目立つわよ?」

 

 絵里の言った通り、今日は真姫のミスが目立つ。普段であれば、人一倍こういったことに気を使っている真姫なのだが、今日に限っては違った。その異変は午前中から行動を共にしていた凛と花陽も感じており、ここへ来るまでに電柱にぶつかりそうになったり、石に躓きそうになったり、ストレッチ中でもぼーっとしていることが多い。加えて、先ほどのようにステップミスも多く、明らかに真姫の様子が変だと証明していた。

 

「ごめんなさい、次は気をつけるわ」

 

「それ、さっきも言ってたわよ。本当に大丈夫?」

 

「真姫ちゃん、具合でも悪いの?」

 

 花陽が心配そうな瞳で真姫を見てくる。周りを見てみれば、ほかのメンバーも心配そうな瞳で真姫を見ている。

 どうやら、今の自分はかなりひどい状態なのだろう。たしかに、今日はイマイチ集中できていない、と真姫自身も感じていた。しかし、だからと言ってこれ以上みんなの足を引っ張るわけにはいかない。自分たちが目指す場所はとても高いところにあるのだから、と考え改めて気持ちを切り替える。

 そして自分は大丈夫だから、と言おうと口を開きかけたとき、真姫より先に口を開いた者がいた。

 

「凛知ってるよ、真姫ちゃんはねぇ〜、『あの人』のことが気になってるんでしょ?」

 

 星空凛だ。μ'sのメンバーの中でも秀でて運動神経が抜群で、なおかつ体力も一番多い彼女は、涼しい顔をしながら言った。彼女はニヤニヤと笑みを浮かべながら、「どういうこと?」と聞いてきたμ'sのリーダー高坂穂乃果に答える。

 

「実は凛たち午前中、真姫ちゃんが落とした生徒手帳を探していたんだけど、その時出会ったイケメンさんに、真姫ちゃんは惚れたんだにゃ!!」

 

 真姫を指さし、ドドン! と効果音が付きそうな勢いで宣言する星空凛。凛の衝撃的な発言にメンバーがざわつき始める。

 真姫は凛の発言に対し「なっ!? ちょっと──」と抗議の声を上げようとしたが、迫ってきた二つの影によって遮られてしまった。

 急接近してきた二つの影に、真姫は一歩足を引く。

 

「本当なの真姫ちゃん!?」

 

「真姫ぃ!! アンタ、アイドルは恋愛禁止だってこと知らないの!?」

 

 凛の爆弾発言により、ものすごい形相で詰め寄って来たのは花陽と三年生である矢澤にこの二人だ。この二人はメンバー内でも、というか日常においても『アイドル』に並みならぬ情熱をささげており、アイドルの禁断領域である『恋愛』に真姫が片足を突っ込んだことに黙っていられなかったのだろう。

 特ににこに至ってはグイッと真姫に顔を近づけ、超至近距離で真姫の説教を始める。

 

「いい? 真姫。アイドルってのはね──―」

 

「ちょっと待って! だ、誰がアイツなんかに惚れるのよ!! 冗談じゃないわ!!」

 

 にこの体を押し返しながら叫ぶ真姫。その顔は真っ赤に染まっており、それが羞恥から来るものなのか怒りから来るものなのか、真意は分からないが花の女子高生でありこの手の話が大好きな彼女たちにとって、そんなことはどうでも良かった。

 いま重要なのは凛の口から出た青年に対し、真姫が()()()()()()()()だった。

 

「『アイツ』なんて呼んじゃって、真姫ちゃんまさか本当に……!?」

 

「違うわよっ!!」

 

 凛と並びニヤニヤとした視線を向けてくる穂乃果に向け一喝する真姫。

 その隣にはこういった話を一番面白おかしくしそうな人物、東條希がいた。

 

「それで凛ちゃん、真姫ちゃんが惚れた人はどんな人なん?」

 

「だから惚れてないわよっ!!」

 

「うーん、それがよくわからないんだにゃ。最初は髪が長くて緑色のメッシュが入ってたんだけど、途中からそれがなくなって雰囲気も変わったし」

 

 希の言葉に真姫が反論を飛ばすが、二人は華麗にスルーして話を進める。

 凛はうーんと首をひねりながらも説明を続ける。

 

「目はつり目で髪は赤っぽかったにゃ。みどり色のメッシュが入っていた時はすごく優しそうだったけど、メッシュが取れたら怖そうな雰囲気になったし、うーん、なんだかにゃ〜。あのツンツンとした雰囲気、凛どこかで感じたことがあるんだけど……どこだっけ?」

 

「どういこと?」

 

「凛もよくわからないんだにゃ。凛とかよちんが見たのはこうやって」

 

 そう言って凛は穂乃果の手を取り、自分の両手で上下から優しく包み込むように握る。

 そして──―、

 

 

 

 

「君のことは俺たちが必ず守る。だから、安心するんだ」

 

 

 

 

 と、あの時自分が見た光景を再現した。しかもわざわざ声のトーンを変えているあたり、この少女本気である。

 穂乃果の方はまんざらでもないのか、ほほおー、と唸ったあと真姫の方を見る。

 

「これで落ちるって、真姫ちゃん以外とチョロいの?」

 

「そんなこと言ったらあかんよ。相手は曰くイケメンさんや、ならコロッと落ちてもおかしくない」

 

 穂乃果と凛のやり取りを隣で見ていた希はうんうん、と頷きながら言う。

 

「そういうものなのかしら?」

 

「そういうもんや、えりちもやられたらわかる。それに真姫ちゃんって以外とコロッと行きそうなタイプやしな」

 

「ちょっとそれどういう意味!?」

 

「真姫ィ!!」

 

 ガシッ、と真姫の名を叫びながら肩を掴んできたのは──海未だ。

 実家が日舞であるためか、こういった恋愛話などにめっぽう弱い海未は先ほどの穂乃果と凛のやり取りにさえダメージを受けたのか、顔を赤くして、若干プルプルと震えながらも真姫の眼を見据えて叫ぶ。

 

「騙されてはいけません! それは罠です!」

 

「……はい?」

 

 海未の発言に先ほどまで沸騰していた感覚が一気に冷めていくのが自分でもわかった。というか、どうやったら先ほどの流れから『罠』といった発想に至るのだろうか? 真姫は逆に冷えた頭で海未の言葉の続きを待った。

 

「海未ちゃん、罠ってどういう?」

 

「わからないのですか穂乃果!? そうやって女性に甘い言葉をかけてくる殿方は十中八九悪い方です! この前お母さまが視ていたドラマがまさにそうでした。髪を染めた若い殿方が『君を守ってあげる』、『僕には君しか見えないんだ』などと女性の手を取り甘い言葉を囁いておきながら、結局その女性をないがしろにしたんです。お母さまも言ってました。『あのような軽い殿方には気をつけなさい』と。真姫の手を取った殿方も髪を染めていたのでしょう!? 罠に決まっています! そもそもいきなり女性の手を取るなんて、は、破廉恥です!!」

 

『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

 

 その場に居る全員が沈黙した。

 え? え? と全員が沈黙した理由がわからない海未はうろたえている。

 何となく、園田海未という少女の将来が心配になった。

 そんな中、彼女の親友であることりはポツリと、

 

「でも私、二ヶ月くらい前に海未ちゃんが髪染めた若い男の人に手を引っ張られているのを見たよ?」

 

「…………」

 

 今度は海未が固まった。

 

「しかも海未ちゃん、その人を家に泊めたって……」

 

「──ことり!! そんなことはありません絶対にありませんあなたの勘違いです見間違いです私は『あの人』とは関係ありません泊めた覚えもありませんケガを治した覚えもありませんご飯を作った覚えもありませんなにもありません!!」

 

『…………』

 

 もはや、いろいろと手遅れだった。早口に一息でことりのセリフに被せるように言った海未であったが、発言内容がすべてを明かしていた。

 顔を真っ赤にして肩でぜぇ、ぜぇ、と息をする海未全員から呆れの眼差しが向けられる。

 

「あんた、それ全部言ったようなものよ」

 

「まさか、海未ちゃんが一番進んでたなんて、ウチちょっとショック」

 

「ハラショー」

 

「まさか海未ちゃんが……」

 

「まさか海未ちゃんがそこまで進んでいたとは──ってかよちんどうしたにゃ!? 急に倒れないでほしいにゃ!!」

 

「どういうことなのことりちゃん!! 私何も知らない! 何も聞いてない! 私聞いてない! どういうこと? ねぇ! どういうこと!?」

 

「落ち着いて穂乃果ちゃん」

 

「…………」

 

 すでに空間が混沌と化していた。あるものは涙し──まあ十中八九ウソであるが──、またあるものは倒れ、あるものはその介護。あるものは幼馴染がまさかそんな体験をしているとは露知らず、真意を知るためにもう一人の幼馴染に詰め寄っていた。

 一応元々の事の発端であろう真姫は、この現状にどう終止符を打てばいいのかわからずあたふたしている海未を見た後、長いため息を吐き自分の決まり文句を言うのだった。

 

「はあ、もう意味わかんない」

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 結局、あの後の練習はお開きとなった。

 原因は真姫ではなく海未。どうやら、よほど思い出したくないことなのか──といっても、頬が緩む当たり、悪い思い出ではなさそうだ──、時々顔を真っ赤にして奇声を上げたところを見ると、一体何があったんだと聞いてみたくなってしまうが彼女の瞳がそれを許さなかった。

『絶対に聞かないでください』と瞳がマジに語っていたのだ。

 これにより練習は終了。解散となる予定だったのだが、恐れをしない勇者(バカ)が親友の元へと直行。その後生徒会室へと連行されていった。

 曰くサボった分の仕事にそろそろ手を付けないとマズイとのことらしく、ことりも二人の後を追った。

 一応二年生が就学旅行中に元生徒会のメンバーが少し手伝ったらしいのだが、それでも秋行事に向けての仕事が増えてきたらしい。来月行われる部活予算の日程も決めないといけないらしく、そう考えると絵里と希は生徒会長と副会長と言う立場でありながらよくスクールアイドル、さらにいうなれば勉強の方も両立できたものだ。

 

「……っで、なんでにこちゃんたちが付いて来るのよ」

 

 そんなことを考えていると、普段の帰宅メンバーよりの明らかに人の気配が多いことに気付いた真姫は、ジト目で後ろに振り返る。そこには昨日と同じように一緒に帰る凛と花陽に加えて、三年生メンバーがそこにいた。

 

「カードが告げてるんよ、このまま真姫ちゃんに付いて行くと、すごいものが見れるって」

 

 そう言って取り出したタロットカードを唇に当て微笑む希。

 

「別に私は興味があってきたわけじゃないのよ。希に無理やり」

 

「にこはこの先のスーパーに用事があるだけよ。ポイントが今日だけ十倍なのを思い出して、帰りに寄るって決めていたの」

 

「とか言っちゃって、本当は二人とも気になってるんやろ?」

 

『…………』

 

「沈黙は是也、やで、二人とも」

 

 ぷい、と二人は希の視線から逃れるように顔を反らす。

 どうやら二人とも女子高生である以上、この手の話に興味があるらしい。視線をそらした二人を見ながら笑う希も、カードというのはあくまで建前で本当は自分の意思で来たのではないか? 

 まあ、確認することはできないので真姫はため息を吐きつつ歩き始めた。そもそも、今朝会った青年が真姫たちの前に再び現れる確率などたかが知れている。会う会わないの確率で言えば、圧倒的に『会わない』の方の確率が高かった。

 しかし、こういった時は悪い方向へと予感が当たるのが相場というものだ。何せ、こういった『運』が絡むものにはめっぽう強い東條希がいるのだ。何か起きるのではないか? という予感が真姫の脳裏を横切った。

 別に会ったら会ったで構わない。それならそれで今朝から感じるこの『違和感』のの正体もわかるはずだ。頭の中を駆け巡る『詩音』と言う単語の意味。

 いつもの帰宅路だというのに、ほんの少しだけ緊張する真姫だった。

 しばらく無言が続いたが、やがてにこが口を開いた。

 

「それで? 真姫が惚れたってのは、どういう奴なの?」

 

 だから惚れてないってば!! と吠える真姫を尻目に、凛は先ほどと同じ説明を繰り返す。

 

「えっと、身長は一七〇以上はあったにゃ。髪は赤みがかってて、目はツリ目で…………、あっ! そうそうちょうど()()()()()()()()()をしてたにゃ!!」

 

 え? と全員が凛の指さした方向に視線を向ける。

 そこには、エコバックを片手にスキップをし、鼻歌を歌いながら真姫たちの目の前を通る青年の姿があった。もちろん、赤みがかったクセ毛に緑色のメッシュ、スキップに合わせて長い髪が上下に飛び跳ねており、着ている服も今朝真姫たちが見たものであった。

 間違いない、あの青年だ。

 どういう運命が働いたのか、一体何の因果が働いたのか、あの青年がいま、自分の目の前にいる。もう真姫は、何もかも放棄してこう呟いた。

 

「ウソでしょ……」

 

 




再び詩音とした出会った真姫達。果たして彼女の感じている違和感とは……?


次回
Episode05に続きます。



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Episode05:CONTACT

Episode05:コンタクト

一週間ぶりの更新です。





 一人の少年が歩いていた。一切のクセがなく、ストレートに伸びている髪は赤茶色に染められており、その濁った瞳は『この世のすべてに興味がないよ』とでも言いたげだった。

 服装は、都内でも有名な私立高校の制服、白を基準とした珍しい制服だ。学校の帰り、と見て捉えることはできるのだが、それなら通学の時に持っているはずのカバンが見当たらない。少年はその手に何も持たずに歩いているのだ。

 ドン、と向かいから歩いてきたサラリーマンと肩がぶつかる。サラリーマンはすぐさま少年の方へ頭を下げるが、少年は無視して先に進む。その後ろでは、少年の態度に不満を感じたサラリーマンが少年の背中を睨んでいたが、次の瞬間にはまるで何もなかったかのように歩き始める。

 少年はサラリーマンなど見ていなかった。濁った瞳は視界に映るモノをただ右から左に流していく。少年の瞳は、()()()()()()()()()()。しかしふと、意識を前に向けてみれば、美少女と言える女子高生がイヤホンで音楽を聞きながら歩いてくるのが見えた。このままいけば女子高生は自分とすれ違うだろう。

 少年の濁った瞳が、少女を捉えた。

 そして──、

 

 

 

 

 少年はすれ違いざまに、女子高生の長い髪を撫でた。

 

 

 

 

 まるでそこに髪があったから撫でた、とでも言いたげな少年は、振り返りこちらを不審な瞳で見てくる少女を気にする様子もなく、町の中へと消えていく。

 少年は路地へと入ると言う。

 

「これでぼくは、多くの人に『観測』してもらったよ。()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ふふふ、と少年は薄く笑い、

 

「そろそろ姿を現してくれないと、また()()()()()()? といっても、もう遅いけどね」

 

 そう言うと、少年は再び歩き出す。

 少年は、人ごみの中に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 ♢♦♢♦♢♦

 

 

 

 

「…………」

 

 おそらく真姫は、自分でもわかるほどの間抜けな顔をしているだろう。

 一体どんな因果が働けば、今朝会った青年と町でばったり遭遇できるだろうか。もしこの世に神様が存在するのならば「どういうつもりだ?」と迫っていたに違いない。

 いや、絶対に迫っていた。なぜよりにもよってこの場面なのだ? 自分一人が町を歩いている時ならまだしも、いまここにいるのはこういった話を面白おかしくする連中ばかりだ。絶対にいい方向に転ばないと断言できる。

 

「へぇー、あれが真姫ちゃんたちが会った人なん?」

 

「ええ、そうね……」

 

 いろいろ思考を巡らせていると、希からあの青年がそうなのか問われ、渋々答える真姫。今更はぐらかしたところで、いい方向には転ばない。ならばここは正直に言ってしまうのも手だろうと、真姫は思った。

 

「なんか、凛が言ってたのとは違うわね。すごく陽気そうな人だわ」

 

「というか、町中でスキップとかどういう神経してるのよ。真姫ってああいうのがタイプなの?」

 

「違うわよ!」

 

 絵里が素直に感想を言う中、ジト目で見てきたにこに大声で吠える真姫。

 たしかに見た目から推測するに年齢は10代後半、3年生メンバーと同い年かそれ以上だろう。そんな年齢の青年が、街の中で陽気にスキップをしているとなると色々と視線を集めるモノである。

 なおも真姫たちの目の前で、陽気にスキップする青年は道先の角を曲って行く。青年の姿が見えなくなったところで、真姫は視線の端でスタートダッシュを切る少女を捉え、同時に自分の背中が押された。

 

「追いかけるにゃ!」

 

「ちょっと、なんで追いかけるのよ!」

 

「ほらほら真姫ちゃん! 追いかけないと見失ってしまうで!」

 

「押さないでよ!」

 

 スタートダッシュを切る凛は、その足の速さを生かして真っ先に消えた青年を追う。一方、真姫は希に背中を押されつつも最終的に自分の足で駆け出し、その後ろに絵里、にこ、花陽の三人が続いた。

 青年の曲った角を曲りしばらくしたところで、道の真ん中で立ち止まっている凛の背中が見えた。

 まさか見失ったのか? と真姫は一瞬考えたが、凛の足の速さを考えればあの距離で見失うはずはない。元は陸上部に入ろうとしていただけあって、その足の速さは折り紙付きだ。μ'sの中でも一番足が速い彼女が見失うはずがない。ならばなぜ立ち止まっているのか、その答えは凛の目の前にあった。

 目の前に聳え立つのは、都内にあるスーパーの一つ。その店内へと青年が入って行ったのだ。こうなってしまっては、さすがに後を追うのに迷いが生じる。

 

「どうするにゃ?」

 

 振り返りこちらに聞いてくる凛。

 その問いに対する選択肢はもちろん二つ。『追う』か『追わない』かだ。真姫としてはこのまま『追わない』を選択してほしいのだが、残念ながらそうならないのがこのメンバーの特徴。おそらく答えずとも必然的に『追う』が選択されるだろう。凛が聞いたのは、あくまで一種の確認のためだ。

 などと考えている中、希が「もちろん行くに決まってるやん」と答えるより先に動く人物がいた。

 ──―矢澤にこだ。彼女はほかの人たちの答えを聞く間もなくスーパーに向け歩き出す。その背中に希の声がかかるが、にこは立ち止まることなく答えながらスーパーに向かう。

 

「どうせみんな行くんでしょ? なら、ついでに夕飯の買い物もしときたいのよ」

 

 そう言って一人早足でスーパーに入店していくにこ。以前、真姫たちは矢澤家にお邪魔したことがあり、その時判明したのだが、母親は多忙であまり家に居ず、家事などはすべてにこがやっているらしい。さらに言うならば、経済状況もあまりよくないらしく、本日の様なスーパーのポイントがn倍の日にまとめて買い物をするらしい。

 真姫たちも後を追い入店してみれば、買い物かごを手にチラシとにらめっこしながら買うものをかごへ入れていくにこの姿があった。遠目から値段を確認してみれば、割引きの品を手に取っている当たり、彼女の苦労が見て取れる。

 

「にこっち、苦労してるんやな」

 

「……そうね」

 

 今度何かお裾分けでも持って行こうか? などと思う真姫だった。

 

「こら、いつまでも見てるとにこに失礼よ。私たちはあくまで青年を追ってきたんでしょ? あまりお店に迷惑かけないように探しましょ」

 

 やはり絵里も青年のことを気になっていたのか、率先して店内を回り始める。まさか絵里までもそちら側に回るとは思っていなかった真姫は、軽くショックを受けつつも自分の心の中にある『詰まり』を解決するべく青年を探す。

『詩音』、その単語が真姫の中で詰まっていた。おそらく探している青年の名前だと思われるが、あの青年と面識はないはずだ。親戚や今までの小学校中学校のクラスメイトの名前を思い出してみるが、『詩音』という名前の人物はいない。

 それなのにこの心にある『詰まり』は一体何なのだろうか? 

 

「……詩音」

 

 やはり、何か引っかかった。

 

 

 

 

 ♢♦♢♦♢♦

 

 

 

 

 一方、真姫達が探している青年──詩音は買い物かごを乗せたカートを押しながら店内を回っていた。

 

「ねぇ、詩音。今日の夕飯は何が食べたい?」

 

『シイタケと原型が残ってるトマトと苦いものがなければなんでもいい』

 

「……詩音、好き嫌いは良くない」

 

『うるせ、ふぁーあぁ』

 

「その大きなあくび、もしかして詩音昨日夜更かししたね?」

 

『いいだろ、北極からの星空なんてめったに見れないんだから』

 

「詩音、いくらゼロライナーの権限を持ってるからって、あまり好き勝手に使っちゃいけない」

 

『うるせえ』

 

「……仕方ない。それなら今後のことも考えてスタミナ満点の料理にしよう。まずはお肉だ!」

 

 そう宣言すると詩音はカートを押してお肉売り場に行く。

 傍から見れば独り言で今日作るメニューを決めたアレな人に見えてしまうが、正確に言うなれば現在の詩音の体を操っている意識は『デネブ』なのである。

 そもそもデネブは『イマジン』という存在であり、デネブ本来の体はまさに怪人のような容姿をしている。その為デネブ自身がスーパーなど街中で買い物をしようものなら、その容姿から周囲から恐れられ、警察を呼ばれるのではないかと詩音は考えていた。テレビの撮影、などという安易な誤魔化しで騙せられるのならそうしたいが、もしもの時のためにそれは控えている。さらに考えられる可能性の一つとして、デネブを発見した敵側のイマジンが問答無用で襲ってくることだ。それが一番最悪であるため、詩音は自分の体を貸している。

 それならば詩音が買い物をすればいい、となるかもしれないが、残念ながら詩音の家事スキルはゼロに近く、詩音の食事はほとんどデネブが作っている。その為献立を考えるデネブが買い物した方が一番良いのだ。

 以上の理由から詩音は買い物をする時などはデネブに体を貸している。髪が伸び緑色のメッシュ、瞳の色が緑になるのはデネブが憑依している証拠だ。

 お肉コーナーに着いたD詩音(デネブが憑いた詩音)は夕飯の献立候補からそれに一番合ったお肉を探していく。お目当てのモノを見つけ次第買い物かごに入れていき、脳内で立てた献立に必要な材料を揃えていく。

 そして野菜コーナーに差し掛かったところで、詩音から忠告が入った。

 

『シイタケ入れんなよ』

 

「さーて、野菜はどれにしようかな」

 

『シイタケ入れんなよ』

 

「よし、これにしよう」

 

『シイタケ入れんなよ』

 

 D詩音が野菜を手に取り品質を確認するたびに、『シイタケ入れんなよ』と忠告を入れる詩音。理由は単純、詩音はシイタケが嫌いなのである。

 しかし、デネブとしては何としても詩音のシイタケ嫌いを直したいと思っているため、他の野菜をかごに入れるのと同時にシイタケを籠の中に投入。 

 すぐさま詩音が怒鳴り声がデネブの脳内に声が響く。

 

『ごオラああああああああああ、デネブ!! シイタケ入れんじゃねええええええええ!!』

 

 

 

 

 ♦♢♦♢♦♢

 

 

 

 

(さあて、買い忘れはないわよね)

 

 一方、特に青年に対する興味もなく真姫達とは別行動で自分の目的を執行中のにこ。手に持ったチラシとかごの中を見比べ、買い忘れがないかを確認していく。ここ最近は『ラブライブ!』優勝に向けてのハードな練習が続き、買い物がろくにできていなかったので、ポイントが十倍である今日中にある程度買っておきたいと考えていた。

 

(……あとは、卵ぐらいかしらね)

 

 チラシに書かれている卵二パックセットの商品。にこが普段買っている卵とは別の商品であり、少々値段も高いものなのだが、セットで販売されているためそこだけを見ると少々安かった。家にある卵もなくなりかけていたし、卵特売の日まで待とうかと思っていたが、ここで卵を買えば目標ポイントに届く。それに昨日、妹たちがオムライスを食べたいと言っていたことを思い出したにこは、迷うことなく卵購入を決意。店内には夕飯の材料を買いに来た主婦の影も多くなりはじめ、早くいかなければ売り切れてしまう。

 幸い、まだ卵は残っていた。今一度財布の中を見て買えることを確認したにこは、卵のパックに向けて手を伸ばす。

 その時、横からもう一つの手が伸び、にこがとろうとしていた卵のパックに触れた。

 ん? ともう一つの手の主の方へと視線を向けて、にこは驚いた。そこにいたのは、真姫たちが追っている青年だった。予想外の人物との遭遇に驚くにこだったが、人間の条件反射により互いに手に取ろうとしていたパックから手を引き、お互いに頭を下げていた。

 

「すいません」

 

「いえ、こちらこそ」

 

 青年の謝罪を受けたにこは改めてパックに手を伸ばす。今度はお互いに一緒のものを取ることなく、互いに別々のパックを手に取った。

 

「よし、これで卵はオーケーだ。……だから詩音、好き嫌いは良くない。大丈夫、卵を使ったシイタケ料理ならきっと好き嫌いもなくせるから」

 

 突然、独り言を始めた青年。まるで好き嫌いを言う子供をなだめる母親のように独り言を言う青年に、怪訝な視線を向けるにこ。頭を押さえるアクションや耳元で大声を出されたときにする耳を抑えるアクションなどをしながら、独り言を続ける青年はレジへと向かっていった。

 

「…………」

 

 青年の独り言劇に唖然とするにこ。凛から聞いた青年のイメージや先ほど見たステップをしているところなど、陽気を通り越して何かあるのではないかと考える。正直、あまりいい印象はなかった。

 とにかく、にこも後を続いてレジへと並び会計を済ませる。そして外に出たところで、なぜか真姫たちに囲まれている青年の姿があった。女子高生五人に囲まれるという何とも奇妙な場面を目撃したにこ。本当ならこのまま関わらずに帰りたいところだが、こちらに気付いた希の視線が突き刺さり、渋々真姫たちの元へ向かった。

 さらによく見れば、青年の前には何やら顔を赤く染めている真姫が立たされており、ある意味完全に公開処刑告白バージョンとなっていた。

 

「何やってるのよ、あんたたち」

 

「お帰りにこっち。ウチらはただ詩音君と真姫ちゃんが逃げへんように囲ってるだけやで」

 

「いや、なんで真姫まで囲むのよ」

 

「そら、恥ずかしがってる真姫ちゃんが逃げようとするからや。好きな相手にはちゃんと好きって言わんとな」

 

「だから! 私はこいつのことなんか好きじゃないわよ!!」

 

「いや~、照れるなぁ」

 

「どこに照れる要素があるのよ!?」

 

 何やら早々に場が混乱し始めた。

 詩音に向かい声を上げる真姫、そしてその様子を面白そうに見る希たち。どうやらこれ、囲むことで自分たちがさらに楽しめるようにしたのではないかと希の方を見るが、にこの視線に気付いた彼女はブイ! とブイサインを返してきた。うん、確信犯である。

 なおもぎゃあぎゃあ言い合っている詩音と真姫──正確には真姫の一方的だが──の近くに、一人の少女が近寄った。

 凛だ。

 彼女は詩音の前に出ると、

 

「シオンさん、お願いがあるにゃ」

 

「なんだ?」

 

 いつになく真剣な声音で言う凛に、周囲は何ごとだ? と顔を合わせる。

 そして彼女は真剣な顔をして、告げる。

 

「今朝くれたキャンディ、もっと頂戴にゃ!!」

 

『…………へ?』

 

「かよちんならわかるよね!? あのキャンディの美味しさ。あのほっぺたが落ちるようなちょうどいいミルクの濃厚さがたまらないんだにゃ~。だからシオンさん! キャンディもっとくださいにゃ!!」

 

 頭を下げてお願いするあたり、この少女本気である。

 真剣な顔して一体何を言うのだと真姫たちは身構えていたが、要は『キャンディが美味しかったからもっと頂戴』というおねだりだったのだ。身構えて損した、とため息を吐く真姫だったが凛の言う通り今朝詩音から貰ったキャンディは美味しかったので真姫ももらえるならばほしかったのだ。もちろん、周囲には秘密だが。

 

「もちろんいいぞ!」

 

 詩音はキャンディが好評なことが嬉しかったのかイキイキとした表情で懐からキャンディを取り出す。さらには小さなバスケット籠を取り出し、そこにある大量のキャンディを凛だけでなく真姫たちにも配り始める。

 もちろんにこも受け取るのだが、なぜかにこの分だけ周りに比べて多かった。身長で子ども扱いされたのか? と思ったが、詩音の口から『妹たちの分ね』と言われ逆に驚きで身構えてしまう。

 凛の方は待ちきれないのか貰ったキャンディをさっそく一つ開け、口に放り込んだ。「ほにゃ~」と満足そうな声を上げてキャンディを堪能する凛。

 希たちも次々にキャンディを食べては感嘆の声を出しているところを見ると、よほどおいしいのだろうか。にこも一つ開封し口の中に入れてみると、確かに濃厚なミルクが口いっぱいに広がり市販に撃っているキャンディに比べても、圧倒的においしかった。

 

(これならチビたちも喜びそうね)

 

「いや~、まさかデネブキャンディがこんなに好評だなんて、嬉しいなー」

 

 青年も満足の様子だった。

 

「キャンディも美味しいけど、本題に入らなくて大丈夫なの?」

 

「えりちの言う通りやね。凛ちゃんの要件も済んだみたいやし、さあ真姫ちゃん。ビシッと言ってみよな」

 

「ゔぇえ!?」

 

 おそらく真姫はこのままキャンディによって本来の話が流れるとでも思っていたのだろう。完璧にうろたえていた。先ほどまでみんなキャンディに引き寄せられていたが、本来この青年を探していたのは真姫のためだ。練習に集中できない真姫の問題を解決するために、青年を探していた。この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。

 凛も自分の要件が終わって満足したのか、去り際に真姫の背中を押した。

 再び真姫と詩音を中心に組まれる円陣。今度はにこもきっちり参加──雰囲気的に参加──しており、逃げ場はなかった。

 場の空気でそれを察したのか、真姫は覚悟を決め一度深呼吸をする。

 

(いや、別にこれ本当に告白するわけじゃないでしょ)

 

 何やら空気的に真姫の告白という公開処刑の空気が流れているが、実際は違うだろうとにこは心の中でツッコんだ。

 

「ふう。あ、あの!」

 

「ん?」

 

「あの、その……えっと……、私と前に、どこかで会ったこと、……ありますか?」

 

(って、何言ってんのよ私!? これじゃもう半分告白の様なものじゃない!?)

 

 自分の発言に心の中で壮大なツッコミを入れる真姫。周囲のメンバーも、一歩間違えれば告白のように解釈できる真姫の言葉を聞いて非常にワクワクしていた。特に、少しもじもじとしている当たり、余計にその効果が上乗せされている。

 

「それは──」

 

 と詩音が答えようとしたところで、異変が起きた。

 詩音の背筋が伸びたかと思われた次の瞬間、詩音の体から何かがはじき出され、髪から緑のメッシュが消えさらに長さが短くなる。ドサッと先ほどまで詩音がいたところには黒い怪人が倒れ込み、駆け出した詩音は真姫の肩を掴み横へ押し飛ばし、絵里と希の間からこちらに腕を伸ばし突撃してきた男と衝突。突き出されていた腕を掴み、両足に力を入れ踏みとどまる。

 そして、先ほどとは違う声音の声が詩音の口から放たれる。

 

「ったく、んなもん振り回すんじゃねえよ」

 

 一体何が起きたのか。一瞬の出来事で思考が止まっていたμ’sのメンバーだったが、花陽が悲鳴を上げたことで全員の思考が回り始める。

 そして、男の手に持っていたものを見て、背筋が凍った。

 男が握っていたのは、刃渡り数センチほどの────―ナイフだった。

 

 




う~ん、なんだかなぁ。
正直最後の襲われ方は変えるかもです。

次回
Episode06に続きます。




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Episode06:SECOND MATCH





 一歩遅れて、真姫達の身に『恐怖』が駆け巡った。

 一体何のつもりなのか、それを探ろうにも男は黒いニット帽を深く被り、マスクとサングラスで表情を隠しているため探ることができなかった。しかしそれが余計に男の不気味さを際立てていた。もし詩音が動かなければ、銀色に光るナイフがその延長線上にいる人物を刺していただろう。

 そして、刃の延長線上にいる人物──西木野真姫は自分が狙われたのだと理解し、戦慄した。自分の命が狙われた、それを理解した途端に膝が震え出し軽くよろめいた。倒れかけた真姫を絵里が反射的に支え、にこと希も同時に花陽と凛の元に駆け寄る。先輩として後輩を守らねば、という使命感か、それとも大事な仲間を守るためか、三年生組は無意識のうちにそれぞれが一年生組の元に駆け寄り、庇うように前に出ると男を睨みつける。

 詩音もまたこの男の危険性を感じており、腕を掴みこれ以上近づけさせないようにしていた。

 

「どういうつもりだ?」

 

 詩音は男に問う。その声音には静かな怒りが込められており、詩音の特徴の一つであるツリ上がった瞳が、さらに鋭く細められていた。しかし男は詩音に睨まれても微動だにせず、むしろ詩音に腕を掴まれているというに抵抗する動きすら見せなかった。不審に思った詩音は、男の腕を掴む手に力を入れてみるが、男は呻き声を上げることもなく、むしろ何の動きも見せなかった。

 だが、次の瞬間に異変は起きた。

 バサアッ!! と男の体から大量の砂が零れ落ち、イマジンが飛び出したのだ。

 周囲から上がる二度目の悲鳴。

 イマジン──マンティスイマジンの出現と共に、詩音が掴んでいた男が砂のように消滅した。突如消滅した男の体。詩音の腕からは大量の砂が落ちていくが、それを気にしている暇もなくマンティスイマジンは真姫に向けて迫り、鎌を模した二刀流の剣を構えていた。

 

 

 

 

「──―貰った」

 

 

 

 

「デネブ!!」

 

 詩音は反射的に叫んだ。

 真姫を庇うように立っている絵里もまとめて切り裂こうとしている鎌は、突如間に現れた黒い影によって防がれた。

 黒い影、先ほど詩音の体から追い出されたデネブが絵里と真姫の前に立ち、振り抜かれた鎌をクロスした腕で防ぐ。衝突した際に火花が散るが、互いにイマジン同士。そんな攻撃では大したダメージにならずデネブは完璧に二人を守った。交差する二人(二体)の視線。

 マンティスイマジンは奇襲が失敗したと理解すると、デネブからの追撃を避けるためにその場から飛び去ることで距離を取る。──と見せかけて、すぐさま隣に立っていた花陽に狙いを定める。

 花陽とにこの目が見開かれ、細い悲鳴が口から漏れる。誰もが二人を守ろうと駆け寄ろうとするが、間に合わないことは確かだった。デネブでさえも、不意を突かれていた。

 太陽の光を反射させ、キラリと光る刃が花陽とにこの肌を切り裂くために振り下ろされた。

 しかし聞こえてきたのは肌が切り裂かれる音ではなく、鈍い音。間一髪のところで詩音が突き出したベルトが刃を受け止めていたのだ。そして体をねじ込むように移動させると、左拳でマンティスイマジンの顔を殴り飛ばす。続けてデネブもマンティスイマジンに突撃し、より大きく吹き飛ばす。距離が開き、デネブが詩音の傍に立ったことで詩音がゼロノスに変身するチャンスが生まれた。

 飛ばされたマンティスイマジンは口元を拭いながら、詩音とデネブを睨む。

 

「ちょっと、女の顔を殴るなんて、ひどい男ね」

 

「うるせえよ、どう考えても()()だろ。なら、殴って問題ねえ」

 

 そう言って詩音はベルトの状態を確認する。イマジンの攻撃をとっさにこれで防いでしまったが、これは変身には欠かせないモノ。一応それなりの強度があることは知っているが、損傷がないか確認してしまう。

 特に目立った損傷はないことがわかると、詩音はそのまま腰に巻き付ける。起動音が鳴ると詩音はホルダーからカードを取り出す。

 

「デネブ、こいつらを頼んだ! 変身!」

 

『Charge And Up』

 

 音声が鳴るのと同時に詩音は駆け出し、変身が完了するとサーベルモードのゼロガッシャーを振り下ろす。

 マンティスイマジンはゼロノスの猛攻を、鎌を模した二刀の剣で防いでいく。

 ゼロノスの攻撃はゼロガッシャーの大きさ故か、一撃一撃が大振りとなってしまい素早い動きが特徴であるマンティスイマジンには簡単に躱され、防がれてしまう。

 

「あらあらどうしたの? そんな攻撃じゃ、私には傷一つつけられないわよ?」

 

 ゼロノスの攻撃を巧みにかわしながら言うマンティスイマジン。

 明らかな挑発だが、ゼロノスは何も言い返さずにゼロガッシャーを振るう。言い返してこないゼロノスに対し、少々不服そうに息を吐くマンティスイマジンは迫りくるゼロガッシャーを空に飛ぶことで回避する。

 そして、自身の得意攻撃である毒を吐こうと口元に手を持って行ったところで、突如出現したゼロライナーに吹き飛ばされた。ゼロライナーは一回汽笛を鳴らすとデネブたちの元に止まる。

 

「そん中乗ってろ!」

 

 そう叫んだゼロノスはマンティスイマジンを追うため、屋上目掛けで跳躍した。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 真姫達はデネブの案内でゼロライナー内へと避難していた。ゼロライナーの席に着いた真姫達はデネブが差し出すお茶を飲むなどして、先ほどまでの非現実的な光景から落ち着こうとしたが、あんな光景を見てなかなかに落ち着けるものではない。

 

「大丈夫? 真姫」

 

 絵里が真姫の背中をさすりながら名前を呼ぶ。

 真姫は詩音がゼロノスに変身する光景を見た時から、頭を押さえていた。まるで何かを思い出しそうな顔をしながら、必死に先ほど思い浮かんできた記憶の糸を辿る。

 夕日の公園、迫りくる怪人、恐怖、そして──、夕日を背に立つ赤銅色の戦士。いくつかの場面をぼんやりと思い出せるのに、完全には思い出すことができない。『詩音』という名を初めて聞いた時と同じ、自分の知らない情報が記憶の底から浮かび上がってくる感じだ。これは一体何なのか? 

 必死に思い出そうとしていると、コツ、と小さな音を立てて真姫の前のテーブルにコップが置かれた。

 

「とりあえず、これでも飲んで落ち着いて」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 デネブが差し出したコップを礼を言いながら受け取る真姫。ひんやりと冷えたお茶が真姫の中へと入って行き、少しだけ心を落ち着かせてくれた。

 その様子を見たデネブは「よかった」と呟いて去ろうとしたが、絵里に呼び止められる。

 

「あなた達は一体何者なんですか?」

 

 絵里がデネブに聞いた。

 

「あなたもあの怪人の仲間なんですか?」

 

 絵里の目が鋭く細められる。

 確かに絵里達から見てみればデネブも怪人、先ほど襲ってきた怪人の仲間と思っても何の不思議もない。むしろ疑いの視線を向けてきて当たり前なのだ。 

 絵里だけでなくにこからも疑いの視線を受けるデネブは一度絵里達を見回してから、言う。

 

「確かに、オレはアイツらと同じイマジンだ。だが、オレは君たちの味方だ。これだけは信じてくれ」

 

「そんなの、簡単に信じられるわけないでしょ」

 

 にこから鋭い指摘が飛ぶ。

 

「まぁまぁ、にこっち。助けてもらっとるのに疑うのは良くないで」

 

「それは、アンタが勝手に私たちをこの列車に押し込んだんでしょうが!」

 

 にこの言う通り、疑っているのになぜゼロライナーに乗っているのか、それはデネブだけでなく希が絵里達に乗るように促したためである。もちろん襲ってきた怪人と仲間かもしれない奴が用意した列車に乗るなど、にこは反対した。しかし結果的には希に言いくるめられてしまい、今こうしてゼロライナー内にいる。

 

「実際、向こうの狙いはウチらやったんやろ? それにおデブちゃんと詩音君が守ってくれなかったら、真姫ちゃんやえりち、それににこっちと花陽ちゃんまで危なかったんやからそんなこと言ったらあかんで」

 

「……わかってるわよ」

 

 助けられたことには感謝しているのか、ぶっきらぼうに礼を言うにこ。しかし、どうしても拭いきれないものがある。それは実際に命の危機を経験したにこだからこそわかること。襲ってきた奴と同種であるデネブを、なかなか信用できないのも仕方のないことだ。

 

「まあ、ウチも完全に信用しているわけやない。なんでウチら、正確には真姫ちゃんが狙われたのか、教えてほしいな」

 

 にやりと、瞳を細めてデネブに問いかける希。その雰囲気は絶対に逃がさない、と物語っており、デネブは「これ、あとで詩音に怒られるなー」と頭の片隅で思った。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 とある建物の屋上。そこがゼロノスとマンティスイマジンの戦いの場となっていた。

 互いの獲物がぶつかり、響く金属音、散る火花。

 戦闘場所が変わったことが影響したのか、ゼロノスの動きが先ほど以上に素早くなっていた。それにより、先ほどまでは躱され続けていたゼロガッシャーの斬撃もマンティスイマジンの体を的確にとらえ始めていた。大振りなのは変わらないが、半ば捨て身による攻撃が功を制していた。それでも、やはり戦闘能力的にはマンティスイマジンの方が一歩上手だった。

 

(ちっ、これならもっとあの人のところで剣術学んどくんだったな)

 

 以前詩音はとある人物の元で剣術を学んでいた。元々興味があったことなのだが、詩音の私生活上結局は喧嘩道具になってしまい、今では我流に近い形となっている。もし喧嘩の道具にならずにしっかりと学んでいれば、ゼロノスの特徴である機動力を生かし善戦していたのかもしれない。

 しかし、結局は剣術を途中でやめてしまい、元々の機動力がさらに向上したゼロフォームの機動力も完全には生かせずにいた。その為、素早を残しつつも捨て身に近い攻撃が詩音の戦法になっていた。

 上空へと飛んだマンティスイマジン、ゼロノスは素早くボウガンモードに切り替え狙いを定め撃ち落とす。地を転がることで着地の衝撃を最小限に抑えたマンティスイマジン。サーベルモードに切り替えたゼロガッシャーの追撃が迫る。マンティスイマジンは二刀剣をクロスさせ受け止める。

 

「あらぁ、さっきとは違って意外とやるじゃない。おねーさん嬉しいわ」

 

 ゼロノスに変身している詩音と同等かそれ以上の力をもって鍔迫り合いになる中、マンティスイマジンは陽気にそんなことを言ってきた。

 仮面に隠れているため詩音の表情は分からないが、

 

「…………………………………………………………………………………………はあ?」

 

 声がキレていた。

 

「なによ、その間。ちょっと心外なんだけど」

 

「いや、どう考えても、アンタ、おばさんだろ?」

 

 ──―刹那、ゼロノスの体が吹き飛んだ。

 

「がはっ!!」

 

「ちょっっっっとぉ? なーんていったのかなぁ? ()()()()()、聞こえなかったなぁ?」

 

 こちらも声がキレていた。二刀剣をこすり合わせながら、ゆっくりとゼロノスに迫るマンティスイマジン。

 ゼロノスは吹き飛ばされた際に背中から壁に激突し、肺の空気がすべて外に出されたため地に倒れ伏しながら酸素を求めていた。その状態にあってもなお、詩音は挑発のために言葉を発する。

 

「はっ、何だよ、()()()()って、言われて、キレたのか? ()()()()

 

『おばさん』の部分を強調しながら挑発する詩音。ゼロガッシャーを杖代わりに立ちあがろうとするゼロノスだったが、挑発を受けたマンティスイマジンが瞬時に迫りゼロノスの腹部を蹴り上げる。

 

「がはっ!!」

 

 再び肺の空気が押し出され、すぐ後ろにある壁に衝突する。 

 マンティスイマジンは倒れ伏すゼロノスの首根っこを掴み無理やり立ち上がらせる。

 

「あらあら、随分と口が達者なようで。そんな悪いことを言う子には()()()()()がお仕置きしないとねぇ」

 

「うるせぇよ、おば──」

 

 ゴスッ! と鈍い音がゼロノスから聞こえた。マンティスイマジンの拳がゼロノスの腹部に突き刺さっていたのだ。さらに膝が追撃、空中に放り投げられ身動きが出来なくなったゼロノスの体に鎌の刃が何度も走る。

 鎌の刃が走るたびに火花と詩音の口から悲鳴が上がる。

 二刀の刃が同時にゼロノスの体を走り、火花を上げ後方へ大きく吹き飛ぶゼロノス。地を何度も転がりようやく止まるが、ダメージが大きくしばらくのたうち回る。

 

(くそっ! ぜってぇーやり返す!!)

 

 ダメージから来る疲労により、すでに詩音の呼吸は荒い。地面を殴りつけ自分を鼓舞する詩音は立ち上がろうと腕に力を入れるが、すぐに地に倒れてしまう。さらに背中をマンティスイマジンに踏みつけられ地に縫い付けられた。

 そして──、カチャリと首元に感じる気配が、ゼロノスの動きを完全に止めた。

 

「…………」

 

「どうやら、()()()()()の勝ち、みたいね」

 

「…………」

 

 ゼロノス──詩音は何も言わない。いや、もしかしたら言い返せないのかもしれない。首元に感じる異様な気配が、詩音に『敗北』の二文字を突き付けていた。横目で確認してみれば、そこにあったのはヤツの武器ではなくゼロノスの武器、ゼロガッシャーだった。どうやら転がっている際に手放してしまったらしく、ヤツの手に握られ今所有者であるゼロノスを殺すために首元に添えられていた。

 おそらく奴の手にはヤツ自身の武器が握られているはずだ。背中を踏みつけられ回避行動をとることが出来ない、首元にはゼロガッシャー、そしてヤツにはまだもう一つの武器が……。

 ──マンティスイマジンの言う通り、詰んだみたいだ。

 

「あら、だんまりね。つまらない。最後に言うことはないのかしら? ()()()()()がしっかり聞いてあげるわよ?」

 

「そうだな……」

 

 死が迫ってるというのに、詩音の声に恐怖の色はなかった。

 

「俺は勘違いしていたみたいだ。アンタはやっぱり──―」

 

 そして──、

 

「どう考えてもおばさんだよ。ヨボヨボのお肌ガッサガサのな」

 

 ──決定的な挑発だった。

 瞬間、一つの悲鳴が屋上に響いた。

 

 





次回、
Episode07に続く。




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Episode07:THE THIRD TIME OF THE ENCOUNTER

Episode07:三度目の邂逅


今回は序章というか、プロローグの終わりみたいなもので、たぶん次回辺りからいろいろ判明していくと思われます。




 ──悲鳴を上げたのは、マンティスイマジンだった。

 体中から火花を上げ大きくのけぞるマンティスイマジン。その拍子にゼロガッシャーがその手から落ち、背中の重みが消え、動けるようになったゼロノスは落下するゼロガッシャーを掴むと転がって距離を取る。

 

「しーおーんー!!」

 

 陽気な声が聞こえてきた。ゼロノスが声の方を向いてみれば、ゼロライナーのデッキからデネブがこちらに手を振っていた。先ほどの援護射撃はデネブの両手から放たれたものだったらしい。

 その隣にはこちらを心配そうに見る六人の少女たちがいる。

 

「なに倒れてんのよ! しっかりしなさいよ!!」

 

 ツインテールの少女が叫ぶ。

 

「頑張ってください!」

 

「そうにゃ頑張るにゃ!! こんなところで負けちゃダメにゃ!!」

 

 ショートヘア―の少女二人が叫ぶ。

 

「がんばって! 詩音くーん!!」

 

「そうよ! こんなところで負けないで!! 立ちなさい!!」

 

 金髪少女とその親友が叫ぶ。

 そして──、

 ただ一人、胸の前で拳を握り、五人の少女以上に心配そうな瞳でこちらを見てくる少女がいた。その目は戦いで傷つく詩音の姿をこれ以上見たくない、もう戦わないでとも語っていた。

 しかし少女もわかっているのだろう、詩音が戦わなければならないということを。戦わなければ、詩音の運命が守れないということを。

 戦わなければ、何も守れないということを。

 だからこそ彼女は一度瞳を閉じ、ぎゅっと拳を握ると、何かを呟いた。

 

「…………」

 

 詩音には少女の呟きがわかった。

 彼女の口は確かにこう動いていた。

 ──死なないで、と。

 

「………………はぁ、最悪。見たくもんないもの見ちまって、かっこ悪いところ見せて、はーあ」

 

 長く深いため息を吐く詩音。

 腕からは力が抜けておりだらりと下がっていた。肩からも力が抜けており完全に全身が脱力状態だ。その姿はあまりにも無防備で、隙だらけだった。それをマンティスイマジンが逃すはずがない。

 デネブの援護射撃のダメージから回復したマンティスイマジンは、隙だらけのゼロノスの背中目掛けて駆け出す。鎌を模した二刀剣を構えゼロノスに迫る中、詩音はポツリと言った。

 

「ああ、言い忘れてたな」

 

 そう言って、ゼロノスは振り返りゼロガッシャーを一閃。迫っていたマンティスイマジンの腹部を斬り、火花が散った。肩の力が抜け全身が脱力状態だったのが幸いしたのか、自然体から放たれた一撃は素早く、ゼロノス本来の機動力が生かされていた。自ら刃に突っ込む形となってしまい通常以上のダメージを受け、悲鳴を上げ怯むマンティスイマジン。

 ゼロノスは攻撃の手を止めない。一撃、二撃、三撃とゼロガッシャーを振るっていく。先ほどのお返しと言わんばかりの猛攻に、さすがのマンティスイマジンも地に倒れ伏す。

 

「このッ!」

 

 追撃を避けるために口から毒を吐き牽制。ゼロノスはアーマーから火花を散らし、その隙をついてマンティスイマジンは上空へと飛翔する。

 逃げるのか? と思った詩音だったが、マンティスイマジンは逃げずにその場に浮遊していた。そして自身の得意攻撃である毒を吐いた。しかし先ほどの毒攻撃とは違い、今回の毒は霧のように広がって行き、空を黒く染めていった。毒の霧が空を、そしてゼロノスの周辺を包み込み、只ならぬ雰囲気が漂っていた。詩音だけでなくゼロライナーに乗る少女たちも、広がって行く疑似的な夜に只ならぬ雰囲気を感じ、互いに体を寄せ合っていた。

 

「……詩音」

 

 真姫は無意識のうちに呟いた。

 そして──、周囲が疑似的な夜となった。

 その夜はマンティスイマジンの戦闘力をさらに強化するためのモノ。明らかに先ほどまでとは、マンティスイマジンから感じる殺気の気配が変わっていた。より禍々しく、より鋭利となった殺気はアーマーに守られているはずの詩音の体に深く突き刺さってくる。

 明らかにこの一撃で決める気だ。その雰囲気を仮面の下で感じ取った詩音はゆっくりと左と手持ち上げ、ベルト上部のスイッチを押す。

 

『Full Charge』

 

 フリーエネルギーがチャージされたゼロノスカードをゼロガッシャーに差し込む。刀身が赤色に輝き出しゼロノスは腰を落として構える。

 マンティスも二刀の鎌を構え、急降下する勢いを利用し確実にゼロノスを仕留める態勢に入る。

 デネブと少女達が見守る中、両者の最後の衝突が始まった。

 マンティスイマジンが急降下するのとゼロノスが跳躍するのはほぼ同時だった。急降下の勢いを利用している分、スピードはマンティスイマジンの方が上手だった。明らかに技の威力は向こうが上のはずだ。仮に剣を交えれば負けるのはゼロノスの方だろう。だが、飛び上がってしまった以上交差は一瞬、その隙に最善の判断をしなければならない。

 詩音は仮面の下で視線を細くし、ゼロガッシャーを振るった。

 衝突する緑と赤銅の光。

 マンティスイマジンに遅れてゼロノスも地に着地した。

 両者は武器を振りぬいた状態で止まっていた。

 静寂があたりを包み込む。

 少女達とデネブは、息を一つ飲んだ。

 そして──、

 

 

 

 

「──―最後に言っておく、俺はかなり強い」

 

 

 

 

 瞬間、短い悲鳴の後に赤い『A』マークが刻まれたマンティスイマジンは爆散した。

 煙が空へと上がって行く中短く息を吐くゼロノス。

 少女達の方も、だんだんとゼロノスが勝利したことを実感していき、やがて──。

 

 

 

 

『やったあぁああああぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!』

 

 

 

 

 少女達から歓喜の声が上がった。

 互いに抱き合い、ハイタッチを交わすなどをしてゼロノスの勝利を称賛していた。

 

「見事な逆転劇やったで! 詩音くーん!!」

 

「お見事にゃ!!」

 

「やったわね! それでこそチビたちが憧れるヒーローだわ!!」

 

 少女達から称賛の声を受ける詩音は、その仮面の下で小さく笑った。

 一応、手を上げてその歓声に答えておく。

 詩音の耳に『よかった』と小さな声が風に乗って聞こえてきた。

 

「──―、デネブ」

 

 だが、詩音には勝利の余韻に浸っている時間などない。

 詩音はデネブの名を小さく呼んだ。それだけでデネブは理解したのか、詩音に向かって頷くと少女達とゼロライナー内へと下げた。

 

「……」

 

 少女達がゼロライナー内に下がって行くのを見届け、ゼロライナーが去って行くのを確認した詩音はベルトのカードに手を添える。

 そして、

 

 

 

 

 ゆっくりと、カードを取り出した。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさいです、お姉さま!」

 

「お帰りなさい!」

 

「……おかえりー」

 

 矢澤にこが帰宅すると妹である矢澤こころ、ここあ、そして弟の虎太郎がにこの帰りを出迎えた。

 にこは靴を脱ぐと早足に台所に向かう。

 

「遅くなってごめんねー、今すぐ用意するから待ってて」

 

 そう言ってにこはカバンを下ろし、先ほど行きつけのスーパーで買った食材をレジ袋から取り出していくと、()()()()()()()()()()()()

 

「なにこれ?」

 

 思わず声が出た。スーパーなどで無料でもらえる小さなビニール袋、その中に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が大量に入っていた。

 

(これ、買った覚え、ないんだけど……)

 

 財布からレシートを取り出し袋の中とレシートに書かれている商品を照らし合わせても、このキャンディーを買った記録はなかった。

 んー? と唸りながら見てみるとバーコードらしきものがないことに気が付き、これは売り物ではないという判断に至った。

 となると、これはキャンペーンか何か無料で貰ったものだろうか? たしかにもうすぐでハロウィンだということもあって、スーパーやコンビニ、ショッピングモールなど街全体がハロウィンに向けての商品展開をしており、その関係でこういったお菓子を配っていてもおかしくはないだろう。

 なによりキャンディーを包んでいる袋に書かれているキャラクターが、いかにもハロウィンという雰囲気を醸し出していた。

 それならば好都合だ。キャンディーとなればハロウィンのお菓子としては十分な活躍をしてくれるだろう。毎年家の経済状況を考えてあまりお菓子を買って上げれていないのだが、今年はこれのおかげでチビたちも満足してくれるだろう。数はそれなりにある。後はハロウィンまで隠し通せるか否か。

 

(それにしても、一体どこで貰ったのよ、コレ)

 

 ただ、このキャンディーをどこで手に入れたのかは、思い出せなかった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 その日、家に帰宅した真姫は真っ先に自室へと入って行った。「お帰り」と言ってくる母親に「ただいま」と素っ気なく返してしまったが、それを気にするほどの余裕が今の真姫にはなかった。

 ガチャン、と扉の閉まる音が部屋に響く。カバンを下ろすと、真姫はベットにその身を預けた。真姫の体がベットに沈んでいく。

 

(なんで……)

 

 真姫は天井を見ながら考える。

 脳裏には先ほどまで繰り広げられていた怪人と赤銅の戦士の戦いが、()()()()()()()()()()()。それと同時に──。

 

(なんで、──()()()()()()?)

 

 ──―今まで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 夕日の公園を舞台に戦う、怪人と赤銅の戦士。違いがあるとすれば怪人の容姿。今回の怪人はカマキリのようだったが、前回はモグラのような怪人だった。

 ──―いや、重要なのはそこではない。

()()()()()()()()()()()()()()()? 

 いや、人間は確かに嫌な記憶や思い出をすぐ忘れるものだが、翌日という短いスパンで忘れるわけではない。今だって自分の命が狙われたことをはっきりと覚えているのだ、怪人と赤銅の戦士の戦いも。

 それに人間は、その記憶にゆかりのある場所を訪れると自然と思い出すこともある。しかし真姫は午前中にあの公園を訪れているのに怪人と赤銅の戦士を思い出さなかった。いくら生徒手帳を探していたとはいえ、あれほど衝撃的な光景が広がっていた公園で思い出さないはずがない。

 それに不可解なのはもう一つある。

 ゼロノスの戦いに決着がついた後、真姫達はスーパーの前に下ろされた。他のメンバーは気が付かなかったのか、それともあんな衝撃的な光景を見せられ心身共に疲れたのか早足に帰って行ってしまったが、真姫には異様な光景が広がっていることに気が付いた。

 いや、()()()()()()()()()()()()、真姫にはそれが()()に見えた。

 そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が広がっていた。

 

(なんで? あんなことがあったのに……どうして? 誰も警察に電話しなかったの?)

 

 普通なら警察などがいるはずだ。そもそも怪人が暴れる前にナイフを所持して人を刺そうとした輩がいるのだ。パトカーや警察がいるはずなのに、その姿はどこにもなかった。

 

(もしかして、みんな私みたいに、一時的に忘れてる?)

 

 おそらくそれが一番ありえる可能性だろう。

 昨日の戦闘も真姫は忘れていた。しかし今思い出したとなると、何かしらの影響で一時的に忘れているだけなのか? 

 もしそうならば、一体何の影響が働いたのだ? 

 いや、考える必要はないだろう。

 おそらくすべての答えはあの青年が知っているはずだ。

 大丈夫、今回は覚えている。

 

「詩音……」

 

 真姫はその青年の名を呟いた。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 翌日。真姫は自分でも驚くほどにすっきりと起床した。昨日あんなことがあったというのにと考えるが、やはりやらなければならないことが決まっているとなると自然と早くに目覚めるものだ。

 本日μ’sの練習はお休み。どうやらハロウィンに向けてのイベントにスクールアイドルの出番があるらしく、そのイベント主催者に呼ばれたらしいのだ。リーダーである高坂穂乃果とメンバー内でこういったことに適していると思われる絢瀬絵里、音ノ木坂学院の生徒会長コンビが秋葉原に行ってしまったため本日はお休みとなった。

 しかしこれは好都合。詩音と会いたい真姫ではあるが、彼がいつどこで何をやっているのかは不明なのだ。昨日みたいに街を歩いていれば会える、みたいな偶然が二度も起これば嬉しいのだが、そう簡単にはいかない。最悪今日一日使っても見つからないことがあるかもしれない。

 しかしそれでも、見つけて問わねばならないことがたくさんある。

 真姫は長くなることを覚悟したうえで家を出た。

 詩音と出会ったのは一昨日の公園と昨日の街の中の二回だけ。明らかに手元にある情報が少ない故に、まずはその周辺を探すしかないだろう。

 公園かスーパー周辺か、あくまでこの二択しかないがこの周辺にいるとは限らない。あくまで彼の生活上そこを通っただけなのかもしれない。

 と、あれこれ考えてみるが結局どうすればいいのかはわからない。ここはあえて昨日と同じ場所での遭遇、という奇跡を信じて行ってみるのも手だろう。それにあれだ、こういった場合昨日と同じ場所で会うという一種のジレンマみたいなものがあるはずだ。昨日もそれに近い形でメンバーがいる中詩音と遭遇した。ならば、会えるはずだ。

 …………などという淡い期待の中真姫はスーパーの方へと足を運ぶと、

 

「……うそ、でしょ」

 

「…………」

 

 ばったりと、本当に何かの因果でも働いているのではないかと疑いたくなるレベルで、詩音と再会した真姫だった。

 …………本当に何か働いてるの? 

 

 

 




遂に三度目の邂逅を果たした真姫と詩音。
一体自分たちの身に何が起きているのか? なぜ怪人が暴れるのか?
詩音を問い詰める真姫。
語られる敵の目的、詩音の役目。

次回より新章開幕!!


みたいな展開になればいいなー。




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Episode08:NEW CHAPTER


Episode08:新章


二週間ぶりの更新です。
サブタイトルに「新章」と書いていますが、ぶっちゃけ前回のタイトルの方があってる感じがしますね……。
でも内容的には次の段階に行ったので「新章」と言っても間違いはない、はずです。




 三度目の再会を果たした西木野真姫と詩音。

 まさか三日連続で同じ青年に、しかもこんな簡単に出会えるとは思ってもいなかった真姫は、驚きで目を見開きながら詩音と対面していた。

 真姫が持っている詩音の情報は、その名前と『ゼロノス』という名の赤銅の戦士に変身して怪人と戦う、そうしなければ自分の運命を守れない、という情報だけである。これ以外の情報──例えば住んでいる場所など──は一切持ち合わせていないため、こうして今出会えていることは奇跡といえるだろう。

 しかし、詩音と出会えたというのに真姫の心には何か違和感のようなものが残っていた。今まで詩音や怪人に対してのとは違う、新たな違和感だ。それが一体何なのかはわからない。探ろうにしても、それを探ってはいけない気がしたのだ。

 まあとにかく、こうして再会できたことには素直に喜んでおこう、と真姫は思った。何せ聞きたいことが多すぎるのだ、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 意を決して言葉を発しようとしたところで、詩音が先に言葉を発してきた。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「え?」

 

 眉間に皺を寄せ、こちらを睨みつけている詩音の声音には怒りが込められていた。なぜかは分からないが、詩音の顔付きは昨日ナイフを持った男に向けられていた表情と同じであり、明確な『怒り』と『殺意』が込められている。

 詩音の表情を見た真姫はその『怒り』と『殺意』に脅えてしまい、一歩後退る。

 詩音は後退る真姫を追うように一歩前に出る。

 

「どういうつもりだ、と聞いてる。答えろ」

 

「な、なにを、言ってるの……?」

 

 詩音の威圧に気圧され声が震える。

 真姫はなぜ自分にそんな感情が向けられているのかがわからない。詩音と出会ったのはこれで三回目、思い返す限りでは詩音にこのような感情を向けられる理由が見当たらない。公園で出会った時はイライラとした感情を向けられたが、今回の詩音の表情はその時とは明らかに違った。

 詩音の視線にはまるで戦闘中かのような威圧が感じられ、真姫の体を……。

 ──―いや。詩音の視線を追った真姫はそこで違和感と感じ取った。

 一度冷静になって真姫は詩音の視線を追う。確かに詩音の視線には『殺意』と『怒り』が込められている。

 しかし、

 

(この人、()()()()()()()?)

 

 詩音の視界に()()()()()()()()()()()

 いや、きっと視界の端にはいるのだろうが、真姫を()()()()()()。その視線が捉えているのは真姫とは別の、おそらく感じる通りであれば真姫の左後ろにいる誰かに向けられている。

 ──いったい誰だ? 

 ──誰に視線を向けている? 

 気になった真姫は振り返ろうと首を動かそうとする。

 しかし、首は動かなかった。いや、正確には()()()()()()()。真姫の本能が()()()()()()()()()()と告げている。強く、頑固たる忠告が真姫の脳をガツガツと叩いていた。頭の中に警報機でもあるかのように、鳴り響く警告音が真姫の首を止めていたのだ。

 ──―振り向くな、振り返ってはいけない。

 警告が、脳内に響く。

 何なのだ、一体自分の後ろに何があるというのだ? 

 背後には確実に巨大な何かがいる、そう考えざるを得ないほどの『なにか』が真姫の背後にいるのは確かだった。

 

「──待てっ!!」

 

 思考の海に溺れている真姫の意識は、詩音の一言によって引き上げられた。

 駆け出した詩音は真姫の横をすり抜け背後にいるであろう誰かを追う。そこで真姫の固定されていた首も動くようになり、振り返る。

 先ほどまで動かなかったことも気になるが、直感的に真姫は詩音を追った。ここにきて見失ってしまっては本末転倒だ、急いで追わなければ、と構えたが詩音はすぐ後ろにいた。どうやら相手を見失ってしまったらしく、上の方を見上げ睨みつけていた。

 

「くそっ」

 

 舌打ちと共に一言。

 そして真姫の方へと振り返ると、

 

「お前、どういうつもりだ」

 

「え? 一体何……」

 

「なにって……。

 ああ、そうか。視界から外れると忘れるんだったな。くそ」

 

 真姫の反応に心当たりがあるのか、自己完結した詩音は舌打ちをするとその場を去ろうとする。

 自己完結する詩音に唖然とした真姫だったが、ここで彼が去ってしまえば自分の目的を達成できないことを思い出し、慌てて手を伸ばす。

 

「待って!」

 

「……なんだよ」

 

「聞きたいことがあるの」

 

 パーカーの端を掴まれ、引き止められた詩音は不機嫌な顔で真姫に振り返る。

 相変わらずつり上がった瞳が不機嫌そうに見下ろしてくる中、真姫は負けずと同じツリ目である瞳で詩音を見返す。

 

「教えて、どうして私はあなたと出会ったことを忘れていたの? 

 それだけじゃない。昨日あなたが怪人を倒した後、街は何事もなかったかのようになっていた。普通怪人が、うんうん、それ以前に私達はナイフを持った男に襲われたのよ、警察がいてもおかしくない。それなのに誰も呼ばなかった。

 どうして? まるでみんな忘れているみたい──」

 

「知るか」

 

 真姫の言葉は、パーカーを掴んでいた腕が弾かれるのと同時に詩音の言葉によって遮られた。

 詩音はパーカーを整えると、真姫を一瞥してから歩き出す。もちろんその場から去るという意味で。

 まだ答えを聞いていない真姫は去ろうとする詩音を睨み、今度は肩を掴んで止める。

 

「待ちなさい、まだ終わって──」

 

「知らねぇよ。どうせ事が終わればみんな忘れる。()()()()()()()()()な。お前もそうだ。結局最後にはすべて忘れて、なかったことになる。

 なら、説明するだけ無駄だろ」

 

 吐き捨てるように詩音は言う。

 その言葉にはどこか寂しさや儚さが込められており、真姫は追及しようとしたが言葉が引っ込んでしまった。

 彼の背後に一体何があるのか真姫にはわからない。それでも先ほど彼の言った言葉からは詩音がそれ相応の重たい何かを抱えていることが感じ取れた。

 詩音は真姫の手が緩んだことを確認すると、顔を下に向けている真姫を一度見てから歩き出す。

 真姫は去って行こうとする詩音の気配を感じ取り、顔を上げて彼の背中を見る。その背中はだんだんと遠ざかって行く。

 ──ことが終わればみんな忘れる。

 詩音の言葉が再び脳内で再生される。もし彼が言った通り、彼の言う『こと』が終われば真姫はすべて忘れてしまうのかもしれない。いや、完全に忘れるのだろう。

 でも、だからと言ってこのまま引き下がれるわけでもない。

 それに詩音の言ったことの意味を別の見方で見れば、『ことが終わるまでは覚えている』ということになる。

 確信はない、真姫はその『こと』が一体何なのかはわからない。

 だが確実に『こと』というものに自分が関わっていることが、真姫にはわかる。

 忘れていた記憶を取り戻した今だからこそ、思い返してみれば怪人は二回も自分を狙ってきた。二回狙われた共通点を上げるならば花陽も当てはまるのだが、それならば昨日真っ先に花陽が狙われるはずだ。だが、実際先に狙われたのは真姫だった。

 それに何より、あの公園で詩音とデネブはこう言っていたはずだ。

 

『大丈夫、君のことは俺達が必ず守る!』

 

『いやだって、これから守らなきゃいけないんだから、挨拶は大切じゃないか』

『必要ねえよ! 第一、俺はコイツを守るなんて決めた覚えはねえ!! 俺は俺のために戦うだけだ!!』

 

 わざわざ真姫の手を取り、『必ず守る』と宣言したのだからこの先も真姫は狙われるのだろう。となれば詩音の言う『こと』とは自分に関わっているということになる。

 

 

 

 

 ──―自分が関わっていることを最後には忘れるとはいえ、片付くまで放置されるのは嫌だった。

 

 

 

 

 だからこそ真姫は詩音の後を追った。

 例え最後には忘れようと、ことが終わるまではきっちりと覚えているために。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 街の中を歩く二人の影があった。

 いや、正確には歩いているというより真姫の方が詩音の後を一方的に付いて来ていると言った方が正しいだろう。尾行、とは言えない。真姫は物陰に隠れるといった素振りは見せずズカズカと詩音の後を追ってた。

 もちろんそんなことでは詩音にすぐばれる。

 

(バカだろ……)

 

 詩音は隠れる様子を見せない真姫の尾行に呆れる。普通尾行するならまず相手にバレ無い様に物陰に隠れたり、ある程度の距離を取るのが定石だ。それなのに真姫の尾行はただ後を付いて来るだけ。というより鬼ごっこで鬼を捕まえる為にその背を追っているといった方が正しいだろう。

 実際真姫は尾行をしている、という意識はなく詩音を捕まえる為に後を追っているのだ。その背中を見失わないように、睨みつけるように見ながら詩音の後を追う真姫。その距離はだんだんと縮まって行き、このままいけば詩音は捕まる。

 詩音はそれを察したのか突然ダッシュを始める。脚力を生かして一気に真姫を引き離すつもりなのだろう。真姫も慌てて追いかけるが、その差はだんだんと開いて行った。

 それもそのはず、詩音と真姫は男と女。つまり元の運動神経が違うのだ。よほどのことがない限り、女性がかけっこで男性に追いつくのはまず不可能であるだろう。真姫にはもちろんそれがわかっており、普段から体力づくりの一環で走っているとはいえ悔しかった。

 

「待ちなさいよ!」

 

 だからついつい声が出てしまう。

 

「誰が待つかよ!」

 

 真姫の言葉に言い返す余裕があるのか、時折振り返りながら詩音は走る。

 日曜日だということもあってか街には多くの人が外出しており、中には外国からの観光客の姿もある。人混みがそれなりにある中を詩音は器用に避けて走る。真姫も詩音を見失わない様に後を追うが、詩音とは違い人ごみに突っかかってしましその距離は開いていく。それでも真姫は負けるもんか、と詩音の後を追う。人の肩にぶつかるたびに「ごめんなさい」と一声言ってから、詩音の背中を探す。

 詩音の方は時折こちらを振り返りながら、まるで真姫の様子をうかがっているように見えるそぶりをしながら走る。

 

「待ちなさいってばっ!!」

 

 さすが、普段からスクールアイドルとしての練習で体を鍛えているからなのか、だんだんと人込みを避けるのが上手くなっていた。ここ最近は基礎体力に重点を置いた練習をしていたのも大きかったのだろう、普段ならば息が切れそうになるのだが一切そんな気配はなく、むしろまだ体が軽いくらいだ。

 さすがの詩音も真姫の粘りに驚いたのか、振り返った際に目を見開いたのを真姫は確認した。

 さらに運が真姫に味方したのか、詩音の前方の信号機が点滅をし始めた。信号機が赤になれば詩音は立ち止まるしかない、その隙に捕まえようと考えた真姫だったが、詩音はむしろ逆にスピードを上げて無理やりにでも信号機を渡ろうとしていた。

 

(ウソでしょ!?)

 

 絶対に間に合わない! 

 そう思った矢先──、詩音の体が左横にすっ飛んだ。

 

「……へ?」

 

 ……何というか、明らかにギャグマンガでしか見ないようなすっ飛び具合に、思わず真姫は変な声を出してしまった。全力で真っ直ぐ走っていた青年が、目の前でギャグマンガのように真横にすっ飛ぶ姿は、いろいろと残念としかいようがなかった。

 というか、突然横から人が引っ張ったようにも見えたが、人の影はない。それはつまり──。

 

「いってーなっ! ふざけるなよ、デネブ!!」

 

 横にすっ飛び、腰をさすりながら怒りの声を上げる詩音。どうやらデネブが何かを下らしい。おそらく詩音の中にいるデネブが無理やり体の主導権を握り、危険を冒そうとしていた詩音の体を横に飛ばすことで危機を回避させたのだろう。結果的に詩音の危機は回避されたが、ケガをすることには変わりなかった。

 加えて、真姫も詩音に追いつくことが出来たので詩音には悪いが、真姫にとってはありがたい結果となった。

 

「まったく、何やってるのよ」

 

「……ちっ」

 

「ちょっと、人の顔見るなり舌打ちするってどういうつもり?」

 

「うるせぇよ」

 

 吐き捨てるように言い、パンパンとズボンに着いた砂利を叩き落としながら、

 

「ったく、デネブのヤツ」

 

「あのままだと赤信号を渡ってたわよ」

 

「お前の捕まるよりマシだ」

 

「なによそれ。私の質問に答えるだけでしょ」

 

「嫌だ。言っとくけど、俺は話す気ないからな」

 

「……じゃあ、勝負しましょう」

 

「…………はあ?」

 

 何言ってんだコイツ? と言った眼差してくる詩音の視線に耐えながら、真姫は別の道の先にあるゲームセンターを指さす。 

 真姫の指の先を追い、ゲームセンターの存在に気付いた詩音は、真姫が何を言いたいのかを理解したらしく、しかめっ面になった。

 

「その様子じゃ、私が何を言いたいのか理解したみたいね。そうよっ!」

 

 ビシッ! と今度は詩音の方を指さして、真姫は宣言する。

 

「ゲームセンターで勝負よ! 私が勝ったら洗いざらいはいてもらうわっ!!」

 

 

 





とまあ、こんな感じです。

次回
Episode09に続きます。


























 一人の少年が歩いていた。
 髪は赤茶色に染められており、瞳は相変わらず濁っていた。白いブレザータイプの制服を着た少年は今日も街の中を歩く。
 前から歩いて来るスーツに身を包んだ女性はスマートフォンとにらめっこしており、少年の方に気付いていない。少年は濁った瞳を女性へと向けると、ニヤリと一度笑った。
 そして、少年は女性を視界にとらえているのにも関わらず、ドン、と真正面からぶつかった。女性の方は慌ててスマートフォンから顔を上げて、少年に気が付くと「すいません!」と頭を下げる。
 性格が真面目な方なのだろう。避けなかった少年を一切攻めるような言葉は言わず、深々と頭を下げて謝罪する当たり、女性の人の良さを感じられる。

「ねぇ」

 少年が口を開いた。
 顔を上げた女性は少年の方を見ると、嫌な気配が背中を走った。濁った瞳を向けられ、女性の体が小さく震え出す。
 少年は右手を女性の頬へと持って行き、まるでキスをするかのように顔を近づける。
 女性は抵抗をするそぶりを見せず、ただ小さな恐怖を感じているだけだった。やがて少年の口から、そっと囁くように言葉が発せられた。




「――きみは、ぼくを観測したのかい?」




 女性から答えは発せられなかった。
 というか、少年は最初から答えてくれることを期待していなかったのか、言葉だけを言い終わると女性の視界から外れる。最後に女性の黒髪を撫でることは、忘れなかった。
 女性の方はしばらく呆然としていたが、ハッとなって我に返ると、あたりを見回した後にスマートフォンで時間を確認すると早足に歩き始めた。
 少年の方は相変わらず濁った瞳でつまらなさそうに去って行く女性を見ていると、視界にとある人物を捉え目を見開く。向こうも少年の視線に気付いたらしく、少年との視界が交差する。
 少年の濁っていた瞳に奇麗な光が灯り、笑顔となって駆け出す。
 間違いない、間違えるはずがない。赤くウェーブがかった髪につり上がった瞳。
 少年は笑顔のまま目の前の人物――西木野真姫に抱き着いた。

「ゔぇえ!?」

「やっぱりそうだ! うん、ダメだ! 我慢できないよ!!」
 
 少年はその瞳で真姫を見ながら、

「無理だよ我慢なんてできないよ早く会いたいよ早く一緒に生活したいよ遊園地行きたいし天体観測もいたいし鍋パーティーもやりたいしやりたいことがたくさんあるんだだから早くぼくを見つけてよねえ見つけてってば観測してよ観測してよこれ以上待てないよこれ以上待ってられないよ早く見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて観測してよ観測してよ観測してよ」

 少年は感情を抑えることが出来ないのか早口に言葉を発し続ける。
 真姫の方は少年の方に完全に『恐怖』を感じており、少年に掴まれた手を振りほどくために手を振るう。あっさりと手は解放されたが、少年の方は振りほどかれたことがショックだったのか、しばらく呆然と自分の手を見つめていると、

「なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」

 真姫は少年から感じる狂気に一歩後退る。
 明らかにおかしかった、狂ってる、少年は壊れた人形のように「なんで」と言い続け、真姫はその場を逃げ出したくなった。
 そこへ、




「―――おい」




 一人の青年の声が届いた。
 聞き覚えのある声に真姫は後ろを振り返り、少年は先ほどまで狂っていた様子から一転、冷めた表情で声の主を見る。




 ―――そこに、明確な『殺意』と『怒り』を込めた視線をでこちらを見る、詩音の姿があった。






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Episode09:GAME

「いいぞ」

 

「へ?」

 

「だから」詩音は少し気怠そうに「ゲームセンターで勝負だろ? わかりやすくていい。さっさと行くぞ」

 

 そう言って詩音は真姫が示したゲームセンターへ向けて歩き始める。

 絶対に反対され、その上罵詈雑言を浴びせられると覚悟していた真姫は、すんなりと了承した詩音に驚いていた。彼の性格を考えれば絶対に反対すると思っていたのに、どういうつもりだろうか? 

 と、考えていたら詩音がこちらに振り返り、「早く来い」と言ってきた。真姫は考えるのを一旦置いといて詩音の後を追った。

 先にゲームセンターに入った詩音は、ゲームセンター内を見回していた。

 

「へー、今まで来てなかったけど、案外こういうところは変わらないんだな」

 

「何がよ」

 

「いや、こっちの話だ。それより、何で勝負するんだ? ホッケーか? 音ゲーか? レースゲームか? コインゲーム?」

 

「そうね」

 

 と言って真姫はゲームセンター内を見回す。

 勝負、といっても具体的に何をするのかはまだ決めていなかった。詩音が提案した通り、無難に対戦ゲームであるエアホッケーでもいいが、その場合は男女の差が出てしまう。いくら常日頃から鍛えているとはいえ、男である詩音に力で勝てるとは思っていない。

 それに詩音は『ゼロノス』となって怪人と戦っている。ああいうものは、変身者である詩音の基礎能力的な部分も少なからずは影響しているはずだ。となれば詩音の基礎能力は少なからず高いと推測してもいいだろう。

 それにエアホッケーには先客がいた。男女一組が和気藹々とエアホッケーをやっているところを見ると、カップルだろうか? 

 まあ、それはどうでもいい。今は何のゲームにするかを考えよう。

 真姫と詩音が同等で戦えるものがあるとすれば、それは……。

 

「ダンスゲームかレースゲーム。どっちがいいかしら?」

 

「…………」

 

 詩音は押し黙った。

 真姫は自分で提案しておきながら、少しだけ意地悪だなと思っていた。何せこっちはスクールアイドルとして毎日ダンスをしているのだ。そのおかげでダンスゲームはそれなりに得意である。もちろん、それだけが理由ではない。このゲームセンターにはμ’sメンバーで何度か訪れたことがあり、そのときに何度かダンスゲームで遊んだことがある。

 当然、ゲーム内にある楽曲の何個かは覚えており、詩音が余程の実力を持っていなければ負けることはまずない。

 だから、詩音はきっとレーズゲームを選択するだろう。自らわざわざ相手の得意分野を選択するとは思えない。

 だが、これは罠である。

 実は真姫、凛にレースゲームでコテンパンに負けて以降必死に練習をこなし、凛には及ばないもののそれなりに得意ゲームである。

 つまり、どっちを選んだとしても詩音が勝てる確率は低いのだ。

 

(さあ、どっちの選ぶのかしら?)

 

「なら、ダンスゲームだ」

 

 詩音は少し考えるそぶりを見せた後、あっさりと答えた。

 

「ゔぇえ!?」

 

 まさかダンスゲームを選択してくるとは思っていなかった真姫は驚きの声を上げる。

 詩音は「なに驚いてんだ?」と首を傾げながらダンスゲームが置いてある場所へと移動を始める。

 ホッケーをやっている男性の方が『もう一回!』と負けたことが悔しいのか再戦をお願いしていた。

 その横を通り過ぎて真姫もダンスゲームの場所へと向かう。

 

「ナイスだ」

 

「え? 何がナイスなの?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

「また、それ……」

 

 さっきから自分だけがわかるよなことしか言わない詩音に怪訝な視線を向けるが、意に介することなく無視されてしまう。

 まあそれはともかく、真姫と詩音はダンスゲームが置いてある場所へとやってきた。幸いプレイしている人はいないため、今すぐに対戦が可能な状態だった。

 

「さっさと始めるぞ」

 

 そう言って詩音はパーカーを脱いで腰に巻くと、一人先に硬貨を投入して台の上に立つ。

 詩音の後に続いて真姫も硬貨を投入すると台の上に立ち、曲の選択画面へと移る。

 

「二曲プレイが可能、か……。なら、一曲目はアップに使って二曲目で勝負でいいか?」

 

「ええ、それでいいわよ」

 

 ルールが決まったところで最初の曲と難易度の設定を行う。一応対決となる二曲目は同じ曲、同じ難易度にしなければならないが、アップのために使う一曲目は合わせなくてもいいだろう。 

 真姫は自分が踊りやすい曲を選択すると難易度を『NORMAL』に設定する。アップにちょうど適した運動量になるのではないかと考え『NORMAL』にしたのだが、詩音も同じ考えらしく『NORMAL』に設定していた。

 そして、曲を始める前に一度後ろへ振り返った。

 何かを確認したように見えたが、詩音の視線の先を見る何を確認しているのかわからなかった。

 

「始めるぞ」

 

 詩音の声に促され正面を向くと、間もなくして曲が始まった。

 アップのために選曲した曲、しかも『NORMAL』であるためそれほど難しいわけではない。チラリ、と横目で詩音の調子を確認するぐらいには余裕がある。

 その詩音だが、ややつたない足取りではあるが順調にステップを刻んでおり今のところミスは見られない。

 ただ、

 

(なんか、楽しそうね)

 

 初めは慣れないゲームに苦戦してたのか険しい顔つきをしていたが、中盤に差し掛かるころにはその表情には笑顔がった。

 本当に心から楽しんでいることを伺えるその表情には、先日まで真姫が見ていた険しい表情とは一転し、非常に子供らしかった。だんだんと体もリズムに乗って行っているらしく、順調で軽やかだった。

 

(まったく、普段からツンとしてないで、そうしていれば少しは可愛いのに)

 

 と、真姫は思った。

 詩音を見ていると、自然と真姫の表情も笑顔になって行った。

 しかし、いつまでも詩音の方を気にしているわけにはいかない。アップとはいえミスをしていいわけではない。真姫は改めて画面を見てダンスに集中する。

 程なくして一曲目が終わり、互いにSランクを取った。

 詩音も前半が危なかったのだが、後半は一つのミスをすることもなく無事にクリアしたようだ。

 ただ、

 

「──あっぶねぇ」

 

 と言う呟きが聞こえてきたところを見ると、どうやらダンスは得意ではないらしい。

 これは貰った、と正直に真姫は思った。

 続いて二曲目。

 

「次は勝負になるわけだけど、難易度と曲は合わせるわけ?」

 

「ああ」詩音は右手で左手の掌をマッサージしながら「その方が単純に実力差が出ていいだろ。俺もこれには慣れてるし、何より言い訳なく白黒つけれる」

 

 そう言って詩音は二曲目を選択し始める。

 

「と言っても、俺の方が不利だ。曲は俺が選ばせてもらうぞ」

 

「いいわよ」

 

 真姫の了承を得た詩音は先ほどと同じ曲を選択。真姫も詩音に続いて同じ曲を選択すると、難易度設定のところで「どうするのか」と聞こうと視線を動かしたところで、詩音は何の迷いもなく一歩右にステップを踏んだ。 

 それはつまり難易度が変更されたということ。

 そして右に踏んだということは難易度が上がることを意味する。

 つまり、詩音は『NORMAL』から一段階難易度を上げ『HARD』に設定した。

 

「ゔぇえ!?」

 

「なんだよ、驚くことか?」

 

「驚くに決まってるでしょ。あなた、『NORMAL』でも危なかったじゃない」

 

「まあな」

 

 と、あくまで素っ気なく答える詩音。

 

「いいから、さっさと設定しろ。時間が無くなる」

 

 急かすように言う詩音。確かに画面を見れば選択の制限時間が刻々と過ぎているため、真姫は慌てて難易度を『HARD』にした。

 両者共に決定ボタンを選択すると、間もなくして曲が始まった。先ほどとは難易度が一段上がっているため、流れてくる矢印の数も多くスピードも速い。先ほどより集中してステップを刻んでいく真姫。

 さすがスクールアイドル、しかも今一番注目されているμ’sだけあって、真姫のステップは軽やかだ。今のところミスは一つもなく刻まれていくステップ。

 間もなくして曲が終了し、真姫は一息吐く。日ごろからダンスの練習をしているとはいえ、勝負事となれば少しは疲れる。画面には評価が着々と表示されていき、最後に『S』と表示され紙吹雪が舞っていた。

 そういえば、これを始めてやったときは『B』だったことを思い出し、あれから四ヶ月経っただけでここまで成長したことに、少し驚いていた。

 

(さて、向こうは……)

 

 自分の得点は確認できた。あとは詩音の評価を確認するだけだ。視線を横に動かしてみれば、

 

「…………」

 

 苦い顔をしている詩音。もしや、と思って画面の方に視線を向けるとそこには『B』と表示されていた。

 つまり、真姫の圧倒的な勝利だった。

 あんなに『俺余裕だぜ』という雰囲気を出しておきながら、まさかの『B』。コンボ数を見てみればミスをかなりしており、あの余裕は一体何だったんだと聞きたいくらいだ。

 

「ま、こんなもんだろ」

 

「なに余裕そうにしてるのよ。あなたの負けなのよ?」

 

「ああ、()()は俺の負けだ」

 

 負けたというのに、悔しそうな様子を一切見せない詩音。まるで当然の結果だと言いたげな表情に、眉を顰める真姫。詩音は結果がわかると台から降りてその場を去ろうとする。

 

「ちょっと、どこ行くのよ」

 

「あン? どこって()()()()()に決まってンだろ」

 

「はあ!? 次のゲームって──」

 

「誰も一回勝負何て言ってないだろ?」

 

 何言ってんだ? と真姫を小ばかにした表情で言ってくる詩音。確かに勝負を提案したときに一回勝負何て言っていない、さらに言うのであれば詳しいゲームルールも決めていない。

 詩音の言っていることは合っているのだが、

 

「往生際が悪すぎるわよ!! 男なら一回勝負でしょ!!」

 

「そんなルールは決めていない。それに、お前だって明らかに自分が得意なゲームを選択肢に持って来てたろ、次は俺の得意ゲームをやらせてもらうぞ」

 

 なんて奴だ! 

 性格が腐ってる!! 

 先ほど見たダンスを楽しんでいる詩音の姿がガラスのように壊れるほど、目の前の男の性格の悪さを思い知った。あの時の純粋で子供っぽい笑顔はウソだったのだろうか。

 はらわたが煮え返りそうな中、次のゲームでコテンパンにしてやると決意した真姫は詩音の後を追いかける。

 

「なら、改めて確認よ! 三本勝負で二勝した方の勝ち!!」

 

「なら、お前はあと一本、俺は残りの二戦を勝てばいいわけだな。

 さて、次はこいつだ」

 

 ルールを確認していると、どうやら次のゲームの場所に到着したらしく詩音はソレを示しながら言う。

 詩音が次のゲームに選んだもの、ソレは──エアホッケーだ。完全に男である詩音が有利なものだった。

 文句を言おうとする真姫だったが、

 

「ちなみにもう一つの選択肢はパンチングマシーンだが、こっちの方がお前にもわずかに勝てる可能性があるだろ?」

 

 そう言ってさっさと準備を始める詩音。

 最悪だ、外道だ、性根が腐っている。

 どうやら詩音は、そこまでしてでも話したくないらしい。いいだろ、やってやろうじゃないの。

 真姫は拳を握りながら、詩音をコテンパンに叩きのめそうと決意を新たにした。

 詩音と真姫はそれぞれ向かい合うように位置し、コインを投入してマレットを手に取る。願わくばパックが真姫の方に出てきてくれることを願うが、真姫の方に出てきた様子はない。となると、

 

「っつ!?」

 

「どうやら、俺の方にパックがあるみたいだな」

 

 パックは詩音の方に出てきた。最悪だ、これで一点は取られたようなもの、と考えた時、真姫は先ほど一組の男女エアホッケーをやっていたのを思い出した。確か、勝負はついたが男性の方がお願いして泣きの一回をやっていなかったか? もしそうなら、パックのそのゲームで最後にゴールした方に残っているということになる。

 

「まさかアンタ、ダンスゲーム中ずっとこっちの方を見てたの!?」

 

「ああ。俺は元々ダンスゲームが苦手だからな、あれは負けが確定していた。なら、ダンスゲームは捨てて他のゲームで勝てばいい、ただそれだけのこと、だ!」

 

 同時に詩音はマレットでパックを打った。

 不意を突かれつつも何とか反応した真姫は、ゴールに吸い込まれるぎりぎりのところで自分のマレットを引き寄せ弾いた。 

 弾かれたパックは左右に激突しながらゆっくりと詩音の方へと返って行く。

 

「汚いわね、そこまでして勝ちたい訳!?」

 

「勝負に汚いも奇麗もあるか!」

 

 返ってきたパックを詩音は再び打つ、しかも今度はストレートではなく壁に衝突させ左右にぶつかりながらだ。不規則に迫るパックは真姫のゴールに吸い込まれ、詩音の得点となる。

 本当に最悪な奴だ。先ほどのダンスゲームを捨ててまでこちらを見ていたということは、最後にどっちのゴールに入ったのかを確認できる。そしてルールを明確にしていないことをいいことに、自ら次のゲームへと足を運び、パックが入っている方で準備をすれば今の様に一点目を簡単に取れる。

 真姫はパックを取り出しながら改めて目の前の男を見る。詩音はフン、と鼻で笑っている。

 最悪だ、本当に目の前の男は性格が悪い。

 真姫は込み上げる怒りをパックに乗せて打った。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 真姫と詩音のホッケーの様子をクレーンゲームを影に見ているデネブは、明らかに汚い詩音に呆れていた。

 

「詩音……」

 

 先ほどダンスゲームが始まる直前で追い出されたデネブは、こうして影ながらに二人を見守っている。途中何度か店員から声を掛けられたのだが、クレーンゲームをやっている様に装ったので問題はないはずだ。店員からは不審な目を向けられるが、デネブがそちらを見れば向こうが視線を逸らす。一応、本当に目の前のクレーンゲームを数回プレイしてみるが、全く景品が取れる様子がない。

 だからこうして二人を見守ることに徹しているのだ。

 

「まったく、詩音は。普通に真姫さんと遊びたいなら誘えばいいのに」

 

 詩音があそこまでする理由を、デネブは何となくわかっていた。

 単純に詩音は真姫と遊びたいだけなのだろう。ダンスゲームの時もそうだったが、エアホッケーで対戦している詩音の表情はどこか明るい。真姫はエアホッケーに向きになっていて気づいていないが、詩音の表情には笑顔があった。先ほどダンスゲームで真姫が見た子供のような純粋な笑顔。

 詩音の打ったパックがゴールへと吸い込まれれば「よし!」と声を上げて喜べば、悔しさ全開の表情になる真姫。逆に真姫の打ったパックがゴールにい込まれるとその表情は逆になる。

 本当に似ている、とデネブは改めて思う。

 

「どうかしら!? もう二点差まで追いつめたわよ! あんなに大口叩いておきながら大したことないじゃない!!」

 

「……ハッ! 俺が手加減してやってるのがわからねぇのかよ」

 

「その減らず口がいつまで続くかしら、ねっ!」

 

「おっと、残念だった、なっ!」

 

 ゲーム内容的には序盤に大量に点数を取って行った詩音の勝ちで終わると思ったが、真姫が徐々に追い上げてきており、二点差に追い詰めていた。意外と接戦である。

 互いの額には汗が少し浮かんでおり、次第にラリーの応酬となっていた。減らず口をお互いに叩き合いながら、相手の冷静さをかこうとするが、全く影響があるようには見えない。

 

「詩音……」

 

「あの、お客様……」

 

 と、詩音たちの方を観察していたデネブの元に、女性店員が声をかける。

 

「え? あ、はいっ!」

 

「お手伝いしましょうか?」

 

「え?」

 

「こちらの景品でよろしいですか?」

 

 そう言って女性店員はクレーンゲームの中にあるカメの人形を示す。

 そこでデネブは先ほどクレーンゲームをやっていることを装ったことを思い出し、なかなか取れないと勘違いした店員が手伝いに来てくれたのだろう。デネブの性格上こういったことは断れない。迷うデネブだったが、詩音たちの方を見ればお互いに笑顔で楽しんでいる様子。一ゲームで決着がつかなかったのか、すぐに硬貨を取り出して二戦目に入る。お互いにメラメラとした熱気が見えてくるのではないか、というほどに燃えていた。これなら問題はないだろう。

 

「はい、それでお願いします」

 

 ということで、デネブはクレーンゲームをやってみることにした。

 向こうのゲームは、まだ終わりそうにない。

 

 

 





以上、四週間ぶりの更新でした。
そろそろもう一つの作品の方も更新しないといけないので、今回遅れてしまいましたが、次は遅れないようにかんばります。

それでは次回「Episode10」に続きます。




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Episode10:ATTACK FROM THE FUTURE


久しぶりの三日置き更新!

しかしまぁ、その分文字数が4000字と少ないんですけどね……。




 ふぅーと、息を吐いて詩音はゲームセンター内になるベンチに腰を下ろした。

 詩音と真姫のエアホッケー対決は詩音の圧勝になるかと思われたが、思いの外接戦となった。序盤こそ詩音がリードしていたが、徐々に真姫が追い上げていき、油断していたところをつかれ同点となり、一回戦目は時間切れ。すぐさま二戦目を始めるが決着がつかず、三ゲーム目にしてようやく詩音が勝利をもぎ取った。

 三ゲームもやればおのずと汗をかいてくるため、次のゲームに行く前に休憩を取っていた。横に視線を動かしてみれば真姫が自動販売機を前に何を買おうか迷っている姿が見える。

 

(ったく、意味わかんねぇ)

 

 詩音は改めて、今の状況を客観的に捉えその奇妙さに苦い顔をした。

 まったく、どんな理由があればアイツとゲームセンターで遊ばなければいけないのか。普通ならあり得ない状況、しかしその『あり得ない状況』が今目の前で起こっていることに対し、少々物申したい気分だった。

 

 

 

 

「お母さん、次これやりたい!」

 

 

 

 

 と、そんな風に考え事をしていると、詩音の耳に元気な子供の声が聞こえてきた。見てみれば小学校低学年くらいの男の子が母親の手を引きながら、さっきまで詩音たちが遊んでいたエアホッケーを指差していた。

 

「はいはい、そんなに焦らないの」

 

 母親は仕方ないわね、といった様子で息子を連れてエアホッケーへと移動した。その後ろから、父親と思われる人物とエアホッケーをやりたいといった男の子にそっくりな子が──おそらく双子だろう──現れて、二対二のゲームが始まった。

 母親と組んだ男の子は見るからに元気のいい男の子で、点数が決まるごとに母親とハイタッチを交わす。母親もそれに笑顔で応じるあたり、よほど仲なのだろう。反対に、父親と組んだ男の子はとても悔しそうに頬を膨らませている。

 

「…………」

 

 なんとなく、詩音はその視線を動かさず親子を見続けた。同時に、詩音の脳裏に一つの思い出が浮かび上がってくる。

 

 ──ほら詩音! 右! 右よ! 

 

 ──詩音! シュートよ! 

 

 ──おめでとう、詩音。

 

 ──すごいわよ、詩音。もうピアノ弾けるようになったの? さすがね。

 

 ──詩音、またケンカしてきたの? 仕方ないわね。

 

 一人の女性が、笑顔で詩音を褒めてくる。心配した表情で詩音を見てくる。

 そんな思い出が目の前の親子と重なる。

 だが、その思い出は次第に詩音の表情が暗くしていき、寂しそうな表情へと変えていく。そして、無意識にだろうか。詩音の口が勝手に開き、とても小さな声が漏れる。

 

「──さん」

 

「はい」

 

 突然、詩音の視界に黒い缶が入ってきた。

 少し驚いた様子を見せる詩音は、それが缶の飲み物だとわかると、視線を上げてそれを差し出してきた人物を見上げる。

 

「…………」

 

「早く受け取りなさいよ。って、何泣いているの?」

 

「……! べ、別に泣いてねぇよ! これは、あれだ、その……あーもう! なんでもいいだろ!」

 

 知らない間に涙が流れていたのか、頬に感じる湿った感覚を袖で拭う。そして誤魔化すように目の前の缶を乱暴にとると、プルタブを開けて口をつけるが、流れ込んできた液体の味を感じた瞬間詩音はむせた。さすがに中身を吐きだすことはなかったが、何度か咳き込んで一体何の飲み物だったのか缶を見る。

 

「お前、なんでコーヒー買って来てんだよ!」

 

「え?」

 

「え、じゃねぇ! 俺はコーヒー嫌いなんだよ! つか、普通こういう時はお茶とかだろ!?」

 

「あなたがすぐに飲める缶のやつがいいって言ったんでしょ!? コーヒー系しかなかったのよ!?」

 

 真姫がそう言うと、詩音はぐっと言葉に詰まらせ、舌打ちをするとベンチから立ち上がりどこかへ行こうとする。

 

「どこ行くのよ?」

 

「トイレだ。これを捨ててくるんだよ、俺は飲めねえからな。それとも、お前が飲むか?」

 

「飲むわよ」

 

「は?」

 

「え?」

 

 眉間に皺を寄せ、何言ってんだコイツ? という視線を向ける詩音と、自分が何を言ったのか次第に理解していき顔を赤くする真姫。真姫も無意識に言ったのか、「あ、いや、ちが」と何度も口ごもっていた。

 二人の間に何とも言えない微妙な雰囲気が漂う。

 そんな中突如、

 

 

 

 

 建物の外から爆発音と悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 爆音とともに建物全体が揺れ、詩音は膝を着く。

 一体なんだ? と瞬時に意識を切り替える詩音。同じくその場にぺたんと座り込んだ真姫の方を一瞥して安全を確認。真姫も事態の急変についてこれていないのか、目を白黒させていた。

 

「しおーん!」

 

 いつもや陽気な声であるデネブも、かすかな緊張感を含んだ声音で詩音を呼び駆け寄ってきた。

 

「デネブ、一体何、が……」

 

 しかし、だんだんと語尾が落ちていく詩音。無理もない、こちらに来たデネブはその両手に大きなカメとクマのぬいぐるみを抱えているのだ。デフォルメされ可愛らしい姿となったぬいぐるみに、首には景品らしき花びらが掛けられている。その何とも緊張感に欠けた姿を見るだけで詩音は脱力感に襲われた。

 一発ぶっ叩きたい衝動にかられる詩音だったが、グッと飲み込むとデネブに今どういった事態なのかを聞く。

 

「イマジンだ」

 

「アイツのか?」

 

「いいや、未来から来たイマジンだ。どうやら未来の時間(向こう)で契約を完了させたみたい」

 

「となると電王(向こう)の役割か」

 

 建物の外からは未だに悲鳴と爆発音が聞こえてくる。ゲームセンター内にいる人々は野次馬精神から外に行くものや、係員の案内に従って避難する者、突然の事態に泣き出す子供がいる。

 

「ちょっと!」

 

 詩音が状況を冷静に分析し、動こうとしないこと不審に思ったのか、真姫は声を荒げて詩音の肩を掴む。

 

「これ、昨日と同じ怪人の仕業なんでしょ? なら何でここで立ち止まってるのよ!?」

 

「確かにイマジンの仕業だが、今回はゼロノス(俺たち)の敵じゃない。電王の方だ。自分たちの役割じゃない相手に、無駄にカードを使いたくないんだよ」

 

「はぁ? ふざけたこと言ってんじゃないわよ!! この事態を放っておくってこと!?」

 

「放っておくつもりはない」

 

 即答だった。詩音は真姫の問いに即答しながら、デネブを見る。

 

「デネブ、アイツらが来るまで時間を稼げるか?」

 

「了解。あ、詩音これお願いね」

 

 デネブは両手に持ってたクマとカメのぬいぐるみを詩音に預けると、ゲームセンターを出て行く。

 

「同じイマジンであるアイツなら、少しは時間を稼げるだろ。俺たちは避難するぞ」

 

「あなたはあくまで戦わないつもりなのね」

 

「…………」

 

 険しい目つきで睨んでくる真姫。詩音はそれを無視して、あたりを見回す。扉らしき物があれば、そこからゼロライナーに避難することができる。しかし、周囲いに扉はなく、トイレのドアを利用しようにも係員の声が飛び交っており向かうの難しいだろう。

 

「ひとまず、外に出るぞ」

 

 詩音は真姫を見て言う。外へ出ることは危険を伴うが、ここにとどまった場合建物の下敷きになりかねない。それを避けるために詩音は真姫の腕を掴むと外へと駆け出す。避難経路に向かわない詩音を呼び止める声が聞こえてきたが、詩音は無視して走る。

 外に出た瞬間、突如路肩にあるタクシーが爆発した。

 詩音と真姫はハッとなってそちらに目をやれば、緑色の亀のようなイマジン──トータスイマジンが暴れていた。その口から黒い鉄球を放ち、周囲のビルを破壊していく。鉄球はいとも簡単にビルを破壊させ、火災を起こし人々を恐怖へと突き落としてく。

 交通網はあっという間に麻痺し、人々の悲鳴が、子供の泣き叫ぶ声があたりに響く。我先にと逃げていく人々。鉄球の流れ弾が人々を襲い、倒壊したビルの瓦礫の下敷きになり息絶える人々、日曜日という休日があっという間に地獄絵図に代わって行った。

 

「うそ……なによ、これ」

 

 真姫は目の前に広がる光景が信じられないといった様子でつぶやく。

 また自分の目の前で怪人が暴れている、しかも今度は周囲を破壊し人の命までも奪っている。明らかに過去二回以上に過激だった。

 敵は自分を狙っていたのではないのか? 

 わからない。だが、確実に今回の怪人は自分ではなく周囲の破壊を目的としているようだった。

 

「──っ危ない!!」

 

「──おい、ばかっ!!」

 

 イマジンの破壊行動に目が行っていた真姫だが、視界の端に泣いている女の子を見つけ詩音の腕を振り払って駆け出す。女の子は恐怖からその場に座り込み泣き叫んでいた。あのままでは危ないと判断した真姫は、急いで少女の元へと向かう。後ろから詩音の声が聞こえてくるが、聞いているひまなどなかった。

 真姫は少女の元へたどり着くと、

 

「もう大丈夫よ」

 

 と、優しく問いかけて少女を立ち上がらせる。

 しかし、

 

 

 

 

 ──ドゴッ、と上の方から明らかに何かが崩壊する音が聞こえた。

 

 

 

 

「────え?」

 

 真姫は上を見上げて頭が真っ白になった。

 真姫の目の前に広がっていたのは、倒壊したビルの瓦礫。それがゆっくりと落ちてきていたのだ。

 空白になった真姫の思考ではそれをただ見ているだけ。

 故に────。

 

 

 

 

 ──音を立てて瓦礫が降り注いだ。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 一方、トータスイマジンの破壊活動は続いていた。すでに周囲に人影は見当たらないが、トータスイマジンは構わず口から鉄球を放つ。

 

「あー、めんどくさいなぁ」

 

 その声音は本当に面倒くさいと思っているのか、非常にのんびりとしており次第に攻撃の手数も少なくなっていた。それでも、やめることはしない。腐っても彼(?)はイマジンだ。任された任務がある以上それを果たさなければならない。

 ということで、再度鉄球を放つのだが、突如出現した白い新幹線の様な列車に阻まれてしまった。

 

「んー? なぁんだぁ」

 

 列車は止まることはせずに走り去って行く。

 その後を視線で追うトータスイマジンだったが、自分への危害がないとわかると破壊活動に戻ろうとしたのだが、列車の走り去った後に一人の青年が立っていることに気が付いた。

 

「あー、おまぁえー、たしかぁ」

 

 トータスイマジンはその青年に見覚えがあった。

 女性にも見えなくない童顔にダークブルーの少し長い髪。赤い瞳は垂れ目ではあり普段は頼りない印象を受ける細身の青年だ。しかし、今の青年の瞳には力強い意思が込められており、トータスイマジンが覚えている姿とは別人のように見える。

 青年は睨みつけるように視線を細めてトータスイマジンを見ると、取り出したベルトを腰へと装着する。

 

「それ以上はさせない。行くよ、モモタロス」

 

『おうよ』

 

 青年はベルトの赤いボタンを押す。するとベルトの中央部分が赤色になり待機音があたりに鳴り響く。

 そして青年は、取り出した黒いパスをベルトへとかざす。 

 戦士となるための、合言葉も忘れずに──。

 

「変身」

 

『ソードフォーム』

 

 瞬間、青年の体を黒いスーツが包み込み、同時に赤い何かが青年へと憑依することで、赤いアーマーが形成され装着される。最後に、桃をモチーフにした電化面が装着され、時の守り人──電王の変身が完了された。

 そして、変身を終えた電王は己を示すと、キメ台詞と共にポーズをとる。

 

 

 

 

「俺、参上!!」

 

 

 

 





まさかの電王登場!
最初の構想では一番最後に登場させる予定でしたが、プロットを練り直したら結構早まりました(笑)
そのおかげで意外と区切りがよかったので今回はここで終了です。

次回「Episode11」に続きます……。



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Episode11:VS Tortoise Imagine

お久しぶりの更新です。


 ──電王。

 その名を知らぬイマジンは、今はもういないだろう。数多くのイマジンが過去へ飛ぶ前に倒されるケースや、今回の様に過去へ飛んだとしてもその後を追ってやってくる──時の運航を守る仮面の戦士。

 それが今、トータスイマジンの前に現れた。

 M電王(ソードフォーム)は名乗り終えると、左腰に備わっているデンガッシャーのパーツ、ガンパーツとアックスパーツの二つ連結させ、上に放り投げる。

 

「さぁて、やっと出番が来たんだ。思いっきり暴れさせてもらうぜ!!」

 

 吠えるのと同時に駆け出し、右腰に備わっている残り二つのソードパーツとガンパーツ手に取り、落下してきたパーツに連結させソードモードへと変形させる。

 

「行くぜ、行くぜ、行くぜ!!」

 

 迫りくる電王の攻撃から逃れようとするトータスイマジンだが、それよりも電王の接近が早かった。既に攻撃の間合いは十分にあり、電王はデンガッシャー・ソードモードで斬りつける。

 散る火花。

 電王は攻撃の手を休める気はなく、すぐさま刃を返して斬り上げる。力任せに、荒く乱暴に斬りつける電王。正面から敵を叩き潰すという勢いのこもった戦闘スタイルが、電王・ソードフォームの特徴だ。ゼロガッシャーがトータスイマジンの体を斬りつけるたびに、火花が散る。

 まさに嵐のような攻撃だ。なんとか反撃に出ようとトータスイマジンが腕を振るうが、バックステップで躱され、すぐに空いた距離を一歩で埋めてくる。再び振り下ろされるデンガッシャー、剣撃のみならず間に蹴りを挟むことでトータスイマジンの体制を崩す。そこへ、大振りの一撃が振るわれる。早大に火花を散らして吹き飛ぶトータスイマジン。

 

「へっ、大したことねぇな。これじゃ準備運動にもなりゃしねぇ」

 

 デンガッシャーを肩に乗せ、余裕を見せる電王。

 トータスイマジンの方は先ほどの一撃が効いたのか、四肢に力を入れて立ち上がるもふらふらしていた。

 これならすぐに片付くな、と判断した電王はデンガッシャーを構えると駆け出す。敵が躱す暇さえ与えない速度で振り下ろされた剣撃は、奇麗にトータスイマジンを真っ二つに切り裂いたが、

 

 

 

 

 グニャリ、とそのまま分裂した。

 

 

 

 

「はあ!? なんだそりゃ!? そんなのありかよ!?」

 

 目の前で切り裂いたはずの敵が二対に分離し、その手に伝わってきた不気味な感触に声を上げる電王。

 

「ヘイ! ヘイ! ありなんですよっ!」

 

 分離したことで生まれたトータスイマジンはうさ耳の様なものが生えており、ピョンピョンと飛び跳ねながら電王を翻弄させる。 

 二対に分離され、しかも片方は動きが素早いと来た。

 耳のあるトータスイマジンが飛び跳ねながら電王に迫り、けん制のために振るったデンガッシャーを躱され、強いバネ生かした蹴りが電王を襲う。胸部を襲う衝撃により後ろに転びそうになるのを、足に力を入れて踏ん張る。

 ソードフォームは基本的にスピードに特化したフォームではある。耳のあるトータスイマジンはそのスピードに及ぶ素早さが備わっており、電王はやみくもにデンガッシャーを振るい迎え撃つしかなかった。

 しかし、片方にだけ手をこまねいている暇はない。

 もう片方、本来のトータスイマジンの放った鉄球が電王の背を襲った。

 

「いだっ!?」

 

『大丈夫!? モモタロス!』

 

「問題ねえ。へっ、少しは手ごたえがあるようで安心したぜぇ」

 

 弱音を吐くことなく、あくまで強がる電王。

 だが二対に分離されたことでこちらが不利になったことは確かだった。片方は素早い動きでこちらを翻弄し、その隙にゆったりとした動きの本体が鉄球を放ちダメージを与える。見事に連携が取れている。

 トータスイマジンは強がる電王をあざ笑うと、飛び跳ねながら再び迫る。蹴りが電王の動体を捉えるのと同時に、振り下ろされたデンガッシャーが火花を上げた。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 ゴトリ、と音を立てて瓦礫がひっくり返る。そして起き上がる一つの影。

 

「危なかったー」

 

 瓦礫の下から出てきたのはデネブだった。先ほど詩音に頼まれてイマジンへと向かったデネブだが、詩音の叫びを聞きそちらに視線を向ければ、少女に向かって走り出す真姫の姿が目に入った。しかも、その近くには今にも倒壊そそうな建物がある。最悪の事態を考えたデネブは急いで二人に向かって駆け出し、瓦礫に潰される寸前のところで滑り込んだのだ。

 結果、二人を瓦礫から守ることに成功した。普通の人間ならば潰されるはずだが、デネブはイマジンだ。このようなことで潰されるほどやわな体ではない。

 

「デネブ!」

 

 瓦礫を科していると、詩音が叫びながらやってきた。その表情には焦りの色がはっきりと表れており、もしもの最悪の事態に脅えている様だった。

 デネブが振り返るより先に肩を掴んだ詩音は、激しくうろたえている。

 

「アイツは無事なんだろうな!?」

 

「大丈夫だよ、詩音。ほら」

 

 え? と言ってデネブが向いた方に視線を動かす詩音。そこには確かに小さな子供を抱きしめながら瞳をぎゅっとつぶっている真姫の姿があった。デネブが瓦礫から守ったからなのか、多少服が汚れているだけで目立った外傷はない。真姫もしばらくして自分が瓦礫の下敷きになっていないことに気が付くと、目を開けて辺りを見回す。

 

「あれ? 私たち──」

 

「ばか野郎がっ!!」

 

 真姫が現状を把握するより先に、詩音が大声を上げて真姫に飛びついた。

 

「お前が死んだらアイツの思う壺なんだぞ!! そう簡単に危険な行動に出てるんじゃねぇよ!!」

 

 普段の真姫ならば何かを言い返しているだろう。

 しかし、今回だけは言葉を発することが出来なかった。

 詩音が、泣いていたのだ。

 その瞳にうっすらと涙を浮かべている姿は、今までの詩音からは想像できない姿であり、その姿に驚いた真姫は言葉を発することが出来なかった。

 詩音は自分が涙を浮かべていたことに気づいたのか、慌てて真姫から離れると袖で目元を拭った。

 

「そっちの子は大丈夫なのか?」

 

「……ええ、見たところ怪我はないみたい」

 

 詩音の様子に戸惑いつつも、真姫は自分が抱き締めていた少女の状態を確認する。服が少し汚れているが、大きな怪我は見当たらない。擦り傷や打撲なども見当たらないので安心する真姫だったが、少女が何かを呟いていることに気が付く。

 

「──」

 

「え、なに?」

 

 その声は少女が泣いているためうまく聞き取れない。

 真姫は少女の口元に耳を寄せる。

 

「──ま」

 

「ま?」

 

「ママが……」

 

「お母さんがどうかしたの?」

 

 少女は『ママ』と確かに呟いた。おそらく先ほどまで母親と一緒に行動していたが、この騒動によってはぐれてしまったのだろう。まだ幼い少女にとって母親と離れ離れになってしまうことは、とても恐ろしいことだ。しかも今は怪物が暴れている状況だ。その身に感じる恐怖はいつも以上だろう。

 泣きながら『ママ、ママ』と呟く少女。真姫は辺りを見回して少女の母親らしき人物を探すが、どこにも見当たらない。

 

(まさか……)

 

 と、最悪の事態が脳裏を横切るが、

 

「詩音! こっちだ! こっちに人が倒れている!! たぶんその子のお母さんだ!!」

 

 デネブの声が聞こえ、詩音と真姫は一斉に振り返る。

 そこには瓦礫をどかして一人の女性を救出しているデネブの姿があった。おそらくあの女性が少女の母親だろう。

 真姫の代わりに詩音がデネブの元に駆け寄る。倒れている女性の顔つきは少女と似ているところがあるため、この人が母親で間違いないだろう。

 

「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

 詩音は女性の元にしゃがみ込み、意識があるかないかを確認する。返事は返ってこず女性の目は閉じたまま。詩音は急いで脈に手を当てる。脈はある。どうやら気絶しているらしい。口元に手を近づけ、呼吸の有無を確認すると掌に微かな感触が伝わってくる。

 呼吸は大丈夫だ、と判断。

 額から血が流れ出てはいるが、それ以外に血が流れているところは見当たらない。何かの破片が刺さっている様子もない。詩音は素早く額から流れている血の止血を行う。

 

「デネブ、タオル!」

 

 詩音の声に合わせるようにデネブはきれいなタオルを差し出してくる。さらに詩音はパーカーを腰から解くと女性の頭の下に置き、回復体位に情勢の向きを変える。

 それから次々と冷静に応急処置こなしていく詩音。

 その姿に真姫は驚いていた。普通の人ならば、額から血を流している人を見て冷静に対処できるはずがない。さらに現状が現状だ。それを踏まえた上でも詩音が冷静に、しかも応急処置のお手本の様に次々とこなしていく姿を見れば、医者の関係者を身内に持つ者なのかと考えてしまう。

 

「よし、あとは救急隊に任せるか」

 

 ある程度の応急処置を終えると、やってきた救急隊に後を任せて詩音はその場を離れる。

 真姫も少女を救急隊の人に預けると詩音の後を追った。

 

「あなた、もしかして医者の関係者?」

 

「……ああ、家系がな」

 

 ビルの影に隠れた詩音は真姫の問いに答えつつも、先ほどの親子を見ていた。少女と女性が救急隊に助けられたところを確認すると、詩音は安堵の表情を浮かべるが、すぐさま切り替えてデネブへ真剣な表情を向ける。

 

「……デネブ、カードはあと何枚だ?」

 

 静かに、だが確かに怒りがこもった声音で詩音はデネブに問う。

 

「詩音?」

 

 その只ならぬ雰囲気を感じ取ったデネブは戸惑う。

 過去に何度か詩音から怒りを感じることがあったが、ここまでひしひしと伝わってくる『怒り』は初めてだ。

 それほどまでに怒っているのだろう。

 詩音から感じる怒りに、真姫も息を飲む。

 

「わかってる。今回の敵はゼロノス(おれたち)の敵じゃない。電王がイマジンを倒せば、()()()()のもわかってる。だけどな」

 

 詩音はデネブの横を通り過ぎ、瓦礫が散乱し、破壊された街の風景を見渡すと、最後にイマジンと電王が戦っていると思われる方角を見据える。

 そしてデネブの方へと振り返り、

 

「こんな光景見せられて黙ってられるほど、俺は大人しくない」

 

「詩音……」

 

「自分でも馬鹿げてると思ってる。関係ないことでカードを一枚使うんだからな」

 

 そう言って詩音は一歩前に出ると、取り出したベルトを腰に装着する。

 話に付いて行けずに置いてけぼりを食らっている真姫だったが、会話の内容についていけないのが正直なところだし、何より詩音から感じる並みならぬ『決意』が真姫に言葉を発せさせない。

 デネブも詩音の背中から感じた揺るがない決意に負け、「あと六枚」と告げた。

 

「そうか」

 

 短く返すと、詩音は何のためらいもなくカードを取り出し変身した。

 

『Charge And Up』

 

 ゼロノスへの変身が完了するのと同時に、デネブもデネビックバスターへと変形。ゼロノスはデネビックバスターを掴み引き寄せると、真姫の方に一度振り返る。

 

「お前は適当に隠れてろ」

 

 真姫にそう告げると、ゼロノスは走って行った。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 二対に分裂したトータスイマジンを相手に、M電王(ソードフォーム)は苦戦していた。動きが俊敏である耳のある方が電王を翻弄し、隙があれば鈍い方のトータスイマジンが背後から電王を狙う。

 元々一つである彼らの連携攻撃は、正に阿吽の呼吸と言っていいほどに合っていた。

 

「ほらほらどうしたぁ? 動きがちょっと鈍くなっちゃったんじゃないの?」

 

「うるせぇ……」

 

 デンガッシャー・ソードモードを構え二体のトータスイマジンと対峙する電王。体に蓄積されていったダメージにより、体は少し重い。出てくる声にも少し迫力がなくなってきている。

 

『(モモタロス、大丈夫?)』

 

「問題ねぇ、ちょっと休憩中なだけだ」

 

『(でも、まだ昨日のダメージが残ってるでしょ?)』

 

 電王──正確にはこの肉体の持ち主である青年の声が頭の中に聞こえてくる。

 モモタロスと呼ばれた、現在電王として戦っているイマジンは確かに昨日の戦いのダメージが体に残っている。だが、それを理由に引くわけがないし、この戦いから降りる気はさらさらなかった。

 

「あれ~? 来ないならこっちから行っちゃうよ!」

 

 耳のあるトータスイマジンが、電王目掛けて飛翔する。

 構える電王。

 だが、

 

 

 

 

 横から飛んできた赤銅の戦士の蹴りが、トータスイマジンを真横に吹き飛ばした。

 

 

 

 

「ったく、なに苦戦してんだ」

 

 着地した赤銅の戦士──ゼロノスは電王の方へ振り返ると呆れた声音で言う。

 

『(詩音!)』

 

「テメェ、一体今までどこに居やがった!」

 

「うるせぇ。それより今はアイツらの相手が先だろ」

 

 青年が驚きの声を上げる中、電王は今まで姿をくらましていたゼロノスに詰め寄るが、それどころではないと判断したゼロノスに押し返される。

 そして視線をイマジンの方へと向けると、先ほど蹴とばされたトータスイマジン(耳あり)が立ち上がり、ピョンピョンと跳ねながらこちらの様子をうかがう。

 

「ゼロノスだ! ハハハッ! ゼロノスだ! ゼロノスだ!!」

 

「喚くな! テメェの相手は俺がしてやるよ!」

 

 ゼロノスはデネビックバスターを構えると、耳のあるトータスイマジン目掛けて駆け出す。

 トリガーを引き光弾を発射。

 トータスイマジン(耳)は高くジャンプしてそれを交わすが、ゼロノスも負けていない。元々機動力に長けている基本フォームから強化されたゼロフォームならば、簡単にトータスイマジンに追いつける。

 同時に飛翔したゼロノスがトータスイマジンを叩き落とし、光弾を連射。火花の中に埋もれていくトータスイマジンは、同時に自分の機動力が負けたことに驚きながら落下する。

 

 一方、ゼロノスの登場で反撃の始まった電王も、徐々にトータスイマジンを追い詰めていった。元々機動力のあまりないトータスイマジンの本体とも呼べる方、連携攻撃が無ければ電王が圧勝できる。

 しかし徐々に疲れが見えてきたのか、電王の動きが戦闘開始時より鈍くなっている。おそらく先ほど青年が心配した、前回の戦いのダメージがここにきて響いてきた感じだろう。

 

『センパイ、ボクに変わって』

 

 と、電王の脳内に別のイマジンの声が聞こえてくる。

 

「ああ?」

 

『そんなカリカリしないで。センパイここ最近連戦で疲れてるでしょ? 少し休んだらっと思って』

 

「別に疲れてなんか──」

 

『──それに、あいつボクとキャラがかぶってるからちょっとむかつくんだよね』

 

 と、最後の方をやや強調して聞こえてくるイマジンの声。

 ……明らかに最後の一文が戦いたい理由だろう。何せこの声の主の名前は『ウラタロス』。宿主の青年曰く『浦島太郎に出てくるカメがイメージなんじゃないかな』とのこと。

 トータスイマジンの方も見た目的にカメがモデルだろう。彼の言った通り、もろにキャラが被っている。

 

『(それが理由なんだ……)』

 

「……はぁ。ったく、気がそれた。好きにしていいぜ」

 

 青年が呆れた声音で言うと、電王も戦う気力がうせてしまったのか体から力を抜く。

 突然の戦意喪失に戸惑うトータスイマジンを他所に、電王はベルトの青いスイッチを押してパスを通す。

 

『ロッドフォーム』

 

 アーマーが外れていき、赤いイマジンと入れ替わる形で青いイマジンが憑依する。アーマーも別の形で展開されたのが装着され、仮面も桃を模したものから亀を模したものに変わる。

 フォームチェンジが終了すると、先ほどまでとは戦闘スタイルががらりと変わった電王・ロッドフォームが誕生する。

 

「お前、ボクに釣られてみる?」

 

 ソードモードだったデンガッシャーを変形させ、素早くロッドモードにする。

 ロッドモードとなったことにより、リーチが先ほどの倍以上に伸びたデンガッシャーを振るい、トータスイマジンを攻撃する。

 機動力は落ちたものの、先ほどより遠い距離からでも襲ってくる攻撃に、翻弄されるトータスイマジン。しかし距離がある分鉄球を放てる隙はあるのでタイミングを見て鉄球を放つが、そのすべてを叩き落される。

 

「ほらほらっ、どんどん行くよ」

 

 距離を詰めると突きによる攻撃が襲ってくる。フォームチェンジされても戦いの流れは変わらないとように見えるが、武器のリーチが長くなったことで近づけばある程度の反撃が出来る。

 何とか躱して反撃の手に出ると、以外にもあっさりと膝を着いてくれた。

 

「っつ」

 

 電王からも声が漏れたのを確認すると、背後から追撃を行うトータスイマジンだったが、電王は器用に手首だけでロッドモードのデンガッシャーを操り、死角からトータスイマジンを襲う。

 

「千の偽り万の嘘ってね。意外と簡単に騙されてくれたね」

 

 どうやら猿芝居だったらしくダメージを受けた様子は全く見えない。

 悔しがるトータスイマジンをロッドの一撃でさらに飛ばすと、

 

「そろそろ釣り時かな」

 

 ライダーパスをベルトにかざす。

 

『Full Charge』

 

 エネルギーがデンガッシャーに集中していき、すべてのエネルギーが溜まるとイマジン目掛けて突き刺すように投げる。デンガッシャーが貫通するとイマジンの動きは封じられ、正に捕縛された状態となる。トータスイマジンがどんなに四肢に力を入れようと、この技に囚われたのならば、もう抜け出すことはできない。

 最後に電王は助走してからキックを叩き込む。

 必殺の一撃を受けたトータスイマジンは悲鳴を上げて爆散した。

 

 

 ちょうどそのタイミングでもう片方のトータスイマジンが転がってきたが、すでにゼロノスが必殺技を放つ体制になっていたため、手出し無用だった。

 共にイマジン撃破が成功し、しばらくの静寂がその場に流れる。

 

『(ウラタロス、ちょっと)』

 

 青年の声が頭に聞こえてくると、電王はゆっくりとベルトを外し変身を解いた。

 変身を解いた青年は、その瞳でゼロノスを見据える。

 ゼロノス──詩音も青年に続いて変身を解くと、両者ともに睨み合うような形になった。

 

「詩音、きみに聞きたいことがあるんだけど」

 

「答える必要はない」

 

 そう言ってその場から去ろうとする詩音だったが、青年が素早く詩音の前に移動し立ちはだかる。

 

「わるいけど、今回ばかりは逃がさないから。ちゃんと説明して、今起こってること、全部」

 

「だから、話しても無駄だって前にも言ったろ。お前はお前の役目を果たしてればそれでいい」

 

 尚も答えない様子の詩音に、青年は一言、その青年にしては珍しく声を張って叫んだ。

 

 

 

 

「じゃあ、なんでみんな君のことを忘れているのさ!!」

 

 

 

 

 そして、その一言は今まで表情を変えなかった詩音の表情を、少しだが確実に動かした。

 一度目を見開き、そして、

 

「……あぁ、やっぱり、忘れてるんだな」

 

 そう、呟いた。

 




次回、Episode12に続きます……。


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Episode12:OBSERVER

お久しぶりの更新です。
もう一つの作品の方が佳境に入っていたため、こちらが疎かになっていました。

物語的にはここから説明回です。


 青年が放った一言は、詩音の表情をわずかに動かしただけで期待していたほどの効力はなかった。ほんの少しだけ目を見開き、そして予想していたのか素っ気なく呟いた一言に、青年は怒りを感じ一歩詰め寄る。

 

「忘れているのかって、君はみんなから忘れられていくのを知りながら戦っているわけ!?」

 

「ああ。それが()()()()だからな。戦うにはカードが必要。そしてカードを使えば、俺は人々の記憶から消えていく。当然の結果だ。それにこれは前にも説明した。同じ質問をしてんじゃねぇよ」

 

「でも……だからって……なんで戦うのさ! 君にだって忘れられてほしくない人がいるでしょ! 元の時間に戻って来た時、みんなが君を忘れていたら……そんなの、悲しすぎるじゃないか!」

 

「……」

 

 そこでようやく、詩音の表情がほんの少しだけ動いた。今まで反抗的だった瞳がわずかに揺れ、視線が下へと向く。それは今まで青年が見た中で一番の変化だった。

 それはつまり、詩音も誰かに忘れられることが辛いと思っていることを意味している。なら、ここですべてを聞き出して力になれば、もう彼はこれ以上孤独にならなくて済む。これ以上彼は誰かの記憶から消えなくて済む。

 畳み掛けるなら、チャンスはここしかない。

 

「まだ何人かは君のことを覚えている。もうこれ以上君を孤独になんかさせない。僕が力になるから、電王(僕たち)が力になるから。今起こっていること、君が何と戦っているのか教えて」

 

「……」

 

 詩音は青年から差し出された手をじっと見つめる。この手を取り、今起こっていることを全て話せば、目の前の青年は必ず協力してくれるだろう。一緒に戦って、一緒に事件を解決してくれる。詩音が守りたい『時間』が確実に守れる。

 しかし、それは無理な話なのだ。

 

「……前にも言ったが、お前らに話しても意味ないんだよ。()()()()()()()()時点で、結論は出てる」

 

 返ってきた答えは『拒絶』。詩音の瞳が再び鋭く細められ、青年の横を通り過ぎていく。青年は慌てて通り過ぎろうとする詩音の腕を掴んで呼び止めるが、詩音の目にはもう揺るぎがない。先ほどまで見えていた揺れがもうなくなってしまっている。

 

「どうして……どうしてそうやって一人で解決しようとするの!? 僕たち仲間でしょ!!」

 

「……」

 

「逃がさないって言ったよ。話して、全部」

 

 青年の瞳には断固たる意志がある。そして同時にそれは、何があろうと根は頑固である青年の性格を表していた。もうこうなってしまった以上、例えどんなことがあろうと詩音から今起こっていることを聞きだすまで、青年が引くことはない。故に詩音にある選択肢は、今ここですべてを話すことしかない。

 

「……はぁ。わかった。話せばいいんだろ」

 

「詩音……!」

 

「その前に、一つ確認したい。お前──」

 

 だが、たとえ話したところで青年が詩音の力になることはない。

 今回はそういう敵なのだ。いや、敵というより今回は()()()()()なのだ。他者がそう簡単に踏み入っていい問題ではない。

 だから詩音はこの場から逃れる選択をすることにした。

 青年の()()()()()()ことで。

 

「『ラファエル』は、ちゃんと届いたのか?」

 

「──」

 

 瞬間、青年の表情が固まった。

 笑顔のまま固まった青年の反応から、詩音はニヤリと笑みを浮かべると青年の古傷をえぐる。

 

「その様子じゃあ、まだ『ラファエル』は届いていないみたいだな。じゃああれか? まだお前の運の悪さは折り紙付きって訳か。いやはや、親子そろって大変だな」

 

「うわあああああああああああああああああ!!」

 

 ニヤニヤを笑みを浮かべて話す詩音。そしてえぐられていく古傷に耐えられなくなったのか絶叫を上げ頭を抱え込んでしまう青年。

 詩音は構わず続ける。

 

「なんだっけかなぁ、お前が中学の時に自分に付けたもう一つの名前。自分のその不幸さは、過去に幸運だったゆえの反動。そうとらえたお前が自分につけた仮の名前……。そう、確か堕天──」

 

「あああああああああああああああああああああああ!!」

 

『幸史郎!!』

 

 詩音がその言葉を放つ直前、絶叫を上げた青年に再び赤い何かが取り憑く。すると青年の黒髪が跳ね上がり、赤色のメッシュが入る。中肉中背だった体が筋肉質となり、その太くなった腕が詩音の襟元を掴み黙らせる。

 

「それ以上言うんじゃね!」

 

 声音が変わり、青年の人格が『モモタロス』と呼ばれるイマジンへと変わった。

 詩音はその変化を待っていたのか、特に驚くことも脅えることもなく、ただそれを確認すると掴んできた腕を振り払う。

 

「これで、津島は動けなくなった。お前達はさっさと元に時間に帰れ」

 

「ざけんな! お前が幸史郎のトラウマをえぐったせいでこうなったんだろうが!」

 

「こうでもしなければこいつは引き下がらないだろ」

 

「もっと他にやり方ってもんがあるだろ!」

 

 トラウマをえぐられ行動不能になってしまった青年の代わりに、モモタロスが詩音に噛みつく。至近距離で睨み合う二人だが、わざと青年のトラウマをえぐったことに対して、詩音から謝罪が来る気配はない。

 

「──ちっ。わかったよ。テメェがその気なら好きにしやがれ。あとからやっぱり手を貸してくださいって来ても、絶対に貸さないからな! ごめんなさいを言うまでやらねぇからな!!」

 

 そういうと、青年は踵を返して去って行く。

 その背中を見続けながら、詩音はポツリと呟いた。

 

「……悪いな。でも、今回は()()()()片づけなきゃいけねぇんだ」

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 青年と別れた後、真姫と再会した詩音だったがすぐさま腕を掴まれ嫌な予感を感じた。

 

「……説明して」

 

 と、詩音のことを睨んでくる真姫。逃がすつもりはないのかガッチリと腕は掴まれ、詩音が首を縦に振らない限りその手が離れることはない。青年に続き真姫にまでも説明を求められる詩音だったが、青年の時とは違い詩音は嫌がる素振りを見せなかった。

 

(今回も覚えている……となると、そろそろマジでリンクが強くなっているのか)

 

 真姫の様子からある程度、今の彼女がどういった状態にあるのかを推理し、もしかしたら説明をした方がいいのではないかと考える詩音。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「ああ。そうだな、そろそろ頃合いだろ」

 

「え?」

 

 キョトン、となった隙をついて腕を振り払うと、真姫に背を向け歩き出す詩音。その先にはゼロライナーが止まっている。

 

「その様子じゃ、逆に知ってもらっていた方がいいかもしれねぇ。来いよ、中で話す」

 

「……」

 

 今までかたくなに話そうとしていなかったのに、ここにきて急に態度を変えた詩音に戸惑いを感じつつ、真姫は急いで詩音の後を追った。

 ゼロライナーに乗ると、以前案内された時と同じ場所へと辿り着く。小さなテーブルが二か所に置かれており、真姫はその片方に腰を下ろした。デネブがお茶と赤い飲み物を運んでくる中、詩音は別のテーブルの方に腰を下ろす。

 

「はいこれどうぞ。お茶と真姫さんの好きなトマトジュースだから」

 

「え? なんで私の好物を知ってるの?」

 

「それはだって──」

 

「──デネブ! それは説明すんな」

 

 詩音に怒鳴られ、渋々説明を諦めるデネブ。真姫の方に頭を下げるとそのまま裏へと去って行った。

 一先ず、真姫は差し出されたお茶の方を口に含み喉を潤す。ふー、と一息ついたところで真姫は戸惑った。説明をして、と頼んだはいいがどこから説明をしてもらえばいいのだ? 抱えている謎が多すぎてどこから手を付けても理解できるのに時間がかかりそうなものばかりだ。

 そもそもこんなアニメや漫画の中でしかない、非現実的なことをしっかりと説明できるのか? 

 

「……」

 

 詩音の方に視線御向けると、向こうもどこから説明をすればいいのか、それともここに連れて来ておきながら「やっぱり説明しません」とでもいう気なのだろうか。壁際のソファーに腰を下ろしたままそっぽを向いてこちらに視線を向けようとしない。

 

「……ちょっと、説明してくれるんじゃないの?」

 

「……」

 

 ジトッと詩音の方を睨みつける真姫だったが、詩音はそっぽを向いたままこちらに視線を向けようとしない。その態度にムスッとした真姫は文句を言おうとしたところで、

 

「詩音、ちゃんと説明しないとダメだぞ」「うおっ!?」突然目の前に現れたデネブに驚いた詩音が椅子から転げ落ちた。ドンッ! と音が聞こえるほどにお尻を強く打った詩音は、その激痛に耐えながらデネブの方を睨みつける。

 

「……デネブ」

 

「詩音大丈夫か!?」

 

「お前のせいだろうが!!」

 

 そのまま流れる動作でデネブに関節技を仕掛ける詩音。

 

「うおおっ、だ、だって詩音ぼーっとしてて、真姫さんに全然説明しようとしないから」

 

「ぼーっとなんかしてねぇ! どこから説明するか考えてたんだ! バカ!」

 

 ゴツン、と音が響くほどの頭突きを放つ詩音。だが、どう見ても怪人相手に頭突きをして無事で済むはずがない。直後に額を押さえてしゃがみ込んでしまう辺り、ひょっとしてバカなのでは? と詩音に対する評価が変化する真姫であった。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

「さて、どこから話すべきなのか」

 

 相変わらず詩音と真姫は別々のテーブルに腰を落ち着けているが、それでも一応視線をこちらに向けてくれている辺り、先ほどよりはマシと考えていいだろう。

 と言っても、詩音自身もどこから説明すればいいのか困っているらしく、頬杖をつきながら自分の湯呑を口元に持って行っていた。

 

「真姫さんは何から知りたい?」

 

 間で中継役のように待機しているデネブが真姫へと聞いてきた。

 

「そうね……」

 

 聞きたいことは山ほどあるが、どれから聞けばいいのかわからなかった。あの怪人はなんなのか、なぜ自分が狙われるのか、目の前の人物は一体何なのか、様々なことが真姫の脳を右往左往するが、すぐに聞きたいことが決まった。

 

「……ねぇ、まずはあなたのことを教えてくれない?」

 

「……は?」

 

「あなたは突然私たちの前に現れて、それと同時に怪人も私達の目に現れるようになった。あなたが現れると必ず怪人も一緒に現れる。別に疑っているつもりはないの。何度も助けてもらっているし、あなたからはその、何だか悪い気配っていうか、むしろその逆でなんだか不思議な感覚を感じる。その正体を知りたいの」

 

「……」

 

 詩音は真姫の質問を受けてしばらく無言を貫いていた。

 確かに、真姫の視点から見てみれば詩音は突然現れた存在。そして同時に怪人が真姫たちの前に出現し、言ってしまえば詩音が引き連れてきている様にも見えてしまう。無論、そんなことは絶対に違うと百も承知だ。詩音は実際に真姫たちの目の前で『ゼロノス』と呼ばれる戦士に変身し、怪人を倒している。何かの目的のために、わざわざ自作自演をする性格には到底見えない。となれば詩音と怪人の繋がりがないことはわかる。

 それに、真姫が詩音から感じる妙な気配が『彼は敵ではない』と語っていた。すでに真姫の中では詩音は『白』となっている。

 だがそれでも、詩音が一体何者であるかはわかっていない。真姫が感じる『妙な気配』も一体何なのか、ハッキリさせておきたい。

 真姫からの問いに眉間に皺を寄せ答えにくそうな表情をする詩音だったが、デネブに睨まれ渋々口を開いた。

 

「俺は……にし──」

 

「──にし?」

 

「──ッ、錦輝(にしき)詩音(しおん)。それが俺の名前だ」

 

「錦輝、詩音……」

 

 ん? と真姫は少しだけ妙な引っ掛かりを感じた。

 

(違う……? 本名は錦輝じゃない……?)

 

 その妙な引っ掛かりが何なのかはよくわからない。だが今詩音が言った名前が彼の本名ではない、そんな気がしたのだ。完全に違うわけではなく、むしろ本当のようにも感じるが、どこか、何かが違うと真姫は感じていた。

 

「……やっぱり、相当リンクが強くなってるな」

 

「え?」

 

「今俺の名前を聞いて、妙な違和感を感じたんだろ?」

 

「……うん」

 

 真姫の返答を聞いてデネブと詩音が顔を合わせる。

 

「詩音、これって」

 

「ああ。こいつが『観測者』として目覚めるのも、もう時間の問題だな」

 

 そういうと詩音は真姫の方に視線を合わせ、

 

「俺の名前は錦輝詩音。アンタが違和感を感じようが、今はこれが俺の名前だ。そして俺はこことは違う、別の時間からやってきた。未来を守るために」

 

「未来を……守るために?」

 

「ああ。未来の時間である人物が殺され、その()()()()()()()。ヤツはその人物を殺すことで、自分が望む『時間』を手に入れようとしたが失敗し、望む時間は手に入らなかった。そこでヤツは何としてでも望む時間を手に入れるためにあらゆる手段を使い、そして今この時間にやってきた。もう一度ある人物を殺し、今度こそ望む時間を手に入れる。

 俺はそれを阻止するためにこの時間に来たんだ」

 

 

「……『ヤツ』って、いったい誰なの?」

 

「そこに関しては正確に答えることはできない。お前を襲う怪人、イマジンたちを操っている親玉的存在、とだけしか説明できない。今回の事件を引き起こした現区だ」

 

 つまり、ここまでの情報をまとめると、目の前の人物の名前は錦輝詩音(これが偽名なのか、それとも本名なのかはわからない。だが本名に近いとだけはわかる)。こことは違う時間から来た人物で『ゼロノス』と呼ばれる戦士となって怪人、イマジンと戦っている。

 その目的は、『ヤツ』と表現されている親玉の目的を阻止するため。その目的というのは『望む時間』と手に入れること。すでに未来で一度とある人物が殺され『時間が消滅』していること。そしてこの時間に来て、今度こそ『望む時間』を手に入れるのが、敵の目的。

 

「……待って、未来である人物が殺されて、でも敵の望む時間は手に入らなくて、それでこの時代に来てって……」

 

 敵の目的は、『望む時間』を手に入れること。

 そして一度は手に入ったが、それは違うモノだった。

 ここで重要なのは()()()()()()()()()()()。詩音は『未来でとある人物が殺された』と言っていなかったか? それはつまり、『とある人物』を()()ことで敵が『望む時間』を手に入れることができるということ。

 そして今、怪人は真姫を狙ってきている。

 つまり──、

 

「その様子じゃ、ある程度の察しがついたみたいだな」

 

「……うそ、でしょ……」

 

「残念だが、それが正解だ。イマジンたちがお前を狙う理由、それは──」

 

 詩音の目が細められ、その事実を放った。

 

 

 

 

「お前が特異点、分岐点の鍵に並ぶ特異体質の人間、『観測者』だからだ」

 

 

 

 

 

 




ちょっと久しぶりの執筆だったので不安が……まあ大丈夫かなと。
さて、最後の方と今回のサブタイに使われた『観測者』は本作オリジナルの用語です。詳しい説明は次回以降から始まり、徐々に物語が明かされていく頃かと思われます。そのほかにもいろいろな謎を明かしていこうかな、とか考えていますが果たして……。

それと、序盤にちょこっと登場した電王の青年。『今が不幸なのは前世が幸運すぎた故の罰』と言って、学生時代を痛い子として過ごした設定を持つ子です。『ラファエル』は不幸を直す薬として、彼が求めていたモノ。要は中二病だったってことですね。
プロットではこれ以上の出番はありませんので、概要を書かせてもらいました。この作品はあくまで『ゼロノスの物語』なので。

それでは次回、おそらく更新は来年かと思われますが、宜しくお願い致します。


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Episode13:OBSERVER Ⅱ

お久しぶりです。今まで更新せず申し訳ありませんでした。
リアルの都合やモチベにより不定期となっておりますが、完結目指して頑張りますのでよろしくお願いします。


 ──観測者。

 その単語を聞いた瞬間、今までもやっとしていた一部分が晴れて行くのを感じた。もちろん『観測者』という単語を聞いたのは今が初めてだし、それがどういった意味を含んでいるのかは全くわからない。

 しかし、まるで初めて見る景色に既視感を感じるかのように、『観測者』という単語には身に覚えがあった。

 

観測者(かんそくしゃ)……」

 

 改めてその単語を呟いてみる。

 

(うん……知ってる。初めて聞いたはずなのに、私はこの()()()()()()()()()……)

 

 正確な意味は分からない。それでもこの単語を知っているという実感がわいてくるのは確かなことだった。

 

「観測者。時の流れを観測し記録する者。時の管理者とも言われているらしい。観測者が観測しているからこそ、時は正常に流れている。その存在は秘匿であり、唯一『ゼロノス』となる者だけがその詳細を知ることが許されている」

 

「ゼロノス……あなたが変身する戦士の名前よね」

 

「ああ。ゼロノスは『観測者』を守護する者。膨大な『記録』を持つ観測者の記録を整理し、時には戦士として戦うのが主な役割だ。まあ、俺は今回の事件を解決するために、一時的にゼロノスの力を使っているだけだから、正確な『ゼロノス後継者』じゃない。だから『観測者』に関しても深くは知らない」

 

「……それって大丈夫なの?」

 

「お前の説明することに関しては何の支障もない」

 

 疑いの眼差しを向ける真姫だったが、詩音はそれをスルーして相変わらずの強気な態度で言葉を返す。その態度が気に食わないが、ここまで来て下手に喧嘩になっても仕方がない。なぜだか詩音との会話は下手をすればケンカに発展しかけないと頭のどこかで感じており、下手に言い返すよりさっさと説明に進んだ方がいいと思っていた。

 故に、用意されたトマトジュースを一口飲んでから切り出す。

 

「……観測者、それが私が狙われる理由なのね」

 

「ああ。『観測者』であるお前を殺すことがヤツの目的だ」

 

「…………」

 

 ごくり、と真姫は息を飲んだ。

 ──西木野真姫の殺害。

 それが敵の目的だということは頭の片隅で思っていたことなのでそう大きな驚きはない。怪人に二回も命を狙われたのだから、そういった予想がつくのは自然なことだ。

 しかし今こうして詩音の口からはっきり告げられると、言いようのない実感と恐怖が湧き上がってくる。

 

「私を殺して、望む時間を手に入れるのが敵の目的?」

 

「ああ。お前を殺して奴は望む時間を手に入れる。そして今のお前の状況を見るに、今度こそ確実に奴は望む時間を手に入れるだろうな」

 

「……どうやって」

 

 西木野真姫という少女を殺して、一体どうやって『望む時間』というのを手に入れるのだろうか? 

 

「それを説明するためには、『観測者』という存在の詳細を説明しなきゃいけない」

 

 そう言って詩音は真姫の方に向き直り、改めて向かい合った上で説明を始める。

 

「『観測者』は、厳密に言えば()()()()()()()()()()()()()()。『観測者』はその性質上『通常体』と『観測体』の『二つの人格』に分かれている。

 時間の中を普通の人間と同じように生活する『通常体』の人格。

『通常体』を通し、時を観測する『観測体』の人格。

 この二人を合わせた呼び名が『観測者』だ。

『通常体』の役割は『観測体』が時を観測しやすいようにするために観測のポイントとなること。『通常体』がその時間を過ごすことで、『観測体』はいつどこでどの時間に何が起こったのかを観測する。

『観測体』はつまり、『通常体』を通して時間を観測する記録係って訳だ。そして『通常体』はカメラのレンズのような物と思えばいい。

 この二つの人格は互いにその存在は認識できず、意思の疎通も行えない。特別なことがない限り『通常体』であるお前はただの人間と変わりのない存在だし、『観測体』が持つ『記録』を見ることもない。いたって普通の生活を送る存在だ」

 

「けど、今は違う」と詩音は続ける。

 

「お前がイマジンに襲われたことで、今や『通常体』と『観測体』の繋がりは相当強いものになっている。この繋がりが強くなればなるほど、『通常体』であるお前は無意識のうちに『観測体』の記録を見たり、時の改変に巻き込まれなかったりする。そして、このままリンクが強くなれば本来ありえるはずのない『観測体』との意思疎通が可能になる。もしそうなれば、お前を殺した場合本来であれば見つけるのが困難な『観測体』を容易に発見できる。もちろん、『ゼロノス』だけじゃなくて『敵側』もな」

 

 淡々と続けられた説明に一区切りついたのか、詩音は湯呑に手を伸ばしそして中身が空なことに気付いてデネブに注ぐよう要求する。

 一方、詩音の説明を聞いた真姫はそれまでの説明を脳内でまとめていた。

 曰く、観測者とは『時を観測し記録する者』。

 曰く、観測者とは『通常体』と『観測体』の二つに分かれる。

 曰く、真姫は『通常体』の方で『観測体』の役割を担う別人格のような存在がいる。

 曰く、この二人は互いに不干渉。しかし怪人に襲われ続けた結果このつながりは強くなっており、このまま襲われ続ければ不干渉であるはずの互いに干渉できるようになる。

 そして敵が今真姫を殺すと、本来であれば時間がかかる『観測体』の捕獲が容易となっている。それはつまり敵の目的である『望む時間』を簡単に手に入れられる状態だということ。

 

「…………」

 

 真姫は己の両手を見て、本当に自分がそんな存在なのかと思う。別人格がいるようなもの、という例えで説明されたが、真姫にはそんな実感はない。いや、不干渉の存在なのだから実感がないこの状態が正しい。もし実感を感じていたらそれはある意味問題があるということだろう。

 しかし、それを考慮したとしても自分が『特別な存在』であることの実感はわいてこなかった。

 

「どうかしたか?」

 

 真姫の様子が気になったのか、デネブが注いだ二杯目の茶を飲みながら聞いてくる詩音。

 

「別に……なんというか、実感? がないっていうか。いきなりそんな説明されても、わからないっていうか、うんうん、わかっているようなわかっていないような。この中途半端な感じが、なんか落ち着かないっていうか……」

 

「ま、お前のその反応がある意味正解だ。もしここで別人格を認識できる、なんて言われた方が問題だ」

 

「わかってるわよ」

 

 ある意味この落ち着かないことが正しい。それはわかってはいるが、どうも痒いところに手が届いていないというか、むずむずとしか感覚が正直言って気色悪かった。

 その様子を見ていた詩音は何を思ったのか、一瞬だけ視線を鋭く細めるとデネブへと問う。

 

「デネブ、別にこいつが『時の修復』を見ても問題はないよな?」

 

「うーん、どうだろうなぁ。今の真姫さんの具合を見るに問題はなさそうだけど……」

 

「なら、見てもらった方が早い。こいつの場合はその方がいいだろ」

 

 そう言って詩音は立ち上がると、

 

「ついてこい」

 

 と、真姫に言った。

 顎で指示されたことに、ムカッとしたが文句を言う前にドアをくぐってしまい、あとを追いかける形で真姫は詩音の背中を負った。

 二人が向かったのはゼロライナーの後部にあるデッキ。以前真姫は詩音がゼロノスとなってカマキリの姿をしたイマジンと戦っているのをここで見たことがあるため、初めてではないがやはり特別な場所に来ると驚きはある。

 ゼロライナーは普通の列車と同じような速度で走っているため、デッキに出れば当然風が真姫の髪を暴れさせる。それを手で押さえながら目の前に広がる光景に息を飲んでいた。

 

「ここは……」

 

 視界いっぱいに広がる世界は幻想的な空間だった。砂漠のような一面に荒野のような地平線。先ほどまでビルが溢れる東京の街にいたはずなのに、今は何もない空間が広がっている。

 

「ここは、簡単に言えば時の中だ」

 

「時の中……?」

 

「ま、今は別に深く説明するつもりもないし理解する必要もない。お前が見るべき光景はこれだ」

 

 真姫としては詳細な説明を求めたがったが、それよりも先に目の前の光景が変わったことで意識がそちらに引き寄せられた。

 

「な!?」

 

 再び驚きに襲われる真姫。目の前に広がる光景は紛れもなく破壊されたつ強の街だった。

 倒壊したビル、道路を埋め尽くす瓦礫の山、かすかに聞こえる悲鳴や怒声、ゼロライナーが空を走っているためか詳細なところまでは見れないが、それでも十分に目の前の光景が地獄絵図だと理解できる。

 

「ひどい……」

 

 これは間違いなく先ほどのイマジンが暴れた爪痕だ。真姫を狙ったものではなく、ただ破壊するだけの行動を起こした敵。こんなものをわざわざ見るためにここに呼んだのか? そんな怒りとも呼べる感情が湧き上がってくる中、信じられない現象が起きた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ビルだけではない、道路を埋め尽くしている瓦礫やその下敷きになったと思われる人、ケガをした人を助けるために来た救急車など、それらすべてが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なに、これ……!?」

 

「これが『時の修復』。イマジンによって破壊された時間は、『特異点』という存在によってこうやって修復されていく。()()()()()()()()()()()()っていう時間にな」

 

「…………」

 

「考えてもみろ。お前がこの前通り魔に襲われたとき、その後警察が来たりしたか? テレビニュースで取り上げられたか?」

 

 あ、と真姫は小さな声を上げた。カマキリのイマジンと詩音が戦う前、真姫は刃物を持った男に襲われた。正確に言えばマンティスイマジンが憑依していた人間だが、それでも傍から見れば刃物を持った男に襲われたことに違いはない。

 あの時はその後の出来事のせいで色々吹っ飛んでしまっていたが、よくよく思えばあの場には真姫たち以外にも大勢の人がいた。それなのに後日警察がやってくるわけもなく、通り魔事件としてニュースに取り上げられることもなく、()()()()()()()()()()かのように時が過ぎて行ったではないか。

 

「あれも、時の修復ってやつなの?」

 

「まあ、似たようなものだ」

 

「似たようなもの?」

 

 詩音の返答が気になりつい反射的に聞き返す真姫だったが、詩音は答えるつもりはないのかそっぽを向いてしまう。

 

「ちょっと──」

 

「──さて、これで修復される前の時間を知るのは『特異点』と俺と『観測者』であるお前だけ。そのほかの普通の人間たちは知らない」

 

 追求しようと迫った真姫を遮るように詩音は言った。

 

「そして、ここからがお前の問いに対する答えだ。『どうやって「観測者」を殺した後、望む感を手に入れるのか?』、その答えは『「観測体」を移動させる』だ」

 

「え? 移動?」

 

「『観測者』が殺されると、まず『通常体』と『観測体』のリンクが切れ、時の観測が不可能となる。『観測体』は『通常体』を通して時の観測を行っているとさっき言ったよな? つながりが切れたことで、『観測体』は『通常体』を通しての観測ができなくなるんだ。そして『観測体』に観測されなくなった時は一時的な崩壊を始める」

 

「崩壊って……!? どうして!?」

 

「観測されなくなれば崩壊するのは当たり前だ。詳しいことは知らん。そして時が完全に崩壊するまでは制限時間があり、この制限時間内に再び『通常体』と『観測体』のリンクを繋げられれば時の崩壊は止まり、正常な時へと戻る。だがな、ここで『観測体』が今まで観測していた時間とは別の時間を観測した場合、今まで観測していた時間は完全に消滅し『観測者』の記録からも消える。

 例えば、今の修復前の時間を『観測体』が観測を続けた場合、あの被害で亡くなった人は亡くなったままだし、破壊されたビルはそのままでこの先大きな爪痕を残し続ける。文字通り、地獄の日々が待っているわけだ」

 

「──っ」

 

 修復されなかった未来。

 それは詩音の言った通り地獄のような未来だろう。トータスイマジンの暴れた爪痕は大きく、きっと多くの被害が出ているに違いない。亡くなった人、ケガをした人、一生消えない恐怖を味わった人、そしてあの親子だって一歩間違えば母親がなくなっていたかもしれない。しかし、先ほどの修復でこれらすべては先ほどの修復でなかったことになった。修正され、何変哲もない日常が流れる時間になったのだ。

 だが、それらが『残った未来』を『観測者』を利用すれば現実に出来る。敵がどんな時間を望んでいるのかはわからないが、もしイマジンの襲撃によって破壊した時間を継続させるのが望みの場合、あの地獄絵図のあとの生活が待っている……。

 

「なによ、それ……!」

 

「考えるだけでも恐ろしいだろ? だけどな、ヤツが望むのはそんな単純な時間じゃない。ヤツが行おうとしているのはもっと複雑かつ不可能なことだ。もし実行した場合、あらゆる時間が消滅する。もちろんこの時間もすべてな」

 

「なっ!? 消滅って!? ──っ!」

 

 瞬間、真姫の脳裏にビジョンが走る。

 倒れ込む女性、女性に駆け寄ろうとする少年。しかし少年の体は倒れ込み、やがて体が砂のように消えて行くふたり。

 とても奇妙で、断片的で、ほんの一瞬しか浮かび上がってこなかったその光景は同時に襲ってきた頭痛の痛みに塗りつぶされていく。

 

「ァ……ぁぁあっ」

 

 頭を押さえ、膝を着いてうずくまってしまう真姫。

 

「──!? おい! どうした!?」

 

 真姫の様子が突然変わったことに、詩音も驚きの声を上げながら駆け寄る。しかしその時すでに真姫に意識はなかった。

 

「デネブ!?」

 

 車内にいるデネブに声を飛ばし、詩音の只ならぬ声を聞いてやってきたデネブもまた、真姫の様子に声を上げるのだった。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

「ありがとう、送ってくれて」

 

「うんうん。それより真姫さん大丈夫なの? 何ともないの?」

 

「うん、大丈夫よ……」

 

 どうもやりにくい、と真姫は感じていた。というのも、目の前にいる詩音の表情が笑顔で、纏っている雰囲気が穏やかなのだ。いつもの他人を寄せ付けないツンケンとした雰囲気とは真逆の姿に戸惑いを隠せないでいた。

 しかしこれは仕方のないこと。今の詩音は見た目こそ詩音そのままであるが中身はデネブなのだ。故に髪は伸びて黄緑色のメッシュが入っている。

 ツリ目のツンケンとした雰囲気の詩音の体に、温厚な性格のデネブが憑依した状態であると、何とも言えないミスマッチ感が漂ってくる。

 

「……本当に覚えていないの?」

 

「うん」

 

 心配してくる詩音の表情が何とも言えない。

 それはともかく、なぜこんなにD詩音が真姫を心配しているのかというと、ゼロライナーで倒れたのが原因だ。もちろん意識を失って倒れたのならば誰でも心配するのが当たり前なのだが、真姫はそのことを覚えていない。真姫にしてみれば、デッキにいたと思ったら、目が覚めた途端車内で寝ていたのだ。

 突然倒れた、と詩音に説明されたものの真姫には()()()()()()、結局大事を取るために帰宅することになった。

 真姫としては、もしかして『観測者』としての力が働いたのではないか? と予想したのだが、「ただの疲労だろ」と詩音が強引に結論付けてしまった。

 帰宅することになれば、当然詩音は見送らなければいけない立場なのだが、なぜか行きたくない様子を見せたため仕方なくデネブが憑依する形となり現在に至る。

 

「……本当に『観測者』が影響していないの?」

 

「うーん、真姫さんが何も覚えていないとなると、こっちも説明のしようがないからな」

 

 そう言って苦い表情をするD詩音。

 

「……うん、わかった。今日はありがとう。じゃあね」

 

「うん、またね!」

 

 真姫が自宅の扉を開け、その姿が見えなくなるまでD詩音は手を振り続けた。そして真姫の自宅からわずかに距離を取ると、詩音の体からデネブが分離する。

 

「…………」

 

「……詩音」

 

 詩音の表情はツリ目の効果も合わさり、より厳しいものへとなっている。

 

(あいつ、気を失う寸前、俺の名前を呟いたよな……気のせいか?)

 

 ゼロライナーが走っていたためよく聞き取れなかったが、真姫が気を失う寸前『詩音』と呟いていたような気がした。別にそれがただの呟きならば特別に気にかけるようなことではない。ただ単純に詩音の名前を呼んだだけかもしれないのだから。

 しかし、その声音が、耳に届いた雰囲気が、忘れもしない()()()()()に重なって聞こえたのだ。詩音が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──。

 

「……なあ、デネブ。カードが残されてたとしても、もうあの時間は『観測者』の中にはないんだよな?」

 

「それは……」

 

 ──だよな。と詩音は返答がないことで察した。

 もうあの時間は『観測者』が持つ『記録』の中にはない。何度も確認したし、何度もあると信じた。

 しかし結果は『ない』。

 もうあの時間は、()()()()()()()にしか残されていのだ……。

 

「わるい、今のは忘れて────」

 

 くれ、とは続かなかった。突如詩音の表情に緊張が走り、同時にデネブも詩音にぶつけられる気配に気づいた。

 

「…………」

 

「……詩音」

 

「……俺一人行く。お前はここでアイツを見張ってろ」

 

「なにを言って──」

 

「──囮かもしれないだろ」

 

 その一言でデネブの言葉を遮り黙らせる。

 視線で詩音の考えを読み取ったのだろう。デネブは渋々頷くと一歩後ろに引きさがった。

 

「……頼んだぞ」

 

「詩音も、気を付けて」

 

 ああ、と答えて詩音は走り出した。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 詩音がやってきたのは立体駐車場。先ほどから殺気をぶつけてくる相手は詩音の出方を待っているのか、殺気を放ってくるだけで攻撃をしてこない。その点を不可解に思い、一番近くにあった戦いやすそうなここを選んだのだが、果たしてどう出るか……。

 

「……いい加減出てきたらどうだ? 殺気をバンバンぶつけやがって、その割には攻撃してこないってのはどういうつもりだ?」

 

「…………」

 

 詩音がやや煽り気味に声を飛ばすと、一台の車の影から一体のイマジンが姿を現す。ボロボロの絹を纏い、その手に鎌の武器を持つことから死神を連想させるイマジンは、声を発さず無言で詩音を見つめる。

 

「死神……って感じだな」

 

「いかにも。俺は死神。貴様を殺す者だ」

 

「その割には、すぐに俺を殺さなかったな。あの場で殺せば、アイツも俺も両方殺せたのに」

 

「それはならん。今彼女を殺しても、『あのお方』が望む時間は手に入りにくい。彼女が『あのお方』を観測し、百パーセント『あのお方』が望む時間が手に入る時こそ、彼女を殺すタイミングだ。そして貴様は、『あのお方』を唯一認識できる人間。そう簡単に殺してはならないと、言われている」

 

「そう命じられているにしては、殺気をぶつけてくるんだな」

 

「殺すなとは言われているが、戦うなとは言われていない」

 

 そう言って、目の前に死神は武器を構える。

 膨れ上がっていく殺気。

 詩音にかかるプレッシャーも大きくなっていく。

 

「そして、些か貴様の邪魔が鬱陶しくなってる。ここで一枚使ってもらおうか……ゼロノスッ!」

 

「──ッ」

 

 瞬間、ほぼ反射的に詩音は横へ飛んだ。

 ──その横を風を切る音共に鎌が通り過ぎる。

 

「ほう、反射神経はなかなか」

 

 声が聞こえた数秒後には二撃目が背後に迫る。

 

「──ちぃっ」

 

 ガキン! と詩音が突き出したベルトと鎌がぶつかり音を上げる。

 自らの変身アイテムを何の迷いなく防御手段として使うことに面白みを感じるイマジン。一方の詩音は防いだ際の勢いを利用し自ら飛んで距離を取る。そのまま車の影に飛び込むが、イマジンの一撃は車など簡単に切り裂くだろう。

 そしてそれはすぐに証明され、イマジンの一撃は車ごと詩音を切るため鎌を振るった。

 しかし、あらかじめ予期していた詩音はすでに車から距離を取っており──

 

『Charge And Up』

 

 ──車の切り裂かれた隙間からゼロガッシャーを突き出した。

 

 




次回、Episode14に続きます……



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Episode14:INTERLUDE


先月、結局一回更新で申し訳ありません。


 自宅へと帰ってきた真姫。両親はまだ帰ってきていないのか家の中は静かだった。

 

「ただいま」

 

 言ってみたものの、返ってくる言葉はない。

 真姫はそのまま自室へと向かいベットにその身を投げた。ボフン、と軽い音を立てって真姫の体がクッションの中に沈んでいく。

 それなりにいい値段がするからなのだろうか。体が沈んでいくにつれて徐々に疲れを感じるようになった。

 といっても、今日一日の出来事を振り返ればこの疲れは当然のもの。詩音を探すために歩き回り、その次はダンスゲーム。さらにはイマジンが出現してがれきの下敷きになりかける。そして最後に自分が特異体質の人間であることが説明され、なぜ家人が真姫を襲うのか、怪人の目的は何なのか、それらすべてが語られた。

 思い返しただけでも、これだけ濃いイベントがあったのだからむしろ疲れを感じない方が異常だ。肉体的な疲労だけでなく、精神的な疲労も感じるのだからよっぽどのことなのだろう。

 

「観測者、か……」

 

 ぼーっと天井を見上げながら呟く。

 西木野真姫は『観測者』と呼ばれる特異体質の人間。死亡した場合、最悪今生きているこの時間が消滅するかもしれない。

 

「……ホント、ふざけてるわね」

 

 敵はそんなことを承知で真姫を殺しにきている。時間が消滅しるかもしれないというのに、そこまでして手にしたい『時間』とはいったい何だ? 

 

「私が考えても、仕方ないわよね」

 

 それは敵と詩音しかわからないことだろう。ならいくら真姫が考えたところで思いつくはずもない。

 それよりも、この体に圧し掛かって来る疲れをどうにかしたい気分だった。紅茶はまだあっただろうか。いや、それよりも家を出てから全く喚起をしていないこの部屋の空気を入れ替えるべきか。

 考えた結果、先に空気の入れ替えをすることにした。ベットから体を起こし、部屋の窓を開ける。十月下旬の少しだけ冷たい風が頬を撫でる。部屋の空気が新鮮なものに変わっていくのを感じながら、一度だけ深い深呼吸をした。

 

「……ん? あれって」

 

 ふと、家の門の方に視線を向けると、怪しい人影があった。門の前をウロチョロと歩き回り、時折こちらに視線を向けている。

 

(もしかして、泥──って、デネブじゃない)

 

 よく目を凝らして見てみれば、その人影はデネブだった。

 

「何やって──」

 

 ──んのよ、と言い切る前に、その理由が何となく思いついた。

 きっと、デネブは真姫の護衛──この場合は見張りともいえる──をしているのだろう。敵はいつ真姫を狙ってやって来るかわからない。しかしある程度近くに来れば、同じイマジンであるデネブはその気配を察知できるらしい。だからああやって、すぐに真姫の元へ駆けつけれるよう待機しているのだと思う。

 ただ、少しだけこちらを心配そうに見てくる理由は分からなかった。

 

「もしかして、私を心配しているの?」

 

 一つ思い当たる節があるとすれば、それはゼロライナーの中で倒れたということ。真姫自身に身に覚えはないのだが、詩音とゼロライナーのデッキで会話をしていた時、突然倒れたというのだ。きっとそれを心配しているのだろう。

 

「ホント、心配性ね」

 

 少し笑みをこぼしながら言う真姫。

 自分の身を案じてくれていることに感謝をしていると、ふと、デネブに近づく一人の警察官に気付いた。

 

「………………!?」

 

 悲鳴よりも先に体が動いた。スクールアイドルとして鍛えてきた身体能力をフルに使い、部屋を飛び出し階段を駆け下りる。

 よくよく考えてみたら、デネブが家の前をうろついているのはとてもまずいことだ。真姫はすっかり慣れてしまっていたが、デネブだって傍から見れば怪人。不審者にしか見えない。いくら今が十月下旬といえハロウィンにしては早すぎるし、仮装だとしても他人の家の前をうろついていれば警察官がやって来るに決まっている。

 状況は手遅れだが、まだ完全にアウトではない。急いで行けばまだ何とかなるかもしれない。

 そう思って、脳内で警察官への説明を考えるが、思いつくより先に玄関を開けていた。

 

「いや、だから俺は怪しいものではなくて」

 

「その見た目でも言っても説得力ないから。とにかく署までご同行願うよ」

 

「ええ!? ちょっと!?」

 

 見ればデネブは警官に手を取られ、今にも連行されそうな状態であった。

 

「すいません! その人怪しい人じゃありません!」

 

「え?」

 

 真姫は飛び込む形で二人の間に割って入った。

 入ったはいいが肝心の説明がまだ思いついていない。警察官が呆気に取られている中、半ば自暴自棄になって思いついた言葉を羅列していく。

 

「この人、今度ウチの病院でやる予防接種のマスコットキャラクターなんです! 昨日この人に決まって、今日その打ち合わせとかあったみたいなんですけど! パ、父が忘れてしまったみたいで! 母も外出しているんですけど、私もそのことすっかり忘れてて、だから決して怪しい人ではないんです!!」

 

「え、予防接種って──」

 

「──西木野総合病院! 私の父そこの医院長なんです!! 十月ともなればインフルエンザの予防が始まるでしょ!! それの事前打ち合わせです!!」

 

 我ながら出鱈目すぎると思う。よくもこんな言葉がすらすらと出てくるものだ。

 しかしまあ、あながち嘘ではないだろう。季節を考えれば来月からインフルエンザの予防接種が始まるころだ。そして注射が怖い子供に向けて、こういったキャラクターを導入するのはある意味一つの手だろう。

 故におかしな点はない──そう目で訴えながら真姫はデネブの手を引く。

 

「でも、恰好は──」

 

「この人すごい仕事熱心らしくて、自分でマスコットキャラの衣装作って実演したいって言ってたみたいなんです!! だから、決して、怪しくありません!! お騒がせしまたし!!」

 

「え、あの、ちょっと!」

 

 玄関までくればこっちのもの。勢いと出鱈目に任せた真姫の行動は、結果デネブを無事に家の中に避難させることができた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「バッカじゃないの!?」

 

 どかん、とリビングのソファーに叩きつけるように座らせて、有無を言わせない勢いで怒鳴りつける。

 

「こっちが心配なのはわかるけど、もっと隠れるとかほかに方法なかったわけ!? なんであんな風に堂々と家の前をうろつくのよ!!」

 

「お、落ち着いて真姫さん! 確かにオレが悪かったけど──」

 

「これが落ち着いていられるわけないでしょーが!」

 

 怒鳴って、一直線に右手の手刀を振り下ろした。

 俗に言うチョップという奴だ。

 しかし相手はイマジン。その手に返ってきた衝撃は凄まじいものであり、

 

「…………」

 

「ま、真姫さん? ひょっとして、泣いてる?」

 

「うるさい!」

 

 結果、手に返ってきた痛みに耐える羽目になった。

 しかし自爆したことで思考は冷静になり、改めてデネブに向き直る。

 

「……それで、詩音は一緒じゃないの?」

 

「え?」

 

「あんたがどうして家の前にいたかは、ある程度予想がつくわよ。でもそれなら、詩音の姿は何で見えないの?」

 

「えっと……詩音は……」

 

 なぜか口ごもるデネブ。しかしそれで、今彼が何をしているのかが分かった。

 

「ああ、いいわよ。何となくわかったから」

 

 真姫がそう言うと、しばらく沈黙の時間となった。お互いに相手の出方を探っているのか、それとも単に話のネタがないのか、真姫もデネブも言葉を発さず時計の音だけが耳の中に入って来る。

 飲み物でも出すべきか? と思ったが、いつ母親が返って来るかわからないこの状況で、下手にデネブを長居させるのはマズイ。しかしかといって、このまま帰れと言うのもなんだか無粋だ。

 

「……ねぇ、あなたはどうして詩音に協力しているの?」

 

 だから、ふと思った疑問を投げかけた。少し会話をして、それで切り上げてもらおうと思ったのだ。

 

「敵と同じイマジンなのに、どうして?」

 

 デネブは、少しだけ間をおいてから答えた。

 

「最初は、詩音に協力することがオレの本来の契約者との契約だった。でも今は違う。今は、いずれ来る別れまでに、たくさんのも思い出を、たくさんの触れ合いを、たくさんの……」

 

 デネブの声はだんだんと小さくなっていく。その声音は哀愁を漂わせており、真姫は首を傾げるしかなかった。

 

「せめてオレだけでも、詩音の傍にいて、詩音の心の中にいて上げようと、詩音を絶対に覚えていようと、詩音が帰って来る場所になろうと思ってる」

 

「? どういうこと?」

 

 ますます訳が分からない。デネブはこちらの問いの答えとして言葉を発しているのかもしれないが、何を言っているのかさっぱりだ。

 その意思デネブにも伝わったのか、一度頭をかいてからしっかりと真姫の方の正面から見る。

 そして、

 

「オレは、詩音が()()()()()()()()()()()()()、一緒にいるんだ」

 

 何か大きな決意を感じさせる声音で、そう言った。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「──―っ!?」

 

 仮面の下で詩音は息を飲んだ。

 鎌によって切り裂かれた車の隙間から突き出したゼロガッシャーの剣先は、僅か数ミリだけ届いていなかった。

 それは詩音──ゼロノスが距離を間違えたのではない。イマジンが的確にゼロガッシャーの大きさを目視で判断し、身を後ろに引いて躱したのだ。鎌を振り下ろしたタイミングで、完全に意表を突いたはずのタイミングなのに、イマジンは驚異の瞬発力と観察力でそれを躱した。

 

「──甘いな」

 

 そんな呟きが聞こえたのと同時に車が爆発。巻き込まれてはまずいとゼロノスは急いで後ろに飛んだ。ごろごろと背中から転がり──、

 

「──車の爆発にひるまず、あと一歩踏み込んでいればよかったものを」

 

 ──その最中、上から聞こえてきた声に急いでゼロガッシャーを上に構える。

 ガキン、と金属音がこだまする。

 

「──うぐっ」

 

 無理な体制で防いだ為、息が漏れる。弾いた一撃の行く末を確認する間もなく、急いで体制を立て直す。

 

「ほら、行くぞ──」

 

 それは合図か、それとも余裕がある故に発せられた言葉なのか。耳に滑り込むように聞こえてきたその言葉に合わせ、ゼロノスはゼロガッシャーを縦に構える。

 横一線に振り抜かれた鎌の刃が火花を立ててゼロガッシャーとぶつかる。そのまま絡め捕るようにゼロガッシャーを操り、イマジンの態勢を崩すとその動体に蹴りを放つ。

 確かな感触と僅かに聞こえてきた呻き声。

 ゼロガッシャーを構え追撃。刃先はイマジンの体を走り、連続してダメージを与え行く。

 

「おりゃっ!!」

 

 大振りの一閃。それは確かにイマジンの体を捉え斬り付けた。

 しかし──、

 

「……ほう、なかなかやるな。これは少し貴様を舐めていた」

 

 ガシッと、ゼロガッシャーがイマジンの手によって握られる。

 

「──っ」

 

 本能が警告を発する。ほぼ反射的にその場から逃れようとするゼロノスだったが、それよりも先にイマジンの腕が跳ねた。

 ゴスッという鈍い音と同時に、腹部に貫かれるような激痛が走る。イマジンの武器──鎌の先が腹部に突き刺さったのだと脳が理解するより先に、さらにイマジンの腕が振るわれる。鈍い音が連続して鳴り、それに伴ってゼロノスからは苦悶の声が漏れる。

 両者の距離が空き、続いて鎌の刃がアーマーを削り始める。耐えがたい衝撃と激痛。

 まるで己の手足かのように操られる鎌は、一撃一撃的確にゼロノスのアーマーを削っていく。目で追うのがやっとの攻撃を辛うじて防ぐことに成功するが、横腹を足で蹴り飛ばされ数メートル転がる。

 上体を起こそうと腕に力を入れたところで、殺気を感じそのまま身を投げ出すように横へ飛ぶ。

 次に見たのは鎌の先がアスファルトに突き刺さっているところだった。

 

「────」

 

 マズイ、とゼロノス──詩音は感じた。

 そう感じている間にも、敵は攻撃の手を休めることなく迫って来る。刃を躱し、しかし逆手に持ち替えたことで持ち手の先が視界に迫る。

 その突きを首を振って躱し、僅かな瞬間に反撃のゼロガッシャーを振るう。

 しかし、イマジンはわずかに半歩下がってそれを躱す。

 

「そんな大振りでは俺を斬れん」

 

「あいにく、まともな剣術は性に合わなくてね」

 

「そうか、それは残念だ」

 

 両者が弾け距離が開く。

 ゼロノスは素早くゼロガッシャーをボウガンモードに切り替え、今度は遠距離での攻撃に入る。

 しかし、剣術で対抗できなかった相手に遠距離の攻撃に映るのは失策だったかもしれない。放った狙撃はすべて叩き落され、瞬時に距離を詰めてくる。

 

『Full Charge』

 

 ゼロノスはベルトのボタンを押し、カードにエネルギーを溜める。

 その動作が必殺技を放つための動作だと知っているイマジンは加速。放たれる前に距離をゼロのしようとするが、先にゼロノスはベルトから取り出したカードをゼロガッシャーに挿入。こちらに向かってくるイマジン目掛けてトリガーを引いた。

 放たれる一撃。

 イマジンは迫る一撃を、その鎌を振るって防ぐ。

 

「──む」

 

 だがさすがの必殺技。そう簡単にはかき消せない。

 ならばと、鎌を操りその一撃を受け流すことにより、ゼロノスの放った必殺の一撃は後ろのあった一台の車を炎上させた。

 そして、ゼロノスの方へと視線を向けると──、

 

 

 

 ──すぐそばにゼロノスがいた。

 

 

 

「──っ」

 

 今度はイマジンから音なき声が上がる。

 自分の必殺技を囮にして、自ら敵の懐へと飛び込んできたゼロノス。その手に持つ得物の刃にはすでにエネルギーが集中しており、それを振るえば回避行動によって無防備になっているイマジンの動体を真っ二つに切り裂くだろう。

 だから、

 

「────なっ!?」

 

 ひゅるり、とまるで風に舞うビニール袋のようにその一撃を回避した様は完全に意表を突かれた。

 

「──ふむ、俺にこれを使わせるとは、さすがと言っておこう」

 

 倒せると信じていた一撃を躱され、驚愕に脳が埋め尽くされている中その言葉が耳に入り込んでくる。

 

「──故に、勝負は貴様の勝ちだ。だが、試合の勝ちは俺が貰おう」

 

 そして、銀色の一閃がゼロノスの体を抉った。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

 そう言って園田海未は弓道場を後にした。

 スクールアイドル部だけでなく弓道部も兼部している海未。『ラブライブ!』の本番が近づくにつれて弓道部の方に顔を出す機会が減りつつあったが、本日はスクールアイドル部が休みであるため、久しぶりに弓道部の方へとおじゃましていたのだ。

 久々の弓道につい熱が入ってしまったが、残念ながら彼女には作詞という大きな仕事がある。絵里から聞いた話によると、もしかしたら今月末に行われる『ハロウィンイベント』にてライブをするかもしれないので、それ用の曲を作っといてほしいということ。

 人前で披露する曲の詩を一日二日で作り上げる才能は海未にはない。よって、前もっていくつかの候補を用意しなければいけないのだ。最終予選への曲も未だしっくりくるのがない中ではあるが、これも『μ‘s』の人気を上げるため。そう思って家へと続く道を歩いていると──、

 

「──あれは……」

 

 道の端に誰か倒れているのに気付いた。

 

「え? 大丈夫ですか!?」

 

 周囲に海未以外の人影はない。しかしかと言ってほっとくわけにはいかず、よく見てみれば出血をしている様に見える。

 もし大きなけがをしているのであれば、急がないとマズイ。そう思って倒れている人影へと近づくと、

 

「──え、あなたは……」

 

 とても、見覚えのある赤みがかった茶髪の青年だった。

 

 

 

 




次回、Episode15へ続く……。



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Episode15:REUNION

大変長らくお待たせしました。
年内になんとか更新できました。
本当に、長い間更新せず申し訳ありませんでした。


 ──このイマジン強い……! 

 詩音(ゼロノス)は戦いの中ですぐに敵の強さを判断した。このイマジンは詩音がこれまで戦ってきたイマジンとはレベルが違う。おそらく、今の詩音のレベルではまともに戦って勝てる相手ではない。なにか意表を突くような作戦がない限り、勝てる見込みはないと考えていい。

 ならばどうするか。ゼロガッシャーとイマジンが持つ鎌の形状押した武器が激しくぶつかり、火花を上げる中、詩音は必死に考える。この相手を出し抜く作戦を、意表を突く作戦を思いつかなければ、いずれじり貧になりこちらが負ける。

 だが、作戦を練ろうとしても、首を刎ねようと迫る鎌の対処に追われ作戦など考える暇がない。作戦を考えながら鎌の対処をすることなど、このレベルの相手には無理なことだった。

 まるで手足のように操られる鎌を何とか退けるゼロノス。

 刹那、ゼロノスの脳裏に一つの作戦が思いつく。

 

(これしかない!)

 

 すぐさまベルトに手を伸ばし、ボタンを押す。

 

『Full Charge』

 

 同時にイマジンはこちらが必殺技を放つことを見抜いたのか、加速して距離を詰めてくる。だが、それより先にベルトからカードを抜き取りゼロガッシャーへ挿入。ゼロガッシャーが輝きを放ち始める。

 照準を合わせる時間などない。ゼロガッシャーの先を素早くイマジン側に向けると、トリガーを引き必殺の光矢『グランドストライク』が放たれる。

 躱せないと判断したイマジンは手に持つ鎌で『グランドストライク』を受け止める。しかし、必殺の光矢はそう簡単に防げるものではなく、押し切られることは明白だった。だからイマジンは、鎌で光矢の軌道を変えることで『グランドストライク』を躱した。

 軌道を変更された光矢は一台の車を炎上させる。

 

 

 だが、これがゼロノスの狙い。

 

 

 すぐにエネルギーを再充填させ、サーベルモードに切り替えたゼロガッシャーに挿入。 必殺技(グランドストライク)を囮に本命の必殺技(スプレンデッドエンド)を叩き込む。これが詩音が思いついた作戦。『グランドストライク』を躱したことで体勢が崩れているイマジンに、『スプレンデッドエンド』を躱す術はない。

 ──もらった。

 詩音はそう思った。

 

 

 しかし、イマジンはまるで風に舞うビニール袋のような動きでゼロガッシャーの刃から逃れた。

 

 

「な!?」

 

 ゼロノスから驚きの声が漏れる。

 無理もない。本来ならば躱せるはずのないタイミングなのだ。『グランドストライク』を躱し、体勢が崩れているところに『スプレンデッドエンド』で斬り込んだのだ。耐えるということならばまだ理解できる。しかし、イマジンは()()()()()

 躱せるはずがない一撃を躱された。その衝撃がゼロノスの判断力を低下させた。

 

「ふむ、俺にこれを使わせるとは、さすがと言っておこう。故に勝負は貴様の勝ちだ。だが、試合の勝ちは俺が貰おう」

 

 ざぐり、と嫌な音がゼロノスの耳に入ってくる。そして同時に襲ってくる激痛。ゼロノスのスーツとアーマーによって体がバラバラになることはなかったが、火花を散らしながらゼロノスの体が吹き飛ぶ。

 ゴロゴロと転がり、停車している車にぶつかる形でゼロノスの体が止まった。

 

「がはっ」

 

 仮面の下でゼロノスは吐血した。

 致命傷だ。これ以上の戦闘はどう考えても不可能。激痛によって体の自由が利かなくなり、意識もだんだんと薄れて行っている。

 コツコツと、イマジンの足音が聞こえる。

 

「……殺すなと言われていたが、つい熱くなってしまった。だが、死んではいないのだろ?」

 

「…………」

 

「それに、その傷もいずれは回復する。ならば、片足でも斬り落としておくか。そうすれば、もう邪魔はできまい」

 

 イマジンはゆっくりと近づいてくる。おそらくこのままでは詩音は戦闘不能にされ、真姫を守ることができなくなる。そうなればもはや時間を守るすべを失う。この場は何としてでも切り抜けなければならない。

 

「……思い、通りに、させる……かよっ!」

 

 ゼロノスはあたりを見回し、咄嗟に近くにあった車に向けてゼロガッシャーを投げた。渾身の力を込めて投げたゼロガッシャーは車に突き刺さり爆発。爆風がイマジンの視界を遮り、同時に熱風が襲う中、ゼロノスは爆風に身を任せてその場から吹っ飛び戦線を離脱した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 さきほどの戦闘を意識が戻った詩音は振り返っていた。作戦自体に問題はない。イマジンが有する能力の事を考えなかった自分のミスだ。今まで戦ってきたイマジンの中には必ずと言っていい程能力を有していた。となれば、あのイマジンも何かしらの能力を持っていると考えるのが筋だ。

 しかし、決着を急いだ詩音の判断は能力によって返り討ちにされた。今振り返っても浅はかな作戦としか言いようがない。

 

(あのイマジンを倒すには、デネブの力を借りるしかないか)

 

 あのレベルの敵は、ケンカレベルの腕しか持たない詩音では勝てないだろう。『戦い』を知っているデネブのほうがまだ勝つ可能性がある。

 だがそうなると、詩音が使っているカードとは別のカードを使うことになる。おそらくこれには、デネブは難色を示すだろう。しかし、勝つ方法がこれしかないとなれば、渋々了承するしかない。

 

(……別にいいさ。もう誰も俺の事なんて知らないんだから)

 

 ひとまず、あのイマジンへの対策を一通り考え終えた詩音は改めて自分がいる部屋を見回した。和装の部屋だ。木目の天井にきれいに掃除された畳と熊の木彫り。掛け軸には達筆な字が書かれており、その字が詩音にとても見覚えのある部屋だと確信を与えた。

 

「間違いない、な」

 

 おそらく、大怪我を負っていた詩音を助けてくれたのは、今脳裏に浮かんでいる人物で間違いないだろう。腕や頬に当てられたガーゼ、そして巻かれている包帯は素人ながらに丁寧に巻いている印象だ。そもそも、血を流すほどの大怪我を追っている人物を病院へと運ばず、自宅で介護するなど詩音のことを知っている人物でない限りありえないことだ。

 

(まさか、まだ覚えているなんてな)

 

 だが、詩音が彼女と一緒にいた時間は少ない。使用したカード枚数を考慮してみても、あの人が覚えている確率は低いはずだ。それなのに、現状を鑑みればあの人が詩音の事を覚えていると推測できる。

 そして、控えめなノックと共に、

 

『起きていますか?』

 

 とても聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。

 

「……」

 

 できれば、詩音は少女に合いたくなかった。個人的に少女の性格が苦手ということもあるし、何より前回、何も言わずに少女の前から去って行ったのだ。当然、まずそのことを追及してくるだろう。寝たふりをしてやり過ごすという手もある。

 しかし、こうして二回も手当てをしてくれたとなると、そろそろちゃんと礼を言った方がいい気もする。

 結果、しばらく考えた後詩音が導きだした答えは、

 

『まだ寝てますよね。あの怪我ではやはり病院のほうが……』

 

「……起きてます」

 

 返事を返すことだった。

 

『──え?』

 

 障子の向こうに立つ少女は、返事が返ってきたことに相当驚いたのだろう。驚きの声を上げた後、しばらく立ち尽くしているのが障子越しにでもわかった。

 そして勢いよく障子を開けると、驚きで目を見開く少女と目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに見つめ合ったまま静寂の時間が過ぎる。

 時間にしては数秒だったが、二人にはもっと長く感じていた。

 先に変化が訪れたのは少女──園田海未の方だった。突然膝から崩れ落ち、うつむいてしまったのだ。さすがの詩音も目の前で突然膝をつかれると驚きを隠せない。何が彼女の身を襲ったのか、駆け寄ろうと思い立ちあがろうとしたところで、か細い声が聞こえてきた。

 

「……よかったです。心配したんですよ……何も言わずに出て行って、怪我だってまだ治ってなかったのに、またこんな大怪我して、あなたは一体どんな生活をしているのですか!?」

 

 海未の顔が上がり、涙に濡れた瞳が詩音を見つめる。

 詩音は何も言えなかった。なぜなら、涙に濡れている海未の瞳が有無を言わせないほどの威圧を放っていたのだ。その瞳を見て、女の涙はなんとか、みたいな話を以前聞いた覚えがあったのを思い出したが、たしかにこうして実際に体感してみると女の涙の前では何も言えなくなる。弁解の余地すらない。次第に海未の嗚咽は増していき、流れる涙も大粒と化していく。それらがすべて詩音の心に突き刺さり、犯した罪を糾弾されている気分だった。

 

「……すいません」

 

 もっと他にいうべき言葉があったのかもしれない。しかし、再びうつむいてしまった海未に対して、詩音がかけれる言葉などこの一言しかなかった。それほど詩音自身も過去にしてしまったことに強い罪悪感を感じたのだ。

 しばらくは海未の涙だけがこの部屋に響いていた。

 

 

 数十分くらい経っただろうか。海未は目元を拭いながらも落ち着いた様子で顔を上げた。

 

「すいません」

 

 開口一番、謝罪の言葉を述べる海未。おそらく泣き出してしまったことへの謝罪だろう。

 

「いえ、別に謝ることじゃないです。全部、俺が悪いんですから」

 

「……理由は話してくれないんですか?」

 

「はい。すいません」

 

「……」

 

 納得できないと、海未瞳が訴えている。

 

「傷を手当てしてくれたことには感謝しています。本当に、ありがとうございます。でも、もうこれ以上はほっといてください。これ以上、あなたの時間を──」

 

「──それ、本気で言ってるんですか?」

 

 静かな、それでいて凜とした海未の声がその場に静寂をもたらす。

 

「怪我は前回よりひどいんですよ。それでもまだ、前回みたいに勝手に姿を消す気ですか?」

 

「……」

 

「あなたがどんな生活をしていようと、何をしていようと答えられないのなら仕方ありません。これ以上の追及はやめます。ですが、そんな大怪我を追っている人を、死にに行くような人を黙って見逃せると思いますか? 傷を癒す方が重要だとは思わないのですか?」

 

 訴えかけるような海未の言葉。

 詩音はただ黙って聞いているだけだった。

 

「今は傷を治すことを優先してください。傷が治るまではこの部屋から出てはいけません。もしできないのであれば、今回は無理にでも病院へ連れていきます。いいですか?」

 

 海未の提案は詩音にとってうなずけるものではなかった。今、もしこの瞬間に『ヤツ』がアイツに会っていたら、アイツがイマジンに襲われていたらと考えると、ここで悠長に寝ていることなどできない。今すぐにでもここから飛び出して、アイツの状況を確認したかった。一応デネブが護衛にいるから大丈夫だと思ってはいるが、言いようのない不安が詩音の胸に渦巻くのだ。

 だが、この傷ではまともに戦うことができないのもまた事実だった。あのイマジンの攻撃で受けた傷はかなり深い。下手に動けば傷口が開いて戦闘不能になるのがオチだ。ならば、傷口が完全にふさぐまで、もしくは最低でも戦える状態まで回復を待つのが得策かもしれない。

()()を使えば万全な状態に修復することは可能だが、これにはそれ相応の代償を払わなければならない。現状を考えれば、これはまだ使いたくなかった。

 

「…………」

 

 ふぅと、詩音は一つ息を吐いた。そもそもここでいくら考えようと、まずは海未の追及をやり過ごさなければことを進めることができない。よってここは、海未が望む答えを言うしかないのだ。

 

「……わかりました。今はおとなしく寝てます」

 

 渋々といった感じではあるが詩音がそう返事をすると、海未の表情が明るくなり、先程までの刺々しい雰囲気は霧散した。

 

「その答えが聞けて良かったです。さ、変えの包帯とガーゼです。タオルも用意したので、体を拭いてはいかがですか?」

 

 看病モードとなった海未は出際よくその手荷物包帯とタオルを差し出してくる。詩音はそれを受け取り、体を拭こうとしたところで、

 

「……あの、そこにいる気ですか?」

 

「!? す、すいません、今出ます!」

 

 詩音の言いたいことが分かったのか、海未は赤面しながら慌てた様子で部屋を出て行った。

 その姿を見送った詩音は、シャツを脱いで自分の体を見下ろす。いたるところにガーゼが当てられ包帯も巻かれているが、そのどれも赤く血がにじんでいる。いくら二回目だからとはいえ、普通の女子高生がこの傷を手当てしたのは冷静に考えるとすごいことだ。

 

(さて、この間に逃げようと思ったが、障子の向こうにしっかりといやがる……これは、逃げるに逃げれないな)

 

 傷の回復だけならゼロライナーで寝ていても治る。というか、ここにとどまるよりゼロライナーのほうが色々と勝手がいいのだが、障子の向こうにしっかりと待機している海未の気配を感じた。これでは下手にこの場から動くこともできない。若干監禁されている気分だ。

 おそらくあの様子では、詩音が少しでも動こうとしただけで止めに来るだろう。

 最悪の場合、海未に手を出すことになるかもしれない……。

 

「──いや、それは最低だろ」

 

『はい? 今何か言いました?』

 

「なんでもないですよ」

 

 つい言葉に出てしまったようだ。いくら彼女の記憶から消えるとはいえ、乱暴なことをするのは最低な行為だ。

 結局、詩音はおとなしくしているしかなかった。

 

 

 




もう一つの作品も含めて、早期更新を目指していきたいです。

次回、Episode16に続く……。




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Episode16: INTERLUDE

……一年九ヶ月ぶりの更新です。
プロットを見返してたら、あと一個イベントを書いたら終盤突入というのを見て、一気に書くしかないなと思い久しぶりの更新に至りました。
とは言っても、数話ほどこんな感じのが続くと思います。


 新しい包帯を巻き終えた詩音は、部屋の外で待っている海未に声をかけた。

 律儀に待っているあたり、本当に彼女は真面目な性格をしている。そんなことを思いながら海未の入室を待っていると、ひとつあることに気づく。

「あ、やっぱり待ってください」と、口にした時にはすでに遅かった。

 入室した海未はバッチリとソレを見てしまっている。詩音の血で赤く染まった包帯を。

 みるみる海未の顔が青く染まっていく。

 あー、と詩音が後悔しているうちに海未は真っ先に叫んだ。

 

「病院に行きましょう!」

 

 それはもう詩音が気圧されるほどの勢いが込められていた。

 

「こんなに出血していて問題がないはずありません! 今すぐ行きましょう! ……ああ、やっぱり無理にでも連れていくべきでした。そうですそうですよ。普通に考えてこんな怪我をしていて病院に行かない方がおかしな話なんです。どう考えても寝て治るわけないじゃないですか私のバカ。もっと考えてください!」

 

 頭を抱えて叫ぶ海未。加えてその目はグルグル回っている。

 どうやら相当テンパっているようだ。ひとりで勝手に部屋を右往左往したりと、見ているこっちが落ち着けと思ってしまう。

 そんな詩音の視線に気ついたのか、海未を見ると血相を変えて叫んだ。

 

「何をしているんですか!? 今すぐ救急車呼ぶので待っていてください!」

「いや、大丈夫です。もう血は止まってますし」

「血が止まっているからと言って大丈夫な訳ないでしょう!?」

 

 一喝した後、手にとったスマートフォンの画面を見ながら「えっと救急車は117? 119? どっちでしたっけ!?」と本来であればしっかりと覚えているはずの番号がわからず避けに慌てていた。

 はあ、とため息を吐いた詩音はまだ痛みがある体をなんとか動かして立ち上がると、慌てている海未の手からスマートフォンを取り上げる。

 

「ああ!」

「だから前にも言いましたけど、俺はある理由から病院には行けないんです。だから自然治癒に任せるかないんです」

「ですが……!」

「それに、これ以上は学校に遅刻しますよ? いいんですか?」

 

 スマートフォンに表示されている時刻を見ながら言う詩音。

 

「いいです。欠席の連絡はもうしてありますので」

「あっそ、そうですか……え、え?」

 

 あまりにも予想外の返答に詩音は固まった。

 今、目の前の少女はなんと言った? 欠席の連絡? あの真面目な園田海未が学校に欠席の連絡を入れた? 

 

「……は? え? え?」

「さすがに驚きすぎではないですか?」

 

 おそらく、今詩音はとてつもない間抜け顔をしているだろう。普段から眉間にシワを寄せた目つきの悪い顔をしているので、こう言った表情はなかなかレアだったりする。とはいえ詩音だって人間だ。予想外のことにはそれなりの反応を示す。

 

「欠席って……なんで……」

 

 詩音からすれば海未が欠席をするなど考えられないことだった。真面目でしっかり者である海未が一体どんな理由で欠席の選択肢を選ぶのか。

 

「けが人が家にいるんですよ? 私はそんなに薄情な人間じゃありません」

「…………」

 

 つまり詩音のためということだ。

 ……なんとなくこそばゆくなってそっぽを向くことにした。

 

「ふふっ。そういうところはかわいいですね」

 

 やめてほしい。より恥ずかしくなってしまう。

 頬に熱を感じながら、詩音はスマートフォンをさっさと返して寝ることにした。

 

「……もう寝ます。寝てれば治るので」

「はい。ゆっくり休んでください」

 

 と、言ったくせにその場にいる気配がする。もしかしたら詩音が寝付くまでいる気なのだろう。

 

(あー、ホントやりにくい)

 

 やっぱりこの人は苦手だ。捻くれている詩音にどこまでもまっすぐに付き合ってくれる。

 でも、苦手なだけで悪気はしない。

 

(ホント、意味わかんねぇ)

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 詩音が横になると、部屋は静寂に包まれた。

 本当なら海未は部屋から立ち去って詩音を一人休ませるべきなのだろう。

 しかし、海未はわかっていながらどうしてもそれができなかった。どうしても、この場にいたい。この青年のそばにいたいと心の底から願ってしまう。

 

(どうして……)

 

 布団にくるまる詩音の背中を見つめながら、言葉になりそうになる感情を押し留める。

 

(どうして、何も言わずにいなくなってしまったのですか? どうして、その苦しみを私に言ってくれないのですか? どうして、本当のことを言ってくれないのですか? どうして、また怪我をしているのですか? また、何も言わずに去ってしまうのですか?)

 

 きっと答えてはくれないだろう。

 きっと本当のことは言ってくれないだろう。

 いくらこっちが懇願しても、彼はその口を決して開かない。まるで何かを拒むように。まるで自分にか関わって欲しくないかのように。何かの決意のもと、彼はこの場にいる気がする。

 

「……っ」

 

 その体に触れようと伸びていた手を止め、ゆっくりと自分のもとに戻す。

 そして、その場からゆっくりと立ち上がり、詩音の元から去っていく。

 きっと自分がいては休めるものも休めないだろう。まだここにいたい気持ちを抑えて、海未は部屋から出ていくことを決めた。

 ──それなのに、体は一向に立ち上がらない。まるで縫い付けられているかのように、体が動こうとしない。

 また勝手にいなくならないのか不安なのだ。前回、初めて詩音と出会った時も、今回と同じように大きな怪我を負っていた。そして今回と同じように、部屋で休み、海未が少し目を話した好きに消えていた。

 あの時のショックは今でも忘れられないほど、海未の心に深く刻み込まれている。

 だから、今回も、部屋から出て行ったすきにいなくならないのか不安なのだ。まだ話したいのに、まだ一緒にいたいのに、忽然と姿を消してしまわないか。不安でたまらない。

 

「──今回は、勝手にいなくなりませんから」

 

 そんな時、彼の声が聞こえてきた。

 ハッとなって彼の背中を見つめる。

 

「……前は、勝手にいなくなってすみません。理由があったにしろ、何も告げなかったのは俺が完全に悪いです。だから、その……」

 

「……そうです。勝手にいなくなったあなたには罰を与えます。ですから、まずはしっかり休んでくださいね」

 

「……はい」

 

 彼の返事を聞き、海未の体は安心したのかすんなりと動かすことができた。

 部屋から去り、ひとまずは私服に着替えよう。そう思うのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 気づいた時、詩音は重たいまぶたを持ち上げるという行動をしていた。

 思考に一瞬の空白。そして事態を把握した時、真っ先に思い浮かんだのは焦りではなく呆れだった。まさか本当に眠ってしまうとは。

 言い換えれば、それほど体が疲弊していたということ。思い返せばここ最近は連戦続きだった。もしかしたら、それも関係しているのかもしれない。

 上体を起こしてみる。体に痛みはない。鈍い、重いという感覚もない。傷口も塞がっている。

 もしかして、と思い畳まれているパーカーのポケットからカードホルダーを取り出し、そこにあるカードの枚数を確認する。

 枚数は詩音が記憶しているのと同じままだった。消費はされていない。

 

「……今、何時だ?」

 

 詩音がいる部屋に時計はなく、また詩音も時間がわかるものを身につけていない。

 とはいえ、部屋に差し込む日の光から日中であることは確認できる。具体的な時間を知りたいのだが、どうするべきか。

 ひとまず、これ以上寝ている理由がないので起き上がることにした。デネブからの連絡もないことを考えれば、今のところは向こうで何も起きていないと考えられる。

 体が動くならば、次は行動に移すこと。

 と考えたところで、

 

(そういえば、今度は勝手にいなくならないって言ったばっかだった……)

 

 普通に、とても自然にこの家から出ていこうと考えていた。最後には海未の記憶から消えるのだから結果は変わらないとしても、ああ言ってしまった手前、一言告げてから出ていくべきだろう。

 布団をたたみ終えた詩音は、早速海未を探すため部屋から出ようとして、

 

「あ」

 

「あ」

 

 障子を開けたら海未の姿がそこにあった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……おはよう、ございます」

 

「……今、どこにいこうとしていたんですか?」

 

 ジト目でこちらを見てくる海未。

 おそらく誤解をしているであろう海未を説得するべく、思考を回転させる詩音。

 

「待ってください。俺は──」

 

 ──あなたに会おうと思っていたんです、と言いかけて止めた。

 意味は間違っていない。言いたいことも言葉になっている。

 しかし、どうしても自分の知っている『園田海未』の姿が重なってしまい、その言葉を言うのが憚れる。

 何か、他にいい言葉は出てこないのか、と考える詩音。

 すると、ぐ〜と言ったなんとも間抜けな音が詩音のお腹から聞こえてきた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 先ほどとは別の意味で静寂が訪れる。

 海未に至っては先ほどまでこちらを睨むような視線だったのに、驚きで目を見開いている。それからゆっくりと微笑み、

 

「お腹、空いたんですね」

 

「……はい」

 

 もう、この理由に乗っかるしか手はないと思う詩音だった。

 




区切りが良かったのでここで一旦閉じます。



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