旧魔法王国からの転生譚 (秋野よなか)
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目覚めたのはイイけど、冒険者ギルドは何処?

 最近友人から勧められて見た「灰と幻想のグリムガル」のアニメ他諸々にムラムラとした感情が湧き、手元にあった本を片手に書き殴ってみた。
 後悔はしていないが反省はしている。
 でも、やり過ぎくらいが丁度イイって言うよね?

 そんなわけで投稿させて頂きます。



 ――――――“目覚めよ”。

 

    “目覚めよ”――――――

 

 誰の声か分からぬまま眠から起こされ、真っ暗な闇の中で目を覚ましたのは良いが、頭の芯は靄が掛かったようにはっきりせず、周りから上がる声に釣られるように一人、また一人と声を掛け合い互いの位置と現状を確認していた。

 

「……とぉる」

 

「なんだ? お前それしか言えないのかよ?」

 

 不意に誰かがそう言ったが、相手も話し掛けようとしたわけではなく、単に思った事を口にしただけのようで、反応を返せない「とぉーる」とだけ呟き続ける者に対し、直ぐに興味を失ったようで先に進んでいた奴に追い付こうと離れていく。

 何を考えているか分からない「とぉーる」と未だ呟く者は、ふらふらとした足取りで既に通り過ぎて誰も居ない通路を歩き始めた。

 

 「ちゃらららーん、ちゃららららーん、ちゃらららーん☆ いえい!」

 

 珍妙な声を発して突然現れた髪を頭の左右の両端で括った女が、ようやっと暗闇から出てきて困惑している連中を尻目に、この場にそぐわないほど陽気な雰囲気で話しだす。

 

「皆さーん、ようこそグリムガルへ。案内役のひよむーだよ! よろしくねー! はいっ! それじゃあ元気に皆さんもお返事ー」

 

 更に場の混沌具合を深める情報を提供した「ひよむー」と名乗る女から、『グリムガル』と言う明確な地名らしき場所の名を聞き、記憶に無い名に対し驚きの表情を浮かべる連中だったが、それらには一切構わず「ひよむー」は一方的に凄まじい盛り上がりを見せ話を進める。

 

「えー、皆さん既にーお揃いのよーですし、早速移動しちゃいましょー!」

 

「はぁっ!? お前何勝手に移動するとか決めてんだ! どう言う事なのか、俺様に分かり易く説明しやがれつーんだよ!」

 

 連中の中で適当に話を聞いていたらしい頭がぼさぼさの男が、馬鹿にされたとでも思ったのか怒りも露わに捲し立てた。

 だが「ひよむー」にはこのぼさぼさ男に従う気は全くないようで、鼻歌交じりに一行の行き先を決めるその様子に、他の連中も怒りを触発させたが次の威圧が籠った一言で一気に冷却される。

 

「茶番はもういい、早くしろ」

 

 そう発した背の高い銀髪の男の声は怒りの籠った風ではないものの、その簡潔な物言いは聞いた者達に対し普段目にしない“暴力”を感じさせるに十分な威力があった。

 

「物分かりのイイ皆さんにひよむー感謝感激ーっ! ではでは皆さん、確りついて来てくださいねー!」

 

 

 語尾の最後の微かな声に「逸れたら漏れなく地獄へご招待ー」と言う小さな呟きが付いて来た事は、誰の耳にも届かず風に乗って消える。

 

 

 どうやらここで何を言っても無駄らしく、今は「ひよむー」に従うしか無さそうだと感じた連中は渋々なのかどうかは分からないが、先程威圧的な一言を発した男に不満を持って居そうな者さえ、促されるように遠くに見えた明かりの先に足を向けた所で、今頃になって奥から出てきた者が現れた。

 足取りは覚束なく、時折何かを呟きながら進むその顔には表情と言うものが一切乗って無く、どこを見ているのか分からない虚ろな眼を見て全員が不気味さを覚える。

 しかし「ひよむー」だけはそんな事全くお構いなしに、再度元気な声を上げて皆の音頭を取るように叫んだ。

 

「あれあれー? まだ居たんだ……? んー、遅れない様に誰か相手してあげて。じゃあじゃあ、いよいよしゅっぱーつ!」

 

 これからどうなるのか、そもそも本当この女について行くのが正しいのか、そんな得体の知れない不安と焦燥に駆られながらも一同はただ歩き出す。

 その中の何人かが空を見上げると、不吉にも思える赤い月が妙に幻想的に輝く様に対し、誰に訊ねるでもなく各々体の内から湧いた疑問を言葉に乗せる。

 

 

 

「月って、赤かったか?」

 

 

 

 当然ながら既に周りは暗く、丘を降りる途中で見かけた並んだ石の集まりに、誰かの「なんだここ? って、墓地かよ。辛気くせーなー」と愚痴る声が辺りに響く。

 そこを横切りながら進んだ先に見えてきた街、名を『要塞都市オルタナ』だと言う説明がある。外周は所々高い壁で守られ門には鎧を着た兵士が歩哨に立ち、要塞の名に相応しいか疑問が浮かぶ作りだが、夜でも点々と明かりが灯され少し耳を傾ければ、喧騒と賑やかな雰囲気がそこかしこに在り、様々な生活のにおい(・・・)に溢れ、ここでは人の営みが確かに生きているようだった。

 

 そんな中を歩きながら、漸く目的地らしい一軒の建物の中へと案内され、中に入った途端食べ物と酒、それに微かに漂う人の臭気の歓迎を受け、全員が押し込められると此処まで一同を連れてきた「ひよむー」は、これで私はお役御免とばかりにさっさと消える。

 部屋のカウンターテーブルの奥には、赤毛で前髪を顔に垂らした一人の男が座っていた。

 

「ようこそグリムガルへ、歓迎するわ子猫ちゃんたち。私はブリトニー。当オルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーン事務所の所長兼ホストよ。所長と呼んでもいいけど、ブリちゃんでもオッケー。ただしその場合は、親愛の情をたっぷり込めて呼ぶのよ。いい?」

 

 愛想良さ気にそう話し始めた男……は、気怠そうな言葉とは裏腹に鋭い眼差しで一同を値踏みでもするように見つめる。誰かが「げっ、なんだよあいつ、所長とか言ってっけど、オカマじゃねーか!」と、空気の読めているのかそうじゃないのか分からない返事を返すが、それを聞かなかったかのように気迫の籠った声がその場を塗潰す。

 

「質問に答えろ。ここがオルタナって街なのは聞いている。だが、辺境軍だの義勇兵団だのってのは何だ。なんで俺はここにいる。お前はそれを知っているのか」

 

「威勢がいいわねぇ。ワタシ、嫌いじゃないわよ、あんたみたいな子。名前は?」

 

 所長はまるでお気に入りの玩具を見つけたみたいに笑みを浮かべ、まだ普通に微笑んでいる事から銀髪の男と違い余裕を感じさせる。

 

「レンジだ。俺はお前みたいなオカマ野郎は好きじゃない」

 

 レンジと名乗った男がそう言いオカマの「お」が出た瞬間で、どこから取り出したのか所長はナイフをレンジの喉元に突きつけ終わっていた。

 一瞬過ぎて誰の眼にも捉えられず、その初動はわからなかったようだ。

 

「レンジ。いいこと教えてあげる。ワタシをオカマ呼ばわりして長生きできた奴は一人もいない、試してみる?」

 

「そうだな、殺れるものなら殺ってみろよ、変態所長」

 

 所長は目を細めながら言ったが、レンジは平然とナイフの刃を素手で掴んだ。

 掴んだ手からは当然血が流れ出しているが、そんな事は全く気にせず寧ろ楽し気に挑発する二人の放つ雰囲気に呑まれた皆は、固唾を飲んで成り行きを見ながら息を潜めていた。

 だがその中の一人だけは違って、今もふらふらと身を揺らしカウンターへ近寄り、宙を見つめ何事か呟くそれ(・・)に、所長とレンジは二人して注意を逸らされ思わず溜息を吐く。毒気だけでなくヤル気まで抜かれたのか、どちらからともなく体を離す。

 

「……何処まで話したかしら。そう、説明の最中だったわね」

 

 それから気を取り直したように小さな袋からカウンターへ銀貨をぶち撒け、十枚の銀貨が入っている袋と団章、それと見習い義勇兵と言う役職についての説明を行う。

 更に見習いとして戦い金を貯め、見習いではない正式な団章を買えと言う事だそうだ。

 誰かが「あいつ放って置いていいのかよ? ちょいヤバくね?」とか言っていたが、誰も口を開く事は無く、現在進行形でカウンターの端にぶつかり、方向を変え壁に向かって直進するアレ(・・)には、所長だけでなく皆もあまり関わりたくないのか、若しくは真面に扱うのを諦めたのか放置したままであった。

 

 

 一通りの説明が終わって全員(・・)部屋から追い出した後、所長は余った袋と断章を放り投げ酒瓶を手に取り、栓を抜くと堰を切ったように言葉を吐き出した。

 

 

 

「今回十分見所の在る奴も居たけど、誰よあんなの(・・・・)連れて来た奴、思いっ切りハズレじゃない!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 誰の声か分からぬまま眠から起こされ、真っ暗な闇の中で目を覚ましたのは良いが、頭の芯は靄が掛かったようにはっきりせず、周りの声に従う様に促され気が付くと酒場らしき場所にいた覚えはある。

 そうしてよく分からないいまま、集った連中で繰り広げられるやり取りをぼーっと眺め、皆は話を聞き終えると数枚の硬貨が入っているらしい袋と首飾り、それと見習い義勇兵と言う役職を得た所までは何となく見ていた気がした。

 

 だが所長の言に碌に返事を返す事も出来ず、ただ譫言のように己の名前だけを繰り返し呟く事に苛立ちと怒り、そして諦めを覚えた部屋の主によって外の廊下に追い出された所で、頭を横殴りされたような頭痛と眩暈を覚え、手足の感覚が徐々に遠ざかる恐怖と軽い吐き気にどうにも我慢できず、叫び声を上げながら頭を押さえ膝を突き崩れるように倒れ込む。

 己の発する声と、心配する誰かの声も辛うじて頭の隅に引っ掛かっていた。

 

「うう、あぁあああああっ!」

 

「ひっ!? ど、どうしたの!! ねえ! 誰か助けて! 急に――」

 

 

 そう、思い出す様に起きた出来事を脳裏で再生させれば、確か廊下の先を歩いていた短めの薄い青みがかった髪色の女の子が振り返り、倒れる視界の中焦る様な声を途中まで耳が拾っていたが、それも急激にあやふやになり考えると言う行動を放棄するように、意識が深い底へと沈んで行く。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 赤子の泣く声とそれをあやす為に誰かが歌っている。

 その歌声はとても優しく穏やかで、聞いていると泣き喚き暴れていた筈の鼓動がゆっくりと落ち着いたものに代わり、泣いていた赤子の感覚が共有され安らぎを感じた事で、己がこの赤子と一体となっている事に気付く。

 

「良い子ね……よくお聞きなさい。あなたは私の可愛い息子。あなたはきっとこれからいろんな事を学び、心と体の成長と共に経験した事を活かし、家族とこの国を支える立派な大人になるでしょう」

 

「あぶぶぁ!」

 

「ふふ、いい返事ね。あなたはそこに到達するまでの過程を自由に選べるはずよ。だけど、その選択で得た結果は全てあなたへと戻って行くの。だから決して忘れては行けない。自由とは本来不自由と表裏一体で、何か事を起こす前に、必ずその後の結果まで考えてから行動すると言う約束を」

 

 胸に抱かれながら思う事は、まだ碌な言葉も話せない赤子に諭す様に語るこの女性は、物心つく前に流行り病で亡くなった母だったのだろうと、朧気な意識の中漠然と感じた。

 再び母の口から紡がれる歌声と、伝わる体温の心地よさに負けてしまい眠りに落ちる。

 

 

 

「父上見て下さい! 下位古代語(ロー・エンシェント)の書き取りは終わりました!」

 

「うん、どれどれ……よろしい。綴りを間違う事無く書けているな。行ってよし。ただしマルコ達と一緒に喧嘩などせず仲良く遊ぶのだぞ」

 

「はいっ! 兄上を誘って一緒に森で遊んできます!」

 

 落ち着いた低い大人の声と子供特有の高い声の会話が聞こえる。

 何となく見覚えがある様な気がして、部屋の中を見渡そうとしたがそれは叶わず、勢いよく屋敷の中を駆け抜けるように風景が両脇に流れ、やがて外へ飛び出し鮮やかな濃い緑と生い茂る木々が視界に入った所で、急に夜にでもなったかのように目の前を闇に閉ざされた。

 

 

 

「万物の根源たるマナの力よ、我の言葉に従い可の者達に眠りを与えん<スリープ・クラウド>」

 

「よっしゃ! やっぱトールの魔法の腕は俺よりも上だな。親父には悪いがどーも俺は杖なんかよりも、こっちを振り回してる方が相に合うし、何よりよっぽど恰好良いってもんだぜ!」

 

「トーラ、そう興奮するのは構わんが今の内に止めを刺すんだ。お前の剣の扱いの巧みさは父上だって分かってらっしゃる。トールもよくやったぞ。では次に<エンチャント・ウェポン>を使って攻撃の支援をやってみなさい」

 

「はい兄上っ! 任せて下さい。次も頑張ります!」

 

 次に浮かんだ情景は囲いのある畑と、そこに続く道で槍を構え揃いの革鎧で身を包んだ数人の兵士達と、子供から少し成長したよく似た顔付きの少年二人に、それらを指揮する位置に居る馬に騎乗し騎士鎧を着込んだ青年の指示で、対峙するゴブリンの一団に向かって眠りの雲の魔法を放った場面のようだった。

 その後もその兄弟達を中心とした時の流れが数年置きに続くが、その中でも一番年下らしいトールを主にした視点で、更に時間が経過していく。

 

 

 やがて三人の兄弟達が大人へと成長し、父親が亡くなったあと一番上の兄であるマルコが領地と家を継ぎ、次男のトーラは鍛錬で鍛え磨いた剣の腕を活かし、都会へ出て仲間を集め冒険へと旅立ち、三男のトールはトーラの生き方に憧れを持っていたが、己の磨いた魔法の知識や魔術の技よりも、途中で天啓を受けある神(・・・)の司祭となり、領地の民と兄を支えようと奮起する。

 赤子の頃に母が囁いた薫陶が生きたのか、不思議とそれは三男トールの生き方を予言するかのようになぞっていく。

 

 

 しかし何の皮肉か三男の生き方には誰にも言えない秘め事があった。

 その秘め事とは己の信ずる神は表向き知識神(ラーダ)だと述べ、敬虔な司祭として行動し“必ずホーリーシンボルを二つ隠し持ち(・・・・・・)”、ある時は領地を治める兄の相談を受け、またある時には外敵の討伐に参加し領民を助け、家族へも仁徳を持って接していたのだが、実の所彼を信仰に目覚めるよう囁いた神とは、最初に語った知識神などではなく自由と混沌を司る神(暗黒神ファラリス)であったのだ。

 

 確かに彼は暗黒神に仕える司祭で在ったが、元々根が善良で民や家族を愛していた事に何ら偽りはなく、己の心の欲するままに生き誰にも恥じない人生を歩む。

 別の見方をするなら子供の頃から周りに不満も己の欲求を妨げるものも無く、まさに順風満帆と言える暮らしをしていたのも、悪事に手を染める必要をトールが全く感じなかった理由の一つだろうし、何よりも結果を考えずに自滅した闇司祭をよく知っていたのも原因だった。

 誰が見ても知識神の司祭に相応しい……いや、少々逸脱するくらいにあらゆる知識に興味を示し、己の力の原点とも言える魔法へも傾倒し、魔術師ギルドにも顔を出す程の熱の入れようで、術式の仕組みと魔法道具の解析にも情熱を注ぐ事となる。

 

 

 そして晩年、彼は自分の神に抱かれる時期を悟るとそれを家族へ告げ、遺産の問題を早々に片付けると忽然と姿を消し、趣味で蒐集していた文献から得た知識である儀式を行う準備を整え、足り無い分は魔法道具や魔晶石で補い、残りの寿命が尽きる前に己の魂をも削りそれを行った。

 その発動させた儀式呪文とは神聖魔法である<リインカーネーション(輪廻転生)>だ。

 本来使う事のできない呪文だが、今迄の人生の全てを注ぎ込んだ欲がそれを成した。

 未だ尽きる事のない、飽くなき知識への探求には己の一生では短すぎると考え、次の人生への“知識と技術”の引継ぎ予約(・・・・・)を行ったのである。

 己の信仰する暗黒神ファラリスの教えにある、虚無界に行くにはまだ早すぎると考えたのも、こうした転生を志した原因の一つだった。

 

 後にこの隠された儀式場を発見した所謂冒険者達は、噂に聞いた宝を得る為探し当て此処まで追う事が出来たのだが、力を失い器だけとなった道具類の数々と、その主らしき朽ちた肉体を詳しく調べても、発動したと思われる儀式呪文が成功したかどうかは判らず、その結果は神のみぞ知るばかり――――

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――はっ! ワシは……私は、いや俺、ボク? これは成功(・・)なんじゃろうか?」

 

「? なんやトオルちゃん(・・・・・・)? ほんと大丈夫なんかぁ?」

 

 唐突に前世(・・)の生誕から魂が肉の器より離れるまでを追体験し、己が何者だったかを思い出したのは僥倖じゃったが、目の前にいる女性が誰だったのか全く覚えておらぬ。

 だが、寝台に寝かされ看病までしてくれていたらしい事は、今も額を冷やす為か適度に絞って濡れている温い布があることから、己の予想に間違いは無いじゃろう。

 

 現状を把握しようと部屋の中を瞳だけ動かし観察する。

 開いた窓からは太陽の光が入り込み、朝を通り越し昼近くだろうと予測できた。

 椅子に座り横で「トオルちゃん、なんじゃろ、だって可笑し―」と言ってケタケタと笑う子以外に人の気配を感じ頭の向きをずらすと、見覚えのある薄青色をした髪の女性と目が合ったが、その途端に怯えた表情を浮かべ勢いよく目を逸らされた。

 記憶が曖昧なんじゃが、もしかするとワシは彼女に何か嫌がる事でもやってしまったのかも知れぬな。

 

「いや、本当に忝い。もうだいぶ体も良くなったようなので、そろそろ邪魔者は退出すべきであろう。お二人とも世話になった。このお礼はいずれ必ずするのでお許し願いたい」

 

「……トオルちゃんって、長い言葉も喋れたんねぇ。なんや爺臭いけどずっと自分の名前しか喋らんし、あの所長とレンジのにらみ合いに突っ込んで行くし、その喋り方も変わってて芸人さんかと思っとったわぁ」

 

「ユメ、そんな事言っちゃ、悪いよ」

 

「御気に為さらず。では「ちょーっと待ちな! お前よ、それだけで帰れると思ってんのか? 礼なら今直ぐ出せよ。たったの1シルバーでいいぜ!」……うん?」

 

 今迄気配の感じられなかったもう一人が、上の段のベッドから頭だけを此方に下ろし、逆さのまま勝ち誇るようにそう告げおった。

 1シルバーと言われて思い浮かぶのは、普段使い慣れた1ガメル硬貨。わざわざシルバーと言い直す事に意味があるのか分からんが、それならば何ら問題はない。

 礼を寄越せと言いつつ、最低額を告げるこの勝気そうな青年はかなりの好人物なんじゃろう。もう会うことは叶わないが、兄上であるトーラの事が一瞬脳裏に浮かぶ。

 嬉しさを感じ思わず目を細め、微笑みながら返事を返す。

 

「うむ、今は……残念だが手持ちが無い故、片手間の時間はかかるかも知れないが、銀貨一枚で良ければ、必ずお主らへ届けよう」

 

「へっへっへ~、言ってみるもんだな! これで楽して俺ら1シルバーゲットだぜ! どうよ俺様のコミュニケーション能力は! これは天が俺に与えた才能だ! アビリティだ!」

 

「うるさい馬鹿ランタ! なに病人からお金毟ろうとしてんよ! 1シルバー言うたら100カパーやんか。屋台のお肉で4カパー、ここの部屋代かてそんなんせえへんわ!トオルちゃんも気にせんでおいてな」

 

 快く返事をした所、今迄横で聞いていたユメという女性が、立ち上がって上の段から顔を出した青年の頭を下から押し戻し、彼女が怒りながら話した内容から先程の礼として持ちあがった1シルバーと言う金額は、ワシが想像していた額よりも少々価値が高そうじゃなと予想できた。

 この青年、実は中々に強かで益々兄上に似た性格だと分かり、つい笑いが漏れる。

 

「うっせえな! 細かい事一々言ってんじゃねーよ。コイツだって喜んで俺様にお礼したいって話だろーが! せっかく上手くいってんだから、ちっぱいども(・・)は黙ってろ」

 

「……ランタ、あんた最低」

 

 もはや生き写しと言っても良いくらいに兄上に似た彼は、ユメに対し顔を顰めて文句を言い放ち、更に彼女の身体的特徴を論って貶す。

 それに対するユメの返事は、底冷えするような声での簡潔なものじゃった。

 思い浮かんだそのままを口から垂れ流すような話ぶりを見て、清々しいくらいに女性関係で浮いた話が無かった、兄上の悲しい一面も思い出す。

 ユメの後ろには先程の怯えを見せた女性が、付き添う様に傍に寄り一緒になって、青年ランタを睨んでおった。

 この三人のやり取りに妙な懐かしさを感じ、とうとう我慢できずに大笑いしてしまう。

 

「ぶっ、ぐふ、ぶはははは!」

 

「ちょ、てめえはなに無関係みたいな顔して一人で笑ってやがんだ! あ”あ? だいたいお前のせいで俺様が睨まれてんじゃねーか。責任を取れ、責任を!」

 

「何トオルちゃんのせいにしてんの! あんたが悪いんのやないか! 人のせいにしたらあかん! シホルもランタになんか言うてやりぃな。それと、トオルちゃんも人が怒うとる時に笑うなんて酷いんと違う?」

 

「はっはっ、いや、申し訳ない。つい懐かしくてのぅ。思わず笑ってしもうた。ユメ殿、ランタ殿、シホル殿、ありがとう。改めて名を名乗ろう。ワシはトール、ラムリアース王国に生まれ導師級魔術師(ソーサラー)と高司祭位神官(プリ―スト)他諸々を修める者じゃ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 あの三人の名を知り、介抱されたのも何かの縁だと感じたワシは、己の生国と魔術師でありまた神官でも在る事を正直に告げたのじゃが、残念な事に上手く伝わらなかったようでランタ殿に至っては「へーへー、そりゃあスゲー。んじゃ、礼の1シルバーさくっと稼いでくんの待ってんぜー」と棒読みで返し、ユメ殿とシホル殿も微妙な顔をし「そ、そうなんやねぇ。そしたら今日はこの部屋でゆっくり養生して、明日から頑張りいな」と言った後、どうやら元々この部屋で待ち合わせをしていたらしく、二人の青年が訪ねて来て合流となった。

 

 そうしてちょっとした雑談を交え再度挨拶を終えると、後から来たマナト殿やハルヒロ殿が、皆の集めた情報を部屋の中で確認し合うという流れになる。

 ワシには前世の記憶は確かに在っても、ここではかなり曖昧な所があるので部屋の隅に座り、大人しくしていれば話を聞かせて貰える事になった。

 最初は仲間内の相談事だと思い出て行こうとした所を、皆のまとめ役をしているマナト殿が、気にせず逆に残って聞いて欲しいと言う事だったのでありがたく申し出を受ける。

 まあ本当の理由としては、マナト殿がとても申し訳なさそうな顔で「悪いけど、ランタ達に渡す3シルバー分の情報だと思って聞いて欲しい」と言ったからじゃ。

 

 

 結局分かった事と言えばこの場に居ない者も含め、皆が辺境軍義勇兵団レッドムーンとやらの見習い義勇兵として、軍属の人間(・・・・・)となっていると言う事であった。

 第三者として聞くなら状況から言って、詐欺に近い酷い選択肢を選ばされたと思う。まあ別の側面から見れば、街の行政が施す一種の救済措置なのかも知れぬがやり方が汚い。

 ワシならもっと相手に感謝されつつあくどい契約を……うん、止めよう。

 

 それに何とも信じ難い話であるが、ワシの眼から見ても部屋に居る皆は精々村の青年団員程度の集まりにしか感じず、とても軍人として働けるようには思えん。

 無理をせず止めた方が良いと言おうとしたところで、軍人として雇われた際に支払われた契約金から、お金を出して各職のギルドへ参加し鍛えて貰えると言う話が飛び出し、これでは順序が全くの逆ではないかと、皆が不憫に思えこの仕組みを考えた者を罵りたくなる。

 

 何と戦わされるのかは知らぬが、たった七日間の鍛錬で前線に出るなど一時期流行った、エレミア産の安い粗製乱造の直ぐ壊れる消耗品を売るような阿漕(あこぎ)な商売に思えて、そんな死者を量産でもするかのような扱いに眩暈を覚えた。

 まるで宝石の原石を無理に研磨し、その中から輝く良品だけが残るとでも表現すればよいのか、まずもってこんなやり方では尖った能力を持たない者は、どんどん使い潰されるであろう。

 

 確かに選別を目的とするなら問題無いのじゃが、軍とは一定の強さと一貫した指揮系統で運用する個ではない群れであり、命令に忠実に従う個が数揃ってこそ生きるものじゃ。

 決してこのような活力に溢れる若者を、使い捨ての魔晶石のような扱いをしてはならん。何より戦で擦り減らすなど、使い方としては勿体無さすぎるからのぅ。

 話に聞く義勇兵はどちらかと言えば、一騎当千の数名の班を個別に何個か用意するのと変わりなく、そんな頭の多い者同士では連携もなにも在ったモノでは無いじゃろう。

 

 

 ……思わず領主であった長兄マルコとの話を思い出したのじゃが、よく考えればワシには守る領民も家族も既に失っていることに気付き、その途端なぜかふっと肩に在った重みが消えたような感覚を覚え、寂しいような喜ばしいような新たな自由を得たのを実感する。

 

 そうして各自が己のなりたい職にあった訓練所へと赴く事になり、再開の時はこの日より後の七日後、再度揃って皆で顔を会わせようと言う話で終わり解散となった。

 別れ際に、マナト殿が振り返り「直ぐにお金を稼ぐのは無理そうだから、所長の所に顔を出し見習い義勇兵となってお金を受け取り、先ずは確りと訓練を受けた方が良い」に加えドアが閉まる前に「それで倒した敵から、身ぐるみ剥ぐのが最善らしいよ」と告げて再会を約束する。

 

 

 

 

 誰も居なくなった部屋で一息つくと一人残ったワシは、聖印を切り己が最も信ずる神へと改めて誓いを立てるべく祈りを捧げた。

 

「偉大なる神ファラリスよ、こうして我に新たな人生と自由を与えた事に深く感謝致します。これからもよりいっそう己の求める欲求に従い、知識の研鑽に励みたく思います」

 

 生前行っていたように、神に向かって祈りを捧げたのじゃが妙な感覚に首を傾げる。

 普段から感じていた神との繋がりが、少々どころでなく薄く思えるのじゃ。

 ファラリス神の加護は間違いなく在るので、何が足り無いのじゃろうと考え、暫くしてホーリーシンボルが無い事に気付いた。

 

「なるほどのぅ、これは早々に祭壇と一緒に拵えねばならぬな。しかし先立つ物が無い身では……うん? まだ何か妙な感触があるのぅ」

 

 そう考えた所で、改めて転生した己の持ち物を確かめる。

 色あせたチュニックに所々ほつれた半ズボン、これだけは新品らしい編み上げサンダル、そして死ぬ前に己の生命力と精神力を枯渇する寸前まで捧げた魔法道具であり、魔法の発動体でもある“魂吸いの指輪”……。

 本来は捧げた生命力と精神力に比例した抵抗力を得るが、その代わりに捧げた分虚弱になる呪いの魔法道具だったのじゃが、身をもって転生を成功させたことで隠された能力を解放した事が分かった。

 

 生前、冒険者だった兄上から呪われた道具を外して欲しいと頼まれ、神聖魔法の<リムーブ・カース>で解呪しようと考えた後、それよりも先ずは鑑定を行おうと調べた際に指輪の解除方法を見つけ、兄の代わりに“指輪の主”となる事で魔法を用いず、指輪の解放に成功する。

 その“新たな主”になるにはその前の主が死んでない限り、前に捧げられた量より多くの生命力と精神力を捧げる必要があったが、幸いにも兄は試しに装備しただけだったので、針を刺す程度を指輪へ捧げるだけで済んだ。

 

 だがこの魔法道具と出会ったことで、転生と言う死後に新たな人生を得る方法を知る機会を得たと考えれば、とても安い代償だったわけじゃな。

 

「……呪いの魔法道具と思われていたのじゃが、なんとも凄まじい指輪だったのじゃのぅ。転生を果たす事が出来なかった歴代の主の捧げた生命力と精神力が、今も記憶の断片と一緒に指輪の中に存在し、ワシの肉体と融合しておるんじゃからな」

 

 右手の人差し指をよく見ると、指の付け根部分が節くれ立つように輪の形で膨らみ、更に目を凝らせば指を一周する様に、上位古代語(ハイ・エンシェント)で『死を超越せし者』と刺青の如く刻まれているのが読める。直接触ってみると皮膚と変わり無い感触に、骨よりも硬さがあるのに肉体的な違和感は無く不思議な滑らかさがあった。

 

「ふむ、この指輪の製作者自らも捧げていたにも拘らず、転生を行う前にワシらの先祖に殺されておったとは、なんとも皮肉な話しじゃな。それにしてもワシの手随分やわっこくて小さいのぅ。まるで女子(おなご)の手のよう……じゃ……」

 

 その瞬間嫌な汗がぶわっと背中や首筋、額から噴き出し、己の体から受ける言い知れぬ不安に駆られ、手、腕、足、顔と順に触って行き、そして最後の砦であった股間と胸に触れ、唐突に覚えた違和感の正体を知る。

 

 

「ワシ、女子の体になっとるーーーーーーーーーー!!」

 

 

 そう叫んだ己の声は、確かに若い女性と聞き間違えておかしくない高さだった。

 

 

 

 

 どうやら転生時に、“魂吸いの指輪”に吸収され残されていたワシ以外の歴代の主達の生命力と精神力、それに記憶の断片が男性よりも女性の方が多かったようで、その比率に依って調和が乱れ本来なら男性で転生される筈が、女性の肉を持って生まれてしまったのだと推測するに至る。

 地道に研究して行けば、その比率を弄り肉体の変容も可能な筈じゃと思い付いた所で、外見などどうでもよくなり「まあ、あのまま死ぬよりかはマシじゃったろうな」と言う結論に達し、直ぐに精神的にも落ち着いたのであった。

 

 研究者として頭の切り替えが早いワシは、これからの計画を頭の中で練る。

 金銭を稼ぐとなれば手っ取り早いのはマナト殿が言ったように、軍属になり契約金を得てそこから3シルバーを礼として渡せば済むのじゃが、軍属など研究の邪魔でしかなく真っ平御免じゃし、何をするにしても生活の基盤ができない事には安心して知識の探求をするのも難しい。

 付与魔術師の記憶の断片から良い知恵はないかと検索し、作成できそうな物も在るので個人の研究室と実験道具もそろえる必要を強く意識する。そうして出来上がった物の中で、出来の良い物は手元に残して他は売り払ってもよいじゃろうと、今から取らぬ竜の牙の数を数えるかの如くニヤニヤしながら妄想に耽ってしまった。

 

 

 暫くして正気に戻った後、ユメ殿の話ではこの部屋の宿賃は一日20カパーの料金で、今日の分は支払い済みなので明日までは自由に使える。じゃから取りあえずは此処を拠点として冒険者の店にでも顔を出し、掲示板にでも依頼が張り出されていれば、簡単な仕事を受けて資金を貯める事が最初の目標じゃな。

 

 今はホーリーシンボルが無い上に、偉大なるファラリス神との信仰による繋がりも少々薄いようなので、古代語魔法の具合はどうかと初歩の呪文<ティンダー>を詠唱しようとして、指輪の発動体を基礎に術式を描く動作を行うつもりが、それより先に魔法が発動した。

 即座に疑問が浮かんだが、魔法発動時に感じた“指輪との繋がりを再認識し”それによって絡まった謎が紐解けるように、指輪内で構築された“魂達の繋がり”も理解する。

 

「ほっ? ……ほほー! なんともまあ。そう言った発動方法があるとはのぅ。ふむふむ、なるほど、“魂吸いの指輪”の中に存在する記憶の断片が、呪文詠唱の補助と支援を行うことで動作が簡略され、コモン・マジックの詠唱のように魔法発動の鍵となる、術式名だけで精神力を媒介に魔力で世界に対する現象の書き換えを行う、か」

 

 ようは呪文詠唱と発動儀式を代行してくれるので、己で同じ事を行えば魔法の二重詠唱と同時発動が可能になったのじゃ! 繋がりを強化すれば更に上を目指せるやも知れん。……まあ消費は減らぬようなので、調子に乗ってばかすか使っていたら、精神力切れになる恐れもあるかのぅ。

 じゃが、ワシの生前だけでなく、歴代の持ち主の精神力なども保持しておるから、早々に気絶などまず起こらんであろうな。

 

 もしかしなくとも、ワシって指輪の主として歴代最高じゃないかのぅ?

 それと魔法道具作成で魔術付与を行う際は、かなりの精神力が必要だと記憶の断片から分かったし、まさに研究するには持って来いの能力じゃな!

 

 

「ふふ、憧れていた兄上のようにワシも今日から冒険者じゃ! この能力を更に解明し有利に使ってどんどん稼ぐぞ!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「なん……じゃと」

 

 ――――まさか国家を跨ぐ程の巨大な組織であった“冒険者”ギルドと言うものが、この要塞都市オルタナでは影も形も存在して無いとは思わなんだ。つい変顔になってしもうたが問題無い。

 取りあえず街行く人々に片っ端から話し掛け、冒険者ギルドが何処にあるか尋ねたが、出て来るのは盗賊ギルド、魔術師ギルド、戦士ギルド、他諸々。

 冒険者になろうと気合を入れた途端、その出だしから躓くとは流石にワシも考えもしなかったのぅ。

 

 

「これも偉大なるファラリス神の与えたもうた、ワシへの試練なのじゃろうか?」

 

 

 どうやらここは、ワシが生前住んでいたアレクラスト大陸どころか、古代魔法王国から続く由緒あるラムリアース王国と言う名さえ届かぬ地にあるようで、マナト殿たちから聞いた情報にある“グリムガル”と呼ばれる場所に違いないらしい。

 言葉と文字に関しては、生前の記憶が戻る前に習得していたようじゃが、その辺の記憶がさっぱり抜けておるようで、名もトールではなく何となく口にしていたらしいトオルが、この地に生まれてから名付けられたものではないかと認識している。

 じゃが、どうも親どころか知人の事も思い出せないのは、戦乱の地であるこの街はその中でも最前線らしいので、頭でも打って記憶が飛んだのやも知れん。

 

 以前知識神の神殿で怪我や病気の治療を行っていた際、酷い怪我を頭に負った患者を神聖魔法で癒した事が在るが、怪我そのものは治っても結局記憶が戻らなかった者を実際に診た事があるので、自分も似た症状なのじゃろうと思う。

 まあ記憶が一つ二つ新たに戻ろうとも、ワシはワシである事に変わりはないのじゃし、どうでも良い話じゃな。

 

 そうやって色々と考えを整理し通行人から話しを聞きながら、食欲を湧きたてる屋台に誘われそこの店主に話し掛け、売れ行きや良く買いに来る客などの話を聞き、やはり一番の客となる者は、この地で前線に立つ義勇兵達だと教えて貰う。

 会話している最中も、鎧を着込み武装したままの者が何人か訪れ、その統一感のない装備の連中の集まりを見て、真っ先に浮かんだのはワシが知る記憶のままの“冒険者達”に似た姿じゃ。

 

 そう言った連中も女子の形で話し掛ければ、警戒される事も無くほいほい釣れて、屋台に立ち寄る前「イイ所に連れてってやるよ、俺に任せて付いてきな」とか言う愚か者が居たので、服を整えるから待てと言い、その辺に落ちていた石に<ストーン・サーバント>を唱え、石の簡易ゴーレムを作り、<クリエイト・イメージ>で手招きするワシの姿を、ゴーレムの待機する路地に作ってさっさと場を離れる。

 背後から「へへっ、随分積極的じゃねえか。今度は俺か、がっ?! やめ、苦し……」とか聞こえたんじゃが、“軽く抱きしめてやれ”としか命令しとらん(・・・・・・)ので、屈強そうな大男だったからその内抜け出すに違いない、たぶん大丈夫じゃろうと路地を後にしたのじゃった。

 

 少々歩き疲れた気がして暫く屋台の横で行き交う者を観察し、金銭のやり取りや世間話に紛れた最近の戦いの様子を盗み聞きするうちに、聞き慣れた名称が耳に飛び込み相手取っている敵の姿が、おぼろげながら脳裏で形となって来る。

 断片的な情報なのじゃが、泥ゴブリンやコボル()他にオークなど、オークと言えば魔術師(ソーサラー)であるなら、誰でも呪文習得の際に習う片手間で作り上げる事が出来る簡易型ゴーレムの名であろう。

 

 その姿は媒介となった樫木や木材を元に、木で出来た人型の人形と呼べる存在で、簡易的な物の為大した強さを持たず、ちょっとした作業の手伝いをさせる小間使いのような存在だったはずじゃが、それが前線で戦う相手となる……本命は相手側の魔術師(ソーサラー)である事は間違いない筈じゃな。

 魔術師同士の団体戦など、ワシが生前参戦した戦場でもまず無かった戦いじゃのぅ。

 

「ふむふむ、なるほどのぅ。となればワシ一人では、そのような軍に近い数多くのオークを出せる相手に挑むのは愚の骨頂、幾らワシでも数の暴力には今は勝てぬ。やはり最初に狙うのはゴブリンかコボル()よの。まさにワシのような駆けだし冒険者が倒すに相応しい敵じゃな」

 

 頭の中では対峙する凶悪で醜悪なゴブリンに向かい合い、相手の剣を躱し果敢に古代語魔法の<エネルギー・ボルト>を放つ己の姿を思い浮かべ、駆けだし冒険者に相応しい様式美の図にうっとりしながら一人で勝手に納得し、屋台の横で興奮気味にうむうむと腕を組んで頷いていると、額の汗を首に掛けた手拭いで拭きながら店主が話し掛けてきおった。

 

「なんだ嬢ちゃん、さっきから「狙う!」とか「先手はワシじゃ」とか「食らえ!」とか色々ブツブツ言ってるが、一人なのかい? ……悪い事は言わねぇから、ソロで狩に行くのは止めとくんだな。こりゃ受け売りなんだが最低でも神官、それに前衛を出来る戦士、それと狩人か盗賊、できれば魔法使いを入れて、後は組みやすい様に仲間を集めて六人で行動するのが良いらしいぜ」

 

「然り、店主の言う通りじゃな。だがいかんせんワシにはまだ正式な仲間がおらぬ。ワシが知る中で当てになりそうな者も、今は訓練に励むと分かれたばかりでな」

 

「うん? なんだ、つまり嬢ちゃんはぼっちか。仲間が訓練中って事は、噂の新人見習い義勇兵を待ってる最中ってわけか。なら酒場にでも行って空きのある連中に混ぜて貰うか、酒でも驕って少しの間臨時で組めばいいじゃねえか」

 

「いや、ワシ、ぼっちとはちがうのじゃがな……ただちょっと今だけ、一人なんじゃよ?」

 

 親切な屋台の店主は器用にワシと話しながら、ひょいひょいと肉にタレを塗り、実に芳しい匂いを立てながら丁寧に焼き上げつつ語ってくれる。この店主中々できる! 以前は義勇兵として前線にでも立っていたのじゃろうか?

 よく見れば太い腕に深く抉れた様な額と頬の傷跡が、そこはかとなく店主を歴戦の勇士のように思わせるのぅ。

 

「店主、それほど詳しいとは、もしや以前戦いに?」

 

「ふっ、まあ俺は今でもこうして屋台に立ち、戦いに行く奴らの腹を満たす為に日夜戦っているって寸法よ。あ、へいっらっしゃい! 三つ! いやいやそのガタイなら四つはイケルだろ? へへっ!毎度!……ま、ざっとこんなもんだ」

 

 ワシの予想どおりやはり店主は元義勇兵の勇士じゃったが、今はこうして屋台で活躍し戦争は引退したようじゃのぅ。

 店主は話し相手になってくれながら、見事に立ち寄った客を捌きその戦果を上げていく、中々の古強者と言える貫録であった。

 残念ながらワシは店主の戦果に応える為の金子が無かったが、腹の音が代わりにグーと応えたので肉とは別の戦果を得る為に、装備を整え街の端へと進んでいく義勇兵一行の後を追い、店主に手を振り別れを告げながら元義勇兵の話した“狩り”を学ぶ為、今の義勇兵の動きを見せて貰おうと考えたのである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――――ったく、聞き分けの無い嬢ちゃんだな。いいかもう一度だけ忠告するぞ? この先に進むには団章か許可証を持って無きゃ通せんのだ。だいたいその恰好で本気で外に出るつもりか? むざむざ殺されに行くような者を、我等は職務上見過ごす訳には行かないんだ。それが分かったら家に帰るんだな」

 

「いや、だからじゃな、ワシはこう見えてもそれなりの修練は積んでおるし、何も心配は要らんのじゃ。早くここを通してくれんと、あの者らを見失ってしまうんじゃよ。分かるであろう? 後生だから何も見なかったと、真面目なお主らの職務倫理をほんの少しだけ曲げて通してはくれぬか?」

 

 この図体の大きい兵士二人に、ワシは己の実力を示すべく全身に力を漲らせ、精一杯背伸びをして対峙しておるのじゃが、一向に恐れを成した様子は見せず残念な者を見るように、ワシの姿恰好を指で示し呆れたように首を振る。

 全く服装で弾かれるとはのぅ。チュニックやズボンは中古でもサンダルは新品なのじゃぞ!

 

「ええい! 分からん嬢ちゃんだな! いい加減にしないと怒るぞ! 我等も遊びでこのような場に立っているわけでは無い! 必ず出入りする者を一人ずつ確認し、間違いの無いように職務を全うしているのだ! 大方さっきのパーティに入れて貰えなかったから、その様な軽装で森に出て、無理してでも仲間へ入れて貰おうと言う魂胆であろう? 諦めて帰るか酒場にでも行って正式に仲間を集めなさい。これは忠告だが……嬢ちゃんの今迄がどうなのか知らないけど、いざと言う時外でぼっち(・・・)は辛いぞ?」

 

 瞬間的に湧いた怒りが頂点に達し、ワシの意思を離れ体が勝手に地団駄を踏む。

 

「ここでもか! ここでもなのか! どうして皆ワシの事をぼっちぼっちと決めつけたがるのじゃ! ワシだって仲間の一人や二人……一人っきりじゃった」

 

「……何かすまん。我等も少し言いすぎたようだが、やはりここは通す事はできない。諦めてくれ嬢ちゃん」

 

 

 後を付けていることを気取らせず、追跡する事は問題なくできたのじゃが、義勇兵達が外に出ようとした所で何やら門番らしき歩哨が、検問も兼ねているようで挨拶のような事をしていたのが遠目に見える。

 なるほど、あの動きが所謂合言葉代わりなのじゃろう、特に持ち物の検査もせずに外へと見送るのを見て確信したワシは、義勇兵一行が見えなくなる前に通過しようと、兵たちの顔の前で手を二度振り外へ出ようとした瞬間、チュニックの襟首の後ろを掴まれ捕獲された獣のように吊るされたのじゃ。

 

 ワシはその辺を歩く野良猫ではないのじゃぞ!

 しかもそこはかとなく、兵士二人の瞳はワシを憐れんでいるように見えるが、間違い無く気のせいじゃ。……別に一人だからって平気なんじゃからな!

 結局どこに問題があったのか分からぬまま、暫く兵士二人と問答となり今はこうして犬を追い払うかの如く「シッシッ」なんて言って酷い扱をされる始末。

 

 ぐぬぬ、これは許せぬよな? 古代語魔法の<ファイアーボール>を打ち込んでもファラリス神は、『汝の心に忠実であれ、しかし結果は自己責任である』と仰り、『汝がやりたいなら許す』と言いそうじゃが、ワシは自己責任と言う言葉が大っ嫌いなので止めておく。

 ……うん? ワシこんな性格じゃったろうか? どうも時間が経つにつれ、はっちゃけると言うか、若々しい精神に呑まれておる気がするのぅ。

 しかも自己責任と言う言葉が嫌いだったのは、ワシじゃなくてトーラ兄上だったような?

 

 

 門から離れ遠くまできたが、まだあの歩哨二人は困ったようにワシの方を見ている。

 試しに民家の脇に足早に隠れた後、こっそり顔を出して覗いて見ると、向こうも同じようにワシの様子を探るみたいにこっちを窺っておった。

 どれだけワシは信用がないんじゃ!? これでも高司祭として沢山の信者を獲得していたやり手な爺じゃったのに、おのれ! この女子の形がダメだと言うのじゃな!

 悔しいが今回は職務に忠実な働きに免じて、大人しく門を無理に通るのは止めてやる事にする。

 

 次くる時はこのチュニックとズボンは、新調してからにしようとワシは固く誓うのじゃった。

 

 

 

 

 最初からこうしておけば良かったのぅ。

 ワシは今要塞都市オルタナの街を眼下に見下ろし、そこそこの高度を保って空から先程の義勇兵達を探している。……あまり高く飛びすぎると風がスースーして寒いし怖いからのぅ。

 どうやって空などに滞空しておるのかと言えば、古代語魔法の<フライト>を使用し広い視界を得て、義勇兵かゴブリンでも見つからぬかと探索を行っているわけじゃ。

 

「むーん。確かに視界は広がったのじゃが、視力までは広がっておらんのじゃ。あの者達ワシを置いて何処へいったのかのぅ? 森や木が邪魔でよく分からぬな。いっそ空から<ファイアーボール>でも降らせてみるのも手か? ほほほ、きっと蛮族共は驚いて右往左往し慌てだすじゃ……いかんいかん。ほんの一瞬、最初の付与魔術師の表層が出とったようじゃ」

 

 古代語魔法の発動が頗る調子良いのじゃが、どうも呪文詠唱の際に過去の亡霊が表層に上がって来て、手助けをするように見せかけ(・・・・)、こっそりワシを乗っ取ろうと狙っているようで気が抜けぬ。尤も“魂吸いの指輪”のお蔭で、精神抵抗力並びに生命抵抗力は並ではないので、そんじょそこらの毒や異界の魔神の精神支配にだって対抗できよう。

 だからこそほんのちょっと意識すれば、直ぐに引っ込むから平気なのじゃ。

 

「うん? あの川縁におるのは噂の泥ゴブリンかの? 丁度良い具合にたった一匹で行動しておるが、ワシの記憶じゃとあ奴ら妖魔はもっと群れを成す種族だと覚えていたはずじゃが、……余程この地域の森には、あ奴らを襲うような凶暴な魔獣等がおらんようじゃな。つまり天敵と呼べるのはワシら人間だけと言うわけか」

 

 しかし背後を気にせず呑気に川に口を付けて水を飲んだり、欠けた器に水を汲む姿はあまりにも無警戒過ぎて、空から奇襲する気分が一気に萎えたわ。

 とは言え、他に潜んでいる者がおらぬかワシ自信は警戒を怠ってはおらぬぞ?

 ふむ、本気で一匹のようじゃ。十分水を飲んだらしく、今は手に持った粗末な剣を振り回しながら散歩なぞしよる。

 

 ピンと来た! そうじゃ、あ奴らはワシの知るゴブリン語を介して、意思の疎通や会話は可能なんじゃろうか? これは実に興味深い知識の探求だと言えよう。

 そうと決まれば早速木陰で一度姿をゴブリンに変え、後ろから声を掛ければきっと飛び上がるほど驚くじゃろうな。

 笑いを堪え古代語魔法<シェイプ・チェンジ>で、ワシの視界の前方で背中を見せるゴブリンに変化し、ゴブリン語で話しかけた。

 

『おい、そこの同胞。言葉が分かるならこっちを向け。話がしたい』

 

『うはっ!? お前いつからいた? 話なんだ?』

 

 ワシに後ろから話し掛けられたゴブリンは、案の定酷く驚きながら振り向きワシの話すゴブリン語に返事を返した。

 どうやら言語は似たようなもののようで、精々違いがあっても地域差で訛りのある共通語のような印象を受ける。

 ワシの最初の実験は成功じゃと非常に嬉しくなって、このゴブリンから色々と聞きだそうとした瞬間、目の前のゴブリンの右肩に矢が生えた。

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。

 あらすじやタグ、サブタイトル等で、隠しておきたい事がモロバレしちゃうのって悲しいなと思う今日この頃でした。


 魔法の名称が間違っていたので修正致しました。
 ×<フライ>
 ○<フライト>

 トール爺の転生前の所持技能
 ダーク(・・・)プリ―スト技能Lv9 ソーサラー技能Lv6 セージ技能Lv7 ファイター技能Lv3を修めた新王国歴435年生まれの、九十歳を越える怪老司祭。
 某ラヴェ○ナ著「アレクラストの博物学」の写本を手に入れた時は、嬉しさのあまり街中を駆けまわったハッスル爺さんでもある。
 グリムガルにて新たな生を与えられたが、実は色々混ざっている(・・・・・・)人。

 投稿後数日置いた後に『TS』タグと『のじゃ』タグを追加するか悩み中。















 読まなくても問題無い作中に出て来る旧ソードワールド内の「てきとー」な魔術師(ソーサラー)技能で使える古代語魔法を紹介。

 <ティンダー>:技能レベル1で習得する初期魔法で、手に納まる大きさの可燃物を接触で発火させる便利な魔法。所謂チャッ○マン。
 雑感:わざわざ精神力を消費してまで使う必要性を感じないが、とある冒険者の店では焼き鳥をこれで炙って食していたホラ吹き魔法使いが居る。
 ……しかし、焼き鳥って可燃物か?
 
 <スリープ・クラウド>:ティンダーと同じく技能レベル1の魔法。射程が30mもあり目標を基に半径5m内の空気を変質させ、生き物を瞬時に眠らせるガスを作り出す魔法。敵味方区別なく、範囲内の者は抵抗に成功しない限り眠りに落ちるが、抵抗に成功した者は全く影響を受けない。
 雑感:初期魔法だが使い方次第でとても役に立つ反面、敵味方入り乱れる乱戦時には使い難いのも確かである。名探偵コ○ンに出て来る腕時計型麻酔銃並に副作用のない安全な魔法(笑)。

 <ストーン・サーバント>技能レベル3で行使できる魔法。1時間の間、拳大の石ころから簡易的な人間大の従者を作り出し、戦闘や簡単な仕事に従事させる事が出来る魔法。術者以外の命令は受け付けず効果時間が切れると元の石ころに戻る。
 雑感:石ころ一つあれば、そこそこ便利な従者が出来ちゃうステキ魔法。実際に1.5m位の石の塊で出来た人型が、動いて襲ってくるって怖くね?(小並感)

 <クリエイト・イメージ>技能レベル3で行使できる魔法。1時間の間であれば、半径5m内に術者の想像力の及ぶ限りの視覚的幻影を作り出す魔法。静止だけでなく動作も交えた幻影も作れるがその場合5分ほど同じ動きを繰り返す。
 雑感:使い道は色々、キミの想像力(妄想力)を形に出来る夢のある魔法である。(意味深)
 ……行き止まりの壁に更に先に続く道を幻影で作ったり、深く掘った穴の上に地面を幻影で作ったりと中々重宝するね!

 <シェイプ・チェンジ>技能レベル4で行使できる魔法。術の使用者が自由に他の生き物の姿に変われる魔法。効果時間は任意で解除できて望まなければ変化したままでいられる。変化できる姿の限界は術者が詳しく知る生き物だけで、体重の10倍及び10分の1まで変化可能だが、身に付けた物までは変化しない。
 雑感:それなりに便利だが服装までは自由に変わら無いので、どこかの地球のどこかの国のどこかの町の子どもな某魔法のプリンセス的少女の活躍は出来そうにない。
 ただ「ア○ルトやらミ○キーなタッチで○○にな~ぁれっ!」と気分だけ味わう事は出来そうだが、……服破けるか。

 <フライト>技能レベル5で行使できる魔法。術者が空を自由に飛ぶことが出来るようになる魔法。空を飛ぶ速度は最大時速で約50キロ程度になり、仮に飛行中に魔法を解除された場合落下し“落下のルール”に従ったダメージを被ります。
 雑感:「お空を自由に飛びたいの~はいっ! <フライト>~!」と軽いノリで使ってみたいが、落ちた高さに比例してダメージを負うので使用に躊躇を覚える魔法でもある。1mの高さで落下した場合受けるダメージは3点。人間冒険者の平均最大HP14を考えると、ちょっとした高さでも下手をすれば死ねるダメージを貰うので注意が必要(一応落下ダメージは、己の持ついずれか最大の技能レベル分減らすことは可能)。
 魔法の解除……技能レベル1の古代語魔法<ディスペル・マジック>でも解除可能なのだが、時速50キロの速さで動き回る目標を、範囲半径5m射程10mの魔法で解除って中々無茶だと思うのは作者だけだろうか?

 <ファイアーボール>技能レベル4で行使できる魔法。 距離(・・)20m半径3m内の空間の一点を中心に爆発を起こし、発生した炎と衝撃でダメージを与える攻撃魔法。賢明な魔術師はこのような破壊を目的とした魔法は禁忌として教わっているらしい。
 雑感:視界が通れば遮蔽物を無視して標的を爆破出来るので他の魔法と組み合わせて使うと中々凶悪。例を挙げれば<シースルー>で建物内を透視して中に居る人達を爆殺とか色々。
 人は使うなと言われると余計に使いたくなるもんです。


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 人の知恵とゴブリンの特性が合わさり、種族の壁を越えた          愛と友情のバロム・クロス! ……が、なんでこうなったんじゃろう(謎)。

 食事を抜いて、お菓子を食べながら書いていたら胸やけが酷く
今も胃もたれに呻きながら公正していました。

 今回やたらサブタイが長いですが、他意はありません。
 一話より短いですが、そんなわけで投稿させて頂きます。

※今回のお話しは、微グロ注意です。
 他にも不快要素があるので、読む際はご注意くださいませ。



『ギィヤァアアアアアア! 腕ニ、腕ニ、俺ノ腕ニ矢ガァアア! イテェエエエエエッ!』

 

『ムッ、不意打チジャト! オノレ、ワシノ崇高ナ目的ノ邪魔ヲシオッタノハ、ドコノダレジャ! 許サヌゾ』

 

 会話最中に右肩に矢の刺さったゴブリンは、突然撃たれた事に動揺し驚きとその痛みに叫び声を上げ、持って居た剣を取り落とし地面へ倒れよった。

 瞬時に湧いたイラつきで、ついうっかり口調が素に戻うてしもうたが、素早く矢の飛んで来た方へ体ごと頭を向けると、見覚えのある義勇兵の斥候らしき弓兵が恨みの籠った濁った瞳で此方へ弓を構え、矢を番えなおしているのが目に映る。

 

 瞬間ワシの脳裏に浮かんだ事は1.追撃が来る、2.勿論対象はどう料理するも自由な倒れたゴブリンではなく無傷のワシ、3.直ぐには逃げられない。の三点じゃ。

 何故逃げられぬかと言えば、ワシは今でこそ“魂吸いの指輪”のお蔭で生命力と精神力は満ち溢れて垂れ流せる程あるのじゃが、他の身体的能力はどうかと聞かれれば生前のワシとさして変わらぬようで、足の速さと身のこなしは良く訓練された兵士長程度。

 遠距離射程武器を持った相手を巻くには、流石に少しは準備が要るのじゃよ。

 

 

「チッ、頭を狙ったのに余計な邪魔が入りやがった。ゴブリンお前は楽には殺さねぇ、生きたまま生皮を剥いでやる」

 

 弓に番えた矢は案の定、ワシに狙いを定めていた。

 

 

「はっはっは! 間が悪かったな。まあいい、サイリン鉱山に行く途中だったが、見つけちまったもんは仕様がねえよな。おいお前ら、少しばかり小遣い稼ぎといくか」

 

 陽気に笑うその男は、頑丈そうな鉄の鎧を着込み己の身の丈程の両手剣を肩に担ぐと実に楽しそうにワシを見つめ、そうに告げる。

 

 

「へっ、“運”が無いのはあいつらの方さ。生かしておいても糞の役にも立たねぇゴブなんざ、俺がいの一番にさくっと狩ってやるよ」

 

 革鎧と所々金属で補強した籠手を装備し、感情を感じさせない声音で両手に短刀を抜き構えると、俊敏そうな肢体のしなやかな筋肉に命が吹き込まれ、肩幅程度に足を開くと小刻みに体を揺らしながらその速さを上げて行く。

 

 

「おいおい、何を本気になっているのさ。それより止めは是非僕に任せて欲しいな。その二匹はスカルヘル様へ捧げる悪徳(ヴァイス)にしてあげる崇高な使命が、高貴な生まれの僕に在るからね」

 

 爽やかさを感じさせる顔なのにその瞳は虚ろ、中々派手なマントを纏いゆっくりとした動作で腰に納まった細い剣を抜き、顔の前で立て礼のつもりかフェイントを交えた型を見せる。

 

 

「……命を弄ぶなんて」

 

 姿恰好から見るに軽装の神官、白と青を織り交ぜた清潔感のある服に似つかわしくない何とも気怠い雰囲気を漂わせていた。

 

 

「まったく新入りは、毎回ノリが悪くて仕方ないねぇ……まあいいわ。どうせアンタがそんな口を叩けるのも、精々今の内」

 

 最後は帽子とマントに赤と黒の色遣いをした体の線を出すような、ピチピチの上下服を着こみ太腿と二の腕が丸見えで、持っている武器は杖と言うよりも槍と呼んでも良さげな、先端の尖った棍を両手で持ち弄ぶ。

 

 

 何とも間の悪い事に、ワシが探していた義勇兵一行が弓兵を皮切りに、ぞろぞろと道の端から木の枝と草を分けて出てきおった。しかも街で擦違った愛想良さそうな顔と違って、かなり人相や口を開き話す内容が、一名を抜いてどこぞの物語の登場人物のように悪役臭く思わず鼻を摘まんでしもうたわ。

 どうしてこう探し物と言うのは必要な時は全然見つからず、どうでも良い頃になって自己主張をするかの如く現れるのかのぅ。

 湧いた怒りが早くもぐだぐだになってきそうじゃ、これはもう一層開き直って楽しむしかないであろうな。

 

 序にあの者らで、記憶の断片から今は遺失呪文扱いの魔法を試し撃ちでもして見ようかのぅ。

 何て考えながら、相手の武装と人数を確認する。

 

 向こうが完全武装六人組みに対しこちらはたったの二匹。

 しかも唯一の刃物は手を離れ防具と言うのも烏滸がましいただの服、幾らワシでも三倍に値する人数差には、少々理不尽さを感じてならぬ。……なんてのぅ。

 だが逆にこう言う時こそ、相手には無い“種族的特性(・・・・・)”を大いに活用するのは当然弱者(・・)の権利じゃよな?

 では宣戦布告と参るとしよう、ワシら(・・・)妖魔の得意とする場での戦い方を見せつける為に!

 

 

「貴様ラ人間ガ安穏トスル真昼ニ、一寸先モ見通セヌ闇ヘト突然(いざな)ワレル恐怖ヲ、篤ト味ワウガヨイ!<ダークネス>」

 

 ただの古代語魔法<ダークネス>では、少し動けば範囲から逃れられる可能性が有るので、効果範囲を拡大して義勇兵達を中心に半径四十メートル内を闇に閉ざす。

 この闇は魔法で生み出したものなので、松明程度の光源では見通す事もできぬ。

 さあ、先程まで己の勝利を信じて疑わなかった義勇兵達よ、一応命までは取らぬつもりだがその噂の強さをワシの前で示してみよ!

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 さっきの返事を聞けば分かる通り、メリイの奴ははっきり言っていけ好かない女で、鉱山で運悪く落死した古参の仲間、神官だったカグナの臨時穴埋め要員だ。

 確実に仲間に入る腕利きだからと、安くない仲介料を支払って紹介されただけあって、回復の腕はベテランだけどアタシらの命令は平気で無視するわ、兎に角その態度が最初に続き三回目の仕事中も生意気で、いい加減アタシも我慢の限界に来ていた。

 

 それに怪我を即座に治さない事で、パーティ内の男達からの評価が最低最悪で、今回の仕事であの女を態と疲労させ弱った所を襲って宿に連れ込み、今迄躾のなってなかった体を甚振り、誰にでも喜んで股を開くメスに調教すると聞いて、今回の鉱山調査の依頼を楽しみにしていたわ。

 

 あの何時も澄ましたキレイな顔が涙を流し、苦痛と恥辱で歪む様を想像するだけで、アタシの内に昏い喜びが生まれると同時に、下腹部が焼けるような熱を伴い痺れに似た軽い疼きを感じた。

 これからボロクズのように解体し殺される運命を待つゴブリンと、一糸纏わぬ姿で沢山の男達に慰み者にされ、穢されていく想像の中のメリイの姿とそれが重なり、渇きを覚え思わず舌舐めずりをした唇の端が、弓を引き絞られた弦のように攣り上がり笑みを形作る。

 

 いやらしい笑みを浮かべ男達が殺意を漲らせ前に出た瞬間、このアマナ様の理解の範疇を超える詠唱速度で、何かを行ったと思える“ただの(・・・)ゴブリン”に、形を伴わぬ名状し難い感覚を覚えた。

 

「あのみすぼらしい姿のゴブリンが、まさか人語を操り尚且つ詠唱までも織り交ぜ、今の魔力光を発したと言うの!?」

 

 

 斥候と偵察役を兼ねた狩人であるホウヤの放った弓の一撃は、運悪く致命傷となる頭こそ外したが狙い違わず最初に見つけた一匹へと命中し、既にその戦闘力は奪ったに等しかったのは確実だ。

 後は戦士のダイクの言う様に、高が二匹の泥ゴブリンを狩るなどアタシらパーティの力量相手では、最近の主な狩場であるサイリン鉱山で対峙するコボルトに比べると、必要な手間もほんの小銭稼ぎ程度の感覚でしかない。

 それに普段から殊更“運”に拘りを持つトウイチの言う様に、片手間で片付く程度の脅威でしかない相手、つまりアタシらに出会った事は間違いなく、ゴブリン二匹にしてみればこれほど真昼に見る最高の悪夢はないだろう。

 

 もしアタシらから逃げ出せず本当に寝ってしまったのなら、それは当然永遠に醒めない夢を見続ける事に成るだろうけどね。

 

 今から面白可笑しくあいつらで遊ぶ、まるで子供が生きたまま虫の手足をもぎ取る様に、こいつ等は何も理解出来ずに哀れなアタシらの玩具になり下がるわけだ。

 実にいい気分、この真昼の何処までも晴れ渡った空のよう。今この一瞬ならあの女の事も……いや、それは無い。

 まさに今から二匹は碌な抵抗も出来ず殺され、アジンが忠誠を捧げる暗黒神スカルヘルに抱かれ、バラされた部品は供物に成る筈だった。

 

 そう、間違いなくだった(・・・)筈であり、『生きとし生ける者は、何れ皆須らく平等に死に至る』そんな当たり前の答えを、今更語るのは馬鹿々々しいと誰もが知る事実。

 だが、そんな運命をも容易く覆すように目の前が一瞬で闇に閉ざされ、皆の怯えと焦りの気配が徐々に伝わりだし、病的興奮状態に近い乾いた笑いと誰かのゴクリと唾を嚥下する音が妙にハッキリと聞こえ、胸が締め付けられるような怖気が全身を駆け巡る。

 

 今のこの状況は非常に不味い、兎に角最速であのゴブリンを殺しこの闇を払わないと私達パーティはメリイを抜かし最悪、皆、狂う。

 

 

 同時に耳障りな甲高い声が辺りに響くと、重い何か(・・)が地面落ちる衝撃が何度か伝わり、それに加え地面を削りながら這いずる複数の音が、この闇の中まるでアタシ達が“何処に居るのか見えているかのように”、ゆっくりとしかし確実に全員のもとへと近付いているのだ。

 そう、先程まで感じていた“ゴブリン二匹以外の何かが”現実にソコ(・・)には居た。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 既に自分らの勝ちを疑わぬ驕った相手へ逆転劇を演出し、完膚無きに叩き伏せるには少しばかり地味な手法だったが、ここではワシは芸を見物できる“たった一人の観客”を楽しませる事こそが使命よな。

 そう思考しながら作られた闇の中(舞台)で、今も動けず錯乱気味の人間共もこの喜劇の舞台役者に加えようと、更なる演目の準備にかかる。

 題名は差し詰め「人と人形が織りなす闇の円舞」じゃな、残念ながら芸術や美的感覚は兄上よりも無い故安っぽい名だが、義勇兵共には満足行くまで思う存分舞って貰おうとしようぞ!

 

 闇を見通せるワシには、慌てふためき声を荒げ地面を転がる義勇兵達の姿と、先程まで肩を射ぬかれた痛みで地面に転がっていた同胞が、徐にヨロヨロと膝立ち口を開けたままワシに向き直り固まっている所を観て、牙を剥き出し満足げな笑みを浮かべる。

 途中錯乱し頭を押さえて走り出そうとした者だけ、闇の中(舞台)から出ぬよう<スティッキングストリング>と言う、付与魔術師の記憶の断片から編み出した、粘着性の高い糸を対象者へと絡み付かせ捕縛する古代語魔法を放ち、うっかり転んで無駄な怪我などせぬよう、演目の準備の整う三分間だけ身動きを取れぬように配慮した。

 

 うむ、これでこそ人間種の生存戦略の宿敵たる邪悪な妖魔、ゴブリン族の迫真の演技よな! 今ワシってまさにゴブリンの鏡であろうぞ!

 ……ワシ、一人で何やっとるんじゃろなぁ。いかんいかん! 空腹が響いたか素に戻ってしまいそうになりおった。ダメじゃのぅ役になり切るのじゃ!

 

 脳裏では馬鹿をやっても、作業は進み最後の準備を整える為ワシは未だ固まるゴブリンに近寄り、あっと言う間に肩から矢を引き抜き神聖魔法<キュア・ウーンズ>を発動させ矢傷を癒し、足で辺りに落ちているそれなりの大きさの石を掻き集めた後、古代語魔法<ストーン・サーバント>で対象の拡大を行いながら、魔法を発動させる。

 そして今度は人語では無い、演出が分かり易い様にゴブリン語で語り出す。

 

『出ヨ、我ガ石の下僕達。我ガ命ズルママニ動クガヨイ! ソコナ人間共一人ニツキ一体ガ対峙シ確実ニ蹂躙セヨ! ……「最初は脅す程度で押さえよ、途中合図を送るその際に限り一発は当てろ」』

 

 後半は上位古代語(ハイ・エンシェント)での命令だったが、問題なくコマンドは実行されたようでワシの命に従い石ころから、人間大の簡易ゴーレムが出来上がり紡ぎ上げた魔力に従って、石の従者が闇に呑まれた各義勇兵のもとへと歩みを進め、その気配を察したのかどうかは分から無いが、真っ先に舞台(闇の中)から逃げ出そうとして、魔力の糸に絡み捕らわれた者の前で一度止まる。

 

 そうして捕らわれた者の一人は、石の従者が眼前にいることに気付くと連続して起きた出来事と、襲ってくる極度の緊張の波に堪えられなかったらしく、口の端から泡を噴き出し精神の均衡を崩したのか、耳障りな奇声を上げ自分の体に爪を立てると、血が滲み出すのも構わず肉を抉り取り、ゲラゲラと笑いながらその肉を次々に己の口に入れ咀嚼し始めおった。

 

 他にも向かってくる“石の従者”の気配や、辺りに響く仲間の奇声や悲鳴に負け、絶望を言の葉に乗せ叫ぶ者の声を耳にし、鞘に納まっていた剣を抜き「今スカルヘル様の御許へぇええええええええ!」と喉を潰さんとするかの如き怒声を上げた瞬間、己の腹を割った者まで出る始末じゃ。

 

 ……何この狂気に彩られた惨状、もしかしなくともワシのせいじゃったりするのかのぅ?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

(ハァハァ、糞っ! これじゃあまるでいつかのような嬲り殺しだ!)

 

 先程から何とか躱している相手の攻撃には些かの遅滞もなく、彼の鋭敏な感覚はできれば間違って(・・・・)いて欲しい“その事実”を如実に間違ってない(・・・・・)と感知してしまった。

 己の回避に掛ける勘働きは、それでもパーティ随一だと言う事も間違いない。

 どうやら漂う血の臭いから、既に仲間の何人かは……悔しいが殺されたのだろう。

 俺の予想が正しければ、ホウヤは既に戦闘不能だ無理も無いこの闇は、否応にもアレを思い出させ、それはあいつには厳し過ぎる。

 だが、俺はまだそれでも生き残っているのだから、相手を倒せないまでも“機”を計り、スキルを行使する体力の在る内に、あの恐ろしいゴブリンの情報を持ち帰り例え俺一人になろうともオルタナへ伝えなくてはならない!

 

 臆病な俺は“運”以上に拘るものがあまり無かったが、死の間際に立ちそれを越えて皆の帰る街を守りたいと言う強い気持ちが己の内側に在ったのだと気付き、一人では仲間の仇を取れない憤りと、こんな絶望の中でもまだ俺にも希望は見つけられるのだと、より一層生きぬいて再び帰る意思と活力が湧く。

 

(行ける! 前にいるモノが何かは分からないが、攻撃は重く風圧から測れる威力も強い。しかし、その分単調な為か俺は既にその規則性も掴んだ。後は次の一手に合わせて、スキルをぶつけ、相手が体勢を崩した隙に一気に駆け抜ける!! 攻撃力を手数で補っていた俺にはこれしか道は無い!)

 

 再度トウイチに迫る風圧を伴う攻撃に、最初に胸中で抱いた脅威は覚えずただ通り過ぎるのを待つ嵐に似た感慨が浮かび、疲労で憔悴していた表情は既に無くトウイチは己で気付かぬまま、今の心情に沿った不敵な笑みへと変化していた。

 

(いよいよ運命を賭けた一撃が来る! 大丈夫絶対に外さない! 俺にはできる! この【光の帯】みたいなのが、以前聞いた覚えのある特技(アーツ)なのだろう。仲間と共に暮らした帰るべき場所が俺には在るんだ!――やはり計ったように正確な韻だ。三……二……今だっ!)

 

「お前の動きは見切った! ここだっ!」

 

 トウイチの相手の動きの読みと、スキル<膝砕(シャター)>を放った“機”は完璧(・・)で見事としか言いようの無いもの、真にこの時狙いを定めた彼の感覚を鋭くさせた特技(アーツ)は、実際“奇跡”と呼んで差支えない程に神懸かっていただろう事は間違いない。

 そこに狂いは一切なく、まるで稀代の名工の手によって作られた、時の流れに朽ち果てるまで、正確に動き続ける時計の歯車のように精密な動きである。

 相手の動きに合わせ、己を完璧に律する鋼の如き挙動は確かに相手の体制を崩した。

 

 ……が、しかしここで彼が知る由もない、生物に非ざるモノ(・・・・・・・・)に対する肉によって動く生身を持つ者に生じる()、“例えるならとても硬い構造材を力任せに殴った後”のような痛みと痺れ(・・)が体に残ってしまった事、更に運の悪い事に(・・・・・・)ただ一点に集中を向けていた為に、突然今までにない鼓膜を揺さぶる程の二つの“声”に無意識に反応してしまい、地面を踏みしめ加速する為の足への命令が、ほんの僅か二秒遅れ(・・・・・・・・・)てしまう。

 

 そのたった二秒が、“彼の運命を決定づける結果”になるとは何と言う皮肉(・・)であろう事か。

 彼が今迄拘りを持って居た“運”と言うものは、確かに無視できない要素であったと彼の人生を第三者視点で見る事が出来る者が現れれば、きっと頷かざるを得ない筈だ。

 なんせ予定(・・)より二秒も遅れた彼は、彼によって狂わされた攻撃時の加速&体制を崩した際の運動エネルギーを加味された、高さ二メートル近い石で出来た人型の物体の重さに押し潰されたのだから。

 

 

 ついに石の従者が、目標の一人へ最初で最後の一発をもう直ぐ当てようとしていた頃、この男は闇を前に“何が起きたのか?”と言う、至極当然な疑問が湧いたが、己はパーティの前面で敵を倒す事だけを考えればよく、余計な事を考えるのはリーダーであるアマナの役目だと割り切って、一瞬浮かびかけたホウヤの事も己にとって今は面倒な事だとあっさり切り捨て放棄した。

 この時ダイキは目を瞑り只管気配を読む事だけに集中し、飛んで来る攻撃を躱す。

 奇しくも明確な敵を倒すと意識した瞬間と、もう一人の前衛であるアジンの叫びに重なり、同時にそれは石で出来た拳が主の命に従い「途中一発は当てて良い」との命令に、何の葛藤も躊躇もなく降り下される瞬間でもあったのだ。

 

 頼もしく聞こえた仲間の声に悲痛な成分が混じった気もしたが、何かの間違いだろうと己も爆発するような勢いで怒声「うぉおおおおおおおお(ウォークライ)!」を上げ、見えない筈の敵の攻撃へ、起死回生のカウンターを狙って放った義勇兵一行(パーティ)中一番頑健な男(タフガイ)なダイキの秘中の秘であり、更なる思考の先で彼は<雄叫び(ウォークライ)>の効果で怯んだ相手を、激しく流れる水の如く手にした両手剣で更なる追撃<憤怒の一撃(レイジブロー)>で止めを刺していた。

 

 

 筈だったのだ(・・・・・・)。だがダイキは知らなかった、その秘中の秘を放った瞬間も相手は怯む事が無く、その凄まじいまでの勝利への執念が、もう一人のやたら運に拘る仲間を一瞬だけ驚かせ(・・・・・・・)、その致命的なまでの一瞬の隙が彼の明暗を分け、幸運の女神の前髪を掴み損ねる結果に繋がった事は、最後まで知らずに彼が闇へと沈んだのは、果たして“幸運”だったのであろうか?

 

 

 メリイは自分ではどうしようも出来ない事態の中、只管どうやってこの闇から抜け出し生き残るかだけを考えていた。

 こんな場所で私は無駄に命を散らす気は更々無いし、この戦闘が起きた理由だって単に馬鹿な連中のせいで巻き込まれただけ。

 仮にあの人語を解すゴブリンに事情を話し、「私は彼らとは無関係」だと分かり何もせずこの場から立ち去っても良いと言うなら、私は喜んで手を振ってオルタナへ戻る。

 今回までの契約だったけど、こんな無謀な戦いで死んで良い程のお金を受け取った覚えは無いし、更に言うとチームアマナのメンバーには義理や友情と呼べそうな友好的な関係は全く築いて無い。

 ……代わりに溜まりに貯まった苛立ちと、魔術師の使う火の魔法でも起こせそうな怒りと両方の貯蓄の合計で、大きなお城でも買えそう。

 勿論そんな支払い方法で買える城なんて、仮に在ったとして碌なモノじゃない。

 

 後はただ一緒に顔を突き合わせている間、彼らのいやらしい視線と言動による性的嫌がらせと、リーダーのアマナから来る契約外と分かっている従う必要のない命令の数々。

 いっそ契約違反だと言ってさっさと抜けようとも考えたけど、お金が欲しいとパーティ契約の斡旋を酒場のおじさんに頼んだ手前、彼の顔を潰す様な事だけは私からは極力したく無かった。……お蔭様で忍耐力は彼らといた分だけ、日々向上して行く事になる。

 

 だからこの契約の最終日を明日に控え、最後のお勤めと自分に何度も言い聞かせてサイリン鉱山の調査の依頼を受けたチームアマナへと着いて来たのが、このとても長く感じる一連の面倒な騒動の始まりだった。

 

(今日の晩御飯、何にしようかしら? ムツミの好きだったなぜかほんのり甘い優しい風味のオムライスと彼女が名付けた卵料理、あの秘伝のレシピの隠し味は日記を読めば分かるし、オルタナへ帰ったら早速卵と材料を買に行きましょう)

 

 既にメリイは今の所全く自分に危害が無い事から、どうせ闇の中だと開き直り目を瞑って軽い現実逃避をし始めていたのである。

 彼女は経験に裏打ちされた実力に、冷静な判断力と大胆な行動力も併せ持つ、実年齢よりも確りとした大人の考えで行動できる稀な女性だった。

 尤もそれが本人にとって、幸せか不幸せかは誰にも分からない。

 それにそんな曖昧な基準では、彼女を秤ようが無いのかも知れない。

 

 

 斥候だったホウヤの声が耳に聞こえたが、明らかに“箍”が外れていたのに今はゲラゲラと調子外れな笑いを時折響かせ、聞く者に不快感を覚えさせている。

 いえ、何時の頃からかアイツらは、不快感を他人に与える天才に昇華したんだったわね。最近の主な被害者は酒場の女中や色街で働く女達だけじゃなく、私がだけど。

 そしてあの気障ったらしい割に、人の体を舐め回す様に眺め喜色悪い笑みを浮かべる変た……暗黒騎士アジンの叫び声と、弱者を痛めつけるのと鍛える事を勘違いし、何度もオルタナの住人と問題を起こしている戦士ダイキの怒声が重なる。

 皆それぞれ心に傷を負い、今もそこが治り切らず膿んで腐敗を広げていたのだ。

 

 

「ジール・メア・グラブ・フェル・カノン!」

 

 くっ、何なのよアレは!? あんなのが二体目も来るなんて冗談じゃないわ! 足止めが一応効くから<凍てつく血(フリージングブラッド)>で何とかなっていたけど、これだけでアレを倒すのは無理。

 

「マリク・エル・パルク!」

 

 続けて撃った<魔法の光弾(マジックミサイル)>で凍って動けない所を当ててはいるけど、漸く一体を倒したと思ったら後ろに次のが来ていたなんて、何て悪夢よ。

 これが本当にただの夢なら、起きた後であの生意気女メリィに嫌がらせの一つや二つに三つでもして、ほんの刹那の憂さ晴らしをしたんでしょうね。

 疲労に活を入れながら覚えのある呻き声が一度だけ響き、その後忽然と二人の声は途絶えてしまう。

 

「今の呻き声は!? あの糞ゴブリンがぁあ!! アジンにダイキまでやられたなんて……」

 

 あの得体の知れない人型の地面を削るように近付いて来る足音に気付いた頃、既に完全に異常なホウヤの声音や、笑い声で私は確信する。ホウヤはまた戻った(・・・・・)に違いない。

 ……あれは数年前、まだホウヤの妹ミヤユが生きていた頃、何も知らない見習い義勇兵として旧市街ダムローを狩の練習場にし、ゴブリン共を殺してはその日の稼ぎの足しにしていた毎日。

 慣れればそれなりに自信も付き、習得したスキルも増え自分の成長を感じ取れた頃だ。

 

 その日も何時ものようにゴブリンを探して、狩の最中の事だった。

 突然どこからそれほど集まったのかと、叫びたくなるほどの数に周りを包囲され、気付けば近くに居たパーティも退路を断たれ、互いを補う様に守り一つの建物の中に合流したのは必然である。

 

 ……ただしそれがゴブリンの仕掛けた、大掛かりな罠の狙いだと気付くまでは。

 

 奴らは決してただの馬鹿では無い。

 泥ゴブリンのような“はぐれ”は除外するが、奴らは徒党を組み場合によっては、此方の軍やクランに匹敵する数を揃えて行動する事だって在るのだから。

 そうして罠に掛けられたと気が付かない私達は、一応の安全を確保できたことで長い緊張を保つ事ができなくなり、次第に包囲していたゴブリンの姿も減り弛んだ空気になるのは最早必然。

 敵地だと言うのに経験の浅かった若い皆は、夜になると連戦のせいで疲れている事も在って、最低限の見張りを決めた後心地よい疲労に任せ深い眠りについた。

 

 突然の絶叫と、鉄と鉄がぶつかり合う剣戟に叩き起こされ、まだ鈍い意識のまま辺りを見回し明かりが無いまま、本気の斬り合いをしている事に気付き、音を立てて血の毛が引くのを感じる。

 誰かが言った、「ゴブリンは建物内部から湧いて出た」その為発見が遅れ、既に何人かが攫われ、外の様子を窺っていた見張りが偶然気付き、武器で攻撃そのまま乱戦になったのは誰もが予想できた。

 ゴブリン共は狡猾に闇に潜み、抜け道で建物の外と中を繋ぎ私達が罠の腹に納まり寝静まるのを今か今かと待っていたわけだ。

 

 そうしてオルタナに戻ってきた事に気が付けば、生き残った仲間はたったの三人。

 私とトウイチ、それにこの頃から強かったダイキだけ。

 二つのパーティ合計十二名の内、四分の一しか生還できなかった。

 

 その二日後、偶々旧市街で生き残りを見つけてきたパーティが、怪我だらけのホウヤと目が虚ろなアジンを連れて戻り、辺境軍にその詳細の聞き取り調査をされたのだが、ホウヤはこの時すでに壊れていて、碌に喋る事も出来ず何とか話せたアジンが言うには、彼がこうなった理由は目の前で妹を生きたまま解体され、更にその肉を生で食わされたからだそうだ。

 その後ホウヤは光明神ルミナスの神殿で半年過ごし、何とか少しずつ自分を取り戻したが、ゴブリンへの憎しみは強かったが闇への恐怖だけは克服できず、常に部屋は明かりを灯して寝ていた。

 

 ああ、もう冗談抜きに魔法が撃てない……詰んだわ。

 もしかして、あの人語を喋るゴブリンって今迄散々殺してきたゴブリンらが、恨んで化けて出て来でもした? それこそ今更イイ迷惑よ。

 ゴブリン共だって散々オルタナの住人や、見習い義勇兵を沢山殺してんじゃない。

 だいたい逆恨みするぐらいなら、戦争なんて直ぐ止めて人間の住む領域への侵攻なんて諦めて欲しいわ。

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。

 前回の後書きに書いた『TS』タグと『のじゃ』タグを追加するかですが、友人にも訪ねたところこんな返事が返って来た「要素が薄いし感想も一件、気にしなくていいんじゃね?」作者は彼の言を信じ、このまま暫く行くつもりです。

 修正致しました。○メリイ
         ×メリィ


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 ヘッドバットで赤く染める女の友情!(捏造

 評価とお気に入りを頂いて嬉しく思います、では三話目も投稿させて頂きますぞー!

 サブタイ変えました。(気分


 目の前で繰り広げられる狂乱と惨劇、義勇兵達の突然の豹変と崩壊、一人は精神に異常をきたしているのか今もゲラゲラと笑い転げ、一人は絶叫と共に割腹して死にかけ、一人は石の従者(ストーン・サーバント)に押し潰されて血の海に沈み、一人は石の従者(ストーン・サーバント)の打撃をもろに受け伸びている。

 まだ立っているのは、よく分からない魔法らしき技能を使い石の従者(ストーン・サーバント)を一体破壊してもう一体に殴られ気を失う様にして倒れた女魔法使いと、最初から戦いに加わる気のなかったように見える女子(おなご)だけじゃった。

 

 もう一度言おう、どうしてこうなったんじゃろ?

 

 ワシが使った古代語魔法は、せいぜい正魔術師から二段位上程度の難易度の低い物ばかりで、ゴブリンの特性も活かせる事じゃし最初は初歩の古代語魔法<ダークネス>を弓の牽制に使ったのじゃが、随分と驚いておった様に見えるのはゴブリンが古代語魔法を使ったからじゃとワシは思っておった。

 じゃから直ぐに義勇兵の中に居た魔法使いが古代語魔法<ライト>による、対抗効果のある魔法で<ダークネス>で作った闇を消してくるじゃろうと、一時的な優位のみを考えておったのじゃが、何故か一向に闇を打ち消そうとはせずに、視界の利かないまま奴らは必死の形相で戦いを始める始末。

 きっと何か打開策があるのじゃろうと、構わず石の従者(ストーン・サーバント)を嗾けてみれば忽ち義勇兵の男四人が倒れ、女魔法使いも変わった魔法の行使と打撲による気絶で終わる惨憺たる結果となりおった。

 

 これはもしかしなくとも、マナト殿やハルヒロ殿達のように見習い義勇兵になり訓練を終えたばかりの連中なのかも知れぬのぅ。

 ちょっと義勇兵の“狩”の仕方を見るつもりじゃったのに、こんな事になるとはファラリス神でさえ思いもよらなかったに違いない。

 ……そうとでも思わなくてはやってられんのじゃ!

 

 取りあえずまだ稼働している石の従者(ストーン・サーバント)達の動きを止め効果を解除し、未だぽかんと口を開け言葉を失い呆けているゴブリンを帰らせ、ワシは倒れた四人の治療を施す為に神聖魔法<キュアー・ウーンズ>を唱えるのじゃった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 一通り怪我の治療を行った後、狂乱していた者には神聖魔法<サニティ>を使い強制的に精神の安定を取り戻させたのじゃが、また直ぐに精神の均衡を崩しだしたことから原因はこの<ダークネス>で作り出した闇が発端じゃと漸く気付き納得する。

 何かしら精神的外傷を負っている事は確かなので、早々に闇を取っ払っても良いのじゃが、そうするとワシがこのゴブリンの姿のままでいてはあまり得策では無いじゃろうし、変に噂が広がって貰っては困るのじゃ。

 仕方なく未だ残っている者を含め、古代語魔法<スリープ・クラウド>で眠って貰い、全員意識を失っているのを確かめた後、<シェイプ・チェンジ>と<ダークネス>の効果を解除し再度精神の安定の為に神聖魔法<サニティ>を掛け、更に石の従者(ストーン・サーバント)が倒れ込み潰れて酷い骨折をした者の治療する為に、神聖魔法<リフレッシュ>を掛けようと試みたが残念ながら魔法は不発に終わり、死なぬように<キュア―・ウーンズ>で出血は止めはしても、やはり高度な神聖魔法が今一つ使えない己に溜息を吐く。

 

「やれやれ、折角貼り切ったのに上手く行かんものじゃ。と言うかよーく考えてみると、魔法使えば前の姿にも戻れたんじゃったな。何だかもう全ての事が面倒じゃ、……こ奴らから少しばかり金目の物を頂いたら、適当に起こして今日はもう街に戻るとしようかのぅ」

 

 そうして眠っている全員から、怪我の治療代と“迷惑料”を合わせ話に聞くそれなりの価値があるらしい銀貨を一枚ずつくすねると、最後まで立っていた女子の肩を揺すって眠から起こす。

 本当にこの地ではガメル硬貨は出回って無いのじゃなと、両面に打刻された模様を指で確かめるように撫ぜながら考える。

 冒険者ギルドだけでなく、普段から接していた通貨さえ違う事に改めて遠い場所へと転生したんじゃなと感慨深く思うた。

 

「ほれ小娘、早う起きぬか。こんな所で眠っておると、またゴブリンらに襲われてしまうかも知れんぞ?」

 

「……? っ! そんな……私、何時の間に!?」

 

 まあ驚くのも無理は無いじゃろう、知らぬ間に意識を失い寝ておった……とでも思っておるんじゃろうな。

 服装や装備に乱れが無いか他手探りで確かめた後異常が無いと分かると、周りで倒れている仲間を見回して何かしら思う事が在るのか、注意深く見た後にワシの方を何度か振り返り、急に眼を細めると幾分顔付きが変わったように見えた。

 この小娘の不可思議な行動から、さっさとこの場から離れるに越した事は無さそうじゃと思い、適当に話を振って別れようと声を掛ける事にする。

 

「何ぞ悪い夢でも見ておったか? うん? まだ寝惚けておるのか? ワシは街に帰る途中でお主らを見つけたのじゃが、そ奴らもさっさと起こして「あなたの服装、どう見ても私達と対峙していたあのゴブリンと一緒。どういうこと?」……どういう? お主が何を言っているのか、ワシにはとんと分らんのじゃがのぅ?」

 

 倒れた時に着いたらしい土埃を軽く叩いて払うと、この小娘の方が若干背も高かったのじゃが、そのままワシを澄んだ鋭い眼差しでみつめ話し出す。

 

「どう考えてもおかしい。ついさっきまで此処で殺し合いをしていたのに、まるで何事もなかったかのようにされている(・・・・・)。だけどツメが甘かったわね、あなたの服に着いているその血の臭いは誤魔化せない」

 

「何じゃその訳の分からぬ理屈は? まるでワシがその殺し合いをしたゴブリンだとでも言う様な口ぶりじゃが、それこそ夢でも見たのじゃろ? ワシには“お主らが全然死んでいるようには見えぬ”からのぅ。それとこう見えてもワシは神官じゃからな、こ奴らの負っていた怪我の具合を確かめ治療を施した。血は大方その時に着いた臭いに違いなかろうて」

 

 ふふん、そんな言葉で動揺を見せる程ワシは若くは無いのじゃよ? 中々勘が良いようじゃが、確証を得られるほどの証拠もなければ、ワシがそのゴブリンじゃったとどうやって証明する気かのぅ? 本当にワシが件のゴブリンなら何故お主らは生きている? とでも言えばどうせ小娘には答える事など出来ぬであろうよ。

 今もワシを睨むかのように見つめ刺々しい視線を送ってくるが、全然何の痛痒も覚えぬな。そもそもワシの知識の探求の邪魔をしてきたのは小娘らが先なのじゃからな!

 そう思い腕組み胸を張りながら不敵な笑みで返してやると、何を思ったのかこの小娘は肩を竦めて溜息を吐く。

 

「はあ、もういいわ。私が何を言っても無駄なのは分かったから、一つだけ聞かせて。何故助けたりしたの?」

 

「はあ? お主は何を言うんじゃ? 何故も何もそ奴らの半分は冗談抜きに死にかけておったからな。まだ助かると分かる命なら最後まで諦めず手を差し伸べようとするのは、神に仕える者として当然のことじゃろ?」

 

 どんな質問が来るかと思い多少身構えておったが、別段ワシを嵌めるような内容でも無かったので、首を傾げつつ正直に答えてやったのじゃが、何故この小娘はそんな質問をした上でワシの答えを聞き驚きの表情を一瞬浮かべたのじゃろう? その後も右手で左腕を抱きしめながら酷く苦しそうな顔をしよるし、己で質問しておいて苦しむとはよくよく分からぬ奴じゃのぅ。

 とは言え、流石のワシとて危害を加えると明確に分かる相手を癒す気は更々無いがのぅ。こ奴らがワシを襲う理由は既に無いし、例え何らかの要因で敵対するにしても弱点が分かっていれば脅威にもならん。

 逆に最後まで残っていたこの小娘、妙に勘が利くようじゃし顔と名を今の内にしっかり覚えて後々に備えておくのが得策じゃろうな。

 少しばかり助言でもして舌の回転を滑らかにしてから、少しずつこの娘との会話をしやすくしようと考え口を開く。

 

「何をそう苦しんでおるのかは知らぬが、過去を思い己を責め続けても救いの無い自虐でしかないぞ? ワシ程長生きをしていれば自然と分かるようになるじゃろうが、過去は懐かしむものであって決して苦しむものに在らず。より良い生き「やめてっ! あなたに……あなたに何が分かるって言うの。さも私の幸せを分かっています、何て説教聞きたくないわ。だいたい私よりも若く見えるあなたが、長生きってどう考えてもおかしいでしょ!」……ふむ、余計な事を言ってしまったようじゃ。どうもワシは昔からお節介な一言で誰かを怒らせるのが得意でのぅ」

 

 普段ならもう少し思慮深く先の事を考えて何事も行うのじゃが、ふと思った事をそのまま口に出した途端、激情に駆られ怒りの感情を剥き出しにする小娘に噛み付かれよった。

 あの様な表情をする者を過去に何人も見てきたワシは、うっかり口を滑らせついニヤニヤとお節介が得意などと言った結果、両肩をがっしりと掴まれ現在進行形で激しく前後に揺さぶられて非常に気分が悪い。

 

「人の、気持ちを、簡単に、言い当てて、お節介が得意!? 馬鹿に、してるのっ!!」

 

「こ、これ! そんなに揺すっ、っ痛! 舌がっ、やめっ! 離さぬっ、かっ」

 

 駄目じゃ、こうも押さえ込まれ揺さぶられては、視界が定まらぬ上にこの小娘体術の心得もあるのか、振り解こうにも巧みに力加減を変えてワシの手を掴ません。

 いい加減吐き気が込み上げて来て、頭への血の巡りもおかしい。

 このままでは、ワシ、この小娘如きに止めを刺される!? 脳裏に浮かんだのは領内での殺人の動悸の確認で聞いた「ついかっとなって殺った(・・・・・・・・・・・)」が真っ先に連想され、悪寒と共に背中やうなじに脂汗がぶわっと吹きでるのを感じる。

 折角転生したばかりに、こんな下らない事でまた死ぬなどアホ過ぎて承認できぬわ!

 そうじゃ! この揺さぶりに合わせて頭を振子のように……今じゃ!

 

「私が! どんな思いでっ! こんな奴らとぉ!」 「とあーっ!」

 

「ぐえっ!」 「あがぁっ!」

 

 決死の覚悟で気合を入れて頭突きを敢行した途端、とても鈍い音と一緒に目の前が真っ白になる様な衝撃と痛みがワシを襲うと同時に、捕まれていた体が投げ出され地面を転がり視界がぐるりと回った。

 額を押さえ何とか上半身を起こしたところで、あまりの痛さに我慢ができず声を上げる。

 

「ぐぁあああ、額が、額が割れるように痛いぞ! ううぅ。勝手に涙が、おのれ小娘ぇ!」

 

 火を当てられたように熱く吐き気がする程痛む額を押さえ、後から後から零れる涙を拭いながら憎きあの小娘を探す。

 よく火事場の馬鹿力などと言うが、先程の小娘が発揮した腕力はよっぽどじゃな。

 痛みで集中が途切れるなど、神官としての修行が足りぬからじゃと昔は思っていたが、今だけはその考えをなかった事にしても良いなと思いつつ、ファラリス神に祈りを捧げ神聖魔法<キュア―・ウーンズ>を何とか行使し、額の痛みを弱めるがこの頭痛は暫く続きそうじゃ。もう早く帰って寝台に潜り込み毛布を被って眠りたい気分じゃよ。

 そんな弱気に一瞬なりかけたが少し離れた所で、あの小娘の掠れた声が聞こえた。

 

「くっ、光よ、ルミアリスの加護のもとに……こんな事で魔法を使うなんて」

 

「ほほう、随分と変わった神聖魔法の行使じゃのぅ。この地で信仰される光の陣営の神はその様な名前なのか、それと小娘、治療だけじゃなく顔も拭いた方が良いぞ? 吹き出た鼻血で上着も真赤じゃからのぅ」

 

「いったい何処の誰のせいでこうなったのかしらね。……ちょっとまって、この地で信仰されている神の名って! まるであなた、光明神ルミアリス以外の神を知らないとでも言う様なその口ぶり、どう言う事!?」

 

 結構な量の鼻血が出たせいか少しばかり顔色が悪いが、それでも冷え切った声音でワシに皮肉を言えるくらいには元気があるようじゃった。

 しかし唐突に何事か考え込むような表情になり、顔を拭けと言うたのにも関わらず血気迫る様子で言葉を捲し立てるとまた掴みかかってきおる。

 

 本当にこの小娘はどうしようもない奴じゃのぅ。

 取りあえずこのような場所では落ち着いて話も出来ないじゃろうと言い、まだ寝ている者を叩き起こしたのじゃが、その時起きた三人はワシの説得で渋々荷物を纏めていた小娘の姿と顔を見た途端、何を思ったのか箍が外れたように笑い転げ、腹を抱えて涙を流しひいひい言うて悶え苦しみだしおった。

 

 その姿にワシは慌てまだ狂気に囚われたままじゃったのかと、治療の甲斐なく無念の思いを抱いたのに、何とその理由が普段すまし顔で何事もそつなくこなす小娘が、鼻血塗れで機嫌悪くしながら皆の荷物を纏めていたのを見て、男どもは大いに笑いが込み上げたと息を切らして語るのじゃが、身内でしか分からぬ事が原因らしい。

 こ奴らそんな事で笑い出すとは正気かどうか疑いたくなったのじゃが、先程とは違う別種の怒りを湛えた小娘を見て余計な口は挟まず、やれやれと呆れながら怪我でまだ気絶している者は起きた男どもに運ばせ、ワシらはオルタナの街へと帰るべく来た道を戻り始めた。

 

 ……まさか、また門であの歩哨ら二人と出くわし、ひと悶着あるとは思わなかったがのぅ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 一緒に帰ってきた見習い義勇兵の男どもは血を流し過ぎていて、それを無理矢理神聖魔法にて補った為に体力が極端に落ち込みはしたが、ワシでは治せなかった酷い骨折をした者はそのままルミアリス神殿へと運び込んだ事で、その怪我も問題なく魔法で治療出来たようじゃった。

 この地で信仰されてる神の神殿だけあって、ワシのように魔法が不発で終わる事も無くその効果を遺憾なく発揮しているのは羨ましいのぅ。

 まあ、結局男共は全てが片付く頃にはすっかり疲れ果ててしまい、死に態の様子で体を引き摺る様にして宿へと戻ったようじゃが、あの様子じゃと暫くはまともに体を動かせはせぬじゃろうな。

 件の小娘はワシを絶対に逃がさぬとばかりに手を繋ぎ、漸く鼻血を拭いてまともに見えるようになったのに酷く血走った目付きで何処かを目指し進む。折角門で手桶と水を頂き拭いたのに、この形相では可愛さの欠片もないのぅ。

 そんな小娘の様子を恐れ道行く者は脇に退くようにして道を譲り、街の奥側にある高い位置の建物へと連れて来られると、そこのテラスにあるテーブルへと座らせられる。

 

 見回してみると他にも何席か同じ様にテーブルが用意され、簡単な茶屋のような設備も備わっているようじゃった。

 どうやらこの小娘はここを定宿とし、見習い義勇兵を生業としているらしい。

 

 色々と時間を食った為座った席から見える景色は、もう直ぐ地平線へ沈みゆく夕焼けで眼下に見えるオルタナの街と空を薄らと赤く染め上げていた。

 

 

「それで、ワシに何を聞きたいのじゃ? 光明神ルミアリス以外にワシが知る他の神々の話でも聞かせようか? それともここグリムガル以外の大陸の話はどうじゃ? これでも他の者よりは長生きしたつもりでのぅ。まあその分余計な知識もワシの頭の中には詰まっておるが、小娘には良い刺激になるんじゃなかろうかのぅ?」

 

「メリイ、私の名前。小娘じゃないから名前で呼んで」

 

「ふむ、ならばワシも名乗らねばいかんな。ワシの名はトー……トオル、この辺境の地ではなく遥か遠いアレクラスト大陸にある、ラムリアース王国にて生を受けし者じゃ」

 

「トー・トオル? 変わった名前ね。何か飲む?」

 

「いや要らん、余人を交えず話をしたいからのぅ。それとワシの名はトオルじゃからな。正式にはもっと長いのじゃが、取りあえず間違えんで欲しいのじゃ」

 

「そう、トオルね分かったわ。一応私も義勇兵になってそれなりにこの街を拠点に過ごしてきたつもりだけど、トオルの言うアレクラスト大陸やらラムリアース王国何て名前、残念だけど全然聞いた覚えは無いわ。私達人間族の唯一の国家はもうアラバキア王国しか残って無いし、他の地域はダムローみたいに諸王国連合、不死者の王が君臨した帝国に全て飲み込まれてしまった筈よ」

 

「不死者の王じゃと!? 古代魔法王国が滅んでからも度々歴史の舞台に名を表しておったが、己の在り様を巧みに隠し闇に潜む事を好む者が堂々と表に出て来て存在していたと言うのか? しかも帝国何てものを築くほどに勢力を伸ばす力があるとは、余程凄まじい力を持った者なのじゃろうな……」

 

 不死者の王、その名を聞いて思わず叫んでしもうたが、その詳細を詳しく知れば知るほど声を荒げるのも仕方のない事じゃろう。

 流石のワシも文献の中でしか知らぬ存在じゃが、強さを比較できる様な者がおらず推定でエルダー・ドラゴンにさえ匹敵する、最高位の暗黒魔法や古代語魔法に精通した恐ろしい死霊術師(ネクロ・マンサー)でもあるアンデット。それが地上へと現れ人の支配領域を塗り替えるとは、ワシはなんとも凄まじい時代に転生してしまったもんじゃのぅ。

 もしやその不死者の王を倒す者の手助けをする為に、この難題を如何にかせよとこの地へとワシを転生させたのが神の思し召しなのじゃろうか?

 ええい、飲み物を聞かれた時断らず茶の一杯でも所望すればよかったわ。

 難題どころでは無い厳しい現実をこうも突き付けられると、どうすべきか悩み処じゃわい。

 

 確かにその様な状況なら、前線に近いらしいここでは呑気に冒険者ギルド何ぞ運営できる筈も無いし、だからこそ軍属である義勇兵として戦う者が集っている訳じゃな。尤もその運用方法が上手く行っているかは少々疑問じゃが、それも仕方のない事なのじゃろう。

 

「百面相で驚いている所悪いけど、百五十年も前に現れた不死者の王は一応もう滅んだって話。だけど……今もこの地には忌々しい呪いが残っていて、死んだ者をそのまま放置すれば、一週間もしない内にアンデットになって、起き上がるわ」

 

 なんと不死者の王は既に滅んでおったか、それを聞けてほっとしたが少しばかり肝を冷やす思いじゃったわい。……とは言え呪いが残っておるのは何かしらの呪いを常駐化させる道具に当たる祭器が隠されてあったり、広範囲に渡って影響を与える儀式魔法でも施した後なのかもしれぬな。

 メリイはワシの驚いた様子を見て少しばかり意外そうな表情を見せた後、とても苦しそうに一言一言確かめるように言葉を吐きだすその姿は、街に戻る前に「何故助けたのか」と言う質問をした時と同じ様な苦い物でも含んだみたいな表情を浮かべておる。

 

 これは単なる勘じゃが、この小娘いやさメリイは、過去に家族か親友はたまた恋人の内誰かは分からぬが、その何れかを亡くしアンデットにされでもしたのじゃろうな

 その気持ちは分からぬではないが、感情の面までになると理解出来ぬがのぅ。

 

「ふむ、その話の流れじゃと一応不死者の王を倒した者は、『邪なる土(アンホーリー・ソイル)』と呼ばれる魂の依代もきっちり処分したんじゃろうて、でなければ日を跨いだ夜には不死者の王は復活しておるはずじゃしのぅ。まあ消滅してないのなら逆にさっさとワシら人間を滅ぼしておるじゃろうしな」

 

「そんな事まで知っているなんて何者なの? けどそんな不吉な事は他所では言わない方が良いわ。今だってまだ不死者の王が何処かで蘇り生きているって噂が絶えた事はないの。あまり変な事を言いふらしていると、それこそ治安維持の名目でこの前線を守備している領軍に捕まって刑罰ものよ」

 

 先程とは違い視線で素早く左右を確認した後声を潜めメリイはそう告げた。

 余り滅多な事を言うては本当になった時、罪に問われるなど下らない事になりそうじゃなと思い黙って頷く事にする。

 ワシの知る魔法で唯一アンデット化した者の魂の救済を行えるのは神聖魔法<セーブ・ソウル>じゃが、残念な事にワシにはまだ使う事は出来ぬし、そもそもアンデット化した者を既に祓っていれば必要は無い。

 他にも死者蘇生の魔法である神聖魔法<リザレクション>は以前なら行使出来たのじゃが、今のワシの状態じゃと行使するのは少々厳しいじゃろう。

 

「ワシばかり色々とお主に教わっては、天秤の秤の釣り合いは取れぬ。今度はお主の質問に答えよう。して何が聞きたいのじゃ?」

 

「そう、じゃあお言葉に甘えて。最初に言った光明神ルミアリス以外にトオルの知っている光の神々の事、あと深く追及はしないけど昼間のトウイチとアジンの倒れていた傍の出血量だと、私の知る<癒し手(キュア)>や<癒光(ヒール)>の魔法で癒しても、どう頑張った所で死んでいたわ。それなのに、どうしてアイツらは生きていたのよ!」

 

 今度はワシが答える番じゃと、兄上のように行儀悪く椅子を傾け足で揺らしながら質問が無いか促すと、メリイは椅子に座っては居ても、話し出すとその興奮から前のめりに半分腰を浮かし、握り締めた拳がテーブルの上で細く震えているのが目に入った。

 あまり声が大きくなっては意味が無いので、一端落ち着かせる為に言葉を挟もうと、手の平をメリイの前に翳して止める。

 

「その怒鳴り様、何やらあ奴らと並々ならぬ事情がありそうじゃが、ワシには全く縁も所縁も無い事じゃからお主が何に怒っているのかさっぱり分からぬ。が、今の言いかたじゃとまるであ奴らには死んでいて欲しかったような語り草じゃな」

 

「っ!! だって、許せないじゃない。馬鹿なあの連中は生き残って、私の仲間は! オグやムツミは私の腕の中で「死にたくない」って言いながら死んでいったのよ! それにミチキは! ……ミチキは残りの仲間と私を生かす為に一人残り、その最期だって私は看取って上げる事さえ出来なかったわ。回復魔法の配分を間違えた馬鹿な私のせいで……けど、馬鹿な話しだけどあの時トオルの話しを聞いてから、もしかしたらって考えちゃうの。トオルの知っている神さまに祈っていれば、私もあの時三人を死なせる事は無かったんじゃって、そう思うと、とても苦しくて、悔しいの」

 

 ワシの疑問に答えるうちにメリイの高まっていった感情は、まるでプツリと糸が切れるように突然萎み、最後は辛うじて聞き取れる大きさの声で囁くかのようじゃった。

 話を聞き終え胸に去来する何とも遣る瀬無い気持ちに、どう収拾を付ければよいやらと思案しながら、メリイから視線を外せば橙に染まる空と昏く濃い蒼が混ざる夜の境界を遠くに見て、この雰囲気を払拭する為に古代語魔法<ライト>を発動させ、テーブルの上にあった燭台を目標とし光源にする。

 立ちどころにテラスが淡い光に包まれ、少しずつ降りてきていた夜の帳が遠のく。

 目の前で起きた現象に頭が着いて行かないのか、言葉を無くし口をぱくぱくさせながらメリイは燭台に光を灯したワシの指先を、慌てて周りから隠す様に両手で掴む。

 

「ほほほ、どうじゃ驚いたであろう? 蛮族の小むす……んん、あーうん。メリイよ、気にせんでくれ。ちょっとだけワシが魔法を使おうとする時、稀に妖精さんがこうちょっかいを掛けて来てな? それで困ったことに少しばかり悪戯をしてくるんじゃよ」

 

「え、ええ。十分驚いたわ。トオルがとても変だって事と、私の知らない何かとそれを応用して実践できる確かな技術を持っているって事は」

 

 少々頬を引き攣らせながら答えたメリイの様子を見れば、少しは気分を変えられたようじゃとこっそり息を吐く。他にワシがメリイにしてやれそうな事と言えば……ここでふと気付いたのが、ワシは生前足繁く魔術師ギルドにも足を運び、導師級魔術師の称号を受けてはおったが、神殿での奉仕が忙しく同時に研究もしていた為、弟子を取った事はとんと無かった事を思い出す。

 

 これぞ天啓に違いなかろう、最初の内は苦労するじゃろうがこの娘をワシの弟子一号として育ててみるのも一興じゃなかろうかと考える。

 では早速とばかりに誘ってみて、メリイの反応をみるとするかのぅ。

 ふふふ、ワシは年甲斐もなくとてもわくわくしておるぞ!

 

「そう、ワシはお主の知らぬ知識と技術を持っておる。例えばこの光を灯す魔法があれば、突然現れた闇をも立ち所に打ち消し、戦況を変えることができるじゃろうて。それに光と闇は元々表裏一体の存在、光なくして闇は無く、また闇無くして光は在らず。どうじゃメリイよ、少しは興味が湧いたじゃろ? ならばこの技術、お主は学んでみる気はあるか?」

 

 くつくつと笑いが込み上げ、唇の端がキュッとつり上がり満面の笑みでワシはメリイに向かって掴まれた指とは反対の手の平を差し出す。

 メリイはワシの言った意味が分からなかったのか、険が取れきょとんとしたこの娘本来の表情が見えて更に笑みが深まる。

 漸くワシが手を差し出した意味が理解出来たのか、恐る恐る右手の掴んでいた指を離し、そっとまるで焼けた鉄板でも触るかのようにして左手を重ねた。

 

「ふむ、ワシはこう見えて導師級魔術師と高司祭位神官を修めし者じゃ。ワシが何処までお主に伝え、又、お主がどれだけワシの知識に応えることができるか分からぬが、少しずつでも前に進んで行こうと考えておる。メリイよ、この地ではワシは不慣れじゃがこれからよろしく頼むぞ」

 

「ええ、分かったわ。こちらこそよろしく。……それで、やっぱりあの“昼間の事”ってトオルの仕業だったのよね? 最初に会話した時確か「またゴブリンに襲われる」って言った筈、どうして知っていたのかしらね? 師弟関係を結ぶなら私達の間に嘘や偽りに隠し事はダメ、さあ切りきり白状してもらうわ」

 

「うん? ちょっと待たぬか! どう考えても師弟の立場を持ちだすなら、ワシが師匠でお主が弟子に違いないじゃろ? 何故に師匠であるワシが弟子に虐げられるような立場になっておるんじゃ!? ワシは師匠として弟子に断固抗議するぞ!」

 

 折角丸く収まったと思うたのに、出来たばかりの弟子はその丸い枠を早速打ち壊し、早々にワシの立場を覆し畏まった様子を全く見せず、堂々とした態度で言いたい事を話し、聞きたい事を教えろと言ってくる。己で考える事も確かに必要な事じゃが、最初はそれで良いのじゃ。

 まったくこの良くできた弟子は、学ぶ者としての“基本”を教える必要が無いと分かり、更に弟子の強かさを感じ益々これからの事が楽しくなってきおったわい。

 

 こうしてお互いの持つ知識を擦り合わせながら、ワシの知る流儀とメリイの語るこの地での常識を比べこの日は過ぎて行った。

 ワシとメリイが離れた後、テラスが何時になっても明るいままで他所からもこの淡く光る灯が煌々と見えたそうで、後々騒ぎになるのはまだ知る由も無い。

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。

 作中での光明神ルミアリスの癒しの魔法と、トオルが使う神聖魔法の違いについて。
 二つとも怪我の治療を目的としたとても優しさ溢れる魔法ですが、グリムガル由来の治癒魔法は怪我などによる出血は戻らず(・・・・・・)、アレクラスト大陸の神の加護による治癒魔法は、出血をしていても“強制的に造血を促進させ”足り無い物を補わせます。
 その分反動は大きく死にかけた者ほど体力が消耗し、暫くは安静が必要になるわけです。
 戦闘中だと中々描写し難い面でもありますが、脳内エンドルフィンやアドレナリンがだばだばと流れ興奮しているので気にならない。
 と、解釈して頂ければ幸いです。


 尚、この作品内でのメリイさんは原作と違い、ハルヒロ達と出会う前に既にサイリン鉱山へ覚悟を決めて足を踏み入れ、お金を稼ぐために形振り構わず己を磨く為、スキルも増やし着実にオグ、ムツミ、ミチキの三人を解放しようと頑張れる女性となっています……が、多少脆さも持ち合わせているのは変わらずと言う感じです。
 原作ファンの方は、全然片鱗も残って無いし違うやんけ! と思うかもしれませんがどうぞ広い心で流してやってくださいませ。

 投稿後間違いを見つけた為改訂致しました。
 ○昼間のトウイチとアジンの倒れていた
 ×昼間のホウヤとアジンの倒れていた

 修正致しました。○メリイ
         ×メリィ

         ○死霊術師
         ×霊術師

 感想で神聖魔法<キュア―・ウーンズ>についてのご指摘があったので、効果についても問題無いように文章の追加を行いました。



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資金は十分かのぅ? 寧ろガッポリ稼いでウハウハ行くのじゃー! ……ハハッ

 うっかりミスが多くてチマチマ修正を行っていたら
すっかり一日が終わっていたですぞー!(困惑)


 寝苦しさでぼんやりとした意識のまま、目がしっかり開く前に肌に触れる感触に違和感を覚えながら寝台から身を起こし、寝起きの肌寒さに普段使っていたはずの上掛け毛布は? と脳裏を過るが、薄暗い辺りを見回し“いつもの部屋”では無い事を思い出す。

 

「……ふぁふ。そう言えばここはもう、ワシの屋敷じゃ無かったんじゃな」

 

 欠伸を噛殺しながら独り言を呟く。

 昨日はワシの初弟子となるメリイと夜遅くまで古代語魔法とその有用性について話し合い、結局寝床に着いたのは日を跨いだので起床もそれなりに遅くなり、既に日は登っておる様じゃ。

 日の光を入れようと窓を開こうとした途端軋む音を立てる事に、この宿舎がそれ程使われてない理由と古さの訳を思い出すと、開いた窓から入る光に目を細めながらもう一度寝台に腰掛けた。

 

 この宿舎はオルタナの中央から少し端に建てられておる。

 今は義勇兵専用として使われてはいるが、元は正規軍の兵達が寝起きする為に作られた場所だったらしく、多少老朽化してようと作りは確りとしていて随分と設備が整っているのもなるほどと納得の思いじゃった。

 これ程の規模の建物に加え、その収容可能人数の多さからしてもっと利用者が多くても良さそうにも思うが、義勇兵団員に領主が“貸し出している”と言う名目なので残念な事に一般の者を泊めることは本来無いそうじゃ。

 ここを管理する者にユメ殿が支払いをした訳じゃが、明日からは借りられないと既に告げられており、この部屋はほんの僅かな短い期間の拠点であったな。

 

 ただ、今この宿舎を利用している者がほぼいないと聞いて、ワシはとても勿体無いと思うたのじゃが、その理由を知ると困った時の癖であった髭を撫ぜる手が同じように、今はつるりとした滑らかな顎に触れた。

 最初は広い台所や風呂まであるのに何故じゃろうと不思議に思うたが、多少稼げる腕と強さを身に付けるようになると皆直ぐにここを出てもっと良い宿や下宿へと移るそうで、そう言えばメリイが宿に使っている場所も随分ここから離れていたと記憶を辿る。

 戦いの後で宿舎まで戻り食事を疲れた身で作ると言うのは、思うよりもしんどいのじゃろうと最初は考えたが、そんな呑気な話では無かったのじゃ。

 

 その理由はとても簡単で少し物の道理を考えれば分かるものじゃった。

 敵との戦闘で勝利を重ね生きて出て行く者は幸いじゃが、敗北し二度とこの部屋へ戻らず死んで消え逝く者も当然おるわけで、そう言った悲喜交々様々な仲間との思いが残ってしまう(・・・・・・)この宿舎に、だからこそ長く留まる義勇兵が居ないのだと言う話を聞いたワシは、たった一日寝るだけに使ったこの寝台の柱に残る傷に触れ、ここでの生活を余儀なくされた義勇兵達が過去にどんな思いで眠りについたのか想像を馳せた。

 

 少しの間黙祷を捧げた後、今迄(・・)のワシは朝起きてから普段であれば神殿へ赴きお勤めをする所じゃが、この地にはワシの所縁の場所など無いので、部屋の中を丁寧に掃き浄めた後ファラリス神に今日一日の始まりの感謝と祈りを唱える。

 それから暫くして空腹を覚えたワシは、少々遅い朝食を取ろうとメリイと待ち合わせ場所に指定した、顔見知りになった屋台に行く為に宿舎を後にした。

 

 日は既に昇りきり宿舎と街を分ける橋を渡る頃には人々の騒めきや、行き交う人の波にもまれる事になる。

 兎角日の入りから昼前までは特に忙しいようで、既に鼻孔を擽る食べ物が焼ける香ばしい匂いをさせる屋台や、商品が入った籠や箱を運ぶ鳥に似た家畜らしき動物までが、大きな通りを雑多な狭い道へと変える様に塞いだりしていた。

 それらを縫う様にして歩きながら、時折貼られている広告や宣伝の為の引き札や張り紙等を眺め、一番上に張られている目新しい物に目を通すと仲間の募集が書いてある。

 

「ほほう、我戦士又聖騎士求に神官転職費用負担とな? 初心者歓迎? 何じゃこの呆れた内容は!! 足りぬ前衛を求めるのは分かるが、だからと言って軽々しくも神官への転職じゃと!? 信仰厚い聖職者を馬鹿にしとるのか? これは神々の怒りをも恐れぬ所業ぞ! それともこの地で崇められる神とは信仰の移ろいに対しそれほどに寛容な心を持ちあわせとるのか? ……単にワシの受け止める器が狭いのじゃろうか?」

 

 張り紙に書かれた余りの内容に一瞬頭に血が上りかけたが、直ぐに冷静になりワシが元居たラムリアース王国とは違うのだと切り替え、張り紙に書かれた募集場所である「シェリーの酒場」へ足を踏み入れようと、近くの露店の端で日を遮る様に小さな天幕を張った場所で、布を被り蹲る様にして転がっていた者に声を掛けた。

 

「ちと尋ねるがよろしいか? 主はシェリーの酒場とやらへの道は分かるかのぅ? ワシは此処に来てまだ日が浅くて場所を知らぬ。手間でなければ教えてくれぬか?」

 

 そう言って暇そうに感じた者に訊ねたつもりじゃったが、よく見ると顔色が悪く無精髭が伸びてはいても他はそれほど汚れてもおらぬ男は、ゆっくりと顔を上げ目ヤニが残るまま拭いもせずに怠そうにして睨むでも無くジッと此方を見ると、疲れたように声を吐き出す。

 酒臭い。顔色が悪くこんな所で寝ていたのは、まだ飲んだ酒の酒精が抜けきってないからじゃろう。

 

「……俺には用は無い。シェリーの酒場に行きたきゃその辺のガキでも捕まえて、小銭でも握らせりゃ喜んで連れてってくれる。分かったらもう構うな」

 

「ワシは別に小銭を惜しむわけでは無いのじゃが、その口ぶりと漂わせる酒臭さじゃと主は知っておるじゃろ? そう邪険にせず教えてくれぬか?」

 

 どんな理由でこの場所で寝ていたかは分からぬが、余計なお世話じゃろうがワシ以上に水と食事が必要なのはこの者であろう。案内の礼の代わりに何か一食馳走するくらいは手持ちもあるし、何より傍に置いてある脚絆や被っている布から隠れ見える槍らしき石突部分や、他の装備からして戦士じゃろう。

 だから序にこの地に関しての事を、メリイ以外にも聞いてみる良い機会だとも思うての返答じゃった。

 しかし――

 

「……教えろ、だと? いいさ、なら教えてやる。だから俺の質問に答えてくれるなら案内してやるさ!! シェリーの酒場はこの街の義勇兵なら見習いだって知ってるさ。だけどな、この、俺の、今の姿を見て、まだあんたを酒場まで案内する理由(・・・・・・・・・・・・・・・・・)が有るなら言ってみろよ!」

 

 先程までの酔い潰れ覇気のない様子から一転して、言葉やその態度から嫌でも分かる様に苛立ちを露わにして話す男は、被っていた布を勢いよく剥ぐとその先に続く筈の右足が膝から下が欠けておる。先程見た近くに置いてあった脚絆が片方だけだったのと、槍だと思っていたのは歩行に使う為の杖の様じゃ。

 傷自体は既に塞がっているようで、上から巻かれている包帯には血の滲んだ後もなく土が付いたのか多少汚れはしていても、それが原因で体が病を併発させることは無いじゃろう。

 じゃがそれが分かったとして今のこの者に、どんな意味があろうか。

 ワシの信仰する偉大なる神ファラリスの力を借り、神聖魔法<リジェネレーション>を行使出来れば一週間程の時間をかけ、失われた肉体の欠損をも再生させる事も出来るのじゃが……。

 一つ深呼吸をして挑むように一歩踏み出すと、布を剥いだままその傷を見せつける男に聖印を切って近寄る。

 

「偉大なる神ファラリスよ、この者に癒しを! 失われし肉体を再生させたまえ! <リジェネレーション>」

 

 男の剣幕に対し思うことが無かった訳でもないが、助けを求める者に応えるのは神に仕える者の役目じゃ。

 ワシは本来支払う筈の治療費の取り決めもせずに、そのまま勢いで男の足に触れファラリス神に祈り神聖魔法を行使しようとしたのじゃが、確かに加護を受け精神力が消費される感触を覚えても、一瞬光を伴いはしたが正常に発動した感じは無く、男も一瞬驚いた顔をしはしたのじゃが一向に変化が訪れない事を見て軽く鼻から息を吐く。

 

 その結果を見て、心の何処かでいざ必要だと言う時であればできる(・・・)のでは、と言う否定できない期待と甘い考えがあったのじゃが、やはり今のワシじゃと高度な神聖魔法の行使が出来んと思い知った。ファラリス神の加護は失われてはおらんのが唯一の救いじゃが、今のワシの状態を強いて例えるなら、上着のボタンをそれと“気付いたまま掛け違えている”かのような違和感を、どうしても拭い去る事が出来ず焦りを覚える。

 

「無駄さ、ルミアリス神殿で上級神官から最高峰の治療魔法<光の奇跡(サクラメント)>を掛けて貰い死にかけた傷は塞がったが、見ての通りもう俺は前線で戦う事も普通に両足で歩き酒場に行く事だってできやしないのさ!」

 

「……済まぬ事をした。ワシの持つ術では、お主に答える事など烏滸がましいにも程があったわ」

 

 まるで売られた喧嘩を買うような風にして、神聖魔法を人目の在る街中で使うなど未熟者の若い神官のようではないかと、自らの迂闊な行いに愕然とし僅かな一瞬とは言え期待を持たせてしまったこの男には、とても酷い事をしてしもうた。

 謝罪で済む問題ではないのじゃが、ワシには他に出来る事はなく又頼れる別の高司祭も紹介する伝手さえもこの地には無い。本当に根無し草のような冒険者的立場になっているのじゃなと、今更ながらに己の置かれた身の危うさも自覚した。

 

 偶々傍でワシと男との成り行きを見ていたらしい人垣を割り、不甲斐無さに打ちひしがれていると中年の女性や義勇兵らしき恰好の者に、「気にするな」「仕方が無い」「今は放って置いてやれ」等声を掛けられ逆に慰められる始末。

 本来慰めが必要なのはワシでは無くあの男の方なのじゃ。

 挙句に「お嬢ちゃん、昼間から酒場に何のようか知らないがその格好、もし仕事を探して困っているなら良い店を紹介するぞ」とまで言われ、その気持ちは嬉しいがワシは酒場で女中などする気は全くなく苦笑いで首を振ると、「大丈夫だ、誰だって始めては不安なもんだ」とイイ笑顔で肩を掴まれ、ワシは慌てて這う這うの体で逃げ出すのじゃった。

 

 歩きながら改めてあの者に何か出来ないか考える。

 思い付くのはゴーレムの技術を応用した義足の作成じゃったが、まだまだ上澄みのような知識のみを記憶から汲む事は出来ても、実際に作るとなれば経験とこの地で用意できる素材との噛合わせや、足り無い物の特定等に加え何より自由に使える資金が圧倒的に足りないのじゃ。

 

「たった6シルバーしか持っとらん今のワシには、己どころか他人を気に掛ける余裕もましてや救うなどとても出来よう筈ないのぅ」

 

 ズボンの物入れに入った硬貨を握り締めていると、腹が空腹を訴えるべくグーと音を立て抗議する。気を取り直し先ずは何をするにしても何か食べてからにしようと、メリイとの待ち合わせを半ば忘れていた事も思い出し、頭の隅に行う計画の一つに先程の事を書き加えると足早に屋台へと向かった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ふーむ、この様な味じゃったか。よく考えてみればワシが起きてから(・・・・・)まともに何かを口にしたのは二度目じゃが、なかなかに美味いな」

 

 別段約束した訳では無いが、あの肉を巧みに焼いていた店主の屋台に顔を出し昨日は1カパーさえ持って居なかったので、仕方なくその香りと店主の会話だけを堪能させて貰ったのじゃが、1シルバーを払い早速焼きたてを一本所望し食べてみたのじゃが、なるほどちょくちょく買い求める者がおるのも分からんでもない味じゃ。

 

「うむうむ、決め手はこの一見濃いだけに思えるタレじゃな。程好い塩加減に含まれとる果物か何かの仄かな酸味と辛さを演出する薬味が肉の臭みを消し、一串分の肉を最後まで飽きさせない秘訣となっておるんじゃのぅ」

 

 もぐもぐと口を動かし感想を呟きながら、ついついワインではなく安いエールが欲しくなる味じゃったので、近くに酒を扱う店は無かったか記憶の底を探るがシェリーの酒場は場所が分からぬし、昨日聞き込みをした際はその様な事を一切考えておらんかったから他はさっぱりじゃった。

 店主にも聞いてみたのじゃが、酒を出すには専用の許可証が要るそうで露店ではあまり販売して無いそうじゃ。

 酒が欲しい場合は露店を探すよりも、さっさと酒場へ行くのが当然早いと言われた。

 

 それにしても銅を硬貨に見立てて利用するとは考えたものよ、確かに加工しやすくラムリアースでも装飾品や道具として使われてはいたのじゃが、この地では銀よりも採掘量が多いのじゃろうか? 実際にこうして手に取ってみると不思議な感覚を覚えるわい。

 シルバーと言いこのカパーにしても打刻されている文様が、生前慣れ親しんだガメル硬貨と違うのも余計にそう感じさせる原因なのじゃろうな。

 そんな如何仕様もない事を頭の隅で思い浮かべながら、一応昨夜の別れ際にこの店の前で弟子とは待ち合わせをしたつもりじゃったが、ゆっくりと一串食べ終わる頃になっても一向にメリイが現れん。

 

 どうしたものかと食べ終わった串を店先にある屑籠へ投げ入れると、一串肉を買った際に返された釣銭が多すぎて、左右両方にあるズボンの物入れを限界近くまで圧迫したカパーがジャラリと音を立てる。激しく動けば簡単にこぼれ落ちそうで気を付けんとな。

 串を持ったときに指に着いたタレを舐めとりながら屋台から少し離れ、道の左右に視線を移した後次に買う物は財布と酒じゃなと独り言ちていると、突然ワシの頭を誰かが後ろからぽかりと叩きおった。

 何事かと思い驚きつつも叩かれた頭を触りながら振り返る。

 

「痛っ、ワシの明晰な頭を叩くとはいったい何処の誰じゃ! ってメリイじゃったか。何故にワシが叩かれなければいかんのじゃ? ……うん? そんなに息を切らせてどうしたのじゃ? 寝過ごしでもしたのか? それにしても随分来るのが遅いではないか、待ち草臥れてもう一串店主に所望するところじゃったぞ」

 

 屋台の店主はそんなメリイとワシの様子を見て「嬢ちゃん、ついに仲間が出来たみたいで良かったな。ぼっちは寂しいもんな!」と首に掛けた汗を拭う布で、涙を拭く仕草の真似までする事に軽い怒りを覚えるが、一つの視線がワシを捉えるのを感じる。

 メリイは店主の言う事を聞いて「は? あなたぼっちだったの?」とワシに聞いて来るが決して目を合わさぬよう逸らし無言を貫く。

 自分では気付かぬが、ワシはそれ程に“ぼっち”に見える姿でもしとるんじゃろうか? ワシは忘れぬよう買う物の目録に鏡も入れようと確り心に書きとめた。

 

「……まあ、いいわ。随分探し回ったわよトオル? 私も、きちんと確認しなかったのが悪いけど、昨日待ち合わせを約束した、“肉を焼いた一串屋台の店”って、このオルタナに似たような屋台が何軒、あると思っているのよ? お蔭で、午前中ほぼ街中の屋台を回ったわ」

 

 よく見ると息を切らせているだけでなく、メリイは片手に持った袋から一串焼きの肉やその他の料理などを覗かせていて、確かに沢山の屋台を回ったであろう戦利品の数々をその袋に納めているのが膨らみ具合から嫌でも分かる。

 きっとメリイは律儀に声を掛けた屋台で一品ずつ買ってはこのような多さになったんじゃろう、簡単にその情景を想像できてしまい嬉しさが込み上げるがここは我慢じゃ。

 メリイの表情は怒りよりも疲れと呆れの方が勝って居るように見えたので、下手に言い訳をするよりもワシを探し回った事を素直に感謝し、十分に労う方が良かろうと頭を巡らす。それに説明不足で悪い事をしたとは思うが、ワシの空いている腹はお蔭で十分膨れそうじゃとニヤケてしまう。

 

「うむうむ、ワシをそんなに探し回ってくれたとはこの通り謝るのじゃ! まことに済まんかった。それと、師匠を持て成そうとその様に沢山の土産を集めて来るとは嬉しい限りじゃ。ささ、折角お主が買ってきたのじゃから冷めきる前に有難く頂くとしよう」

 

「……はあ、もうそれでいいわ。よく考えなくてもトオルには怒るだけ損だって分かったから、着いてきて」

 

 ワシの返事を聞いて一気に脱力したようにそう言うと、持って居た袋をこちらに押し付け溜息を吐きながら一瞬眉を顰めるが、こうして不機嫌さを隠さずにいるのは信頼の証じゃといいのだがのぅ。……ん? 昨日出会ったころから機嫌悪そうなのは変わらんか。

 まあ昨日の時点でワシは街には不慣れじゃからと、メリイに色々と任せられる所は頼むと予め言っておいた事も利いたのか、それともまだ他人行儀なのかは分からぬが、兎に角一応今の所納得してくれた様じゃし、屋台の店主に馳走になったと右手を上げて告げた後、何処か座れる場所へ移動するのにワシはメリイの案内で後を付いて行く。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 背凭れの無い簡易的な長椅子に袋を挟んで二人で座り、メリイと食事をしながら毎朝の神への感謝と祈りを捧げ、寝床と部屋の掃除をしていた為に遅れたと正直に話すと、不機嫌そうだった表情を変え感心したように「そう、トオルも神官だって事、昨日の光と弟子の件ですっかり忘れていたわね。ごめんなさい」と素直に返され、何とも尻の座りが悪く何度かもぞもぞと座る位置を変える事になる。

 待ち合わせに遅れた半分の理由である、シェリーの酒場探しについては黙って置こうと近くの壁に張ってある張り紙を見て思う。

 

 足をぶらぶらと揺らしながら、義勇兵の証とも言える団章を持って居ないワシは今日から本格的に宿無しになった事、シルバーを崩しカパーを貰って服の物入れがぱんぱんな事を話すと、「トオルは存在自体が理不尽なのに、団章も買わずにいてその貧乏加減はどうなの?」と不機嫌そうに呟いていたが、先ずは身の回りの物を揃える為にやはりメリイの案内で市場をぐるりと回る事が決まった。

 確かにワシの恰好はお世辞にも良いとは言えぬし、今も昨日から着ている服のままじゃし、替えの下着や予備の服さえ碌に持っておらず、メリイが言うには贔屓目に見ても良くて(・・・)“家出少女”に見える評価じゃとはっきり言われてしもうたわ。

 やはり早急にワシは鏡を買う必要性を感じるのじゃった。

 

 実際住む所も無ければ普通の暮らしも送れるか危うい状態じゃったので、思う所は色々とあるのじゃが否定する要素が見つからず、メリイに勧められるまま日用品を選び買い足して行く。

 何処の店もメリイは顔馴染みなのか、後を付いて回るワシの姿を見ては店の者は軽く驚く表情を見せながらも、会話の端々で「よかった」「安心した」「頑張るんだよ」等の声が耳に届く、皿やカップなどの食器や服に関しても結構な値引きをして貰えたのは、昨日聞いた特定の仲間を持たず他のパーティを点々と渡り歩いていたと言う話と、何処か放って置けぬ儚げな雰囲気を出していた事と全く関係無いとは思えず、こうも周りに心配をかけていた弟子の余りの不器用さに軽く溜息を吐く。

 

 ワシも少しくらいは儚げさを演出した方が良いのじゃろうか?

 ジーッと弟子の様子をみて、頬に手を当て「ほふぅ」と呟くとメリイと話していた店の店主には「お嬢ちゃん、歯でも痛むのかい?」と言われ、ワシには儚げさよりも威厳が必要じゃと胸を張ったのじゃが、全く伝わった様子はなく親身になって話し込んでいるように見える店主を見て、やはり中古のチュニックではダメじゃなと上着の裾を軽く引っ張った。

 

 しかしまあ、メリイの人気と言うか神官だからか相手の話を聞き信用も確かな筈なのに、何故他の義勇兵との仲が悪いのか不思議でならぬ。

 これだけ行く店の先々で愛されとる娘が、少しのズレで死ぬかも知れぬ殺伐とした世界で生きる時世に対して、遥か天空に浮かぶ岩石を呼び寄せる古代語魔法<メテオ・ストライク>(恨み言の一つ)でも放ってやろうかとふとそんな考えが浮かんだのじゃが、もう一度店の者と僅かだが楽しそうに話すメリイの後姿を眺め、ワシの気が少しばかり晴れるだけで何の救いも齎さず弟子とて喜ばぬじゃろうなと考えを改める。

 それに偉大なる神ファラリスも『やっても良いが、どうなろうと知らぬぞ』と、行いを咎めず許しはしても呆れたような声が聞こえた気がしたからじゃ。

 

 何軒かの店を経由し、ワシの両手を塞ぐ代わりにズボンの物入れに入れていた5シルバーと96カパーもあったお金は、首から下げ懐に仕舞い込んだ財布に1シルバーと68カパーと減ったのか今一分からぬ額が残り、装備の無いワシの為に立ち寄った武具店では武器と防具のどれも結局手が出せず値段を確かめ眺めるだけで終わり、仕方なく手頃な長さの木の杖を一本選び購入した。

 これは後でメリイに渡す古代語魔法の発動体にするつもりで選んだ物じゃ。

 

 そうしてメリイの後をきょろきょろと見回しながら付いて歩くワシは、今も所狭しと道を塞ぐ数々の露店の一角で、義勇兵が買い取りを行っているらしい店の店主と交渉をしていた獣の牙や敵との戦いで得た拾得物等、他にもワシの知っている物と似ているようでどこか違う品達を眺め、比較しながら少しずつ情報を集めていく。

 知らぬ事を知ると言う作業がこんなにも新鮮で、ワシの欲を満たしていく心地よさは半ば夢現な酩酊感にも似たような気持ちよさで、酒も飲まずにワシは酔っていた。

 

 途中装飾品を並べる露店に飾られている輝石や宝石を眺めてはみたが、ワシの知る魔晶石は不思議な事に全く見つからず、店主の許可を得て古代語魔法<センス・マジック>も唱え調べて視はしたがそれほど価値のある物は無く、辛うじて付与魔術師の記憶に依る知識で魔力を蓄えるに足る石もあったが、残念ながら全く手の出せる値段の品では無かったので出所や、産出する地域などを聞いて始終質問ばかりしておったのじゃ。

 

 こうして色々と回ってみて魔法道具と思えるものは一つとして見つからず、上手く簡易的な共通語魔法(コモン・ルーン)――こちらで使われている言語――で発動する魔法道具を作る事が出来れば、既存の店の客層が被ることは在っても扱う商品が被る事は絶対に無い為、競合もせん筈じゃから成功すれば需要も供給も独占状態で一財産出来上がるの待ったなしじゃ! そうなればワシ個人の研究室どころか立派なファラリス神殿を建てる事さえ可能じゃろう。

 この溢れるばかりの精神力と付与魔術の知識に依る魔法道具作成法で、まさにワシの夢は広がるばかりじゃな!

 

 先ずは簡単な物から試作し、徐々に本格的な物を作って行こうとニヤニヤしながら歩いていると、偶々こちらを振り返ったメリイに「気持ち悪い」と言われ師匠に向かってそんな口の利き方は無いじゃろうと言い掛けたところで、昨日から全然師匠らしい事を出来て無いのを思い出し今更ながら頭を抱える。

 慌てて上位古代語(ハイ・エンシェント)下位古代語(ロー・エンシェント)を書き写し、弟子がこれから使う事になる呪文書となりえる様な白紙の本を探したが、値段が高くて購入できず己の経済力の無さに目頭が潤む。

 大儲けの素案は在っても、それを成す資金が全然足りて無いと今更ながら気付き、手足を縛られているかのような錯覚を覚え、自称高司祭現無職はこんなにも不便なのかとお金の必要性と有難味を身に沁みて感じた。

 

 買い物が一通り済んだ後手を繋がれ俯いたままのワシを見て、首を傾げるメリイに今日の宿となる昨日訪れたあのテラスのある建物へと連れて来られ、メリイが契約している部屋へと通される事となる。

 部屋の中の様子は主人の性格が現れるとはよく言うが、整理整頓が行き渡り塵一つ落ちて無いように見える床に、日当たりが良く硝子の入った大きく取られた窓の傍にはテーブルと二つの椅子が用意され、帰って来た者に清潔さと温かさを演出し居心地のよい空間を作り上げていた。

 

「今日からこの部屋で寝泊まりね。家具はそこそこ揃っているから好きに使って、足り無い物は後で買い足していきましょ」

 

「うむうむ、よく掃除が行き届いておるな。ふむ、どうやら奥の部屋が寝室のようじゃが丁度良い、そこの席で師匠たるワシから弟子へ魔術師(ソーサラー)の要となる魔法の発動体である杖を渡そうかのぅ」

 

 部屋の中をざっと見回し椅子に座り、早速発動体として買ったばかりの杖を手渡そうとしたのじゃが、元々メリイは使い慣れた戦闘用の杖を持っていたのであっさり断られ、結局買った杖は使わずメリイの杖を古代魔法<クリエイト・デバイス>によって発動体へと変化させるだけで終わってしもうた。

 これは流石のワシも考えが足らなかったので、恥ずかしくて顔から火が出そうじゃ。

 

「ぐぬぬ、ワシが師匠として弟子に渡す最初の贈り物が、ただの発動体(中身)だけとは情けなくて涙が出そうじゃ。ワシがまだラムリアースに住んでいた頃ならばもっと色々と出来たじゃろうに、本当にワシは情けない! 情けない師匠じゃのぅ」

 

「トオルそろそろ正気に戻って、そんな風にごろごろ転がっている方が一緒にいて恥ずかしいし情けないわ。別に高価な物を贈る事が重要な訳じゃ無いでしょ? あなたが私を弟子だと認め昨日話してくれた魔術師(ソーサラー)として、師匠らしく私に指導してくれることに意味が在るはずよ」

 

 至極落ち着いた声音で言われて「はっ」と起き上がる。

 生前のワシならこんな風にぐだぐだと悩む事はせず、今出来る事を行った筈で今のワシのように床に転がり弟子に慰められる事など無かった筈じゃ。やはりワシの心は肉体が若返り……と言うよりは新生された事で、本当に“若者”になってしまったのじゃろう。

 昔、古代語魔法<シェイプ・チェンジ>で姿を子供に変えた事が在るのじゃが、その時は中身が年寄りのままで不気味な子供になっておったからのぅ。

 神殿ではできない無料の治療を領地の施療院で行う際、姿を子供に変え患者となった子らと目線が同じくなる様に試してみたのじゃが、逆に怖がられて意味が無かった事を思い出す。

 何かの文献で精神は肉体に依存するとは、このことじゃった訳じゃな。

 なるほどと理解が進むと頭の奥の靄が取れてすっきりした気持ちになる。

 

「ふむ、ちょっとばかり恰好を付けたい師匠の気持ちを分かって欲しいものじゃが、確かに今のワシの態度こそ師匠として情けないものじゃったな。なんせこれまでの人生でメリイが初の弟子になるわけじゃし、ワシの中の師匠と言う幻想があったのじゃよ。けどそれも一気に崩れたのじゃ」

 

「恰好だけ繕う師匠なんて必要ないし、私が弟子だったら願い下げよ」

 

 何とも怜悧で頼りになる弟子じゃ、簡潔且つ至極尤もな意見じゃった。

 ワシは取りあえずメリイに伝えたい事はそれこそ山のように沢山あるのじゃが、何事を成すにも今の経済状況では成す事は難しいので、今日の市場を見た限りではワシの知る魔法道具は一切無かったので、簡易的な魔法道具を作成しそれを販売しつつ資金を貯め必要な物を揃えて行きたいと提案する。

 が、あっさり却下されてもうたのじゃ。

 

「何故じゃ? 以前とは違いワシの所属していた魔術師ギルドはこの地には無いから、共通語魔法(コモン・ルーン)を鍵として発動する簡易魔法道具であれば、それほど苦労なく作れる筈じゃしギルドと取り交わした規約や規制(ギアス)ももうワシに関係無いから作り放題じゃぞ!」

 

だから(・・・)でしょ? よく考えてみて、油の要らない昨日の光る魔法があればランプや高価な蝋燭の業者はどう思うかしら? それとあの光の魔法、結局朝まで光っていたそうで随分と目立ったそうだから、突然光り出した燭台を是非調べたいから譲って欲しいって好事家も居たようだけど、結局後から来た“正規軍の者”が持って行ったらしいわ」

 

「ほほう、何とも動きの速い奴らじゃのぅ。しかし、それなら売る相手を変えれば良いだけじゃろ? 商売相手が大きければ入る収入も比例する訳じゃしな」

 

 ふむ、売る相手が個人でなく大きな組織となれば店を持って客を相手にする手間も無くなり、魔法道具作成や研究に使う時間も取れるし良い事尽くめじゃろう。

 道具を作った先からシルバーの山に換わる妄想を思い浮かべていると、向かいに座るメリイはあからさまに大きく溜息を吐いて頭を左右に振る。

 

「……馬鹿ね。そんな風に事が上手く運ぶなら、誰も苦労なんてしないでお金持ちになっているわ。そうね例えばあの光は周りを騒がせたから、あんな物を作り出した輩は軍で取り調べをした後このオルタナの領主がその罪を公にする。何て言って犯人捜し(・・・・)をし出したとしたら、トオルはどうするの?」

 

「何じゃその暴論は!? そんないい加減な事が許される訳が無かろう!! 例え領主が許そうとも偉大なる神ファ「そう領主だからこそ(・・・・・・・)、その暴論は適当な理由を付けて通すだけの力をこの地では持っているわ。つまりトオル個人の幸せよりも、もっと多くの人の利益や領地に役立つと考えたなら投獄する事だって躊躇なんてしない筈よ?」……ぐぬぬ、悔しいがメリイの言う通りかのぅ」

 

 そうじゃった。ワシも立場を変えて考えればメリイの言う通りの事をするじゃろうな。王命に逆らわず己の領地を潤し益になる様な技術など見つかれば、他に漏らす事無く研究を重ねより一層の発展を目指すじゃろう。

 一目で分かるような効果を発する魔法道具の作成は、取りあえずは保留じゃな。

 労せず資金稼ぎができると思えば、作成を開始する以前に躓いたのじゃ。

 

 残念じゃが仕方が無い。ここは地道に義勇兵のように、ゴブリン共は殺さず適当に脅して金目の物を奪い、逃がした後に又捕まえて暫くは貢がせるべきかのぅ? ファラリス神も神話の時代ゴブリン達妖魔を作り使役し、他の神々の作り出した妖精や人間族と戦った訳じゃしな。

 ……まあ一応ワシは人間じゃが、暗黒神に仕える神官でも在る訳じゃしその先兵じゃったゴブリン共から搾取するのは、当然の権利であって至って普通な事なのじゃ。

 

「ふーむ。魔法道具作成の為の資金も何とかせねばならぬが、差し当たっては当座の生活費よな。ちなみにこの部屋の家賃は幾らなのじゃ?」

 

 少しだけ椅子から出窓へと身を乗り出し、外の景色の眺めを堪能しながら訊ねる。

 昨日泊まった宿舎よりも少しだけ広く、寝室も別じゃが同じ四人部屋で一日20カパーじゃったから高くてもそれほどせぬじゃろう。

 まだ1シルバーは残してあるワシは、これでもしっかり者なのじゃ!

 

「この部屋は元々二人部屋でまだ安い方ね。毎日朝食が付いて一月で13シルバーだけど、二人分になれば16シルバーね」

 

(んん? 一月? 一月とはなんじゃ? 月と付くくらいじゃし月の満ち欠けが一巡りする十四日間か? 賢者(セージ)としての技術を習う学問で占星学は習うたが、その様な数え方は聞いた覚えがないぞ!? しかし困ったのぅ、十四日で16シルバーじゃと最低でも8シルバーが必要じゃ!)

 

「そ、そうか。えとな、ワシはその残り1シルバーとちょっとしか持っとらんのじゃ。それでな、えと、足りない分は少しだけ待って欲しいのじゃよー?」

 

「ええ別に構わないわ。トオルが本気で稼ごうとすれば10シルバーくらい簡単に稼いできそうに思うけど、今直ぐは無理として魔法道具を作るつもりなら資金にゴールド以上必要だと考えるのが妥当でしょうからね」

 

「ま、まあワシの実力じゃとそれくらいぱぱぱぱーっと稼いでみせるのじゃよ。大した額でもないし10シルバーくらいの金子を稼ぐのに心配は要らぬ、メリイは安心しておるがよいぞ!」

 

(ゴ、ゴールドじゃと!? そうか、すっかり忘れておったがゴールドもあったんじゃな。1ゴールドは50ガメル(・・・・・・・・・)じゃったが普段ゴールドなど商人や信用取引等にしか使わぬし、額が大きい場合は宝石や魔晶石での支払いもしておったしのぅ……)

 

 くっ、兄上が冒険者になって一人暮らしで自由に過ごしているのを聞いて羨ましく思ったものじゃが、決して楽ではないと言っていた理由。

 これがあの時兄上から噂に聞いた“知らなかったでは済まされない借金と逃げられない厳しい取り立ての現実”と言うものなのじゃろうな。

 神殿での神聖魔法による治療や石化や呪いの解呪は中々に潤う資金源じゃったが、この地ではどうなっておるのかメリイに聞くとともに、街で見かけた引き札や張り紙に軽々しく書かれていた“神官の転職費用(・・・・)”についても問いたださねばならんであろう。

 

 こうして午後は10シルバーと言う額の重さの焦燥感に駆られながら、メリイから聞きだした光明神ルミアリスを崇める神官ギルドの話で潰れるのであった。

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。



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 子供チャレンジ! 最近の子供は逞しいにも程があると思うのじゃー!

 別作品の話も書いてる途中で詰まり、GWをのんびり過ごして
やっとこさ仕上がりましたので投稿致します。

 あと割と長めです。


 結局あの日メリイから聞けた話は、光明神ルミアリスに暗黒神ヘルスカルと白神エルリヒと言う三柱の神が信仰され存在する事、神官への転職と言う不届きな言葉の意味に加えこの地で活動している各種ギルドや、義勇兵と言う組織は基地の維持で手一杯な正規兵の代わりに辺境を取り戻すのに必要な戦力補充の為に作られたとか色々じゃった。

 驚きなのは暗黒神の一柱が忌避されずに信仰の対象として認められている事じゃ。これなら堂々と、偉大なる暗黒神ファラリスの神官と名乗っても問題ないかもしれぬな。

 

 まあワシの考えじゃと、アレクラスト大陸で信仰されていたファラリス神を含めた六大神は知名度がほぼ皆無で、逆にアレクラスト大陸にて知られざる神々らしい三柱がこの地では広く知れ渡り知名度が高く信仰の対象なのじゃろう。

 それと分かった事なのじゃが、転職と言うのも他の技能職である戦士や魔術師を辞めてと言う事であり、元々信仰が根付いているルミアリス神を更に強く敬い崇める事で神官への道に至ると言う意味らしく、別段不敬でも聖職者を馬鹿にしている訳でも無かった事に安堵を覚えるのじゃった。

 

 単純に疑問に思うたのは何故他の技能も一緒に修めようとしないのかじゃったが、その理由はとても簡単な事に詳しい説明を受け気付く。

 そもそも各ギルドでの初期に学べる授業の段階がとても少ない事、たったの七日で学べる範囲しか教われないと言う内容を聞けば、他のギルドも合わせて学ぶと言う事が如何に危うい事なのかが分かる。

 じゃからこそ一本に絞って研鑽を続けて行かなかければ、到底一線で戦うなど命がいくらあっても足りぬし生業として続きはしないのじゃろう。

 

 それにギルドで教わる魔法に関しても短期間で敵と戦えるようにする為か、一つの魔法だけしか教わる事はなく、その一つだけを只管(ひたすら)反復練習を行い確実に行使できるように仕上げられる(・・・・・・)そうじゃ。

 

 最初にギルドに支払う金額も内訳は授業料がほんの少しで、8シルバーの半分以上が渡される装備品に掛かる費用を占めているそうじゃった。それでも中古(場合によっては新品)が多いとは言え本来は8シルバーで購入するには到底値段が足りて無いので、恩義を感じる者はそう簡単に所属したギルドを抜けたりはせぬそうじゃな。

 

 これまでの情報を踏まえて仮にワシの取得している技能の魔術師(ソーサラー)の扱う古代語魔法で同じ事をするとしたら、正魔術師が使う魔法の内狙った対象に白く輝く力体の矢を撃ち込み目標を負傷させる<エネルギー・ボルト>か、効果範囲を指定して目標の空間を眠りの雲で包み込み瞬時に眠りに落とす<スリープ・クラウド>のどちらかを教え込むじゃろう。

 

 この二つが最初に習う敵を害する魔法であり、直接的な負傷を与えるか状態異常を起こし間接的な無防備を作り出すか、どちらを選ぶかで性格が現れるじゃろうな。

 

 尤もメリイは既に神聖魔法を行使出来て、その魔力を感じ取り扱う事も出来るようなので何方の魔法であろうとも習得はただの素人よりも確実に早い筈じゃと思うておる。

 じゃが先ずは基本となる下位古代語(ロー・エンシェント)で習得する予定の魔法の内容と発動に必要な基本精神力と付随する項目と内訳になる距離、効果範囲、持続時間、効果を覚え、それが終われば呪文を上位古代語(ハイ・エンシェント)へと脳内で置き換えて、呪文名と詠唱動作の処理を覚え感覚で行える様になる必要があるので、発音と書き取りによる内容の理解がとても重要となるのじゃ。

 

 ただ単に見様見真似で呪文名と詠唱動作を覚えても、魔術師ギルドを創設した賢者マナ・ライ様の編纂した古代語魔法は発動したりはせぬ。呪文名だけで発動する場合“そう設定された”魔法道具でもない限りは、事故以外で発動する等基本的にはありえぬしな。

 だからこそメリイとの連携も練る必要があるのじゃが、パーティを組んでいた者達と昨日で契約が切れた事と、正式な仲間として登録する意思のない事を仲介役となった者へ伝えに行く必要があるそうなので、こうしてワシは単独行動をしておるわけじゃ。

 目が覚めて朝のお勤めをした後、朝食を食べている時にメリイ曰く――

 

「トオルの事だから一人で狩に出るのもあまり心配はしてないけど、変な事をして街で騒ぎを起こして目立たったりしないかだけが唯一の気懸りだわ。ただでさえ厄介な所(正規軍)に目を付けられそうだったんだから、少しは自重しなさいよ?」

 

 ――何て師匠に向かって言うんじゃから、どれだけワシは弟子から信用されてないんじゃ? ここはワシ一人でも十分な働きが出来る事を知らしめなくてはならぬよな? じゃが目立つなと言われてはどうしようもないのぅ。

 

 どうすれば目立たずに十分な働きが出来たと示せるか悩んでいると、オルタナに来て直ぐに連れて来られたらしい南区の義勇兵団レッドムーン事務所前まで来ていた。

 いくらお金に困っているからと言って、義勇兵になる気はやはりなかったのでさっさと通り過ぎようとして人の群がっていた高札に目を止める。

 

「これで義勇兵のパーティがやられたのは何組目だ? 犠牲者を増やす前に賞金取り下げて正規兵を送り込んだほうがよくないか?」

 

「その正規兵もデッドヘッド監視砦やオークどもの野営地から、それ以上奴らが出てこない様に抑える役目だけで精一杯だろう。だからこそ賞金額を上げて新規で義勇兵を募ってんだろ? 本土から送られてくる荷物に混ざって、商人や正規兵以外にもそれなりに人が集まっているらしいしな」

 

 群がっていた人混みを分け入り、交わされる会話を盗み聞きしながら新しく張り直されたらしい賞金首の張り紙に書かれた内容を目で追う。

 

「ほーん、これが賞金首のぅ。何じゃこのモンスターは? 随分とまた凶悪な面構えをしとるわい。 どれどれ“死の斑”(デッドスポット)とはサイリン鉱山に出没する、黒白斑の毛をした巨大なコボルド? ふむ、突然変異種かコボルドの上位種かのぅ? 倒した際の賞金額が……なんじゃ10を消して倍額の20ゴールドじゃと!! ワシが求めていたのはこれじゃよ、これ!」

 

 ワシの呟きを聞いたらしい両脇に居た者は、互いに顔を見合わせると肩を竦めてゆっくり首を振る。その内の一人がワシを上から下までじろじろと見たあと鼻で笑いおった!

 

「ふん、嬢ちゃんは義勇兵か? だったら悪い事は言わねぇ、止めときな。デッドスポットにとっちゃお前さんなんかきっと一飲みだぜ?」

 

「そうそう、二パーティで挑んでも勝ち目がなかったって話だから、相当な強さらしいし腕の良い兵を集めて倒した所であの賞金額じゃ割に合わんさ、なんたって掛け金は自分の命なんだからよ」

 

「全くだな20ゴールドくらいじゃ、デッドヘッド監視砦のオークを狩ってりゃその内稼げる金額だし、無理をしてまで挑む奴なんて早々いないさ」

 

 どうやら聞こえて来る話の内容から察するに、ワシの心配というよりはデッドスポットを倒す労力に見合った賞金額では無いと言う事に文句を言いたいらしい。

 もっと賞金額が上がれば討伐に動くことも在るかも知れないが、今の所は様子見が有力のようで己の仕事に戻る為か群がっていた者達も徐々に掃けて行った。

 

 あと途中オークがどうとか聞こえたのじゃが、メリイの話じゃとオークとはワシの知る魔術師(ソーサラー)の扱う古代語魔法で作り出した木の従者(パペット・オーク)のことではなく、そう言う固有名の種族名らしい。知っているつもりで勘違いしていて恥ずかしい限りじゃよ。

 何でも緑色の肌をしたワシら人間よりも一回り大きく逞しい肉体を持ち、外見的特徴としては頭が人では無くどちらかと言うと猪に似ているそうじゃ。

 この地にはゴブリン、コボルド、オーク、不死族、エルフ、ドワーフ、セントール、等々他にもワシの知らぬ種族が居ると言う話なので、是非直接見てみたいものじゃな。

 今の所は先程のデッドスポットとこのオークが特に気になるのじゃが、厄介なのがオーク達はオルタナの近くに砦を建てており、今も戦争中らしいと言う事じゃ。

 

 ならばどんな者なのか見てもみたいし、どうなるかはまだ分からぬが当面の目標はこのデッドスポットの討伐じゃな!

 

 20ゴールド、つまりガメルにして1000枚なのじゃよ!

 ……何じゃろ、ガメルに換算すると急にショボく思えてくる。

 生前神殿で行っていた呪いなどの解呪儀式の代金は、礼金を含めてほぼ一万ガメルじゃった事を考えると十分の一の額じゃし、そう感じるのも仕方がないのかもしれんのぅ。

 

「兎に角、まっておれよワシの金貨二十枚、否さデッドスポットよ!」

 

 ところで、サイリン鉱山って何処にあるのじゃ? やはり場所を知らんと話にならんし距離があるなら転移(テレポート)する為に、覚えるのに適した地形を目印にして決めておかねばならん。

 

 早速ワシはサイリン鉱山へ潜り込むために、同じ南区にある職人街の屋台村まで移動し、移動中に食べる物を何点か購入しながらサイリン鉱山の位置情報を集める。

 どうやらサイリン鉱山はオルタナの北門を出て更に北西へ人の足で四時間程の所にあるらしい。と言うか、初めてメリイと出会った場所を先に進んだ方向がサイリン鉱山に進む道で、途中分二手にかれる大きな方の道が辺境元第二都市旧ダムローへ続く道で、更に先でオークが野営地を設けるデッドヘッド監視砦に行けるそうじゃ。

 

 最前線は北にありってところじゃろうか?

 

 屋台村と市場で買い物を済ませたワシは、二日分の水と食料を背負い袋に収める。

 

「なあトオル、サイリン鉱山に行くって本気なのか? 見習い義勇兵になっても最初は無理しないでゴブリンで戦いになれた方がいいって、ギルドのねーちゃんから聞いたぜ。大丈夫なのかー?」

 

「そうだよー。だからね、無茶しないでさー森でペビーでも探さない? 頑張ればわたし達でもペビーくらいならきっと狩れるよー?」

 

「嫌じゃ。ゴブリンなど倒すほどの相手ではないし、ワシは今日中にサイリン鉱山へ行きたいのじ……お主ペビーとはなんじゃ?」

 

 ワシにゴブリンで腕試しをしようと先程から誘っているのはキイツという小僧で、ペビーとやらの狩を提案しておるのが、どこかのほほんとしたミクミじゃ。

 二人ともワシが屋台村で情報を集めているときに、路地から出てきた所でぶつかりそのままへたばってしまったので事情を聞くと、ここ二日ほど水以外碌に大した物を口にしてないと言う事じゃったので、詫びも含め昼餉を馳走してやったのじゃがお蔭でワシの財布の残りは1シルバーと2カパーなのじゃよ。

 

 話を聞くと二人とも西区のスラムを根城にしていて、朝から仕事が無いかオルタナの街の中を探し回っていたそうじゃ。

 しかし中々子供を雇ってくれる場所は無いそうで、あっても競争率が高くしかも毎回必要とされる訳でも無い為に昨日から腹を空かせていたらしい。

 キイツがワシと同じくらいの背丈で暗い茶髪を短く刈った頭をした小僧で、服装は擦り切れたズボンとややぴっちりとしたチュニック……若干小さいのを着ているようじゃな。

 ミクミはワシよりも背が低く、ややふっくらした卵型で愛嬌のある顔立ちをしておるが食事を抜いていたせいか少しばかり窶れておる。それにワシより長い金髪は汚れて結構傷んでいるように見えた。

 服装はキイツもミクミも似たようなものじゃったが、どちらも小型のダガーを持っていてそれなりに使い慣れた風じゃな。

 

 結局ワシは「目立つな」と言われたメリイの言葉に従い、この突如増えた二人の子供を供に森へペビーを探しに行く事に決めた。

 ……決してペビーの肉が美味しいらしいとか、見た事のない動物に惹かれたとかそう言う安易な理由では無いのじゃよ。

 

 二人は西区から外に出る抜け道を知っていると言うので、そこからぐるりと回って門の外で合流することにした。ワシもそこから一緒に行こうと言うたのじゃが、ワシには教えられないと素気無く断られたのじゃ。理由を尋ねるとはっきりとは言わぬが、どうも盗賊ギルドが関わっているらしいのが窺えたので大人しく引き下がった。

 

 下手に藪を突いて、蛇どころかバジリスクを出しては大損じゃからな。

 

 そう言う訳で今日は街外れにある歩哨の立つ北門に着く直前で、空は飛ばずに今回は古代語魔法<コンシール・セルフ>(姿隠しの魔法)を使い正面から堂々と出るつもりじゃった。魂吸いの指輪のお蔭で詠唱動作が要らないと、目立つ事が無いので安心して街中でも魔法が使えるのは注意して見られねばバレ難いし楽でいいのぅ。

 

 そうして門の手前まで来て、二日前にも見かけた真面目に歩哨に立つ見覚えのある二人の兵士の姿に、「うむうむ」と一人頷いておると立ち話がふと耳に届いたのじゃ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「昨日はあの嬢ちゃん来なかったな。案外気付かん内に小っこいから見落としてたりして」

 

「ん? ああ、あの随分と威勢の良い爺臭い口調の嬢ちゃんか? ありゃあかなりの時間外に出せって理屈捏ねては粘ったもんな。最初は挨拶してきたのかと思ったら、俺らの事をそのまま素通りしようとして焦って慌てて摘み上げちまったさ」

 

 今は通行が途切れて暇らしく、不意に相方に話し掛けられた事でその時の事を思い出すかのように摘み上げる動作をする兵士。

 ……ワシだって、まさか摘み上げられるとは思わなかったのじゃよ!

 

「確かに、まさか歩哨の俺ら二人を前に堂々と素通りしようとするとは思わんわな。まあ、あの後街へ戻ったと思ったらどうやって外に出たのか分からんけど、暫く後でぼっちの筈が義勇兵達と一緒になって入って来て門を通るとは思わなかったよな。何処かに抜け道でも作られていたのかね」

 

「様々な荷に商品が運び込まれる南区は元より、この街は城壁に囲まれているだろ。北区は我ら辺境軍の司令本部があるし、抜け道と聞いて心当たりと言えば西区のスラムだろう? 大方そっち(・・・)側の誰かに聞いてから出たんだろうさ」

 

 ゴキリと音を立て首と肩をほぐしつつ、ここからは全く見えぬが手で南区の門がある方向や西区の方を指しながら、他の地区の事情を交えて相方の質問に真面目に返答しているが別に答えを聞きたかった訳でなく、単に思った事を口にしただけのようで持っていた斧槍の先端を地面に下げだらしなく柄に寄り掛かる。

 こ奴ら暇そうなのではなく、本当に暇そのものだったようじゃ。

 それにしてもキイツやミクミの言う話は割とよく知られていることらしいのぅ。

 

「そう言やそうか。だけど馬鹿正直にこっちの門に帰って来たし、あのみすぼらしい格好で一人ぼっちだっただろ? きっと最近流れ着いた孤児か食うに困って大方見習い義勇兵の募集を知って外から来たんだろうな。あの義勇兵達は人数的にはもう六人を超えていたから、やる気があるならきっと最初は荷物持ちからでも頑張るんだろうよ」

 

「あんな小っこい嬢ちゃんがか? 荷物持ちを始めたからって本当に見習い義勇兵になんかなれると本気で思うか? ……たまに居るらしいんだが、西区のスラムからそう言った連中を上手い事言って高めの報酬を前払いで釣り、雇った荷運び役を敵の囮や逃げるときの殿にして盾にする連中がさ。あの子もそう言った奴らに騙されて使い潰されなきゃいいんだが。まあ、俺らが歩哨に立つ時だけでも注意してみていれば避けられるさ」

 

「いやいや、そんな心配要らないと俺は思うな。あの時の何とか俺ら二人を煙に巻いて外に出ようって根性と考えた頭の良さは、そんな連中に騙されたりはしないだろうよ。きっと上手い事取り入って、その内ちゃっかり冗談抜きに義勇兵になっていたりしてな」

 

 こっそり立ち聞きした不穏な内容の話しなど参考にしつつも、ワシを話題に失礼な事も喋っていたから通り過ぎ様に軽く足でも蹴飛ばしてやろうかとも思うたが、そうすると<コンシール・セルフ>の集中が解けてしまい魔法がそんな事で切れるのは、はっきりいって面白くない。

 仕方なく先程の“みすぼらしい”や“ぼっち”と言われた事は不問にしワシは門を通り抜けた。

 

 ――いや、やっぱり我慢はよくないし、今度会ったらぼっちと連呼したひょろい方を文句言って蹴っ飛ばしてやるのじゃ!

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 日もだいぶ高く昇り頬に感じる風の心地よさは中々じゃが、ここは既に森の中。辺りに気を配りながら偶然見つけた複数の足跡を、ワシらは薄らと掻いた額の汗を袖で拭い追っていた。

 

「ふえーのど乾いたねー。ちょっと休もうかー」

 

「なんだよもう疲れたのか? オレはまだまだ平気だぜ! けど、まあトオルも休みたいなら少しだけ休憩もいいかもな」

 

「そうじゃのぅ。飲み過ぎぬ程度に飲むのは構わぬじゃろ。あと二人ともこれも一緒に少しだけ舐めるがよい。ただの塩じゃが無いよりマシじゃ」

 

 ミクミの上げた声で一端立ち止まり、各自が用意した背負い袋を地面に下ろし水袋を取り出すと縛っていた先を緩め、少々革臭い水を口に含む。

 生前行軍の際にこうして水分補給には塩と少量の砂糖を用意したものじゃが、オルタナの市場で買える砂糖は高く今回は用意してない。

 

 一応干した果物も持ってきてはいるが、今は必要ないじゃろう。

 

 オルタナを出て直ぐは道なりに沿って進んでいたつもりじゃったが、ふと気が付けばいつの間にか森の中へと足を踏み入れておったのじゃ。

 理由は簡単で、探索開始直後にキイツがぺビーの姿を見つけ、ミクミが足跡を追い市場で買う様に言われた干し肉を使い、簡易的な罠を作って小ぶりのペビーを小一時間ちょっとで仕留めたからじゃった。

 見た目は可愛らしくて思わず撫でようとしたら、ミクミがあっさりとその首を圧し折るとキイツと共に瞬く間に血抜きと解体を行い、手早く片付けてしもうたのじゃよ。

 何でも西区では鳥やミルミで罠の練習を何度も重ね、今では西区にミルミは寄り付かないそうじゃ。いったいどれだけ罠に仕掛けたのやら。

 

 二人曰く「ミルミはあまり美味しくない」との事じゃった、あの可愛らしいミルミまで食したとは……本当に逞しい子らじゃな。

 

 ワシはその話をペビーの解体中に聞いて遠い目をした。

 

 そう言う訳でこの前のように古代語魔法<ストーン・サーバント>で石の従者でも周りに配置する方が安全なのじゃろうが、二人のお供に見られた場合ワシが妖し過ぎるので止めたのじゃ。

 途中引き返そうかとも思うたのじゃが、そもそもどちらから来たのかワシには既にわからん。でも両隣を歩く二人の歩みに戸惑いが無いのできっと道も分かっておるのじゃろう。

 

「足跡途切れそうだねー。けどまだ追いかけられるから行ってみよー! ペビーのお肉は美味しいし、沢山捕れたら屋台村でも買い取ってくれるからねー」

 

「そうだな。でもペビーの肉もいいけど、俺は断然パルートが食べたいな。屋台村の店で美味い店を知ってんだ。だから金が入ったら絶対三人で食べに行こうぜ!」

 

 水を飲んで少し楽になったのか、先程まで割と無言で歩いていたのにぽんぽん話題が出て来る。と言ってもその中身は欠食童子らしく食べ物の話ばかりじゃがな。

 ワシもここは乗っておくべきかのぅ。

 

「ふむ、パルートとな? いったいどんな食べ物なのじゃ? 興味があるのぅ」

 

「なんだよ、トオルは本当に何にも知らないんだなー? いいかパルートって食いもんは焼いた肉をうすーくきって、パンに挟んで食うんだ。スッゲー美味いんだぜ!」

 

「いいなー、わたしも早くパルート食べてみたいよー」

 

「なるほど。ペビーを首尾よく捕まえた暁には、そのパルートで祝おうぞ。では、水も飲んだしそろそろ先へと進もうか」

 

「おう!」「いこー!」

 

 ミクミが膝下に生える草の茎や葉の踏まれ具合を見て進む方向を定め、他にも得物となりそうなものが居ないかをキイツとワシで互いに確認しながら進んでいる訳じゃが、追っていた足跡以外にも爪らしき物で付けた傷なども序に見つけ、ワシはこの辺りに生息する獣の縄張りに入ったのじゃと思う。

 

 この爪痕と足跡から推測すると……ペビーよりも大きい。狼当たりかのぅ?

 

 基本的に野外で獣道や罠を探すとなれば狩人(レンジャー)の知識や経験が必要じゃが、生憎生前のワシはその様な技能を身に付けたりはしておらん。

 こうして色々と痕跡を見つけられたのは、ミクミとキイツあとは単なる運のお蔭じゃな。

 

 日の光も通しにくい暗い森まで来たのじゃが、普通ならばこの辺りで遭難の心配をする所なのじゃろうけど、キイツもミクミも堂々としたものじゃ。

 二人と違いワシは魂吸いの指輪の“四代前の持ち主”であった、若干目付きの険しい妙齢の女ダークエルフの知識を少々使わせて貰っておるので不安はない。

 今のワシは例えるなら物語を読むような感覚で、森に潜む得物を追う際の動きを追体験しているような感じは中々に新鮮で楽しめる時間じゃった。それに生命力がやたらと強化されているお蔭で、整地されてない地面を歩こうが多少暑さを感じても疲労はほとんど感じない。

 寧ろワシについて来れている二人の体力に少々驚いておるくらいじゃ。

 

 これで弓でも持っておればもっと狩人ぽくって様になったのかも知れぬが、はっきり言うて本格的な狩や探索に行くには随分と舐めた装備で、背負い袋に入れた二日分程度の水と食料に拳大の石ころを十個以外は外套すら持ってきてない。ぱぱっと行って帰って来るつもりじゃったし今のワシの恰好を示すとすれば、ふわふわの髪をぎゅっと束ねる青い髪紐に、新調したばかりの袖の長い革の服と丈夫なズボンと、メリイの古代語魔法の発動体として渡そうと思っておった長めの杖のみ。

 キイツとミクミは言うまでもないじゃろうが、背負い袋と言うよりは頭陀袋で所々ほつれているのが哀愁を誘う。水袋は二人で一つ毛布も半分こ……何気にワシより物を持ってきておる様じゃ。

 

 飲み水に関しては足り無い場合、無理くり魔法で作る事も可能なので節約せずに飲むよう言いつけてある。三人だけのパーティで誰か一人でも倒れると負担が増え、途端に生還率が下がるからじゃ。

 

 指輪の記憶の中に眠る長身のダークエルフとワシを比較すると、手足の長さに身長や胸も何もかも足りぬが、ふわふわな銀髪と信仰する神だけはお揃いなのじゃよ。

 今日はサイリン鉱山に着くのは無理でも、もう一匹ペビーを捕まえるくらいは何とかなるじゃろうと冒険者気分に浸りながらどんどん先へ進む。

 

 ダークエルフお得意の精霊語(サイレント・スピリット)で扱う精霊魔法の知識もあるのじゃが、実際に辺りに居る精霊と具体的に交信する感覚が全く掴めない。ワシには精霊使い(シャーマン)の才能が無いらしく修行を積めば少しは違うのじゃろうが、指輪に眠る折角の精霊使い(シャーマン)技能も今は全く使えんようじゃ。

 もしかすると古代語魔法<シェイプ・チェンジ>で記憶にあるダークエルフの姿に変われば感覚を掴んだりできるかも知れぬが、下手に変化して記憶の表層が極端に流れ込めば人格が混ざる可能性も否定できぬので、余程の事が無ければやる気はおきぬ。

 

 そもそも周囲に漂う精霊力の働きなど全く見えぬし、光と闇、知られざる生命の精霊や土の精霊に風が吹いている現在、風の精霊が働いている事を知識として(・・・・・)は分かっていても、理解の及ばぬ物はやはり分からぬのじゃ。

 だからこうして森を進んではいるものの、狩人技能の無いワシはミクミの探索能力とキイツの眼の良さに頼りっぱなしで、実は絶賛迷子中じゃったりする。

 

 じゃが日の出てる内ならば空を飛べばよいし、最悪転移でもして街に帰る事も出来るから大丈夫なのじゃ!

 

 とまあ周囲から手に入る情報とキイツとミクミの働きで、指輪に収まっている記憶を使いながらペビーの捕獲方法を色々と考えている内に、最初に見つけた足跡の主らしい目標のペビーでは無く、キイツがゴブリンらしき後ろ姿を捉えたと小さな声で囁く。

 

「不味いぜトオル。この先にゴブリンが六匹も居やがる。きっとあいつらが狙っているのもオレ達と同じペビーに違いないぜ」

 

「えぇー。じゃあわたしのペビーは横取りされちゃうのー? せっかくここまでがんばって追い掛けたのにー」

 

「ふむ、キイツよ。他にゴブリンらしき者はおらぬのか? それとペビーの姿は見えたのか? ペビーが見つかって無いのであれば、まだ少しの間は大丈夫じゃろう。それよりもワシらが見つからぬ方が大事じゃな」

 

 キイツは相手の数が多い事に焦っているし、ミクミはその言動からも分かる様にゴブリンを恐れるよりはペビーを取られる方が不満らしい。随分と肝の据わった女子じゃ。

 立ち止まった事で、二人の疲労具合を確かめ思案する。

 

(あれらを追って行けば労せずにペビーを捕まえてくれるかもしれぬ、捕獲後は様子を見て住処まで案内させるか、範囲魔法で眠らせ無力化しペビーを逆に横取りすればよい。棲み処まで行けばお宝があるじゃろうし、それが手に入ればきっと10シルバーなど簡単に稼げるに違いない。ここは下手に手を出さずにこのまま追跡が正解じゃろう)

 

 僅かに見えるゴブリン特有の赤褐色の肌色を目印に、先頭をミクミからキイツに変えて息を潜め三人で暫く後を追っていたのじゃが、どうも少々様子がおかしいことに気付く。

 先頭を歩くゴブリンとそれに続く似たような姿形をしておる個体、あのような体色をしたゴブリンは見た事がないし体格もまちまち。更にゴブリンとは生来赤褐色をした肌が特徴で、黄緑や妙な体色をした(ゴブリン)などおらぬ筈じゃ。

 

 キイツはゴブリンが六匹と言うたが、この薄暗い森の中では見間違いもあり得る。

 ここはもう少し近寄って確認するべきじゃろうか?

 

 この距離ではあちらの会話は碌に聞こえぬが、急に立ち止まり振り返った先頭に居たゴブリン以外は頭を寄せて何やら揉めているようにも見えなくもない。

 じゃが、そうでないかもしれぬ。こんな時こそ精霊使い(シャーマン)がおれば風の精霊を使役して、遠くの音を拾って来れると言うのに残念じゃ。

 

 今手を出すべきか出さざるべきか、それが問題じゃな。

 

「あ奴ら急に立ち止まったが、ペビーでも見つけたのかも知れぬ。ただ動きが妙じゃな……。もしや、ワシらの追跡が気付かれたか? キイツ、ミクミ、二人ともワシの後ろに下がるのじゃ」

 

 ワシは一気に仕留めるか、それとも眠らせるか考えを巡らせる。

 会話で説得も出来ぬわけでは無いじゃろうが、今はキイツとミクミの安全を優先じゃ。

 となれば<スリープ・クラウド>で即眠らせるか、<エネルギー・ボルト>の目標の拡大で十分じゃな。手早く戦闘の算段を頭の中で整えると、障害物の向こう側を覗けるようになる古代語魔法<シースルー>を小さく呟き手早く発動させる。

 これで三分間は目標が何処に隠れようとも、ワシの攻撃魔法の標的となりえるのじゃ。

 

「トオル、一人で六匹を相手なんて無理だ。ここはオレも残る。逃がすならミクミの方が足も速いし体だって小さいから隠れやすい。生き残り易いのは間違い無いぜ」

 

「三人の中でわたしが一番足は速いんだから、キイツが先に逃げれば丁度いいの。でもトオルは武器も杖しか持って無いし、一番どんくさそうだから最初に逃げてねー」

 

 二人はワシの呼び掛けを無視して頭陀袋を地面に投げ捨てると、覚悟を決めた様にダガーを抜いて構える。……二人ともお主ら本当にワシより子供なのか? 辺境で生きる事は子供でさえ一人の戦士へと鍛え上げていくらしい。

 

「二人の心遣い嬉しく思うぞ、じゃがワシにはそんな優しい気遣いは無用なのじゃーって、一番どんくさそうとはどう言う意味じゃ!? こう見えてもワシって結構足は速い方なのじゃよ! 彼の有名な魔女であり賢者でもあるラヴェルナ女史の編纂した写本を手に入れた時は、嬉しくて街中を走り回り見回りの兵士も追いつけなかったくらいじゃからな!」

 

「トオル、お前って見かけによらずスゲー奴だったんだな。だけど魔女だかの本を貰ったくらいで人に迷惑かけんなよ。市場で走り回ったりなんかしたら、屋台のおっちゃん達やねーちゃんに拳骨で怒られるぜ」

 

「人は見かけによらないのよって、こういうことかー。じゃあ逃げるのはキイツが最初で、わたしはその次で最期がトオルねー」

 

 二人はダガーを持った構えを解き、一息つくようにして語る。

 と言ってもキイツは先程の緊張した表情から、一転若干呆れたものに変わり。

 ミクミはペロリと上唇を舐めたあと、ダガー握ったまま右手の一指し指をピンと立てて逃げる順番を訂正した。

 

「ぐぬぅ。酷いのじゃー! 今ビビッと脳裏に二人を背に襲い掛かる六匹のゴブリンを決死の覚悟で杖を構え迎え撃とうとする格好良いワシの姿が浮かんだ筈が、ミクミのせいで逃げる二人を追いかける最中に、滑って転ぶワシの姿に書き替えられたのじゃー! 肖像権の侵害に加え謝罪と賠償を請求するのじゃー!」

 

 未だ頭を寄せ合っているらしいゴブリンに対し、むしゃくしゃした気分をぶつけるべく首から下げた財布に入った最後の1シルバーを親指で弾き、掌に落とす。

 

 ピイン と澄んだ音が耳にの奥まで響く。

 

 表なら取りあえず眠らせて裏なら一気に殲滅する……表じゃ!

 

 ワシは掌の中のコインを握り締めた。

 先ずは古代語魔法<スリープ・クラウド>で眠らせペビーはワシらが狩る。

 こちらは木々に隠れながらでも、最初に掛けた<シースルー>のお蔭で相手の姿ははっきり見えるので、後は発動の鍵となる呪文名を唱えるだけじゃ。

 右手を突きだし発動体となる魂吸いの指輪へと、魔力を注ぎ込む。

 

「ほほほ! 醜い子鬼達よ、我が眠りの雲に驚く間もなくその意識を刈り取られるがよいぞ!<スリープ・クラウド>」

 

 ……妖精さん(付与魔術師の亡霊)が表層意識に一瞬でてきたのじゃが狙い通り絶妙な範囲指定によって、ゴブリン共はワシの発動させた眠りの雲による魔法に抵抗出来ず、一斉に眠りに落ちるとパタパタと地面に倒れる姿を視界に捉えた……筈じゃったが、先頭に居た一匹だけが何の奇跡か魔法の抵抗に成功し、魔法と同時にワシに背中を向けた最奥に居たゴブリンは、持っていたらしい弓に矢を番え何かを撃った。

 

 撃った先を見通そうとして<シースルー>の魔法効果が惜しくも切れる。

 

「おお! 何だかよく分からねえけどピカッとしたらゴブリンが一気に倒れたぜ! 今のって魔法か? 魔法だよな? トオルがやったんだな? お前スゲー!」

 

「今のが魔法なのー? わたしも! わたしも魔法使いたい! トオル、ねえ、わたしにも教えて教えてー!」

 

「うむうむ、もっと褒めても良いのじゃよー今のが魔法じゃ。黙っていて悪かったが、ワシは導師級魔術師(ソーサラー)なのじゃよ。先程使ったのは「眠りの雲」と呼ばれる魔法じゃ。しかし喜ぶのはまだ早い、一匹だけ眠りから逃れ起きている者がいる。気を抜くでないぞ?」

 

「おう!」「はーい!」

 

 二人は興奮した様子を隠さずに、瞳をキラキラと輝かせて返事をする。

 うむうむ、魔法の成功や失敗に喜んだり沈んだりした若い頃のワシを思い出すのぅ。

 過去に浸るよりも残ったゴブリンに注視するが、視界の先では獲物に矢が当たったのかぴょんと小さく飛び上がって喜びを表し、早速とばかりに弓を持ちかえ腰に差していた剣を抜いて前方へと一人(匹)走り出すゴブリン。

 

 後ろで仲間が眠っている事は、全く目に入って無かったようで安心したわ。

 

 距離がある為小さくそれでも微かに聞こえた声は、ゴブリン語で『やった! 突撃だー!』と調子外れに上ずっていたように感じた。

 普通魔法に抵抗した場合不審に思い警戒くらいする筈が、全くその素振りが見えずまるで財宝を見つけたドラゴンのように脇目も振らない様子は、ワシらだけでなくゴブリンにとってもお宝であるペビーを捉えたのかも知れない。

 ワシは「ありえそうじゃな」と一つ頷くと、つるりとした己の滑らかな顎を撫でてゴブリンが進んだ先の様子を窺うが茂みが邪魔過ぎるのじゃ。

 

 年を重ねると自然と独り言が多くなるものじゃな。

 

 やはり獲物はペビーであったのじゃろかと、確認するのに茂みを左に迂回して移動しゴブリンが突撃して行った先を覗いて驚く。

 

 何故なら縄張りを同じように散策していたらしい黒色の毛を生やした狼の八匹ほどの小集団が、ペビーを仕留めたゴブリンへ正面から襲い掛かっていたからじゃ。

 あのゴブリンに勝機があるとすれば……いや無かろうな、運悪く矢が当たったらしいペビーは地面に倒れ既に事切れているようじゃが、それを横から持ち去ろうとしたのがあの狼達なのじゃろう。

 そこからの展開は最初こそゴブリンに勢いがあり、『突撃! 突撃―!』と再度必死に叫ぶが、仲間が眠りこけている事に気付かずどこからも返事が来る気配もなく次第に叫ぶ力も無いほど負傷を重ね己の流した血に沈む。

 

 必死に叫んでいたあの『突撃』は、虚しく森の中へ木霊するだけじゃった。

 

 死んだと思われるゴブリンに哀れと聖印を切っていると、同じようにして覗き見ていたキイツが横で「ヤバイ、あれって森の掃除屋の黒狼だ」と切羽詰まった声で呟く。

 隣に居たミクミも食い千切られて小さくなって行くゴブリンを見て「は、早く速く逃げなきゃ、でもでも」と怯え切って同じ言葉を繰り返す。

 どうしたものかと思案していると、臭いを嗅ぎつけたのか群れの中の一匹が吠えだし反応した内三匹がまだ眠ったままのゴブリン達へと駆けだし再度襲い掛かる。

 突然奇襲された形になったゴブリン達は、数の多さなど関係無いとばかりに蹂躙され肉片へと変わった。

 

 あれでは森の掃除屋というよりは、森の散らかし屋に改名するべきじゃろうな。

 

「二人とも安心せい、よいか? よく聞くのじゃ。今からワシは魔法で宙に浮き狼の爪と牙が届かぬ位置へ移動する。じゃから確りとワシに掴っておるのじゃぞ? 何が在ろうと絶対に離してはならぬ。離せばあのゴブリンのようになってしまうからのぅ」

 

「ええ? 何言ってんだよ! いくら魔法があったって人が浮く分けないだろ!」

 

「うん、わかった。トオルの魔法なら信じる。絶対落とさないでね」

 

「はあ!? ミクミもトオルも怖くてどうかしちゃったんだな。今なら間に合うかも知れないから、走るんだ急いで逃げれ!」

 

 走って逃げた所で狼の足の速さには到底及ばぬ。誰かが犠牲になっている間に少しでも遠くに離れるのが精一杯で、全員が怪我一つ無く助かるにはこれしか無い。

 攻撃魔法で一気に殲滅も考えたが、動きの速い狼八匹に対して範囲魔法や単体魔法を撃っても下手をすれば二人を撒き込み兼ねん。

 ワシは形こそ小柄で小娘じゃが、身体能力は既に成人した大人と変わらぬばかりか魂吸いの指輪のお蔭で一部は大幅に量増しされておる。

 

 子供を二人くらい抱えるくらいならば、何ら支障はないのじゃ。

 

「万物の根源たるマナよ、我を大地の束縛たる軛から僅かなる間解き放ちたまえ!<レビテーション>」

 

 狼が此方へ近づく前にゆっくりと宙に上昇し、驚くキイツを左手で掴み上げミクミが背負い袋と背中の間に腕を通し確りと抱き付いたのを確認し、二人が落ちない様に支える。

 

「わわっ! スゲーよ! オレ達本当に宙に浮いてる! トオル! 魔法ってスゲーぜ!」

 

「うわー! うわー! わたしも魔法を習えばトオルみたいに飛べるのー? ねえねえ!」

 

 さっきまで怯え切っていた二人は宙に浮かび上がった事で、狼の脅威から逃れた事も相まってかゴブリンを眠らせた時よりも興奮し、声を大にしてワシに話し掛けた。

 こうまで喜ばれると怖い思いをさせた事が余計に申し訳なく思うのぅ。

 足下では黒狼達がワシを見て激しく吠え立て飛びかかって来るが、地面に転がるだけで全く届く様子はない。

 

「そうさのぅ。三年程師に学び確りと勉強をすれば出来なくもない筈じゃな。ワシもそうやって長年の研鑽を積重ねて今の魔法を使える様になったのじゃよ。焦らずに学ぶ姿勢が大切なのじゃ経験したワシが言うのじゃから間違いは無いぞ」

 

「勉強かぁ、オレ勉強は苦手だなぁ」「三年、三年だけ頑張れば宙に浮けるー!」

 

「さて、森の掃除屋には悪いがここで退場して貰わねば降りれぬしな。ミクミよ、背負い袋の中から石ころを一個ずつ手渡してはくれぬか?」

 

「あっ、オレ分かったぜ! 石をあいつらにぶつけて追い払うんだろ? トオルの代わりにオレが当ててやろうか?」

 

「ちょっとまってね……はい。けど石ころなんてどうするの? 数も少ないし当てても逃げなかったら困るよー?」

 

「まあここはワシに任せて欲しいのじゃよ。我が石の従者よ狼達を何処までも追い掛けよ!<ストーン・サーバント>」

 

 手渡して貰った石ころに<ストーン・サーバント>を唱え、地面に落とした頃には人間大の石の従者となりワシの命令通りに黒狼達を追いかけ始める。

 次々と大きくなって狼を追い立てる石の従者を見て、キイツもミクミも大いに納得しワシにしがみ付きながら石の従者を応援しだす。

 

「ほらそこ! ああっ惜しい。頑張れ! 行け! 捕まえろ!」

 

「いけーいけー! どんどん追いかけてー狼なんておっぱらっちゃえー!」

 

 これで黒狼達は遠くへ行くじゃろう。石の従者は攻撃も反撃もせぬが、ワシの命令通り効果時間が切れるまでは延々と何処までも追いかける。

 それに多少攻撃されようとも、石で出来た体に爪と牙がどれほど役に立つか。

 安易に殺すのは忍びないし効果時間を倍にしておいたから、狼達も暫くはこの辺りに戻っては来れぬじゃろう。

 

「さて、そろそろ安心じゃから下へ降りようかのぅ。降りたら体の残ったゴブリン共を埋葬してやらんとな。下手に放置し不死者の王の呪いでアンデッドになられては困るしのぅ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 体の大半を残したゴブリンの遺体を小さく解体し、二体のストーン・サーバントの力で地面を掘らせ、それらを地中深く埋めた後、ワシら三人はオルタナへと戻りゴブリンが倒したペビーは殆ど無傷だったので解体した後売り捌き、ゴブリンの持ち物もメリイと行った店や二人の顔馴染みの店に行きそこそこの収入となったので三人で分けたあと、キイツの提案でオルタナ北区にある「ヨロズ預かり商会」という変わった店員が店番をする商会に行き預けた。

 

 ワシはこの埋葬時初めてゴブリンが、赤褐色の肌色以外にも存在する事を知る。

 

「ふーむ、冒険者ギルドの走りみたいな店もあったんじゃな、ワシの情報収集不足じゃったわ。それにしても預かり賃が百分の一とはかなり安いのぅ。有難い事じゃな」

 

 ペビー二匹と、ゴブリンの持ち物を換金し一人頭3シルバーと22カパーになった。

 それにしてもお金を預けるときに右手を掴まれ「随分と変わった物を装備しているな。それを重石に感じた時はいつでも預けに来ると良い。尤も金以外の預かり賃は鑑定評価額の五十分の一だがな。ではまた金をたっぷり貯めて来るがいい」と言った金縁モノクルを付けた嬢ちゃんが、革張りの椅子に踏ん反り返って、煙管をぷかぁーっと吹かして唇を笑みに歪めておったのがとても印象的じゃったな。

 

 というか、あの金縁のモノクルもしかすると魔法道具かのぅ? 何やらワシの右人差し指に同化しておる魂吸いの指輪に気付いておったようじゃし。

 重石になったら預けに来いとは、随分と遠回しなお節介じゃったな。

 今はヨロズ預かり商会を離れ、懐も少し暖まったので約束を果たす為に南区の屋台村へと移動中じゃ。

 

「やったぜー!3シルバーを預けても19カパーもあればパルートをいっぱい食えるぜーひゃほーう!」

 

「これで三人みんなパルートを食べに行けるね! ペビーのお肉も食べたかったけど、わたしお金貯めて魔術師ギルドに通って魔法を習うんだ!」

 

 夕日は既に沈みかけ、もうじきこの辺りは薄暗い闇へと色を変えるだろう。

 其処彼処では浮かれた声が聞こえ、街は昼と違った夜の顔を見せ始める。

 

「あー、それなんじゃがな。先ず今日見た魔法は全て秘密にして欲しいのじゃ。とは言ってもうっかり喋ってしまう事が在っても咎めはせぬ。それに宙を浮いたなど誰も信用せぬじゃろうしな」

 

 そう言って二人に向かってニヤリと笑ってやると、釣られたようにして二人もあの時の事を思い出したのか頬を弛めて笑みを浮かべて返す。

 

「それと、ミクミには悪いがこのオルタナの街にある魔術師ギルドでは、今日ワシが使った魔法はどれも教わる事は出来ぬ「ええー!? なんでー!! トオルは嘘ついたのー!?」落ち着くのじゃ。嘘ではない」

 

 言葉を一度区切るとミクミの眼の高さへと合わせ、瞳を見つめながら話を続ける。

 

「もし本気であの魔法を教わりたいと願うのならば、お主は決断せねばならぬ。あの魔法を教えられるのはこのオルタナにはワシ一人しかおらん。じゃから「そこまでにして貰おうかお嬢ちゃん? 先にこの子らにツバ着けといたのは私らなんだからね」ほう、ツバとは随分な言いかたじゃが、何処の何方様かのぅ?」

 

「あっ、ねー「キイツ、先生だろ?」はいっ! バルバラ先生! だけど、本当にトオルは別にそんなんじゃ無くて、ただオレ達と一緒にペビーを狩に「ペビーを狩りに行っただけで3シルバーもヨロズに預けられたって? たった子供三人だけでかい?」……うん。けど嘘じゃないんだ」

 

 ワシとミクミの間に手を差し込み逆光で顔がはっきりとは見えないが、眼鏡をかけた女性らしい事は声の高さや質からも窺えた。

 ミクミはバルバラと言うらしい女性が怒っていると勘違いしてか、目に涙を溜めてぐっと口を引き結んで泣かない様に耐えている。

 

 子供にしては違和感のある二人の身のこなしや、ゴブリンら敵を前にしての覚悟を持って対峙する心構えを教えたのもこの御仁じゃろう。

 二人の生い立ちを聞いた覚えは無いが、例え飢えても性根は真っ直ぐだったことも間違い無くこの女性の生き方が影響している筈じゃ。

 途轍もなく大きい。ワシには到底真似できる生き方では無いじゃろう。

 

 仕方あるまいワシから事情を話さなければ、このままでは埒が明かぬからな。

 

「あー、済まぬ。ワシが無理を言って二人を森の奥まで連れて行ってしまってな。それで予想外の事に出くわしその結果儲けた泡銭じゃから、犯罪になる様な行いは決してこの子らは関与しておらん。ワシの命と信仰する神の名に掛けて誓おうぞ」

 

 聖印を切って軽く光らせると、やっとバルバラと呼ばれた女性から発せられていたワシのみ(・・)に対する威圧と殺気が緩む。やれやれ、まるで子供を目の前で攫われた母ドラゴンの様じゃな。言葉が震えるのを押さえるだけで大変じゃったわい。

 

「「ええっ!? トオルは魔法も使えるのに本当は神官だったの!!」」

 

「うむ、ワシはこう見えて歌って踊れる神官なのじゃよー? 驚いたかのぅ?」

 

 とぼけた風に言ってやると、雰囲気がやっとこ変わりキイツやミクミにも笑顔が戻って来る。

 うむうむ、やはり子供は笑っておる顔が一番じゃな。

 

「……勘違い、だったようだね。最近何かと物騒でねぇ、西区を根城にしてるスラムの子供達にも口をすっぱくして言っているんだけど、中々言う事を聞いてくれなくてね。困ったもんさ」

 

 腹が空いて飢えれば分別のある大人であろうと、簡単に犯罪に流される事をワシはとぉーっても良く知っておる。なんせワシの崇める暗黒神ファラリスは自由を尊ぶ神じゃからな! そうして破滅の道を直走って行った輩を随分と見たもんじゃ。

 じゃからこそ、ワシは切実にそうなりたくはなかった故こうして今も無事なのじゃからな。

 

「うむうむ、分かっておる気にするでない。が、子がどのように先を見据え道を切り開くかは大人がでしゃばるべきではないともワシは思う。精々がどのように進めばよいのかヒントを与えるまでが勤めじゃと考えるがどうじゃろ? ミクミもキイツも選択肢を増やすと考えるならば問題はないのではないかな?」

 

「まさかルミアリスの神殿で神学でも学ばせようって事かい?」

 

 バルバラの声には若干疲れたような、呆れたような響きが混ざっていた。

 

「ふむ? ワシは光明神ルミアリスの信徒ではないし、ミクミやキイツが学びたいのは別の学問じゃよ。強いて言うならこの世に存在する、万物の事象とその在り方を変える為の方法を学ぶ事かのぅ?」

 

「ややこしいね。あんた本当に見かけ通りの年齢なのかい? まるでヨロズ預かりの……いや、何でもない。兎に角あんたの言う通り、選ぶのは二人の意思に任せるわ。二人ともそれでいいね?」

 

 この後バルバラの返事にキイツとミクミが何と答えたかは言うまでもなく、バルバラを伴い四人揃ってパルートを美味しく頂き「また明日」と言って分かれた。

 じゃが帰宅後にメリイに冷え冷えとした視線と口調で「随分遅かったわね」と言われ、「それで夕飯は?」と聞かれ「……食べた」と答えたワシはとてもとても肩身の狭い思いをしたのは、弟子を待たせた上に借金まである師匠としては当然の事である。

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。

 今回素敵で無敵で原作では()Sな助言者(メンター)バルバラ先生をゲスト出演させたのですが、口調やキャラが違うと言う突っ込みありましたら、そちらも受け付けております。
 オリキャラ増やしてごめんなさい! 二話に分けなくてごめんなさい! バルバラ先生ごめんなさい! 別作品更新遅くてごめんなさい! 以上!

 ネOリベいらないよ様の感想にあった魔法の効果の間違いを教えて頂いたので、ゴブリンの遺体を古代語魔法<アシッド・クラウド>で溶かした~の文章をストーン・サーバント二体に掘らせた穴へ埋めた的な表現に、差し替えさせて貰いました。


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 干物って美味しいよね。けど偶に噛んだ時にゴリッと固いのは勘弁なのじゃー! ……歯が欠けよった。

 かなーり御無沙汰になってしまってますが、早起きして六話目を投下。
 深夜アニメで「灰と幻想のグリムガル」の放映が終わってから、友人に勧められ書き出した本作品ですが、目標は在ってもそろそろ短編から連載に変えるか検討中、そこまで書き終わらんのよ……。


 キイツとミクミ、それにバルバラと言う名の二人が“先生”と呼んだ女性を加え約束のパルートを四人で注文待ちして簡易的なテーブル席に座っていた時に、暇を持て余してかキイツが「あのなー」と語り出すには以前はバルバラを「ねーちゃん」呼びでもよかったそうじゃが、先日から「ねーちゃんじゃなく、せ・ん・せ・い。と呼びな」と言われたとぼやく。

 何でもバルバラは盗賊ギルドで所属するギルド員に、盗賊の動きや技術などを手解きする教師役でもある助言者(メンター)と呼ばれる程の腕を持ち、新しくギルド員に登録した初心者の担当になった時に「先生」と呼ばれたのが余程御気に召したようで、それが切っ掛だったらしい。

 

「スッゲー自慢されたんだぜ!」とキイツが話し終えると、隣に座っていたバルバラに「余計な事は言わなくていい!」と頭を小突かれた姿を見て、ミクミも「わたしも混ぜてー」と声を上げ一緒になってキイツの柔らかそうな頬をぷにぷにと突いている。

 

 そんな風にワシの正面で繰り広げられる癒し空間に頬を弛めていると、我に返ったバルバラに子供だけで街を出て森に行くのは当然許されてない事だし、キイツとミクミの二人はよく知らない“ワシみたいな怪しい奴”に簡単に着いて行くなと叱られ、ワシは子供三人だけで街を出るのは自殺行為だとたっぷりと怒られた。

 

 ……ワシの身長から子供のように見えたのは仕方ないとしても、怪しい奴だと言われた上に怒られるのは理不尽じゃっ!

 

 続けられるバルバラの説教の内容としては、例え一人でなく三人だろうと街の外に出るなら“戦える大人”が付いてない子供=死が待ち受けているのが辺境での常識であり、伊達に要塞都市等と呼ばれている人間族と他種族の“境界線”では無いのじゃと、デッドヘッド監視砦方面や旧市街ダムローから来るゴブリンに加え、稀に遭遇するゾンビ、それに突発的なオーク達の強襲の危険性を語って聞かせる。

 

 以前聞いたたオークの情報よりも更に詳しい事が聞けそうなので、ワシはわくわくしながらバルバラの話に耳を傾けた。

 

 尤もワシの右斜め向かいに座るキイツとミクミは全然聞いている様子は無く、「なっ? オレの言った通りパルートはうめーだろ!」「うん、本当においしーねー」とニコニコ顔で届いたばかりの出来たてパルートを頬張っていたが、噛み付いた時にパンの間から肉汁が垂れだし「こらこらあんた達、もっと上手に食べな」と文句混じりに手拭いで、バルバラに口の端を拭われて擽ったそうに笑顔で嫌がる二人の様はまるで本当の親子のようじゃ。

 

 バルバラたちを見て少しだけ転生の際、記憶が流れ込んだ時に見た小さな赤子であったワシを見下ろし胸に抱く母上を思いだす。

 

 もし今思ったままを口に出したならば、ワシはどうなっていたであろう? 最初に出会った時に見た眼鏡の奥に宿る鋭い眼光がワシを射抜いた事を思い出しに寒気を覚える。しかもバルバラと目が合った時に、さり気なく腰のダガーに左手が添えられていたのは冗談じゃよな? ……これだから高位の盗賊は油断ならぬ。別に恥ずかしがる様な事では無いであろうに、全く照れ屋な小娘は面倒でいかん。もっと堂々と己の欲に忠実でなければな。

 

 しかし、こんな些細な事で本気で腹を立てられては少々怖いのぅ。詠唱の動きを阻害する防具を本来着られない魔術師(ソーサラー)の天敵は、前衛に立ち鎧を着て武器を振り回す脳筋(戦士)ではなく、視界の影から襲い掛かる暗殺者(盗賊)なのは間違い無いのじゃからな。

 

 まあバルバラが気を取り直し教えてくれる話からすると、やはりゴブリンよりもオークの方が一枚上手のようで、戦いを生業にする者の間でよく言われるのが「辺境ではオークを一対一で仕留めて一人前だ」そうで、ゴブリン程度を倒せても自慢にはならず一人前とは認められないそうじゃ。

 前衛職は別として、魔法を主として使う者には中々に厳しい難易度に感じるのは、基本的に本来ワシは後衛を担当する司祭(プリ―スト)でもあり魔術師(ソーサラー)だからじゃろうか? 一応神官戦士の真似事も出来なくは無いが、今の装備では少々無理があるのじゃよ。

 

 まあ兎に角そうやってテーブルの向かいに座るバルバラは、二体の違いや特徴を色々と身振り手振りを交えて丁寧に説明してくれる。

 オークはゴブリンよりも体格に優れ、鍛えた筋肉と厚い脂肪層がダガーの刃先程度なら鈍らせ狙った箇所を刺しても致命傷にならず、中々手強く見習い義勇兵が最初に相対するには荷が重い相手でもあると付け加えられた。

 バルバラの実践から培ったらしい話を聞きながら、自分の分を粗方食べ終わったキイツが名残惜しそうに手に着いた肉汁とソースを舐め取り、まだワシの手元の皿にあるパルートを見つめて話を合わせるように呟く。

 

「今日見たゴブリン一匹くらいならオレだって倒せそうだけど、まだオークは無理だなぁ。一度だけ姿を遠目に見たんだけど、図体はでかいし鎧を着ててあれじゃダガーの刃が全然通らないぜー」

 

「んー、それなら、罠に引っ掛けよー? きっと二人ならできるし、トオルも居てくれれば絶対倒せるよねー」

 

 ミクミも丁度食べ終わったのか、キイツの残念そうな呟きに対し所々つっかえながら答える……指を舐めながら喋るからそうなったのじゃが、二人とも喋りながらも視線がワシに向いているのに気付き、なるほどと思い快く食べかけのパルートを三つに割って大き目の二つを手渡す。

 

 実は二個目からはバルバラの奢りなのじゃが、ワシはやっと二個目に取りかかった所でキイツとミクミはもう三個を平らげており、その底なしの食欲に驚きながら「やったー!」と喜んで食べる二人と、此方に済まなそうに苦笑いをするバルバラに笑って首を振る。

 子供は少しくらい己の欲望に忠実で良いのじゃ、それを寛容に受け止めるのもまた偉大なるファラリス神の教えにも沿う事になるのじゃから。

 そう、まだワシが悩み多き若かりし日の頃『汝己の欲するがままに生きよ、しかして因果は汝に還らん』とあの時聞こえたのは、まさに今に続く天啓じゃったしな。

 

 しかし、バルバラの話を聞くと義勇兵団事務所前の高札を見てワシは賞金付のデッドスポットを当面の目標に据えはしたが、三人の話を総合するにデッドスポットの前に一度くらいはオークと対峙し、その強さと生態を確認するべきじゃろうなと、ワシは適当に相槌を打ちながらまだ温かい小さくなった残りのパルートを一口含んで噛み千切り思った。

 

 普段は人に溢れ活気を感じられるオルタナの街も、実際は正規兵や義勇兵の働きで支えられ割と限界に近い所で持ちこたえているのじゃと、辺境生まれの人間よりも本土から来た者ほど噂話には聞いていても、それを肌で感じられる者はどうやら少ないらしい。

 本土から辺境に渡る道は重要な補給路でもある為に、騎士を連れた正規兵の巡回や商人の雇った護衛等の後に続いて来れば、単独での旅よりも比較的安全に来られるのも原因の一つじゃろう事がバルバラの話からも窺える。

 

 戦う術を知らぬ者が辺境で生き抜くのは、本土で生きるよりも尚過酷だとキイツとミクミ、二人の頭を撫でながらバルバラに付け加えられた。

 二人の生い立ちは始終語られる事は無かったが、親兄弟が居る気配を感じないこの子らには真に今困難な生を送っているのじゃろう。

 

 それこそ身内の者が襲われ亡くなってでも無い限り、オルタナで普通に生活する上では滅多に他種族の暴威に曝される事がないので、危険に対する意識の格差は余計に開く。

 とは言っても西区生まれでそこに住む者と比べれば、閑静な住宅街である東区に住む一定以上の富裕層は、自前で雇った専属の警備も居るらしいので襲われる脅威など微塵も感じていないじゃろうな。

 それから森で出会ったゴブリンや黒狼の話になり、そこで更にペビー以外に意外と凶暴でいて直ぐ逃げだす穴鼠や、灰色狼にワシの知る三柱の神の内“白神エルリヒ”の眷族の白狼と、対となる黒狼を眷族とする“黒神ライギル”等新たな知識を得ることが出来た実に充実した時間じゃった。

 

 

 

 

 

 ――と言う話を、ワシが一日何をやっておったのか詳細を思い出しながら、夕飯を一緒に取ろうと待って居て機嫌を損ねたメリイと会話するだけで随分と緊張を強いられる時間じゃったのじゃが、全て己の所業の結果なので誰に文句を言える訳でも無く、昼間の森での狩の成果や西区に住む話に出てきたキイツとミクミの二人も、メリイに続き新たな弟子に迎えるかもしれないと説明すると更に不機嫌極まった様じゃ。

 そこまで話を聞いていたメリイには「私のことは放って置いて、もう新しい弟子を二人も迎える? ……トオルって随分と適当な師匠なのね」なんて言って、二人分の夕飯を無理矢理食べ終えた食器を持ち部屋の外へと持って行く。

 

 もうこれは、完全に怒り心頭で激おこぷんぷんなのじゃよ! ……うん? げきおこぷんぷんって何じゃ? ゲキオ・コプ・ンプンじゃと、まるで何かの呪文の詠唱みたいじゃな。

 

 食器が片付けられ何も無くなった卓に額を押し付けながら、ワシの居ない時間を気にしているじゃろうと思い、忘れぬうちに全部話したのが逆に機嫌を悪くさせる原因に成っててしもうたと後悔する。

 メリイが部屋に戻って来る前に何とかしてワシとの間に漂う雰囲気を払拭せねば、明日から顔も合わせてもくれぬかもしれぬ。

 

 いや、下手をすればこの部屋から追い出されるやも知れん。ヨロズ預かり商会に預けた3シルバーと首から下げた財布に入った1シルバーと36カパーでは、碌な宿にも止まれぬし魔術師(ソーサラー)の修行をさせる場所にも事欠くので、筆記道具だけを持って最悪晴れを願い野外授業かのぅ。

 

 そうこう考えている内に食器を食堂へと戻して部屋に入ってきたメリイは、やはり不機嫌そうにワシとは視線を合わさずに卓の向かい側へと座る。

 ……黙ってはいるが文句も言わず正面に座ると言う意味は、まだワシにもこの状況を挽回する機会があるのじゃと思うて最期の希望に縋り遠慮がちに口を開く。

 

「あー、そのじゃな。えっと、メリイはどうじゃった? いやほらな、メリイと出会った日に早々に分かれたパーティがおったじゃろ? 色好い返事は貰えたのかと思ってじゃな」

 

 なんでワシはこんなに緊張しておるんじゃろ? メリイとは同じ部屋で寝食を共にする師匠と弟子でありもう仲間の一員じゃと思っておる。

 じゃからこんな些細な事でやきもきするのは変なのじゃが、例えるなら屋敷の花瓶を誤って割ってしまい父上に叱られる時や、兄上が大事にしていた<エンチャント・ウェポン>の共通語魔法(コモン・ルーン)の指輪を、その構造がどうしても知りたくて勝手に分解して拳骨を貰う前の気分じゃ。

 

 己でもよく分らぬ不可解な胸に湧き上がる感情に内心首を傾げるが、メリイが溜息を吐き此方を向きその大きな瞳がワシと正面から合わさって、ようやっとその正体が分かった。

 ワシはメリイに、初めて出来た可愛く思う弟子に“嫌われる事を恐れている”のじゃと。

 

「どうだっていいでしょ。……って、そうじゃない。違うの」

 

 一度そこまで口に出した後、メリイは窓の外へと顔を逸らし深呼吸をする。

 卓の上に乗せていた手を所在無気に彷徨わせ、右手が左腕に添えられるとまるでそこが所定の位置だとでも言う様に、きゅっと掴むと少しだけ俯く。

 どうだってよい、と耳に入った瞬間息が詰まり息苦しさを感じたのじゃが、メリイの仕草は迷い子のそれで自分で言った言葉に悔いているようにしか見えず、ワシは心配になって立ち上がり傍まで寄ってメリイの肩に手を置きながら、もしや昼間何かあったのではないかと不安に駆られた。

 

「ごめんなさい。これじゃ折角トオルに一番弟子にして貰った意味が無いわね。いつの間にか苛立って相手に答える時の癖になるほど口にしていた。どうだっていい事なんて本当はある訳無いのにね。私が、悪かったわ」

 

 何か喋ろうとするが思う様に話す事が出来ず、不手際があったのはワシの方なので早々に謝り何か他の話題を振って気分を変えようかと考えた。こんな時ワシに吟遊詩人(バード)の才能が少しでもあれば、気の利いた言葉でもって気持ちを和らげたり出来るのじゃろうが、残念ながらワシは語り継がれる伝承知識を集めたりはしたが楽器を奏でながら歌唱で人を喜ばせる事など到底出来ぬ。

 じゃが、メリイが話した「一番弟子」と言う言葉の響きがとても嬉しくて、椅子に座る事でやっと背の高さが上になったワシはメリイの肩を軽く力を込めて一度叩く。

 

「ふははっ! ワシこそこんな可愛い一番弟子を放って置いて勝手にふらふらと出歩いて済まぬ。明日からは確りと魔術師(ソーサラー)の修行を始めようぞ」

 

 ニコニコしながらそう宣言すると、メリイは少しだけ恥ずかしいようなそれでいて困ったように、微かに口の端が笑みを形作った気がする。

 

 結局その後聞けた話では、前のパーティとの契約更新解除と登録はしない旨は伝える事を出来たそうじゃが、驚いた事に相手側がそもそもパーティ自体を解散していたそうじゃ。

 と言うのも暗闇に対し心を病んでいた男が居たが、更にその男に依存していたらしいもう一人の優男が「もう二度とあんな思いは嫌だっ!」と二人でオルタナを出奔したようで、仕方なく再編成する為にもパーティを一度解散して今迄着いていた悪い心象を払拭し、再度仲間を募る為の募集を開始していた。

 しかもその新たな仲間にはメリイではなく、一応不自然さを消す為に神官だと名乗っていたワシを誘えないか聞いてくれと、メリイと繋ぎを取れる仲介役に言伝を頼まれたそうで、無理矢理契約を続行されなかっただけ運が良かったかもしれないが、何とも複雑な気分でその話を聞いたとメリイは言う。

 確かに一応今迄パーティを組んでいたメリイよりも、ぽっと出のワシを勧誘したと言う話を聞けば残る気は更々無いにしても、何となく面白くはないじゃろうな。

 

 じゃからワシもメリイに対し苦笑いを浮かべ「それは随分と面倒な話しのようじゃな。悪いが一番弟子を置いてそんな誘いには乗れんのぅ」とだけ答える事にした。

 

 それにしても、嬉しさのあまり明日から魔術師(ソーサラー)の修業と勢いよく言ってみたものの、下位古代語(ロー・エンシェント)の書き取りも確かに必要な事なのじゃが、こちらで使われている文字で分かる様に翻訳した辞書代わりの本でも書き上げておいた方が、ワシが居ない時でも調べるのや練習する場合に困らないじゃろうから、やはり早急に沢山文字を書き込める本の類を揃える必要性を感じる。

 メリイと会話を続けながら、ワシは金の算段をつける為夜中にでも一人で狩に行こうかと考えておった。

 

(ふむ、どうせならバルバラの話や高札の周りで耳にした事にも出ていた件のオークが居ると言う、デッドヘッド監視砦かその近くに陣を展開しているらしいオーク野営地にでも、足を向けて行ってみるのも一興かもしれんのぅ)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 メリイとの会話を終え時を告げる鐘が何度か鳴った後、ベッドに入って暫く深夜を過ぎた頃そろそろメリイも眠ったじゃろうと静まり返った部屋の扉を抜けて、幾分気温の下がった外へと出る。要塞都市なだけあって中央にそびえ立つ天望楼の辺りはまだ煌々と火が灯っており、市場が近くにある門では篝火が焚かれ夜間でも衛兵が傍に立ち警備に余念がないのが見えた。

 あそこにはオルタナの領主である辺境伯、ガーランド……何じゃったかな? 兎に角何某が住んでいるそうじゃが、直接その姿を目にした者はオルタナの住民でも中々おらぬそうじゃ。

 

「ふむ、流石にあのような場所に住んでいては住民と顔を会わせ難いしさぞ息苦しく窮屈なのじゃろうな。それともあのような高い場所に住むくらいじゃし、辺境伯の背中には翼でも生えておるかもしれんのぅ」

 

 ふと天望楼を見上げそんな事を思い付き、くだらぬ独り言を呟きながらその様を想像して、ふふっ、と笑いが零れたが、確かアレクラスト大陸には今想像した通りの種族も住んでおったなと顎を一撫でし、更に上を見上げて赤く染まる月を見る。

 赤く輝く光りの形が模様にも見える月は、まるで手の届かない程空高くに設置された巨大な転送門(ゲート)の魔法陣のようじゃなと何気なく思う。

 ただ月だけでなく、星の位置から方角を確かめるのも以前なら容易に出来たのじゃが、どうも月も変であれば星の配置までも変わったようで、ワシの知る占星学の知識ではそれも難しい。……遠くに出ようとも星の位置は変わらぬ筈じゃったと思うが記憶違いかのぅ?

 取りあえず古代語魔法<フライト>で一定の高度を保ちながら、北門を出た辺りで古代語魔法<ライト>を唱え地面を照らし、道を確かめつつ進んでみる事にした。

 

「しかし、こうも周りが暗いとうっかり目を離せば、目印の一つでも無いと直ぐに迷ってしまいそうじゃな。デッドヘッド監視砦辺りなら篝火でも焚いていそうなものじゃが……おや? 何ぞ向こうに明かりが見えたような気がするのじゃが、気のせいかのぅ?」

 

 そう呟きながら見間違いかと思うたが、一度速度を押さえその場で滞空して明かりの見えた方へ向き直すと今度こそ見間違いでは無く、小さいが松明か何かの赤く燃える物で明かりを灯している者が居る。

 さて、このような時間に義勇兵が門の外へ出掛け狩りをするものなのじゃろうか? 新たに転生し生前の記憶を一応取り戻しはしたが、転生した体が怪我か何かですっぽりとこの地での常識を失くしてしまったぽんこつらしいので、アレが普通なのかそれとも異常な行動なのか今一分からぬが、このまま近付いては何となく問題がありそうなので、ゆっくりと地上近くまで降りた後、ここは足音を立てずに済むようすいーっと楽々浮遊移動なのじゃよ。

 

 

 

 

「くそっ! カタリの馬鹿野郎が地図を持ってたくせに道を間違えやがって! 初心者かっつーの。こっちはまだゴミ掃除の巡回路じゃねえんじゃねえのかっ? どうすんだよミランダ! 下手をすりゃゴミだけでなくゴブ共も引寄せちまうだろっ」

 

「今はそんな風に泣き言ほざいている場合じゃないだろっ! アンタはそうやって口を無駄に動かすよりも剣を振り回すのが仕事だよっ! 分かったらさっさと目の前の相手をしっかり倒しなっ。シャニスは落ち着いてオーサカの言った事なんて気にせず、ジンジャーがカタリのを傷を治す間、代わりに旧市街側の開始位置に戻れる道を見つけるんだよ! 皆分かったね?」

 

 腹に響く低いがしっとりした音域でいて、そのくせどこか安心感を覚える声が響いた。

 敵との戦闘の最中でさえそんな頼もしさを保ちながらも、他の仲間に指示を出しそれぞれが応えるように動きだす。

 オーサカと呼ばれた光沢の残る板金鎧に身を包んだ男は両手持ちの剣を振り回し、目の前に迫ってきた錆の浮いた鎖帷子と真新しい血の付着する両手剣を装備した者と切り結び、打合わされた互いの剣が音を立て破片と火花を散らした。その横ではボロボロの革鎧に身を包んだ者が、とても身軽な体捌きで刃先の欠けたダガーを使い、手首や膝、武器を狙った攻撃をミランダへと繰り出す。

 

 カタリを絶対人の入れそうもない物陰から奇襲し、オーサカとミランダへ攻撃を加える者は、嘗てこの地で命を失い不死者の王の呪いによって魂を束縛され黄泉還りし虚ろなる者共。

 その白い頭骨の眼窩に納まっていた筈の眼球は既に腐り落ち、今はそこに虚無を湛える昏い穴だけが生者を呪う様に覗き、疲れを知らぬ肉の削げ落ちた肢体はまだ血の通った温かい存在を感じ取り、執拗に襲い掛かって来る。

 

 所謂()義勇兵だったらしいアンデッド達であった。

 

 杖の代わりに松明を掲げる者は神官衣を纏い、前衛の状況を把握しながらも血を流し倒れた者を魔法で回復しながら様子を窺い。シャニスと呼ばれていた弓を持った女性は視界の利かない暗い中、地図らしき物に目を通し辺りを見回して必死に道を探しているが、己の探しているものよりも先にオーサカがゴミ(、、)と揶揄した存在達が、カラカラとこの場に似つかわしくない軽い音を立て、更に増えた事に気付き腰の剣鉈を抜いて声を張り上げる。

 

「アンデッドっ!? 大変、ミランダ! 後ろから三体も近付いて来てる!」

 

「俺は……道を間違っちゃ、いない。何度も、何度も地図を確認したんだ。此処まで来る間に通った十字路、あそこで左に折れれば、新市街、だから不自然に思えても、地図通りに……」

 

 ジンジャーの治療の効果で傷は塞がったが、血が流れ過ぎたようでカタリの掠れた声には全く力が感じられない。

 やはりこの道は巡回路から疾うに外れていたのであろう、まともな巡回路であれば未帰還の義勇兵や正規兵の位置予測や喪失数を確認され、その都度定期的に駆除されている筈なのだ。

 それなのにこの襲い掛かって来るアンデッドの頻度は、流石におかしいと焦りを覚える心の中で己の内なる存在が囁く。

 だが、そう自分の口からその事が出るよりも先に、声を上げる者が居た。

 

「ちっ、あたしらもとことんツイて無いねぇ。報酬が良かったから金欠坊やの為にも引き受けた仕事だけど、カタリが地図を読み間違えたんじゃ無くて、こりゃあ、あたしら、嵌められたかも、邪魔だよアンタっ! ……知れないねぇ」

 

「これは流石に……困りましたねぇ。私も、無論この場に居て動ける者が助かるには、いや、止めましょう。生に限り有る身ですから、いつかは死も受け入れるのは当然なのでしょう。しかし光明神ルミアリスよ、今はその時では無いのです。だから皆さん! 必ず生きて帰りましょう!」

 

 その二人の声には苦渋の色が深く含まれていたが、威勢だけは衰えることは無く。ジンジャーはいつでも来いとばかりに魔法と細々とした傷の止血を終えた手に、腰に差していた杖を一振りすると伸ばして構え、ミランダは目の前の相手の攻撃を巧みに盾で逸らすとその勢いを追加したまま盾で殴りつけ、大きく体制を崩された相手に賺さず剣を突き入れる。

 しかしその相手はアンデッドであるが為に、生者であれば鋭く伸びた突きも致命傷であったろうが、残念ながら乾いた木材が軋むような音を立てて再び身を起こすと、名も知らぬ骸は既に役に立たない革鎧の胸部にぽっかりと穴を開けたまま、それが定めだとでもいう様にミランダへと襲い掛かるのであった。

 

「ちくしょー! このままじゃグレート剣士オーサカの華麗なる冒険の日々が終わっちまうじゃねーか! 折角こうして鎧も新調して超御機嫌だったのに一気に金が無くなって、さあバリバリ稼いで天空横丁の飲み屋のミーアちゃんを口説こうと思ってたのに、こんな所で俺ら全員死んじまってこいつ等みたいに干物になる? はっ、俺はそんなのぜってー認めねーよ!」

 

 叫んでいる内に精神が高揚してきたのか、将又単に怒りのせいか相手の使ってきた一本突き(ファストスラスト)鋼返し(スチルガード)を咄嗟に使い鎧の表面で受け流し憤怒の一撃(レイジブロー)から陽炎(ヘイズ)へと繋ぎ、相手の体を斜め下へ切り下した剣を強引に下段から振り上げVの字を描くように切り飛ばす。

 これには流石に痛みの激しい錆び付いた鎖帷子では耐えきれず、その小さく繋がれたリングを撒き散らし残った肉と骨をも破壊したが、連戦が続いたオーサカの疲労も尋常でなくぜーぜーと仰ぐ様に大きく肩で息をし始める。

 

 魔法の使用は精神を疲労させるが、肉体を酷使する技能(スキル)は使うと直接体の疲労に結びつき、難易度の高い技能を使う程その疲労度も同じく比例するのであった。

 骸一体を戦闘不能にまで破壊したのは僥倖だが、新たに現れた三体を考えると敵の手数を減らしたとは言え、このパーティの戦力の要の一つな戦士の疲れは手痛い支払いでもある。

 

 

 

 

「ほほー、流石グレート剣士オーサカよな、中々にやりおるようじゃのぅ。じゃがあのスケルトン? 否さゾンビなのか? よく分からぬがあのように巧みに動く死体なぞ、ワシの知識の中では死体に乗り移り生前の技能を使うゴーストとしか思えぬが、よくもまあ刃物の武器であのように防具ごと体を破壊するとはなんとも剛毅な男じゃな。しかしあの手勢で残り四体も相手にするのはちと厳しかろう、この様な時こそワシの出番じゃろうな! ここは一つ盛大に魔法を行使してみようかのぅ」

 

(ファイアーボール? いやダメじゃな、あ奴らまで吹き飛ばす。ブリザード……も変わらぬか、ならばライトニング――も巻き込むのぅ。ええい! ワシにどうすれと言うのじゃ! 派手な魔法は全て範囲に巻き込んでしまうではないか! 散れ! 散るのじゃ! その様に固まっていては守るには良いが、援軍など来ない戦いでは悪手じゃ! 誰か一人が囮になり残りの味方を逃がすのが上策であろうに、じゃからこそそこからの逆転劇が燃えあがるんじゃよ! 一人囮になる剣士が迫りくる……って、ああ! いかん! あのグレート剣士オーサカと名乗った恰好良かった男、既に剣を構え立っているだけでも限界のようじゃ。足が生まれたての仔馬みたいにプルプルしとるでのぅ。皆を率いていた盾をもった大柄で筋肉質な女はまだ大丈夫そうじゃが、横になった一人は動けないままじゃし狩人らしい軽装の女子が前に出て鉈? を振り回すなぞ無謀でしか……ああ、だから言わぬ事じゃ無い。 痛そうじゃが後ろで待機していた神官が直ぐに治療に向かったし大丈夫じゃろう。それにあ奴杖と松明の二刀流で相手を翻弄し怯ませるとは中々やりおる――ってそうじゃない! 危機に直面した若き戦士達、そこに颯爽と現れたワシが敵を魔法で迎撃し更に魔法で加護を施し、再び戦う活力を与えるそんな恰好良い場面にしたかった筈! 今度こそ行くぞっ! ワシ惨状! いや参上じゃー!)

 

 

 

 

「偉大なるファラリス神よ! 彼の命亡き者どもをその御手によりて聖なる光を放ち、払い浄め給え!<ホーリー・ライト>」

 

 結局古代語魔法では危なくて地味な攻撃しか出来ないと気付き、一瞬だけでも光って目立つ上にアンデッドの体に損傷も与えるので魔法の範囲内に納まるまで浮遊移動し、背後から<ホーリー・ライト>を放ったのじゃが、……何と言うか予想を上回る失敗をしてしもうた。

 

「うおっ!? 何だっ!? 目が! これじゃ敵が見えねぇ! それと一瞬見えた飛び出してきたちっこい子共と、あの光は何だってんだ!」

 

「くぅ、今のは何なんだい!? あんた達は無事かい? 絶対気を抜くんじゃないよ!」

 

「ミランダっ、さっき視界の端から何かが出て来て光ったんだよ!」

 

「ははっ! これはまた! ……ええ、今の大いなる光はきっと光明神ルミアリスの齎した奇跡に違いないでしょう」

 

「……何か、小さい女の子が跪いた格好で前に居るんだが、代わりにアンデッドが全部消えた……だと? どう言う事だ?」

 

 確かに、確かに目立ちはしたのじゃが、神聖魔法<ホーリー・ライト>が実に思いがけず良い働きをしたようで、最近神聖魔法の発動が頓に悪いし気合を入れて行使したら、手から放出した聖光が思ったよりも威力が増してしまい、グレート剣士オーサカ達のパーティを囲んでいたアンデッド共の精神抵抗を簡単にぶち破り、その仮初の肉体である骸を浄化し尽し一片の欠片も残さず朽ちさせ、地面にはアンデッドが使っていた装備品だけが残されている状況なのじゃった。

 

 ワシの脳内で描いた作戦ではこの後グレート剣士オーサカを、魂吸いの指輪の効果で古代語魔法<フル・ポテンシャル>で肉体強化すると同時に、古代語魔法<ヘイスト>で倍速化させ、次に武器を古代語魔法<ファイア・ウェポン>で魔法の炎を纏った剣を持った“超グレート剣士オーサカ”へと究極進化させるつもりじゃったのに、どうしてこうワシの描いた作戦は悉く失敗するのじゃ? これはもう悪運処の騒ぎでは無い程の大失敗なのじゃよ!

 

「くっ、普段目立たない様に自重していたツケが、まさか聖なる浄化の光(ホーリー・ライト)一発に出て来るとは飛んだ誤算なんじゃよ! しかもそれで近場のアンデッドが全て朽ち果てるとは、これでは折角ワシの考えた超グレート剣士オーサカとの剣乱業火な活躍計画も、もはや白紙に戻ってしまったのぅ」

 

 

 

 

 

「えっと、この子はいったいどこから現れたの? しかも言ってる事は全然要領を得ない内容だし、一応オーサカの名前だけは知っているみたいだけどさ。ねえオーサカ、あんたこの子とどう言う関係なの? さあっ! 今直ぐそこんところをきっちり白状なさい!」

 

「はぁっ!? ちょっと待て! 俺だってそこのちびっこいのは初めてみるし、しかも俺は一介の戦人(いくさびと)“グレート剣士オーサカ”であって、名詞に超なんて付けてねーぞ? それよかあのアンデッドどもを消し去ったのは、もしかしなくてもそいつなんじゃないのか?」

 

「まさか? そんな事より、あんたの名乗りが毎回違うじゃないの! 何よ一介の“いくさびと”って? ぶれっぶれなのよ。だいたいその“グレート剣士オーサカ”ってどっからでた名前なのさ? あんたは剣士じゃなくてただのいい格好しいの戦士じゃない。その言動で幼気な少女を惑わせた罪は重いわ! 大人しくあたしの裁きの鉄槌をくらいなさい!」

 

 少女の呟きを拾ったシャニスが、疲れ切ったと言わんばかりに両手剣を杖代わりにしていたオーサカへ詰め寄り、少女が彼の名を呼んだ事に対して疑わしいと迫りオーサカの頭を脇に抱えると力の限り締め上げ始める。

 それが本気だとは思わずに焦らず至極落ち着いた口調で、シャニスへと分かり易く説明しだすオーサカは、今起きた出来事にそれなりに動揺しているからなのかも知れない。

 とは言っても硬い兜があるので締め上げる際の痛みと負担は頭よりも首に掛かり、あのまま地面に倒れ込めばその捻り方によってはオーサカの頸椎を、普通では向く事のできない明後日の方向へと捩じるだろう。

 

 頑張れオーサカ! 負けるなグレート剣士オーサカ! きっと明日も君の頭は肩の上に乗っているに違いない。……ただしその向きがどうなっているかは夜空に浮かぶ赤い月だけが知っている。

 

 

「なるほどなるほど! カタリの言う様にあの神々しい光の御業は、この小さき勇敢な少女の起こした奇跡であったのですね。 きっと健気にも我らを救おうと飛び出した想いに心打たれた光明神ルミアリスが、その力の一端をこの場に顕現させたに違いない。さあ皆で光明神ルミアリスに感謝と、そしてこの地に散った者達へ安寧の祈りを捧げましょう」

 

「いや、まて……そうじゃない。俺は横になっていたから分かるが、この子の言う様に……信じ難いがさっきの尋常でない光は、確かにその子の手から放たれていた。 助かったとは言えあまりにも、あの力は異常だ」

 

「カタリ、折角ジンジャーが上手い事纏めようとしてんだから話に水を差すんじゃないよ。まあ、つまりはあたしらこの嬢ちゃんに救われたって事に違い無いんだから。命の借りと受けた恩は確り返さないと、あたしらみたいな義勇兵はやってられないんだよ。それはあんたにも分かるだろ?」

 

 勘違いしたままじゃれるシャニスの疑問に「そっちはマジでヤバいって!」と喚く坊やのオーサカや、参謀でもある要領の良いジンジャーと職業盗賊だがやたらと真面目なカタリの話から、大凡の予測を立てたミランダはさっきの異常な出来事を、突然現れた少女の起こした物では無いとジンジャーの言う様に、偶然起きた超自然現象だったと片付ける事にしたのである。

 

 ただでさえ酷使された夜間での連戦が続いた肉体疲労と、仲間の怪我で緊張を強いられ精神的に疲れてもいたし、面倒そうで酷く厄介な出来事は奇跡と言う名の分かり易い偶然に置き替え、遥か遠くの彼方へとぶん投げたとも言えた。

 だが、この良く分からない少女によって救われたのは確かだし、仕事を請け負って渡された地図で危うく皆と共に、アンデッドの仲間入りする罠に嵌められそうになった危機も間違い無く、少女には五人分の命を救ってくれた感謝と礼を、そしてあたしらを嵌めた正規軍の兵士には、いつか必ず借りを返すとミランダは胸に刻む。

 

 例え渡された地図を持って嘘の情報で嵌められたと付きつけた所で、地図をすり替えただの知らぬ存ぜぬと無視を決め込まれ、例えそれを認めても巡回路を間違えて教えた司令本部が悪い等と適当な言い逃れをされた挙句、運が悪ければ無礼だの何様だのと言われ、牢にぶち込まれるのが精々だろう。

 今回は拾った命と団章を持ち帰り、黙って報酬を受け取って湧いた怒りは酒で飲み干す。

 だが決してこの借りは忘れはしない。

 それがこの辺境で生死を掛けて戦う、あたしら義勇兵の生き様なのだから。

 

 カタリが血色の悪い顔でミランダの決意に満ちた表情を見て、「分かりましたよ」と呆れたように肩を竦めると、ジンジャーに肩を借りながらヨロヨロと立ち上がりまだ俯いたままの少女に向かって「助かった。ありがとよ」とやたらと渋い通りの良い声で礼を言う。

 隣に佇むジンジャーは嬉しそうに二度頷いた後、カタリに続いて「汝にルミアリスの光の加護を」と言って聖印を切ると爽やかさを感じる笑みを浮かべた。

 まだ向こうでじゃれ合っているオーサカとシャニスは放って置いて、ミランダは重く感じる体を起こし少女へと近寄ると立ち上がる様に手を差し伸べる。

 

「それで、嬢ちゃんはこんな場所へ何しに来たんだい? あたしらが言うのもおかしいけど真夜中にダムローへ足を踏み入れるなんて、普通の神経を持つ奴らなら絶対近寄りゃしないもんだよ? 何か大事な理由でもあったのかい?」

 

「終わってしもうた。ワシの描いた勝利の凱旋が……。あ、いや、えーと少しだけ待つのじゃ。コホン、先ずはお主らに新たに怪我が無くてよかった。ワシは単なる先を急ぐ一介の旅人であって、別段ここダムローに用があった訳では無いのじゃが、ふと気になる明かりが見えてのぅ。もう少し近寄ってよく見てみようと思い立ち寄った所、襲われておるお主らが居た為多少なりとも手助けをと思ってな」

 

 ワシは大柄で筋肉質な女ミランダの手を掴み、立ち上がろうとして丁度古代語魔法<フライト>の効果も切れておったのに気付き、よっこいせと起きながら理由を述べたのじゃが、ワシの手をとったミランダはまるで変な物を飲み込んでしまった様な表情で頷くと、小声で「やれやれ、オーサカの坊やが二人に増えた気分だよ」と言っておったが、何の事じゃろ? あそこに居るオーサカは、まさか分裂でもするのか!?

 

 まあ何はともあれ、一応若き戦士達を救えたので二度目の計画は強引に半分だけ成功した事にしたのじゃが、何かとても大事な事を忘れているような気がするのはワシだけじゃろうか?

 

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。

 感想の返信が遅れてしまった、ネOリベいらないよ様ごめんなさい。
 返信だけでも先に書いてしまおうとも思ったのですが、続きを更新した際に一緒にしたいと勝手に思い、遅くなりました事を深くお詫びいたします。

 そして、また《、、》オリキャラを増産してしまってごめんなさい。
 まだ原作のメインキャラ勢は、各ギルドで研修中な為に中々話に絡め難く前回に引き続き「灰と幻想のグリムガル」より逸脱しない程度(?)に、本来の作品には一切登場しない義勇兵を増やしています。
 知らずに読んでいる方(は流石にいらっしゃらないと思われますが)は、勘違いされないようご注意くださいませ。

 と言うかそろそろタグを追加するべきでしょうか? タグを忘れてんじゃねーよ!(笑) とお思いの方はどうか感想にでもツッコミお願い致します。
 


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