ISTS織斑家の日常~良くある織主もの~ (特撮仮面)
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彼のいる日々

 遥か未来、地球と言う故郷から人が宇宙へと旅立って暫く経った。とは言え、それはあくまでも一部の人間のみ。ほとんどは相も変わらず地上で生活していた。

 地球は現在、最新の科学技術によって編み出されたテラ・フォーミング技術により、過去の姿を取り戻しつつあった。星の寿命というものは存在しているが、地球は人類の故郷。それを壊してしまったのは紛れもなく人類であるが、地球を愛しているのもまた、人類だ。

 そんな地球に、俺は産まれた。環境汚染などの影響から、地球で生まれる子供は試験管から生まれるのが一般的だったのだが、どうやら自分は母親の腹の中から産まれてきたらしい。ほかにも兄弟とか居る、はずだったのだが…。

 

『聞こえているか、一夏』

 

 視界の端にSOUNDONLYと表示され、幼馴染の声が響く。

 

『はいはい、聞こえてますよオカン』

『誰がオカンかッ! …その様子なら大丈夫なようだな』

『何が大丈夫なのか知らねえけど、俺は元気だぜ? モップ』

『箒だと言っておろうがッ!! ったく…』

『ははっ、わりぃわりぃ』

 

 條ノ乃箒。しののの、ほうき。死ぬほど言い辛い苗字をしたこいつは、俺の幼馴染である。具体的に言うならば、生まれてこのかた数十年の付き合いだ。

 

 この男の家は、伝統とか格式とかそう言ったものが廃れ切った現代でありながら、古くから続く神社の跡取り息子であり、古い伝統を守ってきた一族の末裔。

 

 その特徴として、凄い美人だ。男なのに女のようで、女のようで男っぽい。俺も女性として舞を踊っている箒の姿を見て思わず見惚れてしまったほどだ。そしてもう一つの特性として、彼が恐ろしいほどに剣術の才能があるということだろう。

 前に行われた軍主催の大会では、世界ランカーを軒並み下して堂々の一位。侍の再来としてもてはやされていた。俺? 万年十一位ですが何か。

 かび臭い風習を信条にしてるし頑固だが、こいつ自体は気立ても良いし家事もできるし無茶苦茶強い。それに、頑固と表現したが、実際のところは一途で一生懸命なだけだ。それは十分美点である。というか、容姿含めてとりあえず凄い奴なせいか、男女ともに人気があるし、それに女性にモテモテである。

 

『モゲレバイイノニ』

『唐突過ぎる!? というかそれは止めろッ!! 本当に!!』

『…束さん、まだやる気だったのか…』

『そうだよ!! 分かるか? 妹が欲しいから、僕と契約して女の子になってよと迫られる私の気持ちがァッ!!』

『強く生きろ!!』

 

 スクリーンに顔が映し出される。どうやら追いかけ回されたことを思い出してしまったらしく涙目だ。

 相変わらず画面越しだとただ美女が涙目になっているようにしか見えない。

 

『何故私の兄はああなんだッ!!』

『変態で天才なんだから仕方ないだろ』

『ああ…』

 

 テラ・フォーミング技術。それだけに飽きたらずウォー・ランナー――WRの研究開発。天才的故にやることなすこと常人の遥か上を行く。

 

 分かってるんだよぉ…と頭を抱える箒。だがまあ、

 

『妹になってほしいってのは分からなくもないかもな』

『は?』

『いや、お前って昔っから美人だろ? お前みたいな美人が妹だったら兄としてそりゃもう、鼻が高いと言うか何と言うか』

『………お、お前は』

『ん?』

『お前は、私が女の方が良いのか?』

 

 頬を赤く染めながらチラチラとこちらを見る箒。時々、この男は凄く女々しているからこういうときどうすれば良いか本当に反応に困る。というか何? お前もしかして女になりたいの?

 

『そんな訳あるかぁッ!!』

『いや、でもその反応は…』

『私は貴様がどうかと聞いているんだ!!』

『ええ…』

 

 なんでそんな人生決めかねない重要なことを俺の意向に任せようとするんだよ…。と、箒の表情が暗くなる。どうやら表情に出てしまっていたらしい。

 

『ああもう! 知るかんなもん! てか、俺に聞くなぁ!!』

『ええ!』

『ええ、じゃねえよ!! ったく、お前がどうなろうと知るかんなもん』

 

 知ったこっちゃない。性別女になりました、とか言われればそりゃ凄い驚くだろうけど、こいつはどこまでいってもこいつだ。それは、それだけは変わらない。

 

『…そうか。分かった』

『話は終わったか?』

『ひゃあ!?』

『セルゲイか』

 

 突然通信に割り込んできた髭面の岩石みたいな顔をした男。名前はセルゲイ。強面であるがこれでも自分たちと同じく二十代の若者だ。

 

『戦争の英雄様も、今じゃ探索員とはね』

『英雄なんざ飾り飾り』

 

 英雄と呼ばれる行為なんてしたことはない。誰かを助けたいと思って動き続けただけ。そこに英雄になろうと言う気持ちは欠片も存在していなかった。生き残りたいから生き残り、倒さなきゃいけないから倒したまでのこと。

 

『指定ポイントだ。降下開始してくれ』

『了解!』

 

 そして俺は――

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

「ぃ――ろー」

「おーい、おきろー」

 

 ふと目を覚ますとそこにはイケメンがいた。何故貴様はそんなに笑顔なんだ。

 誰がこんな嬉しくない展開を予想していただろうか。とりあえず何も考えずにイケメンの頭を叩く。

 

「顔チケェ」

「いって!? 何すんだよ一」

「イケメンでモテ男は滅びればいいのに。てなわけで俺は寝る」

「おい!?」

 

 再度寝る。今度こそ寝る。否、寝てみせる!

 

「良いから起きろー! 朝だぞー」

「…あのさぁ、今何時だと思ってんの?」

「え? …五時」

「健康的すぎやしませんかねぇ!?」

 

 現代の中学生ならもうちょい寝るわ!! いつも通り過ぎる目の前の男に、俺は思わず大きなため息を吐いた。

 

 織斑一夏。それが彼の名前。俺が居候させてもらっている、この織斑家の長男であり、スポーツ万能家事万能性格も良いスーパーマン。ただ、実は勉強が苦手。呼吸をするように女性を吸い寄せ、誰とも確執を作ること無く仲良くしているハーレムキング。

 それが、織斑一夏という少年。

 

「そう言うなよ。ほら、ご飯も作ってるんだからさ」

「…お前、マジで生まれてくる性別間違えてないか?」

「ひでぇ。…俺ってそんなに男っぽくないか?」

「…いや、ちっふー居るし」

「あっ」

 

 ちっふー――織斑千冬。この家の実質家主であり、世界最強の女性。若者の人間離れの一番の例だと思う。それほどまでに卓越した戦闘技術に、男よりも漢らしい圧倒的な雰囲気と立ち振る舞い。こちらも成績優秀文武両道のスーパーウーマンだが、家事能力が致命的、どころか壊滅的である。尚、凄い乙女で弟魂。

 

「…しゃーない。起きるよ」

「そうか。じゃあ先に降りて準備しとくから、早く降りてこいよ」

「あいよー」

 

 そう言って扉を閉める一夏を見て、本当にどうしてこうなってるのやらとため息を吐く。

 

「あ、それと」

「うぉ!? な、なんだよ」

「ため息吐きすぎると幸せ逃げるぞ」

 

 それを言うためだけに扉開けんなやっ!! 服を脱いでいたらどうするんだと心のなかでぼやきつつ、俺は服を着替えることにした。

 

 ふと身体をみる。各所に存在する縫合痕。どうやらこの世界に来たところで手術の痕は決してなくならないようだ。つまり、どうあがいても俺はアレであると言うこと。

 

 何にしても、早く下に降りなければ。

 

 俺は急いでジャージに着替えると、一階に降りるのであった。

 

 

 

「おはよう、一夏」

「ああ、おはよう一」

 

 エプロンをした一夏に声をかける。ジュージューと焼ける肉の音と香り。どうやら今日は洋風の朝御飯のようだ。

 何時ものように窓際の席に座り一夏の姿を眺める。

 

「…いつも思うけど、何で俺みてるんだ?」

「ん? ああ、幸せだなぁってな」

「…キモいぞ」

「失礼な」

 

 家族、というものはこういうものなのだろう。穏やかな朝を迎えると言うことだけでも幸せなのに、こうして暖かい料理を出してくれる人がいると言うのは、もしや此処が天国ではないかと思わず考えてしまう。

 穏やかな日差しに、テーブルの上の食器が光る。

 

「ん? ちっふー帰ってきてるのか」

「千冬姉、昨日一が居ないときに帰ってきてたぞ」

「…あー、ごめん。束のとこ行ってた」

「あー、なるほど」

 

 束――篠ノ乃束。かみそうな名前をしている、奇しくも生前の俺の幼馴染みの兄と同じ名を持つ天才。

 奇抜すぎる天才だが、何故か最近良く俺に付きまとってくる上、現在唯一俺の事情を知る人物だ。

 昨日は束のところにWRの調整に出掛けていたので、家に帰ったのは午前三時。開けていた自分の部屋の窓から家に帰ったのだから、千冬が帰っていることに気付かなかったのも仕方がない。

 

「うーん、そろそろ千冬姉起きる頃なんだけどなぁ」

「俺が起こして――起きたな」

「またたんこぶ作ってなきゃ良いけど…」

 

 上の階からドスンっという重たい音と、続けて聞こえるガシャドカッという何かが連続してぶつかる音が響く。

 どうやら噂の人物が起きてきたらしい。暫く待つと、扉を開けてその人物が部屋に入ってきた。

 

「ぅぁ……おあよ……」

「おはようちっふー。…とりあえず顔洗うか?」

「ん…」

 

 部屋に入ってきたのは、織斑千冬。ブリュンヒルデ、世界最強の称号を持つ戦乙女――の、筈なのだが、今の彼女からはそんな雰囲気は欠片も感じられない。

 

 よれよれのズボンに、肩紐のズレた今にも落ちそうなブラジャー。寝癖が大変なことになっている髪。千冬は誰もが羨む体型の持ち主だが、さすがにこれはそそるそそらない以前の問題だ。

 俺がこの家に来て暫く経つが、弟の一夏曰く、俺が来る前と比べると、寝起きのだらしなさが倍になったらしい。それも可愛い所と彼は言うが。

 

「おーい、はじめぇ…」

「はいはい。ほら、顔洗いにいくぞー」

 

 ぼー、としながらも手を差し出してくる千冬の手を取り、俺は洗面台に向かう。

 これでも昔は妹分や弟分の世話をしたことがある。こういう手前の処理は手慣れたものだ。

 

 洗面台についた千冬が顔を洗うのを眺めつつ、タオルを差し出す。千冬がタオルを使っている間に、俺は千冬の髪を鋤いてやる。相変わらず素晴らしい手触りだ。枕にしたい。

 

「ん……悪かったな、一」

「もう慣れっこだ。てかまあ、これも眼福ってな?」

 

 正直なところ、こういうだらしない面も含めて晒してくれるというのは男として嬉しいものだし、美人の下着姿を見られるというのも良い。

 

「…よし、一夏のご飯を食べに行こう!」

「一気に元気になったな…」

「当たり前だ! 弟の料理だからな!」

 

 かと思えば、こんな少年のような無邪気な笑みを浮かべる。

 意気揚々と一夏に挨拶して椅子に座る千冬をみて、俺は思わずため息を吐いた。

 爽やかイケメンだが、心優しい織斑一夏。美女で最強、優しくも厳しいがだらしなくて目が離せない織斑千冬。

 そんな魅力的な姉弟の姿をみていると、思わず胸の内を吐き出さずには居られない。

 

 嗚呼、幸せだなぁ。

 

 こんなことを毎日考えてしまう頭の悪い男。遥か未来の地球からこの時代に降り立ち、右も左も分からないところを織斑千冬に保護された。

 

 そんな俺の名前はイチカ=オリムラ。現在、織斑一と名乗っている、しがない傭兵のような存在だったオッサンだ。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 幸せは長くは続かない。それは誰の言葉だったか。

 

 彼の目の前では、一人の少女が泣いていた。

 少女の名前は織斑一夏。つい先程まで男だった存在だ。

 

「…どういうことだ? 束」

「い、いや、その、わ、私にも分からないことがあるというかなんというかそれよりまずその物騒な物を下ろしてというかやめてしんじゃう」

 

 無機質な瞳で彼女の顔を覗く。

 

 ヤバい――彼女、篠ノ乃束は自分の命が風前の灯火であるということを理解した。

 背後にはWRの砲口。前には対WR用拳銃とかいう拳銃とは名ばかりの大型銃器。少しでも言葉を間違えたら死ぬ。あまりにも自然な彼の動作に、初めて死の予感というものを感じる束。

 

「現状分かるのは、君たちのエネルギー物質が作用してるってことくらい」

「…タキオン・ブラッドが?」

 

 タキオン・ブラッド。彼らの世界の環境汚染の原因となった、有機エネルギー体。

 血のような色をした、ドロドロとしたゲル状の液体というのがタキオン・ブラッドの基本型体。

 

 地下深くから発掘されたタキオン・ブラッドは彼の世界では核心的なエネルギーであった。

 

 既存のあらゆるエネルギーを遥かに上回る出力とエネルギー効率。タキオン・ブラッドにより、宇宙開発も格段に、それこそ階段を三個飛ばしするくらいの速度で飛躍的に発展した。

 だが、タキオン・ブラッドには致命的な欠点があった。それが、物質汚染や遺伝子汚染。

 タキオン・ブラッドは取りついたものを最適な状態に変質させる。

 

「…つまりアレか? 白騎士の進化のためにタキオン・ブラッドをぶちこんだ、これに一夏が誤って触れたら一夏が女になった、と?」

「ま、まさか適性があるなんて思ってなかったんだよ!」

 

 IS、インフィニット・ストラトスと呼ばれるパワードスーツのようなものがある。

 宇宙開発用に、とある国の年端もいかない少女が開発したトンデモスーツ。それがIS。

 だが、そんなISには致命的な欠点があった。それが、女性しか使用できないということ。

 しかし、どうやら一夏にはISの適性があったらしく身に纏うことができたということらしい。これには、織斑千冬という規格外の適性を持つ存在が血縁者に居ることが原因のようだが、今回はそれが仇となった。

 

「仮に千冬の性質を持っていたとすれば、納得は出来るな」

「…タキオン・ブラッドってそんなに規格外なの?」

「コックピットでミンチになった奴が次の瞬間には再生して機体動かしたって言うことがあってだな…」

「………嘘」

「だからタキオン・ブラッドの使用には、それと使用する場所には細心の注意を払えとあれほど」

 

 少量とはいえ、タキオン・ブラッド。恐らくIS側のエネルギーを喰って自己増殖したのだろう。全身に纏い、全身のバイタルデータをくまなく捜査するIS。それとタキオン・ブラッドの相性は最悪なほど良い。

 タキオン・ブラッドはより適した形に進化、再生を促す。

 一夏のバイタルデータを得、タキオン・ブラッドが出した結論が、女体化。確かに、千冬並みの適性を持つ存在が男なんて非効率極まりない。

 

「だとしてもやりすぎだろうよ…いや、相変わらずか」

「ぅ、ぅう……あぁ……」

 

 衝撃的すぎて言葉すら出ない、と言った雰囲気の一夏をみて思わず歯を食い縛る。

 なんと不甲斐ない。タキオン・ブラッドに対する対抗策をしっかりと知っていながらも、自分は何も出来ない。

 

「一夏」

「……は、じめ?」

 

 顔をあげる。なまじイケメン――いや、美少女である分、その悲惨さが胸を穿つ。

 

「なあ、これ、どうなってるんだ? なあ…」

 

 生物は理解できないことを恐れ、根底を揺るがすものを恐れる。性転換という理解できない状況と、男性から女性となるという自らの人生の全てを揺るがす事態。

 こういうときどうすれば良いのか分からない。だからこそ彼は動いた。

 

「一夏」

「ぁ……」

 

 抱き締める。不安を取り除くように、労るように。大丈夫だと安心させるために。

 

「お前はお前、お前以外の誰でもない。不安だろう怖いだろう。だから、安心しろ」

「あ……う、ぁ」

 

 凍り付いていた身体に熱が戻る。全身が震える。涙が、声が止まらない。

 彼にできることは無い。だが、こうして不安を取り除くことは出来る。支えたい。この世界で支えられたからこそ。今度は自分が支える番だ。

 

 子供のように泣き叫ぶ彼女を、一はいつまでも抱き締めて背中をさするのであった。

 

 

 

 

「……これ、良いかも」

「あるぇー!?」

 

 冷静になって、鏡を前にした一夏の台詞がこれである。これには思わず叫んでしまった。

 

「なんだよ」

「いや、え!?」

「ああ…ほら、俺千冬姉に憧れてるだろ?」

「ああ、まあ、うん」

 

 その話は何度も聞いたことがある。だが、それが今いったいどんな関係があるのか。

 

「千冬姉みたいじゃん」

「……そういうことか!?」

 

 織斑一夏の現在の容姿は、千冬に近い。

 

 肩口までのびた黒髪。千冬と同じく見るものを威圧するような鋭い目付きをしているが、千冬と比べると少し垂れていることで柔らかな雰囲気となっている。

 

 胸は恐らく千冬よりも幾分か大きく、キュッとした腰にムッチリヒップ。そして千冬のように野獣のごときしなやかさの四肢。

 

 千冬を少しマイルドに、そしてエロの成分を追加したような、そんな姿。

 

 なるほど、確かに姉弟らしく妹になっても姉と良く似た容姿となっている。

 

「いや、まあ似てるけど…」

 

 無理矢理過ぎやしないか? 言葉を濁す彼に、一夏は笑っていった。

 

「ヤバいときほど笑えって言ってたの誰だっけ?」

「……ここでそれを実践するか」

「一の言葉は全部覚えてるからな」

「こわっ!?」

「え、その反応は予想外だ!?」

 

 ヤバいときほど笑え。それは彼の放った台詞のなかでも一夏の心に残っている言葉の一つだ。

 確かに、女性になってしまったというのは衝撃的だった。いや、衝撃的どころの騒ぎではない。今まで生きてきた全てを失うことと同じなのだから。

 たが、今ここで喚いたところで結果は変わらない。自分は女性になってしまった。まずはそれを受け入れることから始めよう。その為の第一歩が、この状況を笑うということ。

 

「…フォトン・ブラッドの精製は?」

「君の言ってたアンチ・タキオン・ブラッドのこと? …精製は出来ないよ。知識も機材も無い」

「俺のWRのリアクターから直接抜き取るって手はあるけど、あれ直接人間に使えないからな…」

 

 一は束に対して、タキオン・ブラッドを中和、消滅させるエネルギーである、アンチ・タキオン・ブラッド――フォトン・ブラッドを製造出来ないかと相談を始めた。

 難しいことだが、一応のところフォトン・ブラッドはタキオン・ブラッドにより歪められた性質を元に戻すことができる。

 だが、それには相応のリスクが伴うし、完全に戻るというわけではない。むしろ、それを行った結果全く別の存在になるという可能性すらある。

 

「ねえねえいっくん」

「何ですか、束さん」

「…その、三年くらいその姿で居てくれないかな?」

「………三年ですか?」

 

 三年。一の技術提供があって尚、身体を治す方法を確立するのに最低でも三年かかる。だが、これはあくまでも最低値。安全に治すには更に数年かかる可能性すらある。

 

 一夏は迷う。未だ中学生ではあるが、これからは受験もあるし、友達にどう説明すれば良いのか分からない。それに、束に対する怒りは無いわけではない。ただ、怒りよりも優先しなければならないことがあるだけだ。

 

「四年だ」

「一?」

 

 唐突に言葉を放つ一。

 

「四年でケリをつける。約束じゃない。契約だ」

「ちょっ」

「文句は言わせねえよ。その無駄な頭脳を役立てられるんだから良いだろうが」

 

 それと、と彼は言う。

 

「万が一、治らなかったら俺が全ての責任をとろう」

「責任って」

「こうなったのは、こいつにタキオン・ブラッドを渡した俺に原因がある。想定外だったとしても、それで一人の命が狂うんだ」

 

 大事なときにただ何もせずに見ているだけは我慢ならない。真剣な眼差しで一夏を見つめる一の姿に、そこまで思ってくれているのかと感動する一夏。

 

「ありがとう、一」

「お、おう」

 

 頬を上気させはにかむ一夏。その笑顔は萎れた花も元気を取り戻しそうな暖かな笑顔に思わず目を逸らしてどもりながら頷く。

 

 そんな二人の姿を見て、束はぼそっと呟いた。

 

「なるほど、これがTSラブコメ…」

「何がだ!? てか、こんなことになってる大本の原因はお前なんだぞ、分かってんのか!?」

「その原因を作ったのは君、OK?」

「…一夏! 刀持ってこい! 介錯を頼む!」

「ちょっと待てよ!? 責任とるって言ったの何処のどいつだよ!!」

 

 スパーンッと勢い良く頭を叩かれる一。酷いなと文句を言おうとするが、顔をあげた彼の前にあったものに思わず固まってしまう。

 

「で、舌の根乾かないうちに責任逃れするのはどうかと思うんだけどなぁ?」

「あ、あの、それはですねー」

「良いから。…それと束さん」

「はい!!」

 

 篠ノ乃束。天災とすら揶揄されることのある人物ですら今まで見たことがないほど真面目に背筋を伸ばして、気を付けの姿勢をとってしまうほどの威圧感。

 

「確かに不用心にさわった俺も悪いです。でも俺、凄い怒ってるんですよ? 分かってます?」

「はい!! 勿論ですマム!!」

「よろしい」

 

 後ろめたさもあるのだろう。普段聞けないハキハキした返事を聞いて満足そうに頷くと、一夏は束に言った。

 

「ところで束さん。千冬姉に連絡いけますか?」

「うん。…あ、そう言えばいっくんたちは携帯電話持ってないんだっけ?」

「固定電話で十分だし」

「俺は居候だしな」

 

 ちょっと待ってて、今から連絡するから――そういって束が懐に手をいれた瞬間、それは起こった。

 

「私が――」

 

 粉々に砕け散る扉――否、砕けたのではない。微粒子レベルで切断されたのだ。

 

 煙を尾に引いて現れる影。スーツ姿の女性は、手に持った電子出席簿を肩に当てて言った。

 

「――来た!」

「ブリュンヒルデきたぁぁああ!?」

「嘘!?」

 

 連絡すら入れてないのに!? 驚く束に対し、テンションのおかしい千冬は人差し指をたてると、それを左右に振りながら言う。

 

「チッチッチッ、束、分かってないな」

 

――弟の窮地を察知できない姉は居ない!!

 

 渾身のドヤ顔と共に放たれる言葉。

 

『う、うわぁ』

「千冬姉…」

 

 ドン引きする二人に対して、一夏は感動のあまり瞳を潤ませている。

 

「で、今度は何をやらかした一」

「なんで断定!?」

「自慢じゃないが、私と一夏が取り乱す時は、お前関係以外にあり得ない」

「なんだろうそのありがた迷惑な感じ!」

 

 俺はそんなにやらかしてるのか、と自分の生活を思い返しながら一は状況を説明する。

 

「…なるほど、ISが」

「ああ」

「お前が言っていたタキオン・ブラッドのことも分かった。…だから」

 

 事情を説明され、大体の経緯を理解した千冬。

 だから彼女はまず彼の元へと行き、労るように軽く抱き締めてやる。

 

「え? ちょっ、なんだちっふー!?」

「確かに、今回のことはお前にも責任がある。だからと言って背負い込もうとするな。いいな?」

「…はぁ。はいよ」

 

 ため息を吐く一の唇に指をあて、幸せが逃げるぞ? といたずらっぽい笑みを浮かべつつ、千冬は束の元に。

 

「ちーちゃん?」

「…選択次第だけど、しっかりと準備はしておくように」

「あ、うん! うん!!」

 

 束が感動で何度も頷くなか、一言で話を済ませ、一夏の元へ。

 

 一夏。確かに姉弟であったこともあり、正しく女性にしたら、といった姿だ。

 うーん、と彼――いや、彼女の身体を上から下までじっくりと見つめる千冬。そんな千冬に対し、さすがに恥ずかしくなったのだろう、無意識に頬を染めながら身体をくねらせて身を守ろうとする一夏。

 

「……なあ、一」

「どったの? ちっふー」

「私の弟が、こんなにエロ可愛いはずがない」

「ちっふー!? ちっふぅうううう!?」

 

 綺麗だった。

 

 それはあまりにも綺麗なサムズアップ。そしてハッとするような綺麗な笑顔。

 

 織斑千冬。すこし欲しいなとか思ってた妹が出来て、喜びのあまり鼻血を出しながら直立姿勢で気絶。

 

「千冬姉ぇええ!?」

「おまっ、最後まで真面目通せよ!?」

 

 どうすんだよこの空気!? 千冬姉、とりあえずスーツに染みが出来るから!! …なるほど、これがハーレム……男が憧れる意味がわかるな…。千冬、お前は何を言っているんだ!?

 

 ワイワイギャーギャーと大騒ぎする織斑家を見て、束は案外このままでも大丈夫かな、などと考えてしまうのであった。

 

 

 

「ところで一夏」

「ん?」

「お前、服どうすんだ?」

「あ……」

「一夏! 私が昔買った服が沢山余ってるからそれをやろう!!」

「ああ、あの可愛い感じの――」

「ふんっ!」

「ゴバァ!?」

「一!?」

「い、一夏……」

「はじめ、はじめぇ…」

「……白のワンピースを推すぞ……ガクッ」

「はじめ!? どういう意味だよ、はじめぇぇええ!?」

「くっ、ワンピースか…この織斑千冬の目をしても気づけなかった……」

「なんで悔しそうなんだよ!?」

 

「……本当に大丈夫かなぁ」




友人が、TSヒロインものの小説を書けと言うので作成。

過去に身内向けに書いていたロボットものから設定を抜き取り作成しました。続くかどうかは未定。

作成中に色々調べたけど、今ハーメルンTS一夏流行ってるのね。


設定

WR、ウォー・ランナー

 日本名、汎用特殊機動装甲車両。元々、地底深くに眠っていたタキオン・ブラッドを採掘するための採掘用特殊車両が元となり建造された人型兵器。
 人型兵器と言えば、その制御の不安定性や機動力不足、また製造、修理の非効率性が問題視されていたのだが、タキオン・ブラッドによる自己修復、また動力炉の高出力および小型化により各問題が改善。また、コアブロック思想により、各部換装機能により、様々な状況に対応、搭乗者の生存率も上昇した。
 採掘地帯などの車両が使用できない、また航空機での戦闘が困難な場所での戦闘に特化しており、そうした不整地での素早い戦闘、そして採掘地帯を占領する際の動きから、戦場を駆ける者という名が与えられた。
 宇宙開発技術の導入や、より強い動力炉の開発などによりWRの技術はより進歩し、過去の地球及び宇宙空間では、戦車や戦闘機よりも空を飛ぶWRや重火力WRの方が使用されるなどの事例も報告された。
 しかし、WRはタキオン・ブラッドによる搭乗者への深刻な汚染。技術進歩による搭乗者の身体変化。また、破損時の周囲への汚染などが後に問題とされるようになり、彼がISの世界へ来る頃には、WRは市街地での運用を禁止され、発掘地帯や一部紛争地域などでのみ運用を許されることとなる。


イチカ・オリムラ

 日本人と思われる人物。世界で唯一の自由傭兵。卓越したWR適性と、タキオン・ブラッド及びフォトン・ブラッドに対する制御能力、耐性に人類最高レベルの適性がある。また、それらの適性を上げる処置がなされている。
 そのため、第三次大戦期から現在までで世界で最も戦果を叩き出した伝説的英雄、もしくは殺戮者と言える。
 交遊関係も多岐に渡り、孤児から国の首相まであらゆる人物にパイプを持つ。

 容姿はくたびれた目付きの悪いオッサン。IS世界に来た頃には何故か若い頃の姿になっていたが、結局目付きが悪くて男臭い顔立ちに。イケメンとは言いづらいが、男らしい顔付きではある。

 尚、好きなものは千冬と一夏。むしろそれ以外要らない気がする。


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