日向の悪鬼 (あっぷる)
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悪鬼の誕生

 木の葉の名門、日向一族にはある掟がある。それは宗家と分家の因縁の不文律。

 一族を背負う宗家に対し、分家は命を懸けて宗家の血筋を守らなければならなかった。分家の者は常に宗家の盾であり、代替される存在であり続けた。

 それ故に分家の男子は宗家に謀反を起こさないよう(ひたい)繋縛(けいばく)の呪印が施される。その呪印は宗家の者が念じれば簡単に被施術者の脳細胞を破壊し、その者の死後は一族の誇りたる白眼を封じた。それは鳥籠に閉じられた分家の宿命(さだめ)の象徴なのだ。

 

 そしてそんな因縁渦巻く一族に生まれた日向ヒザシは祝福すべき三歳の誕生日に分家の呪印を施された。彼の双子の兄ヒアシが同日に三歳になったからである。

 日向の掟では宗家の嫡子が三歳になった時、その嫡子に近い分家の男子が嫡子を守るための盾として呪印が施される。

 ヒアシもヒザシも同じ宗家の血を継ぐが、宗家の跡継ぎは一人で足りる。

 それ故に容姿も能力もさほど変わらない兄弟ながら、ヒアシの方が先に母体から取り上げられたという理由で、一方は一族の宗家として支配する者、もう一方は一族の分家として支配される者になった。

 

 しかし当のヒザシは自分なんかよりはるかに扱いのよい兄ヒアシに嫉妬することはなかった。この兄弟は宗家と分家の壁を越え、兄弟としての絆が深く大変仲が良かった。

 兄ヒアシは宗家の立場を振りかざして弟ヒザシを虐げることもなければ、弟ヒザシが兄ヒアシに対して特段媚びへつらうこともなかった。

 

 

 

 

 

 ――だがそんな二人をあざ笑うかのように日向の宿命(さだめ)は彼ら兄弟の歩みを狂わせる。

 

 

 

 

 

 それはちょうどヒザシが呪印をもらって20年の月日が経った頃だった。

 ヒザシは“たりね”という女に恋をした。きっかけはさほど面白くはない。満月の晩、河川敷を歩いていたヒザシがたまたまそこで月を眺めていた彼女を見初めたのだ。

 彼は日頃男友達に『女は容姿よりも内面だ』と吹聴していたものだったが、月明かりに照らされたたりねの横顔を見るや一瞬にして心を奪われた。

 それからというもの、ヒザシは満月の晩には毎回河川敷に赴いて、たりねに会いに行った。ヒザシは時には一輪の花を、時には近所の甘味処で買った団子を手土産に、たりねと一緒に月見をした。

 

 そうした努力も実り、次第にたりねもヒザシを好くようになった。そして彼らの逢瀬も月に一回満月の晩だけだったものが、隔週に一回、週に一回とどんどん頻度を増やしていった。

 そうなると自然と出かける場所も河川敷以外のところと増えてくる。たりねはヒザシがこれまでに見てきた女性の中で格段に輝いていた。肌は絹のように白く、長い黒髪は漆器工芸のような気品に満ちた輝きを持っていた。

 またヒザシもヒザシで当時アカデミーで秘密裏に行われていた美男子投票で一位を取るほどには容姿が良かった。

 それ故にヒザシとたりねが街に出れば当然のように彼らの噂が広まった。以前よりヒザシを狙っていた婦女子たちは地団太を踏み、ヒザシの『容姿よりも内面!』発言を聞いていた男友達は見目麗(みめうるわ)しいたりねを引き連れるヒザシに呪詛を唱えた。

 

 しかしそう噂が広がると日向の者にまで届いていく。ヒザシとたりねにとって、それは街で羨望の的になること以上に芳しくないことだった。

 普段分家の者は宗家の者に対して厳しい生活を強いられるものの、宗家と違い日向の血筋を残さなければならないという使命はないため自由に婚姻することができる。

 しかしヒザシは別だった。ヒザシは分家の身であるものの、宗家で生まれた男だ。仮にヒアシが子をなさず亡くなった場合、次の家督は宗家の血筋を継ぐヒザシの子に移ることになる。ヒザシの婚姻は日向によって管理されなければならなかった。

 当然日向はヒザシの行動を許しはしなかった。ましてや相手はどこの馬の骨とも知らない輩なのだから。

 

 ちょうどその頃たりねは子を身籠っていた。ヒザシの子である。

 たりねの妊娠を聞きつけた日向一族は彼女に対して圧力をかけるようになった。その子を産ませてはなるものか、と。

 それからというものの、たりねは四六時中監視されることとなり、たりねは家にいる時でさえ襲撃される恐怖に怯えなければならなくなった。

 そしていつ母体に危害を与えられるか分からない状況下、たりねは日向の目を掻い潜り姿をくらませた。ヒザシにすら居場所を告げることなくたりねはいなくなったのである。

 

 日向は彼女を血眼になって探した。当然ヒザシもだ。しかし探せど探せどたりねを見つけることはできなかった。

 

 ヒザシは自分の犯した軽率な行動を悔いた。

 もし自分が彼女を身籠らせなければ彼女は日向の人間に執拗に追われることはなかっただろう。もし自分が彼女を街に連れ回さなければ日向の人間に知れることはなかっただろう。もし自分が彼女を好きにならなければ――。

 

 

 

 

 

 たりねがいなくなってからというもの、ヒザシは魂が抜けきったかのように何事にも無気力になり家から出ることが少なくなった。忍としての任務も手に付かなくなった。

 そんな様子を兄ヒアシは気遣い、ヒザシにしばらくの間休養を命じた。ヒアシはたりねへの圧力には携わっていないものの、一族の暴走を抑えることができず弟を廃人寸前の状態にしてしまったことを悔いたのだった。

 

 

 

 それから半年経ったあたりだろうか。ヒザシは珍しく晩に外出した。なぜ夜中になって急に外に出ようとしたのかは定かではない。だが強いてあげるのなら、その日は満月だったからだろう。

 

 ヒザシは初めてたりねと会った河川敷に顔を出した。かつて満月の夜はいつも彼女と語り合ったその河川敷に。

 ヒザシとてそこで彼女に会えるなんて(つゆ)ほども思ってなどいない。たりねがいなくなってからというもの、ヒザシは数えきれないほどそこへやって来ているのだから。

 

 しかしその日はいつもと違った。

 普段ならば辺り一面が芝で覆われているはずが、その日はなぜか河川敷の中心にぽつんと竹でできた小屋が建っていた。不思議なことにその小屋は空に浮かぶ満月のような優しい光を放っていた。

 

 ヒザシがその小屋に足を踏み入れると、たりねが(とこ)に伏していた。顔はかなりやつれていて、以前のような溢れるばかりの生気はもはや残されていなかった。

 

「たりね! たりね……!」

 

 ヒザシはすぐさま彼女のもとへ駆け寄った。

 

「ヒザシ様……。良かった。最後にあなた様に会うことができて……」

 

 口をわずかに開かせて掠れながらも美しい声を発すると、たりねは傍に置かれた籠を軽く触った。

 ヒザシが籠へと視線を移すとその中には布を被った赤子が入っていた。静かに眠っている様子だったが、薄っすらとした髪の毛はまだ湿っていて先ほど生まれたばかりであることが見て取れた。

 

「たりね……、まさかお前一人で……」

「ヒザシ様。お願いです……。この子だけは……。この私とあなた様の子だけは健やかに育つよう……」

 

 ヒザシはたりねを抱き寄せた。もう二度と彼女を手放さないように。

 しかし哀しいことに彼女にはもう時間が残されていなかった。ただでさえ懐妊している身でありながら日向家の目から逃げ続けたのだ。さらには助産師なしで子を産みもした。

 たりねは身体の限界を超え、強い精神力を支えに意識を保ち生き延びた。最愛の人、ヒザシを待ちわびて――

 

「ヒザシ様……、その子のことは任せます――」

 

 たりねはヒザシの腕の中で力尽きた。その顔は相も変わらず生気も感じられないほどやつれていたが、安堵の(こも)った笑みを浮かべていた。

 ヒザシは何度も彼女の名前を叫んだ。声が枯れるまで叫び続けた。だが陽が西から昇り東へ沈むことがないように、死者が生者へ戻ることはなかった。

 

 そしてヒザシの嘆きに共鳴するように赤子が泣いた。

 ヒザシはたりねをゆっくりと(とこ)に寝かしつけ、籠の中で泣く赤子を持ち上げた。まだ目が開くことはない赤子。されどその目尻はたりねのものと瓜二つだった。

 

「たりね……。俺はどんなことがあってもお前の子を守り抜いて見せる。それがたとえ日向の宿命(さだめ)に逆らうことになろうとも――」

 

 ヒザシは赤子を抱きしめ、たりねの想いを背負うと誓った。

 

 

 

 

 

 しかしこの話は運命に翻弄された男女の哀しい恋物語では決してない。これは彼らが産み落とした悪魔の如き子どもの物語なのである。

 

 

 

 



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二話 姉弟

  たりねが亡くなってから早七年。日向ヒザシの屋敷では渡り廊下を走る少年と、縁側(えんがわ)で庭に咲き乱れる花々をぼんやりと眺める少女を日常的に見ることができた。

 

「聞いてください姉上! 今日宗家の稽古場に父上と参上したら、ヒアシ様に褒められました!」

「あらあら良かったわねネジ。さすがは私の弟ね」

 

 日向ネジはもうすぐ四歳になる男の子。日向家当主ヒアシを兄に持つ日向ヒザシの息子であり、幼年ながら早くもその才能を期待されている才児だ。

 

 一方、のんびりと縁側にたたずむはネジの姉にあたる“日向なよ”である。

 とは言っても二人はただの姉弟の関係ではなく、同じヒザシの血を継ぎながら異なる母親から生まれた異母姉弟だ。

 日向の遠戚にあたる人物を母に持つネジとは違い、姉なよはヒザシとたりねとの間で生まれた日向一族に望まれない子どもであった。

 

 本来ならばなよは分家の屋敷とはいえ、名門日向の門下をくぐることすらあたわない。しかしヒザシは生まれてきた子どもに罪はないとして兄ヒアシに(すが)り、なよを養う許可を請うた。なよを育てることはヒザシにとって何が何でも守らなければならないたりねと交わした使命だった。

 

 ヒアシは一族の面子と唯一無二の弟の想いとを天秤にかけ、ヒザシの願いを受け入れた。

 これは一つにヒアシがヒザシに対してたりねを死に追いやったことに負い目を感じていたことがあった。実際にヒアシは加担こそしなかったものの、当主として一族の暴走を止めることができなかった。

 とは言え、当時妾すら持っていなかったヒアシの立場では、同じく日向の子をなす責任があった弟の婚姻に口を出すことははばかられていた。ヒザシとしてもその件で兄を恨むことなどできはしない。

 

 むしろ、なよの養育の許可が得られたのは彼女が白眼を開眼しなかった要因が大きい。

 白眼は薄紫の瞳と、注視してようやく認識できる薄い瞳孔が特徴だ。しかし彼女の瞳は透き通る程綺麗な水色をしており、瞳孔にははっきりとした黒さが顕示(けんじ)していた。

 日向は三大瞳術の一つ白眼を一族の誇りとし、白眼を色濃く継ぐ者が代々宗家に立ってきた。それ故に一族はヒザシが日向家とゆかりのない者と契りを交わして白眼の血継(けっけい)の薄い子が当主候補となる事態を懸念していたのだが、実際に生まれたなよは白眼を持たないただの少女だった。

 日向は白眼を持って初めて宗家と認められる故、なよは一族の跡継ぎ争いには無縁で居られた。

 

 こうした偶発的幸運のもと、なよは日向の楔を逃れ、日向とは名ばかりの居候としてヒザシ家の一員になることができた。

 

 

 

 しかし何もかもが良い方向に進むとは限らなかった。

 なよは生まれながら病弱体質だった。それも幾人もの医者が匙を投げてしまう程の。

 彼女を診た医者はいずれも『何でこの状態で生きているのかさっぱり分からない。奇跡的に生きながらえている状態だ。そう遠くないうちに命は尽きてしまうだろう』と言い、『残念ですが、これ以上その子を苦しませないためにも安らかに死なせた方がいいでしょう』と医者らしからぬことにあきらめる始末。

 そしてその度にヒザシが忠言を呈した医者に手をあげそうになり、ヒアシに(いさ)められるのであった。

 それくらいになよの病弱っぷりは度を過ぎていた。

 

 しかしヒザシはそんな状態の娘を見捨てることなく愛し続けた。盲愛(もうあい)と言っていいだろう。

 なぜなら彼女は彼が最も愛した女性の唯一の形見だからだ。もちろん、今の妻であるネジの母のこともヒザシは愛している。しかしたりねとどちらを愛しているかと問われたら、迷わずヒザシはたりねを選ぶだろう。それほどにまでヒザシのたりねへの想いは強かった。

 そしてヒザシは体が弱くても美しくしなやかに育つよう願いを込めて、彼女に“なよ”と名付けたのだった。

 

 

 

 一方、なよはと言うと、もちろん父ヒザシを愛していた。だがそれ以上に弟ネジのことを溺愛していた。

 なよは布団で横になっているか、縁側で庭を眺めることしか許されておらず、いつも暇で暇でしょうがない。そこに毎回嬉しそうに修行の成果を姉に見せようとやってくるネジは、過保護に縛り付けるヒザシよりも愛おしくてしょうがないのだ。

 

「姉上! 見ててくださいね!」

 

 そう言ってネジはヒアシに教えてもらった武術の型を披露した。

 まずは掌底を繰り出しそこから膝蹴りをする。その後拳を二回撃ち、最後には鋭い突きを放った。

 ネジの放った体術は見る者を惚れ惚れとさせるには十分すぎるほど優れていた。もちろんネジのその動きは忍であれば下忍ですら行うことはできる。しかしネジ程の年で今のように動きに淀みがない者はそう滅多にいない。

 

「まぁ、すごいわ、ネジ。いっぺんにそんなたくさん技を繰り出せるなんて」

 

 なよはまるで自分事のようにネジの体術を褒めた。ネジは目を輝かせて修行の成果を見てくれる姉のことが大好きだった。

 

「いえ、これくらい忍びならばできて当たり前です。次はもっとすごい体術を身に付けてきますから楽しみにしていてください」

「うふふ、ネジは頑張り屋さんね」

 

 なよは愛しいネジの頬を撫でた。なよの手は七歳の娘にしては小さく、細い。しかしネジはその力弱い手から安らぎに似た暖かみを感じ取り、頬を緩ませた。

 するとなよはおっとりとした表情でネジに聞いた。

 

「ところでネジ、その技の名前ってそれぞれ何ていうの?」

 

 首をかしげて聞くなよに、ネジも数瞬考えて頭をひねった。

 

「うーん、何て言うんでしょう……?」

 

ネジの見せた連続技はあくまで掌底や蹴りといった基本的なものを淀みなくつなげたにものであり、その技一つ一つにはなよが思わず(うな)るような大層な名前などない。

 

「だったらその技の名前、私が付けてみてもいいかしら?」

「姉上が?」

「ええ。だってネジばかりが頑張っているのに私は見ているだけなんて歯痒いんですもの。だったらネジの技の名前くらい考えたいわ」

「それはいいですね! ぜひお願いします!」

 

 なよは微笑んだ。彼女にとってこうしてネジと遊んでいる時だけが自身が抱える重い病を忘れられる時間なのだ。

 

「そうね。お父様たちが使う柔術に対抗して“日向流剛術”なんてどうかしら」

「日向流とはずいぶん大きく出ましたね……」

 

 苦言をするネジ。なよは「別にいいじゃない。ネジは日向の子なんだし」とさらりと流す。

 

「そしてネジが最後に決めた突きは日向流剛術のえっと……」

 

 フッとなよは庭の野花を見やった。

 

「たんぽぽ。日向流剛術・蒲公英なんてどう?」

「たんぽぽって……。何だか日向流剛術という大それたものから一気に小さくなりましたね」

「いいじゃないネジ。可愛くて素敵よ」

「技に可愛さですか。けど花の名前を付けるなんて姉上らしいですね」

 

 そうしてなよは他の技についても名前を検討していった。しかしなよの付ける名付ける名全てが花の名前しか出てこず、ネジはますます頭をひねることとなる。

 

 

 

 こうした日常はなよにとってもネジにとってもずっと続いて行けば幸せだったに違いない。しかしそうは言ってもネジは分家の子であり、なよは名前だけが日向のただのか弱き少女である。

 故に二人もまた、彼らの父ヒザシのように日向の宿命(しゅくめい)に翻弄されることになる。そして奇しくもそれは数日としないうちに訪れた。

 

 




元ネタ
 ???「――虚○流 蒲公英」ドゥクシ
 虫さん「ば、ばかなぁっ!?」カフッ

 何だかこのままほのぼのでもいい気もしないでもないという複雑な作者心
 その場合なよはただの近所で見かける優しい美人なお姉さんになる模様(R-18的な意味ではない)


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三話 宗家の娘

ネジが四、なよが七の年を迎えた時、ある出来事が起こった。それはなよが宗家ヒアシの家に引き取られることである。

 目的は日向の嫡子として生まれた三歳となる日向ヒナタの一時的な影武者となることだ。この年、里ではかつて大蛇丸が暗躍し数多くの忍を誘拐して以来の治安の悪化が起こっていた。貴重な忍具が盗まれたり、下忍から中忍にかけて行方不明者が何人も出たのである。

 当然里側も警備を強化するよう努めている。しかし間が悪いことに雲隠れの里との同盟締結式が間近に迫っていた。そのためどうしても里の警備がそちらに集中してしまっているのだ。

 このため日向は唯一の宗家嫡子であるヒナタを守るため、年は少々離れているもののなよをヒアシのもとに送ったのだった。

 

「父様、ネジ、しばらくの間ですが行ってまいります」

「なよ、兄さんのところでは環境や扱いが変わってしまうかもしれないが、何かあったら必ず父さんに言うんだぞ。お前が願えばいつでも駆けつけてやるからな」

「大丈夫です、父様。私だって名ばかりとはいえ日向の名を継ぐ子ですもの。ヒアシ様のところでもしっかりやっていきますよ」

 

 極度の虚弱体質であるなよは杖に体重をかけ、安心してほしいとばかりに笑顔を見せた。普段からずっと屋敷のなかにいた箱入り娘だっただけにヒザシの心配癖はなかなかに大きかった。

 

「姉上!」

 

 するとネジは泣きじゃくりながらなよに抱き着いた。その衝撃でわずかばかりなよの体が揺れる。

 

「絶対に戻ってきてくださいよ。絶対ですよ」

「まぁ、ネジまでそんな心配事を。まるで父様みたいね。でも大丈夫よ。ほんの少しの間行ってくるだけだから」

 

 なよは義弟の頭を優しくなでた。いつも彼の修行の成果を褒める時のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてなよは日向宗家であるヒアシ宅に預けられることとなった。

 分家の、それも白眼も持たない名ばかりの日向であるなよはぞんざいに扱われるのではないかとヒザシは考慮していたのだが、存外そのようなことはなかった。むしろヒアシは実の娘の影武者としてとはいえ、実弟の愛娘を預かるということで丁重に彼女を扱った。

 初日こそは半刻歩いただけですぐに息が切れる彼女の病弱さに戸惑ったものではあったが、以降はヒザシ邸と同様に縁側でのほほんと野花を見ながら過ごすことが日課となった。

 もちろん影武者としての仕事もしっかりとしている。対外的にヒナタが表に出る時は代わりとなって

なよが出席するのである。とはいえそのような用事もほとんどがただの顔合わせ程度であるためなよの大きな負担になるということはほとんどなかった。

 

 なよがヒアシ宅にやってきて数日した折、なよがいつも通り縁側で庭の花を眺めていると一人の少女が話しかけてきた。

 

「あ、あの……」

「どうかしましたか、ヒナタ様」

 

 なよに話しかけたのは彼女が影武者を務める日向ヒナタであった。実を言うとこの二人、屋敷で何度も会っているもののこうして二人で話すのは初めてであった。

 

「えっと、その……、なよ姉さんは何をしているんですか?」

「何を、ですか……?」

 

 もじもじとしたヒナタの質問。元来恥ずかしがり屋な彼女だが、珍しくやってきた同じくらいの子どもに興味津々なのであった。

 

「こうしてお日様に当たって花を眺めているんです」

「花を、ですか?」

「ええ。些細なことですが私にはこれくらいしかやることがないので」

「そうですか……」

 

 内向的なヒナタはそうしてのんびりと過ごしていられるなよを見て羨ましく感じた。なよは重い病魔を抱えているが故そうせざるをえないのではあるのだが、ヒナタはそんなこと知る由もない。

 

「ヒナタ様はヒアシ様と修行されてきたのですか?」

「はい……」

 

 なよは擦り傷の残るヒナタの腕を見てそう言った。彼女の義弟ネジも擦り傷をいっぱいつけてきては喜んで彼女のもとに修行の成果を話していたものだ。

 しかしヒナタは違った。彼女は為人からして人と争うことが嫌いだった。ゆえに戦いの鍛錬である修行が好きにはなれなかった。

 

「ヒナタ様、しばらく私と一緒にお花を眺めてみませんか?」

「いいんですか? 私がいて」

「こういうのは話相手がいる方がいいんですよ」

 

 なよは少し位置をずれてヒナタに座るよう促した。

 

「ヒナタ様は修行がお嫌いですか?」

「……はい。どちらかというと嫌いです」

「そうですか……。私にはネジという弟がいるんですけどね、いつもネジは嬉しそうに私に修行の成果を見せてくるんです。そんなネジを見ていて私はいつも思うんです。私もネジみたいに元気に動き回れたらなって」

「あっ……」

 

 そこでヒナタは思い出す。なよはちょっとした運動ですら体に負担がかかってしまうということを。

 

「そうですヒナタ様、少し修行でやったことを見せてくれませんか?」

「えっ、今ですか?」

「はい」

 

 急ななよの提案にヒナタは戸惑ったが、修行がしたいのにできないという彼女の心理を知った今、それを無碍にするという選択肢はヒナタになかった。

 

「じゃ、じゃあ行きますよ。あまりうまくないと思いますが……」

 

 そう言ってヒナタはヒアシと行った演武を実践してみる。なよはその様子をじっくりと観る。

 ヒナタの演武は実にたどたどしかった。ステップは合っておらず打撃のキレも未熟であった。果てには足をもつれさせて倒れてしまった。

 

「ううっ、やっぱり上手くいきませんでした」

 

 演武に失敗し顔を赤らめるヒナタ。彼女の年齢からしたら上手くいく方がすごいのだが、いかんせん彼女の父ヒアシの求める基準は高いのである。

 

「ヒナタ様、一つ一つの動きではなく流れで演武を形づくってはいかがですか?」

「えっ?」

 

 すると観ていたなよから助言が飛んできた。武術とは無縁の彼女からそのような言葉が出るとは思わずヒナタは少し驚いた。

 

「実際にやったことはありませんが父様やネジの動きを観てきましたから」

「そうなんですか……」

「そうですね……、見様見真似ですが私もちょっとやってみたいと思います」

「えっ!? なよ姉さんが!?」

 

 ヒナタはさらに驚く。日頃床に伏しているか庭でのほほんとしているかでしかないなよがそんな動きの激しい演武を実演すると言い出すなんて考えもしなかった。

 

「だいたいこんな感じでしょうか」

 

 ふっとなよは立ち上がると演武の構えをとった。

 

「なよ姉さん! あまり無理すると……」

「大丈夫ですよ。ほんのちょっとですから」

 

 そう言ってなよは演武を開始する。掌底からはじまり溝蹴りに続くその動きはさきほどヒナタが行っていた拙いものとはまるで違う、流麗で淀みのない舞であった。

 

「すごい……」

 

 ヒナタは目を丸くしてなよの動きを眺める。彼女の動きはただヒナタよりうまいというだけではない。ヒアシやヒザシと同程度の完成度を誇る動きであった。

 

「どうでしたかヒナタ様、私の演武は?」

「すごいです、なよ姉さん!!」

 

 ヒナタは目を爛々と輝かせてなよの手をとった。

 

「なよ姉さんどうしてそんなにお上手なのですか!?」

「ただ弟や父様の稽古をずっと観てきたからでしょうかね。人の動きを観てると結構参考になるものですよ」

「なよ姉さん! でしたらもう一度私に見せてください!」

「もう一回ですか……」

 

 ヒナタはだだっこのようになよの体を揺さぶった。同じ子どもであり、同性のなよがここまで華麗な舞を披露したのを見て非常に感銘を受けたのだろう。実際ヒナタの周りは仰々しい大人たちだけだったのだから。

 

「そうですね……、そこまで言うのなら……、ゴホッ!?」

 

 その時、急になよが咳込み始めた。わずか2分少々の演武だったとはいえ、彼女の体には少々きついものだったようだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫……、大丈夫だから……。少ししたら収まるわ」

 

 うずくまってしばらく、なよはもう大丈夫だとばかりにヒナタに笑みを見せた。

 

「ごめんなさい、なよ姉さん。私が無理強いをしてしまったばかりに……」

「そんなことないですよ。これは私がただやってみたかっただけでしたし」

「けれどそれにしてもなよ姉さんはすごいです。私が頑張ってもなかなかできないことを観ていただけでできるだなんて。正直、羨ましいです」

「私は逆にヒナタ様が羨ましいです」

「えっ……?」

「だって何回も何回も稽古をすることができるんでしょう? 私はできたとしても1回だけ。それ以上は体が持ちそうにないわ」

「なよ姉さん……」

「ふふっ、私たちはつまるところお互いが羨ましいみたいですね」

 

 くすくすと笑うなよを見て、ヒナタは「そうみたいですね」と少し笑ってうなづくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は月の光も刺さない夜だった。

 歓楽街からしばらく離れたところにある日向一族の土地、そこに黒装束の者たちが這い潜んでいた。

 彼らはつい最近木の葉隠れと同盟を結んだ雲隠れの忍たちだった。彼ら雲隠れの忍が遠く離れた木の葉隠れを訪ねた理由は二つ。一つは雲隠れの代表として木の葉隠れで行われる同盟締結式に出ること。そしてもう一つは年々国力を伸ばしている火ノ国木の葉隠れの機密を持ち出すことであった。

 近頃木の葉隠れの里で起こっていた盗難や失踪事件は彼らの手引きによるものであった。内密に木の葉隠れの秘密を盗み、自国の発展に寄与させるがためである。

 

 そして今宵、彼らは木の葉随一の瞳術とされる白眼の秘密を奪取するべく日向の土地に足を踏み入れたのだった。

 日向の屋敷は八卦の探知結界により守護されており、普段ならば不審な者が侵入しただけでも警報が作動する。上忍クラスでも気付かれずに潜入するのは難しい。

 しかしこの隠密グループを率いるは現雲隠れの里忍頭。他にも隠密行動に特化した人材を集めており、今までの犯行も証拠を残すことなく成し遂げてきた。

 

 そして今回も上手くいった。さすがは木の葉の名門日向一族といったところではあり探知結界の暗号コードを解読するのに念入りな下準備を必要としたが、それでも彼らは侵入することに成功した。

 しかし問題はここからである。無事突破を果たしても領域内には広域な探知能力を持つ白眼の使い手日向一族が数多くいる。彼らに気付かれないように目的を果たさなくてはいけない。

 

 彼らの目的は宗家ヒアシの嫡子日向ヒナタ。分家の者の白眼は特殊な呪印によって意味をなさない。彼らは事前に入手した地図をもとに宗家の屋敷へと侵入する。

 そうして彼らは見つけた。宗家の屋敷で息を静かに眠っている少女を。

 

 しかしそれは彼らが目的とする日向ヒナタではなかった。彼女の影武者として宗家に送り込まれたなよだったのである。

 

 

 



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四話 惨劇

 日向ヒアシが侵入者の存在に気付いたのは彼らが潜入してから三十分程のことであった。

 雲隠れの隠密たちはすでに屋敷内から抜け出していた。状況から判断すれば非常にまずい事態であるだろう。

 しかしながら幸運なことが二つある。一つはまだ隠密たちの動きを補足できるということ。そしてもう一つは攫われたのが日向の重要な機密である白眼を持つヒナタではなく、影武者としてやってきたなよであったことだ。

 万が一ということを踏まえてなよをヒナタの身代わりとして用意できたことは僥倖だったと言えるだろう。

 しかしだからと言って隠密たちをただで逃がすわけにはいかない。なよはヒアシの弟ヒザシの愛娘。いくら影武者だからと言って切り捨てるわけにはいかなかった。それにここで一連の犯行をしてきた輩を確保すれば日向の株も上がるのである。

 

 ヒアシはすぐさまにヒザシになよが攫われた旨の電報を打ち、自らは隠密の行方を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、日向に潜入した雲隠れの忍たちは杯を交わしていた。何といっても木の葉随一とされる名門日向一族の秘密、白眼を入手したのである。紛れもなく今回の遠征で一番の成果と言っていいだろう。

 特に最も喜びを噛みしめていたのはこのメンバーを率いる雲隠れの忍頭であった。三大瞳術の一つとされる白眼を自国にもたらしたという成果が重なれば、次期雷影も目ではないのである。

 

「頭、それにしてもあんたはやっぱりすげえよ。まさかあの日向の機密を持ち出すことができるなんてよ」

「おいネムイ、安心するのはまだ早いぞ。上手く奪取できたとはいえもう大丈夫とはいえねえ。さっさと撤退の準備をするぞ」

 

 忍頭はそう部下に注意を促すものの、内心は浮かれていた。いくら日向一族が探知に優れた忍とはいえ、このアジトにたどり着くまでにはいくつもの殺人トラップがある。それを何とかすべて掻い潜ったとしても、それだけあれば彼らもアジトを畳むことができてしまう。つまりどう足掻こうとも彼らをとらえることはできないのだ。

 

「あの、ここはどこなのでしょうか」

 

 するとネムイと呼ばれた部下の背後からか細い声が聞こえた。目隠しをされて連れてこられたなよである。

 

「ああ、そうだったな。ネムイ、もうそいつの布を取ってやれ」

「へい」

 

 ネムイは忍頭の命令でなよの目隠しを外す。その時、ネムイは驚きの表情を見せた。

 

「か、頭……!」

「どうした」

「こ、こいつ白眼じゃありやせんぜ!」

「何だって!?」

 

 忍頭は持っていた杯を投げ捨て、なよの目を確認する。綺麗な薄い碧色の瞳は、紛れもなく日向に伝わる白眼ではなかった。

 

「してやられた! こいつは恐らく宗家の娘の影武者だ。くそっ、こんなミス……」

 

 アジトは祝賀ムードから一転、一気に焦燥した空気に変わった。せっかく莫大な成果を得るために多大な準備までして臨んだのに、それもすべて水泡に帰してしまったのだから当然のことだろう。

 

「あの、もう一度聞きますがここはどこなのでしょうか?」

 

 再度なよの声が囁かれる。忍頭は頭を抱えてなよを見る。彼の顔からは見るからにイラつきの感情が表れていた。

 

「それを聞いてどうする」

「いえ、ここからどうやって帰っていいのかわからないもので」

「残念だが嬢ちゃん、その心配はしなくていい」

「なぜ? あなた方が屋敷に連れ戻してくださるんですか?」

「いや、お前はここで終わりだよ。所詮影武者のお前には交渉価値すらない。俺らのところに連れ帰ったとしても使い道がないからな」

 

 忍頭は部下ネムイに指示を出す。そこにいる小娘をひと思いに殺せ、と。

 

「悪く思うなよ、小さな影武者さん」

「そうですか……。残念です」

 

 ネムイは小刀を抜刀し、少女の胸部目がけて突き立てた。そして鮮やかな血飛沫が舞い散った。

 

 

 

 

 

「ゴフッ……」

 

 散った鮮血がなよの頬に滴る。しかしそれはなよの血ではなかった。

 

「ネムイ!?」

 

 心臓を貫かれ、口から夥しい血を吐いていたのはなよではなくネムイだった。

 ネムイがなよの胸に小刀を突き刺す瞬間、なよは目にも止まらぬ速さでネムイに向かって人体を貫くほどの突きを放っていたのだ。

 

「てめぇ、何しやがった!?」

「これですか?これは日向流剛術・蒲公英って言うんですよ。私と弟で作った技なんです。もっともこの方の防具を貫けるよう少々アレンジしたんですがね」

 

目を見開かせる忍頭に、なよは返り血を拭ってそう答えた。もともとはただの突きでしかないこの技を、なよは研ぎ澄ましたチャクラを纏わせることでネムイの着ていた鎖帷子さえ貫くほどの威力に昇華させたのだ。

 

「ところであなたたちは私を殺す気のようですが、私だって死にたくはありません。父様とネジと約束したんですもの。無事に帰ると。ですから私は死にませんよ。あなたたちを殺してでも」

「このガキ、化け物か……!?」

 

忍頭は後ろにいる残り二人の部下にサインを送る。こいつは手を抜いていい相手ではない。確かに死んだネムイは目の前の少女をただの小娘と侮り不覚をとってしまった。

 

 部下の一人は予備動作なしに素早くなよに向かって無数のクナイと手裏剣を飛ばす。彼らとて雲隠れの上忍クラスの忍たちだ。いくら目の前で幼い少女に仲間が殺されるという衝撃的な場面を目の当たりにしてもすぐさま意識を切り替えた。

 

 なよは飛び道具が飛んでくると見るや、死んだネムイが持っていた小刀を奪い無駄のない動きでそれらを全て捌く。

 そして自らの斜め横、何もない虚空に向かってなよは小刀を突き刺した。

 

「ば、馬鹿な……。こいつ視えているとでも言うのか……」

 

 (くう)に位置する小刀からはみるみると真っ赤な血が滴り落ちた。姿を現したのはチャクラを纏い自身を見えなくする“迷彩隠れの術”を使ったもう一人の部下だった。

 

「こいつ本当は白眼を持っているのか!?」

 

 “迷彩隠れの術”は術者の姿を隠す術。破るには術者が残すわずかな音の残渣を拾うか、それこそ白眼といった特殊な瞳術を使うしか方法がない。なよに殺された部下は隠密のスペシャリスト。ならばこそ前者のような見破られ方はあり得るはずがなかった。

 

「いいえ。私は白眼を持っていません。だからこそ私は影武者に抜擢されたんです。ですが視えてしまうものにはしかたないでしょう」

 

 その時、サクッと小気味のよい音がアジトに響いた。忍頭が振り返るとそこには最後の部下の一人が額を小刀に貫かれて死んでいた。あまりにも自然で一瞬の出来事だった。なよは迷彩隠れの術を使った男から小刀を抜いた勢いでそのまま離れていた部下の一人へ投擲したのであった。

 

「き、貴様……、いったい何者なんだ」

 

 一瞬のうちに三人の部下をすべて殺された忍頭はなよに問う。その声色には怒りとともに恐れの感情が込められていた。

 

「私ですか? 私は日向分家日向ヒザシの娘、日向なよと申します」

 

 ザッとなよは後ずさる忍頭のもとへ歩み寄る。

 

「そしてこれで終わりますね。父様風に言うのなら、あなたはすでに八卦の領域内にいる、と言ったところでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、日向ヒアシは弟ヒザシと合流し、速やかに侵入者の行方を追うこととなった。なよの父ヒザシはそれはもう形相が変わるほど取り乱していた。愛娘が攫われたとあっては当然のことだろう。

 

 幸運なことにヒアシは侵入者のアジトの目星をつけることができた。というのも前もってなよに場所を知らせる(マーキング)をしていたからだ。

 

 二人はその(マーキング)を頼りに険しい山道を進んでいく。道中には一歩発見が遅れたら首と胴が離れてしまうような凶悪なトラップが所せましと設置されてあった。逆に言えばそれだけ用心深く、忍具に精通した忍、様子から見るに上忍クラスが何人かいるだろうことが簡単に予想できた。

 

 そして二人はアジトと思しき洞穴を見つける。二人は白眼を保有しているため、それを通じてなかを探ろうと透視してみたが、何やら複雑な結界術式が施されているのか中を見ることができなかった。

 そう考えるとこれは罠という線もある。中に入った瞬間に爆破によって生き埋めにされてしまうことだってあるのだ。

 しかしヒザシはすぐさまに駆けつけるべきだと兄に具申する。今すぐにいかなければなよの命が危ないかもしれないのである。何せなよは彼らにとって何の価値もないのだから。

 

 そうこうしているとアジトの入り口から一人の男が出てきた。ヒアシはその男を見て驚愕する。なぜなら彼は雲隠れ代表として木の葉にやってきた雲隠れの忍頭だったのだから。

 だがその男の様子はおかしかった。この場にいるということもそうなのであるが、彼は体を引きずり逃げるかのようにアジトから出てきたのだ。

 

 そして次の瞬間、ドゴッという鈍い音とともに彼は大きく吹っ飛び先にあった大樹に衝突した。

 

「まだ父様みたいに上手くは行かなかったようですね。胴から頭を千切り飛ばすつもりでしたのに」

 

 その声にヒアシは体を震わせ振り返った。そこには返り血で全身真っ赤になったなよの姿があった。

 あれは間違いなく日向の奥義とも言える“八卦空掌”。近距離主体の日向の戦法の弱点を補うために作られた、超高速の掌底による柔拳を纏った真空の砲弾である。そして物言わぬ亡骸となった忍頭からは点穴が赤く浮かび上がっていた。それは紛れもなく点穴を突いた柔拳の跡だった。

 

 つまりなよは日向の秘密とも言える技をまだ七つにしてすでに会得していることになる。まごうことなき天才の証だ。

 しかしそれは誰から教わったのか。彼女の父ヒザシという線は薄い。病弱ななよにあんなにも盲愛しているヒザシが体の負担になるようなことをするはずがない。するとなよは独力で身に付けたと考えるほかない。だがそれは実際に可能なのか。否、常識的に考えて不可能だ。

 

「父様にヒアシ様、来てくださったんですか。良かったです。私ここからどうやって帰っていいか分からなかったもので」

「なよ! 無事だったのか……。良かった……。万が一お前に何かあったらと思ったら……」

 

 ヒアシは弟とその娘の熱い抱擁を見つめる。その光景は美しくもどこか(いびつ)なもののように思えた。

 

 

 



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五話 精算

だいぶ遅くなりましたが更新しました。


 あの惨劇から数日、木の葉隠れは危機に陥っていた。

 原因は雲隠れの忍頭を殺めてしまったことにある。

 

 雲隠れは明らかに使者である忍頭を通じて木の葉に対する工作活動をしていた。それは間違いない。

 なよによってズタボロとなってしまったアジトからは盗難にあった木の葉の機密文書や価値ある国宝といった証拠がいくつも挙がっている。

 

 しかし忍頭は雲隠れ代表の使者として木の葉の里に来ていた。

 理由はどうあれそのような人物を殺めてしまっては雲隠れが木の葉に対して強気に出る口実になってしまう。

 

 そして雲隠れはこれを機に、他里を巻き込んでの木の葉に対する宣戦布告をしようと画策した。

 せっかく第三次忍大戦が終わったばかりなのにこうして火蓋が切られるのは木の葉にとって望ましくないことだ。

 

 他里は恐らく雲隠れを支持するだろう。

 もちろん、道義的に考えれば誰がどう判断しても非は雲隠れにある。

 しかし政治とは道徳で左右されるものではない。これは戦後順調に国力を伸ばし他里の脅威になりつつある木の葉を叩く絶好の機会なのだ。

 木の葉を嫉む各国はおおよそ喰いついていくだろう。

 

 この危機を脱す方法は一つ。雲隠れ側からの忍頭を殺めた者の首をよこせ、という要求を呑むことであった。

 

 

 

「兄さん、雲隠れの忍頭を殺したのは俺ということにしてくれないだろうか。向こうも幼いなよの首を欲しているわけではないだろう」

 

 薄暗い屋敷のなか、ヒザシは兄ヒアシにそう告げた。

 ヒザシはなよの首を雲隠れに渡したくはなかった。

 亡きたりねと約束した、どんなことがあってもなよを守るということを実行するために。

 

「お前の気持ちはよくわかる。だがあの子は異常だ。あれは魔か鬼の類じゃないのか?」

 

「たとえそうだとしてもあの子は俺の子だ。何があってもあの子のことを守る。それが俺とたりねと約束したことだ」

 

「ヒザシ……」

 

 ヒアシは恐れていた。なよのあの力を。

 あれは天才という枠組みに当てはめるのも憚られるほどの資質だ。人の理を外れた才能といってもいい。

 何の教育も施されていない(わらべ)が上忍クラスの忍を何人も殺してしまうなどありえることではない。

 

 あの忍の神と崇められた初代火影・千手柱間であってもできはしないのだ。

 

「……本当にいいんだな、それで」

 

「ああ。愛娘を守るためだ。俺の決意は揺るがないよ」

 

 ヒアシはヒザシを見据える。

 ヒザシがここまでヒアシに迫ったのはたりねとの仲を認めるよう求めた時以来だった。

 そしてその時ヒアシは一族のしがらみからヒザシの申し入れを躊躇し、ヒザシとたりねは悲惨な結末を迎えた。

 

「……分かった。なら一族と里にはそうなるよう取り計らおう」

 

 もし、あの時ヒアシが最後まで彼らの味方になっていたのならきっとヒザシとたりねの運命は大きく変わっていたのかもしれない。

 ヒアシはあの一件以来、弟ヒザシに負い目を感じていたのだった。

 

「すまない、兄さん。それとなよとネジのことは……」

 

「分かっている。立場は悪くはなるだろうが、見捨てはしないさ」

 

「本当にすまない、兄さん……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 後日、雲隠れの忍頭の件について日向と三代目火影猿飛ヒルゼン、そして雲隠れとの外交担当であった志村ダンゾウとで会議が執り行われた。

 

 その際、ヒアシは雲隠れの忍たちを殲滅させたのは自身とヒザシであると言及した。

 なよがやったことを隠すために。

 

「あやつらを屠ったのはお前ら二人だけか?」

 

 ダンゾウがヒアシに問いかける。

 雲隠れの上忍クラスを四人も殺すとなると二人では厳しいものがあると思ったのかもしれない。

 

「……はい」

 

「そうか……」

 

 ヒアシは少し息の詰まらせた返事をする。

 一方ダンゾウはヒアシの所作を少し気にはしたものの、話の論点はそこではないためさして気には止めなかった。

 

「ヒアシよ。向こうは実行者の首を欲しがっている。……日向の首をな。()()としてはどうするつもりだ?」

 

 そう口を開くダンゾウ。

 彼にはヒアシが、日向が何をするつもりなのか分かっているのだろう。

 

 ヒアシはこれまでのことを回想した。ヒザシとの思い出を。

 そしてヒアシは重い口を開き、一族と木の葉のため実弟であるヒザシの首を差し出すことを話した。

 

 

 

 

 

 会議が終わり、日向の集会場から立ち去る一同。

 その一人であったダンゾウは顔には出さずとも今回のことについて忌々しく思っていた。

 

 世の中は実に理不尽である。正しいことがまかり通ることなどほとんどない。

 今回だってそうだ。正義は木の葉にあった。なのに下らぬ政治情勢のせいで理不尽にも木の葉にいらぬ犠牲が生まれてしまった。

 

 しかし、とダンゾウは思う。

 こんな正しいことがまかり通らない世の中だからこそ、自身のような影の忍が木の葉には必要なのだ。

 非道な行いが溢れる世ゆえに、誰かが非情にならなければならない。

 そしてそれは過酷な戦争を卑劣な手を使ってでも勝利してきた自分の役目であるのだ。

 

 ダンゾウが屋敷の縁側に視線を向けると一組の親子が目に映る。

 それは今回の事件の犠牲となる日向ヒザシとその娘なよであった。

 

「父様……。すみません、私のせいで」

 

「気に病むことはない、なよ。これはお前のせいではない。しょうがないことなんだ」

 

 彼らは悲劇の一家といっていいだろう。

 里の意向によって身内を引き裂かれてしまうのだから。

 

「なよ、一つ約束してくれるか?」

 

「何でしょう」

 

「たとえどんなことがあっても元気に生きていてくれ。私がいなくなっても。お前が生きていてくれることが私とお前の母が望んでいることなんだ」

 

 ヒザシはなよを抱きしめた。

 

「ふふっ、分かりました、父様。私は何があっても健やかに生きていきます」

 

 そう言ってなよは健気に笑ってみせた。

 

 確かヒザシの娘なよは幼い頃から病床に伏していたとダンゾウは聞いていた。

 そして日向の出来損ないだと。

 

 彼女には日向の象徴たる白眼がない。

 それゆえに一族の間では疎まれている。

 

 いくら優秀な一族とはいえ、才能がないということは哀しいことだ。

 それだけで居場所がなくなってしまうのだから。

 

 ふと、ダンゾウはなよと目があった。

 彼女の空色の瞳は年相応に純粋で、自然と引き込まれるものがあった。

 

 しかし刹那、ダンゾウに悪寒が走った。

 それは圧倒的な存在に対して感じ取る気配。

 かつて魑魅魍魎が跋扈した戦乱の世において、かのうちはマダラと対峙した時にも感じたものであった。

 

 ダンゾウはすかさずこめかみに指を当てる。

 すると悪寒は急速に収まった。

 どうやらただの勘違いだったらしい。きっとここのところ疲れが溜まっているのだろう。そうダンゾウは思った。

 

 だがダンゾウがその悪寒の正体を認識するのはそう遠くはなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ヒザシの処分が決まった数日後、なよは火ノ国郊外にある日向の土地に移ることとなった。

 

 ヒザシ亡き後、彼女を庇い立てするものがいなくなったのである。

 もともとヒザシとたりねは一族から認められた仲ではなかった。そして彼らの娘なよは日向の象徴ともいえる白眼をもたずに生をなしてしまった。

 

 白眼を持たぬことは跡取り争いから逃れられるという幸運はあったものの、同時に一族の者から蔑まれることにつながった。

 そしてヒザシ亡き今、なよを一族から追い出す動きが起こったのだ。

 

 しかし当主ヒアシはヒザシの娘であるなよを慮って、強硬派を抑えて里から離れた日向が持つ遠隔の地へなよを住まわせることにした。

 

 これにはヒザシの想いを守るため、何とかしてなよを日向の者としてつなぎとめたいという考えがあったのだろう。

 またなよの力が里や一族に悪用されないようにと奥の地へ隔離させたいという思いも少なからずあったはずだ。

 

 

 

「姉上!」

 

 そしてなよが旅立つ日。

 これから立ち去るなよに弟ネジは抱き着く。

 姉なよとは対照的に、ネジは分家の人間として日向に迎えられることとなった。

 

 ネジは幼いながらも天童と言えるほどに優秀であり、これからの一族の未来を担う人材として手元に置いておきたい存在であった。

 

「嫌です! 父上だけでなく、姉上まで行ってしまわれるなんて!」

 

 泣きじゃくるネジの頭をなよは優しく撫でた。

 

「心配しないで、ネジ。そのうちまた会える日はあるわ」

 

「でも私は姉上が心配です。体の弱い姉上が人里離れたところで暮らすなんて……」

 

「大丈夫よ。私はこうみえても辛抱強いんですから。それにお世話係のハナさんもついてきてくれると言っているわ。だから問題ないわよ」

 

 そう言って、なよはネジを宥める。

 彼女らの後ろではなよを連れて行くお供の人間が準備を整えていた。

 

「そろそろお時間みたいね。それじゃあ……」

 

「待ってください、姉上。最後に一つだけ」

 

「何かしら?」

 

 ネジはグジグジと涙を拭ってなよの袖を掴む。

 

「姉上、約束してください。私は必ず姉上を迎えに行きます。今よりももっと強く、もっと偉くなって必ずや姉上を迎えに行きます。ですからそれまで待っていてください」

 

 ネジは気丈に言い切った。

 きっとその言葉の中には宗家の意向をも跳ねのけてやるという意味も込められているのだろう。

 

 分家である彼らは常に抑圧される存在であった。

 だからこそ自分たちはそれに抗い、彼らの願う日常を取り戻していくのだと。

 そこに至るには並々ならぬ困難が待ち受けている。それほどまでに宗家と分家の軋轢は根深い。

 

 しかしそれを知っていてもなよはネジの言葉を正面から受け止め、微笑んでみせた。

 

「分かったわ、ネジ。それまで私は待っているから。必ず迎えに来てちょうだい」

 

 そうして出発の準備が終わり、なよたちは木の葉の里を出た。

 なよとネジの幼い姉弟は一族と里との意向により、父を奪われ離れ離れとされてしまった。

 

 そしてなよは一族からの忌むべき子として里から離れた地でみすぼらしく暮らすことを余儀なくされる。

 この出来事は二人のこれからを決定的に分かつものとなったのだ。

 



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六話 遭遇

 満月が大地を照らす夜。

 木の葉隠れの中忍うちはイタチは抜け忍討伐の任を受けていた。

 相手は三年前に木の葉を抜けた中忍であり、今まで所在を掴めずにいたが、ここ最近火の国と湯の国の国境付近にて窃盗行為を繰り返しているとの情報が出てきた。

 現在は周りの里の抜け忍二人と組み、現地の警備隊では捕まえることが難しいほどに力を蓄えているらしい。

 

 イタチ含める小隊の四人は現地につくや、散開して調査と情報収集を始める。

 彼らは木の葉の中忍のなかでも将来が期待されている里のエースたちだ。

 諜報活動にも優れ、万が一標的に出くわしても単体で突破できるだけの力がある。

 

 そんな優秀な小隊の一人、イタチはずば抜けた空間把握能力から街で情報収集する仲間たちとは別に、単独で人気のない森の中の探索を行っていた。

 人通りがほとんどないため、窃盗行為が行われることはないだろうが、人目を避けて隠れるにはぴったりの場所がいくらでもあるのだ。

 

 イタチは周囲を警戒しながら森を調査していく。

 すると茂みに一本の獣道が見つかった。いや、狐や狸にしては道幅が大きい。

 これは人間の通った後だ。

 

 イタチは草木を折らないように慎重にその道を進む。

 目標としている抜け忍のものかは不明だが、罠がしかけられていないとも限らない。

 

 そうしてだいたい20分ほど歩いた頃合いか。

 木々が減り、辺り一面に黄と白の花弁を咲かせた月見草が広がった。

 

 幻想的な空間であった。

 天高くから照らす満月の光が花々を煌びやかに輝かせ、そよ風に吹かれて草花は儚く靡く。

 人の手が加えられていないにも関わらず、いや、加えられていないからこそこの雅らかな空間を作っているのだろう。

 

 そしてこの天然の花畑の中央、突き出た岩に一人の少女が座していた。

 

「あら、どなたでしょうか」

 

「っ!?」

 

 少女は鈴を鳴らしたような声を奏でる。

 

 イタチは思わず驚いた。

 いくら目の前の光景に多少見惚れていたとはいえ、彼は少年ながらに立派な忍だ。

 中忍になるまでに数多くの修羅場を経験し、それらをすべて乗り越えてきた。

 たとえ相手が忍であっても物影に潜んだ彼はそう簡単に見つかるものではない。

 ましてや数十メートルも離れているただの少女相手には決して。

 

「……なぜ気付いた。気配を消していたつもりなんだがな」

 

「ふふっ。人は決して気配を消すなんてことはできませんよ。気配を消す、ということはすなわち死んでいるということなのですから」

 

 少女はくすくすと笑う。

 忍の隠形を見抜いたほどなのだから警戒すべきものなのだが、いまいち少女からは不思議と切迫感を促されない。

 少女には同業者に感じるような殺伐とした気配は全く感じなかった。

 

「もう一度お聞きしますがどなたでしょうか? もしかしてお手紙を運んでくださった飛脚の方かしら?」

 

「いや、違う。この辺りの調査をしている木の葉の忍だ」

 

 イタチは少女の前に姿を現し近づく。

 油断など一切する気はないが、かと言って警戒しすぎてもしかたがない。

 別に相手は敵対するような素振りはないのだから。

 

「あら、そうなのですか……。ところで木の葉の忍の方がこんな辺鄙なところまで何の御用でしょうか?」

 

「ここ周辺を荒らす犯罪者の捕縛だ。この辺りで何か怪しい人物を見かけたりはしなかったか?」

 

「いえ、全然。ここは村や町からも離れていますので。他の人を見るのはあなたで久しぶりです」

 

「そうか」

 

 イタチは少女に抜け忍の情報について問答を重ねる。

 どうやらイタチたちが目的とする抜け忍の存在を全く知らないようだ。

 嘘をついている様子もない。

 

「ところで娘。お前の名は何という?」

 

「娘ですか……。あまりあなたと年は変わらないと思うのですが」

 

 そう言って少女は首をかしげる。

 実際、イタチの年齢は今年で11。目の前の少女は自身よりも少し年下くらいなので確かにそうは変わらない。

 仕事柄年上と当たることが多かったためついついイタチはそう言ってしまった。

 

「それは済まない」

 

「別にかまいませんけど。あ、私の名前は日向なよと言います」

 

「……日向?」

 

「ええ。あら、存じてないですか? ここら一帯の土地は日向の土地なんですよ」

 

「いや、知っている。ただ日向の者がいるというのは知らなくてな」

 

 イタチはここへ来る前に、この地の背景を調べていた。

 そのためこの森が日向の土地にあたることは認知している。

 だが資料には日向は現地の人間に管理を委ねており、日向の名を連ねるものがここにいるとは書かれていなかった。

 

 とはいえ地方の土地記録など雑に扱われることは多々ある。

 恐らくこれも情報の洩れや行き違いによるものであろう。

 

「ところでなよ。ここで何をしている?」

 

「月を見ていました」

 

「月?」

 

「ええ。今日みたいに月が綺麗に見える日はこうしてここで月を眺めているんです。私はあまり体が強くないのですが、こうして月を眺めているとなんだか気分がよくなるんです」

 

 イタチはなよの姿を見る。

 確かに同年代の子どもに比べてなよは痩せ気味で、(わらべ)独特の活き活きとした様子はない。

 彼女よりも年が幼いであろうイタチの弟サスケですらもう少し背が高いはずだ。

 

 しかし同時にあまり日に焼けていない白い肌は決して健康的とは言えないが、病的とまでは感じられなかった。

 どちらかというと御伽的(おとぎてき)であり、神秘的な色合い。

 月明かりに照らされる少女はまるで月から舞い降りてきたかのような印象をイタチは受けた。

 

「月を、か。確かに今日はよく満月が見える。しかし先ほども言ったがここ周辺に質の悪い輩が寄り付いている。家はどこだ?」

 

「あら、送ってくださるのですか? それは嬉しいです。最近他の方とお話しすることがなかったので」

 

 なよはゆっくりと立ち上がり、森の奥へと歩いていく。

 イタチはなよの歩幅に合わせ横に並んだ。

 

「そういえば気になったことがあるのだが、なよ、お前は日向の人間だな?」

 

「はい」

 

「日向は白眼を宿していると聞くが、お前は違うらしい。それは体質か?」

 

 イタチの質問になよは口をつむぐ。

 そしてぼそりと言葉を口にした。

 

「……ええ。生まれつき持つことができませんでした。そのこともあって一族の人間からあまりよく思われてなくて。こうして3年ほど前にこちらに流されてしまったのです」

 

「すまない……。踏み込んだことを聞いてしまった」

 

「いえ、かまいませんよ。あら、見えてきました。あれが私のお家です」

 

 なよはにこりと前を指さす。

 そこには一つの小屋。

 人が住むのに最低限のものしか置かれていなさそうなみすぼらしい家屋であった。

 

「がっかりしました?」

 

 なよがイタチに尋ねる。

 もともとこの地には日向の別荘などなく、なよがここに来るということで急ごしらえで作られたのだ。

 そのため名門の一族の子女にしては実に不釣り合いな住家となっていた。

 

「そんなことはない。あそこには一人で住んでいるのか?」

 

「いえ、それはさすがに。今はお世話係の人と一緒に暮らしています」

 

 すると小屋のなかから妙齢の女性が出てきた。

 恐らく彼女がなよの言っていたお世話係なのだろう。

 

「中に入っていきますか?」

 

「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫だ。たださっきも言った通り周辺に危険な人物がうろついているから十分に注意してくれ。俺たち木の葉の忍はしばらく向こうの街に常駐しているから何かあった場合は連絡して欲しい」

 

「はい、わかりました。わざわざありがとうございます。ところでお名前を聞くのを忘れてました。お聞きしても?」

 

「木の葉隠れの中忍うちはイタチだ」

 

「では、イタチさん。一刻も早く下手人が捕まることを祈っております」

 

 なよはそう言って深々と頭を下げて、女性とともに小屋の中に入っていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「なよ様、さきほどの男の子はどなたでしょうか? もしかしてお友達でしょうか」

 

「いえ、任務できていた木の葉の忍だそうです」

 

「そうなのですか」

 

 ハナは家に迎え入れたなよに熱いお茶を差し出す。

 

 三年前、ハナはなよのお世話係として彼女とこの僻地へとやってきた。

 ハナはもともとヒザシに仕えていた女性で、なよが生まれてからは彼女の世話係をずっと行ってきた。

 白眼をもたず、一族から疎まれていたなよであったが、ハナは決してなよを邪険には扱わずいつも面倒をみていた。

 

 なよが日向家から追放される時であっても、ヒザシとなよに対する義理からなよを見捨てず自ら進んでついてきた。

 

 父に先立たれ、弟ネジとも離されたなよにとって彼女の存在こそが唯一の救いであったことだろう。

 

「そういえばなよ様、ネジ様からお手紙が届いていましたよ」

 

 ハナが一通の封筒を取り出すと、なよは嬉々としてそれを受け取った。

 

「ふふっ。どうやらネジは忍者の学校でまた一番の成績をとったようですね」

 

 弟からの手紙にはアカデミーでの出来事や修行での成果、学校で友人ができたことなどを伝える内容が便箋の端から端までびっしりと詰まっていた。

 

 未だにこの地から離れることが許されていないなよにとって、最愛のネジと連絡を取り合う手段は手紙のやりとりしかない。

 それも2か月から3か月に一度きりしかない。

 故にこの手紙はこの地に住まうなよにとっての数少ない楽しみの一つなのであった。

 

「ネジ様はすごいですね。前もアカデミーで優秀賞をもらったと書かれていましたから」

 

「はい、私の自慢の弟です」

 

 なよはにっこりと微笑んだ。

 幼少の頃から仲の良かった姉弟のことだ。アカデミーにも通うことができないなよにとって弟の活躍はまさに自分事のように嬉しくてしょうがないのだ。

 

「そうだわ。ネジの頑張りをお祝いして、今度ネジに何かプレゼントをお送りしましょう。何にしようかしら」

 

「それでしたらなよ様、もうじき冬がやってくるのでマフラーなんていかがですか? なよ様が編んだものをお渡しすればきっとネジ様はお喜びになります」

 

「いいアイデアです、ハナさん。ですが上手に編めるでしょうか?」

 

「大丈夫です。私がちゃんと教えますし、なよ様ならきっとできます」

 

 ハナはこちらに来た時のことを思い出す。

 この地に来た当初は生活する基盤がほとんどなく、それを準備するにもハナだけではどうしても限界があった。

 それを見かねたなよは自分から何か手伝えることはないかと訴えた。ハナとしてはなよは体が弱いため休んでいて欲しかったのだが、なよがどうしてもと言うのでしぶしぶ家事を手伝ってもらった。

 するとなよはハナが少し教えただけでほとんどの作業を完璧に効率良く覚え、瞬く間に暮らしに余裕が生まれた。

 

 それほどになよは物事を器用にこなし、物覚えが良かった。

 そんななよならば編み物なんてちょっと教えれば簡単にすぐマスターしてしまうだろう。

 もしなよが健康で強い体に生まれていれば、きっとなよは日向の将来を担えるほどの逸材になっていたにちがいないとハナは思ってしまう。

 

「それではハナさん、明日あたりにでもマフラーの編み方を教えていただけないでしょうか」

 

「ええ、分かりました。……あら」

 

「どうしました?」

 

「毛糸をちょうど切らしていたんでした。申し訳ありませんがなよ様、明日は街まで他の物資も含めて買い物に行ってきたいと思います」

 

「まぁ、そうなのですか」

 

 ふと、なよは先ほどの木の葉の少年の言葉を思い出す。

 彼女のお気に入りの場所で出会ったうちはイタチを。

 

「そういえばハナさん。木の葉の忍さんが言っていたのですが、ここ最近この辺りで悪さをする人がうろついているとのことです。お出かけする際は注意してくださいね」

 

「大丈夫ですよ、なよ様。こう見えても私はこちらにお仕えする前はくの一でしたからそうそう不覚はとりません。それよりも留守の間はくれぐれも注意してください。知らない人が来たら押入れの中に身を隠すようにしてくださいね」

 

「はいはい、分かりました」

 

 

 

 そうして翌朝、ハナはなよに見送られて街へ向かった。

 隔週ごとに行くいつもの買い出し。これは彼女らにとっていつもと変わらぬ日常であった。

 

 しかしこの日を境に、なよは二度とハナと顔を合わせることはなかった。

 




この話の段階では
イタチ→11歳
なよ→10歳
です。


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七話 墓穴

世話係のハナが街へ買い出しに向かってから丸一日が経った。

なよたちの住まいから街までは歩いて片道二時間ほどの距離。

いつもならどんなに遅くてもその日のうちに帰ってくるはずであった。

 

しかし日を跨いだのにも関わらず、ハナは一向に帰ってこなかった。

なよはハナが帰ってこないことに心配になるも、肝心の彼女は街までの道を知らない。

何時間も歩き続けることができないほど体の弱いなよは街まで連れて行ってもらったことがないのである。

そのためなよはただ待つことだけしかできなかった。

 

 

 

そしてハナが出て行って三日目。

なよは未だ帰らないハナを待ちつつ、庭で鈴蘭の手入れを行っていた。

その鈴蘭はこの地へ来てから育て始めたもので、世話係のハナが一番好きな花だった。

普段ならばなよではなくハナが手入れをするのだが、彼女不在の今世話ができるのはなよしかいない。

もしほったらかしにでもしたら、花の状態が悪くなってしまう。そうしたらハナが帰ってきた時とてもがっかりしてしまうだろう。

なよはか細い体をせっせと動かし庭作業に従事した。

 

ただなよはなよで花の世話をするのは悪くないと思っていた。

もともと花は好きであったし、土をいじるのも楽しかった。

 

ハナが戻ってきたら庭の隅をなよ専用の花壇にしてもらえないかともなよは考える。

それでなよの好きな花々をそこに植えるのだ。

きっとそれは楽しいことに違いない。

なよはネジへの手紙を書くことと月や花を眺めることしか特にやることがないのだから。

 

 

 

しかしそんな彼女の想いを裏切るかのように、ハナが出て行った道から3人の男たちがやってきた。

 

「おっ、ここがあの女の家か」

「それにしてもボロい家だな。隠れ家にするには最適なんだがもう少しいいところがよかったぜ」

「おい、あそこにガキがいるぜ。あの女の子どもか?」

 

三人の男はいずれも上背が高く、忍が好んでよく着る黒装束に身を包んでいた。

一見すると程よく経験を積んできたベテランの忍のように見える。

だが彼らの額には己の出自を示す額当てはない。

 

「どちら様でしょうか」

 

なよは作業していた手を止めて3人に問いかける。

なかなか人と会うことがないなよでも、彼らがあまり友好的でないことはくらいはわかった。

 

「ほう、俺たちを見て怯えないなんて大した度胸じゃねえか。それとも鈍感なのか? まぁいい。俺たちはその小屋の主様だ。これからのな」

 

「えっと……。ここは私とハナさんのお家ですが?」

 

「物分かりの悪いガキだな。これからそのボロ小屋をいただくって言っているんだ」

 

「ですがここは……」

 

戸惑っているなよに、男たちは下卑た笑い声を上げる。

未だにこの状況を理解できていないなよが可笑しくてしかたないらしい。

男たちはこの地の拠点としてなよたちの家を奪い取ると言っているのである。

 

そしてにやけた男の一人が鞄に手を突っ込みなよに話しかける。

 

「お前、ここは自分とハナとやらの家と言ったな。なら安心しろ。そのハナとやらの女の許可は取っている」

 

「えっ?」

 

そう言って男が鞄から取り出したのは粗末な紐に結わわれた黒い人髪の束だった。

 

「ほら、これがお前の家族のハナさんだろう?」

 

男は髪の束をなよに投げつけた。

そう、不幸なことに街へ出かけたハナは男たちと遭遇してしまった。

そして襲い掛かってきた男たちとハナは戦闘になった。

 

きっとハナのことだ。

もしそこで逃げてしまえば男たちはいずれなよが待つ彼女たちの家にたどり着いてしまうだろうと思ったのだろう。

だから彼女はここから先へ行かせないように戦った。

ハナは元木の葉の中忍だったため、ある程度の相手ならばなんとかなったはずだった。

 

しかし現実は非情だ。

男たちはうちはイタチたちが追っていた抜け忍だったのだ。

いくらハナが元忍だったとしても、相手も同じく忍。それも3人。

そして彼女の髪を男たちが持っているということは、ハナはもう……。

 

「何が許可もらっただよ。そんな許可もらった覚えはねえぞ。あの女、最後まで命乞いすらしなかったじゃねえか」

 

「だが家主を殺したんだからその小屋は俺たちのものであっているだろう? しかしそれにしてもあの女なかなかのやり手だったな。おかげで加減できずに殺してしまった。美人だっただけにもったいない」

 

「なに、あの女はダメでもこの娘がいる。体は弱そうだがそれでも顔はいい。売り物としての価値は十分じゃねえか」

 

「そんな……」

 

なよはハナの最期を知り茫然としてしまった。

 

生まれてからずっと一緒にいた世話係のハナ。

どんな時でも自身を見捨てず面倒を見てくれた彼女は父や弟と同じくらいになよにとって大事な存在であった。

 

「おいおい、今になってぶるっちまったよ。このガキ」

 

大切な人を殺されてしまったのだから動揺してしまうのは当然だ。

それもまだ十歳になったばかりの少女ならばなおさらだろう。

 

しかしなよはしばらく茫然とした後、突然無表情となった。

不安や悲しみといった情さえも感じさせない、全くの無感情。

 

そして直後、彼女は突飛なことを口にする。

 

「お墓を作らなきゃ」

 

「あっ? 今何て……」

 

男たちは思わず聞き返す。

間違ってもそれは身内を殺されたと知りすぐに少女が口にする言葉ではなかった。

ましてやこれから自分の身にも危機が迫っているというのに。

 

「人が死んだんですもの。お墓を作るのは当然でしょう? 父様の時もそうだったんですもの」

 

しかしそれは聞き間違いではない。

そしてその瞬間、少女から強大な気配が放たれた。敵意や殺意とは違う何か。死という概念そのもの。

少女の手にはいつの間にか庭の手入れに用いていたであろう鉄製のスコップが握られていた。

 

「お墓を四つ。全部作るには少々骨が折れるかもしれませんね」

 

男たちは瞬く間に少女が発する気配に呑みこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の葉の抜け忍を追っていたうちはイタチは各地を行き来する行商人からとある情報を入手した。

それは黒装束を身に纏った怪しい三人組が森へ向かったというものだ。

 

情報を手に入れたイタチは他の班員より先立って森へ発つ。

その森は日向家の幼き少女なよが居を構えている。

 

なよたちが住んでいる小屋は森の奥の方にあるため普通に探してもそうそう見つかるものではない。

しかし忍からしたらかすかな足跡や通った形跡から場所を突き止めるなどそう難しいことではなかった。

 

それにわざわざこの森に侵入したというのも気になる。この森はなよたちが住んでいるということを除き、特に目立ったものはない。

そのためもしかしたら彼らはなよたちが住んでいることを知っており、隠れ家にせんとしている可能性も否定できなかった。

 

仮に抜け忍たちが彼女らを襲撃した場合、簡単に制圧されてしまうだろう。

なよの世話係は元忍という情報はこちらにも割れているが、それでも分が悪い相手だ。

 

そしてイタチは急ぐこと数十分、ようやく目前になよたちの小屋が見えてきた。

訪れたのが昼間だったこともあり小屋に明かりは灯っていないが、傍からみたら特に異常な様子はない。

 

ただ気になったのは彼女らが手入れしているであろう庭園に、4つの墓標らしき丸太が突き立ててあった。そのうちの一つには鈴蘭の花が添えられている。

以前来た時にはなかったものだ。

 

ともかくイタチはなよらの無事を確認するべく小屋の扉を叩いた。

 

「あら、イタチさん。どうかしました?」

 

すると小屋の中からなよが出てきた。

一見すると特に何か怖い目にあったとか脅されているといったようには見えない。平時の少女そのもの。

 

だがイタチは彼女の声と表情から違和感を覚えた。

最初にあった時と比べてなよの雰囲気がどこか違っていたのである。

前はつかみどころのない雲のような少女だった。しかし話しているだけで心を落ち着かせてくれるような心優しい印象も持った。

 

しかし今はどうであろうか。

確かに今もつかみどころがないといえばそうだ。だがこの場合、不思議とか神秘的といった言葉で形容できるものではない。何を考えているか分からずどことなく不気味というイメージが強かったのだ。

 

「こちらの方向に俺たちの追っている抜け忍が向かっているとの情報が入った。何か最近怪しい人物を見たり変わったことはなかったか?」

 

「いえ全然」

 

イタチは警戒交じりに少女に問いかける。

しかし少女は無感情に返事をした。

 

「そうか……。そういえばこの家の前に墓標らしきものが4つできていた。同居人がいないようだがもしかして……」

 

「ええ。実は先日亡くなってしまって……。とても残念です」

 

切なそうな声を発するなよ。

しかしその表情は少しも変わらない。

 

「それは無礼なことを聞いてしまった。お悔やみ申す」

 

「いえ、人はいずれ死んでいくものです。ですからこれもしょうがないことです」

 

なよは眉一つ動かさずそう話す。

その様子にイタチはますます少女を不気味に感じる。

身近な者が亡くなったというのにここまで感情を表に出さないということは可能なのだろうか。

忍である自身でさえ完全に隠すことなど難しいというのに……。

 

「……ところで同居人は一人と記憶していたが、他の3つは?」

 

だがその瞬間、無表情を貫いていた少女は唐突ににこりと笑みを浮かべた。

 

「ハナさんを殺した害虫たちです。あまりにも目障りだったので潰して一緒に供養させていただきました」

 

その刹那、イタチに強烈な悪寒が走った。

あの墓標を見た時その可能性を考えなかったわけではない。しかしそれはあまりにも非現実的なもの。あの墓の下に自分らが追っていた凶悪な抜け忍がいるなんて――。

 

「……ちなみにそいつらが持っていたものはどうした?」

 

「何かに使うかもしれないと思って一応とっておいてますよ。ほら、あそこ」

 

なよが振り向いた方向には血が濃く染みこみ独特な光沢を放つ黒い布が無造作に置かれていた。おそらくその布は彼らが着ていた忍装束だろう。

そしてその横には抜け忍が木の葉から持ち去ったとされていた貴重な宝具が転がっていた。

 

「それは俺たちが追っていた抜け忍だ。どうしてさっき聞いた時には言わなかった?」

 

「ささいなことでしたので。顔周りをプンプン飛び回るハエを叩き潰したところで別に誰かに報告しないでしょう? それと同じです」

 

何か問題でもあるのでしょうか、と言わんばかりになよは可愛らしく首をかしげた。

だがそれを見ているイタチからしたら全く笑えるものではない。

 

「奴らを殺したのは本当にお前なのか? 同居人と相討ったのではないのか?」

 

「いえ、私が殺しましたよ」

 

少女は淀むことなくきっぱりと主張する。

その様子に嘘が隠れているとは到底思えなかった。

 

しかしイタチはそれでもこの少女が本当に殺したのか判断に迷った。

確かに少女から発せられるどんよりとした気配はこの少女の異常性を際立たせている。

しかしそれだけだ。彼女のその華奢な体ではとても屈強な忍を殺めたとは信じにくい。ましてや自身と年齢が近いとはいえ、全く忍としての鍛錬をしてこなかったであろう素人なのだから。

 

「あら、その眼……」

 

ふと、イタチの瞳が三つの勾玉が入った赤いものに変わった。

それはうちは一族の血継限界写輪眼。

その眼を宿す者は圧倒的な力を得ると言われている。

 

イタチは眼にチャクラを込めて少女を見据えた。

それは夜を駆る烏が雀を睨みつけるかの如くの威圧だった。

 

イタチは写輪眼を使うことでなよを試す。

本当にこの少女が嘘をついているのか否かを。

もしイタチの威圧に怯える程度なら抜け忍など殺せるはずがないのだから。

 

だがイタチの思惑とは外れてなよは予想外な行動をとった。

なよはするりとイタチの眼に手を伸ばしてきたのだ。まるで写輪眼を抉りだそうとするかのように。

 

「っ!?」

 

寸でのところでイタチはなよの手を掴み止める。そしてすぐさまイタチは彼女から距離をとった。

まるで幼子が光物をつかみ取ろうとしたような動きだった。

なよからはまるで敵意を感じられなかったため、イタチは不意を突かれてしまった。

もしイタチの反応がもう少し遅れていたら、きっと彼は今頃片目の光を失っていたであろう。

 

「何をしようとした」

 

「すみません。綺麗だったのでつい。思わず手を伸ばしてしまいました」

 

なよはぺこりと頭を下げた。

害意などなく、思わずやってしまったとのことだ。

しかし彼女の無機質な表情からはその真意は読み取れない。

本当に無意識でやったのか、それとも何かしらの意図があってそうしたのか。

 

「……とにかく、俺たちの任務は抜け忍の討伐だ。一応奴らが死んだという証拠が欲しい。その遺品を譲ってもらうことはできるか」

 

「いいですよ。手に余っていましたし」

 

「それとしばらく事実確認のためこちらを訪れることはあるが大丈夫か」

 

「ええ。話し相手もいなく寂しい思いをしていたのでぜひ来てください」

 

「分かった。今日のところは突然来てしまってすまなかったな」

 

「いえ、次お会いするときを心待ちにしています」

 

そうしてイタチは少女の住まう小屋を後にする。

ここで彼に起きた出来事は自身よりわずかばかり年少の少女と会話しただけだ。

しかしそれだけにも関わらず、彼は精神的疲労を溜め込んだ。

 

イタチはなよを危険に感じた。

勝てる勝てないと言った問題ではない。あの有り様が問題なのだ。

彼女が里に害なす存在かどうかはまだわからない。だがあれはいずれ取り返しのつかないことになるであろうことは想像に難くなかった。




Q.なよが持っていたスコップの使い道
 庭の手入れ
 武器
→穴掘り(意味深)


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八話 うちは一族

うちはイタチたちが追っていた抜け忍はなよによって殺された。

だがイタチは仲間たちと里には彼女の付き人ハナと相討ったと報告した。

別にイタチはなよが自身が殺したと自供していることを疑っているわけではない。むしろイタチはなよがやったのは確実であると踏んでいる。

 

しかしわずか10歳ばかりのただの少女が屈強な忍三人を殺せるなど通常ありえない。数多の死線を乗り越えてきた上忍でさえ五分五分と言ったところか。

つまり日向なよという少女は異常性を孕んでいると言っていいだろう。

 

果たしてそんな少女を里は放っておくだろうか。いや、放っておくはずがない。

休戦期とは言え、どの里も今は貪欲に戦力を求めている。里にとって彼女の存在は貴重なのである。

しかし同時にイタチは確信している。

彼女は決して里ではコントロールできないことを。あれはそういった生易しい存在などではない。

おそらく日向のなかでも彼女の異常性に気が付いた人物はいるであろう。その人物もそれを理解したが故に里から離れたこの地に彼女を流したにちがいなかった。

 

だが里から離されたからといって彼女が暴発しないという保証はない。

大切な付き人が殺されたとはいえ、あの有り様なのだ。いつ彼女が暴走してもおかしくはないのである。

 

だが幸いというべきか。

イタチはこの件よりしばらくの間この地域を管轄することになった。ちょうど前任者が別の任に就き、この地を調査してきたイタチの実績を買われ彼がその代わりになったのだ。

 

それからイタチは任務の合間を見つけてはなよに会いに行くようになった。

イタチにとってなよは何をしでかすか分からない危険人物である。突然彼の写輪眼に手を伸ばすほどなのだから。

 

しかしそれと同時に彼女は放っておくことのできない少女でもあった。

なよに触れるにつれて彼女は花を愛でる優しい少女であり、また自身と同じく弟を溺愛する者であることを知った。

最初は監視対象であったものが、お互い世間話をする知人のような関係になっていった。

なよの正の側面を知っていくにつれ、イタチは少女が歪まず正しい道を歩める可能性を信じてみたくなった。

 

だがもちろん甘いばかりではない。

万が一木の葉に害なす存在だと知れば、迷わず彼女と一戦交える覚悟はしていた。とはいえこれはイタチとて本望ではないのだが。

 

 

 

しかしこうしたイタチとなよの関わりは1年と少しばかりで終わりを告げる。

というのもうちはイタチが突如暗部部隊に転籍になったのだ。

 

通常十二歳ばかりの少年が暗部入りすることはない。たとえ実力があったとしても暗部の任務はまだ自我が形成しきれていない子どもにとっては人格を破壊してしまう恐れがあるからだ。

 

しかしイタチの場合は特殊だった。

彼はうちはの人間でありながら、里のことを第一に考えられる忍だった。

現在うちはと木の葉隠れの里との間では深い確執がある。それは木の葉隠れ創世記より存在する深い溝。

九尾事件以来、さらに大きくなっていく確執はいつクーデターを起こしても不思議ではなかった。

 

そのため木の葉は里を優先し、かつうちはとのパイプ役になれる人材としてイタチを機密部隊である暗部に登用したのである。

 

しかし彼を暗部入りさせたところで両者の関係が改善することはなかった。

木の葉とうちははますます反目しあっていった。

それは取り返しのつかないところまで終わることはなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の葉隠れの忍うちはシスイは湯の国からの任務の帰り、謀られていたかの如く襲撃を受けていた。

 

「悪いがシスイ、お前にはここで死んでもらう」

 

相手は木の葉の重鎮志村ダンゾウとその部下の暗部4人であった。

シスイは里とうちはが和平する道を模索していた。彼はうちははもちろんのこと里のことをも愛する心優しき青年だった。

そのため彼はうちは一族迫害を主張する里の強硬派を抑え、クーデターを検討しているうちは一族の説得を熱心に行ってきたのである。

 

しかしその行為はダンゾウにとって芳しいものではなかった。

里とうちはが割れるのはすでに回避できない段階になっている。

確かに話し合いで解決できるものならそれほど素晴らしいものはない。だがもうすでにその段階はとうに過ぎ去っていた。

ダンゾウにとってシスイの行為はただ無駄に問題を先送りにしているにすぎない。そんな中途半端な態度が続けば無意味に時間をうちはに与え、力を蓄える機会を与えることになる。

今一番しなくてはいけないのは速やかにうちはを無力化させ里の危機を最小限に留めることなのだから。

 

そのためダンゾウは和平派のシスイを暗殺することを決意した。

シスイが他国への単独任務の帰りを狙って犯行を行ったのだ。もちろんその他国への単独任務はダンゾウが手を回してシスイが受けるよう誘導させたもの。

 

「ダンゾウ様! あなたは間違っている! あなたのやり方では禍根が残りいずれ里に大きな災いをもたらす!」

 

「間違っているのはお前だ。どんなやり方にせよ禍根は残るものだ。痛みを伴わない政治など存在せん。上っ面の理想で物事を語るでない」

 

逃げるシスイに追手の暗部たちは数多の手裏剣を放つ。

“瞬身のシスイ”と異名を持つ彼だが、他国へ遠征した任務の帰りでは当然疲労が溜まっている。まともな直撃こそなかったものの、いくつもの切り傷が彼の体に刻まれた。

 

シスイは疾走しながらこの状況を打破する策を考える。

このまま逃げ続けてもジリ貧であろう。

シスイは己のスピードに自信はあるものの、今のコンディションが万全というわけではない。

また追手はこうした追跡戦になることは想定済みのはずだ。

実際に追手に隙などなく、飛んでくる忍具や術は実に巧妙だった。

 

このまま逃げていても体力の差で軍配が向こうにあるのは明白だ。

多人数を相手にするには愚策でしかないが迎え撃つよりほか方法は残されていない。

 

シスイは木々が生い茂る森林を抜け、戦いやすい広く開けた場所へと移った。

そこには季節外れの月見草が幻想的に咲き乱れ、花々は夜天の半月からの光で妖しく輝いていた。それはあたかもシスイの死にざまを彩るかのようであった。

 

「とうとう観念したか」

 

シスイが振り返るとすでにダンゾウたちは戦列を整え、構えていた。

 

「いや、俺は生き残って里に戻るさ」

 

「そうか、それは困ったことだ」

 

ダンゾウは手を振りかざし部下に合図をする。

すると一斉に部下はチャクラを練り込んだ。

 

「風遁・真空大連波っ!!」

 

途端、猛烈なかまいたちの束がシスイへ殺到した。

上忍クラス4人の忍によって繰り出すこの忍術は軍隊さえも容易に壊滅させるだけの威力を持っている。術範囲も恐ろしいほど広く、一度この術にとらわれたら最後生き残ることなど絶望的である。

 

「やったか?」

 

暗部の一人が声を出す。

術の余波で草花は根元から抉れ、すさまじい砂埃を起こした。

 

「いや、まだだ」

 

ダンゾウは目の前を睨みつける。

そこには四メートルはあろうか、巨大な人骨がシスイの周りを覆っていた。

 

「ほう、須佐能乎とは……。やはり万華鏡写輪眼を開眼しておったか。これだからうちはは信用ならん」

 

ダンゾウはその異形とも言える術を知っている。

かつてうちはの名を全世界へ轟かせたうちはマダラが用いていた術であり、彼が無敵と言われた所以だ。

この膨大なチャクラで巨人を形どる須佐能乎はあらゆる物理攻撃を防ぎ、攻撃に回れば山を砕き海を割くとも言われている。

それほどまでに凶悪な術なのだ。

 

「しかしマダラと比べるとずいぶんと弱々しいものよ」

 

だがダンゾウはこの術を熟知している。

かつてもっとも恐れた男の術だからこそ、その弱点を調べ尽くしていた。

 

ダンゾウはシスイに向かって三本のクナイを放つ。

シスイは須佐能乎を操り、その巨人の手で簡単にクナイを払いのけた。莫大なチャクラが込められ具現化した須佐能乎ではクナイ程度ではかすり傷すらつかない。

 

しかしその瞬間、クナイにくくりつけられていた煙玉が破裂した。

シスイの周りには瞬く間に紫色の煙が立ち込める。

 

「これは……毒かっ!!」

 

シスイは急いで須佐能乎の巨大な手で毒煙を払いのけ、その場から後退する。

須佐能乎はほとんどの攻撃を防ぐ盾ではあるが万能ではない。物理的な攻撃やチャクラは通さずとも空気は通すため、毒霧には弱い性質を持っていた。

 

毒霧から脱出したシスイではあったが、突然の毒攻撃に少しばかり毒を吸ってしまう。

(おおやけ)に須佐能乎を習得していると話していないのに、こんなに早く対策を練られるなどシスイは思っていなかった。そこまでにダンゾウという男は抜け目がないのである。

だがたかが毒を少し吸った程度。多少の毒ならシスイほどの忍ならば問題ない。

シスイはさらにチャクラを練り、須佐能乎にチャクラを注いでいく。

 

しかしその時だった。

突然シスイの視界がかすれ始めた。

 

「愚か者め。この毒は雨隠れの黒山椒魚からとれたものだ」

 

黒山椒魚の体液は一滴で何人もの人間を殺せるほどに強力な毒。本来ならば入手は困難な貴重なものではあるが、ダンゾウはかねてより雨隠れの里の里長半蔵と懇意であった。

 

ダンゾウはこの隙を見逃さず、すぐに距離を詰めてシスイの腹部にクナイを突き刺した。毒を喰らってチャクラが乱れた今、シスイの須佐能乎はほとんど機能していなかった。

そしてダンゾウはシスイの右目に手を突っ込み、その写輪眼を奪い取った。

 

「ぐっ!」

 

シスイはすぐさま後ろに下がる。

しかしもはや彼は死に体だ。任務で疲労が蓄積しているところを襲われ、毒をくらい、腹部を刺され、挙句の果てには右目を奪われた。

 

「シスイよ。残念だがここまでだ。ワシはお前のような男は嫌いではないが、木の葉のためだ。死んでくれ」

 

ダンゾウはそう告げてシスイへと歩み寄る。

シスイはもう動くことすら困難であった。

 

しかし、その時であった。

 

「あら、なんでしょうか」

 

突然鈴の音のような少女の澄んだ声が戦場に響いた。

その場にいる誰しもが声のする方向へ振り向く。

するとそこには黒い髪をした色白の少女が立っていた。少女の腕はか細く、間違ってもこのような戦場に似つかわしいとは思えない人物だった。

おそらくこの土地に住まう村の少女が迷い込んでしまったのだろう。

 

しかし可哀そうなことに、少女はうちはシスイ襲撃の現場に居合わせてしまった。

ダンゾウは部下の一人に目配せをする。暗殺は目撃者を出してはならないもの。当然のごとく少女は消される道理となった。

 

部下の一人は確実に少女を消すため、腰に携えていた小刀を持って少女へ駆け出した。

少女は訳も分からないようで、逃げることも声をあげることもせずその場で立ち尽くしていた。

 

「やめろ!」

 

シスイは声を張り上げる。

自身とは関係ない少女が犠牲になることが我慢ならなかったのだろう。しかし悲しいことに満身創痍の彼ではその場を動くことすらできなかった。

 

そして暗部の男は少女の前に迫るや、容赦なく少女の首元めがけて小刀を振り下げた。

誰もが少女が死んだと思ったであろう。暗部の人間に容赦という文字はないのだから。

 

だが少女の首筋に刃があてがわれることはなかった。

刃が迫るや否や、少女は暗部の男の腕を掴み、男が突進してきた勢いそのままに自身の足元へ投げ落とした。

 

それは流れるような動きだった。

決して素人ができるような動きではない。幾年も鍛錬した柔体術のスペシャリストでようやくできる動きだ。

 

倒された男はなぜ自身が仰向けになっているのか全く理解できなかっただろう。そしてその後も理解することはなかった。

 

少女は倒れた男の喉を容赦なく踏み抜いた。

少女のものとは思えない重い一撃は男を絶命させるには十分で、動脈から逃げ場を失った鮮血は辺りの白い月見草を赤く染め上げたのだった。

 

 

 

 




基本的にこの作品のダンゾウさんは有能です。



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九話 万華鏡

「ああ、草履を汚してしまいました。早く洗わないとシミになってしまいますね」

 

 ひたりひたりと滴る血飛沫が辺りの月見草を真っ赤に染める。

 その中心にいる少女は男の喉元を踏み潰して血に塗れた足から草履を外した。

 男を殺したというのに、そんなことなどどうだっていいとでも言わんばかりであった。

 

 暗部の男は決して手加減をしていたわけでも油断していたわけでもない。

 彼ら暗部「根」はダンゾウの命令が絶対だ。彼らは命令には全力で応える。それはどんなにささいなことでもだ。

 だがそれでも男はあっさりと殺されてしまった。己の半分もいかないような齢の少女に。

 

 この事態に動揺しなかった者はいない。長年不条理な忍の世を生きてきたダンゾウでさえも。

 しかしだからと言ってそれが手を止める理由にはならない。

 

 今度は(きつね)面をした暗部が無数の手裏剣を少女の足元へ投げつけた。

 足元付近の攻撃は捌ききるのは難しい。少女は大きく跳ぶことで手裏剣を回避する。

 その跳躍は人ひとりを優に飛び越えられるほどに高く、彼女がただの少女ではないと証明するには十分であった。

 

 だが少女は見事に誘導されたと言えるだろう。

 空中では人は身動きをとることができない。狐面の暗部の男の狙いはそこだった。

 男は大量のチャクラを練り込み、空にいる少女に向けて口から膨大な量の炎を放った。

 

 その灼熱の業火は空中で避けることのできない少女を簡単に吞み込んだ。

 男が放った術、火遁・大炎弾は口から莫大な熱量の炎を放射するものだ。多量のチャクラが練り込まれたその火炎は鉄さえも溶かす。

 子ども相手にはあまりにも過剰な術であり、骨一つ残るはずはなかった。

 

 

 だが彼らが対峙していた少女は規格外の化け物であった。

 男が放った炎獄は少女のいる中心部からまるで竜巻に吹き飛ばされるかのように霧散していった。

 

「あの技は……!?」

 

 ダンゾウは眼を見開かせる。

 散ってゆく炎の中心で、少女は独楽(こま)の如く体を回していた。

 あれは日向一族に代々伝わる奥義、八卦掌・回天。全身からチャクラを放出し、己の身を激しく回転させることによってあらゆる攻撃をいなす技。

 その術は日向の跡目にのみ口伝されると言われ、他の者は使うことすらできないはずであった。

 

 そして少女は回転していた勢いそのままに、狐面の暗部目がけて手刀を繰り出した。落下エネルギーと回転エネルギーがかけ合わさったその勢いは使い手がただのか細い少女だということを差し引いても強烈だと見て分かるものだった。

 

 男は咄嗟に両腕を前に組んでガードする。その甲斐もあって男は何とかその直撃を免れた。必死と思われたその一撃は男の両腕が千切れ飛ぶだけに留まったのである。

 

 しかしだからと言って男が助かるというわけではない。少女は両腕を失くした男の胸部に軽く手を置いた。

 するとその瞬間、突然男は口から大量の血を吐き出した。

 少女は己のチャクラを男の経絡系に流すことによって内臓をズタズタに破壊させたのだ。それは日向一族が得意とする柔拳に他ならなかった。

 喪腕の男はそのまま倒れ、二度三度体を痙攣させるとそれ以降一切動かなくなった。

 

「あの娘まさか……」

 

 この時、ダンゾウはこの少女の正体にようやく気が付いた。

 少女が用いた日向の技と記憶の片隅にいた少女の存在が結びついたのだ。

 そう、この少女はあの忌まわしい事件の中心人物ではないか。

 

 そしてダンゾウは猛省する。なぜもっと早くこの化け物の存在に気付けなかったのか、と。

 あの事件の際、いくつも不自然な点があったではないか。

 いくら日向一族が優秀とは言え、ヒアシとヒザシの二人だけで次期雷影候補と言われていた忍頭を含む上忍クラスの忍4人を倒すなど難しいはずであった。それも両者は無傷で帰ってきたのである。

 

 何よりなぜ攫われたこの少女は殺されなかったのか。通常ならばただの影武者であり、犯行を見られた少女を生かす道理などあるはずがない。

 それでもこの少女は生きて戻ってきた。それが示すことはつまり一つしかなかろう。

 

「ここは退くぞ」

 

 ダンゾウは残った部下二人に通告する。

 

「放っておいてもシスイはもう助からん。ならもうここに用はない」

 

「し、しかしこの娘は……」

 

 ダンゾウの命令に部下たちは驚く。

 自分たちは暗殺に来ている。ここで目撃者を残して退くというのは上策ではないのは誰にでもわかることだった。

 だがダンゾウは未だ少女を警戒し身構える部下たちの傍に寄りそっと囁いた。

 

「お前たちは知らないのだからしかたない。なぜ初代火影やうちはマダラを始めとする戦乱期の忍が畏れられていたのかを。あれは人の(つら)を被った悪鬼だ。関わるべきではない」

 

 ダンゾウはかつての戦乱期を思い浮かべる。

 隠れ里ができる前の戦乱期、初代五影たちや二代目火影扉間、うちはマダラといった忍たちが数多の忍たちから畏れられた。

 なぜ彼らが畏れられたのかの理由は単純だ。純粋に強かったのである。

 たとえ幾人もの忍が束になろうとも彼らには勝てなかった。もはや同じ生物とは思えないほどに理不尽な存在だったのだ。

 

 そして目の前の少女も彼らと同じ類だ。

 間違いなくあれはうちはマダラと同じこの世の不条理を詰め込んだような理不尽な存在なのだ。

 

 ダンゾウは知っている。そんな人の皮を被った化け物は決して相手にしてはいけないことを。

 世界は道理が通らないことなどままにある。だからこそ賢い選択をしなければ生きていけない。

 ダンゾウはその賢い選択をしてきたからこそこれまで生きてこられ、里のためにあり続けられた。そしてこれからもそれを変える気などない。

 

 ダンゾウは白色の煙玉を投げつけ、部下たちとともにその姿を消した。

 そしてこの場には返り血で真っ赤に染まった少女と死に体の男が残されたのだった。

 

 

 

「あの方たちは行ってしまいましたよ。どうしてあなたが襲われていたのか、あなたがいい人なのか悪い人なのかは知りませんが」

 

 ダンゾウたちが去るのをただただ見届け、少女は膝をついているシスイの傍によった。ダンゾウらに追い詰められていたシスイはすでに虫の息であった。

 

「すまない……、助かった……」

 

「いえ、助かっていませんよ。あなたもうすぐ死んじゃうじゃないですか」

 

「いや……、俺は死ぬわけには行かない。生きてやらなくてはならないことがあるのだから……」

 

 少女の言う通り、シスイはすでに半死半生の状態。

 しかしシスイにはまだ生きなければいけない理由があった。うちは一族を、そして木の葉隠れの里を救うため、彼は立ち上がらなければならなかった。

 

 だが赤の他人である少女にとってそんなことなど知らないし、どうだってよいことであった。

 

「いえ、死にますよ。死んじゃいます。そうだ。どうせ死んじゃいますし、何なら私が介錯をしてあげましょう」

 

 少女はいい提案ができた、というような顔で近くに落ちていたクナイを拾いそれをシスイに見せつけた。

 

「待ってくれ……。俺にはまだ……」

 

「言い残したい言葉はそれですか? ならひと思いにいきますね」

 

 なよはシスイの胸部に狙いを定める。そして確実に一突きで殺せるように大きくクナイを振り上げた。

 

 

 

「待て、なよ」

 

 しかし少女なよのクナイが振り下ろされることはなかった。

 彼女がクナイを降り下ろそうとした直前、うちはイタチが彼女の手首を掴み止めたのである。

 

 イタチはシスイが受けた不自然な単独任務が気になり、この任務のことについて調べ直していた。その結果この任務自体がダンゾウの罠だと知り、イタチは急いでシスイのもとへ向かっていたのだ。

 そして何とか間一髪のところで間に合ったのである。

 

「あら、久しぶりですね。もしかしてお知り合いの方ですか?」

 

 なよは久しぶりに出会えた知人に笑顔で接する。

 だがイタチは写輪眼を瞳に浮かべ、なよがどう行動しても動けるように対応した。もしものことがあれば彼は事を構えるつもりであった。

 

「ああ。だからシスイ……、その男のことは俺に任せてほしい」

 

「けどこの人、もうすぐ死んじゃいますよ?」

 

「それでもだ」

 

「……分かりました。それでは私は帰ることにします」

 

 そう言うとなよはイタチたちに一礼をし、そのまま来た道をてくてくと歩いて帰っていった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 なよが帰ってしばらくした後、小屋の扉を叩く音が鳴った。

 なよが扉を開けるとそこには血に塗れたうちはイタチの姿があった。彼の頬には涙が零れた跡が残っており、その瞳は新たな万華鏡写輪眼を(とも)していた。

 

「その眼、さっきと変わりましたね」

 

「いろいろあってな」

 

「ふふっ、前よりもずっと素敵ですよ」

 

 なよはどことなく嬉しそうに微笑んだ。

 万華鏡写輪眼は友殺しの証と言われている。

 親友を殺めてしまうほどの悲しみを背負うことで初めて開眼する瞳だからだ。

 イタチはシスイの最期を看取った。そして彼の背負っていたものをすべて受け継いだのである。

 

「ところでどうしたんです? 以前みたいに世間話をしに来たわけではなさそうですが」

 

「お前に頼みがあってきた」

 

 そう言うとイタチは腰のポーチから一本のビンを取り出した。

 中には保存液に浸かった人の目玉、うちはシスイの万華鏡写輪眼が入っていた。

 

「プレゼントですか? 確かに綺麗ですがそれはさすがに……」

 

「やるわけではない。俺が次に来るまでこれを預かっていて欲しい」

 

 イタチはビンをなよに差し出した。なよはゆっくりとそれを受け取りまじまじと中の眼球を見る。

 

「私でいいのですか? これはあの人のですよね」

 

「俺が持っているよりお前が持っている方が安全だからな」

 

 イタチは漠然とだがこれから自身がどのような運命を辿っていくのか感じ取っていた。

 彼はここから先、間違いなく茨の道を突き進むこととなる。その道中ではきっとあのダンゾウや、木の葉とうちはの動向を調べている謎の仮面の男と関わっていくだろう。

 そんな彼らの目からシスイの万華鏡写輪眼をごまかすにはなよに託すのが一番安全であったのだ。

 

「私がそのまま自分のものにしてしまうかもしれませんし、誰かにとられちゃうかもしれませんよ」

 

「お前に限ってそんなことはない」

 

 イタチはきっぱりと断言する。

 別にイタチは心の底からなよを信頼しているわけではない。彼女が何を考えているかは掴めないし、ふとしたきっかけで敵対する関係になってもおかしくないとも考えている。

 

 だがイタチはなよが約束したことは守る人間であることを確信している。それほどの仲ではないが、彼女が律儀な人柄であることは認識していた。そうでなければこのようなところで何年も弟の迎えを待つなどできはしない。

 だから約束するからには眼を奪ったりしなければ、眼の存在を知った人物が出ても決して渡らせはしないだろう。

 

「分かりました。それではそれはお預かりいたしましょう」

 

「すまない……。それといつ引き取りにくるかはわからないがだいぶ先になると思う。それまでは壮健でいてくれ」

 

「大丈夫です。私は死にませんよ。弟が迎えに来るまでは」

 

 

 

 そうしてイタチはなよに別れを告げてこの地を後にした。

 この事件からしばらくして彼は里からうちは一族抹殺の極秘任務を言い渡されることになり、仮面の男と組んで遂行させる。

 そして一族殺しの汚名を被ったイタチは里を抜け、仮面の男の組織“暁”に所属することになったのだった。

 




次回から原作突入です。

それとちょっとこれから忙しくなるので次更新は遅くなります。
よろしくお願いします。


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十話 弟の大望

 忍の階級は大きく分けて3つある。それは上忍と中忍、そして下忍である。

 基本的に忍はランクが高いほど難易度の高い任務を割り当てられ、それに見合った報酬を受け取ることができる。

 そのため忍たちは高いキャリアを手に入れるためにより上の階級に昇格することを目指すのである。

 

 そして木の葉隠れの里において、その年の下忍から中忍へと昇格するための中忍試験は実に有望な受験者であふれていた。

 第一試験の筆記試験、第二試験のサバイバル試験を見事乗り越えてきた下忍の数は総勢21人。これは例年の倍近い数字であった。

 

 その背景にはこの年の中忍試験が隣国風ノ国の隠れ里、砂隠れの里と共同で行われたということもあるだろう。

 通常であれば木の葉隠れのような大国の隠れ里は中忍試験を小国の隠れ里とともにしか行わない。現在が休戦期に移っているとはいえ、里の人材情報を他里に見せる行為は極力避けたいからだ。

 しかし今回の中忍試験は風ノ国と火ノ国の和平協定を記念して行われる形となり、砂隠れの下忍も数多く参加したのだ。

 

 そのような経緯で例年以上に優秀な下忍が二つの試験を突破することになったのだが、肝心の第三試験はエントリー人数に上限があった。

 そのため第三試験に進むための臨時の予選が行われることになった。

 

 第三試験予選の形式は受験者同士の対人戦。必ずどちらかが敗退する苛烈なものだ。なかには第二試験のサバイバル戦の疲労が抜けきれず苦戦する者や、実力の半分も出せずに敗退する者も当然いた。

 

 しかしそのような状況下で頭角を現した者もいた。

 その者の名はうずまきナルト。木の葉隠れの下忍であり、アカデミー時代は万年ドベの超がつくほどの落ちこぼれだった。

 そんなナルトと対峙したのは同じく木の葉隠れの下忍犬塚キバであり、キバは獣じみたスピードとパワーを併せ持った実力者であった。

 

 観戦者の下馬評では対人戦において強さを発揮する犬塚キバが勝つと思われていた。アカデミーから何とか下忍に上がれたうずまきナルト程度では犬塚キバに勝つとは到底考えられなかったからだ。

 しかしそんな予想を裏切るかのように最後までステージに立ち続けていたのはうずまきナルトだった。

 

 これは別に犬塚キバが予想より弱かったわけではない。むしろ獣人染みた身体能力と彼の忍犬とのコンビネーションは並みの下忍では決して敵うものではなかった。

 それでもうずまきナルトは勝った。彼はどんな逆境においても決してあきらめず、その根性と執念で勝利を掴み取ったのである。

 まさに忍者を体現する“耐え忍ぶ者”そのものであった。

 

 

 

「ナ……、ナルトくん。これ……」

 

 日向一族宗家の娘である日向ヒナタは犬塚キバとの対戦を終えたナルトのもとへゆき、持っていた日向一族特製の塗り薬を彼に手渡した。

 

「サンキュー! お前いいやつだな、ヒナタ」

 

 ヒナタは目の前の少年うずまきナルトのことを好いている。いや、憧れといってもいいだろうか。

 日向一族宗家に生まれてきた彼女は常に優秀であることを期待されていた。宗家の跡取りとなるべく厳しい修練をしてきた。

 しかしだからと言って必ずしも一族が納得するような成果を出せるとは限らない。

 ヒナタは修行を重ねてもなかなか芽が出ることはなく、天才と囃し立てられる従兄ネジや妹ハナビと比較され続け苦しい思いをしてきた。

 自分には彼らのような才能などはなく、芽が出ないまま一生を終えてしまうと子どもながらに閉塞的な考えに至ることすらあった。

 

 だがそんななか、アカデミー時代の同級生だったうずまきナルトはヒナタ以下の成績にも関わらず決して自分自身をあきらめることはしなかった。

 誰に何と言われたって、絶対に火影になる夢を曲げることはしなかった。

 

 ヒナタはそんなナルトの後ろ姿を見て羨ましいと思った。

 それと同時に自分も彼のように自分を信じ、忍道を曲げない忍者になりたいと心のなかで誓った。

 

 そうして憧れのナルトに傷薬を渡せたヒナタは、今度は同じ班の同僚であるキバのもとにもやってきた。本来ならば班仲間であるキバの方を優先させるべきなのではあるが、恋する乙女の前ではそんなことは致し方ない。

 

「キバくん……、よかったらこの傷薬使って」

 

「へっ、人の心配をするより自分の心配をしろよ。残りはあと六人だが強い奴ばかり残っている。……砂使いのやつと当たった時はすぐに棄権しろ」

 

 ナルトとの勝負に敗れたキバはムスッとした対応をする。ツンケンした態度ではあるが、それでもチームメイトを想って助言するあたり彼は人がいい。

 

「……それとネジと当たった時も同じだ。すぐに棄権しろ。あいつの強さ……、お前が一番わかっているだろう?」

 

「キバくん……」

 

 日向ネジはヒナタの従兄にあたる下忍。そして彼女は日向宗家で彼は日向分家。あまり多くを話したことはないが、それでも何度か組手をともにした仲だ。そしてすべての勝負において彼に勝てた試しがない。

 もし仮に彼と当たることになったとしても、全く勝てるビジョンが思い浮かばなかった。

 

 そして不運なことに、それは現実のものとなった。

 次の対戦者を知らせる電光掲示板には日向ヒナタの名が表示された。そしてもう一人、同じ日向の名を持つ者も。

 

「次の試合……、日向ネジ対日向ヒナタ。両者は前に出てきてください」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 日向ヒナタは努力家だ。

 内気な性格もあってかおろおろしていて弱いイメージをもたれるかもしれないが、芯は強くひたむきであり続けていた。

 任務の終わりは毎日己の弱さを是正するための修行を行い、それを欠かしたことはなかった。

 なかなか成長はできずとも、着実に一歩一歩前に進めており下忍になりたての頃とは比べものにはならない程の実力を備えることができていた。

 

 

 

 それなのに。それなのに何なのだろうか。この埋め難い差は。

 

「ヒナタ様。あなたの力、そんなものですか」

 

 ヒナタが自信を持って繰り出した連撃が、またいとも容易く捌かれた。ヒナタの目の前にいるネジはまともに攻撃してこないどころか白眼さえ使っていなかった。

 彼女の攻撃は決して生温いものではない。

 脇、腕、膝、胸、顎、腹。ヒナタの打撃は相手の体の部位を的確に射貫くものであった。さらに彼女たち日向が使う体術は柔拳。経絡系に向けて放たれるチャクラの拳はかすっただけでも致命的。

 しかし他者を寄せ付けない連打や日向特有の柔拳をもってしてもヒナタはネジに全く及ぶことができなかった。

 

 ヒナタの掌底は防がれ、突きは躱され、手刀は弾かれた。ヒナタは一打一打渾身の力を込めて放っているのに、ネジはただただ軽く合わせてしまう。

 そしてネジは息が上がり始めているヒナタを見てため息をついた。

 

「ヒナタ様。確かにあなたは成長なされた。下忍になりたての時に比べればかなり実力がついたでしょう。必死に努力されたこともあり、並みの下忍ではあなたにかなわないでしょう。しかしそれだけだ。その程度では俺には届かない」

 

 ヒナタはネジに向かって目にも止まらぬ突進をしかけた。チャクラを脚に練り込み、爆発させる。それは同僚犬塚キバに教えを乞うた初速を格段に上げる歩法術。今まで以上の速度に観衆は目を見開かせた。

 だがそれでもネジの表情は変わらない。ネジは何事もなかったかのような顔で目の前にやってきたヒナタを蹴飛ばした。高速で動いた運動エネルギーはネジのカウンターでそのままヒナタに返り、大きな音を立ててヒナタは闘技場の壁に激突した。

 

「ヒナタ様。あなたには覚悟が足りない。強くなりたいという覚悟が。あなたはなぜ強くなりたいのですか?」

 

 ネジは問う。

 ヒナタは蹴られたお腹を押さえながら立ち上がり前に出た。その瞳には陰りの色が灯っていた。

 

「私は弱いままではいられない……。みんなに追いつくためにも、みんなに並ぶためにも……」

 

 ヒナタはこれまで常に劣等感に苛まれていた。従兄ネジとは圧倒的な差があり、妹ハナビに超えられ、同僚の下忍たちはみんな前を歩いていた。

 だからヒナタは彼らに置いていかれないよう必死でしがみ続けて強さを求めてきた。

 内気で戦うことがあまり好きではない彼女はそれを支えに頑張れてこれたのだ。

 

 しかしネジはぴしゃりと言い放った。

 

「そんな中途半端な強さでは俺には勝てない。その程度の覚悟でこの俺を超えられると思うな!」

 

「ひっ」

 

 ヒナタは思わず後ずさる。

 ネジはここにきて初めて白眼を披露した。日向の血を色濃く受け継ぐ彼の白眼は試合を見ていた上忍ですら息を呑むほどに威圧を放つものだった。

 勝敗はすでに決した。ヒナタでは絶対に勝てない。いや、この会場にいる下忍の誰であろうと勝てないであろう。たとえ目にも止まらぬ体術でも、強力な幻術でも、不意を突くような忍術でも彼の白眼の前ではあらゆる効力を失ってしまう。誰しもがそう感じた。

 

 一人の“大馬鹿者”を除いては――

 

「ヒナタ負けるな!」

 

 観衆からの叫び。

 馬鹿みたいに大きな声の主はさきほど犬塚キバと死闘を繰り広げたうずまきナルトだった。

 

「どんな理由であっても強くなりたいという気持ちは変わらねえ。ヒナタ、自分を曲げるな!」

 

 さっきまで張りつめていた空気が一気に弛緩する。真剣な空気が今の馬鹿声で水を差されたのだ。

 だがその声はヒナタを元気づけるのに十分であった。

 

(ありがとう……、ナルト君)

 

 憧れの人からの応援そして何よりも自分を肯定してくれたことが嬉しかった。

 確かに置いていかれないように強くなりたいという願いはネガティブなものなのかもしれない。けれどそれはヒナタの心からの願いであり、偽りのない思い。高尚な願望ではないかもしれないが、決して否定されるものではない。

 その思いが認められたことでヒナタはより一層自信をつけることができた。

 

「ネジ兄さん。手加減は要りません。今度こそ本気の勝負です」

 

 ヒナタは今までとは打って変わってギラリとネジを睨みつける。さっきまでの迷いの感情はもう立ち消えたようだ。

 

「いいだろう」

 

 両者は再び衝突する。

 しかし今度はさっきまでとは違う。ヒナタの動きが先ほどより格段に速く、鋭く変化していた。それに余裕そうにしていたネジの顔はもはや真剣そのものとなっていた。

 

 ヒナタはネジと互角に渡り合っているのである。いや、互角以上と言うべきか。

 ヒナタの攻撃がネジに当たりはじめたのである。まだまだ浅い被弾ではあるが、ヒナタの使うは柔拳。かすっただけでも内臓にダメージを与える。

 

 そしてヒナタの攻撃が続くにつれ、ネジの動きに精彩が欠け始めた。ヒナタの柔拳が着実にネジの体内部にダメージを蓄積させている証左なのだろう。

 ヒナタはこれを勝機と見込んで全力を持ってネジに掌底をねじ込ませた。

 

「ハアッ!!」

 

 練り込めるだけのチャクラを込めた一撃はネジに直撃した。内臓を大きく傷つけるその攻撃は確かにネジに届いた。

 

「ゲフッ……」

 

 しかしどういうことだろうか。ヒナタ必殺の一撃を喰らったはずのネジは苦痛で顔を歪めるどころか表情を一切崩してはいなかった。

 それどころか口から血を吐き、腹を押さえているのは紛れもなく押していたはずであったヒナタであった。

 

 ヒナタが攻撃を放つとともに、ネジも彼女に向かって柔拳を放っていた。

 

 だがそれはネジが全くの無傷であることの理由にはならない。ネジは確かにさっきまでヒナタの柔拳を受けており、最後の一撃は大人の忍でも間違いなく倒せるほどのチャクラが練り込まれていた。

 

「ど、どうして……」

 

 掠れた声でヒナタは問う。

 するとネジはヒナタの腕をつかみ、袖をめくった。

 

「そ、そんな……。じゃあ最初っから……」

 

 袖をめくった先、ヒナタの白い腕にはいくつもの赤い点が浮かび上がっていた。

 

「そうだ。あなたの攻撃は一つたりとも効いてなどいない。すでに点穴を突いてチャクラの流れを止めていたのだから」

 

 点穴は経絡系の上にある小さなツボ。そこを正確に突くことでチャクラの流れを止めたり乱したりすることができる。

 つまりネジはヒナタの点穴を突いていたことで、チャクラを纏う柔拳による攻撃を無力化していたのであった。

 

「見違えましたよ、ヒナタ様。あそこから這い上がるとは思いもしなかった。あなたの思いはきっと本物でしょう。だがそれでも俺は負けない。負けるわけにはいかない。姉上を取り戻すまでは」

 

 ネジは姿勢を低くして構える。ヒナタはネジの一撃を喰らい、意識を朦朧とさせていた。

 

「ここまでの健闘を称えて俺の奥義をお見せしましょう。柔拳法・八卦六十四掌――」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 日向ネジには願望がある。彼の姉日向なよを日向の(くびき)から解放し、迎えにいくという願いが。

 ネジはなよを取り戻す条件として、宗家にも認められるほどの忍になるという約束をヒアシと交わした。以前、無理矢理にでもなよのもとへ行こうとして止められた際、そう約束したのである。日向一族から認められる功績さえあれば一族から忌み嫌われるなよを連れ戻すことは可能である、と。

 

 ネジはそれ以来必死で運命に抗おうとした。日向家分家は籠の中の鳥であり、宗家の盾にすぎないという運命を曲げようとしたのだ。

 ネジは強くなるべく努力をし続けた。幼年から天才ともてはやされた彼ではあるが決して慢心せずひたすら修練に身を任せた。

 なよの体は決して丈夫ではない、そう長く生きられない体だ。だからこそネジは少しでも早くなよを連れ戻せるようになりふり構わず修行をした。

 その結果、ネジは下忍としては破格の強さを持つに至ったのだ。だが、だからと言って彼は手を緩めることはない。むしろ目標に近づいたことでより一層努力をするであろう。

 

 

 

 日向ネジ対日向ヒナタの試合後、ネジは試合を見ていた下忍すべての注目を浴びながら観覧場へ戻った。日向宗家の娘であり実力も申し分なかったヒナタを、まるで歯牙にもかけずに破ったネジはまるで怪物のように映ったのであろう。

 

 しかしそんな彼の目の前に、一人の少年が立ち塞がった。

 

「ヒナタにはどうして強くなりたいのか聞いてたな。お前はどうして強くなりたいんだってばよ」

 

 少年は試合中、ヒナタを応援し続けたうずまきナルトであった。彼の表情には別に知り合いを傷つけたことによる怒りはない。ただ純粋にネジが強さを求める理由を知りたいようだった。

 

「大切な人を守るためだ」

 

 ネジには別に答える義理などないのであるが、何かの気まぐれか、彼は口を開いた。

 彼の頭の中には一人の少女が浮かびあがっていた。

 

「そうか。じゃあ俺の理由も教えてやるってばよ。俺は将来火影になる! 誰からも認めてもらえるようなすげえ火影に。だから俺も里のみんなを守れるように強くなりてえんだ」

 

 ナルトのその堂々とした発言は会場内に大きく響き渡った。

 あまりにも夢見がちなその発言に、聞いていた者たちは思わず笑ってしまう。

 そして彼の目の前にいたネジもフッと笑った。

 

「今笑ったな!?」

 

「いや、馬鹿な奴だと思ってな。落ちこぼれの癖に無謀なことを言う、と」

 

「何だと!」

 

「だがそういうのは嫌いじゃない。目の前にある運命を捻じ曲げようとする大馬鹿ものは」

 

 ネジはそう言ってナルトの横を通りすぎた。

 一方ナルトは自身から突っかかってきたにも関わらず『馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!』と言いたげな目でネジを睨みつけたのだった。

 

 

 

 このネジとヒナタの試合は下忍たちに一人の天才の存在を脳裏に焼き付けた。ネジは明らかに下忍の域ではない強者。早急に本戦に向けて対策をしなければならないだろう。

 また彼の実力を見て認識を改めたのは下忍ばかりではない。彼らの指導官である上忍ですら彼の実力を認めざるをえなかった。

 

 そしてそんな彼の実力を目の当たりにした一人、音隠れの里の上忍の男は蛇にも似た長い舌をちろりと出し、興味深げに彼を見つめていた。

 




とうとうやってきた中忍試験。
原作とは違い、ネジは諦観的ではなく姉のために運命を捻じ曲げようとしています。すごい主人公っぽい感じになっています。「絶対などない。運命は変えられる キリッ」みたいな。

そして姉ではなく弟に蛇の人が注目しちゃった模様。お姉ちゃん激おこ案件です。


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十一話 パンドラの匣

木の葉隠れの繁華街。そこから少し外れた寂れた廃ビルの地下に、暗部組織「根」の本拠地があった。

全身黒い外套(がいとう)を纏う男は音も立てず姿を現すと台座に腰かけていた志村ダンゾウに膝をついた。

 

「シエンか。どうした」

 

「報告。旧戸隠(とがくし)工場跡地にて、大蛇丸と思しき痕跡あり。残された資料より()()()、及び日向の機密を横奪せしめんと思われる」

 

「ほう。うちはサスケに目をつけていることは分かっておったが、日向にもとはな。もしや日向ネジか?」

 

「かの中忍選抜試験に大蛇丸が居合わせたとの報告もある故、恐らくは。いかがなされるか」

 

ふむ、とダンゾウは老顎に手を当てる。定石としては三代目火影に通知し、日向の警備を固めることがよいだろう。特段秘密にすることでもなく、わざわざ自ら抱え込んで貴重な部下を監視にあてる必要などない。

 

「大蛇丸が次に何をするか予測はつくか?」

 

「日向ネジの身辺情報を詮索していた証跡から、搦め手を用いるかと。日向ネジの姉は里と一族の管理下から外れた僻地にいる様子。愚忍(わたし)ならばそこを突く」

 

「……そうか。それは面倒なことだ」

 

ダンゾウは忌々しげに顔を歪ませた。

 

「それはいかがして?」

 

「あの娘と大蛇丸を会わせるのはあまり好ましくない。あれは異質だ。万が一大蛇丸の手に渡ったら面倒なことになる」

 

「それほどまでにその娘は異質か。根では対処不可なのか?」

 

 シエンと呼ばれる白面の男はダンゾウに問う。大蛇丸の手に渡る前に始末処分してしまえばいいのではないか、と。

 

「……純然たる戦闘技量で比較するならば、儂やお前の方が上であろう。だがあれと殺しあえば、間違いなく呑み込まれる。あれはそんな存在なのだ」

 

 ダンゾウは数年前の出来事を思い出す。

 あれはまだまだ(わらべ)であった。だがそれが今も生きているとなるとさらに手がつけられなくなっているであろう。

 

「……左様か。ではいかがなされるか」

 

「今まで通り、不審な者が近づかぬよう監視するほかない。最も大蛇丸があれと刺し違えてくれれば喜ばしいのだがな」

 

 

 

 

 火の国と湯の国の国境付近。

 そこに広がる山林に、四人の忍たちが訪ねてきた。いずれも(よわい)は十五前後で、頭には新興勢力である音隠れを表す音符があしらわれた額あてをつけていた。

 

「本当にこんなところに標的の女はいるのか」

 

「カブトさんからの情報なんだからそれは間違いねーぜよ、左近」

 

「けっ。せっかく辛気臭えアジトから出られたってのに今度は何もねえ森の中かよ。肥溜めみてえな臭いがするぜ」

 

「多由也、あんまり汚い言葉は使うなよ」

 

「臭せーよ、デブ!」

 

 彼らは信奉する大蛇丸の抱える精鋭部隊の一つ、音の五人衆のメンバー。いずれも若輩ながら結界術・探知術に長け、高い戦闘能力を保持している。そんな彼らがこの地を訪れた理由は日向一族の娘、日向なよを(さら)うことだ。

 彼らの主人大蛇丸はすべての術を手に入れるという大望を抱いており、そのために各地の様々な秘術を集めている。日向の血筋はその入手難易度の高さと優先度の低さから後回しにしていたのだが、つい先日の中忍試験で日向ネジの戦いぶりを見て大蛇丸は今回の木の葉崩しを機に手に入れようと考えた。

 本来であれば日向の血筋を色濃く感じさせた日向ネジを欲したが、彼は分家の身であるため日向の秘密を盗み出すことは難しく、また彼は大蛇丸の誘惑に屈しない精神を持ち合わせていた。

 そこで大蛇丸は幸いにも一族から追放同然に僻地に流された姉なよを実験体として迎え入れ日向の秘密を手に入れようとした。大蛇丸の右腕である薬師カブトが木の葉の総合病院より入手したカルテログによるとどうやら白眼を開眼するには至らなかったらしい。

 しかし大蛇丸にとってそれは些細なことでしかない。むしろ好都合なことでもある。

 日向宗家の血を引く者は開眼する年の差はあれ、ほとんど白眼を持つと言われている。日向ヒザシという宗家の血を継ぐ父を持ちながら白眼を持つことができなかったなよはレアケースというわけだ。

 これは大蛇丸からすればなよは粗悪品ではなく、白眼の遺伝的特質を解き明かす鍵になりうるのである。

 

「そういえば君麻呂のやつはどうした?」

 

「別の任務中だとよ。それが終わったらうちらと合流するらしい。大蛇丸様のお気に入りはさすが違うな」

 

「そういうな多由也。そもそもこんな拍子抜けみたいな任務、君麻呂が来る前に終わっちまうさ」

 

 音の忍四人は他愛のない雑談をしながら森を進んだ。こんな辺境の地に住まう娘などに大層な護衛などつくはずがない。それにそこそこ強いくらいの腕なら簡単にねじ伏せることが可能だ。

 だがその時、周囲の警戒を担当していた鬼童丸の探知網に、何かが触れた。

 

「しっ、誰かこっちにくるぜよ」

 

「君麻呂じゃないのか?」

 

「いや、どうやら複数人。小隊規模いるみたいだ」

 

 

 突然、彼らの目の前に無数の手裏剣が飛んできた。前方が黒一色で染まるような手裏剣の数。並みの忍なら反応することすらできず針鼠となり果てる。

 しかし彼らは並みの忍ではない。

 

「土遁・土流壁!」

 

 音忍のうち大柄な体格である次郎坊が地面を叩きつけ、畳のように地面をひっくり返した。彼らは傷一つつくことなくやり過ごす。

 

「サンキュー次郎坊。さて、今度は俺が鼠野郎を引きずり出すぜよ」

 

 六本の腕を持つ蜘蛛ような少年鬼童丸がそう言い、魚を釣り上げるかのように思いっきり手を引く。

 すると木の上から一人の男が落ちてきた。

 

「こいつ……!」

 

 音の忍たちの紅一点である多由也はその男の顔を見て驚く。いや正確にいうと、その男が顔につけている仮面を見て。

 

「なぜ木の葉の暗部がここに……!?」

 

 鬼童丸が声を上げた途端、横から別の男が小太刀を持って彼に突進してきた。鬼童丸は咄嗟に腕から体液を分泌し、それを鋼のように硬化させて男の攻撃を防ぎ、後退した。

 

「気をつけろ! 相手は五人いるぜよ!」

 

 音の四人はフォーメーションを組み、いつ攻撃が来てもいいように構えた。彼らは今、窮地の中にいる。

 彼らの目の前には四人の木の葉の暗部、いや、一人耽々と身を潜ませているため五人。一般的に木の葉の暗部は中忍から上忍レベルと言われている。それに暗部は殺しのスキルで言えば一流である。音の四人にとって一対一でもきついと言えるのに、数でも負けているとなると苦しいと言わざるをえなかった。

 

「どうする? ”状態二”になるか?」

 

 左近は思索する。

 彼が言う”状態二”とは彼らにつけられた呪印を解放し、周囲に散らばる自然エネルギーを体内に取り込むことだ。己のチャクラに自然エネルギーが加わったそのチャクラ量は通常時と比べ十倍に伸びる。一方、大きすぎる力は副作用がつく。”状態二”を長く続けていると体細胞が壊死し、廃人となる。そのため諸刃の剣なのである。

 

「……正直それでもきついだろうが、背に腹は代えられねえだろ」

 

 音の四人は覚悟を決め、呪印を解放しようとチャクラを高ぶらせた。

 すると突然、二つの影が音の忍と暗部の間に割り込んできた。

 

「お前は……!?」

 

 音の忍と暗部の間に入り込んだのは髪から肌まで白い少年と、その少年に引きずられている木の葉暗部の面をした男。

 少年は音の忍と暗部たちを眺め、そして暗部たちへ持っていた骸を放り投げた。その遺体には至る所に白い骨が突き刺さっていた。

 

「追いついて早々だけど、君たちは先に行ってくれ。ここは僕が引き受ける」

 

「君麻呂!」

 

 木の葉暗部の一人を仕留めたのは彼ら音の忍の同胞である君麻呂。彼は音の四人と同様大蛇丸に認められた一人の忍。

 

「けっ、遅刻してきた分際で何カッコつけてやがる! お前は端で見ていやがれ!」

 

 突然割って入ってきた君麻呂に多由也が吠える。五人の中でも誰よりも気に入られている君麻呂のことを面白く思う者など残りの四人の中にはいない。

 

「君たち程度じゃこいつら相手に”状態二”になっても厳しいだろう。それよりもまず大蛇丸様の命を優先するべきだ」

 

「何だよ。お前ならこの状況乗り越えられるとでも言うつもりか」

 

「ああ、もちろん。むしろ君たちがここにいる方が足手まといだ」

 

 君麻呂はさも涼し気に言い放つ。

 音の忍は誰も反論することができない。

 実際に彼らと君麻呂では忍としての格が圧倒的に違う。たとえ四人が束になってかかっても君麻呂に膝をつかせることすらできない。

 何せ彼は大蛇丸のお気に入りの中でも最高傑作なのだから。

 

「ちっ、行くぞ」

 

君麻呂が木の葉の暗部に突撃をかけたのを合図に、音の四人は戦場を後にして森の奥地へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、あの骨野郎が!」

 

 暗部との戦場からしばらく、左近は近くの木を蹴りつけた。

 

「自分は大蛇丸様の特別ってか!? 思い上がるのもいい加減しやがれ!」

 

 左近は木に何度も蹴りを入れる。蹴りつけられた木にはいくつもの彼の足跡が刻み付けられた。

 

「落ち着け、左近。俺たちには俺たちのやることがあるだろ」

 

 次郎坊は左近を宥める。

 

「それにどうもこの任務はきな臭い」

 

「きな臭い?」

 

 次郎坊の考えに鬼童丸が反応する。

 

「俺たちは勘当同然に追い出された日向の女を攫いに来たはずだ。それがなぜ暗部と出会う?」

 

「暗部が出張ってくるくらい何か重要な秘密が隠されているとでも言いたいのか?」

 

「そうだ」

 

 次郎坊はそう言い切る。

 警備部隊ならともかく、里の中枢で暗躍するはずの暗部がこのような辺境に駐在しているというのはどうもおかしい。前情報によるとここら一帯は日向の土地という以外で特記事項はないはずであった。

 つまり暗部が出張ってくるほどの秘密がこの地にあるというわけだ。

 

 するとその時、多由也が前方で目的のものを見つけた。

 

「おい野郎ども。目の前に小屋が見えてきたぞ」

 

 多由也の指差す方向に、一軒の小屋が彼らの前に現れた。

 小屋はみすぼらしいながらも、手入れが行き届いているらしく、欠損した様子はない。そして小屋の隣にはいくつもの墓標らしき丸太が立てられていた。

 

「ちっちぇえボロ小屋だな。本当に人が住んでいるのか?」

 

「戸口周りに足跡があることからここ最近人が出入りしていることは確かぜよ。今は中に人がいねえみたいだが」

 

 悪態をつく多由也に、小屋の前で様子を伺っていた鬼童丸が答える。

 都合が悪いことに家主であろう日向なよは不在のようだ。

 彼らは何か手掛かりを探そうと裏口より小屋の中に侵入した。

 

 小屋の中は予想通りというか、特に変わったところはない。

 小屋の中央には暖をとる囲炉裏があり、飯を炊く釜戸があり、寝るための布団が敷かれている、どこにでも見られるような生活風景であった。

 

「おいデブ、何がきな臭えだよ。ただのど田舎の染みったれた家じゃねえか」

 

「だけどよ多由也、それにしたって暗部がこんなところにいるのはおかしいだろ」

 

「ふん、どうせ雲隠れの里へ潜入する途中だったんじゃねえのか。表面上は穏やかだが、木の葉と雲は互いに憎みあっているしな」

 

 多由也は次郎坊を茶化した。雲への密偵のためにこのような奥地を通るなど考えづらいが、同様に標的である日向なよをあの暗部がマークしていることも考えづらいことであった。

 するとその時、天井から鬼童丸の肩に小蜘蛛が音もなく降りてきた。

 

「……おい、標的が見つかった。ここから二時の方向に二キロ先ぜよ」

 

 その小蜘蛛は鬼童丸の口寄せ動物。数十匹単位で行動し、一定の範囲に不可視の蜘蛛糸を張ることができる。その糸の強度は人が通った程度でたやすく切れてしまうほどか弱いものだが、相手に気づかれず広範囲に張ることができるため索敵用にはうってつけであった。

 

 一同はすぐに小蜘蛛が探知した場所へ向かった。

 そして小屋を出て数分、周囲の気配を探りながら進んだ彼らの先に、彼らの標的である日向なよがいた。

 

「鬼童丸、辺りに他の人間はいるか?」

 

「いや、その気配はないぜよ。ここにはあの女一人ぜよ」

 

 一同は五十メートルほど離れた木々の上からなよを見下ろす。

 なよは錆びついた鎌と小さな籠を手に山菜を採っていたところだった。

 

「けっ、ますますどう見てもただの村娘じゃねえか」

 

「だがカブトさんの情報によるとだいぶ重い病だそうだ。名族の人間だし、普通なら介抱する人間もいておかしくないだろう」

 

「奴の小屋の前の墓見ただろう? 何人か付き人がぽっくり逝っちまったのさ、きっと。それでしまいにゃ本家にも見捨てられ孤独でいることを強いられているんだろう。だが人間って意外としぶとい生き物でよ。どんなに体が壊れていてもどうにかなっちまうもんだよ。お前も見てきただろ? 俺たちの出来損ないをよ」

 

 左近は次郎坊にそう返す。

 彼らの過去は過酷だ。彼らはもともと親に売られたり、たまたま紛争で生き残ってしまった子どもたちであった。そこを大蛇丸に拾われ、彼の実験のモルモットにされ、そして生き残り彼のお気に入りになることができた。

 しかしその過程で彼らは自分たちのようになれなかった子どもを幾人も見てきた。薬に耐え切れずショック死してしまった子や、戦闘実験中に暴走した被検体に巻き込まれて死んでしまった子も数多くいた。

 だが彼らは決して死んでしまった子たちを哀れんだことはない。死んでしまった子たちはただ弱いから死んでしまったのである。

 逆に自分たちが生きているのは強いからであり、それだからこそここまで成り上がってこれた。そういった自負が彼らの中には常にある。

 だからこそ自分たちよりはるかに強く、誰よりも大蛇丸に気に入られている君麻呂を憎く思ってしまうのではあるが。

 

「作戦はいつも通りでいくぞ」

 

 左近はメンバーに確認を取り、なよめがけて数個の煙玉を放った。

 煙玉が破裂し、辺り一面に煙が広がる中、なよは驚いたように持っていた籠を落とし腰を地に落としてしまっていた。

 その様子はどこからどう見ても戦闘に不慣れなただの人間。少しでも忍としての教養がある者ならば、次の襲撃に備え、機敏に動けるように構えをとるであろう。

 

「鬼童丸、多由也!」

 

 左近の指示に、二人がうなずく。

 

「忍法・蜘蛛縛り!」

 

 鬼童丸は煙が濃くなっていくなか、なよのいる場所に向かって粘着性のある体液を口から噴射させる。その体液は象二匹が引っ張り合っても千切れない驚異の強度を誇り、もがけばもがくほど絡まる網でもある。

 

 そしてもう一人、多由也は三メートルをも超える怒鬼を三人口寄せし、彼らを煙に突撃させた。

 人間は視覚に頼る生き物である。そのため五十センチ先も見えない場所にいる場合、どんな人間であれ普段と同じように動くことはできない。しかしこの怒鬼は視覚を頼りに生きていない。この怒鬼たちは多由也が奏でる笛の音色のみを頼りに動いているのである。

 つまりこの怒鬼たちは先が全く見えない煙の中でも全く臆することなく与えられた指示を実行することができるのである。

 

 怒鬼たちが煙に入ってから十数秒。辺り一面に撒かれた煙が少しずつ晴れてきた。

 彼らのこの方法から逃れられた人間は今までにいない。たいていは鬼童丸の放った”忍法・蜘蛛縛り”に掛かるし、もし辛くもそれを逃れたとしても煙の中を正確に動くことのできる怒鬼たちに捕まってしまうからだ。

 

 だが煙が完全に晴れた時、そこには彼らが想像もしていなかった光景が広がっていた。

 まず目に飛び込んできたのは血で真っ赤に染まった地面。次に怒鬼だったであろうバラバラに飛び散った肉片。そしてその中央で返り血に赤く染まりながらも気味悪く嗤う少女。

 

「急なことでびっくりしてしまいました。おかげ様で数少ない衣服もこんなに汚れちゃって。どうしてくれましょうか。ねえ、あなたたち」



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十二話 音の忍

「どんな方たちかと思ったら、なるほど。私よりも齢の低い子どもたちじゃない」

 

 なよは不敵に微笑み、五十メートル先の木の上にいた音の四人を見上げた。

 その手には山菜採りに使われていた古びた鎌が握られており、べっとりと脂ぎった赤黒い血で染まっていた。

 

 その時、ようやく彼ら四人は標的であった日向なよがただの娘ではなかったことに気づく。

 なよが暗部とどうつながりがあるかまではわからないが、彼女は間違いなく異端な者である、と。でなければ多由也が口寄せした怒鬼たちをまるで羽虫のように斬り殺すことなどできはしないのだから。

 

「鬼童丸、多由也! お前たちは援護に回れ。俺と次郎坊で奴の相手をする」

 

 左近は咄嗟にメンバーに指示を出した。

 相手の実力がどれだけのものかは計り知れない。だがあの怒鬼たちを単体で撃破するなど、彼ら四人の実力でも難しい。

 もちろん彼ら一人一人は大蛇丸直々に選抜された実力者だ。あの体長三メートルの体格を誇る怒鬼相手でも優位に戦局を運ぶことはできるだろう。しかしそれでもあんな短い間にバラバラにすることなどできはしない。

 つまり彼女は少なくとも彼ら単体よりも殺戮能力が上であり、全員で戦わなければならない相手ということに他ならなかった。

 

「次郎坊、行くぞ!」

 

 左近と次郎坊は一直線になよへ向けて突進を仕掛ける。彼らの体にはすでに大蛇丸から授けられた呪印がくっきりと浮かび上がっていた。

 

「ふふ、不思議な模様ですね。けどそれ、長く使っていると心身ともに壊れてしまうのではないですか?」

 

「わかったような口利いてんじゃねえぞ、この糞女がっ! 次郎坊!」

 

「わかってる」

 

 次郎坊はなよ目掛けて腕を大きく振りかぶり、そして殴りつけた。次郎坊はこの四人のなかで随一の怪力を誇る。重さ一トンの岩をも持ち上げることができるほどだ。それに彼は呪印を”状態一”まで解放しており、通常時の倍以上の力を出すことができる。そんな彼の一撃がまともに当たれば当然華奢な体であるなよが無事で済むはずがない。

 

「なかなかのお力ですね」

 

 しかしなよはそんな彼の攻撃をわずかに横へずれることで回避した。破壊対象を失ったその拳は地面を貫き、地割れを引き起こした。

 

「後ろががら空きだ、糞野郎」

 

 次郎坊が仕掛けている間に背後を取った左近はクナイを握りなよに斬りかかった。長年チームを組んでいる二人の連携。足場が崩れ、さらには死角からの攻撃を捌ききる人間など過去にはいなかった。

 だがなよは左近による死角をついた攻撃を振り返ることもせず、危うげなく避けた。

 

 しかし左近の攻撃はそれだけでは終わらない。

 彼の肘から新たに腕が生え、なよに掴みかかったのだ。

 体から新たな部位が生えるなど常人ならばありえないことではあるが、左近の血継限界・双魔の攻はそれを可能にする。彼の体は双子の兄である右近と体を共有されており、その体から右近の手足、頭を現すことができるのである。

 

「面白い体質ですね」

 

 だがその異形染みた不意打ちですら、なよは体をわずかにそらしただけで躱してしまった。

 

「こいつ……、俺たちの動きが見えてるのか!?」

 

 そして鬼童丸、多由也によって遠方から投擲された数多の手裏剣も、なよは右手に持っていた鎌で一つ残らず弾き、再び殴りかかろうとしてきた次郎坊を蹴り飛ばした。

 

「あら……、思ったより硬いんですね」

 

 なよはその蹴り飛ばした先を見つめる。

 そこには全身の筋肉が膨張し、血が体中で沸騰しているかのように肌を赤くさせた次郎坊の姿があった。

 

「オラッ! 糞女! かかってこいや!!」

 

 次郎坊はぶちぎれて怒声をなよに投げかけた。

 次郎坊はなよに蹴り飛ばされる直前、呪印を”状態二”にまで解放させていた。それにより、長時間使用によるリスクはさらに伴うが”状態一”に比べ十倍以上のチャクラを得たのである。

 そのため殺人的なチャクラを纏わせたなよの強烈な蹴りにも無傷とまではいかないが十分に耐えることができたのである。

 

「そうですか。ではおかまいなく」

 

 次郎坊の挑発になよはその場から消えたかと錯覚するようなスピードで駆け出した。

 それは先ほどまでの動きとは段違いの速さ。彼女の父ヒザシや伯父ヒアシ、暗部の手練れといった強者たちの動きを見取ってきたからこその体捌きであった。

 その速さには知覚すらも格段に向上した次郎坊も完全に捉えることができなかった。

 

 しかしなよが次郎坊へ迫る直前、戦場に奇妙なほどに惹きつけられる音色が響いた。

 途端、なよは動きが止まり糸が弛んだマリオネットのように膝をついた。

 

「けっ、脳筋どもが。最初からこうしておけばよかったんじゃねえか」

 

 木々がこすれる音とともに、魔笛を持った多由也と、忍術”蜘蛛粘金”で生成した大弓を携えた鬼童丸が次郎坊の前に降り立った。

 彼らもすでに次郎坊と同じく呪印を”状態二”にまで解放させていた。

 

「カブトさんの情報ではこいつは忍ではないらしい。忍ではないやつでも確かに桁外れに強い者はいる。大蛇丸様が連れてくる実験体の中にもそういうやつはいた。だがそういったやつは漏れなくこうした搦め手には弱い。何せ忍としての訓練なんてされていないんだからな」

 

 そう言って多由也は膝をついているなよを見下ろした。

 彼女が使った術は”魔笛・夢幻音鎖”。聴覚により相手の動きを封じる幻術であり、彼女が使う術のなかでも強力な術であった。

 

「さっきはよくも私の下僕たちを殺してくれたな。大蛇丸様からの命令でなるべく殺すなと言われているが手足の二三本落としていっても問題ないよな? つってももう私の幻術で何も聞こえてないか」

 

「おい多由也。気をつけろよ。こいつ化け物染みた強さだ。幻術にかかっているとはいえ、何かしでかすかもしれん」

 

「わかってるよ、デブ」

 

 多由也の幻術が強力であることは仲間である彼らが一番よく知っている。だが目の前の女は並みの使い手ではない。”状態二”になった彼らでさえ、まともに殺りあえばただでは済まないことは明白であったのだから。

 

「しかし暗部がこの女と関わりがあるのだとしたら、よっぽど木の葉はこの女を隠したがっているらしい。予想外に大きな手柄を挙げられたな」

 

 左近はなよを見ながらそうつぶやいた。

 先ほどは君麻呂に手柄を渡してしまったが、特異な力をもつこの女を捕らえた方が功績としてはだいぶ大きい。なよが大蛇丸にどのような扱いを受けるかなど知らないが、自身たちにとって大きな誉れになることは間違いないだろう。

 

 しかし瞬間、左近は背筋にぞくりとした寒さを感じた。

 自身の主大蛇丸が放つようなおぞましい悪意の奔流。それが口角を不気味に歪ませている目の前の女から漏れ出ていたのだ。

 

「多由也! その女からすぐに離れろ!!」

 

 左近は即座に叫んだ。そして左近とほぼ同時になよの異変に気付いた次郎坊はすぐに術を放つ。

 

「土遁結界・土牢堂無!!」

 

 瞬く間に高さ三メートル、厚さ五十センチもの頑強な土壁がドーム状になってなよを閉じ込めた。この土壁はただの壁ではなく、術者によって制御された堅牢なる結界。そう簡単に突破できるものではなかった。

 

 だが次の瞬間、出来上がった土のドームはまるでバターを切ったかのように裂け、その裂け目からチャクラを纏った鎌を持ってなよが飛び出した。

 そして一番近くにいた多由也の首裏に手刀を落とし、一瞬にして多由也の意識を刈り取った。

 

「多由也!」

 

 己の結界術を破られたばかりか多由也を戦闘不能へ追いやったなよに憤り、次郎坊は彼女に向けて全力で拳を振り下した。

 ”状態二”となった次郎坊はパワーはもちろん。スピードも格段に上昇している。普段はさほど速くない彼であるが、この状態になれば上忍クラスのスピードにもなろう。

 だがなよはそんなことなど意にも介さず、軽やかにその拳を躱した。そして彼の襟を掴み軽々と持ち上げ、鬼童丸が密かに放った大矢の盾とした。

 

「ゲフ……、この女……!」

 

 鬼童丸の放った大矢は次郎坊の腹を貫き、そこからはとめどなく血が溢れ出た。そしてなよは次郎坊に止めを刺すわけでもなく、その重い躰を数メートル離れた木に放り投げた。それはなよのようなか細い少女には到底出せる力ではなかった。

 

「どうしてだ! どうして多由也の幻術が効かねえ!? それにどうなってんだその馬鹿力は!?」

 

 瞬く間に二人の仲間を倒された左近が声を荒らげた。

 それに対してなよはにべもなく答えた。

 

「日向の人間にこの程度の幻術は効きませんよ。それにあの太った子の怪力を何回も見ていればそりゃあ種くらい見抜けてしまうものです。私は目だけはいいので」

 

 恐れを抱き冷や汗を流す左近と鬼童丸へ、なよはにじり寄る。

 

「さて、あなた方はこれで半分になったわけですがどうしますか? あなた方程度何人で来ようとも捻り潰すことなど造作もないのですが、用件くらいはお聞きしたいものですね」

 

 思わず後ずさりしてしまいたくなる状況。

 しかし彼らはここで逃げてしまうほど臆病ではない。でなければ彼らはここまで生きてはこれなかったのだから。だが同時にこの形勢をどう乗り切れるかを考えられるほどに冷静ではいられなかった。

 

「舐めんじゃねえ! 糞女が!」

 

 それ故に彼らが選ぶは徹底抗戦。

 左近は体を共有する右近と分裂し、双子ならではの連携でなよを攻めた。

 鬼童丸は六本ある腕にそれぞれ”蜘蛛粘金”で生成した小刀を持ち、人の枠を超越した手数でなよに応戦した。

 

 だがそれでも足りなかった。

 左近と右近が得意とする連携はあらゆる動きが予知されているかのように躱され、鬼童丸の多数の腕による攻撃はすべていなされた。

 

「変わった術を使っていたので体術も期待していたのですが、こちらはいたって平凡だわ。お父様やヒアシ様に比べたら大したことありませんね」

 

 一閃。

 なよが彼らの包囲網を抜けた途端、右近の腹が抉れ、鬼童丸の腕が二本吹き飛んだ。すれ違いざまになよが手に持つ鎌で二人を斬り刻んだのである。

 

「残りはあなただけですね。私を襲った理由、否が応でも聞かせてもらいますよ」

 

 そしてなよは最後に残った左近の首根っこを片手で持ち上げた。

 左近は必死でもがくが、一回りも体格の小さいなよの拘束から逃れることができなかった。むしろ徐々に彼女の手に力が入り首が締まってきていた。

 なよは悪戯をした子どもを諭すかのように優しく笑みを浮かべた。

 

「あなたの分裂体も含めて五人もいますからね。一人くらい壊してしまっても問題ないでしょう。さて、あなたはお話の分かる子ですか?」

 

 

 

 しかし首を締めあげられ左近が今にも意識を落とされそうになっていたその時、首を絞めていたなよの左手に突然暗部の仮面が投げつけられた。

 なよの体に傷をつけるほどの投擲物ではなかったものの、左近の拘束を緩めるには十分であり、左近はなよの腕から解放された。

 

 そして仮面が投擲された方向から人影が猛烈なスピードでなよへ迫り、その手に持っていた白い刃をなよに振り下ろした。

 なよは寸前でその刃を手に持つ鎌で受け、後退を余儀なくされた。

 

「あら……」

 

 そしてなよは手元を見て素っ頓狂な声を上げる。

 チャクラを纏い切れ味を強化されてあったはずの鎌は鋭い金属音とともに弾かれたのである。人体や土遁でできた土壁でさえ切裂くことができた鎌が彼の持つ武器を破壊できなかったのだ。

 

「君麻呂……」

 

 左近は朦朧とする意識のなか、己を助け出した者を見上げる。

 皮肉にも彼は左近が恨み、憎み、己の主に次いで恐怖を抱く者であった。

 

「お前……、あの暗部どもはどうした」

 

「当然、皆殺しにした。思ったよりも時間がかかってしまったけどね」

 

「ちっ、嫌味な野郎だ……」

 

「それよりこの状況はどういうことだ? 音の五人衆たる君たちが、彼女を捕らえることはおろか全滅ではないか。大蛇丸様の顔に泥を塗るつもりか?」

 

 君麻呂は周囲を見渡す。

 左近を含め、なよに挑んだ者は深い傷を負っているか意識を奪われていた。殺さずに戦闘不能にされているということは紛れもなく手加減されていたことに他ならない。

 

「油断するなよ……。あの女は化け物だ。だが俺とお前が協力すれば……」

 

「思い上がるなよ、左近。僕は暗部との戦いの時も言ったはずだ。足手まといだから邪魔するなと。お前はもう彼女に負けている。その震えた腕じゃろくにクナイも持てないだろう。君はおとなしく仲間を回収して手当をしていろ」

 

 君麻呂は左近にそう言い放ち、一歩前に出た。

 

「待たせた。どうやら僕の仲間が世話になったみたいだね」

 

「いえいえ、世話になったなんてとんでもない。ところであなたの持っているその武器。ずいぶんと丈夫なんですね。何という武器なんですか」

 

「戦えば言わずとも分かるさ」

 

 君麻呂は木の葉の暗部たちを殺し、なよは彼の仲間四人を倒した。互いに凡人の域を遥かに超越した化生の身。

 

 唐風が吹き、木々から木の葉が舞う戦場。二人は示し合わせたかのように互いに迫り、己が手に持つ得物をぶつけ合わせた。




次回、日向のやべえ奴 vs 音のやべえ奴
ちなみにこの君麻呂は病にかかってないベリーハードモードなので原作よりだいぶ強いです。
というか君麻呂は終盤で各里の歴代レジェンドとともに穢土転され、九尾チャクラモードナルト(分身)と鉄の国の軍勢を前にして穢土転が切れるまで封印されずに戦い続けるくらい強いです。


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十三話 君麻呂

 なよと君麻呂の戦いは熾烈を極めていた。

 なよが鎌を薙げば君麻呂は手に持つ白刃で鎌を()らし、君麻呂が握る白刃を切り上げればなよはステップを踏んで華麗に避けた。

 その一進一退の攻防は先程の音忍四人たちとの戦闘とは明らかにレベルが異なっていた。

 

 しかし、両者の形勢は寸分違わず互角というわけではなかった。

 

「素晴らしい体捌きですね。先ほどの子たちとは段違いにいい動きです。もしかしたら父さまと同等かもしれません。ですが、この目で追えないほどではありません」

 

「くっ……」

 

 戦いの当初は君麻呂の変則的な動きになよの攻撃は()なされ、君麻呂の攻撃を完璧に防げずにいた。

 だが徐々にではあるが、時間とともになよの攻撃が君麻呂に掠り、君麻呂の攻撃を受け流し始めていた。

 

「知っていますか? 私たち日向の人間、と言っても私は勘当同然ではありますが、柔拳を得意としているんです。つまりこうして私の攻撃が掠っているということはあなたの内臓系は徐々に壊死していっているということに他なりません。どうです? ここは降参して洗いざらい話してはくれませんか? 悪いようにはしませんから」

 

「抜かせ……」

 

 なよは君麻呂に降伏を促した。なよの言う通り、柔拳で攻撃する部位は内臓。どんな屈強な忍であっても内臓にじわじわとダメージが蓄積されれば負けは免れない。

 

 しかしそれでも君麻呂はなよの言葉には応じなかった。

 

「僕は決して負けを認めない。仮に君が僕以上に強い存在だったとしても、僕の主は大蛇丸様ただ一人。どうして大蛇丸様の意に背く行動をすることができようか」

 

 君麻呂はなよへと向かい、その白刃で鋭い突きを放った。

 

「そうですか……、残念です」

 

 なよは君麻呂の突きに動じることなく鎌の柄を彼の手首にあてた。手首を打たれ、白刃は君麻呂の手から零れた。

 そしてなよは懐に潜り込み、彼の脇腹に手をかざしてチャクラを放った。

 

「君麻呂!」

 

 離れた場所で他のメンバーの介護をしながら二人の戦いを見ていた左近は叫んだ。

 左近は直感してしまったのだ。なよの手の平に込められたチャクラが人一人殺すのに十分過ぎる量であることに。

 そのチャクラが体の内部を這いずり回り、そして内臓に届いたならば、間違いなく臓器は破裂するであろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 なよの込めたチャクラは君麻呂の体内に溶け込もうとするやいなや、何かに阻まれたかのように弾かれ霧散してしまったのだ。

 

「あなた、その体――」

 

「今頃気付いても遅い。散れ、唐松の舞」

 

 次の瞬間、君麻呂の体内から無数の骨が突き出した。

 人間の域を越えたその攻撃に、なよは反応が遅れ右手に数本の骨が刺さった。

 

「君こそいい動きじゃないか。生け捕りにするために手加減していたとはいえ、僕の攻撃のほとんどを避けるとはね。様子見はもうやめだ。大蛇丸様が待っている。僕も君が死なない程度に本気を出そう」

 

 君麻呂は肘から突き出た骨をなよに弾かれた得物()の代わりとして引き抜き、残りの突き出ていた骨を体内に戻した。

 骨が突き出たことによって裂かれた傷は瞬時に塞がり、その体には先程の音忍四人と似た呪印が広がっていた。

 

(おのの)け、椿の舞」

 

 君麻呂はなよに向けて無数の突きを放つ。

 呪印を解放させ、”状態一”となった君麻呂は先ほどより一回りも二回りもスピードが増していた。

 先刻まで君麻呂の動きに対応できていたなよでもさすがに彼の急激な力の変化についていくことができなかった。

 彼の突きを躱しきれず衣服や肌を切り裂かれ、攻撃を受けた鎌は刃が砕ける。

 

「これは……まずいですね」

 

 立場が逆転した。

 僥倖にもなよの受けた傷は浅い。だが彼女の分が悪いことは明白であった。

 君麻呂の動きについていけず、得意の柔拳すら効かず、さらには唯一の得物まで破壊されてしまった。

 

 なよは立て直そうと後退を試みる。

 しかし君麻呂はそれを許すほど甘くはなかった。

 

「舞え、早蕨の舞」

 

 君麻呂の言葉とともに先の鋭い骨が地面から次々と生え始めた。

 その骨林はなよを囲むように展開され、瞬く間に戦場を彼女を閉じ込める檻へと変えた。

 

「八卦掌・回天」

 

 骨檻の中心、なよは自身の左足を軸に、チャクラを放出させながら体を回転させる。

 日向の奥義”八卦掌・回天”は回転エネルギーとチャクラを放出させることであらゆる攻撃を弾き飛ばす防御技。

 

「硬い……」

 

 だが、地面から生えた骨はなよの想像を超える硬度を有していた。

 上忍クラスの火遁を消し飛ばせる程のなよですら、数多ある骨のうち十数本を折ることがせいぜいであったのだ。

 

「鉄線花の舞・蔓」

 

 君麻呂は自身の脊柱を引き摺り出し、鞭のようにしならせ骨檻から抜け出して息を荒らげていたなよを縛り上げた。

 なよは拘束を解こうと次郎坊を見取って覚えたチャクラの爆発による怪力を使う。だがなよを縛る脊柱は千切れるどころか緩むこともなかった。

 

「鉄線花の舞・花」

 

 そして君麻呂は自身の右手に螺旋状に尖った鋭利な骨槍を顕現させた。

 

「安心しろ。僕たちが大蛇丸様から受けた任務は君を生きたまま連れてくること。君が僕の仲間を殺さなかったように、僕も君を殺すことはしない。だが君は警戒に値する。五体満足で大蛇丸様に差し出すわけにはいかない」

 

 君麻呂は骨槍をなよの左太腿に突き刺した。

 痛みに耐える低いうめき声とともに、患部からは噴き出すように鮮血が流れた。

 

「どうして……、どうして私を狙うのですか?」

 

 みるみると顔を青くするなよが君麻呂に(つぶや)く。

 音の五人衆との連戦、そして太腿動脈を貫かれたことによる出血過多はもともと体が丈夫ではないなよにとって、厳しいものであった。

 

「大したことではない。我が主大蛇丸様が日向の血脈に興味を示されたからだ。大蛇丸様の眼鏡に適ったことを光栄に思うがいい」

 

「大蛇丸……」

 

「ああ。大蛇丸様は素晴らしいお方だ。君のその特異な能力ならばすぐに気に入られるだろう」

 

 君麻呂は顔を紅潮させて自身の主の名を語った。

 かつて争いに敗れ、自身を除いて壊滅した一族。路頭に迷った彼を大蛇丸は誘い、生きる目的を与えてくれた。

 誰しもが特異な血継限界を持つ彼を恐れた中、大蛇丸は自身を恐れずに迎え入れてくれた。

 故に彼にとって大蛇丸は神にも等しい存在であった。

 

「ずいぶんと入れ込むのですね、その大蛇丸という人に。あなた……、単に利用されているだけではないのですか?」

 

「黙れ」

「うっ……」

 

 君麻呂は骨槍に力を入れた。

 骨の槍はなよの骨を砕き、なよの太腿を貫通した。血管はおろか神経すら無事では済まない怪我。おそらく彼女は二度と歩くことは叶わないであろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「化け物め……」

 

 なよと君麻呂から少し離れた位置で君麻呂を見ていた左近はそう呟いた。

 君麻呂が相手をしていた日向なよは異常であった。それは間違いない。

 大蛇丸から呪印を授かり、忍としては音の里でも上位に食い込むほどであった自身たち四人をまるで歯牙にもかけず制してしまったのだから。

 

 しかしそれ以上に驚異的なのは、その日向なよを捕縛してしまった君麻呂の方であろう。

 左近は自身の横で苦い表情をしている他の三人を見やる。

 あんなにも自分たちが苦労していたあの女を君麻呂はほぼ傷を受けずに捕らえてしまった。それに彼はまだ本気を出してさえいない。

 

「けっ、面白くねえ。結局俺たちはあいつの引き立て役にすぎねえってことかよ」

 

 左近は血の混じった唾を飛ばす。あの女に絞められた首が未だに痛んだ。

 

「左近。ちょうど他のメンバーの手当が終わったようだな。彼女に拘束の結界術をかけろ」

 

 君麻呂は普段の声色で左近に指示を出した。

 左近はそんな澄ました君麻呂に歯を軋ませながらもポーチから六枚の札を取り出し、二人のもとに向かった。

 彼の持つ札には(はりつけ)の術式が書かれている。対象者の両手両足、胴、そして頭にそれぞれ札を貼り付ければ、その途端に術式が対象者を包み一切の動きを封じてしまう捕縛結界だ。

 

「それにしてもおめえも哀れなもんだな。たまたまとは言え、大蛇丸様に目をつけられるなんてよ。ついてねえぜ」

 

「……」

 

 左近はなよに札を貼りながらそう同情の言葉をかけた。

 先程まで彼女に蹂躙され尽くした左近であったが、君麻呂という圧倒的強者に敗れた彼女に、己の境遇をふと重ねてしまったのかもしれない。

 

「だが寂しがる必要はねえ。直におめえの弟も大蛇丸様の元に来るからよ」

 

「……弟?」

 

 その言葉に、すっかり衰弱しきっていたなよは反応した。

 

「ああそうだ。もともと大蛇丸様が狙っているのはお前の弟だ。そのついでにお前も大蛇丸様の目に留まったんだ。とはいえ、こっちが大物だったとは予想もしていなかったがな」

 

「弟も……、ネジも(さら)うのですか……?」

 

「十中八九そうなるだろうよ。そいつが望もうが、望むまいが。俺たちの主様はとても執念深いお方だからよ」

 

 そう言って左近は最後の札をなよの額に貼り付けた。瞬く間に、六枚の札から術式文字が溢れ出し、なよの全身を黒色で塗りつぶす。

 

「じゃあな。次に弟と会えるのが天国じゃねえことを祈っとくぜ。と言ってもてめえは天国に逝けるような奴じゃねえがな」

 

 これにて彼らの日向なよを攫う任務はひとまず完了と言ったところであろう。

 この結界術で縛り付ければ何人とも抜け出すことはできないのだから。

 

 しかし瞬間、君麻呂の腕に痺れが走る。彼女を縛る骨鞭に動きが生じたのだ。

 

「左近、すぐにそこから離れろ!」

 

 君麻呂は即座に左近へ叫んだ。しかしその指示はすでに遅すぎた。

 そして術式文字により全身が黒く染まったなよはぽつりと呟いた。

 

「散れ、唐松の舞――」

 

 途端、結界術に縛られていたはずのなよの体から何本もの細長い骨が生えた。

 逃げ遅れた左近は声を上げる暇もなく、その骨に串刺しにされた。

 

「”唐松の舞”。ふふっ、素敵なお名前です。私も昔は弟と技に草木の名前をつけて遊んでいたものです。だからでしょうか。この術はずいぶんと私の体にしっくりとくる」

 

 彼女の体から全身を包んでいた術式文字が霧散していく。体内から飛び出た骨によって貼り付けられた札が引き裂かれたのだから当然だろう。

 

 そしてそんな彼女の姿を見て、君麻呂も驚かずにはいられなかった。

 体から骨を突き出し、あろうことか先程君麻呂がなよにつけた太腿の傷は塞がっていた。

 その能力は紛れもなく滅びたはずのかぐや一族特有の血継限界であった。

 

「君は……、君はかぐや一族の血を持っているのか!? それにその姿は……」

 

 それだけではなかった。

 なよのチャクラは先程とは比べ物にならない程に膨れ上がっていた。

 常人では考えられないような変異。そして人の域を出たことを示すかのように彼女の額には二本の小さな角が飛び出ていた。

 

「まさか”呪印化”か? いや、違う。”仙人モード”か!」

 

 君麻呂はなよのチャクラの質を観察する。

 その力は彼ら音の五人衆が使うものと非常に類似していた。周囲の自然エネルギーを取り込み、己の力とする。常人ならば自然エネルギーを取り込もうとすればそのエネルギーに負けて大きな代償を受けるが、彼ら五人は呪印の力を授かることで自然エネルギーを体内に取り込むことができた。

 だが彼女は呪印をもっていない。呪印を用いず、長年の修練を積み仙人にのみできる極意を自力で習得してしまったのだ。それもただ彼ら五人の呪印化を見取っただけで。

 

「私ならまだしも、弟に手を出すというのならどんな手を使ってでも阻止させていただきます。たとえあなたたちを殺すことになろうとも」

 

 鬼と見紛う程の殺気。

 執念と言うべきか、凄まじい程のチャクラを纏い、なよは腕に生えていた骨で君麻呂を切りつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 君麻呂は咄嗟に右手に生やしていた骨槍でガードする。

 しかし異常な速度と(おぞ)ましい膂力で生み出されたその衝撃を吸収することができず、骨槍は砕け、君麻呂は軽々と吹き飛ばされてしまった。

 

 その様子を離れた位置で見ていた多由也、鬼童丸、次郎坊の三人は恐怖で身震いした。

 先程まで自身たちの仲間であった左近は全身を骨で貫かれて骸となり、絶対的な強者であった君麻呂がいとも容易く突破されてしまった。

 

「次はあなたたちですか? 本当は殺さずにと思っていたのですが、ネジに手を出すというなら話は別です。害虫は駆除しないと」

 

 弾むような声で彼らに語り掛ける少女。

 その瞳はどこに焦点が当たっているのか定かではなく、一種の狂気を孕んでいた。

 

 ――悪鬼

 

 三人は悪意と殺気が荒ぶるなよの背後に在りもしないものを幻視した。

 この女には絶対に勝てるわけがない。関わるべきではなかった。

 それぞれがそのように彼女を見て悟った。だがそれはもう手遅れだ。

 彼女の足元に転がる左近と同じ運命を辿ることは避け難いものであるのだ。

 

 しかしその直後、君麻呂が吹き飛ばされた方向から強大なチャクラの波動が発生した。

 

「まさかこれ程とはな。僕も状態二になっていなかったらまずかった」

 

 風を切裂く程の衝撃波。次いで蜥蜴のような長い尾を持つ異形の肉体へと変異した君麻呂が姿を現した。

 

「驚愕に値する。まさか屍骨脈と仙人チャクラを扱えるとは。だがそれはこちらとて同じことだ」

 

 先の四人と同様に体内の血液が膨張したかのような赤黒い皮膚。だが同じ”状態二”でも君麻呂と彼らとでは内在するチャクラの質が圧倒的に異なっていた。

 それは自然エネルギーを取り込み図らずも仙人モードとなったなよと同等かそれ以上のチャクラであった。

 

「ずいぶんと素敵な姿ですね。ですが私は負けませんよ。弟を害するような輩には」

 

「こちらも大蛇丸様からの至上命令がある。お前を倒し、大蛇丸様の前で跪かせてやる」

 

 両者が織りなす異質とも言える殺気に満ちた空間。

 先程までの戦いはベテランの上忍ですら息をのむ凄まじいものであったが、全力での戦いではなかった。

 だが、これから繰り広げられるであろう死闘は互いが本気以上の力を出し合う戦いとなるであろう。

 そして決着がつく最後の瞬間まで立っていられるのは君麻呂か、それともなよか、はたまたそれ以外の結末を迎えるのか。それを予測できるものはこの時点ではいない。



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十四話 餓叉髑髏

今回は少し長いです。


 風の国の隠れ里である砂隠れの里は砂漠のオアシスに存在する。

 里の周りは崖とも見紛う高い壁で囲われ、その中は高温低湿この地にならではの土で建てられた住居が乱立している。

 砂隠れの里は本来であれば人の住める環境ではない。

 いくら水が湧き出すオアシスにあるとはいえ、周辺は広大な砂漠に囲われている。風の国の都からも二日歩かなければつかない程である。

 このような僻地に忍び里ができたのは、軍事機密漏洩を防ぎ、他国から隠れ里を襲撃されないようにすることに他ならない。

 そして忍界大戦が一区切りつき軍縮の波が押し寄せる今の時世において、砂隠れの里はお役御免とも言えた。

 

 しかし現在、砂隠れの里は風の国から軍事ではない別の分野で注目を浴びている。

 それは今まで枯れた土地と考えられていた砂漠で行う砂金採掘事業である。

 四代目風影は金を手繰る特殊な血継限界の持ち主だった。彼はその特殊な忍術を用い、不毛の砂漠から多大な金を生み出したのだ。

 

 その結果、里には金の行商人や採掘作業に従事する労働者が訪れ、軍縮が行われながらも衰退することなく一命を繋ぐことができたのであった。

 

 そしてそんな立役者である四代目風影は里の中央にある高塔に執務室を置いていた。

 里の様子を一望できるその部屋で、だが風影の椅子には別の者が優雅に腰掛けていた。

 

「木の葉崩しの段取りは上手く行っているかしら、カブト」

 

「ええ、順調です。思いのほか音隠れには警戒しているようですが、砂隠れには全くのノーマーク。少々拍子抜けですね」

 

 風影に成り代わっている大蛇丸は、鏡に映る部下薬師カブトの報告を受けていた。

 大蛇丸が持つ鏡は対になっているもう一方の鏡を持つ者と遠隔通信ができる忍具”遠見鏡”である。

 外部との通信を探知する結界が幾重にも張られた砂隠れの里で内密に通信できるようにしたことは一苦労ではあったが、おかげで木の葉隠れの里に待機させているカブトと連絡を取ることができていた。

 

「こういう場合、音隠れが他国と密約を交わし木の葉に攻め入る線を真っ先に考えなければならないはずなのに。あなたの言う通り、平和ボケが進んでいるのでしょうか」

 

「三代目火影は平和主義なのよ、良い意味でも悪い意味でもね。だから里と縁を切った時私を殺せなかった」

 

「ですが戦争の火種ともなればさすがに相談役のご老体方も黙っていないでしょう。特にあの志村ダンゾウなんかは」

 

「案外あの狸はむしろ木の葉が攻められるのを望んでいるかもしれないわね。あいつは三代目のことを昔から好ましく思っていないから」

 

 大蛇丸はかつて自身の上司であったダンゾウの姿を思い浮かべる。

 里のために何もかもを犠牲にし、自らをも闇へと堕とした傑物。

 元部下だった故に彼の弱みをいくつか抱えている大蛇丸ではあるものの、敢えて敵対しようとは思えない。

 仮に敵対したとしたらあらゆる手段を用いて大蛇丸を排除するであろう。あちらとて大蛇丸の弱点を抑えているのだから。

 

「しかし今回の木の葉崩し、成功すれば五影のうち二人を殺めたことになりますね」

 

「そういうことになるわね。だけど言うは易し。この席の主を殺すのはだいぶ骨が折れたわ」

 

 大蛇丸はそう言って椅子の肘置きを撫でた。

 

「金だけで成り上がった凡庸な忍かと思っていたけどさすがは影の名を背負う男。あの場に君麻呂がいなかったら私はここにはいなかったわね」

 

「確かに砂金を用いた絶対防御とあらゆる物を飲み込む流砂は並大抵の術では打ち破れないものでしたね。さすがは最強の体を持つ一族といったところでしょうか。彼のあの切り札は完璧の一言につきますよ」

 

 カブトは眼鏡を指で上げ、四代目風影を破った戦いを思い出す。

 初め四代目風影が操る砂金を前にすべての術は防がれ、圧倒的な砂金の物量を前に大蛇丸と君麻呂は劣勢を強いられていた。

 だが君麻呂が状態二になった途端に状況が変わる。

 状態二となり膨大なチャクラを得た君麻呂は堅固であった砂金の盾を体当たりで吹き飛ばし、砂金の流砂をものともしなかった。

 そして最後には彼の()()()によって四代目風影を護衛の上忍もろとも倒したのである。

 

「そう言えば例のうちはサスケですが、封印術で抑えられているものの呪印の適合はうまくいっているみたいでした」

 

「それは重畳(ちょうじょう)ね。第一の目的は達成されたというべきかしら」

 

 大蛇丸はくつくつと嗤う。

 大蛇丸は長年うちはの若い体を欲していた。うちは一族が開眼するとされる写輪眼はあらゆる術を吸収し、自身の技とする。

 すべての術を解き明かすことを大望とする大蛇丸にとって、そのうちはの神秘は喉から手が出るほどに欲しいのである。

 

「次の転生の体にはうちはサスケを?」

 

「いえ、彼はまだ早いわ。ポテンシャルはあのイタチを超えるものを持っているけど、今の実力では君麻呂の足元にも及ばない。まずは私好みに育てないと」

 

「では君麻呂に転生するお考えで?」

 

()()()()()()()が現れない限りはね」

 

 その後しばらくカブトと会話をして大蛇丸は通信を切った。

 砂隠れを掌握し、もう一つの目的であったうちはサスケには首輪をつけた。

 計画は想定通りに進み、残るは木の葉崩し当日を待つのみ。

 ゆっくりと背もたれに体を預けた大蛇丸は些末なことを思い出す。

 中忍試験の際に異様な輝きを見せた日向ネジだ。

 

 大蛇丸はうちはの血ほどではないが、日向の血も欲している。できるのならば白眼を手に入れたい。

 だが大蛇丸は今回ばかりは分が悪いと考えている。

 日向ネジは分家の人間。攫ってでも奪おうものならば、ネジの命ごと白眼を封印されてしまうだろう。

 そして気まぐれ程度に彼の姉なよを代わりとして攫おうと音の五人衆を遣いにはだしたが、正直満足のいく結果が出るとは期待していない。

 

 宗家に近しい者でありながら白眼を宿すことができなかった少女は確かに研究しがいがあるだろう。しかも分家の封印術もされてはいない。

 しかし()()()サンプルとはなっても()()()検体になりえないことは往々にしてあるものだ。研究とは古今東西成功より失敗が多いものである。

 

 それに彼女の体はどうやらそこまで強くはないらしい。大蛇丸が行いたい実験に耐えるかと言えば少々心許ない。

 

 とは言え初めて手に入れる日向の血である。上手く行けば弟ネジを誑かすこともできるやもしれない。

 大蛇丸はそんな淡い思惑を胸に、窓から燦燦と照る太陽を見上げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、日向なよと君麻呂の戦いはいよいよ佳境へと差し掛かった。

 互いが全力を尽くしてぶつかり合う死闘。彼らの周辺には無数の白骨が地表より突き出ており、その骨林の間からは金属がぶつかり合っているような甲高い音が絶えず鳴り響いた。

 

 両者ともに最硬の血継限界”屍骨脈”と自然エネルギーを扱う特異な存在。並みの忍はもちろん、上忍ですらまともに太刀打ちできないであろう。

 

 そんな拮抗する二人ではあるが、一点だけ大きな差があった。それは体力である。

 呪印化はチャクラを大量に消耗するとはいえ、生来の才能と大蛇丸の肉体改造により君麻呂は疲労をものともしない体を持っている。

 しかしなよはもともと体を病に蝕まれており、体は鍛えられていない。

 故に長期戦になれば勝利を掴むのは君麻呂であることは明らかであった。

 

 だが、そのようなことなど些事であると言わんばかりに、時間が増すに連れてなよの動きは速く、鋭くなっていった。

 

「君はまさか戦いの中で成長しているとでも言うのか?」

 

 君麻呂は両手に生やした螺旋状の骨槍をなよの持つ二刀の骨刀に打ち付けた。彼らの間に強風を巻き起こすほどの衝撃と激しい火花が散る。

 鍔迫り合いの最中、君麻呂は臀部に生やした長い尾をなよ目掛けて(しな)らせた。

 だがなよは予測していたかのように側背から幾本ものあばら骨を突き出し尾を弾く。

 

 そしてなよは身を回転させて突き出ていたあばら骨で君麻呂の胴を切裂いた。

 

「君麻呂くんと言いましたか? ようやくあなたの動きは見切らせていただきました。その術も含めて。私ももう余り動けはしませんが、それでもあなたはここで仕留めさせていただきます。私の弟のためにも」

 

 なよは傷を負い後退した君麻呂に追い打ちをかける。

 掌を君麻呂に向け、そこから矢のように骨を数本飛ばした。

 勢いよく射出された骨は一本も誤ることなく君麻呂の体に突き刺さった。

 

「なる程。確かに君は強い。だが最初に言った通り僕はここで負けるわけにはいかない。大蛇丸様のためにも。それに僕のことを見切ったというのは早計だ。僕はまだ君にとっておきを見せていないのだから」

 

 息も途切れ途切れではあるものの、君麻呂の瞳には強い意志が残っていた。その言葉は決して戯言などではない。

 それを証明するかのように、君麻呂は寅の印を組み、具現化して見える程の膨大なチャクラを練り始めた。

 

 ――あれはまずい

 

 なよは直感的に君麻呂の術を推し量った。彼女は白眼など持ち合わせてはいないが、それでもなぜか彼の術がいかなるものかは感じ取った。それは今までとは次元の違う術。

 

 なよは完成させてはならないとすぐさまに再度掌をかざし骨矢を放つ。

 だが数寸間に合わず、彼の術が先に完成した。

 

屍骨脈(しこつみゃく)餓叉髑髏(がしゃどくろ)

 

 まず顕れたのは巨大な骨の鎧であった。

 巨大な骨鎧は君麻呂を包み込み、なよの放った骨矢を無傷で弾いて見せた。

 

 そして刹那、なよの体が宙に舞う。

 鎧から生えた左腕に弾き飛ばされたのだ。

 

 吹っ飛ばされたなよはそのまま凄まじい勢いで木々を薙ぎ倒し、地面を抉りながら転がった。

 なよが痛みに耐え、顔を上げるとそこには五メートルを超えるであろう巨大な骨の怪物が顕現していた。

 

「これが僕の切り札”餓叉髑髏”。ただでかいだけの置物だと思わない方がいい。これは今まで以上に硬く、そして強い」

 

 餓叉髑髏が右腕に持った巨大すぎる骨槍を振り下ろし、なよは間一髪でどうにか躱した。

 大柄な図体であるものの、それは想像以上に速い動きであった。そして言わずもがなその破壊力は地を割り、大きな裂け目を生じさせた。

 

「どうした、これも真似してみるかい? その前にチャクラ切れで死ぬかもしれないが」

 

 君麻呂の視線が餓叉髑髏の隙間から肩で息をするなよを射貫く。

 彼女がダメージを軽減させるために纏っていた骨は先程の一撃でほとんど折れてしまっていた。一方でなよを攻撃した餓叉髑髏の左腕には罅一つも存在しない。

 

 なよの知らないところではあるが、君麻呂はこの術を使い先の四代目風影との戦いではあらゆる攻撃を完封し、彼の持つ最大の防御術をその巨槍で貫いてみせた。

 

 もはや羽虫が象と対峙していると言っても決して過言ではない状況であった。

 

 だが、そんな絶望的とも言える状況下で、なよは笑みを浮かべていた。

 傍から見れば自暴自棄とも言える様態だったかもしれない。だがこの少女と戦ってきた君麻呂からしたら油断できないものであった。

 

「確かに今の私ではもうあなたのその術を見取ることはできないでしょうね。ですがそれとあなたを倒せるかは別問題です」

 

 そう言うとなよは肩から一本の骨を引き摺りだし、チャクラを練り始めた。

 なよの背後には禍々しい程に黒いチャクラが募り、なよの手に持つ骨は黒く淀んだ。

 

「その骨、結構なチャクラが練り込まれているね。確かにやり方次第では僕の餓叉髑髏を抜けれるかもしれない。だが僕はそう甘くはない」

 

 君麻呂は餓叉髑髏が持つ巨槍による突きを放った。

 その突きは勢いだけで衝撃波が放たれ、周囲の草木を大きく(しな)らせるほどであった。

 当たればまず即死、掠っただけでも肉が抉れ重傷となるであろう一撃。

 しかしなよは避けようともせず、一直線に君麻呂に突っ込んだ。

 

  当然前進するなよの目の前には死を撒く槍が迫る。

 そして槍が直撃する寸前、なよは黒骨を持つ手とは逆の左手に白骨を幾本も生やし、巨槍の先端を突いてみせた。

 当然、なよの力では圧倒的な質量を誇る餓叉髑髏の槍を弾くことはできない。だがそれでも何とか槍の矛先を直撃から逸らすことができた。

 

 だが代償としてなよは左手の関節が捻じ曲がり、腕の先は力なく垂れ下がった。常人であれば耐えられない痛みを、しかしなよはそれでも無視して君麻呂へと迫る。

 

 君麻呂は何とかなよを近付けまいと餓叉髑髏の左腕を払った。

 その巨腕は地を抉り、木々を薙ぎ倒しながらなよの行く手を阻む。

 

 しかしなよは大きく飛び上がり、餓叉髑髏の左腕を越え、まっしぐらに君麻呂の元へと飛び込んだ。

 左右の腕を掻い潜り、後は無防備な胴だけ。なよの左手に持つ禍々しいまでに変色した黒骨が君麻呂の防御を破れば彼女の勝ちとなる。

 

 だが君麻呂はそこまで甘くなかった。彼の切り札たるその術は懐に入られただけで効力を失うなどというちゃちなものでは決してない。

 

「餓叉髑髏・地獄変 ―針―」

 

 君麻呂が呟いた瞬間、餓叉髑髏の胴回りから無数の鋭利な骨が飛び出した。

 それは愚かにも餓叉髑髏に近づいた者を絶命させる必死のカウンター。骨を自在に操る君麻呂にとって、餓叉髑髏からさらに骨を生やすなど造作のないことである。

 

 そしてなよは止まれない。

 右手に持つ黒骨の一撃に賭けていた彼女にとって、君麻呂の懐に潜り込むことこそが唯一の勝ち筋だったのだから。

 

 だが彼女はあきらめない。たとえ行く道が針の筵(はりのむしろ)であろうとも、むざむざと倒れるわけにはいかない。この戦いには最愛の弟の行く末がかかっているのだから。

 

 なよは空中で大きく右足で虚空を蹴り上げ、その勢いで体を回転させた。

 そして身を廻す彼女の周りに空気の流れが生じ、彼女の体内から黒色のチャクラが漏れ、黒い球を象った。

 

 それは日向の秘術"八卦掌・回天"。

 なよの放つそれは日向で口伝されるものと比べ魔性な気配を過分に含む有り様であった。

 

 しかして黒球と餓叉髑髏はぶつかり合う。

 日向に生まれ堕ちた異端の悪鬼と、かぐや一族で唯一生き残ってしまった希代の麒麟児。

 拮抗する両者の力は凄まじい衝撃と音を生み、周囲を襲う。地面は剥がれ、草木は千切れ飛ぶ。

 

 だがどんなに拮抗している力とて均衡は崩れる。

 程なくして、黒球は回転を緩め、術者たるなよが姿を現した。

 彼女の八卦掌・回天により君麻呂が骨鎧の隙間から生み出した骨はほとんど削り取られ、彼女を突き刺すことなく消え去っていた。

 そしてなよは右手に持つ黒骨を餓叉髑髏の胴に突き立てており、そこを中心に大きな罅を作っていた。

 

「凄まじい力だ。ここまでの刃を僕は見たことがない。だがそれでも僕の硬さを越えられなかった」

 

 なよの力は君麻呂の防御を崩せなかった。

 直後、なよの持つ黒骨が折れ粉々に砕けた。

 

「これで終わりだ。日向なよ」

 

 君麻呂は餓叉髑髏の右腕を引き寄せ、なよを圧し潰そうとする。

 渾身を込めた一撃を防がれた直後のなよでは受けることも避けることもできない。直撃すれば間違いなくなよは絶命するであろう。

 

 だがその瞬間、君麻呂の口から止め処もない程の血が溢れ出た。

 

「馬鹿な……」

 

 君麻呂が視線を下げるとそこには深々となよの手刀が刺さっていた。

 黒骨による一撃を防がれたなよは骨槍の一撃を受け関節が捻じ曲がっていたはずの左手にチャクラを纏わせ、罅生えた骨鎧を打ち砕いたのである。

 なよは回天の反動を利用し、無理矢理左手の関節を戻していたのであった。

 

「やっぱり私はどんなになっても日向の人間なのね」

 

 なよがそう呟くや、君麻呂はさらに血反吐をこぼす。

 勝負の決め手になったのは屍骨脈でも仙人モードでもなく、彼女の一族が得意とする柔拳。

 本来であれば君麻呂に柔拳は通じない。だが彼は餓叉髑髏にチャクラを集中させていたため自身の体そのものの守りが弱まっていた。

 故に自然チャクラで強化された柔拳を前に彼は抗えず、内臓をズタズタに掻き回された。

 

「さて、本来でしたらお互いの健闘を讃えあいたいところではありますが、生憎時間がありません。私もそろそろ限界ですし、()()()()も残っています。ですからひと思いに殺して差し上げます」

 

 崩壊する餓叉髑髏の中心で、なよは右手で一本の細く白い骨を握った。わずかなチャクラで作られた骨棒は今まで二人が創ってきたどの骨よりも脆かった。

 だがそれでも柔拳を流し込まれ、碌にチャクラも寝れない君麻呂を刺し殺すには十分な代物。

 

「では、さようなら――」

 

 だがなよが骨棒を君麻呂に突き刺そうとした瞬間、彼女の体は粘着質な糸で拘束された。

 

 ――忍法・蜘蛛縛りの術

 

 それはなよと君麻呂から二十メートル程離れた茂みに潜んでいた音の忍の一人、鬼童丸が放った蜘蛛糸による拘束術。

 

 彼ら四人の音の忍は自身の主から特別扱いされる君麻呂をよくは思っていない。

 だがここで彼を見捨てる程愚かではない。

 確かに彼らは幾度も君麻呂が邪魔でしかたがなかった。だが彼の実力を知る故に彼が誰よりも音隠れの里にとって、そして主である大蛇丸にとって重要な存在であるか知っていた。

 

「右近!」

 

 鬼童丸の声に合わせ、左近の片割れ右近が君麻呂を回収した。

 手刀を喰らった君麻呂の腹部からは大量の血が流れていたものの、まだ処置の余地はあった。幸いにも彼らは増血丸をいくつも携行していた。

 

 そして警戒すべきなよは鬼童丸の糸に絡まり、上手く身動きをとれずにいた。

 だが当然のように彼女のもとには誰も近付かない。今までの鬼のような戦いぶりを見ていた者ならば、その拘束とて単なる時間稼ぎにしかならないことは明白であった。

 

 故に彼らがとる手段は撤退。

 なよに対抗できる唯一の存在であった君麻呂が戦闘不能になってしまったのだから当然だろう。もちろんなよとて疲労困憊ではあったが、それでも残りのメンバーで勝てる相手ではなかった。

 

「お前ら、離脱するぞ!」

 

 なよから離れるように駆ける右近の後ろに多由也と次郎坊が続く。

 右近の分裂体であり、弟である左近はなよに殺されたため彼らの隊列には加わらない。

 そしてもう一人、なよに隙を作った鬼童丸の姿もなかった

 

「鬼童丸! 早く来い!」

 

 右近は振り返り、ともに来ない鬼童丸を呼ぼうとした。

 だが右近が目にしたのは額に骨棒が刺さり、力なく倒れ伏す鬼童丸の姿だった。

 視界を鬼童丸の蜘蛛糸により封じられていたなよであったが、鬼童丸が右近に指示を出した直後、彼の声に反応して手に持っていた骨棒を投擲したのだ。

 

「畜生が!」

 

 右近は悔しさを叫ぶ。残りの音忍も同様だ。

 だが彼らは戻らない。彼らがやるべき使命は生きて君麻呂を連れ帰り、大蛇丸にここで何が起こったのかを事細かに報告することなのだから。

 

 そんな彼らの後ろでは拘束を解いたなよが何もせずただ小さくなる彼らの影を眺めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 音の忍が撤退してしばらく、なよは近くにあった倒木に腰を下ろした。

 彼女の息は荒く、顔は青褪めていた。 

 

 無理もない。

 なよは今までにない程の長く苛烈な戦闘に身を置いていたのである。それに体に負担がかかる屍骨脈や仙人モードを多用していた。

 むしろ途中で倒れずに戦えていたこと自体が奇跡的であったのである。

 これも弟を思うばかりの気持ちがあった故に成し遂げられたのであろう。

 

 するとなよは額から血を流し息も絶えた鬼童丸のもとへ歩く。

 

「しかしあなたにしてやられるとは思いもしませんでしたよ」

 

 なよは鬼童丸の前でしゃがみ込み、その顔を覗いた。彼の死に顔はまるで勝負事に勝ったかのように安らかに薄い笑みを浮かべていた。

 

 なよはあの時、逃げる彼らを追わなかった。正確に言うのなら追うことができなかった。

 確かに彼女は君麻呂との戦いで疲弊していたが、それでも彼らを後ろから強襲したり、骨矢を飛ばして串刺しにすることはできたかもしれない。

 

 しかしあの時、鬼童丸は大声を上げ、自身の居場所を示した。

 視界を封じられていたなよは彼だけに注意が向いてしまった。そしてなよが鬼童丸を殺す隙に彼らは早々と撤退してしまった。

 

 恐らく鬼童丸が大声でなよの注意を惹いたのは彼の独断でやったのだろう。普段であればハンドサインなり、彼らが用いる合図で指示を出していたはずだ。

 そこまでしてこの少年は仲間を逃がし、主のもとに情報を届けたかったのだ。

 

「忍は何とも因果な者たちですね」

 

 なよはぽつりとつぶやく。

 恐らくなよと戦った君麻呂という少年は生還するだろうし、なよの情報は一挙動も漏れずに大蛇丸に伝わるであろう。

 そして彼女の特異性を知れば、その魔の手は遅からず弟のネジにも伸びてしまうかもしれない。

 

 だがなよはそれはそれで構わないと思った。

 確かに彼らは脅威であったが、きっとネジなら彼らを乗り越えられるはずであろう。

 何せネジは自分の誇るべき最愛の弟なのだから。

 

「少し、疲れましたね」

 

 なよは息を吐き、再び倒木に戻って体を預けた。

 そして瞼を閉じ、意識を次第にまどろみの中に沈めた。




・上(風の国)や厳しい環境に苦しめられながらも発展を目指す砂隠れの里。それだけで一本の物語ができそう
・なよちゃんのチャクラは真っ黒ですが、彼女は清純派系美少女です

▽オリジナル技
”屍骨脈・餓叉髑髏”
かぐや一族版の須佐能乎。あの大蛇丸さんの元で君麻呂くんが元気ならこれくらいやるやろ! の精神で作った術。
須佐能乎より硬さと質量を持つが、逆に機動力と柔軟性に欠ける。
図体でかいし小回りが利かなそうと某狩りゲーの如く張り付こうものなら串刺しにされて即死する。


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十五話 再開

久しぶりの更新ですが、今回はほのぼの回。


中忍試験第三試験本戦まで残り一週間となった頃、本戦進出者であるネジの住まう故日向ヒザシ邸に一台の駕籠(かご)が立ち寄った。

 

「姉上!」

 

 駕籠を見かけるや、現家主の日向ネジが飛びつくように駆けだした。

 

「久しぶりね、ネジ。十年ぶりかしら」

 

 駕籠から降りてきたのはネジの姉日向なよ。

 本来であれば彼女は木の葉から遠く離れた地に幽閉されているはずである。

 日向宗家傍系の血を継ぐ身でありながら白眼を持たず、唯一の庇護者であった父ヒザシを亡くしたなよは一族から冷遇されていた。さらにはその身に宿す異常性から里から遠くに隔離されたのである。

 しかし彼女の弟ネジが難関として知られる中忍試験第三戦まで登り詰めたことにより、ヒアシは特別になよの招致を許したのであった。

 

「姉上こそ壮健なようで何よりです。ハナさんが亡くなられてからお一人で暮らしていると聞いて心配で心配で……」

 

「大丈夫よ。辛いことも多くあったけれども、何とかやっていけているわ。それよりもネジ、本当にあなた大きくなったわね」

 

 なよは無邪気にネジの頭に手を伸ばした。

 ネジの背丈は百六十センチ程。同年代と比較するとやや低いくらいではあったが、百五十程のなよよりも顔半分大きい。

 

 そしてなよの顔が近づいたことでネジは少しドキリとしてしまった。

 なよの齢は十七。痩せ気味ではあるものの、女性らしい柔らかさや丸みを持っている。髪はネジと同じ黒い長髪であるが、髪質はよりさらりとしていて(つや)やかである。

 最後に見たのがなよが七歳の時であったとは言え、ここまで大人っぽくなっているとはネジは思ってもいなかった。

 

「姉上こそ美しくなられました。十年という時間は早いものです」

 

 しかし、そんな姉の成長を見て、ネジは心に哀しみの感情が生まれた。

 なよは幼年から思春期にかけて人里離れたところで一人で暮らすことを余儀なくされた。その間は深い友人や恋人を作るという人として当たり前の経験もできなかっただろう。そしてその時間はもう戻らないのである。

 

 ネジがそうふと思ってしまった時、なよの手がネジの額当てをずらして額を優しく撫でた。なよもネジと同じく悲し気な表情をしていた。そこには分家を縛る象徴とも言える呪印が刻まれていた。

 

「ネジ、ごめんなさい。そしてありがとう」

 

 途端、ネジの目から止め処もなく涙が溢れた。

 結局は、ネジもなよも同じなのである。この十年間、彼らは一族に振り回されて大切なものを多く失ったのだ。ネジは尊厳と敬愛する姉を。なよは温もりと最愛の弟を。

 

 ネジは袖で涙を拭う。

 しかしこれからは違うのだ。これからの未来は自分たちが切り開く。どんな困難が迫ろうとも自身たちで乗り越えるのである。

 そのためにも中忍試験に合格しなければならない。そして一刻も早く一族から認められ、なよを取り戻すのである。

 

「それにしても久しぶりね、この屋敷も。私が出た時から何一つ変わっていないように見えるわ」

 

「ここは俺と姉上の思い出ですから。姉上が戻って来てようやく時が動き始めるのです」

 

「そうね……。その通りだわ、ネジ」

 

 

 

 

 

 なよが木の葉に着いた翌々日、なよは日向家当主のヒアシに呼ばれてヒアシ邸を訪ねた。

 なよがまだ木の葉にいた頃は大して距離も離れていない屋敷間を移動するにも駕籠を用いていたものだが、虚弱な身と言えど成長したなよは問題なく通うことができた。

 直前までネジが彼女の付き添いで同伴しようとしていたことは言うまでもない。

 

 着いて早々、客間に通されたなよは広い庭園をしみじみと眺めた。

 なよがヒアシ邸に住んでいたのは二週間ほど。しかしヒザシ邸に次いでここは彼女にとって思い出深い場所でもあった。

 彼女はここで宗家の娘ヒナタの代わりに攫われ、賊を殺し、愛する家族と離れ離れになったのだから。

 

「お久しぶりですね、ヒナタ様」

 

 なよはゆっくりと振り向いた。

 彼女の視線の先には日向ヒナタが襖に隠れながらなよを覗いていた。

 

「お、お久しぶりです……。なよ姉さんですよね?」

 

 まさか気づかれているとは思わず、ヒナタは声が不意にも裏返った。

 そんな様子をなよは暖かく微笑んだ。

 

「よくお気づきになりましたね。最後にお会いしたのはヒナタ様が今の半分の背丈もないくらいでしたのに」

 

「はい……。本当に小さい頃でしたのでその当時の記憶はあまりありませんが、なよ姉さんといた記憶はよく覚えています。なよ姉さんはよくあそこで庭を眺めていましたよね」

 

 ヒナタは日の当たる縁側を指さした。

 なよがヒアシ邸にいた当時、よくヒナタと談笑していた場所だった。

 

「懐かしいわね。あの時のヒナタ様がこんなにも立派に成長されて何だか嬉しいわ」

 

「私なんかとても……。私もなよ姉さんがお元気そうで嬉しく思います。なよ姉さんは昔から体が弱いとお聞きしていたものですから、とても心配していました。」

 

「そうですね。けれども弱い体でも慣れてしまえば何とかなるものですよ。それに幼い頃にネジやヒナタ様に振り回されて鍛えられたのも大きかったのかもしれません」

 

「それはその……。あの時はなよ姉さんといられるのが嬉しくってついついというか……」

 

「ふふっ、冗談ですよ」

 

 

 なよがヒアシ邸にいた頃、なよはヒナタの少し年上の遊び相手として接していた。

 なよは同性というだけでなく、草花を愛でる穏やかな性格であったことからヒナタにえらく気に入られていた。

 そのため、ヒアシ邸で暮らしていた時はしょっちゅう一緒にいては、よく遊び、途中なよが疲れて倒れてしまうことがよくあったのだった。

 

「そういえばヒナタ様は中忍試験でネジと対戦したとお聞きしましたがお怪我は大丈夫でしたか?」

 

「ええ、散々に負けてしまいましたが、大きな怪我はありませんでした。私のことを考えて後に残るような技はされませんでした」

 

「そうですか。ネジは強かったですか?」

 

「はい、ネジ兄さんはとても強かったです。技も、心も。きっと中忍試験も勝ち上がってすぐにでも中忍になりますよ」

 

 ヒナタの父ヒアシは日向ネジのことを『日向の天秤』と称していた。自身の娘にさえ厳しいあの父が手放しで称える程の才能なのだ。

 だから彼ならばきっとすんなりと中忍になってしまうとヒナタは思った。

 

(ナルト君の第一試合目はネジ兄さんと……。ナルト君、大丈夫かな……)

 

 とは言うものの、想い人であるうずまきナルトがちょうど日向ネジと試合で当たるため、あまり手放しでネジのことを喜べないヒナタではある。 

 

「けど、ネジのことそう言ってくれて嬉しいです」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「こう言っては失礼ですが、宗家のヒナタ様のことをネジが恨んでいるやもと思っていましたから」

 

 なよとネジが引き離された原因は、宗家と分家の問題が根底にある。仮に分家が宗家の駒でしかない今の関係でなかったら、父ヒザシも死ぬことなく、姉弟は穏やかに過ごすことができただろう。

 それ故になよはネジが宗家のヒナタを恨んでいてもおかしくないと思っていた。

 

「そんなことないですよ。ネジ兄さんは優しくて強い方ですから」

 

「ふふっ、そうですね。けどもしネジが何かヒナタ様に意地悪するようでしたらいつでもおっしゃってくださいね。姉としてネジを叱ってあげますから」

 

「それは頼もしいですね」

 

 そうしてなよとヒナタが談笑していると、廊下から淀みのない滑らかな足音が室内に響いてきた。

 

「話している最中だったか。悪いがヒナタ、席を外してくれ」

 

 襖戸をピシャリと開けたのは、この屋敷の当主でありヒナタの父である日向ヒアシであった。

 

「……はい。わかりました、父上」

 

 ヒアシの言葉を受け、ヒナタは一礼をして部屋を後にした。

 そしてヒナタの足音が遠ざかるのを確認し、ヒアシは口を開いた。

 

「久しぶりだな、なよ。ちょうど十年ぶりといったところか」

 

「ご無沙汰しています、ヒアシ様」

 

「……今日ここにお前を呼んだのは一つ伝えたいことがあったからだ。聞いてくれるか?」

 

「随分と物々しいのですね。何でしょうか?」

 

 するとヒアシはなよの前で膝をつき、そして頭を床に押し付けた。

 

「すまなかった。ヒザシを死なせ、ネジから引き離し、お前を遠くの地へ追いやってしまった。本来であれば俺がどうにかしなければならなかった。苦労をかけた」

 

 ヒアシはなよにそう謝罪した。

 日向の宗家当主と分家の末端の少女、立場上ヒアシがなよに頭を下げるなどもっての他だろう。

 だが、ヒアシはなよに頭を下げたのだ。

 決して低頭してはならない立場であるものの、心の底からなよたち姉弟に救えなかったという罪悪感を抱いているのだろう。または、こうして彼女の前で懺悔しなければ、彼の良心がもたなかったのかもしれない。

 

 そんなヒアシの様子を見て、なよの心境は複雑であった。

 父を亡くし、弟と引き離された現状を考えれば、日向が下した判断は決して許せるものではない。

 ただ同時になよは知っている。宗家と分家の長年の因縁も。ヒアシがそれをどうにかして取り除こうと奮闘していたことも。なよが日向の人間から疎まれていたことも。そして自身の力が異質なものであることも――。

 

「頭を上げてください、ヒアシ様。私はヒアシ様には感謝しています。本来であれば勘当されるべきこの身を日向に(とど)めてくださいました」

 

 頭を上げたヒアシに、なよは笑ってみせた。

 

「それにこうして今回木の葉へ来る許可をくださいました。一時とはいえ、まさかこんなにも早く戻ってこれるとは思いもしませんでした。改めて感謝します」

 

「それに関しては感謝すべきなのは私ではない。これはネジの頑張りのおかげでだ。あの子は立派だ。お前に会おうと必死で努力してきた。だからこそ私も彼に報いたいと思った」

 

「ネジが……ですか」

 

 なよはしみじみとネジの顔を思い浮かべた。

 前に会った時はあんなにも小さくて子供らしかったのに、今では日向当主のヒアシにまで認められる域に届いているのだ。

 

 するとヒアシは思い出したかのようになよに尋ねた。

 

「そういえばしばらく前にダンゾウ様からお前の様子を尋ねられたことがあった。何か心当たりはないか?」

 

 それは里内の有力者が集まる定例会の際、なよが息災であるか尋ねられたのだ。

 例の雲隠れとの密約の際、ダンゾウも同席していたため、被害者であるなよを気遣うのは当たり前なのかもしれない。

 だがダンゾウはそのような甘いことをする忍ではない。ヒアシは当たり障りのない返答をして済ましたものの。直感的にダンゾウがなよの異質さに気づいたのではないかと勘繰った。

 そしてなよに対して何かしらのアプローチをしているのではないかと。

 

「ダンゾウ様? 申し訳ありませんが、そのような方は存じません。里のお偉い人でしょうか?」

 

 なよはダンゾウと二度会っていた。

 一度目は父ヒザシの命日に。二度目はうちはシスイの暗殺時に。だが前者は一目しか会っておらず、後者は相手の名など聞かなかったため、相手がダンゾウだと結びつかなかった。

 

「そうか……。それならばいい」

 

 なよの様子を見てヒアシは話を切り上げた。

 彼女の様子から嘘はついておらず、たとえ知らずに接触していたとしてもダンゾウに関する情報を得られないと判断したからだ。

 

「なよ、また中忍試験が終われば再びあの地へ戻ってもらうことになっている。俺が不甲斐ないばかりに申し訳ない」

 

「大丈夫ですよ、ヒアシ様。近いうちに必ずやネジが私を迎えに来てくれます。何て言ったって私の自慢の弟なのですから」

 

 

 

 

 

 

 なよが木の葉に滞在できるのは半月ばかり。

 ネジとしては常に彼女の傍にいたいと考えていたが、直に中忍試験が始まるためそうは言ってられなかった。

 中忍試験は彼がなよを迎えにいくために必要な第一歩。一時のために大義を忘れるわけにはいかないのである。

 

 そのためストイックにもネジは今日とて修行を行う。

 だがそんな折、なよがネジの修行を見たいと言い出した。

 ネジとしては正直あまり気の進むものではなかった。というのも、日頃ネジが修行を行う場所までは忍の足でもそれなりに離れている。加えて、修行では忍具や忍術も行うため見ているだけでも危ないのである。

 

 しかしそれでもなよは折れなかった。

 少しでも弟と一緒にいたいという単なるわがままである。

 そしてしがみついてでもついて行こうという気概にとうとうネジは負け、一緒に行くこととなった。

 

 ただ修行の足かせになるかと思われていたなよであったが、ネジの想定から外れて意外なほどに彼の修行の役に立った。

 忍ではないにも関わらず、ネジの動きに対して的確なアドバイスをしてくれるのである。

 なよ曰く、『小さい時はよくヒアシ様や父さまの体捌きを眺めていたし、何よりこういったことは客観的に見た方が違いがわかる』とのことだ。

 ネジは自身の師であるヒアシよりも指摘が細かいと不思議と思いつつ、動きを改善していったのだった。

 

 

 

 そうしていよいよ始まる中忍試験の前日。

 この日も、いや、いつにも増してネジは修行に明け暮れた。明日こそが本番だからである。

 そしてなよもいつもの如くそんな彼を遠くから見つめる。

 初日こそはネジに多くのアドバイスをした彼女だったが、日が進むにつれネジの動きがよりよくなり、助言をすることが減った。そのためか若干退屈そうな顔をしている。

 

 そして日が沈みかけた辺りか、なよがネジに話しかけた。

 

「ネジ、今日は先に戻っているわね」

 

「えっ、一人でですか!? それでしたら俺も帰りますよ」

 

「大丈夫よ。戻る道は覚えたし、それにネジはまだ続けたいでしょ?」 

 

 確かにネジはもう少しばかり修行を続けていたい。だが、それ以上になよが一人で帰るのに不安を感じた。

 過保護といってはそうだが、もうじき辺りは暗くなる。それに治安はいいとはいえ、人気の少ない道だ。

 

「心配しないで。これくらいだったら今まで暮らしていたところの方が危なかったわ。それに一人は慣れているから」

 

 姉にはやっぱり敵わないのか。結局ネジはなよに押し切られ、なよは一人で帰路へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 なよがネジと別れてからしばらく、なよの足取りは常人よりはゆっくりながらも自身の屋敷まで着くことができた。

 別れる前は夕暮れだった空も、今やすっかり暮れていた。

 

 なよはいつものように門をくぐる。

 だが、屋敷の様子はいつもと違っていた。

 普段だったら使用人が夕飯を作っている時間帯のはずなのに、屋内には灯すらついていない。

 

 ふと、なよは足元に視線を向けた。

 そこには今朝彼女たちに手を振って見送ったはずの使用人が、四肢をもがれて死んでいた。この世の恐怖を詰め込んだかのような悍ましい顔だった。

 

「あなたが日向なよちゃんね」

 

 なよが声のもとへ振り返ると二人の忍がいた。

 一人は眼鏡をかけた穏やかそうな青年、もう片方は不気味なほど肌白く、酷く殺気のこもった眼をしている異質な人間だった。




>幼年から思春期の間に深い友人や恋人を作るという人として当たり前の経験もできなかっただろう。そしてその時間はもう戻らないのである。
なんだか心が痛い……


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