俺が綾辻さんの彼氏か (杉山杉崎杉田)
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1話

ある日の嵐山隊作戦室。オペレーターの綾辻遥が不機嫌そうな顔でグミを食べていた。

 

「どうした綾辻?」

 

気になった、というより、嵐山が尋ねると、虚ろな目で答えた。

 

「……また彼氏と喧嘩しました」

 

「よくやるな、お前ら……」

 

呆れた表情を浮かべる嵐山。

 

「で、なんで喧嘩したんだ?」

 

「………デートに行ったんです。そしたら、その先でたまたま知ってる曲のライブやってて、『私も歌いたくなって来たなー』って呟いた直後に全力で止められました」

 

残念ながら、その彼氏の気持ちを理解できてしまった嵐山は苦笑いしか出なかった。

 

「……ま、まぁそう怒るなよ。それより、今度のボーダーの宣伝についてなんだが……」

 

「……嫌です。今は不機嫌です」

 

普段はキチンと仕事をする癖に、彼氏の事になると子供みたいに拗ねる。困ったねどうも……と、いった感じで嵐山が頬をぽりぽりと掻いていると、嵐山隊に直接連絡が入った。

 

『嵐山隊、聞こえるか』

 

忍田本部長の声だった。

 

「はい」

 

『近くで門発生したようだ。至急向かってくれ』

 

「場所は何処ですか?」

 

『三門市の中学校だ』

 

「了解」

 

「三門市……?」

 

綾辻が思わず声を漏らした。

 

「どうかしたのか?綾辻」

 

「いえ……」

 

嵐山に聞かれ、綾辻は口ごもる。自分の彼氏がそこにいるかも、とは言えなかった。

嵐山は時枝と木虎を連れて出撃した。

 

 

中学校。三雲修は、空閑遊真と空き教室にいた。

 

「いいか、空閑。僕にはお前が他の近界民と同じとは思えない。それに、昨日助けてもらった恩もある」

 

そう言う通り、修は遊真にバムスターに襲われたところを助けてもらっていた。

 

「でもお前が少しでも悪事を働いたら、その時は僕はお前を庇わないし、むしろ僕が通報するぞ!いいな!」

 

「ふむ」

 

少しも反省した様子なく、遊真は頷いた。

 

「ようするにあれだな。初めて会ったボーダーがオサムで俺は超ラッキーだったってことだな」

 

「なんだそりゃ……」

 

呆れたような声を修が出した時、窓の外にポッと黒い穴が出現した。それがバチッバチッと黒い稲妻のようなものを帯びて広がっていく。

 

「っ⁉︎」

 

『緊急警報、緊急警報。門が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難して下さい』

 

門から二匹のモールモッドが姿を現した。

 

『繰り返します。市民の皆様は直ちに避難してください』

 

ズンッと空中から地面に着地するモールモッド。その様子を教室の窓から見ていた修は叫んだ。

 

「警戒区域の外に近界民が……⁉︎どうなってるんだ⁉︎」

 

「モールモッド二匹か」

 

外では先生の指示で地下室へ避難していた。修と遊真は慌てて外に出て、モールモッドの様子を見に行った。

直後、派手に校舎をぶち壊す轟音が響き、その後に悲鳴が聴こえて来る。

 

「どうするオサム?」

 

「決まってるだろ。近界民を食い止める!」

 

 

南館のトイレ。一人の男子生徒が便器に跨って用を足していた。

 

(………なんか騒がしいな)

 

外でモールモッドによる襲撃で大騒ぎになっているにも関わらず、まったく無関心にボンヤリしていた。

ポチャンという音が響く。便が便器の中の水に着水した音だ。直後、カラカラカラッと紙を取って肛門を拭く。

 

(もう少しで休み時間終わりだ)

 

手を洗ってトイレを出た。

 

 

廊下。生徒を逃した修の胴体に、モールモッドの前足が突き刺さった。

 

「〜〜〜ッ‼︎」

 

直後、大きくトリオンが漏れ出し、修の顔にヒビが入る。そして、ボンッと小さな爆発が起きた。

 

(変身が解けた……!)

 

生身の体に戻った修に、容赦なくモールモッドの刃が振り降ろされる。

 

(やられる……!)

 

ギュッと目を瞑った時、ガギンッと鈍い音が響いた。うっすらと目を開いたとき、修の目の前に立っていたのは、教室のドアを三重にして盾にしてる一人の男子生徒だった。

 

「………伊佐?」

 

「無事?三雲くん」

 

同じクラスメイトで、さっきまで脱糞してた伊佐だった。伊佐は三重のドアの下から抜け出して、モールモッドのバランスを一瞬崩すと、修の手を引いて退がった。

 

「三雲くん、逃げるよ」

 

「ま、待て!僕達がここで逃げたら他の生徒達はどうなる⁉︎」

 

「ここで逃げなかったら三雲くんはどうなる?」

 

「………!」

 

そう短く論破すると、伊佐は階段を上がる。途中、つい最近転校してきた白髪とすれ違った。

 

「あっ、オサム」

 

「空閑……⁉︎避難してろって言ったろ!」

 

「だってお前やられてんじゃん」

 

「三雲くん、誰?」

 

「今この状況で聞くことか⁉︎」

 

「これはこれは。初めまして。空閑遊真です」

 

「ご丁寧にどうも。俺は伊佐賢介です。よろしく」

 

「お前ら呑気か⁉︎」

 

ツッコミを入れる修。そして、3人は最上階の一番端の教室に逃げ込んだ。

 

「ふぅ……危なかったね」

 

「でも、どうするんだ。このままここにいると生徒達があぶない」

 

「俺が手を貸そうか?」

 

「ダメだ空閑。それじゃお前のことがボーダーに……!」

 

「? なんで空閑くんが助けようとするとボーダーに捕まるの?」

 

伊佐の一言に、しまったという顔をする修。遊真が近界民だということは秘密だ。

 

「それより、まずはあのモールモッドをどうにかする。空閑と伊佐は逃げろ」

 

「って、三雲くん一人で行く気なの?」

 

「当たり前だ。僕はボーダーだ。一般人を巻き込むわけにはいかない」

 

「いやいやいや、オサム。さっきはケンスケが助けてくれたから良かったけど、今度こそ死ぬぞ?」

 

空閑に言われ、反論できなくなる修。

 

「それでも、誰かがやらなきゃいけないだろ」

 

そう言い返すと、遊真は難しい顔をして黙り込んだ。すると、伊佐が口を開いた。

 

「一応、なんとか出来る方法はあるかもしれない」

 

「何?」

 

修と遊真が食いついた。

 

「どういう事だ?」

 

「けど、確証がない。三雲くん、あの近界民のこと教えてくれない?」

 

「………奴はモールモッド。戦闘用のトリオン兵だ。武器はあの脚の鎌。見れば分かると思うけど、校舎をブッ壊すほどの威力だ」

 

「………武器はそれだけ?」

 

「え?た、多分」

 

すると、顎に手を当てて少し考えた後、ニヤリと笑った。

 

「………うん。いけそう。だけどやるなら注意が二つある」

 

伊佐は人差し指を立てた。

 

「まず一つ、これは成功確率は100%じゃない。いいとこ80%かな。でも、誰か一人でも欠けたら無理だ。今から怖くなって逃げ出したいなら、今申し出て」

 

二人とも黙り込んだ。逃げたいという者がいないと取った伊佐は、中指を立てた。

 

「二つ目、最悪の場合、成功しても二人死ぬ」

 

「なっ……⁉︎」

 

声を上げたのは修だった。

 

「落ち着いて、最悪の場合は、だから。一つ目の注意をもう一度するけど、抜けたい者は、今言って」

 

「…………」

 

「…………」

 

再び沈黙。脱退者無しと受け取った伊佐は、説明を始めた。

 

 

三人は三つに分かれた。遊真と修はグラウンドに立ち、伊佐は二階の教室に入った。後ろからはモールモッドが追いかけて来ている。

 

「来た……!」

 

あらかじめ用意しておいた、教室のドア三重を構えた。モールモッドは思いっきり伊佐に突進し、前脚のブレードで突きを放って来た。

教室のドアシールドで全力でガードする。だが、トリオン体でもないのに抑えられるはずもなく、思いっきり壁を突き破り、ベランダの外に投げ出された。

 

「ッ‼︎」

 

血を吐き出しながらベランダから落下する伊佐。

 

「オサム」

 

「分かってる!」

 

その伊佐をキャッチしに向かう修。そして、モールモッドはブレードに三重のドアを突き刺したまま落下する。

 

「………おお、ほんとに回転しながら落ちてる」

 

ドアが刺さったブレードは、当然重くなるため、そこが落下中のモールモッドの一番下になり落下。そして、伊佐の読み通り、地面にモールモッドはひっくり返った。

 

「ここからは、俺の仕事だな」

 

そう言うと、遊真は準備しておいたハードル競争のハードルの上の部分を取り出した。

それでひっくり返ったモールモッドの脚を全て地面に固定し、完全に固定させた。

 

「………ふぅ、これでお終い」

 

パンパンと手を払う遊真。

 

「空閑、終わったか?」

 

「そこでワサワサ動いてるよ」

 

空閑の指差す先には、動きを封じられたモールモッドがゴキブリのように両腕をワサワサしていた。

 

「作戦、完了だね」

 

「伊佐、喋るな!」

 

壁に叩き付けられ、背中を強打した伊佐は、今は一人では立てない状態で、修の足元で寝転がっている。

 

「空閑、救急車は呼べるか?」

 

「キュウキュウシャ?」

 

「だよな。クソッ……まだモールモッドがもう一匹いるっていうのに……!」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「も、もう一匹いるの?」

 

「え、うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

直後、ドゴォッという轟音と共にもう一匹のモールモッドが出て来た。

 

「! や、ヤバイ……!」

 

「逃げて、二人とも」

 

「無理だ!追い付かれる!」

 

今度こそ終わりだ、と修が思った時、もう一匹のモールモッドに弾丸が降り注いだ。

嵐山隊が突撃銃を構えて立っていた。

 

「嵐山隊、現着した」

 

「………今ので終わりですか?」

 

嵐山の他に、時枝と木虎が立っている。3人とも、捕獲されたモールモッドを見た。

 

「! これは……」

 

近くに立っているのは男子二人と寝転がってる男子一人。そこへ嵐山達は慌てて駆け寄った。

 

「! 彼は大丈夫なのか?」

 

「怪我をしています。救急車を……!」

 

「分かった。充、頼む」

 

「了解」

 

時枝が携帯を取り出し、嵐山は捕獲されているモールモッドの方を見た。

 

「………これは、君達がやったのか?」

 

「はい。C級隊員の三雲修です。同級生の伊佐賢介の作戦に乗りました」

 

言うと、修は倒れている伊佐を指した。

 

「C級……?」

 

モールモッドを再び見た。教室のドアとハードルで固定されている。

 

「………どんな手を使ったんだ?」

 

「それは……」

 

説明しようと修が口を開きかけた時、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 

「………まぁ、話は後で聞くさ。とにかく、よくやってくれた。犠牲者を出さずに済んだのは君達のお陰だ」

 

「い、いえ」

 

「いえいえ」

 

修と遊真が緩い感じで手を振った。

 

「話は後で聞かせてくれ」

 

そう言うと、残りの後処理があるのか、嵐山は木虎と共にその場を去った。

 

 



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2話

 

 

伊佐が目を覚ますと、病室だった。寝惚けた表情であたりを見回す。時計は17:30を指していた。

 

(………結構寝てたな)

 

起き上がると、病室には誰もいなかった。

 

(……友達がいないのも考えものだな)

 

そう呟いた直後、ガララッと病室の扉が開いた。入って来たのは修と遊真。

 

「あ、三雲くんと空閑くん」

 

「目、覚ましたのか。良かった」

 

「うん」

 

無表情で伊佐は頷いた。

 

「伊佐、ありがとう。お前のお陰で助かった」

 

「いいよ。そもそもあの作戦は三雲くんと空閑くんだったから実行出来たんだから、礼を言うのは俺の方だ」

 

「いやいや、俺からもお礼を言うぞ、ケンスケ」

 

遊真は割と本気でお礼を言った。自分がトリガーを使わずに済んだのは伊佐のお陰でもあった。

 

「でも、おれもまだまだ甘かったよ。出て来た敵の数が一匹だと思い込んでたから」

 

「それは、僕がちゃんと敵の数を教えなかったから……」

 

言いかけた修の台詞を遮って、伊佐は首を横に振った。

 

「指揮官として、相手の数を把握しないで勝手に思い込んだ時点で、俺の負けだ」

 

「………なんか、軍人みたいな考え方だな」

 

遊真が呟いた。

 

「まぁね。いつもやってるオンゲの指揮官やってるからね俺」

 

「オンゲ……?」

 

「オンラインゲームの略だよ。知らないの?」

 

「知らない」

 

「ま、まぁとにかく、」

 

と、修が話を打ち切る。鞄の中からビニール袋を出した。

 

「これ、お見舞いだ」

 

渡されたのはりんご2個だった。まぁ中学生の財力を考えれば妥当だろう。

 

「ありがとう」

 

「じゃあまた学校でな」

 

修と遊真が帰ろうとした時、またいいタイミングでドアが開いた。立っていたのは嵐山と木虎と時枝だ。

 

「あ、どうも」

 

「やぁ、大丈夫か?」

 

「はい。お陰様で」

 

「俺は嵐山隊隊長、嵐山准だ。こっちの二人は俺の隊員の時枝充と木虎藍」

 

紹介されて、二人は頭を下げた。

 

「じゃあ、今日どうやってモールモッドを捉えたか教えてくれるか?」

 

〜回想シーン〜

 

「それで、どうやってモールモッドを倒すんだ?」

 

修が聞くと、伊佐は落ち着いた様子で答える。

 

「倒すのは無理だよ。僕達には奴にダメージを与えられる攻撃手段がない」

 

「じゃあどうすんの?」

 

今度、 聞いたのは遊真だ。

 

「ボーダーが来るまでの間、戦闘不能にさせる。その方法を今から説明する」

 

伊佐はモールモッドの簡単な絵を教室の床に書いた。

 

「こいつの形態は胴体一つに足が4本付いてる虫のような形をしてる。その足の稼動範囲は分からないけど、全ての足に付いてる以上は何処から攻撃しても生身の人間が直接攻撃をするには危険過ぎる」

 

「それで?」

 

「だから、ひっくり返すんだ」

 

「!」

 

修も遊真も若干驚いたように眉を吊り上げた。

 

「ゴキブリとかカブトムシをひっくり返すと、しばらくは何も出来なくなるでしょ。それと同じ状況にする。その後は、陸上のハードルの上の部分を使って脚を地面に固定すればいい」

 

「でも、どうやってひっくり返すんだ?相手は戦闘用のトリオン兵だぞ?」

 

「二階から落とすんだよ。その為に重しを使う」

 

「重し?」

 

「さっき試したけど、モールモッドの攻撃は教室の扉を三重にして頑張ればなんとか防げる威力だった。だからもう一度、ドアを使う。モールモッドの一撃をガードし、ドアを貫通させる。そのままの勢いで二階からモールモッドを落とす。ドアを貫通させて二階から落とすことによって、ドアから地面に落下するはずだ。これでモールモッドをひっくり返す」

 

「…………」

 

二人とも黙って聞いている。

 

「そのために役割を三つに分ける。まずはドアでモールモッドを誘き出す役、これは俺がやる。で、俺を下でキャッチする役、最後に、ハードルでモールモッドの動きを封じる役、この三つだ」

 

「なら、ハードルで動きを封じるのは俺がやる」

 

そう言ったのは遊真だった。

 

「その役、かなり力がいるんだろ?だったら、俺しかいない」

 

「じゃあ、三雲くんは僕をキャッチして」

 

「分かった」

 

「いい?この作戦にセカンドプランなんて都合の良いものはない。成功率は高くて80%の上に失敗したらお終いだ。気を抜くなよ」

 

「「了解!」」

 

〜回想終了〜

 

「と、いうわけです」

 

「中々、行き当たりばったりでもあったんだな。随分と無茶をしたもんだよ」

 

呆れたように声を出す嵐山。それはそうだろう。

 

「本来ならあなた達は逃げるべきだったのよ」

 

木虎も追い打ちをかける。

 

「私達が到着するまで逃げていればよかったのよ」

 

「それでは多くの生徒が死んでいました。誰かがやらなければならない状況でした」

 

ピタリと言い返す伊佐に、ピクッと眉を釣り上げる木虎。だが、別に言い返したりはしなかった。

 

「まぁ、とにかくそういうことなら分かったよ。お大事にな」

 

「はい」

 

嵐山はそう言うと、病室から出て行った。続いて、修と遊真も。

この時、伊佐は知らなかった。これがキッカケで、自分がボーダーに入る事になる事を。

 

 

「ケンくん!」

 

せっかくこの話を終わろうとしてたところで、ドアが大きく開かれた。完全に気を抜いてたからか、伊佐もビクッとした。

現れたのは綾辻遥だ。

 

「あ、ハルちゃん」

 

「何やってんの⁉︎モールモッドと生身で戦ったって⁉︎バカじゃないの⁉︎」

 

「酷い言い様だね音痴。馬鹿だったら勝ててないよ」

 

「また減らず口叩いて……!全くほんとにやめてよそういう無茶!あと音痴言うな!」

 

「だって音痴じゃん。まだウグイスの方が歌上手いじゃん」

 

「言い過ぎだよ!まったく……!」

 

ズンズンとベッドに近寄り、伊佐の手を握る綾辻。

 

「ほんとに心配したんだから……!」

 

「……………」

 

伊佐は黙り込んだ。心なしか、綾辻の声は震えていた。が、すぐに口を開いた。

 

「まぁ、次から気を付けるよ。泣き虫音痴」

 

「うるさい。音痴言うな」

 

 



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3話

 

 

翌日、伊佐は退院した。元々、身体だけはヤケに頑丈なので、特に医者の判断に不振などはなかった。

だが、今日は学校は休み。病院を出て自分の家に向かった。その途中、前から男が一人歩いてきていた。

 

「よう」

 

「………あ、俺のこと?」

 

「お前だよ」

 

その男は前髪を上げておでこを出している嵐山のようなヘアスタイルに、ゴーグルを首からぶら下げた男だった。

 

「どうも。ボーダーの迅悠一です」

 

「俺は伊佐賢介です。何かご用ですか?」

 

「君だよな。トリガーを無しでモールモッドを捕獲したってのは。ボーダーじゃその噂でもちきりだぜ」

 

「僕の力だけではありません」

 

「そこでだ。俺はお前に色々と才能があると見たわけなんだが、どうだ。うちに来ないか?」

 

「お断りします」

 

「うわあい、即決。話だけでも聞いてくれよ」

 

「まず第一に、あなたがボーダーの人間である証拠がない」

 

(…………意外と用心深いな。ますますボーダー隊員向きだ)

 

「早く俺の前から消えてください。防犯ブザー鳴らしますよ」

 

(しかも防犯アイテムが可愛い)

 

思わずニマニマしたくなる可愛さをなんとか抑えつつ、迅は続けた。

 

「うーん……証拠、と言われてもなぁ。この服、一応ボーダーの服なんだけど……」

 

「外見だけのものはどうやってでも偽装できるでしょう」

 

「そうなるよなぁ……。あっ、じゃあこれでどうだ」

 

言うと、迅は黒いトリガーを取り出した。

 

「風刃、起動」

 

そのトリガーからは刀身が出て来て、尻尾のようなものが11本生えている。

 

「分かりました、信用しましょう」

 

「えらく素直だな今度は」

 

「意地張っても仕方ありませんから」

 

「じゃあ、詳しい話するから、少しうちに来ない?」

 

「うち、というのは、ボーダー本部のことですか?」

 

「うんにゃ、ボーダーの玉狛支部にだよ」

 

「………誘拐じゃないでしょうね。防犯ブザー鳴らしますよ」

 

「違うから、でもその前に少しだけ付き合ってくれ」

 

「はい?」

 

「実は俺は今から少し任務でさぁ、昨日、伊佐くんの学校に現れたっていうイレギュラー門の原因を調べなきゃいけないわけよ」

 

「いいですけど……手短にお願いしますよ。今日は彼女が僕の家に泊まるんですから」

 

「うっほい、彼女いんの?泊まるってなんで?」

 

「退院した直後だから、面倒見てあげるって幼馴染系ヒロインみたいなこと言い出したんですよ」

 

「ははっ、良い子じゃないか。大事にしてや……」

 

と、言いかけたところで迅の口からは開いたまま何も出てこなかった。

 

「…………マジ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いやなんでもない!なんでもないぞ、さて、行こうか」

 

そう言いつつも、迅は心の中で本部で綾辻にセクハラは控えようと心に決めた。

 

 

迅が向かった先は警戒区域内だった。

 

「あの、一般人は入っちゃいけないんじゃないんですか?」

 

「どうせもうすぐ一般人じゃなくなるんだからいいんだよ」

 

テキトーな人だな……と思いつつも迅の後に続く。目的地に到着して、その場にいたのは、伊佐にとって見覚えのある顔だった。

 

「三雲くんと空閑くん……?」

 

「! 伊佐……!なんでここに?」

 

先に気がついた修が迅を見て目を見開いた。

 

「あなたは……!」

 

「おお、メガネくん。久し振りだな」

 

「知り合いですか?」

 

「まぁ、少しな。それより、お二人はここで何を?ここ、警戒区域だぜ?メガネくんはともかく、そっちの白いのはここに来たら……」

 

と、言いかけた所でまた迅の口は止まり、別のことを聞いた。

 

「お前、向こうの世界から来たのか?」

 

直後、修と伊佐は「⁉︎」みたいな反応をし、遊真はいつでも応戦できるように身構えた。その遊真に迅さんは言った。

 

「待った待った!俺はお前を捉える気も倒す気もないよ!俺は向こうに何回か行ったことがあるし、近界民にいいやつがいることも知ってるよ。ただ俺の副作用がそう言ったから、聞いてみただけだ」

 

そう言うと、迅は改めて自己紹介した。

 

「俺は迅悠一、よろしく!」

 

「俺は空閑遊真。背は低いけど15歳だよ」

 

「待った」

 

口を挟んだのは伊佐だった。

 

「空閑くん、近界民だったの?」

 

「うん。そうだけど」

 

「……………」

 

直後、伊佐の表情は変わった。真顔になった。それにゾクッとしたのか、遊真は再び心の中で身構え、修はなんとかごまかそうと言い訳を頭の中で巡らせた。

だが、伊佐から返ってきたのはまったく別の言葉だった。

 

「ありがとう。俺の両親をブッ殺してくれて」

 

「「「…………はっ?」」」

 

3人からマヌケな声が出る。

 

「うち、両親が頭のおかしい家族だったからさ。虐待が多かったんだよ。そんな時に、俺が家にいない間に近界民が家ごと親を消してくれて、本当に助かった」

 

その言葉に嘘はなかった。それは遊真と本人にしか分からない事だったが、遊真も嘘だとは思わなかった。

 

「ま、その話はいいや。で、迅さん。ここに来た理由は?」

 

「あ、ああ。実はついさっきなんだが、伊佐くんの顔を見たときに、伊佐くんとメガネくんと遊真がここで何かしてる未来が見えたんだ。多分、それがイレギュラー門の元っぽかったからここに来たんだ」

 

「未来が見えた?頭大丈夫?」

 

「いやマジでマジで。俺には未来視の副作用があるんだ」

 

まず、副作用がなんだか知らない伊佐にとってはほんとに何言ってるのか分からない台詞だったが、別に嘘でも本当でも良かったので聞き流した。

 

「で、その原因は分かったんですか?」

 

「ああ、原因はこいつだった」

 

答えたのは遊真だった。遊真の手には小さいトリオン兵が摘まれていた。

 

「! なんだこいつは……⁉︎」

 

声を漏らしたのは修。そして、その質問には遊真からニュルッと出てきた小さな何かが答えた。

 

『詳しくは私が説明しよう。初めまして、ジン、ケンスケ。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』

 

修には挨拶しなかったところを見ると、すでに知っていたようだ。

 

『これは隠密偵察用の小型トリオン兵「ラッド」ただし、門発生装置を備えた改造型のようだ。現場を調べたところ、バムスターの腹部に複数格納されていてらしい。ラッドはバムスターから分離した後、地中に隠れ、周囲に人がいなくなってから移動を始めたらしい』

 

「つまり、そのラッドを倒せば……」

 

「いや〜……キツイと思うぞ」

 

修の台詞を遊真が否定する。レプリカが再び説明を始めた。

 

『ラッドは攻撃力を持たない、いわゆる雑魚だが、その数は膨大だ。今探知できるだけでも数千体はいる』

 

「数千……⁉︎」

 

「全部殺そうと思ったら、何十日も掛かりそうだな」

 

修も遊真も顎に手を当てたが、そこに迅が口を挟んだ。

 

「いや、メチャクチャ助かった。ここからはボーダーの仕事だな」

 

そう言うと、不敵に笑った。

その後、ボーダーのC級隊員も含めた全勢力で、ラッドの駆除が始まった。

 

 




全然、綾辻さんが出ねぇ……。次の話か次の次では必ず出します


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4話

芸術に料理が含まれるかは微妙ですが、含まれると思って下さい


 

 

ラッドの駆除が終わった。そのラッドを探すのに付き合わされた伊佐は不機嫌そうな顔な顔でベンチに座り込んでいた。その横に修と遊真が座ってると、迅が3人に言った。

 

「いやー助かったぜ3人とも。悪いな」

 

「ほんとですよ」

 

ブスッとした顔で言うのは伊佐だ。

 

「俺はボーダー隊員でもなんでもないってのに……」

 

「悪かったよ」

 

「しかしホントに間に合うとは……。やはり数の力は膨大だな」

 

「何言ってんだ」

 

遊真が近くのラッドの死骸を眺めながら言うと、その頭を撫でながら迅が言った。

 

「間に合ったのはお前とレプリカ先生のおかげだよ。お前がボーダー隊員じゃないのが残念だ。表彰もののお手柄だぞ」

 

「ほう。じゃあその手柄はオサムにつけといてよ。そのうち返してもらうから」

 

「えっ」

 

「あーそれいいかもな。メガネくんにつけとけば、クビ取り消しとB級昇進は間違いない」

 

「ま、待って下さい!僕何にもしてないですよ⁉︎」

 

「十分してると思うよ。三雲くんがいなかったら、俺と三雲くんはモールモッドに狩られて、ボーダーは空閑くんの力を借りれなかった」

 

「そんな無理矢理な……」

 

「パワーアップできるときにしといたほうがいいよ。拾ったiTunes Cardでも使えれば戦力倍増できる」

 

「いやその例えはどうかと思うが、俺もそう思うぞ」

 

伊佐の意見に賛同したのは迅だ。

 

「それにたしかメガネくんは、助けたい子がいるから、ボーダーに入ったんじゃなかったっけ?」

 

「………」

 

そう言われてしまえば、修も頷くしかない。

 

「じゃ、決まりだな。とりあえずメガネくんと伊佐くんは俺について来い。遊真は、今日はここまでだな」

 

「ふむ、分かった。じゃあ二人とも、またな」

 

「ああ。じゃあな」

 

「またね」

 

遊真と別れた。

 

 

「じゃ、まずはメガネくんの昇進を終わらせるから、伊佐はここで待っててくれ」

 

「えっ」

 

そう言われて伊佐が残されたのはラウンジのような場所。機密保持がどうのとか言ってたくせにこんなあっさり一般人をこの中に入れてもいいのか、と思ってると、見覚えのある顔が近付いてきた。

 

「やぁ、伊佐くんか」

 

「! 嵐山さん?」

 

「どうしたんだ?こんな所で」

 

「迅って人に連れて来られて置いてかれたんです」

 

「……ああ、なるほど。迅にか」

 

嵐山は隣に座った。

 

「ボーダーには入るのか?」

 

「入りません」

 

「即答か……。 何でだ?」

 

「ゲームの時間が減るからです」

 

「……………」

 

馬鹿正直に答えられ、少し引いた。

 

「ま、まぁそういう考え方もある、かな。でも、あくまで俺自身の意見だけど、俺は君にボーダーに入って欲しい」

 

「……なんで俺なんかを?」

 

「話を聞いただけだから何とも言えないけれど、君には自分が命を落とすかもしれない危険な中でも落ち着いて行動し、考えられる頭脳がある。それだけでも適性は高いと思うんだ」

 

「……………」

 

「まぁ、本人の意思が一番だと思うけどな。入るなら、俺は君を歓迎するよ。君には恩がある」

 

「はぁ?なんの?」

 

「あの学校には俺の弟と妹が通ってたんだ。良かったよ、無事で……」

 

「シスコンもブラコンも気持ち悪いんでやめたほうがいいですよ」

 

「偉く毒舌だな君は……。というか弟と妹の心配くらいしてもいいだろ」

 

そんな話をしてる時だ。ようやく迅と修が戻って来た。もう一人男の人がついてきた。

 

「お待たせ伊佐。……と、嵐山」

 

「よう、迅。こんにちは、忍田本部長。じゃ、またな伊佐くん」

 

嵐山はその場を去って行った。

 

「なんの話ししてたんだ?」

 

「ボーダーに誘われました」

 

「やっぱかー」

 

「それより、その方は?」

 

伊佐が尋ねると、忍田は自分から名乗った。

 

「私は本部長の忍田だ。君が生身でモールモッドを捉えたっていう伊佐くんかな?」

 

「はぁ、そうですけど」

 

「少し話がしたい。時間をくれるか?」

 

「……………」

 

「おお、スゲェ……。忍田本部長を相手にそこまであからさまに嫌な顔できる奴、そういないぞ……」

 

思わず迅がそう呟くほど、嫌な顔をした。

 

「嫌ならいいんだ。また日を改めるが」

 

「いや、嫌じゃないですよ。ただ話長くなりそーだなーって。俺、朝礼とか校長の話聞けないタイプなんです」

 

「いや、そんなに長くするつもりはないよ」

 

「…………」

 

とりあえず移動した。

 

 

「単刀直入に聞こう。ボーダーに入らないか?」

 

「出たよ本日3回目……」

 

その台詞に忍田はピクッと反応する。

 

「すでに誘われていたのか?」

 

「迅さんと嵐山さんと忍田本部長さんで3回です」

 

「それで、どうだ?」

 

「いやだからゲームの時間が減るから御断り……」

 

「ボーダーで正隊員になれれば、活躍に応じてお金がもらえるが、決して少ない額ではない。課金も出来るんじゃないか?」

 

「やりましょう」

 

「早っ⁉︎」

 

手の平地獄車に修が引き気味に反応した。

 

 

入隊の手続きだけして、今日は解散になった。一応、転属先は玉狛にしておいた。それでも正式入隊日を迎えるまでは正式な隊員というわけではない。

疲れ切った目で、家の前に到着すると、笑顔で女の子が待っていた。

 

「何処に行ってたの?」

 

「…………げっ」

 

綾辻だった。ニコニコ微笑んでいる。ただし、怒ってる時の笑顔だ。

 

「どうも、ハルちゃん」

 

「今日は約束したよね?私、泊まりに行くからって」

 

「や、今回は俺も悪かったよ。色々と成り行きと事情があったとはいえ。だからまずはその成り行きと事情を聞いてください」

 

「言ってみ?」

 

「えーっと……多分知ってると思うけど、あ、いやいい。まずは中入ろう」

 

家に入った。二人ともソファーに座って今度こそ説明開始。

 

「まぁ、一口に説明するのも難しいんだけど、少し迅さんって人と色々あったんだよ」

 

「それって、ボーダーの?」

 

「そう。それでまぁ、色々あったんだよ」

 

「嘘だね」

 

「や、なんでよ」

 

「今日はボーダー総出でトリオン兵の駆除があったんだよ」

 

「ラッドの駆除でしょ?」

 

「あれっ、なんで知ってるの?」

 

「だってそれ、俺も手伝ったもん」

 

「………ふぅーん、」

 

最初は疑わしそうな顔をしていたが、迅の名前とラッドのことを出されれば頷かざるをえない。

 

「まぁ、信じてあげる」

 

「どーも」

 

「でも無理はダメだよ。病み上がりなんだから無茶しちゃ」

 

「無茶ってほどじゃないじゃん。それより、飯作るからゆっくりしてて」

 

「ケンくん」

 

「え、何」

 

ズイッと綾辻は顔を伊佐の目の前に近付ける。

 

「なんだよ。近いよ。キスしたいの?」

 

「したいけど違う。無理しちゃダメって言ったばかりでしょ?ご飯は私が作ります」

 

ピシッと固まる伊佐。

 

「や、そのくらい無理のうちにも入らないから。むしろ可能だから」

 

「ダメ」

 

「ダメなのはハルちゃんだよ。いいからそのくらい俺が」

 

「ダーメ!私はケンくんが心配なの。大人しくしてなさい」

 

「俺のこと本当に心配なら今すぐ君が大人しくしてて」

 

「いいから!じゃあ料理して来るね!」

 

行ってしまった。この後、地獄を見た。

 

 



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5話

 

 

時は少し戻って、会議室。修の昇格が決まり、迅と修が部屋を出て行こうとした時、城戸の隣に立っていた三輪が口を開いた。

 

「三雲くん」

 

「! はい」

 

「一つ聞いていいか」

 

「え、はい」

 

「この前、警戒区域でバラバラになっていた大型近界民、あれも君がやったのか?」

 

「えっ………⁉︎」

 

三輪が聞いたのは、学校のモールモッドの時の前の話だ。修はバムスターに襲われ、C級トリガーで挑んだ所、殺されかけて遊真に助けられたのだ。

 

「現場付近で保護した中学生は君の同級生だった。そして昨日あの場所に正隊員はいなかった。君がやったというのなら、腑に落ちる」

 

「…………」

 

なんと答えようか困ったものの、自分がやったと言わなければ遊真のことがバレる。

 

「……はい。僕がやりました」

 

自分がやったこと以外を自分の手柄にするのは気が進まなかったが、そう言っておいた。

 

「そうか。疑問が解けた。ありがとう」

 

そう言われ、修は頭を下げて部屋を出て行った。静かになった会議室で、三輪は城戸に言った。

 

「城戸司令、うちの隊で三雲を見張らせてください。三雲は近界民と接触している疑いがあります」

 

「ほう、どういうことだ?」

 

「この前のバムスターからは、ボーダーのものではないトリガーの反応が検出されています。つまり、近界民のトリガーです」

 

「なのに彼はそれを『自分がやった』と言っている、か」

 

「証拠は上がっています。すぐにボロを出すはずです」

 

「なるほど、任せよう」

 

「もし実際に近界民が絡んでいた場合は?」

 

「決まっている。始末しろ。近界民は我々の敵だ」

 

 

翌日、綾辻が目を覚ますと、目の前で伊佐が寝ていた。夜の保健体育をしていたわけじゃないけど、一緒に寝ていた。

 

「んー……」

 

目をゴシゴシと擦りながら、ふわぁ〜……っと欠伸をすると、伊佐の寝顔を見た。

伊佐の外見は、身長164cmと小柄。髪の毛は若干天然パーマの黒髪。いつも眠たげな目をしていて童顔だ。

 

(黙ってれば可愛いんだけど……生意気なんだよなぁ)

 

その生意気な奴を好きになったんだけど、と付け加えて、ベッドを出た。

 

「さて、朝ご飯作ってあげちゃおう」

 

起きた伊佐は、また地獄を見ることとなった。

まぁ、そのお陰で目はばっちり覚めたわけだが。そのまま二人で支度をする。

 

「じゃあ、私は本部に行くから。また今晩ね」

 

「ん」

 

綾辻は家を出た。伊佐も着替えて家を出る準備をする。今日は玉狛支部で色々と教えてもらう予定だからだ。

 

(あ、ついでにスーパーで食材買ってこ)

 

 

土手。そこで、雨取千佳という少女は、修と待ち合わせをしていた。昔からの知り合いだ。

携帯の画面を見ると、10:41と表示されている。

 

(ちょっと早く着きすぎたかな……)

 

直後、背後からガシャン!という音がした。振り返ると、白い髪の少年が自転車から壮大にこけていた。

 

「…………」

 

「うーむ……手強い」

 

「だ、大丈夫⁉︎」

 

「ふむ?平気平気、全然平気」

 

身長的に、小学生かと思った千佳は聞いてみた。

 

「自転車の練習してるの?」

 

「友達を待ってんだ。その間、ヒマだから練習してるだけ」

 

「そうなんだ。私もここで待ち合わせしてるの」

 

「ほう、奇遇ですな。なぁ、お前自転車乗れる?」

 

「え?うん、一応……」

 

「……やるね」

 

「そ、そうかな?」

 

「こんな絶対転びそうな乗り物がどんな仕掛けでまっすぐ走ってるのかと思ったら、別になんの仕掛けもなかった。驚愕の事実……!これで倒れずに走れるのが不思議だ……」

 

そんな事を言う白髪の……つーか遊真でいいや、遊真を見てると、携帯が鳴り出した。

 

「もしもし」

 

電話は修からで、少し遅れるとのことだ。電話を切ると、またガシャンという音がした。

 

「わっ!大丈夫⁉︎」

 

「大丈夫大丈夫」

 

放っとけなくなった千佳は、遊真の練習に付き合うことにした。

後ろから千佳が自転車を押して、遊真が漕ぐという普通の練習。

 

「おっ?おおっ⁉︎これは⁉︎走ってる!ちゃんと走ってる!」

 

目を輝かせて自転車を走らせる遊真。

 

「これはつかんできた!だんだんコツをつかんできたぞ!つかん……どぅわー!」

 

「わあ⁉︎」

 

で、川に落ちた。慌てて千佳は遊真と自転車を引き上げた。

 

「いやーあぶなかった。せっかく買った自転車が川の藻屑になるとこだった」

 

服を絞りながら遊真は呑気に言う。

 

「でも確実に何かつかめたな。おまえのおかげで。えーっと……名前まだ聞いてないか」

 

「わたしは……千佳。雨取千佳」

 

「そうか、チカか。俺は遊真、空閑遊真」

 

お互いに自己紹介をした時だ。急に千佳はピクッと反応し、後ろを見た。直後、鳴り出す警報。

 

「おっ、警報。けっこうちかいな。でも警戒区域の中か……」

 

「ごめん!わたし行くね!」

 

遊真が呟いてると、千佳は突然走り出し、その場から離れた。

 

「おいおい、そっちは警戒区域……近界民がいる方だぞ?」

 

ポカンとしてる遊真にレプリカが言った。

 

『彼女……警報が鳴る前に襲撃に気付いていたように見えたが……』

 

「………!」

 

レプリカに指摘され、遊真もそれに気付いた時だ。

 

「あれ?空閑くん?」

 

「ケンスケ」

 

伊佐が自転車で通り掛かった。スーパーの袋を籠に入れている。

 

「今、警報なってたよ」

 

「ちょっと、一緒に来てくれ」

 

「へっ?」

 

 

警戒区域内。

 

(ここまでくれば街の方にはいかないよね……)

 

千佳はそう思いつつ、中に入る。すると、ズシンズシンという重低音が響いた。見上げると、捕獲・砲撃用トリオン兵、バンダーが歩いていた。

それでも、千佳は取り乱す様子なく、建物の陰に隠れた。

 

(大丈夫、わたしは見つからない。落ち着いて……自分を空っぽにするの……自分を、空っぽに………)

 

自分に暗示をかけるようにそう心の中で唱えた。その直後だ。携帯が再び鳴り響いた。

 

「っ⁉︎」

 

当然、近くにいたバンダーは気付き、千佳の方にギョロンと顔を向ける。

 

「………!」

 

焦る千佳を余所に、バンダーは千佳に頭から突っ込んだ。

 

「ッ!」

 

だが、千佳は食われることはなかった。遊真が助けたからだ。

 

「……‼︎遊真くん……⁉︎」

 

遊真は千佳を抱えて、駆け出した。

 

「レプリカ、トリガー使って大丈夫か?」

 

『いや、付近でボーダーが戦闘を開始している。トリガーを使うのはまずい』

 

それを聞くなり、空閑はそのまま伊佐の隠れている所に逃げ込んだ。

 

「ふぅ……危なかったな」

 

「空閑くん。その子は?」

 

「雨取千佳。自転車の乗り方教わってたんだけど、警報が鳴ってから急にどっか行ったから気になったんだ」

 

紹介され、伊佐は小さく会釈した。

 

「どうも。伊佐賢介です」

 

「さて、さっさと逃げるぞ。ボーダー隊員も近くにいることだし、向こうに任せておけば……」

 

「ダメっ!」

 

意外にも千佳が大きく反論した。

 

「? なんでだ?」

 

「わたし、近界民を引き寄せる体質みたいなの。私が街に出たら、近界民は必ず追いかけて来る」

 

「……………」

 

空閑は、自分のサイドエフェクトで千佳が嘘を言ってないことに気付いていた。

 

「なら、仕方ないな」

 

空閑はニヤリと伊佐に微笑みかけた。

 

「やるか、生身でトリオン兵と第二ラウンド」

 

 



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6話

 

「生身でトリオン兵とって……?」

 

千佳が恐る恐る確認するように尋ねるが、伊佐も遊真も答えなかった。

 

「空閑くん、あの近界民については何か知らない?」

 

「あれはバンダー、捕獲・砲撃用のトリオン兵だ。近距離で戦えば大して強くない、修でも倒せるレベルだ」

 

「修でもって……酷い言いようだね」

 

「それと、これは全部のトリオン兵に言えることだけど、弱点はあの口の中の目みたいな所だ」

 

「………目みたいなところ、であって目じゃないの?」

 

「あそこでものを捉えるのは確かだけど、バンダーの場合はあそこから砲撃が飛んで来るぞ」

 

「砲撃、ね」

 

少し顎に手を当てて考える伊佐。自分の買い物袋の中を見た。中には砂糖、醤油、小麦粉、ねぎ、大根が入っている。

 

「………いけるな」

 

「なんか思い付いのか?」

 

「うん。しかも、今回は捕獲じゃない」

 

そう言うと、伊佐はいつもの無表情で間を置いてから言った。

 

「駆除だ」

 

 

説明の時間はないので、遊真と千佳は伊佐に言われるがまま、準備をした。

遊真はいざという時のために千佳を守り、その千佳は囮役。二人はバンダーの前に出た。

 

「来るぞ、千佳」

 

「うん」

 

直後、二人に向かって砲撃をぶっ放つバンダー。遊真が千佳の手を引いて、走って回避する。

 

「ケンスケが指定した建物って何処だっけ」

 

「もう少し先だったと思う」

 

そのまま二人は真っ直ぐと走り、マンションの中に逃げ込んだ。その二人を追いながらマンションに突っ込むバンダー。

その直後、マンションは大きく爆発した。

 

「っ⁉︎」

 

「な、なんだ⁉︎」

 

遠くで戦っていたボーダー隊員から声が上がった。マンションを通り抜けた遊真と千佳が上を見上げると、マンションが爆発していた。

 

「うおっ、何あれ……。何したんだケンスケ?」

 

「さ、さぁ……?」

 

話してると、伊佐が歩いて来た。

 

「終わったよ。空閑くん、雨取さん」

 

「ケンスケ、何したんだこれは?」

 

「粉塵爆発だよ」

 

「………フンジンバクハツ?」

 

「部屋に小麦粉を充満させて、火をつけると爆発するんだ。トリオン兵の身長はどのくらいか目測で推測して、頭が突っ込みそうな部屋を選んだんだ。あとは、トリオン兵が突撃して、火花でも起こせば爆発するって感じ」

 

「なるほど、分からん」

 

「ま、この爆発を喰らって生きてられる生物なんているはずないから。さて、戻ろう」

 

そう言った時だ。ズシンと後ろから音がした。後ろを見ると、バンダーが立ち上がろうとしていた。

 

「えっ、嘘でしょ……?」

 

「ふむっ……やっぱりか」

 

「…………」

 

倒しきれなかった。伊佐も千佳もバンダーを見上げる。遊真が最終手段のつもりか、いつでもトリガーを起動できるように身構えた。その時だ。

バンダーの口の中の目の様な所に弾丸が突き刺さる。

 

「っ⁉︎」

 

「ボーダーだ。大丈夫か?」

 

そう言いながら降りてきたのはボーダー隊員だ。

 

「お前らがやったのか、これ?」

 

「俺は何もしてないよ。全部、ケンスケの考えた作戦だ」

 

言いながら遊真は伊佐を指した。

 

「そうか。まぁいいや、俺たちは後処理がある。ここは警戒区域だ、お前らはさっさと帰れよ」

 

遊真と伊佐と千佳は警戒区域を出た。

 

 

千佳と遊真と別れ、伊佐は玉狛支部に向かった。

 

「すみませーん」

 

声を掛けると、ニュッと顔を出したのはメガネの少女だ。

 

「………おお、来た。迅さんの言ってた新入りさんだよね?」

 

「伊佐賢介です」

 

「宇佐美栞です。よろしくね。さ、入って入って」

 

言われるがまま、伊佐は玉狛支部に入った。直後、視界に入ったのは変な犬と子供だった。

 

「………?」

 

「むっ、しんいりか……?」

 

「宇佐美さん、これは?」

 

「林藤陽太郎、ここの最古参メンバーの一人だよ」

 

「ふーん……俺は伊佐賢介。よろしくね、陽太郎くん」

 

「うむっ」

 

軽く自己紹介して、伊佐は栞の後に続いた。

 

 



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7話

宇佐美に連れて来られた先は作戦室だった。ここなら色々と説明しやすいとかなんとか。

 

「まずは、入隊おめでとう。スカウトって扱いだから、試験とかは全部免除されるんだ。配属先は玉狛って事でいいんだよね?」

 

「はい。本当は嵐山隊が良かったんですけど、空きがないそうなので……」

 

「ほう?なんで嵐山隊が良かったの?もしかしてファンだったり?」

 

「いや、彼女がいるからです」

 

宇佐美が手に持っていた湯呑みを握り潰した。

 

「………今なんと?」

 

「だから彼女がいるからですよ」

 

「どっち⁉︎」

 

「さぁ、どっちでしょうか」

 

「えー!教えてよー」

 

「嫌ですよ。なんか宇佐美さんって歩くスピーカーって感じしますし」

 

「おぉう……意外と毒舌だね……」

 

こほんと咳払いをして、説明を再開した。

 

「まぁ、とりあえずトリガーの説明するね」

 

言いながら宇佐美はトリガーホルダーの中を開いた。

 

「これが、トリガーホルダーの中身ね。このちっちゃいチップがいわゆる『トリガー』ね。使う人のトリオンをどういう形で表に出すか決めてるの。トリガーは合計8種類までセットできて、攻撃用とか防御用とかを切り替えながら戦うわけ」

 

チップを指差した。

 

「こっち側が利き手用の主トリガー。こっち側が反対の手用の副トリガー。両手で二種類同時に使えるの」

 

「………なるほど」

 

「じゃあまずは、攻撃手用トリガーから見ていこうか」

 

宇佐美は説明を始めた。

 

 

その頃、遊真と千佳は修と合流し、弓手町駅(現在閉鎖中)に来た。

 

「へぇ、オサムとチカは知り合いだったのか」

 

「ああ。いや、その前にお前たちはなんで一緒にいたんだ?」

 

「えっと……橋の下で知り合って……」

 

「自転車を押してもらって川に落ちた」

 

「さっぱりわからん。……まあいい。ひとまずお互いを紹介しておこう」

 

それで、修は眼鏡を直しながら指した。

 

「こっちは雨取千佳。うちの学校の二年生。僕が世話になった先輩の妹だ」

 

「……よろしく」

 

今度は遊真を指す修。

 

「こいつは空閑遊真。最近、うちのクラスに転校してきた。外国育ちで日本についてはまだよく知らない」

 

「どもども」

 

「えっ、修くんと同級生⁉︎じゃあ年上⁉︎ごめんなさい、わたしてっきり年下だと……」

 

「いいよ別に年の差なんて」

 

それで、修は話を進めた。

 

「空閑は近界民について詳しいんだ。千佳が近界民に狙われる理由も知ってるかもしれない」

 

「そっか。遊真くんもボーダーの人なんだ」

 

「う……まあ大体そんなもんだ」

 

「そんなもんのようです」

 

お互いの自己紹介を終えた所で、空閑は自分の考えを話した。

 

「しかし、近界民に狙われる理由なんて、トリオンくらいしか思い浮かばんなー」

 

「トリオン……?」

 

「近界民的にはトリオンの強い人間の方が欲しいだろうから、チカがしつこく狙われてるなら、それだけトリオン能力が高いってことかもな」

 

「トリオン能力って?」

 

「近界民の武器を使うための特殊な力のことだ」

 

「なんなら試しに測ってみるか?なあ、レプリカ」

 

言うと、遊真の指輪からにゅうっとレプリカが出て来た。

 

『そうだな。そうすればはっきりする』

 

「わっ」

 

『はじめまして、チカ。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』

 

「は、はじめまして」

 

レプリカの口からにょろんと、なんか変なのが出て来た。

 

『この測定策でトリオン能力が測れる』

 

「どうぞご利用ください」

 

「う、うん……でもちょっとこわいな……」

 

怖気付く千佳の前に、修が立った。

 

「レプリカ、僕が先に測っていいか?」

 

『了解だ』

 

修はその測定策を握った。

 

『計測完了』

 

出て来たのは新品のバスケットボールの箱の大きさの白いキューブだ。

 

『この立方体はオサムのトリオン能力は視覚化したものだ。立方体の大小がトリオン能力のレベルを表している』

 

「このサイズはどのくらいのレベルなんだ?」

 

「うーん、近界民に狙われるにはこの3倍は欲しいかな」

 

「……別に狙われたいわけじゃない」

 

そこを注意しておいてから、修は千佳の方を見た。

 

「千佳、お前も測ってもらえ。大丈夫だ」

 

「……うん、修くんがそう言うなら……」

 

測定策を握る千佳。

 

『少々時間がかかりそうだ。楽にしていてくれ』

 

「うん」

 

その間、修は遊真に聞いた。

 

「それにしても、近界民に狙われるのがハッキリ分かってるならボーダーに言って助けてもらえばいいじゃん」

 

「……あいつは、ボーダーには頼りたくないらしいんだ。千佳の話によると、近界民に狙われ始めた頃は、まだボーダーの基地もなくて、近界民を誰も知らなかった。だから、助けを求めるあいつの言葉を、誰も本気にしなかった。そんな中、一人だけ真剣に相手をしてくれる友達がいたらしいんだが、ある日突然その友達は行方不明になった。それ以来、人に助けを求めるのがトラウマになったそうだ」

 

「……ふーむ。あれ?俺は巻き込まれていいの?」

 

「お前は近界民だし、巻き込んだのは僕だからいいんだ」

 

「なるほどね。そんでオサムは千佳を助けたくてボーダーに入ったわけか」

 

そんな話をしてると、キィィィンッと音が響いた。

 

『計測、完了だ』

 

千佳の前に現れたキューブは車のキューブと同じくらいの大きさがあった。

 

「……⁉︎」

 

「うおお……!でっけー!オサムの何倍だ?これ!」

 

『尋常ではないな。これほどのトリオン器官はあまり記憶にない。素晴らしい素質だ』

 

「すげーな、近界民に狙われるわけだ」

 

「感心してる場合じゃない」

 

そんな話をしてる時だ。コツッと足音が聞こえた。振り返ると、学ランの男が二人歩いてきた。

 

「動くな、ボーダーだ」

 

現れたのは、三輪隊の二人だった。

 

 

玉狛支部。トリガーの説明を一通り終えた宇佐美。

 

「つまり、攻撃手がスコーピオン、孤月、レイガスト。銃手用がアステロイド、メテオラ、ハウンド、バイパー。狙撃手用がイーグレット、ライトニング、アイビスってわけですね?」

 

「そうだね。それと、防御用トリガーでシールド、エスクード、特殊工作員のスイッチボックス。オプショントリガーで、レーダーから消えるバッグワーム、自分の姿を消せるカメレオン、ジャンプ台のグラスホッパー、姿を瞬間的に移動させるテレポーター、ワイヤーを張るスパイダー、そんなもんかな」

 

「………なるほどね」

 

「ちょっと戦ってみる?」

 

「はい?」

 

「仮想訓練室っていうのがあるからさ」

 

「いいんですか?」

 

「いいよいいよ〜。トリガーはどうする?」

 

「僕はオールラウンダーでいきます。トリガーはメインにハウンド、スコーピオン、バイパー、メテオラ。サブでシールド、バッグワーム、カメレオン、アステロイドでお願いします」

 

「了解了解、合わなかったらまた言ってくれれば調整するよ〜」

 

「ありがとうございます」

 

地下の仮想訓練室に降りた。中はそこそこ広くて、天井も高かった。

 

「……広いな」

 

『トリガーで空間を作ってるんだよ。やろうと思えば仮想の街も作れるよー』

 

スピーカーから音が宇佐美の声が聞こえた。

 

『それで、どうする?』

 

「実戦形式でお願いします。街と、トリオン兵はモールモッド2匹とバンダー1匹で」

 

『えっ?初めてなんでしょ?いいの?』

 

「お願いします」

 

『分かったけど、危ないと思ったら止めるからね』

 

仮想戦闘を開始した。

 

 



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8話

 

「栞」

 

モニタールームで伊佐の戦闘が始まった丁度その時、後ろから小南桐絵が入って来た。

 

「お、小南。おつかれ」

 

「今誰が入ってんの?」

 

「新人さんだよ。伊佐賢介くん」

 

「新人?うちにそんなのが来るなんて聞いてないんだけど!」

 

「まぁまぁ、本人の希望らしいんだから」

 

「玉狛に弱いのはいらないんだけど?」

 

「トリガーを使った戦闘はどうだか知らないけど、生身でモールモッドを捉えてスカウトされたらしいよ?」

 

「………ふぅーん」

 

「彼女持ちだって」

 

「…………はぁ?」

 

「嵐山隊のどっちか」

 

「どっち⁉︎」

 

「教えてくれなかった」

 

敵の数は3、モニター上の伊佐は敵から退きつつ、メテオラを撃ちまくって家を壊し、大きく砂煙りが舞い上がる。

 

「何逃げてんのよ。たかだか3匹くらいで」

 

「いやー、初めての戦闘なんだし、慎重なのは悪いことじゃないと思うよ?」

 

煙が晴れた。モールモッド達の動きは一瞬止まっていたものの、目の前で伊佐が待っているのを見て、即突っ込んできた。

 

「って、何のために視界潰したのよ。棒立ちで立ってても意味ないじゃん」

 

突っ込むモールモッド。だが、何かに阻まれたように後ろにひっくり返った。伊佐は視界を奪っている間にスパイダーを何重にも張りまくったのだ。

 

「へぇ……そんな使い方が」

 

「そんな事したってこっちから攻撃できないでしょ」

 

伊佐は左手のハンドガンを前に向けた。しばらく狙いを定めたあと、引き金を引いた。放たれたアステロイドはワイヤーとワイヤーの間をすり抜けて、1匹のモールモッドを仕留めた。

 

「! 嘘……⁉︎」

 

「へぇ、やるぅ」

 

驚く小南と、口笛を吹く宇佐美。続いて2匹目のモールモッドも仕留めた。

ハンドガンをポケットにしまった直後、遠くから砲撃が飛んで来た。それを慌てて躱しながら、建物の陰に隠れた。見ると、バンダーがガッツリこっちを狙っていた。

すると、伊佐は建物の陰に隠れながら接近した。ある程度近付くと、伊佐は上着を脱いでその辺の瓦礫に包むと上に思いっきり放り投げた。

その上着を思いっきりブチ抜くバンダー。その直後、砲撃を撃ち終えたバンダーの口の中をハンドガンのアステロイドで狙撃した。

 

「おお……倒しちゃった。これは彼女が出来るのもわかる気もするね」

 

「………そう?もっと男らしい方があたしは好きだけど」

 

「ところでさ、小南。良いこと思いついちゃった」

 

「何?」

 

宇佐美はその「いいこと」を小南に言うと、小南もニヤリと笑って、仮想訓練室に入った。

 

 

「ふぅ……終わった」

 

伊佐はそう呟くと、ハンドガンをしまった。

 

「中々やるじゃない。あんた」

 

「?」

 

聞き慣れない声がして、振り返ると知らない女の人が立っていた。

 

「あの、どちら様ですか?」

 

「小南桐絵。玉狛のアタッカーよ」

 

「あ、失礼しました。俺はこの度、玉狛支部に配属されることになりました、伊佐賢介です」

 

「偉く礼儀正しいのね……」

 

「それで、何かご用でしょうか?」

 

聞くと、小南はトリガーを起動した。身体がトリオン体になって、髪の毛が短くなる。

 

「私と戦いなさい」

 

「は?」

 

「試してあげるわ。貴方がどのくらいやれるのか」

 

「いやいやいや、僕戦闘経験とかないんでちょっと……」

 

「今戦ってたじゃない」

 

「や、今のが初陣で……」

 

「そして、私が勝ったら彼女の名前を教えなさい」

 

「それが狙いかよ……。ていうか、僕が小南さんに勝てるわけないじゃないですか」

 

「いいから、やるわよ!」

 

小南は双月を思いっきり伊佐に叩き付けた。ギリギリ後ろに避ける伊佐。

 

「ちょっと、なにするんすか。言っとくけど俺に勝っても教えませんからね」

 

「ダメよ!絶対に吐かせるんだから!」

 

「どんだけ気になってんですか」

 

双月で攻撃する小南と、全部避ける伊佐。やるしかない、と思った伊佐は、カメレオンを使った。

 

「っ! カメレオン……⁉︎」

 

そのままどっかに逃げた。

 

 

建物の陰に隠れている伊佐は、小南を観察した。

 

(何だろう、あの武器。宇佐美さんに聞いた中にあんなのはなかった。見た感じだと威力が尋常じゃない。その代わり、何かしらデメリットもあるはずだ)

 

そう分析しながら、ハンドガンを取り出した。

 

(初見の相手と戦うときは、まずは情報を得る)

 

そう思いながら、変化弾を10発別々の弾道で放った。

 

(! 仕掛けてきた……?)

 

小南に向かって来る変化弾。それを双月で斬り落とす。

 

(チッ……全部別々の方向から……面倒ね)

 

仕方なく、小南はシールドを張った。

 

(! シールド持ち。けど、剣速が追い付かなくてシールドを張ったように見えた。多分、相当重いんだ)

 

「そこね」

 

分析してると、小南に居場所がバレ、思いっきりメテオラを放って来た。

 

「! マジ……?」

 

慌ててその場からカメレオンを使って退避した。

 

(! またカメレオン。中々イラつく攻撃の仕方をして来るわね。多分、あたしの攻撃を分析してる。でも、カメレオンだって無敵じゃないのよ)

 

一方で、伊佐は小南から一定以上の距離を保っていた。

 

(メテオラで中距離も対応できるのか。……なんかもう面倒だなー。隠すようなことじゃないし、言っちゃおうかな)

 

面倒になってボーッとしてると、ドガン!と近くの家が爆発した。

 

「っ⁉︎」

 

小南がメテオラをぶっ放していた。

 

(場所がバレた……⁉︎ いや、レーダーを見て適当にぶっ放してるだけだ。堂々と晒して隙を作って、カメレオンで奇襲してくるのを誘ってるのかもしれない)

 

分析しながら伊佐は建物を盾にしてその場を離れようとするが、メテオラで追撃して逃がさない小南。

 

(徹底して来るな……。仕方ない)

 

腹を括ると、伊佐はカメレオンを解除し、廃ビルの中に隠れた。

 

(狭い中で戦えばあたしの双月は使えないとでも思ったのかしら。それとも、待ち伏せして突っ込んで来る気?)

 

何にせよ、小南は後を追った。中に入ってからの奇襲を警戒していたが、伊佐の姿はない。

 

「…………」

 

警戒心を忘れずに中を進んだ。一階にはいないと見て、二階へ上がる。そこにもいなかった。

 

(まさか、もう外に……?)

 

そう思ったが、上の階から足音が聞こえた。

 

(! 逃がさない……!)

 

面倒になって、小南は天井を破壊して上に上がった。目の前には、伊佐が待っていた。

 

「ッ!」

 

「待った!」

 

「っ⁉︎」

 

さっそく斬りかかろうとした時、意外にも制されて小南は着地して動きを止める。

 

「何、降参?」

 

「いえいえ、交渉です。俺が負けた時に教えるの、イニシャルだけにしません?」

 

「はぁ?怖じ気付いたの?」

 

「いやー、俺もイジられるのはマジでゴメンなんで。譲歩してくれませんか?」

 

「………まぁいいわ。どうせ分かることだし」

 

小南がそういった時、ニヤリと口を歪ませる伊佐。そして、ハンドガンを上に向けた。

 

「ありがとうございます」

 

直後、放たれる12発の弾丸。弾は弾道を大きく変えてバラバラに散った。また分散して攻撃して来るのかと思った小南はシールドを張るが、違った。

弾は部屋の隅と天井に置かれているメテオラに直撃した。

 

「っ⁉︎」

 

大きく爆破し、建物が丸ごと崩れ始めた。床にも亀裂が入り、二人は落下する。

 

(! 空中じゃ身動きが取れない……!)

 

「バイパー」

 

さらに伊佐はハンドガンを乱射。360°あらゆる角度から小南に弾丸が迫った。

 

「シールド!」

 

それをシールドで防ぐが、伊佐は落下しながらも撃ち続ける。割られるのも時間の問題だ。

 

「こんのっ……!」

 

行動を切り替えた。シールドを足場にして双月のコネクターを解除し、それで上前後左右斜めの弾丸を弾いた。

 

「化け物かよ……!」

 

自分の身体が落下する前に仕止めるつもりだった伊佐だが、自分の身体は地面に着地してしまった。数では押し切れないと思った伊佐はバイパーで牽制しつつ、カメレオンで逃げようとした。

だが、小南は逃さずに、メテオラを防いで接近する。双月を振り下ろし、伊佐は仕方なくシールドでガードする。

 

「………もう逃がさないわよ」

 

「こちらもですよ」

 

「っ⁉︎」

 

直後、足元からブレードが飛び出てきた。

 

「!」

 

「それだけじゃないっすよ」

 

さらに、後ろから変化弾が迫っていた。だが、小南は、

 

「だから?」

 

自分の後ろから弾が貫通し、スコーピオンで足を取られても気にせずに、正面から伊佐を二等分にぶった斬った。

 

「っ……⁉︎」

 

「はい、おしまい」

 

(構わずに斬ってきた……⁉︎)

 

伊佐は緊急脱出した。

 

 

「……………」

 

「お、帰ってきた。お疲れー」

 

ドサッとソファーに寝転ぶ伊佐。

 

「どう?強かったでしょ。うちのエース」

 

「はい、負けました」

 

「いやー頑張った方だと思うよ?小南相手にあそこまでやったんだもん」

 

「まぁまぁね」

 

仮想訓練室から小南が出て来た。

 

「まぁまぁだけど、欠点があるわ」

 

言われて、伊佐は小南を見た。ニヤリと笑う小南。

 

「教えて欲しい?」

 

「はい」

 

「また偉く素直ね……。でも、教えて欲しいのならまずは約束のことを言いなさい」

 

「イニシャルでいいんですよね?」

 

「「うん!」」

 

興味津々の目で伊佐を見る二人。伊佐は真顔で答えた。

 

「Aです」

 

「うっそ⁉︎綾辻さん⁉︎」

 

「意外〜……」

 

「それで、欠点というのは?」

 

「いやーでも意外とありえるかも。あの子歳下好きそうじゃない?」

 

「えー?分からなくもないけど、私絶対木虎ちゃんだと思ってた。歳も近いし」

 

「あの、小南さん」

 

「そう言われるとそうかも……。でも綾辻さんかぁ……やっぱ似合わないわよ。あの完璧超人とこんなのが」

 

「いやでも実際二人並べてみないとそういうのはわからないって」

 

「小南さん」

 

「あたしはないと思うなー。いつから付き合ってんのかな」

 

「いや、でも綾辻さんって芸術面ダメダメじゃん?そういう意味だとお似合いそうじゃない?学校の勉強なら伊佐くん完璧そうだし」

 

「小南」

 

「あーそう言われるとそうかも……なんかお互いに足りない所を補い合ってる感じで」

 

「小南」

 

「何⁉︎てか呼び捨て……」

 

「小南さん、早く欠点というのを教えて下さい」

 

「……………」

 

少しイラッとしつつも、小南はコホンと咳払いをした。

 

「決め手になる攻撃がない。スコーピオンとカメレオンを持ってるなら、私のトリオン供給気管を狙うチャンスはあったはずよ」

 

「格上のあなたに接近戦を挑むのは愚策だと思ったんですよ。それに、接近戦はあまり得意じゃないんです」

 

「………それなら、あたしが鍛えてあげてもいいけど?」

 

「いいんですか?」

 

「あなたの色々と手数を考える頭と射撃の腕は認めるわ。あとは接近戦の技術だけよ。まぁ、ぶっちゃけあたしは感覚派だから、あんたに自分でコツを掴んでもらうことになるけど」

 

「よろしくお願いします」

 

「じゃ、早速始めましょう」

 

二人は再び仮想訓練室に入った。

 

 



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9話

 

夕方を回った所で、特訓は終わった。

 

「小南さん、ありがとうございました」

 

「いいのよお礼なんて。じゃ、またね」

 

「はい。あ、でも最後に一つ」

 

「?」

 

「イニシャル『A』は木虎藍さんにも言えることですからね」

 

「………? ……!あっ!」

 

「では、お疲れ様です」

 

「ちょっ、待ちなさ……!」

 

制止を無視して逃げようとした。だが、ガチャッと玄関が開けてもいないのに開く。目の前には迅、修、遊真、千佳が入って来た。

 

「おっ」

 

「あっ」

 

「むっ」

 

「えっ」

 

「げっ」

 

上から、迅、修、遊真、千佳、伊佐の反応だ。

 

「来てたのか、伊佐」

 

「お邪魔してます、迅さん。では、失礼します」

 

「おい待てよ。せっかく皆揃ったんだから……」

 

「明日にしてください」

 

逃げた。

 

 

伊佐家。綾辻も帰って来て、二人でお食事。あ、今回は伊佐が作ったんだからね。

 

「で、どうだったの?玉狛支部は」

 

綾辻がアムッと肉を頬張りながら聞いた。

 

「面白かったよ。初めて戦闘もしたし」

 

「へぇ〜、誰と?それともトリオン兵?」

 

「両方。小南さんと」

 

「………ふぅーん、小南サンと」

 

「宇佐美さんに色々と教えてもらいながらだったんだけど、ボーダーってすごいね。よくもまぁあんな多彩な武器思いつくもんだよ」

 

「……宇佐美サンも」

 

「まるでゲームの中に入ったみたいだった」

 

「それは随分とお楽しみだったんだね」

 

「? 何怒ってんの?」

 

「怒ってません」

 

プイッと頬を膨らませてそっぽを向く綾辻。

 

「……ああ、もしかしてあれか。妬いてるんだ」

 

「や、妬いてないよ!」

 

「いやー気持ちはわかるよ。二人とも可愛いもん」

 

「むっ」

 

「でもハルちゃんのが可愛いし、浮気なんて万に一つもあり得ないから」

 

「……………」

 

カァッと頬を赤くする綾辻。

 

「? 何照れてんの?」

 

「て、照れてないし!てか、よくそんな恥ずかしいこと堂々と言えるね!」

 

「? 恥ずかしい?なんで?」

 

「だ、だって……」

 

「彼女じゃん」

 

さらに顔が赤くなる綾辻。

 

「も、もう!恥ずかしいこと言うの禁止!」

 

「いや、一回も言ってないけど」

 

「いいから!」

 

疲れる、と心から綾辻は思った。

 

 

翌日、伊佐が玉狛支部に向かうと、ちょうど玄関の所で男二人と出会った。

 

「んっ?」

 

「君は?」

 

「あー、えっと、新入りの伊佐賢介です」

 

「新入り?」

 

「そんな話聞いてましたっけ?」

 

「聞いてたぞ。確かあと3人新入りが入るとか」

 

「一応、昨日も来てたんですけど。というか、あんたらこそ誰ですか?」

 

「俺は烏丸京介。ここの隊員だ」

 

「木崎レイジ。一応、隊長だ」

 

「これは失礼しました」

 

「いや、気にしなくていいよ」

 

「それより中入るか」

 

中に入った。

 

「あっ、ケン!来たんだ」

 

「小南さん。おはようございます」

 

「小南、知り合いか?」

 

レイジが二人のやり取りを見て聞いた。

 

「昨日、生意気にもあたしに挑んで来たからボコボコに返り討ちにしてあげたの」

 

「へぇ」

 

「小南さんって記憶する力失ってるんですね。挑んで来たのは小南さんの方ですよ。しかも『あたしが勝ったら彼女の名前を教えなさい』って特典付きで。新入りイジメってどう思いますか?」

 

「ち、ちょっと!結局教えるのはイニシャルだけって譲歩してあげたでしょ⁉︎」

 

「いや、新入りに、しかもノーリスクで何か賭けて戦ってる時点でアウトですよ。小南先輩」

 

「しかも俺オーケーしてなかったですからね。問答無用でしたからね」

 

「うぐっ……あ、あんたねぇ……!いいじゃない!スカウトされたって聞いたから少し実力も知りたかったのよ!」

 

「スカウト?」

 

「そうなのか?」

 

「そうよ。生身でトリオン兵捕獲したらしいからね。実に小者らしいこそこそした戦術だったけど」

 

「昨日も言いましたけど、小者が大者に正面から挑んでどうするんですか」

 

「そうだな。伊佐が正しい」

 

「うぐぐっ……!」

 

悔しそうに唸る小南。すると、ガチャっと奥の部屋の扉が開いた。

 

「おーい四人とも、はよ来てくれ」

 

迅が顔を出した。呼ばれて、四人はその部屋へ。中には修と遊真と千佳が宇佐美にランク戦について教えてもらっていた。

 

「あっ、ケンスケ」

 

「やっ、空閑くん」

 

「ケンスケも玉狛に入るのか?」

 

「ていうか、もう入った」

 

なんて話してると、「おっ」と烏丸が声を漏らした。

 

「この3人、残りの新入り3人すか?」

 

「新人?賢介以外にも新人来るの?」

 

続いて小南が「どういうこと?」みたいなニュアンスを込めて迅を見た。だが、いつもの笑みを浮かべたまま迅は答えた。

 

「まだ言ってなかったけど、実はこの3人、俺の弟と妹なんだ」

 

言いながら遊真と修と千佳の後ろで言った。その場の全員は「はっ?」みたいな顔をする。一人を除いて。

 

「えっ、そうなの?」

 

小南だ。

 

「迅に兄弟なんかいたんだ……!とりまるあんた知ってた⁉︎」

 

「もちろんですよ。小南先輩知らなかったんですか?」

 

悪ノリする烏丸、

 

「………言われてみれば迅に似てるような……。レイジさんも知ってたの?」

 

「よく知ってるよ。迅が一人っ子だってことを」

 

「………⁉︎」

 

「このすぐ騙されちゃう子が小南桐絵17歳」

 

「騙したの⁉︎」

 

「いやーまさか信じるとは。さすが小南」

 

一人、ムキーッと怒る小南だが、宇佐美と迅は軽いノリで話を進める。

 

「こっちのもさもさした男前が烏丸京介16歳」

 

「もさもさした男前です。よろしく」

 

「こっちの落ち着いた筋肉が木崎レイジ21歳」

 

「落ち着いた筋肉……?それ人間か?」

 

「そこの落ち着いた男前が……」

 

「宇佐美さん、俺と3人は一応知り合いです」

 

「そっかー。なら紹介はいらないね」

 

紹介を終えたところで、迅が全員に言った。

 

「さて、全員揃ったところで本題だ。こっちの3人はわけあってA級を目指してる。これから厳しい実力派の世界に身を投じるわけだが、さっき宇佐美が言ったようにC級ランク戦開始までにまだ少し時間がある。この三週間を使って新人3人を鍛えようと思う。具体的には、レイジさんたち3人にはそれぞれ、メガネくんたち3人の師匠になってマンツーマン指導してもらう」

 

「あの、俺は?」

 

おずおずと伊佐が手を挙げた。

 

「ああ、伊佐は少し後で決めよう。まだ支部長と話もしてないんだろ?」

 

「あ、はい」

 

「じゃ、あたしはこいつもらうからね」

 

小南が早速、遊真に手を伸ばした。

 

「見た感じあんたが一番強いんでしょ?あたし弱い奴は嫌いなの」

 

「ほほう、お目が高い」

 

「じゃあ千佳ちゃんはレイジさんだね。狙撃手の経験あるのレイジさんだけだから」

 

「よ、宜しくお願いします……」

 

「よろしく」

 

「……となると、俺は必然的に……」

 

「よろしくお願いします」

 

と、割とパッパと決まったところで迅がまとめるように言った。

 

「よーしそれじゃあ、3人とも師匠の言うことをよく聞いて、三週間しっかり腕を磨くように」

 

 

その頃、ボーダー本部のラウンジ。

 

「あ、木虎ちゃん」

 

「おはようございます。綾辻先輩」

 

たまたま出会した二人がお互いに挨拶をする。そのまま一緒に嵐山隊作戦室に向かって入った直後、ニヤニヤした表情を浮かべる佐鳥が聞いた。

 

「綾辻先輩、もしくは木虎。彼氏いるでしょ?」

 

「ぶっふぉ!」

 

「はぁ?」

 

「はい綾辻先輩確定!」

 

「ち、ちがっ……私じゃなっ、ていうか何処から聞いたの佐鳥くん⁉︎」

 

「昨日、宇佐美先輩がスピーカー持って歩いてましたよ」

 

その直後、嵐山隊作戦室の至る所から米屋、緑川、犬飼、小荒井、村上、荒船とゾロゾロ出て来た。

 

「マジで?」

 

「ガチだったんだ!」

 

「新入りとだろ?」

 

「あーあの近界民生身で捕獲したっていう!」

 

「あれ柿崎さんに聞いたけどバンダーに生身でダメージも与えたらしいよ!」

 

「マッジかよ!」

 

「話聞かせて下さいよ!」

 

群がる男共に囲まれ、綾辻はとりあえず決めた。

 

(帰ったらあいつ締める)

 

 



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10話

 

 

支部長の部屋に呼び出された伊佐は、迅と共にノックをして入った。

 

「失礼します」

 

「伊佐を連れて来ました」

 

中には眼鏡をかけてタバコを吸っている男がいた。

 

「おっ、来たな。俺は林藤匠。ここの支部長だ」

 

「ご挨拶遅れて申し訳有りません。伊佐賢介といいます。分からないことが多々あるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 

「おお……聞いてた通り礼儀正しいな」

 

「こちらでお世話になるわけですから、当然です」

 

「まぁそう固くなるな。小南には随分と毒舌らしいじゃないか」

 

「別に小南さんだからではありませんよ。バカだと思っててもバカにするつもりはありません。騙されやすいからって上手くパシらせようとも思ってません。ただ、正直にしかものを言えないだけです」

 

「おおう……お前の腹黒さも分かった気がしたわ……。まぁいい。よろしくな」

 

「はい」

 

挨拶を終えて、迅と伊佐は部屋を出た。

 

「なぁ、伊佐」

 

「はい?」

 

「ちょっと時間くれるか?」

 

「良いですけど……」

 

さっきの会議室的な部屋に入った。中にいた修や遊真達はいなくなっている。

 

「さて、頼みがあるんだけど、いいか?あ、これ他言するなよ」

 

「何ですか?」

 

「近い内に、遊真の黒トリガーを狙ってA級上位部隊が攻めてくる」

 

「………」

 

「その時に、多分俺と嵐山隊が迎撃する事になると思うんだ」

 

「それで?」

 

「本当は現場で指揮とって欲しいんだけど、入隊早々から悪目立ちしたくないだろ?だから、オペレーターとして指揮をとって欲しいんだ」

 

「それはいいですけど、相手の情報とかはくれるんですよね?」

 

「ああ、勿論」

 

「分かりました。でもオペレーターって言われてもあまり勝手が分からないんですけど……」

 

「大丈夫だよ。その辺は本職のオペレーターに聞けばいいさ」

 

「本職?」

 

「ああ」

 

 

迅に言われて、伊佐は本部に入った。で、たまたま通り掛かった人に声を掛ける。

 

「あの、すみません」

 

「あん?おお。お前は粉塵爆発の」

 

「あ、どうも」

 

偶然にも、バンダーの時に助けてくれた人だった。

 

「あん時はすごかったぜ。お前ボーダー入ったのか?」

 

「はい、一応」

 

「そうか。俺は柿崎国治だ。よろしくな」

 

「は、はい。伊佐賢介です」

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「嵐山隊の部屋ってどこにありますか?」

 

「ああ、案内してやる。こっちだ」

 

で、案内してもらった。嵐山隊の前は、おそらく高校生くらいの隊員で溢れていた。

 

「………ったく、こいつら」

 

「何の騒ぎですか?」

 

「あーいや、前に嵐山隊のオペレーターに彼氏がいることが発覚してな。それがボーダーの新入りらしいんだけど、その事を聞きたがってるやつが未だに諦めてねーんだよ」

 

「……なるほど」

 

「おーいお前ら、退け。こいつが嵐山隊に用があるんだとよ」

 

柿崎が言うが、どいつもこいつも聞く耳を持たない。

 

「ったく……おいお前ら!」

 

「その彼氏って俺ですよ」

 

「っ⁉︎」

 

直後、その群れが全員止まった。そして、柿崎の横の伊佐を全員見る。

 

「………まじ?」

 

「嘘だと思うんならそれでいいですけど、いいから退いてくれませんか?」

 

全員が固まる中、無視して伊佐は通り抜ける。だが、一番最初に機能したのは米屋だった。

 

「マッジかよ!ちょっと話聞かせてくれよ!」

 

「後でいいですか?」

 

「つれないこと言うなよ。少しでいいからさ」

 

「今からハルちゃんとイチャイチャするんで」

 

言うと、全員「おお〜」と声を出す。柿崎も後ろで、「あいつスゲェな……」みたいな表情をした。

 

「失礼します」

 

ノックをしながら伊佐が嵐山隊のドアをノックした直後、開いたドアから手が伸びてきた。それが伊佐の頭を掴んでアイアンクローを決める。

 

「何を恥ずかしいことを堂々と宣言してんのよ!」

 

「イタイイタイイタイイタイイタイ……」

 

「どうすんの⁉︎これからずっとからかわれるんだよ⁉︎だからバレたくなかったしこれまで隠してたのにもうっ!」

 

「締まってる締まってる締まってる締まってる締まってる……」

 

「何しに来たのか知らないけど今からほんとお説教だから!早く来なさい!」

 

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」

 

作戦室に彼氏を引き込む綾辻を見て、その場にいた男全員が引いていた。

 

 



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11話

 

「だーかーらー、あれは群がってた人たちを追い出しただけなんだってば」

 

「だからってあんな風に言うことないでしょ⁉︎後で絶対『作戦室で夜の作戦してたの?』みたいなこと聞かれるじゃん!」

 

「夜の作戦ってなんだよ。夜戦のこと?」

 

「軽巡洋艦じゃないよ!」

 

「あれ、艦これ知ってるんだ?」

 

「誰の所為で覚えちゃったと思ってんの⁉︎」

 

「いいじゃん。昔の戦争のことも今後役に立つかもよ」

 

「陸と海じゃ全然違うから!というかそれ以外にも色々と間違ってるから!」

 

その様子を見て、嵐山は毎回喧嘩の愚痴聞かされるのも納得してしまった。

 

「……あの、二人とも」

 

「そうだ!嵐山さんはどっちが悪いと思います?」

 

「えっ」

 

「ハルちゃん、他人を巻き込まないの」

 

「ここは歳上の裁判長に聞いたほうがいいに決まってるじゃない!」

 

「誰が裁判長?」

 

「他の人を巻き込まないの。子供じゃないんだから」

 

「んなっ……!ケンくんのが私より歳下でしょ⁉︎」

 

「その歳下よりガキっぽいのがハルちゃんじゃん」

 

「いや、伊佐くんが少し大人びてるだけだと思う」

 

「そんな事ありませんよ嵐山さん。ケンくんって意外と子供っぽい所あるんですよ?コーヒーとかブラック飲めないし」

 

「いや、それ子供っぽいって言われるほどじゃ……」

 

「あとお化け屋敷ダメなんですよ。無表情で涙だけ目元に浮かべてるの」

 

「それはハルちゃんもだけどね。てかハルちゃんは顔に出して泣くからね」

 

「一々暴露しなくていいの!」

 

「いや、その台詞、そっくりそのままリフレクター」

 

二人のやり取りを見て、つくづく愚痴を聞かされるのも納得してしまうが、それと同時に綾辻にギャップを感じた。普段は真面目に仕事をする彼女にも、こうして彼氏とじゃれ合う事もあるんだなと感じた。

 

「ま、まぁまぁ落ち着けよ二人とも。伊佐くんは何しに来たんだ?」

 

「ハルちゃんにお願いがあってきました」

 

「? 何のだ?」

 

「オペレーターについて教えて下さい」

 

「オペレーター?昨日、小南さんにボコボコにされたって言ってたじゃない。戦闘員なんじゃないの?」

 

「色々、諸事情があるんだよ。お願いします」

 

素直にペコリと頭をさげる伊佐。

 

「…………」

 

「それにほら、昨日小南さんと宇佐美さんに色々教えてもらったって言ったら嫉妬してたじゃん?だからちょうどいい機会かと……」

 

「ゼッッッタイ教えない!」

 

帰れ!と締め出されてしまった。プリプリと怒って仕事に戻る綾辻と、扉の向こうの伊佐を見ながら嵐山は呟いた。

 

「………今のは伊佐くんが悪い」

 

 

この後、土下座までして許してもらった伊佐は、画面の見方や操作方法などを教えてもらった。

 

「ありがとう、ハルちゃん。今度のデート代奢る」

 

「………その時のお昼代もね」

 

「はいはい。じゃ、また」

 

伊佐が出て行き、一気に作戦室は静かになった。

 

「……良い子じゃないか。頭も良いし顔も良いし。性格はちょっと正直過ぎるけど……」

 

「でしょう?一応、自慢できる彼氏ですよ」

 

「どこでどうやって知り合ったんだ?」

 

「えーっと、三年前くらいですかね。私がボーダーに入る前、一回トリオン兵に襲われた事があるんです。その時に、助けてくれたのがケンくんなんですよ」

 

「へぇ……どうやって?」

 

「それは……」

 

聞かれて、綾辻は口籠った。何か言いにくい事なのかと思った嵐山はそれ以上聞かなかった。

 

「なるほど、まぁ言いにくいなら聞かないよ」

 

「ありがとうございます。それで、私てっきりケンくんはボーダーの人なのかと思って入隊したんですけど……まさか無関係だったとは……」

 

「ああ、それで入ったんだ……」

 

 

それから3日間、修や遊真や千佳が特訓してる中、伊佐は太刀川隊、風間隊、冬島隊、三輪隊、それと嵐山隊についての情報を頭に詰め込んだ。

で、今は再び嵐山隊作戦室。中に入ると、綾辻だけだった。

 

「もう、嵐山隊に命令は来たの?」

 

「うん。ケンくんがこの前来たのって、この為だったんだ」

 

「まぁね。じゃ、始めよう」

 

言うと、伊佐は椅子に座った。

 

 

これから始まろうとしている戦闘は、城戸司令が吹っ掛けたものだ。遊真vs三輪隊の一件で、ブラックトリガーの存在を知った城戸は、3日後に帰って来る遠征部隊を待って、黒トリガーを強奪しようというものだった。

だが、遊真は旧ボーダー創設時代の空閑有吾の息子であることを知った忍田本部長は反対。それを無視して強行的に奪おうというものだった。

だが、遠征部隊の実力は黒トリガーに対抗できるレベルの部隊だ。そこで迅は伊佐に指揮を頼んだのだ。自分達だけでも勝てる未来は見えていたが、伊佐がどれだけの頭を持っているかを知るためだ。

現在、迅は夜道で遠征部隊を待っていた。

 

「! 止まれ!」

 

前から声がした。現れたのは太刀川、出水、風間、菊地原、歌川、当真、三輪、奈良坂の8人。

 

「迅……‼︎」

 

「なるほど、そう来るか」

 

三輪、太刀川と声を漏らした。

 

「太刀川さん、久しぶり。みんなお揃いでどちらまで?」

 

その様子を狙撃位置についた佐鳥が眺めていると、耳元に通信が入った。

 

『佐鳥さん。敵でいない人はいますか?』

 

「太刀川隊の唯我と、冬島隊の隊長、あとは三輪隊の米屋と古寺だけだよ」

 

『ありがとうございます。そのまま狙撃位置から動かないでください』

 

「ほいほい」

 

一方、迅達。当真が声を発した。

 

「うおっ、迅さんじゃん。なんで?」

 

「よう、当真。冬島さんはどうした?」

 

「うちの隊長は船酔いでダウンしてるよ」

 

「余計なことをしゃべるな当真」

 

風間に注意され、黙る当真。太刀川が聞いた。

 

「こんな所で待ち構えてたってことは、俺たちの目的もわかってるわけだな」

 

「うちの隊員にちょっかい出しに来たんだろ?最近、うちの後輩たちはかなり良い感じだから、邪魔しないで欲しいんだけど」

 

「そりゃ無理だ、と言ったら?」

 

「その場合は仕方ない。実力派エリートとして、可愛い後輩を守んなきゃいけないな」

 

「なんだ、迅。いつになくやる気だな」

 

「おいおいどーなってんだ?迅さんと戦う流れ?」

 

太刀川に続いて当真が戯けたように言った。その隣で風間が口を開いた。

 

「『模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる』。隊務規定違反で厳罰を受ける覚悟はあるんだろうな?迅」

 

「それを言うならうちの後輩だって立派なボーダー隊員だよ。あんたらがやろうとしてることもルール違反だろ。風間さん」

 

「………!」

 

「立派なボーダー隊員だと…⁉︎ふざけるな!近界民を匿っているだけだろうが!」

 

「近界民を入隊させちゃダメっていうルールはない」

 

声を荒げた三輪に落ち着いた口調で迅は続けた。

 

「正式な手続きで入隊した正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせないよ」

 

「いや、迅。お前の後輩はまだ正式な隊員じゃないぞ」

 

「!」

 

「玉狛での入隊手続きが済んでても、正式入隊日を迎えるまでは本部ではボーダー隊員と認めてない。仕留めるのになんの問題もないな」

 

「へぇ……」

 

続いて、風間が言った。

 

「邪魔をするな、迅。お前と争っても仕方がない。俺たちは任務を続行する。本部と支部のパワーバランスが崩れることを別としても、黒トリガーを持った近界民を野放しにされている状況は、ボーダーとして許すわけにはいかない」

 

「城戸さんの事情は色々あるだろうが、こっちにだって事情がある。あんた達にとっては単なる黒トリガーだとしても、持ち主本人にしてみれば命より大事なものだ。おとなしく渡すわけにはいかないな」

 

その台詞に伊佐は若干違和感がした。それはどういう意味なのか。だが、話は進んでしまったため、思考は途切れた。

 

「あくまで抵抗を選ぶか……。お前も当然知ってるだろうが、遠征部隊に選ばれるのは、黒トリガーに対抗できると判断された部隊だけだ。他の連中ならともかく、俺たちの部隊を相手にお前一人で勝てるつもりか?」

 

「俺はそこまで自惚れてないよ。遠征部隊の強さはよく知ってる。それに加えてA級の三輪隊。俺が黒トリガーを使ったとしてもいいとこ五分だろ」

 

そう言った直後、ニヤリと口を歪ませた。

 

「ま、『俺一人だったら』の話だけど」

 

「……なに⁉︎」

 

直後、屋根の上にダン!と着地する足音が聞こえた。

 

「!」

 

「嵐山隊、現着した。忍田本部長の命により、玉狛支部に加勢する!」

 

「嵐山……!」

 

「嵐山隊……⁉︎」

 

「忍田本部長派と手を組んだのか……!」

 

嵐山、木虎、時枝が迅の隣に降りた。

 

「嵐山たちがいれば、はっきり言ってこっちが勝つよ。それに、もう一つ強力な助っ人もいる」

 

「なんだと……?」

 

「何より、俺のサイドエフェクトがそう言ってる。俺だって別に本部と喧嘩したいわけじゃない。退いてくれると嬉しいんだけどな、太刀川さん」

 

「……なるほど。『未来視』のサイドエフェクトか」

 

太刀川はニヤリと微笑むと、腰の孤月を抜いた。

 

「おもしろい。お前の予知を、覆したくなった」

 

それを合図に全員が臨戦態勢に入る。

 

「やれやれ、そう言うだろうなと思ったよ」

 

戦闘開始だ。

 

 



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12話

 

(迅さんが言うには、分断するまでは何もしなくて良い、って言ってたよね)

 

それを思い出し、最初の戦闘はのんびりすることに決めた。

 

「それで、どうやって勝つつもりなの?ケンくん」

 

「簡単だよ。多分、嵐山さん達を追ってくるのは三輪隊と+αだからね」

 

「侮ってると痛い目見るよ?」

 

「大丈夫、戦闘経験は向こうのほうが上でも、指揮官の経験は俺の方が上だ」

 

「ゲームででしょ?」

 

「うん」

 

「……………」

 

少し伊佐が心配になる綾辻だった。

 

「でも実際、ケンくんのゲームの腕はすごいよね〜。一回見に行った時ビックリしたもん」

 

「まぁ、周りがそうでもなかったけどな。特に決勝の……なんてったっけ?カントリー……なんとかってのたいしたことなかったわ」

 

「カントリー?国?………あれ、なんか身近にそんな人がいたような……」

 

『おい、作戦中だ!全部聞こえてるぞ!』

 

「「すみませんでした」」

 

嵐山の声が聞こえて、慌てて謝った。

 

「……でもよくあの時応援に来てくれたね」

 

「当たり前だよ〜。あの後、ちゃんと私の買い物も付き合ってくれたし。………ケンくんの、カッコ良い姿みたかったし」

 

「ありがとう。ハルちゃん」

 

「ケンくん……」

 

『おい、作戦中だって言ってんだろバカップル』

 

「「すいませんでした」」

 

すると、敵の分断に成功したのか、嵐山隊と迅が別れた。

 

『来るぞ、伊佐』

 

「了解しました。嵐山さん」

 

『なんだ?』

 

「勝っちゃっていいんですよね?」

 

『もちろんだ』

 

「了解」

 

 

嵐山達は三輪隊+出水を誘い込んだ。米屋と合流している代わりに、古寺と奈良坂の姿はない。

 

「こちら佐鳥、お前の読み通り三輪隊+αが来た。けど三輪隊の狙撃手はいなくて、米屋先輩が合流してる。あとは出水先輩がいるよ」

 

『ありがとうございます。佐鳥さんはその場で待機、絶対に撃たないで下さい』

 

「了解」

 

一方で、分断された嵐山達は三輪隊と正面から向かい合う。

 

「嵐山隊……何故玉狛と手を組んだ?」

 

「玉狛は近界民を使って何を企んでいる?」

 

「玉狛の狙いは正直よく知らないな。迅に聞いてくれ」

 

「なんだと……⁉︎」

 

「近界民をボーダーに入れるなんて普通はありえない。よっぽどの理由があるんだろう。迅は意味のないことをしない男だ」

 

「そんな曖昧な理由で近界民を庇うのか⁉︎近界民の排除がボーダーの責務だぞ‼︎」

 

「お前が近界民を憎む理由は知ってる。恨みを捨てろとか言う気はない。ただ、お前とは違うやり方で戦う人間もいるってことだ。納得いかないなら迅に代わって、俺たちが気の済むまで相手になるぞ」

 

「…………」

 

三輪が黙り込んだときだ。後ろの出水が攻撃態勢に入った。

 

「やるならさっさと始めようぜ」

 

「!」

 

「早くこっちを片付けて、太刀川さんに加勢しなきゃなんないからな」

 

両攻撃と見た佐鳥は言った。

 

「撃つぞ、伊佐」

 

『ダメです』

 

「なんでっ?」

 

『あれが攻撃態勢であることが確定したわけではありません。仮に両防御だった場合、三輪隊の誰かが佐鳥先輩を一人殺しに来て、こちらは誰かにカバーさせなきゃいけない。タダでさえ人数で負けているのにそれは困ります』

 

「………じゃあいつ撃つんだよ」

 

『こちらから指示します』

 

「…………わかった」

 

一方、射撃戦が行われている嵐山隊vs三輪隊は激しい撃ち合いになっていた。

狙撃手の援護がいつ来るか分からない三輪隊は若干押され気味だが。

 

「全員退け」

 

言いながら米屋が孤月を振るった。

 

「旋空孤月」

 

斬撃が飛び、嵐山隊の3人は大きく後ろに飛んで回避。その隙を逃さずに出水と三輪は追撃した。

 

『嵐山さん、メテオラを二発』

 

「なんでだ。当たらないぞ」

 

『当てるのが目的ではありません』

 

「了解」

 

上空からメテオラを三発放つ嵐山。当たらなかったものの、道路を大きくぶっ壊し、煙が舞い上がった。

 

『時枝さん、敵の真後ろにテレポート。移動完了後、嵐山さんと挟み討ちでぶっ放して下さい』

 

「了解」

 

『佐鳥さん、木虎さん』

 

「ん?」

 

「何?」

 

『仕事です』

 

煙の中で弾丸を浴びている三輪、米屋、出水はシールドを張ってなんとか堪えていた。

 

「クッ……!」

 

「挟まれたか。どうする秀次⁉︎」

 

「上に逃げるしかないだろ!」

 

三人はシールドを張りながら大きくジャンプして弾丸を回避した。その直後、パッとビルの上が二つ光った。

 

「ッ⁉︎」

 

その弾丸が一発米屋の頭に直撃。もう一発目の出水はなんとか防いだ。さらに、三輪に木虎がスコーピオンで斬りかかった。

 

「くッ……‼︎」

 

「秀次!」

 

緊急脱出直前の米屋が、三輪の腕を引いてなんとか脚一本で済んだ。

 

「すまん、陽介」

 

「じゃ、あとよろしく」

 

米屋はバシュッと消えて行った。だが、嵐山隊の攻撃は終わらない。

 

『木虎さん、追撃お願いします。嵐山さん、時枝さんはその援護、佐鳥さんは隙があれば仕留めるつもりで狙撃して下さい』

 

「「「「了解」」」」

 

四人とも従った。

 

 

「ふぅ……」

 

「す、すごいね……」

 

息をついた伊佐に綾辻が引き気味に呟いた。

 

「俺は、将棋でもチェスでもまずは相手の退路を断つタイプだから」

 

「性格悪っ」

 

「……………」

 

 

一方、牽制しつつ退く三輪と出水。

 

「おいおいおい、どうすんだ三輪!ヤバくねこれ⁉︎」

 

「分かってる!」

 

三輪は奥歯を噛み締めた。

 

(この戦法……嵐山隊の戦い方じゃないな。別の所に誰か指揮官がいるのか?いや、そんな事はどうでもいい!それより、まずはこの状況を何とかしないと……!)

 

頭の中でどうやって逃げ切るかを巡らせている時だ。

 

「三輪!」

 

「っ!」

 

目の前の木虎がスコーピオンを振り被った。

 

「しまっ……!」

 

「まず一人」

 

木虎がそう言った直後、バシュッと音が響き、木虎の胸に穴が開いた。

 

 



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13話

 

 

「っ⁉︎」

 

「ッ‼︎」

 

「なんだぁ⁉︎」

 

そのまま木虎は緊急脱出。直後、嵐山隊の耳元で大声がした。

 

『全員シールド!もしくはその場から退避‼︎』

 

そう言って慌てて3人ともシールドを張った。直後、嵐山のシールドを貫通した。

 

「っ⁉︎」

 

反射的に身体を逸らしたお陰で、腕が吹き飛んだ程度で済んだ。

 

『全員退がって!嵐山さんと時枝さんは合流して待機、佐鳥さんは次の狙撃ポイントに逃げて!』

 

「「「了解……!」」」

 

 

「あいつら逃げてるぞ三輪、追うか?」

 

「いや、体勢を立て直したいのはこちらも同じだ。追わなくていい」

 

『おいおい三輪ぁ、随分とボコボコにされてるじゃねーの?』

 

「援護ありがとうございます、当真さん」

 

『これからどうするよ?』

 

「それは……」

 

 

嵐山隊作戦室。ボフッと木虎が帰って来た。

 

「おかえり、木虎ちゃん」

 

綾辻が声をかけ、少し申し訳なさそうな顔をする木虎。

 

「すみません、狙撃を警戒していれば……」

 

「謝るのは俺の方です。援軍が来る可能性を勝手に排除していた……」

 

ショボーンと落ち込んでいる伊佐。

 

「そうね。指揮官のあなたの所為だわ」

 

「………ほんとすいません……」

 

「うっ……」

 

追い討ちをかけると、予想以上に凹まれて、少し罪悪感が芽生えた。すると、綾辻が伊佐の肩に手を置く。

 

「落ち込まないで。まだ負けてないよ」

 

「………うん」

 

「それに、最初は無傷で米屋くんを落とせたりしたんだし、ケンくんは良くやったよ」

 

だが、ショボーンと落ち込む伊佐は中々復帰しない。すると、木虎も自分が悪いと思ったのか声を掛けた。

 

「そ、そうよ。あなたのお陰で最初は優勢だったんだし!落ち込まないでよ」

 

「いや……でも俺がもっとしっかり画面を見てれば……」

 

「狙撃手は普通バッグワーム付けてるし、レーダーに映らないのは仕方ないわよ」

 

「いやでも皆さんに警戒するよう促せばもしかしたら……」

 

(め、面倒臭い……!)

 

木虎は心底そう思った。すると、嵐山から通信が入った。

 

『こちら嵐山。伊佐くん、指示はまだか?』

 

「すいません嵐山さん。俺が敵の援軍に気付いてれば……」

 

『いや、バッグワームを使われてたのなら仕方ないよ。切り替えろ。反省は後だ』

 

「はい……ほんとにすいません……」

 

『……綾辻さん、伊佐くんどうしたの?』

 

今度は時枝からだ。

 

「ゲームで負けるとこうなるんです。少し前にそれでギルド壊滅させたのがトラウマになってるみたいで……」

 

『なんとか出来ないの?』

 

「出来ないことはないんですけど……」

 

『頼む、迅に頼まれた仕事だ。やり通したい』

 

嵐山に頼まれ、綾辻は伊佐の耳元で呟いた。

 

「後で一緒にスマブラやってあげるから、頑張れない?」

 

「嵐山さん、今の状況を教えて下さい」

 

「子供か」

 

木虎からのツッコミを無視して、伊佐は嵐山の現状を聞いた。

 

「……なるほど」

 

『あっ』

 

「どうしました?」

 

『迅の方で一人緊急脱出したみたいだ』

 

「………よし、大体出来た」

 

そう呟くと、伊佐は指示を開始した。

 

 

「よし、充。聞いてたな?」

 

「はい」

 

伊佐からの作戦を聞いた嵐山は時枝にそう聞いた。

 

「賢もいいか?」

 

『了解っす』

 

「にしても、本当によく思いつくものですね。伊佐くんは」

 

「ゲームで学んだとは思えないな。とにかく、指示通り待機だ」

 

「はい」

 

 

数分後、さらに迅の方から一人緊急脱出したのを見て、三輪と出水は嵐山達を探すより、迅の戦闘を援護する事にしたのか、動き出した。

 

「! 動いた」

 

「よし、賢。先に行っててくれ」

 

『了解っす』

 

それを追うように嵐山達も動いた。

 

「おー、来た来た。三輪の読み通り」

 

その様子を狙撃ポイントについた当真はレーダーで見ていた。

 

「あれ?嵐山さんだけ?とっきーはバックワーム使ってんのか」

 

「嵐山さんを囮にして奇襲か、もしくはまたテレポートからの十字放火だろう。佐鳥も生きている、一応狙撃を警戒しておけよ」

 

「うい」

 

場所は何処かの公園。

 

「おっ、嵐山さん見っけ」

 

直後、出水の爆撃。それを後ろに下がってシールドを張りながら逃げる嵐山。

 

(………反撃は無し、本当にカウンター狙いか)

 

出水と三輪の攻撃を必死に耐える嵐山。なんとか凌ぎ切った。

 

「うおお、耐えるなー嵐山さん」

 

「深追いするなよ。時枝の奇襲か佐鳥の狙撃を最警戒しろ」

 

そう言いつつ、攻撃を再開。嵐山は後ろに下がりながら、狙撃を警戒しつつ攻撃を凌ぐ。

 

「……なぁ、三輪。大人しすぎないか?」

 

「…………」

 

出水に聞かれて、一瞬考える三輪。嵐山からの反撃はない。

 

「!」

 

「どうかしたか?三輪」

 

「出水、早く片付けるぞ……!」

 

「急にどうした?」

 

「嵐山さんの狙いは……!」

 

そう言いかけた時、更に緊急脱出が二つ。そして、三輪の耳元に声が入った。

 

『三輪くん、作戦終了よ』

 

オペレーターの月見蓮の声がした。

 

『太刀川くんと風間さんが緊急脱出したわ。奈良坂くんと章平くんも撤収中よ』

 

「……‼︎」

 

「そうだ、三輪。俺たちの狙いは、迅が勝つまでの時間稼ぎだ」

 

「はぁ⁉︎」

 

出水が声を上げた。

 

「なら、トッキーもいた方が時間は稼ぎやすかったんじゃねぇの?」

 

「それも奴らの作戦のうちだ。敢えて時枝をバッグワームで隠して、奇襲すると思わせて俺たちに全力で戦闘をさせないのが目的だったんだ」

 

「でも、迅さんが勝つ保証なんてないだろ」

 

「それはあったよ。最初に迅が言ってただろ」

 

嵐山に言われ、出水の頭に浮かんだのは、戦闘前に迅が言ってた台詞だった。

 

「くああ〜〜〜!マッジかよ、さっさと潰しときゃ良かったわ」

 

「それでも俺たちはなんとか粘ってたと思うぞ」

 

そう嵐山が言った直後、にゅっと木陰から時枝が姿を現した。

 

「任務達成ですね。嵐山さん」

 

「俺なんもしてないけど」

 

「ああ、充、賢。よくやった」

 

言いながら嵐山は通信機にも声をかける。

 

「木虎と綾辻もよくやってくれた」

 

『どうもです』

 

『お疲れ様です』

 

『いやいや、俺は?ねぇ、俺は?』

 

『あんたは一応、隠すことになってんでしょうが』

 

その声を聞いて、嵐山は若干微笑んだ。

 

「作戦失敗か〜……。5位のチームにいっぱい食わされたのは腹立つな〜」

 

「おいおい、それよりトッキー。嵐山隊らしくない随分とイヤラシイ作戦だったじゃねぇか」

 

いつの間に降りてきたのか、当真がそう言った。

 

「あー……まぁ、そうですね」

 

「もしかして、誰か助っ人呼んでたんじゃねぇだろうな。作戦通信参謀的な」

 

(大正解)

 

そう思っても口にしなかった。すると、三輪が嵐山に言った。

 

「嵐山さん、近界民を庇ったことをいずれ後悔する時が来るぞ。あんたたちはわかってないんだ。家族や友人を殺された人間でなければ、近界民の本当の危険さは理解できない。近界民を甘く見ている迅は、いつか痛い目を見る。そして、その時にはもう手遅れだ」

 

「甘く見てるってことはないだろう。迅だって近界民に母親を殺されてるぞ?」

 

「……⁉︎」

 

「五年前には師匠の最上さんも亡くなってる。親しい人を失う辛さはよくわかってるはずだ」

 

「…………」

 

「近界民の危険さも、大事な人を失う辛さもわかった上で、迅には迅の考えがあるんだと思うぞ」

 

言われて、三輪の頭には迅の顔が浮かんだ。

 

「…………クソッ‼︎」

 

短く声を上げながら、近くの壁を殴った。

 

 

「…………終わった。なんとか勝てたぁ……」

 

グデーッと綾辻に保たれ掛かる伊佐。その伊佐の頭を綾辻は撫でた。

 

「お疲れ様」

 

「オペレーターって大変だね。改めてそう思うわ」

 

「そうね、特に途中で失敗したからってふて腐れる人には二度と指揮されたくないわね」

 

木虎に言われ、伊佐は真顔で木虎の顔を見つめ返した後、綾辻に視線を戻した。

 

「それよりスマブラの約束だかんね。絶対だかんね」

 

「はいはい。じゃ、今日はもう帰ろっか」

 

「ち、ちょっと!無視なの⁉︎」

 

「今夜は寝かさないからね」

 

「それ変な意味に聞こえるからね」

 

「ま、待ちなさいよバカップル!」

 

二人は帰った。

 



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14話

 

翌日の朝。昨日の夜から現在まで、二人でスマブラをやっていて、綾辻の眠気はマックスだった。

 

「少しくらい遅刻してけば?」

 

「無理だよ……今日も嵐山隊は仕事なんだから……」

 

フラフラと玄関に向かう綾辻。その様子を後ろで見ていた伊佐は、自分もさっさと準備をして、すぐに隣に立った。

 

「………ケンくん?」

 

「途中までチャリで送るよ」

 

「いいよそんな……悪いし」

 

「俺がゲームに付き合わせた所為だから、気にしないで」

 

「ケンくん……」

 

家を出て鍵を閉めると、伊佐は自転車を出した。その後ろに跨り、伊佐の腰の辺りに抱き着く綾辻。

 

「………割と胸あるね」

 

「よ、余計なこと言わなくていいっ」

 

出発進行。伊佐は軽々と自転車を転がし、綾辻は伊佐の背中に、前のめりに凭れかかる。背中の柔らかい感触を愉快に感じていた伊佐だが、ヤケにユラユラと揺れているのに若干不安になった。

 

「ハルちゃん、大丈夫?」

 

「…………」

 

「ハルちゃん?」

 

「………Zzz〜……」

 

「………」

 

寝てるようなので、慎重に走った。

 

 

ボーダー本部。爆睡してる綾辻をおんぶして歩く伊佐。それを見ながら周りがからかうような台詞を言う。

 

「ヒュー、流石彼氏だな」

 

「そうですね」

 

「…………」

 

実にからかい甲斐のない男だった。すると、たまたま通り掛かった出水が、からかった小荒井に聞いた。

 

「えっ、綾辻って彼氏いんの?」

 

「いますよ。最近のボーダーじゃその噂で持ちきりですよ」

 

「あのおぶってるのが?」

 

「はい」

 

「おい、余りばら撒いてやるなよ」

 

「いいじゃねぇか、奥寺。どーせいつか知られるんだし」

 

一応、奥寺が止めるも、小荒井に反省の色はない。出水は面白いことを知った顔をして、ニヤリと笑った。

 

「おーい、綾辻」

 

「……だぁめだよ〜けんくん……そんなわたし達、まだ未成年……」

 

「おい、綾辻」

 

「あの、ハルちゃん今寝てるんで。起こさないであげてください」

 

「ハルちゃんって呼んでんの⁉︎」

 

「はい。ていうか、あなた誰ですか?」

 

本当は知っている。だが、昨日の件は関わってないことになっているので、他人のフリをした。

 

「ああ、悪い。俺は出水。太刀川隊のシューターだ」

 

「失礼しました。俺は伊佐賢介です」

 

「……もしかして、新しくボーダーに入るのか?」

 

「一応、スカウトされました」

 

「おお、マジか。スゲェな」

 

「では、ハルちゃんを送らないといけませんので。失礼します」

 

「待てよ。話くらい聞かせろって。てかなんで綾辻寝てんの?珍しい」

 

「昨日から今朝までゲーム付き合わせてしまって、それでかなり眠いそうです」

 

「お前、ゲームやるのか?」

 

「はい。一応」

 

「なら、うちの作戦室こいよ。俺たちのオペレーターが超ゲーム強くてさ」

 

「行きましょう」

 

即答した。

 

 

とりあえず、綾辻を嵐山隊の作戦室に置いて、伊佐と出水は太刀川隊作戦室へ。

 

「うーっす」

 

「失礼します」

 

中に入った直後、目の前に現れたのは顔の長い少年だった。

 

「………何用かな?」

 

「オペレーターさんとゲームしに来ました」

 

「いや動じないのお前?」

 

出水から若干引いたような台詞が飛んできた。

 

「出水先輩、彼は?」

 

「客だよ。お前変なこと言ったらブッ殺すから」

 

一撃で黙らせると、出水は伊佐を中に入れる。中には、オペレータの国近柚宇と太刀川がゲームをしていた。

 

「柚宇さん、いる?」

 

「お〜、出水くん。どしたの〜?」

 

「ちょっと、紹介したい人がいてさ。ゲーム仲間にどうかと思って」

 

「おお〜、どんな人どんな人〜?」

 

パァッと明るくなる国近の前に、出水は伊佐を差し出した。直後、明るくなった顔色が一転してブラックホールと化す。

 

「ああああ〜‼︎」

 

大声をあげながら、伊佐を指差した。

 

「? 伊佐、知り合い?」

 

「いえ、知りません」

 

「嘘だ!絶対知ってる!」

 

「いやなんで俺の知ってることを見ず知らずの人に判断されなきゃいけないんですか」

 

「だって私は知ってるもん!」

 

「自分が知ってることを他人が知ってると思わないでください」

 

「二年前の6月の市内格ゲー大会決勝戦!」

 

「…………ああ、あの時の」

 

「思い出した⁉︎」

 

「一番弱かった人」

 

「」

 

直後、ゆらりと立ち上がる国近。

 

「お前ぇ……ゆるさぁーん!」

 

声を張り上げた国近は、太刀川の方を見た。

 

「太刀川さん」

 

「ど、どうした?」

 

「退いて」

 

「いや、でも今ゲーム中……」

 

「退、い、て」

 

すごすご退く太刀川を見ても、まったく悪びれる様子なく国近はコントローラーを伊佐に渡した。

 

「リベンジ!」

 

「はぁ、いいっすけど。あの時みたいに負けたからって泣いて怒らないで下さいよ」

 

「えっ、柚宇さんその癖外でもなの?」

 

出水がドン引きしても、国近はまったく気にせずにスマブラをつけた。

 

「もしかして、ここでも泣いて怒るんですか?」

 

「そうなんだよ。お前あの大会の日大変だったんだぞ。1日拗ねてまったく仕事しなかったんだから」

 

「愉快な人なんですね」

 

「早く!」

 

はいはい、とコントローラーを受け取って国近の横に座る。

 

「んっ、お前……」

 

「あ、初めまして。新しく玉狛支部に配属されることになった伊佐賢介です。宜しくお願いします」

 

「ああ、俺は太刀川慶だ。玉狛ってことは、迅と知り合いか?」

 

「はい。一応、あの人にスカウトされて……」

 

「へぇ!迅がスカウトする程の奴か!なぁ、今度俺と…」

 

「早く!」

 

急かされて、仕方なく会話を打ち切って伊佐は画面を見た。

 

「もう一度言うけど、負けても泣かないで下さいよ」

 

「分かってる!てか泣いたことないし!」

 

「ええ………(困惑)」

 

伊佐を困惑させるほどの国近とのゲームが始まった。

 

 

「おーい綾辻、いい加減に起きろー」

 

ペチペチと頬を叩かれて、綾辻は目を覚ました。薄っすらと開けた目に映っていたのは、嵐山の姿だった。

 

「………あらしやまさん……?ケンくんは……?」

 

「賢介なら綾辻を置いた後、出水と太刀川隊の作戦室に行ったよ」

 

「たちかわたい……?」

 

伊佐→太刀川隊作戦室→太刀川、出水、唯我、国近→割とゲームやる人たち→その発端→国近。

そこまでのフローチャートが出来上がった直後、綾辻はコンマ数秒の速さで出て行った。

 

 



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15話

 

 

太刀川隊作戦室に、またノックの音が響いた。

 

「今度は誰だね……」

 

唯我がドアを開けると、目の前にいたのは綾辻だった。

 

「! あ、あやっ、綾辻先輩⁉︎僕に何か御用ですか⁉︎」

 

「あんたじゃない!ケンくんいる⁉︎」

 

質問した割に、唯我の横を通り抜けて作戦室の中へ。そして、目に飛び込んできたのは、

 

「うがぁああ!」

 

「おーい国近落ち着け〜」

 

「え、えげつねぇ……」

 

伊佐に跨ってる国近を止める太刀川と、ゲームの画面を引き気味に見てる出水だった。

 

「………何これ」

 

「あっ、綾辻。お前も国近止めてくれ」

 

「は、はいっ」

 

そのまま国近を落ち着かせること10分。ひっひっふーと息を整える国近を抑えながら綾辻が聞いた。

 

「で、どういう状況ですかこれ?いや、大体察しはつくけど」

 

「思ってる通りだよ」

 

出水に言われ、納得してしまう綾辻。ようは、ゲームで伊佐にフルボッコにされた国近が泣きながら逆ギレしたのだろう。

フゥーッフゥーッと猫の威嚇みたいな息をする国近に、伊佐が言った。

 

「まぁ、落ち着いて下さい」

 

「煽るな!」

 

「いや違うからハルちゃん。少しは俺のこと信用しろよ」

 

「出来ないよ!事ゲームに関しては!」

 

「今回は違うよ。これならまだハルちゃんの方が強いって言おうとしただけ……」

 

「それを煽るって言うんだよ!」

 

直後、ギョロン!と国近は綾辻を見た。

 

「な、なんですか……?」

 

「………綾辻ちゃん、強いの?」

 

「ま、まぁ……いつもケンくんとゲームしてますから。他の人とやったことないので分かりませんけど……」

 

「勝負!」

 

「な、なんでですかあ⁉︎大体、私まだ仕事が……!」

 

「いいから!」

 

で、国近と綾辻がゲーム開始。その様子を後ろで見ながら伊佐はホッと胸を撫で下ろしつつ、椅子に座り込んだ。

 

「ふぅ……」

 

「お前、今わざと綾辻の方に仕向けたろ」

 

出水に言われて、「うん」と答える伊佐。

 

「意外と黒いのな……。まぁいいや。それよりさ、おまえ一応新人なんだろ?」

 

「は、はい。そうですけど……」

 

「なら、こんな所でゲームしてていいのか?」

 

「はい?」

 

「スカウトだろうがなんだろうが、正式入隊日には出なきゃいけないんだぜ?」

 

「………えっ?」

 

「正式入隊日には訓練とかもあるから、今のうちにトリガーに慣れといたほうがいいんじゃ」

 

「帰ります」

 

「おーう、また来いよー」

 

速攻で出て行った。

 

 

玉狛支部に到着。

 

「遅かったな」

 

出迎えたのは、たまたまいたレイジだった。

 

「いや、あの……色々あって本部にいまして……」

 

「まぁいい。それより、お前も仮想訓練室を使え。正式入隊日にはお前も仮想訓練をするんだ」

 

「あの、俺に師匠は付かないんですかね」

 

「さぁ……?」

 

仕方なさそうに伊佐は一人で特訓した。

 

 

数日後。正式入隊日となった。

 

「さぁ、いよいよスタートだ」

 

遊真が拳をポキポキと鳴らしながら言った。

 

「ふー……なんだか緊張してきた……」

 

「なんでだよ、オサムはもう入隊してるじゃん」

 

「よし……確認するぞ。C級隊員の空閑と千佳はB級を目指す」

 

「俺たちがB級に上がったら、3人で隊を組んでA級を目指す」

 

「A級になったら遠征部隊の選抜試験を受けて……」

 

「近界民の世界に、さらわれた兄さんと友達を捜しに行く!」

 

「あの、いつの間にそんな話に……?」

 

「よし……!今日がその第一歩だ」

 

伊佐のことなど無視して修がそう言った。

 

(………あれっ?ってことは、俺って玉狛でボッチなんじゃ……いや、迅さんもボッチだし大丈夫のはず……)

 

すると、忍田が壇上に上がった。

 

「ボーダー本部長、忍田真史だ。君たちの入隊を歓迎する。君たちは本日、C級隊員……つまり、訓練生として入隊するが、三門市の、そして人類の未来は君たちの双肩に掛かっている。日々研鑽し、正隊員を目指してほしい」

 

そして、最後に敬礼をして言った。

 

「君たちとともに戦える日を待っている。私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」

 

そう言った通り、壇上には嵐山隊の嵐山、木虎、佐鳥、時枝が並んだ。

 

「嵐山隊……!本物だ!」

 

「嵐山さん!」

 

「相変わらず人気だなぁ、あの人たち」

 

伊佐が呟くと、遊真も「うんうん」と言った感じで頷く。すると、隣のC級隊員が呟いた。

 

「あーあー喜んじゃって……」

 

「素人は簡単でいいねぇ」

 

「? なぁ、それどういう意味?」

 

それに遊真が食いついた。

 

「なんだこいつ」

 

「頭白っ」

 

「無知な人間は踊らされやすいって意味さ。嵐山隊は宣伝用に顔で選ばれた奴らだから、実際の実力はたいしたことないマスコット隊なんだよ」

 

「?」

 

「ボーダーの裏事情を知ってる人間にとってはこんなの常識」

 

「知らなくても、ちゃんと見てれば見抜けるしな」

 

「本気かこいつら……?」

 

伊佐が呟いた。少なくとも、伊佐の指示に従っていたとはいえ、三輪と米屋と出水と当真を撃退したのだから、実力が大したことないなんて事はない。

さてはパソコン弄って変なのに踊らされたな……と、思ってると、嵐山が説明を始めた。

 

「さて、これから入隊指導を始めるが、まずはポジションごとに分かれてもらう。攻撃手と銃手を志望する者はここに残り、狙撃手を志望する者は、うちの佐鳥について訓練場に移動してくれ」

 

そんなわけで、千佳は佐鳥の方へ行き、遊真と修と伊佐は残った。

 

「改めて、攻撃手組と銃手組を担当する、嵐山隊の嵐山准だ。まずは、入隊おめでとう。忍田本部長もさっき言っていたが、君たちは訓練生だ。B級に昇格して正隊員にならなければ、防衛任務には就けない。じゃあどうすれば正隊員になれるのか、それを説明する」

 

と、説明を始めた辺りで、伊佐は少しその場を離れ、暇そうにしてる木虎の裾を引っ張った。

 

「? 伊佐くん?どうしたの?」

 

「ハルちゃんは何処ですか?」

 

「綾辻先輩はオペレーターだからいないわよ。あと、同い年なんだからタメ口で構わないわよ」

 

「なぁんだ……帰ろっかな」

 

「いや、あんた何しに来たのよ」

 

「あ、あと、俺ってスカウトされたんだけど……C級スタートなの?」

 

「スカウトされても免除されるのは面接と学力試験と体力試験だけで、訓練生にはなってもらうわよ。当たり前でしょ?訓練も無しにあなた戦えるの?」

 

「………なるほど」

 

「それより話聞いてなさいよ」

 

「いいよ、あとで三雲くんに聞くから」

 

「………そう。でも、意外ね」

 

「何がですか?」

 

「私はあなたはオペレーターだと思ってたわ」

 

「あのときは迅さんに頼まれてたから」

 

「ふぅん……まぁいいけど。それより、あなたは何を選んだの?」

 

「? 何って?」

 

「トリガー。やっぱりスコーピオンか孤月?」

 

「いや、アステロイドだけど」

 

「ふぅん、射撃が好きなんだ」

 

「近距離が嫌いなだけだよ」

 

すると、嵐山が動き出し、C級の群れもその後に続く。

 

「あ、行かないと」

 

一番後ろを歩いてると、木虎は続いて修に声を掛けた。

 

「三雲くん」

 

「! 木虎」

 

「なんであなたがここにいるの?B級になったんでしょ?」

 

「転属の手続きと空閑と伊佐の付き添いだよ」

 

すると、遊真も木虎に手を振った。

 

「おっ、キトラ。久しぶり。おれ、ボーダーに入ったからよろしくな」

 

「………まさか、こいつが迅さんの言う近界民だったなんてね」

 

隣の伊佐に木虎が言った。

 

「いい奴だよ。空閑くんがいなかったら、モールモッドもバンダーも倒せなかった」

 

「あなた、バンダーも倒したの?」

 

「いや、あれは倒したというより時間稼ぎをしただけかな」

 

「……………」

 

そんな話をしてる間に、仮想訓練室に到着した。今回戦うのはバムスターだ。五分以内に倒せ、とのことだった。

 

「バムスターっていうのは、まだ戦ったことないな」

 

「生身でトリオン兵と戦ったことあるのがおかしいのよ」

 

もっともだった。

 

 



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16話

 

 

バムスターとの戦闘訓練開始。色んなC級が戦う中、伊佐と木虎と修はその戦闘の様子を見ていた。

すると、声が流れてきた。

 

『2号室終了、記録58秒』

 

それに、おお!といろんな場所から声が上がる。

 

「1分きった!」

 

「すげー……!」

 

それを聞いて、伊佐は木虎に聞いた。

 

「1分切るとすごいの?」

 

「まぁまぁじゃないかしら?ま、私は9秒だったけど」

 

「へぇ……木虎さんすごいね」

 

「それより、貴方は並ばなくていいの?」

 

「あ、そうだった」

 

伊佐も列に並ぶ。次は遊真の出番だ。

 

『始め!」』

 

直後、遊真の姿が消え、バムスターの頭がパックリと割れていた。全員が静かになる中、スピーカーから記録が発表される。

 

『れ……0.6秒………⁉︎』

 

呑気な顔して訓練室から出て来る遊真。

 

「いやいやいや、そんなわけないだろ」

 

すると、さっきの58秒の奴が遊真を指差す。

 

「まぐれだ!計測器の故障だ!もう一回やり直せ!」

 

「ふむ、もう一回?いいよ」

 

今度は0.4秒。

 

「縮んでる⁉︎」

 

ギャーギャー騒ぐC級の後ろで、木虎も修も驚いてると、烏丸が近づいて来た。

 

「修」

 

「あ」

 

「‼︎ か……かかか、烏丸先輩!」

 

「おう木虎、久しぶりだな」

 

で、修に向き直った。

 

「悪い、バイトが長引いた。どんな感じだ?」

 

「問題ないです。空閑が目立ってますけど……」

 

「まあ、目立つだろうな。伊佐は?」

 

「伊佐はこれからです」

 

「ふぅーん……」

 

すると、木虎がヤケに顔を赤くして言った。

 

「か、烏丸先輩……最近、ランク戦に顔出されてないですね。お時間があったらまた稽古つけてください……!」

 

「や、お前十分強いだろ。もう俺が教えることなんてないよ」

 

「そんな……私なんてまだまだです」

 

「ん?そういやお前、修と同い年か」

 

「? はい、そうですね」

 

「じゃあちょうどよかった。こいつ、俺の弟子なんだ。木虎もいろいろ教えてやってくれ」

 

「………⁉︎ 弟子……⁉︎」

 

目をパチクリさせる木虎。

 

「で、弟子というと、その……マンツーマンで指導する、的な……?」

 

「そうそう、そんな感じ。だいぶ先は長そうだけどな」

 

「すみません……」

 

「さて、嵐山さんにも挨拶しとくか」

 

「あ、嵐山さんは向こうです」

 

二人のやり取りを見ながら、木虎はゴゴゴゴと黒いオーラを発する。

 

(烏丸先輩の弟子……なんて羨ましい………‼︎)

 

そんな事を思ってると、修が言った。

 

「あ、でも伊佐の番ですよ」

 

「じゃあ、少し見ていくか」

 

烏丸と修はモニターを見る。

 

『始め』

 

声が聞こえた直後、伊佐は動くことなく、ハンドガンをバムスターに向けた。

 

「あの角度じゃバムスターの弱点には当たらないわよ」

 

木虎が呟く。烏丸も修もただその様子を見ていた。

バムスターが、ズシンズシンズシンッと走って伊佐に襲い掛かる。そして、チラッと目のほんの一部分が視界に入った直後、引き金を引いた。それが見事に命中する。

 

「!」

 

「おお………」

 

烏丸も修も驚いたような声を上げた。若干、怯んだものの、バムスターは突進をやめない。首を伸ばして伊佐を噛みつこうとする。

それでもまったく動かずに伊佐はハンドガンを三発早撃ち。すべて、バムスターの目に直撃し、煙を上げてズシィンッと倒れた。

 

『記録28秒』

 

記録を聞くなり、訓練室を出た。遊真のお陰で目立たずに済んだ伊佐は、さっさと観戦席に戻った。

 

「あなた、どんな射撃能力してるの……?」

 

木虎に聞かれた。

 

「ガンシューで出来た技術」

 

「極め過ぎでしょ……」

 

引き気味に木虎が呟いた。すると、京介が伊佐の所に来た。

 

「中々やるな、伊佐」

 

「そんなことないです。ゲームの技術です」

 

「いや、あの角度から弱点をハンドガンで狙撃なんて普通出来ることじゃない。てか、お前やろうと思えばもっと早く終わらせられるんじゃなかったのか?」

 

「嫌ですよ面倒臭い……。ハルちゃんが見てるならともかく……」

 

「基準はそこか……。あとお前、なんで狙撃手にしなかったんだ?」

 

「ゲームで使ったことないので無理です」

 

「お前の基準……」

 

呆れられても、伊佐は特に何も思わなかった。

 

「……よし、お前の強さがまぐれじゃないことは分かった。合格だ」

 

さっきの58秒が、遊真に手を伸ばす。

 

「俺たちと組もうぜ。強者同士が手を組めば、より上を目指せる」

 

どのスタンスで話してんだお前は、と言われても仕方ないレベルで上から目線で言われた。

 

「おことわりします」

 

「な………⁉︎や

 

清々しいほど当たり前の返しをされた。その遊真に、嵐山が声を掛けた。

 

「三雲くんと組むんだろう?」

 

「うん、そう」

 

「……なるほどな」

 

さらに、別の声が入ってきた。

 

「風間さん、来てたんですか?」

 

「訓練室を一つ貸せ、嵐山。迅の後輩とやらの実力を確かめたい」

 

言いながら、トリガーを起動する風間。

 

「待ってください風間さん!彼はまだ訓練生ですよ⁉︎」

 

「ちがう、そいつじゃない。俺が確かめたいのは……お前だ。三雲修」

 

風間の目線の先には、修が立っていた。

 

「!」

 

「………え⁉︎」

 

 



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17話

 

 

急に決まった修vs風間。遊真と伊佐を除くC級は、時枝によってラウンジに向かった。

 

「今のお前じゃ勝てないぞ」

 

「分かってます」

 

「無理はするなよ」

 

「はい!」

 

烏丸に言われ、威勢良く返事をすると、風間と一緒に修は訓練室に入った。

 

『模擬戦開始』

 

(風間さんの武器はスコーピオン。それも二刀流、間違いなくアタッカーだ。この場合は距離をとって射撃で……)

 

修がレイガストを盾にしつつ、アステロイドを手元に出して下がろうとすると、風間の姿が消えた。

 

「⁉︎」

 

その直後、正面からスコーピオンを刺された。

 

「な………‼︎」

 

『トリオン供給機関破壊、三雲ダウン』

 

その後も、何度か戦うが、カメレオンによってボッゴボコにされていく。

 

「姿を消すトリガーか……。ボーダーには面白いトリガーがあるな」

 

「『カメレオン』。トリオンを消費して風景に溶け込む隠密トリガーだ」

 

「ふーむ……。俺ならどう戦うかな……」

 

烏丸と遊真が話しながら観戦する。

 

「うーわ……俺、風間さんと個人戦したくない」

 

「まぁ、伊佐には相性悪いだろうな」

 

そんな会話をしてる間にも、修は何回も死んでいく。

 

「烏丸先輩」

 

すると、木虎が声をかけてきた。

 

「どうした?」

 

「もうやめさせてください。見るに堪えません」

 

「キトラ」

 

「三雲くんがA級と戦うなんて早すぎます。勝ち目はゼロです」

 

「なんだ、修の心配か?」

 

「なっ……ちがいます!」

 

「オサムだって別に今すぐ勝てるとは思ってないだろ。先のこと考えて経験を積んでんだよ」

 

「『ダメで元々』『負けても経験』、いかにも三流の考えそうなことね。勝つつもりでやらなきゃ勝つための経験は積めないわ」

 

言うと、遊真と烏丸は少し目を見開いく。

 

「なるほど……」

 

「お前いいこと言うな」

 

「いえ、それほどでも……」

 

烏丸に褒められ、顔を赤くして咳払いする木虎。

 

「しかしまあ、いつ終わるかは始めた二人次第だからなあ」

 

だが、ちょうどそのタイミングで風間がスコーピオンを引っ込めた。

 

「お、終わったっぽいよ」

 

中では、風間が倒れて息を乱してる修を見下ろして言った。

 

「……もういい。ここまでだ。時間を取らせたな」

 

「ありがとう、ございまし、た……」

 

「……迅め。やはり理解できない……黒トリガーを手放すほどのことなのか……」

 

「え……⁉︎黒トリガーを……⁉︎」

 

「……? なんだ、知らないのか?」

 

聞き捨てならない、と言った様子で修が聞くと、風間は親指で外の遊真を指しながら説明した。

 

「迅はあいつをボーダーに入隊させるのと引き換えに、自分の黒トリガーを本部に献上した。お前たちの部隊を本部のランク戦に参加させるためだそうだ」

 

(迅さんが……僕たちのために黒トリガーを……⁉︎)

 

膝の上のこぶしをギュッと握りしめ、修は帰ろうとする風間に言った。

 

「風間先輩、すみません」

 

「?」

 

「もうひと勝負、お願いします」

 

「………ほう」

 

風間はニヤリと微笑んだ。

 

 

「あれ?まだやるみたいだぞ?」

 

中の様子を見ていた遊真が声を上げた。

 

「なんで……⁉︎もう充分負けたでしょ……⁉︎」

 

「さぁ……なんか喋ってたっぽいけどな」

 

中の様子を、烏丸は黙って眺めていた。

 

 

頭の中で修は自分の武器を確認しながら、風間を睨んだ。

 

『ラスト一戦、開始!』

 

開始した直後、修の手から放たれたのは光の粒だった。

 

「………なるほど。超スローの散弾」

 

「風間さんは透明のままじゃ弾丸を防御できない。考えたな修」

 

伊佐、烏丸と呟いた。

 

「けど、カメレオンなしでも風間さんは強いぞ」

 

そう言った直後、風間はスコーピオンで散弾を切り落とす。そして、修に正面から突っ込んだ。

すると、修はレイガストを構えて、反対の手で大玉のアステロイドを出す。

 

(弾丸の壁で動きを制限して、大玉で迎え撃つつもり……⁉︎)

 

(やりたいことはわかるが、そう簡単には当たらないぞ。視線で狙いが丸わかりだ)

 

風間がそう思いながらどう対処するか決めてる時だ。

 

「スラスターON‼︎」

 

「っ⁉︎」

 

修のシールド突撃で風間に一気に間合いを詰める。

 

「シールド!」

 

ばら撒かれた散弾を防ぐため、風間は背中にシールドを張った。壁に追い込まれた。

 

「ッ」

 

スコーピオンで修に反撃するが、レイガストの盾モードで壁に閉じ込められる。

 

「っ‼︎」

 

そして、風間の顔の目の前に穴が空いた。

 

「アステロイド」

 

(ここで、ゼロ距離射撃か……‼︎)

 

レイガストに閉じ込められた小さな空間が大きく光を放った。

舞い上がった煙が晴れ、決着が露わになる。だが、修の首にスコーピオンが突き刺さっていた。

 

『伝達系切断、三雲ダウン』

 

(作戦はこれ以上ないくらいうまくいったのに……!)

 

ガクッと膝をつく修。

それを見て、木虎が呟いた。

 

「惜しかったわね……」

 

「いや、そうでもないよ」

 

遊真の言った通り、ドサッと腕が落ちる音がした。煙が完全に晴れ、出てきたのは体の左半分を失った風間だった。

 

『‼︎ トリオン漏出過多!風間ダウン‼︎』

 

「え……それじゃあ……」

 

「最後は相打ち、引き分けだ」

 

風間がそう言った直後、周りから声にならない歓声が上がった。

 

『模擬戦終了』

 

その声と共に、風間と修が訓練室から出てきた。

 

「風間さんと引き分けるなんて……!」

 

「勝ってないけど、大金星だな」

 

「オサム、やったじゃん」

 

「やった……のかな?」

 

パンッと手をあわせる修と遊真。

 

「うちの弟子がお世話になりました」

 

「烏丸……そうか、お前の弟子か。最後の戦法はお前の入れ知恵か?」

 

「いえ、俺が教えたのは基礎のトリオン分割と射撃だけです、あとは全部あいつ自身のアイデアですよ」

 

「……」

 

「どうでした?うちの三雲は」

 

「はっきり言って、弱いな。トリオンも身体能力もギリギリのレベルだ。迅が押すほどの素質は感じない」

 

「……………」

 

「だが、自分の弱さをよく自覚していて、それゆえの発想と相手を読む頭がある」

 

「!」

 

「知恵と工夫を使う戦い方は、俺は嫌いじゃない」

 

そう言うと、風間は修に背中を向けた。

 

「邪魔したな、三雲」

 

風間はどこかに行ってしまった。

 

 



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18話

 

 

翌日、地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練のトップ2を遊真と伊佐で独占した。

それでも、遊真の手の甲のポイントは1100。伊佐は最初から3000スタートだったので、3100だ。

 

「ふむ……これで訓練は一通りやったな。満点だと訓練一つで20点か……」

 

「4000点まで空閑くんはあと19週間」

 

「おっ、ありがとう。計算早いなケンスケ。でもそんなには待てんなぁ」

 

「なら、ランク戦で稼げばいいよ」

 

時枝が言った。

 

「ランク戦のやり方を教えるよ。空いてるブースに入ろう」

 

時枝に案内され、二人はブースに入った。

 

「やり方は簡単。このパネルに武器とポイントが出てるだろ?好きな相手を選んで押せば対戦できる。対戦を辞めたければブースを出ればオーケーだよ」

 

「なるべく早く稼ぎたいときは?」

 

「ポイントが高い相手に勝つほどたくさんもらえるよ。ふむ、なるほどね……」

 

ニヤリと笑うと、遊真は伊佐を見た。

 

「じゃあケンスケ、やろうぜ」

 

「………俺と?」

 

「ああ。強い奴とやれば、たくさんポイントもらえるんだろ?」

 

「………いいよ。時枝さん、他に空いてるブースある?」

 

「多分ね、こっち」

 

伊佐は時枝と出て行った。

 

 

そんなわけで、ランク戦開始。二人は「市街地A」に転送された。

 

『C級ランク戦開始』

 

その声の直後、遊真は伊佐の首を取りに行った。

 

「うおっ」

 

慌てて首を横に曲げて避ける伊佐。

 

「早ッ……!」

 

「!」

 

さらに遊真は手のスコーピオンを引っ込めて、肘から伸ばし、二撃目を放つ。慌ててしゃがんで躱すと、顔面に拳を叩き込んだ。

 

「ッ‼︎」

 

後ろに倒れそうになる遊真。その隙に伊佐は距離をとった。

 

「っぶねぇ……いきなり終わるところだった……」

 

とりあえず伊佐はそのまま距離を取った。

 

 

「逃げた………?」

 

演習の様子をモニターから見ていた木虎が呟いた。

 

「どうして?殴り飛ばしたなら、そこにアステロイドを叩き込めば良かったじゃない」

 

「いや、空閑なら避けるんじゃないかな。少しでも可能性があるから、逃げる事にした」

 

隣で時枝が言った。モニターでは、後ろに退がる伊佐と、それを追う遊真が移されていた。大きな道路に出た。相変わらずの追いかけっこだが、伊佐が足を止めた。

 

「っ!」

 

そして、振り返ってアステロイドをぶっ放つ。

 

「!」

 

だが、伊佐の攻撃は自分の右上と左上に三発ずつ。何を狙ったのかと思った直後、歩道橋が遊真と伊佐の間に降ってきた。

 

「っ!」

 

後ろに若干下がって回避した後、歩道橋を飛び越えて遊真は伊佐の方を見たが、姿はなかった。

 

「………正面からじゃ勝てないから、奇襲しようってわけね」

 

「でも、生半可な攻撃じゃ空閑は落とせないよ。武器はアステロイドだけ。少し、ガンナーには不利かな?」

 

「でも、彼にはその不利を覆す頭があります」

 

「珍しいね。木虎が同い年の子を褒めるなんて」

 

「時枝先輩が私のことをどう思ってるかよく分かったことは置いといて……そんなんじゃありませんよ。ただ、この前の作戦の時は、中々の指揮を取っていましたから、何となく気になってるだけです」

 

モニターの中では、遊真が伊佐を探して歩き回っていた。

 

「うーむ……いない……」

 

キョロキョロと探し回ってる時だ。右斜め前から弾丸が飛んで来た。

 

「!」

 

慌てて回避する遊真。頬を少し掠め、手で抑えながら飛んで来た方へ走った。

 

「見つけた………!」

 

そっちの方へ走って向かう。一方通行の道路に出た。直後、顔面に向かってさらに弾丸が飛んで来た。

 

「っ」

 

しゃがんで回避。だが、さらにその先にも弾丸が飛んで来ていた。それをスコーピオンでガードした。

 

「これは……避ける方向を予測して撃ってる?」

 

「そうだね。中々にえげつない」

 

伊佐は7メートルほど先にいるが、それでも弾丸が来て、伊佐の元へ届かない。

 

(予測なんてもんじゃないよこれ……ほとんど予知だよ)

 

弾丸を若干、上下左右に振って撃つことによって、次に相手が避ける方向を予測している。弾丸を無視しようにも、必ずと言っていいほど、トリオン供給機関か伝達系か頭を狙って来るので、無視できない。

 

「………仕方ない」

 

遊真は近くの電柱を斬り倒して盾にして逃げようとした。だが、伊佐の精密射撃はそれを逃さない。電柱がギリギリ当たらない隙間を狙って、壁に隠れようとした遊真と壁の間に弾丸が通る。

 

(…………意地でも逃がさない気か)

 

すると、遊真は覚悟を決めたように電柱から飛び出して、伊佐に突進した。

 

「ッ!」

 

すると、伊佐は遊真のおでこを狙って射撃。しゃがんで躱した直後、脚をめがけて弾丸が三発。

遊真は大きくジャンプして伊佐に飛び掛った。それを、読んでたように伊佐は空中の遊真にハンドガンを向ける。

 

「! 掛かった……!」

 

「空中じゃ身動きが取れない。伊佐くんの勝ちかな?」

 

木虎と時枝がそう言った時だ。遊真は自分の腕を切り落として、伊佐に投げ付けた。

 

(! 自分の腕を……?)

 

目眩しにしては小さいが、遊真の頭も首も胸も隠れるように投げ落とされる。だが、それでも遊真の頭のほんの一部ははみ出ている。伊佐は発砲した。その弾丸を遊真は首を捻って躱す。

 

「……! そうか。腕を投げたのは、伊佐くんの狙いを一点に絞るためだったのね」

 

「相手の正確な射撃を逆に利用するなんて……」

 

遊真はスコーピオンを振り下ろした。

 

「ッ!」

 

慌てて伊佐は後ろに倒れ込むと共に右脚を犠牲にしてなんとか死ぬことを逃れた。だが、それでも遊真の間合いだ。

遊真がさらにスコーピオンを振り上げた直後、上から遊真の頭の上に何かが降って来た。

 

「ッ………⁉︎」

 

「ビンゴ………!」

 

降って来たのは、看板だった。

 

(まさか、さっきのは空中にいた俺を狙ったんじゃなくて、俺の上の看板を……⁉︎)

 

だが、それでも遊真は立ち上がって、倒れてる伊佐にトドメを刺そうと斬りかかった。伊佐も倒れたまま銃を向ける。

放たれたアステロイドとスコーピオンが交差するように交わり、お互いの胸と頭に直撃した。

 

「………相打ちね」

 

「うん。良い試合だった……というより、C級の試合じゃなかったね」

 

木虎と時枝の感想はもっともなものだった。

 

 



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19話

ラウンジ。遊真と伊佐は自販機の前にいた。

 

「なぁ、ケンスケ」

 

「?」

 

「この鉄っぽい奴もおカネなんだろ?」

 

「うん」

 

「けど、紙のおカネの方がずっと価値は上じゃんか」

 

「そうだね」

 

「なんで紙の方が鉄よりも価値は上なんだ?」

 

「それは、例えばさ、500円玉ってデカイでしょ?」

 

「うむ」

 

「1000円は500円の2倍だから、単純に計算したら、500円玉の2倍のサイズになるわけだ」

 

「ふむ?」

 

「ただでさえ、デカイ500円玉が2倍とかになったら重いじゃん。そういう事だよ」

 

「しかし、10円玉は100円玉より大きいぞ?」

 

「それは、使われてる鉄の価値が違うんだよ。そういうので調整も出来るんだ」

 

「なるほど……」

 

言いながら、遊真はおめあての飲み物を買う。

 

「買い物をしたら、おカネが増える。これも謎だ」

 

「それはお釣り。130円の物を500円玉で買ったら損するでしょ?」

 

「……なるほど、残りの分を返してるわけか。……あっ」

 

ポロっと遊真の手から10円玉が落ちる。コッコッとバウンドして、そのまま転がって行く。だが、途中で誰かの足に当たって止まった。

 

「我が物顔でうろついてるな……近界民……!」

 

(! 三輪秀次……!確か、極度の近界民嫌いの人だよね)

 

三輪は自分の足に当たった10円玉を拾い、遊真に手渡した。

 

「どうも」

 

「この度、ボーダーに入隊する事になった伊佐賢介です。宜しくお願いします」

 

まったく空気を読むことなく、伊佐は礼儀正しく頭を下げた。

 

「…………三輪秀次だ」

 

一応、挨拶を返しておきながら自販機で自分も飲み物を買う三輪。

 

「どうした?元気ないね。前はいきなりドカドカ撃ってきたのに」

 

「へっ?撃たれたの?」

 

「本部がお前の入隊を認めた以上……お前を殺すのは規則違反だ」

 

「ほう……?」

 

「おっ、黒トリの白チビじゃん!」

 

陽気な声が聞こえた。米屋が陽太郎を肩車して階段から降りてきた。横には雷神丸がいる。

 

「がんばっとるかね?しょくん」

 

「そういや、ボーダー入ったんだっけか!……あと、アレか。綾辻の彼氏!」

 

「伊佐賢介です。よろしくお願いします」

 

「おう、米屋陽介だ。よろしくな」

 

「『ヤリの人』とようたろう……?なんで一緒にいるの?」

 

「クソガキ様のお守りしてんだよ」

 

「陽介はしおりちゃんのイトコなのだ」

 

「ほう、しおりちゃんの」

 

「つーか秀次、お前なんか会議に呼ばれてなかったっけ?」

 

「風間さんに体調不良で欠席すると言ってある」

 

「ふむ、体の調子が悪いのか?」

 

「違う違う、近界民をブッ殺すのは当然だと思ってたのに、最近周りが逆のこと言い出したから混乱してんだよ」

 

「あーそっか、お姉さんが近界民に殺されてるんだっけ」

 

「………‼︎なぜそれを……⁉︎」

 

それを聞くなり、顔を背ける米屋。「あっ、バラしたのこいつダナ」と一発で分かった伊佐だった。

 

「仇討ちするなら力貸そうか?」

 

「………⁉︎なに……⁉︎」

 

「オレの相棒が詳しく調べれば、お姉さんを殺したのがどこの国のトリオン兵か、けっこう絞れるかもよ。どうせやるなら本気でやった方がいいだろ」

 

「…………」

 

何か言いたげな顔をするが、三輪は遊真の肩をグイッと退かして、階段を上がる。

 

「……ふざけるな………!お前の力は借りない……!近界民は全て敵だ………!」

 

「おい秀次、どこ行くんだ?」

 

「…………会議に出る」

 

「やれやれ、真面目なヤツはつらいねぇ……」

 

「ちょっと三輪さんって可愛いですね」

 

「伊佐、それ本人に聞かれたら殺されるからな」

 

そこを注意しておいてから、米屋は「あっ」と声を漏らして、遊真を見た。

 

「そういや俺、お前と勝負する約束だったよな!ひまならいっちょバトろうぜ!」

 

「正隊員と訓練生って戦えるんだっけ?かざま先輩は戦ってくれなかったけど」

 

「ポイントが動くランク戦は無理だけど、フリーの練習試合ならできるぜ。風間さんはプライド高いから、ガチのランク戦で戦いたいんだろ」

 

「ふむ……?」

 

「オレは楽しけりゃなんでもいーんだ。ほれほれ対戦ブース行くぞ」

 

「ほう」

 

で、対戦ブース。そこは、ヤケに人が集まっていた。

 

「なんだぁ?妙に観客多いな」

 

画面には、緑川と三雲と書かれていた。すると、ちょうどそのタイミングでモニターから声が聞こえた。

 

『10本勝負終了、10対0。勝者、緑川』

 

「あっ、おさむっ⁉︎負けた‼︎」

 

「いつぞやのメガネボーイじゃん。緑川とランク戦か?」

 

「ミドリカワ……?」

 

ブースから修がふーっと、息を吐きながら出てきた。

 

「こらおさむ!負けてしまうとはなにごとか!」

 

「なんか目立ってんなー」

 

「陽太郎……⁉︎空閑……!」

 

「おつかれメガネくん」

 

上から声が聞こえた。

 

「実力は大体わかったからもういいや。帰っていいよ」

 

その言い草にイラっとする遊真、陽太郎。そして、周りからボソボソと声が聞こえる。

 

「……なぁ、この見物人集めたのは君?」

 

伊佐が緑川に聞いた。

 

「……違うよ。風間さんと引き分けたっていうウワサに寄ってきたんだろ。俺は何もしてないよ」

 

「へぇ……悪くないこと言うね」

 

「?」

 

「いや、一応嘘ではないのかな?まぁいいや、とりあえず俺と勝負しようよ」

 

「はぁ?」

 

「今、君が三雲くんにしたことをそのまま返してやるから」

 

「お、おい伊佐!」

 

「俺が負けたら、そうだな。彼氏の権限でハルちゃんのオッパイを一回揉ませ……」

 

直後、伊佐の後頭部にドロップキックが炸裂した。振り返ると、綾辻が立っていた。

 

「………何を勝手なことを言ってるの⁉︎」

 

「お、綾辻」

 

さらに、「おーいっ」と声が掛かる。

 

「賢介くーん、ゲームやろ〜」

 

国近だった。

 

「おいおい、モテモテじゃねぇか伊佐」

 

からかうように陽介が言った。

 

「いや、俺今からグリーンリバーを……」

 

「いいからっ、アレから何度も国近さんにゲーム相手やらされてる私の身にもなってよ……」

 

「………了解っす。ごめん、緑川くん。やっぱなし」

 

「あ、うん。そう……」

 

さっさとどっか行こうとする緑川。だが、今度は遊真から声が掛かった。

 

「じゃあおれとやろうぜミドリカワ。もしおまえが勝ったら、俺の点を全部やる」

 

「な……⁉︎」

 

「あれ?俺との勝負は?」

 

「や、それC級じゃん。訓練用トリガーでオレと戦うつもり?」

 

「うん。お前相手なら充分だろ」

 

「っ」

 

直後、緑川は柵から飛び降りて、遊真の前に立った。

 

「いいよ、やろうよ。そっちが勝ったら何点欲しいの?」

 

「点はいらないをその代わり、俺が勝ったら、先輩と呼べ」

 

「……OK、万が一俺が負けたら、いくらでもあんたを……」

 

「いや、おれじゃない。ウチの隊長を先輩と呼んでもらう」

 

遊真が修を指差す。

伊佐は女二人に引き摺られて行った。

 



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20話

 

 

太刀川隊作戦室。負けて不貞寝してる国近を捨て置いて、綾辻と伊佐はゲームをしていた。

 

「で、どうなの?」

 

「何が?」

 

「クガユウマくん、だっけ?勝てるの?緑川くんに」

 

「余裕」

 

「………そうなの?」

 

「遊真は俺と違って正面からぶつかっても勝てるからね」

 

「ふぅーん……でも、トッキーから聞いたよ?そのクガくんと引き分けたんでしょ?」

 

「そりゃもちろん、俺が自分のフィールドに誘い込んだからだよ」

 

「そういう誘い込むの得意だもんね〜、ケンくんは」

 

「それでも引き分けだったからね。まぁとにかく、空閑くんは負けないよ」

 

「なら、いいんだけど……」

 

「じゃ、俺帰るわ」

 

その台詞と共に伊佐のボルテッカーが綾辻を場外にぶっ飛ばした。

 

「ムカつく」

 

 

数日後、伊佐は元々、3000ポイントあったため、B級にはさっさと上がれたが、遊真は間に合わなかった。

今は、学校。

 

「「「三雲くん!B級昇格おめでとう!」」」

 

クラスメイトが修に声をかけた。

 

「え⁉︎な、なんで⁉︎」

 

「ボーダーの正隊員は全員、広報サイトに名前が載るんだ!俺は全員暗記している!」

 

「三好ちょっとコワイ」

 

で、更にざわざわと修の周りに集まるクラスメイト。遊真もその後ろでその様子を見つつ、時々話に参加したりする。

すると、先生が入ってきた。

 

「はいはいみんな、もうチャイム鳴ってるわよー」

 

「あ……先生すみません。僕、2時から防衛任務があって……」

 

「まぁ、そうなの?じゃあお昼終わったら特別早退ね。お仕事頑張って」

 

「おおー」

 

「特別早退!プロっぽいなー!」

 

「そりゃプロだもん」

 

「いや……はは……」

 

苦笑いで返すしかなかった。

 

 

昼休み。屋上で修はグッタリした様子で座り込んだ。

 

「人に囲まれるのは疲れる……」

 

「オサムしょっちゅう囲まれてるじゃん」

 

そんなことを話してると、「修くん」と声をかけられる。千佳ともう一人女の子が来ていた。

 

「おーチカ」

 

「そっちの子は?」

 

「一緒に狙撃手になった出穂ちゃん」

 

「ども、夏目出穂っす」

 

「チカのともだちか。どうぞよろしく」

 

「よろしくっす」

 

お互いの紹介を終えた所で、修は遊真と昼食を再開。

 

「そういえば、大規模侵攻の情報はC級にも来てるのか?」

 

「一応来てたよ。戦えないけど、避難とか救助のサポートにはトリガー使っていいことになったらしい」

 

「なるほど……」

 

「キオンもアフトクラトルも、あと10日くらいでこっちの世界から離れる。それまでどうにか凌ごうぜ」

 

「あと10日……」

 

そんなことを話してる時だ。遠くで出穂と飯を食ってた千佳がピクッと反応する。

直後、大量の数の門が開き始めた。

 

「これは………!」

 

さらに、ポケットから緊急呼び出しが鳴る。修達は慌てて教室に戻った。

 

「先生!」

 

「三雲くん」

 

「呼び出しがあったので現場に向かいます。学校のみんなをなるべく基地から遠くに避難させてください」

 

「分かったわ」

 

「みんなも、近界民が警戒ラインを超えるかもしれない。先生に協力してみんなを避難させてくれ」

 

「でも、一人窓から飛び降りて行っちゃったけど」

 

「えっ?」

 

「なんだっけ、あの目立たない奴」

 

「軽い天パの子」

 

「あいつなら大丈夫だ。あいつもボーダーだからな」

 

「えっ?」

 

そして、修と遊真は校門の前に出た。

 

「千佳、お前はみんなと一緒に避難しろ。警戒区域には絶対近づくな。必要な時は迷わずトリガーを使え。みんなを助けるんだ」

 

「うん、わかった」

 

「夏目さん、千佳のこと頼む」

 

「了解っす、メガネ先輩」

 

「空閑」

 

「ほいよ」

 

「一緒に来てくれ。トリオン兵を食い止めるぞ」

 

「そう来なくっちゃ」

 

千佳にちびレプリカを渡し、二人は現場に向かった。

 

 

伊佐は早くも自転車で警戒区域に入った。直後、モールモッドやら何やらの群が見えた。

 

(数が多い……いつもみたいに慎重にやってる場合じゃないな)

 

直後、ハンドガンを二丁取り出す。そして、目の前のモールモッドをアステロイドで蹴散らした。直後、バンダーが遠くから砲撃。それを自転車から飛び降りて大きくジャンプして回避し、空中で回転しながら、アステロイドを乱射。一発も撃ち漏らすことなく、トリオン兵を片っ端から片付ける。

 

「っ!」

 

着地した直後を狙って、モールモッドが鎌を振るった。その脚が当たる直前で、アステロイドをゼロ距離射撃し、鎌を射ち落す。

 

「この前は、世話になったな」

 

そう言うと、ゼロ距離で口の中に乱射。そして、次の獲物に向かった。

 

 

「トリオン兵はいくつかの集団に分かれて、それぞれの方角へ市街地を目指しています」

 

本部司令室で、沢村の落ち着いた声が響く。

 

「本部基地から見て、西・北西・東・南・南西の5方向です!」

 

(分かれたか。厄介だな。こちらの戦力も分散する。だが追うしかない。各個撃破では間に合わない)

 

そう判断した忍田は次の指示を飛ばした。

 

「現場の部隊を三手にわけて、東・南・南西の敵にそれぞれ当たらせろ」

 

「了解」

 

「ちょ、ちょっと待ってください本部長!西と北西はどうなるんです⁉︎」

 

その判断に根付が言うが、忍田は落ち着いた様子で答えた。

 

「心配はいらない。西と北西にはすでに迅と天羽が向かっている」

 

「おお……!こういう時は頼もしいねぇ」

 

「問題は他の三方だ。防衛部隊が追いつく前に市街に入られるわけにはいかない。鬼怒田開発室長」

 

「わかっとる、冬島と組んで対策済みだわい」

 

そう言ったように、防衛システムが作動し、トリオン兵を捉えた。

 

「いざとなれば基地からも砲撃できるが、早う隊員が着かんと基地のトリオンが空っケツになるぞ」

 

「いや、充分だ。部隊が追いついた」

 

そう言った通り、東に諏訪隊、南西に鈴鳴第一、南に東隊が現着した。

 

「風間隊、嵐山隊、荒船隊、柿崎隊、茶野隊もトリオン兵を排除しつつポイントへ向かっています」

 

「よし、合流をいそがせろ。各隊連携して防衛に当たるんだ」

 

 

伊佐に向けて、さらに砲撃が飛んで来る。それを回避して、バンダーを倒した隙に、他のモールモッドがする抜けて市街地に向かった。

 

「チィッ……!」

 

そっちにハンドガンを向けた時、モールモッドが真っ二つに割れた。

 

「!」

 

「お待たせ、ケンスケ」

 

「空閑くん……!助かった」

 

「無事か、伊佐!」

 

さらに、修も到着。一気に3人でトリオン兵を片付けていく。その時だ。通信が入った。

 

『忍田さん、こちら東!新型トリオン兵と遭遇した。サイズは3メートル強、人に近い形態で二足歩行。小さいが戦闘力は高い。特徴として隊員を捉えようとする動きがある。各隊警戒されたし、以上』

 

すると、今度はレプリカが言った。

 

『シノダ本部長。その新型はおそらく、かつてアフトクラトルで開発中だった捕獲用トリオン兵、ラービットだ』

 

『捕獲用……⁉︎捕獲は大型の役目じゃないのか……⁉︎』

 

『役目は同じだが、標的は違う。ラービットは、トリガー使いを捕獲するためのトリオン兵だ』

 

『! なんだと⁉︎』

 

『A級隊員であったとしても、単独で挑めば食われるぞ』

 

 

司令室。レプリカから忠告を受けた直後、沢村から報告が入った。

 

「基地東部、風間隊が新型と戦闘を開始!諏訪隊は一名捕獲された模様」

 

「!」

 

「基地南部、東隊は一名緊急脱出!柿崎隊と合流して新型と交戦中!南西部では、茶野隊、鈴鳴第一がそれぞれ新型と遭遇しています!新型の妨害でトリオン兵の群れを止められません!警戒区域を突破されます!!

 

「捕獲された諏訪の状態はどうだ?」

 

「トリオン体の反応は消えていません!緊急脱出はできないようですが」

 

「よし、諏訪隊は風間隊が取り返す!南と南西には嵐山隊と非番の隊員が向かっている。交戦中の部隊は戦力の維持を最優先しろ!B級部隊は全部隊合同で市街地の防衛に向かう」

 

「全部隊……⁉︎それでは東・南・南西一箇所しか回れんのじゃないかね⁉︎」

 

「そのとおり、一箇所ずつ確実に敵を排除していく」

 

根付に言われても落ち着いて返した。

 

 

修達。ラービットの相手を正隊員がすることによってトリオン兵が急増したのだ。

 

『敵が多過ぎるな。ここは退いた方がいい』

 

「でもここを通したら千佳たちが……!」

 

『B級隊員は全員合流せよ、との指示が出ている。一箇所ずつの各個撃破に切り替えたようだ』

 

「一箇所ずつ⁉︎それじゃあその間、他の場所は……!」

 

『トリオン兵の排除は、避難の進んでいない地区を優先するとのことだ。避難がスムーズな千佳たちはあとに回されると思われる』

 

「そんな……!」

 

「三雲くん!ボンヤリすんな!」

 

伊佐は声を張り上げると共に、敵を蹴散らす。直後、ビルからラービットが現れた。

 

「っ⁉︎」

 

「新型トリオン兵……⁉︎」

 

それが、修の真上に降りてきた。

 

「盾モード!」

 

レイガストでガードするも、大きく地面が凹んだ。そして、腕を振り上げるラービット。そこに、空閑の蹴りが炸裂した。

 

「空閑!おまえ……」

 

「うお、こいつかってーな」

 

「黒トリガーは使うなって言ったろ!」

 

「けど、このままじゃチカがやばいんだろ?」

 

「………!」

 

「出し惜しみしてる場合じゃない。一気に片付けるぞ」

 

その空閑に弾丸が降り注ぐ。

 

「命中した!やっぱこいつボーダーじゃねーぞ!人型の近界民だ!」

 

「本部‼︎こちら茶野隊、人型近界民と交戦中!」

 

「そこのメガネ!早く逃げろ‼︎」

 

茶野がそう言った直後、ラービットが起き上がった。そして、茶野と藤沢が見つかった。

 

「食われる‼︎」

 

だが、その間に伊佐が入った。そして、口と腹の中にメテオラを起爆させた。

 

「無事ですか?えーっと……茶野隊さん」

 

「いや退散しねぇよ。助かった」

 

「無事か!伊佐くん、茶野!」

 

さらに嵐山隊が到着した。

 

「あ、嵐山先輩‼︎人型近界民が………‼︎」

 

「落ち着け、茶野。彼は味方だ」

 

「味方……⁉︎」

 

そして、嵐山は本部と通信する。

 

「本部!こちら嵐山、伊佐が新型を一体排除した!トリオン兵を減らしつつ、次の目標へ向かう!」

 

だが、本部の声は聞こえにくい。雑音がひどい。本部の方を見ると、イルガーが本部に突っ込んでいた。

 

 



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21話

 

イルガーが思いっきり本部に直撃した。ドッと爆発したものの、本部はなんとか堪えていた。だが、それでも二体迫って来ている。

だが、片方のイルガーはバラバラになった。そして、残り1匹となったイルガーが本部に当たった。

 

「基地は大丈夫だ!太刀川さんが爆撃型を堕とした!」

 

「タチカワさん?迅さんのライバルだった人か」

 

「A級一位の……!」

 

すると、ようやく通信が復帰した。

 

『嵐山隊、通信が乱れてすまなかった。新型を仕留めたということだ?』

 

「いえ、仕留めたのは伊佐賢介です」

 

『伊佐くんか』

 

「それに、空閑・三雲両隊員もすでに交戦中でした」

 

『なるほど、先ほどの「人型近界民」というのは遊真くんのことだな?』

 

すると、修が声を出した。

 

「忍田本部長!玉狛支部の三雲です!僕達をC級隊員の援護に向かわせてください!」

 

『C級隊員の?』

 

「避難が進んでる地区の防衛は後に回されると聞きました!その地区にはぼくたちのチームメイトがいます!」

 

『そうか……よしわかった。玉狛の隊員は別行動で……」

 

『待て』

 

そこで、城戸の声が挟まってきた。

 

『C級の援護に向かうのは三雲隊員と伊佐隊員だけだ。空閑隊員には残ってもらおう』

 

「え……⁉︎」

 

『空閑隊員が黒トリガーで戦えば、茶野隊が適敵性近界民と誤認したように、隊員と市民に大きな混乱をもたらす危険性がある。それに、新型に対抗できる黒トリガーを遊ばせておくわけにもいかない。黒トリガーの独断での使用は、非常時ゆえ特別に許そう。だが、こちらの指揮には従ってもらう』

 

「黒トリガー使わなかったらオサムについて行っていいの?」

 

『無意味な仮定だな。ことを望めばお前は必ず黒トリガーを使う。そういう人間だ』

 

「………」

 

『お前は父親に似ている』

 

「……………」

 

「ほーい。了解です。三雲くん、行くよ」

 

伊佐が平気な顔で言うと、全員「空気読めよ……」みたいな顔をした。

 

「……でも伊佐!」

 

「仕方ないよ。俺と修しかいない。俺じゃ力不足かもしれないけど、こう見えて空閑くんと引き分けてるんだからさ」

 

「そうだ、行けオサム」

 

遊真にも言われ、修は覚悟を決めた。

 

「分かった」

 

「じゃあ、頼むぞ三雲くん、伊佐くん」

 

「はい!」

 

「あの、嵐山さん」

 

「? どうした、伊佐くん」

 

「ハルちゃんは、どこにいますか?」

 

「綾辻は学校だ」

 

「………そうですか。じゃ、行ってきます」

 

修と伊佐は援護に向かった。

 

 

移動中。街はトリオン兵で溢れていた。

 

「そこらじゅう、トリオン兵だらけだ……!」

 

「…………」

 

「どうした?伊佐」

 

「なぁ、レプリカはいるよね」

 

『呼んだか?』

 

「思ったんだけどさ、トリオン兵一体一体にトリオンが使われてるんだよね」

 

『そうだ』

 

「他のトリオン兵に比べて、ラービットは高性能過ぎる。おそらく、倍以上のトリオンが使われているはずだ」

 

『その通り、私もさっきのラービットを解析してみたが、相当の量のトリオンが使われていた。こちらの世界にこれほどのトリオンを注ぎ込めば、本国の備えが手薄になる』

 

「しかも、それを集中させずに分散して使っている。捕獲があるとはいえ、ラッドを使ってまでの調査をしていたのに、そんなことを見落とすかな」

 

『四方へのトリオン兵の分散侵攻、ラービットによる隊員の捕獲、本部基地への爆撃、それらの陰に、敵の真の目的が隠されている』

 

「『真の目的』?基地の爆撃も見せかけだったって言うのか?」

 

「そりゃそうだよ。あと一歩で落とせたのは明白だ。それを三発でやめた。本気で潰すためなら、ラービットを一体減らしてその分で拠点を潰した方がいい」

 

「じゃあ、敵は一体……!」

 

「そこで、別の目的を考えてみる。四方へのトリオン兵の分散はラービットを各地に運ぶため、ラービットによる隊員の捕獲は隊員の分散、本部基地への爆撃は、ギリギリ落ちるか落ちないかの寸止めで止めたのは、内部の人間を避難させて、人をあぶり出させるため」

 

「あぶり出させてどうするんだ?」

 

「指揮の一時的妨害か、あるいは……基地の中の人間の捕獲」

 

「それって……」

 

「追い付いたよ」

 

伊佐が睨んだ先には、ラービットがいた。そいつの口から砲撃が出て、街を思いっきり吹き飛ばした。

さらに二発目を放とうとした時、その口の中にメテオラが迫ったので、ラービットは慌てて口を塞いだ。直後、爆発したが、傷はほとんどついていない。

 

「! 正隊員だ!助けが来たんだ!」

 

C級が騒ぐ中、修と伊佐はラービットの前に立ち塞がった。直後、街をぶち壊してモールモッドが来た。

 

「三雲くん、モールモッドを仕留めてからC級、一般人をを連れて避難。俺はこの新型を足止めする」

 

「一人で新型とやる気か⁉︎」

 

「それが最善だよ。いい?モールモッドを倒したら俺を置いて先に行って」

 

「本気か!そんな事したら……!」

 

「このラービットには、遠距離攻撃がある」

 

「!」

 

「少しでも遠くに離れるんだ」

 

「………分かった」

 

修はモールモッドの方へ向かった。落ち着いてラービットと早退する伊佐。

 

「さて、どうしたもんかね……」

 

と、言ってる間に殴りかかって来るラービット。その一撃を落ち着いて伊佐は躱して、背後を取った。

 

(メテオラの直撃を受けても傷がほとんどつかない装甲に、地面を破るほどの攻撃力……18メートルのデストロイガンダムみたいなもんか。まだデータが足りない。初見の相手の時は、慎重になり過ぎても損はない)

 

そう思いながら、後ろに退きつつ、アステロイドを放つ。ラービットは伊佐に突撃した。伊佐はスパイダーを使って空中に逃げる。殴る目標が消えたラービットはバランスを崩して家に突っ込んだ。

 

「うわやっべ……」

 

口に手を抑えながら地面に手を付いて着地する伊佐。距離をとろうと2歩退がった所で、ガラガラッとラービットがバラバラになった家から顔を出した。そして、伊佐に向かって殴り掛かった。

だが、

 

「はいおしまい」

 

ラービットの足元で爆発が起きた。伊佐の仕掛けたメテオラが起爆し、ラービットはひっくり返った。その隙に、スコーピオンで脚を切断。

 

「やっぱり、あれだけのスピードがあるのに、脚に装甲が付いてるわけがない」

 

そして、最後に口の中にアステロイドをブチ込んだ。

 

「……えーっと、本部?伊佐です。ラービットを1匹倒しました。新型は脚が脆いっぽいです。スコーピオンでバラせます。あと、黒というか……グレー?のラービットは口から砲撃が出ます。以上」

 

『了解、報告ご苦労』

 

短い忍田の返答を聞いたあと、伊佐は修に連絡した。

 

「三雲くん?」

 

『伊佐!無事か?』

 

「うん。三雲くんは?」

 

『モールモッドを倒してC級と一般人を連れて逃げてる最中だ。そっちは?』

 

「ラービットは倒したよ。だから安心して逃げて……」

 

と、言いかけた直後だ。倒したラービットから出てきたラッドが門を開いた。そして、新たに色の違うラービットが3匹出て来た。

 

「………前言撤回。超逃げて」

 

嫌な汗が伊佐から流れ落ちた。

 

 



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22話

 

 

(ここでラービットを三体も投入してくるって事は……こいつらの狙いはC級隊員か!)

 

そう分析しながら、伊佐は距離を取った。直後、ラービットは三体掛かりで伊佐に襲い掛かる。

 

(やべっ、泣きそっ)

 

割と本気でそう思いながらも、伊佐は本部に通信した。

 

「度々すみません、玉狛の伊佐ですぅ」

 

『どうした?というか、口調』

 

「あの、俺軽くテンパると口調がおどけるのが癖でして…って、そんなのはどーでもいいやな。敵の狙いはおそらくC級隊員です」

 

『根拠は?』

 

「目の前に新型が3匹います」

 

『! 了解した』

 

直後、一体のラービットが飛んで伊佐に向かい、一気に距離を詰めた。伊佐は地面に手をついた。

 

「エスクード」

 

直後、地面から盾が出て、下からラービットの腹を打った。空中に舞い上がったラービットの口の中を、アステロイドをぶっ放しながらスコーピオンで斬り裂いた。その伊佐に別のラービットが殴り掛かる。

それを、殺したラービットの背中を盾にしてガードしたが、一緒に殴り飛ばされた。

 

「………ッ‼︎」

 

そこを追撃する3体目のラービット。殴り掛かって来たが、それもラービットの死骸でガードする。

 

(意外と便利だな……!)

 

そして、自分の方を向いてる腹にスコーピオンで貫通させて、外側のラービットにも突き刺すと、壁に固定させた。

 

(これで、あと1匹……!)

 

そう思って次の1匹に備えようとした時、ドスッと腹に衝撃が走った。

 

「ッ⁉︎」

 

黒いブレードが刺さっていた。死骸の奥にいるラービットの腕が、液状化してブレードになっていた。

 

(ロギアかよ……!)

 

慌てて腹を抑えながら後退しようとしたが、もう1匹のラービットが追撃して来ている。

自分の持ってるトリガーは、前と少し変更してある。それを踏まえて頭を高速で巡らせた。

 

(………エスクードで1匹目みたいに顎を打ち上げるか?いや、一度見せた技をもう一度使うなんて見切られるに決まってる。メテオラでカウンターを狙うか?あの速度で迫って来てる奴に撃っても、当たった頃には自分の眼の前で爆発して俺も死ぬ。建物を壊して瓦礫で道を塞ぐか?バカ、ここは警戒区域外だ。そんなこと出来るか。スパイダーでバリゲードを貼るか?ワイヤーだけで防げる相手じゃないし、流石にこの短時間でバリゲードは無理だ。スコーピオンで一騎打ちか?格闘で正面から勝てるか。アステロイドでも止められそうにない、バイパーでも同じだ。バッグワームじゃどうしようもない。………どうする、どうするどうするどうする!)

 

頭の中で考えを巡らせた結果、普通にエスクードで守れば良くね?となって、盾を出そうとした時だ。自分の真横を何かが通り過ぎた。それがラービットに直撃し、体半分を消し飛ばした。

 

「っ⁉︎」

 

振り返ると、千佳がアイビスを構えていて、その横には修が立っていた。

 

「無事か!伊佐!」

 

「! 三雲くん⁉︎何てことしてんだよ!」

 

「お前一人でラービット三体も防げるかよ!」

 

「バッカ野郎!そうじゃねぇ!敵はこの様子を見てんだ!今のバカでかい威力のトリオン量を見たら、敵に狙われるだろうが!」

 

そう言った直後だ。さらに新たな門が二つ開く。出て来たのは、人型近界民だった。

 

「! 人型………⁉︎」

 

「ったく……なんで俺ばっかこんな面倒臭ェのが来るんだよ!」

 

珍しく、伊佐が悪態をついた。その様子を見て、出てきたヴィザとヒュースが口を開いた。

 

「いやはや、子供をさらうのはいささか気が重いですな」

 

「これが我々の任務です。ヴィザ翁」

 

修が本部に通信する。

 

「こちら三雲と伊佐!人型近界民発見しました!片方は角付きです!」

 

『角付き……?了解した!もう少しだけ持ちこたえてくれ!今、ボーダー最強の部隊がそっちに向かっている』

 

「ボーダー最強の部隊……?」

 

「了解」

 

伊佐は修に言った。

 

「三雲くん、奴らの狙いは十中八九雨取さんだ。僕がその最強の部隊が来るまで抑えるから、二人は逃げて」

 

「一人で抑えられるのか⁉︎」

 

「瞬殺されないように頑張るよ。最悪のケースは雨取さんが捕まることだ」

 

「…………わかった。気を付けろよ」

 

「あいあい」

 

退く修と、前に立ちはだかる伊佐。

 

「自分が目標を捕らえます。ヴィザ翁には援護をお願いしたい」

 

「よいでしょう。しかし目標も強力なトリオンの持ち主だという話だ。用心なさいヒュース殿」

 

「注意します。殺してしまわないように」

 

すると、ヒュースの周りに黒い鉄のようなものが生え、細かい破片のようなものはうき始める。

 

(………浮いてる?風に吹かれてるって様子でも無さそうだし、あの塊の方も地面に落ちないで形を保ってる。一つ一つにブースターが付いてるわけでもなさそうだし、どっちかっつーとくっ付いてる感じだ。あれは、)

 

断定は出来ないが、考えられる事を口にした。

 

「……磁力か?」

 

「!」

 

「ほっほっほっ……姿を見ただけでそこまで分析してしまうとは……中々落ち着いている」

 

「良かったよ、超電磁砲読んでて。同じようなことやってたからな」

 

そう言いながらも頭の中の分析は続く。

 

(しかし、本当に御坂と同じ原理で動いてるなら奴の能力は磁力というより電気のはずだ。つまり、中とって電磁石ってことだな)

 

雑に分析してると、ヒュースは鉄を固めて小さな矢を作り、飛ばした。エスクードを出して、伊佐はガードする。そして、横からアステロイドで反撃した。

その弾丸をデカイ盾がガードし弾き、空中に浮いてる破片に当たって帰って来た。

 

(なるほど……そんな事も出来るんだ。なら、)

 

アステロイドを敵の破片に向けて撃った。それが跳ね返り、ヒュースに向かう。

 

「!」

 

それを首だけ避けて回避した。

 

「も少し試すか」

 

さらに、メテオラを破片に向けて放った。それは跳ね返らずに爆発し、周囲の破片を破壊した。

 

「奴め……!」

 

「落ち着きなさい、ヒュース殿」

 

「ヴィザ翁……!」

 

「相手は自分からは攻めてこない。後ろの金の雛鳥を逃がすために、完全に受けに回るつもりだ。それでいて、こちらの武器を分析し、利用してくる頭もある。自分の身体能力を使わずにここまで対抗して来る、強敵ですよ」

 

「…………」

 

「ですが、こう読むこともできる。敵は、元々身体能力が低い」

 

「!」

 

「それに、こちらは二人。後ろのラービットを合わせれば3人。数の上では有利です。そこで崩すとしましょう」

 

そう言う通り、串刺しにされていたラービットが脱出し、二人の後ろに着いた。

その直後だ。そのラービットが真っ二つになった。

 

「「っ⁉︎」」

 

「⁉︎」

 

ヒュースを後ろから斬ろうと、誰かが迫った。

 

「!」

 

それをカバーするヴィザ翁。

 

「!」

 

「小南さん……!」

 

伊佐が安堵したような声を漏らす。

 

「ヴィザ翁!」

 

援護しようとしたヒュースの顔面に拳が直撃した。

 

「ッ⁉︎」

 

「遅くなったな、伊佐」

 

伊佐の隣に烏丸が来た。

 

「木崎さん……烏丸さん……。助かりました」

 

「こいつらは俺たちがやる。お前は修を援護しろ」

 

「了解です。あ、俺の推測ですが、あの角付きのトリガーの仕組みは、おそらく電磁石です。弾丸が跳ね返されます。おっさんの方は分かりません」

 

「分かった。ご苦労だったな」

 

それだけ言って、伊佐は修たちを追い掛けた。

 

 

基地南部。人型近界民のランバネインが降り立った。

 

「んー?二人だけか?拍子抜けだな」

 

「ひ、人型近界民⁉︎」

 

「距離を取れ太一。この間合いはまずい、退がって警戒区域に誘い込むぞ」

 

別役太一と東春秋の前に現れた。

 

 

基地東部。

 

「チッ、ガキばっかかよ。ハズレだな」

 

「うわあ、人型来ましたよ、風間さん」

 

「ああ、しかも黒い角、俺たちは当たりのようだ」

 

風間隊の前にエネドラが降りてきた。

 

 



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23話

 

「三雲くん!」

 

伊佐が追い付いた。

 

「! 伊佐、無事か?」

 

「うん。木崎さん達が抑えてくれてる」

 

「よし、本部に急ごう」

 

修達は本部に急いだ。

 

 

ボーダー基地東部。風間隊vsエネドラ。菊地原のサイドエフェクトである強化聴覚を共有して攻撃を躱していた。

 

(こいつら……目で見てるんじゃねーな。音か振動か……)

 

エネドラはそう考えると、そこら中から音を立たせた。至る所からゴボッ、ガリガリ、ザクッ、ギギ…、ミシミシッと雑音が混じる。

 

『そこら中から音が……!』

 

『流石に「音」に気付いたようだな』

 

『ふーん……』

 

それでも3人とも慌てた様子はない。

 

『原始人レベルですね』

 

菊地原はそう言うと音を聞き分けて言った。

 

『右上と左の上下、それ以外は無視していいです』

 

そう言われた所から攻撃が飛んで来て、風間も菊地原も歌川も回避。

 

「玄界の猿が……‼︎」

 

イラついたエネドラは怒鳴り散らすと、フル攻撃を放った。

 

「あ〜〜〜面倒くせえ‼︎雑魚に付き合うのはもう終わりだ‼︎」

 

ゴバッと液状化のブレードが伸びて、ビルを丸ごと破壊した。

 

「フルパワーで八つ裂きにしてやる‼︎」

 

そう吠えた直後、エネドラの首が飛んだ。カメレオンで背後に回った風間が切り落としたのだ。

だが、切り落とした首がゴポッと液体になり、ブレードが出て来た。

 

「⁉︎」

 

それでも風間は避けて距離を取り、頭の中で分析をする。

 

(……なるほど、ブレードだけじゃないということか。こいつのトリガーは全身が……)

 

「『全身が液体になれんのか』と思ったろ?残念ハズレだ」

 

「⁉︎」

 

エネドラがそう言った直後、風間が口からトリオンを吐き出した。

 

「! 風間さん!」

 

「あーあ……このやり方つまんねーんだよな。いまいちスカッとしねー」

 

『なんだ……⁉︎攻撃を食らってないはず……三上!』

 

『わかりません!原因は不明ですが、風間さんのトリオン体の内部に敵のブレードが発生しています!』

 

『内部……⁉︎』

 

そして、風間の身体からブレードが飛び出て、緊急脱出した。

 

 

ボーダー基地付近。No.4アタッカーの村上がラービット三体を相手にしていた。

 

(色がつくと攻撃方法が変化するのか。けど、俺がこいつらの相手をしてる間は、その分他が楽になるはず。倒せなくとも、1秒でも長く引き付けてやる)

 

そう思いながらレイガストを構えたとき、ズパッと一体のラービットが真っ二つになった。

 

「⁉︎」

 

「よう、村上。俺、忍田さんにこいつら斬ってこいって言われてんだ。もらっていいか?」

 

「どうぞ、太刀川さん」

 

直後、旋空孤月によってその場のラービットは殲滅した。

 

「国近、新型撃破数ランキングはどうなっている?」

 

『風間さん三体、伊佐くん三体、嵐山さん二体、B級合同二体、小南一体、C級一体』

 

「C級?」

 

『トリオン怪獣ちゃんだね〜、ボーダー基地本部の壁に穴を開けた子。ちなみに太刀川さんは今ので三体でトップタイだね』

 

「俺のから二匹村上につけとけ。結構ダメージ入ってた」

 

『了解〜』

 

「さて、次はどこに行きゃいいんだ?」

 

すると、忍田から通信が入った。

 

『慶は東部地区に向かえ。風間隊に変わってトリオン兵を排除しろ。C級と市民を守るんだ。人型がC級や市民を狙って市街へ向かった場合は交戦を許可する』

 

「太刀川了解」

 

そう返事しながらと別な事を考えていた。

 

(来い来い黒トリガー来い)

 

(「黒トリガー来い」って思ってるなこの人は……)

 

 

本部基地付近南西。

 

「おー、頑張ってるな遊真」

 

迅が遊真と嵐山と時枝の所にやって来た。

 

「あっ」

 

「迅!お前西部地区の担当だったんじゃないのか?」

 

「向こうは天羽に頼んで来た」

 

で、迅は遊真の頭の上に手を置いた。

 

「嵐山、悪いんだけどこいつちょっと借りていいか」

 

「それは構わないが、お前が動くってことはこの先何かが起こるのか?」

 

「千佳ちゃんと賢介が心配なんだ。今、ちょうど未来の分かれ道っぽくてな。最善から最悪まで不確定な未来がいくつも見える」

 

「オサムのとこにはこなみ先輩が行ったんじゃないの?こなみ先輩が負けるような相手がいるってこと?」

 

「小南が負けなかったとしても、最悪になることはある。未来を決めるのは勝敗だけじゃないからな」

 

「最悪な未来だとどうなんの?チカがさらわれるとか?」

 

「いや、それは最悪の一歩手前だ」

 

「………⁉︎」

 

「最悪の未来では、賢介が捕まる」

 

その言葉に、嵐山も遊真も声を上げた。

 

「伊佐くんが……⁉︎」

 

「ケンスケが捕まる……?」

 

「いやいや、まだ決まったわけじゃない。最悪の場合そうなるって話だ。それをさせないために俺たちが行くんだ」

 

「ふむ」

 

「遊真を連れてって、城戸司令とか大丈夫なんですか?」

 

「さっき本部で話したよ。警戒区域を出なきゃOKだそうだ」

 

「警戒区域でるギリギリまで行って、そこでオサムたちを待つってこと?」

 

「いや、俺たちと合流する頃には、もう警戒区域まで入ってるはずだ。そこまでレイジさんたちが連れてきてくれる」

 

 

警戒区域外。レイジと烏丸の弾丸がヒュースに襲い掛かるも跳ね返される。

 

「無駄だ」

 

すると、烏丸が弾を切り替えた。弾道が変化し、各方面から襲い掛かる。

 

「⁉︎」

 

磁石の盾を崩し、広範囲に広げた。その背後から小南が斬りかかった。それをガードするヴィザ翁。

 

「ほっほ、元気なお嬢さんだ」

 

「っ」

 

後ろに下がる小南。

 

「ふむ、中々勘もいい」

 

(何……?今の……こいつのトリガー、ヤバイ感じがする)

 

「ヒュース殿、手練れと無理に戦う必要はない。この方達は私が引き受けます。先に向かって下さい」

 

「分散してしまってよろしいのですか?」

 

「私もすぐに片付けて追い付きます。金の雛鳥に逃げられるのは御免こうむりたい。敵の足を止めてくれればいいですし、なんなら捉えて来てくれて構わない」

 

「分かりました」

 

直後、ヒュースの背中から磁力の羽根が生え、磁石の道を作って飛んだ。

 

「飛んだ……⁉︎」

 

「小南!」

 

レイジに命令され、小南はヒュースに斬りかかった。その直後だ。

 

「『星の杖』」

 

街に斬撃が走り、周囲の建物を粉々に崩した。偶々回避に成功し、レイジも烏丸も小南も無事だったが、ヒュースは行ってしまった。

 

「クッ……この威力、黒トリガーか」

 

「どうします?黒トリガーだとすると、3人がかりで叩かないとキツくないっすか?」

 

そう聞いた直後、さらにトリオン兵が建物を壊して街を侵攻して来た。

 

「………!」

 

「敵地での戦闘では、やはりこれが効く。さぁ、どうされますかな?玄界の戦士たちよ」

 

「………仕方ないか。小南、トリオン兵を片付けろ」

 

「………了解」

 

「京介は俺と黒トリガーを止めるぞ」

 

「あっちの人型はいいんすか?」

 

「どちらにしろあの速さじゃ追い付けない。あいつは、伊佐に任せるしかない。何より、この黒トリガーは俺だけじゃ止められない」

 

「了解っす」

 

小南はトリオン兵の駆除に向かい、烏丸とレイジは臨戦態勢に入った。

 

「おや、いいのですかな?ヒュース殿を追わなくて」

 

「いい。俺たち以外にも優秀な奴はたくさんいる」

 

「ほう……しかし、こちらには、もう一手ある」

 

「⁉︎」

 

 

その頃、伊佐と修。

 

「こちら伊佐。南西部のC級を基地に連れて行きます」

 

それだけ伝えてから、逃走を続けてると、「あっ」と伊佐が声を漏らした。

 

「ハルちゃん。何してんの?」

 

「! ケンくん⁉︎」

 

「伊佐、知り合いか?」

 

「うん。彼女」

 

「へ?か、彼女?」

 

修を無視して伊佐は聞いた。

 

「何してんのこんな所で」

 

「今日は学校だったの。オペレーターの私じゃ本部に着く前にトリオン兵に襲われると思って避難誘導に協力してたんだよ」

 

「………そっか。怪我とかはしてないよね?」

 

「うん。さっきちょっと擦りむいたくらい」

 

そんな話をしてる時だ。千佳がピクッと反応した。

 

「!」

 

「? どうした、千佳?」

 

修が聞いた直後だ。新たな門が開き、ラービットがさらに6体現れた。

 

「!」

 

「三雲くん!雨取さんとハルちゃんを守って!」

 

「わ、分かった!」

 

言うと、伊佐はハンドガンを構える。

 

「伊佐くん!」

 

「どうしたの雨取さん?」

 

「一人、ものすごい勢いで迫って来る!」

 

「⁉︎」

 

千佳の視線の先を見ると、ヒュースが飛んで来ていた。

 

「……本部長、こちら伊佐です。人型と新型六体に挟まれました。初任務の新人にこんな仕事やらせるブラック企業なんて聞いてませんよ」

 

『! 了解した。付近の隊員に可能な限り援護に向かわせる』

 

ボヤきながらも、伊佐は構えた。

 

 

旧・三門市立大学。そこでランバネインは堂々と歩いていた。

 

(不用意に撃ってこなくなったか。思ったより我慢を知っているな。定石通り市街地を攻撃して誘い出すか、いっそヴィザ翁たちに加勢するか……)

 

そんなことを考えてる所を、上から見てる3人がいた。

 

「よねやん先輩、どうすんの?本部長は玉狛を援護しろって言ってるよ」

 

「どーすっかなー。もうこっち来ちまったもんなー」

 

「放っといたら玉狛の方行くかもしんねーし、ここであいつ倒しとく方がいいだろ」

 

「だよな、賛成」

 

緑川、出水、米屋がランバネインを見下ろしていた。

 

 



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24話

 

 

出水が国近に連絡を取った。

 

「柚宇さん、柚宇さん。奴の情報ちょうだい。米屋と緑川の分も」

 

「ほ〜い、東さんたちの戦闘記録送るよ。詳しいことは東さんたちに聞いてね」

 

すると、3人に戦闘データが流れてくる。

 

「ゴツいのに意外と射撃系じゃん。いずみん先輩と同じタイプだ」

 

「弾バカ族だな」

 

「誰が弾バカだ槍バカ。

 

そこを注意してから、今度は東と連絡を取る。

 

「東さん、出水です。米屋と緑川も一緒です。角付きと戦るんでサポートお願いします」

 

『わかった。相手の射撃トリガーは性能が段違いだ。射程、威力、弾速、速射生も高い。撃ち合うなら足を止めるなよ。火力勝負になると厳しいぞ』

 

「だいじょうぶです。弾避けが2個あるんで」

 

「「おいこら」」

 

すると、別の声も混ざって来た。

 

『敵はイーグレットを止めるレベルのシールドを持っている。ブレードも防がれるかもしれない。単発で崩すのは難しいぞ』

 

「荒船さん、了解です」

 

『そこの建物のデータあったから送るね。『旧・三門市立大学』」

 

「おっ、柚宇さん気がきく」

 

データが揃ったところで、米屋が言った。

 

「よし、行くか。作戦はマップ見て考えよーぜ」

 

「作戦って……このメンバーじゃ突撃しかなくない?」

 

「どう突撃するかを決めんだよ」

 

「相手が弾タイプってことは、近づかなきゃジリ貧でしょ」

 

「人数で勝ってるから挟み討ちだな。動き回って裏取れたやつが当ててく感じで」

 

「これ建物とか壊しちゃっていいの?」

 

「俺らが壊さなくても向こうが派手にぶっ壊すだろ」

 

「そっか」

 

「まぁとりあえず一発ぶっ放すから、あとは臨機応変に」

 

「結局それな」

 

「了解〜」

 

そして、出水は片手にメテオラ、もう片方にバイパーを出して混ぜた。

 

「メテオラ+パイパー=トマホーク」

 

開戦した。

 

 

南西部。ヒュースが磁力のライフルのようなものを作った。それを、千佳に向ける。

 

「!」

 

発射された。ものすごい勢いで、予想外の早さに伊佐は反応が遅れた。だが、修が腕を伸ばし、なんとか千佳をガードする。

 

「三雲くん。俺が人型とやる。新型を何とかしてくれるかな?」

 

「何とかって……!」

 

修が伊佐の顔を見る。いつもの無表情だ。

 

「どういう意味だ」

 

「C級を一人も減らさずに殺されないようにラービットを何とかするって意味」

 

「本気か⁉︎そんなこと……!」

 

「三雲くんじゃ人型相手に3秒保たないのは目に見えてるでしょ」

 

「………ッ、わ、分かった」

 

伊佐はヒュースに向かっていった。

 

「何とかって……!」

 

『オサム』

 

「レプリカ。どうすれば……!」

 

『それを考えるのはオサムの仕事だ。だが、私は不可能だとは思わない』

 

「! どういう意味だ?」

 

『幸い、ここにいるのはトリオンが黒トリガー並の千佳に、C級トップクラスの実力を持つ3人が揃っている。それに、ユウマと迅もこちらに向かっているし、近くまで来ている。ラービットを倒すことまでは及ばずとも、それまでの間に時間を稼ぐことは、可能性は低くとも0%ではない』

 

「……………」

 

正直、気休めに近かった。だが、修を奮い立だせるには充分だった。

 

「………やるしかないな」

 

『了解した。私も知恵を貸そう』

 

 

一方、伊佐は両手にハンドガンを出した。

 

「ハルちゃん、俺の背中の後ろに」

 

「へっ?」

 

「ぶっちゃけあの辺に任せるくらいなら俺が守る」

 

「でも、その辺の民家に隠れていても……」

 

「ラービットの巻き添えでクタバりたいの?正隊員の1部隊でも敵わない相手×6匹相手じゃC級が何人いても勝てない」

 

「……じゃあ先に逃げるのは?」

 

「トリオン兵が何処にいるか分からない状況で何処に行く気?死にたいの?」

 

「………わかった」

 

綾辻は伊佐の後ろに回った。ハンドガンを構えると、ヒュースも攻撃態勢に入る。

 

「『蝶の楯』」

 

ヒュースは自分の周りに磁石による盾を纏わせた後、磁石の矢を飛ばした。

その矢をアステロイドで撃つ。アステロイドは弾かれた。

 

「っ!」

 

綾辻の手を引いて回避する伊佐。

 

「届いてないよ、ケンくん」

 

「充分」

 

伊佐の撃った弾は弾かれた後、ヒュースの周りの盾に反射する。

 

「っ⁉︎」

 

慌てて回避するヒュース。だが、さらに弾丸が迫って来ていた。

 

「っ!」

 

伊佐の予測アステロイドだ。それを跳ね返す盾。帰って来た弾に伊佐はさっき飛んで来た磁石の矢を投げてぶつけた。それによって、弾はさらにヒュースに跳ね返る。

 

「グッ……!」

 

「さて、ここからだ」

 

更に伊佐は左右のアステロイドとバイパーを組み合わせて攻撃した。アステロイドによる相手の反射を利用した攻め、こちらに跳ね返ってきた弾はバイパーで撃ち落とす。

 

「チィッ……!」

 

どんなに跳ね返しても、その倍の数の弾が返ってくる。ヒュースはイラだったが、下手な反撃はしなかった。相手に武器を与えるだけだと分かっているからだ。

 

(ヴィザ翁の仰った通り、厄介な相手だ。だが……、こちらのトリガーの方が性能は上だ!)

 

ズアッ!と蝶の楯の範囲を広げるヒュース。磁石の道を作り、伊佐と綾辻を覆うようにした。

 

「「‼︎」」

 

「お前らはここで始末する!」

 

「ハルちゃん、動かないで」

 

それでも、伊佐は落ち着いてアステロイドを向けた。ヒュースは自分のレールの上を動き回り、攻撃をして来る。それを伊佐は回避しつつ反撃した。

 

 

修達。

 

「C級のみんな!今、ラービットに通用する弾丸を撃てるのは千佳だけだ!ラービットをほんの一瞬でいい、引きつけてくれ、そこを千佳が落とす!」

 

修は全員にそう言うと、自分も囮になるべく突っ込んだ。だが、ラービットの一撃が炸裂し、修は家に吹き飛ばされる。

 

(グッ……!こんなんじゃ、囮にすら……!)

 

だが、千佳の砲撃がラービットを吹き飛ばした。

 

「! 千佳……!」

 

その感じで、次のラービットに狙いを定めた。

 

 

本部。

 

『侵入警報、侵入警報』

 

「基地内部に未識別のトリオン反応!通気口から侵入されたようです!」

 

「通気口だと⁉︎また例の小型トリオン兵か!」

 

「いえ、これは……人型です‼︎人型近界民侵入‼︎」

 

「な……⁉︎」

 

「黒トリガーか‼︎」

 

エネドラが侵入した。

 

 



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25話

 

 

伊佐と綾辻は相変わらずの射撃戦だった。ヒュースの磁石に弾を反射させて攻撃する伊佐と、機動力を活かして攻撃するヒュース。

 

(クッ……!中々面倒な攻撃をしてくる……!)

 

すると、ヒュースはギロリと綾辻を睨んだ。

 

「なら、こうすればどうだ?」

 

ヒュースは綾辻に砲門を向けた。

 

「!」

 

「エスクード」

 

発砲直前に盾を出した。ドスッとエスクードに突き刺さる磁石。その直後だ。真後ろからデッカい車輪に刃が付いた形の磁石が向かって来た。

 

「!」

 

「死ね」

 

「ハルちゃん!」

 

反射的に綾辻の前に立ち塞がる伊佐。その伊佐の前にエスクードが出た。

 

「っ!」

 

「⁉︎」

 

「待たせたな、賢介」

 

伊佐の横に迅が立っていた。

 

「! 迅さん……!」

 

「なんとか間に合ったぜ」

 

さらに、バゴッ‼︎と鋭い音がした。遊真がラービットのたちの一体を蹴り飛ばした音だ。

 

「空閑くん」

 

助かった……みたいなニュアンスで伊佐は息を吐いた。その伊佐に迅が言った。

 

「賢介、遊真と一緒にC級と綾辻連れてラービットを突破しろ。いけるな?」

 

「うい」

 

「よし、良い返事だ。あの人型は俺に任せろ」

 

伊佐は綾辻をお姫様抱っこして、走って遊真達に合流した。

 

「ヒュ〜、大胆」

 

テキトーにそう言いながら、迅はヒュースを見た。

 

 

「空閑くん!」

 

「おう、ケンスケ。と、誰?」

 

「俺の彼女。さて、突破するよ」

 

「了解」

 

遊真、修、伊佐は3人並んで、後ろにC級を並べさせた。修が声をはりあげる。

 

「全員ついて来い!新型の群れを抜けて一気に基地まで突破する!遊真、伊佐、援護してくれ」

 

「おう」

 

「了解」

 

修はレイガストを構えて先頭に立ち、その横を遊真と伊佐が付いた。そして、入り組んだ道を利用してラービットとの戦闘を極力避けていく。

だが、それでも数が多過ぎる。

 

「チィッ……!」

 

「全員追いつかれたら終わりだ!走れ!」

 

その直後だ。ドドドドドッと空からアステロイドが降って来る。

 

「⁉︎」

 

そこから遅れて米屋、緑川、出水が降って来た。ランバネインを撃退したようだ。

落ちて来るなり、緑川と米屋が一撃ラービットに食らわすが、ガードされた。

 

「硬っ、なにこいつ」

 

「噂の新型だろ。ウジャウジャいんなー」

 

「緑川!米屋先輩!」

 

「三雲先輩、お待たせっす」

 

「よう、伊佐。先輩が協力してやる。泣いて感謝しろよ」

 

「うわーん、有難うございます出水せんぱぁ〜い」

 

「気持ちのいいくらいの棒読みだな」

 

「俺の見立てだとあいつは足が脆いです。そこを撃ってください」

 

「了解了解。そーら、こっち来い」

 

返事をすると、出水はアステロイドでラービットの頭を撃つと、自分に引き寄せるように移動した。

 

「三雲くん。俺も残ってラービットを足止めする。ハルちゃんを頼む」

 

「わかった」

 

「了解」

 

そのままラービットに向かっていこうとする伊佐。

 

「ケンくん」

 

後ろから綾辻が声を掛けた。

 

「気を付けてね」

 

「うい」

 

そう言って、二人は別れた。

 

 

出水が引き寄せているラービットに、伊佐はアステロイドを放った。

 

「おっ、伊佐。こっち来んのか?」

 

「まぁ、上手くやれば全滅させられそうなので」

 

「了解。一応聞くけど、新型と戦ったんだよな?」

 

「はい。一応、三体殺しました」

 

「なら、頼りにさせてもらうぜ」

 

「では、援護お願いします」

 

言いながら伊佐はハンドガンを構えた。それを援護するように出水もトリオンを両手の下から出す。距離は25メートルほど。歯と歯の間の狭い所をすり抜け、アステロイドは弱点にうまく潜り込む。

 

「当てんのかよ!」

 

突っ込みながら、出水もアステロイドでラービットの足を狙い撃つ。

 

「お前の狙撃はヘンタイだな!狙撃手になれよ」

 

「前も誰かにそれ言われましたね。あの形のライフルは使ったこと無いので無理です」

 

言いながら、次のラービットに狙いを定め、狙撃。だが、ラービットは口を閉じた。

 

「! 学習してる……?」

 

「OK、俺が口を開かせてやる」

 

言うと、出水はアステロイドとアステロイドを足した。

 

「ギムレット」

 

言いながら飛ばす。それを両腕でガードするラービット。その時、ほんの一瞬、腕の中で開いた口の中の目を狙撃した。

 

「うおお……気持ち悪ッ」

 

「出水さん、俺も傷つく事あるんですよ?」

 

一方で、米屋と緑川側。

 

「うおお、やるなあいつ。彼女ができるのもわかる気がする」

 

「俺らも負けてらんないね」

 

緑川と米屋もラービットに突撃した。米屋が孤月のリーチの長さを活かして距離をとりながらラービットと攻防し、隙を突いて緑川がラービットを崩す。

 

「確かに硬いけど、」

 

「崩せばこっちのもんだ」

 

早速、1匹撃破した。このまま行けばラービットを全滅させられる。そう思った時、どっかの屋根の上に白い鳥が集まっていた。その中央に、人影が見える。

 

「………」

 

「どうした伊佐?」

 

「新手です。人型」

 

「………あらら」

 

 

警戒区域外。ヴィザvsレイジ、烏丸。

 

「そろそろあいつら基地に着きましたかね」

 

「少なくとも、こいつの足止めは成功したと見てもいいだろう」

 

「了解っす」

 

その時だ。ヴィザの横に黒い穴が開き、黒い角が付いた女が現れた。

 

「「⁉︎」」

 

狼狽える二人を差し置いて、女は言った。

 

「ヴィザ翁、足止めご苦労様です」

 

(! まさか、足止めされていたのは俺たち……⁉︎)

 

「待て……!」

 

京介が突撃銃を向けた直後、ヴィザの杖が光った。

 

「! 京介!」

 

レイジが京介の頭を掴んで、しゃがもうとした。直後、頭上に斬撃が走る。

 

「さようなら、玄界の戦士たちよ」

 

そのままヴィザは消えて行った。

 

 

出水、伊佐、米屋、緑川側。屋根の上に降り立ったハイレインの周りに生き物の形の弾を米屋と緑川に飛ばした。

 

「生き物の形か、動きは複雑だけど……!」

 

「落とせねー速さじゃねーな!」

 

弾を弾き落とす緑川と米屋。直後、武器がキューブになった。

 

「「⁉︎」」

 

直後、二人にラービットが襲い掛かる。米屋はギリギリ躱したが、緑川は上から叩き潰された。

その緑川に飛んで来る魚の弾。

 

「! シールド!」

 

張ったが、シールドもキューブにされ、緑川の顔がグニャッと変形する。

 

「⁉︎」

 

「まさか……!」

 

直後、伊佐がアステロイドで緑川の頭を吹っ飛ばして緊急脱出させた。

 

「ナイス、伊佐」

 

「新型と連携して来ますね……。三雲くん、状況が変わった。さっさと逃げて」

 

通信してそう指示した。だが、

 

『無理だ!こっちも白髪の黒トリガーに囲まれた!』

 

「はぁ⁉︎」

 

声を上げたのは出水だ。

 

「白髪……?もしかして、杖を持った爺さん?」

 

『そうだ』

 

「そいつはさっき烏丸さんと木崎さんと戦ってた奴だよ。気を付けて、そこにいるってことはあの二人を……」

 

『落ち着け、二人とも』

 

そこで、レイジの声が割り込んできた。

 

『俺たちはやられていない。逃げられただけだ。今から全速力でそちらに向かう、修は遊真と協力して持ち堪えろ。黒トリガーの情報は宇佐美から聞け』

 

その声に、伊佐も修も「了解」と短く答えた。

 

「さて、伊佐。やるぞ」

 

「米屋さん、出水さん。偉そうにするつもりはありませんが、俺に従ってください」

 

「はぁ?」

 

「何言ってんだ。こんな時に」

 

「この前の黒トリガー争奪戦の嵐山隊の指揮を取ってたのは俺です」

 

「「………!」」

 

「お願いします。力を貸してください」

 

「ああ、分かった」

 

「アレをやる側になるのか俺たちは。少し楽しみじゃねぇか」

 

3人は構えた。そして、内部通信に切り替える。

 

『まずは、敵のデータを集めます、俺が突撃するのでお二人は援護お願いします』

 

『『了解』』

 

戦闘開始だ。

 

 



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26話

 

 

『空閑、どうする?』

 

修が目の前のヴィザ翁を前にして聞いた。

 

『こいつのデータはレイジさんからもらってる。俺とレプリカがやるから、オサムは逃げろ』

 

『……わかった』

 

修は別の道からC級を引き連れて逃走する。

 

「おっと、」

 

その修に杖を向けるヴィザ。

 

「これ以上逃げ回られるのは、ご勘弁願いたい」

 

「レプリカ」

 

『心得た』

 

直後、レプリカの頭から門が出てきた。そして、その門から呼び出されたのは、黒いラービットだった。

 

「っ⁉︎ これは……⁉︎」

 

動揺したほんの一瞬の隙を突いて、遊真の蹴りがヴィザ翁を襲う。杖でガードしたものの、地面に叩きつけられた。

修はC級を連れて走り出した。

 

 

伊佐、出水、米屋。伊佐は正面から突撃した。そこに飛んで来る魚。

 

「アステロイド」

 

伊佐は両手にハンドガンを持って、魚を撃ち落とす。1匹も撃ち漏らさなかった。すると、空から鳥が飛んで来た。

 

「ッ……!」

 

すると、伊佐は大きくジャンプして、空中で身体を横に傾けた。魚と鳥の間に飛び込み、回転しながら上下の敵を撃ち落とす。

 

「マッジかよ!あいつキメェな!」

 

「ハウンド」

 

楽しそうに笑いながら援護に向かう米屋と、伊佐の撃ち漏らしを撃ち落とす出水。

 

(これ程の者が玄界にはいるのか……だが、着地点を狙えばいい)

 

伊佐の着地点を予測し、ハイレインはクラゲを置いた。だが、伊佐は地面にアステロイドを放つ。直後、地面からコロッとキューブが出てきた。

 

「!」

 

「大当たり」

 

接近した伊佐がハンドガンをしまって、スコーピオンを最大まで伸ばして正面から身体を斬った。だが、スコーピオンはキューブとなって落ちる。マントの下に蜂が潜んでいた。

 

「!」

 

伊佐の真後ろから鳥が襲い掛かる。

 

「さらばだ」

 

「そっちがね」

 

後ろから米屋の突きが迫っていた。気付いていたのか、横に逃げるハイレイン。だが、穂先がギュインッと曲がった。

 

「ッ!」

 

それがハイレインの肩を抉る。伊佐の後ろの鳥は出水に落とされていた。

 

「斬撃を喰らうのは久し振りだな」

 

横に大きく飛び退いたハイレインに、伊佐はアステロイドで追撃するが、魚を大量に纏わせてガードするハイレインを見て、これ以上は厳しいと思い、一旦米屋と出水と合流した。

 

『出水さん、助かりました』

 

『いやいや、お前それよりなんで足元のアレ気付いたんだよ』

 

『多彩そうなトリガーだし、俺が何か仕込むとしたら着地点かなって思ったんです』

 

『いや、それ以外にもツッコミ所あるだろ……。それで、何かわかったのか?』

 

米屋に聞かれて、伊佐は『はい』と短く答えた。

 

『マントの下に蜂、魚と鳥は陽動、本命はクラゲみたいに仕込みタイプみたいですね。他にもあるかもしれませんが、向こうはこちらの動きを封じれればいいと思っているみたいです』

 

『何でだ?時間が掛かって困るのは向こうだろ』

 

『向こうにはおそらくですけど、ワープできる黒トリガーがあります』

 

『ワープ?』

 

『木崎さんと烏丸さんが足止めしていた黒トリガー使いが空閑くんたちの前に移動しています。そうとしか思えない』

 

『なるほどな。……ってことは、俺たちも同じ事をされてるって事じゃねぇかよ』

 

『俺に考えがあります。こいつらの狙いは雨取さんだ。なら、雨取さんの付近までワープするのを待って、狙撃手に狙わせます』

 

『………なるほど、逃げられた振りをするってわけか』

 

『まぁ、その為には全力で足止めするフリをしなければならないんですけどね』

 

『OK、分かった』

 

 

ヴィザ翁vs遊真。迫り来る斬撃を遊真は避けていた。

 

「レイジさん達の情報がなかったら、何も出来ずに落ちてたな」

 

『だが、このままでは手も足も出ないぞ。まずはあのブレードを何とかしなければ』

 

「ブレードを何とかする手はある。ただ、隙がない」

 

その直後だ。ヴィザの背後から近付いて来る影があった。

 

「近界民確認。これより排除する」

 

「………重くなる弾の人?」

 

「新手ですかな」

 

三輪が歩いて来ていた。孤月を抜いて、ハンドガンを構えてヴィザ翁に向けた。

 

「オルガノ……」

 

杖から斬撃を飛ばそうとした直後、三輪がハンドガンを二、三発杖にブッ放した。広がる刃に鉛弾が付き、ズシンッと重くなる。

 

「!」

 

「これは……!」

 

直後、その重りを踏み台にして、三輪はヴィザに斬りかかった。杖の鞘を抜いて、鞘でガードするヴィザ。

そして、剣で斬りかかり、三輪は遊真の横に退がった。

 

「手伝ってくれんの?」

 

「ふざけるな。お前に手を貸すつもりも、手を借りるつもりもない。奴は、俺が殺す」

 

「でも、俺の相棒が言うにはあいつの黒トリガーは国宝らしいけど。それに、レイジさんととりまる先輩の二人を退けたらしいよ」

 

「……………」

 

「一人でやるって言うなら止めないけど。どうする?」

 

「………援護したければ勝手にしろ。俺は俺のやり方でやる」

 

そう言うと三輪は再びヴィザに向かって行った。

 

 

出水、伊佐、米屋側。伊佐が正面から突撃する。スパイダーを巧みに使って鳥や魚を回避して、ハイレインが纏っている魚の隙間を狙撃する。

 

「チッ……!」

 

死角を突いて、伊佐の背後から来る攻撃を出水が落とし、ハイレインの死角を米屋が突く。

 

(中々にイラつかせる攻撃をして来る……。奴らを崩すにはまず、後ろの射手が邪魔だ)

 

そう判断すると、トカゲを出発させた。だが、足元に予めシールドを張っておいたのか、バチッと音を立てて防がれる。

 

『伊佐の予想通りだ。シールド出しておいて良かったぜ』

 

『すみません、俺なんかを守らせてしまって』

 

『気にすんな。それより、このままいけば勝てるんじゃねぇか』

 

『相手にこちらを殺すつもりが無いからですよ。ここで出来るだけ敵のトリオンを削れば、その分狙撃手が殺しやすくなります』

 

そう伝えると、より一層攻撃する3人。

 

(指揮官はどいつだ。こっちにワープがあるとはいえ、それまでに俺が落とされては元も子もない)

 

戦闘しながらハイレインは冷静に分析する。3人の間合いや過去の戦闘を見て、指揮を取ってるのを探す。

 

(射手か槍が天パか。3人とも服もエンブレムも違う以上は、別々の部隊の者のはずだ。だとすると、これは全て今考えてアドリブの戦術のはずだ。それに、射手と槍はランバネインの時に見ていたが、作戦を立てているようには見えなかった。だが、天パは我々が雛鳥を狙ったことを見破り、ラービットの弱点も素早く見付けてあっさりと単独撃破して見せた。だとすると、指揮官はあいつだ)

 

ハイレインはミラに連絡を取った。

 

「ミラ。今はどこにいる?」

 

『泥の王を回収して、玄界の拠点の前で待機しています』

 

「ラービットをすべてこちらに回せるか?」

 

『可能ですが……金の雛鳥は放棄するのですか?』

 

「いや、こっちに一人邪魔な奴がいる。そいつを倒した上で、出来れば捕獲したいと思っている」

 

 



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27話

 

ハイレインに向かう伊佐。相変わらずのキチガイじみた射撃で魚の間をすり抜ける。直後、ハイレインを守るようにラービットが四体現れた。

 

「ッ!」

 

「新型……⁉︎」

 

ラービット四体は、一番近くの伊佐に襲い掛かった。

 

「ちょっ……!タンマ……!」

 

「伊佐!後ろだ!」

 

出水がそう言った直後、後ろから黒い穴が出現。魚が伊佐に向かって来た。伊佐は自分の片腕を切り落として魚に当てて防ぐ。そして、後ろからのラービットの拳を回避した。その拳が前のラービットに直撃する。

その隙にスパイダーで上に逃げようとした。その足を、ラービットが掴んだ。

 

「ッ……!」

 

さらに向かって来る鳥と魚。

 

「伊佐!」

 

出水が敵の弾を弾く。伊佐はそのまま自分を捉えようとするラービットにゼロ距離でメテオラをブチ込んで、手が離れた所を脱出した。

 

「………逃げられたか。まぁいい」

 

「いいのですか?」

 

「既に奴のトリオンは残り僅かだ。このラービットを片付けた頃にはもう戦えないだろう」

 

「了解しました」

 

伊佐は出水の隣に飛びのいた。

 

「無事か伊佐?」

 

「何とか。でも、逃げられました。とりあえず、この新型を何とかしないと……!」

 

「行け、伊佐」

 

出水が伊佐にそう言った。

 

「!」

 

「向こうに綾辻もいるんだろ?狙撃手の策があるとはいえ、そんなんで仕留められるなら苦労しないって分かってんだろ?」

 

「でも、ラービットが」

 

「そこは先輩に任せろよ」

 

米屋もそう言い返す。

 

「……すみません。お願いします」

 

基地に走り出した。

 

 

修達。ボーダーの基地に近付いてきていた。

 

「……あと少しだ。みんな頑張れ!」

 

全員に声を掛けつつ、基地に向かう。その時だ。千佳がピクッと反応した。

 

「! 人型……⁉︎」

 

ハイレインとミラが現れた。そして、鳥を飛ばしてくる。

 

「あれは……!全員鳥に触れるな!キューブになるぞ!」

 

何人かキューブにされる中、修は街の家の方に千佳と綾辻を連れて逃げ込んだ。

 

(クソッ……!あと少しだっていうのに……!)

 

悔しげに人型の方を睨む修。その時だ。基地の方から弾丸が二発、ハイレインに直撃した。

 

「⁉︎」

 

「上から……⁉︎」

 

見上げると、基地の屋上からライフルで当真、奈良坂、古寺が狙っていた。

 

「………ミラ、どっかからラービットを拾って上の狙撃手を止めろ」

 

「畏まりました」

 

どこかに消えるミラ。ハイレインは攻撃を再開した。

 

「来るッ!」

 

『三雲くん。聞こえてる?』

 

「! 伊佐!」

 

『今からそっち行く。それまで持ち堪えて』

 

「分かった」

 

修は短く返事をすると、二人を連れて走り出した。

 

 

遊真・三輪vsヴィザ。鉛弾を上手く使い、ブレードの速度を落としつつ戦う。三輪にもちびレプリカが付いている。

 

「『弾』印」

 

瓦礫を飛ばす遊真。それをバラバラにするヴィザ。

 

「『鎖』印」

 

バラバラになった瓦礫から鎖が出てきて、ヴィザの動きを封じた。その隙を見て、後ろから三輪が斬りかかる。

それと共に、遊真は左手をヴィザに向けた。

 

「『射』印+『強』印」

 

すると、杖で瓦礫をバラバラにした。

 

「ッ⁉︎」

 

「!」

 

直後、三輪は後ろに飛び退いて回避。遊真の攻撃をヴィザは回避して、円周場にブレードを広げた。

ヴィザの狙いは遊真だった。左手を斬り飛ばした。

 

「どうやら、その左手が悪さをするらしい」

 

遊真の落とされた左手から、レプリカがにゅうっと脱出する。

 

(クッ……同じ黒トリガー同士でもここまで違うものか。明らかにこちらが押されている)

 

奥歯を噛みしめる三輪。目の前のヴィザはそれほど強かった。

 

(奴を倒す手はある。だが、それをやるには……!)

 

悩みながらも三輪は遊真に通信を取った。

 

『おい、近界民』

 

『重くなる弾の人?』

 

『三輪だ。おい、奴を3分引きつけろ』

 

『ミワ先輩はどうすんの?』

 

『奴を倒す。それだけだ』

 

『………了解』

 

すると、三輪は基地の方に向かって行った。

 

『レプリカ、ケンスケとチカは大丈夫か?』

 

『無事だ。二人とも基地の目の前だ』

 

『……めずらしくつまんないウソつくね』

 

『目の前の敵に集中しろということだ。ちなみに二人とも無事ではある。ただ、チカの方は黒トリガー二人に狙われている』

 

『まださっきのラービットは作れるか?』

 

『作れる。一体だけならな』

 

『なら、そっちに行ってチカを守れ』

 

『私がいなくなって大丈夫なのか?』

 

『こっちにレイジさんととりまる先輩が向かってる。ミワ先輩もウソは言ってなかった。あの爺さんを3分止めるだけなら、俺だけで十分だ』

 

『……了解した』

 

すると、レプリカは修の方に向かった。

 

「おやっ、お一人で戦うつもりですか?」

 

「他の所もピンチだから。あんた一人に何人も割いてられない」

 

「ほう、しかしよろしいのですか?」

 

そう聞いた直後、ヴィザはブレードを纏って突っ込んで来た。それを避ける遊真。

 

「私は誰が相手でも手は抜きませんよ」

 

「上等」

 

 

修、綾辻、千佳。家の中を通って逃げていた。

 

「修くん、前から来る!」

 

「! そこ右!」

 

千佳のサイドエフェクトでなんとか動きを予測して逃げてる状態だ。

 

「あきらめなさい」

 

だが、目の前にミラがワープしてくる。修の脚に小窓が突き刺さった。

 

「ッ! 綾辻さん、下がって!」

 

修は天井を破壊し、後ろに下がった。別の道を進んだ。だが、目の前にはハイレインが立っている。

 

「ッ!」

 

「諦めろ。黙って金の雛鳥を寄越せ」

 

「………!」

 

後ろに下がろうとしたが、ミラがいる。

 

(ここまでか……!)

 

そう思って諦めかけた時、家に何かが降って来た。黒いラービットだ。

 

「⁉︎」

 

「こいつは……!」

 

直後、そのラービットがミラに殴りかかる。直後、修はその隙を逃さずに逃げ出した。

 

「逃がすか……!」

 

飛んで来る魚に修はシールドを向けた。

 

「スラスターON」

 

シールドモードにして飛ばし、魚を相殺すると、走り出した。

 

「レプリカか!助かった!」

 

『ユウマの指示で助けに来た。正解だったようだ。私が逃げ道を指示する。ラービットも長くは保たない。さっさと基地に向かうぞ』

 

「分かった!」

 

 

遊真vsヴィザ。ヴィザの斬撃が遊真を襲う。

 

「グッ……!」

 

身体を掠め、少しずつトリオンが漏れて行く。

 

「二つに分かれたのは失敗だったのでは?」

 

そう言うヴィザの攻撃をギリギリ凌ぐ。

 

『近界民、奴の足を止めろ。攻撃はいつでも出来る』

 

『分かった』

 

遊真がそう言った直後、脚が落とされた。

 

「ヤバっ……!」

 

「これで、終わりです」

 

トドメを刺そうとした時、ヴィザの身体を車が跳ねた。

 

「ッ⁉︎」

 

杖でガードしたものの、大きくぶっ飛ばされた。

 

「……やれやれ、また新手ですか」

 

そう言った直後、ヴィザに五発の斬撃が走った。

 

(⁉︎ 斬撃……?何処から……!)

 

辺りを見回すと、三輪が風刃を持ってこっちを睨んでいた。

 

(逃げたと思わせて、この機会を待っていたわけか……!)

 

直後、ボンッとヴィザが爆発した。

 

「無事か、遊真」

 

声を掛けたのは、車に乗った烏丸だった。レイジが運転席に乗っている。

 

「レイジさん。これまだ動く?」

 

「動くけど、どうした?」

 

「オサムとチカが危ない。急いで」

 

「分かった」

 

レイジは遊真を乗せて車を走らせた。

 

 

「⁉︎」

 

「ヴィザ翁⁉︎」

 

ハイレインとミラが声を上げた。

 

『申し訳ありません。突破されました。「星の杖」は無事です。お気をつけ下さい。敵に黒トリガーがもう一人います』

 

「了解した。ミラ、ラービットを引きつけつつ、拠点の前に大窓を張って待機。俺が金の雛鳥を捕らえる」

 

「畏まりました」

 

ミラは消えて、ハイレインは引き続き修達を追った。

 

「! 修くん!人型がもう一人こっちに来た!」

 

「クッ……!」

 

(今度こそ、雛鳥を捕らえる……!)

 

魚の群れを出して飛ばすハイレイン。だが、その魚の群れが一瞬でキューブになった。

何事かと弾の飛んで来た方を見ると、伊佐がハンドガンを向けて立っていた。

 

 



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28話

 

 

「しつこい奴だな」

 

「こっちの台詞だよ」

 

睨み合う伊佐とハイレイン。

 

「三雲くん、先に行って」

 

「あ、ああ。すまん」

 

そして、伊佐は綾辻を見た。少し微笑んだ後、ハイレインを見た。ハイレインは少し不愉快そうな顔をしたあと、言った。

 

「悪いが、一瞬で終わらせるぞ」

 

「やってみろよ」

 

直後、鳥と魚を飛ばすハイレイン。それを撃ち返す伊佐。だが、両手じゃないので相殺しきれない。嫌でも後ろに下がって回避しながら撃ち落とすしなかった。

 

「どうした、俺を止めるんじゃなかったのか?」

 

「もう勝ってるから充分だよ。それに、もう疲れた」

 

「ならさっさと消えればいいだろう」

 

伊佐が屋根の上に着地すると、ハイレインも別の屋根に着地した。

 

「学校で飯食ってたら呼び出し食らって駆けつけてみりゃトリオン兵大運動会、援軍来たと思ったらチームメイト助けに走り回って新型と殴り合って、また援軍が来たと思ったら今度は人型だ。しかもその後には黒トリガー。冗談抜きでブラック企業過ぎるよ……。何回死ぬかと思ったことか」

 

(なんか愚痴り出したぞ)

 

「けど、一度やるっつったからには途中でやめるわけ行かないじゃん」

 

伊佐が言うと、ハイレインは真顔で言った。

 

「………益々気に入った。是非とも俺の兵に加えたいものだな」

 

「俺は絶対嫌だけどね」

 

「……残念だが、お前に拒否権はない」

 

直後、伊佐の足元からトカゲが出て来た。だが、それを伊佐は後ろに大きく飛び退いて回避した。

 

「っ⁉︎」

 

「バレてないとでも思った?」

 

さらに、伊佐は指をパチンッと鳴らした。

 

「お返しだ」

 

直後、ハイレインの足元が大きく爆発した。伊佐が仕掛けたメテオラが爆発したのだ。

 

「………チィッ」

 

片脚を失ったハイレインが煙から出て来た。

 

「化かし合いで俺に勝てる奴なんていないよ」

 

「………それは、どうかな?」

 

直後、伊佐の足元でバチッと音がする。下を見ると、左足が潰されていた。

 

(1匹だけ先に仕込んでたのか……)

 

お互い、また睨み合う。その時、ハイレインの耳に通信が入った。

 

『ハイレイン隊長』

 

「どうしたミラ、こっちは戦闘中だ」

 

『ここまでです。撤退しましょう』

 

「何があった?」

 

『玄界の兵が、集まり過ぎています』

 

「…………何?」

 

ミラは上空から基地前の様子を見ていた。肉眼で確認できるだけで、レイジ、烏丸、遊真、三輪、当真、奈良坂、古寺、出水、米屋、諏訪、堤、菊地原、歌川が集まっている。

 

「………なるほど、貴様が俺を一瞬でも引き止めた時点で、我々の敗北は決まっていたわけか」

 

流石に、この人数を相手に正面から挑もうとは思えなかった。

 

「分かったら、さっさと退いてくんない」

 

「そうだな。だが、お前は一つミスを犯してる」

 

「?」

 

直後、最大火力を出したかのごとく、ハイレインは色んな動物を出した。

 

「俺たちの捕獲目標は金の雛鳥だけでは無い」

 

「っ!」

 

「代わりにお前にこちらの兵になってもらう」

 

「最近はよくスカウトされるなぁ」

 

言うと、伊佐は自分の首にハンドガンを当てた。

 

「⁉︎」

 

「じゃあな」

 

アステロイドを放ち、自分の首を飛ばして緊急脱出した。

 

 

敵は撤退したのか、追撃はもうなかった。連れ去られたC級は0人とはいかなかった。また、基地に侵入した近界民によって、殺されたオペレーターが6名。

今は2日後、大規模侵攻のニュースがやってる中、伊佐は太刀川隊作戦室で国近とゲームをしていた。

 

「へぇー、大変だったね〜」

 

「ほんとですよ。これで論功行賞貰えなかったらマジでファッキューですからね。そういえば、あれ発表っていつなんですか?」

 

「もう少し先だったと思うよ〜。あと2日くらい?」

 

「ちなみに、どのくらいもらえるんですか?金」

 

「えーっと……ちょーっと待っててね〜」

 

言いながら国近はゲームを中断して資料を漁る。

 

「特級戦功が150万……」

 

「ちょっとトリオン兵駆除してきます」

 

「いやいや、今から行っても遅いから。それに賢介くんも大活躍だったじゃん。大丈夫だよ〜」

 

「そうですかね。結果だけ見たらC級と一緒に近界民から逃げてただけですからね」

 

「そんなことないよ。新型だってたくさん倒してたし、賢介くんがいなかったらもっとC級ちゃんたちは捕まってたよ?」

 

「や、でも特級ほどですかね……多分、いいとこ一級な気もしますね」

 

「いや、でも一級でも80万円もらえるよ?」

 

「あ、ならそれくらいでいいや」

 

「お金もらえるなら何でもいいんだ……」

 

すると、ウィーンとドアが開いた。入って来たのは出水と綾辻だ。

 

「やっぱりここにいたんだ」

 

「あ、ハルちゃん」

 

「最近、嵐山隊の作戦室に全然来てくれないし……。そんなに国近さんが好きなんだ?」

 

「? 何言ってんの?俺が好きなのはハルちゃんだよ?」

 

「…………」

 

顔を赤くして俯く綾辻。すると、出水が部屋に入った。

 

「で、伊佐。緑川とかはどうなってる?」

 

「相変わらず勝負勝負ってうるさいですね。太刀川隊の作戦室は本当に隠れ家にもってこいです。あ、出水さんもスマブラやりましょうよ。柚宇さん弱過ぎて話にならないんです」

 

「んなっ……⁉︎」

 

「お、いいぜ。綾辻もやるか?」

 

「うん。やるー」

 

四人はテレビの前に座った。

 

 



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29話

2日後、朝早く起きた伊佐はボーダー本部の太刀川隊作戦室に向かった。今更だが、他の部隊、それもA級一位の作戦室に何食わぬ顔で入れる伊佐は中々の強者だと思う。

 

「おはようございまーす」

 

「また、来たな。つーかお前玉狛に顔出さなくていいのかよ」

 

出迎えたのは出水だ。至極当然の指摘をされてもどこ吹く風の伊佐。二人はソファーに座った。

 

「大丈夫でしょ。ぶっちゃけ、俺どこの部隊にも所属してないし」

 

「? 玉狛じゃないのか?」

 

「玉狛第一、木崎さん烏丸さん小南さん、玉狛第二、三雲くん、空閑くん、雨取さんで俺居場所ないんですよね」

 

「うわあ………」

 

「特に玉狛第二なんて、なんか知らない間にみんなそれぞれ目的があって、知らない間にA級の遠征部隊目指してるんですよ。玉狛にいても冗談抜きで居場所なさ過ぎて……」

 

「……………」

 

「迅さんみたいに実力があるわけでもないし、コミュ力があるわけでもないし、取り柄といえばゲームだけですし、みんな活動的な玉狛ってあんま向かないんですよね」

 

(いや、実力はあると思う)

 

「友達いないのは学校でもなんであんま気にしてないんですけど……その、なんというか、友達いないのに気を遣われるのは少し嫌なんですよね」

 

「ま、まぁもう分かったから……分かったから。しばらくここにいろよ。本部なら綾辻もいるし、大丈夫だろ」

 

「そうですね。出水さんや米屋さんや柚宇さんもいますし」

 

「で、綾辻とはどこまで行ったの?」

 

「あーそれ聞いちゃいます?」

 

「そりゃ気になるだろうお前」

 

「あー、それ私も聞きたい〜」

 

国近がのんきに手を挙げた。

 

「じゃあ、せっかくなら米屋さんや緑川くんも呼びましょうよ」

 

「およ?いいの?」

 

「中途半端に噂が広まって話に尾ひれ背びれ胸びれ付いてえら呼吸されるよりマシですから」

 

 

で、結果的に集まったのは出水が呼び出した米屋。米屋が呼び出した緑川、緑川が呼び出した黒江。国近が呼び出した三上、三上が呼び出した風間とあまり接点のないけど大物が集められた。

どんだけ綾辻の彼氏のこと気になってんのみんなと思いながら伊佐は話し始めた。

 

「えーっと、ぶっちゃけセ○クスはまだしてないです」

 

その一言に、男子達は「なんだよー」みたいな顔をして、女子勢は若干顔を赤らめた。

 

「いやー何度も寸前まではいったんですけどね」

 

「寸前?」

 

風間が首を傾げる。

 

「お互いにほぼ半裸で布団の中には入ったんですけど、結局何もしないで寝ちゃったみたいな。ハルちゃんが『やっぱり怖い……』って言っていつも寸止めですね」

 

「ああ……想像できるな〜、それ」

 

ウンウンと頷く国近。

 

「俺も無理矢理襲おうとまでしませんから。そこまで鬼畜じゃないですし。だけど解せないのは、毎回向こうから誘ってくる癖に、チキるのは向こうなんですよね」

 

「誘うって?」

 

緑川が聞いた。

 

「一番最初にそういう話になった時、『その……今夜、さ……』ってハッキリしない口調でいきなりコ○ドームをポケットから出して来て。一発で理解したんだけど、結局やめちゃったんだよなー」

 

「あー、綾辻ってしっかりしてそうでそういうとこダメそうだもんなー」

 

米屋が頭の後ろで手を組みながら言った。

 

「まぁ、そんな感じで性行為はしてないけど、一緒にお風呂とかは入りましたよ」

 

「お、お風呂?」

 

聞き返す黒江。

 

「うん。てっきり水着くらい着るのかと思ってて、俺は海パン履いてたんだけど、ハルちゃんは全裸で来ちゃって」

 

「うーわ、それは恥ずいわ」

 

出水が呟いた。

 

「顔を真っ赤にして逃げちゃったんだよなー。てか知ってました?ハルちゃんってああ見えて大胆なんですよ」

 

「大胆?」

 

聞き返す三上。

 

「はい。去年の夏に海に行ったんですけど、水着が思いの外際どくて……」

 

「どんなの?」

 

興味津々の米屋。

 

「真っ白なビキニですね。水かけたら乳首透けるんじゃね?ってレベルの」

 

「うっわ……意外……」

 

声を漏らす緑川。

 

「その時に俺、水鉄砲持って行って、ハルちゃんに射撃のテクニック教えたんですよねー。ゲームのだけど」

 

「水鉄砲って……子供ですか」

 

呆れる黒江。

 

「分かってねぇな。水鉄砲は水鉄砲で奥が深いんだぞ。あれはお前、重力も関係してくるから標的より若干上向けて撃たないと当たらなかったりもするし。で、その時に俺、本当に透けないかなーってビキニの乳首の所に水かけてみたんだけど……」

 

「透けるわけないだろアホか」

 

「いやそれが透けたんですよ若干」

 

ガタッと反応する全員。

 

「本人が気付いてなかったんで言いにくかったんですけど、俺以外にハルちゃんの裸見られたくなかったんで、こっそり言ったら喧嘩になっちゃって、あれマジで焦りました」

 

「どうやって仲直りしたの?」

 

「キスしました」

 

おお〜っと周りから声が上がった。ちなみにその頃、すでに論功行賞は発表されていた。

 

 

夕方。伊佐と綾辻の恋物語は昼の2時まで続いた所で、伊佐に防衛任務が入ったため解散となった。

今は、防衛任務が終わった伊佐が太刀川隊の作戦室に戻って来たところだ。

ウィーンっと未来的な音を立てて開いた扉の奥に立っていたのは綾辻だった。

 

「あ、ハルちゃん。いたんだ」

 

「ねぇ、ケンくん」

 

「んー?」

 

「緑川くんに、『白のビキニ』って言われたんだけど、どうしてそのことを緑川くんが知ってるのかな?」

 

「えっ」

 

この後、メチャクチャ喧嘩した。ちなみに伊佐は特級戦功だった。

 

 



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30話

 

 

翌日。ボーダー本部のラウンジ。一人でソファーで携帯をいじってる伊佐を見つけた緑川がヒョコヒョコと声を掛けた。

 

「イサケン先輩!ランク戦やりましょ!」

 

「……………」

 

「イサケン先輩?」

 

「ああ、いいよ。ちょうど俺もお前を探してたんだ」

 

「?」

 

「フルボッコにするから覚悟しとけよ」

 

「?」

 

緑川はボコボコにされた。

 

 

風間隊作戦室。

 

「と、いうわけでハルちゃんと喧嘩しました」

 

「………いや、なんで私に言うの?」

 

三上が困惑した様子で聞いた。

 

「国近さんが『相談するならみんなのお母さんのみかみかだよ〜』って」

 

「いや、誰がお母さん?」

 

「お願いしますみかみか。昨日、俺とハルちゃんの話散々聞かせてやったじゃないですかみかみか。なんならとんこつラーメン奢りますからみかみか」

 

「あの、ちょいちょい『みかみか』挟むのやめてくれる?」

 

まずはそこを注意すると、いつの間にか三上の隣にいた風間が口を開いた。

 

「それで、なんで喧嘩したんだ?」

 

「あれ?風間さんノリ気?」

 

三上が若干引いたが、風間は特に気にした様子はない。

 

「あとで一戦な」

 

「ええ……風間さんもですか?まぁいいや、緑川くんが『白ビキニ!』ってハルちゃんに言ったみたいなんです」

 

「緑川は締めたのか?」

 

「さっき10本やってボコボコにしました」

 

「緑川とか……」

 

「謝ったほうがいいんじゃねぇの?」

 

「待て、何故出水ここにいる」

 

「扉開いてたんで」

 

「いやー謝っても許してくれますかね。過去の喧嘩で謝れば許してくれることなんてほとんどなかったんすよね」

 

「なら、何かあげればいいんじゃない?綾辻さんの好きなものって何なの?」

 

「俺」

 

「ウザっ」

 

三上に聞かれて即答すると、思いの外鋭い一撃が返ってきた。

 

「そうじゃなくて、他によ」

 

「えーっと……この前手作りのグミ作ってあげたら喜んでましたね。あとは猫と片付け?」

 

「それでいいじゃない。またグミ作ってあげたら?」

 

「前の喧嘩でその手は使いましたね」

 

「ワンパターンだと仲直りできない確率はあるな」

 

風間にもそう言われ、腕を組む四人。

 

「片付けを手伝ってあげるのは?」

 

「嵐山隊の作戦室が汚れてるとは思えないですね」

 

「あー……確かに。どいつもこいつも爽やかだもんな。佐鳥を除いて」

 

ウンウンと出水が頷く。

 

「猫をあげるわけにもいかないよね」

 

「というか、どこに猫がいるんだ?」

 

「あ、いますよ」

 

「「はっ?」」

 

三上と風間が短く声を漏らした。

 

「大規模侵攻の日に俺の家のゲームが心配で急いで帰ったんですけど、」

 

「一番に心配するのはそこなのか」

 

「ハルちゃんが無事なのは分かってましたから。その時に足怪我してる子猫見つけて、それ以来飼ってるんです」

 

「意外と優しいのなお前」

 

「名前はマグロです」

 

「前言撤回だこの野郎」

 

呆れる出水。

 

「でもお前一人暮らしなんだろ?そんな猫飼う余裕あんの?」

 

「ないですよ?でも特級戦功いただいたので最近はある程度余裕あります」

 

「へぇ〜、てっきり全額ゲームにブチ込むと思ってたから意外だわ」

 

「高校行ったらバイトも始めないといけないんですよね〜」

 

「何処の高校行くの?」

 

「ハルちゃんと同じ高校です」

 

「おーじゃあ私と同じだ」

 

「つーか、それいけんのか?あそこ進学高だぜ?」

 

「これ、俺の成績」

 

伊佐は携帯で写真を見せた。

 

『国語15点、数学100点、理科100点、社会100点、英語100点』

 

「スゲェけど国語」

 

「ハルちゃんに教えてもらってます」

 

「まぁなんでもいいけどよ……」

 

「話が脱線したな。……つーか何の話だっけ?」

 

「えっと……あ、そうそう。グミの作り方ですよ」

 

「あれ?そんな話だった?」

 

結局、それから綾辻について話し合いが行われることはなかった。

 

 

伊佐が玉狛に向かってから30分後、風間隊作戦室。ウィーンッと扉が開いた。

 

「失礼します……」

 

「? 綾辻さん?」

 

三上がお茶を用意して、ヤケにダメージを受けてる綾辻をソファーに座らせた。

 

「助けて歌歩ちゃん!ケンくんと喧嘩した!」

 

「あっ」

 

「ん?どしたの……?」

 

(忘れてた。さっきのその話だった……)

 

この後、なんとか仲直りした。

 

 



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31話

 

 

数日後、嵐山隊作戦室。記者会見で修が大暴れしたのをテレビで見ながら、伊佐はソファーでボンヤリしていた。

 

「お、これ三雲くん?」

 

隣の綾辻が声を掛けた。

 

「うん。遠征のことバラしてる」

 

「あーあ……。でも、三雲くんかっこ良かったなぁ〜」

 

「あー、そういえば三雲くんにハルちゃん守ってもらったお礼してないや」

 

「そうだねー。今度三人で何か食べいこっか?」

 

「いやー、あいつ今B級のランク戦で忙しいから、何かお菓子あげるとかでいいんじゃないかな。お中元的な」

 

「いや意味違うからそれ」

 

「まぁとにかく、テキトーなお菓子持って行こうよ。ちょうど、そろそろ玉狛に行かなきゃだったし」

 

「じゃ、一緒に行こっか。手でも繋ぐー?」

 

「うん」

 

「えっ?つ、繋ぐの?」

 

冗談のつもりで言ったのが間に受けられ、基地内を移動するときに恥をかいた綾辻だった。

 

 

とりあえず二人でお菓子を買いに行った。

 

「うーん……何がいいかなぁ?」

 

「テキトーに見て回ればいいんじゃないの?」

 

「そうだね。とりあえず、あの店行こうか」

 

綾辻の指差す先は和菓子屋だった。

 

「りょーかい」

 

「ふふっ」

 

「?」

 

「デートだね」

 

「? そーだね?」

 

「………もう少しさ、照れるってことを覚えようよ」

 

「………? 今のやり取りの何処に照れる要素が?」

 

「………なんでもないよ」

 

二人は和菓子屋に入った。

そのまま、他の店にも入ったりして修に買うプレゼントを二人で選んだ。と、言っても侵攻後で街もほとんどぶっ壊れていたので、回る店も少なかった。結局買ったのはどら焼き。

 

「さて、少し遅くなっちゃったけど、玉狛に行こっか」

 

「ハルちゃん」

 

「ん?」

 

「はい、これ」

 

伊佐が渡したのはグミだった。ちょっと高そうな。

 

「わっ、これどうしたの?」

 

「さっき買ったんだ」

 

「ありがとう……」

 

二人は玉狛に向かった。

 

 

玉狛支部。

 

「なんかここ来るの久々な気がする」

 

「いやいや、毎日来てるじゃん、ケンくんは」

 

「いや、なんか、こう……感覚的な問題で」

 

そんなことを思いながら中に入った。まず見えたのは小南だった。

 

「あ、賢介。と、綾辻さん?」

 

「こんにちは。小南さん」

 

「こんにちは〜」

 

「三雲くんいますか?」

 

「いるわよ」

 

と、話しながら中へ。作戦室に入ると、本当にいた。

 

「三雲くん。会議中?」

 

「伊佐。と、綾辻さん?」

 

「こんにちは、三雲くん。はいこれ」

 

ほいっと買って来たどら焼きを渡す。

 

「あの、これは?」

 

「この前、私の事助けてくれたでしょ?」

 

「い、いやいや、あれはボーダー隊員として当然の事をしたまでで……!」

 

「それに、学校でもケンくんとお友達なんでしょう?だったら、その事も兼ねて、ね?」

 

「や、学校ではあんまり……」

 

「正直、ケンくんに友達が出来てることのが驚いてるから」

 

「ハルちゃん?どういう意味?」

 

伊佐の台詞を無視して、修は渋々どら焼きを受け取った。

 

「あ、でも伊佐。良いところに来てくれた」

 

「? 何か用?」

 

「僕達に、力を貸してくれないか?」

 

「…………へっ?」

 

「実は、僕達は訳あって遠征部隊を目指してるんだけど、僕は弱い。この前の大規模侵攻で逃げるしか出来なかった。実質、僕達の部隊で点を取れるのは空閑だけだ。だから、頼む」

 

「……………」

 

「良かったじゃん、ケンくん。ようやく部隊に入れるじゃん」

 

綾辻に背中を押され、伊佐は玉狛第二のメンバーとなった。

 

 

太刀川隊作戦室。

 

「ふーん、じゃあお前玉狛第二に入ったんだ」

 

「はい。まぁ、俺は作戦とか立てませんけど」

 

「へ?そうなの?」

 

「基本的には三雲くんと空閑くんと雨取さんの部隊ですからね。俺はお手伝いということで作戦に従うだけです」

 

「ほーう。まぁ、お前と白チビがいればまず負けることはないだろうけどさ」

 

「いやー、俺こう見えて協調性ないんですよね。従わせるのは得意ですけど従うのはあんまり」

 

「プライドって奴か?」

 

「そんなものはハルちゃんと付き合った日からケツからひねり出してトイレに流しました。ただ、こう……自分の為なら困るのは自分だけだから何も思わないんですけど、他人の為となるとプレッシャー掛かって……」

 

「よく言うぜ。大規模侵攻であれだけ戦えてた癖に」

 

「まぁ、ケースバイケースですよ」

 

「や、意味わかんねーから。意味分かってて使ってる?その言葉」

 

「そういえば最近、ハルちゃんにまた国語教えてもらいましたよ。『なんでこんなのも出来ないの?』って言われました」

 

「ふぅーん。まぁお前作者の気持ち分かれとか無理そうだもんな」

 

「選択問題で4番の『締め切りヤベーな』を選んだら『ふざけるなら教えてあげないよ?』って言われましたね」

 

「お前が悪いだろ」

 

「真面目に答えたんですよ?」

 

「訂正、お前の頭が悪い。問題文見てなくてもその解答だけは間違ってるってわかるわ。つーかなんでそんな選択肢用意してんだよ」

 

「出水さんは勉強どうなんですか?」

 

「まぁまぁ」

 

「それ頭悪い奴の回答ですよ」

 

「うるせー。お前に言われたくねんだよ」

 

「英検準一級ですけどね俺」

 

「漢検は?」

 

「随分前ですけど5級落ちました」

 

「なんでだよ。もっかい言うけどなんでだよ」

 

「難しいんすよ」

 

「いやいやいや、漢検5級って小学生レベルじゃん。多分。お前本当に日本人?」

 

「ワタシハニホンゴワカリマセーン」

 

「カタコト上手いな」

 

「それより、そろそろじゃないですか?」

 

「そろそろだな」

 

すると、ウィーンッと作戦室の扉が開いた。国近と綾辻だ。

 

「ヤッホー」

 

「うーっす」

 

「じゃ、やりますか」

 

「今日は勝つからね」

 

スマブラ大会だ。

 

 



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32話

数日後、太刀川隊作戦室。

 

「今日は伊佐来ねーな」

 

「ねー。せっかく賢介くんを倒す必殺コンボ思い付いたのにー」

 

「や、それいつも柚宇さんの通じないじゃん」

 

「今回はほんとなのー!絶対決まるもん!」

 

「どうかな〜。まぁ、あいつもなんか玉狛第二に入れたらしいし、忙しいんだろ」

 

「そーなんだー。じゃあ今度のB級ランク戦楽しみだねー」

 

「というか今思ったけど、白チビと伊佐組ませたら絶対負けねーよな」

 

「あーそれあるかも。でも二宮さんとか影浦くんのとこはそうもいかないんじゃない?」

 

「それなー。まぁ初陣は華々しく勝ってくるでしょ」

 

「何の話ですか?」

 

「「来ちゃったよ」」

 

伊佐が入って来た。

 

「お前ランク戦の準備は?」

 

「みんなに任せました」

 

「いやいや、手伝えよ」

 

「俺が案出したらみんなで作戦会議にならないんですよ」

 

「あーそれ何となく分かるわ。お前がいる時点で勝利の方程式だもんな」

 

「いやそこまで便利なもんじゃないですけど」

 

「でも会議には参加しなきゃダメだよー」

 

そんな話をしてる時だ。電話が掛かってきた。

 

「もしもし?」

 

『伊佐!お前何処にいるんだ⁉︎休憩時間は30分って言ったろ!』

 

「太刀川隊作戦室」

 

『太刀川隊⁉︎A級一位の⁉︎』

 

「うん」

 

『………い、いいから早く帰って来い!』

 

「はーい。……と、いうわけで帰ります」

 

「はいはーい。またおいでね〜」

 

「ういっす。失礼しました」

 

伊佐は出て行った。

 

 

玉狛支部。作戦会議が終わり、四人ともソファーにもたれかかった。

 

「雨取、訓練始めるぞ」

 

そう言ったのはレイジだった。

 

「あ、はーい」

 

「遊真。あんたもよ」

 

「ほう。今日は勝っちゃうけどいいの?」

 

「は?10年早いから」

 

「修。俺たちも行くぞ」

 

「は、はい!」

 

それぞれの師匠に呼び出され、3人は行ってしまった。一人残された伊佐は、腕を組んだ。

 

「………俺も師匠が欲しいな」

 

自分と近い武器を使う奴が師匠がいいなぁと考えた伊佐は、この前宇佐美に変えてもらった武装を確認する。

主:アステロイド、バイパー、スコーピオン、エスクード

副:アステロイド、メテオラ、レイガスト、スラスター

スパイダーとバッグワームを抜いてスラスターとレイガストを入れたのだ。ちなみにアステロイドとバイパーはハンドガン。

 

「あ、いるじゃん。一人」

 

 

嵐山隊作戦室。

 

「と、いうわけで俺の師匠になって下さい」

 

伊佐が頭を下げたのは木虎だ。

 

「………や、なんで私なの?」

 

「ハンドガンとスコーピオン使うじゃん。一緒でしょ?」

 

「どんだけ安直な決め方してるのよあなた」

 

「だって作戦会議終わった後にいきなりみんなそれぞれの師匠のところに行っちゃうんだもん。俺も師匠欲しい」

 

「いや、私あなたの所有物じゃないし」

 

「お願いします」

 

「ちょっ……土下座までするの⁉︎」

 

「1日1回ハルちゃんのパフパフで如何でしょうか⁉︎」

 

「………いいわよ」

 

「やっ………!」

 

直後、背後から思いっきりケツを蹴り上げられた。

 

 

訓練室。嵐山や時枝も一緒に伊佐の指導をする事になった。

 

「じゃあ、一度私と戦いましょう。それからどうしてダメだったのか教えてあげるわ」

 

(あ、嬉しそう)

 

(ちょっと喜んでる木虎)

 

嵐山と時枝がほっこりしてる間に勝負開始。木虎がハンドガンで牽制しつつ、スコーピオンで突撃した。ハンドガンを全て回避してると、木虎斬りかかった。

 

「エスクード」

 

直後、地面から盾がでてくる。

 

「ッ!」

 

後ろに回避して、木虎はエスクードのカウンターを回避した。直後、伊佐は距離を取った。それを追う木虎。伊佐はアステロイドを放った。

 

「ッ!」

 

シールドでガードしながら接近する木虎。そのシールドに伊佐はレイガストを飛ばした。

 

「ッ!」

 

ガギンッとシールドが何ミリか横に逸れた。その一瞬の隙を突いて、木虎の腹にアステロイドをブチ込んだ。

 

「グッ……!」

 

シールドと体勢が崩れた所をさらに狙撃する。

 

「ッ……!」

 

脚、腕、肩と狙撃し、トリオン露出過多で木虎は緊急脱出した。

普通の身体に戻った木虎に、伊佐は言った。

 

「………やっぱいいです」

 

「ふざけないで!もっかいよ!」

 

「まぁまぁ。落ち着いて」

 

二人の間に入る嵐山。

 

「伊佐はすごいな……射撃なんてA級並みの腕あるんじゃないか?」

 

「まぁ、そうですね」

 

「待ちなさい!もう一回!もう一回よ!」

 

「えーやだよー」

 

「いいから早くしなさい!」

 

「木虎、落ち着けって……」

 

「あ、あはは………」

 

荒ぶる木虎と止める嵐山と苦笑いを浮かべる綾辻。その部屋の隅で時枝は電話していた。

 

「もしもし迅さん?伊佐くんが師匠欲しいって……うん。お願いします」

 

 

翌日、玉狛支部。作戦会議が終わり、修と遊真は烏丸と小南に続いて出て行って、千佳もレイジに呼び出された。

ため息をついて伊佐も部屋を出ようとした時、

 

「おい、伊佐」

 

レイジが声を掛けた。

 

「はい?」

 

「お前も来い。稽古付けてやる」

 

「………はい!お願いします!」

 

師匠が出来た。

 

 

レイジvs伊佐。伊佐はボコボコにされた。

 

「………なぁ、」

 

「は、はい。どうでした?」

 

「お前、師匠いらないんじゃね?」

 

「えっ」

 

「普通に強いし」

 

「…………」

 

師匠ができた(?)

 

 



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33話

ランク戦は、四人vs三人vs三人という形にしました。
三人の方が不利かもと思いましたが、その分四人の方は落とされればポイントもその分取られるし、オペレーターの処理も大変らしいとか、色々考えた結果です。
異論反論は受け付けます。


 

 

そんなこんなで、2月1日になった。三雲隊のボーダーB級ランク戦開始。佐鳥と武富のランク戦の説明の間、綾辻、出水、国近の3人は観客席で座っていた。

 

「いやーいよいよだね。出水くん」

 

「そーだな。楽しみだわ」

 

「賢介くんの初陣だねー」

 

「そっすね。俺の初陣っす」

 

「「「何故いる」」」

 

隣にいる伊佐にツッコんだ。

 

「け、ケンくん!試合前だよ⁉︎準備しないと……!」

 

「迷子になっちゃった」

 

「出水くん、お願い」

 

「こっちだ。伊佐」

 

連れてってもらった。

 

 

吉里隊、間宮隊、玉狛第二の試合は、千佳と遊真の二人で勝ってしまった。修も伊佐も何もせずに終わった。

 

「勝ったよハルちゃん」

 

「ケンくん何もしてないじゃん」

 

いの一番に報告に行ったら、当然の切り返しが来た。

 

「まぁ、B級下位で伊佐の実力見せるのもアレだしな」

 

「そっか。賢介くんは一応実力隠してるもんねー」

 

「いや隠してないですけどね」

 

「この前、緑川蹴散らしてたしな」

 

「あれは緑川くんが悪いです」

 

「いや、そもそもケンくんが余計なこと話さなきゃ良かったんだよ」

 

「その話はもういいじゃん。それより、俺の初勝利を祝して食べ行こうよ」

 

「自分で言うのかそれ?」

 

「しかも何もしてないし」

 

「せめて次の諏訪隊と荒船隊を倒してからだね〜」

 

そんな話をしながら四人はランク戦会場から出た。

 

 

翌日。玉狛支部。

 

「しょくん!きのうは初しょうりおめでとう!わたくしもせんぱいとして鼻がたかいぞ!」

 

陽太郎が腕を組んで修達を前にして言った。小南がわしゃわしゃと遊真の頭を撫でる。

 

「あたしが鍛えてるんだから当然ね」

 

「ありがたきしあわせ」

 

「あんたたちが蹴散らした下位グループとは違って、水曜に戦うB級中位グループはそこそこまあまあよ。部隊ごとに戦術があってちゃんと戦いになってるわ」

 

「『そこそこまあまあ』……?」

 

「ふむ、じゃあ上位グループは?」

 

「上位グループはかなりまあまあ。どの隊にもA級レベルのエースがいるわ」

 

「……じゃあ、A級は?」

 

「A級は……全力でまあまあね」

 

「まあまあしかいないじゃん」

 

「強いって言うと負けた気がしちゃうんだよきっと」

 

「賢介?今から10本やらない?」

 

ギロリと睨まれたので、伊佐は全力で首を振った。すると、烏丸が真面目に言った。

 

「実際、B級中位は舐めてかかれる相手じゃないぞ。戦闘経験で言えば、当然千佳や修、賢介よりずっと上だ」

 

「おれたちが次に当たるすわ隊とあらふね隊ってどんな部隊なの?」

 

「諏訪隊は……」

 

「京介」

 

遊真の質問に答えようとした烏丸をレイジが止めた。

 

「なんでもかんでも教えるな。自分たちで調べさせろ」

 

「レイジさん……」

 

「作戦室に過去のランク戦のデータがある。宇佐美が来るまで見ておけ」

 

「「はい!」」

 

「了解」

 

「あんたたちじゃデータの見方わかんないだろうから、あたしが教えてあげるわ」

 

「いや、前に弄ったことあるんでいいです」

 

「賢介、やっぱりやりましょう」

 

「なんかその言い方卑猥ですね」

 

別の部屋に向かった修、遊真、千佳、伊佐、小南の背中を見ながら烏丸が言った。

 

「ちょっと厳しくないすか」

 

「自力で対策を練るのも訓練のうちだ。あいつらの戦いはもう始まってる」

 

 

数日後、B級ランク戦ラウンド2。またまた観客席に綾辻、出水、国近が集まった。

 

「いやーようやくだな」

 

「ね〜。勝てたら本当にご飯だね」

 

「う、うん……」

 

「どうしたの?綾辻ちゃん?」

 

「い、いや……その……あまり大きい声で言えないんですけど……」

 

綾辻は顔を赤くして俯きながら言った。

 

「………この試合に勝てたら、今度こそ処女あげることにしました」

 

「「「マジでッ⁉︎」」」

 

「馬鹿!声デカッ……!」

 

言いかけたところで声が三つあったことに気付いた。見れば、米屋も一緒にいた。さらに顔を赤くする綾辻。

 

「………いっそ殺して」

 

「そんなことすれば俺たちが伊佐に殺されるわ」

 

「だいじょーぶ!誰にも言わないから」

 

(信用できない……)

 

そんな事をやってるうちに、実況の武富の声が聞こえた。

 

『B級ランク戦新シーズン!2日目・夜の部がまもなく始まります!実況は本日もスケジュールがうまいこと空いた、わたくし武富桜子!解説席には先日の大規模侵攻で一級戦功をあげられた……東隊の東隊長と、草壁隊緑川くんにお越しいただいています!』

 

『どうぞよろしく』

 

『どもっす』

 

『今回の注目は何と言っても、前回完全試合で8点をあげた玉狛第二!注目度の高さからか会場にもちらほらと非番のA級の姿が見られます』

 

そう言う通り、出水綾辻国近米屋の所には、さらに黒江と古寺がやって来て、他の席には嵐山木虎時枝の姿が見えた。

 

『さて東さん、一試合で8点というのはあまりお目にかかれませんが』

 

『いやすごいですね。それだけ玉狛第二が新人離れしてるってことでしょう』

 

『遊真先輩は強いよ。あっという間にB級に上がってったし』

 

『緑川くんは玉狛の空閑隊員と個人で戦ったというウワサが……』

 

『うわ、その話ここでする?』

 

そう言いながらも緑川は特に隠す様子も気にした様子もなく言った。

 

『8-2で負けました!ボッコボコでした!でも今度また10本勝負する約束したから。次は勝つよ!』

 

『伊佐選手とも試合をしたそうですが……?』

 

『………あの試合は思い出したくない』

 

一転して暗い表情で緑川は言った。

 

『……あの、観客席の皆さん。忠告しときます。賢介先輩は怒らせないようにしてください。トラウマ刻まれますから』

 

『………………』

 

お通夜みたいな雰囲気に会場が呑まれる中、武富がなんとか取り繕った。

 

 

『さ、さて!玉狛第二の今日の相手は、接近戦の諏訪隊に長距離戦の荒船隊。戦法が明確な部隊です!』

 

『順位が低い玉狛第二はステージ選択権があるので、まずは地形で有利を取りたいところですね』

 

東が解説をすると、ステージが選ばれた。

 

『玉狛第二が選んだステージは、「市街地C」!坂道と高低差のある住宅地ですね!』

 

『………⁉︎』

 

『しかしこれは、狙撃手有利なステージに見えますが?』

 

『狙撃手有利……ですね。狙撃手が高い位置を取るとかなり有利です。逆に下からは建物が邪魔で身を隠しながら相手を狙うのが難しい。射程がなければなおさらです』

 

「ところがどっこい。下からだろうが狙えそうなキチガイがいるんだな、玉狛には」

 

「……それ誰のことですか?」

 

米屋の呟きに、黒江が反応した。

 

「見てりゃ分かるよ。緑川がトラウマ刻まれるほどの射撃の名手がいるんだよ」

 

「…………」

 

武富がさらに解説を進めた。

 

『玉狛にも強力な狙撃手がいます。高台を取れればあるいは……という作戦でしょうか?』

 

『うーん、どうだろう……狙撃手の熟練度が違いますから。普通にやれば分は悪いと思いますね』

 

『と、なると狙撃手のいない諏訪隊は……』

 

『いやー超きついでしょ。上取られたら動けないよ。今頃諏訪さん切れてるだろーなー』

 

『さぁ、まもなく転送開始です!』

 

B級ランク戦が始まった。

 

 



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34話

『さあ転送完了!各隊員は一定以上の距離を置いて、ランダムな地点からのスタートになります!』

 

ランク戦が開始、モニターでは狙撃手四人のアイコンが薄暗くなる。

 

『そして狙撃手四人がバッグワームを起動!レーダー上から姿を消した!狙撃手三人の荒船隊、やはりまっすぐ高台を目指します!半崎隊員が良い位置に転送されたか?』

 

モニターの選手達の動きを見ながら武富が実況する。

 

『諏訪隊もそれを追う!玉狛第二も……おっと、追わない!部隊の合流を最優先したようだ!』

 

そう言う通り、四人とも合流していた。

 

『転送直後は一番無防備な時間帯ですからね。合流するのはありです』

 

一方で諏訪隊。笹森が慌てた様子で街の階段を上がる。

 

(このままじゃ荒船隊に上を押さえられる……!急げ……!)

 

心の中でそう言い聞かせながら壁から出た直後、後ろから服をグイッと引っ張られた。

 

「⁉︎」

 

後ろに座り込み、直後目の前を弾丸が通る。

 

『笹森隊員間一髪!穂苅の牽制ですね。躱されましたが諏訪隊は進みづらくなった。いい仕事です』

 

『この隙に荒船隊長も脇をすり抜けて登っていく!荒船隊が完全に上を取った!』

 

荒船が狙撃位置を取った時だ。下から光が見え、その直後に自分の隣のビルがブッ壊れた。もはや砲撃ともいえる狙撃の飛んで来た方を見ると、4人集まった玉狛が見えた。

荒船隊の3人とも、玉狛に集中狙撃する。遊真と修と伊佐がシールドとレイガストで何とかガードする。

さらに千佳が荒船の立っていた位置を砲撃。

 

『この威力!もはや砲撃!玉狛第二意外にも撃ち合いを挑んだ!東隊長、この展開はどう思われますか⁉︎』

 

『玉狛第二の分が悪いですね。下からでは荒船隊の動きが見えない。そのうえ撃つたびに自分の居場所がばれる。逆に上にいる荒船隊からは的がよく見える。盾を何枚張っても、防御が崩れるのは時間の問題です』

 

「……負けそう?」

 

「いやー伊佐も一緒になってのってる以上は何か勝算があるんだろ」

 

「しかし、意外と大人しいなあいつ」

 

「このまま行けば私の貞操は無事……」

 

(勝ってもこいつチキりそーだな)

 

(勝ってもこの子チキりそーだね)

 

(勝っても100%こいつチキるわ)

 

出水、国近、米屋と腕を組みながらそう思った。

 

『東隊長の解説通り、玉狛第二が一方的にダメージを受けていく!本職相手に狙撃勝負は無謀だったか?』

 

武富の声が響く。だが、東がまた解説した。

 

『……いや、端から勝つ気はないようです』

 

『………え?』

 

直後、モニターで諏訪がショットガンを撃ちながら荒船に突撃し、片脚を削った。

 

『あーっと!砲撃の陰で諏訪隊が登ってきていた!』

 

『さっきの砲撃は諏訪隊の援護ですね。長距離戦で荒船隊に勝てないのは織り込み済み。ステージの選択から敢えて状況を荒船隊有利に偏らせることで、諏訪隊と玉狛第二の利害を一致させた。玉狛第二は、地形戦をよく練ってますね』

 

 

モニター。修が言った。

 

「荒船隊を捕まえた!このまま乱戦に持ち込むぞ!」

 

「OK。こっからは俺の仕事だな」

 

「了解」

 

「千佳はここからは別行動だ。絶対に顔は出すな!宇佐美先輩の指示を聞いて、もし僕たちがやられたら緊急脱出しろ」

 

「うん、わかった」

 

「空閑、伊佐!点を取りに行くぞ」

 

「おう!」

 

「うい」

 

一方で諏訪vs荒船。車を陰にして隠れる荒船に、諏訪が集中砲火する。

車とシールドで何とか凌ぐ荒船。すると、諏訪の顔面に狙撃が命中した。大きく後ろに仰け反る諏訪。

 

「………!」

 

「大当たりだぜ」

 

集中シールドを顔面の前に張っていた。

 

「げっ、マジ?」

 

「半崎の位置確認!」

 

堤が半崎を追い、諏訪は引き続き荒船を追った。途中、さらに狙撃が諏訪を襲い、脚を吹き飛ばした。

 

「諏訪さん、退がりますか?」

 

「アホ言え、こっからだぜ!」

 

「ですよね」

 

「見失うなよ堤!」

 

『もう追いつきます』

 

 

一方、半崎が退がりながら堤を見下ろした。

 

『下から来る!気をつけて!』

 

オペレーターの加賀美から声が聞こえた。

 

「見えてますよ。堤さんでしょ?」

 

『違う!玉狛よ!』

 

横から遊真が上ってきいた。

 

「!」

 

ズバッと遊真が一撃スコーピオンを振るうが、半崎は体を仰け反ってギリギリ回避した。

 

「うお、速っえ!」

 

(急所を外された。もう一発……!)

 

壁に手を付いて、もう一撃行こうとした時、堤が追い付いてショットガンを乱射した。

 

「ッ」

 

慌てて遊真は回避したが、半崎はバラバラにされた。

 

「こりゃダルいわ、すんません」

 

そう言うと、半崎は緊急脱出した。続いて堤は遊真に銃を向けた。それを左右に回避する遊真。

 

(速い……!でもそのくらい動けることは、もう知ってるんだよ!)

 

空中に上がった遊真に銃口を向けた。だが、グラスホッパーで急に死角に移動された。

 

「ッ⁉︎」

 

そして、堤を真っ二つにした。

 

 

その頃、荒船、諏訪、笹森。

 

『荒船くん、後ろ』

 

「⁉︎」

 

後ろから、弾丸が迫って来ていた。慌てて回避する荒船。

 

「見つけた」

 

現れたのは伊佐だった。シールドと建物を壁にして隠れる荒船。そこにハンドガンを向ける伊佐。狙いを定めたあと、シールドと壁の穴の隙間を抜けてアステロイドは荒船の肩を抉った。

 

「っ⁉︎」

 

さらにもう一発撃とうとした時、諏訪隊が追い付いてきた。諏訪が乱射し、伊佐は後ろに退がって回避した。

 

『伊佐くん後ろ!』

 

真後ろにカメレオンを起動した笹森が接近していた。

 

「ッ‼︎」

 

慌ててしゃがんで回避すると、孤月を振り抜いた笹森の両腕を掴んで背負い投げをした。

 

「ッ⁉︎」

 

笹森が落とした孤月を拾い上げ、倒れた所で喉を突き刺した。

 

「日佐人……!」

 

諏訪が声を上げつつ、荒船を追撃する。後ろから伊佐が銃口を向けた。直後、穂苅の狙撃で諏訪の片腕が吹っ飛ばされた。

 

「ッ……⁉︎」

 

さらに、荒船が孤月を抜いて、諏訪に斬りかかった。

 

「ッ!」

 

慌てて避ける諏訪。そのまま建物の陰に隠れた。

 

「チッ……!退くしかねぇ!小佐野!緊急脱出する!案内しろ!」

 

『ほーい』

 

退く諏訪。それを貰おうと伊佐はハンドガンを向けたが、その伊佐に荒船が斬りかかった。

 

「穂苅、諏訪さんを抑えろ。俺はこっちを取る」

 

『了解』

 

荒船が伊佐と相対した。

 

 



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35話

 

 

『諏訪隊長緊急脱出!穂苅隊員が逃さずに狙撃した!』

 

『伊佐隊員が笹森を落としたのがデカイですね。完全に力技でしたが』

 

『うっ……ヤなこと思い出した……』

 

解説する東と嫌そうな顔をする緑川。

 

『続いて伊佐隊員対荒船隊長ですが、どちらに分があると思いますか?』

 

『荒船は少し前までバリバリのアタッカーでしたからね。ガンナーの伊佐隊員の方が分は悪いと思います』

 

『けど、笹森先輩の時、普通に近距離戦で勝ってたからね。まだ分からないよ』

 

「………実際、どっちが強いと思う?」

 

チラッと綾辻が出水を見た。

 

「いやーどうだろうな。さっきのは実際、無名のB級相手で笹森が油断してたってのもあるし」

 

「にしても背負い投げはヤバくね?」

 

「それなー。まぁ完全にアタッカーの間合いだし、伊佐が何か仕掛けようにも仕掛ける隙がないよな」

 

一方、穂苅はバッグワームで身を隠しつつ、荒船を援護できる場所に向かった。

 

 

荒船の攻撃を避けて、ズルズルと退がる伊佐。

 

(反撃が来ない……。これだけ落ち着いて捌いてれば、反撃出来ないわけじゃないだろ。となると、誘い込まれてる?)

 

直後、荒船にビュオッとものすごい勢いで迫って来る影があった。ギリギリ孤月でガードする荒船。遊真が伊佐の隣に立った。

 

「悪い、仕留め損ねた」

 

「いや、途中から気付いてたっぽいし、仕方ないよ」

 

「………チッ」

 

二人を見て舌打ちする荒船。直後、パシュッと高台が光った。

 

「エスクード」

 

穂苅の狙撃を伊佐がガードした。

 

「! マジか……!」

 

そして、穂苅の狙撃位置を千佳の砲撃がブッ壊した。

 

「ッ⁉︎」

 

慌てて飛び降りる穂刈。空中で身動きの取れなくなった穂苅を、カメレオンで隠れていた修のアステロイドが撃ち抜いた。

 

『よくやった千佳。後は隠れてろ!』

 

『了解』

 

「さて、後は俺たちの仕事だな」

 

「援護するよ」

 

荒船に斬りかかる遊真。後ろから伊佐がアステロイドで援護する。だが、二人がかりに勝てるはずもなく、程なくして、遊真が荒船を落とした。

 

 

試合と解説が終わり、修、遊真、千佳、伊佐、宇佐美は部屋を出た。すると、米屋、緑川、古寺、国近、綾辻、出水がやって来た。

 

「うぃーす」

 

「おつかれ〜」

 

「ケンくん!お疲れー!」

 

米屋、緑川、綾辻と挨拶した。

 

「おー、ミドリカワ」

 

「米屋先輩」

 

「ハールちゃんっ。見てたの?」

 

「当たり前じゃん。ケンくんの試合のためなら学校の試験でも休むよ」

 

「ごめん、そんな事したら嬉しくても怒る。自分の将来を甘く見るな」

 

「………なんか怒られちゃった」

 

ゲンナリと肩を落とす綾辻。その横で、緑川が遊真に言った。

 

「良い感じだったじゃん、グラスホッパー」

 

「おかげさまで」

 

「勝負する約束忘れないでよ」

 

「OKOK、なんなら今からやるか?」

 

「おっ、いいね〜!」

 

「ちょっと個人ランク戦してくる。オサムたちは先に帰ってていいよ」

 

そのまま空閑と緑川はランク戦の会場に向かった。

 

「じゃ、俺たちも行くぞ」

 

出水が伊佐に声を掛ける。

 

「? 何処にですか?」

 

「お前のお祝いだよ。勝利おめでとうって奴。食いに行くぞ」

 

「マジですか?」

 

「うんうん。だから早く行こ〜」

 

伊佐も綾辻、出水、国近に連れて行かれた。

 

 

焼肉屋。

 

「では、玉狛第二の勝利を祝して!」

 

「「「「かんぱ〜い!」」」」

 

出水の音頭で、四人はグラスをぶつけ、それぞれの飲み物を飲んだ。

プハァーっと男前に息を吐いて、国近が伊佐に聞いた。

 

「いやーそれにしても、すごかったね。あの作戦誰が考えたの?」

 

「三雲くん」

 

「へ?賢介くんじゃないの?」

 

「俺は今回は何も口出してませんよ。全部三雲くんと空閑くんと雨取さんが考えてました」

 

「そういうのは参加した方がいいんじゃないのか?」

 

そう聞いたのは肉を焼いてる出水だ。

 

「しましたよ。三雲くんが頑張りすぎてたので、気分転換に四人でサイクリング行ったり」

 

「へぇ……」

 

「その途中で烏丸さんにお寿司もらいました。美味しかった」

 

「いーなー。てか、意外と仲良くやってるじゃん」

 

綾辻がホッとしたように言った。

 

「おい、焼けたぞ伊佐。食え」

 

「あ、どーも」

 

焼きタレが注がれた小皿に、出水が肉を置く。

 

「あの、お先にいただいても?」

 

「どうぞどうぞ」

 

「歳下なんだから気にしないの」

 

国近、綾辻に言われて、伊佐は肉を一口食べた。

 

「どう?」

 

「めっちゃ美味しいです」

 

「おお!じゃあ俺ももらうわ」

 

自分で焼いた肉を出水は一口食べる。

 

「ほんとだ。美味ぇ」

 

「でも、次はもっと厳しいよ。ケンくん」

 

「厳しい、とは?」

 

「次の2チームは那須隊と鈴鳴第一だったよね?鈴鳴の方にはナンバー4アタッカーの村上さんがいる」

 

「ナンバー4?」

 

「そうそう。あの人はヤバいぞ。特にサイドエフェクトがな」

 

出水が肉を頬張りながら説明した。

 

「調べりゃ分かることだから言うが、あの人のサイドエフェクトは『強化睡眠記憶』。村上さんは、一眠りするだけで学んだことをほぼ100%自分の経験に反映できる」

 

「ふーん……。なるほど。期末試験とか勉強しなくても点取れる人ね」

 

「えらくわかりやすい例えだな」

 

「まぁ俺も勉強しなくても取れますけどね」

 

「………綾辻、伊佐ってそんな頭良いの?」

 

「うん。ムカつくほど」

 

「………羨ましいぜ畜生」

 

伊佐に恨みがましいような視線を送る出水。

 

「まぁ、とにかく村上って人のことは分かりました。那須隊は?」

 

「自分で調べろよ。それも含めてランク戦だろ」

 

「聞き込み調査ってことで」

 

「………仕方ねぇな」

 

「教えちゃうの出水くん⁉︎」

 

そんな事をしながら、四人で楽しく焼肉を食べた。

ちなみに、夜の営みは結局綾辻がチキってやらなかった。

 

 



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36話

 

 

翌日、ボーダー鈴鳴支部。

 

「昨日、玉狛第二の子と戦ったんだって?」

 

来馬が村上に聞いた。そう言う通り、伊佐が焼肉屋にいる間、遊真は村上とランク戦をした。

 

「やりましたよ。6-4で勝ちました」

 

「鋼相手に6-4か……!相手はまだ中学生だろう?すごいな……!」

 

「でも、鋼くんが勝ったんなら、もう一対一なら負けないわね」

 

オペレーターの今がそう言うが、村上は首を横に振る。

 

「そんなことはないよ。相手も学習して成長する。それに昨日の個人戦は、全力じゃなかった可能性もある」

 

「……様子見だったってこと?」

 

「かもしれない。戦い慣れしてる感じだったからな。一対一の場面があれば俺が倒します。でも、チームで仕留められればその方がいい」

 

「うん。そうだね」

 

「それと、俺はあの伊佐って方の奴も気になってます」

 

「? あのガンナーの子?」

 

「そういえば、笹森くんのこと背負い投げしてたっけ」

 

「接近戦もですが……荒船と空閑が戦ってる間の援護射撃、全部荒船に当ててるんですよね。空閑には当てずに」

 

「……なるほど。今までの2戦は実力をなるべく隠してるのかもって事か」

 

「見た感じ、随分と落ち着いてる様子でしたし、もしかしたら空閑と同レベルのエースなのかもしれない」

 

「と、なると空閑くんと、その伊佐くんっていうのを合流させるわけにはいかないね」

 

「転送位置にもよりますが、俺がどちらかを倒します。もう片方は任せますよ」

 

「うん。分かった」

 

この後、太一が来てカップ麺テロを起こした。

 

 

どっかの家。

 

「これ、昨日の村上先輩と空閑くんの10本勝負ね」

 

熊谷友子が記録を見せた。

 

「空閑くんの情報は少なかったから。データがもらえてよかったよ」

 

『村上先輩に前半4-1とか、相当ヤバいですね』

 

パソコンの向こう側から、那須隊オペレーターの志岐小夜子の声がした。

 

「荒船さんと駿くんにも勝ってるし、昨日のランク戦も見たけど、この子が間違いなく玉狛第二のエースだわ」

 

「……そうかな。この伊佐くんって子も、中々曲者な気がする」

 

「? でも、この子笹森くん相手に一点しか取ってないわよ。その前の試合は何もしてないし」

 

「だけど、荒船さんと空閑くんの時の援護は、空閑くんには当てずに荒船さんに当ててるし、この前の大規模侵攻の時は、米屋くんと出水くんと組んで人型を抑えて特級戦功もらってたよ」

 

「でも、その二人の力が大きかったっていうのもあるんじゃないの?」

 

「うん。それもあると思う。けど、それだけで特級戦功は取れないんじゃないかしら」

 

『あっ、伊佐くんの模擬戦のデータもありました。この子も緑川くんに勝ってますね。………なんか、すごいエゲツないけど』

 

「ちょっと見せてくれる?」

 

小夜子から送られてきた映像を、那須と熊谷は見た。直後、すごく嫌そうな顔をした。

 

「………何これ。私刑?」

 

「なんか伊佐くん、相当怒ってるみたいだけど……緑川くん何したのかしら」

 

「でもこの様子だと、下手したら空閑くんと伊佐くんのダブルエースって事もありそうね」

 

「鈴鳴もいるし……一番辛い戦いになりそうね」

 

『それなんですけど、今月1日のランク戦で諏訪隊が鈴鳴第一に勝ってるんですよね。二人残して』

 

「うちが防衛任務の時?」

 

『はい。見逃してました。その試合、諏訪隊はアタッカーの火力を捨てて、村上先輩の間合いには絶対入らない戦法でした。「村上先輩さえ封じれば勝てる」っていう判断だと思います』

 

「なるほど……」

 

『だから、うちも村上先輩と伊佐くんをぶつけて、空閑くんを那須先輩の間合で抑えられれば……』

 

「なるほど……そういうのもアリなのね」

 

「じゃあマップもそれ用のとこを選ばなきゃね」

 

「あとは……茜ちゃんがどうなるかね……」

 

「……そうだね」

 

 

と、いう具合に他の隊から思いっきりマークされている伊佐は、その頃、太刀川隊作戦室にいた。

 

「いやー、強くなりましたね国近さん」

 

「そりゃあ、毎日毎日賢介くんとゲームしてたらこうなるよ」

 

「出水さんも、サムスの使い方がなってきましたね」

 

「いやー本当はネス使いたいんだけどな」

 

「あれセンスなさすぎなんで。本当あれ使うとゴミなんで」

 

「いや言い過ぎだろお前それは……」

 

「ていうか、賢介くんのゼロスーツサムスがおかしいんだよ」

 

「は?何言ってるんですか。俺のさいつよはフォックスですよ」

 

「いやあれ使うとお前カスだから」

 

「うん。カス以下」

 

「………ひどい」

 

そんな話をしながらゲームをしてると、バンッ!と机を叩いて綾辻が立ち上がった。

 

「そうじゃなくて!何やってんのケンくん!」

 

「? スマブラ」

 

「もう直ぐランク戦始まるのに何でこんな所でゲームやってんの!」

 

「作戦は全部三雲くんに丸投げしたからねー」

 

「したからねーじゃないよ!あなたも部隊の一人ならちゃんと働きなさい!」

 

「働いてんじゃん。こうしてゼロスーツサムスと自分の動きを重ね合わせて、次の試合、どうやって戦うかを想像してるんだよ」

 

「いやいやいや!流石にその言い訳は無理あるよ!」

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんとあとで玉狛にも行くから」

 

「玉狛に行くのついでなの⁉︎」

 

「そういや伊佐、昨日結局シたのか?」

 

「あーまたハルちゃんがチキって結局……」

 

殴られた。

 

 



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37話

 

 

B級ランク戦第3戦試合当日。玉狛第二は作戦室で作戦会議をしていた。

 

「那須隊が選んできそうなマップはこの三つ、展示場、河川敷、工業地区。開けた場所があって射撃の的になりやすい」

 

「なるほど」

 

空閑が適当に相槌を打つ。

 

「那須隊は多分、中距離戦メインで来るはずだ」

 

「ふむふむ、どうしてそう思う?」

 

宇佐美が試すように尋ねた。

 

「まぁ、そもそもエースの那須先輩が射手ってのもありますけど、先週土曜の試合で、鈴鳴第一が諏訪隊に負けてるんです。前回、諏訪隊の対策してる時に記録を見ました」

 

「ほう?すわ隊がむらかみ先輩を……」

 

「近付かないで距離を取って撃ってたんだろうね」

 

「そうだ。村上先輩がはっきり封じられたのは、最近の記録ではそのときくらいだ。中距離戦に分がある那須隊がそれをやらない手はないし……。僕が那須隊の立場だったら、射撃に徹した戦い方をすると思います」

 

「うんうん、なるほどね」

 

宇佐美がウンウンと頷く。

 

「前回と違って僕たちは対応する側、可能な限り4人揃って相手に当たる。どのステージが選ばれても、まずは全員で合流だ」

 

「「「了解」」」

 

 

『B級ランク戦第3戦、昼の部が間も無く始まります。実況担当は風間隊の三上、解説は……ナンバー1攻撃手太刀川さんと、「ぼんち揚げ食う?」でおなじみの迅さんです』

 

『『どうぞよろしく』』

 

その後ろの方では、やっぱり出水、国近、綾辻の3人が見に来ていた。

 

「いやー始まったね〜」

 

「河川敷か〜。まぁ伊佐ならどっちに残っても平気だろ」

 

「いやいや、ケンくん泳げないから」

 

「「……えっ」」

 

「うん」

 

「え?だって前に海に行ったんじゃ……」

 

「水着透けたんでしょ?」

 

「殺すよ出水くん」

 

「………さーせんした」

 

そんな話をしてると、三上の声がした。

 

『さあ、スタートまであと僅か。全部隊転送!』

 

それを聞いて全員がモニターを見た。

 

『各隊員、転送完了!マップ「河川敷A」!天候「暴風雨」!』

 

そう言う通り、風と雨がすごくて、川面には波のようなものができている。

 

『おっとマジか、こりゃ川を渡るのは難しくなったぞ。落ちたらヤバイ』

 

『さぁ、すべての隊が川によって分断された!各隊まずは合流を目指す様子!悪天候を仕掛けた側の強みで、那須隊の動き出しがやや早いか!』

 

そう言った通り、那須隊の動きは周りに比べて若干早かった。

 

「……大丈夫かな、ケンくん」

 

「? なんで」

 

綾辻の呟きに出水が反応した。

 

「ケンくん、雷ダメなんだよね」

 

「…………」

 

意外な弱点二つ目に出水も国近も邪悪に笑った。

 

「………ケンくん、いじめたら許さないから」

 

黙らされた。

 

 

全員が動き出す中、伊佐は通信した。

 

「雨取さん、橋壊して」

 

『………へ?』

 

「はやく。那須隊がこっちに来る前に」

 

『千佳、撃て』

 

修からも言われ、千佳は「了解」と呟いた。

 

「それと、三雲くん」

 

『どうした?』

 

「鈴鳴は頼んだよ」

 

そう言うと、伊佐は目の前の那須にハンドガンを向けた。

 

「………合流はさせない」

 

「……勝つ、一点でも多く獲って」

 

 

一方、反対側。那須隊狙撃手の茜が橋に向かう。だが、おそらく追い付かれると判断した熊谷は孤月を抜いて息を吐く。その直後だ。

橋が千佳によって破壊された。

 

「⁉︎ 橋が……!」

 

二発目の砲撃で、完全に落ちる橋。

 

『先輩……!』

 

「来るな、茜!」

 

すでに熊谷の元に村上が来てしまっていた。

 

(さすがに、そう都合よくはいかないか……)

 

『今撃っちゃダメだよ茜!クガくんに捕まる!』

 

茜の耳元に小夜子からの指示が入る。

 

『那須先輩!橋が落ちました!二人は来れません!』

 

『……そう、わかった。じゃあこっち側は、私が全員倒す。だからそっちも、二人で点を取って』

 

「了解」

 

熊谷が村上と相対した。

 

 

一方、伊佐と那須。お互いに黙って睨み合った。那須の周りにトリオンが浮かび上がった。伊佐に変化弾を飛ばす。伊佐はそれをアステロイドで撃ち落とした。

 

『伊佐隊員対那須隊長!激しい銃撃戦が繰り広げられています』

 

『おお……マジか。那須と正面から撃ち合ってるぞ。伊佐って強いのゲームだけじゃないんだな』

 

『何、太刀川さん賢介とゲームやったの?』

 

『ああ、ボコボコだった』

 

『二人とも。解説中です』

 

三上に注意され、二人揃ってコホンと咳払いする。

 

『にしても、やるなぁ伊佐の奴。変化弾が変化した直後を予測して攻撃を相殺してる』

 

『しかも、シューターの複数の弾丸をハンドガンで追い付いてる所が気持ち悪いですね』

 

太刀川、迅と言ったところで、新たな動きがあった。那須の足元からエスクードが現れた。

足元が崩れた直後、さらにアステロイドで襲撃、那須は退がりながら牽制の変化弾を放った。

 

『おお……那須を退けた。やるなぁ、伊佐の奴』

 

『那須隊員は他の隊員を狙いに行きましたね。こちらに一人で残った以上、取れる点から取りに行こうとしてるのでしょう』

 

その那須は、伊佐を鈴鳴にぶつけようとしてるのか、小夜子の指示に従いながら撤退した。

 

 



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38話

 

「小夜ちゃん。鈴鳴が何処にいるか分かる?」

 

伊佐から逃げながら那須が通信した。

 

『はい。来馬先輩はマンションの奥ですね。太一くんはバッグワームを使ってるのか分かりません』

 

「ありがとう。後ろの伊佐くんを鈴鳴に食い合わせることは出来る?」

 

『やってみます』

 

そう通信している那須を追い掛ける伊佐。何を話していたのかは聞こえなかったが、大体相手の取る手は想像出来ていた。

 

(俺たちを鈴鳴と食い合わせるつもりだろうけど……)

 

そう分析していた時だ。伊佐は建物に隠れた。直後、自分の立っていたところに弾丸が通った。

 

「!狙撃……?鈴鳴の狙撃手か……!」

 

どうしようか迷ったものの、せっかく場所をバラしてくれた敵の狙撃手をここで逃す手はなかった。位置的にも、修や千佳より自分の方が近い。

 

「宇佐美さん。弾道の解析お願いします」

 

『はーい』

 

「三雲くん。鈴鳴の狙撃手見つけたから、俺取りに行くね」

 

『分かった。じゃあ、僕達は伊佐が来るまで那須先輩を抑える』

 

「うん。無理しないでね」

 

『おう』

 

伊佐は、宇佐美に弾道解析してもらった場所にハンドガンを向ける。しばらく狙いを定めたあと、引き金を引いた。

 

 

ランク戦会場。三上が実況を進めた。

 

『おーっと、伊佐隊員の狙撃が別役隊員に直撃!別役隊員、なんとかシールドで防ぎました!』

 

『おいおい……なんであの距離で当たるんだよ……。てかそれ以前にあれ完全に射程外だろ。どうやって届かせてんの?』

 

太刀川が呟いた。

 

『まぁ、ケンス……伊佐隊員は頭も良いですからね。何かしら工夫したんでしょう。聞いた話だと、学校の成績もキチガイじみてるとか』

 

『マジかー。俺も勉強教えてもらおっかなー』

 

『おい、それでいいのか大学生』

 

『二人とも』

 

三上の二度目の注意で、二人とも黙った。

 

「実際のとこさ、」

 

後ろの席の出水が綾辻に声を掛けた。

 

「ゲーセンとかのあの……銃ゲー?っていうの?あれ伊佐どのくらいなん?」

 

「うーんと……私が最後に見た時は、EXステージまで行って射撃命中率99.89%とか出てたような……」

 

「………それ限りなく100%じゃねぇか」

 

「なんか賢介くんにゲーム勝つのは無理な気がしてきた……」

 

「今更ですよ、国近先輩」

 

そんな事を言ってると、三上の声が響いた。

 

『おーっと、ここで西岸の日浦隊員が緊急脱出!玉狛第二空閑隊員の得点です!狙撃手が落ちたことで状況は一変!西岸の均衡が崩れた!』

 

西岸は村上、熊谷、空閑の3人のアタッカーのみとなった。

 

『熊谷隊員としては、空閑隊員が戻るのを待って、もう一度三つ巴にしたいところでしょうか』

 

『どうかなー。空閑の動きが読めないからな。腕一本なくした空閑じゃ村上と一対一はキツイだろうから、クマと村上が戦ってる隙を狙うんだろうな。と、思いがちだけど、むらかみより倒しやすいクマを狙って、そのまま逃げ切るパターンもある』

 

太刀川が解説し、続いて迅も口を開いた。

 

『誰を倒しても一点ですからね。倒しやすい相手を狙うのは基本です』

 

『2点取れば仕事としては充分ということですか?』

 

『そうだな。というか今の空閑の状況なら、むしろ村上とクマを放っといて、自分だけ東側に渡る可能性すらある』

 

 

その頃、東側。那須が修たちの方へ向かった。修は少しでも時間を稼げるように退がり気味に応戦する。

伊佐は太一を追って、メテオラでマンションをブッ壊した。徹底して鈴鳴を追いかけまわしている。

 

「うおお!過激だなあいつ……!」

 

そう言いながら民家の屋根に転がりながら着地する太一。その直後を伊佐は逃さなかった。マンションの瓦礫の間を潜り抜けながら、ハンドガンを向け、狙いを定める。

 

「まず、一人……!」

 

そうつぶやいて発砲した直後だ。太一の後ろにシールドが現れる。来馬が立っていた。

 

「太一、大丈夫か⁉︎」

 

「平気っす。助かりました来馬先輩」

 

「あの人は強い、二人がかりでやるよ。なんとか鋼が来るまで持ちこたえよう」

 

「了解です!」

 

そう言うと、二人は伊佐に銃を向けた。

 

 



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39話

熊谷が緊急脱出した。これで西岸は空閑と村上のみとなった。一方の東側は、伊佐が来馬、太一の二人を相手に射撃戦を挑んでいた。

二人の射撃を瓦礫を壁にして回避しつつ、撃ち返す。来馬と太一はシールドを張りながら反撃する。

 

『東側の伊佐隊員対来馬隊長、別役隊員!お互いに激しい撃ち合いとなっております!』

 

『なるほどな。いくら精密射撃っつっても、ハンドガンなら使える弾は一発ずつだ。シールドを張ってれば守れる』

 

太刀川が顎髭を触りながら言った。

 

『一度に撃てる弾の数も違う、こりゃ意外と伊佐厳しいんじゃないか?』

 

『なるほど……。迅さんはどう思われますか?』

 

『そうですね。射手以外の射撃勝負なら人数が多い方が有利ですから、伊佐隊員が不利かもしれません。でも、伊佐隊員には知恵がある』

 

『なに、お前なんか視えてんの?』

 

『どーだろうねー』

 

『うーわお前そういうとこセコイわ〜』

 

『そんなん言うけどさぁ、太刀川さんだって前さぁ、俺の3DS壊れてる間にハンターランク上げてドヤ顔してたじゃん』

 

『仏の顔も三度ですよ、二人とも』

 

次はない、と宣告されて二人は黙った。

 

「………あの二人仲良いな」

 

「ていうか、迅さんもモンハンやるんだね」

 

「今、ボーダー内で結構モンハン流行ってるよ?」

 

「絶対伊佐の所為だろうなぁ」

 

「この前、三輪くんがケンくんにタン掘れ一緒にやるの強請っててビビった」

 

「マジでwww」

 

「あ、そういえばいずみん。今度上位のタマミツネ手伝ってくんない?」

 

「タマミツネくらい自分で狩れるでしょ」

 

「いや面倒だからあんま行きたくない」

 

「あーわかる。タマミツネって外見とは裏腹にめんどいもんね」

 

そのまま3人はモンハン談義に花を咲かせた。

モニターの伊佐は、射撃を止めると小さく深呼吸した。そして、再びハンドガンを構える。

 

『変化弾』

 

そう呟くと、弾を乱射。銃口から出て来た弾丸は来馬と太一を囲むシールドの周りをグルグルと回り始める。

 

『おーっと、これは……⁉︎』

 

『変化弾で、囲んでるな』

 

『あーなるほどね……』

 

『何、お前なんか視えた?』

 

『いやーこれは言わない方がいいでしょ』

 

画面上の伊佐は更に変化弾をぶっ放し、来馬と太一を囲む弾の数を増やしていく。その数が20を超えた時、弾丸を全て二人の頭上に持ち上げたあと、まとめて真上から叩き落とした。

 

『! 来馬先輩!』

 

いち早く気付いた太一が、来馬を突き飛ばしながら横に回避した。二人の間にシールドをブチ破って弾丸が降り注ぐ。

二人とも横に逃げ、孤立したのを伊佐は見逃さなかった。アステロイドで太一の頭を狙撃した。

 

『伊佐選手、変化弾を巧みに使い、シールドを破り、そこから狙撃!別役隊員緊急脱出!玉狛第二2点目獲得!』

 

『おお……。まぁバイパーはリアルタイムで弾の軌道を変えられるからな……』

 

『とはいえ、アレだけの弾数を普通操れるか……?』

 

二人ともドン引きしていた。

 

 

(伊佐が一人落とした……)

 

那須の猛攻を凌ぎながら、修は心の中で呟いた。那須の放った弾丸を、自分に当たる分だけレイガストで防ぐ。

 

(僕も、ここで落とされるわけにはいかない)

 

そう心の中で呟いて、手元にアステロイドを出した。

 

(撃ち返さないと撃たれっぱなしになる……。伊佐が来るまで持ち堪えてやる……!)

 

直後、後ろからトリオンが修の体を貫いた。

 

「ーーーッ⁉︎」

 

放った何発かの弾丸は変化弾だった。修の後ろにわざと飛ばし、戻って来るように設定しておいたのだ。

修が緊急脱出したのを見ることもなく、那須は次の獲物を探しに向かった。

 

 

西岸では、千佳の援護射撃もあって、遊真は村上と川の中に一緒に落ちて、スコーピオンで倒した。

残りは、遊真、千佳、伊佐、来馬、那須の五人となった。遊真は川から上がろうとしていて、千佳は修の指示待ち、那須は来馬と伊佐の戦いに混ざって乱戦に持ち込もうとしていた。

その来馬は伊佐の攻撃をなんとか建物を盾にして凌いでいた。

 

(無駄弾は撃てない。あそこの壁からあぶり出す……!)

 

メテオラを放ち、建物ごとブッ壊した。

 

「!」

 

煙からほんの少し見えた来馬のあたまを狙撃しようとした時、別の弾丸が迫って来る。

 

「………ッ‼︎」

 

慌ててエスクードでガードする伊佐。那須が参戦して来た。

 

(このタイミングで……)

 

小さく舌打ちしながら那須を見上げると、さらに弾丸を飛ばして来ている。その弾丸をアステロイドですべて撃ち落とした。

が、さらに横から誘導弾が飛んで来る。

 

「ッ‼︎」

 

片方のハンドガンをしまって、レイガストのシールドモードを飛ばしてガードしつつ、後ろに退がって建物を盾に隠れた。

 

(2対1か……)

 

伊佐は残りのトリオン量を確認する。

 

(………面倒だな。空閑くんは川に落ちたっぽいし、雨取さん人撃てないし……)

 

内部通信をした。

 

『三雲くん、聞こえてる?』

 

『あ、ああ。すまない、僕が……』

 

『そういうのいいから。つか、どーでもいい』

 

『えっ?ど、どーでもいいの?なんか辛辣……』

 

『それより、雨取さんに援護させて。俺もうメテオラ使えないから。崩し役させて』

 

『わ、分かった……』

 

そう言うと、また伊佐はハンドガンを出した。

 

 




那須さんvs修はテキトーになってしまったわけではないんです。当時の修がどんなに頑張っても、那須さんには瞬殺される未来しか見えなかっただけなんです。


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40話

 

 

那須対来馬対伊佐。来馬がアステロイドで伊佐を撃つ。それを建物を盾にして避ける伊佐。その真上から、那須から放たれたトマホークが降って来た。

 

「っ」

 

アステロイドで撃つと、その弾は大きく爆発した。

 

(バイパーの威力じゃない……)

 

見たことのない弾に、逃げながら宇佐美に聞いた。

 

「宇佐美さん。なんですか今の?」

 

『変化炸裂弾っていって、バイパーとメテオラを合成した奴だよ』

 

「合成?そんなこと出来るんですか?」

 

『うん。出水くんとか得意だね』

 

「そうですか……。ありがとうございます」

 

お礼を言いながら退がる。それを追うように誘導弾が飛んで来る。それをアステロイドで全部撃ち落とした。

 

(狙われてるな……。まぁ、乱戦にした以上は強い奴を狙うのは当たり前だよね。………あれ?ってことは、俺って強い奴なんだ)

 

そう自覚した直後、少し嬉しくなりながらも伊佐は両手にハンドガンを構えた。

 

(………しかし、合成弾か。とことんガンナーってのはシューターが有利に出来てるな)

 

那須と来馬の攻撃を避けながらそんなことを思った。その直後、那須から飛んで来た弾が変化した。

 

「ッ‼︎ って、ヤベッ……!」

 

それを慌てて回避したものの、左足を吹き飛ばされた。さらに後から続く来馬からの誘導弾。

 

「エスクード!」

 

地面から盾を出して凌いだ。が、そのおかげでトリオンはもう残り僅かだ。そのエスクードに近づいて来る那須と来馬。

 

「今」

 

直後、千佳砲が飛んで来た。それが来馬と那須の近くのマンションを思いっきりぶっ壊した。

 

「ッ……⁉︎」

 

直後、那須も来馬も引き気味にシールドを構えた。ビルをぶっ壊し、こちらの射撃を止めたことで、伊佐の変態精密射撃が通ると思ったからだ。そう予測した通り、伊佐は来馬に両手のハンドガンを向けた。

自分が狙われてないと分かった那須は、伊佐を逃がさないよう囲むように変化弾を飛ばした。

二人と射撃はほぼ同時だった。伊佐はギリギリ避けようとしたものの、変化弾は炸裂、さらに左腕が死んだ。

伊佐のアステロイドは、来馬のシールドに当たる直前、二つぶつかり合い、融合した。

 

(………⁉︎ これは、徹甲弾……⁉︎)

 

それが来馬のシールドをぶっ壊し、左腕を吹っ飛ばした。

 

『トリオン露出甚大、戦闘体活動限界』

 

伊佐の耳元からそんな音がした。もう落ちる。その直前、残った右手で来馬にアステロイドを放った。

 

『緊急脱出』

 

伊佐は飛び、最後のアステロイドは来馬の腹を見事に貫通させた。

 

「ッ! あの体勢から……⁉︎」

 

そう驚いてると、那須から飛んで来る変化炸裂弾。それが来馬に直撃する。

 

「まだだ………‼︎」

 

そう呟くと、空中に向かって誘導弾を放った。

 

『戦闘体活動限界』

 

来馬は緊急脱出した。直後、那須の身体に来馬の誘導弾が突き刺さった。

 

「‼︎」

 

これで、残りは那須と千佳だけ、そう思った那須はフラフラと歩き出そうとした。が、目の前に、空閑が立っていた。

 

「!」

 

「…………」

 

「……残念、せっかく来てもらったのに……もう、トリオンがないみたい……」

 

パキパキと体がひび割れていく那須。そのまま緊急脱出した。

 

玉狛第二3+2=5点

那須隊2点

鈴鳴第一2点

 

勝者、玉狛第二。

 

 

『暴風雨の河川敷という特殊な舞台。それを跳ね返した玉狛第二の勝利となったこの試合』

 

三上の声が試合会場に響いた。

 

『改めて振り返ってみていかがでしたか?』

 

『あんまり予想が当たんなかったな〜。やっぱ東さんみたいにはいかない』

 

なはははと笑って返す太刀川。それに三上が言った。

 

『もうちょっとマジメに』

 

『マジメに?OK』

 

で、本当に切り替えて太刀川は解説した。

 

『一番でかいポイントはやっぱ橋が落ちたところだろ。身を切って那須隊の作戦を阻止した玉狛の思い切りはなかなか。あれがなかったら多分、那須隊が勝ってた。最初の転送位置が良かったからな』

 

『橋が落ちることですべての部隊が東西に分断される展開になりました。ではまずは西岸の方からお願いします』

 

それに答えたのは迅だ。

 

『個人的に西岸のポイントは、那須隊の二人が逃げなかったことですね。熊谷・日浦両隊員は点は取れずに退場しましたが、それぞれちゃんと時間を稼いでるんですよね。二人が即逃げで緊急脱出してたら、その分西岸の勝者が川を渡る時間が早まるわけで。そうなると、おそらくどちらかの部隊がもっと無双することになっていたでしょう。上位陣に追いつくには、失点より得点が大事。玉狛と鈴鳴に1点ずつ取られましたが、トータルでは悪くない判断だったと思います』

 

そして、次は村上と空閑の方に行った。

 

『……続く玉狛と鈴鳴のエース対決は、村上隊員が常に優勢に見えましたが、味方が一人落ちた対岸を気にしてから相手の誘いに最後の最後であと一歩待てなかった。そのあたりに敗因がありそうです。一方の玉狛は東岸のことは頭にないくらいの捨て身っぷり。多分、そういう指示が出てたんでしょう』

 

そして、解説は東岸の対決に移った。

 

『さて、次は東岸の対決ですが……』

 

『いやー驚いたな。印象的だったのは伊佐だなやっぱ。最初に相性の悪い那須を退けて、後半もそれに来馬が付いた段階で粘ってた。結局、二人に集中的に狙われて一人しか落とせなかったが、あの変化弾の使い方と徹甲弾にはマジビビった』

 

『そうですね。戦術的なところと言えば、那須隊長と来馬隊長がお互いを無視して伊佐隊員を取りに行ったところでしょうか』

 

その台詞に、迅が答えた。

 

『あれは、「強いから二人がかり」というより「他の奴を狙うと撃たれる」というのがデカかっでしょうね。それだけ、伊佐隊員の射撃は正確でしたから。けど、それでもあそこは伊佐は勝たなきゃいけなかった。来馬隊長と那須隊長が相討ちにならなかったら負けもありましたからね』

 

『そうですね。それでは、ただいまの順位は、五得点を上げた玉狛第二は夜の部の試合結果次第ではありますが、上位グループ入りの可能性が高いとみていいでしょう。A級予備軍と言われるB級上位部隊にどう挑むか。次の試合にも期待が掛かりますね。以上を持って、B級ランク戦ラウンド3昼の部を終了します。皆さんお疲れ様でした』

 

とのことで、解散になった。

 

 

「あー疲れた……」

 

玉狛の四人と宇佐美が作戦室から出た。直後、伊佐に飛びついて来る影。

 

「ケンくーーーーーーーんッッ‼︎」

 

ガバッと綾辻が抱き付いてきた。

 

「だ、大丈夫⁉︎怖くなかった⁉︎生きてる?生きてるよね⁉︎」

 

「大丈夫だから落ち着けハルちゃん。浣腸するよ?」

 

言われて、落ち着く綾辻。

 

「まぁまぁそう言うなよ。お前が落とされるなんてな、伊佐」

 

後ろから来たのは出水と国近のいつものメンツだ。

 

「お疲れ様〜」

 

「あ、どうも」

 

「ねっ、ねっ、賢介くん」

 

「はいはいゲームね」

 

「じゃ、行こ〜!」

 

伊佐は国近に連行され、その後ろから綾辻と出水もついていった。

 

 



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41話

 

太刀川隊作戦室。いつもの四人は、いつも通りゲームをしている。

 

「よっ……と、出水さん、強くなりましたね」

 

「まぁな。ネスって割と俺に向いてると思うんだ」

 

「そうですね。かなり向いてると思います」

 

「賢介くん、私のメタナイトは?」

 

「ダメダメですね。ノーダメで倒せます」

 

「酷い!練習したのに!」

 

「あのですね、いい加減ネットの評判気にするのやめましょうよ。自分の使いやすいキャラか使いたいキャラを使うのが一番いいですって」

 

「ぶー、だって賢介くんには普通にやったって勝てないもん」

 

「うちのハルちゃんなんて俺のファルコと仲間のキャラを使えるようになりたいという理由だけでフォックスを極めたんですからね」

 

「なっ、なんで知ってるのケンくん⁉︎ていうかバラさなくていいから‼︎」

 

「「べた惚れだね〜」」

 

「二人とも五月蝿い!」

 

「夜中、必死に練習してて可愛かったな〜」

 

「お前はもっと五月蝿い‼︎」

 

そんな事を話しながらゲーム。顔を赤くしながら綾辻は咳払いして話を逸らした。

 

「そ、それはともかくっ、ケンくんは次の試合大丈夫なの?」

 

「次?何が?」

 

「いや、次どこと当たるか知ってる?」

 

「知らね。後で三雲くんから聞くし」

 

「ふーん……ならいいけど、ちゃんと特訓しときなよ?」

 

「はいはい。じゃあゲーセン行こうか!」

 

「話聞いてたかお前」

 

出水が口を挟んだ。

 

「へ?はい。だって、俺の射撃はゲーセンで鍛えたものですからね」

 

「ああ、なるほど」

 

「あ、私もゲーセン行きたい〜」

 

「いいですよ。出水さんも来ます?」

 

「いく」

 

「いや行くの出水くん⁉︎そこは止めなよ!」

 

尤もだった。

 

 

ゲーセンなう。

 

「さて、何しようか」

 

「何しようかじゃないよ、出水くん。銃ゲーやりに来たんでしょう?」

 

「国近さん!マキブやろマキブ!」

 

「お、いいね〜!負けないからね!」

 

「………だってよ?」

 

「私達もやろっか」

 

四人で対戦。出水→フルコーン、国近→Gセルフ、伊佐→νガンダム、綾辻→リガズィ。

 

「ホントに綾辻は伊佐が大好きだな」

 

「ベタ惚れだね〜」

 

「ち、違うから!ホントに!」

 

「じゃあ、やろうか」

 

 

結果は言うまでもない。続いて、音ゲーの前へ。グルコスの前に立った。

 

「さて、やろうか」

 

「あー、私はいいや。代わりに、ケンくんと協力って事で」

 

「へっ?お前それはないわ。いくらなんでも」

 

「そうだよー。ケンくんにやらせた人が勝つに決まってるじゃん」

 

「それがそうとも限らないんだよ……。ケンくん、この手のゲームクッソ下手くそだから」

 

「「えっ」」

 

「へ、下手くそとか言わないでよ。………ちょっと、苦手なだけなんだから」

 

「はいはい……」

 

「ま、マジで?」

 

「賢介くんが?」

 

「うん。タイミング合わせるとか意味わかんない」

 

「だからほら、一緒にやろう?」

 

「ぶー」

 

意外な弱点を知った。

 

 

そのあともマリカーだのUFOキャッチャーだのポッ拳だのをやった。

 

「さて、そろそろ帰っか」

 

「そうですね。もう時間も時間ですし」

 

「久々にゲーセン来た〜」

 

「また来たいですね〜」

 

そう言いながら四人は本部へ向かった。銃ゲーをやらずに。

その途中、ラーメン屋を見つけた。その美味そうな臭いに吊られ、じぃーっとそのラーメン屋を伊佐は見つめていた。それを見て、絢辻は微笑みながら聞いた。

 

「食べたいの?」

 

「食べたい」

 

「あら、意外と直球」

 

「でも、いいよ。お金ないし」

 

「まぁ、そういうなよ」

 

出水が口を挟んだ。

 

「俺もラーメン食いたいし、寄ってこうぜ」

 

「……国近さんは?」

 

「私もいいよー」

 

「じゃあ、すみません。よりましょうか」

 

みんなで晩御飯を食べた。

 

 



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42話

 

修は嵐山隊作戦室の前にいた。烏丸に嵐山にアドバイスをもらえるように話をつけてもらったからだ。

緊張気味にノックしようか迷ってると、後ろから足音がした。

 

「あれ、三雲くん?」

 

「あれ、伊佐?こんな所で何して……」

 

「遊びに。失礼しまーす」

 

呑気に言いながら中に入った。まず目に入ったのは木虎だ。

 

「あのねぇ、伊佐くん。何度も言うけどここはゲーム部屋じゃないのよ?」

 

「大丈夫です、A級で忙しくて綺麗でカッコイイ木虎さんに時間は取らせませんから」

 

「入りなさい」

 

誰もが「チョロい」と思ったのは言うまでもない。

 

「こんにちは、時枝さん、嵐山さん」

 

「やぁ、伊佐くん」

 

「いらっしゃい」

 

「ハルちゃん、今暇?モンハンやろうモンハン」

 

「えー、今忙しいんだけど」

 

「手伝うから」

 

「仕方ないなぁ……」

 

自分の部隊より馴染んでるその様子に、修は軽く引いてると、嵐山が修に気付いた。

 

「おっ、時間ぴったりだな、三雲くん」

 

「嵐山さん」

 

「久しぶり」

 

「あ、これ宇佐美先輩が持って行けって……」

 

「おっ、さすが宇佐美。気が利いてるな」

 

修は紙袋を渡した。中はどら焼きである。

で、話を進める。

 

「一人でも点が取れる方法か……」

 

「は、はい」

 

「でもなんでそんなことを?」

 

「今までは空閑や伊佐が点を取ってくれました。けど、ガンナーに囲まれれば伊佐は不利になることはわかりましたから、せめて援護できるくらいの実力は欲しいと思ったんです」

 

「ふむ、なるほど……俺の結論を先に言うと、射手・銃手は一人で点を取る必要はない。というか、点を取るのが難しい」

 

「………! え、でも、」

 

修は少しうろたえながら綾辻を手伝ってる伊佐を見た。

 

「基本的に射手・銃手用のトリガーは攻撃手や狙撃手に比べて威力が低いんだ。伊佐くんのようにピンポイントで弱点を狙えるならまだしも、射手は尚更そういうのには向かない」

 

「呼びました?」

 

「呼んでないよ、綾辻とイチャイチャしててくれて構わない」

 

「い、イチャイチャなんてしてません‼︎」

 

綾辻の台詞を無視して、嵐山は続けた。

 

「さて、それじゃあ射撃トリガーの強みはどこだと思う?」

 

「それは離れた相手を攻撃できる点と、攻撃を集中させやすい点です。前に木虎に教わりました」

 

「なんだ、そうなのか。その通り、射撃トリガーの優位性はその2点にある。少し引いた位置から全体の動きを捉えて、射程攻撃と戦術で局面をコントロールする。この戦法に関して言えば、君はすでに一定のレベルに達している。下手に攻め手の小技を覚えて、今の感覚が狂ったりしないかが心配だ」

 

「…………」

 

やはり、それが正しい判断なのか、そう修が思った直後、「だが、」と嵐山は続けた。

 

「本人が『学びたい』と思ったなら、そのタイミングを逃すのはもったいない」

 

「……⁉︎ じゃあ……」

 

「綾つ……いや、木虎、トレーニングルーム頼む」

 

「え、なんで私なんですか?」

 

「あの空間に話し合えられるか?」

 

嵐山の視線の先には、伊佐の膝の上に綾辻が座ってゲームしていた。

 

「ちょっ、ハルちゃん。邪魔、画面見えない」

 

「ゲーマーを名乗るならそれくらいできるようにならないとー♪」

 

「甘えん坊だね、相変わらず。つーか、歳下に甘えるなよ」

 

「あ、ケンくん。死にそうだから回復してくる」

 

「おk。戻って来なくてもいいよ」

 

「なんでそういうこと言うかなー」

 

「一人で倒せるし」

 

「邪魔してやるー!」

 

「は?誰のための素材集めだと思ってんの?」

 

「ごめんなさい、真面目にやります」

 

「…………」

 

その様子を見て、木虎は諦めたようにため息をついた。

 

「私がやります」

 

「悪いな」

 

「つーか仕事しろよあの二人……」

 

特訓が始まった。

 

 



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43話

 

 

伊佐は訓練を終えた修を出水の所へ案内した後、綾辻と帰宅した。

自宅でゴロンと寝転がって、3DSをつけた。

 

「帰ってすぐゲームは良くないよー」

 

「作戦室でもゲームのハルちゃんに言われたかない」

 

「それはケンくんが誘って来たからでしょ?」

 

「乗る方も悪い」

 

「むー。まぁ、仕事終わったから別にいいけどさ」

 

「で、なんだっけ。結局紅玉出たんだっけ?」

 

「………まだ」

 

「よし、出るまでやろうか」

 

「ねぇ、三雲くんも空閑くんも雨取さんも特訓してるのにケンくんはしなくていいの?」

 

「うーん、したいにはしたいんだけどね。俺は相手がいないから」

 

「相手?前にレイジさんに師匠になってもらったーってはしゃいでなかった?」

 

「レイジさんが唯一使わない武器、それがハンドガン」

 

「………じ、じゃあ実戦でも積めばいいじゃん!」

 

「玉狛の方々はみんなあれで忙しい身だしなぁ。他に仲良い人なんてそんな多くないし……。出水さんは三雲くんの特訓で忙しそうだし」

 

「………じゃあわかった。私が頼んでみるよ!」

 

「えー、いいよ面倒くさい。そもそも、俺別に強くなりたいとかないし」

 

「次のケンくんの試合ね、私が実況するの。ケンくんのかっこいいところ見たいなぁ」

 

「………じゃあ、次勝ったら今度こそ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………わかったよ」

 

「じゃあ、俺も特訓する」

 

 

翌日、ボーダー本部。伊佐がいつもの感じで太刀川隊作戦室に入ると、太刀川が待っていた。

 

「お、来たな伊佐」

 

「? 太刀川さん?なんでここに?」

 

「いやここ俺の作戦室だし。じゃ、行くか」

 

「どこに」

 

「個人ランク戦」

 

「…………えっ?」

 

 

市街地。どういうわけか、太刀川と戦うことになった。

 

(ハルちゃんの奴、どんだけ大物に声かけてんの)

 

そんな伊佐の気も知らずに個人戦開始。まずはお互いの姿を探す所から始まった。直後、

 

「旋空孤月」

 

建物を斬り裂きながら飛んで来た斬撃に、首をはねられて緊急脱出した。

 

「………え?」

 

『おいおい、迂闊すぎだろお前』

 

太刀川の声が聞こえた。

 

「す、すみません。孤月の人とは初めてなもんで」

 

『とりあえず、一人五本ずつって綾辻に聞いてるけど』

 

「は?一人って……?」

 

『は?知らんの?他にも色々相手してくれーってきてるぜ。20人くらい』

 

「…………二本目行きましょうか」

 

聞こえなかったことにして、二本目。再び市街地に転送された。

 

 

その後も風間、米屋、緑川、加古、黒江、歌川、木虎というA級ラッシュの後、村上、生駒といった上位アタッカーに、荒船、小荒井、奥寺、王子、笹森、遊真、犬飼、辻……その他諸々と戦闘させられ、人としての機能を一通り失った伊佐は、ラウンジのソファーで寝ていた。

 

「お疲れ、ケンくん」

 

「お疲れ、じゃねーよ……つか、途中で空閑くんがいたんですけど。それ以前に知らない人ばかりだったんだけど」

 

「うん、あまり知り合いいないって言ってたから私がお願いしといた。でもおかしいなぁ、私がお願いしたのは5人だけのはずなんだけど」

 

「多分、噂が広がったんでしょう」

 

「それな」

 

「あ、俺今多分初めてハルちゃんにイラっとした」

 

「やった!初めてイラっとさせられた!」

 

その反応に、もはやツッコム術もなかった。

 

「ちなみに、明日からずーっとお願いしてるから、まぁ、任務ある人は無理だから今日みたいにフルメンバーとはいかないけど、頑張ってね!」

 

「…………」

 

ツッコム術もなかった。

 

 



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